エルフ「私は死にたい」旅人「俺は生きたい」(229)

魔物「こいつ、エルフの子どもじゃねーか」

エルフ「…………」

魔物「何処で仕入れて来た。ガキのくせして綺麗な顔してんなぁー」

奴隷商「オイ 触るなら金を出してからにしてくれよ。大事な商品だ」

魔物「ケチ言ってんじゃねーよ。どうせ こいつを買えるほど金持ってる奴なんてこの辺にゃいやしねーよ」

奴隷商「金が無くても良質な肉とか飲み水があるだろ」

奴隷商「最も、この『砂海』のど真ん中でわざわざ奴隷程度と蓄えを交換する奴もいないだろうがな」

魔物「何だよ? 最初から売る気ないんじゃないか。いつから見世物小屋になったんだよ」

奴隷商「見世物小屋……そうねぇ、エルフなんてこのご時世じゃ珍しいしねぇ」

奴隷商「見物料 5分で水3日分。ほれ、寄越しな」

魔物「はぁ? ふざけんな……が、偶然 今酒を持ち合わせてる」

魔物「ちょっぴり舐めさせてやるから このガキを一晩俺に貸してくれ」

奴隷商「舐めさせるぅーーー? 出直せ出直せ! お前じゃ話になんないよ」

魔物「お客様は丁寧に扱えって教わらなかったかぁ~~~あぁッ!?」ガシッ

奴隷商「ゴブリン如きが触るんじゃねぇ!」

エルフ「…………」



この世界は、既に滅亡へ向かい始めている

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368296405

かつて、この世界では 人間と魔物が 互いの縄張りを奪い合う争いが起きていた


人間も魔物も、自らを善とし 相手を悪と考え、数百年もの間分かり合えることもなく 敵を切り裂き、焼き殺し続けたのだ

誰もが自分たちこそ正義なのだと信じて けして疑いを持つ事はなかった

生き物は死に、街や村は崩壊、森も山も魔法の力によって焼き払われる

『正義』の衝突は、世界を衰退させてゆく


やがて人間は、魔物の圧倒的な力に負け 滅びた

魔物たちは 砂に埋もれたこの荒廃した世界を我が物顔で闊歩する


魔物「    !!」 奴隷商「    !!」


エルフ「…………あっ」


魔物が全てを支配するこの世へ変わって また数百年の時が流れる


「…………」


最近、 魔物の王が死んだと 小耳に挟んだ

『その座を狙っていた欲深な魔物たちに討たれた』という


今 この世界は――――――。



旅人「この娘をくれ」

奴隷商・魔物「あぁー?」

エルフ「え……?」

目の前に現れたその男は、所々を錆びつかせたみすぼらしい鎧を身に付けていた

飾りであろう肩についた角は折れていて、そこに古ぼけたマントを引っ掛けて鎧の上からさらに身を包む

恐らくはこの姿で砂海を越えてきたのだろう。足やマントに少し砂がかかっているのだ


奴隷商「どうも お客らしい。お前さんはあっちに行ってなよ」

魔物「俺だって客の一人だぞ!! ……大体何だぁ、あんた」

魔物「まさか その妙な恰好で砂海を越えてきたっての? 砂と鎧は相性最悪だろうに」

旅人「ああ…………」

魔物「うっ……」


男はとても大きかった。身長は目測2mほど。鎧の大きさからしてかなりガタイも良さそうだ


奴隷商「随分立派な体してるじゃないか? あんた何処からこの街まで来た?」

旅人「北の方から ただひたすら真っ直ぐ歩いてきた」

奴隷商「北? まぁ、何処から来ようが何処もかしこも砂ばっかりで面白そうな話は聞けそうにないわな」

奴隷商「それで、あんたはこのエルフが欲しいってかい」

エルフ「あの……」

魔物「うひょ! 可愛い声してらぁ!」   奴隷商「オイ、奴隷が俺の断りなく声を出すんじゃない!」

エルフ「…………」

奴隷商「……で?」

旅人「は?」

奴隷商「こいつは中々手に入らない妖精族の花、エルフよぉ。売るのは構わん」

奴隷商「しかし、それなりに値は張るが―――」

旅人「金はある。そちらが必要な分だけ出そう」


鎧の男はどんっと音を立てて樽の上に麻袋を乱暴に置いた

重さからして中にはかなりの量の金が入っているのだろうか


魔物「…………へぇ」

旅人「いくらだ?……早くしてくれ。時間が惜しい」

奴隷商「袋を開けて中をこっちに見せろ。きちんと見えるように」

魔物「……スゲェや。金塊や宝石が入ってやがるぜ!!」

奴隷商「本物みたいだね。このご時世でも金にはまだ価値がある!いいぜ、袋の中身を全部こちらに寄越せ……」

旅人「わかった」

麻袋から手を離して樽の上にそれを残す。すると、鎧の男は私の元へゆっくり歩みより首についた枷に手をかけようとした

奴隷商「いやいやいやいや!! ……まだ良しとは言ってはないが」

旅人「足りないか」

奴隷商「あんた、砂海を乗り越えてきたぐらいだ。食料と水を持ってるだろう」

奴隷商「そいつもここに置け。これであんたの買い物はようやく成立する……!」

エルフ「っ~!…………鬼!悪魔!」


ここで食料も水も手放せ、つまりは[ピーーー]と言っているようなものだ

特に鎧の男が可哀想になったとか、感謝しているからだとか、そんな感情を持って奴隷商人を罵倒したわけではない

何となく 気に入らない


すぐに彼が手にしていた木造りのコップが私へ投げつけられてきた

旅人「悪いが そちらが期待しているような物はこれ以上持っていない」

魔物「ウソつくこたねーよ。あ、でももしかしてこの街に来る途中で全部切らした?」

旅人「いや……」

奴隷商「とにかくな、金だけじゃエルフを売る事はできねぇぞ」

奴隷商「何なら奥にいるオークのガキで手を打ってもいいんじゃないか? 具合はきっと悪くないよ」

エルフ「外道…」


また、いや次は砂が投げられた。口の中がジャリジャリでいっぱいだ


旅人「わかった。それなら そのオークとエルフを買いたい」

奴隷商「…………何だって?」

旅人「オークのガキとエルフも」

奴隷商「欲張りだね お前さん……そういう返事を聞きたかったわけじゃないよ」

奴隷商「もし、食料と水を渡すのならオークもおまけしてやるから……ほら、早く」

奴隷商「俺もそろそろ街を出るんだ。だからお前さん同様 食いもんやらが欲しい」

旅人「ないと言ったらない。荷物を見てみろ」

魔物「…………お、おぉい。ほとんど空じゃねーか」

奴隷商「なら、早くその金持って帰れ――――――」

エルフ「このっ!!」

奴隷商「わっ!? 何すんだてめぇ!!」


手首にも枷はされているが、物は投げられる。石なら適当に投げて当たっても十分痛められるのだ

足元に落ちていた石を次々と奴隷商目掛けて投げつけてやった

もちろん、彼は激怒して私を鞭で打ったわけだが

奴隷商「はぁはぁ……この……くそガキッ!!」

奴隷商「今までこんな反抗的な事しなかったくせに……調子に乗りやがって」

エルフ「う、うぅ…………ばーか……」

奴隷商「お前ッ!!」

旅人「これ以上痛めつければお前の大事な商品が使い物にならなくなる。止せ」ガシッ

奴隷商「あっ、ぐううぅぅ~~~……ッ!!」

奴隷商「あぁ 糞っ垂れ! 気に食わんなッ! ……オイ、さっさとその娘持ってけ!」

奴隷商「金だけでいい!そんなの連れて歩けるか!」

旅人「おまけのオークは?」

奴隷商「つけるかボケ!! 行け!!」

エルフ「あ、うぅ……いたた……」


鎧の男は私につけられた枷を力で無理に取り除き、地面の荷物を担ぐとその場から去ろうとした


魔物「おいおい、兄ちゃん。大事な女を忘れてってねーか?」

旅人「え? あぁ……お前来い……」

エルフ「…………は、はい」

旅人「…………」

エルフ「…………っ~!」


鎧の男の歩幅は大きくとても広い。歩行速度も速い

彼は後ろの私を全く気にする様子一つ見せず、ひたすら前を歩いている

…さっきから私が黙っているのは、彼へ着いていくのがやっとだからである

一体どこへ向かっているのか、なぜ私を買ったのか、聞きたい事は山ほどあるのに


エルフ「はぁ、はぁ…はぁ……! あ、あの……!」

旅人「…………」

エルフ「あのぉっ!!」

旅人「」ピタリ

エルフ「あ、あ~……やっと止まってくれましたね。あの、どうして私―――」

旅人「もういいぞ。俺に着いて来る必要はない」

エルフ「……は?」

旅人「何処へでも好きに行けと言うことだよ」

エルフ「え? えぇ?」


彼は私へ振り向くことなく二言言い渡すと、また前に向かって歩き始めた

…つまり、彼は私を奴隷から救うために金を出して、自由の身へさせたというわけなのだろうか

しかし、いきなり奴隷から解放されて 好きにしろと言われた 私を察してほしい


正直言ってとても困るのだ

旅人「…………」

エルフ「…………」


やがて街の外へ出て 私たちは砂海へ歩みを進める

彼は一向に足を止める気配はない。本当に、ただ真っ直ぐ、直進を続ける

やはり彼の後を追いかけるだけで私は精一杯であった

距離は縮まることなく、むしろ離れていっている。何とかして話をしたいのだが

一気に駆けだそうと砂へ足を踏み込むと、逆に足を取られて 私は無様に転んだ


エルフ「な、何なの……もう……」

旅人「さっき俺が言ったことを理解できなかったか」

エルフ「あっ」

旅人「俺は、お前はもう何処へでも好きなところへ行けと言ったが。着いて来いと言う命令はもう聞かなくていい」

エルフ「どうして私を助けてくれたの!?」

旅人「…………」  エルフ「…………」

エルフ「あんなにいっぱいのお金まで出して……あっ」

エルフ「……お礼がまだでした。ありがとうございます」

旅人「わかった」


再び彼は 前へ向き直り歩み出した


エルフ「あっ、えぇ!? ちょ、ちょっと待って!お礼だけが言いたかったわけじゃない!」

旅人「」ピタリ

エルフ「質問にまだ……答えてもらっていませんから……すみません」

旅人「アレ(金)の使い道に困っていた。それだけだ」

エルフ「はい?」

旅人「…………」

エルフ「待って下さいってば!! そ、そんな筈ありません!!」

エルフ「食料も水も もう切らしているんでしょう? なら、あのお金で」

旅人「俺には必要ないのさ。質問に答えたぞ。さようなら」

エルフ「まだ……まだあります! 聞きたいことがいっぱいなの!」

旅人「悪いが子どもの相手はあまり得意な方じゃない」

エルフ「子どもじゃないもん……」

旅人「……逆に、こちらからお前に質問を一つさせてほしい」

旅人「どうして俺に着いてくるんだ?」

エルフ「それは……その…………何処にも行く当てがないから。です!」

エルフ「私の両親も仲間も皆 死に絶えました。故郷の渓ももう砂漠なんです」

エルフ「お願いです。私をあなたのお供に。お荷物は私が全て持ちますから!」

旅人「悪いがそういうのは必要ない。見た通り荷物だって大した量もない」

旅人「行く当てがないのなら 自分で考えて作れ。なんならさっきの街で暮らすといい」

エルフ「それは……正直言って無理です……とてもこわいから……」

旅人「そうなのか。それじゃあ仕方がないな」

エルフ「えっ! お供にしてくれるの!?」

旅人「いや、別の街へ移ると良い。俺はこれ以上お前の面倒は見ない」

エルフ「…………ケチんぼ」

旅人「…………」

エルフ「あぁ! 待ってくださいってば!こんなところで一人ぼっちにしないで!」

エルフ「はぁ…はぁ…………あっ」


慣れない砂海の移動は非常に堪える。ここまで何度転んでしまったことだろうか

そもそも、何も準備なしでこの『砂海』へ飛び出すのが無謀なのだ

どんなに強靭な肉体を持つ魔物とはいえ、装備なしでここへ投げ出されては 衰弱してしまうだろう


エルフ「足が痛い、寒い、寒いっ……はぁ、はぁ……!」


故郷で母がよく淹れてくれたスープが今とても恋しい

夜の砂漠は冷えるとよく聞かされたものだが、まさかここまでとは思わなかった

体の芯から震えあがる。どこを見ても暖かな光一つ見当たらない

上を見上げれば満天の星空に丸い月が見える。しかし今は綺麗と思うより、それが余計に私の体を冷たくさせている


エルフ「あぁ……あ……」

旅人「……おい」

エルフ「えっ……?」


ぱさっと私の頭の上から何かが覆いかぶさった。鎧の男が身に纏っていたマントだ

すぐにそのマントで体を包み、寒さを凌ぐ。まだ冷えるがこれでもさっきよりは幾分かましに感じられる


旅人「立て、ここで寝れば死ぬぞ。せっかく手に入れた自由を無駄にしたくはないだろう」

エルフ「……」

旅人「店主から蹴られ、鞭を振るわれだいぶ体を痛めているというのに よくここまで歩けるもんだな」

旅人「俺に着いてくればまた痛い目を見るぞ?」

エルフ「……それでも大丈夫だから」

旅人「呆れたものだな。感心してしまったぞ」


兜の下で彼は無様な私を見降ろし フと笑みでも浮かべているのだろうか

エルフ「あの……待ってくれますか。少し足を痛めてて」

エルフ「少し休憩したら すぐに治るから」

旅人「…………」


うん とも言わずに彼は私から少し離れた所へ腰を下ろした

その様子をぼうっと眺めていると、顔に何か投げられてきた


エルフ「あいたぁーっ!?」ゴツン


ムッとして彼を睨もうとする…が、投げられた物を見て怒りが自然と静まった


エルフ「水筒、じゃないですか……水持ってたの……?」

旅人「…………」


無言を貫き通す。私へこれを渡したのは中身を飲めということなのだろうか

奴隷商から何かが投げつけられた時は、私へそれを与えるという意味はなかった。全て八つ当たり

しばらく水筒を見つめて迷っていたが、喉の渇きに耐え切れず フタを開けて飲み口へ口をつけると一気に傾けた

が、それから私の喉へ流れてきた液体は 期待していたものとは大違いであった

何か…水っぽさは感じる…だけど、とても…何と言うか…ゲル状の物なのだ…


エルフ「……げぇ」


口の中からそれの一部を指で千切って外へ出してみる。それが何か分かると胃がひっくり返りそうになってしまった


旅人「スライムの死骸だ。体に毒はない 水代わりだから勿体ない真似はするな」

エルフ「っ、ぐ! ……しっかり飲みましたもん」



このまま私はスライムになってしまう、なんて事にならないのを祈りたい

エルフ「ありがとうございました。自由にしてもらった上に、水……も!頂けたなんて」

エルフ「……それにしても、魔物の中でも同族を食べる人もいるって聞いたけど本当だったんですね」

旅人「元々俺が使うものではなかったんだ。気にするな」

エルフ「えっ」 旅人「…………」

エルフ「あ、えっと! そのー……砂海を渡るのにそんな重そうな鎧って辛くはありませんか!?」

旅人「気にするな」

エルフ「う、うーん……」


とても話が続けにくい人だ、と思う。元々私に関心を持っていなかったとはいえ こうも相手にされないと流石に傷つく

彼は私を待つ間、ずーっとその場に座り続け、何をすることもない

変わった人だ、とさっきの感想に付けたしておきたい


旅人「一つ言っておきたい」

エルフ「…ひゃい!?な、なな、何でしょうー!?」

旅人「俺は魔物じゃないんだ」

エルフ「…………え?」

エルフ「人間、なんですか? ……でも人間はみんな滅びたって」

旅人「らしいな。よくは知らん」

エルフ「あの……あなたの言ってることがよくわかりません……」

エルフ「あっ、良ければその兜を取って素顔を見せてくださいよ!そうしたら分かります!」

旅人「悪いがそれには応えられない」

エルフ「えぇ? どうして」


それ以上、私は彼へ追求しなかった。というよりもできなかった

何度も助けられた立場で 彼が嫌がることを要求するのも、話をするのも良くはない

再び沈黙が私たち二人を襲った。今度はとても長く、ゆっくりに感じられるほどの


エルフ「そのぅ…………」

旅人「は?」

エルフ「助けられてばかりなのも悪いですから、何かお礼……的な事をさせて頂ければいいなと」

エルフ「何かして欲しいことあります? あっ、肩をおもみしましょうか!?」

旅人「鎧は脱がん」

エルフ「あー…………ですよね」

エルフ「それじゃあ……歌をうたわせて頂いても」

旅人「…………」


私を兜越しから見るだけで それに対しての返事は返ってはこない


エルフ「わ、私!故郷にいた頃は歌をみんなから誉められました!自信あるんです!」

エルフ「お父さんもお母さんも妹も……みんな……誉めて、くれましたから……」


自分でこんな事を言っておいてなんだが、脳裏に平和に家族と暮らしていた場面が浮かんだ

彼へ何かを言おうとするも、イメージがどんどん膨らんできて、脳を圧迫する

…笑顔で満ちたイメージとは裏腹に 私は悲しみのどん底へ落ちていった


エルフ「ぁ…………」


亡き家族と故郷を思って何度も涙を流してきた。だからこの程度で泣くことはない

それに、目の前でいきなり泣かれても 彼を困らせてしまうに違いないだろう


エルフ「ごめんなさい……」

旅人「歌わないのか?」

エルフ「え?」

旅人「歌をうたいたい、お前が言い出したことだろう。どうしたんだ」

エルフ「あっ……す、すみません……ちょっとボーっとしちゃって……」


さっき彼から渡された水筒をマイク代わりに 胸の前まで持ってくる

悲しみを振り払うように 大きく息を吸い込んで、声高らかに


エルフ「では……! 私、あなたのために歌わせていただきます!」


旅人「いや 別にそういうのはいらん」  エルフ「だあぁーッ!!」


スコーンッ、と私が投げた水筒と彼の兜が衝突して気持ちのいい音を響かせた

今日はここまで
こんな設定の物語にずっと憧れててつい書いてみちゃった。にしても俺の地の文酷いもんだ


文明のレベルってどのくらいですか?

中世? それとも現代?

抑えようもない突発的な衝動に駆られ 彼へ向かって水筒を投げてしまった

たしかに歌ってもといいかと聞いた。だが、上げるだけ上げといて「いらん」はないだろう


旅人「…………」


兜を摩りながら砂の上に転がった水筒を拾い上げ、私へ向き直った

…怒られる、のだろう 私は


旅人「休憩は十分取れたのか?」

エルフ「えっ!?」


声の調子はさっきと全く変わらない。「最近調子どう?」みたいな挨拶のように適当で、怒り一つ見られないのだ

ゲンコツ一発飛んでくるぐらいなら覚悟を決め終えていたところなのに

なんか拍子抜けである


エルフ「怒らないの? 奴隷の私が恩人のあなたへ失礼なことをしたのに」

旅人「奴隷からは解放されただろう。そして 特に頭に来るようなことでもなかった」

旅人「むしろお前が元気になれたのが分かった。さぁ 立て」


言いながらも彼は既に一人で進み始めていた

慌てて私もそれに着いて行く

…この男、まったく掴めない。堂々とした振る舞いだが何を考えているのかさっぱりだ

空気を相手にしているみたいな、よく分からない気分にさせられる


エルフ「えっと、ごめんなさい……つい やっちゃいまして」

旅人「…………」

エルフ「……やっぱり怒ってない?」

旅人「別に」



砂海に吹く冷たい風が私の髪をくすぐってゆく

エルフ「街から随分離れちゃったのかな。もうあんなに小さく見えますよー」

旅人「…………」

エルフ「そこは 言われて振り返ってもいいところじゃありませんか?」

旅人「興味が沸けばそうしていたところだ」


興味…この男は一体何になら興味を持つのだろう…逆にそこに私が興味を抱かされてしまった

彼は私が語りかけても ひたすら足を止めることなく前へズンズンと進んで行く

時折、悪戯ていどに私が砂を掴んで投げてやっても 気にすることなく進む


エルフ「……だぁー、張り合いなさすぎる!!」

旅人「…………実に子どもらしい奴だな」

エルフ「なっ!? えぇ!?」

旅人「少し休んで、体力が回復すると はしゃぎだすところがな。次の休憩はしばらく無いから気をつけろ」

エルフ「だから 子どもじゃないもん! …です」

エルフ「私はただ、あなたがどんな人かなと思ってふざけて見せただけで……」

エルフ「私はあなたに興味があります。感心持ちまくり!」

旅人「…………さっきの 見た目相応のしおらしさはどこへ行った」

旅人「一人で喚いてもらうのは結構だが、その分お前とは距離を置いて歩きたい」

エルフ「そんなところ他の旅人に見られたら私バカみたいに見えるじゃないですか!」

旅人「…………」

エルフ「っ~~~!! さっそく無視して……寂しいじゃないですか…」チラ


と、彼が期待しているのかどうかは分からないが、お望み通りしおらしい少女に戻ってみた

まぁ 気にした様子も振り返るもなく、いつも通りさっさと一人で先へ進んでいるわけだ

…別に彼と面白おかしい会話をしたいとか、好意を持っているわけでもないが

彼は、とても気になる

しばらくお互い(主に私一人)無言で砂海を渡っていると今まで周りに何も見えなかった風景に変化が現れ始めた


エルフ「ここって 街の中じゃありませんよね?」


砂被りの廃れた建造物がチラホラと見当たる。数は多いわけではないが、まるで私たちを囲むように建っているような

どれもドアや窓は破られてあり 中がここからでも覗けて見える。まぁ 夜中のせいもあり大して色々見えるわけではないが

…それにしても不気味だ


エルフ「魔物が中に住んでいたりするのかな……」

旅人「中で眠っているのだとしても 気配一つ感じない」

旅人「耳を澄ましてみろ。風の音と建物が軋む音だけだ」


言われたままにその場で立ち止まって耳を立てて周りの音を聞くと ギィ、ギィと寂しげな音が確かに聞こえた

まるでこの何もない砂海へ取り残されたことを悲しむような声に私は聞こえる

切なくなり これ以上音に耳を傾ける気はなくなった


エルフ「昔はここに街があったのかもしれませんね」


腰をおろして 砂に埋まった鉄でできた何かを触ってみた

辺りを見回してみると 他にも何かよく分からない物が砂に埋もれている

ここに人間が暮らしていたのか、魔物が暮らしていたのか 分からないけれど

誰もいなくなってしまったこの街は もう死んでいると言って過言ではないだろう

この街は死骸である。こうなってしまえば 後は砂に喰われ隠れていくだけ


エルフ「だれかいませんかぁーーーーーー」

旅人「いるが?」

エルフ「あなたじゃなく、ここに住んでるかもしれない人に!!」



…結構 天然な性格しているのだろうか

今気がついた。彼の足が歩むことを止めているのだ

やはり私から少し離れたところに位置しているが、周りの建物を見上げている


エルフ「こういうのには興味があるの?」

旅人「…………」

エルフ「あのー」

旅人「…………」

エルフ「おい」

旅人「え? 誰か見つけたのか」

エルフ「そうじゃないけど……あなたはここに興味があるんですか?」

エルフ「もしかして あなたが旅をしている理由はこういった廃街を見るため?」

旅人「ちがう……」


いつもの様なはっきりとした物言いではなかった

たぶん、今は私よりこの廃街に目が行ってるのだろう


エルフ「どれか一つの中に入ってみませんか? 過去に暮らしていた人たちを知る事ができるかもしれないし」

旅人「いや その必要はない……ここは俺を呼んでいない……」

エルフ「は……?」


いきなり何を言い出すんだこの男は


エルフ「あの、大丈夫ですか……少し休憩しても……――――――」


ぐぅ、ぐぅぐぅ、と私のお腹が素敵に可愛く鳴き出した

あわてて両手でお腹を抑えてしゃがみ込み、これ以上彼へ音を聞かせないようにした


エルフ「…………」チラ

旅人「…………」

エルフ「今の聞こえませんでしたよね……ね?」


旅人「今のはお前が出した音だったのか……」  エルフ「だあぁーッ!!」ザバァ


とりあえず怒りの意を持って地面の砂を蹴り上げた

エルフ「ごめんなさい。こんな長距離を歩いたのは久しぶりで…」

旅人「食欲が出るのは生きている者として当たり前のことだ。恥ずかしがる必要もない」

エルフ「…………さっきのフォローのつもり?」


旅人「さて」  エルフ「無視か……」


旅人「俺はどうとでもなるとして、お前がこの砂海とやらを越えるのは難しそうだな」

エルフ「だからって今さら帰れなんて言われても無理ですし」


旅人「じゃあここに」  エルフ「嫌です。絶対にいやです!!」


エルフ「……足を引っ張っているのは分かります。だけど私はあなたに付いて行きたい」

エルフ「お願いします」

旅人「俺に拘る理由があるのか?」

エルフ「あなたに興味があります。気になるの」

旅人「お前は、自分の暇潰しのために俺へ着いて来るのか?」

エルフ「暇潰しじゃない……でも」


実際のところそんな理由は私の中で大して重要ではない

理由は、他にある


旅人「正直言ってお前がいると進みが遅くなる。お前は今俺の枷だ。邪魔な荷物だ」

エルフ「はい……知ってます……」

旅人「分かっていてそれでも俺の邪魔になろうとしているわけか」

エルフ「っ~……そもそも あなたの目的って一体何なんですか!」

旅人「お前の食料を探そう。もしかすればこの街の建物の中に何かあるかもしれん」

エルフ「え、食料……あの 目的はー……はぁ」


かなりマイペースだということはもう嫌というほど教えられた

だけど、彼は今からこの『邪魔な荷物』の為に食料を探す寄り道をしてくれるそうだ

ここまで

>>20
ベースとするなら中世なのかも?
けど、その辺りのイメージに捕らわれないで見てくれた方がいいかもしれん

エルフ「けほっ、けほ」

旅人「…………」

エルフ「けほぉっ!」  旅人「…………」

エルフ「む、むぅ……かなり埃っぽいですよね、ここ」

旅人「そうなのか? 気付かなかった」


兜で視界が十分確保できていないとしても…彼は鼻でも詰まっているのだろうか

それにしても、食料を得る為に中へ入ったのに全くそれを探す様子が見られない

所詮は他人事だというわけか…


エルフ「あなたはいつ食事を取ったの? まさか何も食べなくても生きていけるとか言い出しませんよねぇ」

旅人「…………」

エルフ「あのぅー 私の話聞いてますか?」


この男は耳も詰まっているのか


エルフ「ていうか、中に入ってから ずっとボーっとしてませんか」

旅人「え?」


ヒビ割れたボロボロの壁を手で撫ぜたり、よく分からない染みをつけた天井を眺めてばかり

もしかして ここは彼の家だった、とか


エルフ「今もボーっとしてます。昔ここに住んでいたんですか?」

旅人「いや……知らん……」


言われて 壁から手を離し、一人で別の部屋へ移り始めた

彼が見ていた天井に壁を眺めてみる。私が見たところ特に変わったものはなかった

…ゴオゥー、と恐ろしい魔物の雄叫びのような声が聞こえる。

一瞬身構えてしまったが、どうやら建物の中に外の風が入り その音が木霊した音だったらしい

孤独でこの中にいるわけでもないのに不安が私を襲う

旅人「…………」

エルフ「あなた、やっぱりここの事何か知っているんじゃ?」

旅人「何故そう思う」

エルフ「……いーですよー別にー。どうせ私は元奴隷で、あなたとは関係の無い赤の他人ですからねー」

旅人「怒っているのか。腹が減ると怒りやすくなるとは聞くが。しばらくの辛抱だ、我慢しろ」

エルフ「だあぁーッ!! 怒ってないもん!!」


怒りの叫びは虚しく建物内で反響し、私のイラつきを倍増させる


旅人「俺はお前がよく分からん。お前の食料だ、少しは自分で探す努力を見せろ」


それはこっちの台詞だ、と耳元で声を大にして言ってやりたいところだが

…彼に頼ってばかりもいられない。自分の事だ。最低限できることは努めなければいけないだろう

とは言っても 食料どころか見当たる物といえば何かの残骸ぐらいだ

これ以上奥へ進むと埃で鼻と喉がダメになってしまいそうで先に進むのを躊躇してしまう


エルフ「明かりがなきゃこの先大変じゃないですか? 暗くて何も見えない……」

旅人「それならお前はここか外で待っていろ。俺が探してこよう」

エルフ「あ、危ないですよ。無理してまで私のために動こうとしないで」

旅人「途中 空腹で倒れられるよりはましだ。……あ」

エルフ「……どうしたの?」


彼の視線を追えば そこには上の階へ通じるであろう階段があった


エルフ「二階へ通じてるみたい」

旅人「お前は階段を使って上階へ上がれ。俺はこのままこの階を探索しよう」

エルフ「えっ!? ……私 一人で、探せってことですよね?」

旅人「何か危険があれば大声で俺を呼べ。なるべく駆けつけよう」


そう答えると、さっさと暗闇が広がった奥の部屋へ歩いて行ってしまった

彼の鎧が鳴る音も段々と遠のいてゆく。抱えていた不安が更に大きくなる

諦めて階段へ足を乗っけるが 急な静寂と先へ続く不気味な闇が私を躊躇させる


エルフ「こわい……すごく……」

エルフ「……こんばんは~……誰か……いませんよね……」


恐る恐る時間をかけて階段を昇り終えると、2階へ到着

窓から入る月や星々の光のおかげで下の階よりは明るさがある

が、それでも薄暗さは残り 私の肝を冷やさせてくるのだ


エルフ「お父さん、お母さん……お願い、暗闇に負けない勇気を私にちょうだい……」


部屋の中は窓が全て割れているせいで 外の砂がいっぱい入りこんでいた

床が見えないという程酷いわけでもないが、これを見れば 十分何かが住んでいる可能性は低いことがわかる…しかし


エルフ「……テーブルとイスだ。ボロボロでとても古いけれど」


というよりは ほとんど壊れている。無造作にそこに木材が散らばっているような光景だ

これが存在するという事は過去に誰かが住んでいたのだろう

テーブルは大きめ。イスは原型がある物を数えて約3、4脚


エルフ「ここ 大きな建物なのにこれしか数がない……お金持ちの家族の家だったのかな?」


それが人間か魔物かは証拠が見つからない限り 見当もつかないわけだが


エルフ「で、これは?」


テーブルの表面に刃物で傷つけられた後があった

というよりは彫られたものだろうか。手で上にかかった砂をさっと払ってみる


エルフ「絵なのかな、これって。子どもが適当に彫った感じだよね」


乱雑に丸と線を繋いで絵が 何個か同じように彫られてあった

丸の中に目と口と思われる線がある…これは魔物の子どもが描いたものとは思えない

おそらく人間の絵だ。この子の家族の絵なんだ


エルフ「笑ってる風に描いたのかな……家族と一緒に笑顔でいるところ……」


丁寧なことに絵の下には家族の名前であろう文字と年齢も彫られている


エルフ「お父さんが41、お母さんが32、真ん中で手を繋いでいる子は……5歳」

エルフ「……もう いいや。ちょっとだけ見るの辛くなってきちゃった」


きっとこの絵に彫られた家族は皆 一人残らずこの世を去っているのだから

テーブルの残骸を後にし、他に何かあるか周りをぐるりと見渡す

家具らしきもの、陶器が割れたもの、ガラスの破片、黒く汚い染み…

下の階で彼が触れていた壁に付いていたものと色が似ている


エルフ「…………こ、こんな物より食べ物を探さなきゃいけないのに」


いつのまにか当初の目的を忘れて この建物にいた家族の痕跡を探してしまっていた

それを知っても私に得は一つもないというのに

ただ、悲しい気分にさせられるだけなのに

…少しずつ、暗闇に目が慣れ始めた。もう一度部屋を見ると、やはり黒い染みが点々とそこら中に付いている

点々は何処かへ向かって続いているではないか。目で追うとそこにまた上階へ繋がる階段を見つけてしまった


エルフ「また…………ううんっ、でも ここまで来たら!」


私は意を決して階段へ一歩踏み出してしまった。ふっきれたのか不思議と勇気が沸いてきた

それに、この黒い染みが示した上階が気になる

恐らくこの建物の中には食料なんてもう一つもないだろう

しかし 手柄無しで黙って去るというのも頂けない話ではないか


エルフ「よぉーし!!」


自身を奮い立たせると 染みを辿り、私は更に上階へ昇り始めた

この先で深く後悔することになるのを知らずに

エルフ「うぁ…………」


絶句した

建物内の所々に付いた黒い染みの意味をここに来て知り、全身に寒気が走る

言うまでも無く 染みの正体は『血痕』

階段を上がった先にあった、この部屋の壁や天井中には黒い染みが不自然に飛び散っていたり、伸びていた

指で壁に付着した血痕を撫で、辿ってみれば一振りの錆びついた剣が見つかった

この剣が一家を惨殺した物なのだろうか


エルフ「いやっ…………」


腰が抜けるまではいかないが、足が痙攣したようにガクガク震えて この場から逃げたくても動かせられない

脈が早くなっているが自分でも分かるほど 私は今吐き気を催すほど 恐怖している。

同時に言い表せられない様な、怒りともいえない、悲しいともいえない、よく分からない感情で胸がいっぱいになった

息をするのが、とても苦しく感じる。苦しい、苦しい…

誰かが死ぬところはもう何度だって見てきたし、見せられた

それなのに 顔も知らない既に殺された者たちの死を知っただけなのに


エルフ「逃げないと……ここからすぐに出なきゃ……――――――」



こつん、と足が何かに当たった感触


そこには 骨 があった

旅人「…………魔物の骨のようだ」

エルフ「えっ、魔物……? 人間の骨じゃないの?」

旅人「よく確認してみろ。コイツには角と大きな牙がある。人間の物だとは思えん」

旅人「まだ原型がハッキリしているところを見るに、死んでそう長くはないだろう」

エルフ「そ……そっか」


あの後 私は耐え切れずに大きな悲鳴をあげた

すると数分も掛からず 彼が私の元へ駆けつけてくれたのだ

その姿が見ただけで不安は吹き飛び、安堵の息を吐くことができた。今は彼が頼もしい存在に見えて仕方がない


旅人「食料は見つかったのか?」

エルフ「……そっちこそです。……あっ、ごめんなさい!」

旅人「何故謝ったんだ。まぁいい」

旅人「この建物を調べる必要はもう無さそうだ。一通り見て回ったが何も見つからん」

エルフ「そりゃ、そうだよ……だって」

旅人「は?」  

エルフ「やっぱり何でもありませんから、気にしないで」

エルフ「それより この後はどうするんですか? 諦めて次の街まで歩く?」

旅人「次の建物へ移る」

エルフ「次って……」


正直それは勘弁願いたくもあった。これ以上誰かの死を意識させるような物を見たくはない

エルフ「……ここはさっきの所より広いかも。また階段とかはなさそうですね」

旅人「…………」


結局は彼の後ろに付いて行って さっきの建物からそう遠くない場所に建った 大きなドームのような建物へ移ったのである

やはり ここも中に大量の砂が入り込んでいて 今度は床が見えないほど酷かった

外と変わらないほど『砂』しかない。せっかくの広い空間がただの大きな砂場へなっている

一目瞭然、こんなところに食べ物なんてあるわけないだろう


エルフ「どういう目的でこんな物を建てたんでしょうね、昔の人って」

エルフ「あなたは……あっ、そうだ。あなたのことは何と呼んだらいいかなぁー」

旅人「何?」  

エルフ「呼び方です。いつまでも『あなたー』とか『あのー』とか呼ばれるのも嫌でしょう?」

旅人「別に嫌とも思わないが。お前が俺を呼ぶのに不便しているなら勝手に名付けろ」

エルフ「……勝手に名付けろっておかしくないですか?」

エルフ「普通こういう時って自分の名前を教えてくれるとこですよー」

旅人「俺は俺の名を知らん」

エルフ「はい? まーたまた そんな冗談を。名前がない人なんて見た事ないです」

旅人「それじゃあ 今初めてそういう人間を見たという事だな……」

エルフ「え、本当に冗談で……あぁー! 待って!置いて行かないで!」

何度尋ねても 彼は自分の名前を知らない、忘れたと答えて返す

はぐらかしている様には見えないのだが 少し信じ難い話だ

まさか…彼はとんでもない罪を犯して逃亡中の身だ…というわけではないだろう、きっと…

彼には謎が多すぎる。というより自分を語りたがらない

もっとも、さっき会ったばかりの私にそんな事を話す気にならないという気持ちがあるのも分からなくもないが


旅人「お前は自分の名を覚えているのか?」

エルフ「当たり前だし、当然です。私は――――――」


私の台詞を遮り、突然彼が腰の鞘から短刀を引き抜いて 私の頭のすぐ傍にソレを突き立てたのだ

ギンッ、と刃が背後の壁に当たる音が耳元でするも、突然の彼の行動に私の思考が追いつかず

ただただ目の前で短刀を握る彼を見ることしかできなかった


エルフ「…………」

エルフ「……なっ、なな、なぁっ…………何いいいぃーーー!?」

旅人「…………」

エルフ「わわわわっ…………はわ」ペタン


一気に力が抜けて壁に寄り掛かる形でずるずると地面へ尻餅をついてしまった

まさか 本当に罪人だったのか。でもこんなご時世にそんな奴らはありふれている、全く珍しい存在ではない

ここまで良くしてくれていたのは私を殺すつもりでいたからなのか…

…そうならば、私は喜んで彼に殺されようではないか。彼がもし私を『殺せる』のなら


エルフ「……殺すなら、どうぞご勝手に!」

旅人「お前を殺したところで俺が得る物は何もない。落ち着け」

エルフ「だ、だっていきなり剣で私をぉ…………あれっ」


短刀の刃の先を見ると、そこには一匹のサソリがあった


エルフ「刺されると思って 助けてくれたの……?」


旅人「良かったな。食料が見つかったぞ」  エルフ「それ冗談でしょ!?」

旅人「贅沢を言える立場ではないだろう。それによく見ろ」

旅人「こいつは そこそこ大きいし 肉が詰まっていそうだ。……硬いな」

エルフ「あのね……食べれても 食べられる箇所がすごく少ないと思うの、それ」

旅人「知っているのか?」

エルフ「前にね お父さんと一緒に砂漠を歩いたときに教えてもらったの」

エルフ「虫の一種なんですよ。昔は砂漠にいっぱいいたらしいんだけど」

旅人「……貴重な虫を取ってしまったわけか。悪いことをしてしまったかな」

エルフ「し、仕方がないよ。このままも可哀想だから土に埋めてあげましょう?」


彼はこの虫の尾の先に毒があることも知らないのだろうか

名前どころか彼には知らないことが多過ぎる。まるで最近この世に生まれ落ちたような

それとも、いわゆる記憶喪失というやつなのだろうか

私たちは刃に刺さったサソリを丁寧に引き抜いてあげ、砂に穴を掘って簡単な埋葬をしてあげた


エルフ「虫のお墓を立てるなんて珍しいかも……」

旅人「墓か。誰かの墓を自分で作るなんて生まれて初めての経験だ」

エルフ「私は何度もありますよ。自慢じゃないけど」


思い出したくもない話である


エルフ「…………『エル』でいいです 私の名前。エルフのエル」

旅人「は?」 

エルフ「私も自分の名前は忘れたことにしてみようかなって」

エルフ「てへへ……変かなぁー」

旅人「意味不明だが 別に構わないんじゃないか。俺としては何も困らん」

エルフ「ですよね。ということで、あなたの名前は?」

旅人「人に同じ事を何度も尋ねるのが好きなようだな?」

エルフ「知らないのなら自分で今考えて付けてあげてくださいっ、自分に」

旅人「俺は別に何て呼ばれようが気にしないし、名前がない事は何とも思わないが」

エルフ「なんてつまらない人ですかねぇー……じゃあ私が今適当に名付けるから」

エルフ「『名無し(ナナシ)』さんって呼びますね。名前がないから、名無し。どう?」


我ながら なんて安直なネーミングセンスをしているのだろう

しかし、彼の反応は思ったよりも悪くはなかった


旅人「それでいこう。少し気に入った」

エルフ「あはっ」

旅人「名無し、名無し、名無し……名前が無いから ナナシ」


本当に気に入ってくれたのかさっきから何度もブツブツと名前を呟いている

不思議な人だ。自分を人間と言っていたが、人間は皆こんな風なのだろうか

だとすれば人間は実に微笑ましい生き物だと思う


エルフ「さて 私の名前は?」 

旅人「知らん。……ナナシ、ナナシ」ブツブツ

エルフ「知らん、じゃないですよ!! エルって名前!! 聞いてなかったの!?」


急にナナシが歩みを止め、私は彼の鎧へ鼻をぶつけてしまった

恐らく鏡で確認したら真っ赤に腫れあがっていることだろう。ジンジンと熱く痛む


旅人「…………」

エルフ「だあぁーッ! 嫌がらせですかっ!? うう、ほんといたい……」

旅人「一つ聞きたいんだが」

エルフ「えぇ? 何…?」

旅人「お前はさっきの尻尾が長い虫を、昔はいっぱいいた とか話したな」

エルフ「ん? 確かにそう話しましたけど、それがどうかしたの?」

旅人「…………見てみろ。凄い数だ」

エルフ「げぇ……!」


ナナシが奥を指さす。それを辿って視線を向けると、そこには

さっきのサソリと同種のサソリが大量に地面を歩いていた。うじゃうじゃだ

一匹、二匹ならまだしも…あの数は…さすがに身震いしてしまった…

ここまで

名前とかキャラにつけちゃったけど表記は今まで通り変わらないと思う
分かりづらければそう言ってくださいな

旅人「あれだけいればお前の腹も膨れるだろう。なに、全て取って食うわけではない。安心しろ」

エルフ「まだ虫を食料にしようと考えてたの!? 無理無理っ」

エルフ「……それにしても凄い数。このドームが彼らの巣なんでしょうか」

旅人「なるほど。通りで俺たちの周りを囲んでいるわけだ」  エルフ「は?」


サソリたちは いつの間にか私たちをグルリと囲んでいたのである

明らかにそれらは敵対心剥き出しで尾の先に備えわった毒針を怪しく光らせている


旅人「縄張りに入ってきた俺たちを威嚇しているように見えるが」

エルフ「見えるじゃなくて事実そうなのっ!!」

エルフ「……し、刺激しないように早くここから出ましょうよ」


と言っても既に退路は群れに断たれている

警戒ではない、既に彼らは攻撃態勢を取っていたのだ


エルフ「気をつけてください! サソリの尻尾には毒があるの!」

エルフ「ってぇ 気をつけなきゃいけないのは私だけだけど!」


ナナシには みすぼらしいが毒針を十分防げる頑丈な鎧がある

対して私にはそんな防具は一つもない。薄い奴隷の服ぐらいしか身に付けていないのだ

明らかに危険な状況下に晒されているのは私一人ではないか


旅人「しっかり捕まっていろ」  エルフ「わっ……きゃ!?」


ナナシが私の体を抱きかかえ、サソリの群れを前に堂々と歩き出した

彼らは大きな鋏を掲げて尾の先をナナシへ向ける

が、気にせずナナシはサソリを踏み潰し、先へ進んでしまった。後ろには体液を巻き散らした哀れな死骸ができあがってい
るのだろう

鎧に顔を押しつけてその光景を目に入れないよう 私は必死になった


エルフ「鬼! 悪魔! いやぁー!」

旅人「何故今お前に貶されなければならんのだ。黙ってしがみ付いていろ」

エルフ「さいていだぁ……うげぇ……」


バキ、ボキと嫌な音が嫌に耳に残る。吐き気が…

エルフ「っていうか! どうして建物を出ないんですか!?」

旅人「まだここの探索は終えていない。やるなら最後までだ」  エルフ「ウソでしょ!?」

旅人「そもそもお前が食える物を探しているんだ。砂海へ出ても食料になるものは見つからんだろう」

エルフ「それは、そうだけど……でも」


これ以上彼らのテリトリーを荒せば何が起こるか分かったものじゃない

きっと『痛い目』を見るのではないだろうか

無事、このドームを脱出できたとしても 夜な夜な枕元にサソリがうじゃうじゃ現れて襲いかかられるかも


エルフ「危ないですよ…………ぜったいに」

旅人「不安を感じる必要はない。お前には俺が着いている」

エルフ「へー……すごい自信ー……」


どさっ、と砂の上にいきなり落とされた。まるで荷物を放り投げるような適当加減で


エルフ「あいたぁー!?」

旅人「あの虫はもう周りにいない。どうやら俺たちを諦めたか見失ったようだな」

エルフ「そんな。自分の家を土足で荒している侵入者ですよ、私たち!」

エルフ「簡単に逃がすわけがないです……!」


確かにナナシが言う通り サソリたちはもう近くに一匹もいない

だが、私には返ってそれが余計に怖く感じる。心配し過ぎと思われるかもしれないが、ナナシがこれだけ無謀な男なのだ。
こういう役割を持つ者が一人ぐらいいても罰は当たらないだろう


エルフ「心配はないだろうけど、足 刺されたりしませんでしたか?」

旅人「問題ない」


その一言で済ます彼の神経が私には全く理解できない。この男は機械か何かか

ナナシはどんな物に対してなら恐怖を感じてくれるのだろう

ドームの中では ほとんど暗いと思った事はなかった

元々ここの屋根が日を通す作りになっているため、上からの光が全体に差し込んでいるのだ

奥に進んでもそれは変わりなかった

サソリにまた囲まれないか警戒(私一人が)しつつも細い通路の中へ入って行く


エルフ「もしここで襲われたら一貫の終わりですね……うわ、想像しちゃったぁ」

旅人「奴らの気配が感じられない。心配する事はないぞ」

旅人「それよりお前、しっかり探しているのか? さっきから脅えてばかりじゃないか」

エルフ「普通の感性してたら誰でもこうなると思うよ……!」

旅人「そいつは暗に俺は『普通』ではないと言っているのか」

エルフ「えっ、いや そんなつもりじゃないんです! ごめんなさい!」

旅人「一々変なタイミングで謝ってくるな」


いや…結構バッチリなタイミングじゃなかっただろうか…私が変なのか…もうわからない

人間ってみんなこんなだったのだろうか。だとすれば非常に扱い困る生物たちだと思う


エルフ「人間って、見た目は写真とか絵で見たことあったんですけど、実際に出会えたのはあなたが初めて」

旅人「は? 唐突に何だ?」

エルフ「今ちょっとそうだったなーと思い出しちゃって。そう考えるとなんだか不思議」

エルフ「人間は絶滅したとばかり教えられてきたから」

エルフ「……もしかしたら それは事実じゃなくて、何処かでひっそり暮らしているのかもしれませんね」

旅人「少なくとも俺は俺以外の人間を見た事もないし、会った事もない」

エルフ「会いたい、って思わないですか?」

旅人「出会えれば俺が何者だったのか そいつらが教えてくれるのか?」


…それはどういう意味なのだろう

まさか、本当にナナシは記憶を失っているのでは


エルフ「分からないんですか? 自分が誰か?」

旅人「…………そうなるな」

旅人「今の俺は、空っぽなのだろう」

エルフ「何もかも思い出せないの?」  旅人「いや」

旅人「覚えていることは 俺が人間であること、何か目的があったこと」

旅人「そして、かならず目的を果たさなければならないこと。言ってもそれぐらいだ」

エルフ「じゃあ……その目的のために 今まで一人で旅を?」

旅人「『ナニか』が俺を呼んでいるんだよ」

エルフ「えっ、何それ」

旅人「俺だってよくは知らん。だが、そいつを追い求め続けたら 俺は俺を取り戻せる」

旅人「かもしれない」  エルフ「確信してるわけじゃないんだね…」


言ってしまえば今のナナシに明確な目的はないのかもしれない

『自分を取り戻す』何の自信があってナニか求めようとしているのかは分からないが

少なくとも私には、今までの彼の理解できない言動の意味が分かった…気でいる


エルフ「それじゃあ私もあなたのあなたを取り戻す旅をお手伝いします」

旅人「お前には関係ない話だろう。邪魔だ」

エルフ「は、はっきり言わないでよぉー……何度も助けてもらったんだもん。恩返しさせてくださいよ」

旅人「そういうつもりでお前を奴隷から解放したわけではない」

エルフ「それでも! 私があなたを助けてあげたい、って言うのは思い上がりもいいとこの台詞ですかね…」

エルフ「…………本当は、私にも目的があります。ううん、あったの」

旅人「あった?」

エルフ「でも それは今放置しておくことにした。これからはあなたの為に『生きる』」

エルフ「私は今日からあなたの頼れる相棒になることを ここに宣言します!!」ビッ

旅人「いや、いらん」  エルフ「ダメ! 必要なの!」

旅人「いらない。必要ない」  エルフ「いーるぅーのぉー!」

旅人「俺の腕に絡まるんじゃない。邪魔な荷物のくせに」  エルフ「うるせー!」ブンブン



エル(私)とナナシ。案外バランス取れてて良い関係になれるのではないだろうか

さっさと先へ進んで行くナナシの背中を私は小走り気味で追いかけていった

エルフ「わぁぁ……きれいかも……」


通路を抜けるとまた開けた場所へ出られた

すぐにサソリたちの姿を探すが、やはり現れることはなかった

それよりもまず第一に目が行ったのは広間の中央に咲き誇る小さな花々である

砂漠の砂の上に花が咲くなんて聞いた事はないが、確かに私の目には月明かりで照らされた可愛らしくも美しい花が映って
いる


エルフ「食べ物じゃないけど、こういうのが見られたってのは素敵ですよねー!」

旅人「…………」

エルフ「あはぁ、お花ですよ お花! あんなに綺麗なの久しぶりに見た!」

エルフ「どうしたんですか? あんまり好きじゃない?」

旅人「そういうわけではない……が」

エルフ「私、もうちょっと近くで見てくる! あはは!」


喜んで花に向かって私は駆け寄って行った

何処へ行っても砂、砂、砂。だからこそ美しい物が見られるのは嬉しいものだ

恐らく探しても簡単に見つかりはしないだろう

今だけ、せっかくここまで危険を冒して進んだのだから、今だけは楽しみたい

…ぐいっ、乱暴に服の襟を後ろから掴まれた。ナナシだ


エルフ「あわっ!?」


そのまま通路側へ放り投げられる。私の体は軽く宙を飛び、地面へ叩きつけられる

「何をする」と声を上げようとした瞬間、花々が咲いた地面がもり上がった

黒い何かが地中から見えたと同時、砂を掻き分け 巨大な鋏が目の前に立っていたナナシを襲う

金属音が鋭く大きく広間に響き渡ると、ナナシが被っていた兜が宙を舞って私の足元へ

きっと咄嗟に後ろへ仰け反ったことで兜が弾かれる程度で済んだのだろう

しかし、私は彼を心配するよりも先に 兜の下に隠れていた彼の素顔を見てしまったことに後悔し そして戦慄した


旅人「…………」


ナナシの頭には肉が着いていなかった。それどころか、目も鼻も口も耳も何もかも

その顔は『骸骨』そのものだった

そんな事もお構いなしに、続けて巨大な鋏が砂を巻き上げてナナシに振り下ろされる

ナナシは横へ大きく跳ぶと 腰に備えた鞘から二振りの短刀を抜刀して地中から顔を出したサソリと対峙した

恐らくさっきのサソリたちのボスであり、このドームの主なのだろう

そして、背中にある例の花を見るところ アレは餌を誘き出すためのものだったらしい

…それにしても大きさが異常だ

鋏はおろか、その体から足、尾までも通常のサソリどころの話ではない

すっぽり上から被っていた砂を払い、地上に現れるとその大きさが明らかになり、同時に絶望を私へ与えてきた


『魔物化』


自然に生きている動物や虫、さらに植物がこの世界に漂っていた魔力の輝きを稀に浴びてしまうケースがある

これによって体が異常に巨大になったり、知能を持ったり、あるいは姿を変えて別の生命体として再構築されてしまうの
だ。これが『魔物化』

通常の魔物たちとは生まれ方が変わり、魔物同士が交配する必要もなく新たな魔物が誕生する厄介な話である

さらに最悪なことに、魔物化によって力を得た生物は皆 極端に凶暴な性格へ変わるのだ

つまり あの大サソリは私たちを八つ裂きにしてその肉を食らうつもりなのだろう


エルフ「…………」


骸骨頭のナナシ、そして大サソリ

驚きや恐怖が一気にやってきた。あまりの出来事に声を上手くあげられない

ナナシは恐れることなく 両手に短刀を構えて、大サソリの周りをゆっくりと歩きながら次の攻撃を警戒している

一方で 大サソリはその手である鋏をカチカチと何度も打ち鳴らし、不気味な赤い目をギラギラ鋭く輝かせていた

互いが互いの出方を様子見している。この時が何時間、何日にも感じられたのは私だけなのだろうか

先に動いたのは大サソリ。腕をナナシへ向けて勢い良く伸ばし、その鋏で彼を捉えて真っ二つに切断しようとする

例えナナシの身に付けている鎧が頑丈だとしても あれにはひとたまりもないだろう

咄嗟にナナシはその場で低く体を屈ませて攻撃を下に避けた

同時に手にした短刀で鋏を打ち上げる。…が、ギンッという音を立てて彼の刃は弾かれた

短刀の刃も目に見えて痛んだことが分かる。あの程度の武器では大サソリが纏う鋼鉄のような殻を破って傷をつけるのは不可能だろう

続けざまに薙ぐように片方の腕がナナシへ向かった

短刀を交差させて攻撃を防ぐも、後方の壁へ大きく吹き飛ばされてしまった


旅人「…………」


壁へ叩きつけられて負ったダメージを気にもせず、すぐに立ち上がって 大サソリの懐、顔の前まで一気に距離を詰める

…そもそも彼に痛覚なんて物は存在するのか

短刀を一本。その赤い目へ突き立てて釘打つかのように 柄に蹴りを入れた

刃が目を潰し、先にある肉を抉る。短刀の隙間から緑色した血が勢いよく噴き出された

「ギィ、ギィ」と苦しそうに不気味な声をあげて 後退しつつ鋏を振り回す

ナナシはお構いなしに大サソリへ 短刀を構えてゆっくりと歩み寄り、残りの目を潰しにかかろうとしていた

恐ろしい光景だ。これが人と魔物の戦い。…いや、彼が本当に人なのか私にはもう分からなかった


旅人「もうしばらくそこで見ていろ。すぐに仕留める」

エルフ「えっ……?」

旅人「すぐに仕留めると言っ――――――」


言い終える前に大サソリの尾がナナシを薙ぎ払った

エルフ「きゃあああああぁぁぁーーーっ!?」


一瞬の油断が隙を生む。だが、彼はあんな攻撃を受けて飛ばされても ゾンビのようにゆらりと立ち上がる

しかし、追い打ちに伸ばされた大サソリの尾は彼の目の前までもう届いていた

そのまま貫こうと尾の先についた針が彼の体目掛けて突っこまれる


旅人「ふ、ん…………!」ガシッ


体を横に逸らして逆に突っこんできた尾を脇に抱えてしまった

空いた片手で尾へ刃を立てようとするが、やはり硬い。弾かれてしまったようだ

大サソリはそのまま尾を上に持ち上げて ナナシを地面へ叩きつけようとしている

すぐにナナシは下半身を前後に揺らし、勢いをつけて跳んだ

跳んだ先にあった壁を蹴り、弾丸のように真っ直ぐ大サソリの巨体へ飛び乗る

背中に乗ったナナシへ大サソリは器用に尾の根元を丸めて 突き刺しにかかった

が、大サソリの尾が貫いたものはナナシではなく、自分自身の体であった

ナナシは尾での攻撃を予測して背中へ着地してから更に地面に向かって跳び上がっていたのである

尾の針は深く体に突き刺さっており、大サソリはお馴染みの不気味な声で苦痛を訴えているではないか


旅人「お前たちの尻尾の先に付いている針には毒があるらしいな。さっき初めて知った」

旅人「自身の毒に侵されて、そのまま死ね」


大サソリの毒が全身に回るのがかなり早かったのか、口から泡を吹き出して 残った目をギョロギョロ動かし続けていた

しばらくおかしな行動を取り続けると、すぐに足が崩れ、地面にその巨体を横倒させた


エルフ「うそ……一人でたおしちゃった……」

旅人「毒が全身に回ってしまっては食えたものじゃないな」


まだこの男はそれを言うか。…それより



エルフ「あなたの顔…………」  旅人「え?」



その時だった。地面が大きく揺れて、あちらこちらから大サソリが顔を出す

2、3…少なくても6匹はいるだろう。全てが地中から飛び出して、私たちを睨みつけながら鋏を鳴らしている

ナナシは残っていた短刀を一匹に向けて思い切り投げつけた後に私を肩に担いだ


エルフ「ひっ!?」

旅人「この数ではあまりにも分が悪い。退散だ」


なぜ今頃になってそれを実行しだすのか

だが確かにいくら彼が化物染みた強さであったとしても、この数の大サソリを相手するのは到底無理という話だ

私は彼の骸骨頭を視界へ入れないよう瞼をギュッと閉じ、黙ってその肩に抱えられた

真っ暗で何も見えた状態ではないが、後ろから派手な音が聞こえた時点であの大サソリたちが私たちを無理矢理にでも追いかけてきているのがわかる

壁が粉砕された音、ナナシの鎧が何かを弾く音、下で何かがブチュと潰れる不快な音

これほどまで現実から逃げたいと思わせられた事はない。全てが恐ろしい


旅人「もうすぐ出口だ」


と聞こえたすぐに「外へ出た」と言葉が続く

ドスン、と私のお尻に衝撃が走る。…また乱雑に投げ降ろされたのだろう、きっと

おそるおそる瞼を開いて辺りを見渡すと、私たちはドームから離れた砂海の上に立っていた

食料を求めて廃街をうろついて得たものは結局のところ何もなかったのである

残念な結果だが、お互い無事だったことは幸運だろう。結果オーライってやつか


エルフ「あの……また助けてもらって……その……」

旅人「…………」


目の前にいるのは『ナナシ』なのだ。だが、さっきまでは見えなかった顔が今なら嫌というほど確認できる

月明かりに照らされた骸骨頭。その姿は人間というよりも――――――突然だった


私の体を何か鋭いものが貫いた。下を向けばお腹から大サソリの尾の先が覗いている


エルフ「え…………えぇ? ……あ、あ」


視界が急激に霞み始める。全身の力がぬけだす

ナナシへ向かって手を伸ばすが、彼の体へ触れることなく 私は砂海の上に倒れた

意識は自然と遠のいてゆき、お腹の痛みも消え、寒くなった



つまり、私は――――――。

エルフ「――――――…………ん」


目が覚めたとき、最初に視界に入ったのは 私の傍に腰を降ろしているナナシの姿

彼は吹き飛ばされた兜を抱えて、穴しかないその目で私をじっと見ている

周りにはもう 大サソリの姿はなかった


エルフ「無事、だったんですね。ナナシさん」

旅人「…………お前に質問がある」

エルフ「え?」

旅人「何故生きているんだ…………?」

エルフ「……あっ」


貫かれたお腹に開いた穴がいつのまにか塞がっている

さっき攻撃を受けた者の体とは思えないぐらい綺麗な状態だ。ダメになったのは服ぐらい


エルフ「えっと、その…………」

旅人「勿体ぶらずに答えてくれ」

エルフ「……うん」


私の答えは彼が期待していたものだっただろうか

無反応なところを見ると大して何とも思わなかったのだろうか、それとも内心は驚いている?


『私は不死だ』

『例え この体を剣で貫かれようが、焼かれようが何度でも蘇る』

『痛みだけを残し、傷は全てすぐに塞がり、元の状態へ戻される』

『腕や足を千切られようが再生するし、毒を飲んでも私には意味はない』


『私の体は、呪われている』

旅人「にわかには信じ難い話だな。だが、実際にお前はこうして起きあがった」

旅人「信じよう。お前は不死のエルフだ」

エルフ「気持ち悪いでしょう?」  旅人「何?」

エルフ「私は……すごく、私が気持ち悪い。異常だと思うし……」

エルフ「死にたくても死ねない。あなたにこの気持ちはわかりますか?」

旅人「知らん。俺は不死ではない」

エルフ「……じゃあ あなたのその顔はなんですか。もしかして体もじゃないの?」

エルフ「人間だと言っておいて、本当は魔物じゃないの……?」

旅人「…………」

エルフ「私、あなたのその顔を見て すごく驚きました。思ってもなかったから」

エルフ「……だから 鎧を脱ぎたがらなかったんだね」

旅人「…………オイ」  エルフ「え?」


ナナシはその骸骨頭を私へぐっと近づけ、私の目を見据えている

彼に目はないのにそうしているのが 何となく理解できるのだ


旅人「お前には 俺が 何に 見える?」

旅人「人間か……それとも魔物か……」

旅人「言えよ…………なぁ?」

エルフ「…………」


こうして不死のエルフ、『エル』と 体も記憶も失った旅人、『ナナシ』は出会った

エルは死を求め、ナナシは生を求めた

私たちの奇妙な出会いは偶然だったのか、必然だったのか

この ただ滅亡を辿る世界で 二人は何を手にし、知ることになるのだろう




第1話 完

ここまで。こんな感じの話ですわ

面白いわ。続きとても楽しみ頑張ってくれ
ちなみにエルちゃんの年齢はどれぐらいなの?

何だか いい匂いが鼻孔をくすぐる。嗅いでいるだけで腹の虫が暴れだすような

キィー、と軋んだ音を立ててスイングドアが開かれ ナナシの背に担がれていた私は顔を上げた

店内にいる多くの魔物の視線が私たち二人に向けられていた

皆、それを見て何を言うわけでもなく 数匹は品定めするように嫌らしい目で私たちを追い

数匹は疑わしい目でナナシを眺めている

まぁ、それに対して今は脅える元気すら私にはないわけだ


エルフ「あう…………」

旅人「席を二つ借りる。空いているな?」

店長「……いらっしゃい」


ナナシは私を空いた席に降ろし、その隣に自分も腰掛ける

私はカウンターに突っ伏して中を…恐らく死んだ目で眺めている


店長「注文は?」

旅人「この娘に食い物を何か頼みたい。腹が一杯になる物を食わせてやってくれ」

店長「あいよー……」


注文を取るとすぐにガチャガチャと喧しい音が聞こえ、続いてジュウジュウと肉が香ばしく焼ける音が

…耳を傾けるだけで涎が口内に溜まってくる


旅人「涎が口から漏れているぞ」

エルフ「っー! ……仕方がないじゃないですか」

旅人「お前はそれぐらい大人しい方が奴らにも受けが良さそうだな」


奴らとは店内にいる魔物たちのことだろう。それにしても失礼な男だ

…あの日、ナナシの素顔を見てから もう3日は経ったのだろう

正確にはよく覚えていない。空腹でここ数日は意識が朦朧としていたのだから

私たちは砂界を歩き続けて、ようやくこの街に出会う事ができた

今は 私にとってここは文字通り砂漠のオアシスなのである


店長「お待ちどうさん」トンッ

エルフ「…………い、いただきまぁーすっ!!」




目の前に置かれた料理の数々へ私は獣のように食らいつく――第2話

どれもこれも味付けがやや濃く感じられるが、美味しい

夢中になって口元へ食べ物を運び 噛みしめる。じわぁっと舌の上に味が広がった

かけ過ぎだと言わんばかりのスパイスが さらに私の食欲を高まらせ、次々と並べられた料理へ手を伸ばさせる

きっとその光景はお世辞でも上品なものではないだろう。しかし 誰に見られようが今はまったく気にもならない


エルフ「はぐっ、むっ……げほげほぉ!」

旅人「水を一杯頼む」

店長「ずいぶん懐に余裕あるお客さんだねぇ」


皮肉にも聞こえる言葉を呟きながらコップへ綺麗な水を注いで私とナナシへ出してくれた

すぐにコップを取って 喉へ水を一気に流す。…幸せ


旅人「一杯だと言ったが」

店長「そっちのお嬢ちゃんには俺からのサービスだよ。あんたのは払ってもらうけど」

旅人「おい、ずいぶんと勝手な店だな……」  店長「楽しめるだろ?」


ナナシは黙って私へ自分に差し出された水を渡してくれた。遠慮なく手をつけさせてもらおう

二杯とも飲み干し、皿の上にあった料理を全てぺろりと平らげれば ここ数日間の苦痛は何処かへ飛んで行ってしまった

…しかし、ナナシはこの料理のお金を払えるのだろうか


エルフ「あの ご馳走になってもう遅いと思うんだけど お金は」

旅人「本当にこの先も俺に着いて来るつもりなのか」


私の問いを遮って逆にナナシがそう私へ聞いた


エルフ「……それにはこの前答えたばかりでしょう?」

エルフ「ていうか、毎日・毎時間同じこと聞いてるじゃない」

旅人「お前の気が変わっていないか 確かめたいからな」

エルフ「へー……それって悪い方で気が変わっているのか聞きたいと受け取っていいんですか」


旅人「というと?」  エルフ「私が、やっぱりあなたへ着いて行くのは止めたいって」

旅人「当たり前だろう。他に理由があるのか」  エルフ「はい、そうだと思ってた!!」

『お前には 俺が何に見える?』


人間だと話した男の仮面が取れれば 下に隠れたその素顔は魔物そのものだった

彼は自分が何者なのか知らない


エルフ『…………わからない』


正直な気持ちで答えれば私の返事はこうなってしまった

ナナシはその間もその後も私から距離を置こうともせず、黙ってじっとしていた


エルフ『悪い人じゃないってのはなんとなく』

エルフ『……ううん。きっと あなたは良い人です』

エルフ『それは私が保証する』

旅人『…………そうか』

旅人『今 お前が見ている俺は 恐ろしいか?』

エルフ『えっと……わからない……』

旅人『何を聞いても「わからない」だな』

旅人『やはり、俺に付き合うのは止せ。お前には関係ない話だろう』

エルフ『一人ぼっちの方が気楽でいいですか?』

旅人『……わかっているじゃないか』

エルフ『でも、本当は不安でしょうがないんでしょう?』

エルフ『私はあなたみたいな経験はない。でも、孤独が怖いのは知ってる』

エルフ『お願い。私に 一緒にいろ と命令して……!』

エルフ『きっと後悔はさせないから』

旅人『…………』

エルフ『さっきの、あなたが何に見えるかって質問。あなたが全てを取り戻した時にあらためて答えさせて』

エルフ『そのときは、「わからない」なんて曖昧な言葉で誤魔化しません』

旅人『……ふん』

私はあの夜そう彼に誓ったのだ。ナナシは受け入れたわけではなかったけれど、私が彼の背中を追いかけても文句一つ言わなくなった


エルフ「もしかして 照れて強がってたり~……」

旅人「馬鹿かお前は」  エルフ「馬鹿って言った方が馬鹿なんだって知ってます?」

旅人「っー…………」


微妙にだがナナシが私に言われて不満気な素振りを見せた

私が言うのもなんだが、彼は少しだけ子どもっぽいところもあるのだろう

この巨体にそれは全く似合わないが


店長「可愛い顔して中々面白いお嬢ちゃんじゃないのさ」

エルフ「え? お、面白い……それ誉め言葉?」

店長「エルフ族だろう? 久し振りに見たよ。お二人はどういう関係で?」

エルフ「えーっと、その辺まだよく分かってないけれど」

エルフ「私はこの人の頼れる相棒です!」  旅人「邪魔なお荷物だ」

エルフ「違うもんっ!!」  旅人「違うものか。その通りだろうが」

店長「……仲が良い凸凹コンビって感じねぇ」

旅人「俺はこいつを認めちゃいない。勝手に妙な感想をつけるな」

店長「ふーん、そうなんだー……お客さんは武芸者かい?重たそうな鎧つけてサ」

エルフ「この人はそういうのじゃないの。何て言ったらいいかな……」

旅人「自分でも俺が何者か知らない」  店長「ん?」

エルフ「あ! えっと……! この人、ちょっとカッコつけたがりで……っ!」

店長「あ そーなの? うーん、十分恰好良いから自信持ってねー」


店長は投げやりにそう言って 私たちの前にある食器を片づけ始めた


旅人「……お前に言われるがままだと俺が惨めな男になりそうだな」

エルフ「そう?」

ナナシはいきなり席を立ち上がって荷物を担ぎ始めた


旅人「休憩はもう十分取れただろう。行くぞ」

エルフ「もう少しここで休んでても……ナナシさん、私を背負ってずっと歩いてたから」

旅人「俺には疲労がないんだ。……おい、勘定頼む」


疲労が無いって…まさか本当にここまで砂界を歩き続けて疲れていなかったのか

強がりにも見えないし、事実中身は骨なのだから嘘だとは思えない

…しかし、あの体でよく鎧を着て動き回れるな。折れたりしないのだろうか


店長「はいよぅ。これだけ払ってもらうけど、大丈夫だよな?」

旅人「ああ、問題はな――――――……あるな」

エルフ「え゛っ」

旅人「お前を買うのに金品は全て出していたのを忘れていた。すまない」

エルフ「えええぇぇぇ~~~っ!?」

店長「…………で?」

旅人「で、とは……いや、その……」  エルフ「あ、あわわわ……」

旅人「次来たときに纏めて払おう。ダメか?」

店長「ダメに決まってんだろーが……こちとら慈善事業じゃねェんだ!」

エルフ「ごめんなさい!! 私がもっとしっかりしていたらっ」  旅人「オイ」


私たちの騒ぎに再び店内にいる魔物たちの視線が釘付けになった

店長は目に見えてイラ立っている。当然だ。無銭飲食して「ごめんなさい」では済まないだろう


「おいおい、金がねェーなら そこの姉ちゃん売り払えばいい話だろー?」

「エルフの娘なら高く買い取ってくれるぜ、きっとよォー」


ゲラゲラと皆が私たちを指差して嘲笑う

悪いのが私たちだけに文句の言いようもない…


エルフ「……どうしたら、許してくれますか?」

店長「許すって…………ハァ」


深く溜息をついて見せ、私とナナシを目を細めてジロジロと眺めてくる

少しの間を置いて 店長は私たち二人へ


店長「…………食った分は、ここで働いとけや」

エルフ・旅人「えっ」

店長「えっ じゃないよ!! 接客から皿洗い、その他もろもろ雑用! しっかりやってもらうからな!?」



天国から地獄へ真っ逆さまである

ここまで

>>62
年齢は不明。見た目だけなら14、5歳ぐらいな感じで

そんなこんなで私たちは店長に無理矢理店裏の待機室へ連れて来られたわけである

中は割とシンプルだ。聞いたところ使っているのは店長だけらしい


店長「ていうか 俺しか使う奴いないよ。基本的に俺だけで店を回してんだ…」


錆びに塗れたロッカーを開けて取り出すと、私とナナシへそれを押しつけてきた


エルフ「洋服? なんか ちょっぴり埃っぽいかも……」

旅人「コイツは俺たちにプレゼントか?」

店長「アホ! 今だけ貸すんだよ!もちろん後で返してもらうからな」

店長「時間やるからさっさとそいつに着替えな。客の前でそんな見っとも無い恰好で出られちゃこっちが困る」


どうやらお店のユニフォームらしい。しかし私にはどうもサイズが合わなそうだが


エルフ「着替えるのは別に構わないんだけど、大きいです これ」

店長「なにぃー? ……基本魔物が着れる物しかないからな、頑張って合わせろ」

エルフ「無茶だよー!!」  旅人「着替えずとも働ける」

店長「文無しの喰い逃げやろうどもがケチつけてんじゃねェーぞ……」

エルフ「……ま、まだ逃げてないから」


ギロリと一睨み。すぐにロッカーへ向き直って中身を外へ次々と放り投げていった

…どこにこんな大量の物を収納できていたのだろうか


旅人「そもそも俺は鎧を脱ぐ気はない。勘弁してくれないか」

エルフ「あっ」


そうだ。仮にナナシが鎧を外して服を身に付けたとしても…それはかなりシュールな絵となるだろう

ある意味人引きになって変わってくれるかもしれないが


店長「お? おお……おい、嬢ちゃん。コイツなら入るんじゃないかね?」


ナナシを無視して、私へあちらこちらにフリルがあしらわれた服を広げて見せられる

片手の指にそれと合わせて作られたヘッドセットも挟んで

…店長の趣味なのか

エルフ「わー……かわいい服ですねー……」  店長「へへ、そう思うだろ?」

店長「客が俺に譲ってくれたもんだ。過去に 人間たちが奉公させる女へ着させていた物らしいぜ」

店長「お前さん どっちかっつーと人間寄りの体系してるからよ。こいつならピッタリいくだろう?」


確かにサイズはさっきのユニフォームよりは合いそうだ。それでも私には少し大きめだが

また文句を言ってこれ以上彼の機嫌を損なわせるわけにもいかない。妥協しよう


旅人「…………俺は絶対にその服には着替えん」  エルフ「え?」

店長「……本物のアホか てめェーはっ! 誰が男にこんなフリフリなドレス着させるかよ!!」

旅人「では、俺はどうしたらいい。もうこのままでいいだろう……」

店長「っー……お前は裏に回って洗い物と運びの仕事を頼むよ」

旅人「了解した」

店長「エルフの嬢ちゃんは接客を。そいつに着替えて笑顔振りまいてりゃ馬鹿どもが集まってきてくれるだろうさ」


満面の笑みを浮かべてそう言うが、もしそうなれば私はとても困る

自分も洗い物をと頼むが 一言目には却下が下った

あんな柄の悪い連中相手に笑顔でいろだなんて無茶すぎるだろう…


店長「それじゃあ俺とこっちの兄ちゃんは出てくから早く着替えるんだぞ」

エルフ「あ、はい……」

エルフ「それにしても こんなオシャレな服初めてかも」


最近は専ら安布で縫われたボロボロな服ばかりを着せられていた。奴隷として扱われていたのだし、それはまぁ当然と言えばそうなのだろう

店長から渡されたこの服は比べものにならないぐらい見栄えも良く、肌触りも中々悪くない

ただ一点、少し『可愛いすぎる』欠点?のみが それへ着替えることを躊躇させた

もっと無難な奉公人の服を作れなかったのか、人間は



エルフ「ボタン無駄に多い…………」ポチ、ポチ

店長「ほお、予想以上に似合ってるじゃないか」

エルフ「ちょっとブカブカなんですけどね……」


袖も余るし、胸の辺りも余裕が残り過ぎてるぐらいだ


店長「頭の奴もしっかり付けておけよ。それ合ってこそだろう」

エルフ「勘弁してよ……。ところでナナシさんは?」

店長「何だそれ? ……あ、もしかしてあの鎧の男? アレなら先に働いてもらってるよ」

店長「さぁさ、お客がみんなお前をお待ちだぜ。すぐにホールへ出てくれ」

エルフ「わ、私 接客の経験なんて一度もありません! 絶対変なことしちゃう!」

店長「だから笑顔で相手してくれりゃあ十分だっての」

店長「いいか? 愛想良くだ。せっかく可愛らしい服に着替えて貰ったんだ。そいつをいかせよ」

エルフ「そんなこと言われても……」


表へ出るのを躊躇していると、店長はそんなことお構いなしに私の背中を押して魔物たちの前へ出した


エルフ「…………」


一瞬、店内が静寂に包まれた後 わっ、と私へ向かって魔物たちが荒波のように押し寄せてくる


「こっち向いて何か言ってくれ!!」 「俺のために毎朝飯を炊け!!」

エルフ「きゃああああ!? ぎゃああああ!?」

店長「悪ノリがすぎるぞ 馬鹿ども!!」


店長の怒声がこの暴れ牛たちの勢いを鎮める


エルフ「し、しし、死ぬかと思った…………!」

店長「まったく……この子は今日から店に入った……えっと?」

エルフ「あっ、名前? 私は……エル。エルフのエルです。よろしくお願いします…」

「エルちゃんだってよ」  「何だその簡素なネーミング」  「エル、付き合って」

店長「ほら、やっぱり受けがいいじゃねーか。その調子で客引きも頼むよ。稼ぐぜェー」

エルフ「あ、あはははは……はぁー……」


…砂海をナナシと一緒に渡っていた方が気楽そうだ

「おい 注文。こっちに早く」  「エルちゃ~ん?」  「水頼んだんだが」

エルフ「は、はいっ! 今行きますからぁー!」


急に注文が多くなっていないか

あっちへバタバタ、こっちへバタバタ。さっきから振り回されっぱなしである

中には唐突にどうでもいい話を振ってくる客やいやらしいボディタッチをしてくるのも

今どれぐらい時間が経った? …まだ1時間も過ぎていないじゃないか


「ヘヘヘ……」グイ

エルフ「うわっ!?」


何かに躓いて私は派手に転んでしまった。同時にトレイに運んでいた水や料理が床へ散乱し、テーブルにはもちろん。客の頭にもかましてしまった…


「おいおいーーー? 大丈夫かよ? 慌ただしい娘だねぇ」

エルフ「す、すみませんでした!!」  「俺にはどう謝るつもりなんだよ!?」

エルフ「ごめんなさいっ、本当に、すみません! ……すぐに片付けます」


雑巾を借りに店長の元へ駆け寄ると


店長「悪戯されちゃってるなぁー……あんまり舐められんよう気をつけな」

エルフ「えー……」


愛想良くだったり、舐められない様にだったりと難し過ぎる

誰かと接することは苦手ではなかったが、これはトラウマになりそうだ

ナナシは今何をさせられているのだろう。と思っていると 突然奥の方で食器が割れた音が聞こえた


店長「あ、あいつ また皿割りやがった!! おいっ!!」

店長「ハァ……お前からも何か言ってやってくれよ。不器用すぎないか あの男」

エルフ「そんなことは……――――――あっ」

エルフ「文句ついでに少し様子見てきます」  店長「時間かけんなよー」

パリーン、パリーン。私がナナシの元へ辿り着く間で一体何枚の皿が犠牲になったことだろうか

予想通りの光景…いや、それ以上のものがそこにはあった

ナナシの周りは食器の割れた破片でいっぱいだ


エルフ「……あぁ、やっぱりだ」

旅人「…………」ツルッ…パリーン


さすがに水を扱っているために篭手を外して作業をしているナナシ。腕の骨が外へ露出していたのだ

しかし、それが問題だった。彼の手はこういった作業には向かない

骨の手では掴んだ食器を何度も滑り落としてしまってもおかしくはないだろう

一枚割るたびに彼は「あっ」とか「くそっ」とか短い声を出してイラ立っている


エルフ「ナナシさん」

旅人「…………あ?」


…これは相当だ。普段全く感情的にならない彼が声を微妙に荒げて私へ振り向いた

今だけは下手なことを口走れないな


旅人「見てくれ……このままでは返す金が嵩んでしまいかねん……」

エルフ「でしょうねー……」

エルフ「少し私と役割交代しましょうよ。あなたは接客を」

旅人「了解した」


勝手にこんな事してしまって後で何を言われるか分かったものではないが

ナナシにこれ以上余計なことをされるよりは 恐らくましだろう


エルフ「ああっ、ナナシさん! 忘れ物! これつけないと怖がられちゃう!」

旅人「っー…………」

エルフ「む、難しいですよね。働くって」

旅人「全くだ……俺にはどうも向かん……」

旅人「こうなったのも俺に責任がある。何とかこなさなくては」

エルフ「あなたの責任じゃないよ。私がお腹を空かせて色々食べたから」

旅人「頼んだのは俺だ」  エルフ「いや、そういう問題じゃなくて…」


やはり ナナシは妙な所でズレている男だと改めて思わされる

ガシャンガシャンとイラ立ちを足音に表せてホールの方へ歩いて行ってしまった

…私の予想。たぶん、向こうでも彼は何かミスを起こすことだろう


予想通り すぐにホールで食器が割れる音が響き、怒声が続いた

店長「…………逆に一人の方が楽だって気付かさせられちまったよ」


もちろん この言葉は私たちへの皮肉のつもりなのだろう

店内も落ち着きを取り戻し始め、私たちはカウンターに並んで店長のお説教を受けていた


旅人「待て、やる気は俺にもあるんだ」

店長「うん。分かってるつもりだよ……ただその結果が問題なわけさ」

エルフ「も、もしかして 働く期間を伸ばされたりしませんよね?」


ナナシと私が割った食器に、客からのクレームは数え切れない

店側には十分すぎるほど損害を与えていることだろう


店長「見当しようかな……お嬢ちゃんは中々評判良さ気だし」


この男、私を客寄せパンダか何かにさせるつもりか


店長「とりあえず もう少し頑張ってみてくれや。分からない事は全部俺に聞いて」

旅人「接客とやらが上手くいかん。どうしたらいい?」

店長「お前なら無愛想すぎず、それなりに弱味を客にあえて見せてやるんだよ」

店長「そもそも!威圧感ありすぎて客が引いてるのがわからんのか!」

旅人「いや、わからん」

店長「笑かすぐらいの努力はしてみろよ……これじゃあ何の店か分かったもんじゃねェ」

旅人「わかった」


一言言い残してナナシは新たに入った客へ注文を取りに向かった

どこか動きがぎこちない…不自然というか…あれでは怖がられても仕方がないだろう


店長「あいつ、いつもあんな感じなの?」  エルフ「えぇ?」


エルフ「私もまだよくわかりません。彼とは最近出会ったばかりだし」

店長「不思議な男だよ……あんなタイプ初めて見た……」


エルフ「私も……」  店長「は?」

突然、悲鳴があがる

驚いてその方向へ振り向くと、何故かナナシが客の胸倉を掴んで何か話しかけていた


「いきなり何しやがんだよぉー!?」  旅人「笑え。とにかく笑ってみろ……笑えよ」


エルフ「あの人何してるの!?」

店長「俺が知るかよっ、お前さっさと止めて連れて来い!!」

旅人「笑えと言っているんだ。さぁ、早く」  エルフ「な、ナナシさん!!」

「ひぃ……おい!この店はいつからこんなの雇い始めたんだよ!?」

エルフ「すみませんっ、すぐに止めますので……」


ナナシの腕を客から振りほどき 店長のところへ無理矢理連れ戻してきた

すぐに店長が彼を怒鳴りつける


店長「あいつが何か失礼なことでも言ったのか!? あぁ!?」

旅人「お前が客を笑わせてみろと言ったから……」

店長「はぁ!?」  エルフ「あっ……」


確かに それらしい話を聞いた気もしないでもない

だが、ナナシが取った行動は笑いというよりも脅しに近かったのだ

かえって私たちの肝を縮められてしまった


エルフ「あのね、そういう意味じゃなくってね? その、えーっと……なんて言ったら」

店長「お前はもうカウンターで水でも注いでろ! 邪魔になる!」

旅人「何故だ……ワケが分からん……」

エルフ「な、ナナシさんは一生懸命頑張ってたもんね。大丈夫。私、ちゃんと見てましたよ」


ただ、そのやり方が悪過ぎただけなのである


エルフ「私がお手本を見せたげます。いい?」

旅人「…………」

エルフ「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ!」  旅人「……」

エルフ「ほら、今度は一緒にやってみよ?」  旅人「わかった」


エルフ「いらっしゃ―――」  旅人「いや、待て」


エルフ「は……? え、どうしたの?」

旅人「注文は客が勝手にこちらを呼び出してからでいいだろう。わざわざ初めに聞く必要はないと思うが」

エルフ「…………」


ナナシにはやっぱり無理だと再認識させられてしまった

エルフ「いらっしゃいませ~……」パタパタ



旅人「…………あの娘をここでしばらく雇わせてはやれないか」

店長「あ? 何だって?」  旅人「あいつを雇わせられないかと聞いた」

店長「……これからもって事かい? いきなりどうして」

旅人「あいつには今 居場所がない。だからここで見つけられたのなら」

店長「まぁ、確かに悪くはない子だけどよ。お前さんがそれを勝手に決めちまっていいのかね」

旅人「元々 俺に勝手に着いてきている どうでもいい奴だ」

店長「それにしては仲良さそうに見えたけど……ほら、手止まってんぞ!」

旅人「っー…………」


店長「どうでもいい奴って言うけど、あの子にとっちゃ お前はどうでもよくない存在じゃないのかねェー」

店長「頼られてるよ、あんた」  旅人「その理由が俺には見当たらんが」

店長「ふん、俺にだって分からんさ。ただ……あんなに可愛い娘だ。大切にしてやれんなら してやれよ」


店長「彼女なんだろ?」  旅人「ん?」


店長「違う? じゃあもしかして娘か? お前もエルフか?」

旅人「知らん。……それとあいつは娘ではない。赤の他人さ」

店長「…………謎な関係ねぇ」


旅人「………………おい」  店長「話ばっかりに集中してんなよ」


旅人「この紙は何だ? 写真に映っている奴らは?」

店長「えぇー? ……あー」

店長「最近この辺りで暴れ回ってる連中だよ。トレードマークは肩の稲妻タトゥーだとさ」

店長「お前さんも旅人なら気をつけた方がいいぜ。奴ら、いきなり殺しにかかって 身ぐるみ全部剥ぎ取って行くらしい」

旅人「問題ないな」  店長「へぇ、随分な自信家だこと」

店長「とにかく注意するこった。この辺には自治体があるからな、見つけたら通報が一番よ」

「エルちゃんこっちー」 「ヘイ、良いケツしてんぜェー!」パンッ

エルフ「きゃあ!? …………こ、このっ」

エルフ「……あまりおフザケが過ぎますと、向こうで待機している大男が飛んできますから」

「うへっ……」


質が悪い魔物ばかりだ。こちらの身も持たない。どうにかならないものか

ナナシを盾に使えば避けられないでもないが、そうなると客が脅えて店から出て行ってしまうのである

カウンターに立つだけであの威圧感だ。魔物たちには相当プレッシャーとなっているのだろう


エルフ「ご注文の料理、お待たせしました。熱いうちにどうぞ召し上がってくださいね」


…だいぶ私も手慣れて来たのではないだろうか

だからといってこの仕事に就くつもりは微塵も起きないが


ギィー。スイングドアが開かれ 新規の客が数人ほど店内へ入ってくる

すぐにそちらへ駆け足で向かい、私は彼らを空いた席へ案内した

…今日見かけた中では かなり眼つきが悪い魔物たちだ。腰には武器を下げている

一目見ただけで 危険だと判断できるが、外見判断するのも良くはないだろう

お客様に誠意を持って、愛想良く だ


エルフ「……ご、ご注文がお決まりでしたら どうぞ」

「…………水を 人数分頼むよ」

エルフ「はい……かしこまりました……!」


すごく緊張する。まるで殺気でも振り撒いているかのような雰囲気だ

彼らは何を話し合うわけでも、談笑し始めるわけでもなく 黙ってテーブルの上で腕を組み、水を待っている

正直言うと、あまり接したくはないグループだ


エルフ「水を人数分。あそこのお客様へ」  店長「あいよ。さ、こいつはお前の仕事だ」

旅人「ああ……待っていろ……」


頼まれたナナシはボトルを手に持ち、片手にコップを…震えながら持っているではないか

全てに水を注ぎ終えると、また震えながらトレイへコップを乗せた


エルフ「緊張しすぎだと思うよ?」  旅人「……だまれ」

「…………」  エルフ「お待たせしましたぁー……」

エルフ「他に、料理など注文がございましたら またお気軽に呼んでください」


強面魔物たちへコップを配り終えると、各々コップを口につけ 一気に飲み干してテーブルへ叩きつけるようにコップを置いた

妙な雰囲気に私は彼らを前に固まってしまい、ピクリとも動けなくなった

まるで 蛇に睨まれたカエルと言った感じだろうか


エルフ「……で、では私はこれで。どうぞごゆっくり」

「注文だ、お姉ちゃん」  エルフ「え? あ、はい」


振り向き直ると、ガタッと魔物の一匹が椅子から勢いよく立ち上がって

私の腕を強引に掴んでその胸へ捉えた

突然の出来事に、自分に何が起きたか理解する間もなく


「てめェら 全員こっちを見やがれェーーーッ!!」


また一匹が怒鳴るように大声で店内へ呼びかけ、自分たちへ注意を向けさせる

私を捉えた魔物は懐からナイフを一本取り出すと それを私の喉元へ突きつけてきた

店内にいた皆がざわめき始める。ナナシは動揺も何もしていなさそうだが


「耳の穴かっぽじって よォーく聞け!! オレたちゃ鳴く鳥も黙って地に落ちる……」


何か間違っていないか、それ


「蜷局稲妻隊(とぐろいなずまたい)よォ!!」


とぐろ? いなずま?

一体何の関連を見出してつけられた名前なのだろうか

彼らは肩を巻くって 稲妻マークのタトゥーを全員へ見せつけた

そうか。彼らはいわゆる『族』なのだろう


エルフ「…………」


ナナシへ視線を向けると、彼は包丁やナイフを手に構えていつでも飛び出せる態勢へなっていた

それを 店長が制止させている

「稲妻隊……最近ここら一帯を荒し回ってる奴らだ……」 「おい、自治体へ」

「下手な真似見せんじゃねェぞ!! ……妙な事すれば このガキがどうなるかわかってんだろうなァ」

エルフ「っ……」


ありふれた脅し文句ではあるが、十分今の私にとっては恐怖へ変わる

いくら不死といえども 刃物を目の前に突き付けられれば恐ろしいのだ


店長「…………一体何のつもりでその子を」

「食料有る分だけこっちに寄越せ。水も、有れば薬もだ」

エルフ「く、くすり……?」

「人質が勝手に口出すんじゃねェぞ!!」


そう言うと、ナイフの柄で私の頭を殴りつけた

どうも容赦はなさそうだ


「今要求した物と、このガキで交換だ……早くしろ……」

店長「っぐー……野郎……」

旅人「隙を見せた瞬間、俺が奴らへ飛び込む。もしくは10秒後に動く」

店長「止せっ……いくらあんたでも奴らみたいな相手じゃ……」

旅人「問題ないと言ったはずだ」


ざわめきが静まり、店内は緊張に包まれ始めた

何故私が行くとこ行くとこには いつもトラブルが発生するのだろうか

しかも、決まってピンチになるのは私なのだ。本当に勘弁して欲しい


「…………おいそこのでかい奴!! 今、何しようとした!!」

旅人「…………」   「お前、両手を頭の後ろで組んでいろ! 早く!」

店長「今は言う通りにしておけ……刺激すんな……」

旅人「任せろ…………」


「早くしろと言ったんだぜ!? 聞こえてねェのかオイ!?」


旅人「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ……」  「は!?」


旅人「お前たちは客だろう? 俺は店員だ。客の注文を取るのが俺の仕事でもある」

エルフ「は……はい……?」


シュールな笑いという奴だろうか、それとも この状況下でおかしくなったのか


数人ほど店内にいた魔物たちと私は、ナナシの発言後の余韻に噴き出してしまいそうになった

「ふざけてんじゃねェぞ!! このガキが死んでも構わねェのか!!」

エルフ「ひっ……」


首へナイフの刃が触れる。薄皮を切り、血がすぅーっと少量 刃へ伝ったのがわかった

ナナシ、これ以上は変に刺激しないで抑えてくれ。ここで殺されて不死だとバレるのはかなりまずい

妙な考えを持った魔物たちが最悪私を捕獲しに襲いかかってくるかもしれないのだから


「こっちは本気だからな……調子に乗るなよ……」

旅人「オイ、ご注文をどうぞ?」

「…………」


さすがに二度目には笑える気はしなかった。むしろ嫌な汗がどっと…


「てめ――――――ギャッ!?」


私を拘束していた蜷局稲妻の魔物が急に私を振りほどき、頭を抑え始めた

なんと 後ろから客として訪れていた魔物が彼の頭を皿で殴ったらしい

それを合図にカウンターから刃物が真っ直ぐ飛ばされる。ナナシが放った物だ

蜷局稲妻の魔物たちへ次々と命中させてゆくが、一匹がテーブルを盾に逃れ 私へ手を伸ばす

が、いつのまにかナナシは身を乗り出し 上へ跳躍していたようだ

落下とともに その一匹へ飛びかかり、抑え込むと首裏を包丁の刃で一気に突き刺した

確認せずとも彼が絶命したことはわかる


エルフ「あ、あ…………」 「大丈夫か? エルちゃん」


旅人「助かった。良いタイミングで動いてくれたな」

「気にするなよ、兄ちゃん。こちとら ああいう連中にはなれているんでね」


その魔物はナナシの肩をトンと叩いて笑みをフと浮かべる

一気に店内に歓声が沸き上がり、客らはナナシと魔物を囲んだ


エルフ「さっきまではナナシさん見てビビってたくせにぃー……」

しかし、喜びもつかの間である

唐突に炸裂音が響き渡り、私の目の前で数匹ほど魔物が吹っ飛ばされる

店の入り口が爆発したようだ。何故だ

どうやら店の外にも蜷局稲妻の魔物が待機していたようだ騒ぎに駆けつけ、爆弾…か何かを投げ込んだらしい

すぐに私はナナシの元へ逃げようとするも、我先に奥へ逃げ込もうとした魔物たちにもみくちゃにされ、床へ転倒してしまった


エルフ「ナナシさっ――――――」


誰かが私の手をぐいっと引っ張る

無理矢理立てさせられ、脇に私を抱えると走りだした


エルフ「ナナシさん! ありが…………あれ」


「よくもオレのダチを……てめェら許さねェからなァーッ!!」

「ガキはこの蜷局稲妻隊が預かる!! 楽しみにしておけ!!」


エルフ「えっ、うそ!? ちょっとぉー!?」


ナナシかと思えば、私を掴んでいたのは蜷局稲妻隊の一匹だったのである

私を抱えたまま待機させていた馬へ跳び乗ると、一気に駆け出した

後ろを振り向けば、そこにはナナシが…しかし追い付くことを諦めているのか 黙って私が攫われる様を見送っているではないか


旅人「…………」

エルフ「アホぉーーーーーーっ!!」



この声は きっと恐らく彼へ届いてはいないことだろう

今日はここまで

エルフの容姿についてはうーん・・・どうしようかな

砂海を馬に乗せられ渡ること早数時間、遠くに建物が見えた

ゆらゆらと揺らめいている。蜃気楼というわけじゃない

単に私がこんな恰好で砂海へ出され、熱さで参っているだけなのである


エルフ「街…………」

魔物「いや、俺たち蜷局稲妻隊の拠点」


ああ なるほど


魔物「お前を餌にして街の奴らから根こそぎ奪ってやる。人質っつーわけだ」

魔物「今さら逃げる気は起きないとは思うがな、大人しくしておけよ」

エルフ「……私なんて……さらっても、意味ないと思うんだけど……」


日差しがジリジリと露出した肌を焼く。人質ならばもう少し丁重に扱えないのか

と、思っているとようやく一枚ローブを被された

しかし これは日から逃れさせる為ではなく、どうも目隠し代わりらしい


魔物「判断するのはお前じゃねぇ、俺たちだ! それにお前を売れば金にはなるだろう」


…ようするに人質として役目を果たせずとも、私には別の用途があるわけだ

最近奴隷から解放された身だというのに まさかまた逆戻りする羽目になるのだろうか

どっちにせよ 憂鬱というか いや、むしろ諦めがつき始めたようだ

私は黙ってなされるがまま馬から降ろされ、言われるがまま歩かせられる

視界は塞がれていて何も見えたものじゃないが 奥へ奥へと足を運ばせられると、ひんやりとした空気を感じ始めた

きっと 建物の中へ入ったのだろう。…なんだか酷い匂いもする。いや、これは単に被ったローブが臭うだけなのか


魔物「ここに座って待っていろよ。俺は隊長へ報告しなければいかんでなぁ」

エルフ「……一つだけ、わがまま」

魔物「はぁ?」

エルフ「お水をいっぱい……いただけますか……」


椅子へ座らせられたところで今のままだと落ちて倒れてしまいそうだ

意識もやっと保っていられるような状態で、言葉も繋ぎ繋ぎ。目の奥がチカチカする


魔物「お前今自分がどんな立場か理解できてんのか? 言ってみろ」

エルフ「ひとじち……で、でも」

魔物「だからガキは好きじゃねェや」

「他の奴に持ってこさせてやりな」  魔物「あ?―――――たっ、隊長……」


部屋にもう一匹 魔物が入ってきたようだ。隊長と呼ばれたが、彼が

すっぽり被せられたローブが奪われ、視界に大柄な魔物が現れる


エルフ「…………」


隊長「エルフのガキ、か」  魔物「…ええ。何も盗れないで帰るよりはましかと思って」

隊長と呼ばれた魔物は 屈強であり、顔面は傷塗れ、片目は潰れたのか眼帯を取り付けていた

隻眼のリザードマンだ。彼が…その 蜷局稲妻隊の族長もとい隊長らしい

ナナシ以上に大きく、目の前に立たれると威圧感がある

トカゲの顔をぐっと私へ近づけて しばらく睨みつけると、フンと鼻で笑った


隊長「このガキ使って奴さんら脅す魂胆か?」

魔物「今さら後に引くつもりはないっスよ……ダチぃ目の前で殺されて俺完全キレちまったっス……」

隊長「そうかよ。いいからガキに水いっぱい くれてやんな」

魔物「た、ただでさえ蓄えの水が底を突きかねないんですぜ!?それをこんなガキに」

隊長「放っとくと後が面倒になるぜ。ガキの死体始末する手間が省けると思って、早く」

隊長「俺が見張っておいてやるからよ」

魔物「う…うっす……」


部下の魔物は駆け足で部屋を出て行く

一方、隊長は私の近くの壁に背中を預けて 腕を組み、それを待った


隊長「難儀するな。だが 若いのがしたことだ、許してやってくれ」

エルフ「…………」

隊長「随分バテてるみてェだな」  エルフ「心配してくれてるの……?」

隊長「お前の目にゃ 俺が優しいお兄さんに映っているのか?」

エルフ「……部下の人に言ってあげてください。人質って死なせたら意味ないって」

隊長「そうだなァ」


聞くと、彼はニヤリと口元を緩ませる

部下たちと比べるとどこか落ち着いているように感じるし、話もできそうなタイプだ

だからといって逃がしてくれるものとは考えられないけれど

隊長「その恰好を見て察するところ」  エルフ「え?」

隊長「中々良いとこ育ちの娘みてェだな、あんた」

エルフ「本当にそう思ってるんですか?」

隊長「正直よくは分かってねェーや」  エルフ「適当な……」

エルフ「今 とある事情で街のお店でアルバイトしてるの。これはそこの服で借り物」

エルフ「だから 私、あの街の住民じゃありません」

隊長「だと思ってたよ」


何だって?


隊長「何度か俺もあそこに出入りしている。つい最近も」


まさか この魔物、最初からそれを分かっていて私をここへ置いているのか

人質として価値がない事を知っておいて


隊長「人質の意味ねェと思ってんだろ?だが、お前ぐらいのガキなら他に利用価値はある」

エルフ「……想定内です」

隊長「悟りでも開いてるのかってぐらい大人しい奴だな。怖くないのか?」

エルフ「怖い。だけどこういうのは慣れっ子だもん」

隊長「誰か助けに来てくれる当ては?」

エルフ「…………」


ナナシが私を助けに来てくれれば、と多少は期待している

しかし 彼は元々私なんてどうでもいい子どもと考えているし、邪魔な荷物と言った

まさにこの展開は彼にとって願ってもない良い機会ではないか

放置して逃げるなら絶好のタイミングだろう


隊長「……寂しいガキだなァ」

エルフ「…………別に 寂しくないもん」

エルフ「寂しく……ないもん……」  隊長「どうして繰り返した?」

隊長「お前さえ良ければ俺様の『蜷局稲妻隊』に入れてやらんでもねェー」

エルフ「やだっ!」プイ

隊長「……入れて欲しいくせに?」  エルフ「やーだっ!」

隊長「……ヘッ、可愛げないガキだぜ」  エルフ「どういたしまして!」

魔物「隊長、水っス……」

隊長「悪いな、大切な蓄えを」  魔物「いえ、問題ねーです…」

隊長「ホレ」


渡された水はコップ一杯分にも満たされていない

手下の魔物の顔色を伺う限りはこれでも精一杯用意できた方なのだろう

きっと 彼らの蓄えとやらは本当にちょっぴり程度だったはずだ

なのに 突然現れた私のために。申し訳なくてこれでは受け取れない


エルフ「あの……これ……」

隊長「気ィ使われる筋合いはないね。お前は俺たちの人質だぜ。何を与えようがこっちの自由だろうが」

エルフ「でも もう残っている水は少ないんでしょう? それなら」

魔物「そうだ!! もう飲めるような水なんてほとんど残っちゃいねェ!!」

エルフ「ひっ」


手下の魔物が私へ向かってくると胸倉を掴みかかってきた

ただでさえ強面なのに こう 目の前で凄まれると更に迫力が増される


魔物「お前みたいなガキにくれてやるなんて みんな不本意なんだよ!」

魔物「こんな少しの飲み水だけどな! 本当に大切なんだ! 他に飲ませてやらなきゃいけな――」

隊長「止しな」  魔物「っうー…………くそ」


一言制止をかけられただけで 手の力が抜け、彼は部屋から飛び出すように出て行ってしまった

隊長へ顔を向ければ、先程の様子と変わらず、いや、残った片目で私を見つめていた


隊長「他の連中に見られてないうちに飲み乾しちまえ」

エルフ「……ごめんなさい」

隊長「そこは「ありがとう」だろう? 別に礼を求めちゃいねェーがよ」



私は水を一気に喉へ流し込む


錆びの味がした

エルフ「少し 落ち着けました。ありがとうございます」

隊長「礼はいらんと」  エルフ「状況はどうあれ、私あなたたちに助けてもらえたから」

隊長「ぶっ倒れる一歩手前まで放っておいたのも俺たちだぜ」

隊長「さぁー お次は何を要求する? 食い物か?」


悪戯に笑みを浮かべながら彼は私へ冗談…たぶん冗談なんだろう。投げかけてきた

もちろんそれには丁重に断りを入れ、鼻で笑われた後 再び部屋に沈黙が訪れる

私は空になったコップへ視線を落として その間じっとしていた

この後どうなってしまうのか、やはり奴隷へ戻る羽目になるのか

不安ではないとは言えない

しかし 先程から私の頭の中に『彼』の存在が浮かぶ

この場に彼はいないのに、何故だか傍にいてくれているような、不思議な感じがしてならない

ナナシなら…と妙な期待は絶えることがなかったのである


隊長「明日辺りに部下どもがお前を餌に街へ脅しにかかるだろう」

エルフ「あなたの口から教えてあげてくださいよ……無駄なんだって」

隊長「こっちだって。言って止めたって無駄だ。諭されて簡単にやめる連中じゃねェと思う」

隊長「大体、あのイラ立ちぷり見てると 街の奴が仲間を殺っちまったんだろう?」

エルフ「あ……ま、まぁ……」


殺したのは街の住民たちではない。ナナシ一人なのだ

だけど、彼ら複数をこちらはたった一人で仕留めてしまったなんて話 この男には信じられないだろう

それより気になるのは隊長の態度である

仮にも部下を何人も失ったのだ。仲間を失って腹を立たせる事のないリーダーも珍しいのではないのだろうか

少なくとも私が彼の立場なら平然としていられない

結構ドライな付き合いか、性格しているのだろうか この男は


隊長「ケジメってのもあるんだよ、馬鹿な連中には」


お馴染みの笑みを浮かべ、壁から離れた


エルフ「あなたは冷静なんですね。『とろろうんたら』なんて名前の集団のリーダーしてるぐらいだからもっと荒々しい性格かと」

隊長「違ェ、『蜷局稲妻隊』だ。二度と間違えんじゃねェ……」


どうやら隊の名前にはかなり誇りを持っているようだ

…私以上にネーミングセンスないのではないか、この人


隊長「内心これでも悲しんでるんだぜ、昨日まで肩組み合ってた馬鹿がいなくなっちまったって」

エルフ「怒りは、しないの?」  隊長「一々キレてたら隊長なんぞ務まらねェわ」

隊長「ちょっと付き合えよ、ガキんちょ」


私へ振り向き 言うと椅子を立つのを待たずに気だるそうに部屋から出て行った

彼はまだ他の連中と比べて理解がある魔物とはいえ、言う通りにしていないと何をされるか分かったものではない

不本意ではあるが着いて行った


エルフ「ガキんちょじゃねーです……今の訂正してください!」

隊長「そうやって ムキになんのがガキの証拠だ、ガキんちょ」  エルフ「だぁあーッ!」

エルフ「……ここに連れて来られたとき、目隠しされてきました」

隊長「そうなのか?」  エルフ「何か私に見られて困る物とかあるからじゃないの?」

エルフ「いいんですか? 今は何もされずにあなたの後ろを歩いてる」


ぴたっ、と突然その場に止まり、私へ顔を向けることなく続けた


隊長「連中は、俺の仲間は乱暴で雑でどうしようもねェーが」

隊長「結構 マトモなところあるみたいだなァ」

エルフ「その言葉には悪いけど納得できない」

エルフ「マトモだという点なら、まだ あなたの方が私から見れば……」

隊長「俺が?」

エルフ「だって 私に水もくれました。あなたが言わなければ部下の人も水を渡してはくれなかったでしょう」

隊長「そうだよ。なんせ俺の命令は奴らにとって絶対だからな」

隊長「これをしろ、あれをしろと無理言っても アイツら最初は嫌な顔するが結局最後は「はい」でやってくれるんだよ」

隊長「俺に対してアイツらは「いいえ」を最後に選択しねェ。かならず「はい」だ」

エルフ「ふーん…………」

エルフ「信頼されてるんですね、みんなに」

隊長「まぁな、ここまだ築くのには ちょいと時間が掛かったよ」

隊長「今ではもう連中は全て俺の駒さ」


再び前へ進み始める。彼は、ここの連中に対して相当の自信も持っているのだろう

私も彼へ続くと、建物の中へ入ったときと同じ 酷い臭いを嗅いだ

あれはけして被されたローブの臭いでなかったことを今確信する


エルフ「うあ…………!」


扉もない部屋の中から臭い、腐臭に近いものが充満していた

その臭いが外へ漏れていたようだ。中には数十匹の魔物がシーツの上に横たわっている


エルフ「し、死体……!?」

隊長「いや、そうじゃないんだ」

隊長「中の奴らは病に侵されちまって、どうしようもねェー連中よ」

エルフ「病気? どんな?」

隊長「知らんね。そんな知識を持った奴はここにはいやしねェからな」

隊長「だから、みんな奴らを放っておいてるのさ。見えるか? 肉がグジュグジュに崩れちまってんだろう」

エルフ「…………」


そんなところ、見られるとしても目を向けたくはない

…そうか。あの時 薬を街の魔物たちへ要求したのはこれが原因だったわけか


隊長「一つ分かっている事は この病は体を時間をかけて内側からゆっくり溶かし、死に至らせる。ただ それだけ」

エルフ「ひどい……あんまりすぎる……」


水を他に飲ませてやらなくてはいけない、それは彼らにだったのだ

部屋の中からは魔物たちの呻き声、「あつい あつい」と訴えかけている者もいる

どうやら看病している仲間も中にいるらしい。ボロボロの布切れを手に持って懸命に病人の体を拭いていた


エルフ「……あの人たちのためにも、水や食料。薬を求めてたんですね」


感心できる連中ではないにしても 助けてあげたい、そんな気持ちが起こされる

しかし 私が彼らにしてあげられることなんて何もないし、彼らの為の水だって飲んだ

後ろめたさに押し込まれ、伸ばした手も自然に下へ降りてしまう


隊長「薬だって?」  エルフ「え、ああ」

エルフ「さっきの部下さんたちが街で」

隊長「…………そうか」

隊長「行くぜ。お前に見せるのはこの部屋じゃねェんだよ」

エルフ「見せる?」

隊長の後ろへ着いて行き、建物の階段を昇って私たちは小さな屋上へ辿り着いた

ここからは 砂海が遠くまで見渡せ、砂ばかりとはいえ壮大な景色に思わず目を見張ってしまった

見上げれば空。雲がゆったりと流れ、太陽がギラギラと地上を変わらず照り付けている

砂が風に乗って舞い、何もない砂海を漂う

ここから見れる景色がもっと彩られた物ならば どんなに素晴らしかったことか


エルフ「…………」


まだ、先程の病に倒れている魔物たちの姿が脳裏から離れない

隊長が話した彼らはマトモという言葉、それは関係のない私へ彼らが抱えている問題をあえて隠したことなのだろうか

そもそも、私へ見せたところで彼らにメリットはないだろうが。私は医者でも何でもないのだから


隊長「悪くないところだろう。俺は結構気に入ってるんだぜ」

エルフ「え? ……あ、はい」

エルフ「……もしかして 私へ見せたかった所って」

隊長「お前も気に入ると思ってなァ」

隊長「ここは俺以外の奴らには誰も入れたことはない。正真正銘俺だけの場所」


彼は、私とこの景色を共有することを目的として、ここまで連れて来たのか

だけど 仮にも私は人質だろう。なぜそんなことを

…人質に何をするのも、彼らの自由というわけなのか


隊長「この意味 お前でも分かるだろう?」  エルフ「え、えっと……」


エルフ「……わかりません」

隊長「俺は お前が気に入ったっつーわけさ」


隊長「『蜷局稲妻隊』に入れてやるって話、少し本気だったんだぜ」

エルフ「お断りします。私は人質でしょう」

隊長「釣れないこと言って避けることはねェーぞ……俺はお前を解放する気なんて一切ない」

隊長「手放す気がねェわけだ。一目で気に入った」

エルフ「どうも……気持ちだけは嬉しいです――――――……でもっ」


私は外の砂海へ向けて視線を向ける

隊長もそれに気付き、私の視線を追った


……そこには ナナシ の姿があったのだ


ナナシは相も変わらず 疲れた様子一つ見せずに こちらへ向かってただ真っ直ぐ歩き続けていた

遠くからでも分かるくらい、彼のその姿は堂々としていて強さが見える



エルフ「私のお迎えが来てくれました!」

隊長「…………へェー」

旅人「…………」


ナナシは最初こそ凄い剣幕の魔物たちに囲まれ小突かれていたが、隊長が止めに入るとすぐに引いて行き、彼は中へ招き入れられた

今はこうして部屋の椅子にテーブルを挟んで隊長と黙って向き合っている

沈黙は長く、部屋の中の緊張は解れることなく私自身も重い空気に飲まれかけていた

魔物たちはそれぞれに武器を持ち、入口を塞ぎ、ナナシへいつでも飛びかかっていけるよう警戒している

私はというと 奥の方でポツンと立たせられていたわけだが


隊長「要件を聞こうか。こんな所まで歩いて来てわざわざ何の用だ」

旅人「さっきも同じ質問を受けて、返答したのだが」

隊長「よくもまぁ……街から来たんだろう? 馬で2時間は下らないっていうのに」

隊長「本当にその足でここまで来たのか、あんた」

旅人「そうだが。ところで早くその娘をこちらへ返してはくれないか」

エルフ「な、ナナシさん……!」


なんということだ。彼は私を見捨てずにいてくれたのだ


隊長「それにしても、よくアジトの場所を掴めたな。一体どうやって?」

旅人「目印だ。こいつを頼りに後を辿ってきた」


ナナシは袋からボタンを数個か取り出し、彼へ見せた

私が着ていた服から外して来た道に落としておいたボタンである

期待するからには その手助けぐらいはしておきたかった。でもまさか本当に助けに来てくれるだなんて

…とにかく、無駄にボタンが多いこの服には感謝だ


隊長「…………お前だったな、ガキんちょをここまで連れて来たのは」

魔物「そ、そんな……何で……いつのまに!」

隊長「よく そんな小さい目印で追って来れたもんだよ。大した奴だ。気に入ったぜ」

隊長「それで? 俺たちに何の要件があるのかな?」

旅人「同じ質問をされるのはあまり好きじゃない」


どの口がそれを言うんだ


旅人「娘を返して欲しい」

エルフ「わ、私も! ……私もその人のところへ、帰りたい…です」

隊長「……ハァー、あんたに俺が最も嫌っていることを二つ言おう」

旅人「何?」   隊長「まぁ、黙って聞いとけよ」

隊長「俺は『蜷局稲妻隊』の名を間違われるのが嫌いだ」

隊長「俺は 「NO」 と言われるのが嫌いだ……以上」

旅人「…………」


再び 長い沈黙が訪れる

魔物「隊長、自分少しいいスか……」

隊長「どうぞ」   魔物「うっす」

魔物「ガキを返してもらいたいなら、俺たちへ水と食料。それと薬を寄越しな」

魔物「ありったけだ……!! 有る分全て俺たちへ惜しみなく寄越せ……!!」

旅人「そんな物は生憎だが一つも持ち合わせてはいない」

魔物「誤魔化しは要らねぇんだよ! 今なくても街へ戻って」

エルフ「私たちはあの街の住民じゃない!!」

魔物「え…………?」   エルフ「聞いて!」

エルフ「そもそも、私を人質にしたって交渉にはならなかったの!」

エルフ「本当に私たちは街の人なんかじゃなくて、ただの旅人。あそこには偶然働くことになっちゃっただけ!」


偶然というか、お金を持っていなかった事を覚えていれば起きなかった事態ではあるが

さすがにナナシも理解していたのか この時は無駄口を言うことはなかった

全てあなたたちの誤解だ、私には人質の価値はない


エルフ「……だから お願い。解放してください」

隊長「ガキんちょ、お前は俺がさっき話したことを覚えちゃいねェーのか」

隊長「お前を逃がす気はねェ。理由も事情もどうあれだ」

エルフ「そんなこと言われても困ります……!」

魔物「俺たちの貴重な水も飲ませてやったんだぞ!? あぁ!?」

エルフ「……そ、それは」

旅人「また厄介をしでかしたか」  エルフ「厄介ぃ!? ……いや、でも」


今回、私に反論する余地はない

世話になったのは事実なのだ。そして、あの水が貸しと受け取られてもおかしくはない


隊長「アレは恩売りのための物じゃない。気にするな」

隊長「今はそんなこと関係ねェーんだ、水なんぞまた何処かで奪えばいい」

隊長「そうだろう? お前ら?」

「うっ……」  「でも……」  「っー……」

隊長「今までだってそうして仲良く暮らしてきたじゃないか。忘れたか?」

隊長「俺たちは何だ? そうだよ、天下の蜷局稲妻隊サマだ……」

隊長「水なんてちっぽけな物より先に 俺は このガキが 欲しい」

エルフ「!」


私へ向けられたその目は 今までとは明らかに違った鋭いものだった

強欲の眼差し。何処か強さを秘めた瞳は私から逸らすことなく、瞬き一つせずに捉え続けている


彼が『マトモ』だとは到底思えなくなった

隊長「俺が欲しいと思った物は全てこの手に収めなきゃ気がすまない」

隊長「食い物、水、金、酒、女、屋根がある家、娯楽、それから景色も」

隊長「俺は全て俺の力で奪い取って手に入れた。ここの連中だってそうさ……なぁ?」

「…………」

隊長「知恵に力、スパイスに勇気でもついでで加えておこうか。これが有れば恐れる物は何もねェー」

隊長「…逆に盗られちまったもんなんて、この目一つよ」

エルフ「……ようやく納得できました」  

隊長「何ィー?」

エルフ「あなたのさっきまでの態度、部下への執着のなさ…とか」

エルフ「もしかして、部下の人たちには薬まで盗って来るようには命令していなかったんじゃないですか?」

隊長「俺に薬は必要ないからなァ」

隊長「だがな、別にそれを黙って手に入れてこようが 俺はこいつらを叱りはしない」

隊長「欲に忠実なのは俺たち魔物が生まれてからずっと持った性だ。こいつは仕方がねェー」

隊長「だから 俺の強欲も 仕方がねェのさ」

エルフ「……私が言うことじゃないのかもしれない。でも聞いてください」

エルフ「あの病気の人たちを気にしてあげて。とても苦しんでる」

「何でこのガキがそれを……」  「テメェには関係ないだろうが!」

エルフ「そうだけど……でも」

隊長「どうして俺がアイツらを気遣う必要がある?」

エルフ「リーダーとして当然だと思うから…。よくは分からないけれど」

エルフ「手に入れた物には最後まで責任を持ってください」


彼はまだ私から目を逸らさない。むしろ私に言われ、睨みが効いてきた

何か危険な雰囲気を感じ取ったのか ナナシが椅子から立ち上がろうとする

が、それは隊長がテーブルを叩いて大きな音を立てたことによって止められてしまった

旅人「怒っているのか そいつの話に対して」

隊長「いや、正論かもなって思ってなァ……!」


それが彼の本心なのかはこの場にいる全員が理解できていなかっただろう

この間も私から視線は一寸たりともズラすことなく、こちらに向けている

言葉を口に出すたびにチラチラと見える鋭い歯が今は恐ろしい


隊長「…………俺から 最後にあんたへ質問しようか」

隊長「うやむやにできるような質問じゃねェ、ただ 「はい」か「いいえ」で答えりゃいい内容だ」

旅人「気が楽になる前振りだな」


とは言いつつも ナナシはすっかり戦闘態勢のそれを取っていた

彼の武器だった二振りの短刀は3日前に失ったはずだが、武器はどうするつもりなのだろう

まさか 素手でやるわけではあるまい。…彼ならやりかねなさそうではあるが


隊長「俺にあのガキんちょをくれ。返す気はない」

隊長「もし黙って寄越すなら あんたの今からの安全は保障しよう」


つまり 無傷でここから出させてやるというわけだ

その反対はもちろん 死を意味していると言っても過言ではないだろう

周りの部下たちの殺気が膨れ上がり始めている。隊長もだ

むしろ彼が一番この中では殺気立っている方だと思う。先程まで私と冗談交じりで会話していた彼は何処へ行ってしまったのだろうか


あのときの彼は 私が勝手に良い人だと 思い込んでいた結果のイメージだったのか

信じられない

あんなに冷静で、優しさがあると思っていた者の腹の内がこんなにドス黒かっただなんて

それに どうして 私なんか小娘にここまで執着するのか理解できない

私の目に映る 彼は 一体誰なんだろう…?


旅人「いいえ だ――――――」


ナナシは迷いなく拒否を選択する

途端に一本の太く短い矢が鎧へ放たれた

それを合図に一斉に魔物たちがナナシへ武器を向けてそれぞれ突っこむ



隊長「じゃあ、死ね」

ここまでです。進み遅いかな

大きな声をあげて魔物たちは あっというまにナナシを包んだ

中からは武器が鎧を突く音、殴る音…さすがにこの数に囲まれてはなす術はない筈だ


エルフ「ナナシさん!! やめてよっ、こんなの卑怯じゃない!!」

隊長「…………」

エルフ「ナナシさんを傷つける意味なんてない……! ……お願い」

隊長「卑怯って言葉にはもう慣れた。傷つける意味もある」

エルフ「ない!」

隊長「あるさ。アイツが生きてりゃ お前が安心して俺に着いて来れないだろう?」

エルフ「……は、は?」


彼にはナナシが私にとって なくてはならない物として見えている

それについては否定しない。今の私にとってナナシは全てだ。私の生きる意味だ

だからこそ彼をここで失いたくない

…そんな事は置いておくとして、驚いたのは彼の考えについてである

常人の頭でそんな発想あり得るだろうか。私には異常だと感じられる


隊長「お前は屋上に上がって俺の無事を待ってな。すぐに済むからよォー……」

エルフ「だれが……誰があんたの言う通りにするもんか!」

エルフ「ナナシさん! ……ナナシッ!! 反撃して!!」


瞬間、文字通りドンという音が私の耳を駆け抜け 目の前にあった魔物の山は崩れ吹き飛ばされていた

現れたナナシの姿こそマントをズタボロに裂かれ、鎧に傷を作ってはいたが

当の本人は全く堪えてもいなかったようだ。手には壊れた椅子を持ち、隊長へ体を向けた


隊長「お前――」   旅人「一つ訂正を求めたい」

隊長「何をだ……誰に。……俺ェ?」


コクリとゆっくり一度頷いてみせてナナシは続ける


旅人「さっき、お前は俺に 最後の質問 と言ったが」

旅人「今のは質問ではないだろう。単なる一方的要求じゃないか」

隊長「…………こいつ脳足りてねェのか?」  エルフ「さぁ……?」


同意を求める隊長を尻目に私はナナシの傍へ駆け寄り、隊長へ向き直って両手を広げた

「止せ」と短くナナシが止めるが私は腕を下ろす気はない


隊長「着く相手を間違えちゃいねェーか お前?」

エルフ「私の帰る『場所』はここだから!」 旅人「何を言ってる?」

エルフ「……お願いだからこの人に乱暴しないで」

隊長「だが、そこの兄ちゃんは俺の部下を易々と放り投げてくれたぜ」

旅人「黙って攻撃されるほど俺は人が良くない。正当防衛だろう」


ごもっともな話だ

エルフ「でも 今のでハッキリしましたよね」

エルフ「ナナシさんはあなたたち『とさかうんたらたい』には負けない!」

隊長「オイ…………何つった、今」

エルフ「…言っておくけど 今のわざとです」

旅人「余計な挑発はやめろ」  エルフ「ふふーん!」

隊長「勝ち気な女は嫌いじゃないが、俺は俺の嫌がる事を言う奴は嫌いだ」

エルフ「……じゃあ どうしますか?」

エルフ「嫌いになったのなら、あなたはもう私が必要じゃありませんよね」

エルフ「そしたら、どうするんですか?」

隊長「……意味は変わるが「嫌よ嫌よも好きなうち」って言葉がある」

隊長「俺は、お前を愛してるぜ」


面と向かってそんな言葉を言われたのは初めてだ

あまりの真剣な眼差しに息を吸うのも忘れてしまった

ようやくして 漏らした息が言葉へ変わった


エルフ「えっ」   旅人「お前はどうなんだ。奴を愛しているか?」

エルフ「な、ななな、何言ってるのぉー!? 違うでしょう!?」

旅人「俺といない間に何をしていたのかは知らんが、愛の形というのも理解できんが」


旅人「俺はお前を応援しよう」  エルフ「ばかぁーっ!?」

隊長「ハハハ……アハハハハハ……」  エルフ「な、何おかしいのっ!!」


旅人「なるほど。奴が俺にお前を寄越せと言ったのも、アレはいわゆる、父に娘を譲れというやつか」

エルフ「本当にやめて!! 面白くないです!!」


私の大声でナナシもようやく止まる。この男、どうしてそういうくだらない事は知っているんだ

エルフ「ぜぇー…ぜぇー……ナナシさんのばか」

旅人「お荷物のお前に貶される意味が分からん」  エルフ「ばかっ!ばかぁーっ!」

隊長「おい、あらためて俺にその娘を寄越せ」

旅人「条件次第で考えてやらなくもない」  エルフ「はぁ!?」

エルフ「ナナシさん……! よく考えて……私はあなたの何ですか、あなたと何を約束しましたか」

旅人「俺が何者に見えるか正直に答えてもらう」

エルフ「そのために、あなたが全てを取り戻すまで私は一緒にいるって」

エルフ「約束しましたよね……!」


真剣な態度で彼へ迫る。「知らん忘れた」なんて返事が返ってきたら、いくら私の拳がボロボロに傷付こうが その鎧を殴る気でいる

私もあの夜にした決意は冗談なんかではないのだ

どうしてこんな男に…なんて気はしたが、本気であることに間違いはない


旅人「約束はお前が勝手にした。俺はそれへ応えたつもりはない」

エルフ「うっ……そ、そうだよね……」

隊長「なら俺のところへ―――」  旅人「だが」

旅人「だが、俺がこうしてお前の元へ来た意味を考えてみろ」

エルフ「えっ……助けにきた意味?」


この男は基本的に、自分の得へならないことには 自ら動こうとはしないのである

そこに何か理由か意味がなければ だ

つまり ここへ私を取り戻しに来た行動は無償なんかではないのだろう


旅人「俺に『答え』を聞かせろ、『エル』……」

エルフ「!!」

旅人「約束の返事は今返した、俺とお前の間で真に約束は結ばれた。そうだろう?」

エルフ「…………どうしてこのタイミングでなんですか?」



ナナシが 初めて私の名を呼んだ


途端に跳び上がりたいほど嬉しい気持ちが沸き上がる

そして 同時に顔全体が熱くなってきた。おそらく真っ赤に染まっているはずだ

突然の拍手。見ると隊長が一人真顔で手を叩いていた

周りの魔物たちもいつのまに起き上がっていたのか、その光景を目を丸くして眺めている


隊長「…………」パチパチ

旅人「というわけだ。俺にもこの娘を何も無く譲るつもりはない」

旅人「お前が娘を愛している気持ちはよく分からんが、分かったつもりだ」

隊長「それで、条件次第と……何が欲しい? 俺が奪ってお前に好きな物くれてやる」

旅人「お前に 俺が欲しい物は奪えない」

隊長「そんな事はないぜェ。本だろうと豪邸だろうと俺なら何でも奪える」

旅人「いいや、無理だ。それに欲しい物は自分で手に入れなければ気に喰わん主義でな」

旅人「……つまりそういうことだ。理解してくれたな?」


ナナシが欲しいもの。きっと自身の体と記憶に違いない

確かにそんなものを ただの族程度が得られるわけはないのだ

しかし、そういう問題ではない


隊長「…………お前ェー、俺とよく似ている」  旅人「は?」


隊長「お前が本当に気に入っちまった……好きだ……」

エルフ「はぁ!?」  旅人「むぅ」

「た、隊長……」  「あんた、急に何言って」

隊長「欲しい。お前もガキも欲しい。お前ら二人とも俺の物にしたい」

隊長「要求を少し変更させてもらおう……俺は、お前とエルフのガキ二人を頂くぜ」

旅人「強欲な魔物だな。勝手が過ぎると自分で思わないか?」

エルフ「そ、そうです。身勝手すぎ!」

隊長「いや、自由なのさ 俺はァァァ~~~だから俺に常識は通用しないィ~」


手を広げ歌うように滅茶苦茶な語りが続く

そんな様子で テーブルへ飛び乗り、ナナシへぐっと顔を近づけると


隊長「で、条件は?」

旅人「そちらで決めてくれ」  エルフ「わああぁぁ、ちょっと待ったぁーっ!!」

エルフ「おかしいと思わないの!? そもそも要求してる相手に条件決めさせるっておかしくない!? おかしいおかしいおかしいっ!」  

旅人「オイ、かなり鬱陶しいぞ…」

隊長「…………面白い男だな」

隊長「分かった。じゃあ決闘しよう。俺とお前で」

エルフ「え゛っ」

隊長「条件はこうだ。俺とお前で一対一の男の決闘を行う」

隊長「勝った方の要求が通る。お前が勝てばガキんちょを返す」

エルフ「そっちが勝てばナナシさんと私は……」

隊長「どうだい。だいぶ正当な条件だと俺は思うがね? え?」


彼の言う通りだ。やろうと思えばもっと無茶を言って自分の要求を私たちへ呑ませることも可能なのに

彼にも彼なりのプライドがあり、その意地を張ったまでだというのだろうか

比べてナナシのさっきのアレは何だ。お陰でかなり冷や冷やさせられてしまった…

とにかく、ここまで来たら こちらも引くわけにもいかないだろう。決めるのはナナシだけど


旅人「了解した。その決闘受けさせてもらおうか」  隊長「いい返事だァ……」

隊長「決闘は外でやらせてもらうぜ。俺の家をこれ以上壊したくはないから」

隊長「それと……その間はガキんちょはこちらで預からせてもらう」


手下の魔物が私の腕を掴み、後ろから羽交い絞めにしてきた

私自身もそれへ逆らうことなく 大人しく拘束されたままになる

彼を、ナナシを信じよう

あの隊長とやらがどれほど強いのかも分からない。だけどナナシだって強い

ナナシが負けるイメージなんて私にはまったく沸いてこないのだ

自分のことのように…とにかく、彼の強さには自信がある


隊長「着いて来い。お前らもだ」  「うっす!!」


エルフ「…………ナナシさん」

旅人「どうした? 条件が不満か」  エルフ「いや…そうじゃなくて」

エルフ「ぜったい 勝ちましょう。この勝負……ッ!」

旅人「ああ、問題ない」


いつもの調子でナナシは答えた。その背中はとても、いつも以上に大きく見える

砂が風に吹かれ目の前をさっと過ぎて行く

砂海に立った二人の男。一人はナナシ、そしてなんたら隊の隊長・リザードマン

どちらも離れてその時を待っていた。その様子はとても静かで、これから戦いが始まるとは到底思えないぐらい

私と数十匹の魔物たちが見守る中、初めに口を開いたのは


隊長「お前、丸腰でくるつもりか……」

旅人「何の問題がある。別にお前を舐めてかかっているわけではない」

旅人「今、あいにく武器を切らしているだけだ」


じゃあ 借りるか何かしてくれ


隊長「フフッ」


短く笑うと、彼は空を見上げた。倣って私たちも見上げるが 太陽の輝きにあやうく目を潰されそうになる

一匹の鳥…いや、魔物なのだろうか。それは空を優雅に飛行し、アジトの周りをぐるぐると回っていたのだ


隊長「アイツも俺のだ」

旅人「…………それがどうした」

隊長「奴は餌の時間に自分から貰いに飛んでくる。そろそろ時間だろうな」

隊長「あんまり待たせると鳴くんだ。そいつが合図だ」


と、言い終えてすぐにだ。上空の魔物が一声あげた

その声は砂海へ寂しく響き渡ってゆく

二人が動き出した

隊長が手に持つ一本のハルバード(槍斧)。彼の体が大きい分、多少小さめに見えるが私たちが持つには十分過ぎるほど大きいのだろう

さすがにナナシの頑丈な鎧でもあの武器で叩き潰すように戦われては 厳しいものがある

そして、先端に着いた槍。あれを鎧の隙間へ滑り込ませ一気に突き刺せば 生身でないとはいえ、ナナシの体は砕ける

そんな獲物を軽々と持ち、肩に担ぐと一気に勢いをつけて 隊長はナナシへ振り降ろしにかかった

見るだけで受ければとんでもない事になると予想できる強力な一撃

しかし、欠点がある。一度頭の上へ振り上げる動作は完全に 隙 なのだ


隊長「アアアァーーーッ!!」


もちろん ナナシもそれに気づいたらしい

あえて敵の懐へ入り、隙がある腹部へ肩を向け 体当たりにかかった

が、その行動は最初から読まれていたのか 逆に向かってきたナナシへ武器を振り上げたまま蹴りを放ってきた


旅人「ふん…………」


蹴りをその場で踏み止まることで耐え、ナナシは隊長を片手で掴みかかる


隊長「単純な野郎だ!!」


そのまま片足で跳び、器用にナナシの体を空いた足で蹴り押し さらに上昇

隊長は宙で翻ると態勢を整え、太陽を背にナナシへ向かって武器を振り下ろしにかかったのだ

初めから狙いはこれだった。かなりリスクが高い初手ではあったが…


「さすが隊長……あの身のこなしは あの人の身体能力あっての技だぁ……!!」

「や、やっちまってくれぇーーー!! 仲間の仇を、そいつをぶっ潰す事で晴らしてくれぇーーー!!」

エルフ「むっ……ナナシさん! そのまま真っ直ぐ上から来ます!」

「んなことわかってるだろうよォ~~~!! だが、あの男にはどれぐらい後に落下してくるかなんて見てもわからねぇ!」


太陽を背に…そうなのだ。あれは目くらましも含めた攻撃

常人では眩しさに目をまともに向けていられず、目測で相手との距離を掴むのは困難

すぐに回避へ移ればいい話だが、隊長の落下速度はかなり早い

ナナシが直感的に回避へ移ればギリギリで避けられなくもない。しかし、彼は上を、隊長を見上げてじっと身構えていた


旅人「…………」

エルフ「避けてぇーーーっ!!」



ドンッと大きな衝突音が炸裂し、辺りの砂がぶわっと舞い上がる

エルフ「っー…………」


思わず私の手が顔を覆ってしまい、目の前の光景から逃れようとした

潰され、地に倒れるナナシの姿を見たくない。彼が負ける姿なんて

このままでは魔物の歓声が聞こえてきそうだ。耳も、塞いで

…だが、周りの魔物たちから聞こえてくる声は勝利の雄叫びではなかった

ざわめき。指の隙間から魔物たちへ視線を向けると、彼らは皆顔を見合わせ、そして二人の姿を再度確認し、口をあんぐり開けていた


エルフ「…………あぁ!」


二人の姿を隠していた砂が吹き飛び、現れた光景

それは武器の斧部分を破壊されて砂の上に膝立ちしている隊長と

砂の上に仰向けになって横たわっているナナシの姿だった

これだけを見ればナナシは何とか武器を破壊できたが、攻撃を真上から受けて倒れた

つまり 隊長の勝ちのように見える。しかし、ナナシは損傷一つしていないではないか

むしろ 攻撃を受け吹き飛んだのは隊長の方らしい


隊長「どうなってやがる……お前、なぜ俺を捉えられた……勘なのか……!」

旅人「…………」


「何が起きたんだよ…」  「隊長の武器をあいつが」 「蹴り一発でぶち壊したのが見えたぞ!」  「お、オーバーヘッドキック……」


私には何が起きたか、ナナシが何をしたのかも分からなかった

その前に…反省しなくてはいけないことが一つある…

彼の勝利を私が信じなくてどうするのだ。なぜ負けをイメージしてしまった


エルフ「ごめん…………ナナシさん 勝って!!」


今度はけして目を逸らさないと約束しよう

私は彼の勝利をこの目でかならず見届ける

武器へ損傷を与えられたことに気を荒立て隊長はナナシへ向かう

槍で突き、薙ぎ、様々な位置からナナシを狙い、打とうする

ピョンピョンと機敏にとんで跳ねまわるその姿は 傍から見れば奇妙だった

しかし、攻撃を受けている者にはその動き全てに対処するのは難しいだろう

隊長は とても素早い相手だ

並の魔物ができる動きではない。彼が言った強さは間違いないのである


隊長「どうした…ァ……ッ!? さっきから全く動いてねェーな……ッ! えぇ!?」

旅人「……舌を噛むぞ、気をつけろ」

隊長「何を――――――えっ」


目にも止まらぬ早さで隊長の腕を取り、地に抑えつけていたナナシ

誰もその動きを追うことはできなかったのではないだろうか

それぐらい、いつのまにかの話だ


旅人「動けないだろう。お前は動きに無駄が多い」

隊長「黙れェッ!!」

旅人「俺の勝ちを認めてはくれないか。降参しろ」

隊長「まだだッ……まだ 俺はやれるぜ…………うぅっ!?」


ナナシが彼の腕の関節を本来曲がるべきではない方向へ曲げている

じょじょに力を入れ、隊長の降参の一言を待っているのだ


「た、隊長」  「何なんだあの野郎…」


勝った

確信した。隊長の体力は無理な動きで消耗し、抵抗の力すら及んではいなかった

元々 一気にケリをつけに行くタイプの戦闘方法が得意だったのだろう

これが災いとして、ナナシに見破られ、隙を突かれた

ナナシは後半の隊長の猛攻を、弱点を狙う攻撃のみ避けて防ぐことのみに専念し、無駄な攻撃は全てその鎧で受けて耐えていた

だが、無駄な攻撃とは言っても強力であることに間違いはない

それを穴一つ作らず耐え抜いた鎧の防御力は目を見張るものがある

対人…いや、魔物ではあるが これに置いてもナナシに敵はいなかった

最初から彼には敵の隙が見えていたのだ。とにかく

勝った。違いない



「…………う、うぅ……うおおおおぉぉぉぉーーーーーーッ!!」

旅人「!」


突然だ。私をここまで運んできた あの魔物が集団から離れ二人へ向かって走りだした

手には剣を持ち 隊長を拘束しているナナシへ勢い良く切りかかった

隊長の腕を離し、すぐにその攻撃を回避することで難を逃れるが、お陰でまた敵を自由にさせてしまう羽目になった


「死ね! 決闘だか何だかもう知ったこっちゃねぇ!」

「俺が……俺がお前を仕留めるッ!!」

旅人「おい、こいつは予想していなかったな。どうなんだ?」

隊長「どうもこうもあるか……止せェ! 俺の戦いだ、手出しすんじゃねェ! 命令だ!」

「うるせぇ! どうでもいいんだよ そんな事! 今は俺は、俺だけの意思で行動する!」

隊長「何だって…………?」


彼の表情に一瞬だけ動揺が見られる

その後は二人してナナシへ向かって行くことなく、ただ茫然と手下が襲いかかる姿を目で追っていた


エルフ「どうして止めないの!? こんなのルール違反だよっ」

隊長「…………俺の、俺の命令を聞け……!」


その声が手下の魔物へ届いたとは思えない。それぐらいとても弱々しかったのである

ナナシは冷静に攻撃へ対処し、なるべく回避のみに専念していた

魔物は怒りを表し荒々しく剣を振るう。その目にはただ復讐しか見えていない


旅人「邪魔をするなら、悪いが死ね」


息を切らし、膝へ手をついて背中で息をする魔物へ近づき 拳を振りかざした

ナナシとしてもこれ以上は付き合いと判断したのだろう


エルフ「やめてください!!」


「うっ……――――――――………………あ、あれ」



隊長「…………げ…うぇ…」   「隊長!?」


殴られて吹っ飛んでいたのは隊長だった

しばらく地に伏していたが、口から血反吐を吐いて起き上がり ナナシへ向き直る

旅人「…………何の真似だ」

隊長「ケジメって奴だよォ…………」

「どうして俺を庇った!? あんた、俺は命令を無視したんだぜ!? それを」

隊長「今、あのガキんちょに言われた言葉を思い出したんで…試しに実行してみただけだ…」

エルフ「!」


私はさっき彼に言った「手に入れた物には最後まで責任を持て」と

彼の欲望はとても深い。自らが欲したものはかならず奪い取る男だ

しかし、手に入れた後の執着が薄い面がある

そんな彼が 初めて手に入れた部下を守った。病気の部下を放っておくような魔物がだ


隊長「この馬鹿が悪ィ事したのは謝らせてもらう」

隊長「だがな、それで負けてやるってのは無しだ。さぁ……決闘を最後まで続けようじゃねェーか」

旅人「無駄なことを」

「隊長……俺、俺 あんたに……くそ……何て言えばいいんだよぉ……なぁ……」

隊長「行け。今だけは俺の邪魔をしないでくれ。俺にこいつを楽しませてくれ」

隊長「勝ち目が見えねェのは分かってきた……! だが最後までしっかりやり遂げてェー……!」

エルフ「そんな…………」


手下の魔物は躊躇するが、すぐに納得したような顔を見せてその場から離れた

再び ナナシと隊長の二人が向きあう

隊長は武器を支えにフラフラと立っており、今にも崩れてしまいそうだ

一方でナナシは全くの無傷。…確かに勝ちは見えた


隊長「へへ、へへへへ……勝負だぜ……えっと、名前」

旅人「『ナナシ』だ。名前が無いから名無し」

隊長「何だその名前。まぁ、いいや……じゃあな、ナナシくんよォーッ!」


二人は互いに向かって走りだす。恐らく勝負は一瞬でケリがつく

隊長は真っ直ぐ武器をナナシへ突き出した。だが ナナシは篭手でその軌道を逸らせて回避


そのまま片手で拳を作り 隊長の顔面を捉え、一気に殴り抜けた



隊長「    」

ナナシは気を失い倒れた隊長の元へゆっくり近づいた

…何か嫌な予感がする。私は彼の元へ駆け出し、隊長とナナシの間に入るように立ち塞がった


旅人「どうした?」


予感は的中だ。ナナシは彼が落とした武器を拾い、息の根を止めようとしていたのである


エルフ「やめて。もう十分だよ」

旅人「お前を取り戻すついでにこの男を殺せと頼まれていた。首を持って街へ帰れば金も食料も手に入る」


最初から殺すつもりでいたとは思いもしなかった

思えばこの魔物は街の迷惑者なのだ。今までやり取りに騙された感はあるが


エルフ「それで手に入れた報酬なんて必要ない」

旅人「だが 金がなければあの店から解放されん。それとお前が決めるな」

旅人「俺が引き受けた話だ。だから俺が勝手にやらせてもらう」


言って聞くような男ではない。…いや、そんなわけがない

そんな人間ならば 私は彼に魅力を感じることはけしてなかった

だから


エルフ「やめてください」

旅人「おい…………」


じっと彼の兜の奥に見える闇を見つめた。そこに瞳はない


エルフ「お願いします。無茶を言ってるのは自分でもわかる。だけど」

旅人「お前のために手に入れようとした食料だぞ? これでは俺たちはこいつと無駄な時間を過ごしていただけじゃないか」

エルフ「無駄なんかじゃない。記憶がないあなたに一つ思い出ができたと思う」

エルフ「これからも……私と一緒だと無駄な時間を過ごすかもしれない。でも」

エルフ「それはきっと あなたにとって新しい記憶になれる。くだらなくても、面白くても」

旅人「くだらん。俺が求めているのは元の記憶だけだぞ……」


そう言いつつナナシは手に持った武器を捨ててくれた

代わりに砂の上に置いた荷物とマントを持ち、さっさといつものように一人で前を歩き始める

慌てて私もその大きな背中を追いかけた

…振り返ると魔物たちが隊長をアジトの中へ運んでいる。例の魔物と残った数匹は襲いかかることなく、ただ私たちを黙って見送っている

仲間を殺した怨みはまだ残っているだろうに


エルフ「もう一度 私の名前呼んでくださいよ」  旅人「断る」

エルフ「照れなくていいんですよ~ ナナシさん?」  旅人「照れてない」

エルフ「こら無視すんなぁー! ちょっとー!」  旅人「お前、もう少し離れて歩け。かなり鬱陶しい」

エルフ「あぁー!! もう……」



…ありがとう ナナシ 私の無理なわがままにいつも付き合ってくれて

その夜、私は夢を見た


とても恐ろしい光景が目の前に広がっている

夢の中の私は私自身ではなく 別の誰かになっているのだ

私は高所から大地が、森が、街が燃えているのをただ見下ろしている

きっとその目はゴミか何かを見つめるような眼差しなのだろう。何となくわかる

私は一体誰だ?  私は一体この世界に何をした?  私はなぜ笑っている?

笑っている? どういうこと?


「見届けよう。それが我に残った役目なのだろう」


「なぁ、この美しき世界よ」


映像は次第にぼやけ、フェードアウトする

私はそのまま深い、深い、眠りへ落ちていった




第2話 完

切りいいんでここまで。いつも遅れるのは申し訳ない。次の更新日も相変わらず未定でs

今日の空はどんよりと淀んでいる。砂海から太陽が消えた

おまけに空気も湿っていて、私的に あまり気分が乗らない日だ


旅人「…………」


背中に大きな戦斧と弓を担ぎ、腰の左右にナイフ二本

そしてやなぐいに数十本の矢を入れ装備したナナシが『男』へ向かってゆっくり歩み寄って行く

身に付けた武器が鎧へ当たりがちゃがちゃと動くたびに喧しい



辺りは高くそびえ立つ無数の岩の柱に囲まれている

しかし、中央と思われる場所には柱は一本もなく 綺麗に開けている

そこに その『男』が片膝を立て、それを抱えて眠るようにポツリと一人で座っていた


「…………懐かしいな」


「共に旅した時を思い出したよ。あの日も こんな曇り空が広がっていたな」

旅人「俺はお前と空を見上げた思い出はない」

「寂しいことを言うなよ 昔の仲間じゃないか」

旅人「……俺は お前にとって何者だったんだ?」

「それなりにいい奴だったかな」


ぽつり、ぽつりと空から雨粒が降りだし、私の頬へ落ちた


砂海に、雨が降った


ナナシは背中から戦斧を取って持ち構えると、刃を『男』へ突きつける


「復讐のつもりか?」

旅人「違う 何度も言わせるな、俺はお前を知らん」

旅人「だが、俺はお前を殺さなければいけない。そうする事で 俺が救われる」

旅人「何も根拠はないが、俺の中の何かがそう告げている。目の前の敵を殺せ と」

「今のお前はまるで心のない魔物だな。……いやぁ」

「俺も人の事を言えた口ではないんだろうな、きっと」

旅人「…………『俺』を、返せ」


ナナシの戦斧が『男』がいた場所を叩いて地面を揺らす


『男』はいつのまにか後ろへ下がっていて、気味の悪い薄ら笑いをナナシへ飛ばしながら岩柱の群れの中へ隠れた



雨は、私たちの体と乾いた砂を打ち、濡らしてゆく――第3話

もうご存じのことでしょう

この世界に生きる全ての生き物にとって今綺麗な飲み水は貴重なのだ

もはや天然で取れる水に安全なものは少ない

ほとんどのものは戦争が齎した毒によって侵されているためである


魔法を使用する際に発生してしまう毒、通称『魔素』


基本的に 魔素は我々の目に映ることなく 宙に浮いているため、知らず知らずに摂取してしまう厄介なものである

毒といえども 微量ならば特にすぐ身体へ影響を齎すわけではない

しかし、それは元々魔法に深く関わってきて耐性を持つ『魔物』が、の話

魔素は『人間』には大変危険とされた毒なのである

彼らがあっというまに滅んでしまった原因にはこの魔素が関係しているのではないかという話だ

ちなみに、私ことエルの 妖精エルフ族は容姿こそ人間に近いと言われるが、どちらかといえば魔物寄りの性質を持った種族

やはり魔物たち同様 微量ならば耐えられる。微量ならば

もし体内に大量の魔素が蓄積されてしまった場合、きっと あの時出会った魔物たちのように 妙な病へ侵されてしまうほど免疫が減退する事だろ



…正直、我々はまだこの未知の毒については知らないことだらけだ

それでも魔物は争いのために魔法を持ち出し、魔素を世界中に蔓延させた

結果的に彼らの敵は死に絶え 勝利したわけだ

その代償に世界を今でも腐らせているという皮肉な話

全ては魔素に毒されてゆき、砂が地上を埋め尽くす


エルフ「なんだか空が暗いなぁー……」

旅人「もう日暮れか。お前が寝坊して出発を遅らせたのが悪い」

エルフ「ううん、時間の問題じゃないと思う。……ていうかさっきも文句言いましたよね、それ」

旅人「……俺がお前のために何時間待ってやったと思っているんだ」

エルフ「み、見た目のくせして根に持つタイプなんだからー!」

旅人「俺のことを言う前に 自分の非をいい加減認めろ」

エルフ「うっ……ごめんなさい」

店長『あーあ、服こんなに汚してくれちゃって。結構気に入ってたのによー……』

エルフ『す、すみませんでした。借り物だったのに』


気に入ってたわりに管理はかなり杜撰だった覚えがあるのだが


店長『……まぁ、いいよ。お嬢ちゃんが無事だっただけ良かったさ』

店長『それで? 出発はいつ?』

エルフ『え? あの、まだお金返せてなかった気が……』

店長『これ以上お前たちに居座られて俺の大事な滅茶苦茶にされては堪らん!』

店長『それに、あんたのお連れの男が族を懲らしめてくれたんだろう。しばらくの間は奴らも大人しくなる。街も安泰ってこったよ』

エルフ『だから 私たちを許してくれる、と?』

店長『ふー……別に許したわけじゃないけど』 エルフ『ですよねぇ…』

店長『ところでお嬢ちゃんらは何処に向かって砂海を渡ってるんだい?』

エルフ『えーっと、実はよくわかりま―――』


旅人『俺を呼ぶ場所を目指している』  エルフ『わっ!?』


店長『何よそれ……変な奴とは思ってたが ここまでとは……』

店長『……長旅になるなら食い物と水も必要だろ。餞別だ。そこに用意したの黙って持って行け』

エルフ『いいんですか? 貴重なものでしょう?』

店長『黙って、持ってけ』

旅人『……ありがとう。助かるよ』

店長『ついでにお嬢ちゃんこの服もいらんか? 似合っていたから譲っても――』

エルフ『遠慮しときます』


こうして数日前、私たちはあの店から解放されたわけだ

店長の粋な計らいで用意してくれた食料も獲得して

彼からはよく怒鳴られたものだが、こんなに優しい魔物と出会えたのは初めてで そして幸いだった

これでしばらくの間は私が空腹で倒れるような面倒をナナシにかけることはないだろう

しかし 食料を貰えたのは良かったが、一気に旅の荷物が増えたのは中々つらい

曇り空の下、私たち二人は今日も当て無き旅を続けている

まぁ、全然ないというわけではないのだろうが、ナナシが言う『自分を呼ぶ場所』とはかなり不確かで彼にしか分からない

店長の言う通り傍から聞けば 彼は変な奴だ。このご時世に自由気ままな旅をする男なんて稀なのだから

しかし、私は彼の目的を知っている。ナナシは自分を取り戻す為に旅するのだ

その方法もナナシ自身どうして果たせばいいのかは分かっていないのか、分かっているのか。まだ全てを彼は私へ語ろうとはしなかった

というか、語れないだけなのだろうか

…過去の記憶が全て消失するなんてこと 私が経験したらどうなるのだろう

戸惑うのだろうか、それともナナシのように自分を求める?

どさ、とナナシが担いでいた麻袋から乾燥した保存食が砂の上に転げ落ちる

ナナシはそれに気づいていない。すぐに私が拾って彼を呼び止めた


エルフ「ナナシさん ストップー! 中身落ちました!」


…聞こえていない? ナナシは歩みを止めない

追いかけて彼の前に立ち塞がることでようやくその場に止まった。が

ナナシは向こう側をじっと見つめて、どこかそわそわした様子が窺える

まるで私の存在に気づいていないような


エルフ「……ナナシさん? 私が荷物持ちますよ。食べるの私だけなんだし」

旅人「…………」

エルフ「ねぇ、ナナシさん?」

旅人「呼んでいる」

エルフ「えっ」


その言葉に反応する間もくれることなく、ナナシは私を置いて早足で移動し始めた

ひたすら真っ直ぐ歩き続けた彼が 初めて向きを変え、横道に逸れる


エルフ「ま、待って! 今なんて言ったの!」

エルフ「ナナシさん! 置いて行かないで! ナナシさんってば……!」


まるで誰かに操られているかのように彼は今まで以上に迷いなく何処かへ向かうのだ

私の声は今 彼へ届いているのだろうか


旅人「…………」

エルフ「何ここ?」


ナナシの後を追って進むと、ちらほらとそびえ立った岩柱を見かけていた

柱は先へ行くたび次第に増えてゆき それらに私たちは囲まれた

まるで天へ向かっているように真っ直ぐピンと立っているのだ。一本一本を見上げていたら首が疲れてくる

不思議な場所だ。自然が作り出した岩のオブジェが奥まで並び、私たちを見下ろす

廃街とまではいかないが、どこか物寂しさを感じさせる


エルフ「まるで岩でできた森みたい」

旅人「…………」

エルフ「ねぇ、ナナシさん……さっきから落ち着きないよ」

エルフ「一体 どうしちゃったの? あなたらしくないです」

旅人「どこだ」

旅人「どこにいる……この辺りだ……俺を呼んでいる……どこに……」


忙しく首を動かして彼は何かを探している

呼んでいる?

私には何もそれらしい声は聞こえない。ナナシには聞こえているのだろうか

まさか 彼が以前 私に話していた「自分を呼ぶ」とはこういうことなのか

それを頼りに彼は自分探しの旅をしていたということか?

…今さらになって私は彼に疑問を持つ。ナナシは一体何者だったのかと

それは人間か魔物かという話ではない。純粋に、彼が何か 知りたいのだ


エルフ「私もお手伝いします。何をしたらいいの?」


彼が自分をどう取り戻すのかは分からないが、手伝うと約束したのだ

できることは全てやりたい。力になりたい


旅人「どこで俺を呼ぶ……どこにいるんだ……」

エルフ「ナナシさん……ナナシさん!!」

旅人「…………」


まるで彼に私は見えていない。お陰で自分がここにいない者かのように感じられてきた

何を話しかけても、鎧を蹴飛ばしても反応が得られない

これでは最初に出会ったころとまったく同じ状態ではないか


旅人「…………」


ナナシは私に見向きせず、ひたすら何かを求めて岩柱の群れの中を彷徨い歩き続けた


エルフ「は、早いって……待って……」

エルフ「お願い 置いて行かないで……」


今までどれだけ私のペースに合わせて歩いてくれていたのだろう

どんどん彼との距離が離れていく。この手を伸ばしても振り向いてはくれない


エルフ「はぁはぁ、はぁ……な、ナナシさん ようやく止まった……」


ナナシの足が止まり、その場に留まって何かを見据えていた

そういえばこの辺りには岩柱がない。いや、ないというか ここを中心に柱が弧を描くようにぐるりと囲んでいるのだ


エルフ「…誰か、向こうにいる?」

旅人「…………お前か 俺を呼んでいたのはお前か」


誰かが中央で私たちに背を向け、横になって地面に肘をついて転がっていた


「…………」ポリポリ


…空いた片手でお尻を掻いている

一体 一人でこんな場所にいて何をしているのだろう…まぁ、見れば寛いでいるようにしか見えないわけだが

しかし、あの男はどこか違和感がある。何がかは自分でもよく分からないけれど

……いや、わかった


エルフ「ナナシさん……あの人、魔物かな……?」

基本的に魔物はどこか獣的な特徴を体に残している

しかし、向こうにいる男には尾もなければ角もなく、爪も鋭く尖ってはいない

肌の色は私たちエルフよりかは色が濃い。耳は違って丸みを帯びている

男はナナシほど鎧を着込んでいるわけではないが、十分 武人の井手たちをしていた


旅人「おい―――」  「あんたたち、誰かな?」

戦士「ここは俺の家みたいなものなんだが、人の家に無断で上がるなんて感心しないな」

エルフ「ご、ごめんなさい……ていうか家ぇ!?」

戦士「うん。こんなナリだが良い家だ 屋根はないけれど――――――」


そう言いながら男、戦士はゆっくり腰を上げてこちらを振り向く

が、どういうことかナナシの姿を見て突然 顔を強張らせた


戦士「お前……どうして…………」

旅人「俺を呼んでいたのはお前だな。ようやく辿り着いたぞ」

旅人「さぁ、俺に『俺の全て』を返してくれ……」


嫌な予感がし、ナナシを止めようとした瞬間にはナナシは戦士へ向かって走っていた

ナナシはいきなり、会ったばかりの男へ攻撃を仕掛けにかかったのだ。…しかし

ぐるんっ、と目にも止まらぬ速さでナナシは戦士に片手で持ち上げられ、岩柱へ叩きつけられた


エルフ「うそ!? ナナシさんっ!!」

戦士「『ナナシ』……? 何だその呼び方は……」

戦士「…………お前、誰だ? アイツじゃないのか?」



旅人「俺を…返せ……俺を返せ…………」

エルフ「な、ナナシさん どうしたの……?」

ここまで。遅れてもうしわけない

ナナシが変であることには今さら驚かない

しかし 今回はいつも以上に、いつもより変…というより様子がおかしい

それほどまで自分が失ったものを取り戻したいとでもいうのか


旅人「返せ……」

戦士「おいおい、俺しか見えてないのかよ」


彼は何度も戦士へ向かって行き、反撃を受けては立ち上がりを繰り返す

これではただの壊れた獣か何かじゃないか


エルフ「ナナシさんってば! 少し冷静に―――」


全て言い終える前にだ

いつのまにかナナシと戦士がこちらへ少しずつ近づいていることに私は気づいた

いや、戦士が狙って私が立った方向にナナシを誘導していたのだ

このままではナナシの攻撃に巻き込まれる!


戦士「ほらこっち来い! ……よぉ、このエルフはお前の連れか」ガシッ

エルフ「は、離してよ!!」

エルフ「あなた誰なの? あの人と一体どんな関係なんですか!?」

戦士「なぁ こいつの言う通り少し冷静になったらどうだ?」


無視して 戦士は私の首へ腕を回す。少しでもナナシがおかしな真似を起こせば首をへし折るつもりなのだろう

私は不死だ。もちろん その程度では死ぬことはない

けど、死に慣れたわけでもないのだ。痛みだってしっかり残る


旅人「…………」

戦士「とりあえず頭冷やせって。俺が何をするか分かってるだろ? なぁ?」


エルフ「な、ナナシさ……」  旅人「邪魔だ」


エルフ「…………え?」


思い止まらず、躊躇なく、ナナシはこちらへ向かって突進してきた

右腕を後ろに引きつつ 手刀を作り、真っ直ぐ勢いをつけ 突き出す


旅人「どけ」


エルフ「あっ……か、がふっ……ぁあ……?」


胸を貫通するナナシの鋭い一撃


なにが、おきたのか、しばらく頭がまっしろで、りかい できない

ナナシの手は私の背後に隠れた戦士をも貫くために さらに奥へ侵入してきた

そのたびに体がバラバラに裂かれてしまいそうな激痛を感じ、痛みを訴える悲鳴が喉から絞るように 漏れる

ずっ、ずっ、ずっ

体がガクガクと震える。涙が止まらない

痛い。痛くて 痛くて 死ぬ

死ぬ?  私は ナナシに殺されているのか?

今日まで一緒に憎まれ口を言いあい、傍を歩いてきた相棒に

頭の中が まるでシチューをかき混ぜられるように ぐるぐる ぐるぐる

ゆっくり、と 嫌な感覚が巡る


旅人「返せ……返せぇ……」

戦士「おいおい、本気かよ…………」


戦士が私ごとナナシを蹴り飛ばす。そのまま二人は地面に倒れ、私はナナシの上に重なって体を預け、意識を朦朧とさせていた

そういえば最近も似たような死に方をしていたかな

あのときは お腹で 今回は胸から なんだ

自分の中から 開いた穴から、温かい血が蛇口を捻られたように止めどなく流れているのが分かる

…でも、いまは それ以上に 痛みよりも この頭の中を巡る嫌な感覚の方がつらい


エルフ「    」


ナナシが被さった私の体を投げ捨て、再び戦士へ立ち向かっていった


エルフ「やく、そく……したじゃない……なのに、ど、う、して……」


『お前は邪魔な荷物だろう』


エルフ「……あっ」

エルフ「やっぱり……けっきょく、そうだった、んだ…………っ!」

エルフ「げほっ、げほっ! う…ぇ……はぁ、はぁ……! い、いたいっ、ぐっ……」


意識が回復し始め 胸へ手を置くと開いた穴がいつのまにか塞がっていることに気づく

やはり いくらナナシであろうと私を完全に殺すことはできないようだ

まだ二人は…いや、ナナシは一方的な戦いを続けている

自由が効かない体を両腕で支えて 彼の元へ私は這って近づく

きっと さっきの出来事は単なる事故なんだ。ナナシがミスをしただけで…

…いや、彼はしっかり私へ向かって「邪魔だ」と吐き捨てるように言った

迷いなく攻撃の手を伸ばしたし、その行為に後悔する様子もない

皮肉なことに ようやく振り向いてくれたナナシは 私に対してそこらに転がる石と同じように払いのけるだけだったわけだ

本当に、いまのナナシには戦士しか…自分しか見えていないのである

妨害するのであれば 先に排除されてしまう


エルフ「ナナシ…………」


見ればみるほど 私の目の前で暴れる彼は 理性を失った獣でしかなかった


エルフ「 ま、まもの 」


エルフ「今の あなた 完全に魔物だよ…………」

エルフ「人間じゃない……すごく、こわいよ……!?」


旅人「…………」ピク  

戦士「あん?」


戦士「どうした ようやく満足したか?」


ナナシの動きが突然ぴたりと止まる

話しかけてもまだ反応は返ってはこない。しばらくして ゆっくりと近くの岩柱の傍へ歩み寄って、背を預けると腰をおろして見せた


旅人「……」

戦士「…………お前な 一体何がしたいんだ?」

旅人「……黙ってくれ」  

戦士「はぁ? ……まったく」


戦士も戦闘態勢を解くと、その場に先程のように寝転がり 黙ってナナシの方を向いている

さっきまでの出来事がまるで嘘のように、嵐が去って行ったように 静けさを取り戻す

旅人「……」  エルフ「ナナシさん、ナナシさん…話せる…?」


旅人「俺に、構わないでくれ」


顔を反らして、塞ぎこんでしまった

私は今のこの人ならば知っている。私の知っているナナシに戻ったんだ


それでも どこか様子がおかしいし、私の血がべっとり付いた手を小刻みに震わせていた


戦士「お前、俺たちを怨んでいるのか? さっきのは復讐のつもりで?」

旅人「何……」  戦士「復讐かって聞いたんだよ」

戦士「俺たちは お前に襲われる覚えもしっかりあるしね」

戦士「まぁ、まさか生きているとは思わなかったが……」


どういう意味だ?

まさか、ナナシは死人? そんなはずは…いや あるのか

鎧の下は骸骨なのだから


エルフ「あなたが ナナシさんから全部を奪ったの?」

戦士「全部? 何の話だ?」  エルフ「で、でもっ、 ナナシさんがあなたに返してって!」

戦士「だから何をそいつに返してやればいいんだよ。こっちは意味不明だ」

エルフ「え?」


ナナシへ向き直ると まだ塞ぎこんでいた


あの男がどういう経緯でどんな方法で奪ったのかは知らないが、彼から記憶と体を奪ったのではないのか

もし 戦士の話が事実であれば、ナナシは何の根拠を持って突然襲い掛かった?

何もかもが分からない。おそらく ナナシ自身もよくは分かっていないと思われるが


旅人「……俺は お前に復讐心など抱いていない」

戦士「いつまで経っても人が良いな、お前。そこ 変わってなくて拍子抜けだよ」

戦士「俺は見捨てたなんて今でもちっとも思ってないぞ。お前は必要な犠牲だったんだ」

戦士「俺たちが生き残るためのな」

エルフ「何があったの? ここまで言ったら教えてよ」

戦士「魔素だ」

戦士「俺たち人間にとって 魔素は耐えることのできない猛毒でね」

戦士「だから、そいつを犠牲にして助けてもらったわけさ」


…いま、この男はなんて言った。人間だって?


エルフ「……あなた、やっぱり 人間?」

戦士「昔はな」   エルフ「は、は?」

エルフ「じゃあ いまは何なの? どういう意味?」

戦士「おいおい、質問は一つずつで頼みますよぉー」

戦士「……こんな姿でまだいられてるけどな、俺はもう魔物同然だよ」


ますます意味がわからないのだが


戦士「しいて言うのなら、俺たちは『人間』を裏切った」

戦士「今じゃ人間とも魔物とも言えん ただの半端物さ」

エルフ「見た目だけ、人間ということ? 心は……魔物側に染まりきって、とか?」

エルフ「じ、自分でも何言ってるかわかんない。教えて」

戦士「心とかそういう内面問題じゃねーよ」


それ以上は追及しても誤魔化されるか、ニヤニヤと気味悪い笑いを見せつけられるだけだった

一体、彼らに、ナナシに何が起きたのだ


エルフ「あっ、ちょっと待って!」

エルフ「あなた さっきから 『俺たち』って言ってた。もしかしてナナシさんを裏切ったのは あなた一人だけじゃない…?」

戦士「そうさ。俺だけってわけじゃない」

戦士「……もういいだろう。勝手にこっちから話しといて悪いが、あの頃のことはあまり思い出したくはない」


戦士「おい、やっぱり用がなかったなら さっさと出て行ってくれないか?」


旅人「断る」   戦士「じゃあお前は何がしたいんだ。答えろ」


旅人「俺は俺自身を取り戻したい。ただその為だけにお前の前へ現れた」

旅人「知っているなら 教えてくれ。俺は誰だ……?」

戦士「人が良いバカだよ、ふふっ」

エルフ「ふ……ふざけないでよっ!! ナナシさんに酷いことしたんでしょう!?」

エルフ「だったら それぐらい教えてくれたって――」


旅人「……いい。必要なことは力尽くで聞かせてもらう」  エルフ「ちょ、ちょっと」


吹っ切れたように勢いよく頭を上げ、体を立たせると 再び戦士の元へ

今度はさっきまでの狂気染みた様子はなかったが それでも不安は残る

なんだか いまのナナシには 近寄り難い。理性を取り戻せているとはいえ、恐怖を感じる

止めようとした私の手は意思とは関係なく 勝手に下がってしまうのだ


戦士「せっかく大人しくなったと思ってたのに また喧嘩腰かよ」

旅人「安心しろ。質問に答えられる程度には抑えてやる」

戦士「……なに 自分のほうが強いです みたいな風に語ってるんだ」

戦士「お前に色々 教え込んで鍛えてやったのはどこの誰さん だったか…忘れたのか?」


旅人「すべて 知らん。だからこれからお前に聞かせてもらう、やるぞ」 

戦士「ほーん、上等…………」

ここまで

戦士「お前は猪か?」


拳、蹴り、体当たり、ナナシの攻撃はどれも強力だろうが素人目から見ても単純すぎた

真っ直ぐすぎるのだろう。比べて相手は防御に徹し、隙を狙うカウンタースタイル

理性を取り戻したにしても ナナシの動き一つ一つに今までのようなキレはなく、どこか迷いがある

相手は実力者だ。その程度攻撃は全て容易く捌き続けられる


戦士「お前は俺から何を学んできたつもりだ? ……足元」

旅人「!!」


足を掬われ、踏ん張り所を失わされると 空いた胸を掌底で打ち出されてしまった

後方へ大きく仰け反り、戦士へ向き直ると、正面にはすでに戦士の姿は、ない


旅人「後ろ……」  エルフ「危ないっ!」

戦士「いや、遅い」


ひざ裏を蹴られ、カクンとバランスを崩すと 体全体で抑えつけられ あっさりと拘束される


旅人「…………」

戦士「記憶がないとかほざいていたな。これじゃあ素人だ」

旅人「……判断を下すには少し早いぞ」


ぐぐぐ、と自分ごと戦士を持ち上げて立ち上がるナナシ

振り向き様 裏拳を叩き込みにかかるが 遅すぎる しゃがみ込んで回避された


戦士「戦闘とは一瞬だ。その短い間の中でどれだけ相手を理解できるか…」

戦士「ココを使え! ……俺たちは思考できる。子どもじゃないだろうが」


二本指でナナシの頭をノックするように叩く

この戦いを挑んだのはナナシ自身だ。しかし、これでは戦いというよりは…


エルフ「…大サソリのときとか、隊長のときを思い出してください!!」

エルフ「いつも機転を効かせて乗り越えてきたじゃないですか。冷静になって……」

旅人「ああ、分かっている。問題……ない……」

戦士「強がるのは悪くないぞ。弱音を吐いて相手を油断させる手もなくはないが」

戦士「お前にセコいやり方は合わねぇ」

旅人「知った気でいるなよ……」

戦士「知ってるさ。俺は今のお前以上にお前のことを知っているよ」

戦士「今自分が持つ最大限の力で敵へ挑め!」

戦士「攻撃は変則的に行い、相手の手を止めさせるな!」

戦士「お前の手は殴るだけの為にあるのか? その場に落ちている石でもなんでも、お前の武器になるぞ!」

戦士「目の前の敵をよく観察しろ。欠点をしつこく突け!」

戦士「自身の周りにある全てを利用しろ! 敵をも利用しろ!」

旅人「…………」ガク  エルフ「ああっ」


遂には、ナナシは片膝をついて 攻撃の手を止めてしまった


戦士「……以上が、お前に教えた戦闘の方法だが」

戦士「全部抜けてるなぁ~……えぇ?」

エルフ「な、ナナシさん……立てる? 大丈夫だよね?」

旅人「……問題ない。俺には痛覚がないんだ。このていど」

戦士「そうだ。そいつが原因じゃないか?」

旅人「何?」

戦士「生物ってのは痛覚があるから引き際を心得るし、防ぐことも知る」

戦士「お前はさっきから俺に対して ひたすら我武者羅に攻撃を与えようと必死だ」

戦士「まるで自殺志願者のやり方だな。言ってるだろ? 頭冷やせって」

旅人「黙れ、俺にケチをつけている場合か お前…」

戦士「お前に絶対的に足りてないもの、それは恐れだ」

エルフ「……それって一番足りてちゃダメじゃない?」

戦士「馬鹿野郎が、口を出すんじゃない……」

戦士「本当に強い奴ってのは 自分の恐怖をよく理解しているのさ」

戦士「だから克服し、自然にそれをカバーする技術を身に付け、剣を交えられる」

戦士「毒は少しだけ 体に残しておいた方がいい」

エルフ「例えるなら、ワクチンってことですか!」

戦士「おい、俺バカだから難しそうな単語出さないでくれよ」


…この男が本当にわからない。まぁ、ナナシの師匠としては合いそうだが

エルフ「ちょっとタイム!!」  旅人「は?」


エルフ「この人には休憩が必要です! 要求通りますか!」

戦士「お好きにどうぞ。俺もその間 横になってもいいかね」

エルフ「ええ、どうぞ どうぞ…………ナナシさん、ちょっと」グイ


ナナシの手を引いて岩柱の陰に連れて来た

痛覚も疲労も何もない彼だが、時間が段々と流れるほど戦意が失われてきていた

それもそうだろう。あんな子どもに物を教えるような扱いを続けられていてはやる気も削がれてしまうってもんだ


旅人「どうした……俺はまだやれるぞ」

エルフ「知ってる。だけど、あの人の言う通り 頭冷やさないと」

エルフ「……私、あの人がナナシさんに言ってることは正しいと思います」

旅人「惑わされるな。奴は―――」

エルフ「ああいう戦法があるのかもしれない。だけど、全部が悪い話には聞こえないよ」

エルフ「ナナシさん、今までの戦いをよーく思い出して!」

旅人「今までの……今までの……ん?」

エルフ「……」


忘れた、とか言ったら張り倒す


エルフ「今日のあなたは様子がおかしい。あれぐらいなら私でもかわせるもん」


旅人「嘘吐くな」  エルフ「ごめんなさい見栄張りました!!」


エルフ「……コホン。とにかく、何かやること全て単純動作なんですよねぇ」

エルフ「この調子じゃ何度やっても軽くあしらわれる」

旅人「俺だってそのぐらい気づいている」


エルフ「は? じゃあどうして―――」  旅人「策だ」


策? まさか今まで我武者羅に続けていたのはワザとだったというのか


旅人「奴は俺のように疲労がないわけではない。今だってああして体を休めている」


陰から体を覗かせ、広場中央で寝っ転がって大きな欠伸かく戦士を指差した

確かに彼が 私たち同様生物であれば、いつかはヘトヘトになるだろう

しかし、向こうだってそれは分かっている。だから最小限の動きで相手を捌くのだ

決めるときは一気に大きく決め、敵が怯んでいる隙にこちらの息を整える

これまで二人の戦いを観察し続けて 私が分かったことである

敵を知れ。それを敵…? に学ぶとはまた滑稽な話ではと思うが、学べることには素直にとことん学ばせてもらおうじゃないか

旅人「だから、いまこうしてお前と話ている時間が惜しい。奴を休ませるわけには―――」

エルフ「長期戦に持ち込まれることは相手も理解していると思う」

旅人「確信は?」  エルフ「あれだけ色々言っておいて、自分を理解していない人は中々いませんよ」

エルフ「あの人言ってたじゃない。欠点を見つけて叩けって」

エルフ「それって裏返すと強味も見つけて注意しろ、だと思うの」

エルフ「……つまり駆け引き。だから単純に攻撃し続けても反撃に合いやすい」

エルフ「下手に攻めても隙ばかり露わになって、相手が有利になっちゃうんです」

エルフ「数日前のあのなんとか隊の隊長を思い出してください。今のあなたはあの人と同じことをしている」

エルフ「いい? 敵は素人じゃありません。戦いのプロです。そんな単純な策が通じるとは到底思えないよ」

エルフ「……以上。私からのためになるアドバイス1でした」

旅人「……番号の意味は?」  エルフ「今のでダメなら次を考える!」

旅人「よく見ているな……」

エルフ「そりゃあ、暇だったから……あの」

旅人「どうした? まだ何かあるか」

エルフ「……私、まだ邪魔なお荷物? 役立たずで余計なことしかしない子?」

旅人「…………」


今このタイミングで言うべきことではなかったのかもしれない

だけど、まださっきの出来事があとを引く。この人に自分が冗談抜きで自分が否定されると私は『生きる意味』を失いそうになって、恐ろしい

だから、できれば、すぐに、本音を聞かせて欲しい


エルフ「あの……ごめんなさい…………やっぱり、いい―――」


ぽん、と私の頭の上に大きな手が置かれる。大きな、大きなナナシの手


旅人「安心しろ、エル」


そう一言言い残して 彼はまた戦いの場へ戻って行った


エルフ「…………なんか、今のずるい」

戦士「休憩は済んだのか。俺はとっくの昔に終わったぞ?」

旅人「そうか。じゃあ続けようじゃないか」

戦士「……フツーよ、「待たせたな」の一言ぐらいあってもいいんじゃない?」

戦士「まぁ、不器用な感じも悪くないよ。男らしくてむしろ好感持てるわ」

旅人「お前に好かれる筋合いもない……いくぞ」


ナナシは再び真っ直ぐ戦士へ向かって走る

肩を突き出して 突進を食らわせるつもりなのか。これではさっきと変わりないのでは


戦士「なってねぇなぁ……お前さっき何を聞いていた?」

戦士「聴覚まで失ったわけか? それとも記憶力ないのか? バカなのか?」

旅人「その どれでもない。お前には感謝しているぞ……」

旅人「そして、俺の相棒には更にもっと感謝している」

戦士「!」


掌を戦士へ広げると、そこから一枚ボロボロの布が現れた

布は大きく広がって 戦士の視界を奪う

ていうか、あれって荷物の袋じゃない! もしかしてさっきのバラしてたのって…


戦士「この程度が、何を――――――」

旅人「十分意味はある」  戦士「おおっ!」


後ろへ跳びのいたことで布から逃れた戦士。しかし、そこには一本の太縄があったのだ


エルフ「やっぱり袋ダメにしてたんじゃない! 荷物どうしたらいいの!」


旅人「そんなことは後でいくらでも考えられる―――」


ナナシは縄を引き、戦士の足を引っ掛けて転倒を狙った

だが、足を掬われるも戦士は宙の中、一瞬で上半身を下に向け、両腕で地面を叩いて更に後方へ跳び退いた


戦士「……まさかとは思うがな、これぐらいで勝ったと思ってないだろうな」


それに答えることなく、ナナシは自身が被った兜を手に取って投げつけた

様々な意味で驚いた戦士は更に後方へ回避し、退く


戦士「冗談みたいな顔になってるな、正直驚いたぞ……」


また答えず次の攻撃へ移行する。布と縄を両手に持って、さらに接近

段々と戦士との距離が詰められてきている

丸めた袋を戦士の頭上へ投げると、袋は宙でばっと再び広がった

同時にナナシは手に持つ縄をまるで鞭のように捌き 戦士を狙って打ちにかかる


戦士「……」

戦士の背後はもう塞がれている。岩柱だ。岩柱が後方の退路を断っているのだ

すると、上にはナナシが先程投げた布 何が仕掛けられているか不明。正面にはナナシ

回避方向は二択しかなくなったわけである。単純に、右か左か

縄が戦士を襲う


戦士「しゃらくせぇ!」


回避の選択は絶対ではない。彼はナナシの攻撃をその身で受け止めたのだ

が、防いで終わるだけでは済まない。空いた手で素早く打ってきた縄をがっしりと掴んだ

そこにナナシの蹴りが…いや、ナナシが蹴ったのは地面だ。砂がばっ と巻き上がり、戦士の顔へかかった

目の中に砂が入ったようで、すぐに片手で目を抑え始めようとした

そこに宙で広がった布が上から被さってきたのである


戦士「っー!」

旅人「…………」


一瞬で戦士との間合いを更に詰め、接近し終えたナナシ

戦士の顔を勢いよく片手で掴みかかると そのまま岩柱へ叩きつける


…どうもまだ攻撃は止まないらしい


ぐったりした戦士を持ち上げて袋ごと首へ縄を括りつけたのだ


戦士「―――! ―――!」

旅人「お前が教えたんだ。攻撃の手を止めずに、相手を自由にさせる時間を与えるなと」

エルフ「ちょっと内容変わってるんですけど……」


ナナシは戦士をその場に放り投げて、地面へ寝かせると何度も彼の右膝を力強く踏みつけた

そのたびに 布の下から「うっ」とか「ぐぇ」とか嫌な声が聞こえ、つい私は耳を塞いでしまったわけだ

これは…攻撃というか、拷問寄りでは


旅人「お前は言ったな 相手の『欠点』を見つけろ、と。だが俺にはその時間が惜しい」

旅人「だから 無理矢理作ったまでだ」

旅人「お前が話し好きで助かったぞ……それとも俺をまだ甘く見ていたか……」

戦士「…………」

旅人「抵抗しないのなら負けと判断していいな。なら、早くさっきの俺の質問に――」

戦士「だから何調子乗ってるんだ つってんだよ……」

旅人「!!」


いつのまにか手にしていたのか、戦士の手には一本 マチェットと言うのだろうか

武器が握られてあり、ナナシの顔をそれが傷つけた


エルフ「えっ、何で!? 見えてるの!?」

戦士「良い着眼点だ。……よぉ、俺が何の考えもなしにここまで逃げたと思っていたのか」

旅人「……いや」

戦士「…………ここは俺の家だ。自分の家に何があるか、どこに柱が立っているのか」

戦士「分からなくてどうする? ……ここの柱には俺が昔収集していた武器が一つずつ隠してあってさ」

戦士「いやぁ、惜しかったな」

旅人「まだ負けたわけでは―――!?」


突然、岩の塊がナナシの上に落ちて来た。咄嗟に両腕を頭の上に伸ばして、岩を抑えたため 潰されることはなかったが

拘束していた戦士が手放しになる


エルフ「ナナシさん!!」  旅人「……問題、ない」


ぷしゅう、と戦士の体からガスのような気体が漏れる。…魔素の放出だ


エルフ「魔法が使えるの……!?」

戦士「奥の手だけどね」


縄を切り、被された袋を捨てて

戦士はマチェットをナナシの目の前に突き付けて不気味な笑みを浮かべている

その間もナナシは必死に岩を持ち上げ続けているのだ。このままでは攻撃を回避できない


戦士「言っただろう。もう人間じゃないんだって」

戦士「俺たちはもう『魔物』だ。お前のお陰でな、感謝しているよ」

旅人「何、を……」

戦士「ふふ、お前も魔物みてぇなツラだな。面白いな……一体何があったんだか」

戦士「…魔法って便利だよ。俺がさっき言ったような戦法も、全部おじゃんにされちまうんだしさ」


旅人「…………」  エルフ「ひ、卑怯者っ」


戦士「何が卑怯なんだろうかな? 俺は俺が持つ最大限の力をぶつけてやってるまでなのに」

戦士「お前は……この程度で終わるのか。今のが全力かい? んー?」

戦士「それなら、いまこの場でお前を終わらせてやろうか……?」

ここまでd

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