少女「そんな所で寝ていると、風邪を引きますよ?」続(999)

次のスレ立てときます


少女「そんな所で寝ていると、風邪を引きますよ?」
※前スレ




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賢者「な……?」

騎士「は……? フューリが攫われた?」

男「はい……」

騎士「一体、な」


賢者「貴様ァ! それは本当なのだな!?」


がしっ


男「!? は、はい」

賢者「見ていたなら何故助けなかった!」

賢者「いいか! 貴様は見殺しにしたも同然だ!」

騎士「お、おい、落ち着けって」



男「っ……僕だって、助けようと思いました! ですけど」

男「僕じゃ無理だったんです……」

賢者「試そうともせずによくもそんなことが言えるな……! その糞ねじ曲がった根性、叩き直してやる!」

騎士「いいから! 落ち着けって! な?」

賢者「ええい! 離せラル!」

騎士「離すか! まずは落ち着いて、今やらなきゃいけないこと、考えてみろよ!」

騎士「こんなことやってる場合じゃないだろ!」

賢者「ぐっ……」


賢者「わかった、すまんな。お前の言うとおりだ」


騎士「ああ、わかってくれれば……」

賢者「だがまずは殴るッ!」


ばきッ!


男「っぶふぉ」

娘「っ!?」


賢者「っよし!」

騎士「よし、じゃねえよ! 大丈夫かウォン!」

男「う……は、はい」



騎士「ったく、さっきまで冷静だったのにいきなりキレるなよ」

騎士「思わず、俺が冷静になっちまった」

賢者「ふん、まあいいだろう? 俺の気は済んだ」

騎士「ただの憂さ晴らしかよ……本当、悪かった」

男「いえ……元はと言えば不甲斐ない僕が……」

賢者「自嘲するのはもういい、まだ話は終わっとらんのだろう?」

男「……はい」

騎士「わかってたなら殴るなよ」

賢者「ラルうるさい」



男「ええと……いいですか? それでは」

男「フューリさんが連れていかれる現場を見ることができたのは、実はこの子のおかげなんです」

男「彼女の友達もまた、連れていかれたようなんです」

騎士「それ、本当かな?」

娘「──! ──!」


こくこく


騎士「本当みたいだが……この子、声がでないのか?」

男「そうみたいです、それで放っておけずにここまで来たのはいいんですが……」



賢者「何もできずにこの様か」

男「……お恥ずかしながら」

騎士「でも、どうやって探し当てたんだ?」

男「はい、そのことなんですが」


犬「わんっ!」

賢者「ふむ、臭いか。聡い犬だな」

男「という訳で、彼の力を借りれないかと」


騎士「ということは……」

賢者「道案内の代償に、ついでに娘の友人を助けてやればよいのだな」



騎士「それで、いいか? お嬢ちゃん」

娘「っ!」


こくり


賢者「了承した。では力を貸してくれ」

犬「わふん」


男「……それと、すみませんが僕は一緒にはいけません」

騎士「ああ、構わないぜ。危険だしな」

男「いえ……僕は、ティノアちゃんを探しに行きます」

賢者「やはりはぐれていたか」



男「すみません……本当に、何から何まで」

騎士「一人で探しに行くつもりかよ!? そんなの危険すぎる!」

騎士「俺も一緒に行く」

男「…………」

賢者「ラル、一人で行かせてやれ」

騎士「だけど、俺たちの問題でもし危険な目にあったら……」

賢者「こやつが一人で行くと言っておるのだ、男なら、分かってやれ」

騎士「でもよ……」

男「心配してくれてありがとうございます」

男「でも、これは僕の責任なんです。ですから」




騎士「……わかったよ」

騎士「ただし、危ないと思ったら、すぐさっきの宿屋に戻るんだぞ」

騎士「それと……多分嬢ちゃんは大丈夫だ。頭のいい子だしな。だけど、なるべく早く見つけてやってくれ」

騎士「どこか危なっかしいところあるからさ、フューリに似て」


男「はい、任せてください」

賢者「それでは行くか」

騎士「ああ」

犬「わう!」

娘「…………」




男「いってらっしゃい……それと、その子をどうか、よろしくお願いします」


男「……行ったか」

男「フューリ、聞こえるか? お前のおかげで思い出せた」


ぐっ


男「俺はまだ生きなくてはならない」

男「復讐のために。そうだ……それが、俺に残された……使命……!」

つ づ く 。
遅れたのはポケモンのボリュームが凄かったせい
暑くなってきたけど、うどん食って元気だせよ



青年「うっ……く……」

警備兵「目が覚めましたか」

青年「君は……ここは一体」


青年が目覚めたのは質素な部屋の質素なベッドの上。

両腕は後ろ手で縛られている。

痛む後頭部を抑えたい衝動を青年は堪え、周りを見渡した。

一般的な作りの建物のようだ。が、家具は最低限のものしか用意されておらず

小さな窓が一つだけ申し訳程度についていた。



警備兵「ここは……昔の兵舎とでもいいましょう」

戸口に立っていた警備兵は、手に持ったランプを机の上におき

部屋の燭台に明かりを灯した。


警備兵「さて」

警備兵「申し訳ありませんが、貴方にはここで大人しくしていただきたい」

青年「……理由は、反乱の邪魔になるから、かな?」

警備兵「まさか、この期に及んで人一人の力でどうこうなるとは考えておりません。理由は別です」

警備兵「貴方にはお嬢様の味方でいて欲しいのです。ですから死なれては困ります」

青年「わからないな。あって数刻も立たない男に、彼女を支えろと言うのか? 何故」



警備兵「数刻も経たないうちに信頼を勝ち取ったが故です」

警備兵「それに悪い話ではないでしょう。ここにいる限り命の心配はありません」

青年「自由が無い時点で、それは死んでるも同然だろうが」

警備兵「自分たちは自由を掴むために戦っているのですから、その気持ちはよくわかります」

警備兵「ですがお嬢様には貴方が必要なのだと、自分は感じております」


青年「随分と自分勝手な考えだ……」

青年「……僕は困っている人は助けるよ。必要ならば命も賭けよう。だが一生は賭けられない」

青年「僕の一生は一度切りであり僕の物だ。誰か一人の一生には捧げられない」

青年「……それに、僕はただ手を貸しただけだ」



警備兵「なるほど、しっかりしておられます」

警備兵「ならば交渉は決裂ということで」

青年「そうしてくれ」

警備兵「……用済みになった貴方を、自分が殺さないとお思いですか?」

青年「思わないな。今のところは」

警備兵「……」

青年「…………」

警備兵「冗談です」

警備兵「貴方がどういった人か確かめさせてもらいました」

警備兵「自分の命欲しさに馬鹿な真似はしないだろうと判断しました」


青年「それは、どうも」

警備兵「ですが……お嬢様のお友達を危険に晒す訳にはまいりませんので」

警備兵「最初に言った通りにしていただきたい」


青年「どの位で出られる?」

警備兵「明日の朝には、お迎えにあがります」

警備兵「それでは、失礼します」


ガチャッ……バタン、ガチッ


青年「……まいったな」

まずは状況を整理しよう。


今起こっている騒動は反乱である。

恐らく、悲惨な生活に耐えられなくなった人々の仕業だ。

そして彼等を先導しているのが……先ほどの男たちだろう。

自警団の一員だそうだ……つまり、亀裂は内部にまで到達していたのだ。

しかし、彼等の口ぶりからすると本来の計画通りではないらしい。

ならば突発的に起こった何かが災いして、この現状を生み出しているのか?

そこは考えてもわかるまい。


青年「本来なら……これはこの街の問題であり、僕が関与すべきでない」

青年「そして僕らは先へ行かねばならない」


しかし


お嬢様、ということはだ。


青年「今から殺されるのは、あの子の父親だという可能性がある」

青年「それを見過ごせるか? それに」


暴動の原因は圧政のせいだろう。下町がそれを物語っていた。だが……

止めねばこの戦時、指導者を失い街は混乱に。

止めればこの戦時、現在よりも状況は悪化する。

止めるべきなのか、それとも……。


青年「成功しても、失敗しても末路は悲惨だ……なら」


やるべきことは一つ。

青年「お互い人だ。話は通じるはず!」



青年は唯一、外と繋がる小窓へ向かい、頭突いて開け放った。

どうやら建物は河川に沿って作られている、少なくとも二階建てらしい。

下を覗く、飛び降りるのは命が危険だ。

遠くを見る、河川を挟んだ向こう側の大通りに

赤々と揺れる火の玉の行列が見えた。

まるで街を焼いているようだ。


青年「だが……僕に出来るか?」


縛られた手を無理やり動かし、ポケットの中のナイフをどうにか抜き出す。

折りたたまれたそのナイフは、鈍く光る刀身を現し


ザリッ

ロープに噛みこむ。


青年「……」

ぶちっ

青年「やってみなければ、わからないものな」


身を呈して、青年を救った少年を思い起こす。

それは直ぐに霧散し

覚悟を決めた青年は、夜の空に一歩を踏み出した。

づ つ く
ルンファク4楽しみですねぇ・・・



令嬢「ドグマ……貴方は」

令嬢「本当に……お父様を……」


令嬢「お父様……お父様がいなくなったら、わたしは……う、うぅ」


青年と別々に閉じ込められた部屋のベッドの上で、行き場のない気持ちを嗚咽に漏らして

令嬢は涙を流した。


ちょうどその時

コンコンッ

と壁を叩く音がした。

令嬢「っ!? だ、だれ」



聞こえた方向に振り向くが、返事はない。

そしてもう一度。


コンコンッ


再び小窓から聞こえてきたノック。

確かめなければ……。そう思い、令嬢は恐る恐る近寄り

窓を押し開けた。

そこには


青年「や、やあ。流石に腕が辛い、引っ張りあげて貰えるかな」


建物の補強材に手をかけ、宙に揺れる青年がいた。



令嬢「フュ、フューリさん!?」

驚きのあまり後ずさる令嬢だが、既に精一杯な青年の姿を見て、慌てて手を伸ばした。


青年「よっ……と、ありがとう助かった」

令嬢「はあ……はあ……ど、どうしてここに……?」

青年「決まっているじゃないか。閉じ込められたら脱走するのがセオリーだろう?」

令嬢「セ、セオリーって……」

令嬢「も、もし見つかったらどうするんですか!」

令嬢「殺され、ますよ……」



青年「大丈夫。見張りは少ないよ」

青年「君だって抜け出したいだろう。ならやるしかない」

令嬢「…………わた、しは」

青年「……泣いていたのだろう? 親が殺されるかもしれないから」

青年「独りになる。それは恐怖だろうものな」

令嬢「ど、どうしてそれを……」

青年「やはりか。だったら君はどうする」

令嬢「え……」

青年「人が死ぬのを黙って見届けるつもりか」

令嬢「だって、わたしには何も……」



青年「出来るさ。この馬鹿な争いを止めよう」

青年「人々の思いを伝えればいい、そして君の気持ちもだ」


青年「君にならそれができる。だから一緒に行こう」


令嬢「わたしが……でも」

令嬢「いいんですか? 貴方が危険な目に……」

青年「構うな」

令嬢「……」

青年「……」

令嬢「でしたら……お願いします」

令嬢「わたしを父の元へ連れていってください!」



青年「よし、よく言ってくれた」

青年「その覚悟があればなんだって乗り越えられるよ。それじゃあ行こうか」

令嬢「行こうか……って、どうやってここから出るんですか?」


青年「どうやって……? 窓からに決まっているよ」

令嬢「窓からって……えぇ!?」

青年「ここから降りて。川を泳ぎ対岸へ渡る」

青年「ベッドのシーツを結んで綱にすれば降りられるだろう」

令嬢「ほ、本気なんですか? 川を泳いで渡るなんて」




青年「? そうしなければ向こうに渡れない」

令嬢「で、でも……」

青年「どの道、渡らなければならないだろう? ……まさか、泳げないのかい」

令嬢「……お恥ずかしながら」

青年「仕方ない、僕が手を貸すとしよう」

令嬢「といいますか! そういう問題じゃありません!」

令嬢「危ないですよ……? もう夜ですし……」

青年「他に方法がないのが現状だよ、怖いのもわかる……だが、僕を信じてくれ」

青年「君を必ずお父さんのところへ連れていく」




令嬢「……そういうの、卑怯です」

令嬢「そこまで言われてしまっては、信じない訳には行きませんよ」


青年「……ありがとう、では信頼にこたえないとね」

青年「とりあえず、泳ぐ訳だ。女性に対してどうかと思うが、そのドレスは脱いだほうがいい」

令嬢「え……」

青年「水を吸うと重くなって泳ぎにくくなる。さあ、迷っている暇はないよ!」

令嬢「えぇー……」


青年「ハリーアップ!」

つづくです?
つづくかもですー
つぎくるのいつです?

しらんです




じゃぶんっ


令嬢「~~~っ!!」


ぐい

青年「大丈夫?」

令嬢「ぷはっ」

青年「いいよ、その調子だ。浮かぶだけでいい、慌てないで」

令嬢「けほっ! ふゅ、フューリさん! 手、手を!」

ぎゅっ

青年「うん、これでいいかい」

令嬢「は、はい……」

青年「よし、ここまでは順調じゃないか」

青年「少しずつでいい、前に進むよ」




ざばっ


青年「さあ、上がって」

令嬢「こほっ! あ、ありがとうございます」

青年「よい、しょ」


どさ

令嬢「げほ、げほっ! ごほっ!」

青年「水を飲んだか……」


ドレスの下にはワンピースのような肌着を着ていた令嬢。

その濡れて張り付いた布ごしに、青年は背中をさすってやる。


令嬢「すみま、せん。ご迷惑ばかり……」

青年「いや、よく頑張った」



ぼんやりとしか見えないが

月に照らされ、薄着でかつ水の滴った令嬢は

素に比べて数倍も大人っぽく見える、と青年は思う。


令嬢「あ、あの……あまり見ないでください……」


よく見えるはずもないのに令嬢は恥ずかしそうに身をくねらせる。


青年「すまない、そういうつもりではなかったのだが」

青年(やはりこれが普通の反応だろうな。安心した)

青年(ティノアといいミーコさんといい、恥じらいを持たないからね、彼女らは)




令嬢「い、いえ……」

青年「さて、あとはどう屋敷に忍び込むかだが……っ! 誰か来る……!」

令嬢「えっ?!」

青年「何処かに隠れよう!」

令嬢「こ、こっちです!」



……タッタッタ

警備兵「……いいか、混乱に乗じて畳み掛ける」

警備兵「ルートの半分は抑えられている可能性が高い、状況に応じて使い分けろ。わかったな」


「「「はっ」」」




警備兵「陽動班がもうすぐ動く。配置につけ」

警備兵「……それと、何が起こっているかは完全に分かっていない。十分気をつけるように」


警備兵「以上、解散」


タッタッ……



青年「……いいことを聞いた」

青年「もうすぐチャンスが訪れる」

青年「案内を頼むよ」

令嬢「はい……任せてください」




令嬢「……」


ごそごそ

強制的に昏睡状態に陥らされた自警団の装備を漁る。

青年はその中から長剣と護身用の短剣、外套をはぎとった。

青年(重いな……)


柄を握りしめ、具合を確かめつつそう思う。

令嬢「あの……こういうのはあまりよろしくないかと思います……」

青年「……僕もだ。だが丸腰でこなせる問題じゃない」

青年「背に腹はかえられない」



令嬢「……わかりました。でもこの人は安全なところに」

青年「うん。その前に、これ」

令嬢「上着とナイフ……?」

青年「その格好だと目立つし、これは牽制に使える」

令嬢「あ、ありがとうございます……」

青年「君にこんなもの持たせたくはないけどね」

青年「もしもの時は……」

令嬢「…………」

青年「いや、もしもがあっても使うべきではないね。お守りと思ってくれていい」

令嬢「はい……」

曖昧な返事をしながら、外套を羽織り短剣を懐にしまう。

大人の男性なら上半身を覆う大きさだが、令嬢にはサイズが大き過ぎる。

袖は余り、裾は膝上までを隠すほどとなった。




青年「さて、おさらいしておこう」

倒れた自警団の男を物陰に隠したあと、青年は人差し指を立てて口を開いた。

青年「屋敷の塀に隠し穴があると」

令嬢「はい。今日抜け出すときもそこから出ました」

青年「侵入口はそこだ。そして反乱派の自警団が陽動を起こす」

令嬢「その時に入ってしまう訳ですね」

青年「うん。今見たところ、周辺は暴動を起こした民がうろついている」

青年「誰にも気づかれずに侵入するにはその時を待つしかない」

令嬢「わかりました」



青年「さて……まだ時間はありそうだ」

青年「一つ聞きたいことがある」

令嬢「? 何でしょうか」

青年「彼……ドグマという人物についてだ」

令嬢「っ……」

青年「何故、反乱分子をまとめあげ、今まで気づかれず、行動してきたほどの男が」

青年「一介の警備兵などで甘んじている理由、教えてくれないか」


令嬢「……そう、ですね。巻き込んでしまったからにはお教えしたほうがいいでしょう」

令嬢「彼は……、元王宮騎士団の隊長です」

青年「なっ……!?」



令嬢「わたしの父は前王だというのは知っていますか?」

青年「うん」

令嬢「前々王、わたしのお爺様には正妻の子と腹違いの子がいました」

令嬢「正妻の子が父、愛人の子が現王です」

青年「君の父上が即位していた時、不況不作と相次ぎ、戦争も重なって国は混乱の渦中にあった」

青年「それを見兼ねた現王が民をまとめ上げ、結果的に……」

令嬢「事実ですから。父は優しく力強い存在でしたが、国を守るほどの力はありませんでした」

令嬢「腹違いの子という烙印を押されながらも、民をまとめ上げたほどの人です」

令嬢「混乱がなくとも、いずれ首はすげ変わっていたでしょう」

青年「…………」



令嬢「その後です。父が玉座を降り、王宮騎士団が解体されても」

令嬢「ドグマはわたしたちの身を案じ、ついて来てくれることになったのです」

令嬢「新しく組織された自警団の隊長も快く引き受けてくれました」

令嬢「ついでに、わたしの世話までしてくれましたしね」

令嬢「その辺りの詳しくことは、わたしはまだ小さかったのでうろ覚えですが」

令嬢「父とドグマが対立した日のことは鮮明に思い出せます……」


令嬢「あの日……」


……ッドォォン!!


青年「!?」

令嬢「な、なんの音ですか?!」


「正門の方だ! 何かあったみたいだぞ!」


青年「爆薬か何かか……陽動にはうってつけの派手さだ」

令嬢「……フューリさん」


青年「うん。……行こう!」




ばしゃっ


男「自警団か」

下水道内部、恐らく男と目的地は一緒であっただろう自警団の一員

その倒れた姿を見下ろしつつ、男はぼやいた。


男「邪魔にならなきゃいいがな」

男「……まあいい、どうせ目標は別だ」

気配に気づき咄嗟に消したランプに、再び火をともしながら歩み出す。


ざっ……
ざっ……


男「なあ? ……分かっているぞ」

男「そこにいるんだろ?」


黒の外套を羽織り

背に隠しきれぬほど巨大な戦斧を背負った男。


それの向かう先は領主の館。

周囲では既に門を開けようと喚く市民共と

侵入を許すまいとする自警団によって、いつ終わるかともしれぬ争いが繰り広げられていた。


だがそれも男にとっては好都合。

下水道から屋敷に侵入する、その目くらましになってくれる。

願ってもない機会。


男「俺が何もせずにいたと思うな……」


男「今度こそ、貴様を……討つ」


静かに宣言された声は空洞に響き

男もまた、反響する音と共に消えていった。

・ワ・ つづくですー?




街に流れる唯一の河川。

そこに掛かる石橋に腰かけた少女がいた。

憂鬱とも悲しみとも取れぬ無表情の少女。

生気すら宿さぬようなその双眸は、ぼんやりと水面に浮かぶ月を眺めている。

それだけを見れば、どこか幻想的な光景だったろう。

小さな手に握られた血まみれの鉄棒が無ければだが。


少女「気になるですが」

少女「わたしは嫌われたと思います」




ここにくる前、少女は青年と女の子が連れ去られていくのを偶然見かけた。

助けようと思った。しかし、ひん曲がった鉄材を振り下ろすことはしなかった。

その理由は彼女のみ知る。いや、彼女も知り得ないのかもしれない。


少女「何故、見捨てたのでしょうか。わたしは」

少女「……ただ、嫌だったのかもしれないですね」

少女「何が、かは分かりませんが」


少女「……辛いのなら、忘れてしまいましょうか? いえ……それは駄目です」

少女「これは大切な……そう、それに」

少女「あの人なら、わたしを……」




騎士「そっちはどうだ!?」


賢者「……もぬけの殻だ」

騎士「どこ、行ったんだよ……」

娘「……」

犬「くぅん」

騎士「嬢ちゃんの友達もいなかったな……」

賢者「もう臭いは辿れんか? 犬っころ」

犬「がう……」

賢者「そうか……だがここに居たのは間違いないのだな?」

犬「わふ」

騎士「見張りが二人いただけだったけどなぁ」



賢者「ん……この部屋、窓があいていたのか。もしや……」

騎士「しゃあねえ……見張り叩き起こして聞きだすか、つか最初から……」

賢者「…………」


ビュオオォ……バサバサ


賢者「真下は川、そして結ばれたシーツ。なるほど」


賢者「……あんのじゃじゃ馬陛下め」

騎士「? 何か言ったか?」

賢者「いくぞ馬鹿者! ここにもう用はない!」

騎士「は? どうしたんだよいきなり! 手掛かりでもあったのかよ」


賢者「ある訳なかろう! 犬っころ、もう一度貴様の鼻を頼らせて貰うぞ」

犬「わ、わふ?」


賢者「まったく……いい加減、立場をわきまえろというのだ」




ガサガサ……

青年「っくしゅん! ……あー」

令嬢「だ、大丈夫ですか? 風邪を引いたのでは……」

青年「いや、鼻がムズムズしただけさ」


青年「しかし、こんな隠し穴があるとはね」

令嬢「昔、塀に穴を開けてしまいまして……」

令嬢「どうにか隠せないかと庭にあった丸石で塞いでいたんです」

青年「はは……以前は随分とやんちゃだったようだね」

令嬢「そ、そんなことないですよう! ……で、通れそうですか?」

青年「ポーチを外せばどうにかね」

令嬢「フューリさんが小柄な方でよかったです」


青年「…………」




令嬢「ど、どうかしましたか」

青年「いや……別に」

青年「ただ、決して希望は捨ててはいけない。わかったね」

令嬢「え? あ、はい」

青年「それでは先に行くよ」


青年はまず穴に荷物を通し、続いてその身を差し込む。

ところどころ引っ掛かりはするも、すぐに全身は塀の向こう側へ消えた。


令嬢「それでは……わたしも」

青年に続いて令嬢も穴に滑りこむ。

彼に比べても小柄な彼女は、いとも容易くくぐり抜けた。



令嬢「……とりあえず、塞いでおきませんと」

青年「…………」

令嬢「フューリさん、すみません。手伝って貰──どうしました?」

青年「静かに」


ガラガラ……

「正門が爆発ぅ?!」

「……」

「ああ、市民にも被害出てるだろうに無茶しやがる」

「なあ、何かおかしいって。あいつら」

「反乱が起こしてんだぞ? まともな訳あるか」

「それだけじゃなくてさ……俺らの中にもおかしな事いう奴が……」

「何だそれ」



青年の視線の先には、自警団の男が三人ほど。

台車に載せられた円筒形で、後端部が丸く湾曲した何かを運んでいる。


青年「何だ、あれは……?」


「気味悪くて仕方ねえ、一体いつからこんななっちまったんだ?」

「俺が知るかよ。大体戦時中だ……」


「──ごちゃごちゃうるせえんだよ!!」


二人の会話に耐えきれなくなったのか、沈黙していた三人目が突然、怒声をあげた。


「さっさとしろよ……あのくそったれ共に身の程教えてやるんだ……!」

「お、おい……落ちつけって」

「テメエ、舐めてんのか? テメエもあの裏切り者と同類だってのか! あぁ?」

「ん、だと……?」

「やめろって、俺らが悪かった。与えられた仕事はしっかりこなさないとな」

「チッ……」


険悪な雰囲気の中、取り乱した男二人を宥めると、彼らは正門の方へと台車を引いていく。



青年「おかしな奴らだ」

令嬢「元々、気性の荒い人はいましたが、あのような方は存じませんでした……」

青年「しかし、気になるな。あれは一体……君は何かしらないか」

令嬢「あの筒ですか? いえ、わたしもちょっと」

青年「……少し様子を見に行こう」


気取られぬよう、庭園の草木に身を潜め彼らの後をつける。

幸い、勘付かれることは無かったが、屋敷からは離れて行く。

更に侵入の危険が増えることとなった。


青年(やはり正門か。しかし酷い有様だな)

青年(鉄柵の門はひしゃげ、地面は焼け焦げている。市民の掲げる松明で辺りは明るいが……正直言って不気味だ)

青年「つくづく……気持ちが悪いな」



令嬢「あ、あの人たちここで何かするようです」


令嬢の声で、はっとなって注視してみると

台車を引くのをやめ、それどころか地面に固定させている様子が伺えた。

更によくよくみると、他にもおかしな筒を運んでいる者がいる。計四台ほどであろうか。


青年「何をするつもりだ……」


相手の行動が分からない以上、こちらも出ようが無い。

暫く様子を見ていると、先に動いたのは群衆の方だった。

半壊した門を質量で押し広げ、僅かに空いた隙間から流れ混んできたのだ。

それに対する自警団の行動は至って冷静であった。

筒に黒い球体を押し込み、後端部に松明を近づけるといったもの。


その謎の行為はすぐに明らかとなる。



ドォン!

重低音の発射音が連続して鳴り

重厚な破裂音と爆音が響いた──。


青年「な──ッ!」

令嬢「うあっ……」


心臓に響き、耳をつんざく音が治まった時

その場には、人の油を燃料に燃える炎と

言い表し難い悪臭が残った。


青年「なんだ、これは」

びちゃ

令嬢「ひ、あ……」

青年が呆然としていると、隠れていた茂み付近に

誰かの千切れた腕が降ってきた。

ずたずたに割かれた肉の隙間から、ピンクの骨を覗かせて。

よく見えないはずなのだが、それだけはくっきりと目に映った。

しかし右腕なのか左腕なのかは分からなかった、だがもう確認したくはない。



青年「ここまで、するのか……」

青年は震えた。

令嬢「ひどい……」

令嬢は涙した。

だが心を痛めた所で、どうなるといった訳でもなかった。


確かに球体は群衆に打ち込まれ、爆散した。

それでも彼らは仲間の死骸を乗り越え、更に怒りを燃やす。

青年「うっ……ぐ」

令嬢「ど、どうされました?」

青年「……何でもない、気分が、悪くなっただけ、だ……」

青年「かっ……はー、はぁ」

青年「もう大丈夫。君は大丈夫かい」


令嬢「は、い……平気ですから」

令嬢「ここに居ても何も出来ません。父の所に、行きましょう」

青年「そう、だね」

令嬢「今なら裏の警備は手薄でしょう。こっちです」


冷静を保っている風だが、実際声は震えていた。

それが彼女なりの精一杯だったのだろう。


青年はその頼りない背中を追い、どうしようもない現実に背を向けながら呟く。



青年「本当、ふざけているよ……」

つ づ く
おそくなってもうしわけありませぬー
たぼうでしたゆえー

もう一年経ってたんですな、はやいもんです

ドン

ドォン

未だ断続的に耳朶をうつ破裂音。

それは多数の死者を生み出し続けている証拠であり

彼らを急き立てる原因となっていた。


令嬢「ここの裏口から入れます」

先を行く令嬢はどこか冷ややかであったが。

青年「人は?」

令嬢「別館の使用人しか滅多に使わない所です、まずいないでしょう」

令嬢「その後に本館と繋がる通路を通ります。見張りは外に集中してますし、比較的安全かと」

青年「……分かった、けれど油断は禁物だよ?」

令嬢「はい」



裏口の扉を開け、中へと進む。

後は見つからないことを祈るだけだ。

その道中、ぽつりと令嬢が言葉を零した。


令嬢「……フューリさんは、どう思いましたか? 父のこと」

青年「…………」

青年「正直に言うと、許せない」

令嬢「そう、ですか。そうですよね」



青年「だが望みはある。……なんたって君の父親だ」

令嬢「はい……わたしの、大好きな父親、でしたから」

青年「だから安心して欲しい……と本当は言いたい」

青年「だけれど、それは言いづらいな」

令嬢「…………」


青年「領主であり、一人の子の親であるものが、領民にとどまらず我が子までも傷つけるというなら──」

青年「僕はその人に刃を向ける」


令嬢「……っ」



青年「万が一の場合だよ。……でも、心して欲しい」

令嬢「そんな……」

青年「……言いたいことはそれだけ、だ」

令嬢「…………」


青年(言うべきではなかったか?)

そう思っているなら何故言った。と青年は爪を噛む。

青年(彼女のことを思ってか? いや違う)

自分自身の問題だ。

青年(全てに向き合おうとしているのに、いつもどこかに逃げ道を作っている)

強くなりたいのに、ならねばならないのに。

青年(弱いままだな)


青年「……情けない奴」



自虐的な思考の結果、傷つけすぎてしまったのだろうか。

麻痺した感覚のせいで人の気配に気づくのが遅れた。致命的なミスだ。

場所はちょうど本館への渡り廊下周辺。


令嬢「だ、誰かいますっ!」

青年「くっ──!?」


思わず悪態つきそうになるも、青年は既の所で言葉を呑んだ。

"彼女"も彼を探していたのだろう、先にこちらを捉えたのはあちら側だった。


少女「フューリさん」

駆け寄る小さな影、青年は身構える間もなく胸部に軽い衝撃を受けた。



青年「ティ……ノア!? どうしてここに?」

令嬢「あなたは……」

少女「わたし、謝りたくて」


服を掴み、青年の顔を見上げる少女は無表情のままそう言う。

だがいつもとはどこかが違った。


青年「気にしなくていいよ」

少女「ですが……フューリさん、怒っていませんか?」

青年「実を言うと、少し怒っているかな」

少女「あ……」

青年「……勝手に居なくなってはいけないよ。心配したじゃないか」




どこか焦っているように伺えるのだ。

いつも意図が読めないマイペースな少女、その彼女がである。


少女「心配、ですか?」

令嬢「……」

青年「ああ、怪我をしていないか不安だったよ……無事でよかった」

少女「でも、わたしは……フューリさんに怪我を」

青年「僕は平気だよ。それに勝手にやったことだからね、事故だ」

令嬢「あの……その子が探していた……?」

青年「うん、紹介する。ティノアだ。で、こちらがメリエ」

少女「はじめまして……?」

令嬢「いえ、二度目よ。あの時は……ありがとう」



少女「……? わかり、ません」

青年「暗かったものな、覚えてないのも無理ないよ」

令嬢「そう、ですね。でもどうしてここにいるってわかったの?」

少女「……どうしてでしょうか?」

青年「僕に聞かれてもわからないよ……」

少女「わたし、謝らないといけないと思って探してたのです」

少女「そうしたら、この辺りが騒がしくて。フューリさんがいる気がして……」

少女「入ってみたらフューリさんがいて、嬉しくて抱きついてしまいました」


令嬢「……一体どうやって入ったんだろう……」




青年「よくここまでこれたね。だけどここは危険だ」

青年「もうすぐ大衆が押し寄せてくるだろう」

青年「今は自警団が抑えているが……いつ突破されるかわからない。この街はおかしい、狂っているよ」

青年「民がまるで……魔物のようだ……」

令嬢「……っ」


少女「危険なのでしたら、フューリさんも一緒に逃げましょう」

青年「いいや、僕にはやるべき事がある。一緒にはいけない」


少女「でしたら、わたしも」

青年「ダメだ。ね? 必ず迎えに行くから……」

P

青年「あの宿屋で、ラルとマグナと……ミーコさんと一緒に待っていてくれ」

少女「……分かりました」

青年「一人でも、戻れるね?」

少女「はい」

少女「それでは、待っていますね。にこー」


青年「あ、そうだった」

少女「?」

青年「これ……忘れ物だよ」


青年が手渡したものはキッチンナイフと青い一切れの布。

少女はそれを受け取ると、ふと思い出したように髪に触れる。

少女「あ……落としていたのですか」



青年「折角プレゼントしたのに、失くすなんて酷いな」

少女「……ごめんなさい。でも、ありがとうございます」

少女「二つとも、とても大切なものですから」

青年「……ふふ、嬉しいことを言ってくれるね」

少女「もう二度と失くしません……」


リボンを胸に寄せ、大事そうにそれを見つめる。

少女「……それでは、わたしはこれで」

少女「待って、いますから」


そして最後にもう一度、だが小さく──ありがとう。と言って去っていった。



令嬢「本当に大丈夫なんですか? わたし何かよりあの子のことを……」

青年「そんなことを言わないでくれ。ここまで来たからには最後まで付き合う」

青年「さっきはあんな事を言ったが、僕はまだ可能性を捨てちゃいない。だから……」

青年「行こう、行って止めよう。そして僕は帰るよ」

令嬢「帰る……ですか」

青年「戻らなければならない理由ができた」

令嬢「そう、ですね」


令嬢「わたしも……帰れるかな」

つ づ く
来週から本気出す
そしてその週でこの話終わらせる
俺はやるぞ!!!


青年「……どういうことだい?」


令嬢「だって、そうじゃないですか。もし父を止められたとして……そこにわたしたちの居場所はあるのでしょうか」

令嬢「これだけのことをして、信頼も信用も何もかも怒りで塗りつぶされています」

令嬢「すでに失ったものは大きく、埋められないものです」

令嬢「誰がわたしたちを許してくれるでしょうか」

青年「不安か」

令嬢「はい……それならいっそのこと……父は討たれてしまったほうがいいのかも……」

令嬢「わたしも身を捧げて、一家の罪を償えば……街の人達も」

青年「馬鹿なことを考えるな」

令嬢「ですが……!」


青年「罪は生きて購うものだよ」

青年「それに、君は生きたくはないのかい」

令嬢「生きて……でも」

青年「……君はもっと我侭を言ったほうがいい」

青年「生きていたいなら生きたいと、助けてほしいなら助けてと、ね」



令嬢「そんなこと……いいのでしょうか」

青年「いいか悪いかは君次第だよ。だけれど君にはその我侭を叶えるだけの力はあると思うな」

令嬢「……さっきも言ってくれましたよね。『君になら出来る』って」

令嬢「どうしてそう思うんですか?」

青年「ん……難しいな。適当に言ったつもりではないのだが……そう聞かれるとちょっと困る」

令嬢「お願いします、どうしても知りたいんです」

青年「ふふ、それなら仕方ないなぁ。そうだね」

青年「まず……純粋な子なのだと思った」

令嬢「え、えぇ?」

青年「そして何故だろう……凄く優しい子だとも思った」

青年「恐怖の中にいつつも、この子は人が死んだことにも涙していたのだと」

令嬢「そう……だったんでしょうか。わたしでも怖くて泣いてたとしか」

青年「本当によく分からないのだけどね。それに、彼らは……いや、これはやめておこう」

青年「まあこんな感じだよ」

令嬢「……あまり納得できませんが」





令嬢「貴方がわたしを信じてくれているだけで、うれしいです」

そこで令嬢は初めて笑顔を見せた。


青年「むっ……そ、そんな礼を言われるほどでは……」

令嬢「ふふ……照れないでください」

青年「まったく、少し元気になってくれたのはよかったが……」

令嬢「心配、してくれてたんですか?」

青年「当たり前だろう。こんなことになってしまったんだ、仕方無いと思っていたのだが……」

青年「年頃の女の子を元気付けるなんて、どうすればいいか分からなかったからね」

青年「よかった。安心したよ」


令嬢「…………」

青年「どうかした?」

令嬢「いえ……やっぱり卑怯だなぁ、と」

青年「な、何がだい」

令嬢「何でもありません」


青年「うーん……やっぱり、難しいね」


令嬢(優しい人だな、ってだけ思ってたけど……どこか変な人)

令嬢(でも……嫌いじゃない)


令嬢(フューリさんみたいに思ったことを言える人、羨ましいなぁ。わたしもあんな風になれたら)


青年「こほん、それで目的地はどこかな」

令嬢「あ、一度ホールに出て階段を登らないと」

青年「広間にでるのか……少し危険だな。別のルートは?」

令嬢「父のいる三階にはそこからしか……」

青年「仕方無い……」

令嬢「この扉を開ければ広場です」

青年「慎重に行こう」


そういって先行する。

まずゆっくりと戸を開け、隙間から様子を伺う。



青年(気配はしない……人影もない……いけるか?)

そこから半身を出し、再度見渡す。そして安全を確認し令嬢を手招きする。

令嬢はそれについて行き、階段脇の花瓶に身を潜めた。


令嬢「……誰もいませんね」

青年「しっ……」


「…………」

かつっ……かつっ……


反対側の通路から足音が、どうやら警備中の自警団のようだ。

身長は青年より一回りも大きいだろう、影になっているが逞しい体つきは一目で分かる。

その男は歩みを止めず、青年たちのいるほうへ向かってくる。


青年(まずいな……)

このままでは見つかる、いざという時のため青年は剣の柄に手をかける。

扱いなれた得物ではないが闇討ちならば十分機能するだろう。


だが杞憂だったか、男はホールの階段手前で歩みを止めた。



青年(……ふぅ、助かった。が、どうするか)

上に行くには階段を通らざるをえない、その道が絶たれた今、動きようがない。


青年(ん……?)

何かないかと階段の手すり越しに辺りを見渡していると、蝋燭の明かりに照らされていない暗がり

甲冑の置物の陰に、微かに動くものを見つけた。

ようく眼を凝らすと、それは人であった。

こっそりと息を潜めて、それも見張りの様子を伺っているのだ。

と言っても注視しなければわからない。見つけられたのは運がよかった。


青年(反乱側の自警団か。あの男の部下……)

青年(……そうだな、少し利用させてもらうか)

令嬢「……あの」

青年「……?」


ちょいちょいと指を指す。その先には混乱の最中に誰かが倒してしまったのだろう

散らばった花束と割れた花瓶の破片が散らばっていた。


青年(そうか、よし……)

その欠片をひょいとつまみ、見張りの隙をついて甲冑へと投擲した。


カンッ!


見張り「誰だッ!」

「……!」


音のしたほうへ見張りが振り向く。

そして侵入者は何が起こったか理解できずにうろたえる。


見張り「そこだな……! 出て来い!」

「くそ……」

これ以上身を隠してはいられないと判断したか、侵入者は姿を現す。

そして二人は対面し、抜刀した。


そこで青年は飛び出す。

二人は互いに気を取られているせいで青年には気づかない、そこを後ろから強襲するのだ。


狙うは見張りの男、直剣を横にし刀身の腹で側頭部を打ち抜いた。

思わぬ方向からの打撃、見張りは何も分からぬまま卒倒した。



青年「大丈夫か!」

「み、味方か……助かった」

青年「目標はこの上の階だ、俺はこいつを片付ける。先に様子を見に行ってくれ」

「あぁ、任せろ」


極限の緊張から一瞬にして開放された侵入者は

安堵し、判断力が鈍っていた。

そしていかにも正しそうな指示を得て、素直に行動に移そうとする。

瞬間に、再び青年は剣を薙いだ。


「うぐっ……」

青年「すまない……」


階段に足をかけていた侵入者はバランスを崩し、後ろ向きに倒れこむ。

その体を支え、ゆっくりと床に寝かせると青年は令嬢を呼んだ。



再度の確認の上、青年は階段を上り始める。

その後ろに付き添いながら令嬢は思う。


令嬢(どうなるかと思ったけど……)

彼は自分を卑下したが、彼女にとっては十分すぎるほど心強い背中を見つめる。

令嬢(ここまで来れたんだから……もしかしたら)

父も止められるかもしれない。

そんな淡い期待。


青年「……どうしたことだ。何故、見張りが一人もいない……」

令嬢「本当ですね。それだけ人手不足ということでしょうか……」

青年「誰もいないのは楽でいいが……気をつけよう」


令嬢「大丈夫でしたか?」

青年「うん、問題ない。……この上だったね」

令嬢「はい」

その淡い期待も、長くは続かない。

令嬢「ここです」

青年「よし……いくよ」


ガチャ


領主「ふはっ……は、はははははは――ッ! 素晴らしい威力だな"竜口砲"とは!」

領主「疑っていたがなかなかどうして、やるものだ」

領主「そうは思わんか団長殿」


正門までの中庭を一望できる執務室には

窓際で興奮し、口角泡を飛ばしている男と

団長と呼ばれたフードつきの外套を羽織った人物とがいた。


団長「…………」

領主「つまらん奴だ。前任のほうがもっと愛想があったぞ?」


ドンッ
   ドォンッ

いまだ耐えぬ発砲音、それは市民を薙ぎ払い、一人の男を喜ばせる。


領主「ははッ! いいぞ……その調子だ!」

領主「これさえあれば……、我々は騎士団にも決して劣りはしない」

領主「もう奴らの脅しには屈しはしない……!」


令嬢「お……父様」

団長「……」


チャキッ


父の変貌を見て唖然としている令嬢たちに気づいたのか、団長は懐から両刃の短剣を取り出した。


領主「どうした……? ……お、おぉメリエ! なぜお前がここに? 危ないだろう」


青年「待て、僕らは争いに来たわけではない。……話がしたい!」

令嬢「そうです! お父様、こんなことはもう止めてください!」

領主「やめる……? 何をやめろというんだ」


令嬢「……この、虐殺をです。お父様!」

領主「虐殺? 何が虐殺だというんだ我が娘! 父はこの街を守ろうと」

令嬢「いい加減に気づいてください! お父様がやっていることは民を苦しめていただけだということを!」

令嬢「その結果がこれなんですよ!? 民を怒らせてしまった!」


領主「お前も……私を認めてはくれないのか」

領主「いつもこの街のことを……私の街のことを考えてきた私を!」

青年「それは、結局自分のことしか考えていないということだろう」


領主「ッ! 誰だ……お前は」

青年「貴方の暴挙を止めに来た」


領主「なるほど……黒い髪の男、報告にあった騎士団の」

青年「……? 何を言っている」

領主「そうか、お前がメリエにいらぬことを吹き込んだんだな」

領主「こっちへ来なさいメリエ」

令嬢「嫌です! 今のお父様は信用できません」

領主「親に向かってそんな口を利くのか! いいから来なさい!」

令嬢「いやっ! 離して!」



青年「――ッ」

団長「……」


無理やり令嬢の腕を引っ張って行こうとする領主。

それをとめようと動く青年だが、それを無言のまま待機していた団長に阻止される。


青年「邪魔を……するなッ!」

つかまれた腕を振りほどき突き飛ばそうとする、が

難なく避けられ、腹部に強烈な蹴りを入れられる。


青年「がっ……」

令嬢「フューリさんっ!」

領主「さあ、外を見てごらん。あれは何が正しいか分からず愚かな行為に至った愚民だ」

令嬢「ぐ、愚民……」

領主「そうだ。私に従っていればよかったのに……後先を考えない愚かな奴らだ」

領主「自分で判断できないから簡単に唆される。悪意を持った一部の人間に」

令嬢「これが……大衆の意志だと何故分からないのです!」

令嬢「お父様が間違っているからこそ、今このときがあるのですよ!?」


領主「私が間違っている? 何がだ!」

領主「増加した魔物に対応するために自警団を組織した!」

領主「物資不足を防止するために貿易を盛んにした!」

領主「どれもこれも民を守るためだ」


令嬢「……それは、でも」

令嬢「今やっていることは何なのですか」

令嬢「お父様は……守るべきものを忘れているではないですか!」


領主「守る価値が無くなったからだ」

令嬢「なっ……」

領主「これは良い間引きになる。言葉で分からぬものたちと、私の行為を理解できぬものたちのな」

領主「それに組織内の不穏分子も叩けるチャンスなんだ」

領主「私の部屋の前に警備がいなかった理由が分かるか?」

令嬢「…………」

領主「それはな……あいつ一人で足りるからだ」

令嬢「……?」

領主「団長としての経歴は浅いが腕は確かだ。あの騎士もただではすまんよ」


令嬢「っ、フューリさん!」


青年「はっ……はっ……」

団長「…………」


青年は剣を構えているが、既に息が乱れている。

対し、団長のほうは疲れている様子でもない。


青年「こいつ……強い」


痛む腹部を押さえながらも、敵から眼を離すことはない。それほど余裕がないということ。


団長「……」

青年「っ!」


呼吸を整える隙も与えない。

団長が再び青年に襲い掛かる。


キンッ

視界の隅から振られた短剣による一撃を、何とか剣で防ぐ。

次の瞬間、青年は懐に踏み込み膝蹴りを放つ。

しかし蹴りが到達することはなく、その前に団長による肘うちで後方に吹き飛ばされる。


青年「つぅ……」

咄嗟に腕でかばったものの、強打をまともに受けたため痺れて感覚が鈍い。


青年「だが、まだ……まだッ!」

床に転がった青年を見下す団長は、その場から動こうともしない。

だが尚も立ち上がろうとする青年に向け、軽く腕を振るった。


青年「ぐ、あぁぁぁッ!?」

ザシュ

風をきる音がしたかと思うと、既に青年の太ももに投げナイフが突き刺さっていた。

骨まで届くような衝撃と筋肉を断ち切られる痛みに青年は絶叫した。


令嬢「フューリさぁん!」


青年「クッ……」

団長「……」


それだけに留まらず、団長は青年に近寄り

突き刺さったナイフを足蹴にし、更なる苦痛を与える。


青年「あ、ぐっ……!」


ぐりぐりとかき回し、溢れる血をかき混ぜる。

青年は立つことも出来ず、されるがままだ。


青年「こ……の」

だがここで一矢報いようと力の入らぬ腕で剣を振るう。


団長「……!」

それは団長の眼前をすり抜け、数本の髪を宙に舞わせた。


青年(……女?)

同時にフードを一瞬だけ捲り、団長の素性を垣間見せた。

苦し紛れの一撃はそれだけで、窮鼠猫噛みにはならず、むしろ団長の怒りを買ったか

剣を持った腕に更にナイフを突き立てられることとなった。


青年「う……!」


思わず剣を離してしまう青年。


令嬢「も、もう……やめてください!」

領主「放っておけ! あいつも不穏分子のひとつだ。ここで始末しておくんだよ」

令嬢「だめ、離してっ!」


青年の危機に飛び出そうとする令嬢、しかし領主に阻まれて動けない。

その双眸に涙を精一杯にため、もがくもどうにもならない。


どうにも変えられない。令嬢に諦めの言葉がよぎったとき。

背後にすさまじい熱量を感じた


ゴォッ……

瞬間、地響きと共に壮絶な爆音が鳴り響いた。


領主「な、何だ!」

慌てて外を見やる領主、そして突然の出来事に呆然とする。


令嬢「大丈夫ですかっ!」

その隙をついて令嬢は青年の傍へと駆け寄った。

青年「だい、じょうぶだ……」

呼吸は荒く、冷や汗は止まらない。どう見ても大丈夫には見えない。


領主「なんてことだ……! 私の、私の盾が!」

ヒステリックに叫ぶ領主、青年は耳障りそうに顔をしかめた。

領主「な、何故だ! どうしてこんな!」

領主「"竜口砲"が全て潰されるなど……あ、ありえん!」


領主「糞……糞! どうせ騎士団の連中だ! そうに決まっている……」

領主「いつも私の邪魔ばかり! ええい、さっさとそいつを始末してしまえ!」


団長「…………」

令嬢「だ、駄目です!」

領主「構うな!」

青年「や、やめろ」


だが領主は命を下したし、団長は手を止める素振りも見せない。

団長の手に持つ短剣は確かに短い、が、それでも令嬢の首を掻っ切ることなど容易く

青年の心臓をもぎ取ることも可能だ。


青年「その子には……手を、出すな!」


潰された左足と右手は動かない、だがそれぞれの反対側は動く。

左手で剣を引っつかみ、それを軸に右足で立ち上がる。


令嬢「フューリ、さ……」

心配そうに見つめる令嬢を押しのけ、団長の前に立つ。

そして


青年「ここでやられる訳には、いかない……!」


胸の前に剣を構え、動かぬ右手で柄を支える。

そのまま倒れこむように団長へ――


突き刺そうとした瞬間、窓を突き破って部屋内に侵入してきた物体と眼が合った、気がした。

物体は青年の突きを軽く避けた団長へと向かい……


頭部に頭突きを食らわせた。


そしてベゴン、と金属がへしゃげる音が響き、物体は床に転がった。

団長は何が起こったかもわからずによろめくも、すぐに体性を整える。


突然の飛来物に驚いたのは団長だけではない、青年も唖然として床に伏せ、物体を見つめた。

しばらくの間、周囲の時が止まり

再び動き始めたのは物体が何の原理か、ごろんと青年のほうを向いた時だった。


その物体……人の頭部を思わしき物体は歪んだ兜の奥から重低音を放った。


『みぃ……つけた』


青年は出血とは別の理由で、背筋が凍えたという。

つ  づ  く



領主の館の一室。

暗く、冷たく、碌に手入れもされていない埃にまみれた部屋。

物置としては広すぎるし、とても……邪悪な気配を感じる部屋だ。

その中央に鎮座する、球体。

ある人が見れば高価な宝石、ある人が見れば畏怖の対象となり得る物。


「ああ素晴らしい……実用には少し時間がかかりましたが」

「求めていた通りの力だ……」


そして、そんな球体を愛おしげに撫でる、一人の人物がその部屋には在った。


「さて、テストも大方成功しましたし……」


独り言を途切れさせた人物は、それまでの行為をぴたと止め、宝玉を布で包みこみ始める。

おそらく言葉の続きはこうだろう

――この街は既に用済みだ。



ギィ……

だが、そう簡単に済む話ではなかった。

「…………」


男「見つけたぞ」

使用人「おや、傭兵殿。一体どうしてココに?」

男「やはりお前だったか」

使用人「何のことやら……」

男「とぼけるな! お前が"ソレ"を目当てに領主に近づいたことは分かっている」

男「散々俺の邪魔をしてくれたな……」


使用人「ふっ……ふふ、本当にしつこい人ですね」

使用人「私を倒せないから、今度は邪魔をしようと? 発想が幼稚ですよ」

男「何も邪魔しようと思ってるんじゃない」


チャキッ

一歩一歩近づきつつ、男は戦斧を構えた。


男「お前の息の根を止めるつもりだ」

使用人「懲りない人だ……」


大きく戦斧を振りかぶって、男は突進するが

使用人「こっちに"来るな"」


中年の使用人であった声は、若い娘の声となり

その命令に、男は強制的に従わされた。


男「……」

使用人「ふふ、ははは! 少しは学習してはどうですか?」

男「……ふん」


嘲笑う使用人に対し、男も微笑で返す。

使用人「何……?」


動かなくなった足を無視し、振りかぶった戦斧をそのまま投擲したのだ。

回転しながら進む斧は空間をかき混ぜ、渦を発生させる。


使用人「っつ!」

そして進行途中にある使用人の肩口を切り裂き

吸い寄せられるかのように、再び男の手元へと戻ってきた。


男「……よし、動ける!」

敵の虚を突き、男は一目散に宝玉へと駆け寄り

手にした戦斧で真っ二つに――



使用人「"死ね"」

男「―――ッ!?」


しようとした瞬間に、使用人がはっきりとその言葉を口にした。

ぐらりと歪む視界、一呼吸ごとに荒くなる吐息、止まりかける心臓。

男はたった一言で全てを奪われ、床に伏せた。


使用人「死ね……死ねッ! 死ねェ!」

それでも、一言ではすまない。口汚く罵るように連呼する。


使用人「人の身で、この"言葉"に抗う者に興味がありましたが」

使用人「もう許しはしませんよ……」

男「ぐ……か、はっ」

使用人「ああ痛い、痛いなぁ……。とても……とてもねぇ!」


男(何だこれは……ふざけるな……力が入らないとか、そういう問題じゃない)

男(生きる力が、抜けて、行く……)


使用人「全く腹が立つ! この下等生物が!」

力なく倒れた男を、何度も足蹴にする。

その形相はまさに鬼のようであった。


男(呆気ないな、これで終わりか。あぁ……なんたって俺は……)

男(いつも、いつまでも……何も出来ない、ままなんだ……)

大切なものを守れず、復讐することも叶わなかった。

そして妙な正義感を働かせ、再び守るものを得た今でも

悪を挫くには至らなかった。


これが哀れな凡人の末路なのだ。

所詮お門が違ったのだ。

過酷な運命を背負った訳ではなかった、与えられたのは使命ではなかった。

虐殺を運悪く生き延びた、それだけの話で、それだけの話はもう終わっていたのだから。


男(ちく……しょう。畜生ッ!)


だがそれが何だと言う。

男「諦めるのは、全て終わってからだ……!」



使用人「……まだ立つと言うのですか」

使用人「大人しく死んでいれば……"裂けろ"」


男「ごはっ……!?」


新たな一言で、男の体から鮮血が迸った。

右肩から下が断裂し、皮一枚で繋がる。

腹が割け、腸が零れ落ちる。

両足の肉がサイコロの用に分裂し潰れる。

痛みに叫びたくとも喉は当に裂けている。


もう立つ事は不可能、再起不能である。

男は己の血溜まりに身をゆだね、沈んで行くのみだ。


使用人「派手に弾けましたねぇ……ですが使えそうなパーツはいくつか」

使用人「ふふ……このままにしておくのは勿体無い、本国に持ち帰りあの子の……」


男「うあ……あ……」

使用人「さて、どこから切り分けましょ――ッ!」


ベギッ


使用人「あッ、あぐぁぁあああああッ!?」

その手が男に触れる寸前、何者かが間に割って入り使用人の腕をへし折った。

嫌な音が響き、次の瞬間には何者かによって使用人の体は宙に浮かんでいた。

折れた腕を乱暴に引っつかみ、背負い投げ飛ばしたのだ。


男「あ……?」


「胸糞悪い気配がしたから来てみれば……」

「この世で一番会いたくない奴に会ってしまったな」


男「お……な、……こ、に」



いつも以上に不機嫌そうな白髪の男性。

そいつはゴミでも見るかのように、男と使用人を一瞥した。


賢者「ただでさえ機嫌が悪いのだ。手短に終わらせて貰おう」



使用人「き、さま……」

賢者「ご挨拶だな、ネーベル」

使用人「……マグナか。久しぶりですね」

賢者「貴様とは二度と会うまいと思っていたが―――」

使用人「――――。」


男(……?)

突然、会話が聞き取れなくなる。

男(そうか……意識が……)

視界も霞む。決して気を抜いた訳ではないのだが、意識が赤で塗りつぶされていく。

離れて行く世界で最後に分かったことは、敵の名。


それ以上持ちこたえることは、できなかった。




『みぃ……つけた』

と、その生首は言った。

青年は満身創痍で倒れ、父は理解してくれず

己の無力さを嘆く間もなく時は過ぎて行く。


そのどん底の中で救いの手が来たのかと思えば

それはとんだ思い違いで、実際は化け物だったのだ。


令嬢「ひ、ひぃ……」

青年「そうか、ふ……ふふ、ふふふっ!」


混乱に陥りそうになった令嬢の傍らで、青年が笑う。

彼も、気が狂ってしまったのかと不安になる。

だが、血だらけの顔の奥底で瞳は輝いていた。


青年「遅かったじゃないか! ラル、ランディ!」


ヒュッ……ダンッ!


そう叫ぶと、窓の外からもうひとつの影が

甲冑を身に纏った首なしの男。

その姿に、窓際にいた領主があんぐりとした表情になっている。


領主「な、なんだお前は!」

それもそのはず、三階の高さに外から跳躍して侵入してきたのだから。

「…………」

騎士の胴体は領主の質問に言葉で答えず、体を向けて答える。

領主「ひ……」


ただそれだけの動作で気圧されたのか、思わず後ずさる領主。


騎士『遅かったも何も……あんた、どこほっつき歩いてたんだ!』

青年「あー……す、すまない。色々事情が……」

騎士『ったく、話は後だ』



招かれざる客を警戒する団長を尻目に、騎士の胴体は頭部を拾う。

それを首上まで持ち上げると、感触を確かめるように具合を調整した。


騎士『さ、て……。俺の仲間をよくもやってくれたな』

騎士『どこの誰だかわからねえし、一体何が起こってるのかもわからねえ』


騎士『だが借りはしっかり返さないとな!』

団長「…………」


ならばかかって来い、そういわんばかりに団長は短剣を構えた。

騎士『行くぜ……!』

騎士も背負った盾と直剣を取り出し、構える。

そして様子を見合うこともなく、すぐさま二人は切り結んだ。


ッキィン!

団長「……!」

騎士『は、はえぇし、なんて力だ……』

得物のサイズが違いすぎる、なのに双方は切り結んだままびくとも動かない。

騎士も手加減しているわけはないだろう、だのに二人の力は均衡していた。


いつまでも膠着状態のままではいけない、状況を打開するために騎士は左手に携えた盾を下から振り上げる。

短剣を弾き飛ばそうとしたのだろうが、気取られて避けられる。


諦めず、すぐさま追撃をする騎士。その剣筋は鋭く、力強い。

力は均衡しているし、手数の多さも負けてはいない。

素早く、一瞬の隙をついた短剣の致命攻撃にも対応し

更には本命の攻撃を繰り出せるほどの戦いをしている。


青年「……凄いな。いつの間にこんな」

令嬢「フューリさんのお友達、変わった人ばかり、ですね」

青年「うん……でも、素敵な人たちだろう」


騎士『ハッ、ハッ……! 確かに、こいつは強い……!』

騎士『でも……! あいつほどじゃないな!』


一撃を避け間を空けた団長に対し、水平に剣を構え

一気に前に突き出す。


団長「ッ……!」

それは決定打には至らなかったが、避け切れなかった団長のフードを切り裂き、頬に一筋の傷を作る。

だがもちろん、その程度で満足し騎士が攻撃の手を緩めることはない。


騎士『お、らぁ!』


騎士はおもむろに、左手の盾を団長の眼前に放り投げたのだ。


それを咄嗟に両腕をクロスして防ぐも、それはただの目隠しに過ぎなかった。

一瞬で間をつめた騎士が、下から剣を薙ぐ。その会心の一撃は団長の短剣を弾き飛ばした。


だが、宙を舞う短剣に眼もくれず、団長は騎士の利き手

剣を持つ手を狙って蹴りを放った。

恐ろしく冷静な判断であった、が……それも騎士には通用しない。

既に騎士は剣を手放していた。

団長の蹴りを右手で受け止め、危険を感じ足を引く瞬間を狙って畳み掛ける。


硬く拳を握って、顔面に左ストレートを一発。

追い討ちをかけて右ジャブを一発、二発。


そして止めに渾身の力を込めた右フック。

こめかみをぶち抜くその一撃を受け、団長は壁に叩きつけられることとなった。


団長「…………」


力なく座り込み、首を垂れる。

もうピクリとも動かない。


騎士『はっ……はぁー……よし』

青年「やった、ね……」

騎士『ああ。だけど、まだ終わってないんだろ?』

令嬢「……はい」


領主「ひ、ひぃ……そんな……私の自警団が……」

半ば放心状態な領主の姿を、三人は見やる。


令嬢「お父様……」

領主「!? や、やめろ! 来るな……! 私に近寄らないでくれ!」

令嬢「お、とうさま……?」

領主「しにたくない……私にはまだやるべきことが……」

領主「た、たのむ……む、娘がいるんだ! なあ! おねがいだから……命は……」

令嬢「…………」

令嬢は、もはや言葉も出ない。


青年「……狂ったか」

騎士に肩を貸してもらい、何とか立ち上がった青年も何ともいえない表情だ。

騎士『何だかな……』


そんな空気の中、怯えた顔で領主が叫びだす。

領主「は、ひゃ、い、いまだ! おい! 起きてるんだろ!? こ、こいつらを殺してしまえ!」

団長「……」

ズッ


騎士『なっ、まだ動け……!』

青年「ッ! ラル、避けろ!」


人形のように倒れこんでいた団長が、突然動き始め

一瞬のうちに三本の投げナイフを投擲した。

それらは一人に一つずつ、急所を狙って放たれたのだ。

完全に注意を削がれていた彼らに避ける術はなく……


また、当たることもなかった。


領主「な、何……?」

少女「ラルさん、一人で先走らないでください」


突如、扉を抜け部屋に侵入してきた少女によって、全て弾き落とされたのだ。

そして、吹き抜ける一陣の風のように軽やかに接近し

団長の首に、包丁を突きたてた。


団長「っ……」

そのまま壁に押し付け、柄を両手で支え

ぐりぐりと、ねじ込むように追い討ちをかけて行く。

その行為が後ろの壁にまで達した頃であろうか、ようやく少女は手を止め

一気に包丁を引き抜いた。


支えを失い、再び伏せる団長。それはもう、屍と言ってよいだろう。


騎士『えげつねえ……』

少女「ラルさん? 聞いてましたか?」

騎士『お、おう。悪かったよ……んでオッサンはどうしたんだ?』

少女「師匠は、ランディさんを上に飛ばした後、やるべきことがあると言って……」

騎士『そうか……まあ、オッサンなら大丈夫か』

少女「はい」


青年「ティ、ノア! どうして戻ってきたんだ!」

少女「……すみません。待っていろと言われたのですが」

少女「どうしても、不安で」

青年「…………」

少女「不安で、心配で、仕方がなかったのです……どうしてでしょうか」

青年「ティノア……すまない。君をそんな気持ちにさせていただなんて」

少女「いえ……もう、いいのです」

少女「皆、無事だったのですから」


青年「そうだね……でもここからだ」

領主「ひ、ひ……」

領主は窓の外を見て青ざめ、青年たちを見て恐怖する。

民を脅かしていた"竜口砲"とやらは賢者が全て潰したのだろう

時期にこの屋敷には民が押し寄せてくる。

だが青年には、そのことについて考えている暇などなかった。

憤っていたからだ。


青年「貴方は実の娘を殺せと命令したな……?」

青年「……それは、それは一番言ってはならない事だろうが!」


領主「……た、助け」

青年「唯一の繋がりを、子にとっては切っても切れぬ血の繋がりを!」

青年「親に……お前は要らないのだと否定されたら……どうしろと言うんだ……」

令嬢「フューリさん……」

青年「この子がどんな気持ちでここまで来たのか、貴方は分かっているのか!?」



領主「も、もう、許し……」

そこで、領主は折りたたみのナイフを取り出した。

元々皺の多い顔を、くしゃくしゃに折られた紙のようにしてそれを構える。

苦悶の表情だ。人の狂気は度を越えると心をへし折ってしまうのだと青年は感じた。


青年「くっ……馬鹿なことはやめろ!」

領主「ひぃ……ひぃ!」

所かまわず、ナイフを振り回す。

もう何も考えてはいない。壊れた心は暴力に頼るしかなくなった。


令嬢「…………」

青年「メ、メリエ! 何を……」


その哀れな男に、令嬢は臆することなく近づいていく。

危険だと叫んでも歩みを止めない。

そして……乱雑に振り回される攻撃を肩に受けながらも

父を強く抱きしめた。


領主「あ……あぁ……」

令嬢「……ごめんなさい、お父様」


彼女はとめどなく、大粒の涙を流していた。

令嬢「ごめんなさい……」

領主「メ、リエ……?」


我が子の名を確かめると、領主はぴたと腕を止めた。

もっと温もりを感じたいと、ナイフを捨て令嬢の背中に手を回す。


令嬢「わたし……お父様が大好きでした……強いお父様が……」

令嬢「でも本当はそうじゃなかった。知ってしまったんです」

令嬢「お母様が亡くなっても、強く振舞っていたお父様が、実は一人泣いていたことを……」

領主「……あ、あぁ」

令嬢「だけどわたしにはどうすることも出来なかった。だからいい子になろうって」

令嬢「お父様が望むなら、お父様のためなら辛いお勉強でも耐えられました」

令嬢「でもそれだけじゃ駄目だったんです……」

領主「そんなこと、ない。私にとって自慢の娘……」


令嬢「それは上辺だけのことです!」

令嬢「……わたしはそれだけの存在だったんですか!?」

令嬢「違いますよね……家族だもの、辛いことはちゃんと分け合わなくちゃいけなかったのに」

令嬢「お父様は何も言ってはくれませんでした……いいえ、わたしが向き合おうとしなった」

令嬢「だからこんなことになってしまった……これはわたしたちの責任です」


領主「違う……お前は関係ない。私が、私が悪かったんだ!」

令嬢「お父様……」

領主「だから……だから」

令嬢「違うの、家族なんだから……わたしはお父様と一緒にいます」

領主「あぁ……あぁっ!」

令嬢「だから、今からでも間に合います……そうでしょう、ドグマ」



警備兵「はい」

領主「……っ、いつの間に」

警備兵「様子を伺っておりました。貴方が真に倒すべき相手かどうか」

警備兵「そして、彼らの頑張りのおかげで、その必要が無いと判断しました」

警備兵「やはり……貴方は自分が忠誠を誓った、あの時のお方のままだ」


領主「ドグマ……すまん。私はどうかしていたんだ、ありがとう」

警備兵「その言葉はまだお早い。お前たち、もう戦う必要はない」

警備兵「現場を押さえに行くぞ」



「「「はっ」」」



青年「……何だ、やはり親子だな」

騎士『ん、だな』

少女「わたしにも分かるように説明してほしいです」

騎士『俺もだ……ま、それはおいおい聞くことにしようぜ』

青年「は、はは……仕方ないな」

騎士『代わりいっちゃなんだが、俺たちの苦労を恨み節で語ってやるよ』

青年「勘弁してくれ……」

少女「ふ、ふふ……」


青年「……ん? 団長の姿が無いな」

ふとそれに気づく。先ほどまで死体が転がっていた場所に居ないのだ。

青年「嫌な予感がする……」



「おい! お前どこ行ってるんだ、そっちじゃないだろ!」

騎士『……どうしたんだ?』

青年「っ! ラル、あいつを止めろ!」


そういわれて騎士は部屋を見渡す、だがそれに気づくのが遅かった。

拙い足取りで令嬢たちに近づく、一人の若い自警団がいたのだ。

明らかに様子がおかしい、更には剣を携えている。

何故今まで気づけなかったのか、騎士は己の未熟さに舌打ちをする。


「こ、ころ……せ……やつ、を……ころ」

騎士『や、ろ……!』

青年から手を離し、その男を止めようと飛び掛る。

が、間に合わず。


令嬢「きゃっ――」


令嬢を狙って突き出された剣先、それは。


領主「ぐ……が、ふっ」

令嬢を庇った領主の左胸に突き刺さった。


ガシャッ!

その直後、自警団の男は騎士によって取り押さえられる。

「は、ははっ、ひあははは! やりましたぁ! やりましたよ隊長! 作戦は成功ですね! 俺たちの勝ちだぁ!」

騎士『こんの……馬鹿野郎!』

警備兵「一体何事……ッ! これは……」


青年「くそ! 大丈夫か!?」

令嬢「い、いや……お父様、お父様ぁ!」

領主「だい、じょうぶか……?」

令嬢「はい……はい! でもお父様が!」

領主「よかった……本当に……」

青年「ち、血を止めないと……!」


令嬢「しっかり、しっかりして下さいっ!」

領主「泣くな……お前は私に似て泣き虫だからな……あぁ、不安だ」

領主「一人、残していきたくは、ないのに……ずっと、傍に居て、やりたいのに……」

令嬢「わたしも、一人はいやです……」

領主「すまん、なぁ……」

領主「お前、が……我が侭言うなんて、めったに、無いのに」

領主「それは、聞いてやれそう、に……ない」

令嬢「そんな……いや、いやぁぁぁぁぁあ!!」


領主「つよく、生きて………………」


最後の気力を振り絞ったのだろう、領主は令嬢の頬に手を当て

冷え切った顔で無理やり笑顔を作った。

そして、そのまま……力尽きた。

青年「くっ……ぅ」


令嬢「どうして……! お、とう、さま……」


つ づ く
わたしそろそろ力尽

すまねえ…PC蛾物故割れた
来週から本気出す




…………

すぐ傍で、ぼそぼそと呟く声が聞こえる。


全身は泥沼に沈められたような感覚で、手足の先は痺れて動かない。

そんな中で聞こえる、実にやる気のなさそうな声は

ある意味まどろみへといざなう子守唄にもなり得た。


男(また、か……)

何度目だろうか、この生死をさ迷う感じ。

敗北の後に残るやるせなさ。

それでも生きている現実。


男(俺は……また……)


己の弱さを恥じ

惨めさに枯らしたはずの涙が溢れる。



「あー……、まったく。何故俺がこんなことをせにゃならんのだ……」

「ううむ、何だったか……。おお神よーこのアワレな子羊にお慈悲をー」

「ごほんごほん、違うな……。ええい、もういい構うものか」


「癒しよ"リライブ"」


その涙が徐々に現実へと引き戻してくれたのだろうか

呟きが鮮明に聞こえ出す。

いかにも気だるげな、投げやりな詠唱である。


男(まさか……あいつが……?)


一抹の不安が残るような詠唱だったが、心配に反して男の体は全快というまでは行かずとも

体の自由はある程度利くまでにはなった。


そこでちらと薄目を開けてみる。

男はネーベルと呼ばれた人物と戦った、宝玉が保管されていた倉庫の床で寝ていた。

だが、既に宝玉は無く、奴の姿も見えなかった。


賢者「……む、起きたか」

男「アイツは……? あの丸い宝石はどうなった」

賢者「逃がした」

賢者「……だが、石は砕いた」

男「…………」

賢者「貴様が何故奴を追っているか知らんが…………とりあえず顔を拭け、みっともない」


話の途中で賢者が男のほうを向くと、顔を更にしかめてそういう。

意図が分からず一瞬困惑した男だが、すぐに自分が涙していたことに気づき

慌てて腕で拭った。


賢者「……もうやめておけ、碌なことにならん」

男「そういうわけには……いかない」

賢者「ならば苦痛を味わう前に死んでおくんだな……いや、死んだところで逃れられんか」

賢者「死者でも生者でも、お構い無しに体を弄られるだけだろうからな」

男「どういうことだ」

賢者「下種の極みだということだ」



これ以上は聞いても答えんとばかりに、賢者は背を向ける。


賢者「俺はそろそろ行くぞ。……おぉっと、そうだ。このことは秘密にしといてやる」

賢者「大の大人が悔し涙を流したと知れたら、一生の恥だろう」

男「う……」

賢者「構わん構わん、気にするな。これも……傷を癒してやったのも」

賢者「……俺たちの問題に巻き込んでしまった侘びだ」

男「俺たち……?」

賢者「後だな、貴様は何故か分からんが奇跡が効き辛い」

賢者「杖も無い状態で、しかも俺の本領ではないのだ」

賢者「動けるからと決して無茶するな?」

男「そこまで、心配されずとも……」


賢者「俺が心配している訳ではないわ」

賢者「先の宿に貴様の連れを待たせているのだ。……必ず、迎えに行ってやれ」

男「…………あぁ、恩に着る」

その言葉を最後に賢者は倉庫から出る。

扉を閉め、暫くすると

男が嗚咽を発し始めるのが扉越しに聞こえた。

何故だろうか、言い表せないような、しみじみとした気持ちになる。


その感情を振りほどくと

賢者「老いたな……俺も」

隠していた腹部の傷を抑えながら、賢者は仕えるべき者の所へと急いだ。



令嬢「…………」


領主の亡骸を抱きかかえ、涙し、失意の淵にいる令嬢。

絶望から希望へ、そして絶望へ。

その繰り返しによって受けた傷は深かった。


青年「…………くっ」

それらを傍で見届けてきたのは、ほかならぬ青年である。

自分が希望を見せ、彼女を利用しようとし、そして結果は失敗した。

何とも、最悪の結末であろうか。

それゆえ彼女を慰めることも、共に泣くことも出来ない。


ここで他人ごとのように、同情し哀れむことが出来ようか。

出来るわけもない、それは無責任であるといい厚顔無恥であるという。

そのような行いを己が許すわけが無い。



だからこそ


青年「くっ……そぉぉぉオ!!」

やりきれない感情を吐き出した。

旗から見れば八つ当たりでしかない、だが痛めつけているのは紛れも無く自分自身だ。


青年(何が、大丈夫。だ……! 何の力も無い癖に、人の力を頼るしか出来ないのに!)

青年(そして結局は自己満足のためだった! 自分の私情を挟んでいたにすぎなかった!)

青年「何て、何て情けない奴なんだ……僕はッ!」


少女「フューリさん……」

青年「…………分かっている」

青年「後悔は、今やるべきことではないと……」


青年「メリエ、すまない。そのままでいい、聞いてくれ」

令嬢「……?」

青年「僕が不甲斐ないばかりに最悪の結末を招いてしまって、本当に申し訳ないと思っている」

令嬢「そん、な……こと」

青年「もう取り戻すことは出来ない、わかっていても辛くて仕方が無い」

青年「……君の父を救うことは出来なかった。でも」

青年「最初に言った言葉、この馬鹿な争いを止める。これだけは本当のことにしたい」

令嬢「……」


青年「行こう……、また手を貸してくれ。ラル」

騎士『……そりゃ構わねえが』

騎士は取り押さえた自警団の一員を仲間の一人に受け渡し

青年の傍にやってきて肩を担ぐ。

騎士『放っておいて、いいのかよ』

青年「……これも結局、僕が彼女から逃げるための口実に過ぎないのかも知れないな」

騎士『そんなこと……ねえだろ。少なくともあんたがそういう奴じゃないってこと、知ってるぜ。俺らは』

青年「……、ありがとう」

少女「わたしもお供します」

青年「うん……お願いするよ」

少女「はい、にこー」


警備兵「…………」

青年「この場、任せてもいいかな」

警備兵「自分は今、己の愚かさと未熟さを恥じています」

警備兵「お嬢様の危機には駆けつけられず、ましてや自分の命で君主を殺させた」

警備兵「……ここには相応しくないのでは」

青年「それを決めるのは、君じゃないだろう」

青年「……僕が偉そうなことをいえる立場でもないけどね」

青年「最初から、彼女を支えるのは君のほう適任だったのかも知れない」

警備兵「では……自分がすべきだったことは……」


自問自答に走る警備兵を横目に、青年たちはホールへ出る。


青年「…………そういえば、よくここまで民が侵入してこれなかったものだ」

青年「寄せ集めだと聞いていたが……案外、自警団は有能だったのか」

騎士『あー……オッサンがさ、バンバンうるさい奴ぶっ壊した後に』

騎士『地面を焼いてた。……焼いてたっつうか、溶かしてたってのが正しいかな……』

青年「無茶をする……だが、それにしても随分静かだと思わないか?」

騎士『……ん、そうだな』

騎士『でも気をつけろよ。何があるか分かったもんじゃない』


誰もいなくなったホールの、厚く大きな表の扉を

ゆっくりと押し開く。


その先には焼け焦げた、美しかったであろう庭園と

何十頭もの騎馬とそれに跨る騎兵たちが待ち受けていた。


青年「……これは、一体」

少女「わあ、お馬さんがたくさんいますね」

騎士『まじ……かよ。あの紋章……』


辺りはまだ暗いが、火に照らされてよく見える。

騎兵隊が掲げている旗に記された、盾と一角獣の紋章。


騎士『騎士団……』

青年「どうしてここに……」


「これは、ご機嫌如何ですかな。殿下」


青年「っ!?」

突然投げかけられた言葉に、思わず硬直してしまう。

気配すら感じさせず、後ろから接近してきた人物に危機感を感じざるを得ない。

その人物……白地に金の装飾が施された鎧に、口元までを覆い隠す兜を被った男は

右拳を左胸に当て、恭しく一礼した。


「私を、覚えておいでですか」

青年「……勿論です」

隙の無い身のこなし、この油断ならない男を青年は苦々しい表情で見返した。


騎士『殿下……?』

「おや、君は……聖騎士隊の者か? それとも、私の可愛い部下の死体から装備を剥ぎ取ってくれた口かね」

騎士『あ、貴方は……!』

騎士『ユリウス将軍!』

聖騎士「もしや……ラングウェル君かね! 驚いた……死んだとばかり思っていたが……」

騎士『はい、情けながら……』

聖騎士「生存者は君だけか? 彼はどうした」

騎士『…………』


聖騎士「そうか……だが君が無事ならそれでいい。皆も心配していた」

騎士『有難うございます……そ、それより、これ、一体どういうことなんです?』

聖騎士「見ての通りだが? 暴動を鎮圧したまでのことだ」

騎士『でも……どうして騎士団が』

聖騎士「前々からよろしくない政をしていると聞き及んでいたのでね、時期が来たということさ」


聖騎士「我が聖騎士隊が誇るヴァルキュリア隊の実力を持ってして制圧させて貰った」


ずらりと並んだ騎兵の後方には、何百の民が手当てを受けていたり、あるいは眠りについている様子が伺えた。


青年「スリープの魔法ですか……それほどの物資と人員を何故此処に割いたのです」

聖騎士「数日前、帝国から休戦の申し出が」

聖騎士「既に我が国土を土足で踏み荒らされてしまいましたが……体勢を整えるまたとない機会です」

聖騎士「内部の混乱を収めるのは当然でしょう」



少女「…………難しい話はよくわからないのですがー」

青年「君は気にしなくていいよ」

少女「はい……」


騎士『それだけで、どうしたって聖騎士隊が動くんですか』

聖騎士「それだけではないのだよ、ラングウェル君」

聖騎士「どうやら、この街の一部には帝国と繋がっている不届き者がいるらしい」

騎士『帝国と……?』

聖騎士「心当たりはありませんかな?」

青年「何故僕に聞くのです? ……貴方も知っているでしょう」

聖騎士「はっはっは! これは失礼しました。何もそのつもりで言ったのではありません」

聖騎士「我々も必死なのです。いつ喰われるか分かったものではありませんから」

青年「……」

騎士『ちょっと待ってください。帝国と、こいつが何の関係があるっていうんです』

聖騎士「君は知らないのか? その様子だと暫く一緒に居たようだが」

騎士『そうですけど……なあ、おい、何で何も言わねえんだよ』

青年「…………」

聖騎士「君も無関係ではないからな、伝えておくべきか」

騎士『何とか……言えよ、黙ってんなよ……』





聖騎士「彼こそが、アルバス帝国の第一王位継承者」

聖騎士「フューリ・イル・ラ・リル・ド・アルバスその人なのだよ」


騎士『なッ―――』

青年「隠していたことは、すまない。けど……騙すつもりでは……」


バァンッ!

拭いきれない真実に、硬直する騎士。

賢者「ご無事、でしたかァ!?」

弁明しようとする青年をよそに、盛大に扉を蹴り開けた賢者が叫ぶ。


賢者「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした……!」

青年「マグナ……」

聖騎士「ほう! マグナ! やはりお前も居たか!」

賢者「……む、ユリウスか。今日は懐かしい顔ばかり見かけるな……うっ」


少女「師匠……おなかから血が出ています……」

賢者「気にするな、掠り傷だ」

聖騎士「また無茶をしているようだな……。それで、どういうことだ?」

賢者「ネーベルがいた。逃がしたがな」

聖騎士「何と……」

聖騎士「これは入念な調査が必要らしいな……」


騎士『なあ、こいつが帝国の王位継承者ってんなら……あんたも』

賢者「……ふむ、俺は帝国で新米共の教官をやっていたが?」

騎士『何で……ずっと黙ってたんだよ!!』

聖騎士「ラングウェル君、そう熱くなるな」

聖騎士「帝国の人間といえど、彼らは我らの敵ではない」

騎士『だけど……!』

聖騎士「細かい話は後だ」



聖騎士「捕らえろ」


青年「……!」

何の脈絡も無く、聖騎士がそう言い放った途端

物陰に隠れていた十名ほどの槍を構えた騎士隊が飛び出してきたのだ。

瞬く間も無く囲まれ、槍を突きつけられ、その場にいた全員は身動きが取れなくなる。

恐らく……精鋭の騎士達であろう、下手な真似をすれば命を獲られる。


賢者「何の真似だ……ユリウス」

聖騎士「そう怒るな。手負いのお前とやりあっても詰まらんだろう」

賢者「ふん……だが、分かっているだろうな。もしも……」

聖騎士「安心しろ、殿下を傷つけるつもりはないさ」

少女「フューリさん……」

青年「……心配しなくていいよ」

聖騎士「殿下、このようなご無礼を何卒お許しいただきたい」

青年「いえ、構いません。事情は分かります」

聖騎士「そういっていただけると、大変気が楽になります」

騎士『将軍……俺……』

聖騎士「死んだと記録されてしまっている以上、色々厄介なことがあるのでね」

聖騎士「君達を一時捕縛したほうが事を運びやすい。少し我慢してくれ」


聖騎士「連れて行け」







令嬢「……ああ、お父様。どうして、こんなことに」

令嬢「折角……家族に戻れたのに、わたしを一人にしないで……」

令嬢「お願いですから……戻ってきて……」


警備兵「お嬢様」

令嬢「ドグマ……」

警備兵「自分は、間違っておりました。君主が道を違えたのならそれを正すのが自分の役目であると」

警備兵「そう……思っていました」

令嬢「貴方は、間違っていません。それが正しい道だったのでしょう」

警備兵「いえ、間違っていました」

警備兵「あのお方に何よりも必要だったのは……支えだったのです」

警備兵「自分にはそれが分からなかった。あのお方は強かった……故、苦しみを分かってあげられなかった」

令嬢「それは、わたしも同じです……」



警備兵「……自分たちは信じすぎていたのかもしれません。その性で、失望故に道が別れてしまった」

警備兵「ですが……民を、この街を思う気持ちに違いなどありません」

令嬢「……はい」

警備兵「ですから、あの方が守ろうとした思いも……継がねばなりません」

令嬢「…………はい」

警備兵「ですから、どうか……自分にもう一度機会をいただけませんか」

警備兵「お嬢様と共に、この街を守るための機会を……」


警備兵「どうか……!」

令嬢「頭を、あげてください」

警備兵「それでは……」


令嬢「…………本当、皆して卑怯です。どうしてそうも、わたしをその気にさせてしまうのでしょう」


令嬢「頼むのはこちらです。ドグマ……どうかわたしと、この街を守って頂けませんか?」


警備兵「無論ですとも!」


令嬢(お父様……わたしは、一人ではなかったようです)

令嬢(これからは二人で……いえ)


令嬢「お父様の想いと、民と……皆で街を守りますから」

令嬢「安心してください……お疲れ様でした」






父との別れ道。







…………
……


「あ"ぁぁぁあああッ!!」

「忌々しい……あの男」


「一体どうしてあんな男を……」

団長「…………」

「……ん? ああ、そういえば君も怪我をさせられたのでしたね」

「顔に傷がついていたら……どうしてくれましょうか」

団長「……」

「そうですか、さすがは私の最高傑作です」

団長「……?」

「ええ、そうですね。……これから忙しくなりますよ」


「やることは山積みですから……ふ、ふふ、あははは……!」


お  わ  り  。

俺はやったぞ!




――夢を見た。

夢の中で夢であると気づいたのは初めてのことだったが、それははっきりとわかった。

色あせた世界の中で一人の小さな女の子が遊んでいる夢。

両手にはツギハギだらけの人形。

女の子は孤独に遊んでいるようにみえるが、その実は孤独を好んでいるのだろう。

いや、孤独ではないかもしれない。

左に持った人形はお父さんかな? 右はお母さんかな?

それとも二人は姉妹なのかな? 子供の想像力は無限だ、僕にはわからない。

でも、僕が加われば家族が増える。そうすれば彼女は喜ぶだろうか。



わからないけど、知りたくて

近づく。


そんな僕に気づいたのだろうか、彼女はふとこちらを向く。

その表情はまったくの無表情。

でもわかった、本当は嬉しいんだってことに。

それで僕も嬉しくなって、微笑みながら話しかける。


――僕も混ぜてくれないかな。


だけど彼女は答えてくれなかった。

何かを期待しているように僕の方を見つめている。

いや、僕ではない。違う何かだ。

気になって後ろを向く、扉が見えた。木製の、古びた扉。

それが一瞬震える。次に音を立てて軋み、光が漏れ出す。

逆光で影になった人物がそこにいる。

いるはずなのに何も見えない、それ以上は。


――ああ。そうか、目が覚めるのか。


そして生まれる一つの予感。

そして聞こえた最後の言葉。


「遊びましょ?」





青年「…………」

目が覚めた。


青年「ふぁ……ん……よく寝た」

上体を起こし、あくびをしてから大きく伸び。力を抜くと、どっと疲れの波が押し寄せる。

よく寝たと言ってみたが、実際はそれほど眠れなかった。

確かに拘束されているわけでもない、寝具は清潔で柔らかく心地いいものだ。

だが環境による癒しでは心労を癒しきることはできなかったらしい。


青年「ままならないものだな……分かっていても」

視線を下に落とす、すると同時にあることに気づいた。

布団の膨らみにである。

男子特有の朝の生理現象ではない、それにしてはでかすぎる。

その正体に薄々感づきながらも布団をめくった。



少女「……すぅ」

青年「いつのまに潜り込んだのやら……」


猫のように丸まり、青年の隣で寝息を立てている少女。

寝顔はとても安らかであり、起こすのも憚られる。

だがこれとそれは別問題。


青年「ティノア、起きないか」

少女「……ん」

優しく肩を揺らす、それでも起きる気配はない。

いい夢でも見ているのだろうか、その表情はいつもより柔らかい。

青年「仕方ないなぁ……」

起こすことを諦め、ベッドの上から起き上がった。

少女に布団をかけ直し、朝日の差し込む窓際の椅子に腰掛け

青年はことの成り行きを、少し遡ることにした。





ガタッ……ガタタッ


木製の車輪が地面を掻く度に馬車が小刻みに揺れる。

もちろん心地よいものではなく、酔いやすい者にとっては迷惑至極だろう。


賢者「うううう……おぇぇ……」

少女「大丈夫ですか、師匠」

賢者「くそ……ユリウスの奴め。ただではすまさぬぞ……」

青年「そういうな、おかげで王都へ行けたろう?」

賢者「いずれは通らねばならん道でしたがな……どこかであいつがほくそ笑んでいると思うと……」

賢者「無償に腹が立つ! おぇ……」

青年「興奮するから……、少しはおとなしくしていることだ」

賢者「うぐぐ……不覚っ!」



騎士『あんた、将軍と仲いいんだな』

賢者「……ただの腐れ縁だ。仕事上の付き合いもあったことだしな」

騎士『仕事上……? ……帝国のか』

賢者「当たり前だろう。話を聞いていなかったのか」

騎士『…………』

青年「僕も何度か会ったことはあるよ。威厳のある人だった」

賢者「見てくれだけですよ」

少女「わたし、あの人はなんだか苦手です……」

青年「そういうことは、言ってはいけないよ」

青年「実力だけで騎士団の主力たる聖騎士隊のトップになった人だ。もし彼の協力を、この国の協力を得ることができれば、この戦いを……」

騎士『……どうするつもりだよ、今更』

騎士『もう始まっちまったものを……どうするってんだよ』



青年「止めるよ」

騎士『こんなの、収まりっこねえよ! それに、止めたところで……死んでった奴らは……』

青年「……それは、すまないと思う」

青年「けれどこのままではもっと多くの人が犠牲になる」


青年「だから君にも、力を貸してもらいたい」

騎士『…………』

青年「ふざけた事を言っているのは分かっている、こんなことを言えた立場ではないというのも」

青年「けど!」

騎士『知るかよ……』


騎士『あんたらが勝手に始めた戦争だろ。……既に一回死んだ奴を、巻き込もうとするなよ』


それきり、騎士はうつむいて何も言わなくなった。

ただ揺れに身を任せ、死体のように力なく座り込んでいる。


青年「ラル……」

賢者「ふぅ……」

青年が居た堪れない顔をし

その様を見て賢者がやれやれと首を振る。

いまいち状況を飲み込めない少女のみが、いつもと変わらず無表情を決め込んでいた……




のを鮮明に覚えている。

青年「本当に、馬鹿なことをいったものだな……」

青年「恨まれて仕方ないというに」


停戦中とはいえ、その紙切れのような約束がいつ破られるからわかったものではない。

世界は常に緊張に包まれているであろう。

だがそんなことを感じさせないまでに、窓から眺める景色は平穏そのものである。

ふと散歩に出かけたくなるが、品のある部屋に相対して、無骨な錠がかけられた扉がそれを許さない。


青年「いつまでこうしている……? 時間は無いと言うのに」

だがその現実が青年を逃避から引き戻す。

このまま物事が停滞したままなのは大変宜しくない。

青年としては今すぐにでもアクションを起こしたいところ。

青年「……脱走でもしてみるか?」


バカをいう。そんなことをしてどうなるというのか。


青年「余計事態が進まなくなるだけだ……忍耐が大事だが」


王都に輸送され部屋に閉じ込められてから二日経った。

ゆっくり休む間もなくここまで来たのだ、少しくらい落ち着いてもいい頃合いだろう。


とは、微塵も思っていないが。


青年「……駄目だ、落ち着かない」

青年「とりあえずだ。騎士王に謁見させてもらえるよう頼むしか――」



コンコンッ

青年「! どうぞ」

ガチャ

聖騎士「失礼します」


決意の瞬間に割って入った来訪者。

それは二日前に見た、あの男そのものであった。


青年「これは……将軍自ら、どういったご用件で」

聖騎士「そう固くならないでいただきたい。話をしに来たのです」

青年「話、ですか」

聖騎士「ようやく、こちらも落ち着きを取り戻してきましたのでね」


聖騎士「長らくお待たせいたしました。これから王と会っていただきます」


青年「っ!? それは本当ですか!」

聖騎士「はい、勿論です。ですが殿下のみのご同行とさせてもらいますが、よろしいですかな?」

青年「……はい、構いません」

聖騎士「それでは案内いたします」

青年「あの、マグナは?」


聖騎士「ああ……彼らも、先に行っている手はずです。急ぎましょう」

とぅ びー こんてぃにゅーど

お休みからおはようまで
これからほぼ毎週投下の予定にしようかなとか血迷ったこと考えてます
うどん県民の提供でお送りしました



青年と聖騎士は長い廊下を進む。

聖騎士が先を行き、その後ろを青年が付いていく形で。

最初に二言三言会話した後、二人は整然と行く。

その道中、青年は重量のある鎧を着込み、だが苦にもせず平然と歩く

聖騎士の後ろ姿を見つめていた。


青年「…………」

聖騎士「どうかなされましたか」

青年「はい少し疑問が、将軍は今まで何を?」

聖騎士「何を、ですか」

青年「……貴方が現場に赴くほどのことが、あの街にあったのでは、と」

聖騎士「ハッハッハ、さすがに感づかれますか」

青年「帝国との繋がり……それだけではありませんね? あの街で起こった奇妙な出来事……」

青年「渦中にいた僕らとしては、気にならずにはいられません。教えていただけますか」



聖騎士「私とて、いつも確証を持って行動しているわけではありません」

聖騎士「帝国との裏の繋がり、街の情勢……確証を持たずとも、私自ら行動するには十分でしょう」

青年「……そうですね」

聖騎士「安心してください、街には隊を残して信頼のおける者に指揮を執らせております」

聖騎士「それに次の領主は、既に決まりましたので……これで一安心でしょう」

青年「領主が決まった……こんなに早く?」

聖騎士「殿下も、よく知っておられる方です」

青年「まさか……メリエが? しかしなぜそれを貴方が」

聖騎士「何、調査の結果です」

聖騎士「まあ心配することはないでしょう。あのドグマが付き添いですから」

青年「そうか、彼が……何はともあれ、よかった」

聖騎士「その話も含めて、追々としましょう」



聖騎士「さあ、どうぞ」

一際大きい扉、そこには対になった角付きの天馬が描かれている。


「将軍、ご苦労様です」

聖騎士「ああ、楽にしてくれて構わない。お勤めご苦労」

「はっ、お気遣い感謝します!」

扉の前には二人の騎士が居り、聖騎士を見かけた瞬間、腕を胸の前で水平にした。

騎士団共通の敬礼だ。


聖騎士「通してもらえるかね?」

「はい、話は伺っております。国王陛下が中でお待ちです」

騎士たちはそう言うと、重厚な扉を開いた。

青年「ありがとう」


青年にとっては何度か通った扉ではあるが

いつきても緊張するものだ。


聖騎士「陛下、お連れしました」



その先、赤い絨毯が敷かれた先

玉座の手すりに肘をつき、両目を閉じた男がいた。

金の髪は短く刈られており、威風堂々な姿はどこか獅子を思い浮かべさせる。


聖騎士「お連れしました、レオルード様」

王「ご苦労だった、ユリウス」

ゆっくりと両目を開き、開口一番そう言った。

聖騎士「ありがたきお言葉」


青年「お久しぶりです」

青年は一礼してレオルードと呼ばれた男を見た。

屈強そうな体つきにまとうは黒鉄の下地に金の刺繍が施された鎧。

聖騎士のものとは対極的であり、力強さと禍々しさ……

いや、威圧を感じる。流石は騎士王と言ったところか。



王「そう硬くなるな、知らん顔でもなかろう」

青年「はい……ですが、今は事が事ですので……」

王「……うむ、由々しき事態だ」

王「ゆえに汝らをこの場に呼んだのだ」

賢者「…………事態の深刻さを理解していながら、この遅さですか」

青年「マグナ!」

賢者「待たされたこちらの身にもなっていただきたいですな」

聖騎士「それについてはこちらから謝罪しよう」

聖騎士「思った以上に複雑でな、手こずった。済まない」

賢者「ふん……ならさっさと報告を済ませるんだな」

聖騎士「そうさせて貰おう」

青年「……まったく」


聖騎士「まず、帝国との繋がりについてでしたが……裏が取れました」

王「ほう……」



聖騎士「ルートは帝国領と我が国の近海にある島を通じてです。……周辺警備の騎士団も一度洗わねばなりません」

聖騎士「そして手引きをしていた主犯格ですが、あの騒動に紛れて姿をくらませたようです。当たり前ですが」

賢者「おそらくはネーベルの仕業だろうがな」

王「……ネーベル、あの男か」

青年「その男、一体何者なんだ」

賢者「……いい思い出ではありませんが、幼少時を共に過ごし」

聖騎士「その進む道を違え、禁呪を犯し暗に追放され」

賢者「ドルイドと呼ばれていた、馬鹿な男です」


青年「深い因縁があるようだね……しかし、そんな男が何故帝国と……」

賢者「それは俺にもわかりません、だがよからぬ事をしているのは間違いない」

聖騎士「厄介な事になりました。なにせ奴は闇魔法の第一人者でしたから」

賢者「厄介で済めばいいがな」



聖騎士「そして報告書の通り、現在、街は領主の娘によって立て直し中。補助として隊の何割かを残してきました」

聖騎士「しばらくはこれで持つでしょう。それに元王宮騎士団の彼がいますから」

王「ドグマ……よく覚えている。惜しい男だ」

賢者「……む、あの男。それほどまでにやる奴だったか」

賢者「だが俺が覚えていないのはおかしい……」

聖騎士「マグナとは入れ違いだったからな。それも仕方ないことさ」

王「なんにせよ、これで不安の芽は摘めたか。だが、一安心するにはまだ早いな」


王「此度の不自然な現象、ネーベル……裏には帝国の存在」

聖騎士「如何なさいますか」

王「至急、天馬隊に連絡を取れ。国境付近を洗う」

王「それと展開中の重騎士隊の一部は呼び戻せ、内部侵略は進んでいると考えていい。戦線など当てにならん」

王「聖騎士隊は二分し、捜索と情報収集、警護に当たらせろ」


聖騎士「はっ!」

王「頼んだぞ」

聖騎士「お任せ下さい、失礼します」


聖騎士は敬礼を解くと、マントを翻し王の間を出て行った。



青年(流石、と言わざるをえないな……)

青年(一時とはいえ、こんなところを敵にしていたのか)


賢者「ふん……今更こんな指示を出してどうなるというのか」

王「それはごもっともだ。狙いがわからん以上、慎重にならざるを得ん」

青年「狙い……この侵略戦争の」

王「奴らは何かを探しているようだ」

青年「探している? こんな争いを起こしてまで、父は一体何を欲しているというのでしょうか」

王「それがわからん。だがこの戦いは時間稼ぎであるとしか思えん」

賢者「……時間稼ぎ、妥当だな」

王「心あたりはないのか」

青年「僕も、何故父が乱心したのか。その理由はわかりません……」

青年「ただ、あの日から……おかしくなったのだと思います」

王「それは?」



青年「あれは僕の――」

賢者「陛下! それは重要機密です!」

青年「っ! す、すまない……だが今はそれどころでは……」

賢者「なんのために今まで守られてきたのか、陛下もよくご存知のはずです」

青年「……うん。わかった、わかったから。近い」


賢者「まったく……」

青年「ふぅ……」

王「どうしても言えんようだな。ならば仕方ない」

王「して、フューリ。この後の処遇についてだが」

青年「は、はい」

王「我々としてはお前を掲げて国盗りをする、といった協力はできぬ」

青年「承知しております」

王「だが、微力ながら手伝いはさせて貰おう」

王「一小隊を貸してやろう。何、帝国出身の者もいる混同部隊だ、反発は少なかろう」

青年「ほ、本当ですか!」


王「うむ、この戦い、我としても思うところがある」

王「あの帝王がこんな無益な戦いをおかすはずがない」

王「止めるには、おそらくお前の力が必要となるだろう。心しておけ」

青年「……はい。お心遣い、感謝します」


王「という訳だ、ラングウェル……なんだったか。まあいい、出よ」

騎士「……はい」

青年「っ!?」


背後から響いたその声、騎士の声に思わず青年は体を強ばらせた。

対し、騎士は至って平常のようだ。ただ、王の御前のためかヘルムは外している。

赤茶色の長いくせっ毛は後ろで、一束に括られていた。


王「何故呼ばれたか分かっているな?」

騎士「…………いえ、自分には」



王「お前は戦死扱いとなっていた。つまりは除隊だ、しかも長期間だ」

王「今更元の部隊には戻せまい? そもそも問題を起こした上で前線に送られていたそうだな」

騎士「……はい、お恥ずかしながら」

王「だがお前は有能だとユリウスから聞き及んでいる、遊ばせておくのは物体ない」

騎士「恐れ多いです。自分など……」


王「そんな言葉を聞きたいのではない。お前には、フューリの指揮する小隊の補佐を勤めてもらうこととなった」

騎士「え……!」

青年「……!」

王「よいな?」

騎士「で、ですが!」

青年「僕は構いませんが……その、彼は」

王「よいな?」

騎士「うっ……承りました……」

王「よし、では下がってよい」

王「それとマグナ、顔を貸せ。話がある」

賢者「…………ふん」



賢者「だ、そうです。陛下、先にお戻りください」

青年「う、うん。わかった……」

騎士「…………」


青年と騎士、互いが互いを見やる。

青年は困ったような瞳で、騎士は一瞬睨みつけたあと、すぐさま顔をそらした。


王「それとだが、フューリ」

青年「はい」

王「できればでいい、あとで娘と会ってやってくれ」

青年「はい、それは勿論。一度挨拶に伺わねばと思っておりましたから……」

王「うむ。では頼んだぞ、マグナはしばらく借りる」

青年「構いません。厳しく叱ってやってください」

賢者「へ、陛下!?」

青年「あまり無礼のないようにな」


ショックを受けたような賢者の顔を見て微笑んだあと

青年は玉座の前から離れていく。

その数メートル後ろを騎士はついてきた。



警備の兵士に扉を空けてもらい、王の間から出る。

というタイミングで青年は騎士に声をかけようとした、が。


青年「ラル……話がある」

騎士「では私はこれで、隊の引き継ぎがありますし兵舎の荷物も片付いていませんから」

騎士「今後の予定はまた後程、お伺いするときに。どうか客室で今しばらくお待ちください」

青年「う、うん……」

騎士「部屋までの道順はお分かりですか?」

青年「大丈夫」

騎士「かしこまりました。失礼します」


話をはぐらかされた上、騎士はこの間一度も目を合わせようとはしなかった。

言葉に刺こそはなかったが、これまでの彼を知る青年に、このやり取りは相当堪えたようだ。

去りゆく騎士の背中を、心苦しい思いで見送る。


その後ろ姿が完全に見えなくなる前に、青年は踵を返した。



夢、懐かしい夢だった。

でもなんで懐かしいと感じたのだろうか。

昔を思い出そうとすると、ひどく頭が痛くなり、気分が優れなくなるのに。

ただ一つわかったことは、自分は昔からああいう子だったのだという事。

感情の起伏が少なく、ちゃんと笑うこともできない。

孤独な事が多く、誰かと仲良くすることができない。


だけど今は違う、共にいてくれる人たちがいるし、自分はその人たちが大好きであるということ。

そして彼らのおかげ、笑顔になれること。

過去とは違う、今のわたし。


少女「……ん、ふぁ」

少女「あれ……フューリさん……? 居ないのですか?」


目が覚めたのは青年が寝ていたはずの寝具。

自分でも無意識の内に潜り込んでいた。

あまり毛布が乱れていないことからすると、寝相はよかったらしい。



……そういうことではなくて。

部屋を見回してみても青年の姿はない。

隠れているというわけでもなさそうだ。ということは


少女「わたしに内緒で、お出かけしたのですか……」

そういうことだ。ちょっぴり寂しさを覚える。

だけど、それもすぐ塗り替えられる。


コンコンッ

聞こえたのは短い二回ノック。

少女「……フューリさん?」

顔を上げて扉を注視する。したところで向こう側が見えたりはしないが。

見える見えないはどちらでもよかったのだろう。

内で期待が高まっていく。


しかし、そんな期待も虚しく。

ガチャッ

「お・に・い・さ・まー!! お久しぶりですっ!」


少女「……? はじめましてですが」


現れたのは少女と同い年くらいの女の子。

育ちの良さそうな匂いがぷんぷんしている。


「…………」

こちらは冷静に状況を理解しているが、どうやらあちらはあまり状況を読み込めていないようだ。


「……あんた、だれ?」


理解できない末に絞り出された言葉。

それはとても素っ頓狂な声だったと思った。


とぅびぃこんてぃにゅ

ほ、ほぼ一週間やろ!(震え声)
香川はうどんくらいしかないけどええとこやで一度はおいで




少女「誰、ですか。相手に名を聞くときはまず自分からと教わりませんでしたか」

「し、知んないよ! だからあんただれって聞いてるの!」

少女「はあ、わたしはティノアと申しますが」

「なんでここにいるの」

少女「なんで、と言われましても。フューリさんと一緒にこの部屋にいたのですが」

少女「ところで貴方のお名前は?」

「やっぱりお兄様はこの部屋に……! それで、お兄様は今どこに!?」

少女「……わかりませんが?」

「もうっ、何で知らないの!」

「やっと……やっと会えると思ったのにー!」


「と、いうか……あんたお兄様とどういう関係?」

少女「か、関係……ですか。どう表現すればいいのでしょうか……」

少女「……苦楽を共にした仲間、といったものでしょうか」

「な! なにそれぇ! 適当言わないでよ!」

少女「そうは言われましても……」


「もーいいっ! こうなったら、お兄様に直接問い詰めてやるんだから!」





青年「これで一歩前進といったところか」

青年「しかし前途多難だな……」


客室への道を歩きながら腕組みし独りごちる。

青年「だが、まだ待たされるだろうな」

青年「先は見えない……残された時間もわからない。これで本当に、僕は……」


青年「いや! 悩んでいても仕方ない! この時間も貴重だ。今は十分に体を休めておくべきだ」

青年「そうと決まれば……食事の時間はまだかなぁ……」


空腹を感じ、お腹をさすっていると、既に客室の扉は目に見えていた。

だがその前には一人の兵士が突っ立っている。

青年「こんにちは」

「……どうも」

極めて自然に声をかけたと思うのだが、それに対する返事はぶっきらぼうなものだった。



青年「ここで一体何を?」

「……見張りですが」

青年「は、はあ、それでは通してもらえますか」

「……どうぞ」


横に一歩だけ動いて道を譲る、それ以降は微動だにしない。

それを不思議に思いながら扉を開ける。


「お・に・い・さ・まぁぁ!!!」

と同時に腹部を突き抜ける鈍い痛みが襲い来る。

青年「ごはぁっ!」

「あ。当たっちゃった」

少女「大丈夫ですか? フューリさん」

青年「一体これはどうし……げほげほ」

「お久しぶりですっ!」



青年「ルナ……元気そうだね」


よく手入れのされた柔らかな手触りの銀髪が懐かしい。

その髪は母親譲りらしい、現騎士王レオルードの妃の……。

つまりはこの少女、この国のお姫様である。


姫「はいっ! お兄様こそお元気そうで!」

青年「は、はは……そ、そうだね」

少女「……フューリさんが困っています、離れてあげてください」

姫「そんなことないよ! ね?」

青年「う、ううん……少しね……」

姫「ほら!」

少女「む……」

姫「それでお兄様? この小娘はなんですか?」

青年「小娘といってもルナと大して歳は変わらないよ?」

姫「話を逸らさない! どーゆー関係!?」


青年「旅の途中で出会ったんだよ。一人だったみたいだし、行くあてもなさそうだったから」

少女「…………」

姫「ふーん……」

少女「では次は私から、この失礼な方はどちら様なのですか?」

青年「え、あー。この子はここの国のお姫様だよ」


少女「……お姫様なんかがどうしてフューリさんを"お兄様"などと呼ぶのですか」

姫「なに? 嫉妬してるの?」

少女「違います。ただ当然の疑問を口にしただけですが」

姫「ふふーん……」

青年「この子がまだ小さいときに初めて会ってね。そのときの名残さ」



少女「そうなのですか。まだ小さい子なら仕方ありませんね」

姫「はあ!? わたしもう小さくないし!」

少女「子供はみんなそういうのですよ」

姫「違うもん! あんたこそ小さいじゃん!」

少女「……わたしは心が大人ですから」

姫「何が心? ムキになっちゃって! 子供っぽい!」


青年「こらこら、喧嘩は良くない」

姫「うー……だってこいつが!」

少女「こいつではありませんティノアです」

青年「ルナ、乱暴な言葉を使うな」

姫「……はぁい」

少女「…………」

姫「ふんっ!」


青年「はぁ……やれやれ」




騎士『はー……なんで俺なんかが』


兵舎の一室、以前騎士に割り当てられていた部屋で嘆息と共に愚痴を零す。

騎士が戻ってくるまで、誰にも使われていなかったらしい部屋には、ところどころに埃が積もっていた。

だがそれもマシになった、今朝から始めた大掃除によってほとんどは騎士によって取り除かれたのだ。


騎士『ん、これも……もういらねえか』

綺麗に畳まれたボロ布……ではなく見習い時代に着用していた練習着を見つけた。

騎士『…………でも捨てることはないな』

一瞬の内に蘇った思い出に負け、騎士は練習着を木箱へ仕舞った。

その後も騎士は二つの木箱に部屋に置かれていた物を次々と詰め込んでいく。

だがそれは騎士一人の物にしては多すぎた。

それもそのはず、彼の物ではないのだから。



騎士『……クソッ、なんでこんなもんまで残してるんだよ』

新たに手に取ったのは、刃こぼれした一本の剣。

騎士団に入る際、将軍から授かった剣だ。

夢と誇りを一身に注がれた刃は、もう二度とその刀身を光らせることはない。


騎士『全部持って行ってくれりゃ、よかったのに』

騎士『……ハハ……おかしいよな。命捧げて戦ったお前らじゃなく、こんな情けない死に損ないの俺が副隊長だぜ』

騎士『……笑って、くれよ。昇進しちまった、化け物なのに』


今は亡き、戦友の遺物を見て、騎士は笑う。

顔は兜に覆われて見えないが。


騎士『しかも上司は敵の親玉の息子だ。そんなやつのために戦おうって言うんだぜ……』

騎士『……どうか、しちまいそうだよ』


喉が震え、かすれた声しか出ない。

どうしようも無いほど情けない、が、幸いにもここには彼と彼の相棒しかいない。

嗚咽とも自嘲めいた笑いとも取れぬ声が響く中、手だけはテキパキと遺品整理を続けていた……。


「っ…………」




騎士『ふぅ……よい、しょ』

騎士『それじゃ、こいつも』

「あいよ、責任もって遺族に届けさせて貰うよ」

騎士『お願いします』


遺品を詰め込んだ木箱を、気のいい中年男性に受け渡し、それが馬車に乗せられたのを見て

騎士は来た道を戻り始めた。


騎士『やっと終わったな……さて、このあとはっと』

騎士(隊についてはまだ未編成らしいんだよな……それに関しちゃ連絡待ちなんだが)

騎士(いつ来るかもわかんねえし部屋で待機か。気が滅入るな)

騎士『…………』


「――おい、おいって、ねえ!」

騎士『っ!? お、おう、すまん。ちょっとぼーっとしてた』

「やっと気づいた、どうしたんだ? らしくないぞ」



呼びかけに気づいて振り向くと、そこには羽飾りのついた軽鎧を纏う女性がいた。

背には身の丈ほどの鋼の槍を背負っている。


騎士『……って、セラか。久しぶり、だな』

「なんだその反応は。私の顔なんて見たくない、か? ……それは少し傷つくぞ」

騎士『あ、わりぃ……そういう訳じゃないんだが』

騎士『それで、天馬騎士隊のセラが一体何の用だ?』

天騎「何の用って……お前の隊の話だろう?」

騎士『ああ、連絡を頼まれたのか。ありがとうな』

天騎「それだけじゃない。私も隊に加わる」

騎士『えっ!? な、なんでまた!』

天騎「私が志願したんだ。……悪いか?」

騎士『悪くはないけど……よく許可がおりたな?』

天騎「前の戦で天馬をやられてな……天馬隊の任務にもつけずに干されていた所だったんだ」

天騎「私は……あの子とじゃないと戦えないから」



騎士『そうだったのか……でも、セラが一緒に戦ってくれるなら心強い』

天騎「そ、そうか? そう言ってくれると嬉しい……」

騎士『よろしくな』

天騎「ああ。それで今後の事だが」

天騎「明日、指令書が発足されるそうだ。それも王直属の」

騎士『……そうか』

天騎「驚かないんだな? これは相当な事だぞ」

騎士『まあ、な……』

天騎「それと同時に隊員も集めるんだと」

騎士『わかった。ありがとう』

天騎「お安い御用さ。……それとラル、一つ聞きたい事が」

騎士『……、なんだ?』

天騎「聞きたくないんだけど、聞いておかなくちゃと思って……」



天騎「なあ、お前と一緒に行ったみんなは、やっぱり……」

騎士『……あぁ、死んだ。俺以外、全員な』

天騎「っ! そ、そうか! すまないな、いやなことを言わせてしまった」

騎士『俺こそ……ごめん』

天騎「仕方ないさ、戦争だもの」

天騎「そ、それじゃあ、私は行くよ。いろいろ準備があるんだ。お前も今の内にしっかり休んでおけよ?」

騎士『あぁ……』

天騎「またな……」

騎士『…………』




天騎「……わかって、たけど、でも……」

天騎「こんなの……寂しいよ……」

つ  づ  く
エクシリア2面白かったれす^q^

乙乙!
天馬ってのはペガサスのことでいいのかな?

すわせん・・・ただでさえ遅いのにしばらくちょっとかけそうにないです
>>241
ペガサスですはい



カツ…カツ……

賢者「…………」

誰もおらず、音すらも吸い込む長い通路を賢者は進む。


聖騎士「やあ。大事な話は、もう済んだかな」


だがその進行を阻む者がいた、白い鎧の男だ。

そいつは顔の半分以上を隠すヘルムの底から、鋭い眼光を覗かせ、口元を歪ませてみせる。

賢者「何の用だ」

聖騎士「友と話をするのに、理由が必要か?」

賢者「…………」

聖騎士「偉く不機嫌じゃああないか。傷が痛むか、それとも……例のお話の性か。いや、どちらも。といったところか」


賢者「分かっているなら放っておけ」

聖騎士「そうは行くまいよ。……何を話してきたかはあらかた予想はつく、それよりもだ」

聖騎士「マグナ、傷を見せろ」

賢者「断る」


聖騎士「……やはり刻印を受けたか」

賢者「…………」

聖騎士「分かっているだろうな、ネーベルの呪術はお前でさえも退けることはできんよ」

聖騎士「侵攻を防ぐ事もだ」

賢者「うむ」

聖騎士「本当に分かっているのか? 今は平気かもしれないがいずれは指一つ動かす事さえままならなくなるぞ」


賢者「分かっている、だから時間が惜しい」

聖騎士「アドフィルド……司祭のあいつがいれば解呪出来るだろうが……奴は今どこにいる?」


賢者「……死んだ」

聖騎士「……なんと、にわかには信じられんな」

賢者「旅の途中で訪ねた時だ。訳あって死んだ修道女のために命を捨てた。死体も埋めてある」

聖騎士「あいつらしい最後だ……馬鹿な事をする」

賢者「全くだ。ともかく、このことは他言無用だ。心配する必要もない」

聖騎士「……お前が倒れては元も子もないぞ」

賢者「……持たせてみせる」


聖騎士「王には知らせたか?」

賢者「知らせんほうがいいだろう。俺一人で陛下を救えるかもしれん、安い買い物だからな」

聖騎士「やはり、対価はお前自身か。手に入る瞬間途轍もない欠陥品だと気づいた時、どうなるか見ものだな」

賢者「せいぜい、笑ってやれ」


聖騎士「そうするとしよう」





騎士(結局、暇になるか)

騎士(昔の知り合いに顔を出しに行こうとも思ったが……、大抵は出張らってたしなぁ)


取り留めのない事を考えながらただ歩く。

なんの目的もないのだから散歩でもするしかない、が

いくら王宮が広いとは言え一日中を潰すには狭すぎる。


騎士『ん? ここは確か……』

ふと気づく、兵士が突っ立っている扉の向こうは青年がいる部屋だったな、と。

騎士(一応、報告しておく必要があるか……だが)


今、あいつに会えば、会話をすれば、自分が何をしでかすかわからない。

あいつを問い詰めたいし、罪を責めたい、できれば一発ぶん殴りたい。

しかしそういう訳にもいかないのだ。

職を失えば、今度こそ騎士の居場所は無くなるのだから。

その居場所も虚実の上に成り立っている、薄っぺらいものだが。


騎士(いかんいかん……とりあえず職務は全うしないとな)

騎士『すみません』


「…………」

扉前にいる兵士に声をかける、だが応答はなし。

騎士『もしもし?』

「………何か、御用でしょうか」

騎士『お勤めご苦労様です。通っても?』

「…………」

何やら怪訝な瞳だ、無理もないか。


騎士「……と、すみません。元聖騎士隊四番隊所属のラングウェルって言います」

とりあえず兜を脱ぎ名乗りをあげる。

「…………元」

騎士「あぁ、戦死扱いって事で除隊されて。つい最近戻ってきたんです、今は未所属ですが」



「……そう、ですか。失礼しました」

「私は近衛師団所属……ナ……、です」

騎士「え? すみません、よく聞こえなかったんですが」

「……フューリ様は中にいらっしゃいます、どうぞ」

騎士「え、あ、ハイ……ども」


名前がよく聞き取れず聞きなおすも、その女性兵士は目を合わすことさえせず道を譲った。

少々不快に思いつつも騎士は気を取り直して客室の扉を開けた。


騎士「失礼しま……ん?」

姫「うー……」

少女「む……」


のはいいが、そこは既ににらみ合う二人の少女に侵略されてしまっていた。


青年「…………」

肝心の青年はベッドに仰向けに倒れ、ぴくりとも動かない。

いがみ合う二人はそれを気にも留めていない様子だ。

その二人は騎士もよく知る人物である。


騎士「ちょっ、姫様!? ここで何やってるんです!」

姫「うるさいっ! 邪魔しないで!」

少女「あ、ラルさん。お久しぶりです、にこー」

姫「っ! すきありぃ!」


ぱしぃっ!

乾いた小気味よい音が響く。

少女の一瞬の油断をついた姫が、手に持った丸めた紙で少女の額に一撃を加えたのだ。


少女「あう」

姫「やった! さあ、これで文句はないよね!」

少女「…………何を馬鹿な、一度の勝負で優劣は決まりません」

姫「何それ汚い!」

少女「もう一度です。次は負けません」

騎士「……おいおい嬢ちゃん」

少女「なんですかラルさん。邪魔しないでください」

騎士「そういう訳にはいかないって。相手が誰だか分かってんのか?」

騎士「お姫様だぞ? 後でフュ……あいつに叱られるぞ」

少女「それは……」

姫「いーの、口出ししないで」

騎士「姫様!? で、ですが……」


姫「これはお兄様を賭けた、大事な戦いなんだから。いいの」

騎士「……は、はぁ。姫様がそういうんなら」


騎士は仕方なく引き下がり、倒れている青年の元へ近づく。


青年「……う、ラ、ラルかい……?」

騎士「……大変そうだな」

青年「まあ、ね」

騎士「今なら逃げられるんじゃねえのか?」

青年「……そうしたいのは山々だけどね」

力なく首を上げた青年は、すぐ枕に顔をうずめた。

騎士はその様を見て、しばらく悩んだあと


騎士「…………仕方ね、手、貸してやるよ」

青年に手を差し出す。


青年「わ、悪いね」

そう言って青年は、騎士の手を取った。

つ づ く 


部屋をこっそりと抜け出し、今は食堂へ向かう通路の途中にいる。

抜け出すとき、兵士に横目で見られたが特に何も言われることはなかった。


青年「ふーっ、助かった! ありがとう」

青年「……でも、すまないね。付きあわせてしまって……その」

騎士「…………う」

騎士「き、気にしないでください。ちょうど用事もありましたし」

青年「そう、かい? それで用事とは?」

騎士「先ほどのことですが、明日、部隊発足と共に勅命が降りるそうです」

青年「ふむ、分かった。わざわざありがとう」

騎士「……いえ」


青年「…………」

騎士「…………」


騎士「それでは、私はこれで」

青年「っ、ちょっと待ってくれないか」

騎士「……?」

青年「…………えぇと、あの」


口ごもる青年、その先の言葉は騎士にもなんとなく予想はついた。


青年「改めて……謝っておこうと思って、黙っていてすまなかった。それと」

青年「僕は父を、戦争を止めることができなかった」

青年「この争いは僕の責任でもある」


青年「君も、君の仲間も。僕が死なせた」

青年「君にとっては皆のかたきだろう。そんな奴といるのも苦痛なはずだ」

青年「補佐の件も辞退してくれて構わない。将軍には僕から進言して―――」

ッバキィ!

青年の話の途中、鈍い音が響いた。

騎士の拳が青年の頬を捉えたのだ。


青年「つゥっ!」

騎士「……え、あ」

騎士「わ、悪い……」


だが当の本人は戸惑っているようだった。

何故自分がその行動に至ったのかわからない様子。


青年「いや、いい……殴られても仕方ない」

青年「……本当に済まなかった。これからはこうして話すこともやめておこう」

騎士「…………」

青年「……それでは」

まるで全て自分が悪いとでも言うような口振りであった。

殴られたことに激昂することもなく青年はその場を去る。



騎士「……なんだよそれ」

一人残された騎士は、己の意志も見いだせぬまま明日を待つしかなかった。



翌日……。

客室には青年と少女と、朝早くから部屋に訪れた姫とがいた。


少女「本当に大丈夫ですか?」

青年「……うん、心配かけたね」

姫「もしかしてわたしたちのせいじゃ……」

青年「そんなことはない、元気な顔が見れて嬉しかったよ」

少女「ですが……フューリさん、泣いていました」

青年「…………」


姫「ばか! 言っちゃだめって言ったじゃない!」

少女「でも」

姫「でもじゃないのっ!」

少女「すみません……」



青年「ふふっ、……二人共すっかり仲良しになったね」

姫「え、や……これはその……」

少女「はい、もうお友達ですよ。にこー」

姫「うぅ……そんなんじゃ」


青年「それは良かった」

青年「僕はこれから、暫くここを離れることになるかもしれない」

青年「ティノアにはここで待っていて貰いたい。ルナにとっても一番だ」

少女「……っ!」

姫「お兄様……またどこかへ行くんですか?」

青年「うん、皆が頑張っているのに僕だけ何もしないわけにはいかないからね」

少女「わたしも、行きます」

姫「あ、あんた何言ってるの!?」

青年「…………」

少女「今更、置いていくなんて言わないでください」


青年「だけどね、ここからはもう今までのようにはいかないよ」

姫「そうっ! 危険なんだよ、死んじゃうかもしれないんだよ!」

少女「わかっています」

姫「わかってないっ! お兄様が行っちゃうだけでもヤなのに……あんたまで……」

少女「…………」

青年「……どうしてもかい」

少女「はい」

青年「わかった。後で話そう」


そこで話を打ち切り、足早に青年は部屋を出ていく。

扉を閉め、突っ立っている兵士を横目に玉座へ向かう。


青年「…………」

青年(気分が優れない、頭が重い、吐きそうだ)

食事も録にとっていないのに、吐くものもないだろう。頭痛は単に考えすぎなのだ。

それが分かっていても食事は受け付けないし、考えることもやめられない。


鬱々とした気分のまま歩き続けると、そこは既に目的地であった。


賢者「陛下」

青年「マグナ! 君もやはり」

賢者「ええ、ご同行させて頂きます。ま、俺がいなければ話になりませんからなぁ」

賢者「そもそも隊など動きづらくなるだけ……俺一人いれば問題はないというのに……」

青年「……ふふ、よく言う。頼りにさせて貰うよ」

賢者「お任せください。陛下はここでノンビリしていても構わんのですぞ?」

青年「馬鹿を言うな。マグナ一人では隊の皆が不憫だろう?」

賢者「な、なにを……俺ならば百戦錬磨の強者に育て上げることが……」

青年「それを不憫だと言うんだ。育ち上がるのに何人死ぬのやら」

青年「全く、くだらない事ばかり言ってないで早く行くよ」

賢者「む……それもそうですな」





青年「通して貰えるかい」

「どうぞ」

扉が開き、道が繋がる。

その先に立ちふさがっていたのは鎧を身に纏いフェイスガードを下ろした騎士。


騎士『お待ちしていました、どうぞ』

その姿だけで判別はつかなかったが、兜の奥底から聞こえる声で誰だかは分かる。

青年「ラル……! どうしてここに」

騎士『……仕事ですから』

賢者「……? どうしたというのだ」

騎士『なんでもねえよ』


王「来たか」

青年「……はい」



王「早速だが頼みがある、現在の前線と移動中の重騎士隊の中間に位置する集落周辺に突如として魔物が発生したそうだ」

王「隊の練度をあげるため、軽い気持ちで討伐に出てはくれんか」

聖騎士「ご存知の通り、重騎士隊を動かすにはそれなりの労力が必要です。かと言って前線から兵をこれ以上引かせるわけにはいきません」

聖騎士「そこで貴君らに討伐命令が下されました」

賢者「重要任務につくためには、まず力を示せと言うことか」

聖騎士「つまりはそういうことになる」

青年「……わかりました。お引き受けしましょう」


王「助かる。ところで小隊の編成に付いてだが……」

聖騎士「入り給え」


その言葉を受け、姿を表したのは二人の男性と二人の女性。


ザッザッ……


「あんたらが新しいお仲間? ま、誰でもいいけど。よろしく」

「あ、あの……よ、よろしくおねがいします!」

「…………」

天騎「……は、初めて陛下の御前に……」


聖騎士「紹介しよう。アーチャー、マジシャン、ソルジャー、ペガサスナイト、の四名だ」

聖騎士「彼らと合わせ、ソシアルナイトであるラングウェル君、賢者であるマグナ。そして隊長としてフューリ様が」

聖騎士「以上を持って、特殊遊撃隊を設立する」


青年「……この人たちが、僕の」

つ づ く ぜ !



玉座を後にし、長机と椅子が置かれた狭い会議室で

騎士は各々の顔を見回してから、口を開いた。


騎士『……では、改めて自己紹介を』

騎士『俺はラングウェルだ。よろしく』

天騎「私はセライナ。ペガサスナイトだ」

魔道士「ぼ、ぼくは魔道士で、エミリア……っていいます」

歩兵「ソルジャー……ナディ、です」

騎士『あんた……姫の護衛に付いてた兵だよな……? そんな奴がどうして』

歩兵「なにか……問題が……?」

騎士『い、いや、別に……』


青年「そして僕が隊長を務めるフューリだ、こっちがマグナ」

賢者「……」

無言で頷く賢者を紹介し、青年は机の上に足を投げ出している男性を見やった。


弓兵「誰でもいいと言ったが……まさか、こんなぼっちゃんが隊長とはねぇ」

その男性は不服そうな態度を隠さず、先程からこの調子だった。

騎士『おいあんた、名前くらい言えないのか』

弓兵「そんで死に損ないが副隊長? 笑えないねぇ」

騎士『……テメぇ』

天騎「おいラル、やめろ」

騎士『チッ……』

魔道士「あ、あわわ……」

歩兵「…………」



多種多様な反応をする隊員の中で、青年だけが困ったように笑いながら弓兵に語りかけた。


青年「その気持ちはよく分かる。命を託すには不安すぎるだろう」

青年「僕自身、君たちの命を預かれる自信もない。だからこの隊は民を守るために協力しあう、という考えで行こうと思う」

青年「僕の事は名目上の飾りとだけ思ってくれて構わない」


弓兵「……気に食わないねぇ。あんたみたいなの」

青年「すまない」

弓兵「ま、いいよ。給料の払いはいいしね」

弓兵「俺の名前はクォートだ、アーチャーやってる。改めてよろしく、お飾りさん」

青年「うん、よろしく」



騎士『ぐぎぎ……なんなんだあいつは……!』

天騎「どうどう」

騎士『馬みてえにすんな! ったく……それで、出発は今日にでもとのことだが。準備はできているか?』

天騎「問題ない」

魔道士「い、いけます」

弓兵「いつでもいいぜー」

騎士『では馬車を手配しておく、セラはどうする?』

天騎「ああ、天馬の方なら大丈夫だ。本調子ではないが支障はないよ」

騎士『そうか、それは良かった。という事で本日正午より我が隊は出発する。よろしいですか? 隊長殿』

青年「うん」

騎士『では解散。定刻通り、遅れないように』


会議室で解散した後、青年は賢者と並び歩き客室へ戻ろうとしていた。

その道中での話だ、賢者がふと思いついたように口にする。


賢者「ところで陛下、ティノアの奴はどうするのです?」

青年「ティノア自身は付いて行くと言っている……」

賢者「だが連れて行きたくは無いと?」

青年「……うん」

賢者「危険だから、ですかな」

青年「それもある、だけど……あの子、最近よく笑うんだ」

賢者「……あいつが?」

青年「いや、初めての頃に比べてだけどね。それでも笑っているよ」

青年「だからこそ、今辛い目に合わせたくはないし……正直に言って、僕があの子の面倒を見切れるかわからない」

賢者「ふむ」


青年「ここまで連れてきた責任は取らなくてはいけない、だけど……今は余裕がない。ようやく踏み出せた一歩だから」

青年「君はどう思う? 情けない奴だと思うかい?」

賢者「いえ、俺は……陛下の御心のままに」

青年「……そうか」


それ以上話すこともなく、青年はもの思いにふける。

青年(ここにいる限りは安全だろう……それに友達も出来たみたいだし)

青年(アドフィルドの"あの子を救って欲しい"という願い、叶えられただろうか)

青年(彼の口から直接は聞けなかったけど、確かに伝わった願いを……)

青年(ならば、それが叶っているのならば、僕は何をすれば)


賢者「何か考え事ですかな、もう着きましたぞ」

青年「ん、そうか……少し憂鬱だな」

賢者「……ま、なんとなく結果は見えますがな」

青年「何か言ったかい? さぁ……準備はいいか、行くよ」

賢者「せいぜい頑張ってください」


ガチャ

青年「今戻ったよー……」

瞬間、異様な空気に飲まれそうになる、錯覚。


少女「おかえりなさい」

姫「……おかえり」


青年「う……」

少女「それで」

青年「それで、とは?」

少女「それで?」

青年「質問がよくわからないよ?」

少女「それで?」


青年「……本日、正午を持って我が隊は出発致します……」

賢者(気圧されたな)


姫「随分と急ですね」

青年「命令だからね、仕方ないよ」

姫「それでどうするんですー? この子のこと」

少女「…………」


青年「……連れては行けない」

少女「どうしてですか」

青年「君には危険な目にあって欲しくない、から」

少女「……そうですか」

少女「わたしは"邪魔"なのですね」

青年「違う! ……君には幾度と無く助けられた。その恩は忘れない、ここまで付いて来てくれた事にも感謝している」

青年「君を連れて行けないのは……僕が弱い性だ……だから」


少女「だったら……! いえ、分かりました」

青年「ごめん……」

少女「……っ」


青年が一言謝る、すると少女は腕で目を覆い部屋から飛び出してしまった。


青年「あ……」

姫「あーあ、泣かせちゃった」

青年「そ、そんなつもりじゃ」

姫「追わなくていいの?」

青年「う……でも、理解はしてもらえたようだし。下手に慰めるより……」

姫「理解してもらったらそれでいいんだ。あの子のこと分かってあげないのに」

青年「え……」

姫「あの子、お兄様の力になりたかっただけ、一緒にいたかっただけなんだよ?」

青年「だけど、僕がやろうとすることにあの子は関係無い、それに危険だ」


姫「……あの子も頑固だけど、お兄様はもっと頑固だなぁ」

賢者「変な所が似ましたな」

姫「やっぱりごーいんに行ったほうがいいかも……」

姫「ていうかマグナいたんだ」

賢者「い、今更ですか!?」


青年「話はこれで終わりだね、僕らは準備があるから。ルナも部屋に戻るといい」

姫「えー。あ、そうだ、お見送りしたいから着いて行っていい?」

青年「それは……構わないが」

姫「やったっ! それじゃあ後でまた来ますね!」

青年「う、うん。ティノアのこと、よろしく頼むよ」

姫「……はぁい、任せてっ」


ぱたん


青年「本当、仲良くなったようだね。よかった」

青年「……さて、荷造りを始めるかな」

賢者「と言いますがな、俺は荷物は全部預けて来ましたし」

青年「僕もこれといった物はないかな……食料やらはどうするのかな」

賢者「面倒ごとは全てユリウスが手配しているでしょう」

青年「……それ、将軍にやらせることなのかな」

賢者「やらせておけばよいのです、どうします? 食事にでもしておきましょうか」

青年「……いや、とてもじゃないがそんな気分にはなれない」

青年「出発まで、少しゆっくりしておくよ」


賢者(食事に誘えば十割でのって来るというのに……こりゃ相当来てるな)

賢者(タダでさえ苦手な馬車旅なのだ……嵐など勘弁だぞ……)

つ づ く ん だ ぜ



騎士『……遅い!』


荷物は積み終わり、残りは弓兵を待つのみとなった。

騎士は苛つき賢者は大きなあくびをかます。

魔道士は苛つく騎士にビクビクしている。

こんな面子で大丈夫なのか先行きを案ずる青年はやれやれと言った様子だ。

見送りに来ていた姫も暇を持て余している。

そして数分が経ち、こちらから探しに行くかといったところで弓兵はようやく姿を表した。

弓兵「や、悪いねぇ。探しものが見つからなくてさ、参ったよ」

騎士『何を探してた。そんなに大事な物ならキチンとしまっておけよ』

弓兵「そうカッカするなって、こいつだよこいつ」


そう言って皆に見せたものは、手のひらサイズで長方形の厚めの紙束。

その紙には数字とマークが描かれていた。

騎士『……なんだそれ』

弓兵「なんだしらねーの? ま、死んでたから仕方ないか」

騎士『……あぁ?』

天騎「ラル、抑えろ」

魔道士「あ、そ、それ知ってます。トランプって言うんですよね」

弓兵「ぼっちゃんよく知ってんな、やったことは?」

魔道士「少しなら……」

騎士『そんな物持ってきて、どうするつもりだよ』

弓兵「そりゃあ……暇つぶしに決まってるだろうよ」



ガタ……ガタガタッ

馬車が小気味よく揺れる、舗装された道を通っているため大きく揺れることはない、賢者にとっての唯一の救いか。


姫「それじゃあいってらっしゃーいっ!」

と軽い見送りを受け、馬車が出発してから数刻経つ。

少女は結局現れることはなく、やけににこやかな姫の表情だけが心に残った。


青年「…………」

賢者「また考え事ですか」

青年「それは、まぁ」

賢者「悩むくらいなら考えなければよいのです」

青年「……マグナみたいになれたら楽だろうな」

賢者「何ですか、俺が悩みとは無縁の生き物だとでも?」

青年「そういう意味じゃないさ」

賢者「ふむ」


弓兵「……おい」

魔道士「は、はい……」

弓兵「もう一回だ」

魔道士「もうやめときましょうよぉ……そろそろ怒られちゃいますよ……?」

弓兵「クソ、なんで勝てねーんだ?」


あちら側で盛り上がっているのは弓兵と魔道士、トランプなるものをやっているらしい。

と言っても盛り上がっているのは弓兵のみか、魔道士は無理やり相手をさせられているだけのようだ。

幼さの残る魔道士は押しに弱く、また見た目通り気の弱い性格をしていた。

弓兵は不真面目で、言いたいことをはっきりと言う男。

会って間もないが、青年の今のところの印象だ。

馬車が動き出してからずっと片隅で寝ている歩兵に付いては、今のところよくわからない。


ガタタッ……

暫く隊員の様子を横目に、賢者と会話を続けていると、ゆっくりと馬車が止まった。

すると馬車の後部から騎士が顔を覗かせる。


騎士『近くの湖についた、馬を休ませる。一旦休憩にしよう』

騎士は己の馬を駆り、馬車の先を行っていた。

目的地まではまだ遠いが、万が一のために先導していたのだった。

騎士『オッサン、気分はどうだ? ここから結構揺れるらしいし気合いれろよ』

賢者「む……」

青年「ここで十分に休んでおこう、いつ魔物が来るかわからない。ラル、周囲の様子は?」

騎士『セラに見まわって貰ってます』


バサッバサッ……

その時、純白の羽が空からひらりと舞い落ちた。

馬車を出ると大きく羽ばたく、白い体毛、靭やかな翼を携えた馬がゆっくりと着地する所だった。

その天馬にまたがっているのは騎士の昔なじみらしい天騎である。

凛々しく、礼儀ある大人な女性という印象だ。


天騎「ラル、見渡せる範囲内では異常無しだ」

騎士『そうか、ありがとう』

青年「よし、じゃあ軽食を取りつつ体をほぐしておこう。警戒は怠らないよう」

魔道士「は、はいっ」

弓兵「……くぅ、また負けた」

騎士『暢気なもんだな……」


弓兵「お、副隊長殿、どうだい? 一回やっていくかい?」

騎士『遠慮しとく』

弓兵「つれないねぇ……っと、おいエミリーどこ行くんだい」

魔道士「もうっ! エミリーって呼ぶのやめてください! ……ぼく、ちょっと顔洗って来ます」

弓兵「なんだよいいじゃねーかエーミリー」

魔道士「……はぁ、勝手にしてください」

弓兵「おお怖い怖い。そうだお飾りさんはどうだい?」

青年「そうだね、後でやってみようか」

弓兵「お、乗りがいいねー」

青年「お手柔らかに頼むよ」


馬車を降りた賢者と共に青年は湖へと向かう。

既に騎士と天騎、御者はそれぞれ馬の手綱を引き、水を飲ませていた。


青年「もう半分じゃないか、気を強く持て」


日は傾いているものの、夕暮れにはまだ時間はある。

完全に暗くなる前には着くだろうとの見込みだ。


青年「それにしても綺麗な水だね。見てごらん、ティノ……」

両手で水を掬い、いないはずの人物に声を掛けながら振り向く。

実際、振り向いた先にはにやつく賢者の姿のみがあった。


青年「なんだその顔は……」

賢者「いえ? 別になんでもありませんが」


青年「こほん、しかし本当に綺麗だ」

魔道士「王都周囲のカンムリ山からの地下水が湧いてるんですよ」

気を取り直して言い直すと、いつの間にか近づいていた魔道士が声をかけてきた。

>>295 ミス


青年「んん……はぁ、歩くより楽だけど、なんだか疲れるね」

賢者「全くですな……」

青年「しかめっ面に磨きがかかっているね?」

賢者「目的地の村までまだ半分以上あるらしいですからな。嫌にもなります」

青年「もう半分じゃないか、気を強く持て」


日は傾いているものの、夕暮れにはまだ時間はある。

完全に暗くなる前には着くだろうとの見込みだ。


青年「それにしても綺麗な水だね。見てごらん、ティノ……」

両手で水を掬い、いないはずの人物に声を掛けながら振り向く。

実際、振り向いた先にはにやつく賢者の姿のみがあった。


青年「なんだその顔は……」

賢者「いえ? 別になんでもありませんが」


青年「こほん、しかし本当に綺麗だ」

魔道士「王都周囲のカンムリ山からの地下水が湧いてるんですよ」

気を取り直して言い直すと、いつの間にか近づいていた魔道士が声をかけてきた。



魔道士「山地と平地の境目によく見られるそうです」

青年「へぇ……君は博識だな」

魔道士「い、いえ、そんな……」

青年「ええとエミリー?」

魔道士「……エミリアです」

青年「す、すまない。エミリア、君はどうしてこの隊に?」

魔道士「…………」

青年「……あぁ、言いたくないなら言わなくていい」

魔道士「スミマセン……」

青年「ちなみに歳はいくつだい?」

魔道士「あ、その、十七です」

青年「十七……僕とそう歳も変わらないのに、軍役だなんて大変だね」

魔道士「そそそんなことないです! 隊長こそ、その歳で部隊を任せられるなんて、凄いじゃないですか!」

青年「はは、買いかぶりすぎだよ」

その後、少しの間話しをした。

今の王政はああだとか、これからの経済はこうすべきだとか。

賢者は邪魔をすまいと騎士の所へ行き、馬の世話を手伝っていた。


騎士『よし、おおい、そろそろ出発するぞ』

御者と話していた騎士が声を張り上げて全員に告げる。

それを聞き、賢者が重い溜息をつく。

そして騎士と天騎以外が、再び馬車に収容されることとなるのだった。





ガタゴト……

つかの間の休息の後、一行は再び馬車を走らせた。

今回の移動で目的地へ着く予定、一行にも初の任務、隊での初実戦ということで

ほんの少しだが緊張感が滲みでてきた。


青年「ええと、フラッシュ。でいいのかな?」

弓兵「なっ……! く、くそ、ワンペアだ……」

青年「……君、相当引きが悪いね」

弓兵「な、何かの間違いだ。もう一度」


賢者「おぇ……来たか……波が……」


魔道士「うぅ、緊張するな……どうして皆平気なんだろう……」

緊張しているのは魔道士のみであったが。

それもそのはず、青年はいくつかの修羅場を乗り越えてきたし

賢者はそれの比ではない。

弓兵はそういったことには図太いようだし、歩兵に至っては

「敵が出たら……起こして、ください」

と言い残し、ずっと眠ったままだ。


魔道士「大丈夫かなぁ……」

魔道士は馬車後部から、後ろへ流れていく林道を見送った。

馬車の背後上空を天騎の天馬が空を駆けるのが見える。

夕暮れの陽を浴び、まるで燃えているようだった。

その姿があんまりに幻想的で、魔道士は天騎の訴えにまったく気が付かなかった。


天騎「おいっ! 何かいるぞ!!」

魔道士「えっ……?」

直後、馬車が大きく揺れる。


弓兵「なんだっ!?」

歩兵「…………んん」

賢者「お、おぇぇ……」

青年「魔物か……!」


青年は咄嗟に馬車から飛び出た。

すると馬に乗った騎士が駆け寄ってくる。

騎士『フューリ! 無事か!』

青年「あぁ! 一体どうした!?」

騎士『魔物の群れだ、囲まれた! 待ちぶせみたいだ!』


魔物「ア"ァァァアア」

既に馬車の周囲は長い爪を携えた屍人、グールに取り囲まれている。


魔道士「ひ、ヒィっ!」

外を覗き見ていた魔道士は、思わず中に引っ込む。

賢者「一体どうしたのだ……」

歩兵「……おはよう、ございます」

弓兵「あーあ、散らばっちまった」

魔道士「ま、ままま魔物ですよ! 何やってるんです!」


慌ててローブの中から魔導書を取り出そうとするが、引っかかって上手く取り出せない。

もたもたしていると、突然、天井の布が裂け凶悪な爪が顔をのぞかせた。



魔物「ヴォォォオオ……」

魔道士「わ、わぁぁっ!」

思わず腰を抜かす、それを横目に賢者がグールの腕を掴み引きずり下ろす。

そのまま床に叩きつけ、流れるように肘をどたまにぶち込む。

脳漿が飛び散り、不気味な色をした血のような液体が噴き出す。

その胴体は二、三度痙攣すると、すぐに動かなくなった。


賢者「あまり騒ぐな……胃がむかむかする」

顔に飛び散った液体を不愉快そうに拭い去ると賢者はそういった。

魔道士「で、ですけど……」

弓兵「どうやらとっとと出た方がよさそうだ。囲まれてる」

歩兵「…………」こくり


弓兵は木製の弓と矢筒を背負い、立ち上がる。

歩兵も鋼鉄の槍を両手で構えそれに続く。

外に出ると数十体のグールに囲まれているようだった。

既に騎士、青年、天騎が応戦している。


天騎「そいつらの爪には気をつけろ! 毒がある!」

弓兵「わかってますよっと!」

出た途端に襲い来る一体、それを歩兵の槍が貫き、その奥の敵を弓兵が射抜く。


青年「ナディ、マグナ! 御者と馬を守ってくれ!」

歩兵「……了解」

賢者「仕方ありませんなぁ」


馬「ブルルルルッ!」

御者「お、落ち着いてくれ、お前たち!」

魔物「ァァァア……」

御者「く、くそ! 目撃地点はまだ先だっていうのに!」


御者に迫る魔物、それを回りこんで来た歩兵が背後から突き刺し、そのまま放り投げた。

歩兵「……大丈夫?」

御者「た、助かります!」


賢者「むぅ……切りが無いな」

グールの頭を回し蹴りで吹き飛ばしながら、賢者が詠唱を始める。

賢者「第六項、刈り取れ烈風! "エルウィンド"!」

賢者の眼前に発生した空気の渦、そこから無数の真空が生み出される。

それらは渦巻く刃と成りて周囲のグールを一掃した。

御者「す、凄い……」

賢者「……ぐ」

歩兵「……今のうち、ここは危険」

御者「あ、あぁ。わかってる」


賢者「ラル! 馬車を先へ進める! 後は任せたぞ!」

騎士『分かった! 援護する!』


ガタ、ガタタ……

どうにか馬を宥め、馬車がようやく前に進み始めた。

車輪が回り、地面を掻き進む。

加速し軌道に乗り始めた頃、新たなる脅威が彼らを襲った。


グォォォッ!

空間を押しのけ突き進む大質量の物体。

それが地面を砕き、衝撃波は馬の足を奪った。


御者「うわぁぁああああ!!」

馬車は急停止、慣性で御者は前方へ放り出されることになる。

そして姿を表した、ねじれた二本角を頭部に生やした、巨人。

瞳は黒く、肌は赤黒い、体長三メートルほどの巨人だ。両手には根本から引っこ抜かれた大木が抱かれている。


賢者「こいつは……」

荒く、熱っぽい息を吐くその巨人は、まさしく鬼……いや、悪魔と呼べる存在だった。


歩兵「……オーガ、初めて見た」

呆気に取られる間もなく、歩兵は槍を両手に飛び掛る。

一撃は鬼の肩を捉え、突き刺さり、鮮血を吹かせた。


鬼「……ォ、ォォオ」

が、しかし、鬼が怯むことはない。カウンターで腕を薙ぎ、歩兵を吹き飛ばした。

歩兵「……っ!」

木に叩きつけられるも、すぐさま起き上がる。肩を抑えている、脱臼なりしたようだ。


賢者「馬鹿者! さっさと逃げんか!」

咄嗟に賢者も駆け出そうとしたが、それより先に


御者「あ、アァ……嫌だ、たすけ」

鬼が御者の体を踏み抜いた。

尋常ではない量の血が飛び散る、破裂した内包物も何もかもが。


賢者「チッ……」

鬼「オ……オォォォン」

勝ち誇ったように吠える鬼、その目は次の標的を捉えたようだ。


賢者「ふ、ふは、ははは……やりがいが、ありそうだな」



騎士『な、何の音だ!』

地が裂ける音を聞いて騎士が叫ぶ。

天騎「でかい魔物だ! 馬が倒されてる!」

その禍々しい巨体は馬車越しにでもはっきりと視認できた。

木々に紛れていたのが不思議な位だ。

騎士『くそったれ! 次から次へと!』

弓兵「どうするよ? こっちを放って置くわけにはいかないぜー!?」

魔道士「ゆ、揺らめく灯火、我が敵に迎え、撃て! "ファイアー"!!」

魔道士「ま、まだ来るんですか!? もう無理ですよぅ!」

青年「諦めるな! ここは僕らが何とかする、セライナ、ラル! 向こうを手伝ってくれ!」

騎士『……く、分かった! 任せたぞ』

天騎「了解した!」


弓兵「おいおい大丈夫なのかよ! 前衛二人も送っちまって!」

青年「屍人の動きは遅い、遠距離で抑えれば何とか……!」

魔道士「でも、この数じゃあ! あっ、はずれた……」


集中の切れた魔道士が発した火球が、目標から逸れ、手前の木に衝突する。

火球は弾け、一瞬のうちに木は燃え上がった。


青年「……! そうだ。クォート、援護を頼む!」

弓兵「オイ……まさか」

青年「エミリア、君は敵を惹きつけてくれ!」

魔道士「そ、そんな!」


今にも泣き出しそうな顔を見やり、笑顔を作ると、青年は屍人に向かって駆け出す。

そして炎上した木の元へと辿り着く。

魔法の炎は高熱を放ち、近づくものを拒む。

だがそれを意に介さずに青年は木に体当たりを繰り出したのだ。



ミシッ

脆くなった幹に亀裂が走る。

勿論それを黙って見過ごすほど敵は馬鹿ではない。

数匹が青年へ向かい、そして額を弓兵が放った矢に撃ち抜かれる。


三度、四度、全力での体当たりを繰り返し

バキッパキキッ

とうとう木は割れ、支えられなくなった体を屍人ごと地面に叩きつけた。


魔物「ヴォ……ォ」

飛び散る火の粉に苦悶の声を上げ、押しつぶされた屍人に炎が燃え移り、種火と化す。

その様を見、青年は上手く行ったことを確信する。

髪は焦げ臭く、腕や顔に軽い火傷を負った、だが安くすんだと考えよう。


弓兵「無茶しやがる」

青年「助かった、君もありがとう」

魔道士「い、いえ、ぼくは……そんな」

弓兵「おっと、一安心ってわけにはいかないみたいだぜ……」


辺りを見渡せば、林に潜んでいた屍人が続々と集まりつつある。

背後の馬車にも数体が群がっていた。

青年「……? 奴ら、何をしている?」

違和感を覚える。

人を狙っているはずの数体の屍人が、青年たちに目もくれず積荷を漁っているのだ。

おかしくないわけがない。


青年「すまない、僕は後ろの敵を処理しておく! 持ちこたえてくれ!」

弓兵「……だってよ、頼むぜエーミリー?」

魔道士「え、えぇぇ~……」

背中を突き合わせる二人を横目に、青年は馬車へと急ぐ。

嫌な予感はしていた。


魔物「グォ……ガァ……!」


奴らが狙っていたのは医療用具を詰め込んだ木箱、ちょうど子供が入れるほどのサイズだ。

屍人がそれに夢中になっている間に、青年は直剣で首を刎ね、短剣で頸を突き刺した。

糸が切れたように倒れこむ屍人、青年は安堵の表情を浮かべるも

すぐさま気を引き締めた。

ゆっくりと木箱の蓋を開ける。


そこには、青年の案じた通りの人物がいた。


少女「…………」

だが彼女はいつもの彼女ではなかった。

膝を抱え、うずくまるように座っている彼女の体は、凍えたように絶え間なく震えている。

青年「ティノア、どうしてここにいる! 来るなと、待っていろと……!」

少女「……はぁっ……はぁっ」

問に答えは帰ってこない。

呼吸は荒く、光に怯えるように見上げた瞳には涙が溜まっていた。

少女「い、いや……」

青年「……どうしたんだい? ティノア」

少女「たす、けて……」

青年「もう奴らはいない、僕が倒した。安心して」

少女「ほんと……? ママは? パパは? 皆は?」

青年「……っ」

言葉に詰まる。


彼女が見ていたのは、この景色ではなかった。

そして青年は、彼女の闇を垣間見てしまったかもしれない。

青年は何かを悟り、理解し、また自分が彼女にどんな仕打ちをしてしまったのか

解ってしまった気がする。


青年「ティノア、僕だ、フューリだ」

少女「ふゅー、り、さん……?」

青年「あぁそうだ。落ち着いて、僕がついている」


思わず、震える体を抱き寄せた。

そのまま抱き上げ、木箱から出させる。


少女「フューリさん、いなくなってしまいました……」

青年「怖い思いをさせたね」

少女「お役に立ちたかったのです……邪魔だなんて、思われるのが嫌でした」

青年「君の気持ちを分かってあげられなかった。ごめんね」

少女「…………今度は、いなくならないでください。わたしを、側に……」

青年「……うん」


少女「"一人"は、もう……嫌なのです」

つ づ く だ ぜ
鬱なんて無いから安心してええんやで(ニッコリ



魔道士「まだ出てきますよぉ!」

火球を飛ばしながら泣き言を言う。

弓兵「ちっ……矢が切れそうだ」

一向に数の減らない敵は、精神だけでなく物資も削っていった。


魔道士「わ、わぁ~~~!」

二人が撃ち漏らした屍人は不意を付いて来る。

他の一体に気を取られている隙に、もう一体は魔道士に襲いかかっていた。

だが間一髪の所で弓兵の護身用短剣が屍人の頸を裂いた。

敵が怯む。魔道士離脱。


魔道士「た、助かりましたぁ~……」

弓兵「こんなクソ共にやられてたまるかってんだ」



背後は既に馬車。囲まれているため退路はない。

絶体絶命、敵の包囲網は間近だ。


弓兵「何とろとろしてんだよ……!」

魔道士「ひぃ! もうダメだぁー!」

護身用はもう悪あがき程度の効果しか発揮しない。

魔道士はその場にうずくまってしまった。徹底抗戦すら成り立たない。

弓兵「チッ……ついてねえな」

絶体絶命だった。

彼らが姿を現す寸前までは


二つの影が馬車から飛び出したかと思うと、辺りの屍人が次々と地に伏せていった。

一つは知った人間、もう一つは魔道士よりも若そうな女の子。

弓兵は目を疑った。白のワンピース、金髪によく映える青いリボン。

そのどこにでもいそうな少女が片手に包丁を握りしめ、悍ましい魔物に立ち向かっている。

なんて場違いなのだろう。


青年「ティノア! 後ろだ!」

少女「はい」

その言葉だけで小柄な少女は、手にしていた刃物を一瞬で逆手に持ち替え

振り向かず、背後から襲い来る屍人に突き刺した。

流れるような手際である。


弓兵「一体なんだってんだ……?」

唯一分かるのは、味方なのだということ。

魔道士「あ、あれ……助かったんですか?」

弓兵「バカやろ、まだ気ぃ抜くな。立て」


フードを深く被り、震えていた魔道士を立たせる。

倒木の炎は鎮まり出している、再び敵の攻撃が激しくなるのは目に見えていた。

だがここから、こちらの攻勢も始まるのだ。





騎士『ちっ! 馬鹿みてえに硬ぇ……!』


鬼に一撃を加え、馬を走らせながら悪態をつく。

巨体は硬質な筋肉に守られ、騎士は未だ有効打を与えられないでいた。


騎士『ったく、とんだバケモンだな!』

盾を背に、剣の柄を強く握りしめ、木々の隙間を縫って攻撃を仕掛ける。

あの巨体では見つけにくいはずだ。


騎士『おぉぉぉ!』

見失った所で切込にかかる。

だが鬼も馬鹿ではなかった。その場で大きく震脚、地面が砕ける。

素早い動作であったが間一髪、急停止、馬が嘶く。

そこへ鬼の拳が襲いかかる、しかし騎士は咄嗟に馬を走らせ攻撃を掻い潜る。

そしてすれ違いざまに脚部へ一撃、会心の一撃は鬼の左脹脛を捉えた。鮮血が飛び散る。

だが膝をつかせるまではいかない。


天騎「あの足場でよく動けるなぁ……おい、来るぞ! 気をつけろ!」

鬼は振り向き、左腕を振るう。それはがっしりと騎士の体を捉えた、馬が転倒する。

騎士『ぐ、おぉ……!』

天騎「ラルッ!」

そのまま引き寄せられ、騎士は捕まる。骨が軋むほどの腕力だ。

救出のために上空から天騎が槍を突き出す、が効果は見込めない。


騎士『ちくしょっ、離せぇッ……!』

騎士は鬼の腕と己の体の間に剣を差し込み、テコの原理でこじ開けようとする

しかしこれも効果は薄い。

真っ向からの力勝負であれば、騎士には互角で戦える自信がある。

だがしかし、こう身動ぎできぬ状況ではしようがない。


天騎「ど、どうすれば……、ええい!」

天馬は滑空し、すれ違いざまに一撃を加えて離脱を繰り返す。

それを鬱陶しがる鬼は、まさに蝿を振り払う人間のよう。

だがもたもたしている合間にも、騎士の体は千切れてしまいそうだ。


騎士『が、あ、ァァっ!!』

天騎「効かないっ! ラルーッ!」


その状況下で

賢者「……まったく、世話のやける」

先程まで雑魚の掃討にかかっていた賢者が見兼ねて救援に当たった。

賢者「ふんっ!」

騎士が付けた傷、そこを狙って渾身の回し蹴り。

鬼「ォォォォオオン!!」

鬼は痛みに吼え、バランスを崩す。


騎士『! さんきゅー、オッサン』

激痛のせいか、腕の力が緩む。その隙を付いて引き剥がすと

鬼の右目に剣を突き刺した。


鬼「グゥォォオオオオオオ!!!」

確かな手応えと共に、鬼の眼球が破裂した。

血しぶきをかぶりながら、騎士は鬼の体に足を掛け、剣を一気に引きぬいた。

騎士『あだっ! ててて、どうだ! ざまあ見やがれ』

騎士は尻餅をつく、そして痛みにもがく鬼を見て嘲笑する。


天騎「だ、大丈夫か!」

騎士『あぁ心配ないぜ』

天騎「よかった……」

賢者「気を抜くな! まだ死んだわけではないのだぞ」

騎士『わかってるって!』


三人で鬼を見やる。息は荒く、獰猛な牙が息継ぎの間に見え隠れしていた。

片目を抑え、騎士のみを睨み続ける様は、背筋が凍りそうなほど恐怖心を煽る。


騎士『げ……まだやる気かよ』

鬼「シィィィィィァァアア……」


鬼はゆっくりと立ち上がる、相当頭に来ているようだ。血管が浮き出、流血の勢いが増す。

だが……身を屈め、今にも飛び出すぞと言ったところで、鬼の動きがピタリと止まった。


天騎「な、なんだ? 一体どうした」

騎士『わからん……』


そのまま騎士たちを一瞥、すると踵を返してゆっくりと去っていった。


騎士『逃げ、た?』

天騎「……よかったぁ」

賢者「何もよくない、俺達は奴らを倒さねば帰れんのだぞ」

天騎「う……そ、そうか」

歩兵「……私、空気」


いつの間にか、屍人を相手にしていた歩兵が側にいた。

片腕をかばうような素振りを見せていたが、何とか無事だったようだ。


騎士『無事だったか、他の魔物は?』


歩兵「……分からない、逃げていった」

賢者「逃げただと?」

歩兵「……オーガが逃げたのと多分同時、不思議」


青年「おおい、無事か!?」

魔道士「し、しぬかと思いました……」

弓兵「一体どうなってんだ」

騎士『あんたらも無事だったか』

弓兵「何とかな」

少女「はい」


騎士『って嬢ちゃん!? なんでここに!』

少女「付いて来てしまいました」

賢者「どうやら上手く行ったようだな?」

少女「はい、師匠のおかげです」

青年「……待て、マグナ、君の仕業か」

賢者「い、いえ、俺だけではありませんとも、姫様の頼みとあれば聞かないわけには……」

青年「……ほう、あの子が。しかしよくそんな時間があったものだ」

賢者「頼まれたのは積荷の際でしたからな」



騎士『ま、ここまで来ちまったらしょうがねえ、勝手なことするなよ』

少女「はい、分かりました」


青年「しかしおかしな奴らだったな、まるで賊と戦っていたみたいだ」

賢者「待ちぶせ、陽動、撤退のタイミング、人間のような戦い方でしたな」

騎士『ああ、気味が悪い……』

青年「それで、こちらの被害は?」

賢者「それは俺から、そこの小娘が肩を痛めましてな。それと御者が死に、馬はどこかへ逃げたようですな」

歩兵「……小娘じゃない、面目ない」

青年「いや、よく生き残ってくれた、それだけで十分さ。ラルの馬は?」

騎士『俺の馬とセラの天馬は無事……ではないですけど、支障はありません』

青年「そうか、だが馬車を引くには厳しいか。目的の村まではどのくらいかかる?」

天騎「徒歩で行くなら、多く見積もって半日はかかるかと」

弓兵「……如何にも行軍慣れしてないのがいるしな」

魔道士「う、うぅ……スミマセン」

青年「気にするな、誰にでも向き不向きがある」

騎士『今日中には無理そうですね、一旦野宿するしか……』

賢者「それも危険だな、いつ奴らが襲ってくるかわからん」

騎士『……じゃあ他にどうするってんだよ』

賢者「貴様が考えんでどうする、副隊長だろう」



青年「まあまあ、取り敢えずは彼の死骸を弔おう。いつまでも放ったらかしにしていては可哀想だ」

天騎「そうですね……でも、まずはバラバラになったあれを……ぅ」

騎士『……辛いならやらなくていいぞ、俺達に任せろ』

天騎「そういうわけじゃ……。く、すまない、頼む」

魔道士「え、死骸って……うわっ! み、見なきゃよかった」

弓兵「へーぇ、エミリーこういうの駄目なのか? ほーれ、生腕だぞー」

魔道士「や、やめてくださいよ!」

歩兵「……やめて、可哀想」

魔道士「うっ……、た、助かりましたぁ……」

歩兵「……死体で遊ぶの、駄目」

魔道士「そ、そうですよね。駄目ですよ、あとエミリーって呼ぶの止めてください」

青年「コラ、いつまでも遊んでないで、早くしてくれないか」

弓兵「へいへい」

少女「…………」


会話をぼーっと聞いていた少女も共に、肉体の破片を集める事となった。

気分が優れないのか、天騎と魔道士は荷物の整理に移っているが。

細かい破片は流石に回収できなかったが、大部分は集めたのでこれで切り上げることにした。

破片は樹の根元に植えることにした、出来れば故郷に返してやりたいが、腐ってしまうだろう。

疫病の元になってもいけないし、荷物も極力減らしたい。苦肉の案であった。

その作業の合間、黙々と作業に没頭していた青年は、ふと何かに気がついたように顔を上げた。


青年「そういえば、この付近に何か村があると聞いたが」

騎士『え゛』

賢者「そうなのか?」

歩兵「……この辺り、よくわからない」

目的地は首都から南東の方角、つまり東部に位置する訳だが

弓兵「俺は北部出身なもんでね」

青年「ラル、君は知らないか?」

騎士『いやあ、ええと……その』



魔道士「持っていく荷物はあらかたまとめましたよ」

天騎「どうかしましたか?」

青年「ああ、ちょうどいい所に」

賢者「この辺りに村があるそうだが」

魔道士「王都出身なもので……あまり細かくは……」

天騎「私は西部でして……あぁ、そうだ。ラルが東部出身だったはずですが」

騎士『ばっ……!』

天騎「え? あ、あぁ! すみませんなんでもないです!」

賢者「そうなのか、なら分かるだろう?」

天騎「わわわ……ごめんラルぅ……」

騎士『……もういいよセラ。確かにこの近くに村があります、俺はそこの出身ですしね』

青年「そうか……では」

騎士『案内してもいいですけど、条件があります』

騎士『まずひとつ、俺の名前を出さないでください』

騎士『ふたつ、馬を借りれたら明日の朝には出発すること。以上です』

青年「……分かった、それで頼む」


弓兵「なあに自分の故郷に戻るだけで神経質になってんの」

騎士『……あんたにはわからねえよ』

弓兵「おお怖い怖い」

少女「ラルさんの故郷ですか、楽しみですね? にこー」

騎士『ん……でも嬢ちゃん、村であまり俺の名前呼ばないでくれよ?』

少女「はい、何か後ろめたいことがあるのですよね? わかります」

騎士『…………』

賢者「な、なんだ。俺は何も教えてないぞ」

青年「さて、そうと決まれば行くとしよう。ラルの故郷だ、魔物のことも伝えなくてはならないだろう」

騎士『あぁ、だな……』

青年「どのくらいかかる?」

騎士『……ん、そうですね。歩いて……まあ、日が沈む頃にはつくでしょう』

青年「案外近いな……これはますます注意を促さなければ」


賢者「ようし、では行くぞ。お前の親の顔を拝んでやる!」

騎士『……ただでさえ帰りづらいってのに……はぁ、こいつだけは連れて行きたくなかった』

つ づ く
おい、クリスマスだってよ。地球滅亡しとけばよかったのにな

うーっす、章の途中で悪いんだけど外伝流すわ、すまんの

――外伝――



少女「……くりすますですか?」

姫「そ、遠い国の行事なんだって。偉い人が生まれた日なんだって」

少女「そうなのですか、お誕生日ですか。おめでたいですね」

姫「そーね」

少女「……それで?」

姫「ええと……そうそう、今日がちょうどその日みたいなんだけど」

少女「お祝いをするのですか? わたし、お誕生日ぱーてぃーなんて初めてです」

姫「……そうなの?」

少女「はい、ですがお誕生日ぱーてぃーは仲の良い人を祝うものだと誰かさんが言っていましたが……」

少女「わたし、くりすますさんという人物は知らないもので……」

姫「クリスマスは人の名前じゃないって」

少女「ではどなたを祝うのですか?」

姫「えーっと、それはその……とにかく! そういう行事だからいいの!」

少女「そういうものなのですか……わかりました」


姫「でね、パパに言ったら、パーティーしてもいいよって言ってたの」

姫「だから……その、一緒に行こ? ほら、お兄様も誘ってみるし!」

少女「はい、勿論です。にこー」

姫「そ、そう? それじゃ、何着ていこっか!」

少女「このままでいいのでは?」

姫「だーめ、パーティーなんだからちゃんとドレスを着なきゃ」

少女「ですが……わたしはこの服しか……」

姫「しょうが無いから、わたしの貸してあげますー」

姫「ほら、こんなのどう?」

少女「わぁ……どれもこれも、フリフリですね……



……

賢者「ほう、ほうほう……クリスマス。聞いたことがあるぞ」

賢者「血染めの装束を身に纏いし老人が、雪の降る夜、たったひとつだけ願いを叶えるという……」

賢者「そろそろ勉学の時間とティノアを呼びにきたが、良いことを思い出させてもらった……ふふふ」


騎士『あれ、オッサン。こんなとこで何やってんだ』

賢者「おお、ラルか。いいところに来た、ちょっと耳を貸せ」

騎士『は? っておい! だからって頭だけ持ってくなよ! 誰かに見られたらどうす……って聞けよ!!』

賢者「行くぞ! 付いて来いランディ!」


……

青年「で、何のようだ」

騎士『知るかよ』

賢者「小さなことでいちいち腹をたてるな、大人だろう」

騎士『……もうアホらしくなってきた』

青年「で、な・ん・の・よ・う・だ」

賢者「陛下、どうしてそんなに怒っていらっしゃるのです。もしやお腹が空いておいでで?」

青年「……君ね、この間も城内で喧嘩をしたろう」

賢者「はて……何のことやら」

青年「とぼけるなよ、君のおかげで始末書を提出させられる身にもなってくれ」

青年「幾つの備品を壊したら気が済むんだ」

賢者「あ、あれは相手が壊したのであって……」

青年「やはり君だったか」

賢者「うぐ……申し訳ありませんでした」

青年「……わかればいい、程々にしてくれよ」

青年「で、本当に何のようだ」

騎士『クリスマスなんだってよ』

青年「クリスマス? あぁ、そういえば今日か」

騎士『あんた知ってんのか。クリスマスってなんだ?』

青年「とある宗教の偉人の誕生祭だよ」

賢者「よく知っておいでで。それでは赤服の老人の話も?」

青年「赤服の老人……サンタクロースと呼ばれる人物のことか」


賢者「おお、それです。そいつは血染めの装束に身を纏い、子供の寝込みを襲い、一方的に願いを叶えて回るのだと……」

青年「……誰から聞いたそんな話」

青年「サンタクロースとは世界中の子供たちにプレゼントをあげる、赤服に白ひげをたずさえた老人だ」

青年「ベルの音をならし、トナカイという獣に引かせたソリで空を駆けるのだと」

騎士『なんだそりゃ、そんなの見たことねえぞ。お伽話か』

青年「……お伽話だよ」

青年「実際の所、一般的な家庭では父がサンタ役となり、就寝中の子供の枕元にプレゼントを置いていくのだそうだ」

賢者「夢がありませんなぁ、陛下は貰ったことがあるので?」

青年「……ふっ、あの父上が俗世の習慣を気にするとでも?」

賢者「むう……ありえませんなぁ」

騎士『でさ、何をする訳?』

賢者「なあに、姫とティノアに何かしたかった訳だ」

賢者「俗世の習慣を知るにはいい機会だ、と思ってな」

青年「マグナにしてはいい考えだ。だが欲しい物を聞いた所で今夜までに間に合うか?」

賢者「間に合わせます」

青年「そこまで言うなら止めはしないが……僕らも協力しろと?」

賢者「勿論です。ある意味、ティノアの保護者なのですからな」

青年「……そうだな、手伝おう。始末書を書き終えた後にね」


賢者「ふぐぅっ……わ、分かりました。それまでは俺達で何とかしましょう」

騎士『俺もかよ、ま、いいけど』


賢者「それでは、俺は色々準備をしてくる。ラル、お前は欲しい物を聴きだしておいてくれ」

騎士『げっ、まじかよ……結構厳しいぞ……』

賢者「ティノアは騙されやすいから簡単だろう。姫は……陛下にまかせておけ」

賢者「ではな! アディオス!」


騎士『なんだあいつ……やけにやる気だな』

騎士『と、言うか、誰かを苛立たせてるのはよく見るが、こういうのは初めてじゃないか?』

青年「初めて、とは?」

騎士『ほら、誰かを喜ばせようとするのとかさ』

青年「そうでもないよ、気づきにくいかもしれないけど」

騎士『そうか……?』

青年「彼は人の表情を変えるのが好きだからね、怒らせるのが一番手っ取り早いからかな。そういう行動が目立つ」

青年「まあ要するに、構って欲しいんだよ。僕らの中では一番歳が離れているからね」

騎士『いい歳しやがって……寂しいだけかよ』

青年「歳だけとった子供だからね、ふふふ」


コンコンッ

青年「おや、誰だろう? どうぞ」


姫「失礼しまーす」

少女「失礼します」

青年「ルナ、ティノア、どうしたんだい?」

姫「えっと……お兄様、今晩はお暇ですか?」

青年「ん……そうだね、大丈夫だよ」

姫「! よかったぁ」

青年「それで?」

少女「はい、今日の夜にくりすますぱーてぃーがあるそうなのです」

少女「それでフューリさんも一緒にいかがかと」

青年「なるほど、パーティーね」

少女「くりすますを知っていますか? 偉い人のお誕生日ぱーてぃーなのですよ?」

青年「うん、知っているよ」

少女「そ、そうですか……」

青年「パーティーか、面白そうだね。仕事が片付いたら行くよ」

姫「それじゃあ、お仕事が終わりましたら、わたしの部屋に来ていただけますか!?」

青年「あ、あぁ……分かった」

少女「……やりましたね」

姫「……うんっ」


騎士『……おい、今がチャンスなんじゃないか?』

青年「……ん、そうだね」

青年「ところで、二人はサンタクロースって知っているかい?」

姫「さんた、くろーす?」

少女「分かりません……」

青年「赤い服に白い髯を生やしたおじいさんが、良い子の皆のためにプレゼントを持ってきてくれるんだよ」

姫「プレゼント!?」

青年「本当ならもっと前から欲しい物を手紙に書いて送らないといけないのだけど……」

少女「では、もう遅いのですね……」

青年「いや、まだ間に合うかも知れない。……そうだ、この紙にほしいものを書いてご覧」

姫「でも今からお手紙書いても届かないんじゃ……」

騎士『ま、まぁ、書いてみたらどうです? もし貰えたら嬉しいでしょう?』

姫「うん……そうね、書いてみよっか」

少女「はい、ですが欲しいものですか……」

姫「なんでもいいんじゃない?」


青年「……ふぅ、少し危なかったかな」

騎士『いや、よくやったぞ。しかし手紙か、よく思いついたな』

青年「ま、まあね…………昔、出したことがあるとは言えない」

騎士『ん?』

青年「なんでもない! さぁ、二人共。書けたかい?」


姫「わたしはもちろん!」

少女「一応ですが……書けました」

青年「よし、じゃあ僕が預かろう」

姫「はいっ。……見ないでくださいね?」

青年「も、勿論」

少女「それではおねがいしますね」

姫「待ってますからねー」

少女「失礼しました」


パタン

騎士『行ったか……』

青年「それじゃあ、開くよ……?」

姫「あっ! そういえば!」

姫「って何やってるんですか?」

青年「ちょ、ちょっとペンを落としてしまってね」

騎士『て、手伝おうとしてたんですよ』

姫「ふぅん……で、そうそう、パーティーなんだからちゃんとした服装で来てくださいね!」

姫「特に年中鎧着てるあなた」

騎士『は、はっ! かしこまりました!』

姫「では後ほど」

青年「うん」


青年「……ふーっ、全国のお父さんの気持ちが分かる気がするよ」

騎士『だな……』

青年「よし……開けるよ……」

騎士『…………あぁ』

青年「………………少し外を見てきてくれ」

騎士『あぁ』


騎士『誰も居ないぞ』

青年「……ありがとう、じゃあ」

青年「これは……」

騎士『なんて書いてあったんだ?』

騎士『……こいつぁ』



……

コンコンッ

青年「ルナ、ティノア、いるかい?」


姫「ちょっと待ってくださいっ!」

少女「うぅ……何だかきついです……胸の辺りが」

姫「ど、どういうことそれっ!」

少女「……? 何を怒っているのですか」

姫「知らないっ、はい、これでおしまい!」

少女「ありがとうございます」


ガチャッ

姫「おまたせしました」

少女「しました……」


青年「うん? もういいのかい……」

少女「……どう、でしょうか」

姫「わたしも見てくださいっ」

青年「う、うん……二人共、とてもよく似合っているよ」

騎士「嬢ちゃんは白のドレスで姫様は黒か……嬢ちゃんは別人みたいだな」

騎士「化粧もしたのか?」

少女「はい……ルナさんにしてもらいました……変じゃないですか?」

騎士「いや、綺麗だぞ。うん」

少女「あ、ありがとうございます。そうですか、綺麗ですか」

姫「ふふん、あったりまえでしょー」

姫「さ、手を取ってくださる? エスコート、おねがいしますわ」



……

がやがや……


賢者「おぉ、皆集まったようだな。む、ラル……そのスカーフ似合わんな……」

騎士「うるせえよ、つうかなんでもう酒飲んでんだよ」

青年「……人の気も知らないで」

賢者「いやぁ、準備をしていたらちょうどパーティーのことを聞きましてなぁ、ちょうどいいので先に始めさせてもらいましたぞ」

青年「まったく君と言うやつは……」

賢者「それで、プレゼントは聞き出せたのですかな?」

騎士「ばっ……声が大きい」

青年「分かったには分かったが、それがだね……」

姫「わたしたちを放っておいて、男三人で一体何の相談ですか?」

青年「あ、いや、なんでもないよ、あははは」

姫「もう……あれ、ティノア?」


少女「……わぁー、凄いですよ。あの飾り綺麗です」

少女「大きな木にいっぱいキラキラが付いてます」

姫「凄いでしょ、二日前から準備してたんだって!」

少女「はい……とっても綺麗です……」

青年「……おぉ、これ美味しいね」

騎士「まじか……うお、ウマそうだな、持って帰るから残しといてくれよ」

賢者「む……酒が切れた、おいウェイター!」

姫「……もーっ、食い気ばかり盛んなんだから」

少女「ふふっ……」

少女「わたしたちも行きましょう?」

姫「えへへ、そうだね」


……

青年「……ふぅ、とても美味だったよ」

騎士「人目をはばからずに食えるあんたが羨ましいよ……」

青年「そういえば僕達以外の他の皆はどうした?」

騎士「あー、なんかそれぞれ用事があったみたいだな」

青年「そうか……勿体無いな、もぐ」

騎士「あっ! それ持って帰ろうと思ってた奴……」

青年「す、すまない! つい……」

騎士「……恨むぜ」

青年「こ、今度何かご馳走するよ」

騎士「ほんとかよ……」


姫「ちょ、ちょっと! あんた大丈夫なの?」

少女「だい、じょうぶれふ……」

青年「どうした!」

姫「お兄様……この子が……」

青年「顔が真っ赤じゃないか……もしかして、お酒飲んだのか?」

少女「わかいま……へぇん」


賢者「おおティノア! ってどうした? 一口で酔うなどまだまだ修行が足りんな! はっはっは!」

騎士「あんたのせいかよ! 子供に酒飲ませんな!」

青年「マグナ……やっていいことと悪いことがあると、以前言ったはずだが?」

青年「いくら酔っているとはいえ……その判断さえつかなかったのかい……?」

賢者「ひ、ひぃ……」

青年「だとしたら……」

賢者「も、申し訳ありませんでしたァ!」

騎士「もういいからあっちいけ、酒臭い」

賢者「……ぐぅ、冷たいな」


少女「あー……ふゅーいひゃんがいっぱい……」

青年「大丈夫か……ティノア」

少女「へーき、へーきでふす……」

姫「平気じゃないじゃない!」

青年「仕方ない、部屋まで連れて行くよ」

姫「わたしも……」

青年「いいよ、僕だけで。楽しんでおいで、楽しみにしていたのだろう?」

姫「でも……」

青年「心配しなくていい、それじゃあラル、行ってくるよ。マグナを頼む」

騎士「えー……俺かよ、まあいいけどさ」

姫「…………」


……

少女「ん……」

青年「……起きた? 寝ててもいいよ」

少女「ぅ……でも」

少女「おたんじょーび、ぱーてぃなのに……」

青年「誕生日……、あぁ、気にしないくていい。きっと許してくれる」

少女「そう、でしょか……」

青年「うん。……しかし、こうしてお姫様抱っこしていると、ティノアがお姫様みたいに見えるね」

少女「わたし……が、ですか」

青年「そうだよ」

少女「おひめ、さま……うれし、です」

青年「今日は楽しかった?」

少女「……はい」

青年「よかった、じゃあもう寝ようか。部屋についたよ」

少女「もうすこし……ぱーてぃ」

青年「また今度やればいいさ」

少女「またこんど、やりますか?」

青年「うん、今度はお酒飲んじゃだめだよ?」

少女「はい……すみません……」

青年「さあ横になって」

少女「……あの、サンタさん。来るでしょうか」

青年「……あぁ、きっと来るよ」

少女「はい……にこー」

青年「よし、それじゃあお休み」

少女「あ……まって……ください」

青年「うん?」

少女「むね……くるしいのです。ぬがせて、ください……じぶんでは、できなくて」

青年「え、えぇっ!?」

少女「おねがいします……」


青年「……ま、まぁ、そういう事なら。だが女性がね、男性に素肌を見せるってのはね……あまりいい事じゃ」

少女「ふゅーりさん……?」

青年「……くっ、ええい、ままよ!」

青年「見なければどうということはない……!」

少女「んっ、ぁ……!」



姫「ちょちょちょっとまってくださいっ!」

青年「っ!?」

姫「ななななぁにやってるんですかっ!」

青年「違う! これは誤解だ! ティノア、何とか言ってやってくれ!」

少女「ん……すぅ……」

青年「ね、寝てる……」

姫「み、見損ないましたよお兄様……」

青年「ぐぐぐ……」

姫「取り敢えず出ていってくださいっ!」




姫「……ほら、もう大丈夫」

少女「すぅ……すぅ……」

姫「もう、心配して戻って来てみれば……お兄様が襲ってるし」


青年「だ、だから違うと……」

姫「わかっています、それはそうと戻ってあげたらどうです?」

姫「あの騎士、相当手を焼いていましたよ」

青年「そ、そうか……」

姫「後はわたしに任せてください」

青年「うん、それじゃあ……お休み」

姫「おやすみなさい」


姫「プレゼント、期待していますからね……♪」


……

「ほ、本当にこの格好でいくのかい……?」

「当たり前だろ、何のためのサンタだよ」

「だからって……これでは結局バレてしま……」

「プレゼントがプレゼントなんだからしゃあねえだろ」

「というか、僕ひとりで?」

「……あとで追加のも持って行ってやるよ」

「う……分かった、頼むよ」



……

少女「ん……あれ」

少女「朝、ですか。確か昨日は……」

青年「う、ううん……」

少女「赤い帽子……赤い服、お髭はありませんが……」

袋「……もごもご」

少女「それにこれは……もしかしますと、師匠ですか……?」

袋「んー! んー!」

少女「と言うことは……フューリさんがお兄さんで、師匠が……お父さん、ですね」

青年「……くー」

少女「ふふ……寝坊助なサンタさんです……でも」


少女「ありがとうございますね、お兄さん、お父さん」


よく冷えた冬の朝、わたしに暖かな贈り物が届けられました。

――サンタさんへ、家族が欲しいです。


……

姫「むぅ……いいな、お兄様に抱きついて寝てる……」

姫「でもこれって、どうなるんだろ……?」


――ほしいもの:お・に・い・さ・ま。








――外伝・終わり

改めて、メリークルシミマシタ



林道を抜けた先は強固な外壁、深い堀。

それはもう街と呼んでいいほどの防御体勢が敷かれた"村"であった。


青年「これはまた……」

騎士『……親父の趣味なんすよ、村の復興資金に寄付しまくった結果』

弓兵「こうなったと……、つーことはおめぇ、かなりのおぼっちゃまじゃね?」

騎士『…………』

少女「凄いですね」

賢者「壁も堀も敵の進行を防ぐための物だ、しかし見事な技術だな……」

賢者「木っ端村民がいくら合わさってもこの配置、この大きさの物は作れまい」

魔道士「ええ……それにこれ、何か見覚えがあると思ったら王宮にも使われている建築技術ですよ」

歩兵「……詳しい」

青年「そうなのか、全然気づかなかった。凄いな君は」

魔道士「そ、そんな……す、少し話を聞いたことがあるだけです……えへへ」



「あなた達、失礼ですが何用で?」

青年「ああ、実は僕達、騎士団から派遣された者で……これが指令書です」

「……ふむ、これは国の。確かに」

賢者「この付近で魔物を遭遇し、馬をやられてな」

青年「援助と魔物の件も含めて、村の代表者と話をさせては貰えないでしょうか」

騎士『え゛』

「分かりました、騎士団の方々となれば話は別です。おーい! 門を開けてくれ!」


ガラ……ガラガラ

滑車が回転する音が鳴り始め、城門に匹敵する大きな門が持ち上がった。

「では、こちらへどうぞ」

その門をくぐり抜け、案内されるまま、村に足を踏み入れた。



騎士『はぁ~……まじかよ……』

賢者「さっきから何をぶつぶつと言っておるのだ」

青年「もしかすると、ここの代表者は君の父なのかい?」

騎士『……はい』

青年「そうか、なら僕とマグナで行こう。ほかの皆は先に宿へ向かっていてくれ」

魔道士「いいんですか?」

青年「うん、大勢で押しかけても迷惑だろう。マグナ、付いて来てくれるね?」

賢者「かしこまりました」

少女「わたしも、行きたいです」

青年「ん、そうだね。いいよ」

天騎「それでは、お言葉に甘えて」

歩兵「……先に、失礼します」

弓兵「ふーぃ、やっと休めんのか」

魔道士「ぼくもうへとへとですよ……」

そう言って四人は列から抜け、案内人に宿の場所を聞いて歩き去っていった。



騎士『よ、よし、じゃあ俺も先に……」

賢者「待て」

騎士『……なんだよ』

賢者「副隊長ともあろう者が隊長に全てを押し付けて暢気に休もうとしている、これは一体どういう了見なのだ? ん?」

騎士『そ、その隊長がいいと言ったんだぜ、構わねえだろ』

賢者「実はこの俺、かの聖騎士隊のユリウス将軍と旧知の仲でなぁ、此度の小隊発足の際に監視役を押し付けられたのだ」

騎士『……知ってるよ』

賢者「そのせいで俺は小隊の行動を逐一報告せにゃならんのだ。言っていることが分かるか副隊長」

騎士『ぐぐ……』


賢者「つまりッ! この俺が粗相を報告すれば、貴様は明日には職無し、家無し、一文無しとなるのだよォー!!」


騎士『ぐほぉぉあッ!!』

賢者「貴様は俺には抗えん……」

青年「こらこら、意地悪を言ってはいけないよマグナ」

少女「ニートからホームレス、そして盗人、犯罪者、挙句には指名手配……」

少女「そんなことをする人には見えませんでした」

賢者「のちに彼をよく知る少女Tはこう語った……」

騎士『うっ……』




騎士『はー……わかったよ、いけばいいんだろ』

賢者「なんだそのクチの聞き方は」

騎士『わかりました! 行きます! すいませんでした!』

賢者「ふふん、わかれば良いのだ」

騎士『けっ……』


青年「いいのかい? マグナくらい黙らせるけど……」

騎士『もういいんだ……です、様子も見ておきたいですし』

青年「まあそうそうばれるとは思わないが……」


「あのー、もうよろしいでしょうか?」

青年「あ、あぁ、すみません! おまたせしました」

賢者「さあ! 感動のご対面と行こうではないか!」

騎士『くそったれ……ニヤニヤしやがって……』



「着きました、ここです」

青年「ありがとうございます」

「少し話をしてきます、少々お待ちを」

青年「お願いします」


騎士『……はー』

少女「どうしたんですか?」

騎士『んや……ちょっとな』

少女「緊張しているのですか?」

騎士『そんなとこかな』

少女「久しぶりにお父さんに会えるのですよね? 嬉しくはないのですか?」

騎士『どうだろ……』

賢者「しっかりしていただきたいものだなぁ、副隊長殿?」

騎士『うっせ』


「どうぞ、入ってください」

青年「はい」


青年たちが案内された先は、村の中で最も大きな屋敷。

その中の広間で暫く待たされた後、この村の主がいるらしい執務室へと向かった。



青年「失礼します」

「やあ、よく来ましたね」


「とんだ災難でしたねー、なんでも魔物に襲われたとか」

「いやはや、それでも無事に生き延びたのは流石は騎士団。質は落ちていないようで安心です」

青年「ははは、何とか……僕が小隊長を務めさせて貰っています、フューリと申します」


「おっと、これはこれは、申し遅れました。私がこの村の代表、アンヴィルです」


執務椅子から立ち上がる長身、長髪の男。

目が悪いのか、眼鏡を掛けている。

この男が騎士の父親なのだろうか。

騎士の体が硬くなるのが分かる……だがもう一人強張った人物がいた。


「おや……?」


賢者「……うげぇっ! きょ、教官……!」

教官「そう呼ばれるのも懐かしい! お久しぶりですねー、シュライン君」

賢者「い、いやぁ、お久しぶりです、相変わらずお若いままですね」

教官「いえいえ、これでも十分に老けました、もう五十ですからね。シュライン君も随分老けた」

賢者「そりゃ、四十は過ぎましたからね」

少女「師匠、お知り合いなのですか?」

賢者「む……ま、まぁな」


今の話からすると目の前に立つ男性の齢は五十、だがどうにも信じがたい。

ブラウンの髪は潤いを保ったままだし、目立った皺もない。いいとこ三十前後だろう。

実は騎士の兄なのだと言われても驚きはしない。


青年「五十、とてもそうは見えません」

教官「ハハハ、嬉しいことを言ってくれますねー。口の上手いお方だ」

青年「……本心なんですが」



教官「さて、そろそろ本題に移りましょう」

青年「はい、この付近に魔物が現れたことはご存知ですよね」

教官「ええ、そのようですね」

青年「元はもっと南、前線後方で目撃されていたものです」

青年「新しい群れが出来ただけのことかもわかりませんが、あの規模のものはそうそう出ないでしょう」

教官「徐々に首都へ近づいて来ている、と言いたい訳ですね?」

青年「……そう考えています」

教官「しかしそんなことがあるんですかねー」

青年「あり得ます。今回の魔物は一味違いますし、大型も目撃していますから警戒すべきかと。それと……」


ほかにも気になることが、と青年。

魔物の群れの奇妙な戦い方、それを報告する。


教官「……ふむ、集団戦法を」

教官「なるほどなるほど、それは注意しなくてはいけませんねー」


騎士『…………本当にわかってんのかよ」


教官「それで我々に一体どうしろと言うんですか?」

青年「十分な警備体制を敷いて頂きたいのと、もう一つ、馬を貸して頂きたいのです」

青年「一度僕らは本来の目的地へ偵察に行きます」

教官「ええ、そうしていただけると助かります。実は既に偵察隊を送ったんですがねー、どうにも連絡がこなくて参っていたところです」

青年「もしや騎士団に協力を仰いだのは貴方ですか?」

教官「はい、こちらも何かと人手不足で」

教官「その村についてですが、最初は魔物の目撃情報が、次に支援要請が届き、そして現在は何の連絡もありません。急いで偵察隊を送ったのですが……やれやれ」

賢者「もう滅んでいるのではないですかな」

教官「口を慎みなさい。まだ断定するには早い、偵察隊も道中で襲撃された恐れがあります」

青年「では……」

教官「すみませんがこちらからお願いしたい、村の様子を見てきてくれませんか」

青年「勿論です。僕らはそのために来ましたから」

教官「……ありがとうございます」


教官「さて、出発は明日にするとして今日はゆっくり休んでください。宿は先程の男に聞けばわかります」

青年「はい、では失礼します」


四人は一礼し、執務室から出た。

しかし案内人の姿が見えない、野暮用でも出来たのだろうか。

取り敢えず宿の場所が分からなければどうしようもない、広場で暫く待って見ることにした。


青年「それにしても、とてもいい人だったね」

騎士『……そうかねえ』

少女「お仕事と言うのは、難しいのですね。よくわかりませんでした……師匠?」


少女が賢者の顔を伺うと、思案顔で何やらぶつぶつと呟いていた。

賢者「まったく……迂闊だった。まさかここであの人に会うとは……」


騎士『そういやオッサン、親父と知り合いなのか?』

賢者「知り合いも何も……俺がまだ騎士見習いの時の教官だ……」

賢者「ちなみに現役時代は鬼の教官として一部に親しまれていたぞ」

騎士『教官って……えっ!?』

賢者「何をそんなに驚いている、俺にも見習いだった時くらいあるぞ」

騎士『そうじゃねえよ! あんた、元は騎士団にいたのか!?』

賢者「うむ、言ってなかったか? そもそも俺はこの国出身だぞ」

賢者「と言うことは俺はお前の先輩だったな、敬えよ」

騎士『……だったらなんで』

賢者「…………なんで帝国の人間に力を貸しているか、と?」

青年「っ……」

賢者「長年に続く和平が一方的に裏切られたのだ、その気持は分かる」

賢者「だがな、俺にとっては国などどうでも良いのだ」

騎士『テメ……』

少女「やめてください」

少女「……最近、ラルさんおかしいです」

騎士『…………』



教官「おや、呼ばれた気がしたんですが喧嘩ですか?」

教官「……懲罰室行きですよー?」

騎士『ひっ……』

青年「は、ははは、見苦しいところをお見せしました。何分、本日発足したばかりでして……」

教官「大変そうですねー」

青年「いえ……」

教官「それでどうしたんですか?」

賢者「どうやら案内人がいなくなってまして、暫く待っていようかと」

教官「ふむ……待っていろと言ったんですがねー。わかりました、途中まで案内しましょう」

青年「え、いいんですか……?」

教官「ええ、構いませんよ。ちょうどこれから出かけようと思っていた所ですから」

少女「それではお言葉に甘えて、お願いします。にこー」

教官「おやおや、これは礼儀正しい子ですねー」


賢者「ま、俺が教育していますからな」

教官「ハハハ、シュライン君が? それはそれは……成長しましたねー」

教官「何か変なこと教わっていたりしませんか?」

少女「……へんなこと、ですか?」

青年「…………」

賢者「な、なんですかその目は、信用ありませんなぁ」

教官「ともかく行きましょうか、皆さんお疲れでしょう」

青年「助かります」

騎士『…………』


屋敷を出、教官について行く。

日は落ちかけ、辺りは夕暮れに染まっていた。



教官「後はこの道を真っ直ぐにいけば看板が見えますよ」

青年「どうも、ありがとうございます」

少女「ありがとうございました」


教官「ああ、そうでした。宿の近くに酒場があるんですが、お勧めですよ」

教官「是非皆さんで訪ねて見てください、軽い食事も出ますから」

賢者「ほう……」

青年「勤務中だ、酒は飲むな?」

賢者「も、勿論ですとも……」

教官「それに、良い物が見れますよ……ふふふ」

騎士『……?』

教官「ふふふ、それでは失礼します」


何か含みのある笑みを浮かべ、教官は足取り軽く去っていった。

少女「気になりますね、ラルさんわかりますか?」

騎士『……さあな、親父の考えることはわかんねえよ。今も昔も』

つ づ く 
遅くなったけど明けてましたおめでとう


宿屋の一室


青年「しかし三部屋も借りてよかったのだろうか」

賢者「ま、タダな訳ですし厚意は受け取っておけばよいのです」

少女「この部屋だけ広いですね」

賢者「そのほうが何かと都合が良いだろう。ミーティングもしやすい」

賢者「それに……」

騎士『んだよ』

賢者「貴様の事情を知っているのは俺達だけだからなぁ。もし一人ハブられたらさぞ大変だったろう」

騎士『あんたらの事情を知ってるのも俺だけだぜ』

賢者「俺達の、だがな。貴様は一人だろう? ん?」

騎士『…………』

賢者「まあバラすなりなんなりすればいい、小隊は解体され俺達の信頼は地に落ちるだろう」

賢者「もとよりあって無いようなものだがな。以前の立場で何とか繋いだだけだ」



騎士『そんときゃあ、俺も一緒に落とすつもりだろ……』

賢者「勿論だ、死なばもろともだぞ?」

騎士『御免被りたいな……』

青年「まあまあ、そういうのは抜きにして、皆仲良くしよう」

騎士『……ふん』

賢者「……そろそろ素直になればどうだ。お前が折れれば済む話だろう、違うか? 若造」

青年「もうやめておかないか」

騎士『……うっせーよ、売国奴が』


少女「ラルさん……いい加減にしてください」

少女「どうしてそんな態度を取るのですか?」

少女「師匠だって、前のラルさんにならこんなこと言いません」

少女「……今のラルさん、わたし嫌いです」


騎士『っ……』

賢者「はっはっはっ! いよいよ――」


青年「ティノア!!」

少女「っ!」

青年「なんてことを言うんだ!」

少女「……ぁう、すみません」

少女「すみません……ラルさん……」


騎士『気にすんなよ』

騎士『……わりぃな、ちょっと出かけてくるわ』

青年「あ、おいラル! どこへ行く!」


バタン

青年「…………」

賢者「……ふむぅ、上手くはいかんものだな」



隣室


天騎「あの」

歩兵「…………何?」

天騎「怪我をしたんだろう? 手当しなくても平気なのか?」

歩兵「……大丈夫」

天騎「本当か? ……見せてくれないか。悪化したら困るだろう」

歩兵「…………ん」


歩兵は防具を外し、上着と下着を脱いで強打した肩を見せる。


天騎「ああ……腫れてるな、動かすだけで痛かったろう」

歩兵「……そんなに」

天騎「やせ我慢は良くないな、どれ……確か荷物に軟膏と包帯が……」

天騎「あった、座ってくれ」

歩兵「…………」


言われるがままに腰掛ける歩兵、その患部に白く粘っこい軟膏を塗りたくる。

少々痛むはずだろうが歩兵は眉一つ動かさない。




天騎「よし、これでいいだろう。次は包帯を巻くぞ……」


とは言ったものの、天騎は途轍もなく不器用であった。

暫く経っても終わることはなく、ところどころ緩んでいたり絡まっていたり……

とにかく見るも耐えない有様だ。


天騎「あ、あれ……? ん、んんー……」

歩兵「…………」

天騎「す、すまない、もう少し待ってくれよ……あぁぁ……」

歩兵「……もういい」


歩兵は立ち上がり、天騎から包帯を取ると一旦解く。

そして端を口に咥えると、一人で包帯を巻き始めた。

それは慣れた手つきであっという間に巻き終えてしまった。


天騎「…………不甲斐ない」

歩兵「……気にしなくて、いい」


歩兵は項垂れる天騎を横目にシャツを着、ベッドの上で毛布に包まる。


歩兵「……少し、寝る。用があったら、起こして」

天騎「へ? あ、あぁ、わかった」


寝息も聞こえない、二人の部屋には無言と、気まずさだけが残った。




宿屋、ロビー


騎士『はー……糞、こんなんじゃ駄目だってことくらい、自分がよくわかってる』

騎士『でもあの嬢ちゃんに怒られるなんてな……それだけ救いようがねえってことか』

騎士『つうか……初めて怒ったんじゃねえか?』


魔道士「あれ? 副隊長さん。どうしたんですか?」

騎士『おう……エミリアだったな』

魔道士「はい、きちんとお話するのはこれが初めてですね」

騎士『だな……』

魔道士「……元気ないですね? どうされたんです?」

騎士『そうか? いつもこんなもんだよ』

魔道士「そうなんですか……」

騎士『そっちこそどうしたんだ? 疲れてたんだろ、休まなくていいのか』


魔道士「ま、まぁ……でも、クォートさんに付き合わされてて……逆につかれるというか」

騎士『あぁ……お気の毒にな』

魔道士「いえ……楽しいのは楽しいんですがね、はは」


騎士『なぁ、エミリアは何のために騎士団に入ったんだ?』

魔道士「な、なんのため……ですか。突然ですね」

騎士『わりぃ、ふと思っただけなんだが』

魔道士「……そうですね。父が厳しい人で、男なら軍役するべきだと……それ以外にあまり理由は」

騎士『……そっか』

魔道士「副隊長さんは、どうしてですか?」

騎士『お、俺か? ……そうだな』

騎士『最初は憧れだった、でも……途中から意地になってたな』

魔道士「意地ですか?」

騎士『随分と反対されたよ、半分はそのせいかな』


魔道士「……優しい人なんですね、お父さん」

騎士『逆だな、君には到底無理だ、泣いて帰ってくる前に諦めろ。と散々言われた』

魔道士「そ、それはまた……」

騎士『そこまで言われちゃ引き下がれないだろ?』

魔道士「はは、そうですね」

魔道士「でも……きっと心配していると思いますよ」

騎士『……そうかねえ』

魔道士「村の人たちも心配していますよ。挨拶くらい……」

騎士『そりゃだめだ、これも……意地だからな』

魔道士「……そうですか」

騎士『じゃあ俺はちょっと出かけてくるよ、明日の予定ちゃんと聞いて来いよー』

魔道士「え、副隊長はどこに!?」

騎士『暫く戻んねえわ、んじゃな』


魔道士「ああ、行ってしまった。……大丈夫かなこの小隊」




騎士『……なんだかんだ飛び出してきちまったが、バレる確率高くなるなぁ』

騎士『まあ大丈夫だろ……親父にさえ見つから――』


教官「おや、先ほどの」

騎士『おぉぅふっ!?』

教官「どうされました?」

騎士『……ごほん、いえ、少し驚いて』

教官「簡単に背後を取られるのは関心しませんねー、ここが如何に防衛に優れていると言っても……くどくど」


騎士『…………今のうちに』

教官「どこに行かれるんですか?」

騎士『クッ……、あ、いえちょっと忘れ物を』



教官「……そうなんですかー、私も皆さんに伝え忘れていたことがありましたので、一緒に行ってもよろしいですか?」

騎士『え、あ、その、すみません勘違いでした』

教官「おや……それは残念です。では暇ということでよろしいですね?」

騎士『いやぁ暇と言いますかこれでも職務の最中でして……』

教官「職務とは一体何を?」

騎士『ハハハ……パトロール、的な?』

教官「暇なんですかー、調度良かった。貴方にはお聞きしたいことがあったんです」

騎士『い、いや、だからパトロールを』

教官「この村なら大丈夫ですよー、さあさあ」



酒場にて


騎士(くそぉぉぉぉ……なんてこったぁぁぁぁ……)

教官「どうですか? いい酒が入ったんですよ」

騎士『いえ……勤務中ですので』

教官「冗談です、貴方は聖騎士隊の方でしょう? 規律が厳しいのはよく知っています」

騎士『はあ、一応……』

教官「……それで、一つ聞きたいんですが」


教官「ラングウェルと言う人物を知りませんか?」

騎士『……っ!』

教官「話では聖騎士隊に居た……と聞いていました」

騎士『居た……ですか』

教官「ご存知ですか?」

騎士『……えぇ、よく知っていますよ』

教官「そうですか……では、戦死したことも」

騎士『はい』



教官「その、どういう人物でしたか?」

騎士『どう……ですか。そうですね、彼はいつも故郷のことを考えていました』

騎士『飛び出してきたけど、残してきた親や村の皆が心配だとも言っていました』

教官「そうだったんですか……」

騎士『……ま、当の自分が信じまっちゃあ意味ないですがね。馬鹿なやつですよ』

教官「あまり仲がよくなかったんですか?」

騎士『いえ、そういう訳じゃ。むしろ良かったです、見習い時代から気の合う奴で』


騎士(……あれ、俺、何言ってんだ…………?)


騎士『ライバル見たいな存在で、語り合える仲間で……』

騎士『だけど、あいつが死んだのは……』


教官「いえ……もうそれ以上は言わなくて結構です」

教官「彼の最後は、見たのですか?」

騎士『はい……』

教官「彼は……最後まで騎士らしく、生きましたか」

騎士『…………はい、これからも』

教官「そうですか――」


騎士『っ!? げほっ! が、う……ぐ』

教官「どうされました!?」

騎士『い、いえ、なんでも……!』

騎士『かっ……は、はー……』


騎士(一体どうしたってんだ……、突然弾かれたように心臓が……)

教官「落ち着きましたか?」

騎士『え、ええ……』

教官「体調が悪かったのなら、無理に誘ってすみません」

騎士『……そんなことは』

騎士(あるけど)


教官「今日はもうお休みなられたほうがいいでしょう、送って行きましょうか?」

騎士『いえ、お構いなく』

騎士『すみません……失礼します』

教官「はい、良い夢を」



ガシャ、ガシャ

鎧男が酒場から去っていく。

扉の向こう、夜の闇に消えていったのを見て教官は興味を他の対象に移した。


「おいおい、今日も駄目なのか?」


「ご、ごめんなさい……」

「まー、無理にとは言わんよ。でも皆、君の踊りを見たがってるんだ」

「でも……やっぱり無理です」


「おいおいおやっさん、あんまりイジメんなよ」

「そーそー、元気な姿を見れるだけで十分ってなもんだ」

「だよな……、でも本当無事でよかったよ」

「だなあ…………」


教官「おや……今日も駄目でしたか。あの子の踊りは素晴らしいものでしたがね。昔から」

教官「皆さんにも是非見て頂きたかったんですがねー」


教官「さて……そろそろ伝えなくてはいけませんね、ラル君の死を」

つ づ く
遅うなってすまんの




気味が悪い、そう思った。

口から、考えても無いようなことがスラスラと溢れでたのだ。


騎士(どうなってんのかねえ……)

騎士『ま、考えても仕方ないけどな』


気にしないためにも体を伸ばして、脱力。

その足は自然と村の中心から離れた場所にある、墓地へと向かっていた。


騎士『……相変わらず綺麗にしてあるよな。ん、親父か? これは』

色とりどりの花が備えられていたり、酒瓶が備えられていたりするが

一際目についたのは一つの墓に備えられた一輪の花、月明かりで薄っすら輝く青色の花だった。

騎士『豆だな……お袋が死んでからもう何年も経ってんのに』


騎士の母親、その名が刻まれた墓標の前に屈む。


騎士『……ただいま、お袋』

騎士『元気してたかよ。……俺は元気だよ、そこそこ』

騎士『長い間、顔も見せずに……ごめんな』

騎士『でも、もうここに帰ってくる気はないんだ……』

騎士『俺は死んだってことになったし、生きてたってこと、親父には伝えないでくれって頼んでもある』

騎士『ま……相変わらず元気そうにしてるし、俺がいなくても心配するこたねえよ』


騎士『……一応、挨拶だけしときたかったんだ。じゃあ―――』


母の魂が眠る墓から立ち去ろうとした時、柔らかな風が吹いた。

そして誰かに呼ばれた気がしたのだ。


「きゃっ……! ……あれ? あなたは」

いつの間にかその場に居た女性。

どことなく懐かしい雰囲気がした。


騎士『っ!?』

「あ、驚かせてごめんなさい。そのお墓に御用があったんですか?」


ウェーブのかかった、肩まで伸びる赤毛。

柔和だが、意志の強そうな瞳。

彼女の存在に何かを感じた騎士は、一瞬言葉を失った。


騎士『……いや、綺麗な花だと思って』

「そうなんですか」

騎士『ああ、邪魔をしたな。すぐにどくよ」

「いえ、いいんです。急ぎでもありませんし、どうせ暇ですし……」

「それより、騎士様がどうして墓地なんかに? ……一瞬幽霊かと思いました」

騎士『ん、んー、まあ散歩かな……』

「散歩でも甲冑をお脱ぎにならないんですか?」

騎士『いや、前言撤回だ。パトロールしてた』

「ふふふ……お疲れ様です」


女性は微笑んで騎士を労うと、手にしていた、これまた一輪の薄い青の花を墓に捧げた。

そして片膝をつき、指を組み祈る。

彼女の姿に神聖さを覚えるが、一つの疑問も生まれた。


騎士『……凄く失礼なんだが、誰の墓なんだ?』

「…………私の、母のような人でした」

騎士『………』


その言葉で騎士の心臓が大きく脈打った。

予感はしていた。だが可能性を認めたく無い。

嫌な汗が流れる、冷たくて不快だ。


騎士の母は若くして病に倒れた、騎士がまだ幼い頃だ。

だが母との記憶は今でも鮮明に残っているし、父が仕事のためか幼少の記憶は母と……。

あの事件によって命を無くした、幼馴染とで塗りつぶされていたのだ。


「あの、どうかされました?」

だとすれば、この大人びた女性は……。


騎士『……シェリー?』

口にした名は、とても懐かしい響きがした。


「……えっ?」


女性は素っ頓狂な声をあげる、ここで騎士は確信を持ってしまった。

いつもより重く感じるヘルムを脱ぎ、目の前の女性を見つめる。


騎士「どうして……生きて……」


「ラ……ル? あなたこそ、生きてたの……?」


大きく瞳を開き、互いは言葉を失った。


騎士「……な」



騎士「なんで生きてるんだよッ!!」

「うぇっ!?」


先に口を開いたのは騎士だった、女性の肩を掴み激しく揺さぶる。


「ちょ、ちょっとやめてっ!」

耐え切れず振り払う、だが混乱した騎士は止まらない。


騎士「なんで! どうして! どうして今になって!?」

「勝手に人を殺さないで! あなたこそずっと音沙汰なくて……死んだかと思ったじゃない!」

騎士「そっちこそ人を勝手に殺すなよ! ふざけんなっ!」

騎士「大体、お前……俺の目の前で…………」

「…………崖から落ちて、川に流されたの」

「でも、下流の村で助けられて……」

騎士「なんだよそれ……てっきり死んだかと……」

騎士「つうか生きてたんならすぐ戻ってこいよ! 俺、もしかしたら……って待ってたんだぞ!」

「……そんなの、戻れる訳ないじゃない」

騎士「は……?」


「そんなことより、ラルこそ! 全然村に戻ってこないし、たまにアンヴィルさんから近況を聞いたと思ったら……」

「戦争しに行っちゃったって言うし……しかも砦が落とされたって言うし!」

「全滅だって! ……そんなこと聞いたら、もう…………」

騎士「う……」


「生きてたんなら、早く帰ってきなさいよ……ばかぁ」

騎士「……んな無茶な、俺だって大変だったんだぞ」

騎士「それに……もうこの村に戻ってくるつもりはなかった」

「……どうして?」

騎士「別に……いいだろ。俺はこの村を捨てたんだ」

「じゃあ何でここにいるのよ」

騎士「し、仕事上! 仕方なくだなぁ!」

騎士「俺は嫌だって言ったけど、隊長命令じゃあ逆らえないだろ」

「……ふふ」

騎士「な、何がおかしいんだ」

「変わらないわね……意地っ張りなくせに流されやすくって」


騎士「うぐぐ……」

「本当、変わらない。本当にラルなのよね……」


騎士を下からじっと見つめる女性、瞳は潤み、今にも決壊しそうなほどだった。


騎士「お、おい……泣くなよ」

「泣いて、なんか……ない……っ!」

騎士「泣いてるじゃねえかよ……」

「う、うぅ……ぁぁあ……」

騎士「……ったく、泣きたいのはこっちだよ」


思う所は色々ある、まだ信じられないが

今だけは……と、騎士は口元をほころばせた。




彼女が泣き止むのを待って、二人は近くの広場にあるベンチに向かうことにした。

騎士「気、済んだかよ」

「…………」

騎士「おい……怒ってんのか?」

「怒ってません」

騎士「怒ってんじゃねえか……」

騎士「まったく、俺は驚きのあまりに涙も出ねえってのに……」


騎士「だって九年間ずっと死んだとばかり思ってた幼馴染が」

騎士「今こうして目の前にいるんだぜ? もしかして幽霊とかじゃないよな?」

「……どうでしょうね」

騎士「…………」



むすっとした表情のまま歩く幼馴染を見て、騎士は頭を掻く。さっきとは打って変わった態度だ。

暫くして広場につく、誰も居ない夜のベンチに腰掛け、一息付いた。


騎士「な、元気だったか?」

「変なことを聞くんですね」

騎士「……だってさぁ」

「だって、何?」

騎士「……なんでもない」

「…………」

騎士「あのなー、すげえ久しぶりだってのに……もっと喋ることあるだろ?」

騎士「今まで何してきたー、とか、こんなことがあったー、とかさ」

「別に……」

騎士「うーん……じゃあ、あれだ。俺は十二の時に騎士学校入ったんだけど……」

「……聞きたくない」



俯いて、黙りこむ彼女を前に、思わずため息。


騎士「……俺らさ、ここに来るつもりはなかったんだ」

騎士「途中で魔物に襲われて、仕方なくここまで歩いてきたんだけど」

「……そう、大変でしたね」

騎士「明日には出て行くから……」

「…………」

騎士「だから」


騎士「今度はきちんとお別れさせてくれ」

「……っ」

騎士「戦争もまた始まる、当然俺も前線に出る」

騎士「その前に……シェリー、お前とだけはちゃんと挨拶しておきたい」

「やめて……」

騎士「色々大変だったろうけど」

騎士「これからは俺のことなんか忘れて、幸せに生きてくれ」


騎士「あと……あん時、守ってやれなくて……ごめんな」

騎士「……じゃあ、元気で」




少女「なるほど、あのお姉さんがラルさんの言っていた……」

青年「…………あぁぁぁぁ」

賢者「どうしたんです、奇声を上げて。気づかれるでしょうが」

青年「君はなんとも思わないのか……? 重い、重いよ……ラル」

青年「だから後をつけるのはやめようと言ったんだ、胃がキリキリする……」

少女「大丈夫ですか?」

青年「だ、大丈夫だとも」

賢者「それより、これからどうするおつもりですか?」

青年「わからないよ……ラルはこの村に残すつもりだったし……」

青年「だけどあの話を聞いてしまったら……あぁぁぁぁ」

賢者「まあ、面白いものが見れたので俺は満足ですがな」

青年「……君のそういう所、羨ましいよ。はあ、またラルと気まずくなる」

賢者「これ以上は悪化しようがないと思いますがなぁ」

青年「下手したら僕は刺されそうだよ……」


少女「あ、お姉さんも帰ったようです。……泣いていましたね」

賢者「うむ、というかそろそろ帰らねばラルにバレますぞ?」

青年「そ、そうだった! 皆、急いで戻ろう!」


つ づ く
おわりがみえない


宿屋


騎士『……ちょっと遅くなったな』

騎士『皆もう寝てるだろうか、今戻って起こすのもな……』

騎士『まあ一日くらい寝なくたって構わねえけど、流石に不審すぎる』


騎士『ん……、明かり付いてるな。誰か起きてるのか』


ガチャ

青年「や、やぁ……ラル……おそか、遅かったね……」

騎士『……遅くなって申し訳ありません。しかしやけに息が荒いようですが……?』

青年「き、気にしないでくれ、少し鍛えていただけだ……」

騎士『そうですか』

青年(……鈍感で助かる)

騎士『ティノアはもう寝ましたか』

少女(寝たフリ……寝たフリ……)

青年「ああ、もう、遅いからね」

騎士『ええ……』



賢者「おお、戻ったか」

騎士『おう。オッサン、どこ行ってたんだ』

賢者「少しな、水を汲みに行っていた」

青年(あの面の皮の厚さと無尽蔵なまでの体力が恨めしい……)

賢者「陛下、お持ちしました。どうぞ」

青年「あ、あぁ、ありがとう」


賢者から手渡された一杯の水を飲み干し、一息つく青年。

青年「……ふぅ、さてラル。君にも……伝えておくことがある」

騎士『……はい』

賢者「ついさっきは貴様のせいで言いそびれたからな」

騎士『う……、さ、さきほどはとんだ失礼を……』

青年「いい、気にするな。でだね……その、明日のことだけど……」


騎士『はい、我が隊は明朝荷物をまとめここより南西の方角に向けて出発し……』

青年「あ、あー……それがだね、ええと……」


賢者「はぁ……やれやれ、仕方ありませんなぁ」

賢者「ラル、お前はセライナ、ナディ、エミリア、クォートと共にここに残り、指揮をとれ」


騎士『……は?』

賢者「魔物の群れは移動していると考えていい、奴らの不可解な行動を見ればこの村が襲われる可能性もあり得る」

騎士『ま、待て、報告のあった村は……?』

賢者「それを俺達が偵察してくる。……滅んでいるかもしれんがな」

賢者「俺達はお前の馬と伝令用の早馬で出る。この村には碌な軍馬も残されておらんようだしな」

賢者「生存を確認した場合、すぐに連絡する。いつでも救援に向かえるよう準備しておけ」

騎士『おい、勝手に決めんなって。あんたらだけじゃ危険すぎる』

賢者「俺が信用ならんか、第一重要な時に職務ほったらかして逃げ出し、挙句の果てには女とむぐぐ」

青年「……余計なことは言うな!」


騎士『うぐ……そりゃ、それは悪かったと思うが……』

賢者「と・も・か・く、これは上官命令だ。背いたらどうなるか分かるな?」

騎士『…………了解、しました』

賢者「よろしい、ならば今日はもう寝ろ。俺も寝るぞ」


そう言って、賢者はベッドに身を投げる。

暫くして大きないびきが聞こえ始めた。


青年「あー……その、君があまりここに長居したくないのはわかっている」

青年「けれど、僕としては見過ごせないし、君にも故郷を守りたい気持ちがあるならどうか指示に従って欲しい」

騎士『解ってます。……すいません、少し疲れました。私も寝ます』

青年「ん、ああそうか、そうだね。僕も寝るとしよう、おやすみ」


重々しい鎧を脱ぐ騎士を横目に、青年はベッドに横たわる。

そして明日の安寧を案じ、眠りについた。




教官「では、お願いします」

青年「はい、お任せください」

教官「しかし貴方達だけで大丈夫なんですかねー?」

賢者「俺が付いとるのです、何も心配は要りませんよ」

教官「そこが一番不安なんです」

青年「大丈夫ですよ、多分」

少女「師匠ですからね、にこー」

賢者「信用ありませんなぁ……」


弓兵「けっ、俺らはお留守番か」

魔道士「仕方ありませんよ、馬がいないんじゃあ」

歩兵「…………」

天騎「私は付いて行かなくてもよろしいのですか?」

青年「あぁ、目立つからね。なるべく魔物に気づかれないようにしたい」

天騎「それなら、仕方ありません。いつでも駆けつけられるよう待機しておきます」

青年「頼むよ」

弓兵「しっかし、副隊長さんはどこ行ったのかねぇ?」


村の門の前に集った隊員の中に、騎士の姿はなかった。


青年「あ、あぁ、彼には少し用事を頼んであるからね」

教官「おや、そうなんですか」

青年「そうなんですよ、ははは」


賢者「……陛下、来ましたぞ」

青年「…………あぁ」

作り笑いを浮かべる青年、その肩を叩き賢者がそっと告げ口した。

賢者が指す人物、青年も姿を捉えた所だった。

遠巻きからこちらの集団の様子を伺っている。


「…………?」

だが目当ての人物がいないことを訝しんでいるようだった。

青年「すみませんが、あちらのお方は? お知り合いで?」

教官「……そのようですねー、シェリー! そんな所で何をしているんです!」

「あ……アンヴィルさん……」


教官「皆さん、紹介しておきます。我が村を代表とする踊り子、シェリーです」

踊り子「え、あ、いや……そんな大それたものじゃ……シェリーです。よろしくおねがいします」

青年「よろしく、所で何か僕達に用事でも?」

踊り子「えと、そのぅ……皆様のお仲間に、全身甲冑の騎士様がいたと思うんですが」

青年「う、うん、いるけど……それがどうかしたかい」

踊り子「私、その人に言わなくちゃいけないことがあって……! その……」

青年「それなら、あとで伝えておこう」

踊り子「それじゃ駄目なんです……直接言わないと!」

教官「……ふむふむ」

青年「くぅ……」


はっきりと言って、青年は気圧された。

彼女の意志の強い瞳は揺るがない。

だが戸惑う、騎士の過去を掘り返させるような真似をしていいのか

彼自身があれほどまでに拒絶していたものを……。


賢者「……陛下、これはいっその事」

青年「…………あぁ、わかっている。このままでは彼自身にも彼女にもよくない」


結局、賭けてみようという考えに至った。

投げやりだと思われるかもしれないが、選択するのは彼だからだ。

そこに、彼女という選択が含まれないのは少し悲しい。


青年「わかった、こちらで話の場を設けさせよう」

踊り子「ほ、本当ですか!?」

青年「あぁ、セライナ、ちょっとこっちへ」

天騎「はい?」


青年「……彼女、シェリーさんとラルを会わせるよう取りはからってくれないか、ラルには内緒で。そして絶対に逃げられないように」

天騎「え、そ、それは一体どうして」

青年「頼んだよ。責任は僕が負う、文句も後で聞こう」



青年「シェリーさん」

踊り子「はい」

青年「……貴方が彼とどういう関係なのかはよく知らない、だが」

青年「彼は今、とても不安定な状態にある。これが良い事だったのかも分からない」

青年「けれど……彼にとって、貴方にとって、この選択が正しかったと思いたい」

踊り子「……?」

青年「まぁ……ようするに、ちゃんと仲直りするようにね?」

踊り子「え、あの、どうして……」

賢者「よし、もういいですかな? そろそろ出発しないと早起きした意味がありません」

青年「そうだね」


呆気にとられる踊り子を尻目に、賢者と青年は馬に跨る。

そして青年は馬上から、今まで成り行きをぼーっと見ていた少女に手を差し出した。


青年「ほら、ティノア」

少女「……?」

青年「一緒に、行くのだろう?」

少女「……! はい、にこー」


少女は手を取り、引き上げられる。

青年の後ろにしっかりと座ると、腰に手を回した。


青年「では行ってくる」

少女「行ってきます」

賢者「土産、楽しみにしておけよ」

教官「……やれやれ、こちらとしては存亡の危機なのですから、もう少し真面目にやっていただきたいものですが」

教官「ご無事をお祈りしています」

歩兵「……いってらっしゃい」

弓兵「くたばんじゃねーぞー」

魔道士「お、お気をつけて!」


天騎「あぁ……私は一体どうすれば……いやしかし……だが……うむむ」




騎士「だぁぁ!! クソ!」

騎士「なんだって報告書なんざ書かにゃならねえんだ!」

騎士「……はぁ、ちょっと休憩すっかな」


コンコンッ

騎士「誰だ……?」

騎士『よいしょ……、どうぞー』

天騎「失礼する」

騎士『セラか……どうしたんだ』

天騎「偵察隊が出発したぞ……と言ってもたった三人、しかも一人は女の子だがな」

騎士『そうか、ありがとう』

天騎「…………」

騎士『……どうした?』

天騎「いや、何も言わないのだなと」

騎士『? どういう意味だよ』


天騎「お前、ただの女の子が危地に向かったんだぞ? 知り合いだったんだろ、心配じゃないのか」

騎士『ん、あぁ……まあそりゃな。大丈夫だろ』

騎士(あの嬢ちゃんだしな)

天騎「ふぅん……仲悪そうに見えてたが、信頼はしているんだな」

騎士『はぁ? 何の話だよ』

天騎「お前と隊長のことだ。二人は以前からの知り合いだと聞いていたから、少し心配していたんだぞ」

騎士『そんなことねえよ……で、それだけか?』

天騎「……本当は聞かずにおこうと思ったんだ、何だか疑っているみたいだからな」

天騎「だが、この際聞いておこう。彼らは一体何者だ?」

騎士『…………』

天騎「無名の者が一個隊を任されるとは思えないし、あの少女も謎だ。そして何より……」

天騎「マグナ・シュラインという名前、聞いたことがある。昔、黒獅子と呼ばれた者と同じ名だ」

騎士『……そうなのか?』


騎士(あんな奴にそんな大層な名前がねぇ……)


天騎「そうなのか? ……とはなんだ。とぼける気か?」

騎士『んなこと言われてもな……あいつらとは流浪してた時に知り合っただけだし……』

天騎「ともかくだ! 何か知っているんなら聞かせてくれ」

天騎「こちらとしては命を預けているんだ。本当に何も知らないのなら、せめてお前から隠し事はやめてくれと進言してくれないか」

騎士『…………あー、ま、言うだけならな」

天騎「……しっかりしてくれよ」


天騎「と、言いたいことはそれだけ……あ」

騎士『どうした? まだあるのか』

天騎「そ、その……だな。嫌なら別にいいんだが……」

騎士『なんだ、煮え切らねえな』

天騎「今夜……暇があったら、えと……広場まで来てくれないか?」

騎士『は……?』

天騎「嫌ならいいんだ! 嫌ならいいんだぞ!」

天騎「と、とにかく! 言ったからな!?」


ガチャッ、バタン

騎士『………………』

騎士『へ?』

つ づ く 。
なんだか二週間サイクルになってる
おっちゃん頑張るでぇ




あまり魔物の現れない街道で、二人は馬を走らせた。

森の中を通れば奇襲を掛けられた時逃げ場が無いからだ。

まず見つからない事が大事だが、接敵した場合のことを考えなければ彼らの冒険はここで終わってしまうだろう。


青年「……大分走ったな」

賢者「もうすぐでしょう、一度馬を休ませますか」

青年「そうだね、帰りを考えると一旦……」

賢者「地図によれば近場に川があったはずです」

少女「休憩ですか?」

青年「うん、ティノアも慣れない馬で疲れたろう」

少女「いえ……わたしはしがみついていただけなので……」

少女「フューリさんは……大丈夫ですか?」

青年「僕は大丈夫だよ。慣れているからね……あと馬も好きだし」

少女「そうなのですか」


賢者「こちらのようです」

青年「分かった」


賢者の先導に従い、脇道へそれる。

林を通り、少しすると小川のせせらぎが聞こえだした。


青年「よし、どうどう」

青年たちは手綱を引き、嘶く馬をなだめる。

賢者「ここまでくればあと一息でしょう。しかし……本当にここまで来る必要があったのでしょうか」

馬から降りる途中、賢者がそんな事を言う。


青年「そう言うな、無事か無事でないか、それだけは確かめなければならない」

少女の下馬を手伝いながら賢者を咎めた。



青年「しかし……調査隊はどうしたのだろうね」

賢者「さぁ……音沙汰も無いということは全滅でしょうな」

青年「…………まったく、君のそういうところは治らないのか」

賢者「……? 現実的なだけでしょう」

青年「まあ君らしいけどね……」


少女「わぁ……お馬さん、お水飲んでいます」

少女「……おいしいですか?」

馬「ぶるる……」

少女「おいしいのですか、おいしいのですね……ふふ」


賢者「ティノア……ここは既に敵陣の中、いつ襲われてもいいよう常に緊張感を持て」

青年「ま、まぁ、ここは安全そうだし……」

賢者「陛下! そんな甘ったれた思考が兵を殺すのですぞ!!」

青年「うっ……」


少女「なるほど……」

賢者「まったく最近の若者は意識が低くて困りますなぁ……ぐび」

青年「わ、悪かったよ……して、その瓶の中身は?」

賢者「む? 無論、酒ですが」

青年「……しばくよ」

賢者「飲まずにはやっとれませんから」

少女「師匠はよくお酒を飲みますね、そんなにおいしいのですか?」

賢者「うむ、お前も飲んでみるか」

青年「やめなさい」

賢者「はっはっは、おこちゃまにはまだ早いか」

青年「ティノアが酒に弱いのは知っているだろう……冗談でもやめてくれよ」

賢者「気をつけます、気をつけますとも」



少女「あ、もう十分みたいですよ」

馬「ぶるる」

青年「そうか、ではちょっと休憩したら出発しよう」

賢者「さっさと終わらせてしまいたいですしな」

青年「頼むから真面目にやってくれよ……よいしょ」


呆れ顔で手近な石に腰掛ける。

その時、何かに気づいた。


青年「……?」

足元に、黒い、インクをこぼしたような染みがあったのだ。

青年「これは……」

よくよく見るとそれは赤黒い、まるで

賢者「……血のようですな」

隣で賢者がつぶやく、点々とした染みは小川の下流の方に続いている。



少女「どうかしたのですか?」

青年「……少し、ここで待っていて。何かあったらすぐに隠れるんだ、いいね」

少女「はい」

青年「すぐに戻ってくる」

青年は鞘から剣を滑らせ、いつでも抜刀できる体勢に入る。


賢者「俺が行きましょう」

青年「……分かった、後ろは任せてくれ」

血痕を辿り、向かった先、そこはちょっとした丘の下にある洞穴であった。

青年「こんな所が……」

賢者「何かいるようですな。警戒を怠らずに」

青年「わかっている」


内部に足を踏み入れる、中はひんやりとしていて気味が悪い。

奥に向かって進んでいると、うめき声のようなものが聞こえ始めた。

それと共に水音も聞こえる。

青年「聞こえるか……? 誰か生存者がいるのかもしれない!」

賢者「陛下! お待ちください!」


先走り、前に行く青年。

だが横穴はそれほど深くは無く、簡単に奥へ達してしまった。


青年「……暗くてよく見えないな、誰か、誰かいるのか!」

「あぁ……ぅ……」

うめき声が鮮明に聞こえ、水音も大きくなる。

賢者「陛下!」


その後に続いた賢者が到着し、指先に火を灯す。

おかげでぼんやりと空洞内を見渡すことが出来た。


青年「っ!?」


そして気づく、水音だと思っていたのは血を啜る音で

うめき声をあげていたのは、生きたまま肉を剥がれ咀嚼され瀕死の状態に陥った男性だった。

青年たちに気づいているのか気づいていないのか、捕食者は男性の腕に齧り付く。

男性の姿はもう見るに耐えなく、綺麗に肉を剥ぎ取られた部分からは血色の骨が見えた。


鬼「ハグッ……グゥッ!」

賢者「陛下、ここは一旦……」

青年「こいつ……、昨日の!!」

賢者が静止するや否や、青年は抜刀し鬼に斬りかかった。


鬼「グォォォォッッ!?」

しかし硬質な皮膚に阻まれて決定打は与えられない。

賢者「クッ! 逃げますぞ!」

青年「馬鹿を言うな! まだ息がある!」

賢者「馬鹿はそっちだ! もう死んでいるのと変わらん!」


鬼「グァアゥ!!」

決定打ではない一撃を与えた、これが間違いだった。

なりふりかまわず撤退しておくべきだったのだ。

中途半端な攻撃が、食事中の鬼の怒りを買い、激昂させるに至った。

鬼は獰猛な瞳に怒りの炎を滾らせ、腐臭を吐き散らす喉奥から唸りをあげる。


青年「……っ、分かった」

歯ぎしりし、外へ続く道を行く。


鬼「ォォォォォォォオオオン!!!」

咆哮、地鳴り、焦燥。

振り返る瞬間、男性は既に息絶えていた。



 づ
  く

おつ!
地の文と会話文がいい塩梅で読みやすいな



青年「はっ……はっ……!」

賢者「こっちです!」

青年「あぁ……!」

鬼「グゥゥウ!!」


逃げる二人、追跡する鬼。

泥濘む足場を飛び越え、洞穴を抜け、馬を停めていた場所へと向かう。


少女「フューリさん?」

青年「ティノア! 逃げるよ!」

馬の毛づくろいをしていた少女に向かって叫ぶ。

鬼がここに居たという事は付近に他の魔物がいる可能性が高い。

包囲される前に一刻も早くこの場を立ち去るべきなのだ。


青年「手を!」

少女「はい」

馬に乗り、少女を乗せる。

そして驚く馬を宥め、すぐさま走らせた。


鬼「グォォォォオン!!」

賢者「見つかったか! 振り切りますぞ!」

青年「わかった!」

馬「ヒヒィィン」


青年「……マグナ、さっきはすまない」

賢者「……今は逃げる事が先決です、あとで聞きましょう」


少女「あれは一体?」

青年「あぁ、昨日のオーガだ」

賢者「いや、違います。奴は目に傷がない、別の個体でしょう」

青年「そうなのか?」

賢者「はい」

青年「……あんな奴が他に何体もいるとは、考えたくは無いが」

賢者「考慮すべきでしょうな」

青年「くぅ……」

後ろを振り向く、鬼は未だ追跡を諦めていないようだ。

昨日の鬼に比べ、相当執着心が強いようだ。

暫くして目の前に分かれ道が見え始めた。



青年「どっちだ?!」

賢者「右です!」

青年「右だな、よし!」

少女「……? 駄目ですフューリさん、真っ直ぐ走ってください」

青年「なん……っ!?」


少女の忠告の直後、背後に感じる危機感。

咄嗟の判断で馬の進路を変更した。

そして生じる衝撃波、轟音。

鬼が足を止め、大岩を放り投げてきたのだ。


賢者「陛下ーッ!」

青年「くっ……! 大丈夫か、ティノア!」

少女「わたしは平気です」


間一髪直撃は逃れたものの、分岐路で青年は左に、賢者は右にと逸れてしまう。

その上馬がパニックに陥り、制御が効かない。


青年「くそ、マグナとはぐれてしまったか……落ち着け、落ち着いてくれ!」

必死に宥めるも馬は言うことを聞かない。

挙句の果てには道を逸れ、林の中に突っ込んでしまった。

青年「屈んで!」

木々の隙間を縫って奥へ奥へと進む。

随分進んだ所で馬が急ブレーキ、後ろ足で立ち上がって嘶く。

その性で青年と少女は振り落とされてしまう、だが馬も何とか落ち着いたようだ。


青年「うぅ……へ、平気かい?」

少女「はい……ですが、師匠と離れてしまいましたね」

青年「あぁ、すぐに合流し――」


再び乗り込もうとする、しかし……

鬼「グルゥゥゥ……」

地響きと共に現れた鬼、その存在を察した馬は一目散に逃げ出してしまった。


青年「……追いつかれたか」

少女「とても怒っているようですね」

青年「怒りたいのはこっちなんだがね」

間合いをジリジリと詰めてくる鬼に対し、後退りながら青年は剣を構える。

少女も包丁を取り出し、いつものようにぼーっと鬼の動きを伺っている。

青年「……並大抵の魔物とは違う、気をつけて」

少女「油断大敵と言う奴ですね、わかります」

青年「来るよ!」



瞬発的に鬼は地面を蹴りだす、十メートルほどの間隔があったのにも関わらず、ほぼ一瞬で縮まった。

そして鬼の一撃、振り下ろされた硬い拳は安々と大地を砕く。

だがそんな大振りを黙って食らってやるはずもなく、青年と少女は鬼の脇をすり抜け回避した。

青年「馬鹿げた腕力だ!」

通り抜ける際に、青年は肩越しに渾身の力を込めて鬼の足に突き刺す。

鬼「ゴガァァア!」

上手く肉質の柔らかい部分を突けたのか、剣先十センチ以上が肉に埋もれた。

鬼は焼きつくような痛みに吼え、すぐさま退けようと腕で振り払う。

しかし青年はその攻撃を予測し、剣を前に振り下ろす要領で肉を斬り裂き、そのまま前転、回避行動。



青年「何とか一撃入ったか……ティノア! 目を潰してやれ!」

鬼の隙を狙って少女が跳び、一息で鬼の眼前に

そしてにこ、と笑う。

鬼「……ガァァァァァアアア!!!」

何が起きたかも分からず、鬼は痛む両目を手で抑えた。

少女は空中で身を半回転ほど捻り、一文字に鬼の両目を斬り裂いたのだ。

確かな手応えと共に鬼が激しく出血する。


青年「よし、いいぞ」

少女「えへへ」

その後バランスを崩すことなく着地、警戒し身構える青年の元に駆け寄った。

青年「これでまともに戦えないはずだが……」


顔面を手で覆い隠し、痛みに身悶え暴れる鬼を見て青年は言う。

追撃を加えたい所だが、無闇矢鱈に暴れまわられては危険だ。

落ち着き始めた頃合いを見て、追い打ちを掛けるのが無難……だが


青年「……っく、何を恐れている。止めを刺すには今が絶好のチャンスじゃないか」

青年「もしここで逃げられてしまえば、また奴は人を襲う……!」

決心し、青年は鬼の背後に回りこむ、乱雑な攻撃が一番当たりにくい角度から負傷した足を狙う。

うまく行けば重症を与える事ができ、動きを制限することができる。



青年は息を飲む。

そして剣の柄を両手で握り、脇を締めて突進と共に渾身の突きを繰り出した。

狙いすまされた一撃は、先ほどの傷口に深く突き刺さり

鬼は再び苦痛の悲鳴をあげた。


青年「よし……!」

鬼が立て直す前にありったけの攻撃を加える。

傷口を抉るように何度も、何度も剣でかき回し、突き立てる。

その都度血しぶきが飛び散り、青年を血で染め上げるのだが、彼は気にもとめない。


少女「フューリさん!」

そこへ、鬼の拳が飛ぶ。


青年「っ!? が、あっ!」

直撃こそしなかったが、あまりの衝撃に青年は一メートルほど飛ばされた。

だがその程度で済んだのは必然である。

無理な姿勢で、視界も奪われた鬼が反撃するには、少々厳しい状態だったのだ。

体勢を崩さない訳がない、その結果威力は半減したし鬼は前のめりに倒れる事になった。


少女「……よくも」

絶好のチャンスである。

手で受け身も取れず、地面に伏せようとした瞬間

少女が素早く懐に飛び込んできた。

いつもの無感情な瞳ではなかった。鋭い。眼光が軌跡を描いているように錯覚するほど。

鬼「……グ」

気づいた時には遅かった、流れるように与えられた致命傷。

鬼の首筋をぱっくりと斬り裂いた一撃。

大量の血流が迸り、もう悲鳴さえ上げることはできない。

潰れた目で鬼は少女を睨む、霞む視界の中で鮮烈な白が赤に染まる。


少女は鬼を見やる事もなく包丁から血を払い、青年の元へと走った。

 く づ つ

>>446
読みやすいなら良かった

あと暫く更新できそうにないんで短いけど投下しといた
すまんの


ずぅん、と巨体が沈む。

それは鬼の敗北を意味し、二人の勝利を物語った。

その様を見届けてから青年はゆっくりと体を起こす。


少女「お怪我はありませんか?」

青年「ん……、大丈夫だ。すまない、ありがとう……」

少女「いえ、お互い様ですから。にこー」


立ち上がり、体の感触を確かめる。大きな怪我はない、擦りむいた程度だった。


青年「うっ……」

だが外傷はそれだけでも、内に響いたダメージは相当であったらしい。

立ち眩みを起こし、思わず倒れそうになる。

少女「大丈夫ですか……?」


青年「は、ははは……情けないね」

そこを少女に支えてもらい、何とか背後の木の根に背を預けた。

青年「ありがとう……」

少女「どこか痛むのですか?」

青年「ちょっと頭痛が…………?」


腰を下ろし、手をついた時にふと何かに触れる。

ひんやりと冷たく、妙に弾力のあるものだ。

この感触には、覚えがあった。


青年「これ、は……」

血の気を失い、熱を失い、意志を失った……死体の感触だ。

よくよく見れば、丈の低い草むらには同じような死体が幾つも転がっている。

全て同一の衣装だ、調査隊のものだろう……鬼に捕食されていた人物も同じだった。


なるほど、と合点がいく。頭痛の理由はこれか、と青年は思う。

そして次の瞬間、急激に吐き気がこみ上げ、思わず嘔吐した。


青年「う……げぇ……」

少女「フューリさん……?」

青年「かっ……はぁ、はぁ……っ。構う、な」


少女が伸ばした手は所在無さげに宙をさまよう。

否、青年には届かなかった。

覚束ない足取りで青年は立ち上がり、剣を引きずって歩き出す。

向かう先は鬼の元。

少女はその様を見て戸惑う。


少女「あの……フューリさん……」

青年「あいつだ……、あいつが皆を殺した」

青年「村は調査隊が向かった時には既に全滅していた。人間はおろか家畜さえ残ってはいなかった」

青年「早々に引き上げ、一刻も早く報告すべきだと皆は考えた。だが調査を怠ってはならない」

青年「残ったものは生存者の確認を急いだ」


俯く青年、表情は伺い知れない。鬼の死体を見下ろしているのかと思ったがそうではなかった。

鬼はまだ生きていた。

息も絶え絶えな状態で。

焦点も定まらない双眸で見つめていたのは己の、生への執着ではなく、目の前にある生だ。

怒りを体現したような鬼には、憎しみをどのようにして晴らすか、という思考しか残されていないのだ。

青年はそれに気づき、憐れむよりも先にふつふつと憎悪が湧き上がるのを感じた。

高々と剣を振りあげる。



青年「しかし先鋒は殺された。さぞ無念だったろう」

真っ直ぐ、煌めく刃は鬼の首に向かって突き下ろされた。

躊躇いの無い一撃は肉を抉り、短い悲鳴と赤黒い血をひり出す。

青年「その後、後発も群れに襲われ全滅」

ニ撃目。

青年「皮膚を裂き、肉を潰し、血を啜ったのはお前だろう」

三撃目。

青年「何故無意味に人を殺す。何故お前などに殺されねばならない!」

繰り返される暴力。

青年「彼らが一体何をした! 答えろッ!!」


数えるのも億劫になりだした頃、何かが青年の腕をつかんだ。

咄嗟に剣で振り払おうとする、しかし自分が一体誰に、何をしようとしたのかを知り、その場に座り込んでしまった。


少女「もう……やめてください。どうしたのですか? フューリさんらしくありません」

青年「いや……なんでもない、すまない」

息を荒げた青年は目の前の惨状にようやく気づく。

ずたずたに割かれた肉片と、辺り一面に滴る血流。

原型を留めていない鬼の頭は、もはや首皮一枚で繋がっているという状態だった。

無論、この有様で生きていられる訳もない、数発で絶命していたのだろう。


青年「……マグナを探して村に戻ろう。彼らのことも報告しないといけない」

少女「帰るのですか? ですが、まだ生きている人がいるのでは……」

青年「生存者は、いないよ」

少女「でも、フューリさん言っていました。きちんと確認するまで諦めてはいけないと」

青年「もういいんだ!」

少女「……どうして分かるのですか?」




青年「前にも……言ったろう。僕は死んだ人と話が出来ると」


儚く笑って、そう言う。

死者と会話が出来る、その言葉で少女は初めて青年と会った日の事を思い出し、はっとする。

彼は確かにそう言っていた。しかし、彼女は心の奥底では信じていなかったのだ。

故に言葉を失った。


少女「…………」

青年「だから……行こう、早く合流しないと……僕らまでも、ああなってしまう」

それを感じ取ったのだろうか、青年は話を切り上げて踵を返す。

青年「…………こんな風にしか使えない僕に、これは果たして必要なのかな」


背後、遠くで葉擦れの音がした。

青年が自問する合間にも、異形の者による包囲網は完成しつつあったのだ。




騎士(謎だ……)

宿で報告書をまとめ、有事の際には増援を要求する書簡も作成した。

要するに暫くは暇になるのだ。考え事でもしたくなる。


騎士(あのセラがわざわざ俺に場所と時刻を指定して話をする、なんて今までにあったか? いや無い)

騎士(他の部隊員に聞かれたく無い話なんだろうが……)

騎士(フューリたちに関することじゃないし……今更何の話が……)


悩みながら、軽食でも頼もうかと食堂に降りる。

するとそこには食事中の天騎と歩兵の姿があった。

騎士『ん、おう。飯食ってたのか』

天騎「っ!!」

だが騎士の姿を見た途端、あからさまに動揺しそっぽを向く。


騎士『な、なんだよ。どうかしたか』

天騎「いいいや、なんでもないぞ……うん」

歩兵「……??」

騎士『なんでもないことないだろ。さっきと言い、何かおかしいぞ?』

天騎「そっ、そんなことはない! 私は至って正常だ!」

騎士『正常な奴が顔真っ赤にして叫ぶかよ……』

天騎「むむ……う、うるさいな。何でもないったら何でもないんだ」

騎士『わかったわかった……』

天騎「そ、それよりも、約束、忘れるなよな!」

騎士『お、おう……』


それだけ言うと、天騎はそそくさとその場を去っていった。


歩兵「……部隊内の不純異性交遊、隊長に要報告」

騎士『ばっ! そんなんじゃねえよ!』

歩兵「……知ってる。冗談」

騎士『あんた、そんな性格だったのな。いい性格してるぜ……』

歩兵「……ありがとう」

騎士『別に褒めてねえけど……』

歩兵「……副隊長は意外と隅に置けない。頑張って」

騎士『あ、お、おい……行きやがった……ったく』


騎士『…………不純異性交遊』

歩兵が言っていた言葉を口に出してみる。



騎士(ば、馬鹿か俺は! 何意識してんだ!)

騎士(セラは見習い時代からの仲だけど別にそんなんじゃねえし……)

騎士(第一セラにはあいつが……それに俺は、こんなだし……)

騎士(つーかまず俺に気がある訳ねえだろ! 何勝手に落ち込んでるんだか)

誰に聞かれた訳でもないが、騎士は自分の顔が熱くなるのを感じた。

騎士(……アホらし)


騎士『すみません、注文いいですか』




騎士『はあ……食後も何も手がつかなかった』

時刻は夕暮れ、まだ早いと思いつつも自然とその足は広場へと向かっていた。

騎士『……何だか、妙に胸騒ぎがするんだよな』

やるべきことは既に終わっているので、後は青年たちの報告を待つだけ。

本当は警備でも手伝おうかと思っていたのだが、今は天騎の用事が気になって仕方がない。

なのでぼーっとしながらブラブラと歩いていたら、いつの間にかそこは広場だった。


騎士『ま、いないよな』

かと言ってすることもないので、誰も居ないベンチを一人で占領した。

広場で遊ぶ子供たちを、全身甲冑の男が見守る。

傍から見ればさぞ異常な光景だろう。

実際、子供たちは不気味がって日が落ちる前にそそくさと帰ってしまった。

暇になって、空を見上げる。もう星が瞬く時間になった。

天騎はまだだろうか、と思った頃。背後から足音が近づいてくるのが聞こえた。

鼓動が早まるのを感じる。

足音が止まる。


踊り子「……あの、ラル?」

早まった心臓が一際大きく跳ね、止まる。そんな錯覚。


騎士『シェリー……どうして』

踊り子「ごめんなさい、どうしても貴方と話したくて隊長さんに頼んだの」

騎士『…………ハハ、一杯食わされたって訳か』


騎士『……で、何のようだ』

踊り子「アンヴィルさんにはもう話したんだけど……ラルには伝えない方がいいって言われてた」

騎士『……親父が?』

踊り子「でも、貴方がもう帰って来ないのなら、ちゃんと言って置かなきゃ駄目だって……そう思った」




踊り子「貴方のお母様は、私達がまだ小さい頃、病気で亡くなられたわ」

騎士『……は? いきなり、なんだよ。そんくらい俺だって知って』

踊り子「以前から体の弱いお方だったけど、ただの病気じゃなかったのよ」

今にも泣きそうな表情で、踊り子は言葉を紡ぐ。

この時点で騎士は、最も嫌な言葉を予想した。

騎士『おい……』

踊り子「止めないで……」




踊り子「貴方のお母様を殺したのは……私なのよ」


サァァと風が吹いた、いや、もしかしたら全身の血の気が引く音だったのかもしれない。

呆然と立ち尽くす全身甲冑を見て、踊り子は抑えきれず泣き崩れた。


つ づ く
忘れた頃にやってくる私です
もう何か色々忘れてそうだから読みなおして来るか



騎士『……冗談だろおい』

踊り子「本当、よ。薬を運ぶのは私の役目だったもの……」

踊り子「謝って済むことじゃない……けど、ごめんなさい……ごめん……なさい」

騎士『今更、んなこと言われたって……』

踊り子「許せないのは分かるわ、だから……何だってする! 私を好きにしていいから……」

踊り子「貴方の気が済むなら、この場で切り捨ててくれて……いいから」

踊り子「ごめんなさい……」

騎士『ふざけんなッ!』

踊り子「っ……」

騎士『お袋が死んだ時は……そりゃ悲しかった、けど、だからって俺がシェリーを殺せる訳無いだろ!』

騎士『シェリーには一度命を助けてもらったんだ……それを』


踊り子「違うの!!」


騎士としては、慰めていたのだ。だが踊り子の涙が収まることはない。

むしろ逆だった。悲痛な声は更に度を増していく。


踊り子「あの時……村が盗賊に襲われた時……」

踊り子「手引きをしたのは、私のお父さんなのよ……」


あれは騎士の齢が十を超えた頃だっただろうか。

突然、この村を賊が襲撃した。

騎士の父親が報告を受け、隊を組んで出発したすぐ後のことだった。

手薄になった守りをあっと言う間に崩され、侵入され、侵食された。

そこら中に殺人と強奪が蔓延る。悪夢だった。騎士自身殺されかけたのだ。

忘れようもない、彼が良くも悪くも変わるきっかけとなった、最悪の事件だ。


騎士『シェリーの……親父が……?』

踊り子「アンヴィルさんに嘘の報告をしたのもお父さん、盗賊に情報を与えたのもお父さん」

踊り子「そして……それを知っていて見逃したのは私……」

踊り子「貴方を助けたのだって後ろめたかったから」

騎士『…………』

踊り子「…………」

騎士『あの事件で、たくさんの人が死んだよな』

踊り子「……そうみたい、ね」

騎士『全部、知ってたのか』

踊り子「…………えぇ」


騎士『だったら何で俺に相談してくれなかった!!』

踊り子「……え?」

騎士『一人じゃ止めれなくても、二人でなら!』

騎士『……そりゃ、あん時の俺は頼りない弱虫だったかもしれない』

騎士『けど、お前を支えてあげるくらい出来てると思ってた……それはただの、俺の勘違いだったのか……?』

踊り子「そ、それは……」

騎士『やっぱり、俺はその程度にしか見られてなかったってのかよ……』

踊り子「違う、違うわ!」


背を向け拳を固く握る騎士に、否定の言葉を被せようとした時だった。


何かが砕け散る音、崩壊する音、物体が飛来する音が辺りに響き渡った。

騎士がはっとし、危機を感知する頃には、既に手遅れであった。

恐らく防壁の一部であろう、巨大な瓦礫が降り掛かってきたのだ。

この間数秒にも満たない。元々防壁に近い広場だ、更に直ぐ側で崩壊しては逃げる間もない。


騎士『危ねえッ!』


この時、騎士は踊り子に背を向けていたことを悔いた。

せめて彼女だけは守りきれたかもしれないのに。


視界が埋まる瞬間、目があった。

既視感を覚え、走馬灯が走る。

この目は、あの時の

騎士を庇って怪我を負い、崖下へ落ちていく時の、目に似ていた。




青年「ちぃぃッ!」

悪態をつきながら、正面の屍人を切り捨てる。

もう何体目だろうか、既に数えてすらいない。

少女「…………」

少女も先程から言葉すら発していない、黙々と包丁を振り続ける。

そんな余裕さえないのか、それともただいつも通りなのかは分からないが。

二人は今、屍人……グールの大群に囲まれている。

林を抜け、通りに出ようとした所で襲われたのだ。

個々の戦闘力は低く動きも鈍いものの、食らうと致命傷を受けかねない鋭利な長爪と、数の暴力によって苦戦を強いられていた。


青年「無事かい、ティノア」

少女「はい、フューリさんこそ」

青年「僕も……無事とは言えないな。怪我はないが何分この数だ。体力が持たない」

青年「万事休すといったところか……」



弱音を吐きながら、ちらと少女の方を見る。

いつもは魔物如きを相手にしても、返り血一つ付かない謎に包まれた少女。

だが今回は違った、きめ細やかな肌には血が跳ねているし、整った顔立ちからはどこか疲れが見て取れる。


青年(泣き言を言っている場合か! 僕には彼女をここまで連れてきた責任がある……!)

屍人「ぉぉ……ぉあァアア……」

青年「……このォ!」

実際そんな場合ではなかった、続々と集う屍人、これ以上増えられては逃げ場がなくなってしまう。

青年は右から近寄ってきた屍人の一体に袈裟斬りを食らわし


青年「薄い所から一気に突破する! 付いてきてくれ!」

後ろにいたもう一体ごと蹴り飛ばし、その上を飛び越えていく。

少女もそれに習い、軽々と跳躍する。

そして緩慢な動きで二人を捉えようとする屍人の腕を切断し、林の中に突っ込んだ。


青年「足場が悪いが、少し走るよ。いいね?」

少女「……はい」


足元には草が生い茂り、絡め取ろうとする。

だが奴らを撒くには都合がいい、捕らわれないよう慎重に且つ迅速に進んでいく。

少女はワンピースの長い裾が邪魔になるのか、腰の高さまで引っ張り上げて走っている。

ちらちらと見え隠れする白い太ももに、ついつい注意が行ってしまうが極力無視することにした。

下手をすればもっと奥まで見えてしまいそうだが……。

ふと視線を上げると、少女と目が合う。

いつも通り無表情なのだが、どこか心配そうな瞳をしている気がする。

青年を気遣っているのだろうか、そう思い、自分の未熟さを恥じた。



青年「大丈夫、こんな所でくたばらないさ」

少女「はい……」


結構な距離を強行し、時たま潜伏している屍人をどうにか対処しようやく安全そうな場所にたどり着いた。

青年「はぁ……はぁ、すまない。少し休憩してもいいかな」

少女「はい、わたしも少し疲れてしまいましたから」

青年(また気を使わせてしまったかな……)


他に気配が感じられず、伐採された後の切り株が残る、開けた場所だ。

だがすぐ側まで近づいてから気づく。何が倒れている。

瞬時に青年は木陰に身を隠し、様子を伺った。

少女「どうしたのですか?」

青年「……誰かが倒れているようだ」

少女「魔物の可能性はないのですか?」


青年「かもしれない……が。ん……あの服装を見てご覧、さっきの死体と同じだ」

少女「調査隊の皆さんなのでしょうか」

青年「そのようだね……だがこの距離では様子が分からない、近づいて見よう」

少女「気をつけてくださいね」

青年「うん、分かっている」


周囲を十分に警戒しながら歩みを進める。

一歩、二歩、慎重に。調査隊の一員の側にまで辿り着く。

依然、周囲に魔物の気配はない。

どうやら倒れていたのは中年の男性、口周りに酸化した血がこびり着いている。

息はない。


青年「……くそ」

思わず拳を地面に叩きつけ、悪態づく。


少女「……お話、聞いてみませんか?」

少女はそんな青年の側に膝を着き、土で汚れた手を優しく包み込んだ。その様はいつもと少し、様子が違っている。

青年「話……」

少女「はい、あなたにしか出来ないことです。この人も、あなたとお話が出来れば、きっと救われると思います」

青年「救われる……? 彼が……」

少女「こんな所で死んでしまっては、とても無念でしょうから……」

青年「……そう、かな」

少女「はい、そうですよ」

青年「分かった……やってみるよ」


いつもなら、絶対にしないこと。

死人の言葉が、恨みが心に突き刺さるあの感触を、もう味わいたく無いと思っていた。

ゆっくりと瞳を閉じて、冷たくなった体に触れて、意識を集中する。


少女「死ぬ……死……どうして、わたしは……?」

だからこそ少女の言葉に気が付かなかったし、周囲の土が盛り上がるのを見落とした。


青年「…………?」

少女「っ、フューリさん!」


突然、切羽詰まる声が聞こえ、何事かと立ち上がる。

そして次の瞬間には突き飛ばされていた。

揺れる視界、すぐさま起き上がり、状況把握に努める。


少女「ぅ……あ」

すると、ぶしゅっ

と音がし、目に映り込んできたのは

地中から現れた屍人の長爪に、腹部を貫かれた少女の姿であった。


純白のワンピースに、赤い血が染み渡っていくのが見える。

青年の、頭の中で何かが弾けるような気がした。



青年「ク……オォォォォオオオッ!!」

一瞬で地面を蹴り飛ばし、一瞬で屍人の首と、そして腕を切り落とした。

ぐったりとした少女を左手で抱き支え、突き刺さったままの爪を引きぬいた。

屍人の爪には毒がある、猛毒だ。

引きぬいたことにより出血が激しくなるが仕方ない。


青年「ティノア……ティノアッ! しっかりしてくれ……!」

上着を脱ぎ、少女の腹部に巻いて止血を試みる。

だが気休めにしかならない。

更に先ほどまで一切気配を感じさせなかった屍人が、一斉に湧いて出てくる。

青年たちは嵌められたのだ。この罠を使うためにここまで誘導されたのだ。

気づかなかった。知能の無い魔物と侮り、その場の包囲網から逃れることしか考えていなかった。

結果がこれだ、少女の命は風前の灯と言っていい。

青年は悔やむ、全て自分の責であると。


少女「………ぅ」

青年「待っていろ……今、今助けて……」

瞼を閉じ、時折苦しげなうめきをあげる少女に、声を掛けるしか出来ない。

無力さを呪う。だがくよくよしていられない。

少女を左腕で抱きかかえ、迫り来る屍人を切り捨てる。

体力は限界に近かったが、無我夢中であったため気にならなかった。


青年「くそ、くそッ!」


十体ほどの屍人を始末した後、体に限界が来たことをようやく悟った。

腕が上がらず、握力もほとんど失われている、それほどまでに酷使した。


戦闘続行は不可能である、ならば逃走しかない……が。

いくら屍人の動きが緩慢とは言え、この状態で逃げきるのは難しい。

死を覚悟する。それでも少女だけは助けたいと思った。


青年「……マグナ」

ふと、あの気むずかしい顔が浮かび上がる。彼ならこの状況を打破し、少女の毒と傷を癒すことができるはずだ。


青年「マグナッ!! 僕達はここにいるッ! 頼む、助けてくれッ!!」

その声は虚しく響き渡る。

青年「頼むッ!! ティノアを、この子だけは、助けてくれ……!」

必死に助けを求めても、何も変わらない。

青年は少女を木の根本に優しく寝かせ、左手で剣を握った。


着々と距離を詰める屍人たち、まるで手負いの獣の、悪あがきを恐れる人間のようだ。

なら青年は狩られる側と言ったところか。

ただでは、狩られてやらないが。


慣れない左手で剣を突き刺し、役に立たない右腕を無理やり体で振るい、殴打する。

何度も殴打する内に生爪が剥がれ、皮が剥けて血が滲む。

もはや感覚も無い。

意識も朦朧としだした頃、ふと気になって振り返る。

だがそこに少女の姿はなかった。

代わりに、少女の華奢な体を鷲掴んだ、隻眼の鬼の姿があった。


青年「き、さまは……ッ!」


先日、青年たちを襲った、あの鬼だった。


鬼「…………グゥゥ」

青年「やめろ……やめてくれ!」

鬼「…………」


悲痛な叫びに対して、鬼は軽く一瞥。

青年「待て……その子に触れるな……」


止めなど、雑魚にまかせておけばいいと、言わんばかりに背を向ける。



青年「待てよ……この……」

覚束ない足取りで追いかけようとする、だが一向に前に進まない。

ふらつく青年の背後から、屍人の爪がその体を抑えようと伸びる。

それにも構わず、無理やり前進し、結果として爪は皮膚を裂き、肉に食い込む。

毒が侵食してくるのが分かる。想像を絶する痛みだ。


青年「う……あ、くぅ」

そしてついに地に伏せた。

その上から屍人が、貪るように覆いかぶさってくるのが分かる。

人に対する憎しみを、健康な肉体を無残に食い散らかすことで発散するのだ。

限りない憎悪を

その憎悪を一身に受け

青年の意識は

ここで途切れた。

つ づ く よ





「うぇ……うぇぇ……」

遠い記憶の中で、一人の男の子が声をあげ泣いている。

理由はいつも様々で、その日は何故泣いていたのかわからない。

ただ、決まって慰めに来てくれるのは、一人の女の子。


「また泣いてるの? しょうが無いんだから」

「だって……だってぇ」

「いつまでも泣いてちゃ何も変わらないわ。だから泣き止んで……ね?」

「でも……」

「でもじゃないっ! 男の子なんだからしっかりしなさい!」

「うん……うん……」

「……もぅ、そんなんじゃわたしがいなくなった時、どうするの?」

「う……だ、大丈夫だよ」

「ホントに?」

「……ほんとだよ」

「むむ……ホントにホント? 二度と会えなくなっても?」

「それは、そんなの……」



男の子の目から一際大きな涙が溢れる。

それを見た女の子は面白いほど慌てた。


「じょ、冗談! 冗談よ」

「ほんとに……?」

「本当、だから泣き止んで、ね?」

「うん……」

「……しょうが無いわね、じゃあ、ずっと一緒に居てあげる」

「え……?」

「ずっと側に居てあげるから」

「本当に……?」

「本当よ」

「じゃあ、ぼくはシェリーをまもるよ」

「ええっ!? ラルが? 出来るかなぁ」

「できるよ! もっと、男らしくなってシェリーをまもる!」

「……わかった、約束ね」

「うん……約束」

「えへへ」

「ふふふ」



――

騎士『……はっ!』

意識が覚醒する。

それと同時に、両腕にかかる負荷を感じ、負けじと慌てて力を込める。

騎士の体は、騎士の意志と関係なく主人を押しつぶされないよう瓦礫の脅威からその体を守っていたのだ。


騎士『く……ぅ、おォォ!!』

そのことに感謝しながら、右拳を握りしめ、目の前の瓦礫を粉砕した。

砂埃が舞う。

新鮮な空気が欲しくなって、兜を脱ぐ。

破片が命中したのか、左側頭部が大きく陥没していた。

例え人の身ならざるこの肉体でも、頭を潰されていてはただでは済まなかっただろう。



騎士「……サンキューな、ランディ」

恐らく、守ってくれたであろう己の中の、もう一人の住人に礼を言う。

すると掲げた右腕でピースサインを作ってみせた。


騎士「って、んなことよりシェリーは……!?」


丈夫な自分のことより、生の人間である踊り子だ。

騎士は直撃コースだったが、踊り子は運が良ければ軽傷で済んでいるかもしれない。

瓦礫をかき分けながら、踊り子の名を叫ぶ。

だが姿も無ければ返事も無い。

嘆く前に声をだせ、諦めずに調査する。

しかしやはり誰もいない。

代わりに聞こえてきたのは、天馬の羽ばたく音。



天騎「ラル、無事か!」

騎士「……セラか。見ての通りだよ」


天騎は瓦礫の山を避け、天馬を軟着陸させる。


騎士「一体何が起きたんだ?」

天騎「分からない、上空から確認した限りでは、ここを含めて二箇所も防壁に穴を空けられている」

騎士「二箇所……ほぼ同時にか」

天騎「そのようだ。混乱に乗じて大量の魔物が流れこんできている」

天騎「やられたよ、堀があるから侵入してこれまいと思ったが、瓦礫と土砂で埋められた。魔物がこんなことをするなんて前代未聞だ」

騎士「昨日の奴らか……?」

天騎「かも知れない、城壁を破ったのは数体のオーガだったそうだ。頭を使う魔物も妙だが……」

騎士「……?」


天騎「この辺りの奴らは異常すぎる。ただ殺すだけならまだしも、女性を狙ってどこかへ連れ去っているようだ」

騎士「なんだって……!?」

天騎「だから私は、お前と……シェリーさんを探しにきた訳だが」

天騎「その様子だと……」

騎士「ああ……俺が気づいた時にはもういなかった」

天騎「くっ……そうか、だが連れ去られただけならまだ助かるかもしれない、死体も見つかってないんだろ?」

騎士「ああ、だが奴らは一体どこに……」

天騎「それならクォートが単独で奴らを追跡中だ。ちなみにエミリア、ナディはお前の父親と共に魔物の対処をしているぞ」


あの憎まれ口ばかり叩く弓兵が単独で。

その言葉に多少の不安を覚えるが、今はそんな場合でないことくらい、重々承知している。


騎士「……そうか、わかった。ありがとう」

天騎「とにかく、ここも危険だ。上から見えたがかなりの群れが押し寄せてきてるぞ……一体どこから湧いたんだか」

天騎「一度引こう、集会場に村民を避難させて、そこで防衛線を張っている。指揮を頼む」

騎士「……そこに親父はいるんだな?」

天騎「ん、ああ……一時的にだが指揮を執ってもらっている」

騎士「なら安心だ、そのまま親父に任せといてくれ」

天騎「な、何を言っているんだ! 元軍属とは言え今は一般人だぞ!?」

騎士「いいんだよ……そのほうが安全だからな」

天騎「第一、お前はどうするつもりだ! 隊長からは有事の際はお前から指示を受けろと……」

騎士「じゃあ命令だ。親父の指示に従え、そしてこの一角は俺一人に任せろ、援軍はいらない。親父にもそう伝えてくれ」

天騎「め、滅茶苦茶だ……お前の腕を疑う訳じゃないが、あの数相手に」

騎士「…………」


天騎「……わかったよ、根負けだ。お前は昔っから意地っ張りだったものな」

騎士「よく言われるよ」

天騎「ふふ……それじゃあ行くよ。……死ぬんじゃないぞ?」

騎士「ああ、絶対に死なねえよ」


ぽっかりと空いた防壁に向かって歩みを進める。

天騎「……ばか」

背を向けたまま天騎に手を振ると、小声で何かを言われた気がしたが、それは天馬の羽ばたきによってかき消される。

気にしない事にしよう。

騎士は抜刀する。背負った盾など邪魔にしかならない。捨てる。

顔を隠すだけの兜も邪魔だ、捨てる。

そして遠くに屍人の群れが見えた。


騎士「まずは……この村を守らねえとな……」


―――


教官「怪我人は奥へ! 戦える者は武器を持ちなさい!」


集会場の前に立って、教官は声を張り上げる。

突然過ぎる襲撃に、皆が混乱してしまわなかったのは彼への信頼の賜物だった。

的確な指示、迅速な情報伝達、お陰で被害は思ったよりも少ない。


教官「バリケードを築いて直接攻撃を避けなさい! 扉でも爪が刺さる物ならなんでもいい、動けなくなった敵を狙うのだ!」

歩兵「……怪我人運び終わりました」

教官「ご苦労様です、助かりました。次は防衛線の援護に回っていただけますか」

教官「私もここが落ち着き次第向かいます」

歩兵「……はっ、了解しました」




天騎「ただいま戻りました、防壁の損害は北東、南西に一箇所づつ。北東部でシェリーさんを見かけたとの情報ですが行方不明です」

教官「……そうですか」

天騎「それと、副隊長からの通達です。騎士団による指揮権を一時貴方に譲渡するとのことです」

教官「それで副隊長殿は?」

天騎「北東部敵侵入経路を単独で死守。増援はいらぬと」

教官「……ふふ、やはり周りが見えているようで見えていない」

教官「仕方ありませんねー。困った子です」

天騎「……はい?」

教官「いえいえ、こちらの話ですよ」

教官「とにかく、話はわかりました。ご期待に添えられるかはわかりませんが、その任引き受けましょう」


天騎「助かります。我々もその指揮下に入れとのことですが」

教官「ええ、しっかり働いてもらいますよー」

天騎「まずはどうするので?」

教官「取り敢えず数を減らさない事には動きようがありません。精鋭で群れの背後に周り、一気に仕留めます」

教官「その隙に守りを固め、我々で穴を塞ぎに行きましょう」

天騎「穴を塞ぐって……簡単に言いますがこの状況で補修作業が出来るとは……」

教官「問題ありません。策はあります」

天騎「分かりました、信じます」

教官「ひとまずはこの場をどうにかしなくてはいけませんね。話をつけてきます、貴方は隊員を集めてください」




魔道士「うぇ……まだ来ますよ」

歩兵「……魔法が使えるのは貴方だけ、頑張って」

魔道士「魔導書にも使用限度があるんですから、無茶言わないでくださいよぉ……」

天騎「皆、私たちは隊の指揮を外れ、アンヴィル殿の指揮下に入る」

魔道士「そ、そうなんですか? 副隊長はどちらに……も、もしかして!」

天騎「大丈夫だ、あいつは無事だよ。そしてこれは副隊長の命令でもある」

魔道士「それでどこに?」

天騎「単独で魔物の侵入を食い止めている」

魔道士「そんな! 無茶ですよ!」

天騎「……あぁ、私もそう思う。だから一刻も早くこの状況を打破する必要がある」


魔道士「ですけど……大丈夫なんですかね」

歩兵「……分からない、でもセライナの言う通り」

歩兵「……それで私達は何をすればいい?」

天騎「もうすぐアンヴィル殿が……」


教官「いやー、お待たせしました。信頼のおける者に任せましたからここは大丈夫でしょう」

歩兵「……指示を」

教官「弓を使える者を数名連れて来ました、屋根上から斉射してその隙に天馬で裏に回ります」

魔道士「でも、道は二つありますけど……」

教官「そうですねー……では一つは私が受け持ちましょう。残りは任せて構いませんね?」

魔道士「え、え……? 大丈夫なんですか?」

教官「ただし、数の少ない方にいかせてもらいますね。何分歳なものですから」

天騎「……ではお任せします」

教官「私の合図で斉射を開始します、エミリア君も屋根上からの援護をお願いします」

魔道士「は、はいぃ」


「アンヴィルさん、準備は整いました」

教官「わかった。ではセライナ君、お願いします」

天騎「はい……三人分、頑張ってくれ」

天馬「……ぶるる」



集会場前には軽い広場があり、石の塀が集会場を取り囲む用に築かれている。

塀を出れば左右前方に民家が続き、Y字路のように広がっている。

その前方の民家の上に弓を携えた村民と魔道士が

教官と歩兵、天騎は天馬に跨りスタンバイしている。


教官「よし、斉射開始!」

合図と共に魔道士による火球魔法、村民による弓の斉射が開始された。

教官「お願いします」

天騎「はい!」


天馬が大きく翼を広げ、羽ばたく。

その体は少しづつではあるが上空へと舞い上がっていく。


歩兵「……頑張って」

天馬は苦しそうに鳴く。

教官「右方の民家の影から回りこみましょう」


天騎は指示に従い、天馬を走らせた。

低空飛行し、影に隠れる。急上昇。

一気に屋根上を飛び越え、右側通路上空に差し掛かった所で教官は飛び降りた。


天騎「なっ!?」

一旦着地するつもりだったのだが、突然のことに驚きバランスを崩す。

だが、教官が着地と同時に一体の屍人を、長剣で真っ二つに斬り裂いたのを見て、何とか姿勢を保つ。


教官「そちらは任せましたよ!」


そこで斉射は止まり、後方の増援の屍人を足止めに移った。


歩兵「……あの人、強い。私達も、頑張ろう」

天騎「あ、あぁ……行くぞ」


歩兵も飛び降り、屍人の殲滅が始まった。

つ づ く
もうすぐ素麺の時期だよ(震え声)

今更だけど質問あったらおねしゃす、自分でも矛盾に気づいてないかもしれんし

冷や麦ってうどん?

おつー。せっかくだから質問
1.ラルとランディはどのくらい意思疎通できるの?
2.釜玉以外でおすすめのうどんは?

>>522 冷麦はぎりぎりうどん、wikiに書いてた

>>524
1:イメージが伝わる程度、と思っといてくだしあ
2:普通にぶっかけ、シンプルイズベスト。プラスげそ天とり天とか合わせるのが好き




ぱちっ

青年「…………」

賢者「目が、覚めましたかな……」

青年「ここは……マグナ? どうしてここに」

賢者「この、馬に聞いてください。位置を教えてくれたのはこいつ、ですからな」


ぶるる、と馬。逃げ出したように見えた彼は、必死に助けを求めに行ってくれたのだろう。

そうでなければ、今ここで青年が生きているはずがない。


青年「……ありがとう」

賢者「っ……はぁー……」

青年「マグナも、すまない。ありがとう」

賢者「いえ、当然のことをしたまでです」

青年「……大丈夫かい?」

賢者「腐るほど湧いてくるゴミを掃除して、慣れない奇跡を使えばこうもなります」

賢者「俺も、もう若くはないですからな」


青年「無理をさせたようだね……」

賢者「陛下が無理をなさらなければ、俺も振り回されることはないのですが……」

青年「……それは、反省してる。本当にすまない」

賢者「反省はしても、改める気はないのでしょう?」

青年「む……どういう意味だい」

賢者「その体で、今すぐにでもティノアを助けに行くつもりでしょう」

青年「…………」

賢者「全身痛むはずなんですが、そこらの成人男性が痛みで気絶するほどですぞ?」

青年「そんなことはないよ、君が完全に治してくれたじゃないか。ほら、ちゃんと動く」


支障はない、と言わんばかりに肩を回してみる。激痛が走った、顔が引きつる。

賢者「馬鹿をおっしゃるな、俺がしたのは傷を塞いだのと瘴気を抜いたことだけ」

賢者「本当はすぐにでも病院か教会に叩き込みたいところです」

青年「……だけどね」


賢者「わかっています。だから陛下は一言命令すればよいのです」

賢者「俺に任せると」

青年「……君こそ馬鹿を言うな。誰が君だけに任せるものか」

賢者「信用されていないのですかな……?」

青年「そういう問題じゃない。僕の責任だからだ」

賢者「…………」


黙りこむ賢者。続ける言葉も無く、青年は歩み始めた。

それに付き従う賢者。

程なくして青年が止まる、その先には調査隊の死体が一つ。


賢者「これは……調査隊の者ですか」

青年「うん、向こうにも大量の死体があった」

賢者「ということは全滅したようですな」

青年「……ああ、村の皆も手遅れだったらしい」


賢者「聞いたの……ですか」

青年「………聞こえたんだよ」

賢者「それで、どうするつもりで? まさかとは思いますが」

青年「ティノアを攫った連中の事について、何か知っているかも知れない」

賢者「ですが! ……お体に触ります、お止めください」

青年「…………」


だが、その静止を無視して青年は死体に触れる。

集中し、死体との対話を試みた。


青年「……ぐっ」

賢者「陛下!」


魔物に対する怒りと恐怖と、志半ばに倒れた無念さ。

その行き場の無い感情が冷たい奔流となって青年に流れこむ。


青年「違う……君の気持ちは、痛いほど分かる……けれど」

額に汗が浮かぶ。

青年「頼む、知っている事を教えてくれ……」


懇願。すると死体の記憶の一部が色を持って再生され始めたのだ。

更に意識を集中させる。


青年「…………」

賢者「…………」

青年「……ぶはっ」

息をするのを忘れるほど集中していたのか、溜め込んでいた空気を一斉に吐き出した。

賢者「何か、わかりましたか」


青年「……あぁ」

青年「どうやらこの人は、襲われた時一人だけ難を逃れたようだ。そして調査隊の一部も魔物に連れ去られたらしい」

賢者「ティノアだけでなかったと?」

青年「そのようだ。彼は単独で追跡し、殺害された……」

賢者「……位置は特定できますか」

青年「厳しいな、森の中……廃墟、いや元は病院か? ここからそう遠くない、はず」

賢者「ふぅ……そうですか」

青年「行こう」

賢者「一体どうするのですか?」

青年「オーガの痕跡を追う。森の中であの巨体だ、少し注意すれば分かる」

賢者「それに目標も分かってますからなぁ。可能でしょう」

青年「だったら早く行こう! 手遅れになる前に」

賢者「聞いているのはそういうことではありません。今の陛下では俺の足枷にしかならないのはお分かりで?」

青年「……それは、承知している」


賢者「人を攫う魔物など聞いたことはありませんが、ならば他にも要救助者はいるでしょうな」

青年「あぁ、その人達も助けなければならないな」

賢者「そう仰ると思いました。だったらどうするのです、たった二人でどうするのです」

青年「……む」

賢者「よおく、考えてください」

青年「潜入して解放……いや、駄目だな。グールはまだしもオーガからは逃げ切れない」

青年「少なくとも陽動と救出に人がいる、陽動には相当の……勇気と腕が必要だ」


賢者「その通りです、少しは周りに気を配るべきでしたな」

青年「そうだな……すまない」

賢者「分かればよいのです、では如何がいたしますかな?」

青年「……だが、僕は行くよ。じっとしてなんかいられない。救援を要請してくれ」

賢者「だと思いました。いいでしょう、陛下の御心のままに」




教官「さぁ、へばっていないで行きますよ!」

いくつも折り重なった屍人の山を後ろに、疲れ一つ見せない教官は声を張り上げた。


魔道士「ま、待ってくださいよぅ……」

天騎「はぁ、はぁ、かなりの敵を相手にしたんだぞ。よくやる」

歩兵「……私も、少し辛い。さすが」

魔道士「すみ、すみません……ちょっと僕」

教官「分かりました。セライナ君、エミリア君を乗せてあげてください」

天騎「了解しました。さぁエミリア、手を」

魔道士「ありがとうございます」

天騎「ナディ、徒歩でも大丈夫か?」

歩兵「……大丈夫、体は鍛えてる」

魔道士「貧弱ですみません……」

教官「ほらほら、行きますよ。また囲まれる前に用事を済まさないといけませんからね」



四人は集会場を後にして教官の先導により村を進んだ。

防壁の正門は南側、恐らくそこを目指しているのだろう。

大通りを避け小道を進む、暫くすると教官は何かを感じ壁に背中を預けその場にしゃがみこんだ。


歩兵「……どうしました」

教官「通信術式です、まぁ使えるのはほんの僅かなんですが……これはマグナからですね」

天騎「どうかしましたか?」

歩兵「……連絡受けている所、らしい。少し待って」

天騎「了解した」

魔道士「もしかして通信術式ですか!? ……凄い」

天騎「魔道のことには疎いが……そんなに凄いのか?」

魔道士「ええ、勿論ですよ! 転移ほどでは無いですけど、魔力の波に言の葉を乗せて指定した者の元に――」

天騎「あ、あぁ、取り敢えず難しいと言うことは分かった……」

歩兵「……それで、何を?」


教官「どうやら調査隊は全滅、調査対象の村も全滅だったようです。あちらでも拉致された人物がいるようですね」

天騎「やはり……」

教官「おおよそですが拠点を見つけたようです、森の中の廃墟、病院ですか」

魔道士「心当たりあるんですか?」

教官「……えぇ、なんとなくですがね」

教官「救援要請のようですが、防壁をどうにかしなければ話にならない。急ぎましょう」

天騎「はいっ!」

一行は再び進み始める。


歩兵「……正門で、一体何をするんですか」

教官「こんなこともあろうかと策を用意してあります、いけばわかりますよ」

教官「セライナ君、ひとまず先に正門の上に降りてください。私達も昇ります」

天騎「了解しました」


天騎「正門に着いたな、下はまだ危険だ。門の上に降りるぞ」

魔道士「で、でも、魔物もいますよ……」

天騎「ふふ、男の子だろ? 信頼しているぞ」

魔道士「ええっ! そんなこと言われても」

天騎「冗談だ、行くぞ」

正門の上に陣取る屍人共に火球の鉄槌と鎗の制裁が下る。


教官「始めたようですね、我々も急ぎますよ」

歩兵「……了解」

少し遅れて教官たちも到着、門番用の事務室の扉を開け、はしごで上へ昇る。

しかしその時にはあらかた片付いた後であった。

残りをさっさと片付け、四人は合流する。


天騎「片付きましたね」

魔道士「はぁ、はぁ……キツ過ぎますよ……」

歩兵「……お疲れ」

教官「はい、お疲れ様です。目的はこっちの部屋ですよ」

魔道士「……こっ、これは結晶石ですか!? 首都の防御結界に使用されている物ですよ!」


教官が鍵を開け、部屋の中が露わになった途端、魔道士が驚きの声を上げた。

目線の先にあるのは薄紫色半透明の結晶体、一メートルほどの大きさだろうか。神秘的な雰囲気を漂わせている。


教官「よくご存知ですねー、その通りですよ。と言っても数と大きさ、質でさえ劣っている二級品ですがね」

魔道士「でもでも凄いですよ! 一つだけでも年の国家予算の半分を占めるほど高価な――」

歩兵「……興奮するのは、わかる。けど今はそんな場合じゃない、わかる?」


魔道士「す、すみません……」

天騎「何だかよくわからない……」

教官「やれやれ、若いっていいですねー」

天騎「それで、結晶石というのを使ってどうするんですか?」

教官「床に描かれている術式と結晶石で、簡易ですか結界を張ります。強度は低いですが魔除けには十分な効果を発してくれるでしょう」

歩兵「……なるほど、その間に魔物の殲滅を補修作業を行うと」

教官「そういう訳です。そのためには術式を制御する魔道士が必要なんですが」

歩兵「……魔道士なら、ここに」

魔道士「ぼ、僕ですかっ!? 無理無理、無理ですよ!」

魔道士「こんなの制御したことないですし……魔力が持ちませんよ……」

教官「でしょうねー……なら他に」


天騎「わ、私も無理ですよ。これでも魔道はからっきしなんです」

歩兵「……言わずもがな」

教官「仕方ないですねー……いいでしょう、私が残ります」

天騎「それしかありませんね……面目無い」

教官「ですが私はここから動けません。どうか、この村をお願いします」

歩兵「……任せてください」

魔道士「僕も、精一杯、頑張ります!」

天騎「任務了解しました」


教官一人を残して三人は部屋を出る。

待たせてあった天馬に乗り込むと、先ほどの部屋を中心に何か温かい空間が広がっていくのを感じた。


魔道士「無事発動したようですね」

天騎「そのようだな」

魔道士「それにしても、三人も乗って大丈夫ですか?」

天騎「大丈夫だろう、エミリアは軽いからな」

歩兵「……心配なら、下歩く?」

魔道士「そ、それはあんまりですよっ! 死んじゃいますって!」

歩兵「……そう。じゃあ行こう」

天騎「ん、そうだな。すぐにラルの所に行きたいが、内部の敵をどうにかしないとな」

つ づ く (はあと
大体この章の三分のニ以上は終わったかな……あとちょい

僕も一味!



騎士「六十……! 六十一ッ!」

斬っても斬っても湧いてくる。

次第に騎士は、自分は何かこの世に存在しないものと戦っているのではないか

という錯覚さえ覚え始めた。


騎士「畜生ッ! きりがねえ!」

いくら人でない体を持つ騎士とは言え、流石に疲労が貯まる。

騎士「だがな……ここは通すわけにゃいかねえんだ!」

騎士「オラッ! 次かかって来いよォ!」


周囲を取り囲もうとした屍人を一蹴し、騎士は吠える。

するとその様子に怯んだのか、数体の屍人は後退を始めた。


騎士「あんだ……? ビビってんのかよ」

だが直後に見当違いだと言うことが分かる。

村の周囲を、まるで異世界に放り込まれたような空間が覆い始めたのだ。

一瞬、嫌悪感を覚えるが、それはすぐに喜びに変わった。


騎士「こいつは結界……、親父か! おせえよ!」

恐らく魔除けの結界だ。これで一応は村の安全が確保出来た。

安堵するのも束の間、騎士はたじろぐ屍人の中に一体だけ

他の物とは違った行動をする屍人を見つけた。


騎士「……なんだあいつ? もしかして……そうか」

騎士「行ってみる価値はありそうだな」

計画的に進められた襲撃作戦。

連れ去られる村人、どれもこれも魔物らしからぬ行い。

……思わぬイレギュラーのために、報告へ向かう事。

騎士「あいつら操ってるなにもんかがいるってこったろ」

簡単なことだ、そう考えると決断は早い。

騎士は辛うじて保たれた敵陣形を切り崩し、追撃を開始した。




……

意識が徐々に覚醒していく。

毒が抜けて行っているのか、重い瞼が微かに開いた。


少女「ん……」

踊り子「目、覚めた……?」

少女「……はぃ、おねえさん、は?」

瞳を動かして辺りを見てみれば、年季の入った石造りの部屋が見えた。

そして次に埃臭い臭いと、嗅いだことのある異臭が漂ってきた。

踊り子「騎士団の皆さんと一緒にいた子よね? 私はシェリー、貴方は?」

少女「シェリーさん……わたしは、ティノアです」

踊り子「そう、ティノアちゃん。よろしくね、でもどうしてここに?」



少女「わかりません……魔物に刺されて、気がつけばここに……っ!」

少女「フューリさん! フューリさんはどうなったのですか!」

踊り子「お、落ち着いて!」

少女「ですが……」

踊り子「貴方、毒に侵されたまま魔物に運ばれてきて、危険な状態だったのよ! 今は、自分のことを心配して、ね……?」

少女「…………」

踊り子「フューリさんってあの黒髪の人のことよね」

少女「はい……」

踊り子「なら大丈夫よ、きっと。貴方はあの人を信じていないの?」

少女「いえ、フューリさんは強くて、優しくて……」

踊り子「ふふ……だったら大丈夫よね? 信じましょう」

少女「そう、ですね……うっ」


踊り子「まだ動いちゃ駄目よ。一応治療はしたけれど、十分じゃないから」

少女「お姉さんが……? ありがとうございます」

踊り子「ええ、どういたしまして」

そう言って踊り子はにっこりと笑った。

少女「ところで、ここはどこなのですか?」

踊り子「……私にもよくわからないの。私も魔物に連れて来られたから」

少女「そうだったのですか」

踊り子「ただ……」


その時、建物内からこの世の物ではない劈くような悲鳴が響いた。


踊り子「……っ」

少女「今の声は?」

踊り子「わ、分からないわ……」

少女「凄い声でしたね」

踊り子「そう、ね」

少女「お姉さん? どうかしましたか? 震えていますが?」

踊り子「そう……そう、なの。ごめんなさいね、私、ちょっと……」

生気を失い青ざめた顔をしている踊り子は、震える腕を伸ばして少女の体を抱きしめた。


少女「むぎゅ」

踊り子「……少しだけ、お願い」

少女「分かりました」


再び断末魔が聞こえる。

少女「またですね」

踊り子の抱きしめる力が強くなった。


踊り子「そう、ね」

少女「お姉さん? ちょっと痛いですよ」

踊り子「あ、ご、ごめんなさい」

少女「いえ……それにしても、何だか不気味ですね」

踊り子「……!」

少女「先程から聞こえる声も……この場所も。お姉さんもやはり怖いのですか?」

踊り子「そ、そんなことないわ! ……そうよね、貴方も不安よね」

少女「……? どうかされましたか」

踊り子「何でもないの! 心配かけてごめんなさい」


踊り子(こんな小さな子だもの、怖いくないはずが無いわ。なのに私は不安にさせるようなことを……)

ぎゅっ

踊り子の震えが止まる、そして今度は、少女を優しく抱きしめた。


少女「あ……」

踊り子「もう平気、だから安心して」

少女「……お姉さん、暖かいですね」

踊り子「そうかしら? ありがとう」

なでなで

少女「……っ」


その暖かな感覚には、覚えがあった。


既視感を覚えた。少女は以前にも同じ経験をしたのだ。

荒んだ世界で、自分を受け入れてくれた女のことを思い出す。

強く、優しく抱きしめてくれた、母と呼べたかも知れなかった女のことを。

だが、あの時、あの女性はどうなったのだったか、知っているはずなのに、知らない。

いや、知っているのだ。知っているのに……。


少女「……あ、あぁ」

何かが脳裏を横切った。

その何かを思い出そうとして視線を下に落とす。

そこには真っ赤に染まった誰かさんの手と

空になった眼孔から、大量の蛆が湧いた赤子が抱かれていた。


少女「え……い、や……あ」

踊り子「どうしたの……?」

心配そうに声を掛ける踊り子

だが振り向くとそこには口から血を流した女の姿があった。


少女「お、姉……さん?」

慌てて腕を振りほどき、距離を取る。

すると女の全貌が明らかとなった。

切り開かれた腹部からは血と内臓がこぼれ落ち、下腹部からは白濁した液体が溢れ出ている。

土気色に染まった肌からは、もうあの暖かさを感じる事はできない。

少女が狼狽えていると、女は涙と唾液を垂れ流し、恨めしげに少女に手を伸ばした。


少女「いやっ……いや、いやぁぁぁぁぁあああああッ!!」

踊り子「落ち着いてっ!」

少女「ごめ、なさ……違うのです、わたしは……!」

踊り子「どうしたの! 私よ、分かる? 怖がらなくていいのよ」

少女「こんなこと、するつもりは……」

踊り子は錯乱する少女の肩を掴み、軽く揺さぶる。

踊り子「私を見て……? 何に見える?」

焦点の合わない少女の瞳を見つめる。

少女は拒絶するように暫く暴れていたが、ふと踊り子と目が合うと

脱力し膝を付いた。


踊り子「落ち着いた?」

少女「…………はい」

少女「もう大丈夫です、離してください」

踊り子「え……? え、えぇ」



踊り子(どうしたのかしら……何だか、さっきまでと様子が違うわ)

少女「ご迷惑をお掛けしました、お姉さん」

踊り子「い、いいえ、いいのよ」

少女「わたしはここから出ようと思います」

踊り子「え……だ、駄目よ! 危険だわ。第一扉には鍵が……」


ばきっ

静止の言葉を待たず、少女は扉を蹴破った。

そのまま部屋の外へ歩いて行く。

呆気に取られていた踊り子は慌ててその後を追うのだった。




弓兵「チッ……数が多すぎんな」

村人を連れ去っていく鬼、その後をつけてここまで来たはいいが、一人では分が悪すぎた。

指を咥えて見ているしかなかったのだ。

弓兵「クソッタレ……人質がいなけりゃすぐにでも駆逐してやるってのに……」


愚痴を漏らす弓兵、その時、遠くの茂みが揺れるのが見えた。

弓兵の現在位置は樹木の上だ、屍人程度になら勘付かれることはないだろう。

弓兵「……おいおい、あいつらこんなとこ何やってんだ?」

だがその人物は屍人ではなかった、何を隠そう我が部隊長殿である。

慌てて木々を飛び移り、背後から声をかけた。


弓兵「よぅ、お飾りさん」

青年「……! クォート! どうしてここに?」

賢者「俺もいるぞ」

弓兵「おっと賢者様も一緒だったか。かくかくしかじかってんだが」

弓兵は村が襲われた事、村人が連れ去られ、この施設に拉致された事、単身追跡を行なっていた事を説明した。


青年「何だって……?」

弓兵「やっぱあいつらは相当頭がぶっ飛んでるらしい、魔物が人を殺す以外のことをするなんてな」

弓兵「最近流行ってんのかねぇ」

賢者「脳などもとより腐っているだろう。恐らくは奴ら自身に考える能力など無い」

賢者「裏で奴らを操っている者がいる、そしてここにいる可能性が高い」



弓兵「ひゅぅ……そいつはとんだクレイジーな野郎だな」

弓兵「ところであんたらは何だってここに? 救援要請のあった村はどうした?」

青年「……あぁ、それだけどね」


青年は既に村は壊滅していた事、途中で魔物の襲撃にあった事、少女が連れ去られた事を告げた。

弓兵「……洒落になんねぇな」

青年「一応救援要請とこの場所は伝えたのだが……その様子だと救援は望めそうにないな」

弓兵「どうするよ、こんなの一個隊の手に追える代物じゃねぇぜ?」

賢者「かと言って放置する訳にもいくまい。下手をすれば全員死ぬぞ」

弓兵「……縁起でもねぇ、あんあクソ共に殺される位なら今すぐにでも首掻っ切って死んだほうがマシだね」

賢者「とてもそんな面には見えんがな」


弓兵「はん……で、どうすんだ?」

青年「奴らの目的は分からないが、わざわざ村を襲わせてまで人を捕まえてきたんだ。すぐには殺さないはず」

青年「だが僕らは随分と出遅れた。これは時間との勝負だ」

弓兵「この人数でか……」

賢者「陽動と救出を同時に行えればよいのだがな」

青年「……陽動には相当な能力と体力がいる。そして僕らにはもう余力がない」

賢者「何を言いますか、適任が居るではありませんか」

青年「まさか君がやるって言うのか? 馬鹿を言うなよ」

青年「ただでさえ君には力を使わせてしまって……」

賢者「違いますとも、俺も疲れるのは嫌いですからな」

賢者「よおく耳を済ましてみてください」

青年「……?」



ざ……ざっ……

聞こえてきたのは屍人の不規則な足音。

その方向に目を向けると、一体の屍人が道を進んでいた。


青年「……グールか、妙だな。いや、本来は普通なのかも知れないが」

賢者「そいつではありませんよ」

弓兵「あん? どういうこと……」


聞き返そうとした時、その屍人が左からの強襲によって吹き飛ばされたのが見えた。

そのまま両足を踏ん張って急停止した人影は

片手で剣を振るい、血を飛ばす。


青年「……ラル?!」

弓兵「はっ、そういうことかよ」



突然現れた騎士は、一括りにしたクセのある長髪を揺らし

再び走りだした、その先は廃墟。

青年達には目もくれない、気づいていないのだ。


青年「……なるほど、適任だ」

弓兵「おいおい、本当に大丈夫なのかよ?」

賢者「どうにかなるだろう。さもなければ皆お陀仏だ」

弓兵「チッ……正気かお前ら? 分の悪い賭けは嫌いなんだよ俺は!」

青年「ふふ、分の悪い賭けだからこそ燃えるのさ」

賢者「案外、それがポーカーのコツかもしれんな?」

弓兵「……ああそうかよ、是非参考にさせてもらうぜ畜生!」

つ→づ→く
今期アニメは豊作で忙しいですねぇ…



踊り子「ちょっと待って!」

少女「……? 何かご用ですか?」

踊り子「この廃墟の中には魔物はたくさんいるのよ!?」

少女「そうですか。だからなんだというのですか?」

踊り子「本当にわかってるの? 今は無事だけど、捕まったら何をされるか……」

少女「あの場所にいても同じです」

踊り子「そうだけど……」

少女「わたしは死ぬ訳にはいきませんから」

踊り子「……それは、私も」

少女「でしたらあそこにいる必要はありませんね」

踊り子「…………わかったわ、私も一緒にいきます」


少女「お姉さんもですか?」

踊り子「ええ、貴方を一人にする訳にはいかないもの」

少女「そうですか、そうですね。お姉さんが死んでしまったらラルさんはきっと悲しみますから」

踊り子「え、あっ、し、知っていたのね」

少女「はい。お二人がお話していたのを見ましたから」

踊り子「そ……そう」

その時、先ほどの悲鳴が通路に響き、緊張感を走らせた。

踊り子「と、とにかく、慎重に行きましょう」


壁に賭けられていた松明を手にとり、少女の前を進む。

窓が一切無い所や、どこからか水音が聞こえる辺り、どうやら今いる場所は地下らしい。



踊り子「……どこから上がるのかしら」

階段を探していると、後ろから声を掛けられた。

少女「お姉さん、向こうの部屋から声がします」

踊り子「生きている人が他にもいるのね」

少女「こちらです」

踊り子「分かったわ」


恐る恐る、建て付けの悪くなった扉を開く。

鉄の冷たい感触が手のひらを介して伝わり、妙に粘っこい手汗が吹き出てくる。


踊り子「……っう」

まず開いた瞬間、筆舌に尽くしがたい、悪臭が二人を襲った。

少女「この部屋、臭いますね」

次に、うめき声が聞こえ、踊り子は慌てて内部を松明の光で照らす。

そして後悔した。



踊り子「きゃ……ぁ」

ちらと見えた異物を見て、思わずあげそうになった悲鳴を両手で無理やりねじ込んだ。

落ちた松明を少女が拾い上げ、その全貌を明らかにする。


この部屋はまるで牢獄のようであった。

壁に繋がれた無骨な手枷と鎖。床に穿たれた足枷。

むしろ牢獄と言うのが妥当である。

そして幾つかの邪悪な金属には、人が、人と呼ばれていた者が繋がれていた。


踊り子「ひどい……ひどすぎる……」


目を覆ってしまいたくなる。

それもそのはず、鎖に繋がれていたのは全て女性で

不自然なまでに膨れ上がった露出した腹部は、時折思い出した様に蠢いていたのだから。

皆、目は虚ろに空を見つめており、顔は涙と涎でぐちゃぐちゃだった。


少女「皆さんお腹が膨れていますね、赤ちゃんが生まれるのでしょうか?」

踊り子「…………」


「あ……う」

放心していた踊り子は、微かな声にはっとした。

まだ生きている人がいるのだ、その声の主を探す。

声の主は、手枷と足枷を嵌められ、部屋の隅で崩れ落ちたように座り込んでいた。



踊り子「もしもし……、聞こえますか?」

「……だ、れ?」

踊り子「私はシェリーと言います、助けに来ました」

「たす、かるの……?」

踊り子「はい、ですから……意識をしっかりと持ってください」

「……だめ、わたしはもうだめよ」

踊り子「まだ諦めては駄目! きっと助かるから……」

「でも……あなたたちまで、きけんなめに……」

踊り子「それでも、見捨てるなんて出来無いわ!」

踊り子「すぐに助けも来ます、騎士団の人もいるし、アンヴィルさんが……」


少女「お姉さん、どうして嘘をつくのですか?」

踊り子「う、嘘だなんて……私は」

少女「助けが来るかどうかはわかりませんし、わたしたちもあなた達のように捕まった者です」

「……そ、う」

少女「それにあなた達の様子では、助からないとわたしは思います」

踊り子「なんで……そんなことを言うの……」

少女「? 本当のことを言ったまでですが」

踊り子「……貴方っ」

「いい、の……もうわかってる、から」

踊り子「だ、だけど」


少女「……下手に希望を与えてはいけないのですよ」

踊り子「え……?」

「あ、ぅ……くあっ」

儚い笑みを浮かべた女性は、突然の苦痛に顔を歪めた。

膨れた腹部の脈動が、活性化しているのだ。


踊り子「う、生まれる……?」

「はっ、く、う……ね、あなた……お、ねがい……わたしを、ころして」

少女「……っ」

踊り子「でもっ!」


「おねがい、よ……ばけもののこどもなんて、ぅ、うみたくないの」



踊り子は、全身の皮膚が粟立ち、喉がきゅぅっと絞まる感覚を覚えた。

涙に濡れた女性の瞳が、その言葉が、体に刻まれた屈辱を物語っていた。


踊り子「そんなこと、私には……でも、でもでもっ!」


腰が抜けて立つ事が出来ない、そんな踊り子の横で少女が包丁を取り出したのが見えた。

少女はそのままゆっくりと女性に近づき、包丁を掲げる、が。


踊り子「――待って!」

踊り子「私が、やります」

と静止が入った。その言葉に少女は少し驚くも

少女「……わかりました、どうぞ」

頷き、包丁を手渡した。

そして震える切っ先は



「ありが、とう」

にこりと微笑んだ女性の首筋に突き立てられた。


踊り子「あ、あぁ……」

鮮血が迸る、即死とはいかないまでも、直に意識はなくなり悶え苦しむ事無く逝けるだろう。

しかし、母体が死んでも、腹の中にいる忌み者は至って健康なのだ。

栄養を供給しなくなった母体に見切りをつけて、外界へ出ようとする。

その体を、死体の腹部ごと貫いた。

ぶじゅぅ、と水が抜けるような音が続いた後、ピタリと動きがとまる。


そうして二つ分の命が消え、牢獄に少しの静寂が戻った頃、どこかで地響きが鳴った。

踊り子は血と涙に濡れた顔で天井を見上げる。

その瞳には、先ほどまでの迷いなど、一切残っていなかった。

つぅ づぅ くぅ
短い上に不定期でスマンが堪忍な

うどん県に対抗してきた県についてどう思うのさ


……


騎士「クソッタレが! ここにいるのは分かってんだ! とっとと出てこい!」

屍人を追いかけてたどり着いた先は廃墟であった。

ここに全ての元凶がいる、そう考えると叫ばずにはいられない。

だが騒ぎに釣られて異形の者が動き始めていた。


騎士「またうじゃうじゃと……!」

騎士「目障りなんだよッ!」


近場の屍人を切り捨てて前を見据えた。

森の中に建つ、朽ちかけた廃墟。

騎士はこの廃墟の事を聞いたことがあった。


騎士(昔っからここにだけは近づくなって言われてたな、俺は行ったことなかったが……)

しかし数人の好奇心旺盛な子供が忍び込み、こっぴどく叱られていたのを覚えている。


騎士(一体こん中で何が行われてるってんだ……? シェリー、無事でいてくれよ)


ズゥン……ズゥン

敵に包囲され、身動きが取れなくなる前に廃墟に突っ走ろうとした時だ。

木々を掻き分けて、あの鬼が姿を現した。


鬼「シィィ……」

片目に傷のある個体、以前騎士が傷つけたものだ。

ヤツはこちらを見据えた瞬間、嬉しそうな、凶悪な笑みを浮かべた。


騎士「厄介な奴が来たな……」


汗が噴き出るのを感じる、焦りもあるが、何より恐怖を感じた。

もう周りの雑魚など目に入らない、今騎士の目の前で存在感を放つ鬼だけを意識した。

睨み合う双方、行動を起こしたのは鬼が先だった。

大きく跳躍し、振り下ろした拳が地を砕く。


騎士「今はテメェの相手してる場合じゃねえが」

奴を無視出来るはずもない、咄嗟に後方へ大きく飛び回避。

騎士「やるしかねえか……!」

直後、土煙から姿を現した鬼がラッシュをかける。

だが騎士はそれらを軽々と避けていく、途中、周囲にいた屍人が巻き込まれていくのが見えた。



騎士「見境無しかよ!」

鬼「ガァァァッ!」

苛立ちを隠せない鬼が雄叫びをあげる、危機感を覚える、次は強烈な一撃が来る。

背後に逃げようとする、しかし騎士は追い詰められていた、すぐ後ろには樹木が生い茂っていたのだ。

騎士「まっず……!」

頭の中が一瞬、真っ白になる。

だが、次の瞬間には鬼の股ぐらを前転で通り抜けていた。

勝手に体が動いたのだ。


騎士「あぶねえ……また助けられたな、サンキュ」

騎士「でも、逃げてばっかじゃ意味ねえよな!」

驚いた鬼がこちらを振り向くその前に、距離をとった。



鬼「ぐ、ガ、グゥゥ」

騎士「うぉぉぉぉッ!!」

そして潰れた屍人の残骸を、鬼の頭部に向けて投擲。

鬼がそれを難なく振り払った後に

残骸の影に隠れていた剣が、鬼の眉間に突き刺さった。


鬼「ギャァァァォオオオ!?」

騎士「上手く行った……ッ!」

致命傷は与えたはず、それなのにも関わらず

鬼はその丸太のような腕を騎士に向けて振るったのだ。

驚いた騎士は、思わず左腕で庇う。

鈍い痛みと共に嫌な音がするのを感じた。



騎士「……いっづぅ! 盾、持ってきとけば良かったな」

鬼「グアァァォゥゥウウ!!」

上手く急所を付けたのか、額から大量に出血している。

だが、鬼の生命力を侮ってはいけない、もしもの事がある。

そう思い、膝を着き、呻いている鬼の元へと向かった。

様子を伺っているのか、他の屍人は微動だにしない。


鬼「ヒュー……ぜ、ヒュー」

大量出血している、今なら止めを刺すのも容易いだろう。

騎士「……なぁ」


鬼は血に濡れた黒い眼を、張り裂けんばかリに見開いて騎士を睨めつけていた。

自分は今から殺される、なのに鬼には恐怖よりも怒りしか残っていなかった。

この悪魔には、死以外に怒りを忘れさせることは出来やしない。

しかし


騎士「あんた、これで手打ちにしてくれねえか?」

騎士「もう二度と人を襲わない、そう約束してくれりゃここであんたを殺すこと無いんだ」


そんな悪魔に対して、目の前の、憎むべき人間が何かふざけたことを言っている。

それが如何におかしな事かは、冷静さを失った鬼にもわかった。


騎士「……言葉、ちょっとは分かるんだろ?」

騎士「魔物が全員が全員悪いって訳じゃねえのは知ってる」

騎士「現に俺も人間じゃねえ、魔物に近い……つか魔物だな。見ろよ、こうやって頭が簡単に取れるんだ。分かって貰えるよな」

騎士「そんな俺から提案だ、あんたらがもし誰かに操られてるってなら俺は今からそいつをぶっ飛ばす」

騎士「だからよ、何もここであんたが死ぬことは――」


ずぅん

騎士の説得、それを全て言い終える前に

鬼の巨体が地に伏せた。


騎士「…………」

そいつは目を閉じて、眠ったように死んでいた。

騎士「馬鹿みたいなこと、言っちまったな」

騎士「こんなことで、一体何になるってんだ……」


……


踊り子「…………」

少女「これで全員ですか?」

踊り子「そうね」


牢獄内にいた、計五人の女性。

彼女達は全員事切れており、だが目立った外傷も無く冷たい床に寝かされていた。


踊り子「誰一人、救う事ができなかった」

少女「そうでしょうか」

踊り子「え?」

少女「少なくともこの人達は、あなたに感謝していると思います」



全て踊り子が介錯をし、その上奇跡によって傷を塞いだのだ。

踊り子「そうかしら……」

肉体を冒涜され、陵辱された女性達への、せめてもの手向けだ。

無駄な事だと分かっているし、自己満足にすぎないということも理解している。

だが踊り子はそうせずにはいられなかったのだ。


少女「ですが、かなり時間をかけてしまいましたから……」

踊り子「?」

突然黙りこくった少女をみやり、その視線が向けられている先

半開きになった牢獄の扉に目を移した時、踊り子は息を止めた。


屍人「……ァ、アア」

踊り子「グール……!」


見つかった、牢獄には逃げ場など無い、非常にまずい。


少女「お姉さん、それを返してください」

踊り子「駄目……危険よ」

少女「ですが」

ひたひたと二人に近づいてくる屍人、対して踊り子は唯一の武器である、頼りない包丁を構えた。

少女「お姉さん」

踊り子「ここは、私がどうにかしなくちゃ……」


だが踊り子はまともに戦った事のない民間人、最悪の結果になるのは明白だ。

にも関わらず、引くことはしない。

踊り子「はぁぁぁっ!」

先制の一突き、しかし狙いは外れ屍人の肩に突き刺さる。


屍人「ァァアア」

踊り子「そんな、きゃっ……」

その程度では屍人は怯まない。返しの毒爪が踊り子に襲いかかる。


踊り子「……! え……?」

前に、屍人の頭部から剣の切っ先が姿を覗かせていた。

青年「無事か!?」

崩折れた屍人の影から現れたのは青年であった。

随分急いだのだろうか、相当息が上がっている。


賢者「探すのに苦労したぞ」

弓兵「うげ……なんつう臭いだ……」

踊り子「あ……」

青年「何とか間に合った……ようでも無さそうだね」



松明の光に照らされた、事切れた女性達を見て、青年は苦虫を噛み潰したような顔になる。

青年「……くそっ」

少女「フューリさん」

青年「ティノア……? 君も無事だったか、怪我は……?」

少女「怪我はもう心配ありません。お姉さんが治してくれました」

青年「そうか……シェリーさん、ありがとう」

踊り子「いえ……そんな、頭をあげてください。私は当然のことをしたまでですから」

踊り子「私も、助けて頂いて……ありがとうございます」

青年「僕達こそ当たり前のことをしたまでだよ」

賢者「隊長殿、あまり話をしている場合では」

弓兵「いつ死に損ない共がくるかわからねぇ、とっとと行くとしようぜ」



取り敢えず一行は牢屋の外に出た。死体はのちに回収するとして、今最優先すべくは生存者の捜索だ。

青年、弓兵、踊り子と賢者、少女とに別れ、捜索を開始した。


青年「無事ですか!」

扉を強引にこじ開けると、そこには三人の女性が幽閉されていた。

踊り子「もう大丈夫ですよ。安心してください」


賢者「こっちで最後のようですな」

青年「よし、一度一部屋に集めよう」


踊り子からあの惨状を聞いた青年は、ある程度の覚悟をしていたのだが

発見された村人は至って正常であった。



青年「……これだけか」

全員を集めてみた、数は十名。

両の村を合わせると連れ去られた人数はもっといたと思われるが。

青年「これだけしか助けられなかったのか……!」


弓兵「他の奴らは……チッ、考えたくもねぇが」

賢者「既に魔物の肥やし……か」

青年「……滅多なことは言うものじゃないぞマグナ」

賢者「失礼しました」

むすりとしている賢者を窘めていると、通路から踊り子の短い悲鳴が聞こえた。

少し通路の様子を見ておくと言って部屋を出たのだが……


青年「あらかた魔物は始末したと思っていたが……急ごう!」


弓兵「どうやらその必要は、無い見てぇだ」

少女「大丈夫でしたか、お姉さん」

踊り子「え、えぇ……ごめんなさいね」

少女「いえ、いいのですよこれくらい。にこー」


通路を覗いてみると、腰を抜かした踊り子と

屍人の首を裂いたであろう少女がいた。


青年「…………」

弓兵「おいおい姉ちゃん、あれほど気をつけろっつったろ?」

踊り子「すみません……それにしても貴方って強いのね……」

少女「そうでしょうか?」

踊り子「そうよ、何だか私、邪魔ばかりしてたみたいね」

青年「そんなことはない。君がこの子と一緒にいてくれて安心した」


賢者「まあ、次から気をつければいい。今は先を急ぐぞ」

弓兵「そうだぜ。この人数で十人を護衛しながら魔物の巣窟から抜けださにゃならねぇんだ」

青年「あぁ……その件だが、護衛はマグナとクォート、二人に頼みたい」

弓兵「はぁ!? 正気か?」

青年「今はラルが暴れてくれているはずだ。それでも厳しいだろうが二人になら……」

賢者「それで、隊長殿は一体どうするおつもりで?」

青年「僕は……この元凶となるものを探す。一連の騒動の裏には絶対何かあるはずだ」

弓兵「だけどなぁお飾りさんよぉ!」

青年「分かっている、今は皆を助けることが最優先だという事くらい」

青年「だけど……僕はここでそいつを見逃すことは出来ない、これ以上被害者を増やさないためにもだ」


踊り子「だからといって、一人では……」

青年「必要以上に護衛の数を割きたくはない、僕一人で行く。例え失敗しても時間稼ぎにはなるだろう」

少女「いえ、そういう訳にはいきません。わたしも一緒にいきます」

青年「君が……?」

少女「はい」

青年「君が本当に、手伝ってくれるのか?」

少女「どういうことでしょうか?」

青年「いや……分かった。なら頼む」


弓兵「……俺ぁまだ納得いかねぇが。隊長殿の命令とあらば聞かないわけにゃいかねぇ」

弓兵「小隊初の死者が隊長なんつぅ間抜けなことはやってくれんなよ?」


青年「善処する。……頼んだよ、マグナ、クォート、シェリーさん」

賢者「まったく仕方ありませんなぁ……」

踊り子「私も、やれることはやってみます。ですから……お気をつけて」


青年「うん、……行ってくるよ」

少女「行ってきます」


牢屋から二人が出て行く。

この施設内に必ずいるであろう、全ての元凶を探しに。

まずは地下からあがる、朽ちかけた施設は天井にある吹き抜けのおかげで明るい。

松明の火を消し、捨てた。



青年「この施設は案外広い。地下を見つけるまでに軽く探索したがほとんど見回れていない」

青年「だがどこかに親玉がいるはずだ、それを探して叩く」

少女「そんな簡単に見つかるものなのですか?」

青年「見つけるしかない」


青年はあてもなく歩く、廃墟とかした病院の中を。

だがその実、瞳はあるものを探していた。


青年「……臭うな」

少女「何がですか?」

青年「こっちだ」


突然、青年は迷わず進み始めた。

そして青年が探していたものが見つかる。



少女「死体ですか?」

青年「……あぁ」

折り重なる用に積まれた損傷の激しい幾つもの死体。


青年「こんな隠れた廃墟を拠点にして、何人もの人を拉致し幽閉する」

青年「しかも囚われた女性の胎内では魔物が育てられていた。考えたくは無いが人に魔物を産ませる」

青年「その実験をここで行っていたんじゃないか……?」

少女「…………」


爪を全て剥がされた死体、眼球を繰り抜かれた死体、腕と足を切断された死体、腹を裁かれ中身を抜かれた死体。

間違い無く、彼女らは実験の被害者だ。

その内の一つに青年は触れた。


少女「何を……」

青年「……"君"には言ってなかったかもしれないね」

少女「わたしには……?」



青年「僕は死んだ人と話が出来る。何故だか分からないが、何故だか分かるんだ」

少女「それは一体どういう」


少女は、はっと驚き、青年の触れた死体から光の粒子が

目に見えるはずの無い光が放たれるのを見た。

青年がすぅと息を吸う、表情は平静を装っていても滲み出る脂汗がこの行動の壮絶さを物語る。

地獄のような拷問と実験の後に捨て去られた、人の気持ちが全て分かるのだ。

生者には味わう事の出来ぬ苦しみを。


青年「……ありがとう。ゆっくりとお休み」

だが青年は耐えきった、死体の手を握りしめ、何かをぽつりとつぶやくと、光の粒子が拡散していくのが分かった。

それと同時に青年はゆっくりと目を開き

笑わない少女に、青年は問うた。


青年「……君、ティノアじゃないよね?」


対し、少女は

少女「どうしてわかったの?」

くすり、とおかしそうに笑った。

つ づ く
次回ついに明かされる少女の真実……!
再来週くらいにまた見てくれよな!

あと>>581って何県なん?

乙!

いいねえ、上手いというなんというかもはや誰が主人公かわからないぐらい個々のキャラが生きてる

>>604
対抗ってほどでもないと思うが高知県だと

>>607
嬉しいこと言ってくれるじゃないの
>>608
まあ高知さんには色々お世話になってるんで……



青年「あの子は、そんな笑い方はしない」

少女「……ふぅん」

青年「君は一体誰だ?」

少女「わたしはわたし、だけど誰でもない」

少女「どこかの"誰かさん"」

青年「二重人格……という事か」

少女「くす、そうね。いつから気づいてたの?」

青年「……港町の時から、薄々と」

少女「そう、案外早かったのね。だったらどうして早く言わなかったの?」

青年「いつか、君から答えてくれると思っていたから。けれど……確かめておきたくなった」


青年「僕にはどうしても……あの子が、ティノアが暴力を振るう子には見えない。だとすれば、今まで僕達を助けてくれたのは」

少女「その通り、いつだって手を汚していたのはわたし」

青年「やはりか……」

少女「だけど、勘違いしないで。あなた達を助けたのはわたしの目的があるからなの」

青年「目的?」

少女「言うと思う?」


意地悪そうに口元を歪め、その辺に転がっていた箱の上に腰を下ろす。


青年「どうだろう、だけどもし教えてくれるなら、僕は力になれるかもしれない」


少女「くすっ……そうね。でもきっとあなたは信じない」

青年「そんなことはない」

少女「いいえ、今あなたがわたしを信じていないのと同じ、わたしもあなたをまだ信じていないもの」

青年「僕が……?」

少女「教えて欲しいのなら、せめてわたしを信じさせること」

少女「ねえ、わたしのことを知りたいのは、本当に力になりたいからなの?」

青年「……敵わないな」

青年「実を言うと、君に力を貸して欲しかったからだ。だから、信頼したかった」

少女「ふぅん……」

青年「これが本音だ。君は手伝ってくれると言ったが……僕はまだ信用していない、その通りだな」


少女「……くす、そうね。わたし、正直な人は好きよ」


勢いをつけて箱から降り、妖艶な笑みを浮かべてみせた。

少女「ちょっとだけ、教えてあげる。まあ、どうせ、すぐに分かるもの」



少女「わたしはね、魔物なの」


青年「……なんだって?」

少女「ね、信じないでしょ?」

青年「いや、待ってくれ……。ティノアがか?」

少女「そう。わたしとあの子は同じだもの」


少女「騎士のお兄さんや、その辺りにいる屍人と同じなの」

青年「……ラルと。それならば君の強さも説明がつくが、しかし」

少女「くすっ、なら調べに行きましょう?」

少女「人々を捕まえて、魔物を生み出している人物がいるのでしょう?」

青年「……あぁ、さっきので確証を得た」

青年「だ、だが、話はまだ」

少女「でしたら行きますよ、お兄さん。にこー」

――


どこにあるか誰も知らない、忘れ去られた部屋。

一昔前、ここはとある実験に使用されていたのだ。

その名残か、棚には生物の体の一部が封入されている瓶が、いくつも並んでいる。

そんな異質な部屋の中に、一層邪悪な存在感を放つ一つの宝玉が鎮座していた。


「ぐそぉ……おかじい、ぼぐの計画は完璧なはずだ」

何かが動いた。宝玉に負けず劣らずの丸っこい体、小さな背丈。

頭頂部の禿げた頭に特徴的な鷲鼻、醜悪な目と歯並びの悪い口、この部屋にとても似つかわしい醜男であった。

小男「な、なぜ、いづになっでも、ほうごくがごないぃぃぃ……」

小男「あぁぁぁぁぁあぁ!!」



苛立っているのか、奇声を発し、床に転がっている何かを足蹴にする。

それは、さきほどまで確かに生きていた人間で

生命活動を停止した今では、怨念が乗り移ったかのように痙攣するだけだった。

小男「ぐぞ! くぞっ!!」


勢い余って、思わず死骸を蹴り飛ばす。

それは部屋の奥にある、巨大な鉄格子を抜けて転げ落ちた。

数秒して落下音が聞こえる。

そして更に数秒後、鎖が擦れる音と、肉と骨を噛み潰す音が聞こえだした。


バギ、メギ、グチャ

小男「ふーっ……ふーっ……また、やってじまっだ」

小男「飯をぐわせすぎだら、暴れだじでじまう」


震える小男、視線の先の鉄格子から覗くのは

猫のような、縦細の瞳孔を持った金の瞳と熱っぽい吐息。

小男は慌てて、覚束ない足取りで大事そうに宝玉を抱えた。


小男「うひひ、でも、ごいづがあれば……ぼぐは無敵なんだ……」

小男「ここ怖がるごどなんでない、ぞうだ、ぼぼ、ぼぐは!」



ぎぃ……

直後、背後で誰も知るはずのない扉が開かれた。

小男「ひ、ひぃぃぃ!!」

この部屋は地下にあり、地下牢とはまた別の入り口がある。

そしてその入り口は決して誰にも知られず、見つかるはずがなかった。

だったらこいつは一体なんだと言うのか、今まで実験体にされてきた者の怨霊だと言うのか、小男は怯えるしかない。


青年「ようやく見つけた。貴様だな……諸悪の根源!」

小男「なな、なんのごとだ……」

青年「とぼけるなよ……!」


突然現れた青年は、座り込む小男の胸ぐらを掴む。

片手には直剣が握られていた。



青年「貴様が魔物を操り、人々を捕らえ、忌まわしい実験を行なっていた! 違うか!?」

小男「あ、あああぅあうぁ」

青年「何とか言ったらどうなんだ!!」

少女「落ち着いてください」

少女「首を締めては喋れませんよ?」

青年「…………」

小男「げほ、おげ……!」

少女「質問に答えていただけますか? 勿論、拒否権はありませんので」

小男「ひ、ひぃ」

いつの間にか背後に回っていた少女が、小男の背中に包丁を突きつけていた。



青年「……ここで何をしていた?」

小男「な、なにを……? まま魔物を作ってたんだ」

青年「……っ、何のために!」

小男「ぼぼくは、復讐ずるんだ、この力で……。ぼぐを追い出したあいづにぃ!」

青年は小男の手元に視線を落とす、そこには紫色の光を放つ宝玉が握られていた。

両掌に収まるほどのサイズからは、言い表しがたい力を感じる。


青年「これは……」

少女「…………」

小男「こここいづは凄いんだ、魔物を産まぜるごどができるじ、人間を魔物にずるごともできる」

小男「ぜんぶ、ぜんぶぼぐがみづけた!! 誰にもわだざないぃ!」

青年「……っ!!」

バギッ!

口角泡を飛ばす小男を、青年は堪らず殴りつける。

殴られた小男は床に倒れ、動かなくなった。だが宝玉は離さない。



少女「……どう? 恐らくこの人の言っていることは本当よ」

少女「人は魔物になる」

青年「……くっ」

少女「騎士のお兄さんは存在しているし、わたしも存在している」

少女「お兄さんは分かっていたのに、認めたくなかっただけでしょ?」

青年「そうだね……認めよう」

青年「……君みたいな小さな子が、残酷な目にあっているのが信じられなかった」

青年「だけど、君が僕達の仲間で、一人の女の子だということに変わりないものな」

青年「疑ってすまなかった」

少女「…………くす」


少女「ふふ、あははっ。そう、分かってくれて嬉しい。流石はあの子が選んだ人ね」

青年「あの子が選んだ……?」

少女「そんなことより、この人放っておいていいの?」

青年「……!」


その言葉にはっとし、慌てて振り向く。

小男「ふふ、ふふふがが。おお、おまえたちもぼぐの邪魔ずるんだな!」

小男「さささせない! あの男に復讐ずるまで!! ぼぼぐは、ぼくはぁ!!」

這いつくばる小男は、徐々に鉄格子の方へと向かっていた。


青年「待て! まだ聞きたいことがある!」

ザシュッ!

直剣が小男の左足に突き刺さる。

小男は一瞬痛みに表情を歪めたが、それはすぐに不気味な笑みへと変わった。



小男「ぶふ、ぐひひゃ」

青年「魔物になった人間は、どうすれば元に戻る!? その宝玉は一体何なんだ!!」

小男「死んだ人間は、戻らない。ごの力を持っでじでも」

ブヂ、ブチィ

青年「っ!?」

小男は、無理やり固定された足を引き千切る。

青年は驚く、だが千切った事に驚いたのではない、千切れた事に驚いたのだ。

彼の足は、腐っているかのように、容易く分離した。


青年「ま、待てッ!」

小男「か、神ざまぁ! あなだはとでも素晴らじいものをぐくだざった! ごれでぼぐは――」


その体は鉄格子の隙間を抜け、真っ逆さまに落ちていった。



バグンッ

何かが何かを飲み込んだような音がしたのは、そのすぐ後だった。


青年「な、何だ……? この下に、何かいるのか……?」

少女「……! 離れて」

突然、少女に腕を捕まれ、後方に飛ばされる。

何が起こったか分からぬ内に、青年が先ほどまでいた場所は瓦礫に埋もれていた。


――ォォォオオオオオオッッ!!


雄叫び、廃墟の崩れる音が響く。

少女「無事ね? 外に出ましょ」

青年「あ、あぁ」


ここが埋もれるのも時間の問題だ、二人は地下室を出ようとする。

最後に青年が振り向くと、ひしゃげた鉄格子の向こうに、獰猛な瞳が見えた。

つ   づ   く

すまん
一ヶ月投下なかったら削除とかあったっけ?
今月中には投下出来ると思うんだが大丈夫かな

そうかそうか、ありがとう
ちょっと予定狂っちゃって、すまんの

立て逃げ対象と完結以外のHTML化対象は以下の二点
*一ヶ月間誰の書き込みもなし
*二ヶ月間作者の書き込みなし(生存報告も作者の書き込みの内なので問題なし)

>>633 はあくした、さんきゅ
お待たせした、あんま長くないけど



ゴゴゴ……


騎士「何だ!? 地震……?」

群れる屍人に苦戦していた騎士は、突然大地が揺れるのを感じた。


騎士「それにしたって不自然だ……何か来る!」

その勘は正しかった、廃墟を割って現れた物体が、急に騎士へと襲いかかる。

一瞬奴の正体を垣間見、目を疑った。


騎士「がはッ!」

這い出るように振り下ろされた巨人の手が、騎士を吹き飛ばす。

その巨人のサイズが尋常ではなかったのだ。

先ほどの鬼の三倍近くある。


騎士「つぅ……、何だよこいつ!」

咄嗟に受け身を取り、砂煙の向こうを見据える。

徐々に晴れる視界、そこには悪意に歪んだ巨大な鬼の顔があった。



大鬼「シィィィィィイ……」

騎士「嘘だって言ってくれよ……おい」

半身だけを地面から現し、呻きをあげる。

目があった。


騎士「……うおっ!」

騎士を飲み込まんばかリに開かれた口が迫る。

喉奥が見えそうになる寸前で、横転し回避。

大鬼「グアゥ、アグ……」

一つ後ろにいた屍人が捕食される、たった一口で丸呑みだ。

騎士「滅茶苦茶だ、こいつ!」

次にそいつは、身動きの取れない体を無理やりに動かし、何とか這い出ようとする。

当然、奴の半身は廃墟から出ている、それは朽ちかけた廃墟の完全な崩壊へと繋がる。

騎士「クソ……あそこにはシェリーがいるってのに!」


そう、このままこいつが暴れ回り、踊り子が瓦礫の下敷きになってしまっては何の意味も無いのだ。

意を決し、大鬼に飛び掛る。


今できることは、一秒でも長くこいつを錯乱させ、足止めすること。

運良く踊り子が逃げ出してくれていることに掛けるしかなかった。

騎士は大鬼の額から生えた二対の角のうち、一本を右手で抑えこむ。


大鬼「ガァ、ウガァァガ!!」

騎士「大人しくしやがれ!」

尚も暴れる大鬼の鼻っ柱に、膝をぶち込む。

顔だけで騎士とほぼ同じ大きさの大鬼に、その一撃は案外効いたようだ。

苦しげに呻き、鼻を押さえる。幾分か廃墟の崩壊は抑えられた。

だが、その苦しむ様相に騎士は違和感を覚える。


騎士「……変だな、あの鬼と形はさほど違わねえ。でかいだけだ」

騎士「だがこの違和感は何だ?」

騎士「……そうか、こいつには戦意が無いんだ」

大鬼「ウガ、ァが……ググ」

騎士「だからって自由にはしてやれねえけどなッ」

無理やりに角を引き、地面に押し付けようとするも

騎士は、妙に手応えを感じないことに気づく。



グジュ

騎士「……は?」

ブヂ、グジャッ

角の根本、額の部分が突然溶けるように崩れ始めたのだ。

まるで液状化しているようだ、唖然としていると、角は完全に大鬼の額から抜け落ちた。

騎士「何だこれ……肉が溶けてやがる」

大鬼「アァ、ギァアァ」

それだけではない、大鬼の顔を見やると凶暴な牙は不揃いに

黒の瞳は萎み、ぼとりとその眼孔がらこぼれ落ちた。

騎士「あちぃッ!」

その時、飛び跳ねた血液が騎士に降りかかる。

沸騰しているように熱かった。


大鬼「ォォォォオオオオオッ!!!」

思わず後退すると、原型を留めなくなった大鬼は、雄叫びをあげながら上体を起こす。



騎士「い、一体何が起こってるってんだ」

溶けた肉と高温の血流が迸り、周囲を高温の蒸気が包んだ。


青年「――ラルッ!」

騎士「フューリ! あんた何でここに!?」

呆然と立ち尽くす騎士の背後に、いつの間にか青年と少女が居た。

別段意識してはいなかったのだが、二人に見えないよう折れた左腕を体の後ろに隠す。


少女「お兄さん、ご無事でしたか?」

騎士「嬢ちゃんまで……つうことは、村は手遅れだったのか」

青年「あぁ、道中でティノアも連れ去られたんだ。地下に捕らえられていたよ」

騎士「そうだったのか……くそ。あ、あぁそうだ! 連れ去られた人たちの中に、赤髪で二十歳くらいの女はいなかったか!?」

青年「シェリーさんのことだね? 大丈夫、彼女含め生き残りはマグナとクォートが誘導してくれている」

騎士「…………よかった」



少女「暢気に話をしている場合ではありませんよ」

少女「まずはアレをどうにかしなければなりません」

騎士「あ、あぁ、そうだったな」

少女「……? 何か」

騎士「いや、何でも無いけど……」


騎士「……おい、嬢ちゃん。ちょっと様子おかしくねえか?」

青年「は、はは、あとで話そう」

青年「彼女の言うとおり、奴をどうにかするのが先決だ」

騎士「そうは言うがな……」


三人は目の前の大鬼を見上げる。

既に肉すら溶け出し、その蒸気は視認することさえ困難なほどであった。

騎士「こいつどうなってんだ……? 急に現れたと思ったらこのザマだ」

青年「……分からない。だが嫌な予感がする」

騎士「全くもって同意見だ、とにかく今の内に距離を――」



取ろうとした時だ、突然蒸気を突き抜け、ふざけたサイズの拳が振り下ろされた。

青年と少女は咄嗟に回避したのだが、騎士は反応が遅れ地盤の崩壊に巻き込まれる。

青年「ラルッ、ランディ!」

少女「危険です、下がりましょう」

青年「馬鹿を言うなッ!」


騎士「うぉ……!」

騎士は思わず、左腕で無事な足場に掴まった。

だが同時に、刺すような鋭い痛みに意識が飛びそうになる。

騎士「ぐぁッ! ち、くしょ……!」

右手に持った剣を上に放り投げ、そのまま足場を掴み

痛みに耐えながら無理やりよじ登った。

そして背後に感じる危機感、すぐさま前転し回避行動に移るも

再度の大鬼の攻撃を受け、砕けた瓦礫をその身に浴び吹き飛ばされる。

たかが石礫と言って侮る無かれ、高速で飛ぶ礫の衝撃は騎士の鎧では防ぎきれず、至る所に裂傷を生み出した。



騎士「――ぅが、は」


青年「くそ……ラル、立てるか!?」

騎士「……わりぃ」

駆けつけた青年が騎士の体を支え起こし、離脱を試みる。

だがそれを見過ごす訳もなく、射程圏内にいる二人に大鬼が虫でも潰すように豪腕を振るった。


少女「させません」

その豪腕の側面に少女が体当たりと共に包丁を突き立て、僅かながらだが青年たちから逸らす。

青年「ぐっ……すまない、助かった!」

少女「いいから早く」

そのまま突き立てた包丁で、腕に沿って斬りつける。

肘ほどまで進むと、切り抜け退避。

動きの早い少女を捉えようと大鬼が腕を振るい、それを難なく回避した少女が一撃を入れ、離脱するを繰り返す。

少女は大鬼に狙われるよう立ち回っていたのだ。

その甲斐もあってか、青年と騎士は大鬼の死角にまで撤退した。



青年「……ひどい傷だ。大丈夫か?」

騎士「なんてことねえよ」

青年「嘘だね? その腕、完全に折れてるだろう。鎧の状態から見るに中も無事ではないな」

騎士「平気だ……まだ動ける」

青年「ランディ、君はどうだい」


主室に騎士の体に住む、もう一人の仲間に質問を投げる。

その問に対し、騎士の体は折れた左手を震わせながら掲げ、親指を立てた。


青年「……はは、似たもの同士だな君たちは」

騎士「そりゃ、俺の体、だからな」

青年「だが君たちを戦わせる訳にはいかない」

騎士「何でだよ、ここで戦わなくちゃあ……」

青年「隊長命令だ、ここでやり過ごし動けそうなら安全圏まで退避しろ。あとで迎えに行く」

騎士「バカやろ……んな事言ってる場合じゃねえだろ! ……つゥ」

青年「命令は絶対だ。安心しろ、僕が駄目でもマグナ達が回収してくれる」

騎士「そういう問題じゃねえ!」

青年「分かったな? 僕はもう行くぞ、あの子を一人で戦わせてしまっている」

騎士「お、おい! 待てって……」


有無をいわさず青年は去る、一人残された騎士は右拳を地面に叩きつけた。



青年「すまない! 待たせた!」

少女「あら、もう戻ってきたの? もう少しゆっくりしていてよかったのに」


いつもの彼女ではない、いや……これが本来の彼女なのだろうが

その言葉が頼もしく感じる反面、この状況を見て相当厳しいのだと感じる。

溶けかけていた大鬼は完全に修復していた、抜け落ちた諸々も元通りだ。

だが少し違う。新しく生え変わった角は、金の光沢を持つ二対の巻角に

瞳は血のように赤く光り、浅黒い肌の表面に浮き出る血管は絶えず脈動している。


青年「この姿は……一体何が――ッ」


そこにまた拳が飛ぶ。青年は咄嗟に体を翻し避けると共に剣で切りつけた。

傷は浅いがしっかりと赤い線を引く。



青年「効いたか……?」

少女「どうでしょうね」

投げやり気味な少女の返答、その言葉の意味はすぐに理解できた。

塞がっていく傷、一瞬蒸気に包まれ、靄が晴れた時には傷ひとつ無い肌が露わとなった。


青年「傷が!?」

少女「生半可な攻撃では効果は無いみたい。どうするの?」

青年「急所さえ分かれば……」

少女「そう、でもそんな余裕があるの?」


正面を見れば、大鬼が埋もれた下半身をどうにか掘り起こそうとしている所だった。

ただそれだけのことなのに大地が大きく揺らぐ、広い地下も影響しているのだろうが。



青年「くっ……ならどうすれば」

少女「くす、逃げるっていう選択肢は無いの?」

青年「当たり前だ! ここで引いてはラルだけでない、村人達もただでは済まない」

少女「そう……なら残念だけど、皆死んじゃうかもね」

少女「わたしたちが死んじゃえば誰も真相を知る人はいなくなる。魔物化実験の事も分からなくなっちゃう」

少女「あなたはそれでもいいの? わたしは嫌」

青年「……そうなればより多くの被害が出るだろうし、僕も嫌だ」

青年「だから、そうならないためにも戦うんだ」

青年「今一度、頼む。手を貸してくれ!」

少女「くすくす、あなたって案外……馬鹿なのね」

少女「いいわ、と言っても協力するしかないみたい」

青年「助かる……が、喜んでいる場合ではないな」


大鬼の半身は、ほぼ地下から出てしまっている。

完全に外に出られてしまっては、今以上の苦戦を強いられるだろう。




少女「それで、手伝うのはいいけど、一体どうするの?」

青年「……奴が再生する前にとどめを刺すしか無い」

少女「そのためには?」

青年「まずは動きを止めよう、こいつがもし、人から作られた存在ならば、考えられる弱点は……」

少女「心臓か脳でしょうね」

青年「ああ、確実ではないだろうが、効果的ではあるはずだ」

青年「……僕が地上で注意を惹く、君はその隙に奴の両目を潰してくれ」

少女「あなたが? 大丈夫なの?」

青年「やってみせるさ、信じてくれ」


これ以上時間を無駄にする訳にはいかない、敵は待ってはくれない。

青年は走りながら石ころを拾い上げ、すぐさま投擲。

狙いは少し外れ、大鬼の角に、勿論ダメージは無い。



青年「図体だけのウスノロがッ! 悔しかったら捕まえてみろ!」

再度投擲、挑発も交える。

その言葉が通じたのかはわからないが、鬱陶しげに青年を睨みつけた。

青年「変な顔しやがって! ……えーっと、バカやろ――ッ!」

そして地を這う虫を潰すかのように掌を叩きつけた。

想像以上の速度であったが、予測していた青年は何とか回避できた。


青年(かかった! ……あの子は……?)

肩越しに少女の姿を探す。先ほどまでの場所に彼女はおらず、廃墟の影を縫い、移動を始めていた。

時折隙間からたなびく金糸が見える。

だがそれに見とれる暇もない、青年は第二撃に備えて向き直った。



少女「あれで挑発しているつもりなの? 可笑しい……くす」

金髪に映える蒼のアクセント、白い衣装(……腹部は血が滲んでいる)が線を引くように軌跡を描く。

それはまるで電光のようであり、目にも留まらぬ速さと言えた。

少女「……今はまだ、使えそう。期待してるから、どうか死なないでね?」

ぽつりと呟いて、視線を目標である大鬼に向ける。

廃墟の一角、そこにぽっかり開いた穴から半身を出している大鬼。

周辺は奴が動くたびに崩壊していく。

そんな巨体が繰り出す攻撃を、どうにか避ける青年。

危なっかしくて見ていられない。少女は包丁の柄を咥え、瓦礫に挟まっていた木材を引きぬくと

その真ん中辺りを膝で叩き折った。

木材の先端は鋭利な形状となり、二対の武器となる。

少女はそれらを手に、素早く大鬼の背後に回った。



大鬼「オォ! オォォォォオオアア!」

躍起になっている奴は青年をどうにかして捻り潰そうとしていた。

少女には目もくれない。

それを確認すると、辛うじて原型を保っていた柱に飛び移り

全力で跳躍した。


大鬼「ゴアァァ!!」

同時に、固く握りしめられた大鬼の両拳が、青年のいた場所を砕いた。


少女「っ!?」

あの様子では逃げきれなかっただろう、思わず声が出て咥えた包丁を落としそうになるのを堪える。

舞い上がった砂埃で安否は分からないが、最悪の事態は予想できる。

青年が惹きつけてくれていたおかげで、少女は大鬼の頭部に飛び乗ることが出来た。

しかし、彼が死んでしまっては何の意味も無いのだ。



少女「今回も駄目みたい……」


大鬼「グァ、グァ、グァガガ」

足元の大鬼が小刻みに笑う。それがやけに気に食わなくて、下唇を噛む。


そこに

青年「信じろと、言ったはずだッ!!」

どこからともなく声が掛けられた。

砂煙を突っ切って青年の姿が現れる。

彼は大鬼の手に飛び乗り、一気に駆け上がりだした。


青年「今だ!」


その言葉に発破をかけられたように少女は動きだす。

まるで高所から水面に飛び込むように、上半身から落下する。

そしてすれ違いざまに、両の手に持った木材を大鬼の両目に突き立てた。




大鬼「ォガギ、グぎゃ、ォアアア!!」

少女は確かな手応えを感じ、眼球が破裂する音を聞くとそのまま落下していき、青年とすれ違った。


少女「案外出来るのね」

青年「君こそ!」


肘まで駆け上り、幅跳び。

体を宙で大きく仰け反らせ剣を掲げる。

狙うは胸の中心から左寄りの位置、心臓。


ずぶり、と刺さる。

命中。


大鬼「―――――ッ!!!」

声にならない悲鳴。

青年「くたばれぇぇぇえッ!!」

更に追い打ち、剣の根本が完全に埋る。

吹き出す血と蒸気、ここで青年はとある予感を覚えた。



青年「何だこれは……!」

胸の内側で、何かが急激に膨らんでいる。そう、これは心臓だ。

巨体の全身に血流を送り出す、強靭な心臓。

その心臓が


――破裂するッ!


手を離した時には遅かった。

一瞬で膨張し、高まった圧力が放出される。

超高温、高圧の血流が、生身で無防備で脆弱な青年に襲いかかったのだ。


青年「ぐ、ぁぁあああああああッ!!」

少女「……お兄さんっ!」

咄嗟に顔を両腕で庇う、しかし無意味。

もろに食らってしまった青年は受け身をとれる訳もなく、自由落下。

背中から強く地面に打ち付けられた。


すぐさま青年の元に駆けつける少女、息はしているが、全身にひどい火傷を負っている。

何とか逃げ出そうと肩を担ぎ、歩かせようとする。

背中は無数の破片が突き刺さり、焼け焦げた服の隙間から裂傷と出血が多くみられた。


少女「まだ、視覚は戻っていないはず。今のうちに――」

大鬼「グぎげゲ……」


安全な所に、と続けようとした。

だがその目の前に、逃亡を由としない、紅い双眸が現れた。


少女「そんな……もう……」

そいつは腐臭漂う、肉と骨を噛み砕くための刃がずらりと並べられた大口を広げる。

赤黒い口内ではぬらぬらと唾液に濡れた舌が蠢き、得物を歓迎する準備が行われていた。

今から彼女と青年は微塵に砕かれ、こいつの体の一部となる。

多くの亡骸の上に立っているであろう、生ける墓場とも言えるこいつの。

それならここがお墓になるのね。少女がそう考えた時、青年が瞳を微かに開き、腕を喉奥に向けて伸ばした。


その行為が指し示す意味とは? 少女が理解する前に

ばぐりと、音を立てて視界が暗転した。

つ づ く
糞みたいな更新速度の癖にまだ読んでくれてる人がいて嬉しい

ちょいとSSwikiを編集してみようと思って書いてみたんだが、編集がよう分からんな
まあええか。次の投稿までまだ掛かりそうなんで暇があったら覗いてやってください



騎士「…………」

地鳴りがする、実際はすぐ近くなのだろうが騎士には遠く感じた。

現在、辺りには誰も居ない、強いて言えば鬼の死骸があるだけ。

巨人が現れたせいか屍人も散り散りとなってどこかへ行ってしまった。

二次被害の懸念がある、あとで報告書の作成と最寄りの駐屯騎士団に支援要請をしなければならない。

休戦してから暫くが経ったのだ、流石にもう動ける体勢になっただろう。


騎士「……クソ」

悪態づく、今それを考えてどうする?

下手すれば親父共々全滅だ。自分は敗残兵の汚名を背負う事となる。

それだけでない。また、死ぬことになるのだ。

再びあの苦痛を味わうのか

脳が痛みで痺れ、薄れゆく意識に恐怖し、呼吸など出来るはずがないのに、陸に上げられた魚のように口を開閉するのだろうか。

崩れ落ちる己の体を、見届けることになるのか。



騎士「……嫌だ、死にたくない」

騎士「もう二度と、あんな無様な死に方、したく無い」

騎士「何も出来ずに、誰も守れずに、未練だけを残して死ぬのは……嫌だ」


体が震える、ここに来て恐怖が襲ってきた。

先ほどのダメージもあって体がまったく動かない、情けなさと不甲斐なさから目頭が熱くなる。

そのせいか、そんな騎士を見つめる瞳に気づかなかった。

ようやく視線に気づき、顔をあげると


騎士「っ! あんた……生きてたのか」

死に絶えたとばかりに思われていた鬼が、地に伏せたままこちらを見ていた。

騎士「はっ……なんだよ、馬鹿にしてんのか?」

鬼「グァァ」




短く返事する。その目は騎士を捉えて離さない。

騎士「チッ、そうかよ……」

知れず、拳を固く握る。

意識せず行った行為だが、驚く。折れた左腕がぎこちなくだが動いているのだ。


騎士「……こいつぁ。行けるのか? ランディ」

質問に、親指を立てて応答する。


騎士「ぐっ、クソ」

ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。全身が軋み激痛が走った。

騎士「こんなんじゃ、まだ足手まといだな。……おいあんた」

鬼「……ガァ」

騎士「もう戦う気は無いみたいだが、一体どんな心変わりだ?」

鬼「…………」

騎士「いや、にしても良く生きてたな。……安心しろ、戦う気が無いなら殺しはしない。俺もそんな余力はないしな」

鬼「グゥ」

騎士「……? こっちに来いって言ってんのか?」



呼ばれているような気がして、フラつきながらも鬼の眼前に立つ。

鬼の出血は止まっていた。だが額と瞼の傷跡はまだ生々しい。


騎士「こんだけの傷つけといて恨むなってのも都合のいい話だが……。人への恨みを忘れて、あんたが少しでも平穏に生活できたらって思うよ」

そっと、躊躇うように鬼に触れる。


騎士「うッ――!?」

すると突然、視界がぼやけ、黒く塗り潰されて行くような錯覚に陥った。

闇に包まれたかと思うと、次に淡い色で構成された情景が浮かび上がる。



まず眼前に広がったのは質素な村。

そこは決して裕福ではないが、多くの笑顔が溢れていた。

場面が変わる。どうやら家屋の中らしい。

せっせと食事の用意をしている、若い女性と小さな女の子。

女の子は盛り付けを手伝っていたのだろうか、歪ながらも努力の痕跡が認められる料理をこちらに差し出し

向日葵のような、満面の笑みを作った。女性も幸せそうに笑っている。

そこにノイズがかかった。


笑顔を塗り替えるように、生気の無い土くれの死体が重なる。

目は虚ろ、舌は口腔に収まらない。

痛みと絶望に染まった表情は、どこまで行っても変わることはなかった。

次に二人の死体を咀嚼し嚥下する。やけに高い位置から俯瞰してると思えば、体が鬼になっていた。

血と肉の味が広がる、筋肉の繊維と骨の性で食べづらかった、内蔵は苦い。



また視界が反転する。

柔らかな日差しが差し込む窓辺、横たわる老婆。

どうやら足を悪くしているようだ、甲斐甲斐しく世話をする。

その度に老婆は優しく微笑み礼を述べる。

大切な母なのだろう、廃墟となった家に背景がすり替わり、既に冷たくなった母を大きな掌で包みこみにぎりつぶした。

体は簡単に潰れ原型を留めない、妙な感触だった。


そんな夢か現実かも分からない幻想が何度も何度も何度も繰り返される。

幾重にも重なる幻想、その果てに一筋の光。

救いかと思った、だが違った、光の元は豚みたいな小男だった。

その豚男が不気味な笑いを発しながら、ミンチにされた肉塊で粘土細工よろしく人形を形作っている。

恐らくは、先ほどの記憶の持ち主達だ。



最後に見えたのは戦う騎士たち。

死にたい、もういやだ、ころしてくれ

そんな声が聴こえる


眼前に騎士の姿、目に激痛が走る

むかつく、コロシテヤリタイ

ありがとう、止めてくれて

たのむ、もう、殺してくれ


怒りと、喜びが混じりあう

このヒトタチなら……




騎士「うあ……ぁ、がぁ……く」

耐えられない、思わず鬼から離れた。精神が汚染されていくようだ。

だがそれと同時に、言い表し用のない怒りが湧き上がる。

体が燃えるように熱い。

鬼の瞳を見る、悲しげな瞳だ。


騎士「――はぁ、はぁ。……なんだよ、これ。ふざけ、んな」

騎士「あんたや、他の魔物は、元は人間だったってのか……?」

鬼「…………」

何も答えない。肯定と受け取る。

騎士「だったら、あのでけえ奴には……一体何人の」

騎士「……ざけんじゃねえぞ。こんなの、絶対許されることじゃねえ……!!」



騎士「なぁおい、てめぇら。いつまで寝っころがってんだ? 何あんな奴の言いなりになってんだ!?」

騎士「死にたい、じゃねえぞ!! 本当に死にたいってんなら、いつでも俺が殺してやるよ、魔物としてなァ!」

騎士「でもちげえだろ?! てめぇらは人間だ! だったら人間らしく死ねよ!」

騎士「せめて尊厳を失うなッ! 最後まで戦い抜けェ!」

鬼「ッギ、ガ……」


騎士「……ブルってる場合じゃねえんだよ。大事なこと忘れちゃ本当に、ただの化け物だ」

騎士「さあ、立てよ。一発ぶちかましてやれ、付き合うぜ」

鬼「ォ、ォォォ、ォオオオオオオオッ!」


――

何も起こらない。

少女「……?」

それもそのはず

少女「誰?」

大鬼の鼻っ柱に、一撃を叩き込んだ者がいたのだから。

鬼「……シィィァァア」

少女「あなた……」


大鬼「グォォォォォ!!」

鬼「ヴォァァァァアア!」

怒りに吠える大鬼、負けじと鬼も吠える。

己の体躯の三倍もある相手に一歩も引かない、真っ向から立ち向かう。


一触即発の雰囲気の中、大鬼が先に動いた。

全身全霊の力を込めた一撃、更に怒りを拳に乗せ、目の前の鬼に繰り出した。

その圧倒的な力の前に、鬼は為す術も無く打ち砕かれるかと思われた。

だが、彼は止めた。


体を通して伝わる衝撃と重量により大地が砕ける。

過剰な負荷が加わることで、皮膚が裂け至る所から血が吹き出す。

それでも彼は止めた。


唖然とする少女を、力強い瞳で見つめて。

そこに、以前の怒気を孕み濁った瞳の面影はない。

はっ、とする少女。途端我に返り、踵を返して青年を連れて歩く。



何が起こっているのか理解出来ない、だが今はそんなことを考えている場合ではない。

風前の灯火と化した青年を一刻も早く安全な場所に連れていかなくてはならない。

急がなくては彼自身の、微かな呼吸でさえ命の炎が消えてしまいそうだ。

ゆっくりと、しかし素早く。少女は歩みを進めた。

背後では壮絶な戦いが繰り広げられているのだろう、時折振動が伝わる。


少女「まったく手間のかかる……聞いているの? お兄さん」

青年「…………」

少女「…………っ」

返事の無い青年に嘆息する少女。そして滑り落ちる体を支えなおそうとした時

足元の瓦礫に躓いてしまう。

傾く視界と体、その倒れかけた二人の体を何かが支えた。



騎士「……待たせたな」

少女「騎士のお兄さん……」

騎士「そいつを頼んだぜ」


ガシッ

二人を置いて、進もうとする騎士。

その腕を青年が掴んだ。


騎士「あとは俺らに任せとけ。悪いがあんたの出番はねえぞ」

青年「……君も、気づいたようだ、ね」

騎士「…………」

青年「だが、怒りだけでは、奴は倒せない」

騎士「分かってる。そうだ、豚野郎がどこにいるか知ってるか?」

青年「……あぁ、デカブツの中、だよ」

騎士「そうか……」



手を振り払い歩みを進め、落ちていた二つの直剣を拾い上げる。

試しに柄を何度か握りしめたり、手首で軽く振ってみる、問題ない。

目の前に巨大な大鬼が見えた。

鬼は善戦していたようだが、弾き飛ばされ廃墟に背を預けている。

そして、大鬼はその呪縛を解き放ち、全貌を地上に現していた。


騎士「馬鹿でけえな……やっぱ」

全長約八、九メートルと言ったところか。鬼が小さく見えるほどだ。

その化け物は騎士を踏み潰さんとする。

だが肝心の、足が既になかった。

足首から下がまるまる切断されている。



騎士「案外脆いなァ、所詮人形ってことかァ!? 借り物の体は楽しいかよ糞豚野郎!!」

大鬼はバランスを崩す、しかしそう簡単にはいかない。

驚くべき再生速度で切断面から肉の触手が飛び出し、新たな足を作り出した。

そして何とか持ちこたえるも、騎士は軸足を切断。

すぐさま再生させるが大鬼は堪らず膝を着いた。

チャンスとばかリに騎士は巨大な体を駆け登る。

一瞬で顔面まで近づくと、尖った耳と角を一気に叩き斬った。

痛みに吠える。


騎士「どうした? ちょっと再生サボってんじゃねえかァ?」

騎士「気持ち悪く生やして見ろよォ! 斬るとこなくなるじゃねえかァ!」

両手の剣で絶え間なく斬り刻む、休む暇を与えない。


そこに、辛抱たまらなくなった大鬼が騎士を捕まえようと腕を伸ばす。

それを五指全て斬り落として回避し、頭頂部に飛び乗った。

間髪入れず、踵落とし。頭蓋が割れピンクの内包物が弾け飛ぶ。


騎士「……チッ、ここはちげえか。おい豚野郎! どこに隠れてやがる!」

どたまをかち割られ、絶叫する大鬼。突然立ち上がり、体を大きく揺さぶる。


騎士「うぉッ……クソ、大人しくしろ!」

振り落とされまいと剣を突き立て踏ん張る、しかし流石に耐え切れず降下。

何とか受け身を取り、立ち上がる。その隣には鬼の姿。

劣化の如く怒りを振りまく大鬼、数秒の後、奴は怒りの矛先を二人に向けた。

天高く掲げられ、振り下ろす。二対の鉄拳。

しかし、二人は真っ向から受け止める。


騎士「ぐ、ぐぐ……! 力だけは、褒めてやるよ……!」

鬼「ゥガァァァァアァァァッ!!」



青年「……凄い、な」

少女「そうね、正直びっくり。あんなのと渡り合うなんて」

少女「でも騎士のお兄さん、どうしたの? あれじゃ本当に化け物、くすくす」

青年「…………」

少女「怪我も治ってるみたい。この戦いにわたしたちの出る幕はなさそう」

青年「いや、あれでは、駄目だ」

青年「僕を、向こうに連れて、行ってくれ」

少女「…………」

少女「お兄さん、やっぱり馬鹿なの?」

青年「頼む……!」

少女「いーや、だってわたし、もう死にたくないもの」

青年「……この戦いが終わったら、何か一つ、言うことを聞こう」

少女「……くす、倒す気なのね? それに何でも一つ、ふふ、いいわ。今回だけ特別」

青年「何でも、とは言ってないが……。助かる」



騎士「行く、ぞ……! 準備はいいな!」

鬼「ゥ、ォォォオオッ!」

二人は一斉に大鬼の腕を押し返す。

怯んだ隙が狙いどころ。騎士は鬼に飛び乗り

鬼がその身を大きく回転させ、遠心力によって騎士を投げ飛ばした。

狙いは腹部、騎士が構えた二対の直剣は深々と突き刺さり、衝撃は大鬼の体をくの字に折り曲げさせた。

そのまま十字に切り開き、蹴りだすことで宙返りし離脱。

宙を舞う騎士の下を、鬼が突き進む。

大鬼が気づいた時には鬼は眼前に、顔面に向けて繰り出されるラッシュ。

こめかみ、鼻っ柱、頬骨、眉間

何度も何度も殴打する。拳が反作用によって砕けるが気にもとめない。



鬼「ォォオッ!!」

最後の一撃、顎に突き刺さるアッパーカット。

外傷がいくら再生しようとも、内部に伝わる衝撃が全て無効化される訳ではない。

この巨体を操っている人物が体内に存在しているのならば

確実に、何らかの影響を与えられているはず。

その実、大鬼はよろめきながら後退した。

騎士「……やるじゃねえか」


後ろに一歩引いた時、脆くなっていた地表が一斉に砕ける。

当然、大鬼は崩壊に巻き込まれ、先ほどまでの地下空洞に落下する。

砂煙が晴れると、地下内壁に背をもたれさせ、後頭部を地表に預け

胸部をつき出した形で停止した、大鬼の姿が見えた。

しかし突然、胸の中心より上の辺りが急激に盛り上がり、コブが出来上がる。

騎士たちが警戒していると、コブは裂け、灼熱の血液と共に肉とほぼ同化しかけている小男の姿が現れた。

ピンク色の肌に青い血管が幾筋も走っている。極めつけは額に光る宝玉だ。

不気味というか、生理的に嫌悪感しか沸かない。




小男『アヴァ、うヴィ、グヴヴヴヴ、イダイ、イダイィィィ!!』

騎士「……よぉ、てめぇ。俺達の仲間や家族に随分と迷惑かけてくれたみてえだなァ」

小男『ヴィヒィ、ヒィィィ!!』

小男『ヤヴェ、ヤヴェデェ! イダイのハイヤダァァ!』

小男『ユルジデ、ボグナニモワルいゴド、ジデナイ!!』

騎士「て、めぇ……どの口が言いやがる……」

小男『ヒ、ヒィィィ!!! イヤダ、イヤダ! ジニダクナイ!!』

騎士「いい加減、黙れよ……!」


泣き喚く小男、すると体を捩り再び体内に入り込もうとする。

騎士「ッ! 待てこの糞豚ッ!!」

しかし間に合わない、距離が離れすぎている。

歯噛みしていると、小男に向かう一つの影が。



青年「剣を寄越せッ!」

騎士「フューリ!? あいつ……っ」

青年「はやァァくッ!!」

騎士「くっ!」


言われるがまま、青年に向けて剣を放り投げる。

剣は放物線を描き青年の元へ、しかし運悪く剣先が向いてしまう。

そんなことなど気にせず、青年は刃を素手で掴み

小男『ぴぎッ!?』

半ば取り込まれた小男に突き立てた。

傷口が閉じないよう、てこの代わりに差し込み、尚も逃げようとする小男の首根っこを両手で掴んだ。

肉の焼ける音、高温の血液が青年を苛む。

力任せに引きずり出し、高く持ち上げた。



青年「……楽に死ねると思うな」

小男『ピギィ! ピギィ!!』

首筋に親指を差し込み、ゆっくりと締め上げる。

最初は小うるさかったが、次第にその声も弱まり

小男『ジニダグ、ナ……ダレカ、タスケテェ……グルジ』

苦しみ、口端から泡を吹きながら、白目を剥いて絶命した。


騎士「……やったのか」


それを確認すると、青年は思い切り首を握りつぶし頭をむしりとった。


青年「宝玉……こんなもの、今すぐにでも砕いてやりたいが……」

青年「僕達は、知らなくてはならない」

頭部から宝玉を外す、そこで大鬼の体が大きく揺れた。

支えを失い、保ちきれなくなった内壁が崩壊しているのだ。

ふわりと宙に浮く。どうすることも出来ない、全ての力を使い果たしていた。




ばさっ……

だがいつまでたっても落ちない、ふと瞼を開いてみると、そこは天馬の背中の上だった。


天騎「間に合って、本当に……よかったです」

魔道士「だ、大丈夫ですか……? 遅くなってすみませんっ!」

青年「セライナ、エミリア……無事だったか」

天騎「隊長こそっ! どうしてそんな体になるまで……死んだら元も子も無いんですからね!?」

青年「はは、すまない、ありがとう……」

魔道士「……それにしても、こんな事になるなんて一体何を考えて……」

魔道士「とにかく降りましょう! 他の皆さんもすぐ来ると思いますから! もう少しの辛抱ですっ」



騎士「フューリッ! セラ、エミリアも……」

天騎「ラル……一人で勝手に行動するな! 心配しただろう!」

騎士「わ、悪い」

魔道士「副隊長さんも……傷だらけじゃないですかっ」

魔道士「大丈夫なんですか……?」

騎士「あ、あぁ、俺はな」

青年「……すまない、ラル。肩を貸してくれ」

騎士「構わんが……どうした」

青年「彼の所へ」

目線の先、力なく横たわる鬼の姿が。

騎士「……わかった」


青年「…………」

鬼「………………」

騎士「もう、駄目だな」

呼吸もままならない状態。

そこに青年がゆっくりと近づいてく。


少女「とても、苦しそうですね……」

青年「……あぁ」

青年「悪戯に苦しませるくらいなら、いっそ……」



騎士「いや、もういい」

騎士「こいつは人間として、人の心と体を弄んだ"魔物"と戦ったんだ」

騎士「だからさ……このまま"人"として死なせてやってくれねえか」

青年「ラル……」

騎士「……ありがとうな。強かったよ、あんた」


彼はそれ以上何も言わず、後ろを向いて歩いて行った。


青年は少女に支えてもらい、瀕死の鬼の元へと向かう。

そっと額に触れ、目を閉じ祈る。

少女もそれに習い祈った。


青年「君たちを救えなかったこと、本当に申し訳なく思う」

青年「だが、魔に打ち勝ち、最後まで立派に戦った君たちのことを……誇りに思う」

青年「…………ありがとう。もう、ゆっくり休んでくれ……っ」

固く目を瞑っていた青年。しかし手先から伝わるほのかな温もりに気づき、瞼を開く。

鬼の体から、光の粒子が舞い上がっていたのだ。


少女「わぁ……綺麗ですね」

それだけではない、大鬼の亡骸や、廃墟全体からも粒子が舞い上がっている。

騎士「なんだ、これ……」

天騎「凄い……綺麗」

魔道士「なんだろう、とても暖かい……」



青年と少女だけでなく、全員に見えているようだった。

その光景に見とれ、はっとした時には、鬼は既に事切れていた。


賢者「ご無事ですかーッ!!」

歩兵「……やっと着いた……? なに、これ、どういう状況?」

弓兵「俺に聞くな……あー、しんどい。早く帰ろうや」

踊り子「よかった……皆さんご無事で……」

騎士「シェリー、なんでここに!」

踊り子「あ、ラル! もうっ、怪我だらけじゃない。しっかりしなさいよ」


遠くから喧騒が伝わってくる。

青年「ふふ、皆、無事でよかった」

少女「そうですね……」

その様子に安堵したのか、青年は力なく倒れこんだ。

仰向けに寝転がり、空を仰ぐ。光の粒子達は全て空へ昇って行く。

少女や他の皆が心配そうに声を掛ける

そんな微睡む世界で、微かな声を聞きながら……青年は眠りに付いた。






……ありがとう、私達を人にしてくれて

ありがとう

       ありがとう






人ならざる者達。





――報告書


東部地方で問題となっていた魔物の異常発生による事案は

経過を含め問題無いとして、情報提供者の承認を得た

事の発端は東部地方の幾つかの村との通信が途絶した事で

情報提供者は魔物による被害であると断定、支援を要請

騎士団はそれを受け、聖騎士隊所属、特殊遊撃隊を派遣した

道中、我々は魔物の襲撃を受け予定を変更せざるを得なかったが

近辺の村で体勢を整えた後、再度調査隊を派遣した

綿密な調査の結果、支援要請のあった村は壊滅、生存者無し

また提供者の派遣した調査隊、総勢十四名も全滅

この間に魔物の大勢による襲撃が行われた

大型のオーガ、多数のグールが混ざった群れであり

これによって一部女性が拉致被害に会う

村への被害は甚大、多数の死傷者を生む結果となった

我が隊は分散し人民の救助と保護にあたり、無事救出

その後群れを駆除し事なきを得た

以降の処理は駐屯騎士団、十七番隊に全て委任する


現状での被害者、死傷者数(行方不明者含む)は別紙にて記載


お わ り 
俺はやったぞ!




バチ、バチチッ


闇に包まれた世界で、炎は黒い煙を吐きながら懸命に燃え続けた。

暗く、深い穴の底を這う、魔を焼き払いながら……。

その地獄のような悍ましい光景を、深淵の縁に立っているような気分で騎士は眺めていた。


騎士「……やっと片付いたか」

天騎「そのようだ、周囲に敵の気配は無い」

天騎「だが念のため、もう少し続けておこうか?」

騎士「分かった。引き続き上空からの警戒を頼む」

天騎「了解」



騎士「……悪い。こうするしかねえんだよ」

再び天騎は上空に舞い、騎士は一人残される。

気も緩んでいたのだろう、ふと思っていた事が口に出た。


騎士「せめて、これ以上苦しむ前に……成仏してくれ」

藻掻き、何とか灼熱から逃れようとするが、巨大なクレーターに落ちた屍人達は為す術もない。


賢者「魔物如きに哀れみでもかけているのか?」

騎士「……あんた、よくそんな事が言えるよな」


急に後ろから声を掛けられ、体を強ばらせるも、声の主に気づき緊張を解いた。

だが代わりに、怒りが湧いてくるのを覚える。

それもそのはず、白髪を掻き上げ、後ろに流しているこの巨漢は事情を全て知っているのだ。

この前の悲惨な事件と、一連の事件の真相を。



騎士「彼らは望んで魔物になった訳じゃない。意志をねじ曲げられて無理やり生み出された者なんだぞ」

……人の体と精神を陵辱して魔物が生まれる。

女性はその胎内に魔を宿し、男性は凶悪な魔と化す。

死ねば皆、餌とされていたのだ。

それら全てを可能としていたのが邪の秘宝。今は王宮で厳重に保管されているが。


賢者「かもしれんな。だが敵は敵だ、お前は敵に情けを掛けるのか?」

騎士「……テメェ、どうやったらそこまで屑になれる」

賢者「屑だろうがカスだろうが結構。……だがなラル、大人とはそういうものだ」

賢者「大人になれ、納得しろとは言わん。割り切れ」

騎士「割り切れるかよ! こんな――」

賢者「…………」

頭を鷲掴み、強制的に視線をあわせる。



賢者「でなければ、次に死ぬのは貴様か、俺達だ」

そして賢者は有無をいわさぬ気迫で騎士を黙らせ、言うだけ言うとその場を去った。


騎士「…………あいつ、俺を気遣ってんのか?」

弓兵「おう、いたいた。んなとこで何やってんだぁ?」

魔道士「ラングウェルさん! そんな所にいたら危険ですよっ!」

歩兵「……一緒に燃えるつもり?」

騎士「いや……ちょっと考え事をな」

弓兵「辛気臭ぇ顔しやがって、こっちの被害はなかったんだろ? どこに文句があるってんだぁ?」

歩兵「……上出来上出来」

魔道士「そうですよっ! ぼくたちもたくさん活躍しましたしねっ!」


騎士「あ、あぁ」

魔道士「?? あ、そういえばセライナさんはどうしたんですか?」

騎士「セラか? しばらく警戒を続けて貰ってる」

弓兵「はぁん、頑張るねぇ」

歩兵「……誰かさんと違って、真面目だから」

弓兵「い、一体誰のことなんだか」

歩兵「……勤務中、エミリアにポーカーを仕掛けていた」

騎士「…………本当か? それは」

弓兵「べ、別にいいじゃねぇか何もなかったわけだろ?」

騎士「はぁ、この隊でも年長なんだ。もう少しらしくしてくれ……」

弓兵「お前さんとは四つしか変わんねぇだろうがッ、それを言うならあいつこそどうにかすべきじゃねぇか!?」

指差す方向には酒瓶を呷る賢者の姿が。

頭痛がして、騎士は頭を抑える。



騎士「あいつはもう……諦めてる」

騎士「とにかく、これも一応フューリには伝えておくからな」

弓兵「ちょ、そいつぁ勘弁! あいつ怒ると案外怖ぇんだ……!」

歩兵「……自業自得」

魔道士「あ、はは」


と、そこへ

「取り込み中すまんが、特殊遊撃隊の諸君だな? 責任者は?」

重厚な鎧を着込んだ、逞しい体つきの重騎士が現れた。


騎士「はっ、私ですが」

重騎士「儂ぁ、重騎士隊の防衛班を指揮しとるもんだ。しかし、特遊隊は坊主が指揮しとると聞いとったが……」

騎士「坊主……、フューリでしたら療養中です。代役を私が勤めています」



重騎士「ほぉー、坊主は相変わらず軟弱だの」

重騎士「指揮すべきもんが何とも情けない! それでは隊のもんに示しがつかんだろう!」

騎士「……お言葉ですが、我々の隊長は立派に戦い、名誉の負傷を負いました。軟弱とは言わせません」

騎士「後方で傷ひとつ負わずに、ふんぞり返っている奴より、ずっとマシです」

重騎士「……く、くははっ! そうかぁ、そりゃすまなんだ!」

重騎士「坊主も立派に成長しとるようだ! こりゃー、会うのが楽しみだわい!」

騎士「…………」

重騎士「ふむ、まぁよい。そんなことを言いに来たのではない」

重騎士「特遊隊には危険な囮役を受け持って貰った上、直接指示を渡せんですまんかった」

重騎士「この通り」


ぺこり、と熊髭の男は頭頂部のみ禿げた頭を下げた。



騎士「あ、頭をあげてください! あの状況下では仕方の無いことでした」

重騎士「ほぉか! まぁ今回の作戦は主らの働きがあってこそだった! 感謝しとるぞ!」

重騎士「礼くらいは受け取ってくれぃ!」

騎士「お褒めに預かり、光栄です」

重騎士「うむうむ、殊勝でよい! ではまた縁があれば頼むぞ!」


はっはっは、とその男は去っていった。

変わった人だなと騎士が思った途端、背後から大きな吐息が聞こえた。


魔道士「ラララングウェルさんっ!」

騎士「うぉ、な、なんだよエミリー」

魔道士「エミリアですっ! 何啖呵切ってるんですかっ!」

騎士「いや、だって」

魔道士「だってじゃありませんよっ!」



騎士「……な、なぁ、なんでエミリアは怒ってるんだ?」

歩兵「……本気?」

弓兵「流石にお前さん、これは擁護できんぜ」

騎士「なんだよあんたらまで……」

魔道士「あの人を、誰だと思ってるんですか!?」

魔道士「重騎士隊のトップ、ヴォルス将軍ですよ!」

騎士「……な、に?」

魔道士「あぁぁぁ、下手をすれば隊を強制解散させられますよ~……」

騎士「ま、まっさかー……」

弓兵「部下の無礼は上司の責任だしなー、ユリウス将軍の判断で切られるかもなー」

歩兵「……浅はか」

魔道士「もうっ! そうなったらどうするんですかっ!」

騎士「マジかよ」

弓兵「マジだよ、にしてもこいつぁ隊長に報告しとくべきかなぁ~? んん~?」

騎士「た、頼む! それだけは勘弁してくれ!」


――


青年「くしゅっ」

青年「……風邪か?」

少女「何をやってるの? 大事な書類に鼻が垂れそうだけど」


割り当てられた自室にて、書類を作成している途中にくしゃみが出た。

その様子をみて、机に腰掛けた少女がちり紙を寄越す。

ちり紙を受け取る青年の腕には、真新しい包帯が巻かれていた。

火傷である。以前の任務での傷はほぼ完治したと言えど、全身の皮膚はまだヒリヒリと痛むらしい。

青年「ありがとう……」

少女「あなた馬鹿なの? 全身火傷を負うくらい熱いの被ったのに、風邪なんて」

青年「はは、馬鹿は風邪を引かないというから、違うかもね」


少女「暢気ね。せっかく塞がった傷が開いたらどうするの?」

青年「十分な治療を受けたから、大丈夫だと思うけど……心配してくれてるんだ?」

少女「……あまり調子に乗らないで、前にも言ったでしょ」

少女「あなたといるのはわたしの目的があるから。必要以上にあなたと仲良くなる気はないの」

青年「そうだったね、少し打ち解けた気がして嬉しかったんだ」

少女「おかしな事を言うのね。それより、分かったなら早く仕事を終わらせたらどう?」


そう言うと少女はそっぽを向いてしまう。

青年は言われたとおり、作業に戻ることにした。


……


青年「んー」

青年「……終わらない」


作業は難航していた。

例の事件があったあの日から一週間と半分

過酷な任務には就けず、だからといって遊ばせておく訳にはいかないと事務仕事を押し付けられて一週間。

慣れない仕事もこなせるようになったとはいえ、この作業量を一人でこなすのは厳しかった。


青年「一人でやるものじゃないな……まったく」


まとめ終わった書類をぱらぱらと捲り、軽くチェックしつつ愚痴る。

これは数日前に特遊隊……青年達が所属する部隊の報告書をまとめた物だ。

あの事件の後、極秘に聖騎士隊の頭である聖騎士と話し合った結果、事件の一部を秘匿することにした。

未だ不安定な国政下では情報を公開することは危険であるとの判断だ。



その結果、魔物が大量発生した地域への援助、調査は出来るだけ特遊隊に回されるようになった。

現在も青年を除く、特遊隊は激務をこなしている。


青年「……そう、皆頑張っているんだ。弱音を吐いている暇はない!」

少女「うるさい」


己を鼓舞するように言い聞かせていると、途中で飽きてソファでくつろいでいた少女が水を差す。

少女「もう終わったの?」

青年「あ、いや、まだだけど……」

少女「そう」

少女「暇ね」

青年「ルナと遊んできたらどうだい?」

少女「ルナって、あの子よね? お姫様の」

青年「うん、ティノアとは仲良くやっていたみたいだし。きっと」



少女「イヤ」

青年「な、なんで」

少女「イヤなものはイヤなの」

青年「……?」


青年(やはりティノアと、今の彼女は完全な別人格ということか)

どういうきっかけで二人が入れ替わるのかは分からないが、この二週間ずっと彼女のままだった。

知っているのは騎士と賢者だけだが、賢者は別段驚く事もなく馴染んでしまっている。

とにかく、今の彼女ではあの子と仲良くすることは出来ないのだろう。


少女「ねぇ」

青年「何かな」



暇を持て余し、遂にはソファに寝そべり出した少女が唐突に声を掛けた。

更には足をぱたぱたさせてだ、白いワンピースの裾がつられて揺らぐ。


少女「暇なの」

青年「さっきも聞いたよ、あと女の子なんだから少しは恥じらいを持ちなさい」

少女「ねぇ、構って」

青年「構ってと言われてもね。僕には仕事が」

少女「いいでしょ、それくらい」

青年「早く終わらせろといったのは君じゃないか……」

少女「早く終わらせないあなたが悪いの」

少女「それに言ったでしょ? 何でも一つ、言うことを聞くって」


青年「今それを使うか……あと何でもとは言ってな――」

少女「いいから、早く」

有無をいわさず手を掴む。

そして少女のものとは思えない怪力で無理やり引っ張りだした。


青年「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

少女「男に二言は無い、でしょ?」

青年「だから何でもとは……わ、わかったから引っ張らないでくれ!」


椅子から立ち上がる途中で机にぶつかる、その反動で書類の一部が散らばる。



――魔物の発生原因とその生体について。

そう書かれた題材の紙には、何も描かれていなかった。

つ づ く



青年「取り敢えず! 一回ストップ! はいストップ!」

少女「……何?」

青年「まずどこに行くつもりなんだい?」

少女「どこでも。暇を潰せるところがいいの」

青年「どこでもと言ってもね……、そうだ中庭に行こう」

少女「イヤ」

青年「じゃあ城の中を見て回ろうか」

少女「いーや」

青年「どこでも良くないじゃないか……」

少女「暇を潰せる所って言ったでしょ? もう見飽きたの」

青年「だとすれば街に出るしか」

少女「そう、そうね」

青年「あ、いや、無しだ。そうだ裏庭には行ったことはあるかい? あそこには綺麗な花が――」


少女「街に行きましょ?」

青年「簡単に言うがね、僕は原則として任務以外での外出は禁止されているし、なにより仕事も残ったままなんだ」

少女「それがどうしたの?」

青年「どうしたもこうしたも、街には出れないんだよ」

少女「ふぅん」

青年「……ふぅん、って」

少女「でも、出る方法は知ってる。違う?」

青年「それは」

少女「でしたら問題ありませんよね? お兄さん」

少女「わたし、どうしても街に出かけてみたいのです」

青年「…………」

少女「にこー?」


青年「はぁ……仕方ないな。今回だけ、特別だ」

青年「着いておいで」




……

少女「下水道ね」

青年「昔、たまたま入り口を見つけたんだ。いやぁ子供の好奇心って凄いよね」

少女「でも城内部への侵入口があるのって、どうなの?」

青年「……大変よろしくないだろうね、だがここはうまい具合に隠されているし、下水道は複雑に入り組んでいる」

青年「地下だから方角も分かりにくい。存在を知っているだけでは簡単にはたどり着けないさ」

少女「あなたは大丈夫なの? 街探索が下水探検になるだなんてゴメンだけど」

青年「その点は心配いらない、変な知恵は働くものでね。所々に暗号を刻み込んでいたりするんだ」

青年「ほら、あった。……次は右だな」


嫌な臭いのする下水道を、壁に掘られた暗号だけを頼りに進んでいく。



少女「……ねぇ、あってるの? 道」

青年「そのはずだけど――あぁ、ここだ」

青年「よいしょ……はは、僕も大人になったな。あんなに重かった蓋も楽々だ」

少女「大人、ね」

青年「さぁ、手をとって」


はしごを上り、地上への蓋を開けて青年は言う。

手を取り外に出ると、そこは寂れた地区の住宅地だった。

そこを青年が先導して道を行く。


少女「随分と寂しい所」

青年「スラム街なんだ、ここは」

少女「そうなの。どんなに盛えた街でも、こういった場所はあるのね」

青年「首都は所得が多いからね、物価も高いんだ。一部の貧民層の暮らしがこうなるのも仕方無い……とは言えないな」

青年「戦争さえなければあの騎士王のことだ、救済策なんていくらでもあるはず――いてっ」



少女「あのね、そんな顔しないで貰える?」

青年「あいたっ、す、スネを蹴るのはやめてくれ」

少女「今日は何しにここにきたの? わたしの言うことを聞いてくれるんでしょ?」

少女「あなたは女の子ひとり、楽しませられないの?」

青年「わかった、わかったから! ごめんよ」

少女「ふん」


青年「……はは、まったくティノアと違って随分と暴力的だな」

少女「そう、わたしはあの子とは完全な別人格」

少女「だからわたしはティノアじゃない、あの子にはなれない。どこかの誰かさん」

青年「誰かさんだなんて……君にも名前はあるんだろう?」

少女「必要ないし、もう無いから」

青年「もう無い……それはどういう意味だい?」

少女「そのままの意味。……? ねぇ、あれは何?」

青年(詮索するなと言うことか)



路地を抜けると、広場が見えてくる。

そこには数人の子供達に囲まれた女性の姿があった。

子供達に対して何か話をしている様子

旅人か商人かわからないが、傍らに大量の荷物を詰め込んだリュックサックが置かれている。


「……こうして神様は世界に大地と海と、生き物を生み出したって訳よ」

「へぇ~かみさまってすごいっ!」

「えー、そんなのあり得ないよー」

「んん……まぁお姉さんも生まれてなかったからね~、よくわかんない!」

「なんだよそれ! 神様いるかわからないじゃん! おばさん適当言ってんのかよ!」

「お・ね・え・さ・ん、だぞぉ~?」

「うあ……ご、ごめんなさい」

「う~ん、いい子いい子。……そう、確かに分からないね。でもねぇ、あたしは神様いるって思うな!」

「どうして?」



「神様ってね……とっても残酷なの。だけど、真面目に頑張ってる人には、絶対救いの手を差し伸べてくれるんだよ?」

「……そうなんだぁ」

「だから皆、今は辛くても、きっといつかは報われる時がくるから……悪いことしちゃ駄目だぞっ!」

「うん、分かった!」

「わたしもいい子にする!」

「おれもおれも!」

「おおっ、いいぞ~君たち! よっしゃ、いい子にはもひとつ何かお話しちゃる!」

「ほんと!? じゃあ英雄伝説がいい!」

「ああ、あれね。オッケ~」


青年「お話の途中失礼」



「ん? ……あれれ? もしかして君」

青年「お久しぶり、ミーコさん」

商人「やっぱふゅーにゃんじゃん! やふー、元気してた?」

少女「お久しぶりです、お姉さん」

商人「おぅっ、てぃっちーも! 会えて嬉しいよ~」

少女「むぎゅ……痛いですお姉さん」

商人「ごめんごめんっ、にしても変わらないな~髪の毛さらさら!」

商人「あれれ、でもおっぱいは大きくなったんじゃない?」

少女「んっ……」

青年「こ、こらこら、子供達が見てるからやめないか」

「……? お兄さん達、お姉さんの知り合い?」

青年「うん、そうだよ。あ、ごめんね話の邪魔しちゃって」

「そーそー、お姉さん早く~」

商人「わかーったわかーった、ではでは……おほん」



青年「僕達も聞いて行くかい?」

少女「……暇つぶしだもの、いいんじゃない?」


商人「世界が出来て大分時間が経ち、世界ではたくさんの人々が生まれ、平穏に日々を過ごしていました」

商人「しかしある日、そんな世界を闇が覆い始めます……」

商人「皆もご存知の通り、魔物です! 魔物たちは明るい世界を我が物にしようと人々を片っ端から取って食べてしまいました!」

商人「中には私達の何倍の大きさの竜がいたり、山も持ち上げるような巨人がいたのです……人類はとってもピンチです!」

「わ、わぁ……」


青年「そういえば、さっきのはティノアの真似かい?」

少女「……うるさい。わたしのままだと色々と面倒でしょ?」

青年「それもそうだ」



「それでどうなったの?」

商人「まーまー、焦りなさんな。絶体絶命! そんな危機に立ち上がったのは五人の勇者!」

商人「彼らは神様から五つの神器と、強い心を授かりました」

商人「勇者達はその神器を持って闇を打ち払い、人々に希望を与え、皆の思いは無限の力となりました」

商人「巨大な魔物も一太刀で切り捨て、うじゃうじゃいる悪魔も一掃です!」

商人「そうして長い戦いの末、世に平穏と安らぎが戻り、英雄となった勇者達は皆に称えられ、百年に渡って平和な時代が続きましたとさ」

「おぉ~」

商人「とまぁ、こんな感じかな?」


少女「……随分と適当な語り口だけど、あってるの?」

青年「まぁ合ってるよ。僕も文献で読んだ程度だけどね」


「じゃあさ、今やってる戦争も、勇者様がどうにかしてくれるよね!」

商人「もっちろん!」

青年「……ところで、君たちはこの国の王様が誰か知ってるかい?」

「え? 知ってるよ、騎士王レオルードさまだよ!」

青年「正解、実はね……レオルード様はその英雄の子孫なんだ」

青年「だから心配なんていらない! いざとなれば聖剣を片手に皆を助けてくれるよ」

「本当!?」

青年「あぁ、そうだよ。ね?」

商人「え、あ、うんうん! お兄さんの言う通り!」

「よかった~!」


と、その時、昼を告げる鐘が鳴り響いた。

商人「おや、もうこんな時間! 君たちっ、お姉さんはそろそろいかなくちゃ!」

「えー! もう?」

「もっとお話しよーよー」

商人「ごみんね~。また明日も来るからさ! ……さて、そんじゃばいば~い」




手早く荷物をまとめる商人、その途中、青年に軽く目配せをしてきた。

どうしたのかと思い、去りゆく商人の後を追うと

彼女は急に角を曲がったので慌てて駆ける、すると突然腕を捕まれ引っ張り込まれた。


青年「な、何を」

少女「どうしたのですか?」

商人「ごめんねてぃっちー、ちょーっと大事なお話があるの」

商人「だからすこーしだけ待ってて! お願いっ」

少女「は、はい」


青年「……それで?」

商人「君、騎士団に入ったんだって?」

青年「ッ!? 何故それを」

商人「あたしね、騎士団に情報とか売ってたりするのよ。そんときちょろーっと聞いたの」

商人「子供連れでしかも若い黒髪の男が、突然部隊長になった。って」



青年「そんなことを……」

商人「ぴーん、と来たね。だってあの騒動の後、皆帰って来なかったもん。だから心配してたんだよ~?」

青年「す、すまない。少し入り組んだ事情が」

商人「分かってる分かってる。君たち、ただもんじゃなさそうだし」

青年「そうかな……?」

商人「そうだよ~、ってこんなことが言いたかったんじゃないの」

商人「君の腕を見込んで、頼みたいことがあるの」


要約するとこうだ。

現在、城下町で流行している薬物――服用時に快楽をもたらすと共に、強い依存性を持つもの。

それらを秘密裏に売買している組織を一緒に探して欲しい、とのこと。



青年「薬物……何故そんなものが」

商人「戦時の混乱に紛れて、商人連合国から輸入されたみたいなのよ」

青年「騎士王国の東に位置する、商人同士が集まり作られた国だね……」

商人「そこから、今回の薬物を取り扱ってる奴らが手引したんだと思う」

青年「なるほど……」

商人「……でね、その薬物が一部の子供たちにも渡ってるのよ」

商人「初期症状は軽いから、どんどん深みにハマってく子も多くて」

青年「…………」

商人「だからお願いっ! 手伝って!」

青年「こういうことは騎士団に任せた方が良い」

商人「……で、でも」

青年「これは国の問題だよ。だからミーコさんが危険な目にあう必要はない」

商人「うぅ……」



青年「……だが、貴方の気持ちはよくわかる。僕も同じ気持ちだ」


青年「断る理由なんて、ない。微力ながら協力させてもらうよ」

商人「ほん、と……? あ、ありがとっ! ふゅーにゃん大好きっ!」

青年「う、うわっ!? 抱きつくのはやめてくれ!」

商人「うっふふ~、照れない照れない」


少女「お兄さん、お姉さん? まだですか?」

長い時間待たされ、痺れを切らした少女が声を掛ける。

するとそこには頭を抱きしめられ、商人の胸に顔を埋めている青年の姿が。


少女「……何をやっているのですか?」

青年「こ、これは違うんだ。色々、色々あって!」

商人「何慌ててんの? あたしとふゅーにゃんの仲でしょ……うふふ~」

少女「そうですかそうなのですか」

青年「~~ッ!?」

いつまでも商人から離れようとしない青年の足を、少女は商人に気付かれないように踏みつけた。

声にならない悲鳴があがる。



商人「ふゅーにゃん? どしたん?」

青年「い、いや……何でもない、そろそろ離れてくれないか……」

商人「あ、うん」

商人「そんじゃま、お二人でおデートのお所をお邪魔するのもなんだし、あたしは行くね~」

少女「はい」

青年「デートって訳じゃ……まぁいいか」

商人「……城下町の中央広場、そこにあたしの協力者がいるの」

商人「凄く目立つから分かると思う。詳しくはその人から聞いて」

商人「じゃー、まったねー!」


最後に、青年の耳元で口早に告げると、商人は風の様に去っていった。

少女「……随分、よろしくやってたみたいね? 何を話していたの?」

青年「いや、大したことじゃないよ」

少女「ふん、別にいいけど……あなたが誰相手に欲情しようが勝手、でも今日の目的を忘れないで」

青年「よ、欲情……、そんな言葉どこで……」

少女「分かったの?」

青年「……分かったよ」


青年(……流石に今回ばかりは、この子を巻き込むわけにはいかないな)

ツ ヅ ク




ガヤガヤ……

青年「やはり王都だな! ゆっくり観光した事はないけど流石の賑わいだ」

青年「どこかに美味しい店はないものか……ラルたちに聞いておけばよかったな」

少女「……案外普通ね。期待外れ」

少女「結局どこも同じ、人がいて街があるだけ。違いはうるさいかどうか」


青年(……あれ? 少し機嫌がよろしくないご様子)

少女「鬱陶しいほどの人溜まり、邪魔な建物。こんな所の何がいいの?」

青年「ううん、そうは言うけどね。この建物一つ一つに幾つもの人と、人生が詰まってるんだ」

青年「全て合わせるとたった自分一人が小さく見えるほどにさ。だからそれらは尊び誇るべき物だと僕は思うな」


少女「……何? 説教のつもり? つまんない、そういうの」

青年「つまらなくても、大切な事だから。……ん?」

少女「……ふん」

青年「この匂い……」

少女「まあ、どうでもいいけど。そんなことよりあなた、さっき言ったこと忘れてないで――」


がしっ!

少女「な、なに」

青年「ほら! 何かいい匂いがすると思ったら、クレープ屋だ! 行ってみよう!」

少女「ちょ、っと。手、引っ張らないで」

青年「急いで急いで!」





青年「うわぁ、どれも美味しそうだ。君はもう決めた?」

少女「……どれでもいい。さっさとして」

青年「どれでもいいこと無いだろう! ほら、あれなんか美味しそうじゃないか?」

少女「あーもう、いちごの奴でいいから。あなたのを決めて」

青年「いちごかぁ、いいね。だったら僕は……うーん」

少女「……はぁ。同じのでもいいでしょ」

青年「それは勿体無い! どうせなら色んな味を試したいだろう」

少女「じゃあ全部買えば」

青年「……給与は出るとは言え、これから先何が起こるか分からない。節約はすべきだよ……でも、しかし」



青年「うーん……うーん」

少女「まったく」

青年「……あれ? どうする気だい」

少女「もう待ってられない」



少女「わぁ! これ美味しそう!」

「おういらっしゃい、お嬢さん」

少女「それにすごくいい匂い! あ、これも美味しそう……」

「ああ、それは最近出回り初めた果実を使った新作でね。一度食べるとやみつきになるほど美味しいぞ」

少女「へぇ~。いいなぁ」

「お金はちゃんと持ってきてるのかい?」

少女「うん、でも……これじゃ一つしか買えないの」

「そうかぁ、まあゆっくり考えな」

少女「そうする……だけど、うーん……」



「どうしたんだ? そんなに悩んで」

少女「わたしね、ホントはいちごが欲しかったの」

少女「でもね、おじさんのクレープがとても美味しそうで悩んでるの」

「そうかい? そいつは嬉しいなぁ」

少女「だからおじさん! お願い……」



少女「わたし、おじさんの……欲しいな。だめ?」


「うっ……」

「よ、よしいいぞ! おじさんのをいっぱいあげよう!」

「クリームもたっぷりかけてあげよう、おじさんのクリームをね!」

少女「ほんとう!? 嬉しい! おじさん大好きっ」


ぎゅっ

「おっふぅ……」



「そうだ、バナナもおまけにつけてあげよう! いいかい、おじさんのバナナだからね。残さずに食べるんだよ?」

少女「でもお金が……」

「いいんだよそんなものは。特別さ」

少女「いいのっ!? ありがとう!」


暫くして、そのやりとりを傍から唖然として見ていた青年の元へ

三つのクレープを抱えた少女がしたり顔で戻ってきた。


少女「はい」

青年「あ、ありが……じゃなくて!」

少女「なに? これで文句ないでしょ」

青年「あるよ! まずタダで貰ったって事もだけど、何よりも……君にあんな事をさせてしまった」

少女「あんなこと?」


青年「とにかく! 君は女の子なんだから、見ず知らずのおじさんに抱きついてはいけません!」

少女「……? なにをそんなに怒ってるの」

青年「君に何かあってからじゃ遅いんだよ」

青年「取り敢えず、お金を払って来る」

少女「どうして。せっかくただで貰ってきたのに」

青年「それがいけない事なんだよ」


青年がクレープ屋の店主にきちんと金を払った後、二人でベンチに腰掛けた。

そのことが不服なのか、少女は少し不機嫌そうだ。


少女「…………」

青年「うん、美味しい」

少女「……なんでお金払ったの? 訳分からない」

青年「んー……それはね、これがあの人の人生の一つだからだ」

少女「クレープが?」


青年「あぁ、これを作って売る事であの人の人生が続いていく。そして作るまでにあの人の人生があった」

青年「僕らはお金……対価を払う事でその一部を感じる事ができるんだ」

少女「……感じてどうするの。別に必要ないでしょ」

青年「確かに、必要無いかも知れない。だけど僕はもっと多くの物を見て、感じたい」

青年「それを君にも、知ってもらいたい」

少女「……わたしに?」

青年「うん、他のもっと多くの人にも」

青年「そのためにお金を払う必要があるんだ」

少女「……あっ、そう」

青年「ふふ、説教臭くなっちゃったね。早く食べよう? 君も食べてごらんよ」

少女「ん……」




言われて渋々、一口かじる。

少女「…………あ、おいし」

今までに食べたことの無い、クリームの甘みと果実のほのかな酸味が程よく混じりあった味に、少女は少し驚いた。

そのせいか、思わず感想が溢れる。


青年「だろう! いやぁ気に入って貰えてよかった」

少女「そう言う訳じゃ」

青年「僕にも一口貰えないかな」

少女「……はい」

ぶっきらぼうにクレープを突き出すと、青年はそれにかじりつき、笑顔を見せた。

青年「うん、美味しいね」

少女「そう」

青年「じゃあ代わりに僕のも、はい」

少女「……なにこれ」

青年「何って、さっき貰った分のお返しだよ」



少女は差し出されたクレープと青年の顔を交互に見やる。

時刻は昼前、場所は多くの人が往来する道の真ん前だ。

戸惑い、何も言えないでいると


青年「……もしかして、恥ずかしい?」

少女「だ、誰が」

青年「まー、嫌なら無理には」

少女「だから、誰もそんなこと言ってないでしょ」

青年「美味しいんだけどな、バナナ」

少女「あぁ、もう」


青年が手を引こうとした瞬間、少女は手を掴んで引き寄せ、大きく口を開けてクレープに食らいついた。



青年「あ! そんなにいっぱい!」

少女「あに、もんくないでしょ」

青年「ないけどさ……ふふ」

少女「んぐ。なに笑ってるの」

青年「ほっぺにクリームがついてる」

少女「っ!」


ごしごし

少女「…………」

青年「はは、偶にはこういうのもいいじゃないか」

青年「もう少し、ゆっくりしていこう」

と べ こんちぬえd

ぶぎぃすいません遅くなったのはMH4が悪いんですぅ



少女「……ゆっくりするのはいいけど」

青年「本当はゆっくりしている場合じゃないんだけどね」

少女「『この戦いが終わったら、何か一つ言うことを聞こう』」

少女「男に二言はない、でしょ?」

青年「いやぁ、君にはいつもお世話になっているからね。できる限りのことはするよ」

少女「それでいいの」

青年(この子には頭が上がらないなぁ……)


少女「そういえば」

青年「ん?」

少女「今食べてるフルーツ、なんていうの?」

青年「あぁ、これかい。……うーん、なんだろうね」


新商品だとか言うクレープを青年が食べていると、気になったのか少女から話しかけてきた。


青年「オレンジ色の果実だけど……甘みは控えめで、さっぱりとした酸味とつぶつぶとした食感が特徴的だね」

少女「言われてもわからないけど」

青年「僕も初めて見るんだ。食べる?」

少女「…………いい。いらない」

青年「そうかい? 結構美味しいけど」

少女「いいから早く食べて。次行きましょ」

青年「次かぁ、何か行きたいところあるかい?」

少女「さぁ、特に。わたしこの街知らないもの」

青年「僕もあんまり知らないんだけどね」

青年(ミーコさんは中央広場に協力者がいると言っていたな……散策ついでに寄ってみてもいいかもしれない)

少女「お兄さん?」

青年「あぁ、なんでもない」


そう言って、最後のひとつまみを口に放り込むと立ち上がる。

青年「さて……行く宛もないんだ、散歩でもして腹ごなしの運動と行こうじゃないか」





道化「ヤッホー☆ お友達の皆! 元気してたかい? そうだヨ、お姉サンだヨ☆」

道化「今日もいっぱい凄い技見せちゃうから、楽しみにしててネー☆」

わーわー

道化「それじゃあ……おとと、オヤオヤ? 今日はお友達が随分と少ないネ!」

道化「これだとボクも張り合いがないナー。うーんどうしよっかナ☆」

道化「そうだ! まずは一発ド派手なのいこっか☆」


中央広場に自前のステージを組み、道行く民衆の視線を独り占めにする、白塗りの化粧に赤い付け鼻、派手な衣装の女性。

彼女は袖下から、直径二センチほどの黒い玉をハつ取り出し

指の股に挟んだそれを両腕を広げるようにして宙に放った。

一体何が起こるのかと、放り投げられた玉に注目が集まる。

すると道化は今一度、両腕を大きく振るい、指先から火の粉を迸らせたのだ。

無数の火の粉は全ての黒球に命中。瞬間、軽快な破裂音と共に色とりどりの花火が空を覆い尽くした。

多くの歓声が湧き上がる。




道化「ヤー! いいですネ☆ この調子でどんどん行きましょー☆」


少女「……なにあれ」

青年「大道芸人だね。芸に魔術を使うのは珍しくないが、相当な使い手と見える」

少女「ふぅん、どうでもいいけど。とにかく人が多くて邪魔」

青年「流石に見えにくいね、肩車でもしようか?」

少女「……あなたって本当、ばか」


道化「ハイハーイ☆ 皆さん、小さなお子様が最優先ですよー☆ホラ、譲って譲って!」


青年「だそうだよ。ささ、もっと前行こう」

少女「わたしは小さなお子様じゃない」

青年「うんうん、分かってる分かってる。すいません通して貰えますかー」

少女「まったく」




青年「この辺りなら見える?」

少女「ふん」

青年「よかった」


道化「それじゃーごちゅーもくー☆」

道化「まず用意するのはまぁるい玉! これに乗ってー」

道化「更にコレ☆ たっくさんある輪っかをポイポイするヨ☆」


自身満々に宣言するも、いざ始めようとすると道化は覚束ない足取りになる。

それがやけに滑稽で、多くの人が不安そうに見守った。

そして遂に道化が台座から足を浮かし、完全に玉に体重を預ける。


道化「おっとっと! よぉーし、いくぞー☆」

何度もバランスを崩し、その度に観客から不安の声が漏れる。

そして一つ目の輪を放り投げ……続いて二つ、三つ、四つ

五つの輪が完全にサイクルの中に収まった。



道化「どうどうどう!? 凄いっしょ☆」

歓声が湧き上がる、青年も見事な物だと拍手をした。

道化「これだけじゃないんだヨ☆ でもでも、失敗したらごめんネー☆」

更に道化は、ジャグリングの最中に掌から炎の玉を生み出す。

一体どうするのかと思っていると、彼女は宙を舞う五つの輪の中に炎球をくぐらせ始めたのだ。

それだけではない、炎珠は弾きあげられるごとにその姿を変え

時に鳥の姿に、時に猛獣に、時に人の姿へと形を変え空に軌跡を描いた。


少女「……わぁ」

あまりにも幻想的な光景で、少女からも声が漏れる。

最後にフィニッシュとばかりに空高く舞い上げる。

白煙となって消える炎、残るは落下する輪を受け止めて占め、という所で



道化「あたッ!」


道化は最初の一つを受け止め損ね、脳天に一撃を貰う。

続け様に、まるで狙われているかのように降り注ぐ輪っかがすっぽりと道化の体に嵌り込み

完全に腕と体をロックしてしまった。


青年「あぶな――」

道化「うわ、わわわわッ!」

バランスを崩し、玉の上から転げ落ちる道化。

全員が目を瞑ると同時に、どっしーんと盛大な音が響き渡った。


道化「あいててて~」

目を開けると、そこには無理やり背筋をぴんと伸ばされたエビのような体勢で道化が倒れていた。



道化「うえー、やっちゃったヨ~。身動き取れないヨ~」

先ほどの見事な芸とは裏腹に、情けない姿と声を晒す道化。

その落差の激しさに、思わず観衆は声をあげて笑った。

失敗したにも関わらず拍手する輩も大量におり、それらは道化が泣き事を言うまで続いた。


道化「チョット~誰か助けてよ~、あ、そこの黒髪のおにーサン! 手伝って貰えるかナ☆」

少女「お兄さんのことみたい」

青年「あ、僕ですか?」

道化「そうそう早く! ボクの真っ白なお肌が赤くなっちゃうヨ!」


青年「よいしょ、一つずつ引き抜いて行きますよ」

道化「優しくしてネ☆」

青年「あ、あぁ、善処します」

道化「アハッ! だめヨおにーサン、くすぐったい☆」

青年「ちょっ、暴れないでください」


道化「だってぇ、アハハ……あ、ところでおにーサン、珍しい髪の色だよネ」

青年「そういえばこちらではあまり見かけませんね。それほど特別って訳ではないですけど」

道化「ンフー、でも何だか只者じゃない雰囲気でてるぅ! かっきゅいい~」

青年「そ、そうですか……でもそれを言えば貴方もですよ」

道化「ボクかい? ボクはしがない道化師だヨ☆ 見れば分かるサ☆」

青年「……ミーコさんから話は伺っています」

道化「ほはっ?」


突然の質問に、素っ頓狂な声を上げる。

だがそれと同時に笑う瞳の奥で、何かが変わった。


青年「貴方が協力者ですね? 僕も、仲間です」

道化「うーん、何言ってるかわかんナイ☆」

道化「今は唯の道化だヨ? 子供達に笑顔と夢を与える道化師サ☆」

青年「ふふ、そうですか。分かりました」

青年「さぁこれで最後ですよ」



道化「うーん! やっぱり自由ってスバラシー☆」

道化「あ、そだそだ、協力してくれたおにーサンに拍手ー!」

ぱちぱちぱち


道化「そ・れ・と、ボクちゃんから飴玉のプレゼントでぇーっすイェイ☆」

青年「ど、どうも」

道化「お連れのお嬢ちゃんにもあげてネ☆ ボクのお勧めなんだヨ? 食べてみて~」

青年「ん……、甘くて美味しいですね」

道化「ホントっ!? ヤー、喜んで貰えてウレシー☆ ボクも食ーべよっ」


包み紙を解き、道化は大玉の飴を口に含む。

道化「ンンー甘い! ……けど、あれれ? 何だかおかしいナ……?」

怪訝そうな顔をする道化、すると次の瞬間

ぽんっと言う破裂音と共に両頬が大きく膨らむ

青年「ッ!?」

そして爆発でもしたかのように、鼻と口、更には耳から白煙がもくもくと立ち上って行った。



道化「あびゃ~」

青年「…………」

近くにいた青年は絶句のあまり、表情が徐々に青白く染まっていく。

それが息が出来ないのだと気づいた時には顔面蒼白で

慌てた少女が、思わず強烈な肘打ちを腹に叩き込んだことで真っ青になった。


青年「がはッ――!」

ぽこんと飛び出す飴玉、気管のつまりが取れ青年は盛大に咳き込んだ。


道化「ヤー、人生何があるかわかりませんネ☆ それじゃー次行ってみヨー☆」

苦しむ青年を尻目に、道化は何事もなかったかのように進めている。

一方の青年は痛む腹を抑え、少女を恨めしく見つめていた。

青年「き、君ね……助かったけどもっとやり方があったんじゃないかな……」

少女「助けてあげたのに心外ね。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないの」


こうしてとんだハプニングに巻き込まれた青年は、ひとしきり笑いで周囲を盛り上げた後、存分に大道芸を楽しんだのであった。

TSU DU KU
ふぇぇ・・・もうすぐポケモン発売だからまたまた遅くなるよぉ・・・
しかもストーリーとあんま関係ないところで時間取られちゃってるよぉ・・・




道化「……これでオシマイっ! 今日は皆ありがとー☆」

道化「んじゃまったネ~☆」


全ての芸が終わり、道化が周囲の人々に大きく手を振る。

すると足元からもくもくと白煙が湧き上がり、彼女の姿を完全に覆い隠してしまう。

霧が晴れた時にはその姿はなく、最後の盛大な拍手の後に観衆は思い思いの方向に歩き始めた。


青年「いやぁ、すごかった! 帝都にいた時でもあんな芸は見たことがない」

少女「……そう。すごかったのは認める。けど、あの喋り方はどうにかならないの?」

青年「さ、さぁ、僕に言われてもね……おや」

青年「あの輪、芸に使っていた奴だね。忘れていったのかな」

少女「そうみたい。……まさかとは思うけど、届けに行くつもり?」


青年「え、あぁ、そのつもりだけど」

少女「お兄さん、何度も同じことを言わせないで」

青年「分かってる。……けど落し物は届けてあげないと」

少女「第一、どうやって届けるの? 居場所もわからないのに」

青年「あの姿ならすぐ見つかるだろう。見当たらなかったらこれは預かっておくよ」

少女「……はぁ、あなたには何を言っても無駄ね」

青年「すまない。どうする? 一緒に行くかい?」

少女「ここで待ってる。あと、わたしとの約束を破る条件」

青年「破る訳じゃないが……条件って?」

少女「輪っかを渡したらすぐに戻ること、寄り道は厳禁。分かった?」

青年「分かったよ」


少女「……あと、隠し事は許さないから」

青年「あ、あぁ、すぐに戻るよ。そうだ、これ」

少女「飴? そんなものでご機嫌取ろうっていうの?」

青年「そうじゃないさ、待っている間暇だろう? 君がこれを食べ終わる頃には戻ってくる」

少女「ふぅん、信じていいの?」

青年「まぁ中々大きな飴玉だから、だいぶ余裕はあるけどね」

青年「じゃあ行くけど……知らない人に着いていっちゃ駄目だよ? 僕が戻って来るまでここで待っていてね」

少女「はいはい」


青年は何度か振り返り、少女の様子を見る。

少女が誰かに襲われたとして、何ら心配する事は無いと青年も良く知っているだろう。


少女「……変な人。くすくす」

包み紙を解き、飴玉を小さな口に放り込む。

舐めて溶かすには随分時間がかかるだろうそれは、とても甘かった。





青年「ふぅ、あまり疑われずに済んだかな」

青年「輪に巻かれたメモ、すぐに回収出来たはいいが……あの子のことだ、何か感づいてそうで怖い」

歩きながらそのメモを広げてみる。


中央広場を東に、橋を渡ってすぐ左のカフェ


青年「随分簡単なメモだが……、分かるだろうか」

書かれた通りに進む、すると本当にすぐ左に店があった。

なんの変哲もない、ただのカフェだ。


青年「何だかな……聞かれては不味い話もあるだろうに」

カラン

「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」

青年「あ、いえ、知り合いが待っているはずなんですが」

「おーい、こっちこっち」

ふと、どこからか呼ぶ声が聞こえる。

見るとブロンドの髪を短めに切った、短髪の女性がこちらに向けて手を振っていた。

一瞬間違いではないかと思ったが、視線が合うと手招きを始めたので取り敢えず近づいてみる。




「結構早かったね、とにかく座りなよ」

「コーヒーでいいかい?」

青年「あ、はい」

「じゃあすみません、コーヒー二つ」

ウェイトレスを呼び、注文をする。

それが終わると、目の前に座る青年の目を覗きこむように頬杖を付いた。


青年「……えぇと、まず確認として。貴方はミーコさんの協力者ってことでいいんですよね」

「うん、そうさ。キミも彼女に手を貸すなんて相当の物好きだよね」

青年「ということは……さっきの大道芸人さん?」

道化「うん? 見てわからないのかい」

青年「いや……驚いきました。化粧してたとはいえここまで変わるとは」

道化「あはは、まさかあんなのと同一人物だなんて思わないよね」


青年「しかしこの短時間でよく着替えれますね」

道化「慣れれば簡単だよ」

青年「慣れでどうこうなるレベルでは……いや、あまり長い間話していてもなんですし、そろそろ本題に入りましょう」

道化「ん、そうだね。どこまで聞いてる?」

青年「商人連合国から薬物が密輸入され、それをある組織がところ構わずバラまいていると」

道化「……ま、大体そんな感じ。ボクは元々一人で調査してたんだけど、ミーコと知り合ったのは必然だったんだろうね」

青年「何故一人でそんな事を? ミーコさんといい、騎士団に頼れば……」

道化「どうにかなると思う?」

青年「……そのために存在しているのですから」

道化「どうにもならなかったよ。王都防衛で残されてるのなんて貴族出身のお高くとまった騎士様ばかり、後はその小間使い」

青年「彼らは怠惰だが無能では無い、はずです」

道化「怠惰で無能な方がマシだったよ。何せ奴らの中に手引した奴がいるんだから」



青年「な……ッ」

道化「腐っても騎士団、密輸入を見抜けないほど無能じゃない。奴らは知った上で見逃した」

青年「そんな事……」

道化「いくら握らされたかは知らないけどね。ボクは騎士団に相談しに行った帰りに襲われたよ」

青年「何だって!?」

道化「しー、襲われたと言っても雇われの賊だ。ボクの敵じゃなかった」

道化「だから気にしないで欲しい、こうして変装もしている訳だしね」

青年「ですが……」

道化「さて、肝心の騎士団様が動かないとなった今、一人でも信頼の出来る人間が欲しい」

青年「僕は信頼に足る人間なんですか?」

道化「気を悪くしないで貰いたいが……キミは如何にも善人面だ。しかもあいつからの紹介、大丈夫だろう」

青年「は、はぁ……善人面」

道化「で、どうだい。協力して貰えるかい?」


青年「……僕に出来ることならば」

道化「期待していた通り、いい返事だね。早速キミに頼みたい事がある」




少女「…………」

からころ

舌の上で弄んでいた飴玉は中位のサイズになった。

あまり時間は経っていない。


少女「……暇」

青年は飴玉がなくなる頃には戻ると言った。

そして少女は待つと言った。

だが時間はまだかかりそうだった。

ならば


がり、がりり

少女「これで約束は無し」

少女「でもいいよね、破ってるのはお兄さんだもの」

少女「くすくす……」





コーヒーを一口啜り、青年は息を吐いた。

青年「組織との繋がりを持つ騎士を探して欲しい、ですか」

道化「あぁ」

青年「想像はしていましたが……」

道化「難しいことは承知の上だ。だが、キミだけが頼みなんだ」

青年「しかし、多くの騎士が出回っているとはいえ、王都にいる騎士達は相当数います」

青年「その中からどうやって探しだせと」

道化「ふふ、キミになら出来ると思うけど。……ミーコから噂は聞いてるんだよ? 暴動のさなか屋敷に忍び込み錯乱した領主を止めたって」

青年「……ミーコさんが? 何故そんな事。ですがやめてください、あれは決して良い結末ではなかった」

道化「何があったかは詳しく知らないけどさ。そのくらいの勇気と行動力があれば可能だと思うよ」

道化「と、だけ言うのも無責任か。……これはボクの予想なんだけど聖騎士隊の誰かだと思う、まぁ間違いなく有力者だ」


青年「そうですね、現在の治安維持は聖騎士隊が行っているから……」

聖騎士隊が絡んでいるなら自分も関係してくることだ。

元々、生半可な覚悟でこの事件に関わろうなどとは思っていなかったが、そう言う事なら動きやすくなるし協力を得やすい。


青年「分かりました。やると言ったからには責任をもってやらせてもらいます」

道化「そうか! 引き受けてくれるか!」

道化「いやぁよかった、正直引き受けてくれるとは思っていなかったんだ」

青年「騎士団の一員としては、見過ごせませんし」

道化「だとしてもだ。キミが協力してくれて……とても嬉しい」

そう言うと、道化は白く細い指を伸ばし、青年の手に触れた。

暖かいカップを握っていた青年には、それは異様に冷たく感じ

また、女性らしい柔らかく艷やかな肌の感触にどきりとする。


青年「あ、あの……」

先ほどまでの淡々とした彼女とは裏腹に、伏し目がちに祈るように両手を重ねる姿は……とても儚く見えた。

道化「実を言うと、不安だった。また裏切られるんじゃないかって」

道化「でも一目キミを見て、言葉を交わして……言い表しようの無い何かを感じたんだ。それを信じてよかった」

彼女は役を演じていると言った。ならば道化の彼女も、凛々しい彼女も演技だったのかも知れない。

この彼女こそが本物だとすれば……青年はどうにかして守りたいと思った。


青年「そ、そうなんですか」

道化「あっ、ご、ごめん。変な事を言ったね……忘れてくれ」

思わず本音がこぼれてしまっていたのか、彼女は青年の手を離すと共に取り繕った。

青年「ははは……僕は構いませんが」

道化「本当かい? 変な女だとか思ってない?」

青年「それは、ちょっとだけ」


道化「そ、そこは『気にしてないよ』というところじゃないか?!」

青年「ふふ、冗談ですよ。最初は変な人だな、って思ってましたが……案外可愛らしい所もあるんですね」

道化「やっぱり思ってたんじゃないか! て、ていうか可愛いとか、こ、こんな私が……?」

青年「あああ、コーヒーこぼれますからいきなり立ち上がらないで」

道化「き、キミが適当な事いうからだよ!」

青年「適当じゃありませんよ。……この一件が片付いたら、素の貴方と話しがしてみたい」

道化「…………む、まぁ、考えておく」

青年「? どうかしました」

道化「いや、何でも。そうだ、報酬の話をしておこう」

青年「報酬、ですか? 別に見返りを求めている訳では」

道化「そう言うな、ただ働きさせてはこちらの立つ瀬がない」


青年「……でしたら、もう一度貴方の芸が見たいです」

道化「そんな事でいいのかい?」

青年「あれは素晴らしかった。何度でも見たいって思います」

道化「何だか照れるな……でもあの格好は中々に恥ずかしいんだぞ?」

青年「はははっ、そうなんですか? だったらどうして大道芸を?」

道化「笑うなよ? ……ボクは、子供達の笑顔が見たかったんだ」

青年「…………」

道化「ん、な、なんで黙るんだい」

青年「いや……とても素敵な理由だな、と」

道化「そそ、そうかな、ああ、くそ……調子狂うなぁ」

青年「しかし、なるほど。そうでもなければあんな自由な芸は出来ませんね。正直、圧倒されました」

道化「半ばやけくそなんだけどね。……まぁいいかな、でもキミだけなんだぞ? 素顔を知られた上であの姿を見せるのは」

青年「え、あ……」



道化「だけど、あまりジロジロ見ないでくれよ。……は、恥ずかしいからね」

青年「は、はい」

少し異様な雰囲気が両者の間を行き交う。

それに耐えられなくなったのか、道化は残りのコーヒーを飲み干し、ふと思いだしたようにつぶやいた。

道化「あ、そういえば」

青年「?」


道化「キミの連れ、どうしたんだい」

青年「あぁっ!!」


忘れていた訳ではない、だが思ったよりも時間は早く進んでいて

一気に冷や汗が湧き出るのを感じた。

青年「ずっと待たせていたんです、話が終わったらすぐに戻るって言って」

道化「そうだったのか、いやすまない、気が利かなくて」

青年「いえ、悪いのは僕ですから。と、という訳でして」


道化「あぁ、もう用は済んだから、気にしないでくれ。ちなみに今日はボクのおごりさ」

青年「え、でも」

道化「貴重な時間を貰ったお礼だよ。さぁ早く行った行った」

青年「恩に着ます」

道化「あと連絡は追ってミーコに行って貰うから、公安の受付に話をつけといてくれ」

青年「はい、あ……そういえば」

道化「ん?」

青年「差し支えなければ、名前、教えてもらえますか」


道化「……イアラ」

青年「それではまた、イアラさん。今日はありがとうございました」

道化「あぁ、こちらこそ。またね」


急いで店を出る。

からんころんとなる鐘の音が響き、扉が開かれる。

するとどこからか、覚えのある匂いと、光を受けて煌めく金糸が風に導かれ、青年の目の前で渦巻いた。

はっ、とする。



青年「ティノア?」

彼女の気配を感じて、その方向に視線をやる。

少女「フューリさん?」

そこには、どこか眠たげな表情の少女が店の壁を背に立っていた。

輝いていた金の束は、先ほどまでと違って群青のリボンで束ねられ、ふわりと風に揺られて踊っている。


少女「奇遇ですね」

青年「どうして君が?」

少女「どういう意味でしょうか? 気がついたらここにいました。フューリさんがいなかったので少し困りましたが……」

少女「誰かさんが人を探す時は、とりあえず待てと言っていましたので、ここで待っていました」

青年「……そう、か。ごめんね、待たせてしまって」

少女「いえ、それほど待っていませんから。にこー」

少女「それよりも、もう帰りませんか? わたし、眠くて、眠くて」

青年「あ、あぁ。分かった、そろそろ帰ろうか」


目を擦り、覚束ない足取りの少女の手を引き、青年は元きた道を行く。

青年(……今は、ティノアだ。間違えようがない)

青年「だとすれば、彼女は? 一体、どうして」


胃のあたりが気持ち悪くて仕方ない、まだ口の中に残る苦味を溶かしながら、帰路につくのであった。

つ づ く
二年以上経ってまだ二スレ目が終わってないってやべーな…
いつ終わることやら




あの下水道を通り、二人は執務室へ戻ってきた。

途中で眠ってしまった少女を背負って、だが。


青年「よく寝てる……」

少女「すぅ、すぅ」

本当なら部屋で寝かせるべきなのだが


青年「何故か、一人にさせたくない、そんな気がする」

ソファに寝かせ、毛布を首元まで被せた。

青年「暫くはここで様子を見ておこう。さて……」

いい感じに疲労が溜まっているがそう言うわけにもいかない。

散らばった資料を集め整理する、それが終わると次は未完成の資料を作成しなくてはならないのだ。


青年「よし、いっちょやってやろうじゃないか」




コンコン

青年「はい?」

資料作成が終わり、不備の有無を確かめているとノックが鳴り響いた。

あれから時間は経ち、西日が差し込む時間だ。

誰だろうか、と青年が返事をすると


ガチャリ

ひょっこりと姫が顔をのぞかせた。

姫「お兄様……? 今、よろしいですか」

青年「ルナ、構わないよ。どうしたんだい」

姫「失礼します。あの……、あ」

遠慮がちに部屋に入ると、目当てのものを見つけたのか、表情を変えてみせる。


姫「あんた、ここにいたの」

青年「あぁ、ティノアを探していたのか」


姫「はい。この子、最近あまり見かけないものでしたから」

青年「ちょっと前に色々あってね。なるべく僕が様子を見るようにしてたんだ」

姫「そうなんですか。ちょっと心配、じゃなくて気になって」

青年「そういえば、この子を馬車に乗せたのは君だったね」

姫「あ、やっぱりバレました? だってお兄様、頑固なんですものー」

青年「ははは……はぁ。まぁ、結果として無事だったからよかったけど」

姫「この子だって、お兄様の力になりたかっただけなんですよ。それを蔑ろにするのは」

青年「それは、分かってる。ティノアの気持ちをよく考えなかった僕も悪い。でも」

姫「巻き込みたくない、ですか」

青年「うん」

姫「……本当、頑固」

青年「え……?」



ぼそりと呟いた姫は、机の側に突っ立っていた青年に飛びつく。

青年「うわっ!?」


胸の辺りにぽすんと頭をくっつけ、暫く動かなくなった。

離れようにも腰にしっかり手を回され、こちらも動けない。

青年「ど、どうしたんだい」

姫「皆、お兄様の事が心配なんです」

青年「…………」

姫「それは、わたしもなんですよ?」

青年「そうか……」

姫「本当だったら、わたしだって一緒に」

青年「気持ちは嬉しい、だけど」

姫「分かってます。わたしが付いて行っても邪魔にしかならないって」

青年「そうじゃない」

姫「え……」


青年「君はお姫様だし、君を心の支えにしている人が大勢いる。君が死んだら皆が悲しむだろう、勿論僕もだ」

青年「それは君がお姫様だからってだけじゃない。明るく元気で、無邪気に笑う君だからこそだ」

姫「……」

青年「だから、分かってくれるね」

姫「……うん」

姫「でも、最近よく思います。こんな風に生まれなかったら、もっと一緒にいられるのかなって」

姫「一緒にいられるあの子が羨ましい」

青年「ルナ」

姫「いえ、何でもありません。それよりお兄様?」

青年「ん、なんだい」

姫「……なんだか、臭いですよー」

青年「えっ!? そ、そうかな」



姫「……どこに行ってたのかは、敢・え・て、聞きませんけど」

青年「うぐ……」

姫「うふふふふ、口止め料は高いですよ?」

青年「ご、ご勘弁を」

姫「駄目ですー。職を失うよりはマシでしょ?」

青年「ははは……まったく、敵わないなぁ」

姫「えへ。という訳で、お仕事忙しくてもお風呂くらい入ってくださいね」

姫「あの子もどうせ臭いんでしょうから、ちゃんと入れるよーに!」

青年「あ、あぁ」

姫「それじゃあ失礼しますね!」


バタン

言うだけ言うと、姫は部屋を出て行った。

本当に感の鋭い子だ。その分、溜め込みやすいのかも知れないが。



青年「暫く、あの子と話す時間がなかったからな……いい機会だな」

少女「やっと行ったの?」

青年「っ!?」

寝ていたとばかリ思っていた少女が突然起き上がった。

青年「起きていたのか」

少女「あの子、苦手って言ったでしょ」

青年「そうだったね。……でもいい子だよ? 何が苦手なんだい」

少女「色々あるの。お風呂行ってくる」

青年「あ、あぁ、分かった。着替えの場所は分かるね?」

少女「うるさい」

ガチャ、バタン


青年「……またあの子に戻っている。それに何か怒っているような」

青年「取り敢えず」

袖の臭いを嗅いでみた。

青年「あの子が戻ったら、僕も風呂に行くか」





その男は苛立っていた。

聖騎士隊に所属し、且つ公安課の課長という身分に与えられた、執務室の扉を荒々しく閉める。


部下「お、おかえりなさい。どうでした」

課長「どうもこうもあるか! まったく話にならんな」

憤り、部屋に飾られた鎧を力任せに蹴り飛ばす。その反動で兜が鈍い音を立てて床に転がった。

部下「落ち着いてくださいよ」

課長「落ち着いてなんていられん! あの糞共、すぐ調子に乗りやがって」

部下「また値切ってきたんですか?」

課長「あぁ……単価を安くして依存性を高めてから、高騰させるんだと」

部下「はぁ」

課長「私が幾つ危ない橋を渡ったと思う!? 監視の少ない輸入ルートを見つけ出し、そこの役人を買収し!」

課長「コストの高い方法でお上の目をごまかしながら! いくらかけたと思ってるんだ!」

部下「そうですね」


課長「話を蹴ったら告発するぞと一丁前に脅してきやがる。舐め腐りやがって……」

部下「大丈夫なんですか? それ」

課長「……今度、頭と交渉することにした。あちらとて騎士団に目を付けられたくはあるまい、そこでどうにかする」

部下「上手く行くといいですけど」

課長「やるしかない」


そう、やるしかないのだ。

とある領、とある領主の長男として生まれた彼は、優秀な弟に世継ぎの座を奪われ

腐る事も許されずご奉仕として騎士団に入団した。

領を与えられるほど名の知れた、父の七光で苦労する事無く出世するも、実力の伴わない彼では事務仕事が主。

その仕事も部下に任せきりで、無能さに磨きをかけた彼は、社交と根回しだけで日々を生きてきた。



だが威厳もへったくれも無く、部下に当たり散らし、威張ってばかりの彼には付き従う部下も少なく、妻と息子からの扱いも悪い。

そうして鬱憤を溜めに溜めた彼は、賭博に嵌りこんだ。

上司との付き合いで初めて賭博場に行った彼は、初めての賭けで大勝した。これが間違いだった。

なんの才も無く、劣等感だけに包まれた彼は、賭けの才能という言葉に魅せられた。

根拠も無いそれを勘違いしているとは気づかず、大口の賭けに手をだし

連敗に連敗を重ね、遂には誰にも言えない額に膨れ上がった借金だけが残った。

要はその馬鹿げた金額の借金を返すため、ボロボロのプライドを首皮一枚で繋ぐための、生まれて初めての努力なのだ。




部下「あんまり、目立つ行動はしないでくださいね」

課長「分かってる」

部下「……こないだの女みたいなのは勘弁ですよ」

課長「あぁ、お前はそんなに気にする必要はない。私に任せておけ」

部下「俺も生活かかってんですからね」

課長「大丈夫だ。あの女も身の危険を感じてどこかに消えた事だろう」

部下「はぁ」

課長「そんなに気にすることはない、平民がいくらピーピー鳴こうが関係ないんだ」


課長「大丈夫……大丈夫、絶対上手く行く」


――


青年「密輸入するとなれば、商人連合国に近い東部。山岳を通る道と港を通してのルートだな」

青年「どちらとも資料はあったが……それらしい物は見当たらないな。いや当たり前か、改ざんされているだろうし」

青年「……お手上げか、騎士団内の資料では宛にならない」

青年「言及出来るだけの証拠が欲しい。それを手に入れるためにはどうすれば……」


少女と街に出かけたその翌日、青年はかき集めた資料を読みあさり、うんうんと唸っていた。

現在、部屋には他に誰もいない。少女の行方は、分からない。

簡単に王宮から出ることは出来ないはずだが、彼女ならやりかねない。

心配になって探してみたのだが、どこにもいない。一応、王宮内警備の近衛師団の知り合いに、見つけたら連絡して欲しいと伝えておいたが……。

ふと、手元の資料を机に置き、窓から外を眺めた。


青年「何事もなければいいが」

つ づ く
あながち間違いじゃないけど普通に忙しいですぅ





道化「ハーイ☆ 皆ー、今日も楽しんでいってネー!」

昨日と同じ中央広場、大勢の観衆に囲まれた中で道化は声を張り上げる。

だが昨日とは違う点が、一つあった。


わーわー

少女「…………」


道化「……。ヤ、ヤー、皆元気だネー!」

わーわー

少女「………………」


道化(凄い、殺気を感じる。と言うか凄い見られている)

群衆の一番先頭、道化の目の前に陣取る少女。

確か青年の連れだった子だ。彼女から悍ましい気配を感じるのだ。

何故あんなにも冷徹な目を道化に向けているのかは、分からない。

道化「ヨーシ! じゃあ張り切っていこー!」

少女「……………………」

道化(正直、やりづらい)


――


道化「きょ、今日は……これで、終わりだヨー!」

道化「皆ありがとネ☆ そっ、それじゃあバイバイ!」


いつもより早めに切り上げ、逃げるように姿を消す。

結局、あの少女はどんなにおちゃらけてみせても、表情筋一つ動かさなかった。

先に耐えられなくなったのは道化の方で、完敗と言っていい。


道化「全く……なんなんだあの子は」

道化「取り敢えずさっさと着替えてしまおう……」

そう考え、派手な衣装に手をかけようとした。


少女「ここにいたの」

しかし、背後から掛けられた抑揚の無い平坦な声で、凍りつく。

道化「どうして、ここが」

ここはスラム街にある、今はもう誰も使っていない家屋。

そこを上手く隠れ家にしていたのだが。


少女「そんなことはどうでもいい」

少女「あなたに聞きたいことがあるの」

道化「聞きたい事……? ボクが教えられる事なんてたかが知れているよ」

少女「内容に価値を決めるのはわたし、ただ答えてくれればいいの」

道化「……随分勝手な言い草だね。キミの連れ、保護者かな? フューリ君とは知り合いだが……]

道化「キミの無礼を許容してやる筋合いは無いな」


少女「…………くすくす」

道化「っ!」


こらえきれない笑いが、喉奥からこみ上げている。

そんな不気味な笑いが道化に危険信号を伝えた。

この子は、やばい。と告げるアラートが鳴り止まない。


少女「いいの? それで、わたしはいいけど」

道化「どういう、意味だい」

少女「あなたがなんて言おうと、関係ないの。だって」


少女「何がなんでも話して貰うから」

道化「……あ」


ここにきて、道化は少女のことを注意深く観察した。

危機感から来る咄嗟の判断であり、彼女を回避する策を練るためである。


あの人混みを抜け出し、隠れ家に逃げ込んだ自分を見つけた少女。

腰まで伸びるブロンドを下ろし、純白のフリル付きワンピース、そして編上げのブーツと言った

庶民的でありながら、どこかミスマッチな風貌の少女。

その違和感は少女らしからぬ妖しげな表情と物腰

そしてブーツに隠された凶器からなる物だと道化は気づく。


少女「くすくす、何かおかしなところでもあるの?」

視線に気づいていたのか、口元に手を当て笑う。

道化の中で、結論が出た。素直に従うしか無いという結論が。


道化「……仕方ないね。いいよ、何が聞きたいんだい」

参ったとばかリに両手を挙げる。

少女「くす、素直な人は好きよ」

道化「キミに好かれてもね」


ささやかな反撃とばかリに憎まれ口を叩き、少女の言葉を待つ。

だがそこで、初めて少女は違う表情を見せた。

戸惑うような、少し困ったような表情だった、微かな変化なのでわかりにくかったが。


道化「あれだけ言っておいて、やっぱ無し、とでも言うつもりかい?」

少女「……うるさい。良い? あなたはわたしの質問に答えるだけでいいの」

少女「他には何もいらない」

道化「分かった、分かったから。早く着替えたいんだボクは。さっさと終わらしてくれ」

少女「……ふぅ」


物憂げに息を吐く、そして一瞬ためらってから続けた。



少女「人と楽しく話す方法を教えて」

道化「……何だって?」


道化が耳を疑うのも、無理はなかった。


少女「何度も言わせないで、他人と談笑する方法よ」

道化「…………」

少女「さっき、あなたを観察していたけど、よく分からなかったわ」

どっと身体中の力が抜け、疲れが押し寄せて来るのを感じた。

道化「そんなことかい……?」

少女「そんなこととは、何」

道化「いや、なんでもない。そういうのなら、いいよ」

道化「ただ……どうしてボクなんだい?」

少女「……それは」


道化「――あぁ、なるほど。嫉妬かい」

少女「嫉妬?」


道化「キミはボクに嫉妬してるんじゃないか? キミのフューリ君とボクが仲良く話していたから」

道化「ということは、昨日の様子を見ていたのかい?」

少女「ちょっとだけ、だけどどうして、わたしが嫉妬なんて」

道化「女の子なら仕方の無いことさ。一緒にいた男性が見ず知らずの女と仲良く話をしている」

道化「そこに嫉妬してしまうのはよくあるだろうね」

少女「そうじゃなくて、どうしてわたしが、お兄さんと、あなたが話をしていただけで嫉妬する必要があるの」

道化「……くく、はははっ!」

少女「何がおかしいの」

道化「いや、すまないね。なんだ、不気味な子かと思ったけど……案外、くくっ」


少女「…………」

道化「おっと、そう睨まないでくれ。悪かった」

少女「教えないつもりなら、考えがあるけど」

道化「分かった、分かってるって」

道化「彼と楽しく話したいって事だろう?」

少女「いえ、別に――」

道化「いいかい、基本は相手を喜ばせればいいわけだ」

道化「そのためにどうすればいいか、それをキミに伝授しよう。それでいいね?」

少女「……ええ」

少女「ただし」

道化「ただし?」

少女「簡潔に、それとわたしは嫉妬なんてしていないから」





つ づ く
短いけど堪忍な






青年「……もう夜か」

結局、密輸入に関わる情報は得られなかった。

少女の事で気が気でなく、身が入らなかったのは言うまでもないが

それがなかったとしても、信頼性が低い資料を闇雲に読みあさった所で成果は得られなかっただろう。


青年「……いや、諦めるのはまだ早い! 明日こそどうにか手がかりを見つけよう!」

青年「よし、頑張るぞ! ……っ、いたたた」

勢い良く立ち上がると、火傷を負った部分の成り損ないの皮膚が引きつって、激痛を与えた。


少女「何をしているのですか?」


青年「っ!? ティノア! い、いつからそこに」

少女「さきほどからいましたが」

音もなく、部屋に入り込んでいた少女。

青年の心配とは裏腹に、本人は普段通りだ。

ただ、今日は青いリボンで二対のおさげを作り、前側に垂らしている。


青年「は、はは……そうだったのか。じゃなくて!」

青年「今まで一体どこに行ってたんだ! 心配したじゃないか!」

少女「すみません。散歩に行っていたのですが、迷ってしまいまして」

青年「どうしてまた一人で散歩になんて、言ってくれれば連れていってあげたのに」

少女「お仕事の邪魔をしたくなかったのです」

青年「邪魔なことないよ。むしろそのくらいの我儘、可愛いものさ」

青年(もう一人の君と比べたらね……)



少女「そうなのですか?」

青年「うん。ティノアも、もうちょっと我儘言ってもいいんだよ」

少女「……はい。分かりました」

青年「さーて、仕事がまだ残ってるんだ。時間が掛かりそうだから先に休んでいてくれ」

少女「まだ……ですか?」

少女「それは、わたしがご心配をお掛けしたから」

青年「そういう訳じゃあないさ。ただちょっと量が多くてね、苦戦してただけだよ」


青年は軽く笑って、椅子に腰掛けた。

少女「……わたし、いやです」

青年「え?」

少女「まだ、ここにいます」


青年「何を言っているんだい。あんまり遅いと体に障るよ」

少女「それを言うならフューリさんもです」

青年「あ、はは……痛いところをつかれちゃったな」

少女「さっきまでもずっとお仕事していたのですか?」

青年「まぁ、ね」

少女「でしたら、少し休んでからにしてください」

青年「だけどね」

少女「…………」

青年「わかった、わかったよ。少し休む」

少女「本当ですか?」

青年「うん。本当だ」


さぁ仕事を始めようとした青年は、ペンを掴んだ手を離して見せる。



しかし、それだけでは納得出来ないのか、少女はとことこと青年の側にやってきて

その膝の上にちょこんと座った。


青年「……ティノアさん?」

少女「こうすれば、お仕事できません」

青年「それは、そうだけど」


膝上と、胸に感じる柔らかな感触。

そこから伝わる熱は思った以上に高く、しかし優しい。

少女「…………」

青年「……でも、これで休めていると言えるのかな」

少女「あ、そう……ですね。退きましょうか?」

青年「いいよ。このままで」

少女「え……?」



そっと、後ろから少女を抱きしめてみる。

青年の体も小柄な方だが、その両腕の中に彼女はすっぽりと収まった。

突然のことで、一瞬体が強張ったのを感じたが、すぐに力が抜ける。

少女「あ、あの」


青年「ごめんね。君たちには随分と心配を掛けさせているみたいだ」

少女「…………」

青年「僕は、そんなに無茶しているように見えるかい」

少女「はい……」

青年「あはは、厳しいな」

少女「ですから、もっと」

青年「……だけど、無茶するなっていうお願いは聞けないんだ」



少女「どうしてですか?」

青年「いくら頑張ろうが、いくら必死になろうが、全然足りないからだよ」

少女「どういうことでしょうか」

青年「……ごめん。忘れてくれ」


自分でも知らぬうちに、抱きしめる力が強くなった。

だが、それに対して少女は文句一つ言わない。


少女「フューリさんは、いつも悲しそうな顔をしています」

数秒の沈黙が降りた後、少女が突然そんなことをいう。

言葉の意味がよく分からず、青年は続きを待った。


少女「心から笑っていること、少ないと思います」

少女「それは……頑張らなくてはいけないことと、関係があるのですか?」


青年「どう、だろう……。そうなのかな? 心から笑っていない、自分ではわからないけど」

青年「いや、君がそういうのなら、そうなんだろうな。きちんと笑えるほど、余裕が無いのかもしれない」

少女「そうですか……。でも、わたしはフューリさんに、笑っていて欲しいです」

青年「……うん。わかった、努力するよ」

少女「努力では、だめです」


すると、少女は抱かれたまま、もぞもぞと膝の上で半回転。

幼さの残る無表情を青年に向け、両の人差し指で彼の口角を釣り上げた。

青年「にゃ、にゃにを」

少女「もっと口角をあげて、目を細めて」

少女「ちょっとだけ目を細めてください」


青年「こ、こうかい?」

少女「はい。にこー」

青年「に、にこー」

少女「…………」

青年「駄目、かい?」

少女「……はい。ですが、もっといい方法があります」

青年「……?」


少女「基本は、相手を喜ばせること、だと誰かさんが言っていました」

青年「喜ばせる?」

俯いたままぼそぼそと呟いた少女。

その様子に首をかしげ、表情を覗きこもうとした瞬間

青年は硬直した。



少女「……ちゅ」

額に、軽く触れた唇の感触。

肩に回され、抗い難い引力を生み出すのは、か細い腕。

それらは圧倒的な熱量を青年に流し込む。

全身の血が沸騰しそうな感覚に見舞われた時、少女は唇をそっと離した。

離れる唇がぷるりと震え、感触の残る額がじんじんと焼けるように熱い。


少女「これは、元気になるおまじない」

少女「そして……」


二度目。


今度は頭をしっかりとホールドされながら、頬に。

ぞくりとした、悪い意味ではなく。

体の芯から、迸らせてはいけない物が沸々と湧き出るのを感じた。

頬への口づけは何度かされた事がある、しかしこれは挨拶でするものとは全く性質が異なっている。

それを理解しそうになった時、青年は頭の中が白く弾けるのを感じた。


少女「これは笑顔になるおまじないです」

両手と唇を離した少女は、にこりと笑った。

濡れた唇が、やけに艶めいていて、少女に似つかわしいほど……妖艶だった。


青年「え、あ……」

物言わぬ青年を見て、少女は更に笑う。

少女「……おまじない、効くといいですね」

青年「そう、だね」

何とか絞り出した声は、酷く情けないものだった。

少女「他にも、わたしに出来ることがありましたら、いくらでも言ってください」

少女「……お仕事の邪魔になりますから、そろそろ失礼します。おやすみなさい」


ぱたぱたと、小走りに執務室を後にする少女。

その後ろ姿を見て、取り残された青年は頬に手を当て思う。


彼女は、自分のいない所で成長していく。


ただそれだけの事実に、焦りと虚無感を覚えた。

つづくよぉ・・・



青年(色々思うことはあっても、なんだかんだで気力が湧いてくる)

青年(不思議な気持ちだ)

青年「……僕も男と言うことか」


そう呟いてみると、当たり前のことなのに笑えてきた。

以前なら考えもしなかったことだ。

……もしかすれば、少女だけでなく、自分自身も成長しているのかもしれない。



青年「だといいけど……おや」

青年「机の下に書類が落ちていたのか」


手を伸ばし、書類を引っ掴む。

青年「…………っ、これは」



――

翌日。


青年「失礼します」

青年はとある一室を訪れていた。

そこは聖騎士隊のトップ、聖騎士の執務室だ。

だが、今彼はいない。代わりにいるのは彼の秘書官のみであった。


秘書「何かご用でしょうか」

青年「あの、ユリウス将軍はいらっしゃいますか?」

秘書「ユリウス様は外出中です。何かご用件がお有りでしたら伺いますが」

青年「……そうですか。少し厄介な事なので直接お話がしたいのですが」

青年「お時間を取らせていただくことは出来ないでしょうか」


秘書「残念ですがお忙しい方なので、厳しいかと」

青年「そこを何とか……!」

秘書「分からない人ですね。第一、頼んでおいた資料は完成したのですか?」

青年「はい、なんとか」

秘書「でしたら次の仕事が残っています」

青年「そんな」

秘書「何かご用があるのなら私が伝えておきますから」


聖騎士「ははは、君は優秀だが、融通が効かないところが難点だな」


項垂れる青年の後ろから、快活ながらも上品な笑いが聞こえた。

驚いて振り返ると、そこには白のタキシードに身を包んだ聖騎士の姿が。




流れるような金髪は歳を感じさせないほど潤い

顔の上半分を覆う仮面の下には、鼻筋の通った精巧な顔つきが隠されている事がうかがい知れる。

実は仮面舞踏会の帰りなのでは無いかと思うほど、似合っているのが憎らしい。

実際の所どうなのかは分からないが。


秘書「ユリウス様……!」

青年「将軍、いつの間にいらしていたのですか」

聖騎士「いやすまない、先ほど戻った所でね。どうやら彼女が迷惑をかけたようだ」

青年「いえ、そんなことは。一方的に頼んだのは僕ですから」

聖騎士「そう言って貰えると助かる」

秘書「…………」

聖騎士「すまないが席を外して貰えるかな」

秘書「分かりました」



聖騎士「殿下の素性を知らないとはいえ、部下がとんだご無礼を。お許し下さい」

青年「本当に、気にしないでください」

聖騎士「流石殿下、お心が広い」

青年「その呼び方も、話し方もやめてください。今の僕は貴方の部下の一人に過ぎませんから」

聖騎士「……そうか。それならお言葉に甘えよう」

聖騎士「そろそろ本題に入ろうか」


青年「はい。本日お伺いしたのは、城下町で流行している薬物の件について、お話があったからです。ご存知ですよね」

聖騎士「ふむ、確かに知っている。密輸の件かな?」

聖騎士「大方、戦争の混乱に乗じて一儲けしたい者達の犯行だろうが、やけに捏造された資料が多く、私も手を焼いていた所なのだよ。困ったものだ」

青年「はい、随分と手の込んだ隠蔽です。協力者も多いでしょう」


聖騎士「しかし、よく気がついた。奴らに気取られない用、情報を制限していたのだがね」

青年「そうでしたか……気になる話を知人から聞いたもので、少し調べました」

青年「一番、怪しいと思うのは公安課です」

聖騎士「……なるほど。それで、捜査の許可が欲しい、と?」

青年「はい。尻尾を出すまで様子を見ると言うのでは、被害が増えるだけでしょう」

青年「勿論、人手不足だというのも承知の上です。下手に動くのが危険だと言うことも」

青年「だが僕には、このまま黙って見ている事はできない」

聖騎士「ふぅむ」

青年「出来るなら、特遊隊という立場を使って、貴方の許可の元、調査を行いたい」


聖騎士「……分かった。許可しよう」


青年「本当ですか!」

聖騎士「私は君を高く評価している。初めて会った時から、大成を成し遂げる器があると感じていた」

聖騎士「変に圧力をかける訳じゃあないが……敢えて言おう、期待していると」

青年「は、はい。お任せください」

聖騎士「少し待っていたまえ、一筆したためよう」

青年「お願いします」


礼装のまま、執務机に向かう聖騎士。

そしてペン先にインクを付け、慣れた手つきで書き出した。

聖騎士「ああ、そうだ。何か調べ物がしたいのなら、彼女に言ってくれ。最大限、協力するよう言っておく」

青年「……いいのですか?」

聖騎士「構わんよ。彼女も、幾分か力を持て余している様子でね。なぁに、仕事が恋人のようなものだ、いいストレス発散になる」



青年「は、はぁ」

聖騎士「いい加減、相手を見つけたらどうかと言っているのだがね。そうだ、誰か紹介し――」

秘書「お言葉ですが」

勢い良く扉が開け放たれる。

秘書「間に合っていますので、ご心配なく」


そして直ぐ様、閉じられた。

勢いは凄まじく、積み上げられた書類が宙を舞うほどだ。


聖騎士「…………参ったな」

青年「こればかりは、どうしようも」

聖騎士「早めに引き取り手を探した方が良さそうだ」


青年は、あの賢者の友人は、やはり変わり者ばかりなのだなと感じながら、書類を受け取った。





――

「開門!」

重厚な扉が、音を立てて開かれる。

この音を聞くたび、帰ってきたという安心感を感じるのだ。


騎士『っはー! 漸く帰ってきたぜ!』

賢者「うぇぇ……騒ぐな、吐くぞ」

騎士『それはやめてくれ、すまん』

天騎「はは、元気だな、ラルは」

弓兵「あー俺様はもう歩けねーぜ……」

魔道士「ぼくも限界ですぅ……」

歩兵「……おぶろうか?」

魔道士「い、いえっ! あと少しですから大丈夫です!」

歩兵「……? そう」

騎士『皆が体力無いだけだっての』

騎士『そうだ、遠征ばかりで全然ゆっくり出来なかったし、飯でも食いに行かないか?』



天騎「すまないが……この子の世話をしてやりたいんだ」

弓兵「俺もパス、なんも食える気しねぇわ」

魔道士「あ、ぼく、ちょっと行きたいかも……です」


賢者「お前は駄目だ。掃討作戦の時、何度詠唱をミスった?」

魔道士「ふぇっ」

賢者「その上魔力の枯渇が早い、正直今のお前は糞以下だ」

魔道士「うぅ……」

賢者「だから、直々に俺が指導してやる。いいな?」

魔道士「!! は、はいっ!」

賢者「……という訳で俺達もパスだ」

騎士『そうかい……エミリー、死ぬなよ』

魔道士「えぇっ! そ、それは一体どういう」


歩兵「……帰ったら、姫様の相手をする」

騎士『あぁ、そういえば元近衛師団所属で姫様の周辺警護だったな』

歩兵「……そう」

騎士『じゃあ仕方ねえか。俺はどっか適当にぶらついて来る』

賢者「そうか、では各々解散でいいな?」

騎士『あぁ、皆、お疲れ様。ゆっくり休んでくれ』


その言葉を皮切りに、それぞれが目的の場所へと向かい始める。

さて、どこに行こうかと思案し始めた頃、賢者が唐突に肩を叩いた。


賢者「……お前、自分の体の事忘れていただろう。人前で首をもぎ取るつもりだったのか?」


騎士『となるとナディ……も無理か?』

騎士『……あっ!』

賢者「まったく……あまり手間を掛けさせるな?」

騎士『わりぃ、つい』

賢者「まぁ構わんが……それではな。どうせ知り合いも少ないのだ、心配することはないと思うが、遅くなるなよ」

騎士『うるせえ! 一言余計なんだよ!』


心配を掛けさせてしまったかと、申し訳無い気持ちに一瞬、なりかけたが、すぐに砕け散る。

やはりこいつはブレない。

既に酒瓶を呷りながら、魔道士に絡んでいる辺り。


騎士(吐きそうだったんじゃねえのかよ……)


それを横目に、騎士は馬と荷物を他の隊員に任せ、取り敢えずぶらつこうと思った。

昔から変わらない街並みは、見るだけで安らぎを与えてくれるし

歩いているうちに何か思いつくかも知れなかったからだ。



騎士(……ホント、久しぶりだな)

騎士(前戻って来た時は、ばたばたしててゆっくりしてる暇なかったし)

騎士(ここ最近魔物退治で忙しかったし……何より)


楽しかったはずの思い出は

あの日を境に、騎士の重しになったのだ。そのせいで行きたくないという気持ちもあった。

だが、いつまでも目を逸らしているわけにはいかない。

向き合ってみるのも悪くないんじゃないかと、最近思うようになった。

試しに過去の記憶を辿ってみる。すると浮かんでくるのは、同じ時を過ごした仲間たちの記憶ばかり。

それが当たり前なのだが、もう当たり前の日々に戻ることは出来ない、それもまた当たり前だ。

ふと、訓練兵を卒業した日に、皆で宴会を開いた酒場を思い出す。



偶には豪勢な食事でも、と誰かが言い始め、誰かがいつの間にか酒で潰れていた。

案の定、飲みに来た上官に見つかり、卒業取り消しを食らうかと思えば

上官たちも混じって朝まで騒いだという記憶がある。

その日から、その酒場は騎士に行きつけとなり、心の落ち着ける場となったのだ。


騎士(戦争始まってからもう一年は経つな……偶には顔を出してみっか)


と、店への道を辿ると、意外な人物を見かけた。

騎士『……? ありゃあ、嬢ちゃんか? なんだってこんな所に』

見間違いかと、頭を悩ましていたら、少女と思しき人物は姿を消した。

騎士『行ってみるか。何かあったのかもしれねえ』

(つ づ く)

おつん
859の1行目って、857と858の間のセリフかな?

>>865
Exactly(そのとおりでございます)
何かまた書き込みエラー多いし、カッティングペーストしてるから偶にやっちゃう。すまん



――

ぶ厚い床板を踏みしめるたび、こつん、こつんと重低音が響く。

多くの酒と熱気と、諸々を吸い込んだ木材は、やけに粘着き、それが嫌で少女は顔をしかめた。

酒場であるこの場所は、煙草と酒の臭いでむせ返るほどの異臭を内包しており、奥へ進むほどに少女の表情は険しいものになる。


少女「……なんてにおい」

鼻を摘み、それでもなお先に進む。するとカウンターの向こうから人影が現れたのが見えた。


「おや、誰かと思えば随分小さなお客様じゃないか」

三十代の男性だ。胡散臭そうな笑みを浮かべている。


少女「はじめまして」

「はじめまして、何しにきたのかな? もしかして、迷子?」

少女「いえ、迷子という訳ではないのです……ここにくればお薬がもらえると聞いて来たのですが」

「……そうか。お金は持ってる?」

少女「はい。お父さんから預かってきました」

そう言って、じゃらりと音のなる袋を見せる。

するとその男性は下品な笑みを隠そうともせず、いきなり袋を引ったくった。


少女「あ、返して、ください」

「へへへ、薬が欲しかったんだろ? 心配しなくてもあとでたんまりやるよ。お嬢ちゃんにね」

少女「返して」


「すぐに気持ちよくなって、お金の事何か忘れちゃうから、大丈――」

少女「返してって、言ってるでしょ」

「――ぶギ」

少女は興奮して続けようとする男性の口に、包丁を差し込んだ。

当然、これで彼は言葉を発せない、何か言おうとすれば口腔は真っ赤に染まるだろう。


少女「死にたくなかったら、わたしの言うことを聞いて」

少女「まずその袋をカウンターに置いて、そして両手を頭の後ろで組むの」

「う、あ、え……」

少女「……はやく」



有無をいわさぬ少女の圧力、殺気に負け、男性は震えながら指示に従う。

まさかこの自分が、こんな小さな少女相手に脅しを掛けられるなど思いもしなかっただろう。

薄ら笑いは恐怖で塗りつぶされていた。


少女「いい子」

彼が己の指示通り動いた事に満足し、包丁を引く。

唾液に濡れたそれを素早く男性の服で拭い去り、言葉を続ける。

……この行為で、刺されると思った男が、必要以上に体を強張らせたのは言うまでもない。


少女「じゃあ次は、質問に答えて。そうしたら殺さないであげる」


「あ、あんたは一体、なんなんだ」

少女「ここにあるお薬、どこから手に入れたの?」

「なんでこんな事……」

少女「……何度も言わせないで。はやく答えて」

少女「あなたは、質問には質問で答えなさいと教わったの?」

「ひ……」

少女「もしそうなら、訂正してあげる」

少女「わたしの質問への正解は、答えだけ。当たり前でしょ、わかる?」

「……は、はい」

少女「それじゃあもう一度、お薬はどこから手に入れたの?」

「じ、自分には、分かりません」

少女「……本当に?」



「ほほ、本当です」

少女「誰が知っているの?」

「ここの、店主が知っていると……自分は、誘われてここにいるだけで、その」

少女「そうなの。店主はどこにいるの?」

「に、二階に」

少女「ふぅん。教えてくれてありがとう」

「……た、たすか」

少女「だけど、一つ答えられなかったから。だーめ」


しゅばっ

男性の脇を通り抜ける際に、少女の手が素早く動いた。

ぱっくりと割れる男の喉元。一瞬時が止まり、思い出したかのように流血が始まる。

男性は崩れ落ち、ひゅー、ひゅーと苦しげな呼吸をしながら、床板に新たな染みをつけていった。



少女「しばらく苦しいけど、すぐに何も考えられなくなるから。安心して、おやすみなさい」


カウンターに置かれた袋を引っ掴み、少女は二階への階段を探す。

少女「この奥に……あった」


カウンター奥にあった扉の向こうに階段を見つけた。軋む段差に足をかけ、上を目指す。

すると同時に、また何か別の、嫌な臭いが漂っているのを感じ取った。

少女はこの臭いに覚えがあった。なんだったか、と今までの記憶を掘り返してみる。


すぐに思い出した。……そう、あれは赤ちゃんの臭いだった。真っ白と真っ赤に染まった赤ちゃんの。

フィンと名付けられたあの、死んだ赤子を抱いた時の臭いだ。



それに気づいた時、背後から大きな影が迫った。


「新しい女かぁ?!」

まるでゴリラのような体躯をした男性、大きく両手を広げ少女を羽交い締めにしようとしたのだ。

二階の通路は狭く、逃げ場など無い。

しかし、抱きしめられたその腕の中に、少女の姿は無い。

巨体の股下をするりとくぐり抜け、背後に回ったのだ。そしてそのまま、背中を蹴りだしてやった。

すると、勢いの付いた巨躯は容易く前のめりに倒れこんだ。


「な、なん、なんだ! 聞いてないぞ!」

少女「おとなしくして」

直ぐ様起き上がろうとする巨体を、後頭部を踏みつけることで抑える。男性は全力を振り絞っているようだが、びくとも動かない。



「ぎ、ぐぐぉおおおお!」

少女「あなたは、ここの店主?」

「んな、訳、ねぇ、だろ!」

少女「……そう、残念」

「なめやがって、このくそガキ……!」

「このおれに、かなうと思うな……!!」

少女「くすくす。このおれって、どのおれ?」

少女「女の子一人に敵わないなんて、情けないと思わない?」

「ふざけんな……! いったい、なんなんだ、お前は!」

少女「どこかの、誰かさん。それで十分でしょ」

少女「それで、店主さんはどこ?」

「くそぉ! くそぉ!! げほぁ、ぐぞぉ!!!」

少女「……この人も、だめみたい」

少女「辛いのなら、今、楽にしてあげますね?」


彼女が微笑んだあと、男性は、ふっ、と体が軽くなるのを感じた。

と同時に視界が一転、二転、何かにぶつかったと思えば、両の瞳に少女と己の体が映っている。

それが何を意味するかを理解した瞬間、世界がブラックアウトした。


まるでそう思っているかのような表情の変化を、黙って見届けた少女は、物音の聴こえる部屋へと向かう。

この嫌な臭いは、ここから溢れでているように感じたのだ。

するとどうだ、部屋の中には、申し訳程度の質素なベッドと机のみが置かれ、その周りに二人の女性が全裸で倒れていた。

全身は、赤子のように白濁としていて、これまた濁った瞳が虚空を見つめている。

そんな彼女たちを無視し、中年の男性と、狂ったように甲高い嬌声をあげる女が、ベッドの上で腰を打ち付けあっていた。

異様な空間だった。鼻だけでなく、頭までおかしくなりそうだった。




少女「ごめんなさい。耳障りだから、やめて貰える? それと、換気したほうがいいんじゃない?」

異常な行動を続ける二人、中年の方はまだ気づいていない様子だが、女性はこちらに気づき、一際大きく喘いだ。

少女のゴミでも見るような視線に、興奮したのだろうか。しかし少女には理解出来るはずもなく、只々嫌悪感を増していくだけ。

理解したとしても、それは変わらないが。


少女「……無視、しないで貰える?」

苛立ち、目の前でうつ伏せになり、尻を突き上げていた女性を蹴り飛ばす。

だが、ぬめっとした感触と、液体が空気を伴って溢れ出る音が重なり、不快感が上昇しただけだった。

少女「…………最悪ね」



少女が悪態をついていると、動きを激しくした中年が痙攣したように震え、合わせて女性も足をピンと張る。

それで一連の動作は終わったのだろうか、女性が力なく倒れこんだあと、中年はようやく少女に気づいた。


「んん~? きみ、だ~れ?」

少女「だれでもいいでしょ。それより、用事は済んだ?」

下半身丸出しの中年は、別段驚きもせず、少女の体を上から下まで舐めるように見つめる。

少女「……あなた、ここの店主?」

「そうだよ~? お薬が欲しくって来たのかい?」

少女「そんなもの、いらないけど。事を荒立てない方が、やりやすいと思ったの。でも、あれは面倒ね」

「……違うのか~、残念だな~。 なら、一体なんのようだい?」



少女「どうやって、誰から薬を買ったの? 知りたいのはそれだけ」

「んん~、お嬢ちゃん可愛いから、教えてあげたいけど、駄目~」

少女「……そう」

「でも、おじさんと一緒にいいコトしてくれたら、教えてあげちゃおうかな~」

少女「いいコト?」

「うんうん。とってもいいコトだよ~」

少女「……そうね。考えなくもないけど」

「ぐへ、そっかそっか、じゃあ早速」


ゆらりと立ち上がった中年、何をするつもりなのかと警戒していると

突然、少女に向かって跳びかかってきた。



少女「っ!?」

当然、素直に食らってやる少女ではない。咄嗟に蹴りを入れてやろうと軸足を動かす、がしかし

床一面に散らばった体液によって、足を滑らせてしまった。

仰向けに倒れこみ、その上からのしかかる、贅肉の塊のような中年。

そいつが少女の両腕を抑えこみ、マウントポジションをとるが、倒れた拍子に頭をぶつけたのか、少女は反抗出来ない。

外見にそぐわない、強靭な体を持つ少女。だが、肝心の頭が働かなければ力を発揮出来ないのは当たり前。

倍以上の重量を持ち、圧倒的不利な体勢に持ち込まれた今、視界が明滅する少女に、対抗策はない。


「あぁ~、小さい子は、いいな~」


少女「気持ち、悪い」

そんな少女を尻目に、中年は下卑た笑いを浮かべ、少女の首筋に舌を這わせる。

ナメクジが這いつくばるような感覚が襲う、吐き気のする悪臭もセットだ。

少女「や、め」

「ん~、怖がらなくてもいいよ~。すぐ気持よくなるからねぇ~」

舌先が小さな円を描きながら、鎖骨を通り、更にその下を目指す。

腕はワンピースの裾から侵入し、太腿を撫でまわしながら上を目指す。

生理的な部分が、これ以上は危険だと言う信号を送る。だが、それに反して頭の中で、白い光がはじけて行くのだ。

少女「たすけ」

助けてと、声にならない声を発した。


初めてだったかもしれない、助けを求めようとしたのは。こんな屈辱的な状況に陥るのも。

そして何故か、脳裏に青年の姿が浮かび上がった。


一瞬でその姿は消えたが、おかげで今起こった出来事を理解することが出来た。



騎士『ふざけたことやってんじゃあねえぞォ!!』



金属音を鳴らし、駆けつけた騎士が覆いかぶさる中年の顔面を鷲掴む。

まさしく、アイアンクローだ、そのまま宙吊りにしてしまった。

縦幅の無い中年は釣り上げられ、無様にじたばたともがく。


騎士『大丈夫か、嬢ちゃん』

少女「……騎士の、お兄さん」

騎士『何があったか、わかんねえけど……あんま一人で無茶すんなよ』

少女「…………」

「ふぁ、ふぁな、ふぇ」

騎士『オヤジよぉ……久しぶりだな。暫く合わない内に、とんだ糞野郎になってるみたいで、悲しいよ』

「おまえなんか、知らん……!」

騎士『ああ、そうかよ。だがな、こっちはそうはいかねえ』


騎士は汚れた部屋の、片隅に置かれた机、その上の白い粉末を見つけて感づいた。


騎士『民の平和を守る騎士団として、あんたを婦女暴行、薬物保有の容疑で拘束、連行する』



「ふ、ふざけるな! こんなの、おおお、横暴だ! ――ぐぇ」

鶏が首を絞められたような声がする。騎士が壁に中年を投げつけたのだ。

騎士『あんま、舐めたこと言ってんなよ』

表情は分からないが、くぐもった声が怒気を孕んでいるのが分かる。

すらっ……と抜剣し、壁にもたれ掛かった中年の股下に勢い良く突き刺す。

「ひ、ひぃっ」

下半身をさらけ出していた中年には、身も縮み上がるような行いであったことは間違い無く


騎士『いい加減にしねえと。……もぎ取るからな?』

親指を切り落とすジェスチャーが、更に恐怖のどん底に叩き落とした。

つ づ く

ち○こもいじゃうから!


――


騎士「……で、こんなとこで何してたんだ」

少女「…………」

騎士「だんまりか」

少女「少し、街を散歩していたら、変なお兄さんたちに……」

騎士「嘘はつくなよ。あんた、もう一人のほうだろ」

少女「……ふぅん。わかるの? にぶそうなのに、意外」

騎士「あんたなぁ……、化けの皮剥がれすぎだろ」

少女「別にいいでしょ。案外、疲れるの、あの子の真似」

騎士「ハハ、そうだろうな。性格が違いすぎるっての」

少女「……そうね」

少女「それで? あなたはここに何しにきたの?」


騎士「こっちが聞いてるんだが……。まぁいい、さっき帰還したとこでさ、偶には街をぶらつくかーって思ったらあんたを見かけたもんで」

騎士「後をつけさせて貰ったってわけさ」

少女「……変質者」

騎士「誰がだよ!」

少女「あなたのことでしょ。他に誰がいるの」

騎士「……まぁ、客観的に見りゃあな。けど、尾行して正解だったろ」

少女「…………」


ヘルムを外していた騎士は、ニヤけたまま気を失っている中年に改めて目をやる。

気絶させたのは少女で、見事な蹴りを顔面に喰らわせていた。

寸前で「見え――」と口走っていた気がするが、何が見えたのかは分からない。



そんな騎士の目線に気づいたのか、少女も中年を見やり、あからさまな嫌悪を顔に浮かべた。


少女「……気持ちわるい」

騎士「あー、その、なんだ」

騎士が助けに入った瞬間の情景を思い出す。

この少女の実力は騎士もよく知っている。体格差はあれど唯のオヤジに遅れを取る訳がない。

相当の恥辱を受けたことだろう。

それを思うと、少女の吐く毒になど、騎士はもう気にも留めなくなった。


騎士「……もっと早く助けられなくて、ごめんな」

少女「え……?」

騎士「いや、えーっと、うん。まぁそういうこった」

騎士「取り敢えず無事で良かった、本当に」


少女「ねえ、騎士のお兄さん」

騎士「ん、なんだ」

少女「自惚れないで貰える?」


騎士としては、最大限慰めの言葉を掛けたつもりなのだが、それに反して少女の言葉は辛辣なものだった。

思わず、開いた口が塞がらない。


少女「慰められてると思うと、なんだかむかつくの」

だが、すぐに気づく。少女が本心から言っていないことに。

そっぽを向いて、唇を尖らせている姿はあまりにも歳相応で


騎士「……っく、ハハ、ハハハッ!」

開いた口から笑いが溢れ出てきた。


少女「なに」

騎士「いや、そんくらいの方が可愛げあっていいと思ってさ」

少女「かわ……何言ってるの、あなた。魔物になって頭でもやられたの?」

騎士「お嬢ちゃんだっておんなじ魔物だろ?」

少女「……だからって一緒にしないで。わたしは頭なんか取れないし、体だけで動き出したりしないもの」

騎士「でも、二つの人格があるし、力だって桁違いだ」

少女「それだけでしょ」

騎士「俺だって似たようなもんだろ? ランディって言うもう一人の俺がいるし、力だって……あのオッサン以外になら負けない自信がある」

少女「なに、そんなことで近親感でも沸かせてるの? やめてもらえる? いい迷惑」

騎士「はいはい、ごめんごめん。さぁ、もうすぐ応援の騎士たちが来てくれるはずだ。事後処理とかあるから、お嬢ちゃんは外で待っててな」


少女「……なにそれ、むかつく」



――

少女「おそい」

騎士「お、ちゃんと待っててくれたのか」

少女「待てと言ったのはあなたでしょ?」

騎士「おう、そうだったな。お詫びに何かおごろうか?」

騎士「あ、クレープなんかどうだ? 美味いぞ」


昨日食べたクレープを思い出す。

薄皮の生地に巻かれた、鮮彩な果実と、真っ白なたっぷりの……クリーム。


少女「…………いらない」

何故か分からないが吐き気を覚えた。

騎士「そうか? じゃあ、帰るか。報告とかもあるし」

少女「なんて報告するつもり?」


騎士「ん、おてんばなお嬢ちゃんが、薬物取引してる店に迷い込んじまって、そこに偶然現れた俺が颯爽と助けだした……とか」

少女「……本気?」

騎士「う……そんな目で見んなって。お嬢ちゃんのことは適当にごまかしとく、それでいいんだろ?」

少女「ええ」

騎士「もし、あいつにバレたら?」

少女「さぁ、それはお兄さんの責任でしょ?」

騎士「いい性格してんなあ……ったく」


それきり何も話さず、街路を行く。

沈黙は苦ではなかった、むしろ心地よい。

それは、お互いに人ならざる身であることと関係しているのだろうか? と騎士は思う。



騎士「っと、やっと着いた。もう昼過ぎだな」

少女「いつも思うけど、遠すぎない?」

騎士「しゃあねえだろ。冠状にそびえ立つ、カンムリ山。その最奥部に立てられてるんだ。山っつっても山脈みたいなもんだしな」

少女「そんなこと、どうでもいいの。真ん中に作ればよかったのに」

騎士「俺に言われてもなあ」

騎士「……あ」

と声をあげた。目の前に見える、騎士専用の出入口に、見知った人物が立っていたのだ。


青年「随分、遅かったじゃないか」

騎士「お、おう」

青年「話は聞いたよ、独断で殴り込みしたみたいだね」

騎士「いや、あれは仕方なく」


青年「薬物を違法に取り扱う店は、確かに問題で且つ取り締まられるべきだ。だが、この件は単独でどうにかしていいものじゃなかった」

青年「第一、僕ら特殊遊撃隊は聖騎士隊所属と言えど、騎士王直下の部隊でもある。立場の認識が足りないんじゃないか?」

騎士「そんなの関係――」

青年「あるだろう、指示系統の問題だ。それが関係ないと言うのなら、誰でも好き勝手やっていいことになる。そうなれば組織として終わりだ」

青年「僕の立場から言わせて貰えば、君の行動は、間違っていた」

騎士「…………あんたな」

騎士「ちょっと、見直したと思ってたけど。随分お高く止まってるじゃねえか」

青年「そんなつもりは無いな」

騎士「……ああ、そうかよ」


少女「ちょっと、あなたたち。何を」

青年「君は、また抜けだしていたのかい。まったく……」

少女「そうじゃなくて」


騎士「なあ、一つ聞いていいか」

青年「なんだい」

騎士「どんな立場にいようが、どんなことをしていようが」


騎士「誰かを守るために、間違いを正すために出来ることをする……それも間違いって思えるのか?」

青年「…………」

騎士「俺は、思わない。それが、俺が騎士団に入った理由で、戦う意味だからだ」

騎士「あんたは、どうなんだ」




青年「勿論、それが正しいと思うさ」

騎士「……は?」


素っ頓狂な声が出た。

青年があっさりと己の言葉に頷いたのもあるが

それ以上に、誰も居ないと思っていた門の影から、続々と人影が現れたのが問題だった。


賢者「おお……臭い、よくそんなセリフが出てくるものだ」

騎士「へ?」

弓兵「お前さんたちも性格悪いねぇ、俺も人のことは言えないが」

歩兵「……嫌いじゃ、ない」

天騎「うむ、立派な心がけだ」

魔道士「ぼく……感動しました!」


騎士「え、なんだ、これ」


少女「……どうやら、お兄さんは嵌められたみたい」

弓兵「っま、無駄な仕事を増やしてくれたお前さんへの、ささやかな報復って訳だ」

天騎「わ、私はそんなつもりだったのではないぞ。次の任務に向けてだな、その」

騎士「は? なんだ、さっきのは芝居ってことか?」

賢者「細かいことはどうでもいい」


青年「君の思い、しかと受け取った! それでこそ、誉れある聖騎士隊の鑑!」

青年「君の言葉で僕は決心した、礼を言うよ」

騎士「お、おう……」


青年「よし。これより、我々特殊遊撃隊は、作戦行動を開始する!」


――


弓兵「にしても、あの猿芝居は必要だったのかねぇ」

青年「必要さ。彼の覚悟を知るために、ね」

魔道士「そんなことをしなくても、ラングウェルさんなら引き受けてくれると思いますけど」

青年「まぁ、事情があるのさ」

魔道士「はあ」

天騎「それで、私たちはどうすれば?」

歩兵「……まだ、誰の仕業か分かってない、ですか」

青年「はは、それを知るためのラルだよ。アタリはついているけどね」

青年「取り敢えずは待機だ、後からしっかり働いて貰うから、装備を入念に手入れしておいてくれ

天騎「かしこまりました」



青年「さて……君はどうする?」

少女「取り敢えず、お風呂に入りたいです」

青年「そうか。あと、これからは外出を控えてくれ、随分きな臭いことになっているからね」

少女「……はい」

青年「一段落したら、また、街に出かけよう」

少女「はい、約束ですよ。にこー」

青年「ああ、約束だ」


賢者「ふむ、ざっと資料に目を通してみましたが。よく気づきましたな」

青年「……ちょっとした思いつきだよ。偶然に近い」

青年「だが、もし、それが正しいのなら、不味い状況だ」

賢者「ふむ。でしょうな」



騎士「な、なぁ、おい。フューリ、本当にやるのか?」

青年「うん? 勿論、やるよ」

騎士「だけどよ……」


賢者「おやおやぁ~~?」

賢者「さっきはあれほど偉そうに説教していたのになぁ~~~」

賢者「今更、やりませんと言うつもりなのかなぁ~~~」

騎士「それと、これとは!」

賢者「誰かを~守るためにぃ、間違いを正すためにぃ、出来ることをすれぅ……しょれも間違いって思えるのかぁ?!」

騎士「ぐぐぐ……」

賢者「俺の耳には確かにそう聞こえたのだがなぁ~~~?」

騎士「そんな風には言ってねえだろ!!」



弓兵「……うわぁ、流石の俺様でもドン引き」

歩兵「……キレていい」

魔道士「あ、ははは……」

天騎「苦労しているんだな。ラルも」


青年「やめないかマグナ。……すまない、ラル。君にこんな不快な思いをさせるつもりじゃなかった」

青年「もし、どうしても嫌だと言うのなら、それでいい。君の意志が一番だ、強要したくない」

青年「残念だが……まことに残念だが、諦めるしか」

騎士「う、ぅぅぅう」

賢者「はぁ~~、まったく情けない。お前の父親であるアンヴィル教官が聞けば、さぞがっかりされる事だろうなぁ」

騎士「お、親父は今、関係ねえだろ!」

賢者「何をムキになっているのだ。関係無いのなら気にしなければいいだろう? んん?」



騎士「くっそぉぉぉ。……わかった、分かったよ! やる、やります、やらせてください!!」

騎士「これでいいんだろ、こんちくしょお!」

賢者「うむうむ、よくぞ言った」

青年「本当かい、ラル! ありがとう……助かったよ」


天騎「徐々に逃げ道を潰していく。対極の性格ながら、いいコンビネーションだった」

弓兵「狩りを思い出したぜ。逃げ場を失った動物は、ああやって自ら罠にひっかかりにいくんだ……」

歩兵「……見事なお手並み」

魔道士「誰もラングウェルさんを助けてあげないんですね……」


天騎「あいつにしか出来ないことなんだろう? そう隊長が判断したのだから、私達が口出しすることじゃない」

歩兵「……うん」

弓兵「で、結局あいつは何をやらされるんだ?」

魔道士「ぼくにも、分かりません……」


少女「あの、ラルさん」

騎士「うぅ……なんだ?」

少女「……面白そうだから、わたしもあとで見に行くけど、いい?」



騎士「…………勝手にしてくれ、もう」


 づ
つ く
 づ

クリスマスネタ何かしようと思ったけど去年やったしネタも思い浮かばなかったからスルー
今年もメリークルシミマシタ



――


青年「失礼します。聖騎士大隊所属、特殊遊撃部隊のフューリと申します」

部下「……はぁ、どうも。何の用ですか?」


青年は手荷物一つのみを持って、公安課に訪れていた。

戦争が始まり、人員不足によって近衛師団だけでは補えない業務を

騎士団から派遣された……所謂、厄介払いされた者達がこなしている部署の一つだ。

現在、訪問してきた青年に応対するのは、部下の一人である、若い男のみ。


青年「少し調査に協力して頂きたく。責任者の方は今どこに?」

部下「課長でしたら休憩中で席を外しておりますが」

青年「そうですか。呼んできて頂くことは可能ですか?」

部下「……私にも仕事がありまして」

青年「最近、城下で流行っている新種の薬物のことについてなんですがね」

部下「…………」


青年「その件について、公安課からもお話をお聞きしたいのですが」

部下「それでしたら私の方から――」


青年「責任者を、含めて。話を聞きたいと言っている」

青年「失礼な言い方ですが、ここの代表は貴方ではないでしょう?」

部下「……不愉快ですね」

青年「申し訳ありません、ですが、こちらも仕事なものでして」

部下「貴方は、あれでしょう? 最近出来たばかリの、噂の若手隊長が率いる特殊遊撃隊、でしたね?」

部下「成人もしていないぽっと出のお坊ちゃんが、随分調子に乗っているみたいじゃないですか。一体どんな手を使ったのやら」

青年「……そう思われるのも無理はありませんね」

部下「自覚があるなら、もう少し言動に気をつけて貰えませんかね。特殊遊撃隊? 笑わせる」

部下「唯の、体の良い小間使いじゃあないですか。ちょっと魔物退治したからって、大きい顔されては困りますね」


青年「ふ、ふふふ」

部下「……何がおかしいんです」

青年「いえいえ、こちらの非礼はお詫びします。申し訳ありません」

青年「ですが、それとこれとは話が別です。私は調査の協力をお願いしに来たんです。そのための書状も用意しています」

青年「私どもがなんと言われようが構いません。しかし騎士団のためにも、国民のためにも……ご協力、願えますね?」

部下「…………分かりました。少々お待ちください」


部下は青年を来客用のソファを勧め、部屋を出て行った。

非協力的な態度を取り続ければ、公安課が怪しまれると考えたのだろう。

勿論、疑われていたとしても、バレはしないという自信があっての行動だ。

青年も、簡単に証拠を見つけられるとは考えていない。

そのためにも騎士の協力が必要だったのだから。


騎士「っはー、なんで喧嘩売ってるんだよ、あんた」

青年「ふふ、ちょっと……ね」

青年「しかしこの時間を狙ってよかった。それじゃあ……頼むよ、ラル」


騎士「……な、なぁ、やっぱりやめとかないか? 無茶だぜこんなの」

ほどかれた手荷物から、頭部だけの騎士が現れた。

この部屋の中に頭を置き、情報を探るという考えだ。

青年「もし気づかれたら、……君は国中の敵、もしくは実験体にされてしまうだろうね」

騎士「……う」

青年「だが、安心して欲しい。僕が、そんなことは絶対にさせない」

青年「まだ、僕は信頼に足る人間では無いかもしれないが……部下くらいは守ってみせる。信じてくれ」

騎士「…………」


騎士「わーったよ。俺も男だ、これ以上とやかく言わねえ」

青年「ありがとう」

騎士「ただし、協力するからには俺にも最後まで責任持たせろよ」

青年「……いいのかい?」

騎士「あったりめーだろ。あんたも大人っぽいようで、まだまだガキだしな、お兄さんがしっかり面倒みてやんねえと」

青年「分かった。頼らせてもらうよ、兄さん」

騎士「な、何か、変な気分だな。まぁ、いいや。早く隠し場所を決めてくれ」

青年「うん。実は部屋に入った時から決めてあったんだ」


そう言って、青年は窓際に向かう。

そこにあったのは、立派な鎧の置物、ここからなら部屋全体を見渡せる。

青年は置物の兜を取ると、騎士の頭にかぶせ、元の場所に戻した。



青年「息苦しかったり、よく見えなかったりはしないかい?」

騎士『……あぁ、ここからならバッチリだ』

青年「分かった」

すると、青年は騎士の視界から消え、何かを始める。

騎士『何やってんだ?』

青年「ちょっとした仕掛けをね……これでよし」

鎧が少し揺れ、騎士は心配そうにするも、すぐに青年が目の前に現れ、笑みを浮かべた。

青年「幸運を祈るよ。暫くはじっとしていてくれ」

騎士『お、おう』

ソファに戻り、彼らが戻ってくるのを待つ。無言の時間が緊張感を増す。

程なくして、二人の人物が戻ってきた。先ほどの男も一緒だ。


課長「はじめまして、私が公安課の課長です」

青年「どうも。特殊遊撃隊のフューリと申します。休憩中に、大変失礼しました」

部下「…………」

二人は軽く会釈をして、正面のソファに腰掛けた。

課長は五十前半だろうか、目尻に皺の多い、作り笑いを浮かべた男性だ。


青年「既にお聞きになっているかもしれませんが、本日、お伺いしたのは、街で流行している薬物の事についてお聞きしたかったからなんです」

課長「はい、伺っております。そう言うことでしたら、彼の方が詳しいでしょう」

青年「……は?」

課長「公安課は至る所から集められた情報を整理して、実動部隊に出動を要請する課なんですよ」

課長「私は最終的な判断、許可、要請を行う立場でして、情報をまとめているのは彼がやっているんです」

青年「……つまり、貴方はよく知らないと?」


課長「その言い方はちょっと違いますね。知らなくて良いことだから、知らない。唯それだけのことです」

青年「…………」


青年は愕然とした、言葉もでない。

この男は自分の立場を理解していないのだ、上に立つ者の責任とやらも。


課長「と言う訳でして、何かあれば彼に聞いてください。では、もうよろしいですかね?」

何を言っているのだ、この男は。

業務のほとんどを部下に放り投げ、認め印を押すだけで現在の立場を保証され、俸給を受けていられるのだと思っているのか?

青年は憤りを感じる。誇り高き騎士の血筋と、伝統を受け継ぐ現騎士国家で、このような無責任な男がいていいのか。


青年「……それでは、調査にはご協力していただけるということですね?」

課長「ええ、断る理由は一つもありませんからね」


青年「分かりました。それでは、お願いします」

部下「…………はい」

課長「私は執務に戻らせていただきますよ。君、仕事は後回しにして構いませんからね」

部下「かしこまりました」


部下「さて、私は何をすればよろしいんですかね」

青年「取り敢えず、薬物が流行りだした……およそ二週間前から今までに、何かありませんでしたか」

部下「そうですねぇ……ここ最近は盗みや酔っぱらいの喧嘩などが多かったですね」

青年「違法取引などについては?」

部下「覚えがありません。市民からの要望や通報をまとめた報告書、それと警邏の者達の報告書などもありますが、ご覧になりますか」

青年「お願いします」

部下「二週間前プラス一週間の物をお持ちします、少々お待ちください」

部下は席を立つと、書棚から書類を取り出し、その内の数束を持ってきた。



部下「どうぞ」

青年「ありがとうございます……ふむ」

一枚一枚、注意深く読んでみる。だが、どれも些末事であり、関連する事件は見当たらなかった。

部下「どうでしょう」

青年「……特にありませんね。これで全てですか?」

部下「はい、これで全てです。他に何かありますか?」

青年「分かりました。他には特にありません」

青年「何かあれば連絡してください。それと、またお邪魔するかもしれませんので」

部下「……程々にしてくださいよ。私たちは暇じゃありませんので」

青年「この事案が片付けば、ご迷惑をお掛けすることはないでしょうね。さて、それでは失礼します」


青年がソファを立ち、部屋を出る。

荒々しく扉を閉めるなどの子供染みた真似はしなかったが、機嫌が悪く、苛立っているのは騎士の目にも見て取れた。


それも仕方ないと思う。

騎士には何故、青年が公安課を疑っているのか分からないが、非協力的な態度や、皮肉を混ぜた物言いに、不信感を感じていた。

現に、青年が出て行くや否や、部下は愚痴り始めたのだから。


部下「はぁ、鬱陶しい……何なんですかね、あいつは」

課長「あまり態度には出すなよ。疑われる」

部下「疑われたところで、気付きやしませんよ」

課長「動きにくくなるだろう」

部下「大体ですね、貴方がしっかりしていればこんなことには……」

課長「私一人の性にするつもりか? お前の偽造が稚拙すぎただけじゃないのか」

騎士(おいおい……仲間割れかよ)


部下「そんなことありませんよ! しっかりやりました、あれでばれるんなら誰かが他にヘマしたとしか考えられませんね!」

課長「私だと言うのか? 私のコネが無ければ連れてくることすら出来なかったんだぞ!?」

騎士(連れてくる……? 何をだ……?)



部下「無能なあんたの代わりに色々働きかけたのは俺でしょう! それが無ければすぐにバレて全部パーだ!」

課長「無能……だと? お前、上司に向かって何を」

部下「上司だろうがなんだろうが関係ありませんね。あんたがもっとスムーズに交渉を進めていれば、足元見られることも、特遊の奴らに嗅ぎ回られることもなかった!」

課長「ぐ……」

部下「第一、もう後には戻れない。俺は金のためにやってんだ、あんただって同じでしょう。だったら上下なんて関係無いでしょうよ」

課長「…………分かった。そうだな、私達が争っている場合ではない」

部下「……ええ。次の配給、期待してますからしっかりやってくださいよ」

課長「あ、あぁ」


騎士(随分、無能そうな上司だな。だとすれば色々助言してたのは部下の方か……)

騎士(ま、人付き合いっつうか媚売るのは上手そうだもんな。そっからルートを作ったって訳か)

騎士(しかし不味いぞ、会話だけじゃ証拠にならねえ。何か、何かないのか……ん?)



言い争いの後、しばしの沈黙が降りる。

その性で騎士に焦りが生まれていた。

だが次の瞬間、ふとした課長の行動に違和感を覚える。


騎士(……なんだ? かばんの中から、何か紙を取り出したぞ)

そして、課長は自分の執務机の右側面をいじり始める。するとそこから奇妙な紋章が浮かび上がり、三つの丸枠が表示された。

騎士(魔術? だが、見たことねえな……)

課長「…………」

現れた丸枠に、何かの記号を指で描きだす課長。騎士は、その記号には見覚えがあったものの、どうにも思い出せないでいた。

騎士(ああクソ! 喉元まで出かかってるんだが……喉までしか体ねえけど! ってんなこと言ってる場合じゃねえ、忘れないように……)


必死に覚えようと凝視する騎士、だがそれが裏目に出た。

ほんの少しの重心移動、結果、鎧のフレームがぶつかり合う。

勿論、小さいながらも金属音だ、よく響く。無能とは言え、すぐ側にいる奴が気づかないはずもない。



課長「なんだ?」

部下「どうしたんです」

課長「いや、何か気配が」

部下「……見られていたんじゃないですか?」

課長「ここは三階だぞ? ……いや念のために見ておくか」

騎士(まっず……!)

騎士(どうすんだよ、これ……おい、大丈夫なのかフューリ!?)

窓際、置物となっている鎧に近づく課長。

幸か不幸か、彼は騎士には目もくれず、窓の外を伺った。

課長「……何もないみたいだな、気のせいか」

釈然としない面持ちで、机に戻る。

その様子を見て、思わず安堵した

騎士(………………っほ)

のが不味かった。まだ気を抜いていい場面ではなかったのだ。


課長「……? 今、動いたような」

戻りかけた課長が再び鎧へと近づく。

騎士(まじかよ?!)

課長「支柱が緩んでいるのか、危ないな。どけておくか」

騎士(やべえ……! こんな格好見られたら言い逃れなんて出来ねえぞ)


……君は国中の敵、もしくは実験体にされてしまうだろうね。

青年の言葉を思い出す、頭がさーっと冷えきっていくのを感じた。

しかし、それと同時にふと思う。もし、この自分が魔物である事実が発覚すれば、最も責任を問われるのは誰か。

真実を知りつつも隠蔽し、王宮へ侵入を許し、部隊長として管理してきたのは他でもない、青年だ。

それを理解していないはずはない、なのにも関わらず、この手段を取った……それほどまでに国を、民のことを考えているのだ。



騎士(そんだけの覚悟をしてるってんなら、俺も腹を決めなきゃな)

騎士(どうせ手も足も出ねえんだ、座して死を待つしかねえ)

すぐ目の前に課長の姿がある、彼は重々しい鎧をどうやって運ぶか考え

両脇に手を添えた。

視界が揺れる、騎士は目を固く閉じた。


だが次の瞬間、予想だにしなかった事が起きる。

課長「――うぉ!?」

課長が驚きの声をあげ、よろめく。

鎧を支えていた台座、その支柱が中程からへし折れたのだ。

戦闘を度外視して作られた飾り用の鎧だ、重量もある。それは中年の男が支えるには重すぎる。

鎧は引っ張られるように窓へと倒れこみ――



騎士(ちょ、ま、一体)

窓を突き破って、兜のみを外に放り出した。

執務室は三階、高さはある。騎士が頑丈とは言えタダでは済むまい。

騎士(ええええええええ!? 落ちてるうううううう!!)

兜の隙間から吹き込む風が、不穏な音を鳴らす、元々不明瞭な視界だ。

平衡感覚を失っているのも相まって、恐怖心は相当のもの。

パニック状態におちる、そのせいで一度見た覚えのある走馬灯が走るのを感じた……が

地面に激突する前に、軽い衝撃が加わり、それは不意に途切れた。


騎士『……!? ランディ!』

窮地の騎士を救ったのは彼の体で、相棒だ。


作戦行動中は誰かに見られないよう、別室で待機とのことで不服そうなジェスチャーを送っていたが

今ここに、恐らく空であろう兜を首に乗せ、空中で頭をキャッチしている。

そしてそのまま、兜を脱がせ己の首に頭を装着、また兜をかぶせ――落ちてきた兜を地面に叩きつけるという離れ業を一瞬でやってみせたのだ。

石畳と金属の衝突音が響く、もしあの中に自分がいればと思うと、ぞっとする。


賢者「一体何の音だ!?」

騎士が着地すると同時に、背後から怒声が響く。

課長「申し訳ない! 私だ、飾りを落としてしまった!」

窓から身を乗り出して叫ぶ課長、青年が細工をしていたとはつゆ知らず、血相を変えている。

案外、常識のある人間なのかも知れない、いや、小者なだけだろうか。

課長「君、怪我はないか!」

騎士『いえ! 自分は大丈夫であります!』

課長「あとで片付けておく、そのまま置いといてくれ!」

騎士『分かりました』

咄嗟に返事をする、そして課長が部屋に引っ込むと賢者が騎士の腕を引っ張り物陰へと連れ去った。



賢者「いやはや、危ないところだったな」

騎士『危ないどころじゃねえよ!! 生きた心地がしなかったわ!』

賢者「中々スリルがあってよかったのではないか? ランディ、ナイスキャッチだったぞ」


ぐっ!

と親指を立てる騎士……の胴体。

騎士『……まぁ、よくやってくれたけどさ』

賢者「細かいことをいつまでもグチグチ言っていてはしょうが無いぞ」

騎士『うるせえ、わかってるよ』

少女「くす、お疲れ様、騎士のお兄さん」

騎士『お城ちゃん、いたのか』

少女「あとで見に行くって、言ったでしょ?」

騎士『それは、そうだが』



少女「でも……くすくす、ふふ」

少女「あなた、ああいう仕事向いているんじゃない? 傍から見ていて、とても滑稽で……」

騎士『あんた、まさかとは思うが……』

少女「くす、ごめんなさい。窓の外から見ていたの、でもおかしすぎて、思わず」

騎士『どうやってとは聞かねえが。もしかしたらあんとき、音を立てたのあんたか?!』


少女「だって、ふふ、やだ、ごめんなさい。お似合いでしたよ、お兄さん?」

騎士『……っはー。勘弁してくれよ、まじで寿命が縮んだぜ』

賢者「はっはっは! 良かったではないか、薬漬けにされずにすんで」

騎士『冗談じゃねえ……』



青年「おおい、ラル。無事かい!」

騎士『…………おう、なんとかな』

青年「そうか。よかった……」

建物の影から、小走りで青年がやってきた。息が切れていることから、急いできたのだろう。

青年「マグナ、周りの人たちには見られていないだろうね?」

賢者「えぇ、勿論。人払いの結界を張りましたからな」

青年「ありがとう、助かった」


青年「さて、本題の前に。よく引き受けてくれた、ありがとう、ラル。危険な目に合わせてすまなかった」

騎士『構わねえよ、無事だったわけだし』

青年「それで、報告を聞かせて貰えるかい?」

騎士『あぁ。課長の執務机の右側面、そこに何かの隠し場所があるみたいだ』

騎士『そこには魔術的な……封印のようなものがあって……』

騎士『弄っていると三つの丸枠が浮かび上がって、そん中に変な記号を入れて……んで記号が……』


青年「記号? どんな記号だった?」

騎士『………………』

賢者「おいお前、もしかして」



騎士『……すまんっ!!』

騎士『忘れちまったぁぁぁ!!』

はっぴぃにゅうにゃあ

遅くなったけど、今年もよろしくおねしゃす

ラルの扱いが段々雑になってきてないかい?

乙!
Wikiもキャラ増えてることにさっき気付いた

読み返してきたが少女が精事情に遭遇したのは二度目なんだな
あっちもこっちも悪い思い出だが・・・
というかティノアは裏少女の時の記憶を知らないが、裏はティノアの時の記憶あるんだよな?

戦闘は裏ちゃんがやってたんだろ?
ほとんどの記憶持ってるみたいだし、主人格は裏ちゃんで、もしかしたら演技してる場面もあるんじゃ

>>940 弄りやすいもんで、つい

>>941 主要っぽいの全部書こうとしたらややこしくなりそうなんでちょっとだけ

>>942 そのようですなぁ

>>943 戦闘は大体、裏の役目っぽいですなぁ



騎士「すまねえ……本当に」

賢者「アホだアホだとは思っていたが、やれやれだな」

騎士「ぐぅぅ」

少女「あまり落ち込まないでください」


一旦、特遊隊の執務室に戻ることにした。

今後の対策を考えるためにだ。

青年「まぁまぁ、僕のやり方が荒っぽかった性でもある」

青年「ラル一人を攻めるんじゃあない」

賢者「ま、そうおっしゃるなら、俺からは何も言えませんな」

青年「取り敢えず、覚えている情報は他に無いかい?」

騎士「……さっき言ったので全部だ」



魔道士「ええと、奇妙な紋章、三つの丸枠……でしたね?」

がっくりと項垂れている騎士、その横で魔道士が分厚い書物を開いていた。

魔道士「ぼくの心当たりでは、十種類ほどあるんですが。これはどうですか?」

騎士「ん……いや、違うな。枠の配列は三角形で合ってるんだが、中の記号がもっと整合が取れてて……」

魔道士「そうですか……分かりました」

青年「誰か心当たりのある人はいないか?」

弓兵「知らねぇなー、第一、俺も魔術にゃ疎いんだ」

天騎「同じく」

歩兵「……私も」

青年「そうか……」



少女「むずかしそうな本ですね?」

魔道士「え? あ、はい。でも読んでて面白いですよ」

少女「そうなのですか? わたしにはよく分かりません……」

少女「あなたは凄いのですね? 尊敬します」

魔道士「えへ、そ、そんなことないですって、へへ」


青年「マグナ、君にも分からないか? 得意だろう、こういうの」

賢者「侮って貰っては困りますな。興味の無いことにはとことん疎いですぞ、俺は」

青年「……意外だな、好きそうだけど。封印の類は」

賢者「街一つを闇に閉ざす術式や、人を銅像にする封印なら知ってますが」

騎士「サラッとえげつねえこと言うんじゃねえよ……悪趣味な」

賢者「黙っとれ。お前はさっさと封印の記号を思い出すのだな」



賢者「第一、魔術に整合性などいらんのだ。古代文字など自由奔放だぞ? それ故理解が難しく、興味がそそられる」

魔道士「古代文字……そうかっ!」

弓兵「うぉ、なんだ。いきなりどうしたエミリー」

魔道士「エミリアですっ! ちょっと待っててくださいね」

そう言うと、魔道士は自分の荷物の中から、まだ新しい書物を取り出して開いた。

魔道士「……もしかして、これじゃありませんか?」

騎士「…………ああ! これだ、これだよ!」

青年「本当かい!」

騎士「間違いない、んでこれは一体何なんだ?」

魔道士「これは少し前に古代文字を再翻訳して、使いやすくしたタイプの術式です」

魔道士「魔道を修得している人たちからは敬遠されていますが、簡単簡単なので主に商人に使われてるみたいです」


青年「……!! 商人、なるほど」

魔道士「そもそも商人連合国で開発されたので、こちらにはあまり普及していませんね」

賢者「ふぅむ、知らん訳だ。ま、こんな稚拙な術式、覚える気にもならんが」

天騎「随分難解に見えますが……」

ぽんっ

歩兵「……私達には、分からなくてもいい」

弓兵「随分脳筋の多い部隊だこって」

騎士「あんたが言うな、あんたが」


少女「とにかく、これが分かれば秘密を暴けるということですね?」

魔道士「いいえ。比較的簡単な術式と言っても、ちゃんとした手順を踏みつつ、暗号を入力しなければ解除することは出来ません」

魔道士「もし間違えた場合は自動防御術式が作動して……自己消滅するでしょうね」



賢者「合理性だけを極めた魔術か、つまらんな」

弓兵「そんで、暗号ってやらは分からねぇのか? 副隊長」

騎士「形を見れば思い出せるだろうけど、途中までしか見えなかったんだ」

歩兵「……ということは」

天騎「どうしようもなさそうだな」

少女「? 簡単ではないですか」

賢者「なんだ、ティノア。いい案でもあるのか?」


少女「はい。お願いすればいいのですよ」

少女「暗号とやらが必要なのですよね? でしたら、教えてくださいとお願いすればいいのではありませんか?」

騎士「おいおい、嬢ちゃん。それは無理って――」


青年「……っふ、ふふ、ははは。そうだね、その通りだ」

弓兵「どうした隊長さん。とち狂ったのかぁ?」

青年「いいや、お願いしにいこうじゃないか。彼らに、直接……ね」



少女「ところでお兄さん」

青年「うん?」

少女「……一体何をしようとしているか、教えて貰える?」

少女「今までわたしに黙っていた分も、全部」

青年「…………」

青年(しまった! 彼女には内緒にしていたのをすっかり忘れていた!)




――

特遊隊の隊長を名乗る青年が、公安課を訪ねたその日の夜。

部下は一人、闇に潜んでいた。


部下(考えれば考えるほどおかしい。何故今更奴らが嗅ぎまわっているのか)

部下(どこから情報が漏れたんだ? やはり、あの女……)

一週間ほど前だったか、一人の女が公安課に直接尋ねてきた。

闇取引の場所に偶然居合わせたと、どうか奴らを取り締まってくれ、と。

勿論、その場では真摯に対応した。

だがすぐに抹殺を試みた、結果は失敗。

金をケチってゴロツキ共を雇ったのが間違いだった、女を取り逃がしてしまったのだ。

悪態づいてももう遅い、恐らくは街に潜伏し、騎士団内部に連絡を取ったと考えていい。


部下(それであのフューリとか言う男、何をしているかは分からないが……鎧に細工をしていた様子だった)

課長が普段腹いせに蹴り飛ばし、脆くなっていた部分もあるのだろうが、不自然に削り取られた痕跡は隠せなかった。

部下はそれに気づき、最悪の状況を考えた。


部下(奴らはあの隠し場所に気づいた、恐れがある。暗号もだ)

部下(だとすれば、隠し場所が変わる前に取りにくるはず)

部下「そこを叩き、潰す――来たか」


影から影へ、素早く移動する一つの物体。

ランプなども持たず行動するそいつは、疑ってくださいと言っているようなものだ。

部下(所詮、経験の無いおぼっちゃま。一人できたのが運の尽き)



そしてそいつは迷うことなく公安課の執務室へ向かい、解錠した。

大方、権限を利用して合鍵でも手に入れて来たのだろう、それを考えると部下は怒りがこみ上げてくるのを感じた。

部下は何よりも権力が嫌いだった、貧民であった自分を助けてくれず、力のある者はこぞって彼をせせら笑った。

だから貧民の身分から努力して騎士団に入り、少しでも苦しむ人の助けになりたかったのだ。

だが現実はいつも上手くはいかない、自分と同じ思考を持って騎士になった者は少なかった。

周りと、何よりも上司と噛み合わず、挙句の果てに奴らは全ての原因を自分に押し付け、左遷した。

それからだっただろうか、何故こんなにも自分は報われないのだろうと考えるようになったのは。

それからだった、何よりも私腹を肥やすようになったのは。



などと昔のことを思い出していると、そいつは課長の机の下に潜り込んでいた。

部下も後を追い、気付かれぬよう背後へ回った。

その中身を見られては、生かしておく訳にはいかないのだ。


部下(悪いけど、死んでもらうッ!)

手に持った模擬刀が侵入者の頭を打ち据える。

鈍い音が響いた、続けてドサリと床に伏せる音。

だが


上手く行った、と確信するのと、目を疑うのはほぼ同時であった。



――

課長「また、貴方ですか」

青年「先程はどうも。少しお時間、よろしいですか?」

課長「貴方ね、度が過ぎますよ? ストーカーのように付け回すとは、正気を疑いますね」

青年「はは、別にそういうつもりでは」

課長「だったらどういうつもりなんですか? 痛くもない腹を探られるのは実に不愉快です」

課長「これ以上狼藉を重ねるのなら、こちらにも考えがあります」

青年「…………」

課長「私直々にユリウス将軍に掛け合い、相応の罰を受けて頂きます」

青年「ですが、こちらには調査許可証があります」


課長「そんな紙切れ一枚で好き勝手やられては組織の品質が疑われます。越権行為だとは思わないんですか?」

課長「これは組織全体の問題として取り上げます。聞けば、私の友人や以前の勤め先にも迷惑を掛けてくれたそうで」

青年「それは…………」

課長「貴方には役職が重すぎたんでしょうね。何、騎士団にいられなくなるということは無いでしょう、分相応の立場からもう一度努力してください」

課長「それでは失礼します」


青年「ちょっと待ってください」

課長「しつこい人ですね」

青年「数々の失礼、本当に申し訳ありませんでした」

課長「はぁ、今更――」


青年「なんて、言うとでも思ったか?」


課長「な……」

青年「いいか? お前たちのくだらんやり方はとっくにお見通しなんだ」

青年「何故お前なんかに謝らなくてはいけない?」

課長「なんだね! その口の聞き方は、無礼だぞ!」

青年「そっちこそ、なんだ。その口の聞き方は」

青年「お前は既に、床を舐めながら無様に許しを乞うべき状況に陥っているんだよ」

課長「い、一体何のことを言って」

青年「まだ白を切るつもりか? まぁいい、確か……お前の机だったなぁ」

課長「なな、何のことだ」

青年「机の下、右側面」

課長「……!?」


青年「あの封印術は、取引先の商人から教えて貰ったのかな?」

課長「……あ、な、なぜ、それを!」

青年「くっ、ふふ、おめでたい頭だな。自分で認めているようなものだぞ?」

課長「……はっ! 貴様、謀ったな!」

青年「謀られたかどうかは、すぐに分かるさ。ところでもう夜遅いが、仕事がまだ残ってるんじゃないのか?」

青年「……例えば、大切な書類を、鍵のかかっていない引き出しに入れっぱなし、とかね」

課長「な、な……!」

青年「ふふ、それじゃあ僕は失礼するよ。せいぜい、お気をつけて……」


課長「ま、待ってくれ! くっそぉ、くそぉ!!」


――

部下「馬鹿な……どうして」

唖然として、立ち尽くす。

目の前の状況を受け入れられないでいた。


課長「…………」

自分が特遊隊のあの男だと思っていた相手は、上司だったからだ。

いくら暗がりに目を凝らせど、その事実は変わらない。

すると、前方、部屋の入り口から突然、強烈な光が差し込んできた。

あまりの眩しさに目を覆うと、奴らは部下を取り囲み、押さえつけた。


部下「は、離せッ!」


弓兵「おおっと、そいつは無理な相談だ」

歩兵「……静かにした方がいい。事を大きくしたく無ければ」

魔道士「ごめんなさいっ、ごめんなさいぃっ!」

少女「大丈夫ですよ。大人しくしてくれれば、痛くしませんから。にこー」


天騎「……これはまた、随分と思い切ったことをしましたね」

青年「血は出ていないみたいだ。殴られる予定だったのが僕だと思うと、ぞっとするよ」

青年「ラル、そっちを持ってくれ。ソファに運ぼう」

騎士「分かった」


部下「お前、なんでここにいるんだ……!」

青年「それは君がよく知っているんじゃないかな?」


部下「くそ……!」

青年「簡単な話さ。君は彼に代わって取引の先導していたようだね、だから有能な人物だと思った」

青年「だとすれば、僕のした小細工も見つけて、疑ってくれるはずだと考えたのさ」

青年「あとは彼を焦らせて、囮になってもらったって訳だよ」

賢者「しかし、上手いこといきましたな」

青年「うん。こんなことが出来たのも、ラルが手に入れてくれた情報のおかげさ」

騎士「へ、へへ、そんなこたねえよ」

部下「……ふ、ふざけんな」

部下「こんなこと、していいはずがねぇ! 横暴だ!」

青年「…………」



がしり、と青年は喚く部下の頭を鷲掴んだ。

青年「どの口が物言っているんだい?」

部下「う、あ……」

青年「いい加減、自分のしてきた事の重さを感じろよ」

青年「金の代償として失われた人の命と、人生を」

青年「お前一人がどうこうして良いものじゃあ、ないんだよ。分かるか?」


暗い怒りを押し込めた青年の言葉が、部下を攻め立てる。

しかし、彼は許しを乞うでもなく、ただひたすら地面に這いつくばっていた。

部下「…………」

青年「……これ以上は無駄なようだね。マグナ、封印は?」


賢者「ご丁寧に解けていますな」

青年「手間が省けた。中身を取り出してくれ」

賢者「はい。……ふむ、数枚の書類ですな」


騎士「……なんだこりゃ、名簿と……請求書、あとなんだ? 入国書?」

青年「当たりだね」

天騎「ちょっと待ってください。名簿や入国書が何故証拠になるんです? 薬物は」

青年「あぁ、それは彼に聞けば分かるだろうね」

部下「うぐ……ぐ」



青年「恐らく、彼らが手引したのは密輸じゃない」

青年「薬を生成する、技術と人員だ。密入国だったんだ」


弓兵「何だって? それじゃあ薬の原料はどうなってんだ? まさか錬金術だなんて言わねぇだろうなぁ」

賢者「当たり前だ。そんなもの簡単に出来てたまるか」

青年「恐らく、原料は正規ルートから輸入されている。これは僕の憶測だが……最近流行の果物だろう」

部下「…………」

天騎「間違いなさそうですね」

少女「ですが……お兄さん、その果物食べませんでしたか?」

騎士「た、食べたのかあんた!? だ、大丈夫なんだろうな」

青年「問題は無いだろうね。だが、その無害の果物を薬物に変える製法と技術を彼らは知っている」

騎士「はっ、そ、そうか」

青年「商人連合国側としては良い商売だろうね。原料と人材が揃わなければ薬は出来ないのだから」

賢者「おまけに密入国で技術も盗める」


歩兵「……とんでもないことに、なってた」

魔道士「うわわ……だとしたら、大変なことですよっ!」

青年「そうだ。どこかの、考え無しのせいでね」

部下「……ふん」

青年「まだ反省していないのかな?」

部下「金が必要だったからやっただけだ」

青年「……そうか。認めるんだね」

部下「…………」

青年「君はこれから審議に掛けられ、恐らく家族もろとも処罰されるだろうね」

部下「か、家族は関係ないだろっ!」

青年「何、甘ったれたことを言っている?」



家族、その言葉に部下は激しく反応した。

だが、青年の冷たい言葉で直ぐ様押し黙る。

部下「っ……」

青年「だが……そうだな。家族思いな君に一つ提案がある」

部下「なんだ……」

青年「僕たちに協力しろ」

部下「な、に?」

青年「その男のしてきたこと、自分のしたことを洗いざらい吐き出し許しを乞え、そして薬物を流出させている組織を潰すために手を貸せ」

部下「それで……家族は見逃して貰えるのか?」

青年「あぁ、約束しよう」



青年「だが、君は話が別だ。しっかり罪を償って貰う」

部下「……」

賢者「喜べよ、豚箱行きだ。一生臭い飯が食えるぞ、よかったな」

部下「くそ……ぐ、ぐぞ、ちくしょぉぉぉ……!」


騎士「……ちょっと言い過ぎじゃねえか?」

弓兵「だな、俺様も結構引いてるぜ」

歩兵「……案外、似たもの同士」


体を押さえつけられ、床を舐める部下は、罰を言い渡され初めて後悔した。

そして呪うのだった、自分の人生を、運命を。

つ づ く
相変わらずうんこみたいな更新速度だけど
あと2年以内には終わるような気がするから気長に付き合ってくだされ


――

賢者「結論から言うと、奴らの有罪が確定した」

商人「ふむふむ」


公安課二名を逮捕した翌々日、商人が訪ねてきた。

公に動く事の難しい道化の代わりらしい。

商人「それじゃー、一安心かな! よかったよかったー」

賢者「いいや、まだまだだな。今は協力者を徹底的に叩いている所だ」

商人「いっぱいいたの?」

騎士「賄賂を受け取った奴らは、今んとこ十数名にのぼる。俺らだけじゃ対処しきれねえから、ほとんどは他の部隊に任せてるけどな」

商人「ふんふん、騎士団も大変そうだね~」

少女「それで、これから一体どうするのですか?」


商人「あたしは引き続き密売組織を探るよ。あとは取引の邪魔したり……かな」

騎士「そんなことしてたのか。また会えて嬉しいけどさ、あんま無茶するなよ?」

商人「むー、言っとくけどラルにゃんよりあたしの方がお姉さんなんだからね?」

騎士「そ、そうなのか?」

商人「そーなの! だから心配ご無用っ!」

商人「でも、心配してくれてありがとね。あたしもまた会えて嬉しい」

騎士「お……おう」

賢者「そういうのは他所でやれ、他所で。……で、俺達のこれからについてだが」

賢者「詳しくはそこでぶっ倒れている隊長殿に聞いてくれ」


賢者が指し示す先、そこには仰向けにソファに転がっている青年の姿が。



商人「……そういえばふゅーにゃんどしたの?」

騎士「ん、あぁ、自業自得って奴? しゃーないとは思うけどよ」

商人「???」

少女「お兄さんが嘘をつくのがいけないのですよ。にこー」

青年「そ、その点については何度も謝ったじゃないか……」

少女「謝れば良いという問題ではありませんよ?」


商人「……なんだか、ふゅーにゃんもてぃっちーも、ちょっと変わったね」

騎士「ハ、ハハ……かもな」

青年「……ふぅ、見苦しい所を見せたね。もう大丈夫だ」

青年「それでだ次の行動だが、僕達はその組織に直接乗り込もうと思う」


騎士「…………は?」


賢者「ほう! 漸く殺る気になりましたか! 目覚ましい成長ですな」

商人「ふゅーにゃん、しょ、正気?」

青年「正気さ、だが真正面から殴り込みをかける訳じゃあない」

少女「では、どうするのですか?」

青年「簡単さ。公安課長に直談判を持ちかけさせ、警備と称して共に侵入する」

騎士「いくらなんでも無謀だろ! 相手がどの程度の規模なのかも分かってねえんだぞ!?」

商人「そ、そうだよ! 協力して欲しいって言ったのはあたしだけどさ……何もそんな危険な目に合ってまで」

青年「することさ。他の誰かが傷つかないようにするためにも」

商人「……ふゅーにゃん」

騎士「…………」


賢者「ふむ、警備としていくなら二人、その程度でしょうな。しかし相手がそう簡単に直談判を受け入れますかな?」

青年「恐らく、受ける。奴らの事情は大体話を聞いて理解した。それでおかしいと思ったんだ」

青年「薬物の独占販売、これは密売組織としてはとても美味しい商売だ。需要も供給も溢れかえっている、だのに公安課長に人件費の値下げを要求してきた」

青年「それは人手不足だと言う現状と、何かの焦りを感じさせるんだ」

賢者「……なるほど。焦り、ですか」

青年「理由はわからないがね」

騎士「?? だからって、どうして直談判受けるかどうか分かるんだよ」

青年「ごちゃごちゃ言うのなら、力づくで黙らせれば良い」

青年「手っ取り早いだろう?」

商人「そう言うの、好きじゃないけど……やりそうかも」


騎士「……そうか。けどよ、そうなると侵入するのが余計危険にならねえか?」

青年「なるね」

騎士「はぁ……分かってんならなんで」

青年「それでも誰かがやらなくちゃならない。僕一人でも行くよ」

騎士「……ったく、はいはい、そう言うと思ったぜ。好きにやれよ、俺も付き合うぜ」

青年「ラル……ありがとう。ならば僕と一緒に警備役を勤めて――」

賢者「それは駄目です。俺が行きましょう」

青年「……マグナ?」

賢者「ラルには荷が重すぎる。この任務をこなすことは出来ない」

騎士「……言ってくれるじゃねえか。確かに、俺はまだ未熟かもしれねえが、前よりずっと……強くなった!」


賢者「知っている」

騎士「だから……へ?」

賢者「そう言う問題ではないのだ」

青年「だがマグナ、僕は君に、もしもの時の指揮と援護をして欲しい。それでは駄目なのかい?」

賢者「お願いします」

青年「…………仕方ないな」

賢者「ありがとう、ございます」


騎士「なーんか、釈然としねえな」

商人「まーまー、マグにゃんも心配してるんだよ」

商人「さってっとっ! 話もまとまったみたいだし、あたしはそろそろ行くね?」

青年「ゆっくりしていってくれても、よかったのに」


商人「そうしたいのも山々なんだけどねー。ちょこっとやることあるんだー」

賢者「……また、恵まれない子供たちに愛を、か。飽きないなお前も」

商人「これもまた、誰かがやらなきゃいけないことなのですよ、えへん」

商人「そんじゃまたねっ! ……くれぐれも怪我しないように、ね?」

少女「はい、お姉さんもお気をつけて」


ばたんっ

少女「相変わらず、騒がしい人」

騎士「あんたな、いきなり口調変わるのやめろって……ちょっとドキッとするじゃねえか」

青年「さて、僕らも準備を初めないとね」


席を立った瞬間だった、先ほど閉じられた扉が、再び開け放たれる。

そこにいたのは白銀に金の装飾が施された鎧に身を包んだ、聖騎士。



聖騎士「やあフューリ君! 話は聞いている。よくやってくれた」

青年「将軍。いえ、運が良かっただけです」

騎士「しょ、将軍、お疲れ様です」

咄嗟に敬礼を取る二人。

少女「こんにちは」

聖騎士「こんにちは、お嬢さん。まあ二人とも、楽にしてくれたまえ」

賢者「よう、ユリウス。お前にしては随分と行動が遅かったな」

聖騎士「そう噛み付くな、マグナ。私も部下を数名調査に当たらせていたのだが、まんまと嵌められたようだ」

聖騎士「まさか密入国とはな。しかも薬物の素材、我が国の検査では、無害極まりないものだという」

青年「やはり、そうでしたか」


聖騎士「彼らが一体どういう技術を持っているか、興味はあるがね。ところでその果実……なんと言ったか、確か」

青年「私も気になって調べました。ソノフと言うらしいですね」

青年「外皮は固く緑色で、凹凸があり、果肉はオレンジ、つぶつぶとした食感が特徴的ですね」

聖騎士「それだ、私も一度食べた事がある」

騎士「えっ、将軍がですか?」

聖騎士「ははは、私とて人間だよラングウェル君。そのくらいは食べるさ」

騎士「い、いえ! そう言う意味で言ったのでは……では、本当に無害なのですね」

聖騎士「ああ、そのようだ。だからこそ、厄介というもの」


少女「むずかしくてよくわからないのですが、どうしてわざわざこっちに呼ぶ必要があったのでしょうか」

少女「作り方を教えてもらえば、その人たちは必要ないのでは?」



青年「……恐らく、個人の技術が求められるんだろう。例えばだが、特殊な魔術とか」

賢者「先日の封印術といい、商人連合は実用的な方向に魔術を進化させているのでしょう。十二分にあり得ますな」

騎士「だとすりゃ、密入国者を全員捕まえちまえばいいわけだな! それなら簡単だ!」

聖騎士「はっはっは、これは頼もしいな。引き続き、この件を君たちに任せたいのだが、構わないかな?」

青年「もとより、そのつもりでした。お任せください」

青年「それで、少しご相談があるのですが」

そう言い、青年はこれから行おうとすることを全て話した。


聖騎士「ふむ……なるほど、だが危険な任務だ」

青年「それでも、やらねばなりません」


聖騎士「……分かった、許可する」

青年「ありがとうございます」

聖騎士「それと君たちには、市街地での全ての戦闘許可を与えよう。障害となるものは全て取り除いても構わない」

聖騎士「騎士王の名の下に、正義を執行してくれたまえ。以上だ、期待しているよ」

騎士「ハッ! 光栄であります!」

聖騎士「それでは失礼」


再び敬礼をする青年と騎士、二人に見送られながら聖騎士は退室した。

賢者「ふん、口だけだな」

騎士「あんた、いっつも将軍に対してそんな態度だよな。いくら旧友だからって、どうかと思うぞ」

賢者「黙れ黙れ、昔からあいつは好かんのだ」

青年「まぁまぁ、これは病気みたいなものだから。気にしないでくれ」

騎士「……おう」

青年「さ、そうとなれば善は急げだ。ラル、皆を呼んできてくれ」



――


各々が真剣な面持ちで青年の話に耳を傾ける。

その様子が、少女にはとてもつまらないものに思えた。

実際、つまらないのは以前からの事だったが。


少女(本当、この人で大丈夫なの?)

誰でもない、己の内に潜むもう一人に質問する、しかし彼女は現在眠りについているようだ、返事はない。

とにかく彼女は、この男を選んだ。何故かは分からない。

自分たちの心をかき回すような男なのに、だ。

彼は、孤独で、行く宛の無く、ただ放浪しているだけの少女に一言、行くよと言ってくれた。

ただそれだけで、彼女は彼を選んだのだろうか?

違う、と否定する。彼女がいくら純粋だとはいえ、その程度で心を開くはずはない。

しかし、逆に考えてみれば彼もまた彼女を選んだのだ、少なくとも、あの時は。


それが彼女が彼に特別な思いを寄せている事に、関係するだろうか、そう思い、もう少し考えてみる。

だがよくよく考えるとおかしい、彼は彼女の事を何一つ知らなかった。

生まれ、出身、名前、年齢、何もだ……ただ同じ墓標の前に立ち、同じ人の眠りを悲しんだだけなのだ。

いや、それはただ一つの流れに過ぎなかったのかもしれない。

言っていたではないか、彼が彼女を連れていった理由、聞きそびれてしまったが。


少女(だめ、思い出せない)

ならば仕方がない、はっきりとした理由も言っていなかった気もする、思い出そうとしても無駄だろう。

では他には? 先日、彼は多くのものを感じ、見て欲しいと言った。

ふと思う。それではないのか?

少女(あなたは、お兄さんといれば色んなものが見れる、だからついてきたの?)



勿論、返事はない。

しかし……もしそうだとすれば

嫌な思考が頭をよぎる。

彼女がそのために選んだのならば

今のこの状況は、彼女が見たかった景色なのだろうか?

悪人を裁き、仮初の権力と剣を振るう、この景色が?

いや、それは絶対にない、彼女が彼に求めていたのはこんなものではなかったはずだ。

それならば、この状況がいつまでも続くのなら、彼女は


少女(あなたは一生、目覚めないつもり?)

恐らく、そのつもりだ。

少女が心の奥底に引っ込めば、彼女は目を覚ますはずだが、しかし意識は完全に覚醒しない。

体という媒体は、心を完全に隠し、沈黙してしまうだろう。

それだけは避けなければならない。


少女(ねえ、お兄さん)

意気揚々と説明を続けている彼を、じっと見つめてみる。

そして心の中で問いかけてみるのだ。


少女(あなたが見たいものは、見て欲しいものは、こんなにも汚れた世界なの?)

つ づ く

残りちょっと微妙なんで次スレ立てました

少女「そんな所で寝ていると、風邪を引きますよ?」続々
少女「そんな所で寝ていると、風邪を引きますよ?」続々 - SSまとめ速報
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この次もどうぞよろしくおねがいします

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