闇霊使い「恋人か……」 Ⅲ (198)


このSSは遊戯王OCG(オフィシャルカードゲーム)に登場するキャラクターを扱った
オリジナル要素満載の二次創作ファンタジーです。
更新速度は普通のSSよりかなり遅めです。まったりお待ちください

前スレ
闇霊使いダルク「恋人か……」 Ⅱ
闇霊使いダルク「恋人か……」 � - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1323759844/)
(本編レスまとめは>976)

SS-Wiki
http://ss.vip2ch.com/ss/%E9%97%87%E9%9C%8A%E4%BD%BF%E3%81%84%E3%83%80%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%80%8C%E6%81%8B%E4%BA%BA%E3%81%8B%E2%80%A6%E2%80%A6%E3%80%8D
(更新未定)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1394684437


【前スレまでのあらすじ】

 自身が育った「闇の世界」から、初めて「外の世界」へ独り立ちした少年ダルク。
 闇の霊術を扱うダルクは、独り立ちの日から一週間と経たず、
 それぞれ水・風・炎・地・光の霊術を扱う女の子たちと出会う。
 
 その折で外の世界では、『闇』に属するものは極めて敬遠されがちであることを知る。
 とりわけ光の加護を受けている「町」では、『闇』に対して厳しい取締りが行われていた。
 
 独り暮らしを始めてしばらく経ったある日、近所に住む友人、水霊使いエリアが行方不明になってしまう。
 ダルクは風来少女のウィンと協力し、ガガギゴに捕らわれていたエリアを湖の底から救出する。
 またガガギゴ暴走の原因となった『コザッキー』も巨大なマシーンとともに現れ森を襲撃したが、
 ダルクは主人を守ろうとするガガギゴと力を合わせ、何とか撃退に成功する。
 しかしその際コザッキーの発動した強制脱出装置にガガギゴが巻き込まれ、両者とも行方不明になってしまう。
 
 その後ダルクは、家と使い魔を失ったエリアを、しばらく自分の家に住まわせることになった。
 人里離れた森の一軒家にて、ダルクとエリアの共同生活が始まる――。
 

 

「ん……」
 
 ダルクはかすかな物音と、それに伴う小さな振動で眠りから醒めた。
 のろのろと腕まくらにうずめていた顔を起こし、重いまぶたを指先でやんわりつまみほぐす。
 
 動かした足に何かが当たる。テーブルの脚。
 昨日は一晩中、このテーブルに突っ伏して寝ていたのだった。
 
 なぜ? ここは紛れもなく自分の家で、ベッドもそばにあるというのに。
 ついでにたったいま背中からずりおちたこの毛布にも、全く覚えがない。
 
「……」
 
 頭がぼーっとしてはたらかない。ひどい寝起きだ。
 昨晩はよっぽど疲れていたらしい。
 
 ああそうだ。少しずつ思い出してきた。
 昨日は闇のマッドサイエンティスト・『コザッキー』が巨大メカで森に襲来したのだった。
 いやその前に、エリアの使い魔のギコが暴走し、主人であるエリアを湖に閉じ込めてしまって――
 とにかく大変な一日だったのだ。
 
 それで?
 最後は結局どうなったのか。
 何となく、自分にとってそう悪い展開にはならなかったような――
 
 ダルクが記憶をたどりきるより先に、前触れなくその声は飛んできた。
 
「あっごめんなさい、起こしちゃった?」
 
 ダルクの眠気に強烈なはたき落とし。
 ただちに心身が覚醒し、イスが音を立てる勢いでキッチンの方を振り向く。
 
 いた。
 まず透いた水色の長髪。スラリと伸びた足。媚びのないミニスカート。
 首を反らせたエリア。
 少し驚いたような表情。
 青玉のように澄んだ一対の瞳。
 
「エリア」
 
 そうだった。
 ああそうだった、エリアだった。
 エリアに一つしかないベッドを譲ったがために、ここで眠ることになったのだ。
 
 ようやく顛末を思い出した。
 この水霊使いの少女は、昨晩の一連の騒動に巻き込まれ、一度に住む家と使い魔を失ってしまったのだ。
 そこで次の住居の目処が立つまでの間、このダルク宅にて居候することになった。
 夢ではない。自分とそう年の変わらない女の子が、単身で居候することに――。
 
「ダルク君、おはよう! ベッド、貸してくれてありがと」
「あ……エリアこそ、この毛布……」
「ううん、風邪引くといけないからね。あ、ベッド空いたから、そっちでまだ寝てていいよ?」
「い、いや……」

 不自然な体勢で寝ていたのと睡眠不足のせいで、正直身体はまだだるい。
 しかし一旦エリアを意識してしまっては、もはや落ち着いて眠るどころではない。
 
 あまつさえベッドが空いたから寝ていいって、そこはさっきまでエリアが寝息を立てていた場所。
 あのエリアがというだけで気後れするのに、とても本人の前で堂々とそんなマネはできない。
 いや例え本人がいなくとも、まだ布団の温もりが残っているうちはとてもそんな――。
 
(……)
 
 ダルクは拾い上げた毛布をベッドに戻す際に、ちらとマットレス上を確認する。
 ご丁寧にシーツは張り直されていたが、それでも各所に自分の知らない乱れが散見される。
 ほんの先刻まで、この上にはエリアの肢体がまんべんなく伸ばされていた。
 そしてこの毛布を、あますところなくそのプロポーションに絡めて――
 
(ば、馬鹿! 変態かオレは!)
 

 
 
 そのとき、トントントンと軽快な音が耳に入り始めた。

 キッチンでエリアが何かやっている。
 一瞬変態思考を読み取られたのかと焦ったが、彼女はこちらに背を向けていた。
 言うまでもなく料理か何かを作っているのだろうが、経緯が分からないので一応確認する。
 
「エリア。何をやっているんだ?」
「えっ? 何って、ご飯の準備だよ? 野菜を切ってるの」
「な、なんでだ……?」
「あれ? 昨日、掃除してたとき言わなかった? 当分の間、食事は私が作るって」
 
 「えっ」と戸惑うダルクだが、確かにそんなやり取りはあった気がする。
 そうだ、あのときにはすでに、疲労で意識が朦朧としていた。
 それまでのエリアの問いかけが、全て室内整理の模様替えに関することだったので、なあなあで返事をしたのかもしれない。
 
「食材も自由に使っていいって……も、もしかしてダメだった?」
「い、いや! そんなことはない、むしろ願ったりだ」
「そ、そう? よかった。あんまり大したものは作れないけど……」
「あ、ああすまない、オレは食材には節操がないタチで……」
「ち、違うよ! そういう意味じゃなくて――」
 
 エリアとは出会った頃から、未だに会話がぎくしゃくしてしまうことが少なくない。
 しかしそこには一切の不快さはなく、妙にこそばゆいような感覚だけが際立って胸のうちを占める。
 会話がまどろっこしいのに不快ではない。ただこそばゆい。
 奇妙な感覚としか言いようがない。

 
 
 
 なんとか会話を終えたのち、エリアは調理を再開した。

 ダルクがまともに使いこなせていなかった調理道具をフル稼働させ、そして多分非常に効率よく扱っている。
 
 ダルクの方も料理が出来るまでの暇つぶしがてらにと、本棚から適当な魔道書を手に取ってもとの席につく。
 しかしパラパラとページを開くふりをするも、意識は目下キッチンに立つエリアである。
 
「~♪」
 
 鼻歌まじりではあるが、その腕はほとんど止まらない。
 野菜を次々に切り分けたり、それらを流れるような動きでナベによそったり、後ろ姿からでも相当の手際の良さが窺える。
 
 また時折、ほのかな青白い光が発せられる。おもに水を扱うときだ。
 ここからではよく見えないが、おそらく注水したり、水分を調整したり、水温を変えたり――
 そのつど蛍火のように柔らかい、青いオーラがほんのり湧き上がる。
 
 ダルクがエリアとの付き合いで何度も目にしたことのある光――水霊術の光だった。
 
 エリアの家へウィンとともに遊びに行っていた時期から分かっていたことだが――
 水霊使いエリアには、ハウスキーピングにおいて天賦の才があった。
 本人の積極性は元より、その特有の霊術が抜群の相性だった。
 
 なんせ純水を生み出す、水質を変える、水分量を調節する、氷から体温ぐらいまでなら水温調節まで可能なのだ。
 水を得る作業を大幅に省くだけではなく、ケースに応じて最も適した水を即座に使用することができる。
 綺麗な真水も、洗剤効果のある特殊水も、治癒効果のある霊術水も、大抵のものなら何でもアリだ。
 
 使い魔を手元から失い、霊術使いとしての力は弱まってしまったものの、元々エリアは正統な魔法使い族の血筋。
 簡単な水霊術ならエリアのコンディション次第で、杖の力も借りず何度でも楽にこなせるのだ。
 もっとも以上に挙げた能力は、どれも小規模かつ効果範囲も狭いので戦いなどには向かないが。

 
 
 
 意気揚々と料理に勤しんでいる後ろ姿を見て、ダルクはふと思う。

 これだけ才色兼備であれば、エリアは絶対に嫁入りには苦労しないだろう。
 いや。その前に、エリアにはすでに想い人がいたのだった。
 
 小さい頃、迷子だったエリアを助けたという少年。いや、すでに青年になっているのだろうか。
 その男は憎たらしさを通り越して、祝福してやりたいくらいの幸せ者だ。
 居候の身ゆえとはいえ、友人である自分にもこれほどまでに尽くしてくれるエリアだ。
 もし――もし結ばれることにでもなったら――
 
「どうぞ」
「!?」
 
 目の前にコトンと置かれたのはスープ皿。
 いつの間にか至近距離にいたエリアに、思わず身体を強張らせて息を止める。
 
「どうしたの?」
「い、いや……」
 
 とりあえず今はエリアの将来のことは考えないようにしておこうと、胸のもやもやをかき消すダルクだった。

 
「……おいしい?」
「ああ。おいしい」
「そう。よかった」
 
 対面に座るエリアが頬杖をついてこちらを眺めるもんだから、ダルクはなかなか食事に集中できなかった。
 エリアの皿はすでに空っぽ。ダルクのものより一回り小さめの皿である。
 ダルクは気まずい空気から逃げ込むように、そこへ話題を振った。
 
「エリアはもう食べないのか?」
「うん。私、もともと小食だから」
 
 それに、と照れたように笑うエリアを、ダルクは直視できない。
 
「自分が食べるより、人が食べてるのを見る方が好き」
「か、変わってるんだな」
「ふふ、そうだね。……あっ、もしかして気になる?」
「いや、別に……」
「えっと、ごめん、これ片付けてくるね」

 エリアは言うなり立ち上がり、そそくさと食器を引いて流し場に戻っていった。
 空気の読める女の子なので、こちらの心情をいち早く察知したのかもしれない。
 
(もしかして気を悪くさせちゃったか)

 なんとなく弁解したいような衝動に駆られるダルク。
 言われてみれば確かに、エリアが食卓を囲むときはいつも控え目だった気がする。
 他人の食事観察というのも、使い魔のギゴバイト相手に習慣的にやっていたのだろうと容易に想像がつく。
 
 エリアにとってのリズムを狂わせてしまった以上、なんとか詫びの形を示したい。
 とはいえ言葉のキャッチボールでは、またしどろもどろなやり取りを繰り返すだけだろう。
 何か行動で、例えばそう、エリアのお手伝いをするような。

(よし……)

 ダルクは、すでにごちそうさまとなった手元の食器を手に取った。
 そのまま深呼吸をひとつ挟み、ダルクなりに勇気を振り絞ってキッチンへ向かう。
 
「手伝うよ」
「えっ?」
 
 エリアの見返り美人図に一瞬どきりとするが、平然を装ってエリアの隣へ。
 流し台に、自分の食べたスープ皿をカタンと置く。
 
「い、いいよ。私がやるから」
「いや、さすがに全部任せきりなのは悪い」
「大丈夫だよ。それにほら、わざわざ汲み水使うのもったいないし」
「じゃ、じゃあせめてスポンジだけでも」
「だ、大丈夫だってば」
 
 スポンジはエリアの手にあった。
 それを受け取ろうと手を伸ばしたが、ひょいと遠目にかわされてしまう。
 ダルクは多少ムキになり、さらに腕を伸ばす。
 エリアも意地になってスポンジを高く持ち上げ、二、三歩距離をとる。
 
「エリアは料理を作ってくれただろ。後片付けぐらいオレがやるって」
「その前に家に泊めてもらってるでしょ。このぐらいじゃ足りないくらいだよ」
「そこまで気負う必要はないって。ほら、スポンジ」
「ダ、ダメ。大丈夫だから――きゃっ」
「!」
 
 無理な体勢でスポンジの取り合いを続けたため、不意にエリアの足がバランスを失った。
 腕を伸ばしていたダルクは、反射的にエリアの肩と腰に手を回す。
 しかしその程度では勢いは止まらず、そばの壁にもたれかかるようにぶつかってしまった。
 結果――
 
「あ……」
「!!」

 まるでダルクが、壁際までエリアに迫ったかのような構図が出来上がった。
 しかもその華奢な身体に両腕を回しているため、はたから見れば抱きしめているようにも見える。
 おまけにそんな体勢なものだから、二人の向かい合った顔は至近距離にまで縮まっていた。
 束の間、見つめあう二人の瞳。
 
 押し殺された息づかい。
 その気になれば簡単に奪えそうな可憐な唇。
 衣服越しに両腕に伝わる、女の子の柔らかい身体。
 
 吸い込まれそうなエリアの双眸の中に、緊張したような自分の顔がある。
 心音が、けたたましく高鳴る鼓動が止まらない。

 
 
 ガチャン!

 
「ただいま戻りまして」

 
 
 突然ドアが開いたと同時に、間延びした声が室内に届いた。

 まるで計ったかのようなタイミングだった。
 いや、彼女に関して言えば本当に計っていたのかもしれない。
 
 風霊使いウィン。
 風の扱いに長けた霊術使いの女の子であり、ダルクやエリアの顔馴染みでもある。
 あまり感情を表に出さないマイペースな不思議娘だが、見かけによらず勘や直感はずば抜けて鋭い。
 
 とはいえ、並大抵のことではその眠そうな無表情が変わることはないため、ろくに真意はつかめない。
 なので、ウィンが目の当たりにした男女の状況がどう判断されたのかは、皆目見当もつかない。
 ただドアを押した片手を挙げたまま、ぴたりと硬直して二人の方を眺めている。
 
「……」
 
「ち、違うんだウィン! これは事故で……」
「そ、そうなの! ちょっと私がよろけちゃっただけで……」
 
 闇霊使いと水霊使いは慌てて密着を解除し、あたふたと身振り手振りを交えて釈明を試みる。
 しかしウィンは聞いているやらいないやら、丸きりノーリアクションでその場に立ち尽くしたまま。
 と思いきや。

 
 
     パタン。

 
 
 絶妙の間を置いて、何事もなかったかのようにドアの向こう側へ引っ込んでしまった。

 
「ちょ、ちょっと待ってくれウィン! ウィン!!」
 
 ダルクが悲痛な叫びとともにドアの方へ駆け寄る。
 いつもなら魔術の施錠がなされているドアだが、昨晩はついにエリアの前で鍵をかけられなかった。
 寝泊りする女の子が見ている前で家の鍵などかけようものなら、何か警戒や誤解を招きそうで抵抗があったのだ。
 
 しかし今回それが仇になった。
 ウィンの行動は常に突拍子がつかないのだ。
 そう、突拍子がつかないので、ダルクがまさにドアノブに手をかけようとしたときも――

 
 
 ガチャン!

 
「うわあっ!」
「ただいま」

 
 
 まさか仕切り直されるとは思わなかった。

 危うくドアにおでこをぶつけるところだった。
 
「おじゃまします」
 
 そんなダルクの思惑を知ってか知らずか、ウィンは行儀よく軽く一礼。
 展開が追いつかないダルクの脇を抜け、すーっと中へ入ってくる。
 
「いいにおいがする」
「ウィンちゃん、お疲れ様」
 
 エリアの対応は早く、気がつけばすでにウィンの分のスープを準備していた。
 どうもエリアの態度を見る限り、もう弁解するような流れは過ぎ去ったらしい。
 とりあえずウィンの扱いに困ったら、やはり一番付き合いの長いエリアに任せるのが最善のようだ。
 
「……それでウィン、便利屋はどうだった?」

 今度は確実に家の鍵をかけ、気を取り直してウィンに尋ねる。
 ウィンは、『泉の精霊』に紹介された森の便利屋なるところに出向いていた。
 そこは何でも建築も請け負ってくれるというので、破壊されたエリアの家について相談してもらったのだ。
 
「いた。明日とりあえず来てくれるって。お金もあとでいいって」
「本当か? それはよかった」
「わざわざありがとうウィンちゃん! はい、できたてスープだよ」
「わぁい」
 
 ダルクはエリアの住まいの手立てが出来て、肩の荷が下りたようにほっと安堵した。
 同時に、少しだけ――エリアには絶対に明かせないが――ほんの少しだけ残念に思ったのも確かだった。
 

皆様お久しぶりです。このスレも3スレ目に突入しました
ですがもうすぐ4年を数えることにはなるのに、相変わらずの進行速度で恐縮です
それでも見てやっていただきありがとうございます。本スレもまったり更新で頑張ります!

では、3つ謝罪することがあります

・このレスが遅れたこと
 なぜかずっと投稿したもんと思ってました。投下しっぱなしで放置してしまった形ですみません

・2月中に更新することを約束しておきながら3月まで伸びてしまったこと
 約束を破ってしまい申し訳ありませんでした。もう無責任な約束はしません

・スレタイに素で「ダルク」を入れそびれてしまったこと
 何度も推敲したのに灯台下暗し。しょうがないのでこのスレタイのまま完走させます


次の更新は水曜日になりそうです。どうぞよろしくお願いします

諸事情あって更新できませんでした
これからは安易な日時指定は控えます。嘘をついて本当に申し訳ありませんでした
それでは>>8からの続きを投下します

 
 その日、ダルクは使い魔のコウモリ――ディーと名付けた『D・ナポレオン』の様子を確認しに外に出た程度で、
あとはずっと家に篭りっぱなしだった。
 術式が施された戸口を施錠するには、ダルク本人が自前の杖を使うしかない。
 しかし客人のウィンを放っぽって出かける訳にもいかないので、必然的に家主は居座ることになる。
 
 とはいえ家の中でできることは少なく、今は消去法で残った読書、軽い勉学に励むくらいしかやることがない。
 対してエリアは活動的で、炊事の支度や掃除をせっせとこなす。丁寧且つ徹底的にやるので、終わりはない。
 途中乱入したウィンは、食後にいったん外に出て、また戻って、現在はテーブルに寝そべっている。
 
 ダルクはどちらかといえば、マイペースで奔放なウィンと一緒にいる方が気楽だった。
 最初はその独特な言動に振り回されていたが、後々になって割と適当に相手をしても問題ないことに気付いたから。
 
 しかしエリアはそうはいかない。未だにまともに視線すら合わせられない女の子なのだ。
 ウィンとは親友の間柄であるため、エリアの前で日頃のウィンの扱い方をするのは抵抗がある。
 当のウィンはマイペースを崩すことなく、風の吹くまま気の向くままに居間でくつろいでいる。
 この分ではまず間がもたず、居心地の悪い沈黙が続くのだろうというダルクの予想は、しかし外れた。
 
「ウィンちゃん」
「なに」
「ゼリー作ったよ」

 寝そべって横に向けられた顔の先に、コトンとガラス皿が置かれる。
 ウィンは「おー」という感動表現とともに、のっそり起き上がった。
  
「ダルク君も」
「あ。ありがとう」
「ちょっと果物とお砂糖使っちゃったけど、良かった?」
「もちろん」
「ね、それ何の本を読んでるの?」
「ああ、これ。闇世界の魔道書だ。でも、これはあまり面白くない」
「そうなの? どんな内容?」
 
 エリアの気配りはなかなかで、随時ウィンとダルクに接することで、場の空気を緩め、軽くしてくれた。
 それも二人の邪魔にならないタイミングをしっかり見極めており、会話の流し方も絶妙だった。
 こんな女の子と知り合えただけで、闇の世界から出向いてきた価値は十分にある。
 
 そんなこんなでゆったりしたようにみえた一日は、気付けば就寝時刻を迎えていた。
 しかしここに来て問題が発生した。
 ウィンがダルクの家に泊まると言い出したのだった。
 
「ベッドは一つしかないぞ」
「ダル君が寝るの?」
「いや、オレはテーブルのところで座って寝る。テーブルの方がいい」
「じゃあエリィが寝るの?」
「ううん、ウィンちゃんが寝たいなら私も他のところで寝るよ」
「じゃあいっしょに寝よう」
「えっ?」
 
 かくして一台のベッドに、年頃の華の乙女二人が横たわることに。
 さしものエリアも、ダルクの前とあって狼狽辟易した。
 しかしウィンの妙な乗り気と、他にまともに寝られる場所がないということで、結局エリアは赤面しつつも折れた。
 
「ダ、ダルク君。なんだか恥ずかしいから――」
「大丈夫だ。見ない。眺めない。気にしない」
「エリィの身体やわらかい」
「も、もうウィンちゃん! 怒るよ!」
「…………」
「ダル君もこっちくる?」
「えっ? い。いや」
「ウィンちゃん!」
 
 ここは秘密の花園かブラックガーデンか。
 すぐ背後で布団のこすれ合う音や、極小音のベッドの軋みを聞かされては、健全な男子がまともに寝られるわけがない。
 ダルクは明かりが消された暗闇の中、夜目のきく眼でひたすら無機質に魔道書の文字をたどっていた。
 寝不足なのに寝られないジレンマ。疲労を押しのける胸の高鳴り。体調管理を阻む煩悩が恨めしい。
 
 背後の気配がようやく落ち着いたのは、最初に二人がじゃれあってから一時間も経った頃だった。
 ダルクは静まった室内で二人分の寝息を確認した上で、ゆっくりとベッドの方へ目を向ける。
 
 数歩先にある、エリアのきれいな寝顔と、ウィンの可愛らしい寝顔。
 エリアの首元にウィンが寄り添ったその画は、さながら二人きりで育った姉妹のようだった。
 
 ふと、もしかしてウィンは、エリアの何らかのうら寂しさを察知したのではないか――と思うダルク。
 見かけは気丈に振舞ってはいても、やはり使い魔のギコや、破壊された家のことがまだ尾を引いていたのかもしれない。
 
 でも、もう大丈夫だ。ダルクはエリアの安らかな寝顔を見直し、確信する。
 エリアは決して孤独じゃない。ウィンはもちろん、いざというときは、自分だって。
 
 エリアに対する安堵とわずかな愉悦を契機に、ダルクの意識は心地よく沈んでいった――。

 
 翌朝。
 ダルクが目覚めた時には、すでに他の二人は朝食を済ませていた。
 
 元々夜行性のダルクにとっては、エリアとウィンに就寝時間を合わせるのは正直辛い。
 しかもベッドも使わず睡眠不足とあっては、本調子とはほど遠く――。
 
「おはよう、ダルク君」
 
 それでも、朝一番にエリアの笑顔を見れば、負のイメージは吹き飛んでしまうのだ。
 エリアは誰かに挨拶をするとき、ほぼ必ず口の端を上げて笑いかけている。
 屈託のないその笑みが、相対するものに安心感に抱かせ、渇いた心にうるおいを与えるのだ。
 
 続いて出される飲み物は、エリアが手を加えた特製フレッシュレッドポーション。
 すでに作り置きされていた朝食も、ヘルシーで栄養満点のサラダ料理。
 これだけ文字通りお膳立てされては、元気を出さないわけにはいかない。
 
「美味しい」
「ほんと? 良かった。そろそろダルク君の好みも分かってきたかも」
「エリアが作ってくれるものは何でも美味しいよ」
「そ、そんなことないよっ」
 
 実を言えば、こちらの世界で食べ物と呼ばれるものは、ダルクがいた闇の世界と違って「まともな」ものばかり。
 ゆえにこちらの食べ物に関しては、今のところ実質ダルクに好き嫌いはないと言えた。

 しかしそれを踏まえても、エリアの料理は世辞抜きに絶品だった。
 水霊術による影響も大きいだろうが、それらを活かせるのも食材に関する豊富な知識があればこそ。
 それにあの調理の手際の良さや身のこなし。とても一朝一夕で身に付けた能力とは思えない。
 嘘くさいので口には出さないが、エリアならいますぐ料理人に転身できるだけのキャリアは十分ある。
 知れば知るほど、とことん才色兼備な女の子。将来の嫁入りはまず安泰――。

 
 
「どうしたの?」

「ああいや。ウィンはどこに行ったのかと思って」
 
 とっさに口走ったにしては、うまく話が繋がって幸いだった。
 しかし改めてベッドを見返しても、パサパサのポニーテールは確かに無い。
 
「また外に行っちゃったみたい」
「そうか。いつもいつも、どこを飛び回っているんだか」
「でも、今日はちゃんと行き先を教えてくれたよ。便利屋さんのお迎えに行くって」
「お迎え?」
 
 そのとき、窓越しに風の音がびゅうと伸びた。思わず吸い寄せられる二人の視線。
 
「噂をすればか?」
「もう帰ってきたのかな」
「見てこよう」
 
 ダルクはコートを羽織って杖を取り、家の戸口を開け放った。
 久々の陽光はダルクには眩しかったが、首からさげた黒いペンダントの効果で光耐性は備わっている。
 しかしさすがに風耐性までは用意がなく、突如襲った強風にダルクはわっぷと顔を覆った。
 
「ただいまー」
 
 果たして件の風来少女は、天よりふわふわと舞い降りてきた。
 彼女を渦中に気流が吹き荒れ、地上に地面効果なる風害をもたらしていく。
 ダルクは薄目でウィンの姿をみとめるなり、知的好奇心――と健全男子的好奇心をもって、思った。
 なぜ、あのミニスカートの絶対領域は崩壊しないのだろう……。
 
「よっしょっと」
「ウィン、どうだった」
「つれてきたよ。あそこ」
「えっ?」

 ダルクは初め、ウィンの指さした先に何があるのか分からなかった。
 もっとも方角が上空だったため、光に弱いダルクは直視できなかったせいもある。
 しかし「それ」は一定のスピードを維持したまま、ぴゅうんとこちらへ近付いてきていた。
 
 やっとその姿を捉えたとき、ダルクはまだずっと遠くにいるものと錯覚してしまった。
 その特異なサイズに気付かず、常識的な遠近法で見たため勘違いしたのだ。
 そう、それはすでにすぐそこまで来ていた。
 
「な……ち、小さい!?」

 
 
「んん!? 聞こえないなっ!」

 
 「それ」は、「その乗り物」の上でばっちりポーズを決めた。


 
♪雨の日も 風の日も 極寒の吹雪も 灼熱の太陽も
  すべて日々を生き残るため へこたれないで仕事愛を
 
♪君がくれた 恋しさはせつなさ
  ぶつかることで知った 心強さ
   現実(リアル)を認めることで働く 縦横無尽 踊れ 破廉恥開闢

 
 
「とう!」

 
 その赤い棒人間はものすごい速さで一曲歌うと、飛行中の紙飛行機から颯爽と飛び降りた。
 
「私が便利屋ことAチームのリーダー、『アイツ』だ! よろしく!」
 
 ちま。小さい。
 何たって乗ってきた紙飛行機が、そのまま普通の紙飛行機のサイズなのだ。
 ダルクは呆気に取られてそれを見下ろした。顔がない。のっぺらぼうだ。
 多少肉付けした、赤一色の棒人間。こんな生物は初めて見る。
 
「ア、アイツ……?」
「そうだ! 私がアイツだ!」
「わたしがあいつ……??」
 
 ダルクは責めるようにウィンの方を見る。
 ウィンは役目は済んだとばかりに無関心を装い、ふああと大きなあくびを決め込んだ。
 
「依頼主は君か!?」
「い、いや」
「では、家の戸口に立っているそこのお嬢さんか!?」
「!」
 
 振り向くと、エリアがきょとんとした顔で立っていた。
 風が止んでしばらく経ったので、ダルク達の様子を見に来たようだ。
 
「何かあったの?」
「エ、エリア……それが……」
「あら、かわいい」
 
 エリアはアイツの姿を見つけると、興味津々に近寄ってきた。
 ダルクにとってはとても「可愛い」などとは表現できない、警戒に値する生物である。
 
「お嬢さん、家を建て直して欲しいというのは君かね!」
「あ、じゃあ、あなたが便利屋さん?」
「いかにも! 便利屋ことAチームのリーダー、『アイツ』だ! ぃよろしく!」
「私は水霊使いのエリア。よろしくね、アイツさん」
(あ、あれ。オレがおかしいのかな……)
 
 ダルクの困惑をよそに、アイツはどこから出しているのかハリのあるテノールで続けた。
 
「今日は下見に来た! さっそく現場を確認させてもらおう!」
「リーダーが単独でか?」
「我々はこう見えて忙しくてな! 他のメンバーは各所に散って別件を片付けているのだ」
「他のメンバー?」
「コイツ、ソイツ、ドイツに、私ことアイツを含めた四人だ!」
「???」
「本当は今日来る予定はなかったのだが、そこの風のお嬢さんにどうしてもと頼まれてな!」
「ウィンが?」

 目が合ったウィンは、無表情のままピースを繰り出した。
 無表情だがダルクには細かい仕草で分かる、これは得意気になってる時のウィンだ。
 
「ウィンちゃん、ありがとうね!」
「どういたしまして」
「……すると本当にこいつは便利屋で……」
「コイツではない、アイツだ!」
「紛らわしいな」


 かくして一同は泉のほとりに移動した。
 崩壊したエリアの家の瓦礫はそのまま野ざらしで、日数の経過の分だけ悲壮感を濃くしていた。
 しかし哀しみに囚われるより先に、場違いのテンションでアイツは「ふむむ!」と唸った。
 
「これは時間がかかる仕事になりそうだな!」
「どれくらいかかりそう?」
「そうだな、一ヶ月も見積もってくれれば確実に片付くだろう!」
「え? 一ヶ月で?」
 
 そんな体躯で、たった一ヶ月で建築を完遂させるというのも信じがたかったが、
 ダルクにとっては先に、エリアとの同棲がそれで終わってしまうというのが何より残念だった。

応援ありがとうございます
投下します

 
 破壊されたエリアの家をしばし検分した後、一行はダルクの家にとんぼ返りした。
 居間のテーブルに着席したダルク、エリア、ウィンを前に、敢然と机上中央に立つ棒人間の「アイツ」。
 ここからは空気が多少シビアになる、建築費用の交渉である。
 
「さて、まずはズバリ総額からだ!」
 
 アイツは自前の愛機(?)である紙飛行機を崩し、テーブルの上に広げた。
 折れ目のついた白紙には、すでに箇条書きされた細かな数字が並んでいる。
 そのうち一番下に書かれた数字に二重下線が引かれており、それが今回必要なDP(デュエルポイント)の総額だった。
 
「えっ、こんなにするの?」
 
 エリアは目を丸くして率直な感想を漏らした。
 ダルクは闇の世界のぼったくりやふっかけで慣れていたので、金額自体にはそこまで驚きはしなかったが、やはり高くは感じた。
 こちらの世界の勝手はもちろん、そもそも建築費の相場なども分からない。
 
「……この材料費ってのは、エリアの家の残骸を使い回せないのか?」
「それはできない! 破損した材料を使えば、その分構造も脆くなってしまう!」
「じゃあ、全部新しく作り直すってこと?」
「その通り! 今回は安全を期すためにも、完全新築とさせてもらう!」
「じゃあ、元あった家は?」
「希望するなら撤去しよう! 今ならサービスだ!」
 
 ダルクはここで一旦、隣にいるウィンに「どうだ?」と囁いた。
 どうだというのは、この『アイツ』なる生物に他意や下心を感じるかどうかの確認だった。
 今回の相手は奇抜すぎてダルクの洞察力では真偽を判定できないため、前もってウィンにそのことを伝えていたのだ。
 ウソ発見器の代わりという訳ではないが、こういうときのウィンの勘は頼りになる。
 
 話を聞いているどころかちゃんと起きてるのかどうかすら怪しかったが、ウィンはすぐに答えた。
 
「いいとおもう」
 
 その覇気のない目は、明細書よりもアイツをじっと捉えていた。
 のっぺらぼうのアイツのどこを見て判断しているのか、ダルクにはさっぱり分からないが。
 
「このひと、やなかんじはしない」
「そうなのか。えっヒト?」
「当然! 商売は信用第一! 客を裏切る行為は、かえって損なのだ!」
 
 腰に手を回し、堂々と胸を張るアイツ。こうみえて経験豊富な商売人なのかもしれない。
 
「ウィンちゃんがそう言うなら、もうこれでいいかな」
 
 エリアも、提示された額を承諾する決心がついたようだ。
 ダルクは最後にアイツに念を押す。
 
「もうどうしても、これ以上安くはならないのか」
「これでも切り詰めているのだ! これ以上のコストダウンは我々も厳しい!」
「いいよ、ダルク君」
 
 エリアは気を遣わないで、とダルクに笑いかけた。
 そうしてアイツに向き直り、「でも……」と困ったように続ける。
 
「私、いまこれだけのお金を持ってないんだけれど……」
「心配御無用! 当便利屋は月々ローン払い可能! もちろん利息なし!」
「本当?」
「とはいえ、初回には頭金も兼ねて――これだけの代金は頂くことになるが、よいだろうか!」
「うん、これだったら何とか……」
「ちょっと待ってくれ」
 
 どうもこの総額が確定して話が進んでしまったようなので、ダルクはここで用意していた一手を使うことにした。
 本当は1DPでも値切っておきたかったが、ウィンも認める妥当な相場では仕方がない。
 
「少し話から逸れるかもしれないが、その便利屋というのは、物品の売買も取り扱っているんだろう?」
 
 まずここが問題だったが、何でも屋を名乗る以上はとのダルクの推測は当たった。
 
「扱っている! 当店の品揃えはこの森で唯一にしてピカイチ、買取もOK! ショッピングウェルカム!」
「それなら……」
「が、いまはこのお嬢さんの依頼が先だ! 後にして欲しい!」
「いや。この建築費、もう少し減らせるかもしれない」
「えっ?」
「ふむ?」
 
 場の視線を集めたダルクは、おもむろに立ち上がった。
 
「売りたいものがある」
 

 
 一同はダルクに促されるまま、再び外へ出た。
 案内された場所は家回りを伝ってすぐそこ、ちょうど玄関の裏手側だった。
 一見特に何も無いようにみえるが、ダルクが背景に溶け込んでいる茂みをどかすと――
 
「あっ」
「こ、これはッ……!」
 
 エリア(と一応ウィン)が反応するより先に、アイツは驚きの声を上げた。
 それを聞いた瞬間、ダルクはアイツの目利きが確かであることに感心し、同時に事がうまくいくことを確信した。
 
 簡単に設けられた収納スペースに折り重なっていたものは、不気味な光沢を放つ金属。何かの部品。ドリル。
 先日森を襲った巨大メカ『G・コザッキー』を構成していたパーツ群だった。
 最後は大爆発と共に破壊されたコザッキーの発明品だったが、いくつかのパーツは爆風に耐え、湖の周辺に散らばった。
 
 ダルクは真っ先に何かに使えると思い、ここ最近で使い魔のディーにそれらを回収させていたのだった。
 小さな一つ目コウモリ一体にしてはかなり頑張っており、あの場に残ったパーツはあらかた運送済みとなっている。
 
「売りたい物というのは、これ全部だ」

 パーツの山に軽く手を差し出し、アイツに向かってどうぞご自由にと促す。
 これらのパーツは、闇世界の『闇の量産工場』で生み出されたもの――とダルクはみている。
 となると、こちら側の世界にはない素材が豊富に使用されているため、希少価値は相応に高いはず。
 現にいまダルクが首から提げている『黒いペンダント』も、持ち主のアウスにとっては貴重な研究資料だった。
 
「ぜ、全部だなんて悪いよ」
 
 話のみえたエリアが小さな声を上げたが、ダルクは「いいんだ」と声量を合わせることなく応えた。
 
「エリアの家を直接破壊したのはギコだが、突き詰めればあのコザッキーにも責任はあるだろう。
 こんな形で拝借してもバチは当たらないし、むしろ弁償代をここから充てるのは道理に合った清算さ」
「でも……」
「どの道オレ達に使い道はないんだ。持ち腐れになるよりはずっといい」
 
 本来はきっちり回収したダルクに所有権がある財産で、エリアの家の再建に使うのは融資といった形になる。
 しかしダルクは理屈をこねてでもそれを隠しかった。
 エリアに貸しは作らない。純粋に一友人として、助けになりたいだけなのだ。
 
「どうだ?」
 
 先ほどから小虫のようにパーツの間を飛び回っている『アイツ』の背に、声を投げかける。
 
「仕事柄、役に立つものも混じってるんじゃないか?」
「ふむ……ふむ!!」
 
 アイツはひとしきり物色し終えた後、ピョコンとダルクのほうへ向き直った。
 
「売りたいものは、これで全部か?」
「ああ。他にはもうない」
「分かった、全部買い取ろう!」
 
 アイツはその場で素早く紙飛行機を広げると、すらすらとペンを走らせた。
 
「これは全て闇世界で造られた素材! 物流ルートを駆使しても、我々にはなかなか手に入らないものだ!」
「分かるのか?」
「当然! びんびん伝わってくるのだ! 闇のエネルギーが! この天使族の五体に!」
「え? 天使族?」
「買い取り額はこれでどうだ!」
 
 突き出された紙に殴り書きされた額は、思わず口元がにやけてしまいそうになる数字だった。
 しかしダルクはそれをおくびにも出さず、冷静にアイツからペンを取り上げた。
 確かに大金だが、先の建築費を削るにはまだ物足りない。
 提示された総額の下に、さらに割り増しされた額を書き足す。
 
「こうだな」
「むうっ! それは法外だ! せめてこうだ!」
「じゃあ妥協してこう」
「ええいこうだ! これ以上は譲れん!!」
「……別に足元をみる訳じゃないが、この素材の価値は分かってるつもりだからな。町に売りに行ってもいい」
「ぐぬぬっ! わ、分かった! それで売ろう! 商談成立だ!!」
 
 アイツはダルクの提示額を大きな二重マルで囲った。
 はっきり需要がある様子から、やろうと思えばもう少し吊り上げられそうだったが、流石にここらで自重しておく。
 
 こうしてエリアの家の建築費は、元の数字の実に4分の1までカットされた。
 エリアからは多分に感謝されたが、ダルクはもっともらしい理由をつけては首を振った。
 自分はただエリアの助けになりたいだけ……という本心を知られるのは、どうしても気恥ずかしかった。
 
 ちなみにウィンは話が分かっているのかいないのか、この間ずっとあくびしかしていなかった。さすがだった。
 

 
 ――翌日。
 便利屋Aチームの補充要員はすぐにやってきた。
 
「どうもーコイツでーす!」
「うーっすソイツだぜ!」
「ドイツです。よろしくお願いします」
 
 全員ただのアイツの色違いにしかみえなかったが、話してみるとそれぞれ性格の違う個性豊かな面々だった。
 皆アイツと同様お手製の紙飛行機に乗っており、どういう原理かふわふわ自在に飛び回っていた。
 
「実はみな他の仕事で忙しいのだが、今日は建築の下見とブツを回収しに特別に来てもらった!」
「へえ、これがリーダーが言ってた掘り出しもんねー! いいねーいいねー!」
「この重そうなドリルは俺が運ぶぜ! マッスル!」
「ふむ……うまくいけば、新しいロイドの素材になりそうですね」
 
 次にリーダーのアイツの号令で、Aチームは陣形を作りピューンと湖の方へ飛んでいった。
 しかし建築の下見とやらは早々に終わったらしく、彼ら(?)は30分もしないうちに帰ってきた。
 
「オーケーだ!」
 
 アイツはエリアに向かい合い、力強く言った。
 
「さっそく明日から取り掛かろう!」
「本当? お願いします」
「2、3人でのローテーション作業となるが、一ヶ月で終わらせる! 当分待っていてくれ!」

 
 
 Aチームはこの日はそれで帰っていった。

 謎が多い生命体だが、決して悪いヤツラではない。
 そもそも悪意や敵意があるなら、結界が貼ってあるダルクの家に近付くことさえできないのだから。
 いやむしろ、ここらで家を建築するなら、結界を張る専門の側のはずだ。
 そういえば天使族を名乗っていた。真実ならば下級モンスターを退ける結界などお手の物だが……。
 便利屋Aチーム、考えるほどに謎の深まる集団である。

 
 
 
「――じゃあ、あと一ヶ月間、お世話になります」

 
 エリアは改めてダルクに頭を下げた。
 ダルクは「別にいいよ」と目を逸らし、それより、と続けた。
 
「ギコが帰ってくる前に、一人暮らしに戻ってしまって大丈夫か?」
「うん、平気。泉の精霊さんもいるし。大丈夫だよ」
 
 とはいうものの、戻ってきたガガギゴがまた暴走しないとも限らない。
 それに、コザッキーのような森の侵略者が突然出現したことも気になっている。
 
 実はあの晩以来、ダルクは常々感じるようになっていた。
 自分には「力」が必要だと。
 この水霊使いの少女を、そして自分より戦闘能力が上回るウィンさえも、確実に安全に導けるだけの力が。
 
 あの晩、ギコのしっぽに一度吹っ飛ばされただけで大ダメージを受けた。
 G・コザッキーのアームにも突かれたが、同じくたった一発で戦線離脱してしまった。
 
 今の自分は、とにかく自分の思った以上に体力面が脆すぎる。一撃を受けたら終わりだ。
 これではエリアたちを守るどころか、弾除けだってまともに果たせない。
 
 ではどうすればいいか。
 いかんせんダルクは魔法使い族である。
 体力の鍛錬など本格的にやったこともなく、ノウハウもさっぱり分からない。
 
 そもそも魔法使い族であれば本来は魔術・魔法に従事すべきで、体力をつける必要は無い。
 頭をフル回転させ、体力が必要になる場面を全力で避ければいいのだ。
 大体、力自慢の魔法使い族などそうそういるものではない。
 
 ――ところが、ダルクには心当たりがあった。
 バーニング・ブラッド。血気盛んな荒れくれどもが集う、活火山に設けられた闘技場。
 そこに自分と同じ霊術使いでありながら、肉弾戦をこなす女の子がいる。
 
 エリアの家の件が片付いた後は何をするか、ダルクは数日前から決めていた。
 
 そうだ。
 ヒータに会いに行こう。
 

お待たせしました更新しますー

 
 ――
 
 Aチームによるエリアの新築の着工から三日目。
 すでに瓦礫の撤去はほぼ完了となり、作業は基礎工事へと指しかかっていた。
 Aチームはドイツもコイツもミニマムサイズだが、皆がヘルメットを被ってせっせと働く様は、何というか健気なものだった。
 
 そんな中、ダルクは休憩時間を見計らい、リーダーの『アイツ』のもとに向かった。
 ダルク自身のこれからに当たり、かねてより考えていた相談をもちかけるためだった。
 
「――ふむ、それならば作業の片手間にできるぞ!」
「本当か?」
「無論その代わり、別途料金を頂くことになるが!」
 
 料金はそれほど高くなかったので、話は二つ返事でまとまった。
 ダルクはその日Aチームに自分の杖を預け、翌日その頼んでいた物と一緒に返してもらった。
 
 ダルクは一刻も早く本格的な鍛錬に励みたかったが、その前にとある問題を解決しなければならなかった。
 バーニングブラッドなりどこかに遠出するなら、家を長時間空けることになる。
 今までは一人暮らしゆえに自由な遠征が可能だったが、今は水霊使いエリアと同居している身。
 
 ダルクが不在の時にエリアもまた外に出るとなると、当然ダルクの家は無人となる。
 問題なのはこの時、ダルクの家に鍵が掛かっていない状態になること。
 なにせ家のカギは、ダルクの杖を用いた術式でしか施錠できないのだ。
 
 かといってエリアを家に軟禁するわけにもいかず、また家主の監視下なしにウィンをのさばらせるわけにもいかず――。
 そこで行き着いたのが、新たなカギの発注。
 
 Aチームに話を聞いたところ、案の定ダルクの家もまた、彼らがずっと昔に建てたものらしい。
 一体彼らが何者かという話はこの際置いといて、いま肝心なのは新しい家のカギを作るのは簡単だったということ。

 
 
 
「できたぞ!」


 翌日、ダルクの家の居間。エリアも同席。
 アイツは紙飛行機の隙間から新品の鍵を取り出すと、ドン☆とテーブルに置いた。
 しかしその黄金色に光る鍵は普通のシルエットではなく、なぜか昆虫族モンスターのデザインとなっていた。
 
「こ、これは黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)……?」
「ううん、ちょっと違うよ。なんだかカブトムシみたい」
「じゃあセイバー・ビートル? にしては派手過ぎるような……」
「否! これはマスター・キー・ビートル! 第66号の発注記念仕様だ、どうだ格好よいだろう!」
「はあ」
「では私は建築に戻る! また何かあれば気軽に言ってくれ! さらば!」
 
 開いた窓から紙飛行機でピュー。つくづく得体が知れないが、決して憎めない職人である。
 ともかくダルクは、そうして受け取ったマスター・キー・ビートルとやらを、そのままエリアの手へと乗せた。
 
「これからエリアも出かける時は、こいつで家に鍵をかけてくれ」
「でも……本当にいいの? 私が合い鍵なんて持ってて」
「いいよ。家を空き家にしておく方が不安だ。その代わり、失くさないように頼む」
「……うん。分かった」
 
 エリアは両手で鍵をぎゅっと握ってみせた。小恥ずかしいような笑顔。
 
「大事にするね」
 
 ダルクにしては珍しく後から気付いたが――考えてみれば、同じ家のカギをもつ一組の男女。
 もはやこれは、ただの友人同士の枠を超えてしまっているのでは……。
 
 違う違う。
 ダルクは一人で頭を振って悶々をかき消す。
 
 あくまでも自分とエリアは友人関係。
 何よりもまず、エリアにはすでに意中の男がいる。
 エリアがその男と再会する日まで、自分が一友人としてそばにつき、エリアを守る。
 そのために鍛錬が必要であり、鍛錬のために合い鍵が必要なのだ。この状況は必然。
 
 だから――

 
 
 
「じゃあ、行ってくる」

「本当にお弁当いらないの?」
「今日中には帰るよ。じゃ」
「うん、行ってらっしゃい」
 
 なんてやりとりもきっと必然たる不可抗力……多分…………。
 

 
 ◆
 
 バーニングブラッド。
 炎の守護神、『ヘルフレイムエンペラー』の加護を受けた活火山。
 立ち上る噴煙のせいで空は薄暗く、山頂付近では常に熱気がもうもうと立ち込める過酷な険所。
 
 しかしそんな環境に遠路はるばる世界各地から、腕自慢の戦士達が集まってくる。
 その目的は『コロッセウム』。剣闘獣(グラディアル・ビースト)と呼ばれるモンスター群を由緒とする決闘の地。
 
 バーニングブラッドの山頂手前にはなだらかな高原が広がっており、コロッセウムはその中心付近に位置している。
 この闘技場が本来の役割を果たしていた時期は、まだこの地域に『国』という概念があった幾世紀も前の話である。
 しかし歳月を経てなお剣闘の風習は引き継がれ、舞台上では今でも力と技のぶつかり合いが繰り広げられていた。
 ある者は腕試しのため、ある者は矜持を守るため、またある者は更なる強さの高みを目指すため……。

 
 
 今日もまた幾多の観衆で盛り上がる中、二人の戦士が熱い闘いを演じていた。

 
 刻は夕暮れ。
 空を覆う噴煙で薄まった斜陽が、コロッセウムの石畳を淡いオレンジで染め上げる。
 そこへヒビを入れんばかりのパワーで、筋肉隆々の足がダンと踏み込まれた。
 
「アルティメット・スクリュー・ナックルッ!!」
 
 青を基調とした風体の武闘家『格闘戦士アルティメーター』の放った熱風拳は、しかし虚空を抜けた。
 『火霊使いヒータ』の素早い身のこなしの前には、彼の攻撃はことごとくかわされてしまう。
 
「ふッ」
 
 ヒータはアルティメーターのモーションが終わる前に、その懐へ指を向けていた。
 瞬時に指先に点火した炎が小さな矢となり、敵の脇腹へ二、三発発射される。
 
 火霊術――『ファイアーダーツ』。
 ヒータが扱う火霊術の中でもっとも隙が少なく、最速のスピードを誇る飛び道具。
 ただその分もっとも火力が乏しく、飛び道具とは名ばかりに射程も短い。
 しかし近接格闘においては、相手の体勢を崩したり、届かないリーチをフォローするなど幅広く応用の効く術である。
 
「ぐっ!」
 
 アルティメーターの脇腹にジュッと焦げ跡がつき、痛みに怯んだことで大きな隙が晒される。
 ヒータは勢いそのままに接近し、握った杖を支えに流れるような動きでドロップキックを叩き込んだ。
 
「はぁッ!」
「ぐあああっ!」
 
 アルティメーターは真横から不恰好に吹っ飛ばされ、二三回跳ね転がって石畳の上に倒れた。
 足をそろえたままトン・トンと軽やかにバク転、距離を取って構え直すヒータ。
 少女の華麗な体捌き――もとい、短いタイトスカートのアングルに観衆が湧き上がる。

『いいぞぉーヒーター!』
『ピューピュー!』
『もっと際どいの見せてくれー!』
 
「あぁ!? いま言ったヤツ誰だッ!」

 観客席をにらみ付け、怒声を上げる。
 コロッセウムでは馴染みの光景だったが、ヒータは未だにその手のからかいに慣れない。
 またファイヤー・ボールでも投げ込んでやろうかと杖を上げた直後、背後の気配にハッと向き直る。
 
「……ま……まだだ……!」
 
 そこにはボロボロになってなお、立ち上がろうとするアルティメーターがいた。
 
「まだ……終わってない……!」
「へっ」
 
 思わず零れた笑みは、嘲笑ではなく賞賛。
 先のクリーンヒットの前々から、すでにアルティメーターには随分なダメージがあった。
 実際ヒータは、今の一合で決着した手ごたえを感じていた。なのにまだ立ち上がってくる。
 そのかそけき闘志の灯火に、ヒータは侮ることなく杖を構え直した。
 
「上等だぜ!」
 
 ヒータが杖を一振りすると、その先端から灼熱色の霊力がごうっと吹き上がった。
 熱を持ったオーラが、身体回りの空間を歪ませていく。
 
「全力でかかって来いよ!」
「う……ウオオオオォォッ!!」
 

 
「アルティメット・スクリュー・ナックルウウゥゥーッ!!」
 
 格闘戦士アルティメーターは再び右腕を突き出し、渾身の力でヒータ目がけて突撃した。
 この戦いで何度も繰り出され、そしてそのすべてを回避された技である。
 
 芸がない。バカのひとつ覚え。かわされて終わり。
 客席からは笑いと罵声が飛んだが、誰かが「おい、ヒータを見てみろ!」と指さした。
 
 ヒータの両足は今までのように真横ではなく、前後に開いていた。
 真横に開けば左右へのフットワークが軽快になり、一直線の突進技に対して捌きやすくなる。
 しかし前後に開くということは、前方と後方へのフットワークを重視したということ。
 そしてヒータの性格を知らない者が見ても、これまでの戦いぶりから今更後退するなど考えられない。
 
「最後の一撃なんだろ?」
 
 ヒータは杖先に溜まっていた霊力を、後ろに置いた右足にありったけ注ぎ込んだ。
 直後、右足のブーツが発火したかのようにボンッと音を立てて燃え盛った。
 
「応えてやるさ!」
 
 火霊術――『ビッグバン・シュート』。
 ヒータが常用する火霊術で、近接格闘では無類の威力を誇る爆熱キックである。
 元の戦闘力に文字通り火力を上乗せすることで、盾や鎧をたやすくぶち破って貫通させてしまう。
 
「いくぜ!」
 
 次の瞬間、ヒータの身体はバネのように飛び出され、その場には火の粉が残された。
 正面のアルティメーターと衝突するまで、きっかり大また五歩。

 
 
「ウオオオオォォぉぉッ!!」

「ッるああああぁぁぁッ!!」

 
 
 猛突進と共に繰り出される回転右ストレート。

 豪勢に爆炎を乗せた強烈な飛び蹴り。
 
 二つの必殺技がコロッセウム中心で――轟音とともに正面衝突。
 歓声が上がる中、場内はまばゆい光に包まれた。
 
 ――――――――――――

 
 
「はい、さっきのファイトマネー」

 
 ヒータの前の受け皿に、DP(デュエルポイント)コインが数枚置かれた。
 受付は、黒服黒帽に金髪ロングといった、アンティーク人形のような出で立ちの『ファイヤーソーサラー』である。
 
「あー? こんだけかよー」
「しょうがないでしょ、さっきの対戦カードのオッズは圧倒的だったんだから」
「ちぇっ。あたしも早くオベリスク級で戦いたいぜ」
 
 コロッセウムには3つのクラスが存在し、闘技者はそれぞれの力量に見合ったクラスで戦う決まりがあった。
 1~3ツ星レベルはオシリス級。3~5ツ星レベルはラー級。6ツ星レベルから上はオベリスク級。
 ヒータは早々にオシリス級を卒業したもの、長いことラー級に留まっていた。
 
「だったら、今日みたいな無駄な決闘は受けなければいいのに」
「無駄じゃねえよ。申し込まれた戦いは受けて立つさ。じゃあな」
 
 ヒータは報酬を受け取ると、颯爽とローブを翻した。
 コロッセウムの事務所口を出て、バーニングブラッドの登山口の方へと進む。
 そうして賑やかな声が適度に遠ざかったところで、ピュイィと指笛を吹く。
 
 するとどこからともなく、尻尾に炎を灯した狐が山岳地帯を駆け下りてきた。
 霊術使いであるヒータの使い魔『きつね火』である。名前はコン。
 
「コン、終わったぜ」
 
 ヒータは足元に駆け寄ったきつね火の頭をわしゃわしゃと撫でた。
 きつね火はぎゅっと目をつぶってされるがままに撫でられる。かわいい。
 
「そんじゃーメシにすっかな。や、先にフロに入ろっかな」
 
 ヒータはきつね火を引き連れ、のんびり登山道を歩く。
 
 これがヒータのいつもの日常。
 身体を鍛え、闘技場で戦い、報酬を受け取り、食いつなぐ。
 一歩ずつ確実に強くなり、最強の座を手にする時まで、生涯続く果ての見えない道のり――。
 

生存報告しておきます

ついでに
さっきもしやと思って調べてみたら、昨日で1スレ目タテから4周年でした
深海魚ペースですみません。現状の更新はいましばらくお待ち下さい

今月も更新できませんでした
生存報告だけしておきます…

生存報告させていただきます
詐欺まがいなことをして申し訳ありません
今の状態がルール違反の類に引っかかるようであれば
そのとき判断させて頂きます

報告しそびれて申し訳ありません
10月後半の某資格試験が終わったら続きを書かせてください

ジゴバイト 憑依解放
霊使い専用サポート 「霊使い」「憑依装着」カテゴリ化
ネタは増えたぞ
さぁ、続きを書くんだ!!

ジゴバイト 憑依解放
霊使い専用サポート 「霊使い」「憑依装着」カテゴリ化
ネタは増えたぞ
さぁ、続きを書くんだ!!

連投してしまった
スマン

試験終わったのでぼちぼち書いてます。書けてます。次はヒータ編です
一定量書き溜めたら少しずつ投下するのでお待ち下さい

お待たせしました。これからぽつぽつ投下していきます

 
 活火山バーニング・ブラッドは、異郷の者にとっては闘技の聖地として有名だったが、
 コロッセウムへの山道から少し逸れた中腹のあたりには、戦士たちの住まう集落もあった。
 
 決して規模は大きくないが、闘技場での興行収入の他、温泉を観光地として栄えており、
 宿、酒場、出店、診療所など、生活に必要な施設は一通りそろっていた。
 
 自治形態は特に定まっておらず、統制は主に住人同士の暗黙の了解から成る。
 来る者は拒まず、去る者は追わず。基本的には何をしようが自由。ただし――
 この火山の守り神、『ヘルフレイムエンペラー』が定めたとされるいくつかの戒律がある。
 
 原文をいちいち暗記している者などほとんど残ってないが、要は
 「戦いは闘技場の中でやれ」「闘技場の外で競るな、奪うな、傷つけるな」
 といった旨の内容である。細かい規則など存在せず、多少いい加減ではあるが、
 バーニングブラッドでは現状、この理念だけで見事に共同体が成立している。
 
 血の気の多い連中が集まっているにも関わらず、不自然に秩序が保たれているのは、
 全力を賭した闘いを通じ、互いが利害関係を超えて真に認め合っているためである。
 拳で繋がった絆は強固なもので、しかも闘うほどに仲間意識は助長していく。
 一度その和が生まれれば、後から来る者にも伝播し、やがてルールが形作られる。
 
 ある程度まとまったルールができれば、集団での共存が可能になる。
 共存が可能となれば、その場に住居を構える者、商いを始める者たちも出てくる。
 
 火山の地鳴りも頻発するし、火山灰や噴煙も日常的に降ってくる住みづらさだが、
 あくなき闘いに身を投じる者にとっては、なんといっても目と鼻の先に闘技場。
 生活や鍛錬のみならず、いつでも本気の闘いに臨むことができるこれ以上ない環境なのだ。

 
  
 
 火霊使いヒータも、バーニングブラッドに住居を持つ闘士の一人だった。

 他に寄る辺が無いこともあるが、ここに留まる理由は多くの者がそうであるように、
 「最強」を志し、更なる力を求めんがため。
 道のりはほど遠く、初めてここを訪れた当時の年齢を折り返す程度の歳月は、とうに過ぎている。

 
 
 ヒータには先のことなど分からないが、本気でこの地を離れようと決心したことは無い。

 それが何年も続いてるのだから、自分は恐らくここに骨を埋めることになるかもしれない――
 別にそれならそれで構わない――と漠然と考えていた。
 
 とはいえ、好奇心はヒトの性。
 何年間も同じ場所に居つけば、いかな無骨な武道家とて一度や二度は外の世界に興味は湧く。
 外の世界のことが知りたい。外にはどんなモノがあるのか知りたい、見てみたい。
 
 バーニングブラッドでは、そんな密かな欲求を満たしてくれる機会が、月に何度か訪れる。

 
 
 ――――

 
 
「お客様、これなどいかがです?」

 
 野太いダミ声。
 緑青の肌をした醜い顔のゴブリンが、満面の笑みでヒータに商品を見せつけていた。
 この小太りの店主は、定期的にバーニングブラッドにやってきては、行商として小金を稼いでいた。
 山中に重い荷車を運べるだけの体力がないので、開店はいつも山のふもと辺りである。
 
「なんだその壺?」
「『強欲な壺』と申しまして、持っているだけで幸運を呼び込めるんです」
「いらねぇよそんなの」
 
 バーニングブラッドに通っている行商人は、このゴブリンの他にも何人かいる。
 しかし彼らはみな、集落のある山の中腹まで登ってきてくれるので、
 通常、この幸薄そうな店主の元までわざわざ山を降りてくる闘士は少ない。
 
 しかしヒータは、このゴブリンの来訪日にはいつも欠かさず出向いていた。
 どうしてもこの店を覗かねばならない理由があった。
 

 
「そ、そんな壺よりさ……」
「はい?」
 
 ヒータは店主から身体をそらし気味に、ゴザの上に並べられたアイテムたちを見下ろした。
 
「ま、前に置いてあったさ、その……マ……」
「……マ?」
「マ……マス……なんとかはないのかよ」
「マス??」
 
 ゴブリンはアゴに手をやり、「はて?」と大仰に首をかしげた。
 ヒータは下手な平静を装いながら、返答が気が気でならない様子で目を泳がせていた。
 
「マス……マス……マスター?」
「違う」
「……あっ、分かりました、マスクですね? ではこちらのマスクド――」
「違う!」
「ううん? 後は前に置いていたといえば、ちんけなマスコットぐらいしか……」
「そ、そうだ! それだ! マスコット!!」
 
 突然喰らい突くように反応したヒータに、驚きおののき身を引くゴブリン。
 「あ……」と我に返ったヒータは、笑みかかった口元をきゅっと結び、わざとらしくせき払いをした。
 
「その、前に買ったマスコット? ってのが気に入って……あ、そ、その、ペットが!」
「はあ」
「ペットがその、じゃれついて、ボロボロにしてしまってな!」
「はあ」
「だからその……今日はアレ、マスコット、みたいなのは、何か持ってきてるか?」
 
 傍目にはぐだぐだでも、ヒータにとっては会心の詭弁だった。
 
 初めてこの店で買った、プチサイズのマスコット。
 あれが可愛くて可愛くてもっと欲しくて、なのにそれ以降、毎回毎回置いてなくて。
 いつも商品を眺めるばかりで、しかし恥ずかしくてとても自分から切り出せずにいて8ヶ月。
 
 だが今回は違う。
 何気ない風を決め込み、使い魔のきつね火・コンをダシにし、見事ここまで話をもってこれた。
 おまけに他の客……この現場を目撃する者もいない。全てがうまくいっている。
 後は店主が持ってきてさえいれば、新たなマスコットはもはや手中も同然――
 
「はあ……一応持ってきてますよ。前のと同じので良ければ」

 聞くやヒータは、店主の襟首を掴まんばかりの勢いでずいと身を乗り出した。

「ほ、本当か!?」
「うお」
「あ、いや……いくつあるんだ?」
 
 ――と。ここまできて、ゴブリンの表情が「ぐふっ」と悪い顔になる。
 とても売り物にならない、捨ててしまおうと思っていた不良在庫だったが、
 どうやらこの客には大いに需要があるらしい。
 
「いまお出ししますよ」
 
 ズタ袋の奥底から、ゴソゴソと件のマスコットを引っ張り出す。
 芝居臭く丁寧に取り出されたのは、青・ピンク・オレンジの、デフォルメされた羊たち。
 それぞれ丸みをおびた単色のフサフサに、一対の曲がり角と短足が4本生えたシンプルなデザインだ。
 
「これで全部です」
「お、おお……3匹も残ってるのか!」
「羊トークンのマスコットです。かわいいでしょ?」
「か、かわ……んフン! ま、まあ、これだけありゃペットも喜ぶだろうな」
 
 顔は緩み、声は上ずり、浮ついた気持ちをまるで隠しきれてない。
 ゴブリンはこの好機を見逃すほど、情のある商人ではなかった。
 
「で、いくらだ?」
「はい、おひとつ……3240DP(デュエルポイント)でございます」
「……は? 3000!? おい、前買ったときは300ぐらいだっただろ!?」
「今は値段が高騰しておりまして。なにぶん人気商品なものですから」
 
 ゴブリンは営業スマイルを崩さず、済ました口調で言った。
 


「こちらの羊トークンのマスコット、実は今では滅多に手に入らない代物なんです。
 カードもぬいぐるみも存在はするのですが、いずれも一般販売では入手不可能でして。
 以前販売した際は、まだ私めも価値が分かっていなかったもので、はい。
 いやあ、お客様が憎い。3240DPを324DPで買えたなんて、本当に幸運でしたね」
 
 ゴブリンは首をすぼめ手もみしながらにじり寄り、上目遣いでヒータに愛想笑いを向けた。
 
「でも幸運はまだ続いている。そんなレアものと、こうしてまた巡り会えるなんて」
「で、でもよ。3000は高過ぎねーか」
「いえいえ、コレクターの世界ではごく当たり前に起きる現象です。
 むしろ3000なんて安いもの。悪質な店なら、3万でも30万でも跳ね上がります」
「お前、適当なこと言って吹っかけてんじゃねーだろうな?」
「め、滅相もない!」
 
 ヒータはふーんとマスコットを見下ろす。
 あ、かわいい。目をつぶってニコっと微笑んでいる、色とりどりの羊たちの愛くるしい顔。
 3匹全部欲しい。欲しい。でも高すぎる。でも欲しい。一匹だけなら。
 
「じゃ、じゃあ……ひとつ……」
「ありがとうございます! 何色になさいますか?」
「え……と……じゃあ、ピンクで」
「ありがとうございます!!」
「わ、分かったから静かにしろよ」
 
 ゴブリンはいそいそと紙袋を取りだし、慣れた手つきでピンクの羊を包み込む。
 ヒータはポケットから地味なサイフを取り出し、辛そうにDP硬貨を取り出す。
 その際、チラリとサイフの中身を盗み見ゴブリン。
 ゴブリンは長年の悪癖から、サイフから見えてるコイン、嵩張り、音から、
 その総額にアタリをつけるといった芸当を備えていた。

「……」
「ほら、3500DP」
「あっ、はい! ありがとうございます! お釣りが260DPですね。
 ではこちらが、ピンクの羊トークンです」
 
 うやうやしく差し出された紙袋と釣り銭を受け取り、ほっこり喜色満面のヒータ。
 今すぐ開封して存分に愛でたい衝動に駆られるが、家に帰りつくまではグッと我慢。
 
「……ところでお客様」
「?」
 
 ゴブリンは急に声のトーンを変え、囁くように告げた。
 
「もしお客様さえよろしければ――残りの2匹、お安く販売しますよ?」
「何?」
「あとの2匹、30%引きでいいです。おひとつ、2268DP。お買い得ですよ?」
「ほ、本当か?」
「ええ、どの道ここでは売れないので、町に持っていこうとした品ですから」
 
 重ねてゴブリンは、「町では人気商品ですからねえ」と加えた上で、猫なで声を出す。
 
「わざわざ当店までお越しいただいたお客様に、大サービスです。30%引き! どうです?」
「で、でも2匹だと……えと……4500DP? ぐらいだろ? ちょっとそいつは……」
「それでは、大サービス!!」
 
 ゴブリンが目を見開き、ド~ンと大手を広げて言った。
 
「3点セットで6500DP! 6804DPのところを、6500DPでどうです!?」
「お、おお?」
「ただでさえ30%引きでお安くなっているところに、更にセット価格で300DPお得!」
「おおっ」
「今だけの、お客様だけのキャンペーン! いかがですか?? 赤字の覚悟の6500ですよ!?」

 ヒータは「6500か……」と呟く。
 はっきりいって、今月の生活費に支障が出る額だ。
 しかしこれさえ支払えば、当面はマスコット漬けの日々を味わえる。
 たったの6500。今しかない。今しかないのなら――
 
「じゃ、じゃあ…………それで……」
「ありがとうございます!!」
 
 ところが、ゴブリンの真の目論見はここからだった。
 

申し訳ないです
リアルでの山場は超えたので、これから一ヶ月以上の放置はないと思います
続き投下します

 
 ダルクは目を閉じ、杖に霊力を集中させた。
 たちまちダルクの気配と、その身体の輪郭がスーッと薄らいでいく。
 闇霊術――『うごめく影』。
 ダルクが多用する術の一つで、自らの気配を断つ闇紛れの術である。
 
 本来なら、広範囲に闇そのものを生成する『漆黒のトバリ』を敷いた上で使うのが効果的な術だが、
 今のように、ただ誰かの邪魔になるのを避けるだけ程度の用途ならば、闇がなくとも気休めにはなる。
 
 準備完了。
 足音を消し、静かな動作でのれんを横からめくり、おずおずとテント内に入る。
 
 真っ先に目に飛び込んだのは、後ろ姿のヒータ。
 あの紅蓮を想起する赤いセミロングは忘れようがない。
 久々に目にすれば、小柄でスレンダーな体型とその声は、ちょっと強気な年頃の女の子にしか見えない。
 しかしダルクは、あの身体にどれだけ恐ろしい爆発力と破壊力が秘められているかを知っていた。
 
「ほら、3500DP」
 
 ヒータは会計の真っ最中で、こちらには全く気付いていない様子だった。
 3500DPとはやけに高額だが、何を買ったのだろうか。
 
「あっ、はい! ありがとうございます! お釣りが260DPですね。
 ではこちらが、ピンクの羊トークンです」
 
 応対していたのは、看板の表記通りゴブリンだった。
 全身緑色の肌で、大柄で醜い顔といった平均的なイメージのゴブリン。
 しかし服装はオシャレで言葉遣いは丁寧といった、極めてまともな接客をしていた。
 
 こちらも手元のコインに夢中で、ダルクの来店など完全に意識の外だった。
 まぁそれはいいとして、ダルクには気になることがあった。
 
(『羊トークン』……って何だ?)
 
 ヒータが購入したらしい商品は、今まで聞いたことがない。
 3500DP払ってお釣りが260DPだから、3240DP。安くはない。
 何か紙袋に入れている様子から、小さいアイテムのようだ。
 アクセサリーの類だろうか。何か特殊な効果でも備えているような、希少な魔道具とか……。
 
「――あとの2匹、30%引きでいいです。おひとつ、2268DP。お買い得ですよ?――
 ――3点セットで6500DP! 6804DPのところを、6500DPでどうです!?――」
 
 ダルクは脇の商品を流し見していたが、交渉のやり取りは聞くともなく耳に入ってくる。
 どうやらヒータは、在庫が3個あった羊トークンのうち1個を購入したが、
 その後残りの2個を安く買わないかと持ち掛けられているようだ。
 のみならず、3個まとめて買うなら、セット販売で更に安くなるという話。
 
「――今はマスコットおひとつ30%引きという話になっているので、
 お客様に一旦お返しする額は3240DPの3割引き、2268DPです」

(ん?)
 
 これを聞いたところで、ダルクはすぐにピンときた。
 30%引きというのはこれから購入する段階の話。
 返金するなら、まだ割引きの話が出ていなかった会計額、3240DPだ。
 
 3240引く2268は……972(DP)。
 これだけ堂々とぼったくっている。
 
 闇の世界でも何度か目にした手法だ。
 悪徳商人が、一旦提示した商品の定価そのものを変えずして、余分にお金を騙し取る際の返金詐欺。
 
 もっともタネが割れれば詐欺にもならない間抜けた手口だが、頭の回転が鈍い客相手だと、
 商人側が早い展開で流せば気付かないことがある。そのタイミングだとお金も貰えるので、
 客側もすぐには損している事を認識できないものかもしれない。
 
「ではこちらが、お客様の商品です!」
 
 バーニング・ブラッドの住人は、戦い好きの脳筋ばかり。
 だからカモにしやすいとでも思われているのか。
 
 ヒータの頭を残念がるより先に、ダルクの胸中にはふつふつと怒りが込み上げてきた。
 狡猾な者が、罪のない者から金を騙し取るという、悪意に満ちた構図に。

 
  
「待て。おかしいだろう」

 
 
 気付けば声を上げていた。

 

ご声援ありがとうございます
本当に励みになってます
>>161の続きを投下します

 
「972DPだ。余分に取っている分を早く返せ」
 
 ダルクが圧をかけてゴブリンを見据えると、ゴブリンはたちまち狼狽した。
 
「え……いや……それは別にそのォ……」
 
 浅い。ゴブリンの反応に呆れ、ダルクの怒りが鈍る。
 この取り乱しっぷりでは、自ら有罪だと主張しているようなもの。
 巧者は、ウソがバレた直後は淀みなく取り繕ってフォローする。
 
 騙し合いが日常だった、闇の世界で生きてきたダルクだからこそ分かる。
 このゴブリンは、誰かを出し抜こうとするにも中途半端、大成の星に恵まれていないただの小悪党だ。
 恐らく今回の詐欺もいつも常用している訳ではなく、つい魔がさしたものだろう。
 こんな小物に本気で怒る価値はない。
 
 と――ゴブリンとの間にあった、ツンツンの赤髪が揺れた。
 思わずそこへ視線をずらすと同時に、はたとヒータと目が合ってしまった。
 
 凛々しく引き締まった、やや釣り目気味の灼眼。
 前に会ったときと変わらない、闘志を秘めたまっすぐな瞳。
 ダルクはドキリとして口をつぐみ、とっさに瞬きで目を背けた。
 
「げっ!?」
 
 ヒータの方も慌てて向き直る。
 どうやらダルクの事は先方の記憶にも残っているようだ。
 
 しかしダルクの予想していた反応とは違う。
 てっきり「お前はあのときの!」と、火の粉でも飛ばされるものと思っていた。
 さっき顔を背けた時、何かを抱きしめていたが……
 なにか見られたらマズイものでも買ったのだろうか?
 
 あれだけ血気盛んで怖いモノ知らずなヒータが、見られたら困るもの?
 まるで想像も付かない。
 
 いや、今はそんなことより。
 
「返金分だ」
 
 いまだに言葉選びであたふたしているゴブリンに、ダルクはため息混じりに言った。
 
「さっき3240DP返すところを、2268DPしか返していなかった。
 差額の972DP、早く返すんだ」
「え、ええっと、そのその……」
「それとも、バーニング・ブラッドの客を怒らせたらどうなるか思い知りたいのか?」
 
 あまりにゴブリンが渋るので、ダルクは住人でもないのについ名を借りて脅してしまった。
 その代わり効果は有り、ゴブリンは「ひいいっ!」と情けない声を上げてコインを手放した。
 だが、効果があったのはゴブリンだけではなかった。
 
「こっ、これじゃなかった!!」
 
 突然、ヒータも焦ったように声を張り上げたのだった。
 そのまま買ったばかりの商品を、紙袋ごとゴブリンに突き返す。
 
「そ、そういえば欲しかったのは、これじゃあなかったぜ!!」
「えっ?」
「ほら、これ返すから、金ももってくぞ」
 
 ヒータは、状況が飲み込めないゴブリンの手に無理やり紙袋を握らせると、乱暴にコインを引っかき集めた。
 それを何枚か撒き散らしつつ、あれよという間にダルクの横を通り過ぎていく。
 
「お、お客様?」
「お、おーい! まだ全部返してもらってないだろう!?」
 
 その背に呼びかけるも返事はない。
 弾かれたのれんが無情に収まっていく。
 
 一体どうしたというのだろう。
 とにかく、ヒータがいなければ本来の目的も果たせない。
 話の整理もついてないが、ダルクは彼女を追うべくテントを飛び出した。

 
 
「……た、助かった……」

 
 
 残されたゴブリンがほっと一息。

 もう無闇にぼったくるのはやめようと反省する。
 ……コインを回収し、どれだけ儲かったかを知るまでは……。

 
 ――
 
 ヒータは、イライラしたようにずんずんと山道を登っていく。
 見た目よりやたらと速いそのスピードに、ダルクは慌てて追いすがった。
 
「おーい!」
 
 駆け上がりながら声をかけるも、ヒータはペースを緩める様子もなく登っていく。
 声は聞こえているはずだから、無視だ。怒っている。
 なぜ? さっぱり分からない。
 
「おーい!」
 
 それでも呼び続けながら必死に山を駆け上がり、走って走って走り続け、
 完全に息が切れてきたころ、ようやくヒータの元まで追いついた。
 
「はぁ……はぁ……ま、待ってくれ、ヒータ!」
 
 すぐそばまで近寄ったところで、頼み込むように呼びかける。
 同時に杖に全体重を預け、頭を垂れて肩で息をするように呼吸を整える。
 きつい。
 ただでさえ走り慣れていないのに、ここは足への負荷が倍加する斜面。
 早くも筋肉痛か、太もも辺りが腫れあがっているような感触がある。
 
「ちっ」
 
 そんなダルクを一瞥して舌打ちこそしたものの、ヒータは一旦立ち止まってくれた。
 すでに半合目ぐらいは登ったというのに、その顔は汗一つかいていない。
 
「気安く呼ぶんじゃねえよ」
 
 ぶっきら棒な声とともにローブが翻り、今日初めてヒータと正面から相対する。
 前と変わらず露出度を高くしてある格好で、構造は複雑に見えて単純。
 まず広がらないタイトスカート。
 次に、胸元を開いた白のYシャツを肌着にしている。
 更にその上から分厚いベルトと、黒いスポーツブラを強引に巻きつけており、
 アウターはダルクのものよりも軽快そうなローブをだらしなく引っかけている。
 
 あるものを次々に身に着けたような適当さ加減の目立つ服装だが、
 これがどうして、立派にファッションセンスを感じさせる格好良さがあった。
 スカートとニーソックスの狭間に映える太ももや、開帳されたYシャツから覗くヘソなどの
 露出部も決して下品ではなく、むしろ彼女のセクシュアルな魅力を前面に押し出している。
 それでいて運動に適した動きやすそうなフォルムは、好戦的なヒータにとてもよく似合っていた。
 
「なんだよ……何見てんだよ」
 
 ちらり見程度のつもりだったが、ヒータの殺気を含んだ低い声にすくみあがる。
 ダルクは慌てて本題を持ち出した。
 
「た、頼みがある。今日はそのためにここまで来たんだ」
「なんだよ」

 ダルクは持ち上げた頭を、再びぺこりと下ろした。

「どうかオレを鍛えて欲しい!」
「はあ?」
「頼む、ヒータしかいないんだ。オレには――」
「勝手にほざいてろ」
 
 ヒータはそっけなくプイときびすを返し、スタスタと登山を再開した。
 ワンテンポ遅れたダルクは急いで後を追いつつ、その背に懇願する。
 
「初めてだったんだ。格闘も霊術もこなせる、ヒータほどの使い手は」
「……」
「お願いだ、短い期間だけでもいい、鍛錬の基礎を教えてくれ」
「……」
「じゃ、じゃあせめて、どうやってその、強くなったのか――」
「しつけえな!!」
 
 ヒータが振り向きざまに小さな炎の矢を放った。
 火霊術――『ファイアーダーツ』。ヒータの持ち技の中で最弱の飛び道具。
 しかし小技でも高熱を帯びているには違いなく、前髪をチリッと焦がされたのと
 ヒータの怒声の迫力とで、ダルクは「うわっ!?」とその場に尻餅をついてしまった。
 

 
「なんであたしがオマエみたいなのを鍛えなきゃならねーんだよ!
 頼みっつーから聞いてやったら、果たし合いじゃねーのかよ!
 いま虫のイドコロが悪ぃんだよ、二度と関わるんじゃねえ!」
 
 灼熱のオーラを滾らせて啖呵を切るだけ切ったヒータは、
 今度こそ肩を怒らせてダルクに背を向けた。
 
 しかしダルクも引き下がるわけにはいかない。
 ヒータは現時点で、バーニング・ブラッドで唯一信頼に足る霊術使い。
 以前繰り広げた戦いを通じて、これなら身を預けられると見込んだ使い手だ。
 これだけ好条件が整った相手を諦め、いまさら他の誰かに鞍替えする余裕もない。
 
「そ、それなら果たし合いだ!」
 
 苦し紛れに放った言葉は、なんとかヒータの足を止めた。
 まったく本意ではないが、こうなった以上は仕方がない。
 
「オレともう一度勝負だ。それなら文句はないんだろう」
「ああ」
 
 ヒータの雰囲気が変わった。
 目が変わった。瞳の奥に映るは気焔。
 立ちはだかる者は全て薙ぎ倒さんと言わんばかりに、煌々と闘志を覗かせている。
 
「オマエとは、まともな決着つけねーとな」
 
 ヒータの杖から霊力が溢れるのが分かる。
 脈々と熱が流れ、ヒータの周囲の景色を歪ませる。
 気圧されたダルクが唾を飲み込むと、ヒータは「それじゃあ」と向きを返した。
 
「今から1時間以内にコロッセウムに来い」
「えっ?」
「遅れたらブッ○す。いいな!」
 
 返事をするヒマがあればこそ。
 ヒータはものすごい勢いで斜面を駆け飛び、あっという間に山奥に消えてしまった。
 
「あ……ちょっと……」
 
 ダルクが声を上げた頃には、さっきまでヒータが居たのがウソみたいに静まり返っていた。
 あれがヒータの全力疾走。基礎体力と運動性能が自分とはケタ違い。
 何年かかっても、この山道をあんな風に飛び回るのは無理だ。
 
 しかし、そんなことを感心している場合ではない。
 
(さっき、1時間って言ったのか?)
 
 それもまた無理だ。
 前回訪れたときを省みると、ここから山頂付近までどう見積もっても2時間はかかる。
 ダルクは山道に慣れていない。
 足場の悪い場所などいくらでもあるし、踏破するだけでも足への負担は甚大だ。
 コロッセウムに着いたとしても、とてもすぐには闘いなんてできないだろう。
 
「よし」
 
 それでもダルクは駆け出した。
 確かに、1時間以内に到着することは不可能だ。
 しかし、それはヒータを待たせていい理由にはならない。
 無理なら次善だ。1秒でも早くコロッセウムに向かおう。
 
 ダルクのおぼつかない駆け足の音が、上りの勾配に小さく刻まれていく。
 躓きそうになっても、すぐに体勢を立て直し、前へ進む。前へ。
 
 そう、前に進まなければならない。この機はどうしても逃せないのだ。
 本気でエリアやウィンを、友人を守りたいと思うのなら、強くならなければならない。
 補助特化の闇霊術しか使えない状態では限界があり、少しでも他で補うしかないのだ。
 
 身体を鍛えて、身体を張って、女の子を守る。
 男として生まれた以上、そういう絵に憧れるもの。
 またなにか災厄が訪れたときのために、今度こそエリアやウィンを――

 
「はっ……はっ……はっ……はっ……」

 
 ダルクは走って、走って、心臓が破れそうなくらい走って――

 とうに1時間を過ぎても、汗だくでノロノロと走り続け―― 
 
 ――コロッセウムに到着したと同時に、どさりと倒れこんでしまった。

休日の合間にちょぼちょぼ書き溜めてます
近々投下するのでお待ち下さい

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