モバP「何故か俺がアイドルの誰かを好きだという噂が流れている」(300)

・少しサスペンスです

・アダルティーな言葉などが出てきます

・モブP、メスPと色々Pがいますがアイドルが言うプロデューサーは主人公のモバPを指します

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モバP「特にそんな事はないんだが……。まぁ、そう思われているのならそれでもいいか」


 状況によってはその事でうまく物事を進められるかもしれない。


モバP「よし、頑張っていっぱしのプロデューサーになるぞ」


 俺は今日も張り切って会社に出勤していった。





モバP「おはようございます!」

モブP「おはよう」
メスP「おはようございます」

モバP「モブPさん、昨日の輿水幸子の生放送バラエティ見ましたよ。かなり出来が良かったじゃないですか」

モブP「ああ。やっぱり幸子は自画自賛していくスタイルよりお淑やか路線の方が売れるよ。俺のプロデュースに間違いは無いね」

モバP「淡々と鋭いツッコミを言っていくのは面白かったです。彼女、ああいう事も出来るんですね」  

モブP「本人は収録後『納得いきませんっ』なんて怒ってたけどな、ははっ」


 しばらくモブPとプロデュース業の話をしていたが、彼との会話にはいつまでたって親しみを感じる事が出来ないなと思った。 

 アイドルとしての顔と彼女らの素顔を変えていくのはプロデューサーとして間違ってはいないが、本人達にストレスを感じさせるような仕事の仕方は気に食わない。

 従わないアイドルには手も出すという噂もあるモブP。

 しかし彼がプロデュースしているアイドルは、ほとんど売れているという事実が自分にとって一番気に入らない事だというのも分かっていた。


モブP「じゃあモバPも頑張ってアイドル育てろよ」

モバP「ええ」


 部屋を出ていくモブP。


メスP「また自分のアイドルの自慢ばっか。貴方もなんで自分から話振るのよ」

モバP「昨日、彼から幸子の生放送見ろよ、って言われたんだよ。感想言わなきゃしょうがないだろう」

メスP「あれでプロデューサーランク1位なんだから気に食わないわよねぇ」

モバP「事実なんだからどうしようもないよ。出世するタイプだもの、彼は」


 何があるかわからないので、自分もモブPを好いていないとは言わなかった。


モバP「そっちはどうなんだい? 北条加蓮と椎名法子」

メスP「法子の方は順調よ。ドーナッツ好きだから売り込みも結構楽なの。でも加蓮はだめね。昔、病気してたせいか体力なくてすぐへばっちゃう。
    あれじゃ続かないわ……アイドルって結構、体育会系だから」

モバP「加蓮は彼女なりのやり方でプロデュースしてみればどう? 他の子に合わせなくてもさ」

メスP「一人だけ特別扱いなんかしないわよ。ついてこれなきゃそれまでよ」


 こりゃ”体育会系”に就かれた加蓮は御愁傷さまだな。 


モバP「じゃあ、そろそろ俺の担当アイドルが来る時間なので…」

メスP「モブPからランク1位奪い取る位の気持ちで頑張りなさいよ」

モバP「ははは」

メスP「――――あっ、そうだ!」


 なんだ、いきなり。”体育会系”だからか張り上げた声はひどく耳をつんざく。

 にやにやとこっちを見てくるメスPに、彼女が思い出した内容は俺に関係する事なのだと分かる。

 癇に障る顔だが、妙に気持ち悪く見えて笑えてきてしまったので偽の表情を作るのは楽だった。  


モバP「どうかしたかい」

メスP「貴方、アイドルの子に求愛してるってホント?」

 
 求愛って俺は動物か。


モバP「そんなわけないだろう。なんだよ、それ」

メスP「噂で聞いてさ。違うの?」

モバP「違うよ。そんな噂があるのか?」

メスP「ええ。皆、結構知ってるわよ。アイドルの耳にも入ってるんじゃないかな」

モバP「勘弁してくれ。仕事やりにくくなっちゃうよ。一体、どこからそんな噂が出たんだよ」

メスP「知らないわよ」

 
 噂の事は初耳を装ってみたが、自分が知っていること以上にこの女は噂について情報を持っていなかった。

 利用価値があるとはいえ、勝手に変な噂を立てられたのでは気分が悪い。
 
 噂の出所はつきとめないとな。

 担当アイドルとの打ち合わせ場所に行く途中。

モバP「あれ…加蓮?」

加蓮「モバPさん…」

モバP「何してんだ、こんな会社の廊下で」

加蓮「別に…暇だから」

モバP「学校の課題とかないのか? ないならレッスンとかさ」

加蓮「私、今ノイローゼなの。やる気しない」

モバP「何をいっちょ前に言ってるんだよ。気合が足りないんだよ、気合が」

加蓮「むー、本気で悩んでんだよ」

 
 確かにいつもの加蓮より元気がない。

 よしよし。 


モバP「メスPさん、厳しいか?」

加蓮「………」

モバP「武闘派だもんなぁ彼女」

加蓮「モバPさんだって今、気合とか言ったじゃん……変わんないよ…」


 気合は軽いジョークだったのだが本気にとらえられたらしい。

 ジョークぐらい理解しろと思ったが、考えが及ばないほど加蓮は悩んでいるのかもしれない。


モバP「俺のは冗談だよ。メスPさんに相当しぼられてるのか?」

加蓮「…………私、すぐばてるから仕事回してくれないし…悪口言ってくるし…」

 俺からしてみれば北条加蓮は大物アイドル原石の一人だ。使いこなすのは難しいが、その分の利益は大きい逸材。

 このままでは北条加蓮というアイドルは潰れていくだろうに、あの女も見る目が無い。

 だが、俺が加蓮を助ける事はまだできない。


モバP「ま、もうちょっと頑張ってみなさい。自分のペースでいいからさ。俺、打ち合わせがあるから」


 加蓮のもとを離れようとするが、彼女にスーツの裾を掴まれ止められる。
 
 おいおい、止めるなら腕でも掴めよ。スーツ破れたりしたら直すの高いんだぞ。


加蓮「モバPさん…前に辛かったら俺を頼れって言ってくれたじゃない……。私が今言いたい事分かるでしょ…!?」

  
 
 ごめん、分からない。なんて冗談で言ってみたかったが、言えば北条加蓮は手に入らないのでぐっと堪えた。


 大方、俺にもっと慰めてほしいんだろう。彼女の好意は少なからず感じている。


加蓮「そ…そそ…それに、モバPさん…担当を俺にしてもらえるように頼んでみるか?って……言った…っ」


 アイドルの方から担当を変えてもらう行為など、会社にとって取るに足らない存在の彼女には出来るはずもなく、俺以外のプロデューサーが聞いたら間違いなく捨てられる発言だ。

 加蓮がここで立っていたのは俺をその事を言いたかったのか。


モバP「いや…あのさ……それは加蓮を元気づける為の方便で…」

加蓮「言った……っ」ポロ…

モバP「本当にするわけじゃ……」

加蓮「言ったもん…!!」ポロポロ


 そのまま加蓮は膝から崩れ落ちて泣いてた。 
 
 加蓮は泣くのに夢中になっているので、改めて彼女を観察する。

 病気持ちだったおかげか泣いている姿はとても似合っている。

 女という点を引いてもかなり細い部類に入る手足の付け根。こけた頬。(これは現状のせいか)

 髪型で印象が強く変わる顔。天然で男を刺激する身体をもつ逸材だ。これを逃さない手はない。

 加えて少し依存症だろうか?


加蓮「ぅぅぅ……」ポロポロポロ

モバP「ま…まぁ加蓮、落ち着いて、な? 俺はもう行くけど誰かに見られない内に帰るんだぞっ」

 
 そう言って加蓮のもとから去る。

 二人でいる所を誰にも見られていなくて良かった。

 しばらく加蓮は動かないだろうが、彼女一人泣いているのを見られても問題はない。

 芸能事務所で夢敗れて泣いているアイドルにしか思われないだろうから。







凛「ねぇプロデューサー。アンタがアイドルを好きになったって噂を聞いたんだけど、本当?」


 メスPと同じように含み笑いをしながら、担当アイドルの渋谷凛が話しかけてくる。

 容姿の違いからメスPよりはずっと可愛らしい表情だが、俺は凛の事が嫌いなのであのオバサンよりもさらに強い不快感を覚えた。

 加蓮同様、大物アイドル原石の一人でなければ殺しているほどだ。 


モバP「お前もか、凛。勘弁してくれよ、そんなわけないじゃないか」

凛「本人に聞いてもそりゃ否定するよね。でも恥ずかしがらずに私には教えてほしいな」

モバP「だから本当の話じゃないって。俺はアイドルに恋なんかしてないよ」

凛「またまたー」


 言うと、凛はかなり間近に近づいてくる。


凛「誰なのかなー」

 プロデューサーとアイドルという関係でもここまで近づけば誤解される距離だ。

 凛の魂胆に気付き、演技をする。 


モバP「ち、近いよ凛っ。本当に誰でも無いから離れてくれっ」


 顔をそむけ赤らめる。最近、奈緒に見せてもらったアニメの主人公でもなければ俺の気持ちに気付くはずだ。
 
 駄目押しで、満足にエビス顔している凛をちらっと見てすぐにまた目をそらす。

 
凛「とりあえずはプロデューサーの言う事を信じてあげますか。噂が事実だったら大変な事だもんね」

モバP「こほんっ……勿論だ」



 その後、凛との打ち合わせをしていたが、最中に一人のアイドルが廊下を歩いているに気がつく。

 アナスタシアだ。

モバP「やあ! アナスタシア!」

 
 彼女の姿を見た嬉しさで凛を忘れて、部屋から声をかけてしまう。


アーニャ「シュトー? ……ああ、プロデューサー。……ズドラーストヴィチェ、こんにちは」

モバP「仕事かい?」

アーニャ「ニェット…、今日は打ち合わせです。…明日がロケ、なので」
 
モバP「緊張しているように見えたのはそのせいか…、前日から気を張り詰めていたら体が持たないよ。リラックスして」

アーニャ「ダー…、ロケは初めてなのです」

モバP「大丈夫。変に演技するより、いつものアナスタシアを見せていけば良いから」

アーニャ「モブPさんは、そうは言いません」


 アナスタシアの担当はモブPだ。幸子同様になにかしらの演技指導を彼女にしているのか。

 何でも良いが、アナスタシアの担当に就いている事が羨ましい。

モバP「大事なのはアイドル自身…君が何をしたいかってことさ。言われた事を聞き入れつつも普段通りのアナスタシアでお仕事をしなさい」

アーニャ「はい…いつも、心配ありがとうございます。しかし、何故私の事を気にかけてくれるのですか?担当でもないのに」

モバP「個人的にファンだからさ。応援しているよ」


 これは本心だ。
 
 アナスタシアは凛達ほどアイドルとしての素質は無いが、最初見たときから惹かれるものがある。

 あれ? これはもしかして恋なのだろうか。

 だとしたら噂は本当だったな、と他人事のように思う。

 こうやってアナスタシアに親しげに話しかけているから、アイドルに恋をしているなんていう噂が立ったのか。

 馬鹿だな、原因は自分じゃないか。


アーニャ「スパシーバ。では、打ち合わせがあるので」

モバP「ああ、引き止めてすまない。頑張って」


 アナスタシアは軽く頭を下げ、離れていく。

 見えなくなるまで後ろ姿を見ていたが、少し行った所で彼女はこちらに振り返った。

 俺がまだ見ている事に驚いたのかすぐに前に向き直り、そのまま歩き去って行った。

モバP「可愛いな、彼女」

凛「プロデューサーの好きな人って…まさか…」

 
 今までのやり取りを見ていた凛が俺の事を犯罪者を見るような眼で言ってくる。

 ちょっとほっといたので、若干拗ねているようだ。 


モバP「何でもかんでもその事にこじつけるんじゃない。女性と喋れなくなるよ」

凛「彼女、私と同じ15歳だよ、ロリコン」


 ああ、殺したい。


美嘉「おっはー★」

茜「こーんにーちはーーーーーー!!!!」

巴「茜、五月蠅い。耳がつまらんようになるわ」


 俺が受け持つ残りの担当アイドルが部屋にやってくる。


モバP「全員そろったか」

凛「3人共一緒に来たんだ」

美嘉「巴の家の車に乗してってもらったんだー」

茜「パトカーに乗ってたらなんだか捕まった気分になりましたっ!!!」

巴「大声で言う事か」


 村上巴の父親は広島県警の本部長であり、警視官である為ここ東京でも顔が利く。

 数回、巴の実家に行った事があるが方言やら服装やらなんやらで素人目にはどう見てもヤクザにしか見えなかったが。

凛「パトカーって……巴の家の車って言うか完璧、警察署の車じゃん…」

巴「ま、一般市民を守るんが警官の務めじゃけえの」

モバP「……」


 村上巴。まったく、やっかいな人材を回されたものだ。


凛「そういえば皆、プロデューサーの噂知ってる?」

巴「…噂?」

 
 ピクリと巴の眼光が鋭くなる。君の思っているようなことではないから安心しろ。


美嘉「なになに、知らなーい」

茜「同じくっ!!!」

凛「このプロデューサー、アイドルの誰かに恋してるんだって」

茜「えええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」

美嘉「えっ」


 巴は口を開けてポカンとしている。 

茜「ほっ本当ですか!? 私ですか!?」

モバP「違うよ」

茜「失恋……!!!」


 茜は底なしに明るいな。


モバP「噂自体、本当の事じゃないよ。デマだもん」

美嘉「あ、なーんだ…★ びっくりしたなー」

凛「本人は否定するに決まってんじゃん。絶対いるよ、好きな人」

美嘉「えっ」

モバP「こらこら凛。お前は何度言ったら…」


 コン…コンコン……


 控えめなノックが聞こえる。

 ドアは開いているので、振り返ればノックした人物がそこに恐縮そうに立っている。


楓「あ…あのプロデューサー…。ちょっと…いいですか?」

モバP「楓さん? 良いですよ」


 面倒な人間が来たな。


モバP「凛。さっき打ち合わせしておいた事、3人に伝えておいてくれ。噂も忘れる事!」

凛「……はいはい」


 噂という単語を楓さんが聞いた時、彼女の体が少し震えたがやはりこの事についてか。まったく、面倒だ。 

美嘉「楓さんって、プロデューサーと時々ああして出ていくけどさ…」

巴「前は一緒に飯食っとったの」

茜「ドキドキ……何故か拳に力が……っ!!!」

ボソボソ 凛「……いやいや、ないない…。私だもの…」

 凛達がいる部屋から声が届かない程度に離れる。やましさを感じさせない為にこちらの姿が見える位置にいよう。


モバP「楓さん、困りますよ。こう、何度も呼び出されては」

楓「お付き合いしているのですから、良いじゃないですか」

モバP「いや…そのですね」


 彼女が言うお付き合いというのは恋人関係という事だ。

 
モバP「前の事は私自身、良く…覚えていないというか…」

楓「それは……照れ隠しですか?」


 高垣楓は加蓮達と同様、俺がほしいアイドルの一人だった。

 当初は何が何でもほしいという気持ちが先走り、積極的にアプローチをしていたがアナスタシアを見つけてからは興味が薄れてしまった。

 しかし、意外にもその時すでに楓はほぼ俺に堕ちかけており面倒なことに恋心を抱かれていた。

 急に関係を絶っては人格を疑われるので、徐々に離れようとしたのだが楓は噂に聞くメンヘラ、とか言う属性持ちの女性なのか今度は彼女の方から積極的なアプローチを受けている。

 ついには彼女の中で俺達は付き合っている事にされているようで、こうしてちょくちょく仕事中でも呼び出されてしまう有様だ。


モバP「いや、そうではなくて本当に記憶にないんです」

楓「貴方は言いました。お…お付き合いして下さると」


 どうにも覚えていない。きっとメンヘラ特有のこじつけ行為だろう、恐ろしい。 


楓「私がモブPさんとの担当関係を解消したのもプロデューサーの為なのに……っ」

モバP「……」


 前に、『モブPではなく俺の担当アイドルになってほしいので、楓さん自身から事務所にそう言ってくれませんか?』と冗談で進言した事をこの女は本当に行ったのだ。

 裏工作もしなくていいから楽だな、と思った方法だが実際は簡単には行かない。

 当然、楓さんは事務所側から反発を受けたが、それでも引き下がらずフリーになった彼女は今や事務所の厄介者だ。
 
 そんなレッテルの貼られたアイドルを引き取りなんてしたらこっちまで事務所に睨まれる。


モバP「楓さん、貴方は他の事務所に行く事をお勧めします。この事務所に立場が無いとはいえ楓さんのアイドルとしての人気は高い。どこへ行ってもやり直せますよ」

楓「私は貴方にプロデュースをして頂きたいんです! 担当になりたいと言ったのは貴方じゃないですか!」

モバP「あれは…お酒の席の冗談と言いますか……本気ではなかったんですが」

楓「ひどい…っ」

 
 あの場にいれば誰もが俺の言葉は冗談だと分かったはずだが。実際、彼女も笑ってすましたというのに、俺に好かれたい一心で行動してしまったのだろう。


 しかし、まいった…。楓さんのアプローチは徐々にエスカレートしている。

 どうにか俺の評判を下げず、楓さんを所払いさせる方法は無いものか…。

 殺すのは可哀想だし……。

モバP「いや、待てよ…」


 今の楓さんは会社にとって邪魔な存在。

 そんな人間を邪険にしても俺の評判は変わるわけがないじゃないか。

 むしろ俺が移籍させれば一定の評価がもらえるかもしれない。


楓「お願いです、プロデューサーっ。私の担当になってください! 恋人同士だという事も黙っていますから!」

モバP「はっきり言いましょう、楓さん。迷惑です」

楓「…え?」

モバP「今の貴方はこの事務所にとって悩みの種なんです。そんなアイドルを引き取ったら私の評判に関わります」

楓「プロデューサー…」

モバP「それと貴方とは恋人でもありません。噂で聞いたかもしれませんが、恥ずかしながら私は…好きなアイドルの子がいまして……
    楓さんがそんな風に言ってると困るんですよ」

楓「好きな…アイドル……? 私の事ですよね?」


 いや、違うって。


モバP「ははは、違いますよ。ひょっとしてギャグで言ってます?」

楓「私は…もう貴方しか……」

モバP「じゃあ、もう一度言いますけど楓さん、貴方は他の事務所に行く事を勧めます。その方が絶対、売れますよ」

 
 ほとんど放心状態の楓さんに畳み掛けるように言う。 
 

楓「………」ポロポロ


 立ちながら泣いてしまった。目もまっすぐを見つめ何を見ているかも分からない。


モバP「では、テレビの前で貴方が活躍するのを待ってますよ」

凛「ねぇ、楓さんすごい剣幕だったけど何だったの?」


 あんな話になるとは思わなかったので、自分達の姿を彼女等に見せていたのは失敗だった。


モバP「担当になってくれって泣きつかれてね」

凛「そっか…。楓さん、今フリーだもんね…」

巴「断ったんか?」

モバP「ああ」

茜「何故ですか!!」

モバP「俺の立場も分かってくれ。俺も辛い」

美嘉「楓さん、事務所にあんまり良く思われてないから関わるとプロデューサーにも飛び火がかかるからでしょ…?」


 そうだ美嘉。昔から察しが良くて助かる。


凛「でもプロデューサーに担当ついてくれってさ……楓さん、モブPとは自分から縁を切ったんでしょ?」

美嘉「ちょっと矛盾してるよね…」
  

 あ、そうだ。良い事思い付いた。


モバP「ここだけの話な、モブPさん、楓さんにセクハラしたんじゃないかって噂があるんだ」

茜「えぇ!!!???」

モバP「だから楓さんはモブPさんと縁を切ったって話さ」

凛「それなら楓さんじゃなくてモブPが批難を受けるべきじゃないの!?」

モバP「彼は事務所にとって有益な人材だから……セクハラとかの訴えは揉み消してもらってるんだろう」

茜「そんな……!! 許せなーいっ!!!」

巴「それが本当じゃったらうちは黙っとれんぞ」


 おおっと、さすがに会社を潰されるのは困るぞ。狙いはモブPだ。


モバP「まぁあくまで噂さ。確かめようがない」

巴「もやもやが残るわい……」

 担当アイドルとの打ち合わせが終わり、廊下を歩いていると美嘉が話しかけてきた。


美嘉「お兄ちゃん」

モバP「どうした。…昔の呼び方なんかして」


 皆には黙っているが俺と美嘉は幼馴染で、小さい頃は良く彼女の面倒を見てあげたものだ。
 
 俺が高校を卒業してから疎遠になっていたが、この仕事に就いて何年かぶりに再開した時には思わずスカウトしてしまったほど美しく成長していた。


美嘉「噂の事…なんだけどさ」

モバP「楓さんの事か?」

美嘉「え? あ…その事も気にかかるけど……あのー…」

モバP「もしかして俺の噂の事?」

美嘉「……うん」


 その事はきっぱり否定したはずだが。親戚中にでも言いふらすつもりか?


美嘉「あれって、本当?」

モバP「違うって言っただろう? お前に信じられたんじゃ明日には親戚から笑い物にされるよ」

美嘉「でも……お兄ちゃん。さっきの話の中で…嘘ついてたよね?」


 これが美嘉の困った所だ。

 昔から美嘉は俺の嘘に対して何故か異様に鋭い。

モバP「ついてないよ」

美嘉「……」


 何百回と同じ事を言われたが、一度たりとも嘘を認めた事はない。

 今回はモブPのセクハラ疑惑についてだが、何故分かったのか。

 率直に聞いた事があるが美嘉本人でさえ直感でそう思うだけで確信はないという。


美嘉「人を好きになる事は良い事だと思うよ。お兄ちゃんは、特に」

モバP「お前が知らないだけで、俺だって恋愛ぐらいしてきたさ」

美嘉「嘘」

モバP「……」

美嘉「ちなみにアタシだったらOK出すから気軽に告ってね★」

モバP「はいはい」


 軽口を叩く美嘉。

 少し遠くの後ろには茜と巴が俺と美嘉の会話を聞いているには気付いていた。

 美嘉、茜、巴が秘密裏に俺を探っている事は前から知っている。

 困ったものだ。俺が一体何をしたというのか。





 外では、どうやら雨が降ってきたようだ。 

モバP「幸子」

幸子「ぅえ…プ、プロデューサーさんっ」ゴシゴシ


 事務所にあるテラスで幸子を見つけたので話しかけたのだが……彼女の目は充血していて頬には水が垂れた跡がある。


モバP「…泣いていたのか?」

幸子「そそそそんなことないですよ! ゴミが入っただけですから!」

モバP「そっか………幸子は強いもんな。スカイダイビングの時も泣かなかった」

幸子「あれくらい、なんて事ありませんよ!」

 
 モブPがヘリコプターに乗るのを渋ったので、何故か俺が幸子と一緒に乗った。

 あの時幸子は確実に涙目になっていたのだが今は黙っておこう。


モバP「そんなメンタルの強い幸子が泣いているのは、とても心配だ」

幸子「だから泣いてませんっ!」

モバP「一緒にスカイダイブした仲だろ? なんでも相談していいよ」

幸子「どうせ…っ」

 さっきから幸子は俺から遠ざかるように椅子を少しずつ引いていく。

 俺を嫌うというより、怖がっているようだ。

 良く見ると幸子の服は濡れていて、寒いのか身体は震えている。


モバP「幸子」 


 意地っ張りな幸子は普通に聞いても泣いている理由は話してくれないだろう。

 俺は幸子の手をとり、強引に抱き寄せる。


モバP「大丈夫。俺は幸子の味方だよ」

 
 幸子の頭を撫で、冷えきった身体を温めてやる。


幸子「う、うえええ。うええええええんっ!! うえええええええぇぇんっっっ!!!!」


 この少女に一体なにがあったのだろうか。

 俺は幸子をここまで追い詰める出来事に胸が高鳴った。

 落ち着いた幸子が語った内容は衝撃的だった。


幸子「モブPさんが…僕を襲ったんです………」

モバP「信じられないな…」


 性格面は置いといても、分別はある人間だと思っていたのだが。


幸子「本当です!! あの人はっボクを……っ」ウルウル

モバP「いや、すまない。幸子を疑ってるわけじゃない。俺も驚いてしまって……」

 
 幸子が俺を怖がっていたのは強姦による恐怖心で男性が皆、ケダモノに見えたのだろう。

 そう思うと強引に抱き寄せたのはかなり危険な行為だったのかと冷や汗をかく。 


モバP「辛かったな幸子。…こんな言葉じゃ慰めにもならないが」

幸子「ボクはあの人を絶対許しませんっ…」


 しかしこんな所で一人泣いている手前、事務所に訴える事もしていないみたいだ。

 楓さんという例がある為、干されるのが怖いのか。

 だが、この事実はモブPを落とす絶好のチャンスだ。

モバP「この事は事務所に訴えよう。俺が協力する」

幸子「本当ですか…?」

モバP「ああ。その後、幸子もアイドルを続ける気があるのなら俺がしっかり面倒を見るよ」

幸子「プロデューサーさん……」

 
 幸子は楓さんとは違いリスクもないし愛情も持っているので喜んで迎い入れようじゃないか。


モバP「それで…デリケートな話になるんだが、襲われた事の証拠となるようなものが必要なんだが…」

幸子「証拠…ですか?」

モバP「中途半端なものじゃあ揉み消されてしまうから…決定的なものがほしい」


 あまり俺の口から言わせないでくれよ。

幸子「よ、洋服を少し破られちゃいましたけど…」

モバP「ごめんな、思い出すのはつらいだろうが……」

幸子「監視カメラ…はないですね……。ボクの口からじゃ駄目なんですか?」

モバP「ちょっと、な…」


 奴を牢にぶち込める、良いものがお前の身体に残っているだろ!


幸子「それじゃ、えーっと、えーっと……」

モバP「………」

幸子「やっぱりボクが証言してみるのが一番だと思うんですが…」

モバP「…………。あの、な…………病院には”レイプキット”っていうものがあってな……それで検査してもらえれば警察も黙っちゃ――――」

幸子「ボクそんな事されてませんよっ!!!!!!!」

モバP「はぁ?」

 
 思わず素の言葉が出てしまう。

幸子「されそうになったけど……抵抗して逃げたんです! ボク、レ―――うあーそのーっ、なっなんにも汚されてませんから!」


 頭を抱える。

 こいつはなんておしい事をしたんだ。せっかくモブPを犯罪者にするチャンスだったのに。


モバP「うーん、それだと厳しいな」


 ショックでまだ素の言葉しか出ない。


幸子「そんなっ…」

モバP「立件できるかなぁ…」


 悩む。

 テラスの外は雨脚が強くなってきたようだ。


モバP「はあ…」

幸子「グスッ……」

 茫然として前を見ると、土砂降りの雨の中、一人の女性が傘もささず立っているのに気がつく。

 雨が霧を作り視界は悪くなっているが、女性が誰なのかは見当がついた。

 ありゃあ、精神科に連れて行った方が良いな。

 
モバP「……あ」


 そうだ。 

モバP「幸子。この件、俺に任せてくれないか?」

幸子「どうにかできるんですか!?」

モバP「ああ、任せてほしい」

幸子「……はい!」

モバP「さ、いつまでも濡れた服でいると身体に障るよ。着替えて、シャワーでも浴びなさい」

幸子「分かりました!」

モバP「……」

幸子「……」モジモジ

モバP「………シャワー、行っといで?」

幸子「……………あの、もう一度……ボクを抱き……、温めてくれても良い…ですか?」

モバP「…おいで」


 珍しく甘えてくる幸子をまた抱きしめる。

 雨に濡れている女性はそれを鋭い目で睨みつけてきた。

 その女性の手には、包丁が握られている。

 幸子を見送ってから傘を取りに行き、雨に濡れ続けている女性のもとへ赴く。

 俺が傘を取りにいっている間も女性はその場から動いていなかった。


モバP「風邪、引きますよ楓さん」

楓「良いんです。その前に貴方を殺して、私自殺しますから」

モバP「楓さん…」

 
 ここまで病んでいると交渉も紙一重だな。

 
 
モバP「私をひどい男だと思っていますか?」


楓「……」


 無表情の顔が肯定だと答える。

 自分で言った事だが何故俺がひどい男になるのかまったく理解が出来ない。
   
 勝手に勘違いして、勝手に病んだのはこの人だというのに。

モバP「…楓さん、実は頼みがあるんです」

楓「命乞いなら聞きます」

モバP「頼みごとが終わったら、お付き合いしましょう」

楓「え?」


 やはり彼女は俺を笑わそうとしているのか? こうも簡単に意思が揺らぐなんて。


モバP「担当にも就きます。お願いを聞いてくれたら…」

楓「どうして…急に……」

モバP「楓さんにしか頼めない事をお願いするからです」

楓「っ馬鹿にしないで下さい!! 私は貴方の愛情がほしいんですっ そんな契約みたいなやり方で付き合いたいなんて思いません!」

 
 楓さんは包丁を構えるが、持つ手は意思と直結して震えている。

 しかしメンヘラ女にもプライドはあるようだな。

モバP「そんなことはありません。愛してますよ楓さん」

楓「だったら何故一人だけ傘の中にいるんです!? 私は雨に濡れているのにっ!」


 なに言ってるんだ?自分も傘を持ってくれば良いじゃないか。


モバP「幸せになるにはどうすれば良いか考えてください。頼みを断るのなら私は素直に殺されましょう。
    しかし、頼みを聞いてくれれば貴方は私とスターアイドルの道を共に歩むことができます」

楓「ううぅ……」

モバP「……結婚しましょう、楓さん」

楓「結婚…!?」

モバP「幸せになりましょう、楓さん。一緒に。二人で。暖かい家庭を築きましょう!」

楓「結婚……………したい……私、プロデューサーと……」


 カランカラン…と音を立てて包丁が楓さんの手から落ちる。

 こいつ簡単だなぁ。

 いや、問題はここからか。


楓「プロデューサーっ……」


 楓さんが抱きついてこようとするが、一歩引いて拒否する。

 
楓「プロデューサー…?」


 光の戻った目が再び黒く染まる。その顔に思わず恐怖を覚える。

モバP「まだ貴方を傘の中に入れる事はできません。お願い事を聞いてくれなければ……」

楓「そんな事…っ。なんでも聞きます! 貴方の言う事なら、結婚できるのなら!」

モバP「それでは…言いますが――――――」




 

 楓さんに俺のお願い事を話す。


楓「……本気で…………言ってるのですか……」

モバP「はい」

楓「プロデューサーは…何とも思わないのですか…………? 私たち、結婚するんですよ?」

モバP「言う事を聞いてくれたらですけどね」

楓「私…私………。だって、まだ……」

モバP「私は、気にしませんよ」

楓「……」

モバP「楓さん、事が終われば………待っているのは幸せだけです」

楓「……っ」

モバP「……」

楓「………………やります」

モバP「そうですか。良かった」


 やった。これでモブPは終わりだ。


モバP「楓さん」

 
 言うと、楓さんは俺の傘の中へ入って寄りかかってくる。

 雨に濡れた彼女は化粧が落ち、髪型も崩れ顔つきは麻薬常用者のように憔悴しており、一目惚れした時に輝いていた姿はもう無い。 

 そしてこれからもその姿を取り戻す事は無いだろうと思うと悲しくなった。

 数日後。

 
モバP「さてと…」


 夜、事務所の一室でノートPCを起動させる。

 立ち上がる少しの間に、イヤホンマイクを装着する。

 PCを操作しあるアプリケーションを実行させると、とあるカメラの映像が映し出される。

 
モバP「もっと部屋全体を映せる位置に置いてください」

楓『……はい』


 通信の相手は楓さんだ。彼女にはイヤホンだけを付けさせ、隠しカメラから音声を拾っている。

 楓さんは隠しカメラが入っている鞄を俺に言われたとおりに動かす。


モバP「よし、そこで良いです。指定時間まであと10分。覚悟は出来てますね?」

楓『はい…』
 




 俺が楓さんに頼んだ事は今夜、モブPに抱かれ欲しいという事だった。


 幸子への強姦は未遂に終わってしまったが、楓さんで代用すればモブPを犯罪者に出来る。

 今夜の情交は合意の上だが、その行為が終わった後に楓さんを殺し、強姦によるショックで自殺という事にでっち上げれば問題は無い。

 楓さんにはカメラ映像を上手く編集して訴えると言ってあるが、このカメラは単なる小遣い稼ぎ用だ。


モバP「上手い具合に編集点を作ってください。あと、イヤホンは身体を重ねる前にそれとなしにはずして下さいね」

楓『プロデューサーは……ずっと見てるんですか?』

モバP「…いいえ。頃合いを見てそちらからの映像は切ります。全てが終わったらこの部屋へ来て下さい」


 何かあっては困るので本当は見ているのだが、楓さんを安心させるために嘘をつく。


楓『私の……身体が汚れても………私を愛してくれますか……?』    

モバP「当たり前です。それに、頼んだのは私自身なんですから」


 まったく、その歳で処女なんて天然記念物ものだろう。

 彼女のファンには本当に申し訳ない事をしてしまう。 

 
モバP『ああ、注意事項として必ず膣内射精してもらう事となるべく嫌がる仕草をする事…後者はこちらから誘っての行為なので無理のない程度にして下さい』

楓『…はい……』

モバP「あ、モブPさん来たみたいですね」

 
  さて、上手くいく事を願おう。

モブP『夜中にこんな所に呼び出して何の用だ? 裏切り者め』

楓『……』

モブP『たくっ、手をかけて育てたアイドルに裏切られるなんて思ってもみなかったよ』

楓『あの……』

モブP『なんだ』

楓『…私を……もう一度あなたの担当に、して下さい』

モブP『馬鹿が! 自分から止めておいて何を言うんだお前は!』

楓『貴方から離れて改めて気付きました…やっぱり、私はモブPさんでないと駄目なんです……』

モブP『モバPについていきたいと言った時とはえらい違いだな? 会社に干されそうになってるからそう言ってるんじゃないのか?』

 
 なんて事だ。モブPから離れる時に俺の名前を出してるのか。最近、モブPがいちいち嫌味な事を言ってくるのはそのせいか。

楓『ち、違います……私は…貴方に、本当についていきたいんです』

モブP『そんなころころ愛想が変わられたんじゃ信じられるわけ無いだろう』

楓『でも…』

モバP「楓さん、私の事はひどく言っていいですから目的を果たして下さい」

楓『……』

モブP『なぁ?』

楓『プ、プロデューサーはモブPさんなんかより全然駄目な人で……期待はずれで…かっこ悪くて…仕事できないし…』


 もうちょっと言葉を上手く作って下さい、楓さん…。おそらく言っても直らないので言葉にはしなかった。


楓『モブPさんの方が素敵な男性なんだと、分かったんです! 私はモブPさんについていきたい!』


 うーん、こんな単純で大丈夫か…。

モブP『へぇ…。モバPはそんなに駄目な奴か?』

楓『は、はいっ』

モブP『アイツなんかより俺の方がやっぱり良いか?』

楓『そ…そう、ですっ』


 意外にもモブPは乗ってきたようだ。


モブP『プロデューサー的にも、男としても俺の方が上だよな』

楓『はい! プロデューサーは最低ですっ』


 楓さんもなんか乗ってきたな。

 モブPが楓さんに乗ってきたのは、彼が俺に対して対抗意識が強い為だろう。

 男性的には分からないが、プロデューサーの仕事に関しては成績が上のモブPにそう思われていたのは驚きだ。


モバP「楓さん、モブPさんに抱きついてそのままヤっちゃって下さい」


 頑張って、男性的にも上に立って下さいよ、モブPさん。


楓『モブPさんっ』

モブP『へっ…なんだよいきなり抱きついて来て……』

楓『私…私…』

 
 流れに乗ったな。後はこのまま―――――


アーニャ「プロデューサー?」

 アナスタシアが部屋に入ってきた。

 俺は一見、事務所の一室で仕事をしている風なので人が入ってこないというわけでもない。

 しかしこの部屋は俺と担当アイドルのスペースで、10時過ぎの夜中に誰かが訪ねてくるというのもいささかおかしい。


モバP「アナスタシア? どうしたんだい、こんな夜中に」

 
 アナスタシアからはノートPCの画面は見えない。

 俺は素早く映像を切り替える。


アーニャ「カーク…貴方の部屋の明かりがまだついていたので…いるかな、と」


 嬉しいな。アナスタシアから会いに来てくれるなんて。


アーニャ「イズヴィニーチェ(すみません)……イヤホンをして、お声をかけては駄目でしたか?」

モバP「そんな事無いよ。実は担当アイドル達と初めて会った時の面接の映像を見ていてね」


 楓さんはもうほっといても良い。

 ここはアナスタシアとの会話に花を咲かそう。 

モバP「ほら」

アーニャ「わぁ…」

書き溜め終わりです。
また書けたら投下します。

>>55
 違いますがあのss大好きです。

それと>>1に書いておくべきだったのですが、胸糞展開注意です。

再開します。

 アナスタシアに、切り替えた映像を見せる。

 実は俺も初見だ。   


巴『お前がモバPか。…まぁよろしく頼むど』

巴『もっと気持ちこめて喋らんか!』

巴『警察ゆうんは市民の為に仕事するんが生き甲斐じゃ。人に感謝されるのは嬉しいんで』

 
 今でもそうだが、この頃から13歳の子に説教されてたのか俺は。

 
 巴はちょくちょく俺に苦言を言うが、彼女が何を言いたいのかさっぱり分からない。 
 

凛『よろしく』

凛『ピアス? 別にふつうじゃない?』

凛『新人なんだって? 二人三脚で頑張ろうよ』

 
 凛は映像を見ても気に食わないな。

 なんで俺はこんなに凛が嫌いになったんだろうか?

美嘉『お兄ちゃーん、面接なんてどうでもいいじゃん★ どうせクリアでしょ?』

美嘉『アタシが来たからにはもう大丈夫だよー』

美嘉『…なにも心配いらないから』


アーニャ「彼女、妹さんなのですか?」

モバP「実は親戚なんだ。ひいきされてると見られるから秘密だぞ」


 この時も美嘉はそうだ。

 俺を見る時は決まって哀しそうな顔をしている。

茜『美嘉のお友達の日野茜です! 好きな食べ物はお茶です!!』   

茜『もっと元気出していきましょう、プロデューサー!!』

茜『はい!! 私と一緒にトップをもぎ取りましょう!!!』

 
 茜はいつも楽しそうで羨ましい。

 アナスタシアとの会話の種にした昔の映像だがつい見入ってしまった。



モバP「…」



 なんだろう。胸に不思議な感覚がある。

 胸ではなく俗世で言うなら、―――にだろうか。



モバP「?」 



 ―――。


 どうしてか……―――が表現できない。


 何故なのだろう。

 …。

 …。

 …。

 どうでもいいか。

アーニャ「どうかしましたか?」


 俺の様子が少し変わったことに気付いたアナスタシアが言う。

 心配してくれる彼女の行動はとても愛らしいが、まだ続く不思議な感覚は不快なので話題を変えよう。


モバP「そういえばこの間聞いたロケ、生放送だったじゃないか」

アーニャ「!? 見たのですか!?」

モバP「危うく見逃す所だったけどね」

アーニャ プシュー


 アナスタシアがロシア語でごにょごにょ言いながら縮まる。

 本当に可愛い。

 
モバP「あえて俺に生だって言わなかったね?」

アーニャ「ダー(はい)……見られたく、なかったから…」

モバP「ファンとしては悲しいよ」 

アーニャ「見られたからには、聞きます。…どうでしたか?」

モバP「……視聴者を楽しませるロケ番組では無かったね」

 
 正直に答えた。


アーニャ「…ヤー トージェ ターク ドゥーマユ…、わたしも…そう思います。緊張、しすぎました…」

モバP「録画放送なら編集で笑いにできるものだけど、あれを生でやってしまうと事故寸前だ。
    余裕がないのは分かるが一人のロケじゃなかったんだから周りに助けてもらう事を覚えなさい」

アーニャ「ダー……」


 俺はしょぼくれているアナスタシアの頭をポンっと撫でる。


モバP「はい、俺の説教おしまい」

アーニャ「プロデューサー…」

モバP「説教は厳しめに短く言う。それから優しくして恨みを買わないようにするのがテクニックなんだ」

アーニャ「それ、…言っちゃ駄目な事ですね……」

モバP「こうやって包み隠さず言うのもテクニックさ」

アーニャ「だから、言っちゃ駄目です…」

 しかし、説教が的確に効きすぎて初心のアナスタシアはまだ落ち込んでいるようだった。

 ここは奈緒受け売りの名言を教えてやろう。


モバP「良い格言があってね、反省はしても後悔はするな…って言葉があるんだ」

アーニャ「反省はしても後悔はするな……」


 アニメ…だったか、ゲームだったか…。 それがまた何かから引用したのかまでは知らないが奈緒から聞いたとても良い言葉だ。 


モバP「この間のロケはアナスタシアにとって良い経験になったはずだ。きちんと反省だけはして、次につなげれば良い」

アーニャ「…ダーっ! バリショーエ スパスィーバ! ありがとう、元気が出ました…!」

 

 涙を浮かべながらも笑うアナスタシアの顔はとても美しい。

 これが恋なのか。

 凛とアナスタシアのアイドルとしての資質をどうにか交換できないかな。

 さて、楓さんはどうなっただろうか。まだまだ事は終わっていないだろうが現状を確認できないのは不安が積もる。

 しかし隠しカメラからの映像はアナスタシアがいるので見られない。


 俺は部屋の窓から楓さん達がいる一室へ目を向ける。


 この部屋から見やすい位置に指定しておいて良かっ―――――――――――― 


モバP「!?」


 少し見ない間に楓さん達がいる部屋の状況は大きく変わっていた。

  
モバP「なぜ……彼女達が………」


 呆気にとられたが、俺は急いで席を立つ。

 想定外すぎるぞ。


モバP「プロデューサー!?」


 アナスタシアの声に振り向きもせず、俺は全力で密会の場所へ走った。

モバP「はぁはぁっ!」


 自身の予定外の展開で焦った俺は、状況も考えず楓さんとモブPがいる部屋へ駆けこんだ。


モバP「はぁ…はぁ…はぁ……」


 室内を見回す。

 これは、どういう事なのか。さきほど外から確認したが、改めて見ても理解ができない。


 
 部屋には楓さんとモバP。





 そして美嘉、茜、巴、幸子もいるのだ。


  
 4人はモブPと対峙するように立っている。

 その未成年アイドル4人も突然の俺の来訪に驚いてポカンとしている。


 すると楓さんが泣きながら俺の胸に飛び込んできた。


楓「ううう…うええええぇ…っ」


 楓さんの服に乱れはない。あの短時間で事を済ませたとは考えにくいので、まだモブPに抱かれていないのだと推測する。
 

モブP「てってめぇの仕業か、モバP! よくもっ……」


 モブPの怒号で混乱していた場が動き出す。


モバP「…えっと」

 
 楓さんを仕向けた事がばれたのか?

 しかし声は大きいがモブPはその場から動かず、どうしようもない怒りを身を震わす事で表現している。

 なにか様子がおかしい。

美嘉「お、お兄ちゃんなんでここにっ?」


 俺の登場は美嘉にかなり予想外らしく呼び方が血縁のそれになっている。


 彼女に言われて、やっと俺はここに来ている事が不自然だというのに気付いた。

 考える暇もなく、捻りもない嘘を吐いた。


モバP「仕事をしていたらこの部屋の様子がおかしいのに気付いて……」


 ああ、こんな理由じゃ駄目だ。


 案の定、美嘉はまた哀しい目で俺を見る。



 嘘だとばれてる。



 対処法は少し真実を混ぜる事だが失念していた。

巴「ふん……間男が来たがうちらの言いたい事は変わらんど、モブP」


 間男を間の悪い男とでも使っているのだろうが、言い得て妙だ。


巴「大人しく捕まれやぁ!」バンッ!


 巴が手に持っている身の丈以上はある木の棒を地面に叩きつける。

 モブPが動かないのは巴のおかげか。


楓「うう…」グス

 
 楓さんが巴の発言に少し震えたのは、さっきまでやましい行為をしていたせいだろう。

 …しかし、今の巴の発言で状況が理解できたぞ。


幸子「……」


 茜の後ろに隠れながらもモブPに鋭い視線を送る幸子。


 間違いない、警察官令嬢の巴が動いたのだ。

 正義感の強い巴が幸子の身に起こった事を聞けば動かないはずはなかった。

モブP「俺は知らん! 幸子なんか襲うわけがない!」

巴「現にそうと本人が言うとるんじゃボケェ!!!! アイドルが嘘ついとるとでも言うんか、おどりゃあ!!?」
  
モブP「そ、そうだ!」

巴「んなわけあるかい、腐れ外道がぁーーーっっ!!!!」バンバキャバババババッッッッ


 巴が木の棒を振り回し周りの物を荒らしながらモブP以上の剣幕で怒鳴る。

 理不尽なほどモブPの主張を聞いていない。


モブP「ここここ子供には分からんがなっ、そんな勝手を説いても人は信用しないぞっ! 事務所が黙っちゃいない!」

巴「おう、ええわ。こっちも引く気はないけぇの。どっちの言い分が正しいかとことん争おうや!
  事務所出されて引き下がるイモと思うなや!!!」

モブP「うぐぐぐ…か、楓だってあっちから迫ってきたんだぞ!」


モバP「楓さん、喋らないでください」ボソッ

楓「……」グスッ


モブP「なぁ楓! そうだよな!?」

モバP「楓さんの様子からしてそうとは思えませんが…」

モブP「お前には聞いてないんだよっ!」

 美嘉が巴に何か耳打ちしている。

 こっちを見ながら話しているので、俺の発言は嘘だと言う事を教えているのか。

 どうやら彼女達は俺が思っている以上に親密な関係らしい。 

   
巴「おう、モバP。お前はとりあえず黙っとれや。ややこしゅーなるし、お前はまた別件で洗ってくからの」


 別件とは楓さん関連の事。巴の視線がそう告げる。


巴「さぁ、モブP。うちらは幸子んの件だけでアンタを追求するつもりじゃけぇあんな等は関係ない。おどれが蛮行したんはこの事務所なんじゃから、何か見とった奴もおるじゃろうて」

モブP「……ふん、誰も喋らねぇよ………」

巴「事務所の圧力と警察の権力、どちらが強いか比べようやないけぇ!」

モブP「きさっ貴様っ 結局は力で……」

巴「力を力で迎え撃つんは当然じゃろうが! それに警察は正義で動くんなら!
  最近のドラマゆうんは警察が悪になるものもあろうが根本は正義じゃ! うちは正義をもって戦うけぇの!」


 完敗だなモブP。こりゃ逃げられんぞ。

モブP「うわああああああああああ!!!!!!!!!!」


 遂に言い分がなくなったモブPが巴に向かって突進していく。

 木の棒はパフォーマンスだったようで、巴はモブPの凶行に後ずさる。
 
 巴を助けようと思うが、俺の位置では間に合わない。


モブP「このクソガキがぁあああ!!!!!!」

巴「っ!!」


 その時今日一番の大声が室内に鳴り響き、モブPの勢いさえも止める。


茜「トラーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 レーシングカーのような速さで茜が飛びだし、机を台にして5㍍を超える大ジャンプをする。

 上にぶつかるかと思ったが、彼女は片手を上げて天井を押さえる。

 茜が天井を押す力と跳躍力が拮抗し、彼女の身体が宙で止まる―――いや、ゆっくりだが跳躍力の方が勝り茜は天井に吸われていく。

 しかし彼女の天井を押している腕には、思い切り引き延ばしているゴムの様にギチギチと力が集まっていくのが分かる。
 
 茜のもう一方の手にはラグビーボールが握られていた。


茜「トラーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 


 茜はもう一度叫び、天井側の腕の力を爆発させ、急降下しながらモブPの頭部にラグビーボールで一撃を加える。



 前に奈緒と一緒にやった格闘ゲームで似たような技があったな。
 
 大技で演出がかっこいいので、奈緒は使用キャラとハモって「愚か者めいっ」と何回も俺のキャラにくらわしてきた。

 モブPは言葉も無く数回頭を揺らして倒れた。

 すこしボールの空気を抜いてあるみたいで外傷はない。



 茜の性格からして狙ってはないだろうが、上手い。

 楓さんを自殺に見せる為に作った砂入りのブラックジャックと同じように、傷がつかない人間の意識の奪い方をしている。




 首の骨が心配だが。

 その後、モブPは幸子に訴えられ、彼が辞職するという事で示談が成立した。


 意外にも事務所側はモブPをかばう事はしなかった。

 社長の千川ちひろもそういうところは実直な人間らしい。

 俺としては警察に事務所が潰されなかったり、プロデューサーランクNO.1のモブPが消えてくれた事は嬉しい出来事だ。
 
 トップアイドルの楓さんを殺さずにすんだのもその内の一つだろう。


 本当に良かった。

モバP「おはようございます!」


 プロデューサーの中でも性格面で評判の悪かったモブPがいなくなり、俺達社員は正々堂々業務を競い合っていた。

 これでこそ俺が求めていたプロデュース業のあり方だ。


メスP「おはよう、モバP」


 この年増を除けば。

モバP「社内、活気づいてるな。良い雰囲気だ」

メスP「モブPがいかに事務所にとって害虫だったかが分かるわ。ランクNO.1だったのを背にいびり散らしてたものね」

モバP「だな」

メスP「あら、貴方だって例外じゃないと思うんだけど」

 
 またきた。


メスP「モブP事件以来、男のプロデューサーへの目が厳しくなったでしょう? 貴方、噂でアイドルに恋してるとかあるから心配なのよねぇ…」


 実はあの噂はモブPが俺を潰すために流したデマだと本人から聞いたが、噂は独り歩きしておさまりがついていない。


モバP「ないない、ないよ」

メスP「どうかしらねぇー」


 メスPは噂を利用して俺を消したいらしく、各所で俺の噂を大きくしているのをいくつか設置した盗聴器で知っている。

 
 事務所内のプロデューサーランクは50人ほどの中で現在、俺が11位、メスPが3位だ。

 俺はモブPがいなくなる前からランクを次々と上げている為、要注意人物として彼女に目を付けられたのだ。

モバP「そういえば”彼女”、またランク上げてたね。7位だってさ」

 
 これ以上何か言われるのも面倒なので、メスPが俺以上に潰したい相手の話題を振る。


メスP「ふん……」



 っと、噂をすればなんとやら。


 ”彼女”の登場だ。



前川P「おはようございます。先輩方」


 今年入った新人プロデューサー、前川みくだ。

モバP「おはよう、前川君」

メスP「…ちっ」

前川P「モバPさん、うちの事はみくで良いと前から言ってるじゃありませんか」


 大阪人の前川は言葉づかいこそ標準だが、イントネーションは関西弁のなごりが強い。


メスP「はっ、そうやって男のプロデューサーに可愛い子ぶっちゃってさ…。嫌々、若い子なんて…」

モバP「これがこう言うからさ」

前川P「…そうですか」


 メスPは前川に対して嫌っている感情を隠そうとしない。

 俺以上にメスPが消したい相手がこの、前川みくプロデューサーだ。


 前川みくは現役高校生プロデューサーで入社して10カ月の新人だが彼女の躍進はとどまる事を知らず、事務所に入ってから担当アイドル達と共に次々と大仕事をこなしていっている。

 気がつけば俺もランクを越され、メスPにも迫る勢いだ。

 自分の半分も歳をくっていない前川の手腕にメスPはひどく嫌っている。

メスP「私、失礼するわ」


 一度、前川を睨み俺達から遠ざかっていくメスP。


モバP「悪いね。根本は悪い人じゃないんだけど」 
   
 
 根本も悪い人だよ。



前川「…いえ。気に、しませんから」

 
 前川も歳以上に度胸は据わっているが、あのメスPに度々凄まれたんじゃあ気苦労が絶えない。


 俺としても一回り年下の少女にランクを抜かされてる手前、プライドから良い感情は持っていない。

 しかし前川のプロデューサーとしての実力は姑息な手段を使っていたモブPとは違い、全て自分によるものだ。

 いつか俺も自分の力で彼女を追い抜こう、と思う。

前川「モブPさんがいなくなってから、メスPさんはランクを上げようとピリピリしてるのでそのせいでしょう」

モバP「気を強く持って頑張りなさい」

前川「モバPさんも大変じゃありませんか? 心も無い噂が広がっているようで……」

モバP「それこそ気にしたら駄目さ。俺も、アイドルが増えたから根負けしてられない」


 モブPがいなくなったので、必然的に彼が担当していたアイドルは辞めたり、別のプロデューサーに引き継がれた。

 輿水幸子は俺が引き取り、みくも何人か迎え入れている。

 楓さんは俺のもとに来たいと言ったが面倒を持ち込むも同じなので拒絶した。今は引きこもっているそうだ。

 
 辛かったのはアーニャだ。

 アーニャも俺のもとへ来たがっていた。

 しかし現在、俺は噂のせいで仕事がやりにくくなっているので感情を隠しきれない相手のアナスタシアを引き取るのはマイナス要因でしかなかった。

 
アーニャ『…私は、貴方と共に行きたい』

モバP『今は…駄目なんだアナスタシア。俺じゃあ君を引き取れない』

アーニャ『何故…なのですか?』

モバP『…。…君は別のプロデューサーについてもらった方が良い。それが、君の為だ』

アーニャ『ヤー…私は貴方と一緒にトップアイドルの階段を、上りたい。だから、私はもう他の人の担当にはなりたくありません…』

モバP『アナスタシア…』

アーニャ『アーニャ、と呼んでください。私はいつまでも、待っています。ですから…』

モバP『分かったアーニャ。必ず、迎えに行く。今は駄目だけど…絶対迎えに行くから』

アーニャ『は、はいっ。待って、いますから…』


 
 惜しむらくはアーニャの才。
 
 凛ほどのアイドル適正があればリスク覚悟で手に入れていたのに。

 ほとぼりが冷めたら迎えに行くから待っていてくれアーニャ。

前川P「私は、噂なんて気にしてませんから」

モバP「ありがとう、前川君」  

前川「えへへ…」

 
 感謝の表現として頭を撫でるが、本心は敵対心を感じさせない為。

 まだ恋愛…男性経験が少ないのか、顔を赤らめ猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす。

 
モバP「前も言ったけどアイドルやってもイケると思うけどな、前川君は」

前川P「そっそんな事…ないですよ、うちなんて…」


 そしたらライバルが一人減るのに。

 今日は担当アイドル達と打ち合わせの日だ。

 事務所内のマイルームへ向かう。


モバP「おはよう、皆」


 オハヨウゴザイマース

 それぞれの声が聞こえる。

 俺の現在の担当アイドルは、凛、美嘉、巴、茜、幸子だ。

また終了です。次からはメスP編です。アイドルとみくがひどい目に合うので注意です。

モバP「みんな最近仕事頑張ってるじゃないか。アイドルの人気度じゃ他に負けてないぞ」

美嘉「お兄ちゃんがランク低いから足引っ張られてるんだけどねぇー★」


 
 美嘉は前の一件以来、俺と親戚関係という事を皆に明かした。



凛「そうそう」



 凛が言うと腹が煮えくりかえる。



巴「ま、うちらが頑張りゃーそれだけこんな(こいつ)の成績も上がろうて」



 巴はあれから俺と楓さんとの関係を突き詰めてこようとはしなかったが、俺の身辺に警官が増えたのは十中八九彼女の手の者だろう。楓さんには個人的にお見舞いに行っているらしい。


 
モバP「それでな巴。この中じゃあ、お前だけがCD出して無いんだがそろそろ出さないか?」
 
巴「演歌以外歌わんぞ、うちは! 他じゃったら受けん!」

モバP「やれやれ」


 
 茜は話も聞かず特大の弁当を食べている。



茜「ば! あるまおころがおおええいほな!!!」



 聞いていたらしいが、口いっぱいにご飯が広がっていて彼女が何を言いたいのか分からない。



幸子「モバPさん! ボクが来たからには安心ですので、大船に乗ったつもりでいて下さい!」



 何がどう安心なのか言ってくれればもっと安心できるんだが幸子。



モバP「まぁ君たちとなら上を狙っていけると確信している。これからも頑張っていこう」


 
 これは本心からそう言ったが、彼女らの体たらくを見ていると自信がなくなってきた。

ミス

モバP「みんな最近仕事頑張ってるじゃないか。アイドルの人気度じゃ他に負けてないぞ」

美嘉「お兄ちゃんがランク低いから足引っ張られてるんだけどねぇー★」

 
 美嘉は前の一件以来、俺と親戚関係という事を皆に明かした。


凛「そうそう」


 凛が言うと腹が煮えくりかえる。


巴「ま、うちらが頑張りゃーそれだけこんな(こいつ)の成績も上がろうて」


 巴はあれから俺と楓さんとの関係を突き詰めてこようとはしなかったが、俺の身辺に警官が増えたのは十中八九彼女の手の者だろう。楓さんには個人的にお見舞いに行っているらしい。


モバP「それでな巴。この中じゃあ、お前だけがCD出して無いんだがそろそろ出さないか?」
 
巴「演歌以外歌わんぞ、うちは! 他じゃったら受けん!」

モバP「やれやれ」

 
 茜は話も聞かず特大の弁当を食べている。


茜「ば! あるまおころがおおええいほな!!!」


 聞いていたらしいが、口いっぱいにご飯が広がっていて彼女が何を言いたいのか分からない。


幸子「モバPさん! ボクが来たからには安心ですので、大船に乗ったつもりでいて下さい!」


 何がどう安心なのか言ってくれればもっと安心できるんだが幸子。


モバP「まぁ君たちとなら上を狙っていけると確信している。これからも頑張っていこう」


 これは本心からそう言ったが、彼女らの体たらくを見ていると自信がなくなってきた。

 お昼。


 事務所の食堂でご飯、済ませるか。


モバP「てんぷらうどんね」

店員「はーい」


 うどんを受け取り、席へ着く。1時すぎでピークは終わっているので、食堂は閑散としている。




 麺をすすっていると、見知った顔が、扉から入ってきた。


凛「…」


 外の景色でも見るか。

 ズルズル

 良い景色だ。うどんもうまい。

 ズルズル


凛「ここ、座るね」


 俺の席の正面に、凛が座る。

 殺すぞ。

モバP「なんだ、やけに遅い昼食じゃないか」

凛「うん、それがさ―――――」


 ズルズル


 凛の話は聞きたいとも思わないので、物思いにふける。



 …なんで俺は凛が嫌いになったのか。



 嫌いというより、――か。



モバP「?」


 まただ。また、表現できない言葉がある。前とは違う単語だが、――が言えない。思えない。



 …。 



 まぁ良い。

 なんで凛に対してこんなに――が湧くのか、だ。

 
 初対面からじゃない。

 そう、あれは凛が俺に…


凛「聞いてる!? プロデューサー!」

モバP「え? ああ、すまない。ぼーっとしてた」


 さすがに聞き流すのは無理か。


モバP「なんの話だっけ?」

凛「そこから? 病気じゃないのアンタ…。まぁいいよ、加蓮の事なんだけど………。…今度は聞いてるよね?」

モバP「聞いてるよ、聞いてる」ズルズル

凛「加蓮がさ……メスPにしごかれて相当参ってたから話し聞いてあげてたの。そしたらもう辞めたいって…」

モバP「加蓮が…?」


 メスPめ。貴重なアイドルを潰す気か。


モバP「前も言ってたけど…やっぱりきつそうだったか?」

凛「友達として見てらんないよ。幸子みたいに引き取れない?」

モバP「あのメスPさんが、足手まといとはいえアイドルを手放すとは思えないからなぁ…」ズルズル

凛「足手まといって……もっと、言い方があるんじゃない…?」

モバP「……」ズルズル

凛「昔、言ったよね? プロデューサーはもっと人の ― を考えて物を言った方が良いよ」

 
 これだ。これが凛を嫌いになった理由だ。


 出会って、少し仲良くなった辺りから凛は、俺に人としてのあり方を問うようになった。
 
 生まれてこの方、そんな事で諭されたのは初めてだった。

 親にも、先輩にも、教師にも、誰ひとり俺という人間を否定などしなかった。

 それをわずか15年しか生きていない少女にされて、誰が―らずにいられるか。


モバP「すまない。思慮に欠けていた」

凛「私はプロデューサーの為に言ってるんだからね」
    
モバP「だが加蓮の事は難しいな。メスPさんは言って聞くような人間じゃない」

凛「なんとかしてよ、プロデューサーだけが頼りだから」

モバP「分かってる。加蓮は絶対、助けるよ」

凛「うん…」

 
 ふがいない自分を見せては、アイドルの信頼は得られない。たとえ、凛であっても。


モバP「……」ズルズル
  

 メスPのアイドルに対する横暴は、一線を越えている。彼女は、もはや処分されても仕方がないだろう。

 メスPを追いこむ方法を思いついた俺は、モブPが使っていた、マイスペースへと向かう。


モバP「…ん?」


 目的の部屋のドアが、開いている。
 

 今は、誰も使っていない部屋のはずだが…。


 すると、中から声がした。


前川P「うちはアイドルになりたいんです!」

ちひろ「わがままを言わないで下さい。10カ月も経って、何を今更言っているんですか?」


 前川と…千川社長か。

 雰囲気から察するに、人には聞かれたくない話のようだ。

 だからこんな所へ来たのだろう。


ちひろ「今の貴方は、世間でも有名な敏腕女子高生プロデューサーじゃないですか。ちょっとした雛段にも出てるし、それで良いでしょう?」

前川P「それは、社長たちが作り上げたまがい物じゃないですか! もともと売れていたアイドル達を任せられて、仕事のノルマを水増ししてっ」

ちひろ「貴方はもともとアイドル採用から落ちた人間なんですよ? それを拾ってここまで祭り上げてもらえるだけでも、ありがたいと思ってください」

前川P「こんな…こんな仕事ならうちは、アイドル浪人した方が良い!」

ちひろ「貴方の駄々に、付きあってる暇はありません」

前川P「あっ、待って下さい!」

 
 二人が、部屋から出て来たので、見つからない位置に隠れる。

モバP「…」


 口論を続けながら遠ざかっていく二人。


モバP「…許せんな」


 偶然に、前川の秘密を知ってしまったが、彼女の躍進は事務所側の小細工があったなんて。

 前川は、自分達側の人間ではなかった。

 モバPやメスPと、同種類の人間だったのだ。

 
モバP「作戦を少し変えるか…」


 俺は、元モブPルームへ入り、隠しておいた事務所のマスターキーを取り出す。

 モブPから拝借したものだが、保管が安全な、この場所へしまってある。


モバP「メスPと前川、二人とも、プロデューサーとしてふさわしくない。いなくなった方が良い」


 真面目に仕事をしている他のプロデューサー達に失礼だ。  




 うちの事務所は、高層ビルの数フロアを借りており、そこに様々な施設を作ってある。



 メスPと彼女の担当アイドル達はスケジュール通りなら今はジムにいる。



モバP「……」


 メスPは、自分のアイドルをレッスンしている所を、他の人間に絶対見せないようにしている。

 加蓮の様子から察するに、見られては問題のある事をしているはずだ。


 俺はマスターキーを使ってジムに入った。


モバP「…どれどれ…。………うっ」ガチャ


 入って最初に感じたのは、熱気。

 
モバP「換気もしてないのか…?」

 
 足音を殺し、奥にいる彼女達に近づく。


メスP「ほら食え! 走れ! 休むんじゃないよ!」


 そこには、凄惨な光景が広がっていた。

 あるものは、ルームランナーで過呼吸寸前の状態で走らされている。(走行距離は35㌔とある)


 あるものは、平均台でウサギ飛びをしているが、その下には、ピクリとも動かないアイドルが、何人も倒れている。 
 

 あるものは、なんと力士のごとく、鍋一杯の肉を苦しそうに食べている。


モバP「うさぎ飛びをしている時点で、知識の無さが分かるな…」


 そして、加蓮はプロボクサーの練習のように、仰向けになりながら、手を頭に組み、腹筋に力を入れながら、メスPに腹を何回も蹴られていた。

 ボディーブローを定期的に受ける予定がなければ、する必要のない行為だ。


モバP「まさか、ここまでとは…」


 その間にも、俺はこの光景を携帯端末のビデオに収めていた。


加蓮「うっぐっぐ…っ…も゛っも゛う無理…」

メスP「情けないわねぇっ! アンタ、それでも私のアイドルなの!?」


 メスPは一層腹を押し潰す力を強める。

 泣いている加蓮も絵になるが、彼女の真骨頂は笑顔だと思う俺は、そろそろ止めに入った。


モバP「メスPさん。それはちょっとやりすぎですよ」

メスP「!?」


 一同、驚きの顔をする。

 アイドルは揃って、俺に助かったと言わんばかりの笑顔を見せる。加蓮も顔を歪めながら、同じようにとびきりのスマイルを送ってきた。

モバP「前川君に、面白いものが見れるぞ、と言われて来てみたら…、貴方は、何をやっているんだ!」

メスP「アンタどうやって入ったの!?」

モバP「マスターキーを使ったんだ、モブPのね。前川君が独自に保管していた」

メスP「あのガキっ…」

モバP「問題は貴方だメスP! 君がアイドルにやっている事は常軌を逸してる! 」


 前川とメスPを争わせて同士討ちする事を狙っていたが、ここまでメスPが問題行動しているとは思わなかった。

 念の為、前川の名前を出したが、これだけでもメスPを追いこむ事ができるだろう。


メスP「なに言っているのっ! 今までのやり方が温かったからあんなガキに抜かされるのよ! もっと、もっと、もっと、訓練するのよ!」


 さすがに、目の前の惨状は今までの”しごき”の中でもピークのものらしいが、メスPは目に見えて激昂している。

 最中、加蓮は腹を蹴られ続けているが、気になるのは「抜かされた」というメスPの言葉だ。


モバP「抜かされたって、ランクの事かい?」

メスP「そうよ! 私は繰り下がって前川のガキが3位っ…」

 
 上も、無茶をしているようだ。前川を縛り付けておくための強行手段か?

 この件に限ってはメスPと気持ちは同じだな。


モバP「その事は、気にしない方が良い。前川君の所業は全て事務所が仕組んだ事なんだから」

メスP「事務所が…?」

モバP「モブPから去り際に聞いた情報の一つだ。前川君は事務所の客寄せパンダにされてるんだよ。だから、アイドルにこんな事をしたってしょうがないんだよ!」

メスP「しょうがない、で終われるもんですか! 抗議よっ、事務所に抗議してやる!」



 言って、メスPはすぐさま行動に出ようとして外へ向かおうとする。


モバP「待て! 行かせないぞ、前川の所へは!」  


 前川の名前を何度も出して意識を向けさせながら、俺はメスPの腕をつかむ。

 本気で止めるつもりはないが、彼女のボルテージを少しでも上げておこうか。


メスP「離しなさい!」

モバP「力ずくでも行かせない!」

メスP「離せって言っているでしょう!」


 メスPの、掴んでいない方の手、左腕からジャブが飛んでくる。

 彼女はアマチュアボクシングの世界ランカーだった人だ。


 だが、俺もマーシャルアーツの心得がある。



 集中力を高めて、メスPのジャブをいなす。

 実力者といえど、良く拳を見ていればかわすのは難しい事じゃない。


 すると、彼女のジャブがもう一度、今度は信じられない速さで放たれ、もろに顔面にもらう。

 間髪いれずに3度、4度、とジャブが繰り出される。


 メスPは肩を固定し、放った拳を完全に引き戻さず、スピード重視で俺に拳をたたき込んできた。

 数秒のうちに7回も顔面にジャブをもらった俺は、堪らずメスPを掴んでいる手を離す。


メスP「ふんっ」


 メスPはファイティングポーズを解く。

 俺が戦意喪失したと思ったのだろう。


モバP「…まだだっ!」

 
 その隙を狙って、メスPへ本気で水面蹴りを放った。

 両手を地面についてコマのように回り、接地ギリギリの所で回転蹴りをする技だが、立ち競技で上半身しか狙う事が無いボクサーには未知の攻撃だろう。


メスP「ちょこざい!」

モバP「!?」


 だがメスPは、俺の強襲に物怖じもせず、一歩踏み込んで右拳を鋭角に突き上げる。


 俗に言う、スマッシュだ。


 俺は、水面蹴りが当たる前にメスPのスマッシュで吹っ飛ばされた。

モバP「ぶっ!」


 なんとか受け身をとる。

 無様に”ダウン ”する事は意地でこらえたが、身体を支えている四肢は引き攣りを起こして、自制がままならない。


モバP「…あ……」

加蓮「モバPさんっ!」

 
 まいった…。


 脳振とうからのめまいで、身体が言う事を聞かず倒れてしまう。


 視界は横向きに、高速に揺れ、一点を見ているつもりなのに横から同じ絵が何度もスライドしてくる。 

 その光景に、車酔いに似た吐き気が急速に込み上げ、瞬時に限界を超える。

 
 嘔吐した。


モバP「…っ! …! …!」


 こんなもの、耐えられるもんじゃない。

 横揺れのひどいめまいはなおも続き、それを嫌い目を閉じたら、平衡感覚が一切なくなり、頭部から地面に堕ちた。


モバP「が…っ…あっぅっ」


 気力を振り絞ってメスPを見るが、ジムから出て行ってしまったようだ。

 目を開けたので、俺はまたひどいめまいに襲われ、嘔吐する。


 胃にはすでになにも無いのか、黄緑色のにがい液体が出てきた。


 胃液か。

加蓮「モバPさん大丈夫!? しっかりしてっ」

 
 腹部が相当痛むようで、加蓮は四つん這いになりながらも、俺に近づいてくる。

 そして嘔吐物も気にせず、膝枕をしてきた。


加蓮「ひどい…黒目の揺れがとまんない…」


 加蓮の膝枕なんか受けている場合じゃないぞ。

 メスPがどうなるか見ないと、気になってしょうがない。

 
モバP「加…蓮…」

 
 ダメージを堪えながら、俺は加蓮の肩に手を回す。


モバP「メ、スPさんをぅっ……止めな、いと……連れて、行ってくれぇ…」

加蓮「だ、駄目だよっ…安静にしてないと立て…きゃっ!」


 肩に回そうとした手が、めまいのせいで思うように目的の場所に行かず、加蓮の服を背中から破ってしまう。


加蓮「駄目っ…それも駄目っ…」

   
 
 違う。襲おうとしてるんじゃないんだよ。この状況でそんなことするわけがない。


 
モバP「連れて行ってくれぇ…」

加蓮「はっ…! あ、あの、安静にしてなきゃ駄目なんだってばっ」


 言われると、顔が加蓮の腹に押し潰される。

 ももが頭の下にあるが、体固めのような形で頭部を押さえ込まれてしまった。
 

モバP「んーっ…んーーっ……」


 何より息ができない。

 タップするように加蓮の身体を叩くが、全然分かってくれなかった。  




 なんとか加蓮を説得して、肩を貸してもらいながらメスPを追った。


 なにやら大きな声が響いてくる場所を目指す。ある程度の回復に5分かかってしまったので、もうメスPはおっぱじめているようだ。


加蓮「体調が悪くなったらすぐ言ってね…っ、また膝枕してあげるからっ」


 膝枕=苦しいという刷り込みをされた俺には全く嬉しくない言葉だ。

 身体の痛みは弱くなったが、めまいは直らない。

 ぐらぐら揺れながら、加蓮に歩かせてもらっているのが現状だ。

  
加蓮「ほら、ついたよっ」 


 メスPはプロデューサー達が待機する場所、事務員室にいた。


メスP「このっ恥知らず!」


 メスPが前川の頬をはたいた。

 前川は力なく倒れる。


前川「ごめんなさい、ごめんなさい」


 今、はたかれた以外に外傷はないが、もう前川が事務所によって作り上げられた虚像だという事が室内に知れ渡っているようで、彼女は泣いて謝り、周りは助けあぐねている。


メスP「良い気分だった!? 年上の人間をだまし続けて、ちやほやされて! 楽しかったでしょう!」

前川「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

メスP「謝ってすむ事じゃないのよ、子供が! 立ちなさい!」


 自分から立とうとしない前川を、メスPは襟首を持って持ち上げる。


メスP「立てって言ったら立つのよ!」


 さっきより強く、前川をはたくメスP。

 前川は再び膝をつく。

メスP「親はどんな教育をしているの! なんて品が無い、卑屈な若者かしら! 平気で人を騙す人間に良くなれるわ、ね!」

 
 気力がない前川に、メスPがフルスイングのビンタをくらわす。

 自分の意思ではないらしいが、天才プロデューサーとして俺達を騙していた事に負い目を感じている前川は反論もせず、ただ謝っている。


メスP「顔を上げなさい!」


 言われた前川は素直に顔を上げると、すぐさま平手打ちをされ、また突っ伏す。


加蓮「あいつっ…」


 メスPの平手の強さはどんどん増していく。続けば、前に奈緒とプレイした、ストリートファイターⅡのキャラクターの負け顔と同じような顔になるだろう。


 前川には教訓として、そうなった方が良いな。

 めまいも治まらないし、ここはまだ休み休み見ていよう。 


加蓮「モバPさん! 彼女を助けなきゃ。ねっ!」


 すると、加蓮は俺の体調を忘れているのか、俺を前川とメスPがいる所まで引っ張って、押し出す。


 まだ一人で立つ事も出来ない俺は、よりによって前川をかばうように二人の間に転がり現れる。


メスP「アンタ…」


前川「モバPさん…」


モバP「っく…!」 

 こうなったら今すぐ前川を助けるしかない。

 
 どの道、こんな騒ぎになったらプロデューサーとしての前川はもう終わりだろう。

  
 俺は震える足でなんとか立つ。



モバP「ぅえ!」



 だが、ひどいめまいに堪らず胃液を再び出してしまう。

 
 とても苦い。


 舌には独特の感覚が広がり、唾液を飲み込む事も拒否してしまう。



メスP「なに、アンタ? 汚いわね」

モバP「もう、やめるんだ…。彼女も、十分、反省を…してるじゃないか」

メスP「かばう気!? アンタ、同じプロデューサーとして悔しくないの!?」

モバP「今は、君の、やっている事について、ぅえ…俺は話してるんだ…」



 駄目だ。

 めまいで、想像以上に話す事が億劫だ。 


 辛さでうなだれてると、室外から複数の足音が聞こえてくる。

 なんと、俺の担当アイドル達、凛、美嘉、茜、巴、幸子が室内に入ってきたのだ。

 なんだ?


凛「加蓮! 大丈夫!?」

加蓮「凛!」


 気がつかなかったが、加蓮は俺を運んでいる最中にでも連絡をしていたらしい。

 例のごとく、巴は木の棒を、茜はラグビーボールを所持しているが、凛は麺棒、美嘉は俺が渡しておいたスタンガンと催涙スプレー、幸子にいたってはレインコートを着て、ゴーグルをし、リザーブパラシュートを背負って自前のバッグを構えている。 


凛「プロデューサー、みく! なんてひどい…っ」


 アイドル達は俺達の所へ駆け寄り、身体を支えてくれた。
  

凛「こんなにひどい事をして、やっぱりアンタ最低だよ!」


 俺のかわりに凛が喋ってくれる。

 すこし休憩しよう…。

メスP「事情も知らない子がしゃしゃり出るんじゃないよ!」

凛「暴力を振るって良い事情って何よ!」

メスP「暴力じゃないわ、これは教育よ!」
 
凛「馬鹿じゃないの!? 教育でも手を出したら今の世の中、問題になるんだよっ!?」

 
 事もあろうに、凛はメスPを煽ってしまっている。

 メスPを止めてほしい俺は、休憩を早々に切り上げ、口を出す。


モバP「…り、凛…もっと上手く、話せ……彼女を怒らせるんじゃ、ない」


 万全の状態でも勝てないのに、メスPがアイドル達に手を出したら守る事は難しい。

 だが、俺の心配をよそに今度は加蓮もメスPを煽っていく。


加蓮「みくがしていた事はいけない事かもしれないけど、貴方だって、やっている事に変わりないじゃない!」

メスP「なに!?」

加蓮「貴方が私たち担当アイドルにしてきた事はみくと同等の、問題行動よ! ただのパワハラだもの!」

メスP「教育だって言ってるでしょう!」

加蓮「うるさい! 楓さんの事があったから私達、干されるのが怖くて黙っていたけど…こうなったら事務所に絶対訴えるんだから! 何を言おうと関係ないよ!」



メスP「加蓮ーーーー!!!!!」



 遂に怒りの沸点に達したメスPは加蓮に襲いかかる。

 あまりの早さに加蓮は反応出来ていない。



 注意深く警戒していた俺は、突進してくるメスPを、渾身の力で捕まえる。




 俺が動けないと、たかをくくっていただろう、メスPは驚きを隠さなかった。


 メスPを捕まえた俺は、一度深呼吸をする。




 そして余力を振り絞って、高速の大外刈りを仕掛ける。


 右足をメスPの右ふくらはぎ目がけ、倒れこむように刈った。

 


   

 だが、全体重を乗せてメスPの右足を刈ったのに、彼女は身体はおろか、足さえびくとも動かなかった。


 こいつの足は木の根のように地面に繋がってるのか。



 
 そして、俺は逆にメスPに大外刈りを返され、受け身も取れず堅い床に思い切り後頭部を打ちつけた。





 薄れていく意識の中、メスPが他のプロデューサー達に取り押さえられているのをなんとか確認した。


 

 頭の怪我で2、3日入院した俺は、前川が退職する前の日に退院させてもらった。

 メスPは、宣言どうり担当アイドル達に訴えられ、俺の件も後押しして、首を切られて辞めていった。







 早朝。 

 久しぶりに出社した事務員室では、前川が一人さびしく荷物の整理をしていた。


前川「モバPさん。退院、おめでとうございます」

モバP「ありがとう」  

前川「……」

モバP「…」


 
 前川は、俺の目を見てこない。
 


前川「モバPさん…。モバPさんも、うちの事許せませんか…?」



 その質問を正直に答える気にはなれなかった。



モバP「…君は、普通の学生に戻ると良い」

前川「……」


 
 前川は俯き、泣きそうになる。

 彼女の本当の経緯は世間には公表されず、辞職という扱いだ。

 今回の事務所の工作に、信頼を無くし辞めていった人間も何人かいる為、前川が切られるのは当然の成り行きだった。


 なにはともあれ、メスP、前川と問題のあるプロデューサーがいなくなった事は晴々しい。



前川「…うち、ほんとはアイドルになりたかったんです。でも、採用に落ちてしまってへこんでた時に、プロデューサーの話が来て…」


 言い訳でも始まるのか。


 しかし、俺が見る限りこのままの彼女なら、アイドルとしての素質は高そうに見える。


前川「何でも良いから、アイドルの近しい仕事をしてみたくて…でも、そしたら事務所が勝手に私を……」


 見苦しい。


前川「最近は、やっぱりこんな事してちゃ駄目だって…思うようになってたんです……」

モバP「…」

前川「………………モバPさんが私にアイドルでもイケるって、言ってくれた時…嬉しかったです」

モバP「そっか」

前川「……」

モバP「元気でな」

前川「…はい…。お世話に……なりました」



 一度、お辞儀をして前川は部屋から出て行った。




 俺しかいなくなった朝の事務員室はいつにもまして解放的だ。


 外から聞こえる鳥のさえずりが良く響く。

 
 ああ、いい天気だ

 だが、鳥のさえずりをかき消すように、聞き覚えのある足音達が近付いてくる。





 悪い予感しかしない。

 
 彼女達は絶対、俺の予定をかき乱すんだから。


凛「プロデューサー!」

美嘉「お兄ちゃん!」

茜「プロデューサァーーーーー!!!!!」

巴「モバP!」

幸子「プロデューサーさん!」

加蓮「モバPさん!」



 メスPが担当していたアイドルは各々に引き取られ、加蓮は俺がもらった。




 その彼女を追加した新しいメンツが三者三様で俺を呼ぶ。

 

 
 だが言いたい事は全員一緒のようだ。


 凛が現れて以降、俺に直接、”物”を言ってくる人間がこんなにも増えてしまった。

 良く見ると、彼女達の中に先ほど出て行った前川がいる。



前川「うちは、良いんだよ、もう…っ。無理なんだよ…っ」

凛「なに言ってるの!」


 …凛達が俺に言いたい事が分かった。


モバP「無理だぞ。お前達。無理だ」 

巴「まだ、なんも言っとらんじゃろーが!」

茜「そうですよプロデューサー!」

モバP「無理だ」

 
 そんな事をしたら、他のプロデューサーの反感を買うのは明らか。


 だが、幸子が廊下から意外な人物を引き込む。


幸子「こっちです! 入って!」

ちひろ「痛いっ。引っ張らないで下さい!」



 社長?



ちひろ「…っ」

モバP「社長を連れてきてお前達、どうするんだよ」

巴「みく、モバP。こんな(こいつ)にはもう話、つけてあるけぇ後はお前らじゃ」

モバP「はぁ?」

巴「みくの件はもともと、こんな(こいつ)等が勝手にやった事じゃけぇの。みくも十分反省しとるし、もう言い合いは無しじゃ。のぉ?(なぁ?)」

 
ちひろ「…あくまで、会社側は…そうしましょう」 

 
 恨めしそうに巴を見るちひろ。

 巴が何か働きかけて彼女と交渉したのだろうか。

 前に、正義がどうとか言っていたのに、巴…。


巴「おっと、変な勘ぐりはすなや、モバP。事務所に言うたんはメスPの暴力事件の事だけじゃけ」

モバP「…」

凛「みく…。本当にしたい事、あるんでしょ? みくの夢が…」


みく「……うちだって、プライドがある…。不合格になったものを無理やり覆すなら…」

巴「それじゃったら心配いらん。あれはホントは合格だったんだからの」 

みく「え!?」

巴「の?(な?)」

ちひろ「…ええ」


 巴が、『そういう事』にしたのか。社長の表情では判断がつかない。


みく「なんでそんな事!」

ちひろ「貴方の為です! 事務所にも方針というものがあるんですから!」


 社長の言っている意味は、後に分かった。

加蓮「…みく。言おうよ。言わなきゃ、始まらないよ」



みく「うち…」



幸子「最初はつらい事があるかも知れませんけど、ボク達が支えますから!」



みく「うちは……」



茜「私達がついてるよ!!!」




みく「うちは……うちは……」



美嘉「だから言おうよ!」




 みくは一度俺を見て、そして社長に向かって叫んだ。





みく「うちは、アイドルになりたいにゃーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」







 みくの大きな声に、外で鳴いていた鳥…カラスが逃げていってしまう。

 俺は率直に感じた疑問を口にした。



モバP「…語尾、変だった気が…」

巴「言うたぞ社長!」

ちひろ「…別に、反対はもう、しませんよ」

茜「やったーー!! おめでとー!!」

みく「え? いいのかにゃ? ホントにいいのかにゃ?」


 
 気のせいじゃない。

 みくの言葉の末端がおかしい。


凛「みく、おめでとう」

加蓮「私たちが周りに何も言やせやしないから!」

みく「う、嬉しいにゃ…。グスッ……みくは、アイドルに…なれたんだにゃ…」

美嘉「まだまだこれからが勝負だよ★ ここが出発点なんだから!」

みく「うん…うん……」

モバP「なぁ、言葉遣いについて聞きたいんだが…」

美嘉「もちろん、私達と同じくお兄ちゃんが担当になってくれるからね★」


 
 馬鹿を言うな。

 批判の的だ。

 そして俺の話を聞いてくれ。


巴「反論は止めとけ! おどれに限っては、手段選ばず抑止するど! 」
 
モバP「…ぐ」



 巴…。まったくこいつは…。

 担当うんぬんに関しては口をつぐむが、同時にみくの言葉遣いに対しても聞きにくくなってしまった。


みく「うわーぁん! うええーーーん!」


 みくは喜びのあまり声を出して泣いている。

 俺も、別の意味で泣きたかった。




 プロデューサーからアイドルになったみくに、世間は「売名行為だった」「もともとアイドル志望だった」などと賛否両論だった。

 事務所内ではプロデューサー達に遺恨を残すも、元々アイドルとして合格していた事実が多くの同情を買った。


 だが、一番の問題はみくのキャラクターだった。



みく「みく、今日も仕事ないのかにゃ?」

みく「は、初仕事にゃー!」

みく「みくは、もう自分を曲げないにゃ!」



 誰だ君は、とツッコミたくなるほどの変貌に俺は頭を抱える。

 社長も彼女のキャラクターには手をあぐねいて、プロデューサーに仕立て上げたらしい。

みく「これはキャラクターじゃないよ! むしろ今までがキャラクターだったのにゃー」

凛「学校じゃいつも『ああ』だよ。大人ぶってるみくは、見ていてつらかったな」



 一目でアイドルの素質を見抜くように鍛えた観察眼だが、みくに限ってはまったく判断がつかなくなっていた。

 イロモノは初めてじゃないが、彼女の場合、本当にあれが素らしい。


 
みく「Pチャン♪ これからも、よろしくにゃ!」







 想定外のみくを迎え入れて計7人アイドルをかけ持つ事になった。


 少し多い部類だが、問題のあるプロデューサーは全ていなくなった今、プロデュース業に真剣に専念できる。


 
 目指すはいっぱしのプロデューサーだ。



 その為に、今日も一日頑張ろう。 


  


 巴「…」

 美嘉「…」

 茜「…」



 次回モバP編で終わりです。長々と失敬。

ちょっと追記。視点切り替え。

 暗い部屋だった。

 全ての窓はカーテンで閉じられて光がささず、床にはゴミが散らかり、棚や食器は無惨にも倒れ、落ちていた。
  

楓「……」

 
 ゴミの上で横たわる女性。たかる蠅をはらおうともしない。

 彼女の手には、無理を言って、ある男性と一緒に写ってもらった写真が握られていた。


楓「……………………プロデューサー…」


 彼女はずっと、同じ名前を言い続けていた。


楓「………………………………プロデューサー…」




 定期的にしていたメールも今は返事が返ってこない。

 徐々に彼からの返信の頻度が少なくなってきた時から不安はあったが、彼は自分を裏切ったりしないと信じている。

 迎えに来ると、言ったのだから。

 今でも朝、昼、晩の最低3回はメールを送る。返事は来ない。
 
 彼の声が聞きたいので、電話もかけるが決まって留守だ。何回か、途中で切られたような気がしたが気のせいだろう。


アーニャ「…忙しい、ですかね?」

  
 彼の仕事は多忙だ。私は、それを理解している。
 
 しかし、自分からの連絡を途切れさせては彼との繋がりも切れてしまいそうで、できない。


アーニャ「…必ず…迎えに、来てくれます」

 
 自室のドアを叩く音が今日も聞こえるが、それは彼じゃない。お母さんだ。


アーニャ「待ってます、から……。ずっと…」

 
 お腹が、空いた。

 喉が、乾いた。 


 今日も、私の携帯電話は鳴らなかった。


巴「わかっとる。あんな(あいつ)は、赤子みたいなもんじゃ。最初は、気に食わんかったがの、一緒にいる内に美嘉の言う事が分かったわ」

茜「私も、内に秘める闘志を感じたよ!!」 

巴「それを一歩間違えれば、あれはとんでもない化け物になるんね」

美嘉「昔は、私、怖くて言えなかった。でも、今は皆がいるし…何より…凛ちゃんがあの人を、変えてくれたから」

茜「く! 私たちはその後の彼しか知らないから分からない!!!」

巴「知らん方がええかもしれんど。そん時会ってりゃあ、さすがに愛想尽きるかもしれんかいの」

茜「そ、そんなに!?」

巴「そーいや、前、言っとった作戦どうするんど? 担当を決めるんも、4人いるじゃろが」

美嘉「凛ちゃんが良いと思うよ。やっぱり一番効果が大きいと思う」

巴「ほおか。ほいじゃ先に言うとくがの、うちは『あれ』を任せられるのだけは遠慮するぞ。他じゃったらええよ」

美嘉「ええー!? アタシも無理だよー!」

茜「『アレ』って?」

美嘉「4つのうちの一番厳しそうなやつだよー。喜びでしょ、哀しいでしょ、楽しいでしょ、そんでもって……はぁ…」

巴「うちに任せたら、血をみるんで(血を見るよ)」

茜「凛ちゃんにお願いしてみよっか!!」

巴「案外、適役かもしれんの」



    
凛「へっくち!」

幸子「風邪ですか?」

凛「うーん…、鼻炎かな」

加蓮「誰かが噂してるんじゃない?」

みく「それは迷信だにゃー」  

凛「所で加蓮、その携帯誰の? 加蓮のじゃないよね?」

加蓮「あの人の、ちょっと拝借したんだ」

幸子「なにしてるんですか!?」

加蓮「仕事用だからいいじゃん。ロックかかって無いって事は見ても良いって事じゃない?」

みく「絶対お嫁にしたくないタイプにゃ…」

凛「なんかあった?」

加蓮「なーんにも。ちぇー、つまんない。……あ、ムービーが一つある。仕事用の携帯でカメラ回してるの怪しいよねー」

幸子「まさかこのボクを盗撮っ…!?」

加蓮「見ちゃえーっ」



 続く

 日課どおり、担当アイドルとの打ち合わせの為、部屋へ向かう。

 途中で、美嘉、巴、茜に偶然会った。


茜「おはようございます、プロデューサー!!!」

モバP「おはよう。君達、相変わらず仲が良いな」

美嘉「まぁね★」


 目的地が同じなので、一緒に向かう事になった。

美嘉「最近、事務所内で色々問題が起こってるけど、お兄ちゃん、大丈夫?」

モバP「世間には知られてはいないけど、事務所間だとうちの会社の揉め事は耳に入ってるから、嫌味とかは言われるよ」

茜「プロデューサー! 気持ちを強く持って下さい! 負けたらそこで敗北です!!!」

モバP「そうだね。だけど、これからはごたごたも無いと思うし、仕事を一生懸命、頑張るよ」

茜「はい!!! 頑張りましょう!!!」

巴「…」
 

 5分ほどで、俺達の部屋に着いた。 


巴「他の4人も、もうおるみたいじゃのう」


 まだ20㍍ほど距離はあるのだが、夏の暑さ対策で開けられれている窓から巴が確認する。


 凛、幸子、加蓮、みくの4人は集まって、何やら小物を見ているようだ。


巴「何しとるんじゃ?」

 
 当然、巴の疑問に答えられる人間はこの4人の中にはいない。

 巴もただ、見て、思った事を口にしただけなので、答えは望んでいない。

 何してるんだ?



 巴と同じ言葉を、部屋に入ったら笑顔で、そう言おうかと思う程度の事だった。


 だが、部屋にいるアイドル達が、こちらに気付き、自分を見た顔で、俺は彼女達の様子がおかしい事に気付いた。


 凛は、俺をきつい目で見据えているが、表情から読み取れる事は、4人共通して、困惑だ。

   
 
 俺にとって、良くない事だと、直感した。



 彼女達は、俺にとって良くない状況を作り出している。

巴「いなげな(変な)様子じゃの」



 俺といる子たちも、部屋の雰囲気がおかしい事に気付く。


 引き返す事などできないし、した方が状況は悪くなるだろう。

 部屋に入るまでに、彼女達への対策を考えなければならない。



美嘉「なんか、ずっとこっち見てるよ。みんな。」

茜「プロデューサーを、見てます?」


 俺は、加蓮が持っている携帯電話に気付く。



 原因はあれか。   




 そうか。あれには確か使い道を考えていた、メスPによるパワハラ動画が入っている。



 しかし、あの仕事用の携帯電話は社員室の机に入れておいたはずだが。



 
 …いや、アイドル――未成年の女の子なら、携帯電話を勝手に持っていく事など何とも思わない行為か…。


 困ったことをしてくれたが、俺も不用心すぎた。


 加蓮だけにばれたのなら、彼女を脅せば解決したが、もう、あそこにいる他3人にも知られているだろう。



 どうするか。



 …そうだな。




 もう、誰も俺の邪魔をする人間はいないのだ。


 目障りな、他のプロデューサー達は消えたじゃないか。



 俺が、猫を被る必要は、なにも無い。 



モバP「おはよう。みんな」


 部屋に入って、計画通り笑顔で挨拶をする。

 一緒にいる3人は部屋の異様な空気に挨拶すらできないようだ。


加蓮「…モバPさん」

みく「……ふにゃぁ…」



 大丈夫だよ。君達の思っている事を言ってきなさい。


 
幸子「凛さん。なにかの間違いですよっ…抑えて……っ」

凛「プロデューサー…」


 代表は凛か。

 お前相手だと冷静でいられなくなるから、加蓮辺りが良いんだが。

モバP「どうした。みんな、暗いぞ」

凛「これ、何」


 思った通り、凛は俺の携帯電話をかざし、例の映像を見せる。


巴「これは…」

美嘉「加蓮がメスPに、しごかれてる映像…?」


凛「これは何!? プロデューサー!」


茜「???」
  

 茜達は凛が持っている携帯電話が俺の物とは知らないので、状況を把握できないでいる。


美嘉「凛ちゃん、その動画って…何?」

凛「そこのバカがね…! 加蓮が暴力振るわれてるのを撮ってた映像だよ!」


 バカとは俺の事か。凛を平気で殴れるような関係まで持っていければ言う事は無い。


巴「なんじゃと?」

加蓮「こ、この映像は…ぅぅ……メスPが事件起こした日の時のものだもん!」



 何故、泣くんだ加蓮。

 お前は笑顔が似合っている。

 これからは、無理矢理でも笑えるように教育してやる。


茜「…プロデューサー!!!」

美嘉「…お兄ちゃん…?」


凛「答えてよ!」


モバP「答えるも何も、見ての通りだよ。それは加蓮が腹を蹴られている映像だ。俺が隠れて撮ってた」



 アイドル達は絶句する。



モバP「一応撮ったものなんだけど、使い道を考えていた所でね。まぁ、後は大体分かるだろう?」

加蓮「何言ってるか…全然分からない……」


 加蓮が、泣いてへたり込む。


幸子「しゅ、趣味ですかプロデューサーさん…。あの、そういう…?」

凛「何言ってるの! 違う、こいつは…!」


モバP「幸子。そういう動画はね、売る事ができるんだよ。加蓮はまだまだ知名度が低いから悩んでたんだけど、前にいた高垣楓クラスにもなれば500万くらいになるんだ」


 それを聞いた加蓮は、顔を覆って泣く事しかしなくなった。


美嘉「ひどい…ひどすぎるよ!」


巴「おどりゃ…ずいぶん素直に言うやないけぇ…。覚悟はできとるんか」


 やはり一番の問題は、強大な権力を持つ一家の生まれ、巴の存在だ。

別に本性出さなくても、証拠として撮って消すの忘れてたで済むんじゃ…


モバP「これからは素直に君達と接しようと決めたんだ。俺という人間を包み隠さず見せていこうとね」

巴「これからがあると思っとるんか!」

モバP「こういう動画があるのは、加蓮だけじゃないんだよ」


 嘘だが。


巴「なんじゃあ…っ?」

モバP「全員分あるという意味だ。巴、言ってる意味わかるよな?」

巴「そんな脅しが、うちに通用すると思ぉなや」

モバP「君のは特に凄いぞ。あんなものが世間に出回ったら、巴は外で生きていけないんじゃないかなぁ」

巴「なっ…」


 やましい事が無い人間などいない。

 巴もまた、然り。

 とはいうものの、冗談で言ってみただけだったが、巴は心当たりがあるのか顔を真っ赤にして汗をかきだした。

 何したんだ、コイツ?

モバP「…まぁ、巴。君は良いかもしれないが、他のメンツの事も考えた方が良い。俺が警察に捕まえれば、ここにいる全員の人生も終わると思ってくれ」

 
 巴は黙り込んだ。


幸子「ひどい…」

みく「Pチャンを信じてついてきたのに…っ」

茜「うううーーっ……!!!」

 美嘉と凛は泣きじゃくっている加蓮を介抱している。

>>177
一応、助けに来た人間がクールに映像撮ってたのも変かなーって。

展開急いだだけです。


モバP「良いかい、君達。俺の目標はあくまで事務所一のプロデューサーだ! 脅すような真似をして本当にすまないが、これからは俺の言う事をちゃんと聞いてほしい!」



 もうこの場に、俺に口答えするアイドルはいない。 
 


モバP「大丈夫だ。君たちなら、トップを目指せると確信している! 時にはつらい仕事もする事があるだろうが、全てはシンデレラガールズの階段を上る為だ!」



 誰も、何も言わない。

 全員、分かってくれたんだろう。

 

モバP「ああ、加蓮。泣いてばっかりじゃ駄目だぞ。君は笑っているのが一番だ」

加蓮「…ぅぅ……」

モバP「嫌な事があっても、カメラが回れば笑顔になる。他のみんなもそうだぞ、できるようにしておいてくれ」


凛「プロデューサー」




 凛が立ち上がって、俺の目の前にくる。




モバP「…凛」

凛「さっき、素直になるって言ったよね。じゃあさ、私の事って、どう思ってたの?」



 凛は確か、俺が自分の事を好きだと思っているんだったな。聞きたい年頃なのか。



モバP「すごく嫌いだ。アイドルとしてトップクラスの素質を持っていなければ、見たくもない。こうして会話するだけで腹が煮えくりかえるよ」


凛「そう…」


モバP「だが、お前は天性のカリスマ性を持っている。素直に俺の言う事を―――」
 

凛「私は好きだったよ。


  だけどね、


  今はもう、大っ嫌い」


モバP「嬉しいよ、凛」
  




凛「だからね、アンタの言う事なんか、私聞かないから」 





 そう言って、凛は俺を思いっきり、はたいた。


凛「……」



 反抗的な目だ。


 素晴らしい。調教のしがいがある。




モバP「どうやら、痛い目見る必要があるようだな。お前だけは殴っても気に病む事はないからな」



 
 俺は拳を上げた。


 凛は少し怯えるが、俺を睨む鋭いまなざしに変化は無かった。


 
 すると、俺の後頭部に何かがぶつかる。



モバP「痛いじゃないか」



 ラグビーボールだ。



モバP「茜」


茜「はー! はー! はー! 」 
 

 息でも止めていたのか、呼吸が荒い。




 茜だけじゃない。他のアイドル全員が、凛と同じ目をしている。

 
 嫌な感覚だ。

 これは何と言ったか。

 あれだ。

 恐―。

みく「にゃ!!!」


 今度はみくが、付けていた猫耳を俺の顔に投げつけてきた。


幸子「えーっと…」
 

 何を考えたのか、幸子は俺にタックルをしてくる。不思議と、避ける気になれなかった。


モバP「ぐっ!」


 幸子の体当たりでよろけた先に、美嘉と加蓮がいた。


美嘉「馬鹿!!」
加蓮「アホっ!」

 
 二人に、頬をサイドからはたかれる。



 そして、間髪いれずに巴の拳が顔面を殴りつけた。


 何故か、抵抗しようと思わなかった。



 気を取り直し、やはり反抗しようと思った時には身体思うように動かなかった。



 俺は今、担当アイドル達に袋叩きにあっている。



巴「なめんな! なめんな! なめんな!」ブンブンブン

茜「修正ーーーー!!!!!」ボスボス

加蓮「このっ 最低っ 変態!」ペチンッペチンッ

幸子「えいっ とうっ せやっ!」ポフッドムッポムッ

にく「にゃにゃにゃにゃにゃ」ガリガリガリガリ

美嘉「人でなし!」ゲシゲシゲシゲシ

凛「バカ! アホ! バカ! バーカ!」パパパパパパン


 止める者がいないので、いつまで経ってもアイドル達からの制裁が終わらない。

 女の子の殴る蹴るとはいえ、一人は木の棒を持っているし、腕力の3倍以上の力がある脚で、体重をかけて踏みつけられては骨だって折れてしまう。


 そろそろ止めてくれ。


 だが、言っても聞かないだろうから、俺は自分の舌の先を噛んだ。


幸子「わっ、あっ! 血、血が出てますよ!」

茜「うわわわわわわわーーーー!!! やってしまったーーーっ!!!??」


 比較的、可愛らしい打撃をしていた二人が我に帰る。
 


 ちなみに、各アイドル達の攻撃部位は担当があるようで、巴が右肩、茜が左肩、加蓮がお腹、みくが右足、美嘉が左足を思い思いの攻撃方法で痛めつけている。


 そして凛は馬乗りになって、顔に往復びんたを浴びせてきていた。

 
 
凛「違うよ! コイツ今、自分で口噛んだんだよ!」



 顔担当の凛は見逃さなかった。


巴「まぁー、もお、ええじゃろ。離しちやるわ」


 やっとアイドル達の制裁が終わるらしい。


みく「ありゃりゃー…、離れて見ると、ちょっとやりすぎちゃったかにゃ…」

凛「こんなんじゃ足りないよ。コイツはきっと、今まで、ひどい事をしてきたんだ」


幸子「プロデューサーさん…。プロデューサーさんがどんな脅迫材料を持っているのか知りませんけど、ボク達はそれに屈したりしませんから」


 
 彼女達の目は、一様にして輝いていた。

 屈しない。負けない。諦めない。

  
 さすが俺が集めた最高のアイドル達。

 

 もう無理なのだろうが、俺の手でトップに導きたいと改めて思う。



モバP「降参だ。観念する」

美嘉「お兄ちゃん…」


 舌を噛んだのと、凛の往復びんたのせいでいつもの様には喋れない。


モバP「警察に電話するでも、社長に訴えるでも好きにするといい。大人しく従うよ」


 俺は終わりだ。


 初めて生き甲斐を見つけた事で、少々無茶をしてしまった。

 邪魔な人間を排除したツケが回ってきたのだ。


 クビになるか、逮捕されるか。



 でも、捕まるのは嫌だから、そうならないように努力はしよう。


モバP「ああ…、君達を脅す物があるって言うのは嘘だから安心してくれ」

みく「え? そうなの?」

モバP「ちょっとカマをかけただけなんだ。ああいう動画はあの一本だけだ」

美嘉「証拠は?」

モバP「信じてほしいとしか言いようがない。反省したんだ俺はもう、君達に嘘はつかない。」


 白々しいが本当の事である。

 彼女達には多少なりとも俺に対する信頼は残ってるはずだ。

 
モバP「加蓮っ。本当にすまなかった…。許してくれ…!!!」


加蓮「モバPさん……」


 一人俺を許せば、仲良しこよしな連中だから、他が警察に突き出そうとは言いにくくなるはず。

 この中で一番、未練がましそうな加蓮がその適役だ。 
   

凛「顔を上げてよプロデューサー」


 凛?

 言われた通り顔を上げたら、凛に、またはたかれた。


凛「私たちをバカにするのもいい加減にしてよ! アンタの言う事なんて信じられるわけないじゃない!!」



 この凛の言葉で、俺に気をやるアイドルはいなくなってしまった。


モバP「くそ…」

 
 警察行きか。




 だがアイドル達が出した答えは意外なものだった。







凛「話し合いの結果、アンタがその気なら、プロデューサーとして仕事を続けてもらうって事になった」

モバP「なに?」

凛「巴がね、実は昔、美嘉に頼まれてアンタの経歴を調べてたらしいだ。一応、なんにも悪い事はしてないって結果が出たんだって。信じられないけど」

美嘉「巴と初めて会った、1年くらい前かな」

モバP「なんでそんな事をしたんだ」

美嘉「知らないだろうけど、アタシは子供のころからお兄ちゃんが悪さをしないように見張ってたんだよ。直感か、何かは分からないけど、その時からお兄ちゃんは何しでかすかわからない怖さがあったから」


 ひどい言われようだ。


 しかし、このプロデュース業に就くまで、何一つやりがいを感じる事が無かったので、悪い事などした事は本当に無い。

 最近、盗聴などをしている事は黙っておこう。


美嘉「でも、お兄ちゃんが成人して離れてちゃってから、私…犯罪起こすんじゃないかって気が気じゃなくて…。だから、離れてから再会するまでの間を調べてもらったんだ」

茜「アイドルになってからは、私も加わって3人でプロデューサーを見張っていたというわけです!!!」


 美嘉、巴、茜がうろちょろしていたのはそのせいか。

 しかし、美嘉の直感にはほとほと参るな。


モバP「昔から、俺の事をそう思ってたのか」

美嘉「理由は一応あるんだよ。お兄ちゃんのお母さんとかから、言われてたの。お兄ちゃんは精神障害かもしれないって」


 母は俺自身だけじゃなく、美嘉にも言っていたのか。


美嘉「けど、お兄ちゃんは病院とか行ってくれないから判断がつかないって。『サイコパスになったらどうしよう』言われて」


 母は俺に精神科に行けと五月蝿かったが、中二病でもなければ、精神障害と言われて嬉しい奴はいない。

 それが親なら尚更だ。


みく「ま! そういうわけで、一応、犯罪は犯していないPチャンは、これからみく達の更生教室を受けながら、お仕事をしていくのにゃ」

 
 凛がしつこく、「なんかしてたら即、務所にいれる」とつぶやいていた。


幸子「条件が色々つきますけどね!」

モバP「条件?」

幸子「まず、プロデューサーさんはこれから、本音でボク達と話す事! 隠し事をしないで、本当に思ってる事を話してください」

モバP「そんな事をしたら、君達と友好な関係を作れなくなるよ」

凛「安心しなよ。今、みんな好感度、底辺だけどアンタを許すって言ってんだから」

モバP「凛、殴られたくないなら、その口、閉じろ」  

凛「はぁ!?」


みく「ちょ、ちょっとっ」


 みくが凛を抑える。


モバP「本音だよ。そうしろって言ったじゃないか」

みく「想像以上に暗い人かもしれにゃいなー…」

美嘉「お兄ちゃん、普段から、そんな風に思ってたの…?」 

モバP「凛だけな」

凛「なんでよ!」

モバP「前々から、凛に対して、言い表せられない気持ちが煮えたぎってくるんだ」

巴「ほう?」


 何故か巴が感心する。


巴「意外じゃの。美嘉からはアンタは感情が無いと聞いとったけぇ」

 
 どいつもこいつも失礼なことを言う。


巴「おい、口出せ言うたろうが」

モバP「どいつもこいつも俺に失礼な事を言う」

美嘉「なんだっけ。パーソナリティ障害? そう聞いてるよ、小母さんから」


 あの母親は、どうして自分の子供をそう悪く言えるんだ?

 それと、パーソナリティ障害=感情が無いわけでもないし、種類も多岐にわたる。

 サイコパスというなら、テッド・バンディなどと同じくくりになるじゃないか。


巴「まぁ、凛に対してそう思うんなら、前に計画しとったアンタに喜怒哀楽を教え込むいうの、やってみぃか」

モバP「余計な御世話だが」

幸子「ああ、条件の一つに、ボク達に逆らわないというのもありますから」
  
加蓮「モバPさんみたいに無茶な事は言わないから安心してよ」



 だが、以前は表現できなかった、喜怒哀楽という言葉も、今はちゃんと受け入れられる。

 凛に対して感じる感情が、「怒り」だと認識できる。

 俺は、彼女達によって変えてもらうのを期待しているのかもしれない。


みく「計画って、にゃんだ?」

美嘉「一人一つ、喜怒哀楽の中から担当を決めてお兄ちゃんに教えるって事をしようとしてたんだ。アタシはじゃんけんに負けて、哀しみ担当」

巴「うちは喜び担当じゃ」

茜「そして、私が楽しみ担当なのです!!!」

凛「え! じゃあ私が怒り担当!?」

加蓮「ぽいね」

巴「幸子、加蓮、みくはうちらと協力するでええが、怒りだけは凛しかやれるもんがおらん。任せた」

凛「や、やだよ! 絶対、損な役回りじゃん! 猫キャラのみくの方が見てて、イライラすると思うけどっ」

みく「にゃ!? そんな風に思ってたの?」

モバP「いや、みくに感じるのは憐れみだが」

みく「にゃ!?」

モバP「そして、生まれてこの方、怒りを覚えた人間は凛が初めてだ」

凛「く、何故…っ」


モバP「で? 条件はそれだけか」

巴「いいや、あんたには、やらにゃいけん事が二つある」

モバP「何だ」

巴「あの人らを救わにゃあ、うちはおどれを即、豚箱にぶち込むど」




 俺達は全員で、病院の、ある部屋の前に来た。


モバP「忘れていた…」


 患者名は、アナスタシアと書かれていた。


美嘉「彼女ね…、モブPが辞めて、担当がいなくなってから、ずっと引きこもってたらしいんだ」 

巴「親の証言で、原因はあんたにあると聞いとるで」

 
 ここの病院はうちの事務所のかかりつけ院で、棟一帯がアイドル専用になっている。

 佐久間など見覚えのある名前がちらほら。


モバP「迎えに行くと言ったまま、すっかりアーニャの事を忘れていた」

凛「…最低」

モバP「お前ほどの才能があれば彼女を忘れたりしなかった。メスPの件でごたごたして、相手をしてやれなかったんだ」

凛「私を誉めてるようだけど、全然嬉しくないから」

モバP「すまないな、誉めるつもりなんて全然なかったんだ」


 無言で凛と睨み合う。


茜「中へ入りましょう!」


 ベッドの上のアーニャは、枯れ木の様だった。

 長らく点滴だけでの栄養摂取で病的な痩せ方をしている。

 起きているようだが、目はうつろで口がだらしなく開いている。


モバP「アーニャ」


 枯れ木が、こちらを向く。


モバP「迎えに来たよ」

アーニャ「ぁ…、……あ…」

  
 
 何を言っているのか分からないので、ロシア語かと思ったが、そうではないらしい。


 
モバP「喋れないんだね。無理をしなくて良い」


 手を握る。

 
モバP「すまなかった、アーニャ。来るのが遅くなったな…」


 アーニャは俺の手を握り返してくる。

 顔も笑顔だ。

 やはりアーニャは可愛いな。



幸子「あれは本当に、本心から言ってますか?」  

美嘉「アタシの勘じゃあ、嘘はついてないよ」


 後ろから声がするが、俺が心から謝った事がどうかを、本能で俺の嘘を見抜ける美嘉に聞いたのだろう。

  
モバP「本当にすまなかった…」


 だが、俺が謝っているのは、彼女を迎えに来なかったという事についてだ。


 おそらく、アイドル達は俺がアーニャをこのような状態にしてしまった事に謝っていると思っているのだろうが、これは本人の自己管理力の問題で、俺が責められる事じゃない。

 
 だが、それを口にしてしまえばアーニャはもっと傷つく。

 巴に本心を言うようにと条件に出されたが、今は黙っておくほうがベストだろう。


 
 後で、正直にその事を言ったら殴られたが。








 アーニャが食事を摂るのを見届けてから、俺達はまた別の場所へ向かっていた。


茜「彼女、具合良くなると良いですね!!!」

幸子「プロデューサーさんが言って聞かせたので大丈夫だと思いますよ!」

凛「アナスタシアの体調が良くなったら、本当の事を話すんだからね」

モバP「ああ」

 
 凛は眉をひそめた。
 

凛「平気な顔して…、信じらんない」


モバP「顔に出ないだけだ。ショックは受けてる。お前があの状態になっても何も感じないだろうが」

凛「喧嘩売ってるの!?」

みく「落ち着くにゃーっ」

加蓮「なんで凛ってモバPさんにこんな嫌われてんの?」

凛「知らないよ。そっちが因縁つけてくるんだもん」

モバP「凛が初めて俺を否定した人間だからじゃないかな。人となりをバカにされたら誰だって怒るだろう」

凛「馬鹿になんかしてないよ! ちょっと直せって言っただけでしょ!?」

モバP「五月蠅いんだよ、馬鹿」

凛「馬鹿じゃない! 変態、鬼畜、アホ、アホ!」

モバP「もっと感情を抑えなさい。お前は意外と感情が表に出るんだな。馬鹿」

凛「ねぇ何で最後に馬鹿って言うの? わざと怒らせてるんだよね? アンタが怒らせるから大声出すんだよ?」

モバP「すまないな、馬鹿」

凛「殴る」

茜「堪えてーー!!」



美嘉「あれはあれで、ちょっと羨ましい関係かも。楽しそう」

加蓮「凛、マジギレしてるけどね」


巴「着いたぞ」

ちょっと休止


幸子「高いマンションですねー…」


 超高層マンションに連れてこられた俺達は、巴に倣って中に入る。

 巴が、管理人に話を付けるとエントランスホールの扉が開いた。


巴「ここの51階じゃ。昇るで」


 ほぼ最上階じゃないか。






 驚いた事に、この高層マンションは1階丸ごとワンルームの様だ。


凛「すご…」

モバP「凛ならしばらくすれば同じような生活ができるさ」

凛「何いきなり誉めてるの? 気持ち悪い」

モバP「俺はお前のアイドルとしての素質だけは認めてる。それ以外は嫌いだ」

凛「そーですか」


 エレベータで51階まで来ると、降りたすぐの所にこの階の居住者の名前がある。


 高垣楓。


巴「あんな(彼女)の家じゃ。行って、許してもらってこい」


モバP「一人でか?」

巴「一人の方がええ。何があっても受け止めろ。おどれが、ああしてしまったんじゃ」










 臭い。

 暗い。


モバP「ひどいな…」


 テレビ番組でゴミ屋敷を見た事があるが、楓さんの部屋はまさにそれだった。

 床が見えず、雑多なもので埋め尽くされているので、その上を歩いて行くしかない。

 
モバP「あの楓さんの住む家か。これは…?」



 元々、自堕落だった、というわけでもないだろう。

 彼女がこのような生活をしている原因は、アーニャの時と違い、俺にも一部ある。

 楓さんを陥れようとしたせいで、ショックを受けて精神的に参ってしまったのだ。


モバP「ん…。光が…」


 ゴミによって作られたの一本道を進んでいくと、彼女がいた。


モバP「楓さん」

 
 彼女はゴミの上で仰向けになっていたが、俺の言葉に振り向く。


楓「…プロデューサーさん……」    
 



 アーニャは枯れ木で例えたが、楓さんはいうなれば、レーズンだった。


 伸び放題で、ひどく傷んだ髪に、乾燥してひびに見えるほどのしわ。

 見て、思う。



モバP「アイドルとして、終わってるな」


 担当アイドル達との約束した通り、思っている事を正直に口に出す。

 
 しかし、おれのの言葉が癇に障った楓さんは、ベッド代わりにしていたCDケースを1枚、投げつけてくる。



モバP「見た目より、元気ですね」

楓「なんで、避けないんですか」


 俺は投げつけられたCDケースを避けなかった。


モバP「避けるスペースが無いからです。下手に動いたら、ここ、崩れます」

楓「正直なんですね」 
 
モバP「はい。色々とあって、今までの事を悔い改めたんです。だから、今日は楓さんに前までの事を謝りに来ました」



 楓さんは黙る。


 見るに堪えない顔が、汚れた髪で隠れて、表情を読みとる事ができない。


モバP「貴方を騙して、嘘の祝言を約束した事を謝ります。モブPとのやり取りの時、美嘉達が来なければ俺は貴方を殺すつもりでした」


 楓さんの顔が動いて、俺を見つめてくる。

 干からびた顔面と打って変わって、楓さんの瞳は潤い輝いていた。

 そして、彼女は涙を零す。

 
楓「巴ちゃんが、言って、ました。貴方を変えてみせると」

モバP「はい。そうなりました。まず、思っている事は正直に言えと」

楓「正直に物を言って、人が傷つくとか、考えられないんですか?」 

モバP「想像はできますが、それを気にしていたら正直に思っている事を言う、という事ができなくなるじゃないですか。本末転倒です」

楓「…そうですか」


 
 楓さんが立ち上がる。


 手に、何か持ったようだが、背に隠されて、見えない。
 


楓「それで…何を、私に」


 言葉が足りないが、俺が楓さんに何をしてほしいのか、と聞いているようだ。


モバP「アイドルとして戻ってきてほしいと思っていました。しかし、貴方のその顔ではもう無理ですね」
 

 悲しい事だ。


モバP「だから、せめて普通の生活に戻ってください。今の生活を続けていたのでは人間シチューが出来上がる勢いですよ」
 

 人間シチューとは、お風呂で死亡した人間が煮込まれて出来る料理だ。

 温泉好きの楓さんならなりかねないので、注意としてジョーク交じりに言ったのだが…。


 鋭い目で睨まれた。


 ジョークが伝わらなかったみたいだ。


楓「私は、貴方に惹かれてから、ずっと、貴方の為にアイドルを続けてきました。プロデューサーさんと一緒に、トップに立てたら良いと思っていました」


 楓さんが近づいてくる。


楓「結婚してくれると仰った時、本当に幸せでした」



 楓さんは背に隠してた、包丁を、俺に向ける。



楓「幸せでした」



 楓さんは更に俺に近づく。



 すると、ゆっくり来ていた楓さんが、いきなりこちらの懐に飛び込んできた。


楓「あっ」

モバP「ぐっ」


 
 楓さんを受け止めた俺は、足場が悪く後ろに転んでしまう。  



 
 彼女は俺に身体を預け、手に持っていた包丁は俺の腹に突き刺された。






美嘉「ん?」

茜「何か大きな音がしなかった!?」 
 
幸子「ほぇ? しました?」


凛「した、気がする…」

幸子「え? しました?」

みく「みくの鋭敏な猫耳も何かを聞きとったにゃ!」

幸子「うーん。しましたか?」

加蓮「…多分。分かんないけど」

巴「なんかが崩れたんじゃなかろーかね」

幸子「したかなぁ?」






 ゴミを巻き込みながら楓さんと倒れた。

 
楓「あ。あ。ああ…」

 
 何故か楓さんは包丁を突き刺した事に驚いて、混乱している。 
 
 
 腹に包丁は突き刺さっているが、スーツの上からでは、刃先の4~5㎝ほどしか刺さっていなかった。腸が傷ついている感覚は無いので、出血を気にしていれば、とりあえず死ぬ可能性は少ない。


 呼吸をすると、刃が深く入りそうで怖いので、浅く息をする。

 
 俺は腹部に包丁を突き立てられたまま、楓さんを抱きしめた。


モバP「本心から言います。貴方が自分を追い込むのは、自身の管理の無さからだと思っていますが、原因を作ったのは自分です。なので、謝ります」


 楓さんは、少しづつ、落ち着きを取り戻す。


モバP「本当にすみませんでした。…できれば許して頂きたい」

楓「はっ…あっ……」


 瞳による眼振の具合から、楓さんはまだ混乱しているのが分かる。


 顔は相変わらずのレーズン模様。


モバP「…ん」



  
 しかし、顔にはまったく汗をかいていないのに、楓さんの首はひどく汗ばんでいる事に気がつく。



モバP「ちょっと……失礼…」


 楓さんの顔に手をやり、ひびみたいな、しわのくぼみを思いっきりひっかいた。


楓「あ…」



 楓さんの顔面がめくりあがる。

 かさぶたを取っている感覚で、さらに楓さんの顔をひっかきまくる。



 レーズンの顔が、ペリペリと崩れていく。



 干しぶどうの中には、以前と変わらぬ美しい顔があった。



モバP「綺麗だ…」

楓「プロデューサーさん…」



茜「ほら! やっぱり崩れてる!」

幸子「あれぇ? 本当ですね」

巴「こらっ。入るなと言うとろーがっ」

 
 外で待っていたアイドル達が中へ入ってきた。


巴「あ…。崩れとる…」


 巴が、ゴミの山の事ではなく、楓さんの顔を見て言う。

 楓さんのこの特殊メイクはやはり、巴の策略か。


巴「…で。許してもらえたんか?」

モバP「…どうだろう、か」

巴「楓…」


 楓さんが身を起こすと、腹の包丁が抜けた。

 場所の暗さで、巴達は気付かない。


楓「あ、あの……。あ…」

巴「多分、謝ってはもらったと思うけぇ、もう、こんな(こいつ)の事は気にしなさんなや。うちはアンタが普通の生活して、アイドルに戻るんがええと思ーとるんよ」 
    
楓「あ…あ…。きゅ…」


巴「元気出してつかあさい…(元気出して下さい…)」

楓「きゅ、きゅう……」



 ん…………。

 まずいぞ。やっぱりまずかったか。


モバP「巴…」

巴「なんなら(何?)」
 

 俺もゆっくりだが立ち上がる。


モバP「これ…」


 スーツの上着のボタンをはずして、Yシャツを見せる。

 白いYシャツには出血がはっきりと見える。


巴「な、な、なんじゃあ!? なにしとんならぁっ(なにしてんのっ!?)」


 俺も想像以上の出血に驚く。


モバP「さ、刺されちゃって……。だから、君達が良ければ、…救急車をお願いしたいんだが」

楓「あ、あの、刺す気は無かったんですけど、つまづいて、こ、転んじゃって、誤って、刺してしまって」


 楓さん、転んだのか。

 なら、巴に言われた通り、受け止めなくても良かったじゃないか。


加蓮「モバPさん、落ち着きすぎだよ! なんで早く言わないの!?」

茜「救急車! 救急車!! 救急車って、番号なんでしたっけ!!!」 

美嘉「109!」

茜「109! ……」


 一瞬、時が止まる。


凛「109?」

幸子「えーっと…」

みく「どうかしたの? 109、押さにゃいと」

凛「109…」


 イチゼロキューではなく、イチマルキューと言ってる時点で何かとごちゃまぜになっているのは分かった。

 正しい番号を言おうと思ったが、下手につっこんで機嫌を損ねられたら救急車を呼ばれないだろうから、黙っていた。



加蓮「119だよっ! 何してるの!」


 業を煮やした加蓮が、自分の携帯電話を取り出して救急車を呼ぶようだ。


モバP「ありがとう、加蓮…」

加蓮「ぜったい私が助けるからっ」


 意外なセリフに、すこし感動を覚える。


みく「みみみみみ、みくも助けるにゃ! 安心するにゃ!」

幸子「ボ、ボクもですよ!」


 学生の彼女達が、とっさに119を出来なくても無理は無い。


加蓮「駄目っ。繋がらないよ! どうしてっ」


 焦りで、加蓮は徐々に涙声になっていく。


モバP「泣くな加蓮。君は泣きやすいな。笑顔の練習をしないと…」

加蓮「それどころじゃなくてっ、電話繋がらないよ! どうして」

 
 
 俺には理由は分かるが、言えない。



 彼女達に逆らえなければ、命令も出来ないのだ。


 したら怒られる気がする。


 巴に殴られるのは、ちょっと怖いから嫌だ。



楓「あ…ぅ………っ……」


 アイドル達は慌てふためいていている。

 美嘉辺りはどうしようもなさからくるイラつきで、原因を作ってしまった楓さんを射るように見る。



 責任を感じているのか、楓さんは視線を泳がせて、言いたい事も言えないようだ。


 
 俺は唯一、助けを乞える楓さんをジッと見つめ、目で思いを伝える。


 


 楓さんは瀕死の俺を見かねてくれたのか、意を決して言葉を発した。



楓「こ、ここは場所が高いから、電波が入りにくいんです。ホームアンテナも今は機能していなくて…」


加蓮「なら、下まで降りないと!」

美嘉「うんっ」


 加蓮、美嘉、幸子、みくは外へ出ていって、救急車を呼んできてくれるようだ。


巴「出血がひどいな…っ」

 
 刃物が抜けたせいで、血がどんどん出てくる。


茜「出血をなるべく抑えましょう! 痛いと思いますが、押さえます!」


 衛生面を考えた茜は、この部屋にあるものではなく、自分の服を脱いで、傷口に当てる。


モバP「うっ…、茜は嘘を言わないな」

  
 押さえられた傷口は本当に痛かった。


モバP「…茜は、スプラッターとか、平気なのかな」

茜「ラグビーで流血は当たり前ですから!」

モバP「死ななかったら、その服、弁償するから」

茜「なら、今度買い物を一緒に、お願いします!」


 元気だ。いつも。


凛「ねぇ! 映画とかで傷口焼いて出血止める方法があったの思い出したよ!」


 声色から、冗談ではなく、本気で俺を心配して言ったようだ。

 
 まず、俺ではショック死する。

 内出血なので問題の解決にならない。

 救命医師に怒られる。

 
 いろいろツッコミのパターンを考えたが、シンプルに言う。


モバP「凛、ちょっと、黙れ」

巴「さすがにこんな(モバP)に同意じゃ…」

凛「っ、何よ!」



 圧迫の止血は力を緩めては意味がないので、茜はずっと、傷口を押さえてくれていた。


モバP「…楓さん、救命医師に原因を聞かれたら、この部屋を片付けている途中に、転んで、こうなってしまったと言いましょう」

楓「え?」

モバP「あながち、嘘じゃあありませんし…。それとも本気でした?」

楓「違います! 本気でなんて…」

モバP「あの顔がメイクで良かったです。貴方はまだアイドルだ」

楓「…アイドル…ですか」

モバP「戻ってきてください。俺は、なんでも協力します」

楓「…考えて、おきます」




 救急車の音が聞こえる。




 場所から、ドクターヘリが来るんじゃないかと内心、楽しみにしていたが、違ったようだ。




 海外医療ドラマで見て以来、一度乗ってみかったんだが、残念だ。 
 











 その後、楓さんはアイドルに復帰した。

 離脱期間が短かったので、なんとか世間には引退説程度の噂にとどまった。

 
 


 復帰しても彼女は担当プロデューサーを付けず、一人で仕事をしている。

 芯の強さに磨きがかかったようで、事務所――千川ちひろ社長の小言に気にせず、自分の立場を確立している。

 事務所側もトップクラスのアイドルの楓さんを手放すまではできないようで、上手く両者の関係が成り立った。





アーニャ「あー、ん…」

モバP「んぐんぐ…。アーニャが食べさせてくれると、流動食でも旨いよ」


 俺は治療された病院で入院していた。

 なにかの手違いでお昼が流動食にさせられて気落ちしたので、同じ病院にいるアーニャと食べる事にした。


モバP「アーニャは優しいな。俺を許してくれるなんて」

アーニャ「プロデューサーは私を迎えに来てくれました。…私にはそれで十分ですね」

 
 
 アーニャは、復帰したら俺の担当に就く予定だ。




 いろいろあったが、ここからが、やっとスタートな気がする。


 俺と、俺を尻に敷くアイドル達との、シンデレラの階段を上るスタートラインに今、立った。


モバP「最初、思い描いていたものとは違うけど、全然、悪くない…」

アーニャ「なんの事ですか?」


 いかんな。約束以来、思っている事が独り言になって出てきてしまう。


モバP「アーニャと出会って良かったって、事だよ」

アーニャ「私も、プロデューサーに出会えてよかったですね」


 アーニャへの好感度稼ぎで、全然、違う事を言い直したが、はぐらかせてよかった。

 
 つけている病室のテレビの番組には、楓さんがゲストで招かれていた。


アーニャ「プロデューサー」

モバP「何だい?」

アーニャ「噂を聞きました」

モバP「噂…」


 良い予感はしない。


アーニャ「プロデューサーは、誰かに恋をしていると」


 いつまでたっても無くならない噂だ。


モバP「そんな事は…」


 ない、とは言えなかった。


 約束だから、嘘は言わない。

 

 多分、している。


 
 けど、自分でも、誰か、なんて分からない。




 

 そして、病室の外から、また、あの足音が聞こえる。


 何回も聞いた、同じ足音なので、彼女達だと分かった。

 
 耳ざわりだった足音。

 けど今は、不思議と心地良い。


 
 足音がやんで、病室のドアが開く。



茜「はっけーん!!!!!!!!!!!!!!!!!」

美嘉「やっぱりここにいた!」

巴「わりゃ、動くな言われとろーが!!」 

幸子「可愛いボクが会いに来てあげましたよ!」

加蓮「病弱な私がお見舞いにきましたー! なんてね!」

みく「相変わらずこの病院はみくだけ変な目で見てくるにゃー! 今日も耳としっぽ、取られたにゃあ!」

凛「アーニャ! 変な事されなかった!?」


 騒々しいアイドル達が来訪した。


 テレビの中の楓さんは『こいかぜ』を歌っている。


 俺は思った事を口にする。


モバP「凛だけ回れ右して、帰って良いよ」

凛「…馬鹿!!」


 お見舞い用らしき花を凛が投げつけてきた。

 花は大事にしないといけないじゃないか。   



 
 俺と凛のやり取りは、他の子たちの中ではジョークになっているようで、みんな笑っていた。

 
 

 
 俺も、不思議と笑えてきた。


 以下、エピローグ。ちょっと描写注意です。


 今日は俺の担当アイドル全員と楓さんによる撮影会だ。

 
 大手ショッピングセンターの入り口で、白昼堂々と行われるイベントなので、人だかりが凄い。

 
 しがない社員の俺は、車を一般の駐車場に止めて、その会場へ向かう。


モバP「良い天気だ」


 遠目からだが、会場にはすでに人が密集していて、逆に俺が歩いている道には人が少ない。

 ビッグイベントという事で、警備員もいるようだ。



 すると会場ステージに、凛達が出てきた。


モバP「何? 時間が遅れるって連絡が入ったのに、予定通りじゃないか」


 まずい。遅刻だ。

 これじゃ、凛をつけあがらせてしまう。


 走って、会場へと急ぐ。


 私用の携帯が鳴って、高垣楓、と名前が浮かぶ。


モバP「もしもし」

楓『プロデューサーさん? やっと連絡取れた…今どこですか? もうイベント始まってますよっ』

モバP「少し前に開始時間が遅くなるって連絡をもらって、昨日、徹夜だったので仮眠をとっていたのですが」

楓『ちょっと前から、メールとか入れてたんですよっ 気付いてください』

モバP「プライベート用に入れてません? 楓さん」

楓『あ…』


 図星か。楓さんが俺との連絡係を買って出たのなら、仕事用に連絡が来ていないのも分かる。事務所側もずぼらだが。


モバP「いや、すみません。俺の不注意です。もうすぐ着きま――――――」 


 走りながら、携帯電話で喋っていたら、ビルの柱から、ホームレスの男が出てきた。



 男を見て、間もなく、彼は俺にぶつかってきた。 


 ―――。


 
 走っていた勢いと、急激な脱力で俺は前方にひっくり返るように転んだ。

 

楓『プロデューサーさん、どうかしましたか?』




 なんとか手に持っている携帯電話から、楓さんの声が聞こえるが、返事をしている場合ではない。

 

 腹を見ると、白いYシャツに綺麗に線が入り、みるみる、赤い染みが広がる。




 出血している。




 ついこの間、体験したおかげで、また、刺されたのだと分かる。


 しかも今度は、深い。   
 
 見た事も無いほど、黒い血が出てきた。




 不思議とまだ、痛みは無いが、確実にすぐやってくるだろうと思うと、げんなりする。


 傷から感じるのは、熱さ。

 鋭い熱さだけ。

 
 俺を刺した男が、再びこっちへやってくる。


 そして、2度目。


モバP「ぐっ」


 3度目。


モバP「ぶ…」


 4度目。


モバP「ごぼ…」


 5度目と、俺を刺し続けた。

 痛みが無いのは1度目だけで、それ以降はちゃんと感じた。


 胃も傷ついたのか、口から血を吐き出す。


 すぐに身体が動かなくなるだろうから、力を振り絞って、刺してくる男の目に指を突きいれた。


 男は絶叫を上げると、刺していたサバイバルナイフを落とし、のたうち回って、やがて動かなくなった。

 気絶したらしい。


モバP「俺の方が、気絶したいのに」


 しかし、今、気を失えば、一生目を覚まさないんじゃないかと思うと、そうも言ってられない。

 
 刺された物は鋸刃がついたナイフらしいので、俺の内臓はグチャグチャだろう。


モバP「…モブP、め…」


 俺は、血を地面につけながら、仰向けに這って会場へと近づく。 
 

  
 持っている携帯電話からは、もう、楓さんの声は聞こえない。

 出番が来たんだろう。


 
 会場の方を見ると、アイドル達と共に楓さんも出演していた。


 
 俺は、尚も這って、会場へと近づく。


モバP「凄いファンの数だ……。俺の、プロデュースした、アイドル達…がここまで」


 逆の関係になっているのかもしれないが、名目上は俺の担当アイドルだ。



モバP「もっと…増やしても、良いかも…しれない、…」



 まだ這っていける力はある。きっと、血の道が出来ているだろう。



モバP「ああ…あの子たちを、迎えに行くのも、良いか…も…」 
 


 担当していた頃は一緒にゲームをしてあげた、今は引きこもりの奈緒…。


 夢敗れて、実家に…なんとか星だったか…に帰った、…少女…?


 自傷行為で精神科に長期入院中の佐久間…。



モバP「いまなら…帰って来てくれる気がする……」







 もう、這えない。限界だ。





 首に力を込めて、顔だけ、ステージに向ける。



 けど、彼女達の姿は、白黒に霞んで見えなかった。



 顔を下げる。


 死ぬのが怖い。




 そして、あの子たちが他のプロデューサーに改めてプロデュースされてしまうと思うと、たまらなく悔しい。

 
 俺の生きた証と思える彼女達。


 自分が何者にもなれず死んでいくと思うと、無念でたまらない。




 しかし、最後に思い描くのは、彼女達がシンデレラガールズとして、舞踏会の階段の上に輝く姿。



モバP「立派に…なった……」


 俺は自分が知る中で、初めて涙を流した。

















 大きなどよめきが聞こえる。


 


 しばらくすると、足音が近づいてきた。




 聞きなれた、一人分だが、走ってくる足音だ。


 
 この足音は、まったく、耳障りだ。


 いつもどこでも、誰か分かる。





凛「モバPさんっっ!!!!!!!!」 

 



 駆け寄って来た凛。




 だが、血だらけの俺をどうしていいか分からず、狼狽する。




 顔だけ軽く、上げると、凛は、そっと、膝を枕にしてくれた。

  
モバP「凛」

凛「どう、どうし、たのっ。…大丈夫、しっかりっしっかり…して……」



 俺が事情を聞ける状態じゃないと悟った凛は、かけてくる言葉を変える。 


 最後くらい、弱音を吐いても良いかな。 



 色を失った目でも、凛の黒髪だけは、はっきりと見えた。 
 


モバP「助けてくれ…」

凛「分かってるっ…119だよね、分かって、る…っ。すぐに、呼ぶからっ」
 


 今まで、ステージにいた凛が携帯電話を持っているはずがない。

 凛は立ち上がって、電話をしに行こうとする。



モバP「…そばに、いてほしい…」


 
 凛からしてみれば言ってる事はめちゃくちゃだろうが、どっちも本音だ。

 手の感覚が無いので、まだ俺が携帯電話を握っているか分からないが、別にそれに気付いてほしいわけでも無い。

 ただそばにいてほしい。



 だが凛は、俺のお願いを二つとも叶えてくれた。


凛「大丈夫…だから。そばにいるから……」


 凛は優しく頭を包こんでくる。  


凛「誰か…。誰かぁ!! 救急車を呼んでっ、救急車を呼んで下さい!!!!」


 ボイスレッスンのおかげで凛の声は良く通る。


凛「誰か、早く…救急車を……」


 凛の声が消え入りそうになっているのか、俺の聴覚が無くなったのか。



凛「――――」



 耳が聞こえなくなった。

 凛が俺に触っているのかも、もう分からない。

 

 目も限界だ。

 
 ゆっくりと、意思に反して、視界が閉じられていく。







 閉じた先の黒色も、凛の髪と同じ色だったら安心できるだろうな、と思った。


 
  
 おわり


だらだらと長文失礼しました。

また書けたら、鬱ストーリー全開の前日譚か、コメディ一辺倒の後日談が出来たらいいなと思います。

関係無いけど浴衣祭りで松本沙理奈が登場して嬉しい。SR早く来てほしい。

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