勇者「幼なじみが魔王女」(541)
~ 荒野 ~
魔王「フハハッ! よくぞ来たな勇者よ!」
勇者「1対1の果たし合いとは、貴様も粋な奴だな!」
僧侶「勇者様、信じています!」
竜姫「魔王様、御武運を!」
魔王「では、やるか!」
勇者「おう、行くぜ!」
魔王・勇者「うおーッ!」
こうして、互いに最愛の人に見守られながら、魔王と勇者の最後の戦いは幕を開けた。
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~ 3時間後 ~
魔王「はぁ……はぁ……や、やるな勇者よ!」
勇者「ぜぃ……ぜぃ……お、お前もな!」
僧侶「もう、2人とも動かない! 治癒魔法をかけてるんだから」
竜姫「まったく、男という奴は」
魔王「う、うむ、すまない」
勇者「尻に敷かれてやんの」
魔王「貴様もな」
勇者「へへ、違いない」
全力でぶつかり合った2人は色濃い疲労が滲む顔をにわかに崩し、さわやかな笑みを浮かべた。
魔王「……人間も捨てたものではないな」
勇者「……ああ、魔族もな」
竜姫「むっ」
魔王「どうした?」
竜姫「……いま、赤ちゃんがお腹を蹴った」
魔王「お、おお! そうか!」
勇者「赤ん坊がいるのか?」
魔王「うむ、次代を担う希望だ」
勇者「奇遇だな、こっちも同じだ」
魔王「お前も?」
僧侶「……」
魔王「……聖職者だよな?」
勇者「気にするな」
勇者「む、いま良い事を思いついたぞ!」
魔王「なんだ?」
勇者「俺とお前の子供を結婚させよう、お前の子供になら俺たちの子供を任せられる」
魔王「なんと!?」
勇者「そうだ、うん……勇者と魔王の子供が結婚したら、人類と魔族の友好の象徴にもなるぞ!
この無益な戦争が終わるかもしれない!」
魔王「……なるほど、そうか」
勇者「どうする?」
魔王「面白い考えだ、それにお前たちの子供になら私たちの子供を任せてもいい」
勇者「よし、決まりだ!」
僧侶「……もう、勝手に決めて」
竜姫「まったくじゃ、しかしワシは魔王を信頼しておるからな、人間と違って深い心の絆がある。
魔王の決定に反対はしない」
僧侶「わ、わたしだって勇者と深い心の絆がありますよ!」
魔王「ガハハ! お前の伴侶が赤くなって膨れているぞ、勇者よ!」
勇者「そこがチャームポイントなんだよ!」
僧侶「も、もう!」
竜姫「くくっ、しかし子供が同じ性別だったらどうする?」
勇者「そんときゃそんときだ。仲良くすればいい……してくれるよな?」
魔王「もちのろんだ!」
その魔王の笑顔を皮きりに、何もない荒野で皆が笑い声を上げた。
──その数ヶ月後、人類と魔族は戦争を止める事になる。
そして人類と魔族は互いの末永い友好と発展を願い、両国の間に互いの領土を割り振って、人と魔が共存する中立地帯を創り上げたのだった。
~ 中立地帯、勇者2代目15歳 ~
勇者「むにゃむにゃ」
魔王「……」
勇者「すぴーすぴー」
魔王「起きろ」
べちこーん、と魔王女のシッポビンタが勇者に炸裂した。
勇者「べぶらっ!?」
魔王「朝だ、学校に遅刻する」
そのまま魔王女は自分のスカートの隙間から伸びる竜シッポ(ドラゴンテイル)でメキメキと勇者の体を締め付けた。
勇者「ギブ! ギブアップ! 折れる! ポキリと折れちゃう!」
魔王「気合いで振りほどけ、勇者よ」
勇者「そんなご無体な!?」
勇者「はぁ……はぁ……」
魔王「自力で振りほどけ無いとは、まったくだらしない」
勇者「寝込みを襲っておいてそれは無いだろ!?」
魔王「だまらっしゃい」
べちこーん、と魔王のシッポビンタが再度炸裂した。
勇者「げふぅっ!?」
魔王「お前は少しだらしがない。
私がいなければお前はまだ寝ていて、つまり学校に遅刻していた」
勇者「……今にも永眠しそうっス、お前のせいで」
魔王「ほう」
勇者「ウソです、ありがとう魔王様!」
~ 勇者の家、一階 ~
魔王「ほら、早く降りてこい」
勇者「ちょっ、ちょっと待って……て、アレ?」
魔王「どうした?」
勇者「いや、そういえば父さんと母さんの姿が見当たらないんだけど。
おかしいな、まだ朝だし、いつもなら一階で2人ともくつろいでいるはずなんだが……」
魔王「いつまでも、あると思うな親と金」
勇者「オレの両親に何をしたァアァァーッ!?」
魔王「落ち着いたか?」
勇者「……はい」
コテンパンに痛めつけた勇者に、魔王はそっと手紙を渡した。
勇者「これは?」
魔王「お前の両親からだ、読むといい」
勇者「どれどれ?」
~ 手紙 ~
ヤッホー、父さんと母さんな、ちょっと隣の魔王さん一家と世界旅行に行って来るわ!
お前も魔王女ちゃんと仲良くな。
それと、男と女2人きりだからってハメを外し過ぎるなよ?
じゃ、ばいびー!
──追伸、早く孫の顔が見たいなぁ。
…………………………
勇者「何が『ばいびー』だ! ド畜生がッ!」
勇者は手紙を破り捨てた。
魔王「というわけだ、分かったな?」
勇者「あ、あぁ、認めたくないが一応は」
魔王「よし、なら今日からこの家は私の物だ」
勇者「なんでそうなる!?」
魔王「勇者を頼む、とお前の両親から通帳と印鑑と土地権利書と伝説の剣を預かっていてな、当分は私がお前を監督する事になる」
勇者「どこまで信用されてないのオレ!? というか、伝説の剣が無いと魔王に対抗する手段が……」
魔王「てい」
……ボキッ
勇者「折ったーッ! 伝説の剣を折りやがったーッ! オレの上に暴君として君臨する気だーッ!」
魔王「だまれ」
べちこーん
勇者「ぶべらっ!?」
勇者「う、うぅ……」
魔王「それに、お前は少し軟弱すぎる。この機会に私が鍛え直してやらねばならないと思ってな」
勇者「鍛え直すって、な、なんで……」
魔王「そうだな、説明しておこう。あれは昨日の学校での事だ」
…………………………
~ 昼休みの食事、魔王の回想 ~
女子たち「いただきまーす」
魔王「いただきます」
獣女子「それでね、1組の竜騎士様がね」
人女子「それでそれで?」
獣女子「『お前のハートにドラゴンアロー』だって!」
水精女子「きゃー、きゃー」
魔王「……1組の竜騎士とやらはそんなに格好いいのか?」
人女子「え? 知らないの?」
機械女子「魔王女さんには、勇者くんがいますから」
人女子「……あ、そうかぁ」
獣女子「魔王女さんと勇者くんは許婚(いいなずけ)だもんね」
水精女子「ぞっこんラブラブー!」
魔王女「……1組の竜騎士と勇者、どっちがイケてるのだ?」
機械女子「話を逸らしましたね」
水精女子「うへへー、そうだねー?」
人女子「勇者くんは……素質はあるんだけど……」
魔王「正直に言って欲しい」
獣女子「ま、マジ顔だ!?」
水精女子「うーん? 勇者くんは『勇者』というよりも『町人A』という感じかな?」
獣女子「あんたはぶっちゃけ過ぎだ!」
人女子「で、でも! 町人の中でも話しかけたら薬草とか渡してくれる序盤では有り難い立ち位置だと思うよ、勇者くん」
機械女子「フォローになっていませんね」
魔王「……ゆゆしき事態だな」
獣女子「あ、あはは……まあ、マジに考えなくても大丈夫だよ!」
人女子「そうそう! 勇者の素質ってすごいらしいし!」
魔王「素質……素質か……」
友人たちが話し掛けるも、魔王女は1人だけ話の輪から外れ、窓の外にて舞い落ちる木の葉を見ながら思案に耽るのだった。
~ 回想終了 ~
魔王「というわけだ。鍛練によって勇者の素質を引き出すのだ」
勇者「だからなんで!? オレは町人Aでもいいぞ!」
魔王「私がイヤなのだ」
勇者「……えっ?」
魔王「待て勘違いするな私は魔王の娘でお前は勇者の息子で2人が懇意になるというのはこれは魔族と人間の友好というとても大きなかつデリケートな意味合いを持っているのだしかし勇者であるお前が町人A程度では魔王である私も見くびられてしまう恐れがあるそれでは友好うんぬんを言う前に難癖を付けてくる面倒な輩も出てくるだろうだからお前が一定以上の実力を周囲に示してそんな奴らを黙らせなければならない魔王と勇者という肩書きは大きいがやはり実力が伴っていないといけないというわけだな分かったな?」
勇者「あ、ああ……」
魔王「……ふぅ、それでは学校に急ごうか?」
勇者「う、うん」
~ 学校、ホームルーム後 ~
勇者「……朝飯食べそこねた」
人女子「あっ、勇者くん」
勇者「おっ? 人女子さん、おはー」
人女子「うん、おはー。
頑張ってね? 応援しているから」
勇者「応援?」
火霊男子「おっ勇者! 頑張れよ! 大穴のお前に賭けているからな!」
勇者「大穴? 賭け?」
機械女子「廊下に出たらすべてわかります」
勇者「廊下に? 何があるんだろう?」
合いの手は必要だろうか?
楽しく読ませていただいておりますぜ!
~ 廊下、ポスター ~
『勇者vs1組の竜騎士!』
『先代の誇りを賭け、眠れる才覚が学園中の猛者を相手に立ち上がる!』
『最初の血祭りは竜騎士! いずれは俺が学園No.1だ!』
『男も女もベッドの上で震えていな! 今すぐ迎えに行ってやる!』
勇者「……って、なんじゃこりゃーッ!? 特に最後のヤツ!」
魔王「おお、良く出来たポスターだろう?」
勇者「テメェが元凶か!」
魔王「うむ、頼んだのは私だ。しかし、こうも上手く作ってくれたのは新聞部の彼女だ」
勇者「新聞部の彼女?」
吸血女子「はいはーい、今のオッズは勇者:竜騎士が10:1.2だよー!」
勇者「賭け事に使われている!? オレの倍率ひどっ!?
というか、ツッコミ所が多すぎてツッコミきれねぇ!」
魔王「少し騒がしいぞ、落ち着け」
べちこーん。
勇者「ぐはぁっ!?」
>>15
ありがとう!
魔王「考えたのだがな、素質というものは実戦でこそ花開くものだと思うのだ」
勇者「それでこの凶行か!」
魔王「花開け、勇者の才覚よ」
勇者「散るよ! 花開く前に、ツボミのまま無惨に刈り取られるよ!」
魔王「む? 勇者は1組の竜騎士の事を知っているのか?」
勇者「高校槍術地区大会1位、竜操術同じく1位、その他、体育から数学から美術に至るまでトップクラスな成績のパーフェクト超人だよ!
俺が勝てるわけないだろ!?」
魔王「なんと、……いや、勇者なら出来るはずだ」
勇者「えっ?」
魔王「勇者なら出来る。竜騎士にも、どんな相手にも勝てる。私は信じている」
勇者「……魔王女」
吸血女子「そう言えば、魔王女さんは自分のお小遣いを全額、大穴の勇者さんに賭けていましたよね?」
勇者「自分のためじゃねえかド畜生ッ!!」
~ その頃、校門 ~
竜騎士「ふう、道に倒れていたおばあさんを病院に送っていたら遅れてしまった。
だが、遅刻は遅刻、しっかり先生に謝らないといけないな」
獣男子「おい、お前」
竜騎士「ん、なんだい君は? もう授業は始まっているよ? お互い急がないと……」
獣男子「へへ、あいにくとオレはここの生徒じゃなくてな」
竜騎士「……? 他校の生徒かい? なら職員室まで案内しようか?」
獣男子「……ああ、そうしてくれると助かるな」
竜騎士「なら、こっちだ。私の後ろについ……」
獣男子「……助かるぜ、奇襲しやすくてな!」
竜騎士「なにっ!?」
獣男子2「キシャー!」
獣男子3「ガオーン!」
獣男子いっぱい「ギャース!」
ドカバキゴスッ。
竜騎士「ひ、卑怯な……ガクッ」
竜「きゅー」
獣男子「へへ、良くしつけられた竜で助かったぜ。
主人が倒れても騒がないとはな」
獣男子2「くく、前情報ではこの竜騎士がこの高校1位の実力者」
獣男子3「コイツさえいなければ、軟弱な人間たちのいる高校なんぞ一捻りだ!」
獣男子いっぱい「さあ、奇跡のカーニバルの幕開けだ!」
~ 教室 ~
人男子「た、大変だー! 他校の獣人たちが攻めてきたぞー!」
勇者「なにっ!?」
魔王「ふむ、様子を見に行こうか」
勇者「あ、ああっ!」
~ 校庭 ~
獣男子いっぱい「わっしょい! わっしょい!」
人形女子「獣人たちが校庭を我が物顔で練り歩いているわ!」
獣女子「あっ! アレを見て!」
勇者「あ、アレは! 1組の竜騎士!?」
人男子「木の柱に逆さまで磔(はりつけ)になっていやがる! しかも屈辱的に大股開きで、股間に花瓶が!」
勇者「イケメンに対してなんとむごい事を……」
水精女子「きゃー! きゃー!」
魔王「しかし、一部の女子は嬉しそうだな」
人男子「あぁ……この高校の最大戦力がアレじゃ……」
火霊男子「教師は父母会が怖くて生徒に手を上げられないし、どうしたら……」
勇者「いや、普通に警察を呼ぼうよ?」
魔王「竜騎士と同じか、それ以上に強いヤツがいたらな……」
吸血女子「そうねぇ……竜騎士に勝負を挑むような心意気の勇者……男子がいたらねぇ……」
勇者「勇者って言っちゃった!?」
魔王「分かったらさっさと行け」
ばちこーん、と魔王女のシッポが勇者を廊下の窓から弾き飛ばした。
勇者「ちょっ! ここ4階!?」
魔王「獣人はモフモフしている」
勇者「だからなにッ!?」
勇者はそのまま校庭目がけて落ちていった。
その下には、モフモフの川があった。
~ 校庭 ~
獣男子「ぐはぁッ!」
勇者「いた……くない!? モフモフすげぇッ!」
獣男子2「な、なんだテメェは!」
獣男子3「1人でカチコミとは度胸があるじゃねえか!」
勇者「……けどオレの命は風前の灯火ですママーンッ!!」
獣男子いっぱい「タコ殴りだオラー!」
勇者「きゃーッ!」
放送『待った!』
獣男子「な、なんだなんだ!?」
放送『そこにいる男を誰だと心得る!』
勇者「こ、この声は……魔王!」
放送『その男はお前たちが倒した竜騎士など足下にも及ばない。
その者ズバリ! 勇者だ!』
獣男子「ゆ、勇者だって!?」
獣男子「お、おちっ、おちっ! 落ち着け!」
獣男子2「ゆ、勇者が怖かったのは、せ、先代までだ!」
獣男子3「そ、そうだ! 今のゆ、勇者なんて怖くないぜ!」
勇者「獣男子たちが怯えている……だと……?」
人女子「きゃー! 勇者くんステキー!」
勇者「……っ!?」
獣女子「勇者くんサイコー!」
勇者「……ふっ」
獣男子「勇者がエリを正して背筋を伸ばしたぞ!?」
勇者「ふふ、このオレに本気で勝てると思っているのかい? 獣男子どもがっ!」
女子たち「きゃー! 勇者くーん!」
獣男子2「こ、このやろー! 女の声援でいきなり態度が急変しやがった!」
~ 教室 ~
人男子「勇者のヤツ、モテモテだな……」
機械男子「ああ、そうだな……」
火霊男子「チッ、抜け駆けしやがって……」
蜥蜴男子「……どうする?」
半馬男子「行くしかないだろ?」
人男子「……ああ!」
男子たち「「俺たちのモテロードは始まったばかりだぜ!」」
~ 校庭 ~
獣男子「くっ! しかしなぁ、勇者よ!」
勇者「ん? どうしたのかね獣男子くん?」
獣男子「本当に、この数の獣人たちを倒すつもりかよ……たった1人で!」
勇者「……あっ」
獣男子2「そうだ! 例え勇者でも数で押し切れば……!」
獣男子3「よしっ! やってやらあ!」
勇者「ち、ちょっ……!?」
獣男子いっぱい「「よし! 全方位から一気に攻めたてろーっ!」」
勇者「ぬ、ぬわーっ!?」
?「ちょっと待ちな!」
獣男子「だ、誰だ!?」
人男子「ひとつ、人の世の生き血をすすり……」
獣男子「!?」
機械男子「ふたつ、ブラチラ大歓迎……」
勇者「変な数え歌と一緒にワラワラと男子が……!」
蜥蜴男子「みっつ、スク水探して学校へ……」
火霊男子「よっつ、夜中に忍び込み……」
馬男子「いつつ、いつの間にか警備員に追われていた……」
集まって来た全員と、勇者の視線が交差する。
勇者は静かにうなずいた。
勇者「むっつ、ロッカーの中でむせび泣き……」
全員『ななつ、新たに生まれた七不思議!!』
いま、勇者はかけがえの無い仲間を手に入れた。
獣男子「だ、誰だおまえら!?」
人男子「ただの、勇者のクラスメイトさ!」
勇者「み、みんな!」
機械男子「オレたちだけじゃないぜ、見てみな」
勇者「えっ?」
魔族男子「待たせたな!」
暗黒騎士「騎士の誓いを今!」
勇者「顔も知らない連中が普通に仲間として集まって来てる!?」
放送・魔王『おお、勇者の魂に導かれて戦士たちが立ち上がったぞ』
勇者「違うよッ! こいつら全員、浅ましい私利私欲で集まって来ているよッ!」
ワラワラワラワラワラワラ
獣男子いっぱい「う、うぅ……」
男子生徒いっぱい「女子に……モテる……コイツら殺せばッ!」
まさに一触即発。
ギラギラと殺意に揺れる男子生徒たちが凶行に走るその寸前、
魔王「待て! この場は私が預かろう!」
魔王の仲裁の声が校庭に響き渡った。
獣男子「あ、あいつは魔王様!?」
獣男子2「な、なにー!?」
魔王「勝負によって雌雄を決するのはいいが、そのやり方は私が決める。
……文句のある奴は前に出て来い」
獣男子3「お、男の戦いに女が口を……」
魔王「魔王ビーム」
ちゅぼむ。
魔王の魔術ビームが獣男子たちの一角をまとめて吹き飛ばした。
獣男子いっぱい「……」
男子生徒いっぱい「……」
魔王「他に文句のあるヤツは?」
獣男子いっぱい「いません!」
男子生徒いっぱい「いません!」
こうして、男子たちの戦いの行方は魔王の采配に委ねられたのだった。
~ 一時間後、校庭 ~
吸血女子『さあ、始まりました。
第一回、2高校同時開催の大運動会。
司会はわたくし吸血女子と……』
魔王『魔王の2人でお送りする』
吸血女子『さあ、急に開催の決まった合同運動会ですが、教師陣は本当にオッケーを出したのでしょうか?』
魔王『その件だが、理事長に来てもらった』
理事長『血を流せ! 狂乱の宴を開くのだ!』
吸血女子『えー、っと……』
魔王『理事長は先の大戦で狂気に取りつかれてな。
大きな争いは基本ウェルカムだから、この合同運動会もオッケーなのだ』
男子生徒「誰だよッ!? そんなのを理事長にしたヤツは!?」
男子生徒「我々はー、スポーツマンシップにのっとりー」
魔王『さあ、形だけの宣誓が終わったぞ』
吸血女子『形だけ?』
魔王『ああ、校庭の隅を見てみろ』
吸血女子『どれどれ?』
獣男子「ほら、ちょっと来な!」
男子生徒「やめて! やめてー!」
吸血女子『あれは……』
魔王『邪魔になりそうなヤツを校舎裏に引き込んで敵の数を減らしているな、ナイス戦略』
勇者「ナイス戦略じゃねーよ! 止めろよッ!?」
吸血女子『あんまり酷いと自警ゴーレム隊が排除に向かいますが、それ以外はノータッチですね』
魔王『常在戦場、自分の身を自分で守るのは常識だ』
勇者「やだよそんな常識ッ!?」
吸血女子『さて、今回の相手校のデータが届きましたよ』
魔王『私立獣高校。全生徒が獣人で、選ばれた種の誇りというのを校訓に掲げているようだな』
吸血女子『エゴの塊ですね。なんで人魔の入り乱れる中立地帯に建てたのか理解に苦しむ高校です』
魔王『む? 面白いデータを見つけたぞ』
吸血女子『おや、これは……女子数0?』
魔王『灰色の高校生活だな』
吸血女子『ああ、だからモテモテの竜騎士さんを逆恨みして今回の凶行に……』
獣男子「うるさいやいッ!!」
~ 短距離走 ~
吸血女子『さあ、第一種目の短距離走が始まりました!』
獣男子「はははっ! 遅い! 遅すぎるぜ!」
人男子「くっ!」
吸血女子『おおっと! やはり肉体的な能力は獣男子たちが上でしょうか!?』
魔王『いや、そうでもないぞ』
暗黒騎士「せいやっ!」
パカラッパカラッパカラッパカラッ。
吸血女子『おお! 暗黒騎士くんが獣男子を引き離して一着ゴールイン!』
獣男子「いや、ちょっ! 馬! コイツ馬に乗ってる!?」
暗黒騎士「ふん、口ほどにもない!」
人男子「獣男子も情けないな!」
獣男子「ちょっと! 審判!?」
審判「暗黒『騎士』だから馬に乗ってオッケーです」
獣男子「ざけんなッ!」
~ 障害物競走 ~
ドカーン。
獣男子「ぐはぁっ!」
機械男子「クレイモアトラップくらい解除しろよ、まぬけが」
~ 借り物競走 ~
『蓬莱の玉の枝』
獣男子「カグヤ姫ッ!?」
~ 綱引き ~
巨人男子「ぐふぉー」
獣男子「体格差の時点で明らかに無理なんすけど!?」
……………………
こうして、競技は魔王高校側の一方的な勝利で進んで行った。
そして、最終プログラム。
~ 最終プログラム前、休み時間、テント ~
魔王「お、ここにいたか?」
勇者「ガタガタガタガタ」
魔王「すごいな、大した武者震いだ」
勇者「怯えているんだよ!」
魔王「なぜ?」
勇者「最終プログラムが街を一周するフルマラソンなのは悪ノリでまだ許せる!
得点と出場者がおかしいだろ!?」
魔王「最終プログラムの得点は一万点。
今現在、こちらの高校が五千点で向こうが二千点。
この勝敗ですべてひっくり返るな」
勇者「しかもランナーがオレだ!
決めたのは絶対お前だろっ!?」
魔王「いかにも」
勇者「何でだよ! 何でお前はオレを陥れようとするんだ!?」
魔王「私がお前を……陥れる?」
言っている意味がわからない、と魔王は首をかしげた。
勇者「そうだ! お前はいつもオレを矢面に立たせてひどい目に合わせるじゃないか!」
魔王「それは……」
勇者「もう知らん! フルマラソンには出ない!」
魔王「ま、待て! それは困る! 私はお前が勝つ方に全財産を賭けているのだ!」
勇者「……昔っからそうだよなお前は! そんなに金が好きなら、オレなんかより金と結婚したらどうだ!」
苛立ちまぎれに放った、勇者の何気ない一言。
だが、その何気ない一言に、魔王は大きく目を見開いて動きを止めた。
魔王「……っ!」
勇者「え?」
魔王「……」
勇者「……」
わけの分からない、重苦しい沈黙。
混乱する勇者。
しかし、やがて魔王が唇を震わせながら一言一言、言葉を紡ぎ始めた。
魔王「お前は……覚えていないのか……」
放たれた魔王の声は、小刻みに震えていた。
勇者「……!」
今度は、勇者が目を見開く番だった。
涙。
──見合わさった魔王の顔が、悲しく、苦しげに歪み、その瞳から涙がひとつ、筋となってこぼれ落ちた。
普段の気丈な『魔王』はどこにもなく、今にも崩れ落ちそうな、儚い『少女』がそこにいた。
勇者「え? ……えっ?」
魔王「……いや、すまない。
覚えているわけがない。当然だ、昔の事だからな……」
そう言って、袖で涙を拭った『少女』は、次の瞬間、元の『魔王』に戻っていた。
魔王「本当に、すまない。
もうフルマラソンには出なくて良い。
……代わりに、聞かせてくれないか?」
勇者「……なに、を?」
勇者はやっと、その一言を絞りだす。
たったそれだけだというのに、勇者は気力も体力もすべてを奪われたような疲労感を覚える。
しかし、魔王が次に放って来た言葉は、それらすべてを掻き消すほどに強烈だった。
魔王「私は……『邪魔』か?」
勇者「っ!?」
魔王「魔王の私は、勇者のお前にとって『邪魔』なのか?」
勇者は何も答えられ無かった。
目の前の気丈な、いや、必死で気丈に振る舞おうとしている魔王に、掛けられる言葉が何も見つからなかった。
頭が、舌が、まったく動かない。
いや、動いたとしても、紡がれる言葉は真実とはほど遠く、魔王に本当の意味で届く事は無いように思えてしまう。
それが「はい」か「いいえ」どちらでも……。
勇者「……」
魔王「……」
沈黙、長い沈黙。
放送『休み時間が終わります。
最終プログラムの生徒両名は……』
やがて、ノイズ混じりの放送が時を動かすまで、2人は無言で、顔を合わせる事もなく、別々に立ち尽くしていた。
魔王「放送席に……戻る……」
勇者「あ、うん……」
魔王「それじゃ……」
勇者「ん……」
魔王の背中が、テントから離れていく。
その背中が完全に見えなくなると、勇者は場が流れた事に安堵のため息をつきかけ、それに気が付いて力なくその場に座り込んだ。
勇者「何を安心しているんだ、オレは……」
激しい自己嫌悪。
勇者「最悪だ……オレは……」
頭を抱える勇者。
死にたい。
罪悪感と後悔がチクチクと心を苛んでくる。
頭を抱えたまま、無意味に視線を走らせた。
勇者「……ん?」
が、そこで勇者は何かに気が付いた。
勇者「ビン?」
それは液体の入った、栄養ドリンクのような茶色のビンだった。
勇者「ドリンク……ドラゴンキラー?」
ラベルによると、やはり栄養剤のようだった。
こんな物が地面に転がっている理由は1つしかない。
勇者「……魔王」
勇者は少しだけ、本当にわずかの間だけ迷い、決心する。
勇者は素早く栄養ドリンクのフタを開けて、中身を一気に飲み干した。
勇者「熱っ……」
朝食を食べていない空きっ腹に、熱湯を流し込んだような感覚。
たが、その効力を示すかのような熱さが今は頼もしい。
勇者「……よし!」
自分の頬を叩いて立ち上がる。
いまさら、魔王に何を言えばいいのか、それはまだ分からない。
たが、自分のやるべき事は理解出来ていた。
勇者「やるか!」
駆け出す。
日陰のテントから、自分の立つべき表舞台へ。
言葉に出せないなら、行動で示せば良い。
実に簡単なことだった。
~ 校庭 ~
勇者「……」
獣走者「……」
吸血女子『さて、両雄並び立ちました。
ここまで色々とありましたね。校舎裏でタコ殴りにあった人、障害物競走でチリと消えた人。
ただ得点的にはすべて無駄骨です。ご苦労さま』
男子生徒「ふざけんなー!」
獣男子「オレの親友を返せー!」
吸血女子『ですが逆に言えば、このフルマラソンですべてが決まるわけです。
勇者か獣走者か、勝った方の高校が大会終了後に相手校の生徒にツバを吐きつけられるわけですね』
人男子「絶対勝てよ勇者ー!」
機械男子「勝たないとターミネートするぞッ!」
勇者「吸血女子さん! さりげなく運営の不満の矛先をオレに向けないでッ!?」
吸血女子『ところで魔王さん。さっきから、なにやら口数が少ないですね?』
魔王『む……そう、か』
吸血女子『許婚の勇者くんとナニかあったのでしょうか? とても気になる所です』
馬男子「勇者……てめぇ……」
水精女子「きゃー! 勇者くん大胆!」
蜥蜴男子「……野郎!」
勇者「違う! みんなの想像ときっと違う!」
獣走者「ちっと、いーすかっ?」
吸血女子『おや、何でしょう? チンピラ崩れの話し方で声をかけられてしまいました。
ぶっちゃけタイプではないですが、血を抜き取る保存食としてなら飼ってあげてもいいかな? と思います』
獣走者「いや、そうじゃなくて、オレとその勇者で賭けをしたいんスけどー」
吸血女子『スルーされました! ショックです!』
勇者「賭け、だと?」
獣走者「そう、賭け」
勇者「何を賭けるんだ?」
獣走者「お互いに大切な物……だな」
勇者「?」
獣走者「つまりー、互いのツレを賭けようって言ってんのー、分かれよー」
勇者「オレのツレ……って、まさか!」
獣走者「そう! 魔王ちゃんだよ!」
魔王『……っ!』
振り向いた勇者と獣走者の視線を受け、放送席の魔王が小さく身をよじった。
吸血女子『おーっと!? これは大変な事になったぞー!?
獣ふぜいが魔王に求婚か!?』
勇者「て、てめぇ! んな賭けが通るわけねーだろうが!」
獣走者「なんだ? 負けるのがこえーのか? 勇者のクセに臆病なヤツだな」
勇者「こ、この野郎!」
吸血女子『ところで、獣走者くんのツレは誰でしょう? わたくし、とても気になります』
獣走者「オレの賭けるツレは家族の1人、弟だ! オレに似た美男子だぜ?」
勇者「いらねーッ!?」
獣走者「まあ、見てみろって……おーい、弟!」
獣弟「ふえぇ……」
勇者「……え」
吸血女子『……女の子?』
獣弟「ふえぇ……ボク男の子だよぅ……」
勇者「……」
人男子「……アリか?」
機械男子「アリだ」
人女子「……ごくり」
獣女子「……ごくり」
機械女子「……ごくり」
水精女子「……ごくり」
人形女子「……ごくり」
勇者「女子の瞳が肉食獣のように鋭くなったーッ!?」
吸血女子『さ、さあ! この賭けに勇者は乗るのか!?』
人女子「乗れ」
獣女子「乗れ」
機械女子「乗れ」
水精女子「乗れ」
人形女子「乗れ、でないと呪う」
勇者「君たち怖すぎるよ! 目が!」
『……ろう』
勇者「……え?」
魔王『乗ろう、その賭け』
勇者「お、おい!?」
吸血女子『なになになんだとーッ!? まさか勇者ではなく、魔王が勝手にみずから賭けに乗ったー!』
勇者「ちょっと待て! 何を考えているんだよ!?」
魔王『……』
勇者「おい、魔王!」
獣走者「へへ、魔王様は軟弱な人間の勇者くんよりも、たくましい獣人のオレの方がいいってこった!」
勇者「バカっ! そんなわけ……」
吸血女子『おや、気が付けば時間が押していますね。
それでは、両者スタート位置へ』
勇者「お、おい!?」
吸血女子『3、2、1……スタート!』
獣走者「アバヨ、ノロマ!」
ドギャ───ンッ!
人男子「うおっ!? もう背中が見えなくなった!」
火霊男子「走れ勇者! 本当に魔王さんを盗られちまうぞ!」
勇者「うっ……」
魔王『……』
勇者「く、くそっ! 話は後でしっかり聞くからな!」
言い残し、勇者も走りだす。
こうして、街を巻き込む波乱のレースが幕を上げた。
勇者「はっ……はっ……」
……………………
吸血女子『さて、上空のペガサスナイトさんからの映像が届きました。
魔導スクリーンに勇者と獣走者の位置情報を……と、あーこれは……』
人男子「勇者の野郎! 3倍近く距離を離されてやがる!」
馬男子「あんのゴミ虫めが!」
魔王『……』
吸血女子『この絶望的状況でも魔王さんは貝のように口をガッチリと閉じたまま動きません。
その心情を思うに察する所は多々ありますが、何より私のトーク量を水増しして補わなければならない所がツライ所です』
蜥蜴男子「ん? 獣走者が建物に入ったぞ!?」
人男子「インチキか!?」
吸血女子『いえ、インチキではありません。今回は街全体を使ったフルマラソン。
ですがそれは名目だけで、内実は広大なレクリエーションです』
人男子「レクリエーション?」
吸血女子『はい、街全体にあるチェックポイントを巡って、戻って来るのです。
チェックポイントには監察官がいるためインチキは出来ず、また途中のルート設定は自由となっております』
獣男子「待て! それって完全にフルマラソンじゃなくねえか!?」
火霊男子「公共的な広告の機構に訴えてやる!」
吸血女子『なお、この事はランナーにも直前で知らせました。
理由は各自で察してください』
獣男子「……?」
馬男子「どういう事だ?」
人女子「あのー、吸血女子さん?」
吸血女子『はい、人女子さんどうぞ』
人女子「もし、ランナーが馬とかに跳ねられて走れなくなったら終了ですか?」
吸血女子『いえ、走れなくなってもギブアップかリタイアするまで続きます』
人女子「つまり『第三者の妨害工作』があってもマラソンは続くんですね?」
吸血女子『そうですね、チェックポイントの監察官と上空のペガサスナイトから見えない所で不正を働かれたら、さすがに打つ手がありませんね』
人男子「……」
馬男子「……」
獣男子「……」
機械男子「……さて、と」
ゆっくりと、男子たちが重い腰を上げた。
~ 路地裏 ~
勇者「そろそろ……みんなが気付く頃か?」
敵による妨害工作。
だがそれは、仲間の妨害工作も解禁になるということ。
獣人と人間では身体能力が違いすぎて勝負にならないが、これを上手くさばけたら勝ちを掴めるかもしれない。
勇者「って、そうも上手くは行かないか!」
獣男子1「キシャー!」
獣男子2「死にさらせオラー!」
勇者「妨害工作の追っ手、速いな……くそ!」
勇者は踵を返し、ルートの変更を余儀なくされた。
~ そのころ路地裏の先、獣走者 ~
暗黒騎士「野戦訓練中に路地裏に入ってしまったー!」
獣走者「うぉーッ!? んなわけあるかー!?」
重装騎士「突撃訓練していたけど、ウッカリ手が滑ってランスを放り投げちまったー!」
獣走者「ちょっ!? 死ぬ! 当たったら死ぬー!?」
獣走者もルートを塞がれ、撤退を余儀なくされていた。
~ 校庭 ~
吸血女子『煮詰まって来ましたね。勇者と獣走者、双方の動きが鈍くなっています』
魔王『……』
吸血女子『これはお互いの妨害工作が上手く作用しているということでしょうか、魔王さん?』
魔王『……うむ』
吸血女子『……』
魔王『……』
吸血女子『えーと……』
水精女子「あっ! 勇者くんに動きが起きましたよ!?」
魔王『なんだ! 何が起きたッ!?』
吸血女子『……素直じゃないなぁ……』
ガバッと背筋を伸ばしてスクリーンを食い入るように見る魔王に、吸血女子は呆れたようなため息をついた。
~ 勇者、路地裏 ~
人男子「よう、勇者!」
勇者「み、みんな! どうしてオレの進路を妨害するんだ!?」
機械男子「わからないのか?」
蜥蜴男子「腑抜けたお前に喝を入れるためだ!」
勇者「オレが腑抜けているだと!?」
火霊男子「そうだ! お前がいなくなった後、魔王さんは泣いていたんだぞ!(ウソ)」
勇者「!」
馬男子「『勇者はいつも私をないがしろにして、構ってくれない』と叫んでいたぞ!(心の中できっと)」
勇者「そ、そんな!」
人男子「歯を食い縛れ! 勇者!」
勇者「っ!」
人男子の拳が、勇者の顔面に突き刺さる。
勇者の上体がぐらりと傾いた。
勇者「うぐっ……」
人男子「今の痛みは、魔王さんの心の痛みだ!
いい加減、目覚めろ勇者! 魔王さんのためにも!」
勇者「……そう、だな」
馬男子「おおっ!」
勇者「オレが、間違っていた!」
人男子「お前の成すべき事はなんだ!?」
勇者「もう行動で答えるなんて格好はつけない! 全力で謝り倒すッ!!」
機械男子「行け! 勇者!」
獣男子たち「キシャー!」
火霊男子「ちっ! 来やがったか! 勇者に手出しはさせねえぜ!」
人男子「ここは俺たちに任せろ!」
勇者「みんな、ありがとう!」
…………………………
人男子「行ったか?」
機械男子「ああ」
火霊男子「獣男子たちも始末した」
獣男子たち「ぴくぴく……」
蜥蜴男子「勇者のオッズが十倍、儲けるには上手く勝ってもらわないとな?」
馬男子「くくく、貴様らもワルよのぅ……」
男子たち「「ふははははははッ!!」」
男子たちの哄笑が路地裏にこだました。
勇者「オレは、オレはバカだ!」
魔王に語るべきは正解とか答えとか、そんなものではなかった。
誠意を、本当の気持ちをぶつけなければならなかったのだ。
勇者「だが、オレは幸運だ!」
信頼できる仲間がいる。
間違いを正す機会がある。
つまり、まだ終わっていないのだ。
勇者「体が軽い! こんな気持ちで走るの、初めてだ!」
勇者は街を疾駆する。
気が付けば、その体からは赤いオーラが立ち昇り、その速度は常人を、いや、獣人すらも遥かに凌ぐ速度になっていた。
~ 校庭 ~
吸血女子『おお! 勇者が怒涛の追い上げを見せています!
それにあのオーラは何でしょう!? 伝説の勇者オーラでしょうか!?』
人女子「3倍だわ! 常人の3倍だわ!」
獣女子「シャアよ! 赤い彗星が降臨したわ!」
魔王『あれは……そうか、飲んだのか勇者よ』
魔王のつぶやきは、しかしヒートアップした校庭の誰にも届きはしない。
吸血女子『おや!? 男子たちが妨害工作を止めて戻って来ます!
ランナーを信じて1対1の勝負に賭けるつもりのようです!』
魔王『うむ、粋な計らいだ』
吸血女子『おおっ! 魔王さんが復活しています!
主役は遅れてくる法則の見本のようです!』
魔王『む、最終チェックポイントを勇者が回ったぞ』
吸血女子『しかし、獣走者のリードが……いや、勇者が追い付いた!!
……と、ここで市街航空の制限時間です! ペガサスナイトが帰還します!』
女子たち「ぶーぶー!」
魔王『ブーイングを止めよ。自分たちの目で見定めようではないか、この戦いの勝者を』
吸血女子『魔王さん余裕です! まるで勝者を確信しているかのような小憎らしい余裕をかましています!』
そして、全員が息を飲み、勝者の到着を待った。
──校庭に勝者が飛び込んできたのは、それからほんの数分後の出来事だった。
勇者「うおおーッ!!」
獣走者「く、うぅーッ!!」
2人の走者は拮抗していた。
獣男子「行けーッ!」
人男子「負けるなーッ!」
校門までの最後の一本道。
道の両側にひしめく男子生徒たちが、口々に声援を飛ばしてくる。
勇者と獣走者の2人は、男子生徒たちが作る声援の花道のただ中をひたすらに駆け抜けていた。
獣走者「バ、バカな! なぜ人間が獣人と張り合えるのだ!?」
勇者「ふん、そんなの決まっている!」
獣走者「な、なんだ!? 言ってみろ!」
困惑に揺れる獣走者に、勇者はさらりと答えた。
勇者「獣人も人間も関係ない。お前は大切なツレを賭けに出し、オレは大切なツレを手放したくなかった。
ただ、それだけだ」
勇者が、地面を蹴る自分の脚にさらに力を込める。
勇者の体が一歩、獣走者の前へと踊り出た。
獣走者「う、うああーッ!」
拮抗はそれまで。
勇者の加速は止まらず、獣走者を瞬く間に引き離す。
そして──
吸血女子『ゴールイーンッ! 勇者! 勇者です!
勇者が獣走者を下し、一着で校庭にゴールインしましたーッ!!』
やかましく、騒がしい、終幕を告げる歓声が校庭に響き渡った。
勇者「はぁ……はぁ……」
吸血女子「さあ、勇者さん! 戦いに勝利した今のお気持ちは……」
勇者「魔王ーッ!」
吸血女子「うおっ!?」
魔王「……」
勇者「すまなかった!」
ズサァッ。
吸血女子「土下座!? 愛の告白でもなく土下座!?」
だが騒ぐ吸血女子を無視し、勇者は顔を上げて魔王をじっと見据える。
そして、揺るぎない瞳を魔王に向けながら言った。
勇者「邪魔なんかじゃない!」
魔王「……っ!」
勇者「魔王は自分勝手で、オレの事を犬コロか何かのように扱うし、お金にはうるさいし、殺人的に暴力的だけど、決して邪魔なんかじゃない!」
魔王「勇者……」
勇者「ごめん!」
魔王「勇者、私も……ごめん」
勇者「うん、うん」
魔王「お前の飲んだ栄養ドリンク、体に秘められた力を最大限に引き出せるが、人間には大きな副作用があるんだ」
勇者「うん、……へ?」
魔王「死にたい、殺してくれ、ってくらいの筋肉痛が遅れて襲って来るんだ」
勇者「……い、いつ?」
魔王「運動後」
勇者「……ひ、ひぎぃぃぃーッ!?」
吸血女子『おおっと!? 勇者さんが白目を剥いて泡を噴き出した!?』
人女子「背中の筋肉が隆起してる! いや、身体中の筋肉がケイレンしてるわ!」
獣女子「えらいこっちゃ!」
獣走者「な、なんだこの惨状は!?」
勇者「ぐぎっ、ぐぎぃぃぃー!」
魔王「勇者は体の限界を超えて戦った。その副作用だ」
獣走者「そ、そんな! 俺たちに勝つためだけに!」
魔王「違う。お前たちに教えるために、だ」
獣走者「教える? 何を?」
魔王「この運動大会、お前たちは少しでも有利な場面があったか?
獣男子たちは、我が校の生徒たちに翻弄されっぱなしだったではないのか?」
獣走者「そ、それがいったい……」
魔王「つまり、どれほど優れた種族でも、協力した多勢の前では脆いという事だ」
獣走者「……あっ」
魔王「そして最後の戦い、勇者はお前たちの鼻っ柱を正面からへし折ってやった。
みずからの体を犠牲にして、高慢に歪んだお前たちの魂を矯正するために」
獣走者「そ、そんな!」
獣男子「お、俺たちのために!」
勇者「ぐぎぃぃぃ!」
魔王「勇者を讃えよ! みずからの過ちに気付いた正しき者たちよ!」
獣走者「勇者さま!」
獣男子「勇者さま!」
獣男子いっぱい「勇者さまー!」
吸血女子『えっと、で、ではこれにて2高校による合同運動大会を終了します。さいならー!』
戦いは終わった。
しかしその日、勇者を讃える声が鳴り止む事は無かった。
~ ??? ~
少女「すごいすごーい!」
少年「ふん、あんな犬こわくないやい!」
少女「つよいつよーい!」
少年「おまえはよわいな。あまりオレのとおくにいくなよ?」
少女「うんわかった! ……ねえ?」
少年「ん? なに?」
少女「勇者ちゃんの夢ってなーに?」
少年「夢? なんで?」
少女「わたしの夢は勇者ちゃんの『およめさん』だから!」
少年「えー?」
少女「イヤなの? わたしが『およめさん』だとイヤ? う……うぅ……」
少年「ああ、泣くな泣くな。イヤじゃないイヤじゃない」
少女「ほんとうに!? なら勇者ちゃんの夢をおしえて! 『およめさん』は『おむこさん』の夢のてつだいをするのが『しごと』だって、お母さんが言ってたの!」
少年「オレの夢か、……わらうなよ?」
少女「うん!」
少年「オレの夢は、おっきなお城と、つよい軍隊を持つ事だ!」
少女「……せんそう?」
少年「ちがう、みんなを守るための軍隊だ!」
少女「みんなをまもる?」
少年「オレがみんなを守れば、だれも泣かなくていいんだ! オレは勇者だからな! これは勇者のオレにしかできないんだ!」
少女「だれも泣かなくていいの!? すごーい!」
少年「まあ、今は力が足りないけど、いつか……」
少女「てつだう! わたしもてつだう!」
少年「いや、おまえはよわいし……」
少女「おかねをためる! わたしがおかねをためて、勇者ちゃんにお城をかってあげる!」
少年「え、いいの?」
少女「うん、もしわたしがお城をかってあげられたら、勇者ちゃんはわたしを『およめさん』にしてくれる?」
少年「うん、もちろんだよ! そうしたら、おまえもオレといっしょになってみんなを守ろう!」
少女「うん! やくそくだよ!」
少年「うん! やくそくだ!」
…………………………
……………
~ 後日談 ~
「ふむ」
貯金箱を揺さぶる。
重い手応え、小気味よい金属音が返ってきた。
オッズが十倍……のままなら良かったのだが、自分たちの高校の代表ランナーだけあって、最終的には三倍弱にまで彼のオッズは落ち着いていた。
まあ、例え一倍でも私は彼に賭けるつもりだが。
「……ふふっ」
待て、それでは賭けの意味が無いのではないか?
自分で自分に突っ込み、それが何だか妙におかしくて、つい笑い声を漏らしてしまう。
さて、もう十分に堪能した。
机の最上段、私は貯金箱をいつもの場所に戻した。
過去の憧憬はひどく甘く、病的な美しさを輝かせている。
それらが傷つけられた時、すべてを否定された気がして、すぐに頭に血が上ってしまうのは私の悪いクセだ。
今回もそのせいで自暴自棄になってしまい、相手の言葉に乗って自分を賭けに出すというバカな真似をしてしまった。
今にして思えばとんでもないことだ。
うん、邪魔になるくらいなら遠くに行こう、なんて殊勝な考えからの行動ではないのだ。すまない。
だが今回、彼の取った行動に胸がときめいたのは確かな事実だ。
こういう風に、もう少しばかり好意を真っすぐにぶつけてくれれば、私も素直になれるかも……しれな……。
いや、うん。
いや、……うん。
……とにかく、今回は彼に負担を掛け過ぎた。
せめて手料理でも作ってねぎらってあげよう。
親は旅行中だし。彼は筋肉痛で身動きが取れないし。
しかし、本当に城を買える程に金が貯まったら、彼はどんな顔を見せるだろうか?
親のつくったレールではない、私の本当の気持ち。
それをぶつけた時に見せるであろう、彼のアワを食った顔を想像すると、自然、私の笑みは深まってしまう。
さあ、どうする勇者よ? 貯金箱の中身は銅貨から銀貨、そして金貨へと変わりつつあるぞ?
私はいたずらっ子のような笑みを顔に張りつけ、一階のキッチン目指して階段をゆっくりと降りていくのだった。
──完
── 第二部 ──
~ 学校 ~
勇者「1週間ぶりの学校だ……」
人男子「なんか、その……やつれたな、お前」
勇者「母親から受け継がれた解毒魔法が無ければ即死だった」
馬男子「……?」
機械男子「何を言っているのかよくわからんが、体は大丈夫なのか?」
勇者「うん、まだ節々に違和感があるけど一応は大丈夫だ」
火霊男子「すごいな、さすが勇者」
人男子「一時はどうなるかと思ったぜ。
なんせ校庭に倒れたお前ときたら、背中の筋肉が膨れ上がってセミの脱皮みたいになってたからな」
蜥蜴男子「そうそう、今にも中身が飛び出して来そうな状態で……」
勇者「どれだけヤバイ状態だったのオレ!?」
魔王「おい」
勇者「はうっ!?」
魔王「……?」
人男子「ど、どうした勇者!? いきなりしゃがみこんで」
勇者「毒の沼が……皿の上の毒の沼が……身動きの取れないオレに……」
蜥蜴男子「何でこんなに怯えているのか」
火霊男子「わからない、わからないが……」
機械男子「よほどツライ事があったという事だけは分かるな」
魔王「用事がある。バカをやってないでついてこい」
べちこーん、と魔王の竜シッポが床を叩いた。
勇者「ひぃっ! 音による脅しはやめろ!」
魔王「なら、さっさと来い」
勇者「わかった、わかったから!」
タッタッタッタッ……。
…………
人男子「大変だなぁ、あいつも……」
馬男子「ああ、ちょっとだけ同情するぜ……」
男子たちは揃って、同情の眼差しを遠ざかる勇者の背中に対して向けるのだった。
~ 渡り廊下 ~
勇者「ところで、どこに行くんだ?」
校舎の作りは大別して北から順に、美術室などの特別教室棟、生徒たちのいる教室棟、職員室や放送室の教師棟となっている。
今、勇者たちは教室棟から北の特別教室棟へと進んでいた。
勇者「まだ朝だし、こっちには誰もいないだろ?」
魔王「いや、朝一番に連れてこいと向こうから言われている。だから大丈夫だ」
勇者「向こう、て誰?」
魔王「それは……いや、言っている間にもう着いたか」
勇者「?」
魔王「この部屋だ」
勇者「……生徒会室?」
~ 生徒会室 ~
勇者「失礼します……」
?「ああ、来たね。まあ、適当に座って座って」
やんわりとした感じの青年が1人だけ部屋にいた。
勇者「えっと、あなたは?」
会長「うん、ボクは生徒会長だよ。よろしく勇者くん」
勇者「ど、どうも」
魔王「朝のホームルームが始まる。手短に済ませてくれ」
会長「うん、そうだね。魔王くんには言っておいたけど、勇者くんのためにもう一度説明しておこうか」
こほん、と一息ついて会長は続けた。
会長「何か騒動が……特に他校との騒動が起きたら、生徒会に一言知らせてもらえないかな?」
勇者「生徒会に?」
会長「うん、ところで生徒会が生まれた理由は知っているかい?」
勇者「えっと、確か……」
魔王「『教師が手を上げたらマズいけど、生徒同士の殴り合いならオッケーじゃね?』……だったか?」
勇者「暴力的すぎるよ!?」
会長「うん、正解」
勇者「しかも当たっちゃったーッ!?」
会長「まあ、自警団みたいなものだよ。
中立地帯に学校が出来た当初は、今とは比べものにならないくらいに治安が悪かったらしいからね」
魔王「らしいな。父上が言うには、みんながみんな盗んだ飛竜で走りだしたり、夜中の学校の魔術障壁をランスで壊してまわったりしていたらしい」
勇者「世紀末にも程があるよ!?」
会長「ま、まあ。とにかく、何か騒動が起きたら一言頼むよ。
生徒会もそれなりに頼りになるはずだからね」
勇者「は、はい」
魔王「うむ、覚えておこう」
会長「うん、それじゃ話はこれでおしまい。手間を取らせてすまないね」
~ 渡り廊下 ~
勇者「ふぅ、生徒会か」
魔王「傭兵的なポジションだな」
勇者「そ、それは明らかに違うと思うぞ? 会長もやんわりとした人だったし」
魔王「……まったく、お前は」
魔王は頭を振りながら、やれやれと嘆息した。
勇者「な、なんだよ、その『コイツは何も分かっていない』的な態度は」
魔王「実際に分かっていないから嘆かわしいのだお前は。
……あの会長はかなり強いぞ?」
勇者「えっ?」
魔王「たぶん竜……それも私と違って純血に近い。
戦闘能力は突出しているはずだ」
勇者「そ、そうなんだ……」
魔王「まあ、本人に戦う意志は皆無っぽいが、いざとなったら頼りにしていいだろう。
あまり見た目にダマされるなよ?」
勇者「……ああ、相手の見た目にダマされないように気をつけるよ」
魔王「……」
勇者「……」
魔王「なぜそこで私の方を見る?」
勇者「いや、特に深い意味は……へぶらばっ!?」
言葉の途中で魔王のシッポが動き、べちこーん、と目にも止まらぬ速さで勇者を弾き飛ばした。
~ 教室 ~
魔王「ホームルームには間に合ったか」
勇者「……? なんだ、教室が騒がしいぞ?」
人男子「お、勇者。どこに行ってたんだよお前」
勇者「おお、ちょっとな。それよりもどうしたんだよ、この教室のざわめきは?」
機械男子「どうやら、新しく転校生が来るらしい」
勇者「転校生?」
馬男子「ああ、職員室に行ってたヤツが偶然小耳に挟んだらしい」
蜥蜴男子「思わぬサプライズにみんな浮かれている、つーわけだ」
勇者「へぇ……」
火霊男子「おっ、先生が来たぞ!」
狐教師「席に座れー、って……おまえらどうした?」
教室に入って来た和服の女教師は生徒たちの視線に気付くと、ふさふさの3本のシッポを揺らしながら訝しげに目を細めた。
人男子「はい! 転校生の情報にウキウキです!」
馬男子「ウキウキっす!」
狐教師「あー、もう情報が広まってるか。
ったく、みんなのサプライズ顔が見たかったんだが」
水精女子「せんせー! はやくはやくー!」
狐教師「わかったわかった、話が早くなったぶんだけオッケーとしよう。
……おーい、入ってこーい!」
獣男子「へへっ、チーッスッ!」
勇者「あ、お前は……あの時の獣走者か?」
獣男子「勇者先輩! 覚えて貰っていて感激ッス!」
勇者「せ、先輩って」
獣男子「勇者先輩はオレたちに大切な事を教えてくれたッス! だからオレっちの先輩ッス!」
狐教師「はいはい、息も荒く募る話はホームルームの後でなー。
……どうしたみんな? さっきまでのノリが無いぞ?」
人男子「いや、なんつーか」
馬男子「うん、……なんつーか」
水精女子「期待はずれー!」
獣男子「なにっ!?」
狐教師「落ち着け、もう1人いる」
勇者「もう1人?」
狐教師「カモーン! 入って来ーい!」
獣弟「ふえぇ……」
人女子「きゃー!」
獣女子「きゃー!」
機械女子「きゃー!」
人形女子「きゃー!」
水精女子「……ごくり」
狐教師「というわけで、兄弟そろって編入というわけだ。
仲良くしてやれ」
女子たち「はーい!」
獣弟「ふえぇ……」
勇者「ちょっ!? その子、学年……というか入る学校が明らかに違くない!?」
魔王「戦いに敗れるという事はこういう事だ」
勇者「否定しろよッ!?」
~ そのころ、とある草原 ~
竜青年「朝のモーニングコーヒーが、この私の日課」
草原の緑をカーペットに、足を組んで白いイスに座ったまま優雅にモーニングコーヒーをたしなむ竜青年。
竜青年は竜の血を色濃く受け継いでいるが、しかしその姿は人間と寸分変わらない。
竜青年「しかし、シモベがいないと不便だ。
お湯も自分で沸かさないといけないし、カップも自分で洗わないといけないし……」
竜青年は飲み終えたカップを紙ナプキンで軽く拭き、それを編みカゴに直すとイスからおもむろに立ち上がった。
竜青年「うん、やっぱりメイドが必要だ。高貴な私に似合う高貴なメイドが!」
そして、竜青年は白いイスを体にヒモで縛って背負うと、大空へ向かって両手を広げながら叫んだ。
竜青年「待ってろ魔王! すぐに私のメイドにしてやる!」
お天道様の光を受けて、竜青年の歯がキラリと光った。
~ 学校・昼休み ~
魔王「メイド?」
人女子「そうそう、メイドカフェ。東の大通りに出来てたの」
獣女子「メイドって、給仕さんの格好だよね? 何で店員さんがメイドの格好をするの?」
吸血女子「それは私が説明しましょう」
人女子「うわっ、どこから出てきたの!?
というか、同じクラスだったの!?」
吸血女子「正直な意見ありがとう。クラスメイトの暖かい言葉にわたくし今にも泣きそうです」
人女子「あ、ご、ごめん!」
水精女子「それで、何でメイドなの? おしえておしえて!」
吸血女子「こほん、それでは説明しましょう」
水精女子「うんうん」
吸血女子「始まりは魔界の貧乏な騎兵の一家。そこから始まります」
水精女子「……長くなる?」
吸血女子「それなりに」
水精女子「簡潔に」
吸血女子「……ラジャー。
騎『兵』から騎『士』へ。手柄をあげて貴族になりたい、そんな夫の夢を一時でも叶えてあげようと、妻と娘がメイド姿になってあげたの。
妻と娘は家事のかたわらで喫茶店を経営していたのだけれど、そのメイド姿が下級騎兵の夢心をくすぐって一大ブレイクしたってわけ。終了」
水精女子「ながーい!」
吸血女子「そんなご無体な!?」
獣女子「ふーん、夢心をくすぐって、ねぇ」
吸血女子「まあ、最初はそうだったけど、今は少しおもむきが違いますね」
水精女子「今はおもむきが違う? どういう事?」
吸血女子「お慕いしてくれる女の子が可愛い格好で『ご主人様』というんです。
……あとは言わなくても分かるよな?」
獣女子「ああ……、そういう事か」
魔王「……どういう事だ?」
人女子「え? ほ、ほら、男の人ってそういうのが好みだったりするでしょ?」
魔王「男はそういうのが好みなのか?」
吸血女子「全員が全員とは言えませんけど、そういう傾向はありますねー」
魔王「……傾向か」
人女子「私たちの場合、獣弟君がそういう格好だと考えたら分かりやすいかも」
獣女子「獣弟君が、メイド姿……」
水精女子「……」
人女子「……」
獣女子「……」
機械女子「もふもふして戻ってきたよー」
獣女子「……次、私の番だよね?」
人女子「譲らない」
水精女子「私も」
魔王「……なんだ?」
吸血女子「獣弟君のもふもふ順。初っぱなから引き千切れそうになっていたから、みんなで自重しているのよ」
魔王「なるほど、……しかし、メイドか」
魔王は騒がしくなってきた女友達たちから顔を逸らすと、天井を軽く見上げて思案するように目を細めるのだった。
~ 昼休み・勇者 ~
勇者「メイドカフェ?」
人男子「ああ、東の大通りに出来てた」
機械男子「喫茶店として見ても悪くない雰囲気だった。少しばかり値が張るが……」
馬男子「メイド服か、いいなぁ……」
火霊男子「メイド服、名前はエプロンドレスと言ったか? 確かにあの破壊力は凄まじいな」
勇者「うーん、そうかな? オレはあんまり魅力を感じないんだけど」
人男子「なんだと! お前は男のロマンが分からないのか!」
勇者「男のロマンって……」
蜥蜴男子「まてまて、現実離れしたものだから理解出来ないんだよ。身近なものに置き換えて考えれば理解出来るはずだ」
機械男子「身近なもの。つまり、この場合は勇者の身近な人である魔王さんか」
人男子「そうか! メイド服姿の魔王さんを考えるんだ勇者!」
勇者「メイド服姿の魔王……」
人男子「そうだ!」
勇者「……」
人男子「……」
勇者「……無理だ!」
人男子「なぜだ!?」
勇者「魔王のメイド服姿、それ自体がオレにとって現実離れしているんだよ。
考えてもみろ、あの気性が激しくて我の強い魔王が給仕のメイド服を着るわけないだろ?」
火霊男子「た、たしかに……」
機械男子「現実離れしているな」
人男子「い、いや! 魔王さんにメイド服を着せる方法くらい、少し考えればちゃんと出て来るはずだ!」
勇者「じゃあ言ってみろ! オレの脳内でシミュレートするから!」
人男子「よ、よーし! オレを見くびるなよ!
華麗に論破して、お前にメイド服の素晴らしさを教えてやる!」
~ ①直接頼む ~
勇者「魔王、メイド服を着てくれ!」
魔王「イヤだ」
べちこーん。
~ ②プレゼントとして先に渡す ~
勇者「プレゼントだ、魔王」
魔王「メイド服? ……魔王の私に給仕の格好をさせるつもりか? いい度胸だ」
勇者「い、いや……そんな」
べちこーん
~ ③ほめ殺し ~
勇者「魔王は綺麗だ! 素材が良すぎるからどんな服でも絵になってしまう! だからこのメイド服も華麗に着こなせるはずだ!」
魔王「ほう、私はそんなに美しいか?」
勇者「ああ、もちろんだとも!」
魔王「なら、なぜメイド服を着せようとする?」
勇者「……え?」
魔王「どんな服でも似合うほどに美しいのなら、無理に服を選んで着せようとする意味が無い。
つまり、お前にはあえて私にメイド服を着せたい理由があるという事だ」
勇者「あ、う……」
魔王「私は魔王だ。そんな浅い口車に乗って給仕の格好なんぞするものか。顔を洗って出直してこい」
べちこーん。
~ 以下、その他 ~
勇者「魔王」
べちこーん。
勇者「魔……」
べちこーん。
勇者「」
べちこーん。
べちこーん。べちこーん。べちこーん。べちこーん。べちこーん。べちこーん。べちこーん。べちこーん。
~ シミュレート終了 ~
人男子「……あかん、攻略法が皆無だ」
馬男子「あれだ、子供の頃『○○ページへ進め』って読み進めていくゲームブックで途中のナンバリングをミスってたために、必ず最後は落とし穴で餓死する結末しか用意されてなかったのを思い出した」
勇者「……」
機械男子「どうした勇者?」
勇者「いや、なぜだか分からないけど、目から水が……」
火霊男子「心の汗だ」
勇者「心の汗か、どうりで目にしみるわけだ」
蜥蜴男子「魂の慟哭じゃね?」
機械男子「言ってやるな、どうせ治療法は無い」
魔王の性質とかうまく説明していくから、まだ待ってて。
~ 外の売店 ~
獣男子「へへっ、焼きそばパン、ゲットだぜ!」
パンを片手に教室への帰路を急ぐ獣男子。
獣男子「勇者先輩、1の子分であるオレっちの奉仕精神……期待していてくだせい!」
頼まれてもいないのに、体に染み付いた元男子校の厳しい上下関係の慣習から、オートパシリのスキルが発動している獣男子だった。
獣男子「よし、この角を曲がれば校舎玄関はすぐ……って、うおっ!?」
竜青年「うわっ!?」
出会いがしらの衝突。
2人とも倒れる事は無かったが互いに後ろへ弾かれ、思わずたたらを踏む。
獣男子「い、いてて……」
竜青年「いきなり何が……あ、ああ!?」
獣男子「な、なんだぁ? いきなり大声あげやがって」
竜青年「カップが! ボクのカップが!」
編みカゴから飛び出したカップが、アスファルトの地面で粉々に砕けていた。
獣男子「あちゃー、お前の? すまねえな、それじゃ!」
竜青年「待ちたまえ! このカップの落とし前はつけてもらおう!」
獣男子「弁償か? しゃあねえな、銅貨十枚くらいまでなら」
竜青年「銅貨十枚……い、いや! 金の問題ではない!」
獣男子「……なんだ、さっきの間は?」
竜青年「う、うるさい! ともかく! 貴様を成敗する!」
竜青年は自分の背中に巻き付けた白いイスの足のひとつを後ろ手につかみ、その手を滑らせる。
すると、つかんでいるイスの足が外れ、イスの足の中から鋭利な鋼の刃が……。
獣男子「って、なんじゃそりゃーッ!?」
竜青年「『カタナ』と呼ばれる剣だ! 『仕込み杖』をリスペクトして作ってみたのだ!」
獣男子「そういう事を聞いているんじゃねえよ!」
獣男子ダッシュ。
竜青年「あ、逃げるな! 待てー!」
竜青年もその後を追って走り始めた。
~ 教室 ~
勇者「……ま、そういう事だ。魔王のメイド服姿なんて夢のまた夢さ」
人男子「うぅ……何も言い返せねぇ……」
馬男子「……ん?」
機械男子「どうした馬男子? いきなり耳を細かに動かして」
馬男子「……教室に何か近づいてくるぞ?」
蜥蜴男子「何か?」
「……てー!」
火霊男子「あ、マジだ。何か近づいてくるぞ」
「……けてー!」
機械男子「この声は、獣男子か?」
勇者「たく、アイツは何を……」
勇者が呆れたように肩をすくめた瞬間、教室に獣男子……と、刃物を振りまわしながら、背中にイスを背負った姿の竜青年が飛び込んできた。
竜青年「うおー! 成敗ーッ!」
獣男子「たすけてー! 勇者先輩ーッ!」
男子一同「なにその状況!?」
教室にいた男子たちの声が見事にハモった。
獣男子「たすけてー!」
竜青年「成敗!」
機械男子「よくわからんが、『アンチバリア』作動」
竜青年「ぐはぁっ!」
バチーン、と火花が散り、見えない壁に勢いよく弾かれた竜青年はその速度のまま背後にぶっ飛ぶ。
そして、教室の壁に背中をしたたかに叩きつけると、小さくうめいてその場にガクリと崩れ落ちた。
竜青年「ぐ、ぐぅっ……」
獣男子「た、助かったッス機械先輩!」
機械男子「オレも先輩に格上げか」
人男子「いや、何を落ち着いてるんだよ。つーか、誰だこいつ?」
獣男子「分からないッス! いきなり刃物を抜いて襲って来たッス!」
勇者「危ないヤツだな」
蜥蜴男子「警察呼ぼうか?」
火霊男子「いいね。オレ、警察の乗ってるパト馬車見るの好きだし」
馬男子「じゃあ、満場一致で警察に……」
魔王「なんだ、この騒ぎは?」
勇者「ん? 魔王か。いやな、凶器を持った不審人物が教室に入って来てな」
魔王「凶器を持った不審人物? ……その男か」
勇者「お、おい! あぶないぞ?」
教室の壁に背中を預けてうなだれる竜青年に、魔王が一歩進み寄る。
気が付けば、教室にいた魔王以外の生徒たちも竜青年の周囲に集まり、輪を作り始めていた。
魔王「ふむ、こいつは……竜か」
吸血女子「……はて?」
魔王「どうした?」
吸血女子「いや、この人……どっかで……」
竜青年「う、うぅーん……」
人男子「あ、目を覚ますぞ!」
勇者「魔王、危ないから離れるんだ」
竜青年「……魔王? ……魔王、魔王……」
竜青年はうつろな瞳で何度か魔王とつぶやき、そして──
竜青年「魔王!?」
ガバッと突然、弾かれたように起き上がった。
勇者「うおっ!?」
竜青年「魔王! 魔王はどこだ!?」
人男子「な、なんだぁ?」
竜青年「ええい! いいから魔王を出すんだ!」
馬男子「うわっ! 刃物を振り回すな!」
機械男子「アンチバリア」
バチーン。
竜青年「ぐはぁっ!」
ガクリ。
蜥蜴男子「あー、驚いた」
火霊男子「さっさと警察呼ぼうぜ? パト馬車見たいし」
竜青年「うぅ……魔王……魔王……」
勇者「……」
竜青年「魔王……魔王……」
勇者「おい、魔王がどうかしたのか?」
竜青年「え?」
勇者「いや、なんか気になってな。
何か用事があるなら、オレから魔王に伝えておくけど……」
ちらりと隣の魔王を横目に、勇者が竜青年に伝える。
刃物を振り回すような相手に、目の前にいるのが魔王だと教えるのは流石に危険だと判断しての行動だった。
竜青年「君は……優しいな。
だけど、これはボク……私の口から伝えなければ意味が無い」
しかし、竜青年は勇者の申し出に首を振って応えた。
竜青年「ああ……魔王……まだ見ぬ麗しき魔王……いったい、何処に……」
魔王「……」
魔王「私が魔王だ」
勇者「お、おい!?」
魔王「私に話したい事があるのだろう? 言ってみるといい」
竜青年「あ、あなたが魔王!?」
魔王「そうだ」
竜青年「お、おおっ! それでは是非ともこれを!」
竜青年は自分のふところから折り畳んだメイド服を取り出すと、それを両手に持って広げて魔王に叫んだ。
竜青年「是非ともこれを着て、私の専属メイドになってくれ!」
魔王「断る」
同時、空中に広がる幾何学模様の魔方陣。
その一瞬の後、魔方陣によって生み出された灼熱の魔王ビームが教室の一角を竜青年ごと吹き飛ばした。
勇者「ちょっ!? 魔王!?」
魔王「すまん、つい」
人男子「あいつ、どうなった?」
馬男子「たぶん、ミンチよりひどい事に……」
獣男子「い、いや! 無事ッス!」
竜青年「く、さすが魔王……と言った所か」
魔王「……む」
人女子「魔王さんのビームを……耐えた!?」
水精女子「すごいすごーい!」
竜青年「ふふ、純血に近い竜の血を舐めてもらっては困る」
勇者「……純血に近い竜の血? どういう事だ?」
竜青年「ふふ、竜は早い段階で能力が完成するのさ。
例え、現魔王が先代魔王の底無しの力を受け継いでいたとしても、それはまだ完成にはほど遠い。
そして同じく竜の血を引いていても、今なら純血の私の方が成長速度という点でちょっとだけ分が……」
魔王「魔王ビーム」
竜青年「ぐはぁっ!?」
勇者「話してる最中に2発目!?」
魔王「魔王ビーム、魔王ビーム」
竜青年「ぐはぁっ! ぐはぁーっ!」
人男子「意地になってる! 意地になってるんだッ!!」
馬男子「止めろ勇者! マジでミンチになるぞ!」
勇者「止めろ魔王ーッ!!」
竜青年「す、すまない……助かった」
勇者「よく生きてるな、お前」
竜青年「ああ。魔王をメイドにするまで、私は死ねない」
勇者「なぜにメイド?」
竜青年「私は貴族だ。高貴な者なのだ。
高貴な者の周囲に侍る部下は、高貴な者でないといけない」
勇者「貴族? 高貴?」
機械男子「竜の純血種はプライドが高いからな。中には変な妄執に憑り付かれるのも少なくないとか」
人男子「ドリーマーだな」馬男子「やだな」
火霊男子「いい加減、パト馬車呼ぼうぜ」
竜青年「ま、待ってくれ! 警察を呼ぶ前に、何で私のメイドになってくれないのか聞かせてくれ! 魔王よ!」
魔王「生理的に受け付けない」
竜青年「存在を全否定された!?」
人男子「さ、署に行こうか?」
竜青年「う、うぅ……認めない、認めないぞ!
高貴な私に問題は無いはず……問題は無いはずなんだ!」
人男子「お、おい!?」
馬男子「なんか様子が……」
竜青年「そうだ、メイドを拒否する理由が……私以外の何かに問題があるはずだ!」
勇者「おい、どうした? 少し落ち着……」
竜青年「勇者? ……勇者!? そうか勇者か!」
勇者「……?」
竜青年「勇者! 魔王と2人っきりの時、魔王にメイド服を着せて『ご主人様とメイドごっこ』をして遊んでるな貴様ーッ!!」
勇者「どうしてそうなるッ!?」
竜青年「いいや、私には分かる!
どうせゲスなオーダーを出して、嫌がるメイド魔王をもてあそんでは毎夜喜んでいるに違いない!」
人女子「そんな、勇者くんが……」
獣女子「ひどい……」
機械女子「あんまりです」
水精女子「見損なったよ!」
勇者「ちょっ!? パッと出の不審者の言うことを信用しないで!
というか、どこまで信用されてないのオレッ!?」
魔王「……ゆゆしき事態だな」
勇者「……ハッ!?」
魔王「勇者よ。お前の信頼を取り戻しつつ、私の威厳も損なわれない。
そんな、この場を上手く治める方法を思いついたぞ?」
勇者「凄まじいデシャブ! 嫌な予感しかしない!」
魔王「まあ、私に任せろ」
勇者「絶対にイヤだーッ!」
~ 剣道場 ~
吸血女子『さあ、良い感じに熱気がこもって来ました。勇者vs竜青年の試合。
放送はわたくし吸血女子と……』
魔王『魔王だ』
会長『生徒会長です』
吸血女子『……の、計3人でお送りします!』
ワイワイガヤガヤ……。
吸血女子『剣道場の壁際には物見遊山の気分で集まったギャラリーがぐるりと並んでいますが、彼らは授業をどうしたのでしょう?
まだ5限目が始まったばかりの時間帯ですが、すでにボイコットを決め込んでる彼らのふてぶてしさに頭が下がります』
会長『みんなにも、たまには休みが必要だからね』
吸血女子『当たり障りの無い発言ありがとうございます。
ただ、生徒会長のあなたがみんなの不誠実を暗に認めている事に「私が法だ」的な強権力の恐ろしさをひしひしと感じます』
魔王『む、両選手の入場だ』
会長『まずは、竜青年君か』
竜青年「……フッ!」
吸血女子『おおっと! 入場と同時に髪を掻き上げる仕草!
だが防具を着ている状態では面を撫でるだけだー! だっさー!』
魔王『次は、勇者だな』
勇者「……」
会長『無言だね。精神を集中、勝負に挑む気概に満ち満ちているよ』
吸血女子『説明をありがとうございます会長。
しかし彼の背中から、えもいわれぬ哀愁が漂っている気がするのは私の気のせいでしょうか?』
魔王『気のせいだ』
吸血女子『しれっと答えやがりました。さすが魔王です。
「同じクラスメイトだから全部知ってんだぞ」とは口が裂けても言えません。
……おおっと、両者、剣道場の中央に向かい立ちました』
勇者「……くっ、あいつら」
竜青年「おや、どうした? 戦う前から負けているような顔だが?」
勇者「うっせー! 黙ってろ!」
竜青年「はは、怒らない怒らない。
……私の前で気が散っていたら、十秒と持たないよ?」
勇者「へえ、言ってくれるじゃねえか。よほど自分の実力に自信があるんだな?」
竜青年「自信というか……そう、実績だね」
勇者「実績?」
竜青年「まあ、それはおいおい分かるとして、まずは握手だ」
勇者「おう、何か引っ掛かるが、こうなったら仕方ない。
ちゃっちゃっと済ませて……」
吸血女子『はい! 両者、握手を済ませました!
それでは、お互いのPRに入らせて頂きます!』
勇者「ぴ、PR?」
吸血女子『高貴なるオレには高貴なるメイドが似合う……青コーナー! 「さすらいのご主人様」竜青年ーッ!』
ギャラリー「ヒューヒュー!」
吸血女子『刃物を振り回しながら魔王の教室に乱入!
珍言妄言の果て、魔王を自分の専属メイドにするために勇者を亡き者にせんと剣を取って立ち上がった変質者!
その実力は未知数だが、無駄に受け継がれた純血の竜の力は伊達じゃない!
「魔王ビーム? いくらでも耐えてみせますよ」』
魔王『むっ』
会長『少なくとも、彼の耐久力には期待していいと思いますね』
魔王『……剣道で耐久力?』
吸血女子『さて、それに対するは赤コーナー!
「重すぎる看板を背負わされた町人A」勇者ーッ!』
勇者「てめぇッ!?」
吸血女子『言わずと知れた苦労人。しかし、それは表の顔!
裏では毎夜、魔王メイドに自分を持てなさせる破廉恥漢!
真実を語る竜青年を合法的に消し去るため、みずから剣を取った!
「オレのパラダイスは誰にも邪魔させねえ」』
ギャラリー「ブーブー」
勇者「事実無根だーッ! 歪められた報道だーッ!」
吸血女子『さて、それでは放送席からの情報はここまで!
後は本人たちの口から意気込みを語ってもらいましょう!』
勇者「え? えっ?」
竜青年「吸血女子さん、マイクいいかな?」
吸血女子「はい、どうぞ! まずは竜青年選手からですね!」
竜青年『あーあー、テステス……よし。
まず、剣の腕を奮う前に勇者君へと言っておきたい事がある』
勇者「……なんだよ? というか、目の前なのにいちいちマイクを持って言うことかよ?」
竜青年『パフォーマンスだよ、気にするな。
それはそうと、この戦いはお互いの「ご主人様権」を賭けた戦い、という認識でいいかな?』
勇者「どこをまかり間違ってそうなったッ!?」
竜青年『つまり、メイドである魔王を賭けた戦いという……』
勇者「人の話を聞いてッ!」
竜青年『……こほん、長々と話すのも無粋だ。簡潔に言おう』
竜青年は放送席の魔王へと振り返り、マイクを肩とアゴで挟むと、胴当ての内側から折り畳んだメイド服を両手で取り出す。
そして、小手を着けた手でそのメイド服を器用にもビシッと広げて見せた。
竜青年『私の求める事はただ一つ! 私が勝ったら魔王にはこのメイド服を着てもらい、そのまま私の専属メイドになってもらう事だけだ!』
馬男子「どこに隠し持ってんだよアイツ……」
機械男子「しかし、魔王ビームによってメイド服は消し飛んだと思ったのだが」
竜青年『新しく作ったのさ! メイドを求める私の魂が、一時間足らずで不可能を可能にしたのだ!』
人男子「無駄にすげぇーッ!?」
竜青年『さあ、魔王! 私の要求に乗るか乗らないか!
返答や如何に?』
魔王『ほう、魔王に物申すとは命知らずなヤツだ。
面白い、受けて立とう』
吸血女子「おおっ?」
勇者「おまっ!? また勝手に!」
魔王『別に良いだろう? お前が勝てば問題ない。
……それとも、勝つ自信が無いのか?』
勇者「う、ぐぅ……」
吸血女子「おおっと、魔王ビームを耐えられた事をまだ根に持っているのか!?
それとも、自分の愛する勇者があんな変質者に負けると考えることが出来ないのか!?
おそらく、その両方だと思いますが、しかしなんと器(うつわ)の小さ……痛い痛い! シッポで胴を絞め上げないで! 飛び出る! 私の中身が飛び出ちゃう!」
~ 数分後 ~
吸血女子『ふう。危なく、生きたままミイラ製造の工程に望むところでした。
それではマイクも戻った事ですし、司会を再開させて頂きます』
会長『話は逸れたけど、両選手の説明はこれで終わりかい?』
吸血女子『いえ、最後に彼らには剣道部の連中と模擬戦をしてもらいます。
肩慣らしと同時、ギャラリーに実力を見せるわけですね』
魔王『なるほど、両選手の能力を自分の目で見れば、身銭を切って賭けるのも多少はやりやすくなるというものか』
勇者「ちょっ!? 賭け!? いやさ、予想はしていたけどさ!」
吸血女子『ちなみに、現在のオッズは勇者有利で推移しています。
1週間前の勝利によって勇者の価値が高騰した結果ですね』
勇者「スルーか? しかも価値が高騰ってアレか? オレは天秤の中で揺れ動く悲しきピエロか?」
会長『そんな事は無いよ勇者君』
吸血女子『勇者君、頑張ってー(棒読み)』
魔王『勝て』
勇者「……父さん、『真の敵は身近にいる』とかよく言ってましたけど、今のオレには倒すべき真のラスボスがハッキリと見えています」
おそらく人間の内面的な話をしていたであろう勇者父の幻影が、ビシッと親指を立ててほほえんでいた。
~ さらに数分後 ~
剣道部員たち「シャー!」
吸血女子『さて、剣道部員たちが来ました。彼らはちょっとした大会ならば入賞出来る程度の腕前を持っています』
剣道部員たち「シャー!」
勇者「なるほど、気迫が凄いな」
竜青年「ふふ、この程度の気迫で『凄い』……と?」
勇者「なんだと?」
竜青年「ま、見ていてごらん。私の実力を、ね」
吸血女子『おーっと!? 意味ありげな挑発だー!?
これであっさり負けたら笑い者だぞー!?』
勇者「まったくだ、大口を叩くんじゃねえよ」
竜青年「大口かどうかは結果を見ればわかるさ」
吸血女子『それでは、両者とも位置について……模擬戦、ファイッ!』
カーン、と戦いのゴングが鳴った。
その瞬間、勝負は決した。
剣道部員「ぐはぁっ!」
ドサリと、ヒザから崩れ落ちる剣道部員。
その背後には、いつの間に移動したのか竜青年の姿があった。
吸血女子『こ、これはどういうことだーッ!? 一瞬にして勝負が決まっている!』
会長『むう、あれは……』
吸血女子『知っているのですか会長!?』
会長『高速で敵のふところに踏み込み、最大限の一撃を以て斬り抜ける。
単純明快だが、竜の身体能力を遺憾なく発揮して放たれるこの一撃は回避も防御も困難だね。
確か、実戦を想定した剣の流派の一つにこんな技があった気が……』
吸血女子『実戦の剣! マジで殺りに来てます! 本気で勇者を亡き者にして、魔王をメイドにする気ですこの変質者!』
会長『そうだ、ところで勇者君は……』
剣道部員「メーン!」
勇者「いてっ」
吸血女子『負けてるーッ!? 竜青年が汚名返上名誉挽回している最中、勇者はモブキャラに返り討ちーッ!』
魔王『……』
吸血女子『おや、どうしました魔王さん? 顔色があまりよろしくないですが』
魔王『な、なんでも……ない……』
吸血女子『……む? そうです! やっと思い出しました!』
会長『思い出したって……何をだい?』
吸血女子『あの変質者、中学の頃に全国の剣道大会に出ては優勝をかっさらいまくっていたヤツです! よく見るとその頃の面影があります!
いやー、教室の時にビビっと来た違和感はコレだったんですね!』
魔王『……もっと早く思い出せ』
吸血女子『おや、どうしました魔王さん? 私の首にシッポを巻き付けて……。
ああ、そういえば勇者君が負けたら、あの変態の専属メイドになるんでしたね!
若気の至りとはまったく恐ろし……』
メキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキ。
…………………………
会長『えー、吸血女子さんが復活するまでのしばしの間、休み時間を設けます』
ギャラリー「ガヤガヤガヤガヤ……」
勇者「……」
魔王「おい」
勇者「……いや、うん。強いなアイツ」
べちこーん。
勇者「あべしっ!」
魔王「何が『強いなアイツ』だ。その上、だだの剣道部員にすら負けるなんて恥ずかしいと思わないのか、お前は?」
勇者「……面目ない」
魔王「まあ、お前は我流の戦い方しか知らないからな。試合という形だと実力が活かしきれないのだろう」
勇者「む、むう……」
魔王「しかし、それをどうこう言ったところで仕方ない。
それよりも、だ」
魔王は勇者へと背を向け、放送席に戻って行く。
そして再び勇者の前に現れた時、その手には一本の鞘が握られていた。
勇者「なんだ、その鞘は?」
魔王「この鞘の中には伝説の剣士が練習に使っていた竹刀が入っている。
その剣士は百戦無敗だったらしい。……験を担いでみないか?」
勇者「……縁起ものか、ありがたく使わせてもらうよ」
魔王「そうか、ならばさっそく竹刀を持ってみるといい」
勇者は言われるままに竹刀を鞘から抜き放った。
魔王「どうだ?」
勇者「うん、よく手に馴染む。
……どんなに手を広げても、手からまったく離れないほどに」
魔王「……」
勇者「……」
竹刀『ゲヒヒヒヒ!』
勇者「魔王、さっきからこの竹刀がしゃべってる気がするんだが?」
魔王「私には何も聞こえない。幻聴だ、気にするな」
勇者「……」
魔王「……」
勇者「魔王、この竹刀が入ってた鞘ってさ、よく見ると霊札が貼られまくってるな」
魔王「本当だな。なかなか趣向の凝らした鞘だ」
勇者「……」
魔王「……」
勇者「魔王、これって、もしかして呪われて……」
魔王「ん? どうやら吸血女子が復活したようだ、健闘を祈っているぞ勇者」
勇者「……」
竹刀『ゲヒヒヒヒ!』
~ 再開 ~
吸血女子『みなさん、お待たせして申し訳ありませんでした。涅槃の旅から帰還した吸血女子です』
会長『そして、会長です』
魔王『魔王だ』
吸血女子『さーて、ここまで来たら細かい事はナッシング!
恒例のオッズをドン!』
会長『……ほぼ10対1だね』
吸血女子『どちらがどちらなのかは言うまでもないでしょう。竜青年の戦力アピール後に完全に評価がひっくり返った形です。
魔王さん、今の気持ちは?』
魔王『どうという事はない。なるようになるだろう』
吸血女子『そうですかー、私には魔王さんがメイド服を着る未来しか頭に浮かびませんねー』
会長『吸血女子さん、魔王さんに首を折られかけた恨みを根に持っているね』
吸血女子『何の事でしょう? 私にはさっぱり分かりません。
……と、選手2人が再び入場です!』
勇者「……」
竜青年「……」
会長『さすがに2人とも無言だね』
吸血女子『そうですね。ですが何故でしょう? 勇者君から並々ならぬ負のオーラを感じます』
魔王『殺意だな。敵をチリ1つ残さぬ気迫を放っているのだろう』
吸血女子『魔王さんありがとうございます。
ですが、その殺意が他ならぬあなたへと向けられているもののような気がするのは私の気のせいなのでしょうか?』
吸血女子『そして、今回の特別ルールを説明しておきます。
通常ならば面、胴、小手のいずれかに一本を打ち込めば勝負ありですが、今回はそれら三点すべてに一本を打ち込んでもらいます』
会長『つまり、先に相手に面、胴、小手を決めた方が勝ちだね』
吸血女子『はい、ですが面を十回決められようが、胴と小手が残っていれば無意味。それは他の部位も同様です。
必ず全ての部位に一本を入れなければなりません』
会長『なるほど』
魔王『む、礼がすんだぞ』
勇者「……」
竜青年「……」
吸血女子『さあ、両者向かい合い、竹刀を構える!
果たして、その竹刀に乗せられた想いのどちらが成就されることになるのでしょうか!?』
竹刀『ゲヒヒヒヒ!』
勇者「成就っつーか、早く成仏してもらえるのを切に願いたい!」
竜青年「ふふ、ツッコミとはずいぶんと余裕だね?」
勇者「ふん、このタイミングで話しかけてくるそっちこそ気がゆるんでないか?」
竜青年「おっと、それは悪かった。
……じゃ、本気で行くよ?」
吸血女子『さあ、互いの視線に火花が散るなか! 今まさに、戦いのゴングが……鳴ったーッ!!』
スパーンッ。
審判「小手あり!」
吸血女子『なんとー! 初撃から一本ッ!
先取したのはいったいどっちだーッ!?』
勇者「くっ……」
竜青年「つぅ……」
会長『これは……両方!?』
吸血女子『待ってください。今、審判の機械系生徒にスロー映像を……っと、これはまさしく同時に着弾! 相討ちだーッ!』
魔王『だが、まだ胴と面が残っている。勝負はついていない』
吸血女子『その通り! さあ、両選手、剣閃をきらめかせて勝負を続けてください!』
竜青年「やるじゃないか、まさか私が一本とられるとはね。どんな小細工を弄したのか教えて欲しいな」
つばぜり合いの短い間に会話が生まれる。
勇者「自信ありげに吹かすもんだから、あの強烈な一撃を鼻っからぶつけてくると分かったんだよ。
あまりに速すぎて、こっちも一本もらっちまったがな」
竜青年「なるほど、不意討ちという本分が無くなれば、瞬撃もただ速いだけの直線攻撃か」
しかし、ただ速いだけとは言うが、常人では視認する事も困難な速度である。
それを見切った勇者の素質が並外れている事を、竜青年は認めないわけにはいかなかった。
竜青年「ふふ、さすがは勇者と言ったところか。だが、これで終わりと思うなよ!」
勇者「そっちこそ……なっ!」
話の終わり際、つばぜり合いを解き、互いに後方へと弾かれるように飛び退く。
勇者「どりゃりゃりゃーッ!」
竜青年「ふんッ!」
牽制の連打を出し合いながら二人は背後に一歩、だがそのまま距離を取るのではなく、それを攻勢の起点とするべく脚に力を込め、二人揃って後ろではなく前へと突進。
再び二人の突き出した竹刀がぶつかり合い、爽快な音を辺りに響かせた。
~ 放送席 ~
吸血女子『激しい攻防! 竹刀による目にも留まらぬ打撃の応酬が繰り返されています! 果たして、勝利の栄光を手に入れるのは……』
魔王『……』
会長『一本を三ヶ所に打ち込むというルールが、勇者君に上手く働いているようだね?』
魔王『……ほう、どうしてそう思う?』
会長『勇者君の剣は我流だ。自分の流れに引き込んで攻めを継続できれば強いが、守りに押し込まれると弱い。
本来の一本勝負ルールなら守りを意識させられて腕が鈍るところだけど、『お手つき有り』の三点ルールなら少しは乱暴に攻め込めるからね。
それを知っていたから、魔王君もこんな特別ルールを提案したんじゃないのかい?』
魔王『さて、な』
会長『ふふ、まあいいか。……でも、それだと気をつけないといけないな』
魔王『……何をだ?』
会長『狙われる打突部位が残り一つまで追い詰められた時、三点ルールが逆に勇者君の動きを封じかねない。
なまじ守らなければならない部位がハッキリしているから、どうしても守りを意識させられる』
魔王『なんだ、そんなこと問題ない』
会長『えっ?』
魔王は表情一つ動かさず、勇者と竜青年の試合を見ながら、さも当然と言わんばかりに生徒会長へと答えた。
魔王『簡単な事だ、打突部位が残り一つになるまで追い詰められるより先に勝負を決めれ……』
パシーンッ。
格好良くシメようとしていた魔王の視線の先で、竹刀たちが再び爽快な音を鳴らした。
勇者「ちぃっ!」
竜青年「ぬぅっ!」
吸血女子『再び相討ちーッ! 同時に斬り抜け合っての胴一本ーッ!』
魔王『……』
会長『……』
…………………………
勇者「後は、お互いに面だけか」
竜青年「そうだ、あと一本で私の勝ちだ」
勇者「言ってろ、吠え面かかせてやる!」
竜青年「さあ来い! 勇者!」
勇者「うおーっ!」
竜青年「たぁーっ!」
~ 放送席 ~
吸血女子『なんだか決めゼリフを言い合った二人ですが、その後の展開は一方的!
次々と繰り出される竜青年の竹刀の連続攻撃を前に、勇者選手は防戦一方ーッ! 道場の中を逃げ回るようにあたふたと移動を続けています!』
会長『悪い予想が当たっちゃったようだね。勇者君は守りで手一杯、攻めにまで気をまわせない状況だ』
魔王『……ふむ』
魔王は一人で小さくうなずくと、自分のふところから何かを取り出して、それをコトリと放送席の机の上に置いた。
魔王『よっ、と』
それは黒ドクロが描かれた、おどろおどろしい感じの赤い押しボタン。
魔王『ポチっとな』
しかし、魔王は微塵も躊躇する事なく、そのボタンを押した。
…………………………
竜青年「てりゃー!」
数合に渡る打ち合いの末、竜青年の竹刀が勇者の竹刀を打ち払った。
勇者「しまった!?」
竹刀で守られていた勇者の頭部が、一瞬だけ剥き出しになる。
竜青年はその一瞬を見逃さず、勇者に素早く面を叩き込もうと自分の竹刀を突き出した。
竜青年「勝ったぞ!」
勇者「くっ!」
竜青年の竹刀が勇者の面に迫る。
勇者にはもう竹刀を戻して受ける時間は無い。
勇者は竹刀で受ける事を諦め、最後のあがきとばかりに大きく身をひねり──
竹刀『ゲヒヒヒヒ!』
──嫌な声を聞いた。
パシーン。
竜青年「な、なんだと!?」
吸血女子『おおー!? 勝負あった一撃かと思いましたが、勇者選手これを見事に竹刀で受けたー!』
勇者「え? ……えっ?」
魔王『とうとう見せたな、「勇者の太刀」』
吸血女子『「勇者の太刀」!? いったいそれは!』
魔王『追い込まれた勇者は己の魂を限界まで燃え上がらせる。それによって通常時とは比べ物にならないほどに能力値が上昇する「アレ」だ』
吸血女子『なるほど、体力が一定以下で発動する「アレ」ですね!』
勇者「何それ! オレも初耳なんだけどッ!?」
しかし、勇者の叫びは華麗にスルーされた。
魔王『こうなれば、もう勇者の勝ちは揺るがない。一息にケリをつけてやれ、勇者よ』
放送席で魔王がビシッと竜青年を指差す。
すると、勇者の体が本人の意思を無視して勝手に動き始めた。
勇者「え? えーっ!?」
吸血女子『さあ、勇者選手が竜青年に突撃ーッ! 勇者の血は伊達ではないと証明出来るのかー!?』
竜青年「ちっ、さすがに一筋縄ではいかないか。
だが、私は負けん!」
吸血女子『竜青年の竹刀が勇者の竹刀を受け止めたー!』
魔王『今だ、勇者ライトニング』
ポチッ、と魔王がボタンを押す。
竜青年「あばばーっ!?」
勇者「うおっ!?」
吸血女子『カミナリだーっ! 黒いカミナリが勇者選手の竹刀から放たれて竜青年に直撃ーッ!』
魔王『オーラをカミナリに変えて放出したのだ。……勇者が振るう剣からは古来より色々と飛び出るのが常識らしい』
吸血女子『あー、炎とかビームとかですね、わかります。ですが、たかが剣道の試合にそれを使うのはいかがなものでしょう』
ギャラリー「勇者スゲェ……マジで殺りに行ってる……」
勇者「ええっ!?」
竜青年「こ、この……!」
魔王『勇者サイクロン』
ポチ。
竜青年「ほげーっ!」
吸血女子『勇者選手の竹刀から風が吹き荒れるーッ!』
魔王『勇者メイルシュトローム』
ポチ。
竜青年「ぐべらばっ!?」
吸血女子『勇者選手の竹刀から水がーッ!?』
魔王『勇者ボンバー』
ポチ。
竜青年「ぬわーっ!」
ギャラリー「ぬわーっ!」
吸血女子『勇者選手の竹刀から爆炎が放たれたーッ! ギャラリーまで巻き込んで阿鼻叫喚の地獄絵図!
これはもう剣道というレベルではありません! 違う何かです!』
勇者「ぜぃ……ぜぃ……」
吸血女子『そして勇者選手もなぜかおそろしく衰弱しています! まるで何かに魂を吸い取られているようです!』
竹刀『ゲヒヒヒヒ!』
~ 数分後 ~
竜青年「う、くぅ……」
勇者「ぜぃ……ぜぃ……」
吸血女子『竜青年、勇者選手の怒涛の攻撃で息が上がっています! しかし、攻める勇者選手もなぜかヘロヘロだーッ!』
竜青年「はぁ……はぁ……」
勇者「な、なあ……?」
竜青年「……なんだ?」
勇者「いや、さ。もう止めにしないか?」
竜青年「なんだと?」
勇者「これ、もう剣道じゃないし……それにこの惨状の黒幕の察しもついてるし」
魔王『……』
吸血女子『おや、黒幕とは何でしょう?
うらみがましい勇者選手の視線の先には、目線を合わせないように天井を見上げる魔王さんがいるだけですが?』
勇者「だからさ、もうこんなバカな勝負は……」
竜青年「断る」
勇者「え?」
竜青年「私は……ボクは竜の国の貴族なんだ。いや、貴族『だった』んだ」
竜青年は竹刀を勇者に向けたまま、聞かれてもいないのに話し始める。
竜青年「父が不祥事を起こしてね。
その結果、領地没収、爵位剥奪、一家離散。
ボクは貴族でもないただの貧乏人になったわけだ」
勇者「何の話だ? それとこの試合が何か関係あるのか?」
竜青年「あるさ、ボクが貴族に戻れる唯一の方法だからね」
勇者「なに?」
竜青年「血は純血。剣の腕も竜の国や中立都市、そして人間の世界を渡り歩いて示して見せた。
……だけど、一度下された判決はそう簡単には覆らない」
勇者「……」
竜青年「ボクが貴族に戻るには、組み敷かないといけないんだ。上の存在を、自分より高貴な存在を……」
勇者「お前、まさかそんな理由で魔王をメイドにするって言っていたのか!」
竜青年「……自分でも、最悪だとは分かってる」
防具の面の下で、苦虫を噛み潰したように竜青年が顔を歪ませた。
竜青年「だけど、散り散りになった家族を引き戻すには……これしかない!」
そして、竜青年の竹刀が再び空を斬って動き始めた。
竜青年「うおおーっ!」
勇者「くうっ!」
吸血女子『竜青年の勢いが復活! 勇者選手に無数の剣閃が襲いかかるーッ!』
魔王『……勇者ストリーム』
状況を見た魔王が、ポチっとボタンを押そうとする。
が、次の瞬間──
竜青年「砕け散れーッ!」
勇者「っ!?」
魔王『っ!?』
竜青年が放った渾身のフルスイングが、勇者の竹刀を中央から真っ二つに砕き割った。
竜青年「どりゃー!」
そして、竜青年は流れるような動きで竹刀を振り上げ、勇者の頭頂部めがけて竹刀を殴り落とした。
しかし、竜青年の竹刀が勇者の頭に届く事は無かった。
竜青年「……なっ!?」
勇者「……」
吸血女子『つかんだーッ!? 勇者選手、竜青年の竹刀の先が頭に届く直前、右手で握り締めて止めたーッ!』
竜青年「は、離せっ! くっ、竹刀が抜けん!」
勇者「……貴族とか、家族とか、お前にも色々と事情があるんだろうけど……」
勇者は小手越しに竜青年の竹刀を万力の如き力で握りしめながら、ゆっくりと、自由な左手を大きく背後に振りかぶった。
勇者「そんな事情に、あいつを勝手に巻き込むな。顔を洗って出直して来い!」
そして、決着。
勇者の左ストレートが、竜青年の頭を防具ごと殴り飛ばした。
吸血女子『勇者の左ストレート炸裂ーッ! 竜青年、今までに蓄積されたダメージが大きすぎるのか!? まったく動けませーん!』
会長『この場合、試合はどうなるのかな?』
魔王『左ストレートで一本』
吸血女子『……』
会長『いや、それは……』
魔王『審判』
審判『左ストレート一本! 勝者、勇者ーっ!』
吸血女子『こいつ押し通しやがりましたー! その面の皮の厚さに色々とツッコミたいですが、剣道場は嵐が通り過ぎた後のような惨状! さっさとトンズラしたいので……試合終了!』
終幕を告げるゴングが、カーンと鳴る。
瓦礫の山と化した剣道場の中央、天井に空いた大穴から斜めに射し込む夕陽の光を浴びながら、勇者は一人佇んでゴングの残響音を静かに聞いていた。
馬男子「いやー、すごい試合だったな」
機械男子「ひどい試合とも言うが」
火霊男子「おーい、勇者」
勇者「……」
火霊男子「お、おい!」
馬男子「……まさか」
蜥蜴男子「こいつ、立ったまま死んで……」
魔王「起きろ」
べちこーん。
勇者「はうっ!?」
馬男子「あ、生きてた」
勇者「う、うぅ……」
魔王「ん? 力を使い果たして身動きが取れないのか。仕方ない、私のシッポで保健室まで引きずって行ってやろう」
ズルズルズルズル。
勇者「黒幕め……黒幕め……」
馬男子「仲がいいなあ(棒読み)」
蜥蜴男子「そうだなあ(さらに棒)」
…………………………
竜青年「……」
人男子「よう」
竜青年「……なんだい?」
人男子「敗者の負け言を聞きに来た」
竜青年「そうかい」
人男子「……? やけにスッキリしてるな?」
竜青年「うん、踏ん切りがついたというか、諦めがついたというか」
人男子「諦め?」
竜青年「ボクは焦っていたんだ、自分の真実を他人に認めさせようとね。
……だけど、防具越しに突き付けられた彼の『本気』の眼光を前に、ボクの頭の中にあった真実はそのどれもがヒザを屈してしまった。
結局、ボクのやっていた事は子どもの癇癪と同じようなものだったんだ」
人男子「何を言っているのか分からないが……メイドはどうするんだお前?」
竜青年「もう、いいや」
人男子「バカ野郎!」
竜青年「っ!?」
人男子「自分の進んできた道を、そんな簡単に手放すんじゃねえ!
お前の作ったメイド服を見たら分かる! メイドが好きなんだろうがお前!」
竜青年「で、でも……他人を無理やり従わせる気はもうないし、メイドは好きだけど雇える金も無いし……」
人男子「なら作れよ、メイド服!」
竜青年「……え?」
人男子「お前がメイド服を作るだろ? そしたら、世界に一人のメイドが生まれる! 二着作れば二人! 百着作れば百人だ!」
竜青年「!」
人男子「お前の働きは世界に広がる! お前の生んだメイドたちが世界に広がるんだ!」
竜青年「ボクの生んだメイドが、世界に!?」
人男子「そうだ! お前はメイド世界を救うんだ!」
メイド世界って何だ? という疑問は、しかし竜青年には生まれない。
あまーい汁はすでに疲れた竜青年の脳髄にとろとろと染み込んでいた。
竜青年「分かったよ! ボクはメイド服を作る! そして、世界に認められ……いや、メイド世界の救世主になろう!」
人男子「やったな!」
竜青年「ありがとう、君のおかげで目が覚めたよ!」
こうして、新しく踏み外した道を竜青年は歩き始めた。
~ 後日談、魔王ハウス ~
魔王「……」
竜青年から一着のメイド服が送られてきた。
魔王「……なぜに?」
メイド服の入った箱に添えられている手紙いわく、このメイド服は竜青年から魔王への「謝罪と自分の生きざま」らしかった。
魔王「……」
竜青年がロードを踏み抜いた事だけは何となく分かった。
困惑したまま、無言で箱を開く魔王。
まず目についたのは、乳白色のエプロン。そして、ふんわりとスカート広げる黒いワンピース。
そのどちらも端々ではひらひらと幾重にレースやらフリルやらが飾られ、少女趣味が全開である。
魔王「……」
──正直、嫌いではない。
魔王「……む?」
手にとって持ち上げ、魔王は気付く。
なかなかに心地よい手触り、見た目だけでなく布地の質にもこだわっているようだった。
魔王「……メイド、メイドか……」
先日、女友達の間で交わされた会話が魔王の脳裏をよぎる。
そしてしばし、熟考──
魔王「試しに……うん、一人で試しに着てみるだけだ、うん」
魔王は頬を少しばかり赤く染め、誰に言うでもなく小さくつぶやきながら、いそいそとメイド服を着始めた。
~ 十分後 ~
魔王「……」
ラストに黒いニーソックスを穿いて完成。
魔王「お、おぉ……」
姿見の前に立って、小さな感嘆。
まるで絵本の中の登場人物にでもなったかのような可愛らしい格好の自分がそこにいた。
普段の味気ない格好の自分からは思いもよらない変貌っぷりに自然と心が浮き立つ。
そして、その場でクルリとターン。
魔王「……おおっ!」
スカートが可憐に舞い、ひらひらとレースの波が踊った。
魔王「おお……おお……」
──良い、非常に良い。
魔王「おお、……お?」
メイド服が入っていた箱の奥に、カチューシャっぽい物がチラリと覗いていた。
当然、近寄って取り出す。
魔王「うむ、忘れていた。カチューシャか、うむ」
そのまま装備。
こうして、フルアーマー魔王が完成した。
魔王「うむ、思いのほか似合っているな。
……ご、ご主人……さまー……」
体を曲げて「しな」をつくり、慣れない事にプルプルと震えながら、姿見の中の自分に話し掛ける魔王。
しかし、すぐに堪えられなくなり、ぷいっと姿見から顔を逸らした。
魔王「……う、うむ、悪くはない……悪くはないが……」
──恥ずかし過ぎる。
自分ひとりのこの状況ですら、魔王の心臓は早鐘を打つように素早く鼓動を刻み、顔は恥ずかしさで火が吹き出しそうに赤く染まっている。
もしも他人様に御照覧された日にはそれこそ憤死してしまうかもしれない。恥ずかしさで。
魔王「……脱ぐか」
もう、ひとしきり堪能した。
魔王は小さく息をついて落ち着くと、着ているメイド服に手をかけ……
勇者「おーい、いるかー? 魔王ー」
魔王「っ!?」
部屋のドアの向こうから、ノックする音と一緒に勇者の声が聞こえてきた。
魔王「……っ!?……ッ!?」
魔王は頭の中が真っ白になった。
──私の家になぜ勇者がッ!? いや、小さい頃からの仲だから入って来るのは問題ないし許しているし……、じゃなくて! 今この状況でなんで彼がッ……。
魔王の思考が空転する。
何かを言わなければならないと分かってはいるが、パニックっているために口はパクパクと金魚のように開閉するだけで、肝心の言葉はまったく紡げない。行動も起こせない。
結果、数秒の間。静寂。
無音の室内、スニーキングミッション中に頭の上に「?」マークが出て警戒を始めた敵をやり過ごすような、そんな命懸けの緊張が魔王を支配する。
──帰れ! そのまま引き返せ勇者!
顔を流れる汗の玉が、アゴの先で一つの滴になって床へと落ちる。
自分の心臓の刻む音だけが耳の奥に響くなか、勇者の帰宅を必死に願う魔王。
勇者「いるだろー? おーい魔王ー」
しかし、現実は非情だ。
勇者は帰らない。
それどころか、部屋の中に魔王がいる事を確信しているようだった。
勇者「……寝ているのかー? 出て来ないなら開けるぞー」
魔王「いる! いるから待て絶対に開けるなッ!!」
開けられたら憤死確定。
その恐怖が魔王を動かした。
──鍵ッ! 部屋の鍵さえ閉めれば!
魔王、部屋のドアに向けて猛ダッシュ。
だが、床は板張り。そして魔王は滑りやすいニーソックスを脚に穿いていた。
魔王「はうっ!」
つるーんと、足を滑らせた魔王は見事な円の軌道で前転。
続けて、びたーんと、お約束のように顔面から床に激突した。
魔王「あべしっ!」
勇者「うおっ!? な、なんださっきの音!? 大丈夫か魔王!」
魔王「ま、待て! 入って……」
魔王は鼻を押さえながら顔を上げる。
だが「来るな」という続きの言葉が放たれるより先に、部屋のドアノブがあわただしく回って──
魔王「……あ」
勇者「……あ」
──そして、ご対面。
ドアノブを握り締めたまま固まる勇者と、床に座り込んだまま鼻を押さえる魔王の視線がきれいに重なった。
魔王「……」
勇者「……」
時が、止まった。
魔王「…………」
勇者「…………」
魔王「………………」
勇者「………………」
魔王「……………………」
勇者「……………………失礼しました」
やがて、静かにドアが閉まり始める。
魔王「待てぇえぇぇぇーッ!!
魔王は雄叫びを上げながら飛び起き、ドロップキック。
閉まり始めたドアを無理やり蹴り開けた。
そもそも今は勇者と魔王1つ屋根の下じゃないの?
勇者「ぐはぁっ!」
魔王「何が『失礼しました』だ! バカかお前は!」
勇者「バ、バカって、いや、それよりもお前、その格好は……」
魔王「オレンジ色の光に包まれて、気がつけばこうなっていたのだ! そこに私の意思は1ピコグラムも介在していない!」
勇者「ずいぶんとマニアックな宇宙人だなオイッ!?」
魔王「マニアックだとぉおぉぉーッ!?」
勇者「宇宙人の仕業なのになんでお前が怒ってるんだよーッ!?」
魔王「うるさーい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさーいッ!!」
魔王はバタバタと両手を振って、駄々っ子のようにわめき散らした。
魔王「だ、だいたい、お前が勝手に部屋に入って来たのが悪いのだ! 私は悪くない!」
勇者「あっ、う、うん……そうだな、ごめん」
魔王「謝るなーッ!!」
勇者「ならいったいどうしろと!?」
魔王「ああもう! ああもうーッ!!」
魔王は頭を抱え、その場で地団駄を踏み散らかす。
その普段の魔王からは考えられない錯乱っぷりを見ていた勇者は、そろりそろりと後ろ向きに小さく歩を刻み、階段目指して廊下をゆっくりと後退し始める。
勇者「じ、じゃ……オレ帰るわ」
そして、頃合いを見て反転。
勇者はその場から逃走を試みる。
魔王「逃がさん! 貴様だけは!」
が、無理。
魔王は目にも留まらぬ速さで階段の前へと回り込み、勇者の逃げ道をふさいだ。
勇者「ひぃっ!? なにその必死な態度!」
魔王「私のこの形態を見た者は一人たりとも生かしておけん!」
勇者「服を見られたくらいでラストバトルに突入するようなセリフを吐かないでっ!!」
魔王「うぅっ!」
魔王は歯を見せて勇者を威嚇する。
すると、勇者が魔王から目を逸らしながら、何か言いにくそうに口を開いた。
勇者「で、でもさ……」
魔王「……う?」
勇者「その、なんだ、……その服さ、魔王に似合ってる、と思うよ、オレは」
魔王「……っ!?」
思わず、目を見開く魔王。
数秒遅れて、頭に血が昇ってきた。
魔王「ば、ばば、バカーッ!!」
赤い顔をさらに赤らめ、頭から湯気を吹き出しそうな勢いになった魔王は、シッポビンタを放とうとその場で体をひねる。
しかし、次の瞬間。魔王のその体がぐらりと傾いた。
魔王「……えっ?」
壁が流れ、天井が視界に入り始める。
勇者「魔王ーッ!」
自分が階段から足を滑らせたのだと魔王が気付いたのは、重力に引かれて降下を始めた自分の体を、床を蹴って飛び出してきた勇者に抱きしめられてからだった。
~ 階段の下 ~
魔王「……? っ!?」
魔王が目を開けると、鼻先が触れ合うような至近距離に勇者の顔があった。
驚き、バネ仕掛けのように上体を跳ね起こす。
そこで、魔王はやっと状況を飲み込んだ。
魔王「私は階段から落ちて……おい、勇者っ!」
勇者「い、いてて……大丈夫か、魔王?」
魔王「ああ、お前が私の代わりに下敷きになってくれたおかげだ、礼をいう」
勇者「はは、恐悦至極であります魔王様」
魔王「……ばかっ、茶化すな」
軽口を叩く勇者の余裕を見てとり、魔王はゆっくりと胸を撫で下ろした。
勇者「な、なあ、ところで」
魔王「うん? どうした?」
勇者「早くどいてくれないか、重い」
魔王「……む」
せっかく安心してあげていたのに、というのは横暴だろうが、重いとのたまう勇者の言葉には魔王も少しカチンときた。
魔王「どかない」
勇者「え?」
魔王「どかない」
なので、すねてみた。
勇者「いや、え? なんで?」
魔王「ふふ」
自分の下であたふたする勇者の様子がなぜか面白く、魔王は頬をゆるめて笑みをこぼした。
勇者「あ、あの……魔王さん?」
魔王「どかない」
魔王はにんまりと笑みを浮かべながら切り捨てる。
勇者「……」
魔王「しかし、そうだな……」
魔王はやけに芝居掛かった動きで人差し指を自分の上唇に当て、考える仕草を勇者に見せつけた。
上から退く代わりに、何か勇者が微妙に困る提案でもしようと考えた魔王だったが、しかし自分を助けてくれた勇者にその仕打ちはひどいのではないかとすぐさま思い直す。
──たまには、受け身を演じるのもいいかもしれない。ちょうどメイドだし。
そう考え、魔王は勇者に向けて言った。
魔王「勇者よ、今の私はメイドだ。メイドなのだ」
勇者「そ、そうだな。でもそれがなにか……」
魔王「命令してみろ、私に」
勇者「命令?」
魔王「そうだ、命令だ。どんな願いでも一つだけ叶えてやる」
勇者「そ、それはメイドというよりも、絶対神的な存在のセリフでは?」
魔王「うるさい、コテンパンにするぞ」
勇者「絶対メイドじゃねえ!?」
魔王「むう」
食い付きの悪さに、いや、食い付きは良いのだが上手く話が進まない。
魔王は小さく嘆息した。
魔王「どんな願いでも聞いてやると言っているのに、お前ときたら……」
勇者「……願いって、どんな願いでもか?」
魔王「うむ、どんな願いでもだ」
勇者「……」
魔王「……?」
勇者の様子がどこかおかしい事に魔王は気づいた。
魔王「どうした?」
勇者「な、なんでもない!」
魔王が聞き訊ねると、勇者は顔を赤くしてそっぽを向けた。
魔王「……?」
ますます怪しい。
魔王は小首を傾げた。
──照れてる? 私を見て? なぜ? 別にメイド服姿なだけ……。
魔王「……っ!?」
理由が分かった魔王は、ぴしりと固まった。
よくよく考えてみれば、今こうやって落ち着くまで、まともに魔王の姿を見る余裕なんぞ勇者にも無かったはずである。
そして、その事に思い至った瞬間、再び魔王の恥ずかしさが火を吹き始めた。
魔王「ううっ……」
先ほどまで落ち着いていた自分を殴り倒したくなってくる。
階段落下の衝撃で一時的に意識の外に追い出されていたが、メイド服姿を見られて憤死しかねないほどに恥ずかしいのは少し前とちっとも変わっていなかった。
魔王「う、うう……」
勇者「……」
魔王「うぅっ!」
勇者「……あ、あのさ、とりあえず……どかない?」
魔王「うう……」
ぺちぺちと勇者の頭を叩く。
勇者「じ、じゃあさ、オレの上から退くって事で願いを……」
魔王「うーっ!」
ぽかぽかと勇者の頭を叩く。
勇者「……メイド服、似合ってる、な」
魔王「っ!」
べちこーんと、一つ大きくシッポが床板を叩いた。
魔王「はぁ……はぁ……」
勇者「……」
そのまま、しばし沈黙。
床に仰向けで倒れた勇者と、馬乗りになった形の魔王。
二人は目が合わないように、もし目が合ってもすぐに弾かれたように視線を逸らして沈黙を続ける。
その後、どれだけ時間が経ったか。
高鳴る心臓の鼓動が、そして身体中を駆け巡る煮えたぎった血潮が、二人の時間の感覚をマヒさせる。
だが、いつまでもこうやって続けているわけにはいかない。
魔王は干上がったノドを潤すため、ノドを一つ鳴らし、唾液を嚥下する。
そうやって言葉を発する準備を終えた魔王は、覚悟を決めて勇者へと口を開いた。
魔王「メ、メイド服は、好きか?」
勇者「え? べ、別に」
べちこーんと、シッポの衝撃に床板が波打つ。
魔王「そ、そうか、うん、そう、だな……」
勇者「い、いや、そうじゃなくて、そうじゃなくてだな」
魔王「う、うん?」
勇者「メイド服が好きとか嫌いじゃなくて、だな……」
魔王「……?」
勇者「メイド服を着た……お、お前が、その、か、かわいい部類に、入るんじゃないかって……」
魔王「……!!」
べちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーん。
勇者「で、でも気の迷いの可能性も、なきにしもあらずっていうか……」
魔王「……勇者」
勇者「もしかしたら、オレって気付かないだけでメイド服フェチかもしれない可能性も……」
魔王「勇者」
勇者「……な、なにか?」
魔王「メイドの私に、好きな願いを言ってみろ」
勇者「……え?」
魔王「その、いいぞ、どんな、願いでも、…………どんな事でも」
勇者「……」
魔王「……」
勇者が息を飲む。
魔王はすでに口を閉じ、ただじっと勇者の瞳を見据えるだけで微動だにしない。
また、その口が再び開く気配もない。
まるで、後のすべてを勇者に託したかのように。
勇者「……」
魔王「……」
二人の周囲から音が遠ざかっていく。
きん、と耳の奥が痛くなるほどに静まりかえった世界に、しかし胸の鼓動は一層大きくその存在を主張し始める。
やがて、動きが起きる。
勇者が右手をゆっくりと魔王に伸ばすと、魔王は待っていたかのようにその右手を自分の両手で包み込み、いとおしそうに指を絡めた。
人や犬、動物同士が好意を確かめ合うような何気ないスキンシップ。
ただ、それだけなのに、魔王と勇者の胸の内は湧き上がる幸福感に満たされていく。
勇者は魔王を自分の体の上から落とさない程度に体を起こすと、今度は左手を伸ばし、魔王の頭の後ろにそっと指を当てた。
魔王は、拒絶しなかった。
ただ、くすぐったそうに瞳を細める。
そのまま、勇者の左手は魔王の頭を自分の胸元に抱き寄せ始める。
そして、勇者の硬い胸板に、魔王の柔らかい頬が押し当てられた。
トクン、トクン、という、勇者の心臓が刻む命の音が、胸板越しに魔王の耳に届いてきた。
その間に、勇者は自由になった右手も左手に合流させ、魔王の髪を手櫛で梳かすように、両手で魔王の頭の後ろを撫で下ろしていく。
しばらく、二人はそのままで時を過ごした。
やがて、どちらからともなく顔を上げて目配せをする。
以心伝心、二人は無言でうなずき合い、顔を近付け合う。
そんな中、すっかり目尻の下がった魔王は静かに睫毛を伏せた。
勇者の両手の先導によって魔王の頭が、魔王のみずみずしい桃色の唇が、勇者の少しかさついた唇に触れる。
その寸前、
水精女子「魔王さーん、遊びに来たよー!」
一階の玄関扉が勢い良く開かれた。
勇者「はうっ!?」
魔王「ぐべっ!」
ドンッと、思わず勇者は魔王を突き飛ばした。
勇者「は、はぁ……はぁ……」
水精女子「あれー勇者君?」
人女子「……えっと、魔王さんは?」
機械女子「あれ? 隣にメイドが倒れている……って、魔王さん!?」
勇者「ち、違う! 違うんだみんなッ!」
人女子「ま、まさか!」
獣女子「竜青年が言ってた事は本当!?」
機械女子「勇者君にそんな趣味が……」
勇者「ま、待ってくれ! そ、そうだ魔王! お前からも言って……」
魔王「うぅ……!」
勇者「ど、どうしたのかな魔王? な、なんで幽鬼のような雰囲気で立ち上がってるのかな?」
魔王「うぅーっ!」
人女子「あ、かわいい!」
獣女子「魔王さんかわいい!」
機械女子「ホントだ!」
水精女子「勇者君は最低だけど魔王さんかわいい!」
魔王「……に、に」
勇者「……に?」
魔王「にゃーッ!!」
勇者「!?」
魔王「にゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーッ!!」
べちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーん。
人女子「魔王さんが叫びながら手当たり次第にシッポをぶつけているわ!?」
水精女子「魔王さんが壊れたーッ!!」
魔王「にゃー!にゃーッ!!」
機械女子「魔王さん、涙をダバダバ垂れ流している!」
獣女子「何でヤケクソ状態なの!?」
魔王「にゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーッ!!」
べちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーん。
人女子「勇者君、魔王さんを止めて!」
勇者「で、でもどうすれば……そうだっ!」
魔王「にゃーッ!」
勇者「魔王、どんな願いでも叶えてやるって言ってたよな。オレからメイドのお前にお願いだ、正気にもどっ……」
魔王「にゃァアァァァァーッ!!」
べちこーん。
勇者「ぐべらっ!?」
魔王「にゃーッ!」
べちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーんべちこーん。
人女子「勇者君が魔王さんのシッポビンタで、壁とシッポの間をバウンドし続けているわ!」
機械女子「そんなに魔王さんの恨みを買うような事をしたなんて、勇者君……」
水精女子「最低だよ勇者君!」
勇者「誰か……助け……メイドに冥土に送られる……」
魔王「にゃーッ!」
べちこーん。
……この日を最後に、魔王のメイド服は二度と日の光の当たらぬよう、押し入れの奥へと封印されたのだった。
──完
>>157
勇者の家の所有権を魔王は得たが、同棲には未だ至らずということで。
─ 第三部 ─
~ ??? ~
機姫「全砲斉射を続けよ! 魔の進撃をこれ以上許してはならん!」
機械族の姫は厳然たる立ち居振る舞いにて配下たちに号令を飛ばす。
すると、それに応えて飛行要塞の砲門が続けざまに火を吹き、放たれた鋼弾が遥か眼下に群れ成す魔族たちのことごとくを薙払った。
機姫の居城を中央に、四つの要塞を×の字に繋げた決戦飛行要塞。
上空一万メートルの高みから大地を見下ろすそれは、大海に望む港湾都市の守りとして、そして港湾都市の攻略に最大戦力を投入してくるであろう魔王軍を打ち破るための機械族の秘策であった。
機械兵士「敵、前衛師団! 損耗率四十%を超えました!」
機姫「うむ、よし! じゃが、攻撃の手を休めてはならん!」
機師団長「戦いは有利──いや、こちらに一方的な形で進んでいますな、これも機姫様の秘策の賜物です」
機姫「当然じゃ、ワシの考える計略に穴は無い!」
機械兵士「まさか、要塞を空に飛ばすとは……恐れいります」
機械兵士2「高度一万メートルともなれば地上からの攻撃手段は皆無。万が一に遠距離魔法が届いても、要塞の堅牢な魔法障壁で無効化……まさに無敵だ!」
機械兵士3「唯一の天敵は竜だが、魔王は竜族を取り込め無かった。つまり、魔王軍に敵はいない」
機姫「そう、その通りじゃ」
機師団長「……ですが、一つ気掛かりがあります」
機姫「うむ、魔王じゃな。しかし、一人で戦況を覆す事は……」
機械兵士「高魔力反応が飛行要塞に接近中! これは……魔王ですッ!」
機姫「うわさをすればなんとやら、か」
ブリッジの魔導スクリーンに、接近してくる小さな黒点が浮かび上がる。
機姫はすぐに指示を下した。
機姫「迎撃! 魔王に火砲を集中! 近づかれる前に叩き落とせ!」
機械兵士「はっ!」
機械兵士2「……これは? 待ってください!」
機師団長「どうした?」
機械兵士3「黒い雲……雷雲です! 魔王の周囲に高魔力の雷雲が出現しました! 魔力、光学によるサーチが利きません!」
機姫はスクリーンを見やる。
長引いた戦闘で、青からオレンジへと変わりつつあった空は、瞬きする僅かな間に曇天。黒一色へと染まり切っていた。
機姫「魔王め、味な真似を……全砲一斉射撃! 弾幕を張れ! 魔王を近付けるな!」
機械兵士「了解!」
闇夜の帳が降りたかのような漆黒の空に、飛行要塞から放たれた砲弾が幾重もの紅条となって襲い掛かる。
しかし、砲弾は文字通り雲を切るだけで、雷光のように暗雲の中を疾駆する魔王にはかすりもしない。
そして気が付けば、飛行要塞も魔王の創り出した雷雲の中へと埋没していた。
機械兵士「な、な……」
機械兵士2「あ、ああーっ!」
馬蹄が石畳を殴り叩くように、雷鳴が奇妙な間隔を空けて轟き続ける。
するとおかしな事に、ブリッジの兵士たちが次々に平静を失い、ガタガタと震え始めた。
機姫は耳をつんざく音の暴威に顔を歪めつつ、片手で耳をふさぎながら、雷の大音量に負けないように大声で叫んだ。
機姫「意識をしっかり保て! 魔王の愛馬ナイトメアの精神攻撃じゃ!
機師団長、兵士詰所に連絡! 白兵戦の用意を……っ!?」
指示を飛ばしていた機姫は言葉の途中、目を見開いて体を硬直させた。
ブリッジのスクリーン。
闇の草原に、全身から蒼い炎を逆巻かせる黒馬と、その背の上で巨大な黒刀を携えた男の姿が映し出されていた。
機姫「……魔王か!」
機姫の声と同時、男が動きを起こす。
その巨躯に見合う長い黒刀を両手で高々と掲げ、城壁の一部に勢いよく振り下ろし、突き立てた。
心臓が鼓動を刻む一拍の間。
突然、要塞の各所から一斉に爆発が起きた。
機姫「な、なんじゃとッ!?」
急速にバランスを失い、傾き始める飛行要塞。
機師団長「機姫様ッ! 連結した要塞の魔導機関たちが暴走を始めました!」
機姫「……なっ!? み、見抜いたのか、この飛行要塞の弱点をっ!」
要塞を繋げた際、個々の魔導機関の出力に差異があるため、上手く同調させて出力配分を行う必要性があった。
それらは要塞の中央に配された機姫の居城にて一手にコントロールされていたのだが、それを逆手に取られたようだった。
機姫「そんな、これほどとは……」
安定を失い、傾いていく飛行要塞の中、機姫はブリッジの固定テーブルに必死に掴まって体を支えつつ、呆然とつぶやいた。
機師団長「魔導機関の操作術式が完全に破綻しているようです! このままでは墜落します! 機姫様、脱出を!」
機姫「……」
機師団長「機姫様!」
機姫「ワシは残る、お前たちは先に脱出せよ」
機師団長「なっ!? 何をおっしゃいますか機姫様!」
機姫「ワシが皆の脱出時間を稼ぐ。『玉座』からならば、まだ生きている要塞の機能をまとめて扱える」
機師団長「む、無茶です!」
機姫「いや、無茶ではない。『玉座』は最堅の脱出装置にもなる。ひとしきり目を引くように暴れた後、すたこらさっさと脱出、論理的じゃろ?」
そして機姫はニヤリと歯を剥き、不敵な笑みを浮かべた。
機姫「それに、してやられたままでは腹が立つ、魔王に一泡吹かせねば収まらんわ」
機師団長「覚悟は……固いようですな」
機姫「うむ、すまんな」
機師団長「総員退避! 脱出挺まで走れ!」
ブリッジ要員たちに機師団長が叫ぶと、彼らは傾いた部屋をなんとか移動し、一人また一人と部屋の外へと走り出ていった。
機姫「そうじゃ、こやつも忘れんようにな」
機姫は床に転がる鉢植えを持ち上げた。
鉢植えに植えられているのは魔導植物のアルラウネ。
アルラウネは三十センチほどの少女の姿で、緑色の髪をしており、下半身は土の中に埋め込まれている。
アルラウネ「……ぴ? ぴー?」
状況を理解出来ないようにあたふたとしているアルラウネの頭を、機姫は軽く撫でた。
機姫「今から脱出じゃ、少しコワイかもしれんが我慢するのじゃぞ?」
アルラ「ぴ?」
機姫「では、頼む」
機姫は鉢植えごとアルラウネを機師団長に渡した。
機師団長「はい、では」
アルラ「ぴー!」
すぽーん、とアルラウネが鉢植えから飛び出した。
アルラ「ぴー! ぴー!」
ガシッ。
機姫「こ、これっ! ワシはこれから忙しいんじゃ、離してくれ」
アルラ「ぴー! ぴー!」
機姫「こ、困ったのう……足から離れてくれん」
機師団長「この子も分かるんですよ、機姫の覚悟を」
機姫「……そうか」
アルラ「ぴー! ぴー!」
機姫「アルラウネよ、よく聞いてくれ」
機姫はアルラウネの頭に手を置くと、優しい声で語り始めた。
アルラ「……ぴ?」
機姫「ワシはこれから大切な仕事がある。じゃが、お前にも仕事を頼みたい」
アルラ「?」
機姫「ワシが帰ってこれる場所をお前に守っていて欲しい、お前にしか出来ぬ大切な仕事じゃ」
アルラ「……」
機姫「……うむ、よし! ならば仕事の報酬として今度のワシの休日を丸一日お前と使ってやる。ワシと一緒に日光浴じゃ! 丸一日じゃぞ丸一日!」
アルラ「ぴー! ぴー!」
機姫「よしよーし! いい子じゃいい子じゃ」
…………………………
機姫「……さて」
アルラウネを見送った機姫はブリッジ中央にある丸い球体に近づき、表面に手をかざす。
すると、球体の表面が左右にスライドし、内部への道が生まれた。
機姫「よっと」
球体内部にあったシートに座る。
そうすると、主人を認識した居城は、すぐさま機姫に采配を求めてきた。
機姫「よし、いい子じゃ」
生きている全ての兵器たちを叩き起こす。
まずは味方を安全に脱出させるため、思いっきり暴れなければならない。
機姫「ワシの得意技じゃな」
ふふんと愉快そうに鼻を鳴らし、機姫は要塞の四方八方に砲撃を開始した。
…………………………
雷とは違う、爆音の斉唱が要塞内にこだまする。
機械兵士3「誰もいないのに砲撃が続けられている」
機械兵士「自律性全方位射撃……機姫様の脱出支援だ!」
アルラ「ぴー!」
機械兵士2「ほらほら、慌てない慌てない」
機師団長「全員乗ったか!?」
機械兵士「はい! 要塞内に残っていた兵士たちもすでに脱出を完了しています! 我々で最後です!」
機師団長「よし、急いで脱出だ!」
機械兵士たち「はい!」
…………………………
機姫「皆は……脱出したか」
玉座の中で脱出挺の降下信号を確認し、機姫は安堵のため息をつく。
機姫「しかし、魔王め……さっきから、うろちょろうろちょろと……」
飛行要塞の大口径砲門を、魔王は空駆ける黒馬に跨って的確に破壊し続けていた。
これでは奇跡的に不時着出来たとしても、要塞としての迎撃能力は完全に失われてしまうだろう。
──しかし、
機姫「くくっ、まあいい、くれてやろう……全部まとめてな!」
機姫は尊大に、高らかに、嬉々とした声で叫んだ。
もとより、不時着なんぞする気は皆無。
機姫は暴走する魔導機関を無理やり押さえ込み、飛行要塞の操縦機能を一時的に回復させ、要塞の舳先を地上の魔王軍主力部隊に向けた。
機姫「魔王よ、ワシの勝ちじゃ!」
その言葉と時を同じく、無理やり押さえ込まれた過負荷から飛行要塞の魔導機関が完全に破綻し、爆炎と共に鉄屑と化す。
──こうして、飛行要塞から航空能力が完全に失われた。
そこにあるのは、灼熱の炎を身に纏った、鋼と石の塊。
機姫「たっぷり味わえ! ワシの一世一代じゃッ!!」
超々大質量兵器──巨大な一塊の砲弾と化した飛行要塞は、重力に引かれるままに魔族主力部隊に突撃を敢行し始めた。
魔族兵士「空が、空が落ちてくるぞーっ!」
魔族兵士2「逃げろーっ!」
魔族兵士3「逃げろって、どこへだよ!?」
地上の魔族主力部隊は恐慌状態に陥っていた。
一キロメートル四方はある飛行要塞が自分たち目がけて落ちて来ているのだ、無理はない。
機姫は地上に広がる混乱の映像を見て、満足そうにうなずいた。
──これでいい。
機姫は死ぬ気だった。
玉座の機能はあくまで「非常に壊れにくい」というだけ、要はシェルターである。
本来の居城は空を飛ぶことなんて想定していないから仕方ない。
機姫は部下たちに気前良く嘯(うそぶ)いてみせたが、すぽーんと気前良く脱出する機能はついていないのだ。
それに、この高さから要塞ごと落ちればシェルター機能なんて有って無いような物。十中十まで死が約束されている。
だが、今の機姫の前に死の恐怖は無力だった。
機姫「主力部隊を失えば、軍は撤退を余儀なくされる。チェスと違って、この世はキングが残っていたら勝ちというわけではないぞ、魔王?」
自分は死ぬが、戦いには勝った。
それはすなわち、護りたい者たちを護れたという事。
この満足感と達成感の前では、死なんてこれっぽっちも怖く無かった。
機姫「……アルラには悪い事をしたな」
純粋なあの子は、きっと悲しむだろう。
機姫「……いや、お気楽な性格だから、きっとワシの遺影を持って『イエーイ』とかやるじゃろうな、絶対」
他にも、思いついたギャグに遺影を使われるかもしれない。
機姫「……まあ、いいか」
約束を破ったのは自分だ、少しくらいの無礼は笑って許してあげよう。
そう心に思い、機姫が意識を玉座のモニターに戻した時だった。
魔王「……」
モニターの映像、飛行要塞の落下予測軌道の途中。
落下する飛行要塞の行く手を遮るように、魔王が鋭い眼光で飛行要塞を見上げていた。
機姫「魔王!? ……ふんっ! じゃが、この要塞の落下はもう誰にも止められん! たとえ、このワシでもな!」
機姫は吠える。
その機姫の気迫に押されるかのように、黒煙吹き上げ、爆炎の逆巻く破壊の権化と成った飛行要塞が、空に佇む魔王に向けて圧倒的質量という名の牙を剥いた。
機姫「砕け散れーッ!!」
魔王「……」
だが、対する魔王は落ち着き払っていた。
魔王は悠然とした動きで、騎士の宣誓のように、黒刀を天へ向けて両手で掲げ上げた。
機姫「バカめ! いまさらどんな攻撃を仕掛けた……所で…………っ!?」
最初、何かを見間違えたかと機姫は思った。
しかし、それは決して見間違えなどではない。
魔王「……」
魔王の黒刀に、黒い霧が集まっていた。
霧は幾重もの帯になり、天に向けて立てられた黒刀の周囲を渦巻きながら、黒刀の中へと飲み込まれていく。
それに合わせて黒刀はその長躯をさらに、無尽に、延長させていく。
機姫「……!」
呆気にとられていた機姫は、すぐさま我に返った。
天を覆う漆黒が次第に薄れていき、雷雲の切れ間から夕陽の赤光が射し込み始めている事に気付いたからだった。
機姫「……雷雲! 雷雲を喰っておるのか!」
雷雲といっても、その正体は魔王の高魔力が可視化されたような物。
元の持ち主に戻す事が出来るのは道理とも言えた。
だが、分かった所で機姫には何も打つ手が無い。
魔王「……」
それから数秒と経たないうちに、魔王の食事が終わる。
機姫「……っ」
そこには、信じられない光景が広がっていた。
闇が取り払われて茜色に戻った夕焼け空に、魔王の掲げた黒刀が高々とそびえていた。
どこまでも、どこまでも、空高く、いや空の果てすら突き破りかねない程に、高く。
雷雲の黒を飲み込み、腹の中で凝縮した黒刀は、既に黒という次元を逸脱している。
それはまるで深遠の闇そのものが形を成したかのような存在へと変わり、見る者を内へと引き摺り込むような暗黒の魔性を帯びていた。
機姫「……」
恐怖。
機姫の体が、玉座の中で震え出す。
歯の根が合わず、ガチガチと音を上げ始める。
死は恐ろしく無いはずだった。
しかし、しかし機姫には分かってしまった。
この尋常ならざる死の猛威は、機姫だけの問題では止まらない。
機姫の愛する者たち、故郷、護りたいもの全てを、この死はいずれ飲み込んでしまうだろう。確実に。
機姫には、それがひどく恐ろしかった。
機姫「う、……あぁぁぁーッ!」
だから、叫んだ。
勇気を奮い立たせ、自分がここでその死を食い止めるため。
要塞の自由落下の威力が強化されるわけでもない。
魔王が怯むわけでもない。
しかし、愛する者がいるのだ。
絶対に、屈するわけにはいかない。
魔王「……」
だが、世界の掟は人の思いに拘らない。
弱肉強食。
限界までモニターの映像を上げても先端がどこにあるのかすら見えて来ない闇刀を、魔王は躊躇せずに振り下ろし──
飛行要塞が、機械族の決戦兵器が、最後の砦が──。
いとも容易く、両断された。
魔王の一刀は飛行要塞の破壊だけでは止まらず、その背後の港湾都市と、延々と広がる大海すらもまとめて叩き斬った。
機姫「ぐ、うぅ……」
奇跡的に闇刀の直撃を免れた玉座の中で、機姫は歯を食い縛って衝撃から立ち直る。
機姫「……っ! ま、街が!」
状況確認をしていた砂嵐混じりのモニターに、港湾都市の映像が浮かぶ。
港湾都市は遠い水平線の彼方まで打ち上がった水柱を背景に、中央から横断される形で崩壊していた。
機姫「お、おのれッ!」
体を襲う激しい怒りに、機姫は叫ぶ。
機姫のいる飛行要塞の残骸は落下軌道をねじ曲げられ、陸から飛び出して沖合いへと向かいつつあった。
機姫「おのれッ!」
魔王の顔が、ちらりとモニターに映る。
シワが深く刻まれたその顔に浮かぶものは、嘲笑。
生きとし生けるすべての他者を見下したような、侮蔑の顔。
機姫「おのれ! おのれッ! おのれ──ッ!!」
悔しさに、怒りに、絶望に、機姫はとめどなく溢れてくる涙を拭いもせず、血を吐かんばかりの勢いで怨嗟の言葉を叫び続ける。
だが、その間にも海面は凄まじい勢いで近づき、やがて……
…………………………
機師団長「あっ、ああぁ……」
水平線に、一際強い光芒が瞬いた。
太陽が一日の終わりに見せる最期の煌めきに似た、目に焼き付く強い光。
脱出挺から降りて合流し、小高い丘の上で最悪の帰結を見届けた機械兵士たちは、皆すべてその場に力なく崩れ落ちた。
機械兵士「う、うぅ……」
機械兵士2「ひ、姫様ぁ……」
機姫の玉座に脱出機能が備わっていない事は、脱出挺の一つに乗っていた技術者から皆に知れ渡っていた。
もしもブリッジ要員がそれを前もって知っていたら、どんな手段を使ってでも機姫を脱出挺に載せていただろう。
ゆえに、ブリッジ要員の後悔は深い。
機械兵士3「姫様ぁ……機姫様ぁ……」
アルラ「ぴ?」
慟哭の渦に包まれていく丘の上で、鉢植えの中のアルラウネだけが状況を理解出来ずに首をかしげる。
しかし、アルラウネはすぐに目尻をキリッと上げると、自分に唯一出来る行動を起こし出した。
アルラ「ぴーぴっぴっぴーっぴーぴー」
音程の狂った、間の抜けた歌。
即興の、なんてことない、むしろ「ド」が付くほどに下手な部類の歌。
しかし、それは思わぬ効果を発揮した。
機械兵士「……この歌、姫様の……」
機械兵士2「ああ、いつもその子とベランダで……」
機械兵士3「う、うぅ……」
嗚咽は止まない。
だが、皆は一人、また一人と崩れたヒザを立て直していく。
機師団長「みんな! 戦いはまだ終わっていない! 絶望に飲み込まれるな!」
機械兵士たち「おおっ!」
絶望の淵に沈んでいたはずの機械兵士たちは気合いの満ち満ちた顔で涙を拭い、戦いの趨勢が決した港湾都市に向けて走り始めた。
死にに行くのではない。
一人でも多くの仲間を、機姫の愛した人々の手を引いて逃げ延びるために。
アルラ「ぴっ!」
機械兵士の一人に鉢植えを持たれたアルラウネは、走る勢いで上下に揺さ振られつつ満足げに胸を張った。
これで約束どおりに機姫と日光浴が楽しめる、と。
~ 現代、中立地帯、学校 ~
水精女子「なーがーいーっ!」
人男子「どうした? 水精女子と機械男子」
機械男子「いや、この新聞に書かれていた事を水精女子に聞かれてな」
人男子「新聞? なんで学校に新聞持って来ているんだお前?」
馬男子「あれか、インテリ気質を魅せて、おなごのハートをゲットする気だな?」
機械男子「残念ながら違う。ここの記事が気になってな、親も見終わっていたようだから数ページほど家から持って来たんだ」
人男子「記事? どれどれ……海洋調査の結果?」
馬男子「なんだこりゃ?」
機械男子「五百年ほど昔、とんでもない兵器が造られたらしい。そして、その残骸の大半が今も海に眠っているらしい」
人男子「らしいらしい、って……ああ、だから海洋調査か」
機械男子「ほう、珍しく鋭いな。当たりだ」
水精女子「だから結果は? もう、まとめて言ってよ!」
機械男子「ふむ、記事によると『特に何も無い』事が分かったようだな。海の中でバラバラになったか、そもそも最初から存在しなかったか……」
人男子「まゆつばモノか」
機械男子「だろうな、当時の機械兵士たちの子孫は口を揃えて『有る』と言っているが、これほど周辺海域を大胆に調査して何も見つからないんだ。港湾都市の観光目的に考えられた作り話、という説が濃厚だな」
水精女子「潮に流されたんじゃないの?」
馬男子「ないない」
機械男子「そのとんでもない兵器とやらが『空にでも浮かべるために軽量化が施され、ある程度は内部の気密が保たれている』場合なら、あり得るかもな」
馬男子「それこそないない」
人男子「でもって、それが中立地帯の海岸近くまで流されて来てたりな!」
水精女子「過去からの侵略者だーっ!」
馬男子「まっさかー! そんなことあるわけないだろー!?」
機械男子「なぜだ、嫌な予感がする」
~ 中立地帯、砂浜 ~
おじいさん「はれ~? なんだこりゃ~?」
玉座「……」
おじいさん「丸い玉じゃなぁ……金属みたいじゃが、潮でも錆びておらんとは……機械族のもんかのぅ」
玉座「プシュー」
おじいさん「ひゃあーっ! た、玉が割れたー!」
機姫「……」
おじいさん「中から少女が出てきおったーっ!」
機姫「ん、んーっ!」
おじいさん「両腕を上げて伸びをしておるー! ばあさーん! ばあさーんっ!」
おじいさんは猛ダッシュでばあさんを呼びに戻った。
機姫「……なんじゃ、さっきのジジイは?」
機姫は訝しむように目を細めておじいさんの背中を見ていたが、すぐに玉座の中へと戻った。
機姫「ワシのウエポンラックは、っと……」
自分の頭よりも背の高い金属塊を、機姫は背中に装着した。
機姫「よし、行ける」
機姫はぴょんぴょんと金属塊を背負ったまま何度か跳ね、調子を確かめた後にコクリとうなずく。
そして、機姫は内陸に向かって砂浜を歩き始めた。
機姫「待っているがよい、魔王よ! ワシが今から殺しに行ってやるわ!」
声高らかに怨み節をきかせながら。
~ 数分後 ~
おじいさん「本当じゃ! 玉の中から少女が、少女がー!」
ばあさん「おじいさん……あなた疲れているのよ」
おじいさん「本当なんじゃー!」
~ 登校 ~
勇者「はぁ……はぁ……、魔王、なんで起こしてくれないっ!」
勇者は一人、走りながら天に向かって叫んだ。
朝起きたら、すでに大遅刻確定の時間帯。
いつも起こしてくれていた魔王は、なぜか勇者を放置して学校へと向かったようだった。
勇者「いや、まあ、その理由は分かるけどさ!」
血と惨劇のメイド服事件から一週間。
いまだに魔王はヘソを曲げていた。
勇者「だが、今ならギリギリで一限目に間に合う。裏道マスターのオレを甘く見るなよ!」
街の造りは熟知している。
勇者は人通りの無い裏道を、学校までの最短距離で突き進んでいく。
そして、いくつ目かの曲がり角を右折。
勇者「よし、このままあばァッ!?」
角を曲がった瞬間、勇者の顔面に鋼の塊がめり込んできた。
機姫「……む? なんじゃ貴様、ワシのウエポンラックがそんなに好きか?」
そう答えるのは、裏道に座り込んだ小柄な少女。
鋼の塊を斜めに倒して壁に立て掛け、それがちょうど裏道を塞いでいた。
勇者「あぶぅ……あぶばぁッ!」
機姫「どうした、鼻血を垂れて? ワシに欲情でもしたか?」
勇者「物理攻撃で欲情ッ!? どれだけMなんだよオレは! むしろその言葉にオレの中のSが目覚めるわッ!」
機姫「すまんすまん、冗談じゃ。ところでおぬし、人間族か?」
勇者「あ? 見たら分かるだろ」
機姫「うむ、分かる。見たら分かるが……、この街はよく分からん」
勇者「?」
機姫「機械も人も魔も獣も霊も、わらわらと混在して……頭がついてこんのじゃ」
勇者「お前、中立地帯の外から来たのか?」
機姫「中立地帯? なんじゃそれは?」
勇者「……マジで言ってる?」
機姫「大マジじゃ。わけあって、ワシは今の世情に疎い。中立地帯とは何か説明してくれぬか?」
勇者「そうだな、一言で分かりやすく言うと『仲良くしようぜー!』って、色んな種族が集まった場所かな」
機姫「……なんと、それはまことか?」
勇者「ウソついてどーする?」
機姫「そうか……そう、なのか」
勇者「何か困った事があったら向こうの大通りに交番があるから……、それじゃオレは急いでるんで」
機姫「うむ、色々とすまん」
勇者「……」
勇者は立て掛けられた鋼の塊を、背中を曲げてくぐり抜け、機姫をその場に置いて再び走り始めた。
勇者「ふう……やっべー、もう授業前には間に合わないなー」
裏道を走りながらワザとらしく声に出す。
勇者「あー、やっべーなー、狐先生から鬼火食らっちゃうなー」
前方。左右の壁が途切れ、表通りが見え始める。
しかし勇者はそこでゆっくりと、駆ける足を止めた。
勇者「……あぁ、もうっ!」
反転、いま来た道を走って引き返す。
そしてしばらく裏道を戻って行くと、いまだに地面に腰を下ろし、しかし体育座りに変わっている機姫の姿が勇者の目に入って来た。
勇者「おーい」
勇者は足を止め、機姫に声をかけた。
機姫「ん? 忘れ物か?」
勇者「……あのさ、なんつーか、どうかしたか?」
機姫「どういう意味じゃ?」
勇者「お前、なにか困ってるんだろ? 裏道でさ、たそがれた感じに体育座りとかさ。
何か出来るとも分からないけど、オレでも話くらいは聞けるぞ」
機姫「ほう、ワシを心配してくれているのか?」
勇者「……ああ、そうだな。迷惑か?」
機姫「いや、迷惑とは思っておらん。しかし、おぬしは良い奴じゃな?」
勇者「……そうでもねーよ」
機姫「照れるな照れるな」
勇者「照れてない!」
茶化されて声を荒げる勇者を見て、機姫は楽しそうに頬を吊り上げると、イタズラっ子のような笑みを顔に浮かべたままくっくっと肩を揺らした。
~ 数分後 ~
勇者「つまり、あんたは」
機姫「あんたではない、機姫じゃ」
勇者「……機姫は、海の中でずっと眠っていたと?」
機姫「左様、水圧で扉は開かぬし、無理に開いた所でワシは泳げぬ。
涙を飲んで玉座のスリープ機能に身を委ねたというわけじゃ」
勇者「玉座?」
機姫「頑丈なシェルターみたいなものじゃ。玉座には周囲の魔力をわずかながら吸収して動き続ける半永久機関があり、また機械族専用の延命装置も備わっておる」
勇者「へえ、それはすごいな。
……で、どのくらい海の中にいたんだ?」
機姫「わからぬ、ワシはすぐに眠ったし、玉座に日付を刻む機能も無い。……ただ」
ばたーん、と機姫は体育座りのまま横に倒れた
機姫「ワシがエネルギー切れで機能停止寸前になる程度には時間が経過しておるな」
そして機姫はニヤリと笑った。
勇者「何を勝ち誇った顔で死にそうになってんのアンタッ!? というか、そういうヤバイ事はもっと早く言ってくれ!」
勇者はヒザを曲げて腰を落とし、背中を機姫に向けた。
勇者「ほら、乗れ! 連れてってやるから!」
機姫「どこへじゃ?」
勇者「病院! 機械族も治せるから安心しろ!」
機姫「ワシは腹が減っておるだけじゃが?」
勇者「……は?」
機姫「ああ、腹が減ったのう……餓死しそうじゃのう……」
言いながら、機姫はチラチラと横目で勇者を見る。
勇者「分かったよ! おごってやるからさっさと乗れ!」
機姫「そうか、では頼む」
ズシン。
勇者「お、おもっ!?」
機姫「ワシのウエポンラックは頼んだぞ」
いつの間に立ち上がったのか、機姫は勇者の背中にウエポンラックを乗せると、その脇をスタスタと歩いて追い抜いていった。
勇者「ちょっ!? 歩けてんじゃねーかテメェ!?」
機姫「くっくっ、おぬしが良い奴で助かったわい」
機姫は両手を左右水平に伸ばし、裏道の先でクルリと回って見せる。
そして、勇者の方を見ながらパタパタと両手を振って声を上げた。
機姫「ほーれ、早くこんかー! ワシが餓死するぞー!」
勇者「ぐぎぎっ……! この野郎!」
勇者は歯ぎしりしながらも、素直にウエポンラックを背負ったまま機姫の後を追いかけていく。
一限目には、どうにも間に合いそうに無かった。
~ ファミレス ~
勇者「人族と機械族の二人で」
店員「はい、それではご注文がお決まりになられましたらテーブルのベルをお鳴らしください」
勇者「……ふう」
機姫「うん? どうした?」
勇者「高校生が持つ金の価値はな、重いんだよ、とても」
機姫「では少しでも軽くしてやらねばな」
勇者「やめて! さも当然と貧乏学生から金をむしる判断を下さないで!」
機姫「くっくっ……安心せい、ちゃんとわきまえておる。ワシはそこまで厚顔無恥ではない」
勇者「……どうだかな、ほらメニューだ」
ペラッ。
機姫「おおっ、なんじゃなんじゃ? 見たことが無い料理がたくさん描かれておるぞ!?」
勇者「中立地帯は色んな種族が集まっているからな。異文化同士の交流の中で、新しい文化が生まれたりしている」
機姫「食文化もまた然り、か」
勇者「そういう事。あと大声を出すな、ただでさえオレはサボり学生という目立つポジションなんだから」
機姫「うむ、分かった。では、さっさとメニューを決めるとしよう。
……うーむ、それではメニュー名の隣の数字が大きいやつ上位三点で」
勇者「全然わきまえてねーじゃねえかよ! その面の皮の厚さにこっちがビビるわ!」
機姫「メニュー名の隣に書かれている数字は戦闘力ではないのか?」
勇者「仮に戦闘力だとして、お前は何故それを基準にチョイスした!? あれか、オレのサイフを討伐したいのか!? ハハッ、オーバーキル過ぎるわボケッ!」
機姫「おーい、目立っておるぞー」
店員「……あの……お決まり、なのでしょうか?」
勇者「あ、す……すんません」
機姫「ぷーっ! くすくすくすくす……」
勇者「……ヤロゥ」
店員「……あの、ご注文は?」
勇者「ライス二つ」
機姫「なぬっ!?」
店員「そちらのお連れさんは機械族、ですよね?」
勇者「じゃ、そっちにはライス的な物を」
店員「分かりました、以上でよろしいでしょうか?」
機姫「よろしくないわッ!」
向かい合わせのテーブルで、機姫はイスから勢い良く立ち上がった。
機姫「ライス単品じゃと? おぬしはワシにそんな質素なメシを食わせる気か!?」
勇者「おや、ボクはこれで十分にお腹が一杯になるのですが、機姫さんは随分と食いしん坊ですなぁ?」
機姫「なっ!?」
勇者「あれですか、早く成長して『ないすばでぃー』になる夢を持ってたりするのですか? その勢いだと腹が先に突き出そうだがなッ!」
機姫「な……なっ、なっ、なっ……」
店員「ぶふぉっ!」
店員が吹き出した。
機姫「っ!?」
勇者「……」
してやったりと勇者はほくそ笑む。
店員の思わぬ追撃で機姫に赤っ恥をかかせてやれたのだ。
機姫におちょくられ続けていた勇者にとって、それは胸がすくような快感。
今この時、機姫からジト目で恨みがましく睨まれているが、それすらも勝者の優越感となって心地よい。
勇者「まあ、どうしてもって言うなら漬物くらい……」
なので、すっかり勇者は気がゆるんでいた。
機姫「……う」
勇者「う?」
機姫「うっ、うぅ……うぇ……」
勇者「……え?」
機姫「うぇえぇぇーんっ!」
勇者「え? えっ? えーっ!?」
機姫「ずっと……ずっ……と、ワシはメシを食っておらんのに……あんまりじゃ……これはあんまりな仕打ちじゃぁ!」
そして機姫は目から涙をこぼしながら、およよと儚げに顔を伏せた。
勇者「あ、いや、その」
店員「最低」
勇者「っ!?」
ウェイトレスの店員がポツリとつぶやいた声に、勇者はびくりと背筋を伸ばして店員へと振り返った。
勇者「ち、ちがうんです! これは……」
店員2「言い訳だ」
店員3「最悪の男ね」
勇者「店員が増えてる!?」
機姫「ワシは……おぬしを良い奴だと思っておったのに……散々にもてあそんで飽きたらポイ捨てとはっ……」
店員4「キミ、謝りなさい!」
びちーん。
勇者「なんで見知らぬ人からビンタされてるのオレは!? あと、もてあそばれてたのはオレです!」
店員5「そんなこと言ってないで、ね? ちゃんと謝ろうよ」
びちーん。
勇者「言い説くか殴るか、どっちか片方にして!」
機姫「いいんじゃ、もう……行き場が無かったとはいえ、おぬしに我が身を(進退的な意味で)委ねたワシがバカじゃった……」
店員たち「身を委ね……女の敵ね」
勇者「勘違いしてる! 君たちは何か大きな考え違いをしている!」
店員2「へえ? 勘違いって何かしら?」
店員3「分かりやすく言ってごらんなさい」
勇者「え? あー、その……えっちぃ事は何もしていませんよー、みたいな?」
店員4「女がみんなそんな事を考えてると思うな!」
びちーん。
勇者「どうしろって言うんだよもうッ!」
機姫「しくしく……」
店員たち「じーっ……」
勇者「う……」
機姫「さめざめ……」
店員たち「じーっ」
勇者「うぅ……」
店員たちが汚物を見るような目で勇者を非難し続ける。
やがて、勇者は無言の視線が生み出す圧力の前に屈した。
勇者「……好きに……使ってください」
勇者はサイフを取り出し、機姫の前に放り捨てた。
機姫「そうか、では使わせてもらおう」
すると、けろりとした顔で機姫は勇者のサイフを拾い上げる。瞳から溢れていた涙はすでに無い。
勇者「えっ?」
機姫「いやー、しかし、おぬしは本当に良い奴じゃな?」
勇者「……」
あまつさえ、にんまりと笑みを浮かべる機姫を前に勇者は完全敗北を悟ると、力尽きたようにテーブルに頭から突っ伏すのだった。
店員「お待たせしましたー」
機姫「うむ、待ったぞ」
コトリ、コトリと、料理の盛られた皿がテーブルに並べられていく。大量に。
勇者「すげえなぁ……オレのサイフって、こんなにすげえ召喚能力があったんだなぁ……。オレ、今にも感動で泣き出しそう。でも泣かない、男の子だもん」
機姫「ほれ、お主のライス。単品な」
勇者「うぉおぉぉーんッ!」
機姫「おお、泣くほど嬉しいか? ではライスをもう一つ注文じゃ」
勇者「でもそれオレの金じゃん? とか色々ツッコミたいけど効果無いの分かってるから『せめてオカズにして!』」
機姫「オカズ? 仕方ないのう、ではワシの『プレミアムソーセージエッグチキンジューシー榴弾』を」
勇者「最後の二文字のパンチ力が強すぎるよ! それオレが食ったらヤバイ代物だよ絶対!」
機姫「ほれ、あーん」
勇者「明らかに鉱石的な物をスプーンに載せてこっちに突き出さないで!」
店員「……」
勇者「こっちを見るな店員! そんな和やかなものを見るような目で……オレを見ないで!」
~ 数十分後 ~
機姫「ふう、食った食った」
勇者「……ご満足いただいて何よりです」
機姫「うむ、次も頼むぞ」
勇者「やだよ! 金輪際、お前と食事はしない!」
機姫「つれないのぅ……しかし、美味いメシじゃった」
勇者「そいつは良かったですなー、オレも白米の味を狂おしいくらいに堪能出来ましたがな」
機姫「むう、ねちねちとうるさいぞ。一応は感謝しておるのに」
勇者「だったら態度で示してくれ、頼むから」
機姫「態度? ふむ、ならば耳をかせ」
勇者「耳を?」
機姫「そうじゃ、早く顔をこちらに近付けろ」
勇者「……はいはい」
勇者たちは向かい合わせの席に座っている。
立ち上がって機姫の隣に行くのも面倒なので、勇者は少しばかり腰を浮かせ、間のテーブルを越えて上半身を機姫に近付けた。
その時だった。
機姫「てい」
勇者「おっ?」
突然、機姫が立ちあがり、両手を広げて勇者の頭を左右から挟みこんだ。
身長差は頭二つぶん近くあるが、腰を落とした勇者に爪先立ちをして機姫はその差を詰めている。
そして、機姫は流れるような素早い動きで、両手に挟んだ勇者の頭に自分の頭を近付け、
機姫「んっ……」
──機姫の柔らかな唇が、勇者の頬にそっと触れた。
勇者「っ!?」
数秒後、何が起きたのかを理解した勇者は、バッと機姫から身を離して立ち上がった。
勇者「な、なな……なにすんだよっ!」
機姫「キス、つまり接吻じゃが?」
勇者「いや、そうだけど……じゃなくて、なんで!?」
うろたえる勇者に、機姫は落ち着いた笑みを顔に浮かべながら答えた。
機姫「今のワシは一文無しじゃ。感謝を態度で表すとなると、こんな方法しか思いつかん。
……それとも、おぬしはワシに『これ以上』を望んでおるのか?」
言葉の終わり際に、機姫は挑発するようにニヤリと口元を吊り上げた。
勇者「お、おま、な、何を!」
勇者は激しく動揺しながらも何かを言い返そうと口を開くが、出てくる言葉は意味をなさない。
やがて、勇者は逃げるように機姫から目を逸らし、そこで初めて気が付いた。
勇者「……はっ!?」
店員たち「じーっ」
客たち「じーっ」
店内の視線が、勇者たちに集中していた。
機姫「ふむ、目立っておるのう?」
勇者「ぐっ……帰るぞ! オレのサイフを返せ!」
機姫「まあ慌てるな、値段がよくわからんから前金で払っておいたのじゃ……ほれ、おぬしのサイフじゃ」
サイフがテーブルの上に落され、ぺちーん、と安っぽい音を鳴らした。
勇者「わーお、少し見ない間に随分とスリムになって……」
機姫「では、帰ろうかの?」
勇者「……ああ」
店員たち「またのお越しをお待ちしておりまーす」
勇者「二度と来ねーよ!」
~ 表通り ~
勇者「で、機姫はこれからどうするんだ?」
機姫「そうじゃなぁ、まずはどこかで情報を集めねばならん」
勇者「だったらさ、やっぱり警察に行くのが一番じゃないか? 機姫の捜索依頼とか出てるかもしれないし、個人で動くにしても限界があるだろ?」
機姫「その意見は正しい。じゃが、ワシは見ての通りに『お偉いさん』なのじゃ。ワシのいない間に情勢がどうなっているとも知れんし、やはり表舞台に出ていくにはもう少しばかりワシ個人で情報を集めてからでも遅くない」
勇者「機姫がお偉いさん? プッ!」
機姫「なっ! なぜそこで笑う!?」
勇者「いや、ププッ……決して、ガラにもないとか思っているわけじゃ……ププッ……」
機姫「むう~っ! 思っておるじゃろっ!」
勇者「ププッ……ふてくされるなよー?」
機姫「むう~!」
機姫は不満そうに唇を尖らせると、ゆるく握った両拳で勇者の背中をポカポカと殴り始めた。
勇者「まあまあ、落ち着けって」
機姫「ふんっ、じゃ」
勇者「いやいや、機姫の情報収集に適した場所を思い付いたんだよ」
機姫「むう? 情報収集に適した場所じゃと?」
勇者「ああ、とにかく付いて来てくれ」
勇者は背後に振り返って機姫に笑いかけると、道の先に立って歩き始めた。
~ 学校 ~
勇者「ここだ。……ん? もう四限目か」
機姫「学校? ここが情報収集に適した場所だと?」
勇者「ああ、正確に言うと情報収集に適した人物がいる場所だけど」
機姫「ほう? そいつには期待してよいのか?」
勇者「一応は。少しやかましい新聞部の奴だけど、情報収集能力という面『だけ』では信頼していいと思う」
機姫「そこはかとなくイヤな予感がするのう……」
勇者「でもどうしたものか、オレから機姫を紹介するとなると……」
茶化される。
ならばまだ良いが、相手は火の無い所に煙を起こさせる才能を保有している。
話を拡大誇張されて一騒動になるのは目に見えていた。
勇者「……」
しばし熟考。やがて答えが出る。
勇者「……よし、オレと機姫は縁遠いイトコ同士という設定だ」
機姫「なぜに?」
勇者「穏便に事を進めるためだ、気にするな」
遅刻もイトコが来てドタバタしていたとかでウヤムヤに出来るナイスな作戦。
だが、この作戦には目下最大の難があった。
勇者「『あいつ』に見つかったら終わるな……作戦的にも、オレの生命的にも」
『あいつ』は勇者の家庭を良く知っている。イトコなんぞと言うまやかしは、すぐに看破されるだろう。
機姫「あいつ?」
勇者「おう、最強で無敵の幼なじみだ。あいつの挙動一つでオレから血の雨が吹き出し……」
魔王「ほう、お前から血の雨が?」
勇者「……」
背後から声。
振り向かずとも分かる聞き慣れた声に、勇者はピシリと固まった。
~ 数分前・体育の時間 ~
人女子「パス!」
獣女子「トス!」
魔王「じぇのさいど」
ちゅどーん。
魔王から拳を叩きつけられたバレーボールが、相手コートの地面に小さいクレーターを穿った。
水精女子「ちょっとー! 体張って止めてよー!」
機械女子「無理言わないで」
吸血女子「バラバラに飛び散る友の破片を見たいのかアンタは?」
魔王「……ふう」
人女子「ねえねえ、魔王さん? 少し力が入りすぎじゃないかな?」
魔王「ん? そうか?」
獣女子「あっ! もしかして勇者君の事を気にしてる?」
人女子「勇者君、今日はまだ学校に来ていないからね。どうしたのかな?」
魔王「……まったく、アイツは」
水精女子「勇者君って、魔王さんがいないと全然ダメだよねー?」
吸血女子「そうね、勇者君は魔王さんがいないとダメダメね」
魔王「……」
──やっぱり、彼は私がいないとダメだな。
そう考えると、魔王は胸の内側が少しばかり心地よくなってきた。
メイド事件から一週間、思い出すたびに死にたくなったり殴りたくなったりする魔王だが、もうそろそろ元通りに落ち着いても良いかもしれないとも考え始めていた。
魔王「……昼休みに家へと迎えに行ってやるか」
そう魔王が肩をすくめ、誰にも聞こえない音量で小さく漏らした時だった。
水精女子「あれ? 校門にいるのって勇者君じゃないかな?」
機械女子「隣には……女の子?」
魔王「っ!?」
バッと校門に向かって振り返る魔王。
果たして、そこには見慣れた勇者の姿と、見た事もない少女の姿があった。
人女子「あの子、だれ?」
獣女子「まさか、二股……」
ぱぁーん。
魔王の持っていたバレーボールがいきなり弾けとんだ。
獣女子「ひぃっ!?」
機械女子「握力だけで破裂させるとは……」
魔王「ちょっと、行ってくる」
ゆらり、と幽鬼のような足取りで魔王は校門へと歩き出した。
人女子「……」
獣女子「……」
機械女子「……」
水精女子「……ドキドキ」吸血女子「……ワクワク」
魔王を引き止めようとする命知らずは、一人たりともいやしなかった。
~ 時は戻って校門 ~
勇者「……」
魔王「どうした? 固まって?」
勇者「いえっ! 何でもないです!」
勇者は魔王に振り返り、びしりと背筋を伸ばした。
魔王「そうか、ところで一つ聞きたいのだが……」
勇者「はい! 何なりと!」
魔王「隣の女は誰だ」
魔王の鋭い視線が勇者を射抜いた。
勇者「……」
ヤバイ、と勇者は本能的に理解した。
ウソをついてもすぐにバレるだろうし、後ろめたい事を隠しているように見てとられてしまう。
──包み隠さずに本当の事を言えば許してくれるかも……
わずか数瞬の間に勇者の脳髄が生存ルートへのフローチャートを作成する。
そして、勇者はそれに従うように口を開いた。
勇者「実は、学校に来る途中に」
機姫「初めまして! 従妹の機姫です!」
しかし、底抜けに明るい機姫の声が勇者のセリフを塗り潰した。
勇者「おまっ!?」
魔王「ほう、従妹?」
機姫「はい! 今日は朝からお兄ちゃんの家に遊びに来てたんです!」
魔王「へえ……朝から?」
ぎらり、と魔王の瞳が不吉な色を揺らがせた。
('・ω・`)遅ればせながら帰って来ました。
再開します。
機姫「お兄ちゃん、今までずっと眠ってて、私がいないと本当にダメダメなんだから」
勇者「ちょっ、やめっ……」
機姫はしゃべり方まで変えて事前の打ち合わせで決めた設定をなぞり、忠実に従妹を演じていく。
その機姫のかいがいしさはありがたいのだが、今の勇者にとってそれは死亡フラグ以外の何物でもない。 なぜなら、目の前にいるのは家族同然の付き合いである魔王なのだ。騙し通せる訳が無い。
魔王「ほうほう、初耳だ。お前には従妹がいたのか。そうかそうか」
ふと、魔王がにっこりと勇者にほほえんだ。が、目はちっとも笑っていない。
勇者「そ、そうだったかな……お、おぼえてないなぁ……」
汗をダラダラと流しながら、か細く震える声で勇者が返す。
その時、ちょうど女子たちが魔王の背後から追いついてきた。
水精女子「あ、修羅場」
吸血女子「しっ! こんなおもしろ……真面目な場面に口を出したらダメよ」
狐教師「そうそう、ギャラリーは静かに見物するものだよ」
人女子「先生!? なんでこんなところに!?」
狐教師「こんなおもしろ……教師として生徒の問題を看過出来ないだろう?」
勇者「……ちくしょう……ちくしょう……」
勝手なことをのたまうギャラリーたちに、しかし勇者は震えながら恨みがましくつぶやくしか無かった。
魔王「しかし、そちらの従妹とやらは見たところ機械族のようだな? すごいな、種族の壁を越えているな?」
勇者「は、はは……」
──分かってるくせに……分かってるくせにっ!
とは思ってても、余計にこじれそうで口に出せない勇者。
すると、機転を利かせて割り込んでくるのが機姫。
機姫「はい、お兄ちゃんの家系は凄いんですよ! 家系図をたどるとすべての種族をコンプリート出来るほどです!」
ただ事情を察していないために、機姫のやってる事は火に爆薬を放り投げるが如くであった。
魔王「ほうほうほう、お前の家系は凄まじいな? お前にもその血が流れているのか、なんとなく理解できたぞ勇者よ?」
勇者「う、うぅ……誤解やぁ……誤解なんやぁ……」
水精女子「勇者君のしゃべり方が変わった!?」
吸血女子「精神的にまいってきたようね」
睨む魔王、嘆く勇者、物見遊山のギャラリーたち。
しかし、その中で一人だけ小さく小首を傾げていた者がいた。
機姫「……勇者?」
魔王「ん? なんだ、従妹のくせに知らなかったのか? コイツは人間族の勇者の子孫だぞ」
機姫「……えっと」
カマをかけられているのかと思っているのか、機姫が勇者の顔色をうかがってくる。
だが教会から告発を受けた罪人よろしく、グロッキー状態な今の勇者の顔からそんな機微を感じるのは不可能に近い。
よって、どうとも取れる上手い言い方で機姫は魔王に返した。
機姫「はいそうです! お兄ちゃんは『私だけ』の勇者様です!」
期せずして、それは最大火力の爆薬となった。
そのセリフが機姫の口から放たれた瞬間、
──プツン。
何か切れてはいけないものが切れたような、そんな音が聞こえたと勇者が認識した時、ひときわ大きな地震と巻き上がった土煙が同時に辺りを襲った。
勇者「ひぃっ!?」
震源地は勇者の目の前、魔王の後ろ。
表情を消した魔王のシッポが、地面に大きくクレーターを穿っていた。
魔王「……」
魔王はぎこちない動きで機姫から顔を逸らし、勇者に目を向けてきた。
ガラス玉のように感情の消えた魔王の目が、勇者を視線で射抜く。
勇者「すんませんっしたァァッ!!」
勇者は脊髄反射で土下座していた。
~ 数分後 ~
勇者「……というわけです」
土下座のまま説明を終えた勇者がおそるおそる顔を上げる。
魔王「ほう、なるほど事情は理解した」
勇者「理解したのになぜ睨む!?」
魔王はブチギレ状態から落ち着いたが、まだ眉間に深くシワを寄せて勇者を睨んでいた。
機姫「なんじゃ、お主らは知り合いじゃったか」
不意に、一歩離れて会話を聞いていた機姫が自分の腰に手を当てながらやれやれと勇者に首を振ってきた。
その口調はもう演技する必要が無くなったために、素に戻っている。
勇者「いや、知り合いというか幼なじみというか……」
魔王「勇者は私の許婚だ。……何か言いたい事があるのか?」
ずいっと、魔王が一歩進み出て機姫の前に立ちはだかる。それも身長差を利用した威圧感たっぷりの見下ろす視線のオマケつきで。
人女子「怒ってる!?」
獣女子「威嚇してるのよ!」
勇者「あ、あの……魔王さん? 少し落ち着いて……」
魔王「黙ってろ」
勇者「はい」
吸血女子「折れたーっ!?」
狐教師「頑張れ青年! 諦めたらそこで試合終了だぞ!」
勇者「諦めないとオレの人生が終了するんだよ!」
機械女子「……うずうず」
水精女子「あれ? どうしたの機械女子ちゃん? 指をうずうずさせて」
機械女子「あ、うん。あの娘が背負ってる機械、すごく気になっちゃって」
吸血女子「機械? あー、あのゴツイ塊が?」
機械女子「うん、あれってとても良い物な気がする。すごく良い物な気がする。いや、きっと良い物に違いないわ。うん、良い物だわ」
水精女子「ど、どうしたの機械女子ちゃん!? 様子が変だよ!?」
機械女子「え? そうかな? でも……良い物だよね?」
水精女子「あ、あはは……そ、そうかもね」
吸血女子「おや? そんな彼女の様子が少しおかしいわね?」
水精女子「え? どれどれ?」
機姫「……」
機姫は驚いたように目を丸くして魔王を見ていた。
機姫「……魔王?」
魔王「ああ、魔王だ」
機姫「つかぬことを聞くが、お主の父は黒い髪で筋骨隆々で黒い馬に乗ってて黒い鎧と黒い刀で武装しておるか?」
魔王「……? 父は黒髪で筋骨隆々で基本的な装備は黒一色だが?」
機姫「……そうか、いや何でもない。知ってる相手かもしれないと思って聞いてみただけじゃ」
勇者「そういや、どれだけ海の底にいたかも分からないんだったな機姫は」
機姫「うむ、それでお主に言われるままにこの学園に連れて来られた訳だが」
勇者「おっと、そうだった。
……なぁ、魔王。朝起きずに爆睡した挙げ句、ファミレスでメシ食って四限目の終わりにノコノコと登校してきたオレだけどさ、ここは機姫を助けぬわばッ!?」
べちこーん、と魔王のシッポが勇者を殴り飛ばした。
勇者「な、なぜ……?」
魔王「言われないと分からないか?」
勇者「いえ、普通なら怒って当然と理解出来ますごめんなさい」
地面にうつぶせで大の字に倒れた勇者はそのまま力尽きたようにガクリと顔を落とした。
人男子「おーい! なんか、やべぇ音がこっちから聞こえて来なかったかー!」
獣女子「あ、男子たちが来た」
校庭の片隅で野球をしていた男子たちが、ぞろぞろと現れる。
そして地面に穿たれたクレーターと、憤然とする魔王と、地面に倒れた勇者と、何かを悩んでいる機姫を流れるように一瞥(いちべつ)し、人男子が叫んだ。
人男子「何があった!?」
水精女子「実はかくかくしかじか……」
蜥蜴男子「なにっ! 勇者が二股だと!?」
獣男子「見損なったッス!」
火霊男子「このビチグソがっ!」
勇者「違うよ!? 誤解だよっ! 悪意ある情報操作に惑わされないで!」
機械男子「……」
人男子「ん? おい、どうした機械男子?」
機械男子「……いや、あの少女が背負っているのを見ていてな」
人男子「あのゴツイ鉄塊を?」
機械男子「あれは素晴らしい物な気がする。そんな気がする。いや、素晴らしい物だ、間違いない」
人男子「……お前、どうしたよ? なんかおかしいぞ?」
機械男子「そうか? すまんな、少し興奮しているようだ。……しかし、素晴らしい物だ」
人男子「……まあいいや」
様子のおかしい友人に、人男子は軽く肩をすくめてみせた。
機姫「……じー」
魔王「なんだ?」
機姫「なにも」
魔王「……」
機姫「……」
何故だかは勇者にも分からないが、剣呑な雰囲気が辺りに漂い始めていた。
勇者「……えっと……あ、そうだ! 吸血女子!」
勇者は話題を逸らして事態を打開しようと、また学園に来た目的を果たすために吸血女子の方を振り向いた。
吸血女子「わたし? そこでミーに話を向けますか?」
勇者「イエス、お前だ。お前って人探しとか情報収集が得意だろ? それで機姫の情報を集めてやってくれないか?」
吸血女子「ノーマネーで?」
勇者「フィニッシュだ」
吸血女子「旦那、きょうび無償の奉仕なんて流行りませんぜ?」
勇者「誰が旦那だ! つーか、今まで散々にオレをオモチャにしてきただろうが! それでチャラだチャラ」
吸血女子「むう……なら昼飯ぐらいは奢りで」
勇者「財布はカラさ!」
吸血女子「……使えない男だわ」
機姫「別によい」
ふと機姫が顔を上げ、勇者の方を見てきた。
勇者「え?」
機姫「別にワシの事を調べさせなくてもよい。
……それよりも、この学園に図書館は無いか? 少し調べたい物があるのだが」
勇者「図書館は向こうの黒い屋根の建物だけど……連れて行こうか?」
機姫「かまわなくてよい。それにお主の許婚が怖いからのう」
勇者「魔王が?」
勇者はチラと顔を動かす。
魔王「……」
横目で睨みをきかせる魔王と目が合った。
勇者「ひいっ!?」
機姫「ふふ、別に取りはせん。そんなに警戒するな」
魔王「……ふん」
機姫「という訳で、ワシは一人で行動させてもら……ん?」
不意に機姫は言葉を切り、自分の背中に首を回した。
勇者「どうした?」
機姫「ウェポンラックの調子が……むう、バランサーがイカれたのかのう」
機姫はぴょんぴょんとその場で飛び跳ねるが、どうにも具合が悪いらしく、最終的に頭をひねって困り顔を浮かべた。
機姫「むう……困ったのう」
すると、そこに現れる影二人。
機械女子「ちょっといいかな?」
機械男子「もしかしたら、直せるかもしれないぞ」
機械女子と機械男子は目をらんらんと輝かせながら機姫に言った。
~ 数分後 ~
機械男子「お……おお……なんと精密な魔導回路……」
機械女子「す……すごい……精霊力のエネルギーゲインが正規ゴーレム兵の五倍も……」
木陰で機姫のウェポンラックをいじり続ける二人。
それを遠目に眺めながら狐教師は小さく息をついた。
狐教師「あーあー、オモチャを見つけた子供みたいに端っこへと運んじゃって……誰も取りはしないだろうに」
吸血女子「ちょうど昼休みの時間だからオッケーでは?」
狐教師「まあ、そうだけどね。……問題は向こうか」
狐教師は視線を機械族の男女から外し、もう一つのペアに合わせた。
魔王「そもそも、お前が遅刻なんかしなければ問題にならなかったのだ」
勇者「……すみません」
魔王「私は人助けをするなと言っているのではない。ただ自分の事を満足に出来ない者が他人に気をかまけているという事にだな……」
勇者「……面目ない」
狐教師の視線の先では勇者が魔王にこってりとしぼられていた。
吸血女子「あれは休み時間が終わるまで続くわね」
狐教師「ま、いいんじゃない? 授業には差し支えなさそうだし」
狐教師が気だるそうに言うと、吸血女子も「ふぅん」と気の抜けた返事をした。
吸血女子「でも、もう少しドロドロした痴情のもつれを見たかったわ」
狐教師「勇者君は誠実そうだからなぁ」
吸血女子「誠実というか命に関わっているというか……それより先生、部外者に図書館を開いてよかったんですか? まだ授業は終わってませんよ」
狐教師「んー?」
狐教師はゆっくりと空を見上げると、やがてどうでもよさげにポツリと言った。
狐教師「ま、いいんじゃない?」
~ さらに数十分後 ~
魔王「む? もう休み時間は終わりか」
キンコンカンコンと聞き慣れたチャイムの音に、魔王が小さく肩をすくめてみせる。
地面に正座していた勇者はそれを見て、おずおずと口を開いた。
勇者「え、えっと……授業が……」
魔王「そうだな仕方ない、残りは帰ってからだ」
勇者「……残りがあるんだ」
魔王「何か言ったか?」
勇者「いえ、何でもありません」
勇者は静かに立ち上がった。
勇者の背中はやけに煤(すす)けていたが、それを見る者は誰もいなかった。
魔王「……あ」
勇者が立ち上がった所で、急に魔王が声を上げた。
勇者「どうした?」
魔王「昼食の弁当を買い忘れた」
勇者「ああ、ドンマ……ぶべらっ!?」
べちこーん、と魔王のシッポが勇者を弾き飛ばした。
魔王「買いそびれた原因が何を偉そうに」
勇者「そうですねごめんなさい許して」
魔王「まったく自分だけは昼飯を食べて……ん? そういえば、お前は金を使い果たしていたのだったな」
勇者「あ、そうだった。今月分だけ少し多く工面して貰えないかな魔王?」
現在、勇者家の財政管理は魔王に一任(併呑)されている。
そのため両親からの仕送りは一旦魔王を介して、それから勇者に必要経費兼お小遣いとして支給される形にあった。
魔王「ダメだ。再来週分までは渡したはずだ」
だが、勇者の要請は魔王にあっさり断られた。
勇者「い、いや、本当に無一文なんだよ! 再来週までパンも買えないのは辛すぎるよ!?」
魔王「一度規律を緩めると元に戻すのは難しい。『余計に使っても大丈夫だった』と経験してしまうと金銭感覚がだらしなくなってしまう」
勇者「で、でも!」
魔王「そもそもの原因は?」
勇者「わたしです」
魔王の圧力に折れ、勇者はしょんぼりとうなだれた。
しかし、それを見た魔王が何を思ったか、急に勇者へと大きく頷いてきた。
魔王「だが仕方ない。空腹で授業に集中できないのも困るからな」
勇者「お、おお! さすが魔王だ! 話がわか……」
魔王「お前のために、明日から私が弁当を作ってやろう。それなら問題あるまい?」
勇者「……へ?」
ぴしりと勇者は固まった。
勇者の脳裏に飛来するのは、今まで食べさせられてきた魔王の手料理。
それは人知を超えた『何か』としか言えない代物だった。
魔王「さて、教室に戻るか」
勇者「い、いやいや! 待って! 魔王さんのお手をわずらわせる訳には……ちょっ、置いて行かないでーっ!」
すたこらさっさと教室に戻る魔王を、勇者は涙目で追いかけて行った。
~ その頃、図書館 ~
機姫「失礼するぞ」
機姫が図書館へのドアを押し開けると同時、すえた紙の匂いが機姫の下へと漂ってきた。
授業中のために生徒はいない。
図書館は二階建ての造りのようで、中央の吹き抜けから上階が見える。
また辺り一面には整然と本棚が並び、黒ずんだ木目を浮かべるそれらは機姫三人分程の高さがある巨大な物であった。
機姫「威圧的な雰囲気じゃのう」
一歩進み入り、中を一瞥した機姫は後ろ手にドアを閉めながらつぶやいた。
カーテンは開き、窓から外の陽光が射し込んでは来ているが巨大な本棚が光を遮ってしまい、どうにも館内は薄暗い。
本棚の圧迫感に不透明な空間。
慣れれば逆に落ち着くものなのかもしれないが、初見の機姫には妙な居心地の悪さだけがあった。
──ただ、そのように感じるのは今の自分の不安定な心理ゆえに、ということも機姫は十分に理解していた。
機姫「魔王か。あやつが本物かどうかはさておき、まずは情報を集めねば。
……ワシ自身の手でこっそりとな」
妙な緊張が機姫を包んでいた。
機姫を助けてくれた人間族の勇者とやらは魔王と許婚ときている。
敵対が常の種族同士が何故そうなったのか、とてもではないが機姫の理解を超えていて経緯を想像すらできない。
ただ、眠っていた時間が思っていたよりも長いものだとは機姫にも理解できた。
──知識の遅れを取り戻さなければならない。
しかし、現状で唯一の友好的存在である勇者は魔王と型ばかりでなく本当に仲がよろしいようで、頼るのは少しばかり危険が過ぎる。
それに、いつ命を狙われてもおかしくない状況にいるのだ。機姫が緊張を覚えるのも当然だった。
機姫「一人で行動するのが得策……なのは理解出来るが、それを心細く感じるのはワシの弱さか」
小さく肩を下ろし、そう機姫が一息ついた時だった。
?「生徒の方ですか?」
機姫「うおぅ!?」
突然、館内の隅から声が上がり、機姫はあわててそちらを振り返る。
すると、受付のカウンターテーブルの向こう側、壁を背にして一人の少女が立っているのが機姫の目に入った。
機姫「だ、誰じゃ? 驚いたではないか」
司書「これは申し訳ありません。私、この図書館の司書をしております本の精霊です」
機姫「精霊? ああ、道理で気配を感じなかった訳じゃな」
司書「……姿はずっと現していました」
機姫「へ?」
司書「いいんです。陰気で影が薄いって自分でも分かっていますから……」
フッと、司書は自嘲するような悲しげな笑みを浮かべた。
司書「それで、そちらはいったいこの図書館に何用でしょうか? 授業中に生徒さんを立ち入らせてダベらせると、私が教員の方に『こらっ!』とされるんですが……」
司書が宙に浮かび上がり、ふわふわと機姫に向かって近づいてくる。
機姫は軽く右手を腰に当てながら司書に答えた。
機姫「それなら大丈夫じゃ。ワシは生徒ではないし、ちゃんと教員の許可も取ってある」
司書「まあっ!? 生徒さんではない? 珍しいですね? 部外者さんがこの図書館に何を調べに来たのですか?」
機姫「そうじゃな……大陸全体の歴史が事細かに書かれている本は無いか?」
司書「まあまあっ!? 歴史がお好きなのですか!? これまた珍しいです!」
機姫「なんか興奮しておらんかお主?」
司書「いえいえ、最近のクソ生徒どもは漫画を読みに来るかテスト前に集まって騒ぐかの二択しかありませんから、純粋に過去の探究をしようと図書館を訪れた貴女の姿勢に感動しただけです!
最近のクソ共と来たら借りた本にジュースこぼすわ挿し絵のエロいページを破くわで知識の泉である本の大切さを……ああそうだ! 先日あまりにも頭にきたから、禁じられた呪術の書物をこっそりと別の本のカバーと入れ替えてみて、図書館で騒ぐクソ共を呪い殺そうとしてみたんですけど、それがうっかり手料理の本のカバーでして、狙っていたクソ共とは別の物静かな竜の女の子が借りて行ってしまっちゃったんです。てへっ」
機姫「……なんでお主みたいなのが司書になれたのか小一時間ほど問い詰めたいが、今は少し急いでおるでな」
司書「あっ、すみません私ったら嬉しくてつい……それで、歴史の本でしたね? それなら向こうの方にあります」
機姫「向こうか、すまんな」
司書「いえいえ。知識の探究、頑張りください」
心底嬉しそうな笑顔を浮かべる司書に小さく頭を下げて、機姫は司書に言われた辺りの本棚に向けて歩きだした。
機姫「歴史、歴史……この辺りのやつか」
機姫は○○の歴史と題打った本を棚からいくつか取り出し、腕に抱えて読書机まで運んでいく。
そして本をすべて机の上に下ろすと、機姫はイスに腰を掛けて本の一つを適当に選んで手に取った。
機姫「なになに……中立地帯? ふむ、ここら一帯の歴史か」
機姫はペラペラとページをめくった。
機姫「獣人族、竜族、機械族、精霊族、妖樹族、そして魔族。各種族を勢力下に収めた魔王に危惧を抱いた人間族が大陸中央(現、中立地帯)へと進行。これによって人間族と、魔王に率いられた多種族との間に戦端が開かれた……か」
よくある話だと機姫は思った。
実際、戦端が開かれたと書かれてはいるが、機姫の記憶ではそんなもの常に開かれていた。
種族間の小競り合いが大きくなって、落ち着いて、また大きくなっての繰り返し。
少なくとも、それが機姫の知っている大陸の歴史の記憶だった。
機姫「精強にして意気軒昂たる人間族の軍勢は各都市を次々に占領。だが同時に各地でレジスタンスによる抵抗運動が激化。人間族の軍勢は大いに悩まされる事となる。
その間に体勢を整えた魔王軍の組織的な反抗が始まると、見る間に戦争は泥沼の様相を呈する事になった」
以降の戦争の大雑把な流れはこうである。
人間族と魔王軍の戦力は均衡しており、押しては引いて、引いては押してを延々と続ける終わりが見え無い戦争は、次第に両種族の国民の心に暗澹たる影を落とし始める。
結果、魔王は求心力を失い、魔王の勢力に組した種族たちの離反を促してしまう。
しかし、人間族の側もただではすまない。
元々、一部の人間族の強国が独断で魔王に戦争を仕掛けて、それに引きずられる形で人間族全体が巻き込まれた形であったために各国で足並みが揃うはずも無い。
両軍ともに補給線が断たれた訳でも無いのに兵站は滞り、軍隊の稼働率は戦う前から惨憺たる有様だった。
とてもではないが互いに戦争を続けられる状態では無く、やがて休戦協定が結ばれる。
協定は互いの領土を出し合って緩衝地帯を設け、互いに『戦争が再び始められる』状態までの休止期間を設定する内容。
──だったのだが……。
機姫「魔王と勇者が一対一の果たし合いをして話が変わったじゃと?」
当時の勇者は人間族の強国の王に招聘(しょうへい)された一指揮官として義勇軍の部隊を率いて戦っていたが、その実情は強制徴募に限りなく近かった。
しかし、勇者は名実ともに勇者であった。
逆境に腐る事無く、常に最前線に立って戦う姿はどんな叱咤激励よりも兵たちの心を鼓舞し、采配を執った作戦は常勝無敗。
すぐに勇者は人間族の道しるべとなった。
だが、問題が一つ。
前線に出て戦いこそするものの、勇者本人は防衛戦以外の出撃を激しく嫌っていた。
そのため強国の王は一計を案じる。
勇者に名だけの大将軍の地位を与えて不満を解消させつつ、もう片手間には民衆の間で人間族の英雄として勇者をひたすら祭り上げたのだ。
結果、勇者が後には引けない状況を作り出すことに成功したのだが……。
機姫「勇者は魔王と果たし合いの末に休戦ではなく和平の約束を取りつけ、さらに人間族の戦争継続反対派の小国連合と手を結んで地盤を固めた。
強国は頑なに和平を反対するも、勇者を旗印に人心をごっそり集めさせたのがアダになり、勇者と小国連合は多くの人間族の支持を受けながら強国を下し、ついに魔王と他種族間との和平を人間族として正式に認め、中立地帯を築くことに成功する。
これら中立地帯成立の背景には民衆の間にも厭戦的な雰囲気が漂い始めていた事、そして王や貴族などの権力者に対する民衆の不満の噴出などが大きく、現に各種族から代表を一人一票の民意で選出する議会制に王制への反抗と独立の意識が見受けられる。
このほか中立『国』ではなく中立『地帯』にしたのは、生まれ育った『国』を移り住んで来た入植者から奪わないという配慮で……」
機姫はそこまで読んで、一気にページを流し始めた。
なげぇ、という気持ちも大いにあったが、おそらくは人間族であろう著者の気持ちを代弁した一文が目についたからだった。
いわく、「しかし、これらは魔王の助力があってこそ為せた業である事を忘れてはならない」と始まる節の終わりに──
『過去の先達たちが成し遂げられなかった恒久平和への一歩を踏み出した偉大なる勇者と偉大なる魔王に最大の賛辞を』
──と。
機姫「……ふんっ、何が恒久平和じゃ。魔王がそんな事を考えるものか」
機姫はそう吐き捨て、小さく舌打ちした。
機姫「そもそも近代の話とはいえ、歴史書に主観を持ち込むこと事態がおかしい。この本の作者は三流じゃな」
敵(かたき)である魔王を賛美された腹立たしさに渋面をつくりながら、機姫は最初の目次にページを戻した。
機姫「まあいい、魔王の事はある程度分かった。
そんな事よりも我ら機械族がどうなっておるのかが問題じゃな……さてさて」
機姫はすぐに目次から機械族の文字を見つけ、ページを飛ばす。
流れる紙の片面を指で止め、静かに目的のページを探り開くと、機姫は音読を始めた。
機姫「精霊力の枯渇に対し議会は……議会?」
だが、音読はすぐに止んだ。
機姫は『議会』の文字に首をひねる。
なぜなら機械族は王制であり、議員たちによる共和政治という体制ではない。
少なくとも、機姫の知る限りでは。
機姫「議会……議会……。王権を持っておったワシが不在になってしもうたからかのぅ……ん?」
その時、機姫の脳裏に名案が浮かんだ。
機姫「そうじゃ、ワシの名前で調べれば良いのじゃ。そこから現在までを辿れば非常に分かりやすい」
そうと決まれば行動と、機姫は本の終わりの語録から『機姫』の文字を探し始める。
そして数秒後、機姫は自分の名前を見つけだした。
機姫「よしよし、機姫は二五十ページっと……はて? さっきのページより随分と前じゃのう?」
少し気に掛かった機姫だが読めば分かるのだ。
機姫は胸に生まれた疑問を放置して、ページの流し読みを始めた。
…………………………
……………………
………………
司書「それでは、またのお越しをお待ちしております」
機姫「……」
頭を下げてくる司書に機姫は右手を軽く上げて応え、図書館を後にした。
声は出なかった。言葉を返す気力は、今の機姫には残っていなかった。
機姫「……」
機姫の顔は一時間足らずの間に憔悴しきったものへと変じていた。
その理由は、図書館の本に書かれていた内容にあった。
機姫「……ふう」
人目を忍ぶように木陰へと足を運び、幹に背中からもたれかかるように硬い根の上に腰を下ろす。
遠くから生徒たちの声が風に乗って聞こえて来たが、今の機姫の頭には入らない。
機姫「五百年……五百年か……」
つぶやき、天を仰ぐ。
五百年前──それは歴史書に記された『機姫』が活躍した年代だった。
何かの間違いではないかと他の歴史書も調べてみたが書かれていた事は同じで、結局それが真実であるという裏付けを取ることになっただけだった。
すべて──すべて遠い過去の出来事だった。
おそらく、知っている者はもうほとんどいないのだろう。
機姫の存在も。機械族と当時の魔王の戦いの記録も。
それらは人々の記憶から抹消され、知る術は本棚の片隅にある埃まみれの歴史書のみ。
忘却の彼方に追いやられ、ただ朽ちゆくを待つのみの、知る価値も無い無駄な情報。
樹木の枝葉がつくる緑の天井を見ながらそこまで考えて、機姫は否定するように大きく頭を振り乱した。
機姫「違う! そんなことは無い! ワシらの戦いは、犠牲になった者たちの命は、決して無駄では無い! 決して……!」
機姫は叫び、しかしすぐに両手で自分の頭を抱えてしまった。
機姫「うぅ……」
下唇を噛みしめ、胸の奥から込み上がって来る衝動を抑える。
その衝動が何かは機姫にもよく分からない。
それは胸の真ん中に大きな空洞が空いたような虚無感があり、そしてそこにあたかも自分を構成する全てが飲み込まれていくかのような底冷えする恐怖があった。
機姫「ぐ……えぐっ……」
やがて機姫の涙腺が開き、容量限界を超えた感情が涙となって溢れだした時。
「ぴっ?」
機姫は声を──女の子の声を、聞いたような気がした。
機姫「……むぅ?」
むくりと顔を上げ、機姫は辺りを見回す。
?「ぴ?」
小首を傾げる五十センチ程の、緑色の髪の少女。
──アルラウネと目が合った。
機姫「お主……アルラかっ!?」
アルラウネ「ぴぃっ!?」
驚いた機姫が腰を上げて叫ぶと、アルラウネは下半身を埋(うず)めている切り株っぽいもの(通称Bパーツ、分離可能)の根をシャカシャカと忙しく動かして機姫から逃げ出した。
機姫「ま、待て! 何もせん! 何もせんから待ってくれいっ!」
逃げるアルラウネを機姫が大声で呼び止める。
その声は、まるで縋り付くような色を帯びた悲痛なものだった。
アルラウネ「……ぴ?」
ただならぬ機姫の気配を察したのか、一度は機姫の視界から消えたアルラウネだが、すぐに建物の影から半身を覗かせてくる。
機姫「よしよし、何もせん。何もせんぞ」
アルラウネ「……ぴ」
機姫が上げた腰を再び降ろし、両手を広げる。
すると、それを見たアルラウネは警戒心を露にしながらも建物の隅から離れて、少しずつ機姫の方に近づいてきた。
機姫はおそるおそる近づいてくるアルラウネを、まなじりを下げて迎えた。
機姫「よしよし、よい子じゃ。……ふむ、よくよく見てみればお主はアルラではないのう、五百年も経っておれば当然か。
じゃが、どことなく面影がある。もしかするとアルラの小株たちやも知れんな」
アルラウネ「ぴ? ぴっ?」
機姫「お主、仲間からは何と呼ばれておるのじゃ?」
アルラウネ「ぴー?」
機姫の問いにアルラウネは目をぱちくりさせた後、否定するように首を横に振った。
機姫「仲間がおらぬのか? ……いや、違うな。アルラウネ同士ならば呼び名も必要ないのか」
アルラウネ「ぴ!」
びしっとアルラウネが親指を立てた。
機姫「本当に似ておるのう……アルラもそんな底抜けに明るい奴じゃった」
アルラウネ「ぴっぴっぴー!」
機姫「ふふ……のう、お主の事をアルラと呼んでもよいか?」
アルラウネ「ぴ? ぴー!」
機姫が聞いてみると、ばっちこいとばかりにアルラウネは胸を張った。
機姫「おおっ、それならばお主はこれからアルラじゃ。よろしくのう、アルラ」
アルラ「ぴー!」
両手を上げて喜ぶアルラ。
機姫はアルラの小さな体を両手で抱き上げ、自分の胸元に引き寄せる。
そのまま機姫は左手でアルラを支えながら、その頭を右手で優しく撫で回した。
機姫「よーしよしよし、アルラ、アルラよう」
アルラ「ぴー」
機姫「ちなみに、お主の群れはどこじゃ? どうやらお主はワシの知り合いに近しいようでな、もしかしたら何らかの繋がりがあるかもしれん」
アルラ「……ぴー」
だが、アルラウネは申し訳なさそうに機姫へと頭を振ってきた。
機姫「はて? はぐれ者……いや、そうか、『巡礼』か」
アルラ「ぴ!」
びしっと機姫に敬礼しながら、アルラがニヤリと笑った。
この場合の巡礼とは年頃のアルラウネが新天地を求めて旅立つ事を差す。
その規模は、時に『動く森』と形容される程に大きくなる事もあれば、たった一人で旅立つ事もある。
また大陸の果てまで突き進む者もいれば、一夜で飽きて帰って来る者もいる。
ようするに、後先考えない無謀なる若気の至りであった。
ちなみに、巡礼と呼ばれる事になった由縁は、とある神父がアルラウネの大群と遭遇。
アルラウネの花粉(とても幸せになれる成分入り、少量ならば無害)を吸い込んでトリップしちゃって、その経験を神のお告げと言い張り、アルラウネと共に長い巡礼に出たからである。
──ただの中毒症状の気がしないでもない。
機姫「根なし草か……くくっ、我ながら言い得て妙じゃな」
アルラ「ぴっ!」
機姫「ところでな、ワシも根なし草になってしまったようなんじゃ」
アルラ「ぴ?」
機姫「……もし、お主が良いというのならば、ワシと一緒に……」
?「あー! いたいた!」
突然、女の声が機姫の声に割り込んできた。
とっさに機姫が声のした方を振り返ると、そこには二十歳前後の女性が肩で息をしながら立っていた。
機姫「な、なんじゃお主は?」
職員「あ、はい。私は農園の職員です」
機姫「農園? 農園の職員が何の用じゃ? リンゴでも売りに来たのか?」
職員「いえ、農園と言っても植物の栽培地ではなく、妖樹族を保護する農園の方です」
機姫「妖樹族を保護する農園?」
職員「……イヤだなぁ、もう。仕事は激務だし、給料安いし、教科書にも記載されてるのに一般市民からしたらこれだもの」
機姫「ええい! 愚痴ってないで答えんか!」
職員「はいはーい! いま説明しまーす!」
職員は投げやり気味に機姫へと答えた。
職員「妖樹族はとても温厚で、生命力と繁殖力に優れます。まあ、植物に起源を持つ種族ですし、種をバラまいたり株分けしたら勝手に増殖しますし」
機姫「……で、説明は?」
職員「話は最後まで聞いてください。
……こほん、ですが生命力と繁殖力に優れているからこそ、子育てを必要としないんです。野放しです。無責任ですよね?」
機姫「なぜに同意を求める?」
しかし職員、華麗にスルー。
職員「まあ、一応はテレパシー的な物で情報のやり取りはしているようですが……で、そんな純真無垢かつ保護する者もいない妖樹族たちですから、犯罪に巻き込まれやすいんですよ、これが」
機姫「じゃから、保護すると?」
職員「はい、山を一つ丸々使った大農園にたくさんの妖樹族が暮らしています。
最近はドライフラワーとか毒々しい色の果実とかで商業貢献もしていますよ。あ、そうだ。いまパンフレットを……」
機姫「いらん。それよりもこのアルラを、その農園とやらに連れていくつもりか?」
職員「はい、『野良アルラウネがうろちょろしているから引き取りに来てくれ』と報告がありましたから」
機姫「帰れ」
職員「……へ?」
機姫「こやつの面倒はワシが見る。じゃからさっさと帰れ」
職員「あー、そういうことで……いや、そっちの方が我々としてはありがたいですし、なら今から役所へ行きましょうか?」
機姫「……は?」
職員「妖樹族はペットじゃありませんから、あなたは『飼い主』ではなく『保護者』となります。保護者は役所に名前と住所を登録し、犯罪歴などが無いかなどを役所に調べられた後、保護者として適切だと判断された場合にのみ妖樹族とのスローライフを享受できて……」
機姫「……」
職員「あれ? どうしました? 暗い顔をして?
あっ、学生さんでも大丈夫ですよ? 親御さんの許可は要りますけど、審査はぶっちゃけアマアマですから」
機姫「一つよいか?」
職員「どうぞ」
機姫「住所どころか住民登録もない異国の者はどうすればよいのか?」
職員「あぁ……もしかして中立地帯への旅行客の方とかですか?」
機姫「そんな所じゃ、それでワシがアルラの保護者になるにはどうすればよいか?」
職員「よほど信頼筋の方でないと無理ですね。中立地帯への貢献が大きい方や、その地域地域で公の組織に入っている方とかでないと難しいです。
えっと、あなたはそのどちらかに……?」
機姫「……入っておらん」
職員「……」
機姫「……」
アルラ「ぴ?」
嫌な沈黙が辺りに漂う。
だがやがて、職員がおもむろに口を開いて強引に話を進めた。
職員「そ、それじゃ、私はこの娘を連れて行きますね?」
機姫「……」
機姫は口を『へ』の字に曲げ、職員へと恨みがましい目を向けた。
職員「に、にらんでもダメですよ!?」
機姫「……じーっ」
職員「うっ……こ、この娘も仲間が多い方が幸せですよ、きっと」
機姫「む?」
職員「それに今生の別れになる訳でもないですし、犯罪者でもなければ借り宿でも住所にして住民登録をすれば今すぐにでも保護者になれますよ?」
機姫「……」
機姫はアルラに振り返る。
アルラ「ぴ?」
太陽のように明るい笑顔がそこにあった。
そして、それが機姫の決意の一押しになった。
機姫「……生活は」
職員「はい?」
機姫「農園とやらでのアルラの生活は、良いものじゃろうな?」
職員「はい! それはもちろん!」
機姫「そうか、なら……頼む」
アルラ「ぴ?」
機姫はアルラの様子を横目で一度うかがい、そして顔を伏せる。
そんな機姫を見ながらも話を理解出来ていないのだろう、アルラは一人だけ柔らかな笑みを浮かべながら小首を傾げていた。
…………………………
アルラ「ぴー! ぴーっ!」
職員「ちょっ、暴れないで! 落ち着いて!」
機姫「……」
職員「それじゃ、運搬用の麻袋でアルラちゃんを連れて行きますけど、別れの前に何か言っておくことはありますか?」
機姫「言っておくこと……」
考えてみれば、わずか数十分前に出会ったばかりである。語れる話も特にない。
だが、機姫との別れを嫌って暴れるアルラを見ていたら、機姫は自然と唇を動かしていた。
機姫「アルラよ、少しの辛抱じゃ」
アルラ「……ぴ?」
機姫「ワシは必ずお主を迎えに行く。だから……」
言いかけて、言葉を詰まらせる。
過去に、似たような約束を、似たような相手と交わしていた記憶が機姫の脳里によみがえっていた。
その約束は他ならぬ機姫によって破られ、もう実現する事が出来なくなっている。
──はたして、一度破ってしまった約束を、再び『アルラ』と交わしてもよいものか?
──無責任にまた約束を破り、余計に『アルラ』を苦しめる事になるのではないか?
胸中の葛藤が、続く言葉を機姫の肺に押し留める。
機姫「……」
しかし、同時に機姫は疑問も感じていた。
──なぜ、これほどに胸が痛むのか?
アルラとの親交はわずか数十分。
たとえ過去のアルラと容姿や性格が似ていたとしても情が移り過ぎなきらいがある。
それに胸に感じる痛みは、少し前に自分が五百年前の存在だと知った時に覚えた痛みによく似ていて……。
機姫「ああ……そうか」
そこに思い至り、機姫の疑問は氷解した。
──もう、ワシの存在を認めてくれる者はいないのだ。
笑い合える仲間も、帰りを待ってくれる臣下も、守らなければならない国民も、自分を慕ってくれる者はみんないなくなってしまった。
築き上げていた物──絆、自身の価値観、存在意義。
起きた時、すべてが泡沫の夢のように弾けて消えていた。
だから、機姫はこれほどまでに目の前にいるアルラから別れたくないのだ。
自分の存在に価値を与えてくれるアルラから。
機姫「……アルラよ、ワシは必ず迎えに行く。だから待っておれ」
アルラ「ぴっ?」
機姫は麻袋から頭を出すアルラに右手を伸ばし、緑色の髪をくしゃくしゃに撫で回してやった。
戸惑いや迷いは不明瞭な現状認識が招く物だと、機姫は心得ていた。
胸を痛める衝動の根源を理解すれば、機姫に迷いは無かった。
アルラ「ぴ?」
アルラが涙混じりの視線を機姫に向けてくる。
機姫は力強い、どこか不敵にも見える笑顔でアルラに答えた。
機姫「今度は、今度こそは、必ず一緒にひなたぼっこをしようぞ」
すでに、追憶の彼方に思いを馳せる意味はない。
機姫の目の前には自分に好意を寄せてくれる者がいる。
ならば、いま何をやるべきか?
それぐらいは考えずとも、十分に理解できていた。
職員「それではまた。暇がありましたらアルラちゃんに会いに農園まで来て下さいね」
機姫「うむ、すぐにまた会うことになるじゃろう」
アルラ「……ぴ」
機姫「お主も元気でな、アルラ」
釈然としない顔をするアルラに機姫が手を振る。
アルラは少し戸惑っていたようだが、やがて機姫へと手を振り返してきた。
そして、職員がアルラの入った麻袋を持ったままその場を離れ始める。
機姫とアルラはそのまま手を振り続け、それは互いの姿が見えなくなるまで続いたのだった。
機姫「さて、と……これからワシの取るべき行動は……」
アルラと別れ、機姫は首をひねった。
機姫「住居に住民登録……まあ、金じゃな。手っ取り早く集める方法があればよいのじゃが、そうは甘くないか」
そう言って機姫が校舎の壁に、どてっと乱暴に背中を預けた時だった。
女子1『今日は私のおごりだ!』
機姫「ん?」
授業が終わったのか、教室へと戻る女子生徒たちの話し声が渡り廊下から機姫の下に届いて来た。
機姫は聞き耳を立てるつもりは無かったが、そんなことでいちいち移動するのも億劫なので、否応なしに女子たちの話を聞くハメになった。
女子2『なに? 最近、随分と羽振りがいいじゃないの』
女子1『この前の試合で儲けたからね。勇者君さまさまよ!』
女子2『いいなぁ……やっぱり次は私も勇者君に賭けよっと』
女子1『まっ、それが無難だね』
女子2『次の試合はまだかなぁ……待ち遠しいなぁ……』
機姫「勇者? 試合? よくわからんが、そこはかとなく金の匂いがするのう……少し聞いてみるか」
機姫は壁から背中を離し、女子たちへと近づいて行った。
~ 教室・帰りのホームルーム前 ~
勇者「一日の授業がたったの二限で終わった。すっごい楽ちん!」
魔王「そうか、帰ったら私が残りの四限分、みっちりとしごいてやる」
勇者「ごめんなさい許してください調子こいてました」
狐教師「あっ、そうだ思い出した。遅刻と半サボりの罰で、勇者を狐火で焼かないといけなかったな」
勇者「そのまま忘れていて! つーか、前から思ってたけど体罰ですよねそれ!?」
狐教師「体罰ではない。私のウサ晴らしだ」
勇者「なおさら悪いわ!」
吸血女子「……おもちゃにされてるわね」
離れて勇者たちを見ていた吸血女子が呆れたようにつぶやいた時だった。
機械男子「勇者は居るか?」
機械女子「勇者くーん」
機械男子と機械女子の二名が教室へと戻って来た。
勇者「ん? オレならここにいるぞ。ていうか、お前たちも昼休みの後の二限はサボりだったな」
機械女子「えへへ、機姫さんのウェポンラックをいじるのにちょっと熱中しすぎちゃって」
機械男子「授業放棄は引け目を感じるが、とても有意義な時間だった」
狐教師「サボりを有意義とは、教師の前で度胸があるな?」
狐教師の周囲の空間に蒼白い炎が灯った。
機械女子「はわわっ……焼かれる!」
機械男子「ちょっと待ってください先生、勇者に話があるんです」
勇者「オレに話?」
機械男子「ああ、ただオレではなく彼女が、だがな」
機械男子と機械女子の二名が、教室の入口の前から左右に移動する。
すると、二名の影に隠れていたもう一名が新たに姿を現した。
勇者「機姫?」
そこにいたのは機姫だった。
機姫は背中にごついウェポンラックを背負って、腕を胸の前で組んで立っていた。
機姫「うむ、話があるのはワシじゃ。試合とやらをセッティングしてもらいたくてな」
そして機姫は勇者──ではなく魔王に、ニヤリと挑発するような笑みを向けた。
魔王「ふむ、試合をセッティングか」
勇者「金の匂いに目を輝かせないで!」
しかし、華麗にスルーされる勇者。
機姫「うむ、お主らが賭け試合をやっていると聞いてな。小遣い稼ぎに出場したいと思った次第じゃ」
魔王「なるほど」
勇者「何が『なるほど』だよ! やだよオレは! 機姫と戦うの!」
魔王「……ほう? なぜだ?」
勇者「なぜ睨む!? だって機姫は知り合いだし! 女の子だし! いや、男とでも戦いたくないけどさ!」
勇者は精一杯に叫んで拒絶した。
すると、勇者が本気で嫌がってるのを察した魔王は困ったように首をかしげた。
魔王「そうか、困ったな」
機姫「うん? 別に勇者が嫌がっておった所で困る事はないじゃろう?」
だが、そこに機姫の声が浴びせかけられる。
どこか挑発するような声音の機姫に、魔王は訝しげに目を細めた。
魔王「……どういう意味だ?」
機姫「ワシは試合を求めたが、相手が勇者とは一言も言っておらん。
……つまり、わかるな?」
魔王は、ふんっと息を吐いた。
魔王「なるほど、相手は私ということか」
機姫「くく、ご明察じゃな」
教室の空気が、一気に張り詰めたものへと変わった。
魔王「いったい何が狙いだ?」
機姫「金が入り用になっただけ、本当にそれだけじゃ。まあ、ついでにお主の鼻っ柱をへし折って見るのも悪くはなさそうじゃがの?」
魔王「いいだろう、受けて立つ」
吸血女子「決断はやっ!」
勇者「お、おい! 魔王!」
魔王「止めるな勇者。愚弄されながら、おめおめと退くことは出来ない」
機姫「話が早くて助かる。それと金の事じゃが、お互いの全財産を賭けるというのはどうじゃ?」
魔王「全財産だと? お前は一文無しではないのか?」
魔王が眉根を寄せて尋ねると、機姫は自分の背負っているものを右の親指で差し示した。
機姫「ウェポンラックがある。これは今のワシが持つ唯一の財産じゃが、結構な値打ち物じゃ。売ればそれなりの金になるじゃろう」
勇者「なら、それ売って金に換えれば戦わずとも……」
機姫「自分でもそう思う。じゃが、このウェポンラックには思いを込めすぎた。とても自分では手放す事が出来んのじゃよ。……それに」
勇者「?」
機姫「それにな、ワシはそこの魔王に負けるとは到底思えないのじゃ」
その一言が終わると同時に、魔王のシッポが大きく跳ねた。
重い打撃音が響き、辺りに木屑が舞い上がる。
魔王のシッポは近くにあった勇者の机と椅子を一撃の下に粉砕し、粗大ゴミに変えていた。
魔王「外へ出ろ。今すぐ相手になってやる」
そして、魔王はそのまま射殺さんばかりの眼光を機姫へと突き刺したのだった。
~ 一方その頃、農園の管理小屋 ~
職員「新しくアルラウネちゃんを連れて来ました」
農園長「おう! そのアルラウネはどんな感じだい?」
職員「はい、陽気でお調子者。通常のアルラウネと同じ土壌で大丈夫かと……あれ?」
麻袋の中身を確認していた職員は目を丸くした。
農園長「どうした?」
職員「いえ、アルラウネちゃんの様子が」
アルラ「ぴーぴーぴーぴーぴーぴー……」
職員「目をつぶって鳴き続けてますけど……これは?」
農園長「……こりゃ、交信してるな」
職員「交信? テレパシー的なアレですか?」
農園長「ああ、テレパシー的なアレだ。珍しいな、離れた仲間に危険を知らせる時とかにしか見れないもんだが……」
職員「え? なら、ここに危険が迫ってるんですか!?」
農園長「いや、違う。多分、同族……長老アルラウネあたりと交信しているんだろう」
長老アルラウネとは、農園の中で一番歳を食ってるアルラウネのことである。
長老アルラウネは中立地帯が成立する遥か昔、今は初老の農園長が産まれるずっと前から存在するらしく、その正確な年齢を知る者はいない。
だが、全長三十メートルを超える巨体からはその刻んできた歴史の深さがうかがい知れた。
職員「長老アルラウネと交信? それは無いんじゃないですかね?」
農園長「うん? どうしてそう思う?」
職員「だって長老アルラウネって言ったら、延々と一人で大陸を『巡礼』し続けた一匹狼の根なし草ですよ?
中立地帯に農園が出来てすぐに保護されましたけど、今もおとなしくしているのは巨体に家を破壊されて怒り狂った住民に襲われて傷を負ったせいですし……」
農園長「仲間と仲良くするわけが無い、と?」
職員「はい」
農園長「読みが甘いな」
職員「……へ?」
農園長「長老アルラウネは一匹狼なんかじゃない。目を見たら分かる。アイツは好き好んで一人になっているわけじゃない」
職員「はぁ、なら何でまたそんな……」
農園長「きっと何かを探しているだけさ。おそらく、もう絶対に見つからない何かをずっとな。だから、傷で動けなくなった今もこうやって情報だけは集めてるんだろうよ」
職員「そういうものですか……」
アルラ「ぴーぴーぴーぴーぴーぴーぴー……」
職員「でも、少しばかり長くないですかね?」
農園長「そうだな、何か有用な情報でも持ってたんじゃないか?」
職員「有用な情報? 農園長の言う探し物の情報とかですか?」
農園長「かもな、まあ言葉のあやだからまともに……」
農園長が話している最中だった。
急に、管理小屋を大きな揺れが襲った。
農園長「うおっ!?」
職員「きゃっ!?」
地面から突き上げてくるような揺れに、二人は腰を落としてその場に片膝をついた。
職員「じ、地震!?」
農園長「いや、これは……まさか!?」
唐突に、管理小屋に影が差す。
農園長が弾かれたように窓の外へと目を向ける。
──森が、小屋の手前まで迫っていた。
農園長「やべぇ!? 逃げろっ!」
職員「はい?」
しかし、二人が逃げる間もなく管理小屋は森に飲み込まれた。
農園長「ぬわーっ!?」
職員「きゃーっ!?」
崩れていく管理小屋。瓦礫に飲み込まれていく農園長と職員。
アルラ「ぴーっ!」
その中で、アルラは動く森の中央──天を貫かんばかりの巨木の幹に飛び付いた。
巨木は管理小屋に突っ込んだ勢いをそのままにして、アルラをくっつけたまま山を下り始めた。
すると、他の木々は巨木に追従するように後を追う。さながら、動く森のように。
どうやら動く森は大小様々なアルラウネによって構成されているようで、皆お祭りのような軽い気分で騒動に乗っかっただけのようだった。
──ただ『アルラ』を除いて。
~ 数分後 ~
農園長「おーい、生きてるかー?」
職員「はい……一応」
瓦礫の下から二人が顔を出した。
農園長「いやー、驚いた驚いた。巡礼に出くわすとはな、もう少し長く留まられていたらトリップしていた所だな」
職員「農園長」
農園長「何だ?」
職員「泣いていいですか?」
農園長「アルラウネの大群を上に報告したらな。まあ、俺たちよりも奴らが街に到達するのが先だろうが……って、逃げるな!」
農園長のゴツゴツした手が逃げる職員の首筋を掴んだ。
職員「はーなーしーてーっ!」
農園長「なぁ、一緒に責任とろうや……?」
職員「やだーっ!! ……へぶしっ!?」
職員の泣き声は、しかし農園長のゲンコツで無理やり止められたのだった。
~ 再び学校に戻って、校庭 ~
吸血女子『あーあー、テステス……隣のマンイーターはよく客食うマンイーターだ』
勇者『……どんな早口言葉だよ』
勇者は小さく吸血女子に突っ込んだ。
いま勇者がいる場所は陸上のトラックの手前にあるテント張りの放送席。
勇者の左右のイスに座るのはお馴染みの吸血女子と、解説役になりつつある生徒会長。
しかし、そこにいつもならばあるはずの魔王の姿はない。
魔王は現在、陸上のトラックの内側。校庭の真ん中で腕を組み、機姫と真っ正面から睨み合っていた。
魔王「……」
機姫「……」
吸血女子『さてさて! 始まると同時にしょっぱなからクライマックス! ガン飛ばす両者の闘志が空中でぶつかり合っては火花を散らしています!』
ギャラリー「ひゅーひゅー!」
吸血女子『そして校庭をワラワラと囲む学年を問わないギャラリーたち! 急きょ開かれた試合だというのに耳ざとく集まって来るあたり、暇人というか何というか逸脱した狂気さえ感じさせますね!』
会長『お祭り騒ぎが好きな連中が多いからね』
勇者『賭け事に走る不良も多いがな』
吸血女子『それでは皆さんの一番気になる所を、色々な説明をはしょって……倍率ドンッ!』
倍率表
魔王……1.1倍
機姫……10倍
吸血女子『圧倒的! 魔王はやはり大本命だった!』
会長『機姫君の情報がビラ一枚じゃ、さすがに魔王君の生ける伝説にはかなわないね』
勇者『ビラ? 何だそれ?』
吸血女子『海から現れた身寄りの無い機械族! 日銭を稼ぐため、そして真の愛を獲るために魔王へと刄を向ける! お前の全財産は俺の物! 俺の全財産は俺の物!
……という内容』
勇者『書いたの絶対にお前だよな? つーか、真の愛って何だ?』
吸血女子『おや? 「魔王の全財産をよこせ」って事は「勇者君もよこせ」って事ですよね?』
勇者『違うよ!? オレにはちゃんと自由意志と人権があるよっ! 誰の物でもないよっ!』
魔王「……っ!?」
吸血女子『おや? 魔王さんが驚いた顔でこちらを見ていますよ』
勇者『なにその「えっ、違うのか?」みたいな顔!? オレの主張が間違ってるみたいな感じになるからやめてっ!』
会長『それで、今回の勝負方法は何かな? 出来るだけおとなしい方がボクとしては喜ばしいけれど……』
吸血女子『舞台は校庭! 何でもありのデスマッチ! 相手を先に行動不能にするかギブアップさせたら勝ち! うーん、わかりやすい!』
ギャラリー「イヤッホゥーッ!!」
会長『……』
勇者『おいおい、物騒にも程があるぞ……』
吸血女子『あれれ? それにしては落ち着いている勇者君。きっと魔王さんを信頼しているのでしょう。
愛が繋ぐ信頼関係……ああ、うらやましいうらやましい』
ギャラリー「爆発しちまえっ!!」
勇者『文字通りに無敵だからあまり心配する必要が無いだけだよ! それとさっきからオレをいじり過ぎだ吸血女子!
さては、前の試合で魔王に首を「きゅっ」てされた事が恐ろしくて、魔王に話を向けられないんだな!?』
吸血女子『バッ、バカな事を言ってはいけません! 報道は清く正しく中立をモットーと表向きに……』
勇者『表向きだけじゃなく行動で示せ、行動で』
吸血女子『……わかりました。私とて報道に関わる一人、決意をみせましょう』
会長『決意? それは……』
吸血女子『こうです! ……こほん、魔王のバーカ! 勇者フェチ! マネーの虎!』
魔王「魔王ビーム(収束)」
──ずびゅん、と赤い光条が吸血女子の頬スレスレを走り抜けた。
焼け焦げたような臭いと共に、吸血女子の長い金髪が数本ほど千切れて地面に舞い落ちる。
勇者『……』
会長『……』
吸血女子『さあ、これでどうあがいても試合後に私を待ち受ける結末は一つになりました!
ゆえに、本気でビシバシ行かせてもらいます!』
勇者『あ、ああ……うん。その、なんかゴメン』
機姫「あれだけの魔力を収束か、随分と器用な真似をするのじゃな?」
魔王「……ふん、そういうお前は不器用そうだ」
機姫「不器用? 手先は器用じゃと自負しておるが?」
魔王「……お前はそれなりに悪知恵が働きそうだ。口八丁で当面の金を稼ぐくらいは出来るはず。
しかし、数ある選択肢からあえて私への勝負という手段を選び、あまつさえ挑発までして私を半ば強引に勝負へと巻き込んだ。
だが、こうやって対峙するお前から感じるのは純粋な覚悟。これは実のある利益を追う者の気配ではなく、精神的な誉れを求める者の気配に近い」
機姫「……ほう?」
意外なものを見るように、機姫の目が丸くなった。
機姫「案外、口も達者なようじゃのう? なるほどなるほど、ワシは本心を隠すために、俗世にまみれた金の亡者のフリをする不器用者か。
……くく、少しばかりワシを買いかぶりすぎじゃな」
魔王「む?」
機姫「ワシは騎士のように誉れなんぞ求めておらんし、本心から利益を求めておるのじゃよ?
まあ、お主の慧眼を讃えて、一つ例え話をしておいてやろう」
魔王「例え話?」
機姫「うむ。それでは語ろうぞ。
……むかしむかしのこと、多くの仲間に慕われたチェスのキングがいた。じゃが、ある日キングが目を覚ますと、そこは将棋の盤の上じゃった」
魔王「……」
機姫「キングは一人ぼっち、仲間がいないために軍団の再編も出来ない。その上、将棋盤の上で通用するには身を削って将棋の駒になるしかない。
じゃが、キングはそれを躊躇(ちゅうちょ)した。なぜなら……」
魔王「身を削って形を変えたら、チェス盤の上にはもう戻れない。それは自分の過去を完全に断ち切るのと同義だった」
機姫「……っ!」
魔王「ヒントが多すぎる。知って欲しいのならば直接言えば良いというのに、本当に不器用者だな」
機姫「……くく、そうじゃな……確かに、ワシは不器用者のようじゃ」
勇者「あの二人、何を話してるんだ?」
会長「さあ? ボクも特別に耳がいいわけでもないし」
吸血女子『おおっ! 試合開始前から舌戦が繰り広げられています! 泥沼化した三角関係を清算するのは果たしてどちらの拳なのでしょうかっ!?』
勇者「そしてこいつは……」
会長「……うーん」
勇者「あれ? どうしました生徒会長?」
会長「いや、ボクに求められているのは解説なんだろうけど、機械族については少し知識が……」
機械男子「なら、オレが手伝おうか?」
機械女子「それじゃ、私も」
会長「ん? 君たちは……」
勇者「あっ、オレのクラスメイトっす。ていうか、どうしたんだ二人そろって?」
機械男子「ああ、勇者に話しておかなくてはいけない事があってな」
機械女子「うん、それと聞いておきたい事も」
勇者「……? 何だよ、いったい」
機械女子「えっとね、実は……」
吸血女子『さあ、そろそろ試合開始の頃合いでしょうか? では、両名とも位置について……』
機械男子「おっと、試合が始まるな。仕方ない、観戦しながらでいいから聞いておいてくれ」
勇者「あ、ああ、わかった」
~ 校庭・中央 ~
魔王「ふん、お前がどういった類(たぐ)いの手合いかは察しがついた。だが、こちらが一方的に難癖をつけられたという事実は変わっていない。
薙払わせてもらうぞ、降り掛かる火の粉をな」
機姫「うむ、大した気迫じゃ。それでよい。いや、そうでなければ困る」
魔王「……どういうことだ?」
機姫「『今』を生きるお主は知る由もないじゃろうが、お主は──魔王という名は、ワシにとってとてつもなく特別かつ大きな意味合いがある。前に進むにしても後ろに退くにしても、常に魔王の影が道を暗く閉ざすのじゃ。
一度、踏ん切りをつけねばままならん。じゃから、それは手加減された中途半端な勝負であってはならんのじゃ」
魔王「そうか、ならば完膚無きまでに叩き潰してやろう」
機姫「ああ、是非ともそうして欲しいのう。……やれるものならばなっ!」
そして、戦いのゴングが大きく鳴り響いた。
機姫「はっ!」
魔王「ふっ!」
吸血女子『ゴングが鳴ると同時、両名とも弾かれたように距離を取る! まずは様子見かっ!?』
会長『魔王君の戦法は魔術が主体。戦いが校庭に限られているなら全域をカバー可能だ。無理に接近する必要は無い。
対する機姫君は……よくわからないけど、体格的に接近戦は苦手そうだね』
吸血女子『おおっと、会長! 本当に機械族が相手の説明は凡庸極まりないぞ!』
機械男子『ならば代わりにオレが説明しよう。機姫が背負っているウェポンラックには、複数の武器が収納……いや、ラック自体が武器で構成されていると言っても過言ではない』
勇者『背中のは武器の塊か、道理でゴツイ印象なわけだ』
機械男子『ああ、そしてその性能を一言で表すならば「動く砦」だ』
会長『動く砦? 物々しいのは理解出来るけど、砦というのはいったいどういう……』
機械女子『あっ! 機姫さんが仕掛けます!』
会長が聞いている途中で機械女子が声を上げ、それは放送席に留まらず、マイクを通して校内のスピーカーから放たれた。
放送席の皆と、校庭を囲む生徒たちの視線が一斉に機姫へと向かう。
数百の視線を一身に受けながら、機姫は腰の後ろに素早く右手を回した。
機姫「武器解放『探照砲』!」
機姫が叫んだ瞬間、ウェポンラックの一部が蠢いた。
ある部位は盛り上がり、またある部位は大きく陥没する。
整然とした滑らかな動きで、形を変えるに要したのは一秒足らず。
そして機姫が右手を上に伸ばして高く掲げた時、その手には今しがたまで存在しなかった円筒形の金属塊が握られていた。
機姫「シュート!」
そのまま機姫が叫び、金属塊の突起を人差し指で引く。
刹那、紫電が金属塊の円筒口で瞬き、光弾を上空に向けて打ち放った。
魔王「目眩ましかっ!」
効果を予測し、魔王が瞬時に自分の顔を両腕で覆う。
それから数瞬ほど遅れて、打ち上げられた光弾が炸裂。上空からまばゆい閃光が降り注いで来た。
魔王「……くっ!」
ガードしたものの、魔王の腕と腕の僅かな隙間から網膜を焼き切らんばかりの強烈な光が侵入してきた。 魔王の瞳の奥で、残光が視界を白く塗り潰していく。
やがて上空の光が収まると、魔王は上手く像を引き結べない目を酷使し、機姫のいた場所を確認した。
ギャラリーたち「ぎゃーっ!」
人男子「目がー! 目がー!!」
狐教師「タタリじゃー! 天狗のタタリじゃー!」
モロに光を見上げてしまったギャラリーたちの悲鳴を背景に、だがしかし機姫は腕を組んで一歩も動いていなかった。
魔王「……なぜ仕掛けない! 私を馬鹿にしているのか!」
機姫「そんな事はない。ただ、お主は試合前に魔王ビームという手の内をワシに見せた。だからワシも手の内を見せて返したまでじゃ。
戦法は違えど、開始条件は対等でなければいけぬ」
牙を剥く魔王に機姫が至極真面目な顔で答えた。
魔王「……そうか、ならば!」
機姫「うむ、続けようぞ! 正々堂々と、我々の戦いをな!」
~ 放送席 ~
吸血女子『初手は閃光弾による目眩まし! やっとこさ物が見え始めた私にはその間に何があったのかサッパリですが、現在は両者の間で激しい攻撃の応酬が繰り広げられている!
魔王の魔法で大地が爆ぜ、機姫の銃撃がトラックに新たなレーンを抉り刻んでいく! ここは本当に校庭か!? かくの如き惨状の前では手付かずの荒野も整地された街路に等しく思えて来ます!』
会長『子供の頃に戦争映画を見た事があるけど、もうもうと辺りに立ち込め始めた土煙と爆煙の今の眺めがそれと酷似しているね』
吸血女子『流れを見ないまったりとした意見をありがとうございます!
しかし、戦争という例えは確かにピッタリ! ここは戦地、魔王と機姫の決戦の場! ならばこそ、この校庭の惨状はむしろ二人に相応しいのかもしれません!』
勇者「無茶をやるなぁ……」
機械女子「でも、まだお互いに牽制しあっている感じですね」
機械男子「ちょうどいい。勇者、今のうちに用事を済ませておこう」
勇者「そういえば話があるんだったな。何の話だっけ?」
機械男子「機姫のウェポンラックについてだ」
勇者「機姫のウェポンラック? 確か、おまえら二人で放課後までいじっていたよな、アレ」
機械女子「はい、私たち二人で機姫ちゃんのウェポンラックを修理ついでにくまなくいじって眼福していたんですけど……」
機械男子「いくつか気になる事があってな」
勇者「なんだ? 言ってくれ」
機械男子「まずウェポンラックだが、アレは現代では既に失われている古代の技術が多分に使われている」
機械女子「それはもう過去の大戦で喪失した技術がたっぷりとです。アレは現代で製作する事はおろか、探して入手する事も困難な代物です」
勇者「へぇ? 機姫の言ってた通りに値打ちものだったんだな。でも、なんで機姫がそんな物を?」
機械女子「その事なんですけど……」
機械男子「ウェポンラックの中身は経年劣化を防ぐために、入念なコーティング処理が施されていた。だが一部のパーツは消耗品だったようでコーティング処理から洩れ、錆びて朽ち崩れていた。
その消耗品パーツの様子からどれくらいの年月が経過したのかを知る事が出来たのだが……」
機械女子「おおむね百年以上は経過していたんです」
勇者「百年以上昔のもの……代々伝わる家宝みたいなものか」
機械男子「……」
機械女子「……」
勇者「どうした二人とも? 急に押し黙って」
機械男子「勇者、実はウェポンラックの中で見つけた物がもう一つあるんだ。コーティング処理のおかげで新品同然の輝きを放つ魔導核だ。
そして、そこには機械族の王家の紋章が刻まれていた」
機械女子「だけど、機械族には現在、王家はありません。過去の大戦で王家の親類縁者もすべていなくなり、その系譜は五百年も昔に途絶えています」
勇者「なんだって? じゃあ機姫は途絶えた王家の末裔……いや、違うな。親類縁者もすべていなくなったって言ったよな。どういう意味だ?」
首をかしげる勇者に、機械男子は無言で右手を差し出す。
その手には、一枚の新聞紙が握りしめられていた。
勇者「新聞……だよな?」
機械男子「読んでくれ、右の見出しの奴だ」
勇者「わかった。どれどれ……海底調査?」
機械男子「勇者は遅れて来たから説明していないが、それは過去の大戦で破壊された機械族の兵器の調査結果だ。問題は当時、その兵器に搭乗して決戦に赴いた機械族の総大将である王族の名だ」
勇者「総大将の王族……これか。えっとなになに『なお、最後の王族であった機姫が搭乗していた決戦兵器は飛行兵器であった可能性も示唆されているが……』」
機械男子「……」
機械女子「……」
勇者「……え?」
機械男子「わかったか?」
勇者「最後の王族が機姫って……え、いやでも……えっ?」
機械女子「混乱する気持ちはわかるよ。五百年前の事だし、私もただ同じ呼び名だと思って疑問に思ってなかったもん」
機械男子「それで確認のために勇者に聞いておきたいんだが、機姫が海の中で眠りについていた時の装置はどんな物だ?」
勇者「どんな物って言われても、機姫から聞いただけだしな」
機械女子「それでいいよ。やけに高性能だったり過保護とも呼べる感じだったり、とにかく『お偉いさん仕様』ぽかった情報はない?」
勇者「……ある、な。生命維持だかなんだか、周囲の魔力を取り込む半永久機関が備わってるだか」
機械女子「周囲の魔力を取り込む半永久機関!? それって古代技術の中でも最上級の技術だよ!」
機械男子「……確定か」
勇者「機姫が五百年前の王族……」
~ 校庭 ~
互いに間接攻撃が主なために、機姫と魔王は自分の攻撃で地面を隆起、または沈降させて凹凸を造り、簡易的な防御陣地を構築していた。
機姫「……情報が集まったな」
機姫は身を低くしながら一つ息を吐いて呼吸を整え、背後のウェポンラックに頭の中で命令を下した。
ウェポンラックは機姫からの命令──通信を受け、一兵卒の如く忠実に行動を開始する。
機姫『敵性個体の能力解析を終了! 特効弾の形成を行う!』
命令を下しながら機姫は持っている銃を一旦、ウェポンラックに戻した。
機姫『敵性個体の魔術障壁は闇と炎の複合属性!
同属性による弾頭を形成して障壁に干渉しつつ、障壁の骨格となっているであろう闇属性に相反する光属性を硬芯にして打ち破る!』
機姫は再びウェポンラックに手をやる。
渡されたのは、長い銃身を持つ狙撃銃だった。
機姫「決着となるか、勝利への布石となるか──シュートッ!」
そして機姫は防御陣地から身を乗り出し、視界に映った魔王に向けて狙撃銃のトリガーを引いた。
~ 校庭・魔王サイド ~
魔王「むう、なかなかにやる」
魔王は地面から突き出した土塊に背中を預けつつ、一人つぶやいた。
魔王「しかし様子がおかしい。撃ってくるのは実体弾ではなく魔術弾だけ。だがヤツから感じる魔力量から察するに、これではすぐに魔力が底をつくはず。
……つまり、何かを狙っているという事になる」
──仕掛けてみるか。
魔王は手のひらに魔力を集めて黒炎を灯すと、土塊から背中を離して機姫の方へと勢いよく飛び出し、そして──
機姫「シュートッ!」
──銃を構える機姫と、正面から目が合った。
魔王「っ!」
機姫の構える銃の口に紫電が纏うのが見えた次の瞬間、魔王の防御障壁に何かが突き刺さった。
その何かが機姫の放った銃弾だと魔王が理解するよりも先に、百メートル弱の距離を目にも留まらぬ速度で飛翔してきた銃弾が行動を起こす。
魔王の防御障壁と同じ属性の魔力で構成された弾頭はその身を削り、同属性である魔王の防御障壁に干渉して、異物を反する障壁の斥力を減退させる。
だが魔王の強大な魔力を前に、弾頭は健闘むなしく飛散。防御障壁を僅かに進んだ所で役目を終える。しかし、銃弾全体が死んだ訳ではない。
弾頭の内側、光属性で構成された硬芯がまだ残っていた。
硬芯は魔王の防御障壁の主な比率となっている闇属性と相反、対になる属性同士で消滅を始める。
そして、その反応の際に発するエネルギーを爆風として辺りに一斉に撒き散らす──寸前、
魔王「はッ!」
魔王が右の手のひらに灯る黒炎を、崩れゆく硬芯に真正面から叩きつけた。
光と音の奔流が激震となって校庭全体を襲い、遠く離れた校舎の窓を叩き割った。
間一髪、直撃を逃れた魔王は吹き荒れる破壊の猛威の中で、自分の前方に魔力を集中させた。
その視線の向こうには、棒立ちで固まる機姫の姿。
引いて態勢を立て直すのは肝要だが、好機と捉えればどこまでも勇往邁進。
魔王はそんな自分の考えに沿って、隙を見せた機姫に最大級の反撃をお見舞いした。
魔王「魔王ビームッ!」
~ 放送席 ~
吸血女子『激しい攻防が繰り広げられている! だがしかし! ここで魔王の前方に魔方陣が出現! 決めるか!? 決めてしまうのか!?』
機械男子「魔王ビームか……」
会長「おや? 爆発オチはダメかい?」
勇者「爆発オチってアンタ……」
機械男子「会長、そういう意味ではありません。……勇者、少し前にオレが機姫のウェポンラックを『動く砦』と評したのを覚えているか?」
勇者「ん? ああ、そういや言ってたな。でも砦という感じは特に……」
機械男子「よく見ていろ。答えが出る」
勇者「答えが出る? それはどういう……」
吸血女子『そして今、王手が放たれたーッ!』
魔王「魔王ビームッ!」
魔王の魔力が幾重にも連なる紅い光線となって機姫に殺到する。
しかし、その圧倒的暴威を前に、機姫は不敵な笑みを浮かべながら、声高らかと叫んだ。
機姫「それを……待っておったーッ!」
機姫は背後のウェポンラックから何かを取り出し、正面──迫り来る魔王ビームに向けた。
それは、光沢放つ黒い鋼の盾。
機姫は腰を深く落とし、鋼盾を両手で突き出す構えで魔王ビームを正面から受け止めた。
魔王「なにっ!?」
鋼盾に直撃した魔王ビームは紅い光の軌跡を残したまま消滅。否、盾に溶け込むように吸収されていった。
機姫「くくっ、すまんな? 長年海の底にいて魔導核もガス欠じゃったが……今ので充填されたわ!」
魔王「……くっ!」
機姫「では、『成』らせてもらうぞ! 全兵装解除『プロモーション』!」
言うが早いか、機姫のウェポンラックが駆動音を上げ、ものの数秒でその中身すべてを機姫の周囲に展開した。
機姫「……ふむ、あの機械族の二人はよく調整してくれたようじゃの、後で感謝せねばな」
二、三度と腕を回し、機姫はニヤリと微笑んだ。
機姫は今、鋼の砦の中にいた。
両肩の上には握り拳大の口径を持つ二連砲門がそれぞれ鎮座し、左手には鋼盾、右手には蒼く輝く魔刃を先端に備えた突撃銃。
脚部のふくろはぎに取り付けられた大型のブースターがホバーによって機姫を数十センチほど宙に浮かばせ、その周りを更にぐるりと取り囲むように黒剣が六本ほど支えも無しに、まるで番犬の如く機姫に追従していた。
魔王「……それがお前の全力か?」
機姫「いかにも。くく、怖じ気づいたか? 降参するならば今のうちじゃぞ?」
魔王「いや、張り合いが無さすぎて退屈していた所だ。これで少しは楽しめる」
機姫「……面白い! ならばしかと味わうがよい! 機械族最強の我が力を!」
そして、二人は同時に駆け出した。
第二ラウンドの始まりである。
…………………………
機姫「穿ち抜け『クイーン』!」
魔王「魔王ビーム(連射)!」
ギャラリー「ぐわーっ!」
吸血女子『並行ダッシュからの射撃戦! 突撃銃からの魔弾と魔王ビームの交差する死線をかいくぐり続ける二人! 豪胆なる勇気! クソ度胸! そして流れ弾に巻き込まれるモブキャラたち!』
勇者『……ちっ』
吸血女子『あれ? どうしました勇者君? 何だか機嫌が悪いようですが』
勇者『いや、少しやりすぎじゃないのか、コレ?』
会長『そうだね。少し熱くなりすぎてる気もするね』
吸血女子『でも、前の勇者君の剣道勝負も似たようなものでしたよ?』
勇者『いや、そうじゃなくてだな……ええい、くそっ!』
苛立たしげに勇者が頭を掻いた時だった。
機姫「喰らい付け『ナイト』!」
機姫が突撃銃のマガジンを交換。
そのまま真上に向けて発砲した。
吸血女子『おやっ!? なぜ何もない空に向けて……っと、弾丸が急に進行方向を変えたーッ!?』
天を目指していた機姫の銃弾は意思を持ったように途中で軌道を変え、空に弧を描きながら疾駆する。
それらのアギトの集う先は、言わずと知れた魔王の下。
予測不可能な弾道は魔王に回避を許さず、魔王の防御障壁に次々と牙を食い込ませた。
重厚な防御障壁によって銃弾のことごとくをかろうじて受け止める魔王だが、その攻撃の過負荷によって障壁が軋み、生まれた術式の乱れが頭痛となって魔王に伝わる。
魔王「くぅ……」
吸血女子『なんとここに来て魔王に苦悶の表情が浮かぶ! 効果がある! これはまさかが起こりうるのでしょうか!? どうでしょうか勇者君!』
勇者『……やめだ』
吸血女子『そう! やめだ! ……え?』
勇者『こんな試合は認められない! 柔道なり剣道なり、せめて公式のスポーツで勝負を決めるべきだ!』
吸血女子『いまさら!?』
突っ込みを入れる吸血女子だが、勇者の決意は固いらしく、勇者は強い眼差しで校庭の二人を睨みつつ放送席から腰を上げた。
魔王「待て、勇者!」
勇者『待たない! こんなバカ騒ぎはすぐに……』
魔王「ああ、もう終わりだ。私の勝ちでな」
機姫「ほう?」
吸血女子『なんと! 魔王の勝利宣言だーっ! ひーこら言ってたクセにどの口がそんな事を言えるのか!?』
勇者『吸血女子の言ってる通りだ! そんなこと……』
魔王「信用しろ!」
勇者『……っ!』
魔王「私を信用しろ! 十分……いや、七分あればカタが付く!」
勇者『……』
魔王「……」
勇者と魔王の視線が重なる。
二人は真っ向からじっと見つめ合い──やがて、先に折れたのは勇者だった。
勇者『なら、さっさと終わらせろ!』
魔王「ああ! もちろんだ!」
勇者は再び放送席に腰を落とした。
機姫「言ってくれるのう? しかも、たった七分でカタを付けると? 何ぞ策でもあるのか?」
魔王「ああ、策を弄するのは貴様だけではないからな」
機姫「ならば……見せてみよ! このワシを打ち破る策とやらを!」
魔王「……」
機姫が吠える。
対する魔王は無言で、自分のシッポを後方高く跳ね上げた。
魔王「ふーりふーり」
そして、シッポを左右に大きく揺らす。
機姫「……は?」
魔王「ふーりふーり」
揺らす。
機姫「……」
魔王「ふーりふーり」
機姫「ふ、ふざけるでないわーッ!」
機姫がキレた。
機姫の突撃銃から誘導弾が連続で射出される。
忠勇なる機姫のシモベたちは魔王に向けて次々と飛翔し、
機姫「なっ!?」
──見当違いの方向へと飛んでいった。
機姫「ば、ばかなっ!」
魔王「ふーりふーり」
機姫「くっ!」
歯がみして射撃を続ける機姫。
だが結果は変わらない。
誘導弾は標的である魔王を逸れ、ギャラリーやら地面やら勇者やらに着弾した。
ギャラリー「ぎゃーっ!?」
勇者「ぎゃーっ!?」
吸血女子『こ、これはどういう事でしょうか!? 機姫ノーコン! 草野球へ酒ビン片手に乱入してきた酔いどれオヤジ並みにノーコンです!』
会長『むう、あれは……』
吸血女子『知っているんですか会長!』
会長『魔王君のシッポの先に魔力が集中しているようだ。アレが原因かな?』
吸血女子『魔王さんのシッポの先に魔力が?』
機械男子『……なるほど、ジャミングか!』
機械女子『魔王さんのシッポの先から発散される魔力が、機姫さんの誘導弾のロックを阻害しているんですね!』
機姫「な、なんじゃと!? くっ、ならば直接に狙い撃つまでじゃ! 『ビショップ』!」
機姫の両肩の砲門が魔王に照準を合わせた。
機姫「放てぇいッ!」
機姫の号令一下、砲弾が──放たれない。
機姫「……え?」
魔王「ふーりふーり」
機姫「は、放てッ!」
──ぽふん。
やっとこさ撃ち出されたものは、すかしっぺのような空気砲だった。
機姫「なぜじゃーッ!?」
魔王「アレだけバカスカ魔力を放出したのだ、それぐらい気付け」
機姫「放出量くらいちゃんと調整しておる! 払底状況に陥るなどと……」
魔王「だから、気付けと言っている。魔力の流れにな」
機姫「流れ? ……はッ!」
言われて、機姫は初めて気が付いた。構えている突撃銃の先から魔王の下へと、魔力が少しずつ流出していることに。
魔王「元々は私の魔力だ、引き戻すのは容易い。経路は弾道としてお前が作ってくれたしな」
機姫「い、いつからじゃ! いつから仕掛けておったのじゃ!」
魔王「魔王ビームを盾に吸い込まれる前だ。アレだけ立ち回りの慎重なお前が、私の前で棒立ちのまま停止。わざとらしいにも程がある。だから魔王ビームに細工をし、わずかながら魔力を遠隔操作できるようにしておいた。
まあ、反射されるだろうと見越してだったが、まさか吸収されるとは思わなかったぞ」
機姫「く、うぅっ……!」
魔王「さて、『詰み』か?」
機姫「まだじゃ! まだワシの魔力は底をついておらん!」
機姫はブースターを吹かせ、六振りの黒剣を従えながら魔王に突撃した。
機姫「行くぞーッ!」
機姫がホバーで地面を滑りながら、突撃銃を槍のように構える。
先端に備えた蒼刃が機姫の意気に応え、猛々しく輝いた。
機姫「はあーッ!」
魔王「魔王足払い」
──すてーん。
機姫「ぬわーっ!?」
魔王の足払いが炸裂、ホバーは急に止まれない。
機姫は突撃の勢いをそのままにゴロゴロと地面を転がり、数十メートル先でやっと止まった。
魔王「降参か?」
機姫「──ま、まだまだぁッ!」
機姫が体を跳ね起こし、突撃銃を魔王に向けて発砲する。
魔王「ふーりふーり」
だが魔王のジャミングで、誘導弾はあさっての方向へと飛んでいった。
機姫「……くっ!」
…………………………
…… ギャラリー ……
人男子「……なぁ、馬男子」
馬男子「あぁ、オレもいまさら気付いた」
獣男子「どうかしたんスか?」
蜥蜴男子「……魔王さんがシッポを上げてただろ。スカートも、シッポで持ち上がってたよな?」
獣男子「……!?」
火霊男子「もし、次に機姫が誘導弾を撃った時、魔王さんの背後に回る事が出来れば……」
人男子「刻が……見えるッ!!」
魔王「……」
──くるり。
魔王「魔王ビーム(拡散)」
一同「あんぎゃーっ!?」
吸血女子『魔王! ギャラリーに向けて魔王ビームッ! 男子どもが吹っ飛んだーッ!』
魔王「誤射だ」
吸血女子『平然とぬかしやがったーッ!? さすが魔王、容赦が無ーいッ!』
機姫「ぜいっ……ぜいっ……やはり射撃ではダメか、突貫する!」
吸血女子『二度目の突貫! 浮遊する六本の黒剣が魔王に向かう! 機姫本人も突撃銃を構えて銃刀で斬り掛かったーッ!』
機姫「ぬおりゃりゃりゃーッ!」
魔王「てい、ていっ」
吸血女子『しかし魔王! 腕とシッポを振り動かし、これを軽くあしらっていくーッ!』
機械女子『痛くないのかなぁ……?』
会長『魔力で防護膜を張っているから大丈夫みたいだね。
でも結構な武道の心得に、怖じ気付かない度胸が無いとあんな芸当は出来ない。さすが魔王君』
機姫「な、ならば一斉攻撃じゃ!」
吸血女子『おおっと!? 機姫が全ての剣を振り開き、右から左、左から右へと斬り付けるッ! さながら閉じられる肉食獣の牙!
はたして、魔王はいかにこの窮地を突破するかーッ!?』
魔王「……魔王回避」
吸血女子『魔王、華麗にバックステップ! 機姫の剣が空を斬ったー! あっけなーい!』
機姫「ぐ……」
魔王「一斉攻撃の場合、必ず当てられる確証がないならば逃げ道を防ぐようにするか、一度の回避で終了させないように攻撃と攻撃の間にはわずかな時間差を置くべきだ。
やはり、お前は直接の戦闘経験が希薄のようだな」
機姫「……ふんっ! 戦闘経験が少なければどうしたと言うのじゃ! ワシは退かんぞ!」
頭を振り、髪についていた土を払いながら機姫は魔王を睨みつけた。
機姫「ワシは『魔王』を倒す! 『魔王』を倒したという事実を、今は亡き同胞たちへと供し、ワシは明日へと向かうのじゃ!」
魔王「そうか、そうだったな。ケジメをつける戦いゆえに退けない、ならば──」
魔王は右手で握り拳を作ると、それを機姫へと突き出した。
魔王「過去のしがらみをすべて私にぶつけてこい。
魔王の名にかけて、全力で叩き潰してやる」
機姫「っ!」
機姫は短く息を飲む。
だが、瞳を閉じて再び開く一瞬きの動作の後、機姫は歯を見せて魔王に鋭い笑みを作っていた。
機姫「応ッ! やって見せよ──魔王ッ!」
機姫の脚が大地を蹴る。
魔力の枯渇からか、ホバーは既に切れていた。
魔王「はっ!」
そして、魔王も同様に走りだした。
機姫は魔王に向けて。
魔王は機姫に向けて。
互いに引かれ合うように、点と点の距離が縮んでいく。
機姫「ぬうりゃーッ!」
魔王「たーッ!」
やがて二つの点は相手を間合いに捉え、剣と拳を交差させる。
──決着の時。
誰もがそう思った瞬間だった。
ひゅるる、という風斬り音が、どこか遠くから校庭に近づいて来て──
機姫「はうわっ!?」
魔王「ぐあー」
機姫と魔王の間に、上空から『何か』が凄まじい速度で着弾。
校庭の土を盛大に巻き上げた『何か』は迫りつつあった機姫と魔王を着弾の衝撃で弾き飛ばし、両者を引き離した。
~ 数分前・街 ~
ざわざわと、揺れる枝葉がさざ波に似た音を奏でている。
音源は道に沿って並ぶ街路樹ではなく、道路の真ん中をひた進むアルラウネたちの一群。
街に到達した森にとって交通ルールなんぞ知ったこっちゃなく、アルラウネたちは街を自由気ままに闊歩していた。
アルラウネたちは道中、珍しい物を見つけてはパクり、不思議な物を見つけては興味本位にイジって破壊してみたり、群れが通った後は世紀末的な様相を呈しているが、そんなアルラウネたちを止める者はいない。
獣族「あっぱぱぱー」
人族「神様だ! 神様が来るぞ!」
機械族「ただの幻覚だ! 戻って来い!」
街の市民たちはアルラウネの花粉でみんな幸せになっていた。
花粉の影響を受けない一部の種族は何とか事態を静めようとするが、いかんせんラリった市民たちに手一杯。
だがもし手が空いていたとしても、アルラウネの一群を止める事は出来なかっただろう。
なんせ、先頭の長老アルラウネがでかすぎる。
三十メートル級の巨木の動きをいったい誰が止められようか。
長老「……う"ぃっ」
しかし、ふと長老アルラウネが声を重く響かせ、うねうねと動かしていた脚代わりの根っ子の動きをみずから止めた。
長老「……」
長老アルラウネの目が遠くを見るように細められる。
すると、遥か彼方に何を捉えたか、長老アルラウネの顔が懐かしいものを見たように緩み、瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
長老「う"ぃっ」
だがその次の瞬間、長老アルラウネは涙を指で拭い、気合いを入れるように一つ荒い鼻息をついた。
長老「う"ぃ~っ」
そのまま長老アルラウネはおもむろに自分の首をぐるんぐるんと回し始める。つられて、頭に実っていた丸い種子も回転の力によって加速を始めた。
やがて、十分な加速をアルラウネの種子が得た時、
長老「──う"ぃッ!」
すぽーんとハンマー投げよろしく、アルラウネの頭から種子が解き放たれたのだった。
~ 時は戻って、校庭・放送席 ~
吸血女子『な、なにが起きたのか!? 突然に飛来してきた何かが、校庭着弾の衝撃で魔王と機姫を弾き飛ばしたーッ!』
機械女子『あれは……木の実?』
機械男子『みたいだが……デカイな。着弾時の土の巻き上がり方から大体の突入角度は…………』
会長『おや? どうしたんだい機械男子君? 急に黙りこくって』
機械男子『……いや、何か変なものが見えた気がしたのだが』
会長『変なもの? なになに……』
機械男子『……』
会長『……うん、変なものが見える、ね』
機械女子『変なものって……アルラウネ!?』
吸血女子『おおっ!? アルラウネが学校に向かって来てい……って、デカくね!?』
機械男子『目測でざっと三十メートルといった所か。なるほど、アレならば木の実も相応にデカくなるな』
吸血女子『納得してる場合か!? ああ、でも試合がクライマックスだから続けたいというジレンマ!』
機械女子『吸血女子さんもバカ言ってないで、みんなに避難指示を……わわっ!? ゆ、揺れが! 揺れが~っ!?』
会長『テントが倒れる! 外……いや、みんな机の下に!』
逃げるのは間に合わないと見た会長が指示を出すと同時、揺れに耐えかねたテントが皆の上から崩れ落ちて来た。
~ 校庭 ~
魔王「……むう」
機姫「いったい何が起きたのじゃ……」
弾き飛ばされて地べたに転んでいた二人が首を振って起き上がる。
ちょうどその頃には揺れも収まっていた。
魔王「第三者からの攻撃であるようだが」
機姫「らしいの、放送席の連中に説明を……と、アレでは無理そうじゃな」
魔王「見事にテントが倒れているな……ところで」
機姫「なんじゃ?」
魔王「いつからここは日陰になった?」
機姫「……日陰?」
機姫と魔王が顔を見合わせる。いつの間にか、校庭は暗く陰っていた。
機姫「……」
魔王「……」
何とはなしに、太陽の方へと目を向ける二人。
長老「う"ぃっ!」
そして、デカいアルラウネと目が合った。
魔王「……アルラウネか、大きいな」
機姫「……」
魔王「どうした? ハトが豆鉄砲食らったような顔で」
魔王が怪訝そうに眉をひそめる。
だが機姫は魔王の方を振り向きもせず、唖然と、信じられないものを見たような顔で小さくつぶやいた。
機姫「ア、アルラ……か?」
魔王「アルラ? それはいったい……」
機姫「ワシの昔の友人じゃ……見間違えようもない! アルラーッ!」
機姫は魔王に言いながら、校門前の長老アルラウネに向けて手を振って走り始めた。
機姫「アルラ! アルラーッ!」
長老「う"ぃっ!」
長老アルラウネが腰を曲げ、走り寄ってくる機姫に両手を伸ばす。長老アルラウネの巨大な手は機姫をたやすく包み込んだ。
そして長老アルラウネはそのまま手のひらに機姫を乗せ、自分の顔の前まで持ち上げた。
長老「う"ぃっ!」
機姫「お、おお……やはりアルラか! 変わっておらぬ! デカくなったが、全然変わっておらぬ!」
長老「う"ぃっ」
機姫が長老アルラウネの鼻先に抱き付く。
長老アルラウネは少しだけくすぐったそうに目を細めたが、どうやらまんざらでもなさそうで、無理に機姫を引き剥がしはしなかった。
アルラ「ぴっ!」
その時、長老アルラウネの胴体を登って来るアルラウネの姿。
触手を使ってのそのそと這い上がって来るその姿を見た機姫は思わず声を上げた。
機姫「お前は……図書館前で会ったアルラ!?」
アルラ「ぴっ!」
ぴょいんとジャンプ。
小さいアルラが機姫の隣、長老アルラウネの手の上に飛び乗って来た。
そしてジェスチャーで機姫とやりとりを始める。
アルラ「ぴっぴっー」
機姫「なになに……年寄り……長老……自分が……教えた?」
アルラ「ぴっ!」
機姫「なんと! アルラがアルラにワシの事を教えてくれたのか! っと、何だかややこしいのぅ……」
アルラ「ぴっ!」
長老「う"ぃっ!」
二人のアルラは機姫に向けて柔らかいほほ笑みを浮かべて返した。
機姫「じゃが、昔のアルラに今のアルラ……ワシは決して孤独ではなかった、こんなに嬉しい事があるじゃろうか?」
アルラ「ぴっ!」
長老「う"ぃっ!」
アルラウネの群れ「ぴーっ!」
いまさら追い付いてきたアルラウネの群れが祝福の声を上げ、やんややんやと校門前が騒がしくなった。
魔王「……よくわからないが、一件落着……なのか?」
魔王は一人、荒れた校庭の中央にて難しい顔で腕を組む。
まだ花粉の影響が無い生徒たちも呆然としてアルラウネと機姫たちを見上げるだけ。
勝負は続けられそうもない。
魔王はやれやれとため息をついた。……が、
長老「……う"ぃっ」
不意に長老アルラウネの瞳が動き、その丸い瞳が魔王に向けられた。
長老「う"ぃっ」
機姫「な、なんじゃ?」
アルラ「ぴっ!」
小さいアルラがジェスチャーで通訳を始めた。
機姫「えっと……悪魔……いや、魔王……倒す……長老……」
アルラ「ぴっ!」
機姫「……へ?」
ゆっくりと、長老アルラの巨体が校庭の中央、魔王に向けて動き始める。
機姫「いや、ちょっと待て! 確かにワシとあやつは戦っておったが、別に憎いという訳ではなく……」
長老「う"ぃっ」
機姫の言葉に長老アルラは「みなまで言うな」と言わんばかりの笑みを浮かべ、近くの校舎の屋上に手のひらの機姫と小さいアルラを降ろした。
機姫「ちょっ、待てアルラッ!?」
機姫が叫ぶ。だが長老アルラはすでに戦う事を決めてしまっているようで、校舎の屋上の機姫から顔を外すと、闘志を湛えた瞳で魔王に向けて振り返った。
長老「う"ぃっ!」
魔王「……」
長老「う"ぃーっ!」
長老アルラの下半身(Bパーツ)から無数の触手がびちびちと蠢き、威嚇するように空を斬る。
一つ一つが大木の幹程の太さもある触手によって作られた突風に、魔王は髪をたなびかせながらポツリと一声。
魔王「いや、無理だろう」
と。
~ 放送席 ~
会長「みんな大丈夫かい?」
機械女子「は、はい」
機械男子「一応はな」
吸血女子「し、死ぬかと思った」
男二人がテントの片側を持ち上げ、皆で外に出てくる。
しかし全員一息つく暇も与えられない。
魔王「……」
魔王が皆の前を全力ダッシュで通り過ぎた。
機械女子「あれ? さっきの、魔王さ……」
機械女子が声を発した瞬間、ズシンズシンという地響きに合わせて、辺り一面の大地が爆ぜた。
吹き荒れる土煙。うねうねと動く触手。
一同硬直、そして長老アルラウネを視界に捉えると、
全員「……」
全員無言で、魔王の後を追ってひたすらに走りだした。
会長「魔王君!」
吸血女子「ちょっ、何が起きているのか説明プリーズ!」
ダッシュで追い付いてきた放送席の面々が、同じく走る魔王に背後から話しかける。
魔王は軽く振り返り、再び前を見ながら答えた。
魔王「……む? いや、私にもわからない。ただ、あの巨大なアルラウネが私を敵視しているのは間違いないようだ」
機械女子「魔王さん、何かひどい事をしたの?」
魔王「わからない」
吸血女子「魔王さんの事よ、どうせうっかり山とかで持って帰ったらいけない物を持って帰ったり、ひっこぬいたらいけない物をひっこぬいたりしたんだわ! それで山の主が怒り心頭になって襲って来てるのよ!」
魔王「……」
吸血女子「心当たりがあるんかいッ!?」
魔王「いや、山菜取りなら行った記憶があるのだが……」
魔王が思い出すようにこめかみを右手で押さえる。
魔王「……!」
そして、はっと目を開く魔王。
ただ何かを思い出した訳ではなく、しかし集中した事で遠くの声が聞こえてきたのだった。
吸血女子「どうしたの? 今まで積み重ねてきた悪業を思い出した?」
魔王「お前は後でシメるとして、そうではない。聞こえないか? 機姫の声が」
機械女子「機姫さんの声?」
「……が……しか……」
機械男子「たしかにおぼろげながら聞こえるな。だが、いったいどこから……」
魔王「校舎の屋上だ。やはり理由はさっぱりだが、機姫と巨大アルラウネは仲が良いようだった。あいつならば事態を収める事が出来るかもしれない」
会長「なら、今から屋上に行けば」
魔王「いや、巨大アルラウネは私を狙っている。私が校舎に入れば、校舎ごと攻撃してくるだろう」
機械女子「なら、魔王さんは!?」
魔王「私は巨大アルラウネを引き付ける。その間にお前たちが機姫と接触。事態を終息させてくれ」
機械男子「……それしかなさそうだな」
会長「魔王君、気を付けて」
機械女子「私たちも早く機姫さんを見つけるから!」
吸血女子「骨は拾ってやるぞー、けけけ」
魔王「魔王ビーム」
──ちゅどーん。
吸血女子「ぐはぁっ!?」
機械女子「吸血女子さんが魔王ビームであさっての方向にッ!?」
機械男子「キジも鳴かずば撃たれまいに……」
会長「そ、それじゃ気を付けて!」
魔王「ああ、お前たちもな」
皆が列から離れ、魔王一人になる。
すると、ちょうど魔王と会長たちの間に触手が振り下ろされ、地響きと共に魔王を完全に孤立させた。
魔王「……なるほど、無関係の相手への攻撃は極力避けたいようだな」
相手は知能もそれなりに合わせ持っているらしい。
魔王はそれを長老アルラウネの行動に見てとって、顔を引き締めた。
魔王「まったく、てこずらせてくれそうだ」
苦々しくつぶやくと同時、魔王へ向けて新たに触手が振り下ろされてきたのだった。
…………………………
馬男子「口元は隠したか?」
人男子「おう、アルラウネの花粉はヤバイんだよな?」
蜥蜴男子「オレには効果ないが、耐性が無い種族にはヤバイらしい」
火霊男子「花粉だからマスク的な物で口と鼻を覆うだけでも十分に防げるみたいだが……知らなかった奴は」
獣男子「大きな星が点いたり消えたりしているっス。あはは、彗星かな?」
人男子「なるほど、こんな風になるのか」
蜥蜴男子「ダメ! ぜったい!」
人男子「何はともあれ、学校にいたらあの巨大アルラウネの攻撃の巻き添えを食らいそうだ。安全な場所に移動しよう」
火霊男子「魔王さんはどうする? 一人で戦ってるみたいだが」
人男子「助けたいのは山々なんだが、手がだせねぇ」
馬男子「近づいただけでミンチになりそうだからな。気を引くこと位は出来なくもなさそうだが……」
人男子「ちっ、勇者はどこで何をしているんだか」
蜥蜴男子「勇者? 倒れたテントの裏でのびてるぞ?」
馬男子「うおっ!? マジだ!」
火霊男子「そういや、機姫と魔王さんの戦いで流れ弾が当たってたな」
蜥蜴男子「なんつーか、もうこのままそっとしておいてやるのが友の優しさなのかもしれない」
勇者「……ん」
馬男子「あ、起きた」
勇者「……ふしゅー」
人男子「様子がおかしくね?」
火霊男子「あっ、花粉」
勇者「うばらばらばーッ!」
馬男子「巨大アルラウネに向かって走りだしたぞ」
人男子「……」
蜥蜴男子「……」
火霊男子「……」
全員「よし、後は勇者に任せてオレたちは退散だ!」
~ 屋上 ~
機姫「アルラーッ! 元祖アルラーッ! 話を聞けーいッ!」
アルラ「ぴーっ!」
機姫「ぜい……ぜい……あやつめ、まったく聞く耳を持たぬ。いったいどうしたものか」
機姫が息を切らしつつ長老アルラウネを見上げる。
その時、機姫の背後で屋上のドアが勢い良く開け放たれた。
会長「機姫君!」
機械女子「機姫さん!」
機姫「おお、放送席の面々ではないか。そんなにあわててどうしたのじゃ?」
機械男子「機姫よ、あの巨大アルラウネを止める方法を知らないか? お前とあの巨大アルラウネは仲が良いようだと魔王が言っていたのだが」
機姫「……たしかに、ワシとアルラは旧知の仲じゃな」
機械女子「えっ!? あの巨大アルラウネって五百年も生きているんですか!?」
会長「五百年?」
機械女子「あっ、いや、その……」
機姫「なんじゃおぬし、ワシの事を知っておったのか」
機械男子「隠すつもりはなかった。ただ確心を得られたのが試合中だったんでな」
機械女子「ご、ごめんなさい……」
機姫「謝らずともよい。別に悪いことでもなしに。
それに、今はそれどころでもあるまい」
機械男子「その通りだ。単刀直入に聞くが、あの巨大アルラウネを止める方法はあるか?」
機姫「それが、さっきから説得しておるんじゃが……アルラのやつめ、どうやら興奮しておるようでワシの話を聞かぬ」
機械男子「……落ち着かせる事が出来れば説得可能という事か?」
機姫「うむ。話しさえ出来れば何とかなると思うのじゃが」
会長「落ち着かせる方法……動きを止める方法か。巨大アルラウネに弱点とかないのかな?」
機姫「弱点……弱点か、あると言えばあるが、無いと言えば無いというか」
機械男子「意味ありげな言い方だな」
機械女子「何でもいいから教えてください! 魔王さんが今も一人で戦ってるんです!」
機姫「そう、じゃな。うむ、では言おう。アルラの弱点は『頭頂部』じゃ」
機械女子「頭頂部? 花が生えてるあそこ?」
機姫「うむ。アルラウネは頭頂部の花が感覚器になっておる。それはそれはとても敏感なんじゃ」
機械女子「へぇ……そうなんだ」
機械男子「……」
機械女子「あれ? どうしたの機械男子君?」
機械男子「頭頂部の花……めしべ……いや、まさか……」
機械女子「……っ!?」
機姫「……ちなみにアルラウネの花は、花粉を撒き散らせるようになってからより感覚が鋭敏になるのじゃ」
機械女子「き、聞きたくないです! そんな性の目覚め的な話は!」
会長「……こほん。でも、どっちみち弱点を狙うのは難しそうだね」
機姫「そうじゃな。空でも飛べたら話は別なんじゃが……」
機械女子「……あれ? 機姫さんって、浮いてなかったっけ? ホバーで」
機姫「……あ」
~ 校庭 ~
魔王「魔王ビーム」
魔王の魔力が紅槍となって長老アルラウネに向かう。
長老「う"ぃっ!」
だが、長老アルラウネの撒き散らす花粉に魔力を撹乱され、魔王ビームは長老アルラウネに届く前に空中で霧散してしまった。
魔王「……さすが妖樹族。年を重ねるほどに強くなるな」
妖樹族の最大の特徴は他種族とは比べ物にならないほど長い寿命にある。
また妖樹族は命が尽きるその時まで成長を続けるため、結果的に成長限界の水準も他種族より遥かに高い。
魔王「マズいな、成熟したアルラウネがこれほどとは。まるで打つ手が……ん?」
魔王が視界に空を飛ぶ何かを捉えた。
機姫「……」
魔王「機姫……放送席の連中が間に合ったか」
枯渇した魔力でやっとこさ飛んでいる様子の機姫は、巨大アルラウネの頭を目指している。
何らかの策があるのだろう、そう魔王が考えた瞬間だった。
長老「う"ぃーッ!」
魔王「しまっ……!?」
左右から挟み込むように迫って来た触手が魔王の体に巻き付き、そのまま魔王を空中高く捕え上げた。
魔王「ぐ、ぐぅ……っ!」
長老「う"ぃっ」
長老アルラウネが満足そうに声を上げる。
遅れて、凄まじい力で魔王を締め上げてきた。
魔王「ぐ、ぐあぁぁーっ!」
魔王の意識が遠のく。
酸素が肺から搾り取られるどころの話ではなく、内臓から血の一滴までもが口から吐き出しそうになる強烈な締め付けだった。
魔王「……っ」
魔王は痛みと酸欠で白く霞む視界を動かし、機姫を探した。
今のキーパーソンは機姫だという認識からだった。
──しかし、
機姫「ぬわーっ!」
魔王が機姫の姿を捉えた時、機姫はうねる触手に巻き込まれてカトンボの如く撃墜されていたのだった。
魔王「……」
~ 機姫 ~
機姫「ぬわーっ!」
死ぬ。死んでしまう。
きりもみ回転しながら地上に真っ坂さまの機姫は態勢を立て直す暇もなく、迫り来る死の予感に直面していた。
機姫「あぁー、多分死んでいるであろう仲間たちが笑顔で手招きしているビジョンが見えおる~」
人、それを走馬灯と呼ぶ。
機姫「終わりか、ワシの一生はこれで終わりか……」
逆さまの機姫の頬を涙が伝った。
機姫「戦火の中で姉上たちは命を失い、生き残っていたワシも即位しては戦火の中へ……悔いはないが、思いおこせば、なんとも味気ない一生じゃった」
たぱたぱと涙が尾を引いて流れていった。
機姫「結婚から出産祝い……とまでは言わぬが、せめてキスくらいは……」
言いながら、機姫は思い出した。
昼ご飯を食べた時、自分は『それ』をバカ親切な──とても気の優しい奴にお返しでした事を。
すると、ゴッド様に「悔いがないな、なら成仏しろよ」と言われている気がして、機姫はあわてて首を振って要求を切り変えた。
機姫「せ、せめて、お姫様抱っこをされてから……」
そう、機姫が小さく声に出した時だった。
『うばらばらばーッ!』
野獣のような、どこかで聞いた事があるような叫び声が、機姫の鼓膜を震わせた。
~ 魔王 ~
魔王「うっ、くぅ……」
触手に捕まっている魔王は魔力で締め付けへの反斥場(バリアー、パリンと割れる)を形成すると、それをなけなしの抵抗として必死に脱出法を模索していた。
魔王「触手は木の幹ほどの太さで破壊は不可能に見える、だが」
どうにも様子がおかしい。
直に捕まるだけ接近しているから分かるのだろう、触手の至るところが黒く変色しているのが魔王から見て取れた。
魔王「誰かに焼かれでもしたのか、手傷を負っているな。コレならば強い打撃で表層を破壊することも可能……だろうが」
気づくのが少しばかり遅かった。
もう魔王は身動きが取れる状況ではない。
長老「う"ぃっ!」
長老アルラウネが締め付けを厳しくしてくる。
魔王の反斥場がミシミシと悲鳴を上げた。
魔王「……勇者」
魔王の口から自然と言葉が漏れていた。
返事を期待していたわけではない。
ただ、本当に、思わず口からこぼれ落ちた言葉だった。
──だというのに、
勇者「ぶぶらばーッ!」
返事が、聞こえた。
魔王「……勇者?」
幻聴かと、魔王が小さく問い返す。
だが、それは幻聴ではなかった。
勇者「いやっほぅー!」
巨大アルラウネの胴体を駆け上がって来たのだろう、勇者が叫びながら魔王の下方から跳躍して現れた。
……なぜか上半身裸で、機姫をお姫様抱っこしながら。
魔王「なっ!?」
あんぐりと魔王が口を開く。
しかし、その間にも勇者の行動は止まらない。
勇者「ふんぬらばっ!」
勇者が膝を上げ、一気に加速させて下ろす。
直線の軌道をとる勇者のカカトが、魔王を捕らえている触手を凄まじい勢いで踏み抜いた。
──ベキゴリィ。
勇者のカカトが触手を貫き、辺りに木片と粉砕された粉が舞う。
長老「う"ぃっ!?」
長老アルラウネが驚きの声を上げるが勇者は目もくれず、緩んだ触手から『戦利品』を獲得した。
勇者「はぐらばっ!」
魔王「お、おおぅ!?」
魔王の首の後ろ。襟を親猫のように噛み上げると、勇者は戸惑う魔王をそのままに、二人を引き連れて再び長老アルラウネを駆け上がり始めた。
長老「う"ぃーッ!」
勇者の行く手をふせぐように触手が乱舞する。
勇者「はぼりむッ!」
勇者はそれを華麗に──どこか狂人じみた動きで回避しつつ、アルラウネの頭頂部を目指していた。
魔王「……のはいいのだが」
機姫「ふぇっ!?」
魔王「互いのポジションがおかしいだろう? 許婚の私が『そこ』にいるべきだろう?」
魔王かジト目をお姫様抱っこされている機姫に向け、どこか恨みがましく言った。
それは今の勇者が正気でないと分かっているから発せられた言葉で、さらに言うならば相手が機姫だから放たれた、いつもより少し積極的な魔王の言葉だった。
機姫「え? い、いや、これは不可抗力というものでな! 決してワシが望んでいるというわけでは……!」
魔王「なぜ顔を赤らめている?」
機姫「へ? そ、そうかのう?」
魔王「なぜ勇者をとろけた目で見ている?」
機姫「そ、そんなことは……」
魔王「……」
機姫「な、なんじゃその目は? 何か言いたい事があるならばちゃんと……」
魔王「やらんぞ」
機姫「っ! べ、べつに欲しくないわッ! こんな頭が悪そうでバカ正直で気の良さそうで優しそうで頼りがいのありそうで気配りが出来そうで優しくて力強くて男らしくて包容力のありそうな優しい男……なぞ……」
魔王「……」
機姫「……」
魔王「……」
機姫「……」
魔王「一言で総評してみろ」
機姫「……や、やさしい?」
魔王「……」
機姫「……」
魔王「……」
機姫「……」
そんなこんなで、アルラウネの頭頂部が見えてきた。
勇者は長老アルラウネの胸元まで迫っていた。
長老「う"ぃっ!」
長老アルラウネが数多の触手、さらに両手を伸ばして勇者を捕らえようとする。
だがその時、勇者が抱える機姫の姿を視界に捉え、長老アルラウネの動きが一瞬だけ止まった。
長老「う"ぃっ!?」
勇者「まどろっくッ!」
一瞬の隙、勇者はそれを野生の勘で見逃さず、空中で静止した触手たちへと跳躍。足場に変えて猛ダッシュすると一息に高度を増していく。
長老「う"ぃっ!?」
驚愕する長老アルラウネ。
しかし、長老アルラウネが次の手を打つよりも早く、勇者たちは長老アルラウネの頭部の花弁へとたどり着いた。
勇者「きしゃーっ!」
花弁に着地した勇者から離された二人が、勇者同様に長老アルラウネの花弁へと足を降ろした。
魔王「……で、どうするんだ?」
機姫「そ、そうじゃな。そこら辺のものをこちょこちょとすれば」
勇者「ふぐぉわッ!」
魔王「あっ、勇者」
勇者「べろべろべろべろ」
花粉を求めて、勇者が長老アルラウネの花弁とその中身を舐め回し始める。
長老「う"ぃーッ!?」
すると、急に長老アルラウネが膝を崩し、近くの校舎に上体をもたれかけさせた。
長老「う"ぃゃぁぁーッ!」
勇者「べろべろべろべろべろべろべろべろ」
長老「う"ぃーッ! う"ぃやァァァァーッ!」
魔王「……なんだ?」
機姫「アルラウネは頭頂部が感覚器になっておる。敏感なのじゃ」
魔王「そうか、……にしては」
長老「う"ぃ……う"ぃ~っ! う"ぃーッ!」
長老アルラウネは紅潮した顔で何かを耐えるように、そしてどこか切なそうに身を震わせていた。
魔王「艶のある声というか、なまめかしいというか」
機姫「……おしべとめしべ」
ぼそっ、と機姫がつぶやいた。
魔王「……」
機姫「……」
勇者「べろべろべろべろべろべろべろべろ」
長老「う"ぃ~! う"ぃ~ッ!」
魔王「魔王ビーム(極)」
──ちゅどーん。
勇者「ぐわらばッ!?」
魔王ビームに吹き飛ばされた勇者が煙を上げながら校舎の屋上へと落ちていった。
~ 十分後 ~
落ち着いた一同は校舎の屋上に集まり、今は機姫が長老アルラウネに話しかけている最中だった。
機姫「……というわけじゃ、こやつらは敵ではない」
長老「う"ぃっ」
会長「納得してくれたようだね」
機械女子「一時はどうなるかと思いましたよ」
吸血女子「あれ? どうしたの魔王さん? 機嫌悪そうに」
魔王「……ふんっ」
吸血女子「あれ? 魔王さんのシッポが私の首に巻き付いて……ああ、そういえば後でシメるとかなんとか……って、まさか憂さ晴らしのために私を」
──ぎりぎりぎりぎり。
機械男子「まあ、何はともあれ一件落着か」
?「おーい!」
会長「おや? 誰かが屋上にやって来たようだけど」
機姫「む? あれは農園の職員と……誰じゃ?」
農園長「農園長だ!」
ぜいぜいと息を切らせながら農園長と職員が皆に近づいて来た。
農園長「えっと、アルラウネの保護者になりたいとか言ってた奴は誰だ?」
職員「あ、この人! この機械族の少女です!」
機姫「ワシが何か?」
職員「単刀直入に言いますけど、長老……この巨大アルラウネとは何か縁深い関係でしょうか?」
機姫「そうじゃな、かけがえの無い友という所じゃな」
農園長・職員「いょっしゃー!」
農園長と職員がガッツポーズ。
機姫「……なんじゃ?」
農園長「いやいや、アンタが長老アルラウネとどうやって知り合ったとか年齢はどうしたとか、聞きたい事はあるが今はどうでもいい」
職員「長老アルラウネと……そうだ! アルラちゃんの保護者にもなりませんか?」
機姫「……へ?」
農園長「どうした? 間抜けな顔で」
機姫「い、いや……ワシは住民登録も無く、保護者になる権利は……」
農園長「オレが認めてやる!」
機姫「っ!」
農園長「オレがアンタを長老アルラウネとアルラの保護者だと認めてやる! 書類だってごまかしてやらぁッ!」
職員「そうです! だから早くこの書類にサインをして全責任を……はぶらっ!?」
農園長のゲンコツが職員の頭に落ちた。
だが、感動に打ち震える機姫はそれを特に気にしない。
機姫「なんと……なんと心優しいオッサンじゃ! よし、今すぐサインするぞ!」
農園長「よし! ほら、ペンだ。そしてここは印鑑が無いなら親指を……」
機械女子「……あのう」
機姫「ん、どうした?」
機械女子「保護者になるのはやめた方が……」
機姫「なんじゃと!? ワシではアルラたちの保護者にふさわしくないと言うのか!」
機械女子「いや、その……」
魔王「構うな機械女子。機姫が自分で選択した事だ」
機械女子「は、はい……」
機姫「……?」
職員「えっと、そしてコレが誓約書です。中身はスルーで結構ですからサインだけでも」
機姫「うむ」
細々と話し始めた農園長と職員と機姫。
屋上に集まった一同は三人を見ながら、嫌な予感に眉をひそめていた。
機姫「出来たぞ!」
農園長「ふむふむ……よし! これでアンタは今から長老とアルラの保護者だ!」
機姫「おお……新天地にて公式に仲間の存在を認められるとは、これでワシは新たな生活の第一歩を……」
農園長「つーわけで、長老アルラウネのやらかした行動の責任はアンタが代わりにとってくれよな?」
機姫「……は?」
職員「保護者はアルラウネのやらかした全責任を負うって誓約書にも書いていますよ?」
機姫「いや、誓約書の内容はスルーしていいっておぬしが……」
農園長「諦めな。書類は絶対だ」
職員「そうですねぇ……ざっと街を見てきましたけど、被害総額はとんでもない事になってますし……あなたに擦り付けないと私たちもヤバイですし」
機姫「……は、はかったな!?」
農園長「悪く思うなよ? こっちもヤバイ状況だからな」
職員「返済、頑張ってね? はいチーズ!」
職員は最後に魔導カメラで機姫の顔を映すと、農園長と共にすたこらさっさと屋上から退散していった。
機姫「お、おおぅ……」
機械女子「だから言ったのに……」
機械男子「しかも顔写真を撮られていたな。アレでは使い魔ですぐに場所を特定されてしまう。逃げ場は無い」
機姫「う、うぅ……ここから見える廃墟の街、アレをすべて弁償じゃと?」
魔王「自分で選択した事だろう? それと……」
機姫「な、なんじゃ? ワシに手を伸ばして来て、もしや助けて……」
魔王「お前との勝負は私の勝ちで終わるはずだった。約束通りにウェポンラックをよこせ」
機姫「んなっ!? ワシの置かれた状況を見てそんな事を言うか!? お主には血も涙も無いのか!?」
魔王「どうせ今もらっておかねば借金のカタに消えるだろう? 訳も分からぬ連中の手に渡るくらいなら私がもらっておいてやろうという考えだ」
機械女子「ひどっ!?」
機姫「う、うぅ……アルラッ!」
長老「う"ぃっ?」
アルラ「ぴっ?」
機姫「遠くに行くぞ! 誰も来ない世界の端までな!」
長老「う"ぃっ!」
アルラ「ぴっ!」
機械女子「機姫さん! ヤケにならないで!」
機姫「うるさい! 文無しのワシに支払い能力なんぞあるわけが無いじゃろうが! ワシには逃げるしか選択肢が無いのじゃ!」
機械男子「……そのことなんだが、オレに考えがある」
機姫「な、なんじゃ! 言うてみよ!」
機械男子「まず落ち着け。その前に話を聞かせてもらう。機姫が海の底にいた時だが……」
…………………………
………………
~ 翌日・学校・空き教室 ~
機械博士1「これはすごい! 消失した技術体系……古代の叡知の塊だ!」
機械博士2「こ、こんなのをいったいどこで!?」
魔王「魔王一族の秘宝だ」
機械博士2「な、なるほど!」
機械族の博士たちは魔王の言葉に納得したように頷き、鼻息荒く再び目の前の物──機姫が海の底で眠りについていた『玉座』へと顔を戻した。
魔王「ところで、研究機関への譲渡の件なのだが」
機械博士1「はい! これだけの物ならば、機関からいくらでも資金を吐き出させられますよ!」
機械博士2「あぁぁ、魔力吸収独立駆動式の半永久機関だぁぁー」
機械博士1「なにっ!? 私にも見せてくれたまえ!」
魔王「……」
魔王は好奇心旺盛な機械博士たちに肩をすくめて見せると、その場で後ろに振り返った。
機姫「……む? どうかしたか?」
すると、物置と化した空き教室の隅で物品に紛れるように立つ機姫と魔王の視線が交錯した。
魔王「これでよいのか?」
魔王が尋ねる。
機姫は軽く天井を見上げながら答えた。
機姫「うむ。特に思い入れのある物でも無し、手放すのは惜しくない」
魔王「いや、そうではない」
機姫「?」
魔王「……名乗らないのか? 自分が過去の偉人であると玉座を持って証明すれば……それに、今この機会を逃せば、お前は永遠に名乗りを上げることは……」
機姫「構わぬ」
魔王「……」
機姫「構わぬのじゃ。ワシにはもう地位も名誉も必要ない。必要なものは全て揃っておる……のう、アルラ?」
アルラ「ぴー!」
機姫の腕に抱かれた植木鉢に収まったアルラが、同意するように甲高い鳴き声を上げた。
魔王「そうか」
機姫「そうじゃ」
機姫はニヤリと笑った。
取り繕った感じも無い、まっすぐな笑みだった。
機姫「さて、と……」
魔王「行くのか?」
機姫「うむ。旧友と五百年来の約束があるでな、農園まで行ってくる。元祖アルラの巨体は街には収まりきれんから、会いに行くのもいちいち面倒じゃ」
苦笑いを浮かべる機姫。
しかし言葉とは裏腹に、機姫の頬は嬉しそうに緩んでいた。
魔王「……これから」
その笑顔を見た魔王は、知らず、言葉を紡いでいた。
機姫「ん?」
魔王「これから、どうする気だ?」
機姫「ふむ……まあ、適当に考えるわい」
機姫はひらひらと手を振りながら魔王に背を向けた。
機姫「ま、縁があればまた会う事になるじゃろう。それでは、またな」
魔王「……ああ」
死闘を繰り広げたとはいえ、顔を合わせていた時間は一日に満たない。
それに比例するかのように、二人の別れもあっけないものだった。
~ 後日談・勇者の部屋 ~
勇者「体が重い……指先がぴくりとも動かねえ……」
勇者はちょっとした花粉の後遺症に襲われていた。
勇者「くっ……み、みず……」
機姫「ほれ、水じゃ」
ふと、勇者の横合いから水差しが出現した。
勇者「おお、すまない……って、機姫!?」
機姫「なんじゃ、騒々しい」
勇者「い、いや、何でオレの家に機姫が? ってかコレは不法侵入……」
機姫「気のせいじゃ」
勇者「何が気のせいなの!? これが幻覚だとしたらマジでオレは社会復帰が不可能なくらいの中毒レベルなんだけど!?」
機姫「いや、な。玉座の売買で得た金が意外にも大きい額でな、街の弁償をしても少し余ってな、それでな、お主の家の向かいが空き家だったのでな、引っ越して来たのじゃ」
機姫はなぜか顔を赤くし、いじいじと自分の指を胸の前で絡め合わせながら勇者に説明した。
勇者「は、はぁ……それで、その話が何で不法侵入に繋がるのかさっぱりなんだけど……」
機姫「い、いや……お主が体調を崩しておると聞いてな。ファミレスでおごってもらった事もある手前、手料理でもと……」
そう言って機姫が布で包まれた弁当箱を、おずおずと勇者に差し出した時だった。
──ドバァン。
勇者の部屋の扉が、勢いよく蹴り破られた。
勇者「な、なんだッ!?」
魔王「……」
勇者「ひぃっ!? 魔王ッ!」
魔王が悪鬼の如き表情で勇者の部屋の前に立っていた。
機姫「おお、また会ったのう」
魔王「……」
目を細める機姫に、しかし魔王は何も答えず、部屋に踏み入ると勇者のベッドの脇までズカズカと歩いてきた。
勇者「え、えっと……」
魔王「食え」
魔王は手提げ袋から弁当箱を取り出し、反射的に勇者が受け取っていた機姫の弁当箱の『上』にそれを乗せた。
機姫「ほう?」
魔王「……」
勇者「え? なにこの空気? あ、オレの体、動いている? なんで?」
ヤバイ状態に置かれた場合、人は限界を超えて動けるという。
魔王「……」
機姫「……」
勇者「えっと、それじゃ……中身を拝見させてもらいますね?」
勇者は魔王の弁当箱を開けた。
弁当箱の中身「ぐべらぐべらぐべらぐべら」
勇者「弁当箱の中身がしゃべってるーッ!?」
弁当箱の中身「よう、あんちゃんどうしたよ?」
勇者「しかも人語を解してるーッ!?」
魔王「手料理の本で勉強してみた。見本通りに出来たぞ」
勇者「どんな手料理の本!? 禁断の黒魔術の産物だよコレッ!?」
機姫「くくく、まったく魔王というのは世間知らずよな?」
魔王「……む」
機姫「勇者よ、ワシの弁当箱を開けてみよ。ワシは万人が舌鼓を打つ料理を造ったぞ」
勇者「あ、ああ……機姫の手料理か、どれどれ……」
機姫の弁当箱を開ける勇者。
しかし、フタを取った所で勇者は思わず腕で顔を覆っていた。
勇者「うわーまぶしい。メタリックなカラーがとてもまぶしいなー」
機姫「万人の機械族が舌鼓を打つ『アップルソース掛けウェルダン式炸裂弾頭』じゃ」
勇者「最後の四文字の戦闘力すげーなー。強い奴と戦うのが好きなオラでも裸足で逃げ出したいくらいだー」
魔王「食え」
機姫「食うのじゃ!」
勇者「や、やめて! それは食物じゃない! 拷問に使われる『食物に似た何か』だよ!」
魔王「見た目に騙されるな」
機姫「食えばわかる!」
勇者「涅槃に旅立った後に何がわかるの!? 新たな境地!? ミーは一生涯騙されたままでいいよ!」
魔王「……仕方ない」
機姫「実力行使じゃな」
勇者「え? 二人揃って何? なんでミーの両手を掴んで各々の弁当箱を持ち上げてるんですか?」
魔王・機姫「せーのッ!」
勇者「何で弁当箱を振りかぶってオレの顔にーッ! はぶらばーっ!?」
左右から弁当箱のダイブを顔面に受け、勇者はそのままベッドに倒れ込んだ。
勇者「お……おぉ……」
魔王「美味いか?」
機姫「マズいわけなかろう、少なくともワシのはな」
魔王「……」
機姫「……」
勇者「おぉ……おぉう……」
びくんびくんと体を跳ねさせる勇者を間に挟み、二人の女の眼光が空中で火花を散らす。
勇者は薄れゆく意識の中で、新しい隣人を交えた生活が過酷なものになるであろう事を直感的に理解し始めていた。
──完──
もし、本編の流れを放置して外伝的な物を書きたくなったらどうすれば良いでしょうか?
① 本編をさっさと続けろバカ
② 試しに書いてみろよバカ
③ 別スレでやれバカ
意見をください。
試しに書いてみる!
・竜青年と少女ゴーレム
・竜騎士と天馬女騎士
・一般アルラウネ(漂流)
どれがいいかな?
~ 外伝・アルラウネ漂流記 ~
~ 農園 ~
機姫「ほへ~」
長老「う"ぃ~」
アルラ「ぴ~」
まったりと日光浴に励む三人。
それを遠目に見ながら、職員は農園長へと話しかけた。
職員「また来てますね、機姫さん」
農園長「仲が良いのは素晴らしいこっちゃ」
職員「私、機姫さんを罠にはめた気がして顔を合わせるのが心苦しいのですが……」
農園長「『気がして』じゃなくて、罠にはめたんだよオレたちは」
職員「はう……」
農園長「まあ、どんな魔法を使ったか知らんが、機姫の嬢ちゃんは街の修繕費用も全部支払ったそうじゃないか。結果オーライだ」
職員「そういうものですかねぇ……」
農園長「そういうものだ。それでも心苦しいって言うなら、機姫の嬢ちゃんの友人である長老とアルラのために、この農園を盛り上げていこうや」
職員「そう……ですね。はい!」
職員が自分を納得させるように大きく頷いた。
すると、ちょうどその時、一匹のアルラウネが職員の足下へと駆け寄って来た。
アルラウネ「みっ!」
職員「あれ? この子……」
農園長「どうした?」
職員「いえ、どこか他のアルラウネちゃんたちと雰囲気が違うなーて」
農園長「アルラウネは『巡礼』のおかげで世界中に散らばっているからな。地方地方で特色が出るんだろ。
ま、それが分かるようになるだけお前も成長したってこった」
職員「あ、あはは……ありがとうございます。でも、地方地方の特色かぁ」
職員は農園長に褒められてくすぐったそうに笑い、それから足下のアルラウネに両手を伸ばした。
子犬程度の大きさのアルラウネは抵抗なく持ち上がり、職員はそのままアルラウネを自分の顔に近づけてささやきかけた。
職員「はてさて、君はどこの地方の生まれなのかな?」
アルラウネ「み?」
アルラウネの丸い瞳は濁り無く、うっすらとした緑を湛えながら、職員を不思議そうに見返していた。
この地平はどこまで続いているのか?
この空の果てには何があるのか?
自分とは何なのか?
なぜ、自分はこの世界に生まれ落ちたのか?
延々と考える。
時に、同族との知の交流を行い、精神の糸を樹系図の如く張り巡らせ合っては共に考える。
だがそれでも、答えは出ない。
どうやら、自分の中には答えを導き出せるだけの因子が無いようだ。
ならば、外へ──自分で見て聞いて探せば良いのだ。足はある。
一歩、踏み出す。
哲学とは少し違う、行き当たりばったりな知の探求。
傍目には愚者にも見えようが、そんなもの気にはしない。
歩みを止める事無く、進めるだけ進んでいく。
強靭なる爪も牙も、全てを吹き飛ばす強力な魔法も無い。
ただ、その胸に信念だけを秘めて。
~ はるか古代・波止場 ~
アルラウネ1「……ってのはどうよ?」
アルラウネ2「いいね! フロンティアスピリッツだね!」
フロンティアスピリッツの意味は知らない。
違う種族から見たら「ぴーぴー」とうるさいだけのアルラウネの一団の鳴き声は、しかし同族ならば意味を持った言葉として受けとめる事が出来るのだった。
アルラウネ3「『実は賢いのにバカに見える』っていう設定が高得点だね!」
アルラウネ1「でしょでしょ!」
アルラウネ4「ところで、なんで波止場に集合したの?」
アルラウネ1「ふふ……フロンティアスピリッツだよ! 諸君!」
全員「おおっ!? フロンティアスピリッツ!」
重ねて言うが、フロンティアスピリッツの意味を知る者はここにいない。
アルラウネ1「この大陸には巨大な同族がいるの!」
アルラウネ2「長老のアルラさんだね!」
アルラウネ1「イエス、マム! そこで私は気付いたの!」
アルラウネ3「何を!?」
アルラウネ1「この大陸に新たなフロンティアは無いんじゃないかな? って!」
全員「な、なんだってー!?」
アルラウネ1「この大陸は徘徊するアルラさんの手垢まみれなの! フロンティアはもうないの!」
全員「そ、そんなーっ!?」
アルラウネ1「でも大丈夫! この海の果てには新たなフロンティアがあるの! 多分!」
全員「すごーい!」
アルラウネ1「さあ、誰から行くの!?」
打ち寄せる波に向かってアルラウネ1は手を横に払った。
突拍子も無い話だが、精神構造が近いために話が通じてしまうのが恐い所である。
アルラウネ2「でも、ここら辺の土って栄養たっぷりだよ? いちいち遠くに行かなくても……」
アルラウネ1「……む?」
アルラウネ3「しかも、海って『漂流』したら危ないんだよね」
アルラウネ1「漂流?」
アルラウネ3「行き先を無くして波間を漂う事……だったかな?」
アルラウネ1「フロンティアスピリッツがあるかぎり目指す行き先は無くならないの!」
アルラウネ3「なんと!?」
アルラウネ1「つまり、漂流も私たちの前では無意味なの!」
アルラウネ4「すごい!」
アルラウネ1「さあ! 新たなフロンティアスピリッツが私たちを待っているわ!」
アルラウネ2「おーっ!」
アルラウネ3「おーっ!」
アルラウネ4「おーっ!」
全員ボケ要員なのでツッコミ役はいない。
大自然と戦うには少しばかり致命的なパーティー編成ミスかもしれなかった。
アルラウネ1「さあ! レッツダイブ!」
アルラウネ1がコンクリブロックの上にて皆の方を向き、海への突入を促す。
だが、その背後には迫る高波の姿が──
アルラウネ2「あっ!」
アルラウネ1「あ?」
──ざっぱーん。
アルラウネ1「きゃー!?」
アルラウネ2「アルラウネ1が高波にさらわれたーっ!?」
アルラウネ3「アルラウネ1ーっ!」
アルラウネ4「フロンティアスピリッツ!」
アルラウネ1「フ……フロンティアスピリッツ!」
アルラウネ2「フロンティアスピリッツ!」
アルラウネ1「行って来まーす!」
アルラウネ3「行ってらっしゃーいっ!」
こうして、新天地を目指すアルラウネの旅が始まった。
~ 海上 ~
アルラウネ「あいつら追ってこねぇーッ!」
べちーんべちーんと海面をBパーツの触手で叩きながら、アルラウネはぷんすかと膨れていた。
陸地はすでに見えなくなり、全周水平線が広がっているのだが、肝心の仲間は一人も追って来る気配が無い。
アルラウネ「いいもん! フロンティアスピリッツをひとり占めしてやるからいいもん!」
さいわい、切り株型のBパーツがそれなりの浮力を持っているため沈む事はないだろう。
つまり、いつかは陸地にたどり着く。
アルラウネはそうタカをくくって、ふんっと鼻から息を吐いた。
アルラウネ「……でも、お昼頃くらいまでには見つけたいなぁ、フロンティアスピリッツ」
波間にぷかぷかと浮かびながら、そうアルラウネはぼんやりと空を見上げた。
~ 海上・夕方 ~
アルラウネ「お腹すいた」
お腹をさすりさすりアルラウネはつぶやいた。
アルラウネ「水と太陽さんがあれば生きていけるけれど、甘いものも欲しいなぁ」
そして、アルラウネはおもむろに海の水を両手ですくって口に運び──
アルラウネ「しょっぱ!」
吐いた。
アルラウネ「こんなしょっぱいの直で飲めるか! Bパーツさーん!」
Bパーツ「……」
ごきゅごきゅとBパーツの根が海水を汲み上げ、ろ過してアルラウネに供給を始める。
アルラウネ「はー、甘露甘露ーっ!」
ご満悦のアルラウネ。
Bパーツ「……」
塩分を押し付けられているBパーツは何も言わない。というか、口が無いから言えるはずがなかった。
~ 海上・夜 ~
アルラウネ「あれー? 私の計算ではすでにフロンティアスピリッツとエンカウントしていてもおかしくないんだけどなー?」
訝しむように眉をひそめるアルラウネ。
だが不意に喉奥から衝動が込み上げて来て、大口開けてアクビをしてしまう。
アルラウネ「ふあぁ~。……もう寝よう」
アルラウネはBパーツの中で横になり、目尻をこすって涙を払った。
アルラウネ「おやすみ、Bパーツさん」
そしてそのまま瞼を閉じようとした所、アルラウネの丸い瞳が何かを見つけた。
アルラウネ「……ん? あれは……」
ゆらゆらと、海上で灯りが揺れていた。
アルラウネ「船だーっ!」
船=甘い食べ物がある。
実に安直な発想にアルラウネは目を輝かせて、Bパーツに指示を下した。
アルラウネ「Bパーツさん! 漕いで漕いで!」
Bパーツ「……」
じゃばじゃばと触手が海水を弾いて泳ぎ始める。
アルラウネ「ケーキケーキ! 駄菓子でも可!」
すでにヨダレを垂らしながら破顔するアルラウネは気付かない。
──目指す船のマストがぽっきりと真っ二つに折れていたり、船体が何故か穴だらけだったり、甲板に立つガイコツがこっちを見ていたりすることに。
~ とある城の地下 ~
暗黒神官1「くくく……人や魔を問わずに殺戮を繰り返し、世界のすべてを恐怖一色に染めた『狂乱の魔王』!」
暗黒神官2「我々では其を復活させる力は無いが、その従順なるシモベの一体を黄泉の淵より引き戻す事ならば……可能! かもしれない!」
暗黒神官3「さあ! 蘇れ! 狂乱の魔王の愛馬──『ナイトメア』よ!」
ぷしゅぅぅ。
安っぽい音に合わせてスモークがたかれ、部屋に煙が充満した。
暗黒神官1「げほ……げほっ!」
暗黒神官たちが一斉にむせ返った。
暗黒神官2「こ、この演出、もう止めにしないか?」
暗黒神官3「そ、そうだな……いや、今はそれよりも儀式の成否が大事だ。どうなった?」
暗黒神官1「えっと……」
暗黒神官が顔を正面の台座に向ける。
そこには今まで何も存在しなかったはずだが、横たわる影がいつの間にか出現していた。
暗黒神官2「成功だ!」
暗黒神官3「ひゃっほぅーッ!」
暗黒神官1「さあ、そのご尊顔を是非!」
暗黒神官たちがスモークをうちわで払い、台座の影に近づいていく。
すると、次第にその姿が見えてきた。
少女「……ん?」
紅い瞳に黒い髪、くすんだ紺の肌を持つ、一糸纏わぬ少女の姿が。
暗黒神官1「……失敗?」
暗黒神官2「いや、もしかしたらこの少女がナイトメアという可能性も無きにしもあらず……」
暗黒神官3「……そうだな、竜族だって人の形になれるし、高位の幻獣であるナイトメアも……」
少女「ここは……どこだ? 魔王は……」
暗黒神官1「魔王!? いま、魔王って言ったよな!?」
暗黒神官2「あ、ああっ!」
暗黒神官3「儀式は成功だ!」
少女「……?」
騒ぐ野郎共を前に少女が首をかしげる。
その次の瞬間、スモークに煙る部屋のドアが勢い良く蹴り破られた。
暗黒神官1「だ、だれだ!?」
神聖神官1「ハッハー! ゴキブリ諸君こんばんは! 神聖神官だよ!」
暗黒神官2「神聖神官だーっ!」
暗黒神官3「逃げろーっ!」
神聖神官2「ハッハー! 一罰百戒! 一罰百戒ッ!」
ゴスッゴスッ。
筋骨隆々なナイスガイの神聖神官たちは片っ端から暗黒神官をボコり始めた。
暗黒神官1「ひでぶっ!」
暗黒神官2「あべしーッ!」
暗黒神官3「す、すんません! いま持ってる全財産を渡すから許してください!」
神聖神官3「金は貰う! だが、許さん!」
暗黒神官3「ぎゃーッ!」
少女「……」
そんな部屋の惨状をぼーっと見ていた少女だが、途中で飽きたように小さくため息をつくと、音も無く台座の上に浮かび上がり、そのまま部屋の出口へ向かい始めた。
神聖神官4「ハッハー! これで新しい拷問方法が試せるぜー!」
暗黒神官1「堪忍してぇー!」
少女「……」
正面のドアから堂々と出ていく少女だが、見咎める者は何故か一人もいなかった。
…………………………
少女「……ふぅ」
城の外に出た少女は気怠そうに再び息を吐くと、ふわりと重力を無視した動きで空に向かう。
そして城の尖塔よりはるか高みに陣取ると、そこでやはり小さくため息をついた。
少女「……はぁ」
少女の眼下、見下ろす地面の至る所から半透明の赤黒いシミが吹き出していた。
──死霊。
成仏出来ずにいる者たちの魂が、地脈を通じて少女の下へと集まって来ていたのだった。
死霊たちは地上で渦を巻き、赤い竜巻のようになって少女のいる高みまで伸びてくる。
少女「邪魔」
対する少女は腕を一振り。魔力の刄で死霊たちを撫で斬る。
それだけで、実体を持たない死霊たちは千切れ、煙のように消えていった。
だが、地面から吹き出る死霊たちは収まらない。
次、また次へと竜巻を形成して、死霊は少女の下へと集まって来る。
少女「……面倒くさい」
幾度と死霊たちを斬り捨てていた少女だったが、やがて呆れたように鼻から息を吐くと、その場から退散するように移動を始めた。
少女「……」
闇夜、城下町の上空を疾駆する少女は一陣の風の如く、気付く者はいない。
人外である死霊たちすら追い付くことかなわぬ速度で飛翔する少女は──
少女「……くしゅん」
小さく、くしゃみをした。
少女「寒い……」
月明かりの下、蒼白く映える裸身を両手で抱き締め、少女は虚空を不満たらたらに睨み付けた。
──これが、アルラウネがフロンティアスピリッツを探しに行く数年前の話であった。
~ 時は戻って、アルラウネ ~
アルラウネ「よいしょっ、と」
船体に空いた穴から内部に侵入する。
何で船体が穴だらけなのに沈没していないのか、という疑問は持たない。
アルラウネ「誰かいませんかー!」
?「いますよー!」
アルラウネ「っ!?」
アルラウネは驚き、声のした方へと振り返った。
ガイコツ「地獄の一丁目へようこそ! 歓迎するぜ?」
人骨が、アルラウネを見ながらケタケタと歯を鳴らしていた。
アルラウネ「ホネ? アンデッドさん?」
ガイコツ「いかにも、そしてお前もこれからアンデッドの仲間入りだ」
アルラウネ「……」
ガイコツ「お? 恐怖で固まっちまったか?」
アルラウネ「……こ」
ガイコツ「こ?」
アルラウネ「言葉が通じてるーッ!?」
ガイコツ「驚くのそっち!?」
アルラウネ「きゃーッ!」
ガイコツ「あっ、こら!? どさくさに紛れて逃げるなーッ!」
叫ぶガイコツをその場に置き去り、アルラウネはシャカシャカと根を動かして逃げ出した。
──どたばたどたばた。
アルラウネ「きゃーきゃー!」
ガイコツ「みんなー! そいつを捕まえてくれー!」
ガイコツ2「おうよ!」
ガイコツ3「任せとけ!」
アルラウネ「きゃー!」
──どんがらがっしゃーん。
ガイコツ2・3「ぐべらッ!」
ガイコツ「ああっ!? 二人が倒されたヨロイの下敷きに!」
アルラウネ「きゃー!」
ガイコツ「ま、まちやがれこの野郎!」
アルラウネ「きゃー!」
──ガラガラガラガラ。
ガイコツ「ぐはぁっ!?」
アルラウネ「きゃーきゃー!」
──ズシーン。
ガイコツ「ばぼらっ!?」
アルラウネ「きゃーきゃーきゃー!」
──ギュイィィーンッ。
ガイコツ「もうやめて!」
廊下を走り抜けていくアルラウネ。
だが突然、廊下の脇から伸びてきたフックが、走るアルラウネの首に引っ掛かった。
アルラウネ「きゃー! ……ぐべらっ!?」
?「やれやれ、騒がしいったらありゃしねぇ」
ガイコツ「せ、船長!」
廊下の脇から現われたのは、眼帯と二角帽子で頭蓋骨を着飾ったガイコツ。
他のガイコツが着のみ着のままな格好の中で、それはくたびれてはいるものの勲章をあしらった軍服を整然と着ており、明らかに他のガイコツとは格違いな存在だった。
船長と呼ばれたそのガイコツは右手代わりに付けられたフックを動かし、気絶してピクピクと体を震わせるアルラウネを左手に持ちかえながら言葉を続ける。
船長「おう、コイツが新入りか……面白そうな奴じゃねえか」
アルラウネ「……きゅう」
ガイコツ「そ、それでは……!」
船長「ああ、まずはうちの姐御(あねご)に献上だ。死人の仲間入りはそれからだな」
船長は何も納まっていない眼窩をアルラウネに向けながら、ケタケタと歯を鳴らして笑った。
~ 夜・暗い部屋 ~
アルラウネ「……? ここは……」
船長「おっと、お目覚めかい?」
アルラウネ「あ、ガイコツ……って、きゃー!?」
船長「おいおい、何も取って食おうと思ってるわけじゃねぇ、そんなに騒がなくていいんだぜ」
船長は「少なくとも今はな」と言葉尻に付け加えると、自分の左腕で暴れるアルラウネに向けてケタケタと歯を鳴らして笑った。
船長「まあ、何をするにしても、まずは姐御に顔を見せないといけねぇ。
お前、あまり無礼な事をするんじゃねえぞ?」
アルラウネ「姐御?」
アルラウネが船長に小首を傾げた時だった。
にわかに辺りが明るくなってきた。
アルラウネ「あれ?」
アルラウネの視界の上方に丸い光が揺れる。
アルラウネは丸い光を追って頭を上向かせた。
すると天井のずっと上、崩れてぽっかりと開いた天井の穴の向こう、星屑ちりばめた夜空を背景に丸いお月様がゆったりと浮かんでいるのが見えた。
アルラウネ「あっ、満月」
船長「ほう? さっきまで陰っていたのにお前、なかなかさいさきがいいな。
満月に祝福されるたぁ、最高のアンデッドになれるかも知れないぜ?」
アルラウネ「最高のアンデッド!? いいかも!」
アルラウネが船長の左腕に抱き締められたまま心底嬉しそうに答えると、船長は雲の切れ間から降り注いでくる月明かりに頭蓋骨を蒼白く染めながら、これまた心底楽しそうにケタケタと笑った。
船長「クカカッ! やっぱり見込みのある奴だ! ……おっと、言ってるうちに姐御の登場だ」
アルラウネ「え? どこどこ?」
アルラウネがキョロキョロと辺りに顔を回す。
そんなアルラウネに、船長は右手のフックを満月へと向けながら言った。
船長「あそこだ。ゆっくりと人影が降りてきているだろう?」
アルラウネ「……あ、本当だ!」
アルラウネは船長の示した先を見ながら声を上げた。
満月の中央に浮かぶ黒点、それが次第に大きくなっていた。
だがそれはよく見たら手足のある人の形をしており、月明かりを背に輪郭が少しずつ明瞭になっていく様子からは大きくなっているのではなく、近付いて来ているのだと分かる。
そして、その姿はものの数秒とかからず船のすぐ上へと至ると、ふわりと重力を感じさせない動きでアルラウネたちのいる部屋へと天井の穴を通って降りてきたのだった。
少女「……新入り?」
降りてきた人影──黒いワンピースを着た黒髪紅眼の、くすんだ紺色の肌の少女は気怠そうに船長へと尋ねた。
船長「おう! 久しぶりにイキの良い奴だぜ!」
アルラウネ「イキの良い奴だぜ!」
少女「……バカ?」
アルラウネ「え? 誰が?」
少女「……」
ふぅ、と少女は肩をすくめるとアルラウネから紅い瞳を逸らした。
船長「まあまあ、こういうムードメイカー的な奴も航海には需要があるって! な?」
少女「……航海しているつもりは無い」
アルラウネ「航海?」
アルラウネは船長の方を向き、視線で尋ねた。
船長「ああ、俺たちは航海中だ。行くあてもない、海上を彷徨(さまよ)える死霊の一団。
それが俺たちだ」
アルラウネ「な、なんか格好いい!」
船長「へへ、そうかい? そして、その一団を率いているのが目の前にいるこの姐御様々ってわけだ」
少女「……姐御って言うな」
アルラウネ「格好いい!」
少女「…………はぁ」
少女は短く嘆息した。
船長「クカカッ! ま、そんなお前も今日から俺たちの仲間入りだ。よかったな?」
アルラウネ「……へ?」
船長「ん? どうした?」
アルラウネ「それって……私も皆と一緒に航海するの?」
船長「ああ」
アルラウネ「行き先は?」
船長「無い」
アルラウネ「つまり、海の上をずっとぐるぐると?」
船長「ぐるぐると」
アルラウネ「いつまで?」
船長「永遠に」
アルラウネ「いやーッ!」
じたばたと、アルラウネは船長の左腕に抱き締められたまま暴れだした。
アルラウネ「いーやー!」
船長「こ、こら! 暴れるんじゃない! 俺の腕がもげる!」
アルラウネ「私はフロンティアスピリッツを探しに行くのー! こんな場所で時間は潰せないのー!」
少女「……フロンティア……スピリッツ?」
アルラウネから関心を無くしていた少女が、その言葉にぴくりと反応した。
しかし、船長とアルラウネはそれに気付かない。
船長「な、なんだ『ふろんてあすぴりっつ』って!?」
アルラウネ「フロンティアスピリッツは凄いものなの! 私たちアルラウネ一族の生存力の源! 生きる目標なの!」
ちなみに、やはりフロンティアスピリッツの意味をアルラウネは知らない。
少女「生きる……目標……」
しかし少女は瞼を少しずつ開き、まるで異国の心打つ芸術物に触れたかのように紅い瞳を大きくしていく。
アルラウネ「私たちはずっと進んで行くの! 私たちは牙も爪も無いし、魔法も使えない!
その胸にある信念だけを頼りにして!」
船長「お前が何を言っているか、俺にはさっぱりわからんぞ!」
しまいには他人の受け売りを話し始めるアルラウネ。
その言葉は船長には届かなかったが、代わりに姐御と呼ばれる少女にはバッチリ届いていた。
少女「……信念」
ぼそりとつぶやいた少女は知らず知らず、だらりとぶら下げていた両手に小さな握りこぶしを作っていた。
アルラウネ「はーなーしーてー!」
船長「ああもう! いっそのこと首をキュッとして、さっさとアンデッドに……」
少女「待って」
騒がしい部屋に、少女の声が凛と響いた。
船長「な、なんだ姐御?」
少女「あなたじゃない。そっちの妖樹族」
アルラウネ「……わたし?」
少女「そう。……『フロンティアスピリッツ』って、そんなに素晴らしいものなの?」
少女はアルラウネに顔を向けて、ただ尋ねる。
だが、細められた紅い瞳は鋭い眼光を冷然と放ち、その小さな体躯からはあらゆる虚言を絶対に許さないという少女の無言の迫力が滲み出ていた。
船長「お、おおぅ……」
少女の凄みに押されて、船長が一歩後退る。
その拍子にアルラウネはまんまと船長の左腕から飛び降り、床板へと着地した。
アルラウネ「……しょっ、と」
少女「答えて。……それとも、やはり全部口から出任せの嘘だから答えられ……」
アルラウネ「本当だもん!」
アルラウネは胸を張って少女に言った。
少女「……っ」
アルラウネ「フロンティアスピリッツは世界で最高に素晴らしいものだもん!」
息を飲む少女に、アルラウネは物怖じせず堂々と言い放った。
自分自身が唯一無二の価値観を預けているもの──真実を味方につけた者は、かくも強かった。
──たとえ、その中身を本人が詳しくは知らずとも。
少女「……」
アルラウネ「……」
じっと見つめ合う二人。
船長「……えっと」
長いようで短い時間が過ぎ、船長が居場所無く部屋に視線を彷徨(さまよ)わせ始めた頃、
少女「……ふぅ」
アルラウネより先に、少女が折れた。
少女は睫毛を伏せ、アルラウネに告げた。
少女「いいわ、手伝ってあげる」
アルラウネ「……手伝い?」
少女「この船は海のど真ん中にあるわ。まさか一人で『フロンティアスピリッツ』探しに飛び出して行くの? そんなの自殺行為よ?」
アルラウネ「え? 自殺行為? 海に出るのが?」
少女「……」
アルラウネ「……あ、あはは~? そ、そんなことないよ~?」
船長「姐御、そいつ波間を何も持たずに漂ってたらしいぞ」
少女「…………はぁ」
少女はアルラウネから顔を外すと、ため息混じりに空を見上げる。
つられて、アルラウネと船長もなんとなく空を見上げた。
破られた天井の向こう、中天に懸かる満月が数多の星々と一緒にこちらを見下ろしていた。
~ 翌日・早朝の甲板 ~
アルラウネ「ふぁぁ……」
昇り始めた朝日を見ながら、アルラウネは大きくアクビをした。
昨夜の後、アルラウネがうつらうつらと眠り始めたので、話はすぐにお開きとなったのだった。
アルラウネ「ねむねむ……」
船長「妖樹族ってのも、アクビをするもんなんだなぁ」
アルラウネ「あっ、船長」
船長「よう、船の準備は終わったぜ」
アルラウネの傍らに忽然と現れた船長はそう言うなり、船全体を示すように腕を横に一振りした。
船長「どうだ、この雄姿は?」
アルラウネが視線を向けると、船の姿は昨夜と大きく変わっていた。
ぽっきりと折れていたはずのマストは垂直に伸び立ち、悠々と帆を広げて天を貫かんばかりにそびえている。
そして穴だらけだった船体は見渡す限りに厚い床板が張られ、ネズミ一匹通さない頑強さを讃えていた。 モップ片手に駆け回るガイコツたちを背にして自慢気に腕を組む船長の態度も然りな船の様子に、アルラウネは嬉々として賞賛の声を跳ね上げた。
アルラウネ「すごいすごーい! 大魔法!? 船長は魔法使い!?」
船長「クカカッ! そんな大それたもんじゃねえよ。
この船は難破した船の魂が寄り集まって出来上がった、いわば巨大な魂そのものだ。形を変える事くらいワケはねえ。
前は『漂流』の形を取っていたからあんなボロボロだったが、今からは本当の『航海』だからな。船にも気合いが入るってもんだ」
アルラウネ「うん! よく分からない!」
船長「そうか! クカカッ!」
船長は機嫌が良いらしく、分からないと笑顔を向けてくるアルラウネの頭をポンポンと骨の左手で軽く叩きながら、ケタケタと歯を鳴らして笑い声を上げた。
船長「さて、と。……姐御!」
少女「ん」
船長が芯の通った野太い声を上げると、船の舳先で潮風に煽られていた少女が船長とアルラウネの方に振り返ってきた。
少女はそのまま宙に浮かび上がり、二人の下へと飛んでくる。
少女「……準備が出来たのか?」
そして無音で軽やかに二人の傍に着地した少女は、これまた静かな声で二人に問いかけてきた。
船長「おうよ、船はいつでも出航できるぜ! 妖樹族の嬢ちゃんもバッチリお目覚めだ!」
アルラウネ「お目覚めだー!」
少女「ん、わかった。では頼む」
船長「無味乾燥だなぁ……」
少女「……ダメか?」
船長「いや、ダメってワケじゃねーが、もっとこう……『出発進行ーッ!』って感じの号令が欲しいぜ。
せっかく新たな門出なんだからよ」
少女「……」
少女は明らかに「面倒くさい」と言わんばかりの顔で口を閉じる。
船長はやれやれと首を振った。
船長「まあ、いいか……では」
アルラウネ「はいはーい! 私が号令しまーす!」
船長「……お前が?」
アルラウネ「はい!」
船長「……」
少女「やらせてみよう」
船長「姐御……あんた、渡りに船だからってそんな……」
アルラウネ「やりまーす!」
船長「ん~、ちょい待ち! 号令を下すんだったら、やっぱそれなりの地位がないとな」
アルラウネ「地位?」
船長「ああ、船長が俺でカシラが姐御。お前はそうだな……副船長……って感じじゃないなぁ……」
アルラウネ「面倒くさーい!」
少女「面倒くさい」
船長「俺のポリシーなの! これは譲れない!」
アルラウネ「ぶーぶー!」
少女「ぶーぶー」
船長「姐御も乗らない!」
~ 数分後 ~
船長「航海士……いや、違うな」
アルラウネ「まだー?」
船長「まだだ、……うーん」
アルラウネ「ながーい!」
少女「……その通り、死人の群れに地位もクソもないだろうに」
船長「いや、もう少し待ってくれ! いい案が出そうなんだ!」
アルラウネ「……う~!」
少女「……船長を放置。ガイコツたち、出発」
ガイコツたち「アイアイサー!」
船長「おい!? ちょっと待て!」
少女「……命令、待つな」
ガイコツたち「ラジャー!」
船長「ちょっ……ああもう!」
ガイコツ1「風向きよーし!」
ガイコツ2「六分儀よーし、羅針盤よーし!」
ガイコツ3「天候、至って快晴! 出発よーし!」
アルラウネ「……ろくぶんぎ? らしんばん?」
少女「……航海道具の一種、海上で自身のいる地点を調べるのに用いる。航海には必須」
アルラウネ「へー」
船長「それだッ! 羅針盤だ!」
アルラウネ「きゃっ!?」
少女「……羅針盤の何が『それだッ!』なの?」
船長「妖樹族の嬢ちゃんにぴったりな地位だよ!」
アルラウネ「私の地位?」
少女「……羅針盤が?」
船長「そう! 羅針盤の針は常に北を指している!
今現在、船の行く先、つまり航海目的を提示しているのも嬢ちゃんだ! 不動の目標を掲げる嬢ちゃん、それをアテに邁進する俺たち!
うーん、なかなかに詩的だ。机の裏のポエムノートに書き込んでおこう」
アルラウネ「私が……羅針盤……」
少女「……苦し紛れにしては良い線かもしれない……ポエムノートはキモイけど」
船長「よっしゃ! そうと決まれば早速号令だぜ! アルラウネの嬢ちゃん!」
アルラウネ「イエーッス! ……って、わわわっ?」
急に船長が腰を下ろし、左腕でアルラウネの体をひょいと抱き上げる。
船長はそのまま軽やかな足取りで甲板を進み、船首近くに設置されている舵輪の前へとアルラウネを運んだ。
アルラウネ「……なにこれ? なにこれっ!?」
船長「操舵輪、だ。この古ぼけた木の輪が船の運航を司っている」
アルラウネ「へーっ!」
船長の説明にアルラウネは目を輝かせた。
船長「で、今から嬢ちゃんの出番ってワケだ」
アルラウネ「私の出番!? 動かしていいのっ!?」
船長「ああ。号令を下すヤツが舵取りをするのが習わしだ。
おっと、心配しなくていいぞ? 嬢ちゃんの体格じゃあ操船は無理だろうからな、嬢ちゃんは最初にちょっとだけ動かして音頭を取るだけでいい」
アルラウネ「やだー! ずっと動かしたーい!」
船長「ま、もう少し大きくなったらな」
アルラウネ「むー!」
船長「クカカッ! そんなに膨れるなよ? 普通なら、熟練した水夫以外は操舵輪に触れることさえ許されねぇんだぜ?
ほら、手を伸ばしな」
船長がケタケタと笑いながら左腕を動かし、アルラウネを舵輪に近付ける。
アルラウネは促されるままに舵輪へと手を伸ばし、船長のドクロ顔を見上げた。
アルラウネ「……で、どうやるの?」
船長「左右にグルグルと回せばいい」
アルラウネ「わかった! ……けど、動かない!」
船長「力が足りてねーんだ。体全体で押しな」
アルラウネ「うん、わかった! うんしょ、うんしょ……」
アルラウネが舵輪の木の柄にもたれかかるようにして右方向へと力を加える。
すると、舵輪は軋んだ音を上げながらゆっくりとアルラウネの押す方へと回り始めた。
アルラウネ「おおぅっ!?」
アルラウネが舵輪の回転に巻き込まれそうになる。
船長は軽くアルラウネの体を引いて体勢を立て直させた。
船長「おっとと……よしよし。一度回り始めたら、後は嬢ちゃんの力でもなんとかなるだろ。
ほれ、好きにぐるぐると動かしてみな」
アルラウネ「うん! ぐるぐる~!」
アルラウネが舵輪をつかんでぐるぐると回す。
しかしザバザバと波を割って進む船は何ら変わらず、代わりにちょこんと水平線から覗く朝日の位置が微妙に変わるだけだった。
アルラウネ「……あれ?」
船長「どうした?」
アルラウネ「もっとこう……ばびゅーん! とか、ずびしゃー! ……みたいなものは?」
船長「帆の調整が無ければこんなもんだ。海流が強かったり、船足が速いともっと分かりやすいんだかな」
アルラウネ「つまんなーい!」
アルラウネが膨らむ。
船長は自分のドクロ顔をフックで掻いてやれやれと肩をすくめてみせるが、そこにふと横合いから声が割り込んできた。
少女「……なら、速度を出してみる?」
アルラウネと船長のやり取りを一歩下がって見ていた、少女の声だった。
船長「船の速度を上げるだって? どうすんだ?」
少女「……ええ、まずはこうやって指を鳴らす……」
──パチンッ。
アルラウネ「で? でっ!?」
少女「……すると、船が浮く」
船長「……は?」
船長が惚けたように聞き返すと同時、突然船首がぐらりと持ち上がり始めた。ついで、彼方まで延びゆく水平線も少しずつ下方のものになっていく。
船長が船の縁に走り寄って眼下に視線を投げおろすと、潮に埋もれているはずの船底が宙に、そして白波駆ける海の青がその船底の遥か下にあった。
少女の言った通り、船は浮いていた。
船長「は? はぁああぁぁッ!?」
少女「……この船は魂の塊、だから空も飛べて不思議じゃない」
船長「いやっ! 言ってる事はわかる! わかるけどよっ!」
だがそうこうするうちに船の傾斜はどんどん鋭くなっていき、船首もすでに天を突かんばかりにそそり立っている始末である。
船長は小さく悪態を付くと操舵輪の元まで走り戻り、傾斜でずり落ちそうになるのを操舵輪に掴まってこらえながら号令を飛ばした。
船首「くそっ! 全員何かに掴まれ! 振り落とされるなよ!」
ガイコツ「アイアイサーッ!」
しかし、そんな船長の片腕に抱かれながら非難の声を上げるのが一人。
アルラウネ「号令するのはわたしなの!」
船長「ああもう! だったら早くしなさい!」
アルラウネ「はーい!」
アルラウネは大きく息を吸い、号令を飛ばした。
アルラウネ「しゅっぱーつ! しんこーう!」
少女「……おー」
しっちゃかめっちゃかで収拾のつかなくなった状態の船に、アルラウネの溌剌とした声が響き渡った。……が、まともに答えられた者は一人しかいなかった。
~ 鬼ヶ島 ~
鬼姫「うふふ、うふふふふ」
両眉の上にちょこんと突き出す二つの角を軽く撫でながら、らんらん気分でステップを刻む鬼姫。
向かっているのは鬼ヶ島の頂上だ。
鬼姫「桃太郎から贈られた花の種も、もうツボミ。いったいどんな花が咲くのやら……今から楽しみだ、ふふふ」
柔らかい笑みをさらに崩し、鬼姫はだらしなく顔をほころばせる。
その頭の中では極彩色の世界が繰り広げられていた。
鬼姫「桃太郎、お前からもらった花の種だが、こんなに綺麗な花が咲いたぞ?」
鬼姫「ほんとだ、頑張って育ててくれたんだな」
興がのったのか、スキップしながら声音を変えて一人二役を始める鬼姫。
鬼姫「ああ、本当に頑張ったからな、慣れないことだった」
鬼姫「……そうか」
鬼姫「ん? どうした桃太郎? せっかく苦心して育てたのだ、もっと花を見てくれ」
鬼姫「いや、この花は確かに美しいけど……もっと綺麗なものが私の前にある」
鬼姫「……そ、それは?」
言いながら、鬼ヶ島の頂上へと最後のステップを踏む。
着物の左右の裾を両手でつかみ、華麗に横に回りながら、無駄に取り繕った一歩と共に、鬼姫は脳内桃太郎のセリフを口にした。
鬼姫「鬼姫、それはおまえだよ! ……なーんて! きゃ~ッ!!」
赤らめた頬を両手で左右から押さえ、恍惚の笑みを浮かべながら鬼姫は空を見上げる。
遠く人の都にいる桃太郎の幻影が、親指を立ててこちらを見ていた。
鬼姫「……ん?」
しかし、そこでふと鬼姫は目をこする。
桃太郎の幻影の隣、どでかい『船』が浮いているように見えた……のだが、その時点でもう手遅れだった。
──ズガガガガガガガガーッ!
急に船が高度を落とし、鬼ヶ島の頂上をランディング開始。
鬼姫「ぎゃああぁぁぁぁーッ!?」
断末魔の雄叫びに似た悲鳴を上げる鬼姫を無視して、船は農耕機も裸足でトンズラをこく見事な『ねこそぎ』っぷりを発揮しながら鬼ヶ島の頂上を端から端まで横断していった。
鬼姫「あ、ああぁぁぁ……」
飛び散る泥土。弾け飛ぶ小石。『鬼姫の花壇 侵入者に死を』と書かれた立て札がやけにスローで宙に舞う。
そして、ツボミのまま命を散らした花たちの最後の花吹雪に包まれながら、鬼姫はその場でガクリと膝を落としたのだった。
~ 船 ~
船長「あだだ……大丈夫かお前たち?」
アルラウネ「つぶれる! 今まさに船長の腕につぶされてる真っ最中ぅ!」
船長「おっと、すまねぇな」
少女「……へたくそ」
船長「いや! まっすぐ空を登ったまではいいよ!? しかし『……波乗りだぜ、いぇい』って、船をバウンドさせたら墜落するっつーの!」
少女「……あああああああ……聞こえなーい」
船長「両手で耳をパタパタさせない!」
アルラウネ「ねぇねぇ! ところでここは新天地!? フロンティアスピリッツのある場所!?」
船長「いや、ここは多分、東国列島だ」
アルラウネ「とーごくれっとー?」
船長「ミカドとかいう姫様を最上位の存在として、妖怪や人間の独立した勢力が集まった列島国……と、昔見た書物の見聞録にあった」
少女「……ほかには?」
船長「ほかに? えっと……温泉と呼ばれる拷問器具があってだな、悪い子を口減らしとして投げ込んで、ダークネス温泉入道の供物として捧げたり……?」
少女「……なぜに疑問系?」
アルラウネ「ほかには! ほかには!」
船長「うーん、確か鬼と呼ばれるバカ強い種族がいたな」
アルラウネ「おに?」
船長「ああ、見た目は人間だが額に角が生えてるんだ。こう、にょきにょきって……」
アルラウネ「へー! あの人みたいに?」
船長「あの人?」
少女「……船の外、地面に立ってる」
鬼姫「……」
船長「あー、あんな感じあんな感じ。怒らせたらこわいらしいから気をつけ……」
鬼姫「コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル!」
デンデンデンデデ、デンデンデンデデ~。
船長「初っぱなからヤバイ戦闘BGMが流れてるぅ!?」
鬼姫「ふしゅー、ふしゅー」
船長「なんか知らんが、ちとヤバイなこれは」
少女「……もう一回船を持ち上げて潰してみる?」
船長「ミンチよりひどいことになるからダメ」
アルラウネ「……っ!」
ぴょーん。
船長「あ、こら!」
突然、アルラウネが船長の腕から飛び降り、トテトテとBパーツの触手で甲板を猛ダッシュ。
そしてアルラウネはその勢いのまま船の端を蹴って、船から身を投げ出した。
アルラウネ「とーう!」
そして地面に顔面から華麗に着地。
アルラウネ「ぐべらっ!」
船長「……何をやってんだか」
少女「……助ける?」
船長「……いや、もしかしたらこれは嬢ちゃんの作戦かもしれねぇ。少し様子を見ておこう」
少女「……それはありえない」
アルラウネ「……」
トテトテトテトテ
船長「ん? 嬢ちゃんが鬼の姉ちゃんの方へ向かっていくぞ? マジで何か作戦があるみたいだな」
少女「バカな!?」
鬼姫「ふしゅー、ふしゅー」
アルラウネ「……」
船長「さて、どうなることやら、お手並み拝見と……ん?」
鬼姫の方へと向かっていたアルラウネが急に方向を変え、黒土もあらわに耕された船のランディング跡へと近づいていく。
そして、小さな体で大きくジャンプ。
かぽーんという音が聞こえそうな麗しきダイブで、アルラウネは泥土の中に下半身(Bパーツ)をすっぽりと埋め込ませた。
アルラウネ「栄養、栄養」
そしてそのまま根から栄養を吸収し始めるアルラウネ。
船長「……」
少女「……よかった」
船の甲板にいる船長は、何とも言えない煤けた背中でその様子を見つめていた。
『アルラウネノート①』
アルラウネは定期的に土中から栄養を摂取しないとヤバイのだ。
鬼姫「ふしゅー、ふしゅー」
アルラウネ「栄養、栄養」
鬼姫「ふしゅー、……っ!?」
不意に鬼姫が目を見開き、ふらふらとおぼつかない足取りで歩き始めた。
船長「おっ? 鬼の姉ちゃんが嬢ちゃんに近づいていくいくぜ?」
少女「……」
少女が一歩、無言で前に出る。
船長は片手を上げてそれを軽くとどめた。
船長「待ちな、アレは敵意のある動きじゃない」
少女「……?」
船長「任せてみようじゃねえか、嬢ちゃんにな?」
少女「……ん」
少女は少しの逡巡の後、小さく船長にうなずいてアルラウネに視線を戻した。
アルラウネ「栄養、栄養……あれ?」
鬼姫「……」
アルラウネ「どうしたの?」
アルラウネの声が聞こえたのかどうか、鬼姫は小さく口を動かした。
鬼姫「……花が」
アルラウネ「花? ……あ!」
アルラウネが辺りを見回すと、アルラウネの手の届く位置に一本の赤い花があった。
そう、それは奇跡としか言い様の無い光景だった。
荒廃した大地で必死に生きようとする小さな、小さな命。
災禍を逃れるという奇跡を授かった命は赤い花弁を懸命に広げ、自分の存在をこの地上に残そうと──
アルラウネ「じゃま」
ブチッ。
鬼姫「ぎゃーッ!?」
小さな命はより強大な存在に摘み取られた。弱肉強食は世の常である。
アルラウネ「えいっ、えい!」
ぶちぶちぶちぶちー。
そしてアルラウネは花を散々にむしって土に還りやすくしてからポイした。
『アルラウネノート②』
植物は枝葉を広げて自分だけが陽光に当たるようにはかります。そして根からは他の植物の生育を阻害する『毒物』を撒き散らすのです。
このように、穏やかな植物界の裏では、むごたらしい殺戮舞踏が絶えず繰り広げられています。
鬼姫「お、おぉぉおおぉぉ……」
アルラウネ「……?」
頭を両手で抱え、大地の底から響いてくるような重苦しい嘆き声を上げる鬼姫。
アルラウネはそれを悪気の欠片も無いつぶらな瞳で見上げながら、不思議そうに首を傾げた。
鬼姫「おぉ……う、おぉ……」
アルラウネ「どうしたの?」
鬼姫「ぐ、ぐぎぎぎぎ……」
対する鬼姫は、いけしゃあしゃあと声をかけてくるアルラウネを前に握り拳を作り、振り上げ、しかしその拳はプルプルと震えるだけで振り下ろされない。
愛くるしい外見のアルラウネを殴り飛ばすか、否か。
倫理やら理性やら恨み辛みやら、荒れ狂う様々な激情の狭間で揺れる鬼姫の拳は、だがやがてゆっくりと振り下ろされた。
──ゴスッ。
鬼姫「……ぐぅ」
振り下ろされた鬼姫の拳は、何もない地面を叩いていた。
そして、鬼姫はそれで気力をすべて使い果たしたように、その場にへたり込んだのだった。
鬼姫「……うぅ」
アルラウネ「どうしたの? お腹痛いの?」
鬼姫「……ダメだ……もうダメだ……」
アルラウネ「……? あっ! もしかして言葉が通じてない!? やーい! ばーかばーか!」
アルラウネの読みは正解だった。
というか、外れていたら今ごろ命は無い。
鬼姫「う、うふふふふ……ふっふふふ……」
アルラウネ「……っ!?」
言葉が通じたわけではないが、急に鬼姫が薄笑いを浮かべた。
アルラウネは背筋に冷たいものを感じ、Bパーツに根を戻して退却するように脳内で命令を下す。
アルラウネ「……!?」
が、なぜかBパーツが動かない。
アルラウネがもたつくその間に、ゆらりと伸びてきた鬼姫の腕がアルラウネの頭をがっつりとワシづかみにした。
アルラウネ「きゃー!?」
じたばたじたばた。
アルラウネは身をよじって逃げようとするが、いかんせん体格差がありすぎる。身長30センチ未満のボディではどうにもしようがない。
「分離もできまい!」といわんばかりに頭をロックされたアルラウネは、Bパーツごと地中から引き抜かれ、そのまま鬼姫のなすがままに鬼姫の胸元へと引き寄せられた。
アルラウネ「たすけてー! たすけてーッ!」
しかし言葉は通じない。
鬼姫「ふふふ……お前がバラバラにした花はなぁ……私の思い人がくれた花でなぁ……」
アルラウネ「きゃー!」
鬼姫「私はその思い人についていって一緒に人の都で暮らしていたんだが、鬼は力が強い種族だから皆から恐れられてなぁ……、私も人から理解されないのかとすっかり意気消沈になっていてなぁ……」
アルラウネ「たすけてー!」
鬼姫「すると桃太郎が私を見つめながら言ったんだ。『一度鬼ヶ島に戻って、その間この花の種を育ててみてくれ。花が咲く頃には君が住みやすい都にしておくから』とな」
アルラウネ「桃太郎って誰!?」
鬼姫「桃太郎は今ごろ立派に約束を果たしてくれているだろうなぁ……、でも私は『鬼ヶ島の頂上を開墾したぞヤッホー!』でお茶を濁すしかないなぁ……」
そこまで言った鬼姫はポロポロと涙をこぼし始めた。満面の笑顔で。おんおんと。
鬼姫「うふふ……おーん、おーん、怨、怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨ーん」
アルラウネ「ぴーッ!? ごめんなさい! ごめんなさいぃぃーッ!」
鬼姫「怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨」
アルラウネ「きゃー! ぎゃーっ!」
鬼姫のアイアンクローから抜け出そうと藻掻くアルラウネ。
それ自体は徒労に終わるのだが、そうこうしているうちにアルラウネの背後に空から誰かが降り立った。
少女「……おひさー」
少女だった。
少女は落下の風を受けとめてふわりと広がったワンピースのスカートを右手で押さえ、左手を垂直に立ててアルラウネに挨拶してくる。
アルラウネは悠長に挨拶を返すが、そこでふと違和感に気付いた。
アルラウネ「あっ! おひさー! たすけてー! ……って、肌の色が変わってる!?」
肩出しのワンピースが惜しげもなく見せてくる少女の腕、そして顔に広がる肌の色は、闇夜に溶け込むような紺ではなく、健康的な薄桃色だった。
少女「……少しぐらいなら姿を変えられる。幻獣だから」
アルラウネ「わーお! エブリバディ!」
エブリバディの意味は分かっていない。
少女「……で、話を戻すけど私はアナタを助けに来た」
アルラウネ「ありがとうー!」
少女「……気にしないでいい、羅針盤を置いてはいけない」
満面の笑顔で両手をぱたぱた動かすアルラウネに、少女はぷいっとそっぽを向けて答えた。
少女「……というわけで、その娘は返してもらう」
鬼姫「……というわけで?」
鬼姫がのそりと首を上げる。
涙で濡れ、憔悴した鬼姫の顔が向けられると、少女は静かに眉をひそめた。
少女「……」
アルラウネ「あのね、あのね! この鬼さん、わたしの言葉が分からないみたいなの! ばーかばーか!」
鬼姫「……?」
アルラウネ「ねっ?」
少女「……そう」
無邪気ににっこりと笑うアルラウネに少女はささやくような声で答え、ワンピースの下からすらりと伸びる脚のさらに下、キメ細やかな肌を隠しもしない裸足の指先で軽く地面を蹴った。
すると、それに合わせて少女の身体が緩慢な動きで宙に浮かび上がる。
そのまま少女は鷹揚に宙を舞い、鬼姫の胸の前にアイアンクローで固定されたアルラウネの頭上まで移動してくると、その足裏で、アルラウネの頭を掴む鬼姫の手の甲を踏みつけた。
鬼姫「……っ」
そうすると、たいして威力は無いが反射的に鬼姫が手を開き、アルラウネの束縛が解かれた。
アルラウネ「やったー!」
久方ぶりの地面に、両手を上げて喜ぶアルラウネ。
少女「……てい」
そんな自由になったアルラウネの頭部に、続けざまに少女のカカトがめり込んだ。
アルラウネ「どわっじッ!?」
少女「……反省しなさい」
アルラウネ「え? えっ?」
少女「……」
げしげしげしげし。
アルラウネ「ぴ、ぴーっ!?」
何が何やらわからないという顔をするアルラウネに、少女は無言でげしげしとアルラウネの頭の上で足踏みをする。
なぜか少女の体重はまったく感じられないのだが、連続で頭部を殴打されるのはさすがにたまらず、アルラウネは大きな声で叫んだ。
アルラウネ「わ、わかったの! ごめんなさい! もうしません! ごめんなさーい!」
少女「……わかればよろしい」
反省するアルラウネを見ると少女は満足そうに腕を組み、アルラウネの上から退いて地面にふわりと着地したのだった。
鬼姫「……ところで」
少女「……ん?」
鬼姫「あの船は、お前のものか?」
少女「……はっ!?」
そして鬼姫の言葉を聞き、いまさらながらに事の発端が自分にあることを思い出したように愕然とする少女だった。
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