美琴「私が一万人以上殺した、殺人者でも?」(973)


「ええいっ、ちくしょう不幸だっ、不幸過ぎますーっ!」

 上条当麻は街灯が薄暗く足元を照らす通りを全力疾走で駆け抜けながら叫び声を上げた。

 ガサガサとやかましい音を立ててぶん回される買い物袋の中身は、最早そのままミキサーにでも掛けて怪しげな健康ドリンクにでもしてしまった方がマシな程度にぐちゃぐちゃに攪拌されている事だろう。

「くそっ、残り八人……? こんだけ走って二人しか引き離せてないのかよっ! ええいもうっ!」

 不幸の塊としては珍しく何の障害も妨害も無く行きつけの商店に辿り着き、リーズナブルな食材を満足行くまで購入する事が出来たから、機嫌よく鼻歌なんぞを歌いながらの帰り道。
 ふと目をやれば建物の陰に男三人に囲まれた見覚えのある少女が居たのをスルーしていればこんな事にはならなかった。

 しかしその時の上条は機嫌が良かった為、可憐な容姿ではあるが明らかに見た目も中身も子供な女の子に粉をかけるような哀れな男達を救済すべく、その集団の中へと踏み込んでしまったのだ。

 辺りは大通り沿いとはいえ夜も遅く一般人の通行も減り、道の両脇にろくでもない格好をした不良とホームレスがちらほら点在するのみ……と高をくくっていたのも大きな誤りだった。
 その集団に声をかけ、軽く説教でも始めようかと思った矢先、遠巻きにたむろっていた、一見無関係と思われる不良の塊がすっくと立ち上がり、こちらを囲むように歩み寄ってきたのだ。
 二~三人の塊が、一つ、二つ、三つ――合計十人に囲まれた私上条当麻が取った選択肢。
 すなわち、全力で逃走。

「なんで俺がこんな目にーっ! 不幸だあああああああっ!!」

 叫び声は空しく路地に響き渡り、薄霧に包まれた虚空へと吸い込まれていった。


 気が付くと上条を追う足音は止んでいて、そっと後ろを伺っても人の気配どころか野良猫一匹見当たらない路地が広がるばかりだった。
 前を向くと建物の間から抜けたその先は川沿いの広い道路が目の前を横切り、時折乾いた音を立てて車が通り過ぎては暗闇に慣れた目をライトで焼いていく。

「はぁ……今日も不幸だった。明日はもう少し幸福だといいなぁ……」

 左手に持った買い物袋からたぷたぷと液状になった中身を思いつつ溜め息を吐く。
 幸いにも自宅であるアパートへは目の前の川を渡れば5分と経たず到着する位置だった。
 が、橋に差し掛かった所で上条はその足を止め、再び溜め息を吐いた。

「ちょっと! 人の顔見るなり何なんだよその溜め息は! いくらなんでも失礼かも!」

 辺りに明かりもなく視界は闇に閉ざされてる中、その真っ白な服装と輝くような銀髪が鮮明に浮かび上がり、上条はそのただでさえ低いテンションを更に低下させうな垂れる。

「なんでお前がここにいるんだよ。ってかつまり、俺を追ってたあいつらは……」

「ふん、当然私が片付けたに決まってるんだよ」

 フンス、と鼻息も荒く薄い胸を張る少女の指先からは人工とも天然とも付かぬ光が灯り、少女の白磁のような顔を照らし出した。


 そう、上条は不良どもに囲まれていた少女を助けようと声を掛けたのではない。
 この目の前の一見子供で――中身も子供だが――それだけに余計に危険極まりない少女から不良どもを助けようとわざわざ気を利かせて声を掛けたのだ。
 命が惜しかったら、すぐにケツまくって逃げ出せ、とお節介なアドバイスをする為に。

 そしてその上条の涙ぐましい努力は、結局彼女の気まぐれにより全て灰燼に帰したのであるが。

「不幸だ……」

「だから、人の顔見てその態度は失礼だって言ってるんだよ!」

 プンスカと迫力の無い怒り方をしている少女だが、先程から言っているように、見た目と裏腹に少女は10人以上の不良どもとは比べ物にならないほどに危険極まりない存在である。
 薄水色のブラウスに白いスカート、羽織られたこれまた真っ白な薄手のカーディガンという服装はこんな夜中に一人で出歩くとすぐにでも暴漢に襲われかねない可憐な少女にしか見えないが、その胸元に掛かる特殊な形状の十字架は、見るものが見れば一瞬で顔を蒼ざめさせるであろう、魔神候補生の証である。

 魔神。

 それは、魔術を極めた結果、神の領域にまで達するものの事を言う。

 目の前の銀髪少女は、その域に達すると言われている天才魔術師。しかも彼女は見た目通り、小中学生程度の年齢で、その地位にまで登りつめた天才である。
 それは彼女の才能だとか、特異体質だとかも充分影響しているだろうが、それ以上に彼女自身の研鑽と努力の賜物である事だろう。
 そんな自信に満ち溢れた表情に、上条はしかし呆れた溜め息をみたび吐く。

「なんだってそんなお前が俺に付きまとうんだよ……」


「そんなの、貴方が逃げるからに決まってるんだよ。いい加減白黒付けさせて欲しいかも!」

「白黒も何も……俺に勝てる要素なんか欠片も無いのに何を言ってるんだか。お前は百年に一度の天才且つ魔神候補生で、俺は未だに術の一つも満足に覚えてないただのオチこぼれの見習い魔術師なんだぞ?」

「オチこぼれ、ねえ……」

 少女は如何にも自分は不機嫌ですよー、とでも言うかのように眉間にしわを寄せ、右手人差し指に嵌めた指輪を左手でなぞった。


「……ねえ、ゲーティア、って知ってる?」


「は?」

 夏場なのに、周りの空気が2~3度下がったような感覚に、鳥肌が立つ。
 少女の全身を包み込むように燐光が浮かび上がり、伸ばした指に嵌められた指輪が熱を持ったように赤く染まり始める。

「別名『悪霊の書』。ゴエティア、と言った方が正確なんだけど、日本人の貴方にはそっちの方が馴染みがあるかなって思ったんだよ。でも知らないなら使う必要も無かったかも」

「そ、そのゴエ、だかゲーだかがどうしたんだよ?」

「魔術書『レメゲトン』の第一書を指すんだけど、主にソロモン王が使役したとされる72柱の悪魔の召還法を記した禁書なんだよ。この指輪はその書の中に記述のある召還用護符の属性を付与したものなんだけど」

 言って、少女は右手人差し指にある指輪を掲げ、呪を紡いだ。


「我が呼びかけに応えよ悪魔! 30の軍団の長、地獄の大いなる侯爵、マルコシアスよ!」


 次の瞬間、少女の目の前の地面に円に囲まれた五芒星が浮かび上がり、光と共に翼を持った巨大な狼が現れた。

「……マジですか」


「……と、まあこんなものを手軽に召還出来る代物なんだよ」

 まるでマッチを使って上手にロウソクに火を灯せましたー、位のノリで化物を召還せしめた少女が得意気に鼻を鳴らす。

「お前……まさか、コレ使って不良どもを伸したんじゃないだろうな?」

「むっ、失礼かも! 流石にあの程度のチンピラをやっつけるのにこんな物騒なモノを使ったりはしないんだよ!」

「そんな物騒なモノをじゃあなんでワタクシめのように無能な魔術師見習い相手に召還しやがったんでしょうか!?」

「……フン」

 何かが少女の気に障ったのか、途端に不機嫌のオーラを撒き散らしながら少女が掲げた指をゆっくりと振り下ろした。

 その動きに呼応するように目の前の羽根付き狼がギラッ! と上条を見据え……。

「って、え? ちょ、まさか……!」

「グオオオオオオオオオオオッ!!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 危険を察知し身構えると同時、覆いかぶさるように襲い掛かってきた。その巨躯は一瞬にして上条に覆い被さり、轟音を持って振られた腕は上条の身体など襤褸切れ同然に吹き飛ばす、かのように見えたのだが。


「……で、なんで貴方は全くの無傷なのかな?」

もしかしてフラグメーカーの人?


「…………」

 その場には吹き上げられた砂埃にまみれつつも、右手を頭上を守るように掲げた上条の姿があるのみで、先ほどまで凄まじい威圧感を放っていたソロモンの悪魔は影も形も見当たらない。

 上条の掲げた右手が、正式な手続きを踏む事でしか還る筈の無い悪魔を、消し去ったのだ。

「ホント、その力は本当に何? 私が今まで読んできた10万3000冊の魔術書の中にも、そんな術式も霊装も用意してないのに全てを打ち消すような術なんて載ってなかったんだよ。私が百年に一度の天才だって言うんなら、貴方は千年に一度の天災かも!」

   イマジンブレイカー
――幻 想 殺 し

 少年の右手に宿りしそれは、異能の力であれば魔法の炎でもソロモンの悪魔でも触れれば一瞬で無に帰す。
 ただし、その右手が打ち消すのは異能の力のみであり、例えば一撃で人間の身体など肉片に出来る悪魔を消し去れるとしても、その悪魔が足元のアスファルトを踏み砕いたら、上条は約9メートル下の水面に打ち付けられ、運が悪ければ溺死体となるだろう。

 なので。

(怖えーっ! 何なのあの化物っ! 咄嗟に庇った右手に当たったら消えたけど絶対死んだと思った! 走馬灯十周くらいぐるぐる回ったよ今ッ!!)

 表面上平静を装い体中からダラダラと大量の汗を噴出させ、それでも男の意地とばかりに虚勢を張ったまま呟く。

「なんていうか、不幸っつーか……ついてねーよな」

 上条の言葉に、ぐっ、と気圧されるように少女が顔をしかめ、目の前の少年を睨みつける。
 犬歯さえ覗かせて苛立ちを露にする少女に、上条当麻はその日を締めくくるように深い溜め息を吐いた。

、 、 、  、 、 、 、、 、 、 、 、
「オマエ、本当についてねーよ」


――――――――
――――
――


 英国領、グレーター・ロンドン。
 19世紀からの産業革命による急速成長を遂げ、現代社会の中心地の一つであると同時に、数々の歴史的な建造物をそのまま残した、欧州、いや全世界でも有数の大都市。
 そんな発展した都市であるこの街に住む人々は、当然、皆多かれ少なかれ科学の恩恵を受けていて、その信望者でもある。

               オカルト
 だから、その裏に潜む非科学の存在を知らないし、それを疑っても居ない。

     そ れ
 だが、非科学はその街の中心に確実に根を張って存在しており、屋台骨の一つとして大英帝国を支えてさえいるのだ。

                                   ネセサリウス
 そして、裏の存在である非科学の、その更に裏側に、”必要悪の教会”という組織が存在している事は、更に希少であり、そんな奇特な組織の末席にその不幸な少年が一人、座している

 名を、上条当麻。

 魔術の才能も無ければ頭の出来も悪く、その特殊の右手だけが一際異彩を放つものの、魔術師としては彼の利き腕でもあるソレはただの邪魔物でしかないという現実、とどう贔屓目に見ても”向いてない”、”場違い”な彼がそんな組織に所属しているかというと。

 一言で言えば彼が不幸だから、である。


 幼い頃から不運にまみれた人生を送り、周りからは疫病神とまで呼ばれ疎まれ蔑まれ、見かねた父親が頼ったのは、よりによって、科学万能の現代社会に真っ向から歯向かう選択――すなわち、”非科学”だった。

 世界最大の宗教である十字教、その三大勢力の一つであるイギリス清教に海外出張の際に邂逅を果たし、ぞっこん入れ込んだ父親により、上条当麻はイギリスに連れて来られ、興味の薄い参拝旅行に強制的に参加させられたのだ。
 そして例によって彼の不幸が発動した。

 その旅行、上条にとっては退屈そのものでしか無かった。
 興味の無い文化の興味の無い観光施設に無理矢理つれてこられ、そして同行者である父は熱心にその文化の、施設の素晴らしさについて熱弁を奮ってきて上条があからさまにヒいてるのにも全く気付く様子なく一人でハッスルしているのだ。
 これで楽しめという方が無理なもので、上条当麻(当時小学生)はとにかくこの苦痛の時間が早く終わってくれることだけを考え、鼻息の荒い父親の後をてくてくとついていくのみだった。
 そして、あまりの退屈さに欠伸を噛み殺すのも億劫になった上条は、近くにあった丁度いい高さの彫像に右手を掛けて寄りかかり。

 バギン、と乾いた音が響き渡った。


 晴れてイギリス清教の(裏側の方の)お偉いさんに見初められた彼は、色々な紆余曲折を経た上で、”その身の不幸体質を究明し、解消する為”という本音と建前の入り混じった理由により”必要悪の教会”の一員として、”魔術”の勉学に励む見習い魔術師として迎え入れられたのである。


 勿論、その事が彼の不幸人生を軽減するどころか加速させた事は言うまでもない。


 そして今日もロンドンの片隅にある、古びた街並みの中でも一際古めかしくこじんまりとしたアパートの一室にて、上条当麻の不幸な一日は幕を開けた。

「いや、何も朝っぱらから不幸な一日と決め付ける事はないよな……」

 我ながらしょうもない事を呟いてるな、等と情けない事を自覚しつつ、上条はのそのそとくたびれた布団から這い出した。
 ふと見れば眩いばかりの日差しが部屋に差し込んでいる。ここの所曇りの日が続いていたが今日は三日ぶりの晴天だ。流石の上条も今日ばかりは何かいい事がありそう、と心を浮き上がらせる。

「そうだ、布団でも干すか」

 何しろ三日ぶりのいい天気である。今日干さなければ明日からまた曇天や雨天に見舞われないとも限らない。空には雲ひとつなく、万が一にもにわか雨で台無し、という展開も有り得るとは思えず、取り込む頃には太陽の臭いを沢山吸った、ふかふかの布団を堪能できる事だろう。
 何だか思考もヤケにポジティブになった上条は、三つ折りに畳んだ布団を両手で抱え、器用に足で窓を引き開けると、ベランダへと足を踏み出した。


 ベランダには既に少女が干されていた。


「…………」

 ずるずると布団を取り落とし、目の前の物体をマジマジと見つめる。

(……うわ、美少女だ……うちのベランダに美少女が干されてる……)

 化粧っけも全くなく、埃や擦り傷さえついてるのに、文句なしの美少女だった。
 年頃の男の子たる上条としてもこうまで間近で美少女の、しかも無防備な寝姿を見るのは初めての体験だ。

(つか……日本人、だよな? 女子中学生?)

 肩までの茶色い髪をシンプルなヘアピンで留め、半袖のブラウスに袖なしセーター。
 すらっとした細身の体型に、プリーツスカートから伸びる長い足は白く、そのスカートの短さは年頃の男の子である上条にとって目に毒である。
 ふと、吹いた風にプリーツスカートがまくれあがってドキリとさせられたが、その下から覗いたのは色気の薄い短パンで、思わず上条は心の中でがっくりと膝をつきうな垂れた。
 とはいえ、太ももの付け根の方まで見れたことや短パンごしにうかがえる形の良いお尻は充分に眼福だったりして。

 ……いやいや、俺は気を失ってる女の子を前にして何考えてやがりますか!
 っていうかそもそもなんでうちのベランダに女の子が? っていうかこの子ボロボロじゃないか。ひょっとして死んでたりしないよな?
 どうしよう、触っちゃって良いのかな。触って指紋とかついちゃったら俺殺人犯として疑われちゃうのかな。でもなんか触ったら柔らかそうで正直触りた……いかん、その展開は不幸全開の上条さん的にもろくそリアルに想像できるっ! いや待て上条さんは清廉潔白純情少年なのですよ! 生まれてこの方罪など犯した事は……そりゃ拾った100円をネコババしようとした事はあるけど、あれはその姿を速攻持ち主に見咎められボコボコに殴られたからノーカンなの! 第一あの時のオッサンもたかだか100円程度で心が狭いったら無いね! どうみてもヤのつく人だったんで全力で土下座したけど……。その後全力で逃走したらドブにハマったり財布落としたりしたけど……。

「ねぇ、ちょろっとー」

「ああ、思い返せば不幸な人生だった……」

「おーい、もしもーし。聞こえてるー?」

「色々不幸を思い出してたら腹減ってきたな。そういや朝飯まだだったっけ」

「…………」

「あー、作る気力も湧かねぇ。パンでも焼いて食えばいいk」

「い・い・か・ら・人の話を聞けええええええええええ!!!」

「おわああああっ!?」

 辺りのガラスがビリビリと振動音を立てる程の大音量が響き渡り、上条の心臓がドッキュン、と跳ね上がった。


 一瞬遠のきかけた意識を取り戻すと、向かいの建物や僅かに道行く通行人が辺りを見回して音の源を探しているのが目に入り、上条は慌てて目の前の少女をむんずと左手で引っつかむと全速力で部屋の中へと引っ込み窓を閉め……ようとしたらさっき取り落とした布団が引っ掛かって閉まらない。仕方が無いのでカーテンを閉める事で誤魔化した。

「はぁっ、はぁっ、あ、あぶねー。もう少しで俺が傷だらけの少女をベランダに天日干しにする変態嗜好の最低クズ野郎認定される所だったぜ……」

「そういう今のアンタはその傷だらけの少女を脇に抱えたまま荒い息を吐くアブないお兄さんにしか見えないけどね」

「うわああっ、わ、悪いっ!」

「って、きゃあっ!? い、いきなり放り出すんじゃないわよ、ってて……」

「あ、すまん。ってお前がいきなり人を動揺させるような事言うからだろうが! 第一人様の部屋のベランダで大声で叫ぶとか止めろよな心臓に悪過ぎる!」

「しょうがないでしょ! アンタが幾ら話しかけてもブツブツとわけのわからない事呟いて人の事無視するからっ!」

「そりゃ朝起きていきなりベランダにボロボロの女の子が引っ掛かってたら誰だって現実逃避したくもなるわっ! そもそもなんでお前はあんな所にあんな体勢で引っ掛かってたんだよ!?」

「そ、それは……その」

「な、なんだよ……」

 売り言葉に買い言葉とばかりに怒鳴りあってた上条も、いきなりしおらしくなった少女の様子に戸惑う。
 きゅっ、と両の拳を強く握り締め、少女は躊躇うように、しかしはっきりと呟いた。

「追われているのよ……」


 もし上条当麻が、現在の彼のように人とは違う数奇な運命を辿ったのではなく、ごく普通の日本人として日本で育ち日本の学校に通い、平凡な高校生として過ごしていたのなら、少女の言葉に深い溜め息を吐き、

「何を馬鹿な」

 と斬って捨てた事だろう。

 しかし、上条当麻は知ってしまっている。
 この世には、裏の世界が存在している事を。
 皆が事件もなくつまらない、平和な日常を送っているすぐ一つ裏の路地では、血が流れ、骨が砕かれ、肉を焼かれる暗闇が存在する事を。
 生まれ付き稀有な右手を持っている上条でも、つい数年前までは想像さえしていなかった。
 しかし今、彼はオカルトという世界に足を踏み入れ、見習いのペーペーという立場ではあるけれど、少なくとも腰の辺りまではどっぷりと浸かり、最早簡単に抜け出す事は出来ないであろう位には非日常に染まりきっている。

 だから、彼は、自嘲するように微笑み、しかしまっすぐこちらを見て目を逸らさない少女の視線を受け止め、見つめ返して言った。



「何を馬鹿な」


「ちょっと! 思わせぶりに引っ張っておいてそれは無いでしょ幾らなんでも!」

「いやいや、でもそれはねーよ。追われてるって今時中二病にも程があるぜ? しかもそれでなんでよりによってこんなボロアパートのベランダに引っ掛かってるんだよ。その設定ならどっちかっつーと街角でぶつかってきてとか裏路地で倒れているのを偶然通りがかってとかそっちの方がしっくり来るぞ」

「そんなのこっちが好きで引っ掛かってたんじゃないんだから仕方ないじゃない! こちとら追っ手を撒く為に必死で、屋上から屋上に飛び移ってたら流れ弾に当たって気が付いたらあそこに引っ掛かってたんだから!」

「屋上から屋上ってお前自分が忍者だとか言うつもりか? 忍者とかいう設定喜ぶのはアメ公くらいで純粋な日本人が忍者ネタ使うのは幾らなんでも重症じゃ……」

「忍者ネタって何よ!? っていうかなんでアンタは私が中二病って前提でしか話が出来ないのよ! 確かに私はリアルで中二だけど中二病発症してまで人様の家のベランダに引っ掛かって遊ぶ趣味は持ち合わせていないわ!」

 それと、一応言っておくけど私は忍者じゃなくて超能力者だから! と怒鳴りながら付け加えるのを忘れない美琴に、アカンこれは本当に重病患者だと上条は右手で口元を抑え涙を堪える。

「……大丈夫だ、中学生なら誰しもそういう病気に罹る物なんだ。それは後で思い返せば確かに恥ずかしい事かもしれないけど、その経験はきっと将来クリエイティブな仕事に付く時にはきっと役に立つ」

 言って、美琴の肩に手を掛けようとするとバチコーンと思い切りハタかれた。痛い。


「だからその異様なほどに優しい眼差しでこっち見んな哀れむな同情すんな! っていうかその場合ごくごく平凡な会社員とかになった場合はどうなるのよ!」

「そっと胸の奥にだけしまって墓の中まで持ち込むしか、ないな」

「そんな悲しい未来は嫌っ!?」

「人間、諦めが肝心だぞ」

「安っぽい同情してんじゃないわよ! っていうか違うから私のは中二病的なアレじゃなくてガチで追われてんの! だからそんな痛ましいものを見るような目でこっち見んな重い溜め息吐くな何もかも理解したような顔で深く頷くなぁっ!!」

 はぁ、はぁ、と息を切らせ少女の肩が上下する。
 そんな少女の必死な様子を見て、上条は上条でなんだか愉快な子だなぁ、と心の中で呟いた。恐らく聞かれたら思いっきりぶん殴られるだろう失礼な呟きである。

「あー、まあなんつーか、散々からかっておいてなんだが、な」

「な、何よっ、今更謝っても許してなんてあげないんだからね!」

「その……さっきも言ったけど俺朝飯まだなんで腹減ってるんだよな。良かったらお前も食うか?」

「ッ! 誰がアンタの施しなんか……!」

 ぐううううきゅるるるる、と、可愛らしい腹の虫が鳴った。恐らく、目の前の少女の胃の辺りから。
 ふと見やれば少女の顔がみるみる内に真っ赤に染まっていく。あまりの恥ずかしさに目の端に涙まで浮かべているので、上条は指摘しようと開きかけた口を閉じ、頬を掻きながら「いいからその辺に座って待ってろ」とキッチンへ向かった。

 ふと目を逸らす直前に見えた、こちらに手を伸ばしかけて引っ込める真っ赤な顔の少女を見て、上条は苦笑を噛み殺す。
 折角だからトーストに乗せる苺ジャムくらいは多めにサービスしてやろう。

ってな所で初回の投下を終了させて頂きます。
本当は全部書き溜めてから一気投下したかったんですが煮詰まって我慢出来なくなって放出と相成りました。
遅くとも3~4日に一回は投下したいと思ってますのでしばしのお付き合いをお願いします。

お話としては原作1巻の再構成で、但し登場人物の立ち位置と舞台とが若干妙な事になってる感じです。
おかげで色々とめんどくさかったりややこしい事になったりどこが再構成?になってたりもしますがご了承下さい。
地の文形式だし勝手解釈や勝手設定バリバリなんで合わないなーって人は引き返した方が無難だぞ!ごめんね!

>>7
トリップの通り、正解です。
今までのお話とは色々と毛色が違うと思うのでご注意をー

ちょっと用事があるのと細かい修正入れてるので初回投下はこれだけですが夜にもっかい投下予定です
完結は絶対持ってくってかそんなに長くならないと思われますよぅ
それじゃまた今夜!

このスレなに?
一回中断したスレを一から投下し直してんの?

コメントめっちゃついててびっくりした。なんというぷれっしゃあ・・・

ありがとうございます、少しでも期待に沿えるよう頑張ります
とりあえずちょいちょい見直ししながら20時頃をめどに投下します

あ、関係ないですけど投下中のレス歓迎ですから出来れば遠慮せずにガンガンやっちゃって下さい
これを言ったらアレかもですが細かいボケやネタに突っ込んで貰えるのが嬉しいタチなんでw

銀魂関係のスレみたいなノリで良いんだな?

>>46
そんな感じで
いや銀魂関連ってクロスSSを幾つかしか読んだ事無いので良く分かりませんがw

んじゃ投下しますー

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「まずは自己紹介しなくちゃね。私は御坂美琴、見ての通り日本人よ」

「御坂、ね。俺は上条当麻。こちらも見ての通り日本人だ」

「上条さん、ね。よろしく」

「お、おう。よろしく」

 ジャムトーストとベーコンエッグというお手軽もお手軽な朝食を終え、ひとここち付いた所で、傷だらけの少女改め美琴と向かい合う。
 こうして落ち着いてみると、確かに傷だらけで、ブラウスやセーターやスカートのあちこちが擦り切れたり汚れたりしているが、少女は整った容姿をしていた。
 一言で言えば美少女だ。
 化粧っけは全く無かったが、それが逆に少女の健康的な美しさを演出しているとも言え、曲がりなりにも年頃の男の子である上条は正面から向かい合うのが照れ臭い。

                                        ロンドン
「しっかし、アレだな。幾らイギリスの中でも比較的外国人が多い首都とはいえ、まさかピンポイントで日本人が住んでる部屋のベランダに引っ掛かるとは、お前凄いよなー」

 照れ臭さを誤魔化す為に適当に話題を逸らす上条だが。

「あはは、言われて見ればそうよねー。なんだか運命じみたものを感じちゃうわ」

「う、運命!?」

「え? いやいやいやマジに捉えないでね? 軽いジョーダンよジョーダン!」

「あ、わ、悪いそうだよな」

 上条当麻、年下の少女にちょっぴりドキドキしてしまうの図。余計に墓穴を掘ってしまったと反省。

「そ、それよりえっと御坂、さん」

「呼び捨てでいいわよ。アンt……上条さんの方が年上だろうし、堅苦しいの苦手だからフランクに行きましょ?」

「そっか、んじゃ御坂。俺の方も呼び易い呼び方でいいぞ。年上っつっても大してかわらなそうだし、敬語も不要だ」

「……そ。ありがと、助かるわ」

「それより、御坂。あちこち傷だらけじゃないか。救急箱あるから軽く手当て位はした方がいいんじゃないのか? 服もボロボロだし何か貸そうか?」

「んー、そうね。正直あちこちヒリヒリするから、悪いけど好意に甘えさせてもらおうかしら。でも服は良いわ、多分借りても返しに来れないだろうし……」

「あ、そっか、追われてるって設定……じゃない、マジで追われてるんでしたねすいませんでしたぁっ!」

 会話の途中で美琴方面から尋常じゃない怒気を感じた上条は素早く土下座の姿勢にてその怒りを収める事に成功する。普段からその不幸体質で危ない人に絡まれやすい上条の得意スキルの一つ『THE・瞬間土下座』がこんな時に役立つとは、等と上条は自分の運の無さに一瞬感謝しかけ、次の瞬間に暗鬱な気分に陥った。
 トボトボと救急箱を取りに部屋の隅へ移動する上条に、思わず美琴も申し訳ない気持ちになりそわそわと膝を擦り合わせるものの、何を慰めれば良いのかさっぱり分からず結局何も言えないまま渡された救急箱を大人しく受け取った。


「中の物、何使っても良いからな。使う機会も多いから包帯とか消毒液の在庫は多めに備蓄してあるし」

「ありがと……使う機会が多いって、なんか激しいスポーツの部活動とかやってるの?」

「ああ、まあそんなとこ……」

 実際はそんなとこじゃなく、単に自らの不幸体質のせいだなんて言えない上条は不自然に目を逸らすと乾いた笑いと重い溜め息を漏らすのだった。

 と、美琴の方に目をやると、何だかそわそわとしながら上条の様子をチラチラ伺っていた。
 なんだ、トイレか? というベタなボケが一瞬浮かんだが、すぐに合点が行って上条は立ち上がりながら何気ない風をよそおい尋ねた。

「えっと、飲み物でも買って来ようと思うけど、御坂は何か要るか?」

「あ、うん。じゃあ、ヤシ……じゃない、何かサイダー系があれば、それで」

「あいよ」

 去り際にひらひらと手を振り、上条は自室を後にした。


 上条が去った後、遠ざかる足音に耳を凝らしていた美琴は、そこからたっぷり百秒ほど待ってから衣服に手を掛け、脱ぎ始める。
 細かい傷は全身のあちこちに刻まれ、服を着たままでは手当て出来ない箇所が幾つもあるのだ。
 流石にさっき知り合ったばかりの男の子の前で服を脱ぐ真似は出来ず、さりとて世話になった人に出て行けとも言えなかったので、上条が空気を読んで外出してくれたのはありがたかった。

 ふと、わき腹の青痣に湿布を貼りながらその傷を負った場面を思い起こす。
 じわり、と目の端に涙が浮かびかけ、慌てて少女はそれを拭い脳裏の映像を消し去るように頭を左右に振った。

「どうして、こうなっちゃったのかな……」

 弱々しい少女の呟きは、誰にも届く事無く、空気に溶けて消えた。
 包帯を巻く手はのろのろと動き、手当ては遅々として進まない。

 見知らぬ街の片隅で。見知らぬ少年に温もりを与えられ。それでも少女はただひたすらに孤独だった。

――――――――
――――
――


「超能力、ね」

 行きつけの雑貨屋で飲み物を購入した帰り道、人通りのまばらな路地を歩きながら上条は呟いた。
 美琴の前では中二病呼ばわりしてからかいはしたものの、実際上条は少女からキナ臭いものを感じ取っていた。

 イギリスに移住する前、住んでいた実家の程近くに『学園都市』なる場所があった。
 東京都西部のほとんどを高い壁と厳重な警備システムで囲い、その中にはその名の通り夥しい数の教育機関が詰め込まれた、学生の為の街。
 しかしその詳細は外部への徹底的な情報規制の下ほぼ霧の中。周辺では怪しげな噂話が幾つも広まっていて、当然上条もその一部は耳にした事がある。


――曰く、学園都市内部では、子供達を使い、超能力の開発を行っている。


 火の無い所に煙は立たず、とは言うものの、物には程度というものがあり、実際火の無い所に煙を立たせる輩など履いて捨てるほどいる事くらい上条も熟知している。
 そして『学園都市』とは、その閉鎖的な性質上、そういった性質の悪い輩のやっかみの対象としては余りに適当に過ぎた。
 しかもよりによって超能力、と来たもんだからいくら何でもその噂が荒唐無稽の笑い話に過ぎない事など、幼い時分の上条であっても分かりすぎる位に分かり過ぎるという物だ。


    オカルト
 だが、魔術が存在する事を上条は知っている。


 ここ、霧の中の街であるロンドンで、表の世界の住人には決して知られないまま、魔術はあちこちに潜み、溶け込んでいる。
 そんな事を通りを歩く学生もしきりに時間を気にしているビジネスマンも楽しそうに歩く親子連れも真っ白い服に銀髪の少女も一切知らず、のほほんと平和で退屈な日常を過ごしている。

「…………」

 そのまま何も見なかった事にして通り過ぎようと上条が歩を進めようとすると、その白い銀髪少女が物凄い形相をしながら前方に回りこんできた。

「ちょっとそこのツンツン頭! 今あからさまにスルーしようとしたよね? いい度胸してるかも!」

「……あー、なんだチビッ子魔神か」

「むきーっ! 私にはインデックスってちゃんとした名前があるんだよ! いい加減ちゃんと覚えて欲しいかも! 貴方初めて会った時からチビッ子って言ってるし!」

「初めて会った時……?」

 言われて上条はその時を思い出してみる。


 それは一ヶ月前の事だろうか。
 初めて会った時もこの女は不良どもに囲まれていた。そう言った場面を見過ごせない性質の上条は当然割って入ったのだが。

『やー、こんな所にいたのかー、ダメじゃないかはぐれちゃー』

『……私、貴方の事知らないんだよ。手、離して欲しいかも』

『ハハ、ハ……ハ?』

『いいから離して。汗でベタベタして気持ち悪いんだよ』

『いや、お前ここは話を合わせろよ! 折角の俺の『知り合いとの待ち合わせのフリして連れ出しちゃうぞー♪』作戦がっ!』

『なんでそんなメンドクサイ事しなくちゃいけないの?』

『おまっ……!』
                                                  サモンイフリート
 そのまま少女と口論になってガキだのウニ頭だの罵りあった挙句少女がキレて炎の魔神召還ーどかーん(この時点で不良ども全滅)とかなって咄嗟に右手で防御したら、なんで無事なんだと因縁を付けられ、次々と魔術で攻撃をふっかけられたりそれを打ち消すやり取りを繰り返した挙句、何故かそれ以来目を付けられ会う度ケンカをふっかけられるような関係になってしまったのだった。


「これが不幸と言わずしてなんといえばいいのだ……」

「……何いきなり遠い目をして人の事無視するのかなこのウニ頭は」

 上条としては今は部屋に残してきた少女の方が気になる。とりあえず目の前のチビッ子は適当にあしらう事にした。


「で、何か用でもあるのかよ 。そもそもお前の家も通ってる教会も反対方向だろ。もしかして嫌味な上司にパシらされてるとかか?」

「そんな事させられてないんだよ! それよりっ! 今日という今日こそ私の魔術でコテンパンに打ちのめしてやるんだから黒コゲにされるか手足引き千切られてダルマになるか全身の穴という穴から墳血するか好きな死に方を選ぶといいかm……むぐっ!?」

 街中で物騒な発現を大声でわめき散らすインデックスの口を思い切り右手で覆い隠した。

(馬鹿野郎っ! こんな一般人が大量に居る所で魔術だとかダルマとか物騒な事大声で言うんじゃねぇっ!)

(むーっ! むぐぐーっ!)

(き、聞かれてないよな今の……?)

 暴れるチビっ子を必死で抑え付け、上条は辺りの通行人の様子をチラリと窺う。


 ざわ……

    ざわ……


(…………ん?)


 あらやだ、誘拐……?

    冴えない顔した男ね……きっと女の子にモテないからって……


(あれーっ!? ひょっとして俺の咄嗟の行動裏目ですかーっ!?)


「…………え、あ、いや。これは……ですね」

 ピピーッ! と鋭い笛の音が響き渡った。
 釣られて目を向けると、ごっつい体つきをした警察官がこちらに向かってくるのが目に入った。

「ゲッ! ちょ、ちょっと待っ……いやこれは違うんです誤解ですああもう不幸だちくしょうーッ!」

「あっ、ちょ、ちょっと待つんだよウニ頭!」

「不幸だああああああああああああああっ!!!」

 泣きながら全力で逃げ出した上条を、インデックスは慌てて追い掛ける。
 上条当麻、結局本日も不幸まっさかりであった。


「はぁ、はぁ……ああもう畜生一体俺が何をしたってんだ」

「大人しく私と勝負しないのがいけないんだよ」

「…………なぁ、なんでお前居るの?」

「なっ! いちゃいけないの!?」

「うん」

「むきーっ! ムカつくムカつくムカつく! いいからとっとと勝負なんだよ!」

「勝負も何も、お前が一方的に魔術ぶっ放して俺が全部打ち消してるだけじゃないか。そういうのってただのイジメって言うんだぞ。前園さんもカッコ悪いって言ってるしいい加減にしたらどうだ?」

「何を訳の分からない事言ってるんだよ! 大体そっちがカッコつけて攻撃しないからイジメみたいになるだけかも! いい加減マジメに私と戦うんだよ!」

 キャンキャンとうるさい少女に、上条は溜め息を一つ吐き出した。

 、 、 、 、、 、、 、 、 、、 、 、 、 、
「じゃあ、マジメにやっていいんかよ?」


 ぐ……ッ、とインデックスは言葉を詰まらせた。

 上条にまっすぐと睨まれただけで少女の全身は強張り、指1本動かせなくなる。
 インデックスにとって上条当麻とは得体の知れない恐怖そのものだ。
 何しろ、自分が今まで築き上げてきた自信もプライドも魔術の技術も、訳の分からない内に全て打ち消されてしまい、何十もの魔術攻撃を打ち込み続けたにも関わらず、当の上条は舞い上がった埃や土に汚れてはいたものの全くの無傷だったのだから。

 ふ、と上条は目を逸らしてガリガリと頭を掻く。ただのハッタリだったにも関わらず思い切りビビられてしまった。これじゃホントに年下の女をイジメてるだけにしか見えない。

「はぁ……まったく、なんで俺の周りには自称超能力者とかチビッ子魔術師とかそんなのばかりなんかね。なんつーか、不幸だなぁ」

「ちょ、ちょうのうりょくしゃ……?」

 さっきまでギャーギャーうるさかった少女なら噛み付いてきそうな発言なのに、今はびくびくと若干距離を取りながら聞いてくる。
 自分から絡んできたくせに、と思わないでもないけど、そこまでビビらせてしまったのは上条本人であるし、何とも複雑な心境だ。
 なんだかばつが悪くなった上条だが、何の気なしに半歩踏み出したらびくぅっ! と、2~3歩後ずさられてしまい、思わず溜め息が漏れる。

「…………はぁ」

 どうやら今は自分が何をしてもビビるモードのようだと判断した上条は、仕方ないので雨の中の捨て犬のようにブルブル震える少女を放置して家へと足を向けるのだった。

――――――――
――――
――


「ただいまーっ、と」

――!? わっ、ひゃっ!

 玄関を開けると、奥の方からどったんばったんと派手な音が悲鳴と共に響いた。

「? ……まさかっ!」

 一瞬考え込んだ上条だが、美琴が追われている事を思い出し、即座に駆け出す。
 本当に追っ手が来ているのであれば逃げ場の無い狭いアパートの部屋はただの袋小路であり、危険な死地となる。


「無事かっ、みさ、か……!」

 短い廊下を一足飛びに駆け抜け、奥の部屋に飛び込むと、上条の目の前には肌色が広がっていた。

「…………へ?」

「……………………」

 上条の目の前で、ベッドに腰掛けた姿勢で固まってる御坂美琴。
 ベッドの枕元付近にはサマーセーターとブラウス、スカートと短パン、そしてブラ……が綺麗に畳んで置いてあり。



 つまるところ、御坂美琴は裸だった。


 かろうじて、見てはいけなそうな部分には包帯が不器用に巻かれているおかげで隠されているので、一応セーフ? と上条としては思いたいのだが。

「………………」

 思い切り涙目の美琴を見るに、こりゃ多分アウトだろうなぁと諦めの心境に陥る。

 そして、そんな上条に更に追い討ちをかけるかのように、パサリ、と明らかにヘタクソに巻かれた包帯がずり落ちて布団に着地した。

「………………」

「………………ふ」

「ふ?」

「ふにゃあああああああああああ!!」

「ぎゃあああああああああああああああああッ!」

 バチバチビリビリィッ! と突如少女の前髪から危険な音と共に蒼白い光が撒き散らされる。
 咄嗟に右手を突き出したのは習性なのか本能なのか分からない。
 が、その蒼白い光は上条が突き出した右手に触れると、バギン、と甲高い音と共に消え去った。

今晩は以上となります
次回は2~3日中に・・・

>>37
全部書き下ろしですよー
なんか誤解させるようなこと書いてすいません

追っ手が分かるのは次回か次々回かな・・・
今の所ヒントは0なんで好きに予想してみてくださいw

超遅れてしまい申し訳
忙しかったとはいえ流石に間空きすぎた上に何の報告も無くてすいません・・・
とりあえず出来た所まで投下致します
推敲しながらなんで間隔空きますがご了承下さい


 洗濯物を全て放り込み、後はプログラム通りに洗濯乾燥機が全てこなすに任せるのみとなった美琴は、重苦しい空気の中に居た。
 向かい合うは、先程全くのとばっちりで電撃を喰らわせた被害者である所の上条当麻。
 はっきりと表面に不満や不快を漂わせているわけではないが、理不尽な攻撃を加えた自覚のある美琴にとっては何気ない仕草一つ取ってもネガティブにしか捉えられない。

「えっと……あの、ごめん」

「え? あ、ああ、いいよ別に」

「でも、やっぱりごめん」

 美琴にしては勇気を出して謝ってみたのだが、上条の反応は思ったよりもそっけない。
 その事がちょっぴり不満だったが、さりとてそれにケチをつけるのもどうかと思うので美琴は謝罪の言葉を重ねる。

 上条からしてみれば確かにびっくりはしたが、幻想殺しで打ち消したことで実際に被害があったわけでも無い。だから、美琴がなんでこうまで縮こまっているのか理解できなかった。
 しかしながら、美琴からしてみれば上条が登場するまでの自分の行動や思考の後ろめたさもあるし、被害ゼロなのもたまたま上条が不思議な力を持っていて、咄嗟にその右手を突き出す反応が出来たからに過ぎない。
 というか、美琴にとっては前者の恥ずかしい思考の方が今も自分の胸にちくちく突き刺さっているのが問題だった。おかげでまともに上条の顔をまっすぐに見れない。問題としては後者の方が大きい事も分かってるのに。思春期ど真ん中に位置する乙女の、乙女心のなせる業か。

「むむむむむ……」

「ど、どうした御坂?」

「な、なんでもないわよ! ほっといて!」

「いや、そんな事言われてもですね……」


 さっきまでシュンとしてたのがいきなり顔を真っ赤にして不機嫌そうに唸りだしたもんだから上条でなくても気になるというものだが、今の美琴にそこまで気が回ろう筈もない。
 上条としてはそんな美琴を前にただオロオロとうろたえる他になかった。

「あ、そうだ。御坂、着替えとか生活用品とか大丈夫か? 必要なものがあるなら早めに言ってくれれば俺が買ってくるけど?」

 この空気の払拭にいい話題が思い付いた、とでも思ったのか、殊更に明るい声が出る上条だったが。美琴の反応はといえばジトっとした目で見上げてくるという、予想外に芳しくない物だった。

「もう既にシェリーさんが目ぼしいの揃えてくれてるわよ。それに第一、アンタに女の子の生活用品とか買いに行かせると思う? 仮に下着とか生理用品とか頼んだとして、堂々と買う気なの?」

「うぐっ、そ、それは……!」

「それとも……ひょっとしてアンタってば、私にアンタ好みの下着着せて喜ぶ変態趣味を持ってるとかじゃないわよね?」

「バッ! そ、そんな趣味あるわけ無いだろ!」

「……どーだか」

 かく言う本人も先程上条の下着を見て興奮(?)してた癖に酷い言い様であるのだが、そんな事を露とも知らない上条は冷や汗をダラダラと流しながら必死で否定する他無い。
 そんな上条の反応を見て、美琴の疑念は膨らみ、その事が更なる追撃の言葉を生み出すのだった。

「ってか良く考えたら、朝起きたらベランダに不審者が引っ掛かってたのに平気で部屋に連れ込んだり、人の裸を二回も見たりと、前科があるのよね、アンタには」

「だからそれは悪かったって……」

 その事を言われると弱い上条だった。


「ひょっとして私を追っ手から逃がしたり匿ったりしてるのも、下心アリアリでやってんじゃないでしょうね……?」

 ジロリ、と上条をジト目で睨みつける美琴だが、その頬の辺りはほんのり赤く染まっていた。万一それに気付いていればその後の上条の運命は変わっていたのだろうか?

 しかし、実際にはそんな細かい相手の所作などあっさりスルーするのが上条の上条当麻たる所以だったりもする。

「あのなぁ……。そんな思わせぶりな事言って動揺させようとしたって無駄だぞ? こちとらお前相手にそんなボーイミーツガールなラヴイベントなんか最初から期待しちゃいねーからさ」

「…………」

「あれ、何故急に黙ってしまわれますか? 心なしか前髪の辺りがバチバチ言ってますけどー。美琴さーん」

「…………」

 上条としては無理矢理ギャグ方面に空気を持っていこうとしてみたつもりだったが、美琴の前髪のバチバチは激しくなるばかり。慌てて右手を頭に伸ばそうとすると一瞬早くバッチィン、と電撃が伸びてきて上条の右手に突き刺さった。
 あまりの反応のよさにびっくりして手を止めてしまう上条の耳に、なにやら空気が漏れるような音が聞こえてくる。

「ふふ、ふふふふ、ふふふふふふふ……」

 それは、目の前の少女の喉の奥から響いてきているようだった。というか美琴の含み笑いだった。
 上条は美琴の背中から湧き出るドス黒いオーラを幻視した。幻だと分かってるのに何故かそれは妙な現実感があった。

 上条は思った。これひょっとして俺ヤバくね?


「ねえアンタ」

 はい、と上条は自分が呼ばれたっぽいのでとりあえず返事をしてみる。
 とてつもなく不幸な予感がした。

「アンタの事、なんか……」

 バチバチバッチィン! と危険が危ない音が響き渡り、激しい火花が上条の視界を焼いた。



「だい……っきらい!」


 紫電が四方から迸り、上条に襲い掛かる。次の瞬間に彼が感じたもの、それが、上条当麻が御坂美琴から初めて味合わされる、超能力という力による電撃の痛みだった。

――――――――
――――
――


 すっかり機嫌を損ねたらしく、美琴はプリプリしながら隣の部屋のソファーに移動して、今は一人ブツブツと呟いている。
 おっかなびっくり声を掛けてみようとするとキッ、と睨みつけてくるので正直怖かった。
 そのくせ、気が付くとチラチラとこちらを肩越しに窺ってくる。気になって視線を向けるとババッ、と体ごと目を逸らす。

 一体何がしたいんだよ……と、上条は電撃で先っぽが縮れた前髪をくりくりと弄り回しながら溜め息をついた。
 ほっとけばその内機嫌を直して話しかけてくるかな……と、半ば諦めの心境で上条はご機嫌ナナメの電撃姫を視界から外す事にした。

 電撃姫。確か美琴は自らが『常盤台の電撃姫』等と恥ずかしい名称で呼ばれている事をぼやいていた。
 学園都市の頂点、たった七人の超能力者。魔術の世界にも世界に二十人といない『聖人』という特別はいるが、分母が不明な魔術師という集団の中ではそれが何分の一の確率での話なのかは分からない。少なくとも二百三十分の七よりは希少だとは思うが、そもそも比べる対象として妥当なのかも測りかねる。
 それだけ学園都市という世界は外から見て未知の存在だ。

 美琴のこの後の処遇としては、最終的には学園都市に帰すのが妥当だとは思う。しかし追っ手として美琴を襲う存在も学園都市の住人だ。その目的や学園都市における立場などは一切不明。
 今の状態で美琴を学園都市に帰しても、美琴が平和な日常に戻れるのか? それが確認できるまでは下手に彼女に動いてもらうわけには行かない。

 幸いにも、上条達の所属するイギリス清教は学園都市とのコネがあるとシェリーが言っていた。
 今はシェリーを通じて、イギリス清教の上層部から学園都市へと探りを入れてもらうよう工作を施している最中だ。
 その手のややこしい汚れ仕事は上条の苦手とするところで、結局何もかもシェリーの世話になってしまっている現状が歯がゆい。

 上条は美琴の為に自分が何の役にも立っていないことに言いようも無い焦燥を感じていた。
 さっきのやり取りだって、少し落ち込んでいるように見えた美琴を、軽い会話で気を紛らわせればと思っただけなのに、余計に機嫌を損ねてしまった。
 せめて美琴が学園都市に無事帰れるまでに少しでも彼女の力になってやれたら――。


(――それが、何になるって言うんだよ……)

 分かっている、全てが解決したら、美琴は元の生活に戻る為ロンドンを去り、学園都市へ帰る。
 このまま解決しなかったら、とか学園都市全てが美琴の敵だったら、とか想像しないでもないが、それは美琴にとっての不幸で、その事態に陥らないように協力する事こそが上条の本意だ。
 全て丸く収まって、色々と世話になったわね、学園都市に来たら歓迎するわ、と笑みをかわしあい別れるのがこの物語のハッピーエンドだ。それ以上何を望むというのだ。

 このままの生活を延々と続けるわけには行かないのは上条だって同じだ。早くこの状態が解消されるのが一番に決まってる。それなのに、何故上条の心は小さな引っ掛かりを覚えてしまうのだろう?

                                オカルト          ESP
 上条と美琴は住んでいる国も、世界も違う。上条は魔術の世界、美琴は科学の世界。上条はイギリスはロンドン、美琴は日本の学園都市。
 二つは決して交わることは無く、偶然に偶然が重なって、刹那のすれ違いが訪れただけ。

 たったそれだけの話。
 それだけの話なのに、何故か上条の心は波打つようにざわめき、何故だか無性にイラついて、


「あれ?」


 と、不意に違和感を感じて思考を止める。
 視界の端、隣の部屋のソファーから飛び出していた、茶色の頭が居なくなっていた。
 シェリーから寝室として割り当てられていた部屋に戻ったのかと一瞬思ったが、何となく嫌な予感がした。

 美琴が近くに居る時に、僅かに感じる濃密な気配というか空気が感じられない。その事を以前美琴に尋ねた時、AIM拡散力場だか電磁波だかの問題で、動物等に嫌われて触れない、等というボヤきを漏らされたが、意識すれば感覚が鋭敏な人間にも感じられるものらしい。
 そして、今それは感じられない。
 つまり、美琴は、この家に、いない?

 それでも、まだ決まったわけではないと上条は美琴のいそうな部屋を片っ端からノックし、呼び掛けてみた。
 全ての部屋から返事が無かった。
 それだけで満足せず、またぞろ不幸イベントが起こる事も覚悟でドアを開けてみた。
 そして、全ての部屋で実行したにもかかわらず、少女の姿を発見出来なかった事で、ようやく確信に至った。


 御坂美琴は、一人で、誰にも言わず外出した、と。

――――――――
――――
――


(ああ、もう……なんだってまたこうなっちゃうのよぉっ!)

 隣の部屋で焦げた髪先を弄くっている上条を横目で見つつ、御坂美琴は後悔の念に苛まれていた。
 さっきは悪い事をした、と素直に謝ろうとしたのに、つまらない事で苛立ってまた当り散らしてしまった。
 これでも学園都市では超能力者という頂点にまで登りつめた身だ。
 能力・精神・感情の制御はむしろ得意とするところで、多少短気でケンカっぱやい所があるのは自覚してるが、それも抑えるよう心がけている。

 なのに、何故上条の前ではこうまでも上手く行かないのか。美琴は自分の事なのに全然分からなかった。

(感謝……してるのは確かなのに)

 情けない事に、ボロボロ泣いてる姿まで見られてしまっている。彼の事を信頼できる人だとも思う。全てが終わって、また別れる時が来ても、絶対いつかまた会いに来て、この恩を何倍にもして返したいとも思っている。
 それなのに、先程から彼に取っている態度は全くの正反対ではないか。恩を仇で返すような真似とさえ言える。

(でも、でもなんか……さっきは凄く嫌な気持ちになった。なんで、なんだろ……)

 上条に「期待してない」とか言われた時、ワケも分からず胸が痛んだ。
 なんだか全てを拒絶されたような気持ちになって、悲しみと怒りが異様に湧き上がって、気が付けば意識してないのに前髪から電撃が漏れ出ていた。
 その電撃は意識して出したものではない。イラだった時、ムカつく相手を前に威嚇で電流の欠片を見せつけるように放出する事はあるが、アレはそういうのではなかった。
 今思えば、感情が昂ぶった位で何故能力が制御できなかったのか不思議だった。制御ミスだとしたら超能力者として精密な電撃を制御するのがウリの自分のチカラが疑わしく思えてくる。

                   パーソナル・リアリティ
(精神が不安定になって……”自分だけの現実”が、揺らいでいる、とか?)

 思えば、あの操車場で気を失ってからの記憶は無く、気が付けば見知らぬ土地の見知らぬ街角に放り出されていた。
 焦って辺りを窺い、そこが学園都市でも、日本でさえも無く、遥か海外のイギリス、ロンドンである事が分かった時は、流石に言い知れぬ不安を覚えた。

 そんな見知らぬ街をふらふら歩いていたら、見知った顔を見かけた。その顔が自分と瓜二つのものだったので、大きな疑念が生まれたものの、一番に感じたのは安堵だった。
 駆け寄ろうとしたら警告の声を発せられ、息を呑んだ。彼女――妹達が私に向けた目は、あからさまな、警戒色。

 どうして、私よ。分からないの? と半ば悲鳴のように叫ぶと、妹達は顔をしかめ、再び警告を発してきた。ワケが分からず一歩を踏み出すと、足元に銃弾が突き刺さる。
 突き刺さった銃弾は自分の電磁波の干渉を受け付けない、ゴムを主成分とした特殊弾だった。その事が、更に混乱を加速する。
 始めから、私に対抗する為の装備を備えている。つまり――
 その事を、その現実を認めるのが怖かった。

 だから、逃げ出した。

 その事が、今の今まで、心にしこりとして残っている。

 しかし、それからは必死だった。
 妹達の私を追う手は執拗で、こちらの思惑を上回るような装備や戦略を駆使して、私は追い詰められる一方だった。
 それでも、この命を投げ出してまで救いたかった命だった。傷付けるなんて始めから選択肢になかった。
 だから、いくら追い詰められても、その銃弾がこの身に突き刺さろうとも、彼女達を傷つける事はできなかった。

 辛うじて妹達の追撃を逃れた後、精根尽き果てた私は、気が付けば移動中に気を失っていた。
 そして、気が付けば見知らぬ少年の部屋のベランダに引っ掛かっていたのだ。

(そういえば、ロンドンで気が付いた時、何か荷物を持ってた気がしたけど……)

 ありふれた肩掛けのバッグのような物だった気がする。そこそこの重量があった筈だが、逃走の際、肩紐が千切れとんだので、邪魔になって打ち捨ててきた。
 ひょっとしたらアレの中に何か現状に対するヒントがあったのかもと思うと、何故最初に中身を確認しなかったのかと思う。が、今となっては詮無きことだ。


 ちら、と隣の部屋の少年の顔を窺うと、なにやら難しい顔をして考え込んでいた。
 さっきまでしきりにこちらを気にしている素振りだったのに、今は完全に考えに没頭してこちらの様子に気を払っていないようだ。
 試しに、そっとソファーから立ち上がってみるも、気付く様子は無い。そろーっと一歩踏み出してみる、やはり気付かない。

(これ、何だか面白いかも……)

 そのまま少しずつ少しずつ気配を忍ばせながら移動してみるも、上条は相当深く自分の考えに没頭しているようで、反応なし。
 結局部屋の外に出るまで彼が気付くことは無かった。

(どんだけ入り込んじゃってるんだか……ったく)

 呆れて息を吐くも、ふと思えば彼が周りの変化に気付かないほど考え込む事となれば、それの原因は自分である可能性が高いのは明らかだった。
 改めて自分がもたらした厄介ごとと、それによる少年の心労に心が痛んだ。それこそ下心の一つでも持って助けてくれる方が少しは割に合うのではないのかとさえ思う。
 そのくせ、自分と来たら妹達と真っ向から顔を合わせるのが怖くて逃げ回ってただけだし、自分のおかれた状況一つ自力で知る事も出来ない。

 一度海外にも繋がっている回線を利用して学園都市の情報にハッキングを掛けてみようとしたが、外部からの侵入に対しては無駄に堅固な防御網を張り巡らせている件の科学技術都市だ。外の一般レベルの機器ではとてもじゃないがそれを破るに事足りなかった。せめて国家、ないしは軍事レベルの先端機器が必要だろう。
                                               チキン
(だからって、その程度の壁にぶつかった程度で諦めてるって、どんだけ私は臆病者なのよ……)

 ぐっ、と唇を噛み締めた。鈍く重い痛みが走るが、それがなんだというのだ。他人が心を痛めているというのに、自分は痛みを怖がるだなんて、なんて自分勝手でワガママなんだろう。


 そっ、と扉の隙間から部屋を覗き見ると、上条はまだ何か考え込んでいた。その顔は痛ましく歪んでいる。
 彼にそんな顔をさせてしまっているのは、間違いなく自分だ。
 ならば、自分は少しでも彼に報いたい。報わなくてはならない。

(分かってる。この想いも、今から私が取る行動も、結局はアンタを苦しめるかもしれないって、事)

 分かってても、立ち止まれないのが御坂美琴という人間だった。今までの彼女は弱りきっていて、いつもだったら迷い無く踏み出している足を動かせずにいた。
 しかし、上条という存在のおかげで、美琴はその”いつも”の力を僅かながら取り戻しつつあった。
 それはとても皮肉な事実だった。上条は、そんな少女の強さなど、望んではいなかったというのに。

(だけど、私は行かなきゃ……行って確かめなきゃ行けない事、ううん、確かめたい事が――ある)

 少女の目に宿る炎。その火種を灯した少年を最後に一瞥し、美琴は足音を殺し家を出た。
 目の前に広がるは見知らぬ土地、見知らぬ街、見知らぬ路地。

 しかし、少女の足は躊躇いの欠片も見せずに踏み出される。

 一歩踏み出したら、後は軽く、あっという間に駆け足になった。
 心なしか引かれる後ろ髪は重かったが、無理矢理振り払うかのように少女は懸命に走った。

 その先にある、真実を求めて。

以上でありますりらんか

基本一巻的なお話を書いてるつもりですが美琴さんは行動派ヒロインなんで色々と違った流れになったりもします
同じ舞台を用意してもそこに立つ人物が違えば結果が違って、
それが面白くなるのかつまんなくなるのかは結局は自分がどの程度手綱をコントロール出来るかなのかなぁとかなんとか

上条さんと美琴さんが細かい所ですれ違っちゃうのはある意味宿命なのか
こっからどうなるのか正直自分でも分かりませんが、思うエンディングになんとか漕ぎ着けれるよう頑張ります
具体的には今日のコミック1で上琴本を買い漁r

ありがとうございました


p.s.前回のあの毛が何かの答えは最早各自の心の中って事にしておいた方がよさそうな気がする今日この頃です

投下予告とかしておいたほうがいいですかね?
一応目処は立ったので今晩の日付変わる辺りに投下しようと思います
お待たせしてばかりで申し訳ありません・・・自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

ちょいと構成の都合上、行間と本編を間空けて投下したいので予定より先に投下致します。



「しかしまあ、超能力ってのは良く分からないけど凄いな」

「へ、なにが?」

「いや、その……」

 シェリーの家に泊まる事となった最初の夜、慣れぬ環境に中々眠れず起きていた美琴と上条は、薄暗い灯りに照らされたリビングに留まっていた。
 ちなみに家主の方は部屋で豪快ないびきをかいている模様。

「俺達魔術師ってのは、何をするにも準備、儀式、道具の用意に詠唱構築としち面倒くさいのにさ、超能力ってな一瞬でバチバチーってんだろ? なんつーか、瞬発力というかが違うなーっていうか」

「……言っとくけど、みんながみんな思った瞬間に火とか雷とか水とかバンバン出せるワケじゃないんだからね?」

「え? 違うの?」

 キョトンとした顔をする上条に、美琴は「んー」と宙を睨み考え込む。

「何から説明したものかねぇ……。まあ私の場合は予め雷撃の矢や槍を放つ演算を構築して用意してるっていうか……ルーチンとかマクロみたいなものなのよね」

「る、ルーチン……って何?」

「ちょっと専門用語過ぎたかしら……?
 例えば拳銃とか使う時、使う本人は引き金を引くだけで弾を撃てるわよね? でも実際に内部ではハンマーが弾丸の雷管を叩いて火薬に火を着けたり、薬きょうを銃身から弾き出したり、次の弾が自動的に装填されたりしているワケ」

「……お、おお。そんで?」

 正直上条は拳銃なんて物騒なものは使ったことはないので――それはもちろん美琴も同じ――正直ピンとは来なかった。が、漫画や本でおおまかに構造は知っているので、なんとなく理解できなくもない為、黙って続きを促す。

「私達能力者もそれと同じで、予め脳内の演算領域に電位差を構築する、それをまっすぐに打ち出す為の道筋を形成するとかの演算式が用意されていて、咄嗟の時にはそれの引き金を引くだけって感じね」

「な、なるほど……。目には見えないけど、インスタントで使えるような道具が用意されてるって事か」

「そういう事。魔術がどういうものかは良く分からないけど、そっちだって道具とか用意してたのを使って瞬間で放ったりとかは出来るんじゃないの?」

「言われて見れば、確かにそういうのはあるけど」

「なら、それと同じよ」

 上手く伝わった事に満足したのか、美琴がふわりと微笑む。なんだかんだでお喋り好きな女の子であり、説明好きでもある美琴にとって、上条の振った話題は正にベストチョイスだったのかもしれない。
 その証拠に、既に二人の間にさっきまでのぎこちない空気は無かった。

「――でも、同じ所ばかりじゃない、か」

「え?」

 その代わりに、少女の顔には僅かな陰が差し込み始めていた。



「そっちの話を詳しくは聞いてないから間違ってるかもだけど、魔術ってのは知識とか道具や下準備さえ正しい手順で行えば基本的に誰にでも使えるんでしょ? それに比べるとこっちはちょっと不便だし不公平かもね」

 説明しながら、美琴はどこか寂しそうな目で遠くを見つめた。何かの失敗を、思い起こし後悔するかのような色に、上条の胸に何か重いものがのしかかる。

「一人に与えられる能力は一種類だけだし、身に付いた瞬間に高レベル――強力な能力が最初から使える人もいるから、明確に才能の差が見えちゃうしね。
 ある程度努力や工夫で埋められる物はあるけど、それで伸びるかどうかも結局は元から持ってる才能なのかもしれないし……努力が才能の差を埋める、だなんて、ただの気休め……なのかな」

 伏せられたまつ毛をふるわせるように、美琴が呟く。彼女の見てきた過去に、彼女の感じる今に、何か思う所があるのかも知れないが、上条にはそれが何か分からない。
 その事に焦燥を覚えた上条は、気が付けば否定の言葉を挟んでいた。

「で、でもさ、魔術だって結局は似たようなもんだよ」

「……そうなの?」

「ああ。そうさ」

 きょとんとした顔で尋ねる美琴。その目にさっきまでの寂しさが薄れているのが見え、上条は内心安堵の息を吐く。



「そりゃあ手順や道具があればある程度は誰にでも使えるけど、なんだかんだで才能の差はついちまう。
 俺なんか落ちこぼれだっていつも馬鹿にされてるし、そんな俺の周りにも天才と呼ばれる魔術師はいやがるしな。
 中には俺より年下なのにある分野の魔術について他の追随を許さないくらい極めてる奴もいるし、ありとあらゆる魔術の知識を持ってそれらを完璧に使いこなすチビっ子もいる。更に言えば、生まれ付き持った体質で神の子の性質を宿した”聖人”なんてとんでもない才能を持ったヤツもいるんだぜ?」

「せ、聖人?」

「ああ、何でも世界に二十人程度しかいないらしくて、いずれも人間離れした身体能力と魔力を持っているんだそうだ。
 一度だけ、俺の知ってる聖人の本気って奴を見た事があるけど、動きが早過ぎて俺には何やってるんだか全然分からなかったな」

 聖人。

 生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間の事で、その事から神の力の一端をその身に宿す事を可能としている。
 その力は『聖痕』と呼ばれる神の子に似た箇所に魔力を込め、開放する事により発揮される。
 これは姿や役割が似ているものにはその性質や力が備わるという、偶像の理論によるもので、十字架や神の像を始めとしたレプリカにその神秘の力の一端が宿る事象と同じ物と言われている。


……などというややこしい理論は上条の苦手とする所で、もちろん説明なんて出来るわけもないのだが、その拙い説明を聞く美琴の顔に先ほどの陰は見られない。
 必死にその凄さを伝えようとする彼の努力は辛うじて報われたようだ。



「はあ……世界に二十人ねぇ……。二三〇万分の七に比べても果てしない数字よね、それ」

 目を丸くして驚く美琴に、上条は一瞬我が事でもないのに嬉しくなりかけ、すぐにそんな自分を恥ずかしく思った。
 天才魔術師が知り合いだったり、世界的にも稀有な聖人を見た事がある事が何の自慢になるというのか。

 上条の感じたそれは、たかが雑談程度の話では良くある勘違い自慢程度の事に過ぎず、何もそこまで恥ずかしく思う必要など無いのだが、それでも上条は何故かそんな自分が嫌で仕方なかった。
 それは上条の心の底に他人ではなく自分自身の力を目の前の少女に認めて欲しいという想いが、欲望があり、その事を自覚できていないが為の葛藤なのだが、他人どころか自分の心の機微にも疎い彼には分かる筈も無い事だ。

「どうしたの? いきなり黙っちゃって」

 気が付けば、美琴が心配そうに上条の顔を覗き込んでいた。
 慌てて表面を取り繕い、「なんでもないよ」と笑って首を振るも、美琴はなんだか納得していない様子で口を尖らせる。


「アンタさ、すぐ他人の事情にはクビ突っ込んで来る癖に、自分の事にはあんまし踏み込ませようとしないとか不公平じゃない?」

「え? そ、そうか?」

「自覚なし、ね。はぁ……まあ、いいけどね」

「?」

 何となく貶された気がして納得が行かなかったが、上条には具体的に何を非難されたのか良く分からないので反論できない。
 それでも何か文句を言い返したくて足りない頭を捻っていたが何も浮かばず、先に美琴が神妙な顔をして口を開いた。

「そんな事より、私としちゃ当面の問題をどうにかする方が先決ね」

 



「あ……そう、だな」

 美琴の態度にはっとして上条は気を引き締めて考え込む。

 今はこうして安寧に無駄話に興じる事も出来るが、美琴は未だ追われる身。今日は色々あって疲れているからともかく、明日からは今後の事も中長期的に検討せねばならない。

「あんまり先延ばしに出来る事でもないしな……」

「ええ」

 真剣な顔をして頷く美琴。
 当然ながら当事者である美琴は上条よりも危機意識は高く、明日どころか今この場で今後の方針を決めるべく、口を開いた。


「とりあえず――――当面の生活費と、必需品の確保が最重要課題ね」

「…………え、そっち?」


 思わず間抜けな声を上げる上条に、美琴はキッと鋭い視線を送りながら言った。

「何言ってんのよ、私にとっては死活問題なんだからね!」

「お、おお……悪い」

「とはいえ、アテがあるわけでも無いしなぁ……どうしたもんだか」

「……、……」

 腕を組み考え込む美琴の前で、上条は取り残されたかのような心境でそれを見守るのみ。

 とはいえ、何であれ美琴の力になってやりたいという思いを抱きつつある上条だったが、悲しいかな彼の身の上は所詮は魔術師見習いという胡散臭いモノ。
 そこらの貧乏学生にも劣る身分である。


(ここで、「お金の事なら心配するな、俺が全部面倒見てやる」とか言えりゃあカッコ付くのにな……はぁ、不幸だ……)

 そんな事を一人思いつつ肩を落とす上条少年だが、その言葉を現実に口にした時、それがどういう事態を引き起こすのかまでは想像の範疇外のようであった。


 

以上です。
本編は予定時間か、それより少し遅れ気味に投下されるかも

期待

>>793-805

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親父さんのPCサポセンやらされてたらこんな時間になった
おかでさまで推敲一行も出来て無いので遅くなります確実に日付変わります多分2時とか3時とか4時になりますすいません・・・

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