上条「學園都市……か」(1000)
上条「何とも仰々しい名前だなぁ……」
汽車の窓から覗く、十伍、六の少年の顔。
やや精気を欠いたその目は、ただぼんやりと流れる景色を眺めてゐる。
土御門「ん?」
上条当麻の独り言に反応したのは、向かいの席に座る、少々柄の悪い男。
土御門「何か言ったかにゃー?」
意外。その声はまだ少年の色を含んだ物であった。
上条(何だ、俺と同い年くらいか……?)
上条(いや、それよりも……)
独り言を、聞かれた。
上条(思わず声に出ちまったか……)
額に嫌な汗が浮かぶ。
微かな羞恥を浮かべる上条に対し、土御門が間延びした声を掛ける。
土御門「今、學園都市って言わ無かったかにゃー?」
上条「え……?」
土御門「君"も"、學園都市へ向かってるのかにゃー?」
上条「"も"ってことは……」
思わず、指をさして問うてしまう。
上条「君"も"學園都市へ……」
言い掛けるが、肝心の箇所は汽車の吐くけたたましい咆哮にかき消されてしまった。
もっとも、向かいに座った少年のニヤリとした笑みを見れば、その答えは自ずと明らかであったが。
───
───
土御門「へぇ、上やんって言うのかにゃー。よろしくにゃー」
上条「ああ、よろしく」
上条(随分ひと懐っこい奴だなぁ)
土御門「いやーしかし、運が良かったぜい」
上条「? どういうことだ?」
土御門「上やん、アレを見るにゃー」
上条「アレ?」
車掌「チワース キップヲハイケンシマース」チョキン チョキン
上条「えーと……車掌さんが切符を切ってるだけじゃないか? ああ、俺もそろそろ用意しないと……」ゴソゴソ
土御門「それでだにゃー……」
土御門「実は俺……切符を無くしてしまったみたいなんだにゃー」
上条「え……あ、でも、その場で金払って切符買えば何とかなるんじゃ……?」
土御門「それがだにゃー、金は學園都市に着いてから為替で受け取るつもりだったから、今は持ち合わせが無いんだにゃー」
上条「え……あ……でも……その……」
土御門「かみやぁ~ん……」ウルウル
上条「………」
上条「はぁ、分かったよ……」
上条(不幸だ……)
───
───
ポッポー!
上条「やっと着いたぁ……」
長時間の汽車による移動で凝り固まった背筋を伸ばす上条の後ろから、
土御門「舞夏ぁ~っ!!」
土御門の素っ頓狂な声が上がる。
土御門「お兄ちゃんはっ!お兄ちゃんはっ!長らくお前に会えなくて寂しかったにゃー!」
汽車から降りるや否や一目散に掛けて行く土御門の向かう先には、メイド服に身を包んだ可憐な少女……
舞夏「恥ずかしいからやめろっつってんだろバカ兄貴!」
ゴンッ、と鈍い音が駅舎の構内に鳴り響く。
上条(可憐な……?)
当麻は少女に対する第一印象を素早く修正しつつ、目の前で崩れ落ちる土御門にそっと心の中で手を合わせた。
舞夏「ん?お前は誰だー?兄貴の知り合いかー?」
その口調と態度にまたも速やかな人物情報の改定を行いながら、上条はやや疲れた様子で答える。
上条「いや、汽車の中で知り合ったんだ。 今年から、俺も學園都市で世話になる。」
それを聞いて、ぴくりと舞夏の眉が動いた。
舞夏「學生さんかー?てことは兄貴と同級生になるのかー?」
上条「ああ、そうなるな……」
舞夏「そうか。 ま、學生さんならたまに顔を合わせるかもなー。 よろしくなー」
上条「ええと、君は學生じゃないのか?」
舞夏「ああ、私は學園都市でメイドをやってるんだ」
メイド、という聞き慣れない言葉に上条は一瞬戸惑う。
上条「冥土? 葬儀屋でもやってるのか?」
何度か似たようなやりとりに経験があるのだろう。
舞夏は軽く溜め息をつくと、慣れた調子で説明し出した。
舞夏「メイドってぇのはつまり西洋の女中や下女みたいなもんだー。 ま、書生さんの世話なんかをするんダヨ」
へぇ、と思わず感心した声を出す当麻。
上条「まさか、俺が女中さんの世話になる日が来るとはなぁ……」
その言葉にちっちっと指を鳴らして、舞夏が呆れたように諭す。
舞夏「残念だがー、私らが世話するのはもーっと身分が高い方々だぞー」
上条「身分?」
舞夏「まー、そのうち分かるよー」
舞夏「嫌でもな」
上条「………」
舞夏「じゃ、私はこのバカ兄貴を部屋に連れてくからー、あんたは適当に入學手続きしときなー」
上条「あ、ああ……」
舞夏「ったくー重いんダヨこのバカ兄貴!」 ズルズルズル……
上条「………」
上条「身分、か……」
────
「身分」、という言葉が上条の脳裏に深く沈んで胸をむかつかせた。
駅舎を抜け、歩みを進めながら、独りごちる。
上条「……學園都市ってのは……やっぱりお偉方が多いんだろうな」
何せ、この国で唯一「鉄道」なんて大層な物を引いている都だ。
音に聞こえていたが、実際に目にするまで『煙を吐いて走るバカでかい蛇』なんて信じられなかった。
古里から二山程離れた町の小さな駅舎に着いた時からだ。
そこに現れたブンメイのノリモノに圧倒され、脳を痺れさせたまま、この"終点"まで運ばれた。
先刻の汽車の窓辺に流れる景色のように、己の人生は瞬く間に移って行った。
上条(……何弱気になってんだ……。決めたじゃないか。)
上条(絶対、何か大きなことを成して、錦を飾るんだ。)
当麻は、風呂敷を握る手に力を込めて、正面に構える「げえと」を見据えた。
入れば、出られない。
ごくり、と唾を飲み込み、袷の襟を整える。
睨みつけるように門を
學園都市に於ける唯一の門。
その敷居を、上条の下駄が勢い良く跨いだ。
上条「いいぜ……どんな不幸が待っていようが……ぶち壊してやる!!」
───
おやすみ
>>7
修正
×睨みつけるように門を
○睨みつけるように門の前に立ち止まり、しばし逡巡する。 が……
───
上条「これが」
門を抜けた当麻の目の前に広がるのは……
上条(學園都市……!)
煉瓦造りの建物が軒を連ね、
地平線まで果て無く伸びているような石畳の道路の脇には
洒落た瓦斯(ガス)灯が立ち並んでいる。
現代科學の粋を集めた、世界最大規模の文明都市。
上条「狐に化かされてんじゃ無いだろうな……」
今まで生きていたものとは別世界の景色に、当麻はただ目を丸くするしか無かった。
上条「っと……感心してる場合じゃねぇ、寮を探さないと……」キョロキョロ
上条「おっ、あの女の人に聞けば分かるかな……」タッタッタ
黒子「………」スタスタ
上条「あ、すいません!」
黒子「はい?」クルッ
当麻が呼びとめた女性 ── というには幼い容姿であるが ── は怪訝な顔で振り向いた。
上条「ええと、寮を探しているのですが……」
と、呼び止めてから改めて女性の姿の違和に気付く。
なにやら珍妙な、薄っぺらな服を身に付けて、腕には腕章を巻いている。
下に履いているのは袴を短くしたような、それでいて縁に白い華のような飾りが連なっている。
上条(あの舞夏っていう女中さんの召し物と似ているなぁ)
悪気は無いのだが、奈何せん珍しい服飾を不躾に眺めまわしてしまう。
黒子「っ……!」
その不審な視線に気付いた黒子が、若干苛立ちを含めた抗議の声をあげる。
黒子「何をじろじろ見ていますの!下劣ですわ!」
その声に驚いた当麻は慌てて視線を外し、必死弁解を試みる。
上条「あっ……わ、悪い。 その、服が珍しかったもんで……」
黒子「この服が? まさか、御洋服も見たことが無いだなんて、どんな家で育てば……」
ごく普通の言い掛けて、何かに気付いたようにハッとした顔をする黒子。
黒子「貴方……その格好、もしかして"入學者"ですの?」
上条「あ、ああ……今日から世話になる、上条当麻っていうんだが……」
自己紹介を始めようとする当麻を制して、黒子が言葉を被せる。
黒子「御生まれはどちら?」
上条「……え?」
黒子「貴方の御出身を聞いていますの」
さっさと言いなさい、と言わんばかりの不遜な態度を怪訝に思いながらも、当麻はにこやかに答えた。
上条「ここから拾里ばかし離れた村の……」
黒子「そうではなくて」
上条「え……」
黒子「御家は何をしてらっしゃるの?石炭?鉄鋼?それとも貿易かしら」
上条「え、え?」
黒子「銀行……為替……あら、最近では造船なんかもお盛んですわねぇ」ニコ
段々話を大きくする黒子に当麻は慌てて止めに入る。
上条「い、いや……そんな大層なもんじゃ……親父はただの行商人だよ」
その瞬間、何故か、当麻の脳裏に舞夏の姿が浮かんだ。
理由は、黒子の表情の変化を目の当たりにしたからだろう。
黒子「はッ……」
盛大な溜め息とも嘲笑とも取れる呼気を吐きながら、黒子は侮蔑の眼差しを当麻に向ける。
黒子「やはり、平民の出でしたの」
─── 舞夏『まー、そのうち分かるよー』
黒子「全く、時間を無駄にしましたわ。」
くるりと踵を返して黒子はさっさと行ってしまう。
黒子「こんな下賤な男と口を利いてしまうなんて」スタスタスタ
上条「………」
─── 舞夏『嫌でもな』
上条「………」
なるほど、ね。
上条「………はぁ」
身分、という壁。まさかこんなに早々と痛感することになるとは。
上条(まあ、覚悟はしてたけどさ……)
がしかし、それよりも重大な懸念事項が未だ当麻に圧し掛かっていた。
上条「で、」
上条「結局、寮は何処なんだよ……」
時間帯のせいだろうか、人通りは少ない。
道を聞いてもさっきのようにあしらわれては……。
やはりここでも、この科白を吐くことになるのか。
上条「不幸だ……」
───
訂正
>>15
×必死弁解を試みる。
○必死に弁解を試みる。
×ごく普通の言い掛けて
○そう言い掛けて
───
文明都市にも夜は来る。
その気配は深々と都市にも忍び寄り、煉瓦造りの高層建築が作る影がするすると伸びて行く。
段々と視界が暗んでくる現況に焦るのは、例によって不幸な少年である。
上条「糞ぉ! 日が暮れて来やがった!」
勘に任せて行き当たりばったりに駆けずり回ってみたものの、
やはりというか不幸な体質の少年が都合良く辿りつける訳は無かった。
上条「もうクタクタだ……早く寮で休みてぇな……」
汗をぬぐう当麻の脚は既に相当の疲労を溜めていた。
上条「もうこんな時間じゃ出歩いてる人も少ねぇし……」
ダルく
上条「どうすりゃいいんだ……」
重い。
上条(はぁ……ふこ)
お決まりの科白を脳内で吐こうとして肺に蓄えた溜め息は、
突如背後から伸びてきた甘ったるい声で出口を失ってしまった。。
初春「あのぉ……」
初春「どうしたん、ですか?」
こちらの顔色をうかがうような不安そうな色を湛えた目。
胸の前で交差した腕は警戒の印だろうか。
確かにこの"いかにも"な少女はそうでもしなければ
多少未成年には報道し辛い悪辣な事件に巻き込まれかねない、
そんな雰囲気を纏った少女が
上条「………」
夕日の残り滓も去り掛けたこの場に、現れた。
上条「………」
面喰ったのは当麻だ。
それもそうだ、この黄昏の過ぎ掛けた刻に出歩くのが物騒な年頃の娘が、
ましてや自分に声を掛けて来たのだ。
上条「ええと……」
しかし、幸いであることには違い無い。
上条「寮を、探しているんだ」
極力落ち着いた、紳士的な声を出したのは少女の態度に配慮してだろう。
初春「………」
少女の目が大きく開かれる。
以て、質問の内容に沿った答えが真っ直ぐ返って来ないであろうことは多少想像がついた。
初春「もしかして、入學者の方ですか?」
上条「………」
先刻の出来事が脳裏を掠める。
─── 黒子『やはり、平民の出でしたの』
上条(やはり……)
この子も、という思いに微かな落胆を覚える。
上条「そうだ」
間。
初春「そうですか……」
間。
では、次の質問は?
上条「はぁ………」
……間。
さて、
初春「それで、道に迷ったんですね。 初めてだから、分かりづらかったですよね、道。」
合点が行ったのか、静かに頷きながら微笑みを浮かべる少女の顔。
上条「え……」
思わず、間の抜けた声が漏れる。
その前には拍子が抜けていたのだが。
上条「そうです」
一瞬呆けた自分を内心叱咤しながら、少女に当麻も微笑みで応じた。
初春「ウン、分かりましたぁ……じゃ、ご案内しますねっ!こっちです!」
それまでの縛りの有った表情がゆるゆると笑顔に変わり、
少女は一転して明るい、そしてやはり甘ったるい声を奏でた。
それが網膜に映ると同時に、不覚にも当麻は心の底に浮かぶ久々の感覚を認めざるを得なかった。
上条「………」
幸福だ。
────
───
ボゥ、という音を纏いながら柔らかな明かりを撒く瓦斯(ガス)灯。
それらが挟む通りを、足元からあっちこっちへ濃淡混じった影を伸ばしながら歩く、うら若き二人の男女。
上条「わざわざすまないね」
すまない。そりゃそうだ。
こんな時間に女性を歩かせて、しかも手前の道案内のために。
これが謝らずにいられますかってんだ。
初春「いいえっ、気にしないでください」
でも・・・・・・と当麻が言い掛ける。
弁明や謝罪を口にしたところで自己満足にしかならないのは分かっていたが、
ただでさえ他より男気が勝りがちな当麻が斯様な言葉を口にしてしまうのは仕方が無い。
それを制してか気にせずか、初春が言葉を重ねる。
初春「だって、お仕事ですからっ」
上条「お仕事?」
仕事、という言葉に違和感を覚える。
当然だろう。
どんな欲目で彼女を見ても、出来るオシゴトは花売りか子守りか奉公か、といった幼い容姿をしている。
上条(そういえば……)
此の地に来てから見る人見る者皆がそうであったため感覚が鈍っていたせいか、
当麻は今更ながら飾利の服装にまじまじと目を遣る。
上条「初春ちゃんは……」
確か、かなり昔に本の挿絵で見たことがあるような。
上条「水兵さんなのかい?」
記憶を探るのに力を掛けたせいで、質問文を推敲する余裕が無かった。
口に出しながら、一拍遅れて女性に掛ける言葉で無いことに気付き後悔の念が追いかける。
初春「へ?」
元々大きな目をさらに見開きながらぱちくりと瞬く飾利の顔を眺めながら、
心の中で自分に対して舌打ちをする。
何言ってんだ、俺は。
上条「いや、その、なんだ、すまない」
先ほども吐いた科白を繰り返しながら、何とか弁明を質問へつなげようと試みる。
上条「その服、水兵さんの服と似てるなぁって、思ってさ いやなんか、その」
しどろもどろ。
初春「……あー」
しばらく見開いた目を上条に向けながら小首をかしげていた飾利だが、
上条の言葉を聴き終わるとしばらく逡巡してから合点の言った声を上げた。
初春「えへへ、この服ですか?」
上の制服をつまみながら、いたずらっぽい笑みを上条へ投げかける。
右腕の腕章がかすかに揺れる。
初春「確かにこれ、水兵さんの服……みたいです、元々は」
記憶を確かめるように一語一語つむぐ。
初春「でも、これウチの中等學校の制服なんですよ?」
えへへ、と照れたような笑いを付け加えて、
飾利は両手を軽く広げて当麻への"お披露目"を行った。
上条「それ……制服なのかぁ」
何故水兵の服が女学生の制服に、という至極当然な疑問をしばし考察したが、
それがいち若輩の自分の頭脳の許容を超えると即判断し、思考を目の前の少女へ戻した。
初春「セーラー服、って言うらしいですよ」
上条「せえらあふく」
純日本人的な発音で復唱しながら、
当麻は「やっぱりブンメイジンってのはよく分からない」という半ば確信じみた結論を下していた。
果たしてその確信が今後裏切られるのか、裏付けられるのか。
次の質問の答え次第かもしれない。
上条「中學生なのに、お仕事かい?」
初春「あー、お仕事っていうのは」
腕章をズイと前に披露目ながら、
初春「風紀委員(じゃっぢめんと)です!」
自信と誇りに満ちた堂々の口上。
上条「………」
やはり
ブンメイジンってのは、よく分からない。
───
───
上条「じゃっぢめんと?」
初春「はい。 まあ、學園都市の治安維持組織、ってトコでしょうか」
どこかしら誇らしげな口調ではきはきと説明をつなげる。
初春「まあ、大体學校内の事件を担当するんですが」
たまにはこうやって外回りも警邏することもあるんですよ、と続けた。
上条「へぇ!」
当麻は感心した声を洩らすと、自分に差し向けられた腕章に改めて目を落とす。
上条「!」
そういえば……
上条(さっきの女の子も同じ腕章をしていたな……)
当麻が最初に声を掛け、見事に玉砕したあの少女。
彼女も同じ緑地に将棋の駒のような型を映した、これと同じ腕章を着けていた。
そこまで思考が至った時、
上条「……さっき、君のお仲間に会ったよ」
何故こんな言葉が口を付いたか分からない。
しまったとばかりに慌てて手で口を覆うが、
初春「えっ?」
初春はきょとんとしながら、大きな目を当麻と合わせる。
上条「あ、いや……」
上条(ええい、俺の馬鹿野郎! さっきの話をしても気不味いだけだろう!)
当麻は本日何度目かの己への叱咤を終えて、
とにかく必死で会話を転がす。
上条「その、髪を左右に結った女の子に会ってね、同じ腕章をしてたから、さ」
平静めな声を捻り出す。
初春「そうですかぁ! きっと白井さんですね!」
心当たりがあるのだろう。
飾利は胸の前で手を合わせながらうんうんと頷いた。
上条「白井、サン?」
なるほど、あの子は白井というのか……。
思いがけず新情報を得ながら、顔と名前を記憶に入れる。
まあ、再び会うことがあるかも分からないが。
初春「はい。白井黒子さん。 風紀委員では私の上司に当たる方ですよ」
にこりと微笑む飾利の表情には、紹介する上司への敬意と人望が読み取れる。
当麻はへぇ、と気の抜けた返事をしながら、何となく複雑な心境だった。
あれ、でも、と飾利が声を上げる。
初春「白井さんには道案内を頼まなかったんですか?」
自分と同じ職務である黒子がそうしなかったことを妙に思ったのだろう。
顎に手を当てて訝しがる飾利に、当麻は慌てて説明する。
上条「あ、あー……何だか白井サンは忙しそうだったから、道を聞くのを遠慮したんですよ」
とってつけたような言い訳だったが、
初春「あー、そうだったんですかぁ……」
彼女は納得してくれたようだ。
上条(まあ、初春ちゃんなら信じてくれると思ったけど)
この短時間で既に当麻は、飾利の純粋過ぎるような人柄を把握しつつあった。
初春「白井さんは色んな事件に引っ張りだこですから、忙しいんでしょうね……」
上条「事件、か」
風紀委員、つまりは治安維持部隊、という先程の飾利の説明を思い出す。
上条(風紀委員ってのは大変なんだなぁ)
ま、少女というのが妥当な歳の彼女らが扱うというなら、割と可愛い"事件"なんだろうな、
一人で勝手に納得していると、飾利が少し調子を落とした声で告げた。
初春「この前も……學校に変な男が侵入したとか言って、白井さんが狩り出されて解決したんですよ?」
気遣いを含んだ飾利の口調から、飾利の白井への敬意を感じ取ると共に、
同時に"事件"が割りと大きなものであることが当麻にも分かった。
上条「え……風紀委員ってそんな危険なこともするのか?」
初春「はい。 といっても……まあ稀ですけど。」
上条「そうか……」
上条(風紀委員って大変なんだな……)
と、自分よりも一回り年下の彼女らが警察じみた活躍をしている姿を想像するのに苦労しながら、
感心と同情のようなものが混じり合った心境を胸に落とす。
上条「しかし……初春ちゃん達みたいな女の子がそんな危険な……」
労りの意味も込めて、当麻は胸中の思いを素直に掛けた。
初春「大丈夫ですよっ」
そう言って顔を上げた初春の目は自信と誇りを湛えていた。
初春「なんせ白井さんは階級四の能力者ですから!」
はっきりとした語調で上司自慢を行う飾利の表情はここ一番で嬉しそうだ。
よっぽど黒子のことを敬愛しているのだろう。
しかしそれよりも、やはり当麻は"専門用語"に気を取られてしまう。
上条「階級……能力者?」
相変わらず新参者さを醸す自身に半ば嫌気が差しながらも、
とりあえず質問をしようと試みる、が。
佐天「やっほー、初春ぅー!!」
瓦斯灯の灯りの下にいきなり姿を現した少女に面食らって言葉を飲み込んでしまった。
初春「佐天さん!」
佐天、と呼ばれた少女は初春よりも少し年上な雰囲気ではあるが、
やはり瑞々しい若気を纏っている。
ひときわ目を引く黒髪が灯りを艶やかに反射して揺らぐ。
その肩下まで伸びた髪に飾られた一輪の桜花。その白さが濡れ烏色の黒髪に良く映えた。
花菱模様の着け下げと海老茶色の行灯袴の鮮やかさ。
女性に不慣れな当麻の目を奪うには十分だった。
上条「……」
呆気に取られる当麻のことなど意に介さず、
涙子はさも当然と言わんばかりに飾利の詰め寄ると
バサァッ
上条「………」
一瞬、時が止まったような世界で、
めくれあがったスカートが披露した鮮やかな白い下着が、しっかりと当麻の網膜に叩き込まれた。
初春「……っ きゃあああああああぁぁぁっ!」
一拍遅れて悲鳴を上げる飾利の顔から耳まで瞬時に紅く染まる。
佐天「えへへー、今日は白かぁ~、いいねー」
けたけたと無邪気な笑い声を上げる涙子とは対照的に、涙目でスカートの端を押さえる飾利。
上条「………」
生まれて初めて見たものを、人は決して忘れないという。
衝撃や歓喜や自制やら色んなものがごちゃ混ぜになった当麻の脳は、これ以上何かを考えることを一切拒否した。
今のこの状況がいつも通り不幸なのか、それとも幸福なのかも考えなかった。
いや、考えたら結論が出てしまう。
少女の名誉のために、自身の意地のために、その結論を認めたくなかっただけかもしれない。
───
───
耳まで真っ赤に染めながら、涙目でスカートの端を押さえる少女。
その恨めしそうな目を意に介すことなくけらけらと笑い声をあげるその友人。
そして、その二極化した気色に挟まれているのは、例によって不幸な少年である。
しかし、果たして先程の出来事は不幸だったのだろうか、と当麻はふと自問する。
先刻網膜に焼き付いた映像が割と鮮明に脳裏に浮び上がる。
ふわりとめくれあがる下布と、そこに妖しく際立つのは、白く鮮かな……
上条(いや、待て、落ち着け、あれは不幸な事件だったんだ。 そうに、決まってる。)
一瞬緩みそうになった己の表情筋を慌てて締め直す。
すぐそばでいかにも思春期らしい葛藤を行なっている男がいることも露知らず、
二人の少女は温度差のある言い合いを続けていた。
初春「ど、どうして佐天さんはっ、いっつもいっつもぉ~!」
いつの間にかそこまで赤に染まってしまった手足をバタつかせて、
飾利は精一杯の怒りを込めた声を涙子にぶつける。
といっても、出てくるのは幼さの残る、舌っ足らずで甘ったるい声でしかないのだが。
佐天「よいではないかよいではないか~w」
そのか弱い抗議の声など吹き飛ばすように、今度は抱きつくようにして悪戯を再開する涙子。
初春「うひゃあぁ~!? や、やめてください~」
せめてもの反抗を口で表すものの、涙子の妙に慣れた手さばきは飾利の色んな箇所を愉しみ始める。
佐天「ほらほらぁ、観念しなさいっ」
初春「あぁっ、んっ、もぉ~やめて~ください~……」
その破廉恥、いや一部の者にとって眼福な行為は
我に返った当麻が、抵抗虚しくされるがままの飾利を
見るに見かねて止めに入るまで続いた。
───
───
佐天「はぁー、堪能したぁ」
息遣いを荒らくし、半ば恍惚とした表情をしながら涎を拭っているのは、果たして過剰な演技であろうか。
何かを奪われたように死んだ目をしてぐったりとしている飾利を見るに、あながち演出でもないような……。
その余りに不慣れな空気に耐えかねたのか、先に口を開いたのは当麻だった。
上条「えーっと、佐天サン、って言いましたっけ」
先ほど飾利がそう呼んでいたことを思い出しながら、涙子に話し掛ける。
佐天「はいっ、佐天涙子でっす! よろしくぅ!」
敬礼!の格好で元気良く挨拶をする涙子に若干たじろぎながらも、
なるべく落ち着きながら当麻も自己紹介をする。
上条「上条当麻……うえに、条例のじょう、あたるあさ、で上条当麻。」
涙子の威勢の良い挨拶への対抗意識か、妙に丁寧な紹介を終える。
それに対して「へえ」と声が出たのは意外な所からだった。
初春「そういう字で書くんですかぁ……」
声を上げたのは、飾利。
しかしその顔はなんだか不満気だ。
上条(そういえば初春ちゃんには言ってなかったっけ)
なるほど、今初めて知ったから相槌の声を出した、というのは分かる。
上条(でも何だか怒ってるように見えるんですけどー!?)
飾利の不満気な態度の理由が分からず戸惑っている当麻に
空気を読んでか読まずか、涙子が話し掛けてくる。
佐天「カミジョーさんって入學生の方ですよね?」
ああ、と当麻が返す。
佐天「んもぅ、入學早々ナンパですかぁ~?」
こんな時間に飾利と歩いていたのを茶化しているのだろう。
早熟な子だなぁ、とは口に出さず、
道案内を頼んでいることをあくまで大人の余裕を以て説明しようする、と
初春「そ、そ、そんなんじゃないですっっ! わわ私はただ道案内をっっ」
飾利がまた紅く染まりかけた顔をぶんぶんと振りながら必死に弁解する。
初春「わ、私と当麻さんはまだそんなんじゃっっ」
そこまで否定されると若干凹むな、と自称不幸体質の朴念仁が内心独り言ちたところで、
涙子がまたも飾利への密着型親愛表現、もとい頬擦りを開始する。
佐天「えへへ~、必死な初春もかわいいなぁっ、もうっ」
初春「うひゃぁあ!」
えーっと、と目の遣り場に困る当麻のことは眼中にないらしい二人。
しばらくあらぬ方を見ていた目をくんずほぐれつの少女達にちらりと向けてみて、
当麻はようやくあることに気が付いた。
上条「佐天さんの服……普通なんですね」
普通、という言葉に少し違和感を感じたのだろうか、
もっぱら本能欲を貪っていた涙子がひょいと顔をあげた。
その目が「あたしが普通のカッコしちゃいかんのかい」とでも言いたげだったので、
慌てて付け加える。
上条「いやっ、その、今まで見たひとがほとんど見たことない服だったから、」
ああ、と涙子が合点がいった顔をした。
佐天「そっかぁ、この地区は大体洋服ですもんねー」
上条「ヨウフク」
ええと、西洋の服ってことか、と脳内で解釈しながら話を聞く。
佐天「あたしも最初来たときは戸惑いましたよぉ」
えへへ、と屈託なく笑うその姿はより少女らしいものだった。
佐天「でもほら、あたしみたいに私服は着物って子がほとんどですし」
涙子がくるりと回ってみせると、海老茶色の袴がふわりと舞って
少し当麻をどきりとさせた。
そんなことには気付かず、涙子は『學園都市における女性の着こなしについて』の説明を続ける。
佐天「私服でも洋服着てるのは、常盤台のお嬢様ぐらいですよぉ」
お嬢様、という聞き覚えがあるような無いような単語の意味を脳内で検索していると、
初春「か、上条さんは、和服と洋服、どっちが好き好き?」
おずおず、といった感じで ── 本人は勇気を振り絞ったのかもしれないが、
飾利が尋ねる。
その目は佐天と自分の服をちらちらと見比べているような。
何も考えていない当麻は、まあ、和服の方が見慣れているから、という単純な理由で
上条「和服かな」
と、のたまった。
初春「そう、ですか……」
その配慮を欠いた返答に表情を曇らせる飾利を見て、
「なんだか知らんが怒らせてしまったようだ」と焦る当麻は
また自称することになる。
上条(不幸だ……)
と。
───
>>57
×
>初春「か、上条さんは、和服と洋服、どっちが好き好き?」
◯
>初春「か、上条さんは、和服と洋服、どっちが好きですか?」
寝惚けてますね。すいません。
───
スタスタ。
トコトコ。
テクテク。
夜の帳が降りきった、静かな静かな街の中。
三つの足音が歩みを刻む。
その音が、今、
止まった。
初春「あ、ここですね!」
初春が見上げるのは第七學区、學生寮。
上条「ここが……」
そう、ここが
ある者は校舎との往復地点と呼び、ある者は勉強部屋、ある者は寝床、ある者は賭博場、
またある者──これは恐らく当事者では無いであろうが── 檻、と呼ぶ。
当麻がこれから青春の大部分を過ごす住み処、である。
佐天「へぇーっ! けっこー棚川の寮と近いじゃん」
遠くを見るように手を目にかざして大げさな声を出す涙子。
しかし、そんな仰々しい見方をしなくても全体を一目に出来るささやかな寮である。
木造で二階建、純和風。
正に學生用といった様子のそれは、
夜風にかすかな軋みの音を建てながら、新入りの当麻へ己の年季を誇示しているように見えた。
上条「ほんとにありがとう。助かったよ」
何の世辞も気取りも無い、心からの礼だった。
それもそのはずだ。
当麻にしてみれば、飾利と出逢わなかったら今晩夜露をしのげるかも危うかったのだから。
初春「そんな、私は、別に」
当麻から目を逸らし、たどたどしく返事する初春の顔色は、暗がりで良く見えない。
佐天「へえぇーぇ」
茶化すように上ずった声を出す涙子には、それが見えたのだろうか。
瑞々しさ溢れる青春の一幕である。
それを破ったのは
青ピ「なぁんや~、騒がしいから来てみたらカワイコちゃんがおるや~ん」
何とも間延びした関西弁だった。
何時の間にかそばに寄って来ていたその声の主は、
闇に溶けそうな深い青い色に染みた髪をかきあげながら、よれた着流しは大きく胸元をはだけている。
何より空気を凍りつかせたのは、その六尺を越えようかという立派な体躯と、
腹の底に響くような低い声だ。
当麻は、出発前に故郷の友人から冗談交じりに言われたことを思い出していた。
都会には怖い人が多いからな、絡まれないように気をつけろよ、と。
青ピ「と、思ったら 男もおるんやね」
当麻を見下ろすようにして、男の細目がちらりと向けられる。
上条「………」
もう、今日は十分過ぎるほど吐いた。
しかし
どうしても少年はその言葉を吐かない訳にはいかなかった。
───
───
その少し老朽の進んだ寮からは時折り賑やかな声が漏れてくる。
そんな學生の棲み家の入口に、これまた陽気な関西弁が流れていた。
青ピ「なんや君ぃ~! 入寮生やったん!」
バシバシと背中を叩きながら嬉しそうに話す男に若干気を飲まれながらも、
上手く息が出来ないのをこらえつつああ、とだけ何とか返す。
この青い髪をした男は当麻と同い歳で、今年から同じ高等學校に通うという。
当麻は自分の通う学び舎の学力が都市の中でもどん底の底だと聞いていたので、
この男の知性品性その他を薄々だが把握した。
また、先ほど当麻に一瞬目を向けたものの
その後はそっちのけで飾利と涙子へ口説き同然の口上を始めたのを鑑みても、
その性格は推して知るべし、であろう。
当の二人の少女は何やら引きつった笑顔のまま
「あ、宿題をしなくちゃ」とあからさまな言い訳交じりに小走りで去って行ってしまった。
もっとも、男だけはその宿題の存在を一向に疑うことなく、
ただ彼女らの担任教師へ筋違いな恨みの念を送って悔しがるだけであったが。
上条「えーと……」
と、男の顔を見ながら言い淀んでいると、
青ピ「青ピ、でいいで。 青髪でピアスやから青ピや」
青ピ、と当麻が口の中でつぶやく。
青ピ「ピアスってーのはこの耳飾りんコトや キレーやろ?」
耳にきらりと光るそれをいじりながら、そう言っていたずらっぽく笑う。
すっかり打ち解けたようで、まったくだ、当麻も相好を崩してと笑い返す。
上条「しかし、良かったよ 青ピみたいな面白い奴が同じ学級でさ」
楽しい學校生活になりそうだ、と屈託無く笑い掛けると、
いやまー、おもろいだけが取り柄やからな、と冗談めかすように着流しの袖をぱたぱたと振る。
それに合わせて、だらしなく緩ませた帯の端がゆらゆらと揺れて可笑しかった。
上条(なんだかマトモそうだし、良い奴と知り合えて良かった……!)
当麻にしてみれば、都市に来てから初めて同性同世代同級の人間と知り合えたのだから、
よほどの安堵を感じたのだろう。
そして、屈託無く笑い合える友人が出来た。それが一番嬉しかったのだ。
自然と話が滑らかに口を突いて出る。
上条「青ピはこの寮にどれぐらい住んでるんだ?」
学級が同じと言っても、この都市の住人としては青ピの方が先輩である。
当麻はまだまだ分からないことだらけであるから、心の中で青ピを頼もしく感じていた。
青ピ「あー、學園都市にはかなり前から入ってんやけどなー、この寮には住んでへんのよ」
意外な答えが帰ってきた。
上条「え?だってこの寮から出て来なかったか?」
青ピ「ああ、友人を訪ねとったんや。 俺は寮やのーて、」
青ピ「寮のすぐ隣の麺麭(パン)屋で下宿しとるんや」
上条「何でわざわざ……」
折角寮がそばにあるのに、どうして。
一瞬不思議に思ったが、もしかしたら下宿し、その店の手伝いをすることで自分を鍛えているのでは、
と思い至り感心の言葉を掛けようとした矢先
青ピ「いや、そのお店の店員さんの服がメイド服みたいでなぁ~、可愛いんよ~っ」
この上なく目尻を下げて顔を緩ませながら、言い放った。
鼻の下を伸ばして夢心地で語っていた青ピがふと我に帰ると、
目の前で当麻がガクリと頭を垂れていた。
青ピ「? どしたん? お腹でも痛いん?」
全身の力が抜けていくのを感じながら、当麻は考えていた
上条(……學園都市ってのは、幻想がぶち殺されるところだな……)
割と正解に近いことを。
───
───
それからどれ程の時間語らっただろう。
生まれながらの不幸体質のせいで、これまで当麻は友人というものに恵まれなかった。
そんな当麻にとって、この『トモダチとのオシャベリ』の時間は全く新鮮で、本当に、本当に愉しかった……。
何時の間にやらすっかり夜も更けて、寮から漏れる喧噪も鳴りを潜めている。
ふあ、と青ピは欠伸をすると、それを合図にするようにすくりと立ち上がった。
青ピ「ほな、また明日學校でなー」
手をひらひらと振りながら、相変わらず少し気になる関西弁で別れを告げる青ピ。
当麻もまたなー、と元気に返すものの、やはり別れるのは何処か寂しかった。
上条(明日、か……)
青ピは寮の出口に消えていった。
下宿先の麺麭屋へ帰って行ったのだろう。
上条(俺も寮にで休むか……)
振り帰った寮にはぽつぽつと明かりが灯ってはいるが、
ほとんどは既に就寝しているのであろう、暗い硝子窓が並んでいる。
上条(すっかり話し込んじまったな)
当麻も軽く伸びをする。
と、大きな欠伸が盛れた。
もう寝るにも良い時分だろう。
上条(さて、俺ももう寝ないとな 明日の入學式に遅れちまう)
少し涙の浮かんだ目をこすりながら寮の中へ入る。
中には寮監室の樣なものは見当たらず、目の前にあるのは染みと割れ目だらけの階段と、
これまた所々腐って床が抜けている廊下が左右に伸びているだけである。
そういえば、と当麻は思い返す。
上条(自治寮、って書類に書いてあったっけ)
つまりは學生が規則を定め、管理する寮という訳だ。
普通なら消灯の律があるであろう時分に、何処かの部屋で未だ麻雀の牌がぶつかり合っているのはそういう訳なのだろう。
それでも当麻は就寝の者々に気を遣って歩くが、どうしても歩く度に床も階段もぎしぎしと喧しく哭くのだ。
仕様が無いので、気負わずからころと下駄を鳴らしながら、部屋まで闊歩する。
床が抜けやしないかと冷や冷やしながら歩いていると、すぐに部屋の前に着いた。
概観は和風だったため長屋のような造りを想像していたが、部屋の戸は障子ではなく、一枚板の引き戸であった。
流石のおんぼろ寮でも、多少文明の波は及んでいるようだ。
訂正
×
>概観は和風だったため長屋のような造りを想像していたが、部屋の戸は障子ではなく、一枚板の引き戸であった。
>流石のおんぼろ寮でも、多少文明の波は及んでいるようだ。
〇
>概観の衰え方からおんぼろ長屋の様な造りを想像していたが、
>部屋の戸は障子ではなく錠のついた一枚板の引き戸であった。
>歴史を感じさせる佇まいをしていても、多少文明の波は及んでいるようだ。
当麻は慣れない南京錠と格闘しながら、ふと思う所があった。
上条(お隣さんに挨拶しなくていいかな)
流石に遅い時間だが、隣の戸の隙間から明りは漏れている。
どうやらまだ寝てはいないようだ。
「こんな感じかにゃー。 なんせ久し振りだからにゃー」
何処かで聞いた様な声も漏れてくる。
やはり隣の住民はまだ起きているようだ。
上条「よし、やっぱり一言挨拶し」
「あっ、んっ、兄貴ぃ……激し、過ぎ……」
「舞夏ぁ! お、お兄ちゃんはもうっ!」
当麻はその晩、泥の様に眠った。
今日一日で彼の肉体的、精神的疲労は、極限にまで溜りに溜まっていたのだ。
隣の部屋の雑音が問題にならない程に。
───
───
ドンドンドン!
けたたましい音がおんぼろ寮を揺らす。
一撃毎にこれまた五月蝿く、壁が、柱が、大きな抗議の声をあげる。
上条「うぉあ!?」
寝床が揺れ動く、という全く未知の災難に当麻は飛び起きた。
いや、起こされた、というべきか。
ぱらぱらと落ちる木屑と舞う埃が
破れ窓から差し込む朝日の筋を現している。
上条(…………は?)
まだ開かない目の間をぎゅぅと押さえながら、
微かな痛みを伴い始めた寝惚け頭に血を送ろうとする、が
上条(……………………)
上条(…………は?)
此の様な目覚しに合う心当りは無い。
未だにやかましい打楽を刻んでいるのは入口の引き戸らしかった。
上条(……夢、か……)
納得いったらしい当麻が、微かに頷いて布団に潜ろうとした矢先、
青ピ「かーみーやーん!! いつまで寝とるんや!遅刻するで!」
今度は聞き覚えのある低い声が部屋を揺らした。
上条「…………」
きりきり、と頭に一つの単語が鍵の様に捩じ込まれる。
朝日にしては少し黄色掛かった様な光をぼんやりと眺めていて
段々と、鳥肌が立つ様な、腹の底に鉛でも溜まっていく様な、
言い知れぬ感覚が忍び寄って来る。
上条「……遅刻?」
今度は、全身で飛び起きた。
自己最速、いや世界新記録も狙えるかという神技的早さで諸準備を終えた当麻が
建付けの悪い引き戸を力を込めて勢い良く開けると、
頭一つ分当麻より大きな青ピが拳を振り上げて立っていた。
上条「ひっ」
その拳の意味を早とちりした当麻が慌てて顔を引っ込めると、
青ピ「なんや、起きてたんか」
とりあえず当麻が出て来たことに安心したのか、笑顔を向ける青ピ。
そして、またも戸板を叩こうとしていたゲンコツを引っ込めると、
青ピ「ほら、早く行かんと入學式、遅れてまうで」
何時の間にやら取り出した懐中時計を当麻に差し出した。
洋暦に疎い当麻でも、その時刻がかなり差し迫ったものであることは理解できた。
上条「っとと……わざわざ起こしてくれて、ありがとな」
學園生活を説教から始めるという悲劇から救ってくれた青ピに心から礼を言う。
そもそも寮生ですら無いのにわざわざ迎えに来てくれる辺りに
青ピの甲斐々々しい性格が表れている。
当麻は温かみのある友人に巡り会えた運命に、そして珍しく良い仕事をした天の神に感謝した。
それはそれとして早速寮の出口へ向かおうと焦る当麻だが、
青ピは元々細い目を更に細めてにやけるばかりで、動こうとしない。
その目は“まだ寝惚けてんのかい”とでも言いたげだが、
気もそぞろな当麻にはその理由が分からない。
どうしたのだろうか、と足を止める当麻。
相変わらずにやにやとした青ピの姿を訝しげに見遣り……
上条「ん?」
ようやく他者に目を向ける余裕が出たのだろうか。
この時初めて青ピの“衣更え”に気付く。ついでに、青ピの含み笑いの理由にも。
青ピ「まさか、その格好で行くん? 入學式」
そう言って青ピは懐から新品の學生帽を取り出すと、勿体ぶった様な動きで頭に載せた。
その青ピの姿は昨日の着崩れた着物とはうってかわって、
全身黒地の詰襟に身を包み、すらりと伸びたズボンの裾からは新調したらしい朴歯の下駄が覗いている。
一方自分は、と目を落とすと
何時もの絣、袴に使い古した手拭いを提げて……
青ピ「初めが肝心やでぇ、女の子に自分を売り込むんは」
そう言って青ピは格好付けるように帽子の鍔を手で詰まんで軽く揺すった。
しかし当麻はそんなことなど眼に入らない、といった様子で部屋に飛び込んでいた。
隅に放っていた荷に飛び付くと、もつれる指で結び目を解く。
背中に青ピの笑い声を浴びながら、この日の為の晴れ着を必死に捜す。
ようやく制服を引っ張り出し、慌てて袴と絣を脱ぎ散らす。
ふんどし一丁になりながら「不幸だ、不幸だ」と繰り返し、慣れないズボンと格闘する当麻は気付かない。
先程の自己新を塗り替える勢いであることに。
───
───
校長「えー、で、あるからして」
体育館に集められた若人達 ── 新入生の面々は
この入學式という、身は締まり心は躍る、そんな響きを持った催事の中にあって
皆一斉に、唯一つの思いを胸に抱いていた。
上条(早く終われぇぇ!)
青ピ(話なっがいわアホ校長!)
土御門(もう帰りたいにゃー!)
おうちにかえりたい、そんな純朴な願いと呪いを一身に受けている壇上の中年親父は
眼下にひしめくげんなりとした面々などお構い無しに、
我が校の伝統ウンヌン、諸君らの勉励カンヌン、と時々絡まりがちな舌を得意げに振るっている。
吹寄(……足が疲れてきたわね……)
姫神(………。)
老若男女問わず襲い掛かる、残虐非道な無差別大量"口"撃が止む気配は無い。
一方病む気配のある当麻達は、
煩く飛んでくる二次熟語の連射を右耳から左へと何の引っ掛かりも無く流れ落としながら、
若々しい己達の貴重な青春期をかくの拷問に費やしている現状に嘆息するしか出来なかった。
校長「でー、おほん、わたくしがぁー、改善いたしましたこの學校の便所、これを説明しますとぉー」
青ピ「な、なあ、カミやん」
当麻の前に立っている青ピがふいに声を掛けて来た。
上条「なんだ、青ピ」
青ピ「俺、もう限界かもしれん」
見れば青ピは肩をわなわなと震わせて、今にも學生解放運動を起こしそうな気迫が背中から立ち昇っている。
その立派な体躯とは裏腹に、青ピの堪忍袋の緒は割と脆かったらしい。
上条「!? お、落ち着けって!」
入學式から早速問題を起こそうとする親友を必死で止める当麻だが、
民衆のくすぶりなどに頓着しない暴君は、相変わらず己の便所改革について熱を込めて弁を振るっている。
青ピのみならず各地で革命の火種がふつふつと沸き始め、歴史が不穏な動きを見せ始めた
その時。
上条「ん?」
見れば、壇上には校長とは別にもう一人の人物が現れていた。
可憐な少女、というにはやや幼過ぎる姿の女児がトコトコと校長に歩み寄っている。
その不思議な光景に生徒達はざわつき、一方教師陣は何やら安堵したような、一部は尊敬の眼差しを向けている者もいる。
上条「あ、あれ……」
土御門「あの子はなんなんだにゃー?」
青ピ「……どう見ても小学校低学年の幼女やな……ひひっ」
何やら引っ掛かるものを感じるが、青ピが言っていることは事実である。
童女の見た目からして十に満ちるか満たないかの背丈と姿であり、
この場にそぐわないちぐはぐな雰囲気を出していた。
当麻達が呆気に取られて見ていると、校長はそばに来た女児にやっと気付き、演説を一旦止めた。
女児が二、三言、何かを言う。 と、校長は頭をかきながら少し照れ笑いを浮かべ、
そしてマイクに向き直り
校長「えー、時間が押しているということなので、この辺で。」
と告げた。
その突然の福音に一瞬、場は水を打ったように静まりかえり……
一拍遅れて、体育館は無言の歓喜に包まれた。
一気に緊張が解け、桃色の空気が生徒達の間に広がる。
安堵と解放感に満ちて行き、次第に歓声となってざわつきを増していく。
涙を流して喜ぶ者まで現れる始末だ。
「助かった」と言った者までいたか分からないが、正に彼らは救われたのだ。
そしてまた、彼らの心は一つになった。
少女への心からの感謝。
ありがとう、と。
青ピ「菩薩や!あの子はボクらの前に現れた菩薩様やで!」
土御門「嗚呼、生き仏だにゃー!我らを救い給うたんだにゃー!」
感涙にむせぶ二人の友に挟まれ、両側から肩を組まれ揺さぶられる。
しかし当麻はどうしても、感謝と同時に浮かぶある疑問をつぶやかない訳にいかなかった、
上条「で……何者なんだよ、あの子」
しかし当麻の独り言は
周りの湧き立つ歓喜と興奮の渦の中に埋もれていつの間にか消えて行った。
しかし、割とすぐに彼女の正体を知ることになる。
そして
長い付き合いになることも。
───
───
土御門「はぁ、やっと終わったにゃー」
青ピ「ほんとあの幼女は天使や、一発で惚れてもーたわ」
上条「いや、流石に幼過ぎねーか……」
例の女の子のお陰で始業式も無事切り上がり、
当麻達は自分達の教室で待機していた。
三人は当麻の机に頭を突き合わせてぺちゃくちゃと喋っている。
他の生徒も早速、新たな友を捕まえてはお喋りを始め、
教室はがやがやと騒がしかった。
上条「いやしかし」
そう言って当麻はきょろきょろと辺りを見渡すと、
少し決まりが悪そうに声をひそめた。
上条「女と一緒の教室かぁ……」
当麻には男女共に机を並べて、というのは初めての経験であった。
自然と制服姿の女子にちらりと視線を注いでしまう。
と、一人の少女を当麻の目が捕らえた。
少し波の掛かった髪が柔らかな艶をこぼしている。
そのふわりとした雰囲気とは対照的な切れ長の目は
ややきつそうな印象だが、不思議と威圧感は無い。
周囲のざわめきの中で、彼女は誰と話すでも無くきちんと着席し、
しかし少し退屈そうに机に肘を付けて、ぼんやりと前を眺めていた。
と、こちらの視線に気付いたのか、爽やかに澄んだ瞳を当麻の方へ向けた。
肩よりも伸びた髪の先が揺れる。
光と力の入った眼が、当麻の目とかち合った。
そのきりりと尖った視線に射抜かれて、当麻は慌てて目を逸らした。
動機は違えどあちらこちらの女子達へ熱の籠った視線を送りまくる青ピと元春は
当麻が微かに顔を赤らめていることには気付かず、呑気に会話を続ける。
青ピ「そっかー、カミやん女の子とおべんきょーするのは初めてなんや」
土御門「そりゃあ今までの人生損しまくりだぜい!」
そう熱っぽく語る元春に若干たじろぎながら、
当麻は照れ隠しにふと零した。
上条「別に女と一緒に勉強なんかしてもな」
まあ嬉しいけど、という言葉を飲み込んで精一杯気障(キザ)な表情を作る。
青ピ「おお~、硬派や~」
土御門「カミやん、無理はよくないで?」
そう言ってからかう二人の背後から
「なんですって……?」
思わず三人の背筋が凍った。
抑えた唸り声、とでも言うべき静かな怒声。
吹寄「女が勉學しちゃいけないっていうの?」
よく通る凛とした声が当麻の耳に飛び込んで来た。
が、現状が上手く把握出来ない。
声のした方に首を捻ると、先ほど目を合わせた少女が
切れ長の目を更に釣り上げて、こちらを見据えて
腕組みをして立っている。
当麻は口をポカンと開けてその少女──結構背が高い──を見上げる。
青ピと元春も同様に呆気に取られた顔だ。
学級の連中も事態に気付いたのか、ざわめきが次第に静まり
皆が少女と当麻に注目した。
吹寄「貴様、名前は何?」
当麻達と同年齢にしては少々主張の激しい胸を更に張って、堂々と仁王立ちしている、
その少女に睨まれ、光る額の輝きに照らされ、当麻は蛙のように動けなくなった。
吹寄「私は吹寄制理」
きっぱりと、彼女、制理が名乗る。
当麻が自分も自己紹介をしたものかどうかを決めかねていると、
それを遮って制理が弁を連ねる。
吹寄「好きな物は牛鍋、漢方、そして」
吹寄「平塚先生の御本」
言い切った制理の言葉に、元春が眉をひそめながらふと零した。
土御門「平塚……?」
どうやらその人物に心当たりがあるらしい元春に、当麻が声をひそめて尋ねる。
上条「おい、誰だよそれ」
土御門「多分、平塚=サンダーバードっていう、帰国子女の女性學者のことだにゃー」
上条「學者?」
土御門「ああ、女性権利の何とかって本をいーっぱい出してるらしいぜい」
ひそひそと話す二人に痺れを切らしたのか、吹寄が少し苛立った声を出す。
吹寄「貴様さっき、『女なんか』と勉強しても、って言ったわよね」
制理が何を言わんとしているか、当麻にも薄々分かってきた。
要は昨今取り沙汰されている微妙な問題に触れてしまったらしいのだ。
当麻は女性は家庭に入ってどーたらすべし、といった古臭い思想など毛頭持っていない。
むしろ女學校だの大學予科だのに通って學問を修める女性を尊敬しているぐらいだ。
もっとも、「勉強なんて面白くない物を進んで出来るなんて、何と凄まじい精神力だ」、という理由からだが。
上条「い、いや誤解だ……!」
口を真一文字に結んでこちらを見据える制理におののき、慌てて弁解する。
上条「俺は、女と『勉強なんか』しても、って言ったんだよ」
言い訳としては少し苦しいが、これは事実だ。
上条「お、俺はその、もっと女子と『勉強なんか』よりもっとこう、遊びだったり行楽だったり」
しどろもどろになりながらも制理の顔を真剣な眼差しで見つめ、
誠心誠意の陳弁に努める。
青ピ「せやー!ボクらも女の子と遊びたーい!」
土御門「勉強なんか詰まらないにゃー! 女の子とどっか行きたいにゃー!」
そうだそうだ、と各所から同意の声が上がって来た。
女子と遊びたいという部分には一部の、特に男性陣からの支持を集めたようだ。
しかしそんな事は当麻にとってはどうでも良かった。
今目の前で眼と額から鋭い光を射している少女の険しい表情を解かなければならない。
それだけだった。
吹寄制理、吹寄制理の機嫌を直さなければ。
制理の名と申し開きの文句がぐるぐると頭を駆け廻る。
上条「だから俺は、勉強なんかじゃなくて、その、」
自分が何を言ってるかも分からず必死で言葉を紡ぐ。
上条「吹寄と一緒にお茶飲んだり、劇場へ行ったりしたいんだ」
そう言い切った瞬間、
騒がしかった教室は静まり返った。
先程から一番うるさかった青ピと元春まで、口をあんぐりと開けたまま硬直している。
辺りの急激な温度変化、生暖かいような、凍り付いたような、不可思議な空間。
上条「え?」
その雰囲気に当てられたのか、ようやく我に返る当麻。
俺、何か言ったっけ。
ふと、目の前に不穏な気配を感じ、そっと目を向けると
吹寄「………」
何やらうつむいて顔色こそ見えないが、腕を、肩を、いや全身を震わせている制理がいた。
上条「ひっ……」
思わず慄き一歩下がる。
当麻は直感した。
『何かとんでもない事を言って怒らせてしまったらしい』
すぐに後ろを振り向き青ピと元春へ助けを求める、が。
二人とも何とも言えない表情で固まったまま
目を逸らした。
上条「!!」
友達甲斐の無い二人の裏切りに狼狽し
あたふたと制理の方を向き直ると
震えたまま押し黙っていた制理が口を開いた。
吹寄「き、き、貴様……っ」
そこで当麻は「あれ、」と思った。
上条(あれ、耳が真っk)
次の瞬間、鈍い音が教室に響き渡った。
膝から崩れ落ちる当麻の意識の残り滓には
例によって、例による、例の言葉が浮かんでいた。
───
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| >>1さ----ん!!
\
 ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
∧_∧ ( ´Д` ) < ぼくらは!
( ´Д` ) /⌒ ⌒ヽ \_______
/, / /_/| へ \
(ぃ9 | (ぃ9 ./ / \ \.∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
/ /、 / ./ ヽ ( ´Д` )< あなたを!
/ ∧_二つ ( / ∪ , / \_______
/ / \ .\\ (ぃ9 |
/ \ \ .\\ / / ,、 ((( ))) / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
/ /~\ \ > ) ) ./ ∧_二∃ ( ´Д` ) < 待っている!
/ / > ) / // ./  ̄ ̄ ヽ (ぃ9 ) \_______
/ ノ / / / / / ._/ /~ ̄ ̄/ / / ∧つ
/ / . / ./. / / / )⌒ _ ノ / ./ / \ (゚д゚)シマスタ!
/ ./ ( ヽ、 ( ヽ ヽ | / ( ヽ、 / /⌒> ) ゚( )-
───
青ピ「カミやーん!」
土御門「しっかりするにゃー!」
ド低い声と間延びした声。
二つの声が情けないステレヲとなって空しく響いた。
何とか当麻を助け起こそうと奮闘する二人だが
彼女の一撃は相当重かったらしく、呻くばかりでなかなか起きる様子は無い。
何がどうしてこんなことになったのか。
当の本人(男)は床でノビているし、
当の本人(女)は顔色を隠すように顔をぷいと背けて何やらぶつくさと零している。
一方、教室の中はしいんと静まり返っていた。
まあ仮に、この有様に割って入れる生徒がいたら、そいつは相当な大物だろう。
誰も声を漏らさず、ただおどおどと視線を交わすだけ。
吹寄「なんだって、私が……まったく、何なのよ……」
要領を得ない独り言が、沈々とした教室に浸みる。
學園生活の幕開け、それが修羅場から始まるとは。
当麻で無くとも不幸を呪う生徒がそこかしこに現れ始める。
今後の学級の行く末に暗雲が広がり始めた
その時。
当麻「う……」
青ピ「お!」
土御門「目ぇ覚めたかにゃー」
ようやく当麻が目を覚まし、一瞬二人から喜色の声が上がる。
黒雲に一筋の光が差すような、唯一の明るい報せ。
体を揺すられ、当麻は薄っすらと目を開ける。
しばし虚空をぼんやりと見遣った後、ぽつりと一言零した。
当麻「……ふこ……うだ……」
しかし、その口から零れた第一声は余りに悲しく、
余計に場を落ち込ませることになった。
青ピ「………」
土御門「………」
そろそろ皆が空気に耐えきれなくなったその時、
突然やかましい音を立てながら引き戸が開いた。
にわかに響いた大きな音にびくりとして教室の入り口を見ると
小萌「はい皆さ~ん、席に着いてくださいなのですよ」
!?
!!
あのときの天使がまたも救済に現れたか。
再び皆の意思が一つになった。
───
───
青ピ「あっ、あの子や!また御降臨なされたんや!」
土御門「ありがたや……ありがたや……」
吹寄「あの人……まさか……」
俄然、活気の戻った教室は和やかなざわつきを見せ始める。
その様子に内心微笑みつつも、
月詠小萌はわざと眉間にしわを寄せて強い声でたしなめる。
小萌「もー!席に着いてくださいっ!」
その声にばたばたと席に戻る生徒達だが、その中で一人腑に落ちない顔をしている者がいる。
上条「……だから、何者なんだよアレ」
他の者々は特に感ずる所もないといった様子で着々と席についている。
だが目の前で、教卓の裏の台──おそらく彼女専用なのだろう── に立ち、
腰に手を当ててふんふんと怒っっている姿はどう見ても機嫌を損ねた小學生だ。
小萌「まったく、いいですかー? 初日からこんなんじゃあ先が思いやられちゃうのですよー?」
言っている内容から察するに彼女は……いやまさか、そんなはずは。
当麻の脳内で小萌の姿と或る言葉がぐるぐると回る。
小萌「はい皆さん、席に着きましたねーえらいのですよー」
黒板の前に立つ少女のがにこりと微笑む。
すると「ほう……」という溜め息と感嘆の声が各所から湧き上がった。
幼子の可憐な笑顔がその場の全員の心を奪った瞬間であった。
青ピ「ほうぉあぁーっ!!」
がたん!という大きな音に驚いて当麻が振り返ると
後ろの席の青ピが立ち上がり歓喜の叫びを発していた。
ここまで来ると病気なんじゃねぇか、と心でツッコミを入れながら、
その実、当麻の胸中はそれどころではない疑念が渦巻いていた。
上条(まさか……な)
そうだ、そんなことは幻想に違いない。
これまで数々の幻想が打ち砕かれて来たが、まさかあんな小童が……
小萌「これから皆さんの担任せんせーになる、月詠小萌です。よろしくなのですよー」
うおおお、という地を揺るがすような歓声の中で、一人の少年が頭を抱えている。
上条(ああそうですよね そうなりますよね)
學園都市というものが"世間"とズレた世界であることは(経験から)重々承知していた。
しかしまさか子供が教師って、"文化の違い"というには余りにも……
己の先行きへの不安がふつふつと心中に沸いて来る。
嗚呼、俺の學園生活はどうなっちゃうんでしょうね。
ああ全く、ふこ
青ピ「至福やーっ!!」
───
>>117
訂正
×当麻「う……」
○上条「う……」
×当麻「……ふこ……うだ……」
○上条「……ふこ……うだ……」
───
教室はお祭り騒ぎの様相を見せて来た。
中には小萌の名で声援を送る輩まで現れる始末だ。
最も、その中には我らが三馬鹿も含まれる訳で……。
青ピ「小萌っ!センセッ!」
土御門「小萌っ!センセッ!」
上条「………」
失礼。二馬鹿であった。
先述の通り、当麻が胸中落ち込ませているのは己の學園生活の将来についてだ。
年端も行かぬお子様が担当教諭というのは冗談にしたって質が悪い。
当麻が頭を抱えるのも無理からぬ話だった。
上条「大丈夫かよ……子供が先生なんて」
思わず独りごちる。
その呟きは周りの歓喜の渦に?き消えると思われたが、
どうやら近場の人間は聞き逃さなかったらしい。
青ピ「あれ?カミやん知らんの?あのセンセのこと」
先程まで万歳三唱に参加していた青ピが、これは意外といった風に話して来た。
土御門「あの先生、割と有名なんだぜい」
同じく土御門まで、先程までうるさく鳴らしていた手拍子を止めて、当麻へ向き直る。
そう言われて彼女の顔容を思い起してみるが、
当麻の頭の中に"ちびっこ教師"の情報に引っ掛かる節は無いようだ。
上条「そんな有名人なのか?」
当麻は彼ら言う『有名』を完全には信用していなかった。
何せ青ピと土御門なのだ、多少の色眼鏡は掛けた方が良いだろう。
が、質問の答えは意外なところから返ってきた。
吹寄「貴様……月詠先生を知らないのか?」
声の主は、先程当麻に『鉄拳制裁』を下した少女、吹寄制理であった。
眉をひそめて怪訝な顔を当麻に向けている。
上条「あ、ああ……」
その鋭い眼光に射抜かれた少年は思わずびくりと体を縮こませた。
手は無意識に腹部をかばっているようだが。
やれやれと大袈裟に首を振りながら、制理は軽く溜め息をついて見せた。
吹寄「全く、月詠小萌先生だ。 聞いたことぐらいはあるだろう?」
つくよみこもえ、姓名で言われると何処となく聞き覚えがあるような気がする。
しかし当麻の記憶力では其処までが限界であり、制理が満足する応えは出来そうになかった。
上条「すまん……」
素直にぺこりと頭を下げながら、ふと思う。
何で俺謝ってんだろうね、と。
その様子を呆れ顔で見ながら、制理はもう一度嘆息してから口を開いた。
吹寄「月詠先生っていったら、日本で初の女性教諭だろう」
上条「へ? そうなのか?」
なるほど、国學や史學というものに……否、學問全般に疎い当麻に分かる訳は無かった。
吹寄「そう、今でこそ女性教諭は当たり前! でもそれまでの男性主義の歴史を覆し、教師という聖職に就くことは」
いつの間にか鼻息を荒くしている制理の口上は熱を帯び始めている。
吹寄「そもそも男尊女卑の悪習が蔓延った旧来の各制度に於いて女性の権利は著しく」
制理の口から零れる土砂降りのような説教を浴びながら、当麻はぺこぺこと頭を下げるしか無い。
もっとも、降った雨は振り落とすのが世の常というもので
制理の熱烈な説法は当麻の頭には一割も残らないのだが。
吹寄「つまり月詠先生のお陰で日本國は数十年前からようやく女権回復の黎明期を迎え」
しばらく終わりそうにない制理の弁論をはいはいと華麗に聞き流す当麻。
その周囲は相変わらずの小萌小萌の声援の渦で溢れている。
良く言えば、にぎやかな仲間達。
上条(全く、こんな奴らと一緒の学級で、俺の學園生活はどうなっちまうんだ?)
やれやれと頭を振りながら、そんなことを考える。
上条「はぁ……」
盛大に、息を吐いてみる。
いつもの、お決まりの、台詞。
でも何だか、今日は言う気になれなかった。
むしろ口元に微かに浮かんでしまう笑みを、何となく手で覆い隠した。
肌で感じる暖かさは、なんだろう。
何で心が躍るのだろう。
俺は、ここに来て、
上条(……良かった、な……)
漏れた笑いを手の下に感じながら、思わず当麻は目を細めた。
が、次の瞬間、和やかに笑んでいた口元がひきつった。
上条「数十年……?」
───
───
小萌「さて、先生の話は以上なのです。 皆さんで仲良しな学級にしましょお」
そう言って、壇上でにこりと微笑むのは言わずと知れた学級担任、月詠小萌先生である。
後ろの席の青ピと、前の席にいる元春が先程から熱く我らが小萌先生の如何に素晴らしきかを語るものだから、
間に挟まれた当麻の耳には嫌でもその崇拝にも似た称賛賞辞が飛び込んでくる。
そんな賛美合戦を払いのけるように、当麻はわざとらしく少し大きな声を出した。
上条「さーて、ようやく始業も終わりか」
伸びなんかをしてみせながら、当麻はやれやれと言った調子で帰宅を促す。
もう早く帰って休みたいと言わんばかりに、手早く鞄を手に取って立ち上がろうとする。
しかしそんな当麻をきょとんとした顔で見上げる四つの瞳。
青ピ「何帰ろうとしてんのん?」
相変わらず妙な関西訛りが目立つ青ピだが、そう聞かれてはてと訝しんだのは当麻だ。
上条「いや、だって……もう担任先生の話も済んだし、な」
これまでの自身の経験から言えば、それが済めばもう學校の始業日は上がりのはずである。
この後にもまだ何か控えているのだろうか。
土御門「カミやん、日程表見てないのかにゃー?」
そう間延びした声を掛けて来る元春はどこか楽しそうだ。
いよいよをもって次に何が待っているのか、不安が募る。
上条「えと、この後何が……」
そう言い掛けて、当麻はある影が近付いていることに気付いた。
はたと目を遣ると、いつの間にやら小萌がそばまで寄っていた。
小萌「もー、先生の話をちゃんと聞いてくださいね?」
口を尖らせながらそう零す小萌はどう見ても拗ねた童女である。
すみません、ともごもごと謝る当麻だが、ふと小萌の服装に目が止まった。
先程まで教卓に隠れて首から下は(一応"台"に乗っていたはずなのだが)隠れてしまっていたため、
小萌の衣装は目に入らなかったのだ。
見れば、可愛らしい桃色の着物が目を引くものの、仙台平の袴を履いている辺りは流石教師というべきか。
ただし足袋の色まで薄っすら桃に染まっているのは、やはり彼女の趣味なのだろうか。
小萌「次は体育館で念術測定なのですよ 早めに移動して、そして」
指を立ててはきはきと説明する小萌だが、当麻はやはりその格好に気を取られてしまう。
和装は見慣れているはずなのだが、ある単語が当麻の頭を駆け廻り他の思考を邪魔するのだ。
じいと見つめる当麻に気付いたのか、小萌がはっとした様子で着物の前を手で押さえる。
小萌「な、何なのですか、そんなに見つめて……」
少し上気したように見える顔。
罪作りな少年の背後から響くぎりぎりという音は、青ピか、元春か、恐らく両者であろう。
当の本人は迷いあぐねていた。言いたい、しかし、言って良いものか。
とはいえ、これ程見事な「それ」もあるまい。
むしろ言って欲しいのでは。
いや、そうに違いない?
前からは熱っぽい目線を送られ、背後からは恨みの籠った念を浴びることにも全く気付かず、ふむと頷く当麻。
そして、口を開いて放った言葉が。
上条「七五三みたいですね」
その空気にぴしり、と亀裂が入ったように見えた。
和やかな場を冷え切らせる呪詛を言い放った本人は無垢な顔で微笑みすら浮かべている。
「上手い事言った」とも言わんばかりの仕事終えの表情である。
小萌が涙を浮かべるより先に、背後から愛の鬼神と化した二人の男に襲われるより先に、
憤怒を込めた叫び声を上げて突進してきた者がいた。
吹寄「貴様ぁぁ!! 月詠先生にッ、何て失礼なことヲッッ!!」
あらぬ方から突如鼓膜を震わせた怒声に、当麻が驚愕の表情で振り向いた時
既にその腹に深く深く、制理の正拳突きが埋め込まれていた。
本日二度目の薄れゆく意識の中で、念術測定、という小萌の言葉を反芻し
堕ちた。
───
───
病や不健康以外の理由で、一日に幾度も気を失う人間なぞそうそういるものではない。
この不幸な少年を除いては。
上条「んあ?」
間抜けな声を出しながら、当麻は辺りの騒がしさに目を開けた。
薄ら目に映る天井がやけに遠い。
なんだ、どこだ、ここは。
青ピ「やーっとお目覚めかぃ」
相変わらずの妙な訛りを後ろから浴びて、慌てて起き上がろうとする当麻だが、
上条「ぅおぐっ!?」
腹にずきりと痛みが走り、思わず呻いてしまった。
土御門「まぁ、あんだけ強烈なボデヰを喰らったらしょうがないにゃー」
元春の格好付けた横文字など耳に入らぬ様子で、当麻は腹を押さえてふらふらと立ち上がった。
成程、どうやら先刻の騒ぎで"また"気を失っている間に移動させられ……してもらった、ようだ。
そこでふと、先ほどの小萌の台詞を思い返す。
── 「次は体育館で……」
上条「……体育館」
呟いてから、辺りを見回す。
各所傷みの目立つ木造の体育館だが、中は広々としている。
妙なことはと言えば、何やら學生達がうろうろとしたり、幾らかの列に並んだりしては、何やら紙と睨めっこしている。
列の先は保健室にあるような幕で区切られた小さな区場が幾つかあり、
そこでは白衣の人間が数名あわただしく動いていた。
学び舎には珍しい白衣の人々に「おや」と思いながらも、現場の様子に心当たりがない訳では無い。
卯月の恒例始業、もとい學年の初めに必ず行われる通過儀礼。
上条「身体測定か!」
合点がいった当麻が無邪気に結論付けて笑んだところだが、
そばでそれを聞いていた青ピと元春の両名はやれやれと言わんばかりに当麻を肩を叩く。
青ピ「かみやん、よう見てみ」
土御門「まあ測定すんのは間違ってないんだけどにゃー」
上条「え?」
そう言われて戸惑いながらも振り返って目を凝らしてみると、
確かに身長計や体重計等が見当たらない。
代わりに、机の上に握りこぶし程の球や、何やら目盛りが付いた不思議な器具が置かれているばかりだ。
そんな物に長い列を組んでいることすら訝しいのに、生徒が真剣な目を据えながら手をかざしている、
更には白衣の連中はそれらに鋭い目を注ぎながら、鉛筆を持つ手を忙しく動かしている。
己の思考能力の限界を超える光景に、当麻は首を傾げるしか無かった。
>>65
訂正
×故郷の友人
○父親
困ったような顔で振り返る当麻に、青ピが肩をすくめて言う。
青ピ「念術測定や」
そう言われれば、その言葉には憶えがある。
上条(小萌先生がそんなこと言ってたな……)
しかし、当麻の眉間の皺は深くなるばかりである。
答えが答えになっていないのだ。
上条「念術測定って、何だ?」
頬をかきながら尋ねる当麻に、今度は元春が素っ頓狂な声を出した。
土御門「かみやん!? そんなことも知らんで此処来たん!?」
上条「お、おう……」
自身の無知加減に少し落ち込んだのか、当麻は思わずしゅんとしてしまった。
その様子に元春が慌てて言葉をつなげる。
土御門「えーと、まあ、とにかくやってみれば分かるにゃー! ほら、一緒に行こうぜい!」
そう言われて手を引かれ、当麻は青ピと元春と一緒に近くの測定場の列に並ぶ。
列は割りと長めで、仕切り布で囲まれた場で何が行われているかはよく見えない。
少しずつ列を前に進みながら、元春が当麻に声を掛ける。
土御門「そーいや、かみやんはどーして此処に……學園都市に来たんだにゃー?」
前に並んでいた当麻は振り返ると、しばし逡巡してからぽつりと口を開いた。
上条「不幸だ……から、かな」
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──
─
当麻には幼少から不幸が付き纏った。
初めは周りの大人も「運が悪い子だ」と笑い話に済ませていた。
が、当麻の引くあみだくじはいつも外れる、必ずじゃんけんで負ける、といった話から始まり
当麻が渡る番になると川の橋が崩れる、当麻が楽しみにしている行事は雨が降る、といったことが続くにつれ、
次第に大人達も気味悪がるようになった。
それでも当麻の母親、詩菜は「当麻さんはおっちょこちょいなのねぇ」と優しく撫でては息子を可愛がったし、
「人間、運に頼れば駄目になる だから当麻、お前は偉い子なんだ」とは、父親の刀夜の言である。
当麻が成長しても、やはり不幸な出来事は付いてまわった。
神社の神主に御祓いを受けたこともあったが、帰り道に転んで川へ落ち、その拍子に船に積んであった米俵を沈めてしまった。
次第に村の中でこう囁かれるようになった。
『疫病神』と。
村の子供達、また心無い大人達からも爪弾きにされながらも、両親の愛情に包まれて当麻はひねくれずに育っていった。
しがない行商人である刀夜の稼ぎは決して多い訳では無かったが、家は食うに困る程でも無く、平々凡々な慎ましい暮らしをしていた。
数多の不幸に襲われながらも、それだけで当麻は"幸せ"だった。
転機が訪れたのは、当麻の齢も拾伍(十五)を迎えた、ある夏の日。
その日は朝っぱらから囃子やお太鼓が鳴っては響く、村総出の夏祭りが在る日であった。
父親の刀夜も朝早くから祭の準備に駆り出され、詩菜も村の奥さん方の手伝いにへと行ってしまい、
当麻は朝から家に独り残された。
親は「友達と祭りで遊んできなさい」と言ってはいたが、自分が顔を出せばまた突然大雨でも降り出すんだ、
そうくさくさ呟いては、家で寝っ転がって天井を睨み付けていた。
しかし……
遠くから聞こえるお囃子の音、時折上がる威勢の良い掛け声。
年頃の少年が気にならないはずも無く、次第に当麻はそわそわし始めた。
そうだ、別のことを考えよう、そうだ、歌でも歌おう。
村の鎮守の 神様の
今日はめでたい お祭日
どんどんひゃらら どんひゃらら
どんどんひゃらら どんひゃらら
朝から聞こえる 笛太鼓
違う違う、こんな歌じゃなくて。
頭に流れるのは學校で習った、今は思い出したくも無い唱歌。
だんだん、いてもたってもいられなくなってきた。
ちょっとだけなら、いいかな。
当麻はいつもの癖でぽりぽりと頭をかくと、はやる足が絡みそうになるのを堪えながら家を出たのであった。
───
───
とある村のとある小さいあばら屋の、
土間口の戸がガタガタと音を鳴らして開いたかと思うと
そこからひょこりと顔を出した者がいる。
少年は出した顔をきょろきょろと左右に走らせると、
まだ躊躇いの残る動きでのそりと外に出て来た。
いつも当麻を疫病神と虐める子らは残らず祀(まつり)のある神社へ行っているらしい。
辺りはしんとして、聴こえてくるは遠くから響くお囃子の楽しげな拍子だけである。
しかし少年は外に出たものの、
暗みを帯びた表情を浮かべ神社のある山の方へ伏し目がちに見向くばかりである。
上条「………」
生まれてこのかた不幸という言葉と切っても切れぬ縁に纏わり憑かれた少年を
未だに思い切り祭に参加させぬのは、正にその縁に依るこれまでの体験だ。
また何かやらかしはしないかと臆病になるのも仕方ない程に、
この永くも無い人生の中で相当の不幸せを舐めて来たのだ。
しかしうら若い精神を引き留めるには……
特段変化の無い日々を味気なく過ごす村において、年に一度の村人総出一切合財巻き込んで騒ぎに騒ぐこの祭事は
余りに魅力的過ぎた。
一瞬迷う。腕を組む。悩む。
が、よしと頷くと次の瞬間には駆け足で神社へ向かった。
その跳ねる背中は、間違い無く、間違い無く幸せの欠片を携えていた。
その類の幸せを……人はそれを期待と呼ぶ。
しかしこの少年に限っては、ほんの少しの勇気も宿っているのだということを、是非記しておきたい。
訂正
×
生まれてこのかた不幸という言葉と切っても切れぬ縁に纏わり憑かれた少年を
未だに思い切り祭に参加させぬのは、正にその縁に依るこれまでの体験だ。
○
生まれてこのかた不幸という言葉と切っても切れぬ縁に纏わり憑かれた彼を
未だに思い切り祭に参加させぬのは、正にその縁に依るこれまでの体験だ。
───
神社の長い階段を登り終えた当麻は思わず息を呑んだ。
どんとした佇まいの大きな神輿が境内の中央に鎮座している。
まるで出番待ちの横綱力士のようだ。
そして普段閑散として無駄な広さを誇っている境内だが、
此の時ばかりはうじゃうじゃとして賑やかだ。
吹けば飛ぶよな小さな村だが、ここまで集まると壮観である。
来て良かったな、と当麻は思った。
勿論、色とりどりの露店や、年に一度お目に掛かれる荘厳流麗な御神輿だって心躍る。
しかしそれよりも村の活気というか、躍動というか、そんな生き生きとした空気が何より好きだった。
……普段の不幸体験の反動だろうか。
そして思わず口元に笑みを浮かびかけたそのときだった。
「あ、疫病神だ」
「疫病神ー!何で来たんだよー!」
「来んなよ!不幸が移るだろ!」
突如後ろから浴びせられた罵声に振り向くと、
いつもの当麻を虐めている面々が揃って口々に罵っていた。
上条「………」
もはや茶飯事過ぎて怒り哀しみも湧いてこない。
ただ寂しかった。
彼らの言うことは間違っていないのだ。
自分は、疫病神、なのだから。
当麻は踵を返し、駆け出した。
絶えず背後から投げつけられる「疫病神」の言葉から逃げるように。
____
/_ノ ヽ、_\ 最近禁書SSばっかり書いてるおwwwwwwwwww
ミ ミ ミ o゚((●)) ((●))゚o ミ ミ ミ 休憩がてらけいおんSS書きまくるおwwwwwwwwwwwwww
/⌒)⌒)⌒. ::::::⌒(__人__)⌒:::\ /⌒)⌒)⌒) ついでにノベルゲーも作るおwwwwwwwwwwww
| / / / |r┬-| | (⌒)/ / / // 全裸写真撮って全裸時計作るおwwwwwwwwwwww
| :::::::::::(⌒) | | | / ゝ :::::::::::/ ついでに気になってたアニメ見まくるおwwwwwwwwwwww
| ノ | | | \ / ) / なあにちょっとの間だけだおwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ヽ / `ー'´ ヽ / /
| | l||l 从人 l||l l||l 从人 l||l バ バ
ヽ -一''''''"~~``'ー--、 -一'''''''ー-、 ン ン
ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) ) (⌒_(⌒)⌒)⌒))
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|::::::::::::: l u | |htmlお願いします|
ヽ:::::::::::: -一ー_~、⌒)^),-、 | |_________.|
ヽ::::::::___,ノγ⌒ヽ)ニニ- ̄ | | |
当麻は人気の無い神社の裏手まで行くと、
誰もいないのを確認してその場にしゃがみ込んだ。
はあと一息ついて、周りの音に耳を澄ましてみる。
ぴーひゃらどんどん、と下手糞な、けれど楽しげなお囃子。
がやがやと騒がしく飛び交う話し声。
それが聴こえるだけで幸せだった。
そう、これでいい、と当麻は思った。
露店を覗くのも、踊りに交じるのも、何だか気が進まなかった。
自分が関われば不幸に皆を巻き込みかねない、そんな思いが圧し掛かったからだ。
しかし、そんないじらしい自重が一瞬で吹き飛ぶ胴間声が耳に飛び込んで来た。
「神輿が出るぞーっ!」
祭の佳境、ついに神輿担ぎが始まるのだ。
豊穣と平安を祈願し、村の男衆で巨大な神輿を担ぎ、揺すり、轟かせる。
その猛々しい怒涛と臨場を以て、祀(まつり)は最高潮を迎えるのだ。
当麻は軽く唇を噛んだ。
ふつり、と胸の奥底に湧いたソレは段々と形になって言葉となって
はっきりと浮かんでしまった。
上条(……見たい……)
こきこきと鳴らして首をめぐらせる。
頭がぐりんぐりんと三週程する間に、当麻の中で一つ折り合いが着いた。
上条(物陰からこっそり見れば大丈夫だろう)
我ながら良い考えだと自賛しつつ
神社の本殿の端に駆け寄ると、そろそろと頭を覗かせた。
ここからなら良く見える。
境内の真ん中で大の男達が威勢の良い掛け声を上げている。
それに合わせて豪壮な大神輿が轟々と上下に揺れている。
それを建物の影から眺めながら、当麻は興奮を隠せないでいた。
上条(……すごい!)
憂いを帯びた顔は大人びてみられるとはいえ、中身はやはり少年である。
雄々しく波立つ神輿と体躯──当麻の目を奪うには十分だった。
と、そこでふと一人の担ぎ手に目が止まる。
弩太い担ぎ棒を肩に乗せ、汗を散らしてひと際力強く上下に揺すっているのは──
上条(……父さん!?)
当麻の父親、上条刀夜であった。
刀夜の振りは他の担ぎ手の中でも一段と勇ましい。
神輿の周りの人だかりから歓声が飛ぶ。
喧騒と喚声の渦のなかで神輿がうねる。
祭の波は絶頂を迎えようとしていた。
熱狂の真っ只中で活躍してみせる父親を見る。
その姿が、当麻には余りにも眩しかった。
気付けばもう足は動いていた。
そして、夢中で物陰から飛び出すと一路、神輿見物の人だかりへ突っ込んで行った。
人混みを掻き分け、ひたすら前に出る。
上条「通して……通して下さい!」
必死で進んだ先が拓けた時、すぐ目の前で神輿が揺れていた。
そして、父親が精一杯の仕事をしていた。
それを見て、当麻は胸に込み上げる物を感じた。
周囲に、そして父に負けじと声を張り上げる。
上条「父さーん! 頑張れーっ!」
その声に気付いたのか、刀夜がこちらを振り向く。
自分の息子を見つけたらしく、白い歯を見せて笑い掛けた、
その時だった。
腹の底をえぐるような、得体の知れない鳴動が轟いた。
それが、神輿を支える心棒が軋み、割れ裂けた音だと知れたのは
神輿の胴が捻じれ、座が歪み、
その巨大な屋根が
とある不幸な少年の上に降って来た、時、だ、っ、た。
───
世の常人が己の人生を振り返るのは、齢幾つの時だろうか。
山を越えて一息着いた五十の頃か、はたまた寿命尽きんとする畳の上か。
ただ、彼の場合は僅か拾伍(十五)の時であった。
そんな不幸な、ただ不幸な男の話である。
少年も聴いていた。
体の芯まで震わす轟音と、尾を引きずる不快な"裂けび声"を。
しかし、何が、何だか、すぐには、分からなかった。
いきなり世界の動きが遅くなった。
いやにゆっくりとした景色。
周りの人間はこちらを見て口をぱくぱくと忙しく開閉しているし、
担ぎ手の男達は鬼気の表情(かお)で何やら叫んでいる。
指を差す者、顔を覆う者、何だかそれらが滑稽に思えた。
少なくとも、
真上を見上げて黒々と迫る巨大な物塊──神輿の屋根が「お前を圧し潰してやる」と宣言するまでは。
上条「……うわあああああああああぁぁぁぁ!!」
そして前述の通り、己の人生を振り返る訳である。
ちなみに走馬灯という言葉を彼が知るきっかけとなったのは、この件である。
馬鹿馬鹿しいぐらいの巨人の掌が襲って来る。
眼の前の影が段々と黒濃く塗り潰されて行く。
当麻は目をきゅっとつぶり、
心の底から
観念した。
不幸な人生だったな、と思った。
でも最後に格好良い父さんを見れて良かったな、と思った。
俺もああなりたかったな、と思った。
あ、やっぱり不幸だな、と思った
その時だ。
再び轟音が場を、地を、髄を震わせた。
しかし先程の怖気立つ音とは違う。
もっと血の通った……
上条「………?」
恐る恐る、目を開ける。
思わずひい、と情けない声が出る。
目に飛び込んで来たのは、眼前ぎりぎりに迫った屋根の角部分だった。
そして、
上条「とっ、父さん!?」
誰一人、誰一人担ぎ手のいなくなった神輿の下で
いや、唯一人、上条刀夜が
支えていた。
肩に担ぎ棒を食い込ませ、其処彼処を血にまみれた姿で
たった一人で支えていた。
逃げなかった。
息子を助けるために。
当麻が再び口を開くより先に、刀夜が吠えた。
刀夜「当麻ああああ!!逃げろおおおお!!」
当麻はその言葉に弾かれたように体ごと飛びのいた。
その瞬間だった。
無茶な均衡で留まっていたそれは再び大きく軋むと、
呆気なく崩れ落ちた。
地を震わせるような砲声と轟音を上げながら
下に居る刀夜を容赦無く巻き込みながら。
当麻は見た
無情な巨塊に踏み潰される寸前に見せた
刀夜の微笑みを。
上条「父さああ゙あ゙あああああああああああん!!」
/. ノ、i.|i 、、 ヽ
i | ミ.\ヾヽ、___ヾヽヾ |
| i 、ヽ_ヽ、_i , / `__,;―'彡-i |
i ,'i/ `,ニ=ミ`-、ヾ三''―-―' / .|
iイ | |' ;'(( ,;/ '~ ゛  ̄`;)" c ミ i.
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ノヽ、 ノノ _/ i \
/ヽ ヽヽ、___,;//--'";;" ,/ヽ、 ヾヽ
────
──
─
結論から言えば、刀夜は助かった。
あれだけの凄まじい事故に合って全身の骨折程度(それでもなお重症ではあるが)で済んだのは
奇跡と言っても良いだろう。
刀夜は山ふもとの街にある病院に入院することになった。
今は丁度、詩菜が見舞いに行っている頃合いだ。
そんなことを考えて、当麻はごろりと寝返りを打った。
ここは当麻の我が家。
その居間──といっても、元々一間しかないささやかな家なのだが、
そのど真ん中に大の字に転がっている。
穴の目立つ天井をぼんやり眺めていると、先日の事々が沸々と思い出された。
崩れた神輿から引き摺り出される父。
その姿に精気は無い。だらりと垂れた腕に血がしたたる。
茫然と佇む当麻そばを、担架に乗せられた刀夜が行き過ぎる。
虫の息の父親を、情けない顔で見守ることしか出来なかった。
出来なかった。
上条「ああクソ」
誰に向けてか、自分か、神仏にか、
上条「ああ」
やり場の無い惰念が溜め息混じりの声に成る。
鳴いているのか、呼んでいるのか。
上条「嗚呼」
三度目の呻き声を上げて又ごろりと寝返った時
「失礼」
余韻も何もかもぶった切ったのは、家の入口からやけに良く通る男の声。
しかし……その声に全く聞き覚えは無い。
そもそもこの村に『失礼』なんて畏まった口上を掛ける奴なんかいない。
ということは、いわゆる『余所者』な訳で。
そういった手合いがわざわざやって来るというのは、正直芳しく無い。
「失礼、誰かいるかな」
嗚呼、神様仏様、これ以上の不幸は……。
瓦礫に押し潰される刀夜の姿が脳裏に浮かぶ。
これ以上の不幸は、勘弁願いたいもんだね。
>>1さんはこれどれくらいのスケールで話の展開考えてるんだろう?
超大作なら、ある程度ストック溜まったらwiki作るけど・・・
書き手のレスがないまま”23時間”以上が経過したのでHTML化のご案内です
続ける意思がなくなった場合は以下のスレでHTML化依頼をお願いします
■ HTML化依頼スレ Part1
最愛通告となります。今夜中に再開しなければモアーイさせていただきます。
>>232
!?
モアーイしちゃらめええええぇぇぇぇ
上条「どちら様ですか」
努めて落ち着いた声を出す。
突然の訪問者たるのは相手なのだから、本来はそんな不埒な奴に対して畏まる義理など無い。
しかし如何せん相手が慇懃な文句で登場して来たのだから性質が悪い。
当麻も慣れない丁寧語で応対する。
上条「何かご用でしょうか」
「ああ、良かった 人がいた」
独り言"ぶった"台詞を吐くと、声の主は入口からぬっと顔を覗かせた。
上条「……」
成程、やはり知らない顔だ、と当麻は思った。
まず目を引くのは、この辺りでは珍しく眼鏡を掛けているという所だ。
当麻の思う所では医者か學者ぐらいしかそんな代物は縁が無いはずだが。
また、頭にはすっぽりと御釜帽を被り、端からざんばらの髪が覗いている。
そして少し俯き気味の、陰の入った表情……更に鷹のように切れ上がった目が物語る。
こいつぁ油断ならないぞ、と。
上条「何かご用でしょうか」
もう一度、尋ねる。
先に口を開かねば怖気づいてしまいそうだった。
男は深緑のマントを羽織っていたが、それでもそれと分かる程に体は細かった。
しかし鋭い目の光は鈍い輝きを放っている。
そんな風貌の男が突然「失礼」してきたのだ。
正直、相手の返答の想像も付かない。
精一杯睨み付けながら、当麻はごくと唾を飲み込んだ。
「ああ、君が上条当麻君、だね」
そくり、と背中に冷やっこい物が走った。
名前を知られている。
まずそこに思いが至り、軽く心が粟立つ。
しかし良く考えれば上条家をわざわざ訪問しているのだから、名前を知っているのは当然である。
それは良い。
それは別に良い。
だが、どうしても、一つ確認しなければならないことが出来た。
上条「俺に用ですか」
頼む。
頼むから違うと言ってくれ。
こんな気味の悪い男と関わりたくは無いんだよ。
口にこそ出さないが、その嫌悪は目で訴えてしまったようだ。
男は睨み付ける当麻としばし目を合わせると、突然くつくつと笑い出した。
「いや失礼」
何が可笑しいんですか、と問おうとする当麻に先んじて、男が手を振って謝る。
謝るくらいなら出て行ってくれと思う当麻だが、
この「失礼男」は背筋を伸ばして向きなおると、眼鏡をちょいと押し上げて口を開いた。
「とりあえず、上がってもいいかな そんなに警戒しなくてもいい 僕は怪しい者じゃない」
上条「俺に用なんですね」
ぬらりとした喋り口の男に対し、焦点をずらさぬよう会話を紡ぐ当麻。
男は口端を微かにつり上げて、笑いを押し隠すように応えた。
「ああ、君に用だよ」
そう言いながら、男は無遠慮に家に上がり込むと、当麻の前にどかりと腰を降ろして胡坐を組んだ。
思わず呆気に取られる当麻だが、我に返るとすぐさま質問を投げつける。
上条「何の用ですか」
「勧誘だよ」
さっきから男は淡々と答えるばかりで一向に埒が明かない。
どうやら当麻が焦れるのを愉しんでいるようだ。
少し苛立ちまぎれに当麻は語調を強める。
上条「何の勧誘なんですか 貴方は何者なんですか 名前はなんですか」
「おいおい一遍に聞くもんじゃないよ」
そうおどけた様に言ってから、またくつくつと笑った。
当麻は正座の姿勢できりと睨み付けている。
「學園都市って知ってるかい」
上条「名前くらいは……」
學園都市、いつだか人づてに聞いたことがある。
鎖国が破綻し、大政奉還を経て生まれ変わった新日本の黎明に
帝都東京の近郊にでっけぇ町が出来たと。
それは柵に囲まれ、出るも入るも厳重な関所が構える、
生き残った……否、生まれ変わった『鎖国』であると。
そして……
上条「學者が集まって『何か』を作ってる所、だと」
それを聞いて男は顎に手を当ててふむ、と少し難しい顔をした。
「まー、ちょっと大まか過ぎるけど……まあいいか」
學園都市が何たるかなど、田舎で野良育ちをした当麻が知る訳は無い。
しかし、若干話は読めて来た。
上条「おじさんはつまり、俺にその學園都市に入らないかって言うんですね」
「まあ、大体は正解だ」
更に難しい顔をして細かく頷く男は何処か落ち着かなげだ。
「最後の質問だったか」
男は向き直ると、当麻の目を覗き込むように見据えた。
「僕は介旅初矢(かいたびたつや) こうやって學園都市への"入学案内"を行ってる」
そう言って更に当麻に詰め寄ると、本当に、本当に真剣な顔で
これ以上無いぐらいに必死な声を絞り出した。
介旅「あと、僕は君と二個違いの拾七歳だ おじさんじゃない」
しかし当麻は何処か虚ろな目をして考え込んでいた。
學園都市。
まさか、自分が。
どうすれば。
真剣に悩み始めた当麻には、おじさんの必死の言葉は届かなかったようだ。
───
>>230
大まかな流れは考えているんですが、いざ文字に起こすとこんなに長くなるのか、と吃驚している所です。
いつもの台詞だけのSSならどかーんばこーんして終わる気もするんですが、今回ダラダラ長引いています。申し訳ない。
多分来年の今頃には終わる……かな?
とりあえずwikiなんて話が出て舞い上がっているんで支離滅裂なレスですが、御許に。
────
「つまり……」
ここは当麻の村がある山の麓に在る診療所……。
ささやかな診療所だが、村の者が重い病気や怪我をした時などは良く世話になる。
先の祭の事故に遭った刀夜は、ここ数日この医院に入院していた。
しかしゆっくりと療養すべき立場にあって、今の刀夜は眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
「學園都市に……入學しないか、と言われた訳か」
ほつり、という感じで言葉を零す刀夜。
それを傍らで黙って聞いているのはその息子、当麻。
それっきり、お互い押し黙ってしまう。
月明かりが射し込んだ狭い病室が、澄んだ沈黙に包まれる。
ぎし、と刀夜のベッドが軋んだ。
刀夜は全身に巻かれた包帯を気にしながら、ゆっくりと当麻に向き直る。
一方の息子は目を合わすことなく、俯いたまま立っている。
先に口を開いたのは、やはり刀夜だ。
「行くのか?」
微かに当麻の顔が強張ったように見えた。
少年は一つ深呼吸をする。
口の中はからからだった。
渇きがちな喉にごくと唾を送ると、俯いたまま、呟くように言った。
「行く」
微かに唇が震えていた。
再び、部屋が静寂に沈んだ。
月はいつの間にか何処かへ隠れてしまったようだ。
その時にようやく、父子(おやこ)は悟った。
夜が来た、と。
───
刀夜は静かに目を閉じ、そして、開いた。
「母さんには言ったのか」
「いや……」
そう言って、当麻はきまりが悪そうに目を移した。
「言ってないのか」
「だって」
母さんには言えない、そう言い掛けて、飲み込んだ。
行けば、同じだ。
結局は悲しませる。
「とにかく、俺は行くよ」
当麻は顔を上げ、そう言い放った。
父と子の視線がかち合い、冷たい火花が散った。
「どうして行きたい?」
刀夜の声は落ち着いていた。微かに憂いを帯びながら。
対照的に、当麻は落ち着かなげに震えた唇を開く。
「だって、さ、こんな村、嫌だよ、田舎じゃ嫌なんだよ」
「學園都市ってさ、凄ぇんだぜ 煙吐くでっけぇ蛇が出入りしてるって」
興奮気味に言葉を紡いでいるのは、行く先の文明に心惹かれているからではない。
嘘を見抜かれまいと、焦っているからだ。
「こんな山しか無い所、もう飽き飽きしてんだよ」
父さん。
「だから、俺、行くんだよ、學園都市にさ、へへっ、楽しみだなぁ」
あんたが今此処にそんな格好で居るのは、俺の不幸に巻き込んじまったからだろう?
俺が家を出て行くなんて、丁度いい厄介払いじゃないか。
向こうで奨學金とかいう物も貰えるらしいぜ。
父さん達も楽になるだろ?
「よーやく俺にも幸が巡って来たってことだよ! もう不幸ともおさらばだ!」
そう、不幸ともおさらばだよ。
父さん、母さん、今まで巻き込んで、ごめん。
「だからもう俺は……不幸じゃない」
一気に捲し立て、いつの間にか息が上がっていた。
ぜえぜえと肩で息をしながら、ぐいと口を袖で拭う。
それまで目を閉じてじっと聞いていた刀夜が、ゆっくりと目を開けた。
そして息子の目を決然と見据えると、重々しく口を開いた。
「……不幸、か」
「そうだよ、不幸だよ だから俺は……」
「不孝だ」
不孝。
その言葉に、当麻は心臓を鷲掴みにされたようだった。
恐らく、今の自分は本当に情けない顔だろうと思う。
その表情(かお)も、父親が真正面から射るように視ている。
当麻は父に告白したことを心底後悔した。
「それでも、行くのか」
言わんとすることは分かる。
入れば出れぬ隔絶都市。
その意味は、下手すれば親と子が再び顔を合わせることは無いということだ。
そりゃ不孝者だろう。
「………」
母さんの悲しむ顔だって、父さんの哀しむ顔だって、これまで何度も思い浮かべた。
そして、俺がぐしゃぐしゃに嘆き喚く泣き顔だってな。
「それでも、行く」
そう言い切った少年の面は、もう女々しく情けない表情(かお)では無かった。
目に光が宿り、毅然と父の顔を見返す。
「俺は、學園都市へ行く」
親を守ろうとする子の、齢拾五の少年の、生まれて初めて攫んだ矜持だった。
───
病院を出ると、既に外で初矢が待ち構えていた。
介旅「どう? お父様は許してくれそうかい?」
ずれ眼鏡の奥に細めた目を揺らしながら、飄々とそんなことを聞いてくる。
上条「ええ、まあ」
それ以上の物を受け取ったよ、と当麻は内心独りごちた。
初矢はずり落ちた眼鏡を持ち上げ直しながら当麻に近寄ると、
「これ」と言いながら手を差し出した。
見るとそこには一枚の小さな紙切れが。
上条「これは?」
介旅「切符だよ、切符」
上条「きっぷ」
介旅「これで君は、學園都市に行くんだ というか、これでしか、行けない」
何だか良く分からないが、そういうことならと受け取っておく。
そこでふと思い当り、折角の機会だからと聞いておく。
上条「どうして俺なんかを勧誘したんですか?」
どう考えても、何も特技も力も無い、何処にでもいるただの小童だ。
しかも、疫病神なのに。
介旅「いやね、不思議な力を持つ子はすべからく囲い入れよう、ってのが園長の方針でね」
不思議な力、と当麻が繰り返す。
介旅「そう、君のその、ええと、"疫病神"だって……」
不思議な力さ、と初矢は続けた。
少し言い淀んだのは当麻に気を遣ってか。
上条「ふぅん」
それには特に興味も無さそうに、当麻は手の平の切符に目を落とした。
この紙切れが誘う先は、やはり不幸の延長なのか、それとも。
介旅「不安かい?」
初矢が少し焦った声を出す。
当麻がやっぱり行きたくないと駄々を捏ねるのを心配しているのだ。
しかし当麻は首を振ると、自分に言い聞かせるように言った。
上条「崩れた神輿は、最後まで支えないと」
狐につままれたような顔をしている初矢を尻目に、
当麻は歩き出した。
一歩ずつ。一歩ずつ。
───
────
──
─
まあ、そうしてこうして俺は、學園都市にやって来た訳で……。
「かみやん?」
突然掛けられた声に我に返る。
目の前には声の主、友人の土御門だ。
土御門「どうしたんだにゃー? 急にぼーっとして」
どうやら回想しながら、深く深く思い馳せすぎていたらしい。
気付けば体育館の中で、行列に並んでいる一人の生徒だ。
青ピ「どうして學園都市に来たん、って聞いたら急に黙って……何かあったん?」
青ピが心配そうな表情で当麻の顔を覗き込んで来る。
上条「いや、ほんと何でもないっ」
慌てて手を振って『帰って来た』ことを主張する。
やれやれ、入學早々、郷愁には早過ぎるだろう。
気を取り直すように咳払いを一つして話を続ける。
上条「まあ、入學の理由かぁ……」
ふむ、と元春と青ピが続きに耳を傾ける。
上条「不幸だから、かな」
その答えに二人がずるっとこける。
青ピ「何やそれー あれなん?神懸かり的な不幸なん?」
青ピがけらけらと笑いながらぽんぽんと肩を叩いてくる。
土御門「やっぱかみやん、おもろいなー」
元春もけたけたと笑いながら大袈裟に手を広げておどけてみせる。
上条「んはははっ」
父さん
俺は今、幸せです。
───
>>257
×介旅「いやね、不思議な力を持つ子はすべからく囲い入れよう、ってのが園長の方針でね」
○介旅「いやね、不思議な力を持つ子はすべからく囲い入れよう、ってのが理事長の方針でね」
>>68
×青ピ「ああ、友人を訪ねとったんや。 俺は寮やのーて、」
○青ピ「ああ、友人を訪ねとったんや。 僕は寮やのーて、」
>>95
×青ピ「俺、もう限界かもしれん」
○青ピ「僕、もう限界かもしれん」
───
土御門「しかしまあ、俺も何で學園都市に呼ばれたのか謎なんだにゃー」
間延びした声でそう零すのは元春だ。
まだこの時代は珍しい黒眼鏡をついと向けながら小首を傾げている。
土御門「ま、実家の貧乏神社にいるよりは、こっちの方が良かったけどにゃー」
そう言ってけらけらと笑う金髪の少年。
妹に毎日会えるしな、という言葉を飲み込んだことは、彼しか知らない。
青ピ「僕もどーして呼ばれたんか分からんけど」
青ピもついでといった感じで話し始める。
青ピ「いきなり家に……ああ、うちは農家なんやけども」
青ピ「なんとかっちゅー女の子が来て、學園都市に来ぃへんかーと勧誘してきてな。」
それを聞いて、当麻は思わず「女の子。」と繰り返した。
元春「え?そこ気になるのかにゃー? やっぱかみやんも男の子だにゃー」
すかさず腕を組んでうむうむと納得しかかる元春には咳払いで応じて、
当麻は自分の勧誘について説明する。
上条「俺の時はおじさんだったぞ、介旅……とかいう」
本人が聞いたら激怒しそうなことをすらりと言う。
青ピ「へぇ、誘い人は何人かおるんやね」
そう意外そうに呟く青ピ。
当麻も同じ思いだ。
てっきりあのおじさん一人でやってるものだとばかり。
青ピ「僕の勧誘に来た子ぉは……あかん、名前出てけーへん」
困ったような顔で首を捻っているが、どうにも思い出せないようだ。
土御門「天下の女好き、青ピが女の子の名前忘れるとは意外だぜい」
自分のことは棚に上げて元春がそんなことを言う。
一方の青ピはそれを否定もせずに、顎に手を当てて神妙な顔をしてみせた。
青ピ「いやー、こう、別のとこに目が行ってしもーて……肝心の名前が、な」
上条「別のとこ?」
思わず聞き返した当麻の方を向くと、青ピがその時を思い出すようにぽつぽつと語り始る。
青ピ「こう、割と小柄な子でな、頭にお団子が二個乗ったような……それはどうでもええわ」
青ピ「あのな、前髪がこう、前に伸びてて……こう、覆い被さるように」
前髪が前に伸びるのは当たり前だ、と思わず突っ込みそうになるが、
語る青ピの顔はいつになく真剣そのものだ。
元春も茶化すのを止めて静かに話を聞いている。
青ピ「それで顔が少し隠れとるんや、ちょっと気味悪いなーと思っとったんやけど……」
そこで声をひそめる青ピ。
話の気色が変わってきて当麻と元春も少し構えて聞いてしまう。
青ピ「帰り際にな、ちょっと見えてしもーたんよ、髪の中身が」
其処に、名前を忘れてしまう程の衝撃の正体が……。
ごくり、と三者とも唾を飲み込んだ。
青ピ「……すっごい太い眉毛やった」
上条「は?」
思わず肩からずり落ちそうになる当麻。
土御門「眉毛?」
青ピ「眉毛」
呆れ顔を向ける二人とは対照的に、青ピは相変わらず真剣な顔を保っている。
上条「そ、そんなに凄い眉毛だったのか?」
何とも言えない表情で、とりあえず聞いてみる。
青ピ「ああ、それはもう、あんな立派なもんは見たことないで」
半ば熱くなりながらその見事さを語る青ピ。
青ピ「まずな、こう、ちらりと見えた太さやけどな」
土御門「あー、あー、ほら、順番来たで」
長くなりそうな弁に元春が横から止めに入る。
見れば行列は大分捌け、次は当麻達の番であった。
上条「というか……俺達最後じゃないか?」
辺りを見回せば、ほとんどの生徒は測定とやらを終え体育館から出て行く素振りである。
後ろを振り向いても誰もいない。
どうやら当麻達は最後尾だったようだ。
土御門「ありゃりゃ、まさかのトリだにゃー」
話に夢中過ぎたな、と省みながら前に向き直る。
目の前には長机が置かれ、その上には台秤の様な物が鎮座している。
そして傍らには試験官が……。
上条「お?」
小萌「あら、上条ちゃん達じゃないですか」
どうやらこの区場は小萌先生の担当だったようだ。
丈の合っていない白衣を着て、眼鏡なんかを掛けており、いかにも試験官然としている。
それに喜んだのは連れの二名である。
土御門「わーい! ここで会ったが百年目だにゃー!」
青ピ「白衣幼女やー!ばんざーい!」
とりあえず訳の分からぬことを叫んでいる二人から若干距離を取る当麻。
一方の青ピは張り切った様子で、腕まくりなんかをしながら前に出る。
そして卓上の測定器具の前に立ち、にやりと笑んでみせた。
青ピ「折角小萌せんせが見てくれとるんやからなー……気張らせてもらうで!」
そう意気込むと、台の上に手を当て、一旦呼吸を整える。
当麻にはまだ何が起ころうとしているのか分からない。
どうやら、あの器具は上から押すとその力に合わせて目盛りが動く仕組みらしい。
念術測定、そう言っていた。
しかし青ピがやろうとしているのはただの筋力測定にしか見えない。
頭にはてなを浮かべる当麻を尻目に、
青ピは深く息を吸い込んだ
かと思うと、
青ピ「?槌(あづち)!!」
そう叫んで思い切り秤を叩き圧した。
その瞬間、秤はおろか机諸共、砕け散った。
鉄製の秤がひしゃげ、机の天板が歪み裂け、
やがて粉々に弾ける運命を辿る。
凄まじい音を立てて刹那に破壊された物々が
瓦礫となって床にばらけた。
……そして、静寂。
「しまった」という顔をしてみせる青ピを除いて
その他の面々は呆気に取られた様子だ。
しかし、その中で最も驚愕しているのが誰なのか
それは言うまでもあるまい。
───
介旅「上条当麻は予定通り入學」
それまでの沈黙を破るように、薄暗い部屋で男が独り言気味に呟く。
それを聞いている影がもう一人。
介旅「これで、今年の勧誘は完了だな、省帆(みほ)」
省帆と呼ばれた少女が、初夜を軽く睨み付けた。
「名前で呼ぶことは許してない」、そんな意思を含んだ視線が突き刺さる。
介旅「分かった、分かったよ重福(ちょうふく)……やれやれ」
重福「…………」
溜息混じりの初夜の台詞には応えもせず、
省帆は物憂げに前髪を弄るばかりだ。
介旅「やれやれ」
もう一度同じ台詞を吐いて、
やがてまた、部屋に沈黙が訪れた。
───
訂正
>>274
×青ピ「?槌(あづち)!!」
○青ピ「唖槌(あづち)!!」
おお、久しぶり
>>277
まとめwikiの管理人さんですね!お久しぶりです!
髪飾り外して大正浪漫な服装をした初春さんは
どこぞのストーカー少女に似てると思ってるのは俺だけか?
早くミニハカの美琴が見たい
───
青ピ「あちゃー……やってもうた……」
気まずそうに頭を掻く少年と、ぽかりと口を開けてそれを取り巻く三人。
次に口を開いたのは紅一点、教師・小萌である。
小萌「青ピちゃん、張り切るにも程があるのですよ?」
腕組みをしてはきはきと如何にも教師らしいことを言っている。
傍目には幼子が駄目な兄貴を叱っているようにしか見えないのだが。
土御門「青ピぃ、どうすんだにゃー。 これじゃ俺達が測定できないぜい」
床の残骸──かつての、割と高価な計測機械──を指しながら、
何処か楽しげな調子で軽口を叩く元春。
青ピ「いやーすまん、小萌せんせにええとこ見せよう思たら……」
照れ臭そうに頬を掻きつつ言い訳をする。
轟音と破壊が起こった直後とは思えぬ、和気藹々といった空気を醸す三者だが……
一人、納得いかぬ、というか興奮冷めやらぬ男がいた。
上条「ちょ、ちょっと待てええぇぇ!!」
のほほんとし掛けた雰囲気を必死にぶち壊さんと、悲痛な叫び声が木霊する。
そこには『俺だけ取り残されてないか』という焦りも含んであったろうという事を記しておく。
上条「その、おかしいだろ! 人の力で、これ、叩いただけで、秤、っていうか、机?」
どうやら大いに焦っているらしく、不自由な日本語を駆使しながら
床に散らばる瓦礫を指し指し、精一杯に現状の不可思議さを説明しようとする。
が、
青ピ「だって僕、階級弐の肉体強化やし」
当事者の青ピの一言で一蹴されてしまう。
いやだから、と尚も説明を続けようとする当麻だが、
青ピの"怪力"に特段懸念も興味も抱いた様子の無い他の二人を見ると
自分が狐にでも化かされてるのかと不安にもなる。
思わず口をつぐんで考え込む当麻に、何やら所感有り気な視線を送るのは小萌である。
急に黙り込んでしまった当麻と、それを不思議そうな顔で見遣る二人の友人。
何やら妙な空気が流れ始めた現場だが、そこに小萌の可愛らしい声が投げ込まれる。
小萌「ええと、青ピちゃんと土御門ちゃんは、最後に測定したのはいつですか?」
青ピ「僕は半年前の入學したときに」
土御門「あー、俺も入學したときだにゃー 確か……4ヶ月前!」
元気良く答える教え子に「なるほど」と一言零すと、小萌は顎に手を当ててしばし逡巡する。
そして、「上条ちゃん」と当麻に声を掛けた。
上条「はい」
小萌「上条ちゃんは、今まで念術測定したことは?」
念術測定、という言葉も今日初めて聞いたのだ。
勿論、当麻は測定を受けたことは一度も無い。
上条「いえ、まだ……」
何処か不安げに応える当麻に、にこりと笑顔を向けると
小萌は何か名案でも思いついたかのように明るい声を出した。
小萌「そうですか、では今回は上条ちゃんだけ別室で測定しましょう」
えーっという声が青ピと元春から漏れる。
小萌「二人は以前の測定データを使います。 時間も施設も限りがありますから、しょうがありません」
そう結論付けた小萌に言い返すべくも無い。
二人は顔を見合わせると、諦めたようにはぁと溜息を付いた。
それを見た小萌がこほんと一つ咳払いをする。
小萌「青ピちゃん、元春ちゃん、二人がとっても格好良い能力者なのは、ちゃんと知っているのですよ」
天使の様な笑顔を向けつつ、しっかり男心を掌握する科白をのたまう辺りは
やはり"大人の女"である。
青ピ「ほ、ほんまですかーっ!?」
土御門「こ、小萌先生が俺のことを格好良いと……」
感動に打ち震える二者を尻目に、小萌は当麻の手を引いてさっさと体育館から出て行ってしまった。
ちなみに、二時間後体育館の鍵を閉めに来た用務員が発見するまで、二人は感涙に咽び続けていたという。
───
訂正
>>41
×初春「なんせ白井さんは階級四の能力者ですから!」
○初春「なんせ白井さんは階級四の術士ですから!」
×上条「階級……能力者?」
○上条「階級……術士?」
───
木が軋む音。
足音は、二つ。
刺々しい髪型が特徴的な、少し不安げな顔の少年と、
齢一桁と見紛う、というかそうとしか見えぬ少女(?)が
とある木造校舎の廊下を闊歩する。
「さっきの様子だと、上条ちゃんは念術を見たのは初めてなのでしょうか?」
くりくりとした愛らしい目を向けて、そんなことを聞いてくる。
当麻は思わずどぎまぎしながら「ええ」とだけ答えた。
「ふむ、じゃあ歩きながら説明しましょうか」
と、若干歩みを遅くしながら手振りを交えて説き始める。
「まず、あれはただ青ピちゃんの腕力だけで叩き割った訳ではありません」
あれ、とは先刻の騒動のことだろう。
しかし腕力だけでは無いとはどういうことか、当麻はまだ掴みあぐねた顔をしている。
小萌は教師らしく、分かりやすく噛み砕くようにほつりほつりと説明を続ける。
「あれは所謂、念術……まあ御伽噺(おとぎばなし)で言うところの、あやかしの術、といった所でしょうか」
そこまで言って小萌は一旦話を切り、当麻の反応を探るように目線を向けた。
一方の当麻は、急な話の飛躍に戸惑いを隠せないでいた。
「あやかしの術……ですか」
随分胡散臭い話になったぞ、という怪訝が隠し切れずに言葉の節々に覗く。
それに対して、小萌は少し困ったような顔をしながら言葉を紡いだ。
「はい、すぐには信じ難いかもしれませんが、理屈は通っているのですよ」
突拍子も無い会話の中で、理屈、という言葉がやけに浮いていた。
「そうですね、少しやかましい話になるかもしれませんが、我慢して聞いてくださいね」
「はあ」
「まず、私達は物事を観測することで、様々な事象を認識しています」
「……」
「簡単に言ってしまえば、林檎(りんご)を見る、そして私達は、そこに林檎がある、と認識する訳です」
「はあ、成程」
「では、逆だったら?」
「逆?」
それを聞いて当麻は思わず歩みを止めそうになった。
おかしなことを言うものだ。りんごを見る前にりんごを想えと云うのか。
「つまり、林檎が在る、と認識すれば、そこに林檎が現れる訳です」
「そんな馬鹿な」
品の無い言葉が思わず口をついて出てしまった。
小萌の機嫌を損ねてしまうのでは……と、怒らせるというよりむしろ泣かせてしまうのではと心配したが、
当人は特に気にした風も無く、淡々と口を開いた。
「それを可能にするのが、洩出型亜現物理上無自覚性精神行動状態拡散力場……通称・洩亜無(ヱアム)力場なのです」
「え? へ?」
突然念仏のような節を言われて面食らってしまい、間の抜けた声が漏れる。
と、小萌が申し訳なさそうな顔をして、もう一度、今度はゆっくりと告げる。
「ヱアム力場。 まあ、學者さん達の付けた名前なので、仰々しいのは勘弁して欲しいのですよ」
「はぁ……まあ、つまり、それのおかげで……念術?が使えると……」
どうも、『學者がそう言っている』という手合いには弱い。
にわかには信じ難いが、どういう訳か信じてしまいそうになる。
しかし、と当麻は思う。
実際に目にしたのだ。青ピが机を叩き割るのを。
すぐに信じる訳にはいかない。
しかし、信じない訳にもいかない。
ふむ、と一旦様々な思いを胸に落とすと、改まった調子で小萌に声を掛ける。
「それで、青ピは念術を使って、あの怪力を出した、と、こういう訳ですね」
所々念を押すように確認を取る。
これは一応は小萌の言うことを信用したという当麻なりの表現でもある。
それを受けて、それまで曇り気味だった小萌も瞬時に明るさを取り戻した。
やはり彼女としても、当麻に信じてもらえるかは不安だったのだろう。
「はい! 青ピちゃんは階級弐の肉体強化でして……あ、」
ふと、思い当たった様な顔をする。
「ついでに説明しちゃうとですね、念術を使う人を術士と言い、更に六段階に分けられるのです」
「六段階?」
「ええ、まず、念術が使えない人を階級零、ここから更に階級が上がると、最大で階級伍になります」
「はあ、階級が上がるにつれて、念術の使い勝手も良くなる、という訳ですね」
「その通りです!階級伍ともなると、軍隊一個師団相当の力があるとされます」
「ぐ、軍隊!?」
そういえば、階級弐と言っていた青ピですら相当な強力(ごうりき)に思える。
更に三つも上がれば其処まで行くのかと、何だか薄ら寒い物を感じてしまう。
「ええ、ですが神術士(しんじゅつし)はそうそうは存在しなくて……」
「神術士?」
「ああ、ええとですね、階級零を無術士、壱を底術士、弐は並術士、参の人は旺術士、四を皇(こう)術士」
「……」
「そして、階級伍の人々を神術士、と言うのです」
一息に喋って疲れたのか、小萌は一旦深呼吸をした。
説明にお疲れのところを済まないが、当麻にはどうしても一つ聞きたいことがあった。
「あのう……」
「はい?」
「俺も、なれるんですか、術士に」
男の子なら誰もが持つ、強さへの憧れ。
自分も怪力を持てるのかと期待に胸が膨らんでしまうのも致し方あるまい。
「それは、今からの測定次第なのですよ」
大人らしい悪戯っぽい笑顔を向けながら小萌がなだめるように諭す。
そして「それに」と続けた。
「それに、測定するのは階級だけでなく、型もですからね」
「型?」
また新しい単語が飛び出し、せっせと記憶領域に詰め込む。
「ええ、青ピちゃんのように肉体強化だけでなく、火を灯したり、水を繰ったり、様々な"型"があるのですよ」
なるほど、馬鹿力だけでは無いのか、と。
それはそれで更に期待が増えるというものだ。
「大体型が分かったら、己だけの現実も定まりやすいですからね」
「己だけの……現実?」
「ああ、己だけの現実っていうのは、ヱアム力場が可能にする"観測"の"結果"なのです」
「……?」
「つまりええと、さっきの林檎の例えですと、"林檎が在る"というのが己だけの現実で、それが念術の源となる訳です」
「はあ、つまり思い込めば現実になる……と?」
「まあ、言ってしまえばそういうことです」
「成程……」
「それに付け加えると、『術称』を付けることで、より『己だけの現実』を確固たる物に出来る、という性質もあります」
「どういうことですか?」
「まあ要するに、ただ林檎が在ると思うよりも、『林檎が在る!』と叫んだ方が、術は発現しやすい、ということですよ」
発する言葉は自分で決めてしまえば何でも良いんですけどね、と小萌は続けた。
そういえば、と当麻は思い出す。
青ピが例の場面で何やら叫んでいたことを。
────「唖槌(あづち)!!」
今思えば、あれが青ピの術称とやらだった訳だ。
ここ数分で随分と新しい知識を詰め込んだ気がする。
稼動し疲れた頭を軽く揉みほぐしていると、小萌がある部屋の前で歩みを止めた。
部屋の引き戸には『臨時測定室』の札が掛かっている。
「では」、と彼女が芝居めかした口調で引き戸に手を掛ける。
「上条ちゃんの念術測定を行いまーす!」
小萌が勢い良く扉を引き開けると、部屋の中には様々な器具が所狭しと並んでいる。
見たことも無い計器類。棚にぎっしりと並んだ硝子瓶や書籍等々。
年頃の少年の冒険心をくすぐるには十分だった。
「っよろしくお願いします!」
一体どんな結果が出るのだろう。
自分はどんな念術が使えるようになるのだろう。
期待と希望に胸が張り裂けんばかりのこの少年。
その末路を、懸命な読者諸君は既にご存知かもしれない。
しかし、せめて
せめて一時の幸せだけでも、願ってあげようではないか。
その無情な結果が出る迄は。
───
はあ、完全な説明回ですね
小萌先生お疲れ様でした
>>285
いやあほんとそんな感じですね
http://www.vsmedios.com/animes/wp-content/uploads/2009/04/san-sayonara-zetsubou-sensei-chara-09.jpg
>>286
ミニハカwwその言い回し好きです
───
上条「不幸だ……」
冒頭から軒並みかつ期待その他ぶち壊しな台詞を吐いているのは
我らが主人公、上条当麻である。
その主たる人物が机に突っ伏してうなだれているのには理由がある。
土御門「かみやん、元気だすにゃー」
青ピ「そうそう、別に念術が使えんかて死ぬ訳やなし……」
そう。あれ程期待に胸を躍らせて挑んだ念術測定だったが、出た結果は"階級零"。
結局、術を使うことの出来ない、所謂『無術士』の烙印を押されただけだったのだ。
上条「ふーんっ! お前らはいいよなっ! 術士さんよぉ!」
拗ねた様な声を出してぷいと横を向いてしまう。
自分でも餓鬼臭いと思うが、こう自分だけ除け者にされは致し方あるまい。
青ピ「も~機嫌直しぃや~」
しかし海栗頭の少年は、ふてくされた猫のように背を丸くして窓の外を眺めるばかりだ。
更に、外は土砂降りの豪雨が降りしきり、時折遠くで雷鳴が響いているという生憎過ぎる天気。
まるで彼の機嫌の様に大荒れである。
土御門「術士ゆーても、外でおおっぴらに術を使える訳でもないんだぜい?」
その言葉にぴくりと耳を傾ける。
上条「どういうことだ?」
そう言って机に伏した姿勢のまま、首だけめぐらせて元春の方を向けてやる。
土御門「喧嘩なんかに術を使ったら、じゃっぢめんとに引っ張られちまうぜい」
難しい顔をした元春が答え、青ピがそれに続ける。
青ピ「そうそう、下手したら"あんちすきる"のお世話になるかもしれんしなぁ」
上条「あんちすきる?」
また聞き慣れない単語が飛び出して、つい聞き返してしまう。
青ピ「まあ、學園都市の警察みたいなもんや、じゃっぢめんとは學生警邏隊、っちゅーとこかな」
成程、と納得しながら、当麻は先日会ってそれっきりの飾利のことが頭に浮かんでいた。
確か彼女もじゃっぢめんとだと……そしてその先輩の……白井黒子?と言ったっけ……。
その子も確かじゃっぢめんとだったはずだ。
ここ最近、新しい知識を詰め込んだせいで
心太(ところてん)方式で追い遣られている古い記憶を必死で掘り起こしていると、
思い出したように元春が言った。
土御門「あー、でも中には街中で術を使ってくる悪い輩もいるからにゃー、かみやん、気をつけんといかんぜよ」
上条「そんな奴らがいるのか」
自分の様な階級零の無術士がそんな者々に絡まれたら成す術も無い。
何だかまた暗澹たる気持ちが当麻に広がり始める。
土御門「最近なんかは、"音"を使う厄介な術を繰る三人組がいるらしいぜい」
うちの生徒も何人か金を巻き上げられたらしいにゃー、と続ける。
青ピ「ああ、はよじゃっぢめんと辺りが捕まえてくれるとええんやけどなー」
腕組みをしてうむうむと頷く青ピ。
そして、新入りたる当麻が學園都市の治安について少し不安を感じ始めたところで、
土御門「あ、でも」
元春が少し眉間に皺を寄せながら零した。
土御門「術を使うって点では、そいつらより性質が悪いのが……いるかもしれないぜい」
───
───
当麻達が教室でだべっているその頃と時を同じくして、
舞台はとある地区の、余り治安の宜しくない路地裏へと移る。
数間程離れた學校で自分等のことを話のねたにしている男達がいることも知らず、
"最近噂の音系術士の三人組"が土砂降りの中を早足で駆けていた。
「ったくよぉー!ツイてねぇよなぁ!こんな土砂降りん中駆けっこなんてよぉ!」
髪を後ろに尖らせるように撫で付けた男が仲間二人に怒鳴る。
「誰だよすぐ止むから大丈夫っつったのはよぉーっ!!」
「悪ぃ悪ぃ~、まさかこんな酷くなるたぁ~思わなくてよぉ~」
他の二人から少し遅れてどすどすと重々しく走っている、小太りの男がそれに答える。
雨で濡れ鼠になっているが、そうでなければ汗だくだろう。
「……ごらぁ!ぐっぢゃべっでねえで、雨宿り出来んどご探んぞ!」
一際ごつい体をした熊のような先頭の男──恐らく彼らの頭目であろう──が、
後ろの二人にどすの利いた声を掛ける。
へーい、と鷹のような髪をした男が、風貌宜しくきょろきょろと鋭い目線を巡らせる。
と、その眼光がある建物の前で止まった。
それは古びた煉瓦造りの四角四面のビルヂングで、どうやら今は使われていないらしい。
頑強に入り口は閉ざされて色褪せた立ち入り禁止の紙が貼り付いている。
目を付けたのは建物それ自体では無く、入り口付近の出っ張りである。
雨を凌げる面積はやや狭いものの、雨宿りにはうってつけだ。
おうと仲間に声を掛ける鷹頭だが、入り口に目を戻すと同時に「ん」と眉間に皺を寄せた。
屋根の下で小さな黒い影が動く。
どうやら先客がいたようだ。
屋根の下には一人の少年がぽつねんと佇み、ぼんやりと長雨を眺めていた。
ハンチング帽を目深に被った彼。
學園都市にしてもまだ珍しい、釦(ぼたん)留めのシャツを身に着け、
下はサスペンダーでキュロット(半ズボン)を吊っている。
帽子の端から覗く橙掛かった茶髪も、"英国少年振り"に拍車を掛けている。
足元の足袋と草履だけが、唯一の彼の日本人らしさの表れであった。
三人組が入口に駆け寄る。
見れば、四人がゆとりを持って入れる程広くは無いようだ。
小太りの男が舌打ちをして少年を見遣る。
「おい坊主、そこどきな」
そこで初めて少年が顔を上げて三人組を睥睨した。
その眼光に、割と"鳴らした"不良達が一瞬怯む。
が、鷹頭がそれを誤魔化すように巻き舌で凄んで見せる。
「あぁぁん!?なんだぁてめぇその面はよぉ!舐めてんのか!!」
ぐいと顔を近づけて唾を撒き散らす男に軽く顔をしかめると、
少年はハンチング帽を親指で押し上げて、苛立った声を出した。
・・・ ・・・
「あんたら、あたしが誰だか分かんないの?」
少年然とした格好が実は少女であったとか、それとも男装癖のある童女なのかとか
そういった疑念は一旦放って置いたのか、激昂した鷹男が尚も唾を飛び散らす。
「ああぁぁあ!? 何だてめぇーその口の利き方はよぉーっ!?」
男が拳を振り上げる。
"少女"は軽く溜息を一つ付くと、苛立ちを吐き出すように、呟いた。
「棲雷(すまうら)」
───
───
上条「もっと性質が悪いって……どういうことだよ?」
横殴りの雨が窓を叩く。
少し蒸し始めた教室で、当麻は頬杖を着きながら言(ごち)る。
上条「そうやって無闇に術をを使ってくる不良より悪者なんて、上条さんには想像も付きませんよ」
お手上げ!の格好でおどけてみせるが、元春は眉間の皺を解かずに言葉を続けた。
土御門「いや、悪者って訳でもない……うーん、悪者はいずれ捕まるからええんやけど、その……」
何やら言いあぐねている元春に、それまで黙って聞いていた青ピが助け舟を出した。
青ピ「術士の階級が伍まであるって話はしたよな?」
上条「ああ」
その件については小萌先生から手解きを受けている。
青ピ「まあ、僕ら學園都市の生徒は等しく奨学金を貰っとる身や……研究対象としてな」
自身が実験の材料であることにやはり抵抗があるのか、後半は少し言い淀んだ。
青ピ「それが、稀少な階級伍の神術士ともなれば、そりゃあ金の卵の扱いよ 奨学金も桁違いや」
それに加えて、と青ピがいつに無く真剣な声を絞り出す。
青ピ「學園都市の警察機構も、おいそれとは手を出せん身分、という訳や」
元春は口をへの字に曲げて腕組みをして聞いている。
その内心は当麻にも分かる。そりゃあやるせない心持ちだろう。
學園都市に来て間も無い頃、舞夏に言われた言葉がふつりと浮かんでくる。
『身分』。
青ピ「ま、めったに遭うことは無いし、見掛けても速攻で逃げてまえばええんやけどね」
そう言って、それまで締めていた顔の筋肉を緩めると、青ピは何時もの微笑みに戻った。
上条「うへぇ、確かにそんじょそこらの不良よりも怖い存在だなぁ」
何かしら良くない話題は自身に降り掛かるという不幸体質の持ち主は、
ふと脳裏に走る嫌な予感に顔を顰(しか)めるしか無かった。
上条「それで、どんな奴なんだよ その階級伍ってのは」
───
ごしゃり、と鈍い音が響いた。
後の余韻は激しい雨音に掻き消された。
しかし、男の背を貫き腹まで刺さる痛みは消えてくれない。
むしろ鼓動に合わせてずきんずきんと内臓をえぐる鈍痛は吐き気となって喉を震わす。
「げはっ!? あ、が、なああぁぁっっ!?」
男は混乱していた。
とうとう立っていられない。
膝を着き、したくも無いのに地面の雨溜まりに映る自分の顔を拝む。
(何だ……!? 何をされたってんだ!?)
鷹の様な突々(とげとげ)しい髪型とは裏腹に、何とも情けない顔で自分の背後をぎこちなく振り向く。
男が動転するのも無理はない。
. . . ... . ... .. . . . ... . .. . . . . . . .. .
自分が殴りかかった少女が背後から蹴り込んで来たのだから。
静寂を破ったのは頭角、熊男の怒声である。
「気゙ぃ付゙げろお! こいづ、術士だ!!」
それと同時に小太りの男も少女から一旦離れ、警戒の態勢を取る。
鷹男も何とか立ち上がり、彼女を睨み付けると攻勢の構えを取って見せた。
「てめぇ……よっくも……」
月並みな攻め口上を吐き捨てて、仲間二人に大声で吠える。
「おいっ!!こいつ、肉体強化系だっっ!!間違いねぇ!! 俺達の敵じゃねぇっ!!」
拳を避けて背後から攻撃なぞ、そんなちんけな攻撃が出来るのは身体強化以外有り得ない……っ!!
そして鷹男は確信していた。
そんな単純な術を使う奴なぞ、俺達の敵では無いと。
三者の仇に囲まれて尚、少女はつまらなそうに突っ立っていた。
彼女にとっては雨宿りを邪魔されて、挙句ずぶ濡れになっている現状が面白い訳が無い。
その飄々とした佇まいが男達の神経を逆撫でした。
最初に癇癪を爆発させたのはやはり鷹男だった。
ぎりと歯を噛むと、勢い良く息を吸い込む。
「擬音(ぎおん)!!」
男がそう叫ぶと同時に、
. . . . .. . . . . ... . . .
突然少女に向かって雨粒が弾けた。
「っ!」
何かを察知した少女が素早く地に伏せる。
純白のシャツに泥水が染み込む、と同時に
彼女の上を何かが"ぶっ飛んだ"かと思うと、
背後から耳を劈(つんざ)く破砕音が響いた。
続けて瓦礫の崩れる音。
蹲(うずくま)る少女の上に容赦なく煉瓦の破片が降り注ぐ。
少女がちらりと振り向くと、背後の煉瓦壁が
まるで"馬鹿でかい刃物で斬り付けられた"かのように醜く抉られている。
見えた。
『雨を切り裂きながら突っ込んでくる空気の刃』が。
「どうだぁ? ちったぁ驚れぇたか」
口端を吊り上げながら男が嗤う。
少女はそれに応えるでも無く、ただ自分の服を大きく侵した茶色い染みに目を注いだ。
そしてまた、一つ溜息を付いた。
「あーあ、これじゃまた黒子に何て言われるか……」
彼女の落ち込んだ様子に勘違いしたのか、気を良くした鷹男の高笑いは止まらない。
「ひゃはははぁ! びびって声も出ねぇかぁーっ! 俺の階級参の念術、"音の斬撃"は、見えない刃っ!!」
機嫌良く弁を流す男とは対照的に、少女は俯いたまま突っ立っていた。
時折ぴくりと体が震える。
他の何物でも無い──苛立っているのだ。
「もう一度喰らいなぁっ!」
男が威勢の良い口上と共にもう一度大きく息を吸い込む。
同時に、少女が再び何やら呟いた。
「擬……!」
言い掛けた言葉の続きの代わりに、男が吐いたのは血飛沫だった。
「!? !?」
再び腹に耐え難い鈍痛を叩き込まれた事に気付く。
男はまたも混乱の渦に突き落とされた。
己の技は音速のはず。 それを超える攻撃をされたのか。
いや、肉体強化なんて"分かりやすい"術にそんな迎撃が出来るはずは無いっ!
しかし、腹には既に座布団程の血染みが出来ていた。
痛みで気を失いそうになりながらも、
何時の間にかどてっ腹に開いた穴──赤黒い液を吐き出すそれを必死で手で押さえる。
身を裂くような痛みと腹の違和に、顔を引きつらせ、まるで笑っているかのような、情けない表情(かお)で
蹲(うずくま)り、のたうつことしか出来ない。
それを端整な澄まし顔で見つめる少女。
その目には何の恐れも、躊躇いも、映っていない。
男が呻いたと同時に、その腹から何かが零れた。
それは硬質な音を立てて道に転がる。
男はその金属音にびくりと体を震わせた。
転がり出たそれは、血に塗れたことを除けば、何処にでも有りふれた
ただの、銅貨だった。
男の目が大きく見開かれる。
がくがくと噛み合わない顎で、懺悔者の様な声を零した。
「おま、え……ま、さか……」
同時に、それまで呆気に取られていた二人の男達も焦った様子で彼女に向き直る。
「た、大将! この女、もしかして……!」
「ぎ……貴゙様……!」
───
上条「レヰルガン?」
これまた難しい言葉が出て来たぞ、と当麻がしかめっ面をしてみせる。
それに特に気を払うでもなく淡々と説明を続ける元春。
土御門「そう、零路鬥(レヰルガン)。 神術士の一人だにゃー」
上条「随分けったいな名前だな、それが通り名か」
青ピ「路(みち)で鬥(たたか)えば零刻(いっしゅん)でぶちのめす、けったいどころかおっそろしい名前やで」
そう言って親指を立てて首を切る動作をしてみせる青ピ。
冗談めかしてはいるが、確かに恐ろしい話だ。
土御門「街中で遭う階級伍って言ったら、その女しかいないにゃー」
上条「へえ……って女なのか!?」
物騒な呼び名から、勝手に喧嘩っ早い大男を想像していただけに驚きも一入(ひとしお)だ。
青ピ「ああ、しかもまだ中等學校生って噂やし……いやー若者は怖いのう」
土御門「全くだにゃー、日本の未来はどうなってしまうんだにゃー」
鮮やかな青髪に西洋の耳飾の六尺男と、黒眼鏡に肌見せの崩し着を纏った金髪漢がそんなことをのたまう辺り、
まだまだ日本は平和なのかもしれない。
上条「ちゅ、中學生で"鳴らして"んのかよ!? すげぇな……」
決して誉めている訳では無く、これからその糞餓鬼……いや、術士様を恐れながら生きていく暮らしに嘆息しているのである。
やれやれ、と言った感じで机に体を預ける当麻。
これから自分に降り掛かる不幸を嫌々予感しているのだろうか。
上条「あ、ところで……どんな術を使うんだ? その……零路鬥(レヰルガン)ってのは」
そう聞かれて困ったような顔をする元春。
ぽりぽりと頬を掻きながら、「分からないにゃー」とだけ答えた。
上条「分からない?」
土御門「ああ、何だか噂に寄ると……こう、"天災的"らしいぜい」
はあ、と返す当麻だが、当然意味は分かっていない。
なんだ、天災的って。
上条(まあいいか、今後関わることも無いだろうし)
そう考えて伸びをしようとしたその時。
相当近くで落ちたのだろう。
凄まじい光が照ったかと思うと、地を揺るがす轟音が鳴り響いた。
教室で女子の叫び声が連なる。
突然の出来事に心臓が早鐘を打っている。
当麻はごくりと唾を飲み込んでみた。
土御門「落雷……?」
青ピ「今のは近かったなぁ……」
上条「…………」
俺は何か、雷様を起こらせるようなことをしたかしら。
そんなことを考えながら臍(へそ)の辺りを押さえる当麻は、
勘は良くても運の悪い、そんな何処にでもいる、階級零。
───
───
相当近くで雷が落ちたらしい。
馬鹿でかい音に耳がきんきんと痛む。
しかしそんな事は、どうでも良かった……この三人にとっては。
ばちり、と青白い火花が散る。
それも、少女の指先からだ。
───よっぽど性質の悪い雷が、目の前に『堕ちて』いた。
「てめぇ……零路鬥(レヰルガン)……御坂美琴(みさかみこと)……だな?」
男が口の端から血を垂らしながら、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
その余りに哀れな姿に多少の慈悲を感じたのか、
無言を守っていた少女がその口を開いた。
「へぇ、最近はあたしの氏名まで広まってんだ 面倒臭いわね」
黒子に言い逃れ出来ないじゃない、と嘆息混じりに零す表情は歳相応だ。
逆にそれが、零路鬥──御坂美琴が恐れられる所以である。
. . . .. . . . . . . . . .. .. .
子供特有の、無邪気さ故の躊躇いの無い圧倒的暴力。
「この銅貨を……飛ばしたのか……がはっ」
信じられない、と言ったように血反吐と共に吐き捨てる。
それもまた億劫そうに、美琴が口を開いた。
..
「ええ、私は肉体強化でも何でもない……これ、電気っていうらしいけどね……要は雷よ」
そう言いながらばちばちと自身の周りに青白い電光を弾かせる。
その様子に三者とも口惜しさと焦燥の入り混じった顔を向けることしか出来ない。
絶望の余りか、血を失い過ぎたのか、鷹の男はがくりと頭を垂れた。
「体に雷様を憑かせて素早く動くことも出来るし、金物を自由に動かすことも……ま、いっか」
やはり面倒臭くなったのだろう、やや大きめのハンチング帽をぐいと押し上げると、
小首を傾げて軽く微笑んだ。
「もういいや、誰かに見られても面倒だし、さっさと終わらせよ」
二人の男がいきり立つ手前で事も無げに言ってみせる。
ついに噛み付いたのは、小太りの男だ。
怒りに満ちた目で美琴を見定めると、一息に肺に気を溜めた。
それを見て、美琴もまた呟く。
「棲雷(すまうら)」
先程言った、体に雷を纏う術だ。
理屈は良く分からないが、こうすると動きも早くなるし、かなりの怪力だって出せる。
まあ、その後の筋肉痛には閉口するが。
そして、零路鬥(レヰルガン)。
ポケットから銅貨を取り出し、構えた拳の親指から弾丸の様に放つ。
普段は手加減して撃っているが……全力を出せばそこらの鉄板なぞ簡単に撃ち抜くことが出来る。。
その威力に加えた圧倒的瞬発力は、今や素手から銅貨を取り出して撃つまでは"零刻(しゅんかん)"と称される程だ。
最も、それは血の滲む様な反復練習の賜物である。
この太った男に、速攻で零路鬥を叩き込んでやっても良い。
しかし少しこいつらの術にも多少の興味が無い訳でもない。
一旦、棲雷で避けてからとどめを刺す、というのも一興だ。
美琴の口元に余裕の嗤いが漏れる。
すると、意を決したのか小男が雄叫びを上げた。
「音吹汰(ねぶた)っ!!」
その瞬間、傍らの建物の硝子という硝子が、残らず砕け散った。
それと全く同時に、美琴の耳がおかしな違和感を感じる。
耳を塞がれたような、妙な閉塞感。
不味い、と感じるのと同時であった、美琴の視界がぐらりと歪んだのは。
「くっ……」
唇を噛み締めて、一旦美琴はその俊足を駆って場を離れようとする。
が、
「っ!?」
足がもつれ、その場に無様に転んでしまった。
耳の違和、そして体の不調、間違いない……この攻撃は……。
「気゙付いだがあ?」
太った男の斜め後ろに、熊男が身構えている。
といってもそれは防御の姿勢では無く、相撲取りの片張り手のように掌を突き出した、
攻めの構えである。
「そゔ、ごいづの攻゙撃は死゙角無じの超゙音波攻゙撃 避げるごとなぞ出来ん゙」
ドスの利いた声で勝ち誇ったように言い放つ。
「いぐら階級伍ど言っでも゙、三半規管が狂え゙ば立つごともでぎまい゙」
ましてや、と尚も熊男が続ける。
「零路鬥で狙うごとなどでぎまい゙て」
怪音波の根源、太っちょの男がにやりと嗤う。
『避けよう』という選択自体が、最初の男の攻撃に釣られていた。
完全に美琴の誤算であった。
「そじで俺が……」
熊男が目を閉じ、静かに息を吸い込んだ。
美琴の頬を汗が流れる。
「鈍鐸(どんたく )!!」
熊男の、咆哮。
そして、男の目の前が"爆ぜた"かと思うと、その爆発は次々と地面の石畳を抉り飛ばして
美琴へと突っ込んでいく。
さながら、超弩級大砲弾の迫撃。
「吹゙っ飛゙べええ!!」
『衝撃特化型』の音波攻撃。
喰らえば神術士の美琴と言えどもただでは済まない。
瓦礫を撒き散らして迫り来る爆風が、ついに少女の眼前に迫る。
地べたにへたり込んだ美琴が、観念したようにその目をと瞑った。
そして破壊の権化たる、衝撃波の塊が
美琴を
飲み込んだ。
「きゃああああああああああああっ!!」
しかし哀れ、
少女の悲痛な叫び声は、破壊が巻き起こす轟音に掻き消されてしまう。
「ぎゃばははははあ゙!! やっだぞお!」
「や、やったぜ大将~! ついにあの御坂美琴を殺ったぜ~!」
手を取り合って喜ぶ二人。
一人の少女を吹き飛ばした直後にしては、何とも和やかな一場面である。
しかし、そんな微笑ましい情景を切り裂くように、
背後から冷たい声が刺し込まれた。
「へぇ、あたしを倒したのがそんなに嬉しいんだ」
「!?」
聞こえるはずの無い、声。
馬鹿な。
「三半規管? 御生憎様、そんなものこっちは……」
風切り音が薙いだと思った次の瞬間、あらぬ方から鈍い打撃音が起こる。
熊男が慌てて音のした方を向くと、そこには
相棒の腹に深々と肘を埋め込んだ美琴の姿。
超高速の肘鉄が繰り出す"一点破壊"が容赦なくその内臓を、抉る。
男は一言も発することも出来ずに、白目を剥いて膝を着いた。
この高速移動で散々鍛えられてんのよ、そう呟くと
美琴は肘を引き抜いて、退屈そうに髪を掻き揚げた。
食らったように見えたのは全て、演技。
そして相棒二人があっさりと、
───残る唯一人は身動ぎも出来ず立ち尽くしていた。
額にじっとりと汗が噴き出している。
しかし恐怖に固まっていたその顔が
何かに気付いた様に、目を見開いた。
悪魔が……地面に倒れ伏す太っちょを見下ろしたのだ。
.. .. .. . . . . .
とびっきりの冷たい眼で。
「や゙……や゙めろ゙お!!!」
……微かに、少女の口端が吊り上がる。
そして
泡を吹いて寝ている『それ』の顔面を、思い切り蹴り飛ばす。
相当の勢いと威力なのだろう。
首が捻じ切れんばかりに"吹っ転がって行った"。
ごとりとその動きが止まるのを
待たなかった。
「ゔがあ゙あ゙ああああああああ゙あ゙ああ!!!」
正しく、熊の咆哮。
びりびりと辺りの空気が振れる、震える。
その一瞬、雨音、雷轟、全ての音が、静止したかの。
どんだぐ
「 鈍 鐸 っ!!!」
ぶち切れんばかりの、いや、既に焼き切れているであろう血管を全身に浮かせ
學園都市の熊が、吠える。
此れ迄とは比に成らぬ爆風が弾けた。
石や煉瓦は砂へと回帰し地に舞った、雨粒は一切の分子まで飛散した。
その"余震"で傍の瓦斯(ガス)灯は根元からへし折れ彼方へ吹き飛んだ。
もはや階級を飛び越したであろう"破壊の一切合財"が美琴を喰らわんと突進する。
それでも尚、"小さな雷様"は微笑を崩さない。
避ける、かわす、退く、何れの選択も、下さない。
「零路鬥」
. . . . . . . .. . . .. . . . .
一筋の槍がひたすら真っ直ぐに飛んだ。
それだけだった。
只それだけで──凄絶な衝撃波の塊を、あっさりと貫いた。
芯を抉られた破壊の渦は霧散し、掻き消される。
そして一閃の槍と化した銅貨は、熊の顔面──下顎を容赦無く撃ち抜いた。
「っ!!?」
もんどり打って吹き飛ばされる熊男。
衝撃波に緩和されて幸い喉には至らなかったが、その意識を刈り取るには十分な威力だった。
びくりと全身を震わせたのを最後に、ぐったりと動かなくなった。
少女がハンチング帽を目深に被り直す。
「……弱い奴は弱い奴でのうのうと生きてればいい」
その台詞を聞く者は、もはやこの場にはいない。
一人の悪魔を除いて。
「強い奴に喰われる、その日まで」
───
全てが元に戻った。
雨音だけが、支配する世界。
少女はぼんやりと空を眺める。
まだ止みそうも無い。
はあと一つ溜息を付いて
ぴしゃり、ぴしゃりと一歩ずつ。
雨に濡れながら、帰路につく。
後に残るのは、何も無い。
在るのはきまぐれな爪跡、それだけ。
───
>>1の個人的な事情とか海外出張して全裸時計制作と予想してみる
───
ぴかぴかに磨き上げられた廊下に、濁った泥水が足跡を刻む。
清掃係が絶叫しそうな濁川を作りながら小奇麗な寮の中を闊歩する少女。
たっぷり水を吸ったハンチング帽から雨を滴らせて、あるドアの前で立ち止まった。
物憂げに表札を見上げると、何だか投げやりにノックをしてから取っ手に手を掛ける。
美琴「はぁ……ただいま」
そっとドアを開けながら、一応は帰宅を呟いてみる。
ドアが微かな軋みを立てながら、世界の隙間を広げていく。
願わくば、この服を洗濯するまでは一人の世界が良いのだが。
そんなささやかな願いを打ち砕くような、喜色満面の声が部屋の中から響いてきた。
黒子「お姉様ぁ~んっ! おかえりなさいませっ!」
左右に束ねた巻き髪を跳ねさせながら、ばたばたと騒がしく駆け寄って来る同棲相手の少女。
彼女こそ風紀委員(じゃっぢめんと)の一員であり、飾利の先輩たる白井黒子である。
黒子「んもぉっ!お姉様ったらまた門限ぎりぎりに帰ってきなさってっ!黒子は心配で心配で……」
自前の白いハンカチを噛み咥えながら頭をぶるんぶるんと振る黒子。
そこには風紀委員を遂行する時の毅然とした面影は全く無い。
ただ、"お姉様"に憧れる普通の少女である。
黒子「お姉様にもしものことがあったら……黒子は……黒子はぁぁ~……しくしく」
少し過剰ではあるが。
美琴「いっちいち大袈裟なのよあんたは……」
いつものことながら、呆れ半分、疲れ半分の顔をしてみせる。
街では神術士として恐れられる彼女だが、後輩の黒子の前では一人の女の子だ。
水気を含んだ帽子をそっと脱ぐと、服の前にそっと当てて浴室へ向かう。
と、それを黒子が見咎めた。
黒子「お姉様、その帽子はこちらに掛けておきましょうか?」
そう言って帽子掛けを指差した。
確かに服は浴室の籠に入れておくのが常だが、帽子は同様に洗濯する訳にも行かない。
ぐっしょりと濡れてしまってもいるから、掛けて乾かして置くのが吉だろう。
美琴「い、いや、その、別にいいわよ、そんな」
急に慌て始める美琴に、怪しんだ黒子がずいと詰め寄る。
黒子「お姉様……? 何か隠していませんこと?」
先程の真っ黄色の声からはうって変わって、何かを探るような言葉でにじり寄って来る。
美琴「い、いや、ほんと何でも無いって……」
汗をたらりと流しながらも必死に弁解しようとする美琴。
しかしどうしても黒子と目を合わすことも出来ず、胸の前で帽子を持つ手に力が入る。
黒子「! その帽子の下に何か隠していますわねっ?」
黒子の目がきらりと光る。
それにどきりと肩をすくめる美琴。
思わず後ずさりをして黒子から距離を取ってしまう。
しかしそんな素直な反応を見逃す風紀委員では無かった。
黒子「ルレーブ!」
そう叫ぶや否や、黒子の姿が揺らぎ、掻き消えた。
はっとした美琴が慌ててきょろきょろと辺りを見回すが、
黒子「お姉様……油断は禁物ですの」
すぐ真下から聞こえた声に驚いて見下ろす。
自分の足元にしゃがんだ状態で、黒子が見上げていた。
その手はしっかりと、件の帽子を掴んでいる。
これを引き剥がされては元も子もない。
美琴も渡すまいと必死で指に力を込めるが……
黒子「ジョーゼット」
次の瞬間、既に帽子は黒子のもう一方の手にしっかりと握られていた。
美琴「あっ、あんた空間転移使うなんて卑怯じゃないっ!」
あっさりと隠蔽を看破された美琴がわたわたと言い責めるが、
当の風紀委員は帽子を指で弄びながらやれやれと言った様子で答える。
黒子「お姉様、"くうかんてんい"なんて古臭い言葉ではなくて"てれぽおと"と言って欲し……あら?」
何かに気付いた様に眉をひそめる。
その視線は美琴の胸元──帽子でひた隠しにしていたその箇所である。
慌てて手で隠そうとするが、白いシャツに大きく広がった茶色い染みがそうそう隠せるものでは無い。
黒子「お・ね・え・さ・ま?」
じとり。
正にそんな表現が似つかわしい曇り眼の視線が美琴に突き刺さる。
美琴「いや、あはははは、これ、その、転んじゃって……」
じとり。
美琴「あは、ははは……」
じとり。
美琴「だ、だって……喧嘩売ってきたの、向こうだし!」
案外早く開き直る。
その台詞に一旦は卒倒しそうになるのを踏ん張った黒子が口を開いた。
黒子「お姉様ぁぁぁっ!!また喧嘩事ですの!? あれ程、あれほど私闘はお止めくださいと言いましたのにぃぃっ!」
がみがみと説教を始める後輩に汗をかきかき言い返す。
美琴「だって……だって、弱い奴が悪いんだもん!私は強いから勝った、それだけじゃない!」
もはや反論というか論なのかどうかすら危うい弁を振るう先輩に負けじと黒子も言い返す。
黒子「それがお姉様の悪い癖ですのっ! 強さにこだわるのはいい加減にして下さいましっ!」
しん、と突然部屋が静まった。
強さにこだわる、その言葉が存外に効いた様だ。
急に口をつぐみ、唇を噛み締める美琴。
はっとした黒子が声を掛けようとしたが、
美琴「……あんたには……分かんないわよ」
そう言い放ち、美琴は浴室へ消えていった。
残された黒子は、ただ立ち尽くすしか無い。
美琴が何をしようと問題にならないことは分かっている。
しかしそれは"無罪"なのでは無い。"黙認"だ。
その事実が、歯痒い。
自分は美琴に憧れている。愛していると言っても良い。
しかしだからこそ、これ以上危険を冒す様な真似はして欲しくは無かった。
黒子の手から、するりと帽子が零れ落ちた。
ハンチング帽がたっぷりと吸った雨水が、
部屋の絨毯の染みを広げていく。
明日には、乾くのだろうか。
それとも。
───
>>342
違うwwwwwwただ今年も留年するかどうか決まる試験があるだけだwwwwwwwwww
………
───
コンコン、とドアをノックする音。
しばしの沈黙の後、「入りなさい」という声が内から響く。
ドアが微かな音を立てて開く。
介旅「失礼します」
隙間からお辞儀気味に顔を覗かせたのは初矢だった。
若干緊張を浮かべた顔で、しずしずと部屋に入り込む。
と、部屋の主──理事長がそれまで眺めていた書類から目を外し、
にこやかな表情を初矢に向けた。
そして初矢の緊張をほぐすかのように柔らかな口調で声を掛ける。
「どうかしたのかい 介旅君」
艶やかな絹の様な、たおやかな笑みを向けられて、
初矢は同性ながらどぎまぎとしてしまう。
そもそも理事長は男ながらに中性的な顔立ちをしており、
その道の人間だったら一目惚れ間違い無しの美形なのだ。
どうやら初矢の緊張をほぐそうとした試みは裏目に出たらしい。
介旅「あ、あの、報告です」
微かに頬を紅潮させながら、たどたどしく報告書を読み上げる。
ちなみに理事長の前では帽子を取っているので、ざんばらの髪が跳ね放題だ。
介旅「上条当麻……階級零、確認しました」
そう言ってから、上目にこっそりと理事長の顔を覗き見てみる。
相変わらず柔らかな表情は崩していないが、その目は思慮深げに天井を見上げている。
そのちぐはぐな表情に焦りの止まない初矢だったが、
とりあえず報告は終えたのだと内心胸を撫で下ろす。
介旅「で、では僕はこれで」
軽く会釈をして出て行こうとするが、後ろを向く途中ではたと止まる。
流石に理事長の「行って良し」が無ければ席を外すことは出来ない。
早速訂正
>>355
× ドアが微かな音を立てて開く。
○ ドアが微かな音を立てて開いた。
介旅「あの、理事長……」
しかし、当の本人は胸の前で指を組み、考え深げ天井を見て……いや、睨み付けている。
初めて見る表情に、そくりと背中に冷やっこい物が走った。
介旅「り、理事長?」
返事は無い。
介旅「理事長? 新井理事長?」
新井「ん、 ああ、すまないね 考え事をしていたんだ」
そこで初めて彼──新井宮郎(あらい くろう)は初矢に目を戻した。
既にその面はいつものにこやかな物だ。
新井「や、報告ご苦労 下がっていいよ」
手の平を向けて退室を促す。
介旅「は、はい」
新井「今日は少し疲れてしまったよ 私はしばらく休むとしよう」
それには答えず、初矢はもう一度軽く会釈をして出て行こうとするが、
ちらりと目の隅で理事長の姿を確認する。
介旅(日がな一日寝っ転がってる理事長なんて、此処ぐらいなもんだろうな)
真っ白なベッドの上に横たわり、全身を管につながれている男を見て、
初矢は何だか複雑な心境になる。
日本國、いや、世界最大級の科學研究都市──學園都市を零から立ち上げた伝説的な人物……
しかしその体はこの生命維持装置無しでは数刻と生きられない……。
介旅(この男の存在こそが、"科學の最先端"て奴なのかも知れないな……)
しかしそんなことは自分にはどうでも良い。
少なくとも此処に勤めているうちはそれなりの待遇が保障されているのだ。
. . .. . . . . . . . . . . . . . . .. . .. . ..
別にこの男が上条当麻だか御坂美琴だかにこだわっていることは、どうだって良い。
介旅「失礼します」
その台詞を最後に、微かな音を立ててドアが閉まる。
それっきり、理事長室は静かに、静かに、なった。
───
長らくお待たせして申し訳ありません
試験はとりあえず片が付きました
その他色々ありましたが憤怒悲哀憎悪その他は全て小説にぶつけます
とりあえず今回から話毎のタイトルを分けることにしました
>>1から>>75 第壱話 壱日目
>>84から>>143 第弐話 學級回
>>169から>>212 第参話 親父子
>>227から>>275 第四話 親不幸
>>287から>>327 第伍話 はじめての術つかい
───
第六話 青天の辟易
學園都市の総人口は、230万人。
そしてその8割が學生、即ち子供である。
ということで、街に点在する公園は健全な子供らに人気の憩い場であり、
休日ともなれば結構な数の學生が集う。
幼児が砂遊びをし、子供達が遊具で遊ぶ、のどかな光景。
そんな休日の公園の長椅子で談笑する二名の男。
刺々しい頭と、きんきらきんの頭。
彼らの周りに人が寄り付いていないのは、その独特の見た目のせいであろう。
上条「へいふはんがははあははへは?」
饅頭を口いっぱいに頬張って、言葉にならぬ頓狂な声を挙げている少年。
それを呆れた様な目で(といっても、それは黒眼鏡に隠れているのだが)見遣るもう一人が
自分に飛んでくる唾や饅頭の切れっ端を手で掃いながら言い零す。
土御門「とりあえず、それ、食いなや」
そう言われた当麻は、顎を忙しく動かした後にごくりと一旦それを腹に落とす。
上条「レヰルガンがまた現れた?」
今度ははきはきと。
土御門「ああ、つい二日前のことだにゃー」
上条「二日前ってーと……あの嵐の日か」
風が吹き荒れ、雷が鳴り響いていたあの日を思い出す。
別の場所でも嵐が起きていたか、と小洒落たことを考えてみたり。
青ピ「例の三人がやられたらしいのー」
ベンチに腰かけた二人の後ろから青ピがヌッと顔を出してきた。
その手には団子と飲み物缶を携えて。
青ピ「ほれ、食いや」
上条「いいのかっ? 有難たやぁ」
青ピから受け取った三食団子を早速口に入れながらまたもぐもぐと始める。
青ピ「まあ、今日の主役はかみやんやからなー」
そう。今日は休日を利用して、当麻に學園都市を案内しているのだ。
階級零の烙印を押されてから不貞腐れていた当麻だったが、饅頭と団子ですっかり機嫌を直したようである。
土御門「青ピ、例の三人って……」
青ピ「ああ、"音術使い"の三人組や」
上条「もぐむぐ……それって、この前不良集団って話してた……」
青ピ「ああ」
そこで一旦言葉を切ると、青ピはやれやれと言った風に息を吐いた。
青ピ「あいつら、レヰルガンに〆られたんやな」
上条「……」
思わずごくり、と喉が鳴る。
土御門「誰も手が付けられんかった不良三人を一人で〆たんだにゃー……」
青ピ「ああ、しかもただの不良やない 札付きの術士や」
上条「とんでもない奴なんだな……レヰルガンってのは……」
そして、そんなおっそろしい人間がいる街でこれから過ごして行くのだ。
少し実家のある村が恋しくなる当麻だった。
土御門「まあまあ、とりあえずレヰルガンに関する役立つ情報も集めてきたぜい」
そう言って、気をほぐすように元春が肩に手を置いて微笑む。
上条「情報?」
土御門「ああ、と言っても噂程度だけどにゃー」
青ピ「是非とも教えてもらいたいのー」
青ピも身を乗り出して聞く。
とにかく身に掛かる火の粉を防ぐには情報は不可欠だ。
學園都市とはなかなかに気の抜けない所である。
土御門「まずな、その格好は英国少年のようだ、と」
上条「え、英国少年?」
初っ端から驚いてしまい思わず聞き返す。
土御門「ああ、何とかっていう帽子と……こう、ずぼんを……うん?」
手振りで何かを伝えようとするが、元春も良く分かっていないらしく
最後ははてなという顔をしてしまった。
土御門「まあ、とにかく西洋人っぽい恰好だにゃー」
とりあえず大雑把に結論付けて話を続ける。
土御門「それと、名前は御坂美琴 年齢は拾四 常盤台中等學校の二年生や」
上条「御坂美琴、か へぇ、以外と普通の名前なんだな」
青ピ「常盤台……成程なぁ」
上条「? どうした?」
溜息まじりに呟いた青ピと、
それを訝しむ当麻。
上条「その常盤台ってのはとんでもない不良校ってことだろ?」
不良共を力で〆上げる中學生が在籍する程だ。
余程苛烈を極める學校に違いない、と当麻が踏んだのは当然だろう。
しかし、その問いに青ピは静かに首を振った。
青ピ「いや、その常盤台ってのは學園都市でも指折りの……お嬢様學校なんや」
上条「嘘だろ!?」
お嬢様學校。
その響きには男性諸君はあれやこれやの甘美な想像を掻き立てる不可思議な魅力がある。
当麻の想像による、不良(わる)の集う荒んだ戦場とは掛け離れている単語だ。
なるほど、彼が驚いたのも当然といえる。
土御門「うん、まあ驚くのも分かるけどにゃー 当然っちゃ当然なんだぜい」
上条「どういうことだよ」
青ピ「前にも話したやろ? 僕らが階級で分けられ、かつ扱いも変わってくるっちゅーこと」
ああ、と呟いて当麻は少し逡巡した。
階級伍は此処では破格の身分が保障されるということ。
成程つまり……
上条「階級が上の者は良い身分で良い學校に……ってことか」
土御門「正解」
ぴん、と指を立てて元春がにやりと笑う。
いわゆる「やらしい」笑いというのはこういう物なんだろうと当麻は思った。
上条「ふうむ」
何となく、釈然としない。
青ピ「ま、そないな難しい顔しててもしゃーないで ほら、飲む?」
眉間に薄ら縦筋の浮かびかけた当麻に、青ピが持ち前の細目をさらに細めて
持っていた缶を渡す。
上条「お、ありがと」
受け取った品をしげしげと眺めてみる。
缶であるには違いないようだが、どうやら初めて見る型で、やけに縦長である。
それに手触りの質も鉄のそれとは異なるようだ。
上条「これ……缶詰、なのか?」
かんづめ、という言い方に元春が「んは」と不思議な笑い声を出した。
土御門「かみやん、飲み物缶は初めてなのかにゃー」
少し悪戯っぽい表情を浮かべながら、顔をずいと近寄せてそんなことを聞いてくる。
上条「ああ……何だろう、縦に長いし、なんだか薄っぺらだな……」
こつこつと爪で缶の表面を叩きながら、横から下からじろじろと眺め回して
そんな感想を述べた。
青ピ「ああ、それ普通のぶりきの缶詰とちゃうで」
上条「え?」
青ピ「中に飲みもんが入っとる軽銀(アルミ)製の缶かんや」
土御門「そっか 學園都市の外じゃあまだ軽銀は珍しいんだにゃー」
上条「ああ、飲み物が入った缶なんて初めてみた」
青ピ「んじゃ、"アレ"は?」
そう言って指差す青ピの先には、公園の脇にぽつんと佇む大きな箱があった。
箱といっても金属質の四角四面の堅物であり、見れば取っ手の様な物が正面からにょきりと生えている。
上条「あれ……なんだ?」
どう見ても遊具には見えないし、と頭を捻ってみるが、とんと見当も付かない。
青ピ「あれ、自動販売機っちゅーんやで」
上条「じどーはんばいき?」
またも新しい言葉が出てきたぞ、ととりあえず説明を待つ当麻。
青ピ「この缶、あれで買うたんよ」
上条「買った? あの中に人でも入ってるのか?」
売店の様なものか、と納得しかかる当麻だが、
それを遮ったのは元春の声だ。
土御門「ほら、あの子が今から買うみたいだぜい」
見れば、齢七、八ぐらいの男児がとことこと件の箱に近づいている。
少年は箱の前で立ち止まると、懐からがま口を取り出すと、いくらかの小銭を大事そうに摘みだした。
そしてそれを箱の正面にある銭入れ口からと投入すると、
おもむろに例の取っ手を両手でしっかりと握り込んだ。
何をするのかと、当麻は食い入るようにそれを見つめている。
と、男児がうんせと取っ手を引き回す。
ぐるりとそれが一周した頃に、ごとんと何やら重い音が響いた。
そして下に空いた窓に手を突っ込むと、そこから缶を取り出してみせた。
ようやく得物を掴んだ彼の顔は一段と嬉しそうだ。
上条「……驚いたな」
青ピ「な、自動で販売するからくり箱っちゅー訳や」
土御門「いかにも、學園都市、って感じだよにゃー」
目を丸くする当麻の横でうむうむと頷く元春に
どっから目線やねん、と青ピが突っ込んで、はたと話が止まる。
青ピ「あれ、何の話やったっけ」
土御門「確かレヰルガンは階級伍やからお嬢様學校、って話だったにゃー」
指折り記憶をたどりながら話題を遡る。
上条「そうそう、確か階級が高い方が良い學校に行けるっていう……」
と、ここでふと引っ掛かる所があった。
上条「ん? てことは……」
青ピと元春の顔を交互に眺めてから、
上条「俺達の學校って……」
ぽつりと零してみる。
階級零の自分が通う學校って……。
青ピ「あー……まあ……」
土御門「あは、うん、そういうことだにゃー」
ぽりぽりと頭を掻く青ピと相変わらずにやけている元春の顔を見れば言わんとすることは分かった。
が、ふと思い当って聞いてみる。
上条「ん、でも、青ピと土御門は階級参だろ? 割と上級なんじゃねえのか?」
測定場でやらかした通り、青ピは階級参の肉体強化。
後に聞いた所では土御門も同様に階級参の肉体強化らしかった。
青ピ「いや、実は肉体強化っちゅーんは術の中でも割と"扱い"が軽いんや まあ、単純な術っちゃ単純やしな」
土御門「だからまー、"研究"し甲斐があんまりないんだろにゃー」
腕組みをして首を傾げてみせる青ピと、その横で両手を広げておどけてみせる土御門。
見た目も性格も余り似ていない二人だが、妙に息が合っている辺りは友情か、某教師への共通の愛か。
上条「研究……か まあ、學園側にとっても『嬉しい』人間をちやほやすんのは当たり前か……」
そう言いやってから、かくりと空を見上げてみる。
利する人間を優遇するのは世の常だというのは分かる。
だがそれで降り掛かる不幸に怯えながら暮らさざるを得ない少年がいることを知ってほしい、と切に思った。
まあ、よっぽどの事が無い限り絡まれることも〆られることもないだろうが……。
そんな心配事より、今はただ、透きとおるような空を見るばかりである。
上条「ああー……いい天気だなぁ」
見上げた青空には白い斑点のように雲がぽつぽつと湧いてはゆらゆらと揺れている。
腹は饅頭と団子で満ち足りて、公園の長椅子で友人らとのんびりとくつろぐ。
幸せとはこういうもんだろう。
土御門「ほんとに、この前の嵐が嘘のようだにゃー」
青ピ「ほんまに清々しいまでの晴れっぷりやなぁ でもかみやんの不幸ぶりなら雷ぐらい落ちるんちゃう?」
そう言って青ピがけたけたと笑ってみせる。
それに当麻も半ばにやけながら答えてやる。
上条「おいおい、いくら俺が不幸だっつっても……」
突如、耳をつんざくような、腹の底を打ち鳴らす様な轟音が鳴り響いた。
釣鐘をお空の彼方から叩き付けたような「ひしゃげた」金属音。
三人とも驚愕の余り体ごと飛び跳ねた。
そして耳にどくどくと流れる鼓動を聴きながら、ゆっくりと、音の爆ぜた方を振り返る。
いた。
先ほどの自販機に、金属の塊の巨体に蹴りを入れて
見事なまでに"ひしゃげ潰し"ているのは
. . . . . .. .. .. . . . . . .
何所かで聞いたような英国少年だった。
土御門「嘘ぉ……」
青ピ「あかん」
上条「…………」
どうやら俺は
青空に雷を落とせるらしい。
───
以上です。
寒くなってきたので皆さん体に気を付けて。
おつ~
面白いな!早く続きが読みたい
ていうか憤怒悲哀憎悪て試験大丈夫だったんかよww
>>374
試験は何とか大丈夫でしたwwwwww
でもほら好きな子とかいるじゃないですかwwwwww
それとは別に憧れてる人とかもいるじゃないすかwwww
この前飲み会でwwwwwwwwああそうwwwwwwああ、二人ともwwwwwwお付き合いしてる方がwwwwwwおるんですかwwwwww
そりゃおめでたwwwwおwwwwめwwでwwとwwwwうwwwwww俺wwww俺誕生日wwwwwwめでたやwwwwめでたいwwww
なんつープレゼントwwwwwwそうだね幸せそうっすもんねwwwwwwああそうwwwwいやはやwwwwめでたやwwwwwwww
乙です。
まとめ作ってる者ですが、章ごとに編集し直しました。誤字の訂正もしてありますので、
新しく来た人はぜひ利用してくださいね。このssはメニューの一番上です。↓
http://www35.atwiki.jp/seisoku-index/pages/13.html
───
介旅「ふぅ……」
理事長室から解放された初夜はマントの首留めを緩めて一息ついた。
傍に居るだけであの緊張感とは……体を崩していても一大都市の長だけはある。
介旅(腐っても鯛、か)
いや、出世魚だから腐っても鰤、か?
そんな軽口を叩ける程に余裕が出てきた頃、
手元の資料に目を落とす。
介旅「しかし、初めは面倒だったが調査業ってのも悪くない」
ぺろりと唇を舐めて、束になった書類の表紙を眺める。
『階級伍神術士 超電磁砲 御坂美琴に関して 特秘』
しばらくそれを眺めていたが、顔をあげると鼻歌を唄いながら歩き始めた。
向う先は、談話室。
愛しの妹分が待っているのだ(と初夜は思っている)。
介旅「省帆にいい土産話が出来たぞぉ~♪」
ちなみにご機嫌な足音を響かせているこの男が、
彼女を下の名前で呼べるのは本人がいない時だけである。
───
静まりかえった公園。
そこに初めて興った音は、金属の塊が地面に落ちるごとりという音だった。
美琴が自販機"だった物"から足を引き抜くと、いくつかの部品がぱらぱらと崩れ落ちた。
そしてその"だった物"が腹を蹴られた拍子に吐き出した目的のブツを拾い上げる。
美琴「南瓜入り番茶……外れね」
少し眉間に皺を寄せながら、手にした缶を眺めてそう零した。
相変わらず、彼女を除いて公園の時間は止まったままだ。
散歩途中の男女は恐怖で動けないでいた。
遊具で遊んでいた子供は泣きそうな顔でじっとしていた。
先程自販機から飲み物を買っていた男の子はすぐ傍で立ち尽くした。
.. . . .. . ..
何人も動けず、言えず、また何も見ていなかった。
そう、誰も何も見ていなかったことになる。ただ一人が為に在る時間。
その切り取られた時間を動かしたのは、
上条「何……してん……だよ……」
目を丸くして絡まりがちな舌で呟いた少年。
囁くような幽かな台詞だったが、静寂が包む止まった時間では暴君の耳に届いてしまった。
暴君の首が、こちらへ向く。
美琴「何、あんた 文句あんの?」
自身を咎められた、と捉えた彼女はあからさまに苛立った視線をぶつけて来た。
上条「え? いや、あの、」
中學生とは思えぬ威圧感に少しのけぞりながら、何とか場を収めようと冷や汗を垂らす。
上条「その、なんていうか、ほら」
ここは何とか、穏便に、納得してもらえるように……。
隣の青ピと元春も、ことがどうなるのか固唾を飲んで見ている。
ふと、当麻の目が美琴の後ろで立ち尽くしている子供に留まる。
上条「あ、ほら、後ろの子も、きちんと金払って買ってんだしさ」
猫撫で声を出しながら、やんわりと説得を試みる。
上条「そうやって、ねぇ? 万引きみたいな、そういうことしちゃ、いけないと、思うんだけどなぁ?ね?」
止まらぬ冷や汗を拭いもせずに、両手を広げてとにかく交渉に全力を注ぎ込む。
上条「ね、教育的にも、ほら、あまりよろしくないしさ、ね」
美琴「……」
暴君にも小市民の声は一応は届いたらしく、当人は納得いかなげではあるがとりあえず許しを得られそうな雰囲気ではある。
当麻の脳は生涯最速で回転していた。
行ける。ここで駄目押しすれば行ける。
しかしどうも好感触を得られていないような……どうすれば……。
と、ここで古い記憶が当麻の脳天を貫いた。
詩菜『当麻さんはあの人に似て女の子を誤解させやすいから……まあ、当麻さんの場合は逆に怒らせやすいのだけど』
幼い頃、村の女の子に引っ叩かれて泣いて帰った日に母の詩菜が当麻に言った台詞である。
詩菜『いい?怒られそうになったらいっぱい褒めなさい、女の子にはそれが一番だから。 やりすぎちゃ駄目よ?あの人みたいに好かれ過ぎるのは』
後半はどこか遠い目をしながらも、普段からは想像の付かない彫りの深い凶悪顔だったため当麻は更に泣き叫ぶことになった。
何はともあれ、今の当麻には金言である。
女の子は、褒めれば良い。
その単純な論がとても有難かった。
今、すべきこと、それはひたすら誉めちぎるということだ。
上条(しかし、何をどうやって褒めれば……)
相変わらずこちらを睨み付けている彼女の機嫌を直すには。
再び当麻の脳が回転を速める。
中學生、女の子……。
当麻の頭上に電球が瞬いた。
つまりは年頃の女子な訳で、即ち女の子らしい、可愛らしいと褒めれば喜ぶに違いない!
上条「いや、その、ねぇ、うら若い女の子が~そんな、激しい、ねぇ、ことをするのは~」
美琴「……」
若干相手の視線が緩んだ気がする。
お、行けるか?
上条「ほら、君みたいな、女の子があんまり乱暴沙汰は、ねぇ、良くないかな~なんて」
美琴「……」
もう少し、あと少し。
上条「ね、君はその、可愛いし、未来ある、か弱い女の子なんだからさ もっと自分を大事に……」
時代によって、女性は細身が好まれたり色白が好まれたり、各時代によって好みは違うものの、
"可憐"さが人気というのは不思議と共通している。
然るに、当麻が彼女のことを『か弱い』と評したのは、その女心をくすぐろうとした狙いから出たのは理解に難くない。
が、
美琴「 な ん で す っ て ? 」
それが良くなかった。
上条「え?」
美琴「あたしは……」
ばちり、と一際大きな音が爆ぜた。
彼女の周囲に青白い雷光が踊り跳ねる。
逆鱗とは、こういうものか。
龍とは、こういうものか。
美琴「 弱 く な ん か な い ッ ! 」
当麻の体の自由を縛ったのは、混乱でも、驚嘆でも無い。
恐怖だ。
圧倒的な力を視た、恐怖。
美琴「滅打雷(めるぶら)ッ!!」
美琴が突き出した片腕が青白く光ったかと思うと、
その光が瞬時に手の先に収縮し、
雷撃となって放たれる。
雷神の怒れる迫撃が向かう先は、
ただの……否、
当麻(終わった……)
世界一不幸な、階級零。
───
>>378
遅ればせながら、本当に乙華麗様です!
───
介旅「なあ、重福」
薄暗い部屋に掠れた声が投げられた。
投げた先の少女は何の反応も示さず、ただ椅子の上で体育座りをしながら
先程からずっと前髪をいじっている。
会話の疎通が図れないと悟った初夜は一つ溜息を吐いてから、
手元の書類をぺらりとめくった。
介旅「理事長のお気に入りの子供らだが……面白いことが分かったぞ」
少し期待を含んだ目で省帆を見やるが、特段興味を持ったようにも見えず
相変わらず三寸先の指先を見詰めているばかりである。
初夜は落胆を隠そうともせずに気落ちした声で続ける。
介旅「例の超電磁砲(レヰルガン)だが……あれは町民の出身だ まあそれは別段珍しくもない……が、」
書類を読みながら淡々とした説明だが、その声が段々と喜色を帯びてきていることに
省帆は気付いたようだ。
先程からいじいじと髪を抓んでいた指が止まる。
介旅「學園都市に来る前に、両親共に死んでいる しかも、だ」
そこで言葉を切った初夜に、彼女はとうとう顔を上げる。
冷たくも温い、二人の視線がかち合った。
───
当麻の体を光が包み込んだ。
その荒々しい雷光の中で短い人生の走馬灯を見ながら先立つ不孝の覚悟を決めたのと
同時であった。
「対翔(たいしょう)!」
. . . .. . ..
腰を横ざまから強烈にどつき飛ばされた。
上条「!?」
美琴「ッ!?」
突然の事態に当麻は驚愕するしか無い。
横縞の景色が網膜を走ったかと思うと
出し抜けに青空を映し、停止した。
上条「んぁ……?」
間抜けな声を出して隣を見やる。
鮮やかな金色の髪がさらりと持ち上がった。
土御門「やれやれ……これで俺も……目ぇ付けられちまったにゃー」
ずれた黒眼鏡をずいと擦り上げて土を払いながら起き上る元春。
美琴の攻撃が当たる瞬間に、当麻を腰ごと抱え上げて飛びのいたのだ。
土御門「かみやん……流石に無術士じゃどうにもならないにゃー」
口調こそいつも通りであるが、背中から立ち上る気色は常日頃の元春のそれでは無い。
下駄を脱ぎ、裸足になると真正面から美琴を見据えた。
土御門「勝負にならんのは……目に見えとる」
ぎり、と拳を握り込む。
土御門「だから……逃げろ」
そう言うやいなや、元春は一直線に美琴の方へ駈け出した。
階級参と階級伍、二つの級の絶望的な壁へ
土御門「うおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
突っ込んだ。
土御門「対翔!」
その瞬間、元春は超人的に加速する。
その姿は残像となってかき消えた。
美琴("速さ"に特化した肉体強化か……)
階級伍として、また術士狩りとして戦闘経験を積んだ美琴だからこそ、
落ち着いて考察出来ているのだろう。
それ程に元春の勢いは、風を切る音となって、地から噴き出す土煙となって
一人の疾風を表していた。
土御門「女だからと手加減はしないぜい!」
一直線に突っ込む、それしか出来ないが、それ故に速く、強い。
それが元春が得意とする術の一つ、『対翔』。
敵が一人ならばこれ程適した術は無い。
現に、認識速度を超えたこの攻撃が避けられたことなど……
土御門(無い!)
突っ込む勢いそのままに膝を抱え、振り上げる。
土御門「そいやぁっ!!」
美琴の頭へ上段廻し蹴りをお見舞いする。
これで終わった、そのはずだった。
美琴「棲雷」
そう呟いた瞬間、
今度は美琴の姿がかき消えた。
土御門(くっ……)
蹴り足をそのまま振り戻すと、再び己も俊足を駆って離脱する。
奴もまた、疾風と化して来やがった……!
土御門(何処だ!?)
高速で流れる景色の中に、必死で少女の姿を探す。
この電光石火の境地に早々に割り込んで来る辺りが階級伍たる所以か。
元春の額に滲んだ汗が風切り音と共に空に散る。
土御門「何処なんだよっ!」
美琴「ここよ」
耳元で、聞こえた。
今最も聞きたくない声を。
心臓を鷲掴みにされたようだった。
驚愕の表情で振り向くが。
美琴「遅いわ」
元春の背後にぴったりと、余裕の表情で着いて来る。
この超高速の世界で。
美琴「はぁ、期待してたけど……階級参ってとこかしら 所詮こんなもんね」
いとも簡単に足を払われ、たまらずもんどり打って転げてしまう。
高速で動いていたため、その勢いがそのまま己への痛撃となって、地に叩き付けられる。
土御門「ぐっ……あぁあッ!?」
派手に手足を投げ出しながら跳ね転がる元春。
地に弾む体にざくざくと傷が、打撲が、打ち込まれる。
そして公園の砂場に突っ込んで、ようやく止まった。
土御門「くっ……」
何とか起き上がろうとするが、
美琴「もういいや つまんない」
ハンチング帽を被った雷様が、見下ろしていた。
その腕にぱちぱちと火花を散らしながら。
土御門「あ……」
美琴「滅打雷」
青白い光が瞬いたかと思うと、その雷撃が元春の腹を打ち抜いた。
土御門「がッ……!?」
びくんと体を仰け反らせると、それっきりぐったりと動かなくなった。
流石に手加減をしたのか、気絶程度の電撃であったのは元春にとって幸いだった。
しかし、気絶とは、即ち、敗北。
自身の領域で勝負した挙句の、敗北。
階級を超えることは……出来なかった。
美琴「ふぅ……」
手応えの無さからか、つまらなそうに溜息を吐く美琴。
彼女が耳に掛かった髪を掻き上げた、その時、
突然彼女の視界が薄ら暗くなった。
青ピ「うおおおおおおおおおおおおあああああああああ!!!!」
素早く顔を上げると、そこにはあったのは空を覆う巨体。
友人の仇に激昂した青ピが既に攻めに跳んでいた。
怒りに満ちた拳を、振り上げて。
青ピ「唖槌!!」
棲雷を用いた動きでそれをぎりぎりで避ける美琴。
勢い込んだ青ピの怒涛の腕っぷしが、砂場の地面へ叩きつけられる。
その瞬間、大地が揺れ、
殴った周囲の土砂が一斉に舞い散った。
さながら激しい噴火の様である。
美琴「!」
それに軽く驚いたのは美琴である。
何となく避けてはみたが、想定外の威力であることに内心ざらつく物を感じた。
美琴(今度は"力"特化型か……)
美琴は反撃をするでも無く、静かに構えながら佇むのみである。
そして隕石が落ちたかのような大穴を砂地に空けながらも、青ピは攻撃を緩めない。
青ピ「唖槌ッ!」
今度はもう一方の腕を振りかぶり、こちらの出方を窺っている様子の美琴へ殴りかかる。
やはり術を駆使した、渾身の一撃。
喰らえば一たまりも無い……!
機関車同士が衝突したかの様な、凄まじい破砕音が気を震わせた。
青ピの唖槌が、間違いなく"殴っていた"。
しかし、
青ピ「嘘や……」
美琴の『それ』が、しっかりと"受け止めて"いた。
美琴「荒腕(あるかな)」
ぎし、と『それ』が軋む。
美琴の右腕から先に、黒々とした巨大な『腕』が生えていた。
彼女の電磁力を用いた、金属操作の極致。
青ピ「砂鉄で作った……腕……」
棲雷で補強した腕力に、砂鉄で作った巨大な腕。
砂鉄を多く含む砂場だったからこそ可能な術ではあるが、瞬時にその判断を下したのは流石というべきか。
とにかく青ピの強力を持ってしても、鋼の強度を誇る鉄(くろがね)の壁は破れなかった。
美琴「……あんたも終わりかぁ じゃあね」
少女の指がするりと敗者へ向けられる。
その決着を、確実に叩き付けるために。
「やめろおおおおおおおおおおおおぉぉぉッ!!」
突如、咆哮が上がった。
そして、駆け出すちっぽけな影があった。
もう既に公園にいた人間らは巻き込まれぬように遠くへと"避難"しているはずだ。
ということは、
上条「うおおおおおおおおおおおぉぉおおッ!!」
全力で疾走する当麻の先には、今まさに電撃を放たんとしている美琴の姿。
美琴「……チッ」
少女は面倒くさそうに、青ピに向けていた指を向かってくる当麻へ向け、
閃光と共に雷を放った。
そして、
青ピ「がふッ……!?」
青ピの腹に、その巨大な黒拳を深々と埋め込んだ。
全身を貫く鈍い衝撃に、青ピは膝を付き、その意識を失った。
終わり。
一瞬で当麻と青ピを片付けた彼女だったが、物足りなそうに目を臥せる。
美琴「あーあ……弱い奴ばっかり」
そう言って、溜息を吐こうと肺に息をためた瞬間、
上条「おおおおおおおおおぉぉぉッ!!」
ちっぽけな影が、勢いを失わずに走って来た。
美琴「ッ……!? 嘘……」
上条「歯ぁ……」
驚愕。
完全に気を呑まれた美琴は、動けない。
これまでの勝率の高さが故に、予想外の状況には心が追い付いてくれない。
当麻がその右手を……とっさに掲げた右手を、振りかぶる。
上条「 食 い し ば れ ッ !!!」
美琴の頬に、渾身の拳を 叩き込んだ。
───
以上です。
すみませんがヤボ用で1週間程空けます……
今度はどこの国へ
>>401
ヒヒヒヒ
海外で幼女買って捕まったりすんなよ
>>403-404
行先は秘密ですが今回は全然大丈夫な旅ですwwww
旅先で書けるようなら続き書きたいです
この分だと魔術勢は出てこないのかな
面白いけど、まーよくここまで色々思いついたな
最早別物に近いべ
ただいま帰りました……
行く前は旅行中に書くかもwwwwwwww等と粋がっておりましたが……
いや、国内舐めてました……もうしばらく電車乗りたくないです……
そしてたまに携帯で自分の文章読み返してましたら、いやあ酷いなんてもんじゃないですね
という訳で早速訂正から……。
>>96
×そしてマイクに向き直り
○そして学生らの方へ首を戻すと
>>130
×土御門「あの先生、割と有名なんだぜい」
○土御門「あの先生、割と有名なんだぜい!……まあ、最初は俺らも気付かなかったけどにゃー」
>>287以降
×青ピは階級弐
○青ピは階級参
>>389
×当麻(終わった……)
○上条(終わった……)
───
何が起こったのか、分からなかった。
いくら俺でも、親友二人をあんな……あんな嬲り者にされて、
黙ってられる程出来た人間じゃない。
ただ、駆け出した。雄叫びを上げて駆け出した。
原始人なんてもんじゃない。
ただの剥き出しの山猿だ。
村から出て来た俺にはお似合いじゃないか。
"零路鬥の美琴"の指がこちらへ向くのが見えた。
猟銃で狙われた哀れな山猿。それが今の俺だった。
そのはずだ。
あいつの手からほとばしった光が、雷が、俺へ突進してきた。
だが、その時
俺の、山猿の、ちっぽけな右手が動いた。
野生の本能って奴か?
牙を向いてあんぐり口を開けた青白い雷獣に、それを『圧し潰す』ように右手が突き出た。
敵う訳無いよな? 雷様に、すっぽんでも無いただの一匹の猿風情が、手の平一個でどうにかしようなんてよ。
だが、その瞬間だった。
右手に、指に、掌に、腕に、肩に、凄まじい"反動"が来た。
反動──俺の右手が、光を"押し潰して"いた。
手に触れた部分から、その怒涛の光は、淡い粒となってこなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいいのように散った。
打ち消す。打ち消す。打ち潰す。
びきびきと激しく震える右手を、歯を食い縛って押し留めながら、必死で前へ、前へ、『掘り進ん』だ。
行け。行け。
行け。
だしぬけに、病室で月明かりに照らされた、刀夜の顔が目の前に浮かんだ。
雷光が舞い散る修羅場の中で、幻想の父がゆっくりと口を開く。
「その目なら、大丈夫だよ お前は」
言ってくれた。
あの日、病室で、父さんが、言ってくれた。
「もう行け」
行け。
行け。
行ける。
行くんだ。
俺が……!
上条「おおおおおおおおおぉぉぉッ!!」
網膜にけたたましく光が瞬く。
腕はしっちゃかめっちゃかに打ち震える。
奥歯が武者震いに任せてがちがちと喧しい。
が、ひたすらに、進む。
駆ける足を止めない。
心を止めない。
. . . . .. . . .
俺はあんたの息子だ……ッ!
と、突然右手の反動が一気に消えた。
眼前の景色が色の豊かなそれへと切り替わる。
. . . .. .
ついに突貫し終えた……!
しかし目の前で展開していたのは、親友の青ピが膝を付く、その姿だった。
腹に、馬鹿馬鹿しいぐらい巨大な拳を食らいながら。
その腕を繰る主から、目を離さない。
放さない。逃がさない。
許さない……!
上条「歯ぁ……」
こちらを向くその表情……目をまん丸に広げた、可愛らしい女子中學生、だ。
が、ためらわない。
腕から生えてる無骨なそれは、似合わない。
だから、目を覚まさせてやる。
『これ』で……ッ!
上条「 食 い し ば れ ッ !!!」
握り込んだ拳を、駆け出す勢いそのままに乗せて
淡く桃に染まった可憐なほっぺたへ
一切の手加減無しに肉に骨に歯に行け行け行け行け行け行け
ご
不快極まる、
し
ゃ
生々しい感触と共に
り
叩き込んだ。
───
───
何が起こったのか、分からなかった。
私の戦いは、いつも通り、いつも通りだった。
いや、いつもよりも"ちょろい"喧嘩のはずだった。
何よ、ちょっとばかし飲み物を頂戴しただけじゃない。
あたしが何したって、周りの大人も、警邏も、何にも言わない。
唯一黒子だけは口うるさいけど……。
だから、とやかく言われる筋合いはない。
いつも通り、自販機を蹴り飛ばして、缶を獲って、それで終わり、だったはず。
なのにこいつは……こいつが、いちゃもん付けてきた。
そうよ、こいつが絡んで来たんじゃない。先に。
だから、ちょいとばかしレヰルガンで脅してやった。
大いに痛がって泣いて帰れば、それで良かった。
良かったのに。
あいつの友達風情の奴が邪魔して来た。
挙句、歯向かってきた。
だから、潰した。
あたしは強いから。
他の奴は弱いから。
あたしは悪くない。
強いから。
強い。
あたしは強い……のに、
強いはずなのに。
. . .. . .. . . .
何でこいつは私に向って走って来てるの。
私は撃った。
確かに、滅打雷を撃ってやった。こいつに。
なのに、どうしてよ。
こいつは拳を振りかぶってる。
私は動けない。
嘘、こんなの、現実じゃない。
あと五尺
拳が飛んでくる。
あと四尺
こいつが何か叫んでる。何、聞こえない。聞きたくない。
あと三尺
聞こえた。歯ぁ食いしばれ?何それ、何言ってんの。
あと二尺
何言ってんのよ、あたしは御坂美琴よ?零路鬥の美琴よ?
あと一尺
階級伍の神術士で誰も逆らえなくて街の喧嘩じゃ負けたこと無くて
いっぱい訓練して鍛練して強さをひたすら求めて零路鬥を身に付けて
色んな術も練習してたくさん使えるようになって実戦で経験を積んで
どんどん強くなって大人だろうがじゃっぢめんとだろうがあんちすきるだろうが
どんな奴らだろうがあたしが全部全部ぜんぶ邪魔する奴は全部全部ぶっ飛ばしてやるって
絶対もう負けないんだ絶対二度と負けないんだあたしは強くなきゃいけないんだ
あたしはあたしはあたしは
強
あと……ほっぺたに、なにかがさわった。
…………
───
───
介旅「何が起こったと思う?」
綺麗で無い眼鏡レンズ越しに、初夜の目が揺れ、嗤う。
誰が見ても"いやらしい"笑いなのだが、余程省帆の興味を引いたことが嬉しいらしい。
興味を持たれたのはお前自身じゃなくて話題の方だ、と可哀想なことを言うのは無粋だ。
重福「………」
その嬉々とした問いに彼女は沈黙で答える。
冷えた目線だけ投げ付けて、それっきり無表情を保つのみだ。
そんな様子でも初夜の機嫌はうなぎ昇りを維持しているようで、
やや絡まりがちな舌で弁を振い続ける。
介旅「この、御坂美琴の両親だが……寿命でも、病死でも、事故でも無い」
唇を舐める。
介旅「さてさて、じゃあ自殺か? それも違う」
と、そこで一旦言葉を切り、
膝上で指を組むとゆっくりと背筋を伸ばし、目を細めて愛しの省帆を眺める。
そのやや不躾かつ不可解な視線に纏われて、彼女は眉間に皺を寄せた。
そしてとうとうその口が物憂げに開かれる。
重福「……何が、あったの……」
溜息の様な台詞を漏らし捨てる。苛立った様子を隠そうともしていない。
しかし鈍いのか慣れているのか、初夜は全く怯むことも無く、言い放った。
介旅「殺されたんだよ」
重福「………」
特に、驚いた様子も無い。
學園都市の"裏"の世界に身を置いているせいだろうか。
介旅「……誰に、だろ? ああ、殺した奴の名前はちょっと良く分からないんだよなぁ」
重福「……!」
流石にそれには反応を示した。
下手人の、名前が分からない。
逃亡して捕まっていない、ということだろうか。
介旅「くくく……多分、考えていることとは……違う」
ぴん、と指を立てて勿体つける初夜。
もはやそれは放っておくことにしたのか、やや不機嫌な顔で目を落とす省帆。
介旅「武蔵野国……って言っただろ? 何か思い出さないか?……と言っても、お互い幼かったしなぁ」
何か言外に言いたげなものを含みつつ、相変わらず余裕の表情を崩さない。
一方の彼女は必要な情報以外は遮断したようで、床に落とした目を逸らそうともしなかった。
介旅「生米事件」
ぴく、と省帆の頭が揺れた。
. . .
介旅「武蔵野国で、大名行列に割り込んだ英国人商人が斬り殺された事件……と、いうのが表向きだが」
初夜は身を乗り出して言葉を紡ぐ。
.. . . .. ..
介旅「実は、その時斬り殺されたのは一人だけじゃないんだよ」
省帆が顔を上げる。
その目が、しっかりと、初夜のにやけた視線とかち合う。
. . .
介旅「ある幼子が、英国人が乗る馬に釣られて一緒に割り込んじまった」
初夜の笑い気味に開いた唇は、既に乾いていた。
何故、美琴の両親は殺された。何故、下手人の名前が出ない。
何故。
.. . .. ..
介旅「それを庇った親たちは、侍共によってたかって殺されたんだ」
───
>>421
訂正
×
介旅「この、御坂美琴の両親だが……寿命でも、病死でも、事故でも無い」
○
介旅「この、御坂美琴の両親だが……実家のある武蔵国で死亡……寿命でも、病死でも、」
事故でも無い、そう言って唇を舐めてみせる。
>>422
×武蔵野国
○武蔵国
───
上条「はぁーっ……はぁーっ……」
大仰に息を吸い吐きしながら、当麻は半ば茫然と現状を見ていた。
確かな感触があった。
自分は、この、女子中學生を、
美琴「………」
数間吹っ飛び、砂場に大の字で倒れ伏すこの少女を、
零路鬥を、
上条「倒した……のか?」
そこで右手の拳がひりついていることに気付く。
余程の力で殴ったのだろう。皮が少し向けていた。
ともすれば、拳を叩き込まれた方は無事では済まないはずだ。
上条「………」
殴り飛ばした少女をやや心配そうな面持ちで眺める。
上条(死んでない……よな?)
..
その不安を、気遣いを、期待を
剥ぎ取る様に、美琴の指がぴくりと動いた。
美琴「………っ」
ぱちり、と目が開く。
眺める青空が信じられない、といった表情だ。
だからこそ、雷を落としたがっているに違いない。
美琴「……あたしは…………あたしはぁ………」
腫れ上がった左頬を触れることもせず、ただ、怒りに燃えた目を、輝かせる。
と、そばに落ちているハンチング帽に気付いたらしい。
ふっ、と自嘲気味に一旦鼻を鳴らすと、
帽子を拾い上げ、ゆっくりと頭に乗せた。
それは、彼女の中で"仕切り直した"示しだ。
示したのは、覚悟。
美琴「強くなきゃ……いけないんだぁぁぁぁ……ッ!」
上条「………」
一度は、天に逆らった。
それが吉と出るか凶と出るか。
二度目の嵐の雷鳴が、段々と、近付いて来る。
ちなみに当麻は御神籤の類では、大凶しか出したことが無い。
───
───
介旅「生米事件、この日本國にとってこれ程"重大"な"つまらない"事件も無いだろう?」
熱の峠は越えたのか、やや落ち着いた声を絞る初夜と、
とりあえずそれを黙って聞く省帆。
介旅「英国からの、報復……そしてそれを切っ掛けに……幕府による鎖国の崩壊……」
くくっ、と乾いた笑いが零れた。
介旅「斬り捨て御免したと思ったら艦隊が"御免下さい"とやって来たんだからなぁ……くくっ」
ざまあ無い國だよ全く、と言い零してから、
いつの間にかずり落ちていたらしい眼鏡を持ち上げてみせた。
聞き役の彼女は相変わらずの無表情を保ったまま、じっと虚空を見つめていた。
その表情から内心は読み取れない。
介旅「御坂美琴が強さにこだわる理由……そして、あの……くくっ、異国人ぶった格好……」
重福「………」
強さにこだわることが、彼女の歓びであり、懺悔。
そして、異国が彼女にとって……己の親を嬲った武家社会を粉々に踏み砕いた、強さの象徴だったのだ。
.. ..
親を殺させた悪あがきだ、と初夜は言い放ち、それっきり口を噤んだ。
部屋に沈黙が降りる。
初夜は相変わらずにやけ面ではあるが、
指を絡ませながらせわしなく唇を舐める風情は何やら底知れない。
先程から一言も発さず、微動だにしていない省帆は見た目こそ大人しい女児だが、
瞳の奥は昏く、深く、やはり底が見えない。
"裏"だと、二人を知る者は言う。
何故年端の行かぬ彼らが裏の人間たりているのか……それはおいおい明らかになって行くだろう。
と、だしぬけに"じー"と低い呼び音が部屋の空気を震わせた。
それまで彫刻の様だった省帆がのそりと立ち上がると、
音の発信源である電信機箱の傍へ駆け寄り、箱が吐き出した紙切れを手に取る。
じじ……と鳴きながら次々と紙が流れてくる。
それには点と線の羅列しか無いが、省帆は黙々とそれを読み走る。
そして紙に目を落としたまま、ぽつり、と零した。
重福「零路鬥と…………………………『幻想殺し』が」
學園都市でも。
動いた。
歴史が。
事件が。
重福「衝突」
───
生麦事件→生米事件、作中の事件だから?
書きたいことはゴマンとあるのに文にすれば遅々として進まない不思議
文不相応て奴でしょうか
>>414
最早別物というのは何だか自分でも反省点として上がってます
原作ファンの方々は早めにこの駄文SSを離脱した方が後の血圧を害さない意味でよろしいかと……
何かもうキャラ崩壊とかいうレベルじゃないしなぁ……><;
これから「ただ同じ名前の違うキャラ」がジャンジャカ出て来そうで、早々にお詫び申し上げておきます><;;
>>428
あ、はい。自分歴史詳しく無いので、「生麦事件はそんなんじゃねーよ!」的ツッコミを恐れて逃げました><b
saga忘れてたwwww油断してたwwww
>>416
訂正
× 手に触れた部分から、その怒涛の光は、淡い粒となってこなああ(ryのように散った。
○ 手に触れた部分から、その怒涛の光は、淡い粒となって粉雪のように散った。
>>384
訂正
× 『階級伍神術士 超電磁砲 御坂美琴に関して 特秘』
○ 『階級伍神術士 御坂美琴に関して 特秘』
>>393
×介旅「例の超電磁砲(レヰルガン)だが……
○介旅「例の零路鬥(レヰルガン)だが……
wikiの方も訂正してみます><b
続き書こうとしつつなかなか落書きが進まなくてうんぬんむにゃむにゃ
───
踏ん切り直したとなれば、いつまも地に尻を付けている美琴では無かった。
ぐん、と弾みを付けて快活に立ち上がり、尻に付いた砂を払った。
その鋭い眼の中に更に熱を燃えたぎらせて。
その瞳に映り込んだ獲物──当麻の顔に緊張が走る。
先程叩き込んだ拳の一撃は、ほとんど不意打ち同然である。
敵の予想の外だったからこそ、当てることが出来た。
しかし、彼女は改めて覚悟を決めている── その上、注意を反らせる別の味方もいない。
さらに、再び虚を突ける要素は見当たらなかった。
彼の顔に浮かんだ汗が、しとり、と頬を流れ落ちる。
状況は、全くを以て芳しくなかった。
少女の口がゆっくりと開かれる。
美琴「もう……もう弱くはならない。 もう、もう……」
ばちり。
光が散る。
散った光が宿った先は、煌々と燃える、少女の瞳。
美琴「もう、失わない」
当麻の喉がこくりと震えた。
美琴「………」
呟きが零れた落ちた砂地は、次の瞬間まとめて空に舞った。
当麻「……!」
地を一蹴りしたかと思えば、それは一個の弾丸。
怒涛、という言葉面そのままの迫で突っ込んでくる美琴に
足がすくんでしまう彼だったが、その呟きは、唇の動きは、しっかりと把握した。
そうかい、それが、お前の、大事なものかよ。
上条「………」
ならなおさら、負けられねぇ。
空気が裂ければ、一拍遅れて地が割れる。
亀裂が、破断が、崩落が、どみの倒しに一人の少年へ我先にと駆けて行く。
美琴(………)
もう、一人にしないで。
おとっつぁん おっかさん
───
モチベという言い訳じみたというか其の物の代物のために物凄く長ったらしい時間が開きましたものの
今日は昔ふられた子が久々に口聞いてくれて元気萬倍にやけ面でタイピングは楽しいなちくしょおおおおおおおおwwwwwwwwwwwwww
産業
>筆が進まないなら
>ぶち折ってから
>爪で?け
がんばりまーす
爪で掻け、が化けてしまったorz
うおおお早速訂正だすんません
>>447
×当麻「……!」
○上条「……!」
しかもテンション高まり過ぎて支離滅裂な事書いてるなぁ
重ねてすいません
───
階級伍と階級零の戦い。
一般認識では戦いにすら成らない組み合わせであるが、
長閑だった休日の公園で、その無茶試合の火蓋が切って落とされたのは一寸前の事である。
先に仕掛けたのは格上の少女。
美琴「棲雷っ!」
強化した肉体を存分に操り、突っ込んだ勢いそのまま拳を繰り出す。
上条「っ!」
それを迎えたのは、不格好なまでに前に突き出された、少年の右手。
勿論美琴の動きは素人の彼に視認出来る物では無い。
しかし、向こうから真っ直ぐ突っ込んでくれたなら別。
その軌道に右手を"置いて"おけば良い。
上条「おおおっ!?」
美琴の肩の部分が僅かに右手に触れたらしい、と思った瞬間、
彼女の拳が当麻の首筋を掠めた。
かわした、というより少女が"はずした"様な一合だった。
とはいえ、足を駆った突撃の勢いを乗せていた一撃である。
首の皮膚は切り傷を作り、当麻はひりつくような痛みに顔を顰めた。
一方少女は焦りを顔に浮かべて、残った手で拳を作り彼の顔めがけて再度攻撃をお見舞いする。
ご、と小規模な音がして少年の首が僅かに傾きを変えた。
上条「……!」
いかにも少女らしい、大したことのない打撃だった。
美琴「っ……!」
少女は今度は全身の力を込めて肩からぶち当ててくる。
上条「お」
これには流石によろけてしまう。
その隙に美琴は慌てたように後ろに下がり、一旦当麻から離れた。
完全に美琴が押し、当麻が押された一合。
しかし、美琴の顔は相変わらず神妙だ。
唇を軽く噛み、忌々しそうに睨みつけている。
美琴「なんなのよ」
憎々しげに。
美琴「なんなの おかしいわよ」
少年は答えない。
美琴「あんた触れた瞬間、あたしの全身から一気に力が抜けていった……何それ、そんな術、聞いたこと無い」
そう言って肩の部分をちらりと見遣る。
美琴「いえ、力じゃない……『術』が解除された……そう、あの時、滅打雷も打ち消したのね」
擦りむけた少女の頬がひちりと痛んだ。
美琴「……ふん」
ずず、と無数の地虫が地を這うような音が響いた。
当麻がはっと辺りを見回すと、先刻からの騒ぎで周囲に散った砂──とりわけ黒い粒子、砂鉄──が
美琴の元へと擦り集まっている。
上条(……何だ……何しようってんだ)
黒々とした砂鉄達は美琴の右手の先へ、氷柱の様に棒状に凝り固まろうとしていた。
電磁力を利用し砂鉄を誘導することで、自在に武器を生成する術。
少年の頬をたらりと汗が伝う。
そして、美琴が軽く息を吸った。
上条(……来る!)
美琴「鉄剣(てっけん)!」
叫ぶやいなや、美琴がその右腕を威勢良く振るってくる。
その瞬間、棒の様に垂れ下がっていた砂鉄の塊は鋭利な刃物状──さながら長刀の様な──に変化し、
当麻の体を横にぶった切る様に迫る。
上条「なああああああああぁぁぁ!?」
甲高い風切り音が背筋を凍らせる。
本気で上半身と下半身をさばかんとしなければこの勢いで剣は振れんだろう。
それ程に相手は本気だった。
見事な一閃の太刀筋となって、しっかりとこちらを捉えている。
後ろに下がっても剣先をかわせるとは思えなかった。
前に出るにも美琴とは距離が離れすぎている。
やはり出たのは、右手だった。
迫り来る鋭い刃に向かって、頼みの右の掌を必死に突き出す。
まともな流れならば、すっぱりと真赤な手首が宙に舞ってしまう所であるが
これまで次々と術を撃破してきた代物なだけはある。
手の平に触れた瞬間、日本刀さながらであった鉄粉の刃は雪解けのように、一切の粒子へと無数の亀裂を生み、
全くの砂へと回帰し、宙に飛散した。
しかし剣の形を失ったとはいえ、振り回された勢いの付いた砂がそのまま当麻の顔へ突進し、
その表面をしこたま叩く。
流石にその痛みには顔を顰めるしかない。
上条「……ぺっ、ぺっ」
頭を振って、髪に入り込んだ砂を振り払う。
口の中にも少し入ってしまった様で、奥歯のじゃりりとした感触が気持ち悪い。
しかし、これで、凌いだ。
正直、形を持った術を防げるかどうかは全く自信が無かった。
というか、この右手を使い始めてまだ半時と経っていないのだ。
自信も何も、行き当たりばったりで戦っているのだ。命懸けで。
上条(だが……)
行ける。
ここに来て、多少の自信が芽生えたことは事実だ。
この右手さえあれば……。
そう内心呟いて、ぎりと右の拳を握り込む。
が、美琴は先刻の情景を全く別の方向に解釈していた。
美琴(あいつ……右手しか使ってない)
観察から得た新情報。
そしてそれを上回る、重大な発見。
微かに動悸が早まる。
網膜に焼き付いた先程の場面をもう一度脳裏に映写する。
剣が、砕かれ、飛散し……砂は?
砂は、あいつの顔に……。
発見は、確信に、そして、事実に。
美琴(術を解除しても、物質の慣性までは打ち消せないんだ……!)
既に一度物質が動いてしまえば、それを支配するのは自然現象だ。
そう、例え術を打ち消そうが、自然法則には逆らえない……!
術とは即ち、世の物理法則への反旗だ。
あの右手は、それを法則へ回帰させる墨守の徴。
美琴(まさか……)
少女の意識がじりじりと洋ズボンのポケットに集約していく。
其処にあるはずの銅貨が
微かに擦れ合った音を立てた、気がした。
───
本日はここまで。
更新速度がまちまちで申し訳ないです><;
───
佐天「初春~次これやろうよ~!」
若々しい黄色い声を上げているのは、当麻が入學初日に出会った人間の一人、佐天涙子である。
初春「むう、これが噂のビリヤアドという物ですかぁ」
同じく友人の飾利。
緑の羅紗が貼られた台を前にきゃいきゃいと楽しんでいる二人だが、
勿論今正に当麻が命懸けで戦っていることは知る由もない。
今日二人が訪れているのは、學園都市に点在する遊戯場の一つであり、
それは劇場や活動写真と共に、學生達の憩いの場となっている。
その中身は先述のビリヤアドに加え、射的やピンポンに御神籤、占いの類、
更にはちんちろりんや花札と言った賭博場も備えられている。
尤も、賭け事で使われるのは本当の金銭では無く、軽銀(あるみ)製の似非硬貨だが。
佐天「あ、あれもやりたいな~!」
そう言いながら台の向こうに見える別の遊具の方へふらふらと誘われる涙子。
初春「あ、あれっ!? 佐天さんっビリヤアドは!?」
余程やりたかったのか、名残惜しそうに台を離れる飾利。
色鮮やかな球に最後まで目を奪われつつ、泣く泣く涙子の後を着いて行く。
涙子が歩みを止めたのは、少し背の高い箱の前。
佐天「ほら、階級測定器!」
箱は水平な台と表示板が組み合わせてあり、
多数の摘みや取っ手が生え、丸や四角やら幾つか穴も空いている。
成程學園都市らしく、単純な箱では無さそうだ。
初春「この前測ったばっかりじゃないですかぁ、それより、あの、びりやぁど……」
泣きそうな、しかしやはり持ち前の甘ったるさの残る声で抗議する飾利だが、
その親友は相変わらず飄々としたもので箱の前でわきわきと手を動かしている。
佐天「えーと、髪の毛を一本入れて……」
小さな取っ手を摘まんで蓋を開けると、そこに髪を一本入れ、そしてまた幾つか摘みを操作。
次に性別やら年齢やら趣味から好物、好きな色といった内容まで、摘みを操作して入力して行く。
すると逐一、その細かな操作に合わせて中の歯車や螺子等がきりきりと、精密に動き出す。
そしてしばらくすると……
佐天「お、出てきた出てきた」
表示板の隙間からのれんの様に紙が吐き出される、という仕組みだ。
ちなみにこの破天荒なからくりの機序については筆者の脳味噌では記すに足りぬ。悪しからず。
佐天「あーあ、やっぱり零かぁ まだまだだなぁ~」
するすると出てきた紙にでかでかと「零」の文字が書かれているのを見ながら溜息を吐く。
初春「うーん、その内階級上がりますよっ!大丈夫ですっ!だから、びりやぁど……」
どうしても球突き遊びをしたそうな飾利が慰めもそこそこに急かす。
しかしその願いを打ち砕く様に、突然「どん」と花火のような音が起こった。
飾利ははっとした顔になると、慌ただしく首を廻らせ店の出口を探す。
そして友人を置いたまま、ばたばたと駆け出した。
佐天「あ! 初春~?」
段々と小さくなって行く涙子の声を背中に聞きながら、ひたすらに走る。
そして足をもつれさせながら店の外に飛び出すと、息を整える間も無く空を見上げた。
初春「……!」
目当ての物を見つけたらしい。
一面に広がる青空の中で、ぽつり、と一つの雲が生まれていた。
後からあたふたと涙子が店から出て来る。
佐天「初春、あれ……」
涙子も手をかざしながら空を見上げる。
初春「はい……ちょっと、用事が出来ちゃいました」
ふぅ、と一息付くと、呟く様にそう言った。
その横顔は先程よりも随分大人びて見える。
佐天「そっか……お仕事、がんばってね!」
両手をぐっと握りながら元気良く送り出す親友。
まぶしいな、と飾利は思った。
ならばとこちらも満面の笑みで答える。
初春「はい……行って来ます!」
───
今日はココまでです。
明日も書けたらいいなぁ、と思ってます……d><
てか美琴戦が終わった後の「読者ブチ切れ(るであろう)パート」が怖い……><;
土曜日ぐらいかな?
───
さて、初春が空を見上げた時点より数刻程遡(さかのぼ)る。
今正に、美琴が新たな気付きによって、腰元に微かな重みを感じていた。
その重みの正体、何処にでもある、ありふれた銅貨。
それが美琴の鼓動を早鐘のように打ってくる。
そして、美琴の脳内を駆ける思考や計算は、とどのつまり一つの命題へ行き着く。
零路鬥は、効くのか。
術による電磁力を用いて、弾である銅貨を発射する零路鬥。
もし、慣性までは打ち消せないという仮説が正しければ、
例え銅貨に触れたとしても、その時点で既に銅貨が持つ運動熱量までは消せないはずだ。
つまり、零路鬥なら……。
しかし、理屈は理屈。
結果に確信は持てなかった。
こちらの出方をうかがっている風の少年が、目の前にいる。
次にこちらが何をしようが、その右手で打ち消そうという魂胆なのだろう。
そして、こちらの手の内を全て出し尽くさせようとしている。
美琴「………っ」
仮に、全力で零路鬥を撃ったとしよう。
もしそれが防がれれば、相手にこちらの戦力の全てを把握されてしまう。
美琴はそれを恐れた。
今、相手の男がどれ程強いのか、何を持っているのか、そもそも、何者なのか。
余りにも、情報が少なすぎる。
加えて、これ以上こちらの戦力如何を知らせるのには抵抗があった。
さりげなく、服の上から撫でて目的の物を探ってみる。
二枚。
二枚の銅貨が其処に収まっていた。
十分、か。
美琴はそう、判断した。
件の少年は一片の動きも見逃すまいと、真剣な目でこちらを睨みつけている。
. . . ..
どんな攻撃も受け消してやる。
そんな気概が見て取れた。
一方の少女は、ついに決心を固めていた。
美琴(……やってやる!)
美琴は体中に微かな電気を帯びさせる。
零路鬥を撃つための、謂わば準備運動の様な物だ。
そして……。
美琴「零路……」
瞬く間に銅貨を取り出すと、勢い良く腕を突き出す。
これで弾丸を発射するための砲台は完成だ。
そして全身に満ちた電気を、一気に腕に流し込み、その指先へ集約。
銅貨が青白い雷を纏い火花を散らした。
美琴「鬥っ!!」
枯れ木が勢いよく爆ぜる様な、甲高い濁音が指先から発される。
同時に硬貨が弾丸となって、空気を裂きながら一直線に吶喊。
喰らい付く先は、
上条「……!」
当麻
の
──凄まじい、否、凄まじく、生々しい
右手
──皮膚に、受け止められた、硬貨
が
──確かに、受け止めた
。
──食い込む、喰い込む、皮膚に、肉に。骨にまでは行かず。食い込む。
「いっ……」
!?
──右の手の平から、つんざく、掌手首腕肩頸頭を通って脳に"つんざく"感触は。
「っっっ」
──感触は。
「痛っッてえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?!」
───
今日はここまでです。
ビリヤアドは撞球と言うんですか!勉強になります φ(><
───
灼熱、という小難しい単語が最もよく似合う。
そんな感触だった。
そんな物騒な感覚を、『手の平』に感じることは
分別の付かない赤子が火の残った囲炉裏に手を突っ込む状況ぐらいしか縁が無かろう。
. . . . . .
今この拾伍の少年は「ああ絶叫しているんだな」と気付いた。
叫んでいるのは
自分だ。
上条「うあああああああぁぁぁっッ!?」
"熱さ"に塗りつぶされた赤黒い溶岩の中にぽつぽつと何かが浮かんでくる。
"痛み"だ。
熱は頭までもひりつかせる。
混乱、焦燥。
なんだ、何だ、何が
上条(嘘だ……)
分かっている、右手だ。
俺は受け止めた、この手で。 唯一の、対抗出来る武器で。
. . . . .. . . . .. . . . . .
しかし、この圧倒的な違和感と不快感は何だ。
熱い。痛い。気持ち悪い。
鼓動の拍に合わせて、一歩ずつ"そいつら"が近づいて来る。
どくん。ずきん。どくん。ずぎん゙。
上条(嘘だろ……)
見るのが、怖かった。
思考力が戻って来たせいもある。
激痛、という言葉をはっきりと認識してしまった。その『先』も把握してしまった。
見たくない。
だが、見なくちゃいけない。
見る。
最初に浮かんだ言葉は『赤』だった。
その次は、次の言葉は、奔流となって、濁流となって、自信や勝利といった言葉を脳の隅に追い遣る。
認めざるを、えない。
鮮血がしたたる右手が、否応無くその結論を迫って来る。
勝てない。
───
すみません、>>474で土曜までに美琴戦終わらせると大言を吐きましたが、体調崩しました><;
皆さん風邪にはお気を付けて。
───
美琴(効いてる……)
血が滴る当麻の右手を見て、美琴は込み上げる喜びを感じていた。
自然と上気した顔が綻んでくる。
"手加減"して撃った零路鬥──通用するかどうかも確信は無かった──が、
思いのほか相手に大打撃を与えている。
加えて、こちらには未だ、もう一発弾丸が残っているのだ。
そう、"全力で撃つ"分が。
上条「……っ……」
当麻はちらりと自身の右手を見遣る。
手の平が深々と裂け、何の留めも無く真赤な血が漏れ出ている。
幸い、怪我を負ったのは手の部分だけで、腕や肩は多少痺れるだけで問題は無かった。
しかし、この尋常じゃない痛みと出血が不利でない訳は無い。
正直、この後も右手が使い物になるとは思えなかった。
悔しそうに、唇を噛む。
美琴「………あは」
口角を釣り上げた美琴の口から、乾いた笑いが漏れた。
美琴「あっはははははっ!」
もはやその上機嫌を隠そうともせず、もはや勝者が自身に決定したと言わんばかりに
大仰な宣言をかます。
美琴「最初はちょっと驚いたけど……何だ、結局、この零路鬥の敵じゃないわ」
中學生らしい、無邪気とも云える悪魔的な笑顔で捲くし立てる彼女を見る当麻。
彼のその目は、何所か無感動で、何所か哀しげだった。
美琴「っはぁ、弱いのよ、あんたは 強いのは、強いのがっ、あたしだっッ!!」
彼女の生甲斐と信条が集約された、高らかな宣言だった。
しかしそれにすら、当麻は悲しそうな視線を逸らさない。
美琴「もう、親も、誰も、殺させない! 侍だろうが、何だろうが、あたしが、あたしがぶっッ潰すっッ!!」
目を見開き口端に泡を浮かべ吠える。
喚き調子になっても、その瞳の爛々とした炎は消えない。
それが、御坂美琴という人間だった。
常人なら気圧されてしまうであろう、美琴の威圧的な姿態を眼前にしても、少年は動かない。
濁々と零れ出る血を抑えることもせず、少女に悲哀の目を注ぎ続けていた。
その口が、ようやく、開く。
上条「……お前の親は、それを望んでると思うのか?」
静かに。諭す様に。
美琴「あっはははぁはぁ!? 何!?そうやって助かろうって?命乞い!? 古い古いっ!」
心底可笑しい道化を見る様に笑い飛ばす美琴。
が、次の瞬間、凍て付く氷の様な表情が貼り付いた。
美琴「あたしを庇って親は死んだ……殺された、無残に……あたしが強かったら、守ってあげられた、なのに」
冷たい炎の様な視線が、当麻を貫いた。
美琴「もう、誰にも、弱いなんて言わせない」
額にちりちりとその視線を感じながら、当麻は、静かに、口を開いた。
上条「弱いな、お前」
───
早く書かなきゃと思いつつ風邪が治りません……皆さん体にお気を付けて。
美琴「はぁ?」
聞き間違い、だと思ったらしい。
それも当然だ。その単語は、自身のこめかみに突き付けた拳銃の引き金に等しい。
易々と口に出すとは、諦めか、死にたがりか、それとも被虐趣味でもあるのか。
だから、聞き間違い、だと判断した。
美琴「何?何か言った?」
彼の僅かばかりの延命の機会。
上条「弱い、って言ったんだよ」
それを蹴っ飛ばしてでも、伝えなきゃいけないことがあった。
びきり、と少女の額に青筋が浮き出る。
逆鱗に鑢(やすり)を掛ける様な科白に、若干拾参歳の堪忍袋が堪え切れる訳も無く。
美琴「あぁあ゙、あ、ぁ……あぁあ? そ、そう……そんなに、」
死にたいの、と少女が乾いた唇を震え気味に繰る。
興奮が頂点を超えてしまったらしい。
全身をわな付かせて、眼前の獲物を燃え盛る瞳に捉える。
その炎の正体は、紛れもなく殺意だった。
当の彼女は『殺す』という事を意識してはいないだろう。
ただ、目の前の憎々しい仇敵を『完膚無きまでに叩き潰す』ことしか、頭には無い。
しかし、奇跡的にこれまで人を殺めたことが無かった美琴には、「叩き潰した相手が死ぬ」という確実な未来を、
実感として予測することが出来なかった。
さらに、今の感情の高ぶりを理性で以て抑えることが出来る程、早熟でも無かった。
自身の命の散り際が迫っていることを知ってか知らずか、少年はただ淡々と口を開く。
上条「お前の両親は、強かったんだろうな」
美琴とは対照的な、深い深い海の底の色を湛えた目。
当麻の言葉に、彼女はあからさまに不快な表情をしてみせた。
美琴「何?今度は煙に巻こうっての?悪いけど、もう絶対見逃したりなんか……」
上条「おい、自惚れんじゃねぇ」
美琴「は?」
. .. . . .. ..
上条「強がってんじゃねぇ」
美琴「……──」
びくり、と美琴の体が震えた。
いや、"爆ぜた"。
体中を電気が駆け巡る。
全身の筋肉が小刻みにのた打った。
悦んでいるんだ、と少女は想った。
上条「いいか、本当の強さってのは……」
甲高い金属音が耳に届いた、瞬間だった。
目の前に
雷が
堕ちた。
美琴「 零 路 鬥 っ ッ !!」
鋼の塊を無理矢理引き千切る様な、圧倒的に不快な音。
生存本能って奴に、直接罵声を浴びせるような、
そんな身の凍る感触が鼓膜に叩き込まれる。
. . . .
否、そんな物より、
美琴「あ゙あ゙ぁ゙ぁぁああぁぁ゙ぁぁぁっッ!!!」
地を割り、空を裂き、
一切容赦の無い弾丸が飛んで来る。
先程のお遊びの一撃とは全く威力を異にする、『全身全霊の零路鬥』が。
青白い雷光を発しながら、耳をつんざく轟音にまみれながら、
少年の喉笛を喰い千切らんと、吶喊する。
上条(………)
当麻の右手は最早、使い物には成らない。
そんな憐れな生き物を、
あっさりと、破壊の権化が
──当麻が最後に見たのは、青い、ひたすらに青く、明るく輝く地獄
あっさりと、飲み込んだ。
美琴「っっッし!!」
後には、塵一つ残らない。
ただ、余りに巨大な破壊力が通り過ぎた、だけ。
ぉぉぉ、と轟音が尾を引き擦りながら、段々と姿を小さくして行く……
現場には次第に静寂が戻りつつあった。
ただ、濛々とした砂煙が辺りを覆い、その如何はすぐには窺い知れない。
美琴「………」
霧が晴れて行く様に、徐々に場の姿が露わになる。
凄絶だった。
弾丸の軌道に沿って抉られた地面が道の様に伸び……威力はその先にある林まで届いたのだろう。
林に"前から奥まで"一直線に『穴』がぽっかりと空いている。
木々はへし折れ、その腹に惨たらしい抉り痕を残して、焦げ付いたような臭いを纏いながら、ただ、立っている。
巨大艦の砲撃跡の様な、余りに凄まじい光景。それを引き起こしたのは、一介の少女だ。
現場の痕跡の全てが、最大出力の零路鬥の凄さを物語っていた。
ただ一つの"それ"を除いては。
美琴「嘘……」
上条「いいか、本当の強さっていうのは……」
抉られた地面の傍らに、着物はあちこち破け、そこかしこに傷を作った少年が
上条「……っ痛ぇ……"余波"だけでこの有様かよ……」
立っていた。何とか。
美琴「う、嘘よ!? な、何で……」
あ、り、え、な、い。
たった五文字の言葉が、美琴の脳裏に喰い付いて離れない。
思考が、思考を、絶えず考えを巡らせるが、同じ筋を堂々巡りするばかりだ。
ありえない。ありえない。
上条「簡単だ……『避けた』だけだ」
美琴「よ、避けた!? 無理に決まってるじゃない!!」
後半は絶叫に近かった。
悲痛、という表現が似つかわしい、そんな響きだった。
美琴「私の零路鬥は"零刻(しゅんかん)"なんだっ! そんな、一般人が、避けるなんて」
出来るはずが無いっッ!
そう叫び放って、焦った様にポケットをまさぐる。
が
美琴「っ……!」
生憎、残りの弾はもう無い。
上条「生まれてこの方、不幸な人生を送ってきたせいか……危険への勘は小動物並なんだ」
美琴「っそ、そんな馬鹿……」
上条「それに」
そう言って、当麻は美琴の足元を指差す。
美琴は慌てて下を見るが、あるのはただ戦闘跡の地面があるだけだ。
土に、石に、黒い……
美琴「っ、まさか……」
上条「ああ、さっきお前が『振り回し』て『ぶち撒け』た」
美琴が立つ地面に、小蟲の群れの様に漠々と広がる黒い斑点は……
上条「砂鉄だ」
先刻の戦闘で、美琴が剣の形に固めて使用した砂鉄。
それらが其処彼処に散らばっている。
悔しそうに唇を噛んだ美琴が、軽くその身に雷を走らせる。
それと同時に、周囲の砂鉄がざわつき、剣山の様に幾本もの針を彼女に向けて伸ばした。
そう、磁石を近付けた時の反応と同じだ。
美琴「……!」
彼女の零路鬥の強みは、その威力と"瞬発力"にある。
直線的な攻撃である以上、その発射が見切られれば容易く避けられてしまう。
だからこそ鍛錬に鍛錬を重ねて、その隙を見せずに撃つ事を可能にした。
そして、零路鬥は美琴の最大最強の技となった。
しかし、その予備動作として全身に一度莫大な電力を溜めなければならない。
同時に副産物である磁力も纏いながら。
当麻はその時点を、見破った。
そしてそれさえ掌握すれば、後は必死に飛び退くだけ……という訳である。
上条「いいか、聞け、聞いてくれ。 俺は知ってる。本当の強さを。お前も知ってるはずだ。」
一語一語、噛み締める様に。
分かってほしい。
思い出してほしい。
"親に救われた"んだろ? お前も。
その『強さ』を、思い出せよ。
当麻も必死だった。
最早自身の命の行く末はどうでも良かった。
階級零で、不幸で、田舎者で……。
ただ一つ……この男は何処までもお人好しだった。
上条「思い出すんだ……!」
美琴「っるさいっっ、うるさいっ、うるさああぁぁいっッ!!」
泣いているのか、怒っているのか。
そのどちらもだろう。
歳相応な癇癪を起こしながら声を枯らして叫ぶ少女。
その身に再び、煌々とした雷光が纏わりつく。
美琴「零路鬥が無くたって……あんたをやっつける方法なんて……いくらでもあるんだあぁぁっッ!」
全身で弾ける雷をもはや隠そうともしない。
歯を食いしばり、明らかに限界を超える出力を無理矢理堪えている様子だ。
まさに、全身全霊の……御坂美琴の、これまでの生き様を賭けた……
美琴「刑殴獲斧(けいおうゑふ)っッ!!」
地崩れでも起きたのかと、当麻は思った。
しかしそれは勘違いだと気付く。
地に散らばった黒々とした砂鉄が、一斉に美琴の元に高速で集まっていた。
その勢いが余りに凄まじかったため、当麻の立つ地面すら激しく震動する。
これまでとは、桁違いの砂鉄量であった。
上条「……!」
美琴の右手に砂鉄が次々と纏わりつき、急速にその体積を増していく。
美琴「ああ゙あ゙ぁぁ゙ぁああぁぁっッ!!」
汽車の一車両分ぐらいはあるだろうか。
見上げる当麻の視界を埋め尽くすように、美琴が振り上げた右手から
巨大な『それ』が完成した。
斧だ。
罪人を処刑する断罪刃の様な、禍々しき巨斧。
しかし──美琴の限界を超える代物だからか──その端からぱらぱらと砂鉄は崩れ落ち、もはや切る道具とは思えない。
それでも良かった。
彼女は、
美琴「これで……」
当麻を
美琴「あんたを……」
思いっきり
美琴「叩き潰してやるっッ!!」
少女の腕が先程から嫌な音を立てて軋んでいる。
明らかに許容質量を超えていた。
しかしそれを、術で無理やり腕を強化して支えている。
まさに身を切る様な戦い方だ。
上条「……っ……!」
当麻はちらりと自身の右手を見る。
相変わらず痛々しい状態だが、もはや泣き言を言っている場合では無かった。
使えるか、使えないかじゃない。
使う。
右手を、紅に染まった右手を、天に向けて突き上げる。
精一杯の、己の矜持。
美琴「死んじゃえええぇぇぇぇっッ!!」
絶叫と共に、振り上げた巨斧を、思いっ切り少年の頭上へ叩き付ける。
支える腕の骨が不快な音を立てて折れるのを感じた。
しかし、もはやどうでもいい。
勝つ。
そして、取り戻す。
一度は疑ってしまった、自分の強さを、信念を。
そして当麻の右手が、遂に断罪の斧に触れる。
その瞬間、その巨大な斧の崩壊が始まる……が、
上条「……!」
その莫大な質量と勢いは……凄絶な破壊力は、打ち消せない。
容赦無くそのちっぽけな体を飲み込み、牙を立て、喰らい尽くす。
大量の砂鉄が地を叩き、巨大地震よろしく學園都市を揺るがした。
公園の遊具は軋み、辺りの木々は大袈裟にその身を捩る。
美琴「……やっ……た?」
あらぬ方に折れ曲がった右腕を抑えながら、息も絶え絶えの美琴。
その目の前には砂鉄で出来た小山が在るだけだ。
憎き敵を叩き潰した、血生臭い墓標だ。
それが……
美琴「あ……」
頂上が、微かに崩れた、と思った瞬間。
黒い砂を?き分けながら、ぼこりと手が生えた。
続いて腕、肩、と微かに震えながら、必死で砂山から這い出て来る。
遂に覗いた顔は、
上条「……本当に……死にかけた、な……」
そう言って、吐血混じりの唾を吐き捨てる。
美琴「……嘘……い、嫌……嫌ぁぁ!」
少女は信じられない、といった表情でゆっくりと首を振った。
次第に涙が浮かんで来る。
これが夢なら、悪夢で済んだなら、どれだけ良いだろう。
当麻はついに全身で這い出しながら、満身創痍の体でよろよろと立ち上がる。
そして、目の前の少女を、見据える。
しっかりと、その網膜に焼き付ける。
美琴は地べたにへたり込んだ。
戦意を失い、涙を浮かべた顔を恐怖にひきつらせて。
其処にいるのは、ただの女子中學生だ。
一方の当麻は、血に砂鉄がこびり付き赤黒く染まった右手を握り込む。
成程、「気持ちを伝える」ってもんは難しいもんだ。
こんな大怪我をしてまで、未だ、伝わらない。
その足を、ゆっくりと前に出す。
上手く動かない。すぐよろけてしまう。
が、歩く。
必死に、歩く。
そして、走る。
少女に向かって、走る。
右手の拳は、拳は、拳は握った。
構えた。
美琴「ひっ……!」
気持ちを伝えるのは、難しい。
難しい。
だから、いくら美麗な言葉を紡いでも、
飾った壮言を並べ立てても、
相手の心に響かなきゃあ、意味が無い。
長々しい説教を垂れても、意味が無い。
相手を無視して自身の説法に酔っては、意味が無い。
だから、語り合うんだ、拳で。
理解(わか)り合うんだ、魂で。
美琴「ひっ、ひぃぃいぃ……」
右手を構えたまま突進してくる当麻。
それを真正面から捉えるしか無い美琴は恐怖の余り、
ぎゅうと目をつむった。
来る。
上条「……!」
来る、右手が……。
あいつの、拳が!
……。
………。
…………・。
美琴「え?」
ぽん、と頭の上に、何かが置かれた。
美琴「……?」
恐る恐る、目を開ける。
目の前には、恐れの元である少年が。
そして、美琴の頭の上には……。
美琴「え……」
少年の右手が、優しく置かれていた。
彼の表情(かお)も、眼差しも、穏やかな光が宿っている。
その口が、ゆっくりと、柔らかく、開かれる。
上条「辛かっただろ……今まで……よく、一人でがんばったな……」
……。
そう言って、少年は優しく、そっと、少女を抱き締めた。
慈愛と、逞しさと、精一杯と。
美琴「あ……あ……」
両親を失ってから、
必死で、必死で、必死過ぎて。
壁を作って、怒涛の様に溢れる感情をせき止めて。
それが、決壊した。
少女が叫ぶ。
しかしこれまでの荒々しい絶叫では無く、
次第に涙声が混じって来る。
あの時以来、人前で涙を見せたことが無かった御坂美琴は
この日、声を上げて泣いた。
本当の"強さ"を教えてくれた人の、腕の中で。
───
───
いつまでそうしていただろうか。
先に気がついたのは美琴だ。
ぴく、と肩を揺らすと恐る恐る己の現状を確認する。
しっかりと、背中に当麻の腕が回っている。
自分の顔は、彼の胸板にしっかりとうずめられ、
お互い体が密着し──所謂、『抱き締められている』という、この状況。
耳から煙が出そうになる、と同時に慌てて当麻の胸を押し離そうとする。
上条「お?」
美琴はうつむいた姿勢。だから頭一つ高い当麻の目からは彼女の顔は見えない。
真っ赤っかの美琴の顔が、見えない。
まあ、見えた所で「熱でもあるのか?」と宣うのが関の山であろうが。
美琴「あ、う、ぇ」
確認した自分の状況が、余りに衝撃的だったのだろうか。
よろよろと後ずさる少女。
と、その肩を男のたくましい指が再び掴む。
美琴「ひ」
びくり、と跳ね上がる。
上条「おい、大丈夫か」
当麻の心底、心配そうな声が掛けられる。
先程の戦いで、美琴は右腕を骨折し、その上全身を電撃に晒した。
その身を気遣って、当麻は肩に手を掛けたのだったが……
美琴「な、な、」
わたわたと暴れる美琴が身をよじる。
当麻としては彼女が倒れないようにとやんわり支えているのだが、
傍目からは男女がいちゃついている様にしか見えない。
美琴「ひ、ぃ、離し……」
美琴はこの上なく混乱していた。
高鳴る鼓動は何だ。
火を噴きそうな顔は何だ。
. . . . . ..
この感情は何だ。
上条「どうした?」
当麻の顔が自分に迫ってくる。
半開きの唇が、汗のにじんだ頬が、網膜に叩き込まれる。
あ、こいつ、意外と睫毛長いんだ、と思った瞬間、もうたまらなかった。
美琴(あああああああそうだ、そうだ、これは、)
……が、素直に自信の気持ちを認められる程、美琴の精神は大人では無かった。
これは悔しさだ、と無理矢理結論付ける。
急速に走り出した自分の感情を曲げに曲げて、衝突した箇所はそこだった。
『負けた悔しさ』がこの鼓動の高ぶりなんだ、と滅茶苦茶な理論で自分を納得させた。
そうよ、ともう一度言い聞かせて、美琴はふむと頷いた。
美琴「あ、あたし……」
思い切って口を開く。
美琴「こ、今度こそ、あんたを倒すから」
何故か、当麻の目を見ることが出来ない。
その理由も分からず、熱を帯び続ける耳を鬱陶しく思いながら、吐き捨てるように言った。
一方の当麻は、その不躾な台詞に一瞬呆気に取られた顔をしたが、
「やれやれ」と囁くと、へそを曲げた娘を見る父親の様に、微笑んで見せた。
その笑みを向けられて、美琴は慌てて目を逸らした。
勿論、頬は朱に染めて。
一応は命の遣り取りをしたばかりの二人であるが、
この状況を傍から見れば、男女が睦まじくいちゃついているようにしか見えない。
だから、だろうか。
二人の間に差し込まれた声は、とても冷やかな物だった。
黒子「お姉様……?」
───
何が高鳴る鼓動だ[ピーーー]糞が[ピーーー][ピーーー]
おまけ
上条「うお、このケーキ美琴が作ったのか?」
美琴「うん……うまく出来たか、分かんないケド」
上条「いやいや、見た感じスッゲー美味しそうですヨ?」
美琴「ほ、ほんと?」
上条「ああ! ほら、一緒に食おうぜ?」
美琴「うん!」
上条「はは、何か食べるの勿体ないなww」
美琴「ば、馬鹿言ってないで早く食べなさいよっ////」
上条「うーい……パク」
美琴「……」ドキドキ
上条「……スッゲーおいしい!」
美琴「ほ、ほんとっ? 良かったぁ……」
上条「ほら、美琴も食べてみろよ」
美琴「う、うん」
上条「ほら」
美琴「え?……え?」
上条「あーーん」
美琴「な、バっ、え、ええぇぇえぇ////」
上条「あーーーん」
美琴「あ、あーん……」
パク
上条「ほら、うまいだろ?」
美琴「お、ぉいひぃ……////」
上条(くそぅ、可愛いなこいつ)
美琴「……」スッ
上条「え?」
美琴「……あたしだけに、恥ずかしい思いさせる気?」
上条「あ、いや、そんなことは」
美琴「あーん、して」
上条「あーーん……」
パク
上条「はい、おいしいです」
美琴「……」チョイチョイ
上条「あ、はいはい」
上条「ほら、あーん」
美琴「あーん」パク
美琴「ぇへへ……////」
上条「へへ////」
美琴「じゃ、次あたしね?」
上条「お、おぅ」
世の中のカップルって何でこう非生産的な無駄な行動が好きなの普通にガツガツ食えよ介助し合って無駄なんだよ無駄無駄しね糞しねしね
上条「ふぅ、ケーキうまかった、ありがとな」
美琴「べ、別にぃ、クリスマスでもなきゃ、作ってなんかやらn……」
上条「そっかー、また食べたかったのになー、残念だなぁー」
美琴「え……」
上条「ニヤニヤ」
美琴「……また、作ってあげる、わ、よ……」ボソボソ
上条「……」
美琴「……? 何よ、人のことじっと見て」
上条「それっ!」ガバッ 抱きっ
美琴「きゃぁぁ!?な、なな、な////」
上条「お前……可愛すぎるんだよ」ギュー
美琴「////」プシュー
上条「……しばらく、こうしてていいか」ギュー
美琴「あ、あんたじゃなかったら、とっくに……」ボソボソ
上条「♪」ギュー
美琴「////」
───
上条「……なぁ」
美琴「え?」
当麻の視線の先に、美琴の瑞々しい唇があった。
中学生のぷるぷるとした桃色の花弁が、果汁を含んでいるかのようにしっとりと濡れていた。
少年の喉がこくりと上下する。その雰囲気に気付いたのか、少女の頬がみるみるうちに朱に染まった。
上条「……」
少年が躊躇っていると、少女は緊張しながら、しかし、そっと目を閉じた。
当麻の喉が再び上下に動く。覚悟を固めたようだ。
薄暗いキャンドルの光に照らされた部屋の、二つの影が、ゆっくりとかさえdるf知お7y82;所1cンp子g1389fdがgだlふえ8くぃdyq
お久しぶりです。
今日は何もすることがないので書きます。
今日は何もすることがないので書きます。
───
美琴「うわぁぁぃ!?」
素っ頓狂。
正に、そんな声、
美琴「く、く、くろっ!?」
をあげる先輩を白い目でじとりと見やるのは
黒子「………」
久々の登場。
風紀委員、白井黒子。
ちなみに美琴とは常盤台女學園の先輩後輩の間柄であり(それ以上の関係、とも〈本人談〉)、
初春にとっては風紀委員の上司である。
と、そんな彼女が『階級伍の女が暴れている』と通報を受けて、風紀委員として急いで現場に駆けつけて見れば、
(※以下、黒子が見た映像)
上条「おぉ、まいハニヰ、嗚呼ジュテヱム……」
周りに薔薇が咲く。
美琴「恥ずかしいわそんな……あたくしの愛しき人……」
ひしっ
(以上)
不純異性交遊の現行犯。しかも、
. ...
黒子(しかも……わたくしのお姉様がっ……)
当人が聞いたら拳骨でも食らいそうな憤慨の仕方をする黒子。
黒子(こんな下賤な類人猿とおおおおおぉぉぉぉ!)
美琴「え、えっと……」
まだ頭のぼんやりが抜けきっていない美琴が焦りに焦りながらわたわたと言葉を紡ぐが、
尚も黒子が刺し込む。
黒子「殿方と二人で……だき、抱き合って、何していますの?」
上条(この子は……確か……)
過去の記憶を手繰り寄せるのに頭を使う当麻よりも
心の中でハンケチをびりっびりにに噛み千切っている黒子よりも
先に反応したのは、美琴であった。
美琴「だ、だ、だ、抱きっ!?」
そこで慌てながら自分の状況を省みてみる。
上条「………」
ひしり。
腕に感ずる温もりは。
美琴「あ、っ、……?」
しとり。
己の肩に掛かる仄かな重みは。
上条「………」
間近に映える濡れそぼった唇は。
っ。
少女の頭の中で、爆ぜる。何かが。
美琴「あぎゃあああああああああ!」
絶叫しながら振るった平手が、しっかりと当麻の頬を捉えた。
上条「あぼへぁっ!?」
女子の平手打ちというには余りにも大仰で重厚な音が響く。
遠くで鳥達の羽ばたきが聴こえた。
全ての時の流れが、遅くなった。と感じたのは、少年だけだったであろうか。
数秒後には寸断される意識の残り滓が、
普段は有り得ない方向に流れる景色を愛おしげに網膜に映す。
二回、三回、とぐるりぐるりと酔っ払いの様に舞い回り
上条「…………」
倒れた。
───
夜また来ます
───
美琴「はぁーっ……はぁーっ……」
顔はおろか耳まで真っ赤に染め上げて、
洋シャツの合わせを震える指で締め上げて
目に涙を浮かべる少女……といえば何やら誤解を招きそうだが
上条「………」
鼻血を垂らしながら白目を剥いて倒れている少年が被害者である、ということを記しておく。
一方の黒子は
黒子「あはぁんっ、それでこそお姉様ですのっ!」
と黄色い声を上げながら美琴に飛びつこうとし、
美琴「だぁぁからあんたはぁぁ!」
必死で手で押さえられていた。
しばらくこの光景が続きこの章は終了、とするのが平穏な物語の筋というものなのだろうが、
「だ、だ、大丈夫ですかっ!?」
もう一人の登場人物によって、話は別の方向へ転がりを見せるようである。
上条「ん……あ?」
「良かった……気がついたんですね!」
半べその顔で当麻を覗き込んでいるのは……
上条「初春……ちゃん?」
初春「ひどい怪我……痛みますか?」
上条「あ、いや、大丈夫だよ」
心から心配そうな顔をする飾利に、逆に当麻のほうが気を遣ってしまう。
黒子「あら初春、遅かったじゃありませんの」
そういう黒子だが、特段怒っているようにも見えない。
いつもの挨拶の様な物なのだろう「。
初春「それは、空間転移者の白井さんには敵わないですよぅ」
狼煙(のろし)を見てから急いで来たのに、佐天さんと遊んでたのに、とぶつぶつ零す飾利。
黒子「ま、それはいいですわ。救急箱、持って来ましたわよね?」
腰に手を当てながらそう言う黒子に、飾利が慌てて持ってきた手提げ箱を差し出す。
初春「はいっ」
黒子「じゃ、早速お姉様と……ついでに、この類人猿の手当てを……」
と言い掛けた黒子だが、
黒子「……ってあら?」
当の飾利は既に当麻の治療を始めていた。
初春「血がこんなに……それに、傷も……」
泣きそうな顔で消毒液を脱脂綿に浸し、おずおずと傷口に当てる。
上条「っ痛……」
初春「あっ、ご、ごめんなさい」
上条「いや、いいんだ、頼む」
一方、美琴の治療には黒子が当たる。
黒子「……これは」
愛しのお姉様の躰に触れられる、とさえ思っていた黒子だったが、怪我の状況を見てその表情を変えた。
黒子「お姉様……痛みますか?」
美琴「うん、ちょっと……」
黒子「! 腕が折れてますわね……一体、何が?」
美琴「……別に、ただの喧嘩よ」
ぼそりと呟き、ばつが悪そうに目を逸らす美琴。
黒子「喧嘩……!? もしかして先ほどの殿方と……!?」
驚きの余り黒子の手が止まる。
黒子(階級伍のお姉様にここまで手負わせるなんて……)
今年の入學者に其処までの逸材がいた等という情報は入っていない。
ならば、何故。
黒子が神妙な顔をしていると、美琴も又抑揚の無い声を掛けた。
美琴「黒子、手当て。」
黒子「あら、はいはい」
お互いの表情は硬く、胸中に何か思いを含んだでいる風である。
一方、当麻の側では割と藹々とした物だ。
初春「こんなに酷い怪我だなんて……後できちんと病院に行ってくださいね」
上条「ああ……」
そう生返事をする当麻だが、自身の経済状況と物臭な性格を鑑みるに、後々医院に行く可能性は低いだろうな、
と自覚混じりに考えていた。
するとその心中を見抜いたのか、
初春「絶対ですよ? あ、何でしたら、その、私が……着いて行っても……」
後半は何やらごにょごにょとしていたが、これでも随分な勇気を振り絞ったものなのだ。
上条「い、いやいや!そこまで気を遣って貰わなくても大丈夫だよ!」
慌てて手を振る朴念仁は、少女が軽く哀しげな眼差しをしたことに気付かない。
と、初春の目が改めて当麻の満身創痍の身体を見る。
初春「それにしても……」
どうしてここまで、と初春がぽつりと零す。
上条「ああ……ちょっと……」
少々言葉を濁す当麻。
上条「喧嘩で、熱くなっちゃって……」
はは、と少々笑いで誤魔化しながら告白する。
初春「喧嘩、ですか」
そう言って、ちらりと美琴の方を横目で見遣る。
その眼差しは決して友好的なものでは無い。
それもそうだ。
初春だけではない。幾人もの風紀委員が──黒子を除いて──この"暴君"の存在を疎ましく思っていたのだ。
喧嘩沙汰だ、このままでは死人が出る、と切羽詰まった通報が入る。
そして駆けつければ十中八九、この少女が騒ぎの中心に居た。
周囲に血を、"人体"を撒き散らしながら。
しかし、誰がそれを制止出来よう?
彼らの親玉たる學園都市、其の物が彼女の存在を、振る舞いを、赦している。
また、その鬱憤が余りにも日常と化した。
そうして、もはや風紀委員のほぼ全員が──初春を除いて──この"暴君"の存在を諦めと共に認めてしまっていた。
初春「………」
一人の"反逆者"たる少女の視線が、かの暴君の眼とかち合った。
美琴「……何よ」
初春「……恥ずかしくないんですか」
黒子「初春」
たしなめる様に、黒子。
それは、既に声が震えている後輩を気遣っている、彼女なりの優しさでもあるのだろう。
初春「だって、階級伍なのに、いっつもいっつも、その、人を、人を、傷つけ」
黒子「初春!」
今度は強い声でぴしゃりと遮った。
その怒声に思わず「ひう」と情けない声で怖じる飾利。
が、黒子は飾利を叱っている訳では無い。
判っている、のだ。
自身が愛して止まない"お姉様"が、また、どうしようもない癖を持っているということを。
即ち、『挑まれれば立ち向かない訳にいかない』ということを。
飾利と美琴では勝負にならないことは目に見えている。
しかし、それでも、神術士・御坂美琴は"立ち向かう"だろう。
呪いのような、傷心記憶〈trauma〉に背中を小突かれ、その足を前に踏むだろう。
黒子はそれを癒そうと幾度も幾度も試みてきた……。
しかし、それは敵わなかった。
今黒子に出来るのは、『風紀委員として正しく行動せんとしている後輩を止める』ことだけだった。
歯噛みと、歯がゆさと、共に。
はずだった。
美琴「……ごめん」
黒子「え?」
初春「……え?」
上条「……」
呆気にとられ、思わず顔を見合わせる二人の風紀委員。
目を丸くする少女の間で寝っ転がっている少年だけが、微かな笑みを浮かべているのみ。
生まれてこの方最も縁遠かった言葉を吐いた少女は、その歯触りの心地悪さに思わずうつむいた。
なんだろう、背中がぞくぞくする。
そして、顔が火照ってくる。
初めてだ。こんな感じは。
そんな不慣れ感触に思わず顔を伏せる美琴に「あらまぁ」と素っ頓狂な声を上げたのは
黒子「お姉様……もしかして頭も打ったのでは……」
これまで彼女に抱いていた諸々を打ち捨てざるを得なくなった黒子だ。
美琴「なっ、何よそれっ、失礼ねっ」
そして軽く上ずった声を出している美琴を見やりながら含み笑いをする少年は
上条「………」
幸福だった。間違いなく。
今のところは。
初春「……す、すみません……私こそ、失礼なこと言って……」
ぺこりと頭を下げる飾利だが、内心はまだ呆気に取られていた。
てっきり、自分もかの被害者達のように慰み者になると思ったのに……。
実は、話せる人なのかもしれない、と評価をがらりと変えたのであった。
そして、こちらも豆鉄砲食らいの黒子が未だ信じられないといった調子で口を開く。
黒子「先ほどもこの類人猿と抱き合っておりましたし……一度脳のお医者様に見ていただいた方が」
黒子が頬に手を当て首を振りながらそうのたまっている傍から
初春「だっ、だっ、抱き合っ……!?」
今度は別の箇所から感情が噴火した。
初春「かかかか上条さんどういうことですかっ!?抱き合っ、抱き、だく? だ、だ、抱くって、こう……」
目は渦巻きで顔は真っ赤、耳からは湯気の三拍子でぽかぽかと可愛らしい音で当麻を叩く飾利。
ところがいくら飾利の拳と言っても、叩かれる場所は先刻の命の獲り合いが遺した傷である。
上条「痛い痛い痛い痛い!?痛いよ初春ちゃん!?」
場は一瞬で、再び混乱の渦と化した。
軽く涙目になりながら飾利がふらふらと指を差す。
その先には、さっき"暴君"から"実は良い人?"に評価が昇格した少女が。
初春「や、やっぱり私あなたのこと……御坂さんのこと、嫌いですっ!」
何を言っているか当人も分かっていないのだろう。
朱にそまった顔で、焦点の定まっていない涙目で、ふにゃふにゃとした口元で情けない声を飛ばした。
美琴「は、はぁ!?」
美琴も目を丸くして、しかし先程の当麻との密着が思い出されたのか、興奮と混乱にまみれながら
何やら頬を熱くして額に汗を浮かべている。
黒子「初春!お姉様になんてことを!」
むきー、と云う感じで左右に束ねた髪を天に向けながら憤慨する黒子が一歩踏み出す。
その足はぐにりと当麻の顔面を踏ん付けた。
上条「痛いっ痛ふがふが」
初春「上条さんの浮気者ー!」
飾利は更に顔を真っ赤にしてぽかぽかと叩き続けている。
上条「痛い痛い痛い痛いですよ!?浮気!?何が!?」
鈍いにも程がある少年が、しかし痛みには敏感に絶叫する。
美琴「だだだ誰がこんな奴にど、ど、どきどきなんか」
そう言いながら頬を朱に染めて手にばちばちと電流を走らせて当麻を見下ろしているのは階級伍の電撃使い。
上条「ふ……ふ……」
黒子「ですのー!」
初春「うええん」
美琴「あぁぁぁあぁぁああ」
この状況の判断は人によって千々分かれるであろう。
しかしまあ、少なくともこの自称不幸な少年にとっては
上条「不幸だ─── っ!」
───
───
有機的な打撃音が軽く二つ。
まだこの國には浸透していない、所謂ノックという文化である。
返事は無い。
もう一度執事が扉に手を上げた時、中でごそりと何かが動く音がした。
軽く咳ばらいをしてみせてから、落ち着いた声で主を呼ぶ。
「坊ちゃま」
それに応じて部屋の中から「はい」という透き通った様な、か弱げな声が上がった。
割と年季の入った厚めの扉であるが、執事の白い手が至って上品に開ける。
喧しい軋みの一つも許さない、と言う様な彼なりの矜持が見て取れた。
長身、色白、端正な顔立ち。上流下流問わず、御婦人方が熱狂しそうな容姿を纏った青年。
その彼が手に持つ盆には、これまた上品な茶器が鎮座している。
芳しい香りの元は、ポットの口から儚げに立つ湯気だろうか。
青年は部屋の主に軽く一礼すると、顔を上げてにこりと微笑んで見せた。
くどいようだがその笑顔もまた世の女性達を虜に云々。
一方、その極上の笑みを向けられた部屋の主は、寝ていた姿勢からゆっくりと起き上がりつつ、
寝惚け眼をしょぼしょぼと青年に向けるばかりだ。
部屋の内装は簡素だが、やはり気品が漂う造りとなっている。
その中で一際……窓際に置かれた、アンテヰク調のベッドが存在感を放っていた。
そしてその上で今まさに眠りから覚めたのが、この部屋の主たる少年である。
姿勢を起こす度に少しぼさついた、白髪交じりの灰色の髪の毛が揺れる。
まだ少し眠気が残るようで、子供のようなくりくりとした黒目が、
しかし起きぬけのどんよりさに塗れてぱちぱちと瞬いた。
「坊ちゃま、お茶をお持ちしました」
若き執事がにこやかに話し掛ける。
「うん、ありがと、垣根君」
少年が目を擦りながら、にへらと笑う。
傍から見れば兄弟の様な立ち位置だが、彼らは齢拾六の同い年である。
と、そこで垣根君、と呼ばれた青年は何故か困った様な、慌てた様な顔をしてみせた。
垣根「またその様な、困ります 私は貴方の執事なのですから、その様な呼び方は……ただ一言、『垣根』とお呼び下さい」
胸に手を当てながら困り顔でそう諭す垣根帝督(かきねていとく)だが、
当のご主人様はそれよりも更に苦悩顔をしながら腕を組む。
「うん、でも……垣根……くんは、僕と同い年だし……」
後半は、聞いているこちらが心配になる程に泣きそうな声であった。
それに少し心を絆されたのか、帝督は柔らかく、優しく言い諭す。
垣根「旦那様も、私の事をそうお呼びになります ですから、坊ちゃまも、ね?」
まるで子供をあやす育児父である。
「おじさんも?」
不安げに俯けていた顔を上げ、恐る恐る帝督の目を見る。
垣根「はい、ですから坊ちゃまもしっかりと……この家の主たる態度を取っていただかないと」
そう言って優しく微笑む。
垣根「あなたは一方(ひとかた)家の唯一の跡取りなのですから……通行(みちゆき)坊ちゃま」
───
上条氏ね
上条「なー美琴
美琴「何よ」
上条「今日は何の日?」
美琴「さあ?月曜日?」
上条「いや、そうじゃなくて、その、」
美琴「2月14日?」
上条「うん!うん!その、今日は、それで、何の日!?」
美琴「えー?何の日なの?ぜんっぜん分かんない」
上条「……ほんとに分からないのか?」
美琴「うん」
上条「今日はバレンタインデーだろ……その……チョコ……」
美琴「チョコ?」
上条「チョコ……欲しいです」
美琴「ほんとに?ほんとに欲しい?」
上条「そっ、そりゃもちろん!」
美琴「……」
上条「……」
美琴「っじゃーん!!」脱ぎっ
上条「おおう!?」
美琴「全身チョコレート塗ったくった美琴ちゃんを召しあーがれ♪」
上条「ほー!通りでさっきからカカオ臭いと思ってたら経血じゃなかったんだねー!」
美琴「んもう!そんなの2割しか入れてないわよ!さあ私は貴方のチョコ隷奴っ!」
上条「うおぉん俺のチョコバーがブラックチョコに盛り長性化(もりながせいか)って感じで……」パクッ チューチュー
美琴「あぁんらめぇ胸のチョコチップがカカオ豆になっちゃうよぉ」
上条「美琴おおおおおおおおお」
美琴「当麻あああああああああ」
カップル氏ね
wikiの人更新HAEEEEEEEEE
乙様です
>>596で
第七話 曇天返し
完
です。
第八話 一方と他方
上条「いぃででででで!」
「男の子だよね?少しは我慢しなくちゃあ」
上条「でもこれは尋常じゃ無い痛みですよ!?かえる先生!?」
閑静で静穏、そんなイメヱジが漂う病院の一室で大声を上げて騒いでいるのは、
先日の戦い──階級伍との死闘──を繰り広げた無術士、当麻である。
そんな彼にぎゅうときつめに包帯を巻いているのは
「ああ、君もやっぱりそう呼ぶんだね……」
肌が緑色で無いのが不思議な程の顔立ちをした、通称『かえる先生』。
由来は言うまでもあるまい。
上条「え!? あ、えと……すいません」
あはは、つい。と付け足しながら誤魔化す当麻。
ちなみに、この病院を紹介してくれたのは青ピである。
"冥土帰し"の異名を持つ、凄腕の医者……そう聞いて最初は緊張したものだ。
そして、実際に会ってみて、その……なんだ、ユニヰクな顔?に面食らったのが数日前のことだ。
「やれやれ……まあ、慣れてるからいいんだけどね」
上条「何かすいません……」
ぽりぽりと頭を掻きながら謝るしかない。
「しかし……君もなかなか頑丈な体してるねぇ、一週間もすれば包帯は取れるよ」
幸い何所も折れていないようだし、と付け加えながら当麻の回復力に舌を巻く。
上条「いやあ、昔から色々とありまして……」
これまた苦笑いを浮かべながら。
幼い頃から不幸な出来事まみれで、怪我や喧嘩の絶えない当麻らしいといえば当麻らしい特長だ。
にしても、カルテに目を走らせながら口を開く。
「もう一人の……ええと、君の"喧嘩相手"は……」
ちらり、と当麻の方を見遣る。
其処には嫌みも何も無い、ただ純粋な一医者としての興味だけが在った。
「階級伍の御坂美琴くん、ねぇ……彼女の方が結構重傷、かね」
淡々とした言葉が当麻の胸に沁みてくる。
医師の視線を受けながら、少年が真一文字に結んだ唇を開いた。
上条「御坂は……あ、いや、御坂さんは、大丈夫なんですか?」
一度は殺されかけた人間だが、今では心の通った友……だと、当麻は思っている。
彼は相変わらずお人好しだった。
その心配顔に、先生がにこやかな笑みを向ける。
「心配はないよ。彼女も二週間程で全快だね」
それを聞いて当麻も胸を撫で下ろした。
上条「そうですか……良かった」
その屈託の無い様子に、医師はますますその目を細める。
「成程……ねぇ?」
上条「え?」
「いや……どうやって医者の私ですら治せなかった、彼女の心の傷を治したのかと思ったんだがね」
じ、と当麻の目を見つめる。
「君だから、治せたんだね?」
その視線が、何だかくすぐったくて、当麻は全身のむず痒さに身をよじった。
上条「い、いや、ま、そんな、大層なことはしてませんでして、はぁ」
ただ不幸な体質なので色々巻き込まれまして、と照れ笑いを浮かべる。
「いやいや、君は……」
◆◆◆◆
神術士、御坂美琴が仁王立ち。
その字面だけで學園都市の住人を震え上がらせるには十分だが、
加えて腕組みをしながら険しい顔をして睨み上げているのだから始末に負えない。
ましてや場所は、住宅街の公園。平和な住人達の憩いの場……であり、
そう、先日死闘が繰り広げられた、あの、場所である。
そして美琴がさっきから睨みつけているのは、件の自販機(正式名称:自動販売機)だ。
数日前彼女が"へし折った"はずの自販機は、腹に一部の凹みを残しているものの
綺麗に修復され、また現役稼働中である。
美琴「………」
御坂美琴は珍しく、悩んでいた。
どの様に飲み物を獲るか、では無い。
美琴「………」
飲み物を獲るか、獲らないかを悩んでいた。
先程から倫理的に問題のある選択肢がちらちらと見えているが、
これでも彼女にとって大変な成長であるということを追記しておく。
少女の脳裏にあの日の様々が蘇る。
正直、ほろ苦い、思い出。
その苦みに思わず奥歯を噛み締めた。
まあ、彼女の歳で素直に良薬を飲み込めというのも無茶な話だろう。
少女の目が自販機の古傷を見つけた。
注視。
視線に熱が在るのなら"そこ"から煙が出そうな程に。
ちりちりと、じりじりと、少女の瞳孔が収縮し、注がれる、視。
美琴の喉がごくりと鳴った。
それと同時に、絆創膏だらけの手がそっとポケットに差し込まれる。
覚悟が、決まったのか。
取り出したのは、買う為の硬貨では無い。
遊戯場で使われる、似非硬貨だ。
そう、『零路鬥(レヰルガン)』の───!
◆◆◆◆
外に出ると、さっきまでの薬品臭い空気とは違ったそよ風が心地良い。
ふと病院を見上げながら、少年は先程の医師の言葉を思い出していた。
『いやいや、君は……まあ、不幸かもしれないけど───』
◆◆◆◆
ちゃりん、と微かな音が中で響いた。
入って、落ちて、鳴って。
美琴「………ふん」
美琴は鼻を鳴らして自販機を睥睨した。
一度は零路鬥を撃ち込もうかとすら考えていたが、なぜだか例の少年の顔がちらついて、それが出来なかった。
自分の中で色々と言い訳してみるが、彼の存在が自分の精神に多大な影響を及ぼしたことは事実らしい。
それが認め難く、また悔しかった。
散々葛藤した挙句、結局似非硬貨を自販機に入れて"故障させてやる!"という結論に至った訳で……。
美琴「ふ、ふんだ!あたしは別に……今までのことを悪いなんて思ってないし……」
だからこうやって、また故障させて、と誰に言い訳しているのか、落ち着き無くぶつぶつと零している。
美琴「あいつに……あ、あんな奴のことなんか、どうだって……べ別に、良い子に思われたくなんかも無いし……っ」
だからあたしはずっと、ずっとあいつに嫌われるような悪い子でいるんだ!
◆◆◆◆
『君は、人を幸せに出来る』
◆◆◆◆
あ、もしもし……交換士の方ですか、はい、えっと……學園都市公共事業部につないでください……。
……あ、はい、もしもし、事業部の方ですか、……あー、ええっと、そのぉ……
あの、あたし……公園の自販機に、えっと……間違えて、あの、遊戯場の硬貨を入れちゃって……。
はい、あ、えっと!わ、わざとじゃないです!はい!うぅ……。なので、あの、あの、修理、とか、その、
お願い、しま、す……は、はい。そうですか……。お、お願いします……。え?あ、あのっ!
………。
…………ご、ごめ、ん、な…さい……。
───
───
気泡が点滴の中を昇り、弾け、鳴る。
物音、といえばそれくらいであった。
そして時折、思い出したように病床の脇に置かれた装置が呻りを上げる。
そこに、初矢が唾を飲み込む音が響く──微かに余韻が残る程度に。
そして又、沈黙が降りる。
静寂、という言葉で表す他に無い環境だが、ここに居るのは初矢ひとりだけでは無い。
病床の敷布団に深く深く身を沈めながら、仰向けに横たわる人物。
その目は静かに閉じられ、表情は愚か気配すら希薄だ。
唯、美しい。
それだけが在った。
その
目
が
介旅「………」
開いた。
新井「成程」
開口一番、とはこういう時に使う言葉なのだろうか。
新井「幻想殺し……九分九厘間違いなさそうだ」
淡々と紡がれる音を聴きながら、初矢は特段気にも留めぬ様子で傍らに控えていた。
それもその筈だ。
幻想殺し──全ての異能を打ち消す力──の存在を伝え聞いては居たが、
だからどうした、というのが正直な感想である。
もっと出鱈目な能力を持った輩なら、この學園都市にはごまんといる。
それらに比べれば『打ち消す』なんて、何とも単純で分かり易い代物じゃないか、
というのが初矢の専らの考えである。
介旅(まあ、あの御坂美琴に勝った、というのは認めてやらんことも無いがな)
學園都市第参位の神術士を無術士の少年が降(くだ)した……。
まだ一般の人間には知られていない話だが、如何せん当麻と美琴を監視していた身である。
戦いの様子から決着から、その情報は全て省帆と共有し……そして今、上司である宮郎に報告したのだ。
成程、痛快な話をもたらしてくれたその実力は認めよう。
にしても、だ。
そもそもこの少年が入學して以来……というか、その入學すらこの理事長の肝いりなのだが、
それにしても上条当麻という人物に掛かりっきりである。
これまで粛々と學園都市の運営をこなしてきた宮郎が……少なくとも初矢が知る限りにおいて、
ここまで能動的な行動を見せたのは初めてだ。
おかげで最近はめっきり仕事が増えて困っている。
はあ、自分としては早い所、話を切り上げて省帆が居る部屋に戻りたいのだが……。
新井「なあ、介旅君」
と、突然水を向けられて思わずたじろぐ。
介旅「は、はい」
新井の右腕として──主に"裏"の世界において──様々に働いてきた初矢だが、やはり根っ子は気弱な青年だ。
其処は幼い頃から変わらない。
新井「ちょっと頼みたいことが在るんだ」
一方の寝たきりの王は、何の躊躇いも無くその宣を下す。
介旅「なんでしょう」
新井「ちょっと」
王の
宣告。
新井「爆弾魔になってくれないか」
───
◆◆◆◆
一方家の屋敷をぐるりと囲う煉瓦造りの塀。
結構な高さがあるそれらだが、人目につかない屋敷の裏手の方、その塀の上で、
何やら灰色の綿毛が揺れていた。
が良く良く見ればそれには手がある足がある。
それは綿毛では無く、白髪混じりの髪を乗せた少年……一。
塀を乗り越えながら、通行は思う。
一方(やっぱりやめようかな……?)
ふと、塀の上に布団の様に被さりながら、動きを止める。
が、すぐにふるふると頭を振ると自身に言い聞かせる様に力強く頷いた。
一方(いや、決めたんだ……外の世界を見ようって)
そうだ。決めたじゃないか。
もう一度自分を鼓舞してから、おっかなびっくり、そろそろと足を降ろしていく。
───自分は、両親の顔を知らない。
物心ついた時には、既に叔父の世話になっていた。
養子にも関わらず、叔父は実の親の様に愛し、慈しみ、育ててくれた……。
両親が交通事故で亡くなった時、やはり親戚一同が大いに騒いだそうだ。
自分はそういうことには疎い方だが、両親の死後、有象無象が啄(つい)ばもうとした
一方家の財産を、叔父が独りで守りきったそうだ。
一方(そのおかげで、僕は今幸せに暮らしていられるんだ……)
分かってる。分かっている。
でも……。
穿った言い方だが、自分は大事にされすぎているのではないか。
最近、そういうことを想うようになった。
そこで、友達で執事の垣根君に内緒でお願いしてみた。
外の世界を見たい。
結果、一も二も無く却下された。
「お身体に障ります」、と。
生まれつき体の弱かった僕は……そう、正に生まれてからずっと自室の病床の上で過ごしている。
たまに検査をしに、屋敷の医務室へ赴くことはあるけれど……ほとんど一日中、布団の上に体を横たわらせている。
叔父さんは言った。
まだお前の身体は外の世界は耐えられない、外は、野蛮過ぎる、と。
頭を撫でながら、いつもの優しい笑みを浮かべてそう諭した。
自分は外の世界のことを知らない。
垣根君は割と知っているようだけど、「俗世のことですから」と教えてくれない。
『外』
見たい。でも、怖い。
だけど、と最近ある考えが浮かんだのだ。
僕には、ある力がある。
医務室で判って、授けてもらった、僕の"術"。
それは……
一方(物体の加速度を操ることが出来る……!)
そう、この術を使えば、外で怖い人や怪物?に遭っても、何とかなるかもしれない。
……といっても、僕の術の階級は参。
それに、何度も術の訓練を受けてみたけど、教官と言われる人たちは渋い顔をしていた。
要は、まだまだ術士としては半人前な訳で……。
一方(でも)
見たいんだ。『外』が。
足の先を限界まで下げて、つま先で地面を探ってみる。
が、つま先は空しく空を切るだけだ。
通行は一瞬泣きそうな顔をしたが、何かを決意したかのように口元を引き締めると、
一方「えいっ」
思い切って"飛んだ"。
一瞬、通行の身体が下にがくん、と落ちるが、
次の瞬間、重力を無視するかのように、ふわり、としゃぼん玉の様に浮かんだ。
術の力で重力の加速度を減らし、逆に上向きの力に変えたのだ。
このままゆっくりと地に着くか、と思ったが……
一方「あ、あれ……? あ、あぁあ……!」
次第に軌道が安定しなくなり、浮かんでいたのも束の間。
見えない糸が切られたかのように、急に重力に任せてその身を落とした。
派手な音がして大いに尻もちを着く。
幸い、塀の高さはそこまででは無かったようで、虚弱な通行でも命に別状は無さそうだ。
とはいえ、箱入りに育てられた通行には新鮮な痛みだったようで、泣きそうな顔をしながら
尻をさすっている。
一方「あいたたたぁ……うん?」
ふと、自分の手を見る。
尻もちを着いたときに付いたのだろう。その手が土で汚れていた。
それを見ながら、宝物を発見した盗掘士の様な声で、ささやいた。
一方「これが……土………」
土。
地面。
─── 外。
◆◆◆◆
すいません、また、しばらく「外」行ってきます
訂正
×それは綿毛では無く、白髪混じりの髪を乗せた少年……一。
○それは綿毛では無く、白髪混じりの髪を乗せた少年……一方通行だ。
やっと釈放されたよウワァァァァン
◆◆◆
爆弾魔。
介旅「爆発物による破壊行動を目的とした個人的・政治的動機による建物もしくは対人の……」
ぺらり、と紙の擦れる音が書斎の虚空に消えていく。
何やら分厚い書物──この時代にはまだまだ貴重な、辞書と呼ばれる知識の庫。
薄暗い部屋でそれを食い入るように見ているのは、相変わらずの神経質そうな表情を浮かべた初矢である。
介旅「全く……理事長にも困ったものだ」
ずれた眼鏡を指先で持ち上げながら、やれやれ、といった感じである。
そんな溜め息まじりの独り言を聴く人間は、初矢以外この場にいない。
彼としては省帆に愚痴の一つも聞いてもらいたい所であったが。
残念ながら彼女は彼女で別の「仕事」をしているらしい。
確か今日は「あれ」を「捕獲」する仕事に行ったはずだが……。
介旅「しょうがない、夜まで我慢するか」
尤も、彼にとっては『彼女と話す』ことが最重要事項であり、それ以外は心底どうでも良いのだが。
そう、それ以外はどうでも良い。
爆弾魔になることに躊躇を見せるほど、人並みな罪悪感なぞ、持ち合わせてはいない。
介旅「………」
それが介旅初矢という人間であった。
介旅「さて、そろそろ用意するか」
今夜の献立でも決めるような調子で呟く。
そして床に置かれた木箱に近寄ると、まじまじとそれを見下ろした。
軽く足で蹴ってみる。
がしゃ、と多量の金属が擦れる音がした。
それに満足そうな笑みを浮かべる…………と、
ぎゃああああああ来たああああああ!!!待ってた!!
「介旅様!」
どたどたと騒がしい音を立てて、黒服の男達が書斎に雪崩れ込んできた。
初矢はそれにあからさまに眉を顰めてみせる。
書斎はいわば初矢と省帆だけに許された空間であり……いきなり汗臭い屈強な男共が飛び込んでくれば、彼にとって面白い訳が無い。
介旅「何だお前達、話なら外で……」
不満顔で言い掛けるが、男の一人の叫び声に遮られた。
「ほ、報告します! その……逃げられました!」
悲痛、ともいえる声。
介旅「逃げられた? 何だ? 何がだ?」
いまいち現状を把握しきれないらしい初矢に、別の男が叫び返す。
「その、檻に入れようとしましたが……少し油断した隙に噛み付かれまして……!」
そして最初の男が続ける。
「い、いかが致しましょう……!」
介旅「待て、待て、何だ、犬でも捕まえたのか?」
宮郎から下された様々な指示を思い起こしながら、犬だか猫だかを捕まえる仕事があったかしらんと考えを巡らせていると、
「例の少女に逃げられまして……!」
その言葉に、初矢は背筋を凍らせた。
介旅「それは……その女は……! "計画"の最重要事項だろう……!?」
目を見開き、唇をわなつかせる。
彼が決して普段は見せない、恐怖の表情。
落ち着かない動きで男に近付くとと、ぐいとその首を締め上げた。
介旅「その仕事、省帆が関わっているだろう!? 省帆はどうしたんだ!? 省帆は!? 省帆は大丈夫なのか!?」
男の一人を本棚に押し付けながら、唾を飛ばしてまくしたてる。
男が泣きそうな声で何とか言葉を返す。
「省帆様は……! 省帆様は捕獲に成功されましたが……その、檻に入れる時はお手洗いに行かれておりましてぇ……!」
後半は悲痛な叫びとなって、必死な命乞いにも聴こえた。
介旅「じゃあ省帆には責任は無いんだな!? 責任を取らされるのはお前達だけなんだな!?」
「は、はいぃ!」
と、急に締め上げていた力が抜けた。
「!?」
いきなり支えを失った男は、本棚に背を預けながら、どしんと盛大に尻持ちを付いた。
それを痛がる余裕も無く、青い顔をして苦しそうに息を紡いでいる。
他の男達も、激昂した初矢に気圧されて、微動だに出来ずにいた。
と、初矢の首がゆっくりと動く。
そして、本当に嬉しそうな声で言った。
初矢「なんだ、ならいい」
そして、くるりと男達の方へ向けた。
本当に、素敵な笑顔を。
「ひぃっ!?」
その余りの変わり様に思わずびくりとする男達。
初矢「責任を取るのはお前達だけなんだな。 なら、いい。」
「は………………?」
彼にとって、省帆以外はどうでも良いのだ。本当に。
初矢「ほら、早く関係各所に連絡して捜索網を敷くんだよ」
元の冷たい表情に戻ると、極めて事務的に言い放った。
「は、はい!」
初矢「そして、早く捕まえるんだ」
鍵、だと理事長は言っていた。
彼が何をしようとしているのかはどうでもいい。
だがまあ、俺と省帆の生活をもうちょっと伸ばす為には必要な事なのだろう。
初矢「禁書目録〈ヰンデックス〉を、な」
◆◆◆
時間が経ちすぎて自分でも読み返さなきゃ話が思い出せん程の長期休止で平に平に申し訳なく云々
というかもう見てる人いないよね……?と思ってたら>>661さんありがとうブワッ
まてまてまておいちょっとまて釈放っておまえなにやらかしたんだおい
正義超人がたくさん……!
>>666
いえいえ……お気になさらず……(トラウマ
◆◆◆
學園都市に住む人間──その世代、階級は様々だ。
そして特に階級……所謂身分というものは、學園都市に限らずこの國に於ける当たり前の慣習として
その区分には絶対的な壁が在る。
その中でも割と上位にある人間……というか、學園都市の支配者の箱入り息子が、ふらふらと、
一方「ここは……何処だろう……」
ふらふらと、
一方(うぅ……屋敷を抜け出したは良いものの……迷子になっちゃったよ……)
ふらふらと、
治安のよろしくない路地裏を歩いているなんて、
誰が思うだろうか。
「おい、あれ」
「見ねぇ顔だな」
「貴族のぼんぼんじゃねぇか?」
誰が思うだろうか。
一方「っくしゅん!……寝巻きだとちょっと寒いよう……」
良家から来ましたと言わんばかりの容姿と格好の通行は、知らず知らずに周囲の視線を集めていた。
そんなことはつゆ知らず、學園都市の人間達も敬遠しがちな通りを不安そうな顔で歩き続ける、何とも困ったお坊ちゃんである。
その視線を送っていた一人の柄の悪い男が、ついに口を開く。
「おい」
その声に続いて腰を上げたのは、これまた分かりやすい風貌の男達。
そうして計四人の少年共が通行の前に立ち塞がった。
言うまでも無く、この路地裏の住人達である。
「坊ちゃんいい身なりしてんなぁ」
「ちょっと小遣い分けてくんねぇかなぁ? ひひっ」
「おい気を付けろ、術士かもしれねぇ」
「ふひっ……美少年……いひひっ」
吐く台詞もまた分かりやすい。
一方「ひっ……」
これまでの人生でおよそ御目に掛かったことの無い人種の登場に思わずのけぞる通行。
少なくともこの対面において、好ましい第一印象では無さそうだ。
一方「………」
言葉を失い立ち尽くす通行に、慣れた調子で頭目の男が声を掛ける。
「なあに、黙って金さえ出せば悪いようにはしねぇ」
一方「………」
が、脅しを掛けられた当の少年はやはり動かない。
ただ泣きそうな顔を俯けながら目をきょどきょどと走らせるばかりである。
とうとう業を煮やしたのか、今度は男は指を食い込ませるように肩を掴んだ。
一方「ひぃ、痛っ……!?」
「おい、だんまり決め込んでんじゃねえぞ」
突然の痛みに顔を歪め、悲痛な声をあげる通行。
そんないかにも可哀相な小動物然とした態(さま)も一切気にした様子も無く、男は尚も指に力を込めていく。
「金出せ、って言ってんだよ……いい加減にしねぇと……」
めりめり、と音を立てて肩が軋む。
一方「あ……ぅ……!」
ついに耐え切れなかったのか、涙声混じりで必死に答える。
一方「お金は……持って、ま、せん……!」
それもそのはず。
屋敷から出る時は着の身着のままで脱出して来たのだ。
更に、これまで外に出ることを許されなかった通行が、現金という物を持って往来を闊歩した経験等もあるはずもない。
そもそも金を持っ来るという考えが浮かばなかったのも当然である。
「っちぃ! 舐めてんのかてめぇ……!」
頭目の男の頭にびきびきと血管が浮き出る。
馬鹿にされたとでも思ったのだろうか。
彼の仲間の三人も、その様子に一歩退いてしまう。
それ程に明らかな激昂ぶりであった。
「いいぜぇ……金が無ぇってんなら……」
男の手が、突然離れた。
しかしそれが逆に肩を突き飛ばす様な形になった為、思わず通行はよろけてしまう。
解放はされたものの、それまでの緊張と痛みに通行は心身共々疲弊していた。
その二つが相まって、か弱き少年は一歩、二歩、とよろけた後、ついに尻持ちをついてしまう。
一方「う……うぅ……」
肩を庇いながら尻を着いた無様な姿勢で、涙を浮かべた目で例の男を見上げる。
通行は早くも後悔していた。
来るべきじゃなかった。出るべきじゃなかった。
外は、こんなに怖かった。
男はこきこきと首を鳴らすと、口端を釣り上げながら吐き捨てる様に言い放った。
「ちっと俺達の……念術の練習にでも付き合ってもらおうか」
そう言いながら、男が差し出したのは自分の手。
一方「……?」
「もちろん練習台は」
突然男が目を見開き、その腕に力を込める。
血管が、筋肉が、びきびきと音を立てる。
そしてついに、その声を放つ。
「お前だ! 獲(どる)!」
その瞬間、男の爪が急激に伸び始める。
伸びたと言っても通常のそれでは無い。
まるで獣の様な、黒々とした、硬質で巨大な爪へと変わっていく。
一方「ひぃっ!?」
その様子に尻持ちを着いたまま後ずさる通行。
後悔先に立たず。腰が抜けて立つことも出来ない。
がちがちと奥歯が鳴る。心臓がばくばくとうるさい。
爪を振り上げるその男の姿は、涙で歪むばかりだ。
「なあに……すぐには殺しゃしねぇ……よ!」
そう叫びながら、獣爪を容赦なく振り下ろす!
鋭い爪が、通行の柔肌に突き刺さり、喰い千切られ、鮮血が吹き出す……!
はずであった。
「あぁ?」
派手な風切り音。
しかし、爪は虚しく空を切るばかりで、血は愚か通行に触れた様子も無い。
そこに、通行の姿はもう無かった。
「!?」
混乱。
それは爪男だけでは無い。仲間の三人も同様であった。
「消えた!?」
「あいつ、何処行った!?」
「お、俺達もずっと見てたぞ!」
三者三様に焦りを口にする。
何が起こったのか、誰も把握出来ないでいた。
「……!」
頭目の男が何かに気付いた様に、路地の入口に目を向ける。
この薄暗い裏通りの入り口──唯一、太陽の光が照らす、"表"の世界との境界線。
そこに、逆光を浴びながら、三つの黒い影が立っていた。
一人は、少し小柄な者を……通行を抱えている。
しかし、当の救い出された少年はぐったりとして、どうやら気絶してしまったようであるが。
「何だぁ!てめぇらは!」
そして突然の乱入者にも怯まず、怒りの声を飛ばす爪男。
その怒声に辺りの空気が震える。
不良団の頭目らしい凄みである。
しかしそれに答えたのは、通行を抱えた男の……何とも間延びした土佐弁であった。
「ったぁく、こんないかにも小動物系のお坊ちゃんから金を巻き上げるなんてにゃー」
続けて、一際大きな体付きをした男が妙な関西弁で応える。
「ほんま、念のため覗いてみて良かったなぁ 灰色頭の少年がふらふら此処に入ってったときはどうしよ思たけど」
そして、毬栗(いがぐり)の様な影が特徴的な、
つんつん頭の彼──腕組みをして、仁王立ちしている──も、口を開く。
「都会の流儀って奴は分からねぇが……これだけは分かるぜぇ……」
父親譲りの正義感に溢れた少年が、他人の不幸は許せない不幸男が、
「てめぇら仕置きが必要だな! 覚悟しろよ!」
吠えた。
◆◆◆
連休って暇ですね^^
^^
読み直したけど、美琴との戦いの時の土御門と青ピ、最後はガチ空気だったな。
───
「仕置き、だぁ?」
一方の咆哮とは真反対の、唸りの様な声を絞り出す。
「面白ぇ……!」
頭目のその言葉を皮切りに、後ろで控えていた仲間共も前に出る。
流石というべきか、今ここで何をすべきか、を即座に把握したようだ。
戦闘態勢。
びん、と空気に緊張が走る。
ゆっくりと、元春が通行──まだ気絶しているようだ──を降ろしていく。
そして、静かに壁にもたれさせながら、置いた。
と同時であった。
土御門「対翔!」
頭目の男のすぐ横を、突風が吹き抜けた。
その瞬間、
「ぐぇいっ!?」
叫び声を上げて、仲間の一人が後方へ吹き飛んで行く。
ただ吹き飛んでいるのでは無い。
元春が、奴の首を腕で刈る様にぶちかましていた。
対翔によって超人的に加速し、そのまま二の腕を首に叩き付け、勢いのまま突進。
「っ!?」
残された悪漢三人が慌てて振り向くが、もう遅い。
一瞬にして元春と男一人が、路地の奥へと離脱。
状況は四対三から、一対一と三対二へ。
───
「仕置き、だぁ?」
一方の咆哮とは真反対の、唸りの様な声を絞り出す。
「面白ぇ……!」
頭目のその言葉を皮切りに、後ろで控えていた仲間共も前に出る。
流石というべきか、今ここで何をすべきか、を即座に把握したようだ。
戦闘態勢。
びん、と空気に緊張が走る。
ゆっくりと、元春が通行──まだ気絶しているようだ──を降ろしていく。
そして、静かに壁にもたれさせながら、置いた。
と同時であった。
土御門「対翔!」
頭目の男のすぐ横を、突風が吹き抜けた。
その瞬間、
「ぐぇいっ!?」
叫び声を上げて、仲間の一人が後方へ吹き飛んで行く。
ただ吹き飛んでいるのでは無い。
元春が、奴の首を腕で刈る様にぶちかましていた。
対翔によって超人的に加速し、そのまま二の腕を首に叩き付け、勢いのまま突進。
「っ!?」
残された悪漢三人が慌てて振り向くが、もう遅い。
一瞬にして元春と男一人が、路地の奥へと離脱。
状況は四対三から、一対一と三対二へ。
>>708はミスです。すいません。
土御門「残りは頼んだにゃーっ!!」
元春の叫びが、尾を引きながら小さくなっていく。
青ピがぽりぽりと頭を掻いた。
残された悪漢三人も、はっとして青ピと当麻を振り返る。
青ピ「やれやれ」
軽く首を傾げながら顎を擦る。
青ピ「ひぃふぅみぃ……こりゃ、どっちかが二人相手にせにゃならんなぁ」
特段緊張感も無い関西弁で当麻へ話し掛ける。
上条「俺は構わないぞ」
青ピ「うーん、でもここは……」
ぐい、と当麻の襟首を掴む。
上条「え?」
青ピ「行ってらっしゃぁーいっ!!」
突然、当麻の体がふわりと浮きあがった、と思った瞬間、
青ピ「唖槌!!」
当麻の体を、突風が包んだ。
上条「おおおおぉぉぉおおぉ!?」
空中を凄い勢いで、前方──御三方の方へ突っ込んで行く。
「青ピが全力で放り投げた」、のは言うまでも無い。
「な゙ぁっ!?」
行き着いた先は頭目の男。
その腹に当麻の体が叩き付けられる。
「ぐはぁ!?」
上条「いでぇ!?」
「唖槌」の威力は敵だけでなく当麻にも衝撃を負わせる事になった。
そして二人は勢いそのままに、揉みくちゃになりながら奥の方へと転がって行く。
抱き合って肉団子の様になりながら。
そしてその肉団子が路地の奥へ消えて行くのをぽかぁんと見ていた、残された二人。
「………」
にきび面の男と。
「………」
そばかす面の男。
青ピ「………ほんじゃ、ま」
同じく残された男、青ピ。
こきり、と首を鳴らす。
青ピ「始めよか」
───
>>701
土御門と青ピはやれば出来る子なんだよ!きっとそうだよ!
登場人物の服装がいまいち決め辛いんですよね
学ランか、書生さん的な絶望先生みたいな服装か、着流しか。
土御門の上がアロハで佐天さんがハイカラさん的な服というのは想像してるんですが。
───
上条「……てて……」
建物と建物の間を多くの鉄管が埋め尽くし、ろくな日の光も射さない薄暗い路地の一角。
そのひらけた所で、当麻は目を覚ました。
上条「、っと、ここ、は……」
背中がひりひりと痛む。
その痛みが次第に意識をはっきりさせ、事情をふつふつと思い起こしていく。
上条「ええと……青ピに投げられて……」
「ぐ、ぅ………」
びくり、と当麻の背筋に緊張が走る。
少し離れた場所から呻き声と共に、もぞもぞと動く影があった。
「ってぇ……ちっ、くしょ……」
上条「………」
当麻はすぐに体を起こし、戦闘の構えを取った。
そうだ。
ここにいるのは俺だけじゃない。
一緒に吹っ飛んだのは……。
「! ……そうか、そこにいんのはぁ……」
相手がこちらに声を掛けて来る。
低く、地を這うような声だった。
上条「………」
「あ゙ー……あ゙ぁ………」
向こうの影も、ゆっくりと立ち上がった。
暗さに目が慣れて来るに従って、徐々に相手の姿がだんだんと見えて来る。
無精髭を生やした男の姿がぼんやりと視えた。
「さっさと……てめぇをぶっ倒して……仲間んとこ行かなくちゃなぁ……」
上条「……それは」
こっちも同じだ。
当麻も負けじと、どすの利いた声で言い返す。
「……っくく……」
耳を撫でる様な、嗤い。
「てめぇは………」
「『喰い』甲斐があるな」
上条「あん?」
すぅ、と息を吸う声が聴こえた。
当麻も神経を研ぎ澄まし、身構える。
来る。術が。
埃が地に落ちる音も聞こえそうな、静寂。
は、ほんの一時であった。
「 獲(どる) っ !!!」
敵の咆哮が、地を、空気を、震わせた。
その迫力に、当麻も全身を戦慄かせてしまう。
上条「っ!?」
それだけでは終わらなかった。
薄暗い影の中で、徐々に敵が姿が変わりつつあった。
気のせいだろうか、次第に体が膨らんでいるように見える。
いや、大きくなっているのだ。
背も、腕も、足も。
そして
上条「う……あ……」
輪郭が、もはや人のそれでは無い。
人の肌の様な柔らかさが感じられない。
刺々しい起伏を現した表皮。
そして、この臭い──!
山育ちの当麻には、覚えがあった。
この、鼻の奥に染み込むような、独特の、強烈な、臭いは──!
上条(獣の臭い……!)
「ご、ああ、あああぁ、がああぁぁあぁっ!」
敵の呻くような、吠えるような声と共に、
その影はあれよあれよと変化して行く。
もはやその身長は八尺程になろうとしていた。
当麻にそれを止める術は無い。
と、出し抜けにその唸り声が止んだ。
が、それは取りも直さず変化が終わったということだ。
その場に留まっていた影が、のそりとした動きを見せた。
敵の影が、足をゆっくりと前に踏み出す。
それが地に着くと同時に、微かな震動が当麻の足の裏をくすぐった。
当麻の額に、じっとりと汗が浮かび始めていた。
敵が近付くにしたがって、徐々にその姿が露わになる。
「お゙ぉ゙ぉぁいい゙ぁ゙ぁぁ……お゙ぁあ゙ぁ……」
全身を覆った灰色の剛毛。
頬まで裂けた、およそ人間離れした大きな口。
そしてその中に爛々と覗く牙。
当麻が映り込んだ──大きく見開かれた、鈍く輝く大きな目。
当麻は、背中の鳥肌の一つ一つから汗が噴き出すのを感じた。
上条「狼…………」
巨大な狼が、目の前で仁王立ちしていた。
「……喰゙………ゔ………」
もはや獣の唸り声の様になったその言葉に
当麻はただ必死に、奥歯の震えを噛み殺すしか無かった。
───
すいやせん。他のSSに浮気などをしていたら書くのが遅れてしまいました。
───
鼠達がちょろちょろと這い回る足音以外は遠く何所かで響く汽車の汽笛ぐらいしか
音らしい音は鳴りを潜めた路地裏の奥の奥。
埃の地に落ちる音すら聴こえそうな静寂の中に
土御門「うおおおおおおおおおおおおいぃぃっっ!!」
「ひいいいいいいぃぃいいいい!!」
割って入ったのは二人の人間。
しかも一人がもう一人の首に腕を叩き付けているという理解し難い肉団子となってだ。
地を擦る威勢の良い音と共に、元春が抱えていた一人を投げ捨てる。
土御門「うおらっ!!」
どさ、と音がして痩せぎすの男が地を転がる。
「ぐっ、な」
妙な呻き声を上げたものの、そこは不良の気概なのか、すぐに体勢を起こして元春へ向けて身を構える。
そこで初めて、元春はおや、と首を傾げた。
「ききき貴様ぁぁ、貴様はぁ、貴様の様な低能がぼぼぼぼ僕にぃぃ」
青筋を立てて唾を飛ばして捲し立てる男。
しかしその姿はどう見ても不良少年とは程遠い。
黒縁の眼鏡に神経質そうな顔付き、頬はこけて、ぼさぼさの髪に学生帽を乗せている。
その風貌は不良というよりは勉学一筋の書生の様である。
かつあげ、という行為とその容姿にどうにも違和がある。
土御門「なぁ~んで、お前さんみたいなのが、あんな連中とつるんでるんだにゃー?」
あまり興味無さそうな調子で、何とは無しに声を掛ける。
「……ふん」
鼻でせせら笑う眼鏡男。
分厚すぎる眼鏡の透鏡(れんず)に遮られて見えないものの、目も嗤っているに違いない。
土御門「如何にも好きなことは勉学です、本と言えば丸善です、って感じなのににゃー」
脅されてやってんの?と軽口で問うてみる。
「……ふ、く……くくく……!」
男が不敵に笑って見せる。
耳障りな、粘着質な笑い声。
「脅す? あの低俗な奴らが、僕の様な高尚な人間を脅す、だと?」
見下す、という態度を体現した様な喋り口だった。
「はっ! 低能の言うことは聞いて呆れる! 僕が奴らみたいな馬鹿げた屑共と付き合っているのはああぁあ」
土御門「………」
「僕の!力を!この僕の最高の頭脳が生み出す力を!世間に知らしめ」
土御門「対翔!」
ごしゃり、と小気味良い音と共に元春の拳が、男の顔面に抉り込まれた。
「はぶああぁあああいぃいいっ!?」
きりもみになって吹き飛ぶ男。
叩き込まれたのは元春の高速移動の威力の乗った拳。
やはり相当な勢いで地を転がって行く。
土御門「長い」
そして、ようやく転がり止まったらしい男が、顔を押さえながら語調を荒げて叫ぶ。
「きききき貴様あああぁぁああ!この馬鹿がぁっ!べん、勉学出来ない癖にいいぃぃい!」
土御門「まー、いくら勉学出来よーが成績が良かろーが」
ぎり、と拳を握り直す。
土御門「弱い者虐めをやる様な奴には、なりたかないにゃー」
元春の黒眼鏡の奥に、見慣れない光が宿った。
そして一方、顔の傷を庇いながら、男がよろよろと立ち上がる。
怒りに震える指で、分厚い眼鏡を掛け直しながら、唸った。
「……殺す」
つづく
ん?これは過去に入ったとかなのか…?
>>755
過去といいますか、三者同時進行みたいな感じでしょうか……?
ちなみに位置的には
●○ ●○ ●○●←? →路地入口
↑↑土御門 ↑↑上条 ↑↑
眼鏡 狼男 ?青ピ
こんな感じです
いきなり訂正から
>>289
×小萌「青ピちゃん、元春ちゃん、二人がとっても格好良い能力者なのは、ちゃんと知っているのですよ」
○小萌「青ピちゃん、元春ちゃん、二人がとっても格好良い術士なのは、ちゃんと知っているのですよ」
>>626
×もっと出鱈目な能力を持った輩なら、この學園都市にはごまんといる。
○もっと出鱈目な念術を持った輩なら、この學園都市にはごまんといる。
気を付けていたんですがなぁ……
土御門「ほぉ~、意外と物騒なこと言うのね君」
今の一撃で元春は悟った。
殴った感触、拳に残った重さ、そして何より、今地べたにへたりこんでいる姿、全てが物語っている。
こいつ、弱いぞ。
「ころ、殺、す、殺す、殺す、こ、ばば馬鹿の癖に、殺す、馬鹿が馬鹿殺」
よろよろと立ち上がりながらも口だけはぶつぶつと止まらない。
元春ははあと溜め息を一つ付くと、面倒そうに頭を掻いた。
土御門「なあ、無理すんなよー、今謝れば許してやっても……」
「っさいんだよっっ!!」
吐き捨てる様に男が吠える。
それなりに不良としての意地でも背負っているのであろうか。
「ぼぼ僕の様な天才にききき貴様の様な下郎がなぐ、なぐっ殴……」
ばき、と再び骨肉が潰れる音がする。
「あっ、ぶああぁあ゙っが!?」
土御門「念術使うまでもないにゃー……」
出した拳を戻しながら、やれやれといった調子で溜め息まじりに愚痴を零す元春。
手応えも、張り合いも無い。
が、相手は鼻と口から血を流しながらも不敵な笑みは消えない。
土御門「気味悪い野郎だにゃー……」
「低能には……学が無い奴には分からないだろう……!」
血混じりの泡を吹き零しながら尚も反駁する。
この状況で、不敵な笑みを浮かべながら。
「動いたよなあ……! 沢山動いたよなあ……!」
土御門「あ……?」
「動けば酸素を消費する……! 呼吸が増える……! 脈拍、循環、代謝ぁ!」
土御門「何だ……こいつ……」
突如目を爛々と輝かせ捲し立てる男に、思わず後ずさる元春。
「ぼぼぼぼ僕はぁ!天才なんだよ馬鹿がああぁぁあ!!」
土御門「こいつ……!」
反省の欠片もしてねぇ、と怒りを通して呆れ顔の元春。
とりあえずもう一発喰らわせようと拳を振り上げる。
その瞬間、元春の体が膝から崩れ落ちた。
土御門「!?───っ!?」
慌てて立ち上がろうとするが、動かない。
足が、脚が、全身が、絞め付けられているかの様に痺れて、言うことを聞いてくれない。
.. .. ..
「既にっ!僕の周りにはっ、撒いておいたっ!!」
正に興奮の絶頂とでもいうべき、恍惚とした表情で高らかに叫ぶ。
「腐乱(ふらん)っ!!」
男の体から、袋から空気が抜ける様な音が漏れ響く。
土御門「……っ!」
元春の肌が感じ取る。
神経が、感覚が、本能に訴える。
生命を脅かすものの存在を。
土御門(毒、瓦斯(がす)……っ!?)
かろうじて体を起こしていた腕ががくがくと震えだす。
地に這わない様にするのが精一杯だった。
既に、全身に、回っている……!
土御門(まさか、こんな、念術、が……)
呼吸が苦しい。思考がまとまらない。
もはや中枢、脳まで侵されているのか。
こんな念術は初めてだった。
と、それまで元春を見下ろしていた男が、
思いっきり腹を蹴り上げた。
土御門「ごあはあ゙あっ!?」
つづく
全くの不意打ちで、しかも体に力を込めることも敵わない。
内臓ごと蹴り飛ばされたかの様な衝撃に、元春は情けない呻き声を上げた。
土御門「あ……ぐ、ぁ……」
鈍痛が腹の中を暴れ回る。
背を丸めようとするも、それすら体が言うことを聞いてくれない。
とうとう地に這い蹲(つくば)る態となった。
「きひひぃ……だから……だからこれだから低俗なっ豚っ下賤っ下賤な豚ぁっ!」
絶好の笑顔で捲し立てながら、尚も執拗に元春の腹を蹴り上げる男。
土御門「っぐ、あ、っぐ……!」
男の革靴の先が脇腹に突き刺さる。何度も。何度も。
「っはあははぁ!無様っ!悲惨っ!醜態っ!」
骨が軋み、肉が抉れる音が容赦なく響き続ける。
土御門「あ゙っが、ぐ、っあ!?」
痛みは吐き気と不快感となって元春の体中を這い回った。
もはや肋(あばら)も無事ではあるまい。
それでも痛撃は止まない。
地に伏すしか無い元春の横っ腹を執拗に蹴りが襲う。
「ぜえっ、ぜぇっ! はぁっ……ああぁあ゙あ゙あ!」
息切れしても男は攻撃を止めない。
余程頭に来ているのだろうか。
土御門「うぅぐ……っ……あ、が……」
元春は早くも後悔していた。
このまま殺されるかもしれない。
こいつは言った。「殺す」と。
そうで無くてもこの容赦無い攻撃は明らかに殺しにかかっている。
土御門「あ゙、がぁ、あ……」
口の中に血の味が広がる。
口内を切ったのでは無い。錆ついた味は体の中から込み上げて来る。
「うおらぁあ!」
男の渾身の一蹴りが埋め込まれる。
土御門「っが、はっ!?」
とうとう、元春の口から血の泡が吹き出した。
骨の、内臓の傷が深刻であることは嫌という程、この痛みが教えてくれる。
また、勢いを持った男の硬い靴先が肋の骨に突き刺さる。
その余りの痛みに何度も気を失いそうになった。
もうやめろ、やめてくれ。
元春はもはや声にならない呻きを上げる。
身体は毒瓦斯(がす)で言うことを聞かない。
術称を叫ぶことも出来ない。
もはや、敵の成すがままだった。
地獄、と言うべき態だった。
数時間にも思える、一方的な暴力を受け続けるだけの刻。
元春はだんだんと頭が痺れていくのを感じた。
痛みが次第に鈍くなって行く。
そして、意識が遠のいて行く。
土御門「………」
もはや、呻く声も出ない。
地面に顔を押し付けながら、自分が何所か別の場所にいる様な浮遊感。
人の終わりってのは、案外呆気ないもんだな……。
そんなことを考えながら、徐々に瞼が下がって行くのを感じる。
「所詮っ!所詮お前ら俗人はっ凡人はっ僕の様な天才の踏み台なんだっ!」
男は尚も蹴り続けながら恍惚と弁を振るう。
土御門「………」
「お前らの様な馬鹿共はっ!子孫も残さず滅びるべきなんだっ!劣等種がっ!滅びろっ!」
土御門「………」
「お前らの身内諸共っ!消えろっ!糞がっ!外道がっ!死ねっ!死ね死ね死ね死ねええっ!」
土御門「………」
それまで微動だにしなかった元春の指が、ぴくりと動いた。
土御門「……みう……ち………?」
蚊の鳴く様な、本当に情けない声だった。
「ああそうだっ!身内全員っ!子孫先祖全部っ全家系っ!滅びるべきなんだよおおぉおっ!」
尚も、一蹴り。
土御門「っ…………」
ごぽ、と元春の口から血が噴き出した。
「貴様の親兄弟姉妹祖父祖母親戚叔父伯母従兄玄孫ぜええぇえいんっ!」
心底嬉しそうな表情で、高らかに宣言する。
「 屑 だ っ !! 」
男の勝鬨(かちどき)。
天には無数の水道管や梯子が敷き詰められ、碌に光の入らない薄暗き空間。
叫びの余韻が狭い路地に木霊(こだま)する。
元春の指が、ぎり、と握り込まれる。
土御門「………」
声にならない。
声に出せない。
それでも、元春は残りの力を振り絞った。
「………な」
よろよろと、瀕死の体に鞭を打って、無理矢理体を引き起こす。
その姿は、至極頼りない。余りにも、か弱い。
それでも、震える脚で、戦慄く体で、立ちあがった。
土御門「……っ………」
「な、なん……」
男が思わずたじろぐ……が、
「……くはっ、だがそのまま寝てた方が良かったんじゃあないか?」
男が笑い混じりに言い放つ。
それも無理はなかった。
元春の脚はがくがくと震え、口の端から血の泡が垂れている。
誰が見ても、事態は変わらない。ただの悪足掻きだ。
土御門「………っ」
それでも、必死で、必死で、絞り出す。
が、声が、出ない。
土御門「……っ……っ……!」
血が吹き零れる。
体が軋む。
全身が悲鳴を上げる。
それでも、
土御門「ぁ゙……っ……対゙翔お゙っ!」
捻り出した。
「馬鹿、なっ!?」
念術の力を、無理やり脚に送り込む。
そして敵目掛けて、残る全身全霊の力を込めて、大地を蹴った。
土御門「───!」
が、その脚は前に出る事無く、膝から崩れ落ちた。
土御門「──っ──!?──」
どうにか力を振り絞り、腕だけは突っ張る。
四つん這い。それが精一杯だった。
動かない。動けない。
つづく
「ふ、ぅ……は……」
頬を引きつらせながら、男が見下ろす。
「なんだ、よ……びっくりさせやがって……」
ひくつく口端に汗を浮かべつつ安堵の息を吐く。
元春が立ち上がったことには驚きを隠せなかったが、それも一時のこと。
また地面を舐める姿に逆戻りだ。
──いい気味、だ。
「くくくく……そうだぁ、無理は良くないぞぉ? お前ら愚民には地を這う姿がお似合い……」
「黙れ」
はっきりと、地の底から沸き上がるような声が辺りの空気を震わせた。
くぐもってはいるが、そこに嫌という程込められた感情──怒りだ、憤怒が、再び男の頬を引きつらせた。
元春は千々に散らばった意識の滓を必死にかき集め、どうにか状況を打開しようと思考を巡らせた。
酸素だ。
結論はそこだ。
圧倒的に今の自分に足りない物。
それは酸素だ。
元春は眼球だけぎょろぎょろと動かして、必死に新鮮な空気の場所を求めた。
が、敵の体から漏れ出る瓦斯は容赦なく地面を這い、自分の体を覆っている。
今も必死に呼吸を抑えてはいるが、このまま這い蹲っていても肺に残った僅かな空気を使い果たすだけだ。
どうする。
元春の指が戦慄き、地面に爪を立てる。
酸素、酸素が在る場所は……。
そうして思考を巡らせている間にも、今にも意識の残り滓が消し飛びそうになるのを必死に堪える。
と、そこで一つの事実が元春の脳天に瞬いた。
敵の瓦斯が、地面に近い所から溜まっている、という点。
現に今地に這い蹲っている自分の周りに滞留しているのだ。
敵の出す瓦斯は、空気よりも重い代物らしい。
ということは、
「……ぐ、ぁがっ……」
口に溜まった血混じりの唾を盛大に吐き捨てる。
覚悟は決まった。
これで駄目なら、やられるしかない。
だから、だからこそ、
これに賭ける。
すぅ、と微かに息を吸う音がした。
「 飛鳥(あすか)ぁ!! 」
肺に残った全ての空気を、絞り出した。
出し惜しみなぞしない。
そして、全身全霊の念術を、足に、流し込み、
跳躍。
高く、高く、空に向かって。
「っな、ぁぁあ!?」
男が元春を見上げ、驚愕する。
跳躍する動きに特化した術、「飛鳥」。
隙が大きい為実戦で使うことは稀だが、今の元春にとってこれが切り札だった。
空、といっても路地裏の狭い空──しかも壁と壁の鉄管やら石管やらが所狭しと詰まっている。
とはいえ、それらが空を塞いでいるのは地面から三丈(≒9m)程の高さ──今の元春には、十分であった。
飛鳥によって跳躍しながら、空中で器用に上下逆さまの姿勢を取る。
そして、「とん」と音がして、元春が鉄管の一つに"着地"した。
飛鳥の勢いによって働いた慣性で、まるで蝙蝠(こうもり)の様に、逆さまに鉄管に「しゃがむ」元春。
「馬、鹿な……」
男は驚愕の表情で元春を見上げ、呻くように声を漏らした。
元春とて、本当に蝙蝠では無いからすぐにまた重力に身を任せ落下することになる。
が、その僅かな時間でも、元春がたっぷりと新鮮な息を吸い込むには十分だった。
すううぅぅ、と小気味よい音がして、元春の肺の隅々にまで酸素が行き渡る。
充足した酸素は心臓に送り出され、体の端の端まで染み込む。
痺れ切っていた頭も、霧が晴れて行くようにすっきりと啓いてゆく。
こんな状況でも、美味い、と思わずにはいられなかった。
回復。
体も、頭も、先程の気だるさと重圧が嘘のようだ。
生気に満ち、今にも跳ね回ろうとしている。
元春は自身の体が徐々に落下を始めたのを感じながら、逆さまに映った景色の中の、憎き一人の男の姿を見ていた。
そしてもう一度、息を吸い込む。
盛大な音を立てて、空気が元春の中に取り込まれる。
そして、今にも元春の足が鉄管から離れようとした、その瞬間、
「 千獄(せんごく)っ!! 」
──咆哮と共に、元春の姿が、消えた。
「!?」
男が驚きの余りに目を大きく見開く。
何所だ。
何所に消えた。
慌てて辺りを見渡すが───
どん、と目の前の地面から音が起こった。
地面──元春は鉄管を蹴り、その勢いで一瞬で地面まで移動したのだ。
それに気付いた男が「ひっ」と声を上げながら、慌てて目の前に腕を交差して防御の姿勢を取る。
地面に移動した元春が、そのまま自身に突っ込んでくる、と踏んだのだ。
──が、それは正しく無かった。
だん、と男の後ろの壁から音がした。
今度は壁。
男を通り越して、元春は壁へと移動したのか。
「なっ……!?」
男が慌てて振り向き、元春の姿を目に捉えようとする。
が、
だんっ、と、今度は反対側の壁の上の方に音が起こる。
男は混乱した。
元春の移動の軌跡が掴めない。
その意図も掴めない。
何より──その姿が見えない──!
だん!だん!だん!だん!と徐々に音の拍が早まって行く。
しかもその音は上下左右、一時も同じ場所からは起こらない。
元春がこの狭い空間を縦横無尽に駆け回っているのだ。
しかも、念術を駆使した高速移動で──!
男は混乱の底に叩き込まれ、そして、恐怖した。
姿を目で追うことも許されず、身を震わす激しい音に包まれる他無いのだ。
だんだんだんだんだんだんだんだんだんっ!!
そんな男の恐怖もお構いなしに、拍動が最高潮を迎えんとする。
だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!
その時、男は背中に突然の衝撃を叩き込まれた。
「うぐぁ!?」
何だ。
何が起こった。
決まっている。
奴だ、奴が。
慌てて振り向くが、既に元春の姿はそこには無い。
相変わらず激しい音が上下左右から響き、姿の無い恐怖が男を覆っている。
「がぁっ!?」
再び背中に衝撃。
その激しさと痛みに内臓が口から飛び出しそうになる。
もはや冷静さを失った男が腕を滅茶苦茶に振り回しながら振り向く。
ばき、と音がして、今度は右頬に拳を埋め込まれた。
首が捩じ切れそうになり、欠けた歯が口から零れた。
「!? !?」
目を恐怖の一色に染めながら、男がたたらを踏む。
ぼご、と鈍い音がして、今度は腹に打撃を喰らわされる。
男は目を白黒させながら体をくの字に曲げ、血反吐を吹き零した。
今度は足に痛みを感じる。
右脚が関節に逆らって跳ね上がるのが見えた。
一拍遅れて、関節に多大な痛みが走る。
「う、ぎゃあああああああああああ!?」
そして再び、左頬を思い切り殴られ、血と歯が盛大に口から飛び出した。
だだだだだだだだだだだ!!
音は相変わらず縦横無尽に響き回っている。
その中に居て、男は次々に繰り出される攻撃に成すすべなく喰らい続ける。
「うぎゃっ、はぁ、ぎ、ぃ、あ、がっ!?」
頭、首、肩、腕、背、腹、腰、脚、全身に、息つく間もない打撃を叩き込まれ続ける。
骨が軋み、肉が裂け、関節が折れ曲がり、裂傷と打撲に塗れ続ける。
次第に男の体が赤く染まってゆく。
その口から血が吹き零れ、裂かれた肉からも血が噴き出し、全身の肌は青黒い痣だらけになった。
だだだだだだだだだだだだだ!!
それでも、止まない。
元春の容赦の無い攻撃は、止まない。
男はもはや意識は無かった。
白目を剥きながら、ただ襲い来る痛みに強制的に体を引き攣らせている。
───『貴様の親兄弟姉妹……全員っ……屑だっ!!』
お前は……妹を馬鹿にした。
お前は……舞夏を………侮辱した……っ!
貴様には……
男に立ち続ける力は無い。
しかし、元春の攻撃を浴び続けるその姿が、一本の枯れ木の様にそこに在り続けている。
元春の攻撃が、上から、下から、前から、後ろから、
打ち、叩き、当て、折り、潰し、撃ち続けられる。
その縦横無尽に叩き込まれる衝撃によって、倒れることが出来ないのだ。
怒り狂う嵐の中、哀れにも立ち続ける一本の枯れ木。それが今の彼だった。
倒れることすら、許さない。
だだだ、だ………。
音が、止んだ。
男はふらふらと、全身を血に染めながら、揺れている。
今にも倒れそうだ。
その目の前に、元春が、いた。
上半身を右に大きく捻り、右腕を後方に構えている。
その姿は、さながら限界まで振り絞った弓の様。
男の膝が折れ、その体が崩れ落ちようとした。
その時。
「 咬喰(かまくら) 」
加速、同時に、元春の右腕が、男の首に叩き付けられていた。
『首を狩る』という表現がしっくりと来るような、余りに獰猛な技だった。
男の体が軽々と吹き飛ぶ。首を大きくのけぞらせ、縦に回転しながら。
まるで子供が放った玩具の様に、呆気ない程あっさりと宙を舞い……
路地の隅に置かれていた屑入れの大きな箱の中に、
がこんっ!
頭から突っ込んで収まった。
二本の足がにょっきりと空に向かって伸びている、何処かの彫刻のような不可思議な様で
闘いの決着が、着いた。
先程の喧騒が嘘の様に、路地が静まり返る。
「はぁ……はぁ……」
元春が盛大に息をつく。
瓦斯は既に消えているらしい。
すえた臭いの路地裏の空気でも、元春には美味しく感じられた。
ふぅ、と一息吐き、よろりと体を立て直す。
すぐにでも、当麻と青ピの元へ向かおうかと考えた、が、
闘いでやられた肋や内臓の痛みのせいか、足取りが重い。
先程まで全開であった脳内麻薬もいい加減出尽くした様だ。
「上やん……青ピ……無事でいてくれ……」
足を引き摺る様に歩みを進めながら、元春は友人の安否を気遣った。
そして何より、
「舞夏……今頃何してんのかにゃー」
妹を気にした。
───
つづく
が、ただ腰を抜かしていたそばかす男が、微かに首を揺らした。
青ピを見上げる。
その奥歯を噛み締めながら。
「っ!」
睨んだ。
余裕の顔の青ピを、憎々しげに。
そして、「やられっぱなしでいられるか」という光を目に込めて、
唾を飛ばして叫ぶ。
「炎(えん)っ!」
突如足元から上がった声に、青ピは焦り気味に目線を下へ走らせる。
完全に気を食ったはずの相手が、反撃の狼煙を上げて来たのだ。
彼が焦るのも当然だろう。
そして、彼が見たもの。
それは、
そばかす男がこちらに掌を突き出している姿。
加えて
「んな……」
その手から、炎の塊が、赤い光を発して漂っている──!
構えた男の前髪の隙間から、切れ長の目が睨み付け、青ピを捉えている。
そして、その眼が更に鋭さを増した瞬間、
「炎っっ!!」
再びの咆哮。
と同時に、握り拳大の炎の塊が、青ピ目掛けてかっ飛んで来た。
喰らえば、ほんの火傷ぐらいでは済まない!
(そうや……相手も術士……当たり前っ!)
青ピの焦り。
自身に向かって突っ込んでくる火炎の塊が、正に網膜に焼き付いて来る。
ちりちりと、じりじりと。
とっさに、拳を構える。
腕を引く。
染み付いた動きだ。
己の武器、唯一の、武器。
相手は術士。
俺も、術士……!
「ああぁぁあ槌いぃぃい!!」
念術を込めた、全力の拳を振るう。
とっさに。
その攻撃は当然相手には当たらない!
空振り。
しかし、
──ッ!
振るった拳の風圧が、運良く炎の塊を捉え、その勢いを相殺する。
火炎は『唖槌』が起こした風に引き裂かれ、飛散する。
炎を散らせることには、成功……!
しかし、
「ぐおっ、わっちっ!?」
完全に炎は消しきれない。
散った小さな火が青ピの肌に、服に、飛び掛かり、その熱さと痛みに青ピは呻いた。
「あっ、ちちちぃ……」
よろよろと後ろに下がりながら、服をぱたぱたとはたく。
参ったな、と思いながらも、内心青ピは安堵もしていた。
今の一合を見ても、恐らく相手の階級は三未満。
炎の威力等から、青ピはそう判断した。
なら、勝ち目が無い訳ではない。
現に、拳の風圧で何とか炎を制することは可能なようだし、と。
少し驚いたが、それだけ……!
青ピはまだ、自身の勝利は確信していた。
こちらは防御も攻撃も可能なのだ。
なら負ける道理は無い……!
そう、結論付けたその時、
──ひゅっ
聞き覚えのある、音。
何度も聞いたことがある。
この學園都市にいれば。
自身が術士ならば。
今のは、
(息を吸い込む音……!)
術の発動の、前儀式。
術称を叫ぶ為に、息を肺に溜める──その音が、
目の前では無い。
(どこや!?)
額に汗を浮かべた青ピが、慌てて振り向いた先。
そこには
「………」
今正に新鮮な空気を思い切り吸い込んだばかりの、もう一人の敵。
にきび面の男が、しっかりと青ピを見据えている。
微かに頬を膨らませながら。
そして、その手には、瓢箪(ひょうたん)が握られている。
その違和に、青ピは心臓を鷲掴みにされた様な感覚を味わった。
「やば……」
そして、男の口がゆっくりと開かれる、ように見えた。
「油露(ゆうろ)ッ!!」
にきび男が、叫ぶ。
その大声の余韻をなぞるかのように、
瓢箪から液体が跳び出し、青ピへと襲い掛かる!
「またかあぁあぁぁ!!」
焦りに顔を歪めながらも、青ピは再度、拳を構える。
再現。
自分にはこれしか無いのだ。
ならば、やるしかない。
何だか知らんが、拳をぶち当てるのみ!
「ああぁあぁ槌いいぃぃいいッ!!」
思い切り、思い切り拳を振るう!
岩をも砕く、最強の拳を。
ぶん、と大仰な風切り音が響く。
と同時に、
拳と液体が、かち合った。
と同時に
弾けた。
液は飛散し、しかし鋭い矢の様に、青ピの全身へ飛び掛かる。
そして、その体の端々を、食い千切る。
青ピの体に、次々と傷が切り付けられる。
「っ痛ぅ……て……!?」
ただの液では無い。
散り散りになってて尚、鋭い針の様に、体に撃ち込まれて来る。
これが奴の念術……!
青ピが歯を食いしばる。
ざざ、と音を立てて後ろに吹き飛びそうになった体を踏ん張った。
その体中に、痛々しい傷を作りながら。
にきび男が、微かに口の端を上げながら、手をさっと振ると、
地面に散らばった液体がしゅるしゅると男の元に集まり、
また瓢箪の中へと戻って行った。
── 液体を操り、攻撃する念術 ──。
「ぐっ……」
体の様々な箇所から微かに垂れる血を見る。
一拍遅れて鋭い痛みが全身から溢れ出す。
青ピは思わず顔をしかめた。
とは言え、
「………」
それでも、青ピはまだ確信していた。
勝てる。 この程度なら。
頬から流れた血を、ぺろりと舐め上げてみせた。
奴の術は確かに厄介だが、一撃が致命的とは行かない。
水を飛ばし、小さな切り傷を作るだけだ。
ならば。
(負けへん……)
勝てる。
もう一人の男も、小さな炎の塊を飛ばすだけ。
ならば、行ける。
勝てる。
そう確信した時。
自身の体から立ち上る、ある臭いに鼻をひくつかせた。
(何や……この臭い……)
嗅いだことが、ある。
しかし、『今此処で』嗅ぐには、余りに場違いな……。
青ピの顔色が、変わる。
この臭いは……。
(油……!?)
全身に冷や水を浴びせられた様な、感覚。
青ピはその予感を、必死に奥歯で噛み殺した。
勝ったッ!第三部完ッ!
つづくッ!
次回は一週間じゃ無理だッ!2週間くれッ!
ではッ!
勝ったッ!第三部完ッ!
つづくッ!
次回は一週間じゃ無理だッ!2週間くれッ!
ではッ!
勝ったッ!第三部完ッ!
つづくッ!
次回は一週間じゃ無理だッ!2週間くれッ!
ではッ!
おつ
これ一方さんはどこにいるんだろ…
一つ書いてて気になったのが……
青ピの一人称が途中で「俺」になったこと
普段は「ボク」で行こうとは思っているんですが……
やっぱりファンの方としては複雑ですかね……?
自分の腕が起こした風切り音が耳をかすめる。
しかし、それを飲み込む熱風がちりちりと肌を焦がす。
全ては一瞬、そして眼前。
青ピの拳が、全身全霊を込めた拳が、
目の前の火球へと叩きつけられる。
青ピ「ッらああぁぁああッ!!」
ぼ、という音と共に、腕が炎に突き刺さる。
熱い。
痛い。
焼けつく。
それでも、それでも歯を食いしばって、残る力を振り絞って、
青ピ「唖ぁ槌ッ!!」
足を蹴り、体を前に突っ込みながら、その豪腕を振るう。
頼む。
頼みの綱の、たった一本の武器を。
── ッッ!
鈍い破裂音。
と共に、
炎の塊が 爆ぜる。 弾ける。
その拳が火球を砕く。
腕がその薄皮を焦がしながら、炎のうねりを裂いていく。
しかし、弾けた炎が散りながら、散りながらも青ピの体へ容赦なく喰らいつく。
青ピ「ぐっ、……!?」
そして、青ピの体には、しっかりと油が染み込んでいる!
必然、
青ピ「っが!?」
燃え上がる。
青ピの体が、炎上。
紅蓮の炎に包まれる。
その業火に
青ピ「ぐっお、ああぁああぁああぁあっッ!!」
絶叫すらも、飲み込まれた。
日曜しか更新出来無そうです・・・すいやせん・・・
青ピ「っ!! っ!?」
声にならない叫びが聞こえる。
そして人型の炎が踊る。
青ピ「うおおおああ゙あ゙あ゙あ゙ああ!!!」
絶叫しながら必死で体中を手で叩き、炎を消そうと奮闘する。
このままでは、全身に火傷を負って、死んでしまう。
しかし、油に燃え移った炎は消えてくれない。
その様子を見て、にきび男とそばかす男が互いの手を叩く。
「よし」「っしゃぁ!」
青ピ「っく、そお゙おぉお゙お゙ああああぁぁあ゙あ゙!!」
そして、炎が顔面へ昇り、視界が利かない。
見えない。
見えるのは、赤々とした炎の明かりだけ。
それでもがむしゃらに、ただがむしゃらに、青ピは燃え盛る体のままに、敵の声のする方へ走り出した。
いちかばちか。
特攻……!
一矢報いるには、それしか無い……!
が、
青ピ「ぐっ、うっ……!?」
突然、額に衝撃を受ける。
壁だ。
建物の壁に、ぶつかったらしい。
狭い路地のことだ。
目を塞がれ、方向感覚が狂ったこの状況では、思い通りに動けない。
「ぎゃははははぁ!」「ほらほらぁ!鬼さんこちら!」
狼狽する青ピを見て、ここぞと囃し立てる二人組。
青ピ「うおおおおおおおおああああああぁぁああぁっ!!」
が、青ピはそれでも、拳を握った。
息を、吸う。
口の中へ、気管へ、肺へ、焼け付くような熱気が入り込んで来る。
それでも、叫んだ。
青ピ「唖槌ぃぃい゙い゙ぃぃ゙!!」
振りかぶった拳が、混凝土(コンクリート)の壁へ、突き刺さる。
壁が砕け、蜘蛛の巣状のひびが広がった。
「あ……?」「何、してんだ……?」
青ピ「あああぁぁああああ゙あ゙あ゙!!」
ぱらぱら、と壁が崩れる。
しかし、ビルの壁を攻撃しても、敵に当たる訳もない。
それでも、再び、拳を振りかぶる。
そして、壁を殴りつける。
何度も、何度も。
青ピ「唖づ……がはっ……」
気道が灼熱の空気に晒され、もはや声を上げることさえ苦痛だった。
それでも、
青ピ「うおああああぁあ゙あ゙あ゙唖槌ぃぃい゙い゙いぃぃい゙いい!!」
打ち続けた。
術唱で強化した拳を、ひたすら壁に打ち込み続けた。
青ピ(俺には、)
俺にはこれしか出来ない。
百姓の家に生まれて
昔っから、体だけは大きくて、
力が強くって
でも、馬鹿だった。
仕事の要領も、悪かった。
体がでかいだけじゃ、褒められなかった。
認めてもらえなかった。
馬鹿にされた。
自分はこのまま、農家の次男坊として、この地で一生暮らして行くのかと、
ずっと、ずっと悶々として過ごしてきた。
そんな時、あの女がやってきた。
─── 『學園都市って、知ってる?』
変われると思った。
そこに行けば変われると思った。
でも、自分は変わらなかった。
相変わらず馬鹿だった。
でも
その代わり、仲間が出来た。
……
土御門。 上やん。
……
青ピ「おおおぉぉお゙お゙ぉお゙おぉお゙お゙!!」
一発。 一撃。 念術で強化された青ピの拳が、もはや瓦礫に近くなったビルの壁へ打ち付けられ続ける。
その度に、地震の様に、巨人の足音の様に、震動。 壁が、ビルが、路地全体が、揺れた。
「ぐっ……何て馬鹿力だ……」「しかしあいつ……何を……」
かちん。 と、何か小さな金属が落ちる音がした。
青ピ「……!」
その音に、一瞬反応した青ピだったが、ビルを打つ手は休めない。
既に体力と、生命力の限界は超えている。
灼熱の炎に包まれた体が、肉の焼ける異常な臭いと煙を上げている。
立っていることが、奇跡なのだ。
それでも青ピを付き動かしているのは、
青ピ「がああ゙あぁあ゙あ゙あっ!!」
土御門……!
震動が、大地を震わせる。
びりびりと、路地の空気ごと、鳴動する。
上やん……!
そして、 また、小さな金属音。
何かが、地面へ落下している。
青ピ「うおおぉぉおおお゙お゙あああぁああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
渾身の、一発を、 壁に叩き付ける。
と同時に、これまでで最大の衝撃が路地全体を襲った。
地震の様な衝撃に、敵の二人もわずかによろける。
「ぐっ……なん、つー馬鹿力だよ……!」
思わず呻くにきび面の男。
と、その時、
……キシ…
上の方から妙な音が響く。
金属がこすれるような、軋むような。
「ん……?」
そして、空を見上げた。
空、と言っても鉄管やパイプといった人工物が埋め尽くす、路地の狭い空……。
「っなぁ!?」
そのパイプが、数本いびつに歪んでいる。
青ピが何度も何度も打ち付けた拳。
それによる衝撃が、ビルを伝って、建物に掛かるパイプまでも歪ませたのだ。
「な……」
口を開いて呆気に取られるにきび男の目の前で、小さな金属の塊が、一つ、地面に落ちた。
硬質な音が、路地に響く。
そして、それはころころと、にきび男の足元へと転がった。
「これは……」
ボルトだ。
パイプ同士を止める、ボルト。
頑丈な鉄管とはいえ、それら同士をつなぐ部分は、どうしても弱くなってしまう。
パイプの大きな歪みに、ボルトが耐え切れなかったのだ。
そして……
パキ パキ、パキ、パキ
軋みの音がだんだんと大きくなっていく。
ボルトが次々とはずれ、落ちて来る。
まるで雨の様に、ボルトが零れ落ちてくる……!
そしてついに、盛大な音を立てて、パイプが破断した。
元々中からの高圧に耐える為に丈夫に作られているパイプである。
それが破断してしまえば、中身が外へ勢い良く飛び出してくる。
そして、飛び出してきたのは。
「なっ……あああぁあああ!?」
大量の水だった。
學園都市は狭い土地に大量の建造物を有している。
そして、こうした郊外の居住区画については、エマレイテヰッド工法(Emarated method)を採用している。
地下から一つのビルに伸びた水道管を、地上で周囲の建物に橋渡しすることで、各建物へ水道を分配する仕組みであり、
近世初期の日本に於いて、主に都市部で広く使われた工法である。
そして、壊れたしたパイプは、その一つ。
大量の水が撒き散らされ、豪雨となって辺りへ降り注ぐ。
敵の二人へも容赦無く浴びせられる。
「ぐっ……!?」「なっ……」
思わず目を閉じ、頭を腕で覆ってやり過ごす。
と、
ばしゃ、と、水の上を踏み出す足音がした。
「……?」
ゆっくりと目を開けると……
青ピ「可能性は薄かったが…………まあ、なんや、助かったわ……」
全身ずぶ濡れになった青ピ。
炎は、消えている。
浴びた大量の水によって、跡形も無く、消えている……!
「っ!?」
青ピ「………」
ばしゃ、ばしゃと、一歩ずつ。
ふら付きながらもこちらへゆっくりと歩みを進めている。
「ひっ……!?」
青ピの目は爛々と光を放っている。
獲物を見つけた肉食獣の眼。
青ピ「俺はな………帰りたいんや……待っとる人の元へな……」
ぼそぼそと呟くようで、それでいて力強さの滲む言葉。
「え、炎っ!!」
そばかす男が、炎の塊を手の平から発射してくる。
青ピ「唖ぁ槌っ!!」
叫びながら、青ピは水の溜まった地面を思い切り殴った。
と、勢い良く水が跳ね、大きな水の壁を作り出す。
「っ!?」
炎の塊は、あっさりと水の壁に飲み込まれ、空中で煙となって消えた。
青ピ「……めんどくさいなぁ……ほんま……」
ばしゃ、と、もう一歩。
「に、逃げろ……!」「お、おう……!」
その気迫に圧倒され、慌てて逃げ出す二人。
と、 上空から がこん、と今までに無い大きな音が響く。
青ピ「む」
見上げると、とうとう支えを失ったパイプがゆらゆらと揺れて、今にも落ちそうになっていた。
青ピ「ふぅん……」
青ピはそのビルの壁をもう一度殴りつける。
どご、と壁が崩れると同時に
鉄が捻じ切れる音がして、とうとうパイプが落下した。
落下地点は、青ピの丁度目の前。
そして、更にその先には、必死で走って逃げる、敵の二人組。
青ピ「せやから……逃がさんって……」
青ピが大きく振りかぶる。
そして、パイプが、ちょうど青ピの目の前へ、落ちて来た。
と同時に、青ピが思いっ切り、パイプを殴りつける。
青ピ「言うてるやろおおおっ!!!」
金属がひしゃげる、形容しがたい音。
その轟音と共に、
まるで大砲の弾の様に、パイプが"発射"され、狭い路地の中をかっ飛んで行く。
その先は、
「え?」
にきび男と、そばかす男。
振り返った二人の眼前には、向かって来る鉄の塊。
「うわあああああああああああああああああっ!?」
ごしゃ、と何かが潰れる音が二つ重なり、
二人は、パイプに顔を埋め込ませたまま、その場に崩れ落ちた。
青ピ「………」
青ピ「……はぁー……しんど……」
青ピ「さて……土御門と上やんはどうなっとるかな……」
そう行って、また歩き出そうとした青ピだったが、
青ピ「……あ、ぐ」
その場に膝を付き、這いつくばってしまった。
無理も無い。
全身に火傷、加えて酸欠に近い状態で無理矢理闘ったのだ。
回復には時間がかかるだろう。
青ピ「すまんな……げほっ……もうちょっと…もうちょっとしたら……会いに行くから……」
息も絶え絶えだ。
それでも、それでも言葉を紡いだ。
己を奮い立たせる為に。
絶対に、絶対に帰り着くと誓う為に。
青ピ「土御門……上やん……」
青ピ「小萌せんせー ……」
───
絶対に完結はさせます……!
にしても、書き始めたのが2年前か……。
俺(まだあったのかよ…蛇足とある天使なんとかみたくだらだら続いてる系の糞SSだな…)
↓
俺「part1…だと…」
俺(また面白いSSがエタって落ちるのか、良SS程エタりやすいから仕方ないか……)
↓
俺「復活キターッ!!!」
今って全体のどれぐらいなんだろ
───
青ピ、土御門が戦っている頃と同時刻、
すえた臭いの立ち込める路地に、ぴちゃりと水滴の落ちる音が響く。
その余韻に被せるように、「はああぁぁ」と獣の荒々しい吐息──唸り声にも似たそれが、
野生の臭いを路地に広げる。
獣──巨大な体躯、それだけでは無い。
最も尋常ならざる特徴は、その半人半獣の、さながら人と獣の合いの子の様な、
神の仕事を嘲笑うかの如き成り形。
頸(くび)、それは明らかに狼のそれである。
一方手足は太く、逞しく、筋骨隆々の、人間の肢体に近いものである。
しかし、黒々とした剛毛をその表面に生やし、さらにその指先には黒曜石の様な大きな爪。
一言で表せば、凶悪。
人間の卑しさと、獣の凶暴さを禍々しく体現した、凶悪な姿。
狼「はあああぁぁぁ……」
今一度、大仰な吐息が漏れる。
鋭い牙の間から、真っ赤舌がだらりと見えた。
眼は黄色い琥珀(こはく)の様に鈍く光り、
その焦点に映っているのは
上条「………」
至極まっとうな少年の姿──腰を抜かしかけている、当麻だ。
狼「てめぇ……さっき、何て言ったあ……?」
狼男の、唸り声。
上条「え……」
狼「仕置き、っつったよなあ…… 仕置き 」
上条「………」
狼「仕置き、ってのはよう」
当麻の目の前が真っ暗になり、
後頭部に衝撃の始まりを感じた。
上条「 ッ !? 」
壁に、
壁に、思い切り「押し込められて」いた。
狼男が、その尋常でない脚力──野獣のバネ──を使って、
当麻の顔面の鷲掴みにしながら、思い切り壁へ埋め込んだのだ。
狼「─── こういうことかぁ?」
当麻の頭を中心として、煉瓦の壁が蜘蛛の巣状にひび割れる。
砕ける音。破壊される音。
凄まじい轟音が、路地を震わせる。
当麻の脳が、一拍遅れて、その全身に受けた衝撃を、叫んだ。
上条「ッが、あ゙あ゙ぁあぁッッ!!?」
>>970
ええと、
今書いている話(このスレ)の本当のタイトルが「學園都市奇譚 邂逅篇」でして、今半分ぐらいです
それが終わったら「外敵篇」と「鏡像篇」までは構想してます
えーと、今のとこ2年半だから、単純計算すると終わるまであと12年半でしょうか、ハハハ
本当にすいません……!
そして、このスレもそろそろ埋まりそうですね……
この長丁場を>>1の時から読んでくださってる方とかいらっしゃるんでしょうか……いたら軍覇さん並の根性ですね
次スレは自分で立てようと思います。
スレの残りは質問ですとか受け付けようかなと思います。はい。
いつの間にか日付が!
遅ればせながら次スレ立てました!
上条「學園都市……か」 弐
このスレはhtml依頼出してきます!
ここまで来れたのも皆様のおかげです!
ほんとにありがとうございました!!
上条「學園都市……か」
上条「學園都市……か」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294936375/)
2010年に立ててから、2年半を経てようやく次スレが立ちました・・・
長らく居座ってすみませんでした。
上記のスレのHTML化、よろしくお願い致します。
このSSまとめへのコメント
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