P「おはようございます、星井さん」 美希「……ハニー?」(353)

P「『ハニー』は駄目ですよ。星井さんも前みたいにプロデューサーと呼んでください」

美希「ハニーからかってるの? 全然おもしろくないの」

P「真面目に仕事をしようと思ってるんです。星井さんも出来る限りお願いしますね」

美希「やなの。そんなハニーはハニーじゃないの」

P「今日はグラビア撮影と夕方からはスタジオでレッスンです。撮影はタクシーで向かってください」

美希「ミキ、ハニーが送ってくれなきゃやなの。それに、いつもみたいに『美希』って呼んで?」

P「今日は高槻さんと真美さんに付き添いますので、済みませんが一人でお願いします」

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春香「おはようございまーす!」

P「おはようございます」

春香「……?」

P「天海さんは今日はイベントですね。夕方は星井さんたちと一緒にレッスンです」

春香「天海さん?」

美希「ミキもなの。星井さんって呼ぶの……」

春香「な、何で?」

美希「ねぇハニー、どうして今日は上の名前で呼ぶの?」

P「練習です」

春香「………………」

美希「………………」

春香「意味わかりませんよ!? 何の練習ですか!?」

P「営業で皆さんの話をしていて、苗字が咄嗟に出てこない場合がありまして」

春香「苗字が?」

P「いつも名前で呼んでいるので、つい普段通りに名前を出してしまう場合もありました。それは良くないと思ったんです」

春香「それは……まぁ、確かにそうですけど、私たちの苗字くらいちゃんと覚えてください!」

P「済みません。反省してます」

美希「ねぇ、じゃあ言葉遣いは?」

P「私も普段から言葉遣いに気を付けないと、いざという時に丁寧な言葉が出なくて相手に失礼ですから」

美希(ハニーが私って言うとかっこ良いの)

P「それに、出演先でもプロデューサーがアイドルに丁寧に対応していると印象が良いでしょう?」

春香「うーん、一理あるかもしれませんけど……」

春香「それは他のアイドルの皆にもですか?」

P「もちろんです。そうでないと練習になりませんから」

春香「いつまで……ですか?」

P「特に期限は決めていませんが、私としてはずっとこのままでも良いかと思っています」

春香「……それって仕事の時だけですよね? プライベートの時まで天海さんなんて嫌ですよ?」

P「変な言い方ですが、基本的にアイドルの皆さんとは仕事上のお付き合いですから、期限を決めなければずっと天海さんです」

春香「……え?」

美希「ね、ねぇハニー? ミキのこと、ずっと星井さんなんて呼ばないよね? ね?」

P「この口調で慣れてしまえば、ずっと星井さんです」

美希「そんなの駄目なの!! 慣れちゃ絶対駄目なのハニー!!」

P「ハニーは駄目ですよ。とりあえず、しばらくはこれでいきますのでご協力をお願いします」

美希「うぅ……星井さんなんてやなの。ねぇハニー、二人きりの時はせめて『美希』って……」

P「呼びません」

美希「じゃあ星井なんてやめてやるの!!」

春香「み、美希、どうやってやめるの?」

美希「家を捨ててミキは『美希』だけでこれからいくの!! そうすればハニーは『美希』って呼ぶしかなくなるのっ!!」

春香(苗字が『美』で名前が『希』になるのかなぁ? そうなると『美』さんって呼ばれそう……)

やよい「おはようございまーすっ!」

春香「おはよう、やよい」

やよい「んぅ? 春香さん元気ないですかぁ?」

春香「あはは、ちょっとね……」

春香(きっとやよいにも……)

P「おはようございます、高槻さん」

やよい「………………」

美希「やよい固まったの」

春香「やっぱり……」

美希「やよいー? やーよーいー?」

やよい「……はっ。あれ? 私どうしたんですか?」

春香「えっと、それは……」

P「大丈夫ですか? 高槻さん?」

やよい「たか……つき……さん? あの、プロデューサー?」

P「はい」

やよい「どうして……千早さんみたいに私を呼ぶんですか? 昨日までは『やよい』って呼んでくれてたのに……」

春香「やっぱり私たちと同じ疑問だよね」

美希「当たり前なの」

P「呼び方は皆さんの苗字が咄嗟に出る様に、言葉遣いは仕事で必要なきちんとした言葉遣いを練習しようと思いまして」

やよい「練習、ですかー……」

P「そうです。協力してくれますか?」

やよい「いつまで、ですか?」

P「特に決めていませんが、とりあえず最低一週間は続けようかと思っています」

やよい「一週間……」

P「高槻さんも協力をお願いしますね?」

やよい「……はい。わかりましたー」

美希「あんな嫌そうなやよい初めて見たの」

春香「うん……」

真美「今日の兄ちゃんつまんない」

美希「真美はまだ良い方なの。苗字で呼ばれるのはキツイの」

真美「真美さんなんてたにんぎょーぎじゃん! 真美と兄ちゃんは深いふかーいあまーい関係なのに!」

美希「そんなの許した覚えはないの。ハニーはミキだけのものだからそんな関係は駄目なの」

真美「んっふっふー、嫉妬は見苦しいぞミキミキー?」

美希「それ以上言ったら雪歩にスコップ借りて穴掘って埋めてやるの」

真美「きゃーこわーい! にーちゃーん、ミキミキがいじめるよー」

P「星井さん、そろそろ時間ですから準備してください」

美希「ハニーが送ってくれなきゃやなの」

P「今日は無理です。時間も無いので早くしてください」

美希「ハニー冷たいの」

雪歩「はぅぅ……」

真「雪歩おはよう……どうしたの?」

雪歩「真ちゃん……おはよう。あの、今日、プロデューサーが……」

真「プロデューサー? プロデューサーが何か言ったの?」

雪歩「わ、私のことを萩原さんって……」

真「え?」

雪歩「練習って言ってたけど……うぅ……ぐすっ」

真「ちょっと!? 雪歩泣かないでよ。あのさ、全然話が見えないんだけど……」

雪歩「穴掘って埋まりたいよぉ……」

真「だめだって事務所に穴掘っちゃ! あぁもう雪歩!!」

真「ちゃんと苗字を覚える練習?」

雪歩「う、うん……そう言ってたよ」

真「意味あるのかなぁそんなの。ボクたちの名前を覚えてないってことじゃないか。酷いなぁプロデューサー」

雪歩「でも、下の名前で呼んでもらえるって、やっぱり嬉しいし」

真「まぁ、確かにそうだけどさ」

雪歩「真ちゃんは、プロデューサーに菊地さんって呼ばれたら、どう?」

真「………………」

雪歩「ま、真ちゃん顔が怖いよぉ……夜叉みたいだよぉ……」

真「……雪歩、冗談でも傷付くからそんな例え止めてよ」

雪歩「ほ、本当だよ? 嘘じゃないよ?」

真「うぅ……今のでボクも泣きそう……」

P「高槻さん、真美さん、そろそろ行きますよ?」

やよい「あ……はい」

真美「ねぇにーちゃーん。真美さんなんて止めてよー。くすぐったいよぅ」

P「私も少し違和感があります。私の為と思ってしばらくは付き合ってください」

真美「車の中くらいは普通に話してよね?」

P「いえ、このままですよ」

真美「ぶーぶー! 兄ちゃんのこと嫌いになっちゃうよ?」

P「ははっ、今まで嫌いじゃなかったんですか?」

真美「は? ち、違うよそんなんじゃないから! 兄ちゃん、勘違いする男は、き、嫌われちゃうんだよ?」

P「そうですね、気を付けます」

やよい「………………」

-スタジオ-

真美「じゃあちょっくら行って来るねー!」

P「はい、行ってらっしゃい」

やよい「……プロデューサー」

P「どうした……じゃなかった、どうしました、高槻さん?」

やよい「あ、あの……」

P「……?」

やよい「練習中にごめんなさい! 一回だけ、今まで通り話してもらえないですか!?」

P「え、あ……」

やよい「お願いします、プロデューサー!」

P「……あ、あぁ、良いよ、やよい」

やよい「あ……」

P「やよい?」

やよい「あ……いえ、やっぱり名前で呼んでもらえるって、嬉しいなぁって」

P「高槻さんはそうなんですね」

やよい「うぅー、プロデューサー意地悪です……」

P「あはは、やよいが可愛いこと言うから、今はちょっと意地悪したくなったんだよ」

やよい「そんなのだめですー……泣いちゃいますよ?」

P「それは困るなぁ」

やよい「練習しても良いですけど、私が普通にって言ったら、普通に話してくれますかぁ?」

P「うーん、俺としてはきちんと言える様になるまでは練習したいんだけど」

やよい「だめ……ですかぁ?」

P「う……」

やよい「プロデューサー……」

P(だ、大丈夫だ……こういう時はあの人が言っていた……)

P「……やよい、ほら、右手を上げて」

やよい「あ……」

P「ハイタッチ。ほら」

やよい「……はい! ハイターッチ!!」

P「こういうこともいつも通り出来るから、少しだけ、練習させてくれな?」

やよい「はい。ちょっと寂しいですけど、我慢しますぅ」

P「それじゃあ……今日も頑張りましょう」

やよい「はい! 頑張りますぅ!!」

響「おぉ? プロデューサー、はいさーい! テレビ局で会うなんて奇遇だなぁ」

P「あぁ、我那覇さん、撮影お疲れ様です」

響「何だその呼び方? まるで千早みたいだな?」

P「きちんとした呼び方を練習してるんですよ」

響「その馬鹿丁寧な話し方もか?」

P「えぇ、そうです」

響「……プロデューサーがそんな喋り方だと気持ち悪いな」

P「酷いですね。自分が出来ないからってそんな風に言わないでくださいよ」

響「はぁ!? そ、そんなことないさー!」

P(あの人の言う通り、本当に反応してきたな……)

P「我那覇さんも出来るんですか?」

響「出来るに決まってるさー! え、えっと……ぷ、プロデューサー、さん?」

P「……ぶふっ」

響「な、何で笑うんだよ!?」

P「いえ……続けてください……くくっ」

響「うぅー、わ、笑うなんて、酷いさ……じゃなくて、酷い……です……」

P「んん? 何ですかぁ?」

響「うぅぅ……むかつく顔さー」

P「完璧なんじゃないですか? んん? 違うんですかぁ?」

響「その口調でその顔は本当に腹が立ってくるな……」

P「そうそう。業務連絡ですが、夕方からはダンススタジオでレッスンですからね?」

響「急に話題が変わったな。昨日聞いたから知ってるさー」

P「我那覇さんは今日の撮影は終わりですよね? 高槻さんと真美さんが収録中なんですが、それが終わったら一緒に戻りますか」

響「どれくらい掛かりそうだ? あんまり遅ければ先にスタジオに行って踊りたいんだけど」

P「まぁ、一時間といったところですか」

響「じゃあやっぱり先に戻って自主練してるさー。真でも誘うかな」

P「まこ……じゃなかった。菊地さんは萩原さんとラジオ収録に行ってますからいないはずですよ?」

響「ありゃ? そうかぁ……春香とか美希も仕事中なのか?」

P「二人ともそれぞれの仕事に出てますよ。戻るのは夕方です」

響「うーん、貴音も今日は夕方から来るって言ってたし……スタジオ行っても自分一人かぁ」

P(あれ、千早は……どうだったかな?)

‐765プロ事務所-

伊織「もうっ! なんなのよあの番組ディレクター! 伊織ちゃんに対する口の利き方じゃなかったわ!!」

律子「伊織、あんたも少しは反省しなさいよ?」

伊織「何よ! ちょっとちくっと言ってやっただけじゃない! 律子だってあんな間延びした収録にイライラしてたんでしょう?」

律子「大人の事情ってもんがあるんでしょ、きっと」

伊織「ふん! あんたも未成年のくせにわかったふうなのね?」

律子「いおりー、いい加減にしなさい!」

亜美「おぅおぅ、いおりんまだまだイラついてますなー」

あずさ「だいぶ時間も押しちゃったものね。無理もないと思うわぁ」

亜美「レッスンまで休憩出来ると思ったのにぃ。あんまり時間ないね」

P「おかえりなさい、皆さん。大変だったみたいですね?」

あずさ「ただいま戻りました……うふふ、大変なのは伊織ちゃんと律子さんですよ」

亜美「兄ちゃん聞いてよ。亜美たちは全然気にしてないけど、ディレクターがちょっと嫌味っぽくてさぁ。それでいおりんが、ね?」

あずさ「えぇ……最初は我慢してくれていたんですけど、だんだん収録時間にも影響してきてしまって……」

伊織「あんなふざけた態度取る人間の作る番組なんて出たくないわ。そんな仕事取ってこないでよね?」

律子「今はとにかくテレビに出ることが重要なのよ。伊織がイラつくのも確かにわかるけど、少しくらいは我慢して。良いわね?」

伊織「ふん。ほんと、イライラするわ……プロデューサーでもいじめようかしら?」

律子「八つ当たりしないのっ。まったく子供なんだから……」

P「お疲れ様です。少しくらいなら、話せますよ?」

律子「あ、プロデューサ……んん?」

P「どうしました?」

律子「……なんですか、その話し方?」

P「あ、やっぱり不自然ですか?」

律子「うーん……いいえ、いつもと違うから不思議な感じがするなぁって」

亜美「なになにー? なにが不思議なの?」

律子「それって私に対してだけ、ですか?」

P「いえ、全員にですよ。きちんとした感じを練習しようと思いまして」

亜美「ねー律っちゃん、なにが不思議なのー? 教えてよー?」

律子「じゃあ亜美、プロデューサーと話してみて?」

亜美「兄ちゃんと? 兄ちゃんが不思議なの?」

P「私は別に不思議じゃないですよ」

伊織「………………」

亜美「あれぇ? 兄ちゃん喋り方変えたの? いつもと違うね」

P「えぇ、丁寧な話し方を身に着けようと思いまして。しばらく練習するつもりです」

亜美「ふーん」

あずさ「あら、そんな練習しなくても、プロデューサーさんはいつも丁寧ですよ?」

P「三浦さんにはいつもそうでしたけど、他の皆さんには違いましたから」

あずさ「……今、私、耳がおかしくなったかしら……プロデューサーさん、私のことなんと呼びました?」

P「三浦さん、です」

あずさ「………………」

亜美「暖かい笑顔が……凍った!! カッキーーーン!!」

律子「咄嗟に苗字が出てこないって……ちゃんと覚えてくださいよ。プロデューサーなんですから」

P「ですから、それをきちんと正そうと思って」

亜美「ねーねー兄ちゃん、亜美の苗字は覚えてる?」

P「えぇ、双海さんです」

亜美「ピンポーン! 大正解!」

律子「当たり前です! 覚えていて当然なんです!」

P「いやぁ、覚えてはいるんですよ。でも普段は下の名前で呼んでいるので、反射的に出てこなくて」

亜美「正解した兄ちゃんには……この竜宮小町ステッカーを進呈しようぞぉ」

P「これ……ほとんど残って無いですね」

亜美「だって色んなトコに貼ってんだもん。ケータイとか……ほら!」

あずさ「あら? この待ち受け、プロデューサーさん?」

亜美「わ!? ち、違う違う! これ真美のケータイからもらったやつだから!! 亜美が撮った写真じゃないかんね!?」

あずさ「うふふ……じゃあ私ももらおうかしら? いい横顔ねぇ」

伊織「ね、ねぇ?」

P「はい、どうしました?」

伊織「ちょっと来なさいよ? こっちよ」

P(な、何だ……?)

律子「何? どこ行くの?」

伊織「あ、あんたはここにいなさい! 着いて来るんじゃないわよ!?」

律子「あんまり時間無いんだから早くしなさいよー?」

亜美「ぶー、じゃあ今からあずさお姉ちゃんのケータイに送るからね」

あずさ「うふふ。亜美ちゃん優しいのね」

亜美「真美にはナイショにしてよね!? 勝手にケータイ見たってバレちゃうから!」

律子「亜美ー、あんたも何してんのよ。人のケータイ勝手に見るもんじゃないわよ?」

P「水瀬さん? どうかしました?」

伊織「……くっ、急にそんな風に呼ばれると変な感じね」

P「そうですか? それで……」

伊織「やよい、よ」

P「はい?」

伊織「やよいにもそんな話し方してないでしょうね? ええ?」

P「いたたたたた!? 伊織! ヒールで踏むな!!」

伊織「どうなのよ? 早く答えないと足に穴が開くわよ?」

P「ちょっとマジで!! 痛みで答えとかいたたたたた体重掛けんな!!」

伊織「ほら、早く」

P「痛い痛い!! あーもう!!」

伊織「あっ! きゃっ!? ちょ、ちょっと!! 下ろしなさいよ!?」

P「あー、痛い……ほんとに足に穴が開きそうだ……」

伊織「早く下ろしなさいよ!? 猫みたいに持つんじゃないわよ!!」

亜美「あー!! いおりんが抱っこされてる!?」

伊織「ひっ! こ、来ないで……ちょっと!! ケータイ向けないで!!」

あずさ「あらあら、伊織ちゃん楽しそうねぇ」

亜美「ほんとだねー。はいパシャッっと」

伊織「あ、亜美ー!! あんたもさっさと下ろしなさいよ!? このっ!!」

P「いてっ!? ゲホッ!!」

P(あの体勢から蹴りとか……どんだけ能力高いんだよ……)

伊織「ふ、ふん! いい気味だわ。亜美は後で始末するとして、さっきの質問に答えなさいよ」

P「ゴホッ、始末はするなよ……」

伊織「いいから答えなさいっての!!」

P「いてっ。わかったから蹴るなって」

伊織「で?」

P「あ、あぁ、やよいにもさっきの話し方だったよ。高槻さんって呼んだし」

伊織「……あんた、今度はしゃがみなさい? 顔面にぶち込んであげるから」

P「それは勘弁してくれ……」

伊織「あの子泣いてなかったかしら? 泣かせてたら一生許さないわ」

P「いや、泣いてはなかったよ」

伊織「………………」

P「本当だって。本人に訊いてみろよ?」

伊織「やよいが正直に『泣きました』なんて言うはずないでしょ? そのくらいボンクラのあんただってわかってるはずよ?」

P「まぁ……確かに。でも本当に大丈夫だよ。ハイタッチもしたし」

伊織「あらそうなの?」

P「呼び方と言葉遣いが違うだけで、他はいつもと変わらないから」

伊織「そう……ならいいわ。でも気を付けることね?」

P「あぁ、やよいには……ごほん、高槻さんには十分気を付けますよ」

伊織「……ムカつくわね、その口調」

P「しばらくは我慢してください。私も危機感を持ってるんですから」

伊織「はぁ? 一体なんのこと?」

P「いえいえ、なんでもありませんよ。水瀬さんの気にすることではありません」

伊織「……何よ」

伊織(呼び方と言葉遣いが違うだけ……? 態度もいつもと違うわよ、バカ!)

P「そろそろレッスンですから準備してください」

伊織「……ふん、わかってるわよ! 行くわよ、あずさ!」

亜美「あれ? いおりーん、亜美は?」

伊織「ケータイ出せば許してあげるわ。さっきのあれ、誰にも送ってないでしょうね?」

亜美「もう真美に送ったよ?」

伊織「……とりあえず出しなさいよ。沈めてあげるから」

本日は閉店します。

おやすみなさい。

-ダンススタジオ-

春香「やぁっと休憩だぁ……ちかれたー」

雪歩「はぁ……」

春香「雪歩、今日体調悪い?」

雪歩「あ、ううん。全然! 何ともないよ!?」

真「まだ引き摺ってる? まったく雪歩は……」

雪歩「うぅぅ……」

春香「もしかして、プロデューサーさん?」

真「うーん、苗字で呼ばれたのがショックだったらしいけど」

雪歩「だって……いつもは『雪歩』って呼んでくれるのにぃ……」

伊織「まったく軟弱ね。あんなやつのこと考えるだけ損よ?」

雪歩「でも……」

真「伊織も水瀬さんって呼ばれたの?」

伊織「そうね。まぁ、私は皆と違ってまったく気にしてないわ。むしろいつもそう呼ぶべきよね、馴れ馴れしいのよ」

春香「真は?」

真「ううん。ボクは今日プロデューサーと会ってないから」

春香「そっか……正直、会わない方がいいかもね」

伊織「言えてるわ。真は意外と傷付きやすいし」

真「意外とって、どういう意味さ?」

伊織「人は見かけによらないのよね……にひひっ」

春香「真って怖がりだしね」

真「ぼ、ボクはそんなことで傷付いたりなんてしないよ!? ちょっと寂しくなるかもしれないけど……」

春香「それが傷付くってことじゃないかなぁ?」

真「……伊織だけじゃなくて、春香もさっきからちくちく言ってくるのはどうしてさ?」

春香「えぇ? わ、私別にちくちくなんて……」

伊織「大方、プロデューサーに名前で呼んでもらえなくて機嫌悪いとか?」

春香「ち、違うよぉ、そそんなこと……」

千早(何の話かしら?)

やよい「千早さん、お水飲みますか?」

千早「えぇ、ありがとう高槻さん」

やよい「……あ、あの千早さん、ちょっと訊いていいですか?」

千早「うん、何?」

やよい「どうして、私のことずっと高槻さんって呼ぶんですか?」

千早「え……?」

やよい「いっしょにお仕事してる時間も結構長いと思うんですけど、ずっと高槻さん、ですよね? どうしてかなーって」

千早「どうして……あんまり考えたことないわ。癖みたいになってるのかも」

やよい「くせ、ですかぁ」

千早「私も皆みたいに『やよい』って呼んだ方がいいかしら?」

やよい「そう呼んでもらえると嬉しいですぅ」

千早(あぁ……可愛いわ高槻さん)

千早「じゃあ……やよい?」

やよい「はいっ! 千早さん!」

千早「………………」

やよい「ふぇっ!? あ、あの千早さん……?」

千早「……はっ。ご、ごめんなさい……高槻さんが可愛い過ぎてつい抱き締めたくなって……」

やよい「えーっと、レッスン中ですから汗臭いかもですよ?」

千早「そんなことないわ! 高槻さんはいつもいい匂いがするもの!」

千早(あ……今の言い方変態っぽかったかしら?)

やよい「ふぇぇ……でも私、高いシャンプーとか使ってないですよぉ? いっつもリンスインシャンプーだけですから」

千早「そんなのもったいないわ! 今度私の使ってるシャンプー買ってあげる! きっと高槻さんも気に入ると思うわ!」

やよい「えぇ、いいですよぉそんな……前に伊織ちゃんにもおんなじこと言いましたけど、私は今ので大丈夫ですから」

千早(くっ……先を越されてたのね)

千早「シャンプーだけじゃなくてトリートメントも買ってあげる! 高槻さんは可愛いんだから、もっと自分を磨かないと!」

やよい「自分を磨く……ですかぁ? あかすりはいつもやってますよ? 兄弟でごしごしって」

千早「あんまり強くやっちゃ駄目よ? こんなおいしそ……じゃないわ。綺麗な肌が傷付いたらもったいないもの」

やよい「えへへ、私、綺麗ですか? 褒められちゃいましたー!」

千早(こんな純粋な子に比べて私は……)

やよい「千早さんも綺麗です。あこがれちゃいますぅ」

千早(……心が痛いわ)

貴音「はぁ、あの方が?」

響「うん、自分のこと我那覇さんって呼んでさ」

貴音「面妖な……何故そのようなことを?」

響「なんか変なこと言ってたけど、苗字をちゃんと覚えるとかなんとか……」

貴音「ふぅむ……確かに、普段から親しみを込めて下の名で呼んでくださいますから、ど忘れしてしまうこともあるでしょう」

響「けどさ、酷くないか? 仮にもプロデューサーだぞ?」

貴音「それだけわたくしどもを普段から下の名で意識しているのでしょう」

真美「お姫ちんは心が広いねー」

亜美「ほんとほんと。さすがはお姫ちんだね」

貴音「真美、亜美、わたくしはまだまだ修行中の身です。わたくしもあの方のように精進せねばなりません」

亜美「もしお姫ちんがさ、兄ちゃんに突然四条さんって呼ばれたら、やっぱりショック?」

貴音「そうですね。何も知らなければ、その見えない壁に戸惑うことでしょう。その真意を問いただすやもしれません」

亜美「んっふっふー、お姫ちんはもしかしてー?」

貴音「はて? もしかして?」

亜美「兄ちゃんのことが……?」

真美「………………」

貴音「わたくしは、あの方に尊敬と感謝の念を抱いています。そして今は、ただ着いて行く……それだけです」

響「感謝なら自分もしてるさー。なんたってまたでっかいライブが出来るんだもんなー」

亜美「ちぇーっ。そんなこと聞きたかったんじゃないのに」

律子「ほらー、休憩終わりよ! 再開するわよー!」

皆「はーい!」

うっうー! 眠いですー!


-765プロ事務所-

P「私は今日、四条さんと如月さんの撮影に同行しますね」

律子「はい。こっちは春香と美希で、行く前にオーディションの子を送ってきます」

P「ライブの告知ですね。生放送ですから色々と注意してください」

律子「春香は相変わらずアドリブに弱いですからね。司会者が台本通りにやってくれればいいんですけど」

P「その時は星井さんに任せてください。事前に言ってはいけないことも注意して」

律子「そうですね、美希ならアドリブに強いし、大丈夫だとは思います」

P「もしまた星井さんが駄々をこね始めたら電話してください。私が話を付けますから」

律子「それは避けたいんですけどね……私だってプロデューサーなんですから、美希にもちゃんとやらせないと」

P「えぇ、お願いします」

律子「そっちは千早も撮影ですよね? 一応グラビアですけど大丈夫ですか?」

P「グラビアといっても着物ですから、派手な格好をするわけじゃないので」

律子「それでも、よく千早がオーケーしましたね?」

P「二名と聞いて、正直、雪……じゃない、萩原さんとどちらにするか迷いました。四条さんは始めから起用するつもりでしたし」

律子「それで、どうして千早に?」

P「少しでもメディアに露出して顔を広めるため、ですね。それに、雪……あーもう」

律子「あはは、雪歩が関門ですか?」

P「どうしても、あの顔を思い出すと『雪歩』が出てきてしまうんですよ。顔と名前のマッチ度が高いんですよね」

律子「そんなに雪歩を意識してるんですかー?」

P「そうですね……彼女は放っておけない雰囲気ですからね」

律子「間違ってもアイドルに手を出さないでくださいね」

P「そ、それは重々承知しています。もちろんです」

律子「それで、続きは?」

P「えぇ、萩原さんですね、最近はファッション雑誌でポップなキャラクターとして出てますから、この段階で着物は止めておこうと思いまして」

律子「なるほど、そのイメージを固めるのが先、ということですね?」

P「その通りです。それに、如月さんはあまり着物を着たことがないかと思いまして、いい機会かなと」

律子「親心ですね」

P「こういうことを楽しんでもらえるといいんですけど」

律子「まぁ、最近あの子も変わってきてますから、期待しちゃいますよね」

P「こういうグラビアも知名度のためと、私も如月さんも共通理解はしてますから、もう一歩です」

律子「積極的に、は難しいでしょうね。徐々に考えてくれればってところですか」

春香「雪歩、放っておけない雰囲気だって?」

雪歩「うふふ……そっかぁ」

春香「いいなー雪歩。そんなこと言ってもらえて。私なんて相変わらずアドリブに弱いって……はぁ」

雪歩「それは律子さんが言ってたよ?」

春香「でもその後にプロデューサーさん、『美希に任せて』って……あーあ、もっと頑張んなくちゃなぁ」

美希「何がミキなの?」

春香「あ、美希。おはよう」

雪歩「おはよう、美希ちゃん」

美希「おはようなの。事務所の前で二人して何してるの? 入んないの?」

春香「あはは、ちょっとね。今から入るよ」

美希「ふーん……ふわぁ……あふぅ」

雪歩「美希ちゃん、また眠たいの?」

美希「うん、昨日の夜あんまり眠れなかったの」

春香「え!? 美希が!?」

美希「春香驚きすぎ。ミキだってたまには眠れない夜くらいあるんだから」

雪歩「何か考えごと?」

美希「そんなのもちろんハニーのことなの。昨日はほとんど一緒にいれなかったし、名前で呼んでもらえなかったし」

雪歩「うん、そうだったね……」

美希「だから昨日は八時間しか眠れなかったの」

雪歩「それ、十分じゃないかなぁ?」

春香「おはようございまーす」

美希「えー!? またハニーと一緒じゃないの?」

律子「だから、ハニーは止めなさいって言ってんでしょ?」

美希「律子と一緒だと乗り気しないの……」

律子「『さん』を付けなさいって言ってんでしょ!?」

美希「律子……さんは注文が多いの。やっぱりハニーが一番なのー!」

律子「もう駄々こねてますけど?」

P「星井さん、今日は後のスケジュールも加味してますから」

美希「ハニーはミキといたくないの?」

P「それは……」

美希「ねぇハニー……ミキ、寂しいよ? 今日も『美希』って呼んでくれないし……」

律子「あのね美希――」

P「秋月さん、星井さんは私に訊いてます。私が答えるべきです」

律子「でもプロデューサー……」

P「えぇ、わかってます」

美希「……ハニー?」

P「星井さん、私は君に期待しています。これからもっとすごいアイドルになれると、誰よりも思っています」

美希「うん……」

P「確かにムラッ気はありますが、上に振れれば誰も追い付けません。歌も如月さんより、ダンスも我那覇さんよりもすごいと感じます」

美希「………………」

P「だからこそ、下に振れるムラを少なくしたい。ムラッ気を無くしたいとは思っていません、それこそが星井さんの魅力ですから」

美希「だからって……ハニーと一緒にいれないの?」

P「誰と一緒でも一定水準の力は発揮してほしい。そうなれたら……美希、俺は嬉しいよ?」

美希「……ミキ、まだ自分がどれくらい出来るのかわかんないの。それに、ハニーがいないとお仕事がつまんない時もあるの」

P「俺が美希だけを見れるわけじゃないって、美希もわかってるだろう?」

美希「でも……」

P「美希は、俺の期待に応えたくない?」

美希「う……ううぅ、そんなのずるいの……」

P「俺もずるいと思う。美希の思いとは反対だってわかってる。でも、俺は期待する。美希の実力を知ってるから期待せずにはいられないんだよ」

美希「………………」

P「美希……どうだ? やれないか?」

美希「……ねぇハニー。ミキね、ご褒美があれば頑張れると思うの」

P「なんだ? おにぎりか?」

美希「ぶぶー。それは一旦いいの」

P「じゃあなんだ?」

美希「あのね、ハニーのサインがほしいの」

P「サイン? 色紙に書くサインか?」

美希「それとは違うサインなの」

P「はぁ……?」

美希「ミキ、今年で十六歳になるの」

律子「はいストーーーップ!!」

春香「はい時間! 時間です!! 出る時間です!!」

美希「ちょっと邪魔しないで!! 今いいところなの!!」

真美「おはよー……なになにー!? なんのさわぎー!?」

律子「真美、ちょうど出る時間よ!? 雪歩も行くわよ!!」

真美「あり? ちょっちよゆーで来たはずだけど……」

春香「美希、行くよほら!」

美希「まだ最後まで言ってないのー! ハニー!!」

春香「プロデューサーさん、行ってきます! 録画してくださいね!!」

P「あ、あぁ……いってらっしゃい」

真美「なんかしんないけど行ってくんねー」

雪歩「プロデューサー、お茶置いときますね? 行ってきます」

美希「ハーーーニーーーーーー!!」

律子「美希、声が大きいっ!!」

真美「律っちゃんも声でっかいよ?」

P「……大丈夫か?」

くっ……眠い。

千早「着物は浴衣くらいしか着たことがないです」

P「一度も?」

千早「はい。あってもたぶん、七五三くらいだと思います。最近は特に機会が無いので」

P「なら、今回はいい機会ですね」

千早「着物を着るのにいい機会なんてあるんですか?」

P「そう言われると、答え難いですが……」

千早「……四条さんは? 着物、着たことあるんですか?」

貴音「そうですね、その経験はある……とだけ言っておきましょう」

千早「……私、ちゃんとやれるかしら?」

貴音「ふふ、心配無用です。千早ならば着物にもすぐに慣れるでしょう」

千早「そうでしょうか?」

貴音「えぇ。あの方が千早を推したのですから、上手くゆくはずです」

千早「プロデューサーが?」

P「うん? 俺……違う。私がどうかしました?」

貴音「あなた様、千早には今回の件は話したのですか?」

P「着物撮影の件は話しましたよ。グラビアは今後の歌手活動の為だと――」

貴音「いえ、そうではなく」

P「えっと……如月さんは着物が似合いそう、の話?」

千早「え、えっとあの……そうですか?」

貴音「それもですが、いつかの夢の話も、千早に」

P「……あれか。あれは……そうですね」

貴音「あなた様、わたしくに話すより、やはり千早に直接話す方がよいのではないでしょうか?」

P「うーん……」

千早「あの……言いたいことがあるのでしたら言ってください。私なら大丈夫ですから」

P「悪い話をしていたわけではないですよ。少し将来の話です」

千早「将来?」

P「……如月さん、私はですね、君の歌が好きなんですよ」

千早「あ……えっと、あ、ありがとうございます」

P「こう、真っすぐ空に飛び立つような歌声に惹かれるんです。ライブなど生のパフォーマンスでも非常に高い水準で歌える。すごいと思います」

千早「そう、ですか? 私は、練習した通り歌ってるだけです……」

P「だから……もっと集中して如月さんをプロデュースしたいと思ってるんです。もっと如月さんを活躍させたいんです」

千早「集中して……私をプロデュース?」

貴音「あなた様は、音楽ぷろでゅーすを専門としたいと話していましたね? その始まりを千早にしたいとも」

P「はい。でも、765プロ十二名のアイドルの内、現状だと竜宮小町を除いた九名を引き受けている状態です。如月さんだけに集中は出来ません」

千早「そうですね……今は仕方ないと思います」

P「えぇ、今は」

千早「……ん? どういう意味ですか?」

P「……まだ決定ではないので、皆には黙っていてくれますか? 四条さんも」

千早「皆……というと?」

P「アイドルの皆です。社長と秋月さん、音無さんは把握してますが、私が話したとバレてしまいますので、その三名にも」

貴音「わたくしは、もちろん誰にも話しません。約束いたします」

P「ありがとう……如月さんは?」

千早「あ、はい。言いません。お願いします」

P「二人ともありがとう」

千早「……それで」

P「はい、765プロに、プロデューサーをもう一人入れる、という話が出ています」

千早「え……?」

貴音「はぁ……そんな話が?」

P「昨日の昼間、社長と音無さんが事務所にいなかったのはその関係です。二人でプロデューサー候補の方に会いに行っていたんです」

千早「えと……もし、もう一人プロデューサーが増えたら……」

貴音「あなた様と、担当を分けてぷろでゅーす、でしょうか?」

P「そうですね、そうなります」

千早「………………」

貴音「先ほどの話ですと、千早はあなた様の担当となるのですね? それでは、わたくしは……?」

P「まだ新しいプロデューサーが入るとは決まっていません。それが決まってから、担当するアイドルも決めるつもりです」

貴音「しかし、あなた様の心には既にあるのでしょう?」

P「……鋭いな、貴音は」

千早「そうなんですか?」

P「あぁ……もう決めてる。確かに千早は俺が担当する。それと、貴音も俺のつもりだ」

千早「他のアイドルも、全員決めてあるんですね?」

P「……やよい、雪歩、真美も俺が見る。残りのアイドルが……」

貴音「新しい方の担当、と?」

P「そうだ」

千早「プロデューサーは……さっきの五人だから、後は四人……春香、響、真、それと……美希も?」

P「あぁ、俺は担当しなくなる……もしかしたらな」

プロデューサーさん、おやすみですよ! おやすみ!

春香『765プロ感謝祭は○月×日、場所は以前私たちがライブを行いました――』

小鳥「春香ちゃんと美希ちゃん、今日も可愛いですね」

あずさ「ほんと、可愛いですねぇ」

伊織「本当なら、私たちが告知するべきじゃないかしら? 知名度なら竜宮小町のほうが二人より上よ」

亜美「でもはるるんもミキミキも大人気だよ? ほらほらー! 雑誌にも載ってるしー」

伊織「雑誌なら私だって載ってるわよ」

小鳥「あ、春香ちゃん、ちょっと噛んじゃったわ」

あずさ「生放送ですから、緊張しますよねぇ」

亜美「いおりんも前に噛んだよねー? あん時は収録だったけどー」

伊織「んもぅ、うるさいわね。黙って観てなさいよ」

小鳥「美希ちゃんは相変わらず物怖じしないし、見ていて安心ね」

亜美「けどはるるん、台本見すぎじゃん? 亜美でもわかっちゃうぜー!」

伊織「私ならあれくらい簡単よ! まったく、プロデューサーも律子も何考えてるのかしら?」

美希『ライブにはミキや春香はもちろん、でこちゃんがリーダーの竜宮小町も出るの』

春香『あわわ、美希、伊織って言わないとわかんないよぉ?』

伊織「あのバカぁ……」

小鳥「あらあら、笑いが起こっちゃったわね」

亜美「ライブ中に『でこちゃーん!』って叫ばれちゃうかもねー?」

伊織「帰ってきたらシメてやるわ! 覚悟してなさい!」

亜美「いおりん、テレビに宣言してもミキミキに聞こえないよ?」

あずさ(カロリーゼロのゼリーも美味しいわぁ)

春香「ただいま戻りました」

美希「ただいまなのー」

小鳥「おかえりなさい、二人とも。お疲れ様」

伊織「あ、あんたね、よくも公共の電波で言ってくれたわね!?」

美希「なんのこと?」

伊織「しらばっくれてんじゃないわよ!? 『でこちゃん』なんてテレビで言ったらすぐに広まるでしょう!!」

美希「だってでこちゃんはでこちゃんなの。それに、でこちゃんって前からテレビでも呼んでるよ?」

伊織「普通に『水瀬さん』とか『伊織』って呼びなさいよ! あのプロデューサーでさえ最近『水瀬さん』って呼んでるんだから!」

美希「でこちゃんは『水瀬さん』って呼ばれたほうがいいの?」

伊織「時と場合を考えなさいって言ってるのよ。事務所とか普段なら……よくはないけど、あんな時に普通出さないわよ!」

亜美「いおりーん、終わっちゃったことだしさー」

伊織「亜美は黙ってなさい。……律子からは何も言われなかったのかしら?」

春香「律子さんは本番前に別のところに行ったよ」

美希「うん、ケータイに電話掛かってきて、そのまま行っちゃった」

伊織「くぅぅ……あんた、覚えてなさいよ?」

美希「でこちゃん、悪い人の捨て台詞みたいなの」

伊織「悪いのはあんたでしょう!?」

あずさ「伊織ちゃん、その辺で終わりましょう? いいじゃない? あだ名で呼んでもらえるって、仲がいいってことだし」

伊織「でこちゃんなんて完全に悪口じゃない……」

美希「そっかなぁ? ミキ的には、可愛いと思うけど」

伊織「私が嫌だって言ってんだから、悪口なのよ? 理解しなさいよ」

美希「でこちゃんも注文多いの。あーあ、ハニー帰ってこないかなぁ」

カメラマン「はい、今度は笑顔でー。続けて撮りまーす」

P(やっぱり貴音は着物に慣れてるみたいだな……)

カメラマン「如月さん、いいですよー!」

P(千早も自然な笑顔が出来るようになってきたな……)

カメラマン「四条さん、もう半歩、如月さんのほうへ」

貴音「はい、このくらいでしょうか?」

カメラマン「そこで! 何枚か撮ります」

千早「………………」

P(……ん? 千早?)

千早「………………」

P(千早、俺を見てる……?)

カメラマン「如月さんそれ! すごいいい表情!」

貴音「千早も着物にすっかり慣れたようですね?」

千早「はい。でも、意外と重いですよね」

貴音「これでも多少簡略化されています。きちんとしたものは、もう少し重みがありますよ」

千早「そうなんですか? 私には全然わからないです。これがちゃんとしたものだと思ってました」

カメラマン「はい、もう少し動いていいですよー」

千早「四条さんは今まで色んな経験をしてきたんですね?」

貴音「ふふ、それはとっぷしーくれっとですよ」

千早「私もこれから沢山経験をしたいです。それが今後の歌のためになりますから」

貴音「それはきっと、あの方が用意してくださいます。我々はあの方を信じて着いてゆけばよいのです」

千早「………………」

カメラマン「はいオーケーでーす。十分休憩入りまーす!」

P「如月さん、慣れましたか?」

千早「はい、だいぶ」

P「四条さんも。帯は問題ないですか?」

貴音「心配無用です。着付けに手馴れた者でしたので」

P「そうですか。この後は場所を変えて撮影です。少し歩きますけど、大丈夫ですか?」

貴音「えぇ、では参りましょうか」

千早「くっ……」

P「……如月さん?」

千早「いえ……大丈夫です」

P「……? 何か問題でも?」

千早「……本当に、大丈夫ですから」

P「わかりました……無理はしないでくださいね」

カメラマン「じゃあ如月さんから撮りますねー」

千早「はい、わかりました」

千早(やっぱり……足、痛いかも)

カメラマン「まずはその橋の辺りまでお願いします」

千早「は、はい」

千早(この橋……鬼畜ね。着物じゃ上りづらい……)

カメラマン「レフ板用意してー?」

千早(鼻緒のとこ、血が出てないかしら?)

P(……ん、電話か)

貴音「あなた様?」

P「ちょっと電話。すぐに戻るよ」

千早(……プロデューサー? ケータイ持って……電話かしら?)

カメラマン「如月さん、憂いのある表情もいいけど、若い子らしく笑顔でいってみようか?」

千早「あ、はい、すみません」

千早(どうしてだろう……見ててほしい)

カメラマン「さっきの笑顔、思い出してー」

千早(さっきは……あの人が見ててくれてたから笑えた。私……)

カメラマン「はい、もう少し」

千早(……違うわ。あの人はプロデューサー。私をもっと高いところへ送ってくれる人。それだけ……それだけよ)

カメラマン「はいオッケーです! 次、四条さんお願いしまーす!」

P「あれ、ちは……如月さんは終わりました?」

千早「はい……プロデューサー、今、千早って言いかけましたね?」

P「えぇ、まだまだですね」

千早「ふふっ……うっ……痛っ!?」

P「如月さん? どうしました?」

千早「くっ……ちょっと、草履の鼻緒のところが……」

P「親指と人差し指の間ですか……どっちの足ですか?」

千早「えっと……両方、です。特に右が……」

P「ちょっと失礼……足袋を脱がします」

千早「あ! あの……」

P「あぁ、真っ赤じゃないか。どうして言わなかったんだ?」

千早「その……このくらい大丈夫だと思って」

P「さっき移動してる時もこれが痛かったんだろ? こういうことはすぐに言ってくれ。我慢することじゃないぞ?」

千早「でも撮影に影響が……」

P「撮影するときは草履だけど、言ってくれれば千早が履いてた靴も取りに行くし、何でも出来るから。黙ったままじゃわからないんだ」

千早(黙ったままじゃわからない……)

P「もう少し、俺を信用してくれよ? 我慢してた千早に気付かなかった俺は頼りないかもしれないけど、言ってくれれば対応するから」

千早「はい……すみません」

P「いや、謝ることじゃないけど、これからは気を付けてくれ。何でも言ってくれ。な?」

千早「何でも……?」

P「あぁ、何でもいいから」

千早(私は……)

千早「……私は、もっと」

P「うん」

千早「もっと、私を見てほしい……です」

P「うん……うん?」

千早「あ……」

P「えっと、それはどういう……?」

千早「あ、ああ……い、今のは忘れてください! この口が勝手に言っただけですから!!」

P「……あぁ、しばらくしたら千早をメインで見れるかもしれない。すぐは難しいけど、そうなったら、もっと見るから」

千早「………………」

千早(鈍いのかしら? 色々複雑だわ……)

今夜は閉店さー。自分、明日も早いんさー。

-765プロ事務所-

P「ただいま戻りました」

春香「おかえりなさい、プロデューサーさん」

P「あぁ天海さん、生放送、どうでした?」

春香「あはは、緊張しました……でも、今回は転びませんでしたから!」

P「その調子です。お疲れ様でした」

小鳥「おかえりなさいプロデューサーさん。社長がお待ちですよ?」

P「はい、ありがとうございます」

高木「おぉ、戻ったか……ここじゃなんだから、会議室に行こうか」

P「はい」

春香「……小鳥さん、何かあったんですか?」

小鳥「いいんですよー、春香ちゃんは気にしなくて。よしよし」

高木「早速だが……」

P「例の新しいプロデューサーですね。面談どうでした?」

高木「……どうやら、例によって961プロも声を掛けているようなんだよ」

P「はぁ……どうしてまた? いつもの嫌がらせですか?」

高木「いや、いつものこととは……今回は嫌がらせだとは……」

P「何かあるんですか?」

高木「あぁ、候補の彼はまだほとんど無名だが、一部ではなかなかのやり手だと評判だ。その辺り、君と似ているね」

P「いや、私はそんな……」

高木「私しかいないこの場で謙遜は不要だよ。胸を張りたまえ」

P「はい、ありがとうございます」

高木「話を戻すと、それくらい期待の出来る人材であればどこからでもオファーの可能性はある。それがたまたま黒井だと思えば」

P「うーむ、どうしても勘ぐってしまいますが……」

高木「今までのことを思えば仕方ないだろう。現状、我が765プロ、そして961プロからオファーが来ていると言っていたな」

P「うちと961プロだけ……?」

高木「それも怪しいと思われる一因だろう。他のプロダクションにはほとんど書類選考で落ちたそうだが」

P「……怪しい。それは怪しいですよ」

高木「そうだな。そう思いたくないが」

P「その人、うちに来てくれるでしょうか?」

高木「それはわからない……誠意をもって話はしたが、提示内容とすればこちらに分が悪いことは確かだ」

P「それは仕方ないです。待遇だけなら961プロとは差があり過ぎますから」

高木「彼がどちらを取るかだが、それは彼が決めることだ」

P「えぇ、わかっています」

高木「近いうちに765プロに来てもらって見学もしてもらうことになっている。日程はこれから話し合うが……」

P「その時に、より魅力あるプロダクションであることを示すことが出来れば……?」

高木「あぁ、我々としてはそれしかないだろう」

P「それなら961プロには負けません。765プロのアイドルたちは皆すごい子たちですから!」

高木「もちろん私もそう思っている。皆にも、もちろん君にも期待しているよ」

P「はい、何とか入社したいと思ってもらえるように、私もアイドルたちを紹介していきます」

高木「そうだな、アイドルたちの魅力と可能性を知れば、難しいことではないだろう。任せたよ!」

亜美「聞こえる?」

真美「ううん、あんまり……社長も兄ちゃんも声ちっちゃくしてるみたいだし」

亜美「あーん、なに話してんだろー?」

真美「ん……兄ちゃんの声が……」

亜美「なんか言ってる?」

真美「……765プロのアイドルたちは……みんなすごい子たち……とか?」

亜美「んー? なにそれ? そんなのわかってんじゃん?」

真美「ゆーしゃしたいと思ってもらえるように……?」

亜美「ゆーしゃ?」

真美「ゆーしゃしたいってなに? 冒険でもすんのかな?」

亜美「あ! 今そんなバラエティー、テレビでやってなかったっけ?」

真美「真美知ってる! 月曜日にやってるやつだ!」

亜美「アレアレ! 北海の海ちゃんがしゃべってるやつ!」

真美「うわぁ、真美出たーい! 石版なんてラクショーだもん!」

亜美「亜美ミイラやりたい! でね、わざとシツギに入ってドカーン! 『ウボァアァー!』ってやるー!」

真美「ウボァアァー!」

亜美「キャー! マイコー! ミイラになっちゃうー!」

真美「ウヴォアァー! ボァガァーッ!」

亜美「か、カギが!? シィット! がっでむ!!」

真美「グアァアァアー! ギィヤアアアァー……げほっ! げほっ!」

亜美「あひゃひゃひゃ、なに咳き込んでんの!?」

真美「のどげほっ! うーぃ、のどいたいー」

小鳥「プロデューサーさん、あの練習は順調ですか?」

P「えぇ、まだ三日くらいですけど、音無さんのアドバイスのおかげで今のところなんとか」

小鳥「新しい方が来る前に身に付くといいですね」

P「えぇ、いつまでもアイドルに対してタメ口じゃプロらしくないですから」

小鳥「ふふっ、プロデューサーさんはどう見たってプロですよ?」

P「スーツだけ見ればそれっぽいかもしれないですが、話すと安いのがバレますから」

小鳥「そんなことないですって」

P「いえいえ、相変わらず皆にも頼りないと思われてますから……」

小鳥「あんまり自分を悪く思っちゃ駄目ですよ? プロデューサーさんを信じてる人はたくさんいますからね?」

P「えぇ、俺もそう信じたいです」

小鳥「大丈夫です。自分を信じてください」

P「はい……?」

小鳥「あ……ほら、もうすぐですよ」

P「もうすぐ? 何が――」

美希「ハニーいるぅ!?」

小鳥「ほら、ね?」

P「お、おぉ? み……星井さん、学校はもう終わったんですか?」

美希「ダッシュで来たの! ハニー、我慢しないで『美希』って言えばいいの!」

P「いや……ごほん、咄嗟に出なければ意味がないですし」

美希「ミキはミキなの。ミキだよミキ! ミキミキミキなのー!」

P「な、何ですかそれは?」

美希「ミキって連呼してハニーを洗脳するの。ハニーの口からミキしか出ないように」

P「洗脳って……」

小鳥「……小鳥小鳥」

P「音無さん? なに言ってるんですか?」

小鳥「ピヨ!? いえ、なにも……」

美希「ミキなのー。ねーハニー、ミキなのー」

P「わかってますよ、星井さん」

美希「ミキなの? ミキなの! アハッ! ミキミキなの!!」

P「あの……」

美希「ミキだよ!? アハッ! ミッキーなのー!!」

P「聞いてるとだんだんゲシュタルト崩壊してくるな……美希ってなんだっけ」

美希「ほら、ミキがミキだよ? 触っていいよ? ほら……」

P「ごくり、触って……いやいや、駄目だろ?」

小鳥「ピヨ……ことりことり」

あなた様、お休みの時間ですよ。

千早「美希とボイトレも久しぶりね」

美希「うん、ミキ最近ダンスばっかりだったから」

千早「私は逆ね。今は歌をメインでやらせてもらってて、この前みんなで集まった時に久しぶりに踊ったわ」

美希「でも千早さん、全然久しぶりってカンジじゃなかったの」

千早「そうかしら? 終わりの方は足がついていかなかったし……」

美希「ぜーんぜん、そんな風に見えなかったの」

千早「必死でやってたから」

美希「ふーん。だからちょっと足がひょこひょこしてるの?」

千早「あぁ、これは着物の撮影でちょっと……」

美希「着物? えーミキも着たかったなー」

千早「美希は着物、着たことある?」

美希「うん、あるよ! 初詣はいっつも着物なの」

千早「そう……やっぱりそういうものよね」

美希「でも千早さん、着物似合いそうでいいなー。ミキ、髪染めちゃったからお姉ちゃんにあんまり似合わないって言われたの」

千早「私は髪染めたことないから……」

美希「うんうん、千早さんは黒い髪が似合うの。とーっても綺麗なの」

千早「ふふっ、ありがとう」

美希「……でもね、ミキ、負けないよ?」

千早「え……? どういうこと?」

美希「ハニーがミキはすごい言ってくれたから……ミキ、負けたくないの」

P(真もオファーの方向性は固まってきたな……でもやっぱり言われるかな?)

やよい「あ、美希さんのCMだぁ」

小鳥「最近この時間はずっとやってるわね。なんだか毎日美希ちゃんがいるみたい」

P(ふりふりーの仕事はほとんど無い。ていうか需要が無いしな……)

やよい「私もCMのお仕事やりたいですー」

小鳥「どうなんですか、プロデューサーさん?」

P「え? あぁ、高槻さんには、昔で言うと『アミノ式』みたいなのが合うと思います」

やよい「あみのしき? なんですかぁ、それ?」

小鳥「『アミノ式』っていう飲み物のCMがあったのよ。スポーツドリンクみたいなものね」

やよい「どんなCMだったんですか?」

P「じゃあ音無さん、歌ってください」

小鳥「ピヨ!? 無茶振りですよ!?」

P「ははっ、冗談ですよ。動画サイトに昔のCMがあるかもしれませんから、探してみてください」

やよい「パソコンですか……うぅ、私ちょっと苦手なんですぅ」

P「何事も練習です。わからないところがあったら聞いてください」

やよい「はい。早速探してみます」

小鳥「あ、やよいちゃん。みんなで使うパソコンちょっと調子悪いから、私のパソコンで使っていいわよ」

やよい「いいんですかぁ? うっうー! 新しいパソコンですー!」

小鳥(二年落ちは新しいのかしら?)

P「みんなで使えるパソコンも、もう買い換えないと駄目ですね」

小鳥「そうですね……あれば便利ですし、調べものもしやすいですし」

P「今では結構安く買えますからね。一台と言わず二台くらい置いてもいいんじゃないですか?」

小鳥「律子さんがどう言うかしら……パソコンにも詳しいですし、色々と相談したほうがいいですね……あっ」

P「どうしました?」

小鳥「あの……新しい方が来たら、その方のパソコンも用意したほうがいいのかなって思って」

P「あ……そうですね。そうなったら一台しか駄目……か」

小鳥「既に持っていたらそれを使ってもらえればいいんですけど、念の為構えておきますね」

P「はい。なんか、色々と済みません」

小鳥「ふふっ、どうしてプロデューサーさんが謝るんですか?」

P「本当なら、こちらで気付かないといけないと思って」

小鳥「大丈夫ですよ。それを含めての裏方、事務員ですから」

P「助かります、ほんとうに」

真美「いえーい! いっちばーん!」

亜美「真美ずるーい! 亜美のほうが荷物多いんだかんねっ!」

真美「んっふっふー、戦いはすでに始まっていたのだよ、亜美隊員?」

P「おかえりなさい、二人とも」

伊織「ちょっと! 二人じゃないわよ!?」

P「水瀬さんも。おかえりなさい」

律子「伊織で終わりじゃないですよ!?」

P(分割で来んなよ……)

真美「兄ちゃん、シュークリーム買ってきたから食べよ?」

P「お、ありがとうございます」

律子「今日いない人の分は冷蔵庫に入れときますから、食べちゃ駄目ですよ? 特に亜美?」

亜美「食べないよー? だいじょぶだってー」

小鳥「じゃあ、私コーヒー入れてきますね」

律子「小鳥さん、私も手伝います」

伊織「あら? やよい? 小鳥の席でなにしてるの?」

やよい「伊織ちゃんおかえりー。あのね、ゆーちゅーぶっていうの見てれぅの」

伊織「大丈夫? わからなかったら私に訊くのよ?」

やよい「うん、大丈夫。プロデューサーも教えてくれるって言ってたからぜーんぜん心配ないよっ」

伊織「ならいいけど……あら?」

やよい「……んぅ? どしたの?」

伊織「……にひひっ。やよい、ちょっとパソコン見せて?」

やよい「うん、いいよ?」

伊織(小鳥も無用心ね。なんのファイルかしら……)

やよい「あー、伊織ちゃん、勝手に見ちゃだめだよぅ」

伊織「しっ。ちょっとだけよ」

やよい「怒られちゃうよ?」

伊織「………………」

やよい「伊織ちゃん?」

小鳥「コーヒー入れてきました。伊織ちゃんとやよいちゃんもこっち来てね?」

P「ありがとうございます、音無さん」

伊織「……小鳥。それと律子。プロデューサーも。答えて頂戴?」

小鳥「どうかした?」

律子「何よ? 何かあった?」

伊織「……765プロに新しいプロデューサーが来るのね?」

律子「なっ!? どうしてそれを!?」

小鳥「あっ……パソコン」

律子「えぇ!? い、伊織! 勝手に見たら駄目なことくらい、あんたならわかってるはずでしょ!?」

伊織「……それは悪かったわ。でも、教えてくれたっていいじゃない?」

律子「それはまだ来ると決まってないからよ。折を見て社長からみんなに知らせる話だったの」

亜美「新しいプロデューサー?」

真美「……ねぇ、じゃあ兄ちゃんは?」

P「私はいなくなりませんよ。ずっと765プロのプロデューサーです」

真美「……うん! あたりまえじゃん! いなくなったら怒るんだかんね!」

伊織「その話からすると、プロデューサーの増員ってところかしら?」

律子「ええっと、それは……」

P「その通りです。その話で進んでいます」

律子「プロデューサー……」

P「知られてしまったんですから、隠しても仕方ないですよ」

伊織「今回はあんたのほうが話が早そうね?」

P「話が早いと言っても、候補者にオファーしているということ以上は何もありませんよ?」

伊織「そうね……オファーを知ってる人間の間ではそれだけかもしれないけど」

P「……水瀬さん、どういう意味ですか?」

伊織「あんたは新しい人が来た時の、プロデュースするアイドルの振り分けは考えているんでしょう?」

P「………………」

律子「伊織、私たちはそんなの聞いてないわ。だったらここで言う必要ないでしょ?」

伊織「プロデューサー、私の言ったこと、覚えてるわよね?」

P「……あぁ、そうか。もちろん覚えてるよ」

伊織「そう……なら、それだけでいいから答えて頂戴?」

P「……やよい」

やよい「あ……はい、プロデューサー」

P「もし……もしな、新しいプロデューサーが来ても、俺はやよいをプロデュースし続けるつもりだからな?」

やよい「……ほんとですかぁ?」

P「あぁ、それに、真美も」

真美「え? あ、そーなんだ。よかっ……ま、真美は別にどっちでも、よかったけど……」

亜美「真美ー、素直になんなよー? それじゃいおりんみたいだよん?」

伊織「私はそんなんじゃないわよ! 小鳥もなにニヤニヤしてるのよ!?」

小鳥「うふふふ、真美ちゃんも伊織ちゃんも可愛いんだもの」

律子「はぁ……まったく。プロデューサー、後で時間くださいね?」

P「……はい、承知してます」

へへっ、ねーるぅ!

-レッスンスタジオ-

千早「ありがとうございました」

美希「またなのー」

講師「はい、またね。おつかれさま」

千早「今日の美希、すごかったわ。久しぶりのはずなのに」

美希「千早さん、さっきからもう五回目なの」

千早「本当にすごいと思ったから。私も負けられないわ」

美希「ミキだって負けないんだから」

千早「うふふ……今日は楽しかったわ」

美希「ミキも千早さんの歌が聴けて、すごく勉強になったの。千早さんの高いとこの出し方、ちょっとマネしてみたりしたの」

千早「実は私も美希の真似してた。美希は声の立ち上がりが早いから、参考にさせてもらったわ」

美希「えへへ、マネしあってたんだ?」

千早「私はもっといい歌が歌いたいから。美希も?」

美希「ミキ、頑張ったらハニーに褒めてもらえるかもって。最近ちょっと一緒にいれないけど、そのあいだにミキが頑張って、もっとキラキラしたら
   ハニーびっくりするかな? そう思ったの」

千早「……美希は本当にプロデューサーが好きなのね」

美希「うん! だーい好きなの! いくら千早さんでもハニーはあげないの」

千早「わ、私は……」

千早(私は……見てほしいって、思ってるだけ。それだけ……)

美希「ね? ミキ、事務所に寄ってくけど、千早さんは?」

千早「あ……そうね。私も行くわ」

千早(プロデューサーがいるかもしれないし……)

美希「ハニーにおみやげ買っていくの! 千早さん、ローソン寄るのー!」

-765プロ事務所-

律子「……このメンバー分けは、おそらく大ブーイングが来ます」

P「それは承知の上だ。だからこそ美希には前から対応はしてる」

律子「別に美希のことだけ言ってるわけじゃないです。春香だって響だって真だって、きちんとした説明がないと納得しないと思います」

P「三人にはちゃんと説明する。俺だって、何も考えないで分けたわけじゃない」

律子「……ちなみに、その考えって?」

P「新しいプロデューサーに任せようと思ってる四人は、売り出す方向性が固まってきているアイドルだ」

律子「それは一人ずつ聞きます。春香は?」

P「イベントを中心に、ポップチューンの音楽とグラビアを絡ませて幅広いジャンルで顔を出してる。春香は正直ほっといてもオファーは来る
 くらいまで人気がきてるから、たまに変則でダークな格好をさせてもおもしろいかもな」

律子「……はい、次、響は?」

P「メモを取る必要あるのか? 参考になるかわからないけど」

律子「いいからいいから。響についてお願いします」

P「あぁ。響は元気キャラだから、バラエティに出られたらと思って挨拶回りには行ったんだ。現状ちらほら話が来ていて、そのうちゲストで出て
 いい仕事が出来れば準レギュラーもありそうな感じだ。あとは他のアイドルのバックダンサーもやってもらいたい」

律子「歌を出す予定は無いんですか? 響もかなりイイ線いってると思いますけど」

P「イイ線をいってるという認識がまだ世間に広まってないから、ライブを重ねてじっくり評価を上げてからがいいかと考えてる」

律子「ふんふん……真は?」

P「真は声がいいからな、今も雪歩とやってるラジオは継続してもらう。それから、この前雑誌の専属モデルに決まった。格好いい系だけどな」

律子「なるほど……その方向だと真の意向はほぼ無視ですか?」

P「そこは春香と同じで考えてる。たまには可愛い格好もいいんじゃないかと」

律子「まぁ、それが許されるかはその時次第ですか」

P「そんなところだな。あとは響と同じ、バックダンサーもちょくちょくやってもらいたい」

律子「……はい。で、最後に美希を」

P「………………」

律子「……プロデューサー?」

P「美希は……わからない」

律子「はぁ? わからないってどういうことですか?」

P「美希はすごいよ。気分が乗ればなんでもやれる。正直、歌もダンスもビジュアルも、どれで勝負してもトップになれると思う」

律子「それは私でもそう思う時もあります。でも、その気分にさせるのが難しいことはあなたが一番わかってるじゃないですか?」

P「そうだな……俺が言えば乗ってくれるかもしれない。でも、それじゃ駄目なんだよ」

律子「駄目って……」

P「誰とやっても一定の力が発揮出来なければ、って話、美希にしただろ?」

律子「はい、私も聞いてましたし」

P「俺はこの機会が勝負だと思ってる。美希にも、俺にも」

律子「勝負……?」

P「ここで美希が俺以外のプロデューサーに付いて行かなかった場合、美希の成長はそこで終わってしまう気がするんだ」

律子「そんなこと……考え過ぎですよ」

P「いや、これは誰にでも言えることだ。いつまでも同じプロデューサーと仕事してたら世界が広がらない。もっと視野を大きく持たないと」

律子「でも、あの子はまだ十五歳ですよ? ここできっちり基礎を教えないと、世界を広げたって進み出せません」

P「ん……確かにそうかもしれないな。だけど、美希に基礎を教えるのは無意味な気がする」

律子「それを言ったらお仕舞いです。何でもかんでもセンスでこなされたら、それこそプロデュースの意味もありません」

P「あぁ……律子の言うことはもっともだ。ただ……」

律子「ただ? 何です?」

P「……いや、今は、いい」

律子「……とりあえず、美希のことは保留にしましょう。今後のことは新しいプロデューサーが決まり次第、ということで」

P「わかった。しばらくは今まで通りに」

伊織「内緒話は終わったのね?」

律子「伊織……まだいたの? やよいたちは帰ったんでしょ?」

伊織「えぇ、私はまだ帰りたくなかったから」

P「もう遅いんだから帰ったほうがいいですよ。お迎えは呼んでないんですか?」

伊織「さっきは普通に話してたのに、今は戻すのね?」

P「本当はああいう時もこの調子で話したいんですけどね」

伊織「まあ、あの時はあれで正解じゃないかしら? やよいもほっとしてたみたいだし」

P「水瀬さんは優しいですね」

伊織「い、今頃気付くなんて、ほんと、駄目駄目プロデューサーねっ!」

小鳥(うふふふふふふふふ……ツンデレ頂きましたっ!)

P「ふぅ、事務仕事を片付けます」

律子「今日も残業ですか? ほどほどにしてくださいね?」

P「わかってます。音無さんももう時間過ぎてますよね?」

小鳥「ピヨッ! え、えぇはい、もうすぐ帰りますよ?」

律子「まさか、また3ちゃん見てないですか?」

小鳥「まさかまさか……そそんなわけ……」

律子「んー? マウスが異様に速く動いてますけど、何か消してるんですか?」

小鳥「ち、違いますよぉ? ちょっとタブを開き過ぎただけで……」

伊織「さっきまで『いちるき』とか『つなはや』だとか呟いてたわ」

小鳥「ピヨッ!? 伊織ちゃん聞こえて……」

伊織「当たり前じゃない。こんなに狭い事務所なんだから」

律子「小鳥さんまた仕事中にそんなの見て……ていうか、仕事は終わってたんですか?」

小鳥「あぁ……はい。ここのほうがネットが早くてつい……」

P「ま、まぁまぁ秋月さん……仕事場とはいえ趣味くらい人それぞれあるし……」

小鳥(うぅ……プロデューサーさんにドン引かれてる……)

律子「うーん、まあ私も息抜きに通販サイトとか見たりしますけど……」

伊織「ところで『いちるき』って何かしら?」

小鳥「伊織ちゃんにはまだ早いわ! 教えてあげたいけど……」

律子「だーめーでーすー! 伊織、ネットで調べちゃ駄目よ!?」

伊織「はぁ?」

美希「ハニー! ただいまなのー!」

千早「ただいま戻りました」

穴掘って眠ってますぅー!


-テレビ局-

春香「なんか最近寂しいなぁ……」

響「なにがだ?」

春香「お仕事、一人で行くこと多くなって」

響「今日は自分が一緒にいただろー?」

春香「今日のことじゃなくて、ちょっと前から私一人のお仕事増えたし……プロデューサーさんもあんまり来てくれないし……」

響「プロデューサーも忙しいんじゃないかな。事務所に行ってもいない時のほうが多いぞ」

春香「うん、いつも誰かの付き添い……私じゃない誰かの」

響「でもいっつも、『なにかあったら連絡しろ』って言ってくるから、自分たちのことも考えてくれてるはずさー」

春香「うん、そうだね……」

響「春香はこの後どうするんだ? 自分は着替えたら事務所に戻るけど」

春香「うーん、じゃあ私も行こうかな。一応スケジュールも確認したいし」

響「もしかして、春香もギチギチか?」

春香「うん。もうすぐライブのリハーサルやるからってプロデューサーさんが調整してくれたから、最近は結構詰まってるかなぁ」

響「自分もそうだぞ? 昨日も一昨日も。自分たち、売れっ子だな!」

春香「うん……去年とは全然違う……皆忙しいね」

響「春香は忙しいのが嫌なのか?」

春香「え? ううん、そういうんじゃなくて……皆と会えなくて、寂しいなって」

響「春香は寂しがりなんだな。でも、もうすぐリハで765プロ全員が揃うから、全然心配ないさー」

響「――はるか……春香ぁ!」

春香「……んぃ?」

響「着いたぞ? 降りないのか?」

春香「はぇ……ヴぁい! 降ります降ります!」

響「お、おお……寝てたと思ったら元気だな」

春香「あはは……元気って言うか焦っちゃって」

響「タクシーの運ちゃんだって寝てる春香を乗せたまま走り出すわけないぞ? 焦んなくてもなんくるないさー」

春香「そ、そうだよね……なんで焦っちゃったんだろ?」

響「自分が知るわけないぞ? あ、そういえば律子がシュークリームあるって言ってたな!」

春香「ひ、響……話が飛び過ぎ……」

響「疲れたときには甘いものさー!」

-765プロ事務所-

響「ただいま帰ったさー! シュークリームあるかー!?」

真「あ……響、おかえり」

雪歩「おかえり、響ちゃん」

響「ん……二人ともどうしてそんなとこで縮こまってるんだ?」

春香「響、速いってぇ……ただいまぁ」

雪歩「あ、春香ちゃん……」

真「春香も……そっか、今日は響と一緒だったんだ」

春香「ひぃ……ちかれた。うん、そうだよ」

響「シュークリームは冷蔵庫だな? 自分の分のシュークリーム、残ってるかなー」

真「……へへ、響はいつも通りだね」

響「はぁ? 自分はいつでもいつも通りだぞ?」

春香「真、どういうこと?」

真「うん……今、ちょっと。ね? 雪歩?」

雪歩「うん……ね、ねぇ春香ちゃん。春香ちゃんは知ってた?」

春香「知ってたって……何を?」

雪歩「あ……」

真「そっか、春香も知らなかったんだね……」

春香「何を?」

真「うん……今度、新しいプロデューサーが来るっていう話」

春香「え……?」

響「なんだそれ? もう一人増えるってことなのか?」

真「え、えっと……増えるのかはわからないけど……」

春香「増えるのかわからない……それって!」

雪歩「プロデューサー……いなくなっちゃうのかな?」

春香「………………」

真「は、春香?」

響「お、おい春香!? すごい瞳孔開いてるぞ?」

春香「うそ……だよね?」

雪歩「わかんないけど……もしそうだったら……」

真「雪歩、そんな仮定の話は――」

春香「プロデューサーさんは!? どこにいるの!?」

真「今は会議室に……新しいプロデューサーの人も一緒に」

雪歩「社長と律子さんと小鳥さんも……」

春香「……私、訊いてくる」

真「邪魔しちゃ駄目だよ春香!」

春香「だって……プロデューサーさんがいなくなったら……私……」

真「そんなの皆同じだよ。ボクだって雪歩だって訊きたかったけど我慢したんだ。後で話すからって言われて」

響「自分も嫌だぞ……プロデューサーがいなくなるなんて」

真「だ、だからぁ、そうと決まったわけじゃないって」

雪歩「真ちゃん……私、どうしたらいいのかな? せっかくプロデューサーとお話できるようになれたのに、もうお別れだったら……」

真「あーもう! 皆落ち着いてよ! ボクだって混乱してるんだからぁ!」

響「落ち着くったって……えぇっと、シュークリーム食べるかっ?」

春香「響!! 今はそんな状況じゃないの!!」

響「うぅぅ、自分だってわかってるさ……。だけど、どうしたらいいのか自分わかんないし……」

真「ボクたちもわからなくて……だからさっき、二人が帰ってきた時は何もしないで椅子に座ってるだけで」

雪歩「あ、お茶。お茶入れようかな……皆、飲むよね?」

響「うん……シュークリームとお茶って変な組み合わせになっちゃうな?」

春香「会議って何時から始まったの? どれくらい経つ?」

真「三十分くらい前だと思うけど……ごめん、混乱しちゃって時計見てなくて、正確にはわからない」

春香「……プロデューサーさん、変わった感じじゃなかった? 何か変だったとか」

真「いや、普通だったよ……って言っても、ボクたちも少し前にラジオの収録から戻ってきたばかりなんだけど」

春香「でも、今日会ったんでしょ?」

真「……わからないよ。全然、いつもと違うところがなかったし」

春香「もしかして……最後まで言わないつもりなのかな?」

響「え? どういう意味だ、春香?」

春香「辞める時まで私たちに知らせないで、いつのまにかいなくなるつもりなのかも、って」

雪歩「そんなぁ……」

真「そ、それももしかしたらだろ!? 違うっていう可能性もあるじゃないか!?」

春香「でも! もしプロデューサーさんが辞めるって言わなくても、誰もわかんないよ! 辞めないって言ったって、ほんとは辞めちゃうかも……」

雪歩「うっ……ふぇぇ……」

真「もう止めようよ? そんなの言い出したら切りがないよ。とにかく、後で話を聞いて、ボクたちからも訊こう」

響「うん、自分もそうしたほうがいいと思う。今考えたってわっかんないぞ」

雪歩「ぐすっ、ぐすっ……」

真「ほら雪歩。泣き止みなよ?」

雪歩「うん……」

春香「………………」

あらあら、睡魔さん、こんばんわ。うふふふふ。

社長「では、明日から三日、よろしくお願いします」

P「よろしくお願いします」

××「はい、では失礼致します」

小鳥「お見送りしてきますね」

律子「私も行ってきます」

P「あぁ……ふぅ、どうでしょうね?」

社長「手ごたえは良さそうだが……どうだろうな」

P「明日からが勝負ですね……アイドルたちにも紹介したほうがいいですか?」

社長「私から紹介しよう。君は心配しなくいいぞ」

P「はい、お願いします」

社長「さて……私はちょっと出掛けてくる。後は頼んだよ?」

P「はい。お気を付けて」

春香「……帰ったね?」

真「うん。でもプロデューサーはまだ出てこないね」

響「なぁ、訊きに行っても大丈夫じゃないか?」

真「まだ社長たちと話してるかもしれないし、もう少し待とうよ」

雪歩「あの人、ちょっと怖そうだったなぁ……」

響「そうか? 普通のあんちゃんって感じだけど」

真「顔は悪くなさそうだけど……ボクの王子様ってイメージじゃないなぁ」

響「うーん、ちょっとひょろひょろしてたかも」

春香(あの人がプロデューサーさんの代わりだとしたら……はぁ……)

真「あれ、なんて言ったっけ……イケメンぽいけどちょっと違うっていう……」

雪歩「え? えーっと……あれ、なんだっけ?」

響「雰囲気イケメンってやつか?」

真「あぁ! それそれ!」

響「真の王子様のイメージってあれだよな? 少女漫画に出てくるような、目がキラキラーってしてて、背が高くて……」

真「そ、それもいいけど、やっぱり……」

響「あれ? 違うのか?」

雪歩「真ちゃん?」

真「ううん! 違わないよ!? やだなぁ……それに王子様って言ったら、やっぱり白馬に乗ってないと!」

響「それじゃ大体の男は駄目じゃないかぁ……?」

真「うぅ……じゃあ響はどうなのさっ!?」

響「じ、自分か!? 自分は……べ、別に王子様なんていなくたって……」

真「ほしいかどうかじゃなくて、響の王子様のイメージだよ」

響「お、王子様って……」

真「お・う・じ・さ・ま、だよ?」

響「………………」

雪歩「響ちゃんがもじもじしてる……」

真「へへっ、こんな響、初めて見るね? どうなの、響?」

響「……自分、どっちかって言うと、ぷ、プロデューサーみたいな人とか……」

真「プロデューサー?」

響「……うん、だって優しいし……」

春香「………………」

響「頼りないけど、いっつも自分のこと考えてくれてるし……王子様っていうのとは違うかもしれないけど……」

雪歩「はわわ……」

響「一緒にいて安心するし……だからっ、プロデューサーがいなくなったら、自分も……」

小鳥「どうしたの? 皆集まって。なんのお話?」

響「ぴよ子……」

雪歩「小鳥さん……あ、あの! プロデューサーは……?」

小鳥「まだ会議室だと思うけど……あ」

P「……うん? どうかしました?」

小鳥「ちょうど出てきたみたい。プロデューサーさん、皆が呼んでますよ?」

真「呼んでるっていうか……そのぉ……」

P「私に用ですか?」

真「あ……」

響「………………」

雪歩「うぅ……どうするの……?」

春香「プロデューサーさん、私たちに言うことないですか?」

真「は、春香!?」

響「ち、ちょっと直球過ぎないか!?」

雪歩「ひー……」

P「言うこと……さっきの彼のことですか? 彼は765プロの新しいプロデューサー候補として、今日は面談に来てもらったんです」

春香「そうじゃなくて、プロデューサーさんの今後についてです」

P「私の今後?」

春香「はい。あの人が新しいプロデューサーとして来たら、プロデューサーさんはどうするんですか?」

P「どうするって……何も変わりませんよ。私も765プロでプロデュース活動は継続していきます」

春香「本当に……? うそ、じゃないですね?」

P「はい。私はまだここを離れるつもりはありませんから」

響「そうなのか……? 765プロ、辞めたりしないのか?」

P「しませんよ。大丈夫」

春香「……安心しました」

雪歩「よかったぁ……」

P「あ、でも――」

春香「ヴぁいっ!?」

響「えぇっ!?」

真「へっ!?」

雪歩「ひっ!?」

P「み、皆そんなの驚くか?」

春香「な、ななななななんですか!?」

P「あー……いや、やっぱりこれはいいか……」

ね、寝落ちしてたんじゃないんだからねっ!

響「な、なんだよ!? 『やっぱ辞ーめた』なんて言うのはナシだぞ!?」

P「いや、まだ彼が来ると正式に決まってないので、決まってから個別に話そうと思います」

雪歩「い、いったいなんの話なんですかぁ?」

P「んー、まぁ、今後についての話ということで」

春香「今後……」

P「それでも、彼が来てもしばらくは私もいますから、急いで話す必要もないことです」

真「その言い方、なんか引っ掛かるんですけど?」

P「そうですか?」

響「そうだぞ! 言いたいことがあるならはっきり言えばいいぞ!」

雪歩「プロデューサー、気になりなすぅ」

P「まぁまぁ……とにかく、今日は以上です」

-ファミレス-

真「プロデューサー、絶対怪しいよ」

雪歩「私たちに隠し事してるみたいだし……」

真「絶対そうだって! ボクたちに言えないことって、一体なんなのさ!?」

響「自分、ポテサラパケットステーキにするぞー! 皆はどうする?」

真「響はマイペースだなぁ……ボクもそれにしようかな?」

響「あぁ! これが一番うまそうだからな!」

春香「………………」

雪歩「……春香ちゃん?」

春香「……あ……ごめん、ぼーっとしちゃった」

雪歩「大丈夫? 考えごと?」

春香「うん……どうしても悪いほうに考えちゃって」

真「春香……」

春香「もし……もしも、プロデューサーさんがいなくなったり、一緒にお仕事出来なくなったら……」

響「でも辞めないって言ってたぞ?」

春香「辞めなくても、プロデューサーさんが私たちをプロデュースしないってなったら……」

真「あ……そういう意味か」

春香「私……ずっとプロデューサーさんとお仕事したい」

響「そんなの自分だって……」

雪歩「……あの」

真「雪歩?」

雪歩「あの人が来なかったら、プロデューサーはずっと私たちを見ていてくれるのかなぁ……?」

春香「……!」

真「雪歩!? そんなこと……」

雪歩「ご、ごめんなさいぃ! でも私……」

響「うん、自分もそうかもって思う」

真「響まで!? そういうことって……」

春香「その可能性はあるよ、きっと」

真「そ、そうかな?」

春香「あの人が来るかどうかまだ決まってないってことは、プロデューサーさんと私たちの今後もまだ決まってるわけじゃないってことだし」

響「でもさ春香、一体どうするんだ?」

春香「……あの人には悪いけど」

真「ま、まさか……」

春香「765プロには入らないって思わせれば……!」

真「そんなこと……出来る訳ないよ!? 雪歩だってそう思うだろ!?」

雪歩「えっと私……私ぃ……」

真「………………」

響「嫌がらせするってことか? 自分もそれはちょっと……」

春香「そこまでは……私だって、嫌な思いさせるのは違うと思うし」

響「うーん、自分じゃいい考えが思いつかないや。とりあえずボタン押すぞ?」

雪歩「あ! 響ちゃん、私決めてないよぅ……」

響「もう押したから、早く決めないと店員が来ちゃうぞ?」

雪歩「えっとぉ……えぇっとぉ……」

店員「ご注文、お決まりでしょうか?」

雪歩「あ、えっと……うぅ……どうしよう真ちゃん……」

真「え? ボク? ボクは響と同じやつだから」

雪歩「えへへ……これおいしいね」

響「ポテトサラダがハンバーグに入ってるの、初めて食べたけどうまいな!」

真「四人いて三人が同じものってなんか変な感じ……春香、ごめんね?」

春香「ううん、全然謝ることじゃないよ」

真「そうだけど、なんかね……」

響「なぁ春香。さっきの話だけど、ほんとにやるのか?」

春香「うん、私はやろうと思ってる。だけど、三人は?」

真「ボクは……ちょっと恥ずかしいな」

雪歩「私も……」

春香「じゃあプロデューサーさんは私だけのもの――」

響「自分もやるぞ! 春香だけがやったら不公平だからな」

真「不公平ってどういう意味?」

響「あ、いや違くて……は、春香だけじゃ大変だろうなって思ってぇ」

雪歩「そ、そうだよ。春香ちゃんだけじゃ大変だし、私もプロデューサーに……」

春香「雪歩は大丈夫なの? プロデューサーも男の人だよ?」

雪歩「プロデューサーはもう大丈夫だし……特別だから」

春香「………………」

真「三人ともやるんだ……じゃ、じゃあボクも」

響「イヤイヤならやらなくていいぞ、真?」

真「イヤイヤじゃ! ……ないけど」

響「じゃあ四人ともやるっていうことで」

雪歩「うぅ……緊張するぅ」

真「いや、明日からでしょ? 今から緊張するの?」

響「自分もちょっとドキドキする……」

真「そ、そうなんだ……ボクもちょっと……ね」

雪歩「ふふっ、真ちゃんも?」

春香「よし……じゃあ明日からね? 恨みっこなしだからね?」

真「へへっ、わかってるよ」

響「自分、完璧だからな! 大丈夫だぞ!」

雪歩「が、頑張りますぅ」

春香「うん、プロデューサーさんを引き止めるために、皆で頑張ろう!」

-765プロ事務所-

高木「オホン、紹介しよう。彼は我が765プロのプロデューサー候補である『P候補』くんだ」

P候補「よろしくお願い致します」

高木「今日から三日、765プロのアイドルたちの仕事ぶりを見学してもらうことになった。諸君、よろしく頼むよ?」

春香「はい! 質問です!」

高木「天海君、なんだね?」

春香「P候補さんは、まだ765プロに入社するって決まってないんですか?」

高木「あぁ、そうだ。この見学期間の後に決めてもらうことになっている」

春香「はい、ありがとうございます」

響「プロデューサーの言った通りだな?」

真「そうじゃないと昨日話した意味がないよ」

千早(あの人が来ると決まればプロデューサーと……)

やよい「よろしくお願いしまーす!」

響「あ……」

真「響? どうしたの?」

響「やよいとかのこと、考えてなかったな……」

真「どういうこと?」

響「あのあんちゃんが、やよいとか他のアイドルを気に入っちゃったら意味ないんじゃないか……?」

真「あ……そうじゃないか! あーもう! どうするんだよぉ!」

P「じゃあ、今日は我那覇さんと菊地さんの収録に同行してもらいましょうか」

P候補「はい、わかりました」

P「我那覇さん、菊地さん、今日も私は行けませんが、普段通り仕事に向かってください」

真「あ、え? はい、わかりました……」

響「……とりあえず結果オーライ、か?」

真「まあ、そうかな?」

P候補「我那覇さんに菊地さんですね。よろしくお願い致します」

春香「プロデューサーさん?」

P「はい、どうしました?」

春香「今日は、私に同行ですか?」

P「いえ、如月さんの歌の録音があるのでそちらに」

春香「私に同行ですよね?」

P「いや、違いま――」

春香「私……プロデューサーさんと一緒じゃないと……」

P「は、春香?」

春香「最近一緒じゃなくて寂しくて……いつも楽屋で泣きそうになっちゃって……」

P「あの……」

春香「うぅ……あの時を思い出したら……私……」

雪歩「春香ちゃん、演技上手……」

真「演技……かなぁ?」

響「いきなり飛ばしてるな、春香」

んっふっふ~! 寝る時間かな~?

乙!
Pよ、だまされるなよ?

千早「え……来れないんですか?」

P「えぇ、済みません」

千早「せっかく有名なエンジニアの方がいらっしゃるって張り切っていたのに」

P「私もぜひ同行したかったんですが……ちょっと春香が」

千早「春香が?」

P「最近誰も同行してないから寂しいって……だからそっちに行くことに」

千早「……私が春香と話しましょうか? プロデューサーの将来を考えたら私と行くべきだと思いますから」

P「そうしてくれるか? 俺もかなり行きたいんだよ。きっと勉強になるだろうし」

千早「春香、まだいますよね?」

P「あぁ、向こうにいるよ」

千早「行きましょう」

千早(春香……なにを考えているの? 私とプロデューサーの時間なのに!)

春香「それで、去年は皆を海に連れて行ってくれたんです。楽しかったよねぇ?」

響「そうそう! 夜はバーベキューをやったな!」

雪歩「おいしかったですぅ」

P候補「そうなんですか」

やよい「温泉も気持ちよかったんですよー!」

春香「プロデューサーさんがいてくれたから皆で行けたんだよね?」

真「うん、全部調整して手配してくれたんです。敏腕は違うなぁ!」

P候補「そんなにすごい方なんですか。私も765プロに入れば、あの方の下で勉強出来るんですね」

真「……あれ?」

雪歩(真ちゃん……)

響(真ぉ……駄目じゃないか)

春香「そうですよ、プロデューサーさんはすごい人なんですよ」

真「そ、そうなんです! クリスマスも皆のスケジュールを調整してくれてパーティしたり! ね!?」

響「あの時は皆忙しかったのに、よく集まれたよな? さすがはプロデューサーだったな」

やよい「皆してケーキ買ってきちゃって、食べ切れなかったんですよねぇ? あんなの初めてでしたー!」

P候補「皆さん楽しそうですね」

やよい「はい! 私、毎日楽しいですよ! P候補さんも、来たらきっと楽しいと思いますー!」

響「……いいのか、これ?」

真「駄目だと思う……」

春香(ここまでのやよいは予想通り……)

千早「春香、ちょっといいかしら?」

春香「あ、千早ちゃん。どうしたの?」

やよい「千早さん、千早さんも一緒にお話しましょう?」

雪歩「じゃあ私、お茶入れてきますぅ」

千早「高槻さん、萩原さん、ありがとう。後で頂くわ……春香?」

春香「な、なにかな?」

千早「プロデューサーね、今日は私と一緒に行ってもらうから」

春香「え……駄目だよぅ! 今日は私と一緒に行くんだから!」

千早「今日のことは前々から決まっていたの。春香の付き添いはまた今度にしてもらうわ」

春香「だってさっきプロデューサーさん、私に付き添ってくれるって言ったもん! ですよね!?」

P「いや、あれは――」

千早「無理やり言わせたんでしょう? 誰かに付き添ってもらいたかったら、音無さんでもいいじゃない?」

春香「小鳥さんは……だって忙しそうだし……」

響「……ピヨ子、今なにやってる? ネットか?」

小鳥「今日はちゃんとやってるわ! 皆のお給料のチェックとか備品の発注とか銀行に行ったりとか……いろいろあるのぉ……ありすぎるのよぉ」

響「そ、そっか。わかったぞ……」

春香「ほら! だからプロデューサーさんに一緒に……」

千早「昨日までは一人で行ってたのよね? じゃあ今日も一人で行けるわね?」

春香「そ、それなら千早ちゃんだって、いっつも一人で行ってなかった?」

千早「今日は違うもの。プロデューサーも前々から勉強出来るって張り切ってたし」

春香「勉強?」

千早「春香は知らないでしょうけど、プロデューサーも将来のことを考えているの。春香はその障害にはなりたくないでしょう?」

春香「将来って……プロデューサーさん、何のお話ですか?」

P「それは……まだ、言えない」

春香「千早ちゃんには話してるのに?」

P「う……」

千早「そうよ? 私には教えてくれたの。私だけに」

春香「なんで……千早ちゃんに……千早ちゃんだけに……」

雪歩「はわわわわ……」

真「春香……目が怖いよぉ」

P(千早だけじゃないんだが……まぁ、今はいいか)

千早「そういうことだから春香、今日は諦めて?」

春香「………………」

千早「プロデューサー、私たちは出掛ける用意をしましょう」

春香「……プロデューサーさん」

P「は、はい!」

春香「どういうことなのか、必ず話してもらいますからね?」

P「わかってます……はい」

千早「……行きましょう」

春香「………………」

真「響……見た?」

響「あぁ……千早、さり気なくプロデューサーと腕組んでたな」

真「千早……なにかあったのかな?」

雪歩「ふ、二人とも怖かった……」

P候補「あれが……歌姫の如月千早さんですか。イメージがだいぶ違いますね……」

P「壁当てか?」

千早「は?」

P「イエナンデモナイデス……」

春香「ブッ……」

千早「くっ…当たらない!」

-テレビ局楽屋-

響「あんちゃんはプロデューサーになってどれくらいなんだ?」

P候補「まだ三、四年くらいです。駆け出しと言ってもいいくらいですよ」

真「じゃあ、ボクたちのプロデューサーより経験長いんですね」

P候補「え? そうなんですか? てっきりもう何年もやっている人なのかと……」

響「そう見えるか?」

P候補「えぇ、私たちの業界ではかなりの有名人ですよ。去年までほとんど無名だった765プロが、今や冠番組も持つくらい大人気ですから。
    そのプロデューサーといえばあの方です」

真「へへっ、大人気なんて照れるなぁ」

響「プロデューサーも自分たちも頑張ったからな! また今度ライブやるし、もっと人気が上がるかもな!」

P候補「そんなアイドルたちをプロデュースなんて……私に出来るのか……?」

響「……ちょっと効いてるのかな?」

真「今みたいなトコがツボなのかもしれないね?」

響「攻めてみるか?」

真「ボクたちに出来るかなぁ? 春香がいればなんとかやってくれるだろうけど……」

響「やるしかないさー……やらないと後で春香が怖いし……」

P候補「765プロのアイドルたちを任せられたら……今以上に売り出さないといけない……」

真「ボクたち、デビューして二年くらいですから、まだまだこれからですよ?」

P候補「え!? に、二年!?」

響「そうだぞ? ちょうど去年の今頃プロデューサーが来て、皆デビューして半年くらいだったからな」

P候補「二年も経っていないアイドルをここまでする人って……そんな人と一緒に……?」

真「P候補なら、出来ますよねー?」

響「そりゃあ当たり前さー! なんたって四年もプロデューサーやってて経験豊富なんだからな!」

真「だよねー! 頼りになるなぁ!」

響「今より人気が上がって、来年はドームライブかもな!」

真「いやぁ楽しみだなー!」

P候補「う……それは……」

響「……効いてるな?」

真「春香と雪歩にも伝えておこう。結構メンタルが弱いかもって」

千早「当ててみせる!」

-撮影スタジオ-

春香(プロデューサーさん、寂しいですよ……送信、っと)

春香(今日も一人か……寂しいなぁ)

春香(なんで一人ばっかりなんだろう? 皆と撮影とか、たまにはあってもいいのに……)

春香(……来た!)

春香(……なんだ、真か。P候補さんの弱点? メンタルが弱い? よくわかんないなぁ……)

春香(今日もファミレス集合……時間は……)

カメラマン「天海さーん! スタンバイお願いします!」

春香「はーい! 今行きまーす!」

春香(プロデューサーさんからメール……来ないなぁ)

-録音スタジオ-

エンジニア「これを調整するとハイに膨らみが出来て、もう少し太くしたければ……」

P「なるほど……」

エンジニア「逆にシャープに作る時は絞って、でもそうすると細くなるんで、少しブーストして……」

P「へぇ……! これをこう……で、こっちも?」

エンジニア「そうですそうです」

千早(プロデューサー、楽しそう。やっぱりこっちに来てもらってよかった)

千早(……あら? どこかでケータイが鳴ってる……プロデューサーの上着かしら?)

千早(………………)

千早(一瞬だけ……えっと……ここかしら? あ、あったわ……)

千早(……春香。懲りないわね)

P「あ、済みません、今のところをもう一度……」

千早(……消したいけど、そのままにしておこう)

P「これで……うん、よしよし。千早、ちょっと聴いてもらっていいか? 俺も試しにいじってみたから」

千早「ふふっ、プロデューサー、子供みたいですよ?」

P「夢だったからな、こうやって音楽を作り上げる作業をするのが」

千早「……あの、本当に私でいいんですか?」

P「へ? なにが?」

千早「音楽プロデュースを専門とした時、初めが私で……」

P「もちろん。何年先になるかわからないけど、必ず千早をプロデュースしたいと思ってる」

千早「……はい」

P「だからもっと勉強しないとな。プロデューサーとして恥ずかしくないように」

千早「……私、楽しみにしてます。待ってますから」

ほらー! 寝る時間ですよっ!

-テレビ局楽屋-

P候補「収録お疲れ様でした」

真「お疲れ様です!」

響「今日も頑張ったさー!」

P候補「お二人とも流石でした。現場に立ち会うと、やはり違いますね」

真「はい、最近プロデューサーに言われてることがあって」

響「あれ、真もか?」

真「響も?」

P候補「なんですか?」

真「自分で考えて行動してみなさい、って。今はそれを実践してるんです」

響「自分もおんなじさー。仕事は取ってきてくれるけど、最近プロデューサーが付き添わないのはそれだからかなぁ?」

真「自由にやらせてもらえるのは嬉しいんですけど……」

P候補「なにか?」

真「ボクたち、正直まだやっていいのかわからないこともたくさんあって」

響「そうだなー。すぐアドバイスもらいたい時もあるし」

真「皆忙しくなってきたんで、プロデューサーがいない場合も出てくるし……だから、P候補さんが呼ばれたのかな?」

響「そうかもな」

P候補「お二人を見ていると、私もどこまで協力出来るやら……」

真「うーん、でもプロデューサーも前はちょっと頼りなかったし」

P候補「え?」

響「じゃ、じゃあ自分たち着替えるから!」

P候補「あ、はい、私は外で待っています」

響「真、あれは言わないほうがいいと思うぞ?」

真「ごめん……ボクも言ってから気付いたよ」

響「てゆうか、なんで自分が真のフォローしてんだろ? 真のほうが年上だろ?」

真「う……ごめん。ボクもまだまだだなぁ……あ、春香からメール来てた」

響「なんだって?」

真「えっと……ボクたちの話を詳しく聞きたいから、今日もファミレスに集合だって」

響「またあそこか? 別なとこがいいなぁ」

真「それは後で春香に言ってよ」

響「最近の春香、怖いんだよなぁ……なんでだろ?」

真(そんなのわかるだろ……)

-765プロ事務所-

伊織「ふーん、あなたが新しいプロデューサー候補?」

P候補「はい、よろしくお願い致します」

亜美「よろしくー! 双海亜美だよ!」

あずさ「三浦あずさです。よろしくお願いします」

伊織「水瀬伊織よ。まぁ、もし入ったら頑張って頂戴」

律子「伊織、どうして上から目線なのよ?」

伊織「まだ765プロのプロデューサーってわけじゃないんだから、これくらいが適当でしょ?」

律子「765プロのプロデューサーじゃないからこそ丁寧にしなさい」

あずさ「まぁまぁ律子さん。伊織ちゃんも、ちゃんとしなきゃ駄目よ?」

伊織「ふん、わかってるわよ」

律子「P候補さん、もうアイドル全員には会いました?」

P候補「えっと……先ほど四条貴音さんと双海真美さんとご挨拶しました。後は星井美希さんがまだ……」

律子「あぁ、美希は明後日来ますよ。学校の用事があるって、珍しく仕事以外の理由で明日までいないんです」

P候補「そうなんですか……残念です。是非お会いしたかったのですが」

律子「実際に会うのと、テレビで見るのとだと、ギャップがあると思いますが……」

伊織「そうね、あれは裏表ある女だから」

亜美「それはいおりんじゃないのー?」

伊織「……なによ? このスーパーアイドル伊織ちゃんに裏表なんてあるわけないじゃない」

P候補「いえいえ、美希さんに限って裏表なんてあるわけないですよ。シャイニングアイドル賞新人賞を取るくらいのアイドルですから!」

律子「あはは……直接会えばわかるかもしれないです」

P候補「はぁ……?」

-焼肉屋-

春香「つまり、私たちの人気をさらに大きく出来るのか……あの人にとってはそこがポイントなんだ?」

真「たぶんね」

雪歩「カルビおいしいね」

響「プレッシャーとかあんのかな?」

春香「それはあると思う。私、今日撮影が終わってからいろんな人にP候補さんのこと訊いてみたの」

真「え? そんなことしてたの?」

春香「苦労したよぉ。ちょっと待ってね」

雪歩「響ちゃん、ミノとタン塩はこっちで焼いてね? タレが付いちゃうから」

響「あ、あぁ、わかったぞ……」

雪歩「真ちゃん、そっち焦げちゃうから早く取ってね?」

真「あ、うん、わかった」

春香「えっとね、あの人、前は765プロより小さい事務所のプロデューサーだったみたいで、デビューしたばっかりのアイドルを育ててたって」

響「その話だと、うちのプロデューサーに似てるな?」

春香「うん。でも、そのアイドルも有名になるまで二年くらい掛かってるみたい。その点だとやっぱりプロデューサーさんのほうが敏腕だよ」

雪歩「トントロ頼んでいいかな? いいよね?」

真「まだそれほど人気のあるアイドルをプロデュースしたことがないから?」

春香「話を聞いてると、そうかもって思う」

響「……あれ? 春香、さっき『前は』って言ったか?」

春香「そうだよ?」

響「あのあんちゃん、今はプータローってことか?」

春香「言い方が悪いとそうなっちゃうけど、フリーのプロデューサーさんってことかな」

雪歩「真ちゃんもなにか頼む?」

真「じゃあウーロン茶おかわり」

響「なんで前の事務所を辞めたんだろうな? それは訊いたのか?」

春香「さぁ……そこまでは」

響「うーん、直接訊いてみよっかな?」

春香「……響ちゃん、P候補さんのこと、気になるの?」

響「はぁ? そんなわけないだろ?」

春香「真も言ってたよ? 結構仲良しになってたって」

響「な、なんでだよ真!?」

真「え? なに?」

響「なに? じゃないさー! なんで自分とあのあんちゃんが仲良しになってんだよ!?」

真「違うの? よく話してたじゃないか?」

響「あれはいろいろ話して攻めるって、そういうやつだろ!」

雪歩「せ、攻める……響ちゃん、大胆だね……」

響「おい! 雪歩はどうしてそういうとこだけ突っ込むんだよ!?」

春香「私、響ちゃんを応援してる!」

響「しなくていいぞ!? 全然しなくていいからな!?」

春香「乾杯だよ! 乾杯!」

響「だからー! やらなくていいからー!」

-収録スタジオ-

千早「今日はどうでした?」

P「いや、それは俺が千早に訊くことだからな?」

千早「私は普段よりずっといい歌が歌えたと思います。今日は失敗などのもやもやがありませんから」

P「そうか、よかったな」

千早「プロデューサーはずっと楽しそうでしたね?」

P「あぁ、楽しかったよ。俺もいつかあぁやってレコーディングがしたいよ」

千早「……プロデューサー、口調と呼び方が元に戻ってますよ? 練習はもういいんですか?」

P「あ……そうですね。そういえばずっと元のままだったかも」

千早「それを忘れてしまうほど楽しかったんですね?」

P「いやぁ……面目ない」

千早「私はどちらでもいいですけれど……でも、親しい感じで話してもらったほうが、気は楽です」

P「……そうか」

千早「はい。そのほうが距離が近い感じがして……私、口下手ですから、話していても楽しくないかもしれませんけど」

P「そんなことないぞ? 千早は音楽の話になると結構饒舌だし、俺も音楽は好きだから話していて楽しいぞ」

千早「本当ですか?」

P「あぁ。本当だよ。時々ディープ過ぎて付いていけない時もあるけど……でも、千早と話すのは楽しいよ」

千早「そう言って頂けると……私……嬉しい……です」

P「ありがとな?」

千早「……ふふっ」

P「もう遅いから、千早のマンションまで送っていくな? 車出してくるよ」

千早「はい、ありがとうございます」

千早(夜のドライブ……もしかして……)

寝るのー!

P「千早は一人暮らしで寂しくないか?」

千早「はい、もう慣れましたから」

P「はは、そうか」

千早(あ……今のは寂しいって言うべきだったかしら? そうすれば一緒に……)

P「メシもちゃんと食ってるか? 体が大事なんだから、ちゃんと食わないと駄目だぞ?」

千早「は、はい、ちゃんと食べてます」

P「千早はしっかりしてそうだし、その辺は大丈夫かな」

千早(あ……今のもあんまりって言うべきだったかしら? そうすれば一緒に……)

P「たまには皆でメシとか行かないのか?」

千早「えぇ、たまに春香とか萩原さんとか我那覇さんとかと行きます。まぁ、大体ファミレスですけど」

P「皆、仲がよくていいなぁ」

千早「えぇ、まぁ、そうですね……」

千早(ある一点を除いて……ね)

P「そろそろこの近くだな……マンションの前でいいな?」

千早「はい……あの」

P「ん?」

千早「あの……えっと……」

千早(言え! 言うのよ千早!)

P「どうした?」

千早「……い、いえ、なんでも、ないです」

P「そうか? 着いたぞ?」

千早「あ、ありがとうございました」

P「ん、どういたしまして。じゃあまたな。お疲れ様」

千早「お疲れ様でした……」

千早(私って……チキンね)

千早(はぁ……やっぱり一度テンションが下がると駄目なのかしら……)

千早(チキンチキン……ブルーチキン……)

千早(そういえば冷蔵庫に鶏の胸肉があったわね……)

千早(胸肉……くっ……!)

千早(べ、別に胸を意識したんじゃなくて、単純に安いから……)

千早(肝臓が悪い時にレバーを食べるとか、そんなんじゃないんだからっ!)


-移動中-

やよい「今日は、P候補さんはいないんですね?」

P「彼なら律子と竜宮小町のほうに行ってるよ」

やよい「そうなんですかぁ?」

P「あっちのほうも見てもらおうと思ってね。やよいは彼と一緒がよかったか?」

やよい「ふぁ? いえ、違うんです……最近、プロデューサーと一緒に行けて嬉しいなって」

P「そうか?」

やよい「はい……この前は真美が一緒でしたけど、今日は二人きりで……えへへ、私なに言ってるんでしょう?」

P「二人がよかったのか?」

やよい「はい、二人が……はわわっ! な、なんでもないです!」

P(……もう俺、ロリコンでいいかも)

やよい「このオーディションが終わったら、また事務所に帰りますか?」

P「そうだな。途中で貴音と響を拾っていくから寄り道はするけど」

やよい「そうですか……」

P「どうした? どこか行きたい場所でもあったのか?」

やよい「プロデューサーに連れて行ってもらえるんでしたら、私はどこでも……」

P「そうだな……もしオーディションが早めに終わったら、喫茶店でお茶でも飲むか?」

やよい「わぁ! じゃあ、私すたぁばっくすに行ってみたいです!」

P「スタバか……なにか飲みたいものでもあるのか?」

やよい「えっと……行ったことないから、行ってみたいかなーって」

P(やよい……どこにでも連れて行ってやるぞ)

P「おまたせ、二人とも」

響「プロデューサー、やよい、はいさーい!」

貴音「お迎えありがとうございます、あなた様」

やよい「お疲れ様ですー!」

響「ふぃー……あ、二人ともなに飲んでるんだ?」

やよい「私は、キャラメルマキアートで、プロデューサーは……」

P「俺はソイラテ」

響「キャラメルマキアートって、美希が好きなやつだろ?」

やよい「はい、だから飲んでみたかったんです。プロデューサーにごちそうしてもらっちゃいましたぁ!」

響「えー、ずるいぞプロデューサー! 自分も飲みたいぞ!」

P「そう言うと思って、買ってあるぞ。やよい?」

やよい「はい! 響さんと貴音さんの分ですよ」

響「おぉ! さすがプロデューサーだな!」

貴音「わたくしにも、ですか?」

やよい「甘くてすっごくおいしいですよ!」

貴音「では……有難く頂戴致します、あなた様」

響「ありがとう、プロデューサー! ごくごく……」

P「響、喉が鳴ってるのが聞こえるぞ?」

響「別に構わないさー」

貴音「こ、これは……!」

やよい「貴音さん? お口にあいませんでした?」

貴音「いえ、この香ばしい香り……甘味と苦味……」

P「まぁ、それら全部入ってるな」

貴音「これがきゃらめるまきあぁとという代物なのですね……大変おいしゅうございます」

響「うん、自分も初めて飲んだけど結構おいしいな。これなら美希が気に入るのもわかるさー」

P「そうだな、女の子は甘いもの好きだからな。俺は一口でお腹いっぱいだったけど……」

やよい「でも、今日美希さんが来てたら、怒られちゃったかもしれませんね?」

響「確かにな。『ハニー、ミキにも買ってなのー!』って言ったりしてな?」

貴音「ふふっ、美希も、もっと大人にならないといけませんね」

やよい「でも美希さん、すっごくスタイルいいですよ? 私と一歳しか違わないのに」

貴音「やよい。体の問題だけではないのですよ。重要なのは、ここ」

やよい「心、ですか?」

貴音「そう。いくら体が成長しようと、心が発達しなければ、いつまで経っても大人とは言えない……成長期とは、体だけではないのですよ?」

P「心の成長か……」

貴音「はい。わたくしは、そう思っております。やよいも響も、まだ成長期……心の成長もこれからです」

やよい「うーん、心って、どうすれば成長するんでしょう?」

響「自分もよくわかんないぞ?」

P「それはやっぱり、色んな体験をすることが大事じゃないかな? それで、色々考える」

貴音「わたくしも同意見です。ですが、もう一つ」

P「もう一つ?」

貴音「はい。誰かを想い慕う気持ち……これもまた、大人になるためには必要と考えております」

穴掘って眠ってますぅー!


春香「おはようございまーす」

伊織「おはよ」

P候補「あ、おはようございます、天海さん、水瀬さん」

P「おはよう……珍しい組み合わせだな?」

春香「そうですか?」

P「普段見ないペアだからかな。違和感がものすごい」

伊織「そうね。私は春香と合わないから、一緒にいられないと思っているもの」

春香「え、そうかなぁ? 私は結構合うと思ってるけど」

伊織「勘違いよ。認識を改めなさい」

春香「だって伊織、可愛いし……」

伊織「それがなによ? 私が可愛らしくてセクシーなんて当たり前じゃない」

P(セクシーとまでは言ってない……)

春香「伊織だってちっちゃくて猫被ってるけど一応正統派だし、私も正統派アイドルだから合うと思うよ?」

伊織「猫被ってる言うな! それにあんたのどこが正統派なのよ? 完全にイロモノじゃない」

春香「イロモノじゃないよぅ! プロデューサーさん、私って正統派アイドルですよね? ね?」

P「え? あぁ……そ、そうだな……」

春香「ほらぁ! プロデューサーさんだってそう見てるって!」

伊織(そこがイロモノなのよ……普通は正統派ですよねって訊かないわよ)

春香「ところで、お二人はホワイトボードの前でスケジュールの確認ですか?」

P「あぁ。来週はライブのリハーサルがメインになるから、仕事のオファーが来ても後に回す」

P候補「リハのために全員の予定をぽっかり空けるっていうところは珍しいですね」

春香「そうなんですか?」

P候補「はい、普通は仕事の合間にリハをねじ込むって感じですから。それに、メンバー全員のスケジュールを調整するのも難しいですし」

春香「予定はプロデューサーさんが全部調整してくれたんですよね? ありがとうございます」

伊織「律子から聞いたけど、竜宮小町のほうも調整したのね? あんたのその腕だけは褒めてあげてもいいわ」

P「まぁな。新年ライブのこともあったから、事前になんとかしたかったし」

P候補「なにかあったんですか?」

春香「わ、そんなのいいんですよっ! 昔の話です!」

伊織「昔って言うほど昔じゃないわよ? 半年前よね」

春香「いいのいいの!」

P「……ま、いろいろありまして」

P候補「そう……ですか」

春香「でもでもっ、プロデューサーさんは、やっぱりすごいです! アイドル十二人のスケジュールをきっちり調整しちゃうんですから」

P「いや、でも何人いようとやらなきゃいけないことだし……出来ないと思って仕事はしてないよ?」

P候補「う……そ、そうですよね……」

P「はい」

美希「おはようなのー! ハニー!」

P「おはよう美希、今日は早……うわっ!?」

美希「ハニーに洗脳が効いたの! 今日はちゃんと美希って呼んでくれたのー!」

P「いや、洗脳は別に……」

春香「美希! プロデューサーさんから離れて! はーやーく!」

美希「やなの! 春香には関係ないのー! 二日も会ってなかったから充電するのー!」

春香「プロデューサーさんが嫌がってるから! 早く!」

美希「いたいいたいいたいのっ! ハニーは嫌がってないのっ!!」

伊織「止めなさいよ二人とも! みっともないわね!」

P「さ、さすがは伊織! あ、あれ……伊織はなんで俺を引っ張るの……美希を剥がしていてててて!?」

美希「でこちゃんハニーに触んないで!!」

P候補「あ、あの……星井美希さんですよね?」

美希「……へ? そこの人、誰?」

P候補「お、オレ、765プロのプロデューサーにならないかって声を掛けてもらった者で、その……」

美希「プロデューサーに? プロデューサーはハニーがいるけど……?」

春香「美希っ! 聞くならっ! プロデューサーさんからっ! 離れてっ!!」

美希「ああぁ!! ハニー!!」

P「いいからいいから……美希が離れたから、伊織ももういいよな?」

伊織「そ、そうね。まったく、とんだ茶番だったわ!」

春香「……そう言いながら、しっかり腕を掴んだままですけど?」

美希「でこちゃんハニーに触んないで!!」

伊織「さっきと同じセリフね。もう少し捻りなさいよ?」

P候補「うわぁ、ホンモノだ! 美希さんあの、お会い出来て光栄です!」

美希「わぁ!? ちょっと! 触らないで!」

P候補「す、済みません! でもオレ……」

美希「ミキに触っていいのはハニーだけなの! ハニー以外の人には絶っ対、触られたくないの!」

P候補「ハニーって……」

美希「ハニーはハニーなの。ね、ハニー?」

春香「こら美希! また抱きついちゃ駄目!」

P「美希、頼むから今は遠慮してくれ。話が進まないから」

春香「今だけじゃなくて、永遠に抱きついちゃ駄目だよ!」

美希「春香はうるさいから黙っててほしいな。ハニーはミキのなんだから、抱きつくのはミキの勝手なの」

春香「プロデューサーさんはわた……皆のものだから駄目だよ! 駄目!」

伊織「本音が出かけたわね」

P候補「あの……」

美希「あれ、 まだいたの?」

P候補「オレ、765プロに入ったら美希さんをプロデュースしたいんです! 絶対、今よりもっとすごいアイドルにしてみせますから!」

美希「ふーん、そんなの無理なの」

P候補「え……どうして?」

美希「だってミキのプロデューサーはハニーなの。ハニーが来た時から、これからもすーっとプロデューサーはハニーだけなの」

P候補「でもオレ、美希さんをプロデュースしたくて……」

美希「無理なものは無理なの。諦めてほしいの」

春香「美希、プロデュースしてもらいなよ? そうすればプロデューサーさんは私と……」

美希「春香、駄目なの! ハニーはミキだけのプロデューサーなんだからっ!」

春香「美希だけの、じゃないよ! プロデューサーさんはわた……皆のものだよ!!」

伊織「いい加減突っ込むのも疲れたわ……」

P候補「美希さんを……プロデュース出来ない……」

P「あ、いや、それは今後話し合って――」

美希「ハニー、この人が来たら、春香たちみんなのプロデュースお願いする? そうすれば二人で……」

春香「プロデューサーさん、美希はお任せしましょうよ? そうすれば二人で……」

P「いや、その……」

P(二人とも任せるつもり……って言ったらまたややこしくなりそうだな)

美希「ミキはその人にプロデュースしてもらう気はないの。ミキにはハニーしかいないんだからっ」

P「でも美希、誰とでも仕事が出来るように頑張るって言ったろ?」

美希「じゃあサインしてくれるの? 婚姻届に」

P「それは……」

美希「しないなら、ミキもやなの。ハニー以外の人にはプロデュースされたくないの」

P「美希! そんなわがままは――」

美希「ハニーと離れたくないの! 他の人とお仕事させるんだったら、それ以外で一緒にいる時間がほしいの!」

P「それ以外……?」

美希「ミキ、ハニーと一緒にお仕事出来るんだったらちょっとは我慢出来るの。でも……」

P「………………」

美希「ミキを一番キラキラさせてくれるのは、ハニーなの。ハニーしかいないんだよ?」

P「それ……は……」

美希「それに……ミキ、本気だから。ハニーとずーっと一緒にいたいの。ハニーを誰にも渡したくないの」

P「……俺、正直自信がないんだ」

美希「え……?」

P「美希がすごくて……すごくてすごくて、もう俺なんかじゃキラキラさせてやれないんじゃないかって……そう思ってて」

美希「ハニー……」

P「自信がなくてプロデュース出来ないって、そう言うのが恥ずかしくて……新しい人に任せようと……」

美希「……ねぇ、教えてハニー? ミキをここまでキラキラさせてくれたプロデューサーは、だぁれ?」

P「それは……俺、だけど……」

美希「なら、もっと自信持てばいいの! だってハニーにプロデュースしてもらったから、なんとかっていう賞ももらえたの! 半分はハニーの賞なの」

P「そう……かな?」

美希「そうなの! ハニーはすごいプロデューサーなの! ミキとハニーならムテキなの!」

P「……美希がそう言うなら、俺、自信持ってもいいのかな?」

美希「もちろんなのー! もっと胸を張るの! あはっ!」

P「ありがとな……美希」

春香「……あれ? P候補さんは?」

伊織「プロデューサーとあれが言い合い始めたくらいに出て行ったわよ。これでもかっていうくらい背中丸めて」

春香「そっか……」

伊織「それで、どうするのよこの二人? ここにはあんまりいたくないわ」

春香「えぇっと……とりあえずレッスンのスタジオに行く?」

伊織「時間まだ早いわ。はぁ……早く来て損するなんて」

春香「あ、じゃあクッキー食べる? 私、ぷろ……み、皆に食べてもらおうと思って焼いてきたから」

伊織「わざわざ言い直さなくても皆わかってるわよ?」

春香「な、なんのことかな?」

伊織「あんた頑固ね。そんなんじゃモノに出来そうにないわね……」

やよい「おっはようございまーす!」

千早「おはよう……二人とも、なにをしているの?」

小鳥「あら? プロデューサーさんと美希ちゃん、見つめ合っちゃってどうしたの?」

春香「おはよう。ね、クッキー食べる?」

やよい「いいんですかぁ!? ありがとうございます春香さん!」

小鳥「ねぇ春香ちゃん、あれはどういうことになってるの? 私の目の前の席で二人がイチャついてるんだけど……」

春香「あれは……」

伊織「一言で言えば、美希がわがままだってこと」

小鳥「美希ちゃんが? それは……こう言うと美希ちゃんに悪いけど、前からわかってることよね?」

やよい「でも美希さん、プロデューサーとお話してて楽しそうですぅ」

伊織「楽しそう……ね」

美希「ハニー、今日は二人でお出掛けしよう?」

P「美希はこれからレッスンだろ? 駄目だ」

美希「ぶぅ……じゃあ終わってから二人きりでご飯食べに――」

春香「美希! それは許さないから!」

伊織(まぁ、楽しいのが一番かもね……)

高木「――というわけで彼の辞退もあり、新たなプロデューサーはまた探すこととなった。諸君、今は気持ちを切り替えて頑張ってほしい。以上だ」

響「あのあんちゃん、結局来なかったんだな」

真「意外とあっさり済んだね?」

響「でもよかったさー。あんちゃんには悪いけど、自分たちの命には代えられないさー」

真「ほんと、そうだよね……」

雪歩「私なんにも出来なかったけど、よかったのかな?」

真「いいんじゃない? 結局春香の希望通りになったんだから」

響「下手に参加すると精神的にやられるからな……自分もやられたし」

春香「誰に?」

響「誰ってそりゃはる……!!」

春香「うふふ……ひびきちゃーん、今夜空いてるぅ?」

真「………………」

雪歩「ひーん……」

千早「そんな……白紙に戻ったなんて……」

美希「千早さん? どうして世界の終わりみたいな顔してるの?」

千早「あの人が入社したら、プロデューサーは私をちゃんと見てくれるって言ってたのに……」

美希「……はぁ? ハニーはずーっと、美希を見るんだよ?」

千早「美希も春香もあの人に任せるって言ってたのに……」

美希「千早さん、いくら妄想でもそんなこと言うのは許せないの」

千早「私の楽曲をプロデュースしたいって言ってくれたのに……それはどうなるの……」

美希「……それ、ほんとなの?」

千早「私だけのプロデューサーなのに……!」

美希「ハニーに……直接訊くしかないのっ!」

伊織「ねぇ小鳥? ちょっと訊いていいかしら?」

小鳥「えぇ、いいわよ」

伊織「この間呟いてた言葉の内容……やよいの前でなんて見てないでしょうね?」

小鳥「え……な、なんのことかしら?」

伊織「やよいが見たらいけない内容よね? しかも、それを見ているパソコンをやよいに貸すなんて……」

小鳥「わ、私はちゃんと分別あるオトナよ? やよいちゃんの前でなんて見るはずないじゃない?」

伊織「どこ見てんのよ? ちゃんと、私の目を見て言いなさいよ? 挙動不審過ぎてシロでもクロに見えるわ」

小鳥「ぴ、ピヨ……」

伊織「今度律子に頼んで、そのパソコンのデータ丸ごと消してもらおうかしら?」

小鳥「そ、それだけはご勘弁を伊織大明神様!!」

伊織「それなら背後には気を付けることね。それか座席を変えたら? 窓際に座れば見られずに済むわよ?」

小鳥「それが……画面が窓に反射してバレたことがあって……」

伊織(つくづく駄目な大人ね……)

亜美「ねー兄ちゃん? 亜美たちにバラエチーのお仕事って来てない?」

P「亜美たちって、亜美と真美にか?」

真美「うん。例えば、アドベンチャーの番組とか、クイズ番組とか」

P「いや、来てないぞ? そういうのやりたいか?」

亜美「やりたいやりたい! 兄ちゃん敏腕プロデューサーだから、ちょちょいっと取って来れるでしょー?」

律子「亜美、無茶言わないの。そんなに簡単に取って来れたら苦労しないわよ?」

真美「えー!? 前にそういう話、しゃちょーとしてなかった?」

P「社長と? してないけど……ちょっと待ってな?」

律子「プロデューサー、もうすぐライブですからあんまり無理は出来ませんよ?」

P「大丈夫だよ。響宛てにバラエティの話があったから、それ系列で訊くだけ訊いてみようかと思ってな」

美希「ハニー! お話があるの!」

千早「プロデューサー、お話があります」

律子「ちょっと二人とも、プロデューサーは電話中よ?」

P「へ? 一体なん……はい、どうもお世話になってます」

美希「ハニー! さっさと終わらせるのっ!!」

P「え? あーいえ、別の場所での話でして……」

真美「ミキミキ! 今兄ちゃんは真美のために電話してるんだから邪魔しないでよっ!」

亜美「真美ー? 真美と亜美のため、じゃん?」

千早(真美……ここにもライバルが……くっ!)

美希「ハニーはミキのものなんだから、勝手に使っちゃ駄目なの!」

律子「静かにしなさいって言ってるでしょ!?」

美希「律子……さんもうるさいの。ハニー、まだなの?」

P「えぇ、ではまた今度……はい、ありがとうございました! 失礼します!」

長らく夜の暇つぶしにお付き合いありがとうございました。

またなのー!

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