ほむら「思い出せない…私は何者だ?」(1000)

私は魔法少女。

魔女を狩る者。

いずれ魔女になる者。

……そして。


ほむら「思い出せない…私は何者だ?」


名前もわからない。

願いもわからない。

わかるのは、天井が白くて、頭がひどく痛いことだけ。

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ほむら(……体が重い)


ベッドから這い出る。ここは病院だろう。

私は入院をしていたのか。


ほむら(なんて酷い視界だ、くそ)


視力が悪すぎる。このままでは魔女に殺される。回復しなければならない。

指輪をソウルジェムに戻し、鏡の前へ。

魔力を込めて、視力を強化。


ほむら「……これが私か」


長い黒髪。癖なのか、染み付いた陰鬱な表情。

鮮明さの蘇った鏡には、名も知らぬ私がいた。

ガラララ。

戸を開く。個室とは良い身分だ。

だからこんなに情けない顔つきになるんだ。


ほむら「……暁美ほむら、か」


顔の印象に反して、暖色系の雰囲気が強い名前だ。

私は今までどう育ったというのか。

私は……。



ほむら「…私は、魔法少女だ」


私は魔法が使える。

魔女はいくつも倒してきた…ような記憶はある。

かなり長い間戦った…。


ほむら「……ちっ、魔女との戦いで記憶がトんだか」


油断でもしたのか、重傷を負って入院…といったところだろう。

…病室に戻ろう。

ほむら「……記憶喪失」


まるのついたカレンダー。

知らない学校の入学案内。

私は近々、見滝原中学に転入するようだ。


通い慣れた学校ではないようで助かった。奇跡的だ。

記憶喪失でも、前の私を気にせずに振る舞うことができる。

ひとまず、転入に際しては気兼ねのない動きができる。


ほむら「…アパートの案内…家族の予定…私はこの歳で一人暮らしか」


親はこの町にいないらしい。

まあ、居ても困るだけなのでありがたい。

時間を気にせずに魔女を狩れる。


ほむら「……そうだ」

変身。紫の光に包まれる。


ほむら「そう、この感覚だ」


左手には盾。

これが私の、魔法少女としての最大の武器だ。


ほむら「止める」カチッ


私以外の全ての時間を停止させることができる。

この能力を駆使し、何体もの魔女を葬り続けてきた。


ほむら「……そして」


フルーツの盛り合わせの隣に置かれた果物ナイフを取る。

盾に収納する。

私の盾は、物を保管することが可能だ。


時を止めて、無限の武器で戦う。

左手が盾ならば、右手は刃物だろう。


ほむら「……思い出してきたぞ、私というものを」

魔法少女になる際の願いすら忘れてしまったが、まぁいい。

後から思い出すだろう。


記憶にあるのは、無数の魔女との戦いだ。

私はかつて戦っていた。

ならば記憶を失った今であろうと、私は戦おう。

私の願いは、そこに関わるのかもしれない。


ほむら「とにかく、グリーフシードを集めなくてはならないな…私の体は燃費が悪そうだし」


盾の中身は空。

魔女との戦いで、中の全てを使い尽くしたらしい。

新たな武器も必要だ。


大人しく入院し続けている暇はない。行こう。

数日が経過した。

魔女の結界の中。


下から浮かび上がり続ける巨大風船を足場に、下へ下へと降りてゆく。



魔女「ぷぅううう…」


風船の魔女とでも名付けようか。捻れたバルーンアートの体から、無尽蔵に風船が沸き出している。

相変わらず、悪趣味な世界観ではあるが…。


ほむら「私も風船は好きだ」

魔女「ぷう?」

カチッ


ほむら「ついつい割りたくなるからね」

魔女「…!!??」


四方八方に配置されたナイフ。

全てが魔女へと降り注ぐ。

無数の刺し傷に原型を保つことを諦めた魔女が、グリーフシードとなってアスファルトに落ちる。


ほむら「よし、ストックが増えた…余裕も出てきたな」


連戦連勝。

魔女を探し、会えば勝つ。


時を止め刃物を放つ戦法…下準備は面倒だけど、負ける気がしない。

私は随分と強い魔法少女のようだ。



ほむら「……そんな私を記憶まで消して…一体どんな魔女なのか…」

眠いので今日はここまで

「にゃあ」

ほむら「ん?」


街路樹の陰から仔猫が顔をだした。

黒い毛並みの、小さな猫。


ほむら「可愛いな……よしよし」

「なんなん」


喉を撫でてやると目を細めて喜んだ。

エサをやらずに人に懐く野良猫とは珍しい。


ほむら「…そうだ、ようし猫ちゃん、私の右手を見ててね」

「なん?」

カチッ

「な~ん!」

ほむら「ほぅら、ねこじゃらしー」

「なんなんな~ん!」


時間を止めて、路肩のねこじゃらしを拝借した。

突然の遊び道具の出現に、猫もご機嫌のようだ。



「あー、仔猫可愛いなぁ…」


誰かが私を羨んでいる。

路面をトラックが通り過ぎる。

病室を抜け出し、魔女を狩る。

街を歩く。

また一日が終わった。


薄暗い白の天井は何の想像も書き立てない。まるで私だ。



ほむら(魔法少女、暁美ほむら…)


未だ頭の中には靄がかかっている。

思い出せない事が多い。


ほむら(…唯一覚えている魔法少女関連の記憶まで曖昧だし…)

机の上に並べたグリーフシードを見やる。

そのうち2個はかなり黒ずみ、使用できない状態にある。


ほむら「どうやって処理するんだっけ…グリーフシード…」


私は目を閉じた。

空白の日々。

穴の空いた記憶。


休日の昼下がり、いつものように街へ繰り出す。

ソウルジェムの反応を頼りに魔女を探してはいるが、病院近辺では見なくなってしまった。

魔女を探すためには、やや遠くまで足を運ばなくてはならない。

とはいえ、私に残された道しるべといえば魔女退治しかない。

多少面倒でも仕方がない。



「ようこそ!ピエロのパリーの手品ショーだよ~!」

ほむら「……」


小さいがカラフルなテント。

張り巡らされた万国旗。

大道芸人の見せ物の前で、私は立ち止まった。



ほむら(…なんだろう、この雰囲気…記憶にある?)


ピエロ……サーカス……手品……。


ほむら「……」

「なにあれ、かっこいー」

「へ~…」


人が集まる。

隣の可哀想な語り弾きの青年の、そのまた隣のピエロが可哀想になる。

視界でいえば小規模な満員御礼。

私の前には、路上ではこれが限界の程度だろう、といえる人だかりが形成されていた。



ほむら「…では、始めさせていただきます」


税抜き1280円。紫のシルクハットを取る。


ほむら「短い間ですがお楽しみください…どうぞ、よろしく…」


手品師の口上なんてものはわからないから、ただ深々とお辞儀する。

私の仕草のそれっぽさに乗せられてくれてか、老若男女の観客から疎らな拍手があがった。


カチッ

ほむら「はい」

「「「!!」」」


お礼も兼ねて、まずはシルクハットから満開の花束を。

「…見えた?」

「…う~ん」

見えたらすごい。


ほむら「種も仕掛けもこざいません」


シルクハットを宙へ放る。

カチッ

花束だけが消え、シルクハットの中に棒状の影が現れる。


ほむら「奇術といえば、ハットにステッキ」


紫のステッキでアスファルトを突く。

カチッ

アスファルトに花が咲く。


ほむら「おっと、根を張るといけない」


花にハットを被せる。

カチッ


「にゃあ」


ハットを取り上げると、中から黒猫が現れる。


ほむら「よしよし…」

「なぁん」


観客が静かだ。

ハットを被り、ステッキを空に放る。

かなり高めに投げた。何人がステッキを視認できるだろう。


カチッ


「…あっ」


ステッキが落下する。

キャッチ。


ほむら「ステッキが二本になってしまった」

紫と白のステッキ。色合いは私の魔法少女のコスチュームに合わせている。

しかし二本も必要な小道具ではない。


ほむら「君に、はい、白い方をプレゼント」

「わぁ!ステッキ!」

「あ、ありがとうございます」


子供はステッキを興味津々にいじっているが、本当に種も仕掛けもないのであしからず。

突如思い付きで開いたマジックショーなので、大した小道具は用意できなかった。

けれど、短いショーだけど、多少は観客にスリルを提供したい。


中学生のゲリラ奇術とは思えないくらいの迫力をみせてやろう。


カチッ


ラストの大手品。やってることは同じだけど。


ほむら「種も仕掛けもない、ただのナイフです」


観客から期待にも似た緊張が走る。

ナイフを使ったマジック。それだけで気持ちが高ぶるのも無理はない。


ほむら「みなさま、御静観ありがとうございました」


ナイフを回転させながら、真上に投げる。

観客がどよめいた。


カチッ

群衆から抜け出し、大通りから出る。

今頃、マジックショーは空から色とりどりの花弁が降り注いで大熱狂といった所だろう。


ほむら「…しかし…記憶にはピンとも引っ掛からないな…」


魔法少女のコスチュームから、記憶喪失になる前の私はマジシャンになりたかったのでは、と考えたが…。

さすがにマジシャン程度で魔法少女になるほど馬鹿ではないか。


ほむら(…時間を止め、空間を操る…うーん…)

魔法少女とは希望を振り撒く存在。

ひとつの願いを叶えるかわりに、死ぬまで魔女と戦い続ける存在だ。


ほむら「私は何を願い、この力を手に入れたのだろう」


家族は近くにいない。

友人はわからない。

過去の私と、今の私を繋ぐものが、何もない。


魔法少女はひとつの願いのために戦い続けなくてはならない。

私の願いは?希望は?

全てを忘れた私は一体何のために、何を依り代に戦い続けなくてはならないのだ。



ほむら「…暁美ほむら、くだらない事に願いを使うくらいなら、せめて自分の病気を治せばよかったものを」


入学の日は近い。


机の上に新たなグリーフシードが3つ並んだ時。

私はカレンダーの来る日が明日に迫る事に気付いた。

見滝原中学に転入する、暁美ほむらの晴れ舞台だ。


入院患者と魔女狩りの二重生活からおさらばできる祝うべき日だが、今までの生活も嫌いではなかった。

ただ魔女を狩るだけの生活といえばオシマイだが、私の唯一の楽しみが魔女狩りそれだったからだ。


暁美ほむらという根暗眼鏡が何を願い、華やかな魔法少女になったのか。それはわからない。

だが今の私は、見滝原に住む人々の命を守るために魔女を倒している。


見滝原の人に対する思い入れなんて造花の根っこほどもないが、人を守る正義のヒーローになりきれる。

それだけでやりがいのある時間だった。


制服を着る。スカートの丈が短い。

暁美ほむらには似合わない派手さだ。


下ろした髪をブラシで整え、黒いカチューシャで適当に前髪を留める。

赤縁の眼鏡は必要ないが、暁美ほむらの品だ。

何かのきっかけになるかもしれない。鞄に詰める。


ほむら「さて、準備万端かな?」


忘れ物は無さそうだ。

…いや、記憶か?

まぁいい。ここに私の記憶はない。

さっさと立ち去り、見滝原中学で新たな一歩を踏み出そう。

後ろの足跡が見えなければ歩いて作るしかない。



ガララララ


ピシャッ

ガララララ


ほむら「グリーフシードを忘れてどうするつもりだ、私は」

誰に言ってるのだか。



ガララララ

ピシャッ

黒い色が紛らわしいグリーフシードが4つ。

黒っぽいグリーフシードが1つ。

かなり黒っぽくなったグリーフシードが3つある。


鞄の中にしまってはいるが、グリーフシードの収納はこれで良かったのだろうか。

多分良くない…気がする。

グリーフシードを眺めていると、私の頭の中で警鐘が鳴り続けるのだ。

これはまずい。なんとかしなくては、と。



「──どっちでもよろしい!」


少し体が驚いた。

どうやら、私の担任となる女性が荒れているようだ。


しかも教鞭が折られている。

私はこれからイジメにでもあうのだろうか。

「どうぞ、入ってください」


ほぼガラス張りの戸越しに満を持しても仕方がないが、呼ばれたタイミングで入るのは手筈通り。


ほむら「……」


戸を開き、教壇まで歩く。

そわそわうるさいクラスメート達にはまだ目線をやらない。


和子「…えっと、名前、書く?」

ほむら「そうする」


担任からペンを受け取り、ボードに文字を走らせる。

見てる生徒も、教師も、私すら馴染みの無い名前を。



ほむら「暁美ほむら、よろしく」



クラスを見渡すと、険しい顔で驚いてるトロそうな女の子がいた。

担任といい変なクラスだ。

和子「えっと、暁美さんは長い間入院生活を送っていたので…」

ほむら「ん?」

和子「えっ?な、何か可笑しかったかしら」

ほむら「…いや、なんでもない」



さやか「無愛想だけど、すっげー美人」

まどか「…うん…」

さやか「どうしたまどか~、まさか転校生のミステリアスな雰囲気に惚れちゃったかぁ~?」

まどか「えっ!?そそ、そんなんじゃないよぉ」


まどか(ただ、夢の中で逢った、ような…?)


ほむら(何であの子だけ表情が険しいんだろう、保健室行けばいいのに)

「暁美さん、前はどんな学校に言ってたの?」

ほむら「普通の学校、あんまり覚えに無いくらい普通だったかな」

「綺麗な髪~、何使ってるの?」

ほむら「ふ、何だと思う?」

「暁美さんってかっこいいねー」


内心では余裕がないんだ、そろそろ取り巻くのをやめてくれないか。


「部活は何してたの?」


くそ、想定外だった。

転校したらその前の事について聞かれるのは当然だというのに…。


ほむら「あ~……」


限界だ。嘘は八百も出ない。


ほむら「…すまない、どうも気分が優れなくて…保健室はどこかな?」


逃げよう。

まどか「あ、保健室はこっちだよ、ついてきて」

ほむら「すまないね、わざわざ」

まどか「ううん、ごめんね?クラスのみんな、転校生なんて珍しいから、はしゃいじゃって」


広い廊下を保健係の彼女に連れられて歩く。

私の体が弱いのは事実なので、保健室の場所を覚えておいて損はないだろう。


まどか「暁美さんってかっこいい名前だよね、なんていうか…燃え上がれ~って感じで」

ほむら「は?」

まどか「あっ、ご、ごめんね変な事言っちゃって」


燃え上がれ……か。

…?

“良く言われる”…?

そんなはずはない。


ほむら「…確かに、カッコいいかも」

まどか「!」

ほむら「名前負けしないように、かっこよくなりたいもんだな…」


彼女の横に並び、微笑みかける。

彼女も笑った。

保健係はトロそうだが良い子らしい。

午前中の授業は、教師がこぞって私の学力を試しにきた。

私はその度に不安を感じたが、どの問題にも即座に対応できた。

さすがは眼鏡、長い入院でも勉強はできるらしい。


ほむら「……それなりに達筆だな」

教師「?」


字も上手い。

まさか魔法の力で学力を望んだわけではあるまい。

だとすれば独力か。大した努力家だったのだろう。

走り高跳び。

背中すれすれに飛んでやる義理など、魔法少女にはない。

だが、なけなしの日常を崩すのも、暁美ほむらに忍びない。


そこそこ、いっぱいいっぱいな感じで飛ぶ。



ぼすっ。

着地。


教師「…県内記録じゃない?これ…」


しまった、前提からやりすぎだったか。

ほむら(……)


記憶を失うまでの暁美ほむらの力に身を委ね、この一日を過ごしたつもりだ。

体が覚えている全てを出し尽くしたつもりだった。

それでも、何も思い出せない。


「ねえ、暁美さん、このあと…」

ほむら「悪い、先約がいてね」

「先約……」

ほむら「あの子に用があってさ」



まどか「……? 私指差してる…」

さやか「え?なんで?」


彼女との会話で記憶を取り戻しかけた。

もしかしたら私には、彼女のような友人がいたのかもしれない。

ほむら「えっと、鹿目まどか……だっけ」

まどか「うん…」

ほむら「そちらは?」

さやか「私は美樹さやか、よろしく!」

ほむら「ああ、よろしく、さやか」


ほむら「…私、見滝原にあまり馴染みがなくてね…良ければ放課後にまどか、私と遊んでくれないかな」

まどか「私と?」

ほむら「駄目かな」

さやか「おおっ、丁度いいねぇ、ならほむらも交えて、4人で出かけようか!」

仁美「うふふ、転校祝いですわね」


クラスには溶け込めた。よし。

他愛もない会話。

私は適当に相槌を打ち、奥ゆかしく笑う。

同い年の子の話すのは楽しい。

これから彼女達と日々を過ごしてゆけるのであれば。

それはとても平穏で、素晴らしい日常なのだろう。


彼女らの暮らしを守る。友達を守る。

私の魔法少女としての責務にも、より一層の熱が入るというものだ。



さやか「悪いね、付き合わせちゃって」

まどか「ううん」

ほむら「?」



仁美は稽古事があるらしく、帰るようだが…二人はまだ、何かやりたい事があるようだ。

ほむら「CD?」

まどか「うん、さやかちゃんの幼馴染みが入院しててね、その人がクラシックが好きで…」

さやか「あははは…」

ほむら「そうか、音楽…」


私の好きな音楽は何だったのだろう。

もしかしたら、芸術面で私の記憶を揺さぶることができるかもしれない。


ほむら「さやか、私もついていっても良いかな」

さやか「いやいやそんな、私に付き合わせるみたいになっちゃうけど」

ほむら「私もお供するよ」

さやか「ありがとう、ほむら」

私は今、さやか達とCDショップにいる。

ひどい話だ。

しばらくはさやかの隣でクラシックを堪能していたが、落ち着くばかりでどうにもならない。

私は堅苦しい音楽に飽きて、まどかの居る棚へ移動しようと考えた。

だが彼女は演歌のコーナーで、体をゆらりゆらりと、荒波に揉まれる小舟のように揺らしていたのだ。

あれに近づいて、まどかにオススメの曲でも差し出されてみた暁には、ソウルジェムの汚染がかなり早めに進行するだろう。


ほむら(まどかの趣味がわからん…)


さやかもあの性格で大概ではあるが。


テクノを聞きながらそんな事を考えている時だった。



──助けて

ほむら「……」


面白いノイズを入れるテクノだ。


──助けて、まどか


ノイズではなかったらしい。

ヘッドホンを掛け直し、まどかの居たコーナーを見る。


まどか「…?……?」


彼女も声を聞き取ったらしい。

ふらふらと、声がした方向に導かれている。

彼女はCDショップを抜け出し、階段の方へ歩いていった。



さやか「……」

ほむら「まどか、行ってしまったな」

さやか「うん、トイレとは逆方向なんだけど」

ほむら「……さやかは声を聞いていないのか」

さやか「えっ?」

ほむら「心配だ、ついていこう」

何故ヘッドホンをつけていたのに声が聞こえたのか。

あの声は一体誰なのか。

わからない。だが、まどかが一人で歩いているのは放っておけない。

彼女はきっとドジだから。



ほむら「この階は無人か」

さやか「…暗いし、ちょっと気味悪いね」

ほむら「私はもうちょっと気味の悪い所になら良く入るんだけどな」

さやか「なにそれ?どんな所よ」

ほむら「知らない方がいい、目が回るから」


さやか「ほむらってさ」

ほむら「?」

さやか「なんてゆーか、不思議だよね、良い意味で」

ほむら「私もそう思う」

さやか「…うん、自分で言っちゃう所とかも、ミステリアスっていうか」

ほむら「ふ」


本当に自分の事がわからないのだから、仕方のないことだ。

過去を思い出せれば、きっと普通のつまらない人間になれるさ。



私の武器は時を止めること。

そして左手の盾。決して能動的なものではない。


私の願いはおそらく、自己の保身。自己防衛かそこらだったのかもしれない。

最初に鏡で見た時の卑屈そうな顔が、そう語っている気がした。


ただ魔女を狩り、己のソウルジェムを満たす事しか考えていない根暗な女。

そんな姿に戻っても、さやかは幻滅するだけさ。

まどか「……え?」

QB「まどか!来てくれたんだね…!」

まどか「えっ…ええ…?あなた、誰…?なに…?」

QB「僕の名前はキュゥべぇ!」

まどか「猫…?じゃないよね…あなたが私を呼んだの?」


まどか「! あなた、足挫いてるの!?」

QB「逃げている最中に怪我をしてしまったんだ」

まどか「逃げるって…」

QB「まどか!僕を持って早くここから連れ出して!」

まどか「えっ、ええっ?」

QB「早くしないと、魔女が…」

ほむら「!」


薄暗いフロアを歩いていると、突如として世界が明滅を始めた。

蝶の翅。読めない立て看板。

相変わらずの毒々しい原色のコントラストに吐き気を覚える。


さやか「な、なにここ!?えっ!?」


うろたえるのも無理はない。予備知識も何もない人間が踏み入れればパニックすることは必至だ。


ほむら「目を回して尻もちをつかないようにしな、変な色がつくかもしれないから」


私はついた記憶もないからわからないが。


Das sind mir unbekannte Blumen!

Ja, sie sind mir auch unbekannt!

Schneiden wir sie ab!


幼げな輪唱がどこからか聞こえてくる。


Ja schneiden doch sie ab!

Die Rosen schenken wir unserer Königin!


多分、まどかが危ない。

クラスのみんなには内緒にしておこうと思ったのだが、そのクラスメイトに危機が迫っているのであればやむを得ないことだ。

暁美ほむらは平穏な日常を望んでいたのかもしれないが、このくらいは許してくれるだろう。


紫の閃光が制服を覆う。

瞬時の変身。


カチッ



ほむら「……」

さやか『……』


ただ変身するだけ、というのも芸のない話だ。

彼女の固まった顔を多少なれやわらげてやらなくては、状況についていけないかもしれない。


ほむら「せっかく他人に晴れ姿を見せるんだ、ちょっとは演出も凝らなくてはね」


私は奇術師ではないが、同じくらい人を驚かせたり、楽しませたりすることはできる。

心を和ませることだってできるだろう。


私、暁美ほむらがさやかにしてやれるケアはせいぜいその程度。

私の友達の為にベストは尽くすが、それが限界だ。



カチッ

さやか「!?」


奇怪に変わり続ける遠景とは違った、別の意味で変わった光景。

造花の花道。造花のフラワーシャワー。



ほむら「付き合わせるみたいになったのは、どうやら私の方らしい」

さやか「えっ……ほむら?なにそれ…」

ほむら「私の真の姿とでも言えばいいのかな」


紫のハット。紫のステッキ。

立派な奇術師、私は魔法少女のほむらだ。


ほむら「事情通ですと誇らしげに語り通したいところだが、このままだとまどかが危ない、ついてきてくれ」

さやか「!」

ほむら「このままだと、お伽話の世界に食われてしまうからね」

さやか「まどかっ!」


彼女は魔女の結界という未知の危険を畏れることなく、私の横を通って花道を走っていった。

まどかとさやかは親友同士であるとは聞いていたが、それにしても無謀な走りだ。でも直情的な性格を馬鹿だとは思わない。

私もそんなアツい性格になれたら良いなと思う。



ほむら「さやかよりも、早めに到着しておかなくては意味がないな」


カチッ


さやかよりも一足早く、まどかを助けさせてもらおう。

ほむら「……」


まどか『……』

マミ『……』


異空間に一人、増えている。

まどかが抱いているぬいぐるみも気になるが、何より巻き毛の彼女だ。


ほむら「……ソウルジェム」


この子は魔法少女だ。

魔女反応を探っていたら、ここへと辿り着いたのだろうか。


ほむら「同じ見滝原の制服……まさか身近にいるとは思わなかったな」


ともあれまどかが無事で良かった。

時間を動かそう。


カチッ

マミ「っ!」チャキッ


素早い反応。銃口がまどかに向く。


まどか「ひっ!」

マミ「あっ!ちっ、違うの!」

ほむら「乱暴は良くないな」

まどか「えっ?ほむらちゃ──」


まどかの手を取り、そっと抱き寄せる。


ほむら「突然の登場で驚いてしまったか」

マミ「…!あなた…魔法少女ね?」

ほむら「そういう君もな」

まどか「あ…あの…その…」

ほむら「ん、ごめん、窮屈だったか」


そっとまどかを解放してやる。

ほむら「私は暁美ほむら、キミは?」

マミ「…巴マミよ」

ほむら「マミか、よろしく」


ステッキを左手に持ち、右手を差し出す。


マミ「見滝原に私以外の魔法少女がいるなんてね」


握手は断られた。印象は悪かったらしい。

さやかの反応も薄かったし、キザな演出は受けないのか。

まどか「あ、あの…この状況って一体…」

さやか「まどか!…ってうわ、なんだこの状況…」


招かれざる客二人が揃った。

現状を説明して落ち着けるには今が絶好の機会だ。



マミ「ごめんなさいね、先に混乱を解いてあげたいんだけど…その前に」


黄色いソウルジェムが光輝く。

私のものとは違い、綺麗な光だ。


マミ「先に一仕事、片付けちゃっていいかしら!」


初めて見るのか、記憶にあるのか。他人の魔法少女の変身。

ベレー帽の飾りにソウルジェムが移る。



ほむら「……綺麗だ」


マミ「──……ふふっ」



高く飛び上がった彼女のパンツが見えた。

エネルギー弾の流星群が地面を一掃する。

ヒゲ面のプリングルズを一体につき一発で打ち倒す。

私のナイフより強力かもしれない。


何よりマスケット銃の発砲はダイナミックで、スタイリッシュだ。

そうだ、銃。

銃を使ってみても良いかもしれない。ちょっと探してみるか。



まどか「わぁ……」

さやか「おお……」


二人が感嘆の声をあげている。私はそれ以上に、拍手も贈りたい気分だった。


ほむら「良い、すごく良い…惚れ惚れする」

マミ「ふふ…でも、魔女は逃がしちゃったみたい」

ほむら「キミの獲物だ」

マミ「一般人…この子達の方が優勢かしら」


まどか「……」

QB「……」


マミ「彼女達も、他人事ではないみたいだし」


三角形のガラステーブル。

正三角形でなくてよかった。私が座るスペースがある。

それどころか美味しいケーキや紅茶まで用意してくれた。


聞けば、マミは見滝原中学の三年生だという。私達のひとつ上だ。

彼女とはケーキや先輩ひっくるめ、仲良く友好的にやっていきたい。


マミ「さて、まずは改めまして、キュゥべぇを助けてくれてありがとう」

QB「ありがとう、まどか!」


喋った。ぬいぐるみが喋った。


まどか「い、いえ…私なにもしてないですし…むしろ私は助けられた、っていうか」

さやか「…あの変な空間は、一体なんだったんですか?」

マミ「あれは魔女の……って暁美さん?どうかした?」

ほむら「いや、…それよりもまず……」

QB「?」


白い猫のような生き物を指差す。


ほむら「この変なのは、何?」

マミ「えっ?」

一見つぶらに見えるが不気味な赤い目。

耳から伸びる用途不明の手らしきもの。


ほむら「UMAだ」

マミ「あなた、魔法少女なのにキュゥべぇを知らないの?」

ほむら「覚えがないな」


首の後ろの皮をつまんで持ち上げてみる。猫そっくりだ。


まどか「ほむらちゃん、可哀想だよ…」

QB「君は暁美ほむらといったね」

ほむら「ああ、燃え上がれ~って感じがするだろう」

QB「…僕は君と契約をした覚えはないんだが…?」

ほむら「契約…」


思考がぼんやり霞む。

契約。なんだっけそれ。


QB「僕は君達の願いをなんでも一つだけ叶えてあげる」

QB「そのかわり、ソウルジェムを手に、世界にはびこる魔女と戦って欲しい」

QB「つまり、僕と契約して魔法少女になってよ、ってことなんだ!」

願い。契約。魔法少女。


ほむら「あ~、そうだ、思い出した…お前と契約して魔法少女になるんだったな」

マミ「大事な事なのに普通忘れるかしら…」

さやか「願いを1つだけ叶える…?」

ほむら「そう、キュゥべぇは私達少女の願いを叶えてくれるんだ」

さやか「……本当に?」

QB「契約が成立すれば叶えてあげられるよ」

さやか「はぁあ~…」

まどか「すごい……」


QB「願いを叶えると、そのかわりに生まれるのが、マミやほむらも持っているソウルジェムだ」

マミ「これが魔法少女の証、魔女と戦うために変身したり、魔法を使えるようになるわ」

ほむら「魔法は便利だが、ソウルジェムに入っているのは私達の魂。ソウルジェムが破壊されれば死んでしまうから、不用意に扱えない」

マミ「……え」

さやか「ええ、それは…ちょっと…」

ほむら「ただ、よほどの衝撃でなければ壊れはしないから、扱いに気を付けていれば生身がいくら傷付こうが魔法で回復できる」

さやか「な、なるほど…」

ほむら「魔法少女になるには、戦う覚悟が必要ということだな」


QB「君たちが迷い込んだ空間は魔女の結界……そこに潜む魔女と戦い、倒すのが魔法少女の役目だ」

ほむら「魔女は世に潜み、静かに人を食らう……野放しにはできない存在だ」

マミ「…ちょっと、紅茶をいれてくるわね」

ほむら「ああ、すまない」

まどか「ありがとうございます」


さやか「……危険なの?その、魔女と戦うのって」

ほむら「どんな魔女を相手にしても、靴紐を結び直す暇はないな」

さやか「わ、わかりにくいなぁ」

ほむら「……んー、本気でかからないと難しい相手だな」

さやか「うわぁ…」

まどか「怖くはないの…?ほむらちゃんは…」

ほむら「あんまりね」

一通り魔法少女の説明をしてから巴マミのアパートから出た。

巴マミは体調が優れないらしく、私としてはまだ話さなければならない事もあったのだが、途中で返された。


帰り道でまどかとさやかの二人を送っている。

先にまどかの家、次にさやかの家だ。


転校初日。一般中学生には体験できない様々な事が起こったが、〆は普通風なので良しとする。

魔法少女にも出会えたし、キュゥべぇをおぼろ気にだが思い出せた。

これは上々の成果だろう。


まどか「……」

さやか「……」

ほむら「考えてばかりだけど、何か話してほしいな」

まどか「……うん」

ほむら「はあ」

暗い顔ではない。

ぼんやりと考えるような、はっきりとしない顔だ。


ほむら「二人とも、願い事でも考えているのか」

さやか「まあ……」

まどか「うん……でも、なんだかなあ…」

ほむら「決まらなくて当然だ、人の一生がかかっているんだから」


願い事が叶えば石になる。

キュゥべぇとの契約は、人としての生き方を捨てる事だ。



まどか「あ…もう着いちゃった」

さやか「うわ、本当だ」

ほむら「ここがまどかの家か?よし、じゃあここでお別れだな」

まどか「二人ともありがとね」

さやか「良いって良いって、たまにはね」


さやかは転校してきたばかりの私に、と遠慮がちだったが、魔女のこともある。

私はまどかを見送り、次はさやかを送る事にした。

さやかはおっとりぼんやりなまどかとは違い、活発で積極的な子だ。

よく喋る。


さやか「……は~…願い事か…」


今は口数も減っているが、学校ではよく喋っていた。


さやか「ねえほむら、魔女って…怖い?」

ほむら「よく魔女について聞くね」

さやか「まぁね…まだ見たこともないし……全然、想像がつかないっていうか」

ほむら「武器がなければ怖いと思うよ」

さやか「武器…マミさんの銃のような?」

ほむら「そう、魔法少女になれば、さやかも自分の武器を手にできる」

さやか「私の武器かぁ、なんだろ」

ほむら「さやかの性格から察するに、槍かな?」

さやか「……いちおー聞くけど、なんで槍さ」

ほむら「向こう見ずな感じがする」

さやか「あ~言うと思った!失礼しちゃうなぁ」


やっぱりよく喋る。


マミ「……ねえ、キュゥべぇ…?」

QB「なんだい?マミ」

マミ「その…さっき暁美さんが言っていた事って、本当…?」


マミ「ソウルジェムの中に、魂があるって…」

QB「そうであるともいえるし、そうでないともいえる…でも大体は合ってるよ」

マミ「ちゃんと答えてよ、これが壊れると、私は死んじゃうの?」

QB「それは間違いないね」

マミ「私、そんな話を聞かされていないわ」

QB「聞かれなかったからね」

マミ「キュゥべぇ……」

QB「でも彼女も言っていただろう?マミ」


QB「ソウルジェムが無事だからこそ、怪我を負っても平気でいられるんだ。どんな重傷でも魔法で治すことは可能だ」

QB「マミは今まで、少なからずそういった怪我も負わされたことはあっただろう?」

QB「その時にソウルジェムがなかったら、無事に今まで生きてこれはしなかったんじゃないかな」

マミ「…違うのよ、キュゥべぇ…それも確かにそうだけど、私は」


マミ「どうしてその話を暁美さんにはして、私にはしてくれなかったの…?」


QB「僕は暁美ほむらにその話をしたことはないよ」

マミ「どういうこと?」

QB「そのままの意味さ、というより、僕も彼女とは今日初めて会ったばかりで、何がなんだかわからないんだ」

マミ「彼女、魔法少女でしょ?」

QB「そのようだね」

マミ「ならあなたが契約したんじゃない…」

QB「そんな覚えはないんだけどね」

マミ「そうなの?」

QB「うん、暁美ほむらも僕に対して曖昧な印象しか持っていないしね、理由は定かじゃないが」


QB「…契約した覚えのない魔法少女、これはイレギュラーになりそうだ」

マミ「イレギュラー?」

QB「何をするか解らない対象ということだよ」

マミ「それはわかるけど……そうね、確かに彼女、何を考えているのかさっぱりわからなかった…」

QB「暁美ほむらには気を付けた方がいいよ、マミ」


マミ(確かに、何を考えているのかさっぱりわからない人…)

マミ(…けどキュゥべぇの言う通り、警戒するに越したことはないわね)

マミ(たとえ今日みたいに、一切の毒気がなくても…)


一人の町。

過ぎ行く人。寒い風。吹き抜ける風。


ほむら「……」


知らない町。

私を知る者はなく、私が知る者もいない。


まだ私の世界は狭い。

中学校の生徒以外は誰とも面識がない。


これからこの町で生きていくのだ。

記憶を失おうが、失うまいが、初めての場所で私は過ごす。


私は暁美ほむら。ならば私は、暁美ほむらのために生きる。

暁美ほむらが記憶を取り戻したその時に後悔しないように。

私は最善の暁美ほむらとして、この町を生きてやるのだ。



ほむら(造花の花道、回収しとけば良かったな……)


魔女の反応は見られない。睡眠を取るためにアパートへ帰ろう。

ヾ(*・∀・*)ゞ ソレジャマターネッテ テヲフーッテ♪


久々に夢を見た。


瓦礫と土砂に崩れた町。

何も映さない信号。

斜めに地面にもたげる標識。


荒廃した世界で、傷だらけの私が起き上がる。

普通なら生きてはいない重傷、黒ずんだソウルジェム。

何の執念か、私はそれでも起き上がる。


霞む視界。

ふらふらと歩みより、拳銃を構える。

視界はぼやけ、何も見えないが、それでもバレルの先で探るように、標的を定める。


バレルが硬い石を捉えた時、嗚咽は聞こえた。

私は数秒の間をあけて、引き金を引いた。


ほむら「……」


まぶたを開く。

先日の帰りに買った振り子ギロチン風掛け時計(中古税抜き19800円)は、朝も正常に稼働している。

だが、あのギロチンが落ちてきたらと思うと気が気でなくなってきた。

早く起きよう。そして時計を取り外そう。


ほむら「いただきます」


今日の朝食は中学生らしく、肌の健康を気遣って魚介豚骨を食べる。

通は4分なら3分。3分なら2分で食べるものだ。時間の節約にもなる。


さて、昨日は多くのイベントが起きて、多くの情報に触れることができた。

今日はどのような出来事が待っているだろう。



ほむら「いってきます」


分解して壊れた掛け時計に挨拶をし、アパートを出る。


今朝見た夢について考える。

あの夢は一体何だったのだろう。


教師「ではこの年号に起きた戦を…じゃあ暁美、答えなさい」

ほむら「ん」


瓦礫の中。私は銃を握り、魔法少女のソウルジェムを撃ち抜いた。それは間違いない。

あの瓦礫の山が意味するものは一体なんだったのか。


教師「えーではこの式、途中までで良いので暁美さん、前にきてどうぞ」

ほむら「……ああ」


散らばる瓦礫。荒廃の街。

街を巻き込む死闘の末に、私は魔法少女を殺した。


教師「ここの一番の四字熟語を…暁美」

ほむら「暗中模索、七転八起、天涯孤独」

教師「おお、正解です、素晴らしい」



以前の私が実際にやっていた事なのだろうか。

それともただの抽象的な夢でしかないのか。


どちらにせよ、私の深層心理には危険な何かが潜んでいそうだ。

『暁美さん、聞こえる?』

ほむら「ん?」


声が聞こえた。

巴マミの声だ。


『……私のテレパシー、通じてない?』

ほむら『ああ、テレパシー、そんなものもあったな』

『テレパシーを忘れるって…まぁいいわ』


すっかり失念していた。記憶喪失とは別だ。


『良ければお昼休みに、屋上で一緒にご飯を食べない?』

ほむら『昼食か、わかった』

『え、良いの?』

ほむら『まだ屋上で食べたことがないから、食べてみたかった』

『…ふふ、待ってるわ』


際限なく広がる蒼天。

この心地よい風に紙幣を靡かせたら、空に食われて二度と取り戻すことはできないだろう。


マミ「こんにちは、暁美さん」

ほむら「やあ、マミ」


小さく手を振ると彼女も応えた。

彼女からは刺々しい印象を受けないので、私のことはもう後輩として見てくれているのだろうか。

マミは自作であろう弁当箱を広げ、私はポケットからスニッカーズを取り出した。


マミ「……」

ほむら「開放的な場所で食べるのも悪くないな」


噛みごたえ十分。良いカロリーだ。

より明るい場所で食べるご飯は格別である。


マミ「…えっと、あなたって、魔法少女なのよね」

ほむら「ああ、そうだ」

マミ「キュゥべぇと契約したの?」

ほむら「そうだと思うんだが、思い出せないな」

マミ「曖昧ね」

ほむら「曖昧さ、ミルクチョコだって曖昧なのだから」



先ほどから私が話す度にマミの食指が止まる。

気を遣わせてしまっているのだろうか。



ほむら「マミはキュゥべぇと契約を?」

マミ「…ええ、何年か前にね」

ほむら「何年も付き合ってるってことか……マミはあの猫と仲良しなんだな」

マミ「お友達だもの」

ほむら「友達は大事だな」

仕事も食事も、あるんだよ

ほむら「なあ、マミは魔法少女についてどう思っている?」

マミ「どうって?」

ほむら「魔女を倒し、グリーフシードを手に入れ、ソウルジェムを保存する…一連の流れ」

マミ「私達の責務よ」

ほむら「それを前提としてだよ、腹が減ったら食うのは当然じゃないか」


マミ「…町の人々を魔女から守る、それは素晴らしい事じゃない」

マミ「魔法少女は希望を振り撒く存在でしょ?」

マミ「あなたは違うのかしら」

ほむら「わからない」

マミ「……」

ほむら「でも、グリーフシードは欲しい」


魔女にはなりたくないから。

マミ「…暁美さん、喩え話で悪いのだけど」

ほむら「ん?」

マミ「目の前に、もうすぐ魔女になりそうな使い魔がいたとしたら…あなたはどうする?」

ほむら「悩むな」

マミ「……」

ほむら「その時のソウルジェムの状態や、グリーフシードの持ち合わせにもよるな」

マミ「……そう」


ほむら「あまりにソウルジェムの状態が緊迫していたら、見逃すかもしれないが」

ほむら「魔女は可能であれば狩りたい対象だ」


マミ「……使い魔が一般人を食べるのよ?」

ほむら「ソウルジェムが濁りきるよりはマシだと受け入れる覚悟も必要さ」


魔法少女が魔女になったのでは、あまりにも割に合わない。

暁美ほむらのためにも、不用意に死にたくはない。



マミ「…私はやっぱり、あなたのことわからないや」


マミは弁当をまとめてベンチから立ち上がった。

ほむら「もう良いのか?おかすがまだ残っていただろう」

マミ「良いのよ、ごめんね、私から誘ったのに」

ほむら「待ってくれよ」


肩を掴む。


マミ「離して」

ほむら「……マミ?」


目が私を拒絶していた。


マミ「私とあなたは魔法少女だけど、考え方が違っているから」

ほむら「何が違うんだ」

マミ「目の前で誰かが困っていたら、私はその人のこと、絶対に助けたいのよ」

ほむら「……」

マミ「私達の違いは……」



世界が歪む。

視界がパステルカラーで塗り潰される。

マミ「魔女!?どうしてこんな所に…!」

ほむら「学校の屋上にあるとは…」



魔女の結界が構築されてゆく。

ヘドロ色の地面から無数の電柱が立ち上り、私達を世界の上へ押し上げる。

見覚えのある景色だ。



マミ「くっ、とにかく学校の人に被害が及ぶ前に片付けないと…!」

ほむら「同意だな」


マミが変身すると同時に、私も変身した。

ハットとステッキは忘れない。


マミ「魔女反応は……下からだわ!」


聳え立つ電柱から下界を見下ろす。

ちょっとした高層ビルほどはあろうか。

落下すれば常人であれば無事では済まされないだろうが、魔法少女にはあまり関係のない事だ。

素早く魔女のもとに辿り着くならば、自由落下が吉だろう。


しかしこの景色、どこかで……。



ほむら「マミ、私と君は相容れないのかもしれない」

マミ「!」

ほむら「しかし今は目の前の敵を倒すために、協力してくれないか」

マミ「…ええ、分かっているわ!」


ステッキに魔力を込める。

いざという時のための、ちょっとした武器だ。


ほむら「よし、一気に降りるぞ!」


最下を目指し、電柱から飛ぶ。

ほむら「!」


下から大量の何かが近付いてくる。


マミ「お出ましかしら…!」

ほむら「待つんだマミ、あれに害はない」

マミ「え?」


下からせりあがる大量の影。

輪郭がはっきりと見えてきた。

あれは……。


マミ「…風船!」

ほむら「人ならば簡単に浮かす事のできる風船だ、乗れるぞ」

マミ「乗れるって…」


二人ともそれぞれの風船に着地する。

巨大な風船はボヨンと震えたが、すぐに浮力が勝ち、上昇を再開した。


ほむら「普通の風船と同じで、刺激すれば割れる」

マミ「じゃあ…」

ほむら「だが下にいる魔女は、これでもかというほど風船を吐いてくる、いちいち割る暇はない」

マミ「なるほど、避けて下に降りていくわけね!」

ほむら「そういう事だ」

群鳥のような風船を避ける。電柱を蹴って下を目指す。

風船の真上にある目玉模様は使い魔の目のようだ。

浮かび上がる途中で、落下位置を修正した私達を補足してくる。

早く下へ降りたい私達にとって、非常に厄介な機能ある。



カチッ


しかし問題はない。

私だけはすぐ降りられるから。


巴マミはまごつくだろうが、それはそれで仕方がない。

良く見たらこの魔女、前にも戦った事があるし。



カチッ


ほむら「自分で蒔いたシード、ってわけだ」

魔女「ぷぅうううう!!」


魔女と対峙する。

巨大なバルーンアートだ。


風船の魔女。

刺せば割れる。割れると空気を放出してしぼむ。完全にしぼむと消滅する。

しかしそう簡単に魔女がやられるわけもなく、こいつはしぼむ前に傷穴を塞ぎ、傷を塞いだあとは再び膨張して元に戻る。


連続して奴にダメージを与え、一気に倒す。それが攻略法だ。

風船の魔女は直接ダメージを与える攻撃をしてこないが、風船を吹きだして押し退けたり、浮かばせたり、強烈な風を吹いて飛ばそうとする。

吹き飛ばされて電柱に激突すれば、それは軽微ながらも痛手となる。


体力が消耗して動けなくなった時、魔女の生み出す風船の使い魔の上に乗せられ、どこへたどり着くかもわからない遥か上へと飛ばされて、おそらく死ぬだろう。


耐久力のある魔女だが、相手が悪かったな。



ほむら「さあ、二度目のショータイムと参りましょう」


ハットを取り、深くお辞儀をする。深く頭を下げるため、魔女の姿は視界から外れる。

そんなばかばかしいほどの隙を、魔女が見逃すはずもない。


魔女「ぷぅうううううっ!」

カチッ


そこで私がなにもしないはずもない。

ほむら「1.三列縦隊カットラス」

魔女「!?」


見滝原アーミーズショップの倉庫から拝借した湾曲刀のカットラス(税抜き8980円)を贅沢にも12本使用する。

三列に並んだカットラスが、大きな刃を勢いよく回しながら襲いかかる。

もちろん突然にだ。


魔女「ぷっ…ぅうううう!」ブシュー


カチッ

何か攻めのアクションを起こそうとしていた魔女は空気を吐き出してタコのように後退するが、そんな甘っちょろい真似を私は許さない。

カチッ


ほむら「2.空襲中世騎士」

魔女「ぷぅ!?」


勢いよく退散する魔女の進行方向よりちょっと上に、中世の鎧騎士が出現した。

その手にトゥーハンドソードを握り、逃げる魔女に刃を突き立てんと、強そうに握りしめている。

ちなみにこの躍動感あるポーズに調整するために40秒はかかった。



――ザクッ


魔女「ぷぅー!」ブシュウウ


勢いを殺しきれずに騎士の剣に刺さってしまったようだ。

大きな剣によって開けられた傷から、すごい勢いで空気が漏れ出している。

カチッ


空気の漏れたあいつはしばらく身動きがとれない。

もごもごともがいている間に仕留めるのが定石だ。

さっさと決めてしまおう。


カチッ


ほむら「3.ハズレだけ危機一髪」

魔女「…!!」


ひるんだ風船の魔女の周囲を無数のナイフが取り囲んでいる。

当然、それら全てに既に勢いが付けられている。

何十本もあるナイフは全て魔女へ向かって飛んでゆく。


見てみると格好いい技だが、この状況を作り出すために想像を絶する労力が必要であることは、私だけが忘れなければいいし、他の人は知らなくて良い。



――ザクザクザク


全部刺さった。

魔女「ふしゅぅううう…!」


風船の魔女には無数の穴が空き、反撃はおろか修復すらままならない様子だ。

そもそもこの魔女は、魔法少女が落下中の時にのみ強いのだ。

私のように時間を停止させて一気に降下する魔法少女とは相性が悪いのだろう。


前回同様、遊びながらでも余裕を持って倒せる。投げナイフなんてする必要はないし、手持ち一本だけでも倒す自信はある。



ほむら「マミが苦戦しているようだから、悪いがすぐにトドメを刺させてもらうぞ」


手持ちの一本のナイフを構え、魔女に近づく。



「あら、誰が苦戦しているって?」

ほむら「!」


――パン、パン、パン

――パンパンパンパン


ほぼ連続で風船が破裂する音が、こちらへ近づいてくる。


上からだ。



マミ「ティロ・メテオリーテ!!」




尖ったコンクリの先端を下方に向けた電柱。

そのおっかない危険物を黄色いリボンで抱えたマミが、魔女へ急降下爆撃を敢行した。


コンクリの柱が地面に激突する衝撃とその音は、たとえようもなく凄まじい。

飛び散る破片がとても痛い。


巴マミのダイナミックな一撃によって、魔女は瞬時に消滅した。

それまでの私のマジックショーは何だったのだろうか。マミの一撃で全て終わっていたじゃないか。


というよりもなるほど、電柱を折ってそれを使って攻撃か。その手があったか。

次にこの魔女と戦うことがあれば参考にしよう。



結界が解ける。風景が元に戻ってゆく。


マミ「……ふう」

ほむら「お疲れ、マミ」

マミ「ええ、暁美さんもね」


グリーフシードがこつん、と地面に落ちる。

運が良かった。孵化したグリーフシードを再びグリーフシードに戻せるとは。

消費したカロリーを除けばプラスマイナスゼロといったところだ。



元通り蒼天の下の屋上。屋上入り口のそばに立てかけた私の学生鞄の中を探る。



マミ「何をしているの?」

ほむら「マミに聞いておきたいことがあるんだ、これ以上手間をかけさせれないから」

マミ「なにそれ…って、きゃあ!?」


両手いっぱいのグリーフシードを見せてやると、マミは悲鳴をあげた。


ほむら「使い終わったグリーフシードを普段どう廃棄しているのか教えてほし…」

マミ「ばかー!」


頭をはたかれた。


ほむら(何も叩くことないじゃないか…)

さやか「どうしたのほむら、今日はずっと考え事ばかりしてるみたいだけど」


昼休みは明け、五限目も終わり、休み時間。

机でじっと考え込む私に、さやかが話しかけてきた。


ほむら「マミと話していたんだけど、彼女はどうも私とは仲良くできないらしい」

さやか「え、そうなの」

ほむら「私の事はいいんだ、さやかはどうだ、魔法少女について何か考えたか」

さやか「…ああ、うん…そりゃあね」

まどか「私なんて昨日考え過ぎて眠れなかったよ…」


後ろからまどか登場。いつの間に。


さやか「やっぱり、命をかけるかっていうところで、どうしても…ね」

まどか「うん…」


悩むのは良い事だ。むしろ、悩んだままでいた方が良い。

今の私には受け入れるしかない現実だが、願いと戦いの運命を一生の間天秤にかけつづけ、それを揺るがしてはいけないというのは、とても難しいと思う。


私は自分の心臓を、どのような羽根で秤にかけたのだろう。

帰り道。

さやかとまどかの後ろを私が歩く。


まどか「……」

さやか「……う~ん…」


二人は仲良しだ。親友だ。

心ここにあらず。願いを何にしようかと考えている。


当然だ。人生を賭けた願い。

一朝一夕で出る答えではない。


さやか「ねえ、ほむら」

ほむら「何かな」

さやか「こんなこと、聞いていいのかわからないけど……ほむらはどんな願いで魔法少女になったの?」

ほむら「さあね」


さあね。

さやか「さあね、って…」

ほむら「ただ私は思う」

さやか「?」


ほむら「いっそ、願いも希望も持たない方が、魔法少女としては長生きできる気がする」


さやか「……」

まどか「願いも希望もないのに、魔法少女…」

ほむら「いつか崩れるかもしれない夢や願いのために魂を捧げるのがどれほど危ないことか、わかるかい」

さやか「う~ん……」

ほむら「“希望の数だけ絶望も深まる”とジャックも言っている」

ほむら「落ちるのが怖ければ、高い所に昇らない方が良い」


さやか「……」

ほむら「袖にほんの少しついた魚介豚骨スープのシミを落とすために魔法少女になる、くらいの覚悟がなければ、私はオススメしない」

さやか「……ほむらは後悔してる?今…」

ほむら「わからない、ただ…」

さやか「私はほむらの事を聞きたいんだよ」

ほむら「私にはわからない、何もない」

さやか「後悔はないの?」

ほむら「あったのかどうかも、今ではわからないんだ」


まどか「……」

ほむら「魔法少女になった理由は知らないが、なったものは仕方がないんだ」


ほむら「まあ私は慣れてるから、戦うのは苦ではないよ」

さやか「…ほむら!馬鹿みたいなお願いだと笑わないで、聞いて欲しい頼みがあるんだけど!」

ほむら「私にたのみ?なにかな」


さやか「…一度だけで良いから、ほむらがやってる魔女退治に付き合わせてほしいの」

ほむら「魔女退治に?」

さやか「うん、ほむらが魔女と戦ってる所を見たいの…私も、叶えたい願いがあるから…」

ほむら「良いよ」

さやか「お願……え!?良いの!?」

まどか「大丈夫なの?ほむらちゃん」

ほむら「ああ、別に私は構わないよ」


ほむら「けど私の魔法は万能じゃないから、いざという時に守ってあげられないかも」

さやか「……」

ほむら「ついてないと死なせちゃうかもしれないが、それでも良いなら」

ソウルジェムを右手に持ち、左手で右袖のシミを擦りながら歩く。

半ば挙動不審、放課後の町を戸惑いがちに私の後を二人がつける。


魔女探しは足の仕事だ。目でも鼻でもない。

あいつらに近付けば石が光るので、そんなアレだ。


何が言いたくて、何が不満なのかというと、魔女探しは退屈なのだ。



ほむら「見つかるときはすぐに見つかるが、居ないときは本当にいない」

まどか「へぇー…」

ほむら「しかしここまで見つからないのも珍しいな、魔女は絶滅したのか」

さやか「絶滅って」

ほむら「そんなことになれば私も死んでしまうから、御免被りたいな」

さやか「……因果だね」

ほむら「町にちょっとタチの悪いライオンがいて、私らはライオンしか食えない、それだけの話とも言える…」


ソウルジェムが薄く発光する。


ほむら「昨日のライオンだ」


斜陽が私の後ろをあるくさやか達の影を地面に映す。

ソウルジェムが明滅を繰り返している。魔女の結界がかなり近い証だ。


ほむら「この周辺だ、もうすぐ始まるから気合いをいれておくといい」

さやか「う、うん」


金属バット。


ほむら「……それはなにかな」

さやか「え、いやぁ…あはは、自分の身は自分で守ろうかなーって」

まどか「さやかちゃん…」


金属バットで魔女と戦うとは…現実的な奴だ。

ステッキで戦う私よりははるかにリアリストと言える。さやかはきっと強い魔法少女になれるだろう。



ほむら「まあ、生兵法は死ぬだけだから、意気込みはいいけどそれは持ちこまない方が良い」

さやか「そ、そっか…」

ほむら「かわりにこれを貸してあげよう」

さやか「ん?」


トゥーハンドソード。


ガリガリガリ・・・


さやか「お、重っ…なにこれ重っ…!」

ほむら「早くこないと魔女が逃げるぞ」

まどか「それはあんまりだよほむらちゃん…」


閑静な廃ビルの森。

なるほど人通りの少ない場所にも魔女は沸く。

廃ビルの中ともなれば、一般人は気付かないだろう。

腰を据えてじっくり人を食らうには丁度いいエリアだ。



ほむら「……」


路地裏を抜けた先、そのすぐ左横に、大きな血だまりを湛えるOLの姿があった。


まどか「なんかへんな匂い…」

ほむら「死体があるから二人とも出ないように」

さやか「えっ!?」


OLの死体。両足両腕ともによくわからない方向に曲がり、一部の骨は飛び出している。

内臓をぶちまけていないだけビジュアルとしてはマシな部類だが、血の様子からしてもかなり新鮮な美女の躯に、私は思わずため息を零す。


さやか「…え、…なにこれ………うぷっ…」

まどか「うっ…!」


見てはダメだと言ったのにこの二人は。

死体「……」


ほむら「魔女のくちづけがある、間違いない、この女性は魔女によってこの場所へ導かれ、殺された」

さやか「……」


他は特に不自然な点はない。

この女性一人だけが狙われ、殺されたのだろう。



まどか「この人…そんな…ひどい」

ほむら「動機の曖昧な自殺、謎の失踪のほとんどは魔女が原因だと昨日のマミも言っていただろう」

さやか「本当は自殺なんてする人じゃなかった……」

ほむら「精神的に弱っている人を操る傾向にはあるから、どうだろうね」


どの道死人に口無しだ。


ほむら「魔女の結界へ行こう、怖気づいたのであれば送っていくよ」

まどか「……」

さやか「…ううん、ついていかせて」


さやか「魔女を野放しになんてしちゃダメだ…正直ショックでかいけど…放っておけないよ」

ほむら「まどかは?」

まどか「私も…行くよ」

ほむら「良いだろう」

ビルの中。

結界は階段を上ると、すぐに見つかった。


さやか「……」

彼女は仇敵を睨むように、結界と対峙していた。


まどか「……」

彼女は不安そうに、いつものようにまどまどしていた。


ほむら「さて、早いとこ魔女を倒してしまおう」

ほむら「帰ってからやりたいことが沢山あって困っているんだ」



結界へとび

結界に飛び込む。

と補足。途中で投稿しちゃった。

毒々しい異空間は広く、迷路状に続いていた。


ほむら「魔女に辿り着くまで時間のかかる場合と、かからない場合がある」

さやか「この場合は…?」

ほむら「結構探すはめになりそうだ」

さやか「うへー…」

ほむら「道中でわざわざ使い魔を倒さなければならないから、魔力の効率は悪いよ」


噂をすれば敵影だ。

向こう突き当たりの角から、蝶の翅を生やしたヒゲのダンディが飛んでくる。


まどか「き、きゃあ!」

ほむら「心配しなくていい」


紫のステッキを両手で振りかぶる。

名も無きヒゲダンディは愚直なるままに突進するが、飛んで火に入る羽虫だ。



ほむら「1.物理人間大砲」


野球でいうフルスイングによって、使い魔は吹き飛ぶ前に一刀両断された。


さやか「すごい……」

ほむら「バットの方が良かったな」


ほむら「2.五列横隊カットラス」


二人にはある程度の覚悟がある。


ほむら「3.ナイフダーツ」


さやかは願いがそれに釣り合うかを量っている。


ほむら「4.鉄パイプ人力トマホーク」


まどかは願いすら決まっていないのだろう。しかし悩みはそれぞれだ。


ほむら「5.投げっぱなしヒットエンドラン」

さやか「あ、私のバット投げんな!」


この魔女退治が二人に何らかのヒントとなるのだろうか。

長い廊下。

私の快進撃を見て、二人は精神に多少の余裕を取り戻した。


さやか「さっきの剣なんてすごいもんなぁ、四方八方から……」

まどか「カッコいいよね」

ほむら「君達は勘違いしてるようだから言っておくけど」

まどか「えっ」


向き直る。


ほむら「全ての魔法少女が、先ほどまでのように戦えるとは思わないことだ」

さやか「…ああ……」


ほむら「魔法少女の強さはその者の因果で決まる、いわば才能だ」

ほむら「それに魔法の特性も関わってくる…私はたまたま使い勝手の良い能力だったから戦えるだけで」

ほむら「全ての魔法少女が上手く戦えるわけではない」


まどか「そ…そっか…そうだよね…」

ほむら「私だって、二人の知らない場所で苦労してる」

さやか「…なんか……ごめん、ちょっと浮かれてた」

ほむら「いいさ、すまない」


ナイフを回収する苦労は二人にはわからないだろうし、これからも知らなくて良い。

ほむら「いた」


廊下の先に広がる大きな空間の中央で、一体の魔女が鎮座している。

緑色のぐちゃぐちゃした頭に無数の薔薇。

大きな蝶の翅。


さやか「うわ……グロ…」

ほむら「ここで待っててくれ、私だけ行くから」

まどか「…気を付けて」

ほむら「ああ」


飛び降りて着地。

魔女と対峙する。


だが奴はこちらに興味がないらしい。たまにあることだ。



ほむら「因縁の戦いだというのに、舐められたものだな……まあ良い」

カチッ


興味がないなら、無理矢理にでも戦わせてやる。

カチッ


魔女「……!」

さやか「おおっ!すごい!」

まどか「わぁ…!」



部屋一面に広がる黒い筒の砲台たち。

マミの銃からヒントを得て、大量に仕入れたものだ。



ほむら「今度こそ、決着をつけてやる」


カチッ


容赦はしない。一斉に点火する。

無数の弾が魔女へ向かい、風を切る。

ひゅるるる、と小気味良い音の群れは一点へ収束し、


ドン。



さやか「…あれ?」

まどか「え?」


弾が火花を散らして命中する。

爆発の輝きは様々で、赤だったり青だったり、様々な色を散らしながら広がる。


魔女「ッ…!!」

さやか「怒ってる…?」

まどか「みたいだね…」


絶え間無く続く火薬の爆発音。

発射台ひとつのつき1発ではない。10発はあがるはずだ。


ほむら「さすがは“華龍”(税抜き2200円)、一番高い打ち上げ式なだけはある」

魔女のゲル状の頭部が泡立つ。

沸騰ではない。その反応が怒りである事はすぐにわかった。


魔女「!!」


奇怪な叫びと共に、座していた椅子が勢い良く吹き飛ぶ。

巨大な椅子は花火の弾を蹴散らし、弛すぎる弧を描いて私を潰しにかかる。


さやかとまどかがすっとんきょうな悲鳴を上げた瞬間。


カチッ

時が止まる。


止まる豪速球。

これをまともに受ければ、魔法少女といえど無事では済まない。


ほむら「けどその豪快さ、私は嫌いじゃないよ」


そっちがその気ならこっちもその気だ。


ほむら「うらぁああぁあああぁッ!!」


時が止まった世界で跳躍する。

立ちはだかる椅子にヒーローキック。

椅子が揺れる。傾かなければ、まだ停止時間でのエネルギーは椅子の投擲エネルギーに勝っていない。


ほむら「まだまだぁ!」


着地。だがすぐに脚に力を込めて飛び立つ。

体を半捻り。


ほむら「はァ!!」


──ドゥン。

魔力を込めた盾で裏拳。紫の波紋が迸る。


着地。裏拳。

着地。裏拳。

着地。裏拳。


椅子はまだ動かない。



ほむら「これで……どうだぁッ!!」


裏拳。

椅子が大きく傾いた。頃合いだ。


カチッ

私の一撃のもとに打ち返される椅子。


魔女「!!??」


相手の動きが一瞬で固まる。

翅を広げて愉快な事でもしようと考えていたのだろう。


ほむら「させるか、潰れろ」



──ドォオン


無防備な魔女の全身は、巨大な質量に押し潰された。

緑色の液体が破裂したように飛び散る。



──ドォン


打ち上げ花火の最後の一発が上がると共に、魔女の結界は崩壊を始めた。

景色が元の廃ビルに姿を変える。


ほむら「綺麗だ」


夕焼けが眩しく輝いている。

太陽は花火よりも美しい。


さやか「…す、すっげえ…」

ほむら「一撃で倒せる魔女なんてそうそういないさ」


落ちたグリーフシードを拾い上げる。

ソウルジェムに穢れが溜まっていたので、ありがたい。


まどか「ほむらちゃん、それ…」

ほむら「これはグリーフシード、魔力を消費して穢れたソウルジェムを回復するためのものだ」

さやか「さっきの魔女が落としたの?」

ほむら「ああ、落とすときがある……これがなければ良くて死ぬ、悪くてさらに酷い事になる」

さやか「えっ」

ほむら「魔法少女は魔女を狩り続けなければならない、それはつまり、グリーフシードを集めなくてはならないということ」


ほむら「そうだろう、マミ」

物陰から現れたのは巴マミだった。

ばつの悪そうな表情は、黙ってつけていたことに多少の罪悪感を抱いている証か。



まどか「マミさん…」

マミ「二人とも、魔法少女になりたいのね」

さやか「……」

ほむら「悩んでいるそうだ」


二人とも複雑な表情で黙っている。


ほむら「だからこうして、二人を連れて魔女退治の見学ツアーと洒落込んでいるわけ」

マミ「…危険よ」

ほむら「私は魔女に負けるつもりはない」

マミ「二人が危ないのよ!」


よく通り怒鳴り声。

マミは私の正面にまで近付いてくる。


マミ「悪いとは思ってたけど、後ろから様子を見させてもらってたの」

ほむら「ああ」

マミ「…道中の使い魔と戦っている時はまだいいとしても…魔女との戦いで二人に結界すら張っていなかったでしょ」

ほむら「守る戦いは苦手だからね」

マミ「なん……!」

ほむら「でもそれは二人だって了承済みの事だ」


マミが疑わしい風にさやかとまどかを見た。

二人は一瞬怯えたようにも見える。


ほむら「死んでも私は助けない、それで構わないという覚悟をうけて、私は引き受けた」

マミ「…確かにその覚悟は必要になるわ…でも、まだ二人は一般人なのよ?」

ほむら「どのみち私の盾は他人を守れない」


左腕の盾を見せつける。


ほむら「私の魔法が守るのは私だけ、他人を守るようにはできていない」


きっとそれは私の願い。

マミ「…魔法少女には一応、縄張りのようなものがあるのだけれど…私はそういうことについては、とやかく言わないわ」

マミ「けれどこれだけはお願い、今日みたいなやり方では二人が危険すぎるから…」

ほむら「さやか達を魔女退治に付き合わせないでくれ、と?」

マミ「ええ」

ほむら「なるほど、言いたい事はわかった」


つまりだ。マミはこう言っているのだ。


ほむら「マミなら、結界を作りだせるんだな?」

さやか「!」

マミ「……ええ、なんだか貴女から二人を取るような形になってしまうのだけれど、二人が望むのであればね」


彼女のばつの悪そうな顔から見て、本心からの言葉なのだろう。

後ろめたい気持ちを感じる。



マミ「私なら安全に二人を守りながら魔女退治ができる」

さやか「…なるほど、あたしたちが大きな剣を持ったり、バットで武装したりしなくても…」

マミ「ええ、危害が及ぶことはないわ」


……。


ほむら「……」

マミ「ねえ、どうかしら、暁美さ」

カチッ

マミ「ん……!」



マミの目の前、目と鼻の先の地面に、トゥーハンドソードが深々と突き刺さっている。

マミ「…!暁美さん…?」


普段温厚であろう彼女も、鋭い目に変わる。警戒への切り替えが早い。


さやか「ちょっとほむら!?あんたがやったの!?」

マミ「どういうことかしら」


彼女もマスケット銃を一挺具現化させ、銃口をこちらに向けないまでも、それを手に取る。


ほむら「結界を出せようが出せまいが、マミ、君が死ねば結界は解ける」

マミ「…!何が言いたいのか、本当にわからないけれどっ」

ほむら「君自体が魔女に負ければ、もはや結界の有無など意味を成さないと言ったんだ」


まどか「あ…」

ほむら「気付いたかい?マミが魔女に負けたら君らは二人とも死ぬ」


ほむら「マミ、確かに私の盾は私しか守れないし、さやかとまどかが死んでも責任は持てないが――」


ほむら「私と戦って勝てないような実力では、大前提として二人を任せられないな?」


右手にカットラスを握る。左手の盾と相まって、私の姿は昔の戦士にほど近い。


まどか「や、やめてよ!そんなのおかしいよ…!」

マミ「戦おうっていうの?私は穏便に済ませようと…」

ほむら「模擬戦だよ、グリーフシードはあるし問題ないさ、殺し合いをしようってわけでもない」

まどか「でも……」


マミ「……やりましょう」

さやか「マミさん!?」

マミ「大丈夫、大怪我はさせないつもりだから」

ほむら「お互い正しい納得の上でだ、問題はないさ」

まどか「……」

マミ「暁美さんの言っていることも理に適っているわ、私が強い事を証明しなきゃね」

ほむら「そういうこと」

まどか「……うん、わかった…仕方ないんだよね」

さやか「…絶対に、ヒートアップしないでくださいよ、マミさんも、ほむらも」


二人とも優しいな。出会って一日足らずじゃないか。



QB「きゅっぷぃ」


さやかとまどかの間に、いつぞやの白ネコが現れた。


ほむら「やあ、屋上では世話になった」

QB「悠長にそんな挨拶を交わしている場合かい?今から決闘をするんだろう?」

ほむら「決闘というほどでも…いや、そのほうがいいか」


ほむら「夕日といえば決闘だものな」

マミ「……!」


良いセットだ。口元が緩む。

相手がガンマンというのもお誂え向きだ。

ギャラリーもいれば一層やる気も増す。


ほむら「キュゥべぇ、ここに使用済みのグリーフシードがある」

QB「そうだね、君の手にはグリーフシードがある」

ほむら「これを君に向かって投げるから、回収してくれ」

マミ「!」


身構えた。察しの良さはなかなかだ。


ほむら「君がこれを回収すると同時に、私達の決闘は開始される、いいね?」

QB「だってさ、マミはそれでいいかい?」

マミ「ええ、洒落てて良いと思うわよ」


彼女も緊張混じりではあるが、口元は笑みを作っている。

こういう演出が嫌いなタイプではなさそうだ。

なんだ、意外と趣味が合うんじゃないか?マミ。



ほむら「……さあ、始めよう、日が落ちたら二人の親も心配する」



グリーフシードを放り投げる。


キュゥべぇは落下地点を予測して半歩移動。

背をこちらに向け、開き――。


グリーフシードが落ちる。



QB「きゅっぷぃ」


カチッ

ほむら「驚いた、わたしの武器が銃だったら死んでいたかもな」


時の止まった世界。

マミの放ったマスケット銃のエネルギー弾は、二人の間の半分にまで達していた。早撃ちの才能がある。



マミ『……』


強張ばっているが冷静そのものの落ちついた顔。

躊躇なく引き金を引けるその度胸は評価に値するだろう。彼女はベテランの魔法少女だ。私と同じで。



ほむら「けど、まだまだ…それだけではマミ、君の強さはわからないから」



盾から武器を取り出す。


ほむら「私のショーに付き合ってもらうよ」


マミの固有魔法は自在に動き、縛ることのできるリボン。

厄介な魔法ではあるが、全ての魔女に対して有効なものではない。



ほむら「銃とリボンで、君ならどう切り抜けてみせる?」


楽しみだ。


カチッ


ほむら「1.降り注ぐジェンガ」

マミ「なっ!?」


マミの頭上におびただしい量の赤レンガが出現する。

もちろんどれも本物だ。本来はこう扱う予定のものでもなかったが、まぁ構わない。


ほむら「ふっ」

がいん。マスケット弾をナイフで受け、両方とも弾けて消滅する。停止している間に防御動作を取っておいた。


弾を避ける動作を瞬間移動で行うと、レンガの出現と同時に行った事から、私の能力内容を警戒されてしまう。

マミにとってはまだ私の能力は瞬間移動程度にしか思っていないのではないだろうか。

それは戦闘面における私のアドバンテージであるし、命綱であるし、奇術師の大事な大事なタネだ。

タネがバレては何をやっても格好がつかない。


マミ「くっ」

ほむら(…ふふ)


黄色のリボンが左右に伸び、廃屋の柱などに結び付く。

そこからどんどん蜘蛛の巣のように張り巡らされる。


マミ「最初の一発をいなしたのは流石ね暁美さん…!」


リボンは伸縮もするらしい。自在に伸びるのだから当然か。

マミの身体はレンガの雨から逃れ、廃屋の端へと引き寄せられる。


そして、空中にマスケット銃が十挺。

距離を取り、複数の銃で攻撃するつもりか。

このままではリボンで縦横無尽に逃げられた上に、向こうはずっと打ち続けてくるだろう。

当然、それはよろしくない。



カチッ


カチッ


マミの周囲に浮かんだマスケットを全てステッキで打ちつけ、銃口を外側へ弾く。


マミ「! な!?」


私はマミの正面にいる。

瞬間移動と素早い防御行動。マミが銃を出すのと私がステッキで殴打するのは。


ほむら「果たしてどちらが早いかな!」


ステッキでマミの腹部に向かって突きを繰り出す。


──ガツン


ほむら「!」

マミ「あら、出すだけならノータイムよ?」


ステッキの先端がマスケットの銃口に刺さっていた。

躊躇いなく落とされたハンマー。

砕け散る紫のステッキ。


ほむら「っつぅ!」


衝撃は手にも及んだ。マスケット銃といえど、威力はバカにならない。

一瞬怯んだそれが命取り。


マミ「決まりね?」

ほむら「……!」


見回せば、全てマスケットが再びに私を捉えて浮かんでいた。

マミ「その盾で防がせもしないわよ」

ほむら「…む」


いつの間にか、私の左手にもリボンが巻かれている。

あの小さな隙からよくここまで手を回せたものだ。



QB「マミの勝ちだね」

さやか「……すげー…」

まどか「すごかったね…二人とも…」


外野が感心している。

魔法少女と魔法少女が衝突することもある。

それを教えられただけでも、この決闘は有意義だったに違いない。


ほむら「やるな、マミ」

マミ「あなたもね、暁美さん。あなたの能力はまだよくわかっていないけど…」


わからなくていい。私が隠すべき神秘だから。



ほむら「さて、ではさやか……まどか」

さやか「うん」

ほむら「次からはマミの指導の下で魔女退治は見学するように」

まどか「……ほむらちゃんは…」

ほむら「私は私でやるべき事があるからね」


私では二人を守れないし。


ほむら「マミ、二人を任せるよ」

マミ「…ええ、もちろんよ」

魔女退治は命がけだ。


私ですら油断すれば即死。

生身の人間が一発でももらえば、ただでは済まない。

マミの言う通り、最低限結界だけは作れなければ、一般人の安全は守れない。


私の魔法では結界を張る事ができないのだから、実力に差がなければ、断然マミの方が良いに決まっている。


ほむら(気難しい奴だが、二人を変に扱うことはないと信じよう)



外。夕陽が眩しい。


ほむら「……」

死体「……」


私は一人になった。

マミ「……」

QB「どうしたんだいマミ、ソウルジェムをただぼーっと眺めてるなんて、懐かしい事をしているじゃないか」

マミ「うん…」

QB「何か気がかりな事でもあるのかい?」

マミ「晩御飯も、なかなか喉を通らなくって…」

QB「そういえばそうだね、マミにしては珍」

むぎゅ


QB「っぷぃ」

マミ「こら、そういうこと言わないの」

QB「やれやれ、君達は難しいね」


マミ「……ねえ、キュゥべぇ」

QB「なんだい?」

マミ「私ね、本当は暁美さんが結界を張れるかどうかなんて…あまり、問題ではないと思ってたの」

QB「?」

マミ「ただ私がね、鹿目さんや美樹さんのような魔法少女の素質がある子を…後輩として、面倒を見たかっただけなの」


マミ「私、ずるいことをしたよね」

QB「別に良いんじゃない?」

マミ「…そうなのかな」

QB「君は実力の差を量る決闘で暁美ほむらに勝利したし、二人を守る結界だって張れる」


QB「適任者はマミ、君の言う通り、君だと僕も思っているよ」

マミ「……ありがと、キュゥべぇ」


マミ「うん…もう寝るね、おやすみなさい」

QB「おやすみ、マミ」



マミ(…でも…暁美さん……ごめんなさい)


ほむら「目覚めたこー、ころはっ、走りっ、出したっ」


たんたんたたたん。


ほむら「みーらいをっ、描くためっ」


たんたたたん。


ほむら「難しい、道で、立ち止まってもー、空はっ」


たたんたんたんたたたたん。


ほむら「綺麗なあーおさで、いつも待っ、てっ、てっ、くれるっ」


たたたんたんたたたんたたたん。


ほむら「だから怖くなーいっ」


たたんたんたんたん。


ほむら「もう何があってもー、挫ーけぇーないっ」


たんっ。


RANK AAA


「おおー、すげぇ…」

「歌いながらかよ…」

ほむら「あれ、どこで間違えたかな…」


このゲームは記憶に響かない。しかも外れか。

しかしモヤモヤするのでSを取るまでやっていこう。

ヾ(*・∀・*)ゞ ソレジャマターネッテテヲフーッテ♪


ぐ(*・∀・*)シ ムリニワラッテ♪サミシクナッテ♪



──私は貴女を助けたい訳じゃない


暗い世界。

座り込む彼女に言葉を投げる。


彼女は動かない。


私は無防備な彼女に手を伸ばして…。

彼女を…。


ほむら「……朝か」


目を覚ます。

結局昨日はDDRをやっていたら補導されてしまった。

もうあの店に行く事はないだろう。見滝原は厳しい町だ。

Sを出せなかったのが心残りで仕方がない。



ほむら「いただきます」


今日の朝食はシーフード。

青魚に含まれるDHAは頭の回転を良くする。

また袋を破く手間がないだけ、素早く作ることができる。

準備は二分、食事は三分だ。



ほむら「ごちそうさま」


手を合わせる。

今日もまた学校に行かなくてはならない。



「にゃあ」

ほむら「大人しくしてなね、ワトソン」


いってきます。

まどか「はあ……昨日はほむらちゃん、私達のために魔女退治してたのにな…」

さやか「でもマミさんの言ってることは正しいし…」

まどか「……でも私、なんだか申し訳ないっていうか…」

さやか「うん、わかるよ」


まどか「今日ほむらちゃんに、なんて声を掛けたら良いんだろ」

さやか「……ね」


まどか(私達、マミさんとほむらちゃんが喧嘩するくらいなら…魔法少女の素質なんて無かった方が良かったのかな)

ほむら「……」


まどか(机で何か考え事をしてる……)

さやか「ほむら、話しかけて来ないよね」

まどか「うん……」


まどか(…謝るってちょっとヘンだけど、自分から謝らなきゃ…これから仲良くしたいし)

ガタッ


まどか(あっ、席立っちゃった…)

さやか(トイレかな?)



ほむら「……中沢」

中沢「……へっ?」

まどか(えっ?)

さやか(えっ?)

中沢「な、何かな暁美さん」

ほむら「まぁこれを見てくれ」

中沢「……トランプ?」

ほむら「好きなカードを一枚だけ選んで」

中沢「は、はぁ…じゃあこれかな」

ほむら「あっ、こっちには見せちゃだめ」

中沢「うん、はい」

ほむら「覚えた?」

中沢「覚えたよ」

ほむら「じゃあ今からシャッフルするから、好きな所でストップって言って」シャカシャカ

中沢「オッケー、ていうか暁美さんこれ何?」

ほむら「マジック」シャカシャカ

中沢「いやそれはわかるけど……ストップ」

ほむら「よし…」ガサガサ


ほむら「…中沢、君が選んだのはハートの3、これだろう?」

中沢「……ごめん…違う」

ほむら「えっ」



まどか「……」

さやか「…まあ…本人が気にしてないならわざわざ謝る事もないんじゃない?」

まどか「そ、そうかな…」

ていうかゲルトルートの次の日って日曜日じゃん。

日曜明けたってことにしといてください。

ほむら「さやか、さやか」

さやか「ん?なに、ほむら」

ほむら「引いてくれ」

さやか「…う~ん、よし!じゃあこれかな」

ほむら「よし、じゃあカードをシャッフルして~…」シャカシャカ



仁美「暁美さん、今日は積極的ですわね」

まどか「みんなにマジック見せてるね」

仁美「マジック……ああ、私の所にも来てくださらないかしら…」

まどか「うぇひひ…仁美ちゃん、すごい楽しみにしてるね…」

仁美「それはもう!私、マジックを実際に見たことがほとんどなくて…」

ほむら「仁美ー」

仁美「はっ、はいっ!」

まどか「良かったね」

ほむら「……」


昨晩毛布に包まれながら練習していたトランプのカットテクニックを中途半端に披露はしてみたが、肝心のマジックの方は反応がいまいちだった。

やはり地味すぎたか。

いや、それまで私のやっていたイリュージョン風マジックが全て過激すぎたのだ。

こうやって地道に、真のマジシャンの腕を磨くためには、少しずつ精進していくしかない。



ほむら「それにしても、おかしいな」


ソイジョイ(バナナ味)をむさぼりながら考える。


路上でマジックをしていた時などは脳裏に掠める感覚があったのだが、トランプマジックをしている間は特に感じることがない。

時間を止める能力に関わっているのか?いや、そういうわけではない。

やはり、大道芸的なマジックに何かが関わっているのだ。

何か、ピエロのような…。



マミ「……あら、屋上に来てたのね」

ほむら「ん」


弁当を持ったマミが現れた。

マミはいつも美味しそうな弁当を片手にしているのだろうか。

今日は四角いバスケットの中にサンドウィッチを入れている。

野菜も多めで、なかなか健康に配慮した食事であると言える。私ほどではないが。



ほむら「んぐんぐ」

マミ「……」


マミが隣に座る。

私はもうすぐ食べ終わるので、長くは居られないのだが。


マミ「えっと……暁美さん、一昨日の…怪我はなかったかしら」

ほむら「怪我?ああ、特にないよ、ありがとう」

マミ「え?」

ほむら「私はかなり乱暴な形で決着を付けようとしたのに、マミは寸止めをしてくれた」

マミ「……そんな」

ほむら「マミは優しいんだな」

マミ「…そんなことないわ」


マミ「ねえ、暁美さん…今日、鹿目さん達を魔女探しに連れていくつもりなのだけど…よかったら、暁美さんも」

ほむら「私は無理だ」

マミ「…そう、なの」

ほむら「生憎と調べなくてはならないことや、やらなくてはならない事がある」


ほむら「魔女退治ももちろん並行して行うのだが、それ以上にやるべきこともあるんでね」

マミ「…わかったわ…うん、仕方ないわよね」


マミ(私のバカ…自分から取っておいて、何を言ってるのよ…)

紙の束をマミに突き出す。


マミ「え?」

ほむら「引いてごらん」

マミ「え……その、これは?」

ほむら「トランプに決まってる、あ、一枚だけだから」

マミ「…一枚、引けばいいの?」

ほむら「ああ」


マミは中央のカードを引いた。


ほむら「……マミの引いたカードを当ててみようか」

マミ「…ふふ、なにこれ、マジックかしら」

ほむら「そう、マジックだよ」


シャッフルする。カードをよく混ぜる。マミのカードもそこに混ぜる。シャッフルする。


ほむら「さあ、切ってみて」

マミ「ええ、よーく切るわよ?」

ほむら「どうぞ、気の済むまで」


よく混ぜる。不慣れな手つきで、それでもマミは楽しそうに束を切ってくれた。


マミ「……はい」

ほむら「ああ」


私は切った後の束からカードを1枚、さも無造作であるかのように取りあげ、言う。


ほむら「マミの選んだカードは……ダイヤの11だね?」

マミ「ふふっ……違うわよ?」

ほむら「あれ?」


どうも成功率が上がらない。

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にあう

帰宅の準備。

鞄に教科書などを詰めて、持つ。

程良い重さだが、盾の中にしまっておきたい気持ちが沸き上がって来る。しかしこのようなことで魔力は無駄にはできない。

まったく、魔法のない生活は億劫だ。記憶を失う前の私も、常々考えながら生活していたに違いない。



ほむら(さやかとまどかはマミと一緒に…だったな、よし、なら今日は魔女狩りはやめておくか)


せっかくの教材を取ってしまうのも悪い話だ。

私は私で、今日は好きな事をしよう。


というよりも、また記憶探しのようなものなのだが。


その他、魔女と戦うための武器なども並行して仕入れなくてはならない。

盾だけでも戦えないことはないが、盾での裏拳は魔力を消耗するのでよろしくはない。

何より守りの要である盾と、私の命であるソウルジェムの位置があまりに近すぎるのだ。

時間停止をしていなくては、怖くて裏拳は使いにくい。


ほむら(……さて、とりあえずはまず、あそこに行こう)


話はそこからだ。



「暁美さーん、今日この後空いてるー?」

ほむら「ん?すまないね、ちょっとやらなきゃいけないことがあるんだ」

「そっか、ごめんね」

ほむら「また今度だ」


いつになるかはわからない。


ほむら「挫ぃ~けぇ~ないっ」


たんっ。


RANK S


ほむら「よし」


まずはやり残した事を済ませた。

何故私が放課後にここ、ゲームセンターにいるのかというと。

ズバリ、いつもと同じで記憶を取り戻す手がかりを探っているのだ。


眼鏡で虚弱だった私、暁美ほむらは当然、内気な性格だったに違いない。

少なくとも明るい気質ではなかったはずだ。

そんな奴がやることといえばひとつ。

ゲームだ。



ほむら「DDRはクリア、次は…」


趣味の一端から取り戻す記憶があるかもしれない。

色々と試してみよう。

──パンチングマシーン

ほむら「ッシッ!」


ドゴン。裏拳を叩き込む。


《242kg!ハイスコア!》

ほむら「よし、星が割れて余りあるな」

「おお~…」

「なにこれ、何やったの?」



──フリースロー

がしゃっ。網が揺れる。


ほむら「またハイスコアか……ま、カットラスよりは楽だな」

「すげえ」

「やべえ」

ほむら「………」


ほむら(何故私は肉体的なゲームばかりをチョイスしてしまったのだろう)

歩く度にポケットの中で鳴る硬貨たちがゼロになったことに気付いた私はゲームセンターを出た。

外はまだ明るく、人通りも多い。


ほむら「この時間なら大丈夫かな」


きっとゲームには私の記憶に関する手がかりがある。

そのためには多くの百円硬貨が必要だ。


魔法の力をもってすれば数万や数十万ごとき稼ぐことも容易だが、武器以外は極力自力で調達したいものだ。

路上で奇術を見せ、小銭をいただく。

暁美ほむらのために、可能な限りは無用な罪を背負いたくはない。


…しかし暁美ほむら。君は…。

マミ「それでね、個人の魔法少女としての素質にもよるけど、魔女反応は魔女毎に違うから…」

さやか「はぁ~、色々あるんですね」

マミ「慣れてくればすぐに魔女と使い魔の反応も見分けられるようになるし、結構大切なのよ」

まどか「マミさんすごいや…」

マミ「うふふ、そんなことないわ…鹿目さんが魔法少女になれば、私以上に強くなれるわよ」

さやか「えっ、まどかが?」

まどか「キュゥべぇにも言われました…けど、私ってそんなに因果っていうのが強いのかなぁ…」

マミ「………因果?」

さやか「ああ、何かほむらも言ってたね、因果の量で魔法少女の才能が決まるって」

マミ「何の話?因果って…」

さやか「ん~、ほむらが言ってただけなんでよくわからなかったんですけど…」

まどか「マミさんは知らなかったんですか?」

マミ「ええ、初耳……」

さやか「魔法少女によって、知ってることと知らない事ってあるんだなぁ~」

マミ(…暁美さんは、私も知らないような知識を持っている…)

マミ(グリーフシードやキュゥべぇの事に関してはあやふやだけど、彼女はソウルジェムが魔法少女の魂だと知っていた)

マミ(…魔法少女は魔女と戦い続ける…その覚悟はあったから、特になんとも思わなかったけど…)


マミ(ソウルジェム……私の魂………)



「おお~!消えた!」

「すごーい!」

マミ「?」


まどか「あっちの通り、賑やかだね」

さやか「よく路上ライブとか大道芸やってる道だね」

マミ「……少し、見に行ってみよっか?」

さやか「賛成!」


ほむら「このナイフを一度ハットに入れると…はい、何もない」

ほむら「もっと入れてみましょう、小石も、花も、ハンカチも、…おっと、ステッキも入ってしまった」

ほむら「せっかくなので、先ほどのカットラスも、はい、収納」


ほむら「…ふむ、随分とハットが重くなってしまいましたが…どうしましょうか」

ほむら「せっかく入れた道具ですが、このままではハットが不便なので出してしまいましょう」


ほむら「ハットを逆さに……揺らして……なかなか出ないな」


ドサドサ

ほむら「おっと、スカートの中から全て落ちてしまった…これは失礼」



まどか「……かっこいい…」

さやか「へ~…ほむら、魔法少女でこういうことしてたんだ…」

マミ「………」

さやか「魔法って、こんな事にも使えるんだ…」

魔法少女は希望を振り撒き、魔女は呪いを振り撒く。

その希望と呪いの大きさは等しく、また抗うことのかなわない定理だ。


私もいつかは魔女になる。だが私は、どんな魔女に変わるのだろうか。

このまま私の記憶がもどらないのであれば、魔女になった時に初めて、暁美ほむらの呪い、その逆に位置する祈りが見えてくるのかもしれない。


まあ、魔女になるくらいならば、私は自害してやる。

最初からタネがわかっているマジックを同業者に見せるほど、私は落ちぶれていない。



ほむら「御静観、ありがとうございました」


見滝原の低い空に、無数の紙飛行機が舞う。

見上げる人々の目に映る太陽が煌めいている。



黄桃の空き缶に入った、小銭と少しの紙幣。特にこの千円紙幣には感謝しなくてはならない。


合計で4461円も集まった。私の年齢が低いこともあるだろうし、単純に見せた芸がそれ相応であったということなのだろう。

百円のゲームであれば44回も遊ぶことができる。これで今日の夜はゲームセンターで遊びつくせるはずだ。

…しかし昨日のように店の者に補導されてしまってはどうしようもない。今日は場所を変えなくてはならないだろう。


それと並行して魔女探し…はマミ達に任せるとして、私は武器の調達。

マジックの練習。小道具の調達…。

やることは多い。


魔女狩りをさぼるわけにもいかないので、明日か明後日にはマミ達には悪いが私も魔女の捜索をしなければならないだろう。

グリーフシードのストックはいくらかなくては安心できない。



ほむら(…小腹が空いたな)


ラーメンでも食べに行こう。


虚弱体質で頭脳明晰な暁美ほむら。

数多の魔女を倒し、勝ち抜いてきた魔法少女、暁美ほむら。

武器は盾。自分自身しか守れない小さな盾。


暁美ほむらは何のために生きてきたのか。

なんとなく、私は見当がついていた。


暁美ほむらは自身のためだけに戦ってきた。


彼女がいつから魔法少女として生きてきたのかはわからないが、きっと他人に施すような人間ではなかったはずだ。


暁美ほむらは最低でも、魔法少女を二人、殺したのだ。

ガチャガチャ。

レバーを操作。体が手慣れてはいる。

全く経験がないわけではないようだ。センスはある。

ゲーム自体は得意だ。


ほむら「しかしなんだ、この敵は…さっきから左右に行ったり来たり…」


ゲームも終盤、この調子でいけるかと思っていたら思わぬ強敵にぶつかった。

まさか即死攻撃をしてくるとは。

先ほどから何度も負けている。


ほむら「ここまで来て諦められるものか……」


コインを入れる。

勝つまでは諦めない。

繰り返す。何度でも。

「懐かしいもんやってるねぇ」

ほむら「……」

「さっきからずっとそこで頑張ってるけどさあ、いつからやってんのさ」


後ろの外野がしつこく話しかけてくる。

私と同じくらいの子供の声だ。


ほむら「夕時からかな」


私はジャンプとしゃがみで忙しかったが、答える。

回避は順調だ。


ほむら「ここは人の巡回も少ないし、夜でも長居ができそうだ」

「ずっとやるつもりかい?そいつの後もラスボスいるし、めんどいよ」

ほむら「硬貨ならある、クリアまでは張り込むさ」

「ふーん」

ほむら「!」


敵が隙を見せた。

今ならいける。勝てる!


ほむら「ブラボォー!」ダカダカ

(…見滝原の制服……変な奴)


結局、ゲームクリアまでこぎつけても店員に補導されることはなかった。

場所は遠いものの、ゲームをやる分にはなかなか良い場所だ。次からはここでやろう。


ほむら(しかし、暗くなってしまったな)


もう夜中近い。

ゲームに熱中している間は記憶というか、体を通じて昔の感覚が呼び醒まされるような気分だった。


やったことのあるゲームかは知らないが、ゲーム自体に腕に覚えがあるのだ。

ここから記憶を取り戻す足掛かりを作っていければ良いのだが。



ほむら(だが、暁美ほむら…私が記憶を取り戻したとして)


果たして、今の私の人格はどこへ行ってしまうのだろう。

昔の暁美ほむらと一体となるのか。

それとも、昔の暁美ほむらの行動原理のままに、今の私の精神は無為となるのか。


ほむら(……)


無にはなりたくない。私は、他ならぬ私自身のために奔走しているというのに。

昔の私に今の私を否定される筋合いはない。

今の私だって私だ。

だが私に、昔の私の全てを否定する勇気もない。



嵐。また嵐が吹いている。


不吉な灰色の空。

渦巻く雷雲。


ゴミ屑のように吹き飛ばされる車。紙のように宙を空回りするコンクリの壁面。

瓦礫の山。



――何度戦っても――……


視界がぼやける。

額の流血に視界が覆われる。


赤と灰色の不吉な世界。



私はここで何をしている。


ほむら「……」


目を開ける。無言で布団から抜け出す。

昨日は一日中趣味の時間だった。今日は多少なれ、魔女を狩らなくてはならないだろうか。


…ソウルジェムに余裕はある。

今日もまだ、マミに二人の見学会をさせておこうか。



ほむら「……ん」


時計を見ると、まだ4時過ぎ。

学校への準備をするには早すぎる時間帯だった。



ほむら「…そうだ、丁度良いしあれを探そうか」



朝にしかできないこともある。

私はワトソンへの缶詰を開けるのに手こずりながらも、無事に朝食を済ませて外へ出た。


自分の朝食は後で食べる。


「あんむ」シャリ

「んむっ」シャリ

「あー……ん?」



ほむら「……」



(昨日のゲーセンの奴じゃん、こんな時間の、こんな場所に何の用だ?)

(……ここはもう…)



ほむら「…よし…そのまま…いける、よし…動くなよ…」


ほむら「っはあ!」

(うお、何かに飛びかかった)


――バサバサバサバサ



(………鳩?)


ほむら「…く、力を使わずに捕まえるのは無謀か…」

(…アホらし、あれで学校行ってんのかなアイツ)

隣町の教会にまで足を運んだというのに、結局鳩は一匹も捕まらなかった。


能力を使えば捕まえるのは容易いが、生き物を相手に使うのは気も引ける。

いつかは私自身の力で、あの鳩を捕まえてやる。


ほむら「ごちそうさま」


チリトマトのほのかな辛さで頭も覚醒した。

今日の一日も頑張ってやっていこう。無意味には過ごさない。



ほむら「ワトソン、今日は私についてくるか」

「にぁ」


否定している。

盾の中は窮屈なのだと。


ほむら「私も一度でいいから盾の中に入ってみたいものだ」


昔のSFのように、目が回るような幾何学模様をしているわけではなかろうが、一度覗いてみるだけならば良いのかもしれない。


ほむら「いってきます」

「にぁ」

ほむら「壁紙は丁重にね」

「にゃぁ」


学校へ向かう。



授業内容は全て簡単なもので、流し聞きしていてもほとんど問題はない。

突然指名されても即座に答えを導き出せる程度には、私の頭は冴えている。

逆にこの学校の習熟度が低いのかもしれない。



ほむら「……」


白いプリントを正方形に切り取り、折り紙の原型を大量生産している。

鳩が見つからないのでこれで紙飛行機を作らなくてはならないのだ。



教師「おーい、暁美…」

ほむら「はい」

さやか(やっぱり指されてるー)

まどか(大丈夫なのかな…)


教師「…ここ、わかるか?」

ほむら「石灰水が濁る」

教師「……よろしい」

さやか(相変わらずすげー…)


紙飛行機は頭を潰せばよく飛ぶのだが、やはりそのままの方が飛んでいる姿は格好いいものだ。


ほむら「ふーん」


昼になる頃には、20機の綺麗な飛行機が完成していた。

これが再び、大勢の観客の前で飛ぶことを思うと胸が高鳴る。


まどか「随分作ったね」

ほむら「おお、まどか…多いに越したことはないからね」

まどか「あ、昨日ほむらちゃんがマジックやってる所、見かけたんだぁ」

ほむら「なに?見られていたか」


私は一切気付かなかった。


まどか「うん、マミさんやさやかちゃんも遠目にだけどね、人、沢山いたね」

ほむら「大勢の人が立ち止まってくれて良かったよ」


ゆくゆくは大きな会場を借りてやってみたいものだ。


私を囲む大勢の観客。

繰り出す奇術に息を飲むホール。


ほむら「…ふふ」


ああ、鳩が欲しい。


屋上に上がるとマミが居た。


マミ「暁美さん」

ほむら「やあマミ、いつもいるね」

マミ「いつも、というわけではないわ、最近よ」


いつものようにベンチに腰掛ける。

空は青い。


こんな日はウィダーinゼリーで昼食を取るに限る。


マミ「……」


隣で弁当を広げている最中のマミが複雑そうな目でこちらを見ている。

何か言いたげだが、彼女が言いたいことはわかっている。


私は懐からもう一本のウィダーinゼリーを取りだした。


ほむら「問題ない、さすがに1つで済まそうとは考えてはいないさ」

マミ「……うん」


10秒で食べられる食品ではなかったが、マミがひとつのおかずを食べ終わる頃には完食した。


ほむら「二人の具合はどうかな、負担なくやれているかい、マミ」

マミ「うーん、そうね…美樹さんは魔法少女になる意欲を強めている感じだけれど…私自身の負担はないわね」

ほむら「さやか、そうか…」


彼女にも躊躇はあるが、目的を目の前にしての踏ん切りに近いものだろう。

あと一歩が踏み出せずにキュゥべぇと契約できない、そういった具合だ。


だが何かきっかけを見つけてしまえば、彼女はすぐ魔法少女になってしまうのかもしれない。

あまり好まれた事ではない。


マミ「美樹さんもそうかもしれないけど、鹿目さんは願い事という時点でかなり悩んでいるわね」

ほむら「それが正しい形だな」

マミ「ええ、願い事はちゃんと考えてほしいものだし」

ほむら「悪魔に魂を売り渡すようなものだからな」

QB「悪魔とは心外だなぁ」


白い猫が沸いた。

キュゥべぇ。彼がどこから出現するのかは謎だ。


ほむら「…なあ、キュゥべぇ」

QB「なんだい?」

ほむら「…いや、なんでもない」

QB「?」


客に見えないタネを仕込んでも仕方がないな。

マミ達にはバレているし。

今日も学校が終わった。

マミの話によれば、魔女退治は夕方過ぎ、ほぼ夜になってから始めるらしい。

さすがに放課後からすぐに、というのは負担の多い話だ。当然だろう。



「暁美さん、今日の帰りは…」

ほむら「ああ、良いよ、約束だからね……付き合おう」

「キャッ!ありがとう!」


「いいなぁ、暁美さんと一緒に下校」

「ねえねえ、私も良いですか?」

ほむら「構わないけど…私にもやることはあるから、帰るだけだぞ?」

「それって、路上でのマジックですよね!」

ほむら「え」


何故それを知っている。


「昨日見てたんですよぉ!かっこよすぎてもう、ほん惚れちゃいました!」

ほむら「なんと」

「ねー、暁美さんって、実はすごいマジシャンだったんだねー、うちもお父さんが見てたよ」

「ナイフとか使ったりねー」

ほむら「……」


目立ちすぎたか。いや、嫌いな事ではないんだが。

「ねえねえ暁美さんって、いつからマジックやってるの?」

ほむら「あー、結構…いや最近」


知らない。


「前の学校って普通のって言ってたけど、すごい頭良い所だったり?」

ほむら「んー、まあ」


知らない。


「お父さんとかお母さんって――……」


知らない。


やめてくれないか。


頭にかかる靄が鬱陶しい。


クラスメイト達を送っている間に、随分と時間が経ってしまった。


ほむら「…」


深くは知らない道を歩く。

見知った場所に着くころには、空に赤みが差しているだろう。

暗い場所ではあまりマジックは見せたくない。

この後私はどうしたものか。



ほむら「……せっかくだ、このまま隣町まで行ってしまおう」


向こうでマジックを披露して私の存在を周知させるのも一興だ。

隣町ならば、まだ明るいうちに奇術をお披露目できるだろう。


同じネタも使えるし一石二鳥だ。


ほむら「よし!」


気落ちしていたが一転、明るいやる気を湛えて歩きだす。

いざ、名も知らぬ町へ。


隣町でも人の反応はそう変わらない。

私がハットに花を咲かせるたびに静かなどよめきが起こるし、スカーフをステッキに変えれば目が見開かれる。


ほむら「はい、盾の中からステッキ~」

「「「おおー」」」


何の捻りもない芸を前にしても皆喜んでくれる。

私の存在が周知されれば、魔法少女の姿で町中を歩いていても大丈夫なのかもしれない。


ほむら「はい、盾の中からカットラス~」

「「「おおー」」」


私は盾マジックに味をしめ、次回からも使い回す事にした。


マジックを終えた後はゲームセンターの時間だ。

ゲームは面白い。だが記憶を取り戻さなければ、という焦りが先行しがちで、楽しみきれていない気持ちがある。


こちらも余裕があるわけではない。

いつまでもクラスメイトからの質問に適当な答えを返すわけにはいかないのだ。


今の私と昔の私に相違はあるが、全てがそのままでいいはずもない。



ほむら「……」


レバーを使った微調整。

ほんの少しの操作ミスが死に直結する。


魔法少女の動体視力をもってすれば、たとえ実弾であろうが避けられない弾などない。


ほむら「くっ!」


そんなことはなかった。



「あーあ、また死んだじゃん」

ほむら「ラスボスとはいえ……弾が大きすぎる、避けようがない」


前にも会った事のある外野だ。

この子もいつもゲームセンターにいるらしい。


「あの弾をオーバーに避けてるみたいだけど、周りの白っぽい所に辺り判定はないよ」

ほむら「何?本当か、ありがたい、良い事を聞いた」


再挑戦だ。勝つまでやる。


「あんた最近ずっとここ入り浸ってるよね」


顔は見ていないが、後ろの外野は飴を舐めながら喋っている。曇った声だ。


「夜遅くまで色々なゲームやってるみたいだけど、家出でもしてんの?」

ほむら「時間がないだけさ、夜は暇でね」

「その制服、見滝原中だろ?自分の所にも大きなゲーセンがあるじゃないか」

ほむら「取り締まりが厳しくてね」

「ははっ、そういうことね」


なるほど、確かに弾の白い部分は当たっていない。

これなら避けるのも楽だ。

ヾ(*・∀・*)ゞ 失踪シナイヨー


ほむら「キミこそいつもいるだろう、ちゃんと学校に行ってるのか?」

「行ってないよ、行くわけないじゃん」


外野はさも当然であるかのように答える。


「私の家、随分前から両親いないからね」

ほむら「孤児か」


ボムは使わない。ショットだけで勝つ。


「……そーゆーこと、止める奴もいなきゃ促す奴もいない、楽な立場さ」

ほむら「孤独なだけだ」

「……あん?」


紅い弾を避け続ける。


ほむら「楽なのはいつだって最初だけ、寂寥は後からいくらでもやって来る」


強くなる度に、全てを守れない無力さに失望する。

強くあろうと願う度に、私と“あなた”の距離は離れて…。


ほむら「…だから……私は……」


被弾。

自機の魔女が死んだ。

手が動かない。


「おい……?」

ほむら「……何故私はそんな事を」


体が震える。

記憶が戻ってきたわけではない。


ただ突然に、どうしようもなく寂しくなった。

寂しくて寂しくて、どうしようもない。


「…ラスボスで死んでまで、私に何説教しようってのさ?」

ほむら「…人は一人じゃ生きていけないってことかな?」


後ろの外野に向き返る。

八重歯の可愛いつり目のその子は、呆れ顔だった。


「一人で生きるのが寂しいのはまぁ、わかるけどさ」


彼女が操る魔女は機敏で、すいすいと魚のように弾を避けてゆく。


「大切なもん失って、もっと寂しくなってちゃあ世話ないっしょ」

ほむら「心にも良くない?」

「そ、何も持たない奴が、一番長生きするもんだよ」


ボムが相手の弾を一掃する。

光線が画面を飲み込む。


ほむら「物足りなさを感じることはないのか」

「さあね」


再びボムが炸裂する。

ボムは無くなった。


「あんたは、何も持ってない人?」

ほむら「いいや」


私には友達がいる。


「矛盾するようだけど、あるうちには大切にしなよ」

「持たない方が良い、って思うのは、それからさ」


敵を撃破した。

暗い帰路。

アルコール屋の眩しい明かりを目印に、家を目指す。

スーツの有象無象の流れの中で、ゲームセンターで出会った少女の言葉を反芻する。



大切なものを失うくらいなら、持たない方が良い。

なるほど一理ある。魔法少女としてはその失望こそが最大の危険といえる。

願った希望に裏切られた時、絶望は生まれる。


それは魔法少女の願いだけに限らず、様々な場所に存在している。

家族、友人、なんだって絶望にはなり得る。

美味いチリトマトのスープだって、時として制服の左袖に牙を剥く事もあるのだ。人生は何が起こるかわからない。


ならばいっそ孤独に、孤高に、という考え方もわからなくはない。



詢子「うぇいぃ~…そッたれがよぉンのヤロ…」

ほむら「……」


若い女性が看板を抱いてうずくまっている。


私は一人ではない。さやかやまどか、マミも友達だ。

依存しているわけでもないが、彼女らは私の守るべき存在。

私の手の届く内にある限り、私はその全てを守ってみせる。



ほむら「家はどこに?指差すだけでも」

詢子「ん~…良いシャンプー使ってんなぁ~…」


OLを守れなかった贖罪を兼ねて、私は女性を担いで歩きだした。

ほむら(やれやれ、手間取ったな…)


酒癖の悪い女性だった。

私に上司の愚痴を垂らされても困る。

彼女の誘導のままに家に送り届けたが、果たしてあの家で合っていたか。



マミ「……あら」

ほむら「ん」


人気のない公園に彼女はいた。

魔法少女の姿のままなので、魔女と戦っている最中だったか。


マミ「こんばんは、暁美さん」

ほむら「やあ、遅くまで大変だな」

マミ「ええ……暁美さんは魔女退治ではないの?」

ほむら「ただの夜遊びさ、おかげでソウルジェムも調子が万全じゃない」

マミ「そう…じゃあこれ、使っていいわよ」


グリーフシードが投げられる。

黒っぽい色が夜に溶けて焦ったが、平静を装って受け取る。


ほむら「悪いね、濁りは放っておくわけにはいかないからな…いつか借りを返さなくては」

マミ「…良いのよ、同じ魔法少女なんだから」

ほむら「そういうものか」

マミ「私は、そうありたいと思っているわ」

夜のベンチ。変身を解いたマミに、缶コーヒーの片割れ(税込120円)を差し出す。


ほむら「マミとはよく隣り合う仲だな」

マミ「ふふ、そうね」


缶コーヒーを両手で包みこみ、マミは微笑んだ。

やはり一つ上だ。笑顔もどこか大人の雰囲気がある。


マミ「……」

ほむら「やれやれ、まだまだ夜は冷えるな」


缶コーヒーの芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。だがしばらくは手の中でカイロになってもらおう。


マミ「ねえ暁美さん、魔法少女の願いって、どんな願い事にすればいいのかしら」

ほむら「ん?どうしたんだいきなり」

マミ「ちょっとね……」

ほむら「ふむ」


缶コーヒーを頬に当てて考えてみる。答えはすぐに出た。


ほむら「何でも良いんじゃないか」

マミ「そんなことはないとおもうけど……」

ほむら「自身が魔法少女であることに納得がいく願い事、というのがそもそも不安定なんだ」

マミ「うーん」

ほむら「魔法少女である自分を前提として、ついでに願い事を据えるのが一番だと思う」

マミ「……そうね…そうよね、後悔が無いという意味では、それが一番よね…」

コーヒーを一口飲む。苦い。

魔法少女としてのあるべき姿。


まずは願い事を、可能な限り納得できる形で使う事だ。

できれば他人のためではなく自身のために使うことが望ましい。


だがそれはほんの序の口、そんなことは大前提と言えることで、それ以上に願い事に固執しない生き方をすることが良いだろう。


何でも叶う願い事とはいえ、それを替えのきかない大黒柱として一生をソウルジェムに捧げることができるか、といえば、実に怪しいのだ。

途中でものの考え方が変われば、たちまちに後悔となってソウルジェムを濁らせるだろう。最善ではない。


極めて魔法少女としての長寿を望むのであれば、大切なものを持たず、その日暮らしで享楽的に過ごすことが一番だ。

魔法の力を振るい、さながら魔王のように冷徹に、世間に君臨し生きる。

壊れて困るものを身の周りに置かず、孤高に、孤独に、しかし楽しく過ごす。


ゲームセンターの彼女が言うその生き方こそが、極端ではあるが最も健全な魔法少女としての姿と言えるだろう。

わたしはそれほどまでになりたいとは、さすがに思わないが…。



マミ「ねえ、暁美さんは……どんな願い事で魔法少女になったの?」

ほむら「……」


ああ、また聞かれたか。

ほむら「…私の願いは、さあ、なんだろうな」


変身する。

時を止め、ハットとステッキを傍らに。


マミ「…その盾は、暁美さん自身を守るためのもの……そう言っていたわね、他の人を守るようにはできていないって」

ほむら「ステッキはまやかし、ハットもおかざりさ」

マミ「暁美さん、弱くはないはずだけれど」

ほむら「弱いさ、私には元々、魔法の素質が大してなかったのだろう」


時が止められるのは私の能力だから良いとして、結界を張れないというのは魔法少女らしからぬ事だ。


ほむら「願いも、大したことではないのだろうさ」


思い出せないが。

願い事以上に、私が過去にしてみせた数々の思わせぶりな景色に興味がある。


ほむら「マミの願い事は何だったんだ?」

マミ「私は…事故で死にそうになった所をキュゥべぇに助けてもらったの」

ほむら「ああ…」

マミ「命は大事だものね」

ほむら「ああ、命は大事だ」


コーヒーが冷めてきた。


マミ「ねえ、暁美さん」

ほむら「ん?」


缶コーヒーを飲み干そうとした時、マミはたずねた。


マミ「因果で魔法少女の素質が決まるって本当?」

ほむら「ああ、そうだが」

マミ「因果って何?」

ほむら「決まってるだろう、それは……」


因果って何だ?


ほむら「さあ、なんだろう」

マミ「…え?」

ほむら「運命、ということなのではないかな、私は魔法少女のシステムの根幹まで知り尽くしているわけじゃないから」

マミ「そう…暁美さんも、深くは知らないのね…」

ほむら「何故因果なんて気にするんだ」

マミ「…えっと、暁美さんが気付いているかはわからないんだけどね」


手の中で缶を転がしながら、マミは語った。


ほむら「まどかに、魔法少女としての素質が…か」


あのおっとりぼんやりな子が魔法少女というだけでも想像もつかないのに、とてつもない素質ときたか。


マミ「ええ、キュゥべぇも言っていたし、私も感じるわ」

ほむら「まどかに強い因果が関わっていると?」

マミ「因果っていうのが関係しているとするならだけどね…」


あの平凡な子にどんな因果が詰まっているのか、まったくわからない。

確かに演歌を聞いていたり、挙動不審な所はあるかもしれないが、一般人と言ってなんら差し支えもないはずだ。



ほむら「……む、むむ、まずい、な」

マミ「え?」

ほむら「それはマズイ、非常にマズイな」

マミ「どういうこと?暁美さん」

ほむら「まどかが一体全体、どの程度強い魔法少女になるのか知らないが…それに合わせて、まどかが魔女になった時のリスクが高くなる」

マミ「え?」

ほむら「あの子は流されやすそうだから…願い事、それに対する絶望や失望には脆い印象を受ける」

マミ「……」

ほむら「ひとたびソウルジェムが濁れば、まどかは最悪の魔女に変わり果ててしまう…それは、なんともまずい話だ」

マミ「あの、あの……暁美さん」

ほむら「ん?」

マミ「魔女って…?その、あのね。鹿目さんが魔女に…?」

ほむら「今すぐ魔女になるわけでは――」

マミ「ごめんなさい、そうじゃなくて、えっと…」

ほむら「どういうことだ?」

マミ「ごめんね、こっちが聞きたいのよ…」

ほむら「だから何を?」

マミ「待ってよ、どういうことなのよ」


声が震えている。マミは静かに立ち上がった。


マミ「意味がわからないわよ…どうして鹿目さんが魔女になるのよ…」

ほむら「……ああ、そういうこと」


なんとなく察した。彼女は知らなかったらしい。

魔法少女が魔女になることを。


ほむら「私達、魔法少女が持っているソウルジェム…これが濁りきった時、私達は魔女に生まれ変わる」

マミ「……」

ほむら「知りたかったことはこれだろう」

マミ「……知りたくなかった…」


涙交じりに掠れ出た声。


マミ「そんなこと……知りたくなかった…」

ほむら「……」

マミ「私のやってきたことって……何だったの?」

ほむら「……?」

マミ「私が倒してきた魔女は……魔法少女だったのよね……」

ほむら「ものによっては使い魔だ」

マミ「私がこの手で…?」

ほむら「おい、マミ大丈夫か」


彼女の後ろ姿が危うく見える。

両手を見比べ、わなわなと震えている。



ほむら「落ちつくんだ、魔女は魔女であって、魔法少女ではない」

マミ「……」

ほむら「魔法少女が魔女になった時、それはもはや、戦う事をやめた“死”の時だ」

マミ「……」

ほむら「魔法少女のソウルジェムが限界まで濁り、魔女になる…確かにそれは世界にとって痛手となるだろうが、その新たなる魔女を抑制することも魔法少女としての務めだ」

マミ「……」

ほむら「マミ…」


彼女から黄色い閃光が瞬く。

私は咄嗟に盾を構えた。

金属が強く弾かれる音と共に、私は数歩ほど後ろに後退した。

自分の意思で下がったのではない。

マミの弾丸のエネルギーで押しやられたのだ。


ほむら「冷静になれ、マミ」

マミ「うっ…うううっ…!」



左手の盾からエネルギーの余波が煙として棚引いている。

煙の向こうには、マスケットの銃口をこちらに向けるマミの姿があった。


両目から涙を溢れさせ、嗚咽を堪えて、しかし私を見ている。


ほむら「マミ、」

マミ「魔法少女は魔女なのね…!あなたも、私も…いつかは、魔女になるしか…!」


何を言ってもどうしようもない目をしている。

私がしばらく留まっていた病院の隣の部屋の患者がこんな目だった。



ほむら「言うよりも頭を冷やさせる方が早いか、マミ」

マミ「うわあぁあぁああああッ!」


引き金が引かれる。

させるものか。

時を止める方こそまさにノータイムだ。


カチッ

カチッ


マミ「っ…!」

ほむら「1.ミスディレクション」


マスケット銃が公園の闇を撃つ。

私はマミのすぐ隣に移動していた。


ほむら「“こいつの力は一体?”君はそう考えているだろう」

マミ「わぁああああッ!」


伸びるリボン。わざわざ捕まってあげる義理もない。

カチッ

マミは錯乱状態にある。なんとかして、手荒な真似をしてでも目を醒まさせる必要がある。

カチッ


マミ「捕まえッ…!?」

ほむら「2.ジャック・ザ・ルドビレ」

マミ「くっ…!?鎧!?」


私の居た場所には中世の鎧騎士。

私は電灯の真上に移動している。


マミとは一度戦った。攻撃パターンがわかっている以上、対策は簡単だ。


ほむら「“瞬間移動?物質移動?両方?”冷静に物事を考えられるようになったか?」

マミ「降りてきなさい!私のソウルジェムが濁りきる前にあなたを殺さないと……ッ!」

ほむら「だめか」


雁字搦めに縛られた中世の騎士がこちらに飛んでくる。やれやれ。


カチッ


空中で面白おかしいポーズを取っている鎧騎士をワンクッションに、地上へ降り立つ。

元のベンチに腰をかけ、ステッキを持ち、ハットを被る。


カチッ



ほむら「落ちつけマミ、魔法少女が今すぐ魔女になるわけではないだろう」

マミ「嘘よ!みんな最後には魔女になる!なら今すぐ…今すぐみんな!」

ほむら「冷静になれば君の言っていることがめちゃくちゃだと…おっと」


カチッ


危ない危ない。マミめ、銃の狙いだけは正確に私の左手のソウルジェムに合わせている。

狂っているようで、戦闘面では狂っていないな。

長年のしみついた戦闘経験からか。厄介な人だ。


ほむら「言って聞かせてわからないんじゃ、次は痛めつけてみるしかないか」


子供はそうして強くなる。


私はゆっくりベンチから立ち上がると、右に数歩歩いて、


カチッ


ベンチに突き刺さる弾丸。


ほむら「3.殺人ドール」


マミの腕に突き刺さるナイフ。



マミ「っ…ぁああっ…!?」

ほむら「静まれマミ、近所に迷惑だ」

マミ「うぐっ、ううっ、あ、暁美さん…ううう…!」


マミはその場にうずくまった。

手を抑え、うめき声を漏らしている。



ほむら「血を流して落ちついたか?」

マミ「…うう……」

ほむら「よく考えてもみるんだ、私達魔法少女がいなくなれば……」


マミ「――魔女はいなくなる」



ほむら「……くそったれ、やりやがったな」



私の後方。

風穴の空いたベンチの、その風穴から、一条の黄色いリボンが、私の左足首を捕えていた。

ほむら「……」


ぐっ、ぐっ。

足を引いてみる。うんともすんとも、言うことは言うが、リボンは私を離してはくれない。



マミ「暁美さんって本当にすごいわ、瞬間移動かしら?物でも自分でも自在に、いろんな場所に動かしてしまうんだもの」

ほむら「拘束を解くんだ、マミ」

マミ「でも前はこうして縛っちゃえば動けなくなったわよね?ふふ、なら今回もそうしてみようって、そう思ったの」


左手マスケット銃が構えられる。

撃って来るつもりなら……。



マミ「前と同じって言ったでしょ?盾は使わせないわ」

ほむら「!」


マミの右手から伸びるリボン。抵抗する間もなく、私の左腕は縛られた。


マミ「ついでにその怪しいステッキもね」


――がいんっ


二代目の紫ステッキが銃によって吹き飛ばされた。

私のステッキに何か恨みでもあるのか。



マミ「…マジックショーごっこはおしまいよ」


ほむら「グリーフシードを安定的に集めることができれば、魔法少女が魔女になることはない」

マミ「いつかは絶対になるわ、そういつまでも続けられることじゃない」

ほむら「なる時が来たらなら自分でソウルジェムを砕けばいい、そのマスケット銃を使ってもいい」

マミ「全ての魔法少女がそうするわけないじゃない」

ほむら「私はそうする」

マミ「信じないわ」

ほむら「絶対にそうする」

マミ「暁美さんのこと、私は、ぜんぜんわからない、何も信用できないわ」

ほむら「私を信じろ」

マミ「良いの、もう良いのよ、貴女を殺して、私も死ぬわ、それで魔女の大元を二匹も仕留められるなら……」


マミの周囲に、いくつもの銃はが浮かぶ。

いつぞやのまずい場面の再現か。


ほむら「マミ、魔法少女は希望を振りまく存在なんだろう?」

マミ「希望なんてない!みんな死ぬしかないじゃないっ!」

ほむら「希望はある!私を信じろ!マミ!」

マミ「黙ってよ!!そんなの信じないッ!!」

ほむら「4.ザ・ワールド!!」

マミ「ぁああああぁああああぁッ!!」



一斉射撃。無数の光弾。



ほむら「時よ止まれ!!」


カチッ

マミ「嘘……」


時間の止まった世界。


ほむら「魔法少女が条理を覆し、希望を振りまく存在なのだとしたら」

ほむら「条理を見て絶望するなんて、バカバカしい事だと思わないか」


私の目の前で止まる黄色いエネルギーの弾丸。

約20発。


マミ「なにこれ…え!?どういう…!?なんで弾が止まって……!?」

ほむら「決まってる、魔法少女が起こす奇跡、魔法少女という存在」


ほむら「それこそ私の魔法だ」



盾を開き、反った幅広の刃を突き出す。

盾自体から伸びた鋭利な刃物によって、マミと私を繋ぐリボンは断たれた。


マミ『……』


そして、私から離れたマミの時も止まる。


ほむら「まさか、引っかかって取り出せなくなったこいつが役にたつとは」


アパートの天井に下げていた振り子ギロチン時計のギロチン部分である。

頑張って入れたはいいものの、出す事ができなくなり、中途半端に顔を出すナイフのようになってしまった。


まぁ結果オーライだ。

奇跡は起きた。

カチッ


マミ「……!」


正面から吹き抜けてゆく紙飛行機。

上に乗せたパンジーの花弁が、ひらりひらりと宙を舞う。


正面に私の姿などあるわけがない。私は足を拘束するリボンを断ち斬り、マミの背後にいる。



ほむら「マミ、魔法少女に絶望することはない」

マミ「……」


マミはこちらに振り向かない。


ほむら「グリーフシードを集めるのは辛いし面倒だが、マミ、君のやっていることは間違いなく人助けだ」

マミ「……」

ほむら「魔法少女が魔女になるからどうした、人を襲う魔女を野放しにしていいのか?正義の味方が」

マミ「私は……」

ほむら「限界まで魔女と戦って、限界を感じたらソウルジェムを砕く、私はそうする」

マミ「私はっ……!」


むにゅ。

振り返ると思ったので、私はあらかじめマミの頬に人差し指を置いていた。

やわらかな頬に指が食い込む。



マミ「……」

ほむら「君もそうしろ、それだけでいいだろ」


変な顔だ。


マミ「うっ…うううっ…うううう~っ…」


本当に変な顔だ。


私達が死ぬまで、私達は希望を振りまく存在であり続けよう。

少なくともマミにとってはそれが一番の生き方だ。



結局この夜、マミは私の缶コーヒーを飲まなかった。苦いものは苦手だったのだろうか。

次からは花伝にしよう。



そこは夜。

ぼんやりとかすむ視界。それでもわかる、月の大きな夜。


襲い来る眠気。

途切れそうになる集中力を気合いで持たせる。


震える手を噛み、血を流す。痛みが感覚を呼び戻す。


そして再び、針の穴に糸を通し続けるような、繊細でいて単調でいて、失敗できない膨大な作業を繰り返す。


そそり立つ湾曲した壁面。

私は血の滲んだ手で、その壁に配線と設置を施してゆく。

うわごとのように何かを呟きながら、何かを作ってゆく。


たった一人で。何分も。何時間も。


夜が明けるまで。


ほむら「朝じゃん」


朝だ。

夜ではない。起きよう。


ほむら「急がなくては…うぐっ」


首に激痛が走る。寝癖だ。

机の上で手品の小道具の仕込みをしたまま寝ているとこうなる。


ほむら「……」


仕方ないので首を傾げたまま早めの朝食を取る。

取ろうと思ったが、首が傾いたままでは啜るという動作が難しい。

私は朝食を諦め、さっさと家を出ることにした。


今日も朝早くから急ぎである。

首を傾げたままでも、何の疑いもなく目的地へと向かう。


首を傾げながら考える。


昨晩のマミの暴走。あれを引き起こした私の思慮の浅さといったら酷いものだな、と、すぐに反省した。

魔法少女が魔女になる。なるほど、真実を知らない魔法少女がいきなりその事実を突きつけられても、困惑するに決まっている。


もっと気をつけて喋るようにしなくてはならないだろう。

他にも口から滑らせてはいけないものがありそうだ。


しかしマミは今頃大丈夫だろうか。

昨日はあの後、泣きじゃくるマミに成功率40%弱のカードマジックを披露するなど、彼女をあやし続けたのだが、効果があったのかは不明だ。

今頃、自宅でソウルジェムを真っ黒にさせていたらどうしよう。


私は首を傾げているが、これは疑問というより懸念である。



ほむら「おっ」

ハト「くるっぽー」


おんぼろな教会前で、白い鳩を見つけた。

さっそく捕まえよう。

( *・∀・)φ 寝違えダネ

時間停止は使わない。

変身もしない。

ただ強化した身体だけで、鳩を追う。



ほむら「待てー!!」


待つわけもない。

鳩は私を小馬鹿にするように、颯爽と町中を低空飛行してゆく。


隣町近くまで出向いたつもりが、いつの間にか見滝原にまで戻ってしまったようだ。

朝の通勤スーツが似たような浮かない面持ちで歩いている。


彼らは全力で鳩を追う私をちらりと見て、「おかしなやつだ」と顔をしかめてみせたり、「気楽でいいな」とため息をついたりしている。

私にとってはどうでもいいことだ。


私にとって今一番重要なのは、鳩だ。



ほむら「…あっ」


必死に逃げていた鳩が、大きな建物の窓に侵入した。

何階だろうか。ともかくまずい。


ほむら「……だが袋のネズミとも取れるな」


私はその建物の中へ入ることにした。


この時の私は、時間というものをやや忘れていたらしい。


まどか「ほむらちゃん、どうしたんだろうね」

さやか「何の連絡もしないで休むなんて…ほむら、何かあったのかな」

まどか「…大丈夫かな」

さやか「うーん……まだ一限間目が終わったばかりだし、なんとも……」


ガラララ


マミ「……」

さやか「あ、マミさん!おはようございます」

マミ「お、おはよう、美樹さん…暁美さんは?」

さやか「ほむらは今朝からいないんです…欠席とか遅刻とか、何も言ってないみたいで」

まどか「マミさん、何か知りませんか?」

マミ「え…私は、知らないけど…心配ね、どうしたのかしら」


マミ(暁美さん…?まさか、そんな…昨日の事で怒っているのかな…私、やっぱり危ないからって…見捨てられちゃったのかな)

マミ(でもそんなの当然よね……私、昨日暁美さんのこと…あんなひどいこと…)




ほむら「おはよう、マミ」

マミ「ひいっ!?」

さやか「うお」

さやか「おはようほむら、心配してたんだぞー?」

まどか「何かあったの?ほむらちゃん」

ほむら「ジョギングしてたら遠回りしてしまったようでね」

さやか「すげえ健康的…ってアンタ病弱じゃなかったんかいっ」

ほむら「走れば大抵の病気は治るもんだ」


ほむら「ところでマミ、そこどいてくれないと私が教室に入れないんだが」

マミ「あ、暁美さん……」

ほむら「ん?」


マミ『昨日の…怒ってない?』

ほむら『別に』

マミ『…ごめんなさい私、どうかしてたわ…ううん、ショックが大きすぎた、……いえ、私が脆すぎたんだわ』

ほむら『え?コーヒーの話じゃないの?』

マミ『え?』

マミの精神状態は、平常とはいえないだろうが、


先生「では暁美、この都とはなんて名前だったか答えなさい」

ほむら「平城京」

先生「平安京だ、ちゃんと聞いておくように」

ほむら「はい」


平安とはいえないだろうが、ソウルジェムを急激に濁らせるほどのショックは受けていないようだった。

私と話している時にはやや心を乱しているようだったが、些細なものだろう。


しかしそうさせたのは間違いなく私だ。

魔法少女が魔女になるというシステム。魔法少女は全員がこのシステムを知っているのではなかったのか?

うろ覚えだ。はて。


昼辺りにキュゥべぇに聞いてみよう。

いや、マミが既に聞いているか?


とにかく昼休みの時間だ。昼になったら色々と確認しよう。


先生「暁美、小テストの欄外に落書きするのやめなさい、なんだそれは」

ほむら「すみません、鳩です」


これからはうかつに魔法少女のルールを講釈することはできない。

マミ以外の他の魔法少女とも友好関係を持ち、過去の私を探るつもりでいたが、私はものの流れでいらぬ事まで言ってしまうようだ。


昨晩のスリルアクションを再び起こさないためにも、私はなるべく口を噤むことを意識して魔法少女業をやっていかなければならないだろう。



だが何故、私の持っている魔法少女の知識は、マミと異なっているのだろう?

私はキュゥべぇのことをうっすらとだが覚えているのに、キュゥべぇは私を知らないと言っていた。


記憶を失う前の私は一体…。



屋上の扉を開く。

青空と涼しげな風が迎え入れてくれた。

マミ「暁美さん」

ほむら「やあ」


いつものようにベンチに腰掛ける。

鞄のポケットからカロリーメイトを取り出して封を切ろうとしたが、


マミ「待って、暁美さん」

ほむら「うん?」

マミ「いつもそんな食事ばっかりじゃ身体壊しちゃうよ?」

ほむら「すこぶる元気だ」


朝に野鳥とおいかけっこするくらいには。


マミ「だめよ、いつも見てて心配になってきちゃうわ……ほら、暁美さんの分のお弁当、作ってきたから」

ほむら「なんと」


マミの手元には包みが2つもあった。

二人分も作るのは少しだったろうに。料理わからないけど。


ほむら「良いのかマミ、箸持ってないぞ」

マミ「ふふ、気にしないわ、食べて食べて」


マミが優しい。どうしたのだろう。

カロリーメイトの濃厚な味を期待していた胃腸を裏切ってしまったが、マミの手作り弁当だ。きっとカロリーメイトにも勝らずとも劣らない美味しさに違いない。


ほむら「ごちそうさま、美味しかったよ」


完食。丁寧に作られた、美味しい弁当だった。


マミ「ふふ、明日もまた持ってくるね」

ほむら「やけに上機嫌だな」


不自然なくらい親切にされて困惑している。

何があったというのか。


マミ「……魔法少女が魔女になるといっても、今じゃない」


ぽつりと呟いた。


ほむら「ああ、いつかは今じゃない」

マミ「ふふ…それに、ソウルジェムが真っ黒だなんて…今ではあまりないもの」


そんな状況じゃ、普通に死んでもおかしくないものね。

マミはそういって笑ってみせた。

「やれやれ、暁美ほむら、君は一体どこでその知識を得たんだい?」

マミ「!」


扉から白猫が現れた。

改めてキュゥべぇを見て思う。


こいつは駄目だ。

目が子供にウケない。


マミ「キュゥべぇ…」

ほむら「君こそ酷い奴だな、魔法少女が魔女になることを、マミには教えていなかったんだろう」

マミ「長い付き合いだから、友達だと思っていたのに」

QB「聞かれなかったからね、昨日も弁解はしたじゃないか」

マミ「隠していたんでしょ?」

QB「グリーフシードの濁りが限界まで達した時、死に至る。それは紛れもない事実だよ」

ほむら「なるほど確かに」

マミ「っ……暁美さんまで…」


ほむら「なあキュゥべぇ、君に聞きたい事があるんだが」

QB「ほう、君から聞くのかい?興味深いね」

(*・∀・)φ 間違えたワ

ほむら「因果の量で、魔法少女としての強さは決まるんだな」

QB「概ねその通りだよ」

ほむら「因果とはなんだ?」

QB「それを知ってどうするつもりだい?」

ほむら「どうもしないが、まどかの因果が膨大なものだと聞いてね、心配になったんだ」

QB「鹿目まどかか、彼女はとても興味深いよ、彼女に関わっている因果の量についでは僕にもわからない」

マミ「本当なの?」

QB「疑問が多いのはこちらも同じことだよ、暁美ほむら」

ほむら「ふむ……」


まどかの因果。キュゥべぇも知らないとは、謎は深まるばかりか。


ほむら「…キュゥべぇ、私とマミとでは、魔法少女に関する知識の量に差があるようだが?」

QB「何故それを僕に聞くんだい?普通は逆だと思うな」

ほむら「役に立たない白猫め」

QB「わけがわからないよ」


キュゥべぇは何かを隠している。こいつには確か、何らかの目的があったはずだ。

こいつは魔法少女を増やし、グリーフシードを集め、そして…。そこからは思い出せないのだが。何かあったはずだ。



マミ「…いきましょう、暁美さん」

ほむら「ああ」


マミは、もうキュゥべぇを信用することはないだろう。

(;;・∀・)φ ヒィィ

仁美「はあ、最近はまどかさん達が構ってくれなくて寂しいわ」

ほむら「浮かない顔だな」


放課後。

皆が各々の荷物を持ち、いざ帰ろうという時だ。


仁美「暁美さん…暁美さんも、今日は予定が…」

ほむら「ああ、今日もね…たまには仁美ともゆっくりしたいけど」


仁美は聡い子だ。きっと、話すと面白い相手に違いない。

しかし今日の私は魔女を狩らなくてはならない。

グリーフシードのストックがあるとはいえ、いつまでも魔法少女を休業はできない。


マジックの披露やゲーセン通いも大切な私の時間だが、魔女狩りだって同じだ。

さやか「ねえほむら、今日一緒に遊ばない?」

ほむら「悪いね、今日は忙しいから」

さやか「そっか…」

まどか「じゃあ、行こっか」

さやか「うん、またねほむら」


二人は仲良く並んで下校した。

性格は似ていないのに、よくあそこまでの距離感でいられるものだ。


マミ『暁美さん、昼に話した通り、今日は……』


いきなりテレパシーがくるとビクッってなる。


ほむら「ああ、わかってる」

仁美「はい?」

ほむら『ああ、わかってる』


ソウルジェムを指の間に挟んでコインロールする。

落としたら即死するかもしれないので、スリルはある暇つぶしだ。


マミ「危ないわよ、暁美さん」

ほむら「手持ち無沙汰でね」


放課後に久々の魔女探し。

ソウルジェムには反応してるような、そうでもないような明滅が瞬いている。


学校前、大通り、商店街、公園。

街が無駄に広いせいで、探すのは非常に骨が折れる。

探さなければ骨が折れるどころではないので、骨が折れても探すのだが。


ほむら「暇だな」

マミ「そういうものだもの」


転校前に狩りすぎたか?


ほむら「しかしこんな形でなくとも、仲直りなんて私は気にしないのに」

マミ「二人で協力すれば、魔女退治の負担もかなり減らせるわ」

ほむら「ん~」


やろうと思えば負担無く狩れるんだけど。


マミ「何より、その、私が暁美さんと一緒に魔女退治をやっていたい、っていうか…」

ほむら「まぁ見せる相手がいるのは良い事だね」

マミ「見せ……え?」

ほむら「どうせなら、かっこよく魔女退治をしたいじゃないか」


倒すだけでは味気ない。

戦いに美しさや面白さを求めることも重要だ。



マミ「ふふ、確かに暁美さんの戦い方って格好いいわ」

ほむら「燃え上がれ~って感じだろ」

マミ「あはは、何それ」


なんだっけ。


さやか「はぁ~…なんなんだろ…」

まどか「あれ?さやかちゃん」

さやか「おっす、待たせて悪いねー、行こっか」

まどか「随分早かったけど、上条君に会えなかったの?」

さやか「ん~なんか、都合が悪いみたいでさ」

まどか「ふーん…あ、さっき看護士さんがね、朝に病室に鳩が入ってきて大変だったって話をしてたから、それかもね」

さやか「そんなことあったんだ」

まどか「ドタバタしちゃったらしいよ」

さやか「衛生管理が厳しい所は大変だよねぇ」


まどか「それでね、ママってば中学生の人に連れられて帰ってきたって言ってさー」

さやか「あはは、なにそれー」

まどか「可笑しいよねー」

さやか「いやぁでもそういう一面もあった方が……あれ?」

まどか「ん?どうしたの?」


さやか「…あそこ…壁に何か見えない?黒っぽいの…」

まどか「えっ…あ!」

QB「グリーフシードだ!」

さやか「嘘ぉ!」

まどか「キュゥべえ!あ、あれ放っといていいの!?」

QB「孵化しかかってる…このままだと、病院の一部を巻き込んで魔女になるよ!」

さやか「なッ……それって、超まずいじゃん!」


まどか「なんとかしないと…キュゥべえ、あれ取っちゃえないのかな!」

QB「取るのは無理だ、もう魔女になってから倒すしかないよ」

さやか「そんな…そうだ、マミさんやほむらを呼ばないと…!」


ほむら「3.ジェンガシュート」

マミ「ティロ・ボレー!」


光弾とレンガが魔女を襲う。

倒れた巨大クローゼットは、塵となって消滅してゆく。


マミ「さすがね、暁美さん」

ほむら「マミの技の威力と比べたら悲しくなるよ」

マミ「そんなことない、使い勝手の良い能力だと思うわ、その…えっと…なんなのかしら?」

ほむら「マジックだよ」

マミ「もう、教えてほしいなぁ」


グリーフシードがアスファルトに落ちる。

どういう原理か、グリーフシードはそのままにしておくと縦に起き上がる。

回せば独楽になりそうだ。


ヴーヴーヴー


マミ「…あら」


変身を解いたマミの制服が曇った声で呻く。


ほむら「どうぞ」

マミ「失礼するわね」


私も携帯くらいは持ちたいな。買おうかな。

マミ「……えっ!?わかったわ、わかるから、うん」

ほむら「?」

マミ「すぐに向かうわ!」


携帯を閉じると、マミは踵を返して走り始めた。


ほむら「おいおい、失礼するってそういうことか」

マミ「病院で魔女が出たって!鹿目さんが!」

ほむら「なに?」


魔女が現れたか。連戦になるが丁度いい。

もう一個くらいはグリーフシードが欲しかったところだ。


ほむら「マミ、病院まで競争しないか?」

マミ「競争って…」

ほむら「魔女を倒すまでが競争でもいいけど」

マミ「一応、お遊びではないのよ」

ほむら「早いに越したことはないさ」

マミ「…わかったわ、やりましょっか?ふふ、先輩の本気、見せてあげるわ」

ほむら「その言葉を待っていた」パチン


指パッチン。



カチッ


マミ「何……って、ええ!?もう居ない!?いきなり過ぎない!?」

マミには卑怯な真似をしておいて悪いが、さやか達の二人が危ないというのであれば話は別だ。


今日の昼の屋上では弁当をつつきながら、マミと魔女退治見学については否定的な話し合いをしたものだ。

これからはなるべく、二人を魔女と関わらせない方向で、平穏に付き合っていきたい。

自然に魔法少女のことを忘れるように、ゆっくりとあやふやにしていきたいと。

そう話しあった矢先にこれである。



ほむら(病院の皆を助けたいからと、そんな理由で魔法少女になられては困る)


だから私は今、走っている。

時間停止を駆使して、なるべく早く目的地に着くために。

幸い、病院の場所は把握している。もうすぐ到着だ。




まどか「……さやかちゃん…無事でいて…!」


結界の前で祈っている子が居た。

さやかの姿は見えない。さやかはどうした?



ほむら「お待たせ、まどか」

まどか「ひゃい!?」


背後からハットを被せてあげると、まどかは数センチ飛びあがった。面白い。


まどか「ほ、ほむらちゃん来てくれたんだ!大変なの!」

ほむら「マミから聞いたよ、彼女もじきに来るだろう」

まどか「さやかちゃん、グリーフシードを見張るって結界の中に入ったの…助けてあげて!」

ほむら「グリーフシードを見張る?なかなか奇抜な発想をするな」


まぁ、探知能力があまり高くない私にとってはありがたい手助けかもしれないけれど。

中で使い魔に殺されていなければいいのだが、さやか。


ほむら「…じゃあ、私は中に入って彼女を助け、魔女を倒す」

まどか「うん、うん!」

ほむら「まどかは…そうだな、まだ見学するつもりでいるなら、マミと一緒に入るといい、それが一番安全だから」

まどか「わかったよ、ほむらちゃん!」


良い返事だ。


ほむら「…あ、ハット返してね」

まどか「え?」

ほむら「じゃあ、いってくる」


まどかに被せた帽子を取りあげ、結界の中へ入る。

さやかを見つけよう。


QB「願い事さえ決めてくれれば、今この場で君を魔法少女にしてあげることも出来るんだけど……」

さやか「……もう、どうしようもないってなった時にはするかも…」


さやか「けど、…なかなか決心はつかないよ」

QB「そうかい?戦いやすくていいと思うんだけどなぁ」

さやか「…石ころになる決断なんて、そう簡単にできるわけない」


さやか「それに願い事だって……ほむらやマミさんが言っていた通り、自分のための願い事じゃないとダメな気がして」

さやか「で、自分のためにどんな願い事をしようかなって考えた時に……どうしても答えが出ないんだ」


カチッ


ほむら「そう、出ないものだよ」

さやか「うわっ!?」


さやかの隣に瞬間移動、風味の演出。


ほむら「なんだ、キュゥべえも居たのか」

QB「さやかを一人にはできないからね」

ほむら「ああ、契約するには君が必要だものな」

QB「そういうことだよ、けどもう出番はなさそうかな?」

ほむら「だろうな」

お菓子の山を迂回しながら進む。

結界は障害物が多くともだいたいが一本道なので、魔女までたどり着くのは容易だ。

私程度の探知能力でも、魔女の方向などはわかる。


さやか「…魔女は大丈夫かな」

ほむら「そこまで早くは孵化しなかったはずだよ、安心していい」

さやか「そ、そう」

ほむら「孵化してすぐに人間を食おうって存在でもないしね」

さやか「そうなの?」

ほむら「ものによるけど、気ままなものだよ、魔女も」


私と同じでね。



ほむら「……ところでさやか、君は魔法少女になりたいと、今でも思っているか」

さやか「! …わからない、はっきりしないっていうか」

ほむら「どうしても叶えたい願いがあるんだな」

さやか「……うん」


さやか「私の幼馴染が、怪我で入院してる」

ほむら「入院してればいいじゃないか」

さやか「違うの、入院してるんだけど…その、以前やっていたバイオリンがもう弾けないかもしれないって…」

ほむら「治る見込みがないと?」

さやか「そこまでは言われてないけど……」

ほむら「治せるものなら治したいと」

さやか「うん」


他人の為に願う。それ自体は悪い事じゃない。

ただ魔法少女として生きるには、綺麗事を抱え続けるというのは難しい。


ほむら「もしも仮にその子の怪我を治したとする」

さやか「?」

ほむら「その子がバイオリンを再開して、しかし退院して二日後に弓で手首をスッパリ落として失血死してしまったら、君はどうする?」

さやか「いやいやいや!ぶっ飛びすぎっていうか何それ、あり得ないってレベルじゃないよ」

ほむら「例えさ」

さやか「スケールが意味わからなくて何を例えようとしているのかわからないよ、ほむら…」


ほむら「幼馴染の子が、怪我を治してすぐに死んでしまったり」

ほむら「再びバイオリンを弾けなくなってしまったり」

ほむら「さやかの事を裏切ったり」


ほむら「バイオリンの子にそうされても平気な覚悟、さやかにはあるのかい」

さやか「……私は、…恭介のバイオリンが聞きたいだけで」

ほむら「キョウスケ?なんだ、バイオリンの子って男か」

さやか「なっ、そういう言い方はちょっと汚い!」

ほむら「その男をものにしたいのか?」

さやか「べ、べつにそんな変な気持ちがあるわけじゃ」

ほむら「本当にただ再びバイオリンを聞きたいだけ?」

さやか「…!いや…その…」

ほむら「あ、魔女の部屋だ」

さやか「え!?ちょっ…」


重い入り口を蹴破り、広い空間に出る。


ほむら「どこもかしこも甘ったるい菓子ばかりだ、塩気が足りない」

さやか「……」



広い空間をしばらく進むと、高い位置に大きなシリアルの箱が佇んでいた。


ほむら「あそこか」


ソウルジェムの反応を見るに、箱の中に魔女がいるらしい。

お菓子の中から生まれてくる魔女。つまり、お菓子の魔女か。


さやか「…あれ、どうするの?」

ほむら「出てくるまでは待つ、それまではこちらも迂闊に手を出せないからね」


見上げると、脚のものすごく長いテーブルと椅子が見えた。

椅子はいくつかあるが、人間を想定した来客用のものではなさそうだ。



ほむら「…魔女が孵るまでしばらく、魔法少女について話そうか」

さやか「うん、私も話したい…話して、おきたい」

ほむら「そうだな……ん、さやか、そこにあるドーナツに腰掛けてくれない?」

さやか「え?こ、こう」

ほむら「背筋を伸ばして…あ、目も瞑って」

さやか「な、なになに?こんなところでも何かマジック…?」


カチッ

カチッ


ほむら「1、2、3…はい、目を開けて?」

さやか「一体何…ってうおわあああ!?」


仰天し、思わずバランスを崩しそうになるさやか。

当然だ。私とさやかは今、テーブルを挟んで向かい合って座っているのだから。


何メートルもの、とてつもなく高い椅子に座って。


ほむら「意外と安定してるけど、暴れると落ちるよ」

さやか「むむむ、むりむり!何してくれてんのさ!」

ほむら「良いセットがあったし…」

さやか「せめて前もって言ってよ!」


申し訳ない。

でもびっくりさせたい気持ちもあったから、それは聞けない相談だ。


ほむら「ま、家主が来るまでは好き勝手にくつろいでいよう」


指を鳴らす。

テーブルの上に純白のクロスと、一枚の皿と、二つのティーカップが現れる。


さやか「おおっ…!」

ほむら「コーヒーしかないんだけど」

さやか「あ、ありがと……ていうか飲み物も出せるんだ」

ほむら「あるものだけね」


魔法で生成したものではない。れっきとした実物だ。


とりあえず缶コーヒーを開けて、二人分のカップに注ぐ。

小さな缶を二人で分けると少ないが、小話をするには最適な量なのかもしれない。


ほむら「あ、これおやつ」

さやか「なんでカロリーメイト…」

ほむら「余っちゃったからな」


脚を組み、ハットを膝の上に乗せてさやかを見る。



ほむら「で、さやかはキョウスケの手を治して、本当にバイオリンを聞けるだけでいいのか?」

さやか「う……マミさんにも同じようなこと言われたけど……」

ほむら「ほう」

さやか「……自分でも、よくわからない」


さやか「あいつのバイオリンが聞きたい…それは本当だよ、けど…恭介の事、私、その、好きだし…」


もじもじと蠢いているさやかは新鮮なものがあった。

こちらが素のさやかだろうか。


ほむら「魔法少女でも、人生でもそうかもしれないが」


コーヒーを一口。


ほむら「施しをする者は、相手に感謝の言葉すら求めてはいけないのだと思うね」

さやか「……」

ほむら「善意を向けられたら、善意や好意で返すのが当たり前…それはこの国のモラルでの話で、」

ほむら「実際には“ありがた迷惑”がられたり、“空回り”したりもするだろう」

ほむら「仮に好感触だとしても、それが長く続く保証なんてどこにもないしな」


ほむら「さやかが、あらゆる理不尽を覚悟しても、なお魔法少女になりたいと言うのであれば私は止めはしない、そんな権利はないしね」

QB「全てはさやか自身の意思だよ」

さやか「あらゆる理不尽か…」

ほむら「たとえ自分の信念が根っこから折られても、絶望しない」

ほむら「そんな覚悟を決めたら、その時はまた私に相談してほしい」

さやか「……」

ほむら「一人で、衝動的に契約をしてはいけないよ」


さやかもコーヒーに口を付けない。



まどか「私、頭も悪いし、運動オンチだし……」

まどか「さやかちゃんみたいに元気いっぱいで明るくもないし」

まどか「ほむらちゃんのように格好良くもないし…マジックとか、そんな特技で人を楽しませたりとかもできないし」


まどか「…だから私達、とにかく人の役に立ちたくて…」

まどか「マミさんのように、町の人たちを魔女から守りたい」

まどか「私、魔法少女になったら、それだけで願いが叶っちゃうんです」

マミ「……辛いよ?」

まどか「…」


マミ「思うように遊びには行けないし、素敵な彼氏さんだって作れないだろうし……とにかく大変なのよ?」

まどか「はい」

マミ「怪我もするし……命を落とす事もあるわ」

まどか「…はい」

マミ「…それだけじゃない…もっと、もっと酷い事だって、待ち構えてるかもしれないわ」


マミ(……鹿目さん…ごめんなさい)

マミ(貴女を魔女にするわけにはいかない…契約は、させたくないのよ…)

マミ(たとえ貴女の祈りを、否定することになっても…)

三三(;*・∀・) チコクチコク!

さやか「……そう、だね…うん」

さやか「私、今日まで魔法少女について悩んでいたけど…ただ、自分の魂をかけるための、背中を押すようなきっかけを探していただけなんだと思う」


伏し目の独白は穏やかな調子で続けられる。


さやか「魂を差し出して腕を治したって、私が後から後悔なんかしたら、恭介だって良い迷惑だよね」

さやか「私、内心では少し……恭介からの見返りを期待してたのかも」

ほむら「うん」

さやか「…しばらく!魔法少女については保留かな!」


いつものさやかだ。


さやか「うん、ほむらありがとう、私、中途半端な気持ちで恭介を助けそうになってたよ」

ほむら「ふふ」


さやかはバカっぽいけど、素直な良い子だ。

魔法少女になった彼女はきっと、愚直な槍使いになるだろう。



──ゴゴゴ


ほむら「、っと…」

さやか「!」


お菓子の箱が揺れる。


さやか「ほむら!魔女が!」

ほむら「安心しろ、私がいる」


ハットを直し、左手のステッキを軽く掲げる。

盾の準備は万全だ。


ぼーん、とコミカルな音と共に箱から影が出てきた。

小さな影はゆらゆらと揺れながら、こちらへ近付いてくる。

見た目にはファンシーだが、魔女で間違いない。



さやか「こっちくる…!え!?私平気!?」

ほむら「私がいるよ、大丈夫」

身構えない。

目を凝らして魔女の動きを監視。

精神を盾に集中させ、いつでも時間を止められるようにする。


──ぼと

魔女「……」

ほむら「可愛い」

さやか「ひぃい…可愛いけど…」


縫いぐるみのような外観の魔女が、私達の間のテーブルに着地した。

可愛い。が、魔女は見た目ではない。


クリオネが多段変形合体してカツオノエボシになるように、何の害もなさそうな魔女でも、突如として道理に背き、トランスフォームすることもある。

油断はできない。



魔女「……」ヒョイ

ほむら「……」


ぶかぶかの袖がカロリーメイトを摘まみあげた。


魔女「……」アムッ

ほむら「………」


カロリーメイトを食われた。


さやか「……可愛いな」


油断してはならない。


ぼっ と空気が弾ける音が横切り、魔女が空間の端まで吹っ飛ばされた。

一瞬の出来事だったので、何が起こったのかわからない。



マミ「…つい撃っちゃったけど、今のは撃ってよかったのよね…?」

ほむら「マミ」

さやか「マミさん!」


空間の入口にはマミと、その後ろにまどかが居た。

マミの銃が魔女を撃ち抜いたらしい。


マミ「ティータイムなら後でうちでやりましょ?今は魔女を…ね?」

ほむら「ああ、そうだな」


壁際のぬいぐるみを睨む。

どちらが先に魔女を倒せるか。競争をしていたからな。


魔女「……」フシュゥウ


ほむら「あれ?」


魔女の結界が消えてゆく。


マミ「え!?一発で!?」

ほむら「なッ…んだと…っ」


魔女はカロリーメイトを食って撃たれて死んだ。

病院前。


まどか「……あ、戻った」

さやか「……だね」

マミ「……」

ほむら「……」


かつん、と力なく落下するグリーフシード。

私はそれを拾い上げ、握りしめる。


マミ「私の勝ちね」

ほむら「……うさぎになった気分だ」

マミ「ふふ」

ほむら「負けたよ、君への賞品だ」


グリーフシードをマミに投げ渡すと、しっかりとキャッチした。


マミ「そういう事なら、ありがたく貰うわね」

ほむら「…さやか、まどか」

さやか「あ、な、なに?」

まどか「え?」

ほむら「今のような魔女なんて、なかなかいないからな」


この釘は大事だと思った。

(∀・*三*・∀・*三*・∀) エェエェェェェエェェエェェェェ♪


ゲームセンター。


ほむら「……」


ゲームをやっていたら、何かカードが出てきた。


「お、トリシューラじゃん、おめでとう、一足遅かったな」

ほむら「つまらないゲームだな、意味がわからない」

「はぁ?わかんないでやってたの?アンタ」


キラキラ輝いているが、どうもカードゲームというものは苦手だ。

やる意欲というものをあまりそそられない。むしろ良く分からない。


ほむら「他のものをやるか…」

「……物好きというか、なんというか」


以前から何度も会っているロンゲ不良少女とは、軽い挨拶を交わす程度にまで親睦が深まった。

彼女はここのヌシらしく、どんなゲームでも大体わかっているようだ。

私くらいの歳で、どうやってそこまで詳しくなれたのかは、つまり不良少女ということだ。



ほむら「なあ君、私と対戦でもしないか」

「お?いいぜ、得意なので来いよ」

ほむら「よし、じゃあそうだな……これでやろう」

「おお、前にやってたな、気に入ったの?それ」

ほむら「まぁね、キャラクターがかっこいいし」

「そうかあ?マッチョすぎるだろ」

http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org2758325.jpg.html
さやほむコーヒーブレイク

文が硬いというか厨二な割りに読みやすくて
自然に状況が絵で浮かんでくるのがすごいな

>>545
( *・∀・)[画像] カワイイワ・・・


《エメラルド…》

《無駄ァ!》


3戦目。

私も善戦はしているつもりだが、相手は慣れている。

さすがは不良少女、玄人向けっぽいキャラクターでなんだかよくわからない戦い方をしてくる。



「へへ、どうしたウスノロ~、まだ全然削れてないぜ~」

ほむら「む、む、む」


おかしい。ラスボスは強いはずなのに。

何故ストーリーのようにいかないのだ。



ほむら(こうなったら…!)


一か八かで賭けるしかない。


《ザ・ワ》

「させないよっ」

ほむら「ぐふっ」


何度やってもあいつに勝てない。


「しっかしあんたも自由気ままだね」

ほむら「確かに、私を縛るものはあまり無いな」


よくわからない破廉恥な麻雀ゲームの椅子を占拠し、プレイするでもなく割高なコーヒーを飲む。

隣の古めかしいサッカーゲームには、不良少女の彼女が座っている。

彼女はコーラとお菓子を広げ、何しに来たのかと言われんばかりに栄養補給をしている。



「なあ」

ほむら「ん?」

「あんたの名前、聞いても良いか?」

ほむら「私か、私はな、」

(! 弱っちいが、魔女反応…!)


突然に不良少女が立ち上がる。


「悪い、急用だわ、また今度な」

ほむら「そうか」


族の集会でも始まるのだろうか。

彼女はボタンの上のコインクッキーをかっさらい、その割には急いでいる様子で出ていった。


コーラが置きっぱなしだった。


路地裏。

奴を追い詰めた。

接触は許さない。

見つけ次第殺す。


撃つ。

飛び散る肉片。


──いや、まだ居る。

奴はまだ生きている。

また追わなくては。

無駄とわかっていながらも、殺し続けなければ。

目覚めは悪くない。

問題は、ここ最近から見始めた不可解な夢だ。


ほむら「……」


しばらくぼんやりと天井を眺める。

病院と同じ白い天井。

想起されない思考停止のキャンバス。


暁美ほむらの深層心理は、いつだって闇だ。


ほむら「起きよう」


言葉を起爆剤に起き上る。


もたもたしていられない。今日だってやることはある。

幸いなことにグリーフシードは昨日で集まった。

またしばらくは自由行動に専念できる。



「にゃぁ」

ほむら「ワトソン…そうだ、まぐろ缶がある、食うか?」

「にゃにゃにゃ」

ほむら「うん、良い子」


夢の事を考えるのはやめよう。

そう簡単に、そう早く記憶が戻るはずもないのだ。

ゆっくり取り戻す事にしよう。焦る事など何もない。

バター醤油。

流動食のはずが、あまり喉を通らない。

食欲がない。


「にゃ」

ほむら「……」


まぐろ缶を間食したワトソンに分け与えようとも考えたがやめておこう。

コレステロール値が上がる。


結局、大半を残したそれはラップをかけて冷蔵庫の中に保存することにした。


ほむら「……」


冷蔵庫の中には飲みかけのコーラが入っていた。

昨日の族少女の忘れ物である。今日の夜に会えるなら、彼女に渡しておこう。

彼女の名前を聞きそびれてしまったし。



ほむら「……今日は、ショーがあるかもしれない、覚悟しておくように」

「にゃ」


任せろだと。私は良い助手を持った。


ほむら「いってきます」


ほむら「おや」

仁美「あら、暁美さん」

ほむら「おはよう仁美、ほむらで良いよ」

仁美「ふふ、ほむらさん、おはようございます」


委員長と出くわした。

あまり二人きりで話したことのない相手だったので、丁度いい機会といえる。



さやか「お、ほむらおはよー」

まどか「おはよう、ほむらちゃん」


そうでもなかった。

まぁ、この三人は常にセットだ。三人の輪の中で、仁美とも仲良くやっていこう。

魔法少女の素質がないからといって、親睦を深めない理由にはならない。



ほむら「仁美」

仁美「はい?」

ほむら「稽古事で手品を習って、私と一緒にペアを組まないか」

仁美「え、えっ?」

さやか「仁美が過労で死んじゃうって」


ほむら「……」


授業中。

教師の全ての言葉が、するすると耳から耳の向こうへ、課税なしで通ってゆく。

習うまでもなく、黒板にある全ての内容が私の中には網羅されている。

意表を突かれても正答する自身は7割以上ある。


和子「えー確かに、産適齢期というのは、医学的根拠に基づくものですが」

和子「そこからの逆算で婚期を見積もることは大きな間違いなんですね」

和子「つまり、三十歳を超えた女性にも、恋愛結婚のチャンスがあるのは当然のことですから」

和子「したがって、ここは過去完了形ではなく、現在進行形を使うのが正解…」


コンタクトにすればモテるさ。もしくはソウルジェムで目を治せ。



ほむら「……」


罫線の無い自由帳にマジックの案を書き連ねる。

口元を押さえ、じっと考える。

現在使っている小道具をあらかたここに書き出し、これから使いたい小道具も書いてみた。


しかし何かが足りない。

私のマジックには確定的に何かが不足している。


ナイフでもロープでも花束でもない、何かもっと別の…。



和子「それでここの意訳は……」

ほむら「わかった、炎だ」

和子「違います」


違うものか。


ほむら「……」



昼休みは返上で、図書室から借りてきた科学書を読む。

あらゆる物質の化学反応を調べ上げ、マジックに最適なものを選択していこうということだ。


私の中にも爆発物や可燃物に対する知識はあったが、それだけでは足りない。

もっと様々な可燃物について学ばなくては。



まどか「む、難しい本読んでるね…」

ほむら「まあね」


危険物取り扱いの書。

これはなかなか面白い。


しかし危ないものに限って、なかなかに入手は難しい。

どこぞの基地に忍びこめばいくらでも手に入るのだろうが、それでは国の規模で迷惑がかかる。


つまり、手軽に入手できるのはガソリンか灯油、といったところだ。

火薬を調合もできるといえばできるが、あまりにも面倒臭い。花火は出来合いのもので足りるし。



ほむら「……そうだ、まどか」

まどか「ん?」

ほむら「ここに三枚のカードがある…スペードの3、ハートのクイーン、クラブのキングだ」

まどか「あ、マジックだね?うん、3枚ともそうだね」

ほむら「予言しよう、君はこのうちの何も引かない……全く別のカードを引くだろう」


カードを差し出す。


まどか「今見たばっかりだよ?引いてもいいの?」

ほむら「引いてごらん」

まどか「えー……じゃあ、……これ!」

ほむら「当たり、トリシューラ」

まどか「うわあ!なんか変なカードになってる!」


「え、トリシューラじゃん」

「誰だよ持ってきたのー」

まどか「えっ、いやぁこれはその、あのね、違うんだよ」


『暁美さん、いるかしら?』


テレパシーが上からやってきた。マミだ。


ほむら『やあ、おはようマミ』

『今日はお昼は食べないの?お弁当、作ってきたんだけど……』

ほむら『今日もか、ありがたい話だが、少々食欲がなくてね…昼は抜こうかと』

『いけないわ!ちゃんと食べないと!』


テレパシーで大きな声を出さないでほしい。ぴりぴりする。



「鹿目、まさかお前……やってるのか」

まどか「違うよ、誤解だよ私こういうの全然……こんなの使えないし」

「! …わかってるじゃないか…やはりか」

まどか「えー……」



『まだ屋上にいるから、食べに来てね?』

ほむら『むむ、まあ、そこまで言うなら、善意を無駄にはできないな』


私は今日も屋上に上がることにした。

マミ「美味しいかな?」

ほむら「んー、そうだね、良い油っぽさだな」

マミ「から揚げが好きなの?」

ほむら「上質なカロリーだ」

マミ「もう、ちゃんと野菜も残さないでほしいわ」


すっかり馴れた青空の下のベンチでの昼食。

彼女の手の込んだ料理は美味しいが、私には色々な要素が多すぎて咀嚼しきれない。

一品だけあれば十分なのだが。



マミ「今日も魔女退治に出ない?」

ほむら「んー、今日は遠慮するよ、買いものに出かけるからね」

マミ「お買いもの?なんなら、私も付き合うわ」

ほむら「大丈夫だよ、遠くまで足を延ばさなくてはならないから、迷惑はかけられない」

マミ「……そう、わかったわ」


ガソリンの調達。セルフサービスのガソリンスタンドでも探さなくてはならない。

もしかしたら多少なれ強引な方法を使うかもしれないので、そんな場面はマミに見られたくない。

彼女は怒りそうだ。

放課後。

あらゆる誘いを振り切って、私は見知らぬ町までやってきた。



ほむら「行くぞワトソン、油田を探しに」

「にゃぁ」


一旦帰宅し、わざわざワトソンも連れてきた。

魔女退治以外の日は、毎日窮屈な家で留守番しているワトソンに癒しを提供してやろうと思っている。


もちろんマジックショーの手伝いもやってもらうが、基本的にのびのびと外を歩かせることを目的としている。


ほむら「ついてきてよ、ワトソン」

「にゃ」


良い子だ。私によくなついてくれる。

いつか鳩が手に入っても、私はワトソンを大切に、レギュラーとして優遇し続けるつもりだ。


あ、ワトソン、鳩を食ったりしないだろうな。

今から心配だ。


ほむら「すみません」

「はい?何かな」

ほむら「ガソリン売って下さい」

「え?」

ほむら「火炎瓶を作るわけではないので、このペットボトルに……」

「いやいや、そんなことはできないよ」

ほむら「何故!?」

「何故と言われてもね…車もバイクも無しで、ていうか君中学生くらいでしょ」

ほむら「わかりました、望み通り車かバイクを持ってきて……」

「免許ないでしょ?」

ほむら「……」

「危ないものにあこがれるのはわかるけど、やめときなさい、そういう事して大変な事件に発展すると、後で絶対に後悔するからね」

ほむら「もういい、この話は無かったことにしてもらう」

「……」



聞きわけの悪い大人だ。

やはり無人のガソリンスタンドにでも行こう。

いざとなれば、あの灯油を吸い上げるスポイトのようなものを使ってでも入手してやる。



恭介「動かないんだ…もう、痛みさえ感じない……こんな手なんて…」

さやか「恭介……大丈夫だよ、きっと…リハビリだって頑張ってるし、恭介ならきっと…」

恭介「……諦めろって言われたのさ」

さやか「……!」


恭介「もう演奏は諦めろってさ……先生から直々に言われたよ」

さやか(恭介……!)

恭介「今の医学じゃ無理だってさ……もう、ダメなんだ」


恭介「僕の手はもう二度と動かない……奇跡か、魔法でもない限り、絶対に…」


さやか(……私は)

さやか(ああ、恭介……私)



QB「……」

さやか(キュゥべえ……)

QB「君の願いは、彼の手を治すことかい?」

さやか(私は……私はっ…!)


恭介「……ごめん」

さやか「……え?」

恭介「……もう、帰ってくれないか……さやか」

さやか「……」

恭介「……一人にさせてくれよ」


QB「本当にいいのかい?さやか」

さやか「……うん」

QB「まあ、全て君が決める事だからね」

さやか「……しょうがないよ」


さやか「だってあたし…恭介の事、“かわいそう”って…そんな気持ちで見ちゃってる…哀れんでいるだけ」

さやか「あたしが恭介を治して魔法少女になっても…そんなの、なんか変だもん、恭介と対等じゃないんだもん」


さやか「…ごめんね、恭介…あたし、嫌な子だよ…!」


QB「僕も君達の判断を尊重するから、無理強いはしないけどね」

さやか「なんだかごめんねキュゥべえ、こっちから呼び出したのに…」

QB「いいさ、気が変わったら、いつでも呼んでくれ」


QB「僕は君の力を必要としているからね」

さやか「…あたしなんて、なんにもできないよ」


さやか「恭介の手を治すことができるのに…できるのにやらない…怖いんだよ、治したその後が」

さやか「ゾンビになって…魔女を倒してさ…けどその見返りは恭介じゃないと釣り合わないんだ」


さやか「…私は恭介のバイオリンを聞きたいってだけじゃなくて……恭介自身も、願いで求めていたんだ…」

QB「! さやか…」

さやか「こんな私だから恭介は嫌いになったんだ…こんな私だから…」

QB(まずい…魔女の口づけだ、早く知らせないと…!)


まどか(はあ、今日もほむらちゃんは凄かったなぁ…色々と)

まどか(あれから男子たちの妙な熱気から逃げるのに大変だったよ…疲れたなあ)


まどか(……ほむらちゃん、マミさん)

まどか(ほむらちゃんは変わってるけど……すごく格好良い)

まどか(マミさんは大人で、頼れる先輩で……やっぱり格好良い)


まどか(私も魔法少女になれば、二人みたいに格好良くなれるのかな)

まどか(こんな私でも誰かの役に立てるのかな……)


まどか(あれ?)



仁美「……」

さやか「……」


まどか「仁美ちゃーん!今日お稽古ごとは?」

仁美「はい?あらー鹿目さーん」

まどか「さやかちゃんも…あ」


さやか「……ん、どうしたの、まどか…」


まどか(二人の首元に、あの時と同じ…!)


まどか「ね、ねえ二人ともどうしたの?もう遅いよ、お家帰らないとだめじゃないかな…」

仁美「あらあら、ふふ、心配症ですわ鹿目さん」

さやか「そうだよ、帰る所なんてないよ…そんな資格ないんだよ…」

まどか「だ、だめだよ帰ろうよ、ねえ、さやかちゃんしっかりしてよ…!」

さやか「行こう、仁美」

仁美「はいー」

まどか「だ、ダメだってば…!」


まどか(あああ、大変なことになっちゃった…!早くほむらちゃん…ああ、携帯番号わかんないよう!)

まどか(そうだマミさん!マミさんならきっと大丈夫…!マミさん…!)


trrrrr...

trrrrr...


『鹿目さん!?ごめんなさい、今急いでいるから…!』

まどか「マミさん!大変なんです、さやかちゃんが…!い、いや、もっと大勢の人が…!」

『キュゥべえから聞いたわ!ちょっと遠いけど…!全力でそっちに向かってるから…!』

まどか「お願いします!来てください…!」


まどか(ああ、どんどん人気のない所に入っていくよぉ…)

まどか(ここどこ?工場…?人気がないし…使われてない所なのかな…)


まどか(沢山の人が集まってきてる…この人たちがみんな、魔女のせいで…!?)


シュコッ・・・シュコッ・・・


まどか「ひっ…!」


シュコッ・・・シュコッ・・・


まどか(何、何の音…?あっちの物影から聞こえてくる…)


まどか「だ、誰か…そこにいるの?」

「……!」

まどか(声かけちゃったけど…ま、魔女とか使い魔だったらどうしよう…)

「その声は……」

まどか「……あれ?」


ヒョコ

ほむら「……」

まどか「……ほむらちゃん?」

ほむら「ああ」

まどか「あ、ありがとう!!来てくれたんだね…!」

ほむら(……あ、魔女反応出てる)


人目を忍んで閑静な工場地区まできたというのに、次々と人が集まるからこそこそと燃料採集をしていたのだが。

どうやらこの人々は、魔女の口づけを受けた人間らしい。


仁美「ふふふ……」

さやか「……」


ほむら「……!」


親しい二人の姿が、群れの中にはあった。

うつろな目で、おぼつかない足取りで、廃工場の中へと入ってゆく。


まどか「お願いほむらちゃん、早くさやかちゃんたちを助けてあげて…!」

ほむら「わかってる、必ず助ける」


さやかも仁美も私の大切な友達だ。

絶対に魔女に殺させたりはしない。


「そうだよ、俺は、駄目なんだ……こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった」

「今みたいな時代にさ、俺の居場所なんてあるわけねぇんだよな……」


幸薄そうなおじさんだ。この人の車から燃料を取ってしまったのか、私は。

まあ良い。助けてやるんだ。それでチャラにしてくれないか。



ほむら「ふん、何をしてる、渡せ」

「あっ……」


うつろな女性から洗剤を奪い取り、丁寧に中央に置かれたバケツを掴む。

そして二つを窓の外へ向かって、全力で。


ほむら「っはぁあッ!」

まどか「きゃっ……!」


投げる。

喧しい破壊音と共に、二つの化学的脅威は窓の外へと去っていった。


「なんてことを……」

「よくも儀式を……」


何故助けてやったというのに、こうも憎まれ口を叩かれなければならないのか。

不快なのでさっさと魔女を片づけよう。

どんどんどん、どんどんどんどんどん、どんどん。


ほむら「何人がかりで押してこようが、鉄製の作業台を5台もバリケードに使ったんだ、開きやしないさ」

まどか「…す、すごいね…」

ほむら「後で直しておかないと、工場長が普通に自殺してしまうかもしれないな」

まどか「う…ほむらちゃん、できれば後で…」

ほむら「もちろん元通りにするよ」


窓ガラスは既に割ってしまったのだがね。



ほむら「……さあ、魔女の空間に入るぞ」

まどか「…私も、ついて行っていい?」

ほむら「死んでも構わないというのであれば」

まどか「…!」

ほむら「ふ、冗談だよ」


ほむら「私が必ず守るさ」

まどか「ほむらちゃん……」


――そう、貴女を守る私になる


ほむら「ッ……つ…!?」

まどか「ほむらちゃん!?」

ほむら「…大丈夫…ただの片頭痛だ」


今の頭の靄は一体何だ。


ほむら「……魔女を倒そう」


検証は後だ。

今はただ結界へと、足を踏み入れる。


狭い。

ふわふわと浮かび上がってしまいそうな、そんな空間。


使い魔「ヒャハハハ」

使い魔「ウフフフフ」


まどか「ひゃあ……!」

ほむら「心配はいらない」


カチッ

小さな結界で助かった。探す手間が省けるというものだ。

カチッ


ほむら「1.パントマイムの見えない壁」


接近してきた二匹の使い魔が突如として結界の端まで吹き飛ばされ、消滅する。


まどか「……すごい」

ほむら「さてさて、使い魔も弱いとなれば、魔女も大した事のない相手だ、さっさと片づけようか」


魔女「…!」


翼の生えたブラウン管が舞い降りてきた。

あちらも使い魔を殺されて怒っているようだ。


魔女「ザザッ…ザザザザッ・・・!」


モニターは砂嵐を映している。


まどか「怖い…」

ほむら「さあ、ショータイムと参りましょうか」


ハットを持ち、深々と挨拶。やれやれ、今日は魔女と戦わないと決めていたのだが。

カチッ


ほむら「いきなり平手とは御挨拶だな」


ブラウン管の身体を回転させ、翼をこちらに打ちつけようとしている。

そんな無礼者にはこうだ。

カチッ


ほむら「2.輪切りトロピカルコースター」

魔女「ザザッ!?」


翼に巻きつくピアノ線は、長めのソードで地面に固定されている。

魔女の翼のひとつは、三つに分けて切断された。



魔女「ザザザ・・・!」


お次はモニターの中から先程の使い魔を召喚しようとしているらしい。

気持ち悪い顔の量産天使が、5匹飛んでくる。


カチッ


ほむら「本当に弱い魔女だな」


下手をすれば、時間を止めない私でも倒せるかもしれない。

カチッ


ほむら「3.レスターのナイフ」


全ての魔女はカットラスで串刺しにされた。



魔女「ピギィイィイィイイイ!?」


よわっちい魔女の、もう片方の翼も切断された。

最近の魔女からは戦う気力というものが感じられない。腑抜けめ。盛りあがりに欠ける。


ほむら「全く、これではショーじゃなくてスナッフムービーだ」


横倒しのブラウン管を蹴る。

魔女は2、3回宙を舞って、こちらに画面を向けて止まった。


ここまでくればもはや、粗大ごみ相手に戦うようなものだ。



まどか「終わったの…?」

ほむら「これから消えてもらうさ」


魔女に近づく。まどかもついてくる。

問題ない、もはやこいつに害はない。


魔女「ザザザ・・・ザザ・・・」

ほむら「……ん?」


砂嵐の画面に何かが映っている。


まどか「…?なにこれ…?」


それはいつか夢で見た、気分を害する私の過去。


瓦礫の大地。

私の袖。

黒い銃。


誰かの手。

ソウルジェム。


嗚咽。

発砲。

火花。


ほむら「…っ…ぁぁあああぁああッ!そんなものを見せるなッ!」


魔力を込めたステッキがモニターをたたき割る。


ほむら「それは私ではない!私は私だ!」


何度も何度も、割れたガラスの奥まで叩く。


ほむら「そんな暁美ほむらなんて、私ではない!そいつはもう居ない!私は…!」

まどか「ほむらちゃん……?」

ほむら「…!」



振り向く。

なんだまどか。どうした。

その表情はなんだ。


まどか「今の腕って…ほむらちゃんの、だよね…?」

ほむら「あれは…!」


あれは私だ。私が一番よくわかっていないが、わかっていなくてはならない、いつかの私だ。


まどか「あの、画面に映っていたのは……」

ほむら「違う!あれは魔女の…!」

まどか「ソウルジェムって、魔法少女の魂なんだよね…!?」


結界が崩壊してゆく。

崩れ去る。


マミ「……暁美さん?今の見てたけど…え?どういうこと…?」

ほむら「マミ…!」


ショータイムが終わる。

(ノ*・∀・)ノ(ノ*・∀・)ノ(ノ*・∀・)ノ エェエェェェェエェェエェェェェ♪

( *-∀・)ヾ(・∀・*)ママ ツヅキー


裏口から入ってきたマミの表情を見て固まる。

まどかと同じ表情だったからだ。


マミも見たのだ。

あの忌々しいブラウン管を。


まどか「ほむらちゃん…?」

マミ「今の魔女は精神攻撃をしてくるタイプの魔女かしら……けど、なんというか…完璧な幻覚というわけでもなかったみたいだけど」


二人の目が私を刺す。

あの魔女はもっと早く片を付けておくべきだった。

そうすれば……。


そうすれば……私は、私のままでいられたのに。


中途半端に甦ってきた暁美ほむらの破片が私の世界を傷つける。

完全に戻ってこないくせに、今の私の邪魔をする。


根暗のくせに。眼鏡のくせに。



マミ「えっと、暁美さん……今の映像、どういうことなの?」


魔法少女を殺した映像を見て、触れるべきか、触れずにおくべきなのか、恐れ戸惑うマミの顔。

人を殺した私に怯えるまどかの顔。

あれは私ではないのに。

マミ「あの手は暁美さんの手」


私の袖を指差す。


マミ「そしてその手に持った銃が撃ち抜いたのは……ソウルジェム、よね?」

ほむら「……」


知るか。私が知るものか。

暁美ほむらがやったことの全てを私が関知しているわけがない。


彼女がやったことで私が知っている事といえば、……魔法少女殺しと、あと猟奇的な連続殺人かなにかと、…。


マミ「答えてよ!答えてくれなきゃ、私もわからないよ…!」



暁美ほむら!お前は何をしている!

無関係な私を巻き込むな!



ほむら「私は……知らない!私はやっていない!」

マミ「暁美さん!?」


カチッ


時間停止。

マミの声、まどかのおどおどした表情、頭にかかる靄とノイズ、全てが鬱陶しかった。

こんな場所にはもういられたものではない。



ほむら「私は暁美ほむらじゃない!暁美ほむらの事なんか、何一つ知らない!知りたくもない!」


裏拳が壁を砕き、3発目で壁に大穴が開く。


私は工場を離脱した。


工場長がどうなろうと、もう知らない。


さやか「……ん?」


まどか「さやかちゃん…大丈夫?」

さやか「まどか…?私…あれ?」


仁美「……」

さやか「…え?何このシチュエーション、なんでこんなところであたしと仁美が寝てるのよ…」


マミ「気がついた?」

さやか「マミさん」

マミ「美樹さん、魔女の口づけを受けていたのよ…危ないところだったわ」

さやか「私が…!?」

まどか「ほむらちゃんが助けてくれたんだよ、魔女をやっつけてくれて…」

さやか「ほむらが……うーん、あいつには頭があがんないなあ」


まどか「……」

マミ「……」

さやか「ん?二人ともどうしたの?暗い顔して…まさか、ほむらが魔女に!?」

マミ「ううん、そうじゃないの、暁美さんは難無く魔女を倒したわ、けれどね…」

さやか「けれど……」


まどか「…ほむらちゃん…なんでだろう」

マミ「…色々と、あってね…陰口みたいだけど、何かあるかもしれないから…美樹さんには伝えておくね」

さやか「?」


見滝原。

暁美ほむらが転校するはずだった場所。


当初の私は、暁美ほむらのために学校生活を卒なくこなし、友人を作り、魔女を狩り…記憶を取り戻し、引き継いだ後の事を考えて行動していた。


だが夢で見るのだ。

暗い世界で、私は何人もの誰かを殺し、魂を砕き…後ろ暗いなにかを続けていた。

魔法少女を何人殺したのだろう。

何を殺し続けていたのだろう。

何を設置し、何を企んでいたのだろう。



暁美ほむら。

記憶を取り戻していない私でもわかる。

彼女は危険だ。



ほむら(私は記憶を取り戻してはいけない……)


記憶が戻るだけならいい。

暁美ほむらの感情が再び戻って来ることが、私はそれ以上に恐ろしい。


もしも前の暁美ほむらの人格に戻ってしまったら、私は何をするのだろう。

この平和な見滝原で。


マミに手をかけるのか?

この町を、荒野に変えてしまうのか?



ほむら(……ワトソン、私はどうすればいいのかな…)

ほむら(ワトソン……)


ワトソンは隣にいなかった。

工場ではぐれてしまったようだ。


ワトソンもまどかやマミと同じで血なまぐさい私の本質に気付いたのだろうか。


ほむら「……」


どうしよう。どう弁解しよう。


“あれは私じゃない”。これは事実だ。しかしあれは……確かに私でもある。

マミやまどかの前で取り乱してしまったのだ。今さら何を取り繕うとしても遅いだろう。


“実は私は記憶喪失なんだ。”

……言いたくない。私は暁美ほむらを取り戻したいわけじゃない。

できればもう、暁美ほむらとは無縁でいたい。

何よりそんな私は格好悪い。




「おいおい、さっきからバーにボールくっつけたままじゃねーか、発射しろよ」

ほむら「……隊長か」

「はぁ?なに訳わかんないこと言ってんだよ」


不良族少女が私の隣の椅子に座った。

私がゲームセンターへ来る目的は、もはや無くなった。

かつて好きだったゲームを狂ったようにプレイして、わざわざ記憶を取り戻したくはない。

昼間の見滝原のゲームセンターで十分だ。


けど、彼女と会うのは悪くない。


「何かあったのか?」

ほむら「ああ、まあね……誤解されてしまったというか、いや、事実ではあるんだけど……」

「ふーん」

ほむら「なあ隊長……」

「杏子だ、キョーコ」


そんな名前だったか。今さら知った。


ほむら「杏子……」

杏子「まあまあ、せっかく名乗ったんだ、あんたの名前も教えてよ」

ほむら「私は……」


暁美ほむら。

……言いたくない。けど私にはこの名前しかない。



ほむら「…暁美、ほむら」

杏子「よろしくな、ほむら」


ポッキーを一本渡された。口で受け取る。


ほむら「よろしく、杏子」

杏子「おう」


こいつの口、キャベツ太郎くさい。


杏子「ふーん…なんか話端折られて手よくわかんなかったけど、要するに友達に今まで通り接してほしいってこと?」

ほむら「ああ……」

杏子「……」

ほむら「どうすればいいと思う、君なら……」


私には友達と呼べる者が少ないから、相談できる相手もいない。

記憶の中にそんな経験も無いし。


杏子「……ん、んー…どうすりゃいいんだろうな…」

ほむら「その友達が、持っている間は大切にしていたいものなんだ……私にとってのね」

杏子「…人の心って難しいからな、変に上辺だけ取り繕って解決しようとすると、余計にややこしくなるってのはよくある事だ」

ほむら「……」

杏子「だめだなぁ、私は…そういう事は苦手だよ、私も」

ほむら「そうか…いや、聞いてくれただけでも荷が降りた気持ちだよ、ありがとう、杏子」

杏子「よせよ、なんもしてねーから」


杏子「…あー、さっきの話を聞いてて思った事でもあるんだけどさ」

ほむら「?」

杏子「あんた、人と話す時にベール張り過ぎてないか?」

ほむら「ベール?」

杏子「他人を寄せ付けないような心がどっかにあったり、自分で抱え込んでしまいがちっていうか…口数少ない人って、そういう事で無意識のうちに鬱憤が溜まるもんだよ」

ほむら「……ふむ」

杏子「カミサマに懺悔しろとはいわないけど、もっとオープンに心の内を話せるようになれれば、誤解自体されなくなるのかもしれないな?」


わからん。


夢を見た。


マミと、魔法少女になったまどかと一緒に魔女と戦う夢だ。


私は夢のせいか、おぼつかない足取りで戦っている。

二人は慣れた様子で、次々と魔女に攻撃を与えている。私は何もできない。



ほむら「……」



目を覚ます。言いようのない寂しさが、身体の内からこみ上げてきた。

二人と離れたくない。


まどかやマミは、魔法少女を殺した私を軽蔑しているだろう。

けれど私は二人と離れたくない。


私の友達だ。

暁美ほむらではない、私の友達。


さやか、まどか、マミ…。



……私は暁美ほむらなんて知らない。だから、聞かれても何も答えない。

奴とは、そんなレベルで関わらないことに決めた。



ほむら「……学校に行こう」


冷蔵庫に入れた油の浮いたラーメンを啜り、私は家を出た。


鳩を探す気力もない。

そりゃあ目の前にいれば飛び付く気も起こる。

しかし探すまではいかない。


無気力に通学路を歩く。


ほむら「はあ」


憂鬱な気分だ。


ほむら(でも、中学生らしく交友関係で悩めるだけで、魔法少女としては上出来なのかもしれないな)


そういうことにしよう。


ほむら「よし、学校頑張ろう」


自分を奮い立たせ、私は起伏ある校門前を走り抜けた。

鳩がいなくても私は走る。

がららららら。


ほむら「おはよう」


まどか「あ……」

さやか「……」


入り口の傍にいたから不可避だと腹を括って声をかけたというのに、なんだその準備も何もしていなかったような反応は。


ほむら「さやか、昨日は大丈夫だったか?」

さやか「え?あっ……ああ、うん、おかげさまでね」


苦笑い。遠慮されているのか。わからない。


ほむら「間に合って良かったよ、丁度近くに居合わせていたからね」

さやか「ああ……うん!私は事情を知ってるけど、仁美は…その、ね?」

ほむら「おっと」


危ない危ない。魔女の話はあまり公言するものではなかった。



さやか「……本当にありがとう、感謝してもしきれないよ、ほむら」

ほむら「……気にしなくて良い、君が無事でいるだけで私はそれで嬉しいから」



腫れものを触れないように。繊細で、神経質なコミュニケーションだ。

むずがゆい。


仁美「い、いけませんわお二方……」

さやか「え?」

ほむら「ん?」


仁美が色々とうるさかったが、どうでも良さそうな事だったので私は気にせず席についた。

まどかとさやかは弁解だか何かに追われていたが。



ほむら「……」


雑念は振り払おう。

気を病むことは魂の毒だ。


ソウルジェムを濁らせないためにも、神経は図太くあるべきだ。

だから私は、楽しめることを最優先に考える。

私という暁美ほむらは、それでいいのだ。

中学生女子とは、そうあるべきなのだ。


そう。黙ってマジックしよう。



“Ms.ホムホムマジック in 見滝原”

訂正線。イマイチだ。

ミス、ホムホム。ダメだ。良くない。


“Mr.ホムの青空マジックショー”

うーむ。ミスターは何かが違う。

語呂は良いと思う。私が男だったら何も問題はなかった。

けど魔法少女ありきのマジックだからな…。


“Dr.ホムのマジックショー”

シンプルイズベスト。

…会場って借りれるのだろうか。どこなら許可を出してくれるだろうか…。



まどか(…ほむらちゃん、思い詰めてる…昨日のことはやっぱり、深く聞いたりしちゃいけないのかな…)

さやか(ほむら…私は信じてるよ)

ほむら(老人ホーム…いや、ホムって名前ちょっとまずいのかな…ギャグみたいになる……)


ほむら「中沢」

「ん?またマジックか、何か?」

ほむら「察し通りの御名答、さあ」


二枚のカードを提示する。


ほむら「このジョーカーか、このスペードの3か、選ぶと良い」

「んー、どっちでもいいけど」

ほむら「どちらか選ばなくてはならない時もある」

「……じゃ、ジョーカーで!」

ほむら「良いだろう、ではジョーカーをここに置く」

「うん」


ほむら「君には私が手に持ったこの裏向きのカード…なんだかわかるかな?」

「そっちはスペードの3でしょ」

ほむら「と思いきや?」ピラ

「あれ?ジョーカー?じゃあこっちが……」


「あれ?ハートのクイーン?うそ、いつの間に……」

ほむら「ふふ、どうかな」



仁美「まあ、暁美さん、上達してますわね」

さやか「そうだね…最初はひどかったよねえ」

仁美「ほむらさんは最近になって始めたのでしょうね、ふふ」

さやか「そうなの、かな?まぁ確かに、前からやっていたってわけじゃないよなー、あの腕前だと」


さやか(ほむら、前は何をしていたんだろう…想像できないや)



マミ(暁美さん……)

マミ(最近、周りで色々な事が起こりすぎて……頭がパンクしそう)


マミ(鹿目さんたちと出会って…暁美さんと出会って…)

マミ(疑って…暁美さんと一緒に戦って…ソウルジェムの真実を知って…暁美さんと戦って……暁美さんに許されて)



――引いてごらん


マミ(……暁美さん)



キィィ・・・


マミ「!」

ほむら「…ああ、やっぱり昼は屋上だね」

マミ「暁美さん…!」

ほむら「マミ、あの」

マミ「昨日はごめんなさい!」

ほむら「……え?」


マミ「…暁美さんは暁美さんだもの…私を助け、励まして…救ってくれた」

マミ「その暁美さんは、絶対に嘘なんかじゃないものね…昨日の私は、本当に愚かだったわ」


マミ「……ごめんね…聞かれたくない事、暁美さんもあるのにね」

ほむら「……マミ…」

マミ「だから、暁美さん…私のそばにいて?離れないで…」

ほむら「……」


ほむら「……ありがとう、マミ」

( *・∀・)  (・*  )<何言ってんだこいつ


放課後になった。

今日はあっという間に過ぎていった。

ここ最近はあっという間なのだが。

一際に早かった。


入院していた頃は随分と時間が長く感じられていたのだが。

生きていて退屈しないのは素晴らしい。

人間でも魔法少女でも。



ほむら「さやか、まどか」

さやか「ん?どした、ほむら」

ほむら「工場で黒猫を見なかった?」

さやか「黒猫……?」

まどか「あっ…私、見たよ、ちっちゃいこでしょ?」

ほむら「そう、ワトソン…昨日は置いてけぼりにしちゃったからね、どこにいるかわかる?」

さやか(ワトソン……)

まどか「う、うーん……私、車の下にいるのを偶然見ただけで…今はもういないかも」

ほむら「……そうか」


ワトソン、無事なら良いのだが。

連れ戻そう。まだマグロ缶が残っている。



さやか(……恭介…)


ほむら「ワトソン…」


工場地区に戻ってきた。

件の工場はKEEPOUTのテープで封印されていたが、人はいなかった。


そういえば、集団催眠だか集団幻覚だかで問題になったのだ。

なるほど、事件になるわけだ。



ほむら「……」

「はあ……」


工場の前では、昨日とほぼ同じ面構えのおっさんがコンクリブロックに腰掛けていた。

魔女の口づけがなくとも自殺しそうな雰囲気が漂っている。


ほむら「すみません」

「ん……?なんですか」

ほむら「黒猫を見ませんでしたか、小さな黒猫なんですが」

「ああ……黒猫なら昼間も俺の前を横切って行ったよ…これからも横切るかもしれないな…」

ほむら「どちらへ?」

「あっちだ」

ほむら「……」


全く別の方向に探しにゆかなくてはならないようだ。


ほむら「ありがとう、感謝します」

「飼い猫?」

ほむら「いえ、相棒です」

「ふっふふ、相棒かあ……いいなあ」


本当は様々なものを破壊したり持ちあげたりしたので、謝らなくてはならない立場なのだが。



ほむら「……」


目をやると、魔女の結界があった工場の物置きにも捜査の手があったらしい。

黄色いテープで囲まれている。

大きく破壊された壁が痛ましい。



ほむら「……」


カチッ


せめて、バリケードに使った物品の整頓と、破壊した壁のゴミ集めだけはしておこう。

壁を直す魔法が無いというのが、あまりにも悔やまれることだ。


奇跡だって簡単に起こせることではないということか。


カチッ


ほむら(立ち直るのは難しいかもしれないな……)


まだ、ワトソンを探す。


マミ「…魔法少女に、なりたい」

さやか「……はい」


マミ「良いものじゃないっていうのは、前にも鹿目さんには言ってあるんだけど」

さやか「覚悟はあります」

マミ「かっこいい言葉を出すのは簡単よ?漫画ってかっこいい言葉が多いもの」

さやか「私のまごころです」

マミ「…じゃあ、聞かせてもらえるかしら、さやかさんのまごころ」


QB「僕の力が必要かな?」

さやか「わあ!びっくりしたぁ」

マミ「キュゥべえ、煽りは不要よ」

QB「あくまで本人の意思を尊重するさ」


さやか「……私、魔女の口づけを受けて、死にそうになったんですよね」

マミ「そうだけど、助かった命を“どうせ死んでた”と投げ出すのは違うわ」

さやか「私も、人を助けられるような人間に……魔法少女になりたいんです!」


さやか「みんな知らないけど、それでもこの世界は魔女の危険に溢れている…昨日、それを実感したんです」

マミ「……」

さやか「仁美も、私も…普通なら死んでた、他の大勢の人だって…」


さやか「この世のどこかで、あんな風に理不尽に人が死んでいくなんて…そんな世界、黙って見過ごせないんです!」


マミ「……正義の味方、なんて、そう格好のつくものではないわよ」

マミ「誰に認知されることもない…誰も助けてくれない…」

マミ「それでも、ソウルジェムを清めるために戦い続けなくてはいけない…」


さやか「私、それでも知らんぷりなんてできないです」

マミ「正直、中途半端に揺らぐ気持ちで関わってほしくはないの」

さやか「…見過ごせない…絶対に…!」


さやか「キュゥべえ、あたしには魔法少女になる素質があるんだよね」

QB「もちろんだとも」

さやか「…その素質って、一年後とか三年後とかでも、続くのかな」

QB「難しいね、二次性徴期の女性じゃないと、魔法少女にはなれないよ」


さやか「…ならずにいたら、私、一生後悔し続ける」

マミ「……」

さやか「テレビで行方不明の人や、自殺の話題を聞くたびに……きっと、罪悪感で気がおかしくなると思う」


さやか「“自分で助けられたかもしれないのに”……って」

マミ「美樹さん……」


さやか「石ころにされたって、なんだって構わない…」

さやか「石ころにすらなれずに死んでゆく多くの人達を、この手で助けられるなら…!」

(布団)*・∀・)モファ

((( *・∀・)ニクマーン  (・∀・*)))ミィー


マミ「…魔法少女になるかどうかは本人が決めること、強制はできないわ」

さやか「マミさん」

マミ「でもね美樹さん、貴女は魔法少女になる前に、知ってもらわなきゃいけないことがあるの」

さやか「え?」

マミ「魔法少女の真実をね……」


QB「……」

マミ「話はそれからでも遅くないわ」

さやか「魔法少女の真実って…?なんですか?それ」

マミ「これを受け入れて、いざという時、それを実行する覚悟があるかどうか…」

さやか「……」

マミ「私は、その覚悟がある…私は受け入れたわ」


マミ「美樹さん……貴方にはあるのかしら」


人伝に探すも、黒猫の目撃証言などそう集まるものでもない。

私はワトソンを見失ってしまった。



ほむら「……」


隣町。

いざとなればマグロ缶は私が食う。だが、ワトソンのために容易したミニチュアのハットはどうすれば良いというのか。

ワトソン専用の砂場、板、その他もろもろの道具が無駄になる。

何よりも私が寂しくなる。

ワトソンは私が知る、唯一の家族なのに。



「くるっぽー」

ほむら「!」


鳩の鳴き声。

思わず俯いた頭を上げた。



「にゃにゃにゃ!」

「くるっぽー、くるっぽー」

ほむら「……!」


それはまさに奇跡の光景だった。


黒猫と白鳩が、地面の上のスナック菓子を仲良く食べていたのだ。



杏子「お?奇遇だな、ほむら」

ほむら「杏子……」



ベンチには、菓子を食い漁る杏子の姿があった。

より取り見取りの光景だった。

ほむら「ワトソン」

「にゃぁ!」


私の呼び声に駆け寄る猫。

私を覚えてくれていたのだ。これほど嬉しいことはない。


杏子「なんだ、そいつあんたの猫だったのか」

ほむら「ああ、私の相棒だ」


抱き上げて杏子に見せてやる。

ワトソンはだらしなく手を挙げて、杏子に挨拶した。


ほむら「そういう杏子の足下、その鳩は杏子の」

杏子「まさか、物欲しそうな目で見てたから、ちょっと分けてやったんだよ」


スナック菓子をつまみ、潰して地面に撒いている。

なるほど、鳩は美味そうに食べている。

ワトソンも物欲しそうな顔をしているが、帰ったらマグロを分け与えてやるのだから我慢させることにした。


ほむら「ありがとう、杏子…助かったよ」

杏子「へへ、まあいいってことだ」

ほむら「……そうだ、これを渡しそびれていたね」

杏子「?」


鞄の中のコーラを投げ渡す。


杏子「これ……」

ほむら「この前忘れていっただろう、返すよ」

杏子「サンキュー、炭酸抜けていても、これは美味いからな」


食べ物は粗末にしちゃいけない、そう言って、ごくごくと残りを飲み干した。

良い事を言った割には、ペットボトルのゴミはポイ捨てした。


よくわからない子だ。


不良少女ならば不良少女らしく、鳩でも犬でも蹴飛ばすくらいの気持ちでいればいいのに。

そんなことを考えた矢先だった。


――キィィィィン


杏子「…!」

ほむら「……」



ソウルジェムが反応した。

使い魔のものだ。しかしかなり近い。

私の呑気な探査能力でも引っかかるくらいだ。相当な近距離にいるはずだ。



杏子(使い魔なら、まあ…)

ほむら「悪いね杏子、ワトソンも見つかったし、私は行くよ」

杏子「! おう、気をつけてな」

ほむら「ああ、また、会った時に」


手を振る。別れを告げる。

しかし。


杏子「……なあ、そっちから帰るのか」

ほむら「ああ」


呼びとめられた。


杏子「…行く前にちょっと、メシ寄ってかない?」

ほむら「遠慮しておくよ、ワトソンもいるからね」


食べたい所ではあるが、この距離なら使い魔を見逃す手はない。

グリーフシードにも余裕があるのだ。狩ってやる。

[せいろ]*・∀)-з ギュムッ

( *・∀・)φ カクカラ マッテテネ (・∀・*)(・∀・*)(・∀・*)ハーイ


杏子「――ペットもアリなところ、おごるよ!」

ほむら「……」


まるでマミのようなタイプだ。

それともこの歳の少女は皆、一緒に食事を摂るのが好きなのだろうか。

私にはわからないが。



ほむら「…また今度、おごってくれよ」

杏子「……!」


悔しそうな顔をしている。

歯を食いしばるほどの事ではないはずだ。

確かに私は付き合いは悪い部類なのかもしれないが、魔法少女の仕事となれば話は別だろうと思う。



ほむら「じゃ、またいつか」



私は使い魔の気配を強く感じる方向へと歩き始めた。



杏子「――ッ」

ほむら「――」


そして感じる。

背後の空気が乱れた。


咄嗟に腕を上げていなければ、こうも腕に鈍痛を味わうこともなかっただろう。


ほむら「随分と強引な勧誘だ」

杏子「…!オマエ…」


それと引き換えに、手刀に首をやられて意識を削がれていただろうが。


突如として私を襲いにかかった杏子から3歩退く。

今の杏子の目は、食事に誘うティーンエイジャーの目ではない。

まぐろ缶を前にしたワトソンの目だ。


杏子「……魔法少女…!」

ほむら「!」


私の左手を見る杏子に釣られて、私も杏子の手を見る。

なるほど全く意識などはしていなかったが、彼女も私とおそろいのリングを付けている。


そしておそろいのリングを持っている私に手刀を仕掛けたということは。



ほむら「…“君は 普通の人間にはない特別な力を持っているそうだね?”」

ほむら「“ひとつ…… それをわたしに見せてくれるとうれしいのだが か?”」

杏子「ち、違う!そういうつもりじゃあ!」


突然にうろたえる杏子。

彼女とはもはや、相容れない。

友達かとも思ったが残念だ。お別れだ。


ほむら「本当に残念だ!」

杏子「くっ…!話を…!」



両者ともに変身する。


纏う白と紫の衣装。

シルクハットに三代目のステッキ。

私の真の姿。


カチッ


ほむら「……杏子」

杏子『……』


赤い衣に身を包んだ杏子が、切迫したような表情でこちらを睨んでいる。

手には、何かを貫くための道具である槍が握られていた。


ほむら「……」


杏子。彼女とは何度か会うくらいの仲ではあったが、良い子だった。

不良少女のようでいて実は優しい杏子。

いや。これ以上はやめておこう。


私は踵を返して、使い魔のもとへと向かった。

早くこの町から去らなくてはならない。

そう思う。



噴水に築かれた亜空間は、巨大な本の世界。

階段のように段々と平積みされた本を駆け登り、使い魔のもとへ急ぐ。


使い魔「……!」


はたはたと栞の身体をはためかせて空を飛ぶ様は、さながら現世に甦ったスカイフィッシュ。

だが、そんなものは目じゃない異世界に私はいるのだから感慨などあるはずもない。

ただひとつ、栞の使い魔ならば魔女は本であろうということだけをおぼろげに考えながら、時を止める。


カチッ


止まる栞。


カチッ



ほむら「……1.瞬間乱打ステッキ」


動き出す世界。

一瞬のうちに叩きこまれる、停止世界での30発分が使い魔を襲う。


魔力により強化された打撃を、たかだか使い魔が30発も受けて無事でいられるはずはなかった。



本の世界は途切れ、日常の公園が戻って来る。


杏子「――聞いてくれよ!そういうつもりじゃなかった!」

ほむら「!」


背後から声。

杏子だ。


杏子「…なあ、聞いてくれよ」

ほむら「……」


ステッキを構える。

相手も槍を控えめに構えた。



杏子「……さっきのは悪かった、一般人かと思って…眠らせようかと」

ほむら「……そうかい」


それならば説明はつくかもしれない。


杏子「本当だよ、だって使い魔の方向に行くもんだから…」

ほむら「使い魔を放っておいてラーメン屋か?」

杏子「…!おまえ!…使い魔を倒してどうするんだよ!」

ほむら「…近くにいれば倒すだろう」

杏子「魔女じゃない…グリーフシードだって落とさない奴だよ、それでも……」


ああ、なるほど。

そうか、この子は。なるほど。


ほむら「…杏子、君は徹頭徹尾、自分の為だけに生きているのかもしれない」

杏子「!」

ほむら「でも私には少なからずとも、守りたいものがある…使い魔とも戦うべき理由はあるんだ」


私は杏子とは違う。

杏子は私とは違う。


ほむら「…そうか、ここは見滝原ではなかったね、すまない」


ハットを深く被って、小さく頭を下げる。

そうか。私はいつの間にか、彼女のテリトリーを脅かしてしまっていたのか。


ほむら「君の庭を荒らしてすまなかったよ、杏子」

杏子「……」


彼女も苦い顔をしてくれた。

けれど彼女と私の信念は違う。その正義も違う。

魔法少女としての生き方が違えば、それは相容れない。


残念でならない。せっかく友達になれたと思ったのに。

( *・∀・)っ○ ホレ (・∀・*))) ゴハン!

[学生鞄]*・∀・) 単純に二次創作が楽すぎるから…あと早くオワラセタイ


さやか「………魔法少女が、魔女になる…?」

マミ「それがソウルジェムに隠された最後の真実……いえ、罠というべきなのかしら」

さやか「…魔女を倒す魔法少女が、魔女に…」

マミ「必要な覚悟って、つまりはそういう事なの」


マミ「ソウルジェムが魔女を産むなら、私達、魔法少女は……」

さやか「…ソウルジェムが、濁る前に…」


マミ「どうかしら、ショックだった?」

さやか「……はい、かなり」

マミ「ふふ、正直ね……私も聞いた時は取り乱したわ」


マミ「魔法少女になってから知るのでは、遅すぎたから…」

さやか「……マミさん…」

マミ「繰り返しだけど、決めるのは美樹さん自身」


マミ「早死にするかしないかの決断よ…怯えて良い、恐れていいから……正直に、答えを出してね」



杏子「…! くっ…消えやがった」


杏子(……違うだろ?魔法少女って、そういうもんじゃないだろ)

杏子(魔法は全て自分の為だけに使う、そういう生き物だろうがよ)


杏子(……あいつと同じような事言うなよ)

杏子(あんたとは、仲良くやっていけそうな気がしてたのに!)



杏子(……マミと同じ制服だったな…)

杏子(見滝原に行けば、あいつに会えるのかな)


マミとの絆を取り戻し、杏子との絆を失った。

ワトソンを取り戻し、なんだかんだで白い鳩を手に入れた。


全体で見ればプラス方面に動いた私の世界。

なのにどうして、杏子との決別という一点が、こんなにも胸を刺すのだろう。



「にゃ」

「くるっぽー」


ワトソンを温めるようにして、レストラード(鳩)が翼を差し出している。

鳥と猫ですらここまで仲良くなれるというのに、人と人との関係はいくらでもこじれてしまう。

不思議だ。そして切ない。



ほむら「……」


ワトソンから分けてもらったまぐろ缶の一部をなんとなくかじりながら、私の瞼は無意識のうちに重くなっていった。

明日は休みだ。

さて、何をしようか。

何もしたくない。

嘘。新しいマジックの披露……。ぐう。



ほむら『……』


夢?


ほむら『……』


右手を開く。閉じる。

私が確かに動いている。目覚めるような感覚。これは現実だ。


しかし、景色は夢のように異様だった。


真っ白な部屋。

寝そべるには不便なソファー。

影がちらついて落ちつかない。分解したはずの振り子ギロチン時計。

壁か空間かもわからない白いそこを平面軸に揺れ動く、額縁の図面たち。


一言で言えば妙。または不便。そんな、夢の中の私の部屋。



『……』


ソファーに私が座っていた。

膝の上で手を結び、頭を垂れている。


髪を降ろした、今の私のような私。



ほむら『……』

『……』


なんとなく、私は私の隣に座ってみた。

しかし私はうつむかない。その体勢で寝ると首を寝違える事を知っているからだ。


だから私は、白い壁にゆらめく無数の図面達を眺めていた。図面はぼやけていて、何も見えないが。


『……疲れた』


隣で景気悪そうな私が景気悪そうにつぶやいた。

何故私が私の弱音を聞かなくてはならないのか。


ほむら『なら横になって寝ると良い』


私は額縁を眺めたまま答えた。

額縁の中には絵らしきなんぞがあるのだが、目を細めて見てもぼやけていて見えない。


『……休めないわ』


隣の私は力なく、うつむいたままに答えた。

何故この私はこんなにもダウナーなのだろうか。


ほむら『曲がったソファーしか置かなかった君が悪いんだろうさ』


私は後ろに寝そべるようにして答えた。

結果として寝そべると言えるほどくつろぐことはできず、頭が辛うじて中央のソファーに乗るだけにとどまった。

腰や肩が支えられていない。腹筋が鍛えられる姿勢だ。


『……そうね、真っ直ぐなソファーにしておけばよかったわ……』


隣の私がどこまでも落ち込んだ声でそう零した。

いい加減、この私っぽい私の面倒臭さに堪忍袋の緒が輪切りになりそうだ。



ほむら『新しいソファーを買いに行くと良い』


私は椅子から滑り落ちて後頭部を打ちつけながら言った。


『……もう、お金がなかったのよ……』



じゃあ無理だ。


そんな所で、夢は覚めた。


ほむら「……」


目を開ける。

後頭部が痛い。


結局のところ、それは夢だった。


「くるっぽくるっぽ」


レストラードが私の後頭部の上で跳んだり跳ねたりしている。

家主に対してとんでもない仕打ちだ。新入りとしての身分をわきまえてほしい。



ほむら「……朝食を食べよう」

「にゃ」

「くるっぽー」


ワトソンも起きていたらしい。

三人分の朝食を作らなくては。

今日から支度が大変になりそうだ。

((( *・∀・)リダツー


ほむら「ぐふ」


暖かな朝過ぎ、明るくなってきた見滝原。

朝食の油そばと水道水が胃の中で取っ組み合いを始めた。


「にゃ?」

ほむら「大丈夫、歩ける、歩けるから」


辻斬りマジックショーを敢行しようとも思ったが、寸での所でやめるべきだろうか。

いいや、やめるわけにはいかない。

もう大通りまでやってきたのだ。ここで引き返してはマジシャンの名が廃る。



ほむら(しかし…腹痛が……腹痛が容赦ない…)


マジシャンの名を一時返上してハンバーガー屋のトイレにでも駆け込もうか。

公衆トイレは嫌だ。汚いから。


「あ、見てあの子……」

「おお、マジシャンの子だ」

「やるの?」

「見よ見よ、ついてこ」


ほむら「……」


しまった。これは罠だ。逃げられない。


見滝原市のエキストラ達が、最初の頃よりも一段ほど高い私のステージを取り囲む。

マジシャンとしての体裁は持っているべきだという事で、一応は壁を背にして設けた私の舞台。



“Dr.ホームズのマジックショー”


「ホームズちゃん」

「ホームズちゃんっていうんだ」

「押すなよ、見えないだろ」


壁に貼り付けたお手製の布看板。

ホムよりもホームズの方が格好良い。ポスカで描く寸前で変更して良かったと、今では思っている。



ほむら「Dr.ホームズのマジックショー」


カチッ

シルクハットを掲げる。

唾を飲む音が小さく聞こえてくるよう。

カチッ


ほむら「はじめさせていただきます」

「くるっぽー」


ハットの中から飛び立ってゆく白い鳩。

青空に向かって、垂直に飛んでゆく。

見上げる人々。私も鳩を見上げた。


観客からの声援が上がる。


休日の呑気なマジックショーが始まりを告げた。

始まったはいいのだが、レストラード、帰ってくるかな。どうしよう。


シャリッ


杏子「あらよっとお」

魔女「ぎぃいいぃいぃいいい……!」



コトン


杏子「はい~~、一丁上がり、ってな」

杏子「…これで奴も来るだろ……おいキュゥべえ!」


QB「朝から魔女退治とは、珍しいね杏子」

杏子「使い終わったグリーフシードがないとアンタ来なさそうじゃん?」

QB「別にグリーフシードがなくても来るんだけどなぁ…その言い方から察するに、僕に用でもあるのかい?」

杏子「ほむら、って魔法少女、知ってるよな?」

QB「暁美ほむらかい?彼女がどうかしたの?杏子」

杏子「……あいつは見滝原にいるんだよな、てことはマミと一緒か?」

QB「だね、最初は悶着があったけど、今では有効的な関係を築いているよ」

杏子「あんな魔法少女ができてたなんて聞いてないけど」

QB「僕も知らないよ」


杏子「……はあ?」

QB「マミにも言ったけど、僕は彼女と契約をした覚えはない」

杏子「なんだそれ、魔法少女じゃないっての?」

QB「いいや、ほぼ確実に魔法少女だね」

杏子「……なにそれ、わけわかんない」

QB「こちらとしても、本当にそうだよ」


QB「杏子も彼女と接触したのかい?」

杏子「……まあね」

QB「マミにも言ってあるけれど、彼女はイレギュラーだ、警戒しておくべきだよ」

杏子「イレギュラー、ねえ……まー変なところのある奴だけど」

QB「彼女は怪しい…突然現れたけれど、その目的は全くの謎…注意して」

杏子「……随分とあいつを目の敵にしてるじゃん?」


杏子「…そんなに言うなら…私が探りを入れてやるよ、あいつの」

QB「見滝原に行くのかい?マミとは距離を置いているんじゃ」

杏子「んーまあ向こうを荒らそうってわけじゃないから」


杏子「アンタとしても、ほむらの目的とか、そういうのがわかると良いんでしょ?」

QB「まあね、あの魔法少女が何かよからぬことを考えているのかもしれないし」

杏子(バーカ、あいつはそんなこと考えるタマじゃないよ)


杏子「……じゃ、私が見滝原に行くのはアンタのお願いを聞いてやった、ってことでいいよねえ?」

QB「僕のお願いを聞く魔法少女というのも珍しいね」

杏子「ふん、新人が気に食わないだけだよ」


杏子(……ほむら……)

(*・∀・*)っ旦~~~ 今日はココマデ

(*・∀・*)肉まんの認知度が低いからこれ書いてるノヨ


ほむら「はっ!」


薄手の白いスカーフが一瞬で燃える。

ただ燃やし尽くすだけでは芸がない。


ほむら「…おっと、ティッシュに早変わり」


布を燃やし、紙へと変える。

どよめきが心地良い。


ほむら「さらにこのティッシュを燃やしまして…っと」


紙が燃える。


ほむら「…紙が、花びらに」


手の中から現れるのは、パンジーの花びら達。

色とりどりで鮮やかな欠片だ。

私はそれをそっと握り込んだ。


ほむら「皆様、御静観ありがとうございました」


手を開けば、そこには花びらではない、茎付の一輪のパンジー。

いつもよりは大人しい締めでも、会場は大きく沸いた。

見てくれる人は、かなり増えてきたと思う。

出所不明の口コミも広まり、この通りではすっかり有名になった。


「ホームズさーん!キャー!」

悲鳴まで聞こえる。


「ホームズさん!次はいつやりますか!?」

「こっち向いてくださーい!」


フラッシュが眩しい。


ほむら「申し訳ない、不定期公演なもので…」

「「「え~」」」


えー、じゃない。魔法少女を舐めるな。


「ホームズさん、ホムさんと呼んで良いですか!?」

ほむら「お好きに」

「ホムさん、その衣装とっても素敵です!どこで買ったんですか!?」

ほむら「魂のオーダーメードなもので」


女の子の比率が高い気がする。

いい加減に抜け出したい。

トイレを我慢しつつマジックショーをやり遂げたのか。
なんというプロ根性。

魂のオーダーメードwwwww



比喩じゃないのか orz

>>825
そういやどこぞの薄い本で、さやかがトイレ待ちが辛くて尿意を魔法で遮断した挙句
トイレに行くの忘れてお漏らししてしまうというのがあったな

ほむほむに限ってまさか、な (チラッ
まさか、な (チラッ


「あけ……ホムさーん!」


ポロっと外野から洩れた私の本名に思わず顔を上げる。

女の子の観衆の中に、見知った顔が混じっていた。



マミ「……あはは…」

ほむら「マミ……」


目立たないように遠慮がちに手を振って存在をアピールする、巴マミの姿があった。

まさか彼女も?と思ったがそんなことはあるまい。


さやか「……」


彼女の隣にはさやかもいた。

どうやら、私に用があるみたいである。


何か物足りないと思ったら、まどかは居なかった。

可哀そうに。休日の遊びに誘われなかったか。


颯爽と着替えて、女の子たちの砦を抜けだし、マミたちと合流する。

さわやかな昼間の見滝原。


街ゆく人は自殺しそうな、そうでもないような無表情でどこかを目指して歩いていた。

人々の顔というのはまったく心象に関わらず無表情なので、何を考えているのかわからない。

結局、魔女を探すにはソウルジェムの反応を見るのが一番ということか。

別に今、魔女を探しているわけではないけれど。



ほむら(……首元にタトゥー入れてて辛気臭い顔してる奴って、助けようがないよなー…)

マミ「暁美さん、聞いてる?」

ほむら「ん、ん?何かな」

マミ「もう」

さやか「真面目に聞いてよー」


さやかに怒られた。


マミ「モールをめぐるのも楽しい日頃だけどね、今日はちょっと、大事な話につきあって欲しいのよ」

ほむら「あれ?遊ぶんじゃないのか」

マミ「本当に大事な話だからね」


彼女の表情は真摯なそのものだった。


さやか「…急ぎじゃなければ、ほむらに聞いてほしいんだ」

ほむら「……ふむ」

さやか「言ってくれたよね、その時は相談に乗るって」


……まさか。


いつぞやのハンバーガーショップに来た。

客の入りは悪くないが、広すぎて空いているように見える。

座る側からしてみれば、常に他人との距離を置けるので込み入った話をしやすい店だと思う。



ほむら「……」ゴボボボ


頬杖をつき、コーラに息を吹き込む。


マミ「暁美さん、行儀悪いわよ」


マミに怒られた。


さやか「……マミさんから話は聞いたよ…ソウルジェムが濁りきった時に、どうなるかも」

ほむら「さやかはそれを聞いてどう思った?」

さやか「……ひっどい話だなーって」

ほむら「うん、正直だ」


酷い話。その通りである。

残酷で、陰険な話だ。


魔女になるのを怖くないと言い出したら、この場で顔にコーラを噴霧してやっていたところだ。


さやか「希望を振りまく魔法少女が魔女に…うん、本当にショックだった」

ほむら「だろう」

さやか「でもね、それを聞いてより一層……覚悟は固まってきたよ」

ほむら「?」

さやか「魔女がどういうものか、わかったからね……むしろ、私はそれを聞いて、願い事に真っ直ぐ向かい合えたような気がしたよ」


穏やかなさやかの表情。見慣れないけど似合っていた。


ほむら「……確認しよう、これだけは確認しなければいけない」

さやか「うん」


目に魔力を込めて、さやかを睨む。


ほむら「自分のソウルジェムを砕く覚悟はあるかい」

さやか「ある」


怖いくらいまっすぐな目をする子だ。


さやか「最後に魔女を一体始末できるのなら、そんなの構わない」

ほむら「……わかった」


彼女は。

自己犠牲を厭わない。他人を放っておけない。そんな、正義の味方としてはぴったりな人間だ。


ほむら「魔法少女、なりたければ、なるといい…さやかの気持ちはわかったよ」


こうなった人は、だいたい他人の意見なんて聞かないタイプだ。

そもそも契約は本人の意思によるものだし、私がどうこう言う問題でもない。


さやか「ありがとう、ほむら…!」

マミ「ふふ、これから頑張ろうね、美樹さん」


彼女は真面目に悩むタイプだ。

全ての真実を知って、なお悩んだ末に出した答えならば、もはや私から言うことはない。


彼女の人生は彼女のものだ。


ほむら「……でも、教えてほしいな。さやかはどんな願い事を叶えるつもりなんだい?」

さやか「えっ」

ほむら「それが本当に奇跡無しには遂げられないのなら、願いにしても良いけど…私達で可能であるならば、いくらでも手伝うよ?」

さやか「……ほんとに?」

マミ「そうね、私達の魔法の力で可能な事なら、それは力になってあげたいわね」


さやか「…う、うーん……」


物凄く、気の進まない顔をしている。


カリカリ・・・


まどか(……はあ、魔法少女、かあ)

まどか(キュゥべえからは逸材だーとか、素質がーとか言われたりするけど)


まどか(マミさんからはなっちゃ駄目って言われてるし)

まどか(ほむらちゃんも、中途半端な事は許さないみたいだし……うーん)


まどか(私も、マミさんやほむらちゃんと一緒に戦って…でも、それだけじゃいけない)

まどか(願い事かぁー……うーん……)


カリカリ・・・


まどか「…てぃひひ、こんな風に可愛く、カッコよくなれたら、それだけでいいんだけどな…私」


バサバサ・・・


まどか「ん?窓の外に何か白い……キュゥべえ?」ガラッ

「くるっぽー!」バサササ

まどか「きゃ、きゃああ!」

「くるっぽくるっぽー!」バッサバッサ

まどか「は、鳩!?で、出てってよー!!」

「くるっぽー!」バサバサ

まどか「飛ばないでー!」



杏子「……ん?なんだ、あっちから悲鳴が聞こえんなあ」

QB「あの家は…」

(*・∀・*)っ 今日はオシマイ

がしっ

「くるっぽ?」


杏子「おいおい、昼間っからうるせーぞ」

まどか「ひいい……え?」


QB「やあ、まどか」

まどか「キュゥべえ…?…あなたは?」

杏子「トラブルみたいだったから、窓からお邪魔させてもらったよ……魔法少女は知ってるんだろ?」

まどか「う、うん……あなたも、魔法少女なんだね」

杏子「まあな、見滝原に住んでるわけじゃないけどさ」


まどか「…ブーツ」

杏子「捕まえてやったんだから多めにみてくれよ?こんくらい」

まどか「う、うん、ありがと……てぃひひ…」


杏子「どっかで見た鳥だな……まあいいや、二度と人の住処に入ってくんなよ」

「くるっぽー」


バサササ・・・


まどか「…本当にありがとうね、えっと…」

杏子「杏子だ」

まどか「杏子ちゃんだね、ありがとう……私、まどか」

杏子「まどかだな、よろしく」


杏子「…で、こいつから聞いたけどさ、あんた、ほむらって奴の事知ってるんだろ?」

まどか「ほむらちゃん?」

杏子「ちょっとそいつに用があってね、探しているんだ」

まどか「うん、同じクラスだから知ってるよ」

杏子「今どこにいるかわかるかい?できれば家とか、教えてくれると嬉しいんだけど」

まどか「うーん……今は休日だし…ほむらちゃんの家はわかんないけど、いそうな場所なら」

杏子「お、本当か?」

まどか「うん、でもいるかどうかはわからないよ?けど、よく見かける場所だよ」

杏子「教えてくれる?」

まどか「うん」


“上条 恭介”


そういやそんな欠席者もいたな。と朝のホームルームでのなんやかんやを思い出す。

なるほど、ずっと休んでいたクラスメイトはこの病室のヌシだったか。


マミ「この部屋にいるのね」

さやか「……はい」


可能かどうかはやってみなくてはわからない。

だが、もしも私やマミの基本的な治癒魔法で彼の腕を直すことができるのであれば、さやかの願いもまた別に叶えることはできるだろう。


ほむら「どうしたさやか、入らないのか」


病室前まで来たはいいが、さやかがずっとモジモジと尻ごみしている。


さやか「…えと、ちょっと、最後にあいつとは変な感じで…そのままだったから」

マミ「喧嘩でもしたの?美樹さん」

さやか「……私が悪いんです、恭介の気持ちも考えないで……無神経が過ぎていたんです」


さやか「……でも、もう大丈夫」

さやか「二人の魔法で治らなくても、恭介の腕はきっと……」

ほむら「失礼しまーす」


さやかの言葉が長くなりそうだったから、強制突入する。がららら。


さやか(ってうぉい!私まだ心の準備が…)

マミ(あらら……しかたない、私達はここで待ってましょっか)


広い病室の窓際にその子はいた。


恭介「……誰?」


寝たきりのまま、うつろな目をこちらに向けて歓迎してくれた。


ほむら(私の病室よりも高級だな)


彼は左手が動かないらしく、そのせいで松葉杖もうまくつけないのだとか。

やっていたバイオリンができなくなってしまい、それらのショックもあって休学中とのこと。

なるほど人生とはうまくいかないものだ。

しかしこの子も私と同じで、幸薄そうな顔をしている。

こういった不運はある種、星の下のなんぞであるのかもしれない。


ほむら「やあ」

恭介「……?」

ほむら「クラスメイトだよ、転校してきた」

恭介「ああ……さやかが前に言ってた……」


自己解決したら、彼はそのまま窓側を向いてしまった。

私には興味がない。それどころではない。


そんな気に食わない態度だった。


それだけでも私の機嫌は非常に悪くなるばかりだったが。

ここはひとつ、このいけすかない男のペースというものを完璧に崩してやろうとも思い、逆に燃え上がる感情もあった。


ぬうっ。


ほむら「私の名前は暁美ほむらだ」

恭介「うわあっ?!」


時間を止めてベッドの窓側の下から這い出ると、彼は跳ねて数センチずれた。

素っ頓狂な声を上げた部屋のヌシに、扉のガラスでは「何事だ」と二人が慌ただしくうごめいている。


恭介「な、な、な」

ほむら「さやかの友達だ、よろしく」


左手を差し出す。

が、恭介は驚いたような奇人変人でも見るような目で私を見たまま動かない。


こんな奴の腕を治すくらいなら私の制服の袖についたシミを落とした方がまだまだ良い気がしてきた。


ほむら「挨拶くらいするべきじゃないか?」

恭介「……君は、僕を馬鹿にしているのかい」

ほむら「?何が」

恭介「僕の左手を見ればわかるだろう、動かないんだよ」


強い口調で包帯ぐるぐる巻きの左手を差し出してきた。

被害妄想の強い子だ。怪我した方の手を求められただけでここまで剣幕になるとは。いじめられっこの発想というやつだ。


私は恭介の左手を、同じく左手で握った。


ほむら「よろしく、恭介」

恭介「……」


怪訝そうな顔だ。

さやかはこの男のどこが良いのだろう。

彼のバイオリンによほどゾッコンなのだろうか。だとしたら非常に純粋に音楽が好きなのだろう。

そう思うと、さやかの願いはかなり純粋な部類になるのではないか、と思った。


魔力を左手に込める。

治療術。私は得意ではないが、ある程度はできる。


ほむら『マミ、治療を試している』

マミ『ええ、続けてみて』


包帯越しに伝わる体温は正常。しかし、握手の体裁があるというのに、握力は全く感じない。


恭介「?」

ほむら『無理だな、魔力を込めてみたが、回復した様子はなさそうだ』

マミ『……そう…私が治したらどうかしら』

ほむら『根本的に単なる治療術とは趣が違うようだ、神経、腱……私も詳しくはないが、重要な部分でダメージを負っているようだね』

マミ『そっか……うん、わかったわ、美樹さんにも伝えておくわ』

ほむら『病室に入らないのか』

マミ『うん……美樹さん、やっぱりまだ決心がつかないって』


恭介「いつまで握っている気だい」

ほむら「おっと、失礼」


彼の手を離す。腕は、力なくベッドの毛布の上に落ちた。


恭介「わざわざ来てくれてありがとう……でも、もう帰ってくれないか」

ほむら「ああ、言われなくてもそうするよ」

恭介「……」


腕が治らないとわかったら、もう用はない。

もう病院の匂いは飽きたし。


ほむら「そうだ、最後にひとつだけ」

恭介「?」


彼の横たわるベッドに歩み寄る。


ほむら「ちちんぷいぷい」

恭介「……!!出てけっ!!」

ほむら「うお」



CDウォークマンを投擲してきやがった。この野郎め。

退散だ。くそ。ちょっとおちゃめなまじないをかけてやっただけじゃないか。


杏子「……いないじゃん」


「ピエロのパリー、2時から始まるよ~」


杏子(賑やかだな、パフォーマンスの通りってやつか……ん?)


“Dr.ホームズのマジックショー”


杏子「ドクター…ほーむず?」

杏子「…ワトソン」

杏子「いや、まさかな…?いや、でも」

杏子「あ~…変身した時にそれっぽい格好してたような…まさか魔法を使ってマジックなんかやってるんじゃ…」


QB「暁美ほむらの魔法については、僕も予想がついていないよ」

杏子『ん?』

QB「何度か暁美ほむらの戦闘を見てはいるけど、何を駆使しているのかさっぱりだよ」

杏子『…ふーん、まあ、どうでもいい事だな』

QB「どうかな、暁美ほむらと戦う事になるかも…」

杏子『ならねえよ』


上条 恭介という少年は、現在ひどく傷心しているので、いつもより気が立っているらしい。

さやか曰く、普段ならば温厚であるとのこと。


そう言われてみればそうかもしれないと思える。

芸術家や音楽家は、ネタに詰まると非常にカリカリするというのは良く聞く話だ。

まぁ彼の場合は、もう二度と弾けないという、致命的なものなのだけど。


私にとってはどうでもいい話だ。


ほむら「……」


夕焼け空が眩しい。

病院の屋上は見晴らしが良く、オレンジに陰る見滝原がよく観察できた。



さやかは、今日は契約するつもりはないそうだ。

契約をするならば、まずはまどかと話をしてから、だそうである。

その他様々な思いがあるのだろう。

そこまで冷静になっても、人間をやめるというのだ。彼女の決心は固い。


マミは後輩ができるからと張り切る反面、それ以上に魔女の宿命を背負うこととなるさやかを心配している。

特に、彼女の願い事の内容に対して懸念を抱いている風に私は見えた。

他人のために願い事を使うのは、あまり良い事ではない。彼女はそれを知っているようだ。


私のように、最初から願いなど覚えていなければ全てが楽なのだが。

自分を変えるということは、覚悟していても難しいものだ。

(  *・∀)菓子) ガツガツ…


「見つけたぞ、ほむら」


幼げな声。


杏子「……探したよ」


ませた彼女が、魔法少女の姿でフェンスを飛び越える。

かじったチュッパチャプスが吹き飛ばされる。



QB「やあ、暁美ほむら」

ほむら「君もか」


彼女の肩には、まるで魔法少女のように、マスコットキャラが乗っていた。

色合いとしては悪くない。



ほむら「…どうしてこの庭に?杏子」


遠い距離のままに会話する。

私は変身しない。


キュゥべえ「杏子は君に興味があるそうだよ」

ほむら「……」

杏子「なあ、話しようぜ」

ほむら「何を話すというんだ」

杏子「なんでもいいだろ?同じ魔法少女なんだからさ」

ほむら「………」


この子は……。


近付かない。

相手がフレンドリーに話しかけてこようが、一定の距離は保つ。

肩の白猫は気休めにもならない。



ほむら「話すことがあると言えばね、杏子……」


指輪をソウルジェムに変え、前に突き出す。


ほむら「……君は、自分の意思を貫いているか」

杏子「……」


難しい顔を見せる。

おちゃらけない様子を見るに、問答をする構えはあるようだ。


杏子「…貫いてるさ、徹頭徹尾…」

ほむら「……そうか」

杏子「なんだよ」

ほむら「……」



この子は嘘をついている。

いや、強がっているとでも言うのか。


ほむら「君が何を願い、魔法少女になったのか……そこまで踏み込むつもりはないけど」

ほむら「きっと、今の君の姿とは違うのではないかな」


杏子「……」


もし彼女が初志を貫徹しているのであれば、普段から夜の街をさまよう不良少女にはなっていないはずなのだ。


杏子「…私の願いは叶ったさ……ただ、その先の結果が裏目に出て、取り返しのつかない事になっちまったのさ」


そういう事も大いにある。


杏子「今の私の姿が違う?ったりめーさ……私の願いは、もうどう足掻いても戻ってきやしないんだからな」

QB「きゅぷっ」


片の白ネコが払われた。


杏子「もう他人の為に魔法は使わない……私の初志はそれだよ」

杏子「そこが私の始まりだ」

杏子「……それまでの私は、もう終わってるんだ」


哀愁の漂う表情。

黄昏が表情に影を落とす。


ほむら「なら、君は私と関わらない方が良い」

杏子「!」


エレベーターへ向かって歩く。


杏子「どうして…」

ほむら「この町にはマミという魔法少女がいる」

杏子「マミ…」

QB「杏子は昔……きゅぷ」

杏子「あいつがどうしたんだよ」


ほむら「…彼女の信念と君の信念は相容れないだろう、それと同じ」

杏子「……そうだけど」

ほむら「まあ、私も君寄りといえば君寄りな感覚でいるんだけどな、使い魔に対しては」

杏子「なら…!」

ほむら「しかし君ほど極端にルーズでもない」


ほむら「…私はマミと共に見滝原にいることを選んだ」

杏子「……」

ほむら「そんな私と居るということはね、杏子……君の信念を変えるしかないということなんだよ」


さやかもじきに魔法少女となる身だ。

彼女はマミと同じか、それ以上に正義を重んじる魔法少女となるだろう。

そうなれば、さやかは杏子の事を許さないはずだ。


グリーフシードを多くストックしておきたい気持ちはわかる。

頷ける合理性はあるが見滝原でそのスタンスは許されない。




杏子「…なんでっ、どいつもこいつもっ、わかってくれないんだよぉ!!」


叫んだって許されない。



杏子「私はこうするしかないんだよぉ!!」


槍を構えて突撃したって許されない。


カチッ

( *・∀・* )今日はココマデヨー

(*・∀・)*・∀・)*・∀・) ヾ(・∀・* ) ミクッ

(*・∀・)○ ガツガツ

ワトスンじゃなくて(馴染みもあって)ワトソンにしたから、なら揃える意味で、レストレードじゃなくてレストラードにしようってオモッタノヨ


プランクとプランクの狭間に入り込む。

ブレた写真のように停止する世界。


怯えたような、怒ったような、感情を剥き出しにした杏子が、槍で私の足下を狙っていた。

彼女は私を殺すつもりはない。

だが、譲れないものはあったのだろう。

これ以上に手持ちを失いたくない彼女は、感情を爆発させたのだ。


持たざる者であろうと強く願う自分が、仲間を欲するという矛盾を抱えて。



ほむら「……君の事情はわからないけど、君が変わらなければならないんだ」


槍の先を鉄パイプで叩き返す。

手応えはあったが、鉄パイプは割けた。


ほむら「ここ私の居場所だ、そちらに行く気も、連れていかれるつもりもない」


解体用ハンマーで槍を叩き返す。

ハンマーに深い穴が空き、槍は僅かに動いた。



ほむら「君の昔は知らないけど、昔に戻ってみたらどうだ、杏子」


カチッ



杏子「ぐあっ!」


突き出したはずの槍が一気に弾かれる。

鉄パイプやハンマーなどによる積み重なる衝撃が、握りこんだ柄を押し返したのだ。

時間の止まった世界でのエネルギーは重複する。


杏子「ぐっ……ほむらぁ…!」


やさしく転げた身体を起こし、恨めしげにこちらを睨む。


ほむら「私はマミと…一緒にやっていくことに決めたんだ、それはもう変えられない」

杏子「……」

ほむら「人の為に魔女と戦う…もちろん使い魔とだってね、悪いことではないだろう」


グリーフシードは貴重品だ。魔法少女の生命線でもある。

けれど、他人の犠牲の上で、過剰にそれを手にしようとは思わない。


私は暁美ほむらとは違う魔法少女なのだから。



杏子「……なんの見返りだってないんだぞ」

ほむら「いらないね、魔法少女が一般人から何をもらおうっていうんだ」

杏子「そんな綺麗事がいつまでも続けられると思ってるのかい?」

ほむら「……」


そう言われると言葉につまるけれど。


ほむら「今の私にとっては、それが全てだよ」


暁美ほむらではない私でいることこそが、私の意味であると思っている。


杏子「…………たと思ったのにっ……」

ほむら「?」


俯いた彼女が呪詛か何かを零したように聞こえたので、反撃を予想した。


だがそれとは反して、杏子は紅を翻して屋上から飛び去っていってしまった。

捨て台詞も吐かぬままに、彼女は私のもとを去っていった。


寂しい後ろ姿が屋上から消える。

飛び降り自殺ではないだろうと信じたい。



QB「やれやれ、彼女は一体何しにきたんだか」

ほむら「……」


彼の言葉を復唱したい気分でもあった。

けれど杏子の気持ちは、多分だけど、私にはわかる気がした。


ああ。そろそろ落ちる斜陽が眩しい。



QB「ところで暁美ほむら、さっき杏子の攻撃を防いだのは、一体どういった仕掛けだい?」


とぼけた双眸をこちらに向けてきた。


ほむら「君にもわからないか、キュゥべえ」

QB「予想はいくらかあるけれど、確信に至るものはないかな」

ほむら「やれやれ、君が授けた力だろうに」

QB「僕にその記憶はないんだけどね」


おお、奇遇だな。私も記憶にない。


QB「……」

QB「やれやれ、参ったなあ、早くまどかを契約させないといけないんだけど」

QB「暁美ほむらが何を吹き込んだのか、なかなかしてくれないし」

QB「マミを焚きつけようとも思ったけど、彼女も暁美ほむらの影響で、僕と関わろうとしてくれない」


QB「暁美ほむら……君は一体何者なのかな」

QB「興味深いイレギュラーだけれど、最近は君の事を厄介に感じてしまうよ」


QB「……ちょっと予定を早めて、強行策に出るべきかな」

QB「彼女達、魔法少女がどういった反応を返すのか、僕には見当もつかないけどね」


QB「これも宇宙のためだ、仕方ない」

((( *・∀・* )オヤツ タベル


まどか「うんしょ、うんしょ……うう、こんな高い所までなかなか手が届かないよ…私もさやかちゃんくらいあればな…」

まどか「…あ、届いた…んしょ」


まどか「……っとお……ふー、これで部屋に散らかった羽根は全部かな」

まどか(綺麗な羽根だけど、散らばってるの良くなさそうだしね……やってくれたなぁ、あのハトさん…)



カケチャイケナイタニンハァナニ♪


まどか「…あ、さやかちゃんからメールだ、なんだろ」

まどか(また明日の宿題かなー?)

パカ


: まどか起きてる?明日の放課後、予定開けといてくれないかな?ちょっくらさやかちゃんの話に付き合ってほしくてさー


まどか(放課後の話なら明日学校で会った時にでも良いのに…)


: うん、大丈夫、おっけーだよ


まどか(よっぽど大事な話があるんだろうなぁ……)


カケチャイケナイタニンノハァナニ♪



: あ!!ごめん、まどか!それと明日までの宿題の範囲なんだっけ!!

まどか「…てぃひひ、やっぱりさやかちゃんは変わらないなぁ」



瓦礫の山。


小さな頂の鉄骨のベンチに、私は腰かけていた。

夢で見慣れた荒廃の街だ。


ただしいつもと違う所がある。


景色がイマイチぼやけているのはいつものことであるとしても、唯一くっきりと見えるものがある。

私の前に聳える小さな瓦礫の山の頂に座る、俯いた“私”だ。


二十歩の登山の後に、息切れもしてはいないが、疲れたように座る彼女の横に私も腰をかけた。

彼女は私と全く同じナリをしている。

違うといえばテンションか。



ほむら『どっこいせ』

『……』


自分の服をまさぐってみたが、食料らしきものは出てこない。

まったく、自分に話かけなければならないほど口寂しいとは。


ほむら『鉄骨の上は、冷たいな』

『……』

ほむら『なんというか、子宮が冷えるな』

『……』

ほむら『座布団でもクッションでも、敷いてみたらどうだ』

『……』

ほむら『楽になるぞ』

『……』


彼女は何も答えないまま、そして私の意識は瓦礫の世界から離れてゆく。


ほむら「……ん」

「にゃぁ」


結局、夢だ。

不毛な大地で過ごす不毛なひとときだった。


ほむら「っ……つつ」


また私は座ったままで寝ていたらしい。

尻が痺れている。辛い。


「にゃあー」

ほむら「…ちょっと待ってて、ワトソン、すぐ用意するから…」


はいずるように机から離れ、キッチンへ向かう。

早く朝食を用意しなくては。今日は学校だ。



ほむら「ふぁああ……あと13日かぁ…」


急いで朝食を食べなくてはならない。

とにかく胃に掻き込もう。エネルギーを補充しなくては人も車も動かない…。


ほむら「ん?13日?…13日って何だ」

「にゃ?」

ほむら「……違う違う、八時半だ、急いで食事の用意をしないと」

「にゃー」


ほむら「…いそい…で……?」



ほむら「……!!」


私の背筋が凍りついた。

なんということだ。ああ。

まずい。



ほむら「……ポットに……お湯がない」

/ハンカチ/*・∀) 今日はココマデネ


和子「さーて……まぁとりあえず朝はコーヒーよね……」

和子(それからHR、一時間目は1組ねー、あのクラスは真面目なんだけど静かすぎるというか…)


カラララ


ほむら「あ」

和子「え?」


ゴポポポポ・・・


ほむら「……」

和子「…職員室で何をやっているのかしらー?暁美さーん?」

ほむら「これには並々ならぬ事情が…」

和子「聞いてもいいけどそのカップラーメンはどう弁解するつもりかしらね~」

ほむら「いや、弁解というより…このポットがボタン式じゃなくてちょっと面倒臭いというか」

和子「ふふふ、暁美さあん、そういえば日頃の事業態度の件についてもお話があるから、もうしばらくここにいましょうねえ~」

ほむら「…厄日だ」ズルズル



早く登校したというのにこのありさま。

やわらかなパイプ椅子の上で食事を摂れるというのはありがたいことだが、向かいの担任がなんとも口うるさい。


静かに麺を啜らせてほしいものだ。


和子「一人暮らしが大変なのもわかっていますけど、そういう時は先生達にも頼って欲しいですねっ」

ほむら「ふぁい」


ずるずる。


和子「クラスのみんなと馴染めているのはとても良い傾向なんですけど、逆に先生達に対する日頃の授業態度の悪化が見られてますから…」

ほむら「ふぁ」


ちゅるん。


和子「ちょっと!真面目に話している時に汁を飛ばさない!」

ほむら「あ、すいません」


向かい側に人がいるというのも珍しいので、ついやってしまった。

これはしたり。


ほむら「はあ」


やれやれ、小言慣れしないな。

しかし日頃の退屈な授業も悪いのだ。

あの範囲は何度も反復してやったようにも思えてしまうほど手ごたえがない。

テストだって同じだ。手が答えを覚えているように答案を埋めてしまう。


そういった授業中のつまらなさについては、秀才だった暁美ほむらを逆恨みしてしまおうか、という程度だ。

多少は考えめる問題用紙を配布してほしい。



ほむら(しかし、先生から態度の悪さを指摘されるのはさすがに良くないか…)


身の振りをわきまえ、ノートにマジックの案を書き記すだけに留めておくべきだろうか。

これ以上の素行の悪さはクラスでも目立ってしまうだろう。

クラスメイトから変人扱いされるのはあまり良い事ではない。




「おや、君は」

ほむら「?」


廊下を歩く私に白髪はげのおじいさんが話しかけた。


「確か、…ええと…暁美……ほむら君だったね?」

ほむら「ええ、まあ」


私はこの男を知らない。


「昨日偶然、町で君を見かけたのだが、びっくりしたよ、あのマジックショー」

ほむら「え」

「いやあ見事の一言につきますな、芸は身を助けるといいます、大事にするといいですよ」


老人は笑顔でそれだけほめちぎると、朗々と笑いながら廊下の向こうへ去っていってしまった。


さやか「よー、ほむら!」

ほむら「……おはようさやか、元気だね」

さやか「へへ、まあねえ」


まどか「おはよー、ほむらちゃん」

ほむら「ああ、おはようまどか……ねぼけた顔をしているけど大丈夫かい」

まどか「ね、ねぼけてないよ?」


仁美「おはようございます、ほむらさん」

ほむら「おはよう仁美……今日も綺麗だね」

仁美「あらっ」


さやか「どうしたんだほむら、今日は朝から随分と上の空じゃん」

まどか「さやかちゃんみたいに月曜日が嫌いなのかな」

さやか「わ、私だけじゃない!はずだぞ!」

ほむら「うん……まあ、ちょっと気になったことがあってね……」

仁美「? ほむらさんがですか?何かあったのですか?」

ほむら「ああ、気のせいかもしれないんだけどな……」

まどか「うん」


ほむら「なあ、私って……目立ってるかな」


さやか「目立ってるけど?」

仁美「目立ってますわね」

まどか「目立ってるねー」


ほむら「……そうか」

( *-∀-)ウトウト・・・


杏子「……」

QB「どうしたんだい杏子、昨日から何もしていないじゃないか」

杏子「うっさい」

QB「暁美ほむらと戦って撤退してからというもの、君は随分と行動力が落ちているね」

杏子「ほっとけ」


杏子「…もうあいつには関わらないよ…あいつがそう突き放したんだ」

杏子(マミのようにな……)ムシャ


QB「…ねえ杏子、つい最近僕が手に入れた情報なんだけど、聞いてくれるかな」

杏子「しつこいぞ、もうほむらの所には…」

QB「およそ二週間後、この近くにワルプルギスの夜がやってくる」

杏子「!!」


QB「そのために――」

杏子「オイ、なんでわかる」

QB「僕がそういった予兆を察知できるのは不思議かい?」

杏子「…それは本当なのか」

QB「あくまでも予想だし、必ず来るものとは限らないかもしれない…けれどおおよそ二週間後には、何か強大な魔女が現れるはずだよ」


杏子「……」

杏子(ワルプルギスの夜……超弩級の魔女…)

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