勇者「世界救ったら仕事がねぇ……」(1000)

勇者「魔王も倒して、世界を闇から救ったはいいけど」

勇者「勇者的にはやることがもうなくなってしまった」

勇者「用心棒とかは『いやいや、勇者様には!』とか言われるし……」

勇者「定番の国の姫と結婚とかは、隣国の王子との婚約が決まってるとかで出来ず……」

勇者「褒美をもらって、ぐーたらしていたら、白い目で見られ始めたし」

勇者「パーティーも解散しちゃったしなぁ」

勇者「実家に帰っても、ごろごろしていたら、母さんに怒られたし」

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<注意点>

・同ネタ多数は承知の上。
・オチが弱いのもいつもどおり。
・のんべんだらりと読んでください。
・地雷臭を感じたら退避。

それではどうぞ。

勇者「身分を隠して、どこかの闘技場にでも出るかなぁ」

勇者「つーか、勇者って職業じゃないから、転職できないんだよな……」

勇者「山でウサギでもとって暮らすか?」

勇者「ほら、結構世界を救った勇者って山で隠遁生活を」

勇者「ああ、でもなー、俺まだそんなじじい暮らしするほど老いてないし……」

勇者「褒美の半分くらいは実家に預けちゃったけど、まだお金残ってるしな」

勇者「……」

勇者「あ、そうだ。パーティーのみんなに会いに行くか」

勇者「そんで、あわよくば再就職先を斡旋してもらおう」

田舎の村。

勇者「この辺に戦士が住んでいるって聞いたけど」

村人「おお、あなたは勇者様ではありませんか」

勇者「お、おう」(知らん人から話しかけられた)

村人「もしや、戦士殿に会いに?」

勇者「そ、そのとおりだ」

村人「……すみませんが、それはやめていただけますか」

勇者「ど、どうして?」

村人「戦士殿はこの村で結婚もされ、畑を耕し、自警団長としても活躍されておりまして……」

勇者「はぁ」

村人「この村の大切な一員なのです」

勇者「……?」

勇者「それがどうかしたんですか」

村人「いや、ですから、また冒険へと連れて行かれては……」

勇者「ち、違うって! 久しぶりに会いに来ただけですから!」

村人「そ、そうでしたか! それは失礼いたしました」

勇者「よければ、呼んでもらえますか?」

村人「それでは、早速、戦士殿を呼んできます! お待ちくださいね」タタタッ

勇者(勇者って冒険しかしてないイメージなのかな)

勇者「ううん、そうなると、この村で働くとかは」

戦士「おーい! 勇者!」

戦士「久しぶりだな! この村に来ていたのか」

勇者「おう、戦士! 聞いたぞ、結婚もしたんだって?」

戦士「お、おう。すまんな、式にも招待せず」

勇者「あー、いいっていいって。それにしてもこの村は」

戦士「ああ、俺の故郷だ。錦を飾るってやつでな」

勇者「ふ、ふ~ん」

戦士「今日は泊っていくんだろ?」

勇者「そうだな……積もる話もあるだろうし」

戦士「よし、妻に話しておくぜ」

勇者(奥さんか……)

戦士宅。

勇者「お邪魔します」

戦妻「あらあら、どうぞいらっしゃいました」

戦士「そんな畏まらなくていいんだぞ」

戦妻「もう、あなたったら。せっかくのお客様でしょ?」

戦士「バカ。よし、一番いい酒出しておくれ」

戦妻「はーい」テッテッテ

勇者(すげぇ巨乳)

戦士「ちょっと猫被ってるんだあいつ」

勇者「そ、そうなのか? ちなみにどういう関係で」

戦士「ああ、同じ村の出身でな」

勇者(お、幼馴染かよッ)

戦士「……どうだ、世界の方は」

勇者「ん? ああ、気抜けするくらい平和だよ。少なくとも、俺の実家も」

戦士「そうか。俺はもう、たくさん稼いだしな、いろいろ教えてくれ」

勇者(地に脚つけてる感じでうらやましいんだが)

勇者「ち、ちなみに、畑仕事しているって聞いたけど」

戦士「まあな。元々村全体が、魔物も来ないような貧弱な土地だったから、なんとかしてやりたくて」

勇者「ああ、そういや、賢者にいろいろ聞いていたな」

戦士「おう。肥料に品種改良、新しい農具の考案書まで作ってもらったぜ」

勇者「お前の口から聞きなれない言葉が……」

戦士「うるせぇ!」

勇者「でも、それだけじゃないんだろ?」

戦士「ああ、聞いていたのか。いやなに、名前を売り出してあちこちに野菜の売買の交渉をしていたら、剣術を教えてくれって連中が集まってしまってな」

勇者(そ、それは聞いてない)

戦士「体力をつけて、いい武具を装備すれば勝てる! って言って適当に追い払ってたんだが」

勇者「いやあ、お前の場合はそれだけじゃないだろ」

戦士「そうかなぁ」

勇者「そういえば、冒険で来たときより、すごい人がいたな」

戦士「住み着いちまったやつもいる。道場を開かされる羽目になったよ」

勇者(こりゃ村の救世主になるわけだ)

戦妻「うふふ、盛り上がってますね」

勇者「あ、すみません、奥さん」

戦妻「この人ったら、何でもほいほい引き受けちゃうから」

戦士「う、うるせぇな」

勇者「ああー。俺が最初にメンバーを集めようとしたときもね、そのときはガキだったから結構断られてたんだけど、戦士がまず引き受けてくれて」

戦妻「あら、見る目があったのね」

戦士「そ、そういうことだ」

勇者「なんで俺がって言ってたぞ」

戦士「なんで覚えてるんだよ!」

勇者「おおー、これは戦士の名前入りワイン」

戦士「生産者の名前を出すってのが流行ってるらしい。つっても、俺はワインなんか作ってないんだけどなぁ」

勇者「じゃあ、何したんだよ」

戦士「一番うまいワインを選んでくれって試飲会を」

勇者「うわぁ……」

戦妻「あの時は、そんなに酔っ払わなかったけど、お腹がたぽたぽになったって」

勇者「十分、いやな話だろ」

勇者(ん……そうか、勇者ご推薦の商品とかだったら商売できる?)

戦士「そういや、何かあったのか?」

勇者「ん?」

戦士「久しぶりにやってきたから、何事かと思ったからさ」

勇者「お、おう」

戦妻 ニコニコ

勇者(やべぇ、奥さんのいる前で仕事の斡旋をしてくれとは言いづらい……)

勇者「い、いやまあ、その、な」

戦妻「あら、男同士の話かしら。なら、少し果物を切ってきますね」

勇者「あ、いや、すみません」

勇者(うおー気遣いできる幼馴染妻とか最高すぎる)

戦士「なんだ、そんな気を使わなくても」

勇者「お前はちょっとは察しろ」

戦士「……なんだなんだ、何かあったのか」

勇者「いやー、実はな。世界が平和になったせいで、仕事がな……」

戦士「あん?」

勇者「だ、だからな、仕事がほしいんだよ」

戦士「仕事がほしいって、勇者なら引く手数多だろうが」

勇者「ねーよ! そんなもん!」

戦士「お、おう」

勇者「用心棒や剣術指南は『間に合ってる』か『恐れ多い』でお断りだよ!」

戦士「うーん、そんなもんかな」

勇者「逆玉とか狙ったけど失敗したし!」

戦士「じ、実家はどうなんだ」

勇者「お前と違って、俺は元々勇者になる修行しかしてなかったから、実家の仕事とかもないんだよ」

戦士「お前、農村出をバカにしてんのか」

勇者「とにかく、仕事がない。マジで、ない」

戦士「いやしかし、褒美だってもらっただろ?」

勇者「もらったけど、あれでごろごろしろってか?」

戦士「いやそれを元手に事業を始めるとかさ」

勇者「じ、事業ってなんだよ」

戦士「それは俺にはわからんが……」

勇者「はぁー、そりゃ周りが慕ってくれてるお前なら、何か起こせるだろうけどよ」

戦士「いやいや、お前ほどの才覚のあるやつ、どこでも欲しがると思うんだがな」

勇者「……」

戦士「言われたことがないのか?」

勇者「うるせぇー!」

勇者「なんだよー、あんな巨乳でかわいい奥さんまでいてさー」

戦士「ば、バカ。それにああ見えてじゃじゃ馬なんだぞ、あいつ」

勇者「巨乳幼馴染でツンデレ妻とかいい加減にしろよ!」

戦士「あのなー」

勇者「……もしかして、子どもも?」

戦士「……ああ、3ヶ月だ」

勇者「くそっ、ふざけるな!」

戦士「うおっ、からみ酒だったっけ? こいつ」

戦士「大体、俺みたいなやつより、僧侶とか賢者とかに聞いたほうがいいんじゃないのか」

勇者「……」

戦士「奥さんで言うなら、あの二人なんかお前に気があったと思うし」

勇者「いや、それはない」

戦士「ええー? そうかな」

勇者「僧侶さんは、信仰に篤くてまったくその気がないし、あー、賢者はクズだしな」

戦士「お前、仲が良くなかったからって、賢者をそんな風に」

勇者「それに、賢者は魔王を倒した後、どっかに行っちまったじゃないか」

戦士「そうだったっけかな」

勇者「……よし、戦士。勇者ブランドをつくろう」

戦士「は?」

勇者「だから、このワインみたいにさ、ここで勇者ブランドをつくって、売り出すんだよ」

戦士「いやお前、この村に住むってことか?」

勇者「そりゃそうよ! 農業なんて初めてだな~」

戦士「お前はやめたほうがいいと思うぜ」

勇者「な、なんでだよ」

戦士「こう言っちゃなんだが、場当たり的だろ、お前」

勇者「それがどうした」

戦士「冒険の時も、俺と賢者でフォローしてたしな」

勇者「お前らが慎重すぎるだけなんだよー」

戦士「いやいや。だから、そういうんじゃ村では歓迎されないし、大体、農業は天に頼る仕事だ。飽きて放り出したりできないんだぞ」

勇者「う、うるせぇな。やってみなくちゃ分からんだろ」

戦士「分かるよ。お前は勇者らしいんだろうが、無計画すぎる」

勇者「……」

戦士「冒険者だってちゃんと計画立てるだろうに、薬草の数が足りなくて死に掛けたことも覚えているぞ俺は」

勇者「あ、あの時は、武器がどうしても欲しくて」

戦士「だったらもう少し稼げばよかったろうに。道具を全部売って武器を買うバカがどこにいるんだ」

勇者(正論だな……)

戦士「……ふむ。なるほどな」

勇者「な、なんだよ」

戦士「どこでも欲しがる人材かと思っていたが、案外、平和な時は組織の邪魔になってしまうんだな、お前」

勇者「れ、冷静に評論するんじゃねぇー!」

隣国。

勇者「結局、戦士にゃ仕事を紹介してもらえなかった」

勇者「こうなったら僧侶さんだ」

勇者「僧侶さんなら、教会で偉い立場についてるだろうし、いろいろ分かるだろう」

勇者「あ、すみませーん」

村人「はい?」

勇者「この辺に、勇者一行だった僧侶さんは……」

村人「あ、ああ。そういうあなたは、勇者様?」

勇者「そのとおり、勇者ですよ」エラソウ

村人「そ、そうですかぁ、僧侶さんに」

勇者「……? なにかあったんですか?」

村人「実は、僧侶さんは、わが国の教会を出て行ってしまったんですよ」

勇者「な、なんだって!?」

教会。

神父「……そうですか、僧侶にお会いしたいと」

勇者「出ていったって、何があったんですか?」

神父「うむ……実は、僧侶は旅をする途中で、多くの孤児に出会いましてな」

勇者「そ、その孤児を」

神父「さよう。いただいた褒美もすべて孤児院設立に使ってしまったそうで」

勇者「教会には戻ってきていないんですか」

神父「寄付を募ったり、孤児の働く場所を確保するために、各国を回っているうちに、もう教会には戻れないと……」

勇者「ど、どうして戻れないんですか」

神父「勇者殿、僧侶はこの国に孤児院を設置したわけではありません」

神父「他国では、わが教会と関わらない土地もある。そのようなところで、孤児院や作業場などを作ろうとすると、その承認や手続きのため、大変な苦労が必要なのです」

勇者「はぁー、なるほど」

神父「教会から他国に口を出すなどすれば、大変なことになりましょう」

勇者「はぁ……なるほど」

神父「したがって、一市民として、建設に携わると……」

勇者「僧侶さんらしいなぁ」

神父「一応、支援は行っているのですが」

勇者「じゃあ、居場所は分かるんですか」

神父「ええ、まあ。勇者殿の方がお詳しいかと思っておりましたが」

勇者(実家でごろごろしてたとは言えねぇ……)

孤児院。

男子1「せんせー、遊んでー」

女子1「せんせー、お腹すいたー」

女子2「うえぇぇん、男子くんがぶったぁああああ」

男子2「せんせー、俺、わるくない!」

僧侶「はいはい、みんな、もうお昼だから、ケンカしちゃだめですよ」

わいわい、がやがや。

トントン

僧侶「は、はい!」

勇者「あのー……」

僧侶「ゆ、勇者様!?」

強烈に眠い。書き溜めはしてあるので、明日にでも全部投稿します。

今日は失礼。

10時頃からになりそうです。
がんばります。

僧侶「す、すみません、ばたばたしてしまって」

勇者「いやいや、お昼時に申し訳ないことを」

僧侶「……元気でしょう、子どもたちが」

勇者「そうですねー。まさか、孤児院を建てていたなんて知りませんでしたよ」

僧侶「ええ。魔王征伐の旅の途中では、それどころではありませんでしたから」

勇者「がんばったんですね」

僧侶「はい。子どもたちの笑顔が、見たかったんです」ニコッ

勇者(僧侶さんの笑顔もステキだあああ!)

僧侶「ど、どうしました、勇者様」

勇者「あ、ああ、いやいや」

勇者「せっかく僧侶さんなら、教会でも重要な地位につけると思ったんですけど」

僧侶「私には向いておりません。現場で誰かを救う方が好きなのです」

勇者(ええ娘や~)

僧侶「そういえば、勇者様はどうしてこちらに?」

勇者「うっ」

僧侶「確か、最後に立ち寄った王国に客人の身分で滞在なさっていると」

勇者(実家帰ってごろごろしてましたぁあああああ!)

僧侶「ま、まさか、再び闇がこの世界をっ」

勇者「いーやいやいや、そういうんじゃないですよ!」

僧侶「そ、そうですか」ホッ

勇者「ただちょっと、僧侶さんの顔が見たくて」

僧侶「そ、そうですか?」ポッ

勇者「その、戦士は故郷帰ってたから、僧侶さんはどうしてるかなって」

僧侶「わ、私はその、こうして、子どもたちのために生きています」

勇者「でも、戦士なんかかわいい幼馴染と結婚してるんですよ?」

僧侶「え! それは喜ばしいことです」

勇者「しかも巨乳で妊娠三ヶ月」

僧侶「あら、おめでたいですわ!」

勇者「……僧侶さん?」

僧侶「お祝いを言えなかったのが残念です……」

勇者「な、なんだったら、俺が伝えておきますよ」

僧侶「まあ、でも、そんな悪いです」

勇者「それとも、あれですか、俺とその……して、戦士のところに行くって言うのでも」

僧侶「……」

勇者「僧侶さん?」

僧侶「それは、できませんわ」

勇者「どうしてですか?」

僧侶「私は、ここにいる子どもたちを置いてはいけません」

勇者(くっ、僧侶さんのヒモになる計画が!)

僧侶「た、確かに、その、男手がほしいと思うときもありますけれど」

勇者「! じゃあ、俺」

バタン

貴族「僧侶さんはいらっしゃいますか!」

勇者「お、おお?」

貴族「うん? なんだ、貴様!」

僧侶「あら、貴族様ではありませんか」

貴族「そ、僧侶さん、この男は何者ですかっ!」

僧侶「その方は、私と一緒に旅をした勇者様です」

貴族「な、なんだと……この冴えない男が」

勇者「おいてめー、いい度胸してるじゃねぇか」

僧侶「あら、お客様が増えたなら、お茶をお入れしますね」パタパタ

貴族「―――き、貴様、本当に勇者だというのか」

勇者「正真正銘、俺が勇者だ! なんなら試してみるかい?」チャッ

貴族「ふん、こんなところまで何をしにきた」

勇者「かつての仲間に会いに来ちゃいけないっていうのかい」

貴族「会ってどうするつもりだ。ま、まさか、また何か大きな闇がっ!」

勇者「いや、違うけど」

貴族「そ、そうか。僧侶さんはここの子どもたちを置いてはいけないからな」ホッ

勇者(大げさなやつだな。こいつも)

貴族「では、それ以外で何か用だというのか」

勇者「そういう俺のほうこそ聞きたい。貴族が孤児院に何の用だ」

貴族「そ、それは……」

僧侶「お茶を淹れなおしましたよ~」

貴族「あ、ありがとう!」パァッ

勇者(なるほど)

貴族「いや、僧侶さんの淹れたお茶はすばらしい」

僧侶「そんなこと、貴族様がいつもよい葉をご用意していただけるからですわ」

勇者(うおお、そこまでモーションかけてんのか)

貴族「いやいや、お茶は、淹れる人の心が出てくるものなのだ」

僧侶「まあ、お上手ですわ」ウフフ

貴族「う、うむ」カァッ

勇者「きざっ」

貴族「な、なんだ、その言葉は」

僧侶「勇者様は貴族様をご存知でないでしょう? 紹介いたしますわ」

貴族「う、うむ。わが国きっての名門、貴族である」

僧侶「孤児院設立のために、尽力された方なのです」

勇者(下心で協力したようにしか見えん)

僧侶「それだけではなくて、度々、こうしてお出でくださって、お手伝いまで」

貴族「いやなに、わが国の領民を守るためだ。むしろ、僧侶さんには頭の下がる思いだよ」ハッハッハ

勇者「頭上げてんじゃん」

貴族「な、なんだと」

勇者「頭が下がるってんなら、孤児院に援助くらいしてるんだろうな」

貴族「ふん、それどころか、ひと働きしているくらいだ」

僧侶「……でしたら勇者様も、貴族様とご一緒に、薪割りをしてくださいますか」

勇者「ま、薪割り……あんたそんなことまで」

貴族「ふははは! 勇者殿にはちとキツイ仕事かな?!」

勇者「なんで偉そうなんだよ」

一時間後。

勇者「はぁーっ、はぁーっ、つ、疲れた」

貴族「だ、だらしがないですな、勇者殿」

勇者「ひ、久しぶりになたなんか振るったからな」

貴族「ふ、ふふふ、女性の身でもやっているんだぞ、僧侶さんは」

勇者「あんた、いつもこんなことやってんのか」

貴族「こ、今回は割とハードな仕事だったが、大工仕事とか、洗濯をしたりとか」

勇者「あんた、本当に貴族なのかよ」

貴族「その通りだとも。領民を監督するのは領主の務め」

勇者「でも、僧侶さんを狙ってんだろ」

貴族「ねらっ……確かに結婚を申し込んだことはある」

勇者「あるんじゃん」

貴族「しかしだな、元々は僧侶さんが私を尋ねてこられたのだ」

勇者「それは孤児院設立のために、協力者を探していたからだろ?」

貴族「うむ。彼女の熱弁を聞いて、私も気づいたのだ……わが国がなぜ魔物に押されていたのか」

勇者「へぇ」

貴族「要するに、民生に対する意識が低かったのだ。大臣、兵士は王室しか守らない」

勇者「はぁ」

貴族「その結果があのようなあふれるほどの戦災孤児だ」

勇者「ふーん」

貴族「私は、王政の改革を行いたいと思っている。しかし、そうなれば混乱が生まれるかもしれない」

勇者「そんで?」

貴族「まじめに聞いてもらえぬか?」スラッ

勇者「聞いてるじゃねぇか! 剣を抜くな!」

貴族「つまりだな、僧侶さんに安全でいてもらうために、結婚を申し込んだのだ」

勇者「勝手なやつだなー」

貴族「何を!」

勇者「大体、僧侶さんはあんたより強いぜ?」

貴族「そ、そのようなことはない」

勇者「まあ、でも、俺もなまってるからなー」チャッ

貴族「ぬ……」

勇者「相手になるぜ。腕の一本くらいは覚悟しているんだろ?」

貴族(なんだ、こいつ。剣を構えた途端に雰囲気が変わったぞ……!)

勇者「剣を構えると人格が変わるんだ」

貴族「危険人物ではないかっ」

僧侶「お二人とも、薪は……って」

勇者「おー、僧侶さん。ちょっと一本試合をするから、待っててくれ」

僧侶「だ、ダメです! 勇者様! その方は大事なお客人なんですよっ」

貴族「そ、僧侶さん……なに、このような腑抜けに遅れは取りません」

僧侶「ダメですー!」ブン

勇者「うわっ、洗濯桶か」

貴族「おうっ」ゴン

僧侶「きゃー!」

勇者「僧侶さんが本気を出していたら死んでいたな」

僧侶「もう、お二人とも、はしゃぎすぎです! 貴族さんは気絶してしまうし」プンプン

勇者「いや、それは僧侶さんが……」

少女「……」ジーッ

勇者「お、おう。どうした」

少女「弱そう」

勇者「おい、くそがき」

少女「逃げろーっ」タタタッ

勇者「……教育がなっていないんじゃないですか? 僧侶さん」

僧侶「い、いえ、どの子も、寂しいだけかと」

僧侶「そ、そういえば、肝心なことを聞き忘れていましたね」

勇者「なんでしたっけ」

僧侶「その、勇者様は、どうしてこちらに?」

勇者「あ、あー……」

勇者(仕事を求めてとか言うべきか)

僧侶「私のことでしたら、お気になさらずに」

勇者「いや、僧侶さんに、相談したいことは、あったんですけど」

僧侶「まあ、何かしら」

勇者「でも、あの貴族とかもいるんだったら、特に心配はないですかね」

僧侶「よろしいのですか?」

勇者「ええまあ。困ったことがあったら、言ってくださいよ」

僧侶「え、ええ」

帰り際。

勇者「参ったな。この調子だと、仕事を見つけるなんて出来そうもないぜ」

貴族「……待て!」

勇者「……なんだよ」

貴族「貴様に一つだけ言っておきたい」

勇者「手短にしてくれないか」

貴族「もし、私が蜂起したとき、国王に味方しないでほしいのだ」

勇者「いや、俺もあのおっさんに味方したりはしないけど」

貴族「しかし、わが国王と貴様の国の王は友人関係にある。そしてそこには貴様の母上殿も、いる」

勇者「……母さんを人質にする可能性もあるってことか?」

貴族「そうだ。まあ、戦争が長引けば、の話だが」

勇者「バカらしい、仮にも英雄の家族をそんな風に扱うかね」

貴族「どうかな。我が家も建国からの名門であるが、いまやないがしろにされつつある」

勇者「……あっ、それより、俺を雇うとかってのはどうよ!?」

貴族「はぁ?」

勇者「いやあ、いま、仕事を探しててさ」

貴族「確かに、救世主が我が方についたとなれば、断然有利だが」

勇者「だろ? まあ、世界を救う次が、反体制軍ってのも格好悪いかもしれんが」

貴族「……いや、しかしな。貴様はこの国に骨を埋めてくれるのか?」

勇者「え?」

貴族「王政の改革などと言っても、戦乱の後には保守派との長い地味な政治対決が待っている」

勇者「そ、それは任せるけどさ」

貴族「つまり、貴様は戦が終われば離れてしまうのだろう?」

勇者「……まあ」

貴族「貴様が我が方に入れば、それは反体制の核になる。しかし、長い政治の戦いで核が抜けては何の意味もないのだ」

勇者「えーっと……」

貴族「国を変えるのに英雄はいらないのだ。僧侶さんのような人こそが、求められる」

勇者「お前、俺をdisりやがって」

貴族「申し出は、感謝する」ペコ

勇者(いや、感謝より仕事くれよ)

少女「あっ、弱そうなやつ!」

勇者「ああん?」

少女「もう帰るの?」

勇者「そうだよ。ここに俺の居場所はなさそうだからな」

少女「……弱いのに無理するから」

勇者「弱くねぇよ! 俺は世界を救ったんだよ!」

少女「大人は口だけだから」

勇者「てめぇ……」

―――ハハハッ 

少女「!」

勇者「なんだぁ?」

少女「隠れて、隠れて」

勇者「おい、ちょっと」

兵士A「こんなところに孤児院なんて作ったのか」

兵士B「元勇者の一行らしいぜ」

兵士C「ケッ、いけすかねぇな。大体、勝手に死んだ連中のガキを集めてどうしようってんだ」

兵士A「それがな、どうも反王政派の大物が出入りしてるんだってよ」

兵士B「じゃあ、テロリストのアジトか!」

兵士C「テロリストの養成所ってわけだな……」

兵士A「なに、そのうち……」

兵士B「そういや、元勇者パーティーの戦士が……」

兵士C「マジか? 隊長に……」


少女「……」

勇者「おい、苦しいぞ」

少女「も、もういいよ」

勇者「なんだってんだ、あいつら。僧侶さんをこき下ろしやがって」

少女「あいつら、私のお父さんが助けを呼んだのに、助けてくれなかったんだ」

勇者「話が見えん」

少女「だから、魔物が来ても、村を助けてくれなかったの」

勇者「ふーん、そんなやつらだったのか」

少女「私も、早くこんな国出て行きたい……」

勇者「じゃあ、出ちゃえばいいじゃん」

少女「ダメ、弱いから」

勇者「だったら、強くなれや」

少女「弱いくせにえらそうだよ?」

勇者「俺は強いの!」

故郷。

勇者「くそっ、どいつもこいつも役立たずだな! まあ、俺が一番の役立たずって説もあるが」

勇者「ん、人だかりだな」

ざわざわ、ざわざわ

勇者「どうかしたんですか?」

村人「あ、勇者様! いやあ、実は、王様が魔物がいた土地に探検隊を出そうと」

勇者「ほ~……」

村人「なんでも、商人やら富豪やらに金を出させて、隊を作るって話ですよ」

勇者「た、探検隊かー。冒険なら得意だったし、俺にぴったりじゃん」

村人「あ、そういえば、その企画立案に、魔法使いさんも関わっていると」

勇者「魔法使い?」

勇者「おかしいな。魔法使いは賢者になったはずなんだが」

勇者「……その探検隊、ちょっと見に行きたいんですけど」

村人「あっ、今、お城で選抜をやってるそうですよ!」

道具屋「名の知れた冒険者たちがくるって言うんだから、楽しみだぜ」

武器屋「ああ、ここらで一儲けできそうだしな!」

勇者「おいおいおい、呼ばれてないよー俺」

勇者「よし、お城だな」

勇者「すいませーん! ちょっと通してください!」

\おお、勇者様だぞ!/ \もしかして勇者様も探検隊に?/

勇者「うひひ。ついでにかわいい女の子も物色するか」

魔法使い「ふざけんなバカ」ポカ

勇者「お、お前……魔法使い!?」

魔法使い「嫌なタイミングで現れたわね。どこかに出かけたと聞いて、チャンスだと思ってたんだけど」

勇者「お前、賢者にならなかったっけ?」

魔法使い「転職したのよ」

勇者「ふ、ふざけんな! 悟りの書返せよ!」

魔法使い「まあまあまあ。とりあえず、酒場でお話しましょうよ」

勇者「だ、だれが従うかそんな」

魔法使い「ちゃんとおごるから」

勇者「マジで!?」

魔法使い(こいつ、ホントアホね)

酒場。

勇者「それにしても、なんで魔法使いに戻っちゃったんだよー」プハー

魔法使い「魔王を倒してから、いろいろと考えたのよ」ゴクゴク

勇者「かわいかったのに」

魔法使い「ウゼェ。まあ、賢者じゃあ食っていけないということを悟ったわけ」

勇者「賢者だけにか」

魔法使い「賢者だけに」

勇者「つまらんよ?」

魔法使い「……そういうあんたは、今まで何してたの?」

勇者「そ、それは……ごろごろしてた」

魔法使い「だと思った。みんなが今後の相談をしているときも、お姫様の尻、追っかけてお城に泊ってたし」

勇者「あ、道理でみんなの居場所を知らなかったわけだわ」

勇者「でもな、一つ言わせてくれ。俺も今は、仕事を探そうと思ってがんばっているわけだよ」

魔法使い「それ、普通の人じゃん」

勇者「な、なんだと。じゃあ、お前は何の仕事してるんだよ」

魔法使い「うん。賢者時代の知識を活かして、いろんな事業の企画立案なんかをやってるわ」

勇者「何言ってるのかわかんね」

魔法使い「……戦士や僧侶には会ったんでしょ?」

勇者「おう、会った会った」

魔法使い「戦士が故郷の農村を再興させたいっていうから、参考書を書いたり」

魔法使い「僧侶が孤児院を作りたいっていうから、協力できそうな人物をリストアップしたり」

魔法使い「お互い別れる前に、そういうことをしていたわけ」

勇者「ああ……お前が立案者だったのか。道理でみんなよく考えているなとは思ってたけど」

魔法使い「そうよ。で、これなら仕事になりそうってことで、転職して事務所を作ろうとしていたのよ」

勇者「ふうん」

魔法使い「あんたはどうなの? 仕事は見つかった?」

勇者「いやいや、どこもかしこもうまく行かなかったり、断られたりでさ」

魔法使い「戦士や僧侶にも、仕事を斡旋してくれないかって行ったわけ?」

勇者「その通りだ」

魔法使い「……あんたは自分のことを知らなさすぎるし、他人を頼りすぎなのよ」

勇者「なんだよそれ」

魔法使い「いいこと、勇者ってのは、魔王を倒す最強の冒険者よ」

勇者「そうだろ」

魔法使い「でも、別に王国の兵士でもないし、傭兵でもないわ」

勇者「いや、支度金と褒美はもらったけど」

魔法使い「それはお給料じゃないでしょ。とにかく、魔王がいた頃は、この化け物みたいなやつをそこに向かわせるだけでよかったわ」

勇者「ばけもの……」

魔法使い「魔王がいなくなった以上、今度は魔物対人間ではなく、人間同士の争いになるわ」

勇者「うーん、そんなものかね」

魔法使い「そうよ。僧侶のところに行ったんなら、内紛の火種も見てきたんじゃない?」

勇者(あの連中か)

魔法使い「となると、各国からすればバランスブレイカーなあんたを、誰でも味方につけたいと思うわ」

勇者「う、ウソつけ!? どこもかしこも断られたわ!」

魔法使い「できればお姫様も、政略のために英雄と結婚したかったんじゃないかしら」

勇者「ええ、マジで、マジなん?」

魔法使い「相談受けたもん」

勇者「てめぇ、知ってたなら!」

魔法使い「言うわけないでしょ。そんな女の子を道具扱い」

勇者「まあ、そう考えるとかわいそうだけどよ」

魔法使い「……そんなものなのよ」ゴクゴク

魔法使い「ところで、魔王の時に、どうしてどこの国でも良くしてくれたか分かる?」

勇者「そりゃ、俺の活躍のうわさを聞きつけて」

魔法使い「違うわ。各国は牽制的にとはいえ、お互いに連絡を取り合っていたの」

勇者「はぁ」

魔法使い「魔王征伐という目的でつながりあった国々は、何かひとたび事が起これば、それをどこでも察知できるようになってしまったわけ」

勇者「ふーん」

魔法使い「つまり、あんたがどこかの国に肩入れするとなったら、一斉に他の国が敵に回る恐れも出てくるようになった」

勇者「おい……」

魔法使い「人間同士の争いと言っても、すぐ戦争にまでは結びつかないわ」

勇者「つまり……」

魔法使い「極端な戦力はかえって政治外交、交易の邪魔」

魔法使い「結局あんたは、味方にはほしいけど、世界征服する気でもなければ、うかつに手は出せない存在ってこと」

勇者「なんだそりゃあ!」

魔法使い「マジよ、マジ。今度の探検隊の企画を持っていく過程でも、勇者の元パーティーってだけでかなり警戒されたわ」

勇者「そ、そんなバカな話があるか」

魔法使い「戦士は村おこしをしているだけだから、大してにらまれていないけど、僧侶はかなり危険よね。内政に踏み込みかけているもの」

勇者「じゃあ、つまり、働けないのは、俺が勇者だからってことか」

魔法使い「そういうこと」

勇者「……じゃあ、仕方ないな。もう引きこもるしかない」ゴクゴク

魔法使い「アホか、あんたは」

勇者「だってよー、その調子だと、今度の探検隊も俺に入るなとか言っちゃうんだろ」

魔法使い「当たり前でしょ」

勇者「だったら何したらいいのかわかんねぇもんよー」

魔法使い「あんたは人を頼りすぎなのよ」

勇者「そりゃしょうがないだろ。勇者とはいえ、人の子だ」

魔法使い「そうじゃなくて。自分の価値を自覚したんなら、後は自分で生き方を考えればいいじゃない」

勇者「けどな……」

魔法使い「冒険者だって、今だから需要が高いのよ?」

勇者「本当かよ」

魔法使い「魔物にやられた地域や、人が入りにくかったところなんていくらでもあるわ。各国はそこを調べて、勢力を拡大したいのよ」

勇者「……」

魔法使い「自分の魅力をお金に変えられるかどうかは、頭を使わないとダメだわ」

勇者「ただし、頭を使えばチャンスだらけだ、ってか?」

魔法使い「そうそう、覚えているじゃない」

勇者「冒険時代は、口癖だったもんな。お前の」

魔法使い「私は体力がなかったからね。頭を使うしかなかったのよ」

勇者「うそつけ、冒険に最後までついてきたくせに」

魔法使い「……言いたくないけど、あんたに背負われて山を越したのだって一度や二度じゃないでしょ」

勇者「そりゃお前、仲間を見捨てる勇者はいないからな」

魔法使い「ふん、私は嫌だったわ」ゴクゴク

勇者「おいおい、ペース早くないか?」

魔法使い「とにかく、頭は自分で使いなさい」

勇者「……ふん」

魔法使い「あー、バーテンさん、もう二杯持ってきて!」

勇者「酒豪なやつだな」

帰ってきて。

勇者「……」


戦士『お前は勇者らしいんだろうが、無計画すぎる』

僧侶『私は、ここにいる子供たちを置いてはいけません』

貴族『国を変えるのに英雄はいらないのだ』

魔法使い『あんたは人を頼りすぎなのよ』


勇者「……そんなもんかねぇ」ガリガリ

勇者「……」

勇者「んー……」

勇者「言われるほど、俺はがんばってないわけじゃなくね?」

勇者「んー……」

いったん中断。短いので今夜中には終わります。

翌日。

魔法使い「は?」

勇者「だからさ、もう一度、四人で冒険しないかってこと」

魔法使い「あんたね……」

勇者「まだ行ってないところもあるだろ? 国同士の思惑も、四人パーティーなら巻き込まれづらいはずだ」

魔法使い「昨日の私の話を覚えてる? 事務所開くって言ったんだけど」

勇者「そうだけど、別に今度の探検隊に参加するわけでもないんだろ、お前」

魔法使い「はぁー、アホだアホだとは思ってたけど」

勇者「やっぱりダメか?」

魔法使い「却下よ、口説き文句くらい、もっと練習してきなさい」

勇者「ちえっ」

魔法使い「……行っちゃったか」

魔法使い「……」

魔法使い「まあ、故郷に帰った戦士とか、人生捧げてる僧侶に比べれば」

魔法使い「多少はね、自由が利くのは私かもしれないけど」

魔法使い「いやいや、何言ってるの私」

魔法使い「さーて、仕事仕事っと」

事務員「あ、所長!」

魔法使い「なにかしら」

事務員「新聞持って来てますよ!」

魔法使い「はいはい、そこおいといてねー……って」

戦士の村。

戦士「うーむ」

勇者「どうだろう。新しいところに冒険に行けば、市場を広げるチャンスはあるだろ」

戦士「そりゃ確かに、俺自ら別の国に行くこともあるが……」

勇者「やっぱり、俺たちは冒険してなんぼのところはあると思わないか?」

戦士「すまん。数週間ならともかく、身重の妻までおいて、そこまで長期間の冒険は、難しい」

勇者「けどよ、世界を救ったって言っても、まだまだ混乱の種は残っているんだぜ」

戦士「うん。だからこそ俺は居を構えて、この村で暮らしたいんだ」

勇者「そうか……いや、無理なことを言って、すまなかった」

戦士「いや……」

戦士「……」

戦妻「どうしたの? お茶も飲まずに勇者さん、出て行ったみたいだけど」

戦士「うん、たいした用事じゃない」

戦妻「うそ。結構悩んだ顔してるわよ」

戦士「そ、そんなことはない」

戦妻「この村を出るときも、似たような顔してたわ。あなた、冒険に誘われたんじゃないの?」

戦士「出たいわけじゃない。だが、あいつがやる気になるのを見ると、何か出来ないかとも思うんだ」

戦妻「だったら、もっと相談したらいいじゃない」

戦士「だが、お前のこともあるし……」

戦妻「気になってるなら、最後までやればいいのよ」

戦士「……。すまん、ちょっと行ってくる」

戦妻「はいはい」

孤児院。

ぎいん、ぎいん! がしっ、どさっ!

貴族「くっ、貴様ら!」

僧侶「き、貴族様! もうおやめください!」

少女「うえぇぇん! うぇえぇええん!」

隊長「貴族殿、剣をお捨てください。わが国の転覆を企てて、無事ですむはずがない」

貴族「私は転覆など企てていない! それに、子どもや僧侶さんは関係がないはずだ!」

隊長「元勇者の仲間とはいえ、反逆者を匿うなど、許されませんぞ」

僧侶「あなたたち……!」

隊長「おっと、あなたも武器を捨てなさい……おい、拘束しろ」

兵士「はっ!」

僧侶「親を失った子を人質に……こんな非道が許されるとでも!?」

隊長「世界を救った御方らしい発言だ」

貴族「僧侶さんを離せ! 彼女は人道のために活動しているにすぎない!」

隊長「人道のために、社会の秩序を破壊されては困る。それでは魔物と同じでは?」

貴族「貴様……」

隊長「勇者ならともかく、勇者の仲間程度なら大したことはあるまい」

兵士「隊長、この女性は」

隊長「城に連れて行く。確か異教徒だったな、城で裁いた方が良いだろう」

兵士「了解しました!」

僧侶「くっ……」

貴族「僧侶さん!」

隊長「確か、貴族殿は建国以来の武門のお出でしたな」

貴族「……」

隊長「どうですか? 裁きを受ける前に、私とひと勝負というのは」

貴族「いらん。やれば後悔するぞ」

隊長「口は達者ですな」

貴族「とにかく子どもを放せ。私の要求はそれだけだ」

隊長「ちっ……」

少女「お、おじちゃん……」

貴族「……私はおじちゃんではない」

兵士「た、隊長」

隊長「離してやれ」

少女「う、うあ……」どさ

隊長「……おい、弓兵」

貴族「!」

貴族「バカな真似はよせ!」

隊長「魔物が消えてから、たまにはこうして訓練をしないとなまってしまうからな」

どっ げらげらげら

貴族「貴様ら、何が魔物だ! 貴様らの方が十分悪魔ではないか!」

少女「た、助けて……」ヨロヨロ

隊長「ちゃんと逃げられれば生かしてやる……おい、よく狙えよ」

弓兵「はっ」 キリキリ

少女「やだ、やだ……」

貴族「やめろーッ!」

ヒュバッ



――――バシッ

少女「あ、う」

勇者「……間に合ったか」

隊長「だ、誰だ!?」

兵士「隊長、陣形を突破されました! あいつ、あいつです!」

貴族「き、貴様……」

勇者「誰だの、あいつだの、今、世界でもっとも有名な男の名前をまだ知らんやつがいるようだな」

少女「お、お兄ちゃん」

勇者「おう! とりあえず隠れろ!」

少女「う、うん」タタッ

貴族「……なぜここに」

勇者「べ、別にお前を助けに来たわけじゃなくて、僧侶さんに会いに来ただけなんだからね! 助けるのは本当についでなんだからね!」

貴族「いや、それなら、仕方ないが……!」ゾクッ

勇者が剣を構えた。
軽口を叩くその風体は変わらないのに、ただそれだけで、敵味方の両方が寒気を感じた。

目の前にいるのは、人というより殺気の塊、突きつけられた刃に隊長が後ずさった。

少女は後ろ姿を見て、自分が以前に「弱そう」とコケにした相手ということを思い出した。
貴族は後ろ姿を見て、自分が以前に剣の試しあいで対峙した相手ということを思い出した。
殺気の膨れたその姿には結びつかない。

一方、貴族を狩り出しに来た部隊の長は、目の前にいる男が「魔王を殺した人間」であることを、たった今理解した。


勇者「数百人しかいないんじゃがっかりだな」

隊長「弓兵……!」

勇者「雷よ!」

びっしゃ! ばりい!


黒こげた物体が出来上がる。

雷の魔法は勇者のみが扱えるという魔法だ。
ことここに至って、世界最強の人間が目の前にいることを兵士たちも理解した。

勇者「どうしたんだ、せっかく勇者とやりあう機会なんだぜ。大ラッキーだろ」

隊長「うっ、くぅ、ああ……!」

隊員「う、うわああああ!」

どん、ばきいっ!

戦士「おい、お前は先行しすぎなんだよっ!」

魔法使い「無思考は無能につながるの、分かる?」

勇者「お前らの足が遅いだけだろ!」

貴族「こ、この方々は、勇者ご一行!」

隊長「な、なんだと……」

僧侶「き、貴族様……!」タタッ

貴族「ああ、僧侶さん!」

戦士「とりあえず、捕まってたから助けた」

魔法使い「僧侶! こんな内紛地帯は手を出すなって言ったでしょうに!」

僧侶「一番困っている子どもたちのところに行ったんです!」

魔法使い「はぁ~……とにかく、おっさん、早く隠れてなさい」

貴族「ご、ごめんこうむる……」


勇者「うきゃきゃきゃー! 逃げもせず、かかってもこないなら、俺が全滅させてやるよ!」ダダダッ

隊長「や、やめろっ……!」


魔法使い「……バーサクしてるやつを止めなくちゃ行けないから、構ってる暇ないんだけど」

貴族「わ、分かった」

戦意をも失った兵士たちが、本来の力を発揮できるはずがない。
たった四人の最強部隊が、数百人をあっという間に蹴散らしていく。

狂ったように剣を振るう勇者を追って、戦士が殺到しかけた兵士たちの列を割る。
密集したところへ、爆音と竜巻が炸裂する。

わずかな時間で勝敗は決した。

勇者「つまらんな、魔王軍と比べたら」

戦士「勇者とは思えん発言だな」

魔法使い「まったくだわ」

僧侶「もう、兵士さんを回復させる手伝いくらいしてください!」

貴族「……これが勇者の力か」

勇者「ふふん。四人集まれば、怖いものなしだ」

魔法使い「私らはこいつの暴走を止めるだけよ」

貴族「そうだな……確かに、大暴れしていたのは勇者殿だけだった」

勇者「そうだろう!」

戦士「ほめてないぞ」

貴族「しかし、よろしかったのか。こうして私を助けて」

魔法使い「考えてるわ」

戦士「ああ、軍隊が孤児院を襲撃、という報せを各国に飛ばした」

勇者「そこを、通りすがりの勇者一行が助けたってわけさ」

戦士「あんたもたまたま孤児院を助けようと飛び込んだ、そういうことにしておけば、多少は動きやすいだろ」

貴族「……かたじけない。これを理由に反転攻勢をかけられる」

僧侶「貴族様、では、蜂起を?」

貴族「そのとおりだ。もちろん、あなた方の協力が得られればありがたいが」

魔法使い「直接はバツ。ただ、内政不干渉の圧力をかけるくらいはやってもいいわ」

戦士「俺もパスだ、一応、この国も取引先だしな」

僧侶「私は、このような不義を許すわけには参りません!」

勇者「ええっ」

勇者「……パーティ集合!」

魔法使い「な、なによ」

戦士「なんだ」

僧侶「どうかなさいましたか」

勇者「あのさー、ここまで来たんだし、一応言うけどさ」

一同『……』

勇者「もう一回、冒険やろうよ。四人で」

魔法使い「私、断ったけど」

戦士「俺もだ」

僧侶「申し訳ありませんが、子どもたちを守るためでもありますし……」

勇者「ちえっ。みんなして仲間外れかい」

魔法使い「あんたね、子どもみたいなことを言ってんじゃないわよ!」

勇者「分かってるよ」

魔法使い「分かってないじゃない。みんなそれぞれ、新しい生き方をしてるの! あんただって、そのために仕事を探しているんじゃないの!?」

勇者「分かってるって」

戦士「……すまん。だが、力にはなりたい」

勇者「ん、まあ、本当は、もう一回くらい、みんなで集まりたかっただけだしな」

僧侶「……勇者様」

魔法使い「あんたね」

勇者「いいんだよ。俺はみんなと違って、定職についたり、事務所を立ち上げても、うまくいかなそうだしな」

魔法使い「……」

勇者「まあ、だからさ、今度はみんなの役に立とうと思ったわけよ」

戦士「えーっと、そりゃどういう意味だ?」

勇者「魔法使いが言ってた方式さ。戦士や僧侶が俺に出資して、ほしいものを言う。んで、俺が冒険してるついでにそれを持ってくる」

僧侶「それはその……新しい孤児院の土地とかでも?」

勇者「と、土地? うーん、まあ、なんとかなるだろ」

魔法使い「……」

勇者「もちろん、受ける依頼はお前ら三人からだ。これなら、国に肩入れとかじゃなくて、友達を助けるだけだろ?」

魔法使い「そんなうまく行くわけないでしょ」

勇者「そうかな?」

魔法使い「僧侶なんか、今から反乱しようとしているじゃないの」

僧侶「私は、不義を見逃したくないだけです」

勇者「頼む内容にもよるだろ。孤児院の新しい土地を見つけるとかなら、今ならまだありえる話さ」

魔法使い「……あんたは、自分のやりたいことをやるってないわけ?」

戦士「いや、それはな……」

勇者「世界の次は、みんなに会いたいってわがままじゃん」

魔法使い「……」

勇者「……」

魔法使い「バカ」

勇者「うっせ」

魔法使い「頭を使いなさいよ。それならいっそ、前に作った町を、あんたの国にするとか」

勇者「なるほど、政治的にも独立してしまえってわけか」


貴族「……なにやら、不穏な話が聞こえたが」

戦士「ああ、いい、いい。どうせあの二人は悪巧みをさせたら止められないんだから」

僧侶「ああ、神よ。暴力と悪知恵が再び、正しい方向に使われますよう……」


魔法使い「何言ってるの、貴族。ピンチこそ、頭を使えばチャンスに早変わりよ」

勇者「ふははは、これなら正々堂々と支援もできるな!」

魔法使い「……侵略もね」

貴族「……勘弁して欲しい」ゾッ

少女「……お兄ちゃん」

僧侶「あ、少女ちゃん! これから、少し移動しないといけないから……」

少女「……」ギュッ

勇者「おお? どうしたどうした」

少女「ついてく」

僧侶「!」

魔法使い「!」

勇者「そうかそうか! だが、俺の冒険は厳しいからなぁ」

少女「がんばる……お兄ちゃん、弱く、ないもんね」

勇者「仕方のないやつだな。僧侶さん、こいつは」

僧侶「だ、ダメですよ!? そんな危険な!」

魔法使い「ろーりーこん! ろーりーこん!」

戦士「……緊張感がねぇな」

貴族「……魔王征伐の時もこのような?」

戦士「もっとひどかった」


勇者「うーっし! 仕事は自分で見つけないとな!」

少女「がんばる」

魔法使い「ダメに決まってるでしょ!」

勇者「お前は出資だけしてくれ」

僧侶「少女ちゃん、勇者様は危険なのよ?」

戦士「おい、お前ら! いい加減遊んでないで、安全なところに移動するぞ!」

一同『……おー!』

かくして、新たな冒険は始まった。
勇者の行く手には、様々な困難が待ち受けている。

しかし、必ず彼は立ち向かうだろう。
勇気ある者、それが勇者なのだから。

―――たとえその困難が、無職であっても。


おしまい。

というわけで、さくっと終了です。
この種の、世界を救った後の話は結構あるかと思うんですが、
まあ、やっぱり勇者はなんだかんだで強くて格好良いイメージを保って欲しいなぁと思って書きました。

勇者SSはそれなりに楽しいんですが、
少しやりつくされた感もあって大変ですね。

次回もよろしくお願いします。

もう依頼出しちゃったもんよ(´・ω・`)

じゃあ、取り下げてくるから、せめてネタがほしいんよ。
世界が平和になって失職したキャラを書いてほしいんよ。

いや、新キャラというか、
平和になって、仕事がなくなってもうた職業を、なにか選んでもらえると、話が膨らませやすいかなと。

盗賊とか商人とか。

じゃあ、魔物の残党を絡めていきます。

あ、今日はちょっと難しいので、明日から投下できるようにがんばります。

とある山奥。

魔法使い「あのバカのせいで、事務所捨てる羽目になったわ……」

魔法使い「まあ、別に、私がついていく必然性もないんだけど」

魔法使い「あいつがガチで無計画なものだから、お鉢が回ってくる感じで……」

魔法使い「大体、戦士はとっとと村に帰っちゃうし」

魔法使い「僧侶は子どもを連れて一時避難」

魔法使い「そうなると私しか残ってないってのがもうね」

魔法使い「放っておくと、平気で無茶無理無謀を押し通そうとするし」

勇者「さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ?」

魔法使い「うるさいわね! あんたのことで頭を痛めてるだけよ!」

勇者「ええー? だって、俺、お前にはまだ要望を聞いてないぜ」

魔法使い「……安請け合いした依頼を言ってみなさい」

勇者「おう! まず新しい孤児院を建てる土地がほしい」カサカサ

魔法使い「うん」

勇者「それから、農作物の研究者を探して欲しい」

魔法使い「うん」

勇者「それから、お嫁さんにしてほしい」カサッ

魔法使い「ああ?」

少女「……」ジー

魔法使い「おい、クソガキ」

少女「……なに、おばさん」

魔法使い「チッ。消されたくなかったら、とっとと消えうせろよ……?」

少女 ビクッ  テテーッ

勇者「いやあ、お嫁さんねー。かわいいじゃん」

魔法使い「なんであの子どもを連れてるのよ」ヒソヒソ

勇者「ついてきたんだからしょうがないだろ」ヒソヒソ

魔法使い「ロリコン」

勇者「バカいえ。将来の結婚相手と考えれば、有望株だろ?」ヒソヒソ

魔法使い「それはおくとしても」

魔法使い「どうやって、土地やら専門家やらを見つけ出すのか、言ってみなさい」

勇者「それはお前が止めたんだろ?」

魔法使い「いきなりお城に向かって『孤児院を建てたいんですが、この辺の土地を頂いても構いませんね!』とか言い出すからでしょ?」

勇者「結構、いけると思ったんだけど」

魔法使い「どんな横暴君主なのよ。勇者だからって土地を拡張しろなんて突然言って、通るわけないでしょ」

勇者「えー」

魔法使い「専門家はどうするつもりだったの」

勇者「お前の知識で」

魔法使い「……私は知ってる限りは戦士に教えたわ」

勇者「使えねぇ」

魔法使い「……天に轟く……」

勇者「呪文唱えるなよっ!」

魔法使い「だから、こうして私が計画案を作ったんでしょうが」

勇者「便利だな」

魔法使い「……闇の底に膨れ上がる……」

勇者「ほめただろ!?」

魔法使い「どこがよ」

勇者「と、とにかく、お前の腹案ではだな、まず新しく町を作ると」

魔法使い「そう」

勇者「そしてその町の周辺の土地を利用して孤児院をつくり……」

魔法使い「うん」

勇者「勇者の名前を使って、専門家を募集すると」

魔法使い「そういうこと」

勇者「十分むちゃくちゃじゃん!」

魔法使い「どうして? まだ人の手が及んでいないところに住んじゃえば、町は作れるわ」

勇者「そ、そうかもしれんが」

魔法使い「とにかく、こうして私の手を煩わせた以上、徹底的にやってもらうわ!」

勇者「くっ」

魔法使い「そして放棄した事務所は、あんたのその町に作ってもらうことにするわ」

勇者「寄生する気かっ」

少女「……」ジー

勇者「お、おお、なんだよ」

少女「おばさんに、負けないで」

魔法使い「よーし、お姉さん、野外で魔法の練習しちゃうぞー、誰が巻き込まれてもどうでもいいわー」

勇者「やめろ!」

一方、その頃―――

側近「魔王様が亡くなってから暇よね」

魔物「……そっすね」

側近「魔界に帰りそびれちゃったしね」

魔物「……そっすね」

側近「……」

魔物「……」

側近「もう! なんなのよ! こっちが話し振ってるのに!」

魔物「そんなことを言われましても」

側近「大体、決戦に間に合わなかったのは誰のせいよ!」

魔物「ご自分で計画したんでしょ」

側近「なんか気がついてたなら報告してよ!」

魔物「……そっすか」

側近「私の計画は完璧のはずだったわ」

魔物「……」

側近「勇者たちは魔王城だろうと必ず家捜しをする。そこを突いた計画だった」

魔物「……そっすね」

側近「隠し部屋に強力な装備を用意し、必死になって見つけたところで一斉に襲い掛かる」

魔物「……」

側近「城内の探索ですでにぼろぼろになった勇者を一網打尽にする」

魔物「……」

側近「完璧な計画でしょ」

魔物「……スルーされましたが」

側近「そうよ! 気がつかねぇでやんの!」

魔物「われわれも決戦に気がつきませんでしたけど」

側近「言うな!」

側近「まさか魔界と通じているゲートまで封じられるとは思ってなかったわ」

魔物(なんでこいつ、魔王様の側近だったのかなぁ)

側近「せっかくの装備も宝の持ち腐れだし」

魔物「勇者倒したらいいじゃないすか」

側近「む、無理に決まってるでしょ」

魔物「……」

側近「私たちが強さを維持できたのも、魔王様の闇の力によるものだったのよ」

魔物「へー」

側近「おまけに、こちらはもう数の上でも負けているし」

魔物「でも、強力な装備があるわけですし」

側近「強力だけど、呪われているのよね」

魔物「……」

魔物「まあでも、いつまでもここでうだうだしてもしょうがないのでは?」

側近「う、うるさいわね」

魔物「魔王様のご遺志を継いでとか言ったら、格好良く見えますよ」

側近「バカね、魔界への道が封印され、補給ルートも断たれたのよ」

魔物(確かに補給が途絶えてから、戦うどころじゃない)

側近「ああ、こんなことなら、ボーナスまで我慢せずに、魔界スイーツバイキング行っておくんだった……」

魔物(そっちかよ)

側近「あんたも未練があるでしょ?」

魔物「はあ。飼ってるスライムが心配ですね」

側近「……スライムなんか飼ってるの?」

魔物「まあ」

側近「ええー!? 全然見えない」

魔物「……あいつら、勝手に増えるし、すぐ変なもの食べるんすよ」

側近「ああ、スライムは増えるよね」

魔物「食べたもので柔らかくなったり、硬くなったりしますし」

側近「そ、そうなんだ」

魔物「……」

側近「え、終わり?」

魔物「いや、帰れなかったら、心配してもしょうがないですし」

側近「何言ってるのよ。このまま帰れるわけないでしょ」

魔物「……」

側近「魔界に帰るにしても、なんかこう、精霊を半殺しにしましたとか」

魔物「……そっすか」

側近「いやあんたね、きっと魔界じゃ、次期魔王の争いをしてるでしょ」

魔物「……そっすね」

側近「そしたら、私たちが帰ったらもう大体決まってるでしょ」

魔物「……そっすね」

側近「じゃあ再就職っていう時、『あなたは人間界に留まって何をしていましたか』って聞かれるでしょ」

魔物「……そっすね」

側近「なんて答えるの?」

魔物「『魚採ってました』」

側近「今日のおかずじゃない!」

側近「どうするのよ、それで」

魔物「いや、魔界へのゲートの封印を解けば、評価してもらえるんじゃないすか」

側近「バカ、態勢が整わないうちに解いたら、今度は人間側が侵略するわよ」

魔物「……」

側近「そうなったら再就職もクソもないでしょ」

魔物「どの道、封印を解かないと魔界に帰れないじゃないすか」

側近「だから! 向こうが態勢を整えて、こちらに来る間に、ここで一旗上げようって作戦なのよ」

魔物(何百年ここで暮らすつもりだ)

側近「ふふふ、勇者……は、無理でも、勇者の子孫くらいなら行けそうじゃない?」

魔物(すでにへたれているし)

魔物「だったら、今から行動して、こう、人間の闇の心を増幅させるとかしないんすか」

側近「まあ、待ちなさい。二匹で行動してもたかがしれてるわ」

魔物(争いの種を撒くとかすればいいのに)

側近「きっと取り残された魔物が、魔王様を慕って集まってくるはずよ」

魔物「この数ヶ月、誰もここに来ませんでしたが」

側近「大丈夫よ! 私も点呼の時はよく遅れて、魔王様に叱られたわ」

魔物(ダメだこいつ)


―――がさがさっ


側近「!」

魔物「……」

側近「誰か来たわ!」

魔物「いや、隠れましょうよ」

勇者「だからよー、魔王城だったら、最初から城があるし、いいかと思ったんだよ」

魔法使い「ここまで来て何だけど、やっぱりイメージ悪いわ」

少女「ここ怖い……」

魔法使い「ほら、この子も言ってるじゃない」

勇者「けどさ、実際のところ、戦闘でぼろぼろになったと言っても、まだかなり立派だぜ?」

魔法使い「確かにそうだけど、何、あんたは新たな魔王にでもなるつもり?」

勇者「ふむ……」

魔法使い「真面目に考えないでくれる?」


側近「み、み、見なさい、勇者よ!」

魔物「そっすね」

側近「ふ、二人だし、子連れだし、チャンスじゃね!」

魔物(汗だくになっている)

少女「お兄ちゃん、魔王になるの?」

勇者「嫌か? まあ、お前の父ちゃん母ちゃんは魔物になー」

少女「……」

魔法使い「……デリカシーがないわね!」

勇者「な、なんだよ」

少女「じゃあ、私、魔女になる!」

魔法使い「は?」


側近「よおし、魔物、ま、まずはあのちびっ子を人質に取るのよ!」

魔物「待ってください、他に仲間がいたらどうするんです?」

側近「大丈夫よ! みみみ、見た感じ親子連れでキタっぽいし!」

魔物「……見た感じ?」

魔法使い「そうなの、魔女になりたいの」

少女「お、お兄ちゃんが魔王になるならね」

魔法使い「知ってるかしら。魔女って狼とセックスしたり、赤ん坊を食べたりするのよ?」

少女「!」

魔法使い「魔法使いより、何倍も恐ろしいのよ」

少女「う、うう……」

勇者「おい、いじめるなよ!」


側近「ちょっと、手柄を立てなきゃって言ったのはあんたでしょ」

魔物「……あなたですよ」

側近「あ、あんたがやらないなら、わ、私がやるわ」

魔物「はあ」

側近「人、人、人、ごくん」

魔物「……」

側近「よし! 気合が入った!」ガクガク

魔物(ひざが笑ってる)

側近「いいこと、私が子どもをさらう、あんたが勇者に突っ込む。完璧なささ作戦ねね」

魔物「全然完璧じゃないですが」

側近「だだだ、だったら、あんたに何かいい案があるって言うの?」

魔物「そっすね。交渉してみてはいかがです?」

側近「こ、交渉?」

魔物「ええ。勇者が一度攻略したアジトにわざわざやってくる理由は、何かを探している以外にありえません」

側近「な、何言ってるのよ、相手は魔物相手にゃ見敵必殺しちゃう連中なのよ」

魔物「いやー、魔王様を破った以上、あえて魔物を屠る理由はないんじゃないですか」

側近「バカ! ここには呪われたとはいえ、強力で貴重な装備品があるのよ! やつらにとっちゃそれだけで……」

勇者「ほう」

側近「勇者ー!?」

魔物「……」グルルル

勇者「まあ、何かしら出るだろうとは思っていたが、強力で貴重な装備品を持っている魔物が大騒ぎしているとはな」

魔法使い「気づかないうちにやっちゃえばよかったのに」

少女「私もそう思う」

勇者「ふっはっは、いや、ここは一つ、腕を確かめるのが筋だろう」チャッ

側近「くっ」

魔物「……」


勇者が剣を構えて、不敵に笑う。

魔物は自身の鋼のような鱗に触れてみた。硬さには自信がある、つもりだった。
しかし、やすやすと仲間が屠られた噂を聞いていたため、それが紙のようなプライドに過ぎないことも知っていた。

悪魔族の側近が、魔物を盾に隠れる。

勇者「どうした、かかってこないのか」チャキ

魔法使い「やらないなら私がやるわよ」ボッ


二人が武器を構える。

二対二の格好になるが、その表情はまるで違う。
片側は自信に満ち溢れた歴戦の戦士のそれで、もう片側はただひたすら険しいだけだった。

緊張に耐え切れなくなったか、悪魔の娘が叫ぶ。


側近「……ふ、ふふふ、この魔物は竜の鱗を持つ戦士なのよ! 並みの剣や魔法では貫けないわ!」

勇者「並じゃなきゃいいんだな?」

側近「え」

魔物「黙っててくださいよ、割とマジで」


魔物(どうする……?)

魔物「……勇者よ」

勇者「なんだ?」

魔物「私が戦う意思がないと言ったら、武器を収めてくれるか?」

勇者「なんだ、やる気がないのか」

魔法使い「ちょっと、魔物に耳を貸してどうする」

少女「お兄ちゃん?」


魔物(……チャンスだな)


魔物「勇者よ。もはやわれらは魔王様を失い、たとえ戦って貴様の首を手に入れようと何の意味もない」

勇者「ほうほう」

魔物「魔界への道が閉ざされたゆえ、故郷に帰るに帰れない」

魔物「われらの望みは、ただ魔界に帰ることだけなのだ」

魔物「どうだろうか、戦争が終わったのであれば、殺しあう必要はない」

勇者「確かになー」

魔物「魔物を許せぬ人間もいるだろう。しかし、私も戦友をお前に奪われたりもした」

勇者「ああ。お前みたいなやつはずいぶん倒した」

魔物「そうだろう……だが、さらに憎みあうこともなかろう」

勇者「……」

魔法使い「勇者! いい加減、そいつを倒しなさい」

勇者「なんでだ? かわいそうじゃんか」

少女「お、お兄ちゃん」

魔物「お前たちを傷つけることはしない。他の人間への復讐もしない」

勇者「本当か?」

魔物「……装備品も渡す。代わりに、われらを見逃し、できるならば、魔界へ帰してほしい」

勇者「ふーん、そうか」

魔法使い「あんたね……!」

勇者「だって、故郷に帰れないなんて寂しいだろ?」

少女「……」

勇者「お前も、そう思わないか」

少女「それは……でも……」


側近「何言ってるのよ!」バンバン

側近「あんたね、よりにもよって勇者と妥協してどうするのよ!」

魔物「……は?」

側近「魔界に帰っても、どうせごみクズ扱いなのよ!? だったら勇者の首を一つでも二つでも取っておかないと!」

魔物「……黙ってくださいよ、本格的に」

側近「再就職のこと考えてるの? 帰って職なしだったら、結婚もできないわよ!」

魔物「いや、大体、竜系の魔物は、イケメンがかっさらっていくんで」


魔法使い(竜族にイケメンがあるのかよ)

少女(結構、この人もかっこいいと思うけど)


側近「バカ、顔より年収、顔より年収なんだからね!」

勇者「魔物って大変なんだな」

勇者「まあ、そういうことなら、お互い首を賭けあおうか」

魔物「……いやほんと、やる気のあるバカほどいらないものはない」

魔法使い「力持ちのアホも困るけどね」

魔物「……確かに」

側近「安心なさい! あんたが盾になってるところで、私が魔法をぶちかましてやるわ!」

魔物(なぜ作戦を全部しゃべるんだろう)

勇者「よし、まずはあのアホを狙うぞ」

魔法使い「アホがアホ呼ばわりしてるわ」

側近「何よ、人間のくせに!」


少女「あ、や、やめて……!」

勇者「おお?」

勇者「お、おい。腰に抱きつかれると危ないだろ」

少女「や、やめてよ、やめて!」

勇者「あ、ちょっと、変なところを触るんじゃない」

少女「け、ケンカしなくて済むなら、その方が……!」

魔法使い「ふん」ゴン

少女「きゅう」

勇者「……お前、杖で叩くとか下手すると死んでるぞ」

魔法使い「混乱に効くのは、ぶん殴ることよ」


魔物「容赦なく殴ったすね」

側近「容赦なく子どもを殴ったわね……」

とりあえず、ここまで。

明日は多分ないと思ってください。

今日も投下は出来ないです。細々と書いていきますので、お待ちを。

一応、設定。

勇者:嫌いな食べ物はしいたけ。

魔法使い:ツンデレではない。乳はそれなりにある。

戦士:勝ち組。今後の出番が危うい。

僧侶:痛い子。力が強い。

貴族:自分に酔ってる系。それなりには強い。

少女:年は10代。

新顔ども。
側近:悪魔族。多分、♀。参謀役だったと言い張る。

魔物:竜族。竜人系で、武器を装備できるタイプ。

側近「ふ、ふ! 少し驚かされたが、もう遅い! この私の力を見せ付けてあげるわ!」

魔物(む……そうか)

魔物「……側近殿」

側近「な、なによ。もう、あんたまで私の格好いいポーズに水を差さないでよ」

魔物「……この状況を打破する良い方法を思いつきました」

側近「え、いや、だからあんたが盾で、私がどかーんと」

魔物「それよりもよい方法です。耳をお貸しください……」

側近「な、なんなの」コソコソ

魔物「ふん」 ごんっ!

側近「むぎょぶ」ぼきり。

ばたっ


魔物「……さあ、これで邪魔者はいなくなった」

勇者「いやいやいや」

魔物「……どうした?」

勇者「こっちが聞きたいよ!」

魔物「これでお互いに冷静になって話し合えるというものだ」

勇者「……おい、魔法使い。お前のせいだろ、これ」

魔法使い「引くわー」

魔物「……そうか?」

魔法使い「というのは冗談にしても、そこまでして戦いを避ける理由が分からないわ」

魔物「すでに戦争は終わった。人間を襲うメリットがなくなったからな」

勇者「割とクールなんだな、魔物って」

魔物「……人を一人襲うたびに、金貨一枚。実家に振り込まれていた」

勇者「歩合制かよ……」

魔物「私も最初は、一矢報いることも考えていたが」

勇者「ほうほう、そういうのがいいね、俺は」

魔物「……だが、いまやカウントしてくれる悪魔もいない」

魔法使い「まあ、魔界に追い返しちゃったものね」

魔物「無論、プライドもないわけではないが、お前たちに真正面からぶつかって勝てるとも思わん」

魔法使い「なるほど。要するに、自分たちは本当に故郷に帰りたいだけだと」

魔物「……現状、直属の上司がこの様では、お前たちの方が頼りになりそうだ」

勇者「はっきり言うな」

魔法使い「そういうのは嫌いじゃないわ。ただし信用もしないけど」

魔物「……そうか」

魔法使い「私から提案するのは、不可侵条約かしら」

勇者「不可侵じょーやく?」

魔法使い「そう、お互いに攻撃しあわないという取り決めよ」

魔物「……」

魔法使い「私たちは、ここら辺は魔王の瘴気が残っているので危険だという情報を流す。あんたたちも代わりに出てこないようにする」

魔物「……なるほど」

魔法使い「その間に、魔界に帰る方法なりを見つけ出しなさい」

勇者「おう、お前にしちゃまともな提案だな」

魔法使い「ただし、ここから少し離れたところに私たちは町をつくるわ。もし、あんたたちが余計な行動をしたら、即座に潰せるようにね」

勇者「お、おう」

魔物「……そういうことなら、側近殿も納得するだろう」

勇者「す、するのか?」

勇者「でもよ、魔物的にはチャンスもあるんじゃないのか?」

魔物「……何がだ?」

勇者「だって魔物がいなくなって逆に、人間同士が争っているんだぜ」

魔法使い「このアホ!」ボッ

勇者「やめろ! 燃やすな!」

魔法使い「そういう余計な情報を与えてどうするのよっ!」

魔物「……なぜ人間同士で争うのだ? 集まって生きるのがお前たちの生き方ではないのか」

勇者「いやそれがさ」

魔法使い「……燃え滾る炎に、身を焦がし……」

勇者「分かったから!」

魔物「……だとすると、われわれ以外の魔物がいまだ暗躍しているのかもしれん」

勇・魔「!」

勇者「……その発想はなかったな」

魔法使い「確かに。でも、こうして魔物がいるってことは、考えられなくはないわね」

勇者「まあ、単に強欲な連中同士で争ってる可能性も否めないが」

魔法使い「政治的な解決策以外も視野に入れるべき、というわけよ」

魔物「……おい」

勇者「な、なんだ?」

魔物「もう一つ、これはお願いになるのだが……」

魔物「もし、他に魔物がいて、戦わずに済んだなら、ここに連れてきてくれないか」

魔法使い「……」

勇者「そりゃまた、でかいお願いだな」

魔法使い「いいわよ」

勇者「い、いいのか?」

魔法使い「私たちにとっちゃ、不可侵条約さえ守ってもらえればいいわけだからね」

魔物「……助かる」

魔法使い「ただし、兵力が増えたーって調子に乗ってると、ひどい目にあうからね」

魔物「……」

勇者「うんって言っとけ。ああ言ったら、本当にひどい目にあわせるからな、やつは」

魔法使い「あんた、どっちの味方よ」

魔物「ついでに、この装備品は」

魔法使い「金にならないからノーサンキュー」

魔物「……そうなのか? 強力な装備だが」

魔法使い「呪われている装備なんて、誰も欲しがらないのよ」

魔物「しかし、そういう装備以外にお前たちに得るものは……」

勇者「いやいや、最初はこの魔王城を新しい町にしようかと思ってたんだけど」

魔物「……そうなのか?」

魔法使い「だからパスよ、パス。少し離れたところに町を作るわ」

魔物「……ふむ」

勇者「何かあるのか?」

魔物「いや、それならばここから北へ行くと、多少開けたところが出てくる。海も近いし、移動しやすいだろう」

魔法使い「あら、気が利くわね」

魔物「お互い様と言っておこう」


魔法使いと魔物は、互いににやりと笑って見せた。

―――しばらくして。

側近「……ん、んう」

魔物「……」

側近「すみません……魔王様……プリンを勝手に食べたのは、私じゃなくて……魔物……」

魔物(寝言がひどい)

側近「はっ!」ガバッ

魔物「……お目覚めですな」

側近「ゆ、勇者は!?」ジュル

魔物「追い返してやりましたよ」

側近「お、追い返してどうするのよ! 首を取らなきゃ」

魔物「そう簡単に倒せるものではないでしょ」

側近「くっ、勇者を倒していたら、一気に上役ゲットできたのに!」

魔物「……魔界に帰れたら、の話でしょ?」

側近「そ、そうかもしれないけどぉ」

魔物「取引をして、やつらから手出ししないようにしました。まずは魔界に通じる封印を解くことに専念してはいかがです?」

側近「まあ、退路を確保するのは重要だけどさー」

魔物(そういう言葉は知っているのか)

側近「でも、あんただって勇者を倒したらとか言ってたじゃない」

魔物「側近殿がノープランすぎたので」

側近「わ、私が無計画だって言いたいの!?」

魔物「……違うんですか?」

側近「ふ、ふん! 多少はそうだったかもしれないわね」

魔物(まだ言うか)

魔物「こちらからも手出しはしなければ、各地で魔物を見つけたら、ここに集まるよう呼びかけてくれるそうです」

側近「くっ、なめられてるわね」

魔物「……そうですか? まあ、お互い利用しあえばいいではありませんか」

側近「そ、そうね。相手が手を出さないなら、こちらもじっくり準備できるわけだし」

魔物「そうそう」

側近「あ、それならまずはスライムとか呼び寄せちゃう?」

魔物「は?」

側近「弱いけど、数をそろえるのにはまず便利でしょ」

魔物「……まあ、やつらは勝手に増えますけど」

側近「あんた、スライム飼ってたんでしょ? ちょうどいいじゃない」

魔物「……そっすね」

こちら、勇者一行。

勇者「でも、意外だなー。お前が魔物と取引なんて」

魔法使い「そりゃあね、あの魔物、知恵はあるし、話の分かるやつだったから」

勇者「そうは言うが……何かたくらんでないか?」

魔法使い「実を言うと、切り札としても考えているわ」

勇者「切り札?」

魔法使い「もし、政治的にあんたが孤立した場合よ。魔物と手を組むという選択肢があってもいいじゃない?」

勇者「お前、本気でそんなことを考えていたのかよ……」

魔法使い「もちろん、最悪の場合よ。実行しなくても、選択肢をちらつかせるだけで、圧力になる」

勇者「恐ろしいこって」

魔法使い「恐ろしいと思うなら、きりきり働きなさい」

勇者「くそっ、再就職、再就職のため……!」

魔法使い「……それと、いい加減、その背負ってる子も起こしなさいよ」

勇者「お前が寝かしたんだろうが。物理的に」

魔法使い「うるさいわね」

勇者「大体、年頃の女の子の頭を杖でぶっ叩くとか」

魔法使い「余計なことするからでしょ?」

勇者「お前なー、魔物にトラウマのある子が、争いはやめろって飛び出したんだぞ」

魔法使い「……」

勇者「デリカシーがないよな」

魔法使い「その言葉、そっくり返してやりたいわ。マジで」

勇者「な、何でだよ!」

少女「ん……うゆ……」

勇者「お、起きたか?」

少女「あたま、いたい……」

勇者「あまり無理するなよ」

魔法使い「……」

少女「あ、えっと」

勇者「よしよし。そろそろキャンプ地にするからな」

少女「り、竜のおじちゃんは」

勇者「大丈夫だ、一応、戦わなかったぞ」

少女「よ、よかった」ホッ

魔法使い「甘いわね」

少女「な、なに」

魔法使い「あの時はたまたまタイミングよく私が気絶させたから良かったようなものを」

勇者「良かったのかよ」

魔法使い「もしあそこで、勇者が攻撃されていたら、大ピンチだったのよ」

少女「う……」

魔法使い「魔王が滅びたとはいえ、私たちの一挙手一投足は監視されている」

少女「い、いっきょしゅ……?」

勇者「要するに行動の一つ一つが注目されているってことだ」

少女「お兄ちゃん、頭いいんだね」

勇者「まあな」エラソウ

魔法使い「要するに!」

魔法使い「……隙を見せれば、総崩れになりかねないのよ」

少女「……」

魔法使い「そうなった時、責任が取れるの? あなたは」

少女「そ、そんなこと……」

魔法使い「仮にも、勇者のパートナーになりたいって言うなら、そこを自覚しないでどうするの?」

少女「うっ……」グス

魔法使い「とりあえず、背中から降りて、自分の足で立ちなさい」

勇者「お、おう。大丈夫か?」

少女「ん、は、い」トッ

魔法使い「……とりわけ、これからは魔王を倒すという明確な目的があるわけでもない」

魔法使い「だからこそ、余計に判断が難しくなるのよ」

魔法使い「分かっているの!?」

少女「う」ビクッ

魔法使い「逃げるな!」

少女「ふ、ふぇ……」

魔法使い「分かったなら、さっさとテント張る準備しなさい」

少女「は、い……」グスグス  テッテッテ……

魔法使い「……」

勇者「うーん」

魔法使い「何か言いたいことでもある?」

勇者「いや、お前が俺のパートナーという自覚があったとはな」

魔法使い「誰があんたのパートナーよ!」

勇者「いやでも、パートナーとしての心得を話すってことは、少女ちゃんを牽制しているってことだろ? 勇者のパートナーは私よ、的な」

魔法使い「あんたね……」

勇者「でも、確かに戦士は結婚したし、お前も適齢期だもんな」ウンウン

魔法使い「おい、お前」

勇者「でもよ、一つ言わせてもらうが、お前って俺のこと嫌ってるだろ?」

魔法使い「はあ?」

勇者「やっぱり、義務感で結婚してやるって言うんじゃ俺も納得できないしな」

魔法使い「……なんで私が義務感であんたと結婚するのよ」

勇者「いやでも」

魔法使い「そうじゃなくて! あの子があんたと結婚したいなんて奇特なことを言うから、指導してやっているだけよ!」

勇者「嫉妬じゃないよな」

魔法使い「……頭痛くなってきたわ、マジで」

勇者「実は俺のこと好きなのか?」

魔法使い「別に嫌いでも好きでもないわよ……」

魔法使い「あのねぇ、あんた、お姫様も牽制があって結婚できなかったって、前に教えたでしょ」

勇者「ああ、そうだっけ」

魔法使い「そうよ。もしそういう人とも出来るとしたら、あんたが一国一城主になるということ」

勇者「ふーん、これから町を作るし、可能性は出るかもな」

魔法使い「そうよ……勇者が政治の表舞台に出るとなれば、同盟を結ぶために、こぞって女性が迫ってくるでしょうね」

勇者「いやな迫られ方だな」

魔法使い「ということはね、下手すると、そういう争いにあの子も巻き込まれるわけ」

勇者「ほうほう」

魔法使い「心構えは必要でしょ? 牽制とかじゃないわ」

勇者(言い訳くさいな)

勇者「じゃあ、お前の気持ちはどうなんだよ」

魔法使い「はあ?」

勇者「お前だって、俺に付き合わんでも良かったじゃないか」

魔法使い「そうね……」

勇者「事務所も放り出しちまったし」

魔法使い「そうねぇ……」

勇者「探検隊の仕事も最後まで確認できなくなったし」

魔法使い「そうねぇえ……」

勇者「そうまでして俺についてくるってことは、実は惚れてるんじゃないのか」

魔法使い「なんか腹立ってきたから、ぶちのめしていいかしら」

勇者「おい!? 愛情表現にしちゃ痛いぞ!」

勇者「あ!」

魔法使い「何よ」

勇者「よくよく考えたら、お前も今、無職じゃん!?」

魔法使い「……」

勇者「わははは! 無職、無職ー!」

魔法使い「……」

勇者「いろいろ投資したのに回収できねぇでやんの!」

魔法使い「ねえ」

勇者「わはは……は?」

魔法使い「そこまで言うなら、あんた30年くらいタダ働きでいいわよね」

勇者「さ、さんじゅう?」

魔法使い「私の投資分を回収できるまで、あんたをこき使っていいのよね」

勇者「……」

勇者の故郷。

商人「……探検隊に投資したら、生活費がなくなってしまったでござる」

商人「やべー、やべーよ。そりゃ商売なんてやったことなかったからだけどさ」

商人「配当金が出るのが一年後ってどういうことだよ」

商人「大体、退職金をほとんど全部突っ込んだらそりゃ生活できるわけねーもんよ」

商人「くっそ、マジでやべーよ。そりゃ城の裏門なんか、魔物がいなくなったら常駐させとく必要ないけど」

商人「せめて倉庫番とかで食らいついておくべきだったよなー」

商人「どうすんだよ、もう実家は頼れないし」

商人「大体、おかしいと思ったんだよなー」

商人「門番を退職した直後に、探検隊募る! とか言い始めて」

商人「冒険の経験がないって言ったら、お金を投資するだけでもよし、とかさ」

商人「あれ、絶対、退職金を回収するつもりで出した手だったんだよ」

商人「国の財政的には、人件費を削減できるし、放出も少ないし、そりゃうまい手だよ」

商人「ペーペーの元門番が手を出せる世界じゃなかったんだよ」

商人「どうすんだよ、マジでやべーよ」

商人「もう元手がないし、いつまでも宿には泊れないし」

商人「くそ、酒場にでも行くか!」(職探し的な意味で)

商人「ちはーっす」

マスター「あら、商人君ね。こんな昼間から」

商人「へへへ、ども」

マスター「何を飲むつもりなの?」

商人「いやいや、もう飲むお金なんかないっすよ。水とかで……」

マスター「もう、毎回それね」

商人「お、お金を突っ込んじゃって……なんか仕事がないかなってー」

マスター「悪いけど、そう景気のいい話はないわ」

商人「またまた、結構儲かってるんでしょ?」

マスター「うーん、魔物が活発だった時代は、勇者さんが仲間を探したり、冒険者でパーティー組んだり、それなりにここも賑わっていたんだけどねー」

商人「そうなんすか」

マスター「安心して飲めるようになった代償なのかしらね」

商人「……じゃあ、ここのお店で雇ってもらうってわけにも」

マスター「今はウェイターも募集してないの」

商人「まいったなー」

マスター「ごめんなさいね」

商人「あ、そうだ! せっかく勇者さんの故郷なんだから、勇者が好きな酒とかで売り出したらどうっすか?」

マスター「え?」

商人「勇者さんのサインとかもらってきて、売るんすよ。いやー、俺って頭いいかも」

マスター「え、でも、それは」


女商人「……バカの極みね」

商人「な、なんだと。ていうか、あんた誰だ」

マスター「あら、商人君は知らないの? この人は、女商人さん。あちこち回ってるんだけど、うちのお酒の仕入れもお願いしてるの」

女商人「……最近、浮浪者が酒場に来ているって聞いてたけど」

商人「誰が浮浪者だ! 俺もあんたと同じ、商売人だ」

女商人「商売人が聞いて呆れるわ」

商人「なんだと……」

マスター「あのね、商人君。女商人さんは、昔、勇者さんのパーティーにいたこともあったのよ」

商人「え、マジすか!?」

女商人「……」

商人「そ、そうとは知らず、失礼しました」

女商人「今、あんたは三つ無能を晒したわ」

商人「……は?」

女商人「一つは、相手を知らずになめた態度を取ったこと。もし顔の知らない取引先だったらどうなってた?」

商人「う、おう」

女商人「一つは、自分の儲け話を垂れ流したこと。うまく行くならさっさとやってるはずだから、自分には実行力がありません、と宣伝しているようなもんだわ」

商人「お、おう」

女商人「最後に、その肝心の儲け話が大間抜けだってこと」

商人「な、なんだと?」

マスター「お、女商人さん、何もそんなこと言わなくても」

女商人「……それもそうですね。マスター、これ、『戦士の村のおいしいワイン』です」ドン

マスター「あらぁ~、いつもありがとう」

商人「お、おい! おい!」

女商人「何かしら」

商人「大間抜けって言ったけど、戦士ってあの勇者一行の戦士だろ? 戦士のブランドがあるなら、勇者のブランドがあってもいいじゃねぇか!」

女商人「……はぁ~」

商人「な、なんだよ。間違ってるか!?」

女商人「戦士さんと勇者さんの違いって分かる?」

商人「はあ? そんなの、あれだ。勇者はリーダーで、戦士は……」

女商人「……戦士さんは、郷里で農業を営んでいるのよ」

女商人「確かにワインは彼の仕事と直接関係がないけれど、世界を救った仲間が作ったおいしい野菜と、その村の名前を売り出してきたわ」

女商人「つまり、戦士さんのブランドは、かつての勇者一行であることと、実際に優れた農業を行っている両面によって作られたものなの」

商人「お、おう」

女商人「一方の勇者さんは? 世界を救った以後、雨後のたけのこのように、勇者グッズの店が世界中に広がったわ」

女商人「今でも新しくオープンしている。けれど、そんなもの、いずれ忘れられてしまう」

女商人「世界を救ったこと以外、彼は他に何の業績もないもの」

商人「そ、そんなことはないだろ」

女商人「あるのよ。確かに世界で多くの魔物と戦ったわ。けれど、多くの人にとって、勇者さんの価値は、魔王を倒して世界を救ったことだけ」

マスター「……そうね。色紙のサインはお店に飾ってあるけど、もう、物珍しさはないわね」

商人「……」

女商人「もちろん、彼がどこかの王様にでもなれば別よ? 世界の英雄が、国の指導者になる。ビッグチャンスと言っていいわ」

商人「だ、だったら」

女商人「でも、彼は滞在していた国を出て以来、ふらふらと世界を回っているだけ……そういえば、どうやってサインをもらうつもりだったの? 場所も知らないのに」

商人「……」

マスター「……私も、勇者がパーティーを組んだ酒場! とかやってたけど、もうそれも難しいかしらね」

女商人「そうですね、あの、お城からのまとめ買いは」

マスター「それは大きいわ。けど、たとえばこのワインも、戦士さんの村と直取引した方が安いんじゃないかって意見もあるらしくって……」

女商人「ふむ……」

マスター「女商人さん、もし、いいアイデアがあったら教えてくれないかしら」

女商人「そうですね……これまでの冒険者たちとのつながりはあるんですよね」

マスター「ええ、名簿にして持っているわ」

女商人「でしたら、それを元に……たとえば、彼らの地元のお酒や物産を集めてもらうのもいいかもしれません」

マスター「あら、それならお酒の品評会なんかもいいかもしれないわね」

女商人「いいアイデアです。私も知り合いに声かけをしてみましょうか」

マスター「本当~? 助かるわ」

商人「……」

女商人「よっと。それじゃあ、私はこれで」

マスター「またお願いよ?」

女商人「ええ、それでは」

商人「ま、待ってくれ!」

女商人「……」

商人「頼む、俺も連れて行ってくれないか」

女商人「どうして?」

商人「あんたの言っていることに感動したんだ。俺を、あんたの弟子にしてくれ!」

女商人「嫌よ」

商人「頼む、荷物持ちでも何でもする! 俺は駆け出しだから、何をどうしていいのか分からないし」

女商人「そのくらい、自分で考えなさい」

商人「お願いだ。あんたの言葉で目が覚めたんだ!」

女商人「……ちっ」

マスター「女商人さん、私からもお願いできないかしら」

女商人「マスターまで……」

マスター「なんとも思っていないなら、あなたも彼にあんな話をしなかったでしょう?」

女商人「……」

商人「頼む! このとおりだ!」ゲザー

女商人「……その軽い感じ」

商人「……え?」

女商人「そういうところが、なんか勇者さんに似ているのよ、あんた」

商人「俺がぁ?」

女商人「だから、お断りするわ」バタン

マスター「あ、女商人さん!」

商人「……くそ! こうなったら意地でもついていってやる!」

マスター「あ、商人君まで」

商人「おい、おーい……!」バタバタ

マスター「行っちゃった……」

マスター「……」

マスター「新しい冒険の時期なのかしらね」

マスター「冒険者は集まってこないけど、何かが始まりそうな感じ」

マスター「不穏な噂もあるし……」

マスター「……よし。とりあえず、連絡の取れそうな人に、片っ端から手紙を書くわよー」

といったところで、今回は投下終了。

次回はしばらく空きそうです。週刊とかで考えてもらえれば。
なお、現在の要望達成表。目安です。目安。

勇者土地を探す ○(ほぼ達成)
勇者ブランド ×(売れないことが判明)
勇者世界征服 ?
勇者嫁を探す ?(本人にその気があるか不明)
勇者結婚 ?(同上)
さらば勇者 ?
トレジャーハンター ?
魔王 ?
仲間になったモンスター ?(なんか仲間にする?)
魔王軍の残党 ○
魔法使いルート △(魔法使いルートみたいなもんだが)
隠者ルート ?(鬱展開も考えるか)
城の裏門の門番 ○(商人になってるけど)

魔物はイケメンなの?

>>181
竜族の中ではブサです。

今日もなくてすみません……
明日には投下したいと思います。

|ω・`) 1はスレの様子をうかがっている。

投下はもう少し、待ってください。

魔王城の北。

勇者「さて、候補地が決まったわけだが」

魔法使い「町をつくるには、そうね、大工さんも必要だけど」

勇者「やっぱり商人が必要だよなー」

少女「……?」

魔法使い「女商人ちゃん辺りはどうかしら。経験があるし」

勇者「えー? でも、あの子も俺のこと嫌ってるしなー」

少女「ね、ねえねえ」

勇者「おう、どうした」

少女「どうして町をつくるのに、商人さんが必要なの?」

勇者「そりゃ、商人だからな、ほら、人買い……とか……?」

少女「え」

魔法使い「……人を集めるのが得意だからよ」

魔法使い「村っていうのは、食べ物が作れるところに人が集まって出来るものでしょ?」

魔法使い「同じように、町っていうのは、人がたくさん行き来するところに出来るものなの」

少女「人がたくさん行き来する……」

魔法使い「これまで、魔王城に近いということもあって、この周辺には人が近寄れなかったわ」

魔法使い「でも、これからはこの周辺にも人が入ってこれるでしょう」

魔法使い「……あとは、名産品になりそうなものがあればいいんだろうけど」

勇者「ふむ。どうだ、この辺に孤児院も引っ越してくるのは」

少女「う、うん」

勇者「これから町をつくるとなれば、お前らだって働き手だ」

魔法使い「確かに、それは妙案かもしれないわ。あの国で苦労するより」

勇者「そうなったら、ゆくゆくはここで結婚して、子どもつくってってなるだろうし」

少女「そうかぁ……」

少女は目をきらきらさせながら、辺りを見回した。

木々が途切れている野原の先には、海も向こうに見えている。
風がすっと通り抜けてきて、ようやく彼女はこの土地の自然に目を向けた。

打ち捨てられて、必死に生きて、ここまでもずっと歩いてきた。

きっとこれからは―――


少女「うん! いいかも」

勇者「うっし、そうと決まれば、僧侶さんに連絡を取ってー、あとどうする?」

魔法使い「そうね、酒場のマスターに冒険者たちから商人を紹介してもらうのがいいかも」

少女「ねえ、私はどうしたらいい?」

魔法使い「その辺で遊んでなさい」

少女「は?」

魔法使い「これから、まず人手を集めて、地味~な仕事をしないといけないの」

少女「でも……私、字だって書けるよ?」

魔法使い「ああそう。じゃあ、酒場のマスターと僧侶に手紙を書いて頂戴」

少女「ええと、僧侶のお姉ちゃんは知ってるけど……」

勇者「こらこら、無茶ぶりするでねえだ」

魔法使い「……そうね」

勇者「とりあえず、少女ちゃんは遊んでてもらってええかい」

少女「ぶー」

少女「……お兄ちゃんはついてきていいって言ったけど」

少女「やっぱり、私、足手まといなのかな」

少女「よく考えたら、孤児院でもあまりすることなかったし……」

少女「……」

少女「わ、私、ニート!?」

少女「いやいや、お兄ちゃんのお嫁さんになるとかあるし……」

少女「……仕事仲間とお嫁さんは違うよね?」

少女「ああ、でも、役立たずは消えろ的なオーラが」

がさっ

少女「ひゃあああああああ!」

竜魔物「む」

少女「ひっ」

竜魔物「……人間っすか」

少女「あ、あ、あのときの、魔物さん」

竜魔物「……? ああ、こないだ勇者と一緒にいた人間か」

さささっ

少女「ゆ、ゆ、勇者さんを呼びますよっ」

竜魔物「なるほど。こんなところまで来てしまったか」

少女「……」ドキドキ

竜魔物「……勇者が近くにいるのだろう。ほれ」ぽいっ

少女「こ、これは?」カサカサ

竜魔物「乾燥スライム」

少女「ひゃあああああああ!」

竜魔物「……みやげにと思ってな。けっこうおいしいぞ」カミカミ

少女「き、気持ち悪いよっ」

竜魔物「……スライムは飼えばなつくし、食えばうまいぞ」

少女「か、飼う?」

竜魔物「うむ。魔界でも飼っていたんだが」

少女「……」ジーッ

竜魔物「……一匹分けてやろうか」

少女「い、いらない」

竜魔物「便利だぞ。放っておいても増えるし、教えればいろいろ仕事するし」

少女「……! 仕事?」

竜魔物「……ああ。大きくなれば乗ったりできるしな」

少女「よ、よし。教わってやろう」

竜魔物(人間は偉そうだな)

竜魔物「まずは、ほら、そこにいるから、ぶん殴って勝ってみろ。魔物は強いものに従う」

少女「お、おお」


少女はその辺の棒を装備した。


スライム「ぴー」

少女「てやーっ!」


竜魔物(こけた。あ、思い切り当たった)


スライム「ピキー! ピキー!」

少女「よ、よし、これでどう!?」

竜魔物「そこですかさずこのモンスターボールを」

少女「これね!?」


ボールはスライムに当たった! スライムは倒れた!

少女「た、倒したよ!?」

竜魔物「……すまん。冗談で殺してしまったな」

少女「え、ええええ!? 殺しちゃった!?」

竜魔物「次にいこう、次」

少女「……おじさん、本当にスライム飼ってたの?」

竜魔物「本当だ。魔界ではスライム服も買っていたほどのブリーダーだったぞ」

少女「なら、もうちょっと愛情持とうよ……」

竜魔物「強くなければ飼う価値もないからな」

少女(なんか矛盾してる……)

竜魔物「む。まだこいつは息があるな。よし、薬草を塗って……」

スライム「ぴ、ぴー」

竜魔物「これで今日からこのスライムの主人はお前だ」

少女(死にかけてる……)

竜魔物「元々、スライムは成長が速い」

少女「う、うん」

スライム「ぴ、ぴー……」

竜魔物「餌は硬いものをやれば硬くなるし、柔らかいものを食わせれば柔らかくなる」

少女「そ、そう」

スライム ゼエハアゼエハア

竜魔物「仕事を教えるコツだが、命令すれば自分で覚えるからな。あまり構ったりせずに、時々、うまくやるポイントを教えてやるだけでいい」

少女「わ、わかったけど」

スライム ドロッ

少女「す、スラちゃんが溶けた!」

竜魔物「……疲れて溶けただけだな」

少女「いや死んでるよねこれ!」

勇者「おーい、少女ちゃんいるー?」

少女「あ、お兄ちゃん」

勇者「おう、こんなところに」

竜魔物「……」

勇者「おっ、こないだのドラゴンじゃん。どうしたの?」

竜魔物(フレンドリーすぎないか、この勇者)

少女「あのね、お兄ちゃん、竜のおじさんがね……」

竜魔物「……勇者よ」

勇者「なんだ?」

竜魔物「私が言うのもなんだが、この状況で、少女を人質にしているとか勘違いしないのか、お前は」

勇者「……? してほしいのか?」

竜魔物「……いや、別に」

勇者「そういえばよ、お前って大工とか得意?」

竜魔物「……」

勇者「せっかくだし、しばらくこっちで家を何軒か建ててみない?」

竜魔物「……勇者よ」

勇者「なんだよ」

竜魔物「お前は不可侵条約なるものを結んだことを忘れているだろう」

勇者「そういえばそうだったな。じゃ、今の話はなしで」

竜魔物「……」

少女「あのね、お兄ちゃん。スライム捕まえたの、私」

勇者「そーか、姿が見えないと思ったらスライム捕まえてたのか」

竜魔物(……本気で軽いな)

魔法使い「ちょっと、あんたたち、どこに行ってたの!」

勇者「おう、ちょっと少女ちゃん探してた」

少女「あのね、スライム捕まえたの」

竜魔物「……」

魔法使い「って、あんたこないだのドラゴンじゃない。なに、早速決裂ってわけ?」

竜魔物「いや、ついスライムを追っていてここまで来てしまったのだ。申し訳ない」

勇者「スライム?」

竜魔物「ああ。ほら、乾燥スライムだ。おみやげにどうぞ」

勇者「うわー、カチカチしてる」

魔法使い「……食えるの、これ」

竜魔物「……飼えばなつくし、食べればうまいっすよ」カミカミ

スラ「ピーッ、ピーッ」(抗議の意)

魔法使い「そ、そんなことより、大変なのよ!」

勇者「なんだよ、お前らしくもない」

魔法使い「あの貴族のいる国の国王が、隣国と手を結んだのよ!」

勇者「な、なんだってー!?」

少女「え……」

勇者「って驚いたけど、それのどこが大変なんだ?」

魔法使い「だから、あの国は孤児院に軍隊を差し向ける野蛮な国だって情報を流して、孤立化策を進めたじゃない」

勇者「あー、それを振り切って手を貸したってわけか」

魔法使い「……いくら反体制派に僧侶がいるとはいえ、他国まで介入してきたらさすがに押し切れない」

少女「ど、どうしよう……」

勇者「ってことは、僧侶さんがピンチなんだな!?」

魔法使い「だから、そう言ってるじゃない」

勇者「よし、ちょっと手助けしてくる!」

魔法使い「あ、ちょっと、あんたは不用意に出て行っちゃ」


勇者は移動呪文を唱えた。


勇者「後は任せたぜー!」

魔法使い「おい、馬鹿。馬鹿野郎!」

少女「わ、私も……」

魔法使い「……あんたこそ、行ってどうするのよ」

少女「だって、お姉ちゃんが……」

魔法使い「あんたね、自分から離れてついてきたんだから、ここで全うしなさいよ! 私だって、この場を離れられないんだから……!」

少女「だって、だって」グスッ

竜魔物(居づらい)

元事務「所長ー! もう、手紙を渡したらさっさとどっか行っちゃうんだから」

魔法使い「あら、あんたまだいたの」

元事務「まだいたって……所長が急に事務所たたむとか言い始めるから、帰っても仕事ないんですよ」

魔法使い「それもそうね……」

元事務「本気でこんなところで、事務所を再開するんですか?」

魔法使い「そうよ。あんたがこっちに移住するって言うなら、再雇用するけど」

元事務「うっ、まあ、向こうに帰っても、ボロアパートしかないですからね」

少女「どうしよう……どうしよう……」

魔法使い「……」

元事務「あの女の子はどうしたんですか?」

魔法使い「あんた、そういえば、冒険者だったわね」

元事務「ええ、まあ。昔は武闘家でしたが」

魔法使い「よし、ひとっ走りお願いしようかしら」

武闘家「ええ!? もうですか?」

少女「ぐすっ、お姉ちゃん、うっうう……」

魔法使い「泣いているところ悪いんだけど、お使いしてもらえないかしら」

少女「ふえっ?」

魔法使い「手紙を書いたわ。これを、あちこちに届けるのが一つ。もう一つは、帰ってくるときに孤児院の子たちを連れてきなさい」

少女「……私が?」

魔法使い「そう、あんたが」

少女「私……」

魔法使い「手紙を届けるだけなら、こいつで十分よ。けど、あんたじゃないと孤児院の子達は安心できないでしょ」

武闘家「こいつ呼ばわりはひどいですよ!」

少女「……」

魔法使い「やるの、やらないの?」

少女「……スラちゃんも連れて行っていい?」

スラ「ぴきー!」

魔法使い「……好きにしなさい」

少女「じゃあ行く」

魔法使い「しっかりやりなさい」

武闘家「あ、所長、ちなみに経費は……」

魔法使い「しばらくは退職金で働いてて」

武闘家「ひどい!」

魔法使い「あと、ロリコンじゃないわよね?」

武闘家「さすがに10代前半はノーサンキューですよ」

魔法使い「一桁とか引くわー」

武闘家「その手前はもっとないでしょ!?」

少女「大丈夫。スラちゃんがいるし」

スラ「ぴー!」(任せろの意)

武闘家「どんだけ信用されてないんですか……」

竜魔物(……ふむ)

――某国。

大臣「陛下、隣国からの援軍が、反乱軍を包囲したそうです」

国王「うむ」

大臣「……これで、よろしいのですか?」

国王「何が言いたい」

大臣「恐れながら、我が方の評判は芳しくありません。まして他国の軍隊を引き入れるなど」

国王「反乱の芽はつぶさねばならん」

大臣「……しかし」

国王「とりわけ、連中は孤児院と称して反体制派の再生産を目論んでおった。そこに勇者の一行が絡んでいることもな」

大臣「……」

国王「もはやわが国の存亡がかかっているのだ」

大臣「どこかで、手を打つというわけには……」

国王「やつらは、再生産している」

大臣「……」

国王「息の根を止めねばならん」

大臣「……」

国王「もうよい、下がれ」

大臣「……はっ」

国王「……」

国王「……これでよいか?」


―――ばさっ。


鳥魔物「けっこうです」

国王「そ、それにしても、本当にどうするつもりだ。た、他国と手を結んで」

鳥魔物「……」

国王「ぜ、全面戦争でもするつもりか?」

鳥魔物「それも面白そうですね」

国王「ほ、本気か……!?」

鳥魔物「まあ、勇者がいる限り、なかなかそうはなりますまい」

国王「そうだ。その通りだ。ど、どうするつもりなのだ! 私の国が、王家が……」

鳥魔物「勇者には早く表舞台に出てきていただかなくては」

国王「な、なんだと」

鳥魔物「……早く勇者のパーティーをつぶしましょう」

国王「き、貴様は……大体、勇者も、なぜわが国を放置して魔王を倒してしまったのだ……」

鳥魔物(その点は同意しますよ)

鳥魔物「さあ、命令は済みました。寝所にでも戻ったらいかがです?」

国王「ぐっ……」

鳥魔物「それとも、あなたの奥方や息子のようになりたいですか?」

国王「……くそっ」


バタバタバタ……。


鳥魔物「ふむ」バサッ

鳥魔物「玉座も悪くないですね」

虎魔物「似合わねーぜ」スッ

鳥魔物「虎ですか。ここで何をしているのです」

虎魔物「何をしているって、出番はまだだろ?」

鳥魔物「すでに勇者のパーティーが戦場に出ています。並みの兵士では倒せないでしょう」

虎魔物「勇者以外はたいしたことないだろう」

鳥魔物「虎」

虎魔物「あ?」

鳥魔物「そのような読みの甘さが我らをこのような事態に追い込んだのです」

虎魔物「そーかねぇ」

鳥魔物「そうです。まさか、勇者とあろうものが、このような不穏な国のありように首を突っ込まず、一直線に魔王様の居城に突入してしまうとは!」

虎魔物「イベントをスルーされるとは思ってなかったからな……」

鳥魔物「私は勇者を待ち続けました。しかし、やつは現れませんでした」

虎魔物「俺もだ。がんばって洞窟に罠いっぱい仕掛けたのに」

鳥魔物「そして、魔界への道が封じられたと聞いたとき、もはや絶望しかありませんでした」

虎魔物「そうだな、そのときは」

鳥魔物「しかし……勇者が魔物の残党狩りすらせず、ごろごろしていると聞いた日には」

虎魔物「びびって数ヶ月逃げてたのがアホみたいだったな」

鳥魔物「もはやわれらに道は残されていません」

虎魔物「まあ、まだ仲間がいそうな気もするんだがな」

鳥魔物「魔王様の闇の衣がはがされた以上、ほとんどの魔物は弱体化しました。おそらく、戦える魔物はわれわれ以外には……」

虎魔物「そうかねぇ」

鳥魔物「とにかく! 人間どもを同士討ちさせ、勇者をその争いに巻き込む、この計画を完遂させるのです!」

虎魔物「まー、なんでもいーんだけどよ」

鳥魔物「だから、とっとと隙を突いて、勇者のパーティーを一人でも血祭りに上げてきなさい」

虎魔物「へいへい」シュパッ

鳥魔物「まったく……」

鳥魔物「……」

鳥魔物「魔王様……」グスッ

戦士の村。

戦士「どうだ。売れそうか」

女商人「……」

戦士「一応、やせた土地でも作れるようには出来ているはずなんだが」

女商人「種を売る……ですか」

戦士「嫌そうな顔だな」

女商人「正直、これは村の財産としてもっておくべきだと思いますよ」

戦士「そうかな。食糧不足はあちこちで聞くんだが」

女商人「だからといって、お金になるものを流出させていいんですか?」

戦士「ここで食料を作っても、輸送には限界がある。これでいいのさ」

女商人「ですけど―――」

戦妻「はいはい。口論はそれまで、とりあえずお茶にしましょう?」

戦士「すまんな」

女商人「あ、ありがとうございます」

女商人(さえぎられた。そしてでかい)

戦士「それにしても、そろそろ立ち仕事きついだろ?」

戦妻「そうねぇ。急にたくさん、子どもできちゃったし」

女商人「……僧侶さんの孤児院から、でしたね」

戦士「そうだ。まあ、村はガキが遊ぶには困らない広さだし、外から入ってくる連中も多いから、なんだかんだ大丈夫だろうと思って受け入れちまった」

女商人「あの人らしい」

戦士「含みがあるな」

女商人「そうでもないです」

戦妻「あら、もしかして、僧侶さんともお友達?」

戦士「こいつは、一時期、俺たちのパーティーだったんだよ」

女商人「思い出したくありません」ぷいっ

戦妻「うふふ、ずいぶん楽しかったのね」

女商人(勘違いしている。そしてでかい)

戦士「まあ、お前にとっちゃ、投獄されたり、嫌な思い出だったかもしれんが……」

女商人「そ、それは……私が強引過ぎたのです」

戦妻「投獄……?」

戦士「ああ、一時期、町をつくってもらったことがあってな。ちょっと無理しちゃったんだよな」

女商人「と、とにかく、それはもういいのです」

戦士「だったらあれか。勇者のことか」

女商人「当たり前でしょう!」ドン!

戦妻「わ、びっくりした」

女商人「す、すみません」

戦士「……そんなにひどかったか?」

女商人「ひどいなんてもんじゃない、路銀はばら撒く、武具の買い付けは無計画、悪徳商法にだまされる、洞窟に入っても宝箱を見落とす!」

戦妻「性格が合わなかったのね~」

女商人(くっ、とにかく、でかい)

女商人「おまけに、あの、私が投獄されて……」

戦妻(私、やばい尻尾でも踏んじゃったかしら)ヒソヒソ

戦士(鬱憤たまってるんだろ、いろいろと)ヒソヒソ

女商人「つい、強がりを言ってしまったんです。こんなの平気だって。そうしたら」

戦士「わ、分かったから」

女商人「聞いてください! あいつは『そんなんだから、人に嫌われるんだぞ』って言ったんですよ!」

戦妻(ただの愚痴ね)ヒソヒソ

戦士(昔からこうなんだ)ヒソヒソ

女商人「私が、あの町をつくるのに、どのくらい、必死だったか、知りもしないで、それを、貶められて、苦しんでるのをっ!」

戦士「分かったよ、というか、その後ちゃんと俺たちが出してやっただろ」

女商人「……人の気持ちも知らないで訳知り顔なのが嫌なんです」

戦妻「なるほどね~、きっと勇者様には気持ちを分かって欲しかったのね」

女商人「な……!」

戦妻「女商人さんも、ずいぶんお堅い人なのかなって思ってたけど、かわいいところがあるのね」

戦士「ああ、なるほど。そういうことか」

女商人「あなたがたは勘違いをしている。私は勇者なんか大嫌いです」

戦妻「にやにや」

女商人「口で言わないでください」

戦士「……そういえば、勇者は新しく町をつくろうとしてたな」

女商人「手伝いませんよ、私は」

戦士「なに、町ができたら、取引を頼みたいってだけだよ」

女商人「……」

戦士(勇者も、女商人のことでずいぶん悩んでいたんだがな)ヒソヒソ

戦妻(あらそうなの?)ヒソヒソ

戦士(能天気に見えて、あいつは結構むらむら考えるタイプなんだ)ヒソヒソ

戦妻(ふーん……)ヒソ


ばたん!


商人「おい、大変なことになったぞ!」

女商人「人様の家に乱暴に入ってくるなと言ったはずよ」

商人「あーっ、すみません! もうしません!」

戦士「なんだ。ガキどもの世話に疲れたのか?」

商人「そうじゃないっすよ、だんな! 例の国と隣国が手を結んだってニュースで!」

戦士「なに……」

女商人「それは本当なの?」

商人「マジっすよ! それだけじゃなくて、ほら!」


―――商人が広げた新聞には、すでに軍が動いたことを知らせる記事の横に、
今回の反乱が、勇者一行、いや、『勇者一味』による世界征服のたくらみである旨が記されていた。


商人「だんなも勇者一行なんでしょ。これ、やべーんじゃねぇすか」

戦士「……」

女商人「発行はこの王国か……『勇者一味』の動きとしては他に、魔法使いが他国への牽制を狙って、某国軍が孤児院に攻撃したとウソの情報を流した……」

戦士「ウソではない。俺もその場にいた」

女商人「それは通じないでしょうね」

戦妻「あなた……」

戦士「うん。村の人は信じてくれるだろうが、取引先のこともある」

女商人「どうするつもりです」

戦士「他人事だな。お前も元勇者のパーティーだろ?」

女商人「忘れました」

ここいらで今回は終わりです。

キャラが増えすぎてわからん? 私もよく分からなくなってまいりました。

半分くらいは終わったと思います。

最後までがんばります。

>>1は少しキャラ整理だな

第一部は中盤か、ドラ●エは少なくとも3までは間違いないから第三部まではあるよな!!

>>228
無茶ぶりはよくないゾ☆

にしても、もう少しじっくり書いていきまっせ。

表記

貴族と僧侶が反乱してる国 → A国
勇者の故郷の国(戦士の村もここの一部) → B国
隣国(協会のあるとこ) → C国

本編は作成中です
お待ちください……

ABCではなく漢字一文字とか…おっと誰かきたようだ

>>231
じゃあ記号もなんだし、方角の東西南北にしましょう。

A国→北
B国→南
C国→東
魔王城→西側

となります。

今日中にも少しでも投下していきたい……

戦士「どう手を打つかな、女商人」

女商人「私に聞かないでください」

戦妻「でも、何ヶ所かはあなたに販売をお願いしてますし」

女商人「……そうですね」

女商人「国の軍隊が動いた以上、政治的立場を明確にすべきでしょう。私は中立を勧めます」

商人「中立?」

女商人「そう。正確に言うと、どちらも支持しないという立場です」

女商人「どちらかにつけば、勝敗によって打撃を受けます。それはこの村のためにもならないでしょう」

戦士「いや、それはもう決まってるんだ。俺が聞きたいのはその先だ」

女商人「決まってるって……」

女商人「……要するに取引先を裏切ると?」

戦士「俺は友人を助けたいし、第一子どもを襲った連中に正義ヅラされては敵わん」

女商人「他の人はそうは思っていないんですよ」

戦士「このままじゃ、間違った連中が勝つことになる。それを防ぎたいだけだ」

女商人「……まあ、そう言うと思ってました。でも、いいですか?」

女商人「反乱の起きた北国は、もともと同盟関係にあったこの国、南国ではなく、隣国の東国に援軍を求めました」

女商人「これがどういう意味か分かりますか?」

戦士「俺がいるからだろうな」

女商人「そうです」

女商人「つまり、世界を救った勇者一行を輩出した南には援軍を求めにくかったわけです」

女商人「そこへあなたが態度表明したらどうなりますか」

戦士「南も軍を出す大義名分が手に入る」

女商人「そうです。それだけではなく、内乱罪という名目でこの村を潰そうとするかもしれない」

戦士「……」

女商人「何れにしても、良い結果にはならないでしょう」

戦士「それは分かってる」

女商人「だったら」

戦士「それでも我を通したいから、知恵を貸してくれって言ってるんだ」

女商人「……むちゃくちゃですよ、あんた」

戦士「俺も勇者に毒されたかな」

女商人「……やめてください! そういうのは」

戦士「しかし、動かなければやられ放題だ」

女商人「だから、中立ではダメなんですか?」

戦士「それは無理だな。孤児院の子どももいる」

女商人「……引き渡したらいいんじゃないですか」

戦士「お前な……」

商人「なあ、よく分からんけど、いま僧侶さんがピンチじゃないのか。行った方がいいんじゃないのか!?」

女商人「あんたは黙りなさい」

戦士「そうだな。いい案がないなら、行くとするか」ガタッ

女商人「ま、待ってください! 本気で行くつもりですか」

戦士「当たり前だろう。よし、お前、鎧を着るから手伝ってくれ」

商人「お、おう。じゃなくて、はい!」

女商人「お、奥さんも黙ってていいんですか?」

戦妻「いいのよ~、この人のお弟子さんもいるし、安全でしょう」

女商人「そうじゃなくて……! な、ならせめて」


ばたん!


少女「こんにちはー!」

少女「ここ、戦士さんのお家って聞きましたけど」

戦士「おう、こないだの嬢ちゃんか」

少女「あ、お久しぶりです」

戦妻「あら、あなたったらどこで捕まえてきたのかしら」

戦士「アホか。勇者についていった子どもだよ」

少女「奥様ですね。初めまして」

戦妻「はい、初めまして」


商人「……誰だ?」

女商人「私が知るわけないでしょ」

少女「これ、魔法使いのお姉ちゃんから」

戦士「ありがとう……ふむ、魔王城の北に町をつくる。僧侶の状況は新聞でつかんでいる……さすがだな」

少女「それで、私、向こうで孤児院をつくるから、みんなを連れてこいって」

戦士「なるほど。そこに居を移すと」

武闘家「ちょっとお嬢さん、待ってくださいよ~」

戦士「今度は誰だ?」

女商人「あなたは、魔法使いの事務所にいた……」

武闘家「あ、女商人さん! お久しぶりです!」

戦士「魔法使いの知り合いか」

武闘家「はい、女商人さんあてにも」

女商人「……ありがとうございます」

商人「なんて書いてあるんだ?」

女商人「あんたには関係ない」

女商人「……」

女商人(資金援助、人材確保、政治的アピールまで書かれた計画書……「勇者の町」をつくる……本気で戦争する気なの?)

女商人(これは。『重要。他を捨ててもこれだけは確認のこと』)


魔法使い『今度の事態は想定していたとは言え、もっと時間が経ってからと予想していた』

魔法使い『元勇者一行を相手にし、一時は四人が集結して部隊が撤退したにも関わらず』

魔法使い『この早さで他国の軍隊まで引き入れてしまうのは異常』

魔法使い『何か裏がある』


女商人(確かに、そうね……)

魔法使い『あなたには出来れば、こちらで仕事をしてほしいと思っている』

魔法使い『勇者や私を嫌っているのは知っているが、私たちはあなたを必要としている』

魔法使い『納得できないなら、せめてそちらで、今度の事態の真相を確認してほしい』


女商人「……」

商人「何が書いてあったんすか?」

女商人「あんた、お金と友情だったらどっちを取る?」

商人「そ、それは商売人の鉄則ってヤツすか」

女商人「どっち?」

商人「うーん、まあ、商売人としてなら、でも、いや」

女商人「難しく考えることはないわ」

商人「今の事件の話っすよね……でも、俺はその、戦士さんほど強くないっすから」

女商人「……」

商人「それに、正直に言うと、なんでこうなったのかよく分からないでしょ」

女商人「……そうね」

商人「友情を捨てても儲からないって可能性もあるし、どっちに転ぶのか、ちゃんと知らなきゃまずいんじゃねぇっすか」

女商人「……」

商人「あ、でも、やっぱり武器を売ったほうが早そうっすよね」

女商人「やっぱりアホだわ、あんた」

商人「ひでぇ!」

戦士「……子どもたちが安全なところに行くなら、懸念は減るな」

武闘家「ああ、帰りも子守ですかねぇ」

戦士「まあまあ、俺の弟子を護衛につけるから」

武闘家「あ、ありがとうございます」

少女「私もいるんだけど」

スラ「ぴー! ぴー!」(任せろの意)

戦士「そのスライムはどうしたんだ」

少女「私が飼ってるのよ」

戦妻「かわいいわね~」

少女「お、お姉ちゃんも、胸に、す、スライム飼ってるの?」

戦妻「え?」

戦士「おい、誰にそういう言葉を教わった」

女商人「……戦士さん。提案があります」

戦士「なんだ」

女商人「私は今回の件、自分なりに真相を調べてみようと思います」

戦士「……魔法使いの指示か?」

女商人「私の意志です。ついては、北に行くときには、この男をそちらに連れて行ってもらえないでしょうか」

商人「ええ、俺っすか!?」

女商人「この男は一応、元王宮兵士です。多少の無理をしても足手まといにはならないでしょう」

戦士「俺は別に構わないが……」

女商人「……私は別方面を調べるから、あんたは北の現地調査を頼むわ。何か分かったら知らせること」

商人「いや、俺はただの裏門の門番であって」

女商人「調査費用は先に渡しておくわ」チャリ

商人「うお、い、いいんですか」

女商人(相場の三分の一くらいで良ければ)

戦士「俺は払わないぞ」

女商人「彼女の依頼ですから、かかった費用は彼女に請求することにします」

戦士「……らしくなってきたな」

女商人「どうでしょうね」

戦士「よし。そうと決まれば早速行動だ。西に子どもたちを送り届けるのと、俺は北に行く」


ざわざわ――ざわざわ―――


商人「なんか、外の様子が変っすね」

村長「せ、戦士殿、戦士殿!」

戦士「どうしましたか、村長」

村長「お城から、軍隊が来ているのです!」

商人「マジっすか!?」

女商人「早すぎですね。南の王国が動くにしては」

戦士「目的は俺だろうな……ちっ」ガチャ

商人「戦士のだんな、それじゃ完全武装じゃないっすか」

戦士「武器がまだだ」

商人「そういう問題じゃないでしょ!?」

女商人「どうするつもりですか。そんな格好で出てくれば衝突はさけられませんよ」

戦士「……おい」

戦妻「はい、兜」

戦士「ありがとう。……こうなったら、俺がひきつけるから、その間にお前らは脱出しろ」

戦妻「ま、最悪、この村はどうでもいいのよ」

村長「ど、ど、どうでもよくないですぞ!」

商人「で、でも、だんな」

戦士「現地には一人で先に行け。ちゃんと根性みせろよ」

女商人「では、私も隙を突いて脱出します」

戦士「ああ。そうだ、ガキどもはどうした?」

戦妻「女の子と武闘家さんが、広場に行ったと思うけど」

戦士「よし……包囲はしても、俺が出てこない限りは交渉しないはずだ。時間は稼いでやるから、隙を見つけろ」

女商人「恩に着ます」

商人「だんな、すみません」

戦士「すぐには出るなよ、やつらを引き付けてからだ」

戦妻「ふふ」

戦士「なんだよ」

戦妻「やっぱり、頼もしいなって」

村長「せ、戦士殿……」

戦士「村長、申し訳ないが、この村にいられるのもこれまでかもしれません」

村長「戦士殿……いや、戦士君」

戦士「……」

村長「君が、この村のために一生懸命やってくれたことを、忘れるわけにはいかん」

戦士「……そうですか」

村長「世界に平和が戻ったのも、この村に活気が戻ったのも、すべて君のおかげだ」

戦士「俺は自分の勝手を通してきただけです」

村長「そうかもしれん。だが、とにかく、お、お互いがんばろう」

戦士「……分かりました。じゃあ、俺は道場の弟子を連れてきます。村長は他の人を、安全なところまで避難させてもらえますか?」

村長「わ、分かった。う、裏の森で大丈夫かね?」

戦士「大丈夫でしょう。なに、念のためですよ」

―――広場。

戦士「さて、ガキどもはいるかー?」

少女「あ、戦士さん!」

武闘家「す、すみません。ちょうど出て行こうとしたところで、軍隊にぶつかりそうになりまして」

戦士「そりゃ仕方なかろう。子ども連れて、戦うってわけにもいかんしな」

男子1「ぼく、戦えるよ!」

男子2「剣を習ったもん」

女子1「武器も貰ったんだよ!」

女子2「わ、私も!」

戦士「……誰だよ、子どもに武器を持たせたやつは。ああ、あのバカ弟子どもか」

少女「ふっふっふ。私も忘れてもらっては困る!」

スライム「ぴきー!」

戦士「勘弁してくれ……」

武闘家「ま、参りましたね」

戦士「……よし、お前ら、全員ならべ!」

エー ナニー キャッキャ

戦士「ならべ!」ずん

子どもたち『は、はいっ!』

戦士「いい返事だ。いいか、今回の作戦をもう一度確認する」

戦士「お前たちはここを脱出したら、西へと向かい、そこで新しい町をつくる準備を行うという任務を負っている」

戦士「……分かるか?」

子どもたち『はいっ』

戦士「よし。そのためにはここで消耗してはならない」

戦士「俺が囮になって、その隙に脱出する必要がある」

戦士「……分かるな?」

子どもたち『わ、分かりました!』シター

戦士「よし。では、合図があるまで、待機!」

子どもたち『分かりました!』


武闘家「うまいですねー」

戦士「あんたものほほんとしてるな」

武闘家「す、すみません」

戦士「とりあえず、うちの弟子を何人か護衛につけると言ったろう。ちょっと待ってくれ」

武闘家「分かりました」

少女「お、おじさん」

戦士「……なんだよ」

少女「ごめんなさい、私がしっかりしないといけないのに」

戦士「気にするな。ぶっちゃけ、勇者と大して変わらん」

少女「ホントに?」

戦士「……あまり真似するなよ」

―――道場。

戦士「おい、お前ら!」

弟子A「あ、師匠!」

弟子B「なんか軍隊来てるみたいっすよ」

戦士「知ってるよそんなこと。それより、ガキどもに武器触らせんなよ!」

弟子A「す、すみません」

弟子B「気をつけます……」

戦士「分かったんなら、その軍隊と『話し合い』に行くぞ。二名ほどはガキどもについていってやれ。後の連中は俺の武器を持って来い!」

弟子たち『了解しました!』

バタバタバタ……

戦士「……」

戦士「結局、俺は損な役回りだな」

今夜はここまで。

書き溜めが消えてしまいました(涙

次回は僧侶&貴族さんへシーンを移します。

北国、戦場。

すでに数週間が経過しているというのに、貴族と僧侶はまだ城に近づけずにいた。

その理由の一つは、蜂起の際の出遅れである。
呼びかけた兵士や領主たちが集まるまでに時間がかかり、今なお態度を決めかねているものたちも多くいた。
何しろ蜂起のきっかけが、貴族が襲われたことだったので、準備が整っていない。
まして、それが正当性を持ちえるのか、ということを悩むものいたのでなおさらだった。

兵を集めるのに時間がかかれば、相手にも時間を与えることになる。

すばやい作戦が失敗した上に、東の国から軍が派遣されると伝わって、何名かの有力者は離脱を宣言し始めた。
位置関係から言って、北国の軍と挟撃されるのは分かりきっていた。
貴族と僧侶の奮闘あって、城に迫りつつはあったが、みるみる内に兵力差がついていく。

もはや、勝敗は決したと言ってよかった。

僧侶「貴族様、これ以上は無理です!」

貴族「くっ、あと少しで次の町だというのに……」

僧侶「無茶をしてはなりません」

兵士「南から、新手です!」

貴族「味方ではありえないな……」

僧侶「……後退しましょう」

貴族「しかし、このままでは!」

僧侶「作戦を練り直しましょう」

兵士「し、しかし、囲いが出来つつあります」

僧侶「……私が血路を開きます。貴族様はそれを越えて、先へ」

貴族「それだけはできない!」

僧侶「貴族様、あなたはこれから必要な方です」

貴族「何を言う! それなら、僧侶さんも」

僧侶「……国を変えるのに、英雄はいりません」

貴族「!」

僧侶「私は救世の英雄と持ち上げられてしまいました」

貴族「そ、そうかもしれんが!」

僧侶「大丈夫です、みなを逃がしたら、ちゃんと追いつきます」

貴族「そういう問題ではない!」

僧侶「……貴族様。私は感謝しています」

貴族「な、何を言う」

僧侶「英雄という肩書きは、子どもらを救うのに何の役にも立ちませんでした」

貴族「そんなことはない!」

僧侶「孤児院の許可を下さったのは、あなただけでした」

貴族「そんなバカな……」

僧侶「ウソではありません。教会では他国へ支援は難しいと言われました」

僧侶「他国で活動しようとすれば目立ってしまい、嫌がられました」

僧侶「ある時など、はっきり言われました、『まだ名声が欲しいのか』と」

貴族「……」

僧侶「私は神に捧げた身と思って、魔物と戦いました」

僧侶「けれど、子どもたちはその間にも親を失い……」

貴族「それは僧侶さんのせいではない!」

僧侶「……ありがとうございます」

僧侶「とにかく、私は名誉や名声のために戦うつもりはありません。ここで貴族様を死なせるわけにも」

貴族「それは……私も」

兵士「貴族様! 相手の陣形が狭まりつつあります!」

貴族「囲まれる!」

僧侶「無駄話をしている場合ではありませんね!」ダッ

貴族「僧侶さん……!」


僧侶は飛び出した!

僧侶「愚か者どもよ!」

敵兵1「おっ、なんだぁ、女だ!」

敵兵2「油断するな! そいつは勇者の一行だぞ!」

敵兵3「かまわねぇ、やっちまえ!」

敵兵2「相手は魔王を倒した化け物だぞ。特に僧侶は怪力だと聞く」

敵兵1「へっ、ゴリラじゃあるまいし、びびりすぎだ」

敵兵3「女だから、メスゴリラだな、がははははっ!」

ぶはははははっ!


笑い声が響く。
突出してきた僧侶を侮りながら、敵兵たちは数に任せて殺到しようとした。

その目の前に、宝玉のぶら下がった大きな杖を突き立てて、僧侶もまた笑った。

僧侶「……メスゴリラ?」

僧侶「あなた方は、猿の魔物も見たことがないのですね」

敵兵1「何言ってんだぁ?」

僧侶「一つ、近いものをご覧に入れましょう」

僧侶「死を恐れないというなら」


異様な雰囲気に、前面にいた兵士たちが飲まれた。
後ろの兵士が押し出そうとするが、まるで結界が張られたように、うまく動けない。

兵士たちの目の前で、僧侶が杖を光らせ始めた。


僧侶「鋼の肉体……」

僧侶「強靭な腕力……」

僧侶「……神の名の下に、私は現れるだろう……」


僧侶『鋼 鉄 防 御 呪 文!』

―――みりぃっ
 

肉が裂ける音が聞こえた。
しかし、見てみれば裂けた肉の隙間から、新しい肉が膨れ上がってくる。

僧侶の身体が、見る間に厚みと大きさを増していく。
背丈が、シルエットが、三回りほど大きくなったところで、タイツから零れ落ちる筋肉が、
実際に鋼鉄のような艶と色合いをしていることに兵士たちが気づいた。

顔だけは、元のまま。
まるで鉄製の裸身像にお面を被せたような僧侶は、にこり、と相手に笑顔を見せた。

追いついた貴族が絶句した瞬間、僧侶の姿がかき消えた。
いや、殺到した敵兵たちの肉の間にもぐりこんだのである。


ぐぎゃああああああっ

ひぃいいっ

うわっ、うわあああああ


文字通り、黒い塊の敵兵が引きちぎられていく。
殺到から一転、敵兵の集団は退却の態勢に入れ替わった。

僧侶「……今のうちです!」

貴族「あ、はい」


振り返られて、話しかけられた貴族が、深呼吸する。
一度、間を入れなければ耐えられなかった。


貴族「……僧侶さんが道を作った! 全軍、ここを突破しろっ!!」

兵士たち『うおおおおおおおおおっ!!』

貴族「西だっ、西の森の方角へ!」


僧侶の脇をすり抜けて、まず騎兵が突破していく。
邪魔をしようと前に飛び出すものはいない。
馬にぶつかろうとするものがいないのと、そして止めようとするものは、筋肉に叩き潰されているからだった。


僧侶「鉄槌です! 神の鉄槌です!」

貴族「……神の威力は凄まじいな」

半刻、いや、もっと短い時間の内に、部隊の一角が散り散りにさせられた。

後ろから追撃しようとする部隊もいたが、逃げ出した敵兵が邪魔になり、進めない。
そしてさらに、壁となっている僧侶の肉体は、矢も剣も通さなかったのである。

何を投げつけても、鋼鉄の肉体に通じるものなし。
彼女には不釣合いに見えた大きな装飾つきの杖は、いまや別の意味で不釣合いに見える。
すでに小さな棍棒と化していたそれは、何十本かの人間の骨を打ち砕いていた。

なおかつ、彼女は次第に速さを増していった。
そう、「速度上昇呪文」である。

囲いは破れ、決着に思われた事態は別の方角へ転がりだした。

貴族「僧侶さん、もう我々が最後に近い!」

僧侶「ふうっ、はあっ、わかり、ましたっ!」

貴族「西の森だ! 急いで!」


貴族は黒光りする筋肉に手を差し伸べた。
硬い、そして優しい手が、それを握り返す。


貴族(手をつなぐのは、初めてだな……)

僧侶「貴族、様、これを、使う、と、ちょっと、疲れます」

貴族「しゃべってはならん!」


貴族は僧侶を引っ張りながら、次第にしぼんでいく僧侶の身体を抱き寄せた。
そのまま、ふらつく彼女を支えて、走り出す。

だが、二人の視線の先に、影が映った。
先行する兵士たちをなぎ倒して、こちらに躍り出てくる。
それは明らかに人のシルエットではなかった。

貴族「こんな時に、魔物の残党か……!」

僧侶「貴族、様、私、おいて……」

貴族「しつこいぞ! 私にはあなたが必要だっ」


虎魔物「……勇者の仲間はいるかあー!?」


貴族「!」

僧侶「……」


虎魔物「ちっ、手応えがない連中ばかりだ。また外れかね」


貴族「あいつ、勇者殿の一行を探しているのか」

僧侶「はぁ、はあっ」

虎魔物「さっきはこっちの国の兵士をやっちまったしな。人間なんか大体同じ顔に見えるのがいけねぇ」

貴族「くっ、しかし、戻るわけにはいかない……」

僧侶「……ここです!」

虎魔物「おっ?」


僧侶「私、です! 私が、勇者の仲間っ」

貴族「僧侶さん!?」

僧侶「貴族、様、早く、私、おいて、みなさんを、助けてっ!」

貴族「できるわけがないだろう!」

虎魔物「……よく分からんがお前が勇者の仲間なんだな」ずん

貴族「魔物めっ、この私が相手だ!」チャキ

僧侶「き、貴族様……」

虎魔物「……」

貴族「僧侶さん、愛しています!」

僧侶「うっ、うう」グス

虎魔物(なんか気まずい……)

虎魔物「あー、どっちが勇者の仲間だ? 俺はそいつを探しているだけだ」

僧侶「私、です!」

貴族「僧侶さんには指一本触れさせん!」

虎魔物「……」

兵士1「こらあ、魔物風情が、お二人を邪魔するんじゃねぇ!」

兵士2「貴族様ー! 僧侶様ー!」

虎魔物「……うるせーし、とりあえず、両方やっちまうか」

兵士たち「ああっ!」


虎の魔物が腕を振り上げる。
もはや、疲れ切った二人には、それを受け止める力は残っていない。

振り下ろされた爪が、二人を切り裂く。

―――ことはなく。

がきぃっ!

という、金属音が戦場に響いた。

爪の間と間に剣が入り込み、虎の前進を阻む。
その剣の主は、間違いなく。


勇者「なんだよ、魔物がいるんじゃん」


僧侶「ゆ、勇者様」

貴族「勇者殿!」

兵士1「勇者様だ」

兵士2「勇者殿が来たぞー!」


勇者だった。

今夜はここまで。

「鋼鉄防御呪文」ってあれです。スカラ的なやつ。

顔だけそのままで、身体は筋骨隆々……


兵士殴り代行始め(ry
トゥットゥ(ry

防御力上がりすぎてノーダメージなだけで、ブレスとか魔法は効く感じでお願いします(´・ω・`)
ピオリム的なの使ってるし

貴族と僧侶のロマンスっぽいのを書こうとしたのだが……

今夜もちょっとだけでも投下したい。
あとまだキャラが増えそうです
こうなったらいけるところまでいったるわー

虎魔物「勇者? お前が勇者なのか?」

勇者「おう! あと、重いから力をぬけ」

虎魔物「……」


がいん!


勇者「親切なやつだな。ありがとう」

虎魔物「そうか、お前が勇者か……初めて見たぜ」

勇者「おう、いま、世界で一番有名な男さ」

虎魔物「……こういう場合はどうするんだっけな」

貴族「勇者殿! 今は非常時です! おしゃべりしている場合ではありませんよ」

勇者「いいじゃん、別に。虎男! 斬られる前に何か言いたいことでもあるのか?」

虎魔物「まるで自分は死なないような言い草だ。だが、お前に聞きたいことはある」

勇者「ほほう」

虎魔物「なぜ、俺のいた氷の洞窟にこなかった」

勇者「氷の洞窟? そんなもん、あったか?」

虎魔物「あったぞ! ほら、この国の、もっと北の方に、氷河の近くにな」

勇者「……あの辺は寒いからスルーしちゃったなぁ」

虎魔物「なんだと!?」

勇者「だって、氷河の手前にあった村には立ち寄ったし、それ以上は特に重要な道具が眠ってるとか、そういう情報なかったし」

虎魔物「……罠をたくさん仕掛けて待っていたんだぜ」

勇者「そっかー」

虎魔物「……ちょっと洞窟を出て、狩りをしている人間どもに吠えたりしてアピールしてた」

勇者「ふーん」

虎魔物「暇すぎて、洞窟にカーペット敷いたりしたし」

勇者「経費の無駄遣いだな」

虎魔物「お前が来ないのが悪いんだろうが!」

勇者「えっ?」

勇者「俺はあまり頭良くないけどさぁ、そりゃお前のマーケティングが悪いよ」

虎魔物「マーケ、なに?」

勇者「マーケティング。女商人が言ってたんだけど、お前の場合、冒険者が求めてるものを考えてないわけじゃん?」

虎魔物「魔物がいれば、退治したくなるんじゃねーんか?」

勇者「そりゃ現実に脅威ならな。でも、氷河の奥地に貴重な武器があるわけでもなし、遠くで吠えているだけなら野犬と同じだ」

虎魔物「……」

勇者「ちなみに、実際、俺ら以外の冒険者も来てたのか?」

虎魔物「そういえば、ほとんど来てない気がするな……」

勇者「だろ? 普通の冒険者も来ないんじゃダメだよ」

虎魔物「だって、勇者倒すためだから、他の冒険者に来られても困るしよ」

勇者「それがダメなんだよ! まずは冒険者を集めないと、村でも話題にすら上らないんだぜ」

虎魔物「その、近くの村はどーだったんだ」

勇者「ダメ、全然記憶にねぇ」

僧侶「魔物が増えたという話はありましたよ……」

虎魔物「……」

勇者「なんか大事なものを奪ってきて、アピールするとか」

勇者「何もなくても、せめて何かありそうなうわさを流すとか」

虎魔物「……お前、頭いいな」

勇者「いや、これ受け売りよ? もっと勉強しろよ」

虎魔物「分かった。お前を仕留めたら、鳥に学ぶことにしよう」

勇者「……結局、やるんでいいんだな。分かりやすいぜ」

貴族「勇者殿!」

勇者「僧侶さん、フォローよろしくっ!」


叫んで、勇者は虎の魔物に襲い掛かった。

虎は突きつけられた剣を爪でさばく。
すばやさに自信のあった虎は、自分が後手に回ったことに驚いていた。
何の威圧感もなく、さくり、と左腕の毛を裂かれたところで、寒気が走った。

先ほど会話していたその調子と同じように、目の前の人間は突っ込んでくる。
何の気負いも緊張もなく、剣を振るってくる!

剣を横に振られて、大きく体を反らした虎は、横合いにすっ飛んで間合いを取った。


虎魔物(なるほど、この無謀さ、ためらわない行動力、これが勇者というやつか!)


にゃあ、と虎の口元が歪んだ。
勇者のこの、訳の分からない強さに、虎は興奮を覚えた。

虎は二足で迎え撃つのをやめて、四足で地面をつかんだ。
ちょうど力士が突進するように、身を縮めて力を溜める。


僧侶「勇者様、危険です!」

勇者「フォローを!」

僧侶「ああ、もう!」


後ろの方で勇者の仲間がごちゃごちゃと話している。
だが、虎の体勢を見ても真っ直ぐに突っ込んでくる人間を見て、虎も構わず彼だけを見つめた。

勇者が間合いに入る。それを見て、虎も跳ねた。

虎の伸び上がった体が、勇者の頭を目掛けて突っ込んでくる。
それに対して、勇者も剣を構えて突きを打ち込もうとする。

剣が突き刺さる直前、虎は右爪で剣を横に弾いた。
そして、大口を開けて、かぶりつこうと牙を立てた。

かわせない。

剣を弾かれた勇者はしかし、武器を持たない素手を、虎の口に伸ばした。
伸ばした右腕が赤く光る。


勇者「燃えろボケッ!」


ずどん、という音があたりに響く。
何の魔法だったのか、虎の口内に、火の球が弾けたのだ。
前傾姿勢のために仰け反ることもできず、虎はその場で踏ん張るほかなかった。

勇者が横にすっ転んでしまうかのように、姿勢を低くする。
踏ん張る虎の足に、勇者は、叩き落とされた剣を拾って斬りつけた。

魔法を放った右腕は黒こげていた。
残った片腕だけの威力だったが、虎はたまらずバランスを崩した。

勇者「やった!」


勇者が叫んだ瞬間、頭部を焼かれて飛びかけていた虎の意識が戻った。
無様に、だが必死になって丸く横っ飛びに転がる。

捨て身、無鉄砲、命知らず、勇者を戦闘スタイルを表す言葉が虎の頭に浮かぶが、消える。
力で勝っている、技でも遅れは取らない、はずだった。
だが、それ以上の何か、訳の分からない強さを、虎は確実に感じ取った。

ごろごろっとさらに森の方へ転がって、起き上がる。

勇者が止めを刺し損ねてたと気づき、駆け寄ってくるのを見て、虎は移動の道具を取り出した。
口が焼かれているので、捨て台詞も吐けやしない。

だが、駆け寄る勇者を見つめながら、にゃあ、とまた笑った。


虎魔物(十年はなかったぜ、こんな勝負。魔王様以来だ!)


虎の姿が掻き消えた。

勇者「あっ、くっそー逃げられちまった」

僧侶「勇者様! 無茶しないでください」

勇者「おう、焦げちまった」

僧侶「もう……癒しの力よ」


勇者の火傷が治っていく!


勇者「ありがとー」

貴族「……いつもあのような?」

勇者「久しぶりに強敵だったからなー。勘が鈍って、倒せなかった」

僧侶「お一人で先行しすぎなのです!」

貴族「恐ろしい男だな……」

僧侶「それより、今はみなをまとめて脱出しなければ」

貴族「そうだ。よし、急ぎますぞ」

勇者「おう、んじゃ、二人とも俺に負ぶさってくれ」

僧侶「そ、そんな」

貴族「何を言っている」

勇者「力が有り余ってんだよ! そうでもなけりゃ、一部隊つぶしてから戻ってくるけど」

貴族「……大量破壊兵器だな」

僧侶「わ、分かりました。お言葉に甘えます」

貴族「そ、僧侶さん!?」

勇者「っしゃあ! 積もる話はまた後だ!」


勇者は両腕に二人を抱えあげて、一目散に駆け出した。

南の国、勇者の故郷。酒場。

女商人「マスター」

マスター「あら、女商人さん、もう帰ってきたの?」

女商人「ええ。前置きせずによろしいですか?」

マスター「え、ええ」

女商人「魔法使いからの手紙、受け取りましたね」

マスター「読んだけど……」

女商人「では、支度を」

マスター「できないわ」

女商人「……」

マスター「このお店は、先代からずっと受け継いできたものだもの。それを捨てるなんてこと……」

女商人「そうですか」

マスター「魔法使いさんの気持ちも分かるわ、なんだか、この国も物騒になってきたもの」

女商人「実は、ここから出た軍隊が、いま戦士の村を襲っています」

マスター「え……」

女商人「おそらく、北国で反乱を起こしている僧侶への牽制でしょう」

マスター「た、大変じゃない!」

女商人「ええ、隙をついて逃げ出してきました」

マスター「逃げ出してきたって……」

女商人「私なりにやるべきことがあると思いまして」

マスター「……」

女商人「マスター、私はこの国が許せません。冒険者たちを集めて、その交流で栄えてきたのに、魔王を倒した途端に登録制を廃止して」

マスター「そうね……盗賊さんなんか、冒険者として認められなくなったら、捕まっちゃって」

女商人「冒険者たちを集めて、探検隊を作るという魔法使いの計画、あれは一つの救済策でした」

マスター「おかげで、こっちはもっと寂れちゃったけど」

女商人「……実を言うと、国が探検隊を了承したのにも裏があるのではないか、と私は思います」

マスター「そう……なの?」

女商人「ええ。おそらく、私は普通にしていたら捕まるでしょう。マスターが勇者の町に行かないというのであれば、もう私からは何も言えません」

マスター「……」

女商人「……私は、場所も建物も大事だと思います。けど、思いの方が大事だと思ってます」

マスター「それは、簡単に言っていい言葉じゃないわ」

女商人「分かりません。思いを踏みにじられて、悲しんでいる顔を見たくないのも、事実です」

マスター「……うん」

女商人「もし、賛同してくださるのであれば、馬車のお手配は済んでますので」

マスター「そ、そうなの?」

女商人「勇者の家族も移住させる計画なんです」

勇者の実家。

女商人「こんにちは」

勇者母「あら~、しょーにんさんじゃないの~」

女商人「あの、実は、息子さんがピンチでして」

勇者母「そうなの~? でも、あの子のことだから、大丈夫だと思うわ~」

女商人「いや、それでですね、お母さんのことも心配してらしてですね、引越ししてほしいと」

勇者母「大丈夫よ~、ずっと住んできたんだもの~」

女商人「……」

勇者母「しょーにんちゃんは~、うちののお嫁さんになる気はないの~?」

女商人「は?」

勇者母「なんだか、お城のお姫様との縁談は~、ことわっちゃったみたいで~」

女商人「はあ」

勇者母「ちょっと心配っていうか~、私に似て要領が悪いところあるし~」

女商人(なんだかな……)

女商人(あ……そうだ)

女商人「あの、実はですね」

勇者母「何かしら~」

女商人「彼、今度結婚するんです」

勇者母「あらほんと~? 私にはなにも言わないで」

女商人「それでですね、お相手はあの、魔法使いさんなんです」

勇者母「あらあら、うふふ、あらあら」

女商人「彼、魔法使いさんと新居を構えてまして、ぜひお母様にもこちらに移って欲しいと」

勇者母「そうなったら、お祝いしないといけないわね~」

女商人「そうでしょう、今、友人も招待したいということで、彼は飛び回っているんですが」

勇者母「魔法使いちゃんがその町にいるのね~」

女商人「そうなんです」

女商人(この程度の無茶振り、許されるわよね)

勇者母「でも~、がっかりしてるでしょう~?」

女商人「何が、ですか?」

勇者母「あなたも~、息子に少し気があったんじゃないかーって思ってたから~」

女商人「そんなことはありえません」

勇者母「あの子~、度量が広いから~、納得してる範囲なら許可しちゃうわよ~?」

女商人「お断りしますよっ!」

勇者母「財産分与」

女商人「なん……ですか?」

勇者母「相続について口添えしてもいいわよ~」

女商人「……そ、そんなことで動きません」

勇者母「褒美、まだたんまり残ってるのよね~」

女商人「とにかく! 早くご準備お願いします」

勇者母「うふふ」

今夜はここまで。

よろしければ次回の順番をお選びください。


1.魔法使いと側近の対決?

2.お姫様と勇者の回想

3.探検隊はどーなったのか

あ、一応、全部書くつもりですが、読みたい順番をお選びください、ということです

じゃあ、231で、お姫様のところから書いていきます。

虎は強敵には楽しんで全力で挑みますが、弱者にはつまらんと言いながらも殺戮したりできちゃうので、まあ普通に魔物です

(今日も投下するよ)

南国、城。

姫「……」

侍女「お茶でございます、なんつって」

姫「ありがとうございます」

侍女「身分の低い娘っ子に敬語を使う必要はございませんよ?」

姫「相変わらずですね、あなたは……」

侍女「また暗い顔ですね。やなことでもありました?」

姫「いえ、別に」

侍女「『あなたは憂い顔も美しい』キリッ」

姫「隣国の王子様ですか、その真似は」

侍女「そうですよ。似てたでしょ?」

姫「ふふっ」

侍女「戦争のことですか? まあ戦争で死人が出るのはしょーがないですよ」

姫「いえ……」

侍女「あのバカ王子も出てるから、下手うってお亡くなりになる可能性もありますし」

姫「人の死を願うものではありませんよ」

侍女「さーせん。じゃあ、勇者のことですか?」

姫「えっと……ええ」

侍女「私せいかーい。ご褒美にお茶をご一緒する栄誉を賜ります。ロイヤルスイーツうめぇ」ムシャムシャ

姫「もう、侍女さんったら」

姫「……この度の争いは、勇者様のご一行が引き起こしたと聞いています」

侍女「僧侶さんでしたっけ」

姫「勇者様も、戦いに身を投じられたとか」

侍女「みたいですね」

姫「もしや、私が勇者様を追い出したことが遠因なのではないかと……」

侍女「それはいくらなんでもないですね」

姫「そうでしょうか」

侍女「あの手のタイプは、追い出されたことなんか今ごろ忘れてますよ」

姫「そ、そうでしょうか?」

侍女「だから、姫様が気にすることはないですよ」

姫「……私は」

侍女「まだ何かあるんですか?」

姫「私はあの方を尊敬しています……」

侍女「姫様はろくでなしに引っかかるタイプですね」

姫「ど、どうしてですか!」

侍女「いや、まあ、この城に滞在してた時のことを思い出していただければ」

姫「……」

―――数ヶ月前。

勇者『まあ、そういうわけで、あの辺の村は魔物が住人になってたわけですよ』

姫『まあ』

勇者『そのまま宿に泊りましたけどね。分かってて』

姫『そ、それでどうなったのです?』

勇者『夜中に襲い掛かってきたので、「宿代踏み倒すぞ!」って叫ぶと硬直して』

姫『魔物なのに、おかしいですわ』

勇者『それがどうも、本当に魔物同士で休憩所に使ってたみたいで』

姫『あら、それはかわいそうですね』

勇者『まあね。全員ぶん殴って寝なおしました』

姫『宿代は……』

勇者『サービスが悪いってんで、賢者が値切りました』

姫『ふふふっ、ちゃんと払ったんですね』

勇者『そうそう! いやあ、面白かったですよ』

―――数日後。

侍女『ちわー、お茶屋が配達ー』

勇者『あんた、侍女だろ』

姫『あら、いつもありがとう』

侍女『……』

勇者『なんだ?』

侍女『勇者様、お仲間どっか行っちゃったみたいですけどー』

勇者『え、マジ?』

侍女『マジマジ』

姫『こ、困りましたね、追いかけなくては』

勇者『うーん、ま、でも、平和になったし、いいか』

姫『え? でも』

勇者『お、今日のお茶はなんか浮いてるぞ』

侍女『今日は果物のお茶ですだ』

―――数週間後。

勇者『うーん、することないなー』

姫『あの、勇者様。お暇でしたら、ボードゲームなどいかがでしょう』

勇者『いいね!』

姫『はい、それでは』

勇者『あ、いつもいる子も呼ぼう。おーい、侍女ちゃーん』

侍女『呼ばれて飛び出て』

勇者『ボードゲームして遊ばない?』

侍女『完全に堕落してますな』

勇者『な、なんだよ』

姫『侍女さん、一緒に……ダメ?』

侍女『姫様に言われちゃ、かないません』

侍女『あーがりー』

勇者『くそっ、強すぎだろ、お前』

侍女『猪突猛進にサイコロばかり振るからでござい』

姫『うふふ』

勇者『うーん、やっぱり俺、一人旅は向いてないのかねー』

侍女『魔王を倒せたのも、お仲間のおかげですか』

勇者『そうなんだよなー、一人じゃダメなのかね』

姫『こら、侍女さん、失礼でしょう』

侍女『しーましぇーん』

勇者『いやいや、実際、そうだしな』

メイド1『クスクス……』

メイド2『勇者さんって、全然働いてないよね』

メイド3『逆玉狙ってるのかしら』

メイド1『出身は城下の地元民らしーよ』

メイド2『えー、ちょっとショック』

メイド3『お父さんも勇者なんだって?』

メイド1『ひぇぇぇ(笑)』


侍女『……』

勇者『お、侍女ちゃん』

侍女『あー、こっちは清掃ちゅーですよー』

勇者『なんだよ、急に』

侍女『勇者様は姫様の相手だけしてればいーんじゃないですか』

勇者『うーん、まあ、な』

侍女『何かご不満でも?』

勇者『なあ、姫様って俺と結婚する気とかないのかね』

侍女『さあー、姫様に決定権はありませんので』

勇者『そんなもんかなぁ』

侍女『結婚する以外に、したいことないんですか?』

勇者『うーん……』

侍女『え、え、どうなんだ、このこの』

勇者『やめろ、モップでつつくな。まあ、あまりやりたいこともないな』

侍女『この寄生虫が』

勇者『あ?』

侍女『わったしはお掃除侍従長~』サササー

侍女『勇者様はダメなんじゃないですか?』

姫『どうしたんです、急に』

侍女『なんかやりたいこともないみたいですし、へーかも評価しないでしょう』

姫『そんなことないでしょう、彼は世界を救ったのよ』

侍女『まーいーですけどー』

姫『だったら、お父様に聞いてみるわ』

侍女『やめといたほうがええで』

姫『もう、そんなこと言って』

侍女『いや、今、大臣と話してたんで』

姫『大丈夫ですよ、話が終わったら出てくれば良いのです』

玉座。

南国王『……勇者殿はどうしている?』

南大臣『ごろごろしております』

南国王『……』

南大臣『率直に申し上げます。世界が平和になった以上、もはや勇者殿は不要……』

南国王『言うな。何か事業でもなすなら、我が娘を嫁がせようかと考えていたのだが』

南大臣『褒美は与えたのです。もう良いでしょう』

南国王『軍事力としてはどうか?』

南大臣『救世主を値切って雇うことは難しいでしょう』

南国王『……』


姫『……』

侍女『ぼろくそっすね』

姫『きゃ! 急に声をかけないで』

侍女『すんませーん』

将軍『……指南役は無理でしょう』

南国王『なぜだ?』

将軍『彼の剣術は防御がありません。多少のケガを物ともせずに飛び込んでくるのです』

南国王『ふむぅ』

将軍『……多少どころではありませんな。一度、自身の骨を折りながら、我が隊で腕の立つ兵士を十人まとめて病院送りにしました』

南国王『なるほど』

将軍『しかし、手当て慣れといいますか、回復の魔法の効きが良すぎるのですが』

南国王『精霊の加護を得ただけはあると……』

将軍『とにかく守りがありません』

南国王『守りの時代には向いていないということか』

将軍『有名を利用する手はありますが』

南国王『下手を打てば、私の地位を脅かすやも知れん』

南大臣『……陛下。この際、勇者殿を政治利用しない方向で、他国と共同しましょう』

南国王『大丈夫かね?』

南大臣『万が一、勇者殿が他国につくようなことがあれば、我が国には勇者殿のご実家が城下にありますし』

将軍『それはいささか抵抗がありますが』

南大臣『万が一です、そうならないようにすればよろしい』

南国王『うむ……それがいいかもしれんな』

将軍『しかし、彼は姫様とも仲がよろしいご様子』

南大臣『それでは、姫様から押し出してもらうことにしましょう』

南国王『よいのか?』

南大臣『隣国の王子が姫様を見て、一度お話したいと言ってきています。それに、今後は姫様も働いてもらわねば』

南国王『うむ……そうだな。我が王家の一員として、自覚を持ってもらわなくては困る』

将軍『お二人が好きあっているのならば……』

南大臣『将軍、情で政治を決めてはかえって姫様に不幸をもたらしますぞ』

将軍『そ、そうでしょうか』

侍女『あれまー』

姫『……』

侍女『姫様、どうしますか』

姫『……』ダッ

侍女『あ、姫様!』


姫『はぁ、はあ、勇者様、勇者様……!』


姫『ゆ、勇者様!』

勇者『んあ?』ぐでーっ

姫『……』

勇者『どうしたんですか? 姫様』

姫『えっと、あの……』

勇者『息を切らして、走ってきたんですか?』

姫『い、いえ……その』

勇者『?』

姫『あのですね、勇者様』

勇者『はい』

姫『そろそろ、ご実家に戻られてはいかがでしょう』

勇者『へ?』

姫『かなり長い間、お城にお引止めしてしまって……』

勇者『いやいやいや、実家は城下町にあるんで』

姫『そうですが、もうしばらくお母様にお顔を見せていらっしゃらないのでは?』

勇者『えーっと』

姫『きっと、そろそろ心配なさってますよ』

勇者(これ、あれか? もう帰れ的な?)

―――数日後。

姫『……』

侍女『あなたのお城のお茶屋さん、ただいま参上しました』

姫『ああ、侍女さん』

侍女『元気ありませんね』

姫『……勇者様は』

侍女『ご実家でごろごろしてます』

姫『……きっと、私が手ひどく追い返してしまったからだわ』

侍女『いや、することないだけでしょう』

姫『そんなこと……!』

侍女『それより、隣国の王子様からまたお手紙来てますよ』

姫『捨てて』

侍女『あいあい』ビリビリ

侍女『あと、勇者様からも手紙が』

姫『か、貸してください!』バッ

侍女『おう』

姫『……』


勇者「この度はとんだ失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした」

勇者「隣国の王子様とのご成婚、まことにおめでとうございます」

勇者「私も故郷の姫君の慶事を、自分のことのように嬉しく思っています」

勇者「これからも良き指導者、妻として、世界を導いてください」


姫『……うっ、うう』グスッ  カサカサ

侍女『……そんな感動的なことは書いてないはずですけど』

姫『二枚目……』カサッ


勇者「堅苦しいのはここまでにする。辞書引きながら書いたんだが、なんか言葉が下手ですまんね」

勇者「結婚おめでとう。正直言って驚いているが、姫様ともなれば無理はないわな」

勇者「それで、お祝いということで、褒美の四分の一は返納することにした」

勇者「もらった金だが、せっかくの機会なんだし、盛大な結婚式をやるのに使ってくれ」

勇者「しばらく一緒に暮らせて、結構楽しかったぜ。ただ、怠けすぎちゃったからな」

勇者「俺も自分なりにがんばってみようと思う」

勇者「なんだかんだで、俺は自分ひとりじゃ生きられないみたいだ」

勇者「だから、姫様にもらった分は、俺もちゃんと返せるようにがんばるよ」

勇者「それじゃあ、また」


姫『……勇者様』

姫「あの方は、私たちの都合で追い出したのに、文句も言いませんでした」

侍女「いやけど、そもそも褒美は渡してましたよ?」

姫「そればかりではなく、私を励ましてくれて」

侍女「美化しすぎ美化しすぎ」

姫「……グスッ」

侍女「あーはいはい、リッパナオヒトデシタネー」

姫「侍女さん、クビにしますよ?」

侍女「どうせ、この戦争が終わったら姫様、東国に行っちゃうんだし、いーです」

姫「そ、そう……」

侍女「結婚が嫌なら、勇者様と一緒に逃げるって選択肢もありましたよね?」

姫「それは、ご迷惑がかかるわ」

侍女「そうっすかねー」

姫「勇者様は、今も、正義のために戦っているんです」

侍女「いやあ、流れとか成り行きでしょ、間違いなく」

姫「そうだとしても、勇者様は自らのわがままを通しているのではないのだと思います」

侍女「自分の意見ってのがないんじゃないですかね、それ」

姫「もう! 勇者様はかっこいいんです!」

侍女「す、すみません」

侍女「でも、勇者様は今、北の王国の反乱軍に加わっていると」

姫「北国では、良い噂は聞きませんでしたから」

侍女「いやあの、これで我が国でも王制の反対運動とか出てきたらどーします?」

姫「……私は、勇者様を信じたいと思います」

侍女「……」

姫「どうしたのですか、侍女さん。また何か言いよどんで」

侍女「私はっすね、王家に拾われたので、あまり勇者様に肩入れしたくないんです」

姫「……」

侍女「だから、姫様の心が多少傷ついても、いろいろと黙ってようと思ってたんですが」

姫「何か、知ってしまったのね?」

侍女「……はい」

姫「教えてくれませんか、そのこと」

侍女「……あのっすね、大臣、いるでしょ」

姫「え、ええ」

侍女「あのおっさん、人間じゃないっぽいんです」

姫「は?」

侍女「だから、多分、魔物なんです。あのおっさん」

姫「え、え、王宮に、魔物が入り込んでいるということ……?」

侍女「はい。多分ですけど」

姫「どういうことなの?」

侍女「んー、夜中にいつものように王宮を歩き回ってたら、裏庭に大臣がいたんすけど」

侍女「大臣、明らかに魔物と話してたんですよね。骸骨とか、人魂とかと」

姫「そ、それは一大事ではありませんか!」

侍女「そーっすけど、あの大臣のおかげで、国はよくなったじゃないですか」

姫「そんなこと……」

侍女「冒険者って言ってたごろつきは減ったし、明らかな犯罪者は牢屋にぶち込まれたし」

姫「……」

侍女「財政だって、冒険者に払いまくってた報酬を整理しましたし」

姫「そうかも、しれませんが」

侍女「王様も良くやっているって言ってるし、いいのかなーって」

姫「……彼の目的は、勇者様を陥れることなのかもしれませんよ!」

侍女「勇者様が何かしてくれたんですか? この国に」

姫「そ、それは……」

侍女「魔王を倒したら、褒美をやる、だから戦って倒して、褒美ももらった。それでおしまいでしょ?」

姫「……」

侍女「ぶっちゃけ、私は嫌いです。勇者なんか」

姫「侍女さん……」

侍女「あ、あの野郎、たくさんもらった褒美、あっちこっちに寄附してたんです」

侍女「……使いきれないからって」

姫「え?」

侍女「私が、寂れた村の出身だって教えたから、そこに寄附して……」

侍女「私は身売りされてこっち来たんだから、うれしくもなんともないのに」

侍女「……わざわざ両親からの、謝罪の手紙まで持ってきて」

姫「……」

侍女「わ、私は、何もしないで、ごろごろして、嫌いなのに、あんなやつ、嫌いなのに」

姫「侍女さん……」

侍女「なのに、世界を救っても、私は救われてないじゃんって言ったら、謝ったりプレゼントくれたりするんですよ」

侍女「分かんないんです。あいつが正しいのかどうかも……」

姫「……」

侍女「でも、やっぱり、今の状況を見ると、おかしいんですよね、うちの国」

姫「……ええ」

侍女「あいつが正しいんですよね、多分」

姫「……」

姫「侍女さん」

侍女「……はい」

姫「おそらく、我が国は魔物に操られている恐れがあります。私たちがそれを知ったと気づかれれば、私たちも口を塞がれるでしょう」

侍女「まあ」

姫「侍女さん。こうなったら、正式にあなたをクビにします」

侍女「え」

姫「そして、勇者様のところへ、その情報を伝えてきなさい」

侍女「それは……」

姫「それが嫌なら、勇者様の他の仲間のみなさんのところへ行きなさい」

侍女「でも」

姫「こうなった以上、事は一刻を争います。名目は暇を出すことにして、早く知らせにいきなさい」

侍女「……姫様はどーするんです?」

姫「……王宮に残るのが、私の仕事です」

探検隊、キャンプ。

盗賊「あー、ほんっとよくここまで来たもんだわ」

盗賊「せっかく冒険稼業で名前を売ってきたのに、平和になったら一転犯罪者扱い」

盗賊「いやそりゃ、一時期は人様のモノを盗んだりしてましたけどね?」

盗賊「どっちかっていうと、洞窟の探索とかの方が得意だったわけで」

盗賊「過去にさかのぼって調べ上げて、牢屋に入れられるとか本当ないわよねー(開き直り)」

盗賊「……この探検隊がなければ一生牢屋暮らしだったかもしれないわけだし」

盗賊「仕事って、一度なくなると大変よねー」

盗賊「でも、なんていうかこの探検隊、男女混合の隊のせいか、やたらむらむらしてる連中が多い気がするのよねぇ」

盗賊「……とりあえず配給行くか」

隊員「おっ、いい姉ちゃんがいるじゃねぇか」

盗賊「……」

隊員「おい、ねーちゃん! ちょっと気分転換に付き合えよ!」

盗賊「……うっざ」

隊員「おいおいおい、なんつった?」

盗賊「鏡貸そうか? 自分の顔面見たら、私がそういいたくなる気持ちが分かるでしょ」

隊員「なんだぁ、こいつ!」

遊び人「まあー、まあまあまあ」スッ

隊員「な、なんだぁ、お前!」

遊び人「だんな、向こうでお仲間が、ポーカーの頭数ぅって怒ってましたよ」

隊員「げ」

隊員「おい、お前、俺のこと悪く言ってないだろうな!」

遊び人「とんでもございません」

隊員「くそっ」タッタッタ

盗賊「……」

遊び人「行っちゃいましたよ」

盗賊「ありがと。じゃあね」

遊び人「はいはーい」

盗賊「……え、何もしないわけ?」

遊び人「芸人が観客に手を出すのは、命がかかってるときだけでして」

盗賊「あっそう」

遊び人「あ、でも、配給に行かれるんですよね。僕もです」

盗賊「この野郎」

遊び人「お姉さんも、牢屋に入れられたクチですか?」

盗賊「そうよ。「も」ってことはあんたもそうだったわけ?」

遊び人「昔は規制が緩かったですからねー」

盗賊「何してたのよ」

遊び人「ストリップダンサーを」

盗賊「ぶっ」

遊び人「あと男娼を少々」

盗賊「げほっ、ぐぇっほ」

遊び人「大丈夫ですか?」

盗賊「大丈夫なわけあるかっ! なんなのよ、ストリップって」

遊び人「知りませんか? 服を脱いで踊る」

盗賊「知ってるわ! なんで男なのに出来るのよ!」

遊び人「需要があったとしか言えませんねぇ」

今夜はここまでー。
新キャラも出てきましたが、これでようやく大体出揃った感じでございます。
さー、後は突っ走る連中が一人二人三人。

|ω・`) ……

|ω・`) 僕はSS書きたいだけの哀れなスライムだよ

|ミ サッ

| (投下はしばらく待ってね。毎日書くのもちょいきついねん)

盗賊「……なに、あんた、あれなの?」

遊び人「あれとは?」

盗賊「その、男の人が好きな」

遊び人「ああ、お仕事は基本、女性のお相手ですよ。結構お金を持って暇な女性はいますから」

盗賊「そう、それはそれで引くけど」

遊び人「男性もいますけどね」

盗賊「引くわ」

遊び人「僕はあまりお客さんを好き嫌いで差別しませんけどねー」

盗賊「……」

遊び人「買います?」

盗賊「買わないわよ!」

遊び人「大道芸とか手品とかもしますけどね」

盗賊「そういえば、どうして探検隊なんかに入ってるのよ」

遊び人「盗賊さんと同じ流れだと思いますけど」

盗賊「といっても、性産業なんか一番廃れにくそうなところじゃない。お客が守ってくれたり」

遊び人「ところがですね、最後に商売に行ったところで、お客がかち合っちゃいまして」

盗賊「は?」

遊び人「旦那さんと奥さんが」

盗賊「あーもういい、聞きたくない」

遊び人「すごい修羅場でしたよー、僕が牢屋に入れられたのは巻き込まれ事故ですね」

盗賊「あんたねぇ」

遊び人「ま、平和になると、乱れた性風俗は百害の元ですからね」

盗賊「はぁー、ま、平和だと商売がやりにくいのは確かよね」

配給所。

配給係「おっ、なんだい、あんたらカップルかい?」

盗賊「どこをどう見たらそう見えるのかしら」

遊び人「美男美女だからでしょうね」

盗賊「……さらっと言うわね」

配給係「はっはっは、違いねぇや」

遊び人「次の探索ポイントまでは長そうですから、多めに盛ってくださいな」

配給係「そーだな、精をつけなきゃな」

盗賊「……」

遊び人「要ります? 赤蛇ドリンク」

盗賊「要らないわよ!」

盗賊「……前から思ってたんだけど、この探検隊って変よね」

遊び人「そうですか?」ハグ

盗賊「なんかやたらと言い寄ってきたり、カップル認定したり」

遊び人「あれ、ご存知でない」

盗賊「何よ」

遊び人「この探検隊、移民政策の一環でもあるんですよ。カップル推奨。現地で子作り」

盗賊「はああああ!?」

遊び人「犯罪者紛いの連中が多いのも、移民というか棄民というか、ま、ある意味そういうわけで」

盗賊「聞いてないわよ、道理でぎらぎらしてるやつが多いと思った」

遊び人「先住民がいなければ、このまま住んじゃえばいいと」

遊び人「増えすぎた冒険者への対応策ですね、最初に南大臣が説明してましたよ」

盗賊「……そんな説明あったっけ」

遊び人「……まあ、それ以外にも変なところはありますけど」

盗賊「頭おかしいでしょ、でも」

遊び人「そうですかね? 僕の芸人仲間の女の子も、これで結婚できるって喜んでましたよ」

盗賊「はあ?」

遊び人「遊び人なんてやってると、やっぱり偏見で見られちゃいますから」

盗賊「嫌なら転職すればいいじゃない」

遊び人「神殿に行くのも一苦労なもんで」

盗賊(……私も他人のことは言えないか)

盗賊「でも、おかしいわよね」

遊び人「まだ言うんですか」

盗賊「うっさいわね。女の子はいつも男とくっついてるし、後はぎらぎらしてる男ばっかりで、うんざりしてたの」

遊び人「僕も一発やりたくて近づいたのかもしれませんよ」

盗賊「なに、命を盗られたいわけ?」

遊び人「あっはっは! お姉さん、面白い!」

盗賊「……あのね、あんたはまだ話が通じそうだから、言ってるんだけど」

遊び人「なんですか?」

盗賊「ただの探検でも、移民政策でもいいけど、それにしたってまだおかしいとこあるでしょ」

遊び人「……遺跡の調査とかしてましたからね」

盗賊「何の意味があるんだっていう」

遊び人「だったら、計画書盗んじゃいます?」

盗賊「……あっさり言うわね」

遊び人「散々振り回されて、何も知らないまま他人にこき使われるのも癪じゃないですか」

盗賊「いいけど、私もそれほどレベルが高いわけじゃないわよ」

遊び人「だったら僕が隊長さんを誘ってきます」

盗賊「もうなんなの!? 隊長って男じゃん!」

遊び人「まあまあ、あの人もいっぺんやってみたいオーラがある人でしたし」

盗賊「ああー、もう。勇者より狂ってるやつは初めて見たわ……」

遊び人「え、勇者さんを知ってるんですか?」

盗賊「……一度捕まって、盗んだ財宝を引き渡す代わりに見逃してもらったの」

遊び人「へー」

盗賊「よく考えたら、こうして辺境で働いてるのも、勇者のせいよね」

遊び人「勇者が世界を救ったから、ですか?」

盗賊「そうそう! 魔王がいたってそれなりに仕事できてたんだし、そんな無理に倒さなくても良かったのに」

遊び人「……まあ、苦しんでいる人もいたんでしょうよ」

盗賊「そんなもんかしら」

遊び人「ところで、どうします? やるなら今夜にでもやりましょうか」

盗賊「あ、マジでやる気なの?」

遊び人「そりゃもう! いい加減、同じことの繰り返しで飽きてましたし」

盗賊「やっぱあんたおかしいわ」

―――夜。

隊長「ああー、やっと会議終わったわ」

遊び人「隊長さぁん、遅くまでお疲れ様ですぅ」

隊長「な、なんだ」

遊び人「僕、遊び人って言うんですけど、一度隊長さんとお話したいなぁって思ってまして」

隊長「う、おお、しかし、記録の整理が……」

遊び人「僕の仲間も、隊長さんとお話したいって言ってるんですよぉ」

隊長「そ、そう、か……」

遊び人「もちろん、お話以外もできればなって」

隊長「ゴクリ……」

遊び人「お願いしますぅ」

隊長「し、仕方ないな、今夜だけだぞ」

遊び人「やったぁ! えへへ」


盗賊「……ありえねぇ」

盗賊「ま、気にしてても仕方ないわ」

盗賊「テントに鍵はかからないしね。お邪魔しまーすっと」

盗賊「目当てのものがある場合、何から探すべきか……」

盗賊「探検隊の日々の記録はそれほど整理されていない」

盗賊「……何週間分かは、ヒモで縛って積んでいる」

盗賊「簡易机の横、何もなし」

盗賊「生活用品に紛れてる? さすがにないわね」

盗賊「……最初から持っているようなものだから」

盗賊「でも、見返したりはする?」

盗賊「いや、毎日見返すほどではないわ」

盗賊「節目ごとに、たとえばキャンプ地に荷降ろしするたび、とか」

盗賊「テントを張ってから、数日だから……」

盗賊「散らばってる記録、その下に……」ゴソゴソ

盗賊「ありました~」

盗賊「楽勝。でも持ち帰るのも嫌だし」

盗賊「時間があるから、要点だけ書き写しちゃいましょ」カキカキ


見張り「そこに誰かいるのか」

盗賊「!?」

見張り「……おい、いるのか」

盗賊「……」

見張り「ちっ……まあ、さすがに粗末な貧乏隊をあさるやつもおらんか」


盗賊(バカで助かったわ)

盗賊(しょーがない、このまま計画書は持ってきましょ)

盗賊(ばれないうちに、読んで返す、これね)

盗賊(……見張り、なし)

盗賊「……」サササッ

盗賊「楽勝ね。私もまだまだこっちでいけそうね」

翌朝。

盗賊「……」

遊び人「……おはようございます」

盗賊「なんか疲れてるわね」

遊び人「あの隊長さん、溜まってたみたいで」

盗賊「聞かないことにしていいかしら」

遊び人「ええ、ええ。女の子も疲れたーって言ってましたよ」

盗賊「それより、計画よ」

遊び人「……もう少し、人気の少ない場所で見ましょう」

盗賊「いいわよ……」

遊び人「ふわああ、腰が痛い」

盗賊「なんか変なことがいっぱい書いてあるのよ」

遊び人「なんですか?」

盗賊「魔法の専門的なことみたいなんだけど、遺跡を探すのもちゃんと計画に書かれてある」

遊び人「うーん……」ペラ

盗賊「ちょっとねぇ、私らじゃ太刀打ちできない内容みたい」

遊び人「そうですねぇ……」パラパラ

盗賊「魔法使いでもいればいいんだけど」

遊び人「そういえば、今回の件、魔法使いさんも一枚噛んでたとか」

盗賊「マジで? あいつも厭味な女なのよねー」

遊び人「どこがです?」

盗賊「昨日、盗賊団に入ってたーって話しなかったっけ」

遊び人「ああ、見逃してもらったとかいう」

盗賊「そうそう。んで、そのとき、あの女がね」


魔法使い『そんなに財宝を見つける能力が長けているなら、冒険者としてでもやっていけるでしょうに』

魔法使い『勿体ない。頭使いなさいよ。頭を使えば、真っ当に生きるチャンスなんかいくらでも転がってるわ』


遊び人「うわー……」

盗賊「そうなるでしょ!? こちとらそんな理由でやってたわけじゃないのよって」

遊び人「あれ、でも」

盗賊「……はい、冒険者登録のやり方も教えてもらいました」

遊び人「世話になりまくりじゃないですか」

盗賊「もう、そうなのよ~! だから余計憎たらしいの」

遊び人「……ん?」

盗賊「なに、なんかあった?」

遊び人「どうもこの計画、魔法使いさんが噛んでるのは、選抜とかみたいですね」

盗賊「どういうこと」

遊び人「計画は複数人で書かれて、選抜の件を魔法使いさんがやったみたいです」

盗賊「ふ~ん」

遊び人「厳しすぎる処分を受けた者に対して減刑し、労役処分という名目ではあるが、適切な条件で雇い入れること」

盗賊「くあああっ、憎たらしい!」

遊び人「魔法使いさんなりに、いろいろ考えてるんですねぇ」

盗賊「虫唾が走るわっ」

遊び人「でも、実際助かったじゃないですか」

遊び人「……あ!」

盗賊「何よ、今度は」

遊び人「……」

盗賊「黙ってちゃ分からないわ」

遊び人「……盗賊さん」

盗賊「どうしたのよ」

遊び人「魔法使いさんの居場所、分かりませんかね」

盗賊「……どうしたっていうの?」

遊び人「この計画、具体的な中身はかなり複雑なんですけど―――」


遊び人「『魔王の復活』が可能かどうか、が目的みたいです」

盗賊「……」

遊び人「……」

盗賊「え、マジ?」

遊び人「あまり学がないので良く分からないんですが、専門家に見せれば一発だと思います」

盗賊「や、やややややばいんじゃないの、それ」

遊び人「早く返したほうがいいですね、もうそろそろ今日の作業が始まるし」

盗賊「そ、そんなこと言っても」

遊び人「でなければ、このまま逃げるか」

盗賊「逃げるったって、どこに逃げるのよ!?」

遊び人「……この辺までくると、もう魔王城くらいしかないですからね」


どぉん、どぉん、どおん


盗賊「!」

遊び人「始業の会を知らせる太鼓ですね。さて、どうするか……」

隊員「おーい、急ごうぜ」

遊び人「あ、はいはい」

盗賊「……」

隊員「なんでもよぉ、隊長のやつが酔って大事な書類をなくしたとかで、周りに八つ当たりしてるらしいぜ」

遊び人「いい気味ですね」

隊員「違いねぇ。けど、始業前になんかやらされそうだよな」

遊び人「こっちにまで振らないでほしいですよねぇ」

隊員「まったくだぜ」タタッ


遊び人「……だそうですけど」

盗賊「もうないことに気づかれたってわけ……」

遊び人「……」

盗賊「……」

遊び人「逃げましょうか」

盗賊「逃げよっか」

今夜はここまで。

次回から、魔法使いさん、出番です。

ではおやすー

今北産業

>>398
勇者は無職
作者は出先
今夜の投下は多分なし

今夜はおまけで。「出会い」


勇者「たのもう!」

マスター「あ、あら、いらっしゃい。ここは初めてかしら」

勇者「そうです、仲間を探しに来たわけで」

男冒険者「ははっ、あんな子どもまで冒険者か」

勇者「……勇者です、国家公認の!」


……どっ!


勇者「おい、笑うとこじゃねーよ」

マスター「あー、じゃあ勇者君、とりあえず冒険の書を見せてね」

勇者「はいはい」

女冒険者「……ちょっと、かわいそうじゃん、仲間になってあげれば?」クスクス

戦士「なんで俺が……」

勇者「雑魚はいらん。魔王を倒せる素質の持ち主を探している」


……ぷぎゃーっはっはっはっは!


戦士「お前ら、いい加減にしろ」

勇者「いま笑った連中は、選ばないでください」

戦士「お前もお前だ!」

勇者「はい?」

戦士「お前は仲間を探して雇う立場にいるんだろうが」

勇者「……そうだけど」

戦士「仲間になってください、とお願いすべきじゃないのか? そんな態度で誰が仲間になりたいと思うんだ!」

勇者「す、すみません」

戦士「……いくら金を払うと言ってもな、それで本当に魔王を倒す仲間が得られるわけないだろう」

勇者「……わかりました。お願いします」ペコリ

マスター「じゃあ、戦士さんがまず一人目でいいかしら」

戦士「は?」

勇者「よろしく!」

男冒険者「付き合ってやれよ、戦士」

女冒険者「そーよそーよ」

戦士「……」


ばたん、ツカツカツカ。


魔法使い「……ちょっと邪魔なんで」

勇者「な、なんだよ」

マスター「あら、魔法使いちゃん。今日はどうしたの?」

魔法使い「どうしたのって、今日で私も登録できる年齢です」

マスター「そうなの、じゃあ一応、手続きね。もしよかったら、いま、勇者君が来ているから……」

魔法使い「勇者? 誰が?」

勇者「俺だ」

魔法使い「何かの冗談でしょう」

勇者「違うわい! 冒険の書も、ほら!」

魔法使い「……」

勇者「はっきり言って、本気で魔王を倒すつもりだ」

魔法使い「ふーん。じゃあ、聞くけど、どうやって倒すつもりなの?」

勇者「まずは仲間集めからだな。単身で旅立った連中はことごとくやられている」

魔法使い「……それだけ? そんな無計画で魔王討伐とは笑わせてくれるわ」

勇者「何言ってんだよ。そもそも、今、魔物が増えたせいで国交も途絶えてるじゃん。情報もないじゃん」

勇者「一歩ずつ、現状を確認できなきゃ、討伐もクソもねぇ。魔王城の正確な位置も知ってるやつは少ないんだぞ」

魔法使い「……あ、そ」

勇者「って、王様が言ってた」

魔法使い「受け売りじゃない!」

勇者「仲間を集めれば、いい知恵も出てくるだろ」

魔法使い「あんたがリーダーを勤めるとしたら、いい知恵を出しても無駄そうだわ。もっと頭使いなさいよ」

勇者「言うじゃねぇか。どの道、雑魚はいらん!」

戦士「……お前ら、ちょっと落ち着け」


ばたーん!


僧侶「おはようございまーす!」

マスター「あらー、僧侶さんじゃない」

マスター「今日はここに来るのが遅かったわね」

僧侶「ええ、お祈りをしていたものですから」

勇者「……誰?」

魔法使い「僧侶よ。東国から、この国の教会に出向してきてるの」

僧侶「それより、聞いてください、みなさん!」

僧侶「お祈りをしていましたら、お告げがあったのです!」

僧侶「今日、魔王を倒し、世界を救う勇者様が、この町に現れると!!」

戦士「……」

魔法使い「……」

冒険者たち『……』

僧侶「ど、どうしたんですか? これほど喜ばしい報せはありませんよ」

マスター「そ、そうなの。実は、今日も勇者君が一人、来ていてね」

僧侶「ええ! どちらですか、どちらにいらっしゃるのですか!?」

勇者「はい」

僧侶「……」

勇者「僧侶さんといいましたね。俺がその魔王を倒す勇者です!」

僧侶「……まあ。そうでしたの」

マスター「じゃあ、僧侶さんが勇者君のパーティーの二人目ね」

僧侶「ええ!? ちょっと待ってください!」

勇者「あと一人くらいほしいんですが」

マスター「じゃあ、魔法使いちゃん、入ってみない?」

魔法使い「お断りします」

マスター「といっても、この人、一応国家公認なのよ?」

魔法使い「どうせ、わずかな支度金と粗末な装備しか渡されなかったんでしょう」

勇者「宿代も安くなるぞ」

魔法使い「悪いけど、こちらにも選ぶ権利はあるわ」

マスター「魔法使いちゃんの条件に当てはまるパーティーは、勇者君くらいしかないわよ?」

魔法使い「……」

勇者「仲間にしてやってもいいぜ」

戦士「だから、お前は」

勇者「あ、すんません! ぜひとも、よろしくお願いしたい」ペコリ

魔法使い「あ、あのね、私は将来性のあるパーティーにね」

マスター「じゃあ、三人目っと」

魔法使い「なに、勝手に決めてるんですか!」

僧侶「わ、私も、彼がお告げに出た勇者様か、分かりませんので」

マスター「他に、やりたい人!」


シーン……


マスター「いなさそうだから、決定ね~」

勇者「よっしゃ、これからよろしく頼むぜ!」

魔法使い「み、認めないわよ! こんなやり方!」

僧侶「ああ、神よ、私に苦難の道を歩めというのですか……」

勇者「なんだと……」

戦士「お前ら、うるさい!」

勇・魔・僧「はい」

戦士「……いいか。魔法使いと僧侶は冒険者名簿に登録したんだ。仕事を選り好みするんじゃねぇ」

魔法使い「でも」

僧侶「そ、そうですわね……」

戦士「どうしても合わないなら、死ぬ前に辞めればいい」

勇者「重いな、おい」

戦士「そうだよ」

勇者「お、おお?」

戦士「お前は雇い主として、命を預かっていることを自覚しろ。魔王を倒すと宣言したならなおさらだ」

勇者「……おう」

マスター「まとまったみたいね~」


勇者「何べんでも言うけど、俺は本気だ。よろしくお願いします」ペコリ

戦士「まあ、仕送りできればなんでもいい」

魔法使い「……知恵は出すわ、知恵は」

僧侶「こうなってはあなた方を信じるほかありません。よろしくお願いします」


……かくして、勇者のパーティーは結成されたのだった。

こんなところで。
明日から本編、がんばる。

側近「……まさか、人間の方から私を呼び寄せるとはね」

竜魔物「何度も言いますけど。罠かもしれないっすよ」

側近「大丈夫よ! スライム隊もいることだし」

スライムたち『ピキーッ!』

竜魔物(スライムだけじゃな……)

側近「そ、それに、あんたも来てくれるんだから、なんとかなるでしょ」

竜魔物「……失礼ですが、側近殿は本当に参謀役だったので?」

側近「当たり前よ! 御前会議とかも出てたもん」

竜魔物「……で、何してたんすか、会議で」

側近「お茶くみ」

竜魔物(それじゃメイド役だ)

側近「あ、でもね、魔王様の会議資料とかも整理してたよ?」

竜魔物「それって……単なる秘書……」

側近「参謀だもん! 頭を使うところだもん!」

竜魔物「まあ、いいっすよ。もう交渉は私がやりますんで」

側近「なんでよ!」

竜魔物「不可侵条約とか、私が結んだじゃないっすか」

側近「そ、そうかもしれないけどぉ……」

スライムたち『ピキー、ピキー!』

竜魔物「……いじめるなって?」

側近「あ、もしかして、再就職のネタに狙ってるんじゃないでしょうね」

竜魔物「……」

魔王城の北、仮設「勇者の町」。

側近「……掘っ立て小屋ね」

竜魔物「……そっすね」

側近「なんかこう、会談するような場所じゃない気がするんだけど」

竜魔物(……大工してくれってのはマジだったのか)


魔法使い「来たようね」

側近「来てやったわ! こんなボロ小屋にわざわざ!」

魔法使い「私じゃこれが限界だったの。悪い?」ボッ

側近「ち、ちょっと嫌味を言ってみただけじゃない、脅すのは卑怯よ」

竜魔物「……不可侵条約は、あまり意味がなかったようだな」

魔法使い「そうね。展開が早すぎて、私にも読めないの」

側近「……なんのこと?」

魔法使い「その辺も説明するわ」

竜魔物(せめぇ……)

側近「汚ーい」

魔法使い「うるさいわね、仮設だからいいのよ」

竜魔物「これでは冬を越すこともできんぞ」

魔法使い「……早く男手が欲しいわ」

側近「そうよね、女が頭脳労働よね?」

魔法使い「は?」

側近「いやあの……と、とにかく! 私も暇じゃないのよ」

魔法使い「そうなの?」

竜魔物「最近は飼っているスライムの訓練に追われていてな」

側近「いやあ、飼ってみると結構楽しいものね」

魔法使い「スライム牧場か……ネタになりそうね……」メモメモ

魔法使い「そういえば、魔界に帰れそうなの? あんたたち」

側近「ダメダメ。どうもね、ゲートが閉じたというより、穴が塞がっちゃたみたいで」

魔法使い「塞がる?」

側近「元々、出入口は無理やり穴を開けたような状態だったの。で、穴を閉じたら、こっちの世界の修復力でキレイに直っちゃったと」

魔法使い「ふーん」

竜魔物(そうだったのか……この辺は優秀なのだな)

側近「ああ、魔界スイーツともお別れね……地獄モンブランとか、内戦始まったら絶対なくなるし」

魔法使い「なにそのゲテモノくさいの」

側近「げ、ゲテモノじゃないわよ! 一日一個限定の超濃厚なやつなの!」

魔法使い「どの辺が地獄なのよ」

側近「すんごい甘いの! 人間には耐えられないんじゃないかしら」

魔法使い「あら? 私は甘いの大好きだけど?」

側近「三種類の地獄産マロンクリームに魔牛の濃厚ホイップに、クッキーも散らしてあって食感もたまらないのよ」

魔法使い「……超うまそうじゃないの」

側近「でっしょ!? 魔界タワーの30階にスイーツバイキングがあってね、年一で行ったもんよ」

魔法使い「他にはどんなのがあるのよ」

側近「魔女いちごのタルトとかー、ドラゴンブレスシャーベットとか。あの、冷気ブレスで冷やし方を調整するから、ガチもんは高級ってレベルじゃないのよねー」

魔法使い「でも、帰れないのよね」

側近「そうなのよ……!」

魔法使い「あんた、冷気とか吐けないの?」

竜魔物「はいっ?! 俺っすか」

竜魔物(話を聞いてなかった……)

側近「あー、ダメ。竜人タイプはブレスが苦手なのよね」

魔法使い「残念ねー、しっかりしなさいよ」

竜魔物「……そっすね」

魔法使い「そうなると、あれかしら? ここで頑張ってもしょうがないって感じ?」

側近「そうね、まあ次期魔王選には噛めないし、次はいつゲートがつながるかも分からないし……」

竜魔物「……待て、人間」

魔法使い「なに?」

竜魔物「貴様、何を聞き出そうとしている?」

魔法使い「……」

側近「どういうことよ」

竜魔物「こやつ、我々から何か情報を聞き出そうとして誘導していたのです!」

側近「え……じゃあ、スイーツ好きってのは」

魔法使い「まあ、お菓子は好きなんだけど」

側近「安心したわ」ホッ

竜魔物「おい、この無能」

側近「むのっ……無能!?」

魔法使い「ケンカしないで頂戴。私もあんたたち相手に聞き方が悪かったわ」

竜魔物「どういうつもりだ。貴様、何を隠している!」

魔法使い「どうも情報を得ていないみたいだから、簡単に説明するわ。今、人間たちはかつての勇者の仲間を攻撃して、分断しようとしている」

側近「むのう……」

竜魔物「それは人間共の勝手な争いに過ぎんだろう」

魔法使い「仮にも勇者は人間側の英雄なのよ? 私はこの裏に、あんたたちの把握していない魔物がいるんじゃないかと睨んでいるわ」

竜魔物「……つまり、残った魔物に戦いを諦めていない者がいる、ということか?」

側近「むのうぅぅ~……」

魔法使い「そう。私たちは、それらと戦うことになるでしょう」

竜魔物「……」

竜魔物「だから何だというのだ、まさか、彼らの情報を渡せ、というのではないだろうな」

魔法使い「まさにそれよ。あんたたちは魔王城にいたのよね? 世界で活動している魔物が、どのくらいいるのか、知っているんでしょう」

竜魔物「断る! いくら我々が戦いを諦めたとはいえ、仲間の情報を売り渡す気はない」

魔法使い「でも、少なくとも、ここに残っている連中は次期魔王選、かしら、そこには参加できない」

竜魔物「……」

側近「無能、無能って……」

魔法使い「仮にこの世界に打撃を与えたとしても、その後の魔界の体制にも加われない、そうじゃないかしら」

竜魔物「……」

側近「ムノー、ムノー」

竜魔物「……だから、何だというのだ」

魔法使い「それでも戦う理由って何かあるの?」

竜魔物「……私には、分からん」

魔法使い「私の考えを言うわ。今度の事件、三つの理由が考えられる」

魔法使い「まず、魔王を慕って、その遺志を遂げるという名目で、勇者を攻撃している。つまり悪あがき」

魔法使い「次に、一番悪い例だけど、魔界へ行き来することが実は可能で、再侵攻を計画している。今度の事件はその計画の一端だった、という可能性」

魔法使い「あるいは闇の力を剥がされた世界、という劣勢をひっくり返す、方策を持っている。つまり勝算がある」

魔法使い「いずれにしても、現時点で人間同士を割ることには成功しているわけよね」

竜魔物「……」

側近「……魔界に行き来するのは無理でしょうよ。私なりに調べたけど、難しいもの」

竜魔物「あなたは……!」

側近「いいじゃん、もう。私は無能なんでしょ?」

魔法使い「……」

側近「正直、私も魔王様に気に入られたから、たまたま出世したような感じだし。もう、いまさら」

竜魔物「いや、しかし……」

側近「魔王様は尊敬していたけど、私は他の魔物とか嫌いだもの」

竜魔物「……そう、っすか」

側近「私のことを馬鹿にしていたわ。そういうの、すぐ分かっちゃうものなんだけど」

側近「みんな、会議の時に私にお茶を零したりして、笑いものにしたりとかさ」

側近「こんな調子で、この世界を支配することなんか、できないって思ってた」

魔法使い「……」

側近「魔界への道が閉ざされていた時、ちょっと安心したんだ、ああ、少なくとも、もう馬鹿にされなくて済みそうだって」

側近「でも……やっぱり、馬鹿は馬鹿だね」

竜魔物「……すんません」

側近「謝らなくてもいいよ。何とか、一体でも帰せる方法が分かったら、あんたくらい、私が帰してあげるから」

竜魔物「……いや、私も独身で、帰る家なんか」

側近「そのくらい、いいでしょ? 人間」

魔法使い「構わないわ」

魔法使い「一応、私からも提案はあるんだけど……その前に、どんな魔物が世界に派遣されてたか、聞いていいかしら」

側近「いいわよね、竜」

竜魔物「……お任せします」

側近「そうねー、でも、大体あんたたちが倒しちゃったんじゃない? 極東の大きなドラゴンとか」

魔法使い「それは倒したわ。強敵だった」

側近「後は北極のタイガーとか、北西のバードとか」

魔法使い「その辺は知らないわね……」

竜魔物「……マジかよ、四天王なんだけど」

魔法使い「そうなの?」

側近「ジャングルのトロルとか、砂漠のシザースとか」

魔法使い「……その辺は倒したような……」

側近「遺跡のマシン兵とか、海軍のボーン船長とか」

魔法使い「遺跡は行ったことあるけど、私らが来た時点で錆びて動かなくなってたわよ?」

側近「マジで? あれ、めっちゃお金かけてたんだけど……」

魔法使い「大体分かったわ。闇の力が剥がされても、強力な四天王とかいうのが残ってたわけね」

側近「むしろそこを倒してないのが驚きよ」

竜魔物「……戦力分散しすぎてたんすね」

魔法使い「だとしたら、ここら辺の連中が行動していてもおかしくはないわ」

側近「あー、じゃあ、あれ、バードとか、めっちゃ魔王様崇拝してたやつとか残ってるわ」

魔法使い「なるほど、1の理由で動いている可能性が高い、と……だとしたら、次の行動も想定できる気がするわ……」

竜魔物「……ふむ、どうも無傷で説得というのも無理だろうな」

魔法使い「四天王ってどのくらい強いの?」

側近「極東のドラゴンが四天王の一角よ」

魔法使い「うーわ。力が衰えたとはいえ、あれと同じくらい強いわけ……?」

側近「バード残ってるとか、ホント萎えるわ。あいつ、私が魔王様のお気に入りだったからって、いっちばん陰険な攻撃してきたもん」

魔法使い「どんなよ?」

側近「まず、他の連中に、私が魔王様に色目使ってるとか噂流してー、孤立させるでしょ」

竜魔物「……陰険っすね」

側近「でっしょ? そこから、実は人間と通じているとか、根も葉もない噂を大合唱させて、魔王様に直訴してさ」

魔法使い「……今の状況に似ているわね」

側近「まあ、私は、ほら、魔法関係が割りと使えたから、さ。その辺は認めてもらってたから、魔王様には」

側近「っていうか、魔王様には信じてもらって、むしろ側近に取り立てられちゃったわけよ!」

側近「いやあ、あの時のあいつの顔とか、今でも思い出せるわ! うひゃひゃひゃ!」

竜魔物「女の世界は怖いっすね……」

魔法使い「宮仕えはこれだから嫌なのよねー」

竜魔物「……タイガー殿も残っているのか。彼は魔王軍一の武人だからな」

魔法使い「戦ったことはないわね。どんなやつなの」

竜魔物「私もそうだが、魔王城にいた雑兵のほぼ全員が、一度はタイガー殿に病院送りにされた」

魔法使い「脳筋ってわけね……」メモメモ

側近「タイガーはちょっと素直なのよね~、僻地に行くことになっても文句も言わなかったし」

魔法使い「なるほどなるほど。じゃあ、大体分かったから……」


どぉん、と遠くで音がした。

耳聡い竜の魔物がぴくりと反応すると、外に控えていたスライム達が一斉に騒ぎ始めた。
ピキピキと合唱をやり出したのに驚いて小屋の暖簾をめくると、何かが走ってくるのが三人の目に映った。


魔法使い「……なに?」

竜魔物「人間っすね。先頭に二人、その奥にもいるっす」

側近「いよいよ、ここにも敵が来たみたいね」

魔法使い「……しょうがないわね」

その、先頭に走っている二人は。


遊び人「はあっ、はあっ、隠れるとこ、ないですね!」

盗賊「もう、だから、森か、城で、やりすごそうって……!」

遊び人「あ、あそこ、目の前、スライム、がっ!?」

盗賊「なんなの、よっ、もう、逃げ場、ない、じゃないっ!」


追撃隊長「逃がすな! 追え!」


盗賊「あ、あ、スライム、のっ、真ん中、誰か、いるっ!」

遊び人「い、いちお、助け、呼びましょ、はっ、はっ」

盗賊「おー――いっ!」

遊び人「たすけてぇえええええっ!」


だが、手を振って助けを求めた二人は、その姿がはっきりしてくると、ぎょっとした。

一人は、おそらく人間。
しかしもう二つの影は、つやつやとした鱗を持つ者と、青い肌にこうもりのような羽を生やしている者だったからだ。

魔法使い「逃げる二人と、追う部隊か。どうやら私たちが目当てじゃないみたいよ?」

竜魔物「……そのようだな」

側近「なんだ、つまんないの」

魔法使い「とりあえず吹き飛ばすか」

竜魔物「ふ、吹き飛ばすのか?」

魔法使い「冗談よ」


そう言って、魔法使いはスライムの集団から抜け出た。
とんとん、と地面を杖で叩くと、がごぉっと勢いよく、埋まっていた柵が立ち上がる。

ちょうど、逃げる二人が隙間を縫ってゴールする。


竜魔物「こんなものを……それで小屋はボロかったのか?」

魔法使い「用心にね。言い忘れてたけど、私に下手に襲い掛かると、周辺一帯、爆発するからね?」

側近「危ないわよ!」

魔法使い「魔力の節約のためよ。魔法使いにとっては、魔力切れが一番怖いんだから、あんたも気をつけなさい」

側近「そ、そっか。そうよねー」

盗賊「はあ、はあ、はあ」

遊び人「ひい、ふう、ふう」

魔法使い「息が上がってるところ申し訳ないけど、命乞いしてもらうわ」

竜魔物「……そこは説明ではないのか」

魔法使い「私が認めるなら助けてあげる、救う価値がないなら放り出す」

盗賊「こ、この、あんた、ま、まほ」

遊び人「ま、魔法使い、さん、ですね、ぼ、僕ら、探検隊の」

魔法使い「探検隊? ああ、そういえば、どこかで見覚えがあると思ったら……」


追撃隊長「おい、貴様ら! なんだこの柵は、そこの二人を引き渡せ!」

魔法使い「最初から高圧的。マイナス十点」

追撃隊長「そいつらは、我が隊から重要なものを盗み出した、犯罪者なのだ!」

魔法使い「そうなの?」

盗賊「はぁ、はぁ」ブンブン

遊び人「ふう、ふう」ブンブン

魔法使い「違うって」

追撃隊長「事実だろうがー! そこは明らかに事実だろうがー!」

魔法使い「何を盗んだわけ?」

追撃隊長「それは、貴様に言う必要はない!」

魔法使い「重ね重ねの無礼な態度、マイナス三十点」

盗賊「私らは、別に、最初は、返す、つもりで」

遊び人「とにかく、これです、読めば、分かります」サッ

魔法使い「何コレ……」

追撃隊長「あ、貴様ッ!」

魔法使い「ふむ。探検隊の計画書か」

追撃隊長「もはや、容赦はできん! 見れば魔物も従えた魔女! 全員、柵を倒す準備にかかれっ!」

側近「従ってないけど?」

竜魔物「……そっすねー」

魔法使い「いや、別にいいわ。読んだし、返す」ぽいっ

盗・遊『はっ!?』

追撃隊長「な、なんだと……」

魔法使い「返したから、いいでしょ。正直、相手をしている暇がないの」

追撃隊長「……い、いや、生かすなという命令だ、魔物もいるなら不足はない!」

魔法使い「……」

追撃隊長「大体、貴様のようなチビが、でかい口を叩いて……!」

魔法使い「マイナス二十点。いくら不遜な態度を取られたからと言って、冷静にもなれずに暴言」


魔法使いが柵を杖で叩く。

取り外しにかかっていた隊員たちが、柵の隙間からころころと何か転がってくるのに気づく。
一人があっと声を上げた。

―――爆弾石!

隊員1「うわああああ!」

隊員2「にげ、逃げろおおおお!」

追撃隊長「ば、馬鹿、逃げるな!」

魔法使い「踏んだりして、ショックを与えすぎると、爆発するわよー」

追撃隊長「き、貴様っ!」

魔法使い「状況を見極められない。マイナス五十点。さあ、燃えろ」


魔法使いが手のひら大の火球を柵の向こうに投げつける。

瞬間、盛大に花火が上がった。

爆発、爆発、爆発が連鎖する。

追撃隊の何人かが吹き飛ばされていく。
ついでに、周りにいたスライムたちも、何匹かが吹っ飛んでいく。
あわててプルプルと避難するスライムたち、そして、追撃隊も逆方向へ避難する。

味方をなんとか救い出しながら、人間どもが脱出していく。
元来た道を、罵声を叫ぶ暇もなく、隊長も逆戻りしていく。

それを見送りながら、盗賊が叫んだ。


盗賊「あ、あんた、計画書も吹っ飛ばしてるじゃないのよおおおおっ!」

遊び人「ま、魔法使いさん、お久しぶりです。ほら、砂漠の町にいた」

魔法使い「あー、勇者と飲んでた芸人さん。お久しぶり」

盗賊「何を再会を喜び合ってるのよっ! 吹っ飛ばす必要性なかったでしょっ!?」

魔法使い「あれ、いらない魔法書」

盗賊「はあ!?」

遊び人「だろうと思いました」

魔法使い「一応、相手の反応が見たくてね、その場ですり替えちゃった」

盗賊「だからって……もう!」

魔法使い「頭を使いなさいよ、誰が素直に行動してやる必要があるって言うの」

盗賊「やっぱり、あんたは変わらないわ……」

遊び人「そ、それで、その隣にいるのは……」

魔法使い「友達よ」

盗賊「嘘つきなさいよ!」

魔法使い「いや、これから交渉するところだったのよ、お友達になりましょうってね」


側近「……見分けつく? 竜」

竜魔物「ぎりぎり……♀っすよね? 全員」


魔法使い「で、あんたたちは何で探検隊を逃げ出してきたわけ?」

遊び人「そ、その計画書がね、気になってまして」

盗賊「そうなの、あのね、魔王の復活が目論まれていたらしいのよ!」

魔・側・竜『!』

遊び人「盗賊さん!」

盗賊「ご、ごめん、つい……」

魔法使い「なるほど……魔王が復活すれば、人間同士が争っている現在、魔物にとっては大チャンスが発生するわね」

魔法使い「理由の3は、これを狙ってのことだったか」

側近「魔王様の復活? そんなこと、ありうるわけ?」

竜魔物「……」

盗賊「ど、どうしよう……」

遊び人「……とにかく、計画書を見てください」

魔法使い「ふむ……」

側近「……」

竜魔物「……」

魔法使い「あんたたちも見る?」

側近「え、いいの? マジで?」

魔法使い「もし、魔王が復活できたら、どうする?」

側近「そうね……」

魔法使い「私は、恨みっこなしでいいわ。最終的に相容れないなら、それでも構わない」

側近「う、うん」

竜魔物「……良いのか。人間の未来を左右するのではないのか」

魔法使い「あんたたちの将来もかかってるんでしょ」

盗賊「ま、魔法使い……」

遊び人「よく分かりませんが、彼らと取引しているんですね?」

魔法使い「そういうこと。まあ、見てみましょう」

側近「じゃあ、見せてもらうわ……」

竜魔物「……難しいっすね。私には読めない」


―――そして、彼らはある結論に達する。

今夜はここまでです。

佳境と思いきや、まだ書くことがいろいろ残ってますね……
とりあえず、全力で失踪しますんで、よろしくお願いします

おう。疾走します。

やっぱり悪魔娘は青肌金目ですよねー
まあ、側近さんはテンパリストなんですけど

今夜はありませんが、がんばっています。

無理せず自分のペースで書いてくれたらいいよ
てわけで、今夜も書くよね?壁|ω・`)

>>455
今夜は本当に投下ないのでスミマセン

あと、スライムは勝手に増殖するタイプなので、あまり天然も養殖もないよーな気がします。
強いて言うなら、養殖でおいしくなるエサをあげた方がおいしいかなぁ。

戦士の村。

戦士「……なに、もう脱出した?」

弟子A「ええ、まあ。なんていうか、包囲が隙だらけだからっつって、女商人さんが」

戦士「まあ、軍隊として攻めるなんてほとんど初めてだろうからなぁ」

弟子B「……兵隊ってのは素人なんすかね」

戦士「無理もないだろう。冒険者がいるから、兵士は守るだけでよかったんだ」

弟子A「大所帯はまだです、あの、子どもたちが」

戦士「ああ、さすがに大人数は難しいだろう」

弟子C「……師匠、準備できました」

弟子D「ほんじゃ、俺ら、子ども連れて行きますんで」

戦士「おう、よろしく頼む」

弟子A「師匠! 兵隊が呼んでますよ!」

戦士「さて、行くか」

村の門前には、詰め掛けた兵士たちがざわざわとしゃべっていた。

そこへ、戦士がゆっくりと進み出てくる。
兜に胸部全面を覆う鎧、膝や足首もがっちりと具足で固められている。
背中に二つの戦斧をくくりつけて、完全武装の態で歩いてくる。

ざわめきが大きくなる。

戦士は改めて軍容を眺めた。

なるほど、整列もなっていない。
村を蹂躙するには足るかもしれないが、これなら逃げるチャンスはいくらでもありそうだ。

戦士はがしゃん、と背中の戦斧を一つ降ろし、それを地面に突き立てて直立した。
相手の出方を待つ。

やがて、兵士が一人、兵の群れをかきわけて進み出てきた。


兵士「戦士殿ですか!?」

戦士(声がでけー)

戦士「そうだ」

兵士「兵士長が会談を希望です! こちらへお出でください!」

戦士「この場で結構。要求を聞こう」

兵士「な、な、なにを」

戦士「だから、この場でいいから。どうしてほしいのか、言えってんだよ」

兵士「え、えー、あー……聞いてきます!」ダッ


弟子A「……なんすか、あれ」

戦士「交渉の仕方も分からないんだよ」

弟子B「師匠、あれ、近くまで運んでおきましたから」

戦士「ありがとう」

兵士が戻ってくる。


兵士「……お待たせしましたっ! まず武装を、解除してください!」

戦士「断る。理由なく武装した連中に囲まれて、そんなことに従う義理がない」

兵士「あ、あなたは、南国の国民です……よ?」

戦士「その前に、この村の代表としてこの場にいる。撤兵して、安全な会談場所を設けるのでなければ従わない」

兵士「そ、そんな……!」

戦士「別に俺はやり合うのでも構わない。せめて目的を言え」

兵士「わ、我々は、戦士殿を迎え入れようと……」

戦士「そのために軍隊を差し向ける必要はないだろう」

兵士「そ、それは……」

戦士「勇者の一味を拘束しに来たってことか?」

兵士「そんなつもりは」

戦士「ふざけるのもいい加減にしろッ!」

戦士「やましいところがないというなら、なぜ最初から軍隊で取り囲んだ」

兵士「あ、え、う」

戦士「俺はこの村で農業をやっている、お城とも取引がある」

戦士「勇者たちも、誤った事はしていない」

戦士「それなのに、なぜウソをつく!」

兵士「ゆ、勇者は……」

戦士「あ?」

兵士「勇者一味は、北国で反乱を起こしていると」

戦士「元々、孤児院に攻撃を仕掛けたのはあの国だ。自分の身を守るのは当たり前だろうが」

兵士「し、しかし……」

戦士「……大体、他所の国とこの国と何の関係がある?」

兵士「北国と南国は同盟関係にあり……」

戦士「だから俺を拘束する? そりゃとんだ内政干渉だ!」

兵士「し、しかしですね」

戦士「もういい。軍を退け、会談場所をつくれ。せめて最低限の手順を踏んでからにしろ」

兵士「……」

戦士「いいから伝えて来い!」

兵士「は……はい!」ダダッ


弟子A「いいんですかい?」

戦士「構わん……ガキどもの準備は出来てるな?」

弟子B「大丈夫みたいっすよ」

戦士「じゃあまだ引き伸ばせそうだから、もう、海経由の進路を取って脱出するよう言ってくれ」

弟子B「了解しやした」

弟子A「ん……?」

戦士「どうした?」

弟子A「動きがあるみたいですね」

戦士「司令官が動いてるのかな」

弟子A「いや、なんつーか、こりゃ」


弟子が言わないうちに、戦士も察しがついた。
まず臭いがしたからだ。一瞬、まさか、と思ったが、遠くで赤く光るのを見て、確信した。

火矢だ。

相手は、最初から交渉する気などなかったらしい。
そのまま、辺鄙な村を焼け落とすつもりで、やってきたのだ。
勇者の一味を、村ごと潰すために。

戦士は顔を赤くして怒鳴った。


戦士「盾を用意しろ!」

弟子が戦士の叫びに応え、盾を構えて列を作った。
いくら相手が整列も出来ぬ相手とはいえ、多勢に無勢は戦士も知っている。

ならば、どうするか。


戦士「いいか、俺が大将をつぶす! 盾があるやつは村を守れ!」

弟子たち『応!』

戦士「持ってねぇやつは、俺に続けッ!」

弟子たち『応! 応! 応!!』


―――速攻で、頭をひねり潰す。

戦士は命令を飛ばしたにも関わらず、戦斧を背負いなおすと、一度、村の入り口に走って戻った。
そこには戦士の長身の、さらに三倍にもなる、巨大な斧が突き立っていた。

弟子たちに用意させていたのはそれだ。

この巨斧は神事に使われるものであって、本来、実用に使えるものではない。
弟子たちも、これを運ばされた時、まあ、村の守護を意味するものだから、程度にしか考えていなかった。

……戦士も、「使った」ことがあるのは数回ほどだ。
だが、大軍を前にして、短い時間で決着をつけるなら、やはりこれしかあるまい。
戦士は、斧の柄に手をかけた。


弟子A「し、師匠!? それ、使うんですかっ」

戦士「……すーっ、はーっ」


息を吸う。
息を吐く。

ちょうど、大地にどっしりと根を下ろした大木のイメージ。
それを両腕で抱え込むようにして力を込める。
前に「使った」時は、魔法使い(そのときは賢者)に腕力を増強してもらって振るったものだが、今度はそういう訳にもいかない。

後ろで兵隊たちも動き始めた。
弟子たちが盾を持って、それを防ぎにかかる。

戦士は全身に力を込めて、地面に突き立った斧を抜き始めた。

地響きのような音がする。
ゴゴゴ、という音が、戦場の叫び声に混じって聞こえてくる。
巨大なシルエットが、村の入り口で膨れ上がってくる。

ぐるり、と戦士は敵軍に振り向いた。

腹に柄を当てた、旗を持つような姿勢から、ゆっくりと上段に振りかぶる。

そして、戦士は、敵軍に一歩を踏み出した。

ずしぃぃん――ずしぃぃぃん―――


まるで巨人が近づいてくるかのような、大きな足音。


ずしぃん――ずしぃぃん―――


振りかぶられた斧は、すでに武器というよりは断崖に近かった。
なにしろ、それを見上げると、太陽さえ隠されてしまうのだから。


ずしん――ずしいいん―――


そして、人に迫るその速度が、次第に速まってくる。
そうだろう、そんな巨大な斧を振りかぶれば、重みで速度を増すのは必定だ。

巨斧から、声が放たれる。


戦士「死にたくなければ、大将まで道をあけろッ!!」

人垣が割れた。


ずしん、ずしん、ずしん―――


うわあああああああ!

ひぃいいっ、ひいいいいいい


二つに割れた悲鳴の間を、さらに速度を増した巨斧が通り抜ける。
弟子たちがその後ろに続く、火矢を準備している者たちの油壺を壊し、なお、抵抗するものをなぎ倒す。
人垣は、もはや逃げるどころか、横倒しになって踏み潰される者まで出てきた。

割れた道の先に、陣取っていた兵士長の姿が見えた。
うろたえながら逃げ場を探すが、部下たちに押しとどめられて、あるいは渋滞して、動けない。

待て、と言おうとしたのか、兵士長は制止の素振りを見せた。

だが、遅い。

地面に巨大な斧が、叩きつけられた!

ずどぉぉおんっ、という轟音。

そして、砂埃。
それに紛れて、戦士は即座に巨斧から手を離し、その先端に走った。
大地を割ったにも関わらず、戦士は自分のコントロールがうまくいったことを確信していた。

そう、兵士長には当てていない。気絶しているだけだ、と。

戦士は背中の戦斧を取り外し、彼の首を引っつかむと、そのまま突きたてた。
煙が次第に収まっていく。
悲鳴も、怒号も、あまりの衝撃にかき消されたようだ。

戦士が叫んだ。


戦士「貴様らの大将は俺が確保した! 全員、武器を捨てろ―――ッ!」

兵士「ひうっ……」

戦士「……おう、さっきのガキか」

兵士「あ、あ、あなたは、その、あなたはっ」

戦士「武器を捨てろ」

兵士「ひっ、はいっ」ガチャン

戦士「よし、いいか。お前が責任を持って、村から軍を引き離せ」

兵士「わ、私はぁ」

戦士「いいから早くしろ。別に俺はお前らの命がどっちに転んでも構わんのだ」

兵士「わ、分かりましたっ」ダダッ


弟子A「師匠ー、とりあえず、十人ほどぶん殴りましたよーっ」

戦士「よーし、分かった! 今から大将を渡すから、縛り上げといてくれ!」

弟子B「了解しましたーっ」

戦士「それにしても、ひでぇ様だな。まあ、俺がやったんだが」

弟子B「一目散で逃げていきますね」

弟子A「……師匠」

戦士「ああ?」

弟子A「なんか、妙なもんがいるような気が……」


戦士は、弟子に言われて目を凝らした。
確かに、何かがいる。村から離れていく軍勢の影に、青白い炎が見える。


戦士「……魔物だな」

弟子B「兵隊が足りないからって、魔物も採用したってわけっすか」

弟子A「南のお城は人減らししたんだろ? その代わりに魔物ってのも笑えねぇ」

戦士「確かに笑えないな」

戦士(軍とともに逃げていく、ということは、あれは確かに南国から来たのか)


戦士は舌打ちをした。まだまだ、損な役回りは続きそうだった。

北国、森のアジト。

勇者「うーん」

僧侶「どうなさったのですか、勇者様」

勇者「いや、結局、俺ってちゃんと仕事してるのかなーって」

僧侶「そ、そういえば……あ、孤児院の土地は」

勇者「それは見つけたよ!」

僧侶「ありがとうございます! でも、その、今すぐ報酬をお支払いするというわけにも……」

勇者「まあ、状況が状況だからねー。でも、踏み倒しちゃ駄目だぜ」

僧侶「そうですわね」

貴族「何を言っておられるのですか、勇者殿」

勇者「なんだよ」

貴族「かつての仲間をお助けしたのに、報酬などせびるとは!」

勇者「めんどくせーな、あんた」

勇者「大体、ちゃんと契約を交わしているんだから、いいんだよ」

貴族「嘆かわしい、勇者とあろう御方が」

勇者「てめぇ、都合のいい時だけ勇者扱いしやがって」

貴族「何をおっしゃいますか。この手助けも、無報酬でやっていただきたいと思っているだけで」

勇者「はぁあ!?」

僧侶「ま、まあまあ。別に勇者様も、この件については頼まれてしたことではありませんし」

勇者「……そうだな」

貴族(ナイスです、僧侶さん!)

勇者「じゃあこれのお礼は、今度町をつくるから、そこと年契約で商品買うってのはどうだ」

貴族「な、何をおっしゃる」

勇者「孤児院の子どもがたくさん商品を作る予定だから」

僧侶「それはステキですわね!」

貴族「そ、僧侶さん!?」

勇者「契約書つくっとこ」

貴族「ちょっと待て! 誰が承知するか、そんなもの」

勇者「だって、魔法使いがピンチはチャンスにしろって」

貴族「貴様、都合の良い時だけ魔法使い殿の言葉を使うな!」

勇者「お前、俺が勇者だけでちやほやされた時代はもう終わったんだよ」

貴族「やかましい! 大体、金の話の前に、今後の計画だ!」

僧侶「そ、そうですわね」

勇者「しかしなあ。実際、兵力ではもう負けたも同然だろ」

貴族「そのようなこと……!」

僧侶「確かに、私たちを支持してくださる方も減りましたし……」

勇者「あーあ、勇者効果も数ヶ月か。みんなこき下ろすのだけは早いんだから」

貴族「待たれよ! 何か、何か方策があるはず……!」

見張り兵「――貴族殿!」

貴族「な、なんだ」

見張り兵「なにやら、怪しいやつがうろついておりまして」

貴族「……このアジトを知られるわけにはいかん。申し訳ないが」

見張り兵「い、いえ、『僧侶を出せ』と騒ぎ立てているものですから」

僧侶「わ、私ですか?」

見張り兵「は、はあ。『僧侶に会えば分かる』と、言うものですから」

僧侶「そ、その、どうしましょうか」

勇者「まあ、会ってやれば? 不審なやつなら、俺が叩き切る」

貴族「……完全に危険人物だな」

アジトの前。

商人「離せ! 苦しい!」

貴族兵「何を言っているんだ! 武器を大量に抱えて怪しくないとでも言うつもりか!」

商人「違う! 俺は味方なの!」

僧侶「あのう……」

貴族兵「はっ、僧侶殿!」

僧侶「私に御用があるという方は、その……」

商人「あ、俺です、俺俺!」

勇者「軽いやつだな」

貴族「……貴様と変わらん」

僧侶「お話できませんから、離してあげてください」

貴族兵「は、しかし」

貴族「よい。万一があれば、勇者殿が切り殺してくださるそうだ」

商人「お……おいっ!」

商人「ひでぇ目にあったぜ」

僧侶「失礼ですが、どちら様ですか? 私とは面識は……」

商人「いえ、あります! 面識!」

勇者「お城の門番じゃん。南国の」

商人「あ、そうそう、そうなんっすよ!」

僧侶「お城の門番の方は、このような方だったか……」

勇者「いや、裏門の方だよ。鍵がどうとか、世間がどうとか言ってた」

商人「うおお、俺を知ってる人がいるとは、ついてる!」

勇者「……お前は俺を知らないのか?」

商人「……誰?」

勇者「勇者だよ! あーもう、やっぱりこいつ叩き切ろうぜ」

商人「わー、ちょっと待って、今のなし!」

勇者「なんで、世界で一番有名な男の顔を、みんな知らないんだよぉ!」

勇者「……で、門番が何の用なんだよ」

商人「ちょーっと待った! 俺はもう、門番は首になったの」

僧侶「そ、そうですか」(視線そらす)

勇者「かわいそうにな。俺と同じ無職か」

商人「何言ってんの!? フリーの商人になったってことだよ!」

勇者「ああ、そう」

商人「勇者のくせに、冷たいなー、あんた」

勇者「そりゃ、知らない人から『勇者ですか? サインください』とか言われるのも面倒だけど、何でみんな知らないかね」

商人「だって、なかなか会う機会がないしさ」

勇者「……俺は覚えてたのに」

貴族「まあ、どうでも良いではありませんか」

勇者「お前も初めて会った時、疑ってたよな」

貴族「記憶にありませんな」

勇者「おい、てめー!」

勇者「……で、早く用件を言ってくれよ」

商人「え、あ、はい。実はその、女商人から手紙を預かっておりまして……」ゴソゴソ

僧侶「まあ、女商人さんから!」

貴族「どなたですか」

僧侶「かつて、魔王討伐の一時期、私たちと共に戦った仲間です」

勇者「お、女商人か……」

商人「これっす! 魔法使いからの手紙もありますけど」

僧侶「ああ、彼女の字だわ、丁寧な」カサカサ

商人「勇者にも会えるとは思ってなかったので、そっちは持ってないんすけど」

勇者「い、いいよ。女商人からなんて」

商人「……あれ~? かつての仲間じゃないんすか」

勇者「う、うるせぇ。あいつは俺を嫌ってるから、いいんだよ」

商人「ま、それはそれとして」がっちゃん

貴族「その、武器の山は?」

商人「もちろん、商人が武器を抱えてやってきたとなれば、これは商売しかないっすよ!」

貴族「……まさか、そのためにここまで来たのか?」

商人「女商人から、ここの場所も聞いてきたんでね」

貴族「な、なぜこの場所がばれているのだ!」

商人「離反した同志もいたでしょ~? 詰めが甘い反乱だって、女商人が言ってましたよ」

貴族「ぬ、ぬう……」

勇者「ああ、女商人は冷たいやつだからな」

商人「とにかく、格安で前払い! 反乱が成功したら、残りを頂きましょう!」

貴族「足元を見おって! 誰がそんなものを欲しがるか」

勇者「まあ、待て。貴族」

貴族「ゆ、勇者殿」

勇者「まず、アジトの場所が知られてるってことは、敵方にも知られているってわけだ」

貴族「ぬう……」

勇者「で、それにも関わらず武器を持ってきたってことは、女商人はそれでも勝算を見込んでいるってわけだな」

商人「……その通りっすよ、だんな」

貴族「勝算と言われても……兵をかなり失い、魔物まで出てきたんですぞ!?」

勇者「そうだな、まず武器を買う前に情報を買おう」

商人「よ、よく分かりましたね、俺が情報を持ってるって」

勇者「女商人にも言われてたからな、『頭悪い人は嫌いです』って」

といったところで今夜はお開き。

一日潰れたからといって続きが書けるとは限らないの法則……
今しばらくお待ちください

貴族「しかし、いまさらどのような情報があろうと……」

勇者「そりゃ、分からんよ。で、お前が持ってる情報はなんだ?」

商人「へへ、まずは僧侶さんに渡した手紙っす」

貴族「……ずいぶん、熱心に読まれておりますな」

勇者「それで、他には?」

商人「新聞を持ってきました。南国、東国、北国の全部です」どさっ

勇者「よし、これはいくらだ?」

商人「ま、まけておきますよ」

勇者「ありがとうよ」

貴族「新聞……ですか」

勇者「そうだ。まあ、全体の戦況を把握するにはよかろうさ」

貴族「暢気なことを」

勇者「そうか? おー、『南国も行動、国内の勇者一味に対して』。戦士のことかな」

貴族「ぬ、ぬう……『北国の反乱、テロリストを鎮圧間近』!? ふざけおって!」グググ

商人「あーちょっと! 破かないでくださいっすよ!」

勇者「ふむ。『勇者が魔物と手を結んだ? かつての英雄の面影なし』」

商人「滑稽でしょ?」

勇者「いや、実際、西の方じゃ魔物と条約結んだしなぁ」

商人「え、マジなんすか?」

勇者「つっても、これはその辺りを書いたわけでもなさそうだな。ただの中傷記事だ」

商人「つまり、勇者のイメージを落とす作戦っすかね」

勇者「だろうな。でも、実際のところ離反者も多いんだろ? 効いてる効いてる」

貴族「笑い事ではありませんぞ!」

勇者「別に笑ってねぇよ」

貴族「そういえば……ゆ、勇者殿は、魔物と手を結ばれたのですか」

勇者「ああ、その話? 魔王がいないなら、戦う理由もないって相手が言うからさ」

貴族「し、しかし、あの虎はこちらに戦いを挑んできましたぞ!」

勇者「それもそうだ。なんで、あの虎は戦いを挑んできたんだろうな?」

貴族「それは……魔物は人を襲う性質だからでしょう」

勇者「それなら、俺が魔物と不可侵条約を結べたわけがないだろ」

商人「なんすか、それ」

勇者「あー、お互いに手を出し合うのはやめようって約束だ」

商人「へぇ。魔物にも知恵が回るやつがいるんすね」

勇者「知恵が回る、ねぇ?」

貴族「……大体、魔物は生来凶暴な性質を持つとよく知られています」

勇者「そうでもないんじゃねぇか」

勇者「そのー、俺が会ったのは竜の魔物だったな」

商人「はあ」

勇者「そいつが言うことには、魔物は人を一人襲うごとに、給料が入ると」

商人「歩合制っすか」

勇者「うん、確かにそう言ってた。だから人を襲っていたと」

商人「……仕事だから人を襲うってのも、嫌な話っすね」

貴族「そんなばかな話があるか!」

勇者「だって、魔物自身が言ってたんだもの」

商人「他に何か言ってました?」

勇者「後は、そうだな、魔界に戻れなかったら、いくらここで成績を上げてもなーとか、顔より年収とか言ってたぜ」

商人「ダメな勤め人かよ……」

貴族「ならば、あの虎の魔物はなんだというのです」

商人「虎の魔物ってのは?」

勇者「なんか北の軍から逃げる途中で、僧侶さんを襲っててよ。そこそこ強かったぜ。ま、俺が追い払ったんだけど」

貴族「つまり、襲ってきたわけでしょう!」

勇者「あいつ、なんか言ってたっけ?」

貴族「……確か、勇者殿の仲間を探していました」

勇者「ふーん」

商人「それって、あれっすね。なんか、北国を手助けしているみたいな」

貴族「……もしや」

勇者「なるほど」

商人「え、え?」

勇者「つまり、北国は魔物を雇ったわけだな」

貴族「ど、どうしてそうなるのです! 魔物に支配されていると考えるのが筋でしょう!」

商人「……いや、どっちでもよくないっすか?」

勇者「そうだな。どちらにしても、魔物と北国が何かつながってることはありうるわけだ」

商人「仕事でやってるってことっすか」

貴族「くそっ! 王軍に魔物も加わっては、もう勝ち目がないぞ!」

僧侶「……勇者様、貴族様」

勇者「おお、僧侶さん。何か分かった?」

僧侶「ええ。まず、魔法使いさんの方ですが……」

勇者「なんて書いてあった?」

僧侶「それがですね……」

魔法使い『僧侶へ。おそらく、このままではあんたたちは負ける』

魔法使い『孤児院の襲撃を大々的に報道してもらって、北国を不利に追いやるはずだったのに、効いていない』

魔法使い『それどころか東国まで介入してきた。あそこには教会があり、そこから孤児院に支援も出ていたはず』

魔法使い『それを振り切ったということは、相当な力関係が働いているということ』

魔法使い『私の推測だけど、これは北国の方で何か裏があるとしか思えない』

魔法使い『私はこれから、魔物の残党の線で当たるけれど、新聞などの情報発信の部分が握られている可能性がある』

魔法使い『マイナスイメージが流されては、下手を打てば日に日に悪くなるばかり』

魔法使い『だから、この際、北国の国王を暗殺するくらいしかない』

魔法使い『あなたは嫌でしょうけど、正々堂々はもう無理に近い』

魔法使い『一応、使えそうな人間に当たってみるけど、考えておくこと』

一同『……』

勇者「要するに、正面からじゃなくて、暗殺しろってことだよな」

商人「ドン引きだよ!」

貴族「承服しかねる!」

僧侶「でも、確かに私たちは追い詰められています」

勇者「ま、まあな~、いくら俺でも、東国も含めれば数千人の兵隊だしな~」

貴族「完全にテロを推奨しているではないか!」

勇者「まあまあ。でも、俺らが魔王城を攻めたやり口も、言っちまえばテロだったしな」

僧侶「神の裁きですよ!」

商人「そ、そうっすか」

勇者「で、で、女商人からも、来てるんだろ?」

僧侶「はい。こちらが、女商人さんからの、手紙です」

女商人『手短に。南国も動き出しました。勇者一行を相手に、このような動きは異常です』

女商人『おそらく、魔王を倒した数ヶ月の間に、勇者を排除する動きが作られたのでは』

女商人『戦後処理のための三国会談の参加者は、北国の国王、東国の王子、南国の大臣』

女商人『現在、積極的に動いている連中と一致します』

女商人『それでも勇者を排除することを可能にするためには、武力が必要』

女商人『つまり、それが魔物ではないかと思います』


貴族「魔王を倒した勇者殿を、魔物の力で追い払うなどと……!」

勇者「やっぱりな」

商人「やっぱりって、あんた」

勇者「でも、これってさ、魔物と手を組んだから、遠慮なく滅ぼしてくれってことじゃね?」

僧侶「そうなりますね」

貴族「そ、僧侶さん?」

女商人『北国のお城へ行く、裏のルートを記します。これは敵方にもあまり知られていないでしょう』

女商人『私も、魔法使いと同じように、北の城を直接攻撃することをオススメします』


商人「あー、この人もテロ推奨だよ」

貴族「ど、どいつもこいつも……!」

勇者「まあ待てよ、貴族」

商人「何か秘策でもあるんすか?」

勇者「元からお城に近づくつもりだったんだろ、それは間違ってないじゃねーか」

貴族「それは、確かに……」

勇者「その後、どうするつもりだったんだ?」

貴族「そ、それは、国王に不正義を認めさせ、退位していただくと」

商人「ふわっとしてんなー」

貴族「黙れ! では、他にどんな策があるというのだ」

勇者「……」

僧侶「魔法使いさんなら、なんて考えるでしょうか……」

勇者「……これはチャンスだって言うだろうな」

貴族「ど、どこがチャンスだと言うのだ」

勇者「要するに、頭を使えってことだよ。北国と魔物は手を組んでいる」

僧侶「そうですわね」

勇者「だったら、お城に行く裏ルートで全速力で近づけば、どこかで魔物に出くわすわけだ」

僧侶「はい」

勇者「じゃあ、魔物に会ったらそいつを倒して……」

勇者「その魔物と北国がつながっていたことを大宣伝する、ってのはどうだ」

貴族「!」

商人「なるほど、自分が魔物と組んでたなら、正当性もないっすからね」

貴族「し、しかし、国王が認めるかどうか……」

勇者「それこそ、そのくらい認めさせなければ、退位なんか無理だろ?」

貴族「……」

商人「でも、倒すっていうけど、もし魔物に会えなかったらどうするんすか」

勇者「そんときゃ、王殺しでも何でもやればいいさ」

商人「バイオレンスだなぁ」

貴族「……」

僧侶「貴族様、ご決断ください」

貴族「む、うむ」

勇者「国を変えるのに、英雄はいらんって言ったよな、お前」

貴族「そうだ……」

勇者「英雄として言わせてもらうが、英雄なんか利用すればいいんだよ」

貴族「……」

勇者「どうせ、その後の『長い政治の戦い』をやるのはお前だ」

貴族「……分かった」

商人「よっしゃ! そうと決まれば、後は武器を売って、俺は帰りますよ」

勇者「は? 帰る?」

商人「な、なんで不思議そうに聞くんだよ」

勇者「いや、ここから無事に帰れるわけがないだろ」

貴族「その通りだ。アジトの場所は知られているんだぞ?」

勇者「出て行ったら、途中でとっ捕まるな」

商人「で、でも、俺はなんか分かったら、情報を持ってこいって女商人に言われてるんすよ」

勇者「完全に使いっ走りじゃねぇか……」

商人「か、帰るまでが修行の一環ってなわけでさ」

僧侶「……商人様、今は一人でも力がほしいのです」

僧侶「ぜひとも、力をお貸しいただけないでしょうか」

商人「そ、それは……」

勇者「まあ、どの道このクーデターが成功しなけりゃ、殺されるんだ」

貴族「あきらめるがよい」

商人「うおおお!? いつの間に道を誤ったー!」

勇者(どう考えても最初から女商人の生贄ルートだったろ……)

―――海上。

男子1「海だー!」

女子1「うーみ、うーみっ」

男子2「うええっっぷ」

女子2「大丈夫?」

少女「水着、持ってくれば良かったかな」

武闘家「やれやれ、そんな暇はありませんよ」

弟子C「……大丈夫だ。順調に、進んでいる」

弟子D「船を操るのは初めてだが、まあ、なんとかなるんでは?」

スラ「ぴきーっ!」 ぴょいん

少女「うんうん、スラちゃんもいるしね」

武闘家「はあ……まったく、あの人が頼む仕事は面倒ばかりなんだから」

少女「あの人って、あのおばさんのこと?」

武闘家「お、おばさん? いやほら、魔法使いさんですよ」

少女「ふーん、私、あのおばさん、嫌い」

武闘家「ま、まあまあ。魔法使いさんは僕より年下ですし」

少女「じゃあ、あんたはおじさん?」

武闘家「あ、あのですね……」

弟子C「……生意気盛りの年頃だ」

弟子D「容赦なく大人をけなすのは子どもの特権みたいなもんでしょ」

少女「むー、生意気とかじゃないもん!」

スラ「ぴっぴーっ」

武闘家「あははは……」

弟子C「……おい、武闘家」

弟子D「ちょっと気になるんですがね」

武闘家「な、なんでしょうか」

弟子C「……この辺は、船の行き来はあるのか」

弟子D「要するに、航路になってるかどうかってことっす」

武闘家「いえ、西の方角は魔王の居城があった方角ですから、まだまだ開拓されてないはずです」

弟子C「……なるほど」

弟子D「そりゃまずいっすね」

武闘家「な、なんですか?」

弟子C「……右方、船影が」

弟子D「しかもこっちに向かってきてるし」

武闘家「う、うわわ」

武闘家「と、とにかくまずは子どもたちに伝えないと……!」

少女「敵なの?」

武闘家「う、うわあ! お嬢さん、びっくりさせないでくださいよ」

少女「敵なのね?」

武闘家「まあ、おそらく。安全のため、隠れてもらわないと」

少女「分かったわ、みんなに伝えてくる」

スラ「ピキーッ!」

武闘家「つ、伝えてくるって」

少女「みんなー! 全員隠れて行動する準備よ!」

子どもたち『おおーっ!』

武闘家「良かった、ちゃんと隠れてくれる気らしい……」

少女「後の事は、私とおっさんどもに任せなさい!」

子どもたち『了解しました!』

武闘家「!?」

武闘家「お、お嬢さん? 一緒に隠れてもらわないと」

少女「大丈夫よ! 私にはスラちゃんもいるし」

スラ「ぴーっ、ぴーっ」

武闘家「いやいやいや! それとこれとは別ですよ!」

少女「私ががんばるんだもん! 私がリーダーだし!」

武闘家「あ、あのね」

弟子C「……来るぞ」

弟子D「右舷に骸骨だ、やはり魔物の船だな!」

武闘家「ええいっ」ダッ


武闘家は、船の縁に駆け寄って、先にかかった白骨の手を叩き落した。


武闘家「もう、魔物は滅びたんじゃないんですかっ」

弟子C「……俺が舵を取る」

弟子D「後方を守る! そっちは頼んだぜ」ダッ

武闘家「分かりました!」


武闘家は息を吐いた。

これでも元は冒険者の端くれだ。
幸いにして、魔物は弱い。
船上ながら、顎を突き出してきた骸骨に蹴りを放てば、会心の当たりだった。

だが、近づいてくる船影をにらむと、その甲板には、出番を待つ青白い光が満載されていた。
後に控えた骨の海賊たちもいる。


武闘家「ひ、人魂も!? 私の拳で、通じるのかな」


どぉおおんっ!


叫んだ途端、何かがぶつかる音と、激しい衝撃。
思わず武闘家はバランスを崩した。


弟子C「……砲撃だ!」

弟子D「だ、大丈夫かあーっ」

武闘家「くそっ」

武闘家が悪態をつく。
嫌な記憶がよぎる、仲間を失ったときの。

揺れる船の船室から、子どもたちが叫ぶ声がする。
武闘家は、船にしがみつきながら、なんとか立ち上がろうとした。

その瞬間、武闘家の横に、影が追いついた。


少女「スラちゃん!」

スラ「ぴいっ!」

武闘家「お、お嬢さん……!」

少女「あいつらを追っ払って!」


脇に抱えたスライムが、大きく息を吸い込む。
ぼうっという音がする。
その透き通った身体に火がともったように見えたのは、見間違いではなかった。

―――激しい炎がスライムから吐き出された!

熱で、武闘家は思わず顔を背けた。

こちらの船に乗り出していた白骨は、炎をもろに食らって海に投げ出された。

近づいてきた船に、炎が移る。
待機していた人魂が、炎の勢いを食らって吹き飛ぶ。
骸骨たちは大慌てで、焼ける船の帆から、火の粉を払い出した。


弟子C「……チャンスだ!」

弟子D「全力で振り切れ、舵を切れ! みんな船につかまれーっ!」

武闘家「お嬢さん!」

少女「ひゃああ!」

スラ「ぴ、ぴーっ!?」


武闘家は、身を乗り出していた少女を引きずり倒した。
激しい揺れとともに、左方へと大きく船が曲がる。

勢いのついた船が、そのまま波に乗って、魔物の船を引き離していく。

武闘家「はあっ、はあっ」

弟子C「……よし!」

弟子D「なんとか、なったかぁー?」

弟子C「……追っ手は離れてきている」

弟子D「ふう、はあ、助かったか……」

少女「……へへへ」

スラ「ぴぃ、ぴきーっ」

武闘家「……」

少女「私とスラちゃんのおかげだよね、これは」

スラ「ぴいっ!」

武闘家「お嬢さん」

少女「なに?」


ぱちん。

少女「え、え……」

武闘家「どうして前に出てきたんですか」

少女「だって、私」

武闘家「あなたはね、船室で隠れてる子たちのまとめ役でしょう」

少女「で、でも」

武闘家「あなたが死んだら、あの子たちをどうするつもりだったんですか!?」

少女「だって、私、役に立たなくちゃって……」

スラ「ぴいっ、ぴいーっ!」

武闘家「……船が大きく揺れて、ケガした子がいるかもしれません」

少女「!」

武闘家「早く、見に行ってあげなさい」

少女「はい……」

少女「あ、あの」

武闘家「……」

少女「ごめん、なさい」

武闘家「……最初に、みんなを隠したのは、正しい判断です。それに、あの炎を指示したことも間違ってませんでした」

少女「……」

武闘家「でも、ああいうことができるなら、ちゃんと教えてください」

少女「……分かりました」タタッ


スラ「ぴきーっ!」

武闘家「はいはい、君は殊勲賞でしたよ」

弟子C「……キツすぎんか」

弟子D「かわいそうになー」

武闘家「知ってますよ」

知ってても言わずにはいられなかった。
手柄がたてたくて、前のめりに飛び込んで、仲間を死に追いやった自分に重なって見えたからだ。


勇者『誰かの役に立ちたかった? 認められたかった、の間違いだろ。お前は』


頭の中に、はっきりと勇者の顔が思い浮かぶ。
後にも先にも、勇者の軽蔑した顔を見れたのは自分くらいだろう、と武闘家は思った。


武闘家「でも、勇者さんじゃないんだから、あんなに前に出過ぎなくていいんです。僕らは」

弟子C「……それは納得」

弟子D「ま、確かにな」

武闘家「それはそれとして、やっぱりすごかったですよねぇ。あの度胸は」

弟子C「……ただの女の子にしておくには勿体ない」

弟子D「立派な魔物使いになれそうだよな」

武闘家「あ、村が見えてますよ!」

弟子C「……よし、近づくぞ」

弟子D「おう、準備するぞ!」

今夜はここまで。

おまけ。本日更新不可。

勇者人物評。

魔法使い「あいつ見てると何か思い出すのよね。バーサーカーとか首狩り族とか」

戦士「……まあ。いいやつ、じゃないか?」

僧侶「悪知恵、悪巧みさえなければ理想の御方なのですけど」

女商人「私は嫌いですけど、良い人なんじゃないですか? 私は嫌いですけど」

少女「かっこいいよ? 少しは…」

竜魔物「底の見えない人間だ」

側近「割りと魔王様に似てるわよねー」

遊び人「むかーし、一緒に飲んだんです。懐かしいなあ」

武闘家「 僕に似てませんか?」

盗賊「話の通じないやつよね。仲間がいなかったらどうなってたか」

姫「かっこいいです……」

勇者「全世界のあこがれだよな!」

仮設「勇者の村」。


竜魔物「……誰か来たぞ」

盗賊「ホントね。馬車が一台、こっちに向かってくるわ」

遊び人「敵でしょうか?」

魔法使い「あれは女商人の馬車ね」

盗賊「女商人ねぇ」

魔法使い「含みがあるわね」

盗賊「私、ああいう頭が固そうな子って苦手なの」

遊び人「あはは、盗賊さんも固そうですからね」

盗賊「あんた、ところどころで私にきつくない?」


マスター「……到着しましたよ~」

勇者母「あらまあ、ずいぶん早く着いちゃったわ」

魔法使い「酒場のマスター、それに勇者のお母さんも! よく来てくれました」

マスター「ええ。結局、来ることにしたわ」

魔法使い「でも、女商人が見当たらないですね」

マスター「え、ええ。彼女、南国に残って情報収集を続ける、と」

魔法使い「情報収集ね……」

マスター「はい、代わりにお手紙」

魔法使い「ありがとうございます」

盗賊「……マスター、お久しぶり」

マスター「やだ、盗賊ちゃんじゃない!」

盗賊「ちゃんづけやめて!」

遊び人「お久しぶりです、マスター」

マスター「やだぁ、いかがわしい遊び人君じゃない!」

遊び人「それ、そのまくら言葉、いい加減はずしてくれませんか?」

マスター「でも……相変わらずやってるんでしょ?」


遊び人は、ぐっと親指を立てた。

マスター「それで、魔法使いさん」

魔法使い「なんですか? できれば手紙を読んでおきたいんですが」

マスター「まあ、その前に。ここで酒場を作ってもいいって話を聞いてたんだけど」

魔法使い「ええ。『勇者の町』になる予定ですから」

マスター「それはいいのだけれど、ほっとんど何もないわよね、ここ」

魔法使い「……」

マスター「ただの野っ原よね、ここ」

魔法使い「こんな広い土地を無料で使い放題なんてすごいと思いませんか?」

マスター「誰が酒場を建ててくれるのよぅ!」

魔法使い「男勢がちょっと足りないんですよねー」

マスター「もう、女商人さんに言いくるめられちゃったわ」

魔法使い「あと、孤児院の子どもたちが十数名来て、一生懸命働くと」

マスター「児童労働させる気満々じゃない……」

魔法使い「そういえば、男勢いますよ」

マスター「いかがわしい遊び人君? ちょっと大工仕事は頼りないのよねぇ」

遊び人「あはは、こう見えても、現場で肉体労働していたことはあるんですがね」

盗賊「……肉体で接待する労働の間違いじゃないの?」

遊び人「溜まってるお客さんが結構いるんですよね~」

盗賊「否定しなさいよ、あんたは」

魔法使い「そうじゃなくて、ほら、挨拶しなさい、あんた」

竜魔物「……」ペコリ

マスター「ま、魔物!?」

竜魔物「……魔王軍に所属していた、元兵士の竜です。故あってこちらで働かせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」

マスター「ご、ご丁寧にどうも……」

竜魔物「その他、スライム隊も、土木工事に参加させていただいております」

スライム隊『ぴっぴきぴーっ!』

マスター「あ、かわいい」

マスター「……いやいやいや、どういうことなのよ」

魔法使い「なかなか人手が足りませんので、基礎工事をお願いしています」

マスター「だ、だから、どういう経緯でこうなったの!?」

魔法使い「……あ、もう一匹、あそこにいる露出の高い悪魔も、働き手で」

側近「ん? ちはー」

マスター「あ、こんにちは……」

魔法使い「ちょっと顔色が悪いけど、魔王がいた頃はそれなりの地位にいたらしいから、大目に見てください」

マスター「何を大目に見たらいいのか分からないのだけれど」

魔法使い「……側近、あんたちゃんと挨拶しなさい。この町でお酒を売ってくれる人なのよ?」

側近「何よ、もう! 私はお酒よりもお菓子の方が好きだもん!」

マスター「クッキーならあるけど」

側近「かつては魔王様に仕えた身、しかしながら、これよりはあなたの従順なる僕となりましょう」

マスター「安い子ねぇ」

マスター「よく分からないんだけど、やっぱりよく分からないわ」

側近「うまうま」

魔法使い「魔王が死んで、魔界にも帰れなくなった。だから、もうここで生計を立てようということらしいです」

側近「らしいって何よ! あんたの提案に私は乗ってあげただけなんだからね!」

魔法使い「こいつは何の役に立つか分かりませんが、竜の方は力仕事で早速発揮してくれてまして」

側近「こいつって、おい!」

マスター「はぁ……魔物とも仲良くしようってことかしら?」

魔法使い「協力できるなら、種族は問わないということです」

側近「敵対するなら、同族でも容赦しないってことよね、それ」

マスター「……なんとなく、分かったわ」

魔法使い「酒場はすぐに用意できなくても、調理場はすぐにでも作って使っていただければいいなと」

マスター「うん、分かったわ」

側近「ね、ねぇ。そこの酒の人間」

マスター「私? 私はマスターでいいわよ」

側近「ま、マスター。クッキーって、もうないのかしら」

マスター「なに、お菓子がほしいの?」

側近「ええ。素朴な味だけど、とってもおいしかったわ」

マスター「……素朴な味」

側近「魔界では魔界タワーの30階にスイーツバイキングがあるのよ! でも、もうこっちの世界に来たら、スイーツなんて二度と口に出来ないと思ってたわ」

マスター「ふふっ、まあ、調理場が出来れば、いろいろ作ってあげるわ」

側近「やったわ! ほら、竜! とっとと調理場を作るのよ!」

竜魔物「……まだ基礎工事だって言ってんでしょ?」

側近「マスター! 酒で作ったゼリーとかいいわよね!?」

マスター「はいはい」

側近「そういえば、魔法使いの人間」

魔法使い「普通に、魔法使いでいいわよ」

側近「どうでもいいけど、海の方からも船が来てるわ」

魔法使い「何の旗を立ててるか分かる?」

側近「太陽のマークだったわ」

魔法使い「じゃあ、私の船だわ。きっと武闘家とかだ」

側近「どうするー? 沈めるー?」

魔法使い「私の船だっつってんでしょうが。準備に手間取るから、来るまで待ちましょう」

側近「はーい」スタスタ

魔法使い「さて、じゃあ、手紙を……」

勇者母「うふふ~、魔法使いちゃん」

魔法使い「あ、勇者のお母様」

勇者母「もう、こんな大事なこと、どうして黙っていたのよ~」

魔法使い「はあ、すみません……どう転ぶか、分かりませんでしたので」

勇者母「まあ、そうよねぇ」

魔法使い「……?」

勇者母「それで、勇者はどうしているのかしら?」

魔法使い「ちょっと、仲間のところに飛んでしまって……」

勇者母「まあ、そうよねぇ。みんなに知らせないと行けないわよねぇ~」

魔法使い「はぁ」

勇者母「でも、勇者のお母様だなんて、そんな他人行儀に言わなくていいのよ~」

魔法使い「はぁ?」

勇者母「息子をよろしくね」

魔法使い「……は?」

勇者母「式の日取りはいつになるのかしら~」

魔法使い「……」

勇者母「女商人さんから聞いたのよ~」

……魔法使いは手紙を読み始めた。


女商人『魔法使いへ。おひさ』

女商人『魔法使いが頭を下げるなんて、初めてだよねv』

女商人『ぶっちゃけ~引き受けたくなかったんだけどぉ、しょーがないからやったげるよ』


魔法使い(イラッ……)


女商人『それでぇ、分かったことなんだけどぉ』

女商人『北、調査中。勇者との合流を確認。東の危険度は薄い。南、姫の侍女と接触』

女商人『南大臣が魔物に? 詳細をさらに確認すべく城内に潜入』

女商人『探検隊の計画、魔法の儀式、研究者を集めている。詳細不明』


魔法使い(やっぱり、私は行くべきかしら……)


女商人『それとぉ、マスターと勇者のお母様がそっちに行くから、よ・ろ・し・く♪』

女商人『それでねぇ、お母様がちょっと動きそうになかったから、魔法使いと勇者が結婚したからお祝いに来てって言っちゃった(汗 ごめりんこ』

女商人『でも、あんたたち、どの道するからいいわよね☆』

女商人『むしろ素直になれないあんたたちを後押ししてあげた私ってキューピッド?』

女商人『そんじゃあね。女商人より?』


魔法使い「……」びりぃっ ぼっ

勇者母「それでね~、もし良かったらと思って~」

勇者母「私のドレスも持ってきちゃった~」

勇者母「魔法使いちゃんも、若い頃の私の体型に似ているっていうか~」

魔法使い「しばらく待っていただけますか」

勇者母「え?」

魔法使い「私も、呼ばないと行けない人がいますので」

勇者母「そうなの~? まあ、しょうがないわね~」

魔法使い「では……」ダッ


魔法使い「ふざけんじゃねーよ、あの女ァ!」

側近「な、なによ」ビクッ

遊び人「ど、どうかしましたか」ビクッ

魔法使い「お前ら、後は任せたからな! これ、計画書!」バサッ

盗賊「うわっぷ」


魔法使いは移動呪文を唱えた!

今夜はここまで。

盗賊「任せたってどーすんのよ……」

遊び人「計画書ってこの束ですか?」

側近「大体、私らがすることって、もう土木工事くらいじゃない?」

竜魔物「……分かってるんなら、ちょっとは手伝ってくださいっすよ」

側近「え? 何?」

竜魔物「……」


タッタッタ……


少女「おーい……!」

武闘家「みなさーん! 魔法使いさーん!」

側近「あ、おー、ちびっ子ー!」

少女「悪魔のお姉ちゃん!」

側近「何よ、ちょっとの間に背とか伸びちゃった?」

スラ「ぴきーっ!」

側近「やん、スライムもいる~」

竜魔物「……」

少女「竜のおじさんも」

竜魔物「久しぶりだな、人間の少女よ」

少女「あの、みんなを連れてきたよ!」

武闘家「魔法使いさんはどちらへ……?」

側近「飛んでったわ」

盗賊「あわててね」

遊び人「紙の束を押し付けられました」

武闘家「は?」

少女「えっと……」

武闘家「そうしますと、どなたがここのまとめ役になるんですか?」

盗賊「そ、そうねぇ」

遊び人「魔法使いさんが中心でしたからね」

竜魔物「……俺は、力仕事しかできんぞ」


一同『……』


側近「……あ、じゃあ、私が」

竜魔物「……少女よ。お前が指揮を取れ」

少女「えっ」

竜魔物「あの魔法使いの人間とここへ来たのは、お前だ」

側近「いやほら、私、参謀役だったし……」

竜魔物「聞けば、人間の子どもたちを指揮するのもお前だろう」

少女「し、指揮って……」

竜魔物「……難しい事は大人を頼れ。だが、もともとここへは孤児院を建てるのが目的なのだろう?」

少女「……」

側近「ちょっと待ちなさいよ。私が一番、命令とか出し慣れてるっての」

竜魔物「……何か、嫌なことでもあったのか」

少女「そ、そんなんじゃないけど―――」

竜魔物「気にする事はない。いま成すべき事は、うつむくことではない」

少女「……」

側近「おい、私は?」

竜魔物「人間たちよ、それでどうだろうか?」

武闘家「えーっと……」

盗賊「別にいいわよ」

遊び人「指揮官は慣れてませんし」

武闘家「いやあの、そもそもどうして盗賊さんとか遊び人さんがいるのかとか、魔物が平然とうろついているのかとか―――」


ダダダッ


弟子C「……む! 魔物か!」チャッ

弟子D「こりゃあ、戦い甲斐がありそうな連中だ!」チャッ

竜魔物「ほう、威勢の良い連中が来たものだ」

側近「何々? 景気づけにやっちゃう?」

武闘家「あーもう」

男子1「着いたー!」

女子1「ちょっとぉ、荷物持ってよぉ」

女子2「ふぇぇぇぇん、男子2君がいじわるするのー!」

男子2「お、俺は悪くねーし!」

武闘家「あーもう」


ざわざわ―――がやがや―――


少女「……うん」

少女「はいはい! 注目!」 パンパン

一同『……はっ』

少女「とりあえず、自己紹介をしようよ、ね?」

竜魔物「……うむ」

武闘家「そ、そうですよ、みなさん!」

遊び人「これはいいまとめ役が出てきてくれましたね」

少女「まず、みんな荷物を置いて―――置いた人から、広場に集合して輪になりましょう!」

少女「それで、えっと……わ! こっちには、スライムさんがいっぱい!」

スライム隊『ぴっぴきぴー!?』(休憩時間でしょうか?)

スラ「ぴっきー!」(自己紹介の時間でござる!)

少女「よぉし、スラちゃん、ここにいる子たちは任せたよ!」

スラ「ぴーっ!」(合点承知の助!)

―――仮設「勇者の町」、広場にて。


少女「……はい、じゃあ、まずは私からね。北国から来ました少女です」

少女「えーっと、夢は勇者お兄ちゃんのお嫁さん、です」

勇者母「あらあら、重婚宣言かしらー?」

少女「え、えっと?」

武闘家「よ、よく分かりませんが! 話がこじれそうなので、僕も挨拶しますね!」

武闘家「僕は、魔法使いさんの事務所で働いていた武闘家と申します」

武闘家「その、今回は孤児院の皆さんの護衛として、働きまして……」

少女「また、無職だね」

武闘家「言わないでください……」

少女「じゃあ、次は魔物のみなさん」

竜魔物「……元魔王軍、王城警備担当の竜だ」

竜魔物「まあ、あれだ。魔王様も亡くなって、行き場がなくなった。ご厚意によって、ここで建築の仕事をやらせていただくことになった」

竜魔物「……それと、スライム隊の飼い主なので、何かあったら言ってくれ」

少女「ありがとうございます」

側近「元魔王軍、参謀の側近よ!」

側近「いいこと、私たちはあの魔法使いと取引して、同盟を結ぶことにしたのよ」

側近「つまりその、人間共にも私たちを食い物にしようとしている連中がいるわ」

側近「だからそういうやつらと戦うために、一時的に共闘しているだけ。分かったわね!?」

竜魔物「……スイーツの言う事は話半分に聞くっすよ」

スイーツ「スイーツじゃねぇよ!?」

少女「スイーツは置いといて、そちらの人たち」

スイーツ「おい、ふざけんな!」

遊び人「遊び人です。訳があって、南国の探検隊を逃げ出してきました」

遊び人「特技は手品かなー? ま、手わざ口技には自信があります」

遊び人「はい、盗賊さん」

盗賊「……あんた、その自己紹介で私に振るとかなんな訳?」

盗賊「まあいいわ。元冒険者の盗賊よ。探検隊に所属してたんだけど、南国が魔物と手を結ぶってんで逃げてきたわけ」

盗賊「これでいい?」

少女「……そうなんだ」

少女「えっと、後は勇者お兄ちゃんのお母さんと、酒場のマスターさん」

マスター「はい」

勇者母「うふふ」

少女「それから、戦士さんの村から、弟子Cさんと弟子Dさん」

弟子C「……戦えなくて残念だ」

竜魔物(……こっちを見るな)

弟子D「どうも」

少女「あと、孤児院のみんなです。男子1君と―――」

子どもたち『はーい!』

少女「あと、スライムさんたちもいます。えへへ、いっぱい集まったね」

武闘家「それで、お嬢さん」

少女「う、うん……えと、計画書、その、文字がいっぱいで読めませんけど……」

武闘家「僕が読んで聞かせますので」

少女「ありがとう、ございます」

少女「それで、ね」

少女「この町は、孤児院を追われた私たちに、お兄ちゃんが新しい土地を探してくれるって言って、見つけてもらいました」

少女「だから、お兄ちゃんが町長さんになる、はずです」

少女「でも、今は忙しくて、飛び回っているから―――」

少女「あの、孤児院っていうか、私たちが住むところが中心に、なると思うんです」

竜魔物「……ふむ」

マスター「そうなんだ……」

少女「だから、あのね、私、がんばります」

少女「お兄ちゃんが戻ってくるまで、私が町長代理、でもいいでしょうか……?」

少女「私、無茶したり、しません」

武闘家「……」

少女「みんなの意見も、がんばって聞きます」

少女「だから、その……」

側近「いいわよ」

少女「……!」

側近「つまり、あんたが魔法使いの代理でもある、と考えればいいのよね?」

少女「う、うん!」

側近「とりあえず、魔法のことは私も多少の知恵はあるわ。何なりと言いなさい」

竜魔物「……そっすね。魔法だけは得意っすからね」

側近「なぁんか、言いやがったか、このトカゲ野郎!」

竜魔物「俺は雇われの身だ。反対する理由もない」

少女「ありがとう、竜のおじさん!」

竜魔物「……スライムの育成法、まだ伝えきってないしな」

武闘家「お嬢さん、僕も全力でサポートしますよ」

少女「よ、よろしくお願いします」

盗賊「私の方こそ、何の役に立つか分かんないわ。よろしくね」

少女「はい、えっと……盗賊のおばさん」

盗賊「盗賊のお姉さんよ!」

勇者母「小さいのに、頑張り屋さんね~」

少女「あ、あの。お兄ちゃんの、お母さん」

勇者母「うふふ、困ったら誰でも頼りなさいね~」

少女「あの、ありがとうございます! あと、お兄ちゃんのことは……」ゴニョゴニョ

勇者母「分かったわ~。財産管理は任せて頂戴ね」

マスター「ちっちゃな町長さん、がんばってね」

少女「あ、よろしく、お願いします!」

弟子C「……ここに定住も良いな」

弟子D「俺もだ。よろしく頼んます」

少女「よろしくお願いします!」

遊び人「僕はあまり役に立たないかな」

少女「そんなことないです!」

遊び人「うん、まあでも、今後の計画も知りたいですし、計画書に書いてあったこと、聞いてもいいですか?」

少女「あ、そうですね。あの、魔法使いのおばさんが残した計画書にはですね……」ガサガサ

武闘家「あ、僕が読みますよ」

武闘家「魔法使いさんは、ええっと、今回の事件について、は置いといて、今後の僕らのですね」


―――どっずん。


武闘家が読み上げようとしたそのとき、何か重たい物が地面に振り下ろされる音がした。


―――どっずん、どっずん。


遠巻きの地響きに全員が目をやると、土煙が小さく小さく上がっているのが見えた。
目の良い者にもまだ遠い。

音が声をさえぎるほどではなかったため、武闘家の読み上げが続いた。


武闘家「町を作っていくのは当然なんですが」

武闘家「妨害が予想されるというわけで」

盗賊「……なんか、鉄っぽいものが見えるわ」

武闘家「……特に、盗賊さんと遊び人さんの証言から」

武闘家「探検隊のメンバーが追撃隊に変わりそうだと」


それが足音だと分かったのは、さらに近づいてから。

武闘家「人海戦術でやってくるか、あるいは―――」


その小さな影が、どうやら見上げるほどの巨大な鉄の塊だと分かるには、さらに近づいてから。


武闘家「遺跡を調査していたところから見ると―――」


その巨大な鉄の塊が、おそらく、お城一つぶんくらいの大きさだと分かるまでは、さらに。


武闘家「……おそらく錆びていたマシン兵を動かしてくるだろうと」

少女「でっけぇ……」

側近「久しぶりに見たわー、あれ」

盗賊「え? マジ、これ?」

遊び人「大きいですねぇ」


鉄の要塞が、一歩ずつこちらに向かってきていた。

今夜はここまで。

側近さんはロリ寄りなので、「お姉さん」呼ばわりされているとお考えください。

1乙

スライム火を噴くのか……
高級ブランドスライムに調理道具にもなるとはマジ可能性は無限大だな

>>566

側近「ピンと来た。スライムにブレス覚えさせれば魔界スイーツ再現できるんじゃね?」

竜魔物「……」

側近「スライムの火炎ブレスでブレスガトーショコラ!」

竜魔物「……そっすか」

側近「『悪魔っ娘のスライムスイーツ店』とかどう?」

竜魔物「ご自分でやってくださいよ? スイーツ殿」

スイーツ「誰がスイーツだよ!」


※本編でのネタつぶしです。

早く続きを書けってんだよな( ´ ・ω・ ` )

がんばりまーす

(´・ω・`)つ[期待]

(′・ω待]て) ムシャムシャ

(`・ω・´) 投下します

北国、城内。

鳥魔物「虎。説明しなさい!」

虎魔物「うるせ。まだ口が変な感じすんだ」

鳥魔物「やはりお前ほどの魔物でも、魔王様の闇の力がなければ、勇者の仲間すら倒せませんか」

虎魔物「というか、勇者とやりあったからな」

鳥魔物「勇者がもうここに来ていると!?」

虎魔物「ああ。覇気のなさそうなやつだったが、なかなかどうして……」

鳥魔物「城の防備を固めましょう」

虎魔物「ずいぶん弱気だな。数千の兵が戦場にいるんだぜ?」

鳥魔物「やつらは少数精鋭主義です。いわばテロリスト。戦場を堂々と行くことはありえません」

虎魔物「しかし、アジトも分かってんだぜ」

鳥魔物「テロリストに対抗出来るのは警察力です。拠点を叩けば落ちるものではない……」

虎魔物「ふーん?」

鳥魔物「……我々の最大の失敗は、人類を相手に戦争をしようとしたことですよ?」

鳥魔物「やつらは異常に突出した少数に自由を与え、動き回る作戦をとりました」

鳥魔物「つまり、最初から多面展開ではなく、今度のように協力者を作って内部から崩壊させるべきだったのです」

虎魔物「お前の高説は後で聞く。俺はどこにいれば勇者と戦えるんだ?」

鳥魔物「虎、お前は勇者と戦うつもりなのですか」

虎魔物「当たり前だろ! あんなに強い人間と戦う機会、逃してどうすんだ」

鳥魔物「虎! もう、我々はお前と私しかいないかもしれないのですよ!?」

虎魔物「だからなんだよ」

鳥魔物「まともに戦って消耗してはなりません!」

虎魔物「やなこった」

鳥魔物「虎!」

虎魔物「いいから、勇者はどこにいれば会えるんだよ」

鳥魔物「ちっ……おそらく、この城を目指して来ることは間違いありません。やつらは追い詰められていますし」

虎魔物「来なかったらどうする?」

鳥魔物「来られなければそれまで。アジトを潰せば出て来ざるを得ない」

虎魔物「じゃあ、城で待ってりゃいいのか?」

鳥魔物「ええ。ですが、城内に侵入されても、堂々と出ないでくださいよ?」

虎魔物「なんでだよ」

鳥魔物「城内で姿を見せるのはまずいと言ってるでしょう! それに徹底的に消耗させてから叩かなければ、この作戦の意味はない」

虎魔物「つまらん」

鳥魔物「虎!」

虎魔物「分かったよ、うるせーな」

北国王「……おい、お前たち!」タタッ

鳥魔物「ここへは来るなと言ったでしょう……」バサッ

北国王「ひっ、い、いやそれどころではないぞ!」

虎魔物「……」スウッ

鳥魔物「何だというのです? 勇者が現れることは想定済みです」

北国王「そ、それだけではない! 南国が!」

鳥魔物「……あそこには勇者の実家があります。動くのも当然でしょう」

北国王「何を言っておる! 南国が『魔王の復活』を目論んでいるとのビラが撒かれておるのだ!」

鳥魔物「魔王様の……」

虎魔物「復活だと……!?」ヌウ

北国王「ひいっ、まだいたのかっ」

鳥魔物「詳しく話しなさい!」

北国王「お、お前たちの企みではないのか」

鳥魔物「……魔王様が復活なさるなら、お前などと手を組みません」

北国王「こ、これだ。大臣が持ってきていたのだが……」

鳥魔物「見せなさい……」


『南国は魔王の復活を目論んでいる!』

『他国が勇者の仲間を攻撃しているのも再び世界を混沌に陥れんがためである』

『志のあるものは、今すぐ戦争をやめよう! 軍を辞めて上司に抗議しよう!』


鳥魔物「……つまらない檄文ですね」

北国王「ど、どうすればよいのだ!」

鳥魔物「ほ、放っておきなさい」

北国王「お、お前たち、最初からこれが狙いだったのだな!?」

鳥魔物「そんなわけはないでしょう。勇者側の揺さぶりです」

北国王「だとしても……ああ、どうしたらよいのだ……」

鳥魔物「何を恐れるのです。勇者がお前の地位を脅かそうとしているのは事実ではありませんか」

北国王「く、ぐっ……」

鳥魔物(……魔王様の復活ですって!? 人間め、何を考えているのです)

北大臣「陛下っ? 陛下はお出でかっ」タタタッ

鳥魔物「!」

北国王「だ、大臣」

北大臣「陛下! 緊急事態ですっ……!?」

北国王「大臣! ここへは近寄るなと言ったはずだっ!」

北大臣「き、貴様らは、魔物かっ!」

鳥魔物「……」

虎魔物「そうだぜ」

北大臣「陛下……! お下がりくださいっ」

北国王「あ、ああ、うう……」

鳥魔物「おや、王よ。良いのですか、お前の奥方や息子は永遠に目覚めませんよ」

北国王「うぐっ」

北大臣「まさか、王妃や王子が眠り病についたのは……」

鳥魔物「他に何かありますか?」

北大臣「魔物め、我が国を裏から操ろうとしていたのかっ!」

鳥魔物「操るのではなく、協力を仰いでいるに過ぎません」

北大臣「ぬかせっ」

鳥魔物「……」


鳥の魔物は冷たく瞳を光らせると、さっと腕を振り上げた。
とたん、その腕から鋭い羽が噴射され、北大臣に突き刺さった。


北大臣「ぐあっ!」


腕で顔をかばったものの、北大臣は刺さったところから痺れが広がってくるのを感じた。
……これは、毒だ!
痺れ毒、いや先ほどから話に出ていた眠りの毒かもしれない。

北大臣は力を振り絞った。なんとか、自分の背に主君を隠そうと、前に出る。


北大臣「へい、か……お逃げ……」

北国王「……お、おお」

鳥魔物「……」

北国王「大臣……」


王が、がっくりと膝をつく。
呼吸はあるが、見る見る内に生気を失っていく部下を、北国王が抱きとめる。


鳥魔物「……虎」

虎魔物「なんだよ」

鳥魔物「私は南国に飛びます、後は任せましたよ?」

虎魔物「『魔王様の復活』か? ハッタリじゃないのか」

鳥魔物「単に我々の影に感づいただけなら、このような書き方はしないはず」

鳥魔物「……はっきりと書き付けたということは、やつらは何かをつかんでいるとみていい」

虎魔物「そうかねぇ」

鳥魔物「南国は私の支配下にはありません。この際、はっきりさせねば」

虎魔物「分かったよ」

鳥魔物「いいですか、必ず、勇者が疲れたところを狙うのですよ?」

虎魔物「へっ」

鳥魔物「虎!」

虎魔物「うるせ、そう思うんなら、二体で出迎えりゃ完璧だろうが」

鳥魔物「……私は、お前の強さを信頼していますからね」

虎魔物「そりゃうれしいね」

鳥魔物「では、行きます」バサッ 

バサッバサッ――

虎魔物「……」

北国王「う、うう……」

虎魔物「おい、おっさん」

北国王「な、なんだっ」

虎魔物「あー、とりあえずそいつはまだ死なないから、ここで寝かせておけ」

北国王「ぐ、ぐっ……」

虎魔物「けっ。弱いくせに国主になろうとするからダメなんだよ」

北国王「だ、黙れ」

虎魔物「お? それとも、勇者を倒す前のトレーニング相手にでもなってくれるのかな?」

北国王「お、おのれ……」

虎魔物「いいから、あっち行ってろ。命令を待ってるやつらがいるだろうが」

北国王「く、くそっ」タッタッタ……

虎魔物「……」

虎魔物「一応、手当てしといてやるか」ひょいっ

虎魔物「……おっ、なんだこいつ、メスか」

虎魔物「さてはあの男の情婦かね」

虎魔物「ああ、つまらん。弱い男に仕えて何が楽しいもんかね」

虎魔物「ここ縛りつけとこ」

虎魔物「……勇者はまだかなー」


勇者「ここか?」ヒョイ

虎魔物「!」

虎魔物「念じてみるもんだな!」

勇者「うわっ、魔物かよ! 大当たりじゃん」

虎魔物「そうだろう。再戦を待ち望んでいたぜ、勇者」

勇者「へ、へっ、俺は望んじゃいねーよ」

虎魔物「とぼけた振りはやめろっ!」


勇者はほとんど無傷に近い状態だった。
なんという幸運だろう! と虎が考えたのも無理からぬ。

そういえばさっき飛び込んできたこの人間が、緊急事態だとわめいていたのを思い出した。
それはこのことだったのだ。

虎は全身に気を漲らせると、猪突して勇者に体当たりをしかけた。


勇者「ちょっと待―――」


勇者が何事か叫ぶ、それを遮って虎は勇者を跳ね飛ばした。
そこで、違和感を覚えた。

手応えがない。
いや、あった。あったが、先日対峙した感触とあまりにも違う。

見事に吹き飛ばされて壁に激突する勇者を見やり、虎が叫んだ。


虎魔物「貴様、勇者じゃないなっ!」


ぼうん、という音と共に、瓦礫に飛び込んだ男がよろよろと立ち上がる。
確かに勇者のように気迫のない男だった、が、勇者に遥かに劣る戦闘能力。

手にした「変化の杖」を支えにした商人に、僧侶が駆け寄った。


僧侶「大丈夫ですか!? 商人様! 癒しの力を、今!」

商人「も、もうダメ……この作戦、失敗……」

僧侶「おのれ、魔物めっ!」

貴族「なんて卑怯なっ!」

虎魔物「……いや、俺ががっかりしてんだよ」

虎魔物「なんだってんだ? 勇者はどこに行った」

僧侶「そんなこと、あなたには関係ないでしょう!」

虎魔物「関係あるわ。俺はもう、勇者と戦えればそれで良いんだからよ」

貴族「なんだとっ、勇者殿と戦ってどうするつもりだ」

虎魔物「だから、戦うのが目的って言うか、俺は鳥とも考えが違うし……」

商人「ああ、かわいい女の子に回復してもらうと、すごく効く感じがするわー」

僧侶「商人様!」

虎魔物(かなり勢いよくぶつかったつもりだったんだが、余裕ありそうだなこいつ……)

貴族「貴様、国王と手を結んでいたのか!」

虎魔物「だったらなんだよ」

貴族「許せん、成敗する!」

虎魔物「……」

僧侶「貴族様! お気をつけください!」

虎魔物「いや、いいんだけどよ……」

虎魔物「勇者はどうしたんだ?」

貴族「勇者殿は、敵をひきつける役を買って出られたのですぞ!」

虎魔物「……要するに、俺は外れを引いたってわけだ」

僧侶「神の裁きを受けなさい、魔物よ!」

虎魔物「うるせーな。とりあえず、お前、勇者の仲間だったな?」

僧侶「だったらどうすると言うのです」

虎魔物「とりあえず、だ。とりあえず、お前を倒しておこう」

僧侶「くっ……!」


僧侶が杖を構える。

虎は大またで僧侶に近づいていった。
完全になめている、わけではない。


虎魔物(こいつも弱そうに見えるが、勇者の一行だ。隠し玉くらいは持っているだろ)


それならば、間合いを取られて万全に攻撃されるより、こちらから近づいた方がよい。

貴族「ぬ! 僧侶殿、あちらに女性が倒れております!」

僧侶「貴族様、私がひきつけます、早く!」

虎魔物「……お前ら、雑だな。それで、話を聞かないやっちゃな」

貴族「黙れ、魔物よ! やはり王とつながっていたのだな!」

虎魔物「だからな?」

貴族「僧侶殿、女性は助けましたぞっ!」

僧侶「貴族様、お気をつけて!」

虎魔物「……」


虎は、相手の粗雑な態度に不快感を覚えた。
別段、礼儀を重んじている性格ではない、だが、どうにも目の前の連中の態度が気に入らない。
もちろん、殺し合いをする相手の機嫌を取るつもりはないのだろうが、何か目に余る。

僧侶の目の前でぐっと足を踏ん張ると、虎はぶおっと息を吐いた。

ブレスが吐き出せるわけではないが、空気の塊が僧侶にぶつかる。
思わずひるんだところを、右横合いから殴りつける。

転がるようにして、僧侶が吹き飛ぶ。
自ら飛んで威力は多少殺したが、すぐには立ち上がれない。

後ろで、貴族の声が何か叫ぶのを聞いたが、虎は構わずに転がった僧侶を追いかけた。
その頭を踏み潰してやろうとしたが、間も数髪であっさりと避けられる。
さらに、腕を振って大振りの爪で僧侶の腕をはたく。


虎魔物「弱いな、お前」

僧侶「くっ、ふっ」

虎魔物「俺は強い者に憧れて生きてた」

僧侶「はっ、はあっ」

虎魔物「魔王様には勝てなかったが、その御方が倒されたと聞いて、期待してもいたんだ」

虎魔物「だが、勇者はともかく、その仲間たちの弱いったらねーな」

虎魔物「分かるか、俺は闘争の中でしか生きられない男なんだ!」

虎魔物「お前みたいな雑魚に構ってる暇はねーんだよっ!」


がいん、と虎の爪が僧侶の杖を弾き飛ばす。
そして、返す爪が、僧侶の胸元に吸い込まれ―――なかった。

ずぶり、という音。
刃が深々と突き刺さったのは、虎の腹の方だった。


貴族「……構ってもらうぜ」

虎魔物は、振り返って貴族をにらみつけた。

気迫のない、構え。
ただ膨れ上がる、殺気。
今度こそ間違えようもない、目の前の造作の違う男が―――


貴族?「模写変身呪文、解除!」ぼわん

虎魔物「!」

勇者「作戦、成功!」


勇者は剣を引き抜いて呪文を解き、バックステップで間合いを取った。
最初から、この小細工のために。


虎魔物「卑怯者め……!」

勇者「これも全力の内だぜ。それとも手抜きして正々堂々やった方が良かったかい?」

虎魔物はぐっと腹部に力を込めた。
見る見るうちに血が止まり、傷が回復していく。無論、体力は多少使ってしまうのだが。


勇者「げっ、いやーな野郎だな!」

虎魔物「まさかこれを卑怯とは言わねーだろうな?」

勇者「こっちは生身の人間だぜー? 魔物対人間って時点で卑怯ってもんよ!」

虎魔物「ばぁか!」


虎魔物は飛び掛った。
ただし、僧侶の方へ。

怪我をした二人に回復呪文をかけようとしていた僧侶は、まともに体当たりを食らって吹き飛んだ。
今度は完全に不意を突いた、虎はそのまま僧侶に殴りかかろうとした。

すると、耳元で小爆発。


商人「い、雷の杖!」

虎魔物「ちっ、雑魚をかまえば雑魚が騒ぐか」

勇者「商人! お前は女を連れて広間に走れ!」

商人「あい、旦那ぁ!」ダダダッ


商人と勇者が、入れ替わりに虎に駆け寄ってくる。

虎は一瞬、構わず僧侶を殺してしまおうかと考えた。
が、それより先に、鼻面めがけて刃が迫る。虎は刃を払いのけて、勇者を組み伏せようとした。

ところが、勇者は剣をあっさり手放すと、ごろんと虎を右手に転がって逃げた。
火炎の呪文を解き放つが、まるで低威力。

虎が憤然として勇者に駆け寄る。
そうして迫力を込めて勇者を追い詰めようとするが、部屋のカーテンを使ってさっさとすり抜けられる。

虎と自らの位置を交換しあうと、勇者は僧侶に駆け寄って回復呪文を唱えた。
ついでに、倒れた僧侶を抱き起こす。
起こされた僧侶は、ふらふらになっていた。が、勇者の声を聞くと、商人が向かっていた方向へ駆け出していく。

―――残ったのは、勇者と、そして虎。
剣を持たない勇者が、鼻の頭を抑えた。


勇者「……どうも、お前勘違いしてないか?」

虎魔物「何がだ?」

勇者「俺は言うほどには強くないぜ?」

虎魔物「はっ、魔王様を倒したやつが言うセリフでもねぇだろう」

勇者「マジだよ」

勇者「俺はなー、仲間がいなけりゃ何にもできない」

虎魔物「……」

勇者「なんで俺らが、徒党を組んで戦ってるのか、分からんの?」

虎魔物「そりゃあ……」

勇者「人間の一人ひとりは、大して強いわけじゃないからだ」

虎魔物「そんな連中が、どうして魔王様を倒せた?」

勇者「運が良かったんだな」

虎魔物「ばーか言え! お前がいつ戦っても、スライムに負けたりするか!?」

勇者「するね」

虎魔物「はぁ?」

勇者「そのスライムが、寝てる間に十万匹集まってきてたらどうするんだよ」

虎魔物「……」

勇者「俺に出来る事はタカが知れてる」

勇者「でも、魔王を倒すのは、仲間を組んで、本気で考え抜いた」

勇者「後は……だから、運が良かったのさ。いい仲間にも会えたし」

虎魔物「……ほざけ」

勇者「本当だよ! はっきり言うが、お前と普通に遣り合ったら勝てないね」

虎魔物「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

勇者「してねぇよ。ってなわけで、俺は逃げる!」ピュン

虎魔物「……!」


勇者は逃げ出した!

虎はあわてて、その後ろ姿を追いかける。
追いかけながら、思考が鈍ってきていることを認めた。

自分は勇者と戦いたかったはずだ。それは確かだ。

だが、揺らいでいる。
やつが手ごわい相手であることは間違いない。
けれど、やつの物言いを聞いていると、まるで自分のありようが滑稽に見える。

強敵と認めれば、相手は応えてくれるのではなかったのか。

そして、そこまで考えたとき、虎は天井の高い部屋にそのまま飛び込んでしまった。
―――玉座のある、広間に。

誘い込まれた、と思う前に、集結していた兵士たちが驚きの叫びを上げた。

そして、その中から大声が張りあがる。


貴族「見よ! あれが王と手を組んでいた魔物である!」

北国王「いや、その、これは……」

貴族「北国は、かように魔物に裏から支配され、道を誤っていたのだ!」

北国王「ま、間違いだ! 何かの間違いだ!」

貴族「兵士たちよ! 争っている暇はない! 団結して、あの魔物を捕らえよう!」


兵士たちのざわめきが広がっていく。

虎は、それを眺めた。
なるほど、あの人間の王の権威を失墜させるために、俺をおびき寄せたのか。
喉の奥で、くつくつと笑いが鳴る。


虎魔物(……とことんおちょくりやがって)

虎は、爆発したかのように人垣に割って入った。

悲鳴、叫び声、密集している中で武器を取り出そうとする者。
それらを引っつかんで無理やり道を作ると、玉座までずんずんと歩いていく。

大声を張り上げていた貴族が、一瞬呆然とするが、あわてて逃げろと指示を飛ばす。

虎は悠然と群れをなぎ倒すと、玉座の目の前までやってきた。


虎魔物(もう、構わねぇ。俺は勇者を倒す)

虎魔物(それだけを貫徹してやるんだ!)


そして、人の影に隠れていた勇者を見つけると、にゃあ、と口端に笑いを浮かべた。


虎魔物「勇者っ!!」

勇者「おうっ!」

虎魔物「お前の目的はこれか!?」

勇者「おうっ! これさ!」

虎魔物「なら、もう済んだよなぁ!」

勇者「おうっ、その通りさ」


虎魔物「だったら、やろうじゃねぇかっ!」

勇者「やなこったー!」


虎はその答えも聞かず、猛然と勇者に襲い掛かった。

虎が勇者の手前の地面を殴りつける。
床の石材にひびが入り、勇者を捕らえ損ねたのを見て、虎は確信した。

勇者も、自分と戦いたがっているのだと。

一度、ステップで間を計った勇者が、すぐさま虎に斬りかかる。
もし本人の言うとおり大して強くないのなら、強力な拳の間合いに入ることなど、ありえない。
やる気がないなら、こちらの拳に応じることさえもしないだろう。
虎はうれしくなりながら、襲い掛かる刃に構わず身体を押し付けた。

刀身が虎の体に食いつく、しかし、それ以上、剣を押しも引きも出来なくなる。

すると勇者は、簡単に剣を捨てて、指先に炎の魔法の渦を作った。


虎魔物(見え透いた手だ!)


あっさりと武器を捨て、魔法で弱い部分を狙い打つ、勇者の得意な戦法だ。

最初は面食らったものの、二度も三度も見せられれば、自然に対処も思いつく。
虎は腕を十字に交差させて、硬い頭で魔法ごと勇者を吹き飛ばした。

ちりちりと毛先が焼ける感覚があったが、たいしたダメージがない。
要するに、防御を固めて突進すればどうということはないのだ。

僧侶「勇者様!」

貴族「勇者殿!」

勇者「うおっつ、いってぇー!」

虎魔物「どうした、勇者! その程度か!?」

兵士A「おい、勇者様が……」

兵士B「マジかよ、魔王よりも強いのか……?」

虎魔物「馬鹿言え! 魔王様の方が強かったわ!」


虎が吼えたける。


勇者「お前も十分強いぜ?」

虎魔物「真実だろ。さあ、俺はお前の強さが知りたい!」

勇者「……僧侶さん、よろしくっ」ダッ

僧侶「ゆ、勇者様!」


勇者が広間の床を蹴飛ばした。

商人「旦那、これこれ!」

勇者「ありがとよ!」


商人が、脇から勇者に剣を渡す。

勇者はそれを受け取って、虎の方へ突撃した。

一にも二にも突撃、飛び込んで相手に思考の暇を与えさせない、という戦い方なのだ。
虎は数手を合わせた相手の考えを理解しつつあった。

虎は床に敷いてあるカーペットをつかむと、力任せに引っ張りあげた。
悲鳴を上げて、それに乗っかっていた兵士たちが横倒しになる。
虎と勇者との間に、強引に人の川を作ったのだ。

勇者は舌打ちして迂回する。足元をすくわれては敵わない。

だが、勇者が到達するその隙に、虎は広間の巨大な柱に手をかけた。
みし、ばき、がらがらっという音。
大きな石柱を広間の支えから引き剥がし、虎は逃げようとする兵にも構わず、勇者をめがけて横振りした。

勇者は思わず、足を止める。


勇者「めちゃくちゃな野郎だなっ!」

虎魔物「お前ほどじゃねぇっ!」

言葉の応酬の間に、もう一振り。
振った柱に激突して、人間が軽石のように吹き飛んだ。

勇者は覚悟を決めた。

虎がもう一度、石柱を振りかざそうとしたところへ、勇者は構わず突っ込んだ。
無論、止める理由もなく、巨大な振り子が勇者に激突する直前―――


勇者「鋼鉄変化呪文!」


叫ぶが早いか、勇者の身体が一瞬にして鋼鉄に変化する!

ずどォッ!!

強烈なスイングは、鋼鉄の勇者にぶつかって、城内を激しく揺らした。

虎は石柱を手放した。
鋼鉄と化した勇者は、石柱に跳ね飛ばされることもなく、カーペットをずたずたにしたものの止まっていた。

その勇者をめがけて、虎が走り出す。


虎魔物「馬鹿がっ! 読みを間違えたな!」

貴族「まずいっ! 勇者殿が!」


……鋼鉄変化を使えば、戻るまでに時間がかかる。

虎は両手を合わせて力を込めると、勇者の鋼鉄像に向かってそれを振り上げた。


―――ごごォッんん!!


分かっていたとしても、誰が止められただろう。
凄まじい衝撃が響き渡り、鋼鉄の勇者は、身体半分を床にめり込まされたのだ。

虎魔物「はあーっ、はあーっ!」

貴族「そ、そんな……」


大きく息を吐く虎の前で、やがて勇者の肌に赤みが差してくる。
そして、地面に下半身を埋め込まれた、間抜けな勇者が残った。


虎魔物「……ぷくっ、ぐっ、ぎゃははははっ!」

勇者「……う」

虎魔物「終わりだな」


虎は笑いを収めて、腕に力を込めた。
動けなくなった勇者の前で、思い切り体をそらし、そして振りかぶった。

―――ぼん! と、その頭部に、小爆発。


虎魔物「……けほ」

商人「い、雷の杖」

虎魔物「邪魔するんじゃねーよ、雑魚がっ!」

商人「ひいっ!」


虎は気当たりを発して、商人を追い払う。


勇者「……邪魔じゃなくて、隙を作ったんだよ」

虎魔物「あ?」

勇者「雷よ、我が目の前の一切を―――」

虎魔物「てめっ……!」

勇者「等しく撃ち貫けっ!」


虎が、再度振りかぶるよりも早く。
無論、貴族が駆け寄るよりも早く。

勇者は大口を開けて、雷の玉を膨らませていた。


勇者『勇者雷撃砲!!』


勇者の口から、激しい雷撃がほとばしった。

閃光が、熱線が、あるいは雷そのものだったのだろう、虎の上半身を撃ち抜いた。
頭をかばう暇もない、虎は為すすべなく直撃を受けて。

その場に踏みとどまった。


虎魔物「ゆ、ゆうじゃあ……!」

勇者「今だ、僧侶さんっ!」

虎魔物「!?」


背後に、気配がする。

その気配が、文字通り膨れ上がる。


僧侶「神の名の下に、私は現れるだろう!」

虎魔物「ぎざまらっ……!」

僧侶『鋼 鉄 防 御 呪 文!』


細腕が盛り上がり、法衣がはじけ飛ぶ。
強力な肉体が、魔物の背中を捉えた。

虎の体が、跳ね上がった。

今夜はここまで。
後はそろそろ、広げた風呂敷に火をつけるだけです。



おまけ。鋼鉄防御呪文について。

商人「勇者にかければ一発だったんじゃ……」

僧侶「あれは、日頃の神への感謝が生み出した奇跡ですから」

勇者「俺はあそこまで膨らまないんだよなー、筋肉」

貴族「びっくり人間でないと世界は救えないのか……」


虎魔物(……防御じゃねぇ、あれは絶対、防御じゃねぇ)

僧侶「虎さん虎さん、あそこに崩れた柱があるよね?」

僧侶「数分後の貴様の姿だ」(AA略


もうこれしか思い浮かばないwwww

勇者「そりゃあお前、下半身埋まってて武器も持ってなかったら、腕でバランス取りつつ口で魔法を撃つしかねーじゃんよ」

商人「口で撃つのはあんただけだろ……」


僧侶はあの状況に追い込んだとき、脱出する方法があれしか思い浮かばなかったので……
あと、防御呪文ってどうやって防御力上げているのか考えたらああなってしまった

今夜は遅くなるので、期待せずにお待ちください

そーっと出先から投下していくよ

……天井まで達した、魔物の体が、広間に落下してくる。

激しい衝撃と音。
砕かれた石柱の破片が、魔物の巨体によってまた吹き散らされる。

―――虎は完全に、意識を失っていた。


勇者「……やったか!?」

商人「……やったでしょ」

僧侶「……立ち上がりませんね」

勇者「うーしっ! 勝ったぜ!」


歓声が上がる。ただし、その渦の中心には埋まったままの勇者がいるのだが。


勇者「僧侶さん! ちょっと……抜いて」

僧侶「あ、はい、ただいま!」ぐいっ

勇者「いてててっ! あの野郎、力いっぱい埋め込みやがって」

商人「……筋肉の塊が勇者を引っこ抜く図……と。新聞のネタになりそうだな」カキカキ

数刻後。

商人「……ほぉ~、あれで死んでないのか。恐ろしいもんだ」


勇者の一行は、頭部の焼け焦げた虎を縛り上げた。
虎には首輪のように縄がぐるりと巻かれており、ぐったりと座り込んでいる。


勇者「ここまでタフな魔物は出会ったことがないな。魔王倒す前に会わなくて良かった」

僧侶「しかし、そのために、この国に災厄をもたらしたのかもしれません……」

勇者「けど、それを俺らのせいにされても困るわな」

商人「北の、氷の洞窟とかにいたんでしたっけ」

勇者「おうおう! あのさっむい地方だな」

僧侶「魔法使いさんが、嫌がったのですよね」

勇者「『こんな寒いところに洞窟探検して、見合う対価があると思う?』」

商人「ひでぇ話だ……」

貴族「王よ、これで軍を退いてくださいますな」

北国王「う、む……」

貴族「もはや、あなたの威光は失われたも同然です。正義に従うべきではありませんか」

北国王「……」

貴族「何をためらっておられるのです!」

北大臣「……王妃と王子が、魔物に眠らされているからです」

北国王「!」

貴族「なんですと」

北大臣「私も一度、やつの毒を食らいました」

貴族「しかし、こうして魔物は……」

北大臣「もう一体、いたのですよ。鳥の魔物が」

北国王「だ、大臣……」

僧侶「……大臣さん、まだ毒が抜け切ってませんよ?」

北大臣「だ、大丈夫です、このくらい」フラッ

北大臣「と、とにかく。鳥の魔物を探してからでも、遅くはないでしょう」

貴族「ならん! 今も戦場では戦いが続いているのだ」

北大臣「よろしいですか、貴族殿。このままでは、王妃と王子を失うことになるのですよ」

北大臣「お二人は、神官の解毒呪文も効かなかった。あの魔物に聞かなければ、眠ったままに……」

貴族「だからなんだと言うのだ」

北大臣「だから!? あなたは国母と王太子を失ってでもやれと言うのか」

貴族「そのとおりだ」

北国王「き、貴族……」

貴族「あなたが脅されてしでかした事は、我が国最大の失政と言ってよい」

北大臣「何を、バカな」

貴族「魔王がいた時代には国の領土と国民の命をむざむざ魔物に渡し、平和になってもなお、勇者を敵に回して子どもたちを襲った!」

貴族「これが失政でなくてなんだというのです」

北国王「……」

北大臣「ならば、ならば、勇者が我が国に何を為したと言うのですか!」

北大臣「我が王は、魔物に苦しめられながら、苦渋の決断を強いられていました」

北大臣「勇者はその苦境を救うこともなく、魔王を倒すのみでそれでよしとしていた」

北大臣「あなたもです! 貴族殿も、一体我が王の苦境に気づかぬまま、謀反を起こしてさらなる苦しみを与えておきながら……」

貴族「黙らんかっ! 非がどちらにあるのかは明瞭ではないかっ!」


勇者「……なんか呼んだ?」ヒョイ

貴族「呼んでないッ!」

勇者「なら、いいけどよ」

僧侶「勇者様、大事なお話をしているのですよ?」

勇者「まあ確かに、俺が入ったところでまとまるわけじゃねーしなー」

商人「あ、分かりますわー、その感じ。せっかく提案しても聞きやしねーっつーか」

僧侶「しかし、これ以上の争いが無意味なことは確かでしょう」

北国王「う、うむ……」

勇者「とりあえず、その鳥のなんちゃらの居場所が分かればいいんだろ?」

北国王「い、いや……もう、よい」

北大臣「陛下!?」

北国王「もう、これは定めなのだろう……」

貴族「……」

北国王「私が、魔物に脅されていたとはいえ、罪なき子らを襲い、勇者殿も敵に回したのは、事実」

北大臣「陛下は、陛下が決して悪いのではありません!」

勇者「いや、そういうのはいいんだけどよ。じゃあ、虎を起こすか」

商人「ちょっと旦那」

勇者「だって、その鳥とコンビ組んでたんだろ、あいつ」

僧侶「そ、それはそうでしょうけど……」

別室。虎魔物のいる部屋。


虎魔物「……はっ」

勇者「お目覚めか」モフモフ

虎魔物「……やめろ」

勇者「かなり太い綱で巻いたし、魔法もかけたから、逃げようとすると首がしまるぞ?」

虎魔物「……負けちまったか」

勇者「おう。それも、お前が弱い呼ばわりしていた僧侶さんのパンチがトドメな」

僧侶「恥ずかしいですわ」ポッ

商人「なぜ、顔を赤らめるんすか……?」

虎魔物「あーあ、しかも死に切れてもいねぇ。参ったね」

勇者「まあ、お望みなら、ちゃんと息の根を止めてやるぜ」

虎魔物「……」ゴクッ

商人「多分、勇者ジョークってやつっすよ、虎の旦那」

勇者「いや、その辺はマジなんだが」

虎魔物「それで、生かしているってこたぁ、何か聞きたいんだろう。悪いがしゃべる気はない」

勇者「……なあ、猫の弱点ってなに?」

商人「またたび、っすかね」

勇者「よーし、またたびの木だぞ~」


勇者はひのきのぼうを取り出した。


虎魔物「馬鹿にしてんのか!」

勇者「さすがに騙されなかったか……」

商人「あとは餌付けがいいんじゃないすかね」

勇者「ビーフジャーキーで大丈夫かな?」ゴソゴソ

虎魔物「だからぁっ! お前ら本当に緊張感がねぇな!」

勇者「ともかく、俺はお前と一緒にいた鳥の行方が知りたいわけよ」

虎魔物「……なんだ、そんなことか。俺はてっきり、鳥の弱点でも教えろってことかと思ったぜ」

勇者「弱点も聞いとくか」

虎魔物「言うわけねーだろ」

僧侶「勇者様、やはりここは無慈悲な鉄槌を下すべきでは……」

勇者「うーん、魔法使いとかがいれば、洗脳魔法とか得意なんだけどな」

虎魔物「ふん……」

北国王「あっ」

貴族「……なんですか?」

北国王「い、いや。鳥の魔物は、南国に飛ぶと言っていたような……」

勇者「それだっ!」

虎魔物(やべぇ……そういや、このジジイは目の前にいたんだっけ)

勇者「そうと分かれば、ちょいと締め上げてくるぜ!」

虎魔物「ま、待った!」

勇者「なんだよ、もう」

虎魔物「……情けをかけろとは言わん。ただ、鳥には正々堂々戦ってくれねーか」

勇者「……」

僧侶「……」

虎魔物「俺たちは、とにもかくにも、魔王様の命令を受けて戦ってきた」

虎魔物「たとえ、それで命を落としても悔いはない、そのつもりでな」

虎魔物「でも、だまし討ちみてーな手を使ったりとか、そういうのはよ……」

勇者「いや、魔王を倒した時もあんな感じだったんだけどよ……」

虎魔物「……」

勇者「……そんなに悔いが残ってるなら、あとでもう一回戦ってやろうか?」

虎魔物「マジか?」

勇者(あ、食いついた)

僧侶「ゆ、勇者様?」

勇者「いやいや、ほら、他にも生き残ってる魔物がいるけどさ、何かあったら、そいつらを人質に取るとかって手もあるし」

虎魔物「他に生き残ってるやつらがいるのかっ!?」

勇者「あ、あー、そうそう」

虎魔物「は、はは……そうか……」

勇者「……」

貴族「勇者殿、この魔物を、どのようになさるおつもりか?」

勇者「……うーん」

僧侶「勇者様、魔物は魔物ですよ」

商人「そうかね、こいつは単純なやつだと思うけどな」

勇者「そうだな……」

勇者「お前さ、もう人間に手を出さないって誓うか?」

僧侶「勇者様!?」

商人「まあまあ」

虎魔物「……」

勇者「ちょうど、その、生き残ってる連中とは、不可侵条約ってのを結んでんだ。お前がそれを守るなら、今度こそ一対一をやってやってもいい」

貴族「ま、魔物と手を結ぶと言うのですか……」

虎魔物「……そうだな」

虎魔物「俺は戦うしか能のない男だからな」

虎魔物「だから、お前に負けたんだから、お前に従うのもしょーがねーわな」

勇者(都合がいいやつだな)

虎魔物「……よし、お前に従う! それでいいんだろう」

僧侶「勇者様!」

勇者「いいんじゃねぇの。力が有り余ってるなら使ってもらおうぜ」

北大臣「お、お待ちください。我が国を陥れた魔物を、連れていくというのですか!?」

勇者「あ? あー、そうするか」

北大臣「いやいや、こやつには悪行を話してもらわねば!」

勇者(こいつも都合がいいな)

虎魔物「鳥は強情だ。俺が抑える役を買うぜ、いいだろ?」

北大臣「ぬけぬけと……!」

貴族「お主が言えたことではない。まずは戦乱を収めるのが我々の役目だ!」

北大臣「あ、ちょっと! 腕をつかまないで!」


僧侶「……魔物よ。お前は罪の自覚があるのですか?」

虎魔物「……何の罪だ? 俺は最初から勇者狙いなんだがなあ」

僧侶「お前が再び、人びとを悲しませるなら、私は容赦しないでしょう」

虎魔物「強いやつは歓迎だ」

勇者「ほれ、そうと決まればさくっと行くぞ!」ガシッ

商人「あ、ちょっと待って、食糧の準備が」


勇者は移動呪文を唱えた!

昨日はうまく書けずに沈没してたよ。
とりあえずここまで。

ボソッ<虎はお亡くなりになる予定だたよ

虎=ゲレゲレ

乙であります!

>>644
個人的には『戦国妖狐』のどーれんさんみたいなイメージでひとつ。
虎男ですから。

僧侶は基本的にいい人です。神に感謝を捧げているだけで。

そんじゃ、今日もちょっとずつ。

仮設「勇者の町」。


隊長『ん、んー。あ、あー……これ、聞こえてるんか?』

隊員『大丈夫です』

隊長『よし……反逆者ども! 無駄な抵抗はやめて、投降しろ!』

隊長『ぐはははっ、今なら女は娼婦、男は男娼で許してやるぞ!』


竜魔物「……なんだ、あのバカそうなの」

遊び人「僕らのいた、南国の探検隊の隊長です」

盗賊「っていうか、なんなの? あのバカでっかい声は!」

側近「拡声機能よ。あれ、めっちゃ豪華だから、通信機材も一通りそろってんの」

盗賊「かく、なに?」

遊び人「声を拡大する機能というわけですね、原理的にはこう、手で三角を作って大声を出すやつがあるでしょ……」

盗賊「へぇー、あんた詳しいのね」

武闘家「ど、どうするんですか?」

盗賊「どうって、投降するわけにもいかないでしょ……」

隊長『おい、聞いているのか、貴様ら!』

隊員『隊長、もう攻撃しましょうよ』

隊長『ん、んー、しかし、まあ、ほら、捕虜とかさ、聞き出さないといかんだろ』

隊員『そんなこと言って、遊びたいだけでしょ』

隊長『うるせぇ、バカ野郎!』


遊び人「声が漏れてますねぇ」

盗賊「完全にあんた狙いじゃない?」

遊び人「あの夜に、ちょっとやりすぎちゃいましたかね?」

弟子C「……城と戦うやり方は習ってないな」

弟子D「ホントだよ、攻城戦の経験があるやつなんて、いる?」

側近「ふっ、ただの要塞じゃないわ。兵器なのよ、あれは!」

隊長『まあ、仕方あるまい……反抗の意志をなくさせてやろう』

隊長『全門開放、発射用意!』

隊員『―――準備、完了しました』


ごんごん、という何かがうなるような音が「要塞」の内部から聞こえてくる。
「要塞」に生えた可動部分が足だとすれば、ちょうど腹にあたる箇所に、無数の穴が開いてきて―――

黒色をした大筒が、「町」に向かってせり出してきた。


盗賊「な、なんなのよ」

側近「聞いて驚け、一門が火炎呪文の十発分、火球を撃ちまくり!」

側近「主砲は勇者に対抗するため、最大では村一つを焼き尽くす威力の雷撃砲!」

側近「ちょっと燃費は悪いけど、自立式で移動もできる大要塞!」

側近「実は私が作成にも関わってます(笑)」ドヤ

竜魔物「ほう」


隊長『発射!!』


ずばばばばばばッ!


側近「うきゃああああああ!」バリィィィッ!

盗賊「に、逃げるわよー!」

強烈な雷撃が直線上に走って地面を焼くと、周囲に火球が次々とばら撒かれる。
仕掛けてあった爆弾石が爆発していくが、「要塞」にはなんらのダメージも与えられない。
一方、こちらの簡単な柵程度では、なんらの防御にもならず、「町」に集っていた人たちは一斉に後退した。

激しい攻撃に、またスライムが数匹焼け飛び、それから、側近が焦げた。

遠くで隊長の哄笑が聞こえる。
ひとしきりの攻撃が終わると、続いて、ずずぅん、というあの重々しい足音が響き始める。


少女「ど、どうしよ、どうしよ」

武闘家「全員下がって! 下がってください」

少女「あんなの、倒せるわけないよっ!」

武闘家「町長代理! 落ち着いてください!」

少女「う、うん。でもぉ……」

スラ「ぴ、ぴぃ……」

少女「す、スラちゃん……」ギュ

竜魔物「……何をしている、代理」

少女「竜の、おじさん」

竜魔物「力を貸して欲しいと言ったのはお前だ」

少女「え? う、うん」

竜魔物「……俯いていないで、早く力を求めるのだ」

少女「えっと……」


少女は顔を上げる。
大人たちがこちらを見ている。

何が出来るかは分からないけれど、言わなくちゃ。


少女「……うん。みんな、力を、貸してください!」

竜魔物「了解した」

武闘家「は、はい! はい!」


大人たちが頷いてくる。
子どもたちも、こっちを見てくる。

そうだ。力を、合わせるんだ。

マスター「私たちは、子どもを連れて、もっと下がるわね!」

勇者母「みんな~、逃げるわよ~」

少女「お願いします! みんな、任務は全力で避難することだよっ」

子どもたち『はーい!』


馬車に子どもをつめると、マスターはムチを振るった。
相手は距離をつめる速度は遅い。逃げる分には間に合うだろう。


少女「……あの、武闘家さん、魔法使いさんの計画書に何かないですかっ」

武闘家「え? あ、そうだ! マシン兵について書いてあったんだし……」


魔法使い『マシン兵が出てくるとしたら、戦ったこともないし、私には分からないわね』

魔法使い『側近が知ってそうだし、彼女に聞いてみること』


少女「……側近さん!?」

遊び人「焦げてます!」

側近「ぷけー」プシュー

武闘家「ああもう! ああ、もう~!」

竜魔物「……俺が足止めをしよう」

少女「竜のおじさん!」

竜魔物「……その間に、あのアホを起こしてくるんだ」

少女「だ、大丈夫……?」

竜魔物「……スライムの扱いには慣れたか?」

少女「う、うん」

竜魔物「では、複数の魔物を扱う実践を見ていろ」

少女「分かりました!」


竜魔物は防具のプレートの固定具合を確かめると、散り散りになっているスライムに吠え立てた。


竜魔物「全体、集合ッ!」

スライム隊『ピッキィーッ!!』ずざざざっ

竜魔物「これより、敵の進軍を遅らせる作戦を行う!」

スライム隊『ピッ!』

竜魔物「三隊に分かれろ! 急急如律令!」

スライム隊『ピーッ!!』


スライム達が竜を中心に集まっていた状態から一斉に列を為し、すぐさまそれを三つに編隊する。

第一隊には、赤く燃えるようなスライム達が。
第二隊には、緑色に落ち着いたスライム達が。
第三隊には、青色に透き通ったスライム達が並んだ。

前方には、爆発で立ち込めていた土煙を割るようにして「要塞」が迫ってきている。
しかし、竜魔物には、素人が新品の馬に得意げに乗り回しているようにしか見えなかった。


竜魔物「見ての通り、やつらは雷撃こそ射程が長いものの、火球は自らの周囲にしかばら撒けていない!」

竜魔物「恐れず、的確に行動せよ!」

スライム隊『ピ、ピ、ピーッ!!』

竜魔物「第一隊、火炎呪文用意!」

赤スライム隊『ぴッ!』(了解ッ!)


魔法使いから、爆弾石を埋めた箇所は知らされている。
竜魔物は、それらのポイントに向かって方向を指示すると、「要塞」が無防備に近づいてくる様子を見た。

案の定、拡声器から聞こえてくる声は、嘲るような笑い声しかない。
というより、拡声器の切り方もよく分かっていないようだった。


竜魔物(もう少し……)


火球の射程のぎりぎり手前、相手の視界を防ぐに足る間合いまで、あと一歩。

重々しいが、無警戒な足音が、彼の間合いに―――入った。


竜魔物「撃てッ!!」

赤スライム隊『ぴ、ぴーッ!』(火炎呪文!)

ずどどどどっ、という火球の降り注ぐ音に遅れて、爆弾石が弾ける。
無論、「要塞」にはヒビ一つ入る事はない。

それで構わない。
目的は、視界を奪うことである。


竜魔物「次、第二隊、前方に向かって十の位置に穴を掘れ!」

緑スライム隊『ぴ』(是)

竜魔物「斜め下の方向に、押し広げること!」

緑スライム隊『ぴぴっ』(肯定っ)


文字通りの殺到である。ただし、訓練された殺到である。

緑のスライムたちが、土煙の中に次々と飛び込んでいく。
指示された位置の地面に一匹がぶつかると、その下にもぐりこむようにして次のスライムが土を掘り起こす。
あっという間に大人一人分の大きさの穴をほりあげると、続いてさらに深く潜る部隊と横に押し広げる部隊に分かれて、穴を押し広げていく。

穴が斜め下に掘り広げられる間に、闇雲に相手が火球を放つ、が、当たるわけがない。

隊長『……何がどうなっている?』

隊員『はあ、なんていうか、よく見えないですね』

隊長『なんか視界を良くするのがあるだろ。自分の武器で見えなくなるのもおかしいだろ』

隊員『よく分からないですね』

隊長『ちっ……じゃあ主砲でも撃つか?』

隊員『あれはチャージが必要だし、大体、魔力が勿体ないですよ』

隊長『面倒だな……まあ、丈夫だからいいけどよ』


漏れ聞こえる会話を聞きながら、竜は「要塞」が無理に動こうとするのを見た。
悪視界の中で、火球と爆発の煙にさえぎられながらも、「要塞」は巨大な足音を鳴らした。

まっすぐ近づいてくる。
自分が無敵であることを、信じて疑わない。


竜魔物(……俺が「無敵」を諦めたのは、いつだったかな)

竜魔物「……」

竜魔物「……赤スライム隊、緑スライム隊、撤退!」

赤スライム隊『ぴっぴぴッ』(出番終わりかッ)

緑スライム隊『ぴ、ぴ、ぴ』(是、是、是)


戻るときも怒涛のように。スライム達が飛び跳ねてくる。


竜魔物「……青スライム隊、十一の位置、地面に氷結呪文!」

青スライム隊『ピッピキー!』(いくですよー!)


青スライム隊の放った呪文は、掘り下げた穴の一歩奥に着弾した!
土煙の中を、氷の粒が飛んでいく。
カキン、という硬い音が次々と鐘のように鳴り響く。地面に氷の床が増床されていくのだ。

出来上がった、それは即席のスケート場のようだ。

そしてその氷のリンクに素足のまま、「要塞」が足を下ろす。


―――ずずぅうううううっ


氷床に足を取られただけではない、掘り下げた落とし穴をまんまと踏み抜く。

不気味な重低音ごと、「要塞」は前のめりに沈み込んだ!

今日はここまでということで。

ピクミンだな

>>664

少女「赤スライムは火の呪文~」

少女「緑スライムは穴を掘る~」

少女「青スライムはこおり呪文~」

少女「竜のおじさんは力持ち~」

少女「そしてスラちゃんが、ほのお吐く~♪」

竜魔物「……味もいろいろだ、おいしいぞー」

少女「もう、食べちゃダメ! かわいいんだから!」

竜魔物「そうは言うが、すでにかなりの個体数が焼けたり吹っ飛んだりしているからな。天日干しにしてるのもかなり」

少女「いやーっ!」


おやすみなさい。



魔法使い「……って言われてるけど」

僧侶「なるほど、つまり、私が神の名の下に非道を働くのではないかと」

魔法使い「あー、まー、そういうことでもないと思うけど」

僧侶「いいえ! 私とて正義を信じて貫こうとして、子どもたちを見落としていたこともありました!」

魔法使い「ウン、ソーネ」

僧侶「勇者様についても、最初は……い、いえ、今でも多少、信じ切れないところがありますし……」

魔法使い「ハイハイ、ソーヨネ」

僧侶「しかし、失敗に臆していては、目の前の子ども達を救えないとも思い……!」

魔法使い「……僧侶は真面目なのよねー。ま、思考停止しないようにアドバイスしてるから、気長に見守ってあげて頂戴」


理想に燃える宗教家とか、結構好きなんですけどねー。
北大臣VS貴族の舌戦とかも割りと。

ってなわけで、今夜もがんばって投下していく予定ですので、しばらくお待ちください。

ボソッ>まあ、一番人の話を聞かないのは勇者なんですけどね。

それじゃあ、おそらく本編中で一番空気のおかしいシーンを投下していくよー。

隊長『うおおおおおおっ!?』

隊員『うわああああっ!』

隊長『なんだ、なんだ、どーなった!?』

隊員『どうも、重みで穴にはまってみたいで……』

隊長『そんなわけがあるかっ、早く立ち上がらんか』

隊員『そう言われましても……手が生えているわけじゃないですから』


竜魔物「全体、集合!」

スライム隊『ピッピキピー!』

竜魔物「……敵の足止めは成功した! これから、間合いを取りながら、相手が起き上がらないように、氷結呪文をかけていく!」

青スライム隊『ぴっぴ~♪』(僕らにお任せ~)

竜魔物「他の隊は、これから要塞から出てくる人間を足止めるか、大砲の破壊に取り掛かるッ!」

赤・緑スライム隊『ピキーッ』

竜魔物「速やかに部隊を整えよ! 急急如律令!」

スライム隊『ぴききーッ!』

―――後方。

少女「ちょっと、お姉ちゃん、早く、目を覚まして!」

側近「ふにゃあ、痺れりれりるぅ」

武闘家「ちょっと喝を入れましょう。ふん!」


どごぉ!


側近「うげあはっ!」

盗賊「……なんか、変な声を出したけど」

武闘家「間違っちゃいましたかね……」

側近「うげぇーっほ、えっほ!」

遊び人「よく考えると、あんな強力な雷撃を受けて痺れただけというのも恐ろしいですねー」

盗賊「確かにそうよね。アホっぽいけど、魔物ってすごいのね」

少女「み、みんな! 一応、お姉ちゃんが頼りなんだから、いじめないで!」

側近「なんなの……?」

少女「お姉ちゃん、敵だよ。大きいの!」

側近「……うん。大きいわね。マシン兵よね」

盗賊「まだ寝ぼけているの? しゃきっとしなさいよ」

側近「何よ、人を痺れさせておいて―――」

遊び人「まあまあ。それより、単刀直入にお聞きしましょう。側近さん、あれの弱点は何かないんですか」

側近「……」

武闘家「いま、竜の魔物さんが止めているところです! 早く対策を立てないと」

側近「え、壊すの?」

少女「こ、壊さないと、こっちがやられちゃうよ?」

側近「そっかぁ、そうよねぇ」

少女「どうすれば、いいの?」

側近「勿体ないんだけどなぁ……高価だし」

武闘家「しかし、今は悠長なことを言ってる場合ではありませんよ!」

側近「わ、分かったわよ」

遊び人「……ついでに、性能も教えていただければ」

側近「なになに!? それが知りたいの!?」ガバッ

遊び人(……しゃべりたい病なんですかね、彼女も)

側近「まあ、そうと決まれば教えてあげるわ!」

遊び人「兵装とか、動力とか、その辺だけでいいです」

盗賊「……あんた、なんでそんな言葉を良く知ってるのよ」

遊び人「はぁ」

側近「うっふっふ。あれはね、旧魔王城に魔法で作ったエンジンをくっつけて、自立式にしたものなのよ!」

側近「もちろん、一部意見には、城に魔力を与えて、巨大な魔物にすればいいじゃないって意見もあったわ」

側近「でも、そうなると雇用が失われてしまうじゃない。旧魔王城で働いている連中とかが」

側近「だから、スキルアップもできるっていう、要塞、兼、職業訓練施設にしたわけよ!」

側近「これは百年前に私の発案で―――」

遊び人「そういうのはいいです」

側近「あ、そっすか……」

側近「さっきも言ったように、主砲は対勇者用の雷撃砲よ」

側近「後は周囲に近寄ってきた人間共を封じ込める火炎球の砲門」

側近「他にも、地面に落ちると勝手に攻撃してくれる機械兵の砲弾とか」

側近「巨大な竜巻を起こすのとか、いろいろあるわよー」

遊び人「……相当危険ですね。全部使われたら、終わりです」

盗賊「対勇者用って、あんなものを食らって平気な人間はいないでしょ……?」

少女「お兄ちゃんは耐えそうな気がするなぁ」

側近「そんで、動力は魔力電池ね。魔力を貯めて、動力に利用できる装置を『電池』っていうのよ」

遊び人「それは、モノですか?」

側近「そうよ。でも、錆びるまで放っておかれちゃったって言うし……」

側近「こっちに持ってきたはいいけど、電池が足りなくなっちゃったんじゃないかしら」

武闘家「だったら、どうして今動いているんですか」

側近「……さあ?」

遊び人「探検隊の計画書には、目的の一つに書かれていましたから、かなり詳しい人物がいたのでしょうね」

少女「と、とにかく、危険なんだよね? じゃあ、弱点、とかは?」

側近「ええとね……」

側近「……?」

側近「うーん……」

側近「ないわね!」

盗賊「いや、ないって言われても」

側近「だって、勇者に負けないように、物理面はかなり強力な鉱物を使っているしー」

側近「並みの魔法じゃ壊れない素材でもあるから、魔法も効きにくいわよ」

側近「ほら、なんか竜がやってるけど、全然ダメージうけてないし」

少女「チッ、使えねー」

側近「おいクソガキ」

遊び人「……普通に考えたら、『エンジン』か、動力が弱点でしょう」

遊び人「何しろ、魔王のいた時代ですでに錆びていた代物と聞きます」

遊び人「何かで『エンジン』を動かしているとしても、動力となる『電池』を、それほどたくさん用意できるとは思えません」

遊び人「おそらく、内部に侵入して、一つでも二つでも奪えば、止まってしまうのではないでしょうか」

武闘家「そ、それです!」

少女「そ、それですって、そんなの危険だよ? 火も雷も撃ってきて……」

側近「そうよぉ。それなら、私が……」

弟子C「……危険は分かりきっている」

弟子D「けど、勇者もいないんじゃ、全員で死力を尽くすしかないでしょー?」

武闘家「そうですよね!」

少女「で、でも」

盗賊「……まあ、動きを止まっている今なら、私が盗んでこれるかなって思うけど」

少女「……大丈夫? 無理しちゃダメだよ?」

武闘家「大丈夫ですよ。一人で飛び込むわけじゃないんですし」

少女「……うん、分かった」

竜魔物「……決まったか?」

武闘家「え、ええ。突入して、動力を奪うと」

竜魔物「……突入するのか。ならば、俺が囮になる。砲門を破壊しようとは思っていたからな」

少女「危ないよ!」

竜魔物「魔物は頑丈だからな」

遊び人「危険なのは誰も同じです。長距離砲もあるんですから」

少女「わ、わかってるけど、気をつけて」

竜魔物「うむ……それで、突入隊は?」

盗賊「あ、私」

弟子C「……おう」

弟子D「俺も」

武闘家「ぼ、僕も行きます」

遊び人「僕も行きますねー」

盗賊「あんた大丈夫なの?」

遊び人「やだなあ、人手は多い方がいいでしょ?」

竜魔物「スイーツ殿は?」

スイーツ「おい」

少女「え、お姉ちゃんスイーツって名前だったの?」

スイーツ「違うから」

隊長『おい、やつらはどうしてる?」

隊員『いやあ、ちくちく攻撃してるみたいですが……』

隊長『ん、おい! 砲門がやられとるぞ!』

隊員『うわわっ、マジだ!』

隊長『主砲でぶっ飛ばせんのか』

隊員『下を向いてる状態で撃ったらこっちが吹き飛びますよ』

隊長『じゃあ、なんか他にないのか!』


―――「要塞」後方部。

盗賊「かなり混乱してるわね」

武闘家「チャンスです、側近さんの言うとおり、後方部に飛び込みましょう!」

盗賊たちは、ぐるりと「要塞」の後方部に回り込んでいた。
側近の話では後方部の入り口にも迎撃装置があるはずだったが、それらしいものは動いていない。
間違いなく、相手は「要塞」の全容を把握していない!

盗賊が、ぐらぐらと揺れる「要塞」の出入り口を発見する。
扉に罠のないことを確かめると、周りに合図を送って、一気に突入した。

全員が入った途端、衝撃で「要塞」が揺れた。
竜魔物が仕掛けたか、相手が業を煮やして何かをぶっ放したのか。
傾いていく通路に、それぞれが振り落とされないようしがみつく。

突入隊は無言で全員を確認すると、あるはずの動力室へと、滑るように駆け出した。

動力室は、あっさりと見つかってしまった。


盗賊「……妙よね」

遊び人「……確かに」

武闘家「な、何がです?」

盗賊「誰もいないじゃない。探検隊の連中とかさ」

弟子C「……振り落とされたんだろ」

弟子D「それか、構造が分からないから、一ヶ所に集まってるとか」

遊び人「どうですかね」

盗賊「……さすがに室内には人がいるわ」

盗賊たちが、動力室の中をそうっとうかがう。
その光景に、思わず全員が息を呑んだ。

動力室の中央に、ガラス状の円柱が立ち並んでいるのだ。
―――人間の詰め込まれたガラス管が。

そのとき、「要塞」がぐらぐらとまた揺れた。

思わずつんのめって、武闘家が積荷を崩してしまう。


警備A「だ、誰だ?」

警備B「おい、そこに誰かいるのか」

盗賊(ばかーっ)

武闘家(ご、ごめんなさい)

弟子C「……出るぞ」

弟子D「いち、に、さん!」


盗賊たちは一斉に襲い掛かった。

戦士の弟子たちが警備兵にいきなり殴りかかり、そのまま昏倒させる。
武闘家は、整備をしていた連中をけり倒して羽交い絞めにする。


盗賊「ふんじばるわよ!」

遊び人「きゅっきゅっきゅーっと」

武闘家「不意をつけてよかった……」

盗賊「……で、なんなのこれ」

武闘家「人が、詰まっていますね」

弟子C「……これが『電池』、か?」

弟子D「これがぁ?」

遊び人「―――探検隊の連中です」

盗賊「!」

武闘家「探検隊って、あの、その」

遊び人「ええ。僕らが一緒にチームを組んでいた連中ばかりです」

盗賊「冗談でしょ?」

遊び人「間違いありませんよ。正規の部隊以外は、みんな『電池』に詰め込んだんですね……」

武闘家「ど、どうしてそんな」

遊び人「確か側近さんは、『魔力の』電池と言っていました。どんな人間でも多少のマジックポイントは持っています」

弟子C「……俺にはないが」

弟子D「俺もないなぁ」

遊び人「……絞ればあります。おそらく、この装置に、人間を詰め込んで、『電池』にしたんです」

盗賊「気持ち悪っ! 頭おかしいんじゃないの!?」

遊び人「……ここの連中は、元々南国にいた冒険者。そして、犯罪者としてつかまってしまった連中ばかりです」

遊び人「おそらく、身寄りや探し人の出ない人物と見て、最初からこうするつもりで、連れてきたんでしょう」

武闘家「なんてバカなことを!」

弟子C「……助からんのか」

弟子D「なんか液に浸かってるけどよ」

遊び人「装置を壊して、息があるかどうか確認してみましょう」

盗賊「……あんた、冷静よね」

遊び人「想定すべきでしたから。一緒にあの時、何人か連れてくればよかった」

盗賊「そんなの、分かるわけないでしょ!」

武闘家「ケンカしてる場合じゃないですよ!」

弟子C「……壊すぞ」

弟子D「息のありそうなやつだけでも、抱えていこう!」


ガッシャァアアン!

―――「要塞」の外。


少女「あ、動きが鈍ってきた!」

側近「おおー、『電池』を奪い取ったのかしら」

少女「だ、大丈夫かな、みんな……」ハラハラ

側近「まあでも、勝算があるから突入したんでしょ」

竜魔物「……ずいぶん、のん気っす、ね」ハッハッ

少女「竜のおじさん!」

竜魔物「後方部で動きがあった、尻が下がる、頭が持ち上がるぞ!」

側近「だから何よ」

竜魔物「あの雷撃砲を撃たれる可能性があるってことっすよ!」

少女「わ、わ、分かった! スラちゃん! 逃げるよっ」

スラ「ぴ、ぴーっ!」

側近「はいはいっと……」

竜魔物「……本当に緊張感ないな、あんたは」

側近「なにが言いたいの?」

竜魔物「勇者と対峙した時は、あれだけびびっていたくせに」

側近「は、はぁ!? だって、勇者は魔王様を倒したのよ! どれくらい強いか分からないんだから、恐ろしいに決まってるじゃない!」

竜魔物「……あれも、十分恐ろしいでしょうが!」

側近「い、いや。私も設計に関わってるから、大体分かるもん」

少女「もう、ケンカはだめ!」

スラ「ぴっぴっぴーっ!」

側近「大体、あれくらいだったら、私の魔法で壊せるもん」

少女「……え?」

スラ「ぴ?」

竜魔物「……そういう冗談はホントいいんで」

側近「なんで疑うのよっ!」

側近「あれよ? 私は魔王様の側近よ? 闇の力が失われたから、多少時間はかかるけど、司令塔を破壊するくらいは訳ないわよ?」

少女「……口だけだよね、多分」ヒソヒソ

竜魔物「……実際、一年間この人の護衛して、いいところは何一つなかったっす」ヒソヒソ

スラ「ぴ、ぴ……」ヒソヒソ

側近「ヒソヒソ話でdisんのはやめてよ!」


そのとき、「要塞」の主砲が、青く光を集めていくのが見えた。
充填に時間がかかっているせいで、少女たちはそれが自分達に向けられていると知った。


少女「あ、危ない!」

竜魔物「……全隊、左右に退避ーッ!」

スライム隊『ピピピーッ!』


しかし、命令が、間に合わない。
あまりにも太く貫く閃光の線上に、少女は完全に入り込んでいることを悟った。

必死に走る。けれど―――


ずばばばばばっ!

雷撃が通り抜けた、そう思った瞬間、少女は目を強くつむった。
強烈な熱と光が通り過ぎていく、自分には、当たっていない。

それから、わずかな時間の後で、少女は自分が誰かに抱えられていることに気づいた。

側近にぎゅっと抱えられていた。


少女「お、お姉ちゃん」

側近「……何よ。ちゃんといいところはあったでしょ?」

少女「で、でも、お姉ちゃんの足……」


一度目に受けた時よりも、どういうわけか側近の傷は深かった。
黒く、煙の上がっている足。熱線に焼かれてしまったのか―――


側近「防御魔法が間に合わなかっただけだし」

スラ「ぴ、ぴーっ」


竜魔物「おい、代理! 無事かっ!?」


少女「でもぉ……」

側近「はいはい。泣いて責任を感じてるなら、ちょっと支えになってねー」

側近は少女につかまりながら立ち上がった。

後方部、動力室には煙が上がっている。ということは、『電池』の破壊には成功したということだ。
現に、遠くの方に、脱出していく一団が見えていた。

それにも関わらず、雷撃砲が撃ち込まれた、ということは。


側近(別の系統から、動力を融通できるようにしてたってことかしら)


それをやり遂げたのだとしたら、驚くべきことだ。
そもそも、この世界の住人の技術力は、きわめて低い。
高層のタワーも、最大でも五、六階建て。
彼女の好きなスイーツバイキングの店は、魔界タワーの30階にあるというのに。

そんな人間が、魔界の兵器を不完全ながら、利用するに至る。


側近「……ねえ、ドラゴン」

竜魔物「……なんすか?」

側近「人間って面白いわね」

竜魔物「はぁ?」

側近「少女! 支えときなさい!」

少女「え、え、うん!」

竜魔物「何をする気ですか?」

側近「もちろん、あいつをぶっ壊してやるのよ!」


側近は少女を支えにしながら、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。

彼女の青い肌に、黒い闇が絡み付いてくる。
最初は霧のようにまとわりついていたそれが、じわりと周囲に広がってくる。

側近は竜魔物に視線を送り、時間がかかるから、と言って行動を促した。
その間にも膨れ上がる、闇。


竜魔物「全隊、時間を稼ぐぞっ!」

スライム隊『ビッピーッ!』(合点!)

竜魔物が大声を上げて、スライム隊を右方向へ走らせる。
相手の視線をそちらにひきつけるため、呪文を唱え、地面を派手に吹き飛ばしながら。

それを見送りつつ、少女は自分の腕にまとわりつく闇に耐えていた。
ぎゅうっと側近の体を抱きしめ、足の支えにならんとする。

次第に、足元に零れ落ちた闇が円を描き、生ぬるい風を二人に向かって吹き付けてきた。

髪の毛が逆巻く。
羽が押される。


側近「闇が来る、夜が来る、箱に閉じ込めた悪意がやってくる」

側近「開け放て、食い荒らせ、打ち砕いて元に戻らぬようにせよ」

側近「たった一度きりの投石で、すべての結束を打ち砕け」

少女「すごい……根暗な呪文……!」

側近「集中切れるから! それ集中切れるから!」


膨れ上がった闇が形を取る。
……黒々とした巨大な弓矢が、二人の前に姿を現した。

側近「ああ、これ、これ、重いわ、やっぱり」ハァハァ

少女「だ、大丈夫? お姉ちゃん!」

側近「……あとは、力いっぱい、引く、だけよ!」

少女「こ、これを引けばいいの?」


―――「要塞」が、竜魔物とスライム隊に狙いをつけて、再び雷撃砲を光らせ始めた。
そういえば、いつの間にか拡声機能が消えてしまっていた。

―――竜魔物たちは全力で直線から外れようと走り続ける。
しかし、速さが落ちてきている。

―――少女たちの方に、脱出した一団が駆け寄ってくる。
背中に数名を抱きかかえながら、大声で何かを叫んでいるが、激しい爆音で聞き取れない。


それらすべてを尻目に、二人、とスライムは、必死に黒い弓矢を引いた。
いや、矢というより、それは巨大なボール。
つまり弓矢というより、それは投石器という言葉が近かったのだ。


少女「うにににに」

側近「ふぬぬぬぬ」

スラ「ぴょよよよ」


……三匹で抱え込んだ黒いボールが、振動音を鳴らす。
まるで、早く全てを壊してやりたい、と叫んでいるかのように。
ぎりぎりまで引き絞り、もはや抱えきれないまでに魔法の弦が引き絞られたとき、にやっと、側近は笑った。

実に悪魔らしい笑顔だった。

手を離す。
勢いあまって、三匹はそのまま地面にぶっ倒れてしまった。
 
ひゅばっ! という音は聞こえた。

しかし、続けて直線的に「要塞」に向かっていく黒いボールは、何の音も立てずにすっ飛んでいった。
着弾すれども、音はなし。

少女が首を持ち上げて、一体自分のしたことはなんだったのか、を確認しようとした瞬間。


ぞぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


不快な、きわめて気持ちの悪い音が響き渡った!
それも、一度弾けて終わる類のものではない、不協和音のコンサートに迷い込んだように長々と続いていく。


少女「ひいいい、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」


少女はあまりの気持ちの悪さに体中をかきむしるが、まるで効き目がない。
体の奥底に不快感が染み付いてしまったかのように、後から後からあふれ出てくるのだ。
血が出るほど皮膚に爪を立てながら、見上げると、黒いボールが巨大化して、「要塞」にめり込んでいる。

ぐりぐりと、「要塞」の司令部に黒球が絡み付いている。

そして、ぴゅう、という呼吸のような音を最後に、黒球が消えうせると―――
ぽっかりと球形に凹んだ「要塞」が、静かに立っていた。

本日は、ここまで。

側近「見たか! これが闇の力だ!」

竜魔物「……ちゃんとやれば出来るじゃないっすか」

側近「おいお前! やれば出来るって何よ!」

少女「うぇぇえ、あの音きぼぢわるかった……」

スラ「ぴきー……」

側近「ごめんねー。説明してる暇なかったし」


遠くから、突入組が駆け寄ってくる。


盗賊「ちょっとあんた! あんなもんが出来るから最初から言いなさいよ!」

側近「は? 最初から発言を封じてたのはお前らだし。私は最初から私に任せろって言おうとしてたし」

武闘家「さすがに魔王軍の側近ということですか……」

側近「もっと褒め称えろ、人間共! でもあれ時間かかるから速攻はやめて」

竜魔物(なぜ弱点をいちいちばらすのか……)

少女「でも、もう動かないね、あのお城!」

弟子C「……完全に沈黙したな」

弟子D「俺達の勝利ってことでいいのかな?」

遊び人「……おそらく、あの削り取られた部分が制御室でもあったはずです。生き残りがいても、もう動かせないでしょう」

盗賊「……」

武闘家「じゃあ、その、つかまっていた人たちの手当てをしないと……!」

少女「あ、え、うん!」

竜魔物「……よし、では子どもが避難していた場所まで運ぼう」

側近「こら、ちょっと、竜!」

竜魔物「……なんすか。側近殿もがんばりましたね」

側近「いや、そうじゃなくて、あの、私、足やられてるから運んでほしいなって……代理、私、重くない?」

少女「だ、大丈夫だよ」ぷるぷる

スラ「ぴきーっ」(ダイエットしてっ)

側近「おい」

「要塞」は沈黙している。
あれほど派手に攻撃を撒き散らしていたというのに、もはやぴくりとも動かない。

少女たちはそれを尻目に、内部から助け出した人々を寝かせ、手当てを始めた。
戦いを切り抜けた安堵感が彼らを包み、一方で、助け切れずにいた人々への悲しみも広がっていた。
しかし、いずれにしても、この地での戦いは終わり、新しい「町づくり」が始まるのだろう。

天上に太陽が高く上っている。
まだ、日が沈むには早い時間帯だった。

竜魔物は吹き飛んだスライムを回収して天日干しにしていく。
側近は足を治療しつつ、「要塞」の解体の計画を少女と練る。
マスターと勇者母が、ねぎらうために、遅めの昼食を作っていく。
武闘家らが、それの手伝いにテーブルなどを準備していく。
子ども達はスライムと戯れている。

それらから、少し離れた場所に、遊び人は立っていた。

盗賊「……ちょっと、遊び人」

遊び人「なんですか? 『要塞』の片づけはまだですよね」

盗賊「そうじゃなくて! あんた、何か隠してない?」

遊び人「はあ。隠す、ですか」

盗賊「どう考えてもおかしいでしょ。ただの芸人……っつっても、下の方だけどさ、あんなに機械に詳しかったり」

遊び人「それは、魔法使いさんに教えてもらったからで……」

盗賊「うそつけ! 大体、そうだとしても、自分で仕組みを正確に理解してないとおかしいじゃない」

遊び人「……」

盗賊「よく考えたら、あの探検隊の計画書も、私だって見てたけど、『魔王の復活』なんて直接には書いてなかったわよね」

遊び人「魔法については心得が多少あったので」

盗賊「あんたね! とにかく、何か隠しているなら、承知しないわよ」

遊び人「……人には誰でも、知られたくないことくらいあると思うんですけど」

盗賊「あ、そう。いやだっていうならいいけどさ」

遊び人「……」

盗賊「私だって聞かれたくないことはあるわ。でも、あんたのはにじみ出てるのよ。その、分からない部分が」

遊び人「……盗賊さん」

盗賊「なに」

遊び人「一応、他言無用でお願いできますか? 大した話じゃないんですけどねぇ」

盗賊「……口が軽いのはちょっと証明しちゃってるから、確約は出来ないけど」

遊び人「ま、いいです。それならそれでも」

盗賊「とりあえず、お願いよ」

遊び人「僕、貴族の出なんですよね」

盗賊「貴族ぅっ!?」

遊び人「はい」

盗賊「冗談はいいから」

遊び人「……ここ出発にしないと始まりませんよ?」

盗賊「貴族ってあんた、貴族?」

遊び人「ええ。といっても武門より学究の方で功績を挙げていた方なので」

盗賊「ええっと……」

遊び人「お勉強が出来る貴族なわけです」

盗賊「あ、ああ、そう。でも、貴族が遊び人って」

遊び人「ありますよ? 特に娼婦はね、没落貴族がやることも多いんです」

遊び人「一通りの教育は受けてますからね、教えなくてもハイソの客の相手が出来る」

盗賊「うえ……」

遊び人「盗賊さんも似たようなところはないんですか?」

盗賊「わ、私は、親分が仁義仁義うっさかったから」

遊び人「なるほど」

盗賊「でも、じゃあ、その……ああいうへんてこなのとか魔法に詳しいのは」

遊び人「学者貴族でしたから」

盗賊「なるほどね……」

遊び人「それに、僕は今度のこと、少し予測できていました」

盗賊「よ、予測?」

遊び人「ええ。僕の出身は南国ですから」

盗賊「だから?」

遊び人「あの国の裏事情も多少知っていたわけです」

遊び人「……魔王軍の技術を研究していたことも」

盗賊「……マジで?」

遊び人「マジです。というか、僕の家がその辺を担当していましたからね」

盗賊「け、研究ったって、どうするのよ」

遊び人「……こういうことです。南国は冒険者を雇って魔物と戦わせていました。いわゆる勇者制度ですね」

遊び人「はした金で旅に出させた冒険者に魔物を倒させて、そこで得た魔王軍の情報を集めて研究に活かす」

遊び人「冒険の書の記録や、持ち帰った武具、妙な機械を集めさせる。規律のある軍隊では出来ません」

盗賊「いやいやいや、っていうか、あの国に貴族なんていたのかって話よ」

遊び人「あー。普段はほぼ城内でお勤めしてますからねー」

盗賊「でも、そんな大事な家が、どうして取り潰しになっちゃうわけ?」

遊び人「権力闘争です」

盗賊「はあ?」

遊び人「僕の家に対抗するグループが、今の南大臣なんですが、いましてね」

遊び人「どんな手を使ったんだか、僕の家は反逆罪で検挙され、両親は処刑されました」

盗賊「……」

遊び人「挙句は研究成果を分捕られ、僕はダンサーと男娼に」

盗賊「も、もういいわよ」

遊び人「まあ、逃げ出して、砂漠の町まで行っちゃったんですけど」

盗賊「そうだったの……」

遊び人「そういうわけです。だから、その辺の知識が中途半端にあったんです」

盗賊「……」

遊び人「しんみりさせるつもりじゃなかったんですが」

盗賊「だって、なんて言っていいかわかんないわよ」

遊び人「……正直なんですね。盗賊向いてないんじゃないですか?」

盗賊「だ、だから! 盗賊は足を洗ったんだって」

遊び人「はいはい」

盗賊「……復讐したいとかはないの?」

遊び人「あります。仕事仲間も、あの『電池』に詰め込まれていたし」

盗賊「だったら、私は南国に行くべきだと思う」

遊び人「……でも、ここですることの方が多いですよ」

盗賊「バカ言わないの。あんた、復讐したいんでしょ?」

遊び人「……」

盗賊「せめて、一発ぶん殴るくらい、いいじゃない!」

遊び人「しかし、魔法使いさんも南国に飛んだし―――」

盗賊「何言ってるのよ! あんたがどうなのかが問題なんでしょ!?」

遊び人「……『要塞』にも知識が必要で」

盗賊「あの悪魔娘がいるじゃない!」

遊び人「……芸人が観客に手を出すのは、命がかかってるときだけでして」

盗賊「十分、命を削り取られたじゃない! 反撃しなくちゃ、一生このままよ!?」

遊び人「……」

盗賊「舐めたことをしてくれたら、ふざけんなって言わなきゃ、相手はこっちの気持ちを知りもしないままなの!」

遊び人「……ふふ」

盗賊「あ、遊び人?」

遊び人「そんな真剣になるほど、恨んでるってわけじゃないんですけどねー」

盗賊「はあ!?」

遊び人「分かりました。南国に行きましょう」

盗賊「それでいいのよ」

遊び人「その代わり、盗賊さんもついてきてくれるんですよね?」

盗賊「な、何で私が?」

遊び人「だって、一人旅は危険ですしー」

盗賊「あ、あのねぇ」

遊び人「盗賊さんも一発ぶん殴りたいでしょ?」

盗賊「そりゃそうだけど」

遊び人「僕ら二人は力仕事の役には立ちそうにないですし」

盗賊「……そうかもしれないけど」

遊び人「じゃあ、町長代理に言ってきますね」

盗賊「いやその」

遊び人「……夜の奉仕も無料でサービスしてあげましょっか?」

盗賊「いらねーよ!」

とりあえずここまで。

本日も投下が難しい、ということで。魔法使い人物評。


勇者「年下のくせにえらそうなんだよ! まあ、ケーキ食べてると黙るんだけど」

戦士「自分が間違ったらそれを認めて、しれっと修正するんだ。全然謝らないけどな」

僧侶「勇者様と悪巧みをしているときが一番楽しそうで心配です……」

少女「人に嫌われるのが得意だって言ってたよ?」

女商人「あの女は危険です」

武闘家「はは、なんていうか、こき使ってくれる人ですよ」

竜魔物「……ノーコメントだ」

側近「残念な美人よねー、いわゆる」

盗賊「ほんっとひどいわよ。ひどいときは」

遊び人「一番、敵に回したくないタイプですよね。味方にもしたくないですが」

魔法使い「陰口叩いたやつは全員火炎呪文な」

遅筆ですみません( ´ •ω• ` )
あともう少し! で終わるといいなぁ

ちょっぴり難航してますので、本編は明日の投下にさせてください。


戦士人物評。

勇者「苦労人の振りして、巨乳幼馴染ツンデレ妻を即孕ませとか許せんよなぁ……」

魔法使い「常識人の振りしているけど、巨大な斧で魔王城突撃とか、あいつが考えたから」

僧侶「隠れていやらしいお店に寄ったりしていたんですよ!」

女商人「なかなかいい人です」

遊び人「酒場じゃ年上とか同年輩がいないって嘆いてましたねー」

武闘家「力が異様に強いんですよ。人間っぽくないですよね」

盗賊「親分をがっとやられちゃったから、いい気分はしないわ」

弟子たち『とにかく強い』

戦妻「詰めが甘いのよねー、うふふ」ツンツン

戦士「……避妊はしてたはずなんだがな」

―――南国、城内。

姫「……」

姫(お父様は、体調を崩されてお休みになっているし……)

姫(こちらが勘付いたとなれば、南大臣も手を打ってくるでしょう……)

姫(味方が、ほしい)

姫(城内が敵だらけなのだから、本当にいやです)


こんこん。


姫「……!」

姫「……どなたも、ご遠慮していただいておりますわ」

姫「今は一人になりたいのです」

侍女「しかし、つるっと登場」ガチャ

姫「じ、侍女さん!? お暇を出したはずです!」

侍女「そういうわけにもいかんでしょ」

女商人「失礼いたします」

姫「ど、どなたですか」

女商人「お初ではありませんが、お目にかかれて光栄です」

侍女「うちのお城に、戦士の村のワインを届けてくれたりしている女商人さんです」

姫「は、はあ。商人さんが一体……?」

女商人「姫様。率直に申し上げます。ここは危険です」

姫「……」

女商人「幸いにして、今、勇者が町を作っているとか。そちらへ亡命してはいかがですか?」

姫「そのようなこと、許されません」

侍女「で、ですけど、姫様……」

姫「私はこの国の王族です。たとえわが身を損なうことになっても、逃げる事はできないのです」

女商人「そうですか。じゃあ、いいです」

侍女「ちょちょちょちょっと! 話が違うよ!」

姫「……侍女さん? どういうことですか?」

侍女「あ、いや~その~」

女商人「ここに入れさせていただく条件として、あなたの身の安全を確保することを求めらていました」

姫「まあ」

侍女「……だって! 私は姫様には無事でいてもらいたいんですよ」

姫「そのお気持ちは、本当にありがたいですわ」

侍女「ひめさまぁ」

姫「けれど、私はここに残ると決めたのです」

女商人「……私としても、逃げてもらった方がありがたいですね」

姫「そのようなこと!」

女商人「私たちの、いや、勇者の行動の障害になるかもしれませんし」

姫「あ、う……」

侍女「失礼だぞ!」

女商人「事実ですから」

女商人「……南大臣が魔物とつながっているとのお話はご存知で」

姫「侍女から聞きました」

侍女「あいあい」

女商人「私はそれだけではないと確信しています」

姫「どういう意味ですか?」

女商人「仮に南大臣が魔物と結託して勇者を討とうとしているとしましょう」

姫「え、ええ」

女商人「魔王を倒した人間を、どうやって討ち取ると言うのですか」

姫「!」

女商人「仮に勇者のパーティーを分断して、世論誘導をすれば勝算がある、と誤認したとしても、不自然極まりないと思いませんか」

姫「しかし、現に勇者様たちは迫害されて……」

女商人「あの程度なら、おそらく勇者は切り抜けてしまうでしょう」

姫「そ、そうですわよね」

女商人「まあ、感情的に勇者が嫌いだから、という理由で行動する人物だと考えることもできますが」

侍女「あのハゲオヤジはそういうタイプでないね~」

女商人「私もそう思います。勇者が嫌いだということは間違いないでしょうが」

姫「……そもそも、南大臣が本当に怪しいのでしょうか?」

女商人「……今回の事件、非常に問題だったのは、三国がほぼ同時に連動して動いたことです」

女商人「新聞紙上でもそう。勇者を非難する記事はあっという間に広がった。いくらなんでも早すぎる」

女商人「つまり、三国には勇者外しでつながっていたということになる」

女商人「さて。北国、東国を結んで、南国の外交を取り仕切っているのは、南大臣です」

姫「も、もう分かりました!」

女商人(もっとしゃべらせてくれてもいいのに)

侍女「こら、話が長すぎでござる」

女商人「要するに、状況的に南大臣が噛んでないとおかしいわけです」

女商人「それで、姫様。南大臣は魔物に脅されて行動しているのでしょうか、それとも自分の意思で?」

姫「そ、それは……」

侍女「自分の意思に一票ですな」

姫「そんな! 魔王の手先と手を組むなど!」

侍女「だってー、あの鉄面皮のオッサンが脅されて従うくらいなら、自殺してるかなーって」

姫「ちょっと分かりますけど……」

女商人「彼がどういう理由で手を組んでいるかはしれませんが、私も自分の意思だろうと思います」

姫「でも、それが何の得になると言うのです!」

女商人「南大臣は何らかの得を見つけたのです」

女商人「それが魔物と手を組ませ、勇者を葬る計画につながったと、そう推測できます」

姫「そんな……」

女商人「私が聞きたいのは、その点で姫様が何か心当たりがないかということなんですが」

姫「心当たり……?」

女商人「南大臣の得になりそうなことですよ……その様子では、あまりなさそうですが」

姫「……南大臣は、真面目な方です」

侍女「真面目って頭固いってことでっせ」

姫「ですから、その、直接聞くしかありません!」

侍女「えっ?」

女商人「えっ?」

姫「つまり、こそこそ隠れて探るのは、王族に相応しくないというか」

侍女「姫様は混乱している!」

女商人「いや、それは直接聞いて話してくれるならいいですけど」

姫「で、では、い、行きましょう!」バン

女商人「は、ちょ?」

姫「とにかくその、ちょっと探りを入れてみるのが必要というか」カッカッカッ

女商人「ちょちょちょっと待ってください!」

侍女「私もまずいなーって思いますよ?」

姫「どうしてですか! 王族に危害を与えるほど、南大臣は愚かではないと……」


南将軍「貴様! なぜ陛下を!」

南大臣「……」


姫「帰りましょう」

侍女「あいあい」

女商人「いやいやいや」

姫「お、お父様が……!?」

女商人「と、とにかく様子を見ましょう……!」

侍女「姫様、ここはこらえて」

南大臣「陛下はお休みいただいているだけだぞ。大声を出さないで頂きたい」

南将軍「何を言う! もう臥せって数日だぞ!」

南大臣「陛下もお年ですからな、しばらくお休みすることも……」

南将軍「ふざけるな、貴様が戦士殿の村に軍を差し向けた日からお休みになるなど、都合が良すぎるわ!」

南大臣「……そんなことで私を問い詰めに来たと?」

南将軍「それだけではない! これだ」

南大臣「ほう、その紙切れが何か」

南将軍「我が国が『魔王の復活』を目論んでいる、というビラだ!」

南大臣「はっは、それは勇者側の捏造だろう」

南将軍「馬鹿を言うな!? 勇者が中傷するなら北国のことだろうが! なぜ我が国を名指ししている!」

南大臣「そこまでは分からんが」

南将軍「お前が何かを噛んでいるのだろう!」

南大臣「……」

南大臣「将軍、率直に申し上げるが、滑稽にすぎるぞ」

南将軍「滑稽を通り越している! 戦士の村へも派兵しただろう。いくら権限があるからとはいえ、私に断りなく軍を動かした」

南大臣「緊急時だったからな」

南将軍「陛下との面会を拒絶し、私に一言もない!」

南大臣「貴方がご実家に帰られていたからな。伝え遅れていただけだ」

南将軍「……貴様が、魔物とつながっているという目撃情報もあるのだ!」

南大臣「見間違いだろう」

南将軍「大臣、今が緊急時なのだぞ!?」

南大臣「だからなんだと言うのだ?」

南将軍「ふざけている場合ではないのだ……! せめてまともな釈明をせよ!」

南大臣「きわめて真剣なのだが」


南将軍は、すらり、と刀を抜いた。


南将軍「では、私も真剣で相手をすべきなのだな……!」

南大臣「待て、落ち着け」

姫「ま、待ちなさい! 将軍!」

南将軍「ひ、姫様!?」

侍女「何で出てきちゃうんすかねー」

南大臣「これはこれは」

姫「将軍、刀を納めてください。そ、そして、大臣、『魔王の復活』とはどういうことです?」

南大臣「嫌がらせでしょう、我が国への」

南将軍「まだ、言うか!」

姫「大臣……ここにいる侍女が、貴方が魔物と会っているのを目撃しているのですよ!」

侍女「えっ、情報提供者の保護……」

南将軍「ひ、姫様……」

南大臣「……」


女商人(参りましたね……)

姫「ど、どう申し開きするつもりですか!?」

南大臣「申し開きも何も……あらぬ疑いをかけられているとしか申し上げられません」

南将軍「ひ、姫様もこう言っておられるのに、貴様!」

侍女「……勘弁してください、姫様」

姫「……認めさせたものが勝つのですよ」

侍女「どうやって認めさせるんですか」

南大臣「……」

南将軍「……仮に、貴様がなんら魔物と関わっていないとしても、だ」

南大臣「なんですかな」

南将軍「勇者殿と敵対するなど、どうかしている!」

南大臣「……」

南将軍「確かに彼は英雄でありながら、我が国の負担ともなっていた。だが、あからさまな対決など!」

南大臣「将軍。それが良くないのだ」

南将軍「なんだと」

南大臣「我々は勇者殿を政治と関わらせずに置こうと決めたはずだ」

南将軍「う、うむ……」

南大臣「ところが、勇者殿の仲間の一人が他国で反乱を起こし、勇者殿も加担したと聞く」

南将軍「そ、それは」

南大臣「原則に外れたのは勇者殿の方だ。同盟を結んだ友国を助けるのは当然の道理であると言うのに」

南将軍「……我々は、勇者殿に指図できる立場にない!」

南大臣「それは魔王がいた時代に限る。秩序ある時代に、自由すぎる存在は毒にしかならぬ」

姫「黙って聞いて入れば、大臣!」

南大臣「姫様にもこの際、申し上げます。勇者殿に限らず、冒険者の存在が世界を混乱に陥れているのは明白ではありませんか」

姫「どこがですか!」

南大臣「我が王宮にもどうもネズミが入り込んでいる様子。秩序を乱そうとしている輩です」


女商人(……バレているんですかね)

南将軍「しかし、我が国は冒険者によって……」

南大臣「さよう。我が国は冒険者を集めることで成り立っては来た。しかし、その結果は財政難に軍の弱体化です」

南将軍「それは……」

南大臣「勇者を輩出しても、彼らに払った莫大な報酬で国の財政が吹っ飛びかけた。兵士の弱さは言うまでもない」

南大臣「冒険者頼みの経済と軍事政策で、どうやってこの先を戦っていくおつもりか」

南将軍「世界は平和になって」

南大臣「まことに大嘘つきだな。北国は反乱に浮き立ち、勇者たちが暗躍する。我々は国を強くせねばならぬのだ!」

姫「だから、だから、勇者様を攻撃するのですかっ?」

南大臣「姫様。我々は約定を守っているだけに過ぎません。秩序や平和を破っているのは勇者の方なのです」

侍女「ま、そーかもしれまーせんけど」

女商人「……まずいですね」

女商人「大臣が、ボロを出してくれるかと期待していたのですが」

女商人「おそらく、あれは本心なのでしょう。そうなると、魔物との関係は隠したまま、言いくるめられる恐れも……」

女商人「ここは一度、脱出しましょう」コソコソ


女商人は、広間の柱の影から身を離した。

四者は白熱しているため、身を隠している女商人に気づきもしなかった。
同じところにいた二人ですら、彼女の存在を記憶の片隅にも置いていなかったのだ。

それは女商人側も同じことだ。
意識は、四者に気づかれないように出ていくことに振り向けられていた。

だから、それに出くわした瞬間に、頭が真っ白になってしまったのだ。


鳥魔物「に、人間!?」

女商人「えっ、きゃあっ!」

しりもちをついた女商人は、動転する頭を回転させた。
背に負ったバッグをとっさに目の前に持ってくると、激しく突き刺さる音がした。

鳥の魔物が放つ羽の攻撃。
間一髪でそれをバッグで受け止めた、と女商人は思った。
しかし、かすった傷から力が抜けていくのを感じた。


女商人(ど、毒!)


女商人は、あわてて転がった。
隠れられる場所まで走ろうと試みる。

せめて柱の影まで! そう思う彼女の背を、風の鎌のようなものが切りつける。

痛みを感じて、女商人は息を吸った。
こうなったら、この手段しかない。


女商人「いやああああっ、魔物がいる! 殺される!」

一斉にこちらを向く人々の顔。
女商人はそれを見ながら、柱に転がり込んだ。
バッグをあさって毒消し草を引っ張り出すと、口に含んで摂取する。


女商人(戦闘、久しぶりでしたから……)


荒い息を吐くと、防御策として身を低くする。
いや、それ以前に、傷の痛みで経っていられなかった。
鳥魔物はこちらを見つけた四人の方へ飛んだようだ。

しまった、姫も侍女も残した、と思った女商人が見やると、南将軍が二人を抱えて離れたのが見える。
そして、それらに適当に羽を撒き散らしながら、鳥魔物が大臣に迫る。


女商人(薬草、くっ、落としたか……)

南大臣「……間が悪いことだ」

鳥魔物「……ハゲ。『魔王の復活』を知っているのはお前ですね!」

南大臣「……」

鳥魔物「答えなければ殺しますよ」

南大臣「その通りだ。骨の魔物から聞いていなかったのか?」

鳥魔物「せ、船長が生きていたというのですか!」

南大臣「それすらも知らないとは、魔王軍といえど、ひとたび軍が崩壊すればこんなものか」

鳥魔物「我々を侮辱する気ですか」

南大臣「滅相も無い。だが、ここへ来たということは北国もいよいよ追い詰められているのかな」

鳥魔物「……答える義務はありませんね」

南将軍「だ、大臣……魔物と何を話している!?」

南大臣「……」

南将軍「答えよ!」

南大臣「魔物には学ぶべきところがある」

南将軍「き、貴様!」

南大臣「事実だ。彼らは魔王軍として規律に基づき行動していた」

南大臣「我々が魔物にしばしば敗れたのは、彼らの士気の高さ、指揮能力の高さによる。もちろん、身体能力それ自体も大きかったがな」

南将軍「しかし、勇者殿に魔王は敗れた!」

南大臣「つまり、人間は勇者がいなければ何もできない愚者に成り果てているのではないだろうか」

侍女「さすがに無理ありまくりっすよ」

南大臣「そうでなくとも、英雄を待望して自身を鍛えない兵士。魔物の襲撃を言い訳に生産能力を落としている農村漁村」

南大臣「人間は勇者の存在のために、意欲を失っている。人間は勇者を乗り越えなければならん」

姫「そのために、魔物と手を結ぶ……と?」

南大臣「魔物は良い契約相手です。合理的に説明すれば、こちらに危害を加えてくることもないのです、姫様」

姫「た、たった今、危害を加えたではありませんか!」

鳥魔物「あれは自己防衛に過ぎませんが?」

言い争っているところへ、骨の魔物が、すうっと姿を現した。


鳥魔物「船長! ……では、ありませんね」

骨魔物「船長は勇者に倒された。私は幽霊船の副長を務めていた骨だ」

鳥魔物「まさか、友軍に再び会えるとは思いませんでした」

骨魔物「私は多少、動向を探っていた。虎の魔物と行動を共にしているはずでは?」

鳥魔物「置いてきました。それより、魔王様の復活とは!?」

骨魔物「さえずるな。それに、どうやら、知られたくない相手がいるようではないか」


侍女「あ、あいつですよ! 大臣と喋っていたの!」

南将軍「もう言い逃れはできんぞ、南大臣!」

南大臣「言い逃れをする必要などないのだ。陛下も魔物と同盟を結ぶ路線で一致しているのだからな」

姫「そ、そんな……!」

南大臣「衝撃を受けると思って公表を避けていたが、いずれ発表するつもりだった」

南大臣「我々は魔王軍のノウハウを受け、彼らは保護を受ける。対等な契約ではないか」

姫「なんてバカなことを!」

南大臣「強力な存在とはいえ、敵軍を根絶やしにすることの方が狂気ですよ」

南将軍「……もう、ガマンできん!」

侍女「あ、ちょっと!」


南将軍が刀を構え直した。
一直線に距離を縮めて、南大臣と魔物たちへと斬りかかる。
だが、気迫空しく、振り下ろされた刀は空を切る。

……骨魔物が放った銃撃に、鎧ごと貫かれたからである。


姫「し、将軍―――!」

南大臣「哀れな男だ」

姫「大臣……」

骨魔物「人間よ、これは正当防衛である」

鳥魔物「ふん」

姫「大臣、あなたは、この国をどうするつもりなのですか」

侍女「ひめさま、も、逃げましょう……」

南大臣「無論、強くするつもりです。この国も、人間も」

姫「それが、勇者様を半ば追放し、将軍を殺させる理由だというのですか」

南大臣「意見が相容れないばかりか、襲い掛かってきたのは彼らですからな。我々は何も間違ったやり方をしていない」

姫「……あなたは、恥知らずです」

南大臣「姫様、お部屋にお戻りください。あなたを傷つけるつもりも、ありません」

姫「お断りします!」

侍女「姫様!? 無理がありますってー!」

南大臣「……魔物たちよ、今後の件で協議する必要がある。時間は取れるか」

骨魔物「承知した」

鳥魔物「良いでしょう」

姫「無視する気ですか!?」

……騒ぎ立てる女性陣を遠巻きに、女商人はずりずりと床を這っていた。
背中の傷が思ったよりも深く、立ち上がれない。


女商人(しくじった……思ったより、深入りしてしまっていた)

女商人(『魔王の復活』……誰か、口を滑らすと、思っていたのに……)

女商人(あと、少しで、核心に、迫れるのに……)

女商人(……)

女商人(今度は、失敗しないようにって……)

女商人(決めたのに……)

女商人(……ゆうしゃ)


女商人は次第に意識が遠ざかり、自分がどうなっているのかもわからなくなっていた。
自分の呼吸だけははっきりと聞こえるのに、周りの音が小さくなる。

その体に、不意に魔法がかかってきた。
回復の魔法―――女商人の意識が呼び戻されて、代わりに痛みが再び襲い掛かってくる。

女商人は、顔を上げた。


魔法使い「あれ? 全回復してないわね」

今夜はここまでで。

勇者にハーレム作る気はなさそーですがねぇそこまでスレが続いてしまったら考えます


一応適当に設定。変わることはあり得ます。

乳比べ
戦妻>マスター>>盗賊>姫=魔法使い=勇者母>北大臣=僧侶>侍女=側近>>鳥魔物=少女>女商人(>遊び人)

戦妻が巨乳、魔法使いがそこそこの乳、僧侶が普通、側近が控えめ、女商人が哀というイメージで。

万象フロンティアやっててモルガンさん的なのを考えました。もっとモンスター寄りな方がお好みなのね……

女商人「か、回復魔法は魔力を惜しまないでと言ったでしょう」

魔法使い「癒しの力よ……」


女商人の傷がみるみるうちに癒えていく。


魔法使い「魔法使いの生命線は魔力よ、惜しまなくてどうするの」

女商人「そんなことだから、いつもぎりぎりの戦いを強いられるのです」

魔法使い「うるさい。助けられたんだから、素直にお礼を言いなさい」

女商人「いやです」

魔法使い「……そういえば、あんた、誰と誰が結婚したって?」

女商人「おめでとうございます。仲人を引き受けてもいいですよ?」


魔法使いは女商人の首を締め上げた。


女商人「ふぐぐ」

魔法使い「手紙も読みにくくするためとはいえ、くっそふざけた文体で書き殴って!」

魔法使い「虫唾が走るわっ! 怒りのあまり、ここまですっ飛んできちゃったじゃないの!」

女商人「し、知りませんよ、そんなこと」

魔法使い「ええ? 大体、あんたの方こそ勇者にコンプレックス持ってるくせに、私に押し付けるとかどういう了見よ!?」

女商人「だ、誰がコンプレックス……」

魔法使い「『私は勇者なんか嫌いなんですっ!』」キリッ

女商人「そりゃそうでしょう! あんな何も考えてないバカを!」

魔法使い「そのバカに叱られたのがそんなにショックだったわけ?」

女商人「……そんなことありません」

魔法使い「あんたを釈放させるために、あいつがめちゃめちゃ奔走したってのを聞いて、ボロ泣きしてたくせに~」

女商人「自分の不甲斐なさを呪っただけです」

魔法使い「『ぐすっ、こんな大きい借り、返しきれな』」

女商人「わあああああ! なぜ知ってるんですか!」

女商人「はぁ、はぁ」

魔法使い「当て付けなんかせずに、本心を言えばよかったのよ」

女商人「ほ、本心?」

魔法使い「『勇者と結婚させてください』って」

女商人「……はっ、それはあなたの願望でしょうに」

魔法使い「ノーよ。確かにあいつは優秀なカードね。けど、パートナーにするには自覚が足りないもの」

女商人「要するに、もっと大人になったら結婚してってことでしょう?」

魔法使い「曲解しないでくれる? それに大人になれって思ってるわけじゃないもの」

女商人「……」

魔法使い「だから―――」


ひゅばっ、という風切り音が、二人の間を刺し貫いた。

魔法使いは杖を持ち直して女商人の方を向く。


魔法使い「状況は?」

女商人「毒の羽! 大臣と王もグル!」

鳥魔物「ぎゃあぎゃあとやかましい人間どもですね」

魔法使い「『魔王の復活』については?」

女商人「前、前! 羽に触れただけで、毒が」


鳥がぐっと身を縮める。
その体を一気に広げると、無数の羽が二人へ向けて発射された!

しかし、対する魔法使いは杖をかざして一言のみ。


魔法使い「真空竜巻呪文」


勢いよく飛び出した羽が、強烈な魔法の風にさえぎられて、あえなく吹き散らされてしまう。
魔法使いはマントを探ってこぶし大の球を取り出し、相手が驚く間にそれをぶん投げた。

到着する直前に、ぼふっという大きな音。
破裂した球の中から、茶色けた煙と粘性の泥状の物体が噴出したのだ。
鳥の魔物は思わず腕で身を守っていたものの、まともに泥を被って悲鳴を上げる。

臭い。
その泥は、ぬるぬるするだけではなくて、強い異臭を放っていたのである。

……魔法使いは鳥がひるんだ隙に女商人の手を取ると、即座に迂回路を取った。

いつの間に攻撃を受けたのか、将軍の横で倒れている姫と侍女が倒れている。
魔法使いはそれを見付けると、女商人をそちらに走らせて、自らは広間の奥、会議室の方へ駆け出した。

南大臣と骨の魔物はすでにそこに入る途中だった。
相手方の気は姫たちを助けに入った女商人に向けられている。
―――当然、骨魔物の銃口も。


魔法使い「……闇の底に膨れ上がる大地の怒りは、瞬く間に噴き上がるだろう!」


魔法使いが呪文を唱えながら飛び出してきたのを見て、骨魔物はあわてて銃を構えなおす。
しかし、それを制して南大臣は扉をばたんと閉めてしまった。


魔法使い「溶岩噴出呪文!」


ぼごおっ、と勢いよく灼熱が広間のカーペットから噴き出した。
しかし、雪崩を打ってぶつかった扉は、ばちばちっと音を立てて、溶岩をはじいてしまう。
跳ね返った溶岩は、玉座を飲み込んでそれを焼き尽くしていく。


魔法使い「結界!? 本気すぎて笑えねーわよ!」

鳥魔物「く……くっさいです! これ臭いんですが!」


魔法使い「ちっ……こいつを締め上げるか?」

女商人「魔法使い! 姫様と侍女の手当てをお願いします!」

魔法使い「毒を食らってるだけでしょ!?」

女商人「あ……! 毒消し草、毒消し草」

魔法使い「……」


魔法使いは鳥魔物の方へ杖を振り向けると、泥に苦しんでいる彼女に毒針を投げつけた。

当たれば―――しかし、鳥は肉体に当たるより先に、膨らんだ羽の先で、毒針を叩き落した。
そのまま勢いよく全身を震わせて、びちゃびちゃと泥を振り払う。
取りきれない泥を壁にこすり付けるようにするが、臭いはなおも残る。

魔法使いは隙をついて魔法を唱えようとしたが、女商人との距離を見て考え直した。
彼女らの方に走りながら、鳥と対峙する位置に回る。


鳥魔物「に、人間ども―――」

魔法使い「いいの? お味方は奥の間に行ってしまったようだけど」

鳥魔物「どいつもこいつも!」

魔法使い「あら? そういえばあんた、北国で活動していたバードってやつ?」

鳥魔物「……!」

魔法使い「なるほどね。北国でタイガーがやられたから、こっちに逃げてきたわけ」

鳥魔物「……虎がやられたというのですかっ」

魔法使い「ええ。北国から報せが届いたわ」

鳥魔物「そんなはずはありません!」

魔法使い(まだよく知らないけど。勇者が行ってるなら何かしてるでしょ)

鳥魔物「……待ちなさい、そういえば、その呼び方、誰から聞いたのです?」

魔法使い「は?」

鳥魔物「その腹立たしい呼び方、それは、あの、悪魔族の馬鹿がしていたものにそっくりです」

魔法使い「側近のことかしらね」

鳥魔物「あの女も生きていたのですか!? 魔王城にいたのに!」

魔法使い「……」

鳥魔物「あの女……! 魔王様が敗れたというのに、生き残っていたんですか!」

魔法使い「……」

鳥魔物「それもべらべらと私達の素性まで……!」

魔法使い(同盟を組んでるとか言ったら血管でも切れそうね、こいつ)

鳥魔物「答えなさい、人間! あの女は魔王様に殉ぜず、おめおめと生き残り―――」

魔法使い「それってあんたも同じよね」

鳥魔物「に、人間」プルプル

女商人「どうして煽るんですか! あと、毒消しじゃ効きませんよ!?」

魔法使い「頭を使いなさい!」

鳥魔物「……あの女は、人間と手を結んだ、ということですか。魔王様を殺した人間と―――」

魔法使い「それもあんたと同じよね」

鳥魔物「……」プルプル

女商人「万能薬、持ってるでしょう!?」

魔法使い「ああ、うるさい」ポイッ

魔法使い「あんたに聞きたい事はあるわ」

鳥魔物「私にはありません」

魔法使い「あんたは側近から、一番の魔王崇拝者と聞いたわ」

鳥魔物「……その通りですが?」

魔法使い(頭の良い振りして、やっぱりこいつもアホね)

魔法使い「そのあんたが、あのハゲジジイの『魔王の復活』に加担するつもり?」

鳥魔物「何を言っているのか―――魔王様の復活など、我が悲願に他ありません!」

魔法使い「……」

鳥魔物「私が……」

魔法使い「ん?」

鳥魔物「私が、闇の力がこの世界から失われていくのに気づいて……」

魔法使い「……」

鳥魔物「どれほど、絶望したか……」

魔法使い「そうね。四天王なんだし、魔王の前にあんたも倒すべきだったかもね」

魔法使い「でも、知らないのよね? あのハゲジジイの言う『魔王の復活』は」

鳥魔物「聞く必要はありません」

魔法使い「いや、あの」

鳥魔物「側近、あの女と通じて、何を吹き込まれたか知りませんが」

魔法使い「……」

鳥魔物「お前達の数匹など、造作なくひねりつぶせるのです」

魔法使い「聞きなさいよ」


鳥は羽の腕を振り上げて、顔の前で交差させた。
人の顔に程近かったそこに、見る見るうちに金のくちばしが盛り上がる。
肩肉が、胸が、筋肉で膨れ上がってくる。


魔法使い「ちっ」

鳥魔物「あの人間も言っていましたね……私達と取引などと」

鳥魔物「勇者ならいざ知らず―――」

鳥魔物「お前達ごときが、愚かな」


くわぇっ、という一声を上げると、空気が震えた。

今夜はこの辺まで。クライマックス近いけど、このスレだけで終わるんだろうか……

―――数刻前、城外裏門。


弟子A「師匠、本気でお城に攻め入る気ですか?」

戦士「別に攻め込むつもりはない。ただ軍を退いてもらうついでに、一言言ってやりたいだろ?」

弟子B「そりゃあ、師匠だけっすよ」

戦士「お前、攻め込まれてたら、嫁さんが死んでたかもしれんのだぞ」

弟子A「お、脅さないでくださいよ」

戦士「それに、魔物の姿も見えた。魔物退治もやってもらわにゃならん」

弟子A「だからってこんな人数でお城に行かなくても……」

戦士「これ以上人を割くと、村の守りが危うくなる」

弟子B「師匠はほんとヤバいっすね」

戦士「何がやべーんだよ」

その時、空から人影が飛び降りてきて、戦士の前で着地した。
背中の斧の留め具を外し掛けて、戦士はその影がよく見知った人物であることに気づいた。


戦士「魔法使い!」

魔法使い「戦士、こんなところで」

戦士「どうした? あのお嬢さんと武闘家は無事に着いただろ?」

魔法使い「ああ、ごめん。ちゃんとは確認してなかったわ」


弟子A「……かわいいな、おい」ヒソヒソ

弟子B「勇者パーティの一人やん、知らんの?」ヒソヒソ

弟子A「マジかよ! あんだけエロい奥さんもらって、パーティでも美女がいたとか師匠勝ち組すぎるわー!」

弟子B「奥さんに言いつけるぜ?」


魔法使い「……何を話してんのよ、あんたの弟子は」

戦士「すまんな。下半身で動いている連中が多くて」

戦士「……女商人が?」

魔法使い「ええ。城内にまで、潜入調査をしているわけ」

戦士「潜入調査ねぇ……」

魔法使い「どう思う?」

戦士「危険だな。あいつは思いつめてやりすぎるタイプだ」

魔法使い「でしょうね。ま、それもあって私はこっちに来たわけだけど」

戦士「っつーか、潜入調査って何を調べるんだ?」

魔法使い「……南大臣が魔物とつながっているところまでは知ってる?」

戦士「知らんな。だが、そういえば、村を囲んだ軍のそばに、魔物がいた」

魔法使い「じゃあ、すでに実験済みなのかしら」

戦士「実験?」

魔法使い「ええ……一から話した方がいい? でも、実験済みだとすると、もう時間がないかもしれない」

戦士「……おい、お前ら! ちょっと集まれ」

弟子A「へ?」

弟子B「なんすか、なんすか」

戦士「一応、先に作戦だけ練っておこう。どうする?」

魔法使い「……そうね。私としては、城内に先行した女商人の救出」

魔法使い「あるいは儀式をやってるとしたら、それを破壊するか、少しでも遅らせたい」

戦士「分かった。じゃあ、やっぱり俺らが敵を引き付けた方がいいだろう」

弟子A「ま、マジですか」

弟子B「ちょっとこの人数じゃ力不足なんじゃあ……」

戦士「だらしがねぇな。何、時間を稼ぐだけだ」

魔法使い「場合によっては突入してほしいんだけど」

戦士「……よし、これも修行だ。命を張れ」

弟子A「む、むちゃくちゃですよ!」

弟子B「まあ、師匠だから仕方ないっすよねー」

戦士「それから、魔法使いは二階へぶん投げてやる。確か王の間は二階だったな?」

魔法使い「……あんたの案はなんでかちょっと飛んでるのよね」

戦士「よし、作戦開始まで待機だ」

弟子ズ『へーい』


魔法使い「……悪いわね」

戦士「構わん、それで、要点だけ押さえて話してくれ」

魔法使い「分かったわ」

魔法使い「……まず、軍といた魔物ってのはどのくらいのレベルの魔物だったか覚えてる?」

戦士「まあ、その辺の雑魚と言っていいのだな。人魂とか、骸骨とか」

魔法使い「そこがおかしくない? そういうやつらは、まあ、スライムなんかはともかく、魔界に追い返したはずよ」

戦士「魔王の闇の力が消えて、弱体したからだったか」

魔法使い「そうね」

戦士「だがそれは、たまたま逃げ伸びていたやつらがいたのかもしれん」

魔法使い「確かにね。私も強力なやつが何体か残っていることは知ったわ」

魔法使い「だけど、雑魚の、とりわけ闇の力がなければこの世界に居続けることができない連中は別よ」

戦士「……要するになんだ。要点が分からん」

魔法使い「『魔王の復活』」

戦士「あ?」

戦士「冗談だろ。魔王はきっちり倒したはずだ」

魔法使い「そうよ。だけど、南国の魔物を研究していた連中は、そのシステムに目をつけたの」

戦士「シス……テム?」

魔法使い「仕組み、組織……つまり、闇の力よ」

戦士「闇の力……」

魔法使い「そう。子どもが殴りつければ倒せる程度のスライムを、凶暴な魔物に変えるのは、その力があってこそ」

魔法使い「その闇の力を、なんらかの儀式を行うことで、魔王並のシステムとして再現すること」

魔法使い「それが『魔王の復活』というわけ」

戦士「……魔物を凶悪化させるってことか?」

魔法使い「それもあるかもしれない」

魔法使い「たとえば、それによって魔物を支配したり、自分の力を高めたりできるかもしれないし」

戦士「そりゃすげー。それで、消えかけていた魔物を復活させたり?」

魔法使い「そういうこと」

戦士「時間がないかもってのは、要するに、その実験が大詰めってことか」

魔法使い「飲み込みが早くて助かるわ」

戦士「しかし、そんなの、よく分かったな」

魔法使い「南国の、計画書をちょっと入手してね……途中で、ビラを撒いたりしたんだけど」

戦士「……よし」


戦士は気合を入れ直した。
魔王そのものではないにしても、魔王並の力を得ようとしている相手とやりあうとなれば、心構えから変えなければなるまい。
小手を擦り合わせてから、顔をパンと打つ。


戦士「後続の連中は来るかな?」

魔法使い「ビラを撒いたわ、間を置かずに行動してくれればいいんだけど……」

戦士「なるほど。いずれにしても、時間が勝負だ。早速やろう」

魔法使い「うん」

戦士は魔法使いの足を抱え上げた。
バランスを取って、彼女が自分の胸を蹴り上げて跳べるように調整する。


魔法使い「スカート、のぞかないでよ」

戦士「勇者じゃあるまいし、そんなことするか!」


ぐっ、と押し上げるようにして戦士が魔法使いを投げる。
勢いよく持ち上げられた魔法使いは、二階の高い位置にある手すりをつかんだ。


戦士(パンツは見えなかったな)


すばやく城内に入り込んだ彼女を見届けると、戦士は弟子達を連れて裏門を叩いた。


戦士「頼みます!」

弟子A「……うわ、マジで堂々と叩いたよ」

弟子B「鬼が出るか、蛇が出るか」

ギイィィィ……


男「……誰だ」

戦士「隣村の戦士というんだが、王様はお休みかね?」

男「戦士?」

戦士「ああ。緊急でお会いした用事があって、裏から訪ねたんだ」

男「……戦士、戦士だと?」

戦士「なんだよ」

男「くひひひひっ、俺、俺だよ!」

戦士「誰だよ」

弟子A「師匠の知り合いってこんなんばっかだな」

弟子B「女の子はかわいいのになぁ」

戦士「うるせーよ」

男「覚えていないか? 男冒険者だよ! もっとも、今は元冒険者だがな」

戦士「本当に誰だよ」

元冒険者「悲しいねぇ。まあ、救国の英雄様は、昔の知り合いのことなんか覚えてもいないか」

戦士「……」

元冒険者「お前のおかげで商売あがったりだった! 魔王なんぞ倒さず、冒険稼業で地道に暮らしてりゃあ良かったんだ」

戦士「その冒険稼業で死んだ連中も大勢いる」

元冒険者「だから!? 弱肉強食って言うだろ。あの頃は、身一つの仕事は腐るほどあった」

元冒険者「それが今はどうだ! あちこちで締め出され、挙句の果ては実刑も食らっちまった」

戦士「しらねーよ」

元冒険者「だが、今は違う。俺は力を手に入れたからな」

戦士「……お前ら、ちょっと下がれ」

弟子ズ『へい!』

元冒険者「ひょっとしたら、お前にも勝っちまうかもな。魔王を倒したお前にも」

戦士「あと、武器の準備」

弟子ズ『へい!』

元冒険者「見せてやるぜ、俺の闇の力をなぁ!」

戦士「お前の力じゃないだろ、それは」


元冒険者の口、鼻、目、耳、あらゆる穴から闇があふれ出してくる。
ぼぉぉぉ、という音も漏れてくる。闇の音色とでも言うべきか、噴出した闇が男の体を覆う。

戦士は後退しながら、背中の留め具を外した。
斧をまず一本、片手に持って構える。
何しろ戦士にとっては、武器を両手に持つ事は考えにくいことだったのだ。
……思い切り振付ければ武器の方が絶えられなくなってしまうので。

肌を闇色に染めていく元冒険者に向かって、戦士はいきなり斬りかかった。

ところが。
がいん、という軽い音ともに斧がはじき返されると、さすがの戦士も狼狽した。


戦士「こりゃ、骨が折れるぞ……魔法使い」

弟子A「げ。師匠相手で傷がつかないとか」

弟子B「俺達じゃ相手にならないってことっすか」

戦士「びびるな! 相手は同時に三人も相手にはできねぇ!」


叫ぶ戦士の視線の奥に、赤い目をした闇色の魔人が数人駆け寄ってきた。
これで、数の上でも有利がなくなる。

戦士は背中の留め具をもう一つ外して、両手に斧を装備した。

魔人はさらに悪いことに、各々武器を持って陣形を組み始めた。
それは整然と隊列を組んで襲い掛かってきた魔王城の魔物を思わせる。

魔人が、次々と襲い掛かる。
戦士は激しく打ち込まれてくる剣戟を片手斧で受け止めながら、ぶしゅぶしゅと息を吐く二人目を振り払った。

もはや弟子に指示を言う暇もない。

前列に立っていたため、三人目の攻撃が鎧に直撃する。
続いて、四人目の攻撃。
しかし、戦士は列に帰ろうとするそいつを、上段から斧で殴りつけた。


ごがぁんっ!


景気のよい音をさせて、四人目が態勢を崩す。
そこへ弟子達が勢いよく武器を突き上げた。
不意をついた攻撃が、突き刺さる―――と思ったのもつかの間、刺さった武器を魔人が引っ張り上げた。


弟子A「うっひー、武器が!」

戦士「手放しとけ! 別の物を使え!」

弟子B「師匠、盾になりますんで」


弟子の一人が組み立て式の大盾を取り出した。
視線と言葉の意味は分かる。戦士に大技を撃つ時間を稼ごうと言うのだ。

しかし―――


戦士「バカ言うな! やつらは強いぞ」


盾を構えて突っ込む弟子と共に、戦士は二丁斧を握って突撃した。
案の定、弟子は盾ごと魔人に押し倒され、そのまま殴りつけられる。
戦士は、さらに馬乗りを試みた魔人の腹を右斧でなぎ払い、残った斧で自分に振り下ろされる武器を払った。

その横合いから、鎖状の武器で打ちつけられる。
文字通り面食らって戦士が頭を振ろうとすると、重ねて次の攻撃。


戦士「ぐっ!」

元冒険者「くひひっ、くひひっ、おもしれぇ、おもしれぇ!」

元冒険者「強いと思い込んでるやつを、横っ面殴り飛ばすのはおもしれぇなぁ!」


戦士は兜に、剣を叩きつけられた。

戦士(くそっ)


視界が回る。


元冒険者「もう終わりかぁ?」


頭が回る。


戦士(クズども!)


斧をつかむ。


元冒険者「英雄も、大したことがなかったな」


さらに、殴られる。


戦士(なりたかったわけじゃねぇ)


くらくらする、すべて。

その中で、戦士はあることに気がついた。
何かが高速で近づいてくる、先ほども聞き覚えのある―――


元冒険者「……なんだ?」


誰かがつぶやいた瞬間、戦士に何かが激突してきた。

激しい轟音を立てて、戦士は強力な攻撃に押し倒された。
続いて次の着弾は、魔人たちの一人に直撃した!


元冒険者「な、な、なんだ!? ぶぐっ」

商人「ぐべぁっ!」

勇者「よっしゃあ! ちゃんと城までついたぞ!」

虎魔物「ちゃんとじゃねーだろ、これ」

勇者「敵だな! おらっしゃああ、突撃っ!」

虎魔物「うるせぇ! まだ肩車かよっ!?」


虎の巨体にまたがった勇者が、剣を振りながらあたりを指し示す。

ふらふらになった戦士が頭を上げる。処理が追いつかない。
戦士の目の前で、太い毛並みの揃った腕が振り落とされる。


勇者「ストップ! タイガーストップ!」

虎魔物「なんだよっ、技の名前みたく言うんじゃねぇ」

勇者「戦士がいるぞ、戦士がっ!」

虎魔物「ああっ?」


戦士「いるぞじゃねーんだよ……バカやろうが……」

勇者はひょいっと虎の肩から飛び降りると、すぐさま戦士の傍に近寄った。


戦士「なに、してんだ、お前……」

勇者「うひょー、戦士が膝をつくとか久しぶりじゃん?」

戦士「うるせぇ……」

勇者「癒しの力を与えよう!」キラアッ

戦士「……ちょっと油断しただけだ」

虎魔物「誰だこいつ」

勇者「魔王を倒したときのメンバーだぜ」

虎魔物「弱そうだな」

勇者「意外と打たれ弱いんだ。攻撃は強いんだけど」

虎魔物「ほうほう」

戦士「おい、あの黒いの、つぶすぞ」

勇者「なんなんだ? あれ」

戦士「魔法使いと女商人が城内に入っている、やつらは邪魔だ」

勇者「ふーん」

虎魔物(暴力的な会話だな)

元冒険者「……あの」

勇者「っしゃあ! じゃあ、ちゃきちゃきっと倒すぜ!」

元冒険者「ふ、ふはは、勇者まで現れたとは好都合……」

勇者「おら、戦士、起き上がれ!」

戦士「あーくそっ、思い切り殴りやがって」

勇者「なんかつぶれてんのいるぞ」

戦士「おい、あいつ引っ張りだしてやれ!」

弟子A「へ、へいっ!」タタッ

虎魔物「そういえば、ここに飛び込んできた時、もう一人吹っ飛んでいったような気がするが」

戦士「うおっ、そういえば、魔物じゃねぇか!」

勇者「遅いよ、戦士……」

元冒険者「聞けよ、お前ら!」

戦士「気をつけろ、連中、硬さだけはある」

勇者「硬い敵……虎、お前、硬いのとやりあったことある?」

虎魔物「蟹の魔物は素手で叩き潰していたからな……」

勇者「ああ、なら、茹でたり雷撃で貫いたりすれば楽だわ」

元冒険者「くっ、くくく……俺を硬いだけのやつと思ったら」

勇者「商人! 早くこっち来いや!」

商人「ひでぇーっすよ、だ、旦那!」バタバタ

元冒険者「……」

勇者「商人、賢者の石持ってろ、賢者の石」

商人「お、重いっすね……」

勇者「それ、売ろうとなったら国家予算分くらいあるから、壊すなよ」

商人「ひい!?」

勇者「回復役はお前な。握って祈り続けろよ!」

戦士「なあ、勇者。時間はないが、一応、聞いてやってくれないか」

勇者「あ?」

元冒険者「……」

勇者「どうしたんだい、勇者さんに言ってごらん?」

元冒険者「……ククク」

勇者「長引くならもう斬るけど」

元冒険者「いいか! お前が魔王を倒したせいで、俺達は職を失ったんだ!」

元冒険者「俺達がどんなみじめな思いをさせられたか、お前に、分かるかっ!」

勇者「そんなに魔王を倒してほしくなけりゃ、最初から魔王軍に加わってれば良かったじゃねぇか」

虎魔物「後ろ向きな志望理由で、部下は採用してねぇなぁ」

元冒険者「……」

戦士「……もういいか?」

勇者「あ、いいこと思いついた」

元冒険者「な、なんだ」

勇者「ここにいる虎は、魔王軍の元四天王なんだよ。倒したら賞金くらいもらえそうじゃね?」

虎魔物「おい、勇者……」

元冒険者「……へっ」

元冒険者「へ、へへへ、笑わせるぜ……」

元冒険者「勇者も四天王もいるってんなら、そいつらを全員倒したら、俺は魔王並ってところか?」

元冒険者「くひっ、くひひっ、そういうのも悪かねぇな」

虎魔物「……不愉快なやつだな。殺すか」

勇者「あ、じゃあ、この場は虎に任せていいかい?」

虎魔物「おい、人間ども。勇者ってのはなんでこうなのかねぇ?」

戦士「知らん」

商人「話が通じないと専らの噂だったんでさ」

勇者「悪いがタイガー。俺達は門でうろうろしている場合じゃねぇんだ」

虎魔物「それは俺もだ。鳥の気配を感じるぞ」

勇者「じゃあ、やろうじゃねぇか! 全員、武器を構えろ!」


見事な号令。
勇者の一団、全員が戦闘体勢に移る。

魔人たちは、思わず後ずさった。

今夜はここまで。

次回! 硬くて黒光りする魔人たちを蹴散らした勇者たち。
広間に到着すると、驚きの光景が広がっていた!

的な感じでお送りしようかと。

書いておりますが、今日もまとまりませんので、明日までお待ちを。
善悪・理非をはっきりと決めているわけではござりませんので、議論は適当になさってくださいませ。


今夜は僧侶人物評。

勇者「僧侶さんは、なんだ、その、かわいいぜ! 面倒だけど」

魔法使い「まあまあ、いい子じゃない? ある意味、腹の底から善人で正義漢よね。貴重な人材だわ」

戦士「酒くらいは自由に飲ませて欲しいわな」

女商人「寝る前に筋トレはどうなんだと……しかも魔物と戦った夜に……」

武闘家「何べんでも言いますけど、僕より攻撃力高いですから」

盗賊「あの子に殴られた傷が、まだ痛むのよ……」

遊び人「……ノーコメント」

マスター「『神に捧げる肉体作り』メニューを作らされたことはあるわ」

貴族「美しいですな! 特に大腿筋がすばらしい!」

僧侶「神様は、私達の健全な肉体を見ておられます。また、いつでも教会においでくださいね」

(人物評ですよ、僧侶さん)

細腕とかどっかで書いたし、多分、アスリート的な筋肉のつき方じゃないかなと……
あとスカラ的なのはもともとの筋力によると思いますし

どうしてこうなったのか一番分からないキャラだ( ´•ω•` )

勇者「だが、俺は剣を捨てるっ!」

商人「ちょっとぉお!?」

勇者「そして雷よっ!」


魔人たちに投げ込まれた剣に向かって、勇者はすばやく呪文を唱えた。
激しい雷が、城の天井すら突き破って剣へと収束する。

しかし突然の攻撃とはいえ、魔人たちは難なくそれを避けていた。
―――ただし、散り散りに。


勇者「とらみぎっ!」


勇者は叫びながら、直進して焼けた剣を拾いに走る。

言われた虎は、相手がこちらを振り向くより先に、右手に避けた魔人の腹を蹴り飛ばした。
轟音と共に、城の壁にめり込ませる。

それを見て、戦士が斧を地面につきたてながら、斧を横手に振り上げた。
今度は、しっかりと、両手に持って。
戦士はちょうど大木に斧を入れる要領で、斜め上から思い切り振り下ろした。

今度こそ、魔人は避けることも出来ず―――


ずだーんッ、という見事な伐採音。


魔人は城の壁ごと真っ二つになる。撃ち込まれた斧の持ち手には、ヒビが入っていた。
周りの魔人どもが戦慄する。

勇者「うひゃひゃーっ! ぼーっとするなよ!」


奇声を発して勇者が元冒険者に襲い掛かる。
無論、戦士に力で劣る勇者の攻撃で、傷がつくはずもない。ないのだが。
いまや誰もが気づいていた。
腕力も防御力も関係の無い、どうしようもないほど恐ろしい人間が、目の前にいる。

元冒険者が振るわれた刃を受け止めつつ、勇者の鼻柱を殴りつける。
見事に当たって勇者は転んでしまう。
しかしそれは、前方に向かって、つまり元冒険者の方への転倒だった。

勇者は殴られたお礼とばかりに、元冒険者の足を取って、そのままひっくり返した。
さらに、股間部分を殴りつける。
激痛に耐え、逆に自分の腕を引っつかんできた元冒険者の腹で、魔法を放つ。


勇者「燃えろッ!」


ズドォン!


自分が焼けることも構わない、勇者の火炎呪文が、元冒険者の腹を焼く。
灼熱の痛みに魔人がのたうちまわる。

振り払ったと思った時には、勇者は別の魔人の元へ体当たりをかけていた。

虎魔物「一匹ずつやるぞ!」

弟子A「応!」

戦士「商人! 斧を投げろ!」

商人「へい、戦士の旦那!」


とっさに上を見上げるその隙に、虎が力いっぱい魔人を殴りつけた。
決して耐えられない攻撃ではない、だが、あまりの衝撃に跳ね飛ばされて動けない。

一矢報いてやるとばかり、別の魔人の手によって、虎の腹に槍が突き立てられた。
しかし、刺さったままの槍ごと体を持ち上げられた時、圧倒的な腕力の差を彼らはようやく認識した。


虎魔物「打ち込め!」

戦士「ああ」


戦士は頷くと同時に、放り投げられた斧を受け取って、そのまま虎の方へと駆け出した。
ぶら下がった魔人がもがく、しかし、間に合わない。

戦士の斧撃は、確実に、ぶらさがった魔人を撃ち抜いた!

元冒険者は、絶望でも怒りでもなく、ただ混乱した。
自分は力を手に入れたのではなかったのか。
勇者よりも強い、少なくとも、戦士よりは強いはずだ。

それが、目の前でさっさと仲間を屠られる様を眺めて、一体、何が起きたのかをすっかり見失ってしまった。

自分の腕ごと焼いた相手が、戦意喪失したと見るや、勇者はすかさず立ち上がって、商人を呼んだ。


勇者「上行くぞ、雑魚にかまうなっ!」

商人「本気っすか!?」

勇者「戦士ー! 後は任せたーっ!」

戦士「早く行けーッ!」


答える戦士の声を受けて、商人が賢者の石を握りながら駆け抜けていく。
一方、それをちらちらと見つめて、虎の魔物が言った。


虎魔物「俺も鳥を追いたいんだけどよ」

戦士「行け行け。数体ならともかく、一匹くらいならもう大丈夫だ」

虎魔物「話が分かるやつは助かるね」


虎魔物もまた、勇者を追って、奥へと駆け出していく。

後には撃ち捨てられた魔人と、戦士の一団が残るだけだ。
戦士は斧を構えなおして、元冒険者に振りかぶった。

元冒険者「くそ……」

戦士「終わりだな」

元冒険者「……なんでだ」

戦士「……」

元冒険者「お前と俺で、何が違う。俺があの時、勇者についていったら、俺が英雄扱いされていたんじゃないか」

戦士「そうかもな」

元冒険者「お前と俺のレベルなんてそんなに違わなかっただろうが。なんでだよっ!」

戦士「知らん」

元冒険者「おかしいだろうがっ、魔王を倒さなくても、俺達は生きられたじゃないか」

戦士「……」

元冒険者「魔王なんか倒さなくて良かった。そうすれば、食いつなぐ分には問題なかった……」

元冒険者「自分の仕事を奪う馬鹿がどこにいる? 俺達は何も間違ってない……」

戦士「正しいかどうかは問題じゃない」


戦士は斧を、両手に持ち直した。
勢いよく振りかぶって、元冒険者の上にぎらりと刃を閃かせる。


戦士「大事なものを奪われそうになったら」


振り下ろす。


戦士「誰だって戦うだろうが」

広間前。

勇者達は、全力で廊下を駆け抜けていた。
妨害多数と想像していたのは、完全に外されて、彼らは入り口にいた連中のほかは、さしたる人影にも会わず、扉の前まで走ってきた。
息を切らせながら、勇者が叫ぶ。


勇者「商人っ、賢者の石使えよ!」

商人「無理っすよ、旦那! なんかこれ集中してないと発揮できねぇ!」

虎魔物「……どれ、貸してみろ」

商人「うわあっ、あ、あんたはでかいんだから、急に話しかけないでくれ!」

虎魔物(どういう理屈だ)

勇者「あーもう、役にたたねぇ! 広間つくぞっ!」


勇者が広間の扉を蹴破る。
彼らの目の前で、鳥魔物が哄笑を響かせていた。

鳥魔物は、目の前の物体を手指で締め上げていた。
ぐちゃぐちゃになったそれが、彼女の指からぼろぼろと崩れ落ちる。

ちょこまかと逃げ回り、即席の罠をかいくぐり、小賢しいちまちました攻撃を加えてくる相手を。
あまつさえ、自身を侮辱した人間を、ようやっと握りつぶした歓喜に、彼女は震えていた。

……ただし、周囲からは、玉座をにぎにぎしているようにしか見えない。


鳥魔物「魔王様の仇を、思い知りなさい!」グワシ グワシ

勇者「なにやってんだ、あいつ」

魔法使い「あまり刺激しないでね。やっと混乱呪文がかかったんだから」

勇者「魔法使い! 無事だったか」

魔法使い「私はなんとか。でも、お姫様とかが……」

女商人「……遅すぎです」

勇者「あれ、お、女商人じゃねーか」

女商人「一体、今まで何をしていたのですか」

勇者「北国に行ってたんだよ」

女商人「あなたが一歩遅れるごとに、苦しむ人が一人増えるのですよ」

勇者「知るか。つーか、なんだよ、その丁寧語。気持ち悪いぜ?」

女商人「……頭の悪い言葉を使ってばかりだと、本気で頭が悪くなりますよね」


ドン、と魔法使いが杖で床を叩いた。


魔法使い「こんなときまでなんなのあんたたち」

魔法使い「早いところこの二人を治療しなさい!」

女商人「……ちっ」

勇者「分かってるよ! ほら、商人!」

商人「わわわ、二人いっぺんは無理っすよ、旦那」

女商人「商人、ネタは手に入った?」

商人「え~っと、まあ、なんとか」

女商人「武具はちゃんと売り切ったの?」

商人「へ、変化の杖とかは自分で使って、折っちゃいまして」

女商人「……で、売上金は」

商人「そんな重いものを持ち歩けるわけないでしょー」

女商人「……」

商人「い、いやいや、ほら、証文もらってますから! ほら!」

女商人「ちゃんと回収できるまで無償奉仕でいいかしら?」

商人「か、勘弁してくださいよっ!」

女商人「ほら、そっちの足を持ちなさい。薬草の効果を高める方法を教えてあげるから」

商人「ううっ、兵士時代だったら不敬罪だな、これ」


商人は、姫と侍女の体を抱えながら広間を出て、廊下に寝かせる。
女商人がそれに付き添って、四人は安全な場所へと逃げ出した。

広間の方から、勇者の声がする。


勇者「そっちのおっさんは!?」

魔法使い「南将軍はもう……」

商人「ひいぃぃ、将軍もやられちまったのかよ! 俺って場違いすぎるよなぁ」

女商人「何を言ってるの。場違いも何も、その場に居合わせたものしか戦えないのよ」

商人「そ、そんなもんすかね」

女商人「……いつだって勇者がやってくるわけじゃないんだから」

商人「旦那は気紛れで行動するからなぁ」

女商人「そういう意味じゃないわ。ほら、服を脱がして、傷の具合を」

商人「うひぃ、もう解雇されたから不敬じゃない不敬じゃない」

女商人(なんでそういうところは真面目なのかしらね)

商人「うわ、血が……」

女商人「くっ……思ったより、あの鳥の攻撃が深手だったのかしら」

商人「応急処置をしたら、なるべく早く医務室に行きたいっすね」

女商人「何言ってるの。お城から全力で逃げるのよ」

商人「そ、そんなにやばい?」

女商人「城内は敵だらけでしょ」

商人「商売って命がけだなぁ」

女商人「今更何言ってるのよ。さあ、私達ができることだけやりましょう」

商人「……うっす!」

鳥魔物が混乱しているのを遠めに、三人は頭をつき合わせて相談をしていた。


魔法使い「できれば、あの鳥をひきつけて、その間に広間の奥へ行きたいのよ」

勇者「なんでだ?」

魔法使い「あの中で『魔王の復活』が行われようとしているの」

虎魔物「魔王様だと……」

魔法使い「また説明しないといけないわけ? というか、なんで魔物がここにいるのよ」

勇者「こっちも説明している場合じゃねぇだろ!」

魔法使い「……あんたは私たちの敵?」

虎魔物「俺は鳥を抑える役目で来ただけだ。だが、魔王様が復活するとなれば……」

勇者「ストーップ! 魔法使い、魔王が復活するのか!?」

魔法使い「しないわ」

勇者「虎、そういうことだ。あと、お前は負けを認めて俺に従うんじゃないのか!?」

虎魔物「……ちっ、しょうがねーな」

勇者「うーし、じゃあ、こうしよう。虎は鳥を抑えに来たんだから、がんばれ」

勇者「んで、魔法使いは広間の奥に行く。俺は露払いだな」

虎魔物「適当だな」

魔法使い「……仲間相手に、戦えるの?」

虎魔物「一度、あいつとも戦ってみたかったからな」

勇者「じゃあ、その線で行こうぜ! あと姫様は……」

魔法使い「女商人たちが、廊下に連れ出したわ」

勇者「よし、んじゃあ、虎、任せたぜ」

虎魔物「ああ」

魔法使い「……後ろの人間たちを襲うつもりじゃないでしょうね」

虎魔物「そうだな、それも可能だな」

魔法使い「勇者、本気でこいつを信用するの?」

勇者「虎、お前はどうしたい?」

虎魔物「……」

虎魔物「魔王様の復活はありえないのか」

魔法使い「側近って分かる? 魔王城にいた」

虎魔物「あの悪魔の小娘か。鳥が嫌っていた」

魔法使い「そう。彼女にも、やつらがやろうとしている計画書を見てもらったわ」

虎魔物「……なんて言ってた?」

魔法使い「『人間にもとんでもないクズがいるもんね』」

虎魔物「……分かった」

虎魔物(要するに、魔王様に対する侮辱ってわけだな)

虎魔物「だったら、俺も腹を決めた」

勇者「じゃあ、早速行くぞ! 魔法使い!」ダッ

魔法使い「叫ばなくても分かってるわよ」


勇者と魔法使いが、鳥魔物の脇を駆け抜けていく。
虎魔物がその後を追い、いまだに混乱から覚めていない鳥魔物の頭を勢いよくぶっ叩いた。

羽根が空中に飛散する。
それほど力は入れていないつもりだったが、と虎が思った瞬間、羽根の乱舞が押し寄せてきた。
虎は頭を腕でかばい、あわせて地面を思い切り踏みつけた。
足元にある冷えた溶岩がめくれ上がり、そのつぶてで羽根を叩き落す。

実を言えば、虎には毒が効きにくいのである。
しかし、いちいち放たれる羽根を律儀に食らってやる必要もない。

さきほどは反射的に攻撃したのだろう。
鳥が虎の姿を確認すると、さすがに驚きの声を上げた。


鳥魔物「と、虎!?」

虎魔物「よう」

鳥魔物「あなた、北国で勇者を片付けていたはずでは!?」

虎魔物「ああ、それは済んだ。済んだから、ここへ来たんだよ」

鳥魔物「なら、あなたも手伝いなさい。魔王様が復活なさるのですよ」

虎魔物「……」

鳥魔物「あ、あなたも、魔王様が亡くなって、寂しそうにしていたじゃあないですか」

虎魔物「魔王様は勇者に倒されたんだろ」

鳥魔物「何を、そんなこと」

虎魔物「実を言うと、俺も勇者に負けちまった」

鳥魔物「……何ですって」

虎魔物「正確には復数人にやられたんだがな。とにかく、もう、負けは負けだね」

鳥魔物「魔王様が復活すれば、話は別です!」

虎魔物「復活してどうすんだ」

鳥魔物「は……?」

虎魔物「確かに俺も復活はうれしい。だがそれをやってるのは、魔物じゃない、勇者と敵対している人間じゃないのか」

鳥魔物「……」

虎魔物「人間に復活させられれば、魔王様とてその人間に顧慮を払わないわけにはいかねーだろ」

虎魔物「そんなみじめな王に仕えるのか、俺らは」

鳥魔物「そ、そんなこと……」

虎魔物「じゃあ、どうするって? ま、みじめに生きるよりは、さっくり死んだ方がいくらかマシだと思うわけだ」

鳥魔物「……」

虎魔物「もちろん……」

鳥魔物「お前は負けたからでしょう! 私は負けていない!」


鳥魔物は羽根を大きく広げた。
禍々しい空気が虎に向かって流れ込んでくる。

虎は、それを胸いっぱいに吸い込みながら、嬉しそうに応えた。


虎魔物「その通り、だから、お前も、やる気でやってくれよ!」


虎魔物が叫んだ。
身を低くすると、その頭上を激しい風の斬撃が通過していく。
転がるようにして鳥の近くへ、虎が近づいた。

鳥は大きくバックステップで間合いを広げると、爪をかざして窓のガラスを切り裂いた。
飛び散ったガラスの破片を風に乗せて、虎にたたきつける。

虎が右手に避けると、足に鋭い痛みが走った。
ばら撒かれた羽根が、なにかまきびしのように硬くなっているのだ。


虎魔物(ちまちまと面倒くさい……!)


大胆な攻撃と、陰険な攻撃を組み合わせて襲い掛かってくる。
その上、虎と引けを取らぬ腕力の持ち主。
それが鳥魔物だった。

全力を出させてもらえない不満を飲み込むと、虎は相撲を取るような格好を取った。
例の身を縮めて伸び上がる攻撃姿勢に、鳥魔物も間合いをさらに取る。

取るのはいいが、そのままでは勇者たちに奥の間へ入られてしまう。


勇者「おい、まだか!?」

魔法使い「結界が強すぎるのよ……」


二人がしゃべっている様を、鳥が横目でちらと見る。
その瞬間、虎魔物が飛び出した!

もちろん、全力で走って飛び上がったとしても、鳥魔物に届くはずがない。
虎は彼女の横にぶら下がっていた分厚いカーテンに飛びついたのだ。

びりいぃっ!

豪快に爪をふるって引き裂くと、それを手早く丸め取って脇に抱える。
そして、丸めたカーテンを持って鳥魔物の方に走り出した。

拍子を一つ外された鳥は、急な進路変更に戸惑いつつ、あわてて羽根を飛ばす。
その打ち出された羽根と、鳥魔物に向かって、虎が丸めたカーテンを投網のように広げる。

そのままカーテンに絡めとられるわけにもいかない。
鳥魔物は広げられたカーテンから右方向へ脱出する。

その姿を、虎の腕が捉えた。


ずどん! という激突音。


まさしくそれは激突だった。
虎は腕と牙で鳥に食らいつき、鳥はそれを振りほどこうと爪で虎の顔面を滅多に切り裂き、打ちまくる。
絡み合って、二体の獣が広間を転がっていく。

どちらかの絶叫が何度か上がり、何回転かしたところで、鳥魔物が虎を投げ飛ばした。

少しふらつきながら、二匹が立ち上がる。
互いに顔面を真っ赤に染めて、片方はにやりと笑い、もう片方は反吐を吐く。


鳥魔物「虎、虎っ!」

虎魔物「おう、いい顔になってきたな」

鳥魔物「なぜ邪魔をするのです!?」

虎魔物「邪魔じゃねーよ。俺はお前とも戦いたかったのさ」

鳥魔物「私が、魔王様を失って、どれほど、苦しんだか……!」

虎魔物「それで勇者への八つ当たりじゃ、つまらんわな」

鳥魔物「お前には、魔王軍の資格はありません!」

虎魔物「ありがてぇ、ずーっと魔王軍やめて、魔王様とかと戦いたかったからな」


さらに二体が取っ組み合おうとしたその瞬間、扉の前にいた魔法使いが叫んだ。


魔法使い「勇者、離れてーっ」

勇者「うおっ」


魔法使いが勇者を突き飛ばす。
奥の間の扉が爆発したように吹き飛んで、魔法使いを押し倒す。

二体が思わずそちらを見やると、闇色の空気がじわりとそこから漏れ出していた。

魔物たちは感じていた。
その闇の匂いはちょうど、魔王の闇の力に似ていると。

今夜はここまで。

血みどろ格闘をさせてすまぬー……虎鳥ー……

魔法使いが人気なのかな
まあ、一番地雷臭がしないタイプだけど

『○月×日

今日も勇者は来なかった。
せっかくなのでカーペットを洗濯したら、寒さで凍った。

部下の氷の魔人が「ぶっちゃけ嫌がらせっすよね……この任務」とつぶやいていた。

多分、俺が訓練だからと調子に乗って、魔王城の連中を一通り病院に叩き込んだせいだと思う。
すまねぇ、みんな。』


これに需要があるんか(´・ω・`)
本日の投下はもう少し待っておくれ。

破裂した扉の向こう側から、南大臣が姿を見せる。
続いて、骨の魔物が。
最後に、真っ黒い球体が、広間の方へ転がって出てきた。

むわっとした黒い霧が、球体から発せられる。
思わず咳き込んで、勇者が魔法使いを引きずりつつ、距離を取る。
だがその勇者の腕を、骨魔物の銃弾が、ドン、と一つ穿たれた。


勇者「でっ……!」

南大臣「これは勇者殿。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

勇者「……こりゃなんだ?」

南大臣「わが国王、そして『魔王システム』の核です」

勇者「ふーん」


虎魔物「人間、今なんて言った?」

南大臣「ああ、喜びたまえ、これが君達魔物とも共存できる、『魔王システム』だ」

虎魔物「そのへんてこな球体が魔王様だってのか?」

南大臣「魔王ではない。魔王のかけらを集めて、その闇の力を利用できるように調整されたシステムであって……」

鳥魔物「かけら……?」

南大臣「……魔王の本質は、魔物を強化し、統制し、的確に運用する、闇の力にある」

南大臣「優れて魔力の高い魔物であった魔王は、それを個人で操っていたようだが、やつが死んでもそれを利用できる画期的なシステムだ」

南大臣「そのために、魔王の死体からいくつか『かけら』を集めさせていただいた」

鳥魔物「……」

南大臣「見よ、闇を奪われた骨魔物の彼も、力を得て活き活きと動いている」

骨魔物「活き活きは言いすぎだ……」カラカラ

南大臣「君達も感じるだろう、魔王の闇の力を」


吹き付ける波動は、確かに懐かしいざわめきを彼らに与える。
しかし、鳥魔物と虎魔物は、その感覚にこそ、激しい嫌悪感を覚えた。


南大臣「しかもこれのすばらしいところは、人間も利用できることであって……」


びゅばっ、という音が広間をよぎり、南大臣に突き刺さる。
鳥魔物から放たれた羽根が、まっすぐに大臣の頬に突き刺さったのだ。

南大臣はしかし、それをつまらなそうに振り払って落とす。
突き刺さった痕のひとつ、ふたつも見当たらない。


南大臣「……このように、些細な攻撃を物ともしない」

鳥魔物「人間、よもや、これが『魔王の復活』などと言うのではないでしょうね」

南大臣「その通りだ。魔王の統治能力を、人間も利用できれば、きっとすばらしい社会が作られる」

鳥魔物「そのくだらんクス玉が統治能力ですって?」

南大臣「システムの核と言った。魔王がいかにして、世界中に魔物を送り込むことが出来たか、それを再現できるのだぞ」

鳥魔物「……」

南大臣「まあ、君が魔王シンパであることは聞いていた」

鳥魔物「……」

南大臣「だが、個人では強大な力やシステムを使いこなす事は出来なかった」

南大臣「人間も同じことではないか、たった一人がすべてを決め、すべてをこなす」

南大臣「……実際に、魔王は敗れ去ったではないか」

鳥魔物「魔王様を侮辱しないでください」

南大臣「では、勇者殿でも良かろう」

勇者「俺がなんだってんだよ」

南大臣「……勇者殿。あなたは、魔王を倒した後、何をされていましたか」

勇者「ごろごろしてた」

南大臣「それ以後ですよ。わが城内に武器を持って押し入るまでの間です」

勇者「北国で、ほれ、戦ってた」

南大臣「……北国で内乱の手助けをしていましたな」

勇者「……ちょっと待て。魔法使い助けるから」ガラガラ

南大臣「……」

南大臣「魔王を倒すほどの力を持ちながら、一国の争いを収めるどころか、内乱の火種を炎にする」

南大臣「各国の不安材料だった魔物を残したまま、それを討伐することもしない」

南大臣「……力を持て余して、秩序を乱す冒険者どもと同じだ」

勇者「いや、勇者は便利屋じゃねーし」

南大臣「便利屋ならまだマシですな! 救世の英雄が、わが国ではたかりのような生活を送ってはばからない!」

勇者「だから、仕事を探してただろうが」

南大臣「数ヶ月も経ってから、でしょう」

勇者「そりゃそうだろ。姫様と結婚して、永久就職いけるか! って思ってたし」

南大臣「……し、正直が過ぎるのではありませんか?」

南大臣「とにかく! お分かりでしょう」

南大臣「いかなる力の持ち主でも、それが個々人に属している限り、真に使いこなすことなどできないということが」

虎魔物「わけが分からんな」

勇者「まったくだ」

勇者「いいか、ハゲジジイ。だったらてめぇはどうなんだよ」

南大臣「私は、陛下とともに、人間の跳躍を目指しました」

勇者「はっ、ジャンプくらい、誰でもできるわ」

南大臣「比喩ですよ。勇者殿にしか出来ないことを、人類全てが出来たらどうなりますか」

勇者「俺にしか出来ないことは、雷呪文くらいなもんだろ」

南大臣「……魔王を倒すことが、誰にでも出来るなら」

勇者「勇者の価値がなくなる」

南大臣「そうではありません。誰もが活き活きと生きられるのです」

南大臣「そればかりではない、元来、力において人に勝る魔物とも共存し、生きていくことが可能だ!」

勇者「だってよ?」

虎魔物「気持ち悪いってのは強者の意見か、骨」

骨魔物「……少なくとも」


骨魔物は、カタカタと顎を鳴らす。


骨魔物「四天王の方々と違い、我々は魔王様の闇の力を無くしては、この世界では生きられぬ」

虎魔物「ふん! それは魔界に帰りそびれたのが悪いんだろうが」

鳥魔物「……」

南大臣「虎の方は気づいているようですな。ご自身の意見が、強者の論理だと」


南大臣の笑顔を見て、勇者は床に唾を吐き捨てた。


勇者「俺が馬鹿だと思って、煙に巻こうとしているだろ」

南大臣「……なんですかな」

勇者「仮にこれで全員が強くなっても、相対的に弱いやつらが苦しむだけだろ」

南大臣「……」

勇者「北国の内乱もさー、元は孤児院が襲撃されたから反撃したんだよ」

勇者「子どもが攻撃されたんだよ」

勇者「僧侶さんは、それで腹が立って戦っただけだ」

南大臣「それはしかし、政治的に影響力のある人間が孤児院を作っているからでしょう」

勇者「関係ないだろ、そんなもん」

勇者「間違うときは、集団でやっても間違うんだよ」

勇者「お前らが今やってんのも大間違いだ」

勇者「いいか、今すぐその変な球体を引っ込めろ!」

南大臣「……あなたには弱者の思いは」

勇者「知るか! 俺はエスパーじゃねーんだよ」

鳥魔物「……もういいです」


鳥魔物が静かにつぶやく。


鳥魔物「お前達は、魔王様を侮辱しました」

鳥魔物「それだけで、私にとっては十分すぎるほどです」


突然、鳥魔物がくわぇーッと奇声を発した。

全員が驚いて固まる中、鳥魔物は翼を広げると、一直線に跳躍した。

南大臣が、身構える。
その横合いで、骨魔物が銃を乱射した。

銃弾を魔風によって吹き飛ばす。
鳥はその場にいた誰をも無視して、「くだらんクス玉」に爪を立てた。
がりっ、という引っかき音が鳴り、その右爪を叩くようにして左腕で球体を殴りつける。


南大臣「き、貴様!」


大臣のあせるような声。
骨の激しい銃撃。
そして、後に追いすがる虎の影。

それらを無視して鳥はひらりと舞い上がり、今度は球体の上部を殴りつけた。


鳥魔物「こんな、こんなくだらんものを……!」


うなりながら、さらに彼女の怒りが加速していく。

上方に飛び跳ねた鳥に釣られて、全員の意識が勇者に向いていない。

そこで、勇者はようやく魔法使いの様子がまずいことに気づいた。

雷撃呪文でも撃つべきかと考えた勇者の腕の中で、魔法使いがぬる、と赤色をにじませている。
勇者の怪我から移った血ではない、彼女自身の頭部から流れている血だ。
荒い息を吐く魔法使いに、回復の呪文をかける。


勇者(やべぇ、なんだこれ)


思ったより、回復が効かない。
……いつのまにか、闇の力が広間に充満し、魔法が効きにくなっている!


魔法使い「……ハァ、ハァ」

勇者「ま、魔法使い!?」

魔法使い「……出た?」

勇者「うん、出た」

魔法使い「まずいわ……儀式を、済ませる、前に」

勇者「しゃべんな! どうするかだけ、言え!」

魔法使い「て、撤退……」

勇者「いやいやいや」

勇者「だってあれ、壊れやすそうだぞ?」


見ているうちにも、鳥魔物が球体に傷を付けていく。
傷口から、黒い霧が噴出してきている。


魔法使い「暴走……」

勇者「ま、魔法使い!?」


連戦で疲労が溜まっていたためか、魔法使いは息を荒くしたまま気絶する。
勇者が仕方なく、彼女を引きずりながら移動しようとすると、虎魔物が飛び込んできた。


虎魔物「……勇者!」

勇者「おう、虎! まずいぞ、あれ、暴走するらしいぞ!」

虎魔物「ちっ、鳥のやつも暴走してやがるからな」

勇者「どうする、なんか魔法も弱まってるし!」

虎魔物「……」

勇者「とりあえず、俺があの骨をぶん殴って……」

虎魔物「いや、どうせなら一度撤退しろ」

勇者「お?」

虎魔物「その女がこの事態の知恵を握ってんだろ」

勇者「そりゃそうかもしれんが」

虎魔物「なら一旦、退いて、そいつの傷を癒せ」

勇者「おい……」

虎魔物「態勢を整えるだけだ、早くしろっ!」

勇者「バカ言え!」

虎魔物「鳥を押さえるのは、俺の役目だと言ったろう」


ずがあっ!


勇者「……今、なんかすげー音したぞ」

虎魔物「ほれ、もうそいつ死にそうじゃねーか。早く行け」

勇者「ばっか、お前、ここで逃げられるか」

虎魔物「あー、もういい」ヒョイ

勇者「ちょっと待て」


虎魔物が勇者と魔法使いを抱え上げる。
抗議を無視して、それを広間の向こう側へと、した投げで思い切り放り投げた。

勇者「うおおおっ!」


空を飛んでいたのは何秒か。

勇者が着地をしたのは、広間の端を越えて廊下のあたりだ。
同じく投げ飛ばされた魔法使いも、妙な格好をして床に滑り込む。


勇者「魔法使い、無事かっ!」

商人「旦那!?」

勇者「うわ、お前ら」

女商人「どうしたのですか、ま、魔法使いまでこんな様で」

勇者「ちょっとしたうっかりミスだ! こいつは任せるっ!」


叫んで勇者が再度飛び込もうと、広間を覗き込む。
すると、その勇者の顔に、嫌な薄気味の悪い風が吹き寄せてきた。

奥の方が、完全に黒い霧に覆われている。
隙間から見える、その光景に、勇者は息を飲んだ。

球体がぱっくりと、割れている。
その中に、どろりとした人型のモノがうごめいている。
それも一つや二つではない、みっしりとつまっている……。

割れた球体の周りで激しくぶつかり合う影。
しかし、それをはっきりと見る間もなく、鈍く腹に響く衝撃が、勇者たちに向かって来た。


ずずぅぅぅんん―――びりっ、びりぃぃぃ―――


肌に衝撃がまとわりついてくる。
皮膚を持っていかれるような重みを感じて、勇者は嫌なものを感じた。
とうとう、叫ぶ。


勇者「―――全員、撤退!!」


返事もしないで、女商人は軽い侍女を抱きかかえると、すぐさま走り出した。
その後を商人が追う。

勇者は魔法使いを背中に無理やり乗せて、全力で逃げ出した。
ぐったりと勇者にもたれかかってはいるものの、呼吸音が首筋にかかってくる。


勇者「ちっ、マジかよ、俺が、逃げる、とはな」

魔法使い「はっ、はっ、はぁっ……」

勇者「ったく、こいつを、背負うのも、久しぶり、だし……」

魔法使い「城下町……避難……」

勇者「しゃべんな! やるから!」

城外。

ずぅぅんん、ん―――



戦士「……なんだ?」

弟子A「なんか、音しましたね」

弟子B「やばい感じがするっすね……」


勇者「―――うおおおおおい! 戦士ぃいいいいいい!」


戦士「あいつが血相変えるとは、何の冗談だ」


勇者「撤退ぃいいい! 避難んんんんんん!」


戦士「……おい、お前ら」

弟子ズ『へい!』

戦士「早く荷物まとめろ! 町の人に逃げるように指示を飛ばせ!」

弟子A「い、今からっすか!?」

弟子B「無理があるっすよ」

戦士「いいから行け、できる限り、俺たちの村の方まででも後退しろ!」

弟子ズ『……分かりやした!』ダッ

戦士「……勇者!」

勇者「逃げるぞ! なんかやべー!」

商人「冗談やめてくださいよ!」

戦士「魔法使いは!?」

勇者「頭を打っただけだ! 多分!」

女商人「……向こうに丘があります。そこまで死ぬ気で走りましょう!」

戦士「おい、商人。姫様は俺が抱えてやるから、寄越せ!」

商人「頼みますっ、もう、人を抱えるのは、無理っ!」


戦士が姫の体を受け取ったとき、振動が城の奥から走り抜けた。
窓ガラスが次々と割れて、フレームはゆがんではぎ落ちていく。
石積みの城がごとごとと揺れ動き、まるで生き物のようにうねり始めた。

いよいよ時間がない。

勇者は全員を励ましながら、その後を追いかける。
ふらふらになって走るもの、がちゃがちゃと鎧を鳴らして駆けるもの。
それらの背後を守りつつ、勇者は振り返った。

闇色の球体が、城を包んで膨れ上がっていた。

城内。

闇に包まれている中で、魔物たちは盛んに動いていた。
何しろ闇の力は、魔物たちを凶暴に、強力にさせる「システム」なのだ。
その球体から発せられる瘴気は、新たな魔物さえ産んでいた。

……しかし、虎はそれが制御されたものではなく、暴走した結果であることを知っている。

鳥がぱっくりと割った球体の中に、うごめく人型を見かけて、虎は思い当たった。


虎魔物(そういえば、あの人間が言っていたな。「わが国王」と)

虎魔物(国主を犠牲にしたというのか……それとも、良かれと思ったのか?)


その自慢げにしていた人間は、噴き上がる瘴気に当てられて、近くに倒れている。
虎はそれを足蹴にすると、闇雲に銃を放っている骨をぶん殴った。

続いて、跳ね回る鳥の姿を見やる。
見れば、彼女の全身は闇の力でぱんぱんに膨れ上がっている。

過剰なのだ。

虎も感じていた。
闇の力が全身に流れ込んでくる、それはいい。
問題は、その力が、自分でも操ることが出来ないほど、過剰に流れ込んでくることだ。


虎魔物「……鳥ぃっ!」

虎魔物「鳥、聞こえるだろうがっ!」

鳥魔物「……! ……!」


鳥魔物が何かを叫ぼうとしている。
しかし、頭の先から喉にいたるまで、無理やり物を詰め込まされたように彼女は腫れ上がっている。

虎も、頭が沸騰したように熱くなってくる。


虎魔物「鳥、とりっ!」


指先が腫れ上がって重みを増す。
爪が熱を持って、弾け飛ぶ。

弾け飛ぶ―――もう、活発に動くどころではない。
過剰な魔力が彼らの体を崩壊に導き始めていた。

虎魔物は、闇の中をもがきながら、割れた球体にしがみついた。
鳥魔物が、転がって虎の方に向かってくる。

鳥が、腫れ上がった腕で、球体の中にいる人型を引き裂いた。

虎は、その鳥を殴りつけて、押し倒す。


虎魔物(くそったれ、こんなつまらん―――)


虎の意識が途切れた。

今夜はここまで~。

―――山の中。

魔法使い『もう、降ろしてよ……』

勇者『アホか、今日中にもう一山越えるってのに、お前は歩けるのか』

魔法使い『山を越えるのにこんな調子じゃ、あんたが潰れるでしょ』

勇者『ぐははっ、俺の体力は人並み以上だからな!』

魔法使い(確かに、こいつ鎧の魔物に一人で突っ込んで、ぼっこぼこにされても死ななかったし……)

戦士『勇者、そうは言っても休憩しよう』

僧侶『少し寒くなってきましたし、無理をしてはいけません』

勇者『ええ~っ、ほこらが見えてるわけでもねぇのによー』

魔法使い『なに、それとも、私の胸が気になるって言うの』

勇者『投げ捨てるぞ』

戦士『まあ、体力ないくせに、魔法使いは大きいからな』

勇者『あ、それは俺も思うわ』

僧侶『お二人とも……休む覚悟はよろしいですか?』

切り株。

戦士『まあ、しかし、なんだ。思ってたよりもお前らタフなんだな』

勇者『んあ?』

僧侶『そうでしょうか』

魔法使い『……馬鹿にしてるの?』

戦士『厭味じゃないから、聞いてくれよ』

勇者『ふっ、まあ、何しろ、勇者だからな』

戦士『ほら、俺はともかく、お前ら全員、冒険するのは初めてだろ?』

勇者『おい聞けよ』

魔法使い『そうでもないわ……私は父親の事業が失敗して夜逃げしてから、ずいぶん冒険まがいのことはしたし』

僧侶『なるほど! それで野宿支度の手際がお上手だったのですね!』

魔法使い『無自覚なのよね、それは』

僧侶『え? え?』

戦士『それにしちゃ、ずいぶん体が弱いな』

魔法使い『この仕事を選んでからは、太陽を見る機会が少なくなったから。手に職をつけるのも大変だったわよ……』

勇者『不健康なやつだな。体も軽いし、ちゃんと食ってんのか』

魔法使い『そりゃあんたと比べれば食べてないけどさ』

僧侶『ダメですよ、勇者さん。各人の食べる分量は、度を越してはならないのです』

魔法使い『……僧侶の食べる分量は相当あるわよね』

僧侶『ええ。最近も少し、成長していまして』

戦士『ヒットマッスルがな』

勇者『上腕筋って言えよ』

僧侶『そうなんですよ~! 神父様に言われたとおり、肉体を鍛えれば神様は答えてくださると言うことですよね!』

戦士『女子力か』

勇者『女子力だな』

魔法使い『私、筋肉の話題で盛り上がるのは女子と違うと思う』

僧侶『筋肉は盛り上がってますよ?』

魔法使い『……』

勇者『まあでも、お前も筋トレくらいしろよ』

魔法使い『毎日冒険で移動しているのに、それに加えろと?』

戦士『いいじゃねぇか、お互いの弱いところは助け合うのがパーティーだ』

魔法使い『……それは傷の舐めあいって言わないかしら』

僧侶『魔法使いさん。私達に傷はありません』

勇者『そうだぞ。俺の親父も、一人で冒険して死んじまった口だからな。強がって死ぬより全然マシだ』

戦士『……』

魔法使い『そうね……ごめんなさい』

僧侶『むしろ、魔法使いさんがいなければ、私達、きっと生き残れませんでしたわ』

戦士『まあな。こいつが突っ込んで、遺跡の罠を作動させたりしたときは……』

勇者『ああー、うっせうっせ!』

魔法使い『じゃあ、私も、強がりはやめるわ』

勇者『当たり前だろ、そんなもん!』

魔法使い『とりあえず、町までおぶってもらおうかしら』

勇者『ま、町まで!? 山越えたら降りろよ!』

魔法使い『弱い私を助けるのがリーダーの務めでしょ』

勇者『弱くねぇよ、お前は。強かっつーんだよ、それ』

すまないが、今夜はここまで。

問:僧侶は何番か

http://www.buzzfeed.com/rickye/female-bodybuilders-strike-a-pose-201k

>>935
かえって余計な筋肉がつきすぎている感じがしますね
長距離選手に筋肉を載せたようなイメージなので、腕がふとすぎる気がします
強いて言うなら13番でしょうか? しかしこれも太すぎる感じがします

なぜ昨日は真面目に論評していたのか……しかも通常時を想定してるし

どーでもいいですが、スカラ的なモードを書いたくらいの頃から、寝る前の筋トレが日課になってます

―――テント。

魔法使い「……」

魔法使い(夢か……)

魔法使い「……!」

魔法使い「夢!?」ガバッ

僧侶「いきなり動いてはいけません!」

魔法使い「そ、僧侶!? 北国にいるはずじゃ、あ、これも夢……?」

僧侶「違います。殴って確かめましょうか」

魔法使い「あんたに殴られたらまた夢を見そうだわ」

僧侶「そんなことはないと思いますが」

魔法使い「まあ、でも、どうしてここに」

僧侶「北国で私が為すべき事はめどがついたのです。南国の危機を聞きつけて、それで……」

勇者「……ん、お!」

魔法使い「ゆ、勇者」

勇者「目が覚めたのか! ちっきしょー、お前がいないと作戦会議できねーだろっ!」

僧侶「勇者様! お触り厳禁です!」

魔法使い「……勇者。どうなったのか、言いなさい」

勇者「あれ見ろ」


勇者がテントの外を指し示す。
その先には、城にぎゅうぎゅう詰めになっている黒色の球体が、今にも弾けんばかりに脈打っていた。


勇者「鳥の魔物があの中の球体を割って、ああなっちまった」

魔法使い「……そう」

勇者「あの状態で一時停止はしているが、どうしようもねー」

勇者「魔法も効かんし、武器もよく分からん」

勇者「大体、あの闇の中に入ってると、息苦しくて力が抜けるしな」

魔法使い「そりゃそうよ。魔王の、闇の力を再現したものなんだから」

僧侶「あれが、闇の力だと?」

魔法使い「魔王城に突入したときとか、魔王と戦ったとき、感じてたでしょ?」

勇者「おーおー! そういや視界も悪くなってたしな」

魔法使い「あれは魔王が薄めて世界中に張り巡らせていたけど、今はあそこに集中しているからとんでもなく濃いわ」

勇者「で、打つ手は?」

魔法使い「……多分、ないわ」

勇者「おいおい」

魔法使い「だって、あの闇の力を振り払うとき、光の玉って使ったでしょ?」

勇者「ああ、使ったな」

僧侶「あの、魔王が魔法を食らうようになったあれですね?」

魔法使い「そう、あれ」

勇者「じゃあ、それを使えばいいじゃん」

魔法使い「魔王を倒すときに使っちゃったのに?」

勇者「……お、おう」ポン

魔法使い「だから、儀式を始めさせる前に止められればよかったんだけど……」

僧侶「……魔法使いさん」

魔法使い「なに?」

僧侶「この際、お聞きしますが、あの禍々しい力を、人間が復活させたというのは本当ですか」

魔法使い「本当よ、南大臣が、魔物と協力して」

僧侶「なんと愚かしいことを。魔物に操られていたとはいえ……」

勇者「いや、あの大臣は、自分でやってたけどな」

魔法使い「うん」

僧侶「なんてことを!」

魔法使い「なんてことをって言われてもねぇ」

勇者「あいつ、勇者が嫌いみたいだったからな」

僧侶「好き嫌いで世界を滅ぼそうとしたのですかっ!」

魔法使い「良かれと思ってやったんでしょ。多分」

勇者「ああ、そうっぽかったな」

魔法使い「……ま、敵を私達だけに設定したのがまずかったのね」

勇者「どういうことだ?」

魔法使い「人間の魔法や行動は制限されるけど、魔物は活発になるでしょ、あの力って」

魔法使い「だから、鳥の魔物が攻撃していたって聞いて、ああ、案の定って思ったわ」

勇者「魔物は味方だと思ってたから、対策を練ってなかったのか」

魔法使い「そういうことね」

僧侶「何の話か分かりませんが、あれを放置してはおけませんよ!」

魔法使い「いや、打つ手がね……せめて、何か、対抗できる道具があれば……」

勇者「……」

魔法使い「計画書に、何かあったかな……でも……」

勇者「やっぱり、俺が突入すっか」

魔法使い「はぁ?」

勇者「ん……あの場では、お前も倒れたしな。撤退は間違ってなかったとは思うが」

勇者「闇の力に対抗するなら、光の力といえば、俺の雷撃呪文が一番だろ?」

僧侶「そ、そうですよね」

魔法使い「あんた一人の魔法で足りるわけないでしょ」

勇者「それはどうか分からん。とにかく、核さえぶち抜けば、どうにかなるんじゃね」

魔法使い「……核を叩く必要はあるわ。でも、下手を打てば、国一つ滅ぶわよ」

勇者「もう城が滅んでるんだから、いいじゃねぇか」

魔法使い「良くない! 万一のことがあれば、世界中に飛び散る可能性もある!」

勇者「放っておいても、いつぶっ壊れるかわからんだろうが」

魔法使い「あ、あんたね……頭を使いなさいよ」

勇者「だから、使った結果だ」

僧侶「ゆ、勇者様……」

魔法使い「何、もしかして、責任を感じちゃってるわけ?」

勇者「あ?」

魔法使い「あのハゲジジイに責められたこととか、気にしてるとか」

勇者「別にあのジジイに言われたからじゃないが……」

勇者「俺も考えてはいたんだ」

魔法使い「何をよ」

勇者「なんつーかさ、俺は、それなりに力のある人間だって自負はあるわけよ」

僧侶「それはもちろん、勇者様ですから」

勇者「うん。でもな、魔法使いが言ってたみたいに、俺って存在だけで、疎ましがられるっつーか」

魔法使い「……」

勇者「なんか、俺が魔王を倒さなければ良かったんだ、みたいなことも言われるし」

勇者「ばっさり切り捨てるより、魔王と共存したほうが良かったんじゃね、みたいにも思ってな」

魔法使い「あのね」

勇者「まあ、聞けや」

勇者「だから、ほれ、連れてきてたけど、虎の魔物。あと竜魔物とかも」

勇者「話してみると変な連中だが、まあまあ面白いやつらだったし……魔王とも、そうできたのかなーって思うとな」

僧侶「ま、魔王は子ども達の親を奪い、村や国を襲ったのですよ」

勇者「まーな! 俺も親父をやられたし、復讐心もあって一生懸命だったし」

勇者「けど、そうじゃない未来もあったのかもしれねーと思うと」

勇者「ちょっと、嫌な気分になる」

勇者「考えてみりゃ、あのハゲジジイも、俺を過剰に意識しなければ、あんなことをしなかったかも知れん」

魔法使い「そんなの……妄想よ。結果論よ!」

勇者「お前も前に言ってたじゃん。勇者はうかつに手を出せない存在だって」

魔法使い「……」

勇者「魔物とは手を組めるのに、俺とは組めなかったわけだ。そりゃそーだわな、俺はコントロールできない」

勇者「魔物とも『協力』できなかったけどな! ぶはは!」

僧侶「ゆ、勇者様は、正しい道を、選んできました」

勇者「ほんとにそうかな」

僧侶「そ、そんなこと……」

勇者「誰もが話のダシに俺を使って、すねたり、ねたんだり、言い訳にしたりする」

勇者「だったらいっそのこと、世界征服でもした方がマシだったんじゃねぇの」

魔法使い「……」

勇者「俺はしたくないから、しなかったけど」

勇者「でも、少なくとも、そうだな、世界を救うついでに亡くなってくれた方が、世界にとっちゃ、良かったんじゃねーのか」

勇者「だったら、まあ……」

魔法使い「……ない」

勇者「あ?」

魔法使い「そんなことは、絶対に、ない」

魔法使い「たとえ、世界中が、あんたが必要ないって思ってても……」

魔法使い「私は、あんたに、いて、ほしい」

勇者「お?」

魔法使い「私は、あんたに、何度も背負ってもらったのに……」

魔法使い「……」

魔法使い「……勝手なことはやめてよ」

勇者「お、おお?」

魔法使い「私は! あんたを見返したくて! 独立しようってがんばってたの!」

勇者「み、見返すってな。俺は魔王倒したらニートだったし」

魔法使い「そんなの、関係ないわよ!」

魔法使い「あんたがいなくてもやれるんだって、事務所開くまで走って走って」

魔法使い「結局、あのジジイの計画に手を貸しちゃうし、最悪だったけど」

魔法使い「あんたが、引っ張ってくれなかったら、今度のことだって何もできなかった」

魔法使い「分かってんの!?」

勇者「そ、そうか」

僧侶「そうです!」

勇者「お、おう?」

僧侶「勇者様は、冒険の途中でも、率先して苦しんでいる子ども達を助けてくださいました」

僧侶「私は、それに必死になってついていったに過ぎません」

僧侶「だ、だからこそ……私は、今度は勇者様を頼らずに子ども達を助けようと、思ったのです」

僧侶「ふふ、結局、いっぱい助けられてしまいましたが」

勇者「い、いやあ、まあ、その、ねぇ」

僧侶「勇者様に教えていただいたこと、たくさんあるんですよ?」

勇者「そ、そうですか」

僧侶「だから、いなくなった方が良かったなんて、悲しいこと、言わないでください」

僧侶「きっと、あの魔物も、勇者様に出会ったからこそ、改心したのでしょうし」

勇者「それは違う気がするが」

僧侶「……私は、あなたに出会うまで、ずっと神のお告げを待ちながら生きていました」

勇者「あ、ああ」

僧侶「あなたに出会ってからなのです。自分なりに悩み、考え、戦い始めたのも」

僧侶「教会を出て、本当に子ども達と向き合おうとしたのも、あなたのおかげなのですよ?」

勇者「……」

勇者「なんだよ」

勇者「なんだよ、なんだよ! 俺はずっと、みんなに嫌われてると思ってたよ」

魔法使い「そんなわけないでしょ」

僧侶「そ、そうですよ」

勇者「だって、戦士は結婚式にも呼んでくれなかったし」

勇者「僧侶さんは、一人で頑張るみたいな感じでさ」

勇者「魔法使いはいつもどおりのお説教ばっかりでさ」

僧侶「で、ですから、勇者様を頼らずとも、と思ってですね……」

魔法使い「あんたから独立したくてやってたのに、好きだの嫌いだの言えるわけないじゃない」

勇者「うん、そっかぁ、うん」

魔法使い「あんたこそ、私のこと、うるさいやつって嫌ってるんじゃない」

勇者「ばか。頭使って考えてみろ」

魔法使い「なにが」

勇者「お前がいなかったら、相手に翻弄されるだけだったろ?」

魔法使い「……そうね」

僧侶「ふふ」

勇者(本当に、そういうことは、ちゃんと言葉で言ってくれよ……)グスッ

勇者「……へへ」

遊び人「いちゃついているところを申し訳ありませんねー」ヒョコ

勇者「うおおおっ! びっくりさせんな!」

遊び人「あ、訂正。盛り上がってるところを」

魔法使い「言い直さなくてもよろしい。なんなの?」

遊び人「いくら良い雰囲気だからって、3P始められるのはちょっと」

魔法使い「……闇の底から膨れ上がる」ボォ

僧侶「神の前に……」ブワ

勇者「やめろ!」

遊び人「……いえ、さっきから、戦士さんが、作戦会議を始めたいと」

勇者「あ、ああ。悪かったな」

遊び人「外で立ち聞きをして、やきもきしておりまして」


がさっ。


勇者「おい、戦士!」

魔法使い「あのおっさんめ!」

魔法使い「……ちょっと待ちなさい、そういえば、あんたもどうしてここに?」

遊び人「南大臣を一発ぶん殴りたいと思っていたんですが」

勇者「そりゃ、無理だな。多分、今頃城内でぴくぴくしてるぜ」

遊び人「ざまーみやがれぇ!」

勇者「ど、どうした」

遊び人「いやいや。それはそれですっきりします」

魔法使い「ああ、そう……」

遊び人「それでその、これ」サッ ぴかー

僧侶「こ、この輝きに満ちた宝玉は」

魔法使い「光の玉!?」

勇者「お前、隠し持ってたのか!?」

遊び人「いやいや。酒場のマスターが」

魔法使い「マスターが、どうして」

遊び人「それはですね……」

―――仮設「勇者の町」。

遊び人『そういうわけで、ちょっくらぶん殴ってやろうかと』

盗賊『ま、これから必要なのは力仕事でしょ? ちょっと私らにはねー』

武闘家『そんな、人手が足りる状況ではないですよ!』

少女『その、復讐……とかなの?』

遊び人『……いいえ、そうではないと思います』

盗賊『じっとしていられない性質だから、かもね』

少女『……』

側近『何よ、人間たち、なんとかってところに行くつもり?』

遊び人『ああ、悪魔っ娘さん』

側近『その呼び名はやめてほしいわ』

盗賊『そういえば、あんた、あんなにすごい力があるなら、十分必要じゃないの?』

側近『あー無理無理。計画書読んだときに言ったじゃない』

遊び人『「魔王の復活」、ですか』

側近『ふん。その馬鹿らしい呼び方はやめてほしいわ』

側近『結局、連中は魔王様の闇の力を数十人を犠牲にして、再現しようってわけよ』

側近『でも、確かにあの術式、儀式で、魔王様なみの力は再現できても、不安定でしょうがないわ』

遊び人『……魔王個人の力が大きすぎるから扱えるシステム、というわけですね』

側近『そういうこと。悔しいけど、勇者が魔王様をほぼ一直線に狙ったのは大正解だったわけだし……』ゴニョゴニョ

側近『とにかく、何度も言うけど、あれが暴走でもしたら、私には制御は不可能だってことよ』

側近『つーかむしろ、私の中の闇の力に反応して、被害が拡大しかねない』

遊び人『魔物はみんなそうでしたっけ』

側近『竜とか、タイガーとか、あの辺の連中は闇より腕力で戦うじゃない。あいつら魔法使えないし』

盗賊『要するに、あんたはもうお荷物ってわけね』

側近『う、うるさいわね!』

マスター『……お話のところ、悪いんだけど』

少女『あ、酒場のおばさん』

マスター『お姉さんね。荷物、開いてもらってもいいかしら』

武闘家『わ、分かりました、やりましょう』

マスター『勇者さんからもらったサイン入りグッズとかもあるんだけどぉ』ぴかー

側近『ひ……!?』

側近『ひぎゃあああああああ!? なにそれなにそれなにそれ!』ガクガク

マスター『え?』ぴかー

側近『やめてー! それ見せないで近づけないでぇ早くしまってぇえええええ!』ガタガタ

マスター『はい』サッ

側近『ううう……なによ、それぇ……』ブルブル

マスター『なにって、サイン入り色紙でしょ?』

側近『い、板紙じゃない! その、宝玉ぅうううう』

マスター『これ?』サッ ぴかー

側近『いやあああああああ! もういやああああああああ!』ダダダダ

武闘家『……逃げちゃいましたね』

盗賊『こ、これは、見ただけで分かるわ、すごいお宝ね。勇者の汚いサインが入ってるけど』

マスター『色紙と一緒にもらったのよ。もう使わないからって』

遊び人『それは、おそらく光の玉では?』

少女『光の玉?』

遊び人『魔王の闇の力を振り払ったとされる道具です。こんなところで見られるとは』

少女『お兄ちゃん、なんてことを』

マスター『……使うなら、あげるけど』

盗賊『……ねえ、遊び人』

遊び人『はい。言いたい事は分かりますよ』

盗賊『あの小娘が逃げ出すくらいの代物なんだから、役に立つんじゃないかしら』

遊び人『間違いなく。それも、魔王の闇の力を再現しようとしているとしたら、絶対に』

少女『うん』

遊び人『そういうわけです。理由ができてよかった』

少女『あの……無理はしないでね?』

盗賊『大丈夫よ、届けてくるだけだもの』

遊び人『一発殴る、も入ってますけどね』

少女『絶対、帰ってきて!』

盗賊『もちろんよ』

遊び人『約束しますよ』


遊び人「というわけです」

勇者「……」

魔法使い「おい。勇者おい」

今夜はこの辺で。

あーいや、ただのイベント系アイテムです
特に深い意味はないっす

今夜も少しでも更新するよ

勇者「だぁーってよぉー、一回こっきりしか使わなかったやつなんか、どこやったか覚えてるわけねーだろ!」

勇者「大体、光の玉なんて、魔法使いに聞くまで記憶の片隅にもなかったわ!」

勇者「ほらあの、みんなの『貴重品』入れだってさ、冒険終わったら、いつのまにかどっか行ったし」

僧侶「ああ、『貴重品』入れですか」

魔法使い「いや、私はね、あの中身を分け合った時に見当たらなかったから、使っちゃったんだと思って……」

勇者「まあ、その前に俺があげちゃってたわけだが」

勇者「……」

勇者「魔法使いさんや」

魔法使い「なに?」

勇者「お前、分け合ったってなんだよ」

魔法使い「あー、あんたがお城にいる間に、みんなで処分した」

勇者「おいてめー!? そういや、変化の杖とか雷の杖とか、なんでっかしらねーやつが持ってるなーとか、思ってたんだよ!」

魔法使い「さあ! 作戦会議を始めないとね! もたもたしてられないわ!」

テント前。

魔法使い「……現状はもう知っての通り。南国の城を、闇の力が覆ってしまっている」

戦士「城下町にいた人たちは、避難してもらった。ちょうど兵隊が外にいたからな、誘導は任せている」

勇者「……」ムスー

魔法使い「あれの核になっているのは、魔王のかけら、つまり魔王の遺体の一部ってわけね」

遊び人「計画自体は、それを利用して魔王の使う闇の力を再現することだったわけですね」

勇者「……」ムスー

魔法使い「つまり、核の部分を完全に消滅させれば、よりどころを失うことになる」

魔法使い「闇の力が発動すると、下手に近寄れなくなるから、難しかったんだけど……」

勇者「……」ムスー

魔法使い「そこで、これ。光の玉を使う」

魔法使い「魔王の闇の力を振り払った代物よ。これを使って、道を開く」

勇者「……」ムスー

僧侶「あの、勇者様?」

魔法使い「ごめんって言ったじゃない」

勇者「なんかー、いろいろ言うけど、みんな俺をないがしろにしてるよなー」

戦士「勇者、下らんことを言って拗ねてねーで、ちゃんと話聞けよ」

勇者「分かってるけどよー」

戦士「ふー……言ってもわかんねぇか?」

勇者「はい! ちゃんと聞きます」

盗賊「なんか力関係がよく分かるわね」

遊び人「昔のまんまですね」

魔法使い「続けて、いい?」

女商人「……別に、詳細な作戦の必要はないでしょう」

商人「そうっすかね」

女商人「最大戦力で叩く。魔王を倒したメンバーがいるのよ、魔王の一部なんか楽勝でしょ?」

魔法使い「さらっと言ってくれるわね……」

僧侶「しかし、実際のところ、妙手があるわけではないでしょう?」

魔法使い「それは,、まあ事実よ。私達は闇の力を操る魔王とは戦ったけど、闇の力そのものと戦ったわけじゃないわ」

魔法使い「あれを安全に除去する方法を検討するほど、あれが安定してくれるとは思えないし」

魔法使い「だから、突入メンバーは私達だけでもいいと思ってるわ」

勇者「勇者一行ってやつだな」

盗賊「私達を足手まとい扱いする気?」

戦士「ついてきたければついてこい」

魔法使い「……おそらくだけど、暴走した魔物なんかは出てくるおそれはあるわ」

女商人「そのくらいなら、私が出てもいいです」

商人「え、マジっすか?」

遊び人「じゃあ、僕も突入します」

盗賊「えっ? マジで?」

魔法使い「でもね、北国での争いは終わったしで、東国の動きも気になるし、そっちも注視してもらいたいのよ」

戦士「じゃあ、お前ら、村に戻って監視の役目」

弟子ズ『了解っす!』


姫「……」

侍女「姫様?」

姫「あの、魔法使い様」

魔法使い「なにかしら」

姫「お父様は……あの中に?」

魔法使い「……ご説明したように、闇の力を再現する儀式に参加したと大臣が言っていました」

姫「では、わが王家がこの事態を引き起こしたことは間違いないのですね」

侍女「姫様は悪くないですよ! 悪いのはいつだって男なんです!」

姫「……ありがとう、侍女さん」

女商人(どういうなぐさめよ)

勇者「姫様、体は大丈夫なんですか」

姫「ええ、勇者様。僧侶様の呪文がよく効きまして」

僧侶「ええ。回復力の強いお身体でしたわ」

勇者「そりゃよかった……あー、まあ、その、気にしなくてもいいっていうか」

姫「……いいえ。私は責任を取らなくてはならないでしょう」

侍女「ひ、姫様……まさか、一緒に戦うとか!?」

姫「え? いえ、そういうわけではなくてですね」

魔法使い「……今後の事件処理のことね」

姫「はい。今度の事件で、多くの方が……犠牲になりました」

姫「私は、王家の一員として、その責を、負いたいと思います」

女商人「バカバカしいですね。今度の事件は魔物の残党の行動によるものだ、脅されていただけだ、としてしまえばよろしい」

盗賊「相変わらず極端ね」ヒソヒソ

遊び人「この人も変わりませんね」ヒソヒソ

姫「そんなこと、できるわけがありません」

女商人「責任を取るって、首でも差し出す気ですか」

侍女「こらー、不敬っすよ、不敬!」

戦士「……まだ、終わってもいないのに事後処理を口にしないでください」

姫「そ、そうですね」

戦士「それに、まだ陛下が亡くなられたとも限らん」

姫「そ! そうですわね……」

魔法使い「戦士の言うとおり、事後は事後よ。準備が出来たら、即突入するわ」

僧侶「やりましょう」ガタン

魔法使い「ほら……勇者」

勇者「んあ?」

魔法使い「ちょっと救世主らしく、バシッと決めなさいよ」ヒソヒソ

勇者「ん……そーだな」


勇者「この戦いが終わったら……」

勇者「みんなでうまいもんでも食いに行くか!」

僧・魔・戦『おう!』


盗賊「え、なに、死亡フラグ?」ヒソヒソ

遊び人「彼ら流のギャグですかね」ヒソヒソ

女商人「縁起の悪い言い方はやめなさいよ!」


勇者「……魔王と戦う前もこうやってたんだが」

とりあえずここまでにしときたい。

次スレも建てましょうかねそろそろ……

次スレ

勇者「世界救ったら仕事がねぇ……とか言ってる場合じゃねぇな!」

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