P「アイマスミステリー劇場」 (3)
「すっごーい! プロデューサーさん、パーティーですよ、パーティー!」
天海春香が興奮した様子で声をあげた。彼女は今広々とした、とあるホテルのワンフロアに足を踏み入れている。
「こらこらそうはしゃぐなよ、ただパーティーに来ただけじゃないんだからな」
後から続いて入ってきた俺は楽しげな春香に釘を刺した。
「それにパーティーっつっても、まだ始まってもいない」
実際会場はまだ準備段階だった。方々でフロアマネージャーと思しき人と、係員と思しき人々とでの打ち合わせが行われている。
「それでもこういうの初めてなんですから、やっぱりワクワクしちゃいますよ~! 他の皆だってそうだと思いますよ?」
「うん、まあ、そりゃそうみたいだが」
春香にこう言い返されては、俺としてもなんとも反論しようがない。実際、他の765のアイドルたちは、もう俺の目の届かないところに散ってしまっている。目が届かないと言っても、このホテル内のどこかにいるのは判っているので、その点については心配していなかったが。
「春香とハニーばっかり話しててズルいの。ミキともお話しよーよ、ハニー?」
俺の後ろから、星井美希が声をかけてきた。彼女が現れると思っていなかった俺は、少し面食らいながら、彼女のほうを振り向く。
「なんだ美希。お前自分の部屋に行ってたんじゃなかったのか?」
「退屈だから降りてきたの。同じ部屋の亜美も真美もどっか行っちゃったし。あんまり暇だから、ここならハニーがいると思って降りてきたの」
相変わらずだな、と俺は思った。それは美希のことと、彼女の言う双海亜美と真美のこと両方だった。
「とにかく」
俺は春香と美希両方に対して言った。
「今は二人とも自分の部屋に戻ってろ。ここにいてもフロアスタッフさんたちの迷惑になるだけだし、本来ならまだここにいちゃいけないんだからな」
「ちぇっ、わかりましたよーう」
「むー。ハニーは厳しいの」
アイドル二人はそう言って、同時にパーティー会場から引き返す。そのとき、
「あーっとっとと……」
春香が転びそうになった。俺は、またか、と思いながら倒れ込んでくる彼女を咄嗟に支えた。
「す、すいませんプロデューサーさん……」
春香は顔を赤らめながら、こちらの顔を見上げて言った。身体は俺に密着したままだ。
「まったく、やっぱりお前は相変わらずだな」
「え、やっぱりって」
「いや、とにかく気をつけろよ」
はーい、と返辞して彼女は俺から離れ、美希の方へと駆け寄っていく。俺には、春香の後姿と美希の膨れっ面が同時に見えた。
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何故俺たち765プロ一行がこのように、パーティーと称してホテルにまで足を運んでいるのかというと、きっかけは事務所に届いた一通の通知だった。社長室で今後のプロデュース計画の打ち合わせをしているときに、音無小鳥さんがそれを持ってきたのである。
それには≪IPU第一回大総会のお知らせ≫という字と、その開催日時と場所とが書いてあった。
「『IPU大総会』……? なんですかこりゃ?」
「ウム、それはだね、『Idol Productions Union』というものだよ」
「そうなんですか……。いや、っていうかその……、要するになんなんですか、これ?」
高木順二郎社長の説明になっていない説明に辟易しながら、さらに尋ねた。
「IPUというのはだね、その名の通り、所属タレントにアイドルを中心に抱えるプロダクション同士の連盟、というか協会というか、そういったものだよ。ここに加盟することで、ひとつのプロダクションに仕事を集中させることを避けたり、所謂弱小プロダクションの経営を手助けしたり、要するにプロダクション間での相互扶助と相互監視を兼ねた、まさしく国連のようなものだ」
社長の説明を理解したような理解していないような、そんな中途半端な頭で、俺は重ねて質問した。
「この総会ってのは何です?」
「IPUではね、今まで月一回の定例会と年一回の総会があったのだよ。まあそれぞれ事務所間での報告会や議会、会則の改定など、真面目一辺倒なことをやってきたんだがね、連盟事務所も増えたことだし、ここはひとつ新しいことでもやろう、となったようでね、そこで、『大総会』と称して、こちらも年に一回、ホテルを二日間貸し切って、連盟事務所のそれぞれ主要人物を集めてパーティを開こうという催しだよ。まあ参加者の範囲には、事務所に所属や勤務しているならば特に規定はないからね、どうだね君。一度行ってみたら」
まさか社長が俺にそんなことを勧めてくるとは思わなかったので、いささか驚いた。だが、決して悪い気はしなかった。
「そうですね、それじゃあ……、ちょっと出てみようかなぁ」
「ダーメーでーす」
社長室のドアのほうを向くと、我らが鬼軍曹――もとい秋月律子が入ってきたところだった。
「おいおい律子、何も聞かずに突然ダメってのはひどいなぁ」
「ダメったらダメです。どんな理由にせよ、今の時期にプロデューサーが二日も仕事を休むなんて、大変なことになりますよ!」
やけに強情である。
「なんだ律子、ちょっと前まで休め休めってうるさいくらいだったのに」
「それで実際休んだじゃないですか。もー大変だったんですからね!」
「なんだそれ、掌返しが激しいなぁ。……ん、ひょっとして、俺がいないと寂しいとか?」
冗談のつもりだったのだが、律子は顔を真っ赤にして、俺から目をそらした。そして再び顔をあげ、
「ち~が~い~ま~す! そんなんじゃないんだから!」
と怒鳴った。どうやら怒らせてしまったようである。
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