―――注意事項―――
・このSSは全盛期のイチロー×とある魔術の禁書目録のクロスSSです
・原作のストーリーと若干のオリジナルを混ぜ、一方通行戦まで進める予定です
・全盛期のイチロー伝説について、ある程度知っておくとより楽しめると思います
・皆様が楽しめるよう>>1が頑張ります
・一度落ちてしまったので最初から所々修正しながら更新します
・更新は「超」不定期ですがなるべく早く早く頑張ります!
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前々スレ
イチローが学園都市にやってくるようです
前スレ
イチローが学園都市にやってくるようです 第二打席(未完)
イチロー - アンサイクロペディア
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%AD%E3%83%BC
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1357649630
長い間更新できずいつの間にか落ちてしまって、楽しみにしてた人は本当に申し訳ないです
また再び頑張ろうと思います
気楽に読んでいただけたら嬉しいです
ではでは・・・
学園都市に行くことになった。理由は「講演」を頼まれたからである。
特に断る理由もないし、球団側も許可してくれた。
世界的にも有名な場所で、ここに自分が行くことが今後球団にも色々と都合が良いのだろう。
長年身を置いた球団から離れ移籍という大きな出来事もあり、その波紋は大きかった。
どうやら今所属する球団は宣伝を狙うという魂胆もあるようだ。
どちらにしても前々から学園都市という場所には関心を持っていたから、訪問できる口実ができたのは嬉しかった。
人口は二百三十万人、内八割が学生。超能力というものを研究していて、科学技術は今より何十年も先を進んでいるらしい。
実際にはどんなところだろうかと考えると、興趣は尽きない。思わず口元が緩んでしまう。
「楽しみだなぁ……学園都市」
そう呟き、ユニフォームを身に纏いスパイクの紐をきっちり結ぶ。
背番号は「31」
生活品などはボストンバックに詰めたし、バットやグローブも持った。これで大丈夫なはずである。
「一番大切なパスポートを忘れてどうするのよ」
「あっ……」
肩を叩かれ後ろを見ると、妻の弓子が不安そうな眼差しでパスポートを手渡してくれた。
「ごめんごめん……これで本当に大丈夫かな」
「もう……気をつけてね」
「ワン!」
飼い犬の一弓とも少しの間お別れとなる。頭をなでてやると気持ち良さそうに目を細めた。
ニューヨークから日本へ、という中々の長距離移動だ。
バテることのないように、尚且つパワフルに、スピーディーに。
これもトレーニングの1つと考えると身体に不思議な力が湧いてくる。
「じゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、頑張ってね」
「ワンワン!」
家族の見送りを受けつつ、男はその場で一筋の光となった。
イチローが学園都市にやってくるようです
「聞きましたよ!あのイチロー選手が!常盤台に講演に来るみたいじゃないですか白井さん!いいなぁ……」
「著名人の方が講演に来て下さるのは嬉しいんですけど……私はあまり野球というものを知らないですの……」
「えぇー!?ニュースとか見ないんですか!?毎年凄い数のヒットをですねぇ……それに最近移籍も……」
風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部。
頭に大きな花飾りをつけた少女、初春飾利の口から次から次へと出てくるイチローに関する話に、
「えぇ……」とか「ですの……」と適当に相槌を打ちながら、白井黒子は書類に目を通しつつ思考を巡らしていた。
もちろんイチローという人物は知っている。
いつだったか、世界大会で劇的なヒットを打って日本中を沸かせたのは、野球に詳しくない身ながらも感動したものだ。
そして世間を賑わせた移籍。
低迷する球団よりも勝てる球団の方が良いと思うのはほぼ当然のように思う。
ただ、ここは学園都市。周りの世界から何十年も進歩した場所。
故に「なぜあの球が打てないのか」とか「どうしてあの球が捕れないのか」などと疑問に思っている者が少なからずいるだろう。
当たり前だが選手たちは能力抜きでプレーしているのだ。更に加えれば能力を知らない人だって多い。
だからこそ素晴らしいというのは誰にだって分かる。
しかし……といった感じだろうか。
様々な事柄がほぼ能力の優劣で決まってしまうこの場所では、どんなに有名でも外部の人間は「ただの一般人」に過ぎない。
とにかく我が校へ講演に来てくれるのは光栄だ。
話してくれるかは別として、今までの彼の人生の歩みや海外のことには興味がある。
だが一番許せないのは、普段の授業に加え、放課後が講演の時間になるということだ。堪ったものではない。
その日は風紀委員も非番だし、久しぶりに愛しのお姉様とお買い物を……という計画が台無しになってしまった。
(急遽決まったことだから仕方ないですけど……これでつまらない内容の講演だったら風紀委員として許さないですの……!)
「し、白井さん?どうしたんです?突然拳を握って震えて……って私の話聞いてますか?」
突然表情を強張らせ彼方を見つめる黒子を初春は半ば呆然となりながら見る。
視線に気づいた黒子は取り繕うようにして応じた。
「え?……あ、あぁ!もちろんですの!イチロー選手は素晴らしい方ですのね!?」
「そうなんですよ!白井さんも分かってきましたね!実はイチロー選手はですねぇ……」
再び始まった弾切れ知らずのマシンガントーク。
3打数8安打、移動日にも2安打、ガッツポーズして5点入るなどと意味不明なことを言っている初春は無視することにした。
同時に何の罪もない来賓客を裁くという事柄を、出来もしないのに実行することを堅く心に決めた。
そしてその決意は後日、脆くも崩れ去る。
「い、行き止まり……!」
切羽詰まった様子で目の前の壁を見つめる佐天涙子は後悔していた。
親友の初春は風紀委員の仕事で放課後一緒に遊べないというし、ならばその同僚である白井さんも同様だろう。
御坂さんも色々と忙しいらしい。何でも有名な人が学校に来るということで準備があるそうだ。
思い返せば自分の学校では初春がやけに興奮していた気がする。誰が来るのか知っていたのだろうか?
まぁそんなことを考えているのも、一人でブラブラしているのもつまらない。
ちょっと普段通らないような道で帰ってみようか。新たな発見があるかもしれない。
そう考えてしまったのが運の尽きか。
振り向けば追いかけてきたのだろう、三人のスキルアウトが下卑た笑いを浮かべながら近づいてきた。
あぁ……さっさといつも通りの道で帰ればよかったんだ。
途中であのクレープ屋に立ち寄って新しい味を発掘すれば良かったんだ……
などという妄想への逃避ほどむなしいものはなく、罵声によって目の前の恐ろしい現実に引き戻される。
「おいお譲ちゃんよぉ!聞いてますかぁ!?」
「っ!」
明らかに子分と思われる二人が佐天に詰め寄る。
もう一人は成り行きを見届けるように、腕組みをして眺めていた。
「兄貴はやさしいからよ……慰謝料払えば見逃してくれるんだよ……今のうちだぜ?」
「で、でも私は普通に歩いてて……そっちが勝手にぶつかって……!」
「あぁん!?てめぇ文句あんのか!?」
「きゃあ!」
精一杯の反論も虚しく、肩を掴まれ壁に詰め寄られる。
無理に対抗しようとしても当然力で適うはずもなく、なす術も無い。
「しかし……なかなか良いい感じの体つきじゃあないですかぁ……!」
「言われてみれば……たまらねぇかもなぁ!」
「やっちまいますか!?」
目の前で繰り広げられる会話で何が起こるのかは容易に想像が出来る。
全身を締め付けるような寒気が支配していくのが手を取るように分かった。分かってしまった。
「ひっ!?」
自然と口からは悲鳴が漏れる。
舌を舐めずりまわす男たちを見て、視界が潤む。
都合よく助けが来ないものか。
こんな、我武者羅に走った果てにある入り組んだ路地裏に。
「……やるか」
腕組みを解いたリーダー格の男が子分と混ざって佐天に手を伸ばす。
あぁ、もうだめだ。
そう分かっていて佐天が出来ることは、誰かの耳に届くかもしれない、大きな悲鳴を上げることだけだった。
「いやあああああああぁぁぁぁ!!」
「大の男が女の子を囲んでなにしてるんだ?」
全員が突然の声に驚き振り返る。そして固まった。
声を発したその人は大きなバッグを肩に掛け、手に筒のようなものを持っている。
何より目を引くのはその服装。野球のユニフォームだろうか。
顔は薄暗くてよくわからなかった。
「学園都市ってのは随分治安が悪いんだね……ちょっとショックかな」
「でもすごい場所だ。ロボットがいるし興味が惹かれるものばかりだ……あと早く超能力を見てみたいね」
「まぁ流石に海の上を走るのはちょっと疲れたから休憩が先か……鈍ってるな僕」
淡々と独り言を述べていく男を見て、スキルアウト達は露骨に機嫌を悪くして男に向直る。
当然と言えば当然だ。
もうすぐお楽しみとなったはずなのに、謎の輩に邪魔をされては意味がない。
「て、テメェ場違いな格好しやがって!!ブツブツブツブツうるせぇし……何者だぁ!?」
しかし男の予想外の登場は同時に焦りを生じさせていた。
服装は別として、予想されることはこの男が風紀委員ではないかということである。
「僕かい?僕は……」
いよいよその正体を明かそうというのか、男はクイッと右人差し指でキャップをずらした。
タイミング良く、既定の時間で点灯する街灯が彼の顔を照らす。
何度もテレビで見た顔が、新聞でもネットでも見た顔がそこにある。知らない人はこの国にいないんじゃないだろうか。
ユニフォームに刻まれた番号「31」
クールな表情でありながら瞳の奥に熱い何かを宿した彼は、自信を持って質問に答える。
「野球選手(メジャーリーガー)だ」
目の前の現実が信じられない。
自分自身を野球選手(メジャーリーガー)だと言い張る男。
身体、風貌、そして顔つき。どこからどう見ても海外で絶賛活躍中のあの人だ。
わからない。何故、どうして、なんでそんな人が学園都市に、ましてこんな路地裏にいるのか。
この場にいる全員が、そう思っていた。
「さて、僕は君の質問に答えたよ。じゃあ今度は僕からもう一度聞こうか」
「大の男が女の子を囲んで何をするつもりなのかな?」
ゆっくりと、穏やかに、言い聞かせるように、そして半端ではない威圧感を含んだ言葉。
スキルアウト達は思う。
「タダでは済まない」と。
しかしオメオメと引くわけにもいかない。ワルで名の通っているスキルアウト。泣く子も黙るスキルアウトだ。
目の前の男がいくら有名だからって、それは野球での話である。喧嘩なら負けるはずがない。
三人でやれば勝てる。余裕だ。
ナイフを、チェーンを、メリケンサックを各々取り出す。
サッサと口封じをして、そしてサッサと逃げてしまえば完璧だ。
学園都市の、裏のルールってのを見せつけてやる。
そう意気込んでスキルアウト達は立ち向かう。
そもそもそう考えたのが間違いだった。
「やれやれ」
イチローはため息をつく。相手の雰囲気から話し合いでは済まないことを感じた。
そして相手は既に武器を取り行動に移している。
訪問早々騒ぎを起こすのもどうかと思うが、状況が状況だから仕方ない。
「女の子を助けるためだ……」
ケースからバットを取り出す。毎日手入れを欠かさず行ってきた愛用品だ。
スッと目をつむる。
すると不思議なことに、鮮明な景色が浮かび上がってくる。
観客の声援で溢れ、監督の指示が聞こえ、チームメイトが檄を飛ばす。
そしてバッターボックスに入っていく自分。
ここは正しくスタジアムだ。
試合のことを想像すると集中力が高まっていく。
バットを握った右手を伸ばし、左手は右肩に添え、大きく目を見開き相手を見つめた。
「さぁ……試合開始(プレイボール)だ」
頬を伝う冷や汗、震えの止まらない膝。
漫画やアニメでよく見る演出だ。そんなものはリアルではありえない。
そう思っていたが、違った。今、まさにこの時、それをまざまざと感じている。
一度駆け出したスキルアウト達はピタリと足を止め、現実を理解できずにいた。
手に持ったソレを武器として振り回すわけでもなく、一人の打者として構えている男。
脅威でも何でもないはずなのに、凄まじく恐ろしいものを感じるのだ。
「う……うわあああああああああ!!」
居ても立っても居られない。スキルアウト達は再びまとめてイチローへ駆けだした。
各々の武器をしっかりと握り直し、目前の畏怖すべき存在を除外しようとする。
向かってくる男達「だけ」を倒すのは中々難しい。
周囲の物を、何より女の子を傷つけるのは絶対に避けなければ。
自然とイチローの手に力が入る。
点を取るためじゃない。チームを勝利へ導くためでもない。
誰かを守るために、バットが降りぬかれた。
「それでですねー、イチロー選手はかなりの偏食家で……」
「はぁ……」
右の耳から入って左から綺麗に抜けていく情報。
あれからかれこれ一時間ほどだろうか、ずっとこんな調子だ。
どうして初春はこんなにイチローのことに詳しいのだろう。
わざわざネット上の百科事典や動画まで見せてくれた。
一塁にいるイチローは残像だとか、走塁をよく見ると競歩だとか……ふざけているのかと疑いたくもなる。
「え?全部本気で信じてますよ?」
屈託のない顔を向けられては反論する気もなくなる。
大きく溜息をして、この談義から自分を解放してくれる「何か」の登場を待った。
その願いが通じたのか、丁度電話が鳴りひびく。
現状を何とかしたくて脱兎の如き勢いで受話器を取る。
「もしもし!こちら風紀委員第一一七支部ですの!」
思わず声にも力が入るが、内心は胸をなでおろす気持ちだった。
とりあえずは初春のイチロー話から逃れることができるのだから。
「はい……はい……!」
どうやら事件のようだ。路地裏に女の子を追い込む男達を目撃したとのこと。
その後もう一人交えて乱闘が始まったらしい。
男達は三人。全員スキルアウト。突如現れた人物は野球選手のユニフォームを着ていたという。
なるほど野球選手……それはそれは……?
ふと首を傾げて初春を見る。
なぜだか自分の勘が告げている。
そして今どうして自分は初春を見たのか。
それに対する答えは否定したいのだが、どうやらこの事件の現場には認めたくない事実があるらしい。
「えっ……はい……ですの……」
白井黒子は思う。
電話に出なければよかったと。
スキルアウト達が武器を持ち、イチローに向かって行って、イチローがバットを振って、スキルアウト達が星になった。
多分誰も信じてくれないだろう出来事が、佐天の前で繰り広げられた。
スキルアウトがいるのは日常茶飯事。武器が飛び交うのもまあよくある。
しかしそこにあのイチローが加わるだけで一気に信憑性が低くなる。
ましてバットを振ったら何故か相手が星になったのだからなおさらだ。
「ふぅ……大丈夫かい?」
「ひゃっ!!」
頭の混乱が収まらないまま声を掛けられ、佐天は素っ頓狂な声を出した。
どこぞの椅子の上に体育座りをする探偵じゃないけど、本当に何がなんだかわからない。
だが目の前にいるのは本物のイチローだ。
とりあえず少し落ち着きを取り戻した脳をフル回転させ、今自分がすべきことは……。
「あ……あの!」
「ん?」
「あ……ありがとうございました!サイン下さい!」
「……」
自らが言った言葉がどんなに不躾なものなのかが徐々に分かってきた。
だんだんと頬が紅潮し、顔が熱くなる。
でも超が付くほど有名な人が目の前にいるのにサインを貰わないのは人としてどうなのかと持論を脳内で展開する。
だとしたら言うしかないが、冷静に考えれば一度に言う必要はない。
分けて言うべきだったということに気付いたが今更どうにもならない。
脳内でくだらない議論を繰り広げる。
もう駄目だ。顔から火が出るとはこういうことなのだろう。
火というよりもこれでは最早マグマだ。絶賛噴火中だ。
「……アハハハハ!!」
案の定イチローが笑いだした。
礼儀がなっていない変な女の子だと思われただろうか。
言葉にならない恥ずかしさに耐えながらもじもじと佐天はイチローを見る。
「うん。それだけ言えるなら大丈夫さ。君は強いね」
「ふぇ?……ふぁ!?」
彼の意外な反応にまた変な声が出た。でもそれだけじゃない。頭を撫でられている。
大きくて、優しい手だ。すごく安心する……やっぱり恥ずかしいけど。
「君は自分が思っているより、ずっとずっと強いよ。自信を持ちなさい」
そう言うとどこからともなくペンと野球のボールを取り出し、サラサラとサインを書いていく。
「名前は?」
「あの……えと……佐天涙子です!」
「んー……どんな字?」
「えっとえっと……」
野球界のヒーローであり、私を助けてくれたヒーロー。こうして話をしている今が夢のようだ。
もっと……もっと一緒にいたいと思った。
「よし出来た。じゃあ、僕はこれで。またどこかで会おう!」
「え?あ……」
サインボールを受け取るのと同時に、イチローはどこかへ行ってしまった。
いや、少し語弊があるだろうか。彼は消えてしまった。
まるで空間移動(テレポート)したみたいに一瞬で。
地面に焦げた跡があることに気付いたが、いつできたのだろうか。
ふと耳をすませばサイレンの音が近づいてきていた。
騒ぎを聞きつけた誰かが通報したかもしれない。
きっと自分は事情聴取される。風紀委員か警備員が、時間とか状況とか相手の顔とか、詳しく聞いてくるに違いない。
もちろん嘘偽りなく話すつもりだ。スキルアウト達は許せないし。
でも、信じてくれるか分からない。自分でも未だに信じられないのに。
野球選手が。イチロー選手が助けてくれたなんて。
「流石にやりすぎてしまったかな」
学園都市側が用意してくれたホテルの一室。ベッドの上で仰向けになっていたイチローが呟く。
あの時やったことは「空気を打つ」というもの。いわゆる「当てない打撃」だ。
音速を超えるスピードでバットを振り、更に速いスピードでバットを引き戻して空気の壁にぶつけた。
言わばソニックブーム。前方に発生した衝撃波でうまく相手を吹き飛ばすことができた。
しかしちょっと遠くに飛ばしすぎたかもしれない。
でも襲われていた女の子……佐天さんを助けられたから良しとしよう。
ガバッと飛び起き、気持ちを切り替える。
自分がここに来た理由は講演であることを見失ってはならない。
とにかく明日に備えなければと思い、内容の確認を始める。
予め書いてきた原稿用紙に目を通しながら考えを巡らす。
何でも講演を行うその場所は、レベル3以上でなければ入学できないという名門校のようだ。
レベルという概念がよく分からないが、生半可なことを喋っては失礼だ。よく推敲しておく必要がある。
生半可、ということでふと思いついた。
明日、能力を見せてもらうのも良いかもしれない。ちょっと頼んでみるのもアリだ。
それから自分のレベルというものを測ってもらいたい。システムやその方法に興味がある。
膨らんでいく希望を胸に、彼の訪問初日の時間は過ぎていく。
「ふぅ……こんなもんかな」
額を伝う汗を拭う。明日はここの会場で、学校の代表として演奏する。
「常盤台のエース」だからなんて言われているものの、美琴本人にはそんな自覚はあまりないし、そう言われることにも慣れない。
こんなことを黒子に聞かれたりすると、気品云々言われて厄介なことになるので内緒である。
演奏する理由は単純明快。一週間ほど前に先生から
「著名な方が講演に来られるから、常盤台の代表として演奏をしてもらいたいんだ」と頼まれたからである。
普通に考えて断るのはどうかと思うし、引き受けることにした。
今思えばもう少し熟考すれば良かったかもしれない。
現に今、緊張で胸が張り裂けそうなのだから。
でもそれだけが原因じゃないことは分かっていた。問題はその後だ。
「あ、それから講演の最後に感想文も読んでもらうからな」
これ。これが一番の問題なのだ。
一時間そこらの講演の内容を、自分の言葉でうまくまとめて発表ですか。全校の前で、ですよね。うん、それ無理です。
思ったこと、考えたこと、感情、これらを自分自身の言葉で表現するのはどうも苦手だ。
よく分からないことをそのまま口走ってあたふたすることもある。
はたまた自然と電気が溢れたりすることもある。
誠に憂鬱なことこの上ない。
まぁ決まってしまったことは仕方ない。割り切ろう。とりあえずはっきりさせておきたいことがあった。
「わ、分かりましたけど……その講演に来る人は誰なんですか?」
これを知らなければ何事も始まらないだろう。
著名と言われても分野ごとによっては自らの知識が明るかったりして、講演の感想文が書きやすくなるかもしれない。
「あぁ、きっと御坂も知っているだろう。超有名人だぞ。あのイチロー選手だ」
「……?」
「……」
あの時の先生の顔は忘れられない。この世の絶望を目にしたような顔だ。
肩を掴まれ激しく揺さぶられながら
「御坂、お前新聞見ないのか!?ニュースは!?テレビは!?ネットは!?」と畳みかけてくる。
ごめんなさい先生。新聞は4コマ漫画とテレビ欄とゲコ太にしか注目していません。
テレビもゲコ太オンリーです、なんてことは口が裂けても言えない。
というか皆知らないのではないか、外の世界のスポーツとかそんなに興味無いだろうと高を括っていたら黒子まで知っていた。
普段の尊敬の眼差しというか、友人、後輩としての眼差しでもなく、哀れみを持ったソレを向けてくる黒子。
ごめんなさい私が無知でした。
しばらくの間トラウマになるだろう。夢に出てきそうだった。
偶々自分の知識が明るくなかった、つまり暗かったのでは講演を聞いても感想はお粗末なものになるだろう。
それからというもの、ヴァイオリンを練習するのと並行して、イチローについて猛勉強した。
流石に予習無しで本番に臨むわけにはいかない。失敗なんてもってのほかである。
パソコンや本を利用して、彼の幼少のころから近年の活躍まですべて網羅した。完璧。パーフェクト。
好きな食べ物などは勿論、何時何処でどの対戦相手からどれくらい打ったのか。瞬時に答えられるレベルだ。
多少大げさな例えではあるが、それくらい勉強したのは自分で保障できる。
とにかくこれでどんな内容の講演でも脳内の引き出しから情報を取り出し、応用することができる。
我ながら中々頑張ったと胸を張れる。
ヴァイオリンも上々だし、安心して講演を迎えられるだろう。
しかし昔からよく言われていることがある。
『現実は自分の想像の斜め上を行く』
ここは学園都市。何が起こっても不思議ではない場所。
それ故以前からそんなことは何回も経験しているが、たかが講演で自分の想像を凌駕されるとは思ってもいなかった。
「はぁ……」
いったい何度目になるのかわからないため息をする。そもそも数えたりなんてしてないけれど。
しかし、どうして今日に限って頭を抱えるような事ばかり起きるのか。
「あれー白井さん元気無いですねー?どうしたんですー?」
「一番の原因はあなたですのよ佐天さん!」
えへへー、と舌をチロリと出して右拳で頭をコツンと小突いてみせる彼女。
どうもこの友人には配慮というか、心遣いというか、「親しき仲にも礼儀あり」みたいな言葉が欠けている気がする。
スキルアウトと野球選手の格好をした謎の人物との抗争だとか、あまり興味のない初春の話で既に一杯一杯なのに、
現場に駆けつけてみれば、知り合いが硬球を持って突っ立ているのだ。心此処に在らずといった様子で。
事情を聞かないわけにはいかないので、今こうして風紀委員支部に彼女を連れてきたものの、中々勿体ぶって話してくれない。
いや、本当は話したくてたまらないと言った感じなのではなかろうか。
私たちの関心や興味を煽りたいのだろうか。
「いやぁ照れるなぁ!白井さんの頭の中は私でいっぱいだぁ!」
「ふざけるのは止めて教えてください佐天さん!!」
珍しく初春が声を張り上げる。いや、当然であろう。
親友が事件に巻き込まれたとなれば、心配で心配で心が潰れてしまう。
一般人が抗争に巻き込まれ怪我をして入院……なんてことはこの街ではそう珍しいことではない。
今こうして無事にいるのがある意味奇跡だ。
だからその奇跡の理由が知りたい。あの時何がどうなったのか。風紀委員として、何より親友として。
「う……そんな顔しないでよ……話すからさ」
只ならぬ気迫を感じ取ったか、いつもの陽気な面持ちから今まで見たことも無い神妙な顔に切り替わった。
思わずこちらも身構える。しっかりとメモをして事件の犯人を突き止めなければ。ごくりと生唾を飲み込む。
「じゃあ話すね。あの時……」
大体の時間から自分や相手の行動を佐天はぽつりぽつりと話していく。
要約すると、囲まれて襲われそうなところに先ほどから話題の野球選手が登場した、ということだ。
こういった情報で特に重要なのは顔である。
一番手っ取り早くこの野球選手の身元を特定できる方法に違いない。
そしてどうやら佐天はこの質問に答えられるだけの情報を持っているらしい。
彼女のしたり顔が物語っていた。
さっきの真剣な顔はどこにいったのだろうか?
挙句の果てには再びにやにやしながら「誰だか知りたいですか?」ときたものである。
その為に聞いているのだから知りたいに決まっている。
そしてようやく彼女の口を割ったのに再び黒子は溜息を漏らした。
電話の時は出なければ良かったと思い、今度は聞かなければ良かったと後悔するのだった。
「ふぅ……」
洗い浚いあの時あった事を話し終わり、一息つく。
イチロー選手が現れて、バットで全員やっつけて、サインを書いてくれて……。
全部本当にあったことだ。嘘なんてついてない。
だというのにどうも白井さんの様子がおかしい。うわ言のように彼の名前を呟きながら机に頭を叩きつけていた。
イチロー選手に会ったのがそれほどまでに羨ましかったのかもしれない。
初春は初春で目を爛々と輝かせて私の話を聞いてくれた。やはり全盛期が何とか……とぶつぶつ独り言を言っている。
風紀委員の仕事そっちのけで物思いに耽っている二人に仕事に関して注意を促したがものの見事にスルーされる始末である。
「あ!佐天さん……これって……!?」
「うん?あぁサインボールだよ羨ましいでしょ!えへへ……」
サインボールに食いつく初春を苦笑いでその様子を眺めながら、佐天はあの時のことを思いかえす。
何でも話すと決めた事情聴取であったが、実は話してないことがある。
それは私の頭を彼が撫でてくれたこと、私のことを強いと言ってくれたこと。
一番の理由は恥ずかしいからってことだけど、あの時のイチロー選手は野球界のヒーローではなく、私だけのヒーローだったから。
そのヒーローから貰った私だけへの言葉。
誰にも、例え初春でも教えたくなかった。誰かに話してしまったその瞬間から、私だけのヒーローが、言葉が、皆に共有されてしまうから。
我ながら独占欲強いなぁと思う。
初春に悟られないように自嘲気味に笑ってみる。どうやらあの時以来、私の中の大半をイチロー選手が占めているようだ。
彼は言った。「また会おう」と。
しかし実際にはそう簡単にできるものではないだろう。
だから今夜は今日の出来事を、彼のことを考えながらベッドに身体を沈める。
きっと明日も明後日も、しばらくは続けていく。
夢の中くらいなら会えるよね。神様、私の我侭を聞いてください。
今日はここまでです
何が変わったの?って言われたらそれまでなんですが
2年も経ってるので最初のころより今出来る文章の表現があるのではと思って始めから投稿しようと思った次第です
元々稚拙な部分が多々あったし今でもあるけど…
なので最初から御付き合いしていただけたらと思います
前スレの続きはある程度仕上がっているので、またその時になったら更新できる……はずです
ではでは…
てすてす
朝というには少し早くて、夜というには語弊があるような時間帯。
総人口の八割が学生であるこの街で、今活動している者は中々いない。大半が就寝中のはずだ。
仮にいるとしたら、それは日々研究に没頭している者、闇に生きるもの。はたまた闇に葬られていく者。
そして部屋で黙々とトレーニングをするこの男、イチローくらいだ。
「んー……もう少しかな」
例え旅先であろうと鍛錬を怠るようなことはしない。
今日まで活躍できたのは自分にどこまでも厳しく接してきたからだ。だから今の自分がある。
今朝のメニューは普段通り、軽めのストレッチから始まり、ランニングや腹筋などの基礎体力を鍛えるものだ。
ただランニングに関しては、今自分がいる場所を考慮して止めることにした。
来たばかりの土地には詳しくないし、また騒ぎを起こしては招待してくれた相手方にも、球団側にも迷惑をかけてしまう。
というより、昨日のことはどのように処理されているのか。
どんなに謙遜しても自分は有名人なのだ。
だからもう大々的に知られているのかもしれないし、全く違うのかもしれない。
やはり佐天さんと共にその場に残っていれば良かったか。
考え込む余り、うっかりカウントすることを忘れていた腕立て伏せを中断する。
仄かに腕に残る疲労感が心地良い。
ということはノルマである二万回は無意識のうちに達成していたようだ。
カーテンを開けて窓から街並みを望む。
自分が宿泊したこのホテルは景色を見渡すには十分すぎる高さを持っていた。
東の空が少しずつ白み、耳を澄ませば鳥達のさえずりが聞こえる。
雲もまばらにある程度で、きっと快晴になるだろう。
「さて、身だしなみを整えなければ……」
服を脱ぎ捨て冷たいシャワーを浴びる。少し火照った身体が冷却されてゆく。
滴り落ちる水滴を拭いとり、普段の自分と今を見比べる。
普段何らかの取材を受ける時は、球場での練習中が大半だ。
必然的にユニフォームやジャージなどの比較的ラフな服装で応じている。
しかし今回は正式な、それも世界的にも有名で注目されている場所での講演だ。
いつも通りの服装で、というわけにはいかない。
顔を洗い眉や髭を整え、ドライヤーで髪を乾かしてハンガーに掛けていた糊のきいたスーツを着る。
講演自体は午後からだが、早いうちから来てほしいと常盤台の方から頼まれていた。
多分学校の紹介などをしてくれるのだろう。
加えてこの街の仕組みや能力についても教えてくれるのかもしれない。
それはこちらとしても非常にありがたいことだ。
認識の幅が広がるのは良いことだし、何より能力には興味津々だ。
仮に教えてもらえなくても聞いてみるつもりだった。というより意地でも聞きたいとうのが本音である。
あと夕べ思いついた、自分自身の能力測定についても訊ねるつもりだ。
これはもし出来るのなら、の話であるが。
少しずつ活動を始めた街を見下ろし、ユンケルを飲みながらあれこれと思考する。
どうやら自分は自分が思う以上にこの場所に期待しているようだ。
一日の講演の為に違和感を覚えるほど休みをくれた球団には感謝をしなければ。
今、嘗て無いほどにワクワクしている。
きっとこの講演は、この滞在は、忘れられないものになる。
心のどこか、長年培ってきた経験からの勘がそう告げていた。
時計に目を向けると、世間一般では朝食を摂取している時間になっていることに気が付いた。
ようやく自分の空腹を意識し、食事を取ることを考える。
指定された時間まではまだ余裕があるし、パンの一つでも食べておいた方が良い。
「……よし」
バットやグローブ、ユニフォームを何時でも持ち運べるよう準備し、食堂へ向かう。
きっと学園都市は食事にも趣向を凝らしているのだろう。
偏食家で知られる彼は普段、「朝にはカレー」と決めていたが、最近は色々と手を出している。
バイキング形式のその朝食は、いずれも目を引くものばかりだった。そして実際に口に含んでみて美味しいときている。
やはりこの場所は進んでいるなと、来て良かったなとイチローは思う。
ただ一つだけ失敗したのは、フルーツポンチと間違えて「いちごおでん」なるものを食べたこと。
少し気分が悪くなった。あれだけはもう食べない。
これがイチローの学園都市滞在二日目の始まりであり、彼にとって忘れられない日になるのだった。
「あー……うー……はぁ……」
気分が乗らない。体調が悪いわけじゃない。
御坂美琴は学校の机に突っ伏していた。
彼女の眼には快晴の外の景色が、耳には今日のことで持ちきりとなった話題が聞こえてきていた。
それがより彼女を憂鬱の淵に近づけていく。
今朝はベッドから身を起こすのも億劫で、同室の黒子からも心配されてしまった。
と言っても最初から心配するはずもなく、朝から盛って抱きついてきた。
四六時中生物が呼吸するように、持ち前の能力でソレを退けてきた私だが、その時はそうすること自体面倒な感じだった。
普段と違うと不思議に思った黒子は声を掛けてくれる。
「いつものお姉様じゃないですの」とか「大丈夫ですの?」などなど。
「大丈夫だから」とは言ってみたけれど、うまく笑えていただろうか。いつも通りの顔だっただろうか。
いや、多分見抜かれているかもしれない。あの娘は不思議と勘が良いものだ。
ここ一週間の夜、毛布を被り考えていた。
自分が知らなかっただけで、相手は超有名人である。
学園都市規模で考えれば自らの知名度を自負しているつもりだった。
しかし彼は世界規模で有名なのだ。
そんな人の前で演奏だとか、感想文を読むだとか、今更になって怖くなってしまった。
「らしくない!らしくないわよ私!」と心の中の自分が自分を叱咤する。
そうだ。自分でもそう思っている
いつもただひたすらに一直線で、曲がったことは許せなくて。
とにかくこれくらいのことでへこたれる御坂美琴ではない。
言わば今の状況は長い人生における一つの壁なのだ。
『壁を乗り越えることは大変だけど、乗り越えさえすればその壁は自分を守る砦になる』
国語の授業だったか、英語の授業だったか。
はたまた何かの本で読んだのか。何故か強く印象に残っている言葉だ。
壁を乗り越えて得た経験は必ず今後に活きてくるだろう。
だから頑張れ私、ファイトだ!
といった感じで自分を奮い立たせ、授業を受けている最中、ため息をついた今に至る。
時間が進み授業が始まっても、案の定先生の言っていることはあんまり耳に入ってこない。
せめて気分だけはどうにかしたくて、ただひたすらに蒼い空を見つめる。
でも今の心の中はどんよりとした曇り空。
このままではあれだけ練習した演奏さえままならないだろう。
……アレ?
思わず目をごしごしと擦ってみる。別に急に痒くなったというわけではない。
慣れないものを目撃した時、人なら何となく彼女と同じことをするはずだ。
もう一度よく目を凝らしてみたが駄目だった、どうやら見失ってしまったらしい。
いや、そもそも見間違いだったかもしれない。
漫画の殺し屋じゃあるまいし、人が棒に乗って移動するなど見たことも聞いたこともないのだから。
自分の中で問題に決着をつけ黒板に目を戻すのと、教師のチョークが自身の眉間に突き刺さるのが同時だった。
予想外の痛みに悶絶している学園都市の電撃姫。その原因となった存在は一体何なのか。彼女の見たものとは。
答えは簡単である。
「この常盤台に講演に来る男の来校風景」
ただそれだけだ。
先のいちごおでんという未知なる食べ物に少し気持ちが悪くなったイチロー。
歩くのは少々だるく、走るのは以ての外。
夕べ常盤台の方が車で迎えに行くと言っていたが、街を見ながら行くからという理由で断ってしまった。
やっぱり迎えに来てほしいなんて言うのは気が引ける。
だから「飛んでいく」ことを選んだのだ。
普段なら自ら打った打球に乗っていくところである。それをファンサービスとして行うこともあった。
しかし自身の体調を考えて、より足場の安定するバットに乗って移動することにした。
現在の気温から湿度、風向きや方角に始まり、距離や角度、速さをすべて脳内で綿密に計算し、バットを空中に放り投げて飛び乗る。
なに、慣れてしまえば簡単なものだ。赤子の手を捻るより容易い。
景色を眺めて少しずつ気分も落ち着いてきたし、もう大丈夫だろう。
風を受けてスーツが揺らめく。イチローの心情は非常に穏やかになっていた。
だが街中はそう落ち着いてはいられない。
朝っぱらから学園都市を飛行する謎の人物。その風貌は礼服姿で棒状のものに仁王立ちという極めて異端。異端中の異端。
いくら先進的といわれるこの場所でもこんな光景は誰も見たことが無い。
いや、見たことはあるけれど、到底信じることなど出来やしない。
次元を超えてキャラクターがこちらの世界へ飛び出してくるのか、しかもスーツで。
というのが目撃者達の本音である。
後々この街の不思議に追加され、語り継がれていくことになるのも、事の発端となった彼は知る由もないだろう。
「我が常盤台中学へお越しいただき、誠に感謝いたしします鈴木先生」
ちょっとした優雅な空の旅を終え、目的地から少し離れた場所に着地した。
徒歩で校門と思わしき場所へ向かった彼を出迎えたのは、タイトなスーツに身を包み、
少し釣り上った眼鏡を掛けた、「いかにも」といった感じの女性であった。
「本来なら校長か教頭がお出迎えするべきなのですが、二人とも現在外出中でして……」
そう言って「申し訳ありません」と頭を下げる彼女。しかしながらその一挙動一挙動、全てに気品が詰まっている。
なるほど名門というのは伊達ではない。
「いえ、私のような者の為に滅相もないです。本日はお招きいただきありがとうございます」
こちらもあまり慣れない形式張った対応をする。アメリカでの生活が長かったからか、上手く言葉になっているか少し自信がない。
敬語表現が発達している日本語に対し、英語はそういった細かな表現はあまり出来ないのだ。
しかしこの女性の反応を見る限り、どうやらそれなりにはできていたらしい。
互いに簡単な挨拶を済ませたところで、彼女は身を翻し校門をくぐる様促す。
「では学び舎の方を案内させていただきます。鈴木先生、どうぞこちらへ」
いよいよ乗り込むということで、胸が高鳴り続けている。
ただその前に、一つだけ言っておきたいことがあった。
「あの、一つだけいいですか。その鈴木先生っていうの止めません?どうもむず痒くて……」
ポリポリと頬を掻いてみるイチロー。先生と呼ばれるのはなんだか変な気分だ。
もういっそのこと呼び捨てでも良い。むしろその方が良い。
しかし彼の願いは無慈悲にも退けられる。
「いえ、先生は先生ですから」
そう言って眼鏡をクイっと持ち上げる「先生」。やはり名門というのは伊達ではない。
良い意味でも、悪い意味でも。
先導を始めた彼女の後ろで、すこし大げさにリアクションを取ってみる。
それは俗に言う「やれやれ」のポーズだった。
今日の気分は最悪だ。九腸寸断とは正にこのことだと黒子は思う。
当然ながら授業なんて頭に入ってこない。
今朝の彼女は、この素晴らしい朝に相応しいように、愛しのお姉様に熱い目覚めのベーゼを送ろうと近づいたのだ。
当然、電撃が飛んでくるのは覚悟の上。
それもお姉様の表現する一つの愛の形。そしてその愛を受け止める私。
あぁなんと美しくも儚く悲しい恋物語だろうか。
そうしてベッドに飛び込んだものの、待てど暮らせど痺れて黒焦げになるようなことは一向に起きない。
おかしいぞ、と黒子は思う。
いつもなら有無を言わさずに電撃が飛んでくるのにそれが無いのだから、思わず首を傾げる。
流石にベーゼだの愛などと言ってはいられず、心配になって声を掛けた。
「お姉様?お姉様?」
ユサユサと身体を揺する。風邪でも拗らせたかと思い、おでこに手を当ててみる。
伝わる温もりは特に異常も無く、どうやら熱も無いようだ。
しからば、どうしてお姉様はこんな反応なのか。
脳をフル活用して原因究明を測ろうとした時、御坂美琴がベッドから身体を起こした。
「ン……あら黒子……どうし……たの……?真剣な顔で……」
寝ぼけ眼を擦りながら質問してくる愛しの彼女の声に、脳が命令を出すよりも早く身体が動く。
超近距離なのにわざわざ持ち前の能力で御坂の前に移動し、その胸に飛び込んだ。
「お姉様ぁぁぁ!黒子は!黒子は!心配したんですのぉぉぉぉ!!」
ただがむしゃらに顔を埋める。ひたすらお姉様お姉様と呟きながら。
もちろん心配事が杞憂に終わったことは嬉しい。
しかしそれに勝る喜びは、お姉様の慎ましい胸が目の前にあるという事実。どさくさに紛れてあちこち触った。
この時の幸福感は何物にも代えがたく、文面に起こすにはきっと原稿用紙が何枚あっても足りないだろう。
そして今度こそ電撃を受けるだろうと内心身構えていた私に掛けられた言葉。
それは「いい加減にしなさい!」というお叱りでもなく、「ごるぁぁぁぁ!」という絶叫でもなく
「あはは……黒子は朝から元気ね……」
という極めて予想外な、黒子にとっては天地がひっくり返るくらいに匹敵する言葉であった。
「おおおおお姉様!?本当に大丈夫ですの!?いつものお姉様じゃないですの!いつもなら……」
動揺を隠しきれない黒子は普段のお姉様と今のお姉様の違いを羅列していく。
いかに今のお姉様が変なのか、もっとこうするはずだとか。
しかしそうしている間も彼女は少し笑って見せるだけだった。
「ごめんね黒子……。私は大丈夫だから」
いそいそと洗面所に向かっていったお姉様こと御坂美琴。
残された黒子はベッドにぽすんと腰かけ、何故こうなったのか再度思考を巡らす。
その時の顔は笑っていたとは言ったけれど、彼女の傍にそれなりに長くいた黒子にはわかっていた。
あれは、いつも何かしら思いつめたときにする作り笑いだ。
多分今のお姉様は重圧か何かに悩まされているのだ。きっとそうに違いない。
では、何に?
その解答を思いつくのに、それほど時間はかからなかった。
「……イチロー……ですの……!」
そうだ。お姉様は今日の講演会で、来賓に対して演奏と感想文を読むと前々から言っていた。
非常に光栄なことだとは思っていたけれど、それを教えてくれた時の彼女はどこか暗かった。
何故気づかなかったのか。自身の無知を改めようと日夜勉強していたではないか。日々練習していたではないか。
あの海を越えた大国で活躍する人物。それを前にした時のプレッシャーは計り知れない。
きっとその所為でお姉様は元気が無いのだ。
あぁイチローよ。忌々しきイチローよ。
貴方は風紀委員としての活動や普段の生活を乱すだけでは飽き足らず、あまつさえお姉様の悩みの種となるのか。
許せない。それはそれは許し難い。
ここからはただのエゴだ。実に単純な個人的な問題だ。
こんなことを考える人なんて他にはいないだろう。しかし黒子は奴に一泡吹かせないと気が済まないのだ。
「やってやりますの。やってやりますわよぉぉぉ!」
そう決意してガタンと椅子から立ち上がる。
一斉に教室中からの視線を浴びた。椅子の音もさることながら、どうやら声に出ていたらしい。
自分の思考に没頭するあまり、今が授業中であることすら忘れてしまった。
そしてツカツカと歩み寄ってきた教師の拳骨が、黒子の意識を刈り取っていった。
学園都市に来てからは驚くことばかりだ。現に今がそうであるように。
まさか学校の敷地内に街があるとは思ってはいなかった。
規模は小さいらしいが、建物はさながら地中海にあるような西洋のものであり、非常に魅力的だった。
そして喫茶店から洋服店に始まり、居住区や研究施設もある、と自分の目の前を歩く女性が解説してくれた。
ちなみにこの人は普段、その居住区にある寮で勤めているという。
どの教職員もこの日は手が離せないらしく、自分が抜擢されたとのこと。
言われてみれば寮の規則などに厳しそうな方で、そういった雰囲気も滲み出ている。
おっと彼女が怖い顔をしたから、これ以上の想像はやめておこう。
「ここまでで何か質問はありますか?」
いよいよ校舎に入ろうとする前に、そう聞いてきた。
先ほどの自分の考えが読まれたのだろうか、少し威圧感が増していた。
「そうですね……ここにいる方々は皆、職員も含めて全て女性なんですか?」
周りをちょっと大げさに見回した。ここにたどり着くまでに店員や学生をちらほらと見かけたが、女性ばかりであった。
そして寮監、もといイチローの案内役の彼女はそれがさも当然であるかのように答える。
「女性です。男性は例外を除き普段は入ることは許されません」
「ははぁ……」
顎髭を触り少し考える。それは名門と聞いていただけで、女性しかいないとは思わなかったからだ。
多少やりにくいものがある。野球についても伝わるかどうかすら怪しい。だが今となっては仕方あるまい。
気持ちを切り替えたイチローを一瞥し、彼女は入場を促す。
「ではこちらへ。引き続いて授業などを説明させていただきます」
しばらくこの気圧された感じは続きそうである。
案内された応接間でも驚愕の連続であった。
言われるがままソファに腰掛ければ、本物のメイドが御茶菓子を出してくれる。
辺りを見れば高そうな絵画にアンティークの数々。
最早応接間というよりは一種のリビングの様な広さと豪華さであった。
加えてどこからともなく出てくる最新型のスクリーンとプロジェクターにパソコン、音響設備。
これはおそらく今から説明に使われるのだろう。
全くすごい場所であると感心せざるを得ない。
「それでは説明の方を。まずこの街、学園都市は……」
ビシビシと、指示棒を持った寮監が移される映像に解説をつけ足していく。
さながらスパルタ教師のようであるが、それはとても分かりやすいものであり、聞き入っているうちに時間は過ぎていく。
街の歴史や規模から研究についてetc。
時折命令口調になるが気にしないでおくことにした。
そしていよいよ自分が一番知りたい事柄へ話題は移っていく。
「既に御耳にしているとは思います、能力についてですが……」
耳にしていると言っても本当に小耳にはさむ程度であった。
それがどんなものなのか皆目見当すらつかない自分としては、これは詳しく知りたかった。
その気持ちが伝わったのか、教える側の彼女の手つきが少し丁寧になる。
決して最初から乱暴だったというわけではない。
「まず超能力の土台となるのが、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』です」
「パーソナルリアリティ……ですか」
「素晴らしく簡単に言ってしまえば、信じる力です」
そう言って彼女はカタカタとキーボードを叩き、スクリーンには新たな映像が映される。
「これはこの常盤台で定期的に行われている『身体検査(システムスキャン)』の様子です」
そこには大きな壁を隔てた状態で向こう側にあるカードの絵柄を当てたり、数十m離れた場所へ瞬時に移動する少女達の姿があった。
素人知識で表すなら、前者が透視で後者がテレポートというものであろうか。
映像は更に続く。
何らかの力で物体をロケットの如く遠くに飛ばす者やその場から火や水を出したりする者、心を読む者。
非常に多種多様のようである。
「なんというか……すごいですね」
率直な感想だ。
正直な話、いくつかは自分でもいけそうな気がしたが、学生でこういったことが出来るのは驚いた。
「この子たちは皆、レベルが3以上というものですか?」
「おや、『強度(レベル)』については知っていましたか」
入学資格がレベル3以上であるというのを聞いていただけで、その概念などは分からないと説明すると、彼女は口頭で解説してくれた。
レベルというのは五段階に分かれており、0から5まであるそうだ。
レベル0は全くないわけではないが一般人と変わらない。
レベル1は多くの生徒がこれに該当し、スプーンを曲げる程度の力だとか。
レベル2も1とほぼ同等のようだ。
そして入学条件であるレベル3からは世間一般からはエリートと呼ばれるようになり、日々の生活を便利に過ごせるような能力になる。
レベル4になると軍に戦術的価値を見出される。
レベル5はこの都市に七人しかいないものの、いずれも軍隊と対等に渡り合えるという。
確かに水や火が自在に扱えたら便利であるのと同時に、軍隊にとっても脅威になるだろう。
そういったことを踏まえ入学資格がレベル3以上であることを考えると、やはりこの学校は名門というに相応しいというわけである。
「そしてこれが常盤台に所属するレベル5の一人、第三位の『超電磁砲(レールガン)』であります」
そのままの説明の流れから、レベル5の映像も見せてくれるという。
七人しかいない人物の一人が所属している点でもこの学校が如何に優れているのか否が応でも分かる。
少しの誇らしげな表情とかなり不満そうな表情も浮かべた彼女はマウスを操作し映像を切り替えた。
映されていたのは並々と水が湛えられた水槽。いや場所が学校だからプールと呼ぶのが望ましいか。
水に関係する能力なのかと思ったが、ならばレールガンという名前には相応しくないような気もする。
そう考えていると突然、轟音と同時に巨大な水柱が発生した。その高さは大体10m。それが何回も何回も。
日の光を浴びた飛沫がキラキラと輝いて舞い散り、多少水の量を減らしたプールが平穏を取り戻す。
プールサイドには濡れた栗色の髪を揺らし、ちょっと嬉しそうな表情をした端正な顔立ちをした女の子。
そして発表される結果。初速1030m/s、連射速度毎分8発、着弾分布18.9mm……。
「レールガンと呼ばれる所以です。能力が強力すぎるため、水を緩衝材として利用して測定を行っています」
「凄まじいですね……初速1030mって、マッハ3ですよね」
「能力面では文句無しですが、彼女、御坂美琴は生活面で聊か問題がありましてね……」
そう言って彼女は苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやら寮監としては相当悩まされているらしい。
何をやったんだ御坂さん。そんな疑問が過る。
しかし今、自分はこの映像を見て非常に興奮している。
この学校にいる生徒達の能力。どれも興味を引くものばかりだった。
だがそのどれよりも勝るこの第三位の超能力。
身体が疼く。自分の芯が揺さぶられる。
単純に、ただ純粋に。
この『超電磁砲(レールガン)』を。
打ちたいと思った。
今日はここまでです
話の流れは前スレから全く変わってないです
所々誤字修正だったり、少し表現を変えたりしているだけです
ただ途中で、前々から言っていた幻想御手を混ぜようかとも思います(確定とは言っていない)
また時間がとれたら、続きを投稿します
ではでは…
この街に来て寮監という役職に就き、それなりの時間が経過した。
子供達はお嬢様とはいえども、思春期のやんちゃ盛りの真っ只中である。
能力を無断で使用したり、何かしら物を壊したりするのは珍しいことではない。
その度に規則違反ゆえの指導の名の下に、彼女らにお仕置きするわけだ。
無能力者である自分が、いずれも強能力者以上である彼女らに制裁を加えるにあたり、なんら畏怖の念を感じたりすることはなかった。
本気で抵抗されることも多少あったが、どれもこれも実力行使で黙らせものだ。
流石に御坂などに激しく抵抗されたらどうなるかわからないが。
しかし、今の私はどうだろう?長らく感じていなかったものを味わっていないか?
スクリーンに長々と繰り返し流れるシステムスキャンの映像。
それを興味津々な様子で、とてもうれしそうな顔で見つめるこの男。
最初に彼を目にした時は何も感じなかった。
世界で活躍する人物とは言うものの、所詮外の話。
経験談や人生論は今回の講演で活きるだろうが、野球なぞはこの街では意味を成さない。
少し雑談を交えたところで彼の全体像、心の底まで捉える事が出来た、つもりでいた。
だがそれは単に思い上がりだったのだ。
映像を見せた時から雰囲気がガラリと変わった。
まるで餌を発見した肉食獣のような獰猛さ。狙った獲物は逃がさないといった鋭い視線。
唯でさえ凄まじいその覇気は、御坂の映像を眼にした時にピークに達する。
いや、あれですらピークなのかわからない。
彼を何一つ把握していなかった。見誤っていた。
全体像なんて測り知れない。底など見えない真っ暗闇。
解説している最中でさえ、身震いを隠すので精一杯である。
寮監は久しぶりに、誰かに恐怖したのだった。
「あの、一つだけお願いがあります。いや無理だったらそれでいいんですが……」
申し訳なさそうに話す彼の声に、寮監は思考の海から引きずり出された。
しかしその声とは裏腹に未だあの雰囲気は変わっていない。
「え、えぇ。どうぞ遠慮なく仰ってください」
なんとか冷静に受け答えに努めようとする寮監は、同時に彼の言う『お願い』の内容も予測しようとした。
もっと映像を見せてくれだとか、授業を見学してみたいだとか、それくらいならば容易い。
ここは学園都市の名門常盤台、出来ないことなどありはしない。
そのお願いとやら、見事に応えてあげましょう。
動揺も最早収まり、再び威圧感を持って彼を見つめた。
「私もこのシステムスキャン、受けられますか?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔とは、多分今自分がしている顔なのだろう。
鏡を見てみたかった。
全く予想外の質問に、全く想定外の要望。
どうやらこの恐怖、まだまだ続くようである。
「いや、言ってみるものだな」
若干顔の引きつった彼女に空き教室で着替えるように促され、持ってきたユニフォームに腕を通す。
映像とは違い、即席な測定となると言われたが全然構わない。むしろできるだけでありがたいのだから。
着替え終わった自分を教室の外で待っていた彼女と目があった。
彼女は視線を少し下に落とし、頬を引きつらせていた。
どこかユニフォームが変だっただろうか。
それについて聞くよりも早く、彼女は先程説明していなかった能力の種類について述べ始めた。
能力は念動力(テレキネシス) 発火能力(パイロキネシス) 電撃使い(エレクトロマスター) 空間移動(テレポート)等々と多様に渡る。
そしてどの能力にもそれに見合った測定方法があるのだという。
「まず始めに測定も簡単な透視能力(クレアボイアンス)からです」
そう言って案内された教室では白衣を着た二人の女性が待っていた。
恐らくこの敷地内にある研究所から急遽連れてこられたのだろう。
突然のことで申し訳ないと頭を下げると、二人とも笑顔で対応してくれた。
余談だが二人にはサインと握手を求められたので快諾した。これも野球選手としての役目である。
寮監が困った顔をしているがこればかりは許してほしい。
そして白衣に大きく書かれたサインに若干の興奮を残した彼女らに促されるまま座席に座り、いよいよ測定が始まる。
「では失礼して、これを付けさせていただきます」
自分の後ろにいた女性が慣れた手つきで布で目を覆った。目隠しである。
「これから私がトランプからランダムにカードを引きます。その柄を当ててください」
カードを切る音が聞こえる。視覚を奪われた今、他の感覚が通常より敏感になる。
しかしそれでは何の意味もない。見えなければカードの柄を当てるなど不可能だ。
その為の透視なのである。
だが彼は違った。長年野球に打ち込んできた自身の経験。そのために行ってきた鍛錬。
そこからたどり着いた彼の、彼だけの境地。目では分からなくても、心で捉えられるものがある。
「では、これは何でしょうか?」
「ダイヤの5ですね」
即答だった。そして女性の目は驚愕のため見開かれている。いや、その場にいる全員がそうしていた。
何故なら彼の答えは正しかったから。
「せ……正解です。より正確なデータを得るため、後九回測定させていただきます」
そして八回試された測定だったが、どれもこれも即答。そして正解ときている。
最早理解できない。彼は野球選手であって、能力開発など受けていないはずだ。
しかし現に彼は見えている。それも相当正確に。これは透視出来ているという他無いのではないか。
震える手でこの測定、最後になる計十回目のカードを引く。
「で、ではこれは……」
「おっと、このカードは含まれてないと思っていました」
科学者としての直感が警鐘を鳴らしている。
きっとこの現場に立つ同僚も、自分たちを呼び出したあの寮監も感じているだろう。
彼は正に、あらゆる意味でこのカードと同じ存在であると。
「ジョーカー、ですね」
そう答えたイチローは、目隠しを剥ぎ取って不敵に笑ってみせた。
その後、今度は彼の要望で行われた測定について記していこう。
行った測定は移動系、精神系、火炎系、大気系、電気系の五つ。
そのどれにおいても彼は遺憾なく力を発揮し、その結果どれも測定不能となった。
一部は測定する側の理解不能も含まれる。
遺憾なくと言ってもそれは相手側にとって、ということであり彼はまだまだ余力を残していたが。
順次解説していくと、まず移動系の測定では彼のいた場所に閃光が過り、気付いた瞬間には指定された場所にいる。
目視することすら出来ずに移動するこの力、この所業。
これをテレポートと言わずに何と呼べば正しいのだろうか。
しかしAIM拡散力場は観測できない。
続いて精神系で彼は珍しいことを要求してきた。なんとキャッチボールをしようというのだ。
言われるがまま測定員は彼に従って何回かボールの投げ受けを繰り返す。
すると突然、彼は測定員の名前から趣味や考え事など全て当てて見せたのだ。
測定員に確認を取ると全部正しいというのだから更に驚きである。
読心能力(サイコメトリー)の一種であることは分かるのだが、信じられないしAIM拡散力場は観測できない。
火炎系と大気系の測定では彼はバットを使用した。
何をするのか全く想像できない測定員達は見ていることしか出来なかった。
そして彼はただバットを振った。ただそれだけだった。
しかし実際はどうだろう。バットは灼熱の炎を纏い煌々と燃えているではないか。
あまつさえ彼はそのまま炎を球に見立てて一人でトスバッティングを始めた。
勢いよく一振りするとバットの炎は鎮火したものの、焦げ一つ無い。
一息おいて、少し離れてほしいと彼は忠告してきた。それに従いある程度距離を取る。
彼は先ほどのようにバットを振った。やはりただ振っただけなのだ。
だが今度は彼を中心に小規模ながらも凄まじい勢いを持った竜巻が発生する。
激しい土埃を舞い上げ、周辺の木々や建物すらも吸い込まれそうになると錯覚する程だった。
やがて収まった竜巻の中から平然と彼は現れる。
理解が追いつかない。AIM拡散力場は観測できない。
電気系の測定には彼はボールを使った。
これは何となく予想できた。
ニュースでも聞いたことがあった、レーザービームというものだろう。
レーザーと呼ぶに相応しいだけの正確さとスピードを持った送球。
しかしテレビで見る映像なぞ比ではないくらいの速さで、彼の投げた球は空中に消えていった。
やはり測定不能。最早電気系かも分からない。
いや能力以前に、彼という人物が分からない。AIM拡散力場は観測できない。
無い無い尽しのシステムスキャン。こんな驚きに満ちた日はもう一生来ないだろう。
どうにか精神を落ち着かせて彼に問う。あなたは何者かと。そして彼は様式美のように答えるのだ。
「野球選手(メジャーリーガー)さ」
時計の針は既に十二時の位置にあり、学生達は各々昼食を取る準備を始める。
ある者は前の授業について愚痴を零しながら友人と席を動かして弁当を広げ、またある者は学食に移動する。
御坂美琴は後者に該当する。先述のように朝から気分が良くないので自分で用意する気にはなれなかった。
「いたたた……痕になってないかしら……」
教師の制裁により投げられたチョークの当たった眉間を摩りながら学食に向かう。
すれ違う学友たちの視線がいつもより気になって仕方がない。
(確かによそ見をして授業はあまり聞いていなかったけど、そこまでする必要ないじゃない……)
一人でそう考えている内にも講演の時間は近づいている。
刻一刻と自身の出番が迫っている。
そう考えるとやはり緊張のため様々な事に身が入らない。
嫌なイメージを取り除こうとするものの、更に別の嫌なイメージが覆い被さる。
止まらない負のスパイラル。
それから抜け出せず、一歩一歩重くなる足取りでどうにか学食に辿り着いた。
適当に空いている席を見つけ、とりあえず一息つく。
食欲はあまり無いが、食べなければこの気持ちも落ち着かないだろう。
そう思考を切り替えてメニューを眺める。その途中、何人かの生徒が同席を持ちかけてきた。
誰かと一緒に食事をするのは良いことだ。一人よりも食は美味しくなるし話は進む。
だが、きっとその話の種になるのは今日の講演のことだ。
今だけはそのことから離れていたい。考えたくはない。
丁重に断り、再び一人になった自分に近づく人影を御坂は察知した。
あぁ……また誰かが声を掛けてくる。
身構えて既に断る返事を考え始めた彼女の前に現れたのは、アニメで見るようなタンコブを作った同居人だった。
「お姉様……やはり元気が無いようですのね」
「く、黒子?どうしてここに……というか頭……」
この場所に後輩がいることに驚くが、どうしても頭の方に目が移動する。
突然のことに狼狽している御坂を尻目に黒子は淡々と話を始める。
「お姉様。私は今朝から、いえ一週間程前からお姉様が何となく変だと思ってましたの」
「え!?い、いやだなぁ……そんなことは……」
「隠したって無駄ですの!」
「う……」
やはりばれていたか、と御坂は思う。ぴしゃりと当てられてしまった。
どう足掻いたって誰よりも自分の近くにいたこの子には隠し事など通用しない。
「お姉様は不安なのでしょう?今日の講演が、そしてあの男の前に立つことが……」
俯いた御坂に彼女は優しく問いかける。少しだけ、首を縦に振ったように見えた。
それを確認した黒子は口元を少しだけ緩ませる。いや、歪ませた。
「分かりますの。とてもとても分かりますの。さぁお姉様、顔をあげなさいな」
あぁ本当にこの後輩は何でもお見通しだ。
普段の行動言動には少し問題アリだけど、困難なことに直面した時、頼りになるのは大概彼女だ。
何かしらアドバイスをくれるのだろうか。それだけでもありがたい。とても心強い。
自らが全幅の信頼を寄せる黒子が放った言葉は次のようなものだった。
「お姉様の為にこの黒子……イチローを懲らしめてやりますの!」
助言でも何でもなく、唐突にされた宣言に空いた口が塞がらない。
想像とは全くかけ離れた言葉に、御坂は暫く日本語の発声方法を忘れてしまった。
「ちょ、ちょっと待って!なんでその結論になるのよ!」
どうにか引きずり出した、慌てふためく御坂の声は届かない。
最早眼中に無いかのように、黒子は止まらない。
「そうですの。私の愛しのお姉様をこんなにも……こんなにも悩ませる彼には私はもう我慢ならないですの。
私の風紀委員の活動や生活はまだいいですの。でもお姉様の苦悩の種となるのは……許さないですの!
既にこの黒子。奴の鼻を明かす手段を考えておきましてよ?
講演自体は止められないですけど、お姉様の最後の感想文はどうにか有耶無耶にできますの」
「……とにかく!全てはこの黒子にお任せあれ!ですの!」
それでは、と軽く会釈をして黒子は学食を出ていく。
緩やかな優しい風のようにやって来て、激しい暴風雨となって帰って行った。
何が何だか分からない。確かに御坂の悩みは本日の講演の主役、イチローのことだ。
黒子はそのことを見事当ててみせたものの、どうも勘違いしている。それも思いっきり。
自分の気持ちを落ち着かせて緊張を紐解いておきたいだけなのに。
黒子は彼の鼻を明かすと言っていた。
それだけではまるで全容が掴めない。
始業十分前のチャイムが鳴り響き、昼休みの終わりを告げる。
ろくに食事も摂れていない御坂は、先程の悩みに加え何をやらかすか分からない黒子についても頭を抱える。
その後の授業もあっという間に過ぎ、講演の時間を迎えてしまった。
「さて、いよいよか……」
イチローが立っているのは講演会場の入り口。
この扉の向こう側には自分の登場を待っている生徒達がいる。
もうしばらくすると、入場の合図があるはずだ。
それまでに今一度、身嗜みを確認しておくことにした。
近くにあった大きな一枚鏡の前でスーツをチェックしながら先程までのことを思い出す。
システムスキャンの後、寮監と測定員の方々に言われて敷地内の研究所に行った。
そこで更に詳しい実験を急遽行ったものの、それを見ていた研究員達の顔は皆暗かった。
いや、青ざめていたというのが正しいかもしれない。
その理由は何故なのかは分からない。自分は言われるがまま実験を受けただけなのだ。
走ってみたり、バットを振ってみたり、グローブを持ってみたり、投げてみたり。
結果はこの講演が終わるころには出るようだ。今から楽しみである。
「それでは拍手でイチロー選手をお迎えください!」
司会進行の人の合図に回想から我に立ち返る。
そうだ。今は今、自分がやるべきことをきっちりやろう。
両開きされた扉をくぐり、割れんばかりの拍手の中へ彼は歩みを進めた。
「あー……緊張する……」
周りの人が拍手喝采の中、御坂は呟く。その声は拍手に掻き消され誰の耳にも届かない。
とても笑顔で迎えられるような気分じゃない。
舞台袖に行くや否や、先生達から言い方は三者三様なれど「期待している」といった意味を含んだ言葉をかけられた。
これが更に緊張した余裕の無い心に拍車を掛ける。
「おい、御坂……」
様々な感情に押しつぶされそうな御坂の耳元で蚊の鳴くような声が聞こえ、そっと振り向く。
そこにいたのは良く見なれたあの人物だった。
「りょ、寮監!?」
常盤台中学学生寮寮監。規則にはとても厳しく、生徒のレベル関係無しにそれらを破った場合は制裁する鬼寮監。
御坂と黒子も何度も何度も痛い目にあってきた。悪いのは自分達なのだが。
しかし今の自分の前にいる人物はそれと一致するだろうか。
寮で過ごす誰もが見たこともないであろう、恐怖に狼狽え弱弱しい表情を浮かべているそれと。
「き……気をつけろ……あの男……イチローに……」
「へ……?気をつけろって……寮監!?」
聞き直す前に彼女はフラフラと会場を出て行ってしまった。
その姿はさながら冬の狩れ落ちた葉の様であった。
(あぁ……!もぅ……!!一体何なのよぉぉぉ!!)
溜まりに溜まっていたストレスが爆発する。若干電気が漏れたが気にしない。
全く今日は意味の分からないことだらけで厄日とも言える。
学食に行けば黒子が何かを企んでいるようだし、昼ご飯は食べられなかった。
なんとかして講演に臨もうとすれば寮監が忠告をしてくる。一体何に気をつけろというのか。
とにかくもうやるしかないのだ。例えその先に何があっても。
鬼が出るか蛇が出るか。全てはやってみなければ分からない。
嫌なことや負の想いから逃れていたところで最終的には自分の首が締められる。
ならばさっさとケリをつけてしまおう。
そうだ。これが私らしさだ。がむしゃらで、ひたすら真っ直ぐで良いじゃないか。
イチローが席に着き拍手が鳴り止み、進行の先生のアナウンスが流れる。
「イチロー選手、我が常盤台へお越しくださり誠にありがとうございます。
まず初めに生徒を代表して、御坂美琴による歓迎の演奏があります」
空元気なのかもしれないがそれでも十分だ。舞台に登り彼に一礼する。
私は私らしく、精一杯自分の役目を果たすとしよう。
座っている壇上から、イチローは周りを一通り見回した。
女生徒達それぞれが様々な表情で、目で、自分を見ている。
その瞳に宿るのは期待か興味か、それとも別のものなのか。
それらの想いにどう応えるかは自分次第である。
そして今、自分と同じく壇上にいる、これから演奏をしてくれるという彼女。
その端正な顔立ちから伝わるのは明白な意志、強い感情。
やはり実際に見なくては分からないものである。
映像からこの気迫は微塵も感じられなかった。
この子が御坂美琴。
この子が超電磁砲。
見た目とは裏腹に学園都市第三位に君臨するという電撃姫。
あぁ、どうか一度打者として手合わせ願いたいものだ。
何か良い機会があればいいのだが。
ひとまず今は、その演奏を堪能させてもらおう。
目を閉じ彼女の奏でる音に耳を傾けた。
先程改めて決意した矢先だ。緊張はしていない。
だがそれでは今現在の状況に説明がつかないのだ。
膝が笑っている。弓を持つ手がカタカタと揺れる。
目に前の人物から伝わる迫力。私が兎で、彼が狼の様な。
蛇に睨まれた蛙とは正にこのことだ。
寮監の言っていたことが少し分かった気がする。
あの寮監もこの気に当てられたのだろうか。いや、もっと強かったのかもしれない。
震える膝を自らの意思で強引に静止させ、直立不動のまま彼に目を向ける。
不敵に微笑む顔がまた私を不安にさせる。
まるで私のことを待っていましたといった雰囲気。
最早見つめるという範疇を超えて、御坂はイチローに睨みを利かす。
ならばその期待に応えてやるまでだ。
彼が目を瞑り聴く準備をしたように、私も目を閉じ精神を集中させる。
ヴァイオリンを構える。本来ならピアノやその他の楽器ありきの曲。
しかしこの曲の旋律が大好きだから、あえてヴァイオリンのみの独自のアレンジをした。
誰もが一度は聴いたことがあるだろう。有名故に失敗はできない。
どんな曲でもこの場では失敗なぞ許されないが。
持てる力を十二分に発揮して、課せられた使命を達成しよう。
タイトル――――「エトピリカ」
http://www.youtube.com/watch?v=oVhNy-Jp0dY
結果から言うと、それはそれは素晴らしいものだった。
会場中に響き渡る彼女の紡ぎ出す優しく美しい音色は多くの者を虜にした。
魅了されるあまり、エレクトした人物もいたようだ。誰かは言わずもがなである。
ヴァイオリンの弦から弓が離れた瞬間、会場は盛大な拍手に包まれた。
構えを解いた御坂美琴は周りを見渡し、再びイチローに目を向ける。
彼も他の人と同様に拍手で賞賛を送っている最中であった。
最初に壇上に上がった時に感じたあの雰囲気はそこには無い。
(やっぱり勘違いだったのかしら……)
屈託のない顔をしているこの人を見ているとそう思う。
だが確かに御坂はイチローの裏を見た気がしていた。
あの寮監が態々忠告してきたからには、やはり何かがあると考えるべきだろう。
一礼して階段を降りる。
何事もなく進めば、再び彼に相見えるのはおよそ一時間後。
あれこれ考えても今は仕方ない。
この後は彼の講演を聴きつつ、感想文を仕上げることに専念しようと気持ちを切り替えた。
舞台袖で教師陣の迎えを受けながら、司会の指示を受け舞台中央へ移動するイチローを見る。
次は彼の番。
彼は何を語り、会場の生徒達は何を思うのか。
私の演奏に彼が耳を傾けたように、私も彼の講演に耳を傾けよう。
「御坂美琴さん。とても素敵な演奏をありがとう」
開口一番、まずは感謝の意を述べた。
お世辞でも何でもなく、彼女の演奏はとても良かった。
歓迎として演奏されたなら、それに対する返答が無ければ礼儀知らずとなってしまう。
不意打ちの名指しの言葉に御坂は顔を赤らめる。
世界に名を轟かせる人から呼ばれるのは、こうも体中が熱くなるものなのか。
彼女がそんなことになっているとは知る由もない彼はそのまま続ける。
「麗しく御淑やかな女性ばかりの学校ということで男の僕は少し緊張していますが……」
どうぞよろしく、と付け加えて彼は大きく一礼をする。
少しの笑い声が聞こえた。掴みは中々のようである。
一方、御坂は自分だけ「麗しく」や「御淑やか」から除外されている気がして、また顔が赤くなる。
彼には全て見透かされている気がした。
いや、あれだけ目を合わせれば、増して睨みつければ彼には色々感じ取れるものがあったのかもしれないが。
少しざわつきの余韻が残る会場に再びイチローの声が行き渡る。
「……では、皆さん。好きなことってありますか?」
彼の講演はこの言葉から始まった。
今日はここまでです
思えばyoutubeアカウントを取得したのも自分でこの楽曲を投稿してSSに採用するためでした
いつの間にか再生数が伸びてましたが…ww
SSは少しずつ少しずつ修正してきたものをドカっと投稿しているだけなので
ペースは速いと思います
また新しい話に差し掛かったら遅くなるのは目に見えてますね;;
引き続き頑張ります
ではでは・・・
イチローが話すことは至ってシンプルだった。
聞こえの良いように言えば、王道。
単純にまとめてしまえば、ありきたり。
自分の好きなことがあるのなら、それに一生懸命取り組もう。
ないのなら、早く見つけよう。
そしてそれに対する努力は惜しんではならない、と。
好きなことは大抵自分の得意な分野であることが多い。
この場所で語るからには、暗に能力のことを指しているのだろう。
彼は少し間を開けて自分の幼少の頃を語りだした。
自分と野球の出会いから、数多の練習を行ってきたこと。
それでも挫折しそうになったこと。
その度に家族に助けられ、乗り越えてきたこと。
時折用意しておいた原稿に目線を向け、再び生徒達に向直る。
イチローは少しだけ全体を見渡した。
彼の眼は活き活きとした生徒達の顔を捉えていた。
これからの日本、世界、未来を担っていくこの子達に、自分の言葉が今後少しでも役に立てば嬉しい。
そう思いながら、話を続けた。
常盤台中学ではイチロー以外にも、学者や権威などが訪れ、講演を行うことがあった。
世界的に注目されている場所なのだから、そう珍しい事では無い。
その都度多くの生徒達は愚痴を漏らす。
「皆、話すことは同じ」とか「また放課後が潰れてしまった」とか。
大抵の講演は自分のやってきたことを発表し、そのことに関する努力を述べ、最終的には「君たちも頑張れ」で終わる。
最初は歓迎に工夫を凝らし、終わりの感想文にも力を入れていたが、幾度も繰り返す内に嫌気が差してしまう。
無理もないことである。
例によってイチローもこれに当てはまっている。
話すことは型に嵌ったものであり、内容こそ違うがニュアンスは似たようなものだ。
しかし生徒達は、これまでのどの講演よりも聞き入っている。
彼の言葉を受け止め、自分の中で様々な思考を巡らしている。
御坂も懸命に練習し、見事な演奏をして見せた。
そうしているのはやはり、新聞やニュース等で誰もがその活躍を知っているから、より興味があるからなのか。
野球という、女子校と言えどそれなりに身近な分野だからか。
それとも彼が放つ「何か」に強く引き付けられるからだろうか。
御坂は若干聞き惚れつつも、何とか感想文をまとめていった。
その場にいる多くの人が彼に多大な関心を寄せていた。
ただ一人を除いては。
いや、関心を寄せてはいたが、それはひどく淀んでいた。
学校側から求められた講演時間の終わりまでもう少し。
まとめに入る頃合いである。
一息ついて前を向いた。
「僕は勉強や野球の練習は嫌いです。皆さんに置き換えるなら、超能力の勉強でしょうか。
誰だってそうだと思います。つらいし、大抵はつまらないことの繰り返しです。
でも、僕は子供のころから、目標を持って努力するのが好きなんです。
何故かと言えば、その努力が結果として出るのはうれしいじゃないですか。
これはどの場所でも、この学園都市という場所でも同じことです。まさにレベルという概念がその通りだと思います」
「5段階に分けられた階層の中で、この街に住む皆さんが日々その一段上に上がろうと努力しているでしょう。
自分の今を塗り替えるには10割以上の力が必要になります。それを達成するのはやっぱり、小さなことの積み重ねなんです。
それが、とんでもないところに行くただ一つの道になります」
「しかし、次のレベルへの憧れを意識するあまり、自分の可能性を潰してしまう人、或いは潰れてしまう人が沢山います。
自分の持っている能力に気付き、それを活かすことができれば、未来への可能性が一段と広くなると思います。
まだ若い皆さんですから、自分の知らない才能が眠っているかもしれません」
「長々と話してきましたが、僕の話が皆さんの今後に何らかの形で活きてくれたら、今日、この講演をやって良かったです。
ただ、今日のことは今日で終わりなんです。日付が変われば、また次の日のことを考えなきゃいけないと思います。
次、また次へこつこつと重ねて、頑張っていきましょう!」
一歩下がり、大きく一礼をした。
反響したマイクの音が呑み込まれていく。
静まり返った会場のどこからか、パチリと音が聞こえた。
パチリ、またパチリ。それがどんどん繋がって、入場したときよりも盛大な拍手が会場を埋め尽くしていった。
「イチロー選手に今一度、大きな拍手をお願いします!」
進行の先生は少し興奮しているようである。まぁ無理もないかもしれない。
とても素晴らしいものであった。
横にいた御坂がそう自分の中で納得して、手を叩いた。
本当に、今までのどの講演よりも良かった。
言うこと全てに説得力があり、スッと心へ入って、いつまでも響いている。
これならば、演奏しても良かったって思ったりする。
知らないうちに自然と微笑んでいた自分に気が付き、気持ちを切り替える。
今から彼の前に立ち、感想文を読まなければならない。
講演の最中に急いで書き上げたものの、我ながら中々良い出来ではないかと思う。
大きく深呼吸。何時もより大分早く脈打つ心臓を少しだけ正常に近づける。
意気込んで舞台袖を通り、階段を昇ろうとした瞬間、手を掴まれた。
「御坂さんちょっと待って!次は質問の時間なの。御坂さんはその次よ!」
人が折角気持ちに整理をつけて臨もうとしたのを遮ったのは進行とはまた別の先生だった。
そういえばそんな段取りだったような。うっかりしていた。
「え、あぁすみません!私勘違いしてしまって……」
注意してね、と付け加えて先生は自分の場所へ戻っていく。
なんだか調子が狂ってしまう。
あんなに順序を確認したのにこんな凡ミスをするなんて。
(まるで私が彼に引き寄せられているようじゃない!)
顔を伏せて今日の出来事を思い出す。
確かに彼を前にしたとき、並々ならぬ様々な感情を抱いた。
一番大きかったのは緊張。それと同率なのが恐怖。その次くらいなのが高翌揚、興奮だった。
何故そのような気持ちになったのかは分からない。
ただ、彼と一緒にいると、少しだけ、ほんの少しだけ……。
「イチロー選手、ありがとうございました。では皆さん、質問があるようでしたら……」
いつの間にかその質問の時間になっていた。
パッと顔を上げて全体を見る。
普段の講演では誰も手を上げないか、物好きな生徒が数人いる位だが、今回は特別人が多い。
皆積極的であり、そしてその質問も非常にバラエティに富んでいた。
ある生徒がアメリカでの生活について質問をすれば流暢な英語で返答する。
またある生徒があの日韓戦のタイムリーについて聞けば、あの大会では打てるヒット数が制限されていて……などと冗談も交えていた。
普段の食事や、プライベートに突っ込んだ質問と応答が繰り返される中、御坂の視線はある一人の生徒に吸い込まれていた。
赤みの強い茶髪にツインテールにリボン。
誰よりも御坂の傍にいて、誰よりも御坂のことを考えていて、誰よりも気のおけない御坂の友人であり、後輩。
まるで次に指名されるのは自分だという確信を持ったように、白井黒子がゆらりと手を挙げた。
数時間前のことを思い出す。
彼女は何かを履き違え、御坂に感想文を読ませまいというありがた迷惑極まりない行為をしようと企んでいた。
この時間が終わると御坂は壇上に昇るから、仕掛けるならこの時がベストになるのだろう。
彼女を指名してはならない。御坂の本能のどこかがそう告げる。
だからと言って今すぐ止めさせる権限など誰にも無い。
ただひたすらに祈るしかなかった。
このまま終わりますように。黒子が質問することがないように。
そう願う時ほど悪い方向へ向かってしまうのはなぜだろう。
「では最後に……そこのツインテールのあなた!」
黒子が、指名されてしまった。
ゆっくりと立ち上がった黒子の元へマイクを持った係員が駆け寄る。
その際少しだけ私の方を見た、気がする。
とても楽しそうな顔をしていた。
端から見れば、著名人に質問をするチャンスを得た喜び、答えてくれる嬉しさ等の感情が入り混じった顔だと思うだろう。
良いなぁとか、羨ましい、なんて考えている人もいるかもしれない。
最後の質問者となれば猶更だ。
しかしその裏に隠れている感情を御坂は知っている。
何を考えているのか分からない。
何をするのか分からない。
だからこそ怖い。
普段あれだけ一緒に同じ時間を過ごし、あれだけ一緒に笑っていた彼女の知らない部分が垣間見えるのが。
そんな御坂が今出来ることは、只々傍観することだけだった。
「一学年の白井黒子と申しますの。どうぞよろしくお願い致しますの」
少し頭を下げて簡単な自己紹介を済ませ、黒子は壇上にいる人間に目を向ける。
距離にして凡そ二十メートル。
これから行うことに関して何ら問題のない距離だった。
「鈴木先生のお言葉、大変痛み入りましたの。とてもとても素晴らしい講演でございました」
抑揚を持たせ若干大げさに話し始める。
自分で質問の時間が終わりとなるならば、ある意味総まとめ的な立場であり、必然的に注目も集まる。
ざわついていた会場が水を打ったように静まった。
「特に最後の言葉は、この学園都市で過ごす私たちの胸にいつまでも残るであろう印象深い言葉でしたわ!」
その場にいた多くの人間が小さく頷いた。
ありがちな言葉であるかもしれないが、努力の積み重ねというものはどの場面でも大切なのだと再認識したのは間違いない。
発言する人物が有名なら更に説得力は増すだろう。
「鈴木先生の言葉を参考に、より一層勉学に励みコツコツと自分を高めていきたいと思いますの!」
パチパチと小さく疎らながらも拍手が漏れる。
かなり短いながらも、ツボを抑えた感想は共感を得るのに適していたようである。
イチローはニヤリとして、応答した。
「ありがとう。そう思ってくれて僕はとても嬉しいです……ところで、質問はないのかな?」
少しの静寂の後、大きな笑いが起きた。
色んな人が黒子のミスを茶化している。
あぁあの人は質問では無く感想を述べているだとか、感想を述べるのは御坂様であって、あなたではないとか。
別に笑われたって構わない。
お姉様が無事ならそれで良い。
そう、これは質問の時間。
どう転んでもこのままではお姉様が発表することに変わりはない。
もちろんそんなことは分かっている。
だから――――――
「……あぁ!うっかりしてましたの!えっと……質問は……」
瞬間、空を切る音が聞こえ、黒子が消えた。
否、消えたのではなく、移動したのだ。
彼女がこの学校で唯一の空間移動能力者であるのは周知の事実。
では、何処に?何の為に?
その解答を得るのに時間を全く必要としなかった。
黒子がいたのは全校生徒の目の前、且つイチローの目の前。
彼女は壇上に移動し、よく通る、鈴の鳴るような声で言い放った。
「せっかくこの街に来たんですから、超能力、体験してみませんこと?」
学園都市では能力の迂闊な使用は厳しく罰せられる。
勿論この学校内でもそれは例外ではない。
勝手に使用すればもれなく先生達の怒号と共に寮監の鉄拳制裁が待っている。
加えて一般人の前での使用なんてものは、ある一定の期間を除いて言語道断である。
風紀委員である故にそんなことは重々理解している。
そうでなくても誰もが知っている。
どよめく会場、唖然としている先生達が壇上からよく見える。
(申し訳ありませんの。どんな罰でも受けますから、もうしばらくこの黒子の我儘に付き合ってくださいまし)
心の中で頭を下げ、今一度前を見据える。
能力を見て驚いたのか表情からは笑みが消え、仏丁面のまま佇むこの男。
先の質問の答えを聞いていない。
質問をしろと言われたから、言われるがまま、とっておきの質問をしたのだ。
是が非でも答えてもらいたい。
壇上に移動してからどれくらいの時間が経っただろうか、イチローが口を開いた。
「……超能力、体験させてもらえるのかな、白井黒子さん」
「えぇもちろんですの!鈴木先生の得意な野球をしません?きっと楽しめると思いますわ!」
話に乗ってきてくれて、内心「やった」と思った。
安易な思いで女学生の挑発を真に受け、その女学生に自分の得意な種目で叩きのめされ、プライドはおろか地位まで破壊する。
それが黒子の考えだった。
「し、白井黒子!勝手なことは……!!」
茫然としていた先生の一人がハッとして叫んだ。
失われつつあった規律を正そうとしている。
一人の生徒が、学校側でお招きした著名人に喧嘩を売っているのだから当然である。
これで怪我でもさせてしまえば学校は勿論この街の評判まで地に堕ちてしまう。
生徒達も状況を飲み込めず混乱している。
どうにかして平穏を取り戻さなければならなかった。
「皆さん、どうか落ち着いてください」
一言、イチローが言った。
ただそれだけだったのに、誰もが口を閉ざした。
先生も、生徒達も。黒子までもが。
全員が感じていた。
「閉ざさなければならない」と。
でないと、何か大変なことが起きるのではないかと。
「先生方、僕の我儘を聞いていただけないでしょうか。僕は、白井さんの提案を受けたいと思うのです。
一方的に話してばかりではなく、身を以て生徒の皆さんと接してみたいと考えています。
……いかがでしょう?」
先生たちは首を縦に振り承諾するしかなかった。
それしか選択することが出来なかった。
あれよあれよという間に物事が進んでしまった。
黒子が彼に喧嘩を売り、彼もそれを買い、学校がそれを認めた。
こんなことがあって良いのだろうか。
結局御坂も流されるまま、クラスメイトと共に二人が対峙する校庭に向かおうとしている途中であった。
まぁ流されざるを得なかったわけだけれど。
ちらりと再び立つはずだった壇上を振り返ると、彼が一人顔を伏せ教壇に手をつき立っていた。
既に黒子は高鳴る気持ちを胸に移動していったのだろう。
嬉しそうに顔を歪ませた黒子の顔が容易に想像できる。
しかしながら彼は一体何を考え黒子の提案を承諾したのか。
どんなことでも事前の知識で理解しているのと、実際に見てみるのとでは大分違う。
超能力なんてものはその最たるもの。
彼は黒子の能力を目の当たりにしてまで、自分の得意分野でなら勝負が成立すると思っているのだろうか。
彼女の能力は空間移動。
自分の身体や物体を好きな場所に飛ばすことが出来るレベル4の大能力者。
本当に野球で勝負するならば、とてもじゃないが成り立たない。
そんなことは分かりきっている筈なのに、脳の何処かがその考えを否定する。
彼なら何かをやるんじゃないかと、やってくれるんじゃないかと。
もしかしたらそれを期待しているのかもしれない自分がいることに驚く。
いずれにしても、どうなるかはこれから分かる。
クラスメイトに急かされて体を翻し会場を出ていこうとした。
瞬間、強烈な視線を感じた。否、視線と表現するには色々と足りなすぎる。
殺気と言っても差し支えないくらいの――――――
勢いよく振り返ると既に移動したのだろうか、彼の姿はそこには無かった。
太陽が少し傾きかけた空模様のグラウンド。
既に黒子はマウンドに立っていた。
マウンドといっても打席になるだろう場所から約18メートルの地面に一本、足で線を引いた即席のものであるが。
とにかく後はイチローの登場を待つばかりとなった。
生徒達は各々好きな場所でこの勝負を見届けようとしている。
間近で見たがる者、あまり興味なさげに遠くから見る者。
いずれにしても多くの人数でごった返していた。
御坂は前者だ。
一番近くで衣食住を共にしてきた後輩がこんなことをやらかしているのはやはり気が気でない。
今から「そんなことはやめて」と頼んだところで、黒子は止まる気なんて更々無いのだろう。
彼も彼だ。ここで急遽取り止めになったら水を差されたとして怒るかもしれない。
わざわざ講演に招いた人物の機嫌を損なうことなど許されない。
どう足掻いてもこの状況を止める手だてなどありはしないのだ。
これが終わりを迎えるのは、それこそ決着の時というものであろう。
俯いて頭を抱える。
今の今まで居るかも分からない神様に祈り続けてきたけど、最早どうすることもできない。できなかった。
ということは神様なんてやっぱりいなかったのかもしれない。
そんなくだらない考えが脳をぐるぐると駆け回りはじめた時、突然大きな歓声が上がった。
驚いて顔をあげる。
そこには誰もが見たことがある、あの球団のユニフォームに袖を通した彼が目に飛び込んできた。
背番号「31」が眩しく見える佇まい。
嘗ての背番号ではないけれど、その姿はとても凛々しくて、格好良かった。
周りの子達も似たようなことを声に出している。
やはりスーツよりも普段見慣れているのはこの服装のイチローだ。
改めて彼がどんな人物かを再確認している人も多いと思う。
その中で恐らく私だけなのだろう。初めて会った時から彼に恐怖を感じているのは。
「やぁ、待たせてしまったね」
ヘルメットを外してイチローが軽く頭を下げた。
黒子は別段気にした様子もなく丁寧に対応する。
もっともスーパースターに頭を下げてもらう中学生など聞いたこともないが。
「いえ、こうしてあの鈴木先生……この場ではイチローさんと呼ばせてもらいますの。
こうして戦えるなんてとても光栄ですわ。待つことなんてそれに比べたら些細なものですの!」
そう言って黒子は手を差し出した。握手のつもりだろう。
イチローもこれを見て笑顔で応じた。
友好の証の為に。
良い勝負することの誓いの為に。
黒子は思う。
講演であれだけ言っていた奴が中学生に手玉に取られる。
そしてこいつの笑顔が苦痛に歪み醜態を晒すのが楽しみで楽しみで仕方がない。
あぁどうやって料理してやろうか。
早くやりたくてたまらない、と。
イチローは思う。
講演であれだけ言ったからにはそれ相応の実力を見せなければならない。
しかし遂に超能力を体験できるというのは嬉しくて嬉しくて仕方がない。
あぁどんな魔球が飛び出るのだろうか。
早くやりたくてたまらない、と。
二人は各々の場所に移動する。
イチローはバットを、黒子はボールを持って。
勝負は三球。三球で全てが終わる。
キャッチャーに駆り出された体育の先生のプレイボールという声が校庭に高らかに響き渡った。
イチローが自分の代名詞とも言えるあのバットを掲げる動作を行う。
それだけで周りからは歓声が漏れたりしている。
しかし黒子は何とも思わない。何も動じない。
どう足掻いたってこの球は打たれることなど無いと分かっているから。
自分はただ単に、あのミットにボールを飛ばすだけだから。
いつかテレビで見た投手の記憶を頼りに見様見真似の投球を行う。
それはプロ目線で見なくても、誰が見ても素人と分かる姿であった。
しかし彼女の投げる球は誰の目にも止まることもなく、誰の目にも映ることなく、ミットに収まった音だけが校庭に響いた。
「!!」
今までざわめいていた生徒達が押し黙った。
こうなることは分かっていた。
いくらメジャーと言えども、されどメジャーだ。
消える球などメジャーに存在する訳もなく、打てる訳がないと。
有名人が来たから浮かれていただけかもしれない。
イチローの驚いた顔を黒子ははっきりと目にした。
「あら、どうしました?あと二球ですのよイチローさん?」
笑顔の仮面を貼り付けた黒子が言う。
それを外した裏には何があるのだろう。
「ははは……これはすごいな……」
イチローは苦笑いをするばかりだった。
結局二球目も同じ。
バットを振ることもなく、ただただ既に球の収まったミットと黒子を見るばかり。
それでも御坂の胸の奥のザラザラといた感触は治まらない。
寧ろ一層増していくばかりだ。
勝負は最後まで分からない。
野球は追い込まれてからが本番と言うが、杞憂であることを願うばかりだ。
そして遂に最後の三球目を迎える。
「さてイチローさん。三球目……所謂ラストですの。何か言うことはありまして?」
最早勝ったと言わんばかりの態度でイチローに黒子は話しかける。
最初から勝ちなど決まっていたようなものだ。
超能力に一般人が対抗することなど不可能。
如何なる種目、競技、ジャンルであろうとも。
今回はその証明を改めてしたに過ぎないのだ。
「……」
イチローは黙ったままだった。
崩れかけた自信を何とか理性で抑えている状態だと黒子は思った。
あと一球。
あと一球で、私の願いは叶う。
お姉様を助けることが出来る。
さあこの勝負にも幕を引こう。
全てが丸く収まったハッピーエンドはすぐそこだ。
相変わらず慣れないフォームで投げようかと思った時、イチローが口を開いた。
「黒子さん。僕はこの街に来ることが出来て良かったよ」
予想外の言葉に目をぱちくりさせる。
何かしら喋るとしても、てっきり降参とか言うとのではと思っていた。
「……それは良かったですの。是非、最後まで堪能なさって下さいな」
「そうだね。是非、お言葉に甘えさせてもらうよ」
瞬間、彼の顔が、雰囲気が、目の色が変わった。
誰もが疑う。
そこにいる男は、さっきまで苦笑いで立っていた男と本当に同じなのだろうか。
あのイチローなのだろうか。
この場にいることさえ恐ろしく、全員が背中に冷たい汗を流した。
(な、なんですの!?この迫力は……!?)
突然の変化に黒子は驚きを隠せない。
ボールを持つ手が震える。膝も笑っている。
こいつの前に立つことが怖い。
まるで自分が獲物で、こいつが捕食者であるような、そんな錯覚すら覚えた。
懸命に思考を回転させる。
膝を叩き震えを静止させる。
唇を噛み、痛みで脳に冷静さを取り戻す。
落ち着け、落ち着け、落ち着けと全身に言い聞かす。
こいつが打てるはずがないんだ。
十一次元なぞ理解できる訳がないんだ。
既に投げた二球のように、普通にやればいい。
今一度、目の前の宿敵を見て、再び黒子は問いかける。
できるだけ気丈に。
なるべく強気に。
しかしその声は動揺を隠せていない、震えたものだった。
「き、消える球が本当に打てるとお思いですの!?」
「……消える?」
「そ……そうですの!」
今度はイチローが目をぱちくりとさせた。
その後少しだけ、微笑んだ。
それは黒子の自信を揺さぶるのに十分すぎるほどの効果を持っていた。
「……ははは!面白いことを言うんだね、黒子さん」
「何を笑って……!!」
「そうだ、黒子さん。あの――――」
その言葉を耳には入れなかった。
もう構わない。
構っていられない。いられるものか。
黒子は今まで以上に集中して計算を行う。
絶対に打たれる訳はないと理解しているのに、何かが起こりそうで、恐ろしくて。
「……行きますの」
「……あぁ。いつでも良いよ」
お互い構えたところで黒子は球を寸分の狂いもなく飛ばした。
あの時何を言ったのか、今なら分かる。
「球は消えたりしないよ」
「ああいうのはただ見にくくなっているんだ」
「わかるさ。一番好きなものだからね」
「球はいつだって、そこにあるからさ」
「なら、バッターがすることは一つだろう?」
快音が響き渡り、白球は雲を掻き消し深く青い空に飲み込まれていった。
今日はここまでです
続きはまた近いうちに
もっと大々的に変更するか迷ったんですけど
前回通りの内容です
次も多分そうです
ではでは・・・
ファッ!?
それ直そうと思ってたのにフィルターの所為だったんですか…
やっちゃいましたorz
脳内変換しといてください…
「はぁー……」
寮の窓から外を眺めて御坂は溜息をひとつした。
今夜はよく澄んだ空、月がいつもより綺麗に見えた。
あの後、彼が黒子の一球を見事に打ち砕いた後、物好きな生徒達が「我こそは」と名乗りを上げて勝負を挑んだ。
その中には御坂の知り合いもチラホラいたのだ。
本当に物好きな人達だと思う。どうなるかなんて分かっているだろうに。
結果は言わずもがなである。
「あらぁ白井さんったら無様ですわねぇ。私ならこの殿方くらい……!」
婚后光子はそんなことを言いながら空力使いの力を活かしてノビのあるストレートを放った。速さも相当なものだった。
けれども彼は難なく打ち返す。凍りついた彼女の顔は忘れられそうにない。
他の生徒も同様、燃える球や超不規則に曲がる変化球等、千差万別のものを投げたけれど、どれもこれもジャストミート。
全く訳が分からない。
極めつけは第五位のアイツだ。精神系能力の頂点、食蜂操祈。
彼女の能力は読心から洗脳、記憶の改竄、感情の移植など、精神に関することなら彼女に勝る者などいない。
能力名――――心理掌握(メンタルアウト)
恐らくは彼を洗脳して、良いように扱おうとしたのかもしれない。
手も触れずに他人を意のままに操るそれはまさしく脅威。
最早野球の勝負ではないが、彼が望んだように身を以て超能力を体験できるわけだ。
皆が皆、「流石にレベル5の第五位なら……」と思った。
しかしマウンドに立った瞬間、彼女は海岸に作った砂のオブジェの如く崩れ落ちた。
あまりにも突然で、あまりにも唐突で、誰も反応できなかった。
彼女を慕う生徒達や、様子を恐る恐る見ていた先生達も駆け寄る。どうやら気絶してしまったらしい。
流石にこれ以上は、ということでお開きになり、今に至る。
食蜂は暫くして目を覚ましたが、何も語らなかったそうだ。
只々黙って、只々震えていたと人づてに聞いた。
精神系にそれほど詳しくないから、彼女が何を見たのかは知る由もない。
演算をミスしたというわけでもなさそうだし、原因は彼女にしか分からないだろう。
色々なことが頭の中を延々と駆け回る。
「……はぁ」
再び溜息をする。こんなとき、普段なら同居人が飛びついてきて色々と騒がしいことになるのだが、黒子はこの部屋にはいない。
二十二時を過ぎた今でも戻ってこないことを考慮すると、たっぷり今回のことで説教されていると思われる。
一人の生徒の暴走から始まり、現実的ではない彼の力を目の当たりにして、第五位が倒れて……。
本当に、今日は様々なことが起こりすぎた。
因みに結論から言うと、感想文を読んだりはしなかった。
当初の黒子の計画通りということになる。
払った代償というか、犠牲というか、衝撃が大きすぎたけれども。
もうやることも無いし、授業の予習等勉強は既に済ませてある。
横になろうかと考えているとドアをノックされた。
「お姉様。黒子ですの。ドアを開けてもよろしくて?」
その声は間違いなく同居人のものだった。
意外と早い帰還だな、なんて思ったりする。
場合によっては帰ってこないこともあるんじゃないかと憂慮していた。
「おかえり、黒子」
やり方はかなり悪いものであったが、この子は私のことを思って行動してくれた。
その点については感謝したい。
もうこんなことは無いようにしてもらいたいけれど。
今は暖かく彼女を迎えてあげよう。
この時は、そう思っていた。
「ふんふふーんふふーふ♪」
目の前で、お風呂から上がった黒子が髪を手入れしながら鼻歌を歌っている。
意外とあっけらかんとしていると御坂は感じた。そんなに怒られなかったのだろうか。
いや、でもあの寮監が見過ごすとは考えにくい。
いくら今日の寮監の様子がおかしかったとはいえ、勝手な能力の使用は厳罰のはずである。
結局、本人に聞いてみるのが一番早いと思った。
「……黒子?」
「あら、なんでございましょうか?」
「この時間まで、ずっとお説教だったの?」
それを聞いた黒子はにんまりと笑い、御坂を見つめた。
なにやら随分と機嫌が良さそうである。
「ノー、違いますわお姉様。イチローさんとお話をしていましたの!」
「えっ!?」
あまりに予想外の解答に驚きを隠せない。
というか彼はもうこの街にいないものだと思っていた。
何よりあれだけ憎らしく思っていた相手とお話だなんて。
「な……何の話を?」
「今日のこととか、能力のことについてですの。とても熱心に聞いてくださいましたわ」
「寮監からはお咎めなし?」
「あの方が寮監に頭を下げましたの。『彼女は何も悪くない。すべては私の配慮に欠けた行動の為です』と」
確かに能力を用いた野球勝負の提案をしたのは黒子だ。
彼にはそれを断ることもできたはずである。
もし断られていたならば、御坂自身は結局感想文を読んでいただろうし、黒子はもう見るに堪えない状態になっていただろう。
寮監や教師達によって。
「……で、寮監は?」
「んー……何か逆にペコペコしてましたの。あんな寮監は初めて見ましたの……」
「……ねぇ黒子」
「はい?」
何故彼は断らなかったのか。
自ら身を持って接したいと言っていたが、本当にそれだけだったのだろうか。
その時に、最も根本的な疑問が御坂の心中を覆っていた。
「あの人について、どう思う?」
「どう……と言われましても……」
「開発を受けたわけでもないのに!!超能力を完全に上回っているなんておかしいと思わないの!?」
黒子に当たっても仕方ないのに、どうして私はこうなんだろう。
御坂はフラストレーションを爆発させて、同時に自己嫌悪に陥る。
でも、ただ認めたくないだけなのかもしれない。
年長の者と言えども、外の人物で、普通の野球選手。
そんな人が、自分たちが頑張って手に入れた能力を悉く蹂躙しているのが。
彼の講演の言葉を思い出す。
超能力と野球、何事もジャンルは違っても努力の積み重ねは同じだと。
とても良い言葉なのに、あれだけ輝いていた言葉なのに、一緒くたに考えてほしくないと思っているのかもしれない。
只ならぬ気配を悟った黒子が、御坂に歩み寄った。
「……この黒子、イチローさんと勝負をしていた時、何かこう……言葉にならないのですけれど、色々わかったんですの。
この経験、きっと無駄にはなりません。無駄にしてやるものですか」
そういって黒子は翻って鞄を探り、クリアファイルから一通の封筒を差し出してきた。
差出人は書かれてはいない。
「その封筒、イチローさんから、お姉様に渡すように頼まれましたわ」
「中身を見たりなんて常識のないことはしませんの。きっとそれを読めば……」
バタン、とドアが閉まる音が部屋に残る。
黒子が言い終わる前に御坂は出て行った。
中身は分からないけれど、黒子自身には大体想像はついていた。
きっと手合せの申し込みだろう、と。
持ち前の能力で彼の指定した場所まで送っても良かったのだが、最早遅い。
窓から外を眺める。少しずつ遠ざかっていく親愛なる人の背中が見えた。
寮監をうまく躱したのか、それとも許してくれたのだろうか。
兎にも角にも、これから起こることは全て、あの二人次第。
今夜はよく澄んだ空、月がいつもより綺麗に見えた。
シュッ
バン
パシッ
シュッ
バン
パシッ
常盤台中学からそれなりに離れたところの河川敷で、イチローは土手に向かって一人キャッチボールをしていた。
幼少の頃の懐かしい感覚が蘇るようだった。
黒子さんは手紙を渡してくれただろうか。
御坂さんは来てくれるだろうか。
そんなことを考えながら、かれこれ一時間程こうして過ごしている。
それでもこの場を離れないのはある種の確信があるからだ。
ほら、もうすぐ傍に来ている。
背中に感じる、凍てつくような視線、その中で燃えたぎる闘志。
バチリ、バチリと電気を散らす、待ち人の姿があった。
「やぁ、よく来てくれたね、御坂さん」
「……手紙、読みました」
そう言って土手を下り、御坂がイチローの目の前に立つ。
今日初めて会った時とは違い堂々と、そして依然として漏電したまま。
「無理を押しつけて悪かったね。結構遠かっただろうに」
「いえ、気にしていません。私も色々と思うことがあったので」
「それは重畳」
格式張ったやり取りの中でも御坂は気を抜かなかった。
それは手紙の内容を知ってしまえば、そうせざるを得ないと踏んだからである。
超能力の数々を文字通り『打ち返す』彼から届いた『果たし状』なのだから。
「……」
「……」
双方口を閉ざす。
正確には、御坂が言いたいことをうまく言葉に出来ずにいるのだが。
それがもどかしくて、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
彼女の「思うこと」というのがイチローにはそれとなく想像できていた。
しかしそれが表現できないのなら、言葉に出来ないのなら。
「己をぶつけるしかない、そうだろう?」
「……やっぱり、そうしないと分からないですよねッッッ!」
そう告げた直後、御坂は一足飛びで距離を取り、可能な限りの出力を用いて生成した電気の槍を投げつけた。
御坂は思う。
正直な話、表記上は単なる一般人に当たる彼に、こんなことをするのは異常だと思うし、狂っていると言われても文句も言えない。
それは重々承知している。
しているのだが、散々見せつけられた様々な能力に対するバッティングの数々。
原因は分からないけれども、第五位を失神させる程の何か。
あれを見てしまったら、最早一般人などとは到底認識出来る筈もない。
自分のありとあらゆるものを使役してでも、何をしてでも、私は――――
濛々と舞い上がる砂塵。
ぼんやりと見える影。
視界が開けた先にはグローブを構えた彼がいて、その中にはバチバチと音を立てる光球があった。
じわりと汗が滲む。
打つわけでもなく、避けるわけでもなく、捕った。
数億ボルトはあるだろう、私の電撃を受け止めた。
打つことが可能なら捕ることも出来るのだろうかと朧気に考えていたが、実際にやられると自分の芯が揺らぐ。
「……なるほど、凄い力だね」
不意打ちを食らわせた私を責めるわけでもなく、イチローは率直な感想を述べた。
帯電している球を手に取り、まじまじと眺めながら。
「でも僕が見たいのは……これじゃあないよ、御坂さん」
球を投げ捨て、何処からか取り出したバットを持った。
彼はやはりアレを待っている。
自分の能力名であり、代名詞である超電磁砲(レールガン)。
電撃の槍が通用しないと分かった今、砂鉄を用いての攻撃もバットであしらわれてしまうのだろう。
ならばやるべきことは、出来ることは限られる。
最初に彼が言ったように、彼が見たいと言ったように、全力をぶつけるしかないのだ。
ポケットからコインを一枚取り出す。
何の変哲もない、ありふれたものであるコインが私の手にかかれば途轍もないものになる。
音速の何倍もの速さであるこの超電磁砲を打ちたいと言う彼も、本当に放とうとしている私も、全くどうにかしている。
仮にも私は第三位なのに。
そう思って今更ながら御坂は自嘲気味に笑ってみる。
ふと前を見れば彼も笑っていた。
本当に楽しそうな笑顔だ。
後腐れないように、聞きたかったことを声にする。
その答えはあの講演ときっと変わらない。
けれども納得出来ないから、苦々しい顔をして、このような形をとった。とってしまった。
「……ひとつ、聞いてもいいですか」
不意に口を開いた御坂の質問に、イチローは怪訝な顔をして答える。
「なにかな?」
「……どうしてイチローさんはこんな力が、こんな技術があるんですか?」
質問されたイチローは少し驚いたような顔をして、そして微笑んで御坂を見つめた。
無邪気な、まるで野球少年のような顔だった。
「……君と同じだよ、御坂さん」
……私と?
少し想定外な解答に思わず首を傾げる。
何が、どこが彼と同じなのだろう。
一致するところなど考え付きもしない。
外の世界では野球の天才と持て囃されている彼と、この街で育った私の重なるところなどあるのだろうか。
俯いて唸る私を見かねたのか、彼は言った。
「……美琴さんは最初レベル1で、そこから勉強や能力のこととか、頑張って、苦しんで、もがいて、耐え抜いて、今があるんだろう?」
これは寮監さんに教えてもらったんだけどね、と彼は付け加えて
「僕も同じさ」
彼は凛と言い放つ。
天才は確かにいるかもしれない。
何もしないでもあらゆることが出来る天才が。
しかし彼は違うのだ。
幼い頃から頂点を目指し、その為にすべきことをするべく、努力に努力を重ねて達成してきた。
挫折もあっただろう、辞めたくなったこともあっただろう。
如何なる状況に陥ろうとも続けてきた結果。
それが今の形。
ふと、彼について調べていた時の言葉が過る。
『努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。
努力した結果、何かができるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうだと思う』
ハッとなって御坂はイチローを見つめる。
講演で言っていた、あの言葉の数々。
そして思い出した彼の一言。
理解するのはこんなに簡単なことだったのに、随分と回り道をしてしまった。
「……イチローさん、ありがとうございました」
「なに、お礼を言いたいのは僕の方さ」
改めてバットを構える彼の眼は、あの時のそれと何も変わらない。
最早逃げられないし、逃げようとも思わない。
真っ新な気持ちで彼に立ち向かう。
自分の今を超える、その為には――――
「……征きます!」
コインを指で中空に弾き上げ、出力を調整。
狙いは丁度ストライクゾーンど真ん中。
一球勝負で直球勝負。
身体から溢れる電気を制御し、一点に集中させる。
溢れる想いと、自分の持てる全ての力を乗せよう。
そして、落下してきたコインと定めた照準が重なった。
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
凄まじい爆裂音、そして閃光。
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」
音速を遥かに超えた超電磁砲と神速と謳われるスイングが激突した。
コインを指で中空に弾き上げ、出力を調整。
狙いは丁度ストライクゾーンど真ん中。
一球勝負で直球勝負。
身体から溢れる電気を制御し、一点に集中させる。
溢れる想いと、自分の持てる全ての力を乗せよう。
そして、落下してきたコインと定めた照準が重なった。
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
凄まじい爆裂音、そして閃光。
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」
音速を遥かに超えた超電磁砲と神速と謳われるスイングが激突した。
「あーァーかったりィよなァ、何回も何回も同じことの繰り返しってのはよォ……」
コキコキと首を左右に動かす。同時に真っ白な髪が揺れる。
灼眼は地面に広がっていく血溜まりを見据えていた。
「つかこれで何体目だァ?人形さんよォ、改めて自己紹介お願いしまァす」
ケラケラと笑いながら、顔を歪めながら、地面に這い蹲る人物に問いかける。
未だ出血は続き、止まる気配もない。
「ミ……ミサ……カ……の……番……は……94……2……3……」
「まァだ大台には乗らねェのか……それはそォとお勤めご苦労さンでしたァ」
目の前の人形を壊そうと手を伸ばした時、何かを劈く音が聞こえた。
その方向に顔を向けると、天に伸びる光の柱が目に映る。
距離はそれなりに離れているが、はっきりと捉えた。
あんな物は見たことも聞いたこともない。
そして何より根元の方から徐々に消えかけている。
恐らくレーザーの軌跡か何かの類だろうか。
不思議に思って、そして人形の壊し方を思いついて、再び問いかけた。
「……よォ。お前さァ、アレが何だか分かりますかァ?」
人形と呼ばれた、御坂美琴によく似た人物の髪を掴み、光の方に無理やり顔を向けさせた。
「わ……わか……り……ん……ミサ……目……ひか……」
「あァそうだった。そうだったよなァ……オマエの眼は俺が潰しちまったンだよなァァ!!」
そのまま自身の能力を利用して、地面に思いきり彼女を叩きつけた。
一面赤のペンキをぶち撒けたような凄惨たる状況。
その爆心地で一片の汚れもなく、空を仰ぎ見て高笑いする学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)の姿があった。
「全部お前の予定通りなのか、アレイスター」
派手なアロハシャツを素肌に直接羽織り、ツンツンとした金髪にサングラス。
宛らスキルアウトにも見える風貌の男がアレイスターと呼ばれた人物に尋ねる。
覗く筋肉は鍛え上げられており、中々に腕っぷしがありそうだ。
その男の尋ねるという表現は、聊か高圧的だったが。
『無論、想定の範囲内だよ土御門。プランの短縮にも繋がる』
別段その態度に気にすることも無く、ほのかに橙色に輝く円筒の中で上下逆さまに漂うアレイスターが答えた。
ゆらゆらと揺れるウェーブのかかった長髪、顔つきは男とも、女とも思える。
『彼には色々と働いてもらうつもりだ。だからこういった措置をした。もちろん公的なものではないがね』
淡々とアレイスターは述べる。
余裕をも匂わせる微笑みに対し、土御門は懸念を吐き捨てた。
「この人は世界的にも知られる有名人だぞ。いつまでも手元に置いておけるとでも?」
『問題はない』
「……」
『……』
簡単にあしらわれてしまい、最早口を開く気力も湧かない。
土御門は手に持っていた紙を、アレイスターは眼前にモニターを出し、改めて目を通した。
そこには今回この街にやってきた、規格外の人物のデータ、それに関する考察等が記されている。
その中でも特に目を引く表記がある。
それは――――
【検体名】鈴木 一朗
【能力名】野球選手(メジャーリーガー)
【内 訳】完全打撃(パーフェクトヒット)
守備圏内(オールキャッチ)
絶対盗塁(アブソリュートスチール)
光速送球(レーザービーム)
【詳 細】この人物を一時的にレベル5第八位とする。
能力に関しては研究の価値あり。
しかし不明な点も多く、それに関しては第七位と同様に――――
二重投稿しちゃったところがありますが許してください何でもしますから!
今日はここまでです
また続きは出来る時に投稿したいと思います
ではでは…
どうも>>1です
次は少し遅れそうなので報告させてもらいます
気長に待っていただけたらと思います
ではでは…
「……うん、大丈夫だから」
「もう、気を付けてよね。研究なんて危なそうだし」
「悪かったよ、僕がわがままを言ってしまって……」
「まぁ、あなたなら大丈夫でしょうけど」
「ははは……じゃあ、そろそろ行くね」
「……行ってらっしゃい」
「ワン!」
最初に学園都市に行った時のように、強く地面を蹴りつけ走り出した。
イチローが学園都市という街を知ってから、そろそろ一か月が経とうとしている。
本当なら球団から言い渡された休みの期間を当に過ぎているのだが、どういうわけか延長ということになった。
流石にそれでは収まりが悪い。
なので試合の日―――といってもほぼ毎日であるが、宿泊先のホテルから走って球場まで行き、試合や練習には参加している。
海を渡り、己の役割を果たし、また帰ってきて、あの街で眠りにつく。
自分の家に帰りたいのも山々だが、どうやら自分は重要な研究対象になってしまったようで、離れるに離れられなくなってしまった。
研究とはいえども、白衣を纏った人々は自分の打撃や走りを見ては相変わらず首を傾げているようで、一向に進んでいない気もしている。
だが、まだまだ能力については知りたいことや体験したいこともあるし、割り切ることにした。
イチローはあの街のことが好きになっていた。
御坂や黒子、初春や佐天らとも出会えたのが、なぜだか嬉しかった。
特に佐天はイチローがあの時に助けたこともあり、また会えたことをお互い喜んだものである。
また初春はイチローを見た瞬間卒倒してしまったのもよく覚えている。
皆、個性豊かで面白い娘達だと思った。
少し前、一つ、大きな事件もそんな彼女達と解決した。
あれは―――
などとこれまでのことで回想に耽れば、時間の経過はあっという間だ。
気が付けば、いつも自分が寝泊まりしているホテルに着いていた。
部屋に戻りシャワーでも浴びて火照った体を冷まそうかとも思ったが、その考えは掛けられた声で打ち消される。
「あー!イチローさん!」
振り向くとセミロングの黒髪に白梅をあしらった髪飾りをつけた、佐天涙子の姿があった。
いつも一緒にいる彼女の親友はいないようだ。
「やぁ佐天さん、今日は一人かい?」
「むむむ、イチローさんってば、私より初春の方に興味があるんですか!?」
「いやいや、そういうわけじゃないんだけどね、なんだか珍しい気がして」
「初春と白井さんは風紀委員の仕事があるみたいで……御坂さんも何かあるとか……どーせ一人ぼっちの私ですよーだ」
そういって彼女はわざとらしく足元の小石を蹴り飛ばす。
俯いて不貞腐れる彼女をこのままにして「じゃあさよなら」と言うのは忍びない。
男が廃るというものである。
そんな彼女に対する特効薬はただ一つ。
ぽん、と彼女の頭に手を乗せ、優しく撫でてやることだ。
いつの話だっただろうか。こうすると女の子は喜ぶというのを誰かから教わった気がする。
「ひゃう!?」
「一人じゃないさ、僕がいるだろう?」
「あぅ……」
「どう?」
「……イチローさんってば……卑怯です」
相変わらず顔を上げようとしないため様子が分からないが、きっとこれで大丈夫。
そう思うイチロー。
顔を上げようにも顔が真っ赤になっちゃって上げられないし、撫でられるのが嬉しくてこのままでもいいかな。
そう思う佐天涙子。
微笑ましい空間が出来上がりつつあったのを、よく通る声が遮った。
「はーい、そこのお二人さん!白昼堂々不埒な行為は止めていただけまして?」
突然の声に二人は翻る。
その視線の先には、見知った人物が非常に苛立った顔つきで立っていた。
「風紀委員(ジャッジメント)ですの」
「し、白井さん!?どどどどうして!?」
明らかに動揺して素振りを見せた佐天はイチローと黒子を交互に見つめた。
何やら彼女なりの言い訳を考えているのだろう。
そうはさせまいと黒子が更に捲し立てた。
「『どうして』かと?おかしなことを言いますのね佐天さん。
貴女がイチローさんとメールして、大体の到着時間を教えてもらっているのは周知ですの!
支部までやってきておきながら、こっそり抜け出すから怪しいと思っていたんですの……!」
「そういえばそんなメールをしたような……」
イチローは自身の持つ携帯端末を取り出し、履歴を確認する。
確かにそのようなやり取りをしていた。
昨今の女学生のメールとは随分煌びやかなのだと思っていたところである。
「で、でもなんで白井さんがそのことを……!」
「うちの支部には守護神(ゴールキーパー)がいるのを知っていまして?」
「うぅぅぅぅいぃぃぃぃいいぃはぁぁぁぁあああぁるぅぅぅぅぅ!」
こんな光景を見るのも慣れたものだ。
ある時には電流を流され痺れる黒子を見たり、またある時は黒子が初春をこき使って自分に初春が泣きついてきたり。
色んなことをまざまざと思い出す。
すると、がっくりと項垂れる佐天を尻目につかつかと黒子が歩み寄ってきた。
「もう、帰ってくるなら私にも一報下されば良いものを……お迎えさせていただきましたのに」
「そんな大層なことは必要ないよ。黒子さんだって忙しいだろう?」
「で、ですけど……」
「気持ちだけで十分さ。ありがとう」
そういって頭を下げるイチロー。
その言葉を聞いた黒子もまた、顔を伏せてしまった。
そう言い残し、能力を用いて黒子は眼前から消えた。
確かに今日はホームランを打った。
わざわざ中継を見てくれていたのだろうか。
嬉しく思う。
本当は内野安打を打つつもりだったのだけれども、結果オーライだ。
自然と笑みが毀れそうになるのを我慢してホテルの部屋に戻ろうとしたところ、不意に視界に不自然なものが入った。
場所は少し離れたところに位置する団地。
確かあの場所は学生の住むための場所だったような。
依然黒子たちが教えてくれた気がする。
学生が大半を占めるこの街ではああいった場所がいくつもあると。
その団地の一角で、煌々とした炎が揺らいでいるのをイチローは見逃さなかった。
火事だろうか、と思う。
すぐに通報しようかと考えたが、電話するくらいならば自分が行ってバットのスイングで火の元を掻き消した方が早いかもしれない。
自分のするべきことが決まった。
「……と、とにかく!破廉恥な行為は禁止ですの!」
黒子は顔を見られないようにして、指を突き付ける。
更にいつの間にか取り出した、金属矢を見せつけてまで。
「破廉恥だなんてそんな……」
「以後、お気をつけあそばせ!?」
「あ……はい」
有無を言わさぬ彼女の気迫に押し負けた。
もちろん破廉恥だとかそんなことをしたりするつもりもないのだが。
佐天の首根っこを掴み、どこかへ連れて行こうとする黒子を見送る。
「……イチローさん?」
「ん?」
「……今日のホームラン、素晴らしかったですの」
脳が反応し、団地への最短ルートを導く。
身体が反応し、路地を駆け抜け階段を昇り、火の元と思える場所へ辿り着いた。
が、どうにもおかしい。
部屋や扉、廊下が燃えているわけでもなく、いたのは二人の男、そして倒れている白い修道服の人物。
男の一方は黒髪で宛ら鳥の巣のようなツンツンした髪型の、Yシャツに黒いスラックスという服装の一般的な高校生。
もう一方は長身で黒いマントを羽織った赤い長髪、年齢は分からない。
異様な雰囲気が漂うこの空間、どうやらあの二人は敵対しているようだ。
もしかしたら能力者同士の喧嘩なのかもしれない、と思考を巡らす。
実際この街にやってきてから何度か見かけた。
自分の得た力を試したい気持ち、他人への敵意、暴力。
若い学生が多い場所ということもあり、別段珍しいことではない。
これらを未然に防ぎ、止めさせるのが風紀委員である黒子や初春の仕事の一つである。
かといって風紀委員の到着まで傍観しているのもどうかと思ったので、イチロー自ら仲裁をしたことがある。
大抵の場合、自分の知名度からか、すんなり収まる。
しかし血の気の盛んな輩の場合、実力行使せざるを得ないことが多く、空の彼方へ吹っ飛ばしたりした。
佐天と出会った時もそうだった。
そして黒子にこっぴどく怒られるのがこの街に来てからの恒例となりつつあった。
「今回もそうなるかもしれないな……」
自嘲気味に笑い、改めて様子を見守る。
「そうか……やっとわかったよ……『歩く教会』が誰に破壊されたのか……」
長髪の男がそう呟き、高校生が歩みを進める。
「……世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」
なにやら男が呪文のようなものを唱え始めると、何もなかった場所から突如炎が現れ、男を中心に渦を巻きながら掌に収束していく。
「その名は炎!その役は剣!顕現せよ!我が身を喰らいて力と為せ!」
瞬間、弾けた炎が人の形を成し、辺りが凄まじい熱気に包まれる。
炎はドアノブを歪め、廊下を徐々に焦がしていく。
自分は平気だけれど、火の元に近いあの高校生は大丈夫だろうか、とイチローは思う。
その火の元の中心、炎の巨人の前で平然と立つ長髪の男は自信満々の様子で述べる。
「魔女狩りの王……イノケンティウス……その意味は……『必ず殺す』」
言い終わると同時に炎がまるで意思を持っているかのように動き、高校生へ向けて一撃を放った。
が、高校生も負けてはいない。
「邪魔だ!」
右手を一振り、巨人を炎諸共消し去る。
あれだけ大見得を切った一撃がこうもあっさりとやられているが、長髪の男の余裕を湛えた顔は崩れない。
むしろ狙い通りといった感じで、笑っていた。
「ッ!?」
反面、高校生の顔には焦りが生じていた。
背後から感じる熱気、殺意。
消えたはずの炎が、巨人が復活し、再び襲い掛かろうとしている。
今一度右手で受け止める高校生。
しかし炎は先ほどのようには消えず、鍔迫り合いのような状況になった。
「流石にそろそろ止めに入らなければ……」
ぼそり、と独り言を呟く。
最早喧嘩というレベルを超えている。
一方は態々『必ず殺す』と宣言しているわけだし、高校生も苦しそうだ。
どちらが悪でどちらが正義か、というのは分からない。
とりあえずは落ち着かせるのが先決だろう。
いざ飛び込もうと身構えた時、この物騒な状況には相応しくない女の声が響いた。
「ルーン……神秘、秘密を指し示す……」
先ほど目にした、倒れている白い修道服の人物が喋っているようだ。
それはとても単調で、とても無機質な聲。
言っていることは自分の知識では理解できないが、何やら現状を打開する手段を高校生に教えているようだった。
驚きを隠せない高校生。
舌打ちをし、非常に苦々しい顔をする長髪の男。
瞬間、男が何をするかを、本能が理解した。
自分の中の、善悪の判断する天秤。
片方は高校生が、もう片方は長髪の男が乗っている。
どちらに傾くのか、否、傾けるのか。
今、決まった。
「……ん?」
おかしい、と長髪の男は感じた。
今、ベラベラと自分の魔術の特徴、弱点を喋るこの女を黙らせるべく、踏みつけたはずだ。
しかしその感覚は無く、足は空を切った。
インデックスには自分で動く力など、もう無いはずはないのに。
なぜ、どうして。
「女の子に何をしようとした」
不意に、全く予想していなかった第三者の声が聞こえた。
喋ったのはあの高校生じゃない。
後方を確認しても、未だ魔女狩りの王の相手をしている。
自然と考えられるのはただ一つ。
この第三者がインデックスを連れて行った。
しかし、状況下でそんなことが出来るものか。
「だ、誰だ!どこにいる!?インデックスはどうした!?」
「インデックス……さっきも呟いていたな、それがあの娘の名前……か」
大きく見開いた目で、ついに第三者の姿を捉えた。
自分とあの高校生の間に突如として現れたこの人物。
身長は自分より小さいものの、この国の基準としては大きい。
何よりも目を引くのが服装。
何故こんな恰好をしているのか、理解に苦しむ。
「君は何者だ!そして……インデックスをどうしたんだ!?」
「……まず、後者の質問から答えようか」
自分の正体を明かす前に、第三者は己の行動を説明した。
女の子を踏みつけようとした様子を見て、阻止しようと炎を掻い潜り、走って彼女の元まで駆けつけた。
彼女を抱きかかえた後、自分の宿泊するホテルへ走り、ベッドに寝かせて応急処置(アイシング)。
再び戻ってきて、今に至る、と。
「……!?」
声にもならない声とは多分、こんな感じなのだろう。
一切合財理解できず、自分の目的が連れ去られて、こんな邪魔をされて。
そして一番信じられないのが、目の前の人物が言ったことは恐らく、本当だということだった。
「……そんなこと、この短時間で出来るものか!」
先ほど自ら導き出した答えに再びぶつかり、否定するように吐き捨てる。
出来るわけがない。
如何なる身体能力を持っていても。
神裂であろうとも。
「出来るさ。それと――――」
どこからか取り出したバットを一振りし、高校生が苦戦していた魔女狩りの王を掻き消す。
「「なッ……!?」」
高校生と長髪の男、二人の顔が驚愕で埋め尽くされる。
消滅した瞬間再生するはずのイノケンティウス。
その熱気が、気配が失せた。
しかしイチローは揺るがない。
ルーンという文字が刻んである限り、復活するのは当に知っている。
これは時間稼ぎだ。
「あ……あなたは……」
驚きの連続でその場に尻餅をついた高校生に手を差し伸べる。
「お話は後にしよう。これは僕の泊まっているホテルの住所と部屋番号だ。彼女はここにいる」
メモを手渡す。
それを受け取った彼の手は震えていた。
「でも……でもッッ!!」
「任せたよ」
そう一言述べ、肩を掴んで彼の眼を見た。
刹那、震えは止まり、動揺と怯えの混同した眼差しは、強い決意を持った物に変貌した。
「……すいません!お願いします、イチローさん!」
走り出した高校生の背中を見送る。
彼にとってのインデックスという存在、また、インデックスにとっての彼という存在。
それがどういうものかは分からない。
分からないけれども、今はそのままで良い。
この眼前の長髪の男だけは、人として許せない。
振り返り、イチローは自分が「敵」として認識した長髪の男を見上げた。
「……思い出したよ。そうだ、イチローだ」
テレビで見たこともあるよ、と長髪の男が言う。
「確か、君は米国野球で活躍する一介のプレイヤーだったはずだが……」
わなわなと身体が震える。
上手く事態が運ばなかった怒りが、予想外な人物の登場が、その人物が持っている力が、最早、何もかもが―――――――
「君の力は何だ!何者なんだ君はぁぁぁぁッッ!!」
あらゆる感情を交えた言葉が男の口から飛び出す。
肩で息をする長髪の男をイチローは見据える。
自分の背後では燃え盛る王が蘇りつつある。
口の中の渇きと、ちりちりとした肌の感覚で理解した。
「今の説明で大体正解だけど、あえて名乗らせてもらうなら……」
眼前には炎を自在に操る男が、背後には煌々と燃える魔女狩りの王がいる。
されど焦りや恐怖など微塵も感じさせない表情で、イチローは言い放つ。
「野球選手(メジャーリーガー)だ」
今日はここまでです
>>198と>>199は順番入れ替えて下さい;;
少し遅れてすいませんでした
前に言っていたように間に幻想御手を挟もうか挟むまいか散々考えて話もある程度作った結果挟まなかったという…
いずれやろうと思います
とにかくこれからも頑張りますのでよろしくお願いします
ではでは・・・
野球とはそもそもどんなスポーツだっただろうか。
投手がキャッチャー目掛けて投げ、打者はそれを打ち、内野外野は守らなければならない。
走者として出塁したならば、本塁に帰ってきて初めて点となり、点を多く取った方の勝ちになる。
確かこんな流れだったはずであり、幼少のころに誰もが触れたことのあるスポーツだと思う。
それらを極めた存在が野球選手であるとも認識はしている。
しかし既存の知識を総動員しても、目の前の男のいう野球選手というものが理解できなかった。
「野球選手(メジャーリーガー)……か」
再確認するように長髪の男が呟く。
懐から煙草を取り出し、火を点けて煙を燻らせた。
冷静さを装おうとするその声と動作には、怒りと動揺が見え隠れする。
「……君が名乗って、僕が名乗らないわけにはいかないか」
白煙を吐きだし、一息つく。
「ステイル=マグヌス……魔法名はFortis931だよ、野球選手君」
ステイルの左右の手に炎が宿る。
それは先の高校生に見せていたものよりも強大なものとなっていた
AshToASh
「――――――灰は灰に」
DustToDust
「――――――塵は塵に」
Squeamish Bloody rood
「―――吸血殺しの紅十字ッッッ!!」
二つの炎が宛ら剣のように十字に交錯し、凄まじい速さでイチローに迫る。
イチローは今こうして現場に立ってみて、感じていた。
これは超能力とはまた違ったものなのだと。
ステイルと名乗った赤髪の男が魔法と言っていたのだから、本当に魔法なのだろう。
俄かに信じがたい話だ。
あらゆる技術が発達したこの街での超能力というものを見た。
今ならそれは納得できると思う。
しかし魔法や魔術というものはフィクションだと思っていた。
それがこうして自分の目の前で具現している。
とても……とても面白い。
目前まで迫る熱線。
後方には魔女狩りの王。
詰みの状態に陥った男に対してステイルは余裕の笑みを浮かべた。
その目で捉えたのは爆炎に消される直前でも、心の底から湧き出る歓喜に顔を綻ばせるイチローだった。
轟音と共に廊下から一層激しく火の手が上がり、濛々と煙が立ち込める。
ステイルは依然として警戒しながらも、内心安堵していた。
野球選手などという存在は何ら問題なかったのだ。
予想外の乱入者の登場とインデックスがいなくなってしまったのは誤算であったが、まだ修正することは可能だ。
先ほど掻き消された時とは違い、イノケンティウスは未だ発動している。
恐らく奴は逃げたのだろう。
ステイルはそう考えることにした。
「……あわよくば死んでくれた方が良いんだけどね」
再び煙草を取り出し、火を点ける。
吸い込んだ煙が己の中を満たし、幾分か落ち着いてきた。
では、これからどうするべきか判断しなければ。
そう気持ちを戦闘から思考へ切り替えた矢先だった。
「随分と余裕なんだね」
声が、聞こえた。
また、あの声が聞こえたのだ。
インデックスを連れ去り、この場を引っ掻き回し、プライドを傷つけた張本人の声が。
数分前に体験したのと全く同じ状況だった。
予想していなかった。
こんなことは予想できるはずもなく、考えてもいなかった。
目の前にある「31」の背番号。
その衣服を身に纏う男の右手に収まっている赤い球。
時々そこからは炎が吹き上がる。
「まさか……!まさか……!!」
「捕ったよ。ワンアウトだね」
そう言ってイチローは空へ向かって球を軽く放り投げ、途中で炎となって霧散した。
ステイルは煙草を吐き捨て奥歯を噛み締める。
消すだけなら未だしも、紅十字を、炎を掴む技術や能力なんて知らない。
そんなものがあってたまるものか。
目の前の現実を、本能が理解するのを拒絶する。
こんなものは全て間違っている。
だからそれを正さなくてはならない。
魔法名の名の元に――――!
「イノケンティウスッッッッ!!」
イチローの背後に再び現れる魔女狩りの王。
それでも彼の顔はやはり、楽しそうな笑みで埋まっていた。
「君があの炎をぶつけてくる前にも一度スイングで吹き飛ばしたんだけど……随分熱狂的なファンだね」
イチローがステイルに話しかける。
しかしステイルは聞く耳無しといった面持ちで口調を強めた。
「イノケンティウス!手加減など無用だ!殺せ!」
振り下ろされる巨大な十字架をイチローがバットで受け止める。
バチバチと火花が散り、周囲の物が徐々に溶け、燃えていく。
「やはり……物騒だ!」
大きく一歩踏み出してイノケンティウスを押しのけ、素早くスイングをして掻き消す。
しかしこれが無駄だということは既に分かっている。
根本から解決するにはルーンという刻まれた文字をどうにかしなければならない。
「さっきから同じことの繰り返し……悪あがきばかりのようだね。どうだい、もう降参してみては?」
ステイルが声高らかに仰々しく喋る。
この状況に対応できていないイチローに対して今度こそ、自分の勝ちを確信したように。
何度も蘇るイノケンティウスに対して持久戦を持ち込んでの結果なんてものは、それこそ火を見るよりも明らかというやつだ。
「おっと、『ルーンをどうにかしよう』なんて考えは無駄なことだよ。なぜなら……」
「文字通り刻んであるから……かな?」
「ッ!?」
見抜かれている筈がないと思っていた種が既にバレている。
突然のことにステイルの心境に焦りが生じた。
嫌な汗が頬を伝う。
しかし、しかしだ。
「……確かに刻んださ。ナイフでびっしりとね。だけど、それで君はどうする?」
普段ルーンを刻む際にステイルはチョークやペンを用いていた。
しかし今回に関してだけは、用心に用心を重ねてナイフでコンクリートを抉るようにして刻んだのだった。
なぜそうしようと思ったのかは分からない。
だがその考えに至った根拠は今になってはどうでも良い。
現にこのように功を奏しているのだから。
「今から一つ一つ削り取るのかな?」
ステイルは冷笑し、落ち着きを取り戻す。
たとえ中身がバレようとも、打つ手がないのは既に分かっている。
チョークなら水でもかければ消えるだろう。しかしナイフならそうはいかない。
このまま戦い続ければいずれイチローは力を使い果たす。そして自分が勝つ。
そう思っていたのだが。
「もちろん、そうしようかとも考えたけどね」
「……は?」
今、イチローは何を言った?
一つ一つを削るという冗談のような提案に賛同しなかったか?
「刻まれたルーンはあの娘を運んだ時にもう気付いていたけど……君と対戦する方が面白そうだったからね」
至って真面目な顔でイチローは答える。
ということはあれなのか。
そういうことなのだろうか。
「その気になれば、イノケンティウスの有無など関係なく僕に勝てた、と?」
「そういうことになるね」
即答。
即答した。
この男は、野球選手という人物は、一体何を、どうして、こんな。
最早計画なんてものは破綻していて。
最早プライドなんてものは存在するはずもなく。
自分のこの力はこんな場所で、こんな奴に敗れる為に得たものではない。
全てはあの為に。
あの子の為に―――――
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ステイルの咆哮と共にイノケンティウスが蘇る。
これまでよりも何倍も大きく、猛々しいその姿は正しく王。
バットで太刀打ちするのは焼石に水といったところである。
ルーンを消さない道を敢えて選んだのだから、出来ることはただ一つ。
「さぁ……やろうか」
イチローは呟き、守備の体制を取る。
「グオォオォォォォッッ!!」
「おおおおおおおおッ!!」
王の振り上げた十字架と、イチローのグローブが轟音を上げ衝突し、辺りが光に満ちていった。
ボッ、ボッっと不規則に音がする。
それは火が燻っている音によく似ていた。
発生源はどこだろうか。
見ようとしても目が霞む。
身体が言うことを聞いてくれない。
……あぁ、倒れているからか。
そんなことに、ステイルはこの瞬間まで気付かなかった。
「僕の勝ちだね。ツーアウトだ」
謎の音と共にイチローの声が聞こえた。
それは自分に少なからず絶望を齎した声。
それは自分の大事な物を粉々にした声。
それなのに今では何故か心地よく感じるこの声。
「……負け……た……か……ぼ……く……」
懸命に力を振り絞って声を出す。
この問いかけに彼は意味深な解答をする。
「試合には負けたかもしれない」
「……?」
怪訝そうな顔をしたのを見てか、彼は話始める。
敵意などは感じることはできず、ただ淡々と解説するように。
「イノケンティウス、といったかな。消滅してもその場で再生し、ルーンを消さねばいつまでも目標を追い詰める……」
「だったらどうすればいいのか。その結論がこれさ」
そう言ってイチローがステイルに見せてきたのは、球状になったイノケンティウスだった。
「なっ………!」
自分の持てる全ての力を注いだイノケンティウスが、このような手に収まるようなサイズになってしまうとは。
ステイルは驚きを隠せないまま、ただただ見つめるしかなかった。
「これならあの時の高校生や、僕のスイングのように消滅したわけじゃない。受け止めて脅威にならない程度に『圧縮』したのさ」
中々骨が折れたけどね、と言って笑っていた。
「おっと、これでタッチアウト……っと」
イチローはイノケンティウスを持つ手をステイルの胸辺りに置く。
そして高らかに宣言した。
「これでスリーアウト。試合終了(ゲームセット)で僕の勝ち!」
子供のような笑顔を見せる彼に対し、ステイルはなんだが全てが馬鹿らしく思えてしまった。
しかし深く突き詰めれば、こういったことが彼の強さに繋がるのだろうか。
そもそも何故野球の選手があのような力を持っているのか。
考えてみれば最初に行き当たる疑問に今更悩んでみる。
野球で受け止めることが出来るなら、打ったり投げたりも出来るということだろうか。
頭の周りを疑問符が囲んでいく。
「試合には勝ったけどね」
回旋する議題を遮るイチローの声に我に返る。
「気持ちは君の方が勝っていると思うよ。ステイル君」
「気持ち……?」
「ステイル君は多分、あの娘のこと……インデックスさんのことをとても大切に思っているだろう?」
「ぶっ!!!」
「おぉ、図星のようだね」
何故そんな突拍子もないことを言い出すのか。
というか何故知れているのか。
今日会った初対面だというのに。
「全てはあの炎とイノケンティウスが教えてくれたよ」
どうやら自分が思う以上にイチローという人物、野球選手という存在は凄まじいものであるようだ。
ここまで来たら認めるしかない。
「過去や背景のことも少しは把握したつもりだよ。でも、とりあえず今日はお引き取り願おう」
「……言われなくとも」
「立てるかな?」
「いや、今は……暫くこのままで良いよ」
仰向けに寝たままの姿勢で天を仰ぐ。
建物の隙間から見える空がやけに綺麗に見えた。
目を閉じる。
これからのことは分からない。
神裂と相談して決めていかなければならない。
しかしこの戦いを通して思うのだ。
もしかしたら、もしかしたら、あの男は自分たちの、あの子の英雄になってくれる。
そんな一抹の希望が脳裏を過り、意識と共に闇に消えていった。
今日はここまでです
2/14バレンタインデーですね!
誰かチョコください(迫真)
続きはまた近いうちに
ではでは・・・・・・
>>1です
続きが少し遅れそうなので報告です
まあ過去スレ見れば続きはあるんですがね・・・;;
なるべく早くできるよう頑張ります
ではでは
>>1です
長らく更新できず申し訳ないです
今日から諸事情で一週間ほど海外なのでまた遅れますが
気長に待っていただければ幸いです
3月半ばあたりに更新できればと思います
ではでは・・・
こんばんは>>1です
馬鹿みたいに遅れてすいませんもう少し待っててくれると嬉しいです
ホントすいません許して下さいなんでもしますから!
ではでは・・・
こんばんはお久しぶりです>>1です
どうにか今週末にできそうです
長らく更新できず申し訳ないですもう少しお待ちください
今週末と言っておきながら出来ずにすいません!
今週中には投稿します許してくださいなんでもしますから!
お久しぶりです>>1です
続きの目途が中々立たずにおります申し訳ない…
報告はその都度していけたらと思います
>>1です
遅れて大変申し訳ありませんこの三連休でようやく時間が取れましたので、日曜日か月曜日のどちらかに投稿したいと思います
投稿詐欺と言われても仕方ないと思いますが>>1本人はどんなに時間が掛かっても完結させるつもりです
気長に待っていただければ嬉しいです
ではでは・・・
「……さて」
ステイルが「このままで良い」と言ったので、その発言を尊重することにした。
彼のことなら問題はないだろう。
疲労困憊による一時的なダウンと思われるのと、すぐ近くまで迫る別の気配を察知したイチローはそう判断した。
恐らくは彼の仲間だと見当をつけていた。
きっと彼を助けてくれるに違いない。
加えてこの場に留まり、鉢合わせになって再び騒ぎを起こすのは流石にまずい。
それを避けるべく、今は自分のホテルの一室へと歩みを進めている。
部屋にはインデックスと名乗る少女と、ツンツンとした黒髪の男子高校生がいるはずだ。
二人の関係や、ステイルについて、そして何よりもインデックスという存在そのものについて。
先の戦闘で得た情報と照らし合わせながら、色々と聞いてみなければならない。
もしかしたら、事態は想像以上に大きいものなのではとも考える。
「うーむ……」
顎に手を当て、イチローは少し悩んだ。
様々な事が脳を駆け巡るが、これといった解決策など見つかるわけもなく、されど歩みは止めず。
いずれにしろこの状況を理解することから始めなければならず、圧倒的な情報不足であることは間違いない。
それにしても思い出してみれば、喧嘩の仲裁を図るつもりだったものが、こんな事態に巻き込まれている。
まぁ、楽しかったから良いのだけれども。
「あらあらまぁまぁ……イチローさんじゃありませんこと?」
少し前に話していたのに、随分久しぶりにこの声を耳にした気がする。
イチローが振り向くと、うっすらと額に汗を浮かべる白井黒子の姿があった。
外の暑さと能力を多用したことによる疲弊の為か、頬もやや赤く染まっている。
「やぁ黒子さん。さっきも会ったけど、どうかしたのかい?」
少々わざとらしくイチローは聞いてみた。
風紀委員である彼女が今一度この場に戻ってくる理由は既に分かりきっているのだが。
それを聞いた黒子はがっくりと肩を落とし、「やれやれ」といった感じで両手を上げる。
「どうもこうも、見ればお分かりになるでしょう?そこの学生寮で火災発生ですの!」
あぁやっぱり、とイチローは思う。
あの場に残っていたのなら、事情聴取だの何だのと厄介なことになっていたに違いない。
学生寮の方からはサイレンが鳴り響き、それなりの騒ぎになっていることを知る。
「消火活動はアンチスキル等の仕事ですけど、目撃情報の収集や周辺調査は風紀委員も行いますの」
「そうなのか……風紀委員って大変だね」
いくら学生が主体の街だといえども、治安維持のような物事を少女達が行うのも中々不可思議な光景である。
それ相応の実力を持っているからこそ可能なのだろうが。
「ま、そこがやりがいを感じるところですの」
ふふん、と少し鼻を高くする黒子を見てイチローが笑う。
「で、現場には駆けつけなくて良いのかい?」
イチローの質問に、黒子は一瞬身体を膠着させる。
そしてやたら艶のある声を出しながら、イチローの傍へ近寄った。
「風紀委員の立ち入りが許可されるのは少々時間が掛かりますの。少しくらいの立ち話なら……」
どこか儚げに「大丈夫」と言いかけたところで黒子の耳元から大音量の叫びが聞こえた。
空気を劈く声とはまさしくこういう感じなのだろう。
『白井さんってば何でイチローさんとお話してるんですかー!ずる……じゃなくて!早く現場に行ってくださーい!!』
たまらず黒子はヘッドホンマイクを耳から引き抜き、あからさまに嫌そうな顔をする。
同時に一つ大きな舌打ちをした。
「初春……あとでたっぷりいじめてやりますわ……」
「ハハハ。いいコンビじゃないか」
「あぁもう全くイチローさんは……」
何かを言いかけて、その言葉を押し留めて、黒子はイチローに背中を向け跳ぼうとする。
最早現場に脅威となる人物はいないと思われるが、火災という危険な場所であることに変わりは無い。
イチローは按じて一言声を掛ける。
「あ、黒子さん。初春さん」
「……なんですの?」
『はい!はい!はい!なんですか!?なんですかイチローさん!』
「行ってらっしゃい、頑張ってね」
その言葉を聞いて黒子は拍子抜けした感じで大きく肩を落とし、初春はマイク越しでもわかるような喜びようを表していた。
彼女らに軽く手を振り、別れを告げた後改めてホテルに向かう。
フロントの前を通るときも、エレベーターに乗っている時も、部屋までの廊下を歩く最中でも、改めて問うべき問題を整理し、自室の扉を開けた。
「あ……」
まず目に入ったのは自分がベッドに仰向けの状態で寝かせたインデックス。
その横には彼女の左手を握りしめ、少し目を赤く充血させた高校生の姿。
彼はゆっくりとこちらを見て、目を見開いて声を絞り出した。
「イチロー……さん……!」
少しおぼつかない足取りで椅子から立ち上がった高校生が弱弱しく自分の名前を呼ぶ。
今にも崩れてしまいそうな佇まいと、悲しみと嬉しさと悔しさが混じった表情を浮かべていた。
「なにかな?」
「すいません!すいません……!!俺……俺は……!」
突然頭を下げ、謝罪をする高校生。
元々自ら首を突っ込んだことであり、彼が謝る必要はゼロなのではと思う。
それなのにここまで頭を下げられてしまうと、少し変な感じがする。
「いいんだよ。顔をあげてくれ」
高校生を宥めようと、イチローは軽く肩に手を置く。
身長の割には中々な筋肉質であることを触れて感じた。
「とりあえず、状況を整理しようと思うんだ。色々と教えてくれるかい?」
問いかけに高校生は大きく返事をし、共に椅子に腰かけてあれこれと教えてもらった。
彼は自らを上条当麻と名乗った。
そしてとある高校に通うレベル0であるという。
しかし超能力や魔術を問わず何でも打ち消すことが出来る幻想殺し(イマジンブレイカー)が右手に宿っていると言った。
インデックスとの関係は、夏休み初日に自室のベランダに引っ掛かっていたのを保護したのが出会い。
そして己の力で彼女の纏うあらゆる物理的・魔術的ダメージを防ぐ「歩く教会」を破壊してしまう。
部屋を出て行く彼女を見送り、学校に向かったが帰ってきた時に目に飛び込んできたのは傷ついたインデックス。
その原因になったのは言うまでもなく自分自身。
ステイルとの戦闘になったところで―――――
「僕が来たわけか……」
一人で頷くイチローに、今度は上条が問いかける。
「ところで……あの魔術師は?」
彼がこの部屋にやって来てから、上条の予てからの疑問であった。
ここにいるということは、あの場所にいた大柄な炎を操る魔術師を退けたということに他ならない。
「あぁ、彼になら勝ったよ」
「……なっ!?」
別段変わった様子もなく答える。
驚きの表情を隠せない上条はごくり、と喉を鳴らせて目の前の人物の発言に目を白黒させた。
「いや、彼は強かったよ。良い試合だったな」
そう言ってイチローは数十分前の出来事を振り返り、掌を見つめた。
彼の手にはじんじんとした、焼けつく感触が残っていた。
「やっぱり、第八位ってだけあるな……」
小さく上条が呟く。
当然、それを聞き逃したりするほどイチローは呆けてはいない。
「それって、結構広まっていたりするのかな?」
自分がこの街のレベル5の中に名を連ねることになるとは予想もしていなかった。
最初は講演に行くというだけのはずだったのだが。
当たり前だが自分の普段の立場のことを考えると、第八位になったということは隠しておきたい。
このことが伝えられた時も、学園都市の秘密機関に所属するようなスーツの集団に随分念を押されたものだ。
「えっと……結構噂にはなっているみたいで……」
少し気まずそうに上条が口を開く。
思い返してみれば、バットに乗って移動したり、打球に乗って移動したり、練習がてら自分で投げた球を自分で打って自分で捕ったり。
そしてあの時以来何かと勝負を持ちかける御坂美琴の超電磁砲を打つなどと目立ちすぎているような気がする。
今後は抑え目に過ごした方が良いかもしれない。
「あ、あとこんなこと聞くのも変なんですけど……イチローさんはどういう能力の持ち主なんですか?」
「……能力、ねぇ」
上条の質問にイチローは悩ましげな顔をした。
彼の言う能力とは十中八九、この学園都市内の人が有する、いわゆる超能力を指すのだろう。
しかし自分のこの力、お偉いさん達が第八位と位置付けた力はただ単に身体能力から派生したものに過ぎない。
「能力じゃあないんだけどなぁ……」
腑に落ちない様子のイチローとその言葉から上条は疑問に感じた。
あの魔術師を倒したということは、何らかの能力を使ったことの証明に違いない。
そう思っていたのだが、どうにもイチローは納得していないようである。
自分でもあまり賢くないことを理解しているが、その足りない頭で考えた末、1つの行動を起こした。
「……ちょっといいですか」
上条は言うや否や立ち上がり、イチローの腕を掴んだ。
先ほど説明した、あらゆる異能の力とやらを打ち消す幻想殺しの右手で。
「……?」
「イチローさん。この状態であなたの『力』を見せてもらえませんか?」
多分イチローは自らの中にある能力を制御できていない、または知らないのではと上条は考えた。
だからそれが能力であると彼自身が理解できていない為に、腑に落ちない顔をしていたのだろう。
上条もそうだった。幻想殺しを果たして能力といって良いのか分からなかった。
彼の能力もきっとそんな位置付けなのかもしれない。
そう思って、イチローの体に触れている。
この状態ならば例えどんなに強力な能力者であっても、自らの力を発揮することはできない。
触れている対象が本当に異能の力を使役する者であった場合で限るが。
「いいよ。じゃあ……ちょっとバットを振ってみようか」
あっさりと快諾したイチローは、立ち上がり傍に置いていたケースからバットを取り出す。
例のポーズと一連の流れから、軽く緩やかにバットをスイングした。
もちろん上条は彼の背中に右手を添えていて、確かに触れていた
これで彼は能力が使えず、魔術師を倒した力も能力の一環であったことを示すことになる。
そうなるはずだったのだが。
しかし現実はどうだろう。
まるであの魔女狩りの王を彷彿とさせる様な、赤々と燃え盛るバットが目の前に現れた。
「……ええええええっ!?」
「どう?」
上条は焦る。
確かにずっと幻想殺しが彼に触れていた。
どんな能力も発動することはないはずである。
すっと背中から右手を離し、バットへおそるおそる手を伸ばす。
このバットに仕掛けがあるのではないか。能力という触れ込みはハッタリで手品の類なのでは。
鈍い頭が高速回転するものの、やはり答えは見つからない。
指先がちりちりと熱を帯びてゆく。
イチローの警告も上条の耳には最早届かず。
超能力でも魔術でもない、ただただ煌々と燃えるバットを幻想殺しが握り締めた。
「……不幸だ」
ボソッと上条は呟く。
まさか命の恩人の目の前でちょっとした自殺行為をするなんて思ってもみなかった。
咄嗟に手を離したものの、掌には火傷を負ったらしく、包帯で覆われていた。
「ごめんよ。まさか掴むとは思わなくてね……」
彼の手当をしたイチローが言う。
今は先ほど使ったバッドの手入れをしている最中である。
それを横目に、上条はこれまでのことを踏まえて考えを整理する。
あのバットは確かに燃えていたのだ。自分の火傷が何よりの証明である。
そしてあの炎は幻想殺しで消すことが出来なかった。
つまり科学でも魔術でもない、物理法則に沿った一般的な現象の一つということになる。
それは即ち、イチローがあの緩やかなスイングで摩擦熱による発火を引き起こしたと考えられるのではないだろうか。
これは彼自身の肉体を用いた力、筋力によって引き起こされた現象だという証明である。
本当にそんなことできるのかも分からないし、バッドも煤けてすらいない辺り、ますます混乱する。
しかし認めざるを得ないのだ。
イチローは第八位という触れ込み通りの、計り知れない実力者なのだと。
上条は期待と疑惑、混乱が入り混じったような視線を向ける。
そしてハっとして、真っ先に聞くべきことを忘れていたことを思いだした。
「……そうだ!インデックスの怪我はどうなんです!?」
あれだけ出血していたのに、と上条は慌てた様子で述べる。
彼等の騒動の傍らでも今尚安らかな顔で眠っているが、あの量の出血が危険であるのは素人目で見ても一目瞭然だった。
「応急処置とかしたんでしょうけど、一応病院とか……」
続けざまに発言する上条をイチローは今一度落ち着かせようとする。
「必要はないよ」
「で、でも……!」
「大丈夫」
何気ない言葉なのに、半端ではない威圧感に飲まれた上条は思わずたじろぐ。
ならば、そこまで断言できる理由を明確にしてもらわなければ納得はできない。
「な、なんでそんなに自信満々なんです!?」
どうしても理由を知りたそうな上条を見てか、イチローは背を向けて自分の部屋の隅に置いてある鞄を持ってきた。
この中に医療器具などの、その自身の根拠たるものが入っているのだろうか。
上条はそう考える。
そしてイチローは一本のビンを取り出し、手渡した。
「これをね、彼女に飲ませたんだ。出血は治まったし、起きた時でも体調は良くなっているはずさ」
「こ、これって……」
まじまじと渡されたビンを眺める。
ラベルに描かれた薬草の数々。
黄金色に輝くキャップ。
刻まれた「sato」の文字。
そして大きく書かれたこのビンの商品名。
「ユンケル、だよ」
何もない平坦な場所なのに、上条は大げさに転んでしまった。
さながら一昔前のマンガのようである。
「ちなみに」
膝をついて立ち上がろうとする上条に対してイチローは一言付け加える。
「さっき上条君が火傷した時にも、これを使ったんだよ。多分もう治っているはずさ」
上条は目をぱちくりとさせ、イチローはにこやかに笑ってみせた。
半信半疑のまま己の掌の包帯をするすると解いていくと、そこには何の傷痕もない右手があった。
ぎょっとして手をぐるぐると回転させ分析する。
あの時感じた皮膚の焼ける痛みも、熱も、さも最初からそんなものはなかったかのような幻想殺しが、確かに目の前にある。
「……マジかよ」
どこからともなく汗が出て頬を伝う。
これが現実であると信じがたいまま、イチローはとんとん拍子で事の顛末を説明していく。
「いやね、最初は彼女も色々喋っていたんだよ。『ヨハネの~』とか『天使を~』とかね、急いでいたからさっさと飲ませたけど、上条君は何のことかわかる?」
こうするのが当然であるかのように話を進める目の前のイチローという人物。
噂になるのも無理はないのではないかと考える。
半ば呆れ気味な自分を放ってフランクに話す彼を見て色々と思う。
「はぁ……一先ずは良かったけど……」
不幸だ、と言おうとして、その言葉を飲み込んだ。
少し前に一度この言葉を言ったけれども、思い返せば何も不幸ではない。
ステイル=マグヌスを退けた。
イチローに出会えた。
火傷をしたと思ったら治っていた。
そしてなによりインデックスが無事であった。
ついいつもの癖で言いかけてしまった。
今は現状を迎え入れて喜ぼう。
どこからともなく現れた野球選手に感謝をしよう。
星が瞬き夜も更け、激動の夏休み初日の幕が閉じていった。
御無沙汰してます>>1です
あまりにも遅れすぎて申し訳ないです
焼き土下座です
もうこんなSS忘れた人も、見切りをつけた人もいると思います
でも多分待ってくれていた人がいると信じて、もしくは信じていたいので、楽しんでくれればなと考えております
次の3連休あたりを目安に頑張ります
ではでは…
>>1です
もう少しお待ちいただければ幸いです
リアルの方も頑張りますしこっちも頑張ります
今でしょ
とは中々言えません…
新年になっても相変わらずお待たせしてすいません
中々時間が取れませんが11日から13日の三連休にどうにかしたいと思います頑張ります…
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