なんかしら人が死ぬ話(6)
ある古びたアパートの一室。
妹「おにいちゃん……まだかなぁ」
物が乱雑した部屋で、毛布に包まる少女がいた。
妹「はやく……帰ってこないかなぁ」
キッチンに積み上げられた洗い物。
食卓に放り出された空き缶やゴミの数々。
妹「おなか……へった……」
目の下に酷いクマを作り、頬が痩せこけた少女。
兄『ご飯、持ってくるから、待ってろよ!』
妹『うん、いってらっしゃい』
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いつもなら夕方には帰ってくる兄が、その日は夜になっても帰ってこない。
妹「さむい……」
電気は止まっていて、
妹「のど……かわいたなぁ」
水も止まっている。
妹「……おにいちゃん」
唯一の頼りである兄が帰ってこないものだから、少女は数週間振りに母親のことを思い出す。
妹「……」
しかし、その思い出に暖かさはなかった。
泣けば殴られ、黙っていれば食事も作ってくれない。
家にいる時が珍しく、家にいない方が安全だった。
妹「……」
そして、母親は数ヶ月前に出て行ったきり、戻ってはこなかった。
部屋の中はただ暗かった。
窓から入る月明かりが唯一の光。
部屋を全て照らすにはあまりにも足りない。
妹「……おにいちゃん」
少女は次第に眠気を覚えた。
寝て、目を覚ませば優しい兄が帰ってくるだろうと考えた。
けれど、食事を用意してくれている兄を思うと、先に寝てしまうことが申し訳なかった。
なにより、少女は不安だった。
帰ってくるだろうという期待を心底信じきれないでいた。
妹「おにいちゃん……」グスッ
堪らず嗚咽が溢れた。
いつまでもいつまでも兄を待った。
月が傾き光が途絶えても、暗い夜に怯えて必死で待った。
眠気が意識を朦朧とさせても、大好きな兄を思ってただ待った。
しかし、遂に少女は目を閉じる。
そして目を覚ますと、なにも変わらない光景があった。
未だに兄は帰ってきていない。
妹「おにいっ……」
泣き叫びたい気持ちが先導するのに、声は枯れていた。
喉から息を吐くことすら億劫で、視界はじんわりとぼやけている。
どうしておにいちゃんはかえってこないのかな。
おにいちゃんも、わたしをおいていったのかな。
おかあさんみたいに、おいていったのかな。
不安が囁いた悪魔の声を少女は必死に振り払った。
そんなわけない!
おにいちゃんだもん!
おにいちゃんは、ぜったい……っ!
それなのに、いつまでも涙だけが止まらない。
毛布に包まれ床に転がり、兄を想って涙を流し、数時間が流れた。
それでも兄は帰らず、それでも少女は兄を待った。
段々と力が抜けていく体と共に、心がなにも感じなくなっていることに気づかないまま。
口内が乾き、頭の中がぼんやりとしている。
兄の顔を思い出そうにも、思い出すまでに力が抜けてしまう。
なにもする気が起きなかった。
もちろん、立ち上がることすらできなかった。
動きもせず、随分と眠った気がするのに、少女は微かな眠気を覚えていた。
眠ってしまったら二度と兄に会えないような、得体の知れない恐怖があった。
おにいちゃん……。
思うことすらままならない中で、それでも少女は兄を想う。
たった一人、優しかった兄。
たった一人、自分を守ってくれた兄。
たった一人、大好きな兄。
おにいちゃん。
おやすみなさい。
古びたアパート、その一室から、小さな亡骸が見つかったのはそれから一ヶ月も先のこと。
ずぶずぶに腐り果てた肉体は、毛布にべったりとくっついて、赤子のように丸まっていた。
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