あずさ「雪だるま」(19)


昼に降った雪で、鈍色の街が真っ白に生まれ変わりました。

家も、車も、公園も。

真っ白に。

誰にも踏み荒らされていない無垢な白に、一歩一歩足跡をつけていきます。

転ばないように、一歩ずつ、確かに。


昼間の天気が嘘のように晴れて、真ん丸お月様が静かに微笑んでいました。

見守るように、慈しむように。

歩を進める度、さくさく、さくさく、と。

まるで焼き菓子でも食べているような、そんな心地よい音に包まれます。


ふと立ち止まり、しゃがんで雪に触れてみました。

ひやりとした感触が手に伝わってきて。

「冷たい」

当たり前の感想が漏れました。


触れたその手で、拳大の小さな塊を作り雪の上を転がします。

ころころ、ころころ。

転がる度に大きくなっていく塊は、まるであの人への気持ちみたい。

迷う度に迎えに来てくれるあの人、その度に肥大していく私の気持ち。

気づけばそれは元の2倍にも3倍にも膨れ上がっていました。


いたずらに大きくなった塊が、一人きりだと可哀想なのでもう一つ作りましょう。

もう一度雪を握り転がします。

ころころ、ころころと。

どのくらい大きくすればいいかしら?


この雪玉はまるであの人ね。

あの人の回りにはいつも誰かがいます。

回りの雪を集めるように、人を惹き付けて。

だから、大きさを図りかねてしまうんです。

私の膨らんだ塊に、あなたをどこまで大きくしていいのか。


結局、控えめな塊になってしまいました。

拾った小石を目の位置に、小枝でその周りに四角く線を引く。

土台にはネクタイなんか書いてみたり。

「いつになったら気づいてくれますか」

そこに、まるであの人がいるみたいに話しかけてみました。


小さなあの人に向かって、今なら言えると思ったから。

「プロデューサーさん。私と、結婚してください」

なんて、本人には口が裂けても言えないですね。

「喜んでお受けします」

一瞬、小さな雪像が喋りだしたのかと耳を疑いましたがそんな事はありません。

声は私の後ろから。


振り向いた先にはあの人の姿がありました。

「プロデューサーさん……」

「迎えに来ましたよ、あずささん」

いつもの優しい笑顔のあの人が立っています。

なにより、私の発言を聞かれてしまった。

すごく恥ずかしくて、すごく逃げ出したいのに私の足は凍ってしまったみたいに動きません。


「すみません、咄嗟に返事してしまいました」

「あの……その……」

火が出てしまうような、そのくらい顔が熱くなってるのがわかります。

「わ、私……プロデューサーさんがいるなんて……思ってなくて……だから……」


上手く言葉が出ません。

声も震えています。

私はもう、俯くしかできませんでした。

「あずささん」

穏やかなトーンの声。

いつもと変わらない、私の好きな人の声。


「俺、あずささんが好きです」

突然の告白に顔を上げると、真剣な眼差しで私を見てくれていました。

「本当ですか……?」

「はい」

「本当に、私の事が……その」

「はい、好きです」


「で、でも!私はいつも道に迷ってしまいます、今だって……」

「俺が必ず見つけ出します、だからあずささん」

名前を呼びながら私の肩を抱き寄せるプロデューサーさん。

「俺と、結婚してください」


私が、何よりも望んだ言葉。

この人からのプロポーズ。

ちゃんと返事をしなくちゃ。

でも、視界がぼやけて。

大好きな人の顔も見えなくて。

ただ、涙を流すことしかできませんでした。


それでもプロデューサーさんは、ずっと私の肩を抱いて待っていてくれました。

「わた……っ……わたしで、良ければ……」

何とかそれだけ絞り出せました。

「俺は、あずささんじゃないと嫌です」


ずるいです。

そこまで言われたら私はもう、あなたでいっぱいになってしまいます。

顔を上げて目が合ったら、もう言葉は必要ありませんでした。

白に埋め尽くされた空間で、あなたの腕に抱かれて。

私とあなたの唇が触れ合う。


月と、小さな雪だるまだけがそれを見ていました。


おわり


終わりです。

先日のものすごい雪で交通機関が麻痺して電車に閉じ込められたり色々大変でした。
でもこうして元気にSSが書けるくらいには元気なのだと思います。

それではかなり短いですが少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
お目汚し失礼いたしました。

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