モバP「フツウの雪の日」(31)


事務所に戻ると、入口の辺りでちょうど仁奈が美玲につかまっているところだった。


「く、くすぐってーですよー」

「いいからじっとしてろ。きぐるみがゆきまみれだもん」
「ウチが払ってやる。そのまま事務所に入るとよごれるしっ……い、いいか、べつにもふりたいわけじゃないからなッ」


なにあの子可愛い。


「心が穏やかになりまスよね」

「そうだな」


へんに茶化さず二人の横を素通りして、比奈と並んで事務所に入る。


「あっPサンと比奈サン手つないでる!いいないいなー」


代わりに茶化された。



*同じ酉で普段速報に落としてるモバマスSSのシリーズものです。おじゃまします


「ただいま」

「おかえりっ。へへー」


こたつから柚が笑顔を向けてくれた。
ここからでもなんだかまぶしい。


「心が暖かくなりまスよね」

「解凍でもされたか」

「もともとそこまで冷え切ってないっス!」

「うぐ」

「??」


柚はにぱーと笑ったままきょとんと首をかしげている。
俺は比奈にひじで脇腹を小突かれたのだ。

とはいえ、比奈の横顔はくすぐったそうに小さく笑っている。


「おかえりなさい」


今度は横から声をかけられる。


「コーヒーを淹れますか?」

「楓さん。……はい。ただいま。いいですね、コーヒー」

「はい」




「今日も雪がすごいねー」

「そうだな。柚はちゃんと帰られそうか?」

「へへっ無理かナ!」


いい笑顔だなこの野郎。


「ふにっ」
「……いきなりたたくなんてひどいカモ……」

「すごくいい笑顔だったからな」

「ほめられた!」

「ほめてない」

「ふにっ。あれーっ?」

「相変わらず仲良しっスねぇ」

「そうね。ふふ」


なにをのんきに……。

「まあまあ。最悪、私のうちなら近いでスし」

「私の家も近いですよ?」

「おおっ」

「……」

「な、なんスかその怪訝な表情は……」

「……いや……比奈の部屋はこう、有害指定図書とか転がってそうだし」

「ぎく」

「楓さんの部屋はお酒がごろごろしてそうだし」

「ぎくぎく」

「どっちも柚が泊まるには対象年齢が高い」

「言い方ひどくないっスかぁ……」

「ひどいです……」

「ひどくないです」

「えー。比奈サンのおうちも楓サンのおうちも楽しそうなのになー」


気のせいだ。


「……、ふふ。へへへっ。でもそっか」


ん?


「うんっ。Pサンは柚のこと心配してくれてるみたいだしっ」
「せっかくだしっ。今日は言うこと聞こうかナー」

「……そっか」

「うんっ。へへー」


いい笑顔だ。





「それなら仁奈のお家に来るといいですよ!」


思わぬ代案は仁奈から示された。


「仁奈のおうちは広いですよ!……いまパパがいねーですので……」


あ、すごいしょんぼりしとる……。


「も、もふもふ。と、とにかく、ここからちけーですし、ちょうどいいんじゃねーかと思うです」


もふもふは咳払いの代わりだろうか?
なんだかなーと笑っていると、柚の手がぱっと挙がった。


「じゃあお言葉に甘えよっかな!いいよねPサンっ」

「うん。いいんじゃないか。仁奈、今日は柚のことよろしく頼むな」

「えへへっおまかせくだせー!」

「わーい」
「……あ、あれ?でもいまのPサンの台詞はなんだかちょっとおかしい気がするよ??」

「気のせいだ」

「お、おー。気のせいかーわかった!」


分かったのかよ。


「あはは」

「ふふっ」


比奈と楓さんの方を見ると、二人も同じことを思っていたようで。
二人と順番に目が合って、それから三人で小さく笑い合った。


「いいですかおねーさん。おとまりだからといって浮かれてはならねーですよ」

「は、はいっ。ジュージューショウチかもっ」


この二人のやり取りは、見ていてなんだかとても微笑ましい。





「ふんふんふふーんふんふふーん♪」

「今日はおとまりー♪ですよー」


どこかで聞いたリズムに適当なフレーズがくっついている。
へんてこなリズムに合わせて楽しげに雪を踏む二人の少女は、まるで姉妹のようにも見えた。


「楽しそうでスね」

「うん。まあ……いつもあんなもんだ」

「ふふ……そうですね」


「♪」

「♪」


仲良く揃ってフードをしていて。
そのフードの中には、雪の舞う中でも見ているだけで暖かくなるようなまぶしい笑顔も揃っている。


見ているとなんとなく親の気持ちになるですよ。




「コンビニだー」

「コンビニだー」


<イラッシャイマセー


「プロデューサーはまだ残ってお仕事ですか?」

「はい。……というか、俺もこの雪だと帰られないので」
「のんびり仕事をしながら様子見ですね。なので夜食を」

「なるほどー……それは、ええと、お疲れさまです」


楓さんは、一見なにも考えてない風にぼーっとしたまま……少しだけ言葉につまり、それから、ちょっと大げさに頭を下げた。


「いえ」


それだけ答えると、ゆっくりと顔がもどって来て、そっと微笑み返された。

自分を伝えるのは苦手だと自己紹介をされたけど、子どもっぽいような大人びたような、彼女の独特な挙動は、とても分かりやすい。

きれいで可愛らしい、この人はとてもいい人だ。


「さむいので凍死しないように気をつけるっスよ」

「心配の度合がいきなり深刻だな!」

「ふふっ」


べつに笑うところじゃないです楓さん。

……残念ながら笑いのツボだけはいまだによく分からない。





「お菓子を買い占めるぞー」

「おー、ですよー」

「飯を買え飯を」

「今日は何弁にするっスかねー」

「お前は作れ。一人暮らしだろ。体に悪いぞ」

「今日はなんにしよう……」

「楓さんコンビニで迷うことなくお酒のコーナーに向かうのはやめてください」


こいつらめんどくせえ。


「おっみてみて!柚子ふーみのわたがしだよー仁奈チャンっ」

「おおっ。そいつは買わざるを得ねーですね!」

「……あ、ドリンクも買っとこー……えへ、今日はいい絵が描けるかなー……♪」

「おつまみはー……あっ。ふふふ……今日はサワーで、サラダをわさっと……ふふっ……」

「……はぁー……」



めんどくさい。
……でも、傍から見ているだけでも楽しくて、めんどくさくても、まあいいかと思う。


それはともかく楓さんそのギャグはちょっとひどい。





<アリガトウゴザイマシター


「おおっ……さ、さむいねー」

「でスね……。温度差が身に沁みるっス……うぅ」

「風邪に気をつけないとな」

「仁奈ちゃんは大丈夫そうね。よしよし」

「はい。キグルミはとーきを越えるにはこれいじょうないそーびでごぜーます。ぬくもこです。おすすめです!」

「力強いな」


「あ、部屋着にならありかもっス」

「ありかなー」

「ありですかねー……」

「なんでみんな俺の方を見るんだ」

「ありですよ!」

「あ、うん」

「よし。じゃあ仁奈ちゃん明日プロデューサー用のキグルミをもって来るっスよ。着てくれるらしいっス」

「!!ほ、ほんとでごぜーますか!」

「えっなんで?」

「事務所も部屋ですから」


詭弁だ。


「へへっ。Pサンのキグルミったのしみだなー♪きっと可愛いよ!」

「……俺が着ても気持ち悪いだけだろ……」

「いや、それは分かってるっスけど、面白そうなので」

「ひどいな」

「大丈夫です!キグルミで十分カバーできるです!」

「……フォローになってないな」

「あれ??」

「あははは」

「……はぁ」


いまから胃が痛い。


けどまあ。


「……」ナデナデ

「??もふ」

「いいよ。たまには一緒にもふもふするか」

「あっ……えへへっ」
「はい!しやがりましょー!」

「うん」


仁奈の笑顔が見れただけ、まあいいか、と思う。


「Pサンやさしい!」

「どーも」


絶対たまにしかしないけどな。


「ふふ。いい人でスよね、プロデューサー」

「うん。いい人だね、プロデューサー」

「……どうも」

「いまから楽しみですよー!えへへっ」

「よかったねー」

「…………」


というか俺さっきからいろいろ流されっぱなしな気がする。


「気のせいでス」

「気のせいか」


比奈に考えを見透かされるのはいつものことだった。
いつも、それは意外と不快な感じのしない、むしろ心地のいい、不思議な感じがした。

気のせいか、じゃあ仕方ないな。苦笑まじりにそう思う。





「それじゃあアタシたちはここでっ」

「また明日でごぜーます!」

「気をつけて。夜更かしせずにちゃんと寝るんだぞ」

「へへっまかせてー!」

「まかせるもなにもないけどな」

「ふに。あれ?」

「大丈夫でごぜーます。今日は仁奈がちゃんと柚おねーさんとくっついて寝やがりますので!」

「……それは一緒に寝たいだけじゃないのか?」

「はっ。ば、ばれやがったです!」


まぬけか。


「へへっいいよいいよー。その方があったかいもんねっ楽しいもんね!」

「は、はい。です。暖かいですので!た、たいはねーですよ!」

「うんうんっ分かってる分かってる♪」


微笑ましい。


「じゃあ私もこの辺で。また明日っス。そだーモーニングコールしてもらっていいでスかね?」

「自分で起きろ」

「じゃあ先に言っとくっスけど――遅刻しまス!」

「元気よく言うな」

「て、てへ……」
「……えー……でも私、プロデューサーの声が朝起きるのに一番ちょうどよくて……って」

「は?」

「……っうぁ……!」
「なっなんでも、ないっス!か、帰りまス!お疲れさまっス!」

「比奈サンばいばーい!」

「また明日ですよー」

「気をつけてね」

「…………」


熱を移されたように自分まで顔が赤くなるのが分かった。

ほんの少しだけぼーっとしたまま……比奈の後姿を見送り、なんとなく顔を向けた先で、楓さんがこちらを見て嬉しそうに笑っていることに気がついてようやく我に帰る。


「にやにや」

「??」

「……。はぁ」
「……」

「つめたい!」


一緒ににやにやしていた柚へ、雪玉をぶつけてやった。
柚にもふられていた仁奈はきょとんとしている。
そのぶん、楓さんがもう少しほほえみを深くしたような気がした。





「二人きりになりましたね」

「そうですね」

「はい」

「いいお酒は見つかりましたか?」

「あ、えっと……お酒はもともとうちにあるので……コンビニに入るたび見に行ってしまうのは、つい癖で……て、てへ」

「なるほど」


きつくない。


「ふふっ。はい」
「そのぶんおつまみは探せたので、満足です。今日は、家に帰って、のんびり晩酌しようと思います」

「いいですね」

「いいですね」

「はい。いいです。……ふふっ……」
「――……、……でも……その」

「?はい」

「はい。……よかったら今度は一緒に飲みましょう?」

「……」
「はい。そうですね。ぜひ」

「はい」


まだ雪はそっと降り続けている。

降る雪の向こうに見る楓さんの笑顔は、――柚と仁奈のまぶしい笑顔や、比奈の可愛らしい照れ笑いのあとだといっそう――とても綺麗な笑顔だと思った。





レジ袋を手に提げ一人暗い事務所に戻る。


どうせのんびり帰って来るだろうと思って、弁当はそのまま受け取った。だからとりあえず弁当を温めよう、そう思いつつ、事務所の扉をあける。


真っ暗な室内に目を向ければさっきまでのにぎやかな光景がまだ目に残っている感じがして……じわりと、目の奥に滲む感じがした。


「……はは」


まだ小さい仁奈なんかより自分の方がずっとさみしがり屋なのかもなーと思うと変な笑いがもれた。


電気をつけると残像は消えた。
「よし」と呟いて気持ちを切り替える。


明日もまた残像なんかじゃなくちゃんとみんなと笑い合えるように。
今日もあと少し、自分にできる仕事をちゃんとしようと思う。


・・・・おしまい

以上です。同じ内容を一度pixivにあげましたがやっぱスレ立てておとしたいなーということで深夜で

お読み頂きどうもです

おつおつー
なんか速報の方と微妙に雰囲気が違う…?

>>29
今回は初めからpixivにあげるつもりだったので、普通の台本じゃなくてたまには地の文ありでやるかーと思って書いたせいだと思います

今さらだけど >>25 修正
Pの同じ台詞が続いてた


「ふふっ。はい」
「そのぶんおつまみは探せたので、満足です。今日は、家に帰って、のんびり晩酌しようと思います」

「いいですね」

「はい。いいです。……ふふっ……」
「――……、……でも……その」

「?はい」

「はい。……よかったら今度は一緒に飲みましょう?」

「……」
「はい。そうですね。ぜひ」

「はい」


まだ雪はそっと降り続けている。

降る雪の向こうに見る楓さんの笑顔は、――柚と仁奈のまぶしい笑顔や、比奈の可愛らしい照れ笑いのあとだといっそう――とても綺麗な笑顔だと思った。

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