闇条「お前…ムカつくな」(125)
ダークヒーローss
上条当麻は、不幸な人間である。
それゆえ、早くから自分という人間がわかっていた。
自分は疫病神で、不幸を寄せ付ける。
自分は絶対に幸せにはなれない。
そんなことを、5歳の頃には悟っていた。
お寿司屋さん、お花屋さん、ケーキ屋さん…。
幼稚園の廊下に張り出された十人十色の夢の中に、小さく、『金』とだけ書かれた紙があった。
こんな自分が幸せになるとすれば、もうお金しかないんじゃないか…。
幼ながらにそう思ってしまうほどに、少年は人生に絶望していた。
少年は父と母の顔も名前も知らない。
ずっと昔に死んだ。ということだけは、知っていた。
小学校に上がるまで育ててくれた親戚は、『置き去り』という形で彼を施設に預けて姿を消した。
いつか捨てられるであろうことは、早くから予期していた。
彼はそのことを恨んでいないし、むしろここまで面倒を見てくれたことに感謝すらしていた。
預けられた先でも、少年の不幸は留まるところを知らない。
幻想殺しについて気づいた研究者は、彼の右手を調べる。
でも、彼の右手の研究成果を得られた者はいない。
なぜか、彼らは次々にその姿を消した。
そして、歳にそぐわない達観した目をもつ少年はすぐに気がついた。
アブノーマルな力を持つ自分の希少価値に。
彼らがそれに目をつけたことで消されたということに。
自分と関わることで死んでしまったことに。
少年は小学校に上がる頃に初めて人を殺す。
彼が手にかけたのは、置き去りの友達を人体実験に使おうとした研究者だった。
友達が得体のしれないカプセルに入れられ、暴れている姿を目にした時、生まれて初めて怒りの感情を覚えた。
どうすればこの男が止まるのか、そう考えたらとても簡単な事だった。
不思議と抵抗はない。
ただ、相手が血の通った人間に見えなかったのだ。
血だまりの中佇む少年の顔には、恐れも怯えもなかった。
ただ、無表情で、それでも瞳の奥はギラついていた。
少年はその時に悟る。
なぜ、こんな右手を持って生まれてきたのか。
なぜ自分ばかりが不幸な目に合うのか。
神様はどうしてこんな道を自分に押し付けたのか。
―――そうか、僕は…
彼を取り巻く絶望的な環境――多感な時期に訪れる不幸の連続。
こんな状況下でも、少年の心根は温かいままだった。
こんな人生でも歩いていけるのは、芯が強く、どこまでも底抜けに優しいからなのだろう。
―――周りの人を幸せにするために、生まれてきたんだ。
―――そのために、泥をかぶり続けろっていうんだね。
その日以来、学園都市の表の世界から少年は姿を消した。
それから数年が経過した後には、最強最悪の無能力者として裏の世界でひそかに名が轟く。
どこの組織に入っても命令を聞かない、時には仲間にさえ容赦なく手をかける厄介者。
少年を持て余した組織は次々に彼を手放し、上から気に入った依頼だけを受けるたった一人の暗部組織が誕生する。
組織名も、少年の顔も、名前も、直接命令を下す上の人間以外誰も知らない個人組織。
リーダーである上条当麻は現在高校1年生となり、正体を隠しとある高校に通っている。
窓のないビル
第七学区に存在する巨大な建物の内側に存在する異様な空間に、これまた異様な二人の人間が対峙していた。
片や透明なビーカーの中を逆さまになって浮いている、性別不明の長髪の人間。
片や顔に刺青をした白衣の男。
長髪の人間は知る人ぞ知る学園都市のトップ、統括理事長アレイスター=クロウリー。
向かい合う白衣に金髪、顔に刺青をした男は、学園都市の暗部組織、猟犬部隊を取り仕切る科学者、木原数多。
『ふふっ…幻想殺しも順調に成長を遂げている…』
木原「あのガキ…好き勝手させていいんですか?」
あのガキが指すのは上の命令もろくに聞かず勝手な行動を取る少年のことであり、
好き勝手、とは、つい先日木原が取り仕切る暗部組織『猟犬部隊』が壊滅寸前まで追い込まれたことを指している。
『アレは一番の重要人物だ。万が一にもこちらが噛み付かれるようなことになってはならない』
木原「なるほど。それであれだけの事をしでかして生きていられるわけだ」
不服そうな顔をしつつも、素直に首肯するのは裏の組織の掟。
立場が上のものに逆らって生きられる道はない。まして相手は名実ともにトップの人間である。
『それでもアレを裏に置いておくのはこちらの都合のいいように動いてもらうためさ』
『アレがどういう理念で動くかも把握している』
木原「では。こっちはこっちでまたクズの補充をしねぇと」ケラケラ
『人員補充については好きにしてくれて構わない』
『幻想殺しについてはそのまま放任とする』
木原「…了解」
木原(あいかわらず何考えてんのかわかんねぇな…)
「君かわいいね」
夕方の第七学区は、とある路上。
辺りに仕事帰りの社会人やら下校途中の学生やら目立つ中、道の隅で一人の女子中学生が複数人の男たちに囲まれていた。
少女も、周りの人間も一目見ただけでわかる。いわゆるナンパというやつ。
一人の女の子を囲むにしては人数が多すぎるのではないか?という疑問には、彼女の着用した制服が答えてくれる。
灰色のプリーツスカートに半袖のブラウス。サマーセーター。
それは、学園都市中の誰もが知る名門、常盤台中学の制服。
その意味は、強能力者(レベル3)以上の能力者しか通うことを許されない学校であるということ
つまり、ただの子供にしか見えない少女が、最低でもレベル3以上の能力者であるということの証明なのだ。
男たちがこの少女に目をつけた理由は、おそらく、『好みの容姿だったから』というだけではなく、多かれ少なかれ嫉妬の意味が含まれている。
有する能力のレベルで差別化されるこの学園都市において、強い能力とはそれだけで優秀とされる。
強い能力を持つ者はそれだけで尊敬され、学園都市における社会的地位も上になる。
能力の低い者は常に己の劣等感と戦い続け、この男たちのように捻くれてスキルアウトとなってしまう場合さえあるのだ。
おそらく、学園都市の六割を占める無能力者のほとんどが同じように思っているに違いない。
たとえばそれは生活に便利な能力であったり、人を惹きつけるものであったり。
はたまた、他者を圧倒する強い力だったり。
そんな能力が、当たり前のようにいつでも目に入ってくる環境。
誰だってそう。最初は、自分の可能性を信じてこの街に足を踏み入れたはずだ。
しかし結果は無能力者(レベル0)。
いつしか周囲の人間が能力に目覚め始めると、世間は彼らに落ちこぼれの烙印を押す。
彼らは、行き場のないこの気持を誰かにぶつけたかったのかもしれない。
たとえば、目の前に居るこの少女に。
自分たちが欲してやまなかったものを当然のように手に入れた、この少女に。
御坂(馬鹿な連中…)
不良達は、少女が大人数を相手に怯えていると思っているし、行き交う通行人たちもそうだろう。
その証拠に、彼らはこちらの様子をチラチラと伺っては、辺りを見張る不良達に追い払われている。
しかし、実際のところこの少女、御坂美琴は微塵も怯えてなどいなかった。
不良達がどんなに声をかけても無視の一点張りで通すのは、そもそも話を聞いていないからである。
学園都市に居ればナンパなど道を歩けば五万と出くわすし、少女は容姿の良さも相まって普通の人よりも多くナンパをされる。
ゆえに、少女はこういう状況には慣れていた。
少女の目には、執拗に迫ってくる男たちの顔など写っていない。
彼女が見ていたのは、こちらを見てみぬふりをして歩く通行人の方だった。
別に、と、少女は考える。
―――そう、別に、彼らが薄情だというわけではない。わかってる。
少女の目に、こちらを伺い、一瞬声をかけようとした通行人が不良に萎縮して走り去っていくのが映る。
きっと彼は、少女を助けようとしたのだろう。
でも、結局大勢の男達に敵わないと見て逃げ出した。
―――実際にここに割って入ってきたって、何かできるわけじゃないし。怪我をするだけだ。
だれだって自分が可愛い。それが普通。
見ず知らずのやつのためにそんなことをする奴がいたとしたら、そいつはただの馬鹿か―――。
「臭えんだよ。ゴミが集まるな、周りの迷惑だ」
不良達は知らなかった。
彼らが取り囲んでいる少女はレベル3なんてちゃちなものではなく、彼らが100人束になったところで敵わないほど強大な力を有している超能力者(レベル5)だということを。
そして行動を誤ってしまった。
決してこの道で、『彼』の目にとまるような行動をしてはならない。
この道は、裏の世界で噂される正体不明の無能力者、上条当麻の通学路であるからだ。
夕方の第七学区は、とある路上。
ここに因縁の出会いが果たされた。
片や、七人しかいない超能力者の第三位。お嬢様とは名ばかりのきかん坊。
片や、裏の世界に轟く存在すらも疑わしい正体不明、最強最悪の無能力者。
少女は、突然割って入ってきた少年に興味の眼差しを向け、少年は目の前にたむろする男たちを、ゴミを見るかのような目で睨みつける。
二人の出会いは、なんともすれ違ったものであった。
とりあえず書き溜めここまでです。
上条「はぁ…」
少年の口から、今日何度目になるかわからない溜息がこぼれる。
もう慣れっこではあるが、彼が道を歩けば必ずといっていいほど面倒な状況に出くわしてしまう。
今回の場合は、女子中学生がナンパの被害にあっている場面。
枚の毎度の状況に、彼が道を歩くことで面倒ごとが発生しているのではないかとすら思えてしまう。
―――これじゃあ疫病神って言われても仕方ねぇな。
周囲を見渡せば、見て見ぬふりしか出来なかった通行人たちがチラチラとこちらを気にし始めていた。
いきなり首を突っ込んでいったことで注目を浴びてしまっているのだろう。
面倒なら、自分が可愛いなら、彼らのように見て見ぬふりをすればいい。
しかし、少年は目をそらさなかった。
前持って言っておくなら、決して彼はヒーローなどではない。
それは、少年自身がよくわかっていることだ。
ヒーローなら、と、少年は考える。
―――そう、もしもヒーローがいたなら。
―――ヒーローがいたなら、だれにでも手を差し伸べて皆を助けることができる。
でも、少年にはそれが出来ない。
彼は自身の人生で、そのことを学んだ。
一人ができることなんてたかが知れている。
どんなに手を伸ばしたって、どんなに手を広げたって、届く距離には、抱えられるものには限りがあるのだ。
ヒーローみたいに、誰もが笑っていられる世界は作れない。
何かを救うためには、必ず何かが犠牲になってしまう。
だから矮小な人間は、常に優先順位を決め続けなければならない。
誰かを守るなら、誰かを見捨てる覚悟を。あるいは、殺す覚悟を。
そうやって彼は生きてきた。
さらにいえば、少年は善意で動いたりしない。
ただ、自由に、好き勝手に自分のやりたいことだけをやる。
だから気に入らないクズは五万と殺してきたし、逆に気まぐれに助けたりもする。
誰にも、何からも縛られたりしない。
それは、少年が不幸な人生の中でただひとつ見つけた、自分の生き方。
―――良いも悪いも関係ない。
―――気に入らなければ殺してみろ。
上条「俺はてめぇらみてーに群れなきゃガキ一人も相手にできねぇような奴らを見てるとムカつくんだよ!」
少女の肩に手を回していた男までもが少年に向き直る。
どうやら、彼の目論見通り標的が彼女から少年へ移ったようだ。
上条(…このまま人気のない場所まで鬼ごっこするか)
少年が追われる形でその場を後にしようと背を向けた瞬間、少女の額で青白い火花が散る。
誰一人気にも留めない中、少年だけは見逃さなかった。
少年は凄まじい早さでバク転を繰り返し、少女から距離を取る。
揺れる視界の中捉えたのは、男たちがパタパタと倒れていく姿だった。
―――たいそうな能力じゃねぇか。
大勢のスキルアウトを女子中学生が一蹴。
一見信じられない光景だが、学園都市ではそれがあり得てしまう。
能力の強度からみるに、おそらく、大能力者(レベル4)以上の能力…。
御坂「アンタ…」
少年が訝しげな目で少女を見ると同じように、彼女もまた同じような目でこちらを見据えている。
両者の間に僅かな緊張の空気が流れた。
上条「ったく…。俺まで巻き込まれるとこだったろ」
おかしい…。
どう考えてもおかしい…。
ここは普通巻き込んでごめんなさい、ケガとかありませんでしたか?とか言って心配してくる場面なのではないだろうか。
なのに、あろうことか少女は敵意を込めた目でこちらを見つめている。
御坂「なんでアンタだけ無傷なわけ…?」
少女は、気に入らない。ただ目の前に立つ少年が気に入らない。
足元で昏倒している不良達のことなど、もう頭の隅にもなかった。
14年間の人生で、限定的にいうなら、超能力者と認められてから、少女の攻撃から免れたものなど誰一人としていない。
自分をガキと罵ったことも気に入らなかったが、自分の攻撃を意図も簡単に交わされたことがもっと気に入らなかった。
能力の発現当初からレベル5だった者が多い中で、少女は珍しく発現当初レベル1だった。
それから努力を重ね超能力者へと登りつめた彼女にとって、超能力者という称号は、彼女の自信の根源となっている。
強さこそが彼女のアイデンティティ。
故に気に入らなかった。
意図も簡単に自分の攻撃を交わした目の前の男が。
そして同時に心の何処かで歓喜していた。
やっと見つけた、『自分と対等かもしれない人間』の存在に。
強大な能力ゆえに、少女が本気を出すことは許されない。
それでも自分の力を試したいという欲求は、能力者なら誰もが持ち合わせている。
だから学園都市では、能力者同士の抗争が後を絶たないのだろう。
少女の場合はいなかっただけなのかもしれない。自分と対等な、力を試せる相手が。
この日、学園都市の広告塔・模範生のお嬢様は、自らにまとわりつくレッテルを振り払い、本性をむき出しにする。
青白い火花を散らす、誰もが恐怖するであろうその姿にさえも、少年は全く動じた様子を見せない。
少女の口元が緩む。
少女の好戦的な目に、少年はただ溜息を漏らすばかりであった。
投下終了です。
少年は実感する。
ほんとうに自分はついていないと。
今回は不幸なことに、気まぐれな性格が仇になった。
少年は現在、路地裏を学生寮とは逆方向に走っている。
上条「まさか絡まれていたのが噂に名高い『超電磁砲』だったなんてな…」
少年のつぶやきに答えるかのように、背後から『追跡者』の追い打ちが飛来した。
喰らえば火傷は免れない電撃。
電撃使いとしては最高位に君臨する少女の攻撃だ。
頑丈な少年でも喰らえばただではすまないだろう。
御坂「ちょこまかとっ!なんで当たんないのよ!」
わかったら諦めてくれ。
少年は言葉であしらったが、無駄だった。少女は聞く耳を全く持たず、ただ勝負しろの一点張り。
攻撃のパターン、威力、能力の応用…。
それらから判断するに、おそらく少女は逆立ちしても少年には敵わないだろう。
当然といえば当然だ。
常に死線に身を置く彼が中学生ごときに負けていては話にならない。
少年に超能力者との対戦経験はないが、右手があるかぎり負けることはないだろう。
実際、少年は後ろを振り返ることなく電撃をかわし続けていた。
それにしても、と少年は思う。
―――なんでこいつはこの速さについてこれるんだよ…。
ここにきて、初めて少年が後ろを振り返る。
少女は息を切らしつつも火花を散らせながら走ってきていた。
御坂「は~ん。意外って顔ね…」
御坂「こんなスピード出したのは初めてだけど、体内の電気信号操れば簡単よ」
上条「体内の電気信号…?」
上条(いよいよなんでもありじゃねーか。超能力者)
御坂「大体、アンタ何者よ!こんなに苦戦したのは初めてなんだけどッ!?」
言いながら、少女はまた電撃の槍を飛ばす。
放たれた電撃は、少年へとぐんぐん距離を詰めていく。
スピードを落とすのは得策ではないと考えた少年は、身体を綺麗に丸めた飛び込み前転で電撃をかわし
回転の遠心力でスピードを落とすことなく走り始めた。
少女の表情から怒りや悔しさといった色が消え失せる。
一瞬だけ現れた感心の表情が、不敵な笑みに取って代わった。
御坂「やるわねっ!…おもしろくなってきた!」バチバチ
少女には見えるはずもないが、少年はげんなりした表情で溜め息をこぼし、すこしだけ笑った。
御坂「はぁ…はぁ…はぁ…」
第七学区の公園の、薄暗い街灯の下で一人の少女が息を切らしベンチに深く腰掛けていた。
運動不足であるつもりはないが、さすがにぶっつづけの走りっぱなしはこたえたらしい。
少女は苦しそうに顔を歪めながらも、どこか楽しそうな表情を浮かべている。
御坂「はぁ……撒かれちゃったわね」
誰にともなくつぶやき、手にしたヤシの実サイダーを一気に煽る。
飲み干した炭酸の余韻をひとしきり楽しんでから、少女は考える。
―――それにしてもアイツ…。
いままで目にしてきた数々の能力の、そのどれにも当てはまらない…。
いっそ無能力者だと言われたほうがしっくりくるような気さえする。
常識はずれの足の速さ、フットワークの軽さ、ずば抜けた身体能力、判断力。
超能力者相手に動じない、どころか、軽くあしらうような態度…。
御坂「極限まで身体を鍛えぬいた無能力者とか?」
口にしてブンブンと大きく首を振る。
有り得ない…。
無能力者相手に自分が苦戦することなどありえるはずがない。
―――そうよ、なにかタネがあるにちがいないわ。
御坂「今度こそっ」
少女の右の拳が固く握られる。
少年に負けたことが素直に悔しい。
無意識のうちに、少女はまた少年に会うことを望んでいた。
かばんを取り、女子寮への道を歩み始める彼女の顔は、どこか嬉しそうで
頭の中は、次の勝負のシミュレーションでいっぱいだった。
少女は、自らが残していった空き缶の存在に気がつかない。
ロボットにも回収できない絶妙な位置に放置された空き缶が、後日誰かが転ぶ原因になることも、少女は知らないまま生きていく。
翌朝。
学生寮の、自室のベッドの上に座る少年はいささか機嫌が悪い。
少年の手には携帯電話が握られており、電話機の向こうでは、聞いたこともない男の声が仕事の内容を説明していた。
少年に仕事の話を持ち掛けてくる人間は、ころころと変わる。
どうやら今まで経歴が相まって、上での彼の評判はすこぶる悪いらしい。
組織に所属していた頃、少年が無視した命令の数は数えきれない。
守るはずだった研究所をまるごと燃やしたこともあったし、組織のリーダーを殺したこともあった。
まず殺されてもおかしくない状況で少年が生きながらえているのは、統括理事長による後ろ盾が大きい。
そのことを知ってか知らずか、電話口で頭をペコペコ下げているのではないかというくらい、男の声は謙虚なものだった。
大体話を把握したところで、しかし男の話の途中で、少年は口を開ける。
上条「イヤだ。てめぇで探せよバーカって言っとけ」
そのまま返事も待たずに切る。
普通断ることのできない依頼も、少年には断る権利があるらしい。
そもそも、重要な仕事の場合は統括理事長が直々に電話をしてくることになっていた。
一息つこうと腰を上げた瞬間、再び携帯が鳴る。
げんなりした顔で画面を覗くと、『木原数多』の名前が表示されていた。
木原『よぉ。まだ生きてんのか?』
上条「おかげさまで」
木原『そりゃ迷惑な話だ』
上条「木原さんの方こそ。この間はちゃんと殺してやれなくてすみませんでしたね」
二人の会話は、いつも互いの罵倒から始まる。
別段仲が悪いというわけではない。ただ、互いが互いを殺したいと思っているだけにすぎない。
少年のいうこの間とは、別任務で動いていた猟犬部隊を、彼が壊滅寸前まで追い込んだことを指していた。
少年は木原に、次に目の前に現れたら殺すと一方的な約束を取り付けている。
それから、この間で実に二度目。
少年が本気ではなかったとはいえ、その二回で、猟犬部隊は二度の壊滅的打撃を受けていた。
木原『仕事はしねぇで余計なことばっかしやがって。こちとらまたクズの補充だぜ』ケラケラ
上条「そいつはいい気味だ。てめぇを殺せばその手間も省けるってもんだぜ。次は確実に殺すぞ。木原」
木原『口の減らねぇガキだ。もう一匹のクソガキを思い出すぜ』
上条「まぁいい。要件はなんだよ」
木原『テメェが引っ掻き回してくれたおかげでクズの人員不足だ。仕事がたまってんだよ』
木原『クズの仕事はテメェでちゃんとやりやがれ』
上条「てめぇも害悪だってこと棚に上げて喋ってんじゃねぇよ」
上条「まぁでもしょうがねぇからひとつだけ引き受けてやる」
木原『やけに素直じゃねーか』
上条「これ以上てめぇの声を聞きたくねぇんだよ、察せ。内容はメールで送れよ」
予め予期していたのか、電話を切ってすぐに仕事内容が送られてきた。
手早く確認を済まし、テンプレから文を選び下部組織にメールを入れる。
朝食を済ませ、学校用のかばんに教科書もろもろを詰めたところで、隣人の土御門からお呼びがかかった。
上条「おう。今行く」
隣人に挨拶をするのは、少しだけ眠そうなアホ面の高校生。表の住人上条当麻。
投下終了です。
土御門「おっはよーう!」
一歩前を歩く金髪の少年、土御門元春が教室全体に響くような大声で挨拶し、後ろのドアから中へ入っていく。
アロハシャツにグラサンという大変奇抜な格好で席につく土御門は、はたから見れば相当怪しい。
そんな彼に目もくれないクラスメイト達は、たとえばスキルアウトが教室に入ってきたところで誰も気づかないんじゃないだろうか。
改めてこの学校のおかしさを痛感したところで、上条の肩にもう一人の友人の手が置かれた。
青ピ「おはようつっちー、カミやん」
上条「おう」
野太い声で挨拶をする身長180cm超えのこの少年は、主に頭が奇抜な通称『青髪ピアス』。
彼の本名は誰も知らない。むしろ興味もない。
故に、周囲から浮きまくりな青い髪と耳に付けたピアスで持ってそう呼ばれている。
ちなみに変態。
変態の上に学級員まで務めているという、実に奇特な男である。
青ピ「てゆうかカミやん…ふふっあはははっ…なんやねんそのたんこぶ」
上条の顔を見た途端、彼は指をさして笑いはじめた。
その笑い声が、クラスの連中の注目を集めた。
いつの間にかクラスのほとんどが上条の顔を指差し、あちこちで笑っている。
上条「大体今日のは土御門のせいだっつーの」
上条「お前が自販機に寄ろうとするからこうなったわけであって…」
本日、上条当麻はおでこにたんこぶを作っている。
前髪で少しは隠せているものの、やはりよく見たら目立っているようだ。その証拠に、彼は登校中にも幾度となく指を指されて笑われた。
『今日のは』とつけたのは、非常に嘆かわしくも、少年の不幸こそが彼の日常だからである。
本日も不幸の平常運転なり。
土御門「俺のせいにするとはひどいぜよ。にしても普通踏まないだろ…わははははっ思い出したら腹痛いっ…」
青ピ「やっぱその顔っ…傑作やでぶはははは」
殴ってもいいだろうか?
理不尽とは自覚しつつも、なんとも腹立たしい。
そもそも少年が転んだのは、登校中に飲み物を買うと言い出した土御門に付き合い公園に行ったのが原因だった。
自販機と睨み合う友人を尻目に休憩しようと近づいたベンチで、いや、近づいてしまったベンチで、彼はひとつの空き缶と出会う。
炭酸飲料を閉じ込めるのに無駄のないフォルム、シンプルながらも思わず飲みたくなるようなデザイン。
彼は少年にヤシの実サイダーと名乗った。
足元で待ち構える空き缶が何を意味するか…疫病神と讃えられるこの少年ならば、迷わずに即答するだろう。
結果、少年は見事に足を取られ、彼の頭はベンチと派手な邂逅をはたした。
近くで待ち構えていた掃除ロボが、そそくさと役目を終えた空き缶を回収する。
少年は赤く腫れた額をさすりながら、あれは悪意を持って仕掛けられたとしか思えない絶妙な位置に置かれていたと語った。
上条「ったく…不幸だ」
吹寄「ようやく三バカが揃ったわね」
賑やかに雑談する彼らを、まるでころがるゴミを見るような目で見る彼女の名前は吹寄制理。
制服の上からも目立つ豊満な胸に、しなやかな黒髪とキリッとした眉毛が特徴の少女。
彼女は、上条・土御門・青髪ピアスの三名を、クラスの三バカ『デルタフォース』と呼び、慕っている。
委員長気質で隙がないように見える彼女だが、実はズレた健康志向の持ち主で、通販の健康グッズを買い漁るという奇特な趣味を持ち合わせていたりする。
土御門「デルタフォースっつっても、実際に馬鹿なのはカミやんだけなんだけどにゃー」
…妙なことをいう男だ。
彼らは三バカと称される通り、居残り・休日補習の常連である。
今更取り繕おうたって、どこに取り付くしまがあるというのか。
青ピ「つっちーアカんて。ボクらはともかくカミやんはほんまに馬鹿やねんから」
上条「なにおう!テメェらだって補習の常連だろ!」
青ピ「ボクは小萌ちゃんの授業が楽しいんや~。小萌センセが担任やなかったら学年一番とってるとこやで?」
上条「嘘つけ!テメェが頭いいなんて、上条さんの幸運以上にあり得ねぇよ」
吐き捨てるように言って、口の端を吊り上げる。
そろそろ青少年の目を覚まさせてやらなくてはならない。
土御門「知ってる側からするとこうも哀れなんて…どんまいカミやん」
青ピ「カミやんがそう思っとるんならそれでええんやけどな」
青ピ「それより今日も補習楽しみや~。せやカミやん!今日の放課後空いてへん?つっちーと三人で久々にゲーセン行こうや」
土御門「名案だにゃ―!負けたら晩飯おごりだぜい?」
青ピ「つっちーほんま悪やな~。カミやんがおごり確定やん」
彼らは好き勝手に上条を罵りつつ話を進める。
遊びたい気持ちはやまやまであったが、少年の答えは決まっていた。
土御門「いつものファミレス。カミやんに何を奢らせるか迷うぜい」
上条「悪いな。今日は外せない用事があるんだよ」
そう、外せない用事。
胸糞悪い木原から回ってきた仕事ではあったが、少年が受けることを決めた依頼だった。
本当に残念な顔をする青髪を見ると、少しだけ罪悪感に包まれる。
しかし、暗部に身を置く以上プライベートとはきっちり線を引かなければならなかった。
表の世界では、ただの無能力者で。
補習でだべったり友達と遊びに行ったりの、多くも少なくもない交友関係をもつ普通の男子高校生。
決して表の住人を巻き込んではならない。
決して表の住人に知られてはならない。
そういう意味では、
―――あのビリビリ中学生は要注意だ。
彼女は珍しくも綺麗なままの超能力者である。
しかし、いつどんなきっかけで闇に堕とされるかわかったものではない。
裏の連中がどれだけ高位能力者を欲しがっているかは少年もよく知っていた。
昨日の件であの少女が上条に興味を持ってしまったことは間違いようもない。
右手を使わずに逃げることには成功したが、おそらく少女は上条のことを忘れないだろう。
自分が近くで見守ってやるのがいいか…。
自分と関わらないように手を回すのがいいか…。
―――素直に言うことを聞きそうな奴でもねぇよな。
この時点でもう既に、御坂と二人の人間が闇に触れるきっかけとなる実験が進行していることを、彼はまだ知らない。
そして彼が今夜出会う、ある一人の少女のことも。
吹寄「遊んでる暇なんてないわよ!次のテストに向けてちゃんと勉強しなさい」
青髪「委員長が手取り足取り教えてくれるん?」
吹寄「そんなわけないでしょ。バカが伝染るわ」
青ピ「その蔑むような目!ぞくぞくするわ~もと虐めて~」クネクネ
吹寄「…」
土御門「さすがにキモいぜい」
青ピ「…野郎からの言葉責めはいらんわ」
土御門「うっさいにゃー!」
吹寄「そろそろHR始まるから席に戻りさなさい」
青ピ「せやねー」
土御門「にゃー」
吹寄「ほら!貴様もはやく!」
少年の悩みなどつゆも知らない明るい声が、彼を思考の闇から現実へ引き戻す。
上条「ああ」
投下終了です!
午後の学園都市は第三学区、とある個室サロン。
豪華な内装が施された一室に、風変わりな四人の少女たちが居た。
電話に向かってキレ気味な態度をとる長髪の少女、窓の外をぼんやりと眺めるジャージの少女
ベレー帽をかぶり缶詰でタワーを作っている金髪の少女、オレンジのパーカーを着こむ一際幼い少女。
はたから見れば、どこにでもいそうな仲良しの四人組に見えるかもしれない。
しかし、実際の彼女たちはそんな暖かな関係ではない。
名を、『アイテム』。
その実体は、学園都市内の不穏分子の削除及び抹消を主な任務とする、学園都市の暗部組織。
つまり、上条当麻と同じ裏社会の人間たち。
麦野「わかったわ」
アイテムのリーダーを務める少女、麦野沈利が口論の末に電話を切る。
どうやら、交渉が成立したようだ。
メンバーに向き直ったリーダーに、全員の視線が集まる。
麦野「は~い。お仕事の時間よ」
麦野「今回は研究施設からブツを奪って逃走している連中の抹殺よ」
フレンダ「麦野!そのブツって?」
麦野「さぁね。長生きしたければ言われたことだけやってなさい」
冗談のような口調でも、彼女は本気である。
裏社会の人間など、いくらでも替えがきくのだ。
ここは、学園都市にとって不都合な情報を持てば殺される、それが当たり前の世界。
フレンダ「こわっ!?目が笑ってないわけよ…」
麦野「フレンダァ。今回はポカすんじゃねぇぞ」
フレンダと呼ばれる金髪碧眼の少女は、優秀な戦闘員ではあるがどこか抜けているところがある。
これまでに、フレンダが原因のミスで劣勢に追い込まれた件が度々あったため、麦野からの信頼は低い。
フレンダ「ぜ、善処しまーす…」
滝壺「がんばってふれんだ」
フレンダ「た、滝壺ぉ~」ウルウル
滝壺「そんな役立たずのふれんだをわたしは応援する」
フレンダ「」
脳天気な、どこか無機質な声で話す少女の名前は滝壺理后。
戦闘能力は劣るものの、彼女の有する能力『能力追跡』は戦闘の要であり、アイテムの切り札でもある。
その能力は、一度記憶した能力者のAIM拡散力場から、たとえ地球の裏側に逃げようとも相手の正確な位置を特定できるというもの。
また能力体結晶、通称『体晶』を用いることで強化され、相手の能力に干渉することもできる。
故に、アイテムの対能力者における戦闘は、常に滝壺を守りつつ、滝壺の補助によって成り立つ。
絹旗「麦野、敵の人数と潜伏先の目星は?」
麦野「それが潜伏場所ほっぽって逃げまわってるみたいなのよね。人数は4人で全員無能力者」
麦野「面倒なことに二組に分かれて逃げまわってるみたいよ」
麦野「いま下部組織の連中に追わせてるみたいだけどね」
フレンダ「それっておかしくない?無能力者がたった4人なら、わざわざわたしたちが出ていく必要ってないわけじゃん?」
麦野「私も最初そう言ってやったんだけど、どうやらブツの取引の相手がどこかの研究所らしくて、そいつらがまたどっかの組織を雇ってるらしいわ」
フレンダ「うわーめんどー…」
麦野「まぁブツが渡る前にそいつらをやっちゃえば、どこぞの組織の連中とやりあう必要もないんだけどね」
絹旗「ではとりあえず、麦野と私で別れて滝壺さんを―――
フレンダ「は~い!」
まとまりかけていた話を、フレンダが制する。
納得がいかないといった表情ではなく、むしろ口の端を吊り上げた笑みを浮かべていた。
麦野「あ?」
フレンダ「片方はわたしひとりで行く!」
麦野「はぁ?んな危ねぇ橋渡る必要ねぇだろ」
麦野は、論外という風に片手を振る。
しかし、フレンダは珍しく食い下がった。
フレンダ「そこをなんとか!お願いっ」
麦野「珍しいわね。一体どういうつもり?」
フレンダ「一人で倒せば、結局撃墜ボーナスゲットでしょっ?」
麦野「はぁ~、いいわ。でも連絡は必ず入れること。いいわね?」
麦野の忠告に、フレンダはウインク一つで答える。
普段ならフレンダのわがままに付き合うことのない麦野だが、今回は無能力者の敵が二人ずつだったために了承した。
とある高に、下校時刻を知らせうチャイムが鳴り響いた。
それを合図に、一年七組の居残り補習授業が終りを迎える。
小萌「じゃあ今日の補習はここまでなのです!上条ちゃん、授業内容はわかりましたか?」
なぜか上条だけに意見を求める失礼極まりない担任教師の名は月詠小萌。
まさにロリと称されるに相応しい小萌は、教卓の前に立つと首しか見えなくなるというとんでもない教師だった。
身長は135cmで、安全面での理由からジェットコースターの利用をお断りされたという伝説を持ち、
『歳を取らない虚数学区の住人』として学園都市の七不思議にまで登録されてる幼女先生である。
しかし外見に似合わずヘビースモーカーで、嘘かホントか口に咥えただけで煙草の品質の違いが分かるらしい。
小萌「あのー上条ちゃん?」
上条「ああ、はい。よくわかりましたよ!上条さんは完璧に理解しました」
小萌「本当ですか?次のテスト期待していますよ!」
上条「あ、はぁ…」
土御門「どうあがいてもまた三人で仲良く補習ですたい」
青ピ「もう補修が終わってもうたわ…ボクはまだまだ何時間でも受けたいのに」
上条「変態の上にロリコンかよ、救えねぇな」
くだらない談義を済ませ、荷物をまとめる。
さっさと帰ろうと席を立ったところで、青髪ピアスが立ちふさがった。
青ピ「カミやん。君はほんまに残念な子や~」
青ピ「ロリのよさがわからんなんて。聞いたかつっちー」
土御門「ロリのよさがわからんとは…さすがはホモ疑惑が立つカミやんだぜい」
上条「テメェらがベタベタしてくるからそんな根も葉もない噂が立つんだよ!」
土御門「冗談だにゃ―。カミやんのタイプは寮の管理人のお姉さんだからにゃー」
青ピ「うんうん。わかるでー!今夜は年上談義に花を咲かそうやないか!」
土御門「そこは義妹(いもうと)談義に決まってるぜい!」
青ピ「シスコン軍曹はだまってくれへん!?この裏切り者がっ!」
土御門「心地良い嫉妬と受け取っとくぜよ」ニヤリ
青ピ「くぅ~ッなんなんその余裕!ボクら三人負け犬組やなかったんかい!」
土御門元春は、メイド愛好家にして繚乱家政女学校に通う義妹を溺愛している。
しかも、もう既に一線を越えてしまっている模様。恐ろしい。
上条「とにかく、俺はこの後用事あるから帰るぞ。また明日な」
腕を振り、負け犬とシスコン軍曹の間を割って通る。
彼らが少年を呼び止めることはなかった。
夕方の第七学区は、とある路地裏。
薄暗く人の寄り付かないその場所に、一人の少女と武器を持った数人の男達が対峙していた。
男たちは歪んだ笑みを浮かべ、少女を取り囲むように立っている。
誰もが恐怖するであろうその場面にも、少女はとくに怯えた様子を見せなかった。
治安の悪い学園都市のなかでも、第七学区は特に治安の悪い区域として知られている。
学園都市のほぼ中央に位置する第七学区は、学舎の園を始めとしたお嬢様の集うエリアと、庶民性の強いエリアが同居しているため
学生の多い学園都市の中でも特に学生が多い学区である。
学生たちによる犯罪行為がそのほとんどを占める学園都市において、第七学区の治安の悪さは当然といえた。
少女は、自らを囲むスキルアウトと思しき男たちを見て、悟る。
その顔には恐れも怯えもなく、挑発的な笑みだけが浮かべられていた。
少女A「能力者狩りの連中ね。残念だけどわたしはレベル3のッッ―――!?」
突然、耳を塞ぎたくなるような不協和音が場を支配する。
何事かと思い、目を丸くして辺りを見回した途端に気づいた。
男たちは先ほどと変わらぬ歪な笑みを浮かべたまま…彼らには大した音に聞こえていないようだ。
つまり、これは―――。
スキルアウトA「レベル3の、なんだって?」
スキルアウトB「頭痛能力か?」
彼らの間にどっと笑いが起こる。
能力を起こそうにも、騒音が頭に響いて演算に集中できない――。
能力を持つはずの能力者が、なぜ無能力者なんかにやられるのか。
―――わたしなら、返り討ちにしてやるのに。
昼間の会話が頭をよぎる。
能力が、つかえない。
つまり、今この瞬間、少女はただのか弱い女の子。
周囲から抜きん出た強能力者も、その細腕だけでは、男の手から逃れることもかなわなかった。
スキルアウトC「教えてやろうか?こいつはキャパシティダウンっつってな、どっかの研究者が開発した装置で能力者の演算を阻害するんだと」
スキルアウトB「お前ら能力者が二度とデカい面出来ねぇように俺たちが有効活用してんだよ」
少女は、腕を引かれ見るからに怪しい黒いバンに乗せられようとしている。
彼女は最後の抵抗に、もがき大声をあげようとしたが、口に押し付けられた白い布によってとうとうその意識は刈り取られた。
第七学区、某所。
とあるビルの前に、一台の黒いバンが停車していた。
運転席に座る男はサングラスに黒いスーツといった格好で、顔も名前も知らないある男を待っている。
15歳の少年にして、男が下部組織として配属された暗部組織のリーダーを務める、男の直属の上司となる人間。
なんでも、男を含めて20名の下部組織の上に立つ、15歳の少年が仕切る組織は彼一人だけで構成されているという…。
ただの使い捨ての下っ端組織かと思えば、裏の業界では『切り札』とまで称されるほどの特殊な組織であるらしい。
考えにふけっていた男の後ろで、突然、バンの後部座席のドアが開かれる。
ミラー越しに確認すると、ツンツン頭の男が乗車してくるところだった。
車を間違えていないか、というような注意を促そうとして、しかしその声はいつまでも発せられない。
ミラー越しに見えた少年が、男に鋭い眼差しを向けてきたからである。
どこまでも見透かすような、それでいて極度のプレッシャーを放ってくる視線。
一目見た印象はどこにでもいそうな少年。しかし今、男はその一瞬で上下関係を理解した。
上条「場所わかってんな?」
男「はい。把握しています」
上条「よし、出せ」
男は、少年の見た目と雰囲気にかなりの違和感を感じた。
それは、男とは全く違う世界で生きてきたことを感じさせるような、異質な雰囲気。
と、そこで再び少年の方から声がかけられた。
上条「お前新入りか?」
男「はい」
サングラスにスーツ。男を含めた他全員が同じ服装をしている中、少年はすぐに気がついたようだ。
間髪入れずに答え、次の質問を待つ。
上条「なら覚えとけ。言われたことだけをやれ。他のことは一切するな」
男「は、はぁ」
上条「要は指示待ちでいいってことな。もし俺の許可無く人を殺せばお前を殺す」
男「………っ」
男はいままで幾度と無く脅しをかけられてきたし、逆もあった。
しかし、この少年のそれはいままでのそれとは全く別物だ。
有無をいわさない。男は既に心臓を握られていることを悟った。
これが思春期の15歳の少年だと思うと、尚の事恐怖を感じる。
上条「あと、現場は見ないほうがいいぞ。余計なこと知ったら上から消されるしな」
男「はい…」
上条「まぁ俺はお前らに車の運転くらいしかさせねぇから安心しろ」
上条「たまに手伝わせるかもしんねぇけどな。今日は運転と見張り」
上条「見張ってて逃げてきた奴は殺さずに捕まえとけ。多分ねぇけど」
男「は、はい」
上条「後ろ走ってる二台にも同じように指示すること、以上」
男「了解しました」
暗部に堕とされた以上どんなひどい扱いを受けることも覚悟していた男だったが、少年は男たちには無関心だった。
しかし、同時にミスをすれば命の保証はない。
この少年はきっと容赦しないだろう。
あらためて気持ちを入れなおしたところで、目的地である倉庫が見えた。
上条「たしか裏口あったろ?後ろの車を前後一台ずつで固めとけ」
返事をするまもなく、少年は車を離れていった。
今日は終了です。
少女の目が開く。
いつもなら、少女が目を開けた時にまず広がってくるのは、学生寮の見慣れた低い天上である。
しかし、今彼女の目に広がってきたのは、遠くにある壁と、いくら手を伸ばしても届きそうにないくらい高い天井だった。
辺りになにもないところを見ると、ここは使われていない廃墟のような倉庫だとわかる。
そこで、少女は自らの身体に異変を感じた。
まず、手が、さらには足が動かせない。
驚き、目を落とせば、少女の足首の部分がロープで固く縛られており、動かそうにもまったく動かせない状態だった。
おそらく両手も同じように後ろでしばられているのだろう。
なぜ―――。
少女は嗅がされた薬品とショックによって、襲われた時の記憶を失っていた。
しかしながら、両手両足を縛られて見知らぬ場所にいるという異様な状況は、否応なしに事態を連想させる。
助けを呼ぼうにも、少女の口はテープで塞がれていた。
パニックに陥った少女に追い打ちを掛けるように、背後から幾つもの足音が響いた。
スキルアウトA「おはよー。お嬢ちゃん」
恐怖し、それでもわずかに助けを期待した少女の希望が完全に殺される。
こんな状況じゃなければ、ただの呼び声に聞こえるセリフかもしれない。
しかし、少女の身体は覚えていた。
男のセリフに反応するように、身体がビクッと反応し、心臓が暴れ始める。
少女の第六感とも呼べるものが、危険を知らせる警笛を鳴らす。
少女の勘が正しかったと告げるように、彼女の髪が強引に引っ張られた。
引っ張られて振り返った先に数人の男たち、その背後にもっと大勢の男の姿が見える。
男の顔を見た瞬間、少女は少し前の記憶を完全に取り戻した。
―――能力者狩り。
彼女の通う学校で、もっといえば学園都市中で噂になっている一つの事件だった。
能力を持たないスキルアウトが、集団になって能力者を襲うという事件。
元をたどれば能力者による無能力者狩りが発端となっていたその事件を、少女は他人事のように考えていた。
―――そんなの私には関係ない。
―――襲われたって返り討ちにしてやるわ。
なにも少女に限った話ではないだろう。誰もが他人事のように考えているからこそ興味本位で噂を流す。
曰く、『能力者狩り、無能力者狩り』
曰く、『学園都市に都合の悪い人間を始末する組織の存在』
曰く、『レベル5の軍事用クローン』
曰く、『幻想御手なる簡単に能力が上がるアイテムの存在』
学生たちの笑いの種になる噂話が、当事者になってみればこんなに恐ろしいなんて一体誰が考えただろうか。
そんな不安を笑い飛ばしていた自分自身が、なにもできずにただ震えることしか出来ないなんて予想だにしていなかった。
それに、噂話とは本当に都合がいい。
能力者狩りは能力を使えなくする機械を使うなんて話はなかったじゃないか…。
男たちの一人が少女の襟首を掴み、奥へと引きずり始めた。
スキルアウトB「悪く思うなよ。もともと無能力者(おれたち)を虐げてきた能力者(おまえら)が悪いんだ」
コンクリートの地面を引きずられる痛みさえわからないほどに、少女は恐怖で頭がいっぱいだった。
倉庫の奥へ奥へ進むにつれ、男たちはうじゃうじゃとその姿を表す。
見方は誰一人としていない。
能力も使えない。たとえ使えたところで、20人を超える男を相手にできるほどの力もない。
これからどうなってしまうのか考えるのも恐ろしかった。
全身から嫌な汗が流れはじめる。
男たちの笑い声やしゃべり声以上に、自身の心臓の音がうるさかった。
急に少女の身体が地面に投げ出される。
痛みに顔を歪めながら視線を上げた先には、大柄な一人の男が立っていた。
スキルアウトB「なかなか綺麗な顔してますよ」
おそらくそれは少女の容姿を褒める言葉だったが、嬉しい気持ちはかけらもなかった。
荒々しかった男の声が媚びへつらうようなものに変わっているところを見るに、目の前の男がここのリーダーなのだろう。
190を超える身体に、スキンヘッドの頭。
初対面でこれほど嫌悪感を抱く人間は初めてだった。
大男「いつもみたいに俺が楽しんだ後お前らで好きにやれ。終わったらちゃんと処理しろよ」
スキルアウトB「うぃっす」
男は恭しく頭を下げ、少女と男をふたりきりにし、来た道を引き返していった。
男の言葉を聞いた瞬間、少女の頭は蒼白になっていた。
処……理…?
終わったら処理される。
まるでゴミを捨てるかのように軽い言葉だった。
処理が何を意味するか考えたところで、ふたたび少女の心臓が暴れ始めた。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだ―――。
ここにきて、初めて少女の頬を大粒の涙が伝う。
にじり寄ってきた大男の手が、少女顎を強引に引き寄せた。
そのまま、あろうことか大男は少女涙を舐め取りはじめる。
ジュリルジュルリと不快な音が、彼女の波打つ心臓の音と混ざり室内に響く。
不快で、ひたすら怖かった。
恐怖心が次々に涙をこぼし、待ち構えていた男の舌が荒々しく舐めとっていく。
後ろ手に縛られている両手で、両足で、全身で必死にもがき抵抗を試みたが、少女を束縛する縄が緩むことはなく、大男の舌が止まることもなかった。
涙だけでは満足できなくなったのか、男の舌が頬を這い、少女の口元に到達する。
学舎の園と呼ばれる男子禁制のエリアで暮らす彼女に経験はなかったが、知識として知っている行為。
またしても少女の予感が的中と告げんばかりに、男の手が彼女の口を覆うテープを強引に剥がした。
少女「ぶはッ――!!」
ガムテープを一気に剥がされた痛みよりも、はじめてのキスを奪われる恐怖のほうが何倍も上だった。
テープを丸めて地面に放った男の興味が、ふたたび少女の口元に向けられる。
唾液の引いた糸を押しのけて、ヤニで茶色く汚れた男の舌が再びその姿を現した。
幼稚な文で申し訳ない。たくさんレスありがとう。とりあえずここまで
このSSまとめへのコメント
つまんね
他のサイト見たんだがここみじかくね?
短くね