クロ「魔法少女?」 Part2 (423)

これは、クロ「魔法少女?」


というサイボーグクロちゃんと魔法少女まどかマギカのクロスオーバーSSです。


1スレじゃ終わらなかったために2スレ目に突入しました。


前回はこちら



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1357296516

もう文句を言う事もなくなった二匹を見下ろしながら、なんとも言えない思考に適当に終止符を打つ。
そう言えば、ここ最近は魔女だって現れないからここまでだらけた日常はこの世界に来てから久しぶりの事ではないか。


ならばここまで普段じっくり考え込まない事が頭の中でグルグルと巡る事も理解できる。
今、ここはまったくの平穏そのものなのだ。
勿論は、この世界は魔女だとか魔法少女だとか、とてもじゃないが普通とは呼べない珍妙な事態が繰り広げられている世界である。


しかし


悪の科学者が襲い掛かってくる事もなく


電気スタンドがマフラーを届けに電車で突っ込んでくる事もなく


電柱に喧嘩吹っかけられる事もない


寂しいとか、ふざけた事はない。
あり得ない事なのだが、まぁ、確かに張り合いは、今のこの日常には感じない。


それでも、それでもだ


まどか「んぐんぐ……マミさん、このお肉柔らかくて美味しいですよ」


マミ「あらあら、教えてくれるのは嬉しいけど、口元にご飯つぶがついてるわよ」


まどか「え、えぅっ!?ウソっ!?」


さやか「焦って食べるからだぞ~、まどか~」


まどか「う、さっ、さやかちゃんに言われたくないもん!」


さやか「なにをぉっ!」


マミとまどかとさやか、彼女達のあの顔を見せられれば、あれが悪いとは思えないのも事実だ。

クロ「ま、そんなに食いたきゃ貰ってくるってのも一つの手でもあるけどな」


唐突にポツリとこぼした言葉に、二匹が反応して見上げてくる。
それを確認したクロは主に人間達から見えない程度に口を歪ませた。


ほむら『どういうことだよ?』


クロ「言葉通りの意味だ。どうしても欲しい物があるなら自分で取ってこいよ」


面白き事がないなら面白く、遊びがないなら自分が先に遊び相手になればゲームは始まる。


クロ「今からあそこに行っておねだりをしてこい。それで上手く飯をせしめてくりゃあお前らの勝ち」


つまりこういう事。
暇なんてもの、その気になればいつだって壊せるのだから。
それになにより、どんなものにでも勝負事はよく似合う。


かぐら『なにそれ!楽しそう!!』


目を輝かせながら一番に話に乗ってきたのはかぐらであった。
大急ぎで食べていたせいか、彼女の皿のキャットフードは殆ど残り少ない。


母から言われた事を忘れた訳ではないだろうが、目の前に現れた楽しそうな事に今は意識がいっているのだろう。
まぁ、これくらいなら良いじゃないかとクロは思った。

ほむら『でもそんな簡単そうに言ったって……』


乗り気なかぐらとは対称的にほむらは自信なさげである。
一言おねだりと言われても中々イメージだって湧かない。
聞けば単純なゲームなのだからそこまで気難しく考えなくても良いのだが。


かぐら『何言ってんのさほむら。プリチーなボクらがニャオンと一声擦り寄れば大概の人達はご飯をくれるよ!』


ほむら『……そうかな?』


かぐら『そうそう!じゃあ見ててよ~。ボクから行くからね』


消極的なほむらの背中を押すが如く、猪突猛進とばかりにかぐらが飛び出していく。
非常にヤル気十分であるその背中は正面から見るまでもなくルンルンと顔がほころんでいるだろう事が分かる。
尻尾がピョコピョコと跳ねているからだ。


ほむら『うわ、凄い期待してるぞ。もう、貰う気マンマンじゃないか』


クロ「さぁて、どうなるか」


見物小屋にいるチンピラのような意地悪い笑みをたたえているクロだが、一応その心の内にあるのは『チビ達がどのように四苦八苦するか』を楽しみたいという彼にしては純粋な想いである。

詢子「ハッハッハ、じゃあまた和子は男逃がしたのか」


知久「詢子さん、子供達の前ではちゃんと『先生』を付けて」


詢子「……はーい」


さやか「凄い豪快っぽく見えるけど案外打たれ弱いんだね……。まどかのママさん」


まどか「う、うん、まぁ。ハハハ……」


マミ「でも仲良さそうで羨ましいわ」


かぐら(何話してるんだろう?)


何故か、ソロリと息を潜めて人間達の足下に近づいてみたかぐらに皆は気付いていないようだ。


詢子「ってオイ、そこで何話してるの?」


さやか「いえいえ!」


マミ「詢子さんはお綺麗だなって話してたんですよ」


詢子「えっ、そ、それはまぁ。ね」


知久「ハハッ、お世辞だよ。詢子さん」


詢子「それは少なくとも旦那のセリフじゃないぞっ!?」


あちこちで個々で会話をしたかと思えば、突然それが連なり突然大きく笑顔として弾ける。


その会話はかつて仲間達と過ごしていた騒がしい頃を思い出させた。
そう言えば、『あの家』の中でもあちらこちらで下世話な世間話や、かと思えばお腹が痛くなるくらいに面白い話が聞こえてきたものだ。

─────────────もう、だいぶ遠くなってしまった日々の話だが。


かぐら(ととっ、いけない。いけない)


ブンブンと首をふって意識を現在に集中させる。
今は、考えるのは止めよう。
せっかく目の前に楽しめる事が転がってきたのに、それで遊ばないのは単なる損ではないか。
それじゃ駄目だ。


『約束』だってしたんだから。


かぐら(よーし、それじゃあ、チャッチャカ甘えちゃってご馳走頂いちゃおっ)


まどか「……ん、あれ?どうしたのかぐらちゃん」


まどかが気が付いた瞬間、キランというキャッチがよく似合いそうなくらい僅かに、かぐらは目を細めた。
行動開始だ。


かぐら「ニャオーン。ゴロゴロ、ニャー」


まどか「あれれ、どうしたのかニャア?」


ゴロゴロと喉を鳴らしてまどかの足に頭をグリグリと押し付ける。
普段でもあまりやらない敬愛の儀ではあるのだが、やはりこれくらいあざとい方が良く効くようだ。
証拠に、まどかの口はどうしようもないくらい緩んで、何故か猫の泣き真似を人間の言葉にフューチャリングさせている。

かぐら(……チョロイ)


マミ「どうしたのかしら。お腹でも空いたの?」


心配そうに覗き込むマミだが、その顔はやはりほころんでいる。
そんな彼女の言葉に、かぐらは今まさに自分こそが、この場を支配している事を悟りニヤリとする。
ついでに、もう一押しとばかりに一鳴きしながら頭を押し付けた。


流石にそこまでされちゃあ困っちゃうなぁと言わんばかりの笑顔で、まどかはかぐらの両脇に手を差し込んで持ち上げた。
そして、かぐらの小さな顔をちょうど自分の顔の真っ正直に持ってくる。


かぐら『さぁ、ボクが可愛いでしょ。愛らしいでしょ。だったら早く、早くそのご馳走をよこすんだ!』


まどか「かぐらちゃーん、どうしたの?」


マミ「何かを訴えられているような……」


指先でかぐらの喉をくすぐりながら、マミはなんとかしてかぐらの真意を図ろうとしている。
しかし彼女自身、勿論本気で考えたって猫の気持ちなど分かろうはずもない事くらい分かっている。
それを考える事による少しばかりのお遊び感覚が主だろう。


ほむら『凄い、あんなに物欲にまみれた言葉を連呼してるだけなのに可愛がってもらえている』


クロ「やっぱ知らないってある程度幸せを呼ぶ要素なんだろうな」


そんな様を少し離れた所でクロとほむらの二匹は観察していた。
先程はキャットフードの事でごねてはいたが、かぐらの食に対する執着というか熱心さは中々のものだった。
よく考えれば、結局キャットフードも食べている。


ほむら『これは案外うまくいきそうだな』


自分の妹分の仕事っぷりを誇るようにフフンと胸を反らしている。
確かに、人間から食事を貰うために必要なのはとにかく媚びる事。
まずは、その第一フェイズを制したわけだ。


…………わけなのだが


クロ「さぁて、そいつぁまだわかんねーぞ?」


ほむら『は?どういうことだよ』


クロ「そうだな。どうせこんなSS誰も興味無いだろうから怒られないだろうなと思っていたら、ここに来て至極ごもっともな意見をぶつけられるように」


ほむら『……は?』


クロ「要するに、伝えたい事ってのがありのまま伝わるなんて中々ねーってことさ」


ニヤリと笑って、クロは彼女達を見やった。

かぐら『ウヒヒ、これはきっと大量だね~』


マミ「お腹が空いてるならご飯上げなきゃ」


まどか「ええと、この中で猫ちゃん達でもたべられるものって……」


キョロキョロと、まどかとマミは机の上を物色し始めた。
料理をおいそれと簡単に犬猫にあげてしまう事は本来非常に失礼ではあるが、知久及び詢子は笑ってその様子を見届けるつもりらしく、気にする必要はなさそうだ。


かぐら『ボクの口の中にご馳走を入れてしまうんだ!この愚民共!』


この時、確かにかぐらは勝利を確信した。


美酒に酔いしれ、勝ち取った戦利品を口に運び、思いのままに腹を膨らませるのは自分


そう勝つのは、いや、もはや勝ったのは自分だと。


─────しかし


さやか「こらこら、何勝手なことしようとしてんの」


それを阻む者がいるという事をかぐらは考えもしなかった。


かぐら『なん……だと……!?』


さやか「見なよアレ。お皿にキャットフードは残ってないから、この子はしっかりとご飯食べてるよ」


まどかに抱き上げられたままの姿でかぐらは愕然とした。
何故、あともう少しで上手くいくはずだったのに、今まさに全てが両手からすり抜けていく。


かぐら『ち、違』


まどか「あぁっ、本当だ。危ない危ない」


マミ「ええ、無理に食べさせてお腹を壊してしまったら大変だもの」


さやか「そうですよぉ」


アハハと分かったように笑いあう三人ではあるが、彼女達の中心にいるかぐらにとっては的外れもいいとこで、もはや的を置き忘れているレベルの間違いである。


かぐら『ちーがーうー!違うのー!』


さやか「甘えたいざかりなんだよねー?かぐらちゃんは」


かぐら『訳わかんないよ!ごちそーちょうだい!空気読めよ!そういうとこだよ、さやかちゃんは!』


ねー?と笑顔で顔を寄せるさやかに対して、かぐらは望まぬ流れへの焦りからか中々辛辣な台詞を吐いているが、やはり伝わる事はなかった。
どだい、コミュニケーション能力だのなんだので解決するものではない。
根本的な種族の問題なのだから。


さやか「いいこ、いいこー」


かぐら「もう、甘えんぼさんだなぁ」


まどかにギュッと抱き寄せられ、デレッとしたさやかや優しげなマミに頭を撫でられてはいるが、そんなのはなから望んでいなければ嬉しくもなんともない。


かぐら『もーっ!!』

ほむら『うわぁ……』


クロ「クッ、ククク……、案の定だな」


急転直下で天国から地獄に突き落とされていく様を見ながらほむらは頬をひくつかせ、クロは必死で笑いを堪えていた。
もしも今指先でチョンと突いただけでもそれこそ弾けたように笑いだしそうである。
まぁ、起きている事態はそんなに緊迫感はないものだが、それにしたって無責任な反応だ。


ほむら『……あんた、こうなる事分かって行かせたな』


クロ「当然、お前らより倍は人間との付き合いは長いんだぜ?」


シレっとして答えるクロに思わず顔をしかめるほむらだが、考えてみれば決して有り得ない展開ではなかった気もする。
野良として生活していた時も、基本的には人間とは関わらないようにしていたし関わったとしても、自分は大した関係を築けなかった。


向こうの言葉は分かるが、此方の言葉は伝わらない。
本当に不便なものだ。


ほむら『あ、帰ってきた』


かぐら『………ボクは失敗した。ボクは失敗したボクは失敗したボクは失敗したボクは失敗したボクは失敗したボクは失敗した』


クロ「お前そーいうのどこで覚えてくんだよ」


ヨロヨロとかぐらが帰ってきた。
決して世界線漂流の疲れではないだろう。

かぐら『あぁ、もうッ!どうして分かってくれないのさ!こっちは一生懸命だったのに!』


しばし呆然としていたかぐらがいきなりキーッと苛立ちを露にした。
そりゃ延々と噛み合わない、噛み合うはずのない押し問答を繰り返したのだから幼い彼女には耐え難いものがあったろう。


クロ「やり方が甘いんだよ」


かぐら『えー?あんだけやったのに?』


まるで出来の悪い子供に言い聞かすように言いながらクロはかぐらを見下ろした。
少し不服そうな子猫二匹の前で胸を反らしているクロの姿はあながち先生と読んでも間違いはないだろう。


クロ「いいか、後ろのあいつらを見てみろ。さっきのあれはあいつらにとっては良い事をしたとしか思ってねーのさ」


かぐら『あぁッ、本当だ!』


クロが促した視線ね先には笑顔になっている三人がいる。
成る程と子猫達を息を飲んだ。
自らが相手にしようとしていた敵の強大さに今さら気が付いたのだ。


クロ「一度くらいの媚売りなんかじゃ足りねー。媚びをとにかく売って売って売りまくって、相手が自分の要求の物を出すまで待つ。それができねーなら、残念ながら話にもなんねーよ」

ほむら『……』


クロ「……んだよ」


普段他人から向けられるような怪訝な目付きとはまた違う。
どういう訳か、物珍しい生物を見つめるような視線をほむらから向けられた。


ほむら『いや、あんたが他人に媚びるとか言うなんて思わなかったから』


なんだそんな事か、とクロは思う。
しかし、いくら自分で彼の言葉を軽く受け取ったところでほむらの印象は変わる事はない。
変に誤解されるよりは言ってしまった方がいいだろう。


クロ「野良なら分かるだろ?意地張ってる奴なんて長生きできないぜ」


ほむら『いや、確かにそうだけど、でも……うーん』


クロの言葉も分かる。
いちいち中途半端にプライドだなんだで生きていけるほど野良生活は簡単ではない。
だが、妙な違和感がある。


クロの、その言葉。
確かに説得力はあるのだが、いつもの彼の言葉に感じる深みがないというか、まるで他人から聞いた言葉をそのまま話しているような気がする。


クロ「なーにを疑ってんだよ。大体、オイラだってそのやり方で…………………………まぁ、そこそこやってきたんだよ」


ほむら『なに?その間』


クロ「……そこで見てろ」

ほむらからは何やら伺い知れぬ限りなく疑りに近い視線を浴びせられ、かぐらからは期待に満ちた視線を向けられながらクロはテーブルに向かって歩いていく。


クロ(まぁ、見てろって)


一歩、また一歩と踏み込むたびに自信を深める。
だが、確信的なものなどない。
むしろ、やれるって全然やれるってとばかりの向こう見ずさがあったと後にクロは語った。


まどか「あれ?今度はクロちゃんだ」


まどかの言葉に残りの二人が気付いた。
先程のかぐらの事もあり、しかも中々に珍しい方が来たのだから皆興味津々である。
何故か、知久、詢子、タツヤまでクロを見ていた。


まどか「クロちゃん、何か用?」


顔を覗き込むように見下ろしながら、まどかはクロに問う。
だが、しかし彼の事情をよく知らないであろう母がいる限り彼が口を開かない事くらいは分かる。


ここは、クロの心情を性格に読み取りしっかりと答えてあげなければならない。


まどか「えーと……、クロちゃんも抱っこ?」


先の間違った正解から、またも無理矢理に公式に当てはめる。
猫がくるイコール抱っこ要求というあまりに単純な考えだ。
だが、それにマミは思いのほか食い付いた。

マミ「だっ、抱っこなら、わ、わた、私がっ!」


前のめり、意気込みばかりは伝われど言いたい言葉はさっぱり分からない。
彼女の中にある羞恥と照れが舌の回りを遅くしているのだろう。


さやか「マミさん、落ち着いてください。後、ほっぺにご飯つぶついてますよ」


マミの中々見ないその姿を発端にいかにも中学生の女の子といった騒がしさが三人の間に広がっていく。
やれ、「マミさん、顔が真っ赤ですよ」やら「いやそもそもなんでコイツがここに来たのか」だの。


だが、そんな彼女達にクロは何も反応を示す事ができずにいた。
三人の少女達を目の前に、鳴き声をあげるどころか、足の一本も動いていない。
それはそうだ、この時、彼の頭にはこんな思いが飛来していたのだから。


クロ(は、恥ゥっ!!)


いやいや、ちょっと待て、待ちやがれと自分に言い聞かせる。
あれだけ、あれだけ偉そうに言っておきながらどうして今さら恥ずかしいと思うのか、と。


しかし、彼は単純に失念していた。
確かに、甘えて食料をもらうやり方をクロは過去にしたことがある。
だが、それは、自分が世話になっているジーさん、バーさんを相手にした時、それのみだったのだ。

ここ最近の出会いにしては深い付き合いをしているとはいえ年頃の少女を相手に、普段穏やかな老夫婦にしている事と同じ行為を行う。
自分がどんな態度で彼女達に接しているかを考えれば簡単に理解できるはずなのに。
それらの前提を全く考慮していなかったのだ。


クロ(……ぬかった!)


視界の端にニコニコしている知久が見える。
さっきのかぐらの言葉で彼は自分達が何をしたいのか理解しているはずだが、なんの助け船もない。
恐らく、楽しんでいるのだろう。
少し、彼に対する印象を改めた方が良さそうだ。


まどか「……クロちゃん?どうしちゃったの?なんか変だよ」


マミ「ク、ククロ!そ、その私の膝なら、今はいいわよ」


さやか「用があるんだろ?ご飯か?」


ここで粘れば、彼は当初の目的を達する可能性があった。
だが、少女三人に顔を寄せられ、あまつさえ、ちょっと心配そうな顔をしている輩までいる始末。


クロはプイッと顔を横に反らして


クロ「………にゃー」


ボソリと、完全な棒読みで猫であるはずなのに、猫の泣き真似をした。


まどか・マミ・さやか『?』


意図を掴めず首をかしげる三人を尻目にクロは踵をかえして振り返ったが、すぐに後悔することになる。


かぐら・ほむら『……………』


───────二匹の子猫の白い目がクロを出迎えた。

すみません。生存報告のような形で投稿させてもらいました。
ちょっとばかり忙しくて次こそは次こそはと思いながら遅れてしまって……。


次の投稿は明日の夕方になります。
よろしくお願いします!

まどか「あはははははッ!」


────愉快そうな笑い声が響いた。
口を開いても言葉は形にならず、きっと笑いしか出てこないような、そんな様子が伺いしれる程の。


まどかは、彼女自身珍しいくらいに大きな声で笑っていた。
しかし、かと言って下品ではなく。
年頃の少女らしい周囲に明るい雰囲気を振りまくような楽しげな笑顔だ。


─────そんな、今なら誰だって好感を抱くであろう彼女を憎々しげに睨む者が一匹いた。


クロ「……ちっ、るっせーな。唇もぎ取るぞッ!」


いかにもつい先刻、とんだ失態をさらしてしまったクロである。
あれから、まどか達が食事を済ませてからいくらか雑談をした後、マミの退院祝いは一旦お開きになった。
お腹一杯になったタツヤも船を漕ぎだしたし、詢子は息子の世話、知久は食器の片付けを始めたからだ。


しかし、それはあくまで食事会だけの話。
すぐに、まどかの部屋で二次会が開かれる事になった。
そこで、まどか達に食事の時のクロ達の奇行───もはや過言ではないことくらいはクロも理解できる───についての説明をしたのだが……。

マミ「ふふっ……、でも可愛かったわよ?いつものクロだったけど」


さやか「マミさん、フォローになってないですよ」


やはり案の定の反応である。
マミは控えめに笑っているつもりだろうが、あれはどうみても可笑しくて堪らないと見える。
さやかにいたってはこれ見よがしにこちらに目を向けて「ぷぷぷ」と笑ってきた。


殴りたい。


殴りたいが、こうなっては過去の愚行を悔いるしかない。
ほむらとかぐらですらも、あの後多少馬鹿にした態度を取ってきたし散々だ。
一応、ちょっとだけ痛い目に合わせたが。
色々あって疲れたのかその二匹も今はまどかのベッドの上で眠っていた。


因みに、まどか達は部屋の真ん中に小さなテーブルを置いてそれを囲むように座っている。
自分はと言うと寝ている二匹の隣だ。


クロ「あぁッ、クソ!やるんじゃなかったッ……!」


マミ「もう、そんなに気に病む事ないじゃない」


まったく、しょうがないわねと言わんばかりにマミは苦笑する。
話に聞くには単なるお遊びなのだから。
結果がアレだっただけで。

マミ「でも、驚いたわ。クロもあんなイタズラみたいなことするのね」


ニコリと微笑みかければバツが悪そうに顔を背ける。
それは、いつもの事なのだとマミも受け入れる。


クロ「ちっくしょー、なんだってあんな事するはめになったんだよ………あ……」


言い出しっぺは自分である。
そのことをすぐに思い出してしまい、いよいよ苛立ちのぶつけ先を見失ってしまった。


さやか「意外だねぇ。あんたにも羞恥心があったなんて」


すると、そんなクロにさやかがニヤニヤしながら突っ掛かってきた。
まるで何年も前からこの瞬間を待っていましたと言わんばかりの生き生きした笑顔である。


さやか「にゃー、だもんねぇ。あれだけ間を置いていながら最後の最後にヘタレちゃうんだもんねぇ。一瞬だけ、あるぇ?こいつ可愛いんじゃね?とか思っちゃったよ。……ホント、一瞬だけどね」


言いたい放題。
無論、黙っていられるようなクロではない。


クロ「[ピーーー]!!女とか関係あるか!男女雇用機会均等法だ!オラァッ!!」


マミ「はいはい、ドウドウ。後、男女雇用機会均等法は広い意味での男女平等を定める法律じゃないわよ」


さやかに飛び掛かろうとしていたクロはマミの腕の中でジタバタと暴れている。
流石、この中で鼻の先差で付き合いが長いだけあって彼の行動を読んでいたらしい。

まどか「うわぁ、マミさん……それって」


マミ「なに?まどかさん」


黙っていた──と言うより笑っていた──まどかが突然、感嘆の声を上げた。
その視線の先は真っ直ぐにマミを向いている。
暴れるクロをその胸に抱いている彼女の姿は、今日まで久しく見ていなかった魔法少女の姿になっていた。


まどか「……もう、変身できるんですね」


マミ「えぇ、ちょっと長かったけどね」


気付けば、いつの間にか複雑な顔付きをまどかはしていた。
この瞬間を待っていたかと聞かれたら、待っていたと言える。
ただ、それだけじゃない。


元気になって良かったね、それだけの問題じゃないのだ、彼女の場合。
それを、この瞬間までずっと考えないようにしていたのに、マミの変身した姿を見て結局思い出してしまった。


クロ「さあぁやあぁかあぁッ!!」


さやか「なによ!今、色々と立て込んだ空気になってるのが分からないの!?」


だが、これではシリアスパートは始まらない。
嬉しそうな苦笑いのマミがクロを押さえ込んでいる姿が妙にアンバランスだ。


しかし、天使のような姿をした少女が暴れる獣を抱き締めて宥めている。
そう考えれば多少は絵になるかもしれない。

今日は一旦ここでストップ!
明日は余裕ができたので昼からの投稿にしたいと思います。


では、明日もよろしくお願いします!

マミ「……もういいじゃない。………ね?」


クロ「………くっ、あああぁぁあ!クソッ!!」


どうにも慣れない人肌の感触と、柔らかい声色に妙に勢いを削がれる。
まぁ、そもそもこの苛立ちも八つ当たりと言われれば八つ当たり。
クロは、追い求めていた仇の仇討ちを諦めるような苦渋さで暴れるのを止めた。


まどか「………ホント、照れ屋さんなんだから」


まどかの聞こえるか聞こえないかのラインをわざとらしくついた呟きにも、もうため息でしか反応を示さない。
一度弱みを見せたら、そこまでだ。


クロ「勝手な事ばかり言いやがって……いいか、オイラはな」


目の前にいる少女二人、そして自分を抱いているもう一人に、コンコンと今、自分達が相手している者がどれほどそこらの中学生に舐められるような存在ではないかを説いてやろうとした時だった。


クロ「んあ?」


後ろ側から、突然淡い光が差した。
後ろと言えば、今マミがいる場所であり、この光はかつて何度か見たものと同じ。


なんて事はない。
マミが変身を解除したのだろう。

マミ「───ふぅっ、長い間変身していなかったから、上手くできるか不安だったけど……ちゃんと出来て良かったわ」


クロ「………そりゃ良かった」


声、いや言葉だけは安堵したような様子が聞き取れる。
しかし、今の体勢のままではマミの顔色を見る事は出来ない。


他の少女達の顔からなんらかの情報を得ようとしても


まどか「…………」


さやか「…………」


─────これぞなんとも言えない顔を絵に描いたようである。


やがて、そのうちの一人であるさやかが恐る恐る声をあげた。


さやか「マミさん……その………変身できるって事は……また戦うんですか?」


────腫れ物、と言うか火にでも触れようとしているような。
それは、触れてしまって自分も傷付く事すら承知しているみたいだった。


しかし、さやか自身はそんな自分に驚いてすらいた。
かつての自分なら、何も考えず無邪気に喜んでいただろう。
マミの戦う姿に見惚れ、単なる傍観の立場でまるで見世物でも見ているように……。


だが状況も考えも、もうかつてとは違う。
全てが変わってしまった。

すみません!忙しさにかまけて更新が遅れましたが、ここからいけるだけ更新します!

何度も、何度も魔女との戦いを見てきた。
もう、どんな美辞麗句を使ったとしても誤魔化しは効かない。


あれは、地獄だ。
はっきりと、対岸の火事ではなく。
もはや、自分も火中の存在である。


そうであるが故に、もしも傷が癒え退院したばかりのマミが戦いの日々に戻る事になるなら


それは、あまりに惨いのではないかと、さやかは思った。


まどか「マミさん……どうなんですか?」


そしてそれは、まどかも同じだった。


マミ「──────」


そんな彼女達をゆっくりと眺め回してからマミは微かに、まどかやさやかに気付かれないほど小さく息を吐いた。
それは、彼女達には分からなかったが、マミの膝の上にいるクロにはよく分かった。


クロ「?」


するとクロの目の前にマミの右手が現れ、ゆっくりと前に向けられた。
そして、その右手の指は、そのまま銃のトリガーを引く形に曲げられる。


その瞬間、その場にいる誰もが彼女の言わんとする事を理解した。


マミ「────ッ。………ごめんなさい。こういう事よ」


マミの右手は、まるで、そのままの形であり続ける事を拒むように痙攣をしていたのだ。

さやか「マミさん……、それって……」


マミ「PTSD……とは、ちょっと違うのかしら?私にもよく分からないのだけど、こうやって銃を構えようとしたら手が震えるの」


行く先の定まらぬ腕が震える様を、困ったように笑いながらマミは見つめていた。
何故、彼女が笑えるのか、まどかにもさやかにも分からない。


しかし、もしもそれをマミに聞いたとしても、彼女すら答えを出せないかもしれなかった。
マミは、そのままの姿勢で動かないままだ。


右手の震えは、止まらない。


さやか「マミさん……、それ病院で言わなかったんですか」


責めるでもなく、問い詰めるでもなく。
それは、単に唇から零してしまっただけの言葉かもしれなかった。
それでも、彼女は間違いなく悲しんでいた。


マミ「……無理よ、普通の生活ではなんの支障もないもの。魔法少女になって銃を構えた時だけ、こうなってしまうの」


さやか「でも!────それでもッ!!」


それでも、の次に出る言葉が出ない。
とても、とても重要な言葉のはずなのに。
さやかは歯噛みする。

自分はとことん『腕』というキーワードには良い縁がない。
考えれば、考えるほど納得がいかない。


そして、今のマミの姿を、そのどこか悲しそうな目を見ても納得がいかない。
彼女の腕が正常に戻ったとして、それが正しいのかすら分からないのだ。


マミ「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」


「謝らないで下さい」


まどかは本当はそう言いたかった。
しかし、果たしてその言葉に、どれ程の力があるのか、自分の言葉に全く自信がなかった彼女は口を開く事ができない。


────マミの右手の震えは止まらないまま


クロ「ちっ、目の前でプルプルと邪魔なんだよ」


沈黙にドスンと投げ込まれた吐き捨てるような言葉が波紋を広げていき、固まったままの少女達に熱い火を付けた。
さやか、そして、まどかですらも頭に怒りが走る。


さやか「───あんたね、言葉を選びなさいよ!」


まどか「そうだよ!ちょっと酷いんじゃ」


クロ「うるせー!」


至極真っ当な彼女達の怒りとただの一喝でクロは切り捨てる。
しかし、その言葉には不思議と怒りなど含まれておらず。
むしろその不可解さに、彼女達は黙った。

マミ「…………」


クロ「マミ」


マミ「……………」


クロ「おい、マミッ!」


クロの声に驚く形で震える自分の腕をじっと見つめていたマミが顔を上げた。
彼が一体、なんと語りかけていたかは殆ど彼女には分からなかったのかもしれない。


クロ「腕下ろせ……」


マミ「えっ?……あ」


まるで初めて気が付いたようにマミは戸惑いの声を上げる。
どうせまた、下手に考え込んでいたのだろうと推測するのはたやすい。


クロ「いーから、早くしろ」


自分の自由な方の腕をマミの右手に乗せて、震える腕を下ろしていく。
その乱雑な言葉とはまるで正反対の優しい手付きで。そして腕が下がる程に、震えもゆっくりとおさまっていった。


まどか・さやか「………ふーん」


クロ「あん?」


あぁ、やっぱりそうですか、デスヨネーと言わんばかりの生温い視線がクロを射ぬく。
だが、もう反応すまい。
なにやっても『ツンデレ』だ、嫌な世界に来たものだ。


そんな投げやりな考えにふけっているクロのその小さな背中の後ろで、マミはひたすらに安心感に浸っていた。

更新遅れてすみません!
今日はここまでにして、明日は早めの時間から投稿します。

ありがとうございます!

彼は決して耳障りの良い言葉を常に聞かせてくれる訳ではない。
口を開けば乱暴で、優しい言葉をはっきりと伝えてくれるような事は殆どない。


だから、真っ正面から顔を見るよりこうして彼の背中を見ていた方が彼は正直なのだと思う。


マミ(………ちょ、ちょっとくらい強めに抱っこしてもいいわよね)


先の妙に沈んだ気持ちもどこへやらやましい──恐らくクロにとっては──衝動がマミの中に沸き起こる。
ほんのちょっとくらいは良いじゃないかとは思うのだ。
だってあんなに凹んでいた様を見ていた訳だから。


今の今まで、強引な力業を抜かして気持ち良く抱かしてもらった事は皆無。
緊張と期待でウズウズする。


────だが


クロ「……おー」


悟られた。
いきなり気が抜けるような掛け声をあげたかと思うと、クロは両手を勢いよく広げマミの腕を振り払ってしまう。


マミ「あぁ……」


がっくりと、マミはうなだれる。


クロ「あんまりベタベタすんのは止めろっての」


マミの膝から降りながらやっぱり鬱陶しそうな言葉を吐く。
これは、割と本気で言ってると思われるため食い下がるような事はしない。

グッと背骨を後ろにそらして大きく伸びをするクロの姿に暗い話題がそのままお流れになりそうだ。
そんな空気が広まる。


さやか「……分かりました」


だが、黙ったままだったさやかの言葉にその場の者達の視線が集中する。
思わず怯むもののすぐに意を決したようにもう一度彼女は口を開いた。


さやか「私がやりますから、マミさんは安心して下さい」


マミ「……さやかさん」


マミは浮かない顔をする───そしてまどかも。
現時点ではそれ以外に手段はない。
ここ最近は、魔女の被害及び気配はこの辺一帯の地域に関して言えば無いと断言できるが、それは永遠の平穏ではない。
『その時』は近いうちに必ずくる。
その闘いに、たった一人で行かせなければならない。

またもや重苦しい空気が場を支配しようとしたのをさやかは感じ取った。
もともと、こういう事には聡いのだろう。
ハハハとできるだけ、それが乾いたものにならないようにさやかは笑った。


さやか「だ、大丈夫ですよ!私、意外と強いかもしれないですよ?」


自信ありげに、気楽そうに、さやかは気をつけて言ったがそれでも空気は晴れない。
ならばとさやかは、その場で唯一あまり興味なさげな様子でいるクロを指さした。

さやか「それに、コイツもいますから!」


クロ「は?」


急なご指名にクロは目を丸くした。
クロだけでなく、まどかもマミも、今日だけで色とりどりの顔色を見せている。
だがクロのその態度は、さやかは多少気に食わないものがあったらしい。


さやか「な、なによ。嫌なの?」


クロ「……なんだ、お前の事だから私だけで戦うわ!とかしょーもないこと言うのかと思ってたんだが」


まさかさやかが、戦いを自分が手伝うという前提を意識しているとはあんまり考えていなかった。
どうせ着いてこうとして拒否されて、また無理矢理……という展開だと思ったが少々違うようだ。


さやか「うるさいなぁ。色々考えがあるの!」


クロ「OK、分かったよ。一人や二人の子守りくらい構やしねー」


ニタリ、と笑う。
子守りという単語には正直カチンとくるものがあったが、フィルターに通して意訳すれば快諾したと取れなくもない。
さやかはグッと堪えた。


クロ「じゃ、お前らの用事が済んだとこで今度はオイラの質問に答えてもらうぜ?」

まどか「質問?」


クロ「あぁ……えーと」


首を傾げるまどかに返事はするものの顔は向けず、クロは腹部のハッチを開き中に手を突っ込んでゴソゴソと物色しだした。
その様子だけ見れば、某青い方の猫型ロボットを彷彿とさせる光景だ。
できれば「あれじゃない!これじゃない!」と慌てふためきながらしてほしいものである。


そんな事を考えている間に、クロは目当てのものを見つける事ができたようだ。
そろそろと腕を引き抜き、取り出したそれを皆に見せた。


クロ「これ、なんだ?」


まどか「あぁッ!?」


さやか「それって……」


マミ「グリーフシード?」


黒い球体が特徴的な紋様の金属にグルリと囲むように装飾された物質、それを見た少女達は驚きの声をあげた。
その様子をジッと観察しながら、クロは手にとったそれをポンポンとお手玉のように上に投げる。


クロ「へぇ、やっぱ知ってたか。だよなぁ、殺した魔女から出てくるんだからよー」


まどか「ど、どうして、クロちゃんが持っているの?」


クロ「どうして、もなにも……オイラ結構、お前らに巻き込まれまくってんだぞ?」


知らなかったか?と、皮肉っぽく言うクロにまどかは納得、というより思い出した。

さやか「た、たしかに前の戦いの後、全然拾った覚えがない……」


さやかもまた、合点がいったように呆然としていた。
確かに、あれだけ戦いに参加していれば彼が入手していてもおかしくない。


クロ「諸々であと3つ持ってるぜ……で、これはなんだよ。グリーフシードってやつなんだろ?」


粗雑に投げながらの問いに答えたのはマミだった。


マミ「それは、グリーフシード……魔女を倒した時に現れる私たち魔法少女への見返りよ」


クロ「見返り、これがか?」


彼女が厳かに語る言葉にクロは素直に疑問を抱きながら周囲を見た。
するか自分以外の者達には驚きは見られない。
恐らくは過去にマミから説明されたことがあるのだろう。
仲間を作ろうとしていた彼女は、きっと魔法少女について懇切丁寧に教えただろうから。


マミ「ええ」


そう言って、自らのソウルジェムをクロに見せた。


クロ「……これは、確かソウルジェムだっけか。これもあんまり分かんねーんだよな」


これといって確実に理解していない状態でこれまで戦ってきてくれた事にマミは胸が熱くなったが、今はそんな場合ではないと説明を続ける。

マミ「色が黒ずんでいるのが分かるかしら」


マミの言葉でクロは覗きこむ。
言われて見れば、確かに黒い。
純色のオレンジ色の絵の具を溶かした水に、黒色の絵の具を落としたような鈍い色合いをしている。


マミ「ソウルジェムは魔法を使うたびに、穢れをもつようになるの」


穢れ、という新しい単語にクロは目を細める。


クロ「でも、今日までお前は魔法なんか使ってねーだろうが」


浮かぶ疑問をすぐにぶつける。
今まで、病院にいた彼女が魔法を使っていたとは思えないし、ならば彼女の言う穢れが発生する意味が分からない。


だが、マミはその問いに首を振る事で答えた。


マミ「ううん、これは魔法少女としてだけじゃなくて普通の生活をしていても溜まるものなの。だから、そのグリーフシードに穢れを移し替える。そうしてまた魔法を使えるようにする。───そうやって魔法少女は戦い続けるのよ」


これでも大分省略と簡略を重ねた説明だが、クロは理解できただろうか。
マミはクロを見ると、彼は黙って腕を組んでいた。


クロ「大体分かった」


まどか「クロちゃん、それあんまり理解してない時に使う言葉だよ?」

クロ「まぁ、実際に使ってみせてくれよ。ほれッ」


右手で弄んでいたグリーフシードをマミに投げて寄越すと、彼女はそれを片手でキャッチした。
なんでもないようにしているが、やはり動体視力や反応は一般人の平均よりは高いのだろう。


マミ「えぇ、よく見ていて」


彼女はテーブルの上に受け取ったグリーフシードと濁ったソウルジェムを並べてみせる。
興味深そうにクロはそれを近くに寄って見つめた。


クロ「おぉ……」


それは突然の事だった。
ソウルジェムに映りこんでいた黒い濁りが浮かびあがり、そのまま隣のグリーフシードに吸い込まれていったのだ。


後に残ったのは、先より黒く染まったグリーフシードと、先とは比べ物にならない程鮮やかなオレンジ色になったソウルジェムである。


クロ「なるほど、これが必要な事か……魔女を倒して、そしたら魔法少女にとって必要な回復アイテムが出てくるってか。なるほど、なるほど」


さやか「……なにが言いたいのよ」


クロ「別に、ほれよ」


さやかが訝しんで聴いてくるが、クロはそれをサラリと受け流して彼女にもまたグリーフシードを投げて寄越した。
慌てて両手で受け止める彼女、その様子じゃ基本的な運動能力は平均といったところか。

さやか「……あ、ありが」


クロ「んじゃ、こいつをマミとお前の分まで集める必要があるって事か。忙しくなるな。足を引っ張るなよ、さやか」


さやか「なにをーッ!!」


おずおずと言おうとしたお礼の言葉を吹き飛ばして、さやかはクロに突っ掛かる。
クロもシシシと笑いながら彼女をからかうので、既にさやかの中で《クロに礼を言う》という選択肢はない。


さやか「あんたこそね!私の美技に見惚れすぎて気付いたら戦いが終わってましたなんて事にならないようにしなよ!」


クロ「テメーの彼氏すらきっちり見惚れさせきれない女の美技だぁ?ビギナーだろ、ナーが抜けてるぜ」


さやか「ま、まだ彼氏じゃないわよぉ……」


クロ「え、まだ?あんだけお膳立てされてまだなのかよ?どうする?手伝ってやろうか」


さやか「もー!ほっときなさいよォ!!」


とても愉快な喧嘩が始まったが、端から見てもやっぱり愉快だ。
まども、今では彼らの喧嘩は笑って見れるようになった。


まどか「アハハッ、クロちゃんも普通にお礼くらい言わせてあげれば良いのに」


マミ「本当にね」


マミもまた、目の前の騒動が楽しくて仕方がないようだ。

マミ「クロ、私からもお礼を言うわ」


しかし、あまり大声を出しすぎると下にいる他の鹿目家に迷惑がかかるかもしれない。
そんな事も考慮しての言葉である。
勿論、さやかの分も込めて。


それが聞こえたクロはさやかとのじゃれあいを止め耳を掻いた。


クロ「お前らの落とし物だからな。拾ったオイラに一割ほどの見返りがあるのは当然だな」


さやか「私のお礼は無視したくせに」


まどか「まぁまぁ、さやかちゃん。ドウドウ」


どうでもよさそうな態度で、気にすんなとでも言うように手を振る。
そんな彼だから、いつも忘れてしまいそうになるのだが、今日くらいはさせてもらおうじゃないか。


マミ「え、えっと……、まだあるの」


クロ「……何がだよ」


マミ「お、お礼」


《感謝》を伝えよう。


クロ「………………あん?」


まどか「そう!あのね、お昼に私達が作ったケーキを食べてもらいたくって。と言っても、半分はマミさんの手作りだけど」


マミ「まっ、まどかさんっ……」


珍しく悪戯っぽく笑うまどかに、顔を赤らめて期待に満ちながら伏し目がちにこちらを見るマミ。
なるほど、こんな状況は電気スタンド相手に経験済みだ。


クロ「食えってか……良いぜ、持ってこいよ。甘いもんなんて久々だしな」


クロの言葉に、いち早く目を輝かせたのはマミだった。
そのまま、部屋の隅の方に飛んでいきそこにあったプレゼント用の箱を運び、テーブルの上に置いた。
どうやら、最初からここに置いてあったらしい。
準備のいい事だ。


マミ「そ、その……めしあがれ?」


目の前にチョコンと座って頬を真っ赤にしたままのその台詞、ここで「何を?」と聞けば一瞬で世界をピンク色に染め上げかねない危うさがそこにはあった。
まぁ、クロには専門外なので問題はないのだが。


さやか「マミさん、ケーキ。ケーキの蓋を開けて」


さやかに急かされて、ようやく気付いたのかマミは慌てて蓋を開けた。


マミ「……どうかしら?」


クロ「……どうって、旨そうだな」


オーソドックスな生クリームが乗っかったショートケーキが丸々とそこにあった。
旨そう、それ以上でも以下でもない。
素直な感想だったが、マミはまた満足そうに赤くなった。


まどか「はい。じゃあ、お皿とフォーク配りますね」


これまた準備のいいまどかが皿を用意し、そうこうしている間に今度はさやかがケーキを切り分けている。
単に少女達の手際がいいのか、最初から役目を分担していたのか。

さやか「ほら、食べたかったんだろ。ご馳走が」


目の前に切り分けられたケーキが置かれた。
それを置いたさやかを軽く睨んでから、クロは敢えて難癖をつけさせていただく。


クロ「オイラはご馳走を食べたいと言ったがな。別にケーキが食べたいって言ったわけじゃないぜ」


まずった。
妙に、ケーキから話題を離そうとしすぎて更に際立たせてしまった。
そんな風な後悔を抱くもさやかは大した反応は示さない。


さやか「はいはい。分かったから、早く食べなさい」


そう言われてしまえば、食べない訳にはいかない。
目の前のフォークを手にとって、ケーキを切り崩しにかかる。


クロ「?」


その際に、妙な居心地に顔を上げれば全員がこっちを妙に力の入った瞳で見ていた。


まどかからは「どうなるの?」という期待を


さやかからは「どうすんだよ?」という圧力を


マミからは「どうしよう?」という不安を


それぞれの、思いを一心に受け止めながらクロは思いっきりフォークでケーキをぶっ差して────


クロ「いただきます」


口に運んだ。

結論から言えば見た目通りで予想通り、美味しかった。
そして、そこに付け加えるとすれば《非常に》美味しかった、とする必要があるかもしれない。


クロがそういった旨を伝えるとマミも、周りの少女達も嬉しそうに笑った。
それにしても、どうして女は料理を作るのが好きなのだろうか、生物学上仕方のないことなのか、はたまた生まれや育ちによるものなのか。


────考えたってどうしようもない事を考えてしまうのはやはり照れ隠しというものなのだろうか。
最初に座っていたベッドの上に腰掛けながらそんな風に考えるクロだった。


まどか「良かった~、ちゃんと美味しくて……私が手伝って駄目になっちゃったらどうしようかと思ったよぉ」


さやか「本当にねー。イチゴ洗って、って頼んだら洗剤持ち出してきた時はどうしようかと思ったよ。まどか、あんた本当に知久さんの娘?」


まどか「ひ、酷いよぉ。そりゃ、パパの料理は凄いけど……」


マミ「ふふっ、でも知久の料理は本当に美味しかったわ。今度レシピを教えてもらおうかしら?」


談笑をしている彼女達も先のケーキを、クロが一口食べた後に皆で食べている。
反応を見るに、やはり渾身の出来だったようだ。

そうなると不憫なのは今、隣で寝ている子猫達だ。


ほむら『クー、クー』


かぐら『………』


あれだけ期待して楽しみにしていたご馳走を食せず、ほとんどチャレンジすらできなかった者が何故かいの一番に食している。
理不尽だが、人生そんなもんだとクロは自己肯定する。


眠っている子猫達の身体を軽く触る。
撫でるより、もっと軽く、恐る恐るという風に、クロは一匹ずつ触った。
ほむらはピクリと小さく身体を震わせたが、かぐらはどれだけ触っても起きようとしない。
眠りが深い、とはまた違う。


さやか「……あんたってさー」


クロ「んだよ」


急にかけられた声に不機嫌そうに顔を上げる。
また何か反応し辛いことを言うつもりなのかと警戒する。


さやか「なんか、子供の面倒はやたらちゃんと見るよね……ちゃんとっていうか慣れてる?」


まどか「そうだね。タッくんとも遊んでくれるし」


これは別に馬鹿にしている訳ではなく。
単なる素朴な疑問だろう。
問い詰めることなく、ただ穏やかにクロの答えを待っている。
小さく、クロは息を吐いた。

クロ「別に、昔群れにいた時、チビの相手をしたことがあるってだけだ」


動物達の群れにおけるもっとも必要な事は上下関係を守るということだ。
それが自らを守り生き、抜く一つの術になりうる。
自分は、まったくもって上の者をたてる事はしてこなかったが、それでも下の者は守ってきた……つもりだ。


あの頃は、自分もチビで下の者なんて赤ん坊しかいなかったが、今となっては下の者は増えたものだ。


さやか「へえ、意外だけど、でも、わりとそうでもないかもね」


マミ「どういうこと?」


まどか「え、えーと、元ヤンキーのお父さんの意外な親バカぶりを見た時と同じ気持ちじゃないかと」


本当に、増えたものだ。
彼女達を見据えて、ぼんやりとそんな事を思った。


マミ「分かるような、分からないような感じね」


さやか「でも割と、こいつどっかで本当に恋人との間に子供がいそうじゃないですか?マミさん」


ほっておいたうちに、話が妙な方向に転がりはじめている。
もうやめさせた方がよさそうだ。
そう判断したクロが口を開こうとした時だった。

マミ「まさかそんな訳ないじゃない。あり得ないしそんな事実は存在しうるはずがないわよ。うふふ、変な事を言うわねさやかさんは。ねぇ、クロ。そうよねクロ。そうだって言ってあげなさい」


畳み掛ける、まさにマシンガントーク。
ニコニコと口は笑っているはずなのに、目はまったく笑っていない。
さやかは、その様子にすっかりおののいてしまっている。
そして、クロは事もあろうに過去を振り返り。


思い当たる節を見つけてしまった。


クロ「……………………………え?」


故に、完全に彼は答えに窮した形になった。
そこからは、早かった。
一瞬で光に包まれたマミが、にこやかに微笑みながらマスケット銃を構え引き金を引くまで、およそ二秒の早業だった。


クロ「ギャアアアアッ!?」


激しい金属音と共に、頭から後ろ向きに仰け反りながらクロは飛んで壁に激突、目を回しながら崩れ落ちた。
それを、あくまでにこやかに笑いながら行ったのはマミである。


そんな光景に、あわあわと震えながらまどかはマミに話かける。


まどか「あ、あのマミさん?銃を構えると手が震えるって話は?」

マミ「………愛の力?」


クロ「んな訳あるかッ!!」


ベッドを思い切り蹴りあげ身体を起こしながらクロは叫んだ。
一応、大丈夫だろうとは思っていたまどかとさやかも、その姿に一旦は一安心する。
当人以外の反応はこんなものだろう。


クロ「お前なぁ!やたら正確に眉間狙ったろ!」


だが、その当人は勿論のこと黙っていまれるはずがない。
これに関して、クロは一は方的な被害者だ。
そして、ここにきてまさか自分がそんな目に会うとは露ほども思っていなかったクロは、現在軽いパニックに陥っている。
叫びはするものの、ベッドから降りてマミに近付こうとはしない。


マミ「そ、そのごめんなさい……」


クロ「謝るのかよ!?」


まさかの反応だった。
勿論身体は平気だが、それでも眉間を狙って撃って、それでいて普通に申し訳なさそうに謝られるなんて、まだ普通に喧嘩売られたりする方が理解できる。


マミ「え?え?」


戸惑いたいのはこっちなのだが、もう向こうが先に戸惑っているため、クロはただため息をつくしかなかった。
こういう事には慣れているのだ。


さやか・まどか(マミさん……重症だ)

今日は用事がありまして、一応ここまでにします。

もしかしたら、少しだけ投稿するかもしれません。


読んでいただき、本当にありがとうございます。

投稿遅れてすみません……。
これから深夜までを目処に投稿します。


頑張ります!

マミのその感情が、果たして一般的な『それ』と呼ぶにはあまりに未知数、というか相手が相手なだけに本当に未知の領域だ。
彼女がその領域に突入したかは分からない。
それでもマミがクロに対しある種の独占欲を働かせているのは一目瞭然だ。


クロ「いいか?死ぬんだぞ!?普通は、眉間を撃たれたら死ぬんだよ!!」


マミ「わ、分かってるわよ。軽い冗談じゃない。それよりクロ、ベッド上にいないでもっと近くに来て」


クロ「……もう、お前が怖いぜ」


視線の先で元気に騒ぐ彼らの間には確かに割ってはいれない。
これが絆だとか、そういうものかと聞かれたら、全力で首を傾げるが……。
しかし楽しげではある。
そして、それ故に、彼らは自らが他者に与えていた悪影響、いわば迷惑についてまったく考えていなかった。


ほむら『うるっさいなぁっ!!』


一匹の虎猫──ほむらが飛び起きて、周囲に飛び掛からん勢いで叫んだ。
理由は彼の言葉のままであろう。
今まさに、自分の眠りを妨げていた雑音の発生源であるクロとマミを彼は睨んでいた。

だが、衝動的に目覚めたせいだろうか。
本人は鋭く睨んでいるつもりのその目は未だ夢うつつと力なく、身体もよく見ればフラフラと揺れている。


マミ「どうしたかのかしらほむちゃん……」


彼女の口から、その呼び名が出てくるとなんとなく、酷い違和感があるのは、ほむらと聞いて、あの無表情の少女を思い出すからだろう。


クロ「……眠いから静かにしろ、だとよ」


マミ「まぁ、それは悪い事をしてしまったわね」


マミだけじゃなく、まどかとさやかも驚いた顔をしていたがクロの説明で皆納得したようだ。
彼女達からすれば、いきなり飛び起きた子猫から凄まじい威嚇を飛ばされ何事かと思った事だろう。


ほむら『………まったく、本当に、人間は…………まったく』


ブツブツと恨み言を呟く彼だったが、その言葉に返事するより早く彼はコテンと倒れてしまった。
どうやら、さっき叫んだ事が彼にできる全力だったらしい。
小さな寝息が聞こえてくる。


まどか「………寝ちゃった、かな?」


さやか「みたいだねぇ。まっ、確かに私達もうるさかったかなぁ。こんな時間だし」


こんな時間という言葉で、まどかは首を巡らしてベッドの上にチョコンと置いてある目覚まし時計を確認する。


まどか「えぇっ!?本当だ……」


いつのまに、と言ってもいいだろう。
夕方から始まったはずのパーティーが、気付けば夜の9時を周り、殆ど10時に近い時間帯になっていた。
時の流れどころか、時間の制約すら忘れていたようだ。


まどか「どうしよう……、これじゃ今日はもう」


『祭りの終わり』そんな言葉が頭をよぎった。
もう、終わりなのだろうかと、そんな事を考えてしまう。
しかし、これ以上夜遅くに家路に着かせるのは危険────魔法少女だとか関係なしにモラルとしてそういうものだ────じゃあどうすれば。


まどかが、まるで楽しかった時間を必死で手放すまいとするように、あれこれ考えを巡らしていた時だった。


マミ「その、まどかさん?」


まどか「……あ、はっ、はい!なんでしょう」


そんな彼女に少し遠慮がちに、それから少し緊張気味にマミは口を開いた。


マミ「そ、そのっ、今日は泊めてもらってもい、いい?」

まどか「……え?」


マミ「あのね、最初にね、知久さんとね、話したらそうした方がいいよって言ってくれたの。だからね、そのぅ……」


まどか「マミさん!落ち着いて、リラックスリラックス」


まどかの言葉に、マミは失っていた落ち着きを取り戻そうと大きく息を吐く。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、数回繰り返した後、マミは挙動不審から脱した。


マミ「……泊まる準備はしてあるの。厚かましいかもしれないけど今夜は……いいかしら?」


友達の家に泊めてもらおう。
こんなお願い、マミの人生において殆ど初めてである。
だって、彼女は一人だった。
戦いの中においても、日々の流れにおいても、それをずっと耐え忍んできたのが巴マミという少女である。


そんな彼女がしたその、友達への『お願い』というものは、小さくても他人から見てたらとりとめのないものでも、マミはその初めてを彼女なりに必死に伝えた。


まどか「────マミさん」


まどかは、笑って答えた。


まどか「勿論、いいに決まってますよ」


緊張と、分かりやすい期待に満ちていたマミの顔がパアッと明るくなる。

そんな二人を見ていたさやかもおもむろに口を開いた。


さやか「じゃあ、私も泊まろっかな」


マミ「───!!えぇ!是非そうするべきだわ!!」


クロ「いや、お前が決めんな」


テンション高いマミに、クロの冷静な突っ込みが飛ぶ。
興奮というか、初めての体験に胸踊らせているのだろう。
きっと、マミとしては楽しい事は皆で、の考えに基づいての行動だ。


まどか「当然、さやかちゃんもだよ!」


さやか「サンキュ、あっ、でも服どうしよう。明日朝早く一旦家に帰るから制服はいいとして……、せめて寝間着が」


まどか「じゃあ、私のパジャマ」


さやか「あぁ、ムリムリ、胸が……」


まどか「ムリとか言わないでよっ!!」


うーっ、と涙目でさやかの胸部を睨むが確かに若干(まどか的に)の差異は存在した。
ふふん、と得意気に見てくるさやかが小憎たらしい。


マミ「あら、じゃあ私が持ってきた荷物の中からいくつか」


それを見かねたのだろう。
マミはほんの好意のつもりで着衣の貸与を申し出た。


─────だが


さやか「すみません、それはいいです。私、まどかので十分なんで」


さやかもまた、涙目になったままマミの申し出を断る。
その、尋常ならざる様子に思わずマミはそのまま引き下がった。


さやか「───本当、十分なんで」


さやかは、マミの胸部をじっと見つめていた。

クロ「────本気かよ」


まどか「うん!」


元気良く頷くまどかを見下ろしながら、クロは呆れた顔をした。


今、彼がいるのはベッドの上


そして、彼女ひいてはさやかとマミ達がいるのは床、そしてそこに布団を3つしいて仲良く並んで横になっている。


まどか「私だけがベッドを使う訳にはいかないし、家のお泊まりはこれが醍醐味なんだよ」


さやか「私は全然構わないよ」


マミ「お泊まり……これが、そうなのね」


納得している奴もいれば、話を聞いていない奴もいる。
自分だって大して構いやしないが、それでも猫が一番良い所に寝るというのも妙な感じ。


クロ「人間様を差し置いてベッドたぁ。時代が時代なら御猫様だな」


まどか「じゃあ、一緒に寝るのは」


クロ「オイオイ、寝言を言うには最適な枕と布団だが、まだ早いぜ」


まどか「───嫌なんでしょ、分かったよ」


何故、そこで残念そうな顔をしているのか分からない。
よく見るとマミもだ。
しかもなんだか責めるような視線を感じる。
クロはもう一度ため息をついた。


クロ「………もう電気切るぞ」


まどか「うん、おやすみなさい」


さやか「…………おやすみ」


クロ「なんだって?」


さやか「……うるっさい」

ハイハイ、と軽く舌打ちも交えながらクロは腕を伸ばして、ライトのスイッチをOFFにしようとする。
それに対してはどこからも文句が出てこないことから、彼女達もオネムのようだ。


マミ「クロ……、あのね」


指がスイッチに掛かるか掛からないの瞬間、今度はマミが話かけてきた。


クロ「んだよ。眠れねーなら子守唄でも歌ってやろうか?」


マミ「………ううん、ありがとう。おやすみなさい」


何か言おうとしたが、結局止めたようだ。
言いたくないなら、深く聞く理由はない。
クロは部屋のスイッチをOFFにした。


部屋の灯りが消え、ドアの向こうから入ってくる光もない。
知久達も既に下の階で眠ったらしい。


窓の外から見える月明かりだけが、この瞬間闇を切り裂いていた。







見滝原の闇は深い。


ネオンやビルがひしめく市街地ならまだしも、なんの変哲もないただ住宅街は時間がくれば、闇に沈む。


人の生活を示す家の明かりもなく


人の道筋を示す街灯の明かりもない


故に、その闇を這いずる事ができるのは『人ならざるモノ』しかいなかった。


四つ足で地をかり、荒く呼吸を繰り返し、それらはただ進んだ。


目的は、ただ『主』の命に従う事のみ。


それの頭の中身には、それしかなかった。
それ以外存在する余地もない。


喰らう、喰らう、喰らう、喰らう喰らう喰らう喰らう喰らう喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰う喰うくうくうくうくうくうくう


狙いは覚えた、臭いを辿ればすぐに着く


ほら、もうすぐだ。


あれだ、あの家だ。


───家の前、その道路の前に一塊の影が集った。


準備は、整った。


後は、家の中の人間を、喰えば終わり





『ガァッ!!』


一塊の影から、二つの影が家に向かって飛び込んでいった。
あれらが家の中を荒らし、殺し、逃げて外に出てきた人間を自分達で殺す。


これは、狩りだ。


『グルルルッ』



『ギャインッ!』

『!?』


異変、おかしい、先に飛び込んでいった群れの、あの声は、叫び、なんだ、あれは。


破壊衝動と殺人欲求で『それ』は一種のパニックに陥っていた。


そこに、それに向かって黒い影が投げ付けられる。
なかなかのスピードで飛んできたそれにまともにぶつかったそれは後ろに転がっていた。


『それ』を見て、『それら』の警戒と殺気が高まっていく。


「静かにしな。ガキが寝てるんだ」


声が聞こえた。
明らかに、自分たちに向けられたその声は、狙いの家から聞こえる。


『グルルル』


闇が動いた。


だんだんと近づいてくるその影は、猫の形を片どっていた。

クロ「よぉ、なんだよ。こんなに沢山、なんか用か?」


玄関から出たその先にいたのは、犬だった。
犬、と言ってもそこら辺にいるような類いのものじゃない。
いかにも海外から来ました、とばかりのゴツイ大型犬である。


それが、約十匹、大挙して鹿目宅に押し寄せているのだ。


尋常ならざる事態ではない。
そしてそれは、彼もまた同じだった。


『グルルルッ』


クロ「ん?あぁ、コレか。……なんだダチだったか?そいつは悪かったな」


コレ、と言って彼が示したモノ。


それは、犬の生首だった。


───月明かりが、全てを照らした


彼の後ろには、既に息耐えた犬の胴体が二つ。
そのどちらにも、首はなかった。
つい先程、犬達に飛び込んできたそれも、どうやら犬の首のようだ。


────ザワザワと、犬達が騒ぐ。
獣としての本能からか今目の前にいる猫に対する警戒を真なるものとしたようだ。


クロ「なんのようだ。場合によっちゃ見逃すぜ?───だが、場合によっちゃ覚悟を決めな」


『ガウウッ!!』


そこらで雄叫びが上がった。
どうやら交渉は決裂したらしい。


クロ「……負け犬の遠吠えの前払い、頂いたぜ」

今日はここまでです。

進みが遅くてすみません!
ここから、頑張るので、明日の夕方からまたよろしくお願いします!


投稿開始です!

クロのその言葉が合図だったのか、犬達の様子が変わる。
まがまがしい空気や殺気はそのままだが、彼らの身体が突然震えだした。
まるで、身体の奥から何かが飛び出そうとしているようだ。


─────そして


クロ「……あぁ?」


ボコッ、ボコォッと犬達の身体が文字通り『泡だった』。
彼らの身体中から、大量の眼球が飛び出してきたのだ。
変化はそれだけでは止まらずミシミシと音を立てて筋肉が膨らんでいき、その口から見える牙も、地を踏みしめる爪も先ほどとは比べ物にならないほど大きくなっている。


その場にいたイヌ一匹残らず姿を変えていた。


クロ「───化け物でもなんでもいい」


そう言って、腹部のハッチを開いたクロはそこからスルスルと長剣を抜きさる。
イヌ達の唸り声が一瞬収まった。


クロ「来な」


『ガウッ!!』


静寂の中で爆発したように、イヌ達が咆哮をあげながらクロに飛び込んで来た。
それに合わすようにクロもまた、その群れ突っ込んでいく。


その時、一匹のイヌが飛び掛かってくる。
大口を開き、獲物を噛み砕かんとクロに迫る。

クロ「───オォッ!!」


その姿を確認したクロは、素早い踏み込みで身体を浮かし、そのイヌと空中で交差する直前、手にしていた長剣を真横に振るい開けっ放しの口に叩き込んだ。


剣が、肉を、筋を、骨を断つ音が響く。
クロは、剣をフルスイングした体勢のまま地面に着地した。


ベチャッという音がして、クロの後ろにイヌの上半分が落ちる。
その近くでは、下半分がヨロヨロと二・三歩歩いて倒れた。


────プンと、血の臭いがその場に立ち込めた。


『ガァッ!!』


その臭いに当てられたのか、クロの後ろにいた三匹が駆けた。
もう既に息耐えた仲間の死体を踏み越え、血溜まりを蹴る。


だが、その音に反応したクロが振り返りざまに、またも剣を真横に振った。
まるで力任せ、まるで考えなしの一撃。
時は夜、彼の視力ではあまりモノをはっきりと見る事はできない。


ただ音に反応しただけの攻撃だった。


眼前に迫っていたはずの獲物の攻撃により三匹は血潮を散らして地に落ちる。
一匹は頭を、一匹は首を、もう一匹は腹を真っ二つに斬られた。
クロは、頭からそれらの返り血を浴びる。


クロ「あ?───ちっ、気持ち悪ぃ」


仕留めたイヌ達を見ていたクロの顔が怪訝に歪み、嫌悪に歪む。
腹を斬られた一匹が、前足だけで歩腹前進しながらこちらに這い寄って来たのだ。


『ガゥッ、ガゥッ……』


か細いながら、唸り声をあげてクロに近寄り、せめてその足だけにでも食らい付こうと開いた口からは、涎と血が混じりあった液体が零れている。


『ガウ……ガウ……ガ』


その頭に、クロは長い剣を容赦なく突き立てた。
数回の痙攣の後、そのイヌは完全に停止した。


クロ「近所迷惑になるから銃は使えねーからなぁ、コイツで我慢するしかないってのが味気ないぜ。なぁ?」


彼が同意を求めた方向には残り四匹のイヌがいた。
それらは一様にクロとの距離を詰めようとせず威嚇を繰り返している。


だが、それ程の恐れがありながら決して逃げようとしない。
クロは死体から剣を引き抜き、前に構えた。


クロ「こんだけナマモノが出ちまえば片付けが大変だな。───燃えるゴミっていつだ?」

その挑発を挑発と理解したのか、それは分からないが、四匹のイヌは一気に勝負を決めようとクロに走りだした。
だが、またもやクロはその懐に飛び込んでいく。


クロ「……ッらぁ!」


まず、剣を右手で肩に担ぎ、空いている左手で最初一匹を殴り付ける。
それは遠くに転がっていったが、それを隙と判断した三匹が追い討ちをかけるように飛び込んでくる。


それでも耳が、風を斬る音を捉え、鼻が血の臭いを掴んだ。
そんな効率性の無い攻撃など、クロは既に一歩も二歩も先に読んでいた。


まず、自分の左側にいたイヌを右斜め下から振り上げ切り付ける。
更に間髪いれずに、返す刀で右から突っ込んできたモノを袈裟懸けに切り捨てた。


───そして


クロ「これでも食ってろ!」


目の前で大口開けていた一匹に、剣の切っ先を突っ込んだ。
長い剣が喉から、首筋の後ろに貫通する。


『グルウァッ!!』


そして、一番最初に殴り付けたが仕留めるにはいたらなかったらしい最後の一匹がクロの背後から踊りかかった。


『ガフッ!?』


だが、イヌの首がクロの小さな血の平に握られ、イヌはそれ以上の前進を封じられた。

クロ「どうした?諦めんなよ。諦めたらそこで試合終了だぞ?」


『グゥッ……グフッ!ガフッ!』


喉を握りしめられてるとはいえなんの反応もないとは。
さっきから、このイヌの異形達の姿を見ても感じるのはただの本能だけだった。
喋りかけても、返ってくるのは悪意のない純粋な殺意のみ。
殺されようとしているのに、必死で殺そうとしている。
間違いなく、自我はない。
そして、二度と戻ることもないだろう。


『…………』


そうこうしている間に動かなくなった。
強く握ったために器官が潰れたのだろう。
手を離すと、崩れるように地面に落ちた。


クロ「……」


黙って周囲に首を巡らすと、死屍累々の異形の死体が転がっている。
ただの住宅街においてその光景はあまりに異常で、こんなものを普通の人間に見られるのはどうにも都合が悪い。


あくまでも、普通の人間には


クロ「……いるんだろ?顔出せよ」


突然、クロが玄関に向かって語りかけた。
するとそれに答えるように、ゆっくりとドアが開き、そこから一人の少女が顔を出した。


クロ「まだ起きてたのか、マミ」


マミ「……クロ」

恐る恐る、彼女は周囲の惨状を見渡しながらクロに近付いていく。


クロ「今、何時だ?」


マミ「えと、深夜を回ったところかしら。電気を消してから2時間くらいで他の皆は寝て、じゃなくて───これは何?」


『これは何?』とは、これまた端的かつ生産的な質問を投げ掛けてくれるマミである。
彼女の聡いところはきっとこういう所なのだろう。
ただ、『これが何』かを答えればいいのだから。


クロ「何って、犬だろ」


マミ「犬って……こんな犬いる訳ないじゃない。魔女でも使い魔でもない。こんな化け物見た事ないわ」


クロの言葉をすぐに否定するマミの姿に、内心では舌を巻く思いのクロだった。
今は事情があり戦えないとしても、積み重ねた経験は消えない。
落ち着いている訳ではないだろうが、冷静に状況を見て自分なりの答えを出そうとしている。
口笛の一つでも吹いてみたいところだ。


クロ「なぁマミ。仮面ライダーって知ってるか?」


マミ「え、えぇ。まどかさんが教えてくれたわ。確か改造人間として戦う正義の味方って……まさか」


昭和ライダーとは、まどかも抜かりはない。
だが、今はそれよりもマミが何かに気が付いたらしい。

マミ「改造されたっていうの……?この犬達は」


クロ「可能性はなくはないだろうぜ?」


改造、この場合はバイオテクノロジーと言った方が良いだろうか。
マミはその言葉がまるで荒唐無稽に思えて仕方がない。
今、現時点における技術では精々遺伝子の組み換えが限度であり、ここまで肉体が変質させる程の技術を持った化学者など聴いた事がない。


まだ経験している分だけ魔法や魔法少女の方が現実的だ。


マミ「改造犬なんて、理屈で考えたってあり得ない」


クロ「理屈で説明つかねー事ほど、人間が裏で絡んでいるもんだ」


分かるような分からないような、だがそれでも妙な説得力はある言葉にマミは生返事を返した。
今は、彼の言葉を根拠とした方が行動しやすいだろうと考えたからだ。


マミ「じゃあ、今この街では魔女に使い魔、それに改造犬まで闊歩しているのね……。本当、どうかしてるわよ」


クロ「トラブルはありがたいから貰っとくさ……、しかしこの犬共は必ずしもこの街で暴れる事を目的とした訳じゃないだろうぜ」


マミ「どういうこと?」


クロ「こいつらは大挙してこの家までやってきたんだぜ?他にも獲物はあったろうに全部無視してだ。なら、こいつらの狙いは一つ」


マミが厳しい顔で、クロは凄惨に笑いなから、鹿目邸を見た。





どこかの高層ビル内



天童「くっそがああああ!!」


モニターを見ていた天童ガンと机を殴り付けた。
何度も、何度も、何度も殴り付け、やがて飽きたのか皮張りの椅子にふんぞり返る。


天童「せっかくあのくそ女の家族をぶち殺してやろうと思ったのに、男もガキも犬共の餌にしてやろうと思ったのに!!」


まるで子供が駄々をこねるように天童はわめき散らした。


天童「犬共の生命反応が男を殺そうとした時も、今この瞬間もあっさりと消えやがった!!」


突然、立ち上がった男はその広い部屋を行ったり来たりを繰り返す。


天童「失敗?いやあり得ない!!この俺の作品にそんな事、あり得るはずがない!!」


『何か、邪魔が入ったんだろうね』


その中性的な声が部屋に響いた時、男は立ち止まった。
そして、満面の笑みで声を張り上げた。


天童「おぉ!おぉ!神様、いらしたのですね!」


『うん、ちょっと気になってね。『アレ』の調子はどうだい』


天童「はい、完璧です。何故ならば、選ばれた者である俺が全責任を持っていますので」


『そうかい、ならば期待しているよ。天童』


天童「はぁい───邪魔者も消し、必ずや『星』の大願を成就させてみせます。インキュベータ様!!」


今日は更新はここでストップします。


今まで更新が捗りませんでしたが今度こそ、上手くいきそうです。


明日は夕方から、またよろしくお願いします!

読んでくれてありがとう!

遅れまして、申し訳ありません!


投稿を開始します。




まどか「それじゃパパ、行ってきます」


知久「うん、行ってらっしゃい、まどか。詢子さんも気を付けてね」


詢子「分かってるさ。そんなに心配しなくてもいいよ」


居慣れぬ場所で迎えた朝は居心地が悪い。
今、目の前で繰り広げられている友人の家族がしている出発の挨拶はむず痒い。
初めて迎えた鹿目家の朝を、そんな風に思いながらマミは見ていた。


マミ(……こんな時一体どこを見ればいいのかしら。なんとなくニコニコしてるだけしかできないわ)


朝食を摂っている時にも感じたが、少し落ち着いた雰囲気において余所者の自分としては無理に鹿目家の団らんに分け入る事はできない。
勿論、彼らが自分を無下に扱う事はないのだが、昨晩のパーティーの様にはいかないし、そもそも家族の営みは邪魔できない。


自分の立ち位置も弁え、まどかの挨拶が済めば早々そにドアを開けよう。
そう考え始めた時だった。

まどか「───ほら、マミさんも」


マミ「……え?」


その声で、ようやくはっきりとまどかの方に顔を向けると、彼女は何やら自分に促すような顔をしていた。
それがなんなのか、分からなかったのは一瞬だけ、直ぐに知久、そして詢子に顔を向ける。


マミ「───行ってきます」


知久「行ってらっしゃい。マミちゃん」

友達の親に挨拶をするなんて小さい頃から今日迄で久しくなかった。
少しの緊張と、気恥ずかしさでマミの胸が軽く高鳴る。


詢子「おっと、私も行ってくるよ。我が愛しの家族達と、親愛なる新たなる友人よ」


時間に換算すればほんの数秒だけポケっとしてしまったマミだが、詢子が慌しく言葉を残しながら扉を開いた事で慌てて彼女に返事を返そうとするも間に合わなかった。


閉じゆく扉の隙間から見えた姿はすでに家を出て道路を走り始めたところだった。
あのハイヒールでどうやってあんなスピードを出しているのだろう。


まどか「じゃあ、マミさん。私達も」


マミ「えぇ」


そして、いよいよまどかもドアノブに手をかけた。
そう言えば、他人の家からの登校なんてものも始めたの体験である。


マミ(……長生きはするものね)


開く扉から飛び込んでくる光を浴びながら、マミはそんな事を考えていた。
中学生の発想とはまるでかけ離れてはいるが、彼女からすれば冗談でもなんでもないところが、笑えない。




まどかが開いた扉は最初にくぐったマミの後を追ってまどかもまた、外に出た。
閉じていく扉の向こうで最後まで見送ってくれていた知久に恐縮してマミは頭を下げる。


まどか「それじゃあ、行きましょう。さやかちゃんも、もう学校に着いてるかもしれませんし」


完全に扉が閉まるのを待ってから、まどかはマミを促した。


マミ「ええ、そうよね」


まどか「?……どうしました?そんなにキョロキョロして、何かあるんですか?」


気にしないで、そう言ってマミはまどかに笑いかけた。
明らかに何かを隠している様子に眉をひそめるまどかだが、マミはなんら後ろ暗い訳でもない。
逆にそれが、問い詰めにくさを醸し出していた。


まどか「……マミさん?」


マミ「さ、こんな所で立ちっぱなしのままでいる訳にはいかないわよ」


マミ(……本当に、何もなくなっているわ)


マミは、まるでその場から早くまどかを連れ出そうとしているようだ。
それはやはり、昨晩の事があるがためだった。

昨晩 マミの回想


クロ「しっかしまぁ、派手に散らかっちまったなー」


マミ「へ?…………あぁ、そう言えば……」


またも突然、興味が他のものに移ったようでクロは家から視線を外した。
マミもまた、家から視線を外しクロを見、それから彼の視線の先を追えば、わざわざ見るまでもなく理解できる、その惨状があった。


クロ「犬の開きに、切り身……お客さん、一丁どうだい?」


マミ「……冗談でもやめてちょうだい」


犬達の死体に、周りの地面に広がる血の海。
冷静ではあってもクロの冗談に答えられるほどの余裕はマミにはなかった。
若干、つまらなそうにクロは唇を尖らせる。


クロ「へいへい……で、どうするよ」


マミ「どうするも何も片付けないと……」


クロ「じゃ、お前がやれよ。オイラは寝るぜ?」


マミ「えっ?」


この時マミは、自分の顔が見るからに青ざめ、身体の底から震えが来た事を覚えている。
正直、死体を見るだけで限界は近かったのだ、触るなど彼女は考えたくもなかった。

クロ「……いちいち本気にすんなっての」


げんなりとした顔をマミに向けたクロは溜め池と一緒に言葉を紡ぐ。


クロ「テメーの後始末くらいテメーでつけるさ」


マミ「で、でも……いえ、ごめんなさい。お願いするわ」


流石にマミもお手上げだった。
これは、人を手伝う思いやりの精神なんかでは解決できない、ナイーブな問題なのだ。
クロも手伝わせるつもりはなく、恐らくは、手伝わせないために敢えてストレートに「やれ」と言ったのかもしれない。


嫌悪感が先に出れば、もう半分は答えは決まったようなものだった。


マミ「………この犬達はどうするの?」


クロ「埋める。それが一番だろ、バレねぇし」


マミ「……」


クロの言葉にマミは沈黙した。
斬り捨てられた犬達の骸を眺めながら何やら思慮しているようだ。
その顔を睨むようにクロは見だ。


クロ「………可哀想なんて思ってたら、正直に言え」

マミ「思ってたら……?」


クロ「腹抱えて笑ってやるよ」


半分は正解だった。
マミは、クロの言葉通りに正直に胸の内は明けた。

マミ「この犬達が可哀想って気持ちはあるわ。でも、今はそれとは別の感情がある……これを見て、さっきそこで拾ったの」


マミの手の中にあったものは首輪だった。
血で赤黒く染まったそれが、月明かりに照らされている。
クロは黙ってそれを見ていた。


マミ「きっとこの犬達のうちの一匹が付けていたのね。この金属のプレートの部分に名前が刻み込まれていた……きっと何処かで買われていたのね」


詳しい事はよく分からない。
だが、この犬達はもしかしたら何処かの街で平穏に暮らしていたのではないか。
ただの犬として日々を過ごし、飼い主に愛され、気ままに生きていたのだ。


だが、しかし、突然、『何者か』によってその命を、在り方を歪められ、踏み躙られ、弄ばれ、その結末に命を散らした。
そう考えれば考えるほど、怒りが沸いて仕方がない。


マミ「クロ、私には貴方も怒っているように見えるわ」


クロ「……あぁ、そうかもな」




>マミ「きっと何処かで買われていたのね」

これは「飼われていた」では?揚げ足とる様だが誤字多くないか?

>>98


そうですね。以後気を付けます。読みにくくしてしまいすみません。


では、少し投下します。

はぐらかしている、のだろう。
クロはなんて事ないように振る舞っているつもりなのかもしれないが、マミが手に持った首輪を彼は今も睨み付けていた。


クロ「……それは後で考えよーぜ。今は、とにかく考えなぎゃならん事があるだろ」


マミ「……えぇ、そうね。この犬達の目的、よね」


目的、それはもうほとんど分かり切っているのだが、あえて問題点としてあげているのは『それは何故か?』がまったく分からないからだ。
問題の根底が分からない以上、その目的について語らざるを得ない。


クロ「間違いねー。こいつらはこの家のもんの内の誰か、それか全員を狙って夜襲を仕掛けてきたんだ」


目的は、それ。


だが、そこから先は分からない。
犬達は語る口を持たず、情報を知りえる者はいない。
八方塞がりである。


マミ「じゃあこの家の誰が狙われているか分からない以上、このまま安心できないわね」


クロ「かと言ってどうもしない訳にゃいかないしな。面倒だが、この家にいる間はオイラがなんとかやるさ……」


面倒と言いつつ、ダルそうに耳をかきつつ、誰に言われるまでもなく彼はその面倒を抱えた。

その姿は、まったくもって────『ほっとけない』


危なっかしく首を突っ込んで、無関係なのに傷付いて、だから自分は、彼の事をもう無視する事ができない。


マミ「────私も手伝うわ」


クロ「手伝うだぁ?何を」


マミ「あなたは家の護衛、私はクロがそうしている間目が届かないまどかさんの護衛をするわ」


この提案は、決して的外れでも、興味本位のものではない。
この家の誰が狙いなのか分からない以上、保護対象に限りがあってはならないのだ。


───守るなら、全てを。
そのためには、必要な事なのだが、クロは頭を掻きながらしかめっ面をする。


クロ「あのなぁ、遊びじゃないんだ。魔法少女だかなんだかのお前らの得意分野じゃねぇんだぞ?リアルバイオハザードだ。オイラはこの道のプロなんだぜ?」


マミ「……クロはその道のプロだったの?」


クロ「当然だ。悪魔退治だってしたんだぞ?」


妙に澄ました顔をしているので「すごいじゃない」と言ってみると、顔には出さなかったが耳と尻尾がピクピクと動いた。
血と死体がそこらじゅうに散らばっているなかにして、微笑ましい光景だった。

マミ「───大丈夫よ。クロ」


話が少し反れたので、マミはもう一度、クロに提案した。
クロは恐らく本気で嫌がっている。
当然だ、だってマミはあんな事を言ってしまったのだから。


マミ「銃は使えないけれど、変身ならできるわ。いざとなれば少しは戦えるし、駄目なら逃げればいい」


戦える、と聞きクロの耳が動く。


マミ「もう、大丈夫だから」


彼は、覚えていたのだ、あの日病室で自分が涙を流して吐いた弱音。
ずっと、ずっと言えなかった言葉を。


クロ「……『戦えない』って言ったのはどこのどいつだよ」


マミ「うん、私よ。────でも、あの言葉を言える人ができたってだけで十分なの……だから、もう戦える。私にも、守らせて」


本当はまだ怖くて、そのせいで銃を構えられなくなったのかもしれない。
でも、今の自分は、自分の中にある弱さを受け入れられる。
あの頃のように、全てを自分の力でどうにかできると、それを皆が理解してくれると勘違いしていた自分はいない。


マミ「できる範囲でやるから」


普段とは違う子供のような嘆願だった。
その顔に、大きくクロは息を吐いた。

クロ「いいか、迷惑をかけんなよ。他ならぬオイラにだ」


ビシッと音が聞こえそうなくらいに真っ直ぐと指を差された。
一応、自分の真意を受け入れてもらえたらしく、それがただ嬉しい。
だから、ほんの少しだけからかいがてらに微笑む。


マミ「勿論。だけど……困ったら助けてくれるんでしょ?王子様」


クロ「───ッ!?王子?!バカ!恥ずかしい事を言うな!このバカ!」


流石に、クロも怒りだした。
この時、マミには知るよしもなかったが、確かにくろにはそういった呼称がない訳ではない。
照れではあるのだが、ある種、図星を突かれた照れでもあった。


クロ「……あぁ、もういいから、お前は寝ろ。夜が明けるまでに片付けなくちゃなんねーんだよ」


がっくり、とうなだれたクロの言葉には、呆れと疲れが滲んでいた。
これはもう邪魔は出来ない、いつまでもここにいては迷惑なだけと、マミも引き下がる事にした。


マミ「分かった。じゃあ、お休みなさい。クロ」


クロ「はいはい、寝ろ寝ろ。お休みなさい、だ」


手を振るクロの姿が、月明かりにもう一度照らされた。
その姿を見ながら、マミは家の扉を開いた。






それが、昨日の夜の事。


庭にも、道路にも血の後はなく、肉片もない。
一体どうやってあれだけのモノを掃除したのか、そしてどこに片付けたのか気になるが、それはあまり朝から考えるような事ではない。


一度、空を見上げて、それから大きく深呼吸する。
それが効果を発揮したのかは分からないが、多少なりと気分は入れ換わった。


まどか「そう言えば、クロちゃんはどこに行っちゃったんでしょう?かぐらちゃん達はまだ寝てたのに」


マミ「さぁ、たぶん大事な用ができたのよ」


まどかの疑問にそれとなく答えながら、二人は歩きだした。





─────見滝原・公園


朝の公園、もっと早い時間であればジョギングに励む人間の影の一つや二つは見えたかもしれないが、今は出勤や登校に勤しむ時間の真っ只中、そこには人っこ一人いやしなかった。


そんな公園のベンチの上で何かが、厚手の布──マフラーにくるまりモゾモゾと蠢いている。
その動きはやがて大きくなり、ついには自らマフラーをはねのけた。

クロ「くうぁーっ、よく寝たー」


背筋よ折れろと言わんばかりの背伸びをするクロの姿がそこにはあった。
首に巻き付けた赤いマフラーは、クロの身体よりも長いらしくダラリとベンチからも垂れ下がっている。
どうやら、昨晩はこれを身体に巻き付けて寝ていたらしい。


クロ「………今回ばかりはこの丈の合わねえマフラーに感謝するぜ」


目の前に作った当人がいれば飛び上がって喜びそうな台詞を言いながらクロは立ち上がった。
例えば、今の彼の姿を見知らぬ人間が見れば驚き飛び上がったことだろう。


何故なら、今の彼はそのメタリックなボディを曝している状態なのだから。


クロ(大分、返り血浴びちまったからなぁ。あの後の片付けでも……)


元々、着ていたぬいぐるみは、昨晩の騒動のせいですっかり血に塗れてしまったので、仕方なく、公園の水道で無茶苦茶に洗い続けることになった。
色が黒い部分についたものは気にする事はないとしても、白い部分にも少しシミがある。


ついてない。いや、そもそもが買い換え時なのかもしれないと思いながら、着けていたマフラーを取って小さめに畳んで腹部の武器庫にしまった。

離れた場所で干した場合、不足の事態が起きては堪らない。
着ぐるみは自分が寝ているベンチにぶら下げた。
それを触ってみれば少しばかりしっとりとしているが気にならない程度には乾いている。
それを着ようとクロが手に取った。


すると、ちょうど着ぐるみの下に隠されていたらしく、そこにあった物を見てクロは目を丸くした。


クロ「握り……飯?」


それなりの大きさをした握り飯が二つ、目の前で転がっていた。
きちんとラップで包まれていたそれは、昨晩ここに来た時は存在しなかったものであり、見落としていたという事はなかったと断言できる。


果たして誰が────と思ってほしいのだろうか。


一体なんのために────と考えてほしいのだろうか。


はっきり言ってバレバレだった。
一応、クロは黙って着ぐるみ着ようと袖に足を通す。
その途中に考える。
そろそろ、『彼女』にも確かめなければならない。


聞いたとこれでどうという訳ではないのだが、興味として。
それに、何故かもう一度、会わなければならない気がする。

クロ(ま、後は成り行きだろうな)


決められるのは自分の行動のみ、こんなよく考えれば考える程よく分からない世界なのだから取り敢えずやってみる事が重要なのだ。


そう考えて一人頷いていると、さっきまで誰もいなかった公園に人の気配を感じた。
慌てて身体を伏せて、普通の猫らしく四つ足になる。


バレてはいないだろうかと首を気配の方に向けると、そこには黒いジャージを着た人間が公園の入り口に立っている。
ジョギングの途中で立ち寄ったのだろうか。


クロ(朝も早よからご苦労さんだな……ん?)


別に気に止める必要もないと思っていたが、その人間はこちらに向かって歩いて来た。
これは面倒だ、もしかしたら猫を構いたい一心で近づいているのかもしれないが、相手する自分の気持ちとしては正直ダルい、朝も早いし。


そんな風に考えている間に、もうその人間はすぐ近くに来ていた。


ゆっくりと、黒に包まれたジャージを足から順に見上げる。
性別は男だった。
年の頃は二十歳そこらといったところだ。


クロ(………)


男が手を伸ばして来た。
クロはじっとそれを眺める。
自分を撫でようとしているわけではない事くらい直ぐに分かった。
男の手には拳銃が握られていたからだ。

その男、取り敢えず黒ジャージと呼ぼう。
ニヤニヤと、気色の悪い、しかし喜色は満面な笑顔を浮かべている。


黒ジャ「へへっ、へへへ、誰もいないよねぇ」


その身体は興奮からかプルプルと震えている。
手に握っている銃口も激しく動いており、まとも殺し合いじゃこの男は使い物にはならないだろう。


だが、一方的な殺戮であればどうか。
それなら、簡単だ。
何も理解できない相手の直ぐ目の前に銃を持ってきて引き金を引けばいい。
例えば、『猫』とか。


黒ジャ「見ろよ、この銃!昨日一晩かけて作ったんだ!格好いいでしょ!イヒャヒャヒャ!!」


まるで子供が親に買ってもらった玩具を自慢するように男は嬉しそうに笑った。
いや、比喩でもなんでもなく本当に親の金で買ったのかもしれないが。


クロ(……ガキか)


つまらない、もう全てがつまらなかった。
こんな所でも、そうなのか、こうなのか、人間の薄汚さはどこでも同じか。
クロは、ばれないようにため息を吐く。


黒ジャ「……皆知らないんだよ。 知らなさすぎるんだ。僕が本気になればこんな凄い物だって作れるんだよ?あいつらだって殺せるのに、なのに調子に乗りやがって……ふざけんじゃねえよ!!」

喚き散らすその姿は、醜悪そのものだった。
己の弱さも、他者の強さも理解しようとせず、ただゴネていればなんとかなると考えている。


黒ジャ「見せてやるよ……お前にも」


男はクロの額に、銃を突き付けた。
だが、そのままトリガーに指をかけた瞬間、その満面の笑みが歪んだ。


黒ジャ「な、なんだよ」


男は、理解した。
自らが殺そうとしていた猫が自分の顔を見た瞬間、全てが伝わってきた。


軽蔑、憐憫、憤怒、殺意がその瞳に渦巻く……そう、今自分は、この猫に蔑まれている。


屈辱に、男の身体が震えた。


黒ジャ「……な、舐めんなよ。ぶっ殺す!!!!」


今度こそ男の指先に力が込められようとしていた。
だが、もうクロも黙っているつもりもない。
目の前のクソ野郎を仕留めるべく身体を動かそうとした。


「待てえええええ─────!!」


先手を取られた。


黒ジャ「う、うわあああ!!」


クロ「うおっ!?」


絶叫が二つと、激しい足音が一つ聞こえた後に目の前が真っ暗になった。
そして同時に空気の破裂音が少し離れたところで聞こえる。

誰かが、自分を抱き締めたまま地面に転がっている。
どうやら、俗に言う庇われた、というヤツらしい。
なんとなくでも、クロは理解できた。


ぼんやりと上を見ていると、今度は自分を誰かが血相変えて覗きこんでくる。
とても活発そうなつり目をした赤毛の少女のだった。

「おい!大丈夫か!?……って違う?」


焦ったような顔をしたかと思うと、今度はどこかホッとしたような表情になる。
それにしても「違う」とは一体、もしや猫違いで救われたのだろうか。


黒ジャ「痛ぅ……んだよ。邪魔すんなよ」


少女に突き飛ばされたのだろうか。
転がっていた男が立ち上がった。
手には拳銃が握られたままだ。
少女もそれを見て立ち上がり、クロを背中に回したまま男と対峙した。


?「あんた、ふざけるのも大概にしなよ。コイツがあんたに何をしたんだ?無抵抗の猫相手にそんなもん向けやがって、とんだクソ野郎じゃないか!!」


黒ジャ「うるせえ!邪魔するなら、お、お前からだ!!」

男が銃を少女に向けた。
そうまでされているのに少女は逃げようとしない。
クロが黙っていられたのはそこまでだった。


クロ「ハイヨー!」


黒ジャ「ガフッ?!」


?「……へ?」


少女は目を丸くした。
それもそうだろう。
自分の後ろにいた黒猫が、突然前に飛び出したかと思えば、黒ジャージの顎にジャンピング後ろ回し蹴りを食らわしたからである。


黒ジャージは後ろに仰け反りながら倒れていき、クロは体勢を整えながら男を背にしながら地面に着地した。
そして、すぐさまくるり身体を回すと顎を押さえて言葉にならない悲鳴をあげている黒ジャージに向き直る。


クロ「……おい」


黒ジャ「アッ、あが、アガっ、アウ」


猫が喋った。


それ以前に蹴った。


黒ジャージの混乱はまさに絶頂を迎えていた。
そんな男に更にクロは畳み掛ける。


クロ「これは夢だ」


黒ジャ「あガ?」


クロ「あぁ、猫が喋るはずないし、回し蹴りなんてできるはずもないし、これからお前に地獄がなんたるかを教え込むなんて……ありえない、だろ?」

黒ジャ「あ、あああ……アヒャ、あグああ」


言葉にならない悲鳴をあげて這うように逃げる黒ジャージ、だがクロはそれを追い掛けた。


クロ「なんだよ、遊ぼうぜ。凄いの作ったんだろ?見せてくれよ」


迫るクロから必死で遠ざかろうとして尻餅をついた格好で、黒ジャージは後ずさる。
だが、クロは迷わず男にズンズンと近寄る。


黒ジャ「あ、あああああああ!!」


そして、とうとう堪えきれなくなったのか、男はクロに拳銃を向けた。
破れかぶれで、狙いなぞ定めずに放つ。


何度も、何度も何度も何度も。
すると、一発だけ激しい金属音と共にクロの顔が仰け反る。
どうやら顔面に命中したらしい。
安堵と、満足が男の心中に溢れた。


────だが


黒ジャ「!?」


すぐにクロが顔を真っ直ぐ向けた。
まったくの無傷、それどころかニヤニヤと笑ってすらいる。
そして、唾を吐くように何かを吐き出した。


金属の弾、さっき放った弾丸だった。


クロ「ベアリング弾……一晩かけた改造銃にしちゃベタじゃないか」


クロはそのまま黒ジャージの目の前に来た。
そして、震えたまま何かにすがるように銃を握ってあた腕から、それを奪いとると、片手一本で握り潰した。


クロ「あ、悪い。お前の壊しちまった。お詫びにオイラのを見せてやるよ」


恐怖に慄き、もはや声すら発せられない男を前にして、クロは胸の武器庫に手を入れて目当ての者を引き出した。


クロ「だらーん!マシンガーン!!あははははははははははははは!!!!」


黒ジャ「アヒイイイイイイイ!!?」


猫が取り出した武器に、その猫の狂喜の笑い声。
黒ジャージはもはや恐怖で気絶寸前の意識を悲鳴で立て直しながらその場から猛ダッシュで逃げていった。


クロ「ハハハッ……はぁ、たく、世も末だねぇ」


逃げていく男の背中を見ながら、クロは呆れたように溢した。
どの口がほざくかという台詞だ。
世も末どころか、半分世紀末に片足突っ込んでいる猫なのだから。


クロ「……そんで」


?「お、おい……お前、なんなんだ?」


驚きに満ちた顔で赤毛の少女が歩み寄ってくる。
マシンガンを肩に担ぎながらクロはもう半分諦めたように彼女を見ていた。

勉強がかさんで更新できませんでした。
申し訳ありません。


明日も必ず更新しますので、よろしくお願いします。

いつも読んでくださりありがとうございます。

まずい、やっぱり遅れてしまいましたが、ここからいけるとこまで投下します。

クロ「なんだも何も、見て分からねーか?」


?「見ても分からないから聞いてんだよ」


クロ「ッたくよー……どこからどう見てもベターな猫じゃねーか」


?「いや、今までの人生で一番ハードな猫だぜ。間違いなく」


口の悪い少女だ。
しかし、口汚いという訳ではなく単に生意気が過ぎているだけに思える。
マシンガンを腹にしまいながら、クロは少女についての考察を重ねた。
しかし、それは彼女もまた同様であったらしい。


?「あんたは普通じゃねーよ。さっきだってアイツの銃が直撃してたのにまったく動じていなかった」


割りと核心を突く指摘だった。
というのもそれを説明する事は要するに自分の正体を明かす事に繋がるのだ。
しかし、そんなにホイホイと伝えていいものなのだろうか。


?「………」


警戒されている。
異質な物を見る目であり、そしてそれが何なのかを見極めようとする目。
それは猛禽類を思わせた。
同時に非常に疲れる態度だった。


クロ「……ま、いいか」


なるようになれ、あるべきままにあれ、である。
結果は知らないが。

クロ「オイラはお前を守るために過去からやってきたサイボーグ、クロだ」


?「サ、サイボーグだって!?……守るって何からだよ」


突然明かされた真実に、少女は衝撃受けたようだった。
無理もないこんな嘘みたいな話、自分だって信じられないとクロも思う。
それが故に嘘なのだが。


クロ「機械に支配された未来の世界で起きる人間と機械の戦争……お前の息子は反乱軍のリーダーになるんだ。しかし、『奴ら』はお前を消し、未来を変えようと企んだ」


?「な、なんだって!?じゃあまさか、さっきのアイツも……」


クロ「あぁ、未来から来た刺客だ。液体金属でできた新型サイボーグ・USO-800……」


?「いい加減にしろ。騙されねーぞ」


クロ「あ、バレた?」


?「え、本当に嘘なのか?」


クロ「え?」


最初の言葉は衝撃の事実を否定する主人公の心情的な『騙されねーぞ』だったようで、途中までは本気だったらしい。
少女は慌てて、取り繕うように声を荒げた。


?「当たり前だろーが!そ、そんな見え見えの嘘なんかに、この私が引っ掛かるわけないだろ!!」


とうとう怒りだしたので、クロはニヤニヤ笑いながら答え合わせを始める事にした。


クロ「前半部分は本当だぜ?」


?「私の息子は反乱のリーダーなのか!?」


クロ「もっと上ー!」


少女は自らの記憶を紐解き、猫の言っていた言葉を思い返した。


?「過去から……」


クロ「あ、それミスだからな。もう作者は眠気に負けかけてるんだ」


?「え、じゃあサイボーグって……」


少女がまじまじとこっちを見ている。
信じられない、と言いたげだが今までの事で信じるしかないようで、黙ってしまった。


クロ「名前もクロで合ってるぜ、よろしくな……あー」


?「……杏子、佐倉杏子だ」


怪しまれていたが、あっさりと名前は教えるようだ。
これで話はスムーズに進む。
言いたかった事も言える。


クロ「そうか、よろしくな杏子」


杏子「よろしく?……ふん、あんたみたいなよく分からないヤツと会っていきなり『よろしく』なんてできるかよ」


やはり警戒を解くつもりはないらしい。
嘘をついたせいだろうかと少しクロは考えたが、今は一応言うべき事を言おうと彼は決めた。

クロ「あれ、お前んだろ?」


杏子「『あれ』?何言って、ってあああああああ!!」


クロの指差した方にあったものはビニール袋だった。
中には何か入っているらしいが、袋の上から見てもぐしゃぐしゃになっているのが分かる。
杏子の私物、恐らくはクロを助ける際に何かの拍子で潰れたのだろう。
しかし、それにしても、今日は悲鳴をよく聴く日である。


杏子「あ、あたしのポッキーが、ポテトチップスが……」


まるで車にひかれたペットの身にすがりつくように杏子はビニール袋の前でうなだれていた。
少し、肩も震えている。


クロ「おいおい、また買えばいいじゃねーか」


杏子「バカ野郎!!このお菓子はなぁ、今日という一日に出会った最初のお菓子なんだよ!同じお菓子を買ったって、それはもうこのお菓子じゃねーんだよ!!」


そんなに哲学的な観点からこいつはお菓子を買っていたのか、しかし、その怒りは冗談でもなんでもなく本物だ。


杏子「……それに、それにまだ袋を開けてもいなかったんだッ……、それなのに、こんなッ、こんなのってねーよ……酷すぎるッ!」

意味は分からんが、気持ちは伝わった。
ようするに大事にしていたお菓子が台無しになってとても悲しいらしい。
しかも、同じお菓子を買うつもりはないようだ。


ほっとくと、あのぐちゃぐちゃになった箱を開けて、中にある恐らくほとんど粉状になっているであろうポッキーを食べてしまうかもしれない。
というか、現段階で彼女は袋を漁っているので可能性は非常に高い。


クロ「……しゃあねえか」


呆れながらも耳を掻き、クロは顔を杏子から外してベンチの方を見た。


杏子「よし、袋は破けてないようだな。だったらいいや」


袋を漁り、中にある物を確認した杏子は取り敢えず安心した。
これくらいだったら、大丈夫だと彼女は判断したからだ。
それは、年頃の少女がするにはおかしな決断だったが、佐倉杏子にとっては『当然』のことで日常同然だった。


杏子「いただきま───イテッ!?」


箱を開けようとした時だった。
頭に、何か柔らかく、そして重い物がぶち当たった。
頭に走ったそれなりの衝撃に顔を歪めたが、視線を下ろしたところに転がっていた物に杏子は目を丸くした。


杏子「……おにぎり?」


おにぎりが飛んできた方向に目をやると、ベンチの上に、もう一つのおにぎりを持っているクロが座っている。

杏子「……くれるのか?」


クロ「おう、でもタダじゃやんねー」


クロの言葉に、杏子は身構えた。
相手はよく分からないサイボーグ、何を要求するつもりだろうか。


クロ「交換条件ってな……握り飯と、そのお菓子だ」


杏子「は?」


クロの言葉に面食らったのか、杏子は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。
気にせずにクロは杏子の目の前まで歩いていき、もう一つのおにぎりを杏子に差し出した。


杏子「……」


杏子は何も言わずそれを受け取った。
すると、クロは杏子の膝の上にあったビニール袋を奪った。


杏子「あ……」


そして、腕を突っ込みお菓子の箱を取り出すと、それを開け、中にある袋も破り、そして中身を口の中に流し込む。
ポッキーも、ポテトチップスも、ボロボロになったそれを、全部彼は食した。


クロ「ふぅー……ごちそう様でした」


杏子「え、あ、お粗末様でした……」


その行動に呆然としたまま、彼女は両手におにぎりを握っていた。


クロ「それ、大事に食ってくれよ」


砕けた物言いをしながら、クロは杏子の顔を見る。
すると、彼女は妙にあたふたし出した。

杏子「その、なんだ。交換条件なんだから、仕方がない部分もある。あたしは本当はお菓子が食べたかったが、アンタが食べたいって言うならこれが一番ベストだった……って、これじゃちょっと不義理が過ぎるな」


なんとか言葉を捻りだそうとしていた杏子だったが決意を固めたようにクロに向き直った。
そして、重々しく口を開く。


杏子「その、感謝してるぜ。こんな大きなおにぎり。米自体、久しぶりだし」


米が久しぶりとは一体どんな生活をしているのか、気になる。
気になるが、なんとなくだが分かる。
土の匂いと、ゴミの匂いを微かに感じる。
ちょうど、昔、あの廃工場でよく感じた匂いを杏子は持っていた。


クロ「礼はいらねーよ。交換条件って言ったろうが」


杏子「……そうかい。じゃ、貸し借りはなしだな!」


そこでようやく、杏子は笑った。
とても攻撃的で生意気そうで、楽しげに、彼女はクロに笑いかけたのだった。


それから、杏子とクロは別れた。
クロとしては鹿目家の様子が気になってきたところで、杏子もまたやる事があるらしい。
手を振りながら走り去る杏子をクロは最後まで見ていた。




杏子「ふぅ……焦ったぜ。同じ黒猫だったからなぁ」


杏子は走りながら一人ごちていた。
その出会いに思いを馳せながら、かつての別れに思いを馳せていた。


杏子「あいつ……今、どうしてんだろ」


少し、走るスピードが落ちた。


杏子「いや、今はそんな事気にしてる場合じゃねぇか。やらなきゃいけねー事が山程あるしな」


また、スピードが上がった。
まるで風に溶け込んでしまいそうな少女は、赤い髪が揺れるその残滓を残していった。




杏子編 第一話 終了



次回、第二話 明日投稿します。


今日遅れてしまい、ごめんなさい!
明日も頑張ります!


では、皆さん、読んでくださりありがとうございます。

展開が遅すぎるから?

>>129
いや、それはあまり関係ないだろ
前より更新速度が減ったとはいえ話自体は進んでるしね
それにまどマギクロスでここより話のペースが同じで遅かったりしても
レスが付いてるssはあるし

もしかしてタイトルの クロ「魔法少女?」だけじゃ何とのクロスかわからないからかな?
例えば  クロ「魔法少女?」まどか「猫が喋った!?」とか
クロ「魔法少女?」まどか「機械仕掛けの猫?」とかの方がわかりやすいのかも

まどか「……うーん」


さやか「おっす!まーどか、どうしたの?」


まどか「………ウィルス」


さやか「……まどか?大丈夫?」


まどか「猫……遠隔…操……作」


さやか「はい、アウトぉッ!!」


まどか「いったぁッ!?」





杏子編 第二話 『さぁ、どうしようか』


時刻は昼前、場所はいつもの学舎『見滝原中学校』。
そこの一学年のクラスにて、まどかは少しウトウトしていた。
授業中は、シャーペンで手の甲を引っ掻いたり、無駄に先生の話を真剣に聞いちりして、彼女なりになんとか踏ん張っていたのだが、授業が終わればそれも無駄な徒労である。


心置きなく訪れたまどろみに身を任せれば、ゆっくりと船を漕ぐように首が前後に揺れた。


「はい、アウトぉッ!!」


遠い彼方で声が聞こえたと思った、次の瞬間であった。
頭に何かがぶつかってきたような衝撃が走り、まどかは慌てて顔を上げる。
浸っていたぬるま湯から無理矢理引き上げられたことに対する苛立ちもあれば、突然のことに頭が働かず、必死の散る視界への焦りもある。


探すまでもなく、その原因はすぐ隣に立っていた。 視界がぼやけているのは、眠気のせいで瞳が淀んでいるせいだろうか。
それとも、涙目になっているせいだろうか。
恐らくそのどちらもであり、まどかはただ抗議する。


まどか「…さやかちゃん……何するのぉ?」


さやか「当たり前じゃないか……多分そのネタ、ギリギリだぞ」


まどか「ネタって?私はただ新聞紙の上で細い紐に囲まれていた夢を見ただけだよ」


さやか「あぁ、ギリギリでアウトかもしれない……」


さやかが頭を抱えているのを不思議そうに眺めながら、まどかは軽く背伸びをして、できるだけはしたなくないように小さく欠伸もする。


さやか「次の時間、お昼だけど……どうする?」


まどか「お昼……そうだね。そう言えばもうそんな時間だったよ」


言われてみれば、微々たるものだが空腹を感じる。
意識白濁の状態で半日を過ごした訳ではなかったが、いつの間にか時間は経っていた。


さやか「……やれやれ、パーティーはもう終わってるんだよ?気合いをいれるように」


芝居がかった、という程でもないがさやかが冗談めかして偉そうに腕を組み、まどかもまた、うなだれて「はーい」と呟いた。


それから、どちらからともなく笑うのだった。




唐突な出来事というものに対して人にできる事と言うものはあるのだろうか。
もしかしたら勝手な了見での結論になってしまうかもしれないが、恐らくないのではないか。


その出来事に、驚き、慌て、次に自分がどうするべきか考える。
それに対し答えを出すにはある程度の経験、そして経験を性格に行動に移せる実行力が必要になるだろう。
つまり、経験のない事がおき、更にそれが想定外の事態だった場合、人に為す術はないのだ。


巴マミは危機に瀕していた。


今までの経験も、彼女自身が抱く信念ですらも乗り越える事ができず、ただあたふたと彼女は戸惑うばかり。


「ねえねえ、巴さんってどの辺に住んでるの?」


マミ「え、ええと、市街地に近いとこにある。マンション……です」


「あぁっ!私、知ってるよ!あの結構大きなマンションよね!じゃあ巴さん、すごいお金持ちなの!」


マミ「そ、そんなに大層なものじゃ」


「あっ!そう言えば巴さんってすっげく可愛い髪型してるよね!どこの美容院でやってるの」


マミ「自分でやって……ます」


えーっ、と彼女の机を取り囲んだ女子達から感嘆とも驚嘆ともとれる声が上がった。
その中心で、マミはただ困ったように笑っている。
改めて言おう、巴マミは危機に瀕していた。

きっかけは些細な事だった。
しかし、些細であるがゆえにマミ本人ですら気付けないものであった。





最初、学校に来て、クラスに入った時は周囲の反応も何も変わる事は無かった。
今までずっと入院していて、やっとの事で退院そして学校に通えるまでになった割には少し寂しいものだった。


勿論まったく無視されていた訳ではないし、何人かはしっかりと労いの言葉や体調を心配する言葉をかけてくれる者もいた。
マミもまた無視する訳ではなく一人一人に言葉を返していた。


しかし、彼女の言葉の殆どが『ありがとう』や『大丈夫』等の当たり障りのない言葉であった事や、長い入院生活から久しく人前に出た事による後遺症か、若干ではあるがさばさばした物言いになってしまった。


それで気を使われたか、どうか、マミも多少の反省をしてしまいあまり一歩を踏み込めないそのまま時間が過ぎた昼前の事。
それは起きた。


「あっ」


声が、隣の席から聞こえた。
か細く、何か小さく後悔するような、思わず漏れてしまったような、横を見て彼女を見るとその視線は下を向いている。
彼女の視線を辿ると、自分の足下に一つの消しゴムが落ちていた。

マミは迷わずそれを拾うと、隣にいる同級生に「はい」と言いながら渡した。
この時、あまりマミは気にしていなかったが、彼女は隣の少女に消しゴム渡す際ニコッと柔らかく微笑んだのだった。


それは、胸を射ぬいた。


(か、可愛い……)


普段、少女及び他のクラスメイトから見た巴マミという少女は、一言で言えば『大人びている』という言葉そのものを表している少女だった。
物腰も、言動も、それでいてマミ自身もあまり自分達に対して積極的ではない。


だから『あぁ、この人は自分達には興味がないのだな』と皆が判断した。
しかし、それでいて、それは嫉妬やら反発を、少なくとも少女の周辺では生む事はなかった。
『仕方がない』と皆が納得したのだ。
そうさせるだけの、確かな実力と何といっても雰囲気が巴マミにはあった。


そんな彼女の見せた。
『はい』と言って笑ったときのその顔は、いつも見せる大人びた微笑ではなく。
凛とせず、柔らかく、とても温かかった。


普段彼女が見せる笑顔は、誰に見せてもその意味が通じるサンプルのようなモノだったが、今の彼女の笑顔は自分に向けた一つのメッセージをしっかりと送ってくれている。

この時少女は思ったのだ。
『チャンス』なのかもしれないと。
普段からお近づきになれない少女と親睦を深めるチャンスなのだと。


「あ、ありがとう!いやぁ、私いっつも消しゴム使わなきゃいけなくてさぁ。巴さんはそんなに使ってないよねぇ。頭良いってやっぱり羨ましいなぁ。今度ノート見せてよ」


マミ「……?そうでもないわよ。しっかりと黒板を確認してからじゃないとノートに書けないから、逆に先に先生に消されちゃって困る事もあるの」


おや、と少女は思った。
会話をしても全然詰まる事もない。
それどころか、冗談を言った。
冗談を言って、また笑った。


(おい、こりゃあ……可愛いぞ)


「へぇ、そうなんだ。それにしてもお腹空いたねぇ。巴さんっていつもお弁当だけどそれ一人で作ってるの?」


マミ「ふふっ、そんなに立派なものじゃないけどね」


「またまたぁ、彼氏なんかにも作ってあげてたりして」


マミ「か、彼氏なんて!そんじゃないけど……でも『おいしい』って言ってくれて……」


頬を赤に染めてマミは俯き、小さな声を上げている。少女は確信した。
いや、それは以前より気付いていたことを確認しただけとも言える。


「おい皆聞いてくれ!巴さんが可愛いぞ!!」

「なんですって!」


「巴さんが可愛いの!?」


「そりゃあ、一大事だわ」


周囲でそのやり取りを見守っていた者達が集まってきた。
以前は単なる差し障りのないやり取りに終始するだけだった会話が嘘のように発展していき、今までは見る事のなかった巴マミの姿も現れ始めたのだ。


勿論、周囲の悪のりも多分に含まれた展開であったが、そんな事もあって巴マミの机の周囲には沢山の人だかりができた。
まるで、転校生にでもなった気分になるのは当の本人『巴マミ』である。


ちょっと、勇気を出しただけであった。
かつてあの黒猫に言われた言葉のままに、ちょっとだけでも一歩を踏み出そうと、あれこれ悩む暇なく、頭の中に浮かんだ言葉を発しただけ。


それが、まさかこんな事になるなんて。
普通の会話なら、マミだって普通にできる。
だが、こんなに囲まれて、しかも今日まであまり話かけることができなかった同学年の女子を相手にするのは、 それこそ経験においてマミには乏しかった。

マミは知らなかった。
皆、本当は思っていたのだ。


───『巴マミ』という少女と話してみたい


───友達になりたい


そう思っていても普段の彼女による、何処か周りを遠ざけようとする態度に、いつからか皆は距離を取り始めた。


いつの間にか感じるようになった『壁』。
それは、ただ全てを塞ぎ、自らを守るための物ではなかった。


近づく者に対して、警告するように、必死で遠ざけようとしていた。
その『壁』を他でもないマミ自身から壊して近付いてきたのだ。


話かけられた者は喜び、それをただ見ているだけだった者達もまた、その会話の輪に入っていく。
あれよあれよと思う間に集まってくるクラスメイト達の真ん中で、少しだけ困ったように、それでも本当に楽しそうにマミは笑った。


──────見滝原中学・昼休み


マミ「~♪~♪」


午前中の授業も終わり、ペンと教科書による束縛からの自由を得た生徒達が教室から廊下に飛び出していく。
皆、揚々と楽しげな顔をして歩いていくその中を歩く彼女もその例外ではない。

先程は、本当に戸惑い。
また、本当に楽しかった。
鼻歌を溢しながらマミはそんな事を考えていた。


今まで話した事のなかった人と話して、それを遠くで見ていた男子がちょっかいをかけるように野次を飛ばして、それに対して周囲の女子が言い返して


皆、笑って、笑って、笑って


いつか羨ましげに見ていた光景が、その瞬間、自分の目の前にあった。
瞼を閉じても、今でもその一人一人の顔を思い出せる。


────簡単な事だったのかもしれない。


────それが分かっていれば、あの時だって



『あの娘』を追いかけて、もっとちゃんと話をして、もっと長く、一緒に居れたかもしれなかったのに。


でも、もう本当に、手遅れなのだろうか?


マミ「あら?」


───いつの間にか足が止まっていた。
思い直したように、もう一度歩き出す。


彼女は、まどかやさやかと一緒に昼食を食べる約束をしていた。
もしかしたら他にも誘うかもしれないとも言われている。


今は、楽しむしかない。
そう思って、歩き出した。

学生食堂、もとい学食───そこは、脳の疲労と身体の疲労が比例する若き少年少女が午後からの授業への糧を得る場所である。
箸の擦れる音や、食器同士がぶつかる音、そして何より笑い声混じりの喧騒が響くそこに一つのテーブルを独占している四人組のグループがあった。


一人は、鹿目まどか、さっきからチラチラと視線をせわしなく動かしては不安そうな顔をしている。


一人は、美樹さやか、さっきから一点を睨むように見つめ、その顔は苛立ちを隠せない。


それに加えてもう二人


仁美「やっぱりジェームス・エーネスさんにも憧れを抱いてしまいますわ。私もバイオリニストの端くれですもの」


恭介「そうだね。でも最近の天才的な才能を持つ人もいいけど、ヨーゼフ・シゲティに見られるような自由な表現も必要な要素じゃないかな」


仁美「ヨーゼフ・シゲティ……渋いですね。でも、分かりますわ」


美樹さやかの苛立ちは、この二人が原因である。
一人は、久しぶりに一緒の時間を過ごす親友・志筑仁美、もう一人は、この中で唯一の男子・上条恭介だ。

まどかは知っている。
さやかは、恭介の事が好きだ。
もう、それは間違いないくらい好きだ。
今もこうして、恭介の隣にちゃっかりと座って、仁美をまどかの席に座らせているくらいだ。


もう、本当。
どうしようもなく恋している。


が、今、恭介は隣にいるさやかには目もくれず楽しそうに仁美とバイオリニスト談義に花を咲かせていた。
さやかは勿論、まどかだってバイオリニストの名前なんて分かりはしない。
ヨーゼフ・シゲティの名前は響きが面白いからすぐに覚えたが、そんなものである。


この場において、恭介と仁美の間に割って入れるほどの知識を持つ人間は皆無なのだった。
そのせいで、さやかは面白くなさそうな顔をして、まどかはさやかを見て、一人狼狽する嵌めになったのだ。


恭介「バッハの無伴奏ソナタ・パルティータなんかどうだった?」


仁美「その曲!その曲を初めて弾けた瞬間、『あぁ、私は今バイオリンを弾いているのだ』と凄く実感できましたわ!」


そんな二人をまるで無視して、二人の会話は熱を帯びていく。




まどか「さ、さやかちゃん……」


まどかは思う。
どうにかさやかのアシストをして上手く恭介との仲を取り持ちたい。
だが、今の二人のはとても楽しげに話しているため間に入るのは躊躇われる。

さやか「むー……」


さやかは思う。
ここ数年間ずっと入院していた恭介にとって中々出会う機会のなかった同じ趣味を持った同年代の少女。
嬉しくて楽しくて仕方がないであろう彼の邪魔をするのは憚られる。


まどかは涙目、さやかは膨れっ面、そしてやはり残りの二人はそれに気付かない。


仁美「そう言えば、最近楽器のパートにバイオリンを加えているバンドが多い気がします」


恭介「知ってる。でもどうかな……。ただバイオリンを使っているってアピールで終わっているだけで、楽器としての役割を果たしているかは別──」


仁美「それは違うと思いますわ。ただの現代音楽に対する偏見です。楽器というものに貴賤なし、そして音楽そのものにも格差はないのですよ!」


恭介「……そうだね。僕が間違えていたよ、仁美さん。それにしても最近の音楽も聴いているんだね」


仁美「ふふっ……何事も勉強ですよ?恭介さん」


気付けば名前で呼びあい、笑顔を交わしあう程に打ち解けた二人に、いよいよもってさやかの嫉妬は高まりつつあった。

前門の虎、後門のバカップル。
このバカップルという表現を知られたら間違いなく虎に食われる。
まどかはもう限界だった。
救いが欲しくて仕方がなく、神に祈った。


まどか(お願いします神様。私にルーラを覚えさせてください。もしくは、この三人をどうにかして下さいっ……!)


結果から言えば、口に出さぬ願いは神には届きようがなかった。


───だが、しかし


マミ「やっと見つけた。ここにいたのね」


まかり間違って、天使に届いた。


まどか「マミさぁぁん!怖かったですぅ!」


マミ「あらあら?どうしちゃったのかしら?」


腰に席を立ち駆け寄ってきたかと思うと腰にしがみ付いてきたまどかに、マミは少し驚きながらも半泣きのまどかの頭をよしよしと撫でる。
すると物音にはんのうしたか、ようやく他の三人も我に返って顔をマミに向けた。


マミ「ごめんなさい。遅くなったわね」


さやか「マ、マミさん?えーと……あ、ああっ!そんな全然待ってないですよ!」


音と声がした方に顔を向けたら、たまたまそこにマミがいた、そんな顔をしているが、これは昨晩に三人でした約束であり、さやかはただ一瞬だけ忘れていただけだ。

さやかの慌てて取り繕ったような挨拶が終わるのを確認してから今度は志筑仁美が立ち上がった。


仁美「初めまして、巴先輩。お噂はかねがね友人から伺っております」


マミ「いえいえ、ご丁寧にどうも。志筑仁美さん、ですよね。こちらこそ嬉しいわ。……でもごめんなさい、年の違う人間が割り込んでしまって、居心地が悪くならないかしら」


仁美「そんな、まさか。……今日はさやかさんとまどかさんが尊敬しているお方とランチをご一緒できて嬉しく思いますわ」


口に微笑をたたえながら、物腰の柔らかい二人は丁寧に頭を下げあった。
初対面であっても、マミは仁美がまどか達の親友である事を知っているし、仁美もまた説明は受けている。
物怖じはするまでもないのだろう。


席につく仁美、そして今度は恭介が口を開いた。


恭介「初めまして、僕は上条恭介です。巴先輩」


さやかが黙って『車椅子』をマミの顔が楽に見れる方向に向けた。
マミもまた、それを見てもただ微笑むばかりである。


マミ「こちらこそ初めまして。……そう、あなたが」


恭介は、その優しい顔をしたマミの顔に見惚れ、頬を赤らめた。
その様子に、やはりさやかは少し面白くなさそうな顔をする。
だが、この時、皆がマミの方を見ていたため、仁美も頬を膨らませていた事に気付く者はいなかった。

マミ「あなたが、さやかさんの『いい人』なのね」


それに、マミの放った爆弾により人の顔どころではなくなってしまった。
その一言は、あっという間にさやかの顔を真っ赤に染め、恭介を慌てさせた。


恭介「せ、先輩!な、なにをいきなりそんな事を言いだすんですか!?僕とさやかはそんなんじゃ……ねぇ、さやか?!」


さやか「い、いい人……そうかなぁ。そう見えるかなぁ」


恭介「聴いてない!?」


あたふたとしている恭介に、俯いた顔を朱にまぶしたしおらしい様を見せているさやかを、マミは心底不思議そうに見ていた。


マミ「違うの?クロからそうだって聞かされたのだけど」


その言葉を聴いて、恭介は全て合点がいったというように一つ大きく息を吐いた。
文字通り一息ついたからか、すでに彼は落ち着きをはらっていた。


恭介「それは、たぶんクロさんの思い違いか……単純にさやかをからかおうとしているだけのような」


苦笑いを浮かべながら説明する恭介に、あまり納得がいかない顔を向けるマミだったが、やがて納得したのか、さやかに気の毒そうな視線を飛ばす。
そして、ずっと立ってる訳にはいかないと思ったのか、空いている席についた。

マミも気を遣ったのだろうか、恭介の隣には座らず、空いているまどかの隣に座った。
それを確認してから、まどかは口を開いた。


まどか「ハハっ……クロちゃんなら言いそうですね。そういうこと」


彼の言葉が悪意かそれとも単なる善意なのかは分からないが、どっちにしろ面白がっているのは間違いないだろう。
分かるからこそマミも頷く。


マミ「そうね。でも、たぶんさやかさんや上条君を気に掛けてはいると思うの。気に掛けた上で苛めたいのよ。きっと」


さやか「ごめんこうむります!」


さやか、復活。
顔を上げてピシャリと言い切る。
だが、その頬は先の一人惚気を引き摺ってか赤らみ、多少緩んでいた。


仁美「あのぅ……そのクロさんとは一体どのようなお方なのですか?」


と、ここで一人話題についてこれなくなった仁美が困惑に満ちた顔で訪ねてきた。
皆が知っていて自分だけが知らない。
しかもその内の二人は気心知れた友同士、気になってしまうのだろう。


まどか「うーん……最近知り合ったお兄さん?」


マミ「すごく優しい子よ」


恭介「格好良い……男かな」


さやか「厄介な人たらし」


それらの言葉は、褒め称えている言われればそう聞こえる。
だが、最後にさやかがつけた『最低』という枕詞がどうにも気になる仁美だったが、それでもその『クロ』という人物への興味を失わせる事はなかった。


仁美「そのような御友人もいらっしゃるんですか……、私も一度お会いしたいです」


まどか「そ、そうだね、会わせてあげたいなぁ……」


誤魔化すように空笑いをしながらまどかは同意した。
会わせて、何か悪い事が起きるはずないのだが、クロの、喋る、立てる、サイボーグといった秘密を他人に簡単に明かして良い訳がない。
ここは仁美には悪いがお茶を濁した方が良いだろう。


恭介「あ、あの!ちょっとお腹空いたかなぁ、なんて」


見かねたのか、恭介が助け船を出した。


さやか「さんせーい、早くしないと昼休みが減っちゃうよ」


マミ「そうね、そうしましょう」


まどか「お腹空いたなぁ、仁美ちゃんも早く食べよ?」


仁美「へっ?は、はぁ……」


急に変わった話題に、マミもさやかも、まどかも乗っかり、仁美もまた流れに従って、先の話題は忘れる事にする。


仁美(クロ…さん、一体どのような殿方なのでしょうか)

やがて、彼女達もまた、その場に広がる喧騒の一部になった。
各々が各々の食事に手を付けながら中学生相応の世間話に花を咲かせるのだった。






──────鹿目家・まどかの部屋


かぐら『────ふぁ?』


ベッドの上で目が覚めたら、カーテンから射し込んできた明かりが容赦なく顔を照らした。
あまりの眩しさに思わず、かぐらは目を細める。
身体が大分重く感じる事から、随分と長い間眠っていたようだ。


かぐら『日が…高いねぇ』


時刻で言えばお昼頃だろうか、周りを見れば誰もいない。
普段なら、ここまで長く眠っていれば何かの拍子に起こしてくれるクロの姿も今はなかった。


かぐら『……お腹、空いたなぁ』


今が昼ならば、自分は食事を一度逃しているという事になる。
食事の準備をしてくれるのはいつも知久、彼の事だから、自分達が起きてこなかった朝については、無理に起こすよりはと、気を効かせて作っていないのだろう。

つまりこれを逃せば後は、夜だけ、そんなものは耐えられない。


かぐら『ほむらぁ……起きてぇ……もうお昼だよ』


ほむら『……ふにゃ?』

隣で眠っていた虎模様を前足で突けば意外にもすぐに彼は目を覚ました。
しかし、一般的にはどんな動物も永遠には眠れないものであり、よっぽどの事がない限りはきっかけ次第で睡眠は破れるものだ。


幼いかぐらの頭で、そこまで考えられたかは分からないが。


ほむら『んぅっ!───』


かぐらは、ぼんやりとほむらが身体を伸ばす姿を眺める。
目覚めではぼんやりする以外に猫に出来ることはありはしない。


ほむら『……お腹空いたな』


かぐら『ねー』


身体をほぐしおえたほむらがポツリと言った一言にかぐらは力の抜けた言葉で返事をする。
二匹ともお腹を空かしている、時刻は昼頃、するべき行動ははっきりしていた。


かぐら『……』


ほむら『……』


しばし顔を見合わせた後、二匹はベッドから飛び降り、半開きになっていた扉をくぐり、階段を降りていく。
そして、目当ての物、又はそれを作る人物を確認するためにリビングへと入っていった。


かぐら『知久ー……あっ』


ほむら『どうかした?……って、あぁ』

『リビングに行けば、大抵鹿目知久はそこにいる。』


その認識は確かに高確立で正しいものになる。
子猫達には知るよしもない事だが、彼はタツヤを既に保育園に送った後なので、余程でない限り、夕方までは家にいる。
彼は主夫なのだから。
だが、リビングを覗き見た時、少々いつもと勝手が違っていた。


知久「…………スゥ」


彼は、椅子の背もたれに身体を預けて眠っていた。
上手くバランスを取っているのか重心がずれていない。
だから彼は穏やかな寝息をたてていられるのだろう。


普通であれば、いつも家事その他諸々で疲れているであろ知久を気遣い、寝かせておいてやろうという気持ちになるものだろうが、そんなものお腹を空かせた子猫達には関係のない事だった。


かぐら『起きてー、知久ー!』


かぐらが、知久の膝の上に飛び乗ってニャーニャーと呼び掛け始めた。
そんなかぐらに慌てて、ほむらもまた知久の膝の上に乗っかった。


ほむら『かぐら!失礼だよ!?この人はマザーなんだから!!』


かぐら『説明しよう!ここで眠っている男、鹿目知久は野良猫達を保護し面倒を見ている事から、猫達からマザーと呼ばれているよ!』


ほむら『誰に言ってるんだよ!』


だってー、と悪戯っぽくかぐらは目を細める。
そんな彼女に対し、兄貴分としてほむらは突っ掛かっていく。

ほむら『大体、かぐらはいつも自由にやりすぎなんだよ!初めてここに来た時だって!』


かぐら『でも、ママはボクのこういう所を可愛いって言ってたよ!』


ほむら『でも、最後には怒られてただろ!』


膝の上で睨み合い、文句を言い合う二匹、軽くパンチの応酬まで始まっているため、取っ組み合いの喧嘩にいたるまでそう時間は必要なそうだった。
しかし、その騒ぎはどうやら彼の意識を揺さ振ることに成功したらしい。


知久「う、うーん」


身じろぎする彼の膝の上で二匹は知久の顔を見上げた。
そして、ゆっくりと彼の瞼が開いていくのをじっと見守る。


かぐら『知久、おはよう』


かぐら『おはようございます。マザー』


知久「────キッド、マタタビ?」


薄目を開けた彼の口から漏れたその名に、二匹はまったくピンと来なかった。
だが、しかし、確かに知久はこちらを見て、そう言った。
意識の定かでない瞳を未だこちらに向けている知久を二匹は心配そうに見ていた。


かぐら『知久?大丈夫?』


知久「ん?……あれ、おはようかぐらちゃん。ほむらくん」


が、直ぐに正気に戻ったのか、いつものような力の抜けた笑顔を知久は見せた。
一瞬、どうすればいいのか悩んだが、彼は恐らく寝呆けていたのだと納得する。

お疲れ様です。


今日はここまで!というメッセージを久しぶりに残させていただきます。


明日は昼から、投稿を不定期に行います。
いつも読んでくださる方本当にありがとうございます!



心配されている雰囲気を察したのか、知久は安心させるように二匹の顎を左右の手で撫でる。
その心地良さにかぐらも、ほむらも目を細めて、喉を鳴らした。
それから、一通り、撫でていたが、ふと手を止めた。


知久「───ご飯にしようか」


かぐら・ほむら『うん!』


優しい声色で告げられたその言葉に、二匹は元気良く頷いた。



それから、席を立とうとした知久の膝から、食べ物のためならばと降りてから30分後、二匹が戯れていた時に彼は皿を二つ手に持って現れた。


知久「お待たせ、ちょっと待たせすぎちゃったかな?」


かぐら『ホントだよー、ボクもう腹ペコ……』


ほむら『オレも……です』


二匹の言葉に楽しそうな微笑みを浮かべて、彼は二匹の前に皿を置く。
お腹を空かした者に料理を振る舞う事は、彼にとっては無上の喜びであった。
そして何より、嬉しそうな彼らの笑顔こそ何物にも変えられない。


かぐら『うわっ、いい匂い。何コレ!?』


知久「猫用に作った親子丼だよ。健康にはなんの心配もないから安心して」


かぐら『よく分からないけど……いっただきまーす!』


ほむら『オ、オレも、いただきます』

まるで先を争うように皿によそった料理に食い付く二匹を、知久はしゃがみこんで見ていた。
とても美味しそうに食べている姿を見ると、やはり胸に温かいものが流れ込んでくる。


ちゃんと、分量も考えているし朝食べられなかった分を考慮しても、適量と言えるはずだ。
しかし、みるみる内に減っていく皿の中身から察するに、やはり成長期の子猫なのだろう。


知久「よく噛んで食べるんだよ。無理に全部食べなくていいから」


かぐら『ほれは……んぐ……それはダメー、ママに怒られちゃう……よく噛め、残さず食べろー!…って』


ほむら『もぐもぐ……怒ると怖いもんな杏子さんは』


文面だけではただの微笑ましい話だったが、そこにあった違和感に知久は引っ掛かった。
『よく噛んで、残さず食べろ?』それは、野良猫が子供に言うには少し妙だ。


それに、名前だ。


───それでは、まるで、『人間』みたいじゃないか。


ようやく知久は合点がいった。
当初彼らの説明を聞くに、たとえ生活が苦しかろうと、そう簡単に母親が子供を手放そうとする訳がないと考えたが、母親が人間だった場合、その現実的な結論にも納得がいく。

少し考えて、知久は口を開いた。
どうにも、気になったのだ、当初自分が抱いていた予想とは大分違う。
だから確かめたかった。


知久「……かぐらちゃん達は隣街から来たんだよね?」


かぐら『うん!』


すっかりペロリと平らげたのはかぐらが一番最初だった。
口につけたご飯粒も気にせず満面の笑みで答える。


知久「どんな所に住んでたの?」


かぐら『虹色の家!そこでね、ほむらとほむらのママと、かぐらとママとー、モモちゃんとー、虎のおじさんもいたし、三毛姉さんもいたよー!』


虹色の家、初めて会った時は聞かなかった単語だった。
そこにかぐらとほむらの家族と群れが暮らしたいたのだろうか。
しかし、かぐらの語る母親が『ママ』であるならば、何故、わざわざ彼女達を逃がしたのだろうか。


ママが人間であれば、ある程度の危機ならなんとかできたはずなのだが。


知久「他に何かないかな?」


かぐら『他に?……あ』


知久の言葉に思い当たる節はあったらしい。
だが、少し、かぐらは暗い顔をしていた。

かぐら『……白い車』


知久「白い、車?」


かぐら『白い車がね、赤く光って、モモちゃんを連れて行っちゃったの……。モモちゃんずっと寝てて、ママが呼んでも全然起きてくれなくて……』


よく分からない単語ばかりが並んでいて知久は理解ができなかった。
パズルのピースが足りないと言うより、ピースの形そのものがおかしい。


かぐら『ママ、泣いてた……』


それでも、かぐらの哀しみは本物で、いつの間にか、隣のほむらもうなだれていた。
恐らく、彼女達もその時起きた事が理解できなかったのかもしれない。
そして、訳も分からないまま哀しかったのだろう。


知久「ママに会いたいかい?」


かぐら『会いたい……すっごく、でもママ言ってた。迎えに行くって……、それまで待つの』


ほむら『オレも、杏子さんがかぐらを迎えに来るまで、こいつを守るんだ!』


力強い言葉で確信した。
この子達は強い。
そこらの人間持つ意思よりもずっと強い意思を持っている。
知久はもう一度、彼らの頭を撫でた。


かぐら『ねえねえ、知久!ボクも聞いていい?』


知久「ん、なんだい?」


哀しそうな顔を自ら振り払い。
かぐらは笑顔で知久の顔を見上げ、尋ねてきた。

かぐら『どうして知久はここにいるの?』


知久「うん?」


かぐら『あのね、詢子はご飯を探してるんでしょ?まどかちゃんやタッくんもお出かけしてるし、知久だけいつもお家にいるよね』


なるほど、と彼女の言わんとする所を知久は理解した。
彼女の動物的理解においては、雌や子供ばかりが『狩り』に出て、雄が住みかに残り、料理を作ったり掃除をしたりしている。


ボスというには、どうにもよく分からない行動。
ずっと気になっていたのだろう。
早く答えを知りたくてウズウズしているようだ。


かぐら『ねー、どうして?もしかして詢子に苛められてるの?』


ほむら『こら、かぐら!本当だったらどうするんだよ!』


知久「ハハハ、違う違う。それに苛めてるのは大体僕───いや、忘れて」


子供が知るのはまだ早い。
首を傾げている二匹は幼く可愛らしい──故にまだ。親御さんに申し訳ない。


それに、誤魔化したい訳でも、答えがない訳でもない。
問いに対する答えなら、しっかりと、ある。


知久「───守りたいんだ」



ほむら『守る?』



かぐら『ねぇねぇ、守るってどういう事?何を守るの』


勢いこんで聴いてくる二匹の様子に、知久は笑みを溢している。
最初騒がしかった二匹は、その姿に不思議そうな顔をして魅入っていた。


知久「僕はね。詢子さんが大好き。まどかもタツヤも……大好きなんだ。だから僕はこの家にいたい。皆がいて、笑ったり、泣いたりできる場所……ここがそんな場所であり続けるためならなんだってできるよ」


その時の知久の顔は、いつものように穏やかだった。
でもそれ以上に何かもう一つ、何かが彼の今の表情を、ただ優しいだけではなく鋭いものを感じさせていた。


知久「愛する家族の帰る場所を守る。それだけだよ」


───それに、今は君達もいるしね。


そう言って、彼はまた、二匹の頭を順番に撫でた。


知久「よし、今日は夕方の準備も、掃除も終わったし。これからお昼寝でもするかい?」


かぐら『する!』


ほむら『え゛?さっき起きたばかりじゃ……まぁ、いいけど』


それじゃあ、と言って知久は突然その場に寝転がった。
日の良く当たる場所らしく、気持ち良さそうに目を閉じる。
そして、その身体の上に、二匹の子猫が乗っかった。


彼らはすぐに寝息をたてはじめた。




──────保育園


鹿目タツヤは保育園に通っている。
これは、多分に母親である鹿目詢子の可愛い子には旅させよ精神が反映された結果である。
しかし、幸運にもタツヤはこの時期によくある親を求めて寂しさから涙するという事はなく。
むしろ、その場ですぐに楽しみを見つけるため、保育園では殆ど笑っているという猛者である。


そんな猛者は今、保育園でお昼寝の時間であった。
ご飯を食べ、一杯遊んだら寝る。
保育園にはお昼寝タイムが導入されているため、彼らはそんな贅沢な生活を送れるのだろう。


────そんな事を思いながら、クロは屋根からぶら下がり逆さまになりながら窓から室内を覗き込んでいた。


よっ、一声気合いを入れて、クロは器用に身体を捻らせながら屋根の上に飛び乗った。


クロ「……遊んで食って寝る、猫と変わんねーなこりゃ」


退屈そうな顔でクロはその場に寝転る。
退屈そうな、ではなく、もう退屈していた。
あれから、もしやと思って、家に帰る前に彼はタツヤの通っている保育園に向かった。




その、抱いた危惧は確かに正しかった。
保育園で張っていたところ、昨晩のバイオ犬が六匹現れたのだ。
相手は、子供だろうと、どうでもいいらしい。


が、やはり苦戦する事もなく。
音がうるさいと子供に迷惑がかかるだろうと剣にしたが、あっさりと済んだ。


クロ「あーあ、弱いし、最近とんと撃ちまくりしてねーし。……なんか調子狂うぜ」


一応、嘆く。
しかし、いよいよ持って、どうすればこんなに鹿目家の人間が狙われるはめになったのか


────明らかに、『この世界』のものではないテクノロジーを持つ人間に。


しかし、考えても何も手掛かりがない以上、どうしようもないが。

いや、手掛かりはある。
ごそごそ、と腹のハッチから引っ張り出したのは昨晩犬が付けていた首輪。


住所を見ると、マミが言うにはそこは隣街の住所らしい。
だが、やはりそれだけでは大した情報ではない。


クロ「撃ちまくりてー、もういっそ隣街自体ぶっこわしてやりゃ解決すんじゃねーの」


誰に向けたものでもない。
もしこれを彼の周囲の人間に聞かれたら非難ごうごう間違いなしだった。


「やれやれ、随分と物騒な男じゃないか」

掛けられた声にクロは思わず眉根を寄せた。
そして、寝転がったまま、首だけを声がした方に向けた。


「あんた、ここらじゃ見ない顔だねぇ。新参者かい?」


クロ「……猫?」


そこにいたのは、猫であった。
年の頃は分からないが、妙齢の、なかなか堂に入った声をした三毛猫である。
恐らく雌だろう。


「猫……あんたも猫じゃないか。面倒だからミケでいいよ。新参者」


クロ「じゃあミケさんよ。オイラはクロだ。別に覚えなくてもいいぜ?」


面倒臭そうに手を振るクロに、ミケは顔をしかめる。
威嚇するように、目を細めた。


ミケ「そうかいクロ……あんた、その態度改めた方がいいよ。長生きしたけりゃあね」


クロ「けっ、縄張りって奴か?生憎と他人様の命令なんざ聴けるようにできてなくてな。文句があんならかかってこいよ。お前が強けれゃ大人しくくたばってやるさ」


そのあまりに無礼な態度にミケは目を丸くして、大声で実に楽しそうに笑い始めた。


ミケ「ははははははは!いいね。あんた、実に活きの良い男さね!雌の匂いがしなけりゃ私の男にしてやったものを」


あまりに豪快、そして大胆な言葉を吐くミケに今度はクロが目を丸くする番だった。




クロ「へぇ、あんた、隣街から来たのか」


ミケ「あぁ、ちょいと事情があってね。住みかを無くしちまったんだよ」


少し話せば、元来話し好きな猫という事もあり、彼女は様々な事を語り始めた。
クロもまた、彼女に対し、適当な返事を返していく。


クロ「つーかよ。あんたも外から流れて来たんなら、オイラに『新参者かい?』なんて脅さなくてもいいじゃねぇか」


ミケ「あんたがどんなもんが分からなかったからねぇ。ただのコケ脅しだったんだが、案の定、コケ脅しに過ぎなかった」


意味ありげな視線、どうやら先の犬との戦いを見られていたようだ。
随分と面倒なものを見られたものだとため息を吐いた。


クロ「……そういや、隣街から来たんなら一つ聞かせてくれ。あっちでなんか妙な事は起きなかったか?」


クロの言葉に、ミケは何か思案するように難しい顔をする。
一応、考えてはいるらしい。
あまり期待せずにクロは彼女が答えを得るのを待った。


ミケ「……あぁ、そう言えば」


クロ「なんかあったのか!」


意外にもビンゴを引いたようだ。


ミケ「私が隣街の協会に住んでた頃、妙な噂があったねぇ」

妙な噂、クロは黙って、彼女に続きを促した。


ミケ「野犬やデカい犬が街から姿を消している、なんてのがね」


クロ「へぇ、そいつは不思議だな」


何食わぬ顔で聞いているクロに、ミケは鋭い視線を向ける。
諸々はばれているのかもしれない。


ミケ「後は変な白い猫が現れた家には不幸がくるってのもある───まぁ、こいつは実体験でね」


白い猫、と聞いてクロは身体を起こした。
それには覚えがある。
今現段階で、妙な動きを見せている者、動きを見せない事が限りなく不気味な者。


そして、クロは立ち上がった。


クロ「実体験っつったな」


ミケ「言うつもりはないよ。まだ会ったばかりじゃないか」


ピシャリと言い渡され、クロは思わず渋い顔になる。
睨み付けてもどこ吹く風の彼女はきっと本当に言うつもりはないのだろう。


ミケ「なんだい?聞きたいのなら……寝物語で語ってやろうじゃない……」

色っぽい声、身体をすり付けてくるミケにゲンナリしたクロは、屋根から飛び降りて歩き始めた。


クロ「ベタベタすんな、気色悪ぃ」


ミケ「ハハハっ、冗談だよ!あんたにはさかった雌の匂いがついてるって言ったろ?お手つきは嫌いでね」


クロ「誰がお手つきだコラ!」


ケタケタと笑うミケに今度こそ背を向けようとしたが、思い直してクロは振り返った。


クロ「なぁ、おい!なんでお前人間の言葉で話してんだよ!!」


ミケ「あぁ!練習したのさ!昔ね!!」


その答えで満足したクロは、本当に今度こそ保育園から走り去った。

昼からの投稿がずれ込みましたが、一応すみました。

明日は、投稿は少々難しいので月曜日の昼から、また不定期で投稿します。


いつも読んでくださる方、本当に感謝しています。

では、また月曜日!

投稿を始めます。


一日遅れ、すみません……。





────見滝原中学


和子「では今日はここまでです。明日もまた元気で会える事を楽しみにしていますよ」


担任である早乙女和子がLHR終了の号令をかけた。
彼女らしい、丁寧でくだけた、親しみやすい言葉である。
その声は号砲のように、教室内の生徒達の動きを活性化させた。
昼休みにも似たような光景を見た気がするが、あれを束の間の休息と呼ぶならば、これは休戦のようなもの。
解放感の度合いが違う。


その気持ちの高まりに任せて、クラスメイトは皆口々にこれからの予定は明日の約束を話し合いながら帰宅の途につこうとしている。
もう中学に通って二年になるが、未だにこの時間の、この気持ちには『飽き』が来ない。
いや、むしろ来ないからこそ頑張って学校に行けるのではないだろうか。


まどか「───って、LHRで先生が話している間ずって思ってたんだけど、さやかちゃんはどう思う?」


さやか「うん、分からないけど、まどかが先生の失恋話に全く興味を抱いていなかった事は理解できたよ」


さやかの言葉に、まどかはサッと顔を反らした。
あまり言い当て欲しくはなかったのだろう。
そして、話を聞いていたのか、先生が目頭を押さえて走って行く。

さやか「………帰ろっか」


まどか「………そだね」


さやかはまどかの机の上に置いていた鞄を持ち上げてから歩き出し、まどかもまたそれに続いた。
大人の泣く姿を見た影響からか、教室の出口にたどり着くまで無言のままだった。
だが、その途中、さやかはふと立ち止まり振り返って教室を眺め回した。


さやか「あっ、そういや仁美は?」


まどか「仁美ちゃんは今日は用事があるから先に帰るって、言ってたよ。聞いてなかった?」


さやかは聞いていなかった。
今日は学校に来てから、お昼も一緒に食べていながら、そんな話は彼女から聞いていないのだ。
と、言うより、思い返してみれば仁美としっかり話したかどうかすら曖昧だった。


さやか「もしかして私、避けられてる?」


まどか「そんな……そんな事ないよ!」


さやかの言葉を、何故かまどかの方が不安そうな顔で打ち消した。
いつぞや、まどかと言い争った事を思い出す。
友達通しの争いに、一番苦しみを感じるのは彼女なのだろう。


さやか「ま、大丈夫でしょ。もしかしたら、仁美、忙しくて参ってるのかも」


まどか「そうかなぁ……」


まどかの為の言葉だったが、口に出してみれば案外的を得ているような気がした。
思い出されるのは自分と話す時に仁美が見せた心苦しそうな顔。
たとえ、自分が選んだ道で習い事や勉学に励んでいたとしても苦しい物は苦しいのかもしれない。


さやか(自分の選んだ道でも、か)


まどか「そろそろマミさんとの待ち合わせの時間だから行こうよ」


さやか「あっ、うん。そうだね」


まどか「でも、どうしたんだろう?急に一緒に帰ろうなんて……」


さやか「さぁ?でも、嫌じゃないし。むしろ大歓迎じゃない」


仁美が何を隠しているかは分からない。
しかし、もしかしたら自分が知る事はできないのではないだろうか。
今まさにこうして、簡単に自分の中にある気持ちを、揺れをまどかに伝えまいとしているように、きっと彼女にも似た事情があるのだろう。


そして、それに簡単に自分は踏み入ってはいけないに違いない。
そう、彼女は判断した。
故に、その判断が、後に未来を思わぬ方向へ転がし始めた時、深く後悔する事になった。




────見滝原中学・校門前


LHRが終わってから出来るだけ早くここに来て良かった、そうマミは考えていた。
途中まで完全に遅刻だと思っていたからだ。


理由は簡単、クラスメイト達の誘いにいちいち断りの返事を返していたら時間がかかってしまったのだ。
以前なら、一言二言で済ましていたはずなのに、今日は出来るだけ丁寧に返そうと心がけてみた。


正直、少し疲れた。
しかし、かつて心のどこかで感じていた後悔や恐れのような物が剥がれていくような感触があり、決して不快ではなかった。


人の気持ちを考えて、苦心しながら、それでも繋がっていく。
急には無理かもしれないが、少しずつでも、かつて出来ていた感覚を取り戻せそうだった。


「マミさーん!」


後ろから聞こえた待ち人の声に振り返ると、そこには待ち合わせの約束をした二人──まどかとさやか──が此方に向かって駆けてくる姿があった。
自然と笑顔が零れる。


マミ「こっちよー!」


手を振っている間にも二人は距離を詰め、すぐにマミのすぐ近くまでやってきた。

まどか「お、お待たせしました~」


さやか「お疲れ様です。マミさん!」


少し急いで来たのだろう。
さやかはそうでもないみたいだが、運動神経がこれといって特化していないまどかは息を切らしていた。


マミ「いえ、今来た所よ」


さやか「すみません。ちょっとまどかが……」


まどかがどうかしたのだろうか、気になって彼女の方に目をやるとちょうど今、息を整えようとしている所で、流石に喋らせるには酷に思えた。
その空気を察したのか、さやかが変わりに口を開いた。


さやか「いえね、転校生がいないって言って……」


マミ「転校生……暁美ほむらさん、よね」


さやかの言葉で思い出されるのは、入院していた頃、ほんの数日の事だったが生活を共にした日々であった。
口数が少ないながら、不器用に自分を気遣おうとしていたり、クロが来た時、控えめではあったが妙に楽しげな姿が印象的な────

そう、彼女は本当に心に残る少女なのだ。


マミ「彼女がどうかしたの?」


まどか「その、朝から姿が見えなくて、気になって先生に聴きに行ったんです。……そしたら、先生も知らないそうで」

すみません!遅くなりました。
若干、のっぴきならない状況にありましたがもう大丈夫です。


では投稿を開始します!

ごねるさやかを無理に説得し職員室まで行こうと決めた時、はっきりと、自分がらしくない事をしているとまどかは自覚した。
自分がここまで自主的に、更に言えば固執していると表現できるほど行動するなんて、我ながら驚く。


それでも、まどかは職員室まで行き、暁美ほむらについて聞いて担任の先生に聞いた。
残念ながら、先生も連絡が取れない状況らしく、せめてもの救いは彼女が包み隠さずその情報を教えてくれた事ぐらいである。


プライバシーや個人情報によるトラブルを億劫がり、あまりこういった情報を明かしてくれない教師が多い中、早乙女和子教諭は全幅の信頼を生徒に寄せオープンな態度でいてくれた。


だから、その時は先生には感謝できた。
しかし、少し時間が経てばまたあの気持ちがぶり返してくるのだ。
なんで自分が、こんな気持ちは抱いているのかと不思議に思うほど、その思いは強く。


まどか「……最初は、追い掛けられたりして恐い思いもしたのに、なんでだろう。心配なんです……ほむらちゃんの事が」


俯いたその顔は陰が差しているというより、照れた顔を隠しているようだった。

マミ「大丈夫よ。きっと……」


何故そんな顔をするのだろう。
誰かが誰かを思う気持ちに間違いがあるはずがないのに、どうしてそこまで自信がなさそうな顔をするのか、マミには分からなかった。


まどかにはもっと胸を張って欲しい。
だから、暁美ほむらについては、はっきりとした断言はできないが、それでもまどかに対する慰めの言葉としてマミは言葉を紡いだ。


マミ「彼女よく分からない人だし、その内ひょっこり顔を出すわよ」


まるでいなくなった猫を心配する飼い主にかけるような軽い言葉。
だが、その軽さが事態を深刻に捉えようとするまどかの心を緩ませる。


さやか「そうそう。それにアイツも魔法少女なんだし、魔女退治でもやってたんじゃない?」


さやかも加わり、まどかを安心させようとする。
そんな彼女達の気遣いや、優しさを感じ、まどかは顔を上げはっきりと笑顔を見せた。


まどか「そうだよね。きっと、そう」


自分には、こんなにも良い友人がいる。
もっと、しっかりしなければと我が身を思うまどかであった。

さやか「じゃ、そろそろ行きますか!」


誰もが自ら口を開く事に消極的になる空気をあっけらかんとさやかは打ち破り、他の二人に呼び掛けた。
こういう所は、きっと彼女の美徳だ。
マミはさやかのそういう部分に感謝し、まどかは尊敬の念すら抱く。


まどかとマミは肯定の念を込めて笑い、そしてどちらからと言うわけでなく三人は歩き始めた。
後ろから聞こえる部活にいそしむ生徒達の掛け声や、これといった目的はない居残り組の雑談の声を背中で感じる。


しかし、一歩正門から出ただけでそれらは少しだけ小さくなった。
校門を境にして、世界が全て変わってしまう。
だから、この時になってようやく本物の解放を感じる。


その気持ちの高翌揚のままに口を最初に開いたのは珍しく──彼女自身の自己評価としての話だ──もマミだった。


マミ「皆、今日の学校はどうだったかしら?」


少し、漠然としすぎただろうかとマミは少し自分の言葉の選択に後悔した。
しかし、それでも聞きたい事はまさにその言葉のままであり、それ以上は何も言わず二人の返答を待つ。

さやか「どうだったか……うーん、普通でしたよ」


まどか「普通、かなぁ?今日は皆でお昼ご飯食べたり楽しかったよ」


あぁ、とまどかの言葉にまるで思い出したと言うようにさやかは頷く。
別に忘れていた訳ではないだろう。
彼女にとってあれくらいの楽しさはあって当然という事なのだ。


まどか「マミさんはどうでしたか?」


何気ない言葉のキャッチボール、しかも少し考えれば予想できる返しにマミは少し詰まる。
しかし、それは言葉が見つからないのではなく、言葉を選びきれないだけで、マミは一泊置いてから、万感を込めて口を開いた。


マミ「楽しかったわ……。とても」


その思いに気付けたかどうかは定かではないが、まどかはマミの言葉に満足そうに微笑んだ。
ただ単純に、マミが嬉しそうな事が嬉しいだけかもしれない。


マミ「それに興味深い一日でもあったわ。まさかさやかさんのボーイフレンドに会えるなんて」


マミとしては珍しいイタズラっぽい笑みもきっと彼女の心の充足感を反映した故だろう。
さやかはそれに顔を赤くして応えた。

さやか「いや、そのっ」


まどか「それがまったく全然なんですよ」


しかし、さやかがわたわたと口を開くより早く、まどか割り込んだ。
思わぬ所から入れられた茶々にさやかは眼光鋭くまどかを睨む。


さやか「ああん?まどか、あんたも偉くなったじゃないのこの野郎!」


まどか「きゃー!」


まどかに飛び掛かったさやかは、そのまま両手を伸ばして彼女の両頬をつねった。
まどかは柔らかそうな頬を引き伸ばされ、悲鳴をあげる。


しかし、マミが見る限りまどかの唇は伸びてるので分かり辛いが微かに笑みの形になっており、さやかもまた乱暴そうな口調と顔をしているが、その眼は楽しそうだ。
そして、楽しいのは二人のじゃれあいを見ているマミもまた同じである。


さやか「あんたに何が分かるってんだよー!」


まどか「ごめんなふぁい、もう言いまへんほへ」


マミ「もういいじゃない。さやかさん」


ずっとそのじゃれあいを見ていたい気もしたマミだったが、流石に長引いてはまどかの頬の形が変わってしまうかもしれない。
止めてあげるのが先輩としての勤めだろう。

さやか「はーい」


マミの言葉に素直に従う事からもそれ程本気ではなかった事が伺える。
とはいえ、多少は痛みはあったようで解放された後まどかは自分の頬を揉み解していた。


マミ「あんまりイジメちゃダメよ?」


さやか「大丈夫ですよ。まどかは意外とタフですから」


自信満々に笑うさやかの言葉に「そうなの?」とマミはまどかの顔を見たが、本人はブンブンと首を降っていた。
タフだった記憶は彼女にはないらしい。


マミ「もう、恭介君に言い付けちゃおうかしら。さやかちゃんは意地悪よって」


さやか「や、やめてくださいよ!」


ほんの冗談にも、ムキになる様子を見るとこれはもう相当お熱という事か、と納得する。
この時、彼女は嬉しそうに、そして愉快そうに笑っていた。


マミもまた、お年頃。


身近な人物の恋愛話をほっとけるはずがない。


マミ「でも、大変ね。あの仁美さんって人、間違いなく……」


ましてやそれが、ブラウン管や紙面上でしかお目にかかれないような複雑な恋愛模様なら尚更だ。


さやか「……マミさん。なんか嬉しそうじゃないですか?」


マミ「そんな訳ないじゃない。私の大切なお友達の恋愛を応援しないなんてありえないわ」


そう断言するマミだが、さやかの視線は冷ややかだった。
やはり、物凄く面白がっている事に気付かれていたようである。
これはさやかにとってデリケートな問題なのだと判断し、マミは話題を逸らそうとした。


マミ「ところでアニメのポケットモンスターで一番可愛かったポケモンってどの子かしら?私はヨーギラスだったわ」


しかし、いかんせん逸らし方が下手だった。
逸らすどころか、完全に自打球である。
ここまであからさまだと、自分がからかわれているというさやかの懸念は、むしろ加速する。


さやか「あのですねぇ。私だって真剣に、真剣に好きなんですよ!それをですねぇ。面白がってですねぇ」


マミ「あー……あははは、分かってるわよ。私はさやかさんを応援してる。例え、見た感じではどう考えても仁美さんの方がいい雰囲気だっとしても」


明らかに一言余計な台詞を付け加えたマミではあるが幸か不幸か、何故か半泣きでぼやくさやかには聞こえていなかったようだ。

投稿の遅れ、失礼しました。

投稿を開始します。

まどか「はははっ」


その恥じ入ったり、急にムキになったり、そんな様々な感情を隠さずに、まさに発散しているさやかの姿を見ていて気が悪くなるような事はない。
むしろ、楽しく、そして妙に我が事のように気恥ずかしくもあった。
だから、マミがさやかにからかい半分で接している理由もまどかは理解できる。


しかし、このままでは、さやかが気の毒でもある、とまどかは考えた。
彼女は人一倍気遣いができる少女である。
彼女が認識しているかは別にして、普段から一緒にいる三人の中でのまどかはバランサーの役割を持っているのだ。


例えるなら、話題を持ってくるのはさやかで、それを広げるのは案外まどかである。
気の弱い彼女ではあるが、そんな彼女なりの人との付き合い方なのだろう。


そして、この場におけるまどかの役割は───『反撃』だった。


まどか「ところで、マミさん」


マミ「?……どうかしたかしら、まどかさん」


まどか「マミさんとクロちゃんの方はどうなりそうですか?」


ここまで分かりやすく、人間は言葉に詰まるのだろうか。
ピシリと固まったマミを前にまどかは少し考えた。

マミ「にゃんの……なんの事かしら!」


まどかの一言は効果抜群だったらしく、すでにマミの顔は真っ赤に染まり恥じらいと焦りの色に彩られてしまった。


さやか「ウェッヘッヘッ……あ~、そうでしたねぇ」

そして、その言葉は反対に、つい先程まで虐げられていたさやかに力を与えたらしく。
気持ちの悪い笑みを浮かべながらさやかはマミの肩にしなだれかかった。


さやか「マミさぁんもぉ、人にぃ、あぁだこぉだとあんまりぃ、言えないでぇすよねぇ?」


マミの首に腕を絡ませ、そのままさやかは口調に妙な抑揚をつけて耳元で呟いた。
真っ赤になった頬をツンツンと突いてさえいる。
そのこそばゆさに、マミは身動ぎした。


マミ「んっ……ちょっと、さやかさん!」


さやか「あの夜なんか、アイツの後を追って外に出ちゃったりしてぇ」


まどか「私達、邪魔しちゃダメだと思って部屋で待ってたんですよ?」


なるほど、あの夜の間にはそんな事があったのかとマミは頭の辛うじて冷静な部分で思っていた。
しかし、実際の所は彼女達の考えているような事は起きず、血生臭い事件を目撃したにすぎなかったが。

しかし、それを説明する事はできない。
それは、まどかの為であり、さやかの為であったが、そもそも気が動転していてマミは説明が困難な状況にある。


マミ「え、えっと、そういうのじゃないの!あ、あれはそのぉ……」


さやか「先生、マミさんは嘘をついてると思います」


まどか「そうですね。マミさん、事実の確認を行います。クロちゃんの事をどう思っていますか?」


言い訳も誤魔化しも、口に出す前に二人に潰されてしまう。
元々こういった絡み方を今まで避けてきた身である。
嫌悪感はない、だが、慣れなど皆無、マミの混乱は増すばかりだ。


マミ「えっと、その、確かに頼りになるし話していて楽しいしたまに凄く優しいし、できればずっと一緒にいたいけど!」


これもまた、マミとしては珍しい部類に入る反応で、彼女は目をグルグルと回しながら、必死になって否定していた。
だが、否定といってもまどかもさやかも決定的な事は一言も言っておらず、否定する必要はないのだ。


さらに言えば、マミの言葉は否定どころか、ほとんど肯定しているようなものだった。

マミ「相手の事もあるし……私が勝手に盛り上がっても迷惑なだけじゃ……」


蚊が鳴くような声で呟いた後、俯くマミ。
その姿にまどかとさやかは素に戻って彼女を心配したが、よく見れば単に赤くなった顔を隠しているだけのようだ。


それにしても、なんとも奇妙な話だ。
年頃の少女の、恐らくは初恋の相手が猫で、サイボーグとは、まどか達はマミを応援したい気持ちはあるが、その前途は多難である。
クロの性格を加味すると尚の事。


マミ「……彼の気持ちってどうすれば分かるのかしら?」


さやか「いえ、それで私も現時点で悩んでますし」


この三人の中で恋愛について一家言あるという人物は残念ながら皆無である。
同様の悩みを持つさやかもまた考え込み黙ってしまった。
この沈黙をそのままにする訳にはいかない。
そう思ったまどかが口を開いた。


まどか「えっと──」


マミ「まどかさんに分かるはずないでしょうし」


さやか「えぇ、理解の範疇にも及ばないと思います」


まどか「はうあっ!?」


が、にべもなく発言は潰された。

まどか「そ、そんな、私にも聞いてみて下さいよ!」


さやか「え、そういう経験あんの?」


まどか「そりゃあ無いけど『無い』って言うまで聞いてよ!お願いだよ!」


鬱陶しい理論ではあるが、本人には切実だった。
ありふれた恋愛話に加えてもらえないというのは、女として避けたい。
確かに、自分はありふれた恋愛感情というものに少し無頓着だとしても。


マミ「とは言いつつも。……結局、私もまどかさんと変わらないんだけどね」


と、そこで急にマミはありふれた手品のタネを明かすような気軽さで口を開いた。
顔を真っ赤にしていた時とはうってかわって、今にも悪戯っぽく舌を出しそうな顔をしている。


からかわれた、今度は逆に。


まどか「もうっ!」


少しむくれたまどかに、さやかもマミも堪えきれないように吹き出した。
もう、だいぶ歩いたのか、背中にあった校舎の喧騒はどこにもなく。
三人の笑い声だけが、彼女達の歩む道の上を飛び跳ねていた。


まどか「あれ?」


しかし、それに一番最初に気付いたのはまどかであった。
マミが、普段より首から下げているソウルジェムが光っているのだ。
まどかは、それが何を示しているのか、少しの間分からなかった。


だが、徐々に真剣味をおびていくマミのその表情にまどかは全てを悟る。
悟らざるを得ない。


さやか「魔女、か使い魔か……本当、何もこんな時に」


さやかもまた、その事実を知ったのだろう。
そして、だからこそ最後に付け加えられた一言には苦々しさと一抹の寂しさのような感情が込められていた。


だが、それは、黙ってしまったまどかの気持ちを代弁したものだったのかもしれない。


せっかく、楽しかったのに


せっかく、色々な話ができたのに


せっかく、笑ってさよならができると思ったのに


マミ「何をしているの。早く、行きましょう。さやかさん」


その思いを断ち切るような毅然とした、そして容赦のないマミの言葉で、さやかも、そしてまどかも思い出した。


───いや、思い知った、とした方が良いだろう。


もう、ただの日常には戻れないのだと。
何故なら、自分達は『踏み込んでしまった』のだから。

軽く沈みがちな顔になった二人を見ながら自分の言葉にマミは微かな悔いを感じた。
それは自分だってさっきまでの時間が恋しい訳ではない。
ずっとあんな時間を過ごしていたいと思う。


だが、それだけではダメなのだ。


マミ「さやかさん、今ここで時間を無為にしたら、魔女達に暴れる時間を与えるだけだわ。分かるわよね?」


子供に言って聞かすようにさやかに言う。
隣にいるまどかが痛みに耐えるような顔でさやかを見た。


マミは思う。
楽しかった時間も、魔女がいる世界も、どちらも自分達がいる現実だと。
だからこそ、そのどちらもを知る自分達がやらなければならない。


そして、勿論そんな事、さやかだって分かっているのだ。


さやか「当たり前じゃないですか。マミさん」


一秒の間でさやかは、少し笑った。


さやか「いよいよ魔法少女さやかちゃんの活躍の時が来たって事ですよ!」


次の二秒で、さやかは勇ましく笑った。


それが、彼女の強さなのだと、マミはすぐに理解した。
その姿にいくばくかの安堵を覚える。

マミ「じゃあ、すぐに出発しましょう。本当に申し訳ないけど、私は銃を使えない。でも、できうる限りの援護はするわ」


さやか「いえ、大丈夫です。私はやります。……やってみせます」


マミの言葉には苦渋が滲み出ている。
こんな時に、自分が後輩の力になれない事がたまらなく悔しい。
そして、それをさやかも理解したからこそ力強く頷いた。


マミ「じゃあ、まどかさん。まどかは先に家に帰るか、できるだけ離れ──」


まどか「私も連れていってくださいっ!」


マミの言葉を遮って、まどかは叫んだ。
そのあまりに、悲痛な叫びにマミは息を飲んだ。


が、彼女がそう言いだす事をマミは分かっていた。


マミ「それは、絶対にダメよ」


まどか「で、でも、確かに私がいても役に立たないかもしれないですけど……だけどっ!」


まどかの懇願を退けながら、彼女の優しさをマミは思った。
何もできなくても『魔法少女』である自分にただの人間として隣にいようとしてくれる事は嬉しい。


だから、彼女を連れていくわけにはいかなかった。

さやか「マミさん、私がきっちりまどかを守りますから」


マミ「ダメ、確かに今まで私は貴方達を結界の中に連れまわしてきたわ。でもそれは、私の浅はかな考えによる間違いよ。だから、さやかさん……貴方にそんな間違いを犯して欲しくない」


さやかの考えは、甘い。
マミは直接的な言い方ではないが、それでもはっきりと言い切る。
以前、自分はあまりに勝手な理由から彼女達を危険な場所に引っ張り回していた。
しかし、一度死にかけて、心にあった焦りも癒えて、考え方は変わった。
納得はできないかもしれないが、まどかには従って欲しい。


マミ「ね?まどかさん……」


まどか「そんな……」


まどかは俯いた。
納得がいかないという態度を見せている彼女だが、まどかだって理解できないような馬鹿じゃない。
自分が行ったところで役に立つはずがないことくらい。


では、何故、今こんな我が儘が口をついたのだろう。
もしかしたら、日常と混乱のギャップに衝動的に言ってしまったのかもしれない。


マミ「まどかさん。貴方は以前私に『側にいたい』って言ってくれた。私だってそれだけで十分なの」


なんども、なんども、マミは駄々っこをあやすように『分かるわよね?』と繰り返した。

まどか「……はい」


ようやくまどかが力なく頷いた。
もう、自分の都合で彼女達をここに縫い止めてはいけない。
そう考えたまどかは、もう異を唱える事はなかった。
そんな様子を、マミは思いやるように見つめていたが、突然顔を強張らせた。


マミ「まどかさんっ!」


まどか「へ?」


マミに名前を呼ばれて、腕を掴まれて、渾身の力でマミの背中の後ろに放りなげんばかりに引っ張られた。
自分でも呆れるくらいに間抜けな声が漏れた。


一体、どういう事なのか、まどかには分からない。


さやか「な、なんだこいつら!?」


さやかの声が聞こえた。
焦っているような、混乱しているような。
まどかは、まだ現状を把握できずぼんやりとしていた。
なんなのだろう、と、もはや窓の外を眺めるくらいの気軽さでマミとさやかが相対しているもの見ようと。
彼女達の背中越しに覗き込む。


まどか「い、ぬ?」


そこにいたのは犬。


数えるだけでも一、二、三、四、五匹はいる。
その全てが、海外から来たような大型犬で、骨格もその体毛の上から見ただけでも分かるくらい大きく。
筋肉も隆々と盛り上がっていた。

それらの犬が、皆一様に、こちらを睨み、牙剥いて、地鳴りの如く唸っている。
その様に、まどかは思わず身を竦めた。
本能が、生物的な恐怖を訴えている。


マミ「さやかさん。計画を変更するわ」


さやか「え?」


『ガウッ!』


さやかの返事にかぶさるようにして一匹の犬が吠えた。
それに合わせて、彼らの身体が変化する。
身体中から、目玉が浮き出て、牙が、爪が、暴力的なまでに伸びた。


さやか「なっ!?魔女?それとも」


マミ「いえ……これは違うわ」


さやかがマミの方に顔をやると、彼女は既に魔法少女の姿に変わっていた。


マミ「さやかさん、まどかさんを連れて、反応があった方に向かって!まどかさんは、ここにいるより安全だわ」


さやか「……じゃあ、私、一人で」


その瞳に、迷いが過る。
だが、今はそんなもの、邪魔にしかならない。


マミ「さやかさん。貴方にしかできない事が今、貴方の目の前で起きてるの……貴方はどうする?」


その言葉は


さやか「私にしか……よっしゃ!」


彼女の心に火を点けるこてに成功した。

遅れました。


失礼、こんな時間からですが、少しでも投稿を始めます。

ある意味この危機を利用した説得になってしまった事に、マミは少し胸を痛めた。
だが、その痛みも、躊躇も、今は無用の物。


必要な事は、ただ行動のみ。
そんな事が分からない程マミは幼くはない。
そして、それ以前に事は急を要している。


とにかく今は、さやか自身が他の何より重要で、そんなマミの考えを理解しているのかまでは分からないが、さやかもまた行動を開始した。


さやか「まどか、行こう!!」


まどか「う、うん、分かった……」


恐怖、そしてそれ以上に困惑しているのだろう。
まどかは、そう言いつつも足を動かせない。
好き好んでこんな場所に突っ立っている訳がないが。


『グルルルッ』


唸り声と、視線の質が変わった。
恐らく、『獲物』がその場から離れようとしている事を脳ミソのどこかに紙一重で残っていた理解力で悟ったのか、それとも単なる動物の本能で感じ取ったのか、それまでは分からない。


分からないが、どうすればいいのか、マミは分かった。


マミ「早く行きなさいっ!!」


彼女自身ですらも珍しいが、マミは彼女達、主にまどかに怒鳴った。

聞き知った人物の声の、聞き慣れない怒りの声にまどかの身体が震えた。
その震えは彼女の呪縛を解いたのだろう。
まどかの瞳から恐れの色が束の間、消える。


さやか「走るよっ!!」


その隙を逃さず。
さやかはまどかの腕を引っ掴みマミを背に残して犬達とは反対側の方向に走りだした。
全力で走るさやか、そして彼女に引きずられるようにしてもたつく足を出来の悪いブリキのおもちゃのように回転させながらまどかも走った。


獲物の逃亡を目にし、そんな彼女達を逃がすまいと一匹の犬が飛び出した。
しかし、その一匹の前足にリボンが絡み付く。


『グゥッ』


バランスを崩し、そのまま頭をコンクリートに激しく打ち付ける。
しかし、それだけでは終わらず、そのリボンはその犬を軽く宙に持ち上げ、後ろに控えている群れに投げつけた。


しかし、相手もまた獣としての機動力が残っていたのか残る四匹は蜘蛛の子が散るように飛んでくる仲間を避けた。
そして、彼らは目の前の、狩りを邪魔した少女を睨む。


痛みを感じていないのか、地面に激しく叩きつけられた犬もゆっくりと立ち上がった。

マミ「……ふぅ」


この場においては適切な反応ではないが、ようやくマミは安堵を覚える。
まだ何も解決した訳ではないのだが、少なくとも犬達の狙いであるまどかをこの場から引き離す事に成功した。


首尾は上々である。


『グルルルッ』


更に、彼らの狙いがまどかから自分に移行した事も現状では成果の部類に加えてもいいはずだ。
とにかく、まどかさえ守れればそれでいい。


両手にマスケット銃を顕現させ。
それらを器用に回して、銃口の部分を手に持つ。
取り敢えず、これで鈍器として使用すればある程度は戦えるはずだ。


クロと犬達の闘いを見るに、彼らの耐久力や生命力は普通の犬と同じに見えた。つまり、『潰すところさえ潰せば』殺せるという事だ。


『ガルルッ』


群れが、五匹の弾丸が飛び込んできた。


マミ「はぁっ!!」


鋭い牙を誇るように見せながら突っ込んできた犬の顎に前蹴りを叩きこんだ。
悲鳴ともうめき声とも取れるくぐもった鳴き声を洩らしながら顎の砕けた犬が転がっていく。


そして、立て続けに、後ろから踊りかかろうとした一匹の頭に向け、振り返りざまに銃の銃床部分を打ち込んだ。

明らかに、頭蓋の砕けた音が鳴り響いた。
そして、それは音だけではなく視界でも確認できるほどだった。


血液が飛び散り、少しマミの頬につく。
嫌悪からか、顔が歪んだ。だがそれは、せんなき事である。


マミ「……さぁ、次にオイタを働く悪い子は誰かしら?」


頭蓋の砕かれた犬がパタリと倒れる。
良かった、自分は彼らを殺せるらしい。
マミは自らを取り囲んだ犬達を挑発的に笑いながら口を開く。


マミ「来なさい。でも、私のしつけは厳しいわよ!」


挑発に乗ったのか、犬達は我先にとマミに飛び掛かった。





─────まどか・さやか


家々を抜け、抜けたと思えば、また入り込み。
道を走ったかと思えば、道無き道を進む。
見知った街でありながら、まるで、迷路に迷い込むようにやたらめたらと走る。
まどかは、さやかに手を引かれて走るうちに、自分がどうやってここまで来たのか分からなくなってしまった。


それでも、今、自分の手を引くさやかは、歩むべき道筋が分かっているのかひたすらに前を向いていた。

その原理がどういった物なのかは分からない。
だが、さやかは目的の場所が何処なのか、はっきりと理解している、らしい。


『らしい』というのは、それはあくまでも推測の話と言うことだ。


ただ、緊張も恐怖も意地で噛み潰したような真剣な顔で走り続けるさやかに声をかけることははばかられる。
そして、自分もまた、疲れと恐怖によりおいそれと口を開ける状態になかった。


しかし、どれ程の迷いを乗せていようと、足は止まらずに進み続ける。
きっと、どこか、戦いの場に向かっているのだろう。


ふと、まどかの手が強く握られた。
まどかは、ハッとして顔を上げた。


そこには、友人の顔ある。


今もまだ、不安にかられながら、それでも自分を守ろうとしている大切な友人の顔。


まどか「………大丈夫」


まどかは、その手をそっと握り返した。


まどか「………きっと、大丈夫だよ。さやかちゃん」


聞こえるか聞こえないか、それぐらいの小さな声で、まどかはそう呟いた。




───やがて、耳についていた静けさを拭いさるように喧騒が聞こえてきた。


まどか(あ、ここは……)


この街に住む者なら一度は行った事があるだろう繁華街にいつの間にかまどか達は入っていた。
日も暮れだしたというのに、いや、だからこそ、仕事や学校に一段落をつけた人々がそこには溢れている。


しかめっ面で歩くサラリーマンに、携帯を弄りながら歩く女子高生、仲間と笑いながら歩く若い男達、そんな人間風景が街の灯りに照らされていた。
以前は自分だって何食わぬ顔であちら側にいたのに、今では、どこか遠く感じる。


自分ですらそうなのだからさやかの気持ちはいかばかりか、とまどかは思う。
しかし、それだけではない。
今この場に魔女が現れたら、ここは一体どうなるのか。


考えるだけでゾッとした。


何故だろう。
歩みが早くなった。


それは、さやかのものなのか。


自分のものなのか。


もし、自分のものだとしたら、そんなおかしい話はない。
自分は何もできやしないくせに、本当にそんなおかしい話はないのだ。

父に言われた言葉のおかげで、確かに彼女達に寄り添っていく覚悟はある。


でも、それだけで自分は耐え切れるだろうか?


それだけの自分に耐え切れるだろうか?


いつまで─────そうだ


彼女達の戦いは、いつ終わるのだろう?







さやか「見つけた!」


頭が、恐ろしい結論を出す前にさやかが叫び、繁華街の端にある普段なら気にもとめない小さな裏路地に通じる道に飛び込んでいく。
手を引かれるままに、そして、歩みの赴くままにまどかもまた路地へと進んだ。


そこは小さな道で、こうして二人並んで幅は一杯である。
側面には、表に大量にある店のものだろうかそこらじゅうにパイプが張り巡らされていた。


それらを横目で確認しながら換気扇から送られてくる僅かばかりの熱風と軽い異臭を振り払い、走る。
目的地には、間違いなく着いている。
後は、目標物の確認だ。


それは、全てさやかに頼るしかない。
今は、彼女にしかできない事である。

さやか「近いよ……気を付けて、まどか」


注意を促す声が聞こえた。
まさにそれは、その言葉が示す通りの意味、とそれにともなうある行為をしめす。


息を飲む、喉がひりつく、緊張のせいか、疲れのせいか足元までふらついている。


だが、もうここまで来た。
来てしまった。


───ならば、自分は──


まどか「?」


思考が中断された。
さっきまで勢いよく動いていたさやかの足が止まったのだ。
突然の事に驚き以上に戸惑いが大きく、焦りや混乱の気持ちは自分ではないように感じる。


いや、気付けていないだけだろうか。
とにかく、今どうなっているのか不安が大きくなる前に、まどかは確認したかった。


まどか「どうさたの?さやかちゃん」


さやか「人がいる……」


その声に含まれていた感情は、ただの一言では言い表わせなかった。
不安や、戸惑いや、焦りや、恐怖や、もしかしたら苛立ちすら込めれていたろうか。


まどかもまた、さやかが示した方に目をやった。


まどか「……あ」


確かに、そこに人はいた。



───それは、少女だった。


自分達の同じくらいの背丈で、少し小柄な体躯をしている。


────それは、少女だった。


赤い髪が乱雑ともいえる適当さでまとめられ。
それでも、路地を抜ける微かな風に吹かれ、炎の様に揺れている。


───それは、少女だった。


そんな少女が、たった一人、こんな路地裏の道の真ん中に立っているのだ。


まどか「あれって……」


続く言葉はありはしない。
ただ言いたかった。
何か言葉をはっさなければ、自分の心が持たない気がしたのだ。


流石のまどかだって分かっている。
こんな所で、まるでタイミングを計っていたように立っているあの少女が、普通ではない事くらい。


さやかの顔を見る。
彼女もまた、赤毛の少女を見つめていた。
さやかが歩みを進める、ふと、手の平に込められていた力が緩んだ。
その意図を察して、まどかはその手を離した。


だが、まどかの歩みもまた、さやかの後を追う。

近づくにつれ、その少女の姿は更にはっきりと見えてきた。
赤毛をなびかせながら、その目は尖りながら前を見つめている。
前と言うより、自分達を、いや、明らかにさやかを。


口元には笑みを漂わせており、それは決して自分達を歓迎しておらず、どうみても嘲笑のそれに近いものがあった。


しかし、それだけではそれがなんなのか分からない。


さやか「───まどか」


前に進んでいたまどかをさやかが制した。
意図を察するまでもなく足を止める。
ここから先は、彼女の領域で、彼女自身その領域に進むのは今日が初めてのことだ。


「よぉ、あんたがこの街の魔法少女かい?」


先に口を開いたのは意外にも赤毛の少女が先だった。
しかし、その意外さも彼女の口にした言葉な前には些細なものだった。


さやか「知ってるのかよ。あんた」


それが、全て。
その言葉への答えが、さやかの知りたいことの全て。


「勿論だぜ。私は───」


そして、その答えを知る覚悟は出来ている。


「魔法少女、だからな」


空気が止まった。
さやかは一つ大きく息を吸った。

「話は聴いてるぜ。あのマミが今使い物にならない状態なんだろ?なら、今日からこの辺りは私の縄張りにして構わねぇよな」


最後の方は断言であり、それ以上の言葉は認めないように思わせるような力が込められていた。


さやか「あんた、魔法少女なのか?……だったら」


しかし、さやかはそれでも口を開く。
開かねば、聞かねばならない事があった。


さやか「だったら、ここに来たはず──」


「使い魔のことか?」


言い切る前に、少女は答えた。
それは、答えを、いや、もはや全てを知っているからこその反応の早さだった。
その異常さを、さやかはすぐに理解した。


さやか「知っていたのか?知っていて……あんたはそいつを逃がしたのか!?」


さやかは声を荒げる。
よく分からない怒りとここに来るまでにあった戸惑いが爆発したのだ。


彼女は魔法少女だっと言った。
ならば分かるはずだ。
使い魔がどういうものか、あれが人に何をするのか。
不幸を撒き散らし、死を点々と残していく有り様を知っていて、それでいながら、見逃したのか。

「落ち着けよ」


だが、目の前の少女は落ち着きを払っている。
さも、それが当然の反応の様に振る舞っていた。
笑みすら浮かべながら。


「いいか?あれはただの使い魔だ。たんなる雑魚で、倒したところでソウルジェム一つ残しやしない。戦うだけ無駄って事だ」


まるで、出来の悪い生徒に言って聞かすように少女は続けた。


「だったら、好きに暴れさせた方がいい。人間をたんまり喰わせて、ソウルジェムを残せる魔女になるまで待って、その後でぶっ[ピーーー]。なぁ?そっちのがずっと良いだろう?」


いつの間に手に持っていたリンゴを投げては取りながら、一歩、一歩、今度は逆に少女が近づいてくる。
そして、その一言、一言にさやかの髪は逆立っていく。


さやか「あんたのその考えで、ここから先何人の人が泣く事になるんだよ……!魔法少女なんだろ?だったらなんでその力を───」


理解できなかった。
この力がありながら、何も行動にでず、あまつさえ独り善がりの言動。
その切なさにも似た怒りの言葉に、一度少女は立ち止まった。
いつの間にか、少女はさやかのすぐ目の前に立っていた。

「この力は私のもんだ。だから、私のために使う」


その言葉には理解をしえない者への苛立ちが込められていた。


分かろうともしない者への怒りが込められていた。


そして、理解をするつもりも分かろうとするつもりもないさやかの頭が全てを塗りつぶさんばかりの白に染まった。
それは、純然たる不純物など混じらない『怒り』である。


「……ふーん」

頬を紅潮させ、此方に睨みを聞かせているさやかを見た赤毛の少女───杏子は何の気なしに息を吐いた。
怒りをぶつけられている事くらい、きっと馬鹿でも分かる。
そして、その怒りの理由は自分だからこそよく分かる。


────そう自分なら、分かる。


一度視線を落とした杏子はその考えを振り払うように手に持つリンゴに目をやり、そして笑った。


杏子「そう怒るなって。───ほら、食うかい?」


その行為に込められた意味が分かる者は果たしていただろうか。
今まさに、意見を違え、コミュニケーションに粗誤が見られる者から手渡された物。


例え、それがなんであろうと


さやか「────ッ!ふざけるな!!」


挑発にしか感じないはずである。

パンッと乾いた音が路地に響く。
その音は一瞬激情に飲み込まれたさやかを一時的に我に返した。
しかし、それはもう手遅れであり、さやかの伸ばした手により弾かれた杏子の手からリンゴは落ち、地面に転がっている。


そして、その瞬間


杏子「─────あ゛?」


空気が凍った。


さやか「え、……は?」


さっきまで怒りに燃えていたのはさやかの方だった。
だが、何がスイッチだったのか皆目見当もさやかには付けられないが、確かに自分は目の前にいる少女の逆鱗に触れた。


一瞬怖気づいたが、しかし、今更自分だって後戻りできない。
ここで退くことは、先ほどの彼女の言葉を認める事に繋がるような気がした。
絶対に、退いてはならないと、グッと歯を食い縛ってその目を正面から睨み付けた。


さやか「なんだよ」


杏子「『なんだよ』だと?本当に分からねぇのか、お前は?」


杏子の髪が少し揺れるたびに、そこからまるで、火の粉が飛び散るように思えた。
触れれば切れてしまいそうな冷たい緊張感とのそのミスマッチな光景を、まどかはただ見る事しかできない。

いや、そもそもこれは、ただ見る事しかできないものなのかもしれない。
戦う者達の領域に足を踏み入れられるのは同じく戦う者であるべきで───自分のような傍観と諦観を決め込んでいる者が口をはさめるだろうか。


許されるのだろうか、許されるとしたら、誰がその許しを与えるのだろう。


しかし、もしもその『誰か』が存在していたとしても自分はこうして二の足を踏んでいたかもしれない。
まどかは恐かった、でもそれと同じくらい叫びたかった。


───赤毛の少女には、無駄な戦いをやめろと。


───さやかには、戦うべき相手を間違えていると。


そうこうしている間に、目の前で睨み合う二人の殺気──認めたくないが──は高まっていく。


まどか(どうしよう……止めなきゃ)


何ができるかを考えても、何もできないかもしれない。
考えるばかりで、何もせず、ただ傷付く人が増えるだけなのはもっと嫌だった。


まどか(止めなきゃ……!)


なんでもいい、言葉という形になっていなくてもいい、とにかく叫び声でもなんでもあげて、喚き散らして二人を止める。


そう考えたまどかが口を開けた時だった。


まどか「………あれ?」


大きく息を吸い込んだ瞬間、まどかはそれに気が付いた。
睨み合う二人の足元の陰がより濃く、そして大きくなっている、今も現在進行形で。


これは、まさか


まどか「危ないっ!!上っ!!」


メッセージ性もへったくれもない言葉の羅列を端的に叫んだだけのまどかだったが、その逼迫性が逆に二人の意識をまどかの言葉通りに上へと向けさせた。


さやか「え?」


杏子「は?」


そこに、空にあったのはよくある普通乗用車であった。
ただでさえも普段であれば、そんなところにあるはずもないもの。
それが、浮いている訳でもなんでもなく、ただ万有引力の法則をきっちり守って、此方に向かって落ちてくるのだ。


『あああああああああッ!?』


絶叫が二人分、転がるようにして二人はそれぞの後方に後退りった。
そして、その自動車は二人が大慌てで退いたその空間に激しい音を立てながら墜落した。


まどか「………」


さやか「………」


杏子「…………」


無言、呆然となりながら三人は器用にフロントを潰しながら直立している車を見つめていた。
土煙が上がり、視界が多少塞がれるが、直立不動の車の頂上でいかにも退屈そうに腰掛けている影が見える。


それがよく知る黒猫だと気付くまで、そう時間はかからなかった。

時間的に今日はここまでです。
明日は夕方頃からの投稿になります。

クロ「よっ」


相も変わらず直立不動を続けている車の頂上に彼は腰掛け、自らを見上げる少女達に気楽に、気軽に手を上げて呼び掛けた。
その顔は、どうにも乗り気ではないような退屈そうな色に染められているが、その所作はいかにも猫らしい優雅さすら感じ取れる。


が、少女達にとってはそれどころではない問題があった。


さやか「あ、危ないじゃないかこの野郎!!」


杏子「テメェ、何考えてやがる!頭おかしいんじゃねぇか!?」


クロ「別にいいだろ?怪我もねぇし。子供向けアニメだったら死なねーぞ」


杏子「車が当たればアニメでも死ぬわ!!」


当事者であるさやかと杏子の怒りは切実だった。
今まで生きてきて、いきなり車を投げ付けられたのは生まれて初めての経験である。
二人とも動揺を隠せていない。


クロ「そいつぁ、悪かったな」


ニタニタと実に楽しそうに笑いながらクロは少女達を見下ろす。
彼にとってはここにいる者達は皆、一応見知った顔である。


さやかにまどか、そして今朝にであった───佐倉杏子。
こんな巡り合わせもあるのだろう。

まどか「クロちゃん……やりすぎだよぉ……」


まどかとしては二人の喧嘩、もしくはそれ以上の事態を阻止してくれたクロに対する感謝の念はあるにはある。
だが、その方法の荒っぽさには正直引いていた。


クロ「今日は朝から晩まで退屈しねぇな」


まどかの嘆きにも似た独白を知ってか知らずか、クロは一人ごちた。


さやか「ていうか!あんたなんでここにいるんだよ!」


クロ「知るか。たまたまだ、たまたま」


投げやりに答えるクロだが、一応彼にも理由はある。
朝からこの街をうろつき、そろそろ帰ろうと思ったらたまたま知った臭いを嗅ぎ付け、覗いてみたら揉めていたため車を投げた。


という、しごく大雑把な物であるが。


さやか「このぉ……!」


杏子への怒りは既に失せ、相も変わらずなクロに対する抗議の念を込めた怒りをさやかは見せている。
この怒りは、車を投げ付けられた事がある人間にしか理解できないのかもしれなかった。


そんなさやかを実に愉快そうに口を歪めて眺めていたクロが口を開いた。


クロ「オイラに構ってる暇はねぇんじゃねーか?」

さやか「………へ?」


クロ「お前は何しにこんな所まで来てんだよ」


呆れの響きが含まれた笑み、あからさまに嫌味を言われている事に気付く。
普段ならば食って掛かりかねないその態度に、さやかは逆に冷静になる事ができた。


自分が何故、ここにいるか、忘れてはいけないその理由を思い出す。
我に返ったような顔でクロをもう一度見る。
彼はまるで子供のような邪険な態度で手のひらをヒラヒラと振りながら「しっ、しっ」とやっていた。


さやか「───ッ」


クロの目を見て軽く頷く。


たったその動作を残して、彼女は杏子に背を向けて駆け出して行く。


杏子「なっ!?待て──」


突然のその行動に杏子は驚き、焦る。
理由は分かる。
折角逃がした使い魔を殺されてはここまで来て足止めまでした手間が無駄になってしまう。


更に言えば、あのいけすかない新米魔法少女は自分を怒らせた。
ここで逃がしてしまう訳にはいかない。
しっかりと、叩き込んでやらなければ───。


クロ「動くな」

杏子「なっ!?」


さやかの後を追おうと踏み出した杏の足先数センチの地面が爆裂音と共に弾けた。
すぐさまその場から飛びのき、その原因であろう者をゆっくりと睨み付ける。


クロ「ワリーなぁ。お前を行かせるわけにゃいかねーんだ」


悪いといいつつ毛程もそれを顔に出さないで、クロはニタニタと笑って杏子を見下ろしていた。
気が抜けるような身構えと、他人を小馬鹿にするような喋り方はチリチリと杏子の怒りを焦がしていく。


杏子「テメェ、なんのつもりだ……」


底冷えのするような声と視線、それを受けて尚、クロはその姿を崩しはしない。
己を曲げようとしない。


クロ「アイツにゃデカい借りがあるからな。今日はそいつを少しばかり返済しただけだ」


杏子「へぇ、じゃあ今朝私がお前にした事は借りには入らないのか?」


杏子の言葉はもはや、怒りと殺意を隠しもせず、剥き出しの険を突き付けてくる。
クロは耳を掻きながら首を捻った。


今朝の出会いから考えれば、今の状況は急転直下である。
最後に見た彼女の笑顔とはまるで真逆の敵意だ。

それにしても借り?
だが、考えてみれば思い至る節がある。


クロ「あぁ、そういやお前、オイラを助けたなー」


まるで他人事のような穏やかな口調に、杏子の苛立ちは更に高まる。


クロ「んじゃ、ここで返すぜ。別にあいつの後を追うなりなんなりすりゃあいいだろ」


まっ、もう大分遠くまで行ったかもな、とカラカラと笑うその姿に杏子の腹は決まった。


杏子「……いや、もういいぜ?───その変わり」


敵の味方をする奴は


自分の邪魔をする奴は


ぶちのめすだけだ。


杏子「お前が相手しろよ」


杏子の身体が炎のような光に包まれていく。
その様子を身動ぎ一つせずクロは見つめていた。


───やがて、光が収まり、その姿があらわになった時、杏子の姿は一変していた。


まるで炎で染め上げたような鮮やかな紅の色をした衣で、ざっくりと大胆に動きやすそうな作りをした衣装と、手に持った長い槍。


クロにとっては、この街に来てから三人目になる魔法少女の姿をしていた。


クロ「おいおい冗談よせよ……ただの猫相手に大袈裟じゃ──!?」


言い終わる直前に、杏子が動いた。
それもただの「動き」ではなく、あまりの早さに面食らう程の動きで彼女は跳び、クロが座っていた車を真下から切り上げていく。


杏子がクロの目線の高さまで跳び上がった時、同時に彼女の槍もクロに辿り着いた。


クロ「ちっ、くしょうがっ!!」


自分の身体にその刃が届く前にクロは目の前の杏子の胸の辺りを蹴りつけ、その反動で後ろに跳ぶ。
鼻先を刃が通り過ぎていった。


身体を捻りながら地面に着地をしてすぐさま前を睨む。
そこでは真っ二つに裂かれた車がちょうど倒れていくところだった。
そして、そこには獰猛な笑みをたたえた杏子が立っていた。


杏子「おいおい、どうしたんだ?やれねぇ口でもねぇだろ」


苦し紛れの蹴りではダメージを与えるにはほど遠いようだった。
相手のバランスを崩す事が精一杯。


油断をしていたとは言え先手を取られ、圧された事は事実だった。
クロは俯いた。


クロ「………………ククク」


杏子「は?」


俯き、その表情を見せない黒猫の肩が震えだす。
訝しむ杏子がその様子を何事かと見ていたが、突如それは爆発した。


クロ「ギャハハハハハハハ!!」


顔を上げ、身体を反らし、腹の底からクロは笑いだした。
喉よ裂けよ。地も、天も裂けよ、とばかりのその大音量の笑い声に、一瞬だけ杏子はたじろいだ。


やがて落ち着いたのか、クロは声を収め、しかし顔は笑いながら、もう一度杏子を見た。
───真っ直ぐに。


クロ「ヒヒヒ、ハハ、はっはー、やるじゃねーか。杏子」


杏子「なんだと?」


その態度はおかしい、出端を挫いてやったのは自分であり、並みの、そしてまともな奴であればあれで折れていてもおかしくない。
そうではないという事は、恐らく今相手している奴は並みでもなければ、まともでもないという事か。


クロ「久々に楽しませてもらおうじゃねーか」


杏子「ふん、このイカレポンチがッ!!」


杏子が動こうとした瞬間、クロはすぐさま腕を構えて装備していたガトリングを乱射した。
それは激しい土煙を上げて、杏子ではなく路地の壁を抉る。

思わず足を止めてしまった杏子に対し、クロを腹から長剣を抜き去りながら突っ込む。


杏子「らぁっ!!」


クロ「おぉッ!」


長槍と、長剣が真っ正面からぶつかりあった。
激しい火花が散り、それが空気中に消えていく前に二撃、三撃とお互いに打ち合い、また距離を取る。

離れていくクロに突きを放った杏子はクルクルと槍を回して肩に担いだ。


杏子「なんだ、さっきの銃は脅しのつもりか?あんなもんで私が恐れると思ったのかよ」


先ほどの意趣返しのつもりだろうか、今度の杏子の方がクロを挑発するように唇の端を持ち上げている。
ニヤニヤと笑いながらクロを嘲笑った。


杏子「そんな[ピーーー]つもりのねぇ生半可な弾丸を放つ奴なんかに私は負けた事はないぜ」


相手が自分を見くびっていようと、何か意図があっての事だろうと、自分は負けるつもりはない。
そして、ついでに嫌な事も思い出した。
そうなると尚更、負ける事が嫌になってしまった。


クロ「ガキはごちゃごちゃうるせーな」


が、クロもまた思いっきり嘲りかえすようにニタついて杏子を見返した。

クロ「戦いの最中にペチャクチャ喋り倒すライトノベルかぶれのクソゆとり世代にオイラが負けるかよ」


まどか「クロちゃんっ、無駄に敵を増やすような発言はやめてっ!」


真横から声が聞こえたので、目線だけそちらに向けてみればこの道とは別の入り口に繋がるであろう道にまどかは立っていた。
心配そうな顔をしている彼女だったが、その彼女を塞ぐように鎖のような物が張り巡らされている。


クロ「なんだありゃ?」


杏子「邪魔されたくねぇだろ」


よく分からないが、何かをしたのは間違いないようだ。
その事について彼女は深く語るつもりはないらしく。
クロもまた、尋ねるつもりはない。


そう、邪魔がないのなら、それが一番なのだから。


杏子「それじゃ続きといこうか?クロちゃんよぉッ!!」


クロ「おう、楽しもうぜ」


紅と黒が駆ける。


その2つがぶつかり合うたびに火花が散り、薄暗い路地に微かな灯りが点る。

今日はこれから用事があるので更新は明日になるかもしれません!



三人目の魔法少女×


四人目でした失礼しました。





いつもありがとうございます!

あのさぁ・・・
明日に更新するとか言っておいて5日もたってんじゃん?
できないんなら最初から約束するなし・・・

>>249


重ね重ね、すみません。

以後は気を付けます。


これから投稿開始します。

力に任せて横凪ぎに振るった剣が槍の柄を激しく打ち鳴らす。
クロは舌打ちの変わりにニタリと口を歪ませてからバックステップでその場から跳び退いた。
直ぐ様クロの首があった場所を刃が空を切り裂いていく。


杏子「ちっ、ちょこまかと……!」


その姿を見た杏子は苛立ちに顔を歪めた。
元々の的の小ささに加え、この黒猫にはすばしっこさがあり簡単には捉えられそうもない。


杏子「なら、当たるまで振り回すだけだ!!」


激しく槍が振られ、風を切る音が耳を澄ます必要すらなく聞こえてくる。
その一撃一撃をクロを背を屈めて躱すか、剣で弾いていなすが、だんだんとクロは理解してきた。


───一直線に振り下ろさせれるように飛んでくる突きを、剣を振り上げる事で弾く、その衝撃にクロはたたらを踏む。


クロ「……ったく、このバカ力が」


続けて飛んできた斬撃を受け止めながらクロは毒づいた。
さっきから剣で受け止める度にその振動で身体の芯から震えるようだ。


今、相対している少女、佐倉杏子。


とんでもない女だと分かる。

まず、この力。


魔法少女とやらの能力としてか、果たして元からのものなのかは分からないが、単純な筋力が彼女は強い。
一撃が必殺そのものである。


次に、早さ。


これは単純な早さとは少し違う。
行動の早さである。
恐らく彼女は攻撃の間も守備をしている間も次に自分が何をすべきか考えているのだろう。


杏子「はああっ!」


クロ「うぉわっ!?」


判断、決断、行動、その三パターンまでが早い、この世界に来て初めての人間だ。


クロ「っ……いーかげんにしやがれ!!」


受け止めていた杏子の槍を必死で蹴り上げる。
思わぬ所から飛んできた衝撃に少し驚いたのか腕に込めていた力にブレが生じた。


クロ「もらっ──」


その隙にクロは身体を半身にすることで槍をいなし、横にそびえる壁に飛び掛かった。


杏子「なっ!?」


そしてそのまま壁を蹴り、勢いとスピードをつけて杏子に突進をしていく。
その行動の予期も想像も、流石にできず、杏子は剣を振り上げたクロをただ見つめた。


クロ「───たあぁぁぁぁぁ!!」

杏子「なめるなぁっ!!」


クロ「うそっ!?」


が、受け止められた。


完全な決め業として放たれたはずのその斬撃は、杏子によりにべもなく受け切られてしまったのだ。


これが彼女のとんでもない所、先々の戦いでも随所に見えていたが杏子は考えるより早く、身体が反応している場面が多々あった。
反射神経というものは避けたり守ったり、元来非戦闘的な行動であるはずだが彼女は違う。
そのまま攻撃に移行していくのだ。


戦闘センス、そんな言葉が、ふとクロの脳裏によぎった。


杏子「はっ!」


と、杏子の唇が嬉々と歪む。
今度はクロに隙が生まれたのだ。
杏子は、宙にいるクロの剣を受けたまま身体を後ろに倒す。
それにより、クロは杏子と共にバランスを崩し、彼女の方へ前のめりに倒れていく。


そして、空中にいるクロの腹を巴投げの要領で思い切り蹴り上げた。


クロ「かっ、は」


呼吸が止まり、視界が真っ白になるも歯を食い縛って意識だけは踏みとどまらせる。
しかし、クロの身体は上へと投げ飛ばされてしまった。

打ち上げられたクロを見上げる杏子は、これまで何度も見てきたそれを真似るようにニタリと笑い。


手に持った槍の柄を折った。


いや、折れた槍の柄と柄の間は鎖で繋がれており所謂三節棍の形をしていた。
杏子がそれを振るうだけでその周囲を変幻自在に延び狂い、彼女を取り囲むように舞っている。


そして、クロが引力に従い落ち、彼女の間合いにまできた。


杏子「これで終わりだ」


彼女はただ手を振り上げただけにすぎなかった。
だが、しかし、ただそれだけの動作で彼女の操る三節棍は暴れ狂い、まるで渦を巻く暴風雨のように激しくクロの全身を打ちのめした。


まどか「クロちゃん!?」


激しく身体中を揺さ振られ、四方八方からの打撃と時折含まれる斬撃に、叩きつけられ、切り刻まれていく。
どこか遠くから、まどかの絶叫が聞こえる。


今にも泣きそうな声、耐えるように閉じていた目を無理矢理こじ開け、前を見据えた。


───大丈夫だ。すぐに勝つ。


やがて、攻撃を終えたのかクロをそこから弾き飛ばし、伸びていた武器を元の槍の形に戻した杏子はそれを肩に担ぎ、快活に笑った。

杏子「どうやら勝負あったみてぇだな」


吹き飛ばされ地面に転がる黒猫を満足そうに杏子は見下ろしていた。
そう、これでいい。
邪魔をする者はたとえ親しい者だろうとなんだろうと蹴散らし、前へ進む。


そうしてきたのだ。
自分は、それで『平気』なのだ。


かつて、そう誓い、今もまだその誓いを断行できる。
それを、今回は試したとも言えるかもしれない。


そして、自分は果たした。


杏子「私の勝ちだ」


杏子は背を向け、歩き始めた。
もう、ここには、彼には用はない。
勝利宣言を残し、そこから去ろうした時だった。


「待てや、この雑魚」


その背に侮辱的な言葉を投げ付けられた。


杏子「あぁ?」


勝利者に向けたにしてはあまりに不釣り合いな、それどころか泥を塗るような言葉に怒りを露わに振り向けば先程ズタボロにしたはずの黒猫がそこに立っていた。


────またしても、ニヤニヤ笑いながら。


杏子は舌打ちをして、彼を睨む。


杏子「ふざけるな。この勝負は私の勝ちだ」


クロ「おいおい……どこのどいつが負けたんだよ。わりーがこの辺りじゃ見なかったな」



杏子「挑発か?随分と安い手を使うじゃねぇか。そんなもんで私は我を失ったりしないぜ」


自分を怒らし、隙を突こうとでも言うのだろうか。
しかし、そんな物は効かない。
レベルの差がはっきりしてるなら尚更である。


杏子「私は最強の魔法少女になる人間だ」


もう一度、勝利の宣言と、敗北の宣告を、叩きつける。


杏子「そんじょそこらの足下にいる雑魚にも力は抜かない」


その言葉に、クロはもう一度嗤う。
嬉々として、鬼気として、大声で。


クロ「なら、今度から頭上にも注意しな」


杏子「なに?」


その舐めた態度に顔をしかめる杏子に向けて、クロは剣の切っ先を向けた。


クロ「オイラの名前は『クロ』だ。テメーにゃそれで十分だろ!」


その言葉の意味を杏子は問う事はできなかった。
同時にクロは全力でその剣を杏子がいる場所の壁の少し上辺りに投げつけたからだ。


杏子「また、コケ脅しを……!?」


そして、剣が突き刺さった壁に亀裂が入り、蜘蛛の巣状に広がり、広がり、広がり、広がり、広がり───最後には崩れ、瓦礫になり。


杏子「うわあああああ!?」


杏子に降り注いだ。

杏子「くう……」


何が起きたのかは、分かっていたはずだが、一瞬その記憶が途切れてしまった。
だが、その結果として自分の下半身は見事に瓦礫に挟まれ動けない。


一応の事、痛みはそれほど強くないが身動きがとれない。
どんなに暴れても、もがいてもその戒めは解けなかった。


杏子「っ……ん?」


と、そこに這いつくばり見つめていた地面に影が差した。
嫌な予感がして顔を上げると、喜色満面な顔で自分を見下ろす黒猫がそこにいた。


クロ「やーい!やーい!ざーこ!雑魚女ぁ!!」


杏子「な、なんだと!!」


クロ「上手い事引っ掛かってくれたよなぁ!最初のガトリングは脅しじゃねーよ!壁を脆くするためだ!あの時点でテメーの敗北は決まってたんだよ!!」


あっかんべぇをして、更に舌まで突き出して、クロは杏子に向けて罵声とも言える言葉を爆笑と共にぶつける。


クロ「そんな事も知らねーで随分と偉そうに痛い事してくれたな!それより最強?最強つったな!?お前。ダッセー!最強を名乗る奴なんて最近じゃただのコメディ担当じゃねーか!!」


杏子「なっ!?なっ!?なっ!?」


少女に向ける言葉にしてはあまりに幼稚で悪意に満ち満ちており、よく見ればだが杏子の目には軽く涙が浮かんでいた。
だが、構わず、クロは悪魔的に笑う。

すみません。これからはしっかりと時間を指定して、無理な時も告知を出していきます。


明日は昼頃の投稿になります。
夕方は無理になると思います。


読んでいただいてる事にも、ご忠告にも本当に感謝しています。

正直、クロとしては『魔法少女』との戦いでは翻弄される傾向が高い。
銃火器や近接用の武器を扱う正攻法での戦いとは違う、未知の力、未知の戦法を使う人間を相手取るのは以前のマミ然り、今回の杏子然り、正直厳しいものがあった。


しかも、この少女は戦いに置ける正道も邪道も弁えた非常にやり辛い戦法をとってくるものだから、それは勝つならコテンパンにしてやらねば気が済まないクロである。


クロ「ヒャッハー!クロちゃん最強ー!!アッハッハハッ!」


苛つきと怒りと屈辱で顔を真っ赤にした杏子の額をピシピシと叩きながらクロは笑う。
その態度は当然、杏子を更に煽り立てていく。


が、どんな人間にも許容範囲というものがあり、とうにその許容を遥かに超えている人間がぶち切れると、自棄バチな行動に出る事が世の常である。


杏子「うがあああああ!!」


顔を近くに寄せて笑うクロを頭のネジが切れたような絶叫をあげながら両腕を振り上げた杏子は、そのままクロを視線で殺す勢いで睨み付け、宣言した。


杏子「かかってこい!!もう、このままでもてめえをぶっ殺す!!」



クロ「ほほぅ」


這いつくばり、無様な姿でありながらその覚悟、その覇気、何よりその根性は大したものでありクロは少し感心したように息を吐いた。
だが、すぐに凶悪な笑みを戻し、負けじと拳を握り込んだ。


クロ「やってみろや!!拳骨百発ほどその脳天にぶちこんでやらぁ!!」


何より、未だ乗り気であった。
実に楽しそうに身を乗り出し杏子に飛び掛かろうとする。
そして、杏子もまた拳を構え迎え打とうとした。


その刹那


「だめぇぇぇ────!!」


声が、飛び込んできた。


影が、飛び込んできた。


そして、衝撃がクロに飛び込んできた。


クロ「がふっ!?」


その時、クロは見た。
そう言えば存在を忘れていた鹿目まどかが絶叫と共に、どこから持ち出したのか分からない鉄パイプを手に持ち、まるでゴルフの要領でクロに一撃を打ち込んでいたのだ。


完全に、これ以上ないくらいに意表を突かれたクロである。
一般人のまどかであるが身体の筋肉の使い方からパイプの振り方から完璧であった。
正に神の一打だ。


もしかしたら今日一のダメージを味方から受けてしまったかもしれないクロは壁に顔面から突っ込んでしまった。

まどか「クロちゃん!無抵抗な女の子に酷い事しちゃダメでしょ!?」


クロ「……いや、これは無抵抗じゃねぇだろ」


まさかの人物からのまさかのダメージに頭をふらつかせるクロに、まどかは聞き分けのない子供を叱るように人差し指を立てている。
しかしその、人によれば可愛いらしいその態度も、先の攻撃と照らし合わせたら何やら薄ら寒いものも感じた。
そう言えば、前もこんな事でまどかに怒られた気がする。


クロ「なぁ、最近理不尽が過ぎねーか?気のせいじゃないよな」


まどか「だってこうでもしないと止められる気がしなかったし……」


果たしてそれは慣れからくる遠慮の無さなのか、彼女自身の成長(?)の証なのかは微妙な所ではあるが、まどかはまどかで後戻りできない領域に来ているようだ。


まどか「もう帰ろう。クロちゃんの勝ちだよ」


杏子「なんだと!冗談じゃない!まだ勝負は着いてねぇぞ!」


まどかの言葉に異を唱えたのは杏子である。
それはそうだ。
彼女からすれば勝負の行方がこんな結末であれば納得なんてできるはずがない。
それを見たクロは実に楽しそうだ。
もはや悪乗りの域である。



正直、クロは興奮状態にある。
久々の戦いにおける緊迫感や緊張感を味わう事ができた戦闘の後でまたその快楽を感じたい欲求に駆られていた。
例え相手がどんな状況にあろうとどうでもいい事だった。


クロ「よしよし、そうこなくっちゃなー。それじゃ第二ラウンドに行こ──!?」


腕を捲る動作までしていたクロの言葉はまたも尻切れトンボで終わった。
まどかが、彼の尻尾を掴み、引っ張り上げたのだ。


まどか「だからもうダメだってば!」


そして、そのまま走り出した。
まるで手提げバックでも持つようにクロの尻尾を掴みながら。
当然、彼の口からは言葉にならない悲鳴が挙がっている。


杏子「あっ!待て!待ちやがれ!!」


まどか「ごめんなさーい!!」


杏子の制止の声、それに何故か謝りながらもまどかの足は止まらない。


杏子「おい!いいか、これは私の不戦勝だぞ!!分かったかクロ!!」


クロ「なにぃ!?どう考えてもオイラの勝ち、って尻尾痛い尻尾痛い!」


お互いに遠ざかりながらも、自らの勝利を主張しあうが、セコンドがおらず、唯一そうなりえるはずのまどかにより二人は完全に引き離されてしまった。





クロ「…………」


まどか「はぁ、はぁ、はぁ」


クロ「………おい」


まどか「ふぁい?」


クロ「もう、いいだろ」


息もあがり、ポテポテと殆どもはや歩いているまどかを逆さに吊られたクロが睨んでいた。
しかしタロットの『愚者』を彷彿とさせるその姿にはそれほど凄味は感じられない。
だから、まどかは「あ、ごめん」といいあっさりと手を離した。


クロ「……けっ」


クルリと身体を回転させ地面に着地したクロはぶすったれて顔を反らした。
色々と不機嫌らしい。


まどか「あはは……ごめんねー?」


顔を覗き込んでくるまどかに一つ息を吐く。
あっさりと毒気が抜かれた。
これが彼女の人徳という奴か、もしかしたら自分の甘さなのか。
後者は少し受け入れがたかった。


クロ「あーあ、せっかく楽しくなってきたのになー」


まどか「喧嘩止めに来たのに、なんでクロちゃんまで喧嘩始めちゃうの?横で見てて凄く恐かったんだから」


クロ「喧嘩?あー、そういやそーだったな」


カラカラと笑うクロを見て、まどかは苦笑した。
やっと、この路地に入ってから日常に戻れた気がしてきた。



「相変わらずね……」


と、そこに透き通った声が響いた。
この静かな場所によく似合い、しかしこの寂れた場所には不釣り合いな美しい声だった。


まどかとクロが顔を上げた。


まどかにはよく知る声


クロにはよく知る匂いだった。


クロ「……これは」


まどか「ほむらちゃん!」


訝しむクロの声を掻き消すようにまどかの嬉しそうな声が響く。
そして、それに応えるように突然、目の前に美しい黒曜石にも似た輝きを持つ黒髪をたなびかした少女が現れた。


暁美ほむら、その人である。


少女は、まずはまどかをジッと見つめる。
その緊張感に思わずまどかの背筋は伸びた。


ほむら「怪我はない?」


いきなりの質問に口を開くのを忘れてまどかは首を縦に振る。
驚きと、心配されていた事に対する喜びと。


クロ「よ、久しぶりだなー」


次に、クロが声をかけた。
軽く右手を上げながら旧友に気軽な挨拶をしているようだ。
その姿を一瞥し、ほむらは静かに目を閉じる。
まどかは、彼女がどこか疲れているように思えてならなかった。

まどか「そ、そうだ。ほむらちゃん、今までどこに行ってたの?心配してたんだよ」


まどかの言葉には嘘偽り、一つも感じない切実さが籠められていた。
まどかにとって、ほむらがいないという事はそれなりにイレギュラーな自体になりつつある事の証明である。


その様子に、ほむらはまぶたを開き、そして静かに語り出した。


ほむら「天童コーポレーション……それが今回の黒幕よ」


クロ「黒幕……へぇ、あの躾の悪い犬の飼い主の事か?」


それは、まどかへの言葉ではなく、明らかにクロに対するものだった。
いきなりの事に着いていけないまどかがオロオロとほむらとクロを交互に見る。
分かる事は、決して穏やかな会話をしている訳ではない事くらいだ。


ほむら「天童コーポレーション……隣街にある大企業よ。犬が現れる地点の半径1㎞以内には必ずその会社のロゴが入ったトラックが確認されているわ。恐らく」


クロ「その会社の誰か、もしくはその会社そのものがってところか?どっちにしろ馬鹿野郎だな」


いつものように耳を掻くクロであるが、彼がそんな行動に出る時は裏で何かが起きている証拠だ。
少し、だがそれでも濃い付き合いであるがゆえにまどかは分かってしまった。

何か、隠されている。
見ないように、触れさせないように、近付かせないように、分かっている。
自分が、また守られている事くらい、まどかは分かっている


そう思うと、何も言えなくなってしまう。
自分が、口を挟んでいい問題じゃないからだ。
口どころか、手も足もだせず、見据える事すらできない。


ほむら「これからどうするの?」


クロ「………さーてね。それは後から考えるさ」


「そう」静かにまどかは頷いた。
その無駄な物がない意志疎通が、まどかには羨ましい。
自分には、そんな力すらないのかと、顔曇らせた。


ほむら「ところで、その、私が用意したおにぎり食べたかしら」


と、話題が変わった。
これもまた自分の知らない話である。


───だから


クロ「…………」


クロの顔色が変わった理由が分からない。
まどかは、知らない。
今朝、クロはほむらにおにぎりを振る舞われていた事を、そして、そのおにぎりを───クロは食べなかったのだ。


クロ「佐倉杏子って奴が勝手に食っちまったんだ!」


ほむら「なんだって、それは本当かしら」


クロはこれ以上の面倒事は嫌だった。
だから、仕方がない。
仕方がないのだと、言い聞かせながら、一人の少女を売った。


ほむらは何やら黒いオーラを漂わせながらクロ達が走ってきた方へとゆっくりと歩いていく。
クロとまどかは、顔を見合わせるとそこから急いで逃げた。
悲鳴が聞こえたら、罪悪感で眠れない気がたのだ。

今日は以上になります!


明日は夜の投稿になりますので、よろしくお願いします。


ありがとうございました。

ごめんなさい。


今日の更新は厳しいです。


明日の夕方からの投稿に変更させて下さい。


毎回、失礼します。






やたらめたらと走っていた速度を緩めて、今はトボトボと路地を歩く。
どこをどう進めばいいのか分からなかったのでなんとなく音がする方へ、光が濃い方へとまどかとクロは歩いていた。


そのうち、いつまでも黙っているつもりはなかったのだろうかまどかは少し暗い顔をして口を開いた。


まどか「……クロちゃん」


クロ「おう」


まどか「何かあるの?」


クロ「それはどれの事を言ってんだ?」


肩をすくめるクロの姿に、まどかは首を捻る。
気になると言えば、どうしてほむらはあんな行動に出たのか。
杏子はどうなったのか(想像がついたから逃げたとしても)。


しかし、それだけでなく他にもたくさん。
質問しておきながら『どれ』とは一言では言えなかった。


まどか「犬とか飼い主とか、あと天童コーポレーションって……」


クロ「……」


よくあんな会話の端々にある単語を覚えていたものだ。
せっかくあまり気に止まらないように適当に話したというのにと思い、クロは耳を掻いた。
いや、だからこそ、敏感なまどかの心は感じ取ったのかもしれない。


まどか「すっごい大きな企業なんだよ?その会社……。市議会も条例作るには、まずそこの邪魔をしないかどうかを話し合うって噂があるくらいの……他にも一杯恐い話があって」


さっきは聞けなかった事が今になって口を割ってくる。
不安が、懐疑が、言葉を震わせた。
巻き込まれているのは誰なのか、もしかしたらそれは自分なのかもしれない。
そして、それがクロを、ほむらを巻き込んでいたら、もう既に家族が巻き込まれていたら───まどかはただただ恐かった。


クロ「バーカ」


そんなまどかをクロは小馬鹿にするように顔をしかめた。


クロ「なんでもねーよ。これはオイラが買った喧嘩だぜ?」


安心させようとする訳でもないその態度は、これ以上の干渉をやんわりと拒否していた。
下から呆れが含まれた睨みを飛ばされる。


クロ「お前が気にする事じゃねーよ」


その優しさに気付けないほど鈍感じゃなかった。
彼がどうするつもりかも分かった。
だからこそ、辛いのだと、だからこそ悲しいのだとまどかは思う。

夕方といいつつ、こんな遅い時間ですみません。
そして明日は朝が早いので投稿をストップし、明日の午後一時からもういちどスタートします。




まどか「……でも」


そんな少女の姿を見て、クロは小さく息を吐いた。
こういうのは、あまり慣れてない。
元の世界の連中のクレイジーっぷりと比べる事すらできない『年相応』っぷりへの対処法は残念ながら持ち合わせがないのだ。


だからと言って、事情を説明する事ほど愚かしい事はない。
やはり常識的に考えて、無駄に不安を煽る事はないし、本音を言うと教えた所でどうしようもないとも思う。


クロ「ったく、そんな事より勉強しろ。勉強。学生の本分だろうが」


まどか「うっ、それもそうだけど、なんか違うような……」


煙に巻かれてる上に義務教育中の学生として図星を突かれた。
ここだけの話、正直つい最近はあまり勉強に身が入っていないのは事実である。
まどかとしては、許されるなら、ここのところの騒動も騒動なので『しょうがない』という言い訳を使いたいところだったが、やはりそうもいかない。


まどか「はぁー……」


切ないため息が今度はまどかから漏れる。
万感が込められたその態度に、クロが茶々を入れる事はなかった。




それから、あまり何が変わるという訳もなく一人と一匹は歩いた。
稀に交わされる会話と言えば「この道はさっきも通ったのか」と言い合ったり、「時間も遅いので早く帰ろう」と思い出したように確認しあった。


そのように時間をつぶしているうち、次第に、この路地に入った時とは逆に人工的な光が強まり、大勢の人間の声という声が聞こえてきた。


そのまま真っ直ぐに光と声の方に歩む。


────そして


『ねぇねぇ、カラオケ行こうよ』


『えぇ?今日めちゃ混んでんじゃないの~』


女子高生の何気ない会話が聞こえた。


『あ、はい。承知致しました。はいっ、はい。そのように……ありがとうございます』


サラリーマンの情けない声が聞こえた。


ここに来た時よりも、強い光を振りまいている。
やっと事で繁華街に辿り着いた。
辿り着いた、というより、色々な意味で戻って来た、と言う方が正しいのかもしれないが。


まどか「長かったね……」


クロ「長かったな……」


それは決して、更新期間や投稿的な意味合いだけではなく。
この瞬間、ようやく日常に足を踏み入れる事ができたという感嘆の言葉だった。



ふと、空を見上げれば強い光に邪魔されて分からなかったが、随分と空は暗い藍色に染まっている。
残念な事に時間を知る手段がないが、もう、それは『夜』と呼んでしまってもいいだろう。


クロ「お前、門限とかあるのか?」


まどか「……ううん、無いよ」


クロ「え、そうなのか?」


まどか「うん、ママには『一度で良いから朝帰りくらいしたらどうだ?』って言われた事もあるよ」


あぁ、あの母親を思えばそれ程意外ではないのか。
我が娘に非行を勧めるとは教育的観点から見れば暴挙以外の何物でもないはずだが、このまどかにそんな真似できるはずはなかっただろう。
あるいは、それも計算に入れた上でまどかの自制を狙った言葉だったのかもしれない。


そして、その読みは正しい。
今まさに、まどかはソワソワしている。
こんな時間での帰宅には慣れていないのだろう。
ならば、いつまでもここにいる意味はない。


クロ「とは言っても、明日の朝までは時間がたっぷりあるからなー、今日のとこはとっとと帰ろうぜ」


まどか「あ……うん!」

まどか「って、ちょっと待って!」


と、そこで彼女は思い出した。
そう、絶対に忘れてはいけないはずだったが、これまでの騒動で頭の隅に追いやっていた事が、今ようやく引っ張りだされたのだ。


まどか「さやかちゃん!まだ戻って来てないよ?」


クロ「おぉ、そういやそうだな」


クロはすっかり忘れていたが、杏子との戦いの原因になったのはそもそもさやかへに肩を貸したがために杏子に敵と見なされたためである。
そして、さやかは魔女だか使い魔だかを追いかけていったはずだ。


厳密に言えば初めての戦闘という訳ではないが、それでも色々とハンデは背負っているはずだ。
あの負けん気の強さでは負けはしないだろうが、それでも倒すまでに時間はかかるかもしれない。


クロは顔をしかめて頭を強めに掻く。
探しに行くべきだろうか。


クロ「あーっ、たく!」


答えが早めに出てしまった。
多少時間がかかってもまどかとさやかを二人揃えた方がいいだろう。
手のかかるのは目の届く場所にいてもらおう。


クロ「ん?」


が、そこまでの考えは全て徒労に終わりそうだった。
目当ての人物の匂いが鼻に引っ掛かったのだ。
すぐ、近くにいて、こちらに向かっている。


クロ「あん?」


しかし、それにしては少し妙だ。
何というべきか難しい。
匂いは確かに近付いてはいるのだが、それに覇気がないし、勢いも感じられない。
あまりに、感覚的過ぎて、それをまどかに伝える事は控える。


しかし、そうこうしている内に、それはフラッと目の前に現れた。


まどか「さやか……ちゃん?」


まどかは驚いた。
誤解を恐れず敢えて言うなら、それが本当に美樹さやかなのか疑ってしまったくらいだ。
それほど迄に、その姿は衝撃的だった。


彼女は、もう別れた時の魔法少女の姿ではなかった。
すでに見慣れた制服姿である。
しかし、真っ赤になった目元、ギュッと下唇を噛み締めて、両の手を握り込んだその姿を見るのは、まどかは初めてだった。


普段、さやかは喜怒哀楽をふんだんに振りまいている少女だが、その中でも怒りや哀しみは少し普通とは異なる姿を持つ。
彼女にとって、仮面とまでは言わずとも隠れ蓑ではあった。


哀しみを隠すために哀しみ。


怒りを隠すために怒る。


その本当の哀しみや怒りを隠すために、さやかはすぐに冗談めかしてしまう。
それは厄介な事に、さやか自身の為ではなく。
彼女の周囲の為にしている事なのだ。



まどかにとって、さやかは気遣いの人で、こんな風に感情を必死になって押し殺そうとしている姿はあまり見た事がなかった。
もしかしたら、以前にも見た事はあったのかもしれないが、自分は今日まで意識的に忘れていたのだろう。


だから、こんなにも自分は戸惑いの中でかける言葉を見つけられずにいるのだとまどかは思った。
さやかも、未だ俯いたままである。


クロ「───よう、さやか」


だが、その沈黙はあっさりと破られた。
その場の空気に絡み付く迷いも、閉塞感も、気にも止めずにクロは口を開いた。


クロ「ダメだったか?」


ピクリ、とさやかの肩が跳ねた。
まどかもその反応でようやく察した。
さやかは、あの時追い掛けていったモノに追い付く事ができなかったのだ。


さやかの、記念すべき初陣は戦わずして負けに等しい結果になった。
不戦敗、と言う奴だろうか。
笑えもしない言葉遊びだと、まどかは自分で断じた。


さやか「あと……もうちょっとだったんだ……」


ややあって、さやかはポツリポツリと喋り出した。
切なげに、切実に───。

さやか「倒せたはずだった……もう、少しでも早ければ」


タイミングは、ほんのボタンの掛け違い程度の差異で失する事になった。
彼女が必死になって駆けている間にその気配は掻き消えてしまったのだ。


諦める事なく、彼女は走り回った。


───道という道を、道無き道を


それでも、彼女は使い魔も魔女も見つける事はなかった。


さやか「あんな所で……あんな所で邪魔されなかったら倒せていたのに!!」


最後の言葉を、さやかは抑えるできずに叫ぶ。
街の往来で、数人は言葉に含まれた剣呑さにギョッとして振り返るが、特に気にした風でもなく歩き去っていく。


こんな人ごみの中では一人の少女の怒りなど、よくある事の一つでしかないのかもしれない。
例えそれが、どんなに特殊で彼女以外では抱える事のない怒りだとしても。


クロ(……ま、どーでもいいけどな)


そう、どうでもいい。


そう思い、一つ息を吐いた。
耳を掻きながら、少し思案する。
何故だか今日はこんな事ばかりしている気がした。


クロ「気にすんなよ。次があるだろうが」

その言葉は、その気だるそうな態度とは裏腹に思いのほか優しい響きを持っていた。
それには、さやかも多少驚いたのか顔を目を見開いて上げた。


彼女自身は、そんな言葉をクロにかけられるとは思っていなかったのかもしれない。
闇雲な怒りが、我にかえった事で少しは収まったように見えた。


だが、それでも当然納得はできないのだろう。


さやか「次って……でもッ!」


泣きそうな声だった。
親に叱られた子供が必死に弁解しているような痛々しさ。
そして、彼女は、『子供』そのものなのだ。
だから、分かっていない。


さやか「私が見逃したアイツが誰かを襲うかもしれないんだぞ!?私が……私のせいで……次があるなんて、そんな言葉馬鹿げてるよッ!」


そういう事ではないのだ。
本当に、大切な事は。


クロ「お前なぁ、次があるって事を舐めてんじゃねーよ」


さやか「……え?」


目に涙を浮かべてポカンとしているさやかの目を鋭い瞳が射ぬいていた。


クロ「お前は戦うんだろ。よく分かんねー化け物と戦うっつーんだよな?」

さやか「……うん」


いつになく素直に聞いているさやかを見て、クロは更に言葉を続ける。


クロ「明日をも知らない命かもしれねーんだぞ。戦ったって勝てるか分からん相手だっているかもしれん」


空気が止まった気がした。
周囲の音全てが消え失せて、ただクロの言葉がなによりクリアにさやかの耳に届く。


クロ「なぁ、そんな日々の中で次があるって馬鹿にできたもんじゃねーと思わないか?」


さやかが戦いという行為をどう思っているのかは知らないが、もっと低俗な言い方をすれば『戦い』はこの場合『殺し合い』とも言い換えられる。
彼女は、望んでしまった。そんな日々を、図らずも。
原因が原因なだけに死なせるつもりはこれっぽっちもないが。
それでも、嫌がる事もなく彼女は戦うと言う。


それならば、諦めさえしなければチャンスがある。

そんな不幸中の幸いに気付く事が必要なはずだ。

次がある事を甘えと取り、嫌悪する人物がよくいるがそれは若さでもなんでもなくただ幼稚なだけだ。


さやか「………」


クロ「お前はよくやった方だと思うぜ?ちゃんと、生きて帰ってきたじゃねーか」

非常に更新遅れました!
申し訳ありません。今日まで忙しかったです。
これから時間の許す限り投稿します!

言葉の意味が分からない訳ではないのだろうが、未ださやかの顔が晴れる事はない。


生きているという事は、ただそれだけではない。
そして、生きるという意志そのものですら換えられるモノのない価値を持つ。
皆が皆、泥食ってでも生き延びようとしていたロクでもない世界に身をやつしていたクロにはそれがよく分かる。


もしかしたらマミも、ほむらも、あの杏子ですら理解はしているのかもしれない。
ただたださやかの場合経験の少なさと、それが故の溢れんばかりの熱意が聞く耳というのを阻害しているのだろう。


少し困ったように顔をしかめてクロは腕組みした。


まどか「………さやかちゃん」


遠慮がちな声が街を行き交う人々の声を縫うように届く。
さやかが顔を上げると、そこには少し照れたような笑顔を見せているまどかがいた。
おずおずと、心に決めている行為でありながら自信なさげな姿はいつもの光景である。


まどか「私は嬉しいよ。さやかちゃんが怪我とかしないで帰ってきてくれて、本当に嬉しい。だから……だからそんな顔しないで」

そこまで聞いて、さやかはまどかの笑顔の理由に気付いた。
そう文に起こせば大層な事実がありそうな言葉選びになるが、なんの事はない。
ただそれは、


まどか「お帰りなさい。さやかちゃん」


大切な、大切な親友の帰還を喜ぶ笑顔だった。


さやか「ぁ……」


その笑顔に当てられて気が抜けたように小さな声が彼女の口から漏れた。
そして、それは文字通りの意味だったのだろう。
今度こそ、さやかの身にまとわりついていた張り詰めた空気が和らいでいった。


さやか(そうか……そうか……)


友の言葉で気持ちが落ち着く。
そして、ようやく心のどこかにつっかかってすんなり入って来なかった言葉が流れ込んできた。


そうか──生きて帰ってこれたからこそ、友達にも会えた。


その声を聴けた。


その笑顔を見れた。


───そう、納得する事ができた。
少し冷静になろうと考え、さやかはいつものその笑顔に、自分もまたいつもの笑顔で返す。


さやか「ただいま。まどか……クロ」


また気付かされてしまった。
先程より深い笑顔で頷くまどかの隣で、ぶっきらぼうに返事をしながら片手を上げるクロを見た。

またお礼を言おうとするとはぐらかされて喧嘩になるかもしれず、しかし何もしないでいるのは癪でもある。
だから、ニヤニヤしながらその黒猫を見つめてみると眉をひそめて顔を反らされた。
胸がスッとする。
本来の自分がどうだったかを思い出す。


さやか「まぁ、確かに今回は失敗だったけど、これは次回の魔法少女さやかちゃんの活躍の伏線だぜ!見てなよいい子の皆!!」


まどか「さ、さやかちゃん……。声が大きいよっ」


さやか「なんだよ。元気出せって言ったり静かにしろって言ったり。これが普段通りだろー?」


そうだけど、とモゴモゴと呟くまどか。
元気を取り戻した……とはまた違うが、いつもの調子に戻ったさやかにホッとはするが、魔法少女がどうとかの言葉はあまり人に聞かせていいものじゃない。


それに、周りをよく見れば何人か此方を見て固まっている。
やはり、さやかの正体がばれるとまではいかないが何らかの疑問を抱いても不思議はない。


クロ「おいおい、人前でんな事ベラベラと喋んなよ。自覚が足りねーぞ」


さやか「ハイハイ、分かりましたよー」


クロの言葉に先程とは打って変わって軽いノリで返事をする。
そんなさやかに対し、クロは威厳とまではいかないが仁王立ちで腕を組み諭すような態度である。


猫が、仁王立ちで、喋っていた。


まどか「………」



猫が、二本足で立ち、喋っている。


よくよく周りを見てみると、周囲の視線はさやかではなく、クロに向けられていた。
さもありなん、そう言えば随分と長い間、彼はそんな風に振る舞っていた。


もう、『いえいえちょっと口の悪いファービーなんですよ』などという言い訳も通じない。
まどかとさやかは顔を見合わせて頷く。


さやか「逃げろっ!」


まどか「了解!」


クロ「うぉっ!?」


さやかはクロを掻き抱くようにして胸に収めると、すぐさまその場から駆け出した。
そのすぐ後を、まどかもまた追う。
脇目もふらず振り返らず、彼女達は走りに走り、ポカンと取り残された人々の目の前で繁華街の人並みに消えていった。


その場にて、それでも数人ほどが立ち止まっていたが、首を捻った後、すぐにまた歩き始めた。
少しの異常が流れだした日常に押し流されていくように、もうそこには先の騒動を見た人間は残っていなかった。


だが、後に夜遊びをしている中学生を叱る夜回り化け猫が現れるとの都市伝説がまことしやかに語られるようになった…………かどうかは微妙である。



────住宅街



さやか「はぁ、はぁ……」


まどか「はふぅ、も、もう、ダメ」


あれだけ目に焼き付いていた大量人工的な灯りから遠ざかれば、今目に映るのは蛍光灯の小さな灯りと家々から漏れる生活灯である。
それでは、真っ暗とは言えないが暗く感じるのは当然だろう。


そんな、道をさやかとまどかは激しく肩を上下させながら立ち尽くしていた。
繁華街から人をかき分けながら、必死にここまで逃げてきた二人の体力はここに来て限界に達した。
特にさやかは、今日は様々な理由から街中を駆けずり回ったためか、膝に手をつき、うなだれながら顔を赤くしている。
季節が季節なら湯気が立つかもしれなかった。


まどかも辛そうにコンクリート塀に背を預けて呼吸を乱しているが、さやかほどではなさそうだ。
多少、言葉を発せられるだけマシと言えるかもしれない。


クロ「もうヘバったのか?情けねーな」


そんな二人を下から見上げながら、それでも生意気にも愉快そうに口を歪めて、クロはからかう。
さっきまで、さやかに抱きかかえられながらここまで移動していたが、それに対するクレームを入れる前にさやかがへばって手を離した。

それもあってか、辛そうではあるものの恨みがましい視線をさやかはクロに向ける。


さやか「誰の……ぜぇぜぇ……せい、で」


途切れ途切れ、しかもその合間に荒い呼吸が混じっているためよく聞き取れなかったが、それだけでも十分過ぎるくらいのメッセージ性があった。
今日だけでも散々な艱難辛苦を味わった者に対してあんまりの仕打ちではないか、とその瞳が語る。


クロ「わりぃ、わりぃ。つい何時もの癖が出ちまったんだよ。そういや、猫は喋らねぇんだったぜ」


まるで学校のテストの答案用紙に名前を書き忘れ事を打ち明けるような気楽さで語る彼の言葉に『そんな基本を忘れるような日常にお前は普段からいるのか』と突っ込みを入れたくなるさやかだが生憎と唇から漏れるのは言語ではなく二酸化炭素ばかりだ。


しかし、それこそが何よりも多弁で言葉よりも確実に彼女達の現状を教えてくれる。
クロは、小馬鹿にしたニヤニヤ笑いを引っ込めると腹のハッチを開き、そこに手を突っ込むと、そこから何かを引っ張り出した。


クロ「……ほらよ」


彼は、そのままそれを粗雑にさやかに向かって放った。


さやか「ん?──って、うわわっ!?」


あまりも適当に、そして突然に物体が飛んできたため大層驚いたさやかは裏返った声で小さな悲鳴を上げる。
それでも必死に手を伸ばして、それを掴み取った。


さやか「あっぶないだろ!?何をしてくれ……ん?」


どんな危険物を投げてくれたのかと怒鳴り散らす寸前、手の平にある柔らかいプラスチックのような感触と、冷たい温度を感じた。
そして、別に確認するまでもないその形状、それでも一度目視する。


さやか「ポカリ……?」


蛍光灯に下で照らされたそれは普段からよく見知った青と白のロゴである。
それが、冷えた状態で、勿論新品でさやかに与えられたのだった。
目を丸くしてクロを見ると、彼は明後日の方向を見ている。


クロ「正当な報酬ってヤツだ。なんか文句あんのかよ」


微妙な沈黙、クロもさやかも視線を定めていない。
なんと言えばいいのかもお互い分からないようだ。

中途半端かつ、少しだけでしたがココまでになります。
金曜日の予定がずれ込みましたスミマセン。


次は月曜日になります。
いつも、ありがとうございます。

クロ「だああああっ!!ったくいつまでグチグチうじうじやってんじゃねーよ!この馬鹿!!」


が、それも束の間と言えばそうであった。
沈黙に耐え切れず、ある種の好奇にも似た視線にも耐え切れず、クロは苛立ちを隠さずに叫んだ。
少女に対して優しくするにはどうすれば彼なりに考えてはみたが、どうやら照れが臨界点を突破してしまったらしい。


さやか「ば、馬鹿だって!?こっちだってね……えぇっと」


言葉が続かない。
さやかはさやかで向けられた好意にどう返せばいいのか分からない。
昔ながらの親友達相手なら冗談の一つでも交えながらお礼の一つも言えただろうが、相手が相手だ。
しかしそこには、これといった悪意と言う程の物はない。


さやかに言わせれば『複雑な事情』があり


他者から言わせれば


まどか「もう、さやかちゃんってば照れちゃって」


と、最も端的に第三者的意見をまどかに述べられ。
さやかは眉をしかめて頬を染めた。
全く、たまに彼女は真を突いた事を余計なタイミングで言うのだから、と思いながら。

さやか「このオトボケ娘!余計な事をば言いおってからに!!」


そして、実際に行動にも出なければ気が済まない。
隙を突いてまどかを後ろから羽交い締めにして脇の下から手を突き出し、彼女の両頬をつねりあげた。


まどか「いふぁい!いふぁい!いふぁい!いふぁい!」


両脇を固められているために身動きが取れない。
つねっている両腕を振りほどけないために不明瞭な悲鳴を挙げ続けている。


クロ「おら、どうした。その無駄口こいつでふさいでやろうか?」


そして何故か、クロもまどかの首に腕を絡ませるように張り付いて、もう一つ持っていたのだろうポカリのペットボトルを彼女の顔に押し付けていた。
しかしその顔にはいつものニヤケが張り付いていない。

存外照れ隠しで、それを指摘される前に口を封じようという意図があるのかもしれない。


まどか「ち、ちめふぁいよぉ!」


クロ「るっせー、ごちゃごちゃ言わずにとっとと飲め」


まどか「わらひは、ろっちかっていうとアクエリアスのほうが」


これもまた、余計な一言である。
ついでに言うと、タイミングどころか内容も悪い。

さやか「なんだとぉ?お前もポカリの粉っぽさを槍玉にあげる質か?このっ、このっ!」


何故か手の力を強めたのはさやかの方であった。
さらにつねりあげられたまどかの柔らかい頬は伸びに伸び、引っ張られ細くなった瞼から涙が姿を見せていた。
まどかを虐めている二人の姿は先程微妙な空気を醸し出していたとは思えないほどハツラツとしている。
お互いに、なんとか誤魔化そうとしているが故の態度だろうが、ただひたすら巻き込まれたまどかは不運であった。


「────何をしているの」


が、そんな彼女にもようやく救いが訪れた。
二人と一匹の騒々しい声が響き渡っていた住宅街に、彼らの声に一つの大人びた少女の声が割って入った。


クロ「おわっ!?」


そして、その瞬間にクロの身体中をリボンがグルグル巻きにしたかと思うと彼をまどかから引き離していく。
小さな身体は軽々と宙を舞うと、リボンの繰り手の元に引き寄せられていった。




見知った姿に、聞き知った声、そこにいたのは巴マミであった。
顔付きはいつものように穏やかではあるが、その瞳は多少相手を嗜めるような厳しい色付きである。
辺りに降り掛かるように広がる宵の闇の中で、金色の髪が蛍光灯に照らされてキラキラと輝いていた。


クロ「………よっ、マミ」


少しの沈黙の後、クロは軽く右手を上げた。
その姿は、魔法少女の力を行使している事の証とも言えるきらびやかなものになっている。
少し前に見てはいるが、流石に随分と魔法少女の姿を見てない分、新鮮な気分にもなる。


そして、こうしてリボンでがんじがらめに縛り上げられるのもまた久方ぶりであった。
クロの小さな体躯は、マミの目の前に運ばれ、目線も無理矢理にマミに合わせられている。


マミ「クロ……あのね」


クロ「あぁ、はいはい分かってるっつーの!悪かった悪かった。少し悪のりが過ぎたよ!後でまどかにも言っとく!」


やはり、先程のまどかへの態度、見られていたようだ。
小言を貰う前にとクロはやさぐれながら謝る。
まるで、母親に勉強を急かされた時の子供だ。

マミ「分かってるなら尚更ダメじゃないの。女の子は特に心がデリケートなんだから」


ご丁寧に人差し指を立てながら『めっ!』とまで言ってくれる少女に眉をしかめて、それでも言い返さずにクロは顔を反らすばかりである。


マミ「まったく……貴方は頼りにはなるのだけど」


その姿に腕組みしながらマミはため息をついた。


静かな住宅街に響いた騒ぎは遠くからでも聞こえた。
だから、戦いの後に気がかりで行方を探していた二人の友人の声を聞いて、すぐに声の聞こえる場所に走ったのだ。


そこにいた黒猫の姿に、今回も彼が彼女達の手助けをしてくれたのかもしれないと思い、マミは少し嬉しかった。


しかし、相も変わらず嬉々としていじめっ子になっている彼には忠言が必要だとも思い、怒ってはみたのだが……、効果は残念ながらマミ本人でも見込めない。


それと、後一つ


さやか「マミさーん!お疲れ様でしたぁ!」


まどか「こんばんは。先程ぶりです」


二人のじゃれ合いを見て、頃合いを見て駆け寄ってくる二人にマミはにこやかに顔をそちらに向ける。


それに反応したさやかは返事の変わりにニッと笑い───。


まどか「?」


まどかが、怪訝な顔になった。

すみません。書き込みが遅くなってしまったせいでこれくらいしか投稿できませんでした。 反省です。


次回もまた、夜遅めです。


絵見ましたよ。
キャラがにこやかでハッピーな気持ちです!
これからも頑張ります!



見間違いかと思うが、どうもそうではない。
思い返しても理由は分からない。
だが、マミを思いやってみれば少し察しがついた。


あの、目。


嫌悪にはほど遠いが、敵意には少し近い。
憎悪とはまるで違うが、羨望とはよく似ている。


かつて、弟相手にかかりきりになっていた両親を見た時に少しだけ感じた胸の痛みを思い出す。


まどか(あぁ、分かった……)


『やきもち』『ジェラシー』──言葉ほど露骨ではないがきっとそういうものだろう。
傍から見れば仲良くじゃれていた自分達に、何か思う所があったのかもしれない。


そう納得すれば、なんと微笑ましく、可愛らしい反応だろう。
先輩である彼女に対しての言葉としては相応しくないかもしれないがそう思うまどかだった。


マミ「こんばんは。大丈夫だった?二人とも」


もう、さっきの感情はおくびにもださずに笑いかけてくれる彼女に自分の考察を述べる事はしない。
変わりに、ほっとけば意地の悪い笑顔になりかねないそれを満面の笑みにまどかは変換させた。



クロ「………」


そのいやらしい視線を感じ取ったのか、一瞬だけクロが苦虫を噛み潰したような顔で睨んできた。
別段、彼をからかった訳ではなかったが、どうであれ『好奇の視線』というものに良い思いは自分だって好きではない。
今度こそ、まどかは気を取り直した。


まどか「はい、勿論。さやかちゃんもクロちゃんも助けてくれましたから」


その言葉に、さやかの顔が少し曇る。
自分は何もしていないという思いが、やはりどうあっても拭いきれないのだろう。
そこまで来ると、それは励ましの言葉くらいでどうにもならない気もするので敢えてまどかは何も言わなかった。


マミ「──そう、良かった」


しかし、そんな二人の様子を余所に、マミはその場で深く安堵の息を吐いた。
犬との戦いの最中も、それを終わらせてから彼女達と合流しようと走り回っていた時も、ずっと心配で心配でどうしようもなかった。


それこそ、ここに来てようやくマミは一息つけたのだ。

まどか「でも、今日は犬のお化けも出るし魔女もでるし……ちょっと疲れちゃった」


マミのその様子に、何処かで張り詰めていたのかもしれない緊張の糸が緩んだのだろう。
苦笑いすら浮かべて愚痴っぽくこぼす。
同調の返事の変わりか、ため息が3つ程、つまりその場の皆がまどかに同感であった。


クロ「つーか、まどか。お前化け犬見たのか?」


もう先程から何度話題が変わっただろうか。
その場にいる者達の醸し出す微妙な空気の上で会話の主題はグルグルと回るばかりである。


まどか「うん………あれ、そう言えば、ほむらちゃんが言ってた犬ってあれのことなの?───じゃあ、天童コーポレーションって」


だから、だろう。


クロ「あぁ、お前も大変だな。大企業に命狙われてるなんて」


ついつい巡る会話に追い付こうと必要に駆られて口に出してしまった言葉は所謂いらん事であり、最も伝えてはならない人物に伝わってしまった。


まどか「うん、命を…………………………へ?」

この時、確かにまどかは確信に近づいてはいたが、真実までは知らなかった。 しかし、あまりに唐突にそれは彼女耳に伝えられる事となった。


クロ「………あ」


あくまで秘密離に行動をしようと決めていた張本人によって。
その張本人も、あまりの自らの唐突なボケに言葉を無くしている。


まどか「え、えぇぇぇぇ!ー!?」


絶叫が、夜の見滝原に響いた。


まどか「い、命って!狙われって!犬!?天童コーポレーション!?にゃんで!どうして!?」


クロ「アハハハ、災難だなー」


まどかは、見事に取り乱している。
クロは、既に開き直っている。
クロとしては言い訳のしようはない。
口が滑った、それ以上でも以下もないのだ。


が、勿論そう説明されたとしてもまどかは納得いかなかっただろうが。


まどか「なんでそんな澄ました顔ができるの!?ねぇクロちゃん!答えてこっち見て!命狙われてるって何!?」


クロの目線に合わせながら、その小さな肩をグラグラと全力でまどかは揺らしている。
普段の穏やかさはどこえやらだが、突如として出来損ないのギャグみたいな展開で自らの命の危機を暴露されて優しいままでいられる人間はいないのではないか。

マミ「ちょっと、まどかさん!人にはいつか間違いを犯す時が必ず来るわ!それが猫なら……尚更よ!」


まどか「マミさんっ!?」


マミは掴まれたクロをまどかに腕から奪い取ると、目をクワッと開きながらそう言った。
しかし、実際に猫は人より間違いを犯しやすい生物なのかは分からない。
答えを知るクロは迷惑そうに顔をしかめながらマミの腕の中にいる。


まどか「どうしてそう無条件にクロちゃんの味方に!?」


さやか「まどか、しょうがないよ……色々と」


まどか「分からないよ!その『色々』もいろんな事情をいっしょくたにされてるみたいで嫌だよ!」


さやかの言う「しょうがない」はマミのクロに対するフォローへの呆れがほとんどだったが、まどかには自分の命が狙われている事までそう言われているように感じられた。
だからこそ、全身全霊の感情を持ってそれを受け入れない。
つまり、駄々をこねた。


まどか「なんなのもぉーー!うわぁーん!」


いよいよ泣き出してしまった彼女を、マミとさやかは絶対に守る事を約束してなんとか落ち着かせ、その後、ようやく帰路につく事を思い立った。




クロ「……で、またお邪魔するわけか」


マミ「……本当にいいのかしら」


見慣れた、と言ってしまっていいのだろうか。
つい今朝方、出たはずの玄関に何故か戻って来てしまった。
少しばから困ったような顔のマミと仏頂面のクロは立ち尽くしている。


そう、そこは鹿目邸。


マミ「今日は流石に帰るつもりだったのだけど……」


因みに、さやかはここに来るまでの道で別れた。
随分疲れていたのか、フラフラになりながら歩いていくその背中が印象的だった。
そして、約束通りに警護もかねてまどかを彼女の家に送り届けて、そのまま帰ろうとした時、まどかに引き留められてしまったのだ。


まどか「まぁまぁ、いいじゃないですか」


随分と良い笑顔である。
つい先刻泣かしてしまった身としては、それを見るとどうにも断り辛い。
どうしたものだろう、とマミは少し考え込む。


まどか「折角、ここまで来た事だし、ママもパパもたっくんだって喜ぶと思います」


マミにグッと顔を寄せる。


まどか「かぐらちゃんもほむらくんもクロちゃんを待ってるんじゃないかなぁ?」


クロにもググッと顔を寄せる。




その姿に二人は言葉が詰まる。
言いたい言葉も言わなければならない言葉も飲み込まざるを得ない妙な凄味すら感じる笑顔をまどかは浮かべている。
ありがた迷惑という言葉すら超越した強制力がそこにはあった。


マミ「…………」


一瞬ではあるが、親御さんへに迷惑が……という言い訳がマミの頭を過るが、あの夫婦の事を考えれば無駄に終わりそうだったので口にはできなかった。
もう、本当に、分かり切っているのだ。


この扉を開ければ、あの夫婦が笑顔で出迎える事も、自分達の来訪も心の底から受け入れ、二言三言で快諾してしまう事も、短い付き合いでありながら、分かり切ってしまえる程、あの二人は深い。
それは器であり、度量と呼べるもの。


マミ「えっと……」


もう諦めるべき、それは分かるがどう言えばいいのだろう。
相変わらず、マミは他人の好意の受け方が苦手なままであった。


クロ「今日は疲れたし、腹も減ったしで、もう足が動かねーなぁ」


突然の口を開いたクロを、少し驚いた顔で見下ろしてみれば相も変わらぬ憮然とした表情がそこにあった。


クロ「……それでいいだろ?」


嫌々、とも取れる顔と言い草だが彼なりには納得しているのだろう。
もしかしたら、クロは他人の好意の受け入れ方がもしかしたら自分以上に苦手なのかもしれない。
だが、それでも彼はその想いに応えようとはする。


それが、自分との大きな差。
見習うべき点だろう。


マミ「……そうね。お邪魔しちゃいましょうか」


思案に耽っていた顔が柔らかく綻ぶ、それを見たまどかもまた嬉しそうに笑みを深めた。
普通、こういう場合は逆の反応をしなければならないのではないか。
喜ぶべきは自分達でなければならないのだが、どうにも調子が崩れている。


まどか「良かったぁ……。エへへ、正直、あの犬のお化けが怖いって事もあって……」


少し、申し訳なさそうな顔をしているが、勿論そんな事を気に病む必要はない。


マミ「それは、大丈夫よ。今日だけでもどこかの誰かさんは何度も失敗を重ねているみたいだし。流石に、今晩は攻めてこないはずよ」

ただの『読み』に過ぎないが確信はあった。
もし、彼らが馬鹿ではないのなら、そう簡単に何度も目的を挫かれている場所に貴重な兵隊を送らないだろう。


もし、馬鹿なら?
それなら、恐らく『色々と』楽になる。
だが、間違いなく、今回はこじれた事になりそうでもある。


まどか「へぇ、そういうものなんですね」


自分の理解の及ばない解答にキョトンとしながらも、マミのしっかりとした返答には安心感を得たのか、まどかは頷く。
それから、スタスタと自らの家の扉の前まで歩いていった。


まどか「じゃあ、尚更、今日はゆっくりしていってください」


ドアノブに手をかけた彼女の顔はこれ以上ないくらい輝いていた。
手首を捻り扉を開く、その一挙手を嬉しそうに見せ付けてくる。
その姿を片や微笑ましそうに、片や呆れながら二人は見守った。
そして、扉が開かれた瞬間、そこから暖かい光が飛び出してくる。


まどか「ただいま!」




「おかえりなさい」


まどかの言葉に対する返事は、すぐさまのズレもなく返って来た。
案の定、と言うべきかなんなのか、しかし、何故示し合わせていたかのように彼───鹿目知久は玄関に立っていた。
勿論、いつもの微笑みをたたえて。


クロ「お前、よくもまぁタイミングよくそこにいれたもんだな。まさか、ずっとそこで待ってたのか?」


いつもの事なのか、まどかはあっさりと受け入れ、マミは遠慮しているのか口をつぐんでいるため代わりにクロが突っ込みをいれた。
若干、本気の質問でもあった。


知久「ハハハ、まさか。たまたま声が聞こえたからここで待ってたのさ」


クロ「じゃあ、とっととドア開けりゃいーんじゃねぇのか」


知久「皆の話を邪魔しちゃ悪いだろう?」


そこは、年頃の娘を抱えた父親、いろいろと考えがあっての事だったようだ。
クロの無遠慮さ、不躾さがかえって引き立てられてしまう形になり、クロ本人もまた降参とでもいうように頭をポリポリと掻いた。
知久は、やはり楽しそうに笑っている。

忙しさにかまけるととんと投稿が減ってしまうようです。
申し訳ありません。


次回は水曜日を中心として、その前日後日に投稿します。


よろしくお願いします。



知久「さぁ、もうお入りなさい」


まるで絵本に出てくるお母さんキャラのような台詞を言う知久の背中には、家の中から溢れる温かい光がまるで後光の如く射していた。


もう、文句は言うまい。


クロはそう思うしかなかった。





●●●●鹿目家●●●●


詢子「人が多いっていうのはやっぱり新鮮だね」


マミ「あ、あの重ね重ね・・・・ 、本当にお世話になります」



4人用のテーブルに間に合わせ程度に置かれた椅子の上でマミは本当に恐縮仕切っていた。
以前のパーティーの時とは違い、今回は急遽の訪問であったため少し準備が間に合わなかったらしくマミのためのスペースは若干こじんまりとしている。


勿論、その事に対する文句などマミは抱く訳はなかった。
それ以前に自分のためのパーティーという前回あった大義名分のない今回の食事は普段の一家の団欒に乱入する形になっており、とにかく、どうしようもなく、気が引けるのだ。


詢子「まったく、若いんだから他人に気を使うんじゃないっての」


しかも、その事に対しては怒られる始末であった。
しかし、その顔は随分と楽しそうな悪戯っぽい笑みで彩られている。
当然、相手が「はい、そうですか」と納得できるような性格をしていない事など承知の上だろう。

マミ「で、でも・・・・ いや、でも、その、はい、すみません」


礼節、甘え、オ・モ・テ・ナ・シ等々の言葉が頭を巡り、更に熟慮に熟慮を重ねた末に謝ってしまった。
そんな、彼女を楽しんでいる詢子の前でマミはどうする事もできずにいる。
普段は周囲からは『大人っぽい』と賞賛される彼女であっても、所詮は『ぽい』だけであり、本物『大人』に相対すると脆くなる。
もっと、詳しく言うと、『子どもである事』に、マミは慣れていないのだ。


タツヤ「マーマ、めっ!」


すると、それまで珍しく静かにしていたタツヤが声を上げた。
いつも通り、母を隣で見ながら自分の母親が客人に対して無礼を働いていると思ったのか明らかに不機嫌そうである。
「ごめん。ごめん」と言いながら、宥めるようにしてタツヤの頭を撫でる詢子を物珍しそうにマミは見つめた。


これで2度目、前回も見た光景だが、『母親』という存在は新鮮なものに感じられる。

別に、今は亡き自分の母への思慕が募る訳ではない。
いや、前回はそんな部分も確かにあったが、今は違う。


詢子「ほら、機嫌直しな。ママ、もう反省したから」


タツヤ「むー」


マミ(・・・・凄いなぁ)


それは、分かりやすく言えば尊敬であった。
母親という存在そのものに対する興味と、いづれは自分もそうなるのだろうか、という興味。
年頃の少女としての思いではあるが、年頃の少女にはあまりに実感の無いものである。


だからこそ、なんとなく感嘆していた。


知久「皆、お待たせ」


まどか「準備できたよ」


そんな事を考えている内に、先程から姿の見えなかった二人がリビングにやって来た両手には持てるだけのお皿とその上には料理が乗っかっていた。
最初、マミは手伝おうとしたが、懇切丁寧に断られてしまった。
しかし、よくよく考えれば他人が余所の家の水回りに出入りしようとするのも不躾な話であり、これもまた客人としての礼節と言える・・・・ と無理矢理納得するしかなかった。

タン、タンとリズム良く置かれる目の前の皿、その上にあるのは野菜やソースの彩り豊かなパスタであった。


知久「本当はもう少しご馳走を用意したかったけど・・・・ 」


マミ「そんなッ!何を仰るんですか知久さん!」


テーブルに一通り並び終えた知久が、事もあろうに申し訳なさそうな顔をするのを見て、思わずマミは声を張り上げてしまった。
ここまで、好意に甘えているのに、家族の時間に割り込んでしまっているのに、そんな事を言われる資格はまったくないのだから。


詢子「こらこら、知久さんも・・・・。そんな事言われたら逆に困るでしょうが」


知久「む、確かに、そうだね。ごめんね。申し訳ないよ」


詢子「だからそれだっての!」


恐縮するマミに対して恐縮する知久に対してとうとう突っ込む詢子。
まどかはにこやかにその様子を見て、タツヤはキョトンとしている。
その様子を見れば割とマミ自身も団欒に溶け込んでいるように見えなくもない。


詢子「まったく、いつもそうじゃないか、人に気を使い過ぎだよ。私に告白するときも中々言ってくれなかったし」


知久「そして、とうとう痺れを切らして泣きながら僕に告白してくれたんだよね?」


詢子「な、泣いてないわよ!」

クロ(・・・・なんの話だよ)


そんな俄かに活気つき始めたテーブルから少し離れた場所に四本足でスタンダードな猫としてお座りをしているクロは声に出せない突っ込みを口の中で吐いた。
先の頃は、固まっていたマミも少しは気持ちが解けてきたのかもしれない。
前回とは違う居心地の悪さに四苦八苦している様もクロには面白くはあったが、もうそんな光景は無さそうだ。


かぐら『だからね!そしてね!ほむらがね!』


ほむら『違うだろ!それはね!かぐらがさ!』


そして、今現在はそれどころではなく目の前で小鳥の如くピーチクパーチク騒ぎ立てる子猫二匹にクロは閉口していた。


かぐら『いっつもね!ほむらは都合が悪くなったらボクのせいにするの!』


ほむら『かぐらのせいで都合が悪くなるような事になるんだろ!かぐらのせいだからかぐらのせいなんだ!』


最初に、家に入った瞬間に駆け寄って来た二匹に引きずられるようにリビングに来てからこの有り様である。
猫用に作られた食事は人間達より先に皿に載せられているのに口にできていない。

クロ『なんの話だよ』


かぐら『あ、聞いてなかったの?』


いつも通り、きちんと猫の言葉でクロは話し始めた。
かぐらは不機嫌そうな顔をしているが、子猫の脈絡もなければ軌道にも乗らない会話を理解するのは非常に骨が折れるという事を彼らはその幼さ故に分かっていない。


かぐら『もう一度言うよ?この長い空白期間で一体何人がボクたちの存在を覚えているのかなって』


クロ「バカ、もう賽は投げられてんだよ」


終わりまで駆け抜けなければならないという事である。
色々疑問を抱かれる前に早期の完結が必要なのである。


ほむら『それはそうと今日は随分と遅かったじゃないか』


クロ『別に、ちょっと遅くまで遊んでただけだ』


ここ最近、意外と打ち解け始めたほむらからフランクに尋ねられて、クロも軽く返す。
その言葉の真偽は事実を知るものからすれば大分外れているものではあったが、クロにとってはどうでもいい事だった。

かぐら『へぇー!でもねぇ・・・・ボク達も遊んでもらったの!』


クロ『遊んだ?誰と・・・・って、あー、なるほど』


かぐら『そう!知久と!』


クロが答える前に勢い込んで嬉々として正解を出す。
ちょっと考えればすぐ分かる事なのに、まるで難しいクイズに答えられたくらいのテンションの高さをかぐらは見せている。
正直げんなりするが、仕方ない子猫はこういう生き物なのだ。


クロ(子どもの面倒に、家事に、子猫の世話まで・・・・旦那の鏡なんて社会じゃ言われそうだが、あれをスタンダードモデルにしたら世の一般男性は首をくくるな)


しかも、当人は何か特別な事をしているつもりはないだろう事は疑いようもない事だ。
これに関しては腕っ節が強くてもどうしようもない、他人からの厳正なる評価によって決まってしまう。


かぐら『あのね!長いヒモでヒョロヒョロってやって遊んでくれたの!それからね!お外にも行ってね!そしたらほむらがまた』


ほむら『だからそれは!』


今、目の前の子猫達の楽しそうな顔が、全てであった。



かぐら『なにをぉ!』


ほむら『な、なんだよ!』


かぐら『ボクがあの道行こうとしたのを邪魔したのはほむらでしょ!?』


ほむら『当たり前だ!あの道は通らないって言われてただろッ』


が、楽しそうな顔をしてある間に少しエキサイトしてきたのだろう。
じゃれ合いがそのままケンカに変わってしまう事などよくある事だ。
例えば、『アイツ』とはそうなった事はしょっちゅうだった。


こういう時、どうだっただろう。


いや、そうじゃなくて


クロ(アイツは・・・・ どうしてたっけか?)


クロ『おい、チビども』


かぐら『ふぇ?』


ほむら『はうっ』


ビクついて顔を上げるかぐらとほむらにクロは強い目線を当てていた。
少し唸りの効いた声、『確かこうだった』という記憶を頼りに、そのまま二匹を睨む。


クロ『今はメシ時だ。ケンカしたけりゃ外に出ろ』


かぐら『で、でも』


クロ『ここはお前らだけが暮らしてる家じゃねぇ』




普段とは違うその姿、ただ単純に怒りをぶつけられているのとは違うが静かに気圧されていく。
それは、子ども心にはどこか恐ろしいものだった。


かぐら・ほむら『・・・・はーい』


だから、子猫達は素直に謝った。
二匹横に並んで、悲しそうな顔でシュンとうなだれている。
そんな姿を見下ろしながら、ぼんやりとクロは考える。


クロ(・・・・なんかこう、ちげーよな)


この世界では散々ぱらぼやいてきた『らしくない』といった感覚ではなく、もっとストレートに『似合わない』と言ったところか。
記憶の中ではもっと怖かった気もするし、もう少し優しい物言いだった気もする。


クロ(真似事なんてするもんじゃねーな)


むしろ怒鳴られっぱなしだった自分が入っていい領域じゃなかったのかもしれない、とクロは思い直した。
そして、気付けば叱られてヘコんでいたはずの二匹はクロが物思いにふけっている隙を狙って皿の餌を食べている。
これもまた、どこかで見たような光景であった。



クロ『お前ら、反省しちゃいねーだろ』


かぐら『するよ。そのために体力をつけるの』


反省というものは次に繰り越すようなものではないはずだが、ここは猫クオリティである。
やはり野良猫の端くれ、転んでもタダではなんとやら以前に転ぶつもりがない。
だが、流石に自分達のしている事が徐々に恐ろしくなってきたのかクロの顔をビクビクと伺い始めた。


クロ『好きにしろよ』


参ったと言うように、クロは困ったように笑った。
どうしようもない。
彼らは自由なのだから、それが在り方なのだから口を挟んでどうにかなるものじゃないのだ。
これによりどのように育つのかは分からないが、少なくとも元気には育つだろう。


かぐら『やった!明日は知久にお昼寝する前に遊んでほしいから一杯体力つけなきゃなの!』


クロ『体力なんて一朝一夕でつくもんじゃねーよ。後、知久は寝かせといてやれ』


クロの雰囲気の変化にかぐらの気分もよくなったのか急に元気なりはじめた。
口数は一気に増える。

かぐら『だから寝ちゃう前に遊ぶの』


それは解決策ではなく単に我が儘が悪化しただけだった。


ほむら『寝言も酷かった。オレ達を誰かと間違えてたし』


クロ『誰か?』


寝言、と言われてもあの知久がそういうものをするイメージがクロにはなかった。
非常に気になったため、耳をそばだてる。


ほむら『えっ、と確かキッ』


「フハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


ほむらが口を開き、クロはよく聞こうと澄ましたその耳に、恐ろしい程の大音量での笑い声が突き刺さった。


クロ「うぉわッ・・・・ なっ、なんだよ?」


思わず普通に喋ってしまうくらいにはクロは驚いていた。
子猫二匹に至っては声もなく目を丸くしている。
一体、なんだったのか。
阿部寛ばりの雄々しい爆笑を響かせた奴は誰なのかとしばらく見てなかったテーブルを見てみれば、顔を紅くした詢子がマミの肩に手を回しながら、もう片方の手にワイングラスを握っていた。


詢子「まったく、いい夜じゃないか!」


ほむら『な、なに、あれ?』


クロ「知らん。オイラもあんな風に酒飲んでる奴なんてチンギス・ハンか往年の長門裕之くらいしか覚えがねーよ」

こんばんわ。時間の関係で以上の投稿になりました。
次回は土曜日と日曜日に焦点を当てた投稿になります。


では、読んで下さって本当にありがとうございました。



その瞬間、マミの脳裏に浮かんでいた言葉はただ一つ『生き地獄』だった。
最初は楽しかったはずだ。
知久の本当に美味しい料理を食べて、詢子の冗談を聞きながらまどかと二人笑って、子猫達と一緒にいるクロを横目で見ながら微笑ましい気持ちになって・・・・・・・・楽しかったのに。


全てがおかしくなり始めたのは、テーブルの上に申し訳程度に置いてあったワイン瓶に詢子が手をかけた頃である。
何でもないような自然な仕草で彼女はコルクを開け、何でもないような仕草な動作で彼女はグラスに注いだそれを、実に優雅で見惚れるような美しさで煽っていた。


すると、彼女は見る間に陽気になり、口数も増え、慎ましさすら感じた飲み方もやけに乱暴になり始めた。
当初は「まぁ、大変よね。実質この家で唯一働いている人だし、ストレス溜まっているわよ」と大らかに見守っていたマミであったが、突然詢子が此方に向かって手招きを始めたのだ。


マミ「詢子さん、如何がしましたか?」


詢子「・・・・・・・・注げ」

マミ「え?」


詢子「隣に来いよ。そして注げ」


最低限にして、最小限の要求だった。
この時点で「あ、嫌だな」とマミは思った。
だが、そんな事言える訳もない。


マミ「はい、分かりました。少々、お待ちください」


どことなく、迷惑な客のリクエストに無心で応じるファミレスの店員のような対応を見せ、マミは椅子と一緒に詢子の隣に行った。 そして、それを確認すると詢子はマミにグイッとワイン瓶を押し付ける。
そして、すぐにマミに向かってグラスを突き出したのだ。


詢子「注げ」


因みにこの時点で「あ、マズいな」と思った。


言われるがままに、マミは酒を注いだ。
注がれるがままに、詢子は酒を飲んだ。


その行為が起こした科学反応だったのだろう。
いきなり詢子は大爆笑をし始めた。
さらに、力一杯にマミの肩に手を回し引き寄せたのだ。
端から見れば、クロの考察通りのどっかの大王が、昭和の名優の豪快エピソードの再現である。



マミ「酒が美味い!料理が美味い!旦那が良い!娘が可愛い!息子も可愛い!幸せだ!私は、幸せ者だ!!」


歓喜の雄叫び、確か去年の甲子園優勝校の生徒達がこんな風だったのをマミはニュースで見た気がする。
だが、肩を組まれた状態でそんな叫びを上げられたら緊張する一方である。
だが、言ってる事は割とピースフルだった。


まどか「ど、どうしちゃったんだろう?ママ」


知久「普段だったら、こういう姿はみっともないって言って誰にも見せないんだけど・・・・それくらい疲れてたって事だろうね」


まどか「それって、お仕事で?」


知久「うん、本当に珍しい事だよ」


分かるような、分からないような話だった。
でも、確かに母親のあんな姿を見たのは初めての事で、せめて納得くらいはまどかもしなければならないようだ。


詢子「そして酒を注いでくれる娘も美しい!こいつぁ上玉じゃぜ!!」


マミ「あっ、詢子さん!ちょっと落ち着きましょう。ねっ?」


だが、それは分かるとしても、まどかにとって敬愛する人物が肉親によって苦しめられている様は心が痛いものだった。



まどか「大丈夫かなぁ。あれ・・・・」


知久「平気だよ。詢子さんも少しくらいは冷静さも残ってるだろうし。半分くらい冗句じゃないかな?」


そのような事を言われても、あの状況自体かなりギリギリではないだろうか。
せっかくのお客さんに、あんな事をさせたままにしていたら彼女の心に大きな傷を残しかねない

そんなまどかの心情なのか何気に自分の母親を『あれ』呼ばわりである。


知久「心配しないで、もしもの時はなんとかするから」


マミ「うひゃっ!?あ、ああああ詢子さん!?」


そんな事を言っていたまさに時だった。
マミの口から衝撃に恥じらいをトッピングしたような悲鳴が上がったのだ。
それは、まさに事件だった。


詢子がマミに肩にかけていた方の腕でマミの豊か胸の先をそっと指で撫でたのだ。
その瞬間を確認できた者はいない。
全ての人間の隙をついた完全犯罪だった。


マミ「な、な何を!」


詢子「いや、胸がデカいから」


何故か、抗議するはずだった相手に据わった目でジロリと睨み付けられたために「ひっ」と怯みマミは黙り込む。
そして、その姿に調子に乗ったのか更にマミにしなだれかかり、肩から背中からと撫で回し始めた。


マミ「ひゃッ!?んッ・・・・!や、やめッ」


顔が完全に羞恥で赤く染まっているマミは、もう色々と堪えきれない様子である。
潤んだ瞳に、小さなタツヤが映った。
母親の凶行を前にして彼は実に楽しそうに笑っている。
『将来有望』頭のどこか冷静な部分でそんな言葉が浮かんだ。


次に、部屋の隅にいるクロが映った。
彼は目の前の光景にただただドン引きしていた。
切れないタクアンを見るような目で此方を見ている。
あぁ、猫とはいえ、ちょっと気になる相手の目の前でこんな恥辱を受けるなんて、と絶望した。


しかし、それでも詢子は止まらなかった。


詢子「頼む。その胸の谷間にワインを注がせてくれ。そして、飛び込ませてくれ」


マミ「いやです!」


詢子「心配するなよ。私は飛べる。飛べるから」


マミ「意味が分かりません!」


何を言っても、止まらない。
ワインの瓶を片手に詢子はゆっくりと迫ってくる。


マミ「いやああああああああ!?」

恐怖のあまりをマミは目を閉じた。
それはもはや敗北宣言であり、自らに降りかかる不幸からの逃避行動であった。


知久「はい、そこまで」


と、ガンッと凄まじい音が真っ暗な世界に響き渡った。
それと、優しい声。


恐る恐る目を開けると、そこには頭に大きなタンコブを作り目を回している詢子と、思いっきり拳を固めて詢子の後ろで笑顔を作っていた知久であった。
そして、自分の側にはいつの間にかまどかがいる。


知久「大丈夫?マミさん」


マミ「は、はい。なんとか」


まどか「マミさん、ごめんなさい。本当はもっと早く助けたかったんだけど、でも、マミさんファンの人達の事を考えればもう少し待ってもって・・・・本当にすみませんでした!」


文字を打つ指が止まらなかった。
でも後悔はしない。


マミ「ちょっと訳が分からないけど、私は平気よ。それよりも詢子さんは・・・・」


先ほどとてつもない損害を被ったにも関わらず、マミは詢子の事を心配していた。
人が良いのか、良すぎるのか微妙なラインである。

今日はここまでにします。
ギャグシーンでのミスで命拾いしました。
次からは注意します。


明日は六時頃の投稿になるでしょう。
できるだけ、展開は早くします。


では、いつも気にしていただいてありがとうございます。
お疲れ様でした。

詢子「・・・・くっ」


そんな心配を知ってか、知らずか詢子は頭を押さえながらムクリと身体を起こした。
微妙に痛みを耐えながらの復活を演出するような呻き声がニクいところである。


詢子「・・・・夢か」


まどか「違うよ」


詢子「酷い夢だった・・・・。娘の友達にセクハラを働く、そんな信じられない夢を・・・・」


まどか「ねぇ、聞いてママ。夢じゃないよ。家族じゃなかったお巡りさん読んでたんだからね?」


娘の軽い弾劾を受け、ムスッたれた顔になる母親を見てまどかは困ったように笑った。
別に、母親が本気で嫌らしい事をしようとしていた訳ではないのだとは理解している。
というのも、もう一人の友人たるさやかもこのような過剰なコミュニケーションをとろうとする人物の一人だからだ。


困らせて、困った顔が見たい。


それが、彼女達の行動原理、ただそれだけ、だから、まどかもそこまで忌避はしない、あくまでそのレベルではあるが。
だが、問題はマミがそんな暴力的なコミュニケーションに慣れてはいないという事だ。

望まぬ身体の触れ合いなど嫌悪しか抱けないだろうし、マミがそこまで思わなくても驚いたのは確実だ。


それ以前に、ここまで理屈をこねなくとも普通、娘の友達の胸は触らない。
それくらいは分かって欲しい。


詢子「ごめん、酔ってたから」


知久「その言葉が酔っ払いの免罪符になると思ったら大きな間違いだからね」


詢子「チッ」


詢子のそれは誰にも聞こえないくらいの小さな舌打ちだったが、運悪く耳に入れてしまったのはマミだった。
自分の責任で今友人の家族が諍いを起こしている。
マミの目にはそのように写っていた。


実際には、まどかは母親にじゃれついているような感覚であり、詢子は子供のようにふてくされているだけだ。
知久は、ただ言い聞かすようにいつも通り笑っている。
そんな、いつもの家族の風景だが、それを知らないマミはただなんとかしなければと焦っていた。


マミ「きょ、今日はありがとうございました!」




マミ(これよ。人の家にお呼ばれしてご馳走になった時、終盤になって話題に詰まれば大抵今日のお礼を言う。これを応用すれば)


極端ではあるがそんなもんである。
しかし、稀に帰るタイミングを失い続けてしまった時にお礼のループから逃げ出せなくなるパターンもあるので要注意だ。


詢子「おぉぅ、どうしたんだよ。急に・・・・」


しかし、流石にここに来てから数度目かのお礼の言葉、加えて突然大声を出された事もあってか驚かしてしまった。


マミ「・・・・その、今日は、こんなにご馳走になって」


そして、そして、そして、何だろう。
言いたい事はたくさんあって、言わなければならない事もある。
悩み、考え、迷う程に、意外な事だが、頭のどこかが冷静になっていくのを感じた。


マミ「まどかさんをこんな時間まで連れまわしてしまってごめんなさい」


言葉が出てきて、ハッとした。
それは無意識に、不意に口をついたものだったのだ。
そして、それ以上にしっくりくる言葉はなかった。

詢子「・・・・いちいち謝ったり、お礼を言ったり最近の若い連中は大変だな」


思わずため息をこぼれる。
詢子には大体分かってきた。
少ない時間の中での触れ合いであってもその声で、その目で、今目の前にいる巴マミという少女の弱さが。


自分の行動が相手をどれだけ傷付けてしまうか、それが怖くて、確かめて、確かめて・・・・自分が理解していない事がまるで悪い事のように感じているのだ。
誰も傷付けてずに済む者など一人もいないのに。


詢子「大丈夫だよ。まどかの事はね。こう見えて意外と考えているから」


マミ「・・・・」


マミの頭に今日の出来事が浮かぶ。
今、目の前にいる優しい女性の娘で、自分の側にいてくれる優しい友人。
彼女は今日、とても危険な目にあっていた。
「大丈夫」だと言う、その信頼が自分のせいで侵されているのではないか、そう思い、心を痛める。


結局、詢子の読みは的外れではなかった。


詢子「それに」


マミ「?」


詢子「この娘は良い友達に恵まれているみたいだしね」


詢子「勿論、心配もする事はあるけど、まどかが友達といるならそれで良い。この娘が信頼している友達が一緒にいるなら大丈夫」


マミ「・・・・」


詢子「さやかちゃんに、仁美ちゃん、そしてあなた・・・・。自分の娘を大事に思ってくれる人達がいる。それだけで嬉しいし、その人達との繋がりを大事にしてほしいものさ」


まどか「ママ・・・・」


赤ら顔で、娘の事を語る詢子のその顔は普段見ている姿は少し違い、まどかは嬉しくもあり照れてもいた。
お酒の力も多少はありそうだが、本心である事に間違いはなさそうだ。


詢子「だからね。マミちゃん」


マミ「はい・・・・」


マミは、静かに聞き入っていた。


詢子「君は別に気にしなくていいよ。まどかは大丈夫、君はいつも通りにこの娘の側にいてあげて。ね?」


同じ空間にいる少女2人は思わず言葉を無くしていた。
まどかは、母の本心の一端に触れて、本気で感じ入って感動している。
マミは、しばし茫然とした後、すぐに瞳に力を込めて


マミ「はい」


と、静かに力強く頷いた。


詢子「そんな深刻にならなくても良いっての!」


マミ「ふぇっ!?」


何処か温かで、神妙な空気を詢子はいきなりマミの背中を叩く事で打ち破った。
あまりに突然だったので近くでジーンとなっていたまどかも、例外なくマミも驚いている。
その中で、唯一変わらずにいるのは、もうすっかりと寝入ってしまっているタツヤと、変わらずに微笑んでいる知久であった。


詢子「もう単純に楽しめって意味だよ。大人になるとなかなか上手くいかないもんだよ」


先ほどとは打って変わって態度と、言葉を俗っぽく変えている。
もう、これ以上は湿っぽくなるばかりと判断したのだろうか。
酔っていても、それくらいの気遣いは雑作もないという事なのかもしれない。


詢子「本当、嫌になるよ。大人になると相手の嫌なとこが直ぐに分かるから友達もできにくいしさー」


妙に愚痴っぽい言い方が、変な話『可愛らしい』ため、マミは可笑しくなって口をほころばせる。


詢子「相手の嫌なところを受け止める時間もない・・・・働く人間の悲哀だねぇ」


まどか「仕事、大変なの?」


詢子「大変なのは当然。でも、その変わりやりたい事やってるから」


納得はしていても、理解はしていても、それでも・・・・そんな歯に物が挟まったような言い方をする一人の大人の姿に戸惑いにも似た思いを二人は抱く。
働くという事は正直よく分からない。
でも、いつかは知ることになる。


将来の事、そう言えば自分もそろそろ気にしなければならない年になっているのではと、マミは少し考える。
考えなければならなくなっている。
目の前の尊敬すべき先輩の姿を見つめながらそう思っていた。


詢子「ほんっと、なんなんだよ。あの髪型。冗談だろ?冗談じゃなきゃあんな髪型できねぇよ」


そうこうしている内に、詢子は何かのドツボにハマってきたようで、明らかに誰かの悪口を言い始めている。
ただの愚痴ならともかく、ここまで乱れる姿を、少なくとも十数年の人生ではまどかは見たことがなかった。
しかし、家族への言葉としては妙なものがあるが、興味深い。
これほどまでに自らの弱さをさらけ出している姿は見たことない。


こちらが本当の姿であるのかは、その姿を眠ってしまった弟を抱きながら優しく見つめている父親のみぞ知るところなのだろうか。

更新きたか
>>1は叛逆見たのー?

>>397


すみません。正直、生存報告になります。
しかし、更新は金土日にさせてください。皆さん、お願いします 。


映画見ましたよー!
好きです!!
やっぱもう、作品が好きだから、頭の良いレビューは出来ません(笑)
ただ、このSSには組み込めないとハッキリと分かります。
もう、これ以上の混乱はマズいです。


そして、「時間軸」「パラレル」「外史」と言った言い訳が着々とストーリーに組み込まれています。




まどか「ママがそこまで言うなんて、よっぽど嫌な人に会っちゃったんだね。取引先の人?」


別に、そんな母でも見てられない訳でもなかったのでまどかはその話を少し掘り下げてみる事にした。
普段ではあまり聞かせてくれない仕事の愚痴である。
興味があるのと、ストレス解消になるならとの思いが半々だった。
因みに、取引先の人間を疑ったのは母の近くにいる人間にそんな嫌な人がいるとは思えない、という単純な理由からだ。


詢子「おまッ・・・!分かってくれるのかッ。くれるのかよッ!」


例え肉親でも酔っ払いのノリはよく理解できないな、とまどか思いつつも笑って受け流す。
それでも構わないのか、それに気づかないのか、詢子はそのまま愚痴を続けた。


詢子「ふっざけんなよ。あれからよく分かんない会社への苦情が相次いだり、他の取引先との交渉の破談がいくつかでてきてるんだよ・・・」


「まさか、本当に奴が?いや、でも・・・」と今度は頭を抱えるようにして考え込んでしまっている。
酔いの回った頭ですらそう簡単に答えの出せない問題らしい。





詢子「あああああ」


が、やがて詢子は力尽きたように声を上げる。
音を上げるとはまさにこの事だろうか、読んで字の如く見たまんまであった。
本気で参っているらしい。


まどか「ママ・・・」


マミ「詢子さん・・・」


―――娘とその友達。
立場は違えど抱いた同情の念は変わらなかった。
大人は、自分達が考えている以上に大変な存在なのかもしれない。


大好きな母に対して、何か慰めでしかなくても、一つでも力になれたら。


自分の大切な友達の家族に、他人とはいえ、少しでもでも力になれたら。


そんな思いが、二人の口を開こうとした時だった。


詢子「冗談じゃねーぞ!天童コーポレーション!遊○王のパクリかよ!社長なのかよ!ブルーアイ―――」


まどか「ん?」


まるで最後の力を振り絞るかのように吐かれたその言葉、その名前、まどかには聞き覚えがあった。


まどか「・・・ママ?ごめん、ちょっともう一度言ってくれる?」



だからこそ、彼女には追求する義務があった、権利もあった。
疑問符を頭上に掲げる大義名分はまどかにあった。


詢子「え?あっ、遊○王?あー、そっか、世代じゃないもんな。融合がレアカードだった時代なんて知る由もないか」


まどか「知る由どころか、今の時代じゃもっぱらヴァンガー・・・じゃなくて!もうちょっと上の方!」


詢子「うえ?」


ケータイでご覧の方々にしかよく分からない表現である。


詢子「あぁ、『天童コーポレーション』か!そうなんだよ。前に仕事で会った時にそこの社長ボロカスに言ってやってさ」


まどか「隣街の?あそこの天童コーポレーションを?」


詢子「うん」



天童コーポレーション、天童コーポレーション、天童コーポレーション、なんどか自分の頭を反芻させ、考える。
思い出されるのは、忠告の言葉。
そして存在するのは確かな事実。


鹿目まどかは、その会社に命を狙われている。
そして恐らく、その原因は――――。


詢子「そしたら、根に持ちやがったらしくてさぁ。やっぱあれだよな。自分の名前を会社の名前にするような奴にロクな奴はいねぇよ。ワ○ミとかデ○○ニーとか」


後半の酔っ払いの暴言がまどかの耳に入る事はなかった。
与えられた衝撃は脳を揺らし、心を揺らし、そのまま肩の震えに表れている。
そんな彼女を遠くで眺めていたクロもまた、一緒になって身体を震わせてた。


かぐら『どうしたのお兄ちゃん?』


クロ「くっ、クククっ、ぷぷっ」

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