とある道具と幻想殺し (704)


一寸注意

・タイトルまんま『アイテム』+上条です。

・キャラクター崩壊+勝手な解釈+改変が平然と出てきます

・原作の同年三月からのスタートになります

・構想もとい妄想はありますが、書き溜めはそんなにありません、要はスロー
 ペース更新になる可能性が高いです

・地の文が付いてます。が、慣れない事をやってるので所々おかしい可能性が

・というか立てるの自体初めてなので色々不都合あるかも


以上をふまえてそれでもOKなら、どうぞよろしくお願いします

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1392470376

 「はぁ…はぁ…はぁっ……」

 少しずつ短くなってきたとはいえまだまだ長い三月の夜が始まる。ビル郡を赤く染め上げて
いた日は完全に沈み、完全に闇に沈んだ裏路地、そんなゴミと不良の溜まり場となっている場
所を少女は全力で駆けていた。紺のブレザーに赤を基調としたチェックのスカート、そして最
後に黒タイツとローファー…

 …ここら辺で制服がかわいいと言うことで知られた学校のものであるが、こんな場所では浮く
要因にしかならない。しかしそれ以上に彼女を浮かせていたのは、金色の髪と真っ白な肌、何
より美少女と呼んでも差し支えない整った顔立ちを更に引き立てる青い目であった。

 そんな裏路地に似つかわしくない人形のような少女は、右手で握り締めていた携帯端末に目
をやり、地図の光点を確認して歯噛みをする。一定時間ごとに更新される緑の光点は彼女の妹
の居場所を示しており、更新された新たな緑の点は一分前の居場所を示す赤い光点からあまり
動いていなかった。もう十五分も走り続けている、いくら普段元気な子といっても所詮は小学
校低学年の体力、限界は近いはず。

 (―あるいは、もう捕まって……)

 頭を振って悪い考えを追い払う。考えても仕方が無い、今出来る事は一秒でも早くこの光点
に近づくことだと地面を蹴る足にさらに力を入れる。しかし、考えないようにと思えば思うほ
ど、頭はそれに逆らい考えることを強要し押さえきれなくなった感情が口から溢れる。

「……なんでこんな日に限ってこんなことが起こる訳よっ!」

 今日。そう今日は妹と進級祝いの筈では無かったのか。


 普段は別々の寮で過ごす妹を迎えるため、朝早くから部屋を掃除して、飾り付けして、あの
子が欲しいと言っていた帽子を包んでもらって、隣でケーキを落として叫んでいる男子学生を
横目にちょっと奮発してホールのケーキを買ったりして、

 それで、後はあの子を待ち合わせ場所まで迎えに行くだけだったはずなのに。

 一度部屋に帰って荷物を入れ、靴を履き直した時であった。ケータイから響いたのは聞いた
ことの無いけたたましい音。

 まさか、と。スカートのポケットから引き抜いたケータイの液晶に浮かんでいる定型文。

 鍵もかけずに走り始めていた。

 
――ご家族様のケータイの緊急用警報が作動しました――


 あれからもう十五分、ケータイはあの後すぐ壊されたのだろう、GPSの反応が消えてしま
った。今、彼女が妹を追うことができているのは、この間一緒にお風呂に入ったとき仕掛けて
おいたGPSのお陰である。

 厚さは半ミリ大きさ二センチ四方、対象に貼り付けることで皮膚に浸透、同化し、生態電流
を利用して動く、つまり皮膚が完全に入れ替わる二週間、もしくは対象が死んで生態電流がと
まるまで追跡し続けることが出来る寄生型GPS。冗談のように聞こえるが、この街、外より
も数十年進んだ技術を持つと言われている『学園都市』では白黒テレビなどと同じぐらい古い
技術、といった扱いだ。

 傍からみれば、歪んだ愛情だと言われてもおかしくないこと位理解している。しかし、他人
になんと言われようとも、妹にこのことを知られて避けられるようになったとしても、ここま
でしないといけない理由が彼女にはあった。

 一つ目は彼女と妹には家族がいない、正確には学園都市内の適当な学校に入学させられ、寮
に入ったことを確認してから一切の連絡を絶たれた子供、いわゆる『置き去り〈チャイルドエ
ラー〉』だからである。

 唐突にあの人たちと連絡が取れなくなった三年前のあの日、何が起きたのか理解できずにた
だ「おかあさんは? おとうさんは?」と聞く妹を見て決めたのだ。この子のためならなんで
もしてやる、自分が傷つくことであろうとも、結果として嫌われることになろうとも、この子
が幸せに生きれるようになんでもするんだ、と。妹は彼女が生きるための指針となった。

 そしてその為に生じた二つ目の理由、それが彼女の『仕事』である。

 ここ、学園都市では授業の一環として、『記録術』、『暗記術』などという名称の元に、『頭の開
発』、具体的には脳や脊髄に対しての電気刺激や薬品投与に催眠術、その他ありとあらゆる手
段を使って『超能力者』を生産、そして作られた能力者を研究している。日向ですらこの有様だ、
こんな街の闇がどうなっているかは想像に難く無いだろう。 


 ―邪魔な存在は濾過してしまえばいい―


 彼女の仕事は、そういった上層部の思うがままに動く都合のいい道具みたいなものだった。
例えば、この街から技術を持ち出そうとする人間の始末、暴走した実験動物の抹消、上層部に
対して都合の悪い人間の消去……

 恨みを買っておかしくないと言うより当然、といったことを何度もしてきた。妹の存在は仕
事仲間にも知らせていないし、逆に妹にも仕事のことは隠し通している。しかし情報はどこか
ら漏れるか分からない、そして自分と関係があることが分かればこの街の裏側の住人からす
ればあの子を狙うには十分な理由となる。そういった”もしも”の時のために例え過剰といわ
れるほどの保険をかけなければならなかったのだ。

 全てを妹の為に、そう思ってやってきた。

 (だけど…)

 実を言えば妹が危険な目にあうのは二回目だ。二回目の今となってようやく気付く。

 (…結局私が一人になるのが寂しかっただけ、私の我侭であの子を巻き込んでしまったって
 訳よ)

 本当に妹のために何でもするというのならこの街の闇に沈んだ時に縁を切ればよかったの
だ。後は仕送りをしてあげて、たまに部下でも使って元気なことを確認して…そうやって影か
らそっと見守るのが最良だったはずだ。結局、あの子が寂しくなるといけないから、という
のは妹のためという自分への言い訳だったという訳か。

 (せめて前回で気付いてれば……結局、今恐い思いをさせずに済んだのかな)

 今更後悔しても遅いことは分かっているが、そう考えずにはいられない。
 ふと気付くと足の回転が遅くなっていた、また自分の都合で妹危ない目に合わせるつもりか。
携帯端末で頭を軽くこつんと叩く。

 (結局、こうなった以上考えても仕方ない訳よ……)

 もう一度地面を蹴る足に力を入れて、妹の位置を確認するため端末に目を向ける、が……
 
 以前の位置をしめす赤の光点は増えていなかった。

 いや、赤の光点は増えているはずだ、今の位置を示す緑の光点で完全に隠れているだけで。
つまりは…

 (…うごいて、ない)

 脊髄に直接、凍る寸前の炭酸を叩きつけられたような感覚に襲われる。GPSが生きている
ということは、まだ生きているのだろう。だが、それは学園都市の闇に生き、命を啜って来た
彼女にとって、不安を掻き立てるものにしかならない。奴らは文字通りに何でもする、例え相
手が小学校低学年相手だろうが情報のためなら内臓の一つ二つは潰すし、人質にするにしても
五体満足でいるかどうか。

 妹はどうなっているのか、頭の中ではもはや悪い情景がただ湧き上がってくるだけだった。
自分が見てきたこと、そしてしてきたこと、全てが妹の顔で再現される。

 呼吸も忘れいつの間にか噛んでいた唇から、赤い線が一筋つぅ、と彼女の頬に流れ、口の中
に後悔の味が広がった。泣きたいのはあの子の方だ、そう思っても視界がぼやけていくのは止
められない。それでも走り続ける彼女の耳に、小さいが聞きなれた音が耳に入る。

 コォッ、と。広範囲にばら撒かれたガソリンに火が一瞬で広がるような、一瞬で炎が辺りを
嘗める音。

 (能力による発火音!)

 確か、GPSは万一痕になっても目立たないよう足首の後ろに貼った、そして相手は発火能
力者。

 (本気で逃げる相手を殺そうとするならば、結局、相手の足を潰すのが一番って訳。それに
 も関わらず、まだ足のGPSが焼かれてないって事は…)

 今の状況は相変わらず良くない。だが、もはや先ほどまで彼女を締め上げていた最悪の状況
はまるで漫画の一コマのように現実感を伴うことは無かった。

 (…本気で殺す気が無い人間、少なくとも同業者じゃ無いって訳よ!)

 既に怖い思いはさせてしまったし、怪我をしている可能性も高い、だがまだ取り返しのつか
ないような怪我が無い可能性も高い。なにより自分に対しての恨みが妹を襲ったわけではない
という事が先ほどまでの延々と廻り続けていた後悔と自責の念を和らげる。

 そして同時に、それらに隠れていた感情が表にあふれでる、相手の目的に見当が付かないと
いう不安、どうしてまた襲われるのが妹でなければならないのか、というぶつける相手の存在
しない憤り。

 前回は運がよかっただけだ。たまたま居合わせたゴリラのようなスキルアウトが妹を助けて
くれたから無事だったものの相手が手にしていたのはボウガン、かなり危ないところだった。

 前回のような幸運は無い、今回は私一人でやるしかない。ルートを覚えてケータイをポケッ
トに突っ込み噛んでいた唇を緩めて乱れた呼吸を落ち着かせる。妹の目の前で得物を使って
は戦えない、体術だけに抑える必要があるが能力頼りの素人相手ならそれでも十分。

 ゴオゥ、再び聞こえる炎の生成音。

 妹まであと少し、先ほどよりも大きく聞こえた音を聞いて確信する。そしてそれと同時にそ
の音に混じった人の声から相手を分析。

 (声の低さからたぶん男…っ三、四人はいる!!)

 相手の人数と発火能力者、見当がついた。最近ここの近くで活動するようになった『無能力
者狩り』のチームだ。

 学園都市にいる学生は全員能力開発を受けている。しかし全員が能力者になれるわけではな
い、むしろ六割弱の生徒は一時間かけてようやくスプーンを曲げる、目を凝らしているとたま
にちらりとカードが透けて見える、そんな程度の持ってないに等しい能力者、『無能力者』な
のである。

 入れる学校や奨学金、そういったもの全てが能力によって決まる学園都市の中、無能力者
狩りが生まれるためには大きな出来事は必要なかった。確か最初はささいなの口論だったは
ずだ、それが雪だるま式に大きくなっていきやがて”正当な報復”の名の下、一部の能力者に
とって反撃の出来ない”無能力者(ウサギ)”に対して思うがままに自分の能力を振るってスト
レス発散をする、という娯楽となってしまった。

 確か件の集団は全員で三から五人。全員が発火能力者で、相手を追い回して獲物が疲れ果
てて倒れたところを能力を使って死なない程度に末梢部分を焼いてその悲鳴を楽しむ、といった
ことを最近繰り返している、と。

 妹の動きは止まっているが、相手が探し回るように広域を焼くよう能力を使っているという
ことは、なんとかどこかに隠れられたのだろう。少しほっとしながら多対一の戦闘パターンを
構築する。

 (まずは攻撃をこちらに集中させて……)

 戦闘の流れをシュミレート、まずは注意を引くため大声を出せるよう息を吸う。そして最後
の角を曲がる為の一歩を踏み込もうとした時、聞き覚えのある声が耳に入った。

 「……どうした。その程度か能力者」

 あまり感情を感じさせない平坦な声、それに一瞬遅れてゴッと鈍い音が続き、目の前を男が
体をくの字にへし折られて飛んでいった。

 ぎりぎりで人間ブーメランを避けて角を曲がった先には十メートル四方ほどのビルのが谷間
広がっており、捨てられていたごみにでも引火したのかちろちろと赤い舌を出しながら燃え続
ける小さな塊が散乱していた。立っているのは四人の人間。左側には互いに適度な距離をとり
ながら、情報どおり全員が発火能力者なのだろう、その手に小さな火を浮かべる三人の男たち。

 そしてそれに向かい合って一人、三人から後ろの裏路地を守るように立つ、端が熱で縮んだ
ことを差し引いても小さすぎるジャケットにその筋肉の鎧に包まれた肉体を押し込めた他の
男たちよりふた周りは大きな男。いかつく、愛想のない顔を見てほっとした気持ちになれてし
まうのは前回助けてもらったせいか。

 「駒場さんっ!!」

 その声に反応して、左側に立つ三人のうち一番こちらから近くにいた一人がこちらに顔を向け

 瞬間ダウンッ、と先の大男が地面を蹴り飛ばして生身ではありえない速度で水平に飛ぶ、と
同時に部外者の登場に気をとられた男の腹をめがけて構えていた左手がのばされて……

 「がふぁっ……!!」

 顔を戻すまもなく斜め上から腹部に男の少なくとも三倍はありそうな体重を拳を通して受け、
悲鳴と息の音が混じったような音を吐きながら勢いよく地面に叩き付けられる。そのまま、ザ
リザリ、皮膚が削れる音を出しながら地面をすべり背後にあったビルにぶつかってて動かなく
なった。

 「舶来の姉御…いや、フレンダ、だったか。久しぶりだな……」

 二人の男からは目を離さずもう一度地面を蹴って元の位置に戻りながら、前と変わらぬ重く
平坦な声で大男が答える。一月に一度会っただけだが名前を覚えていたらしい、見た目に似合
わず切れ者だというのは本当なのだろう。 

 「チッ、これもお前の策か、駒場ぁっ!」

 対峙する発火能力者の一人がこちらをちらりと視認して声を荒げる。対する声は変わらず平
坦に。

 「……最初から全て偶然だ。知り合いを囮にするなど…俺には考えもつかなかったな」

 邪魔していい状況ではないのは分かるが妹のことを聞かないわけにはいかない。

 「フレメアは!?」

 「かすり傷はあるが、大きな怪我は無い。後ろの路地の先で待っているよう指示した。しか
 しあまり待たせても悪い、すまんが一人頼めるか」

 そう言うと駒場は奥のほうの男に向けて拳を構える。

 GPSが動かなくなってからかばってくれていたとすると、フレメアと分かれてから三分は
経っているはずだ。暗い路地裏で助けを待ってる妹をこれ以上待たせるわけにはいかない。

 ゴリラのようなその体格と強面とは裏腹に、知力と人望で無能力者の集団『スキルアウト』
を率い無能力者でありながら何人もの能力者狩りを倒してきた男、駒場利徳。こいつの方が
しっかり妹の保護者やってるって訳よ、と苦笑しながら啖呵をきる。

 「分かった、任せて欲しい訳よっ!!」

 叫ぶと同時に近いほうの男に向かって駆け出し、相手の顔に向けて左手を大振りで放ちなが
ら、改めて男を観察する。

 (身長は、私より結局十センチ程度高いけど…)

 外見から本当に囮だと思っていたのだろう、自分に向かってくることへの驚きで男の目がわ
ずかに見開くが、さっきの一件で緊張感は高まっていたのか機敏に対応する。即座に右手を顔
の前に、そして炎が一瞬でその手を包む。


 
 (勝った)
 発火能力者の男は既に勝利を確信していた。確かに突然現れた少女が攻撃を仕掛けたのには
多少驚かされたが、あの細い体躯ではまずたいした力も無いだろうしあの制服は近くの学校の
もの、自分より低位の能力者なのは明らかである。第一、能力を使ってこない時点で非戦闘系
の能力か弱能力者、強能力者の自分が負けるはずが無い。このまま左手を焼かれた痛みで怯ん
だ所を捕まえて人質にしてしまえば、駒場も抑えられたも同然だ、と。

 だが、この男は忘れていた。さっきまで対峙していた男が思慮深く、そして情に厚いことを。 そして、そんな男が知り合いが傷つくかもしれない事をさせるのかということを。

 「っぐ……!?」

 突如腹部を襲う鈍く重い衝撃、悲鳴も出せぬまま無理やり息を吐ききらされた。痛みで能力
を発動するための演算が途切れ、手のひらの炎が四方へ散って行く。男はそのまま意識を失っ
た。
 

 「…能力頼りで筋肉なさすぎ。そんなひょろい男はこっちから願い下げ、って訳よ」

 最初から左手はフェイントだった、フレンダが最初の一手で奪いたかったのは相手の視界。
相手は無能力者狩りをするような無能力者を見下した発火能力者、不必要なまでに能力を使っ
てくる事まで読んでの行動だった。顔の前で炎の出力を上げた瞬間、即座に左手を引き戻し、
その勢いと走ってきた速度を利用して、踏み込んだ右足を軸に体勢を低くしながら回転、その
まま衝撃を引いた左手の肘を使って腹部に伝えてやったのである。

 
 男が崩れ落ちて視界が開けると、最後の男が今まさに壁に後頭部を打ち付け意識を手放した
ところであった。

 「結局、私が手伝わなくてもあっという間だったんじゃない?」

 汚れが落ちるかは分からないが、先ほど男に接触した肘の部分をぽんぽん、と叩きながら尋
ねる。

 「……いや。舶来の姉御のおかげだ」

 (……結局、私はあの子のおまけって訳?)

 別に気になってる訳じゃないけど、それでも女の子と意識されないのはなーと、ちょっとシ
ョックを受けているのに気付いているのかいないのか、駒場がこちらを振り返り、先ほどまで
自分がふさいでいた路地のほうを指差す。

 「行こうか。早く終わらせたのだか「きゃああぁぁ!!」」


 駒場の声を甲高い悲鳴が遮る。血流がとまってしまったかのように頭も体も動かない。

 「っ……フレメアっ!!」

 硬直していた体に自由が戻ったと同時に、叫びながら先ほどよりも少しだけ広い路地に飛び
込む。

 妹は十メートルほど先、顔を向こうに向けてうつぶせに倒れていた。

 「フレメアっ!!」

 反応の無い妹の名前をもう一度叫びながら走りよろうとして、

 ドゴオッ

 間一髪で後ろに一歩跳び下がる。先ほどまで立っていた場所には赤々と燃える火柱が立って
いた。

 「ほぉ、いい勘してんじゃねーか嬢ちゃん」

 フレメアの更に後ろ、動揺していたせいで気付かなかったがそこには左手をポケットに突っ
込んだ男が立っていた。

 「あぁ、あいつらの声が聞こえなかったのはこーゆーことか、無能力者風情が調子に乗りや
 がってよー。ムカついたからちょっとぐらい手加減しなくてもいいよな」

 にやにやと笑いながらだらんとぶら下げていた右手のひらをくるりと上に向けると、その手
のひらの上に周囲から赤やオレンジの光線が渦を巻いて集まり、一瞬でボールペンサイズの赤
く発光する杭が形成される。

 「おっと、動くなよー。俺の能力は強能力『中空機雷〈スティックマイン〉』。まぁ自在に地雷を作
 り出して好きな場所に設置して自由に起爆条件を設定できるって考えてくれりゃあいい、それ
 でー…」

 男が軽く振りかぶって投げた杭は妹の頭の向こう側三十センチほどの地面に突き刺さる。

 「こいつは人質っつー事だ。威力はさっき見せたから良いよな?」

 完全に油断していた、もう一人いたのか。

 (だけど近寄ってくれれば一撃で意識を奪って……)

 「あ、後いちおー言っとくけど、この杭は俺が炎を制御してるから形を保ってるだけでー。
 ま、つまり俺を倒したら暴発しちゃう? みたいなー」

 アハハハハハと勝利を確信したのか盛大に笑う。本当のことかどうか確認の仕様が無い以上
起死回生のチャンスもこれで潰された、後ろに立っている駒場がく、と小さく呻く。

 (この男の言うことを聞くほか無い……)

 キッと男を睨み付けるが、それ以上のことが出来ないのは相手もわかっているのだろう、相
変わらずの下卑た笑顔を変えずに今度は右手の人差し指から小指の指の間、計三本の杭を作り
出し、保険のつもりか妹の上に浮かべて、

 「おい、そんな恐い顔すんなよー。今から優しくしてやんのに、せっかくのかわいー顔がだ
 いなしだぞ」

 フレメアの横を通り抜けこちらに歩いてくる。本当にこういった輩の考えることは吐き気が
するが、今更何が出来るわけでもない。いや……

 (これが妹を守るために今出来る事って訳よ。)

 二回も危険に巻き込んだことがこの程度のことで清算されるとは思わない。だが今度こそ本当に妹
の為に何でもしてやる。

 「おい、服脱げよ」

 全身が見える位置なのか、三、四歩離れた位置で立ち止まって欲望を湛えた目で見下ろしてくる。

 「フレンダ……」

 「にひっ、駒場も見たい? でも、悪いけどアンタは私の好みから外れてるから、目はつ
 ぶってて欲しい訳よ」
 申し訳なさそうに名前を呼ぶ駒場に、いつものように少しふざけたように返して、ブレザーのボタンを
外していく。

 (親からも見捨てられて、実験で体は弄り回されて、手は真っ赤に染まって…)

 すとん、とブレザーが落ち、冷たい夜風が純白のシャツを通り抜けて直接肌を刺す。

 (…結局、こんな汚れた私に『普通』の恋愛なんてする権利は無いって訳よ)

 嘘だった。親からの愛情を受けれず、実験動物として最低限の扱いしか受けれず、手を血で染めるし
か生きる糧の無かったからこそ、彼女は最後の『普通』として、それを求めていた。しかし本当の感情に
嘘をぬりたくっても胸には痛みも無く、目の前でそれを奪おうとする相手に対して憎いとも感じない。もう
彼女には運命を呪うほどの気力も、神様に文句を言いたいと思うほどの心も残されていなかった。

 「あー決めた、追加ルールな。脱いだ服はその場で没収していくから」

 新たな杭を投げられて、足元に落ちていた紺のブレザーはオレンジにそして黒へと変わっていった。ど
こか他人事のようにお気に入りだったブレザーの末路を見届けて、シャツのボタンに手をかけて

 ――パキイィィン――

 何かが割れるような音にふと手が止まる。いつの間にか下を向いていた顔を上に向けると、先ほどの男
は路地の向こう側を見ていて、

 「おい、テメェ勝手に何やってくれてんだよ」

 先ほどと変わらず倒れたままの妹の後ろに誰かが立っていた…いや、一つだけ妹の状態は先ほどと違っ
ていた。

 「どうやって俺の『中空機雷』を消しやがったてめぇッ!!」

 そう、確かに先ほどまで間違いなく妹の上に設置されていたはずの三本の杭。それらが全て
消えている。

 「別にどうやって消したかなんてどうでも良いだろ」

 声の主は何でもないことのように言い放つ。それを見て男は頭をガシガシかきながら答える。

 「あー、分かった。お前、自分の能力は知られたくないタイプって事だな、じゃあ詮索はし
 ねぇよ。まぁ能力者ってことならいいや、途中参加になるけど良かったらお前もこいつら無
 能力者(ゴミ)の掃除に付き合わねぇか?」

 (結局、どうせこいつも参加するに決まってるって訳よ)

 はなから期待などしていない、ピンチな時に颯爽と現れて助けてくれるヒーローなんている訳が無いし、
仮にそんなのがいたとしても私なんかクズのところに来てくれる訳が無い。

 「そうか、お前が最近噂になってる『無能力者狩り』か」

 「あぁ、そーだ。何だオマエ、元から興味があったのか?だったら早速……」

 「ゴミはお前だろ、こんな小さな子襲いやがって」

 「ぇ……?」

 予想外の答えに思わず声がこぼれる。しかし声の主はこちらの驚きにも気付かずに、更に衝
撃的な一言を続ける。

 「第一俺は無能力者ですよ」

 「なっ……」

 『中空機雷』の男は一瞬硬直し言葉を失った。が、

 「テメェもゴミかよ!! だったらそいつと一緒に焼却処分してやるよ!!」

 刹那、最初に地面に刺された杭が渦を巻きながら巨大な火柱へと姿を変えていく。

 「フレメアぁっ!!」

 「その子を連れて逃げろっ!」

 駒場と同時に叫ぶ。しかし無情にも炎の柱は一気に広がり、

――パキイィィン――

 その柱を突如手が貫いたかと思うと、そこを中心に霧散するかのように散っていく。

 散っていく赤い光の中、立っていたのは黒いツンツン頭の少年だった。

 「は、はは…なんだよ驚かせるなよ。やっぱりお前能力者じゃ……」

何だあれは、考えられるのは同じ炎を使う能力者で干渉したか、風を繰って炎を拡散させた
か―いや、どちらにしてもあのような消え方はしない。

 「だから、上条さんは無能力者なんですってば」

 ツンツン頭は右手で頭をガリガリとかきながらため息混じりに答えて視線をこちらに向ける。

 「えーっと、この子のお姉さんに……お兄…さん…? とにかく、この子にはやけどとか無
 いので安心してください」

 こちらの方が素なのか、淡々とした声に少しだけやわらかさが混じる。その足元で寝ている
妹は確かに服も髪も燃えたような跡は無かった。

 「何だよ、何なんだよオマエわぁあああ!!」

 半ば錯乱した能力者の男は、左手もポケットから引き抜き次々と光る杭を生み出しツンツン
頭の顔目がかけて投げつける。

 「俺か? 俺は……そうだな、『疫病神』っていったところかな」

 自嘲気味な笑みを浮かべて右手を気だるげに薙ぐ。それだけで飛んでいた杭は爆発すること
炎の渦を生み出すことも無く、ばらばらとくずれて空へ吸い込まれていった。

 「は、ははははは……」

 自分の全力がただの右手の一薙ぎで全て打ち消された、その現実に耐えられなくなったのか男は後ろにへたり込む。

 「不幸だよなぁ……」

 それは誰に向けられた言葉なのか、ゆっくりとツンツン頭の少年は座り込んだ男に近づいて、右手を振りかぶり、

 「俺(疫病神)に会っちまうなんて、お前最っ高に不幸だよなあっ!!」

 そのまま男の顔面に拳がぶち込まれた。

//
 と言うことで導入が終わって今回はこんなところです。
 
>>2~5さん、ありがとうございます

 …はい、アイテムが金髪以外出てません。超が超つく人や
ビームの人や原作公認カップルの片割れが好きな人には
申し訳ない。

 た、タイトル詐欺じゃないよ、次回からはちゃんとアイテムが
前面に出てきます。タイトル詐欺にしないためにも次は早めに
上げたいが、一週間は空くかと。


あと今更ながら酉とか付けたほうが良かったりするんですかね?

>>20
報告了解
律儀に返答するのもいいけど荒らしの可能性もあるからスレ主も偶にスルーは大事だと思います
最近アイテム関連のスレを荒らしまくっている人もいますので

1です

いつのまにか鯖が復帰していた、荒巻さんお疲れ様

>>21さん 忠告どうも、心に留め置いときます

22:00辺りから投下、ちょっとチェックをば

一章 裏と表

1

 「はぁ……」

 本日何十何回目かのため息が口から漏れる。左手で頬杖をついて視線をスモークの張られた
ワゴン車のの外にやるが、行けども行けども同じようなビルの背景と人の山、つまらない風景
は目に入らずただ流れていくばかり。ふぅ、とまたため息が漏れる、ため息の原因はもっぱら
昨日のツンツン頭の少年であった。

 
 あの少年が一撃で発火能力者の男を気絶させた後、意識を失っていたフレメアを病院に連れ
て行くことにし、無能力者狩りの処理を駒場に任せていかにもチンピラといった体のスキルア
ウトの車に乗って病院へと向かった。それで、「かすり傷以外に目立った外傷は無いけど、一
応脳とかの精密検査とかもやっておくからね?」とカエル顔の医者がMRIなどを取っている
間、二人で冷たい診察室前の長いすに座っていたところまでは確かにあの少年はいたはずだ。

 (それで、「シャツだけじゃ寒いだろ、これ羽織っとけよ」って学生服を掛けてもらったの
 は良いけど…)

 そのまま着てきた少しぶかぶかの学生服の左腕部分を右手でなでる。

 (結局、服貸したまま消えるってどういう訳よ)

 カエル先生から呼ばれて診察室で妹の状態を聞いて廊下に戻ると、『用事が出来たので帰り
ます』と書かれたメモが置いてあるだけだった。

 (……しかも、財布、キャッシュカード付きで)

 そう、彼女も最初は、もしかしたらもう卒業だからくれたのかな。と思ったが、膨らんでい
たポケットに手を入れて気付いた、財布が入っていることに。

 お礼も言いたいし、この学生服も渡さなければいけないから、と学生証を探すために開いた
財布の中身はあまりに悲惨なものだった。紙幣入れの中身は全てレシート、しかもそのほとん
どがモヤシで埋め尽くされており、主なタンパク質の供給源は肉ではなく卵。いやな予感と共
に小銭入れの方を開けると真鍮とアルミが計八枚、おまけにカード入れには当初の目的の学生
証は無く、代わりに何故かひびの入ったキャッシュカード……。あまりの悲惨さにもはや沈黙
するしか出来なかった。

 カエル顔の医者は「彼は常連さんだからね? 今度来た時に渡しておこうかい?」と言って
いたが、出来れば自分の手でお礼と一緒に返したい……なにより一食ぐらいまともな物を食べ
させたい、という気持ちから預かってきたのだった。

 (どちらにしろこれ以上の手がかりはないし、レシートはいつも同じ店だったからそこら辺
をぶらぶらして探すしか……)とそこまで考えたところで、

 ガツン、と唐突な頭への衝撃で現実に引き戻される。

 「う、うおぉぉぉ……」

 狭い車内なのでごろごろ転げるわけにもいかず、頭を押さえて足をばたばたさせるしかな
かった。

 「全く。今回の仕事の概要、ちゃんと聞いてたのかにゃフ・レ・ン・ダちゃ~ん」

 押さえていた頭を上げるとそこには、いつものように黄色系色で統一されたしたストッキン
グとコートを身につけ、ヒールを装備した脚を組んでいる仕事の上司(その雰囲気から大学生
にしか見えないがれっきとした高校生らしい)がこちらを向いていた。にこにこという擬態語
が全く違う意味を持ちそうなほど、全然笑っていないのに満面の笑顔だし、握った拳がぷるぷ
ると震えているし、心なしかわずかにウェーブのかかった長い茶色の髪が蠢いているようにす
ら見える。こうなった以上取れる対策は一つしかない。

 「え、えーと…そのー…てへっ☆」

 ゴガンッ、結果、失敗。あざとくごまかそうとしたらさっきより威力五割増しでもう一度頭
に拳が飛んで来た。しかも舌を出していたため痛みは更に五割増し。

 「うぐるぉぉぉ……」

 若干巻き舌になりながら再度悶絶している所に、前の助手席から少し幼さの残る声がかかる。

 「これだからフレンダはいつまでたっても超フレンダのままなんですよ」

 「ひょうふへんはっへ、わはひほははへはへひようひあふはいはわへ?!」
 「もはや超意味が伝わってないどころかどこが口癖なのか超わからないので、フレンダはし
 ばらくの間超黙っとくべきですね」

 こちらもいつもどおり、ふわふわニットのワンピースを着た小学生にしか見えない”自称”
中学生の少女がペラペラと何かをめくりながら憎まれ口を叩く。彼女の栗色のボブカットに隠
れて何を読んでるのかは分からないが、またどうせ映画雑誌を見ているのだろう。現に、むむ、
これは超大手製作会社のですから見る気はありませんでしたが、このストーリー……超B級の
香りがします! 超チェックです!! とかいって頭を左右に揺らしてリズムを取りながら、
ふんふんふん、と鼻歌を歌っており、ずいぶんとご機嫌である。

 「おい、フレンダぁ……」
 「は、はひっ」

 再度聞こえた地獄の底からの呼び声に背筋がぴんと伸ばして右側へ居直る。

 「アンタ、マジで聞いてなかったの?」
 「う…ごめん麦野、ちょっと考え事してて……」

 あーマジかもう一回説明とかめんどくせぇな、とわしゃわしゃ髪を掻き上げながらシートに
ドスンと倒れ掛かる。そのシートの後ろからもう一つ、ぼーっとした気の抜けるような声。

 「大丈夫、私はうっかり屋さんなフレンダのせいでもう一度今回のしごとについて説明しな
 くちゃいけないむぎのんをおうえんしてる」

 座っているのは、声に違わぬどこかぬけたような顔立ちの少女。上下ジャージに肩のところ
でパッツンと切られた黒髪という、もう女を捨てたのかと突っ込みたくなる出で立ちだが、こ
の間年を聞いたら十六と答えたので女を捨てるには若干どころかかなり早すぎる気がする。し
かし、ジャージの色がピンクなあたり実は本人的にはおしゃれだったりするのだろうか、真実
は彼女のみぞ知るといったところだ。

 「おい滝壺、誰が『むぎのん』だ」

 「ごめん、むぎの。ふれんだのせいで悪くなった車内の空気を和ませようとしたんだけど…
 …」

 「よし分かった。フレンダ、今日でお前は私ら『アイテム』から卒業だ。ああ、大丈夫大丈
 夫、フレンダがいなくなっても今日の仕事は三人で回せるし、フレンダ程度の人材そこらへ
 んにころころ転がってるから」

 「ちょ、ちょっと待って欲しい訳よ麦野! 何で今の流れで私が悪いことに……いや、確か
 に結局私が話を聞いてなかったのが悪かったけど!! ほ、ほら絹旗や滝壺も私がいなく
 なったらさびしいって…」

 「何を超うぬぼれてるんですかフレンダ。別に私にとっては、超肝心なところでミスする上
 に、B級映画の良さを超少しも理解しようとしないフレンダなんていてもいなくても変わり
 ませんから」

 「ちょっとおぉぉ!! そこは『だめですよ、フレンダは超大切な仲間ですから』って言う
 ところじゃない訳!? あと完全に映画の件は絹旗の私怨じゃない! た、滝壺は私がいな
 くなったら寂しいよねっ」

 「そうだね、ふれんだがいなくなったら寂しい、とおもうよ?」

 「うんうん、結局なんで疑問系なのかは置いといて滝壺もこう言ってるんだし……」

 「でも、最近脚線美自慢が増えてちょっとうっとうしいふれんだは応援できない」

 「待ってぇええ!! 確かに最近ちょっとしつこかったかなと反省してるケド、そんなこと
 でクビにしないでぇぇええ!!」

 「うるせぇぞフレンダ! まぁともかく、これにより四対〇、満場一致でフレンダの人せ…
 『アイテム』からの卒業が決定しました。はい拍手」

 「わー、超ぱちぱち」

 「よかったね、ふれんだ。私は新しく始まるふれんだの生活をおうえんするね」

 「嫌ぁぁあああああ、クビってそっちの『首』? 組織的な意味じゃなくて肉体的な意味
 で!? 後なんで私が私の人生終わらすのに一票投じてる訳よおおおぉ!!」

 「おぃ、さっきからキャンキャン吼えやがってうるせぇんだよフレンダぁ! テメェは仕事
 の話聞く気が無いのかよ!」

 「えぇ!? ……いや、うん、結局分かってた訳よ。なんかどうせこんな流れになることぐ
 らい…」

 仲間全員に弄られて改めて仲間内での自分の立ち位置を理解し、シートの上で体育座りをし
ながら丸まって、シートの上に指で見えない円を描き続ける。

 「まぁ、冗談はこれくらいにして改めて今回の仕事の概要を伝えるわ、今度はちゃんと聞い
 ときなさいよフレンダ」

 麦野は声を先ほどの冗談交じりの声から一転、透明に通るようでありながら、周りの人間に
有無を言わせないほどの圧力を与えるような調子で話し始める。先ほどまで修学旅行のバスの
中のようだった車内が一瞬で緊張に支配され、全員が姿勢を正す。

 「今回の仕事は一言で言えば、スパイの確保ってとこかしら。あくまでも『始末』じゃ無く
 て『確保』だから間違えて殺してしまわないこと」

 先ほどまできゃいきゃいしていた彼女たちだが、彼女ら四人は仲良しグループなどではない。
学園都市の汚れ仕事を請け負う『暗部組織』の一つ『アイテム』。彼女たちにとっては対象は
殺して当たり前、だからこそこのような『殺すな』という注意が必要になるのである。

 「情報の受け渡し場所は車に乗るとき言ったと思うけど、第三学区の第二国際展示場。今日
 から始まる情報技術関連の展示会に紛れて情報の受け渡しをするらしいわ。相手は二人、一
 人は外からの人間、もう一人は中の人間で情報の運び屋、能力は無能力者みたいね」

 「アレ? 麦野はさっき殺すなって言ったけど、結局外からの人間は殺しちゃまずいのは分
 かるけど、運び屋なんてやってるほうも殺しちゃダメな訳?」

 「あぁ、所詮そいつは雇われの駒でしかないからな。情報を流そうとした元を潰すために、
 誰に雇われたか”教えてもらう”んだとさ」

 「うわぁ、超悲惨な目にしかあわなそうな響きですね、その言い方」

 「はっ、そこらは私らが考えるところじゃないわ。とにかく外の奴は無傷で、中の奴は出来
 れば無傷で、両方生きたまま回収しろってね」

 「はー、なんていうか殺さずに捕まえろとか結局めんどくさい仕事な訳よ。そういったこと
 は『警備員』や『風紀委員』の管轄じゃないの?」

 「後々尋問とか記憶消去や修正とかやられるんだから、後々のことを考えると、できれば表
 の組織を関わらせない方がいいって事なんじゃない? 詳しくは知んないけど」

 仕事の大まかな概要を麦野が話し終わった所で、いままで話を聞いているだけだった滝壺が
 反応した。

 「じゃあ、今回はあまり私の出番はないってことになるのかな」

 「いや、確かに能力を使う機会は無いと思うけど、結局私たちで見つけないといけないって
 言う訳なら、四人しかいないんだし人数は一人でも多いほうがいいんじゃない?」

 「そういうことだ。ま、一人でいるところを他の暗部に狙われるわけにはいかないし、念の
 ために私と一緒に中の人間の方を追ってもらうけどな。それと、今回はこれをつけてやるん
 だとよ」

 そう言ってシートにもたれかかったまま、銀色の仕事用アタッシュケースから布製のわっか
をとりだし三人に向けて投げる。

 「『風紀委員』の腕章。表向きには私らは風紀委員の特別支部からの警備のお手伝い、って
 ことで展示場を巡回してターゲットを探すから」

 両手でぱすん、と受け止めた緑と白のストライプ柄の腕章にはたしかにジャッジメントの証
である白抜きされた盾のマークが入っていた。

 「うげ、これ超安全ピン付けじゃないですか……こんなのつけるんだったら先に言って欲し
 かったです。このワンピース超お気に入りのやつなんですから」

 「超安全ピンって、何かすごそうなものが生み出されてる訳よ。それは置いといて、私もこ
 の服には出来れば傷は付けたくないんだけど」

 「あぁ? 仕方が無ぇな、経費で服代落としてやるからそれで我慢しろ……って、そういや
 何でアンタ今日は男物の学生服なんだよ、しかもサイズ合って無いし」
 
「あー、実はこれ借り物なんだ。昨日ちょっと男の子に助けられてね、結局、その時に貸し
 てもらった訳よ。」

 妹のことは伏せて制服の事情を伝える。

 「制服貸してもらうって……お前、体は大丈夫なんだろうな」

 指に髪をくるくると巻いてどうでもよさそうに振舞ってはいるが、目はこちらをじっと捉え
ており口調に反して声には憂いの色が混じっている。口先だけの心配ではないんだなと少しだ
け口元が緩んでしまう。

 「いやいや、麦野が思ってるような事は無かった訳よ。昨日はそこそこ高位の発火能力者に
 囲まれちゃって、大通りも近かったから得物を使うわけにもいかず体術だけでやってたらい
 つの間にか燃え尽きちゃっててね」

 「はっ、股が痛くて仕事になりません、何てことになってたら面倒くせぇから聞いただけ
 だ」

 す、と麦野の眉根によっていた皺が溶けて、ふざけたような口調に戻る。

 「そこで困ってたところに颯爽と現れて助けてくれました、ってか? 全くお前ごときを助
 けるために高位の能力者の群れに突っ込むなんてとんだ物好きもいたもんだな」

 「超同意です。それでその男の優しさに超ころっといっちゃったと、どこの映画かって突っ
 込みたいくらいベッタベタな展開ですね」

 「そうなんだ、じゃあ私は恋してるふれんだを応援するね」

 「いやいや、話が飛びすぎな訳よ」

 車内に一瞬、先ほどのような緩い空気が流れるが、

 「で、そいつは他の暗部の人間でしたってことは無ぇんだろうな、フレンダ」

 麦野から、先ほどとは真逆の重く、そして冷たく刺すような視線を突きつけられ、車内の空
気が凍りつく。昨日の少年が暗部の人間でない、そう確信していてもあまりの威圧感に声が震
えてしまう。

 「だ、大丈夫な訳よ麦野。この服もちゃんと発信機とかついてないか洗濯してるし、暗部に
 いる奴の目じゃなかったし」

 「そ? それならいいけど。まぁ、あんまり浮かれて油断だけはするんじゃないわよ」

 凍った語調を溶かしてからかうように笑う、相変わらず感情の切り替えが極端な上司だ。

 「だからそういうのじゃ無いって言ってる訳よ」

 「でも、気になってはいるんでしょ」

 「だから、そういうのじゃ…いや、別の意味で気になることはある訳だけど…」

 そしてまた、昨日のツンツン頭を思い出す、片手だけで全ての炎をかき消し助けてくれて、
そうでありながら大事な物ごと服を私に渡すなんて抜けたところがあって……そして自分の
ことを『疫病神』と言ったあの少年のことを。

 「別の意味って、超意味が分かりませんね。そういう惚気は本人の前だけで結構ですから」

 「そうだよ、ちょっとそれは応援できないかな」

 「だーかーらー……」

 付き合った後で後悔すると言う話は聞いたことがあるが、実はこんな風に付き合ったんじゃ
なくて、周りが祭り上げて付き合わされたんじゃないかとため息をつく。

 「ねぇ麦野。後で『書庫』のデータ閲覧してもいい? 気になってるっていうのが、そいつ
 の能力についてなんだけど」

 「なんだ、そういう気になるか。いいけど仕事の後でな」

 「超つまらないです。せっかくフレンダが振られる所を見られると思ったのに。でも、『書
 庫』で調べたいような能力って…どういった系統の能力だったんですか?」

 「何で好きでもない相手から振られなきゃいけない訳よ!! でも、能力については結局全
 てが謎でね…あまりにも正体不明だから『書庫』を使いたい訳よ」

 「正体不明っていうと?」

 興味が湧いたのか、絹旗は雑誌をパタンと閉じて顔をこちらの方に向ける。こうなったら一
緒に『上条』の調査を手伝わせてやろう、と彼女がさらに興味を持つよう話の方向を組み上げ
る。

 「それがね、結局、能力を持ってるを持ってるのは間違いないんだけど、『俺は無能力者
 だー』って言い張ってたのよ」

 「それって実は本当にそいつは無能力者で、フレンダが勘違いしてるだけじゃないんです
 か? 期待して超損しました」

 「いやいや、能力を使ったのは間違いない訳よ。相手はさっき言ったように発火能力系の能
 力者だったんだけど、結局、そいつが作った火柱や爆発を片手を振り回すだけで次々とあっ
 さり消していったのよ、しかも安っぽい効果音付きで」

 ぴくり、と絹旗は一瞬動きを止めた後、頭が引っ込んで前の席で何かガサゴソ動いていると
思ったら、助手席の頭置きの上からにゅっと改めて顔を出す。シートの上でこっちを向いてひ
ざ立ちでもしているのか。

 「何ですかその超やる気の無い敵の倒し方は!! それにその安っぽい効果音も気になりま
 す!! 録ってたりしないんですか!?」

 目がキラキラ輝いている。この前一緒に行った学園都市の学生が自主制作したと言うB級映
画にたしかそんなシーンがあったはずだ。

 探せば能力者なんてそこら辺に大量にいるのに、わざわざ安っぽいCGと効果音を使ってい
る時点で個人的には見る気が失せたが、となりで「あぁん、何でこの超学園都市にあってわざ
わざCGなんて使うんですか!! しかも超安っぽい!! でもストーリーはいい感じに期待
を超裏切ってくれて……はっ、この安っぽい表現ゆえにそこの伏線を超見逃していました!? 
むむむ、これは超もう一度最初から見直さないと……」などとその安っぽさが彼女にはずいぶ
んとつぼに入ったのか二十分のショートフィルム上映中ばんばん右腕を叩かれ続けた。

 (にひひ、あの時はとんでもない地雷についていった上に右腕を叩かれまくって辛かっただ
 けだったけど、結局、こんな風に絹旗が協力してくれるなら安いものだったって訳よ)

 心の中で笑いながら心底残念そうな顔をつくる。

 「悪いけどそんな余裕は無かった訳よ、でも蛍光灯を割った音のような感じだったかな?
 しかも最後は能力じゃなくて打撃で一発、なんか既見感があるんだけどなー。どこで見たの 
 か絹旗は思い当たる節、ない?」

 墜ちたことを確信してちらりと彼女の顔を見ると。

 今にも、ほああぁぁぁ、という効果音が聞こえてきそうな蕩けた顔。隣の麦野が、こいつは
B級映画が絡むととんでもなく単純だな、と言わんばかりのあきれたような目で眺めているが、
最早それすら目に入っていないのだろう。しばらくそのままほわほわした後、はっと我に返っ
て、

 「超仕方が無いですね。そいつの捜索、この超絹旗最愛が超手伝ってあげますよ!!」

 「ありがとうっ! さすが絹旗っ!!」

 目を少しだけ潤ませてシートの上から出ていた手をぎゅっと握る。勝った……!

 「あー絹旗、ちゃんと座りなさい。助手席は危ないんだから」

 ようやく漫才が終わったか、とため息をついて、目頭に手をあてながら麦野が注意する。

 「大丈夫ですよ、もし事故っても私の『窒素装甲〈オフェンスアーマー〉』なら超余裕で
 す」

 「いや、あなたの能力なら確かに物体は止められるでしょうけど、衝撃は殺せないはずで
 しょう?」

 「確かにそうですが、吹き飛ばされてる間に意識的に窒素を張り直して着地の衝撃を流せれ
 ば超問題ないですよ」

 「そうだとしてもね。ガラスにスモーク貼ってるったってフロントに貼る訳にはいかないん
 だから、アンタがそうやって乗ってるのを『警備員』に見つかったら面倒くさいのよ」

 「あぁそういうことですか、分かりました。確かに今私たちは『風紀委員』ですしね」

 「いや、結局、風紀委員じゃなくてもダメだから」そう突っ込みながら目の前の少女の能力
を思い出す。

 『窒素装甲』――体の表面から数センチという制約はあるものの、大気中の約八十パーセン
トを占める窒素を自由に扱うことの出来る能力。圧縮された窒素の塊を操作することによって
普通自動車程度なら軽々と持ち上げることも、銃弾を防ぐことも出来る攻守共に万能な戦闘向
きの能力……

 「うぅ、私も結局そういう風な直接戦闘能力を持った能力が欲しかった訳よ」改めて自分の能力を思い出してショボいな、と愚痴をこぼす。

 「何言ってるんですか、フレンダも私と同じ『大能力者〈LV4〉』じゃないですか。もち
 ろん学園都市に七人しかいない麦野みたいな『超能力者〈LV5〉』には敵いませんけど、
 もっと自分の能力に自身を持ったらどうなんですか?」

 麦野の注意に従ってちゃんと座りなおした絹旗がバックミラー越しに答える。

 「そりゃ確かに同じLVだけど、結局、絹旗の自動防御は他にLV5の第一位、第七位ぐら
 いしか持ってない訳でしょ?なんか同じLVでもレア度で差を感じるんだけど」

 「それを言うなら、フレンダの能力なんか、他に所有者がいないんじゃありませんでしたっ
 け? 確か、『空間移転〈テレポート〉』とは全く違う原理なんですよね」

 「まぁ、そうなんだけど……結局、私の能力って地味じゃない?」

 「能力自体が地味だとか派手だとかなんてどうでもいいのよ、ここで生きてくには」
 さっきまで聞いているだけだった麦野が会話に割り込む。

 「はっきり言って、何も知らない人が見ればアンタよりも低いLVの発火能力者や発電能力
 者みたいに直接的なものが見えた方が強そうに見えるのは事実ね」

 「確かに超そうですね」

 「うっ……改めてはっきり言われると何か来る物があるって訳よ……」

 「最後まで聞きなさいよ、まだ話の途中でしょう。それでもアンタはLV4のそういう奴ら
 と対等以上に渡り合ってる。要は持っている能力をどれだけ生かせるかが大事って事よ」

 「麦野……」

 本日二回目の上司の優しさに、明日は槍が降るかもしれない、などちょっと失礼なことを考
えながらも感謝しそうになって

 「まぁ……どうしようもないとこでミスする癖はそろそろ直してもらわなくちゃ困るんだけ
 どにゃ~ん」

 「うっ、それは申し訳ないと思ってる訳よ」

 持ち上げて落とされる。ちくしょうやっぱりこういう扱いか、分かってたけど。そしてそこ
に更に絹旗が止めを刺しに来る。

 「そういえば、この間標的を超危うく逃がしそうになったときのお仕置きが超まだなんじゃ
 ないですか? できれば私にその機会を超譲って欲しいんですが」

 「ちょっと絹旗! いい感じに忘れてると思ったのに何でそれを蒸し返す訳よぉおお!!」

 「あら、そうだったっけ? でも、アンタに任せると大抵アンタと一緒にB級映画を見させ
 られるだけじゃない、まぁそれでも効率的に精神的苦痛を与えられるのがアンタのすごいと
 こだけど」

 「何か非常に不名誉なことを言われた気がしますが今は置いといて、今回はそんな生易しい
 ものじゃありませんのでご安心を」

 体をシートの横から乗り出してこちらを向く絹旗。普段なら、自分が好きな映画を否定され
た時点で頬を膨らませながらその良さを語りだすも、結局適当にあしらわれて「B、C級だか
らってだけで即座に駄作と判断する人とは話したくもありません」などとむくれるのがいつも
の定番なのだが、今日はなんだか既に上機嫌である。

 「え、ちょっと待って絹旗。何か結局すごく嫌な予感が……」

 異様なプレッシャーに冷や汗が止まらないこちらとは対照的に、にっこりと、にっっこりと
恐らく今年最高の笑顔を浮かべて、

 「今回のお仕置きは、この間フレンダと見に行った映画の検証のために、朝一からレイト
 ショーまでずーっと同じ作品を見続けるのに付き合ってもらうだけですから」

 死刑を宣告された。

 もはや言葉を発することが出来ない。ギ、ギ、ギ…と錆び付いたブリキのおもちゃのように
首を回して麦野に助けを求め、ようやく視線が合う、が。目線で意思を伝える前に首を振って
目をそらされる。

 映画への情熱で強化された絹旗の前にはもはやLVの壁などあってないようなものだった。

 それでもあきらめきれずに、そのまま最後の希望を求めてそのまま後ろまで首を回す。

 「ぐーすかぴー…」

 いつの間にか完全に夢の世界へ旅立っていた。

 最後の希望も絶たれてうなだれる少女と、仲間を魔の手から守れなかった彼女の上司。通夜
のような雰囲気すら漂う二列目席のことなど既に意識の外なのか、前の席では

 「それじゃあフレンダ、明日はちゃんと予定を空けといて下さいね。いやー今から楽しみで
 す! 布教用ののパンフレットはこの間買ってますからフレンダにはそれを貸して……そう
 です、この機会にフレンダにもB級映画の良さが分かるよう開発してしまいましょうか、そ
 れよりも予約予約。いやー、携帯端末でいつでもどこからでも予約が取れちゃうなんていい
 時代ですよね、今日日席の指定まで出来るんですから。まぁ、あの作品は理解できる人があ
 まりいないみたいですから実質完全自由席なんですけどね、ということはあえて席指定は無
 しにしてランダムに指定された席からみることで新たな見方が分かるかもしれません!! 
 これは大発見です、フレンダにも是非とも最低限これ位は理解してもらうとして、いつも一
 緒に見てくれるのは嬉しいんですけど寝てしまいそうになってるのが残念なんですよね、
 やっぱり今回も定期的に起きてるか確認しなければならないのでしょうか……? いや、で
 すがそんなことをしている暇は無いはずです、あの映画の監督は近年まれに見る名監督です
 から、目を離した一瞬に大事な要素が紛れていたら大変です。かといってこの間みたいに叩
 き続けているとフレンダの手が粉砕骨折してしまいそうですし…………」

 恐ろしい計画が無邪気な笑顔の下で進行していた。
 お仕置きは明日のはずなのに気が遠くなっていく。

 完全に意識を手放す寸前、肩にやさしく手が置かれた。

 「明後日はミーテイングに来なくていいから、明日はがんばりな」

 白く染まっていく意識の中、上司の言葉だけが救いだった。



 「うわー、本当に人が超多いですね。ここから対象を探し出すのは超骨が折れそうです」
 
結局同じデザインの物を経費で落とすことで妥協して、お気に入りのワンピースに安全ピン
の針を通した彼女はあふれかえるスーツの山を目の前にして一つ伸びをする。

 短めのワンピースの端がそれにつられて上に上がるが、大事な布は見えない。それもそのは
ず、彼女のワンピースの丈は計算されており、『見えそうで見えないギリギリの長さ』を徹底
的に追求された結果、彼女の能力の如く一見すると無防備に見えるが、その実異常なまでに強
固な装甲と化していた。

 「でも、明日は超思いっきり映画を見れますし、頑張っていきましょうか」

 そういえばここに付いた時、滝壺さんが車での長距離移動中に寝ているのはいつものことと
して、いつもは騒がしいフレンダも寝ていた事を思い出す。

 (もしかしたら昨日のいざこざで超疲れてるのかも知れませんね、今日は超さっさと終わら
 せて休ませてあげて、明日の映画も半日で勘弁してあげましょう)

 フレンダはなんだかんだ言いながら一番映画に付き合ってくれてますからね、たまには優し
くしてあげましょうか、などと考えながらポケットから携帯端末を取り出し、先ほど麦野から
転送されたデータを改めて確認する。

 (私の分担は……第二国際展示場A~Cブロックで、外からの人間の方の探索でしたね。そ
 れで対象の特徴は、と)

 画面をスクロールして展示場の地図などのデータをながして改めて確認する。

 (ありました。中からの運び屋は超写真がありますが、外からの受取人はパーツの特徴を元
 にした合成写真だけですか。学園都市の入園管理ゲートからのデータは超手に入らなかった
 んでしょうかね?)

 学園都市は科学技術全般について常に外の世界より二、三歩どころか数十歩単位で先を行っ
ている。そのため、情報漏洩に関して細心の注意を払い続けており、殊に外からの入場者には
厳しいチェックが課されているはずだ。それは学生の親はもちろんのこと、今回のように学園
都市が払い下げた技術を買いに来た客に対しても同様である。そのため、入管ゲートでは顔写
真だけでなく、指紋や声紋、網膜パターンなどをとられてデータ管理されるはずなのだが…

 (何か超違和感を感じないでもないですが、今更止めるわけにもいきませんし。超用心して
 当たるとしましょう)

 それから二時間、彼女は一人の男の後を追っていた。

 (顔は超ほぼ再現写真どおりですし、体格も超情報どおり。ただ、あくまで予想写真でしか
 ないですから超怪しい動きをしない限りは追い続けるしかないんですよね…)

 件の男を見つけてから一時間。見つけた瞬間、あまりに似ていたためその場で確保に動こう
かとも思ったが、ひとまず思いとどまりずっと観察を続けている…のだが、先ほどから数人の
技術者と会話をし、時折契約を交わしているのか何かに記入をしたり握手を交わすだけで、特
に何か怪しい動きをしているわけではない。

 (やっぱり超違うんでしょうかね、写真は本人かと言うくらいそっくりなんですけど……) 

 もう一度携帯の中の写真と営業スマイルを浮かべる視線の先の男を見比べてため息をつく。 

 一時間追跡しても全く怪しいそぶりは見せないし、そろそろこの男には見切りをつけて他に
似た人間がいないか探そうかと考え始める。

 (目標の捜索からやらせるんなら、超ちゃんとした情報がほしいですよ全く)

 「すいませーん」

 (しかしこれ以上この人に超時間を割くわけにもいきませんし)

 「あれ、聞こえてない? すいませーん」

 (一応この人の写真だけ撮って、中の運び屋を追ってる麦野に超注意人物としてメールで
 送っときましょうか……)

 「あれ、これってもしかして意識的に無視されてるんでせうか?」

 (一応D~Fブロックを巡回しているフレンダにもー…)

 「いや、きっと自分に対して言われてると思ってないんだ。よし、おーいそこの小学生の風
 紀委員さーん」

 「誰が小学生の風紀委員ですかぁ!!」

 気にしていることを言われてつい無視できなくなり、声のほうへ振り向いてしまう。反応し
てしまったのは仕方ないので、無難に返してお引取り願おうと少し落ち着いて…

 「え、もしかして中学生? 悪い悪い、ちっちゃかったからつい」

 …消そうとしていた火にガソリン入りのポリタンクを投げ込まれた。

 今がプライベートなら、即座に裏路地までご足労願って声をかけて来た事以前に生まれてき
たことすら後悔するまで空中コンボを決め続けてやるところだが、今は仕事中だと自分に言い
聞かせ、震える右手を左手で押さえつけながら出来る限り平静に。

 「あなたにはデリカシーって物がないんですかぁ? 自分が少しくらい体格がいいからって
 身長が伸びなくて悩んでる人を馬鹿にして良ぃことにはなら無ぇんですよ」

 「うぇ!? いやそういうつもりは全く無かったんです、ただあなた様がもしかしたら『別
 に自分に声をかけてるわけじゃないだろう』と思ってるのかと思いまして、それでやむ得ず
 分かり易い身体的特徴を……」

 目の前のこいつは本当は狙ってやってるんじゃないだろうか、このまま右手の赴くままに一
撃くれてやりたくなるが、そのウニに憧れがあるのかと聞きたくなるような髪型は除いて顔は
真剣なので本気で気付いてないのだろう、鈍感なのもここまでくると怒る気も超失せますね、
とため息をつく。

 「わかりました、もういいです。ただこれ以上”ちっさい”とか”小学生”とか言ったら超
 ふっとばしますのでそのつもりで。じゃあ私超忙しいんで」

 「わかった、本当にごめんな―…ってちょっと待ってくれよ、聞きたいことがあるんだっ
 て」

 このまま相手に罪悪感を与えて去ろうとしたがそうもいかないようだ。今逃げてもここら辺
を巡回しなくてはいけない以上はまた合う可能性は高いし、また会ったら何故逃げたのかと更
に面倒なことになりそうなのでここで終わらせてしまおう、と見失った先ほどの男をきょろ
きょろと捜しながら一応話だけは聞いてやることにする。

 「ちっ、一体何なんですか。こっちは大事な用事の最中なんですから邪魔しないでください
 よ」

 「舌打ち!? え、風紀委員はいつからそんな不良の集団みたいな挨拶を採用したのでせう
 か!」

 「ああ、これは失礼。ついあなたがうざ過ぎたもので」

 「いや、本当に先ほどはすみませんでした姫」

 「…あなた、本格的に馬鹿なんですか…って」

 それはまた別の意味で馬鹿にしてるように聞こえるのに気付かないのか、とウニ頭の方を振
り向くとその姿が消えて…いや、何故か視界の下のほうで小さくなっていた。具体的に言うな
らば、正座して、背骨はは腰から九十度、頭は下げたまま、両方の手を地面につけて…

 …いわゆる土下座である。

 ざわり、と周りで交渉をしていた大人たちの視線が瞬時に収束する。

 「ちょ、ちょっと。いきなり何してるんですかウニ頭! ほら、早く顔を上げてください、
 目立ってます、目立ってますから!」

 「いえいえいえ、姫の機嫌が直らない内に頭を上げてしまうわけには参りません、どうかこ
 の姿に免じて何卒、何卒」

 周りからは、おやおや、こんなところで、とか、若いっていいですなぁ、とか。注目を浴び
るだけでも恥ずかしいのに、更にどう解釈したらそういう風に映るのか分からないような訳の
分からない誤解が広がっていくのに顔が熱を帯びるのが自分でも分かる。

 「分かりました、分かりましたから。ちゃんと話を聞くのでさっさと頭を上げてくださいウ
 ニ頭!!」

 「お、そっか。悪いなー手を煩わせて」

 けろりとした笑顔で立ち上がる。本当に場所がこんなところでなくて、この腕章さえつけて
いなければ、一発顔面に入れたくなるような本当にいい笑顔で。

 「本当に悪いと思ってるんだったらさっさと用件をお願いします。急ぎの用事があるのは本
 当のことなので」

 「あぁ、要は人探しなんだけど。ここら辺にいるって言ってたからいるのは間違いないんだ
 けど、不幸なことに一時間も歩き回っても全然会えないんですよ」

 そう言って、ポケットから取り出した携帯を操作している。

 「それなら、何で私に聞くんですか、他にも警備員とかが超立ってるじゃないですか」

 「いや、そっちも誰かを探してるみたいだったから、警備員に聞くよりもよく顔を覚えてる
 かな、と思いまして……おっ、これなら分かり易いだろ」

 「全く、超迷惑な思い込みですね。どれどれ……」

 彼女は携帯を覗き込む前から『超知りませんね』と見た後は答えると決めていた。先ほどの
男の写真も撮っていないし、スパイも探さねばならない、『あぁ、見ましたよ』などと答えて
しまっては会話が伸びるだけだし、下手をすればそこまで連れて行けと言われるかもしれない。

 そう、だから見た瞬間に口を開いて…

 「超……見ましたよ」

 画面に映っていたのは、先ほどまで彼女が追っていた男の写真。

 「ほんとか!? いやさすが風紀委員、頼りになるな」

 「超一応お聞きしますけど、この方とはどういった用事でここで会うことに?」

 予想外の画像に彼女は焦っていた。

 (さっきの画像、資料の合成写真と超同じじゃないですか。しかし、このウニ頭の顔は運び
 屋の写真はとは似ても似つかないくらい整ってますし……)

 「近況報告とデータの受け渡しって所かな」

 「…ッ!!」

 (超堂々と目的を露呈した!? こいつは私を超本当に風紀委員だと思ってるんですか? 
 いや、一時間も尾行なんてしてたのだから運び屋なんて裏の仕事をしてる人間が、私があの
 男を追跡していた事くらい分かって当然…。渡された資料、確実に手に入るはずの情報が無
 くて不確実な方の物があるおかしいとは思ってましたが、最初から情報を超操作されてたっ
 てことですか…)

 「おーい、だいじょぶか? ちょっと顔色悪いぞ」

 「…は、はい! 超大丈夫です!」

 ウニ頭の声で我に返る。しかしこの余裕は何だ、自分を捕らえようとしている相手に自分の
正体をバラしたどころかこちらの心配までしてくる。

 (もしかして超なめられてたりするんですかね。いや、もし今までの行動があの男を見失わ
 せるための一連の演技であるなら…)

 「分かりました、先ほど見かけた場所まででよければ超案内しますよ」

 「お、そうか? ありがとな」

 その笑顔の下に隠れた意思を確信する。

 (取引を超妨害する私から先に超始末するから、人気の無い場所で殺りあおう事なんでしょ
 う…考え方は悪くありません。が、相手が悪かったですね)

 「いえいえ、これも超風紀委員の務めですから。こっちですよ」

 そう言いながら頭の中の会場地図を参照し、最寄の職員通路の方へ歩を進める。

 「あのー、この先に本当にいるんでせうか? どう見ても一般の人はお断りな感じしかしな
 いんですが」五分もたっていないだろうか、過剰なまでに重厚な鋼鉄の職員用扉の前にやっ
て来たところでウニ頭が尋ねる。

 「ええ、超先ほどこの扉の前で、職員用のお手洗いを貸して欲しい、とか言って警備員に入
 れてもらってましたから、超そんなに時間もたっていませんし」

 扉を開けながらながら適当に話を作る。

 「へぇ、あんまり警備員って融通利かないイメージあるけどな、やっぱこういうときは別
 か」

 「まぁ、そうですね。相手は超お客様ですから」

 白々しい嘘の付き合いである。外の客を極端に警戒するこの街は、いかなる理由があろうと
も関係者意外立ち入り禁止の場所に入れるわけが無い、ましてやそんなつまらない理由では。

 「はは、『超お客様』ってすごく歓迎されそうだな」

 などと笑いながら先に薄暗い職員通路に入っていく。どうやって先に入ってもらおうかと
思っていたが、自分から先に入ってくれるなら世話が無い。

 「おっと、すいません言葉の綾です。『超』が口癖みたいなものでして」

 視線をウニ頭から外さずにその後に続く。

 「ああ、超ってよく言ってるなとは思ってたけど気のせいじゃなかったんだな」

 こちらを振り返り、目の前に立つウニ頭は顔を緩める。余裕のつもりか。

 「ええ、むしろ超かなりの頻度で言っている自覚はあるので、それを今まで気のせいで済ま
 せているなんて超鈍感としか言えないですね」

 後ろに手を回して

 「いやー、上条さんとしては鈍感なつもりは全く無いんですけどねー…それで、どっちに―

 ウニ頭が顔を前に戻したと同時にドアを閉める。

 ――ガチン―― 世界が切り替わる

 (超確実に初撃で落す!!)

 弾けるように脊髄に向かって手刀を打ち込む、窒素装甲を殺さない程度の硬度で右拳に展開、
同時に全身の筋力補助。対する相手は油断しているのか無警戒にもこちらを見ていない。

 そして、ウニ頭はうめき声を上げながらその場に倒れこむ…はずだった。 

 「…危ないだろ」

 あっさりと、当然の結果のように、回避できないと確信して放った手刀は襟足の髪を撫でる
ことすら出来なかった。

 「…っ!?」

 トン、とウニ頭は更に一歩距離をとるため跳んでこちらを振り返る。先ほどまでの少し軽そ
うな笑い顔から一転、その瞳には感情と呼べるものがうっすらとしか見えない。

 「ウニ…いや、今上条と言いましたね、『超常感覚』系の能力者ですか」

 ふ、と自嘲気味に口だけをゆがめ「まさか、上条さんはただの万年無能力者ですよ」首を大
きくかしげてわざとらしく両手を挙げて続ける「ただ、なんとなく体が動いただけって感じか
な」

 「あくまで無能力者だと超しらを切り通しますか。まぁ、自分の能力をわざわざ教えるよう
 なのは超雑魚と相場が決まっていますからね」

 冷静を装いながらも胸中は穏やかではない。今、こいつはどうやってこちらの攻撃を察知し
たのか、まさか本当にウニが言うように『なんとなく』でかわされる訳が無い。だとすれば、
『超常感覚』系か、『精神干渉』系か、『未来予知』系か。

 …いや、あるいは本当に『無能力者』でありながら、『なんとなく』のレベルで気配を読め
るほど死線をくぐってきたのか。

 能力もLVも実力も不明、相手がどれだけこちらの情報を知っているのかは分からない、た
だ一つだけ分かることは(やっぱりこっち側の人間って事ですか)キュアッ、と両拳に更に窒
素を圧縮させて硬度を上げて

 「悪いですが、あなたは超完全に無傷でなくても良いそうですので。超少々本気でいかせて
 もらいます、内臓の一つ二つ、手足の一本二本は覚悟してください」握った拳を上げ、ボク
サーのように構えをとりながら、一応の警告をしてやる。

 「はは、風紀委員の腕章つけてる奴が言っていい台詞じゃねぇよな、それ」

 半ば「今から殺しますよ」と言っている様なものなのに、男は構えるでもなく、先ほどまで
と何も変わらずだらりと両手をぶら下げたまま軽く笑う。

 こちらの事を甘く見ているのか、それとも本当に構える必要が無いのかは分からない。異様
な余裕に対して、不気味さに脂汗が背中を伝う。しかし相手の能力を知らずに撤退に移れば殺
される、取れる行動は一つしかない。

 息を静かに吸って。ダン、と一気に距離を詰め、同時に肩や腹、あくまでも潰れても即死は
しない場所を狙って文字通り凶器と化した両拳を打ち込む。が、

 当たらない。手すら使わずに体をひねる、片足を軸に回転する、後ろに飛ぶ。その三種類の
動作だけで体表を滑らせるように、あるいは当たらないぎりぎりの距離が分かっているかのように避けていく。

 そう、見えないはずの窒素装甲が当たらないぎりぎりで。

 (くっ、やはり”視え”ているんですか?!)

 いかに動体視力が高いと言っても一般的な見る、で窒素装甲の見えない圧縮空気を範囲ぎり
ぎりでかわすことは出来ない、となるとやはり予想通りの能力か。しかし、そうであるという
ことは逆に言えば能力による遠隔攻撃を加えられることはない、隠して携帯できるサイズの銃
火器程度なら余裕で防げる。

 (こいつの能力相手に近接格闘中心の私は超分が悪いです。ここはひとまず退いて麦野に資
 料が違うことを伝えた方がッ!)

 と、一度距離をとるために当たらないことは承知で右拳を顔面に打ち込んで
 がしり、とその腕を左手で掴まれる。

 (窒素装甲ごと掴まれた!? 超なんですかその対応策!)

 相手の能力は戦闘的な物ではない、こちらの能力を貫通するような装備も持っていないはず、
そう理解していても今まで受けた事が無いような対応に対し半ば反射的に相手を天井に叩きつ
けようと右手を振り上げる。が、やはりそれより先に手を離され回避される。しかしその隙に
何とか距離は稼げた。

 「『肉体強化』かと思ってたけど、そういう訳じゃなさそうだな」

 先ほどまでの感覚を思い出しているのか、腕を捕らえていた左手を開いたり握ったりしなが
らウニが呟く。

 (能力について把握されてる訳ではないと言うことは、別にこちらの心が超読まれてる訳で
 はなさそうですね…それにあそこまで攻撃を超回避出来るような精度を持った予知能力者は
 いないはず。となればやはり超常感覚で圧縮した空気を知覚していた? 確かに、自分の周
 りの一定範囲を超知覚することが出来れば最初の不意打ちを回避できたのも納得ですね)

 「…超先に言わせてもらいますけど、こっちから能力を教えたりはしませんよ」

 「ああ、別にそういう期待はして無ぇよ、第一自分でそういうことする奴は超雑魚とまで自
 分で言ってたじゃねぇか」

 にやりと、口角を上げて左手を後ろポケットに突っ込みながら答える。感じられるのはただ
ただ圧倒的な余裕。

 あの学生服に入るサイズの銃火器では自分の窒素装甲は貫けないはず。そう解っていても後
ろに回された左手から何が出てくるのか、視線をはずせない。

 (どちらにしろ近接主体の私では相手が悪いのは事実、予想通りの広域を知覚することが出
 来る能力者ならトラップ主体のフレンダも超相性がいい相手だとは思えません。やはり麦野
 に遠距離から撃ってもらうしか超なさそうですね)

 「おっと、超そういえばそうでしたね」

 いつもなら対象とこのように話すことなど無いが目の前の男は本当に得体が知れない、当た
れば一撃必殺、そう言った圧倒的な能力を自由に振り回せるような麦野のような凄みとは違う
静かな圧力。その圧力が彼女に無駄に話すことを、そして隙を与えることを許してしまう。

 「そんなに警戒しなくても、スキルアウトみたいに拳銃みたいな物騒な物、上条さんは持っ
 てませんのことよっ!!」守勢一方だった男が一転。左手はなおも後ろに、地面を踏みしめ
一気に距離を詰める。

 「っ?!」

 先ほどあの男はこちらの装甲の強度は確認したはず。それにもかかわらず突っ込んできたと
言うことは、それを破ることが出来るだけの『何か』を持っているということか。

 (…いや、それは超ありえません。如何に学園都市とはいえ、携行出来るサイズで私の窒素
 装甲を貫けるような兵装はまだ出来ていないはず、だとすれば何を…)

 と考えをめぐらせた一瞬に男は左手を引き抜く。その手にあるのは黒い物体、男の目は間違
いなくこちらの瞳を睨みつけている。(まさか、私が手にしか能力を展開できないとでも思っ
てるんですかね?)念のため周囲の窒素を上半身を中心に収束、圧縮。

 しかし男はそれにもかまわずそれをそのまま―

 ガスッ―とそのまま顔面に叩きつけた。

 (…これは、グローブ?)

 並の戦車の前面装甲程の強度を誇る見えない壁に阻まれて、虚空で停止させられた拳につけ
たそれを確認する。

 正直に言って完全に想定外の行動である。目の前のこいつは先ほどその硬度を確認したので
はないか、その上でこの行動を取る意味が分からない。最初から分かってたのに―

 「いぃぃってえぇぇぇぇ!!!!」

 びくり、とそれまでの冷静さを微塵も感じさせないような大声を上げられつい体が反応して
しまう。

 (まさか…)

 「くそっ、痛ぇ……。予想よりもいってぇっ」小声でぼやきながら痛むのだろうか左手をか
ばいながら後方へ飛びずさる。

 (まさか、ただ私の考えすぎだった…? こいつは、危機感すらない超バカなんですか?)

 もはや目の前のこいつからは先ほどのような威圧感や得体の知れなさは感じられない。むし
ろ、左手を右手でかばうように覆いながらうっすらと目に涙を浮かべている男のどこに威圧感
を感じれば良いのか。いや、得体の知れなさは別の意味で感じるかもしれないが。

 「は、はは」張り詰めた緊張が解けたせいか自然と口から笑いが漏れる。

 「まさか、そんな手袋一つでどうにかできると思ってたんですか?」

 男はきっ、と左手はかばったままにこちらを睨み返す。

 「…思ってたら悪かったかよ」

 「いえ、超悪くはありませんが。ただ、ちょっと超バカだなーと。」

 「バカで悪ぅございましたー…チッ、マジかよ」

 不貞腐れたように左手をかばっていた右手を外し、初めて構えらしい構えを取りながら、ぼ
そりと呟く。

 「予想外ですか。そうですね、私としては超心外ですね、まさか私の能力が手にしか展開で
 きないとでも?」

 相変わらず、相手の能力は不明。しかし、あれだけ余裕ぶって出してきたのがただのグロー
ブ。いや、正確には砂鉄などが入っており、握り締めると拳を鈍器のように扱えるようなもの
なのだろう。が、それが脅威となりうるのはあくまで相手が人のときだけだ。

 「私の頭を潰したいなら対戦車砲でも持ってくるんでしたねっ!!」その能力の名が冠する
通り、装甲を持つ彼女には意味を成さない。

 ガゴンッ、と距離を詰めるために蹴り飛ばしたコンクリの床が陥没する。

 (麦野に頼もうと思いましたが、あれが切り札だと言うなら私でも問題ないですね。多少時
 間は喰いますが、逃げ場が無くなるまで追い込んでしまえば潰せるでしょう、っと)

 通路の端に追い込むように一気に畳み掛ける。

 先ほどと同じようにかわされ続けてはいるものの、相手はこちらに損害を与えられない、そ
のことが攻撃に勢いをつけ、確実にこちらが追い込みたいコースに誘導できている。それには
男も気付けてはいるのか、先ほどのように完全にかわし続けていることには変わりないが、先
ほどまでと一転し渋い顔をする。

 「さっきまでの超余裕はどうしたんですか?」決して当たらないことを逆手にレバー目がけ
て拳を打ち込んでかわさせる。

 「そんなもんある訳ねだろうがよっ! と」

 「なんだ、まだ会話できるだけの余裕が超あるじゃないですか」さらにもう一撃、次は心臓
を狙う。

 「何が殺す気は無いだ!! 明らかに急所狙ってきてるじゃ無ぇかよっ!!」

 「どうせ超かわすんだからいいじゃないですかっ!!」更に腎臓

 「これでも上条さんギリギリですのことよ!!」

 と、そこまで回避したところで男の背中が壁にトン、と当たる。

 「そうですか、ではこれでその超ギリギリも無くなった訳ですが…」完全な袋小路、もうか
わすことも逃げることも叶わないだろう。

 「…一応『できれば』無傷でと言われているので、超おとなしくして頂ければ肩を外す程度
 で済ませてあげますよ」

 「肩を外す『程度』ね」構えを解きながら皮肉めいた苦笑を浮かべる。

 「四肢が潰されるよりは超よっぽどましだと思いますがね」

 構えもはずしたし、流石にここまで言えば大人しく従って…

 「じゃあ、力ずくでやってみろよ『小学生』の風紀委員さん?」くるり、と苦笑を冷笑に変
えて見下ろされる。

 それと同時に自分の中で何かが切れた音が反響した。

 「…言ィましたよねェ?」

 「何か言われたっけ? 悪いけど最近物忘れが激しくってなー、昨日も財布どっかにやっち
 まったしなー。『ちっさい』風紀委員、さん?」頭をガリガリかきながら至極どうでもよさ
そうな口調でニタリと答える。

 「あァ、そォですか。忘れてンのなら仕方無いですねェ…」ギャアァァッ、と無理やり捻じ
曲げられた周囲の窒素がいびつな悲鳴を上げながら全身にまとわり、圧縮されていく。

 「…もォ一度言ってあげましょォか」怒りと殺意で普段より硬度を上げた右腕を構え

 「『ちっさい』とか『小学生』とか言ったらふっとばすって言ったんですよォ!!」そのま
ま直線的に頭目がけて叩き付ける。

 先ほどまでのこの男を警戒していた彼女ならこのような愚は犯さなかったろう。少なくとも
最低限の警戒は怠らず、いつでも拳を引いて守勢に回せるだけの余裕のある攻撃を仕掛けたは
ずだ。しかし、自分の能力を貫き通せるだけの威力を持った攻撃を仕掛ける手段をこいつは
持っていない、そう確信してしまった故に安い煽り文句に乗せられ単純な攻撃を仕掛けてしま
う、相手の望みどおりに。

 絹旗の右拳は軌道上の空気から窒素を取り込みながら残った酸素を削り取り男の頭を叩き潰
さんと直進し―

 がしり、と再び男の左手に捕らえられ、刹那、天地が逆転する。

 (!?…投げられたっ?!)自分が空中を舞わされていることに気付くのに一瞬を要した。

 「自分から加速して頭地面突っ込むとか笑えねぇなぁっ!!」そしてその一瞬にも頭上に地
面が迫る。

 彼女の現在の能力の設定は密度、強度重視。いわば甲冑を着込んでいるようなものである、
その状態で頭から叩きつけられるということはつまり、

 (不味いっ! この重量と速度だと頭をやられる!!)

 如何に彼女の自動防御が優れているといってもあくまでそれは能力によるもの。そして学園
都市製の能力者の核は『自分だけの現実』と『演算能力』、それら二つをつかさどる脳をこの
勢いでぶつければ、潰れはしないだろうか確実にしばらくの間は十全に能力を行使できないだ
ろうし、当たり所によっては意識も刈り取られることになりかねない。

 (現在展開されている装甲を開放! 続いて頭上の窒素を緩衝構造に再構成っ―)

 空気の抜けるような音と共に、頭上に再構成された窒素が地面への激突と同時に四方へ散っ
て頭への衝撃を分散させる。何とか間に合ったか―と

 「悪いな」

 何に対して謝ったのか、それを考える僅かな時間も無く。
 ゴガッ、と背中から鈍い衝撃が肺を潰す。

 「っがぁあは…っ!!」更に文字通り息つく暇も無く顎から脳に衝撃が響き、頭頂部がコン
クリに叩きつけられる。もはや音も聞こえない、目も開いているのか閉じているのか分からな
い。ああ、ここで死ぬんだな。なんとなく理解する。

 (はは、体弄られて、人を潰して、超ロクな人生送ってきてないとは思ってましたけど、死
 ぬ時も超ロクでもないですね。超油断して死ぬとかどこのD級映画の脇役ですか)

 何の気の迷いか、それとも死ぬ前というのはこういうことを考えてしまうものなのか。

 (私が死んで、アイテムの皆は超少しは悲しんでくれますかね…って何を馬鹿な事を。彼女
 たちとはただの仕事仲間じゃないですか、何を超勘違いしてるんですかね、全く映画に毒さ
 れすぎです……ね)そこまで考えて意識を手放した――

絹旗ちゃんェ…(´;ω;`)
と言うことで今日の投下分は終了
つづく。

22:00位から上げます



 「ぅ…ん」

 うっすらと視界に光が写る。

 ――、―……!

 耳も徐々に音を拾い始めた。
 ゆれる意識を必死で維持しながらながら今の状況を把握する。

 (…生きてる? ああ、同じ殺すなら情報抜き取って殺したほうが、ってとこですか)

 気を失ってからどれくらい時間が経ったのかは分からない、まださして経っていないのなら
ば脱出する機会もあるのだが。

 「―、―か…、…―ぃ!!」

 少しずつ五感が戻ってくる。先ほどから聞こえてるのはどうやら人の声らしい。

 (かなり近いですね、ここまで近くに居ても問題ないと判断されてると言うことは、もう能
 力対策されてると考えるべきでしょう)

 網膜にぼやけた人の顔が映る。その顔つきはまだぼやけて分からないが、髪型には見覚えが
ある。というか正確に言うなら見覚えしかない。

 「……また、あなたですか? ウニ、頭」

 「おお、ようやく起きたか」

 まだ視界は鮮明では無いが、流石にこの男のような特徴的な髪型の人間はそうは居ないだろ
う。次第に、顔の細部や背景も見えるようになってくる。

 (コンクリの天井……というか先ほどの場所から動かされては無いみたいですね)首を少し
け横に向けて確認し――そしてそこまで考えて気付く、この廊下には横になれるような長椅子
のようなものは無かったはずだ。それなのになぜ後頭部にコンクリの硬い感触がしないのか、
そしてどうしてこの男の顔がこんな近くに見えるのか。

 「あの……一応お聞きしますが、何をしてるんですか?」

 「何って……膝枕だけど?」

 「ちょ、ちょっと何してるんですか!!」こいつが敵だとかそういうことを考えるよりも先
に、つい反射的に能力を展開し顔面に殴りかかってしまう。が、

 ぱすん、と頭を潰し砕くはずの拳は情けない音と共に掴み止められた。

 「…え?」

 「能力は使えないぞ、さっき強く頭を打ったからな」

 「な?!……っ痛!!」言われて初めて頭に刺さる鈍い痛みに気付いて患部に手を伸ばそ
うとするが、それよりも先にわしゃわしゃと、頭を何かが優しく撫でていく。

 「大丈夫か? ごめんな」

 「わ、わわ?」

 こいつに頭を撫でられている、と言うことに気付いた瞬間。久しく忘れていた、否初めての
感触にどう反応していいのか分からず、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 「悪い。痛むか?」

 「い、いえ。突然のことに少し超驚いただけですから」

 「そうか、まぁしばらくはじっとしてた方がいいぞ」頭をなでながら続ける。

 「うぁ……」どうしていいのか分からず顔に血が上るのを感じて、はっきりしてきていた意
識が再びぐるぐると回って、しばらく超ちょっとたっぷり手の感覚を楽しんで、頭もずきずき
するし少しくらいならこのままいていいかな…

 「…って、違います! 超違います!! 何やってるんですか!!!」

 「何って……だから膝枕だけど?」

 「~~っ!! そ、そうじゃないです!! そういう意味ではなくてッ―」

 「じゃあ、お前が襲ってきた理由についてでも話そうか?」

す、とこちらの言葉を切るかのように今まで頭を撫でていた手が止まる。ただ手が頭に載っ
ているだけ、それにもかかわらず自分の生死が握られている感覚に支配され、うなぎのぼり
だった体温が一転一気に冷えていくのを感じた。いや実際に支配されているのだろう、能力が
使えた状態でも一撃も与えられなかったどころか窒素装甲すら潰された、能力が使えない今と
なってはどうやっても逃げることすら叶わないだろう。

 「……悪いですが話す気は超ありませんので」故に、アイテムについて話す気もさらさら起
きなかった。裏切った罪悪感を抱えて死ぬとか目覚めが悪すぎる。

 「そう言うと思ってたよ」

 「分かってたのなら超さっさと殺せば良かったじゃないですか」

 「落ち着け、俺はお前を殺したりはしないから安心しろ」

 「は、超今更何を言うかと思えば……そんな条件ごときで私が裏切ると? 随分と超安い女
 に見られたものです」

 「いやだからな、お前は根本で勘違いしてんだよ。俺は裏側の人間じゃないんだって」

 困ったなとでも言いたげに男はとんでもない事を言い放った。

 「はい?」

 「さっきお前、いや絹旗って言うのか。麦野って奴から無線があってな、お前の所の仕事は
 無事に終わったらしいぞ」と更に信じられないような言葉が続く。

 「だからお前が俺を狙う必要性は無いし、お前の方から襲ってこなければ俺は元よりお前と
 戦う理由は無い。これでいいか?」

 「……ちょ、ちょっと待って下さい」

 あまりに衝撃的な事を立て続けに言われて頭の回転が止まっていた。あわててポケットから
通信端末を引き抜くと、メールが一件。

 (確かに麦野からの作戦終了、及びこの展示場の前のファミレスで合流。と言う内容のメー
 ル、ですけど)

 ちらり、と男の方を確認する。

 「俺にハッキングだとかの技術は持ってないから安心しろ―ってさっきまで殴り合ってた相
 手にいきなりこんな事言われても信じられないか」変わらず困ったように軽く苦笑する、そ
の雰囲気は表で話していた時のような少しふざけたような調子に戻っていた。いや、思えば起
きた時からずっとこのような調子だった気がする、余裕がなかったせいでわからなかっただけ
で。

 しかしそんな印象なんて何となくだけで信用する訳にはいかない。

 「で、でも。さっき情報の受け渡しをするって!」

 「ああ、親父がこの展覧会に来るっていうから、近況報告のついでに成績表の情報を、な」

 「……」人差し指と中指に挟んだ薄い紙っ切れで空気を混ぜているのを見て全身から力が抜
けるのを感じる。いや、実際には既に横になっているし力はあまり入っていないのだが。

 「いやー、誤解されるような言い方でごめんな」

 「…本当ですよ、超紛らわしいです」

 「ですが勘違いとはいえ、殺そうとしたのは事実ですから、私も申し訳ありませんでし
 た。」少し落ち着いて、ようやく力の入るようになった体を起こして顔を上条のほうに向け
て軽く頭を下げた。

 「いや、謝るのはこっちの方だ。正直強過ぎて手加減できなかった、ごめん」

 殺そうとした、と言う発言に対して気にも留めていないかのように床から立ち上がり、頭を
下げる。

 「謝ることではないですよ、ただし超殺されそうになりながら手加減できなかった、などと
 謝るあなたの神経は超理解できませんが」そこでふと思い出す

 「超理解できないと言えば、どうやって私に攻撃を当てたんですか? 能力による攻撃、と
 いうより超物理ダメージ喰らった感覚だったんですが」

 「あー、別にたいしたことじゃないからな?」

 「む、他人の能力に対して『たいしたことじゃない』とは、超いい度胸してるじゃないです
 か」

 「いや、能力は凄いと思うぞ。恐らく『空力使い』系で自分の周囲の空気の圧縮して、駆動
 鎧みたいに装甲と筋力補助が出来るんだろ? しかも発動中は全身に常に展開されてるみた
 いだし」

 「……本当にこちら側の人間じゃないんでしょうね?」若干ニュアンスは違えども、自動防
御という自分の能力の真骨頂まで後一歩と言うところに迫っているコイツに再び疑惑が再燃す
る。

 「単なる予想だったが、そう反応してくれるって事は半分くらいはあってるって事か。途中
 で顔に向かって殴りかかっただろ、あの時実は同時に脛に蹴り入れてたんだよ。だけどお前
 は全く気付いた風が無いどころか、逆に電柱でも蹴ったのかってくらいこっちの足が痛んだ
 からな」

 「ああなるほど、『予想より痛ぇ』って足についてのことだったんですか、確かに意識的に
 一部にしか圧縮できないならその時点で勝負ありでしたね。私としてはそこまであなたが考
 えての行動を取ってたって事が超意外ですけど」

 「意外とは酷いな、これでも結構頭はいいんですよ?」

 学校の成績以外…、と最後に小さく付け加えてもう諦めましたといった感じの目で先ほどの
紙を見る上条。戦闘中にそこまで考察できるほどの精神的余裕を維持できる事に対して意外、
と言ったつもりだったのだが……そんなに酷いのだろうか?

 「それは一般的には頭が良いとは超言わないですからね。というか話がそれてます、結局そ
 れでどうしたんですか」

 「おっと、そうだったな。それって要は圧縮された空気の壁が全身を覆ってるような状態っ
 てことだろ? だから、その壁ごと思いっきり叩きつければ体に直接触れられなくとも衝撃
 は通るだろう、ってな」

 本当に前置き通り何でもないことのように。何の道具も異能もつかわずに窒素装甲を貫いた
タネを披露する。

 「本当は最初の投げで、能力解除したら直接地面に頭がぶつかるから解除したくても出来な
 くて結局空気越しに激突。のつもりだったんだけど、上手く衝撃をのがされたからなー」

 「それで壁にぶつけて意識をそっちに逸らして本命の頭ですか、いたいけな女の子に向かっ
 て超鬼畜ですね」

 あっさりとタネを明かす辺り本当に敵対するつもりは無いのだろう。だが、今の話を聞くに
戦闘では完全に上条のペースだった訳で、さすがにやられっぱなしは気に食わないし仕返しを
してやろう、と。

 そんなつもりだったのだが、

 「……そうだな、本当に大丈夫か?」

 少し表情が曇ったかと思うと、ゆっくりと手が頭の上に伸ばされてくしゃくしゃと撫でられ
る。

 (うぁっ、何ですか! 超何なんですかこいつ!! そんな風に心配されたらからかいよう
 が無いじゃないですか!! リテイクです、リテイクを超要求します!!)

 心の中では大絶叫だが、現実には小声でうーうー抗議する事しか出来なかった。

 「ところでさ」

 「あ……っと、何でしょうか」

 頭から離れていく手に少しだけ名残惜しさを感じながらも、ばれないようにあわてて真面目
な顔をする。

 「能力の方はどんな感じだ?」

 そういえば起きて殴りかかってしまった時、能力が使えなかったのだった。しかし今は先ほ
どのような頭痛も無いし…

 「…よっ。大丈夫そうです」右手をぐっと握ってみるとちゃんといつものような感触がした。
自動防御は解らないが、おそらくこの感じであれば大丈夫だろう。

 「そっか、良かった良かった」と一息付くと共に厳しかった表情を崩す。

 「あなたからすればピンチなのに笑ってられるとは相変わらずの超余裕ですね」

 「ま、今すぐまたやりあおうって訳じゃないんだろ?」

 「……それは、そうなんですが」

 そんな確信に近いイントネーションで尋ねられては否定のしようがないんじゃないか。元々
そうするつもりもなかったけども、卑怯な聞き方だと思う。

 「それなら問題ねぇよ。それと大丈夫なら俺はそろそろ行くぞ、親父とここの前のファミレ
 スで待ち合わせしてるからさ」そういって靴先を反対側へ向けてひらひらと手を振る

 「そうですか、わかり―…」そうかこいつとはもう会えないのか、と超少しだけ寂しさを感
じて――今こいつは”ここの前のファミレス”と言わなかったかと気付く、確認はしていない
がファミレスはここら辺では一軒しか見てないのではなかったような気もするし、もしそうな
らそこには麦野がいる訳で。

 「ちょっと待って下さい!」ひらひらと振られていた手を手をあわてて捕まえて

 ミシリ、とその腕が鳴った。

 「いいったあっ! ちょっとまって絹旗さん放してください骨が折れてしまいます上条さん
 は身体強化系とかではないので手を離してくれないと骨がっ。いやそれ以前に肉が断ち切ら
 れるっ!?」

 先ほどとは違い完全に不意打ちだったのか、かわすことも叶わずに、絶叫しながらも意外と
冷静に実況している上条の静止であわてて手を離す。「す、すいません! 今まで能力自体が
 使えなくなることは無かったので、制御が上手くいかなくて…」

 「そ、そうか。わざとじゃないなら良いんだよ…」掴まれた所の袖をめくって確認しながら
震え声でうう、不幸だ、と呟いて尋ねる「で、どうしたんだよ?」

 「えっと、今ここの前のファミレスって言ってましたけど、超それってここの北側入り口の
 前のファミレスのことですよね?」

 「ああ、さっき話した親父とそこで合おうってお前が気を失ってる間に電話が来てな」

 「やっぱり超そうですよね」

 (麦野が仕事は終わったって言ってましたけど、と言うことは上条のお父さんは……)

 「上条、私のとあなたの、どちらのケータイが先に鳴ったんですか?」

 「? お前のだよ、親父からはついさっき来たばかりだし」

 何を聞いてるんだこいつみたいな目で見られているが、もうそんな事すら気にならない。

 (良かった、やっぱり人違いだったんですね)

 ひとまず捕獲対象では無いことに安堵するが、同時にいやな考えが浮かぶ。

 ”あの麦野が対象の写真にあれほど似ている人間を他人の空似で済ませるのか?”

 その考えが浮かんだ時点でどう動くかは決まっていた。

 「上条、私も超同じところに用事があるので一緒に行きますよ」今度は握りつぶさないよう
にちゃんと力を調整して腕を掴む。

 「は?! いや同じところって俺フどこのァミレスとか言ってないよな。というか別にそう
 だとしても一緒に行く必要が…」などと一緒に行かない理由を語っているようだがいちいち
否定する時間も惜しい、その声を無視してずるずると上条を引っ張って駆け出す。

 「いいから! 超ダッシュ!!」

 「うおぉ! 危ねぇ! 今顔面から床に行くとこだったって! 絹旗さん、いや、絹旗様? 
 やっぱりさっきちっさいって言ったの怒ってらっしゃるんですかっ…て、やめて! 今絶対
 急に速くなっただろ!! このスピードで引きずられたら全身が紅葉卸にって聞いてらっ
 しゃらない!? ふ、不幸だぁああっ!!!」



 「終わったよ、むぎの」麦野の超能力によりあちらこちらが黒く焦げ、LED灯の明滅する

打ちっぱなしのコンクリの職員通路の中、意識を失っている太ったスーツの男を拘束し終え、
立ち上がりながら麦野の方を向く。

 「そうか、じゃあ行くぞ」麦野は操作していた通信端末から顔を上げて、コートのポケット

に放り込みながら背をコンクリートの壁から離した。

 「このままでいいの?」

 「回収用の下部組織は既に来てるんだとさ、だからこいつらは任せりゃいい」目線で二人、
先ほど縛ったスーツの男と、その奥に倒れている腕が本来付いてるべき場所から熱で変色した
肉が見えている男を指す。 

 「そっか。ちゃんと、運び屋のほうは殺してないんだよね?」

 「出血量的には大丈夫だろ、片腕落としただけだし。まあ痛みでショック死してたら話は別
 だけどにゃ~ん」冗談めかした口調も相まって、散々玩具に爪をたてるだけたてた後もう飽
きたからどうでもいい、と眠り始める猫の如くその惨状に何の感慨もなさそうに踵を返す。

 「じゃあ、わたし達ももう迎えがきてるの?」

 ようやく仕事が終わった、という気の緩みから出たその一言に麦野の足がぴたりと止まる。   

 「いいや、正直こんなに早く終わると思ってなかったから、迎えは待て、だとよ」一気に冷
えた声にしまったと思う間も無く麦野の左肩の上に緑に輝く光球が発生し、

 そこから光の柱が一直線に先の男の足に伸びてひざから下を消し飛ばす。

 「いきなり朝五時に電話してきて早く終わったら”待て”だぁ? ふっざけてんじゃねぇよ
 あんのアバズレの引きこもりがぁっ!!」男は当たった瞬間びくりと跳ねたものの、一瞬で
激痛に意識を刈られたのか叫びもせずに地面を転がった。

 「むぎの、それ以上やったら死んじゃうから押さえて」

 「っ、クソが!! これだから殺すなって依頼は面倒くせぇんだよ!!」

 ダン、と剥き出しのコンクリート壁を殴りつけて吼える。が、流石に終わった依頼をわざわ
ざ失敗にする気は無いようで、フー、フーと肩でしばらく息をしてから

 「あ゛ー、仕方ないしここら辺で時間でも潰しましょうか」

 口調が荒れない程度には落ち着いたらしい、ただしそれを指摘して再び暴れられても困るの
で極めて何事も無かったかのように。

 「そうだね、たしかわたし達が使った入り口の前にファミレスがあったはずだよ」

 「そういえばそうだったわね、じゃあそこで集合って後の二人にも連絡しましょうか」

 「じゃあわたしがふれんだに連絡するね」今、麦野の逆鱗にピンポイントで触れる天才、フ
レンダと電話させてしまうと男が物理的に蒸発するのみならず壁に穴が開きかねないので先回
りして携帯端末を取り出す。

 「それなら私は絹旗に…って、ついに携帯いかれたか? 電波が全く入んないわね」

 言われて自分の端末の電波表示を確認し、試しに頭の上で振ってみるが圏外の表示はピクリ
とも変わらない。「いや、わたしのも入らない。もしかしたらこの職員通路、電波妨害がか
 かってるのかも」

 「たいした徹底ぶりね、それならさっさとここ出ちゃいましょう」

 「そうだね、においが服に付いたら嫌だし―」と再び麦野と並んで職員通路から会場へと歩
を進めようとしたところで突然、絹旗の場所が分からなくなる。

 「どうしたの、滝壺?」という呼びかけで我に返るとしばらく絹旗の場所を探すことに集中
してしまっていたのか、いつの間にか麦野は会場に出るための扉に手を掛けていた。

 「急にきぬはたのAIM拡散力場が消えた……?」

 「あんたの『能力追跡<AIMストーカー>』の範囲から出たって事は?」

 「いや、それはないと思う。きぬはたより遠くにいるふれんだのほうは分かるし」そこまで
聞いて、ようやく深刻な状況かもしれないということが伝わったのか麦野の目が険しくなって
こちら側へと引き返す。

 それもそうか、AIM拡散力場とは無能力者から超能力者まで、この学園都市で何らかの開
発を受けた人間ならば全員が等しく発している微弱な能力の余波。例えるなら携帯の待機電波
のようなものであり、たとえ通話やメールをしていなくとも電源が付いている限り発され続け
るものである。そして人間において電源が切られるということは――

 「最後に絹旗のAIMが発されてたのは?」事前に送られていた会場図を端末の画面で開い
て麦野が詰め寄る。

 「たしか……この辺」距離と方角から導き出したおおよその位置は会場をはさんで反対側の
職員通路であった。

 「反対側か、遠いな」ギリ、と歯をかみ締める麦野を横目に全力でAIM拡散力場の海の中
から情報を引き上げる。

 「ん。今のわたしが感じれる限りでは、この会場付近にいる弱能力者以上の人間はわたし達
 四人だけみたい」

 「……まさか絹旗が無能力者、もしくは外からの人間ごときに殺られたっていうのか?」
 能力の行使に集中しすぎていて気付かなかったが、確かにこの街の最先端の火器ですら大抵
は無力化できる絹旗をどうやって能力なしで殺すというのか、指摘されてようやく違和感に気
付く。

 「そういえば……AIM拡散力場の消え方が変だった」足を吹き飛ばされた男の方を指差し、

 「普通なら、ああいう瀕死のときはAIM拡散力場がだんだん弱くなって最終的に消えるは
 ず。それなのに今は一瞬で…あれ?」

 「どうした、まさかフレンダも?」

 「きぬはたが戻ってきた、またこんども一瞬で」先ほどと位置もそう変わってはなさそうだ
し力場も安定している、他の力場も観測できない。ということはここしばらくは無かったがそ
ういうことなのだろう。

 「ごめんむぎの。ちょっと能力の調子が悪かっただけかもしれない」

 それを聞いて麦野がやれやれ、とため息をつく「全く、あんまり驚かせないで欲しいわね。
 ま、順当に考えれば絹旗をそこらのゴミが殺せるどころか触れるかも怪しいってのに心配し
 すぎたわ」

 そう言い放って先ほどのドアまで引き返して一瞥し、「あぁ、それと今度研究所でチェック
受けて来なさい、肝心なときに使えません、だと困るから」そのまま表の喧騒へと戻っていく。

 「…むぎのはもう少しその優しいところをふれんだときぬはたにも見せてあげればいいの
 に」ドアを開けるときに見せた安堵の表情を思い出しながら、一人呟いてドアへと向かった。
 


 「うぅ、まぶしい…」いくら学園都市が風力発電などを駆使して都市内だけでエネルギーを
まかなっているとはいえ、流石にこの照明の明るさは目に毒じゃないだろうか。額に手を当て
目元に影を確保しながら愚痴をこぼす。

 「滝壺は昼間起きてないからそう感じるのよ……朝弱い私が言えた事じゃないけどね。じゃ
あ、滝壺はフレンダによろしく」そんなに昼寝して無いんだけど、というこちらの抗議のため
の間も与えずに無線を取り出して連絡を取りはじめる「絹旗、絹旗、こちらは麦野。今回の標
的は無事確保した。――絹旗?」

 「さっきの位置からすると、もしかしたらきぬはたも職員通路にいて、つうじないのかも
 よ?」

 「そういえばそうか、じゃあメールでも送っとくか」

 麦野が横で絹旗にメールを送っている間にフレンダに電話を入れる。

 「CQ,CQこちらたきつぼ」

 『もしもし―って滝壺それ無線な訳よ』

 「隣でむぎのが無線使ってたから、むしょうに使いたくなった」

 『そ、そう…で、そっちからの連絡があったってことは結局、中の奴はもう見つかったって
 こと? こっちはまだなんだけど』

 「うん、それともう接触してたから、外の人のほうもむぎのとわたしで終わらせといたか
 ら」

 『結局私は無為にぐるぐる歩き回ってただけって事ね…。なんにせよ、もう帰れるって
 訳?』

 「ううん、むかえの車はまだ来てないらしいから北口前のファミレスで待ってようって、場
 所わかる?」

 『大丈夫な訳よ、じゃあまたファミレスでー』

 仕事が終わったのが嬉しいのかさっさと切られてしまう。

 「フレンダはどうだって?」

 「ファミレスで落ち合うことになったよ、ふれんだよりわたし達のほうが北口に近いし先に
 付きそう」

 「そう、じゃあ後連絡がつかないのは絹旗だけね、全く会場の巡回のはずなのに職員通路で
 何やってるんだか」

 「もしかして、全然関係ないひとを間違えておっかけてたり?」

 麦野は少しの間あっけに取られたように固まって「あははは、アンタが冗談言うの久しぶり
 に聞いたわ、フレンダともかく絹旗に限ってそれは無いでしょ」

 先ほどのフレンダもそうだったが微妙に反応が芳しくない。「……私が冗談言ったら変か
 な?」

 くっくっと笑っていた麦野だったが、こちらをちらりと見てから笑うのを止めてしばらく無
言で考えた後で

 「変ではないんじゃない? ただ、滝壺は普段からそういう事を頻繁に言わないし、仕事の
 話以外では寝てたり、日光浴してたりするから余計に不意を突かれる感じになって、反応し
 づらいのよ、正直」

 「なるほど……」

 「特に絹旗は入って半年も経ってないからまだ緊張もあるでしょうしね」

 北口に向かってスーツ姿の人だかりを横目に他愛も無い話をする。

 「というかアンタ、そんなことで悩んでるの?」

 「うーん……何ていうか、ふれんだやきぬはた達を見てると楽しそうだなって」

 フレンダ目指すのだけはやめろよ、とかなり真剣な口調で言った後、口元だけで笑って
 「楽しそう、ねぇ」

 「あの二人がどうかしたの?」

 「いや、何でも無ぇよ」その寂しそうな顔を吹き飛ばすようにふっ、と軽くため息を付く。
何か思うところがあるのだろう、それを誰かに言うことはきっと無いのだろうが。

 何と言って良いのか思いつかず、麦野からも何か話しかけられる訳でもなく、しばらくお互
い無言のまま歩き続ける。

 「やっほー、こっちこっち!」そんなこちら側の空気をぶち壊して、前の方からかかるお気
楽な声。

 目を上げると、そこにはいつの間にかすぐ近くになっていた北口のゲートと、その前で飛び
跳ねながら手を振る金髪の見慣れた少女が立っていた。

 「結局おっそい訳よー、麦野ー、滝壺ー!」

 何度も言うようだがここは学園都市外への技術の展示場な訳で、つまりは周りはスーツ姿の
大人ばかりで学生が少ない、その上あんなにピョンピョンはねて手を振っていると――目立つ。
しかももの凄く。

 ふと気付くと隣に居たはずの麦野が北口に、いやフレンダに向けて全力疾走していた。そし
てそのまま腕を振り上げて、

 「目立つだろうがっ!」と先ずは腹部に一撃。先ほどの苛々が残っていたのか割と容赦無し
に放たれたようで、フレンダが陸揚げされて飛び跳ねている海老みたいなことになっている。

 「あとお前何もして無ぇだろうがよ!」そのまま後頭部に二撃目。ふぎゅぅっ、と鳴きなが
ら蛙が地面に叩きつけられたような音をあたりに響かせてフレンダが地面に張り付いた。

 確かに『遅い』と言われたときにはお前は何もして無いだろうと突っ込みたかったし、暗部
に身を置く以上、目立ちたくないと言う麦野の気持ちも分かる。

 (でもね、麦野の方が目立ってるよ)

 心の中で突っ込んで、ざわざわとと周りの大人たちが距離をとろうとしている一連の惨劇の
中心に向かおう、としたところで右から視界に黒い塊が割り込んで来る。しまったと思うも目
の前の喜劇に注意を割き過ぎたせいで、かわそうにも時既に遅く。

 「痛っ…」受身がとれず後頭部を軽く打ち付けた。別段強く打ったわけではないが、打ち所
が悪かったのか少しツキツキと響くように痛む患部に手を当てながら上半身を起こしたところ
に、す、と明るすぎる展示場の明かりを遮るように影が目の前に立ちそのままかがみこんで手
が差し出される。

 「すまない! 大丈夫かい、お嬢さん?」

 言葉と行動からさっきぶつかった男なのだろう。ついその手を握りそうになるが、ふと手が
血で汚れていないか心配になって「大丈夫」と短く言葉を区切って差し出された手を静かに突
き返して一人で立ち上がろうとする。

 しかし、思ったよりも脳が揺られていたらしく今度は前のめりに倒れそうになって、そのま
ま男の方に倒れ掛かってしまう。男のほうも倒れてくるのが分かったのか、肩を支えようと手
を伸ばしたようだが――

 生憎間に合わずその手の間をすり抜け影に鼻先がぶつかって、更に遅れてその背中に手がか
かる。過程を見れば仕方の無い事故であるが、結果だけ見れば男に抱きしめられていると言う
ことになるだろう。丁度身長もぴったり相手の胸板に顔をうずめれる高さで、きっとこれが夜
景をバックにしていたら雰囲気もあったに違いない。が、

 何度も言うがここは展示場の中である、その結果は想像するまでも無い。砂鉄の中に放り込
まれた磁石のようにドスドスと背中に視線が刺さるのが見えていなくてもわかってしまう。

 (……この衆人環視は。大丈夫じゃない!!)

 普段から仲間内でも交戦時にも目立つことの無い彼女にとって、さっきの麦野へ突っ込んだ
時とは違い自分自身に視線が、しかもそれが好奇による物が刺さると言うのは強すぎる刺激で
あった。この状況から抜け出そうと考えることすら出来ないほどには。

 そんなこちらの心の内は知らぬとばかりに男のほうは平然と「ふらついてるようだけど大丈
夫かい?」いやそこよりももっと別なことを気にして欲しい、視線とか。

 しかし男は全くそちらの方には気付いてないのかわざと気付かないのか完全無視で、も
うこいつは気付かないんじゃないかと半ば諦めの極地までたどり着き、なるようになれとぼん
やりと襟元を眺めていると

 「おい、テメェ。ウチん所のに何してやがんだ」唐突に地獄からのもとい麦野の呼び声で正
気へと引き戻される。

 少し顔を上げると男の肩には手が食い込んでおり、強制的に向こう側、ひくつく麦野の笑顔
を見せられていた。

 「お、お嬢さん? 少し強すぎやしませんかね?」

 鍛え抜かれた営業力によるものなのか笑顔をキープしてはいるが、それが痛々しく見えるほ
どにメリメリと言う音を立てて麦野の指が男の肩に沈み込んでいく。

 「黙れ、コイツに何やってんのかって聞いてんだよ。それともこの耳には脳まで風穴ぶち開
けないと聞こえませんってか?」今にも殺すぞと言わん麦野は、男の顔に顔を寄せて男にだけ
聞こえるようぽそりと呟く。ただし放たれる殺気は隠しようが無いのか水滴の落とされた水面
のように一瞬で辺りに広がり、先ほどまで刺さっていた視線は我関せずと言わんばかりにあっ
という間にその向く先を変えた。それもそうだろう、今の状況を見れば麦野から護られる側の
存在である私ですら指先からイトミミズが這い上がってくるようなざわざわとした感覚が脳に
向かって駆け上がってくる。

 そのまま男の肩を食い千切って行かんばかりに締め上げられていく手は突如、予想外の方向
からの衝撃で跳ね上げられた。

 「ちょっと、やりすぎな訳よ!!」麦野を止たのはフレンダ。さっき地面に顔面から衝突す
るという貴重な体験をしたばかりのはずだが盛大に流れ出る鼻血以外は元気そうだ、相変わら
ず丈夫さだけは折り紙つきである。

 「ぉおぃ? フレンダちゃぁん?」しかし空気の読めないポジションも相変わらず健在と
いったところか、麦野の顔が殺気ごとくるりとフレンダの方へ向いた。 

 そうなってようやく自分がいかに不味いことをしたのか理解できたようで、ここから見ても
十分に分かるくらいに雨の中のダンボールの中の子犬よろしくぷるぷるし始める。そしてそれ
に呼応するかの如く麦野のAIM拡散力場が歪み、戦闘前のように出力が上がり始めた。

 「待って、その人は私が倒れそうになったのを支えてくれただけだから」

 このままではこの展示会が上半身と下半身、二枚におろされた人肉の卸売市場になりかねな
いので麦野を止めに入り、なんとかその一言で麦野の力場はぴたりと出力の上昇を止める。

 「変質者に襲われた訳じゃないんだな? 滝壺」

 「うん違うよ、だいじょうぶ」本当は男とぶつかって転んだ、という前置きがありさらにま
だ少し頭が痛むが、そんな事を言ってしまってはこのままフレンダがこの男もろともタネも仕
掛けも無い人体切断奇術ショーの失敗作にされてしまう、大丈夫なことを強調するため胸の前
でぐっとガッツポーズをしてみせながら答える。

 「そうか、ならいい」こちらをちらりと確認してようやく麦野は落ち着いたのか、麦野の殺
気がAIM拡散力場とともに静まっていく。その前ではフレンダがはひぃ、となんとも形容し
がたい息の音を吐いて膝から崩れ落ちた。一先ずこれでこの場は何とかなったか、と心の中で
ため息を付いたところで、

 「いや悪かったね。確かにあの体勢では言い訳できなかったなぁ」

 思わぬ声が割り込む。

 いや、目の前に立っていた男の声であるのは明らかだった。それにもかかわらず一瞬誰が話
したか解らなかったのは、普段相手にしている非人道的な実験を繰り返す研究者や人間の売人、
そういったいかれたこちらの住人達ですら麦野の殺気を真正面から向けられて錯乱しない人間
の方が珍しいからだ。そんなものを突きつけられておきながら平然としている表の人間の方が
異常である。麦野の目が少し見開かれたような気がするのも気のせいではないのだろう。

 どう反応するか判断を下せないで居ると「改めてすまない」そう言うとまっすぐこちらに深
く頭を下げる。そしてそのまま澱みない足取りで半回転し麦野の方へ向くと「お友達の方も心
配を掛けてすまなかったね」とそちらの方へも一礼した。

 この男の立場からすれば、ぶつかったとは言えそれは日常で起こりうる事故であり、高々そ
れだけのことで殺されそうになったことに対して文句を言うことは有れ(文句を麦野に言うだ
けの精神力があればの話だが)、少なくとも麦野に対して謝るようなことは微塵も無いはず。
それなのに麦野に対してすら謝ると言う行動をとった男に対して反応することが出来なかった。

 結局、一番最初に会話を再開したのはこの男からであった。

 「そうだね……君たちは出口で集まっていたところを見ると、ここでの用事は終わったのか 
 い?」

 「え、えぇ……」

 男に話を振られ、麦野がやっとのことで声を出す。

 「そうか、それだったら時間もいい頃だし、お詫び代わりにそこのファミレスで奢らさせて

 貰っていいかい?」そう言って指差すのは予定していたファミレス。

 「と言うことは何頼んでも良いって訳!?」その一言でぴょんと復帰するフレンダ。

 (ふれんだ、やっぱり空気読めないんだね)流石にこれには麦野も冷たい視線を投げかける
が、もはやフレンダの目には入ってないんだろう、男の方をキラキラした目で見ている。しば
らくじっと見つめるも効果なくこれはもう無理だと諦めたのか麦野がため息をつき、

 「いえ、私も一瞬しか見ていないのに感情的になってしまって、こちらこそ申し訳ありませ
 ん」事情を知って、落ち着いて流石にいたたまれなくなったのか男に対して頭を下げる。

 向こうを向いているせいで表情は見えないが声の調子から笑っているのだろう。「いやいや
 謝らなくて良いさ、間違いは誰にだってある。それに―」

 そこまで言ってこちらを向き、予想通りの笑顔で続けた。

 「―他人の事でここまで怒ってくれるなんて、いい友達を持ったね」

 この男は何気ない一言のつもりで言ったのだろうが、普段使わないその一言は重く胸にのし
かかる。

 (友達、か。)麦野、フレンダ、絹旗…全員を思い浮かべる。アイテムは唯一の居場所だ、
だけどそんな能力を介さないで存在できるようなつながりなのだろうか。

 麦野の方を向くと自然と目が合うが、何かに耐えられなくなったように麦野の方から先に目
を逸らす、視線をずらした先のフレンダも珍しく口を横一文字に結んで何かを考えているよう
であった。

 そんな気まずい空気を察したのか男の方から再びの助け舟が出される。

 「さて、あんまり出口付近を占領していても悪いしそろそろ行こうか」


 
 その後特に会話らしい会話も無くいつの間にかファミレスの席に座って注文まで終わってい
たらしい、何を頼んだのかすら覚えていないが。

 「それじゃあ私は少し手を洗ってくるよ」と男は早々に席を立ち

 「私はドリンクバー行ってくる訳よ」

 「じゃあ、烏龍」

 「乳酸菌飲料、しゅわらない方」

 「はいはーい」と、フレンダもいつも通りドリンクバーに立ってしまった。

 というかいつもの流れで行かせてしまったけど、何もせずには落ち着けないこの状況、自分
で行った方が良かったかもしれない。

 「滝壺」

 「何? むぎの」

 仕方ないしAIM浴でもしようとしたところで麦野に話しかけられ、少しびくりとしてしま
う。

 「あんたは、さっきの聞いてどう思った訳?」

 「なんて事……麦野がフレンダ化を起こしている…っ」

 「冗談で返すな、後”訳”はフレンダ専用じゃ無いからな」

 びしり、とデコピンを貰う

 「割と本気で聞いてるんだよ、さっきあの男に友人扱いされてどう思ったか。てな」

 「それは…」仕事前のような有無を言わせない口調に変わった麦野に言葉が詰まる。

 「正直に答えてもらっていい。というか正直に答えて欲しいわね、これについては」

 さらにダメ押しに言われた言葉に水の入ったコップを握り締めていた手に力が入り

 「…そうだね、そういう関係はうらやましいと思うよ」

 水に一口つけてから続ける「みんなと友達だったら楽しいだろうなって」

 「そうか、けど―

 「解ってる。そんなの夢物語だって」

 「…そうだな」

 一度こちら側に落ちれば表には戻れないのは暗部の人間にとっての常識だ。それでも、言わ
れたら何かが終わる気がして自分で言ってしまって、少しだけ後悔する。

 「でも、わたしの場所はもうここにあるから大丈夫だよ」

 「……そうか。悪いな、変な事聞いて」

 「ううん」

 手の暖かさを吸ってカロン、とコップの中の氷が崩れたところで。

 「何暗くなってる訳よ? 二人とも」

 「うおっ…なんだフレンダか」

 「……ちょっと、流石にその反応は傷つくんだけど」

 「悪い悪い、ちょっと滝壺と話し込んでてな」

 いつの間にか戻って来ていたフレンダが、少しむくれながらも机に飲み物を置いて隣の席に
座る。きっと麦野はそういう風に思うことはないだろうが、フレンダならもしかしたら、と少
し期待して。

 「ふれんだも表に憧れたりするの?」

 そういった話だとは思っていなかったのか、キョトンとしばらくしていたがそれから気だる
そうにパタパタと否定の動きで手を振りながら

 「あーそういう話してたんだ……私パス」

 「ほう、つまり私たちを裏切ってでも戻りたいと……」

 「……ふれんだ、わたしでもそれは応援できないよ」

 「いやいやいやいや、何でそうなる訳さ! 結局、麦野相手に裏切ろうなんて考えたことも
 無い訳よ」

 「だろうね、ふれんだだし」

 「そうだな、フレンダだからな」

 「その信頼の仕方はどうかと思う訳よ……」

 「で、結局どうなんだよ」

 「む、麦野に個性を奪われた…」

 「滝壺と同じことやってんじゃ無ぇよ」

 びしりと軽めの手刀をおでこに受けてからようやく麦野が真剣に尋ねていることに気づいた
のか、少し間を空けて

 「んー…結局、考えたことも無いなー」

 「想像力無いな」

 「まぁね、絶対無理なことを考えるなんて無意味なことはしない主義な訳よ」

 今夜の晩御飯何かな、レベルの気軽さで言い切った。

 「それもそうか」

 麦野のその一言を最後に再び沈黙に覆われるボックス席。やっぱりまだどこかで表の世界を
諦め切れていないのは甘いんだろうか、予想よりあっさりとしていたフレンダの答えに自分だ
けがどこか遠くで立ち止まっているような感覚に襲われる。

 そしてそういった感情は隠しきれていなかったのか、遠慮がちにフレンダが

 「あの、さ…


 ―パアアアアアァァァァッ―


 声をかけてくれようとした所を狙ったかのように窓の外からの甲高いクラクションに遮られ
た。

22:00から
今回でようやく、タイトル詐欺から脱却できるかな?



 いったい何を待てというのだろうか、目の前で息を切らせている絹旗を見て若干暴走気味な
フレンダはともかく私が待つ必要は無いような、と思いながらも落ち着くまで待っていると。

 「麦野、その人、どうしたんですか?」

 「どうしたって、さっきそこで会って、成り行きでご飯を奢ってもらってる?」

 「何で疑問系なんですか」

 流石に真っ二つにしようとしました、とは本人の前では言えない為それをぼかして表現した
のだが、絹旗はそれでは納得できないらしく顔を耳に寄せる。

 「殺そう、とか拉致しよう、とかそういう事ではないんですよね」

 ひそひそ声で尋ねる絹旗に事実を言われてドキリとすると同時に、確かに仕事絡みとキレた
時は自分でも酷いなと思うけど、普段からそんな風に見えてるのかと。

 「いや、今から拉致るとこ、あんたこいつ落として頂戴」

 「ちょっと待ってください麦野、もう目標は超捕まえたんでしょう!! だったら何でわざ
 わざこいつを――」

 絹旗をからかってやることにしたのだが……うん、予想以上に楽しい。普段冷静な絹旗がこ
こまで慌てふためくのなんてなかなか見ることが無いし。

 「あー、はいはい冗談だから落ち着きなさい」

 本当はうっかり殺っちゃいそうになったのだが、実際は滝壺を襲った変質者でもなければ仕
事の目標でもないこいつを手にかける必要は無い。ネタばらしをすると、絹旗はようやく安心
したのかはぁ、とため息をついて耳元から口を離した。

 「やめて下さい、心臓に超悪いです」

 「あんたが人のこと殺人狂みたいに言うからよ」

 それでもそういう冗談は超笑えませんから、と弄られて不機嫌そうな絹旗に男がメニューを
渡す。

 「君も好きなのをどうぞ」

 「えっと……私も超いいんですか?」

 「ああ、君もこの子らの友人なんだろう?」

 そういえば絹旗の事をこの男に言っていないままだったという事を思い出した。

 「いえ、あと一人来るという事は事前に話していませんでしたし、この子の分は私が」

 既に殺りそうになった挙句に言葉に流されるまま奢られてしまってはいるが、だからといっ
てこれ以上借りを作る訳にもいかないと断るも、男は笑って手を振った。

 「いやいや、子供が大人に対して遠慮するものじゃないよ」

 ――っ。さっきから本当にこの男は何なんだ、今度は子ども扱いか。

 もちろん老けて見られたい訳ではない、むしろ真剣に年相応に見られたいとは思っている。

 だが、滝壺を抱きしめているこいつに向けたのは本気の殺気だったはず、もし滝壺にあの誤
解を解いてもらっていなかったらこいつは裏路地の染み確定だった。

 今まで殺意を向けた相手の反応は三種類、怯えるか命乞いをするか喋れなくなるか。故にこ
んな風に平然と、まるでそんな事気にも留めていないように振舞われるというのは非常にやり
辛い。

 (というか落ち着け私、こんなおっさんから見たら十代も二十代もガキに決まってんだろう
 が! 別に女子高生に見られてる訳じゃない別に女子高生に見られている訳じゃない……)

 自分で言ってて凄く虚しいが、そんな風に子ども扱いされていることに対して慣れずに悶々
としている内に、もう絹旗は注文してしまっていたのかフレンダの隣でメニューを閉じている
ところだった。

 「それで、超何の話をしてたんですか?」

 「そうそう忘れるとこだった訳よ。それで、その子ってもしかして凄く頭がつんつんしてな
 い?」

 なんだか酷い特徴のチョイスをしているフレンダに、もうちょっと何かこう言い方があるだ
ろ、と言いかけて。

 「ああ、やっぱりあの髪型なのか」

 「やっぱりそうだよね」

 それで伝わっていた。

 「超偶然ですね、フレンダが言ってたのって上条だったんですか」

 「きぬはた、知り合い?」

 「いえ、知り合いというかさっき知り合ったというか……」

 更に何故か絹旗までそいつの事を知っていた。

 しかもほんのり頬を染めてるわ口元のにやけを隠しきれていないわ、どう見てもただ知り
会っただけの関係で無いのは明らかである。

 「仕事中に逆ナンとはまた随分な余裕だな」

 「な? ……ななっ、なんッ?! ナンパって超何を言ってるんですか麦野!? 上条とは
 そんな超爛れた関係じゃないです!! ほら、その……あれです、巡回中にちょっとふらつ
 いたところを上条に介抱してもらっただけですよ!!」
 
 更に顔を赤くして手をわたわたさせながら必死に知り合った理由を挙げているが、その慌て
よう自体が『超嘘を言ってます』と自分でばらしているに等しい。

 そういえば朝の車内でフレンダも話を聞いてないのはいつもの事として、やたらとため息が
多かったし絹旗巻き込んでまでそいつを探そうとするしで、助けられた以上の感情をソイツに
持っているとは思っていたが、こいつは優しくされたらころっと落ちそうなタイプだしその内
忘れるだろうと踏んでいた。

 (まさか同じ奴に絹旗までやられるとはな)

 だが、警戒心も強く初対面の人間に気を許すことなど無いだろう、と評価していた絹旗でさ
えこの有様。まさかその男、他の暗部の精神系能力者じゃ無いんだろうなとも疑いつつも、そ
の彼女をこうも見事に戦力外状態にした上条と言う奴に興味が出て、フレンダの話に耳を傾け
る。

 「結局、私も昨日性質の悪い奴らに絡まれてるトコを助けてもらった訳よ」

 「そんな事があったのか。という事は君はあの子と知り合いなのかい?」

 「いや、昨日初めて会ったばっかり。というか面識も無いのに、私が絡まれている所に颯爽
 と現れて助けてくれた訳よ」

 「そうか、知り合いと言う訳ではないのか」

 にこりと、本当に嬉しそうにそいつの事を話すフレンダに対して、何故か知り合いでない、
という事を確認して男がほっとしたような気がしてフレンダのほうを確認する。

 「それで助けてくれた上に、日も落ちて寒いからってこの制服を貸してもらったんだけど、
 連絡先を知らないせいで返しようが無くて困ってて……」

 しかし男と話しているフレンダは全く何も気していないようだし、気のせいだったのだろう
と考え直して

 「だから、良ければ住所教えて欲しい訳よ!!」

 「オイ待てお前、それは無い」

 気にしてないとかじゃなかった、こいつ今上条とかいうのしか見えてないだけだ。

 「え? 何か駄目だった?」

 「お前何か駄目だった、って当たり前だろ……。何で住所なんだよ、連絡先ならメールアド
 レスとか電話番号でいいだろ」

 「だって制服返さないといけない訳よ、だったら住所が一番いいじゃん」

 駄目だこの子、もう完全に押しかける気しかない。

 第一初対面の相手に、そんな事があったのかはいどうぞ、と個人情報を教える訳無いだろう
にとため息をついている横で、予想通りというか当然と言うか、案の定男は困ったように笑っ
てそれを断った。

 「悪いが、住所を教える訳にはいかないかな」フレンダはそっか、と一度は引き下がる姿勢
を見せたがそんな物はコンマ数秒も続かずに。

 「じゃあ、電話番号とかメルアドとかは?」

 ぐっ、と男の方に身を乗り出してたずねた。

 めげない姿勢は感嘆に値するが、多分もう無理いや絶対無理だ。最初からそれを聞いていれ
ばまだ教えてくれたかもしれないが、いきなり住所聞いて押しかける気満々の一歩間違ったら
ストーカー一直線状態の人間に教える訳無い。

 「残念だけど、それも無理でね」

 苦笑して断る男に対しショックを受けているフレンダを見ていると、本気でそれでいけると
思ってたのだろう、もはや重症と言うよりも重体である。

 しかし男がそれを教えなかったのはそういう理由ではなかった。

 男はテーブルの上にひじを置き、手を組んでその上に頭を乗せると、

 「この際はっきり言っておこう、あいつと関わらない方がいい」

 先ほどまで笑っていた同じ口から出たと葉思えないほどどこまでも平坦な言葉と共に、男の
顔から表情が消える。もうそこにいるのは先ほどの男ではない、まるでテレポーターに内臓を
丸ごと機械と入れ替えたかのように、隣に座る男からは感情を感じることが出来なかった。

 ゾクリ、とした。

 人間から突然感情が消えることがここまで強烈な気持ち悪さを生み出すのか、と背中を水銀
が嘗めていくような感覚に背筋を軽く震わせてしまう。

 あまりの変わりように言葉に詰まっていたフレンダが、ようやく声を出す。

 「関わらない方がいいって……、それじゃあまるで上条と関わるのが悪いことみたいな言い
 方な訳よ!!」

 「ああ、そうだ。そうした方がお互いの為になるからそう言ったんだよ」

 自分が助けられたからこそ強く否定するフレンダだったが、その言葉が終わるか終わらない
かの一瞬で男はそう切り捨てた。

 「不幸に巻き込まれたくなければあの子には近づくな」

 不幸、そんな曖昧で不確かな物、普段ならば馬鹿馬鹿しいと軽く一蹴していただろう。だが、
男の口から出た不幸、という言葉をはそう蹴り飛ばすことが出来ないほどの質量を持っていた。

 「そんなのあんまりな言い草な訳よっ! 第一不幸になるなんてそんな曖昧な――」

 「十二回」

 今度は途中だった、もうその言葉は聞き飽きたと言わんばかりに途中でその言葉を叩き切る。

 何の回数なのかは言いこそしなかったがそれが否定的な意味を持っているのは明らかで、フ
レンダもそれが何なのかを聞くことを躊躇っていた。

 僅かな沈黙の後、男がゆっくりと口を開く。

 「私が知っている限りでのアイツが事故、事件に巻き込まれて病院に行った回数だ」

 今年高校生といっていたから年齢は十五、つまり一年に一回は何かの事件もしくは事故に巻
き込まれているという事で、確かに表の人間にしては多すぎる。

 だがそれ以上に引っかかるのが、「結局、知っている限り、って?」

 そう、フレンダが聞いたようにまるでそれ以上の回数がありえるような言い方。

 それに対して男はああ、そんなことかと言うように。 

 「それは五歳までの回数だからね」

 年に一回どころの話ではなかった、単純に考えても年に二、三回。確かにそれだけでも十分
に衝撃的な回数ではあったが、そんな事がどうでも良く聞こえるほどそれに続く言葉は意外な
物だった。

 「それ以降については知らないのだよ、あいつがこの街に来てからを私は何も知らないからな」

 男がそう言った瞬間に、恐らくそういう結論に至ったのか僅かに滝壺の顔に影が差す。やは
り表に戻りたいという気持ちがあるが故に、先ほどまで話していた人間が自分がこちらに来る
こととなってしまった原因共と同じであるとは認めたくは無いのだろう。

 「その言い方だとまるで置き去りにしたみたいな」

 フレンダも同じ様な心情なのか、最後の方は声というよりも消え入るような息の音であった。

 だが、どう思っていようがどんなたずね方をしようが結論が変わることは無い。

 「ああそうだよ」

 現実を突きつける六文字に、滝壺は唇を軽く噛みフレンダはそれ以上何も言わなかった。

 恐らくこの男が始めから分かりやすいロクでもない奴であれば、見るからにそんな事をしそ
うなクズであれば、この二人もここまでダメージを負うことはなかったのだろう、とそこまで
考えて、ふと違和感を覚える。

 どちらにしろ本性がそんな、自分の為なら実の子でも捨てる我が身が可愛い人間であったの
なら、あんな風に殺されそうになっても気にせず勘違いさせたことを謝るなんて行動を取った
りせずに、さっさと逃げていたのではないだろうか。

 「でも、上条はこのあと会うとか言ってましたけど超違うんですか?」

 「は?」

 そう疑問に思っていたせいで、絹旗の発言に間抜けた声を出してしまう。

 が、その発言に驚いていたのは私だけではなかった。

 「あいつがそれを言ったのかい?」

 先ほどまでの無表情、無感情との落差もあるのだろうが、分かりやすいほどに驚いたような
声で尋ねる男に絹旗は軽く首をかしげて

 「ええ、成績表渡すとか近況報告するとか超言ってましたけど、違うんですか?」

 もう男の返答を待つ必要も無く、先ほどの話が嘘であるという事は誰の目にも明らかであっ
た。

 「本当に置き去りにしたんじゃないなら、そういう事は言わないでほしい」

 だからこそ何時もの穏やかなものではなく、相手を責めるための刺々しさが前面に押し出さ
れたような声で滝壺が男をキッ、と目を細める。

 言ったのはそれだけだし取った行動もそれだけだが、それだけで私たちの状況を伝えるには
十分だった。男はこちらの事情を察したように、そうか、君達は……と小声で口にして

 「思い出させるようなことをして悪かった」

 「じゃあ、どうしてそんな嘘をついたの?」

 やはりどこか眠そうな目ではあるが、どうしてわざわざそんな言い方をしたのかと責めるよ
うに滝壺が浅く体を前にのめらせる。

 男はしばし本当の事を言ってもいいものかと逡巡しているようであったが、そんな滝壺を見
て静かに口を開いた。

 「残念ながら全てが嘘じゃないからだよ」

 無表情だったのはこれを隠すためだったのかと確信できるほどにそ後悔の滲んだ声。

 「あいつが不幸なのは事実でね、病院に行った回数だってそれこそ誇張でも何でもない。そ
 してそれだけ巻き込まれていると中には、周りの人を巻き込んでしまう事故というのが起き
 てしまうんだよ」

 「巻き込まれたって事はかみじょーが事件を起こしたんじゃないんだよね」

 滝壺の確認にそうだ、と少し笑ってすぐにその笑みを消した。

 「それでもあいつの周りにいると、そういった事に巻き込まれてしまうのに変わりは無い。
 そして普段から事故や事件に巻き込まれている人間の周りでその事故とやらに巻き込まれて
 しまったら、そういった事が何度も起こってしまったら、次第に憎悪の向く先は事件や事故
 よりもその事故の中心に常にいるあいつに向くようになっていた」

 「結局、事件も事故も起こした人間が悪いんじゃない? それって八つ当たりな訳よ」

 「そうだろうな、だが周りの人間はそうは思っていなかった。だから私は不幸なんて曖昧な
 もののせいであいつに恨みが向けられないように、この科学の最先端に入れたんだが」

 何かを思い出すように軽く腕を撫でて

 「この街にあいつが行く寸前に家族ごと事故に会ってしまってね、その時にあいつは回りに
 いる人間を巻き込んでしまうと確信してしまった。更に、入れてしまってからわかったこと
 だが、あいつは私が不幸に縛られないようにと思ってここに入れたと言う事にも気付いてし
 まっていたらしい。前者の理由であいつは必要以上に私たちとも関わらず、後者の理由で
 会っても本当のことを言わないのだよ」

 「じゃあ、五歳から知らないっていうのは本当なの?」

 「ああ、今回会うのもせめて目立った外傷がないことを確認できればそれでいい」

 これで隠していることは何も無い、というように開いた両手をこちらへ見せた。

 確かに、男がその状態を置き去りと表現したのは理解が出来たし、全部ではないが納得でき
る部分もある。それでもやはり、実際に捨てられたのとは違うよなという考えは変わらないが。

 滝壺もそれで納得はしたように、そうだったんだね、とそれ以上の追求はしなかった。

 男はもう一度だけ滝壺に悪かったね、と謝ってから

 「それと、君には一つだけ言っておきたい事がある」

 そうフレンダへと言葉をかける。

 「あいつ自身がその子にここに来ることを教えたのだから、君がこの後あいつに関わろうが
 それを止めはしない。だが、中途半端に興味を持って近づくなら止めておくことを勧めるよ、
 巻き込まれてからではどうにもならないことだってあるからね」

 禁止や命令といった強い言い方こそしていなかったが、事実上その子に深入りするなという
警告に等しかった。

 その言葉に何かフレンダは言おうと口を開きかけるが、それより先に新たな声が割り込む。

 「何やってんだ親父、母さんに何言われても知らない……あ」

 若い男の声に顔を上げると、

 (ああうん、確かにこれはツンツン頭って言いたくなるわ)

 件の上条なる少年が立っていた。



 聞き間違いの無い声に後ろへ振り向いて、上条と目が合う。

 さっきまで会いたいとは思っていたが、こうも不意打ち気味に会ってしまうと心の準備も出
来ていないこともあってすぐに言葉が出てこない。

 一方の上条はこちらの姿を確認して何でここにいるんだ、と少しの間驚いていたがすぐにい
るならいるで仕方が無い、とこちらから視線を外した。

 「どうだ元気にやってるかい?」

 「ああ、こっちは何時も通りだよ。母さんも元気にやってるのか?」

 「私たちは大丈夫さ、今日は私の仕事でここに来ているから着いて来てはいないがね」

 「そうか、それなら良かった」

 そうだと知っていなければこれが親子だとは思えないほどに淡々と、さっさと会話を終わら
せてしまおうという意思をそのまま言葉にしたようなそっけない返事を返していく上条。

 つい先に話しかけていなくて良かったとすら思ってしまった。きっとそうしていたら、一言
目で何もいえなくなってしまっていただろう。

 「それで、これが成績表。高校は前言った所になったよ」

 しかも近況報告とやらはそれで終わりらしく、上条はポケットから三つ折の紙片を引き抜く
と上条さんのほうへ滑らせて「じゃあ、伝えることはこれだけだから。また」

 「ストーーップ!!」

 立ち去ろうとした上条の手を握り締めていた。

 「うぉ?!」そんなに強く握ったつもりは無いが、あまりにも突然すぎたせいか、はたまた
大声を出してしまったせいか、上条の体がビクリと跳ねる。

 「ご、ごめん。強くしたつもりは無かったんだけど」

 「い、いや。ただビックリしただけだから気にすんな」

 実は今握った手は絹旗が圧迫骨折させそうになった手のほうで、上条の反応を見て本当に折
れていないのだろうかと絹旗がだらだら冷や汗をかいていたのだが、そんな事に気付けるほど
フレンダにも余裕があるわけではなかった。

 (ヤバ、ここで別れたら一生会えない気がして呼び止めちゃった訳だけど……)

 正直に言って何と言おうか全く思いついていなかったのだ。

 今更ながら頭の中で纏まらない感情を追い掛け回すが、それが言葉になる前に上条は落ち着
いたのか声の温度を下げて話し始める。

 「で? 何か用があるのか」

 まるでお前とは何の接点も持っていないだろう、と初対面の人間を相手にしているのかのよ
うに。いやそれよりも更に冷たく、氷の裂け目に相手を叩き落すような言葉に口を開くことす
ら躊躇われる。

 だが、上条あらため当麻が不幸だと、そしてその不幸に周りの人間を巻き込んでしまうとい
う話を聞いていたからこそ、真っ白く凍らされた言葉の真意が予想できる。

 巻き込みたくないから近づくな、と。

 「昨日は、助けてくれてありがと」

 「礼を言われることじゃねえよ、たまたま通りかかっただけだから」

 しかし予想したとはいえそうであるという確証が全く無いために、ひたすらにそっけなく、
わざと距離をとるために選ばれたような言葉を向けられると、昨日だって本当は、面倒ごとに
巻き込みやがって近づくなよ、とか思って何も言わずに立ち去ったのかも知れない、などと考
えてしまって。それでも助けてくれたことに変わりは無いから、と言うべき言葉は見つかって
もそう口から出て来ない。


 何も言えずに過ぎ去った一瞬のような数秒の後。

 「それだけなら、もう行くぞ」上条が今度こそ立ち去ろうとする。

 結局フレンダは上条を呼び止めれなかった。

 「超待ってください上条、私は超用があるのですか」

 代わりに上条を捕まえていたのは絹旗。

 「はいはい、何でございましょうか絹旗様」

 さっき会ったと言っていたし上条も絹旗の力に勝てないことは知っているのか、絹旗は制服
の端を軽く掴んでいるだけだったが上条は両手を挙げて降参を示していた。

 「超真面目な話ですから」

 ふざけたような上条にむっ、としながらも絹旗は顔だけ滝壺の方を振り向いて「滝壺さん、
 上条の能力分かります?」

 ん、と頷くと滝壺はじっ、と上条のほうを見てから首をかしげる。

 「AIM拡散力場が無いから、無能力者のはず」

 滝壺の答えを聞いた絹旗の行動は早かった。

 無いから、の時点で既に立ち上がって、言い終わった時点で既に上条と絹旗の場所が入れ替
わっていて

 「立ち方がおかしいと思っていましたが、やっぱり超そうですよね。麦野、救急キット使っ
 ていいですか?」とか疑問系ではあるが既に文庫本を半分にしたくらいの大きさのプラス
チックケースを開けていた。

 「いいけど、あんた怪我させたとかじゃないでしょうね?」

 「いえ、そうではないですが私の超不注意のせいですので」

 そう麦野に答えながら、しゃがんで上条のズボンの裾をひざ上まで一気にまくり上げると

 「LV3の肉体修復だなんて嘘までついて、超そこまで私と離れたかったんですかね」

 くるぶしからふくらはぎのあたりまでかなり広い範囲に包帯が巻かれており、足の側面部分
を中心として痛々しく赤色で濡れていた。

 「これ位で大げさすぎだろ」上条はそうため息をついたが、一般的な怪我の基準から言えば
十分に酷い怪我の部類であった。

 「おおげさとかそういう問題じゃ無いです! 私をかばって怪我したんですから、これ位は
 させてもらわないと超納得いきません。フレンダ、包帯足りないんで出してもらっていいで
 すか」

 汚れた包帯を解いて、救急キットから止血と回復促進及び痛み止め、三つの効果があるとか
いう軟膏を指で掬い取りながら指示を飛ばす絹旗は、疑問符が飛ぶ程度にはイライラしていた。

 「かばったって……割と酷い怪我だと思うけど、一体何があった訳?」

 能力を使って引っ張り出した包帯を受け取って、絹旗は手短に説明する。

 「ここに到着する直前に、トラックに轢かれそうになった所を引っ張って助けられたんです
 が、その時上条が跳んだ先にガラスが散らばってて……」

 今までの話から、絹旗がイライラしている理由がなんとなく分かった。

 「結局、絹旗は自分の不注意で上条が怪我をしたのに、それすらも自分の不幸のせいだと関
 わらないようにした上条にイライラしてるって訳ね」

 ぴたり、と包帯を巻いていた絹旗の動きが止まった。そうかやっぱりそういう事だったんだ
な、でも絹旗もはっきり言えばいいのにとそこまで考えてようやく気付いた。

 (あ。今の言い方だと何でお前がその事知ってるんだよ、って事になるんじゃない!?)

 しかし気付いたときには時既に遅く。目の前の絹旗が少しは考えろよ、と怒りを通り越して
呆れの混じったジト目で睨んでおり、もちろん横からは麦野が、後ろからは滝壺が、それぞれ
同様のまなざしを向けてるのが見えなくても分かってしまう。こと普段は大丈夫だよ、とか応
援してるとか(若干応援するものがずれていてそのせいで致命傷になることもあるが)フォ
ローしてくれる側の滝壺からの視線が一番痛い。

 「……聞いたのか」

 「ごめん」

 どうがんばっても言い訳のしようがなかった。それに、誰にだって知られたくない、思い出
したくない物があることぐらい私も分かっている。

 正直何を言われても仕方が無いと思ったし、これで本当に、知られたくない部分に土足で踏
み込む嫌な奴という風に扱われることとも覚悟したのだが。

 「俺が不幸なのは事実だ、それに誰かを巻き込んでしまうのもまた事実だしな。だから、お
 前が謝る必要はねえよ」

 予想していたように軽蔑することも無く、怒ることも無く、上条はそう言っただけだった。 

 まるでこちらの失言すら自分の不幸のせいだというように。

 いっそのこと責めてくれた方が気が楽だったかも知れないと、責められないという責め苦に
耐えながらも、先ほどより少し口調が柔らかくなっていることに気付く。

 しばらく考えて自分の周りにいると不幸になるという事を知っているのなら、わざと冷たく
振舞って自分から距離をとらなくても離れていくと考えているからではないかと思い当たった。
ということは昨日何も言わずに去ったのもそういう事なのだろうかと、もうこれ以上の失言の
しようもないしと思い切って聞いてみる。

 「昨日何も言わずにに去ったのもやっぱり私と関わって巻き込まないようにって事?」

 「そうだな」

 知っている以上は隠す必要がないという判断なのか上条はあっさりと首肯する。

 やっぱりそうか。上条が連絡先も教えずに立ち去ったのは巻き込まないためだったと確証が
持てた今、さっき飲み込んだ言葉を躊躇わせる物は何も無かった。

 「だったら言わせて貰う訳よ!」

 びしりと上条に人指し指を突きつける。何故かいきなり声を荒げられた上条はあっけに取ら
れていたが、完全に逆ギレ状態なのは承知の上。

 「結局!! 私は昨日助けられただけで、何か上条の事知ってる訳じゃないけどさ。少なく
 とも私は上条に会って不幸になったとは思ってない。もしろそんな風に不幸に巻き込んだ、
 とかそんな事考えてるのか知らないけど冷たくされる方が迷惑かけたんじゃないかって不安
 になる訳! だから――」

 さっきは冷たくに流されてしまった言葉をもう一度。

 「改めて、昨日は助けてくれてありがとう、上条」

 きっと、今までこういう風にお礼を言われることがあってもずっと、ああやって冷たい人間
として振舞って関わらないようにしてきたのだろう。気まずそうに「ああ」とだけ返す上条に
フレンダはニッと笑って応じる。

 だが、そんな風に上条にお礼を言えて満足げなフレンダは、完全に上条の足元にいる人物の
事を忘れていた。

 「人の心情かってに代弁しやがった上で、よくそォんな風にぺらぺら喋ってられまねェ」

 「げ……」

 ゆらりと立ち上がる絹旗を見て顔が引きつる。そういえば絹旗に何があったか聞いといて、
途中から自棄になって自分の話にしてしまっていたんだった。口調からするに、絹旗はキレか
け寸前。

 脱出しようにも通路側の席には上条が座っており更にその先は絹旗が待っていて、だからと
いって逆側、滝壺を飛び越えて二階の窓を突き破る訳にもいかない。

 「上条、手当て終わりましたよ。それから私からも、助けてくれてありがとうございます」

 どちらにしろ逃げ場が無いのは絹旗も織り込み済みなのか先に上条に話しかけているが、上
条に対しては普通の口調なのが更に恐怖を煽る。

 そして話し終わるとそのまま上下に一ミリのブレも無く、振り向く速度も一定に首をゆっく
りと回して。

 「さァて、お待たせしてしまいましたねェ。ちょォっと席、外しましょォか?」

 口角が上がるように口元を歪めているが、どう見たって笑顔とは対極の位置にある表情だっ
た。

 「い、いやー。私何も待ってない訳よー。なんて」

 「遠慮ですかァ? フレンダらしくないですよォ」

 がしりと肩に手がかかる。かかる力が冗談ではすまないレベルで。

 このままだと席を外す前に肩は確実におしゃかになる、と慌ててこの場にとどまれる理由を
考える。が、ろくな理由が思いつかない。

 「ほら、私上条に連絡先聞かないといけないし――」

 結局、口から出たのはそれだった。言った瞬間に自分で絹旗に強制連行されるのが確定した
な、と思ったのだが意外にも絹旗はその理由に少し考えてから。

 「……そういう事であれば、超多少待たないことも無いですが」

 (これは――)上条と知り合ったと言っていた時そういえば絹旗が顔を赤らめていたのを思
い出す。(絹旗も超が付くほどの映画バカって言った所で、やっぱり女の子であることにかわ
 りは無いって事な訳よ)

 にひ、と同僚の意外な一面にニヤつきたい気持ちを抑えて、肩を掴んでいる腕を軽く叩いて
だったらちょっと離してと伝えて

 「連絡先? 何か用があるなら、出来れば今終わらせて欲しいんだけど」

 「ほら、昨日制服貸してもらったままな訳よ。だから返さなきゃいけないじゃない?」

 「だったら今ここで返してくれればいいんじゃねえのか?」

 「それはダメ! だって、今日私着て来ちゃってる訳よ、だから」

 「いや、そんなの気にしないからさ」

 「そんな事言って、においが付いたままの制服でなにしようとしてる訳よ!!」

 「何もしねぇよ?!」

 「ありがとー、上条」

 それから三分後、そこには項垂れる黒髪の少年と嬉々とした金髪の少女という実に対照的な
二人が並んでいた。

 「『ありがとー』って、お前がケータイ渡すように仕向けたんじゃねーか」

 ケータイを返すと肩は落としたままぐりん、と頭だけ上げて恨みがましい視線を上条が向け
てくる。

 「でも結局、渡したのは上条だよね? ああなるほどこれが俗に言う嫌よ嫌よも――」

 「違えよ!! あの状況で渡さないと俺が犯罪者になってただろ?!」

 「自分から渡した言質いただいた訳よ」

 「ぐ、が……。ちくせう、不幸だ」

 ガックン、とさっきよりも首の位置が落ちて、何か前から見ると頭が首から落ちる隠し芸的
な領域に到達していた。確かに普通に聞いても教えてくれそうに無かったからとはいえちょっ
とやりすぎたなと反省する。

 「なんか、ごめん上条」

 「もうお前の謝罪が次の布石なんじゃないかって、上条さんは内心凄くびくびくしているの
 ですが」

 もう信用が無いどころか軽くトラウマ化していた。

 そんなあまりに哀れな上条に流石に同情したのか麦野が間に入ってくる。

 「あー。上条君、でいいのよね? ごめんね、ウチの馬鹿があまりに馬鹿すぎて」

 「いえ大丈夫です……でも、正直こうなるんだったらさっさとメルアドぐらい教えてれば良
 かったと後悔はしてますが」

 ははは、とシリカゲルを口に含んで笑ってるのかというぐらいに愛想笑いが乾燥しているの
に麦野は苦笑してから

 「それでも一回ぐらいは会ってあげてちょうだいな、この子もいやがらせで連絡先聞き出し
 た訳じゃないから、ね?」

 「その、今日は上条に会うなんて全く思ってなくてさ。やっぱり返すときは綺麗にしてから
 返したいっていうのは本音な訳よ」

 麦野の仲介もあってか上条はまあそういう事なら、とため息をついて

 「確かに、俺もこんなところで会うとは思ってなかったしな」

 次会った時こそちゃんと返す、という事で話が付いた所で上条が立ち上がった。

 「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。用事があるからさ」

 「そうなの? 何か本当に引き止めて悪かった訳よ」

 「まぁたいした用じゃないから良いけど、そんじゃあな」

 「じゃあね、上条君」

 「超気をつけて帰るんですよ」

 「ばいばい、かみじょう」

 「じゃあまた今度ね」

 上条は少しの間動きを止めて、そうか、また今度になるのかと呟いてから。

 「また今度な」

 そう言って背中を向けた。

 そしてそのまま店を出るまで背中を見送ったところでずっと黙っていた上条さんが口を開く。

 「さっきの話を知って、それでもあいつと関わるのかい?」

 そんなもの、答えは決まっていた。

 「誰がどう言おうと、私は上条に会えて幸運だったと思ってるって訳よ」



「…人生とはわからんものだな」

 尤も人生語れるほど生きてもいないがね、と誰も答える者が居なくなったテーブルに向かっ
て独り言を吐く。

 「君たちには近づいて欲しくないと思っていたんだが」

 彼女らが後ろ暗い仕事をしているのは早々に気付いていた、どこだかで会った少年兵のよう
な目に、実戦を経験したからこそ生み出せる殺気。この街にそういった物があることにも驚い
たが、それ以上に金髪の子が着ている制服が見覚えのあるものだった時、あいつがそういった
側の世界に関わってしまっているのかもしれないと、ついあの子らを呼び止めて聞いてしまった。
そして関係が無いと確認した以上は出来れば関わって欲しくはないと、自分が一番嫌っていた
はずの迷信を、あいつの周りにいると不幸になる、そうまで言って引き離そうとしたのだが。

 「なのにそういう風に言ってくれるとはね」

 会えて幸運だった、言われた言葉を思い出す。ここに来る前にああいってくれる人間に会え
ていれば、あいつも『疫病神』なんて言葉に縛られずに済んだのかもしれない。

 しかし何より、引き離そうと思って話した結果がこれである。どうあっても神様とか言う奴
は素直にあの子に運を分ける気はないらしい。

 しかし、そういってくれる人間に会えただけで十分だ。彼女らがどんな仕事をしていようが、
そういう人間であることに変わりは無い。それに彼女らもまた不幸な境遇の末に、そうするし
か生きる術が無いようであった。

 それならば。

 時刻は昼を回ったあたり、そろそろ展示会のほうは終わった頃だろうか。伝票を掴んで立ち
上がる。

 「さて、残業といこうかな」

以上で今日の投下分は終了

<<72 ×にはならない、と思います。
    各人といちゃいちゃではないですが、ほのぼのするシーンは想定しているのでそれで勘弁してください。

<<75 今は駒場さんが生きてるので楽しくスキルアウトでバカやってます。
     ちなみに浜面、と明言されてはいませんが既に本文にも出ています。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom