あずさ「固想」 (20)
お仕事が終わって事務所に帰ってくると、扉に寄りかかり胸に手を当てている春香ちゃんの姿がありました。
ギュッと目を閉じて、まるで大きな仕事をやり遂げたかのような。
そんな様子です。
「春香ちゃん?」
「あ、おかえりなさいあずささん。」
「どうしたの?そんなところで。」
「え?あ、いえ、何でもないです!」
私の問いかけに慌てふためく春香ちゃん。
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「あ、そ、それじゃあ私帰りますね!」
慌てて横をすり抜けていった春香ちゃんを見送り、事務所の扉を開く。
「ただいまもどりました~。」
「お帰りなさい、あずささん。」
「お疲れ様です、あずささん。」
プロデューサーさんと小鳥さんが出迎えてくれました。
コートを脱ぎ、ハンガーにかけてラックに吊るします。
「外寒かったですよね?今お茶入れてきますね。」
「すみません、音無さん。」
給湯室に向かう後ろ姿にお礼を言って、事務所の奥へ足を運びます。
大きく765と貼られた窓からは、どんより曇った空が見えました。
その窓の近くに座るプロデューサーさんに近づき、お休みの律子さんに代わって業務報告をします。
「竜宮小町は皆よくやってくれてますから、安心できますね。」
そう、笑顔で言うプロデューサーさん。
「本当は付いてあげられたら良かったんですけどね…。」
「気にしないでください。今日はイベントで皆引っ張りだこだったと思いますし。」
「そう言って頂けると助かります。」
「私達は他の子達よりも慣れてますから。」
私が言うと安堵したような表情を見せてくれました。
話しながら机を見ると可愛く、綺麗にラッピングされた箱が一つ置いてありました。
きっと、春香ちゃんがプロデューサーさんに渡したのね。
さっきの様子を見ていたら、そうなのだろうと思えました。
「バレンタインチョコですか。」
「あ、あはは。義理でも嬉しいもんですね。」
この人はどこまで鈍感なんでしょうか。
義理でこんなに綺麗にラッピングする訳なんて無い。
そう思っても、言えませんでした。
だって私も鞄の中に、想いの塊を忍ばせているのだから。
「あの、プロデューサーさん…。」
「どうしました?あずささん。」
「えっと、ですね…。」
私も作ってきたんです。
その一言が。
その、あと一歩が踏み出せませんでした。
「いえ、何でもありません…。」
「? そうですか。」
諦めてソファーに腰掛けると、音無さんがお茶を入れて持って来てくれました。
「あ、ありがとうございます。」
「あずささん、こんな事言うのもなんなんですけど。」
デスクに戻らず、私の隣に腰掛けた音無さん。
「あずささんは、それで後悔しませんか?」
「え?」
突然の言葉に面食らってしまいました。
「作って来てるんですよね?チョコ。」
「それは…。」
「隠さなくてもいいですよ。だって、私も持って来てますから。」
その言葉に、思わず音無さんの方を見るといつもの優しい笑顔でした。
「さっき春香ちゃんが来て、一所懸命にチョコを渡す姿を見て。私は勇気をもらいました。
だから、私もチョコを渡そうってそう思ったんです。」
笑顔のままの音無さんに問いかけます。
「どうして、わかったんですか?」
「私も、同じだったからですかね。」
どういう意味でしょう?
「今のあずささんみたいに、渡そうとして諦めて。何度繰り返したことか…。」
自嘲気味に、表情を曇らせて言います。
しかしすぐに笑みが戻ってきました。
「でも、春香ちゃんを見て思ったんです。諦めきれないから、こうして想いを形にしてきたんだって。
それが伝わ…るかはわからないですけど…。」
鈍感ですからね、あの人は。
「こほん…。とにかく、渡さないで後悔はしたくないって思ったんです。」
「音無さん…。」
「今のあずささんは、私と同じだから。だから、諦めて欲しくないんです。」
「それを、私に言ってもいいんですか?」
そんな事を言われたら、私…。
「いいんです、私は後でこっそり渡しますから。」
威張りながら言う音無さんに、笑ってしまいました。
「うふふ、ずるい人ですね。」
「えぇ、大人はずるいんです!」
「威張ることじゃありませんよ、音無さん。」
「ピョ~ピョ~」
わざとらしく口笛を吹いて誤魔化しています。
ありがとうございます、音無さん。
ふと、事務所前で会った春香ちゃんの姿が頭を過ぎりました。
勇気を出して、行動した姿。
きっと、すごくドキドキしてたと思います。
怖かったと思います。
でも、春香ちゃんはそれを乗り越えて形になった想いを、渡した。
私も勇気、出さなくちゃ。
「私、頑張ってみます。怖いですけど。それでも。」
「頑張ってくださいね、あずささん。」
私はいつも迷ってばかり。
道に迷って。
未来に迷って。
恋に迷って。
いつも、一歩を踏み出すのが怖かった。
勇気を出せなかった。
それでも、春香ちゃんと、音無さんが私に勇気をくれました。
ちゃんと、この手の中にある想いを。
貴方に届けよう。
「あの、プロデューサーさん…!」
終わりです。
とっても短いですね。
バレンタインは職場の女子から皆さんでどうぞともらった、大きい袋に入ったキットカットをみんなで食べました。
あずささんからのチョコレートが欲しいです。
それでは少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
お目汚し失礼いたしました。
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