梓「ムギ先輩NTR事件」(156)

正直なところ、誰でも良かったんです。
女の子なら誰でも。

いつからかわかりませんが、女の子が好きでした。
まわりの友達が彼氏を作りたいと常日頃から口にするように、私は彼女を作りたかった。
中学生の頃、そんな思いを必死に抑えていました。
クラスの女の子はみんな男の子に夢中でしたし、女の子が好きだなんて口が裂けても言えなかったんです。

高校は女子校を選ぶことにしました。
女子校なら女の子同士も珍しくないと聞いていましたから。

文化祭で見た、あの部活。
黒髪のボーカルのひとがとってもきれいで、他の3人もとってもチャーミングだった軽音部。

私は女の子と付き合うために桜ヶ丘高校を、軽音部を選んだんです。

最初は澪先輩を狙っていました。
文化祭ライブのときから、ずっとファンだったから。
でも澪先輩は簡単に手が届く存在ではないと、すぐに気づきました。
澪先輩には幼馴染の律先輩がいる。
二人の関係は恋人にはほど遠いけど、精神的な結びつきが強すぎる。
特に澪先輩の律先輩への依存は異常なほどで、アプローチが無駄に終わるのは想像し難くありませんでした。

次に目をつけたのは唯先輩でした。
唯先輩はところかまわず私に抱きついてくる、嬉しい人です。
でも、唯先輩の抱きつきは、私だけに向けられたものではありません。
唯先輩の妹である憂にも、幼馴染である生徒会の人にも、公平に向けられるものです。
あの抱きつきに恋愛感情はない。
むしろ唯先輩は同性愛からもっとも遠い人かもしれない。
そう考えた私は、唯先輩を候補から消したのです。

残ったのは律先輩とムギ先輩でした。
律先輩は澪先輩という障害があるので除外すると、ムギ先輩だけ。

ムギ先輩は変わった人です。
いつもにこにこしていて、何を考えているのかよくわかりません。
だけど女の子同士が仲良くしていると、とてもいい笑顔をします。
同性愛に興味があることだけは明らかでした。

顔の好みで言えば澪先輩に劣りますが、ムギ先輩の容姿も私は好きでした。
眉毛がちょっと太いけど、それも慣れてくると愛らしく見えて。
なによりおっぱいが大きいのが魅力的でした。
おっぱいの大きい女の人を見かけると、つい目で追ってしまう。
それが私、中野梓です。

狙いを決めたからにはすぐに動くべきです。
私はさっそくムギ先輩にメールを送りました。
『次の土曜日に二人で遊びに行きませんか』という文面で。
すぐに返信が来ました。
『二人でお出かけ!行く行く、行きます!!』と。

次の日の部活、先輩が私にだけ聞ける声で、
「土曜日楽しみだね」と囁きました。

このとき、私は先輩を選んでよかったと心の底から思ったんです。
これからのことがとても楽しく思えて。
土曜日になるまで、何度も何度もデートのシミュレートを繰り返しました。

あずにゃんまじ腹黒にゃん(´・ω・`)

土曜日。私は約束の一時間前に待ち合わせ場所へ行きました。
待ち合わせ場所は、電車で40分ほど揺られた先の、ちょっと都会の駅前。

ムギ先輩は10分後にきて、私を見つけて不満そうな顔をしました。
先に来て「待ってないよ」というお決まりのセリフを言いたかったみたいです。
「また次があります」と言うと、すぐに機嫌を直してくれました。

デートの約束をしてから今日まで、ずっと先輩のことを見て来ました。
そのおかげか、私は少しだけ彼女のことを理解できてきました。

先輩はいつもニコニコしていますが、それは楽しいからニコニコしているんです。
つまらないことがあれば、つまらなそうな顔をしますし、悲しいときは悲しい顔をします。
考えていることを意外と顔に出す人。

なぜいつも楽しそうにしているのかと言えば、先輩が軽音部を大好きだからです。
先輩は私を含めた4人のことが本当に好きなんでしょう。
だから登校中に誰かの顔を見つけると、たちまち笑顔になります。

そんなムギ先輩と恋人同士になったらどうなるのか。
想像するのはとても楽しかったです。

きっと朝は毎日待ち合わせするんです。
雨でも大丈夫なよう、屋根のあるタバコ屋さんの近くが二人の待ち合わせ場所。
先輩は私を見かけると、とびきりの笑顔を浮かべて、こっちに駆け寄ってくるんです。
それから手をつないで一緒に登校。
先輩のことだから、恥ずかしがったりはしないはずです。

学校についたら、それぞれのクラスにお別れ。
ちょっとだけ寂しそうな顔をする先輩が浮かびます。

休み時間はじっと我慢。
そのぶんお昼の長休みは一緒に過ごします。

ムギ先輩は私にお弁当を作ってきてくれて……。
私もたまにお弁当を作って……。
……私の料理の腕はまだまだですが、そのうち上達するはずです。
お弁当を食べた先輩は「ずいぶん上手になったね」って言って、優しくキスしてくれるんです。

そんな先輩との日々を想像してニヤニヤしている私を、先輩は不思議そうな顔で見ていました。
私が慌てて取り繕うと、特に追求もせず、笑ってくれました。
先輩はこういう人なんです。

デートはつつがなく進みました。

私がエスコートする形で、まずはアイススケートをやりました。
最初は転んでばかりのムギ先輩でしたが、諦めずに頑張り、最後には一人で滑っている姿は少しだけ感動的でした。
「いつかダブルアクセルに挑戦してみたいわー」などと言い出したので切り上げました。
怪我をされたら困りますから。

お昼はピザ屋さんをチョイスしました。
先輩の家ではファーストフード系の食べ物を避けているようなので、初めてかなと思って。
ただ、先輩をピザを食べたことがありました。
考えてみれば当然です。ピザはヨーロッパの伝統的な食べ物ですから。
でも「今まで食べたどのピザよりずっと美味しい」と言ってくれました。
私を気遣ってのお世辞かもしれませんが、それでも嬉しかったです。

ご飯の後はボーリングに行きました。
ムギ先輩は力があるものの、投げ方が不器用で、最初はガータばかりでした。
私がフォームを教えると、だんだん上手くなっていって、1ゲーム目は40点だったのが2ゲーム目は97点。
先輩がストライクをとるたびハイタッチをして、そのたびに私は顔が赤くなるのを隠さなければいけませんでした。
ボーリング場から出るときは、私も先輩も上機嫌で、もう本当になんでも上手くいきそうでした。

だから私は勝負に出ました。

駅ビルの展望台。
この街を見通せる、景色のちょっとだけいい場所。

私は望遠鏡に100円を入れて、先輩に見るように言いました。
先輩は今日まわった場所を探して熱心に覗きこみました。

私は先輩の耳元にそっと顔を近づけ「好きです。付き合ってください」と告白しました。
慌ててこっちを見た先輩は……驚いていました。

先輩は私の目をじっと見て、それから何かを言おうとしました。

でもそれは言葉にならなくて。
「ちょっと待っていて」といい残して、先輩は走り去っていきました。

5分だったか。
10分だったか。
覚えていません。

私の心は夕闇に染まっていました。

ムギ先輩は今、断り文句を考えているのか。
それとも、その後のフォローを考えているのか。
どちらにせよ、フラれるに決まってると思っていました。

私は既に言い訳探しをはじめていました。
まだ次の人がいる。
唯先輩だって憂だって純だっている。
無理をすれば澪先輩や律先輩だって……。
だからムギ先輩が駄目でも落ち込むことはない。
どうせ一週間の恋だから。
次の恋を探せばいいだけだ。

私の頬は濡れていました。

戻ってきた先輩は私を見つけると、ハンカチで涙を拭ってくれました。

それから「いいよ」って。

その言葉を聞いて、最初は意味がわからなくて。

同情かとも思いましたが、それでもいいと思えて。

ぎゅっと抱きしめてくれる先輩は優しい匂いで。

私は思い切り先輩を抱きしめて「嬉しいです」と言ったんです。

あずにゃんは泣き虫っすなあ

私はムギ先輩を抱きしめたまま離れようしませんでした。
こんな気持になったのは初めてで、強く、もっと強く抱きしめたい。
そんな想いに支配されていたのです。

ずっとこうしていたいとせがむ私に先輩はひとつの提案をしました。
それは、願ってもいない言葉でした。

私たちはすっかり暗くなった繁華街を歩きました。
人にぶつからないように注意しながら、手をぎゅっとつないで。
しばらく歩くと、目的の場所に着きました。

私達が来たのは恋人たちが愛しあうホテル。
いわゆるラブホテルというところです。

きょろきょろと部屋を見回す私を、ムギ先輩は見守っていました。
私にもある程度知識はあります。
回転するベッドがあるとか、テレビでエッチな番組が見られるとか、その程度の知識ですが。
残念ながらこの部屋のベッドは回転しないようです。

先輩は私にもう一度聞きました。
「本当に私でいいの」「心の準備はできているの」と。
正直なところ心の準備はできていませんでしたが、私は頷きました。

ここで先輩を抱かないと絶対に後で後悔する。
そう確信していたからです。
私たちは服を脱いでシャワーを浴びました。

裸になった先輩は本当に綺麗で、思わずジッと眺めてしまいました。
そんな私を笑いながら、手際よくボディーソープを泡立て、タオルで私の体まで洗ってくれました。

他人に体を洗ってもらうなんて何年ぶりか覚えていません。
タオルで優しく体中を擦られると、私はすっかり出来上がって、身も心もムギ先輩に委ねることしかできなくなってしまいました。
湯煎に浸かった私は、先輩の上に乗って抱きしめられるような体勢でした。

背中に先輩の胸があたり、思考を奪います。
それだけではなく、先輩はほっぺにキスを始めました。
ほっぺから首筋、そして背中。
あらゆるところをキスされた私は、お風呂からあがるころには、完全な無能へと成り果ててしまいました。

( ゚Д゚)ヒョエー

十分に体が温まってから、お風呂をあがりました。
ムギ先輩はバスタオルで私を包み込み、体を拭いてくれました。
ある程度乾いたところで、裸のまま手を引かれ、ベッドの上へ。
もちろん先輩も裸です。
私はなぜか先輩の肌を見ては行けないような気がして、ずっと顔ばかり見ていました。

先輩は「緊張しなくていいのよ」と言って抱き寄せ、首筋に軽くキスしてくれました。
そのまま先輩の右手が私の大切なところへ……。

その時、私はムギ先輩に待ってほしいと言いました。
そしてキスをせがみました。
唇を重ねずに体だけを重ねるのは違うと思ったからです。

先輩はすこし躊躇ったように見えましたが、コクンとうなずいて目を閉じてくれました。

私も目を閉じて、
少しずつ近づいて、
二人の唇が触れました。

唇を伝うムギ先輩の体温は、肌から感じるそれよりずっと温かで柔らかで。
心の奥底のほうが満たされていくのを感じました。

キスの後はなすがままでした。
首筋になんどもキスをされながら、大事なところを指で責め立てられました。

先輩の指使いはとても情熱的でした。
這うように、そして優しく撫でるように、先輩は調子や力加減を変えて私をかわいがってくれました。
そのせいで私は自分でするのの半分程度の時間で達してしまったのです。

一度達してもムギ先輩は許してくれません。
今度は私の大事なところに顔を近づけて、舌で責めはじめました。
恥ずかしいやら何やらで頭が真っ白になってしまいましたが、先輩の攻めはひたすら続きます。

この後のことはあまり良く覚えていません。
私はこの日、計4回もイかされてしまいました。

これが私の初体験の全てです。
体はとても充足していましたが、心のどこかに穴のようなものがありました。

それは、1つのひっかかりでした。
何故ムギ先輩はエッチがこんなに上手なんでしょう?

私が先輩の初めての彼女ではないのは間違いないと思います。

……それでも構わないはずです。
ムギ先輩ほど綺麗な人なら、以前彼女がいたって何もおかしくないのだから。

でも、どうしようもなく、心の奥が騒いだんです。

私はその想いをぶつけてみることにしました。
「私の前に付き合ってた人がいますか」って。
ムギ先輩は少し困った顔をして「今の恋人は梓ちゃんだけよ」と言いました。

その言葉に、最初は頷けませんでした。
だけど、先輩に優しく抱きしめられているうちに、その言葉は心の底に溶け込んで行きました。

今日から先輩を私に夢中にさせればいい。
これからの先輩を私のものにすればいい。
そういう前向きな思考に昇華することができたんです。

だから最後に聞きました。
「ずっと一緒にいてくれますか」って。
ムギ先輩は確かに「梓ちゃんが望む限り」って言ってくれたんです。

その日のデートはそれで終わりました。


あのデートの後も、2度、私達は体を重ねました。
1度目はホテルで、もう1度は私の家で。
2度ともなすがままの受動的な行為でしたが、多少の攻めも経験させてもらいました。
先輩の胸や女の子の部分を攻めるのはとても刺激的です。


あこがれていた彼女を作り、欲求も満たされて、全てが順風満帆。
この時の私は、これから起こる困難のことなど何も知らなかったんです。

ある日、私は保健室にいました。
授業中に様子がおかしいとクラスメイトに指摘されてしまったんです。
実のところ、病気でもなんでもなく、ただの寝不足でした。

恥ずかしい話ですが、一人でやりすぎて寝不足になったのです。
ムギ先輩とのことを思い出すと、もうどうにも止まらなくなってしまって、駄目でした。
早く放課後にならないかな、と待っていると、保健室のドアが開きました。

ベッドはカーテンで囲まれていて、外の様子は見えません。
でも保険医の先生とのやりとりを聞いて、誰が来たのか知ることができました。

保健室に来たのは、他でもないムギ先輩だったんです。

都合のいいことに保険医の先生はムギ先輩に後のことを任せて出て行きました。
先輩は隣のベッドで横になったみたいです。
私はどうやって顔を出そうか考えていました。

ちょっと驚かせてあげるのもいいかもしれません。
きっとムギ先輩は大袈裟に驚いてそれから……キスぐらいしてくれるかもしれません。

これからのことを考えていると、不意にこの場にそぐわない声が聞こえました。
押し殺すような、ちょっと高い声。

声はなんども続きました。
そしてその出処は、横の、ムギ先輩がいるはずのカーテン。

必死に声を抑えるような、喘ぎ声。
この声質はムギ先輩の声です。私が聞き間違えるはずありません。

でも、こんな感じている声を、私は聞いたことがありません。

大胆にも、一人エッチを始めたんでしょうか?
私はカーテンの端っこを少しだけめくって、覗き込みました。


中には二人いました。

目眩という言葉が頭に浮かびました。

だけど、現実に私の意識ははっきりしていて。
顔は見えませんが、ムギ先輩の声はしっかりとこの耳に伝わりました。
押し殺すような、甘い声。
それは私との逢瀬では決して聞くことのできない、素の先輩でした。

思考は真っ暗に停止して、何も考えられません。

先輩が私以外の人と保健室でエッチしている。
言葉にすれば簡単ですが、頭はわかってくれませんでした。

せめて相手の顔を見てやろう。
それが私の僅かな抵抗でした。

黒くて長いしっとりした髪。
白くてすらっと伸びた腕。

その顔には見覚えがありました。

学校で一番人気。
ファンクラブまである、軽音部の良心。
私が憧れていた人。

そこにいたのは、澪先輩でした。
私はようやく目眩を覚え、現実から目を背けることができたのです。

澪先輩が顔をムギ先輩な大事なところに押し当てて、ねちっこく舐めています。
澪先輩の舌が動くたび、ムギ先輩は小さく喘ぎます。
それを見て澪先輩は満足そうに微笑んでいます。

ムギ先輩が高まってきたのを確認すると、澪先輩はクリトリスを執拗に攻めはじめました。
少し大きな喘ぎ声と同時に、ムギ先輩の体がぴくんと跳ねました。
きっと達したのでしょう。

二人は体位を変え、行為を続けました。
私の時とは全然違う声。
私の時とは全然違う感情
私の時とは全然違う顔。

全然違うムギ先輩がここにはいました。
行為が続いている途中で、私はカーテンを閉じ、眠りの中に逃げ込みました。
先輩の喘ぎ声を子守唄にして。

りっちゃんとは何だったのか

欲しい物を手に言いれたと思っていました。
私の欲求を満たしてくれる女の人。
そして、私を愛してくれる人。
ムギ先輩……。

あの言葉は嘘だったんですか?
私に好きだよと言ってキスしてくれたのは嘘だったんですか?

ああ、駄目だ。
ナイーブになって自問自答してもはじまりません。

だけど、私に何ができるというんでしょうか?
ムギ先輩を問い糾す?
それとも澪先輩を問い糾す?

それでどうなるというのでしょうか?

私のことが遊びだったとして、それを知ってどうなるんでしょうか。

次の土曜日、ムギ先輩を家に誘いました。
それからエッチをせがみました。
「私に攻めさせてほしい」と伝えた上で。
ムギ先輩は特に躊躇うこともなく、了承してくれました。

私はまず先輩の胸を触りました。
そっと触ってみますが、特に感じている様子はありません。
今度は押しつぶすように少し強く触ってみました。
すると先輩は顔を歪めました。

私が「大丈夫ですか」と聞くと、先輩は「大丈夫」と言ってくれました。
でも痛かったのは確かでしょう。
私は捏ねるようにしてみたり、撫でるようにしてみたり、色々試してみました。
それでも、ムギ先輩を一度も感じさせることができませんでした。

私が苦労していることに気づくと、先輩はお手本をみせてくれました。
先輩は指を口にちろっと咥えてから、私の胸を触りました。
滑らせるようにねちっこい愛撫。

最初は優しく。
私が感じているのを確認すると、より大胆に。

経験値が全然違うことを思い知らされました。
そして、その経験は澪先輩との間で育まれたもの……。

私はどうしようもない劣等感に苛まれました。
それをムギ先輩にぶつけることができればまだ良かったのかもしれません。
でも、臆病な私にはそれさえできなかったんです。

私の技術では先輩を感じさせることなどできない。
力任せで先輩に感情をぶつける勇気もない。

行為の後、先輩は私を優しく抱きしめてくれました。

私と澪先輩、どちらが本命なのか。
その疑問を先輩にぶつけたとして、今の私では澪先輩には太刀打ちできない。
それならば、良い返事など得られる筈もない。

私は先輩を直接問い糾すのは諦めて、澪先輩と話をしてみることにしました。

ある月曜日、私は澪先輩を屋上へ呼び出しました。
澪先輩に保健室で見たことを伝えると「見ていたのか」と多少驚いたようでした。
しかし悪ぶれることもなく、こう続けたんです。


「梓は可愛い後輩だと思ってる」
「だけど、ムギに手をだすというなら話が別だ」

ムギ先輩は澪先輩のなんなんですか?

「ムギは友達だ」

彼女ではないんですか?

「……ムギは友達だ。それ以上じゃない」

友達と体を重ねるなんておかしいです。
それに澪先輩は律先輩が好きなんじゃないんですか?

「よく見てるんだな」

あれだけわかりやすければ……。

「律にはフラれたんだ」

えっ?

「告白したら、気持ちわるいって言われた」

……。

「酷く落ち込んでさ、比喩じゃなくて食べ物が喉を通らなくなった」
「ムギは、そんな私を救ってくれたんだ」

( ゚Д゚)ヒョエー

……澪先輩にとってムギ先輩は律先輩のかわりなんですか?

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「私自身よくわかってないんだ」

……そんなの。
そんな半端な気持ちで。

「梓に人のことが言えるのか?」

……!

「梓は誰でもいいんだろう?」
「梓は最初、私の事が好きだったはずだ」

なんでそれを……。

澪ちゃんが悪いわ!アホか(^O^)

「あれだけわかりやすく顔に出てれば、私にだってわかる」

……っ。

「私はムギが好きだ。律のことはもっと大好きなだけだ」
「梓の好きは私の好きより大きいって言えるか?」

……。

「ムギにセックスフレンドが一人いるくらいで別れるなら、別れたほうがいいと思ってる」
「本当に好きなら、それくらい許せるはずだろ」

そんな理屈!

「今の梓に否定できるのか?」


私は沈黙することしかできませんでした。
やがて澪先輩は消えて、私だけが屋上に残されました。

澪先輩。
綺麗で礼儀正しくてちょっとだけ抜けているところのある軽音部の先輩。
ムギ先輩と肉体関係を結んでいる、一つ上の先輩。
私の大切な人を奪ってしまった先輩。

屋上の風は少し強くて、私の体はみるみる冷えていきました。

心の奥底が熱く燃えて、頭は冷たくなって、鼓動は安定しません。

奥歯がカチカチいっています。

私を支配したのは『怒り』でした。

これは八つ当たりでしょうか?
いいえ、違います。

私は本気でムギ先輩が好きです。
澪先輩の言ってたことなど不当な言い掛かりに過ぎません。
あの人が、ムギ先輩と体を重ねたいから、テキトーな理屈をでっちあげただけ。

澪先輩がいなければ、私とムギ先輩は正しく付き合えます。
肉体だけの関係の澪先輩などいないほうがいいはずです。
それはもちろん私にとってもそうですが、ムギ先輩にとってもそうなはずです。

思考は際限なく加速し、私の頭脳は澪先輩に対する復讐を考えるに至りました。

物理的に傷つける方法はありえません。
それでは私が逮捕されますし、ムギ先輩も深く傷つくからです。
では、どうすればいいのか?

目には目を。
歯に歯を。
最古の法典が私にヒントをくれました。

そう。私から最も大切な人を奪うというなら、私も同じように最も大切な人を奪えばいい。

私は虎視眈々と準備を整えました。
それから「私は部活動について相談がある」と嘘をついて、放課後の屋上に律先輩を呼び出したんです。

律先輩はいつもどおり陽気な感じであらわれました。
けれど、私の顔を見てすぐに真剣な顔になりました。
きっと私はとても険しい顔をしていたのでしょう。

律先輩に水筒を渡しました。
中身はコーヒー。ただし睡眠薬入りの。

10分もすると律先輩はぐっすり眠ってしまいました。
私は律先輩をガムテープで固定し、起きるのを待ちました。

「あ、あずさ?」

おはようございます、律先輩。

「あれ、寝ちゃったのか……」

はい、ぐっすり眠ってましたよ。

「よいしょ……ってなんだこりゃ」

動かれると面倒なので、束縛させてもらいました。

「お、おい。なんでこんなこと」

なんでだと思います?

「……」

……。

「いや、マジでわからん」

ヒントをあげます。
澪先輩絡みです。

犯罪じゃねえかwwww

「……まさか澪にも」

そんな怖い顔で睨まないでください。
澪先輩には手を出してません。
むしろ……。

「ほっ……」

……いい機会だから聞いておきましょう。
なんで律先輩は澪先輩をフッたんですか?

「なんで梓がそのことを……」

澪先輩から聞きました。

「そうか……梓は澪のことが好きなのか?」

はぁ?

「違うのか?」

なんでそう思うんですか?

「梓が澪のことを好きなら、私にこんなことをする理由になるだろ……」

違います。
私が好きなのは……ムギ先輩です。

「そうか……あっ、でもそれが理由なのか」
「澪とムギのやつは、最近ちょっと仲が良すぎるから」

おしゃべりは終わりです。
答えてください。

「そうだな……」
「私はさ、怖かったんだ」

澪先輩と付き合うのがですか?

「ううん。セックスするのが」

……まぁ、付き合ったらいずれすることになりますが……。
どうしてセックスが怖いんですか?

「……笑うなよ」

……はい。

「小学校の頃さ、見ちゃったんだ」

なにをですか?

「父さんと母さんがセックスしてるところ」

それは……ご愁傷様です。

「あんな棒がここに入るんだぞ」
「考えただけで気持ち悪くて」
「あれ以来、セックスが怖くてしょうがないんだ」

えっと……。

「なんだ?」

律先輩は棒が怖いんですよね?

「あぁ」

女の子同士なら棒はないじゃないですか?

「いや、ディドルとか使うんだろ?」

別に使わなくてもできますよ。

「でもそれじゃ気持よく……」

なります!

「そうなのか!?」

はい。
……律先輩って馬鹿ですね。

「わ、わるかったな」

こんな律先輩のせいで澪先輩が苦しんで、ムギ先輩が煽りを受けて、私まで……。
子供の頃のトラウマを後生大事に抱えてる律先輩なんて死ねばいいんです。
生まれ変わりましょう。律先輩!

「お、おい!」
「あ、あずささん?」

ディドルじゃなくてディルドだった
すまん

ごちゃごちゃしゃべっている律先輩の口にガムテープを貼り付けました。
それからスカートを乱暴にめくりあげ、用意しておいた電気マッサージ器を色気のないパンツに押しあてました。
そのままスイッチをオン。

律先輩は顔を上下させて必死に快楽を抑えようとしました。
でも、そんな抵抗は無駄なこと。
技術も勇気もない私ですが、道具に頼れば律先輩を陥落するぐらいわけのないことです。

自分の手では一切触れることなく、私は律先輩をいかせました。
触れなかったのはわけがあります。

私は、律先輩とやりたくなかったんです。
それは、律先輩に魅力がないからではありません。
私は綺麗なままでいたかったんです。

例えムギ先輩が私以外の人とやったとしても、私はムギ先輩以外の人とはやりたくない。
そう思ったんです。

律先輩は上気した顔でこちらを見ています。
視点は定まらず、虚ろな目をしています。
いつもの元気な律先輩はそこにはいませんでした。

私は満足し、もう一度いかせることにしました。
女同士の快楽を律先輩に教えこむのが私の仕事です。
その上で澪先輩に引きあわせてやればいい。

この2人がくっついてくれれば問題は全て解決するはずです。
私はスイッチをもう一度オンにして、律先輩の股間に狙いを定めました。

それを何度繰り返したかわかりません。
律先輩のパンツは水に浸したようにぐっしょり濡れてしまいました。
マッサージ機から滴る粘ついた液体は、それが水ではないことを示しています。

もう準備は十分なはずです。
私は澪先輩を呼び出すことにしました。
『律先輩と一緒に学校の屋上にいます』とメールして。

梓 「まずうちさぁ…屋上あんだけど」

梓 「焼いてかない?」

律「ああ^~いいっすね~」

澪先輩を待っている時間。

少しだけ長く感じました。

風はだんだん肌寒くなって。

私の頭を冷やしていきました。

目の前には拘束されて律先輩がいます。

私は、間違ったことはしていないはず。

そう自分の言い聞かせても、心音の高鳴りは止められません。

澪先輩が律先輩を見て警察に通報したら?

あるいは律先輩があとから警察に駆け込んだら?

律 「見られないっすかね?」

梓「まぁ、多少はね?」

セミ「ミーンミンミンミン(迫真)」

私は逮捕されておしまいです。

どこで間違えてしまったのでしょうか?

……。

……。

……。

……世の中は結果が全てです。

まだ間違ったことをやったとは決まっていない。

私が上手く立ち回ればそれで……。

決意が定まった頃にドアが開きました。

ドアから出てきたのは、澪先輩ではなく―――

ムギ先輩でした。

梓「コインロッカー」

梓「固くなってんぜ」

「梓ちゃん……」

どうしてムギ先輩が?

「澪ちゃんから話を聞いたの」

……迂闊でした。

「ごめんなさい。梓ちゃん」

なんでムギ先輩が謝るんですか?

「私と澪ちゃんがしてるところを見ちゃったから」
「だからこんなことをしちゃったんでしょ?」

それは……確かにそうです。

梓「喉かわか……喉乾かない?」

梓「ちょっと飲み物作ってくるよ」

サッー!(迫真)

「でもどうしてりっちゃんなの?」

復讐だからです。

「復讐?」

はい。
律先輩は澪先輩の大事な人だから。

「梓ちゃん。澪ちゃんに復讐するのは筋が違うわ」
「だって、梓ちゃんと付き合ってるのに浮気してたのは私なんだから」

……。

「ねぇ、こんなことやめましょう」
「りっちゃん待ってて。今拘束を解いてあげるから」

……。

梓「アイスティーしかなかったけど、いいかな?(迫真)」

律「すみません」ゴクッゴクッ

梓「」野獣の眼光

梓「おっ大丈夫か?大丈夫か?」

………………………

律「ターミナル先輩!?なにやってんですか、まずいですよ!!」

梓「暴れんな…暴れんなよ…」

トントンっトントントントントンっ

私はムギ先輩が律先輩を解放するのを黙って見ていました。
頭のなかがごちゃごちゃして、何も考えたくありません。
苛立ちをぶつける場所も、安らげる場所も失った私は考えるのをやめました。

自由になった律先輩とムギ先輩が何かしゃべっているようでした。
でも、私の耳には何も入って来ません。

その後、扉が開き、澪先輩が入って来ました。

ムギ先輩と澪先輩が言葉をかわしてそれから……


澪先輩が思い切り、ムギ先輩の頬を叩きました。

えっ……なにがおきたの。


「みお……みお」

「りつぅ……私……私……。私のせいでごめんな」

「ううん。澪は悪くない。それより私のほうこそごめん」

「律が謝ることなんてない!」

「違うんだ。私はずっと勘違いしてたんだ」
「なぁ澪。私さ、澪が欲しい」

「えっ、律。今なんて」

「澪が欲しいって言ったんだ!」


これはなに。
澪先輩と律先輩が愛を囁いていて。
ムギ先輩は倒れていて。

なにがおきたのかわからない。
あぁ、でも、この事態を私が招いてしまったことだけは、はっきりと……。

「よかった」

……!
ムギ先輩?

「あの二人、やっと結ばれたんだ」

なんで……。

「梓ちゃんのおかげじゃない」

私のおかげ?

「ええ。ありがとう、梓ちゃん」

ムギ先輩……頬が腫れてます。
それに。

「なぁに?」

……なんでもないです

泣いてるように見えたけど、ムギ先輩の頬を伝う水滴は見当たりませんでした。
先輩は私の手を引っ張って歩き始めました。
特に抵抗することもなく、私は屋上を去りました。

連れてこられたのは保健室。
先輩はポケットから鍵を取り出して扉を開きました。
私が不思議そうな顔をすると、人差し指を口にあてて微笑みました。


「ごめんね。梓ちゃん」
「本当に色々ごめんね」

あやまらないでください。

「だって、私が悪いと思うから」

どうしてそう思うんですか?

「浮気は悪いことでしょ?」
「本当なら、あの時、梓ちゃんに告白されたとき、断っておけばよかったの」
「そうすればこんなことにはならなかったわ」

そんなの……。

「そうすれば私なんかにひっかからず、もっと素敵な女の子に出会えたのに」

私は……。

「うん」

私の話を聞いてもらえますか?

「うん」

私、文化祭の軽音部の演奏を見て、この学校に決めたんです。
ううん。本当は演奏じゃなくて、人を見て。
可愛い人が多いからここにしようって。

「そうだったんだ?」

軽蔑しますか?

「しないから、続けて」

……はい。
私、女の子と付き合ってみたいってずっと思ってたんです。
理由はわかりませんが、私は男の子に恋ができなかった。
そのかわり、女の子を見るといいなぁって感じてしまうんです。
だから軽音部に入って、私は……。

「私なら付き合いやすいと思った?」

ごめんなさい。

「あやまることはないわ」
「付き合ってみないとわからないこともあるもの」

でも、それからは違います。

「どういうこと?」

澪先輩に言われました。
梓は誰でもいいんだろうって。
確かに最初はそうでした。でも付き合っていくうちに……。

「私のこと、好きになってくれたんだ?」

はい。
だからこんなことを……。

「梓ちゃんがやったことは犯罪だけど」
「二人がくっついたのだから問題ないと思うわ」
「ちゃんとフォローもしておくから安心しておいて」

……私にそんなことしてもらう資格ないです。

「あの二人をくっつけるのは私の願いでもあったから」

……あの、聞いてもいいですか?

「なぁに?」

ムギ先輩は澪先輩のことが好きじゃなかったんですか……?

「どう思う?」

はぐらかさないでください!

「本当にわからないの。ごめんなさい」

どういうことですか?

「ねぇ、梓ちゃん。今度は私の話を聞いてくれる?」

はい。

「私もね、女の子なら誰でも良かったの」

「ううん。女の子でも男の子でも、本当に誰でも良かったんだ」

「私の家は厳しくて、友達を自由に作ることも許してもらえなかった」

「それどころか本も映画も自由に見せてもらえなかった」

「私はこっそり漫画を読んで恋を知ったんだよ」

「恋に落ちる女の子たちがとても楽しそうで」

「恋に落ちる瞬間ってどんな感じなんだろう?」

「大好きな人を抱きしめるってどんな感じなんだろう?」

「そんなことばかり考えていたの」

「だから高校に入って、恋人を作ろうとした」

「でも澪ちゃんがりっちゃんにフラれたことを知ったら放っておけなくて」

「澪ちゃんが酷い失恋をしたと知って、自分のことみたいに心が傷んだの」

「きっとあの頃の私は、澪ちゃんじゃなくて恋が好きだった」

「だから恋は終わらないんだよって言いたくて。恋を守りたくて、そのために澪ちゃんの傍にいた」

「傍にいるうちに、だんだん澪ちゃんのことを分かっていって」

「澪ちゃんも、私と一緒にいると安心するって言ってくれるようになって」

「私は澪ちゃんのことを好きになってたのかな」

「自分でもよくわからないけど…澪ちゃんを守りたい。なんとかして元気にしてあげたい、そう思った」

「そうしているうちに肉体関係になって……私がハマっちゃったの」

「だって澪ちゃんったらとっても上手なんだから」

「でも、澪ちゃんと一つだけしてないことがある」

「キス。梓ちゃんとのアレが、私のファースト・キスだから」

「本当は澪ちゃんにしたかったんだけど、澪ちゃんのファースト・キスはりっちゃんのためにとっておくべきだと思ってたから」

唇に指をあててみました。
ファースト・キス。
私はもう大切なものを貰っていたんだ。

色々なことを経て、失ってしまったものもあります。
元の仲のいい軽音部に戻れるかはわかりません。
特に律先輩とは合わせる顔がありません。

それでも、手を伸ばせば届く場所にムギ先輩がいる。
憧れていた、そして一度は手に入れたあの場所に、戻れるかもしれない。

先輩に触れた。
先輩の体温を感じたい。
先輩に愛されたい。

私は、私の気持ちをぶつけることにしたんです。

 
ファースト・キスだったんですね。

「よけいなものをあげちゃったかな」

そんなことありません。
ムギ先輩……。

「なぁに?」

まだ遅くないでしょうか?

「どうだろう。でも一度別れましょう」

えっ……。
どうして……ですか?

「このまま肉体だけの関係を続けていても、幸せになれないと思うの」
「気持ちが繋がっていないと、二人でいても辛いだけだから」

私はムギ先輩のこと……

「私が――」

あっ……。

それだけで、わかってしまいました。
私はムギ先輩にふられたんです。
私が好きでも、先輩は私のことを好きじゃない。
こんな単純な結末……。


「ごめんね。ごめんね」


先輩は自分に言い聞かせるように謝り続けました。
私はただ泣き続けました。


これが私の初恋のお話。
その全てです。

翌日。澪先輩に呼び出されました。


「梓……」

澪先輩、どうして私を呼んだんですか。

「謝る必要はないと思ってる」
「でも、何か言わずにはいられなかったんだ」

仲直り、ということですか。

「あぁ、梓は軽音部の仲間だから」
「律も同じ気持だ」

いいですよ。澪先輩の気持ちも分かるつもりですから
ただ、恋敵として素直に仲良くはできませんが

「恋敵って……」

はい。恋敵です。

「ムギが私のことを好きだっていうのか?」
「だってムギは律と付き合えたことを素直に祝福してくれたぞ」

好きでもない相手と体を重ねますか?

「そんな。ムギはただ私を慰めようとしてくれてただけだろ」

ずっとそう思っていてください。

「後輩のくせに生意気だ」

それくらいじゃないと、恋は戦えませんから。

「……そうかもしれないな」

はぁ。

「今回のことで思ったんだ」
「私がもう一歩踏み出す勇気があればムギにも梓にも迷惑かけなかったんじゃないかって」

過ぎたことです。

「なぁ、梓」

なんですか?

「厚かましいお願いかもしれないけど、ムギのことを頼む」

それは無理かもしれません。

「どうして?」

一昨日、フラれました。

「・・・ごめん」

澪先輩が謝ることじゃないです。

「私だって……ううん。私はどうだったんだろう」

まあ、澪先輩のことは責められません。
ムギ先輩の体は蠱惑的ですから。

「あぁ、あの白い肌とおっぱいのハリ……って何を言わせるんだ!」

ふふっ、澪先輩もすっかり元気になりましたね。

「あぁ、実はあのあと、ムギに謝りにいったんだ」

ムギ先輩のところへ?

「うん。五体投地の覚悟でいった、あっさり許してくれて拍子抜けだったよ」

澪先輩と律先輩がくっつくのは、ムギ先輩の悲願でしたから。

「そうだな」

もし、もしも、ムギ先輩が本気で澪先輩のことを好きになっていたら……。

「梓!」

な、なんですか。

「仮定の話をしても意味はないんだ」

……そうですね。

「色々言ったけど、梓がこれからどうするのは、それは梓自身が決めればいい」
「私はそう思うよ」

はい。

「あっ、それとさ、一つだけ腑に落ちないことがあるんだ」

腑に落ちないこと……ですか?

「あぁ、どうしてムギは梓の告白を受けたんだろうな」

それのどこが腑に落ちないんです?

「あの時さ、相談されたんだ」
「『梓ちゃんに告白されたんだけど、どうしよう』って」

そんなことが……。

「私は断ったほうがいいって言った」
「でもムギは、『付き合いたい』って言った」

ムギ先輩がそんなこと?

「あぁ、正直なんでムギがそんなに梓と付き合いたがってたか不思議なんだ」

それは……わかりません。

「私さ、今になって思うんだ」
「ムギは本気で梓のことを本気で好きなんじゃないかって」

……それならフラれませんよ。

「それは……ムギにも何か考えがあるんだと思う」

そうでしょうか?

「私の勝手な予想だけど」

……わかりました。
覚えておきます。

澪先輩もやっぱり先輩でした。
澪先輩とはすぐ元の関係に戻り、律先輩にも一言謝るだけで許してくれました。

澪先輩に対する負い目からか、律先輩は全く私を責めませんでした。
むしろ、付き合うきっかけを作った私に感謝してくれたほどです。





これで、とりあえずのところ、私の話は終わりです。

 
======
======


======
======


======
======
 

保健室で梓ちゃんと別れたあと、澪ちゃんに呼び出された。
澪ちゃんと私は交互にひたすら謝った。
その後に、ちょっとだけ泣いて、意味のない雑談をはじめた。


「もしも、もしもだぞ」

澪ちゃん?

「もしも、私がムギのことを本気で」

澪ちゃん!

「な、なんだ」

仮定の話をしても意味はないから。

「……そうだな」

澪ちゃんはりっちゃんと幸せにならなきゃいけない。
そう、私が決めたんだから。

「まったく、ムギには敵わないよ」

ふふっ、じゃあ、またね。

「あぁ、またな」

一週間もすると私たちの関係は元通りになりました。
遺恨を残すことおなく、澪ちゃんとりっちゃんのカップル成立という結果だけが残った。

梓ちゃんのことが心配だったけど、それほど気落ちもしていないみたいです。
今まで通りにりっちゃんを嗜めている梓ちゃんを見ると、安心してしまう。
澪ちゃんと私だって、すっかり仲良しさんに戻ってしまった。

体を重ねることはもうないけど、澪ちゃんは今でも一番の親友です。


唯ちゃんに呼び出されたのは、そんなときのことでした。

唯ちゃんとふたりきりでおしゃべりするのは久しぶりでした。
最近はずっと梓ちゃんの傍にいたから。
私はこれまでのことを唯ちゃんに話しました。
唯ちゃんだけが何も知らないのは嫌だったから。


「それで全部?」

ええ、これが今回のことの全部。

「ふぅん。大変だったんだね」

梓ちゃんには酷いことしちゃったな。

「付き合ってあげれば良かったのに」

それは、梓ちゃんのためにもしたくなかったの。

「ふぅん。まぁムギちゃんなりの考えがあるんだろうね」

えぇ……。

「それでムギちゃん。これからどうするの?」

どうするって?

「ムギちゃんはさ、誰かと付き合うのが夢だったんでしょ」
「なら、梓ちゃんを振ったムギちゃんは……」

私は誰とも付き合う資格なんてないと思う。
だって、あんな形で裏切って……。

「裏切ったら恋できなくなるの?」
「そんなことないよね。恋に資格なんていらないんだよ」

それでも、もう恋はいいかも。

「ふぅん。ムギちゃんは恋を裏切るんだ」

どういうこと?

「だってムギちゃんは恋を守りたかったから、澪ちゃんに手を差し伸べたんでしょ」

……。

「そんなムギちゃんがもう恋をしないなら、それは恋を裏切るってことだよ」

そんなこと……。

「ねぇ、ムギちゃん。私が和ちゃんと付き合ってるの知ってるよね?」

ええ、そして憂ちゃんとも。

「今は姫子ちゃんもいるよ」

ふふふっ。ハーレムは順調に増えてるんだ。

「うん」
「ねぇ、あの時私が誘ったの覚えてるよね」

ええ、忘れるはずがないわ。

「今からでも遅くないから私のものになりなよ、ムギちゃん」

そんなの……。

「そしてあずにゃんも私のものにするんだ」

梓ちゃんも?

「そしてみんなで仲良く愛しあおう!」
「うんうん。それがいいよ。きっと」

ふふふっ。楽しそうね

「ね! だからね!」

でもね、私はもう無理なんだ。

「どうして?」

約束しちゃったから。

「そっか」

うふふ。ごめんなさい。

「ねぇ、最後に一つだけ聞かせてもらえる?」

なぁに、唯ちゃん?

「ムギちゃんは、梓ちゃんのこと好きだったの?」

どう思う?

「あっ、秘密だった?」

秘密かぁ……。

「そういうわけじゃないんだ?」

梓ちゃんはね、頑張って私とのデートプランを考えてくれたの。

「うん」

それだけじゃないのよ。
梓ちゃんはね、精一杯の勇気を振り絞って私に告白してくれたんだ。

「うん」

それにね、私のために澪ちゃんを問い詰めたの。
更にはりっちゃんのことを傷つけてもしまったの。

「うん」

それからね。
梓ちゃんは私のせいで、たくさんたくさん傷ついたの。
きっとね、辛かったと思うんだ。
それにね、苦しかったと思うんだ。

それでも、ずっとずっと梓ちゃんは私のことを好きでいてくれた。
それなのに、私は……。

「ムギちゃん……」

ごめんね。
言いたいことばかり言って。

「いいんだよ。ムギちゃん」
「私は応援することしかできないけど」

唯ちゃん。私からも聞いていい?

「うん」

私は、許されてもいいと思う?

「ムギちゃん」

なぁに?

「許される必要なんてないんだよ」
「だって恋は落ちるものだから」

自分がやったことに言い訳なんてしても意味ないし、謝ったところで梓ちゃんの傷が癒えることもない。
それでも私は――





私の話はこれでおしまいです。

 
======
======


======
======


======
======
 

惚れっぽい私が次の恋に目覚めるたは、失恋した一週間ほど後のことです。

ある日のこと。
学校に行く途中、通り雨に襲われたんです。

タバコ屋さんの屋根の下に避難しようとすると、先客がいました。
美しい金色の髪を濡らしたその人は、私を見つけると――

「好きになってくれてありがとう」

精一杯の作り笑いで、そう言ったんです。


それがきっかけで次の恋がはじまりました。

また同じ人を好きになって。

初恋の続きではなく、新しい恋として、私はムギ先輩を好きになったんです。

他の誰でもなく、もう一度ムギ先輩を好きになったんです。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom