八幡「女とキスしたい」雪乃「え?」 (71)
雪乃「今のは……私の聞き間違い? それとも何かの冗談かしら」
八幡「いや、割とマジなんだ」
雪乃「……比企谷くんは、目だけでなく頭も腐っていたようね。残念だわ」
八幡「何とでも言え。コミュ障ぼっちがキスに幻想抱いて何が悪いんだよ」
雪乃「………………」
八幡「そういう雪ノ下はキスしたことあるのか? 言うまでもなく男とだ」
雪乃「……ふざけないで。そんな下衆な質問に答える理由がないわ」
八幡「ああ、そう。じゃあ別にいいけど」
雪乃「…………」
八幡「…………」
雪乃「……あるけれど」
八幡「え……」
八幡「雪ノ下は経験済みだったのか。意外だな……」
雪乃「……あなたが言うキスとは、相手に意識が無い場合もカウントするのかしら」
八幡「あん? なんだそれ。溺れた時に人工呼吸したとか……」
雪乃「違うわ。具体的に言うと、相手が寝ている時にした場合は?」
八幡「……俺の中では、それもキスに入るな」
雪乃「それなら、やはり私は『キスの経験がある』ということになるわ」
八幡「どういうシチュエーションだ。相手が気絶でもしてたのか?」
雪乃「………………」
雪乃「私の話なんてどうでもいいでしょう」
八幡「いや、すごい気になるんだが。相手とか」
雪乃「黙りなさい。それでエロガヤくんは、その行き場の無い劣情をどうするつもり?」
八幡「どうするも何も……どうしてもキスしたいんだから、誰かに当たって砕けるしかないだろ」
雪乃「あら。人間扱いするのも勿体無い存在のヒキガエルくんに、アテでもあるのかしら」
八幡「…………」
雪乃「…………」
八幡「……由比ヶ浜」
雪乃「ダメよ」
八幡「瞬殺かよ……」
雪乃「あなたの小さな脳ではその程度の答えしか出ないと思っていたわ」
八幡「俺の勘違いじゃなきゃ、由比ヶ浜は俺のこと……嫌いじゃない、と思う」
雪乃「勘違いよ。うぬぼれないで」
八幡「…………」
雪乃「身の程を知りなさい。あなたが誰かに好かれる訳がないでしょう」
八幡「またゴリゴリ削るなぁ、俺のメンタルを……」
雪乃「由比ヶ浜さんは誰にでも優しいから、勘違いしてしまうのも無理はないわ」
八幡「…………」
雪乃「でも、まったく気のない男にキスを迫られる彼女の身にもなりなさい」
八幡「……もしそうなったら、マジで可哀想だな」
雪乃「ええ。しかも比企谷くんは、勘違いのせいで過去に痛い思いをしたのではなかった?」
八幡「………………」
雪乃「また同じ過ちを繰り返すつもり? あなたの軽率な行為は、あなた自身をも傷付けるのよ」
八幡「そ……それは嫌だ。もうあんな思いはしたくない……」
雪乃「なら、由比ヶ浜さんにキスを強要するのは」
八幡「やめます……」
雪乃「分かってくれて嬉しいわ。いつもそれくらい聞き分けが良ければいいのだけれど」
八幡「じゃあ、いったい誰に頼めばいいんだよ」
雪乃「……由比ヶ浜さんより付き合いの長い人を選んだらどうかしら」
八幡「ん? どういうことだ?」
雪乃「由比ヶ浜さんより早く知り合った女性とか、一緒に出かけたことがある女性とか」
八幡「……一緒に過ごした時間が長い人の方がいいってことか」
雪乃「ええ。あなたはひねくれているから、その魅力を理解するためにはある程度の付き合いが必要よ」
八幡「……言い方には腹が立つけど、その主張は納得できるかもしれないな」
雪乃「由比ヶ浜さんより先に知り合った女性。それなら候補も限られてくるわ」
八幡「…………」
雪乃「…………」
八幡「小町か……」
雪乃「違うでしょう?」
八幡「え? 付き合いメチャクチャ長い上に、あいつブラコンなんだけど」
雪乃「よく考えなさい。いえ、よく考えなくても兄妹でしょう、あなた達」
八幡「肉親でも、キスくらいまでならいいんじゃないか?」
雪乃「ダメに決まっているでしょう、そんなインモラルな関係……」
八幡「……まぁ、そうか。でもあいつ、頼めばいけそうだよな」
雪乃「否定しないけれど、一線を越えて国外逃亡したくなければやめておきなさい」
八幡「そうなると、もう候補がいないな……」
雪乃「いるわ。あなたの行動範囲は家の中だけなのかしら、ヒキニートくん」
八幡「……じゃあ、学校で付き合いの長いヤツ? 由比ヶ浜はダメだったし、戸塚は男だぞ」
雪乃「なぜ戸塚くんを候補に……由比ヶ浜さん以外の女性を探してみなさい」
八幡「…………」
雪乃「…………」
八幡「そうか、平塚先生か」
雪乃「ありえないでしょう」
八幡「俺と真剣に向きあってくれる数少ない女性なんだが……」
雪乃「知っているわ。あなたを奉仕部に連れてきたのも先生だったわね」
八幡「しかも未婚だ」
雪乃「未婚はともかく……生徒と教師がいかがわしい関係になるのも、十分インモラルよ」
八幡「チッ」
雪乃「あなたの辞書にモラルという言葉は無いのかしら。妹とか先生とかロクな候補が出ないのだけれど」
八幡「…………」
雪乃「なに? 言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」
八幡「……雪ノ下って、さっきからモラルモラルって言ってるよな」
雪乃「ええ」
八幡「でも、そもそもそんなこと気にしてたらキスなんかできないだろ」
雪乃「…………」
八幡「それを言い出したら学内で相手見つけんのもどうなんだって話になるしな」
雪乃「……そうね。その通りだけど……」
八幡「つまり雪ノ下は『学外で肉親以外の女性に頼む』って答えじゃないと納得しないんだろ」
雪乃「ちが……い、いえ、そうよ……」
八幡「……珍しく歯切れが悪いな」
雪乃「そんなことはないわ。人付き合いが苦手な比企谷くんに、そんな相手はいないだろうと心配していたの」
八幡「仰る通りだな。だからこうなったら、もう知り合いにこだわる必要は無い」
雪乃「えっ……」
八幡「…………」
雪乃「…………」
八幡「風俗に行く」
雪乃「!?」
八幡「確か駅前にソープが……」
雪乃「やめて」
八幡「あ?」
雪乃「待って。本当にそれだけはやめて」
八幡「いや、お前がダメダメ言ったせいでこうなってるんだけど」
雪乃「それは人の尊厳を捨てる行為よ。あなたにはまだ未来がある」
八幡「暗雲と混沌に満ちたドス黒い未来だけどな」
雪乃「違うわ。高校生なら、これから誰かと付き合える可能性だっていくらでも……」
八幡「俺に限ってそれはない」
雪乃「そんなこと……あるかもしれないけど……」
八幡「なら、学生だろうとオッサンだろうと、いつ風俗に金を落としたって一緒だろ」
雪乃「…………」
雪乃「1つ……聞いてもいいかしら」
八幡「なんだよ」
雪乃「愛のない女性に抱かれて、あなたは本当に嬉しいの?」
八幡「…………」
雪乃「お金だって……2万か5万か、決して安くはないのでしょう?」
八幡「…………」
雪乃「…………」
八幡「……悪かった。確かに、雪ノ下の言う通りだ」
雪乃「比企谷くん……」
八幡「キスだけなら5千円でセクキャバに行った方が安いよな」
雪乃「お願い、考え直して」
八幡「由比ヶ浜も小町も先生も戸塚も風俗もダメ。どうしろってんだよ」
雪乃「……私がいるわ」
八幡「は?」
雪乃「だから、私がいるでしょう」
八幡「は?」
雪乃「…………」
八幡「…………」
雪乃「ふふ。意を決して言ったらこれだもの、流石クズガヤくんね」
八幡「いや……意味不明すぎて混乱してるんだよ。なんで俺が罵倒されてんの?」
八幡「雪ノ下がキスの相手っていう理由も不明だし、そもそも学内ではダメって話だったろ」
雪乃「……学生同士の清い関係ならセーフなのよ」
八幡「え、なにそれ。なんかお前の時だけ条件ユルくない?」
雪乃「いいえ。でもキャバガヤくんの低能では説明したところで分からないでしょうね」
八幡「おい、過去最悪のアダ名が付けられたぞ……」
雪乃「それに私は奉仕部の部長。部員の悩みを解決するのは当然だし、奉仕部の目的からも外れてはいないわ」
八幡「でも、雪ノ下には頼めない。雪ノ下の彼氏に悪いからな」
雪乃「……何を根拠にそんな妄言を吐くのかしら。いるわけないでしょう、そんな奇特な人」
八幡「だって……さっき、キスしたことあるって自分で言ってただろ」
雪乃「ええ、それは事実。部室でグースカと眠りこけてる誰かさんに、こっそりと」
八幡「…………」
雪乃「…………」
八幡「……俺か……」
雪乃「他に誰がいるのかしら?」
八幡「昼休み、昼寝から起きたら口元がヨダレまみれになってることがあったんだが」
雪乃「ごめんなさい。拭くと起こしてしまうかと思って……」
八幡「……雪ノ下が、俺にキスしてた理由がまるで分からないんだけど」
雪乃「あら……比企谷くんは、この流れでまだ鈍感なフリを続けるつもりなのね」
八幡「…………」
雪乃「…………」
八幡「なんだよ。お前、付き合ってくれって言ったら付き合ってくれんの?」
雪乃「嫌よ。全力でお断りするわ」
八幡「だろうね。俺の勘違いですよね」
雪乃「ええ。学生のうちは……ダメよ」
八幡「……なんだそれ」
雪乃「付き合うなんて言い出したら重たいもの。こっそりキスするくらいがちょうどいいわ」
おわり
このSSまとめへのコメント
面白かった
だがこの流れなら最後までゆきのんを突き離した感じで終わって欲しかった