妹「お兄ちゃん。私が作ったお弁当食べなかったでしょ?」 (160)

男「えっ?」

妹「でしょ」

男「な、なわけ無いじゃんよー? 急に何だよ妹ぉ~」

妹「気づかないと思った?」ガサリ

男「…ん?」

妹「これ。学校のゴミ箱の中に入ってたよ、ビニール袋に入ってね」

男「…あの…」

妹「このビニール袋の中身はなんだろなーなんだろなー……あ! 私が作った弁当の中身だ!」

妹「うふふっ」

妹「なんで? なんで捨てたの?」

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男「ご、ごめんなさ…」

妹「え?なんで謝るの? …私謝ってとか言った?」

男「いや、待って、聞いてくれっ! そのな、あのな!」

妹「えいっ」

ダァアンッ!

男「ひっ」

妹「…もう一回だけ聞いてあげるね、お兄ちゃん」

妹「なんで捨てたの?」

男「……」ダラダラ

妹「教えて」

男「…その、ですね、えっと、ですね…ハイ…」

妹「声が小さくて聞こえない」

男「あのっ! ですね! そのぉ~ワケを話すと長いと言いますかぁ…」

妹「……」

男「とりあえず、その包丁は下ろしたほうが良いなって…兄ちゃん思うけど…」

妹「…あ、うん? そっか、ごめんごめん。なんだかお兄ちゃんを脅してるみたいだもんね、これじゃあ」すっ

ストン ──ビィィィィン!

妹「これでいい?」

男「なにやってんの!? もう少しで俺の足の指チョンパだったけど!?」

妹「あ。靴下に穴が開いてるよ?」

男「今お前が開けたんですぅ! …待って、違う! 今のは兄ちゃん反抗したわけじゃない!」

妹「じゃあ前から開いてたんだよね?」

男「…うん」コクリ

妹「よっし。じゃあ聞かせてもらおうか、ばっちこい! なんで捨てたの! はいっ! 言って言って!」

男「…その、えっとだなぁ」ポリポリ

男「──彼女、出来た感じかな?」

男「えへへ」

妹「………」

男「うん、そんな感じなんですけども…」

妹「ふーん」ズッポリ

男「うひっ!」

妹「…そーなんだ、お兄ちゃん。彼女ができたんだぁへーぇ」

男「う、うん」

妹「誰? どのクラスの娘?」キンキン

男「えっと…後輩かな。それよか妹さん、ちょっと包丁の切っ先で遊ぶの止めてくんないか…」

妹「後輩?」ズビシ

男「あぶぃっ!?」

妹「後輩って、なにそれ。後輩って、まさか…私と同学年ってコト?」

男「うんうんうんっ!」コクコクコク

妹「…誰だろ、お兄ちゃんの彼女になる物好きなんて」

男(失礼な…!)

妹「それで? なんで彼女が出来たからってお弁当捨てちゃうの? 馬鹿なの?」

男「馬鹿とか言うなよ…だって、彼女さんだぞ? 目の前でお前の弁当なんて食べれないだろ…」

妹「私、妹。お兄ちゃんの妹、おーけー?」

男「おーけー」

妹「じゃあ別にいいじゃん。捨てなくてもいいじゃん」ブンブン!

男「うぉおっ…!」ヒョイヒョイ

妹「理由は他にある! と見ましたよ、妹さんはね」

男「うっ…」

妹「ほら、言ってみ。妹ちゃん怒らないから」

男「…ほんと? 怒らない?」

妹「ほんとほんと。怒らない怒らない」

男「そういって実は聞いたら怒るんじゃない?」

妹「しつこいな。怒るよ」シュッ

男「やめて! ごめん! …わかった、言うからさ」

妹「うん。早く言って」

男「はぁ~、えっとだな。その俺の彼女さんなんだがな」

妹「彼女さんが?」

男「お前の」

妹「うん」

男「…同じ部活の娘」

妹「え? 嘘?」

男「…う、うん」

妹「同じ部活の娘って…それに下級生って…」

男「なんとなく分かるだろ。その娘だ、名前は───後輩ちゃんだな」

妹「後輩ちゃん……」

男「うむ。しかもお前の友達と来たもんだ、こりゃーちょっと気まずいって感じでさ…」

妹「………」

男「あの、妹さん?」

妹「だから捨てたんだ…」

男「へっ?」

妹「後輩ちゃんが彼女、になったから…捨てたんだよね、お兄ちゃん。お弁当を」

妹「──私が作ったお弁当、捨てたんだよね?」

チャキ

男「oh…」

妹「そうなんだよねっ? そうじゃなかったら捨てないもんねっ?」

男「…うん」コクリ

妹「そっか、そっか。そーなんだ、後輩ちゃんがねぇーえ、うふふっ」フラリ

妹「どうしよっか? とりあえず包丁で刺して見る?」

男「さり気なく出した提案が怖いぞッ!」

妹「だって、さ。だってさ! 後輩ちゃんだよ!? すっげー駄目だよ! どうして彼女にしたの!?」

男「お、俺の勝手だろ! す、すきになったから…だよっ」

妹「キモい!」

男「酷い!?」

妹「んなこと言うお兄ちゃんじゃないでしょ! 言わない言わない! 絶対に裏がある!」

男「裏ってお前…」

妹「…そーだ、お兄ちゃんじゃきっと口割らないし。後輩ちゃんに聞こっと、脅して聞こっと」

男「おーいやめろやめろー」

妹「きっと何かがあるんだよ…私が把握できない暗部ってやつがね…」

男「お前、後輩ちゃんとお友達だろ…」

妹「友達だからだよッ!」ブン!

男「うわぁっ!?」ヒョイ

妹「友達だからッ…【友達】だから、脅して聞かなくちゃいけないんだよ!? わかってる!? んにゃーお兄ちゃんじゃわかんないねっ!」

男「お、女の友情に関しては無知なのは認める…! だが脅すのは絶対に違うと言い切れるぞ!」

妹「てりゃー!」シュッ!

男「フンヌッ!」

ぱしぃぃいっ!

姉「おーい、さっきから騒がしいわね。もう夜だぞー」ガララ

妹「ふんっ」ケリ!

姉「ゴフッ」ドタリ

男「おねぇ───ちゃ───ん!!!!」

妹「…良いから聞かせてよ、どうして欲しいのお兄ちゃん」

男「はぁっ…はぁっ…えっ…?」

妹「私にどうして欲しいんだよ…だって、だって…捨てちゃうんでしょ…!?」

男「お、おう…捨てなきゃな…うん…」

妹「じゃあ私何をすればいいの…! 次に何を頑張れば────」

妹「──お兄ちゃんの目の前にっ……居られるの……っ!?」

男「お前…」

妹「言ってよ!! お兄ちゃんが教えてよっ!!」

ポロポロ…

妹「わたし…わかんないよ、もう…どうすればいいのか…グス…」

男「……」

妹「いっぱい頑張ってきたよ…なのにさ、お兄ちゃんは直ぐに…別のところを見ちゃうじゃない…っ」

妹「だからだから! 私は何時だって努力してお兄ちゃんの側から離れないように頑張ってた!」

男「…おう」

妹「もう…わかんないよ…っ」

男「妹…」

すっ…

男「良いんだって、頑張らなくても」

妹「え…」

男「別にお前がそんなに頑張る必要なんて無いだろ?」くいっ

カランカラン

男「お前は俺の妹なんだ。それは、俺には忘れられないことなんだ」

妹「…妹」

男「ああ、何も毎日弁当作らなくても。俺はお前を蔑ろにしないさ」

男「ちゃんと見ててやるよ。きちんと、お前を妹として扱ってやる」

妹「……」

男「大丈夫だって。俺は案外、やれる男だぜ?」

妹「お兄ちゃん…」

男「心配するな。平気平気!」

妹「…」すっ

ぽふっ

男「おっと」

妹「ばかっ」ぎゅうっ

男「…馬鹿言うなって」

ぎゅっ

妹「そんなこと言って、すぐに忘れようとする癖に」

男「癖じゃない。これは…うん、癖なんだろうか?」

妹「だから直ぐにいっぱい、女の子と仲良くなっちゃうでしょ!」

男「いやいや…俺がプレイボーイみたいな言い方するなよ…」

妹「ばかっ!」

男「…おう」

妹「ばかばかばか! あほあほあほぉー!」

男「…そりゃすまん」


パチパチパチ

男「うぇ?」

姉「……」パチパチパチ

男「何やってんの?」

姉「ウチは今、凄く感動しています。感動に痺れておりますのよ」

男「そ、そうですか」

妹「…お兄ちゃん」

男「ん? どうした?」

妹「私、それでも頑張るから」

男「おい頑張るって…」

妹「私は妹だけど、妹だから……お兄ちゃんの側に要られる」

妹「──お兄ちゃんに【妹】って呼ばれるんだよ?」

男「そりゃそうだ」

妹「だから、頑張るの。それが私の生きがいだから、生き方だから」

男「…」

妹「そうやって生きなきゃ私は私で居ることが出来ないから、だから、だから」

妹「──私のことを忘れないでね、お兄ちゃん」

男「…あったりまえだ」

妹「うんっ!」

姉「そーれっ」ぎゅううううううう

男&妹「うわぁっ!!」

姉「二人をまとめてだっこだー! んふふー!」

男「ちょ、ちょっと姉ちゃん! やめろって…!」

妹「きゃー!」

姉「あははー!」

男「…ったく」

~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~
~~~~~
~~~
~~








その三日後、俺の【妹】は死んだ。



学校 屋上

後輩「それでそれで、結局のところ『お兄さんが妹ちゃんを殺したんですか?』」

男「どうでもいいこというなよ、後輩ちゃん」

後輩「これはこれは…なんて冷たい言い方なんでしょうか」

男「冷たくない」

後輩「冷たいですって。妹ちゃんを、いえいえ、私にとっては女ちゃんですが──」

後輩「──唯一の友達だったんですよ!」

男「…うむ」ズゴゴゴ

後輩「牛乳飲んでないで答えてくださいよ」ぐいっ

男「むぐっ」

後輩「どうなんです? 先輩さんは女ちゃんを殺したんですか?」

男「…殺してないってば」

後輩「嘘です! 嘘っぱちです!」

男「あのね後輩ちゃん。そんな殺した殺さないって、一般の高校生が使っていいことじゃないよ?」

後輩「え…?」

男「ん?」

後輩「先輩さん…一般高校生のつもりだったんですか…?」

男「待て。なんだその反応」

後輩「い、いえいえ…何てたって先輩さんですよ? あの、先輩さんですよ?」

男「あの、ってなんだ。俺を目の前にしてその言い方は酷いじゃないか」

後輩「……んーむ」

男「なんだってば。まだ俺に質問あるの?」

後輩「…先輩さん、もしかして私…なんかやっちゃいました?」

男「……」プイ

後輩「どーしてそっぽ向くですぅ!? めちゃくちゃ不安MAXですぅよこっちは!?」

男「…大丈夫、後輩ちゃんは間接的だから、うん」

後輩「間接的ぃ!? こ、こわっ! 直接よりもなお怖いですぅ!」

男「別段気にする必要ないと思うよ。だって、アイツは───」


妹は勝手に死んだだけだ。
それは多分、間違いじゃない。どうでもいいけど。


男「──そんなこと気にするやつじゃないし」

後輩「な、なんてことを言う人です…」

男「おう。それが君の彼氏なのだよ、あっはっはっは」

後輩「むぅー」

男「…おっと。そういえば良い忘れてたよ、これ」

後輩「?」

男「ありがと。助かったよ、植物図鑑」

後輩「あーそんなの貸してましたね、そういえば」

男「これって自分のじゃないの? 部活のやつ?」

後輩「はい。私の勤めてる部活のやつですよー、あ、ヤバ! そういえば部長に言うの忘れてましたです!」

男「無断だったのか…怒られないといいね」

後輩「…まー怒られないでしょうね」ゴソゴソ

男「ん? なんで?」

後輩「だって今は、ほら、部活中は傷心中……といいますか」

男「あー…妹か」

後輩「ハイです。私と女ちゃんは仲がいいって、部員全員に思われてますし」

後輩「そう簡単に怒ったりはしないです。あーまいっちゃうなぁー」

男「なんで? いいじゃん得したじゃん」

後輩「…よくおいそれと吐けますね、そんなセリフを」

男「…後輩ちゃん、まさかまだ疑ってる?」

後輩「モチのロンです。完全BLACKです」

男「だーかーらー……どうでもいい事言うなって、後輩ちゃん」

男「俺は───」


あの愛しい妹、あの誰よりも美しいと思える存在。


男「──後輩ちゃん的に言えば【女ちゃん】を」


弁当を作るのも上手くて。
俺の好みを凄くわかっていて、何度だって頼んで食べさせもらいたい。


男「俺はやってないよ?」


だけど俺が殺した。


男「俺は無実だ、なんら証拠もない。もしあるんなら今頃刑務所の中だって」


妹を亡き者した。自分の視界から消し去り、居ないものとさせた。
本当に本当に、どうでもいいことだけど

男「だから安心してね。後輩ちゃん」

後輩「…そうです?」

男「そうとも。俺は犯人じゃない、ホントーだぜ!」

後輩「…じゃあ信用、するです」コクリ

男「ああ、めっちゃ信用してくれ」

後輩「……」コク

男「なんならキスしてもいいよ?」

後輩「えっ!」パァァア

男「嘘だけど」

後輩「なぜ嘘ついたですぅ!?」

男「まだ俺らには早いって、うんうん」ズゴゴ

後輩「そういって何時までたってもしてくれないじゃないですかぁーっ!?」

男「あっはっはっは」

今日はこのへんで

明日に続きを書きます。

ではではノシ

男「さて、今日はどうしようか後輩ちゃん」

後輩「ぐぬぬ。じゃーもうこのまま、授業なんてほっぽり出してイチャイチャしましょうです」

男「なにその、後輩ちゃんの外見からではらしからぬ提案…なんかドキドキする!」

後輩「えへへ。てーいうか、わたし的には冗談だったんです。まさか先輩さんが乗り気だなんて…軽蔑します」

男「冷た! というか俺の提案じゃないけども!?」

後輩「私的には『いや駄目だよ後輩ちゃん。そして後輩ちゃん大好きぃ!』ってな展開を望んでましたです!」

男「え? なんでそんな当たり前の事言わなくちゃいけないんだよ……」

後輩「にゃっ!」ピクン

男「ん?」

後輩「じゃ、じゃあ…その…言ってくれるんです? 今言ってほしいと言ったら、先輩さんは…?」

男「うん。当たり前じゃあないか、後輩ちゃんが望めば何時だって、何度だって言ってあげるよ」

後輩「本当です!? 言ってみてください!」

男「いや、駄目だよ後輩ちゃん」

後輩「絶対そっちだと思ってたですぅ────!!!」

男(本当に面白い子だなぁ)

後輩「はぁ…はぁ…もういいです、先輩さんなんて知りませんっ」

男「そんな彼氏さんを恨むのだ。さて、後輩ちゃんはこれから授業かな?」

後輩「ええ、そうですよって。先輩さん? まさかサボる気じゃあないですよね?」

男「……」すっ

後輩「何、そっと視線を外してるんです。もう! もうもうもう! そうやっていっつも自由だから!」

男「あははーいいじゃないか、誰も俺なんて気にしないって」

後輩「…私が気にするんですっ」

男「え? こんな男が彼氏なのかって? …まさか世間体を気にする後輩ちゃんなの?」

後輩「私はこれでも【普通】な娘って認知されてるんです!」

男「普通かぁ。確かに後輩ちゃんは『どっからどうみても、普通』だよね」すっ

後輩「……」びくっ

男「この髪の色とか。この整った眉とか、制服のスカートの長さ…靴下の色とかも」ナデナデ

男「──どこからどう見ても、普通だよ」

後輩「……」

男「どうしたの? 普通の後輩ちゃん、俺って今滅茶苦茶セクハラっぽいことしてるけど?」

後輩「…先輩さんは」

男「なんだいなんだい」

後輩「そうやって、いつも他人を観察し切るんです?」

男「うん、そうだよ。だからこそ、こうやって後輩ちゃんと付き合ってる」

男「君がどういった人間で、どういった性格で、どういった想いを抱えているのか───」

男「──それを知ったからこそ、俺は君の告白を受けた。そして彼氏になったんだ」

後輩「…嫌な先輩さんです」

男「心外だね。嬉しいって思ってほしいよ」

後輩「じゃあ何時、キスしてくれるんですか。彼氏と彼女なんですよ?」

後輩「こんなにも私のことを知ってくれているのに、なのに、手をにぎる事もしてくれないじゃないですか」

男「それはまた別問題…おっと」

キーンコーンカーンコーン

男「昼休みもおしまいだ。さてさて、後輩ちゃん。今日は一緒に帰ろうか?」

後輩「……。先輩さんは放課後にはかえってくるです?」

男「もちろん。可愛い彼女を置き去りに帰宅したりはしないよ。帰りにアイスクリームでも食べよう」ポンポン

後輩「…」コクリ

~~海岸・砂浜~~

男「よいしょっと」ざくざく

男(…このへんの砂浜。歩きにくいなぁ、革靴なら尚更か、靴の中に砂が入って気持ち悪い)

男「ふぅ、周りも殺風景だ。なんか錆びついた家々が立ち並んでるけど……やってるのかな、あれって」

男「………」


ザッザッ


男「…このへんかな」

男(学校からそう遠くない場所。歩いて数分、自転車だともっと早い──)

男(寂れた海水浴場。まぁこの季節なら尚更か、人なんて全然居ない)

男「こんな場所で…こんな寂しい場所で…」


俺の妹は死んでいた。


男「うん。多分、俺の足元らへんかな」

砂浜と波打ち際。
その境目で、妹の死体は転がっていた。


男「その姿はまるで──」


美しい人魚が顔を出しているように見えた、と。


男「──なんてまぁロマンチックな言い方だろうか、見かけによらないなぁ」


第一発見者は犬の散歩をしていた近所のおっさんだった。
朝方、六時、日の出もまだ住んでない時間にて。

飼い犬が恐ろしく吠え、何事かとおっさんが近寄ってみれば。


男「俺の妹が死んでいた。髪を波に漂わせ、肌は真っ白に染まり上がって」

男「──ここに転がっていた」

ザク!

男「…ふふ」

俺も見たかった。
そのように完成された『死体』というものを、俺もみたかった。

男「なんでだろうか。何時だって見ることは出来ただろうに…」

望めば『俺は何時だって妹を[ピーーー]ことは出来た』。
それほどまで近い存在だったのだ。チャンスは捨てるぐらいにあった。

けれど、今までそれをしなかった。
だって勿体無いから。そうまでして得るものに、なんら価値が無いと思えていたから。

しかし、今は違う。
そうじゃなくなってしまっている。


妹はもう殺したのだ。
殺して己の視界から消してしまったのだ。


男「…頑張らないとなぁ」


この現実を直視しなければならない。
うやむやにしてはいけないのだ。そうじゃなければ、俺は──妹のことを忘れてしまう。


男「ちゃんとしなきゃな。ちゃんと、じゃなきゃ妹に申し訳ない」


自分が殺してしまった妹。
きちんと責任をもってやりきろう。全てを謎にしたまま、全てを解決できないままに。


俺はこの事件を、隠しきる。

まぁ結局のところ、妹の死なんて。
後輩ちゃん的に言わせれば、周り一般的に言わせれば。

女ちゃんの事件なんて、それはもう手がかりとしてはさほど、

──どうでもいいのだけれど。


男「さて、帰ろっと。なんか残った証拠も無さそうだし」

男(まぁ警察とかが調べ尽くしているだろうしな。残ってるはずがないけども)

男「んぐぐ! っはぁ~……なんかおなかへったなぁ、ん?」

『蕎麦屋』

男「……。こんなところに定食屋あったんだ、ふーん」

男「これはどうでも、よくないなぁ」

ガララ

店員「いらっしゃいませー」

男「……」キョロキョロ

男「ん…」ストン

男「なに頼もっかなー」ペラリ


「──何を華麗にスルーを決め込んでいるのかな、君は」

男「……」ペラリ

「コラ。聞いてるのかい」

男「あ。このざる蕎麦なんて美味しそうだなぁ」

「お、おい。無視を決め込むな! ちゃんと聞きなさい!」

男「すみませーん! このざる蕎麦を一つお願いしまーす!」


「いいから聞けってばぁ───!!!!!!」


男「うぐっ」キーン

「はぁっ…はぁっ……」

男「……なんですか、一体」

「君が無視するから悪いんだろう!? ワタシは悪くない!」

男「だからって大声をあげないでください。常識ない人ですね、本当に」

「じゃあ君が無視をしなければよかっただろう! だったらワタシも大きな声なんて…!」

男「はぁ~……なんなんですか、もう」

男「副生徒会長さん…」

副会長「おお! やっとワタシを認識してくれたな、うむむ」ふぃー

男「……」じっ

副会長「ふむふむ。よし! これで高まりかけていた動機も鎮まり、平常心が舞い戻ったようだ」ごしごし

男「そうですか。じゃあその調子で腰掛けていた席に舞い戻ってください」

副会長「それは無理だよ」

男「無理じゃないです。副生徒会長さんなら出来ます」

副会長「そんな冷たいこというなよーワタシと君の仲じゃないかー」

男(っ…どうでもいいほどに、うざったい…! この女性!)

副会長「うむむ。君ってば面白いぐらいにワタシのことを嫌っているなぁ、いやほんっと」

男「……嫌ってませんよ、別に」

どうでもよく思ってるだけです。

副会長「うふふー嘘つけーこの不良生徒めぇーえへへー」グリグリ

男「……」

副会長「よいしょっと」ガタリ

男「いや、待ってください。本当に待ってください、なにナチュラルに隣りに座ってるんですか?」

副会長「ん」

副会長「何を恥ずかしがってるんだい? 君とワタシの仲じゃあないか、そんな態度だと…ワタシまで恥ずかしくなってくるだろう」

男「あっはっはっは」

何言ってんだコイツ。

副会長「うむむ? なんだい君ってば、ちょっと苛ついてるだろう? お腹でも空いてるのかな」

男「…まぁ空いてますけど」

副会長「なるほどなぁ。実はワタシも同じ穴のムジナなんだ」

男「そうなんですか」

副会長「ワッハッハ! 実は副会長なんぞ肩書を背負っているが、君と同じく不良生徒さんなのだ!」

副会長「え? でもそれってどうなの? 規律ある生徒役員さんが授業をサボって外食? わぁー! それは大変だぁー!」

男「………」

副会長「……」チラリ

男「…なんですか?」

副会長「なんて王道的な突っ込みを、優しく尊く、年上として年配者として君に提示させてあげたんだけども?」

男「どうでもいいので…」

副会長「そんなわけがないだろう! なぁ? そうだろう!」

男「……はぁ~」

副会長「んふふ」

男「別に、副会長さんは不良でも俺と同じ穴のムジナでも無いでしょう。どうでもいい程に」

副会長「どうしてそう思う?」

男「──今の時間は、五時間目の半ばです」くいっ

副会長「ふむ。そうだな、君の腕時計にはそう示しているな」

男「これだけで説明つきますよね、俺が言わなくても」

副会長「わからんぞ。まったく、わからん」

男「……。貴女の指先に絵の具ついてますよ、赤色の絵の具が」

副会長「おっ?」チラリ

男「さっき副課長さんがオデコを」

なんともまぁわざとらしく

男「…拭いていた時に見つけました」

副会長「ほうほう。それでなんだって言うのかな?」

副会長「──もしかして、ワタシが課外学習で『写生授業』をやっていたとでも?」

男「ええ、まぁ」

副会長「うむむ。だが違うのだよ君、これは四時間目の美術の授業で汚れたものなのだ」

副会長「それでは君の推理は間違ったことになる。さて、どうする?」

男「…四時間目と五時間目。その間に何があると思いますか」

副会長「昼休みだ」

男「副会長さん。お弁当食べる前に、手を洗いませんか」

副会長「おお! もちろん洗うとも!」

男「じゃあ四時間目の汚れはありえませんよね」

副会長「なるほどなぁ。ワタシの習慣を逆手とっての反論か、すばらしいじゃないか」

男「ありがとうございます」

副会長「しかし、だ」ニヤリ

男「…?」

副会長「君が言ってくれたように、ワタシは確かに食事の前に手を洗う。だがな、今はどうなんだ?」

副会長「なぜ食事を行う場所で、ワタシは手が汚れていたのだろうか? 食べようとしている直前なのに、だ」

男「……」

副会長「なぜ手を洗うことを怠っているのだろうか、すると、それでは君に推理は破綻していることになる」

男「…さっき手を洗うことは納得していたようですが?」

副会長「ああ、納得したとも。けれど、食べていた場合に限ってだろう?」

男「……」

副会長「実は今日の昼休み。生徒会の仕事が忙しく、昼食を省いたのだ。なんともまぁ、おなかがすくもので」

副会長「──このように、授業をサボって食事を行っているということなんだよ!」

男「…はぁ」

副会長「うむむ。どうしたかねキミぃ?」ワクワク

男「じゃあハッキリ言いますけど、副会長。貴女は別にここにいる理由が、食べに来たわけじゃないでしょう」

副会長「ほぅ」

男「貴女がここにいる理由。それは──この店の中で写生の授業をしていた」

副会長「……!」

男「食べに来たわけじゃない。だから手を洗う必要もなく、授業をサボっているわけでもない」

副会長「根拠はどこにある?」

男「看板です」

副会長「ほお! 看板だと!」

男「…俺がこの海岸へ来た時、周りは殺風景だと思ってました」

男「寂れた家々が立ち並んでるだけだって、けれど、帰るときにはあったんです」

男「──蕎麦屋という看板が。来るときには見えなかったのに」

副会長「うむ?」

男「つまりは、外されていた。自分が来るときには何かしらの理由で──店を営業してなかった」

副会長「……」コクリ

男「その理由として、貴女が頼んだ。授業を行うので、数十分だけ外してもらえないかと」

男「──この店の中で写生授業をしたいから、と」

副会長「………」

男「これが貴女がここにいる理由。そして授業もさぼってなく、食事もしてない理由です」

副会長「………」

男「ご期待に添えましたか」

本当に、どうでもいいことだった。

副会長「うん、うんうんうん! ブラボー! すっばらしい! 全て正解だ!」

男「…そうですか」

副会長「やはりワタシが見込んだ男だ! うむむ、あっぱれなり!」

今日はこれにて。
続きは明日に!

ではではノシ

男「そうですかぁ…それはそれは…」

副会長「うむむ。思うにちっとばかし簡単すぎちゃった?」テレテレ

男「まぁ良かった方じゃないですか、多分」

副会長「そうか! そう言ってくれるか、ありがたいよ後輩くん」ニカッ!

男「……………………」

副会長「ところで話は変わるが、後輩君。なぜ君はここにいるのかな?」

男「ご飯を食べに来ました」

副会長「見れば分かることは聞かないさ」

男「……」

副会長「ワタシが言っているのは『学校をサボってまでここに居る理由』なのだよ」

男「そうですね、えっと…」

副会長「おおっと。言い訳をしようとするんじゃあない、分かりやすい間のとり方をするなんて君らしくもないなぁ」

男「はぁ、そう見えましたか。そういば以前、妹にも同じようなことを言われましたよ」

副会長「……は? 妹?」

男「ええ、妹です」

副会長「………」ピクッ

男「どうかしましたか?」

副会長「…いや、君程の妹ならば。たとえ君相手でも臆することもなく言い放ちそうだと予想するな」

男「それはもう出来た妹でしたから」

副会長「君が言うならそうなのだろう。あっはっは、なるほどなぁ───」

副会長「──だから君はここに居るのか」

男「………」

副会長「いや、なに。そうじゃあないのかな?」

男「だとして」

副会長「うむむ?」

男「それが『副会長』さんに何が関係あるんでしょうか。俺にはちっともわかりません」

副会長「…嫌な言い方をするもんだ」

男「ええ、まぁ、それが俺なんです」

副会長「知っているとも。君との付き合いは誰よりも長いと自負しているからなぁ」

男「…変な意味を含ませるような言い方やめてもらえませんか」

副会長「事実だろうに。君にとっては──そうじゃあ無いのかもしれないがな」

そうですね、どうでもいいほどに。

副会長「はてさて、そんな意地悪な君に、ちょいと副会長さんとしてお返しをしておこうと思うぞ」

男「お返し?」

副会長「そうとも。ワタシこと副生徒会長は───」


副会長「──君が犯人じゃないかと疑っている」


男「へぇー」

副会長「そしてもう一つ言わせてもらおう。この事件の犯人をワタシは見つけようとも考えている」

男「ほーぉ」

副会長「うむ。面白い反応だな、今までそんな君を見たことがないぞ?」

男「……。じゃあやめます」

副会長「くっくっく。なんだいどうした? 恐れているのか? このワタシを?」

男「…副会長さんって、詳しいほどに妹のこと知っているんですか」

副会長「いいや、知らないよ。君の妹なんてね」

男「じゃあ聞き方を変えます。妹じゃなくて、女としては知っているんですか」

副会長「もちろん。彼女ほどの逸材をワタシが放っておくわけがない」

男「逸材?」

副会長「生徒会役員として誘ったのだ。ワタシの『目』は正直すぎるほどに人を看破するからな」

副会長「…まぁその時は体よく断られてしまったが。今となっては強引にでも入れておけばと後悔しているよ」

男「そうだったんですか」

副会長「知らなかったのか? 君の妹だというのに?」

男「ええ、知りませんでした」

別にどうでもいいことだったから。

副会長「ほぅ! それは不思議だな、君の妹だというのに。血の繋がった同じ家族だというのに!」

男「家族だからって全てを話し合うワケじゃないでしょう」

副会長「確かにそうだ。ワタシにも妹は居るが、洗いざらい全てを打ち明けるような仲じゃあないな」

副会長「…さて、そろそろ誤魔化しもやめたらどうだ。後輩くん」

男「どういう意味ですか? よくわかりません、僕には」

副会長「なにやら焦っているように見えるのだがな?」

男「焦っている? ああ、そうですねさっきから『ざるそばまだなかーまだかなー』なんて思ってます」

副会長「このタイミングで面白いことを言うのだな。もしかして、ワタシと出会ったしまったことに後悔しているのかな?」

男「…………副会長さん」

副会長「うむむ?」

男「一つだけ言わせてください」

副会長「良いとも。一体なんだ?」

男「俺って重度のシスコンなんです」

副会長「…うむ?」

男「シスコン。わかりますか?」

副会長「ん? えっ? あ、うん。分かるって言えばわかるけど……」

男「はい。だから俺って妹のこと大好きすぎてマジやばいんです」

副会長「や、やば?」

男「「例えばですけど、俺の妹が夜中に僕の部屋に訪れて、」

男「『お兄ちゃん。勉強教えてくれない?』なんてドアを半分開けながら言って来ようものならベッドに押し倒します」

副会長「犯罪だなそれは!」

男「おや、早とちりしないでください生徒副会長。俺は押し倒した後は、
  きちんとベットの上で妹に勉強を教えるつもりなんですから。ベッドの上で勉強を、ね」

副会長「あえて言わせてもらうが、なぜベッドの上でを強調するんだ!?」

男「だからただの勉強ですって。副会長さんが考えているようなやらしい、エッチなことじゃありません」

副会長「お、おおっ…?」

男「なのでそんなやらしい事を考えちゃう副会長さんのことを、俺は誰にも言わないので安心してくださいね」

副会長「…ど、どうも? ありがとう?」

男「いえいえお礼なんて。あ、そういえば副会長さんの妹さんって──俺の妹と同じクラスですよね?」

副会長「そ、そうだな…確かそうだったと思うが?」

男「じゃあ頼まれごとをしたいんですが、
 俺の妹と副会長の妹さんとのツーショットの写真とかあったらください。僕の口が硬いうちに」

副会長「脅してるよな! それって脅してるよな!?」

男「そんなワケないでしょう。心外です」

副会長「ワタシの方こそ心外だよ! 信用したらすぐに裏切られてるからな!」

男「しょうがないですね。わーわーと反論するんだったら、俺にだって考えがありますよ」

副会長「な、なんだっ?」

男「俺ら妹のツーショット写真、俺の妹の方だけ切り取ってからくだされば許します」

副会長「最初からそっち狙いだったろキミィ──!!!」

男「……ずずっ」

副会長「はぁっ…はぁっ…な、何を考えているんだ君は…っ!」

男「だから、大好きなんですよ」コトリ

副会長「えっ?」

男「俺は妹のことを大好きなんです。だから、こうやって妹の──」

妹の死体が転がっていた場所を見に来た。

男「──女ちゃんが倒れていた場所を、見ておきたかった」

大好きだから、愛しているから、心から存分に溺愛していたから。
だから結局、俺は妹を殺した。それに見合ったものを得た。

愛するほどに、妹がどうでもよくなった。
大好きだと思うほどに、妹がどうでもよくなった。

男「それが俺がここに居る理由です。別にご飯を食べたくて授業をサボったわけじゃありません」

そして最後に俺が行き着いたのは──妹を[ピーーー]、ということ。

男「俺だって悲しんでいるんです。なんで、なんでこんなことになったのかって……」

そうすればもはやどうでも良くはならない。
ずっとそのまま、妹は妹のままだ。愛することにどうでも良くはならない。

大好きだって伝えたい気持ちを、どうでもよく思えたりはしない。



──永遠に『女』は『妹』のままなのだ。



男「……悔しい気持ちで、いっぱいなんです」

副会長「後輩君……」

男「…信じてもらえなくてもいいです、けれど、これだけは貴女に伝えたかった」

副会長「うむむ。そうか、君にもそういった一面があるのだな……」

男「……」

副会長「…てっきりワタシは、君が愛ゆえにうまくいかない現状に」

副会長「気が触れて、思いもよらず、手を出してしまったのかと疑っていたよ……」

男「…………ズズズッ」

副会長「しかしなぁ、それでもワタシは君を疑い続けるぞ。多分だがな」

男「…そうですか」コトリ

副会長「君はね、まるで息を吸って吐くように犯罪に手を染めそうな雰囲気を持っているんだ」

副会長「そして己自身も間違ってないと思っている。だから、そう、ワタシ的に言わせてもらえば──」

副会長「──君が犯人だったらいいな、と思ってしまっているのだ」

男「……」

副会長「深い意味は無い、思いたい。だがしかし、この件でワタシはやっと……君という人間に触れられたと思えた」

副会長「長年の付き合いの中で、今やっと、君の世界に入れる気がするんだ」

男「………」

副会長「……。さすがだな、どうしてここまで『どうでもいい』と思える表情を浮かべられるんだろうなぁ」

男「俺には副会長さんが言ってることがわからなくて」

副会長「うむむ。そうか、そうなのであればそうなのだろう。…さて最後に一つ言っておこう」

男「なんですか」

副会長「『女』だ」

男「…それが?」

副会長「ワタシが彼女を、生徒役員に誘うためにある程度調べあげたのだが───」

副会長「──君と彼女が、『兄妹だとはわからなかったぞ』?」

男「……」

副会長「言わずもがな、それは学校での話だ。それでも十分、証拠として十分だろう」

副会長「苗字、人間関係、教師の認識……その他もろもろ。ワタシは君たちが兄妹だとわからなかった」

男「おかしいですね」

副会長「ああ。おかしいな、何より何が一番おかしいか──それは、『ワタシが知らなかったことだ』」


副会長「『ワタシという存在が、君と女くんが兄妹だということを』」

副会長「『この瞬間。この君との会話で、君から打ち明けられるまで知らなかったという事実』」


副会長「──ワタシは絶対に忘れないだろうな、後輩君」

今日はここまで
続きは明日に

ではではノシ

男「……。なんだか副会長さんが言うことは難しくて俺にはちょっと」

副会長「うむむ。大して難しいことでもないのだがなぁ、特にややっこしいことを言っているわけでもない」

男「はぁ」

副会長「事の真相は単純だとワタシは思っている。ただ──君という人間がいることによって」

副会長「この事件はややっこしくなりそうだ、いや、本当に」

男「……」

副会長「すまんな。長話をさせてしまって」

男「いえ、なかなか面白い話を聞けたので」

副会長「はっはっは。はっ倒すぞ」

男(──まぁ副会長さんが言わんとすることもわかる)

妹が死んだこと。
それ自体を『解き明かす』のであれば、どうでもいいぐらいに、簡単に違いない。

男(させるわけないけども)

事件自体は俺的にはどうでもいいとして。
けれど解き明かさえる先に待つ、俺が殺したという事実にはバレてはダメだ。

男「ふぅ…」

どうでもいいほどにあたりまえだけど。

副会長「さて、話は変わるが後輩君。食べないのか?」

男「はい?」

副会長「ざる蕎麦だよ。だいぶ前から来ているけれども、一向に手を付けないようだが」

男「…ああ、気づきませんでした」

副会長「気付かなかったって、君。さっき店員さんと応答していたじゃあないか」

男「そうでしたか? まぁいいじゃないですか」

どうでもいいことだから。

男「いただきます」パチリ

男「ズルル…」

男「おお、普通に美味い」

副会長「ふむ」パチリ

男「…ズルル」

副会長「どれどれ」すっ

男「待ってください。何やってんるんですか」

副会長「え? いただこうかなって…」

男「いやいや、何突然アグレッシブに貰おうとするんですか。おかしいでしょう」

副会長「まぁそんな意地を張るなって。なぁ?」すっ

男「張ってません。むしろ食い意地を張ってるのは貴女でしょうに」

副会長「女は意地を張ってなんぼだと、ワタシの母親は言っていた」

男「………。他の家庭の常識を押し付けないでください」

副会長「さては恥ずかしいのかな?」

男「ズボボボボボボ!!」

副会長「あーっ!?」

男「もっちゃもっちゃ…」

副会長「ああ…ワタシも食べたかったのに…お、君の頬にネギがついてる」

ひょい ぱく

副会長「うん。これはワタシがいただこう」

男「…あの、貴女って人には恥も外聞もないんですか」

副会長「とうに捨てたな」

男(なんて人だ)


「えぇえええええーっ!? な、なんですかこの光景ーぃ!!」

副会長「んおおっ!?」

男「……」チラリ

「ふ、ふく、ふくちゃんが……年下の子とイチャイチャしてるぅー! あーんなんてしてるぅー!!」

男「…ふぅ」

やっときたか。予め店内を見渡した時に、
椅子が2つ引かれていた状態だったのを俺はどうでもよく思い返す。

男「この人は?」

副会長「お、おお? ああ…ワタシの友人だよ、長いトイレだったな」

「ちょ、トイレとか言わない! 乙女だようちは! ふくちゃんおとめちゃんなんだよ!」

男(…うるさい)

副会長「それはすまない。あと、この子とは別にイチャイチャしてたわけじゃないぞ」

「またまたー! そうやってすぐに嘘つくよねぇ!」スタスタ

男「…」

チラリと、顔を確認する。あと服装も。
ああやっぱりかと、どうでもよくなりつつ認識した。

男「園芸部長さんですか?」

副会長「おっ?」

「ほぇ? ん、んー? ごめんね、君って──」

部長「──うちと会ったとこあるのかぇ?」

男「すみません。不躾に、けれど会ったことありませんよ」

部室「だっよね! …あれ? でもなんでわかっちゃったの?」

副会長「実にワタシも気になるな、聞かせてくれたまえ」

男「いや、特に…ただ部長さんが制服の上から羽織ってるジャージを見て、そうじゃないかなって」

副会長「ほう。見たところ…少し汚れ気味だとも言える」

部長「ちょっと! うちは乙女! そう言わないで!」

副会長「しかし、なぜ園芸部だと思ったのだ? 運動部の可能性もありえるだろうに」

男「確かに。けれど…腹部あたりが異様に擦り切れているじゃないですか」

男「一箇所だけが異様に使い込まれたフシが伺える。ということは」

副会長「なるほどなぁ。するとなんだ、大きなモノを運ぶ部活だと」

男「はい。袖口もささくれが目立ちますし、マネージャーとういう線もありえますけど」

副会長「やらしい君のことだ。彼女の発達した脹脛を見て違うと思ったのだろう?」

男「…変な言い方やめてください。違います、履いているシューズに土汚れがあるなと思っただけです」

副会長「うむむ。するとさっきのことも含め、運動部ではないと」

男「そうですね。乾燥した土汚れにしては色がはっきりしている、グラウンドの土ではなく」

副会長「水分の過多の腐葉土と思ったわけだな」

男「ええ、まぁ。指先の肌の粗さをみても分かる通り」

副会長「運動でもなく、文化部でもなく、マネージャーでもなく」

男「年上という線から『園芸部長』だと判断しました」

どうでもいいほどな、証明終了。

副会長「うむむ。良いじゃないか」

男「…何が良いんですか?」

部長「ねぇねぇ」ずいっ

男「うわっ! …えっとなんですか?」

部長「もうキッスはしてるのっ?」

男「はい?」

部長「ちょーラブラブじゃーん!! きゃー!! もうふくちゃんってば隅に置けないなぁーもぉー!」

副会長「だから違うと言ってるだろう、変な勘違いをするな」

部長「えー? でもでも、そんなに楽しそうなフクちゃん見るの初めてだよっ?」ガタ

副会長「え? そう?」

部長「うんうん。マジでぞっこんラブのイケイケフォーメーションじゃない!?」

副会長「い、イケイケ?」

部長「はぇーもうヤバイって!」

副会長「ほ、ほお……なるほどな! イケイケフォーメーション!」

部長「イケイケフォーメーション!」

男「…あの、帰ってもいいですか?」

部長「駄目だよ! だめだめ! もっと聞かせくれないと! イケイケフォーメーションを!」

男「お会計お願いしまーす」

部長「ぬぁあっ! つ、冷たい! こりゃー凄い子だよふくちゃん!」

副会長「そういった子なんだ。察してやってくれ、ズズ…」

部長「なんていう余裕感…あれですか!? 嫁は焦らないとかそんなんですか!?」

男「もう俺は帰りますんで。副会長さん」ガタリ

副会長「うむむ。そうか、では近いうちにまた会うだろう、その時に」

男「俺的にはそうじゃないほうが嬉しいですけどね」

副会長「くっく。じゃあ──ワタシの母親によろしく、と言っておくよ」

男「…わかりました。それじゃあ」

部長「えー本当に帰っちゃうのー」

男「すみません。これでも学校サボってる不良生徒なので」

部長「あはは。確かにそーだ」

男「…」

部長「ん?どったの?」

男「…女のことですけど」

部長「! えっと、キミは…知り合い?」

副会長「……」

男「…まぁそんな感じです」

部長「そっか……うん、けれど落ち込んでたってしかたないよ」

男「強いんですね」

部長「そうでもないよ? うちの部活内だって、ものすごーく活気が下がっちゃったしさ」

副会長「誰だってそういうものだろう。それほどまで酷い事件なんだ」

部長「…いち早く、犯人みつかるようにって思ってるよ」

男「……」

少しだけどうでもよく思えてきた。
この園芸部長という人間を。

男「…そうですね、俺もそう思います」

どうでもいい、どうでもよくない。
この違いは──……天と地ぐらいに大きい。

男「良いのが描けるといいですね」

部長「ふぇ?」

男「絵。頑張ってください」

部長「あ。うん」

男「では、また」

ガラリ ピシャ

部長「…なんだか不思議な子だったね」

副会長「うむ。また、か」

部長「?」

副会長「…なんでもないさ」



男「………」prrr

『──もしもし、先輩さんです?』

男「どうも後輩ちゃん。今は大丈夫?」

『平気ですです。ちょうど五時間目も終わったところですし、それで? 今はどこにいるです?』

男「今は海」

『……』

男「妹の死体が会ったところを見に行ってたよ」

『先輩さん』

男「どうした?」

『……いえ、なんでもないです。私が言えることは何もないですし』

男「別にそんなことないと思うけど」

『え?』

男「部長さん。園芸部長さんにさっき、会ったよ」

『部長に…? どうして、しかも、海でって……ことです?』

男「そうみたいなんだ。どうやら写生授業で着てたみたいでさ」

今日はここまでです
続きは明日に ノシ

『写生授業? …ああ、確かにそんなことを言ってた気がするです』

男「うん。でもさ、どういう気分なんだろう」

『なにがです?』

男「だって仲の良かった部員の子が死んじゃった場所じゃないか」

そんなところで、そんな場所で。

男「よく絵を描こうって気になるなぁって」

『ああ…そういうことですか、多分、こうじゃあないですか?』

『──部長さんも犯人を探してる、みたいなですよ』

男「……」

しばし部長さんの姿と性格を思い返す。

男「そんな人なの?」

『人は見かけによらないってことです。
 先輩さんは人を見た目ですぐに判断しちゃうからわからないでしょうけども』

ぐうねも出ない。どうでもいいけど。

男「だってほら、初対面の人は見た目で九割決まるって言うじゃないか」

『先輩さんは十割です。むしろ十全ですよね』

男「なるほど」

『納得しないでくださいです』

男「まぁそんな話は置いといて。さてさて、後輩ちゃん」

『…なんです?』

男「放課後待ってるぜ」

『はいですぅ』

男「タラちゃんのモノマネうめぇ!」

『くふふ。これで後輩ちゃんモノマネレパートリーが増えましたですっ』

男(あと幾つあるんだろう…)

『じゃあじゃあ先輩さん? きちんと時間どうりに、校門前で待っててくださいですよ』

男「わかった。それじゃあ、また」

男「…ふぅ」

何だか大変なことになりそうだと、どうでもいいことながら思う。
己の周りには事件を暴こうとする人間がいっぱいすぎる。

男「まぁー頑張って隠蔽工作しますかー」

まぁ簡単に見破られることは、俺が、させないけども。
どうでもいいことに。



妹が死んでから良く妹の夢を見るようになった。


妹『はい。お兄ちゃんの大好きな牛乳だよ~』

男『わーい! ありがとゴボガボガハァ!!!』


楽しくて頬がにやけてしまいそうになるぐらいに、大切な日々。


妹『これから楽しいピクニックだよ! お兄ちゃん!』

男『わーい! 楽しみだなぁ、あれ? 俺の靴どこ…?』


しかしもう、手放してしまった幸せだ。


何度願っても元には戻せない。
全ては現実なのだ。全ては本当のことなのだ。

どうでもいいけど、仕方ないことなのだ。


男「……」


遠い残響の様に耳奥で響く妹の声。
それは幻聴で偽物だ。

どうでもよくて、どうでもよくない。


男「…本当に仕方ないことなんだよなぁ」ギシッ

男「今何時…ああ、夜の四時とか…」

男(喉が渇いたな。水でも飲むか)

ガチャ スタスタ

男「……ん」

コップを手にしたところで、ふと、視界に入ったもの。

男「…弁当箱」

男「これって、ああ、そうか……最後に妹が作ってくれた奴か」

どうでもいいことなのに、あえて、どうでも良くない風に思う。
なんら意味は無いけども。

男「未だに開けてないんだよな。妹が死んでから、殺してから」

男「…もう中身腐っちゃってるだろ、コレ」

男「………」

捨ててしまおうか、なんて、考えてみるものの。

男「…まだとっておくか」

それがなんの躊躇いなのかわからぬまま。
どうでもよく思いたいのに、思えないまま。

男「ごくごく…」

男「っぷはー! よし、寝よう」

どうでもよくない、どうでもよく思えない現実は。
回り始める。

~~学校・放課後・園芸部室~~

男「こんにちわー」ガラリ

部長「どぅわっはっ!?」ガタタタ!

男「あ。すみません、突然」

部長「ちょ、えええ!? あれ!? 君って、あれぇー!?」

男「憶えてますか? ほら、昨日海辺近くの蕎麦屋で…」

部長「知ってる知ってるよー! フクちゃんの彼氏!」

男「違いますから」

部長「来たよその冷たい突っ込み! じゃあ本当に昨日の子だー!」

どういう認識をされているんだろうか。

男「あはは。なんていうか、年上の人にこんな言い方だと失礼ですよね、すみません」

部長「およ? なはは、いいんよーいいんよー。べっつにウチは気にしないし」

部長「てーいうか、ささ! どうぞどうぞ! あがってくださいまし!」ススス


男「あ、いえ別に長居するつもりはないんで…」

部長「そーなの?」

男「はい。園芸部に所属してる…後輩ちゃんに用があって」

部長「後輩ちゃんとな?」キラリン

男「そうなんですよ。どこを探しても居なくって、もしかしたらここかなー…なんて」

部長「……」じぃー

男「思ったんです、けど、なんですかそんなに見つめて…?」

部長「ちょっち、お話きかせてもらってーもよかですかな?」

男(九州弁?)

部長「我が可愛い部員さんの、しかも後輩ちゃんの知り合い! しかも男子生徒!」

男「ええ、はい…?」

部長「…この」

男「この?」

部長「スケコマシたらしちゃんめが───ッッッ!!」ガオー

男「…………はい?」



部長「ウチは気になっていたのですよ。あの後輩ちゃんの変わり様をね!」

男「はぁ…」

部長「知ってるかい? あの娘ってば随分と前までは──」

とても素晴らしいほどにどうでもいい長話だったので、
右から左へと聞き流す。

部長「──だったのに! 今じゃーあんな感じなのよ! わっかる?」

男「そうだったんですか」

部長「そうだったんです!」

男「…えっと、それで?」

部長「だっかーら! その原因が、キミキミィ! キミにあるって思ってるんだ!」

男「なんで俺何ですか…」

部長「ぶっちゃけると、キミってば、後輩ちゃんの彼氏だろー!」

男「そうですけど」

部長「そうですけどキタ──!! イケイケフォーメーションだーい!」

男(…苦手だこの人)

部長「女って生き物はねぇ……うんうん、男一つで変わっちまうもんなんだぜぇ…」

男「………。そういうもんなんですか?」

部長「そうともさ! 好きな人の為に動きたい! …変わりたい、好みの人間になりたい」

部長「それを本気で! ほんっきで考えちまうのが女なのよ!」

男「はぁ…」

部長「だからキミ」ポン

部長「…よくやってくれたよ、あの後輩ちゃんを可愛くしてくれて、感謝してるよん!」

男「…怒られると思ってました、てっきり」

部長「怒ってるばぁ───いっ!!」ギリギリギリ

男「痛!」

部長「ふるしゅー!」

男「ちょ、力強…! 肩潰れる潰れる!」

部長「キミはとんだ女たらしさんだよ……後輩ちゃんとつきあってながら! 付き合ってながら!」

部長「──ふくちゃんも手篭めにして! さいてーだよそれって!」

ギリギリギリギリギリギギチギチギチギチギチギチギチギチ

男「ぐぉっ…ぬぉっ……!?」

部長「聞かせなさい、この部長さんに! 本命はどっちなんだい、こーち! ってな!」

男「ち、違いますって…! だか、だから! 勘違いです!」

部長「証拠は!」

男「しょ、証拠なんて…!」

部長「ないのっ?」

男「ッ…ない、です…!」

部長「なわけあるかーい! 絶対あるって! 後輩ちゃんならそういった証? みたいなこと好きそうだもん!」

男「そんなこと言われたって…!」

部長「頑固者さんだね…仕方ない、これは使いたくなかったけれど──」

部長「──ウチ直伝! イケイケフォーメーションナックルで…」

男「物騒過ぎる名前なんですけど…!?」


「──もうやめなよ、部長」


部長「っ!」

男「…っ…?」チラリ

「そういった心意気は凄いけれど、彼が困ってるって」

部長「ぶ、部員君…!」

部員「久しぶりに部活に出てみれば、なにしてるのさ」

部長「こ、これはその…えーっと…」

部員「ほら離して。大丈夫かい? 怪我はしてない?」

男「だ、大丈夫です」

部員「ごめんね。コイツってばいつもこんな感じなんだ、ほら、お前も謝れって」

部長「ううっ…だってぇ…」

部員「だってもくそもないだろ。今のはどうみたってお前が悪い、謝るんだ」

部長「……ごめん、たらしくん」

部員「たらし?」

男「な、なんでもないです! …別に怒ってもないんで、大丈夫です」

部員「そお? 良かったな許してもらえて、そんなんだといつか警察に捕まるぞ」

部長「……うう…」

男「…あの」

部員「うん? ああ、ごめん。僕のはここの部員だよ。君は…」

部長「…後輩ちゃんの彼氏さんだよ」

部員「へ? 彼氏? …へぇー部長が言ってたこと当たってたんだ」

部長「でしょでしょ! うっふふー!」

部員「調子に乗るな。お前は反省しとけ」コツン

部長「ふにゃ!」

男「……」

部員「じゃあなんだろ、後輩を探しに来てた感じ?」

男「え? ああ、はい……よくわかりましたね」

部員「まね。君が大事そうに胸ポケットに入れてる携帯電話」

男「!」

部員「入れ慣れてないだろ? 普段はかばんに入れっぱなし、違う?」

男「…そうですけど」

部員「だと思った。携帯の感触に居心地が悪そうだったからね」

男「…。わかるんですか?」

部員「うん。得意なんだ、そういうの」

部員「携帯に連絡が来るかどうか待っている。それに園芸部にも訪れてる」

部員「…あとは彼氏だって言うのなら、探しに来てるって」

部長「わぁー! すっごい! さすがだねー部員君!」

部員「だからお前は声が大きいって」

部長「あははー! ごめんごめん!」

男「……」

部員「とりあえず、もう少し待ってれば来ると思うけど」

男「え、本当ですか?」

部員「うん。さっき職員室で見かけたんだ、何か用事だったんじゃないかな」

部長「呼び出しー?」

部員「多分ね。あ、そうだ……その間にでも見学していってみる?」

男「見学? 園芸部をですか?」

部員「うん。どうかな? 興味ない?」

男「…実は少しだけあるんですよ、彼女の部活ですし」

部員「おお。いいね、乗り気だね」

部長「おー!」パチパチ

部員「…お前はノリで済ませようとするな、もう一回謝っとけ」ぐいっ

部長「ふぇぇ~…ごめんなしゃい…」

男「い、いえいえ! 大丈夫ですって!」



部員「各部員ごとに、好きな花を育ててるんだ」

男「へぇー…じゃあこれは?」

部長「ウチが育ててるアリッサムちゃんにーサルビアちゃん!」

男「おお…」

部員「こっちが僕のね。コスモスにカザニア、色々と咲いてるよ」

男「綺麗ですね」

部員「だろ。こうやって好きなように花を育てる…それがモットーなんだ」

部長「ほらほら。たらし君! こっちに愛しの後輩ちゃんの花ちゃんあるよ!」クイクイ

男「その呼び方やめてくれませんか……あれ」

男「これは? 誰の花ですか?」

部長「あ…それは、えっと」

部員「……女のだよ」

男「あ…す、すみません」

部員「良いよ。謝ること無いさ」

部長「あのね、部員君。実は女ちゃんと…この子は知り合いらしいんだって」

部員「え、そうなの?」

男「はい。後輩ちゃんとの繋がりで」

部員「…そう。そうか、本当に…今でも僕は信じられないよ」

部長「……」チラリ

男「えっと、あの、これは何の花何ですか?」

部員「うん。それはね──彼岸花」

部員「彼女が一番大切にしてた花なんだ。毎日毎日、世話をしてたのを…」

部員「…僕は今でも思い出せるよ」ギュッ

男「……」

彼は心底悔しそうに、強く握り拳を作る。
肌が白く染まり、今にも血が滲みだすかと思えるぐらいに。

ああ、彼は本当に女のことを──妹のことを
大切に思ってくれていたのだろう。

だからこそ、あのような表情を浮かべられるのだろう。
どうでもよくないと、力強くめいいっぱいに悔しがれるのだろう。

男(…人間らしい、人らしい、俺よりも)

こんな自分よりも、はるかに常識を持って大切に思っていたのだろう。

醜く、醜悪で、浅ましく、下劣な自分よりも───

──彼は俺よりも妹を、愛して、いた、の、

愛して、愛して、好きで、好んで、

男(俺よりも、コイツが)

どうでもいいこと。どうでもいいんだ。
どうでもいいことなんだから。

男(どうでもいい。どうでもいい、コイツはもうどうでもいい)

世界が回る。視界も回る。
ぐるぐると、どうでもいいものが増えていく。
楽しくなくなっていく。世界が薄く断片的に散っていく。

男(これじゃあ駄目だなぁ……やっぱり)

どうでもいいと、なってしまうのは。
やっぱり最後まできちんとやりきってから決めようじゃないか、と。

男「…」

手をのばす。彼の首に、細い首元にゆっくりと。

男「…」

そして指を絡めて力を込める。
そうすればなんともない、単純に───

部員「…!」ビクッ

男「…首にくっついてましたよ、髪の毛」すっ

部員「え? ああ、ありがとう」

男「いえいえ」

掴みとった髪の毛を、そっと近くにあった机の上に置く。

男「じゃあそろそろ、俺は後輩ちゃんを迎えに行こうと思います」

部員「ええ。待ってればいいじゃないか」

男「…長居するのもあれなんで」

部員「そか。じゃあ後輩によろしく言っておいて」

男「わかりました。あと、部長さん」

部長「ふぇ? なんだい?」

男「この植物図鑑ですけど」ひょい

同じく机上に置きっぱなしであった図鑑を手に取る。

男「実は後輩ちゃんに頼んで俺が借りてたんです。返すのをくれてしまって、すみません」

部長「そなのー? いいよいいよー気にしないから平気よー!」

男「ありがとうございます。じゃあこれで、また機会があれば来ますね」

コトリ

部員「うん。何時だって来ていいよ、僕もそろそろ復帰するつもりだから」

男「…」コクリ

ガララ ピシャ

男「…ふぅ」

男「どうでもよくなるか、はたしてどうでもよくならないか…」

男「…まだわからないままだな、うん」

スタスタ

まぁ十分そこそこ、大方のところは、どうでもよくなりつつあるけどね。




男「…」prrrr

『あーい…貴方の可愛い可愛い彼女さんの、後輩ちゃんですよー……』

男「なんでかローテンションだね、後輩ちゃん」

『えー…? あーごほん、すみませんですねぇ。ええ、ちょいと野暮用があったもんでねぇ』

男「へぇーもしかして、昔の後輩ちゃんがやったことが教師に突然バレてた感じ?」

『……………………………………………………』

男「どうでもいいことじゃないか。気にしない気にしない」

『………………………………………………はぁ』

男「さて、後輩ちゃん。君が今居る場所は女子トイレだと思ってるけれど」

『…………なんです?』

男「少し余裕が出てきたら、部活に顔を出してくれないかな、そして」

男「また植物図鑑を借りてきて欲しいんだ。うん、出来ればの話だからやらなくてもいいけど」

『…嫌です、なんて言ったらどうしますです?』

男「どうなると思う?」

『…。理由はなんですぅ! もう! なんなんですー!?』

男「乗り気で助かるよ。いやね、実は植物図鑑にもしかしたらゴミを挟んでしまったかもしれないんだ」

『ゴミィ?』

男「そうとも。だとしたら部長さんとかに失礼じゃないか。それを取り除こうかなって」

『…そんなのでしたら、私がちゃちゃっとやりますですよ?』

男「本当に? とても助かるよ、一応説明しておくとね。ゴミっていうのはこう…髪の毛? かな?」

『かみのけー……』

男「うん、髪の毛」

『わかりましたです。じゃあ、先輩さんの超絶意味不明の意地悪を乗り越え復活してから向かいますです』

男「了解。じゃあ頑張って」

『……です』

プツン

男「…どうでもいい検証、一つ目」

男(さて、もう少しだけ時間は稼げるだろうか。数十分、いや後数分か)

男(出来ればもう少しだけ後輩ちゃんにはトイレに篭ってほしいけれど、そんなヤワじゃあないしなぁ)

男(…一応部室に留めておく要因を残しておいてよかったぜ)

それこそが、俺にとっての不確定要素。
どうでもいいと思えない部分。

本来の意味としては既にどうでもいいと思ってるけど。


男「…まだ後輩ちゃんは主人公相手はきついと思うんだよ」

「うむむ? 主人公とは誰かな? それに、君にしては大きな独り言だなぁ」

後方で声が響く。
ああ、来てしまったか。来ると思っていたけれど、本当に彼女は凄い人だ。

男「なんでもないです。副会長さん」

副会長「そんなわけないだろう。犯人」


さて、どうやって彼女をどうでもいいと思わせることができるか。
俺の腕の見せどころだろう、と。

どうでもいいことを思ってみる。

今日はここまで! 

続きは明日です、まだまだまだまだ続きますノシ

~~美術室~~

副会長「…ここなら人は居ないな」

男「……」

副会長「さて、後輩君。なにか言い訳はあるだろうか?」

男「言い訳? えーと、何がですか?」

副会長「全てだよ」

男「唐突過ぎて意味がわかりません。もう少し詳細を述べてください」

副会長「女の事件の犯人は君だよな?」

男「違いますけど」

副会長「嘘だな」

男「じゃあ根拠はなんですか」

副会長「隠蔽工作」

男「……………」

やべぇ。見破られてる。

副会長「しているだろう? せっせと潔く、なんら悪気もなくな」

男「もう一度言いますけど、何を根拠に?」

副会長「うむむ。そうだなぁ、では1つずつ上げてみようじゃあないか」ガタタ…

副会長「一つ目。女の事件当日、君は一体どこに居た?」

男「ずっと家に居ましたけど」

副会長「どっちの?」

男「は?」

副会長「どっちの【家】に居たんだ?」

男「………」

副会長「自分の【家】か? それとも──女の【家】だろうか?」

男「…自分の家ですね」

まぁこのへんは数時間でバレると思ってたのでどうでもいい。
副会長さんはその【事実】を簡単に知れる立場だから。

副会長「そうだろうなぁ。だって君は女の家の家族じゃあない」

男「でも兄妹ですけど」

副会長「それは君が言っているだけだろうに」

男「…妹もそう思ってますよ」

副会長「血縁関係ではないことは事実だ」

男「どうでもいいことじゃないですか」

副会長「うむむ? 確かに、そうだな。君が言うならそうなのかもしれないな」

納得するのかよ。

男「それで何ですか、俺と妹の関係が事件にどう関わってくると?」

副会長「ワタシは思うのだよ。君との女がどうして兄妹に…なっているのかと」

男「はぁ…」

副会長「突然だが、君はクイズは大好きかな?」

男「…………」

副会長「ワタシは大好きだよ。出される問題に思考を巡らせる、そして」

副会長「──導き出した答えが合致した時、言いようのない快感が心地良いのだ」

男「…それが?」

副会長「君もそうなのだろう? クイズが大好きな一人の人間」

男「どうでしょうか。そう言われてみれば、そうなのかも知れないですね」

副会長「同意してくれてありがたい。その言葉で救われるだろう、日頃のワタシも」

男「ああ、そうですね。何かと副会長さんは俺に問題出してきますしね」

副会長「普遍的な日常のちょっとしたスパイスだ。勝手にやって来たことだったが、喜んでくれてるようで嬉しいな」

正直、どうでもいいことだと思いかけでしたけどね。

副会長「うむむ、さて本題だ。君はクイズ好き、ワタシもクイズが大好きだ」

副会長「そんな我々にとって──今回の事件は、なんだかとっても刺激的じゃあないか?」

男「どうでしょうか」

副会長「正直な話、ワタシは心躍ったがな」

男「副会長さん。それは人としてどうかと思いますが」

副会長「そうだろうな。しかし、君もそうじゃあないか?」

男「俺は言いましたよね、今回の事件で……凄く傷ついたと」

副会長「【女】の事件で?」

男「…………………」

ああ、どうしよう。この人、ほほ全部を見破りつつあるじゃん。

男「…妹が家に居ない。それだけで悲しいことですから」

副会長「やけに詩的な表現をするのだな。君らしくもあれば、君らしくもない」

男「副会長さん」

副会長「なにかな?」

男「…俺は犯人じゃないですって」

副会長「うむむ。そのことは最後までワタシの話を聞いてから言ってくれ」

副会長「はてさて。君は──周りの人間、もしくはワタシという存在に…」

副会長「…兄妹だという事実を隠蔽していた、この事件が起こる前まではな」

男「……」

副会長「ワタシが言いたいのはな、隠蔽していたことではなく──ワタシに打ち明けたこと」

副会長「隠蔽していたことは関係ない。君がワタシに伝えたことが重要だと思っている」

男「ただの世間話ですって」

副会長「無駄なことはしないのが君だろう。だからワタシは考えた」

副会長「──君は女という人間に関わり合いがあるのだという、事実を作っているのだと」

男「……。まぁ実際関わりあいがあるのことは本当ですからね」

副会長「うむむ。じゃあ何故そのようなことをしたか? …君は望んでいたからだ」

副会長「ワタシがこの事件に興味を持つようにと」

男「仮にもし、俺が犯人だとして。そんな不利益なことをすると思いますか」

副会長「するだろう、君という人間ならしかねない」

なんという真っ黒な信頼度だろうか。

副会長「それ自体が君の狙いだからだよ。君は──出題者だ」

男「……」

副会長「ワタシがその問題の回答者。この事件を解き明かす──言わば探偵」

男「…まるで主人公みたいですね」

どうでもいいけど。

副会長「この推測は言わば邪道だが、邪道を王道のように通り抜ける君のことだ。ワタシもまったく悪気はない」

副会長「さーて悪役君。これからは君は、どういったふうにワタシをかき乱していくのかな?」

男「…そういわれても、俺は犯人じゃないので」

副会長「事件現場に何故訪れた?」

男「深い意味なんてありませんけど。それにそのことは既に話したはずです」

副会長「何故、園芸部長に興味を持つ?」

男「出会ったから。特に興味はありません」

副会長「女との関係は?」

男「兄妹です」

副会長「ここ最近は、ちゃんと病院には行っているかね?」

男「…それ、今関係あります?」

副会長「2つ目の疑う理由だからな」

男「…行ってませんけど」

副会長「ちゃんと行くべきだ。君は他の人間とは──抱えているモノは大きすぎる」

副会長「己がどれ程まで異なっているか、君は………そうだな、理解しすぎているのが問題なのだが」

男「……」

副会長「…ワタシは心配なんだ。君のことをとても…心配している」

男「犯人だと言っておいて心配ですか」

副会長「……そう言わないでくれ」ガタリ

スタスタ…

副会長「ワタシはこうであっても、君がそうであっても、ずっと君を心配している」

男「……」

副会長「君と病院で出会ってから今まで、片時も君を忘れたことはないぞ……ワタシはな」

ぎゅっ

男「…」びくっ

副会長「──疑う理由3つ目だ。君は過去を忘れられていない」

男「…なんですか、過去って」

副会長「惚けるな。いや、見破れなかったワタシが言うのも何だが、君はまだ──己の傷をどうでもよく思えてない」

副会長「いつも君はどうでもいいと言うが、本当は『どうでもいいと思えていないのだろう?』」

男「……」

副会長「…ワタシはやっと気づけた。君は今まで上手く隠していたのだろうが」

副会長「──今回でやっと気づくことが出来た……」

ぎゅっ…

副会長「やっと君の世界に入ることが出来たのだな…ワタシは…」

彼女との、副会長との俺の付き合いは、
両指を揃えて数えれられるぐらいには長かった。

男「…副会長さん」

一本一年。
とてもじゃないが顔見知りだと言える間柄ではない。

けれど、しかし、やっぱりというか。

男「貴女は何を望んでいるんですか」

副会長「…ワタシはワタシだからこそ、君の罪を暴きたい」

副会長「君を知れたきっかけだとしても、ワタシは絶対に──この事件を解決させてみせる」

男「…じゃあ聞かせてください。俺は、どう疑われているのかを」

副会長「……───君は今回の事件の犯人だ」

副会長「女の外傷一つだけ、打撲。鈍器のようなもので殴られ、海辺で放置された」

副会長「争った形跡は無し。身内、または──友好的な関係の犯行であると推測する」

男「……」

副会長「犯行推定時刻は今朝方五時以前。この場合、もっと人間は絞られるだろう?」

男「そうですね」

副会長「……。そこでワタシは君を疑う」

男「…さっきまでの推理を含めてですよね」

副会長「ああ、そうだ…そして動機もわかった」

男「動機ですか?」

副会長「君の動機は──………」


ガタタタ


男「…!」バッ

副会長「ど、どうした?」

男「……」スタスタ

ガララ

男「……」キョロキョロ

今、美術室のドアが震えていた。
足早に駆けつけ廊下を確認すると、遠くの曲がり角でひらりと──舞うスカートの端。

規律のいい、普通な丈の長さのスカート。

男「……見られましたね」

副会長「なんだと…? 誰にだ?」

男「顔は確認できませんでした。けれど、この距離なら会話は聞こえなかったでしょうけど」

副会長「くっ…ワタシとしたことが…っ…気配に気づかないとは…!」

男「……」

まぁ誰かはどうでもいいことか、と素直に割り切る。

男「副会長さん。貴女の意見はわかりました」

副会長「……あ、ああ」



男「まだまだ疑う理由としては沢山あるんでしょうけど、けれど、」

男「──俺は違います、とだけ言っておきます」

副会長「……」

男「ああ、最後に一つだけ聞かせてください」

副会長「…なんだ?」

男「副会長さんの好きな食べ物って何ですか」



卵焼きだった。

男「…案外普通なものが好きなんだなぁ」

自分的にはどうでもいいことだったけれども、
改めて今という俺で聞き入れてみると、なんだかとっても不思議な気分だった。

男「……」

別に聞いたとして何かある訳じゃない。
それを差し出して、もうこれ以上踏み込むのはやめてくださいなんてお願いできるわけでもないし。

男「…それとも、一緒に卵焼きを端で突く機会が来るとでも言うのだろうか」

そんな誰が考えたかどうでもいいことをするわけがない。
多分、そんな気がしただけだ。

男「はぁー……」

今回、副会長さんが提示した推理。

男「……やっぱりどうでもよかったでした」

やっぱりというか、あの人は何時までたっても──主人公だ。

男「…邪道は王道とは交わらない、となっと」

今一歩の所までたった数日で見破られているのは、さすがだと思うが。
それでもやっぱり、それは答えではない。

確信をつくことを言えなかった時点で、自分はまだここに居ることができる。

この世界をどうでもよく思えないでいる。

どうでもよく、どうでもよく、と。

男「皮の首一枚繋がっているって、こんな感じなんだろうなぁー」

はてさて、なんて、どうでもいいことを思いつつ。

男「どう思う? 後輩ちゃん?」

後輩「………」ブッスー

この娘にどう説明しようか。

男「ねぇってば」ツンツン

後輩「ぷしゅー」

男「お。空気抜けた」

後輩「……」フン

男「もう機嫌直ってよ。俺が悪かったってば」

場所は公園。
人影皆無の誰も認知してない影の薄いスポット。

少なくとも通う学校の生徒は誰もしらないだろう。

男「…何時から見てた感じ?」

後輩「…気づかれる数分前…」ボソボソ

男「おお…結構見られてたんだ…」

後輩「くぃぃいーっ」

ポカポカポカ

男「ごめんごめん」

後輩「なんなんですーぅ!? あの泥棒猫は誰なんですー!?」

男「うーんと、幼馴染?」

後輩「ぎゃー! めっちゃポイント割高キャラ設定が出ましたーぁ!!」

男「ポイント制なのか…」

後輩「めちゃヤバメじゃないですか! これじゃあ私の立場無し無し麺ハリガネですよーっ!!」

男「後輩ちゃんラーメン好き? しかも豚骨系等とか」

後輩「んなーことどうだっていいですっ! なんでなんで抱き合ってたですぅ!?」

男「幼馴染だから」

後輩「意味が分からん!!」

男「…おお、キャラ振れまで」

後輩「こっちゃー怒ってるですよ! 抱き合う!? なぜ抱き合う必要性があったですっ?」

男「……」

なんでだろうか、まるでどうでもいいとおもっちゃった感じだった。

後輩「雰囲気に乗ってとかだったら、マジで切れますよ私」

男「なんでもないってば。ただ、それとなーく…流れで」

後輩「雰囲気にバリバリ流されてる感じですけども!」

男「そうとも言うかもしれない」

後輩「それしかありえません!」

後輩「なんなんですかっ……私に変な頼み事しておいて……そのためだったんですね…っ」

男「あ、そういえばどうだった? ちゃんと部室で確認してくれた?」

後輩「話を逸らさないでくださいです!」

男「あとでちゃんと謝るから」

後輩「っ…絶対ですよ?」

男「うん」

後輩「はぁ~……あのですね、別に何も挟まってなかったですよ」

男「なにも?」

後輩「そうです、何もです」

男「髪の毛一本も?」

後輩「勿論ですよ。てーいいますか、むしろ当たり前のことですし」

男「それが部員さん持ち物だから?」

後輩「……。知ってたんです?」



男「うん。まぁね」

だって彼女が大事そうに──部長さんが大事そうに読んでいたから。
自分が部室に訪れた際、必要以上に驚いていたから。

男「思うにあの先輩さんは、部員さんは、彼は──」

後輩「はい、とっても綺麗好きです。美形ですし」

美形は関係あるのだろうか。

後輩「あ。心配しなくても大丈夫ですです。先輩さんもめちゃ美形ですし」

男「…後輩ちゃんは面食いだったのか」

まさかのラーメンが伏線だった。侮れない。

後輩「言ってもあれですよ、先輩さんは綺麗というか、蛾のような綺麗さというか」

男「褒め言葉として受け取っておくから。なるほどね、そうか挟まってなかったか──」

これはいよいよどうでもよいことになってきた。

男「──ふむ。後輩ちゃんのことだから、電話の後すぐに向かったと思うけど」

後輩「ええ勿論です」

確定。どうでもよくなった。

男「じゃあ俺が出て行った後に、その図鑑に──」

幾つかのどうでもいい詳細を後輩ちゃんに聞いてみる。
まさにそのとおりだったのでどうでもいいことだったので、省略。

後輩「──んな感じです」

男「ありがとう。助かったよ、それじゃあ…うん、ごめんね」

後輩「軽っ!?」

男「じゃーなんて謝れば良いんだ」

後輩「びっくりです…ここまで悪びれることのないタフさに…っ!」

男「まー妹死んでるのに、元気な感じだしね」

後輩「ポロッと言い出しにくい展開にしないでくださいです! ポロッと!」

男「ねぇ後輩ちゃん」

後輩「なんです!」

男「…もし俺が妹を殺してた、って言ったらどう思う?」

なんて、お茶を濁す感じで聞いてみる。
はたして──普通な彼女はなんて答えるだろうか。

普通で、普通な後輩ちゃん。

見る限り俺にとっては一般的な彼女。
どうでもいいと思えてしまいそうになるはずなのに、それでも。

俺にとっての普通でいられる彼女は、何を思うのか。

後輩「はぁ? もとからMAXで疑ってるって言ってるじゃーないですか」

男「そうだったね」

普通、どうでもよくなる。

後輩「先輩さんはそういった人間です。そういった部分を何かと隠している……というか気にしてない感じですけど」

男「そう見える?」

普通、どうでもよくなる。

後輩「ええ、まぁ。それに仮にもし本当に殺していたとしても、私は別に嫌いになりませんですよ」

男「後輩ちゃんの大事な友だちを殺したのに?」

普通、どうでもよくなる。

後輩「はい。だって──」

普通なので聴覚がカットしそうになる。
どうでもよくなって、彼女のことを視覚が外しそうになる。

どうでもよくなって、脳が彼女を放棄───

後輩「今もそうやって『私を知り尽くそうとする瞳』が大好きですから」

男「………………」

ぎゅるぎゅるぎゅる、と。
消えかけていた脳内の電球がパチリと点灯する。

普通であって、どうでもよくない。

男「…どういうこと?」

後輩「舐めちゃ駄目ですよ。先輩さん、私は先輩さんに告白したんですよ?」

後輩「くふふ! …貴方の癖なんてばっちりお見通しですっす!」バチコン☆

男「……。あはは」

彼女の普通は底知れない、と気付かされた。
思い上がるのも大概にしなければ、本当に。

後輩「また好きになれました?」

男「…うん大好きだよ後輩ちゃん」

後輩「にゃー!」

男「何故急に猫化…」

後輩「先輩さんが好きって言ってくれたの、告白した時ぶりじゃないですか! にゃー!」

そうだったけと、思い返してみるが。
どうでもいいことと思っていたために、既に薄らいでしまっている。

男「うん。じゃあ今日は好きなだけ好きと言ってあげようじゃないか」

後輩「好きなだけ好き!? 好きな好きで好きなだけ?!」

男「うん。ちょっと落ち着こうか後輩ちゃん」

後輩「ぐへへ」

男「それじゃあ二回目の…」

後輩「ちょいとお待ちです!」びしっ

男「ん?」

後輩「今回は好き、を何回も言わない代わりに──……抱きしめてくださいです…っ」

男「え、抱きしめるの?」

後輩「はいですっ……だめ、です?」

男「…………」

後輩「……っ…っ…」チョンチョン

男「…良いよ、抱きしめればいいんだよね」

後輩「ほ、本当ですっ!? ぎゅっ、としちゃってくれるですっ!?」

男「うむ」すっ

男「どんとこい」

後輩「はぁぁあ~……」キラキラ

男「…凄い嬉しそうだ」

後輩「え、えいっ」ポスン

男「いくよー」

後輩「はいです…っ」

ぎゅっ

後輩「んっ」ピクン

男「よしよし~」

後輩「んん~っ」

男「満足? そんでもって許してくれる?」

後輩「はいです…もう何でも許しちゃいます…」

男「ちょろすぎだよ後輩ちゃん…」

後輩「くひひっ」

男「えっ? ちょ、くすぐるのは反則…やめ、あはは!」

後輩「バツでーす! 私を悲しませたバツですーぅ!」コチョコチョ

そうやって仲直り出来て後輩ちゃんとイチャコラしたとさ。
めでたしめでたし。





帰りに部員先輩さんと出会ったがどうでもよい会話しか無かったのでカット。

男「ふんふーん」ガチャ

男「ただいま──あれ?」

チカチカッ

男「…留守電」ピッ

『留守電一件です。午後六時三十分──』

男(…俺が寄り道しなければ帰宅していた時間、ぴったり)

『ピー』

『──久しぶりに……』

男(ああ、なんだこの人か)

出始めの声で、誰かを【認識】する。
視覚、触覚、記憶、主に聴覚がシャットダウン。

どうでもいい情報が右から左へと流れ───


『と、ここまで言ったが【男】君よい』


男「ッ~~~!!?」


脳が強制ブート。
混乱、視界が散乱、聴覚異常。

男「…くっ……」

急速に修正を試みるが無意味に散れ渡る。
乱雑な日記を斜め読みするかのような、
呼吸を意識して生きる無意味さと同意義の。

待て。思考を乱すな。


『んなろーガキんちょ。今、苦しがってるだろ? なぁ?』

『ここんところ診察にこねーからだぞ。ばーか、ばかばーか』

男「……ふぅ…っ…」

鼓動のたびに脳が突き刺す痛みを発する。
なんて、どうでもいい現象だろうか。

『お前さんが色々と大変なのは知ってるよ。けどもよ』

『きちんと自分のビョーキと向き合ってからやることやれってば』

『…それとも、ビョーキだからそうなのかもな。ばー』

『留守電はここまでです』

男「締まらなすぎる…」ピッ

男「はぁ~……あーびっくりした…」

普段はそれとなく、どうでもいいことだからと聞き逃すことが出来たのに。
たかが数日、診察をボイコットしただけでこの有り様とは。

男「……」チラリ

カレンダーを確認。
明日は休日だ。ちょうど暇を持て余している。

男「…行かないとあっちが来そうだ」

それは大いに困るので、行くしか無いのだろう。
どうでもいいことに。

ちょっと休憩

夢を見た。どうでもいい夢を見た。

妹「ねぇお兄ちゃん」

男「なんだいなんだい、妹よ」

妹「いい加減私の部屋から出て行ってくれない?」

男「…………」

妹「何時まで居る気なの? そろそろ私的なことやりたいんだけど?」

男「え、まさかそれってオナ」

妹「見たいの?」

男「ごめん。調子に乗りすぎた」

妹「ヘタレ」

男「へ、ヘタレっていうなよ! …いいの?みても?」

妹「うんうん。たーんとじっくり、見ていっていいよ」

男「えぇーどうしよっかなぁー……うんうん、ごめん、二度目はないよな」

妹「さーておかずはどこに」ガサゴソ

男「待ってください! いやほんっと、嘘ですから!」

妹「クイズです。私のおかずは、さーてどーこだ?」

男「お兄ちゃんやだ! そんな問題解きたくない!」

妹「我儘言うなー!」

男「我儘じゃないけど…兄としてもっともな意見言ったつもりだけど…!」

妹「ヒント。ベッドの下です」

男「答えだそれ! もうピンポイントで探せばみつかるやつだ!」ガサゴソ

妹「そう言いつつ探すよねお兄ちゃん。どう? あった?」

男「…なにこれ」コトリ

妹「オカズだけど」

男「多分これ晩御飯のオカズだなッ…思いっきりハンバーグお皿に載ってる!」

妹「え? だからオカズじゃん」

男「ホコリまみれだよ! 衛生面トップクラスで最下位だなコレ!」

妹「イケルイケルーお兄ちゃんならすぐに忘れからイケルイケルー」

男「待て…ッ! お兄ちゃんそこまで万能じゃない! 気がついて! 万能じゃない!」

妹「てーいうかさ、お兄ちゃん。勘違いしないでよ、これ私のオカズだよ?」

男「え? あ、うん。そう言ってたけども…」

妹「お兄ちゃんにこんな汚れたもの食べさせるわけないよ。だから言ったとおりに、」ひょい

妹「私のオカズだから…あーん」

男「うん、凄い待って。めちゃくちゃ待って! んな無茶な展開に持って行かないで!」バシッ

ポトリ ペシャ

男「あ…」

妹「ひっぐ…だって…ぐすっ…お兄ちゃん絶対食べろって目では語ってるんだもん…っ」

男「突然泣くのは卑怯だろ…色々と、つか語ってない語ってない」ナデナデ

妹「ホント…? じゃあ食べなくても大丈夫…?」

男「う、うん。元から思ってないから」

妹「じゃあ愛しの妹が作った…ご飯っ…食べてくれる…っ?」

男「え?」

目が覚めた。

男「…ちくしょう」

なんてことをしてしまったのだ。
いい夢だったのに。思わず涙が出てきてしまうぐらいに。

男「…ハンバーグの味をまた、味わえなかった」

妹が作ってれたハンバーグ。
どんなものよりも美味しく、スウィートで、繊細。

男「あー…駄目だ全然頭が働かない……ふわぁー」

どうでもいいことだけど。
妹殺してしまって死んでるし。

男「……さて行くか」

今日もまた素晴らしい夢を見れて元気になって。
今からまた元気にならなくなるために、出かけるのだ。


今日もまだ現実はどうでもよくならない。





男「失礼します」ガララ

訪れた近所の総合病院。
まぁどうでもいいと言えばどうでもいい所だ。

男「……」ストン

昔から、だいぶ昔から。
最低でも十年以上お世話になり申している病院。

男「今日も診察に来ましたよ。先生」

本当に、どうでもいいことだけど。


「やー今日もよく来たねぇ。て、つかちっげーだろばか」ギィ…


男「え? そうですか?」

「そうだよ当たり前にちげーよ。なに素知らぬ顔で診察来たの? つか来れたの?」

男「だって先生が…」

「だってもくそもないのー。ばか、もー本当に心配してたんだからねー」

男「…じゃあ先生、こっち向いてく言ってくださいよ。なんか真剣味が感じられません」

先生「んなろー先生に指図するなよ」ギギ

男「おはようございます、先生」

先生「うむ、おはよう。さて元気?」

男「フランクですね。元気です」

先生「はい、嘘ですねーお薬沢山溜まってますからちゃんと飲むようにー」

男「先生」

先生「こっちは嘘じゃねーからな。マジで溜まってんかんな」

男「先生」

先生「はいよ、なーに?」

男「妹が死にました」

先生「……。あーそっち? そっちの話に持って行きたい感じ?」

男「はい。どうでもいいことですけど」

先生「はい来ましたどうでもいいー。それやめろって言ってるけど、先生ずっと」

どうで先生「どうでもいいです、なんて思ってる顔だなそりゃ」

男「………」

先生「その様子だとビョーキも酷くなってそーだ。ハイこれ見て」ペラ

男「えっと…」

先生「はいお終い。なにが写ってた?」

男「…おっぱい?」

先生「違うわマセガキ。下ネタで誤魔化そうとするな」

男「すみません。じゃあ肌色の山が2つ並んでたとか?」

先生「どのみちおっぱいじゃねーか」

男「ごめんなさい。わかりませんでした」

先生「はーい正解はコレ。おっぱいでしたー」ペラ

差し出された写真には【かわいい犬】の写真が乗っていた。

男「違うじゃないですか。怒りますよ」

先生「当たり前だろ」ガサゴソ

男「せめて犬のおっぱいの写真ぐらい…」

先生「男くんの性癖は先生しりませーん」

男「ッ……!!」

脳が痺れる。視界がぼやける。


「──おいおい………」


永遠に伸びる遠くの場所で、小さな声が響く。
影が蠢き世界が消える。

触ったものは二度と触れない。
嗅いだものは二度と嗅げない。
見えたものは二度と見れない。

記憶は定着せず、全ては──どうでもいいと思わなければ、


先生「どうでもよくないぞ」

男「はぁっ! はぁっ…はぁっ…!」

視界が戻る。聴覚が触覚が脳が再点火。

先生「……こりゃまいった、ここまで酷くなってたとわ」すっ

男「すみ、ません…っ…ちょっと気を抜いてたせいで……」

先生「黙ってて」

男「っ……」

先生「熱はない、隈もないようだし、睡眠不足はない。はい舌出して」

男「…」ンベ

先生「ん。食事も摂ってる。じゃあ何故進行しとるー!」ばしっ

男「…先生、いつもはこうじゃないです。ちゃんと平気なんです」

先生「知ってる。けど今はそうじゃないだろー?」

男「…違います」

先生「違わない」

どうでもいいこ先生「思うなっての」

男「…いちいち俺の心を読まないでください」

先生「読ませるなっての。はぁーあ、なんだなんだー……あれかー?」

男「……」

先生「君的に言えば、そうだなー…お兄ちゃん的に言えば?」

先生「──妹が死んじゃったからそうなった?」

男「……」

妹。もしくは女。
けれどこの人は妹を女だと言ってくれる。

違った意味でも、どうでもいいことだけど、
それでも俺と女を兄妹として認めてくれる。


いや、そうさせるようにしたのは──この人だ。


男「大事な妹ですよ。そりゃ…酷くもなります」

先生「先生がいうのも何だけど、悲観しすぎ、捉えすぎ、ビョーキで困りすぎ」

男「無理ですよ。悲しみます」

先生「そうだろーけどもさ。違うって、君が【認識】する現実ってのは──」

どうでもいい。
どうでもいい。
どうでも、いい。

先生「──ばーか」

男「何がですか?」

先生「お。やっと戻ってきたか、ずっと数分間ぐらいばーか言ってたけど」

何をしているんだ、この人。

先生「こりゃ新しい薬ださなきゃな。新しいやつ、飲んだらめちゃ眠たくなるから」ギィ

男「…先生」

先生「言い訳なんて考えるなー。はっきり言って以前よりも酷くなってるの見え見え」カリカリ…

男「……」

先生「君のビョーキ、わかる?」カタリ

男「…はい」

先生「君はね、なんていうか、ホントーにマジで一般生活レベル送れてるの奇跡だから」

男「…」コクリ

先生「何かと上手く立ちまわってる見たいだけど、君は大きな【障害】を抱えてんの」

ギィ

先生「精神的による【重度の認識障害】だ」

先生「視覚失認、聴覚失認、触覚失認のほかにも、半側空間無視は…ギリギリセーフと見て、あと他誌的障害」

先生「まーこれほどまで多種多様患うもんだよ。ホントに」

男「……」

先生「後天的で発症自体も……君に罪ねーこと知ってるから、先生も突っ込まない」

先生「けれど。抱えて生きるんなら頑張ってくれないと」

男「…頑張ってますよ」

先生「知ってるってば。君が頑張ってるの、だってお兄ちゃんじゃん」

男「はい…」

先生「あの妹を、あの──ヤバイ【女】を【妹】と呼べるんだから」

先生「先生は言ってやろう。うん、先生ってーいうかさ」

先生「君たちの【姉】として言ってやろうじゃん」

男「…姉ですか」

先生「うん。君が認識から外してる姉だな姉」

姉。どうでもいい姉。
妹の姉、俺の姉。

どうでもいいこととしていた、姉。

先生「ちょっと待ち。認識を変えるなって、今は先生だし」

男「あ…すみません。なりかけでした」

先生「今は診察中。妹の家じゃない、女の家じゃない、ウチは姉じゃない」

認識。どうでもよくはならない。

男「…大丈夫です。話を続けてください」

先生「うむむ。気をつけろよーホント、妹居ないんだし、
   家では出来た一緒に居たウチを含めて認識させるー…なんての出来ないんだから」

男「何時だって先生だと言い出してくれれば、どうで、ゴホン。認識できるじゃないですか」

先生「意味ねーだろーそれじゃあ。医者として居るのと、姉としているの。ぜんぜん違うの」

そういうものなのだろうか。

男「…あの」

先生「なーに?」

男「妹は…死ぬ前に、どうだったんですか?」

先生「……。どうだったというと?」

男「…アイツの病気はどれぐらい進行してたのかなって」

先生「ビョーキねぇ……そういえば、あの事件前日はウチには泊まらなかったっけかー」ギィィ

男「はい。また色々と発作が出てたのかなって…」

先生「うんにゃ。出てなかったよ、てーいうかすっげー安定してた」

男「…そうですか」

先生「今さら言うのも何だけど、あの妹のビョーキは君より酷いからなぁ」


妹の病気は──クラスターB【演劇性人格障害】。
常に何かの演技をし、それを自己の性格だと思い込む。

他人に強く影響を受け、アイデンティティを確立させるが苦手である妹は、


───俺という人間を強く認識した。

───俺もまたそんな妹を強く認識した。


先生「なんてーいうかさ、先生も思い切ったことしたと常々思ってるよ」

男「なにがですか?」

先生「君と女君をよ。出会わせて、なにか良いこと起こらないかなーなんて、馬鹿げた発想だったなぁって」

先生「それがびっくり、ちょっとずつ良くなってる!」

男「…思いつきだったんですか」

初耳なことに驚愕する。どうでも良くないこと過ぎる。

先生「んなろー治療ってのは少しの思いつきと、多大な努力だばーか」

男「まぁ、そうですね」

血のつながりのない俺らを、
そして血のつながってない先生が面倒見てくれていた。

男「…先生はとてもすごい人です」

先生「稼いでるからまー余裕余裕。娘が三人に増えたもんだと思えばヨユーだわ」

男「じゃあ自分も面倒見て下さいよ」

先生「貯金あるだろーばーか。つか思ってもないこというなばーか」

男「あはは。すみません」

先生「うむむ。ようやっと笑いおったな、お主」

男「え? …ああ、そうですね確かに」

先生「気を張りすぎ。頑張りすぎ。なにやってるかしらねーけども、もっと君もヨユー持って」

男「…はい、余裕を持って頑張ります」

どうでもいいことだけど。

先生「……」じっ

男「…。なんですか?」

先生「世界は全然【わかりきる】ことなんて出来ないんだよ」

男「……!」

先生「君が口癖のように言うその【どうでもいい】という言葉。
    それは君のビョーキを促進させる効果でしか無いから」

男「…わかってます」


先生「先生は本当に…何も出来ない先生だからさ」

先生「君にこんなことしか言えないし、医者だから言わなくちゃいけない」


先生「どうでもいいこと──わかりきったこと──なんて、常日頃から思わないようにしなさい」


どうでもいいこと。
それは俺の認識が出来無い理由として、大きく根本的なものがある。

わかりきってしまうこと。

どうでもいい。
わかりきった。

どうでもいいと思った。
わかりきったと思った。

分かりきる。解りきる。理解し切る。

人間にしろ、風景にしろ、味にしろ、言葉にしろ。
五感で感じる全てを──理解しきってしまった時。

どうでもいいと、最大的に思い切った時。


全ては認識の外に弾き出される。

俺は俺でなくなってしまう。


男「…そうですけど、やっぱり難しいというか」

先生「うん」

男「分かりきった時も、どうでもいいと思い切れた時であっても、今はまだ……問題はありません」

先生「それは奇跡だ。今後続くとは限らない」

男「はい、わかってます。けれど今は……まだ難しいと思います」

先生「…妹か」

男「ええ、アイツは凄いやつだったんです。俺をいつまでも…認識させ続けてた」

ロシアン牛乳も仕掛けてきた。
ピクニックで靴も隠してきた。

唐突な性格変化で困らせて、ハンバーグを仕込んだり、
包丁を突き出し、急に嫉妬したり、怒ったり、泣いたり、毎日違う弁当を作って。

一瞬でも世界が唐突に消えることはなかった。
自分が自分じゃなくなり、他人と勝手に会話することも無かった。

彼女が──女が──妹が。

居るだけで、ただ、側にいるだけで。

俺はこの世界にいることが出来た。


『……ジジ……園芸部の…ッ……ジジジ…居なければ…』


途中でジャミング。ああ、失敗。

男(…まぁどうでもいいけども。そんな感情も、今になっては)

先生「うむむ、どうした?」

男「…いえ、だからこそ俺はもうちょっと頑張るんです」

男「もう少しだけ、この病気と共に」

先生「…何考えってか知らないけどさー」

先生「程々に、と言っておく。いい? ほどほどに、だ!」ぐいっ

男「むにゃっ!」

先生「うなずけ! はい、はどうしたー!」

男「ふぁい」

ああ、本当にどうでもよくないなこの人は。
けれど、やっぱりどうして。

男(どうでもいいのだった)

診察からの帰り道は全てどうでもよかったのでカット。

しちゃおっか、な、って考え、

先生「待て待てーい」がしっ

男「……。なんですか?」

先生「最近ウチの馬鹿娘、ああ、姉のほうだけど──やけに元気でさ、理由知ってる?」

男「本人に聞いてくださいよ。娘でしょう」

先生「家なんてほとんど帰ってないわ。ずっとあそこ、妹と住んでたところだもん」

だもん、て。

男「まぁ確かに元気ですね

先生「電話が凄いの。やばいぐらいに、出てないけども」

男「出ましょうよ」

先生「やだ。めんどくさい匂いがする」

実にビンゴだった。

男「…言っちゃえばあれですよ、俺と女の関係とか」

先生「あー…それね、患者のことなんて言わないしさ。秘密保護とかでまぁー言っちゃ駄目だし」

見破られて、というかバレてましたけども。

男「理由は知りません。けど何時だって元気ですよ───」

男「──副会長さんは」

先生「ん。おっけ、んじゃお大事に。薬飲めよ!」

今度こそカット、ぎゅるぎゅるぎゅる。

さーて、お次は暇を持て余してるからどうでもいいことするぞー。



男「こんにちわー」

部員「(カット)」

部長「わーたらしくんじゃん! 今日も来たのかーい!」

男「今日もきたのだーい」

部員「(カット)」

部長「めちくちゃノリがいい! なにそれ確変!?」

部員「(カット)」

男「(カット)。実は今日も見学したいんですけど…大丈夫ですか?」

部員「(カット)」

男「(カット)」

部長「じゃあこっちに来て! ほらほら、後輩ちゃーん!」

男「お?」

後輩「ぬぁー!? なんですぅ!? 幽霊でも見てるんですぅ!?」

男「今日は見学に来たんだ。よろしく頼むね」

後輩「け、見学…?」

男「なにその完全に疑ってる目は…」

後輩「狙いは…なんですか? 他にあるですよね?」

部長「コラコラ。確かに彼はたらしさんのサイテーボーイだけどさ~」

部員「(カット)」

男「ちょっと本気でやめてください…! (カット)、(カット)。後輩ちゃん、違うからね?」

後輩「うぅ~っ」

男「まだ怒ってるのか。昨日はあれだけ抱いてあげたのに…」

後輩「ピャー!」

部長「抱いて!? 抱いてってなんですのーぉ!?」

後輩「へ、へへへなへなへんな言い方やめてくださいですぅ! 違いますぅ!」

部長「後輩ちゃん。良いから聞かせてくれたまえ…」ススス…

後輩「ぴぃっ!」ビクン

部員「(カット)」

部長「だーいじょうびだよー……少しずつ聞くだけだから、いっぱいっぱい聞くだけだから!」

男「あはは…」

部員「(カット)」

男「(カット)」

部員「(カット)」

男「(カット)」

部員「(カット)」

男「(カット)」

部員「(カット)」

男「(カット)」

部員「カット」

男「(カット)」

部員「(カット)」

男「(カット)」

部員「(カット)」

男「(カット)」

部員「(カット)」

男「(カット)」

部員「(カット)」

部員「(カット)」

男「(カット)」

どうでもよくなりにつつ視界からも、カット。

男「………」

隙をみて─植物図鑑を確認、どうでもいいことになった。

妹が育てていた花を確認。全て図鑑に乗っていたものだとどうでもよくなる。

部室のドアに立てかけられていた──部長さんのらしき一枚絵。確認。どうでもよくなりました。

男「部長さん。さっき(カット)聞いたんですけど、花を他人に届けるのが趣味って本当ですか?」

部長「ぎゃー! なに乙女チックメモリー話しちゃってくれてんのー!?」



男「それって本当ですか? 今も続けてるとかだったら、凄いですね。めっちゃ乙女ですね」

後輩「続けてますですよ? ねぇ部長さん…?」

部長「ぎょあー! 後輩ちゃんが敵に回ったーぁ!」



男「あはは」

後輩「…先輩さん」

男「うん? なに?」

後輩「(カット)は見えてますか?」

男「ごめんよく聞こえなかった。なんだって?」

後輩「(カット)はちゃんと認識して会話してるです?」

男「うん。してるけど?」

後輩「…そう、ですか」

男「そうとも。あ、こういったトンカチもあるんですね」

部長「え? そうだよー花壇の手入れとかで結構重要なんだよー」



男「へぇーなるほど、よく見ると何だかいっぱいありますね。道具」

認識。どうでもいいものが増えまくる。

男「この長靴とか大きいなぁ」

どうでもよくなったので視界カット。

男「ふーん、なるほどなるほど…」

あら方どうでもよくなったかな。





後輩「もーなに言ってるんです先輩さんは。    が困ってますですよ」

男「ごめんごめん」

部長「ねぇたらしくん。ひとつ聞いてもいいかな?」

男「? どうしました急に?」

部長「後輩ちゃん。ちょいと彼氏借りちゃうぜ?」

後輩「え、はいです。返してくれれば大丈夫ですー」

男「ものみたいに言うな」



後輩「おおーシンクロしましたです」

部長「あっははー! じゃ、ちょっといいかな?」クイクイ

男「あ。はい」





男「どうしたんですか、校舎裏まで来て…」

部長「…その、ね」

男「?」

部長「後輩ちゃんに聞いてもわからないって、いうからさ…その君なら分かるかなって思って」

男「何がですか?」

部長「…女ちゃんって、好きな人が居たんだよねぇって話なんだ」

視界が回る。

部長「うちもそれとなーくわかってたんだけど、ね、けれど…」

男「……」

鼓動が高まる。

部長「女ちゃんと知り合いの君にならーもしよもしっ? 知ってるなら~…教えて欲しいなって、思って」

男「……」

部長「…あ、ごめんごめん! うそうそ! 忘れて今のは!? あははー!」くるっ

男「あの」

部長「んっ!? なになに!?」


──やっと世界がどうでもよくなっていく。


男「俺って実は女と兄妹なんです。苗字が違うのは…えっと色々と理由があって」

部長「えっ……!? 兄妹、なの……?」

男「はい。副会長さんに確認してくだされ分かると思います」

部長「あ、それでふくちゃんもすっごく事件のことを気にしてたんだ…」

男「…みたいですね」

しきりにどうでもいいものを増やしまくったものは。
この時、大きく、変化を見せる。

男「…」

それを彼女で確認させてもらう。

男「…だから言ってたんです、以前、女は」

世界をどうでもいいと──思わせる言葉を、聞かせろ。

男「──   のことが好きだとか」

見せろ。
感じさせろ。
記憶させろ。


部長「ッ………やっぱり、そうだったんだ……」


世界が真っ黒に染まった。

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