春香「インドア少女の秘めたる悩み」 (139)


土曜日の朝
太陽もぐんぐん上がってきて、少し寒い事務所にはもうすぐ皆集まる頃

いきなり高い電話の音が響く

あ、美希が起き……ないよね、うん。

電話をとったのは小鳥さん

すこーしだけ聞こえてくる相手の人は…
響ちゃん、かな?
どうしたんだろう




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1391281503


小鳥「そう、うん。…わかったわ。 これからはもっと早めに教えてね?何かあったら心配だから…。はい、お大事にね」

かちゃりと静かに受話器が置かれたのを確認してから

春香「どうかしたんですか?」

小鳥「響ちゃん、少し体調が悪いらしくて、今日はお休みするって」

でもインフルエンザじゃないみたいでよかったわ、と付け足して作業に戻る小鳥さん

体調不良…風邪かなぁ
昨日は学校だったし、響ちゃんも学校で貰ってきちゃったのかもしれない



大丈夫かなぁ、と心配していると
むっくりと向かいのソファから美希が体を起こした

美希「ん……あふぅ。響、今日はお休みなの?」

春香「うん、体の調子が悪いんだって」

美希「ふぅん…」

まだ眠そうな顔でどこかを見てる美希

美希「ねぇ、春香」

美希「響のお見舞い一緒に行かない?」



春香「ここ、であってる…よね?」

着いたのは、普通の二階建てのマンションでした。

美希「大丈夫だよ、ここにが、な、はって書いてあるもん」

お部屋は二階みたい。
…家族の子達の鳴き声とか、平気なのかな

『ピーンポー…ン』

………

美希「いないのかなぁ?」

春香「寝ちゃってるんじゃない?」


『ガタタッ……ドンッ』

春香「うひゃあっ!?」

『ワンッ!…カチャッ』


…鍵があいた、みたいです。


いぬ美ちゃんがしっぽをぶんぶん振りながらお出迎えしてくれました

美希「お邪魔しまーす、なの」

春香「お邪魔します…」

そろそろとあがる私たち

リビングと、もうひとつ部屋があるみたい
リビングの一番スペースの広いところにケージが並んでいて、中でワニ子ちゃんが眠っています


いぬ美ちゃんがドアを開けて入っていった部屋に入ると

美希「おはよー響、大丈夫?」


布団にくるまりながらベッドに腰かけている響ちゃんがいました。



とりあえずここまで

続きは明日にでも


淡い水色のカーテンから漏れでた光が、
長いまつげを軽く伏せた、響ちゃんの顔を幻想的に照らします。

寝汗をかいていたのか、お風呂に入っていたのかわからないけれど
肌がしっとりとしていることが見てとれました

美希「響ー?」

響「……うぇっ!?」

美希が顔の前で手を振ってようやく私たちの存在に気づいてくれたみたい。



響「な…んでいるの?」

春香「体調悪いって聞いたから、お見舞いに行こうって話になって」

響「…仕事は?」

眉を下げて不安そうに聞いてくる響ちゃん

美希「お休みしてきたよ?」

!?

響ちゃんは美希と私を交互に見て、固まってしまっています

美希「…冗談なの。ミキは午後からお仕事で、春香は今日はコラム?だっけ、書くだけだって」

…仕事が少ないってあっさりばらされちゃった気がする。



響ちゃんがいぬ美ちゃんの頭をぽんぽんと二回撫でると

首からへび香ちゃん
肩からはシマ男とモモ次郎
頭の上からオウ助
膝の上からウサ江ちゃん
足元からネコ吉とブタ太
そして、ちいさな手からハム蔵が飛び出して

いぬ美ちゃんは皆を引き連れてリビングに行ってしまいました。


響「せっかく来てくれたんだから、お茶くらい入れないとね」

ポーッとした、軽く赤みを帯びた笑顔で立ち上が…

春香「寝てなきゃダメだって!皆のことはこの春香さんにまっかせなさーいってね」

キラッキラのアイドルスマイルで答えたあと、美希によろしくねと伝えて

お粥を作りにリビングに向かいました。


春香が部屋を出てから三分くらいたつの。
ときどき向こうから
ふわぁっ!? とか あわっ!って聞こえつきてちょっと心配

響も座ったままそわそわしてる

…そういえば

美希「熱はないの?」

響「あ、うん。それほど高いわけでもないぞ」

美希「何度?」

響「え、と……」

美希「何度?」

響「ご、ごめん忘れちゃ」

美希「ちょっと体温計取ってくるね~」

響「ちょっと美希!まっ…」

出ようとしたらハム蔵とネコ吉が持ってきてくれたの!
さすが響のペットたち、ナイスプレーなの


美希「ひーびーき」

響「なに?」

美希「ふんぬりゃぁ!」

響「うがあぁあ!?」

響に向かって今ダーイビーンなの
ちょっと頭ぶつかっちゃったけど大丈夫だよね

それよりズボンを脱がすの!

響「ちょっ!美希、なんっ!?」

美希「体を冷やすには太い血管があるところがいいって律子、さんが言ってたの!」
ぐぬ…ガードが固いの

……まぁいっか、太ももに貼れればいいんだし

下からめーくろっと

美希「むぅ……アレ?」

響「あっ」

美希「これ、シップ?」


ますます響が顔をそらしちゃった

さっき立ったときにフラフラしてたからもしかしてと思ってたけど、気のせいじゃなかったみたい

響「えと、その…ね、」

昨日の体育のバスケットボールで、背の高いクラスの人とボールを取り合って、一緒に転んじゃったって、バツが悪そうに?だっけ、話してくれた

美希「歩けるの?」

響「それは平気さー!」

今にも走れそうなフインキでぐわっと立ち上がる響
うん、やっぱりフラフラしてる
正直不安だからカンベンしてほしいの


それから普通にお話して、たまにトランプで遊んだりしてたら

美希「寝るの超はやいの…」

響の読みかけの本に夢中になってたらもう寝てたの

ミキ、まだ3ページも読めてないのに、さすがにはやくない?

春香は春香でまだ向こうだし

美希「…それにしても」

美希「やっぱり、響はウソがへたっぴなの」

もうすぐハニーと待ち合わせの時間なの
今日の仕事はハニーとずっと一緒なんだし、気合い入れていかなきゃ!


鬱展開なの?





何この台所すごいキレイ…

一番に思ったのはそれだった

ピカピカの流しに汚れ一つないコンロ

調味料は見やすく取りやすい位置にずらりと並んでいて、おまけに料理本までセットされている

「そういえば響ちゃんA型だったっけ」

「えっと、ご飯は…」

使うものを全部広げて確認
お鍋を探すのにすこーし時間がかかっちゃった、かな
…そんなに音は出してないから迷惑はかけてない、はず

さてさて

「卵がゆ、作っちゃいますよ~っと♪」

時間がかかっちゃうのは申し訳ないけど
やっぱり美味しい方がいいもんね!



「いつだって、ふふふんふーん♪」

煮ている間はだいぶ暇なので小声でうろちょろ

あれ、乾かしてるのがいぬ美ちゃん達のお皿しかない?

朝ごはん食べなかったのかなぁ
やよいが聞いたらすっごく怒るだろうな
ほっぺた膨らませて、だめですよー!って



「おぅっ!? わったったった…」

セーフ、ギリギリセーフ

誰かに足にとっしんされて転びそうになっちゃった

「ブタ太?…とオウ助、どうしたの?」


犯人はミニブタのブタ太でした
力強いなぁ

オウ助はしきりに外!外!と言っています

「外に出たいの?さすがにダメだよー」

いい天気だから遊びたいのはわかるけど…
あれ?




「あちゃー…」

外はいつの間にかどんより曇っていました
黒い雲が青空をすっぽりと隠していて、今にも降りだしてしまいそう

あ、そうか
洗濯物しまって!ってことか!

「ありがとうふたりとも!」

皆も少しだけ手伝ってくれたので無事に取り込めました

あ、ちゃんと火の番はいね美ちゃんに頼みましたよ?


>>17
それは大丈夫、なはず
ちょっと暗めのが苦手ならバックおすすめ


うわあ …うわあ
やばいすごい恥ずかしい
誤字指摘ありがとう

また昼にでも


「っんよし!」

生乾きの洗濯物を中でかけ終わったちょうど
美希が部屋から出てきました

「響も寝ちゃったし、そろそろ事務所に戻るね」

「わかった、仕事頑張ってね!」

「もちろんなの!春香も頑張って」

「うん!」

……うん?

なんか含みがあったような…
まあいっか



おかゆはもうばっちりできました

響ちゃんはまだ寝てるみたいなので、お仕事でもしながらゆっくり待ちます

なーんて思ってたら

「美希…?」

寝るのが速いとは聞いたけど起きるのも速いとは…

「美希はもう事務所に戻ったよー、おかゆ食べる?」

「……、うん」

気づけばもう11時半、お日様もしっかりとあがっていることでしょう
…曇ってるけど



「いただきます」

「召し上がれーっ」

本で確認もしたし、味見もしたし大丈夫!自信はたっぷり、愛情もたっぷりです

「おいしい!」

響ちゃんの顔がぱっと明るくなりました

とりあえず一安心…ふう。

あ、そうだ

「響ちゃん、朝ごはん食べてないでしょ」
「…うん」

「昨日の夜ごはんは?」

「そ、それは食べ」
「ヂュゥウイッ!」

あ、食べてない、絶対

「ちゃんと食べなきゃダメだよー?」

「うぐ…ハム蔵ぉ」

「ヂュッ!」




食べ終わったお皿の片付けをして、また響ちゃんはお部屋に帰っていきました

もちろん私も一緒に中に入ります

「あっ」

ベッドのそば。
小さなテーブルの上に置かれた本には見覚えがありました

それは、小さな男の子が願い事を叶えるために不思議な世界で冒険をするお話

映画化されたときの曲が大好きで、思い出深いものなんです

ちょっと読ませてもらおうと手をのばしたそのとき

「ぁぐっ」

ちいさなうめき声が聞こえたような


「響ちゃん?」

「ん?どうしたの、春香」

明るい声で返してくれたけど見逃さなかった

一瞬、本当に一瞬だったけど
顔を歪ませた響ちゃんが見えた

ぼふっとベッドが急に沈んだ音が聞こえた

何より、響ちゃんの手が足に触れようとしていたこと

「足、どうしたの?」



「あ、…これは、ね」



響ちゃんの嘘は本当にわかりやすい
いつも話をするとき、ジッと目を見る響ちゃん

でも、嘘をつくときだけは話の途中で目を何度かキョロキョロとさせて

いつもぱたぱたと動く手が止まる癖があることを、事務所の皆もたぶん知っています

よく見ないとわからないこともたまにあるんだけど

本当に言いづらいことなのか、すごくわかりやすい


「で、だからこれは全然だいじょう」

「…本当は、どうしたの?」

聞きにくいことだけど
やっぱり嘘をつかれるのは嫌です

それに、なんだか今理由を聞かないと
取り返しのつかない事に、なってしまいそうな気がして

「私じゃ、話し相手に…なれないかな」

驚いた表情が
ゆっくりと、どこか憂いを帯びた笑顔へと変わっていきます



「……あのね」



『新曲のダンスが、歌が、…どうしても上手くできないんだ』


驚いてはいけなかったのかもしれない

そう後から思っても遅くて

「えっ」
と、軽く言葉が漏れてしまいます


ダンスがとても上手で、真といつも対決をしている響ちゃん

歌が好きで、千早ちゃんと真剣に話をしている響ちゃん

何度も何度もそんな光景を見てきた私には

響ちゃんが"できない"と言う印象が
どうしてもなかったんです


「長くなっちゃうんだけどさ、聞いてくれる?」

響ちゃんの表情は、部屋が暗くてよく見えませんでした。

雨粒が窓を力強く叩く音だけが
静かに、部屋に響き渡っていました。



「自分ね、プロデューサーから新曲の音源を渡されたとき、それはもう嬉しくて」

「どーだ、いいだろーって事務所の皆に、ハム蔵達にも話してさ」

「こんな歌を歌えて、踊れるなんて本当に幸せだなって、思ってたんだ」


「でもね、なんでかな」

「思ったように歌えなくて」

「ディレクターさんにも何回もダメだって言われて、また収録して」

「そしたらさ、スタッフさんが気をきかせてくれてね」

「今度はダンスをすることになったんだ」

「歌はダメでも、ダンスでイメージを掴めればできるかもしれない」

「新しい道が開けるかもしれない」

ぽつり、ぽつりと
頭の中の話したいことを整理して話してくれる響ちゃん

窓を見つめて話す彼女の背中は、いつもより小さく見えます


「でもね、できなかったんだ」

そんなに難しい振り付けじゃないはずなのにね、と

小さな声で自嘲して
また話はじめる



「もちろん自分だって、中途半端で終わらせたくないからさ」

「一人でスタジオを借りて、仕事の合間合間に時間を見つけては練習したんだ」

「でもね」

「一昨日くらいかな、言われちゃったんだ」




「『あんなに凄かった響ちゃんはどこに行っちゃったの?』…って」




現場でそんなことがあったなんて初耳だった
響ちゃんの様子から察するに、プロデューサーさんにも話していないんだろう。

そんな衝撃的な話をまるで他人事のように、あるいは遠い昔の思い出のように
明るくさらりと話す目の前の小さな女の子に

…どうしても言葉が見つからなくて

ただただ黙って耳を傾けることしかできませんでした



彼女は続けます

「自分は明るい現場で仕事がしたかったんだ」

「だから、皆と話して、皆で遊んで、皆で…」

どこに行って何をしたのか、何が楽しかったのか

先ほどよりもリズムよくぽんぽんと出していく
話すごとに体が左右に揺れて、ポニーテールがゆらゆらと動きます

「好かれるのは簡単だったぞ」



「けどね」

くるりとふりかえった響ちゃんは


「見限られるのは、もっともっと簡単だったんだ」


笑顔でした。




息がつまる。

頭はフルスピードで動いているのに、なのに、口はぽかんと開いたまま動いてくれません

話が、話が終わる前に…

「で、焦って…躍起になってこうなっ」

「ちがうよ!」

やっとの思いで口にした言葉は

否定の言葉でした



突然のことに、細めていた目をぱちりと開けて私を見つめる響ちゃん

私は私で、…自分に驚くばかりで言葉が続いてくれません

なんとも言えない空気感
時が止まってしまったかのような長い沈黙
厚い雲がかかってしまったのか、部屋が一段と暗くなっています



「あの、その」

「春香」

「な、なに?」

「…ちょっと疲れちゃったみたいだから寝ることにするね。何かあったら起こして」
「あ、…うん!おやすみなさい」


枕にぽふりと顔を埋めてすっかり眠る体制になってしまった

…帰ってくれ、とは言わない響ちゃんはやっぱり優しくて

私の知っているいつもの響ちゃんでした。






「……はぁ」

どうして

なんであんなこと言っちゃったんだろう

私、何が嫌だったんだろう

開いたノートも芯を出したペンもそのままに、ただ外の景色をじっと見る

まるで私の心を表しているように雲が… やめとこう、なんか恥ずかしい。

いつの間にか雨も止んでいました



動かないペンの代わりをするように
シマ男がカリカリと音を立ててご飯を食べて

いぬ美ちゃんはうさ江ちゃんに寄り添って

それぞれが思い思いの過ごし方をしているのを見ると、少し気持ちが落ち着きます。

あれ?

「ハム蔵…?」



「あれ、…あれっ?」

いない

キッチンにも、棚の間にも

どこにも



「えぇと、ぇ…」

何処か見落としがないか小走りで部屋を回る

玄関は美希が出たあとにきちんと閉めたし、何か見たら言ってくれてるだろうし

キッチンも、ちゃんと……

「…ひゃっ」

冷たい風が熱くなった首筋を撫でていきました

「っ…窓が開いてる!」


外に出ちゃったんだ…!

はやく、はやく探さないと…






「ハム蔵ーっ!ハム蔵ーっ!?」

口から出る白い息が次々に寒空に溶けていきます

ばしゃばしゃと足下にはねる雨水も
…周りの人からの視線だって、気にしないんだから!


「公園にも…いないかぁ」

いつも事務所や外を駆け回る響ちゃんの苦労がやっとわかった気がする…

「私が、窓を開けたままに…してたのかな」

記憶がぼんやりしててよくわからない

「ハム蔵ー…」


「おや」

「…天海春香、ですか」

「ヂュッ!」



「チュィ?」

「いえ…真か、やよいを連れてくると思っておりましたので」

「しかし、ハム蔵殿が選んだのなら、それが一番良いのでしょう」

「ヂュッヂュッ!」

「では、後は頼みますね」

「ギュ!」




「ハム蔵ー!どこーっ?」

「チュッ」

「! ハム蔵!」

「わ、た、ちょっと止まっ…」

「うわあぁぁっ!?」

…地面が凄い勢いで近づいて来ました。

「ヂュゥイッ!」



うぅ、なんか目に砂が入っちゃったみたい


「あたた… あぁ、上着が…」

少し泥が着いちゃった、かな
あぁもう…なんか今日はついてないなぁ

「ヂュッ!」

「あ、ハム蔵まっ」

「ハム蔵!!探したんだぞーっ どこ行ってたんだよー!」

「えっ?」





目の前でハム蔵を撫でている女の子は
ポニーテールで、身長が低くて、少しツンとした声をして…

「響ちゃん!?」

あれ?
……あれぇ!?

か、風邪で今お家で寝て

「あぁーーっ!!」

「お前、765プロの…春香!そんなところで何してるんだ?」

「あ、もしかしてハム蔵を探してくれてた…とか?」

「え?ぅ、うん」

「そうだったのか、ぇと… ありがとう」

「お、お礼は言ったからな!それじゃ、ばいばーい!」

「えぇ!?」


「…これ、どうなってるの?」

跳ねた冷たい雨水が、足をつうと伝います
「っむぁいた!」

ほっぺたもちゃんと痛い

あれぇ…?



突然鳴り響く機械音
携帯のライトが着信を知らせます

「プロデューサーさん?」

今日は外に出るお仕事は何もないはずだけど…

「はい、天海です」

「春香?今どこにいるんだ?」

「え?えーっと」

辺りは背の低い木と一戸建ての家がいくつか
目印になりそうなビルは随分と遠くに見えます。

「…わからないです」

電話の向こう側から小さなため息がひとつ

「…とりあえず携帯のナビ機能使って事務所に来なさい」

この時間からレッスンしましょうって、約束しただろ?と、諭すような声

「事務所で待ってるから、荷物持って早めに来いよー」

「あっ、はい!ごめんなさい!」

…そんな約束してたっけ?

まあ、とりあえず事務所に

「…あっ」

バック、響ちゃんのお家に置いたままだ…





目の前はまっくら
頭まで布団を被ったせいで、息がこもってちょっと苦しい

ついさっき、ドアが閉まる音がした
きっと春香が出ていったんだろう

音の大きさから考えると、もしかしたら怒って出ていったのかもしれない。

こんな自分に嫌気が差したのかもしれない。

どっちにしても悪いのは自分で
でも、後悔しても今更遅いのはわかりきっていて

挫けてしまう弱い自分がいやで

何度繰り返してもできないことにただイラつくばっかりで。

…もうこのまま明日になるまで寝てしまおうと思っていたとき


玄関のチャイムが鳴った。



重い体を気力と根性で動かして歩く

春香だったらと思うと気が重いけど、きちんと謝らないといけない。

受話器をとる前に、一回深呼吸
…よし

「はい」

「こんにちは、響。体調の方はいかがですか?」

「…貴音か?」

「ええ、少し渡さねばいけないものがありましたので参りました」

「あぁごめん、ポストに入れておいてくれる?…今、ドア開けられるような格好してなくてさ」

まぁ、普通に寝間着なんだけど

「わかりました。気分が悪くてもしっかり食事をして、睡眠を取るのですよ」

「うん、わかった。わざわざありがとね」


しばらくして、ガコンと何かが入った音がした。



中に入っていたのは手紙と小さな箱

手紙には自分の体調を心配する言葉と箱の中身について書いてあった。

箱の中には以前自分が声を入れたゲームソフトと本体が入っているらしい
時間があればやってみてほしいと事務所に届いたみたい

結構面白そうなゲームだったし…
今の気分を紛らわすにはちょうどいいかも

…というか、春香バック置きっぱなしじゃないか
取りにまた来るかもしれないし、そのときにちゃんと謝ろう。
それがいい、そうしよう。


でもなんだかすごく眠いや

起きたら、あとでゲームをやろう

あとで…






「響?…響と春香って、プライベートで会うくらいの仲だったのか?」

レッスン後の他愛もない会話の中に出たこの一言で
やっと私は何かがおかしいことに気づきました。

小説や漫画にしかないと思っていた別の世界というところに、何故だか来てしまったみたいです


この世界では

アイドルアルティメイトというトップアイドルを決める番組があって

私はその予選を着々と勝ち進んでいるということ

…我那覇響は、961プロ所属のアイドルだということ


でも、家に帰ってから調べても
貴音さんと美希についてだけは、何もわかりませんでした。




事務所からの帰りに迷い込んでしまったあの道に行ってみても、元の世界に戻るなんてことはなかった。

必死に調べている内にわかったことは
絶対にトップアイドルなる!というプロデューサーさんとの約束と

「響ちゃん」と書かれたDVDがあること。


「見れば、何かわかるかもしれないよね」

ポータブルのDVDプレイヤーを引きずり出してロードする。



それは

…一言で言ってしまえば、何の変わりもない音楽番組だった。

駆け出しのアイドル達が歌って、踊って、最後に司会の人と少しだけ会話をして去っていく

ただそれだけだった



彼女が現れるまでは



キレのあるダンスと力強い歌声

開かれた青い瞳はカメラを捉えて離さない

薄くひかれたルージュに
しなやかな指先

動きに合わせて踊る艶やかな黒髪

金色のステージ衣装をライトが華やかに照らし、彼女だけの舞台を造り上げる。


目を奪われるというのはまさにこの事だと、初めて実感した瞬間でした。




私なんかとは、違いすぎる…




舞い上がる歓声がゆれる頭に響く

初めて見る響ちゃんの一面に、驚きと、
…妙な安心感を覚えている私。


明日になったら
明日があるなら、プロデューサーさんにもっと響ちゃんのことを聞こう。


携帯電話を握りしめて
今はただ、眠るだけです




《準々決勝まで、あと二週間》






左の頬に鈍い痛み
あと、なんか重い、お腹が重い

ネコ吉か誰か乗ってるのかも…

『…おーい』

『ねぇってば』

…自分、こんなに寝言酷かったっけ

なんか電気も点いてるみたいだし
もったいないから消しに…

「ん、ぅ…」

『おっ!おはよう』

「おはよ…」


「!?」



「………」

『痛いいはいいぁっ…!』

『って!なんで自分のほっぺたをつねるんだ!もぉ…』

「…え?いや、キミ」

『あーいいから、取りあえずコレ』

乱暴に投げられたのはゲーム機とソフト

『起きたらやるって、言ったでしょ?』



自分は、まだ夢を見ているのかもしれない…

人間ホントにびっくりすると声出ないんだなぁなんて
ぼーっとした頭で考えてた





あんまり乗り気じゃないけど、ゲームを始める

「なんだこれ?ザ・アイドルま」

『アイドルマスターSP、パーフェクトサン』

貰ったソフトと違うじゃないか
こんなゲーム見たことも聞いたこともないぞ

『はいスタート』

「あっ!」


ボタンを押されてテンポのいい音楽が流れる

というかこれもうデータあるじゃないか

『まあまあ、どうせ暇なんだから』

背中から抱きしめられるような形でくっつかれて
自分の手に手を重ねて、ほぼ強制的に操作させられる

「だからって勝手に始めることは―」


《おはようございます!》


少し大きめの音で、馴染みのある声が耳に届く


「…春香?」


後ろの奴が、楽しそうにケタケタと笑った




「なんだよ、これ、ねぇ」

こんなゲームがあるなんて聞いてないし

プロデューサーも律子も何も言ってなかったはずだ


質問への答えはない

嫌な想像ばかり膨らんで、
手がだんだんと冷たくなる

事ある毎に表示される見知った人の名前も見たことがあるような景色も

肩に乗る頭の暖かさに気を取られて
頭に入ることなんてなかった。



今にも思考が停止しそうな状態
それでも止まらない
何度止めようと思っても、手をがっちりと握られてしまう

後ろはさっきから喋らないまま
正解の場所まで指を動かすのは後ろから
ボタンを押すのは自分


《パーフェクトコミュニケーション》

《パーフェクトコミュニケーション》

《パーフェクトコミュニケーション》


ミニゲームで間違える度、手に爪をたてるのは勘弁してほしいと
抗議をしようとした瞬間


背筋が凍る。


がらりと変わったBGMと共に出てきた新しい登場人物


これ、

『キミじゃないよ』


『…自分だ。』


突然の声に振り向く
意識してあらためて見る
彼女の顔は





泣きはらしたような顔をしている。

そう気づいたのは、ステージ用の薄いメイクを落とした後でした



不定期におかしな挨拶をするプロデューサーさんにも慣れた頃

この世界の響ちゃんについてわかったことがたくさんある
それと同時に心配なところも見えてきたり

「ごめんなさい!ちょっと用事があるのでお先に失礼しますっ!」

一緒に帰れない事を伝えて
髪で隠れた彼女の背中を探します。


着替えに少し時間がかかっちゃったけれど
この後にお仕事が入ってないとしたら、まだ近くにいるはずだよね





「あっ」

見つけ

「あぁっ!」

私の姿を見た途端、突然の全力ダッシュ
隣のいぬ美ちゃんに負けてないよあの速さ

じゃなくて、追いかけないと!






「うぅ~、見つからないよ」

足もふらふら、太陽も西に傾いてきています

帰りの電車に間に合うか不安…


「あれ?」

ふと、目に留まったのは大きな黒い影
姿を隠しても影は隠せないっていうのは、頭隠しても尻隠さずになるのかな


そんなことはさておき



「響ちゃんっ」

「うわぁ!春香!? かなり遠くまで来たのになんで…」

正直いぬ美ちゃんに凄く助けられました

「会った途端に逃げることないでしょ…」

「だ、だって…極悪事務所の三流アイドルには関わるな!って言われてるし」

「だから、極悪事務所でも変態事務所でもないってば!」


響ちゃんはなぜだか
765プロと事務所の皆について間違えた認識をしているみたいです


「それに、春香と話すことなんてないでしょ?」

あ、傷ついた。今すごく傷ついたよ私。



気にしない、きにしない。

「えっ~と、ね」

「皆のモチベーションを下げるようなことを言ったり、まだ控えてる子に自慢したり…」

「他の子に嫌われるようなことをするのはやっぱり良くないよ」


周囲に嫌われろ
王者は常に孤独であるべきだ

そんな961プロの方針に従って行動している響ちゃんが
私は心配で仕方ないんです
今響ちゃんの目が赤いのは、本当は辛いからなんじゃないかって



「そんなことしてたら響ちゃん、トップアイドルになっても誰にも相手にされなくなっちゃうと思う」

「そんなの…、そんなのダメだよ!」


トップアイドルになるために一緒に頑張る他の子達に嫌われるなんて
そんなのムチャクチャです



「でも―」

「ワンッ!!」


「…いぬ美ちゃん?」

「…ごめん春香、自分、用事できたからっ!バイバイっ!」

さっきとは比べものにならないくらいのスピードで
リードを離されたいぬ美ちゃんの後を焦った様子で追いかけていく。


あまり深くまで聞いてはいけないのかもしれない
前を走る彼女のあの笑顔を思い出して、足がすくみます。


「…ううん、行こう」

行かないより、行って後悔するほうがいい
きっと、そうだよね





「…春香」

「ついてきちゃった」

ふにゃりと諦めたように笑う

その腕の中には

「みぃ」

痩せた子猫が抱かれていました。



「たぶん、親においていかれたんだと思う」

「自然界で生きていけないって判断された子はね、こうされることがあるんだ」

怯えたようにバタバタと暴れる子猫
よく見ると後ろ脚の動きがぎこちないことがわかります

「よくここまで大きくなったね」

爪で何回もひっかかれた手を頭に乗せると
逆立った毛が戻り、目を細めて喉を鳴らしだす



「その子…」

「連れて帰る」

「でも、もうすぐ本選も始まっちゃうし」

「それでも連れて帰るよ」

「…どうして?」

響ちゃんには
ちょっぴり悔しいけど、私よりたくさんの仕事がある

それに、ここでも同じように家族の皆がいる

やっぱり大変なんじゃ

「…かわいそうだからって、ただそれだけじゃないぞ」

「この子のことが気になるから、一緒にいたいから連れて帰るんだ。」



まっすぐな思いのこもった視線が私を突き刺す。



「…あっ!自分まだ散歩の途中だったんだ!」

「そうだったの?ごめんね、なんだか邪魔しちゃったみたいで…」

「ううん、気にしてないさー」

「あぁ、それとね」

「なあに?」




「春香もそうだけど、最近他もどんどん成長してきてる」

「自分、負けるつもりなんて全然ないけど… トップアイドルには一人しかなれないんだ」

「春香は甘すぎるんじゃないかな」







照れたように笑いながら
『自分は昔のキミだ』と

詳しく話を聞く間もなく、ストーリーは進む

後ろの自分は
たまに興味のありそうな声を出して画面を覗き込むこともあれば
目をそらして他のもので遊ぶこともある

春香がオーディションで受かる度に自慢話をしたり
かと思えば黙り込んだり

良い人なのか、悪い人なのか

正直、よくわからない。



「…ねぇ」

「昔の自分は、自分の家に何しに来たんだ?」

『何って、このゲームをさせるためだよ』

「それだけ?」

『それだけ』


「…正直、これなら自分でやれるぞ」

『なんだ、自分でやる気出てきたのか?』

『さっきまで期待してたゲームと違ってやる気なくしたー、とか思ってたくせに』

「うっ、うるさいな」



あれ、ちょっと待って



「…なんで、自分がそう思ってたって知ってるの?」

『そりゃあ自分の事だからね!わかるのなんて当たり前でしょ?』

『一応の未来にこうやっているんだし、キミが考えてた大体の事はできると思うぞ』
自分が考えたこと…

『そう、例えば…』





『キミの代わりに自分がトップアイドルになる、とか』


『あれ?違った?こういうの、漫画とかだとよくあるパターンだって聞いたんだけど』

愉快に笑っている目の前の自分に寒気がする

『それか春香を… あっ!』

『そうだ!勝負しようよ』

「…勝負って、どんな」

『キミがもしこのゲームをクリアしたら自分は何もしない』

『クリアできなかったら自分が代わりになる!とか』

『うんうん!それがいい!そうしよう!』

「ちょ、ちょっと…っ」

『あれ、ダメか?やっぱり自分の助けが必要?』

「そ…そんなことない!」

『そうだよねぇ!』

とても嬉しそうに口角をつり上げるもう一人の自分




『…だってキミは、カンペキなんでしょ?』



『ねえ、やってみせてよ』




手に汗が滲む

捻くれた空想が現実で暴れだす前に

早く目を、覚まさなくちゃ。







「本日のオーディション合格者は…」

「2番と1番の方、それと6番の方以上です。おめでとうございます」

「呼ばれなかった方は―」



「準々決勝合格おめでとう!バッチリだったよ」

「よかった…じゃあこの調子でもっとがんばりますっ!」

「おう、事務所で社長に報告したら今日は終わりにしようか」

「わかりました!すぐ着替えてきますねっ」




今日は、いや最近は本当にオーディションのレベルが高くなっている気がする。


とくに響ちゃんのパフォーマンスは
よくできたかもしれないなんて喜ぶ気持ちを、一瞬で吹き飛ばしてしまうほどに

カメラに映るその姿は大きくて
憧れと一緒に…怖いとも思ってしまいました

待機の時点で、皆とは何か違くて
カメラさんも、音声さんも
私じゃなくて
自然に吸い込まれるみたいに響ちゃんの方を見てた


「私も、もっともっと頑張らないとね!」


さて、着替えも終わったし
プロデューサーさんのところに戻って…

「きゃっ」

「あぁ、ご、ごごめんなさい!大丈夫ですか!?」



「怪我とかしてないですか?」

「…大丈夫ですっ!…合格、おめでとうございます。それじゃ」

「え?あのっ…」

涙で潤んだ目で私を見ると
おぼつかない足取りで走っていってしまった


「あの人…」

「さっきのオーディションで、落ちた人だ」



ぐしゃぐしゃになったメイク、くずれた髪と衣装

『もし、途中の予選や、本選で敗退すれば……』

『敗者の汚名だけが残り、たいていはそのまま引退、というケースが多い』

社長が教えてくれた言葉が
まさに今のあの人を表しているのかもしれない

「わたしも…」

「春香ー?そろそろいいかー?」

「あっはい!今いきます!」






「ごめんなさい遅くな…どうしたんですか?」

お腹をおさえてうずくまるプロデューサーさん

「子猫…触ろうとしたら親猫に殴られた…」

「殴られ?…あ」

指さす先には肩に乗っているあの子
物珍しそうにキョロキョロと首を振っています

「あいつのペット、いつも勝手に飛びついてくるくせに今回は引っ掻かれるし…」

「まぁ、まだ小さいですから、ね?」

「それはそうなんだけどさ…」



「というか、今親猫って言いませんでした?」

「あー、なんか猫っぽいだろ」

「こっちから構うと嫌がるし、何もしないと突っかかってくるし、」

「変に素直じゃないから甘えにこないし…そこは違うか」

「あれで本当に寂しくないって言いきれるのか… 春香?」



「春香ー?」




「私、ちょっとお話ししに」

「…これから収録だって言ってたぞ」


「でも、まだ時間は」

「春香」

「…響が心配なのはわかるけど、俺達だってあまり時間がないんだ」

「明後日にはまた違うオーディションが控えてるし、レッスンもある」


「…今日はもう帰ろう」

「…はい」






「お疲れさまでしたーっ」

扉の静電気に注意して外に出ると
高い空に浮かぶ、ぼんやりとした月が見えました

「うぅ、さむい…」

マフラー、してくればよかったかな




「…おしるこはじめました」

自動販売機の冷めた光に、でかでかと貼られる魅力的な言葉

こんな時間に飲んだらお腹が…

「ちょっとだけ、ちょっと…だけ…」

寒くて外すのがいやで
手袋のままチャリチャリと小銭を数えます


チャリン


「あれっ?落としたかな」

音からすると100円玉とかそのあたりの…

「…なにしてるんですか?」



「へぇっ!?いや、これはそのっ」

どどどうしよう!見られた!?
私、下覗いてる姿を見ず知らずの人に…っ

「えーっと…」

恐る恐る顔をあげると
気まずそうに赤い頬を掻きながらこっちを見ている

「あ、…響ちゃんかぁ」

知らない人じゃなくてよかった…
いや、よくないんだけど



「えへへ、恥ずかしいところをお見せしました…」

「…あぁ!春香か!」

「いま!?」

会うたびに地味に攻撃されてると思うのはきっと気のせいじゃないはず

「いや、変装してたからさ」

「今日はそれほど意識してないよ…」

「…ごめん」

あ、謝られてもなんか…ううん…




「で、なにしてたんだ?」

「あの、100円落としちゃったかもしれなくて…」

チャリン

「あれっ?」

モシモシ!

「…それ、オウ助の声なんじゃないか?」

「えっ!? えぇ~…」

恥ずかしいやら、ほっとしたやら
どっと疲れがきた感じがします


「とりあえず人前では気を付けないと、ファンの人が見てるかもしれないし」

「そうだよねー…」

「でも、響ちゃん会場では」

「あ、あれは一応ファンの人いないからいいんだ!…たぶん」

わたわたと手を動かしながら話す響ちゃんは、まるで小動物みたい

あ、おしるこおいしい



「…やっぱり、猫っていうのはあってるのかも」

話そうとすると逃げられて
なんでもないときに話しかけられて

「なにが?」

「プロデューサーさんがね、響ちゃんが猫みたいだ、って」

「うぇえっ!?765プロが!?」

おぉ、驚いてさらに激しく…

「じ、自分は同じネコ科ならライオンがいいぞ!」

「百獣の王で、強くて、春香なんてペロッと食べちゃうくらいこう…かっこいいヤツ!」

「…ふふっ」

「わ、笑うなぁ!」


なんだか、こうやってのんびり話をするのも
こっちに来てからはじめてで、久しぶりで嬉しいなぁ




「そういえば、響ちゃんこれから収録じゃなかった?」

「オーディション後だからって、ずらしてくれたんだ。今はオウ助の散歩中」

「そのあとは何かあるの?」

「自主トレだけど…なんでそんなこと聞くんだ?」

「えっと、時間があったら遊んだりしたいなって思って」

「うーん、それはいいや。一応自分忙しいし」

空を見上げて、当然だと言うようにさらりと答える彼女の横顔は
誰かを探しているようにも思えました。


「…それは、」




「やっぱり黒井社長が言ってるから?」

「違うよ」

「…自分は、黒井社長のやり方が本当に正しいのか…今はちょっとわからないけど」

「それでも、自分のことをスカウトしてくれて、部屋だって用意してくれて」

「ここまで961プロのやり方で来たんだし、961プロのやり方でトップアイドルになりたいんだ。社長のためにも」

「でも、黒井社長は」

「自分が今勝ってるから優しくしてくれてるのも、わかってる」

「ようは、勝てばいいんだ!だから自分はこのまま頑張るよ」

「…そうなんだ」

「…あはは、ごめんね、なんかヘンなこと聞いちゃって」

「いや、別にそんな」

「もう遅いし、私帰るね!響ちゃんも気を付けないとダメだよ?」

「えっ、ちょっと」



「春香…?」









「あっ…」

『ギリギリ合格、かな』

「危なかった…」

『やっぱりヘタだなぁ』

「うるさいっ」



いつからかついていたテレビは暗いニュースが淡々と流れている
お互い画面を睨んだまま話さないっていうのは、よく考えると変な空間だと思う

『思い出使わないの?』

「使わない。決勝で一気に使って倒すんだ」

『うわぁ…ちょっと悲しいぞ』

「…961プロは楽しかったのか?」

『うん?』

「だから!…その、大変だったり」

『…その話はあとにしようよ、それより!』

プツリとニュースが消えて、ゲームの音が大きくなる

『自分は、キミのことが知りたいかな』

『765プロでどんなことがあったのか聞いてみたかったんだ』

「…自分の事なんか聞いたって、面白くないよ」

『なんで?』



「だって自分、…このゲームの自分みたいに強くないし」

「最近何だかうまくいかないし、さっきだって、関係ない春香に…やつあたりみたいなことしちゃったし」

「自分はもう…」

『…カンペキだっていつも言ってるのにできないのか?』

「それは!その…っ!」



暗転。

ゲーム機が落ちた音がした

ベッドに押し付けられた手に
髪を巻き込んで倒れた背中

頭がゆれて、目の前がチカチカする


『ひとつだけ聞くね』

『このストーリーの最後の最後、自分がどうなるか決められるとしたら』

『キミだったら、どうする?』


自分の登場を知らせる音楽
オーバーマスターが、部屋に激しく反響していた










「…こんな悪役なんだからボコボコにされるのが当たり前なんじゃないのか?」


「というか今から自分がそうするから。アレで」

見えたのは、大きく目を見開いた顔と笑った顔


『あははははっ!それっ、あのレベルで?レッスンだってまともに…っ!』



『ふふっ…はぁ、なんか疲れたなぁ、キミのせいからなー?』

「勝手に笑ってたんでしょ!いいとこなんだから邪魔しないでよ、あとくっつくな!」

『散々笑ったお礼にちゃんと質問に答えるからさー、許してよ』

「…本当にちゃんと答えるの?」

『キミもこっちの話をしてくれるならね』

「それじゃ結局何も変わらないだろ!?」

前よりもどこかぬるい空気の中

勝負は後半戦に差し掛かる








「お疲れさま、合格おめでとう。よかったぞ」

「お疲れさまでした」

「…春香、最近元気がないな。何かあるなら話してくれよ」

「いえ、ちょっと…周りの子が気になっちゃって」

「周りの子?」


「私、この前…オーディションで落ちた人に会ったんです」

「何か酷いことでも言われたのか?」

「そうじゃなくて、…また私が勝ったらあの人みたいに悲しむ子がいるんですよね?」

「そんなのなんだかやりきれないですし、…オーディションもレベルが高くなってます」

「いつか負けるってわかってるなら…悲しむ子が減る方が」

「そんな考えはよくないな、春香。負けるかじゃなくてまずは勝つことを考えないと」


「…少し前までの春香はそんなことなかったはずだ。響にも言われたじゃないか」

「少し前の、わたし?」


少し前の私って
私が来る前に、ここにいた私?


「春香?どうした?」

「…っごめんなさい!先に、帰ります」

「春香っ、ちょっと待て、おいっ!」

「いったいなんなんだ…?」





「あった。」

見るのが申し訳なくて、バックに大事にしまっていた日記
ここにいた私の記録

プロデューサーさんと初めて会った日のこと

響ちゃんと初めて話したこと

私の知らないことが、鮮やかに紙を彩っている

「これ」



そこには、他の子達と私の実力について悩んでいることと
それがもう解決していることが書かれていました

「同じようなことで悩んでた…?」


私なりの答えを見つけました。

その一文が頭をまわる

いったいどんな答えを見つけたんだろう

「…わからないよ」

私だけど私じゃない私の考えなんて、わかるはずもない

見つけた答えは

「どこにあるのかなぁ…」







「もしかしてこれのこと?」

「ひぇっ!?」

急な仕事によりこれ以上書けそうにないです。
依頼を出しておきます。

また、機会があるならこれに似た物を書くかもしれません

ありがとうございました

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