憧「しずちょこ!」(146)
ID:v2niQyi70の代行でー
>>1
代理ありがとう!
【1】
憧「割れないよう慎重に重ねて、っと」
憧「よし!」
憧「できたー! 手作りマカロン!」
憧「ああー。思ったより手間取ったあー」
憧「でもいい感じ。これならアイツも気に入ってくれそう!」
望「おっ、その様子だと完成したの?」
憧「うん。あとはラッピングすれば完成ってとこ」
望「案外サマになってるじゃない」
憧「美味しそうでしょー」
望「どれ一つ味見を」
憧「ちょ、お姉ちゃん!?」
望「なんてね。冗談よ」
憧「もー……」
望「ごめんごめん」
憧「ま、元々お姉ちゃんにもあげるつもりだったから、明日もらえなくてもいいってんなら食べてもいいけどさ」
望「あー……。そんなら、今食べるのはよしとこうかな」
憧「それまたどうして?」
望「14日にもらえないってのもなんか寂しいじゃない」
憧「ちぇ。今食べてくれれば一人分ラッピングの手間が減ったのに」
望「あはは。横着ねー」
憧「そのぶん他の包装にエネルギー使いたいんだもん」
望「へー。他の包装に、ねえ」
憧「それじゃ。手元見られてると作業しづらいから、悪いけど少し離れててくれる?」
望「ははーん。なるほどねー」
憧「なによそのニヤけ顔は?」
望「いやね。いくつか見るからに特別なマカロンがあるから何かと思ってたんだけど、そういうこと」
憧「そっ、そういうことって何よ!?」
望「義理とは別に、時間をかけてラッピングしたいマカロンがあるんだなーって」
憧「……もう! いいからあっちいってて!」
望「ファイトだ妹」
憧「ったく、もおーっ」
苺色とチョコ色。
2色の丸いマカロンがズラッと並ぶ中に、いくつか形の違う特別なマカロン。
憧「ハートのマカロン」
あたしの、本命チョコ……。
憧「ちょっと左右のバランスがイマイチかな?」
少し歪んだハートには、あたしの製菓スキルの低さが露骨に反映されてしまっている。
でも要は気持ちと味だよね。
そんな都合のいい理屈で自分を納得させた。
憧「気持ち、届くといいなあ……」
入れるかどうか迷った告白のメッセージカードは、けっきょくラッピングの中には封入できなかった。
 ̄ ̄ ̄ ̄
【2】
翌朝。
あたしはいつもより早い時間に目が覚めてしまった。
憧「まだ5時台、ねえ」
憧「二度寝するかなあ」
一つあくびをすると、背を丸めて全身を布団の下に潜り込ませる。
憧「……」
憧「……」
憧「……眠れない」
まだ寝足りないはずなのに、一向に眠気が襲ってこない。
あたしは自分が思っていた以上に、
今日バレンタインという日に対し緊張していたのかもしれない。
憧「しゃーない。起きるか」
手櫛で髪を梳き梳き、上体を起こす。
憧「ん―……。まだ学校まで時間あるけど何しよっかなあ」
憧「ネットってのも、朝からって感じじゃないし」
憧「かといってボーッとしてても、シズに本命を渡すことばかり考えちゃって落ち着かないし」
憧「そうだなー」
考えあぐねていると、不意に小鳥のさえずりが聞こえてきた。
意識が屋外に向いたことで外を散歩するというアイデアが浮かんでくる。
憧「散歩もたまにゃいいかな……」
コートを着込んで道をぶらぶら。
冷えた空気に包まれて、頭がすっきり冴えていくような感覚を覚えた。
憧「はあーっ……」
憧「バレンタイン、か……」
言葉の外殻は白いもやとなり空に消えていく。
意味だけが心のなかに、ずしりと重く残った。
憧「んー……」
小学生の頃に利用していたバス停の姿が見えてきた。
待ち合い用のベンチに意味もなく腰かけて、空を見上げてみる。
憧「少し落ち着いてきた、かな」
憧「そろそろ家に戻るか」
雲1つない今日の早朝の空は、突き抜けるような青色の午後を予感させた。
 ̄ ̄ ̄ ̄
【3】
いつもより早くに登校すると、あたしの下駄箱の中に平べったい箱が入っていた。
有名な海外お菓子ブランドのロゴがプリントされた包みに、斜めにリボンがかけられている。
封筒も添えられていた。
ウサギのシールで封のされた、可愛らしい封筒だった。
モブ「新子、さん……?」
震えるような細い声。
振り向くと、何度も会話した覚えのある、クラスメイトの少女がいた。
憧「これ、○○さんが?」
モブ「う、うん」
彼女の頬は完熟したトマトよりも赤い。
このチョコは、この子にとっての本命なんだなと察した。
早起きの勢いそのままに登校した昇降口には、あたし達2人以外まだ誰もいなかった。
モブ「新子さん……」
憧「うん」
モブ「あのね。あの……」
モブ「わたし、引っ込み思案で……」
モブ「だけど新子さん、こんなわたしに話しかけてくれて……、嬉しかったの」
教室の隅でポツンとしているよな、そんなタイプの子だった。
いつも本を読んでいたり、あるいは机に伏せていたり。
体育で二人組を作ると余ってしまうような、いわゆるそういう子。
『おはよ。なに読んでるの?』
『えっ!? あ、えと、あの……』
そんな彼女にあたしが話しかけたきっかけは、ほんの気まぐれだったように思う。
なんとなく悪い子には見えなかったから。
それと、寂しそうだったから。
ただそれだけの理由。
だけど。
あたしにとっての気まぐれは、この子の中で大きな意味を持ってしまっていたようだ。
たとえ同一の事象であっても。
眺める人間によってその意味合いは、大きく変わってしまう。
モブ「だからね新子さん!」
モブ「わ、わたっ、わたし……」
こうして誰かに想いを寄せられることは、確かに嬉しい。
胸がドキドキと脈を打つ。
この子と付き合ったらどんなだろうと想像してしまう。
モブ「好きです。付き合ってください」
そして彼女は悪い子ではないのだろう。
自分に向けられる真摯な眼差しに、ほんの少し心が揺らがないでもない。
憧「○○さん」
モブ「は、はい!」
憧「……ごめんなさい」
それでもあたしは、首を横に振った。
鞄の中のハートのマカロンがそうさせた。
あたしに告白してくれたクラスメイトは、
義理用にラッピングしたマカロンを受け取ると、そのまま泣きそうな顔で立ち去っていった。
憧「……」
心が痛む。
だが、泣くほど辛い気持ちではない。
憧「本当にごめんね……」
同一の事象であっても。
観測者によってその解釈は大きく変わり得る。
それなら、シズにとってのバレンタインって一体どんなだろう?
今日まさに本命チョコレートを渡そうと考えている私の心は重くなった。
 ̄ ̄ ̄ ̄
【4】
穏乃「もしゃもしゃもしゃ」
あんたはリスか。
そうツッコミたくなるほど頬を膨らませたシズは、
まさに幸せの絶頂といった表情を浮かべていた。
憧「しっかり餌付けされてんわねー」
穏乃「もがもがががもが?」
憧「飲み込んでから喋る」
穏乃「もごごご……、ごくん」
穏乃「餌付けって?」
憧「今あんたの胃袋に消えていったそれよそれ」
穏乃「あー。うん! いい日だよね、バレンタイン!」
どこかマスコット的な容姿のシズは、昔から義理だけはよく貰う。
完全に貰う側な姿勢のシズを見て、なんでこんなヤツ好きになっちゃったのかなと、
なんだか無性にデコピンでもしてやりたい気持ちになるのだった。
穏乃「あいたっ!? 何すんだよー!」
憧「さあねー」
穏乃「仕返しだ!」
憧「きゃっ!? や、やったなー!」
時刻は12時少し過ぎ。
昼休みの頭。
本命チョコは、未だ渡せずにいる。
憧「んじゃシズ。購買いこ、購買」
穏乃「おうよ」
廊下を歩いていると、今日は学内全体が浮わついているように感じられた。
バレンタイン。女ばかりの空間。
これら二条件の相乗効果なのかもしれない。
玄「おーい!」
と、向こうの方から見慣れた姿が手を振るのが見えた。
穏乃「あ、玄さん!」
玄「アクロじゃなくてクロだよ~」
憧「こっんにっちはー、玄!」
玄「うん、こんにちは」
玄「それにしてもちょうど良かったー! 実は今から1年の教室に行こうと思ってたんだ!」
そう言って玄は手に持ったかばんを漁ると、小さな包みを2つ取り出した。
玄「ハイこれ。2人へのチョコだよ」
穏乃「ありがとうございます玄さん!」
憧「さんきゅ、玄!」
玄「どういたまして」
渡されたのは、整った形のチョコケーキにパウダーシュガーをかけたものを、
柄付きの袋とピンクのリボンとで可愛らしくラッピングしたものだった。
日頃料理をする玄らしく、見栄えは非常にまとまっている。
憧「あ、そだ玄」
玄「ふゅ?」
憧「実はあたしからも玄にチョコがあるんだけど、あいにく今は教室に置きっぱでさ……」
どのタイミングで玄にチョコを渡すのがスムーズかな。
考えながら、次の言葉を探していると、
穏乃「えっ……?」
シズが小さく、不可解そうな声を漏らした。
憧「ん? どしたのシズ?」
穏乃「……ううん。なんでも」
憧「そー?」
なんだか心に引っかかりを覚えはしたものの。
まあいいかと、あたしは思考を玄へチョコを渡す方法に戻した。
憧「それで、玄へのチョコなんだけどね」
玄「うん!」
憧「放課後はゴタゴタするかもだし、こっちの昼食が終わったら昼休み中に教室まで持っていくわ」
玄「わざわざ届けにきてくれるの?」
憧「うん。ついでに灼さんと宥姉、ハルエにも渡しちゃうかなって思ってる」
穏乃「その3人にもチョコを……?」
憧「そりゃ当然でしょうよ。大切な仲間なんだもの」
玄「えへへ。憧ちゃんのチョコ楽しみだなぁ~」
憧「ふっふっふ。玄には負けるけど、あたしも今年は頑張ったよー」
穏乃「……」
会話もそこそこに、あたし達はじゃあまた後でと玄と別れ、購買に向かった。
穏乃「おなか空いたー」
憧「あんたさっきチョコ食べまくってたでしょうよ……」
穏乃「別腹別腹ー」
シズへの本命チョコも玄達への義理ぐらい気軽に渡せたらな。
隣で揺れるポニテを見ながら、ついそんなことを考えてしまった。
 ̄ ̄ ̄ ̄
【5】
将来の見通しというものは、それが大事であれ些事であれ、現実となるとは限らず。
ある一つのちっぽけな未来絵図。
それが粉々に砕け散る音が、午後の気怠い授業中に窓の外から聞こえてきた。
憧「雨、かぁ……」
聞いてないっつーの。1日晴れるんじゃないんかい。
心のなかで悪態をつく。
今朝、降水確率10%だとか言っていたくせに、天気予報は嘘つきだ。
憧「……」
折りたたみ、カバンに入ってっかなあ。
傘、持ってくればよかったな。
事務室に行けば傘借りられないかな。
考え事をしていると、6限目終業のチャイムが鳴った。
穏乃「あーこー。かーえーろー!」
授業中死にそうにしていたシズは、放課後になるやいなや、
ゼンマイでも巻かれたかのように元気になり、今にも駆けださんばかりだった。
憧「あんたねー。そのエネルギーをちょっとは授業にも回せっちゅーの!」
穏乃「えへへへー」
会話しているうちに、前の席に座っている子がカバンをまとめて去っていった。
教室から徐々に人の姿が減っていく。
穏乃「ほら早く早くー」
憧「……」
本命チョコ。
ぼちぼち渡さないと渡しそびれるかな。
少し迷ってあたしは、告白するなら今だと決心した。
穏乃「どしたの憧? 帰らないの?」
憧「あ、あのさ、シズ」
穏乃「うん!」
憧「話があるんだ」
穏乃「話? 話なら帰りながらでも……」
憧「ううん。ここですませちゃいたいの」
憧「少し付き合ってくれる……、かな?」
いいよと言って、シズは大きく1つ頷いた。
憧「あのね」
穏乃「うん」
憧「あの……、あのね」
いつしか教室にはあたし達二人だけになっていた。
雨音が、まるであたしのことを急かしているかのようで。
憧「今日、バレンタインだよね」
穏乃「そう、だね」
憧「……」
穏乃「……」
あたしの様子から何かを察したのか。
なんだかシズまでいつもと様子が違うように思えた。
憧「あたし、シズに……」
渡したいものがあるんだ。
伝えたい言葉があるんだ。
憧「あたし……」
文字に起こせばとても簡単なはずのことが、何故だか実行に移せなかった。
憧「……」
穏乃「憧……」
シズの顔をまっすぐに見ることができなくて。
あたしは逃げるように視線を窓の外にやった。
雨はしとしとと止む気配がなかった。
憧「……」
穏乃「……」
無言の時間が胸に痛い。
とにかく何か喋らないと。
焦ったあたしは、何も考えずにただ勢いのまま口を動かしてしまう。
憧「とっ、ところであんた! チョコをくれた子にちゃんとお返しはしてるの!?」
穏乃「へ?」
ああ。最悪だ。
まるであたしは誤魔化すように、逃げるように。
憧「たとえ義理だとしても、できればきちんと返した方がいいよ?」
穏乃「うん。チロルだけど……、一応、くれた人には渡してるよ」
憧「そっか。ならいいのよ」
ああ、本当に。
我ながら超カッコ悪い、最悪な話題逸らし。
 ̄ ̄ ̄ ̄
【6】
けっきょく本命を渡せないまま、あたしはいま帰途にある。
穏乃「肩濡れてない?」
憧「大丈夫だよ、ありがと」
シズが学校に持ってきていた1本の傘の下に2人で並び。
水たまりを避けながら、湿った道路をとぼとぼ歩く。
憧「にしてもよく傘なんて持ってたね。朝は雲なんて出てなかったでしょうに」
穏乃「へへへー。実はこれ、置き傘!」
憧「なーんだ置き傘か。シズらしい」
これ相合傘だよねってシズが言ったから、相合傘だよねってあたしも返事した。
歩いている内、にわかに雨足が強くなってきた。
相合傘ではとてもしのげないような強い雨になりつつある。
憧「ねえシズ。これじゃ2人ともびしょ濡れになちゃうし、シズ1人でその傘使いなよ」
穏乃「憧はどうするんだよ」
憧「あたしは走って帰るわよ。元はといえば、傘を持ってなかったあたしが悪いんだもん」
穏乃「それは駄目。憧1人見捨てるなんて後味悪いよ」
憧「……じゃあ2人して濡れて帰るの?」
穏乃「私にある考えがあります!」
憧「考え?」
首を傾げるあたしに、イエスとシズは口を動かす。
穏乃「ほら。ちょうどあそこに見える、あれ」
シズが指さした先には、小学校時代によく利用していたバスの停留所があった。
待合用の木製ベンチの上には、日よけの小さな屋根が付いている。
そういえばちょうど今朝、散歩のついでにあのベンチに腰かけたっけ。
なんだか妙な縁を感じた。
穏乃「雨が弱まるまで一緒に雨宿りしよう!」
憧「ねー」
穏乃「んー」
憧「雨、なかなか弱くならないね」
穏乃「だね」
2人並んでベンチに座り、軒先から流れる雨粒を見つめる。
世間と隔絶した不思議な空間に2人きりでいるような、そんな感覚にとらわれた。
穏乃「ねえ、憧」
憧「うん?」
穏乃「あーこー」
間延びした調子であたしの名前を呼ぶと、シズはあたしの肩にもたれかかってきた。
伝わってくるシズの重みが可愛くて、ただ愛おしい。
憧「なんなのよ、もー」
口では呆れたようなことを言いながらも。
あたしの表情は自然とほころんでいた。
こちらからもシズの身体に、そっと体重を預けた。
2人でベンチに腰掛けて、人の字みたいにもたれあう。
ただそれだけの時間に奇妙なほどの充足感があった。
穏乃「なんか、たまにはこういうのもいいね」
憧「うん。そうだね」
ああ。やっぱりあたしシズが好きなんだなあ。
そんな気持ちの実感が体の隅々まで染み渡っていく。
やっぱりこの感情からは逃げちゃダメだ、頑張らなくちゃ。
同時にそう、思い直す。
憧「シズ……」
穏乃「うん」
憧「あたしの、チョコ……、欲しい?」
――その刹那。
穏乃「わあっ!!?」
憧「ちょ!?」
ドンガラガッシャン。
シズが身体を大きくのけぞらせるようにしてバランスを崩し、
そのまま盛大にベンチから滑り落ちた。
憧「大丈夫シズ!?」
穏乃「あいてててて」
怪我してやいないだろうかと、
地面に尻餅ついたシズの身体を、しゃがんで近くから確かめる。
憧「ああもう、滑り落ちる拍子に手をすりむいてるじゃない……」
シズの手をとって、怪我の状態を確認する。
右拳の外側、小指の付け根から手首にかけてが赤く腫れたような色になっていた。
憧「待ってて、今ハンカチで」
穏乃「だ、だ、大丈夫! 大丈夫だから!」
憧「あっ……」
シズはあたしの手を払いのけると、ふいと顔を逸らした。
穏乃「ご、ごめん! でも本当に、大丈夫だから……」
顔を逸らしたままのシズと。
どう行動すればいいのか分からないあたしと。
ざあざあと雨が沈黙を妨げてくれていることが、今はありがたかった。
穏乃「……嫌われてるのかと思った」
憧「え?」
ポツリとシズが、呟いた。
穏乃「皆にはチョコをあげるのに、私にだけはくれないから……」
憧「あっ」
思い出すのは、今日学校での自分の言動。
あたしはシズの目の前で、シズ以外の部活メンバーにチョコを配る話をした。
シズにだけチョコを渡さなかったのは、シズが好きだからこそなのだが――、
穏乃「嫌われてるのかと思ったんだ」
同じ事象であっても、観測する立場によってその解釈は大きく異なりうる。
あたしは自分の気持ちにばかり手一杯になって、
シズの気持ちを見落としてしまっていたんだ。
憧「嫌いなわけないじゃない」
穏乃「憧……?」
シズの小さな肩を抱きしめる。
びくっと一瞬シズの身体が跳ねて、すぐに落ち着いた。
憧「嫌いなわけ、ないもん」
もう想いを言葉にすることに迷いはなかった。
たとえ受け入れてもらえなかろうが、再びシズに妙な誤解をされてしまうよりは、余程いい。
憧「聞いてシズ」
穏乃「うん……」
だからあたしは、そのたった三文字に、言葉より重い想いを乗せて、
憧「好きよ」
穏乃「……」
顔を逸らしたままのシズの耳に。
囁くように想いを告げた。
穏乃「……」
憧「……」
一呼吸。
雨色の静寂をおいて。
穏乃「……きだよ」
憧「えっ?」
照れた笑顔で、もう一度シズは呟く。
穏乃「私も大好きだよ」
そしてシズは、ポスンとあたしの肩に頭を乗せてきた。
ドクン、ドクンと、鼓動が苦しいほどに波打つ。
いつしか雨音は遠のいていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄
【7】
恥ずかしいねってシズが言うから、恥ずかしいねってあたしも返事したけれど。
手だけはどちらも繋いだまま離さなかった。
穏乃「このハートのお菓子美味しいよ!」
憧「ま・か・ろ・ん!」
穏乃「そうそれマカロン!」
憧「風情もへったくれもないんだから、もう」
それでも、笑顔でマカロンを食べるシズを見ていると、
頑張ってよかったなと心から思うことができた。
ところで。
1つ驚いたのが、シズもあたしに特別なチョコを用意していたということだった。
穏乃「これね、私が好きなチョコの詰め合わせなんだ!」
憧「どれどれ。グミチョコに、チョコバットメジャーに、チョコボールに……」
憧「あんたは子供か!」
穏乃「まだ10代だから子供だよ」
憧「はいはい。そろそろ大人としての落ち着きも持たなきゃだよ」
そんなお小言を言いながらも、結局この先もあたしは、
シズに振り回されて、シズを甘やかして、シズと一緒にはしゃいでしまうんだろうなという確信があった。
憧「あたしも大概、計算の出来ない女だよねー」
穏乃「そうかな?」
とぼけた顔して、まったくもう。
いつだってあたしの計算を狂わせるのはあんたなんだからね。
そして分かれ道に差し掛かる。
あたしの家は右の道の先、シズの家は左の道の先だ。
憧「なんか、まだ話したりないな」
穏乃「そうだよね」
どちらからともなく立ち止まり、だらだらと会話を引き伸ばす。
別れの時間を引き伸ばす。
明日また話せるとわかっていても、引き伸ばしてしまう。
憧「にしても。残念だなー」
暗い空を見上げ、呟く。
憧「今が明るければ、もしかしたら雨上がりの虹が見えたかもしれないのに。もう夜だもん分からないや」
穏乃「虹、かあ。見えてないだけで今も虹は空にかかってるのかなあ」
憧「かもしれないね」
あたし達は2人して、見えもしない夜空の虹を空に描いた。
憧「今日の夜空の虹は……」
穏乃「うん?」
憧「目で見ることのできない、今夜の虹は……」
あたしはそこで言葉を区切ると、街灯の下まで歩き、シズの方に振り返る。
虫を引き寄せる薄ぼんやりした明かりの下から、シズに精一杯の笑顔を向ける。
憧「きっと世界中で2人だけの宝物だね」
なんて、恥ずかしすぎるセリフかな。
口にしてから、一瞬後悔が頭をよぎったりもしたけれど、
穏乃「うん! これは2人だけの宝物だ!」
そうやってシズが頷いてくれれば、恥ずかしさなんて粉微塵に吹き飛ぶんだ。
穏乃「あーこっ」
とっとっとと小走りでシズが駆け寄ってきた。
嬉しい半面、もう時間も早くないよねという、現実的な心配もしてしまう。
憧「さすがにそろそろ帰んなきゃ、お互い家族に心配かけちゃうわよ」
穏乃「もー! 憧がそれを言う?」
憧「あっはは……。そうだね、帰りを引き伸ばしたのはあたしも同罪だ」
穏乃「でしょでしょ。だからバイバイの前にあと1つだけ付き合ってよ」
憧「あいさ」
穏乃「よっしゃー!」
憧「それで、いったいあたしは何に付き合えば――」
 ̄ ̄ ̄ ̄
【8】
ふわり。
揺れるポニーテールが、視界の片隅で揺れる。
「……?」
一瞬。
時が止まったかのようで。
何が起こったのかわからなくて。
「んっ」
唇。柔らかい。熱を感じる。
シズが首を抱きかかえるようにして、あたしの頭を引き寄せている。
真っ赤なシズの顔が、目と鼻の先に見える。
「ぷはっ……」
あたしの唇からシズの唇へ。
ぬらりとよだれの糸がブリッジみたいに繋がっているのを見て、ようやく実感した。
「シズ……、今の……」
「えへへ。憧にキスしちゃった」
ドッドッドッドッ。
今度こそいよいよ壊れた早鐘のようになった心臓を、服の上から握り締める。
頬に流れる血潮がマグマになったみたいに熱い。
「これで寂しくないね」
そう小首を傾げる、頼りない街灯に照らされたシズの笑顔は。
なんだか愛おしすぎて儚いほどで。
「もしかして、嫌だった……?」
「!!」
不安げに尋ねてきたシズに、あたしはブンブンと首を横に降る。
「嬉し、かったよ……、シズ」
「よかった」
そして緊張からまだ上手く動かない顔で、自分なりに精一杯の笑顔をつくった。
ねえ、シズのことだから気が付いてないんだろうけどさ。
さっきのキス、どんな香りがしたと思う?
あんたの髪の香りに混じってふんわり鼻孔をくすぐったのは、チョコレートの甘い匂い。
「シズ……。今の、あともう一度だけおかわりしてもいい、かな?」
「……」
「しず……?」
「うああー! いまさら恥ずかしさがこみ上げてきた―!」
「ぷっ。あはは、なんだそりゃ」
「えへへへー」
あたしはこの特別な幸せに、心の中でしずチョコと名付けた。
憧「しずちょこ!」
おわり
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