苗木「ボクの生体情報が電子生徒手帳で確認できるって?」舞園「はい」 (105)

苗木「今日からボクも希望ヶ峰学園の一員か」


ボクは数ヶ月前に超高校級の幸運として、ここ希望ヶ峰学園にスカウトされた。今日はその入学式だ。

ボクみたいな普通のやつがこんなところで上手くやっていけるのかなぁ……


苗木「まぁ、ここで悩んでても仕方ないか」


ボクは学園の正門をくぐり、校舎へ向かうことにする。


教室へ着くと、既に15人のクラスメイトが着席していた。
扉を開けたボクは15人の視線を一身に受けてたじろいでしまう。
特に声を掛けられるわけでもなく、ただ注目されるというのはかなり居心地が悪い。
かといってボクの方からどうすべきかも分からずおろおろしていると、そんなボクの状態を見かねてか、1人の女子が声を掛けてきた。


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舞園「あの……苗木君ですよね?」

苗木「え?」

舞園「私、同じ中学だった舞園です。覚えてませんか?」

苗木君「もちろん覚えてるよ。でも舞園さんの方がボクみたいな地味なのを覚えていてくれるとは思わなかったな」

舞園「そんなことないですよ。これからよろしくお願いしますね」

苗木「こちらこそよろしく」


席は自由のようだったので、なんとなく自然な流れで舞園さんの隣に座った。
もし舞園さんが声を掛けてくれなかったら、きっとボクはみんなの視線に晒されながらおろおろし続けていたに違いない。本当に助かった。
クラスメイトについては事前にある程度調べていたので、舞園さんがいること自体は知っていた。
ボクのことを覚えていてくれたのは嬉しい誤算だ。
その後も舞園さんが話しかけてくれて、雑談に花が咲いた。

周りを見ると、想像していた以上に個性的なメンバーであることを思い知らされる。
クラスメイトの何人かは肩書き以外の情報までは調べることができなかったけど、見回してみると、誰がどの肩書きなのかはおおよそ予想できた。

暴走族、御曹司、同人作家、格闘家。
江ノ島さんや桑田クンはもともとテレビで見て顔を知っている。

全部で16人ということだから、教室に入ったのはボクが最後ということになる。時間に遅れたわけじゃいけど、もう少し早く来るべきだったかな。

ちなみに今教室でまともに喋っているのはボクと舞園さんだけだ。
他の人は手持ち無沙汰にしていたり、チラチラこちらを見ていたりする。
まぁ初対面で自己紹介も済んでいない状況だとこんなものだよね。
超高校級でもこのあたりは普通なんだなと思い、なんだか安心すると同時に、ボク達だけ雑談に花が咲いていてちょっと申し訳なくなる。


そんなことを考えていると、教室のドアが開かれて、先生らしき人が入って来た。

霧切仁「諸君、まずは入学おめでとう。私は学園長の――」


40才前後くらいにしか見えなかったので、担任か何かだと思ってしまったが、どうやらこの人は学園長らしい。
そういえばクラスメイトのに関して散々調べた割に、教員や在校生に関してはほとんど気にしてなかったな。

学園長は一通りの挨拶を終えると、学園の紹介に話を移した。
食堂や寄宿舎に関してはボクも興味津々だ。全寮制のこの学園ではそれらの施設にはおおいにお世話になるだろう。
その話も終わるといよいよボクたちの自己紹介を足された。
五十音順のようなので、ボク自己紹介は後半の方かな。最初じゃなくて助かった。

学園長に足されまず、小麦肌の元気のよさそうな女子が自己紹介をする。彼女が超高校級のスイマーで朝日奈葵さんらしい。
スイマーがいるのは知ってたけど、顔と体を見るのは始めてだ。
なんというか……邪魔にならないのかな?
なんて邪なことを考えながら彼女の方を見ていると、いつの間にか舞園さんがとびきりの営業スマイルでこっちを見ていたので、
慌てて朝日奈さんから視線を外す。
女子はそういうのに敏感らしいから気をつけないとな。

次に挨拶したのが戦刃むくろさん。超高校級の軍人らしい。
世界各国の戦場に傭兵として参加しているとのこと。
彼女に関しては顔や名前どころか、肩書きすら初耳だったため、かなり驚いた。
いろんな分野のエリートが集まるとは聞いていたけど、まさか軍人までいるとは……

外見は普通の女の子にしか見えない。
肩書きのインパクトに反して、本人の印象は至って平凡で地味だ。
クラスでもそんなに目立たない方なんじゃないかと思う。ボクみたいに。


戦刃さんのボソボソとした短い挨拶が終わると、次に立ち上がったのは、なんというか……すごく暑苦しそうな男子だった。
石丸清多夏くんと言うらしい。
超高校級の風紀委員とのこと。
熱血というのは彼のような人のためにある言葉だろう。彼ならばきっと個性あふれるこのメンバーの中でもリーダーシップを発揮してクラスをまとめ上げるに違いない。
風紀委員というとそんなに偉大なイメージはないけど、このメンバーを引っ張っていけるなら、それはやっぱり超高校級に相応しい才能なのかもしれない。

次に挨拶したのが江ノ島盾子さん。
なんというか、既に真打ち登場といった雰囲気がある。
はだけた胸、これでもかというくらい短くされたスカート。
雑誌では何度も見た事があるけど、生で見るのはもちろんこれが初めてだ。
正直言って彼女と同級生になれると知ってから胸の高鳴りを抑えられなかった。
それが希望ヶ峰学園での一番の楽しみだったと言っても過言ではない。
同じように思っている男子はけっこう多いのではないだろうか。

それにしても目で見ただけでわかるくらい、いい匂いがしそうだなぁ……
席が遠すぎるのが悔やまれる。

そういえば今後の授業においても座席は自由なんだろうか?
もしそうなら次はなんとかして近くに座りたいものだ。


舞園「苗木君」

苗木「は、はいっ!?」


またやってしまった……さっき気をつけようと思ったばかりなのに……

せっかくいい雰囲気だったのに、心なしか舞園さんのボクに対する視線が冷ややかになった気がする。

次に立ち上がったのは大神さくらさん。超高校級の格闘家らしい。
うん、知ってた。そりゃ格闘家だよねその身体は。


次は大和田紋土クン。
超高校級の暴走族らしい。
うん、見りゃわかるよ。


その次は霧切響子さん。
この人も情報がなかった人だ。
超高校級の探偵らしい。

クールな人の様で、名前と肩書きを名乗っただけですぐに着席してしまった。
同じ無口でもオドオドしていた戦刃さんのそれとは違い、立ち振る舞いは凛としていて隙がなく、
気弱な印象の戦刃さんとは対極で、こっちはむしろ気が強そうに見える。

サラッとした髪も彼女の雰囲気によくマッチしていて、
なんというか……こういうのをかっこいい美人っていうんだろうなぁ。

江ノ島さんや舞園さんは可愛くあるために、それなりの時間と労力をそそいでいるのだろうけど、
こっちはそういったことに無頓着であるにも関わらずナチュラルに美人といった感じだ。

男なんてどうでもいいと思ってそうな割りに、きっちりミニスカートなのもポイント高い。


苗木「あ痛っ!?」

舞園「ごめんなさい、苗木君。足を踏んでしまいました」

苗木「いや……大丈夫、気にしないよ」


舞園さんに足を踏まれてしまった。
座っててこういうことになるのはけっこう珍しいよね。
しかも過失にしては随分と強く踏まれた気がする。

ところで苗字が学園長と同じなのはたぶん偶然じゃないよね?
機会があれば後で訊いてみようかな。
会話のきっかけにもなりそうだし。

次は桑田玲恩クン。彼のことはテレビで見て知っていた。
まぁ野球くらいメジャーなスポーツだとメディアでの露出も多いよね。

どんな人かまではよく知らなかったけど、なんというか……悪く言えばチャラい。まぁすごく見た目通りではある。
ちなみにボクと舞園さんが雑談に花を咲かせているときに、一番そわそわしていたのが彼だ。
もしかして舞園さんを狙ってるのかな?
なんかやだな……

でも結局彼みたいなチャラ男系のイケメンが女子を全部持っていってしまうんだろうな。
ボクみたいな地味なやつは相手にされることもなく……

はぁ……なんだか鬱になってきたよ。


次は十神白夜クン。
ボクが顔を見るのは初めてだけど、間違いなくこの中で最も有名な人物だ。
十神財閥の御曹司である彼の知名度は世界レベルであり、日本のアイドルやスポーツ選手なんかとは比較にならない。

恐れ多くて話しかけられないかも、なんて思っていたけど、それ以前にむこうは周りと仲良くやる気なんて端から無いらしい。

霧切さん以上のシャットアウト。
そのあまりに周囲を見下した態度は、孤立を通り越して争いになるレベルだ。
特に激情タイプであろう朝日奈さんや大和田クンとは絶望的に相性が悪そうだ。
もし喧嘩になってもボクは間に入って止めたりはしたくないな。できれば。

次はいよいよボクの番だ。
とりあえず、みんなと同じように、まずは肩書きと名前を名乗る。

超高校級の幸運です。

周囲からの「は?」という視線が突き刺さる。
まぁそうだよね。当然だよね。

アイドルです。野球選手です。格闘家です。御曹司です。
これらのことならすんなり理解できても、
幸運です。
なんて言われても意味不明だよね。
うん。ボクだってそう思うよ。

みんながポカンとしているのでちょっと変な空気になってしまった。
ボクは自分がただのクジで選ばれたに過ぎない旨を説明しようとしたところ、学園長が助け舟を出してくれた。


霧切仁「苗木君の才能については説明が簡単なようで難しい。選出の過程からしてみんなとはちょっと違うんだ。もしかしたら納得できない者や、疑問に思う者もいるかもしれない。そう思って苗木君に関しては別途プロフィールを用意しておいた。この後に配布する電子生徒手帳で自由に閲覧できる状態にしてあるから是非参照してくれたまえ。このことは苗木君も了承済みだ」


学園長が長々と喋ってくれたおかげで、とりあえず「は? こいつ何者?」みたいな空気は解消された。
正直言ってかなり助かった。

学園長が言っていたことだけど、確かにそんな内容の書面にサインをした記憶がある。
そのときはたいして深く考えなかったけど、それでみんなにボクのことを知ってもらえるならありがたい。

こうしてボクの自己紹介は終わった。

ボクの次は超高校級の占い師であるという葉隠康比呂クン。
髭にドレッドで成人しているらしい。以上。


その次は超高校級の小説家である腐川冬子さん。
ボクは彼女の小説を読んだことはないのだけれど、タイトルくらいならいくつかは知っていた。

喋る前から雰囲気で十分にわかっていたことだけど、彼女もあまり社交的なタイプではないようだ。

それも、戦刃さんのようにオドオドした感じでもなく、十神クンや霧切さんのように周りをシャットアウトしているのともちょっと違う気がする。

なんというか、周りに敵意を抱いているような印象すら受ける。
もはや自虐を通り越して被害妄想だ。

打ち解けるには時間がかかりそうだ。


次は超高校級のプログラマーである不二咲千尋さん。
彼女も戦刃さんと同じかそれ以上にオドオドした印象を受ける。
ただ戦刃さんと違うのは、その小柄な身体も相まって、所謂守ってあげたくなるタイプということだ。

このクラスの女子はすごくレベルが高いと思うけど、彼女のような可愛いタイプは他にいないんじゃないかと思う。
どちらかと言えば美人と言いたくなるタイプばかりだ。

そして悲しいかな。ざっと見た感じボクより身長が低いのは彼女だけの様だ。
みんな身長高すぎるよ……

不二咲さんはボクより10センチちょっと低い感じかな?
そういえばキスしやすい身長差がちょうどそれくらいって聞いたことあるな。
そう思うとなんだか余計に可愛く見えてきた。


苗木「ぐえっ!?」

舞園「ごめんなさい、苗木君。肘が当たってしまいました」

苗木「うん……いいよ。大丈夫だから」


当たったという表現が適切なのかどうかはわからないけど、まぁ当たってしまったなら仕方ないか。

そして舞園さんの自己紹介が始まる。
ほとんど絡みがなかったとはいえ、同じ中学だった以上、彼女の人となりは大体知っているつもりだ。

明るく、人当たりがよく、抜群な容姿にも関わらず嫌味なところもない。
仕事で学校を休みがちだったけど、クラスの中心で、友達は沢山いるように見えた。

このクラスでもきっと、誰からも好かれる人として中心的な存在になるのではないかと思う。

しかしこのクラスは予想以上に個性的な人が多い。
舞園さんをもってしても、個性という側面では埋れてしまいかねない。

とはいってもコミュニケーション能力においては舞園さんぼどの人材は他にいないだろうから、やはり女子のグループは舞園さんと江ノ島さんあたりが中心になるのだろう。

そういえば舞園さんだったら江ノ島さんと顔見知りだったりするのかな?
同じ雑誌に載ってたこともあるし、十分あり得るんじゃないか?

もしかして、この後自由行動になったりして、なんとなく流れで舞園さんと一緒になったりして、そしてそこに江ノ島さんが舞園さんに声を掛けてきて、そしてなんとなく流れでボクと江ノ島さんも親しくなっちゃたりして、さらになんとなく流れで……


苗木「痛たたたたっ! 耳が千切れる!」

舞園「ごめんなさい苗木君、間違って耳を引っ張ってしまいました」

苗木「うん、そっか……間違いなら仕方ないね。大丈夫だよ」

舞園「ところで私の話はちゃんと聞いてましたか?」

苗木「も、もちろんだよ。あははは……」

いつの間にか舞園さんの自己紹介は終わっていて、残すところはあと2人となった。
男子と女子がともに1人ずつである。
そして、学園長に足され、女子の方が席を立った。


「セレスティア•ルーデンベルクと申します。セレスと呼んでくれて構いませんわ」


ちょ……は? なんだって?


周りを見れば僕の時以上におかしな空気になっている。
そしてボクの時と違って、学園長までが慌てて手元の資料で何かを確認しているように見えるのはどういうことだ?

しかし本人はそんなことは気にもせず話を続ける。
西洋の出身だとか、紅茶を嗜むとか、どうとかこうとか。
正直最初のインパクトが強すぎて全然話が頭に入ってこない。

なんやかんやで学園長を含めてみんながポカンとしているうちに彼女の自己紹介は終わった。


正直に言って、教室に入った時に一番目についたのが彼女だった。
雰囲気からもう他の人とは別世界だった。

ゴスロリのドレスだけなら今時珍しくはないけど、彼女の場合はもう完全に西洋のお人形を超えていた。
おそらくはギャルである江ノ島さん以上に労力をかけているであろうその化粧と髪はもはや芸術の領域だ。
お人形でもそこまでのものは中々ないだろう。

正体不明さでいえば間違いなくナンバーワンで、プライベートも全く想像出来ない。
まぁだからこそ彼女の自己紹介を最も楽しみにしていたわけだけど。

そういえば最初のインパクトが強すぎて吹き飛びかけていたけど、彼女の才能は超高校級のギャンブラーだそうだ。

それっぽいといえばそれっぽいのかな。

もしかして本当に西洋の出身でさっきのも本名だったりするんだろうか?
別に顔が日系だからといって、必ずしも日本人ってわけじゃないしね。

なんというか、外見がアレだったから、思わずアレな人として見てしまったけど。


外見や言動に意識がいってしまいがちだけど、顔もすごく整っている。
間違いなく美人といっていい。

むしろその道に関して本職である舞園さんや江ノ島さんと十分に闘えるレベルだ。
むしろ、彼女の方がタイプだという男子も結構な割合でいるんじゃないだろうか?
朝日奈さんや霧切さん、不二咲さんもそうだけど、このクラスは本当に女子のレベルが高い。
嬉しすぎる誤算だ。
しかも女子の9人、男子7人と女子多めだし。

男子でイケメンといえるのは、正統派で十神クン。チャラい系で桑田クン。
残りの面々は女性への人気でいえば、おそらく平均レベルだろう。
これが合コンだったらかなり不公平だろう。明らかに男子が得をしすぎだ。


そういえばさっきセレスさんの側を通ったときすごくいい匂いがしたな。
たぶん香水の匂いだろうけど、江ノ島さんのそれとは違ったタイプの香りだ。
なんで女子ってあんなにいい匂いがするんだろう。

近づき難そうなタイプのだけど、なんとかして近づけないものだろうか。
せめて匂いを嗅ぐだけでも。


舞園「苗木君はああいうタイプの娘も好きなんですか」

苗木「えっ!? いや、なんの話? ていうかもってなに?」

舞園「別になんでもないですよ」

セレスさんの自己紹介が終わり、いよいよ最後の1人となる。
なんというか見るからにそっち系の人で、やはりそっち系だった。
超高校級の同人誌作家。山田一二三クン。
その体型は肥満というレベルを大きく超えていて、体重だけなら大神さんにも勝るのではないかと思う。

まぁ大体そんな感じだ。
これで全員の自己紹介が終わった。

あれ? そういえばセレスさんと山田君は順番が前後してないか?
まぁ横文字の発音を正確に五十音で並べること自体がそもそも無理のあることなので、あまり細かいことを気にしても仕方ないか。

霧切仁「これで全員だな。それでは最後に電子生徒手帳を配布する。これはみんなにとっての身分証明書であり、鍵であり、財布であり、連絡端末でもある。是非大切に扱ってくれたまえ」


ボクたち一人一人に電子生徒手帳が配布された。
さすがは希望ヶ峰学園だ。
これが普通の高校なら手帳か、よくてICカードといったところだろう。


舞園「確かに苗木君のプロフィールが別途用意されているみたいですね」


舞園さんにそう言われて思い出した。
そういえばそんな話もあったな。
ボクも自分の電子生徒手帳で確認しようとしたけど、どうやらボク自身の手帳では見ることが出来ないようだ。

まぁ確かにボクが自分で見ても仕方ないものだし、実際自分のプロフィールに特に興味もないから問題ないけどさ。


霧切仁「今日やることは全て終わった。これより自由時間とする。各自学園を散策するなり、親交を深めるなりしてくれたまえ。何か質問はあるかな?」


誰も手をあげるものはいない。
それを見て学園長は教室を出て行った。
取り残されたボクたち16人はいったいどうすればいいのだろう?
ちなみに希望ヶ峰学園は全寮制なので、自由時間とはいっても家に帰るという選択肢はない。

いきなり親交を深めろなんて言われても困るよね。
そりゃお近づきになりたい女子はたくさんいるけどさ。
この状況でいきなり声を掛けるのはいくらなんでもハードル高過ぎるよ。
というかまだ男子とも仲良くなってないのに、いきなり女子に声を掛けるなんて同性からも異性からもチャラいと思われかねない。
実際にチャラい桑田クンでも中々やらないだろう。

ここは男子は男子同士、女子は女子同士声を掛け合って、男女別で適当なグループができるのが普通だろう。

まぁここで舞園さんがボクを誘ってくれでもすれば話は別なんだけど、そんなに上手くはいかないよね。
舞園さんだってここは女子と行動したいだろうし。


舞園「苗木君、よかったら寄宿舎の方を一緒に見て回りませんか?」


キターッ!!


苗木「うん、もちろんいいよ」


期待してました。正直期待してました。
だって隣の席に座ってるんだもの。
普通誘うよね。うん。

一方、他の人たちもそれぞれ声を掛け合っていくつかのグループができていた。
予想した通り、男女混合のグループは見当たらない。
男女混合なのはボクと舞園さんのペアだけだ。
そして一部の男子グループからの視線を強く感じる。

また、グループで行動する気がなさそうな人も結構いた。

十神クンと霧切さんは、それぞれさっさと教室から出て行ってしまった。
まぁこの2人に関しては予想通りだ。
それから腐川さんとセレスさんもポツンとしている。
こっちの2人に関してもまぁ予想通りだ。


舞園「それじゃあ行きましょうか」

苗木「うん」

舞園さんと教室を出て行こうとしたところで、声を掛けられた。
舞園さんが。


江ノ島「舞園ちゃ~ん!」

舞園「あ、江ノ島さん。ご無沙汰してます。この前の撮影で一緒になって以来ですね」

江ノ島「も~相変わらずかたいな~。ところで舞園ちゃん達も今から寄宿舎にいくの?」

舞園「はい。江ノ島さん達もですか?」

江ノ島「そ。よかったら一緒にどう?」


淡い期待は意外にも現実のものになった。
こんなに早く江ノ島さんに声をかけられるとは。本当に幸運だ。
まぁ声を掛けられたのは舞園さんであって、ボクではないのだけれど。

どうやら2人は仕事仲間らしい。
そして、戦刃さんと江ノ島さんが知り合い。
江ノ島さんと舞園さんが知り合い。
舞園さんとボクが知り合い。
そういう関係であるため、自然な流れでボクと戦刃さんは会話に参加できずにいる。

江ノ島さんと戦刃さん知り合いかどうかは、あくまでボクの推測であって、本当にそうかどうかはわからないけど、なんとなく初対面という雰囲気ではないように思える。

しかし会話に参加できなくてもボクは幸せだ。
なにせあの江ノ島盾子がこんなに近くにいるんだから。

すごく、いい匂いがします。


それに舞園ちゃん「達」と言われている以上、無視されているわけではないだろう。
ちなみに江ノ島さん「達」の部分が戦刃さんだ。

江ノ島「あ、もしかしてお邪魔だった? 確か苗木だったよね?」

苗木「あ、いやっ、全然邪魔なんかじゃないよ。むしろ大歓迎だよ!」


憧れの江ノ島さんに話かけられて思わずテンパってしまう。
うぅ……キモい奴だって思われたかな……


江ノ島「そっか~ならよかった! てゆーかそんなに緊張しなくていいよ。クラスメイトなんだしさ」

苗木「あははは……」


よかった。江ノ島さんの方は全く気にしてないみたいだ。
きっと江ノ島さんの方はこういうの慣れっこなんだろうな。


舞園「苗木君」

苗木「は、はいっ」

舞園「私の仕事仲間に変なことしないでくださいね」

苗木「しないよ!」


若干舞園さんの態度が冷たくなった気がする。
もしかして鼻の下が伸びてるのバレバレだったかな。
女子はそういうのに敏感っていうし気をつけないとな。


江ノ島「うぷぷぷぷ」


江ノ島さんは江ノ島さんでボクたちのやり取りを楽しそうに眺めている。

あれ? もしかしてからかわれてた?


まぁともかくボクは幸運にも両手に花の状態で自由時間を過ごすことになった。

桑田クン達が声を掛けてほしそうにこっちを見ていたが、華麗にスルーをして教室を出た。

驚くべきことに寄宿舎は男女とも同じフロアで、しかも部屋が離されているとかそういった措置も全く取られていなかった。
これには舞園さんたちもやや驚いていた様子。
男子のボクは無駄にテンション上がちゃったうけど、女子にとっては不安なだけだよね。

まぁその代わりといってはなんだけど、セキュリティ面ではかなり信頼できるらしく、部屋は完全防音で玄関の扉はピッキング防止加工までされているとのこと。

これが代わりになっているのかどうかは微妙なところだ。
確かに泥棒に入られる心配はしなくていいのだろうけど、個人的には年頃の男女を一緒にしたときに警戒しなきゃいけないことはそれじゃない気がする。
むしろ完全防音なんてやりたい放題じゃないのか?

ちなみにボクの両隣は舞園さんと霧切さんだ。
これは間違いなく当たりを引いた!

そしてなんとなくみんなでボクの部屋を見てみる流れになった。
普通は自分の部屋を確認してみたくなるところだけど、この手の部屋はどうせ全部同じような間取りだし、それならボクの部屋でもいいということだそうだ。

鍵をさしてドアを開けた。


舞園「わぁ、けっこう広いですねー」

戦刃「中も綺麗」


舞園さんと戦刃さんの言うように、部屋は想像していたよりもずっと上等なものだった。
学生の寮というよりはホテルの一室といった感じだ。

ワンルームとしては広さも申し分ないし、使われている備品にもそこそこお金がかかっていそうに見える。

寄宿舎には大浴場があると聞いていたが、個室にもシャワールームがあった。
聞くところによると、女子の部屋だけ鍵がかけられる仕様らしい。

トイレは見当たらなかった。
つまり、シャワーありトイレ共同ということか。
まぁボクは男だし小ならここでしてもいいけどね。

江ノ島「わ~! ベッドふかふかじゃ~ん!」


江ノ島さんがベッドにダイブする。
確かにベッドは大きくて寝心地もよさそうだ。
それこそ男女がふたりで並んで寝ても快適なくらいに。
というかボクのベッドなのに全然遠慮がないな。
そんなことするとベッドにいい匂いが……


舞園「ちょっと江ノ島さん! 苗木君のベッドなのにはしたないですよ!」

江ノ島「え~いいじゃんこのくらい。ねぇ苗木ぃ?」

苗木「え、あ……うん」

舞園「苗木君」


舞園さんの声のトーンが一段低くなる。


苗木「いや、でもさ、ほら……ここには4人分の椅子はないし、とりあえずは仕方ないんじゃないかな。うん」

舞園「…………」

江ノ島「うぷぷぷぷ」


これはもう絶対からかわれてるよね。

その後はそのままボクの部屋でお昼まで適当に4人で雑談した。
ボクと舞園さんが同じ中学であること。
一方江ノ島さんと戦刃さんは意外にも双子の姉妹であること。
それからそれぞれの才能について。

結局江ノ島さんは最後までボクのベッドで寝転がったままで、他の女子2人もなんだかんだでベッドに腰掛けた。
ボクは普通に椅子に座ったよ。

お昼は4人で食堂に行こうということになり、そこで済ませた。

メニューも安価な割りにクオリティが高く、個室同様に全く不満のないものであった。

偶然時間が被ったのか、桑田クン達の男子グループからの視線には全力で気づかないふりをした。

昼食後は各自荷物の整理などもあるということで、名残惜しかったが解散という運びになった。


そしてボクは今自分の部屋に戻ってきたところだ。
もちろん、一番にやりたいことはもう決まっている。

ボクはベッドへダイブした。

昼食後の満腹感と人間関係の初っ端のストレスによる疲労からか、ボクは江ノ島さんの香りに包まれてすっかり寝入ってしまったようだ。
時刻は22時になろうとしていた。

手帳を見ると舞園さんから夕食のお誘いメールが届いていた。19時くらいに。
もしかしたら舞園さんだけでなく、江ノ島さん達も一緒だったのかもしれない。
これは惜しいことをしたな。
ボクは舞園さんへ謝罪のメールを返信した。

ちなみにこの電子生徒手帳にはメール機能がついている。
学籍番号がそのままアドレスになっているので、各々でアドレス交換をする必要はない。
まぁボクは舞園さんや江ノ島さん達とはちゃっかりアドレス交換をしてるんだけどね。

連絡の際に携帯を使うか手帳を使うかはその人次第だ。
まぁボクはどっちでもいいと思うけどね。

舞園さんは新しい方を試してみたかったのかな。
と思ったら携帯の方にもしっかりと着信が入っていた。

うん……ごめんなさい。

ボクは遅い夕食をとりに1人で食堂へ行くことにする。

舞園さんからのメールが届いた。
そんなことだろうと思っていましたとのこと。
よかった。気を悪くしてはいないようだ。

この学園の食堂は深夜でも一応営業はしている。
とっはいってもこの時間ではほとんどのメニューは売り切れているので、選り好みしたいならちゃんとした時間に来る必要がある。

寄宿舎に関しても、全寮制の高校には珍しく厳しい規則は特にない。
夜中に出歩いても怒られないし、なんなら他の人の部屋にいても問題ない。

こんなに自由で大丈夫なのかこの学園は……


さすがにこの時間になると食堂もガランとしていて人はほとんどいない。
この学園には娯楽室をはじめとするパーティールームのような部屋がいくつかあるので、単にダベりたい連中などはそちらへ行ってしまうためだ。


しかし、こんな時間でも見知った顔があった。
すぐに目についたのはその人がとても目立つ格好をしているからだ。
どのように声を掛けようか迷っていると、幸いにもむこうから声を掛けてきてくれた。


セレス「あら、苗木君こんばんは」


どうやらセレスさんも遅い夕食をとっているところらしい。
1人でテーブル席にポツンと座っていた。


苗木「こんばんはセレスさん。ボクも今から夕食なんだけど、よかったら一緒していいかな?」

セレス「ええ。もちろんですわ」

意外にもセレスさんとの会話は弾んだ。
積極的に輪に入っていかないからとって、無口というわけではない様だ。

特に自分が経験してきた勝負の数々については饒舌だった。
しかも内容はどれも壮絶なものばかり。
やっぱりセレスさんがうちのクラスでもトップクラスに浮世離れしていると思う。
見た目も中身も。


セレス「さて、今度は苗木君の話を聞きたいですわね」



ずっとボクの方が聞き役に徹していたが、食事も佳境を迎えたところで、セレスさんにそう切り返された。


苗木「ボクの方はセレスさんみたいなすごいエピソードは特にないよ」

セレス「あら、そうですの? ギャンブラーの私としては超高校級の幸運であるあなたには非常に興味があるのですが」

苗木「いや、それだってただクジで選ばれただけだよ……」

セレス「確かに苗木君の個別プロフィールにもそのように書かれておりました。詳細な情報まで閲覧できて中々の出来でしたわよ」

苗木「え? そうなの? なんだか恥ずかしいな」


詳細な情報っていったい何処まで載っているんだろう?
ボクの電子生徒手帳では確認できないから、後で舞園さんにでも見せてもらおうかな。


セレス「本当に楽しく拝見させていただきましたわ。いえ、むしろ楽しいのはこれからでしょうか」


いったい何処までのことが載っているんだろう。
なんだか本気で不安になってきたぞ……
というか、これからってどういう意味だ?


結局疑問は解消されないままセレスさんとの食事は終わってしまった。

只今の時間は午前1時。セレスさんと別れてから2時間近くたったところだ。


寝付けない。

まぁ当然といえば当然だ。
ボクは夕方から晩にかけてたっぷりと睡眠をとってしまったのだから。

寝付けないからといって、暇を潰せるようなものも今のボクの部屋にはないため、ただベッドでごろごろしている。

全寮制だとこういう時困るな。テレビもネットもないとは……まぁ持ち込むことは可能なのだけれど。


ベッドにはまだ江ノ島さんの香りがたっぷりと残っていた。
暇を持て余していたボクが行為に走ってしまったことは誰も責められないだろう。


苗木「はぁ……はぁ……ふぅ」

ボクは行為が終わってから重大な問題に気が付いた。
この部屋にはトイレがないのだ。
今左手に持っている使用済みのティッシュを処理できないではないか。


どうする?

部屋のゴミ箱には置いておけない。
自分が不快なのはもとより、今日のように女子が入ってくることもあるのだ。
それにどうせ部屋のゴミは自分でトラッシュルームまで捨てに行かなければならないのだ。

ならいっそ今からトラッシュルームまで行くか?
いや、それもダメだ。
トラッシュルームは謂わばゴミ置き場だ。
ゴミを何処かへ持って行ってくれるわけではない。
こんな臭いのあるものを置いておけば、後々ゴミを捨てに来た誰かに気づかれるかもしれない。
トラッシュルームには焼却炉もあるけど、それはボク達生徒では使えない状態になっている。


となればもう共用トイレまで捨てに行く他ない。
幸い今は深夜だ。人通りもほとんどないし、トイレに他の男子が屯しているというのもあり得ないだろう。
そして部屋からの距離もさほど遠くない。

途中でばったり誰かに会ったとしても、所詮はティッシュだ。一時的にポケットに入れるなりでやり過ごせるだろう。


失敗する要素は皆無だ。
ボクは意を決して部屋を出た。

共用部の廊下には幸い誰もいなかった。
ボクはホッと胸を撫で下ろす。まぁ当然だよね。もう夜中の1時を回っているんだもの。

トイレの入口が見えた。よかった誰もいない。

しかしトイレの入り口までいったところで、後ろから声を掛けられた。


江ノ島「お~っす! 苗木じゃ~ん」

苗木「え、江ノ島さん!?」


まるで図ったようなタイミングで江ノ島さんに出くわした。
トイレまであと一歩だというのに。


江ノ島「こんな時間にどうしたの?」

苗木「いや、ちょっとトイレに行きたくなってさ。江ノ島さんは?」

江ノ島「ゴミ捨てだけど。ほらっ」


そう言って江ノ島さんは手に持っているゴミ袋を掲げた。


危ねー!!

よかった、トラッシュルームに捨てに行かなくて本当によかった。
あやうく鉢合わせするところだった。


ボクは自身の幸運を喜んだ。


そして、ほんの一瞬だけ気を抜いてしまったのだった。

江ノ島「あれ? 左手に持ってるそれってゴミだよね? 一緒に捨ててきてあがよっか?」


しまった! ティッシュをポケットに隠すのを忘れていた。


苗木「い、いや! いいよ! 自分で捨てるから」

江ノ島「なんだやっぱゴミなんじゃん。遠慮すんなって。ついでだからさ」


しまった。ゴミじゃないって言えばよかったか?
しかしどちらにしろもう後の祭りだ。


苗木「いや、ほんとに……悪いからさ」

江ノ島「だ~か~ら~。遠慮するなって」


駄目だ。簡単に引き下がりそうにない。
もういっそ男子トイレに駆け込んでしまうか。
幸いトイレまで遮るものはなにもない。
江ノ島さんだってまさか男子トイレまでは追って来ないだろう。

悪いけどここは強引にでも立ち去らせてもらおう。
後で漏れそうだったとでも言えば許してもらえるだろう。


しかし、そうしてボクが走り出そうとした瞬間にまたも後ろから声を掛けられた。


セレス「あらあら、苗木君と江ノ島さんじゃありませんか」

これまた図ったようなタイミングでセレスさんが女子トイレから出てきた。
しかも男子トイレの入り口を塞ぐように立った。

まずい……さすがにセレスさんを押し倒してまでトイレに駆け込むことはできない。
そんなことをすれば非難されることは当然として、そもそも取り押さえられてしまうかもしれない。
あまり言いたくはないが、ボクはこの2人に身長で負けているのだ。


油断したから罰があたったんだろうか。
こんなことなら江ノ島さんに声をかけられた瞬間に、漏れるだのなんだの言ってトイレに駆け込んでしまえばよかったんだ。


江ノ島「聞いてよセレス、苗木がさ~。ついでにゴミ捨ててきてやるって言ってんのに頑なに遠慮するんだよ」

セレス「あら、それはいけませんわね。もっとクラスメイトを信頼し頼るべきですわ。あまりに遠慮深いのも考え物ですわよ」


もともと期待はしていなかったけど、セレスさんは完全に江ノ島さんに味方をして、これで2対1となる。
しかも挟み撃ち。

ボクはなんとか強引にその場を立ち去ろうとする。


苗木「あはは……でも悪いからさ、今日は気持ちだけ受け取っておくよ」


そう言ってボクは男子トイレに向かう。
もしかしたらセレスさんは道を譲ってくれるかと淡い期待を抱いたが、世の中そんなに甘くなかった。
セレスさんは頑として動かない。


セレス「苗木君。人の好意は素直に受け取るものですわよ」

苗木「でも、漏れそうだからさ。そこをどいてくれないかな」

セレス「漏れそうなら尚更早く江ノ島さんに使用済みティッシュを渡すべきじゃありませんの?」


駄目だ。逃がしてくれそうにない。
どうする……どうすれば切り抜けられる……

江ノ島「なに~? それとも渡せない理由でもあんの~? あっ! そっか~アレか。ねぇ苗木、そのティッシュアレに使ったんでしょ? うぷぷぷぷ」

セレス「なるほど、アレですか。ふふっ、それは渡せませんわね」


江ノ島さんがニヤッと悪魔的な笑みを浮かべて核心を突く。
セレスさんも江ノ島さんの言いたいことを理解して妖しく笑う。


苗木「ちちち違うよ! もうっ! 何を根拠にそんなこと言うんだよ。2人とも下世話だよ!」


やばいバレた!?
いや、でも2人はある程度冗談で言っているはず。
本当に確信があるわけじゃないはずだ。
もしそうであればもっと軽蔑した言い方になるだろう。
まだ生き残る道はあるはずだ。


江ノ島「あれあれ? 下世話ってなんのこと? アレとしか言ってないんですけど?」

セレス「あらあら、半分冗談でしたのに。その反応を見ると本当にアレのようですわね。ギャンブラーの勘がそう言ってますわ」


まずい、焦って墓穴を掘ってしまったか……
これはもうどれだけ怪しまれても、強引に走って逃げるしかないか……
容疑者と犯人では天と地ほど差がある。
捕まって全てが白日の下に晒されてしまったら、ボクの学園生活は1日目からゲームセットだ。


セレス「苗木君。ギャンブラーとしてあなたに勝負を申し込みますわ。その使用済みティッシュがアレだったら私の勝ち。そうでなければ苗木君の勝ちですわ」


ボクはセレスさんの言葉を完全に無視して駆け出した。
これはもう事実上の自白なのかもしれないが、もはやそんなことは言っていられない。

幸運にも上手く2人の間をすり抜けることができた。
片手にゴミ袋を持っていた江ノ島さんはボクの服を掴むことができなかった様だ。

振り返ると2人が追ってこようとしているのが見える。


だがボクの勝ちだ。
江ノ島さん達がボクを捕まえるよりも、ボクが自分の部屋に非難する方が早い。
こんな短い距離ではスタートダッシュさえ決めてしまえば、勝ったも同然なのだ。


瞬間、ボクは気を緩めてしまったのかもしれない。


そして、運命の神様はそんなボクを許してはくれなかった。


運悪く、これまた図ったようにボクの隣の部屋の扉が開いて、瞬間的にボクの走路を遮る形になってしまったのだ。


苗木「うわぁっ!?」


扉に激突することを避けるために、急ブレーキをかけたボクはバランスを崩して尻もちをついてしまう。

そしてその衝撃で、ボクが手に持っていたアレは、ボクの手を離れて共用部の廊下に放り投げられる形になった。


ボクは慌ててそれを拾おうとするが、無情にもボクより一瞬早く赤い指がそれを拾い上げた。


江ノ島「は~い、証拠品押収!」

苗木「ああぁ……」

終わった……圧倒的に終わった……
ボクは江ノ島さんが使用済みティッシュを弄ぶのを茫然と見ていた。


江ノ島「さぁ~て判決はぁ……うぷぷぷぷぷ」

セレス「どうやら、勝負は私の勝ちのようですわね」


追いついてきたセレスさんが満足そうに勝ち名乗りをあげる。
ボクはもう頭が真っ白だ。2人が言っていることが全然聞こえてこない……


霧切「これはなんの騒ぎかしら?」


ドアを開けた張本人である霧切さんが尋ねる。
本当に……なんて間の悪い……


江ノ島「いや~今ちょっといいところでさ。続きは苗木の部屋でやるけど、霧切もくる?」

霧切「お邪魔するわ」


自己紹介であれだけシャットアウトだったくせに、以外にも二つ返事で承諾した。
なんだかやりとりに違和感を感じるけど、もうそんなことはどうでもいいのか。
ボクはもう……


江ノ島「オラ苗木、部屋でやるって言ったの聞こえたろ。シャキシャキ歩け、部屋まで案内しろ」


ボクは観念して江ノ島さん達3人を自分の部屋に案内した。

部屋に招き入れると、3人はそろってヘッドに腰かけた。
つい何時間か前ならば心躍るシチュエーションだったのに、今はとてもそんな気分にはなれない。


江ノ島「うぷぷぷぷ。なるほど~これが苗木の」

セレス「ふふっ、こういう臭いなのですね」


江ノ島さん達がベッドの上でボクにおかまいなく使用済みティッシュを弄んでいる。
時折にやにやした顔でこっちを見てくるので居心地が悪いことこの上ない。


霧切「それで、どういう状況なのか説明してほしいのだけど」


1人状況をわかっていないであろう霧切さんが、誰に向かってでもなくそう言った。

江ノ島「あ~それなら苗木が説明すっから」

霧切「そう、それならまず質問なのだけど、さっきから江ノ島さんとセレスさんが弄っているティッシュはいったいなんなのかしら?」


霧切さんがボクに向かって質問する。
気になっていた彼女との初めての会話がこれなんてあんまりじゃないか。


苗木「そ、それは……」

霧切「言いたくないのかしら? ならいいわ。自分で調べるから」


そう言って霧切さんは江ノ島さんから使用済みティッシュを手に取り、中身をじっくりと見た後、くんくんと臭いをかいだ。

ニヤニヤする江ノ島さんやセレスさんと違って、霧切さんは眉一つ動かさない。

それはそれで針のむしろなんだけど……


霧切「さて、苗木君。もう一度質問するわ。この白くてドロッとしててイカ臭いものはいったいなんなのかしら?」

苗木「ううぅ……」

霧切「そう、まだ黙秘するのね。ならこっちにも考えがあるわ」


そう言って霧切さんは使用済みティッシュを顔に近づけた。
そして、再びくんくんと臭いをかいだ後に、舐めた。


苗木「ちょ、ええええええ!?」


これにはさすがに驚いた。
見ればニヤニヤしていた江ノ島さんとセレスさんも固まっている。


霧切「んふぅ……」


霧切さんはドロッとした精液をしばらく舌の上で転がすと、一気に飲み込もうとした。
しかし粘々しているためか。なかなか上手く飲み込めない。


霧切「苗木君。これ以上黙秘を続けるというなら、こちらもそろそろ強引な手段に移らせてもらうわよ」

苗木「強引な手段って?」

霧切「そうね。例えば苗木君にもう一度出してもらって、それを舐めればティッシュの中身が何であるかは確認できそうね。そのために味を覚えたのだし」


無茶苦茶なことを言い出した。この人ヤバイ人だ……


苗木「悪いけど、それはさすがに協力出来ないよ」

霧切「出来る出来ないではなくやるのよ。強引といったのを忘れたのかしら? 私は武道の心得もあるのよ。苗木君を取り押さえてパンツを下ろすくらい造作もないわ。しかもこっちは3人よ」


いやいやいや。霧切さんだけだよ!
後ろの2人はそこまでやる気はなかったはずだよ。


苗木「そ、そんなこと許されないよ」

霧切「私は警察じゃないのよ。捜査に証拠も令状も必要ないわ」


じりっと霧切さんがにじり寄る。
駄目だ。これは本当にアレな人だ。
話し合いに限界を感じたボクは走ってその場から逃げることを決意する。

しかし、走り出そうとした瞬間に足を引っ掛けられ――


苗木「がはっ!?」


気がつけばボクは腕をとられ、床に叩きつけられていた。
武道の心得というのは嘘ではなかったらしい。
そして痛みを感じる暇もなく、なんという早業か、いつの間にかボクのベルトが外され、ズボンが足首まで下ろされていた。
そしてトランクスに手をかけ、容赦なく下ろそうとする。


苗木「待って、待ってください! すいませんでした! あれはボクの精液です!」


ボクは必死になって叫んだ。
その瞬間に霧切さんの動きが止まる。
ボクのお尻が半分ほど外気に晒されていた。


霧切「ようやく観念したわね」


霧切さんが拘束を解く。ボクは急いでズボンを穿いた。


霧切「少し脅せば自供をとれるとは思っていたわ。多少手荒になってしまったけどね」


え? 演技だったの!?
ホントに!?
完全に騙されたよ。襲われると思って悲鳴まであげちゃったよ。
でもホントに演技? 
演技だったとしてもボクが自供しなければ、どこまで続ける気だったの?


霧切「私は超高校級の探偵としてここにいるのよ。あまり舐めないでほしいわね」


そうして霧切さんがボクに向き直る。
確かにさっきまでのヤバイ雰囲気はなくなっている。
本当に自供をとるための演技だったんだろうか……?

霧切「さて、苗木君。もうひとつ大事な質問なのだけど、あなたが行為に勤しんだ正確な時間を教えてちょうだい」


なぜそんなことが大事なのかはわからなかったけど、もはや偽ることに意味はないので、記憶の限りで正直な時間を答えた。


霧切「ふむ。なるほどね」


霧切さんは電子生徒手帳で何かを確認している。時間かな?
今時間について訊いたんだから多分そうだよね。
時計なら部屋にもあるんだけどな。


霧切「もうひとつ確認よ。苗木君の苗木君は今は通常の状態なのかしら?」


は? え? どういう意味?



霧切「また黙秘というわけね。もういいわ自分で確認するから」


あっ! そういうことか!
ボクは時間差で質問の意味に気がついたけど、もう遅かった。

霧切さんがにじり寄ってくる。
ボクは倒されると思い身構えた。


苗木「えっ?」


しかし、意外なことに、ボクは霧切さんに抱き締められていた。


苗木「霧切……さん?」


なぜ彼女がこんなことをするのかわからない。
しかし彼女のいい匂いと、さっきのやりとりからすれば、信じられないほどに華奢で柔らかい体にボクの下半身は反応してしまう。

そして霧切さんはなぜかボクを抱きしめている最中でも電子生徒手帳に目をやったままだ。


とそんなことを考えている間にもボクのボクの苗木君はしっかり上を向き始めていた。
ん? 苗木君?


苗木「はっ!?」


しまった! ボクは霧切さんの真意に気がついたが、やや遅かった。
ボクが油断している間に、いつの間にかボクのズボンは足首まで下ろされていて、霧切さんがボクのパンツに手を突っ込もうとする。
ボクは霧切さんの手を掴むことには成功したが、手遅れだった。
霧切さんは既にボクの苗木君を掴んでいた。


霧切「苗木君、手を放してくれないかしら」

苗木「こっちのセリフだよ!」

霧切「あら、ずいぶん反抗的ね。言っておくけど、私の方はパンツも下ろしてしっかりと苗木君を確認してもいいのよ。それはしないのは武士の情けよ。江ノ島さんとセレスさんもいるこの場ではさすがに哀れだものね。でも苗木君がそういう態度をとるならこっちにも考えがあるわ」


それが脅しではないことはわかっていた。
ボクは言われた通り霧切さんの腕から手を放した。

霧切「しばらく両手をあげていて頂戴。心配しなくても数分で終わるわ」


ボクは全て言われた通りにした。
霧切さんの触診はおおよそ5分くらいで終わった。
こんなに長い5分をボクは知らない。

結局ボクの苗木君は完全に元気にさせられてしまった。
そしてそれを確認してから、霧切さんは電子生徒手帳に目をやると小さく呟いた。


霧切「信じ難いけど本物のようね」


何がだろう?
信じられないのは今この状況だよ……


そして霧切さんは目的を果たしたのか、好き放題やるだけやって部屋から出て行ってしまった。

気にしている余裕が全くなかったけど、江ノ島さんとセレスさんもまだ部屋にいる。
しかし、今日はもう満足したのか2人とも霧切さんが帰ってすぐに部屋を出て行ってしまった。


長い夜は終わった。
ボクももう寝よう。全てを忘れて。


初めて女子に触られて、苗木君は元気になってしまったが、あまり気持ちよくなかった。
むしろ手袋越しだったので少し痛かった。


ボクは開き直って、腹いせにもう一度苗木君を鎮めることに勤しんだ。
さすがに今度のティッシュを再び捨てに行く気力はなかったので、もうどうでもよくなって部屋のゴミ箱に捨てた。
そういえばさっきのティッシュは霧切さんが持って行ってしまったな。


そして霧切さんはどうしてあんなに電子生徒手帳を気にしていたんだろう?
何かを確認していたのかな?


まぁいいや……もう寝よ。

ピンポーン ピンポーン


誰だろう? 今は朝の7時で食堂に行くには少し早い気がする。
まぁちょうど今起きたところだから、迷惑にはならなかったけどさ。

ドアを開けると、舞園さんが慌てた様子で部屋に入ってきた。


舞園「苗木君、ちょっといいですか?」

苗木「え、どうしたの?」

舞園「ちょっと見てもらいたいものがあるんですか……」


そう言って舞園さんは電子生徒手帳を見せてきた。
舞園さんの様子はただ事ではない。いったいどうしたんだろう?


舞園「とりあえず、これを見てくれませんか」


ボクの個別プロフィール。そういえばそんなのがあったな。
ボクの電子生徒手帳では見られない仕様だ。
そこにはボクの身長や体重。そして入学に至った経緯など、確かに僕自身にとってはどうでもいい情報が並んでいた。
なんの意味があるのかはしらないが、ボクのアバターまであった。
部屋のネームプレートと同じやつだ。


苗木「これがどうかしたの?」

舞園「その……苗木君のアバターの股間の部分をタップしてもらえますか」


舞園さんがえらく言いづらそうにしている。
ていうか股間をタップってどんな仕様だよ。

しかし、実際にタップしてみてボクは絶句した……


苗木「な、なんだよこれ……」


現在の状態
勃起:朝勃ち


射精履歴

4時間前
射精:自慰

5時間前
射精:自慰

舞園「あの……苗木君。それで、これはいったいどういうことなんでしょうか?」

舞園「苗木君?」

苗木え、えっとそれは……」


しばらく頭が真っ白になっていた。
舞園さんが言っているのは、つまりこれがデタラメなのかどうかということだろう。
どう答えるべきか……


苗木「なんだよこれ……酷い冗談だな。全然笑えないし、ボクはこんなの知らないよ。あははは……」


とっさに嘘をついてしまう。
ボクだって認めたくないよこんなの……


舞園「苗木君……」


舞園さんはボクの方をじっと見た。
そして、その瞳はボクを詰問するわけでもなく、ひやかすわけでもなく、純粋にボクのことを心配しているように見えた。


舞園「私には、本当のことを話してくれませんか」


無理だ……ボクに舞園さんを騙し通すことなんて、できるはずがないじゃないか。
見抜かれている。何もかも。
それに、舞園さんならボクを助けてくれるかもしれない。
少なくとも、江ノ島さんやセレスさんのようにボクをからかったりはしないはずだ。

ボクは舞園さんに全てを打ち明けた。
昨夜のことも含めて全て。

舞園「なるほど。そういうことですか」


舞園さんは黙って最後までボクの話を聴いてくれた。


舞園「この情報がデタラメでないのは間違いないようですね。そして江ノ島さん達3人は昨夜の時点で既にこのことに気が付いていたのだと思われます。もっとも確信まではなかったでしょうし、むしろ午前1時に苗木君の1回目の自慰情報が更新されるまでは本気にしていなかったのではないでしょうか?」


確かに江ノ島さんたちの言動にはそれを裏付ける心当たりがあった。
その時は意味不明だったけど、今冷静に考えればすべて納得がいく。
ボクが納得したのを見て、舞園さんは話を続ける。


舞園「江ノ島さんとセレスさんと霧切さんが最初から結託していたかどうかは、ちょっとわかりません。なんの打ち合わせもなかったにしては出来過ぎてますが、霧切さんの暴走などを考えると、3人に特に繋がりはなかったようにも見えます。江ノ島さんとセレスさんの2人だけは繋がっていたという考えもできますが、2人に特に接点はありませんでしたし、また、江ノ島さんは誰かを協力させるのであれば戦刃さんあたりにお願いするんじゃないでしょうか」


なるほど。確かにその通りかもしれない。
江ノ島さんとセレスさんの連携に関しては、ボクに逃走を許したこと以外はほぼ完璧だったけど、あの2人なら即席でもそのくらい出来そうな気がする。


舞園「これに関してはもう考えても仕方ないと思います。本人たちに訊いても正直な答えが返ってくるとは思えませんし。それよりも考るべきなのはこれからのことです」

これから……そうだね。前向きに考えないとね。
ボク的にはもうゲームセットな気がするけど。

落ち込んでいるボクの代わりに舞園さんが色々考えてくれている。


舞園「まず、苗木君の射精配信についてですが、アバターの股間をタップするなんてことは、普通は中々しません。また、苗木君にそれほど興味がなければそもそも苗木君のプロフィールまで見たりはしないでしょうから、今の時点でこのことに気が付いている人はそれほど多くないのではないかと考えます。というより、苗木君にとりたてて興味がなければ、この先もずっと気がつかないと思います」


そうだ、確かに多くの人は気づいていないかもしれない。
でも江ノ島さん達には既にバレてしまったわけだから、彼女たちに言いふらされたらそれで終わりだ。


舞園「苗木君。今言っても信じられないかもしれませんが、江ノ島さん達だってそこまで悪気があったわけじゃないと思います。最初はちょっと確認するだけのつもりが、雰囲気にのまれて行き過ぎてしまっただけなんです。なので、私達がちゃんとお願いすれば、口止めすることはそれほど難しくないと思います」


確かに全員にバレることを考えたらそちらの方がはるかにマシだ。
ボク1人ならともかく、舞園さんも一緒に頼んでくれるなら、なんとかなるかもしれない。

ん? というか全員ってどこまでだ? もしかして最悪の場合――


舞園「はい、まずそれを確認しなければいけません。この配信の範囲はどこまでなのか。普通に考えればクラス全員ですね。最悪の場合で全生徒というのも考えられますが、昨日の学園長の言い方を考えればその可能性は低いと思います」

苗木「でも、もし全生徒だったら……」

舞園「その確認は難しいですね。でもあくまで苗木君の自己紹介の補助的なものならば他学年にまで配信する意味はないと思います」

苗木「そっか……」

舞園「とりあえず、昨日の3人には私からメール送っちゃいますね。早くしないと他の人に喋ってしまいそうですし」

苗木「ありがとう。頼むよ」


舞園さん……なんて頼もしいんだ。
正直言ってボクは舞園さんにもからかわれたり、軽蔑されたりするんじゃないかと思っていた。
それなのにこんなボクのために、ここまで親身になってくれるなんて……


舞園「3人から返信が来ました」


舞園さんがメールを見せてくれた。
残念ながら江ノ島さんは既に戦刃さんに喋ってしまったとのこと。
他の2人は特に人に話したりはしていないらしい。
また、今後のことについて朝食の際に話し合おうとのこと。

戦刃さんには知られてしまったが、今のところ被害は最小限にとどまっている気がする。
これも全て舞園さんのおかげだ。


じばらく準備をした後、僕達は2人で食堂へ向かった。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年01月30日 (木) 02:39:05   ID: XoFth7Kf

結構期待してたのに、なんかキャラがオーバーすぎることするから現実味なくなってきて萎え木くんだわ

2 :  SS好きの774さん   2014年03月11日 (火) 22:12:47   ID: 8t9nk1ps

更新はよ

3 :  SS好きの774さん   2019年05月18日 (土) 06:52:40   ID: 2h1ciRz_

これも中途半端に終わってる。どうしようもないな

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