男「女先輩の家に行きたいです!」女「……」 (102)

女「えっと……どうして?」

男「一人暮らしの女子の家に行きたいって思うのは普通でしょ、男子なら!」

女「いや、でもちょっと唐突すぎませんか?」

男「もちろん今から先輩の家に行こうとは言ってません!」

男「きちんと日程を決めましょう。あ、なんなら先輩の家に行く前にデートを……」

女「ちょ、ちょっと待ってください……!」

男「なんですか?」

女「まずは落ち着いてください」

男「はい」

女「ゆっくり息を吸って、はいて、深呼吸してください」

男「いや、そういうのいいんで。早く先輩の家に遊びに行く日程を決めましょうよ」

女「そもそもどうして私の家に来たいんですか?」

男「先輩が女の子で、さらに先輩が女子高生であるのにも関わらず一人暮らしをしているからです」

女「意味がよくわからないのですが」

男「女の人の家に行きたいと思うのに理由がいるんですか?」

女「訪問される側としては、是非聞いておきたいんです」

男「……ということは、ぼくが先輩の家に行くのはオッケーってことですよね?」

女「そこらへんはまだ決まっていません」

男「先輩、ボクのこと嫌いなんですか?」

女「そういう問題じゃないんです。ただ、やっぱり来たい理由が気になるんです」

男「ボク、生まれ変わりたいんですよ」

女「はい?」

男「ボクがこの歳でいまだに彼女ができてないことは知ってますよね?」

女「まあ、風のうわさで聞いたことがあります」

男「そう、うわさが風で流れるぐらいに、ボクのヘタレっぷりは広まってるんです」

女「個人情報がそこまで広まるってことは、それだけ人気者ってことじゃないですか?」

男「ポジティブに考えたらそうかもしれないです」

女「この前も女の子にいじられていたじゃないですか?」

男「そう、それなんですよ!」

女「……?」

男「うちの学校ってもと女子高で、男女比が3:7ぐらいじゃないですか?」

女「ええ。それがどうかしました?」

男「だから女子とも普通には仲良くなれるんですよ」

女「キミならなおさらそうでしょうね」

男「ええ。幸か不幸か、なぜか誰からも親しみやすいと言われるこのボクは男女問わず友達が多いです」

女「とてもいいことですね」

男「でも、同時に色んな女子から言われるんです」

女「なんて言われるんですか?」

男「『男としては見れないね』って」

女「……それは、まあ、なんというかわからなくもない意見ですね」

男「女子の言葉って本当になんであんなに胸をえぐるんですかね」

女「女は男の意識していないところを見ているから、でしょうね」

男「……なるほど」

女「それで、いったい今の話からどう、私の家に行きたいという話につながるんですか?」

男「わかりませんか?」

女「残念ながら、わかりません」

男「男としてのハクをつけるためですよ」

女「ハク?」

男「ええ、そうです」

女「私の家に行くと、ハクがつくんですか? よくわからないのですが」

男「いいですか、先輩?」

女「……はい?」

男「ボクは周りから『へたれ』だの『童貞』だの『インポ』だの常に馬鹿にされています」

女「お下劣……」

男「聞くにたえないかもしれませんが、聞いてください。ボクも好きでこんな話をしてるんじゃないんです」

男「そんなボクがですよ。美人で頭のいい部活の先輩の家に行ったってなったらどうなります?」

女「……どうなるんですか?」

男「おおーってなるでしょ?」

女「私の家に言っただけで、そんな喝采みたいなものが起こるんですか?」

男「起こりますよ。女子の、しかも一人暮らしの人の家に行くってすごいことですからね!?」

女「……事情はわかりました」

男「ありがとうございます! ではいつ行ってよろしいですか?」

女「ダメです」

男「はい?」

女「なんていうか、考え方がいやらしいです」

男「そ、そうですか? いたって普通だと思うんですけど」

女「そもそも私の家である必要性がないですよね?」

男「でも、ボクの知り合いで先輩みたいに一人暮らししてる人、いないんですよ」

女「そうですか」

男「わかってもらえましたか!?」

女「でもいやです」

男「なんでー!?」

女「だいたい私の家に来てなにをするんですか?」

男「……っ!」

男(やべー。そこらへんなんにも考えていなかった……!9

男「それは、えっと……」

女「私の勘ぐりなのかもしれませんが、なんだか話を聞いていると……」

男「な、なんですか?」

女「わざわざ私に言わせる気ですか?」

男「いや、でも待てよ」

女「……?」

男「先輩がボクを拒否する理由はあれですね? ボクを男として意識しててそれで……」

女「本当に気持ちだけは前向きですね」

男「だってそうでしょう? 他の女子は『一人暮らししててもアンタなら普通に泊めるわー』とか言ってくれましたよ」

女「よっぽど仲がいいんでしょうね」

男「まあそれもあるかもしれませんけど」

女「でも、私はとにかくイヤですから」

男「だからなんでですか!?」

女「……プライベートな空間を見られたくないんです」

男「そこをなんとか!」

女「しつこいです」

男「……わかりました」

女「理解してくれましたか?」

男「じゃあ、とりあえずこれから二人でどこかへ出かけましょう?」

女「はい?」

男「カラオケ行きます? あ、それともボーリングとかダーツします?」

女「あの、勝手に話を進めないでください」

男「すみません、つい先走っちゃいました」

女「どうして今度は私の家に行く話から、二人で遊びに行く話になったんです?」

男「いやあ、ボクの家ってメチャクチャ遠いじゃないですか?」

女「そうですね」

男「だから先輩の家からボクの家だと終電が一時間以上ちがうわけですよ」

女「……それで?」

男「だから、夜遅くまで遊んで、終電逃して先輩の家にお持ち帰りされようかなって……」

女「……アホ」

男「ボクは本気で言ってるんですよ?」

女「言動だけだと、すごく女慣れしてそうなのに……」

男「いや、そりゃあ女子の方が圧倒的に多い学校だから、慣れてはいますよ」

女「はいはい。言葉だけだとチャラいのに、と言い換えましょうか」

男「そうですか? なんかチャラいって言われるのって意外と気分いいですね、へへへ」

女「でも、私の家に無理やり上がり込もうとする魂胆を暴露するのはアホですね」

男「ちがいますよ?」

女「はい?」

男「あえてバラしたんですよ」

女「なんでですか?」」

男「なんていうか、きちんと思っていることを話すことでボクの誠実さを知ってもらおうと思いまして」

女「なるほど。誠実、ですか」

男「はい。先輩にボクの誠実さを知っておいてもらいたかったんです」

女「自分で言う誠実ほど、アテにならないものはないですけどね」

男「そんなことないですって」

女「どうだか?」

男「まあ、とにかく先輩の家に行きましょうよ」

女「さりげなく背中に手を回してエスコートしようとしないでください」

男「もう! なにがそんなに不満なんですか!?」

女「……いや、なんかされそうな気がして」

男「ボクがなにするって言うんですか!?」

女「知りませんけど……ていうかなんであなたが怒るんですか?」

男「だってこんなに先輩の家に行きたがる人がいますか!?」

女「いませんね」

男「でしょう? カワイイ後輩が先輩の家に遊びに行きたいって純粋に思っているだけなのに、ひどいですよ」

女「だって、ねえ?」

男「いや、本当になにもしませんって。だいたいなにをするんですか?」

女「それは……その……」

男「ああもう! わかりましたよ!」

女「ようやくわかってくれましたか?」

男「はい。とりあえずホームセンターへ行きましょう」

女「……なんで?」

男「ロープを買うんですよ」

女「はい?」

男「ようは先輩は、先輩の家に来たボクがナニかしでかすんじゃないか心配なんでしょう?」

女「まあ……そんな感じです」

男「だからホームセンターでロープ買って、ボクの腕とか足とか縛りつけてください」

女「その代わりにキミを私の家にいれるんですか……?」

男「ええ、これなら先輩は安心してボクを家にあげられるでしょう?」

女「いや、余計にいやです」

男「なんでですか!?」

女「普通に考えておかしいでしょう? ていうか後輩を縛るなんていやです」

男「文句が多いですよ、先輩。こっちが妥協してあげてるのに」

女「……」

男「あ、ひょっとしてあれですか? 家の近くでロープで縛ろうとすると、ボクがナニするかわからない、みたいな?」

女「いや、そういうことじゃないですけど」

男「わかりましたよ。じゃあ、ホームセンターでロープを買った段階で縛っていいですよ」

女「余計にいやです! だいたいロープで縛りつけたあなたをどうやって運ぶんですか?」

男「タクシー呼べばいいでしょう?」

女「あ、なるほど。意外と頭いいですね」

男「へへ、でしょ?」

男「じゃあ、行きましょうか?」

女「……いや、なんかテンポのいい流れに騙されかけましたけど、ダメですよ」

男「わがままだなあ、先輩」

女「いやいや。なに私をワルモノにしようとしてるんですか?」

男「じゃあどうしたらボクを先輩の家にいれてくれるんですか?」

女「まず入れてあげません」

男「なんでですか? ていうかなんでそんなにイヤがるんですか!?」

女「いや、その、ねえ……」

男「ボクより人畜無害な男子なんて、そういないですよ!?」

女「……わかりました」

男「おおっ! やっとわかってくれましたか!?」

女「ええ」

男「じゃあさっそく行きましょうか!」

女「いいえ、そうじゃありません」

男「……え?」

女「キミが私の家に行くんではなくて、私がキミの家に行くっていうのはどうですか?」

男「へ? どういうことですか?」

女「キミは自分にハクをつけたいんでしょう?」

男「まあ、そうですよ?」

女「だったら、女子の家に上がり込んだ、ではなくて女子を家にあげた、でもいいってことじゃないですか?」

男「なるほど」

女「理にかなってはいますよね?」

男「先輩がボクの家に来る……」

女「それだったら私も構いませんから」

男「……って、ダメですよ!」

女「……なんでですか?」

男「ボクのおばあちゃんを殺す気ですか!?」

女「……意味がわかるように説明してもらっていいですか?

男「うちが学校から遠いってさっき行ったじゃないですか?」

女「言いましたね」

男「だから、小学生以来、だーれも友達をあげたことがなかったんですよ。つい最近まで」

女「あら、それはまた……」

男「で、この前何年かぶりに友達連れてきたらおばあちゃんびっくりしすぎて、倒れそうになっちゃって」

女「それ実話ですか?」

男「ええ。基本、ボク出不精で休日とか外でないし、遊ぶとしても絶対に外出するんですよ」

女「はあ……」

男「だからおばあちゃん、ボクが友達いないとけっこう本気で思ってるみたいなんです」

女「そうですか……」

男「この前、友達来たら、おばあちゃんすごい喜んでくれてボクにお小遣いで三万円くれたんですよ」

女「よっぽどおばあちゃん嬉しかったんでしょうね」

男「だから当然、彼女なんているわけないと思ってますし」

女「実際それに関しては当たってるじゃないですか」

男「あ、そうでした……あはは」

女「なに事実をさりげなくねじ曲げようとしてるんですか」

男「まあとにかく先輩みたいなカワイイ人を家に連れてきたら、おばあちゃん、間違いなく先輩のこと彼女だって思っちゃいますよ」

女「思いますかね?」

男「思いますよ! それで、たぶんおばあちゃん驚きすぎて病院送りになっちゃいます」

女「まあ、ひょっとしたらありえるかもしれませんね」

男「それどころか全財産をボクに渡して、『この金で結婚して今すぐに孫を見せてくれ』とか言うかもしれない!」

女「それはない」

男「とにかくボクの家に行くとかは、却下です」

女「ふむ。まあそうしたほうが本当にいいかもしれませんね」

男「というわけで今すぐに先輩の家に行きましょう」

女「また話が戻りましたね」

男「おばあちゃんを死なせたくないでしょう?」

女「いや、私、関係ないですし」

男「……全く手ごわいですね」

女「……わかりました」

男「おお! 今度こそ!」

女「ええ。ただし、ここ何日間か予定が曖昧なんで、またこちらから連絡します」

男「わかりましたー! 絶対に! 約束ですよ!?」

女「ええ」

女(よくよく考えたら最初からこうしれおけばよかった)

女(とてもじゃないけど、私の家にはちょっと……」

女(……)




男(ふふふっ。やったぞ! やったぞ!)

男(いやあ、よくここまで根気よくがんばれたわ、オレ)

男(まあでも、先輩相手じゃなかったらここまでしつこくいけなかったしな)

男(……)

男(嫌われたりは……しないよな?)

一週間後



女「さて、と。今日は見たい番組もあるし早く帰ろっと」

男「せ、んぱああああああいっ!」

女「きゃあああああっ!?」

男「はあはあ……」

女「な、なんですか!? きゅ、急に曲がり角からあらわれないでくださいっ!」

男「す、すみません」

女「まったく……びっくりして尻もちついちゃいました」

男「それより先輩」

女「…………なんですか?」

男「なんでこの一週間、一回も連絡くれなかったんですか……?」

女「あ、いや、ちょっと……」

男「ちょっと、じゃないですよ。ボクもう食事の時もお風呂の時もアイフォン手放せませんでしたよ!」

女「お風呂時はアイフォンだとまずくないですか?」

男「ええ。先輩のせいでこの一週間で一回買い換えましたよ」

女「……ばか」

男「とにかくです! いつになったら先輩の家にボクはお呼ばれするんですか!?」

女「……とりあえず今日はダメです」

男「明日ですか?」

女「明日もダメです」

男「じゃあいつ行くの!?」

女「いつでしょう?」

男「まさか先輩に騙されるなんて夢にも思いませんでしたよ」

女「騙してはいませんよ。こちらから連絡するって言いましたよ」

男「してないじゃないですか!?」

女「こちらから連絡する、とは言いましたが、いつするかは具体的に言ってませんでしたから」

男「屁理屈だ!」

女「……ひとつ聞いていいですか?」

男「なんですか?」

女「前まではそんな私の家に行きたいとか言わなかったじゃないですか?」

男「はい」

女「なんで急にそんなことを?」

男「ボク、生まれ変わったんです」

女「生まれ変わった?」

男「はい。ボク、あるヤツに言われたんです。お前はこのままじゃあダメだって」

女「なんて言われたんですか?」

男「こんな感じのことを」



以下回想


ヤリチン『お前、まだ童貞なんだよな?』

男『は、はあ!? う、うるせーし!』

ヤリチン『なんで周りにこんなに女がいるのに、お前ヤリもしなきゃ付き合いもしねーんだよ』

男『べ、べつになんでもいいだろ』

ヤリチン『彼女ほしくねーの?』

男『いや、その……欲しいっていうか、まあ……今はいいかなって』

ヤリチン『はあ? 今はいいって、じゃあいつになったら彼女作るんだよ』

男『それは……気が向いたら?」

ヤリチン『ないわあ』

男『お、オレは自分なりに色々考えてんだよ』

ヤリチン『なにを考えてんだよ?』

男『それは……』

ヤリチン『どうせなんも考えてねえんだろ?』

男『そういうお前はどうなんだよ? どうせ女のことしか考えてねーんだろ?」

ヤリチン『ああ、そうだぞ』

男『なんだよ、人のこと言えねえじゃん』

ヤリチン『でもなにも考えてないお前よりはよっぽど考えているじゃん』

男『ぐっ……』

ヤリチン『たとえばあのだいぶ向こうにいる女子いるだろ? オレはああいう女を見た瞬間、一瞬でヤレるかヤレないかを考える』

男『す、すごいな……』

ヤリチン『お前みたいなヤツはオレがなんにも考えてないと思い込んでるがな、それは誤解だ』

男『……』

ヤリチン『オレは女とヤルことしか考えてないからそう見えるだけだ』

男『それでもなにも考えてないオレよりはマシってことか』

ヤリチン『そういうことだ』

ヤリチン『お前も男から女のひとりやふたり、モノにしてみな』

男『で、でもお前みたいにそんな……』

ヤリチン『オレは純粋に女が大好きだから、色んな女とヤってるだけだぜ』

男『どういうことだよ?』

ヤリチン『お前は食べるのが好きだろ?』

男『嫌いなヤツいないだろ?』

ヤリチン『そして、いろんな料理を食うだろ。女も一緒だ』

男『うん……?』

ヤリチン『おいしいもんを食ったらまたちがうおいしいもんを食いたくなる』

男『たしかに……』

ヤリチン『女もまんま一緒だ。オレは今、最高の女を知るために、色んな女で勉強してるのさ』

男『か、かっこいい……』


回想終了

女「……今の話は?」

男「きっかです。オレ、こいつのおかげで変わろうと思えたんです」

女「えっと……つまり?」

男「生まれ変わって積極的になって、彼女を作ろう。そう思ったんです」

女「私の部屋、関係ありますか?」

男「異性の部屋を知るのは立派な勉強でしょう?」

女「つまり、キミが私の部屋に行くのは……」

男「はい、勉強です!」

女「……」

女「呆れました。ひとりでやっていてください」

男「へ……?」

女「私もそれほど暇ではないので」

男「ま、待ってください!」

女「待ちません」

男「ボク、ほんの少しだけウソをついていました!」

女「……なんですか?」

男「やっぱり多少は下心があったかもしれません! それは認めます!」

女「…………」

男「あ、あの……」

女「……ふうん、それはどういう意味?」

男「あ、いやそれはその……」

女「つまり、勉強だけが目的ってわけでもないのね?」

男「そ、それは……」

女「どういうことを考えていたかは聞かないけど」

男「ぐっ……」

女「思春期の多感な男の子を部屋に招き入れるのはちょっとね……」

男「いや、でもロープで縛れば……!」

女「もうその話はいいです」

男「じゃあ、なにで縛ればいいんですか!?」

女「その発想からはなれて!」

男「うぅ……」

女「……とりあえず、ここ何日間かは絶対に家にあげないから」

男「どうしてですか?」

女「ちょっと色々あるんです。私にも」

男「じゃあ、暇なときだったら……!」

女「考えないこともないですね。ただし、こちらから来ていい日は連絡します」

男「また?」

女「文句を言うなら家に入れてあげませんよ」

男「……わかりましたよ」

女「ふふっ、わかればよろしいです」

女(まあ、今の状態じゃあ家にはあげれないものね)

次の日


男「せんぱああああああいいいっ!」


……
………
…………


女「二百メートルもはなれたところからダッシュして名前呼ばないでくれますか?」

男「す、すみません。はあはあ……先輩を見たらどうしても話しかけておかなきゃと思いまして」

女「どうしてですか?」

男「決まってるでしょう? 部屋へ行く約束の確認ですよ」

女「……」

男「忘れませんよね?」

女「さすがに昨日の今日では忘れません」

男「よ、よかったー」

女「それで、どうしました?」

男「今日は先輩の家に行ってもいいかなあ?」

女「……」

男「いいかなあ?」

女「…………」

男「いいともー(裏声)」

女「とりあえずひとつ言いますと、この三日間は私は家にキミを入れませんから」

男「ぐぬぬ……」

三日後


男「先輩!」

女「却下です」

男「!?」

女「『まだなにも言ってないのに!?』って顔をしてますが、目は口ほどにものを語る。
  あなたの目、今とんでもなくぎらついてましたよ?」

男「ていうか、いつになったら先輩の部屋に入れるんですか?」

女「……諦めるっていう選択肢はないんですか?」

男「ないですね」

女「……そうですか」

男「じゃあ、わかりました。こういうのはどうですか?」

女「?」

男「最近は色々物騒でしょう?」

女「それがどうしたって言うんですか?」

男「だからボクが先輩を、家の前まで送ってあげます」

女「……で?」

男「『で』ってなんですか?」

女「それで終わるとは思えないんですけど」

男「それで、チラっとだけ先輩の部屋を……」

女「却下です」

男「じゃあさきっぽだけ入れさせてください!」

女「なにがですか!?」

男「いや、つま先の話ですけど」

女「…………」

女「とにかく却下です」

男「もはや先輩はボクを家に入れる気がないんじゃないですか……」

女「そ、そんなことはありませんよ?」

男「本当に?」

女「ほ、ほんとうです」

女(けっこう本当なんだけど……あのままじゃあ入れられない……)

男「……じゃあ、次こそ連絡待ってます」

女(なんかすごい肩が下がってるし、後ろ姿に哀愁が漂ってる……)

一週間後


男「こんにちは、先輩」

女「あ、う、うん……」

男「どうしたんですか? なんか浮かない顔してますね」

女「気のせいですよ」

男「だったらいいんですけど、体調が悪かったら言ってくださいね」

女「……ありがとう」

男「ははは、どういたしまして」

女「…………」

女(……あれ?)

男「いやあ、今日はいい天気ですね」

女「……そうですね」

男「ところで先輩は最近駅前にできたクレープ屋には行きました?」

女「行ってないけど……ねえ?」

男「なんですか?」

女「なにか忘れてない?」

男「いいえ。ボクはなにも忘れていませんよ。今日も空は青いし、太陽はまぶしいしいい日じゃないですか」

女「いやいや、そうじゃないでしょ?」

男「はて……なにかありましたっけ?」

女「ほら、あったでしょ? 最近ずっと話題にしてたこと!」

男「なんでしたっけ?」

女「あれですよ。ホームセンターがどうとか話したじゃないですか?」

男「ああ、ロープではどういう縛り方がいいかって話ですか?」

女「ちがう!」

男「……?」

女「私の家にくる話!」

男「わああぁ……今の今まで忘れてました」

女「……ほんとに?」

男「嘘です。実はめちゃくちゃ聞くのをこられていました」

女「聞かなかればよかった」

男「ひどいですよ、先輩。でも先輩から話を持ち出したってことは……」

女「……いいですよ。来てください」

男「ほ、本当ですか!?」

女「ええ」

男「ぃよっしゃあああああああぁぁ! 先輩の家にいけるぞおおおお!?」

女「はしゃぎすぎです」

男「いやいや! そりゃあ一生モンの夢がかなったんですよ!」

女「大げさです」

男「いやっほおおおお」

女「ただし!」

男「は、はい……」

女「条件があります」

男「条件?」

女「まずひとつ。絶対に私の家に行ったことを、誰にも言わないこと」

男「ええー! 自慢しちゃダメなんですか!?」

女「ぜっっったいにダメです!」

男「わ、わかりました」

女「そしてもうひとつ」

男「まだあるんですか?」

女「はい。いいじゃないですか、この条件を飲めば一生ものの夢がかなうんですから」

男「まあそうですけど」

女「もうひとつの条件は……」

男「……先輩? もしかしてボクがなんかすると思って、なにもするなと釘を刺すつもりですか?」

女「いいえ。逆です」

男「え?」

女「キミにはしてほしいんです」

一時間後


男「ここが先輩の住んでるところなんですか?」

女「そうです。なかなか立派でしょう?」

男「ていうかほとんど駅と一体化してるじゃないですか。めちゃくちゃ便利ですね」

女「オートロックもきっちりついてますし、防犯は大丈夫だと思います」

男「うわあ。初めてオートロックとか触りましたよ!」

女「あんまりはしゃがないでください……ここが私の部屋です」

男「おおおっ! ついに先輩の家に足を踏み入れる……! くうぅぅー」

女「…………開けますよ」

男「はい!」

がちゃっ


男「…………え?」

男「な、な、な、なんですかこれは……」

女「……」

男「あ、ああぁ……えっと、どうしたらいいんですか?」

女「やっぱりそういうリアクションになりますよね……」

男「くさっ! イカくさいぞここ!」

女「そ、それは……!」

男「……なんでこんなにこの部屋汚いんですか?」

女「……私、お掃除が大の苦手なんです」

男「あの、廊下に積み上がっているビニール袋、なんか変な液体漏れてますよ」

女「おそらくビニールが溶けたんだと思います」

男「ビニールが溶ける!?」

女「中のものが発酵してヘドロみたいなものができて……まあ、そんな感じです」

男「う、うわあ……」

女「やっぱりドン引きですよね?」

男「ええ。もう予想外すぎてやばいです」

女「ちなみにイカ臭い理由は、あれです」

男「あれって……」

男「あのぐしゃぐしゃのテーブルに載ってるのって……たこ焼き器ですか?」

女「はい……」

男「あれがイカ臭いのとどう関係があるんですか?」

女「流しに大量に溜まったお皿を見たでしょう?」

男「はい」

女「皿を洗うのがめんどくさくなって。たこ焼き器だけまだ使ってなかったんで、たこ焼きしようと思って」

男「……たこ焼き作るほうが絶対に手間じゃないですか」

女「いや、洗ったり掃除するって行為が苦手なだけなんで」

男「は、はあ……」

女「それでかれこれ二週間タコ焼きしか食べてないんですけど、さすがに飽きるじゃないですか?」

男「二週間ずっとタコ焼き!?」

女「はい。ですから中身をチョコとかハムとか……ときにはさくらんぼとか」

男「さくらんぼ!? なんで!?」

女「えっと、持ち手ができて食べやすいから?」

男「先輩どうかしてますよ!」

女「やっぱりそうなんですかね」

男「じゃあこのイカ臭いのは……」

女「はい。タコの代わりにイカをそのまま買ってきて、使ったんですがにおいがずっととれなくて……」

男「いや、これはやばいですよ」

女「キミもそう思いますか?」

男「ええ。足の踏み場がないとかならともかく、ねえ」

男(まな板とか包丁とかたこ焼き器とか机の上のものも、絶対に洗ってないよなあ)

男「なんでゴミ出しとかしないんですか?」

女「朝はドタバタしちゃって……」

男「こんなところにいたら病気になりますよ、絶対に」

女「キミもそう思う?」

男「はい。ていうか友達とかに言われないんですか?」

女「キミがはじめてなの」

男「え?」

女「私の部屋に来たのはキミがはじめて。親にも見せてないんです」

男「……」

男(ていうか見せれないわな)

女「あ、でも! 洗濯だけはきちんとしてますからね!?」

男「さいですか」

女「まあこういうわけだから……もちろんわかりますよね?」

男「えっと、まあ……」

女「私の家に来たいって言ったのはキミですから」

男「……あはは」

女「後悔してますか?」

男「ちょっとだけ……」

女「後悔先立たずとはよく言ったものです」



女「それではお掃除おねがいします」

次の日


ヤリチン「よう」

男「おう」

ヤリチン「なんだよ。妙に暗い顔してるがなにかあったのか?」

男「ちょっとね」

ヤリチン「オレの徹底的に押しまくって、途中から引いてみろ作戦は成功しなかったのか?」

男「いや、大成功で先輩の家に行けたよ」

ヤリチン「マジ!? やるじゃん! まあオレの的確なアドバイスのおかげか」

男「ひくどころかドン引きしたけどね」

ヤリチン「?」

男「お前の言ったとおりだったわ」

男「料理も女も、人生勉強だわ。本当に。あんなカワイイ先輩にあんな恐ろしい一面があったなんて」

ヤリチン「なんだよ、なにかあったのか?」

男「いや、口止めされてるから言えないんだ」

ヤリチン「口止めって……ひょっとしてお前ヤッたのか!?」

男「ぜんっっぜんちがう! ていうかあんな空間でできるわけねえって」

ヤリチン「はあ? さっきからなに言ってやがんだ」

男「とにかくそういうエロい展開は一切なかったんだよ」

ヤリチン「んだよ、つまんねえなあ」

男「あ、でもひとつ重大発表がある」

ヤリチン「なんだよ?」

男「オレと先輩付き合うことになった」

回想


女『なんとか終わったけど……私ってやっぱりだらしないですよね』

男『えっと、まあ……』

女『一人じゃなんにもできないの。ねえ、これからもときどき家に来てくれない?』

男『え?』

女『キミだけだと思うです。私の面倒を見てくれるの』

男『まあ、たしかにこれを片付けようとしてくれる人はあまりいないかも……』

女『でしょう?』

男『そうですね』

女『……私たち付き合っちゃおうか?』

男『はい?』

女『今回のでわかりました。私のパートナーはキミだったんです』

男『え? ちょっと話が飛びすぎですよ!』

女『私のこときらいですか?』

男『そういう問題じゃあ……』

女『好きですよね、私のこと?』

男『……はい』

女『じゃあ私たちはこれからは恋人同士です』

男(ええー)

女『というわけで、これからもよろしくおねがいしますね』


女『お掃除を』

回想終了


ヤリチン「よくわかんねーけど、まあ彼女できたんならよかったじゃん」

男「そうだな。うん、まさかこんな形でできるとは思わなかったわ」

ヤリチン「行動した結果だろ。自分を誇れよ」

男「まあそうだな」


男(こうしてオレは一人暮らしの女の子の家を行くという経験と、彼女ができるという経験を同時にすました)

男(だが、彼女ができたそのあとの経験がオレにはまだないので、このあとのことはまったくわからない)




おわり

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