阿求「幻想郷友起」(94)

阿求「あぁ、こんなんじゃ駄目だ!」

私はそう叫び4時間かけて書いた文章に大きく×印をつけた。
 
今私が書いているのは人里の人間へ妖怪がどういうものなのかを教えるための本。その名を幻想郷縁起という。
 
今までの人生。前世をあわせるとこれで9回目の生全ての知識を使い書いたこれは、確かに人里の人間に注意を促すが全てが事実かと聞かれると私は素直に、はい、と頷くことは出来ない。
 
なぜならこれは噂で出来ており、ほぼ私の偏見や推測で構成されているのだ。これがまともな本と呼べるだろうか。いや、言えない。こんなのでは人里の本屋に売ってある空想化学―――えっと、巷ではSFと呼ばれていただろうか(SFとは何の略なのだろう。少し不思議、凄い不思議といったところでだろう)―――と何だ変わらないではないか。

阿求「あうあうあー!」

畳に転がりながらもだえる私を見て、誰が阿礼乙女と認識するだろうか。
 
自分で言うのもなんだが乙女の『お』の字すらない。髪はぼさぼさ、指には墨がついており、目の下にはくま。
 
お嫁に行けない格好ではないか。

ゴツンッ

そうしていると部屋の隅においてある箪笥で盛大に頭をぶつけました。そこで私の意識は正気に戻りました。
 
思考も堅苦しい感じから年相応の女の子らしいものへ………女の子らしいですよね? えぇ、多分。
 
とりあえず自分が今どれだけ醜いかを自覚はしてるのでお風呂に入ってきます。考え事はそのあとでいいですよね。
 
自分に向けての言い訳を済ませ、私はお風呂に入るべく着替えと手ぬぐいを持って向かいました
 
あ、今更ですが自己紹介を、私の名前は稗田 阿求。九代目阿礼乙女で現稗田家当主です。趣味は読書と甘味処に行くこと。特技は暗記です。以後お見知りおきを。

さっぱりしました。墨だらけだった手はいつもどおりの手にもどり。髪はもとのつやつやの髪に。疲れ気味だった顔もすっかりリフレッシュ。これで再び幻想郷縁起に取り組むことができます!

ガラッ

紫「おかえりなさい。阿求」

と、思ったのですが、突然の来客―――いえ、 この人が来るのはいつも突然ですが―――によって阻まれたのでした。
 
その来客とは妖怪の賢者、八雲 紫でした。金髪の美女が私の部屋で緑茶を飲みつつ饅頭をほおばってるのはいささかシュールでしたが私はいつもどおりのことだと自分を落ち着かせ、八雲 紫の目の前に座布団を持ってきて座りました(八雲 紫はすでに座布団を3枚重ねて座っていました)

紫「このお饅頭美味しいわねぇ」

阿求「あぁ! 私のおやつがっ!!」

横にある包み紙をみて、それが私が贔屓にしている和菓子屋の物だと気づきました。どうやら八雲 紫は人の家に勝手に上がりこみ、人のお茶を飲み、人のおやつを食べているようです。まさかこの人じつはぬらりひょんなのでは? と思うぐらいの勝手知ったるなんとやらです。
 
それにしても口いっぱいお饅頭をほおばっても美人を損なうことはない。これが噂の美人補正というものでしょうか。うらやましいです。私は自分の顔を近くにあった鏡で見てため息をつきました。

阿求「それで、今日は一体なんの用でしょうか」

紫「いや、貴方がずいぶん幻想郷縁起の編纂に困ってる用だったから来たのよ」

阿求「え?」

紫「あ、駄目よ花も恥らう乙女が奇声を上げながら転げまわるのは。見ていて面白いと可哀想が交じり合うなんとも不思議な気持ちにさせられたわ。愉快愉快?」

阿求「―――」

硬直。え? もしかしてこの八雲 紫はさっきの私を見てやがりましたか? いや見てやがったのでしょう。にやにやとこっちを見つめてくる彼女に今私が出来る最大限の攻撃、さそり固めをお見舞いしたい衝動に駆られましたが、実行したところですぐにかえされるのがオチなのでぎゅっとこぶしを握り締めることで耐えました。

紫「で、どうして悩んでいたのかしら?」

阿求「それは―――」

わたしはその悩みを打ち明けていいものか迷いました。目の前にいる彼女がわたしに幻想郷縁起には、人々が妖怪を恐れるような文章を書けと命令した張本人だからです。

紫「いいから言いなさい。貴方の考えを否定するか肯定するかは私が決めること。貴方が判断することではないわ」

阿求「は、はい」

彼女にぴしゃりと言われ、私はしどろもどろに話し始めました。

阿求「この幻想郷縁起に書かれてることが嘘で塗り固められている事が不満なんです。人を導く本が嘘で出来ていていいのか。そもそも実際に経験してない事を偉そうに書いていいのか。そんな事を考えると今まで書いてきたものが文章ではなくただの物として認識してしまうんです」

紫「いいのよ。貴方の仕事は嘘を紡ぐ事なのだから」

阿求「しかし」

反論しようとした言葉は結局言の葉になることはなく、霧散して消えました。彼女の鋭すぎる視線に貫かれて。

紫「確かに嘘よ。しかし必要な嘘。その嘘がないと誰かが死ぬし、もしかしたらこの幻想郷というあり方が壊れてしまうのかもしれない。その事を理解しているのかしら?」

理解はしています。しかし納得が出来るかというと話は別で、私はうつむきながら彼女の言葉を聴いていました。

紫「貴方は作家ではなく、嘘つきであるべきなのよ」

そんな辛らつすぎる言葉を聞いて私の目から流れる涙。その涙は重力に従い下に流れていく。涙は集まり、しずくとなって自分の重さ耐え切れずに私の肌とさよならしましたた。しかしその涙は畳をぬらすことはなく、突然部屋の中に吹き荒れた嵐によってかき消されたのです。

文「どうも、清く正しい射命丸です」

嵐がやむと部屋の中には一人の少女。ふんわりと癖がついた黒髪。つややかに光る翼。そして首にぶら下げたカメラ。鴉天狗の射命丸 文が饅頭を運んでいました。

阿求「私のお饅頭!」

文「美味しいですねこのお饅頭。ちょっと椛に買って帰るのでどこで売ってたかを教えてもらえませんか?」

阿求「えっと、人里の、ではなくてなんで射命丸さんがここにいるんですか!?」

文「私は幻想郷最速の天狗ですよ? 阿求さんの真実を愛するジャーナリスト精神に心を打たれ、ここに現れたわけです」

紫「鴉風情が一体何の用かしら?」

さっき私を射抜いた鋭すぎる視線を射命丸さんは笑って受け流しました。そして彼女は恐れることなく幻想郷最強の妖怪に指をつきつけました。

文「阿求さんが真実と言う名の正義を求め立ち上がろうとしているのです! それを嘘なんていう重しで縛りつけようとして。たとえ龍神様が許したとしてもこの私が許さないですよ!!」

紫「ずいぶんと大口叩くじゃない。一介の天狗風情が私にはむかうつもりかしら?」

そこまで啖呵を切ったのですから射命丸さんには紫さんを出し抜く秘策がある! 
 
と、思ってる時期が私にもありました。

文「え、えぇっと」

紫「今なら聞かなかったことにしてあげるわ。何もなかったことにして。いえ、お店でお饅頭を買ってきてくれるというのなら許してあげる。どうかしら?」

殺気。紫さんが放つ妖力に私は小さく悲鳴をあげ、涙目になってしまいました。

文「えっと、すみま―――」

???「謝るな!!」

頭を下げようとした射命丸さんを一喝したその声は紫さんではなく、もちろん私でもなく。この部屋に存在してない誰かの声でした。
 
その声の主は初めは薄く。そしてしだいに濃くなっていき。10秒後には紫さんと射命丸さんの間に小さな女の子が立っていました。
 
女の子の頭から生える二本の角。それが示すのは

文「伊吹萃香様………」

そこにいたのは幻想郷最強の妖怪の一角、伊吹萃香でした。

紫「いつからいたのかしら?」

萃香「愚問。あたしはどこにでもいるし、どこにもいない。そういう存在さね。ところで紫。そこの少女の勇気、真実。そのまっすぐな心を捻じ曲げるのはこのあたしが許さない」

紫さんにも負けることのない殺気、妖力。その二つがぶつかりあい、私というちっぽけな存在は気絶してしまいそうでしたが、射命丸さんがそっと私をかばってくれました。
 
時間にして一分たらず、しかし体感時間的には数時間。そんな時間が立ちました。結局折れたのは紫さん。ため息をついてやれやれとばかりに顔を左右に振りました。

紫「いいわ阿求。真実を知りなさい。そして真実と虚実のどちらが正しいかを知るといいわ」

萃香「虚実が正しいなんてあるわけないだろう?」

どうやら私は許されたようです。初めて自分の考えで、自分の気持ちで本を書くことが出来るのです。その事実に私の心は歓喜に満ち溢れました。
 
これから出会うことになるであろうまだ見ぬ妖怪達に思いをはせ私はその本の題名をこう決めました。




――――――幻想郷友起と

紫「それじゃあ明日の朝に向かいに来るわ」

射命丸さんと伊吹さんが帰ったあと、数点の決まりごとを注意を紫さんから教えられました。それは妖怪を甘く見ないことや、危ないと思ったらすぐに紫さんに助けを求めることなどでした。
 
二人きりになったあとの紫さんの瞳は優しく、わがままを言った子供をやさしく見守る母親のようで、私はその事をうれしく思うと同時に申し訳ないと思いました。
 
そんな私の考えを表情でさっしたのか紫さんは私の頭を撫でながら「今まで言うこと聞いてもらったのだもの、たまには言うことを聞いてあげなければね」と笑いながら言うのです。
 
あぁ、この人は本当はやさしいのだ。幻想郷縁起にはこの人のことを危ないだとか良く分からないとか書いてありますが、そんな誤解を解くためにも私は一生懸命幻想郷友起を書くことをここに決意しました。

願わくば、私の本が妖怪と人間を繋ぐ架け橋になるようにと。

憎みあわなくても手を取り合って生きていける世界を作れるようにと。

かばんに着替え、日用品、小物、お気に入りの本を詰め込むと私の体の半分より少し大きいくらいになってしまった。
 
むぅ、どうするべきか。これでは重くて紅魔館についてしまう前に倒れてしまいますね。
 
というか、ところどころはみ出てしまってますしね。乙女の大切な布類は奥にしまっているので見えることはないのですが。底に穴でも開かない限りは。

家政婦「阿求様。本当に行ってしまわれるのですか?」

かばんを前に思考していると、不意に後ろから声をかけられました。声の主は私が雇っている家政婦です。
 
家政婦は歳は私より少し上程度なのですが、家事万能な素敵な女性です。うらやましい。
 
振り向くと、彼女の顔は暗く、まるでこれが今生の別れとでも言い出しそうな雰囲気です。もちろんまだ閻魔と契約を結んでない今死んでしまおうとは思わないのですが。というか思いたくもないのですが。

阿求「たまには帰ってきますよ」

そう笑って返しても彼女の顔は晴れる事はありませんでした。これでは私が出て行きづらくなるではないですか。まだ二十歳にもならない身で家を出るのはいささか不良という感じがして、私を心配する彼女の気持ちは分かりますが、これでも私はまだ子供。アウトローにあこがれるお年頃なのです。なんて冗談を考えて見ましたが口に出したところで彼女の顔をさらに曇らせるだけだと判断し、私はもう一度笑いました。
 
それ以降は彼女は何も言わずにただ、荷造りを手伝ってくれしました。実に良く出来た従者です。
 
私は彼女を従者としてではなく家族と認識してますけどね。
 
彼女の手にかかれば荷造りなんてちょちょいのちょいでテクマクマヤコンなのですっきりとかばんの中に納まりました。お気に入りの本10冊はやはり多かったでしょうか。紅魔館には図書館があるというし減らしていいかも……… いや、この本は私のお気に入りなのですがから手放したくないです。これが本ではなくぬいぐるみだったら可愛らしさが出るかも、と思いましたがこんな私にぬいぐるみが似合うのでしょうか。どこからどう見ても日本人百パーセントの私に。
 
おっと話が脱線してしまいました。彼女は荷造りを終えると、失礼しますとだけ言って出て行きました。とても悪いことをした気分ですが、今生の別れというわけではないのですから、彼女が心配性なだけだろうと思います。

あ、紅魔館のスカーレット・デビルは幼いと聞きます。絵本のひとつやふたつ持って行ったほうがいいのではないでしょうか。
 
こう見えても私。小さい子の面倒を見るのは得意なのです。泣く子も笑う阿求さんの二つ名は伊達じゃないのです。
 
本当は村一番の美少女とかそんな二つ名が欲しいのですが。あ、今のはオフレコでお願いします。

阿求「くぅ~。疲れました」

伸びをすると凝り固まった体がほぐれる感じがして気持ちいいですね。あ、でもまだ体中がぼきぼきとかなったりしませんよ。若いですから。なんてたって若いですから!!
 
さて、本日二度目のお風呂に入ることにしましょう。綺麗好きで損はないですし。私お風呂大好きっこですし。そういえば霊夢さんはもうすぐ秋ですがまだ水で体を洗っているのでしょうか。なんと不憫な。私が不在の間ここに住んでいてもらいましょう。そうしましょう。
 
不思議ですよね。異変を何度も解決したはずなのに神社にお賽銭が入らないなんて。まぁ、ご利益とかありそうにないですもんねあの神社。噂だと悪霊が取り付いてるって噂ですし。

阿求「って事で、私が不在の間、霊夢さんにこの屋敷を任せるって伝えて置いてください」

家政婦「はい。分かりました」
 
お風呂に入る前に出会った家政婦にそう伝え、私はるんるん気分でお風呂に入りました。いやぁ、いい事するって気分がいいですね!

阿求「凄い豪華ですね」

家政婦「今日は阿求様がおられる最後の日なので」

阿求「いや、間違ってないですが。なんだかそれだと私死んじゃうみたいだからやめてください。最後の晩餐なんて洒落になりませんよ? 最後に好きなものをたくさん食べてそのままご臨終とか嫌ですからね? 乙女たるものそんなはしたないまねはできませんよ。そもそも今日は全員ごちそう食べていいんですか? あぁ、なんならおかわりもいいぞ。なんて会話を繰り広げるほど貧乏してませんし。………まぁ、霊夢さんならそんな会話しててもおかしくないですが。あの人巫女になりますか? 人間やめますか? な人ですし」

家政婦「おかわり、していただけないのですか?」

阿求「もう、そんなうるうるした目で見ないでくださいよ。分かりました分かりました。私も家政婦のご飯を堪能してから行きますよ。おかわりお願いします。体重が一キロ増えたところで、結構気にしますが。そんな事構うものですか!」

家政婦「ふふ。ありがとうございます」

こうなったらやけです。美味しい美味しいメイドの料理をおなかいっぱい食べてやりますよ。そう決意し、私は他の人から見られたら引きこもることやむなし、なフードファイター的食べ方を決行したのでした。





阿求「も、もう無理です。おしまいです」

家政婦「ありがとうございました。阿求様」

結局食べ終わった皿にすぐに家政婦が盛り付けるというわんこそば的手法で私は夕食全てを食べ終えました。というか作りすぎです。明らかに私と家政婦合わせてもなお2~3人分取れるくらいにはあったでしょう。頭の隅で、今計算しましたが、私の胃袋は持つことなくギブアップする。家政婦の頑張りすぎだ! なんて事を考えましたが最終的に気合根性努力といった精神論で無事乗り越えました。
 
とりあえず思うのですが。甘いものは別腹なんて言葉は嘘です。それが本当だったら今目の前にある家政婦特製ケーキを食べることなんて容易いはずなんですよー!!

寝よう。今日はもう寝よう。それ以外何も考えられません。
 
布団に入って眠り。そして明日になって目が覚めればきっと気分爽快。だといいなぁ。





家政婦「朝ですよ。阿求さま」

阿求「ふえ?」

気がつけば朝。夢は見てません。どれだけ疲れてるんですか私。うけるーあははは、はぁ………

家政婦「朝食の準備ができております」


朝食なんて言葉ききたくないんじゃおらーと叫びたくなりましたが、自重して苦笑気味に笑いました。今の腹具合からしてなんとか食べれるのではないでしょうか。多分。えぇ、多分。
 
そうだといいなぁ、と考えつつ、私はいつもの和服に着替え、戦場(朝食)に向かうのでした。めでたしめでたし。ちゃんちゃん♪

紫「なんで、そんな死にそうな顔してるのよ。貴方」

阿求「いえ、なんでもありません」

朝食を食べ終え、もう駄目だ、おしまいだぁと苦悩しているといつのまにか紫さんが庭に立っていました。庭の和の美しさにすら対応してしまう紫さんの美貌が妬ましい妬ましい。その美貌の一割でもあれば今頃私には素敵な彼氏が出来ていたのでしょうね。天は私から記憶能力の代償にどのくらいの才能を奪っていったのでしょうか。記憶能力なんて要らない! だからもう少し胸と大人っぽさと身長をください! お願いします!! なんて今までの阿礼乙女に聞かれたら枕元で呪詛をはかれるようなことを祈っていると、紫さんはこっちを不思議そうな顔で見てきました。

紫「あなた本当に大丈夫?」

阿求「はい。大丈夫ですよ」

紫さんに心配されるだなんて、今の私はどれほど体調が悪そうに見えるのでしょうか。決して良いわけではありませんが、そこまで悪いわけではないのですが。はっまさか今のは『あなた本当に(スタイルとか顔とか)大丈夫?』ということだったのでしょうか。おのれ紫さん。そこまで私をこけにしたのは貴方が始めてです! あなたが私の初めてです!!
 
いや、まぁ、私の被害妄想なんですけれどもね。
 
紫「それじゃあ、行きましょうか」」

あ、そこで私は思い出しました。背負うと私よりも頭二つ分ほど出てしまう大きなかばんのことを。
 
背負えて何分持つだろうか、いや紫さんに頼んで重さを調節してもらえればなんとかなる。なりますよね?
 
よしっと頬を軽く叩き気合を入れてかばんを引きずって縁側まで持ってくる。そのかばんの大きさに紫さんは目を丸くしました。

紫「えぇっと。大丈夫、かしら?」

阿求「正直、重さの境界を操ってもらえると大変助かります」

紫「そんな事しないでも私が運んであげるわよ」

そう言うと私が引きずっているかばんの感触が消えました。かばんのほうを見ると、そこにあったのはかばんではなく。ぎょろぎょろとした目がいくつも空間の裂け目からこっちを見ている。そんな紫さんが操るスキマが存在しました。怖い、やっぱりいつ見ても何度見ても慣れる事はありません。
 
そしてかばんはどこかというと、私が引きずらないと動かせないかばんを紫さんはまるで巾着でも持つかのように、あっけらかんと持っているのです。さすが最強妖怪です。びくともしません。

紫「さ、行くわよ」

阿求「は、はい!」

私は希望と勇気だけを持ち、門の方へ記念すべき一歩を踏み出しました。いえ、踏み出そうとしました。しかしあげた足は地面につくことはなく、代わりにあのぎょろぎょろとしたスキマへと吸い込まれていきました。スキマ! スキマナンデ!?
 
できれば徒歩が良かったなぁ。と、落下していきながら、そう私は思うのでした。

阿求「ぎゃふん!」

着地失敗。私は思いっきり大地と口付けを交わすことになってしまいました。アイラブ大地だなんてそんな冗談を言うことも出来ず、私は痛みで悶絶しました。顔を抑えて地面を転がる私を見て紫さんは微笑んで「ばかねぇ」と言いました。慣れてないものは仕方ないではないですか。昨日といい今日といいなんと転がることが多いのでしょうか。私は今日も転がりますだなんてそんな事は言いたくないのに。
 
鼻の頭を撫でながら立ち上がるとそこには唖然とした表情でこっちを見てくる緑色の中華風衣装を着て星の飾りがついた帽子をかぶった赤髪の女性。えっとたしか名前は紅、紅。あれ、記憶するのが私の能力のはずなんですが。記憶はしてるんです。だけど思い出せないだけなんです。

阿求「あ! 紅 美鈴だ!!」

美鈴「え? あ? はい。そうですが。もしかしてその反応は私の名前を忘れたとかそんな感じですか?」

そういって悲しそうに笑う美鈴さん。あわわわわ。初っ端からやってしまいました!!

阿求「まぁ、思い出してもらって本当の名前呼んでもらってるんだから文句はないんですが」

紫「ねぇ中国。少し咲夜を呼んできて頂戴」

美鈴「今、私の名前そこの方が言われましたよね?」

紫「紅 中国でしょ? 分かってるからさっさと呼んできなさい」

中国「はい………」

………なんというか強く生きてください美鈴さん。
 
とぼとぼと歩きながら屋敷内へ入っていく美鈴さん。そんな美鈴さんを見て思ったことは、やっぱり人間と妖怪もそれほど変わらないのかなぁという事でした。

咲夜「で、一体今日はなんの用かしらスキマ妖怪」

数分後に美鈴さんと現れたのは銀髪の女性。この人は人里で何回か会ったことあるから分かります。十六夜 咲夜さん。この館に仕えるメイド長でよく人里で献血を開いていたり、紅茶などを買いに来ます。歳は私や霊夢さんとそれほど変わらなかったと思うのですが、すらりとした体型で可愛いというより綺麗めの女性です。それに出るとこも出てますし。そんな咲夜さんを人里の男達が放っておくわけなく、良く咲夜さんがナンパしてきた男性を冷ややかな視線と蔑むような罵倒でやっつけているのを見ます。カッコいいなぁ、憧れちゃうなぁ。

紫「貴方の主人に話があるのよ」

咲夜「お嬢様は多忙なのよ。用件なら私が聞くから言って頂戴」

紫「私は貴方に用はないのよ。さっさと呼んできなさい。それが仕事でしょ?」

咲夜「妖怪の賢者たるものが言葉も通じないのかしら。私はおこがましいながらもお嬢様の代わり。お嬢様の用件なら変わりに私が引き受けると言ったわ。もう一度言いましょう。用件なら私が聞くからさっさと言って頂戴」

視線と視線がぶつかって火花を散らす。散らしたように見えました。それを美鈴さんと一緒にあわあわと見ていると屋敷の中から一人の少女が日傘をさしながら出てきました。
 
レミ「何しているのかしら。咲夜」

咲夜「お、お嬢様!」

えっと、咲夜さんがお嬢様と呼んでいるのでおそらくこの人がレミリア・スカーレットなのでしょう。確かに見た目に反した落ち着きと優雅さを兼ね備えています。見た目は私よりも幼いのですが。やはり妖怪相手に外見で判断するのは禁物ということでしょうか。

紫「貴方のところのメイドが貴方に会わせてくれないのよ」

レミ「あら、咲夜。私は貴方にそんな事命令した覚えはないわよ」

咲夜「すみません。お嬢様」

レミ「別にいいわ。下がりなさい」

咲夜「分かりました」

咲夜さんはレミリアさんに言われたとおりに屋敷の中に戻っていきました。ただ屋敷に戻るときに一瞬みせた母親に怒られた子供のような顔と「だってお嬢様を紫とあわせるとまた何かが起こるんだもの」というつぶやきを聞いて、この人はレミリアさんの忠実な従者なんだな、と思いました。いやもしかすると主人の従者以上の何かで結ばれているのかもしれません。

レミ「それで一体私に何の用かしら」

紫「そこの人間。稗田阿求と言うのだけれど。この娘を紅魔館に数日泊めてもらえないかしら?」

阿求「あ、よろしくおねがいします!」

レミ「またいきなりね。貴方が考えることはいつもそうだけれど」

紫「あら、私は良く考えた上での突然の行動よ」

レミ「まぁいいわ。数日でしょ? 別に構わないわ。私の寝首をかけるような人間にも見えないし」

紫「貴方の寝首をかける人間なんているのかしらね」

レミ「いないわね」

そう言いきれるほど、レミリアさんは強いのでしょう。やはり鬼という種族は凄いです。わくわくしながら手帳にレミリアさん。すっごい強いと書き込みました。

レミ「続きは中で聞くわ。いらっしゃい。美鈴はそのまま門番ね」

美鈴「了解です。お嬢様」

美鈴さんは門番だから仕方ないとはいえ、なんだか一人で入ってしまうのは悪い気がしました。そんな私の考えが分かるのかは分かりませんが、美鈴さんはこっちを見て「ようこそ、紅魔館へ。素敵なお嬢様」と微笑むのです。
 
なるほど、これが紅魔館が誇る門番ですか。私はレミリアさんに続けて手帳に紅 美鈴。紳士的でとても格好良いと書き込みました。

レミ「なるほどね。それは確かに素敵な夢ね」

阿求「ありがとうございます」

咲夜さんが持ってきた紅茶を飲みつつ私の目的を話すと、レミリアさんはそう言ってくれました。てっきり紫さんみたいに変な夢と否定されるかと思いましたが、私のこの夢を否定することなく受け入れてくれたのです。あぁ、紅魔館の皆さんがこの人について行く理由が分かる気がします。

レミ「任せなさい紫。阿求のことはこのスカーレットの名にかけて守りぬくわ」

阿求「え、あ。守るだなんて、そんな大層な事では」

レミ「いいえ。それが結構大層な事なのよ。人間と仲良くすることを拒む妖怪も多くいて、もしかすると貴方の命を狙ってくるかもしれない。伊吹萃香が押さえているとはいえ、いつ貴方のその首に牙をつきたてるとか分からないわ」

阿求「ひっ!」

レミ「あ、私はそんな事しないから安心して欲しいわ。さっきも言ったとおりこのレミリア・スカーレットが守ると宣言しているのだからこの紅魔館にいる限りは貴方のその命保障するわよ」

阿求「それは分かってますが………」

今になって自分がどういう状況に置かれているかを知りました。ここが紅魔館だからいいとはいえ、もしそこらの低級妖怪に取材しにいったとしたら今頃私は妖怪のおなかの中でしょう。想像しただけでぞくりとします。
 
私のそんな綱渡りのような理想を支えてくれる紫さんにはとても感謝してもしきれません。

紫「それじゃあ私は帰るわね。阿求、がんばりなさい」

そう言って紫さんは私に、微笑みかけました。厳しくもその根源にはやさしさを持っている大妖怪。その存在にこれからどんなことがおきようとも耐えてみせるという勇気を貰いました。

阿求「紫さんありがとうございました」

紫「いいわよ。それじゃあまた数日後ね」

阿求「はいっ」

紫良い記事が書けるといいわね。楽しみにしてるわ」

その言葉を言い終わると同時に紫さんの姿がスキマに吸い込まれて消えました。
 
紫さんの姿が消えるとレミリアさんが突然立ち上がりました。立ち上がるというよりは椅子から飛び降りたというほうが正しいのですが。
 
………立っても座ってる私と目線はそんなに変わらないんですね。レミリアさん。

レミ「今、何か失礼なこと考えなかったかしら?」

阿求「い、いえ滅相もないです!」

レミ「まぁいいわ。まずはこの屋敷を案内するわ。ついてきなさい」

阿求「え。レミリアさん直々にですか?」

レミ「何。不満かしら?」

阿求「いえ! ぜんぜんそんな事はないです!! ただ、当主自ら案内してもらえるものなのかと思いまして」

レミ「暇なのが私とフランくらいだからね。フランに任せるぐらいなら私が案内するわよ。さ、行くわよ」

阿求「は、はい!」

私はティーカップに残った紅茶を急いで飲み終えるとレミリアさんについていくべく立ち上がりました。

阿求「うわぁ! 噂には聞いていましたが凄い数の本の量ですね」

レミ「こんなに本があるのに漫画は一冊もないのよ。不満でならないわ」

レミリアさんがまず案内した場所は図書館。噂には聞いていましたが私の家の書庫とは比べ物にならないぐらいの広さです。そういえば魔理沙さんが良く本を貰いに行くって言っていましたしそれは寛大な管理人さんがいるのでしょう。

パチェ「漫画が欲しいなら人里に買いに行きなさいよレミィ」

レミ「漫画が語れる人が私と美鈴しかいないのよ。パチェも読みなさいよ。お勧めの漫画貸してあげるわよ」

図書館の中心にある大きな机で本を読んでいる紫髪の少女が足音に気づいて本から視線を上げました。落ち着いた雰囲気の美少女さんです。もしかして妖怪は美しさと実力が比例するのでしょうか。
 
いや、この人が噂どおりパチュリー・ノーレッジなら妖怪ではなく魔法使いなのですが。

パチェ「結構よ。で、そこの人間は誰なのかしら?」

阿求「あっ。私は人間の里に住む稗田阿求と言います。数日間この紅魔館でお世話になることになりました。よろしくお願いします。それにしても凄い本の量ですね。この図書館の噂は人間の里まで響いていますよ」

パチェ「噂ねぇ。一体どんな噂が流れているのかしら」

阿求「魔理沙さんが、この図書館の本は返却日が特に決まってないし、何冊でも借りていいと言ってました」

パチェ「そもそも貸し出ししてないわよ。あれは一方的な窃盗。押し込み強盗とも言うわね」

レミ「一方的じゃない窃盗があるのかしら」

パチェ「次私が魔理沙の家に美鈴を連れて殴りこみに行けば一方的ではなくなるわよ。まぁ、これは正当な奪還とも言うわね」

なんだか物騒な話をしていますが魔理沙さんが話してた内容はもしかして嘘なのでしょうか。いきなりコミュニケーションに躓いてしまった私は思わず冷や汗をかきました。今まで魔理沙さんに教えてもらっていた情報はキノコ以外は全て見直したほうがいいかもしれませんね。とりあえず手帳に、魔理沙さん、注意とだけ書き込んでおきましょう。

話は変わってしまうのですが、人里から良く外出する人間は魔理沙さんと霊夢さんだけなので基本的に妖怪の情報はその二人+被害にあった人に教えてもらっています。あとは慧音さんに聞いたり、ミスティアさんやにとりさんなどの人里に良く訪れる妖怪に聞いてみたりですが、やはりこの調べ方では正確な情報は手に入らないみたいですね。
 
今まで私が知ってる情報なんてレミリア・スカーレット、怖い。ぐらいの情報しかなかったのですから。

パチェ「あら、もしかして暑いのかしら。冷房の魔法をかけてあげましょうか?」

阿求「いえ。大丈夫です」

パチェ「遠慮しなくてもいいのよ? 人間はすぐに倒れてしまうし。あ、魔理沙は別だとして」

冷や汗をかいている私を見て、暑がってると勘違いしたパチュリーさんは右手をこっちに向けました。暑いとか寒いとかはないので本当に大丈夫です。
 
そして冷房の魔法ってなんでしょう。涼しくなるのでしょうか。魔法って凄いですね。

レミ「紹介するわ。紅魔館の居候、パチュリー・ノーレッジよ」

パチェ「紅魔館の頭脳って呼んで欲しいわね。ご紹介に預かりましたパチュリー・ノーレッジよ。七曜の魔女とも呼ばれているわ」

阿求「ご親切にどうもありがとうございます。それでパチュリーさんはこの図書館を一人で管理してらっしゃるのですか?」

パチェ「いいえ。もっぱら小悪魔の姉妹が管理してくれてるわ。私は本を読んでるだけ。あぁ、小悪魔の姉妹っていうのは向こうに見える二人がいるでしょう? 髪が長いほうが姉で、短いほうが妹よ。それで阿求はなぜこの紅魔館に来たのかしら?」

阿求「えっとかくがくしかじかで」

パチェ「なるほどね。妖怪と人間の距離を近づけたいと。まぁ、私は魔法使いだしどちらかというと人間よりだしどうでもいいけれど。あともうひとつ質問。その以前書いていた幻想郷縁起とやらには私のことはどうかかれているの?」

阿求「あ、はい。確か………非力で喘息もちでもやしっこで小声なうえに早口で喋るので見てるこっちが息苦しく感じるとかそんな事を書いた記憶が………」

レミ「ふふふふっ。ずいぶん酷いこと書かれてるじゃないパチェ! 合ってるけれどねっ!! はははっ」

パチェ「………じゃあレミィはなんて書かれてるのかしら」

阿求「幼いけど態度とシルエットだけは大きい、身体能力は化け物の迷惑な恐怖の子供と。あ、すみませんすみません! こうやって書けっていったのは紫さんなんです!!」

パチェ「ふふっ。レミィのほうが酷い言われようじゃない。お・こ・さ・ま♪」

レミ「なんだやるのかこの紫もやし!! 一袋19円が!!」

パチェ「上等よ、このドアノブカバーっ!!」

阿求「あぁ!! やめてくださいやめてください!!」

結局小悪魔姉妹と咲夜さんが止めに来てやっとこの二人の争いは終了しました。その間机の下でがくがく震えていた私は手帳にこう、書き記しました。うらみを買わないためにも幻想郷友起には人をけなすような文章は書くべきではないと。

レミ「すまなかったわね、取り乱して」

阿求「い、いえ」

レミ「それじゃあお次は咲夜を紹介するわ」

阿求「え、咲夜さんならさきほど」

レミ「いいからいいから」

レミリアさんにつれてこられた部屋は天蓋付きのベッドがあるとても大きな部屋でした。ベッドは見ただけでとてもやわらかいということが分かる代物です。こんなベッドで寝たらさぞかしぐっすり眠ることが出来るのでしょう。ちょっと飛び跳ねたい衝動に駆られましたがぐっと我慢。

レミ「これよこれ」

レミリアさんへ部屋の隅にある本棚(ほとんどが漫画で埋まっていました)から一冊の本を抜き出すと、まるで宝物を自慢するかのようにそれを見せてきました。白い表紙に手書きでタイトルが書かれています。

『十六夜 咲夜の成長の記録』

へ? 思考が停止した私にお構いなくレミリアさんは一ページ目を開きます。そこにいたのは大変愛らしい赤ちゃん―――赤ちゃんといっても生後数ヶ月たったあとのようですが―――でした。もうすでに生えている銀色の髪でそれが咲夜さんだと気づきました。
 
なぜ咲夜さんの小さいころの写真がここに………という疑問は次のページで分かりました。
 
次のページに映っていたのは咲夜さん1歳4ヶ月のときの写真です。どんな写真かと言いますと、泣いている咲夜さんをおんぶ紐で背負ったレミリアさんが一生懸命あやしている写真でした。

レミ「ふふん。可愛いでしょう」

えぇ、実に可愛らしいです。今となってはクールビューティーな咲夜さんでしたが。子供のころは天使のような笑みを浮かべる少女で。もうなんというか、ほっぺたぷにぷにしたくなるような存在がそこにはいました。

咲夜「失礼しますお嬢様。? 何をなさっているのd 何やってるのよっお母様!!」

レミ「あ、咲夜が久しぶりにお母様と呼んでくれたわ」

咲夜「なんで私の写真を阿求さんに見せてるの!?」

レミ「なんでって、それはもちろん私の可愛い咲夜自慢よ」

咲夜「恥ずかしいからやめてよっ、もうっ!」

………もしかして咲夜さん、実はとっても可愛らしい方なのでは? 顔を真っ赤にして抗議している咲夜さんは写真の中の少女と一緒でとても可愛らしく。あ、なるほど。レミリアさんと咲夜さんは親子の絆で結ばれているんですね。

阿求「うわぁ! 可愛いですね。咲夜さんっ!!」

レミ「阿求さんも読み進めないでくださいよっ!!」

『十六夜 咲夜の成長の記録』は咲夜さんに没収され、私は咲夜さん8歳、プールにて。までしか見ることはできませんでした。

レミ「いやぁ。咲夜に怒られちゃった」

そういいながら満面の笑みで笑うレミリアさんは今にもスキップをし始めそうなほど上機嫌で次の部屋に私を案内しました。
 
地下に降りる階段をずっと下り続けるとそこにあったのは木製の扉。レミリアさんはそこをノックすると中からレミリアさんより若干幼いくらいの少女の声が返ってきました。
 
扉を開けて入るとそこにはレミリアさんに良く似た、金色の髪を持ち、宝石のように輝く翼を持った少女がベッドの上で座っていました。
 
フラン「どうしたのお姉さま、フランの部屋になんて来て。あ、そこの人間はもしかして新しいおもちゃ!?」

そう目を輝かせながら物騒なことを言う少女はこの紅魔館であった誰よりも妖怪らしくありました。身の危険を感じて思わず自分よりも小さいレミリアさんに隠れてしまいました。

レミ「違うわ。少しの間だけこの紅魔館に住む人間よ。決して手をだしてはいけないわ」

フラン「はーい!」

レミリアさんの言葉に素直に満面の笑みで答える少女は悪い妖怪ではないのでしょう。………ないですよね? さっきおもちゃとか言ってましたが。うーん。どうやらレミリアさんの妹みたいですし悪くない、と信じたいのですが、さっきの言葉が物騒すぎて頭から離れません。

阿求「初めまして稗田阿求と言います。しばらくの間よろしくお願いしますね」

フラン「よろしく! 私はフランドール・スカーレット。皆はフランって呼ぶよ」

フランさんはベッドから飛び降りるとスカートをつまみ恭しく一礼しました。さすがレミリアさんの妹です。幼いながらもきちんとしています。

レミ「良かったら遊んであげて頂戴。あまりこの屋敷から出してあげれないのよ」

阿求「はい。私ができることなら喜んで」

フラン「わーい! お姉ちゃんありがとう!」

どうやら持ってきた絵本が役に立ちそうです。初めはレミリアさんに見せようって思ってましたけど………

レミ「さ、あとは妖精達を紹介するだけよ」

阿求「はい」

フランさんに別れを告げまた長い階段を上っていきます。どうやらこの屋敷めぐりは長い時間がかかりそうです。

レミ「夕食は口に合うかしら?」

屋敷めぐりが終わるともう夕食の時間で大きな食堂にレミリアさんと共に向かいました。そこで驚いたのは机の長さ。物語で聞いたことがあるような晩餐会用の机が目の前にあるのです。さすがレミリアさんは格が違います。
 
咲夜さんに招かれて椅子に座るとメイド達が持ってくる料理。それは人里では見ることのない料理が多く、とても驚きました。椅子に座ってるだけで色々な料理が運ばれてくるなんて迷惑になってる身でとても申し訳がないです。
 
そんなそわそわしてる私を見て美鈴さんが面白そうに笑っています。

阿求「はい。とても美味しいです」

レミ「それは良かったわ」

そう言ってレミリアさんは納豆をかき混ぜる作業に戻りました。ところで洋風の料理の中にぽつりと納豆と白米があるのは凄い違和感です。もしかしてレミリアさんは納豆が大好きなのでしょうか。吸血鬼に納豆。なんだかミスマッチのような気がしますが、あまり気にしないでおきましょう。

レミ「あら、阿求も納豆が欲しいの?」

阿求「いえ、大丈夫です」

嫌いではなのですが、ねばねばして上手に食べれないので人前で食べるのは恥ずかしいのです。
 
レミリアさんは外見には似合わない箸捌きで納豆の糸を切っています。それにしてもやっぱり何度見ても違和感しかないなぁ。
 
ちなみにフランさんも納豆を食べているのかといえばそんなことはなく私と同じメニューを食べています。
 
美鈴さんはなぜかたんぱく質たっぷりの料理。やはりトレーニングとか肉体作りのためですかね。
 
パチュリーさんはなんだか食べるがとても少ない。小食なのですね。うらやましいなぁ。 
 
そういえば咲夜さんはどこに、と思っていると全ての料理を配り終えたのでエプロンを脱いできたようです。咲夜さんも席に着くと黙々と食べ始めました。

阿求「そういえばパチュリーさん。小悪魔さん達はどうしたんですか?」

パチェ「あの子たちなら自室で食べているわよ」

阿求「え、そうなんですか?」

パチェ「あの子達だけじゃなくて、咲夜と美鈴以外の使用人は使用人専用の食堂で食べてるし」

阿求「夕食は皆で食べたほうが美味しいと思うのですが」

レミ「ふむ。一理有るわね。でも椅子と机が足りないのよね」

美鈴「それでは今度私が作っておきましょうか?」

レミ「サボる理由を作りたいだけじゃないの、美鈴」

美鈴「そんな! わたしはただらk、ではなく皆さんのためを思ってですね」

レミ「はいはいサボりでもなんでもいいから頼んだわ」

美鈴「任されました!」

あわわ、ただの提案が採用されてしましました。皆で食べるのはいいことだと思うのですが。

フラン「デザート!」

咲夜「分かりました。妹様」

 
咲夜さんが立ち上がったと思ったら手にプリンを持っていました。何を言ってるのか分からないと思いますが私もよく分かりません。おそらく時間を止めてプリンを持ってきたのでしょう。
 
咲夜さんはレミリアさん、フランさん、パチュリーさん、私、美鈴さんの順でプリンを配り終えるとまた席に着き黙々と食べ始めました。

阿求「あ、美味しい」

フラン「咲夜特製ミルクプリンだもの!」

口の中に入れた瞬間とろけます。こんなに美味しいプリンは人里では売っていません。おもわず頬が緩んでしまいます。
 
一口食べたら止まらずにぱくぱくと食べてしまい小さなプリンはあっという間になくなってしまいました。こんなに美味しいプリンなら人里で販売してくれればいいのになぁ、と思います。きっと即売り切れでしょう。
 
はぁ。もう一個食べたいなぁ………。

阿求「いいお湯ですねぇ」

レミ「そうねぇ」

夕食が終わるとレミリアさんとフランさんと一緒にお風呂に入ることになりました。レミリアさんの家のお風呂はなんと泳げるほどの広さを誇ります。私はそんな事はしませんがフランさんがさっきから足を一生懸命ばたばたしながら泳いでいます。
 
そんなフランさんをレミリアさんは見守りつつ、黄色いあひるで遊んでいました。
 
私はあごからしたを全てお湯につけて全身の疲れお湯にとけろーと念じ、力を抜いていました。
 
家のお風呂も広いとはいえ、やっぱりお風呂は広ければ広いほどいいですね。
 
そういえば霊夢さんも今日は私の家でお風呂入っているのでしょうか。私の提案を喜んでくれてるといいなぁ。

レミ「ふわぁ。おやすみー」

お風呂から上がり、寝巻きに着替えるとレミリアさんはあくびをしながら自室に戻っていきました。吸血鬼なのに夜寝るんですねというのは偏見かもしれないので言わないでおきました。
 
私も用意してもらった自分の部屋に戻りましょう。
 
えっとたしかここですね。全て同じ扉なのでよく分かりませんでしたが、咲夜さんがご親切に阿求様の部屋と書かれた板を扉にかけてくれていました。
 
部屋の中に入るとレミリアさんの部屋とまではいかないもののとても広い部屋でふかふかのベッドがありました。とりあえず夢のベッドジャンプを少しだけして満足したので今日あったことを机に向かってまとめます。
 
今日あったことはレミリアさんが実は親しみやすい人物であること、美鈴さんがとても頼れる人であること、咲夜さんがクールそうに見えてとても可愛らしい人であるということ。パチュリーさんの図書館がとても凄いということ。フランさんは見た目どおり可愛らしいということでしょうか。それを手帳にまとめると、ぐいっっと伸びをしました。
 
まだ夜中にはなりませんが急に睡魔が襲ってきました。ふかふかのベッドの誘惑に勝てるはずもなく私は気がつくとベッドにもぐりこんでいました。
 
あぁ、やっぱりやわらかいなぁ。こんな掛け布団どこに売ってるのでしょうか。買いたいなぁ。ベッド置けるような部屋ではないけど私もベッド欲しいなぁ。
 
明日も楽しみだなぁ。

阿求「すぅ、すぅ」

私は目を閉じるとすぐに深い眠りに落ちていきました。
 
おやすみなさい。

目が覚めるといつもと違う天井………。なぜと思ったけど、あぁ、そうか。私は今紅魔館に泊まっているんだと気づいて寝ぼけ眼をこすりました。
 
ふわぁ、とため息をつき、ぐっと伸びをします。外を見るとまだ朝日が差し始めたぐらいの時間。
 
ベッドからおり、鏡を見ると髪の毛ばぼさぼさで、これはいけないと思ったので荷物の中から琥珀でできた櫛を取り出し、髪を梳きます。
 
………直らない。ずいぶんと頑固な寝癖で、私はため息をついて櫛を持って手洗い場に向かいました。
 
手洗い場に向かう途中には、まだ朝は早いというのに妖精メイドが忙しそうに働いています。その中にひときわ目立つ、背の高い銀髪の女性。咲夜さんがいました。この人寝る時間は遅いらしいのになぜこんなに早く起きている。いったいどのくらいの時間寝てるのでしょうか。
 
咲夜さんは私に気づくと、ぺこりと頭を下げ、おはようございます、と挨拶をしてきました。それに私は返して手洗い場の場所を聞くと、どうやら私が歩いてきた方向とは逆の位置にあるようでした。咲夜さんにお礼をいい、くるりと回転してまた歩き出します。そこで私は気づきました。
 
そういえば私、靴履いてないと。
 
部屋に戻り、ベッドのそばにそろえて脱いでいた靴を履き、手洗い場に向かおうとすると何か違和感が………。
 
誰かに見られている。という感じがしたのですがそれはすぐに消え、多分私の気のせいだったのでしょうという結論に至りました。
 
さて、早く寝癖を直しに行きましょう。こんな姿をレミリアさんにみられるととても恥ずかしいので。
 
無事、妖精メイド以外出会うことはなく、無事に手洗い場まで行き、寝癖を直し、外にでると、レミリアさんが歯磨きセットを持って歩いてきているレミリアさんに遭遇しました。

阿求「起きるの早いんですね、レミリアさん」

レミ「早寝早起きが自慢なのよ」

朝早く起きて、夜早く寝る。吸血鬼がこれでいいのかなぁという気がしないでもありませんが。まぁ、気にしないほうがやはりいいのでしょう。
 
そういえばレミリアさんは歯磨きは食べる前にする派なのですね。私はどちらかというと食べた後にする派なのですが。

レミ「それじゃあ私は歯磨きするからまた朝食でね」

阿求「はい」

そういい、レミリアさんは手洗い場に入っていきました。私はとりあえずすることもないので昨日から気になっていた、窓から見える立派な庭園に行ってみることにしました。
 
庭園にはバラを主とした色々な花が咲き乱れていて、太陽の畑とはまた違ったすばらしさを感じさせてくれます。
 
すれ違ったメイドさんたちに挨拶をしながら外に出ると、朝日を浴びて反射する露がきらきらと眩しいです。
 
やはり、これはすばらしいものです。高尚な芸術は知識などが一切なくてもすばらしいということが分かるといわれていますが、これはそれに値するのです。だって私今代の稗田は華道の知識なんて一切持っていないのですから。
 
そういえば、昨日レミリアさんにこの庭園のことを聞いてみるとなんとこれを管理しているのは美鈴さんなのだそうです。武芸だけでなく、花にも通じているとは恐れ入ります。
 
しゃがんで花の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、甘い香りに脳が犯されくらくらしました。
 
はぁ、と息をつきこの耽美な世界に陶酔していると、地面を踏みしめる足音が門のほうから聞こえてきました。

美鈴「あれ、おはようございます。阿求さん」

阿求「おはようございます、美鈴さん。すばらしい庭園ですね」

美鈴「ありがとうございます。よろしければ押し花などでも作っておきましょうか? パチュリー様の手を借りればドライフラワーなんてことも出来ますよ?」

阿求「では押し花をよろしくお願いします」

美鈴「かしこまりました」

そして美鈴さんは両手にもった大きなジョウロで花に水をやり始めました。舞う様に、しかし一箇所にしか水がかかることがないように。
 
さっきなぜドライフラワーを断ったのかというと、私はドライフラワーというものがあまり好きではないのです。それはどこかで花は枯れるからこそ美しいと花ではなくその向こうを見ているからなのでしょう。
 
咲き誇る花と美鈴さんを見ながら私はこの絵画のような美しい光景を忘れないために脳に深く刻み込んでおきました。この光景が次の代の稗田にも残ることを期待して。

太陽を見ると、もうそろそろ7時を超えたころでしょうか。ということは私は1時間以上もこの庭園にいたのです。
 
こんなに美しい庭園なのだから人里の皆にも見せたいなぁと思うのですが、ここまで来るのは一般の人間には難しいでしょう。人里から出ると命を狙う妖怪なんて五万と言わないほどにいるのですから。
 
座っていた椅子から立ち上がるとちょうど妖精メイドが屋敷から出てきました。その妖精メイドは私に近づくとぺこりと会釈をして朝食の準備が出来たということを伝え、去っていきました。
 
それでは朝食を食べるために屋敷の中へ戻りましょう。
 
玄関に手をかけ、硬直。そして思い切り振り向きます。しかしそこには誰もいません。やはり視線がしたというのは気のせいのようです。おそらくただ感覚が鋭敏になっているだけなのでしょう。
 
ため息をつき中に足についた泥を叩き落とし中に入ります。今日の朝食はなんなのでしょうか。
 
楽しみで胸が躍ります。

~椛view~

上司「向こうの様子はどうだ?」

椛「稗田阿求は今、屋敷の中に入っていきました」

上司「こちらの動きはばれてないか?」

椛「ばれるはずはないです」

上司「それもそうか。愚問だったな」

私の上司がさもありなんとにやりと笑い、ここから紅魔館のある方向に目を向けた。
 
正直なところこの上司があまり好きではないのですが、仕事は仕事。嫌いだからといって消えてくださいなどといえるはずもなく、心の中でため息をつくしかなかった。
 
私の上司は典型的な権力主義。強者にこびへつらい、弱者は物程度にも思っていない。そのあり方はここでは普通なのだが、やはり私は心の中で、下種めと罵ってしまう。そんな隠された異端の私はここから目をそらすためにもターゲットである稗田阿求の監視を続けるのでした。
 
異端と知りつつもそれを違うように振舞う私自身にも反吐が出る。だからといって彼女のように異端らしく振舞うことも出来ない。なぜ私は弱いのか。そんな考えが思考を支配し、能力の制御が上手くいかない。
 
悔しさから零れ落ちるこの手を赤く染める血は彼女ともこいつとも一緒だというのに。

~阿求view~

阿求「いただきます」

レミリアさんの跡に皆がいただきますをする。今日のメニューはパンとサラダとベーコンエッグにコーヒーという純洋風の朝食。レミリアさん以外は。レミリアさんはやはり白米と納豆。それに焼き鮭に味噌汁、海苔という私の家の朝食のようなメニュー。 
 
美味しそうなのですがね。

レミ「そういえば阿求。何か変わったことはないかしら」

阿求「いえ、ないですよ?」

あるとすれば視線ぐらいなのですが、そんな私の妄想なんて恥ずかしくて言えません。
 
私がどうしたんだろうと思っていると、「そう、ならいいわ」と言って、パチュリーさんはサラダを口に運び始めました。
 
一体なんだったんでしょうか。問答?

~パチュリーview~

パチェ「ねぇ、レミィ」

レミ「あぁ、分かってるわよ」

レミィの部屋に入り用件を切り出そうとしたら、あっさりと私の用件が何なのかを知られていた。まぁ、あたり前でしょうが。
 
私の用件、それは稗田阿求、彼女がこの屋敷に入ってきたときから感じる妖力。おそらく監視でしょう。

レミ「姿は見えないけど、大体の予想はつくわね」

それくらいなら私も予想がつく。というかここまで不躾に監視してくる連中なんて一人。いやひとつね。しか知らない。

レミ「まったく。あの馬鹿鴉共はそんなに死にたいのかしら」

パチェ「そんな軽口が叩けるような状況かしら」

レミ「それもそうだけど………」

まだ相手が強い一人の妖怪ならどうとでもなった。ここにはレミリア、フラン、美鈴、咲夜、そして私がいるのだから。
 
今回本当に危ないのはあいつらみたいに数でこられた場合だ。いくら私達とは言え、相手に出来る数には限度がある。しかも守るべき対象は巫女でも魔法使いでもない、ただ記憶力がいいだけの人間だ。相手を出来る人数を一人でも超えた場合、私達の動けないキングは倒されてしまう。
 
たとえるなら盤上を覆いつくすポーンがそれぞれ襲い掛かってくる。無理な勝負もいいところだ。

パチェ「で、どうするのかしら?」

レミ「どうするも何も守るしかないじゃない。私達が人間一人も守れないようならスカーレットの名なんて恥ずかしくて名乗れないわ。ただのレミリアになっちゃう」

パチェ「親殺しのくせによく言うわ」

レミ「身内でも敵は敵。それにあいつがスカーレットを名乗るほうが恥ずかしいわ」

レミィはこの不利な勝負をどう受けるのだろうか。策、増援、もしくは暗殺。なんにしろそれを考えるのは私か。
 
いいわ。紅魔館の頭脳としての力見せてあげようじゃない。そして伝説に書き記されるのよ。偉大な魔法使いと。
 
物語の中で永遠に生きるためにこの七曜の魔女の恐ろしさ。しかと書き記すといいわ。

~阿求view~

阿求「あれ、レミリアさんはどこなのでしょうか」

レミリアさんに話を聞くべく屋敷内を歩き回っていたのですが、妖精メイドの姿しか見えず、レミリアさんの姿は見えませんでした。部屋にも図書館にもいません。いないといえば図書館にパチュリーさんもいませんでした。
 
仕方ないので図書館で時間でもつぶそうと髪の長い方の小悪魔さんに歴史書の場所を聞いて、面白そうな本を探しました。幻想郷内の歴史なら結構知っているのですが、外の世界の歴史はあまり知らないのですよね。
 
だからこの三国志のような本には胸が躍ります。
 
とりあえず三冊ほど借りて机に持って行きました。主人がいないので事後承諾ということで許してもらいましょう。

パチェ「ただいま、ってあら阿求来てたのね」

阿求「あ、お邪魔しています。すみません本を見させてもらっています」

パチェ「構わないわ。どこかの誰かと違ってちゃんと図書館内で読んでいてしかも許可を取るのだから文句はないわ。誰かと違ってね」

阿求「ありがとうございます。そういえばレミリアさんはどこにいらっしゃるか知りませんか?」

パチェ「レミィ? レミィなら自分の部屋にいると思うけど」

阿求「あ、そうなのですか。ありがとうございます」

パチェ「その本、持っていって自分の部屋で読んでもいいわよ」

阿求「ありがとうございます」

パチュリーさんにお礼をいい、外にでます。どうやらレミリアさんは自室にいるようです。ということはさっきまでどこかに出かけていたのでしょう。
 
たしかレミリアさんの自室はここですね。
 
こんこんとドアノッカーを使いノックすると中からレミリアさんの声が聞こえてきました。

レミ「誰かしら?」

阿求「阿求です」

レミ「入っていいわよ」

許可を得たのでドアを開け、中に入ります。
 
レミリアさんはベッドに寝転がりぱらぱらと漫画を読んでいました。

レミ「何のよう? 昨日の本なら咲夜に没収されてないのだけれど」

阿求「レミリアさんについて話を聞きたいなぁ、って思いまして」

レミ「私について、うーん。そうねぇ」

レミリアさんは今まで読んでいた本をベッドの上に投げ捨て、スプリングを利用してぽんっとベッドから飛び降りました。
 
部屋の中心にあるテーブルの椅子を引き、座ると机の上でひじを立て、あごの下で手を組みました。
 
レミリアさんに座りなさいと言われたので、レミリアさんの対面に座り、メモとペンを取り出しました。

レミ「私について語れることといえばあまりないのだけれどね。紅霧異変のことなら教えるわよ?」

阿求「紅霧異変ですか」

レミ「あれはただ単に私の力を幻想郷全体、されどあまり害は与えずに広めようとしたのよ」

まぁ、確かに死傷者はゼロですし。被害も気分が悪くなる程度でした。長く続くとなると農家に大きなダメージがいきますが霧が立ちこめたのはせいぜい4日ほど。夏なので涼しいという利点もありましたし、それほど凶悪な異変というわけでもありませんでした。次に起きた春雪異変や永夜異変と比べると。

レミ「あとは日傘なしで出歩いてみたかったのよ。強いとは言え弱点も多いし。鬼の弱点に加えて日光と流水が駄目だからね」

阿求「なるほど」

いくら強いとはいえ、お天道様の下を歩けない+雨の日は外出できないとなるとつらいものがありますね。

レミ「それくらい、ねぇ。後は私の個人的な話になるんだけどいいかしら?」

阿求「えぇ、どうぞどうぞ」

レミ「私ね。紅魔館の主人というポジションだけど、あまり出来ることはなくてね。だから最近紅茶を入れる練習を始めたのよ」

阿求「紅茶を入れる練習ですか?」

レミ「咲夜に教えてもらってね。いずれはここの一部を喫茶店として改造しようと思ってるのよ。紅茶に咲夜のデザート。流行らない訳はないでしょう? 御代はお金と血液の二択にしてね。 妖怪と人間の共存を考えているのは別に貴方だけではないのよ?」

すばらしいとは思いますが、その夢には実現するのが難しいという点があります。人里からここまで無事にこれる人間は霊夢さんや魔理沙さんぐらいでしょう。あとは妹紅さんや慧音さん。
 
そう考えていると、その点をレミリアさんも気づいていたらしくこう続けました。

レミ「だから貴方の夢は実は私の夢でもあるのよ」

あぁ、なるほど。妖怪と人間が共存すれば、安心してここまで来れますし、人間と妖怪の憩いの場とだってなるかもしれない。
 
このことを幻想郷友起に書き記しておくべく。重要と書いてあるページにこの情報を書いて置きました。

レミ「そうだ。私の紅茶を飲んでみてくれないかしら」

レミリアさんは両手をぱんと叩くと立ち上がりました。レミリアさんの入れる紅茶。とても興味があります。
 
レミリアさんはぱたぱたと部屋から出て行くとものの数分でお盆の上にポットとお湯と茶葉が入った瓶と砂糖が入った瓶。それとティーカップを二個持ってきました。
 
紅茶の茶葉を二杯ポットに入れると勢いよくお湯を注いでいきます。ふたを閉じるとレミリアさんはいーち、にーい。と数え始めました。その数が100になった辺りでティーカップに紅茶を注ぎました。
 
紅茶のいい香りが広がります。この匂いはアールグレイでしょうか。
 
どうぞ。と差し出されたティーカップを受け取ると砂糖を一杯入れて一口。まずくはないのですが、咲夜さんが入れた紅茶と比べると雲泥の差があるように感じられます。経験の差があるのかもしれませんが、とりあえず私はレミリアさんに自分が知っている紅茶の入れ方を教えることにしました。
 
紅茶は茶葉によって葉が開く時間が違うので、初心者は出来ればガラス製のポッドを使ったほうがいい、ポッドとカップは温めとかないと温度がさがって抽出されにくくなるので先にお湯を入れて温めておいたほうがいい。濃さが均等になるよう分けて入れるなど基本的なことを教え、それをレミリアさんは真剣に聞いていました。補足としてにごらないアイスティーの入れ方も教えておきましょう。
 
それらを聞き終わるとレミリアさんは実践と言って部屋を出て行きました。
 
十分ほどたち戻ってきたレミリアさんの手にはティーカップが二個ありました。
 
受け取り、さっきと同じ分量の砂糖を入れて一口。さっきのよりも格段に美味しくなっています。

その旨を伝えるとレミリアさんは満足して満面の笑みを浮かべました。
 
レミ「やっぱり、阿求。貴方が来てくれてありがたいわ」

その言葉はうれしすぎるもので思わず笑みを隠せなかったのです。

レミリアさんと別れ、廊下をあてもなく彷徨っていると休憩している咲夜さんを見つけました。

阿求「こんにちわ、咲夜さん」

咲夜「こんにちわ。阿求さん」

咲夜さんが休憩していることは稀なので、取材をすることにします。メモを取り出して咲夜さんの対面に座りました。

咲夜「取材ですか? 構いませんが」

阿求「それでは聞きたいのですが、咲夜さんとレミリアさんは親子なんですか?」

咲夜さんは。いつものポーカーフェイスを崩ししまったという表情を顔一面で表しました。この反応から察するに、あまり知られたくないことだったのでしょうか。でもなぜ?

咲夜「あー、出来ればその事は書かないで欲しいのですが」

阿求「なぜですか?」

咲夜「私は人間だし、お母様は吸血鬼。お母様は気にしないでいいと言ってくれますが、他の妖怪に子育てをした吸血鬼などと知られたら舐められてしまいます。それは今まで沢山お世話になったお母様に悪いので………」

出来れば、私も人前気にせずお母様と呼びたいのですけどね。と咲夜さんは悲しそうに目を伏せながら言いました。



阿求「………妖怪が人間を育てるのはそんなにおかしいことなのでしょうか。紫さんだって霊夢さんを育てましたし」

咲夜「あれは博霊の巫女だからです。私は時間が操れるとはいえ、それだけです。この幻想郷に深く関わるわけでもないですから」

強く、されど儚い絆。それがレミリアさんと咲夜さんを繋ぐ糸。子供が親に甘えられない世の中なんてやはり間違っていると思います。
 
レミリアさんなら気にしないで甘えてもいい、と言いそうですがそれで咲夜さんが素直に甘えられるだなんて簡単な問題ではないですね。
 
どうにかならないのでしょうか。咲夜さんがレミリアさんを。レミリアさんが咲夜さんを。お互いが胸を張って親子だと主張することは……。
 
レミリアさんが咲夜さんの血をすって吸血鬼化させる? いや、そんな案が通るはずもないし。では紅魔館としての地位をすて二人で人里で静かに暮らす? 一応私の力でなんとかなりますが、ぜんぜん解決にはなってません。どうすれば。
 
そう悩んでいると咲夜さんは、「もう、どうしようもないことですから。それでは仕事に戻りますね。失礼します」と言って立ち去りました。
 
本当、無力ですね。私。

~椛view~

椛「対象、レミリア、咲夜に接触。何か書き記しています」

上司「奴は記録係だ。妖怪のことを記録しようとしているのだろう。嘘ではない本当の姿を」

椛「………真実を書くことがそんなに影響があるのですか?」

上司「大有りだ。この幻想郷のあり方に関わる。人間から舐められ、忘れられた妖怪はここでの存在を失う。貴様も死ぬ。いや消えたくはないだろう?」

そのとおりだ。死ぬのならまだし。消え去るのは耐えられない。私という存在を何一つ残せないのだ。想像すらしたくない。

椛「いつ攻めるのですか?」

上司「さぁな。しかし早いほうがいいとは思うが、決めるのは上の方たちだ。わし達が決めることではない」

椛「そうですか」

上司「まぁ。上が命令したことに従い。そして死んでいくのが我らの役目だ。組織のために死ぬ。誉であろう?」

そんな事が誉なものか。よく知りもしない連中のためになんて死んでやるものか。と思っても口に出しては即刻捕らえられ良くて謹慎、普通で処刑。悪ければ一族郎党皆殺しだろう。私だけならともかく家族にまで犠牲にするわけにはいかない。

椛「はい。そのとおりです」

私の嘘で塗り固められた言葉に満足そうに頷く上司。死ぬなら一人で死んで欲しい。私より先に。もしかすると戦死ということで身を隠せるかもしれない。
 
あぁ、私も翼が欲しい。何にも縛られない彼女のような真っ黒な翼が。

~阿求view~

美鈴「よっこらせっと」

門の方が騒がしいので見に行ってみると美鈴さんと、妖精メイド、じゃないですね。姿から見るに門番妖精? がのこぎりやかなづちを使っていました。椅子や机が何個か置いてあるところを見ると、昨日の提案をもう取り掛かっているようです。

メイド「あ、阿求様。昨日はありがとうございます」

妖精メイドからぺこりとお礼を言われました。軽い気持ちで言ったことがこんなに感謝されるとは。
 
うれしいので何かお手伝いしようかと思いましたが、残念ながら非力な私では何も手伝うことは出来ません。美鈴さんは額に汗を浮かべながら気を切っているというのに。
 
それにしても皆さん凄いですね。妖精なのにカンナを使ったり、釘をうったりしてます。妖精も訓練しだいということでしょうか。
 
美鈴さんが切った木材をカンナ担当の妖精が表面を滑らかにして、釘打ち担当が組み立てる。流れ作業でそれぞれが自分の担当をこなしている。もしこの人たちが戦闘をしたら凄く統率の取れた動きをするのでしょう。まさに門番にふさわしい人材です。

美鈴「ふぅ。これくらいでいいですかね」

美鈴さんがのこぎりから手を離し、額についた汗をぬぐいました。そして今私の存在に気づいたらしく。こっちを見て実に美鈴さんらしい笑顔を浮かべました。

美鈴「こんにちわ阿求さん。貴方のおかげでうちの妖精達皆大喜びですよ」

阿求「そんな、私別に何もしてませんよ」

美鈴「いいえ。ちゃんとしてますよ。今まで誰も提案しなかったことを提案する。誰にでも出来ることかもしれませんが、そう簡単に出来ることではありません。私達はメイドと主人は別に食事するものだと思い込んでいましたからね。主人と言っても各部署の担当も含みますが」

阿求「あ、ありがとうございます」

出来ることをしない人だっていますからね。私みたいに。と言って冗談交じりに話す美鈴さんはどちらかというと人間くさい人だと感じました。そういえば美鈴さんはいったい何の妖怪なのでしょうか。

阿求「あの、美鈴さんって一体なんの妖怪なのですか?」

美鈴「私ですか? あえて言うなら門番の妖怪ですかね」

阿求「門番の妖怪?」

美鈴「これが私の生き方ですから」

上に立つことを望まず、誰かを守るためにこの拳を振るう。そんな妖怪ですよ。と美鈴さんは言いましたが、結局実際は何の妖怪かは教えてもらえないようです。言いたくないのなら無理にとはいいませんが。



門番「美鈴様。完成しました」

門番妖精のうちの一人が組み立てが完成したことを伝えにきました。見ると立派な机や椅子が整列して置いてあります。

美鈴「それじゃあこれを中に運んでね」

門番「了解です!」

門番妖精は敬礼をすると、椅子や机を持って中に入っていきました。

美鈴「私はここから離れるわけには行きませんからね」

絶対誰かはここにいなければならない。その役を進んで受ける美鈴さんは流石自称門番の妖怪なだけあると思いました。
 
あ、机や椅子なら私も運ぶことが出来ます。そう思い並んである机と椅子を一組持ち上げ、軽くふらつきながら中へ向かいました。

美鈴「気をつけてくださいね」

阿求「分かりましたー」

今日から少しづつ体を鍛えたほうがいいかもしれません。今までは家政婦がいたからなんとかなったものの、こんなにひ弱じゃ、これから先が心配になります。
 
結局食堂に着くころには息も絶え絶えで、私より何倍も忙しい仕事をしていた妖精よりも汗だくになっていたのでした。

フラン「あ、阿求お姉ちゃん」

メイド妖精から冷たい水を貰い休んでいると地下からフランちゃんが上がってきました。

阿求「こんにちわフランちゃん。一緒に遊ぶ?」

フラン「うん!」

時間はもうお昼を結構過ぎたのでフランちゃんと遊んでいるとちょうどいい時間になりそうです。今日は夕食までフランちゃんと遊ぼうと思います。持ってきた絵本を読むべきかそれとも何か別の遊びをしようかと考えていると、フランちゃんがかくれんぼがいい、と提案してきたので特に断る理由もなかったので、それに決定しました。

フラン「それじゃあ阿求お姉ちゃんが鬼ね?」

私が鬼ですか。あまり屋敷に詳しくないのですが、どうせ隠れる側になっても良いスポットを知らないので不利なのは一緒か。と思いいいですよ、と答えました。

フラン「「「「それじゃあ隠れるフランを見つけてね」」」」

阿求「え?」

フラン「「「「200秒数えてね」」」」

阿求「あ、はい」

気がつくとフランちゃんが四人に増えていました。実は四つ子? いやそんな事はないはずだから能力なのでしょうか。フランちゃんたちは「わー!」とはしゃぎながら散り散りになるのを確認して私は目を閉じて数を数えました。
 
200秒、地味に長いですが、この広い屋敷内で隠れるにはそれくらいの時間がいるのでしょう。どこに隠れるつもりなのかは見当もつきませんが。

阿求「198、199、200」

数え終わり、目を開けると当たり前ですが、そこにフランちゃんの姿はありません。
 
さーてどこでしょうか。とりあえず適当に歩き回ってみましょう。
 
食堂、厨房と回り、部屋を端から開けていって5つ目の部屋のベッドが少しだけ盛り上がっています。そっと近づき一気に布団をめくります。そこには

阿求「あ、あれ?」

涙目の妖精メイドがいました。事情を聞くと仕事中にも関わらずフランちゃんにここに叩き込まれたようです。後で少し駄目だよ、と言ってあげたほうがいいかもしれません。妖精メイドを仕事に戻し、気を取り直してフランちゃん探しを始めましょう。
 
ここまでされて見つけられないというのもしゃくなので、ちょっと意地悪な手を使おうと思います。

阿求「あぁ。フランちゃんと食べようと思ってたけど、一人で食べちゃおうかなぁ」

袖から包装されたお饅頭を取り出すと包装紙を開けます。
 
ガタッ
 
案外近くから音。さっきの妖精メイドはおとりでどうやら本体は同じ部屋のクローゼットにいるようです。なかなか手の込んだことを………。

阿求「フランちゃんみーつけた」

クローゼットを開けると案の定フランちゃんの姿が。

フラン「阿求お姉ちゃん一人でお饅頭を食べるなんてズルいよ!」

阿求「ちゃんとフランちゃんの分もあるから安心してね。あと、囮に仕事中の妖精メイドは巻き込まないようにね」

フラン「ごめんなさい………」

素直な良い子です。怒られて少ししょぼんとしましたが、ちゃんと謝れる事はよいことです。
 
少ししょぼんとしたフランちゃんにお饅頭を上げました。フランちゃんはお饅頭を美味しそうに食べながら後ろをついてきました。
 
さて、次は一体どこに。

フラン「お仕事、お仕事~」

阿求「………」

目の前を通り過ぎる妖精メイド。もといメイド服を着たフランちゃん。これはもうかくれんぼではなく変装です。
 
とりあえず、横を並んで歩いてみました。

フラン「あ、阿求様」

阿求「なんですか? フランちゃん?」

フラン「………」

一瞬固まると脱兎のごとく逃げ出しました。その背中に向けて一言

阿求「かくれんぼは見つかったら終わりですよ」

とりあえず二人目確保です。このフランちゃんにもきびだんごよろしくお饅頭を差し上げます。
 
二人のフランちゃんを引き連れ屋敷内を探索。なんだかワクワクします。

阿求「………地下かな」

大体の場所は探し終わったのであと残るは地下。またあの長い階段を下りるのは一苦労ですが、だからこそ隠れてる可能性があるので、がんばって降りることにしましょう。

後ろのフランちゃんたちはふわふわと飛んで降りていっているので、できれば私を持ち上げてくれないかなぁと思ったりしました。

阿求「入っていいフランちゃん?」

フラン「「いいよー」」

許可を得たので中に入ります。中にはレミリアさんと似たような部屋に沢山のぬいぐるみや人形がありました。大きなものから小さなものまでありあらゆるぬいぐるみや人形が置いてあります。地下ですが可愛らしいファンシーな部屋です。昨日来たときはあまり意識はしませんでしたが。フランちゃんの一言に驚いて。

阿求「うわぁ。このぬいぐるみ大きいなぁ」

人と同じ大きさの熊のぬいぐるみが置いてあったので抱えるようにして持ち上げ、ん?
 
なんだかぬいぐるみなのに硬い。まるで中に人が入ってるかのように。あと口の部分が空洞。これってぬいぐるみじゃなくて。

阿求「ビンゴですね」

後ろを見るとチャックがついていました。これはぬいぐるみじゃなくきぐるみ。もしかして私が来るまでずっといたのでしょうか。暑くないんでしょうか。

フラン「ふわぁ。暑かったー」

暑かったようです。そこまでしなくてもいいと思うのですが。というかここに隠れたら見つけるのは不可能ではないですかね。今回偶然見つけましたが。この調子じゃ最後のフランちゃんは突拍子もないところに隠れてそうですね。
 
疲れた顔でもそもそお饅頭を食べてるフランちゃんをお供に再び地上へ。登りが人間にとっては長いということを理解したフランちゃんたちに抱えられて地上に戻りました。
 
もうあらかた探し終わったのですが。一体どこへ?

阿求「あ、もうお饅頭がない」

最後のフランちゃんの分のお饅頭がない。4つ持ってたつもりが3つしか持っていなかったようです。
 
まだリュックの中に何個かあるから取りに戻りましょう。
 
自分の部屋の扉を開けるとリュックが動いています。現在進行形でごそごそと。
 
だ、誰なんでしょうか。私のリュックの中にそんな面白いものはないですよ?
 
と驚いていると色とりどりの羽が見えました。
 
近づくとフランちゃん。そしてはがされたお饅頭の包みが3つ。あと絵本。

阿求「フランちゃん?」

フラン「うわぁ!?」

絵本に集中していたせいか私の接近に気づくことはなく、絵本を読みながらお饅頭を食べているフランちゃんの両脇に手を通し抱え込みました。

阿求「何やってるの?」

フラン「お、お饅頭食べてた」

フランズ「「「ズルいよ!!」」」

全部自分かと思えばどうやらそれぞれに自我があるようですね。って今はそんな事どうでもよくて。問題はフランちゃんがお饅頭を勝手に食べていたことです。持ってきたお饅頭の数を確認すると他の方におすそ分けする分は残っていましたが私の分は残っていませんでした。
 
とほほ。

フラン「ごめんなさい」

阿求「まぁ、皆さんの分があるからいいよ」

素直に謝ってくれたので許します。あとどうやらフランちゃんは絵本に興味があるようなので、ひとつに戻ったフランちゃんと絵本を読むことに決めました。

フラン「どんな話なの?」

阿求「体は人並み以下だけど心は誰よりも強い女の子の話だよ」

この絵本は私が小さなときに大好きだった本です。今でも大好きですが、絵本を読む歳でもないのでたまに隠れて読んでいます。

フラン「心?」

阿求「この子はね。どんなときも諦めないの。そんな彼女の事を好きになったお友達達がこの子を助けてハッピーエンド」

フラン「なんだか、阿求お姉ちゃんみたいだね」

阿求「あはは。うれしいなぁ。でもここまで強いわけじゃないしね。なりたいとは思ってるけど」

フラン「阿求お姉ちゃんが困ったときにはフランが助けてあげるよ! だってフランは阿求お姉ちゃんの友達だもん!」

阿求「そっか。友達かぁ。うれしいなぁ。よーし、フランちゃんにこの本をプレゼントしちゃう!」

フラン「いいの?」

阿求「私はこの本何度も読んで話の内容覚えちゃったからね」

フラン「ありがとう! 大切にするね!!」

ここまで喜んでもらえるとこっちもうれしくなります。この絵本がなくても暗唱は出来るのでそれほど困りもしませんし、また読みたくなったらフランちゃんのところに遊びに来れば良い。
 
初めて出来た妖怪のお友達。それが幼い吸血鬼、フランドール・スカーレットちゃんでした。

~椛view~

上司「行くぞ。命令がでた」

椛「………分かりました」

願いもむなしく戦闘命令、否。特攻命令が下された。格が何個も上の相手にひたすら玉砕していく。今回、何人の同胞が消えるのだろうか。私もあの屋敷の住民を敵に回して生き残れる気はしない。
 
やはり最後まで私は自由になることは出来ないようだ。
 
何度目になるか分からないため息をつき、愛刀を抜き、確認する。
 
鈍い銀色が最悪の表情をしている私を映し出す。

上司「良く戦い良く死ね。それが上の命令だ」

上司が話す内容によると数で押しつぶす作戦。ターゲットに一人でも届けばそれで終了するが、一人を殺すためにこちらは何人死ねばならない。本当気が狂った作戦だ。

椛「助けて、文さん」

誰にも聞こえないほどの声でつぶやく。当たり前だが私の憧れの人が来ることはない。

上司「出撃まであと10分だ。それまで各自準備をしておくように」

準備ってなんだろう。遺書を書くことだろうか。周りの連中はうれしそうに武器の手入れをしている。なんだ皆狂ってる。いや私が狂ってるのか?
 
いや私は正常だ。正常のはずなんだ。
 
そんな狂気が渦巻くなかで私は私はそっと目を閉じた。
 
犬走 椛。この私の人生。何か残せただろうか。

それは食事中の事でした。レミリアさんが急に立ち上がり、外に出て行きました。それに続いてパチュリーさんと美鈴さんが。
 
一体何が起きたのでしょうか。

レミ「阿求が自分の部屋に閉じこもってて。いいわね!」

阿求「え? あ、はい」

何が起きたかも分からぬまま、自室に急いで駆け込む私。その途中で見たのはいつもの優しそうなレミリアさんからは想像もつかないような獰猛な顔つき。怒りによってかみ締められた歯は捕食者の笑みにも似ていて。

咲夜「阿求さん。コレを」

いつの間にか先回りしていた咲夜さんの手から渡されたのは

阿求「銃?」

咲夜「安全装置、弾。全て確認しております。あとは引き金を引くだけで撃つ事ができます」

他者の命を簡単に奪う無慈悲な武器。それが手渡されたということは、おそらく、いやきっとそういう状況になったのだろう。
 
なぜ? そんなのは知れている。紫さんの行っていたとおりのことが起きたのだ。

咲夜「気休め程度ですが」

阿求「あ、ありがとうございます」

もし意味がなくても、気分的には少し楽になる。部屋へ駆け込み、恐る恐る窓をのぞく。見えるのは黒、黒、黒。空を覆いつくすカラスの群れ。それに混じって人のような物体も。
 
自分がしてきたことがこんなにも否定されるだなんて。
 
そんな事は知りたくなかった。



~レミリアview~

レミ「人の家にこんなに大勢なんのようかしら? 宿泊なら他のところに言って頂戴。うちは団体様お断りなのよ」

こんなに早く来るとは。それに私の時間なのに挑みに来るなんてこいつは馬鹿なのかしら。いや、夜に力が上がるのは向こうも一緒か。確実性をあげるなら夜に来たほうが少しだけだけど良いのかもね。
 
どちらにせよ、ここを鴉一匹とて通すつもりはない。

鴉天狗「稗田阿求を差し出してもらおうか」

レミ「なぜ?」

鴉天狗「あやつの存在がどれだけ害悪になるかを知っておろう」

レミ「さぁ。私にとって有益にはなったけどね」

鴉天狗「………その小さな頭で理解できているかは知らんが。この幻想郷というのは」

カッチーン。パチェならともかく自分より下の偉そうな奴にここまで言われるのはしゃく。グングニルを創造し振りかぶる。
 
赤い軌跡を残して偉そうな事言ってる天狗に突き刺さり爆発した。



パチェ「いきなりね。まぁ、いいとは思うけど」

パチェが魔道書を構えると周囲に四つ、輝く魔法石が浮かぶ。パチェが手をかざすとそれらから光線が放たれ、鴉をなぎ払っていった。
 
いきなりの攻撃に戸惑いながらも憤慨する相手。もっと怒れ。余計なことを考えられないくらい。
 
フラン「お姉さま! やっちゃっていいの!? 殺しちゃっていいの!?」

屋敷の中からうれしそうな笑顔を振りまき、私の愛しの妹。フランが咲夜を伴い飛び出してくる。その手にはレーヴァテイン。やる気はよし。なら否定する理由は何もなし。

レミ「えぇ、やっちゃいなさい。フラン」

フラン「いっくよー!!」

私以上の火力を撒き散らし、邪魔な羽虫を焼き尽くす。天狗には当たらなかったがうっとうしい鴉を減らせたのだから良し。私のこうもりじゃ鴉には勝てないからね。
 
レミ「私とフランはオフェンス、咲夜はサポート、パチェは砲撃で、美鈴はディフェンス!」

「「「「了解」」」」

今宵の月は赤くないとは言え、友を守るためだもの。本気で殺すわよ。

~阿求view~

凄い音が鳴り響いて撒き散らされる破壊。窓から見る景色はいつも私がいる平和な世界とは違う世界で。こんな世界があるなんて文献だけでしか知らなかった。
 
こんなに心強い皆さんがいても体の震えが止まらない。
 
――――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
 
怖い、私が死ぬことが。怖い、私のせいでレミリアさんたちが傷つくことが。怖い、私のせいで誰かが死ぬことが。
 
こんなことになるならこな―――いや、そんな事は思ってはいけない。それはレミリアさんも否定することになるから。
 
震えを無理やり押さえつけながら窓際に立つ。
 
見たくない光景。だけどこの光景は私が見なければならない。他でもない私が見届けなければ意味がないのだ。

~椛view~

全てを破壊する膨大な魔力が軍を通り過ぎる。天狗にそれほど危害はないだろうが、何匹のカラスがやられたことだろう。いや、どうせ捨て駒だ。気にすることはない。今考えることはどうやって味方を欺きながら、生き残るか。来るかも分からない撤退命令まで生き延びるかだ。
 
誰かの影に隠れて、されど目立つ。この二律背反をこなさなければ私に未来はない。
 
剣を握り締めるとターゲットへと視線を送る。
 
なぜか窓際になっているターゲットと目が合った気がした。

天狗「行くぞ!」

号令がかかり、特攻命令が下される。私のいる場所は比較的後ろの方なのでまだだとはいえ、前で味方が殺されていくのを見るのはぞっとする。
 
鴉も天狗も、あいつ等にとっては一緒か。なんという規格外の化け物。
 
勝てるはずがないというのになぜ向かうというのか。私達にとっての勝利とはターゲットの殺害のはずだ。ならば向かわずに全力で屋敷に突入をしたほうが良い。あの門番がそれを許すとは思えないが。そっちのほうが確率的には大分マシだろうに。

上司「おぉ。なんという力」

上司が感嘆の声を上げる。そんなに味方が死んでうれしいか。もしこの戦いに勝利したら大天狗への出世は確実だろう。だがそれのために多くの味方を犠牲にしてうれしいか。うれしいのか?
 
それは私以外の天狗も同じようで口元に獰猛な笑みを浮かべる。
 
狂ってるとしか言いようがない。自分があれを倒せると思っているのか。これは蟻対象なんてものじゃない。人間と災害ほどの差はあるのに。

~レミリアview~

レミ「あぁ、もううっとうしいわね」

あたれば倒せるといっても数が多いしすばやい。咲夜が動きを止めてくれる瞬間に当てないと決定打にはなりにくい。フランのようななぎ払える武器があるなら別だけども。
 
群れに飛び込んで不夜城レッドでも撃てば別かもしれないけど、魔力効率は悪い。私も対軍勢の技を編み出したほうがいいのかもしれない。
 
オフェンスと言っておきながらあまり活躍できないことに対してイライラするのでグングニルと二本創造して出来るだけ多い場所へ投げる。止まっているのなら天狗とてこの速さは避けられないわ。
 
グングニルは数匹貫いて、爆発した。これであと何匹かしら。三割倒して撤退。してくれればいいのだけど。
 
悔しいけど、四匹ほど前衛を突破されたわ。全て、美鈴が叩き落したけど。やはり美鈴は防衛戦だと最強ね。
 
もう接近戦で行きましょう。そう思い速度を上げる。天狗は速い。だけど私だって天狗ぐらいのスピードならだせるのよ?

~パチェview~

フラン「お姉さまはやーい」

フランが感嘆の声を上げる。レミィは速い。とはいえこれじゃあ魔法が撃ちづらくなってしまう。拡散する魔法に切り替えて面で攻撃しよう。これならレミィに当たってもあまりダメージ行かないだろうし。
 
魔力回路を切り替え、威力より範囲を重視する。レミィ。お願いだからよけてよね。
 
魔力の光。それは天狗の動きを止めるのには効果があったようで、動きを止めた天狗がまた一匹また一匹とレミィの餌食になる。
 
この方法で行きましょう。レミィに華を持たせてあげるわよ。

~椛view~

物量戦が始まりもう一刻ほど経っただろう。戦況は芳しくない。あともうちょっとで私の出番だ。結局どうやって生き延びるかの覚悟は浮かばなかった。
 
冷や汗。助けて欲しい。文さん。
 
目の前の味方が飛んできた魔法にやられて消えた。戦慄。こんなのと戦うのか。
 
思案。家族や仲間を見捨てれば私は生き残れるのではないか。
 
恐怖。死ぬことと家族を裏切ることのどちらも。
 
思考が上手くまとまらない。
 
嫌だ。死にたくない。
 
――――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
 
震える。武者震いじゃない。恐怖。
 
上司が怒号を上げ向かっていく。仲間もそれに合わせて突撃。私も仕方なく突撃。
 
―――――っ

~レミリアview~

レミ「また増えたっ」

もう敵は被害などなりふり構わずなだれのように向かってきた。力を見せ付けるような戦いをしてきたけれどそれが逆効果になったらしい。

天狗「覚悟っ!」

私の首を狙ってきた天狗の首を逆に切り裂く。まぁいい。このまま私だけを狙ってくれれば。
 
しかし現実とは非情なものでそんな事はぜんぜんなく。むしろ突破される数が増えてきた。このままだと押し切られるかもしれない。
 
すでに突破された数は二桁。やばいわね。

レミ「―――っ」

なんて考えてると突破されてしまった。もうなりふり構っていられない。限界近くまで速度を上げ、切り裂き続ける。もう魔力消費とかそんな事どうでもいい。最後まで動き続けることができたら私の勝ちだ。

~椛view~

突破した。出来てしまった。見ると仲間の何人かも一緒に突破していた。後ろの気配から吸血鬼はさらに本気をだしたらしくもうあれでは何人たりとも突破することは出来ないだろう。ギリギリだったか。
 
目の前の銀髪の女と赤髪の女をどう突破するか。それだけを考えよう。
 
銀髪の女のナイフが仲間の一人を捕らえる。仲間はもう無理だと悟った瞬間。避けることではなく当たることにし、こっちへナイフが飛ぶことを抑えた。
 
仲間の一人を赤髪の女の拳が捕らえる。当たった仲間はゴム鞠のように地面は弾んだ。即死だろう。
 
恐怖がさらに速度を上げる。
 
しかし私の速度よりもナイフのほうが速かった。背中に数本突き刺さる。
 
よろけたところに、赤髪の女の拳。身をひねって回避するが、かすっただけであばら数本が持ってかれる、そのうち二本が内臓を傷つけ激痛を発する。口の中にあふれ出す血を赤髪の女の顔に吹きかけた。

美鈴「―――っ!?」

目潰し成功。あとはこのナイフを受けながら転がるように屋敷内へ突入。もう満身創痍だが足を止めれば間違いなく死ぬ。ターゲットのいる場所まで全力で飛行。
 
妖精メイドの弾が今の私にはとても痛い。一発一発が意識を持っていきそうなほどだ。
 
左腕は動かない。右目はほとんど見えない。右足はすでに感覚がない。失血で頭がふらつく。死にそうだ。生きるためなのに死にそうだ。


 
あれがターゲットの部屋。右手で持った剣で部屋の扉を叩き割る。ふらつきながら中に入るとそこには思ってたよりもずっと小さい人間の少女がいた。
 
これが私が殺す相手? 冗談だろう。この少女を殺すためだけに仲間は死に、私はこんなにもぼろぼろだ。
 
上の連中とやら。お前達が直々に出てくれば被害はもっと少なかったはずだ。この少女を殺すということがそんなに大切なのなら。自分の体を傷つけてすればいいじゃないか。
 
剣を杖代わりに一歩一歩踏み出す。目の前の少女の瞳は絶望。おそらく私と同じ目。
 
一歩踏み出す。口の中に血があふれてきた。
 
一歩踏み出す。目の前が歪んできた。
 
一歩踏み出す。足がふらつく
 
剣を掲げる。振り下ろすだけで、終わる。
 
文さん、これでいいんですかね。
 
振り下ろす。

パンッ!
 
終わりの音は渇いてはじけるような音がした。

~阿求view~

部屋の外から聞こえる音それは屋敷内に敵が侵入したということでしょう。窓に背を向け、扉を見つめる。
 
音が近くなる。それにつれて私の心臓の音も大きくなる。
 
握り締めた銃が汗で滑る。しっかりと引き金をいつでも引けるように握りなおす。
 
轟音。扉がはじけ飛ぶ。
 
現れたのは白い髪を赤で染めた少女だった。右足を引きずり、左腕をだらんと下げ。剣を杖代わりに歩いて来る少女。
 
見てて痛々しくなるほどの重傷。だけど私を殺すには十分すぎる。
 
はずしてはいけない。出来るだけひきつけ、そこで撃つ。
 
少女がふらつく。しかし倒れることはなく一歩踏み出す。
 
そして私の前に立つ。剣が振り上げられる。剣が振り下ろされるのが先か、私が引き金を引くのが先か。
 
少女の腕が振り落とされる。



パンッ!
 
私が放った弾丸は少女の胸辺りを貫き赤く染める。噴出した血が生暖かい。
 
振り下ろされた剣は私の右腕を少し切りつけ床に突き刺さった。
 
この体を染める血のほとんどは私の血でなく、この少女の血。
 
ふらり、少女の体が私のほうに倒れてくる。
 
避けることは出来ずべっとりと血潮を塗りつけながら彼女の体を受け止める。
 
ぴくりとも動かない彼女の体がひとつの真実を突きつけた。
 
巫女もしたことがない。魔理沙もしたことがない。
 
妖怪を殺したという事実。

阿求「うわぁあああああああぁあああああああああああああ!!!!!!!!」




 
 











もう、私は人間と妖怪の架け橋になることはできない。

~レミリアview~

この戦いにはなんとか辛勝、いや辛勝といえるかも怪しい。
 
こちらへの被害はただひとつ。

稗田阿求の心の崩壊。

今の彼女は喋らず、何も見ない。食べ物すら自発的に食べることが出来ない。
 
原因は彼女が撃った白狼天狗。犬走 椛の重体。死んではいないが、まだ目を覚ましてないということを射命丸から聞いた。
 
妖怪と人間との架け橋になろうとした少女だったのだ。
 
自らの手で下した決断の重さに耐え切れなかったのだろう。
 
全ては私の責任だ。
 
守るだなんて言って、命の危険に晒し、挙句の果てには心を壊す。
 
なんどか永琳には来てもらったが、返事は治るかどうかはまだ分からない。
 
悔しさゆえに壁を殴ってしまう。されど私の拳は痛むことはなくやすやすと壁を貫通し、またその事が私をいらだたせる。

咲夜「お母様、お食事が出来ました」

レミ「いらないわ」

咲夜「しかし、もう一週間も何も食べてらっしゃいません」

レミ「それくらいじゃ死なないわよ。化けものだもの!!」

私にとって食事は嗜好品。
 
重要視するほどのことでもない。
 
咲夜は悲しそうな目をして出て行った。
 
ちくしょう。咲夜にまで迷惑をかけてしまっている。
 
ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう。
 
目の前で眠る阿求を見ると後悔しか沸かない。
 
後悔は泥のように私にまとわりつき。心を縛る。
 
いっそ私の心も壊れてしまえば。

~咲夜view~

パチェ「放っておきなさい」

咲夜「しかし」

パチェ「私達にはどうすることもできないのよ」

パチュリー様に相談してもその言葉しか返ってこない。この一件はパチュリー様の心にも深い重しを残したようで、パチュリー様が寝ているのも見なくなった。

咲夜「パチュリー様は休まれないのですか」

私に目を向けることなく、ずっと同じ体勢で本を読み続けるパチュリー様に聞いてみる。
 
パチェ「私はいいのよ。眠らないと行けないなんてそんな事はないし。それより咲夜、貴方も休んだらどう?」

咲夜「いえ、私はちゃんと寝ておりますので」

パチェ「目の下、くまできてるわよ。それに肌に張りがない」

確かに私は寝ていない。それは阿求さんのことではなく。その事で気に病むお母様が心配で心配で眠れないのだ。
 
皆同じか。美鈴も以前のように居眠りすることはなく鋭い目をして彼方を睨んでいる。
 
もう私以外使っていない厨房には洗物がたまっている。する気が起きない。
 
………もし、阿求さんを殺せば、お母様はまた私を見てくれるのだろうか。
 
いや、そんな考えは駄目だ。疲れているのだろう。睡眠薬を飲んででも無理やり眠ろう。

~パチュリーview~

紅魔館の崩壊。それが今回の戦いの結果。敗北だ。
 
何が紅魔館の頭脳だ。まったく役に立ってないじゃないか。
 
せめてと思い、もうずっと壊れた心を直す方法について調べているが一向に見つからない。
 
阿求が治ればおそらく紅魔館も戻る。成功するかどうかは未知数だが試してみないことには分からない。
 
泣きたい。正直もうこんなの嫌だと叫んで泣きじゃくりたい。
 
でもそれでは駄目なんだ。私が望む結果を求めるためにはそれじゃあ駄目なんだ。
 
軽く霞んだ目をこすりつつ、またページをめくる。
 
あと何度ページをめくればいいのだろうか。

~紫view~

紫「レミリア・スカーレット」

レミリア「いいえ、私はただのレミリアよ」

紅魔館に阿求の様子を見に行くと、数日前とまったく変わらない姿のレミリアがいた。
 
おそらく、数日間何もしていない。睡眠食事その他もろもろ。
 
声は水分を取らないせいでのどが張り付いてしまっている。普段の彼女とはまったく違うがらがら声。
 
今回の戦いは阿求だけではなく、彼女もぼろぼろにしてしまっている。
 
全ては私の判断ミスで。
 
阿求が提案したときに無理やりにでも押さえつけておけばこんなことにはならなかったはずだ。
 
たとえ足の骨を折ってでも止めておけば、最悪の事態にはならなかった。
 
もう遅いけども。

紫「調子はどうかしら」

レミ「最高よ。夢なら覚めろってぐらいには」

紫「そう」

人里で購入したお饅頭をレミリアに渡す。レミリアは視線を阿求に向けたまま受け取り、そのまま机の上に置いた。

紫「阿求は私が連れて行くわ」

レミ「いや、このまま寝かしておきましょう」

紫「それは貴方達のためにはならないわ」

レミ「そんな事はない」

紫「あるのよ。それに今また攻め込まれたら次はこんなもんじゃ済まない」

レミ「次来たら皆殺しにしてやるさ」

ははは、とレミリアが渇いた笑いをあげる。そして咳き込む。
 
紫「分かってるでしょう? 今の自分を」

レミ「分かってるわよ………」

紫「だから連れて行くわよ」

レミ「でも」

紫「これ以上阿求を貴方のくだらないプライドに付き合わせないで。この娘はまだ死ぬべきではないのよ」

レミ「………そんなものじゃ」

分かってる。レミリアはプライドを優先するほど下等な吸血鬼ではないということに。でも今必要なのは。同意ではなく彼女を諦めさせる言葉。そのために私は少し卑怯かも知れないが、レミリアの大切な大切な妹の話題をだした。

紫「ねぇレミリア。最近フランに会った?」

レミ「会ってないわ。あの子、地下室から上がってこないんだもの」

紫「いいえ。あの子は地下室に篭ってなんかいないわ。今もこの部屋の外にいる」

レミ「え?」

紫「この部屋を守るために休まずにずっと。右手に剣を、左手に絵本を持って。今私がしっかりしなきゃもっと駄目なことになるって。私の心はまだ折れてはいないからって。健気ね。姉のために尽くす妹は」

レミ「フラン、が?」

紫「しっかりしなさいレミリア・スカーレット。貴方はこの紅魔館の主でしょう? そんな体たらくで主を名乗るだなんてちゃんちゃらおかしいわ」

レミ「………それもそうね。でもコレだけ言わせて。奴らに借りを返すまでは私はレミリア・スカーレットではなく、ただのレミリア。それ以上でもそれ以下でもないわ」

紫「そう、ならいいわね」

レミ「えぇ。阿求を安全な場所まで連れて行って頂戴。私はやることがある。この心、まだ折れてないもの」

レミリアの瞳に光が戻る。レミリアは机の上の饅頭を二口で食べ終わると渇いたのどにむりやり通過させた。

レミ「水飲んでくるわ」

レミリアは部屋から出て行った。もう大丈夫でしょう。外の会話を聞く限りは。
 
さて、阿求を私の家まで連れて行こう。あんなに嫌がってたスキマも今は文句なく通ってくれるでしょうし。
 
なんて冗談を言ってる場合じゃないわ。
 
出来ることからこつこつと、善は急げ。それが私の座右の銘ですもの。

視点変わりすぎテラワロス………

申し訳ございません。反省しております。

紫「桜が咲いても、芽吹いても、何も変わらない」

阿求が眠りについてから、もう数ヶ月たった。

その間私は阿求を白玉楼に預け、何度も永琳に見てもらっていた。

永琳によると強い精神ストレスが目を覚ますのを邪魔してるらしく、いつ目覚めるかはわからないとのことだった。

阿求を幽々子に見て貰ってる間、私は久しぶりに個人的な怒りによって行動した。

レミリアに説教できた立場ではないということは知っている。それでも親しいものが傷つけられ、目を覚まさないというのはどうしようもなく耐え難い怒りだった。

天狗の場所を調べ、闇討ち的に排除した。彼、彼女らが阿求に害を加えたかどうかなんて関係なかった。

そうして私がやっていることが阿求の願いの妨げになると気づいたとき、私はどうしようもない自責の念にとらわれた。

数週間は動かず、ただ息をするだけの阿求をじっと見守り続けた。

そして私の気持ちがどの神だかわからないが通じたのだろう。

阿求「………あ」

阿求が目を覚ました。ぱちりとなんどか瞬きをして私のほうを見て微笑む。

阿求「おはよう、お母さん」

おそらく私の罰に阿求が巻き込まれたのだろう。

阿求はすべてを忘れ、私のことを母と認識していた。

阿求「お母さん。お夕飯るね」

紫「えぇ、ありがとう」

目を覚ました阿求は妖怪と人間の共存だなんて言わなかった。当たり前のように、ただの人間のように、そうやって日々を過ごしている。

私の愛していた稗田 阿求はどこかに消えた。今いるのは嘘で塗り固められた八雲 阿求だけ。

その事実が何度も私の心を黒くねっとりと染め上げる。

時間さえ巻き戻せれば私は阿求を縛り付けてでも止めただろう。

忘れるだなんて、かなえられないより悲惨じゃないか。

私は阿求が部屋から出て行くのを見送り、一人静かに泣いた。

幽々子「紫」

私の親友、西行寺 幽々子がいつの間にか横に座っていた。

袖で涙をぬぐい、何とか止めようとして失敗する。

このまま何かしゃべろうとすると私は泣き叫んでしまう。そう感じて、言葉になりそこなった音が唇から漏れた。

幽々子「私の前ぐらい八雲 紫を演じなくて良いわ。だから、ね」

幽々子が私を抱きしめ撫でる。亡霊のひんやりとした体温に包まれながらもどこか温かみを感じて、私は泣いた。

声が出ないように口を押さえながらただただ泣いた。

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