晴絵「小鍛治プロ……これから、私と打ちませんか?」健夜「え?」(80)


恒子「決まったーッ!阿知賀女子、高鴨穏乃選手!逆転の跳満を大星選手から直撃ーッ!」

恒子「ついに!ついに!ついに!ついに!ついに!ついに!ついに!……」

恒子「ついに決着がつきましたッ!…第71回全国高等学校麻雀選手権!インターハイ団体戦!その頂点はッ!!阿知賀女子で完結ですッ!」


―――
――――
―――――

恒子「はー。終わった終わったー。すこやんもお疲れ―」

健夜「う…うん。お疲れ、こーこちゃん」

健夜(赤土さんの所の学校が優勝するなんて……、それに、あの最後の跳満……)



テクテク

健夜「あ……」

恒子「あれってもしかして、阿知賀女子?」

健夜「もしかしなくても阿知賀女子だよ」

恒子「あ、こっちに気付いたみたい」

健夜「え?あ…あ…」

恒子「どうしたの?なんかテンパって」

健夜「え?い、いや…なんでも」(赤土さんが、こっちに来る…)



晴絵「小鍛治プロに、福与アナ、決勝戦の解説と実況、お疲れ様です」ペコリ

健夜「え、あ……はい。どうもです…」モジモジ

恒子(すこやんどうしたの?)

健夜「あの…優勝、おめでとうございます……」

晴絵「はい。ありがとうございます。といっても、頑張ったのは、この子達ですが」


憧(ちょっと…この人小鍛治プロじゃん……)

穏乃(インハイで赤土先生から、沢山点を取った…)

玄(先生のトラウマの原因…)

灼(……)ギロリ

宥(灼ちゃん……?)

晴絵「その……インハイ以来ですね……」

健夜「あ……はい……」

晴絵「………」

健夜「………」

晴絵(いざ……ってなると、話す言葉が見つからないな…)

健夜(ど……どうしよ……。何か、言わないといけない気が……)モジモジ

恒子(ちょっと……空気重い?…)


恒子「あのー…」

晴絵「はい?」

恒子「私達、これから食事に行く予定なんですけど、ご一緒に、どうですか?生徒たちも一緒で、もし良かったら」

晴絵「……あ……はい、喜んで!」(やば、OKしちゃった…)

健夜(こーこちゃん、ありがとう)

灼「ハルちゃ……先生……」

晴絵「……大丈夫だよ、灼。私はどこにもいかないから…」

健夜(……?)


【喫茶店】

恒子「人数多いから、席が別れちゃうけど、いいかな?」

玄「あ…大丈夫です…。隣ですし」

憧(やっぱり……プロへの勧誘とか、あるのかな……)

玄(全国大会優勝校の監督…だもんね……。もしかしたら…)

穏乃(……それは、嫌……。だけど……)

宥(先生は私達をここまで連れてきてくれた…頂点まで……)

憧(ハルエには…その資格があるし……そうあるべき…・・・なのかも)

穏乃(でも……でも……)

健夜「あらためて……優勝、おめでとうございます」

晴絵「…ありがとうございます」

健夜「この世界に、戻って来てくれたんですね」

晴絵「ええ。これも全て、あの子たちのおかげです」

健夜「こども麻雀クラブ、ですか?」

晴絵「はい…」

健夜「……」


晴絵「……」

健夜「……」

晴絵(会話、終了……?)

恒子(うーん……空気が重い……)

健夜「これまで……」

晴絵「はい?」

健夜「あ……あの…、少し、私の話をしていいですか?」

晴絵「え?あ、はい」(?)


健夜「これまで……私は赤土さんのように……なってしまう人を、何人も見てきました」

晴絵「……」

灼「ッ!」ガタッ

晴絵「灼、……大丈夫だから。座ってて」

灼「う…うん……」

健夜「ごめんなさい…・・・。気分を害される話をしようとしているのはわかっています」

晴絵「いえ…お気になさらずに…。続けてください」

健夜「はい…。それは、プロになってからも続きました…」

晴絵「……」

健夜「麻雀のプロの世界に入って、そして挫折した者の末路は、悲惨なものです」

恒子(……)

晴絵「確かに…そうですね。私は、自分で言うのもなんですが、麻雀以外にも出来るものがあった分、恵まれていたのかもしれません。もっとも、私はプロにはなっていませんが」

健夜「(……)…はい…。…ですが、殆どの者は、麻雀しか出来ません。私も…その一人です」

晴絵「……」


健夜「ある有名な雀士の言葉にこういうものがあります。『勝てば生。負ければ死』……私達プロや、あるいはプロを目指す殆どの方は、そういった環境で生きていると思います…」

晴絵「その言葉が極端なものでは無いことはわかります。そういった側面が麻雀界にあるのは否定できませんね」

健夜「はい…。そして私は『敗者』を作り続けてきました…」

晴絵「ですが、それは小鍛治プロだけでは無いでしょう。打つ以上、勝者と敗者が生まれてしまうのは仕方のないことです」

健夜「そう…ですよね。ですが、私と戦った人の殆どは、かつての赤土さんのように、なってしまうんです」

晴絵「……」


健夜「そう……なってしまうんです……」

晴絵「……」

健夜「私は、ただ、打っているだけです。ただ、少しの偶然が味方して、結果的に勝っているだけです。それだけなんです。……それだけのはずなんです」

憧(この人……何が言いたいの?)

恒子(……)

晴絵「言いたいことは、わかります……。大手の恵比寿から、地元のつくばに移ったのも……」

健夜「はい……。私は……怖いんです……。私は、誰も傷つけたく、無いんです……」


晴絵「打てば、結果は必ず出るものです。誰かが傷つくのを無くす、ということは出来ません」

健夜「………そう、ですよね」

晴絵「確かに、あなたと打った者は大きなトラウマを植え付けられ、私のように人生に大きな影響を与えられる者も多いのかもしれません。しかし、そのことについて、あなたは気になさらなくていいと思います。その傷の大きさに関わらず、です」

健夜「……」

晴絵「所詮は他人の人生です」

健夜「……そう……割り切れれば、いいのかもしれません…ね」


晴絵「あなたの人となりから、それが難しいのは、想像に難くありません。しかし、その他人の人生が、傷つけられたその者の人生が、あなたが思うほど悪いもの、でしょうか」

健夜「え?」

晴絵「私は、傷つく、ということはそんなに悪いことだとは思っていません。その大きさに関わらずです」

健夜「でも、もし…もし仮に二度と麻雀が出来なくて……もし他に何も出来なくて…」

晴絵「所謂、失敗の人生、ってやつでしょうか」

健夜「あ…」

晴絵「いえ…大丈夫です。そう。失敗の人生でも、悪くは無いと思っています」

健夜「でも、それじゃ……」

晴絵「極端な話、動いてさえいれば、それでいいと私は思っています」

健夜「……」

晴絵「勿論、傷つくのは嫌ですし、失敗するのもやっぱり嫌です。なるべくなら成功したい。でも、それらは飾りなんです。人生の飾り」

健夜「飾り?」

晴絵「人生そのものでは無いというか、上手く言えませんが……」


健夜「……あの…」

晴絵「はい?」

健夜「……赤土さんは……良かったんですか?あの時、私に負けて」

晴絵「………」

健夜「もし……あの時、私に勝っていたら……。麻雀を一時期でもやめていなかったら、そう思ったりは、しないんですか?」

晴絵「………」

健夜「………」



晴絵「小鍛治プロ……」



健夜「はい?」



晴絵「これから、私と打ちませんか?」



健夜「え?」





灼(ハルちゃん!?)

穏乃(先生!?)

憧(マジ…?)

晴絵「はい。もう夜遅いですが、もしよかったら……。場所もここから近いですし、食べ終わった後ででも」

健夜「……い、いいんですか?……」

晴絵「……ええ。たぶん、あなたと打てば、それが先ほどの解答になると思います…」

健夜「……でも」

晴絵「お気になさらずに。本気で来てもらって構いません」

恒子(すこやん…)

健夜「……」

晴絵「勿論。あなたが『手を抜くことが出来ない』ことも、私は知っています。ですが、それでも…私はあなたと打ちたい。打って、あなたの問いに答えたい…。そう思うのです」

健夜「……わかりました……。行きましょう。……」

ドキ……ドキ……

健夜(鼓動が…早くなる。私は……その言葉を、待っていたのかもしれない…・・)

【雀荘】

カランカラン…

ざわ……ざわ……

客A(お……おい小鍛治プロだ……)

客B(優勝校、阿知賀の監督、赤土晴絵も……)

客C(まさか……打つのか?)

客A(だがたしか……何年前か、二人はインハイで打っている。その時は…)

客B(小鍛治プロが圧勝して、赤土は暫く牌も握れなかったって……)

客C(お前ら良く知ってるな…・・)

恒子「残る席のうち、一つは座っていい?もう一つは、この子達の誰かが座るんでしょ?」

赤土「ええ。構いませんが、福与アナは…」

恒子「打てますよっ。安心してください」

健夜「こーこちゃんは、平台なら私に勝てる位の強さです」

赤土「え?」

恒子「ちょっとすこやん!誤解を招く言い方やめてよね。大丈夫です。技は使いませんから」


赤土「そうですか。なら、残りの席は……」

灼「私が、私が入る……」

赤土「灼?」

灼「大丈夫。先生の邪魔は、しないから」

恒子「そっか。…んじゃ、さっそく始めますか!」

健夜「………」(赤土さん……あの時と、雰囲気が全然違う。腰の据わった、落ち着いた感じ…)


―――
――――

赤土「ツモ…。4000・8000。この半荘は、私の勝ちですね」

恒子(!……すこやんが、半荘一回でも、負けるなんて……。これ、自動卓だよ?技も、まったくなかった……。正面から、すこやんを倒せるなんて……)

灼(ハルちゃん……こんなに強かったなんて……私達と打っていた時とは、全然違う…)

憧(小鍛治プロからも、2回も満貫の直撃を取ってる…)

玄(偶然じゃ……無い……)

宥(先生の『手』、温かい…)

穏乃(先生……)


健夜「…」(手も……足も出なかった……まるで……)

赤土「これが……今の私です……」

健夜「すごいです……。まるで『あの時の跳満』を全局やられているかのような……そんな感じでした……」

赤土「そうでしょうね。パターンは変えましたが、そのつもりで打ちました」

健夜「………。その打ち筋は、一体どうやって身につけたんですか?」


赤土「私は、あの時あなたに負け、一時期牌に触れることすらも出来なかった。でも、だからこそ、私は今、あなたより強い。そう思えます」

恒子(……)

赤土「あの時、あなたに負けていなかったら、私はこの子達に会うことは無かったでしょう。この子達が、私の強さになりました」

健夜「子供たちが……強さに」

赤土「かつての私は、主に自分の打ち方や、場、状況に対しての対応ばかり考えていました」

赤土「ですが、この子達と全国を目指すと決めた日から、私は私以外の者の打ち方を観るようになりました」

赤土「この子達は勿論、対戦相手になるであろう相手は、細かいところまで、時間をかけて調査しました」

灼(先生……)

赤土「レジェンドツモ!」

恒子(なるほどねー……でも……それでもすごいっていうか。そっち方面では、すごい人なんじゃ……)

赤土「見える世界が、広がったんです。強くなる道は、一つではないということを、実体験したというか……そんな感じです」

健夜「その、調査対象に、私も含まれていたんですね……。穏乃さんの、決勝戦の最後の跳満……」

赤土「ええ。大星選手と、小鍛治プロには共通点もいくつかありましたからね。ですが、やはり決めたのは穏ですし、それがこの子の強さです。私は、その強さを信じただけです」

健夜「そして……この局に繋がったんですね」

赤土「勿論それだけでは無いですが、なんというか、一番の近道は遠回りだった。遠回りが私にとっては最短の道だった。そういうことなのかもしれません」

赤土「すいません。遅レジェンド....。」


健夜「……」

赤土「こういう言葉もあります。『傷つきは奇跡の素』。傷つくのは嫌ですが、悪くないと思うのは、そういうことです……」

健夜「……それが…・・・・あなたの答えなんですね……」

赤土「上手く伝わったか、自信はありませんが……」

健夜「……」

赤土「………」


健夜「あの……」

赤土「はい」

健夜「プロに来る気は……ありませんか?」

灼「!!」ガタッ!

憧「灼!?」

灼「だ……駄目っ!……は……ハルちゃんは……」

穏乃「……わ……私も…・・・行ってほしく、ない…。先生には、もっともっと……教えてほしいことが」

赤土(……)

健夜「……今のあなたなら、世界ランクでも、トップクラスの実力を持っています。どの企業に行っても、即戦力として使われると思います」

灼「ハルちゃん…!」

赤土「確かに、悪くないお話ですね。熊倉さんに誘われたときは、まだこの子達の大会は終わっていませんでしたし。だけど、その大会も終わった」

穏乃(……そ、そんな……。でも……その方が先生にとっては、いいのかも……)

赤土「でも、お断りさせていただきます」

灼「!」

健夜「そう……ですか」

憧「先生……本当に、いいの?それで。先生なら、もっともっとすごい所に、行けるかもしれないのに……」

赤土「どうやら、こっちの方が私には楽しいみたい。私は、楽しい道を歩きたい…」

穏乃「う……う……」ボロ……ボロ……

恒子「あ……穏乃ちゃんが……灼ちゃんまで」

健夜「どうやら……振られちゃったみたいですね」ニコリ

赤土「そのようです」

健夜「いい、生徒さんをお持ちですね」

赤土「それが私の自慢です」


健夜「あの……」

赤土「はい?」

健夜「もう一局、打ちませんか?」

赤土「え?」ドキッ…

健夜「なんというか……その……」//////

赤土「……」ドキ……ドキ……

健夜「悔し……くって」///

赤土「あ……」

恒子(涙?……)


健夜「あ……もし、よろしかったらで……あの、すみません……」

赤土「い、いえ……すみません。喜んで!もう一回!……打ちましょう!」

灼(ハルちゃんが、うれしそう……)

赤土(もしかしたら、私は……その言葉を待っていたのかもしれない……)

憧「そうと決まったら打とうよ!今度は私が入るからね!」

穏乃「あ、じゃあその次私!」

玄「憧ちゃんも穏乃もせっかちなんだから」

宥「温かさが……戻った……」


健夜「今度は、勝たせていただきます…!」

赤土「返り討ちにさせていただきます…!」



賽が回る。
山が上がる。
鼓動が、少し早くなる。

麻雀って、やっぱり楽しい。


おしまい

以上です。
読んでくださった方、有難うございました。

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