唯「おはよう。ムギちゃん」
紬「唯ちゃん。今日もきてくれたんだ」
唯「‥‥うん」
紬「ちょっと待ってね。今、斎藤を呼ぶから」
唯「あっ、食べてきたからいいよ」
紬「そう?」
唯「それより聞いてよムギちゃん。昨日の夜なんだけどね。憂が‥‥」
==
====
紬「あっ、そろそろ時間じゃないかな」
唯「じゃあ、行くね。ムギちゃん。また放課後に来るから」
紬「うん‥‥」
唯「‥‥」チュ
紬「いってらっしゃい」
唯「いってきまーす」
==
====
唯「ただいまー」
紬「唯ちゃん。いらっしゃい」
唯「あっ、そうだ、これお土産」
紬「えっ、なにかな」
唯「調理実習でクッキー作ったんだ」
紬「クッキー?」
唯「‥‥食べられるかな?」
紬「うん。大丈夫だと思う。食べさせてくれる」
唯「あーん」
紬「あーん」
唯「どう?」
紬「‥‥ごほっごほっ」
唯「ムギちゃん!!」
紬「ごほっ‥‥‥‥っ大丈夫。ちょっと気管に入っただけだから」
唯「はい、水」
紬「ありがとう」
唯「‥‥だいじょうぶ?」
紬「うん。もう平気」
唯「ふぅ‥‥よかったぁ」
紬「もう一度食べさせてくれる?」
唯「うん」
紬「あーん」
唯「あーん」
紬「‥‥」
唯「どうかな?」
紬「うんっ! とっても美味しい」
唯「ほんとう?」
紬「ええ、さくっとして、ほどよい甘さで」
唯「あっ、忘れてた」
紬「どうしたの?」
唯「一緒に紅茶もいれてあげようと思ってたのに‥‥」
紬「それはまた今度期待しておくね」
唯「‥‥うん」
紬「それにしても唯ちゃんがお茶係になるなんてねー」
唯「私も随分上達したんだよー。まだムギちゃんほどじゃないけどね」
紬「ふふふっ。最初はりっちゃんが私のところに文句言いに来るほどひどかったものね」
唯「あったねー」
紬「唯ちゃんは頑張り屋さんだから、なんでも出来るようになっちゃうんだね」
唯「えへへー」
紬「うふふふっ」
唯「りっちゃんといえば今日の部活の時の話なんだけど‥‥」
紬「ねぇ、唯ちゃん。そろそろ暗くなっちゃうけど、帰らなくて大丈夫」
唯「へっへっへっ」
紬「唯ちゃん?」
唯「今日はお泊りセットを持ってきたんだよ」
紬「お泊り!?」
唯「うん。今日は一緒に寝よ」
紬「うんっ!」
唯「あっ、夕食用意してもらっていいかな」
紬「うん。今、斎藤を呼ぶから」
==
====
唯「ただいまー」
紬「あっ、もうお風呂あがったんだ」
唯「うん。気持ちよかったよー」
紬「テーブルの上にアイスを用意してもらったから、食べてね」
唯「さすがムギちゃん、気が効くねー」
紬「ふふっ」
唯「ムギちゃんはもう体拭き終わったの?」
紬「うん。唯ちゃんがお風呂に入ってる間にやってもらっちゃった」
唯「そーなんだ。ちょっと残念」
==
====
紬「じゃあそろそろ寝ようか」
唯「電気消すねー」
紬「うん」
唯「それじゃあお邪魔します」
紬「いらっしゃい」
唯「ムギちゃん暖かい」
紬「暑くない?」
唯「へーきへーき」
紬「ふふっ、唯ちゃんとこうやって寝るのも一週間ぶりねー」
唯「そうだねー」
紬「手、握ってくれる」
唯「うん」
紬「それじゃあおやすみなさい」
唯「おやすみー」
==
====
紬「いらっしゃい唯ちゃん。あら‥‥」
唯「今日はみんなで来たんだ」
律「久しぶりだな、ムギ」
紬「いらっしゃいりっちゃん。会いたかったわ」
律「最近これなくてごめんな」
紬「ふふっ、いいのよ」
澪「私は一昨日来たけどな」
紬「澪ちゃんもいらっしゃい。歓迎するわ」
梓「お久しぶりです、ムギ先輩」
紬「梓ちゃんもよく来てくれたわね」
梓「はい」
唯「それじゃあ私、お茶の準備するね」
紬「うん。お願いするね」
律「ムギ、新曲ありがとな」
紬「ふふっ。半分くらい澪ちゃんのおかげだけどね」
澪「私はムギが作ってくれた曲にほんのちょっと手を加えただけだぞ」
梓「そういえば、どうやって曲作ってるんですか?」
律「梓っ‥‥」
梓「あっ、すいません」
紬「いいのよりっちゃん。梓ちゃん、気にしないで」
紬「実は、音声入力ソフトで作ってるの」
梓「それって凄く大変なんじゃ」
紬「指を自由に使えてた頃のようにはいかないんだけどね」
紬「時間だけはたっぷりあるから‥‥」
梓「‥‥なんだかすいません」
紬「どうして?」
梓「しんみりした空気にしてしまって」
紬「気にしなくていいのよ梓ちゃん」
紬「私は、梓ちゃん達が来てくれるだけでとっても嬉しいんだから」
梓「‥‥」
澪「そんなに気を遣わなくていいんだ梓。ムギだってそんなこと望んでないんだから」
紬「ええ。澪ちゃんの言うとおりだわ」
紬「ほら、梓ちゃん。唯ちゃんがお茶をいれ終わったみたいよ。運ぶの手伝ってあげて」
梓「‥…はい」
==
====
紬「‥‥澪ちゃん」
澪「なんだムギ」
紬「フォローお願いするね」
澪「言われなくても」
紬「ふふっ、さすが澪ちゃんね」
澪「任せてくれ」
律「おいおい、私は蚊帳の外か」
紬「りっちゃんには関係ない話」
澪「だからな」
律「ぐむむむっ」
唯「みんなお茶が入ったよー」
律「おっ、ケーキもあるのか」
唯「ふっふっふっ、なんとモンブランだよ。凄いでしょ」
梓「唯先輩が威張ることではないと思います」
唯「あずにゃんのいじわる‥‥」
梓「‥‥はぁ」
紬「うふふっ」
律「‥‥なぁ、ムギ」
紬「どうしたの? りっちゃん」
律「いいのかな、私達このままで」
紬「いいの。治る見込みはないんだし」
律「‥‥どうしてもムギのいないHTTに慣れなくてさ。この前のライブだって」
紬「ふふっ、りっちゃんは優しいのね」
律「そ、そんなんじゃないよ」
紬「照れてるりっちゃんかわいー」
唯「むむっ、浮気の匂いが」
律「な、何言ってるんだ唯」
唯「いくらりっちゃんでも、ムギちゃん盗っちゃ駄目なんだから」
紬「ふふっ、気をつけなくっちゃ」
律「盗らないってば!」
唯「うーん怪しいなぁー」
紬「まぁまぁ。私は唯ちゃん一筋だから」
唯「私もムギちゃん一筋だよ!」
紬「わかってるよ」
唯「ムギちゃん大好き!」
紬「私も大好き!!」
律「‥‥私を出汁にして惚気ただと」
澪「まぁまぁ律。私が慰めてやるからさ」
律「うー。澪ー」
澪「よしよし」
梓「‥‥」
==
====
梓「失礼します」
紬「あれっ、梓ちゃん、帰ってなかったんだ」
梓「はい」
紬「なにかお話でもあるの?」
梓「さっきのこと、一言謝りたくて」
紬「気にしなくていいのに」
梓「私が謝りたいんです」
紬「そう‥‥」
梓「ごめんなさい」
紬「うん。でもあまり気にしないでね」
梓「‥‥」
紬「梓ちゃん?」
梓「あのっ、失礼を承知で聞いてもいいですか?」
紬「うん。私に答えられる範囲のことならなんでも聞いていいよ」
梓「‥‥なんでそんなに平然としていられるんですか」
紬「それは、私のこと? それとも唯ちゃんのこと?」
梓「‥‥両方です」
紬「唯ちゃん、平然としてる?」
梓「‥‥そう思います」
紬「唯ちゃんは今でも梓ちゃんに抱きついてる?」
梓「へっ」
紬「最近は抱き付かなくなったんじゃない?」
梓「はい。でもそれはムギ先輩という恋人ができたからで‥‥」
紬「ううん。私がこうなる前は、普通に梓ちゃんに抱きついてたよ」
梓「‥‥そうでしたね」
紬「そういうこと」
梓「へっ」
紬「唯ちゃんは平気なフリをしているだけで、かなり無理をしてるわ」
梓「‥‥」
紬「ねぇ、梓ちゃん。私のこと残酷だと思う? 恋人が無理をしているのに、それを放置してるなんて」
梓「それは‥‥思いません」
紬「どうして?」
梓「ムギ先輩にはどうしようもないからです‥‥」
紬「‥‥そうだね」
梓「でもそれだと尚更ムギ先輩が平然としているのがわかりません」
紬「どうしようもないから」
梓「へっ」
紬「私にはどうしようもないから平然としていられるの」
梓「どういうことですか?」
紬「私は今唯ちゃんを突き放せばどうなると思う?」
梓「唯先輩のことだから‥‥」
紬「えぇ、より一層私に執着するでしょうね」
梓「‥‥はい」
紬「だから私は唯ちゃんを受け入れるしかない」
紬「たとえそれで唯ちゃんが不幸になるとしても」
紬「でもね、同時に思ってるの」
紬「えぇ、いつかは唯ちゃんが私に疲れちゃう日がくると思うの」
紬「その時は、笑顔でサヨナラできるようにって、今から心の準備だけはしてるんだ」
梓「そんなの‥‥そんなの寂しすぎます」
紬「梓ちゃんは優しいのね」
紬「実はね、私の母方のお祖母様が3年前に亡くなったの」
梓「お婆ちゃんですか?」
紬「えぇ、最後の方は酷い認知症でね。それこそ今日食べた御飯のことも完全に忘れちゃって」
紬「私はそのお祖母様のお世話をね、亡くなる2年前から積極的にやってたの」
梓「‥‥」
紬「最初の一ヶ月、二ヶ月は可哀想だという気持ちが強かったわ」
紬「三ヶ月四ヶ月と過ぎていくと、自分が役に立ってるという実感が得られて、ちょっと楽しくなった」
紬「半年、一年、それくらいまでは楽しいことと辛い事が半分半分くらいだったかな」
紬「でもね、一年を過ぎたぐらいから、辛いことのほうが多くなっていったの」
紬「死ぬちょっと前なんて、ほとんど義務感からお世話をしてたの」
紬「もし、あの時、お祖母様に、もう来なくていいと言われていたら」
紬「お世話をしなくていいと誰かに言われたら」
紬「私はあっさり辞めたんじゃないかと思うの」
梓「‥‥」
紬「だから私に必要なのは、そのタイミングを見計らうこと」
紬「その時に、唯ちゃんを諦める覚悟をすること」
紬「それだけだと思うの」
紬「今は唯ちゃんと一緒の時間を楽しめばいいかなって気楽に考えてる」
紬「‥‥ちょっと自惚れちゃうけど、今の唯ちゃんはそれなりに楽しそうに見えるから」
梓「‥‥なんだか」
紬「うん」
梓「とっても寂しいです。ムギ先輩の考え方」
紬「たぶん、私にはこういう生き方しかできないから」
紬「それとも梓ちゃんが唯ちゃんのこと今すぐ奪っちゃう?」
梓「わ、私は」
紬「知ってる。梓ちゃんが好きな人は違うものね」
梓「‥‥っ。なんで知ってるんですか」
紬「ふふっ、よく見ればわかるわ」
梓「‥‥やっぱりムギ先輩には敵いません」
紬「私にはちょっとだけが羨ましく思えるわ。私の考えを寂しいって言える梓ちゃんが」
梓「そんな‥‥」
紬「うん! やっぱり前言訂正」
梓「へっ」
紬「唯ちゃんという素敵な恋人のいる私が、梓ちゃんを羨ましがっちゃ駄目ね」
梓「‥‥はぁ」
==
===
澪「ふぅん。梓がねぇ」
紬「うん。そうなの」
澪「私は逆だな」
紬「うん。知ってる」
澪「ああ、私はムギのそういうところ好きだ」
澪「全部諦める覚悟はできてるのに、すごくリラックスして見える」
澪「私も常々そういう風になりたいと思ってるんだ」
紬「そんなにいいものじゃないと思うけど‥‥」
澪「そんなことないよ」
紬「梓ちゃんみたいに、寂しい考え方だとは思わないの?」
澪「私はそうは思わない」
澪「だってムギはいつだって楽しそうにお茶を入れてたじゃないか」
澪「律とふざけてるときも、唯の世話をしてるときも、本当の楽しそうだった」
紬「‥‥」
澪「こうなってしまった今だって変わらない」
澪「唯のことを私に話してくれるムギは本当に楽しそうだ」
澪「この前一緒にやった曲作りだって楽しかっただろ?」
澪「きっと紬のそれは、何一つ失うことなく、前に進んでいける素質なんだと思う」
紬「素質だなんて‥‥そんなにいいものだとは思えないけど」
澪「ムギ、謙遜しないでくれ」
澪「誰にだってできることじゃないんだ」
澪「少なくとも今の私には無理だし、梓にも無理だと思う」
澪「きっと私達がムギみたいになったら、不安で押しつぶされて、何もできなくなる」
澪「何も喜べなくなる」
澪「結果として全部を失ってしまう」
紬「でも、こうは考えられない?」
澪「なんだ?」
紬「いつか‥‥いつか唯ちゃんが私に疲れちゃったら、結局全部を失っちゃう」
澪「私がいるだろ」
紬「‥‥え」
澪「私はムギの友達だ。いつだって友達として会いに来る」
澪「会いたい時は会いに来るし、来るのが面倒なら来ない」
澪「今日だってこうやって来たのは、私がムギに会いたかったからだ」
澪「だから、ムギとの関係に疲れたりはしない」
澪「だから、ずっとずっと友達でいられる」
紬「でも、ずっとずっと来るのが面倒になったら?」
澪「その時はメールでもするよ」
紬「‥‥うん」
澪「まぁ、そんな日は来ないと思うけど」
澪「私はムギのこと好きだから」
紬「‥‥」
澪「ムギ?」
紬「澪ちゃんは軽々しく好きって言い過ぎだと思う」
澪「浮気してる気分?」
紬「そんなんじゃ‥‥うんう。ちょっと唯ちゃんに悪いかもって気もするのはある」
紬「でもそうじゃなくて‥‥」
紬「好きって言葉は、恋人のためにとっておいてあげて欲しいの」
澪「ムギは意外と乙女だな」
紬「実はそうなの」
澪「でも私に恋人かぁ‥‥当分無理な気がするよ」
紬「でも周りは放っておかないかもしれないよ」
澪「‥‥ん」
紬「澪ちゃん?」
澪「ひょっとして、誰かが私のこと好きなのか?」
紬「澪ちゃん鋭い」
澪「そうなのか。で、誰なの?」
紬「ひみつ」
澪「そう言わずに教えてよ」
紬「だーめ」
澪「じゃあ予想してみようかな」
澪「律‥‥はない」
紬「ないんだ」
澪「和‥‥うーん。もしかして和かな?」
紬「さぁ」
澪「梓‥‥という可能性も捨て切れないか」
紬「そうだね」
澪「憂ちゃん‥‥意外とありうるかな。ムギのところに情報も入ってきやすそうだし」
紬「どうかな」
澪「鈴木さん‥‥あぁ、鈴木さんだったらいいな」
紬「へっ」
澪「なんか可愛いと思わないか、鈴木さん」
紬「可愛いとは思うけど」
澪「うん。元気いっぱいなんだけど、礼儀正しいところがツボなんだ」
紬「澪ちゃん、鈴木さんのこと好きなの?」
澪「恋愛感情はないけど、可愛いとは思う」
紬「ふぅん‥‥」
澪「で、鈴木さんなの?」
紬「さぁ」
澪「やっぱり教えてくれないか」
紬「ええ、恋は当事者同士でやらないと」
澪「そうだな、いつ告白されても動じないように心構えだけはしておくよ」
紬「ええ」
澪「あっ、そろそろ私、帰らないと」
紬「結構話し込んじゃったね」
澪「そうだな」
紬「またきてね」
澪「もちろん来るよ」
澪「‥‥なぁ、ムギ」
紬「なぁに?」
澪「唯が疲れてしまった後に、私とムギが付き合う可能性ってあるのかな?」
紬「ないわ」
澪「どうしてだ?」
紬「唯ちゃんに捨てられたら私は死ぬから」
澪「‥‥とてもいい笑顔で言うんだな」
==
===
唯「あずにゃんが家に来るなんて珍しいね」
梓「お邪魔でしたか?」
唯「そんなことないよー」
梓「そうですか‥‥」
唯「あっ、そのムギちゃんかわいいでしょ」
梓「‥‥部屋中にムギ先輩の写真を飾ってるんですね」
唯「うん。いつでも一緒にいられるように」
唯「本当は一緒に住めればいいんだけどね」
唯「私には憂がいるから、こうやって写真を飾ってるんだ」
梓「‥‥」
唯「それであずにゃん。今日は何の用事なんだい?」
梓「ムギ先輩のことです」
唯「むっ、あずにゃん」
梓「な、なんですか?」
唯「ムギちゃんはあげないよ!」
梓「とりませんよ!!」
唯「そう? それならいいんだけど」
梓「はぁ‥‥」
唯「それで、ムギちゃんがどうしたの?」
梓「‥‥お二人のことについて聞きたいんです」
唯「お二人のこと?」
梓「はい、ムギ先輩と唯先輩の関係というか‥‥」
唯「ムギちゃんと私は恋人同士だよ」
梓「それは知ってます。そうじゃなくて‥‥」
唯「わかってるよ。あずにゃんが言いたいこと」
梓「えっ」
唯「ムギちゃんと私の関係は狂ってる」
唯「不健全だ、って言いたいんでしょ」
梓「‥‥そうじゃないです。でも、だいたいそうです」
唯「歯切れが悪いね、あずにゃん」
唯「疑問をドーンとぶつけておいでよ。ドーンと」
梓「‥‥それじゃあお聞きします」
梓「唯先輩はずっと、これからずっとムギ先輩と付き合っていく自信がありますか?」
唯「あるよ」
梓「なんで‥‥そんな簡単に言い切れるんですか」
唯「私はムギちゃんのことを大好きだから」
梓「今は大好きだって、いつか‥‥」
唯「私は変わらないよ」
唯「ずっとムギちゃんのことは大好きだし」
唯「りっちゃんも、澪ちゃんも、もちろんあずにゃんも、ずっと大切な仲間だよ」
梓「‥‥」
唯「あずにゃん?」
梓「‥‥」
唯「よしよしあずにゃん。どうして泣いてるんだい」
梓「‥‥」
唯「私に話してごらん」
梓「‥‥わからなくなったんです」
唯「わからなく?」
梓「はい。そうやって簡単に言い切ってしまう唯先輩とムギ先輩のことか」
唯「そっか‥‥ムギちゃんとお話してきたんだね」
梓「‥‥はい」
唯「ムギちゃんなんて言ってた?」
梓「‥‥言えません」
唯「諦める覚悟だけはしておく、って言ってなかった」
梓「知ってるんですか?」
唯「うん。ムギちゃんのことならなんでも知ってるよ」
梓「それじゃあなんで、なんでそんなに平然としていられるんですか!」
唯「あずにゃんは誤解をしてるよ」
唯「私は全然平気じゃないんだ」
梓「えっ」
唯「ずっとずっと不安なんだよ」
唯「ムギちゃんが寂しいんじゃないかって」
唯「もっと傍にいてあげなくていいのかって」
唯「私だけ、私だけこんなに幸せでいいのかって」
梓「幸せ?」
唯「うん。ムギちゃんはもう楽器を弾けないのに私は弾けるでしょ」
唯「ムギちゃんはもう紅茶を入れることもできない」
唯「みんなで旅行に行く事もできない」
唯「歩くことも、自転車に乗ることもできない」
唯「私には全部できるのにね」
唯「知ってる? あずにゃん。ムギちゃんには沢山夢があったんだ」
唯「ムギちゃんの夢、ほとんど全部叶えてあげられなくなっちゃった」
梓「‥‥わかりました」
梓「でも、ムギ先輩が諦める準備をしているのは平気なんですか?」
唯「それは仕方ないことなんだよあずにゃん」
唯「だって、信じてもらえるほど私は頼り甲斐ないもん」
梓「‥‥妙に納得してしまいました」
唯「でもね‥‥」
唯「ずっとずっとムギちゃんの傍にいれば」
唯「ムギちゃんが辛い時もずっとずっと一緒に歩いていければ」
唯「いつかは信じてくれるって信じてるんだ」
梓「‥‥」
唯「無理だと思う?」
梓「わかりません。だけど‥‥」
梓「素敵な考え方だと思います」
==
===
紬「ふぅん、そんなことがあったんだ」
唯「うん」
紬「きっと唯ちゃんが梓ちゃんに抱きついてあげないからね」
唯「へっ」
紬「梓ちゃん寂しいのよ」
唯「うーん。その発想はなかったよ」
紬「たまには抱きついてあげなきゃ」
唯「‥‥でもしばらくはいいかな」
紬「私に遠慮してる?」
唯「それもあるけどあれだよ、あれ」
紬「あっ、そっかー」
唯「うんうん。人肌恋しくなったあずにゃんは」
紬「澪ちゃんのところに駆け出すわけね」
唯「あの二人どうなるかな」
紬「うーん。どうだろう」
唯「なかなか難しそうだね」
紬「そうねぇ」
唯「やっぱり‥‥」
紬「うん。梓ちゃん次第かな」
唯「私は澪ちゃん次第だと思う」
紬「どうして?」
唯「あずにゃんがどれだけ頑張っても、澪ちゃんが振り向いてくれないと駄目だから」
紬「そっか‥‥」
唯「ムギちゃん?」
紬「ねぇ、唯ちゃん」
唯「なぁに?」
紬「私と一緒にいて楽しい?」
唯「やだなー、ムギちゃん。どうしてそんなこと聞くの?」
紬「楽しい?」
唯「‥‥うん。楽しいよ。辛いことも沢山あるけど」
紬「どっちのほうが多い?」
唯「それはわかんないよ」
紬「そう‥‥」
唯「だけどこうやってムギちゃんとお喋りしてる時は楽しいよ」
唯「ムギちゃんにお茶を入れてあげて」
唯「こうやってお話する時間、私は好きなんだ」
紬「それじゃあ、唯ちゃんは何が一番辛い?」
唯「ムギちゃんに何もしてあげられないのが」
紬「えっ」
紬「私、唯ちゃんにすっごくよくしてもらってるよ」
紬「朝学校行く前に来てもらってるし」
紬「放課後も良く来てくれるし」
紬「たくさんキスもしてもらってるし」
唯「‥‥そういうんじゃないんだ」
唯「これはあずにゃんにも言ったことだけど」
唯「ムギちゃんがベッドの上で一人ぼっちで過ごしてる時間、私は友達と話せるし」
唯「ムギちゃんが食べれないものも自由に食べられるし」
唯「沢山のお客さんの前でライブだってやれる」
唯「それがムギちゃんに申し訳なくて‥‥」
紬「そんなこと、どうでもいいのに」
唯「どうでよくなんてないよ! ムギちゃんがかわいそうだもん!!」
唯「好きになった人を幸せにしてあげられないのって辛いよ!」
唯「本当は‥‥もっともっと幸せにしてあげたいよ!!!」
紬「ゆ、唯ちゃん‥‥」
唯「だからね、ムギちゃん。私に出来ることならなんでも言って。本当になんでもするから」
紬「‥‥」
唯「‥‥」
紬「‥‥ねぇ、唯ちゃん」
唯「うん」
紬「私達が付き合ったときのこと覚えてる?」
唯「私の方から告白したんだよね」
紬「うん。私も唯ちゃんのこと大好きだったけど勇気が持てなくて告白できなかったの」
紬「唯ちゃんは絶対に私のことなんて好きにならないと思ってたから」
唯「でも違った」
紬「うん。唯ちゃんは好きって言ってくれた」
紬「本当に、本当に嬉しかったんだ」
紬「だからね、私の体のことなんて、些細なことだと思えるの」
唯「些細なこと?」
紬「ええ。唯ちゃんと付き合えたことに比べれば、取るに足らない些細なこと」
紬「だからいつか唯ちゃんが疲れてしまって、離れ離れになる日がきたとしても」
紬「それでも笑ってさよならできると思う」
紬「だって、これ以上なんてないんだから」
紬「唯ちゃんと出会えて」
紬「仲良くなって」
紬「手をつないで」
紬「告白してもらって」
紬「付き合って」
紬「それだけで私の全部を賭けても足りないぐらい嬉しかったんだから」
紬「だから唯ちゃんと出会えたのがこの体と引き換えだったとしても」
紬「私はこれっぽっちも後悔しないの」
唯「ねぇ、ムギちゃん」
紬「なぁに?」
唯「泣いていい?」
紬「うん」
紬「おやすみなさい、唯ちゃん」
==
===
唯「あれ、ムギちゃん?」
紬「起きたんだ」
唯「あっ、私寝ちゃったんだ‥‥」
紬「うん。よく寝てた。可愛い寝顔ごちそうさま」
唯「て、照れるよ」
紬「キスしちゃいたいぐらいに可愛かったわ」
唯「じゃあキスするね」チュ
紬「うれしい‥‥」
唯「キスするだけで喜ぶなんてムギちゃんはちょろいね」
紬「うん。私ちょろい女なの」
唯「あはははは」
紬「うふふふふ」
唯「ありがとうね、ムギちゃん。おかげでちょっとだけ楽になったよ」
紬「梓ちゃんにも抱きつけそう?」
唯「それくらいよゆーだよ」
紬「そう? それは良かった」
唯「じゃあ次はムギちゃんの番だよ」
紬「えっ」
唯「ムギちゃんが一番つらいと思ってるのはなぁに?」
紬「‥‥」
唯「ムギちゃん、教えて」
紬「‥‥未来」
唯「‥‥」
紬「‥‥」
唯「あはは、それは仕方ないね。私が頼りないからだもん。もっとしっかしりなくちゃ」
紬「違うの!」
唯「ムギちゃん‥‥?」
紬「違わないけど、違うの」
紬「私、未来が怖かったの」
紬「私にとっての未来は、本当に真っ暗闇」
紬「いつ唯ちゃんが疲れちゃうかって考えると、深い絶望に襲われてしまう」
紬「本当にもう、生きていくのが嫌になるぐらい、深い深い絶望」
紬「だから未来のことはずっと考えないようにしてたんだ」
紬「ただ、諦める準備だけはしてね」
紬「だけど‥‥だけどね」
紬「さっきの唯ちゃんの言葉を聞いて、ほんの少しだけ光が見えた気がするの」
唯「光?」
紬「うん。ほんの少しだけどね」
紬「未来について考えてみてもいいかなって思えたの」
唯「どれくらい明るくなったの?」
紬「目を凝らせば文字が読めるぐらい、かな」
唯「ほとんど真っ暗だね」
紬「うん。でも頑張れば見えないこともないと思う」
唯「それで、ムギちゃんはどんな未来を見たの?」
紬「‥‥白いドレス」
唯「結婚式?」
紬「無理かな?」
唯「無理じゃないよ」
紬「でも私、歩けないよ」
唯「私が抱きかかえるよ」
紬「大丈夫? 私そんなに軽くないよ」
唯「鍛えるから大丈夫」
紬「唯ちゃん。期待してるね」
唯「うん! 任せてよ!!」
唯「ムギちゃん、ちょっとは幸せになってくれた?」
紬「私はもとから幸せだよ」
唯「‥‥そうでした」
紬「でも、今はもっと幸せだよ。ドレス楽しみ?」
唯「う?。プレッシャーがかかるよ。頑張ってお金貯めなきゃ」
紬「うふふ。頑張ってね」
唯「ねぇムギちゃん」
紬「なぁに?」
唯「私も、実は諦めてたんだ」
紬「えっ」
唯「ムギちゃんがいつか捨てられると考えてるのは仕方ないって」
紬「うん」
唯「でもね、それはちょっと違ったんだね。だってムギちゃんの笑顔、昨日より明るいし」
紬「‥‥そうだね」
唯「今まで知らなかったムギちゃんを知れてよかったよ」
紬「私も」
唯「きっかけはあずにゃんかな」
紬「それと、澪ちゃんのおかげでもあるかしら」
唯「やっぱり持つべきものは仲間だねー」
紬「そうね。澪ちゃんと梓ちゃんは本当に素敵な仲間だわ」
唯「澪ちゃんとあずにゃんは本当にいい仲間だね」
紬「‥‥」
唯「‥‥」
紬「ねぇ唯ちゃん」
唯「うん」
紬「りっちゃんは私達に何をもたらしてくれるのかな?」
唯「わかんない。でも、きっと素敵なものだと思うよ」
紬「楽しみだね。未来がまた少し明るくなったみたい」
おしまいっ!
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