紬「海の見える町」 (68)

琴吹紬誕生日SS(のつもり)

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 ~~~

そのお店は『さいはてのカフェ』といいました。


雨上がりの雫にしっとりとうなだれていた紫陽花たちが、潮風に吹かれてきらきらと光りを反射させています。
そんな清清しいようなにおいを胸いっぱいに吸い込みながら、私は、この名前も聞いたことがないような町の隅っこをのんびり歩くのにもくたびれてしまって、この紫陽花たちが悪いのだ、私はちっとも歩き疲れてなんかいやしないのに、あなたたちが構って欲しそうに道端に咲いているから立ち止まってやるのだと、自分の奇妙な不機嫌をぜんぶ花のせいにして、それから大きな溜息をついて休憩するのでした。

実際、私はもうくたくたでした。
キャリーバッグにもたれかかって足を休めます。
少しだけ、ほんの少しだけ、あのとき意地を張っていなければと後悔しましたが、そもそも後悔するくらいだったら喧嘩なんてしません。
まあ、私もわがままだったかなあと思わなくもないけれど、あっちだって融通が利かないのはお互いさまです。

夕暮れが近づいていました。
菫色の空の彼方が、徐々に夕日の燃える赤に変わってゆきます。

……ふと、菫のことを思い出してしまいました。

「やっぱり私が悪かったかなあ」

同じ菫色をした紫陽花に、さっき八つ当たりしたことを心の中で謝ったりして、すると今度はなんだか寂しいような悲しいような気持ちが胸のうちに沸いてきました。
私は、たまにこうやって怒ったり不機嫌になることはあっても、それが長続きした試しがないのです。
ぷんぷん怒るのは結構疲れます。
それよりも悲しいとか切ないとか、虚しいとかいった感情の方が、よっぽど私の心を癒してくれるような気がして、私のまんまるな心は怒りの頂からすぐにコロコロと転がり落ちてしまうのです。

それに、今の私はもう感情を奮い起こすほどの体力が残っていませんでした。
最初は知らない町を探検するのにワクワクしていた私の好奇心も、空腹や喉の渇きを覚えるにつれ、次第にどこか休憩できる場所はないかしらとオアシスを求める遭難者のような不安と焦りを抱き始め、そして改めて周囲の様子を振り返ってみるとこの町は喫茶店はおろかコンビニすら無いような辺境の地だったので、仕方なしに引き返そうと思った矢先、帰り道が分からなくなってしまうほど遠くへ来てしまった事にようやく気付き、まさしく途方に暮れている最中だったのです。

携帯電話のバッテリーも切れてしまいました。
通りかかる人もいないような場所だったので道を尋ねることもできません。
どうにかなるだろうと当てもなく彷徨っていたのがあだになって、海岸沿いの道には民家すらも見当たりませんでした。

日が暮れてしまう前にせめてどこか休憩できる場所を、と思いながら、私は重たい腰をようやく上げてこの紫陽花通りを再びとぼとぼと歩きはじめました。


そして赤からやがて藍色になりつつある空、その端々にまだ薄く赤を残した雲たち、烏たちの憂鬱な鳴き声、ざわめく木々や草花、生ぬるい潮風の匂い……
そんな懐かしいような風景に癒されてぼうっと心を奪われながら歩いていると、不意に曲がりくねった道の先に建物があるのを見とめました。

遠くからだと民家なのかもよく分かりませんでしたが、私はやっと安心して溜息を漏らしました。
あそこで道を聞いてみよう。
あわよくば休憩させてもらえないかしら。
疲労した体ににわかに活力が湧き出てきた私はそんなことを考えながら先へ先へと歩みを早めます。
そしてその建物の全貌が西日の影の中にとうとう明らかになってくると私の安心しきった心にいやな予感が走りました。

それは古寂びたダイニングカフェのようでした。
といっても、看板に掠れた文字で「カフェ」という言葉が見えなければ何かの店かも分からないくらいな建物でした。
外装のペンキは剥がれ、窓にはヒビが走り、周辺は手入れされていない雑草が伸び放題です。
もう日が落ちて外は真っ暗になりかけているのに、店内は明かりもなくひっそりとしていました。

私は最初、廃屋かと思い、がっくりと肩を落としました。
しかし次の瞬間、まるで私の来訪を待ち構えていたように店内にパチパチと明かりが点き始めたのには驚いてしまいました。
なんだか来てはいけない所へ来てしまったような、不思議の国に迷い込んでしまったような気分です。

怪しい。
怪しいけれど、どうやら人は居るみたいです。
私は勇気を出してえいやと入口の扉を開けました。


それが、この奇妙な出会いの物語の始まりでした。

「けほっ、けほっ……」

まず私を出迎えてくれたのは降りかかる埃の匂いでした。
思わず目をしばたたかせて咳き込みながら、店の奥に向かって

「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいますかー?」

と声をかけてみましたが、反応がありません。
誰もいないカウンターの傍まで寄ってもう一度声をかけてみると、ようやく奥から店員さんらしき人が現れました。

小さな女の子でした。

「…………いらっしゃいませ」

「あの、すみません。道をお聞きしたいんですけど……」

「ウチは交番じゃありませんよ。注文しないならよそへ行ってください」

ぴしゃりとはねつけられてしまいました。
その拒否反応の強固なことといったら、有無を言わせずという言葉そのものといった風でした。

私は口もきけずにしょんぼりと俯いてしまいました。
なんだか自分がすごく情けないような、悔しいような気持ちがしました。
一人ぼっちで道に迷い、やっと家屋を見つけたと思ったらそこは汚くてみすぼらしい飲食店。
そして不機嫌な店員さんに冷たくあしらわれて為すすべもなく立ち尽くす私。
あ、泣いちゃいそう。

すると店員さんは何を思ったのか、そうやって泣き出しそうな私の目の前におもむろにメニュー表を差し出したので、私は一瞬それを使って一発芸でもやらされるのかな、なんて馬鹿なことを考えてしまうくらいにぽかんと口を開けたままそれを眺めていました。

「食べないなら帰る、食べるなら注文、です」

ぐうぅぅ。
タイミングを計ったように私のお腹が思いっきり鳴き出すと、私は恥ずかしくなって顔を赤らめながら、

「じゃ、じゃあ……このカルボナーラください」

とだけ言って、店員さんに無言で促されるままに近くのテーブル席に座りました。

ほとんど倒れこむように腰を落ち着けると、私は盛大に溜息をついてひとまずは休憩できたことに安心しました。
飲食店なのに薄汚れて埃まみれなのには閉口しましたが、カウンターの中で料理を作る美味しそうな音が聞こえると途端に空腹が刺激されてしまい、今はもう一刻も早くお腹を満たしたい思いで頭の中はいっぱいになりました。

そうして私がぼーっとソファに座って店内を眺めていると何やら店の奥から人の声が聞こえました。
他の店員さんかしらと思っていると、ドタバタとやって来たのは私と同い年くらいの女の子でした。

「あれーっ!? もしかしてお客さん?」

そう言って遠慮する様子もなくずかずかと私の方へ歩いてくるのです。

えっ、なになに?
私なにか変なことしちゃった?

なんて考えている暇もないうちにその子は席の向かいに座りニコニコしながら私に話しかけてくるのでした。

「この店に私たち以外のお客さん来るなんて何日ぶりだろー、あっ、私は唯って言います。よろしくね!」

「は、はい」

私は気圧されてそれしか言えませんでした。

「あなたのお名前はなんていうの?」

「え? ああ、えっと、琴吹紬といいます」

「へーっ、面白い名前だね!」

私はよく分からないままに曖昧な笑みを浮かべて返事をしました。

「あの子はね、あずにゃんっていうんだよ。ここの店主で、本名は中野梓っていうんだけど、猫みたいに気分屋だからあずにゃん」

「唯先輩! 余計なこと言わないの」

「うへぇ、怒られちゃった」

そういって悪戯っぽく舌を出す唯ちゃんに、私はちょっとだけ親近感を覚えました。
悪い人ではなさそうです。

「それにしても紬ちゃん、せっかく来てもらってなんだけど、今日はちょっとタイミングが悪かったみたいだねー」

「どういうことですか?」

「あずにゃんがご機嫌ナナメなんだよ」

私にひそひそと耳打ちしてカウンターの方にちらりと視線をやります。
機嫌が悪そうだというのは私にも分かりましたが、この唯ちゃんという人はそれすらもなんだか楽しそうに話すのでした。

「お互いにさー、あんまり意地張らないで仲良くやればいいのにね」

唯ちゃんが何を言ってるのかちんぷんかんぷんでしたが、なんとなく自分の事を言われているような気がしてドキッとしました。
私が難しい顔をして首をかしげていると唯ちゃんは席を立って梓ちゃんの元へひょこひょこ歩いて行きました。

「何か手伝おっか?」

「珍しいですね。じゃあお皿を用意してくれますか?」

「りょーかい」

そんな会話を遠くに聞いていると、間を置かずに雷の落ちたような激しい音が店内に響き渡りました。
私はびっくりして音のする方を振り向きました。

「ありゃー……やっちゃった」

唯ちゃんと梓ちゃんがカウンターの中で突っ立ったまま同じ床を見つめていました。
音から察するに、きっと二人の足元には粉々になったお皿が5、6枚分は散らかっているに違いありません。
唯ちゃんは口元をヘンな形に曲げて苦笑いしているし、梓ちゃんはもはや無表情の極みといった感じです。

そうやって二人がしばらく茫然と固まっているものだから私はなんだか可笑しくなってしまって、笑っていいような状況ではないはずなのに思わず笑いそうになるのを頑張って堪えていました。

……そんなアクシデントもありましたが、私が注文したカルボナーラは無事に私のテーブルに運ばれてきました。
カウンターの中では唯ちゃんが割れたお皿を箒で集めている最中でした。

正直なことを言うとあまり味には期待していなかったのですが、梓ちゃんが無愛想にテーブルに置いた料理は思いのほか美味しそうに見えました。
そしてそれは実際に食べてみると、空腹を満たすという喜び以上の、感動してしまうほどの美味しさが体に染み渡っていくのでした。
これがもしや「空腹は最高の調味料」というものなのでしょうか。
私はあまりお腹を空かせるという経験がなかったので、これがこの料理の本当の味なのかどうかもよく分かりませんでしたが、とにかく私は目の前のカルボナーラを夢中で食べ続けました。
そしてあっというまに平らげて、えもいわれぬ幸福感に満たされたような気分でぼうっと天井を仰ぐのでした。

「お皿割った分のお給料減らされちゃった。あはは……って、おーい、紬ちゃーん?」

まどろみかけていた私はハッと気づいて慌てて体勢を正します。
唯ちゃんが食器を片付けてテーブルを拭いているところでした。

「大丈夫? 眠いの?」

「ええ……少し疲れちゃって」

忘れかけていた疲労と共に、空腹に押さえつけられていた睡魔がにわかに重みを増して体の隅々に広がっていくのが分かりました。
本当にこのまま眠ってしまいそう。
お店の中で居眠りするなんて非常識だと思いつつ、それでも私は自然とまぶたが閉じられるのに抵抗できませんでした。
そんなふわふわと飛んでいきそうな意識を寸での所で繋ぎとめている間、遠くで唯ちゃんと梓ちゃんが話している声がぼんやりと聞こえていましたが、それが何の話をしているかを考える余裕もなく次第にその繋ぎとめていた最後の糸もぷつりと切れて、いつの間にか私は静かな眠りの中に沈んでいくのでした。

「――……おーい……紬ちゃんやーい……」

肩を優しく揺さぶられて夢の続きを引きずるように私は目を覚ましました。
そしてやっと自分が眠りこけていたことに気づくと、

「ご、ごめんなさい! ……ああそっか、お金払わなくちゃいけませんよね。すみません、代金はいくらで……」

そんなことをブツブツと呟きながら財布を取り出そうとすると、目の前の唯ちゃんはそれを遮って、

「ここ、カフェと一緒にホテルもやってるんだけど、良かったら泊まっていかない?」

ニッコリと笑ってそう言うのでした。

「ホ、ホテル? でも私……」

「もしかしてお金が無いとか?」

「お金はありますけど……」

いきなりの提案ですっかり面食らってしまった私はもごもごと口ごもって遠慮するような素振りをしてしまいましたが、実際お金はたっぷりあるし、宿泊用の荷物は手元にあるし、ホテルに泊まるという事だけ考えれば断る理由もないような気がしてきました。
最初こそ不審に思い嫌々入ったようなこのお店も、あの美味しいカルボナーラのおかげで怪しいという印象は少しずつ和らいでいたので(見かけという点ではまだ不安は拭えませんでしたが)もはや過剰に警戒する必要はないように思えます。

不安があるとすれば、お父様やお母様、家の者たちに多大な心配をかけてしまう事くらいでした。
すでに私がいなくなった事に気づいて大騒ぎになってるかも。
菫が上手く誤魔化せていればいいけど……なんて、そうやって一瞬でも菫に頼るような事を考えて、ちょっとした自己嫌悪に陥ったり。
今はもう菫と喧嘩した事について反省もしているし、これ以上意地を張って菫を責めるような考えはこれっぽっちもありませんでした。
本当ならすぐにでも家の者に連絡を取って帰るべきなのです。菫にも謝らなくちゃ。

けれど、そんな果すべき責任とは別に、知らない町を一人彷徨い冒険した末のこうしたささやかな出会いが何か私にとって簡単に捨て置けない数奇なめぐり合わせのようにも思われてくるのです。
あるいは世間知らずで夢みがちな私の愚かな錯覚かもしれません。
しかしやはり私は、(少なくとも私にとっては)非日常的なこの状況を楽しむような、ワクワクするような気持ちが心のうちにもたげてくるのを認めないわけにはいきませんでした。
……それにしても、ここに来るまであれだけ寂しく辛い思いをしていたというのに、それらをすっかり忘れてしまっている自分の都合の良さには我ながら呆れるほどです。
喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこの事でしょうか。

そんなわけで、私はほんの気まぐれのような好奇心からしばらくこの町に留まってみようと思いついたのでした。
もちろん家に連絡はしますが、元々旅行のつもりでここまで来たわけですし、その辺はうまく誤魔化して何とでも説明がつきます。

「……それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」

「決まりだね! あ、受付はここで済ませられるけど、私も一緒に戻るからちょっと待ってて」

「唯さんもそのホテルに泊まっているんですか?」

「うん。ここで働きつつ泊めさせてもらってるみたいな……あと私のことは唯でいいよー」

唯ちゃんはそう言って危なげに食器を片付けていきました。
その後姿を目で追っていくと、ふいに梓ちゃんと目が合ってしまいました。
彼女はどこか不満そうな、苦々しげな様子で私をにらんでいます。
最初に冷たく当たられた時こそ怖気づいてしまいましたが、今度は私も負けじと睨み返してやります。
すると梓ちゃんは急に私から顔をそむけて肩を震わせるのでした。
やった。私の勝ちです。

「どしたの。かわいい顔して」

「えっ?」

戻ってきた唯ちゃんに笑われてしまいました。
私、そんなに変な顔してたのかしら。

カフェのカウンターで受付を済ませ、鍵をもらってから私は唯ちゃんと一緒にホテルを目指しました。
外はもう夜で、お店の裏手は街灯もなく真っ暗です。
そんな足元も見えないような暗がりの中、鬱蒼とした木々を抜けてしばらく歩くとそのホテルが影からぬっと姿を現しました。

それはもはやホテルというよりも屋根と窓のついた倉庫でした。
隅っこの1室だけ明かりが灯っていたので、それでようやく人の気配が感じられるといった風です。
数えていませんが2階建ての建物には全部で10部屋もないように見えます。

「きゃっ!?」

「あ~、そこ足元危ないんだ。気をつけてね」

もう少しで荷物ごと放り投げるところでした。
唯ちゃんは慣れたように玄関の明かりをつけて先に入っていきました。
私も続いて中に入ると、ここもやはり埃っぽくて軽く咳き込んでしまいました。

でも、思ったよりも雰囲気は悪くありませんでした。
白熱電球の温かい照明がそうした印象を演出しているのかもしれませんが、内装もシンプルながら整然としていてきちんと掃除をすればとても落ち着ける場所のような気がします。

唯ちゃんに案内されて部屋に到着しました。
どんな部屋なんだろうと覚悟していましたが、中は驚くほどすっきりしていて、ベッドのシーツもぴっちりとアイロンがかかっているし、まるで本当のホテルのようでした。
私は思わず、

「意外とまともですね……」

なんて呟いてから失礼な事を言ってしまったと口をつぐんだのですが、唯ちゃんは一切気にするような素振りを見せず、

「たぶんこの建物で一番綺麗な部屋だからね」

「そうなんですか」

「うん。あずにゃんもああ見えて気を使うところがあるっていうか、不器用なりに誠意を尽くそうとしてるんだと思うよ」

「誠意、ですか……」

そう言われても中々ピンときません。
でも、良い部屋をあてがわれたというのは悪い気がしませんでした。

「ま、別の言い方をするとお客さんの人となりを見て選んでるって事」

「え?」

「なんでもない、なんでもない」

唯ちゃんは「えへへ」と笑って、その後、家具の使い方やらお風呂、トイレの注意点などを親切に教えてくれました。
見た目は綺麗な部屋でしたが、やはり色々な所にガタが来ているらしく、例えばクローゼットのハンガー掛けは3着以上掛けると折れるとか、水圧が弱いからトイレはマメに水を流すとか、ドライヤーとテレビは同時に使うとブレーカーが落ちるから気をつけて……等々、言われなければまず引っかかってしまうような罠の数々を丁寧に説明してくれるのでした。

私がそんな親切に感動して深々を礼を述べると、唯ちゃんは照れくさそうに「何かあったら呼んでね」と自分の部屋番号を告げて去っていきました。
ドアを閉めると、急に辺りが静かになりました。
そして徐々に窓の外から鳥の鳴き声や風の吹く音が不気味に響いてきます。

とうとう一人になってしまいました。
まさか自分がこんな状況に置かれる事になるなんて数時間前まで夢にも思っていませんでした。
見知らぬ土地の思いがけない場所で、誰の力も借りずにたった独り、夜を過ごそうとしているのです。
むくむくと湧き出てきたのは不安と隣り合わせの奇妙な解放感でした。
私は生まれて初めて本当の自由を手にしたような気持ちがしました。

変に興奮してしまったせいで先まであんなに眠たかった頭が今はもうはっきりと冴えてしまいました。
ひとまず家に連絡しなければと思い携帯電話を充電して電源をつけてみると、そこには何十件もの菫からの着信がメッセージに残っていました。
私は慌てて菫に電話をかけました。

「もしもし、菫? ……私なら大丈夫……充電が切れちゃって……ううん、そんなことないよ……私の方こそごめんなさい……うん……」

そんな風にお互いにいつまでも謝ってばかりいるのでした。
菫の声がちょっと泣いているような気がしたので、きっとお父様や執事長にこっぴどく叱られたのだろうと思ったのですが、話を聞いてみるとどうやらそうではないらしいと分かりました。
予想通り、菫は私が途中の駅で一人降りてしまった事を秘密にして上手くごまかしたのだそうです。
古い学友とたまたま乗り合わせて、手土産を用意するついでに途中の一旦別れたとかなんとか。
そんな嘘が通るのか甚だ疑問でしたが、いま菫がいる所……つまり私の叔父の家は繊細な私の父と違って豪胆というか細かい事を気にしない性格の方々だったので、私が遅れて到着するという事を少し残念がっただけで済んだのでした。

「……分かったわ。それは私の方からちゃんと説明するから……ううん、気にしないで……私が全部一人で決めた事だし……え? どんな場所かって? う~ん、なんか変なところ……ああ、別に危険な場所じゃないんだけど……でも少し楽しそうなところ」

不機嫌な店主がいるカフェとか、お化け屋敷みたいなホテルだとか、そんな話をすると菫はますます心配そうにするのでした。
しかし、私はけっしてこれを災難とは思っていない、むしろ前向きな気持ちでここに残ることを決めたのだと話すと、菫はどうにか分かってくれました。
予定は未定だけれど、帰る目処がついたらまた連絡すると言って、それからお互いに電話を切りました。
その後、叔父のところへ電話をかけて、菫のついた嘘をなんとか引き継ぎつつ、しばらくこの町に滞在する旨を説明しました。
せっかく姪が遊びに来るといって楽しみにしていらっしゃったのに、私のわがままでそれを無碍にしてしまったという事への罪悪感がありましたが、休暇のうちに必ずお伺いしますと言うと先方はあっけないほど簡単に納得してくれました。
もしかしたら私や菫の嘘などはとっくに見破られているのかもしれません。
まあ、それでも好きにさせてくれるのなら都合がいいというものです。
……なんだか私もすっかり悪い子になってしまったみたい。


私は一息つくとベッドに腰かけて、疲れた体をほぐすように伸びをしました。
それから荷物を整理し、シャワーを浴びて(温度を調節するのが大変でした)寝巻きに着替えると、私は再び穏やかな眠気に襲われるのでした。
まだ時間は早いけれど、もう寝てしまおうと部屋の電気を消したその時、暗闇に中に不自然なほど明るい光りが洩れているのが目に留まりました。
それは窓から差し込む月の青白い光りでした。

私はふと感傷的な気分に浸りたくなって明かりの零れ落ちる窓辺へ近づいてみました。
満月がとても高い所にありました。
そうやって何気なく窓の外を眺めていると、背の低い木々のすぐ向こうに海があるのが分かりました。
耳を澄ませると漣の音がかすかに聞こえます。

「海の見える町……」

思うに任せて口を衝いて出たそんな言葉が何か暗示めいた詩の題名のように私の思考をひとつに包み込み、そこでようやく、私はこの町をすっかり好きになっている事に気が付いたのでした。……

一旦ここまで
寝て起きたら再開します

1レスが長すぎるので4、5レスくらいに分けた方が取っつきやすいと思うよ

>>9
分かりました
工夫してみます


 ◇ ◇ ◇

翌朝、朝食を摂りにカフェへ行くと、先客がいました。

黒髪の、美人な女の子でした。
その子は私の方をちらりと一瞥しただけで後はまったく関心を示さず、思いつめたように窓の外を眺めながらトーストをかじっていました。
私は少し離れたテーブルに座って朝食が運ばれてくるのを待ちました。
しかし梓ちゃんは一向に姿を現しません。
7時から10時のあいだに朝食が用意されると聞いていたのですが……

そんな風にそわそわして首を伸ばしながら奥の様子を覗き込んだりしていると、背後でいきなり叩きつけるような大きな音がして思わずびくりと肩をすくめてしまいました。

「うおっと……ったく、またかよ! おい、建て付け悪いから直すって言ってなかったか?」

「知らない。だいたいお前がいつも乱暴に開け閉めするからそうなるんだろ」

「私のせいかぁ?」

「他に誰がいるんだよ」

カチューシャを付けた子が(この子も私と同い年くらいに見えました)入り口の外れかかったドアをがちゃがちゃと動かしながら大声で黒髪の子と会話しています。

「よっ、と。こんなもんでいいだろ。……ん?」

わ、気づかれた。
私は思わず目を逸らしてしまいます。

「……あの人、誰?」

「私に聞いてどうする」

「いや、澪の知り合いかと思って」

「私の知り合いがお前の知り合いじゃなかった事があるか?」

二人はひそひそと話しているようでしたが、全部丸聞こえです。
なんとなく居心地が悪くなってもぞもぞしているとカチューシャの子がつかつかとこちらへ歩いてきたので私はますます体が強張ってしまいました。

「えーっと……もしかしてお客さん?」

「ひゃいっ」

声が裏返ってしまいました。

「あ~、そっか。そういう事なら、ちょっと待ってて」

彼女は一人で納得したように厨房の奥へ行ってしまいました。
私は何がなにやら、彼女がいったい何をしようとしているのか、そもそも朝ごはんはどうなっているのか、困惑に身動きがとれず呆然としているとなにやら遠くで言い争うような声が聞こえてきました。
それから待たずにやってきたのは梓ちゃんでした。
私の姿を見とめると昨日と同じようにキッとにらみつけて言いました。

「朝食はセルフサービスです。厨房に料理があるので、レンジで暖めるなりして勝手に食べていただいて結構です」

「そうだったんですか。すみません……」

「おいおい梓、この人だって知らなかったんだから仕方ないだろ」

梓ちゃんは「フン」と鼻を鳴らしてスタスタと去って行ってしまいました。
彼女のああいう辛辣な態度にはまだ慣れません。

「ごめんな。てっきり普通にメシを食べにきたお客さんだと思って……宿泊客なら早く言ってくれればよかったのに」

「はい……お手を煩わせてしまったみたいで、ご迷惑をおかけしました。それと、ありがとうございます」

「お、おう」

少し早とちりする気の人のようですが、親切にしてくれた事はとても助かりました。
礼をしつつ料理を取りに立ち上がると彼女は「私も私も」と言って一緒についてきました。

「レンジ先に使っていいぜ。コーヒーいる? あ、マヨネーズはあっちの机にあるから」

彼女は何かと私に世話を焼いてくれました。
トレーに乗ったサンドイッチとベーコンエッグ、具のないコンソメスープを暖めてテーブルに戻ると彼女も後から来て私の向かいに座りました。

「ほいコーヒー」

「あ、ありがとうございます……」

昨日の唯ちゃんのようにどこか人懐っこい振る舞いをする人でした。
しかし私は、実を言うとこういう遠慮のない距離感というのが少し苦手でした。
現に彼女は朝食を食べようとする私を興味深そうにジロジロと見るので妙に気恥ずかしくなって何気なく窓の外を眺めていると、

「旅行?」

「えっ、なんですか?」

考えに耽って聞き返してしまいました。

「んー、いや。一人で来てるの?」

「はい」

「仕事とか用事で?」

「いえ、そういうわけでは」

「じゃあアレだ。一人ぶらり旅ってやつ?」

私はなんと答えたらいいか迷いましたが、まあそういう事になるだろうと思ってうなずきました。

「へ~……あんたも変わった人だね」

物珍しそうに言うので、私はただ「はあ……」としか返事ができませんでした。

「私が言うことじゃないけどさ。この町ってほんと何もないんだぜ。しかもよりにもよってこの店の宿に泊まるなんて、よっぽど差し迫った理由でもなければ変人としか考えられないじゃん」

事実、差し迫った理由でここに漂着したのですが、その事はとりあえず黙っておきました。

「それにあんた、来るタイミングも悪かったな」

唯ちゃんと同じことを言われたので気になって尋ねてみると、

「大したことじゃないんだけどな。ついこの前、梓が相方と揉めてさ。その相方を店から追い出しちゃったんだよ。まあ二人共いつも喧嘩してるし、またかーなんて思いながら私たちも一部始終見てたら結構シャレになんなくて、これが」

「喧嘩、ですか……」

私は菫のことを思い出してしまいました。

「ところで……あの、お名前を伺っても……?」

「私? 田井中だよ。田井中律」

「律さんはこのお店をよく利用されるんですか?」

「まあな。暇な時バイトがてら遊びに来てるっていうか」

「梓さんのご友人なんですか?」

「う~ん、友達っていうか……まあ昔なじみの仲かな。あそこにいる奴……澪っていうんだけど、あいつも似たようなもんだよ」

黒髪の子は相変わらず物憂げに窓の外を眺めていました。
この気さくで明るい律さんと、いつも何か不満そうにしている梓ちゃん、そしてどこか影のありそうな黒髪の子……澪さん。
それぞれまったく違った性格に見えるのに、この寂れたカフェを舞台にすると、不思議と3人がかつて紡いできた物語が浮かび上がってくるような気がしました。

「……おっと、こんなことしてる場合じゃなかった。みおー! そろそろ行くぞ」

律さんはコーヒーをぐいっと飲み干して「じゃあな」とだけ言い残し、颯爽と席を立って行きました。
どこからかヘルメットを取り出して(そういえば律さんは店に入ってきた時にヘルメットを抱えていました)それを澪さんにぽんっと手渡し、せかすように店の外へ出るのでした。
澪さんは上の空といった感じでのろのろと食器を片付けると律さんの後に続いて店を出て行きました。
エンジンをふかす音が聞こえて、それから砂利を転がっていくような音と一緒にどこかへ行ってしまいました。
なんというか、いまいち関係性の分からない二人です。

私は残ったスープを飲み終えてからのんびりコーヒーを啜って、改めて店内を見渡してみました。
今は少し慣れましたが、ただでさえ古そうな建物が、全体に漂う粗雑さや埃っぽさのせいで一層薄汚れて見えます。
ただ、椅子や机のやわらかいデザインや木目調に統一された色合いなど、内装そのものは落ち着いた雰囲気がありました。
今日は外も大変気持ちのいい陽気で、窓からほんのり差し込んだ朝日が暖かく、気を抜いたら眠りこけてしまいそうです。

私は食器を厨房へ片付けた後、ふと思い立って窓を開け放してみました。
すると僅かな潮の匂いを含んだそよ風が心地良く店内に吹いてくるのでした。
そしてそのまま店の反対側の窓と玄関のドアを開けると、どんよりと店の中に留まっていた重たい空気がぐるぐると風に押し流されて瞬く間に爽やかな空気が循環し始めたのには驚きました。
こんなに簡単な事をするだけであれほど暗鬱としていた店が途端に生き生きとして見えるようになったのです。

それから私はカウンター席の近くに重なって置いてあった布巾を手にとってすべてのテーブルを丹念に拭きました。
床に散らかったゴミを拾い、ぐらぐらして安定しない椅子の取れかかったネジを手で軽く絞めて、雑誌や小物を外に持ち出して埃を払い、玄関マットを日の当たる場所で叩き干してみました。

しかしこれでもまだ足りません。
私はひとまず窓と玄関の扉を閉めてから、ホテルへ戻って唯ちゃんの部屋を訪ねてみました。
確かこの部屋だったと思い何度かノックすると、寝癖たっぷりの髪をした唯ちゃんがドアを開けてくれました。

「ふわあぁ……おはよ~ムギちゃん」

「む、ムギちゃん!?」

「あ……この呼び方ダメだった?」

「いえ、そんな事はないです。ただちょっとびっくりして……あの、それで朝早く起こしてしまって申し訳ないのですが、掃除道具ってどこにあるか分かりますか?」

「掃除道具……? 箒とかちりとりでいいなら、廊下の突き当たりにあるロッカーに入ってるよ……ふぁ~」

「ロッカーですね、分かりました。あと、カフェの横にある水道栓は使ってもいいのでしょうか?」

「ん~……よく分かんないけど別に問題ないと思う……」

「ありがとうございます」

それだけ聞いてぺこりと一礼すると、唯ちゃんは髪をぽりぽり掻きながら眠そうに部屋に戻りました。
私はさっそく準備に取り掛かりました。
髪の毛を結わえ袖をまくり、汚れてもいい格好に着替えると、ロッカーから箒、ちりとり、埃はたき、雑巾、バケツを運び出しました。
マスクの代わりに荷物で持ってきたフェイスタオルを口元に巻きます。
完全装備の出で立ちで『さいはてのカフェ』の看板を仰ぎ見る私。

「よしっ」

まずは天井の埃を払わなくちゃ。
蜘蛛の巣もどうにかしないと。

……そんなわけで、突発的な一人大掃除が始まりました。
パタパタとはたきを振ると物凄い量の塵が巻き上がります。
床の汚れがひどいところは厨房にあった重曹を使って雑巾をかけ、モップも取り出してゴシゴシと拭いたりしました。
普段はあまり掃除なんてやらないけれど、召使たちがいつも近くでやっているのを見ているのでやり方はなんとなく覚えています。
ここでは汚れたカーテンや布地を洗濯することもできないし、ボロボロになったソファを直したりすることもできませんが、
それでも私は自分にできることをやろうと思い、汗をぬぐいながら作業に没頭するのでした。
正直、私がこんな事をする義理はないのですが、お世話になった以上、こうした形で恩返しをするのも特に間違っていないように思えます。
何より私自身がこうした労働を楽しんでいるのでした。

もしかしたら、唯ちゃんや律さんのおせっかいが移ってしまったのかも、なんて。……


 ◇ ◇ ◇

お昼前、梓ちゃんが店に戻ってきた頃には、私は一通りの掃除を終えてゆっくり休憩している所でした。

「あっ、梓さん! おはようございます……って、もうお昼になっちゃいましたね」

「なに……これ……」

私は清々しいような誇らしい気持ちで挨拶しましたが、梓ちゃんは驚きに固まったような表情で立ち尽くしたままです。
私は彼女が唖然として眺めている景色を再び見渡してみました。

我ながらよく頑張ったと思います。
店内は、それはもう見違えるほど綺麗になっていました。
油でギトギトしていたテーブルは今や自然な光沢を放ち、棚や窓際には埃ひとつありません。
床は照明が反射するくらいピカピカで、飾ってあるたくさんの置物や装飾は汚れもなくそれぞれキチンと綺麗に並べなおしてあります。
清潔感を取り戻した店内には深呼吸したくなるくらい爽やかで良い匂いのする空気が満ちていました。

「あずにゃ~ん、お腹すいた~……うわっ?!」

後からやってきた唯ちゃんも同じようにびっくりして店内を見渡しました。

「どーしちゃったのこれ。ムギちゃんがやったの?」

「はい。すみません、勝手なことしちゃって」

「いやいやそんな謝らなくても。すごいよこれ、こんな綺麗なさいはてのカフェ、私はじめて見……」

「なに勝手なことやってるんですかっ!!」

突然大声を出されて私と唯ちゃんはビクリとしてしまいました。
梓ちゃんが怒りの形相で私に詰め寄ります。

「今すぐ元に戻してください!」

「へっ?」

「元に戻すって、そりゃ無理だよあずにゃん」

「……わ、私は前の方がやりやすかったのっ! だから元に戻して!」

「いいじゃん、綺麗になったんだし」

「この人は客のくせに私の店に勝手な真似したんですよ!? こんなの横暴ですーっ!」

まさかこんなに反感を買われるとは思ってもみなかった私は、何も反論できずにただ梓ちゃんが怒り狂うままにしていました。
そんな梓ちゃんを唯ちゃんがなだめている時、入り口からバァン!と大きな音が聞こえて、振り向くとそれは律さんと澪さんでした。

「おーっす!」

「だから扉は静かに開けろって何度も言って……」

澪さんの台詞はそこで一瞬止まりました。
目をぱちくりさせて、まるで知らない所へ来てしまったようにキョロキョロと周囲を見渡しています。
そして怒りに興奮している梓ちゃんとそれを抑えようとしている唯ちゃんのじゃれあってるような姿を見て、次に私とふと目が合ってお互いに固まってしまうのでした。

「……二人共なにしてんの? っていうか朝の人、まだいたんだ」

「そこのお客さんが掃除してくれたんだけどさ……ちょっ、あずにゃん落ち着いて……なんかあずにゃんはそれが気に食わないみたいで」

「ん? ……ほんとだ、綺麗になってる! すげーっ」

隣で澪ちゃんが「気づくの遅すぎだろ……」と呆れながら視線を逸らします。

「まあまあ、落ち着けよ梓」

律さんにも諭されて、梓ちゃんはとうとうそっぽを向いて拗ねてしまいました。
そして不愉快極まりないといった足取りで厨房へ向かい、ガチャガチャと乱暴な音を立てて昼食の準備を始めるのでした。

「ったく、こーんな綺麗にしてくれたのに何が不満なんだか」

「あずにゃんも頑固だからねえ」

二人はやれやれといった様子で近くの椅子にぺたんと座り込みました。
澪さんはいつの間にか私たちから離れた所に座って、ぼんやりと肘をついて部屋の隅を眺めていました。
まさに我関せずといった感じです。

「こーやって見ると案外この店もちゃんとしてるよな」

「うん。なんか私、感動しちゃった」

「ほんとほんと。なんつーか、ありがとな……えーっと、名前なんだっけ?」

「琴吹です。琴吹紬」

私は慌てて自己紹介しました。
そういえば律さんにはまだ名乗ってなかったっけ。

「今までのも別に嫌だったわけじゃないけど、やっぱり清潔な方が気持ちいいね。ありがとうムギちゃん」

二人に感謝されて私はようやくホッとしました。
梓ちゃんにいきなり怒鳴られた時は余計なお節介を焼いてしまったと後悔したのですが、こんな風にありがたく思ってくれるのなら掃除した甲斐があったというものです。
まあ、ちょっと本格的にやりすぎちゃったかなあと反省もしていますが、何はともあれひと安心です。

「でもさあ、店内がこうまともだと外観のみすぼらしさが余計に際立つよな……」

「窓もひび割れっぱなしだしね」

「庭は雑草が伸び放題」

「看板は字が掠れて読めないし」

二人がそんな会話をしていると、梓ちゃんがやってきて、

「みすぼらしい店で悪かったですね。それはともかく、材料切らしてるのでお昼はペペロンチーノでいいですか?」

唯ちゃんや律さんはそれぞれ「なんでもいいよ」と答え、澪さんも無言で肯きます。
それから梓ちゃんは私の方をじろりと見やって、

「お客さんは?」

「あ、私もそれで……」

それだけ聞くとサッと厨房へ戻っていくのでした。

律さんと唯ちゃんは親切心か好奇心からか私にしきりに話しかけてくれました。
「どこから来たの?」とは聞かれましたが、何をしに来たかという点についてはあまり深く突っ込まれませんでした。
きっと彼女らなりに気を使っているのだと思いました。
他にも「お掃除好きなの?」「使用人がいるって、それマジ?」「メイドさんもいるの?」などなど。

「なんでまたそんなお嬢様が……」

「やっぱりムギちゃんって面白い人だよね」

「お、面白い?」

「いや面白いというか普通じゃないというか……」

しばらくして料理が運ばれてきました。
私は唯ちゃん律さんと同じテーブルに座り、会話の続きをしながらペペロンチーノをいただきました。
驚いたことに(こんな風に言うと失礼ですが)これもまた昨日のカルボナーラに負けず劣らず美味しいのでした。
昨日はお腹が空いていたから美味しいと錯覚したと思っていたのが、今やそんな考えは完全に払拭され、私はもうすっかりここの料理の味を気に入ってしまいました。

そして、そんな素朴な感動を味わいつつも、さきほどから少し気になっていた事がありました。
澪さんがちっともこちらの輪に入ろうとしないのです。
彼女は相変わらず遠くの席で一人寂しそうにパスタを食べていました。
私はなんだか彼女を仲間はずれにしているようで気が気でなく、唯ちゃんと律さんが会話している最中もチラチラと澪さんの方を見てしまうのでした。

「澪がどうかした?」

「えっ」

律さんには見透かされていたようです。

「いえ、その……ずっと一人でいるから、何かあったのかな、と思って……」

「あ~、あいつは一人が好きなんだよ。それに人見知りだからさ」

「そうなんですか……」

そして急に、

「みお~! 琴吹さんが澪と話したいってさ!」

大声でそんな事を言うので、私は恥ずかしくなってつい律さんの口を塞いでしまうところでした。

「え、私? 私は……その、また今度……」

澪さんもまた恥ずかしそうに顔を赤らめ小声で何やら呟くと、ごまかすようにペペロンチーノを黙々と食べるのでした。

「恥ずかしがりなんだよ、あいつは」

「ほとんどりっちゃんのせいだと思うけどね」

「……ああ、別に琴吹さんのこと嫌ってるわけじゃないと思うから、それは心配しなくていいと思うぜ」

律さんは言いながらいつの間にかペペロンチーノを完食していました。
こう、何かにつけて勢いのある人です。
そして彼女は勢いのまま、こんな事まで言い出しました。

「よーし、飯も食ったし、午後はみんなで大掃除の続きでもするか!」

「ええーっ!?」

唯ちゃんが素っ頓狂な声を上げ、呆気に取られたように律さんを見上げました。
「りっちゃんが……掃除ぃ!?」心底信じられないといった表情です。

……そんなわけで、午後はみんなでホテルの掃除をすることになりました。
梓ちゃんにその事を報告すると、「ふん。勝手にしてください」と言って店の奥に引っ込んでしまいました。

「ホテルもやるの? 部屋ぜんぶ?」

「とりあえず使われてない部屋と、あとは廊下とか玄関だな。外も雑草が伸びっぱなしだし、壁の落書きも消したいから……ちょっと買出しが必要かもな」

唯ちゃんと律さんが相談している横で澪さんが面倒くさそうに「なんで私まで……」と呟いていました。

「すみません、なんだか巻き込んじゃったみたいで……」

「へっ?! あ、いや、別に私はそういうつもりじゃなくて……あぅ」

なんとなく澪さんに話しかけたのですが、彼女はわたわたと慌てるばかりで全く会話になりませんでした。
そしてなぜか顔を真っ赤にして俯いてしまうのでした。
極度のあがり症なのでしょうか。

「買い出しはりっちゃんやってよね~、言いだしっぺなんだから」

「トラックで行くんだし、唯も一緒に来ればいいだろ」

「あ、バイクじゃないの? なら私も行く行く~」

「梓ー! 軽トラ借りて行くけどいいかー!?」

すると梓ちゃんが現れて、

「出かけるならついでに材料も買ってきてください」

「はいよー」

そうして彼女らが色々と話している間、私は他にすることもなくぼうっと立って眺めているばかりでした。
隣では澪さんがモジモジして私の方を見たり見なかったりしていて、そんな視線が気になり始めた頃、

「じゃー行ってくるわ! すぐ戻ると思うから待っててな」

「行ってきま~す」

と言って唯ちゃんと律さんが店を出て行ってしまいました。

あれ? これってもしかして……。
私はやっと状況を理解して、不意に緊張が走りました。
つまり、澪さんと二人きりという事に。

私はけして人見知りではありませんが、この状況は少々過酷といわざるをえません。
最初、澪さんを見たときは物静かで落ち着いた人だなあ、なんて思っていました。
しかしこうやって微妙な距離に近づいてみると、颯爽と孤独に浸るようなクールさは失われていて、私に何か必死に話しかけようとする気配だけを見せながら何をしゃべればいいか分からないような表情でモジモジするばかりでした。

「……澪さん、コーヒー飲みますか?」

気まずい空気を払拭しようとして私が口を開くと、澪さんは食い気味に頷きました。
朝もコーヒーを飲んだのにまたコーヒーかあ、なんて思いながらマグカップと豆を用意していると、ふいに澪さんが話しかけてきました。

「私のコップこれだから……」

「あ、ごめんなさい」

そんな会話をしたっきり、澪さんは私が準備しているのを隣でじっと眺めているのでした。
き、きまずい。

「……あの、ここって紅茶は置いてないんでしょうか」

ふと思いついて尋ねてみました。
それに対し澪さんが一瞬怪訝な顔色を浮かべたので、「いえ、なんでもないです。ちょっと気になっただけで……」と言いかけた時、唐突に

「紅茶好きなの?」

と聞かれ、

「まあ、はい」

と歯切れ悪く答えると、

「実を言うと私もコーヒーより紅茶の方が好きなんだよな。この店のコーヒーってあんまり美味しくないし」

「そうなんですか」

「梓は料理は美味いけどこういう細かい所にこだわりがなくて……」

意外や意外、先ほどの気まずい沈黙が嘘のように普通に会話できてしまいました。
なるほど、きっかけがあると違うものです。

「……言いそびれてたけど、掃除してくれたんだな。ちょっと綺麗すぎて落ち着かないけど……」

「すみません……」

私ったら謝ってばかり。
でも実を言うと内心ではそこまで反省していないのです。

「いや、別に悪く言うつもりじゃなくて……その、感謝してるっていうか」

私はそれを聞くと嬉しくなって思わず笑顔になってしまうのでした。
そしてなぜか澪さんは私のそんな顔を見て恥ずかしそうにふいと目を逸らすのです。

「コーヒーできたみたい。唯ちゃんや律さんが来るまであそこでゆっくりしてましょう」

私はすっかり機嫌を良くして、まるで澪さんよりもこの店を知っている人のように大胆になってしまうのでした。
それからまた私たちは向かい合って座って色々なことを話しました。
澪さんは想像通り繊細な人だったので質問は少し気を使いましたが(いつも一人で何をしているのかとか、立ち入った話題は避けて)基本的に律さんや唯ちゃん、それからこの一風変わったお店について彼女が愚痴まじりに楽しそうに話すのを聞いているだけで十分でした。
ただ、澪さんは自分の事については全く話そうとしませんでした。

1時間ほど経って、律さんたちが帰ってきました。
私は残ったコーヒーを慌てて飲んで彼女たちを迎えました。
荷台にはたくさんの買物品が積んでありました。
中にはお菓子とかおもちゃみたいな物も……

「余計なものまで買うんじゃない!」

「てへっ」

澪さんが叱っても律さんはあまり真に受けていないようでした。
それに澪さんも別に本気で怒ってるわけじゃないみたいですし、やっぱりこの二人は特に仲が良いように思えます。

さて、そんなわけで大掃除(というには少し大掛かりですが)が始まりました。
ホテルの方へ向かう前にまずカフェの周りを片付けようという事で、私は唯ちゃんと一緒に外壁のペンキを塗りなおしを、澪さんと律さんは草刈りをすることになりました。

「律って案外こういう作業は好きだよな」

「新品の軍手! 新品の鎌! 照りつける太陽と爽やかな風、そして滴る乙女の汗! 肉体労働なら任せとけって」

「ふふっ、なんだかとても似合いますね」

「ねぇねぇりっちゃーん、臨時休業の張り紙とか出しておいた方がいいんじゃない?」

「どーせ誰も来ないからいいだろ……あと唯、塗りムラがあるぞ。ムギのやり方をちゃんと見とけよ」

そんな会話を聞いて私は妙にこそばゆいような楽しい気持ちになるのでした。
ムギだなんて、私のことをそんな風に呼ぶ人、今まで一人もいなかったから。
……なんだか私だけ変にかしこまって遠慮してるのがバカみたい。

「ほんとだ、ムギちゃんキレーに塗るねえ」

「あのね、コツがあるの。ローラーをかける前に壁の汚れを落としてから……――」

――庭の雑草を刈り、くすんだ色の壁を綺麗に塗り替えただけで『さいはてのカフェ』は驚くほどすっきりして見えました。
窓のひび割れなど細かい所はまだ手をつけていませんが、少なくとも昨日のような廃墟めいた印象はありません。

その後、私たちは同じようにホテルの掃除に取り掛かりました。
律さんが少し飽き始めているのを澪さんがたしなめて、一方の唯ちゃんは楽しそうに作業に没頭しています。
埃を払い、廊下を水拭きし、それぞれの部屋の家具や照明を磨き、取り付けが悪いのを注意しながら窓ガラスの汚れを落としました。
壁に穴が開いていたりシミが残っている場所は唯ちゃんの提案で可愛らしいシールやポスターを貼ってごまかすことにしました。
外壁の誰が書いたか分からない落書きや黒ずんだ部分を消すためにペンキで上塗りしました。

そして夕方が近づき涼しい風が吹いてきた頃、私たちはようやく大方の掃除を終わらせました。

「おお……」

律さんが感動したような声を上げました。
こちらも細かい部分まで手が回らなかったので残った汚れはまだ目立ちますが、それでも昨日よりずっとホテルらしい建物になりました。

「ふぅ~……疲れちゃった~」

「私も~」

「なんだお前ら、体力ないなあ。まだまだ元気な私を見習いたまえ!」

「律が元気なのは後半ずっとサボってたからだろ!」

とうとう澪さんのゲンコツが炸裂。
そんな夫婦漫才をやっているのを横から眺めていると、ふいに視界にぴょこぴょこ動くものを見とめました。

「あっ、あずにゃーん! 何してんの、そんなとこで」

声をかけられてびっくりした梓ちゃんは逃げるようにカフェの方へ戻って行きました。
きっと様子を見にきたのでしょう。
なんだかんだ言って彼女も気になっているに違いありません。
いくら強情な梓ちゃんとはいえ、この見事なまでに立派になったホテルやカフェを見れば悪い気分はしないはずです。
私は唯ちゃんや律さんが協力してくれた事でそんな自信がむくむくと湧いてくるのでした。

「あとは看板だね」

唯ちゃんが思い出したように言うと、

「それは言わないでおこうと思ってたのに~」

「面倒くさいだけなんだろ」

「うん」

律さんはどうやら熱っぽく冷めやすい人のようです。
澪さんは責任感があって真面目。

「琴吹さん?」

「はい?」

「ほら、行こうよ」

ぼうっと考え事をしていると澪さんに声をかけられました。
唯ちゃんと律さんはもうカフェの方へ戻って行ってしまいました。

「ああ、今行きます。……それと、ムギでいいですよ」

「えっ?」

「私も澪ちゃんって呼んでいいかしら」

澪さん……いえ、澪ちゃんは豆鉄砲をくった鳩のように固まって、それからみるみる顔を赤くすると早足に向こうへ行ってしまいました。
恥ずかしがっているのか怒っているのかよく分かりません。
いきなり距離を詰めすぎちゃったかしら。
でも、なんだか人をからかってるみたいで楽しいかも……なんて思ったりして。

『さいはてのカフェ』と書かれた看板の掠れた文字を修復し、玄関扉の上に戻すとようやく今日一日の作業がすべて終わりました。
外観を整えるだけでも十分立派に見えましたが、この新しくなった看板を掲げることでお店もぐっと生き生きとして見えるような気がしました。

「なんてゆーか、達成感あるね」

「……ああ。ぶっちゃけさ、最初は本当に気まぐれだったんだよ。帰ってきたらいきなり店ん中が綺麗になってて、しかも客人が勝手にやったって言うからさ。なんかおもしれーって、暇つぶしのつもりで始めただけだったんだけど……」

「私らもあの環境に慣れちゃってたからな。これも紬さ……む、ムギが来てくれたおかげだよ」

そんな事を言いながら澪ちゃんは私から必死に目を逸らすので、私は笑いを堪えながら、

「お役に立てたようで何よりです」

「うん。疲れたけど、やって良かったねっ」

彼女たちがそれぞれどんな思いを抱いているのか私には量りかねますが、なんとなく、とても良いことをしたのではないかという嬉しさがこみ上げてくるのでした。
そうやって私たちが奇妙な感動に浸っていると、店から梓ちゃんが出てきて、

「ちょっと律先輩、頼んでおいた材料が違――」

「おーっ、ちょうど良い所に! ほら梓、こっち来て見てみろよ」

梓ちゃんは何か言いかけていたのを飲み込んで律さんに促されるまま店の正面を振り返りました。


「…………」

じっと見上げたまま黙ってしまいました。
そして私たちは梓ちゃんが何か言い出すのを待って静かに見守っていました。
太陽が沈み始めて辺りがどんどん暗くなり、店の明かりが『さいはてのカフェ』の文字を照らした時、私は梓ちゃんの目が微妙に潤んでいるのを見逃しませんでした。

「どうだ梓? これでも私たち結構頑張ったんだぜ」

「……まあ……悪くは……ないです」

「だろ? これならきっと憂ちゃんだって戻ってきて――」

律さんが言い終わる前に、

「ふんっ。知りませんよ、あんな人」

急に嫌なことを思い出したように顔をしかめて店に戻って行ってしまいました。
横で唯ちゃんが「あちゃー」と言い、続いて澪ちゃんが「このバカ……」とぼやき、そして律さんは「いつまで意地張ってんだか」と微妙に困ったように肩をすくめるのでした。

「あ、良い匂い~。今日の夕飯は何かな~」

唯ちゃんがお腹の虫を鳴らしながら店へ入って行きます。
それにしても梓ちゃん、名前を出しただけであそこまで拒絶するとは相当です。
その憂ちゃんというのが梓ちゃんと喧嘩別れした人なのでしょうか?
私はそんな憶測を働かせながら、あんまりこの話題は出さない方がいいのかもしれないと判断し、何も言わずにみんなの後についていくのでした。……

少し休憩


 ◇ ◇ ◇

翌日、私は朝ごはんを食べ終わると町の散歩へ出かけました。
天気も良かったし、何より他にすることがなかったので面白いお店があればいいなと思いながら30分ほど散策してみたのですが、人もまばらな海水浴場と何の変哲もない民家がぽつぽつとあるだけで、どこを見渡しても面白そうなものが見当たらないのには少しがっかりしてしまいました。
とは言うものの、辺りは緑豊かな自然と深い青の海に囲まれていますから、そういう風景を楽しもうと思えばこれほどのんびりできる町もないような気がしました。

道の途中に売店があったので興味本位でひょっこりと覗いてみるとお菓子やおもちゃが雑然と並べられているのが目に入りました。
これが噂に聞く駄菓子屋という店なのでしょうか。
けれどよく見てみると文房具、雑誌、電気小物、衣料品なども陳列してあって、その統一感のない品揃えからするとこれは雑貨屋と呼ぶべきかもしれません。
奇妙ですが面白そうなお店です。

「いらっしゃい」

店員さんが(この場合は店番というのでしょうか)けだるそうに挨拶するのを簡単に会釈して返し、薄暗い中に敷き詰められた見たこともないお菓子をわくわくしながら物色していると、ふと私の興味をひきつけるものが目に留まりました。
ガラス製のティーポットです。

「あの、これください」

ティーポットと一緒に紅茶の茶葉とその他いろいろな駄菓子をカゴに詰めて店員さんに声をかけました。

「はいはい……全部で400円ね」

私は聞き間違いかと思ってもう一度金額を尋ねたのですが、店員さんは面倒くさそうに「400円」と言って代金を催促するばかりです。
半信半疑で1000円札を出し、そしてきちんと600円お釣りが返ってきたのにはびっくりしました。
驚くべき安さです。消費税とかはないのでしょうか。

さて、思いがけず面白いお店を発見して満足した私はこのまま『さいはてのカフェ』に戻ることにしました。
たくさん買ったお菓子をひとつずつ味わいながら一人食べ歩く帰り道は妙に心が浮き立って、お行儀が悪いと分かっていてもこの幸福感には代えられないとさえ思うほどでした。
買い食いなんて生まれて初めてです。
戻ったら紅茶を淹れてお昼までゆっくり読書でもしようかしら。
そうしたら午後はもう一度散歩に出かけて……ああ、なんというめくるめく自由への招待、その胸の高鳴りと言ったら!

そんな調子で来た道を戻りホテルに到着したのですが、ふとカフェのお店の方が奇妙に騒がしいことに気が付いて足を止めました。
大勢の人の声が聞こえます。
りっちゃんや澪ちゃんたちが話しているのかと思いましたが、確か二人は今日夕方まで出かけに行っているはず。
(ちなみに私がりっちゃんと呼ぶようになったのは今朝の話です)
他に声の主に心当たりがありません……もしや暴漢や強盗が押し入っているのでは、なんて考えながら恐る恐るカフェへ近づいてみると、なんと知らないお客さんが数人、楽しそうに談笑しているではありませんか!

梓ちゃんの知り合いかしら?
しかしよく観察してみると一方は畑仕事の帰りのような中年男性が三人、一方は若い男女のカップルがそれぞれテーブル席に座っています。
どう考えても普通のお客さんでした。
しばらく窓からこっそり盗み見ていると、厨房では梓ちゃんが忙しそうに料理を作っていて、唯ちゃんはヨレヨレになったウェイトレスの制服を着て慣れない接客を頑張っていました。
しかもそうしている内にまたお客さんが来たのにはびっくりしました。
私が知らなかっただけで『さいはてのカフェ』はこの辺りでは人気店だったのでしょうか。
そんな事を考えていると、

「ムギちゃん! 良いところに!」

窓から覗いているのを唯ちゃんに見つかってしまい、

「ちょっと来て、こっちこっち……裏口から入れるから」

言われた通りに裏手のドアから入ると唯ちゃんがエプロンをおもむろに手渡して

「ごめんムギちゃん、しばらく変わって! すぐ戻ってくるから」

「え? え?」

「今から買い足しに行かなくちゃいけなくなったからその間だけ、ね? もぉ~っ、昨日りっちゃんが買うの間違えなければこんな事には……」

唯ちゃんは「お砂糖、ソース……あとなんだっけ……」とブツブツ呟きながら私が何か言う前に外へ飛び出して行ってしまいました。
事態が上手く飲み込めないまま突っ立っていると厨房から梓ちゃんがひょっこり顔を出して

「何ぼさっとしてるんですか、お客さん呼んでますよ!」

「は、はい!」

……結局その後、唯ちゃんが帰ってきてからもお客の足は途絶えず、私たちがお昼を食べられたのは午後も2時を過ぎてからでした。

「あ~お腹すいた……あずにゃんもこっち来て一緒に食べようよ」

「また誰か来たらどうするんですか」

「来たときにどうにかすればいいんだよ」

「……ちょっとだけですよ」

ひとまず客の居なくなった店内で唯ちゃんと一緒にテーブルにつきました。
梓ちゃんが三人分のパスタを運んで私の正面に座ります。

「いつもこんなにたくさんお客さんが来るんですか?」

「そんなわけないです。どうして急に……」

「やっぱり掃除して綺麗になったからじゃない?」と唯ちゃんがパスタをもぐもぐと口に入れながらしゃべります。

「それだけでこんなに繁盛したら世話ないですよ」

やはり梓ちゃんたちにとっても不測の事態だったようです。

「お客さん、美味しいって言ってましたよ。常連になるかもしれませんね」

「常連なんて唯先輩たちで十分ですから……」

言いながら少し嬉しそうに口元がゆるんでいるのでした。
そうやって彼女がちらりと覗かせた優しそうな表情は、私が彼女に対して抱いていた意地悪な印象をひっくり返して、元はきっと笑顔が素敵な可愛らしい少女だったろう事を予感させます。

それからしばらく三人で他愛の無いおしゃべりに興じました。
そして気づいたのは、梓ちゃんはもう私に対して警戒心や敵意などは抱いていないという事でした。
実際、食べ終わった後に「手伝ってもらったのでお代は結構です」とお皿を引き下げられ、それが彼女なりの義理なのか、あるいは感謝の気持ちなのか判断できませんでしたが、いずれにせよお店を手伝った事で以前ほど邪険にされずに済むようになりました。

三人ともお昼を食べ終わりおしゃべりしている間、私はふと午前中に買ったティーポットの事を思い出しました。

「紅茶、淹れましょうか?」

と言っておもむろに席を立つと、唯ちゃんが「ウチに紅茶なんてあったっけ?」と首をかしげます。

「さっきティーポットと茶葉を買ってきたんです。梓さん、ヤカンと火をお借りしてもいいですか?」

梓ちゃんは「別にいいですけど」とにべもない返事。

私はさっそくお湯を沸かしてガラス製のティーポットに茶葉を三人分用意しました。
特に強いこだわりがあるわけではないのですが、家ではよく自分で紅茶を淹れていたのです。
目分量でもある程度は美味しくできる自信がありました。
カップを温め、沸騰したお湯をポットに注いで3分ほど蒸らして出来上がりです。
本当なら私はここで茶葉を抜いてカップに注ぐのですが、今回はストレーナーが無いので仕方ありません。
とりあえず砂糖とミルクも用意して二人の待つテーブルに持って行きました。

唯ちゃんと梓ちゃんは最初こそなんでもないようにカップに口をつけたのですが、
一口目を飲んだ瞬間ぴくりと表情が変わり「美味しい……」と呟いたのには嬉しさで顔がニヤケてしまいそうになるほどでした。
まあ、私のちょっとした自慢といいますか、数少ない自尊心を満たすのに十分な言葉だったのです。

「こんな美味しいの初めて飲むかも。これ、なんていう紅茶なの?」

「ダージリンっていうの」

一方梓ちゃんは黙ったまま深く息を吐いて、それから味わうようにゆっくりと飲むのでした。
何も言わないけれど、気に入ってくれたのかな?

「ねえねえあずにゃん、これお店に出そうよ」

「…………」

唯ちゃんの唐突な提案を梓ちゃんは黙って聞いています。
私としてもそれは全く予期せぬ話だったのですが、自分の淹れた紅茶がきっかけでメニューが増えるという想像はとてもわくわくするものでした。
梓ちゃんは何か考え事をするようにじっとしています。
私はなんだか試されているような気分でした。

「……コーヒーと違って作るのに手間がかかるのがネックです」

「私がやりますから大丈夫ですよ」

即答してから、これじゃまるで私が働きに来たみたいだと一人複雑な心境になるのでした。

「それだと歩合給になりますけど、いいんですか?」

まさかお給料まで貰えるとは思っていなかったので、一瞬梓ちゃんが何のことを言っているか理解するのに時間がかかりました。
私は呆けたように「はい」とだけ返事して、

「ならメニュー表に加えておくです。えっと……こ、琴吹さんが居るとき限定の裏メニューとして」

後になって考えてみると、たかだか紅茶を一、二杯作る程度の手間を惜しむのも少し変な話でした。
このときの私は梓ちゃんに認めてもらった気で舞い上がっていたのですが、実はただ単に上手く乗せられただけだったのではないでしょうか。
とは言っても私は働くことについて抵抗はありませんでしたし、むしろ一任してくれるのならやりがいがあるというものです。
私はさっそくメニュー表の隅っこに「期間限定:紅茶(ダージリン)」と書き添えて(なぜか唯ちゃんもハートや花模様を書き足しました)
お客さんが来るまでの間、昨日やらずじまいだった厨房の掃除をして時間をつぶしていました。
そうやって子供のようにはしゃぐ私と唯ちゃんでしたが、それを見ても梓ちゃんは何も言わないのでした。

夕方、りっちゃんたちが帰ってくる頃になると再びちらほらとお客が来るようになりました。
見慣れない光景にりっちゃんも驚いた様子で「何があったんだ?」と私に耳打ちしましたが、私は肩をすくめて返事をする他ありませんでした。
お昼の時はなんの準備もしていなかったのでてんやわんやでしたが、夕飯時は梓ちゃんも唯ちゃんも余裕をもって動けるようになっていました。
私はカウンター席の隅に座って、誰か裏メニューに気づいてくれないかしらとそわそわしながらお客さんの方を見ていました。

結局、私の紅茶を初めて注文してくれたのはりっちゃんと澪ちゃんでした。

「なんだ? この期間限定って」

「それムギちゃんの特製紅茶なんだよ」

「へ~、じゃあ私はボンゴレロッソと、その紅茶ね」

「あ、私もそれで」

唯ちゃんが伝票を持って私に伝えてきてくれた所で、

「唯ちゃん、食前か食後か聞かなきゃ」

「ああ、そっか」

そんなわけで食後に私特製の(と言うのはやや大げさですが)紅茶を持っていくと二人とも美味しいと言ってくれて私はホッとした気持ちでした。
今日はそれ以外にもとある老夫婦のお客さんが注文してくれて、こちらは直接感想など聞けませんでしたが遠巻きに様子を伺った限りでは好評のようでした。

家では私が何をしても大抵の事は褒められましたし、私自身も褒められる事に慣れていた節がありました。
しかし今、周りに身内のいない見ず知らずの環境でこうして実力が認められるというのは何にも代えがたい新鮮な感動がありました。
私はにわかに楽しくなって、その日の夜、梓ちゃんにブランドものの茶葉を取り寄せられないか相談してみることにしました。
その話をもちかけた時、梓ちゃんはかなり渋い顔をして「むむむ……」と唸ってから考えるように腕を組むのでした。
深夜、ひっそりと静まり返った店内の隅っこのテーブルで向かい合って座りながら。

「……簡単に言いますけどね。ウチだって予算とか都合が色々あるんですよ」

「それは分かりますけど……」

「聞いてみたらずいぶん高級なブランド品じゃないですか。赤字になったらどうするんですか?」

ぐうの音も出ません。
梓ちゃんは続けて言います。

「別にブランドじゃなくったっていいじゃないですか……今のままでも十分おいしいですよ」

あれ? これってもしかして褒められてる?

「梓ちゃん、今なんて……」

すると自分の言った事に気づいたのか急に慌て始めて、

「べ、別にそういう意味で言ったわけじゃなくて……ていうか梓"ちゃん"って何ですか馴れ馴れしい!」

私はつい口を抑えましたが時すでに遅く、梓ちゃんは今ので怒ってしまったみたいです。

「いいですか! 私より年上だからと好い気になってるみたいですが、ここでは私の方が立場は上なんですからね! それと今日はあなたの善意を汲んで許可してあげたって事を忘れないでください!」

私はしゅんとなって「はい……でしゃばってすみませんでした」と素直に謝りました。
梓ちゃんはそれから何かぐっと言いたい事を堪えるようなしぐさをして、

「……っ、ただ、まあ……その……ほどほどに安い銘柄なら、仕入れても……い、良いけど……」

ぼそぼそと小さくなっていく声を私は聞き逃しませんでした。

「本当?」

「……ふ、ふんっ。勝手にしやがれです」

はき捨てるように言って席を立ってしまいました。
お店を閉める後片付けをするみたいです。
私はすごすごと引き下がり、ホテルの部屋へ戻りました。
半日働いて疲れた体をどさりとベッドに放り投げてから、枕に顔を埋めて

(また梓ちゃんに嫌われちゃったかなあ)

なんて考えて憂鬱な気分になったり、一方では

(みんな美味しいって言ってくれた、あの梓ちゃんも)

と嬉しくなったりして、面白いんだか面白くないんだか分からないような気持ちを上手く心に留めておけずに足をパタパタと動かして悶々とするのでした。


 ◇ ◇ ◇

『さいはてのカフェ』は日増しに客足が伸びて行きました。
時間帯によってはテーブル席が全部埋まってしまうほどで、そんな時はりっちゃんや澪ちゃんもアルバイトに駆り出されたりして私が初めてこのカフェに来た頃とは比べ物にならないくらい活気に満ち溢れたお店になりました。

なぜ急にこんなにお客さんが来るようになったのか、その理由ははっきりとは分かりませんでしたが、少なくともカフェそのものが綺麗になった事が大きく関係しているのは間違いないと思われました。
また町を少しずつ探索していくうちに知ったのですが、この辺りには飲食店がほとんど無いのです。
『さいはてのカフェ』は立地こそあまり良くありませんでしたが、遠くからでも比較的目立つ建物だったので、以前の廃屋のような風貌ならともかく今のようにきちんとお店として営業していると分かれば寄ってみようと考える人がいても不自然ではありません。
そして、そういった最初のお客さんたちから口コミで評判が広がり、こうして人が集まるに至った……そう考えるのが妥当でしょう。

またそれに伴って私の期間限定の裏メニューも注文する人が増え、今では紅茶だけを飲みに来る人もいるほどでした。
唯ちゃんには「全部ムギちゃんのおかげだね」なんて言われたりもするのですが、私もさすがにそこまで自惚れていません。
実際には梓ちゃんの作る料理が美味しいおかげなんだと思います。

まあそうは言っても、私も漫然と働いているだけではありませんでした。
できる範囲で茶葉の種類や道具をそろえ、お客さんと簡単にお話して好みの味を把握したり、カフェの一員としてきちんと役割を果たしているつもりです。
ある時などは淹れ方を教えてほしいと頼まれ、梓ちゃんの許可もありお客さん数人を相手に給茶を実践してみせたりしました。
それがまた好評だったようで、それ以来要望があると即席の紅茶教室が開かれたりするのでした。
こういう事が続くようだと私もあまり無責任ではいられないと思い、仕事以外の時間にも一人でお茶の勉強をするようになりました。
一応唯ちゃんや澪ちゃんにもレクチャーしたので、私が居ない時でもちゃんとしたお茶が出せるようにはなっていたのですが、ここに来る人はだいたい(唯ちゃんたちも含めて)私の紅茶を飲みたがるので結局仕事量は変わりませんでした。

ある日、休憩していた時のことでした。
りっちゃんが梓ちゃんと唯ちゃんに何やら相談していたのでなんとなく近くで聞き耳を立てていると、どうやら明日重要な用事があるから店を手伝えないという話のようでした。

「りっちゃん、明日どこか行くの?」

「ん? ああ、ちょっとな」

照れくさそうに頭を掻いています。
唯ちゃんが代わりに答えました。

「りっちゃんは明日面接があるんだよ」

「面接?」

聞くと、りっちゃんはここ最近はずっと就職活動をしていたそうなのです。
確かに普段日中は姿を見せない事が多かったので、何か別のお仕事をしてるのかなあ、とぼんやり勘繰っていたのですが、就職活動だったとは知りませんでした。

「ま、言ってなかったからな」

「一世一代の大勝負だね!」

「んな大げさな……」

「私も応援する! がんばって、りっちゃん!」

りっちゃんは珍しく気弱そうに「あんまり期待しないでくれよな」なんて半笑いしてましたが、あの梓ちゃんにまで「頑張ってください」と応援されたので覚悟を決めたように「おう!」と言い切りました。

「協力してくれた澪先輩のためにも受からなきゃだめですよ」

「そうなんだよなあ。まあアイツもアイツで頑張ってるみたいだし、私も負けてらんねーな」

彼女たちにも色々と事情があるみたいです。
気にならないといえば嘘になりますが、これまで彼女たちが私に対して余計な詮索をしなかったように、私もまた彼女たちの過去や経歴を探るような真似はなるべく止しておこうと考えていたので、この時も聞き流すだけにしておいたのです。
しかしどの道、こうした配慮には意味がありませんでした。
なぜなら私が聞きだすまでもなく彼女たちの方から自然と打ち明けてくれたのですから。

その日の夜、私はりっちゃんの部屋で彼女と二人きりになっていました。
たまたま廊下で通りすがったところを呼び止められて、

「あのさムギ、ちょっと時間いいか?」と改まったように部屋に誘われたのです。

彼女の部屋は物が少なくてさっぱりしていました。
元々彼女はあまりホテルを利用しておらず普通の宿泊客としてたまに部屋を借りるくらいだったので(むしろ唯ちゃんや澪ちゃんのように住み込んでいるのが変なのですが)こうして整然としているのは不思議ではありません。
そしてりっちゃんはベランダの籐椅子に私を座らせると、しばらくしてティーカップを二つ、紅茶を注いで持ってくるのでした。

「私も紅茶淹れてみたんだ。一緒に飲もうぜ」

「いいけど……明日早いんじゃない? 大丈夫?」

私の言葉を無視して自分の紅茶を啜り始めました。
それに促されて私も一口飲みます。少し酸味の強いアールグレイでした。

「味、どうだ?」

私はどういう感想を求められているのか分からず、ただ「おいしいよ」とだけ答えました。

「そうか……でもやっぱりムギの淹れてくれるお茶の方がおいしいな」

ベランダから見える夜の海をぼんやり眺めながらそう言うのでした。

「紅茶なんて上品なもん、ガラじゃねーなって思ってたけどさ。でもムギが作ってくれたのを飲むようになって、こういうのも悪くないよなって思い始めたんだ。それに最近自分で淹れるようになって分かったんだよ。私たちに必要だったのは、こういう時間だったんだなって」

私は紅茶を飲みながら黙ってそれを聞いていました。

「色々行き詰まってたんだよ。私なんかはずっと前から家族とか澪に甘えっぱなしでさ。適当にバイトして楽しく暮らしてればいいじゃんって思ってて、でも実際、そういう生活はあんまり楽しくなかったんだよな。張り合いがなくってなあ。刺激がないっていうか……ムギはそういう経験したことないか?」

「う~ん……」

私にはいまいち分かりませんでした。
ただ、この町での生活は私にとっては刺激的なものに違いありませんでした。
そう考えると、これまで深く省みる事がなかった私の人生は大半が味気ないものだったように思われてきました。

「なんか焦ってたんだろうな。何かしないとヤバイ! みたいなのがずーっと頭ん中にあって、そういうのをごまかしながら暮らしてたから、のんびり人生を楽しんでるつもりが全然そうじゃなかったっていうか……だから一回ゆっくり自分を見つめなおす時間が必要だったんだと思う。梓が音楽やめて、それに引きずられるみたいに私も澪も腐っちまって……唯と憂ちゃんだけは梓のことをずっと待ってあげてたんだけどなあ」

「音楽?」

「言ってなかったっけ? 私たちバンド組んでたんだよ。まあ案の定全然売れなくて解散してさ。それから私とか澪はバイトして日銭稼いで、梓はこの店を立ち上げたってわけ」

「そうだったの……」

「まあ正確に言うと、梓じゃなくて唯の妹の憂ちゃんが立ち上げたようなもんなんだけどな。それからまた色々あってさ……」

……りっちゃんの話を要約すると、つまりこういう事でした。
梓ちゃんも最初は音楽の道を諦めきれずにカフェで演奏したりしていたのですが次第にそれも止めてしまい、いつしかそんな失意が重なってやさぐれるようになってしまったのです。
まじめな憂ちゃんは梓ちゃんを放っておけず色々と世話を焼いたそうなのですが、それがかえって梓ちゃんとの間に摩擦を生んで行きました。
一方は自堕落な生活を望み、一方はその折れた心を矯正しようとしたので、すれ違いから喧嘩になることもしばしばでした。
そして唯ちゃんが梓ちゃんの肩を持った事が決定打になり憂ちゃんが店を出て行くことになってしまったのです。
元々唯ちゃんは二人の間をずっと取り持っていたのですが、一緒にバンドを組んでいた関係もあって梓ちゃんに対する同情は大きかったのでしょう。

「まあ誰が悪いかっつったら梓なんだろうけど、私たちもあんまりアイツのことを悪く言えなくてな……こんな風になっちまったのは私たちにも責任があるっていうか……」

りっちゃんはそれ以上は言いませんでした。
きっと彼女たちの心には言葉では表せないような想いが積み重なっているのだと思いました。
部外者である私が踏み込めるのはここまでです。
でも、

「変われると思うわ。梓ちゃんも、それからりっちゃんたちも」

「そうかな……」

「きっとそうよ」

私がそう断言すると、りっちゃんは元気を取り戻したようにニカッと笑うのでした。

「ムギの言う通りだな。澪のヤツも最近ちょっと明るくなったし」

確かに、この数日で澪ちゃんは表情が明るくなったような気がします。
相変わらず窓際でぼうっとしていたりする事があるのですが、それ以外はよくしゃべるようになりました。

「澪が普段なにやってるか知りたいか? あいつ小説家を目指してるんだよ」

私は思わず「えっ」と言ってしまいました。
別に変な意味ではありません。ただちょっと驚いただけです。

「バンドやってた頃は澪が作詩してたんだけど、続けてたらなんか物書きにハマっちゃったみたいでさ。四六時中ボーッとしてるように見えるのは、妄想力を高めるためなんだと」

「小説家だなんて、すごい」

「少し前はここで働きつつちらほら賞なんかにも応募してたんだけど、まあ梓とおんなじだよ。夢を追うのに疲れて筆を折ったって言ってたのに、最近になってまた書き始めてさ。元々夢を捨て切れてなかったんだな」

言われてみれば、澪ちゃんの物静かな佇まいや思慮深げな眼差しはいかにもな小説家らしさがある気がします。

「ちなみに今書いてる小説のモデルはムギだって」

「ええっ!?」

それはさすがに予想外でした。

「あ、これ秘密にしとけって言われたんだっけ。まあいっか」

りっちゃんは豪快に笑い飛ばしていましたが私はどういう顔をすればいいか分からず曖昧な笑みを浮かべるのでした。

しばらく私たちは他愛も無い会話を楽しみました。
私も昔ピアノをやっていて……と言うと音楽の話題で盛り上がり、それから好きな映画や小説の話になり、かと思うとまた唯ちゃんたちの話に戻ったり……
そして気づくと夜もすっかり更けてしまっているのでした。

「ごめんなさい、明日は大事な日なのに……」

「気にすんなって」

私は焦れったいように「頑張ってね」と「おやすみ」を交互に繰り返して部屋を後にすると、なんとなく自室に戻る気がおきずホテルの小さなロビーへ足を運びました。
古びたカーペットに染み付いた匂いが今はなんだか心地よく感じられました。
ここに泊まってまだ日は浅いのに、まるで昔から住んでいる我が家のように思われてくるから不思議です。

そうして妙に冴えてしまった頭を休めようと椅子に座って自販機のジュースを飲んでいた時でした。

海風のうねりにまぎれて遠くからかすかに物音が聞こえるのです。

なんだろうと思って耳を澄ませてみると、それはアコースティックギターの音色でした。
優しいメロディが生ぬるい空気に溶け込むように響いています。

私はしばらくそのギターの奏でる音に聞き入っていました。

……たとえ彼女が自分の思い描いていた夢を諦めて道を見失ったとしても、その演奏をよろこんで聴いてくれる人はきっと居るはずなのです。
静かだけれど情熱的で、そしてどこか懐かしい感じのする旋律は、不器用な性格の内側に隠された気持ちを何よりも素直に語っているように思われました。……

次の日の夜も私はもしかしたらと期待してロビーへ行くと、やはり昨日と同じようにギターの音色が聞こえてくるのでした。
改めて耳を澄ましてみるとお店の方から鳴っているのが分かりました。

このホテルは『さいはてのカフェ』と繋がっており、ロビーにはその通路へと続く扉があるのですが、ギターの音はその扉から洩れているようでした。
私は特に深い考えもなしにその扉を開け、通路の奥、ほんのり照明が灯っている部屋へそろそろと歩いて行きました。
しかし途中、暗がりの中を手探りで進んでいたものですから足元の荷物に躓いて予期せず大きな音を出してしまい、あっと思うが早いかギターの音がぴたりと止んでしまいました。

「だれっ!?」

「ご、ごめんなさい……音が聞こえたから、つい……」

梓ちゃんは私の姿を認めるとホッとしたように息をつき、それから慌てて手に持っていたギターを隠しました。

彼女はいつもそうやって一方的に気まずい空気を作り出そうとする。私にはそれが悲しかった。

でも今なら分かります。
梓ちゃんは寂しがっているだけなのです。
彼女の心を覆っている頑なな皮膜はもう溶けかかっている。
その決壊を唯一食い止めているのは彼女の心に住まう後悔と罪悪感なのです。
私は憂ちゃんの代わりにはなれません。
けれど、梓ちゃんの助けを求めるような悲痛な表情を無視することはできませんでした。

「ギター、お上手なんですね」

「…………」

「……なんていう曲ですか?」

彼女はバツが悪そうに俯いたまま、

「曲名は……まだ、ないです」

「もう一度、聞かせてくれませんか?」

「…………」

彼女はしばらく何かを考えるように遠くを見つめて逡巡している様子でした。
それから決意したようにぐっとギターを寄せて弾き始めました。

弦を爪弾く彼女の指は可愛らしく、それでいて力強く。
思わず口ずさみたくなる素敵なメロディ、楽しげに弾むようなリズム……優しさと郷愁が詰まったような曲でした。
演奏が終わると彼女はどこか吹っ切れたような爽やかな表情を見せて、こう言いました。

「……琴吹さんならこの曲になんて名前をつけますか?」

「え? う~ん、そうですね……」

難しい質問です。
けれど私はすぐにぴったりな名前を思いつきました。
それはもしかすると私がこの町に、この店に来た時から決まっていた曲名なのかもしれません。
そう、私たちの奇妙で素敵な出会いに名前を付けるとしたら……

「……『海の見える町』」

私がそう答えると、梓ちゃんは想いを馳せるようにぼうっと天井を仰いで、それから私ににっこりと笑いかけました。
初めて見る彼女の心からの笑顔でした。
私も思わず嬉しくなって、

「アンコール。私、もっと梓ちゃんの演奏が聞きたいな」

梓ちゃんは少し恥ずかしそうにはにかんで、それ以外の色々な持ち曲を聞かせてくれました。

夜は二人きりの部屋、私と梓ちゃんだけの小さなライブハウス。

彼女は思い出を紡いでいくように、そしてこれからの彼女を祝福するように演奏を続けました。

やっと、彼女の心に触れることができたような気がしました。


 ◇ ◇ ◇

私の『さいはてのカフェ』での生活は唐突に終わりを告げました。
あの子が迎えに来たのです。

「お姉ちゃん!!」

お昼前、いつものようにお店に出て給仕していた時に突然菫が訪問してきたのでした。
他にもお客さんがいる前で菫が目にたっぷりの涙を浮かべながら私に抱きついてきたので、私は慌てて彼女を連れて店の外に出ました。

「もう、驚いたじゃない」

「お姉ちゃんのばかあ……」

よっぽど心配だったのでしょう。
と言っても、私はべつに菫と連絡を絶っていたわけではないのです。
基本的に毎日「今日はこんなことがありました」という日記のようなメールを送っていて、そんなやり取りをしている間は特に不安がるような気配なんて感じられなかったのに、どうやら私は自分で思っていた以上に菫の気遣いを無碍にしていたようなのでした。
そうして私が一向に帰ろうとしないのをとうとう我慢しきれなくなり、こうやって迎えに来たという事でした。
確かに私は少し長居しすぎたのかもしれません。

「叔父さんも会いたがってるよ。帰ろう、お姉ちゃん」

「うん……」

私はそんな曖昧な返事をしながらちらりとカフェの方を見やりました。
すると私と菫の一部始終を覗こうとして窓辺にたくさんのお客さんが押し合いへしあいしているのが見えて、その可笑しさと言ったらありませんでした。
菫もそれに気づくと恥ずかしそうに私の袖をぎゅっと握って背後に隠れてしまいました。
裏口から唯ちゃんが出てきて言いました。

「ムギちゃん、その子は……?」

私は私と菫の関係を簡単に説明しました。
この町に来ることになったきっかけも何もかも。

「つまり帰っちゃうってこと?」

私が返事をするよりも先に、窓から身を乗り出していた馴染みのお客さんたちが落胆のような悲鳴を上げました。
私は、私にすがりつくようにしている菫をそっと抱き寄せてこの心の痛みを堪えていました。
いつか帰らなければならないという事は分かりきっていたのです。
それに、この子も待っている。
喧嘩してしまったり心配をかけさせたりもしたけれど、こうして長い間離れ、そして再会した今、私の気持ちははっきりしていました。
私にはやっぱりこの子が必要なのです。

ふと唯ちゃんの背後、裏口からこっそりと私を見ている梓ちゃんの姿が映りました。
……何か胸を締め付けるような苦しさがありました。

「はいはい、見世物じゃないぞ~、戻った戻った」

りっちゃんが現れて野次馬を散らし、それから

「ま、今すぐって事もないだろ。菫ちゃんだっけ? ゆっくりしていきな」

そう言って私と菫を半ば強引にお店に引き連れていくのでした。

「まさか本当にメイドさんがいるなんてね~」
「金髪で目も蒼いし、外国の人?」
「あっ、何か食べたいものある? ほらメニュー表」
「こうやって見ると二人とも似てるよな……ほんとに姉妹みたい」

矢継ぎ早に質問されて菫も最初は困惑していましたが、歓迎されていると分かるとすぐにみんなと仲良くなりました。

「それにしても菫、どうやってこのお店が分かったの?」

「調べたらこの町のイタリアンカフェはここしか無かったから……」

推理するまでもない事でした。
菫とのメールで私は何度も「美味しいイタリアンのカフェ」と言っていたのですから。

唯ちゃんたちは菫のことを気に入ってしまったらしく仕事を忘れて可愛がる一方でした。
そして誰も運ぼうとしない料理をカウンターに乗せたまま梓ちゃんが私たちをじっとにらみつけているのが見えたので、私はこの場を唯ちゃんたちに任せて厨房へ料理を取りに行きました。


「…………」

梓ちゃんは不機嫌そうに、そして何かを言いたそうに私をちらちらと見やりながら顔はそっぽを向いているのでした。

私は何も言えませんでした。

常連のお客さんにも「居なくなっちゃうのかい」「さみしくなるねえ」なんて言われて、こんなにも私を好いてくれる人がいるのだと思うと余計に寂しさが募ります。

実際、今すぐに帰らなくてはならない理屈はないのです。
あともう少しだけここに残るという選択肢もありました。
しかし今までずっと待ってくれていた菫の事を思うと、やはり一刻も早く帰らなければならないと思うのでした。


決意が揺らがないうちに決めてしまおう。


お昼が過ぎてお客さんが少なくなり、店内も落ち着いてきた頃、私はみんなにお別れを言いました。

「今日!? それはちょっと急なんじゃ……」と唯ちゃん。

「このまま菫を一人で帰らせるわけにはいかないわ」

「明日じゃダメなのか? 菫ちゃんも一緒に泊まってさ……」

「私はともかく、菫まで一日帰ってこないとなると叔父さまが心配するから……」

澪ちゃんは何も言いませんでしたが、その眼差しには明らかに私を引きとめようという意志がありました。

「ごめんね、みんな……私、少し長く居すぎたみたい」

その言葉でりっちゃんも唯ちゃんも「そっか……」と諦めたように肩を落とすのでした。


そんなわけで私は今、ホテルの部屋を片付けている最中でした。

「素敵なところだね。お姉ちゃんが言ってた通り」

菫は壁に寄りかかりながら私が荷物をまとめているのを眺めていました。
と言っても大した量ではありません。
荷造りはすぐに終わりました。

「……もういいの?」

「ええ……行きましょう」

私は荷物を持ってホテルから出ました。
ふと振り返って見上げてみると、最初にここへ来た時の景観のひどさを思い出して一人で笑ってしまいました。
みんなで掃除をして綺麗にはしたけれど、建物全体のどうしようもない古さは何も変わっていません。
しかし今はこのかび臭いホテルをどこか愛おしく感じるのでした。

「きゃっ!?」

「そこ足元危ないから気をつけて……って言おうとしたのに」

転びそうになる菫の手を取り、なめらかな下りの道を二人で歩いて行きます。
向こうに鮮やかな青の海が見えました。

……ここで暮らし、ここで働いてきた日々は私にとってかけがえの無い経験になりました。
友達と呼べるような人も出来ました。
けれど、私には帰る場所がある。
お互いに手を取り、支え合って生きていきたいと思える大切な人がいる。
だから私はこの『さいはてのカフェ』をひとかけらの思い出にして胸の奥に仕舞っておくことにしたのです。

これは決して悲しい別れではありません。
むしろ素敵な事なのだと私は気付かされました。
しかしその事に気が付かず、傷ついたままの人がここにはまだ居る。
私はどうしてもその人に自分の思いを伝えなくてはいけないと思いました。

「菫、先に行っててくれる?」

「どうかしたの? 忘れもの?」

「まあ、そんなところ」

カフェの前にはきっと唯ちゃんたちが待っていて、私たちを見送ろうとしているに違いありません。
けれど、おそらくそこに梓ちゃんは居ないでしょう。
不思議とそんな確信がありました。

……梓ちゃんは厨房にいました。
なにやら忙しそうにシンクを洗ったりレジの帳簿を確認したりしています。
私が裏口から入って来たのも気が付いていないようでした。

「梓ちゃん」

声をかけるとびっくりしたように振り返って、それからまたいつものように顔をしかめてふいと視線を逸らすのでした。

「まだ帰ってなかったんですか」

「うん……梓ちゃんにきちんとお別れ言ってなかったから」

「そんなのいらないです。客が帰るのをいちいち気にしてたら仕事になりませんから」

「じゃあどうしてそんなに寂しい顔をしているの?」

梓ちゃんはふと作業していた手を止めて私の方を振り向きました。

「……あなたがこの店に来たせいで」

苦々しく、それでいて切ないような瞳をまっすぐに私に向けて、小さく呟きました。

「あなたが来て店を掃除したせいで、汚しちゃいけないって余計な気を使う羽目になりました。おかげで居心地が悪いったらないです」

「……うん」

「ホテルまで綺麗にして、誰がそれを維持しなくちゃいけないと思ってるんですか」

「…………」

「こんなしょぼい店で紅茶なんて、身の丈に合わない事をしたせいで大勢お客が来て迷惑なんですよ。無駄に忙しくなっただけじゃないですか」

「…………」

「そのくせ律先輩も澪先輩も自分のやりたい事を見つけたとか言って全然手伝わなくなったし」

「…………」

「挙句の果てにはあなたまで居なくなって、そしたら誰が紅茶を店に出すんですか? お客さんが減ったらどう責任取るんですか?」

「…………」

「みんなそうやって私の元から離れていく……あなたも、憂も、みんな」

「それは違うわ」

「何も違くないです」

「梓ちゃんは気づいてないだけなの。自分のせいだって思いつめて、後悔して、殻に閉じこもってる」

「…………」

「梓ちゃんは変われるのよ。前に進もうと思えば出来るはずなの。りっちゃんや澪ちゃんが変わる事ができたように。そして、唯ちゃんも憂ちゃんもずっとそれを待ってる」

「…………」

「私にとっての菫が帰るべき場所であるように、憂ちゃんもきっと梓ちゃんの元に戻ってくるわ」

「……でも」

梓ちゃんが反論しようとするのを遮って、私は言いました。

「約束しましょう。私はいつか必ずここに戻ってきます」

「その代わり梓ちゃんも音楽を続けて欲しいの。きっとみんな喜んでくれるわ」

「……そんなの……誰も私の音楽なんて……」

梓ちゃんは急に弱弱しくなり今にも泣き出しそうな声で呟きました。

「私は梓ちゃんの音楽をもっと聴きたい。誰のためでなくてもいい、ただ私のために続けて欲しいの……だって私は梓ちゃんのファンだから」

「………」

それだけ言い終わると、私はじっと彼女の返事を待ちました。
そして不意に梓ちゃんが呆れたような笑みを口元に浮かべて、

「どこまでお人好しでお節介焼きなんですか、あなたは」

「…………」

「一方的に約束を突きつけられて、ハイそうですかと納得できるわけないじゃないですか」

「…………」

「……条件があります」

「条件?」

彼女の表情は吹っ切れたように晴れやかでした。

「約束は守ります。だから、あなたが戻ってきたら私に紅茶の淹れ方を教えてください」

私は満面の笑みで「うんっ!」と頷きました。


それから私と梓ちゃんはお互いに別れを告げ、唯ちゃんたちに見送られながら『さいはてのカフェ』をあとにするのでした。……


…………。

……――潮風が心地良い沿岸を駅に向かって歩いていました。

まるで夢の世界の出口のように、行く手に紫陽花たちが群がっています。

ふと、もしかしたら本当に夢だったのかも、なんて考えて来た道を振り返ってみると『さいはてのカフェ』はもうすっかり遠くになって見えなくなっているのでした。

「どうしたの?」

突然立ち止まった私を見て菫が尋ねました。

「……ううん、なんでもない」

菫の手を握って、私は歩き出す。
あの日ひとりぼっちで歩いた道を、今は二人で歩いている。
それなのにこの泣きたくなるような胸のざわめきは何故でしょう。

思い返せば、あっという間の日々でした。

長いようで短かった旅。

しかし私の出会いの物語はまだ終わりではありません。

今は別れの時かもしれないけれど、いつかきっと私はここへ戻ってくる。

この海の見える町で、もう一度あの演奏を聴くために。

私の、もうひとつの帰る場所のために。

だから私は、この切ない気持ちだけは思い出にしないでおこうと心に決めて、歩き続けるのでした。


 ~ Fin.


――――――
――――
――

私は読み終えた本をパタンと閉じて、窓の外の夜をぼうっと見上げました。

……澪ちゃんったら、まるで梓ちゃんがその曲を作ったみたいじゃない。
確かに梓ちゃんは私に曲を弾いてくれはしたけれど、それは元々ある映画の劇伴で……なんて、どうして私が言い訳みたいな事を考えているのかしら。
私は懐かしさと一緒に思わず「ふふふ」と笑いを洩らすのでした。

小説と一緒に送られてきた手紙によると、売れ行きはまあまあのようです。
私としてはちょっと恥ずかしい気持ちもあるけれど、これで澪ちゃんも一端の小説家として活躍できるなら気分も良いというものです。
それから、りっちゃんも無事就職できたとの事でした。
就職祝いに騒ぎすぎて梓ちゃんに怒られた、なんてエピソードも手紙に書いてありました。
澪ちゃんの呆れて突き放したような文章が妙に面白くて、そこだけ何度も読み返したりしました。

そして、手紙の最後のこんな一言が、私の心をざわざわと駆り立てるのでした。


『追伸:憂ちゃんが戻ってきました』


澪ちゃんも意地悪です。
こんな風に書かれたら、否が応でもその顛末を知りたくなってしまうではありませんか。

私はカレンダーを見て、次の休暇があと何日後になるか数えました。
しかしどう見積もっても数週間は先になりそうです。
それだけ私のこちらでの生活は多忙でした。
せわしない社交界の暮らしも嫌いではないけれど、この本と手紙を読んでしまうと、あの奇妙に楽しい日々のことが思い出されて居ても立ってもいられなくなります。
そうして何度も手紙を読み返しているうちに私はとうとう我慢できなくなり、

「菫! 菫はどこ?」

「どうかなさいましたか、お嬢様」

「あっ、居た居た。あのね、明日なんだけど……」

私はこそこそと辺りを憚るように相談します。
菫は私の無茶な要求を黙って聞いてくれました。

「……分かりました。なんとかしてみます」

「本当? 大丈夫?」

提案した私が言うのもなんですが、丸二日スケジュールを空けられるほどの余裕なんて無いはずなのです。
しかし菫はやけに自信満々といった様子でした。

「もしダメだったら、その時は二人でこっそり抜け出せばいいんです。……もちろん怒られる時はお姉ちゃんも一緒だからね」

そう言っていたずらに舌をペロっと出すのでした。
なんて大胆な計画。
でも、なんだか楽しそう。

私はそれから菫と一緒に明日の計画を練りました。

唯ちゃんは元気にしてるかな。
憂ちゃんってどんな子なんだろう。
りっちゃんはお仕事で忙しかったりするのかな。
澪ちゃんの書斎に遊びに行くのもいいかも。
梓ちゃん、音楽をちゃんと続けてくれてるよね。

それから、カフェへ行ったらあの美味しいカルボナーラを菫にも食べさせてあげなきゃ。
そしてみんなで期間限定メニューを注文しよう。
梓ちゃんと一緒に淹れた紅茶を、みんなで。

おわり

ムギちゃん誕生日おめでとおおおおお

一応、元ネタを紹介しておきます
といっても分かる人なら紹介するまでもなくピンとくると思いますが…
次レス反転↓

元ネタはミニシアター系映画の傑作「バグダッドカフェ」です
もっと言うと、バグダッドカフェを元ネタにしたアニメ戦国コレクション第7話の方が内容的には近いです
タイトルはジブリの「魔女の宅急便」から(あんまり内容と関係ないですが)

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