紬「玻璃色鉢と青文魚」 (54)

「アイドルマスターミリオンライブ シアターデイズ」内キャラクターの「白石紬」のSSとなります。
地の文が存在します。苦手な方はご遠慮ください。

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時々、確かめるようにビー玉を覗いてしまう事がある。
少女が「綺麗だ」と呟く視線のその先は、どこまでも見え透いている。
忘れてしまいたいわけではない、もう一度戻りたいわけでもない。

考えてしまうのだ。見え透いた日々を続けていた私は、どうなっていたのか。
あるがままの日常を受け入れた私は、誰と出会い、何をしていたのか。そこに、今この場所で感じているような、充足感はあったのか。
もしかして、明瞭な未来がある分、今よりも幸せだったのではないかと。

それでも、と踏み出した不透明な記憶の始まりは、街中のグレーに木々の緑が溶け込んだ早夏に遡る。

 
嫌な湿り気を含んだ風がじっとりと肌を撫でた。息苦しさに身をよじれば、途端に世界が水の底へと沈んだ。
硝子の鉢越しに見渡した部屋の中には、いつもと変わらぬ鉄紺の風景が広がっていた。燻銀の尾を棚引いて、一匹の青文魚が息苦しそうに私の前を横切った。

ゆっくりと詰まった息を吐き出せば、泡は輪を形作って天井へと昇りつめていく。

「起きなければ」思えば思うほど、体は水圧によって押しつけられる。それに逆らうようにして、重い体を水床から起こした。
 

 
ふらふらとした足取りのまま、部屋を出て洗面所へと向かう。ピシャリ、と音を立てて頬を打つ冷たい水に、意識と肉体が結合していく。二回ほど冷水を打ちつけた所で、白石紬という女性は目を覚ました。
呉服屋ならではの、反物のタオルで顔を拭って鏡を見る。不自然に跳ねた後ろ髪を確認し、私は紅のつげ櫛を手に取った。
 

 
「ありがとうございました」
 
深くお辞儀をして、お得意様を見送る。例え相手が顔見知りであろうとも、粗相なく、礼儀正しく在れと、幼いころから母親にお小言のように言われてきた。
それもあってか、私は10を過ぎる頃から、父や母が不在の時、店を任されるようになっていた。しかし不思議と、そこに充足感はなかった。
 
子どもながらに、この店を継ぐのだと理解していたからかもしれない。もしくは、そうなる事が当然だと自分に言い聞かせていたのかもしれない。
 

 
返却していただいた銀朱の着物の手入れを裏で行っていると、やや力強く店の扉が開かれた。触れていた手を一旦止め、店先へと戻る。
 
「すいませーん、765プロの者です! 借りていた衣装をお返しに来たんですけど……」
 
私が彼に抱いた第一印象は、冴えないサラリーマン、というものだった。
 
芯の細い体つきに、濃いネイビーのスーツが似合ってはいるが、どこか頼りなさを感じさせる顔立ち。なるほど、このような顔立ちに庇護欲を掻き立てられる女性がいるらしいが、はっきり言って私の好みではなかった。
 

 
「ようこそ、おいであそばせ」
 
どの客にもそうするように、私は両手を腹部の前で結び、スーツ姿の男性にお辞儀をした。顔を上げてみれば、何かに驚いたように彼は立ちすくんでいた。
 
765プロ……確か、この店が舞台衣装として加賀友禅の着物を貸し出していた場所だ。何でも、父の知人がその会社の社長として勤務しているらしい。もしかすると、父絡みの用件なども抱えているかもしれない。
 

「生憎と今、父が留守にしているもので……ご用件は、私が承ります。765プロさん……お貸ししていた舞台衣装ですね。うちの着物、お客様方には喜んでいただけましたか」
 
再び声をかけ、舞台衣装が畳まれた箱が入った紙袋を受け取っても、ネイビーのスーツは揺れる事なく、その場で硬直していた。実際は、白石紬という女性をじっと見つめていたという事に気がつくのは、そこから数秒もかからなかった。
 

 
見られる事には慣れていた。10にも満たない娘が、この店を任されていた時から、奇異の視線を感じる事は幾度もあった。それが憐れみだったのか、それとも物珍しさからだったのか、視線に込められた感情も、今の私にはわかるようになっていた。
 
だが目の前に立っている男の、視線に込められた感情は不可思議だった。
 
期待、不安、喜び、納得、疑心。驚くべきことに、全てを均一にミキサーでかき混ぜたかのように、不透明。
 

 
「そのように……人の顔を、穴の開くほど見つめるのは、どうかと思いますけれど」
 
そのような視線を浴びて、口をついて出た言葉は不安からのものだったかもしれない。今まで、そのような視線を向ける人間に、出会った事がないからこその不安。
そんな私をよそに、その男の口から出た言葉は私の予想を越えたものであった。
 

 
「あっ……ごめん。君があまりに魅力的で、つい」
 
バツが悪そうに私から目をそらした彼は、その顔からは想像もできないような形で、白昼堂々、ナンパを行ってきた。
 
その言葉の真意を捉えようと、私は必死で考えを巡らせた。このような店で、初対面の相手に対して、この時間帯に、口説き文句をかける男。
 

 
「人を呼びます」
 
黄色信号が、オールレッドに染まった瞬間であった。不安が警戒へ向かって高速道路を走りだし、比較的涼やかな店内であるというのに、嫌な汗が背中を伝う。
 
「い、いや待ってくれ! 今のは別にナンパとか、そういう事じゃなくて……!」
 
自分の失言に気づいたのか、今までとは打って変わって濃紺のスーツが大きく揺れた。頼りなさげな顔が、余計に頼りなさで染まっていく様子を見て、警戒は再び不安へと逆側車線を走りだした。
 

 
「実は765プロでは、新しくアイドルになってくれる子を探しているんだ」
 
しどろもどろになりながら、彼は私に事の経緯を説明してくれた。まず、自分は怪しい者ではなく、765プロのアイドルをプロデュースする立場の人間である事、次に、今言った通り、765プロでは新しいアイドルの卵を探しているという事。
 
話を聞くうちに、私の彼への警戒心は溶けていった。人をプロデュースする立場の仕事をしているという事だから、その話術は彼の才能によるものでもあっただろう。
 

 
しかし、話の最後に結ばれた言葉が私を悩ませた。
 
「君は……アイドルに興味ないか!?」
 
「えっ……私が?」
 
何故私なのだろう、それが率直な感想であった。呉服屋の娘、という事で学校では多少目立つ事はあった。しかし、何か率先して物を行うという事はなかったし、矢面に立たされるという事もなかった。
 
そんな私が、今まさに白羽の矢を立てられている。それがどうも不可解で、理由を考えてみても、不明瞭な言葉が浮かんでくるだけであった。
 

 
「君をひと目見て感じたんだ。この子なら、アイドルになれるって!」
 
どこまでも明瞭な理由と、いつになく自身に満ちた顔が私の瞳を見つめた。今まで好みではないと感じていたその顔に、見惚れてしまったのは何故だろうか。吸い込まれそうな彼の瞳を見つめ返すと、頭の奥が、ズキンと痛んだ気がした。
 
「私、は……」
 

 
どう返事をすればよいのか、わからないまま私が口を開いた時、終わりを告げるかのように電子音が鳴り響いた。驚いて目線を反らし、スカートのポケットを見やるが、音の出所はそこからではないようだった。
 
「律子から電話……あっ、もう新幹線の時間か! くっ、とにかく……」
 
着信音の鳴り響く携帯電話をよそに、彼は音の源とは反対側のポケットに手を入れた。長方形のプラスチックケースが取り出され、その中から一枚の紙が、彼の手に滑り落ちた。
 

 
「これ! 興味が湧いたら、そこに連絡してほしい! 俺は本気だから! それじゃ!」
 
「あっ、あの……」
 
その紙を強引に私の掌に押しつけると、勢いよくスーツを翻し、彼は店を出て行ってしまった。そのあまりの手際の良さに、私はしばらく呆然としていた。数秒の後、ハッとして手元に残された名刺を確認する。
 
「765プロダクション プロデューサー……」
 

 
彼の名前を指でなぞりながら読み上げた。そこに実感はなかった。
 
あっという間に現れて、あっという間に去って行ってしまった人。忘れてしまえばよいものを、しかしどうしてか、脳裏にはあの自身に満ちた顔が、何かと重なって離れない。
 
「そんなん、いきなり言われても……。うち……」
 
視線を落とすと、彼のアイドル達が借りて、そして歌い、踊ったのであろう、色とりどりの加賀友禅の着物の入った箱が、目に飛び込んできた。
 

 
数秒の葛藤の後、紙袋から箱を取り出して開く。これはあくまで貸し出した品の確認に過ぎない。
 
白と臙脂を基調とした、春の錦を彷彿とさせる装いから、加賀五彩からは外れるものの、人気の高い黒色を地とした、中睦まじい鴛鴦の様子が描かれたもの、そして瑠璃のベースの上に金魚をあしらった表地に、菖蒲色を裏地とした落ち着いた雰囲気のものまで。
 

 
私がこのような衣装を着て、歌い、踊る様子を想像しようとした。しかし、それが困難である事は、経験上すぐにわかってしまった。
 
確かに私は呉服屋の一人娘である。だからと言って着物を着る機会に恵まれている、というわけではない。店として必要な式典には基本的に母が参列するし、日常的に、着物を着る機会など滅多にない。最後に着たのは、いつの事だったか。
 

 
「どうしたら……」
 
問いに答えてくれる誰かが、そこにいるはずはなく。私は箱を手にしたまま、立ちつくすだけだった。
 
結局その日の事は、親にも話す事ができなかった。私の中で、どうするか、どうしたいかが決まっていなかったからだ。
 
部屋の中では、青文魚が息苦しそうに、鉢の中を泳ぎまわっていた。
 

 
無理に眠ったというのに、次の日の目覚めは、存外、快適なものであった。ただ、すぐに起き上がろうと思えなくて、また金魚鉢越しに世界を見つめた。
水底に沈んだ部屋を眺めて、深く息を吐きだした。途端にしんとした世界は、まるで時間が止まったかのように静かだ。
 
ただ、世界の中、一点だけ、輝くような白が目に止まる。起き上がり、机の上の名刺を手にとって再び彼の名前を指でなぞった。
それは、あの出来事が夢ではない事を証明していた。
 

 
「おはようございます」
 
教室に挨拶をしながら入ると、少々のざわつきの後に、何人からか挨拶が返ってくる。
 
挨拶を返してくれたクラスメイトに、改めて挨拶をしながら自分の席に座り、読みかけだった一冊の文庫本を鞄から取り出した。
 

 
内容に興味はなかった。ただ、学校に来て、授業が始まる前、間の休憩時間、する事もなかったから、タイトルに惹かれて古本屋で買ってみただけであった。
 
だが、いつの間にか私はその本に見入ってしまっていた。実際には文庫本というよりは絵本に近い。赤い金魚が住んでいた鉢の中に、黒い金魚がやってきて、恋に落ちる、といったシンプルな物語だ。
 
だが、短く簡素な一言、一言で語られるからこそ、描かれる二匹の恋は非常に印象に残る。
 

 
ちょうど本を読み切った辺りで、教室の一角が非常に盛り上がりを見せている様子が目に入ってきた。何が起きているのか、本から視線を外して見ていると、先ほど挨拶を返してくれたクラスメイトが話しかけてきた。
 
「白石さんも、アイドルに興味があるの?」
 
その一言に、私は過剰なまでに体を揺らして反応してしまったと思う。それをおかしいと思うような相手ではなかったのが幸いだった。
 

 
少々の逡巡の後、控えめに首を縦に振った。彼が私を誘った世界を、見てみたかった。
 
「あ、やっぱ女の子だもんね、絶対に憧れる時期とかあるよねー。ほら、これ、この前金沢でやった、765プロダクションのライブの様子だよー」
 
そう言ってその子は、私にスマホの画面を向けた。画面の中では見覚えのある衣装を纏った少女達が歌い、踊る様子が鮮明に映し出されていた。
 

 
衣装だけではない、赤、青、緑、黄、紫、瞬きをする度に変化するレーザーライトが、スポットライトが、ステージを、観客席を染め上げる。
 
だがやはりその中心に居るのは、輝かしいばかりの存在感を放っているのは、彼のアイドル達に他ならない。
 
「……楽しそう、ですね」
 
思わず口をついて出た言葉は、本心であった。光に包まれた彼女達は皆、笑顔で、観客も皆、笑顔で。
 

 
ただその場所は、私から見ればあまりにも眩しすぎた。そこは、本の中の赤い金魚が憧れた、玻璃の鉢の外の世界。
 
「だよねー! こんな衣装を着て、歌って踊ったら、楽しいだろうなー」
 
画面の中のアイドル達の真似をしながら、クラスメイトは盛り上がりの中へと消えて行った。そうだ、本当なら憧れて、ただ通り過ぎるだけに過ぎない存在。
 
「……断ろう」
 

 
その結論が出るまで、数分とかからなかった。ホームルーム開始のチャイムが鳴る。
 
盛り上がりを見せていた生徒は皆、自分の席へと戻っていく。まるで、花びらが散っていくようだった。
 
教員が入ってくると同時に、誰かが起立の合図をした。
 

 
家に帰ると、母が金魚鉢の掃除をしていた。
そういえば昨日洗おうと思っていたのだが、スーツの彼のせいですっかり頭から抜け落ちてしまっていたらしい。
 
「ありがとう、お母さん」
 
「紬が飼いたいって言ってここまで飼ってきたんだから、大切にしなさいよ」
 
「うん」と返事をして、手伝いに入ったところで、先ほどの母の言葉に違和感を覚えた。
 

 
「ねぇ、お母さん。この金魚って、私が飼いたいって言ったんだっけ」
 
その言葉に、母は最初驚いたような表情をしていたが、「ああいや、もう10年くらい前の話だしねぇ」と呟いて、昔を懐かしむように目を細めた。
 
「あんたが7歳の時、七五三の帰りに、夏祭りに寄ったのよ。そこで金魚すくいをやりたい、って言いだしてね」
 

 
その頃の記憶は、今まですっかり抜け落ちてしまっていたようで、母に言われてようやく思いだせた。そう、私は夏祭りの金魚すくいの屋台にかじりついて、何度も何度も挑戦して。
 
「何度も何度も失敗して、でもどうしても金魚が欲しくて……」
 
何故少女であった私が、そこまで金魚に固執していたのかはわからない。しかし、その出来事は、今の私の金魚好きに続いているのは確かだ。
 

 
「うんうん。あの時はびっくりしたわ。普段ワガママなんて言わない子どもだったから」
 
祭囃子の太鼓の太鼓や笛の音、どこから漂ってくるのかわからないりんご飴の甘い香りや、焼き鳥の香ばしい匂い。
楽しそうに頷く母の横で、私は当時の様子を思い出しながら、懸命に言葉を紡いだ。
 
「何度も挑戦してたら……おじちゃんが、一匹くれるって、言ってくれて」
 

 
「それで、珍しい種類だったろうに、この青文魚をくれたのよね」
 
ちらりと別の容器に移された青文魚を見やれば、相も変わらずに息苦しそうに泳いでいた。いいえ、この子は昔からそういう泳ぎ方ばかりしていた。
 
「あ……」
 
そこでようやく、繋がった。
 

 
私は約束をしていたのだ。多分それは、あの金魚すくい屋のおじちゃんなりに、どうしても金魚を自分の手ですくった上で、自分の物にしたかった私を納得させるためのものであったのだと思う。
 
「嬢ちゃん、将来の夢はなんだい」
 
しゃがれ声で、今思えば少し怖いとも思える風貌をしていたおじちゃんに、私は目を輝かせて答えていた。
 

 
「あんね、キラキラした所で、うちの着物を着て、踊ったり、歌ったりするの!」
 
そうだ。女の子なら、誰だってそういった物に憧れる時期があると、朝に言われたばかりではないか。何故あの時、思いだす事ができなかったのだろう。
 
「そうかそうか。じゃあこれは、そんな嬢ちゃんへの先払いだ」
 
おじちゃんは私の夢を聞き届けると、笑顔を浮かべて青文魚が入ったビニールの袋を渡してくれた。
 

 
「さきばらいー?」
 
ビニールの袋を受け取って、私は首をかしげていた。当時はそんな難しい言葉、知らなかったから。
 
「そうだ。嬢ちゃんの夢が叶った時、そいつのぶんのお金を返してくれればいい。大丈夫さ、だってな」
 
ああ、そうか、私があの人の顔を忘れられないのは―――
 
「一目見てわかったんだ。嬢ちゃんなら、アイドルになれるってな!」
 
あの時のおじちゃんと、同じ顔を、同じ瞳を、していたから、だ。
 

 
「……紬?」
 
母親に首をかしげながら声をかけられる。いつの間にか、記憶を思いだす事に夢中になりすぎて、手が止まってしまっていたようだ。
 
「あのね、お母さん」
 
姿勢をただし、母と向き直る。私のただならぬ様子に、何かを感じとってくれたのか母も居住まいを正して、私を見つめ返した。
 

 
息が詰まる、口の端々から「何でもない」がこぼれ落ちそうになる、酸欠のような眩暈に襲われる。だが、私はすぅと息を吸い込んで、その心地よい緊張感に浸ったまま母に告げた。
 
「お父さんが帰ってきたら……二人に、話したい事があるの」
 

 
「よかったんですか、あなた」
 
「いいんだ」
 
紬の母からの言葉に、父は彼女の方を向く事なく、短く答えた。手元では卸したばかりの着物の選別作業が行われている。
 
「それに、あいつの所なら信用できる」
 
彼がどのような表情をしているのか、紬の母は伺い知る事はできない。ただ、それでも彼が何を考えているのかを感じとる事はできていた。
 

 
「あの時もそうでしたよね。金魚すくいの時」
 
作業が行われていた手がピタリと止まる。きっと彼は今、非常にバツの悪い顔をしているのだろう。
 
「金魚すくいに2000円も使わせて、挙句に自分まで参加して。私には秘密だ、とまで含ませたんですって? 生き物を飼うための相談もなしに……」
 
「……昔の話だ。それに、あいつが何かワガママを言ったんなら、俺はそれを叶えてやりたい」
 
「それは私も同じ気持ちですけれど……たまには、私の意見も聞いてくださいな」
 

 
ため息をつくフリをして、紬の母の口元には笑みが浮かんでいた。
 
何だかんだ、紬は父親似であるのだ。滅多にないが、何か物事を一回決めたのなら、どんなに後から口を出しても、それを曲げないところがそっくりだ。
 
「何が紬をそんなに変えたんだろうな」
 
ぽつりと呟かれた父の言葉に、母は肩をすくめた。
 
「さぁ? 紬をその気にさせた、罪深い方でもいらっしゃるんじゃないですか?」
 

 
ふと、ビー玉を覗いて思い出した。
自らヒビを入れ、透明だった日常を不透明に染め上げた時の事を。
 
「紬さん、ラムネをお飲みになるのは初めてですか?」
 
私が手にしたラムネを眺めていると、ブロンドの二つ結びが可愛らしく揺れた。もし、彼がここにいたなら、辛辣な言葉で返そうものだが、相手が相手だ。恐らく、彼女は本心からそう思い、心配してくれているのだろう。
 

 
「いいえ。少し、気になってしまって」
 
カラカラと瓶の中のビー玉を鳴らすと、エミリーは頬を綻ばせた。
 
「ビー玉、ですね。私も初めて見た時驚きました! とても風情があって、美しくて……日本の方々は、素晴らしい物をお作りになります……あら?」
 
しかし、彼女は私のラムネ玉を見ると、困ったような顔立ちで告げた。
 

 
「Uh……中が、ひび割れてしまっていますね。……私のものと、取り換えますか?」
 
「大丈夫です。こちらで構いません」
 
エミリーの気遣いをやんわりと断ると、私はラムネに口を付けた。ひび入りのガラス玉がカラン、という小気味いい音を立てて、舌の上に清涼な味わいが広がった。
 
横目に見えた青文魚は、息苦しそうに口を開閉させてはいたが、こころなしか嬉しそうに見えた。

 
 

 

 
ただそれでも、青文魚は息苦しいまま。さてはて、鉢の出口はどこへやら。目印の花菖蒲は、どこへやら。
 
と〆させていただきます。
 
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
 

セイブンギョ始めて知ったかも
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この感じいいね、乙です

白石紬(17)Fa
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>>45
エミリー(13)Da/Pr
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このSSを書くにあたり、非常に参考にさせていただいたサイト様。

シラムネ様 「白んだ空、胸は明かず」より「白石紬ソロ曲「瑠璃色金魚と花菖蒲」の個人的解釈」
http://siramune.hatenadiary.jp/entry/2017/06/30/222128

作中に出させていただいた文庫本。

著:坂崎 千春様 「金魚の恋」
https://www.amazon.co.jp/%E9%87%91%E9%AD%9A%E3%81%AE%E6%81%8B-%E5%9D%82%E5%B4%8E-%E5%8D%83%E6%98%A5/dp/410429201X

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