比企谷八幡(22)「やはり俺の就職活動は間違っている」 (987)

ガガ文庫 渡航 「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」SS

6巻までのネタバレを含みます。本編の5年後が舞台です。

副題 〜または彼は如何にして就職活動を止めて美人過ぎる県議(25)の秘書になったか〜

大学4年の八幡と、主に雪ノ下姉妹のはなし。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1354984989

「比企谷 八幡様

謹啓 時下ますますご清祥の段お喜び申し上げます。

このたびは当社の採用試験にご応募いただき、厚くお礼申しあげます。

さて、試験の結果につき慎重に協議いたしましたが、
誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくことになり、
貴意に添えぬ結果となりました。

ご期待に応えられず申し訳ございませんが悪しからずご了承の程を
お願い申しあげます。
                               
末筆ながら今後の貴殿のご健闘をお祈り申し上げます。
              
敬 具

●●社 人事部採用担当 ××」


八幡「…………(そっ閉じ)」

八幡「また、お祈りメールか」

八幡「これで100社目の不採用…さすがに凹むな」ズーン

八幡「…4回生の秋になって、無い内定。どうしてこうなった」


雪乃「…それは、面接の印象があまりに悪いからでしょう」

八幡「……うぉわっ?!」ビクゥ

雪乃「こんにちは、お邪魔してるわよ」

八幡「お、お前いつの間に?! どこからはいったんだよ!!」

雪乃「失礼ね、ちゃんと玄関から入ったわよ? インターホンを押しても反応がないので合鍵を使わせてもらったけど」

八幡「…いつ作ったそんなもん」

雪乃「作ったわけではないわ。小町さんから預かったのよ…様子を見に行ってあげてくれって」

八幡「俺のアパートの鍵が、なんで住人の与り知らぬところで勝手に遣り取りされてるんだよ…何考えてんだあのアホシスター」

雪乃「電話にもメールにもろくに反応しないあなたが悪いんじゃない…近所と昔馴染みの誼で、わざわざ足を運んであげている優しい元・同級生に感謝してほしいわね」

八幡「ありがとうよ。お帰りはあちらです」

雪乃「…また、不採用だったのね?」

八幡「ぐ……」

雪乃「話を戻すけれど、やはり面接の印象の問題だと思うわ…今までも、書類選考までは何度も通過していたじゃない」

八幡「……まぁな」

雪乃「大学も名前の通った私立大学だし、成績も決して悪くない。でも、それを上回るくらい、面接がヒドすぎる」

八幡「何で知ってるんだよ」

雪乃「情報源は秘匿するわ。目が腐っていて第一印象が悪いのはいまさらだけれど…」

八幡「…オイ」

雪乃「質問や会話の反応がネガティブ。挙動不審。何考えてるのかわからない」

八幡「……ぐ、ひ、否定はできないけど」

雪乃「志望動機をきかれて『他人とあまり関わりを持たずにできそうな仕事でしたので』とか、自己紹介で友達がいないのをアピールしたりとか、貴方、本気でバカなの?」

八幡「しょ、正直と言ってくれ…」

雪乃「ただの社会不適合者じゃない…… 落とされて当然よ(フゥ)」

八幡「(ずーん)」

雪乃「…ちょっと言い過ぎたかしら」

八幡「かなりな。ま、正論だし付き合いも長いから慣れてるけどよ」

雪乃「……何か、将来の夢ややりたいことってないの?」

八幡「どっかいい会社に入って、仕事のデキる女子を見繕って早々に結婚。寿退社して専業主夫になる(ドヤァ)」

雪乃「…比企谷くん、私は真面目に聞いているんだけど?」

八幡「…俺だってまj……スマン、悪かった。笑顔で殺気を向けるのはよせ、怖いから」

雪乃「………バカ」

八幡「………そうだな。正直なところ、やりたいことはある(チラッ)」

雪乃「………?」

八幡「でも、どうすればいいか、具体的な道筋がわかんねぇんだ」

雪乃「……その、やりたいことって、何?」

八幡「悪いが、今は言いたくない(キッパリ)」

雪乃「……そう。いつか、話してくれる?」

八幡「……方法が見つかったらな」

雪乃「…それでいいわ。さて、それじゃ、台所を借りるわね」

八幡「…お、おぅ?」

雪乃「ご飯、まだでしょう? 何か、作ってあげる(ニコ)」

八幡「あ、ありがたいけどいま、材料が…あ、その袋」

雪乃「ちゃんと買ってきてあるわ。最初から、そのつもりだったの。小町さんから、最近元気がないって聞いてたから」

八幡「……まったく、かなわねぇな。けど、いくらなんでも悪いからせめて手伝うよ」

雪乃「…じゃあ、一緒に作りましょうか。比企谷くんはまず、ご飯の準備をお願い」

八幡「OK。あ、前においてったお前のエプロン、そこにかかってるから」

雪乃「了解、これね?」

八幡「……ふー、御馳走様」

雪乃「……お粗末様。そこまで美味しそうに食べてくれれば、作った甲斐があるわ」

八幡「……すげぇ美味かった。さらに腕を上げたな」

雪乃「…あ、ありがとう///」

八幡「…専業主夫希望としちゃ、家事の腕でまったく及ばない点は、多少忸怩たるものがあるけどな」

雪乃「…まだ言ってるのね、それ。まぁ、男性としては、比企谷くんもそこそこのレベルだとは思うけれど?」

八幡「そういえば、お前就職先もう決めたの?」

雪乃「まだよ。内定をもらった中から、マスコミ関係を中心にどれにしようか考えているところ」

八幡「……どこも、超一流企業だな」

雪乃「そうね。入れるところは結局一社だけだけれどね」

八幡「マスコミか…ま、向いてると思うぜ。お前、高校時代、『この世界を変える』とか真顔で言ってたもんな」

雪乃「…よく覚えてるわね」

八幡「今だから言うけど、当時はぶっちゃけ、『こいつ正気か』と思った。行きつく先はテロリストか独裁者か…オイやめろ。すみません冗談です」

雪乃「…思い出話とはいえ、口には気をつけなさいね? (コホン)あ、あれは若気の至りよ。さすがに今はそんなことは言わないわ///」

八幡「そうか? …でもまぁ、真っ直ぐで純粋、理想主義者なところは変わっていないだろ。報道の仕事ってのは、向いてるんじゃないか」

雪乃「…ありがとう。貴方にもきっと、そのうち向いている仕事が…見つかる、かも?」

八幡「おい、なんでそこ疑問形にした」



とりあえず、書き溜めはここまで。
更新また近いうちに。

TVをつける。ニュースを聞き流しながら、ぼんやりと目の前の…高校時代から5年の付き合いになる元・同級生のことを考えた。

総武高校を卒業後、俺と雪ノ下、由比ヶ浜はそれぞれ、都内の大学に進学した。俺は都の西北にある私立某大学の法学部。
雪ノ下は結局、進路に文系を選び、某国立大文�に現役合格。由比ヶ浜は、私立某大学の文学部に。

同じ都内とはいえ学校も学部もちがう。高校時代に少なからぬ時間と思い出を共有し、それなりに深めてきた奉仕部の3人の
関係…それもここで自然消滅し、もう会うこともなくなるだろう。正直そう思い、覚悟もしていた。

だが、予想に反して、卒業後3年半を経た今もまだ、俺たちの交友関係は続いている。
これには、由比ヶ浜の果たした努力が最も大きかったと思う。いろいろな理由をつけては、俺たちを旅行やイベントに連れ出そうとした。
彼女のそういった気配りがなければ、やはり最初の1年のうちに、俺たちの付き合いは廃れていたのではないだろうか。

とはいえ、俺も雪ノ下もそれに応じたのは、この関係を維持したいと、それぞれが強く思っていたからだ。
これまでの人生で、他人との関係がここまで長続きしたことは、一度もなかった。 …今は、あの出会いと結ばれた縁に正直、感謝している。

入学後、当初は千葉の実家から通学していたが、1年が過ぎたころ、親にひとり暮らしを勧められて家を追い出された。

些か意外だったのは、妹の小町が俺のひとり暮らしに積極的に賛成したことだ。どうもその前後、雪ノ下や由比ヶ浜と頻繁に連絡を取り合っていた節がある。
いったいどんな会話が交わされたのかいまだに知らないのだが、都内にアパートを借りた直後、雪ノ下、次いで由比ヶ浜まで近所に引っ越してきた。

>八幡「OK。あ、前においてったお前のエプロン、そこにかかってるから」

通い妻じゃあないですか(驚愕)

そのうちしょっちゅう、家に上がるようになり、今となってはご覧の有り様である。とうとう、合鍵まで入手しやがった。もはやプライバシーも何もない。

ちなみに、雪ノ下は高校時代より、更に美しくなった。贔屓目なしで、そこいらの芸能人が霞むレベル。A●Bとか目ではない。もはや、洒落にもならんくらいの超絶美女である。
ストレートの黒髪は本人も気に入っているらしく、高校時代からそのまま。この5年間、染めたり短く切ったりしたのは見たことがない。変化と言えば視力が落ちたのか、今はしていないがたまに眼鏡をかけるようになった。
胸は、Cまで成長したらしい。姉や親友には及ばないがバランスの取れたb……ヤバい。視線に気づかれた。

雪乃「……比企谷くん?(ニコリ)」

八幡「あ、お、俺、洗物やっとくから!」

間一髪、死地から脱出。殺されるかと思った。相変わらず、カンが鋭くて困る…

しかし、一方で好景気の恩恵をモロに享受している層も存在する。

背後から、テーブルを拭く雪ノ下の鼻歌が聞こえてくる。

間接的にだが彼女、雪ノ下雪乃もそういった勝ち組の中に含まれるといっていい。
なにしろ彼女の父親は千葉でも1,2を争う大手ゼネコンの社長である。公共事業復活の恩恵を最も受けている人種といっていいだろう。
もっとも、そういった些細な事情に関係なく、あの美貌と才能だけでも既に勝ち組確定なのだが。

ちなみに、県議員でもあった彼女の父親は、前回の県議員選挙に出馬しなかった。政権交代の追い風に乗り、先日なんと県知事選に出馬。見事当選を果たしている。

つまり、いま、このアパートのリビングで食後のお茶を上機嫌で淹れている彼女は、現千葉県知事の御令嬢でもあらせられる訳だ……

………………オイ、本気で今更だが、本当にいいのか、この絵面。

さておき、ますます盤石となった雪ノ下家の地盤を受け継ぎ、県議員として雪ノ下元議員の後を襲ったのが…

—続いてのニュースです。最近、ネットや雑誌で取り上げられ、何かと話題の「美人過ぎる県議会議員」雪ノ下陽乃さんが—

ひとり暮らしになってから購入したプラズマTVの液晶画面に、いつも見ている顔とよく似た、20代半ばの絶世の美女の笑顔が大写しになる。
雪ノ下雪乃と目鼻立ちの配列はよく似ているが、清楚で物静かな雰囲気を醸している彼女とは対照的に、これまで多くの人間を傅かせ、
人の輪の中心に居続けてきた者だけが持つ、華というかカリスマ性のようなものが、画面越しでも周囲に放射されていた。
あと胸。こりゃたぶん、Eはくだらないね。ヘタするとFまである。

TVの画面に姉の姿が映った瞬間、彼女の手が止まった。鼻歌も止んでいる。

急いで水道を止めると皿を片付け、手をタオルで拭く。

リビングへ移動しながら、TVのリモコンを探す…テーブルの端か。

リモコンを取ろうと手を伸ばすと、雪ノ下の手と重なった。

振り向いた雪ノ下と思わず至近距離で見つめ合う。うわぁ、何このベタなシチュエーション。

八幡「……さ、サザ●さんを見ようと思って」

思わず訳のわからん言い訳をしてしまった。このSSは東●の提供でお送りしていません。

雪乃「………今日は、土曜日だけれど?(クス)」

こっぱずかしい。思わず視線を逸らせて口笛を吹いてしまう。ますますベタすぎる…材木座か俺は。
雪乃が笑っている。(画面の)陽乃も笑ってる。 る〜るる るるっる〜、今日もいい天気〜♪


とりあえず、ごまかしながらTVを消す。以前のようなコンプレックスはなくなった様だが、未だ彼女と姉の間には愛憎入り混じった複雑な感情がある。彼女が東京で一人暮らしをしていることについても、家族は決して快くは思っていないだろう。まして、こんな風に男の家に入り浸っていると知られた日には…

雪乃「……大丈夫よ、私は」

思考を読んだ訳でもないだろうが、雪乃がそうつぶやく。

雪乃「母や姉との関係は決して良好とは言えないけれど、父はまだ話ができるし…それに、卒業して自立すればもう、家のしがらみに縛られることもきっとなくなるから」

まるで自分の言い聞かせるような口調だった。

八幡「……このお茶も、美味いな」

俺は言葉で答える代りに、音を立てて茶を啜った。

雪乃「……ありがとう」

彼女はそういうと、少し頬を染めて微笑んだ。

雪乃「……もし、このまま就職が決まらなかったらどうするの?」

八幡「縁起でもないが……実家に戻ってバイトしながら就職浪人しかないな」

雪乃「アルバイトって…今の家庭教師?」

八幡「だけじゃないが…ルミルミも、来年受験だしな。できたら最後まで見てやりたいとは思ってるんだが」

雪乃「…鶴見留美さん、ね。この間、久しぶりに会ったわ」

八幡「総武高の文化祭のときか? あいつ、今年の実行委員長だったからな。俺も一緒にいたし憶えてるよ」

雪乃「…いい、文化祭だったわ。実行委員がしっかり団結していたのでしょうね」

八幡「そうだな。頑張ってたよ」

俺も柄にもなく、いろいろと実体験に基づくアドバイスをしたりもした。
終わった後は、友人たちと抱き合いながら青春の涙を流していたのをみて、微笑ましい気持ちになったものだ。
…いや、素直な感想ですよ? 俺も、さすがにもう大人ですから。今更、そういう光景をみてあれこれ言ったりはしねぇよ。


雪乃「……彼女は、自分の周囲の世界を、変えられたのね」

八幡「……あの、林間学校の時のことを思い出してたのか? また、懐かしい話だな」

俺たちが彼女と初めて会ったのは、5年前の夏休みだった。当時、俺たちは高校2年、彼女は小学校6年生。
そこで、いろいろとろくでもない手段を講じて彼女の閉塞した人間関係を打破する手伝いをしたりした。
…いや、今思い返しても我ながらろくでもねぇな。よく問題にならなかったものだ。

ちなみにその後、再会したのが1年前。教職課程を履修していた俺は教育実習先として総武高校を選んでいた。
そこでもなんやかやいろいろとここで言うのをはばかるようなことがあったのだが、説明は省く。

これも静先生のフォローがなければヤバいことになっていたかもしれない。持つべきものは理解ある恩師である。

教育実習の評価自体は散々なものとなったが何人かの関係者からは感謝を受けることにもなり、そのときの縁から彼女と家族に家庭教師を頼まれて今に至る。


雪乃「…ずいぶん綺麗にもなってたわね(ジト)」

八幡「そうか? まぁそこそこ可愛いとは思うけどな。勉強も呑み込みが早いし」

言いたくないが小町とは雲泥の差だ。あいつは総武高校に入ったのも奇跡だったが、さらに浪人させずに大学へ入れた俺の家庭教師としての手腕を誇りたい。ちなみに、理系教科は雪ノ下がやってくれた。その後、小町が兄の俺より雪乃に服従するようになった件にはいまだに納得がいかない。
容姿も、確かにかなりの美少女といっていいレベルだろう。昔の雪ノ下にもどことなく似ている。

雪乃「なぜか、会ったとき私に突っかかってきたんだけど…」

八幡「…同類嫌悪ってやつか? あまりいじめないでやってくれよ…」

雪乃「…人聞きが悪いわね。ちょっと睨んだだけよ。『負けませんから』か。何を指して言ったのかしらね」

ぼくわかんない…いや、分かりたくない。ラノベ主人公の職業病である難聴にかかりたい。

八幡「…俺たちの文化祭よりいいものにするっていう意気込みだろ、たぶん」

雪乃「………どうかしらね」

その笑顔、怖いからやめろ。

雪乃「でも、実際のところ…このままいけば、その可能性も高いのではなくて?」

八幡「……き、希望は残されているよ。どんなときにもね」

雪乃「そう? 何か、秘策でもあるのかしら」

八幡「………あー、ほら、なんだ。こないだ投稿した小説。あれが賞を取れば…」

雪乃「………………………」

八幡「おいよせ。その本気で憐れむような目」

さすがにガチで傷つく。むしろ、宝くじを買ったとかいう方が、完全に冗談になる分マシだったか…。

雪乃「…よかった。本気で言ってたらどうしようかと思ったわ」

八幡「さすがに俺も、作家で食ってくなんて夢は見てねぇよ…」

受傷自体雲をつかむような話だが、仮に作家デビューしたとしても印税で生活するために一体どれだけの売り上げが必要か。

雪乃「……由比ヶ浜さんは、応援するって言ってたわね」

八幡「……あいつは本当、なんていうか……いい奴だよな」

どこに発表するあてもなく、現実逃避と自らの内にある青春の鬱憤を晴らし、昇華させるために書いた私小説。…のようなもの。
それを由比ヶ浜に発見され、読まれたときには悶絶したものだったが、感動した! 投稿するべき! としつこく勧めるのに辟易して、つい、少し修正を加えた後でとある文学賞に応募作として送ってしまった。
当初は、じゃあ、妖怪とかでてくる時代ものを改めて書く、といったのだが、それはきっと玉砕するからやめとこうよ、などと言われて断念した。まぁ、もともと書いてあったものを手直しするほうが楽でいいが。

発表はまだだが、どうせ没に決まっている。

雪乃「これで本当に、比企谷くんが売れっ子作家にでもなったら、由比ヶ浜さんは大恩人ね(クス)」

八幡「あるわけねーだろ。そんな可能性があると思ってるのは由比ヶ浜だけだ。本人でさえ信じてねぇよ」

雪乃「……でも、私も貴方の作品自体は好きだったわ。文章も熟れていたし、高校時代の気持ちを思い出した」

八幡「……知り合いに読まれてると思うと、恥ずかしさが半端ねぇな」

イヤ、マジで。

雪乃「…ペンネームのセンスはどうかと思うけれどね。何よ、『堪 溜(たまり たまる)』って」

八幡「溜まりに溜まったいろいろなストレスが俺の作品の原点だ。どうせ、使い捨ての一回きりなんだから別にいいだろ…」

結局のところ、良策などはない。このまま、地道に就職活動を続けるしかないのだろう。面接については、さすがに何とかしないといけないだろうが…内定のためとはいえ、いろいろなものを誤魔化さなければならない。はっきり言って苦痛だ。養われるのはいいが、自分を誤魔化すのはぼっちのプライドに障る。

そういえば、由比ヶ浜の就活はどうなっているのだろう。本人に聞いても、引きつった笑顔で「だ、大丈夫だよ。平気平気!」としか言わないのだが。こちらと同様、苦戦しているのではないだろうか。

八幡「……ま、俺も人の心配をしてる場合じゃないけどな」

雪乃「……何のこと?」

八幡「…何でもない」

思わず苦笑がこぼれる。まったく、世知辛い世の中だ。どこかに、夢のような話が転がっていないものか。例えば、どこぞの超美人が向こうからやってきて「あなたをこの先 養ってあげる☆」と言ってくれるとか。

雪ノ下の方を、じっと見る。

雪乃「………どうしたの?」

彼女は、優しく微笑んだ。

八幡「……なぁ雪ノ下。俺」

雪乃「ごめんなさい、それは無理」

輝くような笑顔のまま。
全部言い切る前に、拒絶の言葉をかぶせてきやがった。

八幡「えー、まだ全部言ってないんだけど…」

雪乃「聞かなくも大体わかるわ。いつからの付き合いだと思ってるの(クス)」

八幡「こ、今回は違うかもしれないだろ」

雪乃「そう? じゃあ試しに言ってごらんなさい」

八幡「俺を、養ってくれ(キリ)」

雪乃「もう、死ねば?(ニコ)」

間髪入れず、死刑宣告が返ってきた。

八幡「か、簡単に死ねとか言うなよ。ミミズだってオケラだってアメンボだって、みんな生きているんだ友達なんだぞ…」

雪乃「私は貴方の友達になった覚えはないわよ?(シレッ)」

八幡「ぐぬぬ…」

どうですこの態度。5年の付き合いにもなるのに、これですよ!

雪乃「…付き合いが長いからって、甘えすぎ」

八幡「…ですよねー」

超正論だった。現実なんてこんなもんである。


雪乃「……勘違いしないでね? 甘えすぎっていうのは、その言っている内容ではなくて…」

八幡「……ん?」

雪乃「私が、ちゃんと『冗談として受け止めて拒否してくれる』と信じてそんなことを言うのが甘えだってこと」

八幡「……………」

雪乃「………もし、私が『いいわよ』と言ったら、貴方どうするつもりなの?」

八幡「……いや、そりゃ」

ありえないし…んん?!

雪乃「……ちゃんとした覚悟もないのに、そんなことを次に言ったら、責任を取ってもらうわよ(ニコ)」

八幡「……す、すみません。あの、責任って」

雪乃「そうね、とりあえず命を貰おうかしら」

八幡「」

とりあえずで命を要求された。

謝り倒してなんとか許してもらう。いろいろ考えるとドツボにはまりそうだ。

その後、しばらくお互いの大学生活のことなど語り合い、時間が過ぎていく。


雪乃「…ねぇ、比企谷くん」

八幡「…ん?」

ティーカップを洗い終え、片付けているところへ、背後から声をかけられた。

雪乃「就職先のことなんだけど…貴方さえよければ」

ピンポーン

インターホンのせいで、途中で遮られた。誰だ? この部屋に来る人間はごく限られているのだが。由比ヶ浜は就活で今日は来れないと言っていたし、小町も今はバイト中の筈。ほかにアポイントなしで来るような人間に心当たりはない。

八幡「……ああ、そういえば実家から衣類を送るとか言ってた気がする。宅急便か?」

雪乃「…そう」

雪乃は頷くと、立ち上がり、戸棚の2段目の引き出しから判子を取り出した。
おい、なんでお前が出る。そして判子の場所を知っている。

そうツッコむ間もなく、玄関のドアが開けられる。カップを仕舞い終え、リビングから玄関に出ようとすると、雪ノ下がドアを開けたポーズのまま固まっていた。

俺も、その人物を認めた瞬間、驚愕で固まる。

陽乃「やほー、比企谷くん。それに、雪乃ちゃんも。久しぶりだね☆」

先ほど、TVのローカルニュースに出ていた、最近何かと話題の「美人過ぎる県議」。雪ノ下雪乃の姉。
現・千葉県知事の長女にして後継者。

雪ノ下陽乃が、そこにいた。

今日はここまで。
次回 陽乃編。 

「綺麗な八幡」のほうも年内には完結させますのでよろしく…

我ながら、こっち、これだけ早く書けるとは思わなかった…

入居してから2年半になる、俺の1LDKの賃貸アパート。男の一人暮らしにしては、そこそこ清潔にしていると思う。
さほど広くはないが、書籍など嵩張るモノは当面の必需品以外、千葉の実家の方に運んでしまうようにしているので、普段は
そこまで狭くは感じない。雪ノ下や由比ヶ浜、妹の小町も不意に訪ねてくることがあり、来客用の食器や菓子類も常備してある。

基本的に今の暮らしに不満はないが、若い男性の必需品であるその手のブツの隠し場所には非常に苦心している。幾度かの悲劇を経て今は書籍やDVDなどの所持を諦め、すべて電子情報化して携帯端末やノートPCの中に保存してある。勿論、厳重にパスワードをかけて管理し、ファイルの名前も暗号を用いていることは言うまでもない。

用心しすぎ? バカ言うなっての。 いつの間にか判子の場所まで把握されてるくらい、情報が駄々漏れなんだぞ。これでも不安なくらいだ。以前、由比ヶ浜と雪ノ下が一緒に来ていた時に秘蔵のコレクションをソファーの隠し引出し内から発見された時のあいつらの反応と言ったらもうね…また、人生にいらん黒歴史とトラウマを増やしてしまった。

だが、心の中でだけ言うが、そういうモノを所持しているのは、お前たちの安全のためでもあるのだと主張したい。

だってこいつら、俺に対して無防備なんだもん。最近は、特に。 
そもそも、いくら長い付き合いだからって年頃の娘が男の一人暮らしの部屋にホイホイ遊びにくる時点でおかしいだろ? 
いくら鉄壁の自制心を誇るパーフェクトソルジャーの八幡さんとはいえ、必死で自分をコントロールしてなかったらお前ら今頃…




…5年の間には、語りつくせぬ色々なことがあった。しかし、ともあれ、俺たちは今でも交友関係を維持している。
交友とかいう言葉で括れる範囲を、既に超えているといってもいい。こいつら、殆どセカンドハウス的な感覚でこの部屋に来てるしな。
…歪な関係であることは、全員が自覚している。それでも全員がその心地よさに安住し、甘え、この3人の関係はそれで完結していた
この小さな部屋は外敵の存在しない小世界であり、俺たちの安住の地…楽園だった。

その楽園に今、明確な異物…外敵が侵入している。

先ほどから、空気がピリピリと張り詰めていた。

俺の両脇、テーブルの左右でよく似た顔が向かい合っている。
一人は上機嫌な様子で俺の淹れたコーヒーの香りを楽しんでおり、もう一人は、無表情で微動だにせずその顔を見つめていた。

陽乃「いい香り。ブルーマウンテンね? 比企谷くん、こんなの飲んでるんだ」

比企谷「…いや、まぁ」

持ち込んだのは、アンタの妹ですがな…ちなみに茶受けのベルギーチョコもそうだ。
まさか、県議員様にMAXコーヒーを出すわけにもいくまい。
おい、雪ノ下…気持ちはわかるが、そんな露骨にイヤそうな顔すんな。アレはお前の姉だ。チョコはまた買ってくるから。

雪乃「……それで姉さん。何しにきたの?」

ようやく、雪ノ下が口を開いた。その声音と視線は、肉親に向けるものとは思えないくらいに冷たい。
対して、陽乃さんはあくまで余裕綽々のポーズを崩さない。

陽乃「もう、雪乃ちゃんたら怖いなぁ。そんなに睨まないで」

にこやかに、その視線を受け流した。


陽乃「それにしても、驚いたわぁ。比企谷くんが、こんなに雪乃ちゃんの近所に住んでたなんて…あ、逆だね☆ 順番から言うと雪乃ちゃんが、比企谷くんの近所に引っ越してきたのか」

陽乃の挑発に、雪乃が身を固くする。

雪乃「………べつに。ただの偶然よ」

陽乃「ふーん、週末のこんな時間に、一人暮らしの男の部屋に来ているのもただの偶然?」

雪乃「……………」

雪ノ下は言葉に詰まり、無言で唇を噛む。

陽乃「お母さんや、それにお父さんもきっと驚くだろうなぁ」

雪乃「……! 私はもう成人よ。個人的な交友関係について、家族だろうととやかく言われる筋合いはないわ」

キッと伏せていた顔を上げ、姉を睨みつける。

どうしようこの空気。俺の部屋が魔界と化している。
俺の元同級生とその姉が修羅場過ぎる。

雪乃「もう帰って…私を連れ戻しに来たというのなら、大きなお世話よ。姉さんの指図は受けないわ」

陽乃「ふふ…やだなぁ、冗談よ☆ 可愛い妹の恋路を、邪魔したりしないってば。お姉ちゃんは、雪乃ちゃんと比企谷くんの、み・か・た♪」

こちらにウインクを飛ばしてくる。大層、魅力的ではあるし、時と相手を選べば絶大な効果はあるのだろうが、この場では単に俺たちをイラッとさせただけだった。


八幡「あの…すみません。本当に、何しに来たんですか?」

まさか、本当に妹をからかうためだけに来たのではないだろう。ていうか、俺の部屋で姉妹喧嘩はやめてほしいんですけど。


陽乃「あ、そうだ。ごめんね? 久しぶりに雪乃ちゃんと姉妹で会話できたのが嬉しくて、本題を忘れるところだった」

手を合わせて、テヘペロ…いちいちあざとい。 それはともかく、本題だと?

陽乃「今日は、雪乃ちゃんとは関係なしに、比企谷くん個人に話があってきたんだよ」

八幡「…俺に?」

陽乃「うん、そう。比企谷くんに。あ、安心して? ホントに雪乃ちゃんとどうこういう話じゃないから」

八幡「…それ以外で俺と貴女に共通する話題がそうあるとも思えませんが」

訳:迷惑だからとっとと帰ってくれ。 そんな心の声が聞こえたのか、雪ノ下が大きくうなずく。

陽乃「もう、相変わらずつれないなぁ…あ、もしかして、これから本格的にイチャイチャするつもりだったところを邪魔されて、怒ってる?」

左手の指で作った輪の中に、右手の指をスコスコと通すジェスチャーをしながらとんでもないことをのたまう。

雪乃「……姉さん、下品すぎるわよ」

怒りからか、羞恥からか、雪ノ下の白い肌が紅潮している。感情を抑え込んだ口調がかえって恐ろしい。

陽乃「え、でも、男女が二人きりで一つの部屋にいたら、ヤることは一つじゃない?」

雪乃「姉さんと一緒にしないで……私たちは、そんな関係ではないわ」

陽乃「ふーん…そうなの?」

雪乃「……ええ、そうよ」

陽乃「そっか、私の勘違いかぁ…それならよかった☆」

…なんだ? 背筋がぞわっとしたんだが

陽乃「だったら遠慮はいらないね…比企谷くん?」

八幡「……何ですか?」

警戒を全開にして問い返す。


陽乃「きみ、私のモノになりなさい。 ……この先、養ってあげるから」

雪乃「」

八幡「…は?」


………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ???!!!!

何言ってんのこの人?!!!

右手の指をピストルのように向け、ウインクしながら…
この女は、とんでもない弾丸をこちらに打ち込んできた。


続く

今日はここまで。ご意見あればお願いします。

あ、ちなみにルミルミは今のところ登場予定ありませんでしたが、希望あれば考慮します。
ほかの本編キャラも同様。

さて、今日もこっち更新

翌日の夜、俺は海浜幕張駅前に立っていた。ジャケットの内ポケットからとりだした携帯端末の液晶画面が示す時刻は、午後八時二十分。改めてメールで待ち合わせの場所と日時が間違っていないことを確認し、目的地へ歩き出す。

ホテル・ロイヤルオークラの最上階にあるバー「エンジェル・ラダー」が、相手に指定された場所だった。ここに来るのは、ほぼ5年ぶりになる。

八幡「…相変わらず、場違い感が半端ねぇ」

思わずぼやく。高校生の頃よりはマシとはいえ、こちとら根っからの庶民である。高級感あふれるバーの空気に、当てられそうになる。

5年前。当時はまだ、総武高校に在籍する2年生だった。同級生の抱えたトラブルを解決するため、同じ奉仕部の雪ノ下や由比ヶ浜とここにやってきたときのことを思いだす。 

…当時はまさか、ここまで関係が長続きするとは思っていなかったな。雪ノ下の態度なんて刺々しいなんてもんじゃなかったし。

心の中で思わず苦笑する…首筋に、ちりっ、と、熱いような痛いような感覚を覚えた。同時に、それに関連する昨夜の幾つかの記憶も自動的に蘇り、思わず赤面する。 

思わず咳払いして、周囲を見回した。いかん、これではまったく不審者だ。
幸い、誰にも見られていないようだったが、しかし待ち合わせ相手の姿も見えない。どうやら早く来すぎたか?

??「失礼します。比企谷さまですね?」

八幡「…あ、はい」

背後からの声に振り向いた。

すらりと背の高い、ギャルソンの服装をした美人。青みがかった長い髪をまとめ、目元の泣き黒子が印象的だった。

八幡「……お前」

旧知との意外な再会に驚いて目を見開く。川何とかさん…じゃなく岡何とかさんだったか? 
…いややめとこう。数少ない、高校時代に親しくしていた人間の顔と名前くらい憶えている。まして、この場所とは記憶が結びついてるし。

川崎「……お連れ様が個室でお待ちです。ご案内いたします」

かつての、総武高校時代の同級生、川崎沙希だった。
俺の反応を見て満足したのか、くすっと悪戯っぽい笑みを一瞬浮かべてから、相手の待つ場所へ案内すべく歩き出した。

八幡「……ここで、また働いてたんだな」

川崎「…うん。久しぶりだね」

小声で遣り取りを交わす。

八幡「……また、後で時間があれば」

部屋へ入る前に、囁く。小さくOKサインを出し、川崎沙希は離れていった。

八幡「……さて」

気を取り直し、個室の中へ足を踏み入れる。
…川崎との思わぬ再会のおかげで一瞬、気はまぎれたが、正直…すごく気が重い。

陽乃「やほー、比企谷くん。わざわざごめんね☆」

部屋に入ると、俺をここに呼び出した張本人、何かとお騒がせな雪ノ下雪乃の姉、雪ノ下陽乃が晴れやかな笑顔で手を振ってきた。
対して俺は、多分絵に掻いた様な仏頂面。無言で申し訳程度に会釈をする。

改めてみると、やはりとんでもない美人だ。胸元を強調したドレスはグラビアアイドル並みのスタイルに反則級にマッチしているが、決して下品ではない。華とでも呼ぶしかない、目に見えないオーラの様なものが彼女の周りに放射されていて、まるで彼女の周囲にだけスポットライトが当たっているようだった。

…だが、苦手だ。できれば再会したくなかった。

それでも、苦手な相手に会うために、苦手な場所までわざわざやって来たのは、どうしても確認しなければならないことがあったからだ。昨日…部屋で彼女が放った、あの爆弾発言の真意を。

陽乃「きみ、私のモノになりなさい」

…あの後、本当に大変だった。雪ノ下がこれまで見たことがないほど激昂し、危うく、流血沙汰にまでなるところだった。

勿論、彼女の言葉を額面通りに受け取るつもりはない。どういうつもりの発言かは気になったが、あのときはそれどころではなかったため、必死で雪ノ下を押さえつけ、とにかく今日は帰ってくれと部屋から追い返したのだった。

その後もさらに大変だった。普段とは別人のように情緒不安定になった雪ノ下を必死で落ち着かせ…まぁ色々とがんばって…
…なんとか、彼女を立ち直らせるのにまる一晩かかった。 

今朝には上機嫌で自室に帰ったが、今回の件は後々、また後を引くかもしれない。これまでにも何度か、彼女が情緒不安定になることはあったが、あそこまで乱れたことはかつてなかった。

目の前のこの女、彼女の実の姉は、意図してか知らずか、妹の最大級の地雷を踏みぬいたのだ。


陽乃「やー、昨日はごめんごめん☆ 迷惑かけちゃったねー」

八幡「……いえ」

ホ ン ト に な。
手を合わせて謝ってくるが、心にもない、形だけの謝罪で済むと思うなよ。


今朝、気が付くと、携帯に見慣れぬアドレスからメールがきていた。haruno-yukiという送信者名にもしやと思ってみてみると、今を時めく「美人過ぎる県議」、雪ノ下陽乃女史からの逢引のお誘いだったというわけである。

…しかし、妹にも多少言えることだが、こいつら俺の個人情報をどっから調べてんの?

ジャケットを脱いでハンガーにかけ、向い合せに座る。あからさまな警戒の視線を向けるが、意に介した様子はない。

陽乃「比企谷くん、何飲む?」

八幡「…ジンジャーエールを」

陽乃「そんなのでいいの? せっかくだから何でも頼んでいいのに。もちろん、おねーさんの奢りだよ?」

ん? と可愛らしく小首を傾げるあざとい25歳。
今更俺にこの手の擬態が通じるとは思ってないだろうに、よくやる…あれか、習慣か。

八幡「いえ、奢ってもらう謂れがないんで」

陽乃「んもー、相変わらずカタいなぁ」

まったく…苦笑に対して、溜息で返す。

八幡「…すいません、じゃあ、お言葉に甘えて…ひとつ」

陽乃「…ん、なになに? なんでも言ってよ」

八幡「煙草、いいっすかね」

テーブルの上の灰皿を見て、言う。

陽乃「あ、もちろんいいよー …へー、意外だなぁ。タバコ、吸うんだ?」

興味深げに問いかけてくるが、反応せずポケットを探る。

八幡「……いつもじゃないですけどね。緊張したり、ストレスがたまると、欲しくなるんですよ」

たとえば、苦手で仕方がない相手と会話するときとかな。 ようやく目的のブツを探り当ててから、そう返事を返した。
箱から1本取り出して銜えると、間髪入れず陽乃さんが身を乗り出してZIPPOで火をつけてきた。

ちらりと、胸元がいい角度で覗ける…ぬぬ、けしからん。実にけしからん。思わず乱れかけた平常心を落ち着かせるため、
目を閉じて大きく煙草を吸いこんだ。 しばしそのまま保ってから、ふーーーっと吐く。 ようやく、少し落ち着いた。

目を開くと、陽乃さんが何やら少しニヤついた表情でこちらを見ている。

陽乃「…………ふーん」

八幡「…何ですか?」

陽乃「…そのタバコ、静ちゃんがいつも吸ってたのと同じメーカーだね?」

八幡「………そうでしたか? それがどうかしましたかね」

一瞬、返事が遅れた。…何だこの女、何が言いたい?

陽乃「ううん、別に。ただ、ちょっと面白いと思っただけ☆」

あはは、と笑ってごまかす ……少し、イラついた。


陽乃「ところでその首筋の絆創膏、どうしたの?」

八幡「季節外れの蚊に刺されたんですよ。思わず掻いちゃうんで、貼ってます」
予想通りの問い。落ち着いて答える。

陽乃「ふーん、じゃあその、首元のこの辺の、昨日はなかった痣みたいなのも蚊に吸われたの?」

なっ?! 思わず、そこに手をやる。

陽乃「あははー☆ 引っかかったー! そこ、襟で見えてないってば」
くすくす笑って快哉を叫ぶ陽乃…しまった。古典的な手に引っかかった屈辱に、顔が熱くなる。

陽乃「まったく、雪乃ちゃんてば可愛いんだから。でも、私の可愛い妹を季節外れの蚊呼ばわりとは、お姉ちゃんちょっとゆるせないかなー」

とりあえず風呂中断。
書いてて思うけど、なんか俺、当初の作品と比べてだんだん書くのがこなれてきてるな…うん。

…ひとつ、言い訳をしておくと。いつもいつも、その、なんだ。そういうことをしているわけではない。昨日にしても、陽乃が来なければ、なかったと思う。この5年間でそういうことになったのは、数えられる程度の回数だ。ちなみに初めての時は……いや、この話はやめておこう。ホントに、いろいろあったんだよ……

正式な恋人関係になったことはない。過去3回、申し込んで全て同じ結果……全部言い切る前に例の「ごめんなさい、それは無理」で断られている。ちなみに昨日のはただの冗談だからカウントしていない。なぜ断られたのか…おぼろげな推測はできるが、はっきり確認したことはない。ただ、少なくとも、他に好きな男がいるとか俺のことが嫌いだとか、そういうことではないと思う。おそらく…いやほぼ確実に。彼女のこれまでの人生の中で、一線を越える関係になった男は俺だけだ。

普段はクールに一線を引いているが、ごくまれに…タガが外れたように情緒不安定になり、甘えて距離を詰めようとしてくることがある。また俺がひどく傷ついて、誰かの理解と癒しを無意識に渇望している時、雪ノ下は黙ってそっと身体を寄せてきた。ことが終わると、また静かに離れて一定の距離を置こうとする。彼女はまるで、美しい気まぐれな猫のようだった。

昨晩ほど、感情をむき出しにした彼女は、長い付き合いだが見たことがなかった。首筋につけられたキスマークは、意識的なものかはわからないが姉に対する対抗心と独占欲の顕れだろうか。

…どうにも、形成不利だ。しょっぱなからペースを握られてしまっている。まぁ、最初から役者が違うのはわかっているが。
ここで、店員が注文をとりにきた。川崎ではない、若い男の店員。ドアを開けて陽乃の姿を見た一瞬、見惚れて固まっている。
まぁ、気持ちはわからんでもない。容姿はホントに女神だからな。

陽乃「私は、ホワイト・レディーを。比企谷くんは結局なにを頼む?」

八幡「……ギブソン。 支払は自分でしますんで」

結局、酒を頼むことにした。情けないが、アルコールの力でも借りなきゃ、立ち向かえそうもない。まったく……
ちなみに、どっちもジンをベースにしたカクテルだ。詳細はググれ。

陽乃「お、渋いねー……でも、ちょっと似合わないかな」

くすくす笑いながら揶揄してくる陽乃に、言い返す。

八幡「ほっといてください。そっちも大概だと思いますがね」

ホワイト・レディーね。名前と外面には似合う名前の酒かもしれないけど、中身を知ってたらギャグとしか思えない。

陽乃「そう? じゃあ比企谷くんは、何なら私に似合うと思う?」

陽乃の表情に、面白がるような、試すような色が混じる。

八幡「ブラッディー・メアリーとかどうですか? まさにピッタリだと思いますが」

これはウォッカをベースにトマトジュースを用いたカクテルで、イングランド女王メアリー1世の…詳細は(ry

陽乃「お、言うねー、比企谷くん。そのセンス、本当に好きよ」

陽乃(もう、さん付けはやめだ面倒くさいし)が、心底愉快そうな笑みを浮かべる。

八幡「深い意味はないですよ。陽乃さんみたいな華やかな女性には、白より真紅の方が似合うと思っただけです」

肩を竦めて言う。別に雪ノ下姉妹をメアリーとエリザベスになぞらえたわけではない。

八幡「……戯言はさておき、本題に入りましょうか。昨日のアレは、一体、どういうことです?」

この人相手に腹の探り合いをしても勝てるわけがない。直球で真意を糺す。

陽乃「どういうことって? そのままの意味だけど。比企谷くんが好きだから私のモノにしたいっていう告白だよ?」

八幡「へぇ(棒)。それはそれは…」

バカバカしくて、突っ込む気力も失せる。まさに茶番。

陽乃「信じてくれないなんて、悲しいなぁ」

泣き真似をする陽乃。で、いつまでつきあわなきゃいけないのこれ。

もはやヤケクソ気味に答える。

八幡「しんじてますよー。はるのさんは、かみです。めしあです。うたがうなんてとんでもない」

雪ノ下陽乃はキリストを超えた〜宗教としての雪ノ下陽乃〜

その名を称えよ。ハレルヤハルノヤ

信じる者はすくわれる。主に足とかな。


…そろそろ限界。もういい?

陽乃「…ま、分かりやすく言うとね、君を、私の秘書として雇いたいの」

八幡「…秘書? 県議の、ですか?」

陽乃「そ。まだ、就職決まってないんでしょ? 給料はそんなには出せないけれど、どうかな?」

八幡「……………どう、と言われても」

意外過ぎる誘いだった。愛の告白とかは論外すぎて反応に困るが、これは意外過ぎて反応に困る。以前、大学で学生議員秘書研修とかいうのを募集していたようだし、政治家志望の同級生もいたようだが、俺は政治関係を将来の進路として考えたことがなかった。だって、ぼっちに政治家って、カナヅチが水泳選手目指すようなもんでしょ? ないですわー

八幡「…申し訳ないですけど、まったくイメージが湧きませんね。そもそも、なぜ?」

俺の就職が決まっていないことを知っているのか&俺をスカウトしようなんて思ったのかを述べよ。

陽乃「雪乃ちゃんがね、君のことを心配して、お父さんの会社にコネで採用をお願いしようとしてたの、知ってた?」

……初耳だった。昨日、陽乃が来る直前に言いかけてたのは、もしかしてそのことか。

陽乃「まぁ、お父さんの耳に入る前に私が握りつぶしたけどね☆」

……オイ。いや、実際お願いしてたかは置いといて、オイ!

陽乃「…まぁまぁ、悪いとは思うけど、ちゃんと理由はあるんだよ? それで、代わりに私の秘書になってもらおうかと」



八幡「…いや、まぁ、握りつぶしたのはいいですけど、そういう事情なら遠慮します。どうか気を使わないでください」

いささか、ウンザリしながら謝絶する。

陽乃「結論を急がないでったら。比企谷くんをスカウトしたいと思ったのは、それが理由じゃないから」

陽乃が苦笑しながら言葉を重ねる。

八幡「………?」

陽乃「何だかんだで比企谷くんとは知り合って結構長いけど、私は君をずっと評価してた。これまで実際に見てきた君の人と為り、能力を評価したうえで、手駒としてぜひ欲しいの」

これまでのようなふざけた色のない、真摯そのものの声音で、雪ノ下陽乃が比企谷八幡に手を伸ばした。

ただいま。さて、もう少し書きますが…

その前に「童貞どころか」の続き。

…この話の八幡は、ゆきのんだけじゃなく、ゆいゆいとも過去にその、ナニしてます。ゆきのんもそれは知ってます。

さらに、童●は静ちゃんで卒業してます。はるのんは、そのことをなんとなく知ってたので、煙草の銘柄をみたとき2828したのです(死

…まぁ、本編には今のところ関わらない情報ですが。 ただ、彼女らの愛情と年月の経過により、高校時代の捻くれ度合いが多少、矯正されていると思ってください。

八幡「……俺は、普通に就職することすらままならない、ただのぼっちですよ。貴女のような傑物に評価されるような器じゃない」

陽乃「ご謙遜… まぁ、自己紹介や面接の内容には笑ったけどね」

くすっと笑いながら揶揄してくる。だから、お前ら何で知ってるんだよ。俺の個人情報はどうなってるんだ?

陽乃「もっと笑ったのは、B社の面接で『わが社のことをどう思いますか』と聞かれたときの回答かな」

八幡「…………」

陽乃「社長の肝いりで当時大々的に推進してた、某プロジェクトを批判したんだって? 『昨今の情勢の変化から、これ以上押しても投資の回収は見込めない。むしろ、このまま突き進めば、経営を危うくする。傷が浅いうちに早々に撤退するべきだと思います』とか。」

八幡「……まぁ、若気の至りです」

陽乃「もちろん、落ちたわけだけど…でも、内容は的確だったし、現に撤退をこの間決めたみたいよ? 少しばかり傷は深くなりそうだけれどね」

黙って肩を竦める。

陽乃「どうして、そんなこと言ったのかな?」

八幡「…俺だって、受ける企業の下調べくらいしますよ。別にそんなのは、経済雑誌や新聞の記事、株価の動き、さらにOBから直接情報を集めれば、予想自体は難しくない。希望的観測が目を曇らせてるだけです。実際に、社内でも気づいてる人は居た。OB訪問の反応で確信しました」

同時に、社内ではその予想を口にできない雰囲気があることも。その事業は、実際その時点ではまだうまくいっていた。

陽乃「それで、君が採用面接でわざわざ指摘したの? そんなことをしても、無意味だと思わなかった?」

八幡「…社員になったら言えないだろうから、今のうちに言っておこうと思っただけです。学生がそんなことを言っても重みはないでしょうが、採用面接でバカがバカなことを言ったってことで、少々のインパクトはあるでしょう。社内のだれも責任を負わずに、問題提起のきっかけにでもなってくれたらいい。もし予想が外れても、誰も傷つかない」

陽乃「で、社員にはなれなかったと」

八幡「おかげさまで」

陽乃「意味があったと思う?」

八幡「さあ」

何十人といる新卒学生の一人のバカげた意見など、実際には、誰も憶えてはいないだろう。単に、自分が就職の機会をひとつ不意にして、色々な人に嫌われただけだ。

陽乃「……B社は、ウチとも取引があってね。ちゃんと君のご高説、社長の耳に入ったみたいよ」

陽乃がクスリと笑って言う。

八幡「…………」

陽乃「……もちろん怒ってたらしいけど、今回の撤退の判断に、何かしらの影響は与えてたかもね。他社のことだからくわしくはわからないけど少なくともあの後、事業拡大の計画がいったん白紙になったのは確か。もし、あのまま突っ込んでたら君の言うとおり、致命傷になってたかもね」

八幡「今となっては、別にどうだっていいですよ」

まぁ、在学中に世話してくれた数少ない先輩のいる会社だ。いちおう、潰れなくてよかったと言っておくか。
…あの後、絶交されたけど。 しかも、悪評が広まって知り合いのOBが全員連絡取れなくなったけど。 やっぱりゆるさない。潰れればよかったのに。

陽乃「そう? いちおう、取引先の関係者としてはお礼を言いたいんだけど?」

ん? と悪戯っぽい表情でこちらの顔を覗き込んでくる。少々うっとうしい。

八幡「やめてください。あれはちょっと捻ったアピールをして採用を狙ってみたら、スベって大失敗したというだけの人生の黒歴史です。振り返っている暇はない」

俺の黒歴史が、また1ページ…積み重ねが分厚すぎて、読み返す気にもなれない。広辞苑にも匹敵するレベルでなお加筆中。
いつになったら、完結するんだろうな、これ。

陽乃「……君は空気が読めないわけでも、頭が悪いわけでもない。読み切って全部わかった上で、普通の人間が考えない、考え付いても絶対やらないようなことをやる。採用試験であんなバカなこと言う学生、他にいないよ? そりゃ印象に残るって!」

ケラケラ笑いながら、 できたら、その場で見たかったわー、などと付け加える。いたたまれねぇ…何なのこの人。人の傷口抉るのがそんなに楽しいの? …実際聞いたら、多分「楽しいよ?」とか即答しそうだな。

八幡「…もういいですって。それで? まさか俺の頓狂ぶりが笑えるから手元におきたいなんて言いませんよね?」

陽乃「そうね、それも半分くらいあるんだけど…待って、冗談だってば」

笑いつつ、立ち上がろうとする俺の腕を掴んでぐいと自分の側に引き寄せる陽乃。ちょっと、腕が胸にあたってるんですけど。


陽乃「君、父の知事選挙のときも、バイトで応援スタッフとして来てたでしょう?」

…そんなこともあった。雪ノ下の紹介で、日当のいいバイトとして由比ヶ浜らとともに参加したのだが…こちらは目立たないようにしてたし、陽乃は父の代理としてあちこち駆け回って殆ど顔を合わせていなかったのだが、さすがに気付かれていたか。

陽乃「盛り上がる人の輪から外れて浮いてたから、すぐわかったよ」

八幡「…………」 

陽乃「こそこそ隅っこに居て極力人前に出ないようにしてたけど、印刷物のチェックとか、電話回線の手配とか、会場の手配とか地味な仕事を黙々こなしてたよね。ゾンビみたいな目をしながら」

他に人がいなかったんですよ。わかってたんなら、誰か回してくださいよ。あと、誰がゾンビだ。


陽乃「とくに、街宣車の進行表はよくできてたかな。あれ、地理に詳しくないとできないのに」

俺だけで作ったんじゃないけどね…あんたの家の、都築さんをちょこっと手伝っただけですよ。


陽乃「そうそう、それと、演説の草稿作成してるスタッフが、千葉に関するデータを調べてると誰かがぼそっと呟いて教えてたよね? あれ、誰も注目してなかったけど君でしょ? ウグイス嬢のバイトが、気持ち悪いとか言ってたけど、助かったよ」

千葉のことなら俺に聞け…気持ち悪いとか言われてたのはじめて聞いたんですけど。


陽乃「わたしの見立てに狂いはない。君には、過酷な業務にも音を上げず、黙々と働き続ける立派な社畜の素質があるわ」

………うれしくねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

静先生ルートは、これのさらに次の作品の予定なんや…

陽乃「…それから、街宣車の音がうるさいってクレーマーに怒鳴り込まれたとき」

八幡「…………」

陽乃「その場には、たまたまバイトのスタッフしかいなかったけど、君が対応して収めたんですってね。後で、分かったけど」

八幡「…街宣車の進行表の作成には俺も関わってましたから」

その場で、責任があるのが俺だけだっただけ。


陽乃は、いったん、言葉を切ってふっと笑い、また顔を覗き込んできた。


陽乃「わたしは、君のそういうところを買っているの」

いったん休止

再開

八幡「……そういうところ?」

陽乃「ええ。普段は決して自ら目立とうとはせず、冷静に周囲の状況を判断し、自分の果たすべき役割を完璧に遂行する。逆に、非常時には自ら率先して前に立ち、進んで他人のために泥を被ろうとする。己の功は他人に譲り、周囲から認められなくても決して腐らない……それは、とても得難い、貴重な資質だわ」

……右手に熱を感じた。気づくと、知らないうちに指に挟んだ煙草が半分以上燃え尽きている。灰皿に押し付けて、火を消した。

陽乃「さらに、地元・千葉に対する深い造詣と、愛もある。 …どう? 君の愛する千葉の地域行政のために、わたしと一緒にその資質を生かしてみない?」

俺が揺れているとみたのか、陽乃がさらに胸を押し付け、顔を近づけて、ここぞとばかりに口説きにかかる。

…俺は、ふ、と 自分の口元が緩むのを感じた。 陽乃の方を向き、口を開く。

八幡「…ノーサンキューですよ、陽乃さん。俺には、褒め殺しも色仕掛けも無用に願います」

正直、さすがである。ほどよく加減しながら自尊心をくすぐり、承認欲求を満たしてやる。さらに、絶世の美貌とスタイルを武器にして、色仕掛けまで加える。普通の男なら、あるいは、並みのぼっちなら、即陥落だろう。

だがこちとら、幾千のトラップを踏み抜き、敗戦を重ねてきたぼっち族のスーパーエリートである。人呼んでぼっち界のカリスマ。どこの誰が呼んでるのかって? ぼっちだからわからないが、ラノベ界界隈あたりでそう呼ばれてる。たぶん。

え? 童●じゃないくせにだと? アレだ。そんなもん、サ●ヤ人が尻尾を失った程度のもんだ。だいたい、●貞だったら、胸を押し付けられた時点で負けてる。

…しかし、このバスツ、本当に怪しからんな。TVではEとみえたが、この感触からするとやはりF…


陽乃「……ドヤ顔決めたとこ悪いけど、鼻の下が伸びてるよ? 比企谷くん(クス)」

……やばいかっこ悪い。咳払いして、いったん距離をとる。ポケットから、もう一本、煙草を取り出した。…ん、これで残りは最後の1本か。今度は自分で火を点けた。

…先ほどの言葉が、すべて手管とまでは言わない。俺をやたら持ち上げてきたのは、ある程度の本心ではあるだろう。だが…

八幡「……理由としては弱い。有能な人間も、献身的な人間も貴女の周囲には山ほどいるでしょう。まだ大学も卒業していないぼっちに頼らなければならないほど、人材が不足しているとは思えません。なぜ、俺なんです?」

陽乃は、笑って答える。

陽乃「……そうね、君は自分を過小評価しすぎだとは思うけれど…確かに言っていることはわかるわ」

陽乃「…比企谷くん、権力者にとって…一番恐ろしいことって何だと思う?」

…唐突な問いだった。

八幡「…権力を失うことですか?」

陽乃「…そうね。では、それはどんなときに起こると思う?」

八幡「…さぁ」

何を言いたいんだろうね? この人は。少し興味が湧いて、先を促す。

陽乃「…答えはね、『誰からも批判されなくなったとき』よ。周囲をイエスマンばかりで固めて、その状況に慣れたとき、権力者の凋落は始まるの」

八幡「…………」

陽乃「確かに、わたしのために働いてくれる人間は数多くいるわ。その中で有能な人材もそれなりにいるし、雪ノ下家に父の代から仕えている経験豊富なスタッフもいる。けれど、わたしをまったく客観的に観て評価し、直言できる人間となると、果たしてどうかな?」

ふむ。思わず、先ほど話題に出たB社の状況を思い浮かべる。

陽乃「そう、比企谷くんならわかるでしょ? …みんな、いい子だし頼りにはしてるけど。身内ゆえの弊害っていうか、はっきり言えないこというのもあるんだよね……それに、わたしがあまり優秀で魅力的なせいで、周囲の人間はわたしを愛してるというより、軽く崇拝しちゃってるところがあるから」

悩ましげな表情で、陽乃が嘆息した。よくそんなこと自分で言えるね、と心中で一応ツッコむが、あまり嫌味を感じさせないのは人徳というよりも…それがどうしようもない事実だからだろう。

陽乃「…君は、初対面でわたしの本質を見抜いた。あのときは、さすがに少し驚いたよ。それまでそんな人間はいなかったからね。まさか、高校生のガキが、ってね」

陽乃がふ、と挑発的な笑みを浮かべる。

陽乃「君はわたしを理解した上で、わたしをまったく崇拝していない。しかも有能で、一度味方につければ絶対に裏切らないと確信できる」

八幡「…………」

陽乃「この先のために、わたしにはそういう人間がどうしても必要なの。これが、2つ目の理由なんだけど、どうかな?」

しばし、黙考する。灰皿の上に、灰を一塊落とした。口を開く。

八幡「もし、話がそれですべてなら…返事はNOです」

やばいねむい。今夜は終わりかな。

陽乃「そう…いちおう、理由を訊いてもいいかな?」

陽乃に慌てた様子はない。落ち着いて訊き返してくる。まぁ、そうだろう。

八幡「端的に言えば、俺にとってメリットがないからですよ。俺を高く買ってくれていることについては礼をいいますけどね、今のは、全部そちらの都合です」

そうなのだ。普通に考えて、議員秘書という職は、決して分のいい仕事ではない。過酷でもあり、また仕える議員が落選すれば共に失職する。きわめて安定性を欠いた仕事なのだ。
それでも、政治の世界に志を持つ人間にとっては、その仕事を通じて得られる経験や人脈はのどから手が出るほど欲しいものだろうから、俺が政治家志望でもあれば大いに心を動かされただろう。だが…

八幡「俺は、政治の世界にも権力にも興味はない。内定が決まってないのを心配してくださってるんでしょうけど、食べていくくらいならプライドを捨てればなんとかなります」

権力も人脈も、真性ぼっちにとっては宝の持ち腐れ。ただ持て余すだけのお荷物だ。雪ノ下陽乃の提案は比企谷八幡にとって、雪ノ下雪乃との関係の悪化というリスクのみで何のメリットもない。だから、話がこれだけなら受けることはありえない。

…しかし

陽乃「そうは言いつつ、席を立とうとはしないのは、何故かな? 比企谷くん」

八幡「話がそれですべてなら、と言ったはずです。でも、貴女にはまだ、伏せているカードがある。違いますか?」

そうなのだ。雪ノ下陽乃ともあろうものが、その程度のことをわかっていないはずがない。比企谷八幡が、この提案に心を惹かれないだろうことも計算しているだろう。とすれば、まだ何かあると考えるのが自然だ。

…俺の推論が正しければ、おそらく彼女は…

陽乃「伏せているカード? 何のことかな?」

可愛らしく小首を傾げてみせる…だからあざといって…が、目は笑っていない。こちらの出方待ちか。なら…

八幡「…客観的に観て、評価してほしい、と言いましたね? 味方につければ裏切らない、とも」

陽乃「ええ、そうよ。 …そうね、喩えるなら…裸の王様に『王様は裸だ!!』と叫ぶ子供の役目を期待しているの」

八幡「…もう少し、マシな比喩をお願いしたいですね。それに、貴女のような人に、そんなものが必要ですか?」

裸どころか強化外装みたいな外面してるくせに。

陽乃「あら、じゃあどんな役なら満足? …わたしは自分を過信してないわ。なんなら、裸のわたしに触れてみる? 比企谷くんなら…いいけど」

悪戯っぽく笑ってウインクしながら胸元をちょっとくつろげる……ぐ、いかん、平常心、平常心!!

必死でクールな表情を保とうとしている俺を、ニヤニヤしながら眺めている陽乃の顔から


八幡「…シェークスピアの『リア王』に出てくる、道化師の役なんてどうですかね」

この日、初めて表情が消えた。

…ビンゴだ。その反応を見て、自分の推論が正しかったことを確信する。

リア王の道化師とは何のことか。

「リア王」は、シェークスピアの代表作のひとつで、悲劇として有名な物語だ。

年老いたリア王には、3人の娘があった。追従の上手い長女、次女と、誠実で率直な三女。リアが娘たちに国を分け与えようとしたとき、長女と次女が心にもないおべっかを使うのに対して三女が憤り、すげない対応をしたのに腹を立てて、リア王は長女と次女にのみ国土を分け与え、三女を国外に追放してしまう。

リア王は引退後は娘たちの世話になろうとしていたが、財産を既に譲られた姉娘たちはリア王を散々に冷遇する。絶望したリア王は、暴風雨の荒野を彷徨い、狂乱するが、やがて、王もまた一介の人間であり、人間は裸の動物にほかならないと悟る。

このあと、いろいろあってリア王は死ぬ。リア王を助けようとした三女もそれに先んじて死ぬ。説明が面倒くさくなったので、詳細は(ry。
まったく救いのない悲劇だが、この不条理さは結構俺好みだ。家族だろうと、所詮は他人。阿諛を真に受けた信用した時点で負けである。ちなみにそれは一般論で、ウチの小町に限っては天使である。

話が逸れたが、道化師はこの物語にいつの間にか登場し、リア王の側で末娘を冷遇し姉娘を信じた愚かさを冷やかす役回りのキャラクターだ。

俺の推論。俺の比喩の真意に気付いた陽乃の顔色が変わった理由。それはつまり…

八幡「貴女は…将来的に親との対決、雪ノ下家の実権を奪い取って、父親…というより両親の影響を排除することを考えている。違いますか?」

ちょい中断。また後で。

しばし、室内に沈黙が立ち込める。やがて、陽乃が苦笑しながら口を開いた。

陽乃「………ホント、勘のいいガキよね、君って」

誤魔化すつもりはないらしい。

八幡「嫌いでしたっけ、そういえば」

陽乃「……そうね。でも……これでますます、君を手に入れたくなったかな」

その微笑をみて、ぞくり、と背筋が寒くなる。

陽乃「……参考までに聞かせてくれる? どうしてそう思ったのか」

八幡「……むしろ、俺の方こそ聞きたいですね。どうしてですか?」

視線が交錯する。

八幡「…貴女は、自他ともに認める雪ノ下家の後継者だ。貴女の妹にもはやその意思がない以上、唯一の、と言ってもいい。何もしなくても、時期さえ来れば雪ノ下家の全権は、貴女の手に落ちるでしょうに」

陽乃が何も言わないのを見て、さらに続けた。

八幡「客観的で率直な評価を、ということなので言いますがね、俺の目には、貴女が焦っているように見えるんですよ。 つい先日、25歳で県議員に初当選したかと思えば、ネットや雑誌、ローカルTVにばんばん自分を露出して、存在を売り込んでいる。今回の、俺をヘッドハンティングしていることもそうです」

八幡「急激に目立てば、嫉妬も買う。出る杭が打たれるのはどこの世界も同じです。表立ってはいえなくても、あまり派手にやれば貴女のことを目障りに思う連中は少なくないでしょう。
まして、知事の後ろ盾があるとはいえ、まだ貴女自身は何の実績を残したわけでもない。ここでもし、何か失敗でもしでかせば、今、貴女を崇めているミーハーな連中もあっという間に掌を返して叩く側に回りますよ。
こういった、高い注目度や知名度が逆に徒となるリスクを貴女が考えなかったとは思えない。

支持基盤が薄弱で、何もしなければ埋もれてしまうような泡沫議員ならまだそうせざるを得ない事情もわかります。けれど、貴女はそうじゃない」

陽乃「……続けて」

八幡「雪ノ下建設の組織票を持っている雪ノ下家の地盤は固い。まして、貴女のお父さんは県知事で、貴女自身、若いとはいえその後継者として周囲に存在と才幹をしっかりと認められている。議席を守るのに汲々としなければならない事態はまず考えられないでしょう。

また、貴女のような世襲の新人のスタッフに、俺のような若輩の新参が参入すれば、譜代の郎党の方々との間に何かと摩擦も起きやすいのでは?

それらのリスクを押してでも、こうせざるを得ない理由…」

ひとつ、息を吐く

八幡「俺にはそれが、さっきのような事情しか、考え付かなかった。将来的に、後ろ盾である知事やお母さん…と、対決する事態がありうる。そう考えて、自前の支持基盤や腹心を急いで作ろうとしているのではないかってね」

八幡「………わからないのは、動機です。おとなしくしていれば安泰なのに、何故そんなリスクを冒してまで生き急ぐのか…」

陽乃の方を見る。 …この反応をどう受け取ればいい。少し、頬が紅潮して、浮かべている表情は…歓喜、なのか。こちらに向ける、ほとんど陶然とした視線に、何度目かの震えが走る。


八幡「……いや、まぁそれは措きましょう。それは、貴女とご両親の間の事情です。俺には関係ない。俺が知りたいのは、一つだけ…」

怯みを押し殺し、陽乃の目を、強く見つめ返す。

八幡「……貴女は、妹を、雪ノ下雪乃をどうしたいんですか? 先ほどからの話で、貴女は俺と雪ノ下の関係について一言も触れなかった。あまりに不自然です。俺を勧誘する際に、貴女がそれを考慮しなかったわけがない」

八幡「これだけは断言しておきます。俺はほかの誰よりもまず、雪ノ下雪乃の味方です。貴女が、俺を手元に置くことで、貴女の妹に何がしかの牽制を加えようというのなら、または、貴女の妹を、まるでリア王の姉姫が妹姫を殺したように排除しようという意図があるのなら…」

きっぱりと、言い切った。

八幡「…俺は、即座に貴女の敵にまわる。金輪際、交渉はあり得ません」

またちょい中断。

かきます。

陽乃「ふふ…ねぇ、比企谷くん。私の、今の気持ちが分かる?」

八幡「……いえ」

陽乃は何のスイッチが入ったのか、殆どうっとりした表情でこちらを艶然と眺めている。色々とたまらんのでやめていただきたい。

陽乃「最高の気分ね。君を抱きしめて、キスしてあげたいくらい」

やめてくれ。あんたの妹に知られたら、血の雨が降る。

八幡「……意外と、お酒弱いんですね」

とりあえず、そう返しておいた。

陽乃「照れちゃって…ふふ、でもそうね。雪乃ちゃんに悪いか」

彼女はそういってにこやかに笑うと、一瞬、遠いところを見るような目をした。

陽乃「…わたしにも、煙草を一本、もらえるかな?」

黙って、ポケットからシガレットケースを取り出す。最後の一本。それを受け取ると、陽乃はそのまま口にくわえ、俺に顔を近づけてきた…ちょっと! 近い!! 顔! むね!!

煙草の先端同士がくっつき、陽乃の煙草が点火される。

あーびっくりした。動悸を抑えるべく、気持ちを落ちつけながら、煙草を吸いこむ。人の気も知らず、しばらく黙っていた陽乃がゆっくりと話しだした。

陽乃「どこから話そうかな……雪乃ちゃんに、縁談が来ている話は知ってた?」

…思い切り噎せた。咳きこんでいる俺を、陽乃がくすくす笑いながら見ている。


陽乃「まぁ、知っている訳ないよね。雪乃ちゃん本人も、知らないんだから」

そ、それはいったい、どういう…

陽乃「父はね、将来的に知事を足掛かりに、国政への進出を目論んでいるの」

……はぁ、それはまた。ウチの知事も中央志向なのか。戦国時代なら、京に上るとか言い出すタイプの領主だな。

陽乃「父が、というより、積極的なのは母かな。でもそのためにはもっと地盤を強化して、色々なところとコネをつくらなきゃいけない。政略結婚の相手を、今見繕ってるところなのよ」

八幡「………………」

陽乃「さすがにまだ、大学も卒業していないし、父ももうしばらく手元に置いておきたいと思ってるようだから、今回の話は流れるでしょうね。わたしもそうなるように仕向けてるし。でも……」

陽乃は、遠い目をして呟く。

陽乃「次はどうなるかしらね。雪乃ちゃんだけじゃなく、わたしもそう。母が、そうすると決めてしまえば、いつ結婚させられるかわからない」

八幡「……でも、そんなの、本人が拒否すれば…」

陽乃「それができるなら、ね。雪乃ちゃんは、大学を出て就職してしまえば、家のしがらみから逃れられると思ってるみたいだけれど、あの母がそんなことを許すわけがない。極端な話、与党の大物に働きかけて、圧力であの子の内定を全部取り消させることだってできるんだから」

……そこまでやるか。

陽乃「就職した後だって、外堀を埋めて、『お前が拒否すれば家や会社に大きな損失が出る』って言われたら、きっと拒否できない。わたしは雪乃ちゃんみたいに正面からぶつからないようにうまく立ち回ってきたから、まだ母との関係はマシだけれど、後継者だなんだといったところでもし正面から逆らったら、いとも簡単に挿げ替えられる。わたしや雪乃ちゃんの意志なんておかまいなしにね。それが、わたしたちの現実」

陽乃「…比企谷くんがウチの会社に入社するのを止めたのはね、雪乃ちゃんがコネで入社させようとしたことで興味を持たれて比企谷くんと雪乃ちゃんの関係がバレたら、別れさせたうえで、これ以上悪い虫がつく前にとか言ってすぐにほかの人と結婚させられるなんてことになりかねない。比企谷くんが人質に取られたら、雪乃ちゃんはきっと逆らえないしね」

八幡「………なるほど」

陽乃「わたしはね、こんな現状を変えたいの。これまで表向き、上手く正面からは両親とぶつからないようにして従順な跡継ぎを演じてきたけれど、何も思わなかったわけじゃない。いつまでも、この先何十年も、あの母に人生を支配され続けるのは御免蒙るわ」

……おそらく、他に誰も聞いたことのない、雪ノ下陽乃という人間の本音。

陽乃「ううん、わたしは家を継ぐ立場だから、ある程度仕方ないとしても…雪乃ちゃんの人生を、母のエゴの犠牲には、したくない」

……先日の、雪乃との会話を回想する。

 (「………そうだな。正直なところ、やりたいことはある」「………?」「でも、どうすればいいか、具体的な道筋がわかんねぇんだ」)

そうだ。俺のやりたいこと、それは…

 (「……いつか、話してくれる?」「……方法が見つかったらな」)


陽乃「お願い、比企谷くん……貴方しか、本当に頼れる人はいないの。雪乃ちゃんを…


雪ノ下雪乃を


   自由にしてあげるために。わたしに、力を貸して」


家の軛から解き放つこと。

つづく

第二話終了です。この後は、先に「綺麗な八幡」のほうを書きたいと思ってますので、続きは少し先になるかも。まぁ予定は未定。反応次第。

完結のためには、ははのんの本編での描写がみたい…途中のプロットはある程度考えてますが…

「キミのことが好きだ。付き合ってくれないかな」

放課後、夕日の差す中庭。目の前の男子生徒が、そう言った。

(またか……)予想通りの展開に、心の中でつぶやく。正直、気が重い。この後の展開が、容易に予想できるからだ。

これまでの人生…たかだか17年程度だけれど…の中で、何度も繰り返してきた。

自分を、もしかしたら傲慢かもしれない。と思う。けれど、心に浮き立つものがまるでなく、本心からそう思ってしまうのは自分でもどうしようもない。

爽やかな微笑みを浮かべながら、こちらの返事を待っている…確か、サッカー部のなんとかいう先輩。同級生の子が、カッコイイって騒いでた。確かに目鼻立ちは整っていると思う。

女子に広汎な人気があるところからして、きっと頭も性格も良いのだろう。だけど…

「ごめんなさい、それは無理です」

そう言って、頭を下げた。

「留美ちゃん、青葉先輩をフったんだって? 噂になってたよ」

翌日、親友の自由(みゆ)ちゃんから、早速噂が学校をかけめぐっていることを教えられた。青葉先輩…昨日の彼か。確かそんな名前だったと思う。

…やっぱり、と溜息をつく。 周囲に人影はないと思ったが、誰かがどこかから見ていたらしい。 その噂とやらがどういったニュアンスで語られていたのかも、想像はつく。きっとまた、いろいろ尾鰭がついた内容が面白おかしく語られ、あの先輩に気があった女子の間などでは「調子に乗っている」「お高くとまっている」などと陰口を言われているのだろう。

女子特有の、ベタベタした陰湿な嫉妬、悪意。男子からの好奇の視線や、下心が見え見えの親切。慣れてはいるが、気が滅入る。小学校時代のトラウマが、顔を覗かせそうになる。

こういった注目がイヤだからこそ、常々「今は恋愛に興味はない」と公言し、予防線を張ってきたというのに。

ルミルミ編の希望が多かったんで、ちょっとだけ書く。
後でもう少しだけ行くが、あまり量は期待しないでほしい。

自由「どうして断ったの? 青葉先輩、カッコイイじゃん! 性格もいいし、狙ってる子もいっぱいいるんだよ? もったいない…」

嘆かわしい、と大仰に首を振る善良な友人に、曖昧な微苦笑を浮かべながら…慎重に言葉を選んで答える。

留美「私にはもったいないよ…それにほら、習い事もあるし、これから先、受験勉強もがんばらなきゃいけないから…正直、誰か特定の男の人と付き合うなんて、考えられないよ」

自由「う〜ん、そっかぁ…そういえば常々、『いまは恋愛に興味はない』って言ってたもんね」

留美「…うん」

自由「じゃあ、誰かほかに好きな人がいるとか、そういうのじゃないんだ?」

留美「あ、当たり前でしょ」

少し、語気が強くなる。ちょっとわざとらしかったか…自由ちゃんの目がキラリと光った(ような気がした)

留美「……嘘だっ!!」

ごめん、最後留美→自由

思わず、びくっと身が竦む。はっと我に返り、慌てて自由ちゃんの口を塞いだ。

留美「自由ちゃん、声が大きい…」

今は昼休みで、ここは特別棟にある『奉仕部』の部室。そうそう人が来る気遣いはないだろうけど、話している内容が内容だけに誰かに聞かれはしないかと冷や冷やする。

留美「それに、嘘って何を根拠に…ひゃう?!」

自由ちゃんの口にあてた右手の指をぺろりと舐められ、反射的に手を引く。

自由「この味は!……… 嘘をついている「味」だぜ……」

ドドドドド…と足で効果音を鳴らしながら、ドヤ顔で指摘してくる友人。容姿、性格ともにいい娘ではあるのだが、このようにたまに色々おかしいせいでクラスの中では浮き気味である。

留美「…べつに、嘘なんかついてないし」

すいません、今日はもう無理だ。
次回、鶴見留美の目から見た比企谷八幡という人物。

ちなみに、ルミルミはちょい役じゃなくて、今後このSSの中で準主役クラスを担ってもらいます。
ただし、原作での描写が少ないぶん、独自解釈が多くなりますのでご了承をお願いします。

ごめん、あと一言だけ…わたりんがツイッタで「自由が丘自由というキャラ名を考えたからあとは好きにしてくれ」と言ってたから、流用しようとしたんだけど…日本に、自由が丘という苗字は、調べたところ存在しなかったorz

できたら毎日更新したいけど、今週割と忙しいんで保障はできかねる。プロットは、骨組みはだんだん出来てきてるけど細かい肉付けはもう少し練りたい感じ。ぼつぼつ書いてきます。

トリつけ失敗した。携帯でやったのがまずかったか

変更

自由「…ふ−ん、そう? まぁ、味で分かるのは冗談だけどさ。留美ちゃん、最近、時々どこか遠いところを見る目をして、溜め息ついてるよ? 無意識かもしれないけど」

留美「…えっ」

まさか…という動揺が表情に出たかもしれない。

自由「…お、反応あり。これじゃ、隠してもモロわかりですよお嬢さん」

ニヤリと笑う人の悪い顔を見て悟る。…しまった。ブラフだ。

留美「…自由ちゃん」

ここで怒ったらますます墓穴を掘る。クールに、クールに…

自由「ご、ごめん。ミートボールひとつあげるから赦して。美人が笑顔で怒ると、迫力が…」

失礼だと思う。だがとりあえず、取引に応じて手打ちにした。

「う−す」

部室のドアが、急に開いた。

留美「麗ちゃん…いつも言ってるけどノックを」

自由「あ、うららちゃん、やっはろ−」

奉仕部の最後の一人、三浦 麗(みうら うらら)ちゃんだった。私たちは、お昼休みは大抵、ここで一緒にお弁当を食べている。

自由ちゃんといい、麗ちゃんといい、私以外の部員にはノックという文明人として身につけていてしかるべき習慣がない。だから、さっきの様な話をする時は、冷や冷やするのだ。急に入ってくるから…
顧問の平塚先生からしてそうなのだから、もうどうしようもない。

今の話は、聞かれていなかっただろうか? こっそりと麗ちゃんの様子を伺う。

麗「まぁまぁ、いいじゃん…ふぅ、お腹すいた。メシ、メシっと」

どうやら、何も聞いていなかったらしい。私の抗議を適当にあしらい、鼻歌交じりに弁当の包みを開く様子をみて胸を撫で下ろす。

彼女は、腹芸ができるタイプではなく、すぐに感情が表に出る。直情的だが面倒見がよく、華やかな容姿と相まってクラスの女子カ−スト最上位に位置する人物だ。

油断したところで、彼女が話しかけてきた。

麗「留美、なんかやらかしたの? 教室に残ってた連中…なんてったっけ、ほら」

何人かの、あまり仲がよくない女の子たちの顔が浮かぶ。

麗「あいつらが、ひそひそ陰口言ってたから、ちょっとシメといたんだけど。あんた、何かしたの?」

自由「…実はかくかくしかじか」

どう答えようか迷っているうちに、止める間もなく自由ちゃんが全部話してしまっていた。さっき、安心した意味がまったくなかった…

麗「…なるほどね。留美、実際のところ、どうなの? 好きな人…本命がいるんじゃない?」

留美「…い、いないから」

彼女たちは、大事な友人だと思っているが、これだけは言えない。理由は、いろいろある。
…私は、彼女たちが秘密を言い触らしたり漏らしたりするかもしれないとは思っていない。おそらくは。小学生時代の苦い記憶が、ことさら自分を秘密主義にさせているのかも、とちらりと思うが、多分、それだけではない。これは、独占欲に近い感情…

つまりは。「あの人」のことを他人に知った顔で語られたくない。「あの人」の良さを知っているのは、私だけでいい。私だけが、あの人の側に居ればいい…

そんな、エゴイスティックな、醜い感情。それを自分の中に自覚したときには、愕然とした。

友人たちの追求を必死で誤魔化しているうちに、チャイムがなる。ほっとしながら話しを打ち切り、自由ちゃんと麗ちゃんに教室への移動を促した。

自由「…留美ちゃん」

留美「…?」

戸締まりのために室内に残っている私に、自由ちゃんが去り際、声をかける。

自由「…さっきの溜め息の話し、ウソじゃないよ?」

思わず、息が止まる。

自由「無理にとは言わないけど、もし力になれるようなことがあれば言ってね。相談に乗るから。それだけ」

ニコッと笑ってドアの隙間から顔を引っ込める友人に、数秒の間を置いて小さく

「……ありがとう」

と声をかける。届いたかどうかは、わからない。

…そうだ。彼女の指摘は、正しい。私は、恋をしている。

だけど、それはきっと叶わない恋。あの人の隣には、もう、別の人がいた。私とどこか似通った、けれど遥かに成熟したすごく、綺麗なひと。

一目見たときに、わかってしまった。恋人なんかじゃない、と否定していたが、女の子のカンがこと、こういったことで外れるとは思えない。間違いなく、このひとも私と同じ感情を彼に対して共有している。そして彼もまた、彼女のことを深く理解し、愛しているのだとわかってしまった。

もしかして、彼が自分に優しくしてくれたのは、自分が、どこか彼女に似ていたから、なのだろうか。それは、イヤだ。堪えられない。

どうして、私の方が先に彼と出会わなかったのか。どうして私は、彼よりこんなに年下なのか。心の中で運命を呪いながら、窓の外を見る。彼との出会い…いや、後にわかったことだが、正しくは再会を思い出す。

誰もいない、中庭。寂しい景色だった。ほんの一年と少し前、私は、そこに居た。

教育実習編導入終わり。

現在の時間軸から、過去に飛びます。今日は申し訳ないがここまで

お昼休み。校庭隅のテニスコート、その正面にある保健室脇が私の昼食時の指定席だった。教室に残っていても、一緒に食べる友達がいない。周りが友達同士で盛り上がっている中で一人、お弁当を広げるのは、なんというか惨めすぎて精神的に非常に堪えるものがある。

そんなわけで、校内で一人で食事をとれてロケーションの好い場所を探していたところ、ここにたどり着いたというわけである。
だが、これまで誰も来ず、私の独占となっていた聖地に、今日は先客の姿があった。

留美「……誰?」

背広を着た、20歳そこそこと見える男性が、いつもの私の指定席に腰掛け、弁当を広げてぬぼ〜っと空を眺めていた。手には、自販機で買ってきたと思しきジュース。時間帯とシチュエーションからして、彼の目的は私と同様だろう。だが、生徒には見えず、教師にしては若すぎる。有体に言って、かなりの不審者だった(特に、爽やかなロケーションにふさわしからぬ死んだ魚のような目つき)。警備員を呼ぶべきだろうか?

「………ん?」

彼が、こちらを振り向く。…不審者に、不審な目で見られた。本当に通報しようか、と反射的に思ったが、心に何か引っかかるものがある。
なんだろう…この感覚…既視感? どこかで、会ったことがあるだろうか。

「俺は、今日から教育実習で来てる実習生だ。そっちこそ、誰だ? ここの生徒か?」

留美「…見ればわかるでしょ」

そういえば、今週だったか。HRで、何人か教育実習生が来ると言っていた気がする。うちのクラスでは、まだ実習生受け持ちの授業がなく、見る機会がなかった。

「…ま、そりゃそうだが」

彼は私の突っ慳貪な答えを聞いて、ふ、と苦笑する。いくらなんでも、この態度はまずかったか。第一印象があまりに不審者そのものだったために、つい、刺々しい態度をとってしまった。一応言い訳しておくが、いくら私でも、普段はもう少し目上の人間には礼儀正しいのである。
だが、不審者な実習生は、こんな扱いにも慣れているのか、特に腹を立てる様子もない。

留美「…そこ、私の場所なんだけど」

??「べつに誰の場所でもないだろ。まだスペースはあるんだから、好きに座れよ」

また、ついやってしまった。そして、正論で返された…正論とはわかっているが、なんだか気に入らない。

留美「…もうちょっと向こういってよ」

??「…へいへい」

私の横柄な態度に、一瞬、きょとんとした表情(邪気のない表情をすると、存外顔立ちは整っている)を見せたが、素直に体をずらす実習生。
1mほどの距離をおいて座ろうとしたが、

??「待て、もう少しずれろ」

と声をかけられた。私の不審な表情を見て、彼は黙って私の足元を指差した。

そこには、小さな黄色い花。少し時期の遅い、タンポポだった。

彼は、この花が踏みつぶされるのを気にかけたらしい。見た目に似合わず、意外に繊細な人なのだろうか。
内心で若干、評価を改めつつも、

留美「…べつにそんな花、珍しくもないでしょ」
つい、憎まれ口をきいてしまった。彼は肩をすくめて言い返す。

「こんな場違いな場所で時期外れの時期に、空気も読まずにけなげに咲いてるんだぞ。気づかれもせず踏みつぶされて終わりじゃあんまりだろ」

…変なやつ。そう思ったが、素直に花を避けて座る。タンポポの花を挟んで、1m20�が私たちの距離。
彼はそれきり何も言わず、無言でストローを咥えながら空を見上げている。五月晴れの、良い天気に私もつられて空を見上げる。海からの潮風が、ゆっくりと白い雲を押し流していく。

留美「…ねぇ」

私の方から、声をかける。少し、彼に興味がわいた。

「私は淋しい人間ですが 、ことによるとあなたも淋しい人間じゃないですか」

留美「…なに? それ」

「夏目漱石の『こころ』って小説の一節だよ。現代文の教科書にも載ってたんだけどな、もともとは」

翌日も、私たちは特に約束を交わしたわけでもなく、同じようにタンポポの花を挟んで座り、言葉を交わしていた。

いつもここで食事を取っているのかと聞かれ、そうだと答えると、返ってきたのがこの言葉である。

「俺もここのOBなんだけどな。ぼっちだったから、いつもここでメシくってた。そんで、お前もそうなんだろうと思ったのさ」

彼に言わせれば、孤独な人間の行動パターンは似通ってくるのだそうだ。なぜなら、選択の幅が極端に少ないから。いわく、ぼっちの収斂進化。あまり、受け入れたくはないが、確かに今の私はぼっちといわれても否定できない。

「べつに、行動パターンが似てるから仲良くなれるわけでもないけどな。互いに相容れないからこそのぼっちだ」

苦々しい表情をしているだろう私に、彼がにやりと笑いながらさらに余計な見解をかぶせてくる。こちらも別に、仲良くなろうなどと考えてはいないが、なんだか失礼だ。やっぱり、変な奴…

いしきがとんだ。じかい、げんさくのあのひととうじょう

「ぼっちには、2種類いる。自ら望んでなったぼっちと、そうでないやつと …どうやらお前は後者みたいだな」

留美「………」

変なやつが、こっちをじっと見つめてくる。男子から注目されるのは別に慣れているが、この視線は普段受けているそれとは少し質が違った…うまく説明できないけれど、なんだか安心する。真面目な表情をすると、やはり意外に美形だ…まて、私は何を考えているのか。

「……ああ、話くらいは聞いてやるぞ。主に、実習の評価のために。基本的に深く関わる気はないから期待されても困るが」

知らないうちにじっと見つめ返していた私から視線を不意にそらして、率直すぎるというかわりと最低のことを言い出した。正直なのか、それとも照れているのか判断がつかない。

我に返り、しばしそのまま考える。確かに今の状況を誰か大人に相談するというのはありだろう。とはいえ、母親に話せば心配させる。教師に話せば、少し問題が大きくなりそう。この変な人は、こういった状況についてなかなか経験豊富そうなことを言っていたし、数週間たてば学校から去る人間で後腐れもない。人選としては適切かもしれない。

一瞬迷ったが、話すことにした。私が今、おかれた状況を……

さて、飲み会から帰宅。今日の更新します

「……なるほどな」

事情を話し終えると、彼はどこか呆れたような声音で呟いた。入学直後から、登校できなかった説明の箇所では、複雑そうな表情を見せていたが、あるいは似たような経験があったのかもしれない。
しばらく黙って何か考えていたが、やがて、こちらを見て話しだした。

「……まぁ、基本的に何もしなくていいだろ。どのみち、今の状況はそう長くは続かないと思うぞ」

……どういうことだろうか。

「たぶん、何かきっかけがあれば、遠からずクラスに溶け込めるようになると思う。周囲の奴も、お前に興味はあるし、話したいとも思ってるはずだ」

……何を根拠に

「根拠か? ……そうだな。ぼっちマイスターとしての、俺のカンだ」

にやりと人を食ったような笑みを浮かべると、彼はそう断言した。
他人事だと思って、適当なことを言わないでほしい…そう言おうとしたが、思いとどまる。不思議と、その言葉には自信が感じられ…信用できるように思えたのだ。

「焦って無理をすると、かえって色々やらかす危険が高い。焦らず、おおらかに構えていればいいさ……それに」

? ……それに、何だというのか。

「孤独それ自体は、別に悪いことじゃない」

確信的な口調で、彼はそう断言した。 ……少し、どきりとして、彼の顔を改めて見直す。
私の視線に気づいたのか、彼は言葉をつづけた。

「いつでも、誰かと一緒にいなければならない、皆と仲良くしなければならないなんてのは、ただの強迫観念だ。現実には、人間はそんな風にはできていない。誰にだって相性の悪い相手はいるし、そういうことができない奴だっている。それを強制しようとするから、いろいろな軋轢が生まれるんだ」

……なんとなく、わかるような気はするけれど。

「仲間と一緒にいることでしか学べないことっていうのは確かにある。けれどまた同様に、孤独の中でしか学べないことっていうのも確かに存在する。
 ……ぼっちであることを、引け目に感じる必要はない。これから先も、たとえ、友人ができた後でも、必ず、孤独に、自分自身と向き合わなきゃならない場面はくるんだ。今は、それを学ぶチャンスだと思えばいい」

その言葉には不思議と説得力があって、思わず言いくるめられそうになる。 
……だけど、私には、孤独をどうやってやり過ごしていいのかまだよくわからなかった。

「……ま、そうだな。ぼっちの道は長く険しい……精進しろ、というのはさすがに無責任なので」

彼は、立ち上がると、ズボンの埃を払う。

「……特別サービスで、少しだけ手助けしてやるよ。たしか、F組だって言ってたよな?」

そう。確か、昨日の会話の中でクラスのことは教えた気がする。

「じゃあな。期待せずに待ってろ」

手をひらひら振りながら、立ち去ろうとする。

留美「……待って!!」

その背中を、思わず呼びとめた。 ……さっきから、昨日からずっと感じている感覚、やっぱりこれは……

留美「私、鶴見 留美!」

今まで、お互いの名前も知らなかった。名乗ったのは、これが初めてだ……そのはずだ。

「……鶴見 留美?」

彼が、少し驚いた様子で振り向く。私の顔を、じっと見つめてきた。そのまま数秒。自分の顔が、紅潮してくるのが分かる。

「……そうか。あだ名はルミルミで決まりだな」

そういって、彼は笑った。

留美「変なあだ名、勝手につけるな! ……それより、そっちの名前も教えてよ。名乗ったでしょ、私」

さっきから、どんどん、胸の感覚が強くなってくる。私は、確信しつつあった。

八幡「……そうだな。俺は……いや、やめておこう。どのみち、すぐにわかるから、待ってろ」

はぐらかされて、思わず焦れる。私は……私はきっと

留美「私たち、以前、どこかで会っている…そうでしょ?」

この、いまやはっきりと感じる、無視しえない既視感。その答えはそうとしか思えない。だが……

「……どうも君の顔には見覚えがありませんね。人違いじゃないですか」

彼は、しばらく黙って……苦笑するような、懐かしむような表情で私を見た後、妙に芝居がかった調子でそんなことを言った。 ……私の勘違い、だったのだろうか?

留美「……そう」

心中で失望を感じながら、教室へ戻ろうとする私の背中に、今度は彼が声をかけてきた。

「……ルミルミ、本は好きか?」

留美「……え、べつに嫌いじゃない、けど」

唐突な問いに、戸惑いながら答える。それほど多くの本を読むわけではないが、読書は決して嫌いじゃない。だが、どういう意図の問いだろう?

「……ぼっちの時間の使い方としては、読書は悪い選択じゃない。適当に何かお勧めを見繕って貸してやるよ」

それだけ言うと、彼は去っていく。

留美「あ……うん……」

それだけしか言えず、彼の背中を見送った。その姿が角の向こうへ消え、私は空を見上げる。

ひゅう、と風の音が聞こえた。風向きが変わり、海からの潮風が、陸から海へ吹き抜ける風に変化する。

私の学校生活も、これから何かが変わっていくのだろうか?

…先ほどの彼の台詞も、夏目漱石の「こころ」からの引用だとわかったのは、その本を彼から借りて読んだ後だった。

続く

だが、今夜中にもう一度更新の可能性もあると言っておこう…

銭湯いてきます。

帰宅〜。では、今日の更新を…ちょっとだけ。

休み時間。クラスの自分の席で、あいつに借りた本を読みながら、教室内の会話を聞くともなく耳に入れていた。

相変わらず誰も、私に話しかけてくる生徒はいない。 …だが、まぁいい。忠告に従って、いちいち焦らないことにしたのだ。

読書というのは、確かにぼっちにとってはよい時間のつぶし方かもしれない。気もまぎれるし、見た目にもいかにも孤立している、という痛ましさが減っている…ような気がする。彼が言っていたことを思い出す。

〜回想〜

「……だけどな。教室内で読むときには、本の選択は注意しろよ。ラノベとか漫画とか、面白いのも結構あるけど…教室でマニアックなラノベ読みながらニヤニヤしてたら、ぼっ値のパラメータが上昇して、戻ってこれなくなるぞ」

留美「……誰が教室でそんなもん読むか! そもそも、何よそのパラメーターって」

「読んで字のごとく、そいつのぼっちランクを表す数値だ。訓練すれば、見えるようになる…… だいたいルミルミで1200くらい。DBならサ○バイマンクラスだな」

留美「……誰がサイバ○マンよ」

「気に入らないか…じゃあ、ヤ○チャで」

留美「そういう問題じゃないし……それにどうせならもう少しマシなのにしてよ」

「わがままだな…ならセ○ゲーム時点のチャオ○さんで。これはかなり高得点だぞ。十年以上の相方に置き去りにされるハイレベルぼっちだからな」
 
 そういえば、○ャオズは天津飯以外の仲間と会話しているのを見たことがないような……ぼっちなのか本当に。それなのに「チャ○ズは置いてきた。はっきり言ってこの戦いにはついて来れそうもない」 BY天さん

留美「……殴っていいってことだよね? もう殴るよ?」

「……狼牙風風拳w いて! おい、ま…いて! 本当に殴るな」

〜回想終了〜


……本当に変なやつ。なんなんだろうか、アレ。 思い出すと頭痛がしてくる。一度目を閉じて、瞼をもみほぐしてから、また読書を再開する。
……変なやつだけどでも、やっぱりたしかに……どこかで……

「ねぇ、知ってる? いま、来てる教育実習生のこと!」

教室のどこかで聞こえたそんな声に、思考とページを繰る手が止まった。


いわく。この高校のOBで、いまは東京の私立大に通っている云々 ……もしかして彼のことか。
すごく爽やかで美形らしい ……なんだ、別人か。 美形はともかく、彼は私の知る限り爽やかという単語からはもっともほど遠い人物だ。

次の英語の授業を、その噂の爽やか王子が受け持つとか。まぁ、あいつでないならどうでもいい。確か彼は国語が担当だと言っていたが、こちらもそろそろ授業を受け持つはずだ。さすがにその時になれば、名前素性もわかるだろう……

黙って耳を傾けていると、ほかにもいろいろな情報がわかった。今、来ている実習生は、女性1人、男性2人。女性も総武高校のOGだそうだ。なんでも、全員クラスの三浦さんのお姉さんと昔、クラスメートだったとか。本当なら、かなりの偶然だ。

……まてよ、ということは、三浦さんからお姉さんに聞いてもらえば、あの人のことがもう少しわかる? 一瞬、そんな考えが脳裏に浮かぶ。だが……

……もちろん無理に決まっていた。それが気軽に頼めるようなら元からこうなってはいない。

八幡「ふーん、ルミルミは中学時代はテニス部だったのか」

留美「そうだけど……ルミルミって呼ぶな」

こうして過ごす、何度目かの昼休み。幸い、今日も天気はいい。

八幡「高校ではもうやらないのか? やっぱり、仲間を作りたいなら部活に入るのが一番、手軽で手っ取り早いと思うぜ」

留美「……ムリ。ほかにちょっと……やってることがあるから」

こんな言い方をしたら、何をやっているのか追及されるだろうか。そしたら、どうしようか……「あのこと」を話してしまおうかという誘惑に駆られる。でも、やっぱりだめだ。笑われるか、変な目で見られるに決まっている。

八幡「そうか。なら仕方ないな」

……自然にスルーされた。葛藤したのがバカみたいだ。

留美「……あんたは、何かやってたの?」

八幡「ん……まぁ、なんつーか……やってたといえばやってたんだが、説明に困るな」

珍しく、困惑した様子をみせる。その様子を見て、少し嗜虐心が刺激される。

留美「説明できないようないかがわしい活動してたんだ」

八幡「……………いや、そういう訳じゃないが」

否定までに随分と間があった。いったい、どんなことをしていたのだろう。

留美「大学では? なんか、サークルとかいろいろあるんでしょ」

八幡「とある零細サークルに、名前だけ所属してる。 ……サークル自体、殆どまともな活動してないけどな」

大学では、試験の過去問など様々な情報がサークルなどのネットワークを通じてやり取りされるため、実利を重んじて、極力束縛されないサークルを選んだのだという……何をやっているのかは言わなかった。これもまた、いかがわしいサークルとみえる。隠し事の多い人間は、信用できない。私は自分のことを棚に上げて、そんなことを考える。私も多少、あれだが、こいつ程ではないと思う。彼はまるでいかがわしさの固まりだった。目も腐ってるし。

八幡「………ところでルミルミ」

留美「ルミルミ言うなって……何?」

八幡「……さっきから気になってたんだが、何で、ずっとこっちに背中向けてんの?」

留美「……あ、あんたの顔を直視したくないから」

八幡「……なにそれひどすぎる。もう死のうかな」

私は、結構、内心が顔に出るタイプだ。今、面と向かえば、動揺を必ず悟られるという自身があった。

いかがわしさの固まりたるこの男…比企谷八幡が隠していたとある秘密を、今の私は知っている。

……いや、秘密、といえば大げさか。本来それは、彼にとって弱みになるようなことではない。むしろそれを、隠していた理由こそ、私は知りたかった。
背中を丸めながらパン屑にたかる蟻と戯れている彼の方を、そっと見る。溜息を吐いている姿を眺めながら、私はそれを知るに至った経緯を思い出していた。

女性の実習生……海老名姫菜という名前らしかった。ここでは海老名先生と呼ぶが、その彼女の担当する世界史が実習生による最初の授業だった。
眼鏡をかけているがかなり垢抜けた美しい女性で、男子が嬉しそうに騒いでいた。 ……バカばっか。
しかし私も彼女の容姿を見て、わずかな引っ掛かりを覚えていた。 つい最近感じた感覚、これは…既視感だ。この人にも、どこかで会ったような気がする? まさか。いくらなんでも立て続けに…

私は、今の状態に焦れて少し情緒不安定になっているのだろうか。だとすれば、自分で思っていたより私は精神的に脆かったらしい。ショックだ……

私の葛藤をよそに、彼女の授業が進んでいく。ギリシア、ローマの文化のあたりだ。内容はまとまっており、なかなかこなれてもいるように思われた。
容姿だけでなくかなり頭もよい女性らしい。時に、雑談などもはさみ、生徒たちの関心を惹こうとする工夫が見て取れた。

海老名「同性愛は、現代でこそタブーとされていますが、古代においては、むしろ高貴なものとして堂々と市民権を得ていました。たとえばギリシアでは同性愛こそ理想的な愛の形とまで(中略)紀元前4世紀、テーベという都市国家にあった『神聖隊』という軍隊は、300人の互いを愛する愛人たちで構成されていて(中略)この『神聖隊』はカイロネイアの戦いで勇敢な戦いの末、全員が壮烈な戦死を遂げますが、敵のマケドニア軍を指揮していたフィリッポス王は相並んで倒れ伏す彼らの屍を見て、涙を流しながら『この人々がなしたことに些かでも恥ずべきことがあったと疑うような連中は、おそらく惨めな死を迎えることになるだろう』と(超略)つまり、ホモが嫌いな女子なんていません! ぜひ皆さんも」

キーン…コーン…カーン…

    ああ、まだ、まだ途中なのに!!」

無情のタイムアップで、海老名先生が退場させられていく。委員長がほっとした表情で、すかさず授業終了の礼をとる。

……いろいろ訂正する。なんというかもう、大半の生徒がドン退きしていた。一部で、目を輝かせている生徒もいたが、もしかしたら彼女の隠れ同志だろうか。

次の、英語の授業に現れた実習生……噂の爽やか王子、葉山隼人先生。彼の姿を見て、女子たちがざわめく。

葉山「みなさん、はじめまして。葉山隼人です。この総武高校を3年前に卒業したみなさんの先輩にあたりますが……」

都内のK大学の法学部に属するという経歴。整った容姿、人をひきつける雰囲気。なるほど、学校中の女子たちが噂するのも頷ける。だが私は、それどころではなかった。思い出した。思い出した!


小学校6年生の夏休み。林間学校。苦い記憶と、状況を変えるきっかけになったあの不可解な事件。
「俺は葉山隼人、よとしくね」「カレー、好き?」「……半分は見逃してやる。あとの半分はここに残れ。誰が残るか、自分たちで決めていいぞ」「……あと二人。早く選べ」「残り二十秒」

必死でデジカメのフラッシュを焚いて、逃げ出した。あのときの、高校生のお兄さん。さっきの海老名先生も、もしかしたらあの時の高校生のお姉さんの中にいなかったか。そして……

「特殊で何が悪い。英語で言えばスペシャルだ。なんか優れてるっぽく聞こえるだろ」「数値はどうでもいいんだよ。要は考え方の問題ってことだ」「惨めなのは嫌か」

あの腐った目が、完全に記憶と一致する。

「比企谷八幡だ」

そう、八幡。確かそれが、彼の名前だった。

「彼女はいるんですか〜?」「……ごめん、それはノーコメントで」
きゃいきゃい騒ぎながら、葉山先生に色々な質問を浴びせるクラスメートの女子たちと、苦笑気味に受け流す葉山先生。その盛り上がりから完全に距離を置いて、立てた教科書で顔を隠しながら私は考え事をしていた。当時のトラウマのせいか、直接顔を合わせることに抵抗があった。
…さすがに、一目であのときの小学生とは気づかないだろうが。葉山先生の視線が、一瞬私をとらえた。 ……まずい。目を合わせないように顔をそらす。しばらく怪訝な目で見られていたようだが、数秒して視線は離れた。

そのあとの授業は、わかりやすく面白いとクラスメートたちには好評だったが、私はまったく中身を覚えていなかった。頭の中では、すぐにも彼をつかまえて色々なことを確認する算段を立てていた。

……あのときの事件の真相。葉山先生に直接確認するのは怖い。だが今になって思い返すと、私のカンでは、あの比企谷八幡という人物が真相に深く関わっていたのではという気がするのだ。授業が終われば昼休み。私はいつもの場所で待つのももどかしく、校舎内に彼の姿を探して教室から飛び出した。

……職員室から少し離れた、あまり人の来ない自販機の傍に、彼の姿を認めた。だが、声をかけようとして、彼が一人ではないことに気づく。少し離れた位置に、クラスメートたちから何とか一時離脱したらしい葉山先生の姿があった。

思わず立ち止まる。と、誰かに手をひかれて、廊下の角に引っ張り込まれた。振り向くと、先ほど世界史の授業で見た顔が…

留美「……海老名先生?! どうして……」

海老名「やほー☆ たしか、鶴見留美ちゃん、だよね? その様子だとわたしたちのこと、覚えてたみたいだね」

留美「……思い出したのは、ついさっきです。あの、先生たちは……」

海老名「しっ、見つかるから……質問は後で、ね?」

にっこり笑いかけられ、思わず頷いてしまう。
…と、自販機の横で、八幡と葉山先生が、何やら会話を始めた。思わず、海老名先生と並んで隠れる形で、それに耳を傾ける。

途中まで書いてクラッシュした……orz

一旦止めようかな。だいぶ進んだし

申し訳ない…次回かその次あたりで、教育実習の前編終了かな。

きれいな八幡更新しないと………(汗

いきますよ

八幡「……ほい。こんなところで話に付き合ってもらって悪いな」

八幡が、自販機から取り出したジュースをひとつ、葉山先生に放ってよこした。

葉山「いや、別にいいさ。しかし、意外だな。避けられてるかと思ってたよ」

受け取りながら、苦笑気味に返す葉山先生。

八幡「まぁな……まさか、こんなところでまた一緒になるとは思ってなかったぜ」

葉山「つくづく、おまえとは縁があるな」

肩を竦めあいながら、それぞれジュースを開ける音が時間差で響いた。

八幡「俺にとっちゃ迷惑な話だ。知ってりゃ時期をずらしたのに。また、引き立て役んじゃねぇか。つーかそれ以前だけど」

葉山「相変わらず愛想のない奴だ…よせよ。お前に引き立て役とか言われたら、こっちの立つ瀬がない。厭味にしか聞こえないぞ」

ジュースに口をつけながら数秒の沈黙。

葉山「……比企谷。これ、甘すぎるぞ」

八幡「何だ、まさか千葉県民のくせにMAXコーヒー初めてか?」

葉山「……いや、そうじゃないが。なんだ? これ」

八幡「新発売の練乳増量タイプ、MAXコーヒーXYZだそうだ。まだ飲んだことはなかったが…そうか、さすがに甘すぎるか」

葉山「……お前な」

奢るとみせかけて、さらりと毒見をさせていた。最悪だあいつ。 ちらりと海老名先生の方をみると、明らかに様子がおかしい。至福の表情で、自分の身体を抱えて身をくねらせている。大丈夫だろうかこの人…

それにしても、あの二人、どういう関係なんだろう。ただの友人というのとも違うような…なんだか、不思議な距離感だった。

葉山「……それにしても、お前が教師志望とは知らなかったよ」

どこか楽しげな口調で揶揄する葉山先生。先ほどの授業のときとは、印象が違う。普段はこうなのだろうか?

八幡「第一志望はもちろん別だ……俺のことはいいだろ。そっちこそ、在学中に司法試験まで通ったくせに、今更なんで教育実習きてんだよ」

葉山「……そうだな。昔からこういうのに、ちょっと憧れてたんだ」

八幡「……まぁ、お前なら、教師になっても大人気の先生になるんだろうけどな。俺がここに採用お願いすることになったら余所へ行ってくれ。競合したくないから」

葉山「……それもいいと思うけど、たぶん、無いだろうな。卒業したら、親父の弁護士事務所で修行することになると思う。 ……むしろ俺は、お前の方こそいい教師になれると思うんだがな」

八幡「おいよせよ。お前にそんなことを言われるとどうも落ち着かない」

葉山「お互い様だ、それは」

八幡「心外だな…俺は昔から一貫して、お前のことを評価してるし信頼してるぞ? ただ、存在が目障りで気にくわないだけで」

葉山「……そりゃ奇遇だな。こっちもまったく同感だ」

八幡が仏頂面で言った言葉に、葉山先生が愉快そうに笑っている。本当に、どういう関係?
海老名先生が、鼻血を手で抑えながら、悶絶している。アレすぎてクラスの男子たちには見せられない姿だ……ポケットからティッシュを取り出して差し出した。

葉山「……それで? まさか新製品の試飲が本題じゃないんだろ」

八幡「……ああ、もうF組の授業はやってるんだよな? お前なら気付いたかもしれんが——」

葉山「鶴見留美さんのことか? ……名簿を見たときはまさかと思ったけどな」

自分の名を聞いて、ピクっと体がこわばる。


八幡「そうだ。さすがだな……またちょいと、人間関係で悩んでるそうなんでな。少しばかり、手助けしてやろうと思ってるんだ。ついては、お前らにも『また』、協力してほしい」

葉山「それは構わないが……らしくないな。少し変わったか?」

揶揄するような言葉に、憮然と応じる八幡。

八幡「……ただのポイント稼ぎに決まってるだろ。それに、結局は本人次第だ。必要以上の肩入れはしない。 ……お前らはせいぜい利用されてくれ」

葉山「何か、方法は考えてるのか?」

八幡「ああ……けど、まだこれといった決め手になるアイデアはない」

葉山「……あまり無茶はするなよ。フォローはするが立場上、限度があるぞ」

八幡「悪意で孤立させられてた『あの時』とは状況が違う。今回、壊す必要があるのはあの娘の周囲の人間関係じゃなくて、あの娘と周囲の間にあるちょっとした壁だ。ほんのわずかなきっかけがあればいい……正攻法で十分だよ」

葉山「そうか……安心したよ。そういうことならもちろん協力は惜しまない」

八幡「言っただろ、ポイント稼ぎだって。俺はわが身が一番可愛いんだ。保身に障るようなことはしねぇよ」

葉山「……どうだか。それは怪しいと思うけどな」

八幡「どうも、誤解があるようだな……まぁ、なんだ。今更だが、あの時は嫌な役をやらせて悪かったな」

葉山「4年前も言ったが、かまわないよ。それに、あの時も実質的に泥を被ったのはお前だったからな」

……私はだまって会話を聞いている。数年越しにようやく、いろいろなことが腑に落ちつつあった。海老名先生と目が合う。苦笑しながら、頷いていた。おそらく私の推測への、肯定。

いいっすよw 今晩どこまでいけるかはわからないけど……教育実習前半終了までいけたら。
わたしもちょっと風呂はいってきます。しばらく中断。

嘘はついてないっすよ? ええ、あくまで「雪ノ下姉妹」がこのSSのメインですとも。
今はちょっと、番外的なところになってるけど。さて、再開します。

八幡「助かる。じゃあ、詳しいことはまた相談するから」

ジュースの缶をボックスに捨てながら、八幡が言うと、楽しそうに葉山先生が応じた。

葉山「了解。 ……ひとつ、貸しだな」

八幡「今、ジュース奢っただろ」

葉山「色々な意味で甘すぎるぞ、比企谷」

八幡「俺が頼まなくても、状況が分かったら何とかしようとしてたくせに」

葉山「そうかもしれないが、お前に貸しを作れる機会を逃がしたくはないからな」

八幡「ふぅ……わかったよ。この借りは、いずれまたの機会に精神的に」

葉山「そうだ。今度、飲みに行かないか?」

八幡「……ああ、そのうち暇があれば」

葉山「あとでメールするよ。あ、アドレスは知ってるから」

八幡「おお。 ……え? …………えぇ?! ちょっと待て、どこから……」

葉山「結衣から。ちなみに俺は、お前の実習のことも聞いてたぞ?」

八幡「……俺は聞いてねぇよ。何考えてんだ、あのアホ!」

葉山「俺が口止めしてたんだ」………


2人が何やら言い合いながら去っていくのを確認してから、海老名先生といっしょにこっそり物陰から出てくる。
……結衣って誰だろう。これも4年前に居た人かな?

海老名「……さて、何から聞きたい?」

海老名先生が、何かを補給した後のような何やら艶々した顔で微笑みかけてきた。鼻血は無事止まったらしい。

その後、海老名先生の口から改めて、あの時の真相を聞いた。当時の私の抱えていた問題を解決するために、八幡が提案した方法と、その意図。おおむね、先ほどの会話から推測した通りだった。ほかにもいろいろと。八幡の高校時代の人となりや、葉山先生との関係について……は、どうも、かなり情報が偏っていた気がする。これはあまり信用しないほうがいいだろう。

背後の八幡の方を、またちらっと見た。彼は……伸びをしながらタンポポの花を何やら優しい目で眺めていた。普段は腐っているのに、不意にドキッとさせるようなことを言ったり表情をしたりする。いろいろ聞きたいことがあるのに、どう切り出したらいいのか、きっかけがつかめなかった。

八幡「そういえば、貸した本はどうだった?」

留美「……う、うん。もう読み終わった。あ、もう返すね」

返そうと思って持ってきていた文庫本を取り出し、彼に差し出す。

八幡「結構、読むの早いな……じゃあ、次いくか?」

彼は「こころ」を受け取ると、新しい本をだしてきた。

武者小路実篤「友情」

留美「……これは?」

八幡「……そうだな。まぁ、内容については余計な先入観を与えないようにノーコメントにしとこうか。武者小路実篤は、白樺派の代表的な作家だ」

白樺派と武者小路実篤について、簡単な説明。このあたりは、さすが国語の教育実習生か。

八幡「『天に星、地に花、人に愛』」

留美「……え?」

八幡「武者小路実篤が、よく色紙に書いてた言葉だそうだ。もとは、ゲーテのものらしいけどな」

天に星、地に花、人に愛  ………とても美しい、いい言葉だ。心に、すとんと落ちてきた。

闇の中で輝く星。地上でひっそりと咲く花。人の心の中で光る、愛。 とても、素敵なイメージが脳裏に再生される。

留美「……でも、貴方には似合わないね」

くすっと笑いながら言う。腐った目でそんなことを言われても注意報か何かの文言のようだ。 ……もちろん、照れ隠しも入っている。

限界につき、中断。予定にとどかなかった…むねん

ただいま。

…楽しみにしてくれるのは光栄ですし、褒めてくれるのは嬉しいですが、あまりハードルあげんでくだせぇ(^^;

このSSが面白いと思ってもらえるとしたら私の技術がどうとかじゃなくて、9割以上がわたりんの書いたすばらしい原作とキャラの魅力によるものです、マジで。

公式どうとかは畏れ多すぎるが、なるべく原作の雰囲気を壊さぬようにとは心がけています。それでも、やっぱり矛盾はでちゃうんだけど。

ツイッター見る限り、薄い本とか二次創作には寛容な方らしいから、感想とかいらないけどこっそり読んでてくれたりしたら感動で死ねる。


ちなみに、本当に俺ガイルに出会って「きれいな八幡」のシリーズ書き始めるまで何も書いたことないですよ〜

本はラノベと一般書を問わずかなり乱読してましたが。

今日は、あっちの更新優先で、余裕があったらこっちの続きも。

いいじゃん夢くらいみさせてくれよww

ちゃんと、分は弁えてるよ

どうも、語りの痛さとSSのクオリティに定評のある1です。
とりあえず、一言だけ言わせてほしい。

おねがい、わたしのためにあらそわないで(はぁと)

……ホントにごめん。一生に一度くらい言ってみたかったんだ。自分でもイタいと思ってるけど、煽ってるわけじゃないんだ…ッ!!
今からちょっと更新するからゆるしてほしい。

わざわざ時間割いてみてくれて、感想まで書いてくれる皆さん本当にありがとう。

結局綺麗な八幡の方は今日中に終わりとはいかないのか?

八幡「うるせぇな、自分でもわかってるから。そもそも俺の台詞じゃねぇし」

むすっとした表情で言い返してくる。その後、ひとつ溜息を吐いて苦笑しながら付け足した。

八幡「……ま、嫌いでもないけどな」

留美「………………」

なんだか、自分の感じている気持ちがうまく説明できない。ただ、だんだんと彼との会話が楽しくなってきている自分に気付く。

八幡「……ところで、これを読んだ感想はどうだった?」

不意に。
夏目漱石の「こころ」をしまいながら、八幡がそんなことを訊いてきた。
私は我に返り、ややテンパりながら返す。

留美「…あ、うん。ええと……面白かった」

……いや、まて、これでは小学生並みの感想だ。ええと、ええと……

>>455
こっちの後、今晩かけるところまで書く所存。ただ、日付変わる時間帯は野暮用があってでかける。

……そういえば、読んだ中でとくに印象に残った言葉があった。

「そんな鋳型(いかた)に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」

この言葉を読んだとき、小学校時代のあの経験を連想した。
友達だと思っていた子たちが、急に自分を迫害する敵になる。自分も同じことをしていた……色々と苦くて辛い記憶。
優しいと思っていた高校生のお兄さんお姉さんたちが、急に敵になる。後に真相と意図を知った、不可思議な記憶。

……そうだ、ここから、あの話に……! 私の脳裏に、天啓がひらめいた。
決意して、話し始める。彼の、反応がみてみたかった。

留美「……私ね、小学校の頃、ちょっと孤立させられていたことがあったの」

八幡「……へ、へぇ。まぁ、問題が解決してよかったな」

彼の顔をじっと見つめながら、話を続ける。当初、ポーカーフェイスを保とうとしていたようだが、林間学校で変な男子高校生に出会った下りのあたりから、露骨に挙動不審になりだした。肝試しで起こった事件、その後、孤立が解消されたことを話し終えた後で、彼は目を泳がせながら上記のような台詞を述べた。

留美「……見覚えがない。そう言ってたよね?」

八幡「……あ、ああ。それがどうかしたか?」

留美「八幡」

八幡が、ぎょっとした表情でこちらを向く。

留美「八幡でしょ? 貴方の名前」

八幡「……なぜ知っているのかしら。あなた、ストーカー?」

やや引きつった顔で、芝居じみた態度で質してくる問いに簡潔に答えた。

留美「全部聞いた、海老名先生から。葉山先生との会話も立ち聞きしてた」

八幡「オイ、冗談抜きでストーカーっぽいぞ……てか、呼び捨てかよ」

溜息。

ルミルミ呼ばわりする奴に呼び捨てをとやかく言われても無視する。

留美「何で、知らない振りをしたの?」

八幡「……ガチで忘れてたんだよ」

留美「絶対、嘘。 ……私、貴方にお」

八幡「どっちにしろ、昔のことだから気にすんな」

お礼を…と最後まで言い切る前に、八幡がかぶせてきた。

八幡「……あの時のも、今回も、ただのポイント稼ぎで自分のためにやってるんだ。別に感謝はしなくていい」

明白に突き放されて、しばし言葉を失う。

八幡「……まぁなんだ。どのみち、ここにも3週間しかいないからな。どう考えてもそう長い付き合いにはならないんだし、ホントに、あまりそういうの、気にすんな」

少し言葉が強すぎると思ったのか、視線を逸らしながらそう、付け足してくる。

留美「……うん」


自由「まさか、先生があのカリスマ絵師の中の人だったなんて……お会いできて光栄です!!」

海老名「フフ、ありがとう。わたしも、同志に出会えてうれしいわ……」


微妙な雰囲気で沈黙していたところに、誰かが近づいてくる気配があった。あれは……海老名先生と、クラスの女子だ。たしか、二宮 自由(にのみや みゆ)といったか。

「やはりあのカップリングは○○の受けが…」「次の即売会では……」「言葉攻め」「そそる」「NTR」「hshs」

……遠くから聞いていると、なんだか理解できない単語が飛び交っている。いったいどんな話を……

八幡が、そっと立ち上がった。

八幡「………行こう。ここもじき腐海に沈む」

留美「う……うん」

よくわからないが、促されるままに立ち上がる。確かに、なんだかあれは近づいてはいけないモノのような気がする……


八幡「……チッ」

気付くと、立ち上がった八幡がテニスコートの方を見て舌打ちしている。


麗「隼人さんとテニスするの、久しぶりですね」

葉山「……今は教育実習生で来てるんだ。隼人さんはやめてくれないかな」

麗「あはは、ごめんなさい。じゃあ、隼人先生で」


その視線の先を見ると、今度は葉山先生とクラスの女子数人が、テニスのラケットやボールを持ってこちらへ来ていた。
苦笑交じりの葉山先生と弾んだ声で会話を交わしている女の子は、その中でもひときわ目立つ。あれはたしか、三浦 麗さんだ。


八幡「ぼっち力 たったの5か……ゴミめ」

ギリギリ歯ぎしりしながらそんなことを言われても、むしろこちらがゴミっぽいのでやめてほしい。

すみません、ちょい出かけてきます。

あけおめことよろみなさん。
さて続き

ちなみに、そういう自分のぼっち力とやらはどれくらいなのだろう。

八幡「知りたいか?」

留美「……名前にちなんで8万とか?」

八幡「私のぼっち力は53万です」

……桁が違った。

八幡「そしてあと2回変身を残している。この意味が分かるか?」

留美「貴方が救いようのないバカだってことは分かった」

これまでどれだけ痛々しい人生を送ってきたというのか。あと変身って何よ……

留美「貴方が最強のぼっちだって言いたいの?」

八幡「……いや。一人、俺より上がいた」

留美「……誰?」

八幡「伝説の、Z戦士……」

留美「……だから、誰?」

遠い目をされても困る。超サ●ヤ人?

そんな痛々しい会話をしている間に、目の前のテニスコートでクラスメートの女子たちと葉山先生が入れ替わりながらテニスを始めた。

殆どは未経験者みたいで、ラリーも長く続かない。でも、楽しそうにボールを打ち合っている。

留美「…………」

八幡「やりたいのか?」

留美「……え?! べ、べつに……」

思わず、挙動不審になってしまった。


葉山「あ、ごっめーん。ボール取ってくれるか?」

そこへ、打ち損ねのボールが跳ねながらこっちへ飛んでくる。

八幡は、ふっ、と笑いながらこちらを向いてひとつ頷くと、テニスコートに向けて歩き出す。
弾むボールをキャッチすると、コートに向かって声を上げた。

八幡「おーい、葉山、ちょっと頼みたいんだけど……」

留美「わー! ちょっと待って!」

八幡の意図が分かった私は、慌てて制止しようと声を上げる。だが、遅かった。

八幡「一人、入れてもらっていいか?」

数分後。

八幡「……どうしてこうなった」

ジャージ姿の八幡が呻く。

留美「……自業自得でしょ」

軽くストレッチしながら冷たく突き放した。

私たちの対面のコートで、三浦さんと葉山先生が何やら話しながらこちらを見ている。三浦さんは値踏みするような視線で、葉山先生は、心なしか楽しそうだった。

八幡が私をテニスのグループに入れてくれるように頼み、葉山先生は快く了承した……まではよかったのだが、クラスメートの間には若干の戸惑いがあった。

それをみてとった葉山先生が、こんな提案をしてきたのである。

葉山「じゃあ、せっかくだから比企谷先生にも入ってもらって、男女混合ダブルスでゲームをやろうか」

八幡「……ちょっと待て?!」

とりあえず、こっちはここまで。
あっちに取り掛かります。

あっちの住人に言われるならわかるけど、こっちは結構速くすすめてるつもりですぞ(汗

あと、まぁ外伝ではあるんだけど、ルミルミは本編でも準主役クラスの予定ですもんで、ちょっと待ってください…
もう少しで、いったん5年後の時間軸、八幡視点に戻りますから。

な、何故こんなに荒れる……俺のせいかorz

さておき、もうちょい進めておきます

八幡が驚愕して上げた抗議の声は、女子たちの歓声にかき消された。葉山先生と誰が組むかで盛り上がっている。

呆然としている八幡の肩をポンとたたく

留美「…………あきらめろ」

八幡「」

結局、予想通り三浦さんが葉山先生の相方となったようだ。先ほどのラリーでも、一人だけ動きが違っていた。間違いなく経験者だろう。葉山先生も、間違いなく運動神経はよさそう。それに、2人はどうもお姉さんを通じたかねてからの知り合いっぽい。チームワークも悪くないんじゃないだろうか。

一方こちらは……私は腕に多少の憶えはあるけれど……


留美「……八幡、テニスやったことあるの?」

八幡「……ちょっとだけな。妹と……その相方にせがまれて、たまに付き合うくらいだ」

留美「ふぅん。頑張ってよね……頼りにしてるから」

八幡「あまり期待されてもな……お前はイヤじゃないのか?」

留美「しょうがないでしょこの際……責任はとってもらうからね」


葉山先生がこっちに近づいてきた。

葉山「懐かしい構図だな、比企谷。……いつかの借りを返させてもらおうか」

八幡「嬉しそうな顔しやがって……4年も前のことを根に持ってたとは、意外に執念深い奴だったんだな、葉山」

葉山「相手がお前だからな。イヤだろうが、観念しろ。 それに、鶴見さんだけじゃなくお前ももっと多くの生徒たちと積極的に交流すべきだよ」

八幡「……つくづく、お節介な奴だな。これでさっきのはチャラだからな」

葉山「わかってるよ。まぁ、たまにはいいだろう? 今度は自分が前に出るからってさっき言ってたじゃないか」

八幡「……そういう意味で申し上げたのではない!」

鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてから、憤然と抗議する八幡。往生際が悪いなぁ……

八幡「まぁいいだろう。そっちがそのつもりなら、こっちも容赦はしない」

……おぉ?! キリッとした顔で葉山先生に言い放つ八幡に思わず瞠目する。

葉山「ああ、望むところだ」

八幡「返り討ちにしてやるよ……ルミルミが(ボソ)」

留美「……おい!!」

思わずツッコミを入れる。他力本願か!! ちょっとカッコいいと思って損した。私のときめきを返せこの馬鹿。

八幡「ルミルミ、俺が許す。薙ぎ払え。新狼牙風●拳をみせてやれ」

留美「だからルミルミとか呼ぶな。●ムチャ扱いすんな。自分が操●弾でも撃ってろバカ!!」

八幡「……いて?! やめ……ぐあ!!」

脛を蹴ってやった。凶器攻撃でないだけありがたく思ってほしい。

レスありがとん。批判はOKだけど喧嘩はなしでお願いしますよ…

携帯からちょっとだけ更新しようか

そんなやり取りをしていると、対面のコ−トから明るい笑い声か聞こえた。

麗「あはは……鶴見さん、あんまり話したことなかったけど、結構面白いやつだったんだな」

留美「……あ、三浦さん」

み、見られてた……人目を気にせずに自分がやらかしたことに気付き、思わず赤面する。見ると、周囲にもギャラリーが集まって来ていて、クスクスという笑い声がそこかしこでこぼれていた。

あう……は、恥ずかしい……

麗「妙なことになったけど、よろしくね」

右手を差し出してきた。

留美「……あ、うん。こちらこそ」

握手を交わして別れる。驚いた……いい人だ。

ふと、八幡の方を見ると、ニヤニヤしながら親指を立てていた。なんか腹がたったので、すれ違いざまもう一度蹴っておいた。

八幡「つ、追撃……俺が何をした」

……うるさい。

いかん、電池が……

……ゲームが始まった。三浦さんは、思った通りかなりのプレーヤーだ。身体能力、技術ともに高く、スキがない。葉山先生も、スポーツマンの印象に違わぬ運動神経を発揮している。

だが、意外なことにこちらも負けていなかった。私も、ブランクがあるとはいえ県の団体戦でベスト4まで進んだチームでレギュラーだったし、八幡も死んだ魚のような目に似合わず好プレーを連発していた。フォームが綺麗で、力強い。サーブもレシ−ブも正確だった。当初は、葉山先生に黄色い声をあげるだけだったギャラリーたちも、一進一退の攻防が続くと次第に観戦にのめりこみ始めていた。見れば、観客の数がどんどん増えてきている。女子だけでなく男子、物見高い他クラス、学年の人間まで集まりだす、人だかりがさらに人を呼んでいた。

八幡「……気にすんな。あんなもん、カボチャだカボチャ。そのくらいに思っとけばいい」

留美「……別に、緊張なんてしてないし」

自然の役割分担で、私が前衛、八幡が後ろで捌く形となっている。しかし、思ったよりこいつ、腕がいい。
時々妹さんに付き合う程度だと言っていたが……

留美「……ねぇ、サークルも、もしかしてテニスのサークルとか?」

八幡「……あ”?」

……露骨に不機嫌になった。

八幡「ルミルミ、いいか? 大学のテニスサークルなんてのはな……」

どうやら私に怒っている訳ではないようだが、ギリギリと呪詛せんばかりの表情で歯軋りされると……ちょっと退く。

八幡「9割がリア充を自称するパーどもの巣窟だ。つまり俺の敵だ」

……偏見だと思うけど。

留美「じゃあ、何のサークルなの?」

八幡「……何だっていいだろ。ほら、来るぞ」

またはぐらかされる。サーブ権は相手に移っていた。三浦さんが、ボールを撃つモーションに入る。
……それにしても気になる。

再び、ラリーが再開した。

八幡のリーチの外、左側に鋭い打球が飛ぶ。これは……とれない! と思った刹那、

八幡「……ふっ!」

腰を落としてラケットを体の左側、腰だめのように構えた八幡は、一歩踏み込みざま、そのつま先を軸にしてくるりと回転し、その回転運動をさらに腰から肩、肘、ラケットヘッドへと滑らかに連動させ、捉えたボールを一直線に打ち抜いた。ボールが対面のコートで弾ける。超高速のリターンエースだった。ギャラリーも一瞬、何が分かったのかわからずしーんとしていたが決まってから一瞬の間が空いて後、観客が一斉に歓声を上げた。

留美「は、八幡、今の……///」

正直、驚いた。少し、興奮しているかもしれない。

ちげぇw

八幡「……ん、んん! まぁ、こんなもんだ」

……私は見た。一瞬、ものすごいドヤ顔で小さくガッツポーズしてから、我に返って表情を引き締めたのを。もっとも、今も少し口元がニヤついて隠しきれてないけど。

葉山「やるな比企谷。雪ノ下さん直伝か?」

八幡「ハ……あいつに直接教わる? 恐ろしい発想をするな、葉山。 もしかして特殊な性癖の持ち主か?」

軽口を言い合う2人。
……雪ノ下さん? 2人の共通の知り合いらしいが誰だろう。

葉山「……まぁ、分からなくもないが」

葉山先生が苦笑する。会話の内容からすると、テニスのコーチだろうか。どうやら、かなり厳しい人物のようだが……

八幡「単に、幾度となく対戦して例外なくボコボコにやられただけだ」

葉山「……お前」

性癖を訝しむ目で見られて、即座に反発する八幡。

八幡「ちげぇよ! 毎回、あっちから勝負しかけてくんだよ。 俺は正常だが、あいつはアレだ。間違いない」

アレ……ドSとか、そんな感じか。

八幡「ま……そんなわけで、何度も砂を噛んだ代償に盗んだ技だ。これで一歩リードだな」

葉山「……そうだな。じゃあ、俺も負けずに頑張るとしようか」

八幡「……ん?」


葉山先生が嘯いたその言葉は、ハッタリではなかった。先ほどまでより、スピードとパワーを増した打球が飛んでくる。

かと思えば緩急をつけ、多様なコースにスライス、ロブ、ドロップと使い分けてくる。 ……どうやら、先ほどまではあれでも加減していたらしい。この人も、ただの運動神経のいい素人のレベルではなかった。

八幡「お前……三味線弾いてたのか」

葉山「そういう訳じゃないけどな!」

返答とともに打球が返ってくる。

留美「……ふっ!」

何とか、追いついて打ち返した。

麗「……そこっ!」

三浦さんが、甘いコースに入った球を叩きつけてくる。

八幡「……チッ!」

舌打ちしながら追いつくと、バックハンドで打ち返す。だが、コースを読まれていた。

葉山「……甘い」

狙い澄ましたサーキュラースイングで打ち返されたボールは、ちょうど私と八幡の中間で跳ねた。連携の綻びを突かれてしまった。

これで、逆転。

葉山「悪いな、俺も大学に入ってから、たまに付き合いでやってるんだ」

葉山先生が楽しげな笑顔を向けてくる。

八幡「お前、本気だな……こんなゲームでお前がマジになるとは思わなかった。仲良く馴れ合うのが信条じゃなかったのか?」

大人げないぞ葉山、と先ほどの自分のドヤ顔を棚にあげ、呆れたような調子で返す八幡。

葉山「相手がお前だからな」

八幡「誤解を招く様なこと言うなっての。向こうの汚超腐人が失血死しちまうだろ」

ちらりとギャラリーの方をみる。至福の表情で、鼻を押さえている汚超腐人こと海老名先生が、びしりと親指を立てていた。


八幡「……気にすんな。今のは仕方ねぇだろ」

留美「う、うん」

どうやら、考えたことが顔に出ていたらしい。 ……さっきから、連携のミスをつかれての失点が続いている。本来は、元々テニス部だった私が八幡をフォローしなければならないのに、逆に私が足を引っ張っているように感じてしまう。

八幡「こっちは即席ペアなんだ。連携がぎこちないのは当然だろうが」

留美「……でも」

……負けたくない。そう続ける前に

八幡「わかってるよ」

八幡が、こちらを見ながら頷いた。

八幡「……ここからだ。再逆転してやろうぜ」

腰を落として構える。 ……不思議に思った。なぜ、そこまで?

八幡「その目を見れば、大体思ってることはわかる。 …まったく、負けず嫌いなところまで似てるときた……」

……後半はよく聞こえなかった。

八幡「別に何か賭けてるわけじゃなし、俺はどっちでもいいけどな。お前は負けたくないんだろ……なら付き合うさ」

そうだ。私は負けたくない。その理由は……

きみたち、もう少し1にやさしくしなさい。それと、材木座くんを邪険に扱うのをやめなさい。かわいそうじゃないか(キリ

疲れてるんでちょっとだけ更新。

……私はどうやら、自分でも意外なくらいこの数日の……このヘンなやつと過ごした昼休みを気に入っていたらしい。

そんな時間を過ごしていた自分たちのことを、卑下したくなかった。相談に乗り、今も力を貸してくれている彼の応援に応えたかった。

即席のダブルスではあったけれど、大勢のギャラリーに対して胸を張って戦いたい。そして勝ちたい。そんな気持ちだった。


サーブ権は、こちら。ここで追いつけば、デュース突入。ボールを握りながら、呼吸を整える。空を見上げた。天気は快晴。眩しいくらいの青空だ。その吸い込まれるような高さが、私に決心を促す。現役のときも成功率は低く、またブランクもあって自信がなかったので封印していた技…ボールを空に高く、高く放り投げた。


ボールはコートの中央へ。ミスと思ったのか、観客がため息をつく。 右足から踏み出し、両足をそろえて思い切り飛んだ。タイミングはドンピシャ! 空中で思い切り全身のバネを使い、ラケットを振りぬく。ガットが、ボールを捉えた。高い音を立てて、一直線に対面のコートへボールが突き刺さる。

……やった! 葉山先生と三浦さんの反応速度を追い越し、そのまま飛んでいくボールをみて心中で快哉を叫んだ。その一瞬の油断のせいだろう。着地をミスした。右足首が一瞬妙な角度に曲がり、足の関節に痛みが走る。数歩よろけてなんとか転ばずに済んだが……やばい。挫いたかも。

私のジャンピングサーブの成功を見て、ギャラリーが大きく沸く。葉山先生は苦笑し、三浦さんは賞賛の表情を向けてくれている。痛みを表情に出さないよう注意し、笑顔でそれに応えていると、八幡が、少し硬い表情でこちらに近づいてきた。




八幡「ルミルミ、お前、いま、足……」

気付かれたくなかったのに、本当に目ざとい……

留美「……大丈夫。それより、そんな顔してないで少しはパートナーを褒めてよ」

すごかったでしょ? と微笑んでみせる。誤魔化されてくれればいいけれど……八幡はしばらく、真顔で私を見ていたが、やがて、苦笑気味に笑って手を軽く上げた。

八幡「……ああ。正直見惚れたよ。ナイスプレー。 ……ドヤ顔するだけあるわ」

私も手をあげ、ハイタッチを交わす。その後、後半のムカつく台詞に対して、胸に拳をどすんとぶつけて抗議。 自分を棚に上げてあんたが言うな、バカ。


八幡「よし、じゃあ俺も珍しく本気出すわ。……出すわー」

照れ隠しか、棒読みのような口調で嘘くさくそんなことを言う八幡。 ……意外に、ハッタリでもなかった。



ああ、うん。 ちょい忙しいの。
あと義輝じゃねぇw
明日までに、英語論文ひとつ訳さなきゃならねぇんで…」

ちょっとだけ更新します。なんか、最近、毎日更新を期待されてるな。

八幡「………ちぃ!!」

遠めのボールに辛うじて喰らいつき、弾き返す八幡。

本気というよりも、必死。そんな表情で、コートを走り回っている。

昼休み終了まで、おそらくあと数分。だというのに、ギャラリーは減るどころかむしろ増えていた。

果てしないラリーの応酬……とはいえ、明らかにこちらのほうが不利。先ほど足を挫いたせいで、私の反応速度と運動量は明らかに落ちていた。八幡が必死になって走っているのは、それをカバーするためだ。追いつかれても、決して逆転は許さず、脅威的な粘りを見せていた。盛り上がりは最高潮……だけど私は、足手まといになっている現実に歯噛みしていた。恰好をつけて、無理した結果がこの様だ。

留美「八幡……ごめん。大丈夫?」

荒い息を吐きながら、片手をあげて心配ないというジェスチャーを返してくる八幡。その疲れた様子に、少し胸が苦しくなる。

八幡「このくらいで息が上がるとか、最近、煙草吸い過ぎだったな……減煙するか」

留美「……どうせなら禁煙したら」

この期に及んで、そんな減らず口。ほんとうに、こいつは……

八幡「おお、そうやって笑っとけ。その笑顔ができれば、この先いくらでも友達はできるだろうよ」

留美「…………」

……ほんとうに、こいつは。

大きく深呼吸した後、空を見上げる。 高い青空に、太陽といくつかの雲が見える。いつの間にか風が止んでいた。 ……八幡の口元が、わずかに綻んだ。

八幡「さて……そろそろとっておきを見せてやるよ」

こちらにサーブ権が戻ってきた。すれ違いざま、ボールを軽く弄びながら八幡がそんなことを言う。

……とっておき? 何をするつもりだろうか。

八幡は静かに呼吸を整えながら、ボールをトントンと地面に打ち付けている。精神を集中させながら、何かのタイミングを計っているようだ。

昼休みもおそらくもうすぐ終わり。ギャラリーも静まり返っている。対面のコートをみると、葉山先生も微動だにせず、こちらを見つめて意識を集中させている。 

緊迫した空気の中、八幡がサーブのモーションに入った。

それと同時に、ひゅうっ、と風の音が聞こえる。八幡が、ゆるやかにボールを打ちあげる。勢いのない打球が頼りなく空に舞い上がった。まさか打ち損じ? ギャラリーが「ああ…」と落胆の声をあげる。三浦さんが、落下地点に回り込んだ。 

……そのとき、一陣の風が吹いた。

この、風は……






いつもこの時間に吹く潮風。それに流されてボールが逸れてゆく。三浦さんが、驚きながら追い縋ろうとする。本来ありえない軌道を描いてコートの端に落下したボールに、それでも追いつく三浦さん。この子、やはりすごい……

しかし、風は一度だけでは止まなかった。再び拭いた風が、バウンドしたボールをさらに押し流していく。……まさに魔球!

軌道を目で追う。その先に……

すでに葉山先生が回り込んでいた。

まさか、軌道が読まれていた?! 

葉山「比企谷、甘いぞ!」

ベストポジションから十分に溜めを作り、こちらのコートに打ち返してきた。

八幡が舌打ちする。

その球は一度見ている、と葉山先生が付け加える。

八幡の位置からでは届かない。だが……私は足の痛みを無視して駆け出していた。絶対に、返す!

八幡が何か叫ぶ。だが、ギャラリーの興奮の叫びにかき消されて聞こえない。ジャンプする。ギリギリで届く。振りぬいた。

ボールは……ネットにあたってこちらのコートに落ちた。

ギャラリーが、未だざわついている。

海老名「まさか、またみられるとはね……」

自由「知っているんですか? 雷……もとい、海老名先生!」

海老名「風を操る伝説の魔球、『風精悪戯(オイレンシルフィード)』」

自由「風精……」

留美「……悪戯?」

二宮さんがこっちを向いて視線が合う。微笑みかけられて、思わず赤面してしまったが何とか会釈を返す。


八幡「おい、それ違うから! 材木座のやつが勝手につけただけだから!」

どうやら、如何なる経緯か以前にも披露したことがあったらしい。葉山先生が対応できたのもそのためか…
……ネーミングセンスについてはコメントを控える。

海老名「でも、性闘士に同じ技は二度通用しないことを失念していたようね、ヒキタニくん」

八幡「聖闘●じゃねぇよ。そして、今の発音なんかおかしいだろ」

八幡が海老名先生の方をみて揶揄にツッコミをいれながらこちらに近づいてくる。

海老名「夢だけは誰にも奪えない心の翼だから。あとちょっと、頑張ってね」

海老名先生はにこやかに手を振ると、二宮さんと趣味の話題で盛り上がり始めた。
第7感とか聖域とか聞こえてくるが、周囲から人が引いていくところを見ると、またアレな内容なのだろう。

ちなみに私は、あれは繰●弾だと思った。ヤ●チャなら(やられるのも)しょうがない。



八幡「すまん、ダメだった。今のは俺のミスだ……足、大丈夫か?」

留美「……うん」

歩けないほどじゃない。だけど今のプレイで、更に痛みが増した気がする。

八幡「どのみち、もう時間もない。ここでやめとくか?」

留美「ううん、やる。最後まで」

そう言って首を振る。何故、ここまで意地になっているのかは、自分でもよくわからない。八幡が溜息をつく。

八幡「そうかい……まぁ、無理すんな。動かなくていいからな」

そういうとボールを拾い、こちらの様子をじっと伺っている葉山先生の方に投げた。

八幡「悪いが、チャイムが鳴るまで続行頼むわ」

葉山「かまわないが……いいのか?」

八幡「どのみち、もうすぐ終わる。とはいえ、まだ勝負はついてないぜ」

葉山先生は、ふっと微笑んで、了承の意志を伝えた。

葉山先生が、構える。半身の姿勢から、ボールを高く放り投げた。ラケットのグリップを両手で握りしめて、首の後ろに寝かせる。まるで野球のバッターのような。それを見て、八幡が呻く。

八幡「野郎、まさか……」

ガッ!!!

落下してくるボールを、アッパースイングで思い切り打ちあげた。フレームにあたって跳ね返されたボールは、ぐんぐん空に舞い上がっていく。たちまち、まるで豆粒…いや、米粒のように小さくなった。

八幡が、舌打ちして後方に走っていく。


海老名「あれは、たしか『隕鉄滅殺(メテオストライク)』……宿敵の技をコピーして返す。これも王道ね」

メテオストライク……ギャラリーがざわめく。

八幡「だから! その呼び名は違うっての」


そんな会話が聞こえてくる。空を見上げた姿勢のままで、右足を引きずりながら少しずつ後ろに下がる。

やがて……どんどん小さく、名もない星のようになったボールが、今度は逆にどんどん大きくなってくる。
運動エネルギーを使い果たし、落下を始めたのだ。

このままいけば、ギリギリコート内に落ちる。打ち返すにはもっと、もっと後ろに下がらなければ……

八幡「おいルミルミ! 危ない!!」

留美「……えっ」

言われて、反射的に振り向いた。いつの間にか、いつも昼食をとっていた場所の近くまで後退している。そして足元に、あの、タンポポの花が……

あわてて踏むのを避けようとして、足がもつれる。負傷した足首に、痛みが走って、さらにバランスが崩れる。

転倒する——!!


八幡「……ルミルミ!!」

ボールがコートに着弾した。大きな音と共に激しい砂煙が舞い上がる。

……確かに転んだ、と思った。しかし、私の身体は地面に激突する寸前、全力で滑り込んできた誰かの腕に抱きとめられていた。

八幡「………ギリギリセーフだな」

砂煙が晴れる。私を抱きとめた腕の持ち主の方向を、振り向いた。

八幡が、ふぅ、と息を吐きながら額の汗をぬぐっていた。私の身体は、地面に片膝をついた八幡の腕の中に、いわゆるお姫様抱っこのような形で収まっていた。

状況を理解すると同時に、激しく頭に血が上る。

留美「な………あ………!! ///」

一瞬の静寂の後、ギャラリーから、大歓声が上がる。

同時に、チャイムが鳴った。昼休みの終わりを告げる合図だ。


八幡「……怪我は大丈夫か?」

口をパクパクさせている私の顔をみて微笑むと、八幡はそんなことを言った。必死でコクコク頷く。

頭はグラグラ、心臓はドキドキだ。

八幡「……ボールはどっか飛んでった。試合終了だ」

留美「あ……」

そうか。そういえば……そうだった。

留美「……負けちゃった」

そっと地面に下してもらい立ち上がる。

八幡「……試合にはな。でも、この勝負はお前の勝ちだ」

留美「……えっ?」

八幡が指差す方を見ると、二宮さんたちギャラリーのクラスメートや、さっきまで対戦三浦さんがこちらに手を振りながら近づいてきていた。


八幡「……ま、何だかんだ、これで変な壁もなくなっただろ。怪我の功名ってことでいいんじゃないか」

俺も、これでお役御免だな。と笑う。

留美「……待って!」

ギャラリーに取り囲まれる前に消えるわ、と手を振って去ろうとしている八幡に、思わず追い縋り、その服の裾を掴んだ

テニヌとルミルミ回、あと数レスで終わるよ。
その後は、おまたせデレのん編だよ。

何を言えばいいかわからないまま、何か言おうとして……服を掴んだ手が、急に強く引っ張られた。

留美「……え?」

八幡「……えっ?」

足元に、先ほどどこかへ飛んで行ったボールが転がってきていた。それを八幡が踏んづけて、いま、激しく滑り……

ずでん!!

そんな音をたてて、私たちは一塊に絡まりながら、今度こそ転倒した。

留美「うっ………」

どうやら、八幡を下敷きにしたようで、今度も地面に激突はしていない。お礼を言おうと下にいる八幡をみて……私は硬直した。

スカートの中。お尻の直下に………仰向けの八幡の顔面、が………密着して……呼吸の、感触!!

慌てて飛びのいた。八幡が、上体を起こす。


留美「し………」

思わず、ラケットを振りかぶった。

八幡「……まて。落ちつけ」

ひく、と顔を引きつらせながら、八幡が制止しようとする。だがそれも耳に入らず……

留美「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

八幡「ぶげらっ!!」

全力のフルスイングが、顔面を体ごと吹き飛ばした。

………………いろいろと、終わった。


午後の、国語の授業に現れた実習生……噂の変態紳士、比企谷八幡先生。彼の姿を見て、あの場にいた生徒たちがざわめく。

八幡「みなさん、はじめまして。比企谷八幡です。この総武高校を3年前に卒業しました。短い付き合いとなりますがよろしく」

都内のW大学の法学部に属するという経歴。普段よりさらに腐った瞳、よどんだオーラ。加えて今は、顔にラケットでつけられた網目の痕……

なるほど、ひそひそと噂されるのも頷ける。ちなみに私は、恥ずかしさと申し訳なさでそれどころではなかった。


「前科はあるんですか〜?」

八幡「それはノーコメントで」

……まさかあるのか?

「手鏡で顔を見たほうがいいですよwww」「スカートの中を見通していたとは…www」

八幡「おい、会話文で植えんな、草を」

「尊敬をこめて教授って呼んでいいですか?」「ミラーマン」「スーパーフ○○」

八幡「おいやめろ。……これは誰かの陰謀じゃよ?」



笑いながら八幡に色々な質問を浴びせるクラスメートの一部男子たちと、ヒキ気味に見ているクラスの女子。

その盛り上がりから極力距離を置いて、立てた教科書で顔を隠しながら私は考え事をしていた。
……もろもろの事情で直接顔を合わせることに抵抗がある。

何故俺が、SQを購入しているとわかった…ちなみにテニスのルールはよくしらない。

あの後、何人かのクラスメートに話しかけられ、メアドを交換した。ようやく、クラスの中に溶け込める、そのきっかけを彼は作ってくれたのかもしれない。だとすれば、小学校時代に続いて、今回もまた、助けられたことになる。

……机の中に指を伸ばす。先ほど借りた、武者小路実篤の本に触れた。

『天に星、地に花、人に愛』

彼が言うと似合わなくて、まるで注意報の文言のようだった。

さっきまでのことを思い出して、校庭を見る。この教室の窓からは、テニスコートは見えない。もちろん、その外れにひっそりと咲いていたタンポポの花も。

天から星が落ちてきて、地の花を踏みそうになって転んだ。あれが注意報なのだとすれば……


麗「大丈夫? もしかして、足が痛いの?」

留美「……あ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、三浦さん」

麗「そっか、無理しないでね。あ、あたしのことは麗でいいよ」

留美「…う、うん。じゃあ、私のことも名前で……」

自由「私も私も!」

二宮さんが、横から入ってきた。

留美「……うん、じゃあ、これからよろしくね///」


一瞬、視線を感じて振り向く。

八幡が、微笑ましいものを見るような目で、こちらをみていた。

八幡「……じゃあ、そろそろ授業を始めるぞ」



……それが、彼と私の再会。比企谷八幡の教育実習は、こうして始まったのだった。

第3話おわり。以降、教育実習編はスピンアウト「やはり俺の教育実習は間違っている」で扱うものとします。

お待たせしましたが、ここから2話の少し後、本編5年後の時間軸に戻るよ……

デレのん編だ。

うーん……ちょっと出かけてくるので、また後で、ですな

あ、ちなみに次の第4話で、この「就職活動」はいったん終わり。

社会人編「やはり俺の職業選択は間違っている」に続きます。

ただいま。
明日早いんで、ちょっとだけ第4話更新します。

雪ノ下が、デレた。

大事なことなので、あえてもう一度言おう。

知り合って5年目にして。「あの」雪ノ下雪乃が、デレた。

先日の、雪ノ下陽乃との密会から、3週間が過ぎている。

季節は初秋から仲秋へ。街路樹の葉が、赤く色づきだした。

日に日に、太陽が沈むのが早くなってきているのを感じる。

もう何週間か経てば、街に気の早いクリスマスソングが流れだすだろう。


雪乃「……少し、寒くなってきたわね」

隣を歩く、彼女が呟く。

八幡「……ん、そうか?」

雪乃「ええ、そうよ」

確かに、ここ数日、朝夕が少し冷えるようになってきた。雪ノ下は、普段はあまり暑い寒いといったことを口にしないのだが、これも距離感が縮まってきたことの表れだろうか。

八幡「……じゃあ、これ以上冷える前に早く帰ろうぜ」

そういうと、雪ノ下は冷ややかな目でこちらを見ながら溜息を吐く。どうやら、お気に召さなかったらしい。

雪乃「……ほんとうに、比企谷くんはいつまで経っても変わらないのね。いつになったら昆虫から進化するのかしら」

八幡「……脊椎動物ですらないのかよ俺」

雪乃「……昆虫に失礼だったかもしれないわね」

くすりと笑いながら、雪ノ下が近づいてきた。身を寄せ、そっと自分の腕を俺の腕に絡ませて体を密着させてくる。

雪乃「……虫だって、種類によっては身を寄せ合って寒さをしのぐくらいの本能的な知恵はあるもの」

八幡「」

雪乃「……こうすれば、暖かいでしょう?///」

八幡「……お、おう」

うるせー! 言っとくが俺は、コミュ障で結婚できるあてもまったくないだけで、スペックだけなら高いんだぞ!

さて、今日もちょっとだけ更新しておこうか。

どうしてこうなったかと言えば……やはりあの事件が原因だろう。

自分の姉が目の前で俺に「自分のモノになれ」と言った後、彼女の狼狽振りは長い付き合いの中で初めて見るほどのものだった。

それを落ち着かせるために、必死になったのを憶えて………いや、詳しくはわからない。何を言ったとか言われたとか、具体的にはもうほとんど忘れてしまったが、多分、相当恥ずかしいことも言ったんじゃないだろうか。俺が、彼女のことをどう思っているかとか。内容は思い出せないけど。

……一応言っておくが、誓って、口からのでまかせなどではなかったことは強調しておく。

別に、それではっきり関係が改まったとか、恋愛感情を確認したとか……そんなことはなかったのだが。

ただ、彼女にとっては、いろいろと感じるところや思うところがあったのだろう。そのときだけと思いきや、それを境にはっきりと俺に対する態度が変化した。

……いやまぁ、暇があると俺をイジッたり、いじめたり、意地悪してくるところは維持してるんですけどね。

ただ、さすがにもうとっくに気付いているが、そういう風に絡んでくるのは、彼女の屈折した愛情表現なのだ。「好きな子ほど意地悪したい」っての? むかし冗談のつもりで本人に言ったら、すごいムキになって否定してたけど。 

サンプルが俺だけなので、ただの自意識過剰の可能性も微レ存。ただし、共通の知り合い……由比ヶ浜や、平塚先生、小町あたりも総じて、同じことを言っている。

……小学生の男子か。あれほど何でもできるヤツが、このテのことでは不器用にもほどがある。
もっとも俺は俺で、あいつにそんな風に絡まれたり、勝負を挑まれて完膚なきまでに負かされることが心地いいと感じてしまっているので、どうしようもない。

おお・・・・・・みんなすげぇな。

ゆきのんがおぼえておくと言ってた八幡の「おふくろの味」の内容と、八幡の勉強法ってどんなものなのかわかる?

続きかくよ

断っておくが、俺の性癖はノーマルだ。……たぶん。
そういうやり取りが心地よいのは、相手が雪ノ下雪乃だからだろう。
変わらないやり取り。変わらない彼女。
変わりつつある二人の距離。二人の、関係。

……あいつのことを「小学生か!」などと言ったが、正直なところ俺も大概だ。
もう大学生活も終わろうかというのに、腕を組まれた程度でどうよ、このキョドり様。
そこらの早熟な小学生(絶滅しろ)の方が堂々としていそうだ。 

……まぁ、しょうがない。何しろ、相手が相手だ。
ちらりと、左に視線をやる。 ……目が合った。

雪乃「………ふふっ///」

……頬を赤らめるな。そんなに嬉しそうに笑うな。きゅっとしがみつくな。
色々と、ヤバい。溶けてしまう。崩れてしまう。

ふと周りを見渡す。 気づけば半径十m近くの範囲の視線を二人占めしていた。
羨望と、特に独り身の男性諸氏の呪詛と殺意のこもった視線が突き刺さる。 ……気持ちは分かるが勘弁してくれ。俺だって戸惑ってるんだ。

俺の冷や汗にも気付かず、彼女はますます大量の幸せオーラを周囲に放射している。おお……注目半径が目算15mにまで……なんか、人が増えてきてないか?

「すごい、美人……だれ、芸能人?」「相手の陰気な男は何者?」「似合わねぇ……」「爆ぜろ」「もげろ」「……死ねばいいのに」

八幡「……タクシー!」

……ダメだ。もう限界。

雪乃「また、無駄遣いして……予想外の収入があったからって、浮かれてはダメよ? 将来のことを考えてちゃんと貯金しないと」

タクシーの中で、彼女がお説教してくる。

雪乃「比企谷くんは、誰かが傍でちゃんと見ていないと、近い将来に身を持ち崩して路頭に迷いそうね……」

八幡「まて。さすがにそこまでは酷くないぞ」

むしろ、自己管理能力はある方だと自負している。ぼっちは基本、自分のことは自分で面倒見るしかないからな。

雪乃「……そうかしら。 たとえば最近、喫煙が増えているんじゃない?」

……雪ノ下や由比ヶ浜がいるときは我慢してたし、吸うときはベランダに出たり換気扇を回してたんだがな。バレていたらしい。自室の灰皿をチェックしていたようだ。

目を逸らしながら、頭を掻く。

雪乃「今はいいけれど、将来ハゲてもしらないわよ?」

八幡「……やめて。マジでやめて」

最近、実家に帰ると、親父の頭部を見るのが怖いんだよ。プロトタイプヒッキーの癖に積極的に前に進み過ぎだっての。前髪が後ろに置き去りにされてるだろ……髪は長い友達じゃなかったのかよ。 ……そういえば、親父も俺と同じで友達少なかったな。

雪乃「大学に入ってしばらくたった頃かしら、少し太ったこともあったわね」

彼女がくすくす笑いながら、さらに俺の黒歴史を暴露する。
ぐ……ふ、古い話を!!

体育の授業がなくなり、体を動かさなくなったせいか、MAXコーヒーの飲みすぎか。大学1年の頃、確かに体重がいまより5kgほど増えた時期があった。当時の彼女に言われた、心無い台詞は忘れられない。

回想
「最近、材…財津くん? に似てきたわね。いちいち識別するのが面倒だから、それぞれ1号、2号でいいかしら? 2号くん」

「肥満してても誰にも迷惑はかけてない、って言うけれど、二酸化炭素と熱を通常よりも過剰に放出しているし、電車内のような公共の場所では余分のスペースを取っているわよね。あともう、何というか、腐った目との相乗効果で、外見からして環境破壊よね、比企谷くんは。エコの反対だから『肥え』るというのかしら。 21世紀を生きる人類として恥ずかしいと思わないの?」

……あのときほど「生まれてきてすみませんでした」という気持ちになったことはなかったね。もっとも、その後、シゴキまくってダイエットに協力してくれたのも彼女だったが。

その後は、(彼女に強制される)定期的な運動と、サークルに入会したことなどによって適正な体重と体脂肪率をキープしている。

雪乃「当時の写真を保存しているのだけれど、見てみる?」

八幡「カンベンしてください!!」

「はは、お兄さん、すっかり尻に敷かれてるねぇ! 美人の彼女さんでうらやましいですわ!」

40がらみのドライバーのおっちゃんが、にやにやしながら冷かしてくる。

八幡「うぇ?!」
雪乃「……!!」

とたん、彼女が顔を真っ赤になって身を固くする。口の中で何やらモゴモゴ言いながら、俺の服をきゅっと抓んできた。
さ、さっき街中ではあんなに堂々としてたのに、いきなりからかわれるとこれか……相変わらず不意打ちに弱いやつ。
もっとも俺も多分、似たような顔をしているだろうが。

今、俺たちは、ささやかなパーティー……由比ヶ浜の主導による、俺の身の上に起こったちょっとしたサプライズに対するお祝いの席……からの帰宅の途中だ。
小町や由比ヶ浜、戸塚、おまけの材木座といった面々は、それぞれ先に帰った。 何やら、気を使われたような気もする。

途中、人が少なくなったところでタクシーを降りる。酔い醒ましもかねて、電車で1駅ほどの距離を歩いて行くことにした。

そういえばあのメンバーが全員集まったのは、高校時代以来かもしれない。思い出話に花が咲いた。雪ノ下は表情をくるくる変化させる。楽しげな笑顔。拗ねた顔。呆れた表情。心配げな顔。安心。慈愛。見ていて、飽きない。いつまでも見ていたかった。

知り合ってから、5年間の歳月。思い出話は、いくらでも出てきた。思い出の殆どに、彼女が絡んでいた。
ふと、思う。この5年間で、俺は、彼女は、変わったのだろうか?

頭の半分で、変わったのだろう、と思う。変化しないものなど、この世にはない。
人と人の関係や人の気持ちなんて、その最たるものだ。変わるまいと願っても、変わっていないと思っても、その本質は周囲の、環境の、世界の変化によって、いともたやすくうつろい変質してしまう。よくも、わるくも。……そういうものだ。

頭の残り半分で、いいや、変わっていない、と思う。互いを理解し、関係が深まり、さまざまな表情を知るようになっても。
雪ノ下雪乃の本質は、きっと変わっていない。誰よりも美しく、強く、儚く、優しく、厳しく、誠実で孤高なその在り方、その魂は。高校時代のあの日、比企谷八幡が憧れたままのカタチ、姿だ。

当直明けでねむい…が、意識あるうちに更新するか

……どうだ、今の気分は? 頭の中で、誰かが問う。

今の気分、か。そうだな……

ふと、夜空を見上げる。綺麗な星空が目に映った。

 「ふうん。私が見たところによると、どうやらあなたが独りぼっちなのってその腐った根性や捻くれた感性が原因みたいね」

……誰の言葉だったかな?

 「まずは居た堪れない立場のあなたに居場所を作ってあげましょう」

あれは……ああ、そうだ。思い出した。

 「知ってる? 居場所があるだけで、星となって燃え尽きるような悲惨な最期を迎えずに済むのよ」

 「『よだかの星』かよ。マニアックすぎんだろ」

あの日、奉仕部の部室で、雪ノ下と初めて交わした会話。その一部だ。

思わず、口元が綻ぶ。

雪乃「……何を考えているの?」

雪乃がこちらを見ている。苦笑しながら答えた。

八幡「ああ……お前と初めて会話したときのことを思い出してた」

雪乃「そう……今更だけれど、どんな印象だったの?」

八幡「いやもう正直、今だから言うけどトゲトゲしいなんてもんじゃなかったよね? あの頃のお前。ヤマアラシかウニかってくらい」

雪乃「……よく憶えていないわ。そ、それにもう時効でしょう?」

腕を組んだまま、こちらをそっと上目使いで覗き込んでくる。

八幡「そうだな……今でもあまり変わって、すいません、冗談です!」

微笑みながら指で体を突かれた。何気にいたい…上着越しに肋骨の隙間の急所を的確に狙ってきやがる。やっぱり今でも危険じゃん!

雪乃「比企谷くん、少し寒いわ」

ちょっと拗ねたのか、雪ノ下がこちらをジト目で見ながら非難してくる。


八幡「そういえば、ヤマアラシのジレンマってあったよな」

雪乃「心理学の? 確か、ジグムント・フロイトの引用だったかしら。有名な例え話ね」

八幡「ああ」

寒空にいる2匹のヤマアラシがお互いに身を寄せ合って暖め合おうとする。しかし、針が刺さるので近づけない。

そんな、近づくと傷つけあってしまう人間をヤマアラシにたとえたお話。某新世紀のアニメで紹介されて有名になったが、もともとは哲学者ショーペンハウエルの寓話をフロイトが心理学に引用したものである。


八幡「余談だがヤマアラシってさ、正面には針がないんだぜ」

雪乃「……ええ、そうね」

八幡「あの話の解決策を思いついた」

雪乃「……つまり?」

八幡「こうすればいいんじゃね?」

くるっと正面に回り、雪ノ下の身体を抱き寄せた。そのまま、抱きしめる。

雪乃「………あ」

八幡「……互いに正面から向かい合えば、傷つけあうこともなく暖め合えるだろ」

雪乃「……………///」

無言で、背中に手をまわしてそっと抱き返してきた。

……うん。なんつーか、お酒の勢いって怖いですね! ちなみに周囲に人がいないのは確認済みだ。

はい、じゃあ今日も更新します。

……どうだ、今の気分は? 頭の中で、誰かが問う。

……そうだな、正直に答えよう。「とても、幸せだ」と。

だからこそ、怖くなる。 もうすぐ、俺は……彼女と……

……目が覚めた。ひどく、のどが渇いている。

自室の壁にかかった時計を見ると、午前3時半を過ぎたところだ。夜明けまではまだ遠い。

隣で安らかな寝息を立てている彼女を起こさないように、そっと身体を離し、起き上がった。
毛布で彼女の身体を覆うと、物音をたてないようにキッチンへ向かう。

コップに水を入れて飲むと、ようやく少し落ち着いた。急に肌寒さを感じ、思わず身震いする。

やはり、朝晩は少し寒くなってきた。すぐにベッドに………いや。

先ほど見た彼女の寝顔から、色々なことを連想し、思わず顔が熱くなる。

……ちょっと、外で一服して頭を冷やそう。

上着のポケットから煙草と携帯灰皿、ライターを取り出し、こっそりと戸を開けてベランダに出た。

夜気の冷たさが、起き抜けの頭を覚醒させるのにちょうどいい刺激だった。肺に溜めた紫煙を、大きく吐き出す。

ようやく、少し落ち着いた、ところで……ベッドに戻る前に、少し、考え事をしたかった。


3週間前の記憶を、脳裏から手繰り寄せる。あの、雪ノ下陽乃との密会についての記憶を……

>>211

あの時、陽乃から彼女の真意を聞いた後。俺はその場では即答を避け、返事を保留した。

さすがに将来を大きく左右する決断だけに、しっかりと吟味する時間がほしいと、そう言って。

それは、雪ノ下陽乃の言っていることを信用してよいのか、という点の判断も含めてのことだが、口に出さずとも陽乃もわかっていただろう。

陽乃「ええ、しっかりと考えてから、答えて頂戴……良い返事を期待しているわ」

頷きを返す。

陽乃「……比企谷くん」

別れ際、個室のドアに手をかけながら立ち止まり、振り向いて、彼女が声をかけてきた。

陽乃「貴方がわたしのことを嫌っているのは知っているわ。 ……だから、話を断ったとしても恨みはしない」

八幡「…………」

陽乃「でも、これだけは伝えておきたい……雪乃ちゃんを、選んでくれてありがとう。あの子の姉として、お礼を言わせて」

そう言って微笑んだ彼女の表情はとても暖かく、何の作為も見つけられなかった。

陽乃「……それじゃあ」

八幡「陽乃さん」

ドアを開けて出ていこうとする陽乃を呼び止める。怪訝そうな顔で振り向いた。

八幡「……俺もひとつだけ、誤解を解いておきましょうか。俺は別に貴女のことを、嫌ってるわけじゃないですよ」

……単に、信用できなくてすごく苦手なだけです。

ぶるっと震えが走った。考え事をしているうちに、思ったより時間が経っていたらしい。体がすっかり冷え、いつの間にか煙草も殆ど燃え尽きている。

……ベッドに戻ろう。携帯灰皿に灰を落とすと、音を立てないように戸を開け、室内に入る。

雪乃は、先ほどと変わらない姿勢で寝ていた。その姿をみて、思わず微笑を浮かべてしまう。

起こさないように、そっと布団の端を持ち上げて、ベッドの上に戻る。と………

途端に彼女が目を開け、悪戯っぽい笑みを浮かべた。視線が合う。

俺が動かずにいると、手を掴んで、そっと自分の手でやさしく包みこんでくれた。

雪乃「……冷たい」

くすくす笑う。

八幡「……悪い。起こしちまったな」

彼女はそのまま、冷え切った俺の身体に自分の身体を密着させ、腕を背中に回し足を絡ませてきた。

雪乃「……風邪をひくわよ」

しょうがないから、あたためてあげる、と耳元でささやいてくる。

雪乃「……また、煙草」

腕の中で、雪乃が呟く。臭いでわかるらしい。

八幡「……悪い。イヤだったか」

雪乃「……健康には、気を付けてね」

黙って、抱き寄せる手に力を込めると、嬉しそうに、咽喉を鳴らす。
……人並み外れて聡い、そして誰より俺のことを理解しているだろう彼女。おそらく、俺の抱えた屈託についても気づいているはずだ。だが、決して直接問い質してきたりはしない。

……いつか話す。俺がそのつもりでいることも恐らく感じ取っていて、待ってくれているのだろう。

愛してくれている。信じてくれている。
愛している。信じている。
幸福だった。怖いくらいに。
怖かった。この幸福が。その喪失が。
確実に来る未来と、それに耐えられなさそうな自分が。

一体、いつから自分はこんなに弱くなった。
失い続け、間違い続け、負けることに関しては最強を自負していた自分はどこに行った。
誇り高き地獄の住人から、楽園の虜へと堕落した。
だけど、そこの水はどうしようもなく甘美で、牢獄の監守は、あまりにも美しかった。
今はただ、彼女を感じていたい。溶け合って、一つになってしまいたい……

俺は、天国に堕ちた。

あやかしがたり読んでる人いる?
今後、微妙にクロスあります。

ぱん! と小さな音が響く。

柑子の木から舞い落ちた葉を、居合抜きに振り抜いた木刀の先端が狙い違わず切り裂いた。

久方ぶりの稽古にしては、思ったほど鈍ってはいないようだ。


大学のサークル活動として始めた、居合…剣術。既に殆ど廃れたといっていい、マイナーな流派だ。名を大崎夢想流という。

なぜ、そんな怪しげな武活動を選んだのか。理由はいくつかある。 当時、大学生活の便宜上の問題…試験問題の入手など。講座に友人などいない俺には、サークルに属するという形で伝手を求めるしかなかった…により、俺は所属する部を物色していた。

体重が急速に増えたことから運動部を妹ほか周囲の人間に勧められていたが、体育会系のノリには到底ついていけない。

そこで、見つけたのがここだ。

1:運動だが参加を強制される公式試合などがない。 

2:型が中心で一人でも練習できる。

3:サークルの人数が少なく、またそれぞれマイペースな空気。

4:どこかのナイスガイが剣道3級で、あやかし何とかいうデビュー作のことももっと知られるべき。

5:雪ノ下雪乃も賛成した。


などの理由により、俺は大崎夢想流居合剣術に入門した。それから、丸三年とすこし。

じゃあ更新します。あまりハードル挙げてくれますな……仕事も、これ以外にやってる趣味もそこそこ忙しいんですお(^^;

古流剣術は、精神性に重きを置く。大崎夢想流もまた例外ではなく、「夢想」などと名がついているのもその表れだ。

ぼっちである(既にあった、と過去形にすべきなのか…)俺には、意外と向いていたようだ。定められた動きを、ただただ無心に繰り返す。

そんな型の修練が、俺は決して嫌いではなかった。剣を振り続けるうち、意識は澄み渡り、深く自己の裡に没入していく。

呼吸と体捌きの一致。体幹から四肢、指先に至る全身の関節と筋肉の完璧な連動をイメージ。

弛緩から収縮。静から動また静。直線と円の融合すなわち居つくことのない螺旋。

一度ごとにフィードバックし、無駄な力み、動作の齟齬を修正して理想の動きに近づけていく。

一体、何十回、もしくはそれ以上繰り返したか。気が付くと、体は汗だくになっていた。木剣を振り続けた手足も怠い。

明日は、間違いなく筋肉痛だろう。

「うむ、八幡よ、精進しておるな……」

タオルで汗を拭きつつ水分補給していると、背後から声をかけられた。振り返り、一礼する。

禿頭の老人が、胴衣姿で立っていた。大崎夢想流の現宗家、そして俺の剣の師でもある。なお…

「だが、剣筋にどこか曇りが見える。何やら迷いがあるようじゃな」

八幡「………」

思わず絶句する。さすがというべきか。伊達に年はくっていない…

「しばらく来ぬうちに色々あったか。まぁ若いうちはそれもよい。よくぞ戻った」

ややウザい言い回しにそこはかとなく血筋を感じる。材木座 信綱(ざいもくざ のぶつな)氏。材木座義輝の祖父にして名付け親。

運命と書いてルビはじいちゃんと読むらしい。御年七十七歳の喜寿である。

「そなたが次のレベルになるには、あと108の経験値が必要じゃ」

八幡「……ソウデスカ」

そして最近、若干ボケ気味だった。

材木座「ぐふぅ……人誅のとき、来たれり。裏切り者に、裁きを。リア充に、死を」

八幡「……おい。あくまで組太刀の稽古だからな?」

対面で木刀を素振りしながら危ない独り言を呟いている材木座に釘を刺しておく。

ちなみに組太刀とは、剣術の稽古のひとつだ。2人で仕太刀と打太刀にわかれ打太刀が決められたところに打ち込み、対して仕太刀がそれに応じて技を施す。

防具は付けず、体には当てないことが前提なのだが、もちろん、勢いで当たって怪我をすることも稀にある。

………なんかこいつ、目が異様に血走ってるんだけど、大丈夫か、いろんな意味で。

心中で警戒しながら、相対した。


ちなみにこの材木座、高校時代よりスリムになり、そうすると実はイケメンだった……などということはまったくなく。

体型的には殆ど変っていないが、22歳にして……その……頭髪が……若干………


材木座「……八幡よ、なぜ我の額の生え際あたりをそんな切ない目で見るのだ」

八幡「……青春っていうのは、ときに眩しく、そして残酷なものだよな」

苦く笑いながら、思わず目を逸らす。

材木座「ちねぁぁぁ!」

…カッ!!

乾いた音とともに、木刀が宙を舞った。俺のモノではなく、材木座の得物である。

大上段から打ちかかってくる一撃に、こちらの木刀を逆巻きに合わせ、打たれる力の流れを変えてその方向に自分の力をも足してやる。

技の名を『龍尾』という。


八幡「ふ……どうだ」

材木座「ぐぬぬ……」

たぶん、ドヤ顔してるだろうと自覚はある。ところで、気持ちは多少はわかるが、殺気漏れすぎだろ……


材祖父「うむ、見事。もう一本だ」

八幡「応」

材木座「むふぅ……」

再び、対峙。互いに、間合いを測りながらわずかずつ動く中、急に材木座が俺の後方を見て叫んだ。

材木座「やや、そこにおわすは雪ノ下女史ではないか!」

…いや、ひっかけにしても、いくらなんでもそれはないだろう?  雪乃は今日は大学の用事で家に来られないのは確認済みだ。

こんなところにいるはずがない。思わず苦笑する。

「やほー、比企谷くーん☆」

八幡「」

聞き覚えのある声に、思わず振り向く。 …幻聴であってほしかった。

だが、そこでにこやかに手を振っているのは確かに…雪ノ下…陽乃…

頭が真っ白になり、放心していたが、我に返ると同時、材木座の方へ振り返る。

しまった。致命的な隙を……と背筋が凍る。だが、その材木座も口をあんぐり開けて放心していた。おいお前もかよ…

しばらく、無言で互いの顔を見合っていたが、やがて材木座もはっ、と我に返り、こちらに打ち込んで来た。それを受け止め、鍔ぜり合いの態勢になる。

材木座「……おい」

八幡「……なんだ」

ギリギリギリ……と、押し合う力が拮抗する。

材木座「……どういうことだこれは。あれは、あの御方の姉上ではないのか、最近、よくあちこちに出ている……」

八幡「……そうだな」

体重を活かしてグググ…とのしかかってくる材木座を、押し返す。顔が近い。そして、恐い。

材木座「……なぜ、その姉上が、ここにいる。そして貴様に声援を送る……」

八幡「………知るか!!」

こっちが聞きたいわ!!!

材木座「ぷ、ぷじゃけるな−、貴様!!」

大きく押し込まれ、二歩分ほどの距離を飛ばされる。そのまま、嵩にかかって、打ち込んできた。

材木座「彼女とイチャイチャするだけでは飽きたらず、その姉にまで手を出すか!! 姉妹丼か!! 今どき、どこのエロゲ主人公だ貴様!! この! この!」

ガン! ガン! ガン! と親の敵討ちの様な勢いで打ちかかってくる。冤罪にもほどがある!

「なんちゅうゲスなこと言ってんだてめぇぇ!! 人聞きの悪い言いがかりつけんな!! 死人が出たらどうすんだ!!」

雪乃の耳に入ったら、たぶん殺人事件が起こる。犠牲者は俺。

「いつつ、このアホが……」

もはや稽古でもなんでもなく、ただの八つ当たりになっていた材木座に当て身をブチ喰らわせて大人しくさせた。

急所は避けたが、あちこち打ち身だらけだ。胴着をはだけて見ると、痣になっている。まったく、錯乱しやがって…人の話を聞けよ。

八幡「ひぎぃ?!」

不意に、脇腹あたりに何かひやりとした感触を感じて思わず悲鳴をあげる。

八幡「な、何、すんですか…」

陽乃「可愛い反応……比企谷くんはいつも期待を裏切らないなぁ」

ギギギ……と背後を振り向くと、諸悪の根源が楽しそうにクスクス笑っている。

雪ノ下陽乃。何故、ここに居るのか。

陽乃「ほら、そんな顔しないの。胴着を脱ぎなさい、手当てしてあげる」

八幡「…いや、いいですから。ホントに。やめ、でぇぇ?!」

陽乃「はいはい、強がらない強がらない」

ちなみに今の悲鳴は、打ち身の箇所を突かれた上で、何やら訳のわからんツボを掴まれて身動きを封じられたからだ。悶絶してる間に、さっさと胴着を脱がされ、俺の上半身が露になる。

八幡「ち、ちょ……らめぇぇ?!」

更に瞬く間に床の上に仰向けに転がされた。何これどうなってんの……

陽乃「…別に骨折なんかはなさそうね」

八幡「……勘弁して下さい、ホントに」

今、俺は強制的に膝枕の態勢にされながら、体を触られている。何と言う屈辱。ちょっとこれ、セクハラじゃないですか?! と言いたいが……ところで諸君、膝枕の姿勢から見上げる巨乳とは、いかなる景色だと思うかね?

……あかんわ。色々な意味でヤバい。動けない。

あまつさえ、その姿勢で身を乗り出されたりすると、ときどき顔にあたるんですけど。

手当てとは、文字通り手を当てると書く。触れられるだけで、痛みが引く気がするから不思議だ。

荒れ狂う材木座の相手をしている間に用意していたらしい、絞ったタオルで汗を拭かれ、打ち身の箇所を冷やされる。くやしい、でも気持ちいい! ビクンビクン。 ……ダメだ。我ながらキモい。


陽乃「結構、鍛えてるね。やっぱり男の子はこうじゃなくちゃ」

八幡「おぅふ?!」

腹筋のあたりを触れられて変な声が出る。やめろ、見るな。触るな。俺の身体に興味持つな。

向こうで材木座が、祖父に活を入れられ意識を取り戻した。

たが、こちらを見るや、その目が紅の攻撃色に染まる。祖父の制止を跳ねのけ、こちらに掴み掛かろうとした刹那、その身体が宙を舞う。そのまま、ぽかんとした表情を浮かべたまま(おそらく同じ表情の)俺の頭上を通り過ぎる。轟音とともに床に墜落した。

飛ばねぇ豚はただの豚だ。カッコ悪いとは、こういうことさ……

材木座「じ……じょうじ……」

最後の力でこちらへ顔を向け、もはや人語ではなく火星で謎の進化を遂げた黒い生物っぽい呻き声をあげると、材木座はそのまま力尽きた。享年22才。辞世の句

「さみだれは つゆかなみだか ほととぎす 我が名をあげよ 雲の上まで」

…これは足利義輝の方だったか。

陽乃「ゴメンね? 急に飛び掛かってこられたから、つい」

へんじがない ただのしかばねのようだ

……ついって何したんだよ。俺が反射的に起き上がろうとした一瞬、身体をずらした様だが…立ち上がりもせず、何かしかけて材木座の巨体を吹っ飛ばした。そしてすぐさま、元の態勢に戻っている。

……ちなみに、妹の雪乃は合気の達人だ。俺もたまに手ほどきを受けているが、まるで歯がたたない。その雪乃が、いつだったか言っていた。姉は、自分以上だと。

……どんだけだこの女?!

汗が引いた。転がって距離をとりながら起き上がり、胴着を再び着る。

八幡「……陽乃さん、どうしてここに?」

獲物を逃して残念そうな顔をしている陽乃に尋ねる。会う約束は数時間後、場所ももちろん、ここじゃない。そもそも、何故俺が今、ここに居ると分かった……

材祖父「……彼女は、知人の弟子でな。当流の道場を見学したいと申し入れがあったので許可したのだ。まさか、八幡と親密な仲とは知らなかったがな」

親密じゃねぇよ。

陽乃「うーん、比企谷くんが、今日はここに来てるって聞いてね? どうせ後で会う予定だし、せっかくだから早めに合流して、比企谷くんの恰好いいところでも見せてもらおうと思って」

……どうしよう、ツッコミどころだらけなんだけど。

まず、誰から聞いた。次に、本当は意表をついて慌てるところを見たかっただけだろ? あと、そこまで暇なのかよ、仕事しろ県議員! 最後に、いちいちウインクしながらポーズきめんな。毎度毎度、ホントに、いい加減、あざといんだよアンタ!!

心中で激しく毒づく。いやほら、俺、チキンですから。口には出せないっすよ、この人怖いし。

八幡「……それはわざわざ、ありがとうございます。ご期待に添えず、無様な姿をさらして申し訳ありません」

頬がヒクヒク引きつる。目の前の爽やかな笑顔が憎い。

そして、知らない間に着々とDEAD ENDのフラグが立っているような悪寒を感じるんだが、気のせいだよな?

陽乃「いえいえ……まぁ、まだ予約までには時間があるしね。稽古を続けてていいよ? 私はいないものと思って」

微笑ながらヒラヒラと手を振る陽乃。無茶言うな。

八幡「……いえ、せっかくですが、相方があの通りですから」

ちらりと、床に伸びている物体に目をやりながら、やや非難がましいと思える口調で返す。

材木座が死んだ! このひとでなし!

まぁ、多分、そのうち復活するだろうけど。どのみち、陽乃がいる限り、まともな稽古にはならないだろう。


陽乃「そっかー……もしかして、邪魔だったかな?」

八幡「いえ……」

しおらしい様子を見せる陽乃だが、もちろん演技だ。内心で、「うん、すげー邪魔」と呟きながらも、口では否定する。


陽乃「じゃあ、お詫びに、私が組太刀の相手をさせてもらうね☆」

八幡「」

また、ヘンなこと言い出した……

八幡「……いや、待ってください。木刀でも、当たれば怪我じゃすまないことだってあるんですよ? そもそも陽乃さん、剣術をやったことあるんですか?」

陽乃「さすがに、専門じゃないけどね……でも、比企谷くんの相手くらいなら十分務まる、かな?」

ふっ、と笑って足元に転がった木刀を拾い、一振りすると、す…と上段に構える。

………なにこれ、まったく隙がない。冗談だろ……

八幡「……剣道ですか?」

陽乃「剣術よ、新陰流を少々」

微笑とともに答えが返ってきた。

……もう、何ができても驚くのはよそう。

……ちなみに、合気道は従来、剣術と関係が深い。そもそも「合気」という言葉は剣術の用語であり、その技の体系も剣を持った相手を前提としたものが多い。

合気道の源流といわれるとある古武術の開祖は一刀流の剣士であったというし、合気道を創始した植村盛平先生も新陰流を学んでいる。

高位の合気道家で、剣術を併せて学んでいる武術家は少なくない、のだが……

25歳の若さで。しかも女性で、学業や他の多くの活動でも一流でありながら…そこまでの域に達した人間を、天才と呼ばずに何と呼ぶ。

妹もまた、素質ではそれに勝るとも劣らないが、雪ノ下陽乃……この女は……


陽乃「比企谷くん、私が相手では、不足?」

可愛く小首を傾げる仕草が、今からぶちのめすけど準備OK? という宣告に見えます。

八幡「……えーと」

思わず救いを求めて師匠の方をみるが、何爽やかにサムズアップしてんだよこのボケジジイ!

ダメだ……なんかもう、逃げ道がない。

……陽乃が更衣室で着替えるのを待つ間、「この状況は、偶然じゃない」という考えが、ふと浮かんできた。

思いつきで行動しているように見えて、常に裏で計算している。雪ノ下陽乃はそういう人物だ。

最初から、こうするつもりだった……何のために?

俺をおちょくって楽しんでいるのも本心の裡ではあろうが、そのためだけではない気がする。

彼女にとって俺と剣を持って向かい合うことに、何の意味がある?

胴着ではなくて、道着もしくは道衣な。
弓道では下は袴、上は胴着ともいうらしいが、その他の武道では一般的に道着だな。
いつも読ませてもらってる。面白いな。

�クス>>805

……俺は理解した。

つまるところ…雪ノ下陽乃とはこういう人間で。

雪ノ下陽乃の同志になるとは、こういうことなのだと。

銭湯とご飯食べに行ってきます…その後、余力があれば今晩も更新…

いま、俺は陽乃と木剣で打ち合っている。 いや、当然、かなりやるんだろうとは思ってはいたが…実際に対峙する、予想以上だ。舌を巻く他ない。

陽乃「ほら、いくよ? 比企谷くん」

比企谷「ちょ、ま…」

ガゴガン!!

一太刀一太刀が必殺、それを一呼吸で三連。流れるような連撃を、かろうじて凌ぐ。

陽乃「その調子、その調子!!」

楽しそうな声に、内心で舌打ちする。

一見、なんとか食い下がっているように見えるが、違う。彼女は、俺の実力を見切った上で、常に「対応できる限界ギリギリ」の攻撃をしてきている。しかも、先程から少しずつ攻撃が鋭くえげつなくなってきている。

…要するに、限界をその場でその場のリアルタイムで更新して、成長しろと。できなかったら?

……いや、ちょっと待って下さい。木刀でも、当たれば怪我じゃすまないことだってあるんですよ?

要するに、軽く遊ばれてしまうくらいに力の差がある。

さすがに純粋な体力では男である俺の方が上だろう。

だが円の動きを基調とした優雅な、まるで舞うかの様な体さばき。まるでこちらの思考を先読みするかの様な反応……性別がどうこう以前に、ハッキリ言って俺とはレベルが違う!!

チ−ト性能にもほどがあるだろ…格ゲーなら、対戦で使ったら友達なくすレベルだよ?

言っておくが、俺が弱い訳ではない。雪乃達に毎日のように部屋に遊びに来られ、辛抱たまらん男のリビド−を発散するために剣を振りまくった日々。いつの間にやらサ−クル内では最強、既に目録の位まで得ている。

お、ツイートしてくれてる人がいる。ありがとね。

ちなみに目録とは、古流の伝書のランクであり、流派によって分け方に違いがあるが、初伝が「切紙」、その次の中伝クラスが「目録」。さらにこの上の「印可」で免許皆伝である。 

まぁ、普通の武道の段持ちクラスと思ってくれればいい「目録」……英語にするとインデックス?

某業界最大手レーベルのとある作品のヒロインとは関係ないが最近、ちょっと影薄いよね、あのシスター。

スピンオフのヒロインに逆に食われてますよ? 腹ペコとツンデレ、どうして差がついた。慢心、環境の違い…… 

ところで唐突ですが、ただでさえ競争率が高いところへ、さらに実績のある大物が参入してきたら絶望的な気分になるよね。

4月って残酷な季節だと思いませんか? 桜の樹の下には屍体が埋まっている……

いや、あくまで就職活動とか受験とかのたとえ話です。覇権? そんな幻想、最初から持ってねぇよ。ぶち殺すぞ。

レールに乗った奴とぼっち、どこで差がついた。予算、ブランドの違い……


陽乃「……少し、休憩にしようか」

八幡「……はい」

少し離れ、互いに剣を下した。


八幡「おい、材木座、生きてるか……」

つんつんと木刀の先で床に倒れた物体をつつく。

材木座「じょ……じょう……」

八幡「しっかりしろ、ここは地球だ」

材木座「ぐぬ……八幡……」

目を覚ました。すでに、怒る気力もないのか、それとも落ち着いたのか、その目に先ほどまでの殺意はない。

横にしゃがみ、ゆっくりと体を起こすのを支えてやる。

材木座「ひ……ひとつ教えてくれ」

八幡「……何だ」

嫌な予感しかしない。

材木座「貴様、ヤッたのか……あんなことやそんなことを……吸った揉んだの末に、ふるえるぞハート!燃えつきるほどヒート!! と血液のビートを刻んで、波紋疾走しちゃったのか……」

何いってんのコイツ……いや、あの、そういうことをあけすけに聞かないでほしいんだけど。

俺は童●をやめたぞ材木座ぁぁぁ!! とか言ってほしいのか。

八幡「………何の話だ。誰との話だ」

材木座「やはりぎざま、我の気持ちを裏切ったな……誰と、だと? まさか……」

次に何か言ったら殴ろう、と思ったが……既にマジ泣きしとる……どうしようこれ。

材木座「……姉妹丼で3(ピー)」

八幡「寝てていいぞ材木座」

躊躇すべきではなかった。鳩尾を抉って再び黙らせると、今しがたの会話を記憶から消去する。

いつだとか回数だとか何人だとか、あまつさえどんなことをとかしつこく聞いてくるのを無視していたら、とんでもないことを……

師匠と向こうで話している陽乃の耳に入らなかったことを祈る。

誰かに話すようなことでもないが、そもそも何も、特殊なプレイなどしてねぇっての。

雪乃の能力からすればもし、その気になれば3日でいかなるテクニックでも身に着けられるに違いないが……

彼女は未だに、ひどく羞恥心が強い。普段、俺をからかうときはイキイキとしているくせに、いざとなると

明かりの下で身体を見られることさえ真っ赤になってイヤがるくらいだ。抱き合ったりくっつくのは大好きなくせに…

そんな彼女相手に特殊なプレイなんて…………………………………………………………………………………………………………………

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ま、まあ、きょ、興味があることは否定しないが。 でもムリ。 まだとても頼めない。

たとえばネットで、彼女が以前に興味を示してたネコ耳のコスプレグッズとか検索してしまったり、

たまたま見つけたオークションでいろいろ落札してしまったとしても、指が勝手に動いたというだけで

すぐに彼女に何かしてもらいたいとか、そんなつもりでは決してなかったのだ。

……いやほんと、届いたらどこに隠そう。実家しかないか…… 

最寄りの局留めで指定しといたから、留守中に彼女が受け取るとかいうベタな悲劇はないはずだが。


いや、そんなことより。俺も多少、健全な好奇心を持っていることは否定しないが、姉妹丼とかないから。

なにより、命が惜しいですから!

陽乃「比企谷くん、大丈夫?」

八幡「……は、はい!」

背後から急に声をかけられて、思わず背筋を伸ばしてしまった。そっと振り返る。その一見明るい笑顔はいつもの強化外骨格だ。何の感情も読み取れない。

…まさか、さっきのアホな戯言、聞かれてないよな?


陽乃「じゃあ、せっかくだからもう少し頑張ろっか」

ヒュンヒュンと木刀を振りながらチート女が言う。まだやんのかよ…というか、もしかしたらやはりさっきの話を聞かれていて、殺す気なのかもしれん。 ……いやでも、俺は悪くないだろ?

顔をひきつらせていると

陽乃「せっかくだから、おねーさんとひとつ、勝負をしない? どっちかが動けなくなるか『参った』と言ったら、負け。それで、勝ったほうが負けたほうになんでも命令できる…というのはどう?」

八幡「」

また、何を言い出すんだこの女は。

……なんでも、ということはあれですね。いわゆるなんでもなわけですよね。 ……ごくり。

八幡「お断りします!」

たりめーだ。いくら美人だろうがおっぱいがすごかろうが…このチート性能の塊を相手に、負けたら「なんでも」というのはリスクが高すぎて話にもならない。

「一生、奴隷として仕えなさい」とか平気で言いそうだもん。「それもご褒美です」とかいう奴もいそうだが、俺はパスだ。

罠にしても、敷居が高すぎる。 ……だが。


陽乃「ふーん。迷わず退いちゃうんだ? ちょっと期待はずれかなぁ」

挑発的な笑みを浮かべる陽乃に向かって、肩を竦めてみせる。

八幡「空気を読まないのが信条なので、あしからず。 ……貴女の妹なら絶対に乗ってくるでしょうけど、俺は小心なんで」

陽乃「あはは。雪乃ちゃんは、冗談が通じないからねー……もう少し、余裕をもてばいいのに」

八幡「……でもこの冗談は、陽乃さんにしては少し出来が悪いんじゃないですか?」

陽乃「そう? 手厳しいね……よろこんで貰えると思ったのに、少しショックだよ」

泣き真似をしてみせるが、それはどうでもいい。

八幡「……いったい、何を考えてるんです?」

どういう意図でこんな茶番を仕組んだのか。それだけは、ぜひ知りたいと思った。

陽乃「ふーん。ノリの悪い、意地悪な子には教えてあげません」

わざとらしく、唇を尖らせてそっぽをむく。まぁ、表情豊かで結構なことだ。

八幡「じゃあ、質問を変えます。 ……これは、必要なことなんですか?」

雪ノ下陽乃の、比企谷八幡の、目的のために。 今後の関係を確立するために。互いの相互理解のために。雪ノ下雪乃のために。

こうして剣を持って向かい合い、勝ち負けを競う過程が避けられないということなのか?


陽乃「……ええ、その通りよ」

陽乃の雰囲気が変わった。背筋を伸ばし、凛とした表情で、まっすぐにこちらを見詰めてくる。その視線を、こちらも真向から受け止めた。

八幡「…………わかりました。その勝負、受けて立ちます」

明日キツいんで今日ここまで

現在進行形でせっぱつまっているが、現実逃避のために更新する。

まったく……妙なことになった。

右足を後ろに半身の姿勢で、剣を対手の視線から隠す脇構えの態勢をとりつつ、心中でひとりごちる。

目の前に立つ陽乃は、木刀を頭上に振り上げ、敵を真向から制圧せんとする上段…新陰流では「雷刀」とも呼ばれる構え。

距離をとりつつ、打ち込むチャンスを伺うが、まったく隙がない。

髪を後ろに結い上げ、袴に道着姿で剣を構えている佇まいは、その美貌や完璧な姿勢と相まって実に絵になっていた。

……普段の飄々とした仮面を捨て、凛然とした表情でこちらを見ている彼女は、やはり雪ノ下雪乃の姉だと感じさせる。 

…よく似ている。その美貌も、圧倒的なオーラも。




……その打ち込みに反応できたのは、半ばは偶然の賜物ではあったが、決してただのまぐれではない。

予備動作など一切なく、瞬間移動のように間合いを詰められ眼前に剣が迫っている。それを、身体を翻し間一髪でかわす。

一瞬、視線が交錯する。陽乃の眼には、愉快げな賞賛の色があった。 ……ふん。

「無拍子」とか「縮地」とか中二チックな形容をしたくなるレベルの身ごなしだったが……そのご立派すぎる胸があだになったな!

胸の揺れをじっと見てたら察知できた。これが雪乃相手だったらたぶん死んでた。そして今考えたことを万が一知られても、たぶん殺される。

身を翻した勢いをそのまま、逆袈裟に一撃……だが、陽乃はすでにこちらの死角に回り込んでいる。

切り返した木刀が同士がぶつかり、カッ! と音を立てる。

カッ、カカッ!!

そのまま、二合、三合と打ち合い、また距離をとった。


………右腕のあたりがうすら寒い。一見、互角の攻防だったが、今、明らかに彼女には俺の小手を打つチャンスがあった。

それを、あえて見過ごされた。 ……また、距離が詰まる。


カカカカッッ!!


……実際のところ、木刀の凶器としての危険度は真剣のそれとさほど変わらない。女とはいえ、心得のあるものの手にあれば、細い骨をへし折るくらいは簡単にできるだろう。

……たとえば今、彼女にその気があれば、俺の右肋骨2本と左の鎖骨は叩き折られていただろう。

陽乃「……降参する?」

八幡「まさか」

陽乃の笑いながらの問いかけに、こちらも笑いながら即答する。太刀捌きの技量でまったく勝ち目がないことくらいは最初から分かっている。

この程度で降参するくらいなら、最初から勝負を受けてはいない。

彼女が言った勝負の条件は、「どちらかが動けなくなる、もしくは負けを認めること」だ。極論すれば……

骨を折られようが、心を折られない限り負けることはない。


……まぁ、痛いのは御免こうむりたいけどな。 負けを認めなかったら、両腕両足折られたりするんだろーか…やだー。


陽乃「比企谷くん……何故、この勝負を受けたの?」

八幡「……持ちかけたのはそっちでしょうに」

陽乃「んー、まぁそうなんだけどねー」

こちらの呆れた声に、苦笑気味の返答が返ってくる。


八幡「むしろ、こっちの方こそ何考えてるのか聞きたいんですけどね……答えてくれるつもりがないようなので、考えたんですよ」

陽乃「……ふうん、それで、答えはでた?」


こちらの剣を危なげなくさばきながら、興味深そうな表情を浮かべる陽乃。


八幡「……まぁ。それを言う前に、先に言わせてもらいますが、悪趣味な茶番ですよこんなの」


付き合わされる方の身にもなってほしい。まったく……

陽乃「どういうことかな?」

八幡「まず、就職試験としちゃ手が込みすぎてませんか? やる方は面白いでしょうけどね……」


いろいろとやってくれるもんだ。誘惑とリスクを秤にかけさせてみたり、プレッシャーや恐怖に対する反応を観察したり。

揺さぶりをかけながら、比企谷八幡という人間を試しているのだろう。 ……掌で転がしてでもいるつもりか腹立たしい。

力の差やリスクをわきまえず、色香に迷ってホイホイ勝負に乗る様ならおそらく論外。

かといって、真意を汲み取ろうとせずただ降りるだけでも、満足はしなかったのではないか。 ……面倒くせえ。


間合いを測りながら、牽制する。


陽乃「……仮にきみの推測が正しかったとして、実際にわたしがきみを叩きのめして……たとえば、そうね。雪乃ちゃんと別れろ、とか言い出したらどうするの?」

八幡「そりゃ、困りますね。でも、そのつもりはないんでしょ?」

少なくとも、今は。


陽乃「どうしてそう思うの?」

八幡「勝負、約束事といったところで所詮は口約束……たがいの信頼の上でのみ成り立つ紳士協定です。強制する手段はない。貴女の妹なら、それでも馬鹿正直に果たそうとするんでしょうが……」

陽乃「……そうね」

クスリと笑う陽乃。その笑みは、バカにして見下したものではなく、姉としての愛情が含まれたものだとみえるのは、俺の願望だろうか。


八幡「たとえば、俺をぶちのめして、上下関係を文字通り体に叩き込んだうえで絶対服従の下僕にしたとして……それは、以前聞いた貴女の本意をは異なるはずです。

   恐怖と反感を植え付けて支配するやり方は場合によっては有効かもしれませんが、貴女が俺に求める役割はそういうものではないんでしょう?」


この間の会話がすべてリップサービスだったというのでなければだが。

八幡「まして、俺をボコボコに叩きのめして雪乃と別れろというのであれば……普通に考えれば俺が貴女に付き従うべき理由も消滅してその場で関係決裂です。雪乃との関係も修復不可能になる。貴女は悪趣味ではあっても、そんな悪手を打つ間抜けではないでしょう」

もっとも、お前みたいなクズは妹にはふさわしくない、別れろとか言われてぶちのめされるのは、一般的な肉親・姉の情として考えれば納得してしまいそうだ。


陽乃「……ふうん、そう考えて、安全だと確信したから勝負を受けたってこと?」

八幡「ちょっと、違います。いくつか勘違いがある」

とりあえずここまで。

今日はつらかった……(泣)

もうやだこんな仕事。俺も誰かに養われたい。

そんな本音を脇に追いやって、ちょっとだけ更新しよう。

陽乃「勘違い?」

八幡「……まず、安全だなんて思ってないですよ。確かに貴女は冷酷ではあっても、無用に他人を痛めつけるような非道な人間ではないと思います。しかし、それ以上に……飄々としているように見えて、実は極度の負けず嫌いでしょう、あんた」

何しろ、あの雪乃の姉だ。そうでないわけがない。


陽乃「ふふ、わかったようなことを言うじゃない……」

こちらの挑発に対して、陽乃が不敵な笑みを返してくる。『まさか、自分に本気を出させるほどの自信があるのか』と、その目が言っている。

八幡「そうですよ……この勝負を受けた理由の一つは、まさにその『わかったようなことを言う』……雪ノ下陽乃という人間のことを、理解するためです」

一方的に吟味しているつもりかもしれないが……揺さぶりをかけ、反応を観察しているのはこちらも同様。不遜な言い方だが、こちらもあんたという人間を試させてもらう。

陽乃「なるほど……それで? 負けず嫌いという以外に、わたしのことが何か分かりそう?」


八幡「そうですね……俺の目から見た、雪ノ下陽乃という人間は」

少し距離を開け、呼吸を整える。

八幡「……誰もが言うように人の上に立つために必要なあらゆる美点を備え、完璧なまでに美しく、反則なまでに強い……」

陽乃の方をちらりと見る。余裕の表情を浮かべながら、こちらを眺めていた。

八幡「そう振る舞うことに長けた、とても…孤独な女性です」

陽乃の顔色が変わる。

陽乃「孤独か...そんなことを言われたのは、生まれて始めてかもね。説明してもらえる?」

八幡「違うとでも?確かに、貴女は誰もを惹きつける魅力の持ち主です。実際に貴女のためなら何でもするという人間はごまんといるでしょう。だけど…」

真っ向から視線を合わせる。

八幡「分厚い外骨格みたいな仮面をつけて、誰にも本心を見せず。愛する妹に対してさえ、嫌われて壁になるような接し方しかできない。あげく、自分を後継者とした親にも牙をむくという」

陽乃「……」

八幡「これが、孤独でなければ何なんですか?」

陽乃「……まったく、言いたい放題ね」

陽乃が苦笑を浮かべる。

八幡「いちおう、まだ雇用関係はありませんからね。今のうちに言いたいことは言っておかないと」

陽乃「それで? ひょっとして、孤独なわたしを、きみが救ってくれるとでも言うつもり?」

八幡「救う? それこそまさかですよ」

また、勘違いをしている。

八幡「自分の意志でそうあろうと決めたんでしょう? ならば、敬意を払うことはあっても他人の俺が卑下する筋合いなんてどこにもない。俺にとって、孤独・孤高は最上級の褒め言葉です。 ……だいたい、そこまで傲慢じゃないないですし。救うとか何様ですか俺は」

以前、「誰でも救ってしまう」とか俺に言ったのは雪乃だが……買いかぶり過ぎだっての、まったく。


陽乃「……そう。やっぱり面白いわね、きみは」

陽乃は笑っている。

八幡「最近、ちょっとあり方が揺らいでますがね……ぼっちの哲学については、俺も一家言あります。むしろ百家言くらいまである。ともあれ、今、この場では、俺と貴女は対等です。その立場からもうひとつ、勘違いを正させてもらいますが……」

陽乃「ふぅん……今度は何を言うのかしら。何が勘違いだって?」

こちらを興味深そうに見ながら、陽乃が先を促す。

八幡「俺が貴女に勝てないと思っているでしょう? ……それが勘違いです。 申し訳ないが、今から、かるーく、勝たせてもらいますんで」

陽乃「へぇ……勝つって、比企谷くんが、わたしに?」

八幡「Yes」

楽勝、楽勝。

陽乃「どうやって?」

八幡「それはまだ秘密です」

……まぁ、みてろ。


陽乃「雪乃ちゃんにも勝てないんじゃなかったっけ?」

八幡「ええ、それが何か?」

陽乃のスペックは、確かに雪乃よりやや上かもしれない。まして、俺とは比べ物になるまい。

だがそれがどうした。高々、圧倒的な性能差じゃねぇか。それだけで勝負は決まらないことを教えてやる。

負けることに関しては最強の比企谷八幡を舐めるなよ。


八幡「……まぁ、負けるのが怖かったら今のうちに下りても構いませんよ? 俺が勝ったら、貴女にとってかなり屈辱的なことを命令するつもりですから」

にやりと笑って挑発する。

陽乃「ふふ……傲慢じゃないなんて、どの口が言うのかしら。本当に面白いわ。では、そのお手並みを拝見しましょう」

八幡「……とことん、決着がつくまでやるということでいいんですね?」

陽乃「もちろん」

陽乃が、剣を再び振りかぶった。

ならば、いざ。

ちょっとスレの残りがヤバい(^^;
書きますよ少しだけ

目の前で構える、陽乃には相変わらずまったく隙がない。真っ当に戦っても勝ち目がないのは、火を見るより明らかだ。

だが、それを踏まえた上で、俺の確信はまったく揺らがない。すり足で移動しながら、ちらりと周囲に視線を走らせ、自分の位置と、陽乃との距離を確認する。

……問題ない。俺がほしかったのは、この位置関係。啖呵を切った時点で、既に布石は終えている。陽乃は俺の策を警戒してか、やや距離を置き、自分からは踏み込まずこちらの様子を伺っている。

……まさに、計算通り。

剣を脇構えに構え、叫んだ。

八幡「……材木座!」

陽乃のまさに背後で気絶しているやつの名を。


陽乃「?!」

材木座「………む?」

一瞬だけ、陽乃の注意が背後に向く。

そこへ目がけて、自分の木刀を思い切り投げつけた。材木座は自分の名を呼ばれ、未だ仰臥した状態から、朦朧とした様子で首をこちらへ向けようとしていた。


陽乃「……ふっ」

陽乃から失笑が漏れる。体をわずかに反らし、簡単に回避する。 ……ここまで計算通り。

木刀は回転しながら材木座の頭部を直撃した。再び、昏倒する材木座。

八幡「……悪い! お前の愛刀、借りたぞ!!」

木刀を投げつけると同時に、俺は陽乃に背を向け、全力ダッシュで後方の非常口目指して走っていた。

事前のイメージどおり、3秒で飛び降り、準備してあった 長 靴 を履く。

次いで、立てかけてあった材木座愛用の木刀、軍手をひったくり、外に飛び出した。

唖然としている陽乃の方を振り返り、にやりと笑って手招きをする。


八幡「……こちらへどうぞ。完全決着をお望みなんでしょう? 場外乱闘といこうじゃないですか」

陽乃が外に出てきた時点で、俺は彼女と10mほどの距離をおいている。

ちなみに道場の裏手には小さな雑木林が広がっており、夏場などはここから虫が飛んでくることもあって女性門下生らの不評を買っていた。

俺が立っているのは、その雑木林の入り口付近。陽乃を、わずかに見下ろす高さだ。

陽乃「……なるほど。小賢しいわね」

陽乃が苦笑しながら、賛辞めいた評価を口にした。そのとおり、最初からまともに戦って勝ち目があるとは思っていない。

汚いと言うなかれ。いざというときの逃走経路の確保も、挑発をはじめとした心理的なかけひきも、地の利を活かして…これから勝つことも、すべては兵法の基本に則った行動だ。剣を振ることだけが剣術じゃない。

俺は俺の流儀で…比企谷八幡のフィールドで。あくまでも正々堂々、真正面から卑屈に最低に陰湿に、小賢しく卑劣なやり方で、勝ってみせよう。常に高みを飛ぶ、あんたの足を引っ張り地に蹴落としてな。

八幡「……ああ、伏兵はいません。ちゃんと最初から最後まで俺と貴女、1対1の勝負ですからそこは安心してください」

古人いわく、地の利は人の和に如かず。だがぼっちには、無縁のアドバンテージだそんなもん。

陽乃「少しばかり高所を確保した程度で勝てると思っているの? だとしたらずいぶんと舐められたわね」

剣を素振りしながら、余裕を崩さずこちらに近づいてくる陽乃。俺は後退しながら、陽乃を誘導していく。

八幡「いやいやまさか。貴女はまさに天才ですよ……その程度ではどうにもならないくらいの戦力差が俺と貴女の間にあることくらいは、さすがに理解してます」

陽乃「……そう。なら、どうするつもり?」

陽乃の、試すような、面白がるような視線に、せいぜい不敵な笑みを返してやる。

八幡「どうやら、解放のときがきたようだ……十数年ぶりに、かつて封印した力を解き放ちます」


陽乃「……何それ、もしかして、『中二病』ってやつかしら? 二十二歳でそれはさすがにどうかと思うな」

冗談と受け取ったか、まったく本気にしていない声音でクスクスと笑う陽乃に返答する。

八幡「惜しい、ちょっと違います。 ……十数年ぶりと言ったでしょ。正確には、『小二病』ってとこですかね!」

事前に集め、手の中に握りこんでいたものを、ふたたび陽乃に向けて投げつける!!

陽乃「!!」

とっさに避ける陽乃。さすがの反射神経だ。

陽乃「……いまのは?」

八幡「小さい秋みつけた……さっき拾っておいたどんぐりですよ。この辺、結構落ちてるんです」


陽乃が玄関を回ってこちらに出てくるまでの間に、いろいろと仕込ませてもらった。

およそ、殆どの戦いと名のつくものにおいては、高所に立った側が優位に立つ。

ことに、それが顕著に表れるのは高所に立った側が飛び道具を持っていた場合だ。

かつて、中世の戦場では、弓矢・投石による死者のほうが刀槍によるそれよりも多かったという。


オラオラァ! ずびしずびし!!

冬籠りの準備をするリスのように、大量に懐に集めたドングリを投げつけて陽乃を攻撃する俺。

調子こいて、歌まで歌っちゃうぜ。

ちばんばんばばんばん♪ ちばんばんばばんばん♪ 
 
陽乃「……ホントに鬱陶しいわね」


は●わ の「千葉県」 のリズムにあわせて次々飛んでくるどんぐりを木刀で弾きながら、陽乃が呟く。あくまで笑顔を浮かべているが、よくみると青筋が浮いてるような…よしよし、イラついてるな。


陽乃「……でも、こんなもの、どれほど投げてきても無駄よ? 比企谷くん」

おっしゃるとおり。石とは違いどんぐりごときが体に当たったところで、多少痛くはあるだろうが、大怪我をするようなことはない。

ではなぜ、勝負の決め手にならない攻撃をあえてするのか? それは近づくのをけん制するためであると同時に……

八幡「じゃあ、こんなのはどうです?」

どんぐりの代わりに取り出した、小二病ひみつ兵器第二弾。接近してきたところで、バラバラと複数まとめて頭上からばらまかれたそれを、よけきれずいくつか喰らう陽乃。

陽乃「……なにこれ?」

八幡「虫はお好きですかね?」

陽乃「……………む……?!」

あ、顔色が変わった。そうか、虫はさすがに苦手か。まぁなんだかんだ、若い女性だもんな。mおくてい

八幡「通称ひっつき虫。 あ、すみません。服だけじゃなく髪の毛にもついてますよ」

陽乃「………!!」

必死で、頭を振り服をはたく陽乃。どうやら、本気で苦手らしい。まぁ……

八幡「通称は虫ですが、正体は草の実なんですけどね。オナモミっていう……」

なんかひわいな名前と外見の実をもつキク科の1年草だが、最近は数が減っているらしい。

陽乃「……ふふ、比企谷くん……」

再び、俺に距離を開けられた陽乃が、こちらをにっこりと睨む。おお、なんか寒気がするぜ。風邪だろうか。

陽乃をイラつかせるという目標は、順調に達成している。

「ふふふ。待ぁ〜てぇ〜☆」

「ははは。捕まえてごらんなさぁ〜い★」

凶器を振りかざして追い縋ってくる陽乃から、一目散に逃げる俺。

交わすやり取りは文字に起こせばファンタジーだが、背後の殺気にリアルな死の気配を感じている今の心境はどちらかといえばホラー映画の主人公だ。

むしろ追いつかれたらスプラッタ映画の被害者になるまである。

背筋をピンと伸ばし、腿を高く上げながら、陽乃に背を向け一目散に逃げる俺の足の回転は速い。 どうやら生命の危機を感じとって、脳内のリミッターが外れたっぽい。今の状態で100m走の計測でもしたら、かなりの好タイムが出ただろう。

まぁ、背筋が伸びているのは、木刀を背中に仕込んでいるせいなのだが。

ともあれ、この調子なら、逃げ切れる。 あの場所まで誘導すれば……


カン!!


背後から高い音が聞こえた直後、不意に背筋に寒気を感じ、身体を傾ける。

刹那の差で、石つぶてが顔の脇を通過していった。


陽乃「……外したか。ホントに、勘がいいわね」

後ろを振り返ると、野球のノックの要領で、木刀を使ってこっちに石を打ち出してきとる!!

ころすきか?!

きみは生き残ることができるか!! 脳内でナレーションが聞こえる。

陽乃「ほら、逃げないの。 下手に避けると、急所を外れるでしょ」

逃げるに決まってるだろ。 ていうか、急所狙ってんのかよ?!

背後から飛んでくる死の千本ノックを必死でよけながら、ゴールを目指す。ていうか、なんでこんなに狙いが正確なんだろう。打球?もどえらい速度だし……

この女、野球をやらせてたら、WBCにでも出場できたんじゃないのか……


そんな感想を脳内で漏らしつつ、股間からは尿を漏らしそうになりつつ、どうにか「そこ」にたどり着く。

………なんとか………生き延びたぞ………

俺は走る足を止め、笑みを浮かべながら背後を振り返った。

陽乃も、数m離れ、足を止めてこちらを見ている。

互いに呼吸を整えながら、しばし無言で向かい合った。


八幡「……御足労をおかけしました。ようこそ、俺の領域(テリトリー)へ。 ……ここが終着駅ですよ」

両手を大きく広げ、芝居じみた調子で嘯く俺に、陽乃が苦笑気味の笑みを浮かべ、周囲を見渡す。

陽乃「テリトリー……ね」

なだらかな登り道の果て、木々の迷路のような雑木林の中心部。その木立の間に立って、俺は陽乃を見下ろしていた。

陽乃「……それも小二病とかいうやつかしら?」

八幡「雑木林とひみつきちは、男の子の浪漫ですから」

女にはわっかんねぇだろうなぁ。

陽乃「その浪漫とかで、わたしに勝てるというつもり?」

八幡「まぁ、浪漫のことはただの病気なのでおいとくとして……比企谷八幡が勝つ……ではなく」

陽乃にむけて掌を突きだし、俺は、こう告げた。

八幡「雪ノ下陽乃が負ける……ということにしときましょう。 まぁ、いいじゃないですか。これまで、だいたい負け知らずの人生だったんでしょう? ここらで一回くらい味わっとくのもいい経験になると思いますよ」

何しろ負けることに関しては最強を自負する、敗北のスペシャリストのこの俺が言うのだ。聞いておいて間違いはない。

陽乃「ふふ……笑いどころだと思うんだけれど……それはちょっと笑えないわね」

八幡「おや、面白くなかったですかね?」

渾身のギャグだったのだが。俺も道化としてはまだまだらしい。

陽乃「……ハッタリに聞こえないもの」

陽乃はそれきり口を閉じ、こちらを値踏みするように睨んでいる。

ちなみにギャグの語源は、口をふさぐ「猿轡」からきている、らしい。


仕方がないので、俺がしゃべることにした。

八幡「陽乃さん、また………『わかったようなこと』を言わせて貰いますが」

陽乃「……どうぞ?」

八幡「実際、あんたも意外と律儀なひとですよね。俺も少しばかり、貴女への認識を改めましたよ」

肩を竦める俺に、陽乃が恍けて問いを返す。

陽乃「……何のことかしら」

八幡「……この、茶番の真意です」

陽乃「…………」


八幡「……俺という人間にいろいろプレッシャーをかけて試そうとした、というのが半分。残りの半分は……」

陽乃が何も言わないのをみて、続ける。

八幡「……自分という人間、雪ノ下陽乃という人間に仕えるということがどういうことかを示して……その上で判断するチャンスを、俺にくれたんでしょう?」

ふぅ、と息を吐いて首を振る。


八幡「……とはいえこんな、剣で打ち合うとかいう形で示すのは、ちょっとどうかと思うんですけどね、ええ」

陽乃「身体で分かってもらうのが、一番手っ取り早いと思ったのよ」

陽乃がくすりと笑いながら、俺の推測を肯定した。何その、超体育会系の論理……ブラック職場にもほどがある。俺、痛いのとか超苦手なんですけど。顔が引きつるのを自覚した。

陽乃「それで、何か感じとってくれた?」


八幡「そうですね……文字通り、痛感しましたよいろいろと」

痛みを感じると書いて痛感。もしくは痛いほど感じる、イタさを感じるでも可。

あらためて……雪ノ下陽乃という人間は、規格外だ。類まれなカリスマ性と

八幡「言いたいことは多々ありますが、それは後程、ゆっくりと……いや、今は、ひとつだけ」

陽乃「何かしら?」

八幡「さっき、俺は貴女のことを律儀だと言いましたね」

陽乃「……ありがとう。ちょっと、新鮮な評価だったわ」

互いに微笑を交わす。

八幡「だが……それと同時に、反吐が出るほど傲慢だ」

陽乃「そうかしら? たまに言われるけれど、あまり自覚はないわ」

微笑はそのままに。

八幡「その律義さに免じて、俺も機会をあげますよ。比企谷八幡という人間と……自分の傲慢さを知る機会を」

安い挑発だ。我ながらそう思う。それは陽乃も理解しているだろう。

八幡「いちおう、もう一度だけ確認しますが……今のうちに下りるというなら、許してあげますよ?」

実際、「負けなかった」という時点で俺にとっては十分な結果だしな。 

ちなみに逆の立場で、俺なら躊躇なく撤退する。 明らかな罠だもん。 「とりあえず今日のとことは勘弁したる」みたいな負け惜しみっぽい捨て台詞とか吐きながら。

だが、雪ノ下陽乃は……


陽乃「ふふ、冗談……安心して頂戴。ちゃんと、最後に比企谷くんが土下座して許しを乞うところまで付き合ってあげるから」

にこやかに、俺の提案を拒絶した……予想通り。 実に律儀で……傲慢なお人だ。


もはや、是非もなし。


俺は、手招きしながら身を翻し……木立の中へ身を隠した。

さて。雪ノ下姉妹は天才だが、この俺、比企谷八幡にも人に負けない才能と特技がいくつかある。

その1「人の神経を逆撫でして、嫌われる才能」。 ……もうちょっとマシな才能をよこせよ、神様よ。

ちなみに雪乃のことをいろいろ言ったけど、小学生の頃、気になる子にちょっかいを出して泣かせる→嫌われるってのは俺もやった。

それも、半端な嫌われようじゃなくて、本人どころかその後クラス全体で長い間、バリア無効な「比企谷菌」が猛威を振るったレベル。

本人とは中学までいっても口きいてもらえなかったね。


あとそう、特技としては、「存在感を消す」というのもあるな。無の境地だ。空気になりきるのだ。


いま、陽乃が林の中に入ってきた。俺の姿は見えてはいないはずだ。

ちなみにこの場所、俺にとっては馴染の稽古場所である。道場内に人が多い時など、自主練と称してここまで来て、一人で剣を振っていた。移動可能な経路も、死角もすべて把握している。



このスレでは、なんとかはるのん編のラストまでで、ゆきのん編は新スレからにしよう。

ちょっと風呂と食事いってきます。

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