刃牙「俺と親父と兄さんと梢江でちゃぶ台を囲むことになった」 (111)

─ 刃牙の家 ─



刃牙(いやァ……)

刃牙(やってみなきゃワカらない、なんて言葉があるけど──)

刃牙(まさしくあれは真実だったんだな)

刃牙(正直いって、“やってみた”俺自身がまだ信じ切れてないんだから)

刃牙(半ばダメ元で、三人を誘ってみたけど……)

刃牙(まさか実現するとはね……)

刃牙(俺と親父と兄さんと梢江で、食事をすることになるなんて……ッッ)

烈「私は一向に構わんッ!続けろッ!!」

刃牙「お待たせ……ようやく食事ができたよ」

梢江「三人ともさっき来たところよ」

梢江「前もっていってくれれば、私も手伝ったのにさ……」

刃牙「イヤ、いいんだよ……今日は梢江もお客なんだから」

ジャック「…………」

勇次郎「…………」

刃牙(うおッ!)

刃牙(なんて重たい空気……ッ! なんか喋れよ……梢江、可哀想じゃん……)

刃牙(ご飯に味噌汁……キャベツの千切り……焼き魚(サンマ)……)

刃牙(ど真ん中には生姜焼き……)

刃牙「ま、親父や兄さんにはチト物足りない量かもしれないけど……」

刃牙「あいにくこのちゃぶ台、小さいしさ……」

刃牙「もし足りなかったら、あとは各自で夜食でもどうぞ……ってことで」

シ~ン……

刃牙「…………ッッ」ゴクッ…

刃牙「じゃ、いただきまァ~す」

梢江「いただきます」

ジャック「ああ……」

勇次郎「…………」ペコッ…

末堂さんってジェットコースターから転落したあとどうなったの?
正拳突きしてるとこまでスキップされた?

モニュ…… モグ…… ズル…… ソボ…… モニュ……

サクッ…… モニュ…… ゴクッ…… ズズ…… ゴキュッ……

刃牙(~~~~~~~~~~ッッッ)

刃牙(会話……ゼロ! メシだけがただただ減っていく……)

刃牙(気まずい……)

刃牙(ある意味、バチバチやり合ってる時よりもずっと苦痛だ……ッッ)

刃牙(ここはこの団らんの主催として──)

刃牙(俺が──)

刃牙(この俺が何とかしなければッッッ!)

バランスのイイ山本「はよ」

刃牙「…………」コホン…

刃牙「兄さん……味はどうかな……?」

ジャック「ウマい……」モニュ…

刃牙「ア、アリガト……」

刃牙「…………」

刃牙「親父……どう?」

勇次郎「うむ……」ズズ…

刃牙「“ウマかった”と取っちまうぜ……?」

勇次郎「好きにしろ」

刃牙「ハハ、ハ……」

刃牙(終わっちまった!!!)

>>9
スキップされた

刃牙「梢江……どうかな?」

梢江「うん……オイシイ」モグ…

梢江「私が手伝ってたら、かえって足手まといになってたかも」

刃牙「ンなことないってェ~」

刃牙「今度は梢江の手料理を、二人に振舞ってやりなよ」



他愛ない恋人同士の会話であった。

しかし、今刃牙の心の中はというと──

刃牙(俺は──逃亡(にげ)たッッッ!)

刃牙(親子喧嘩を通じて多少は心が通じたとはいえ、まだまだ高い壁である親父と)

刃牙(親父以上に肉親らしい会話なんて交わしたことはなかった兄さん──)

刃牙(俺はこの二人から逃げ、気心の知れた梢江へと避難したッッッ!)

刃牙(なんという卑怯さ……ッッ)

刃牙(なんという醜態……ッッ)

刃牙(この四人で親交を深めたいと、一家団らんを呼びかけたのは俺なのに──)

刃牙(その義務を放棄し、安易な安らぎを追い求めてしまった!)

刃牙(ダメだ! このままじゃダメだッッッ!)

~~~~~~~~~ッはよッッ!

刃牙(俺が……ッッ)

梢江「あの……ジャック、さん……」

ジャック「ン……?」

刃牙(梢江!?)

梢江「もしかして……まだドーピング、やってるんですか?」

ジャック「ああ……やっている」

刃牙(梢江……なんという勇気! 俺以上に兄さんとは接点がないのに……ッッ)

梢江「たとえ明日を捨てても強くなりたい……っていう、ジャックさんの生き方……」

梢江「だれにも否定することはできません」

梢江「でも……どうかご自愛下さい」

梢江「あなたが死んでしまったら、悲しむ人が大勢いるのだから……」

ジャック「…………」

ジャック「優しいんだな、キミは……」

ジャック「あの東京ドーム地下闘技場で行われたトーナメントでもそうだった」

ジャック「キミは……ステキな女性だ」

弟である刃牙ですら、わずか一言しか引き出せなかったジャックから、

より多くの言葉を引き出した。

しかも、ごく自然(ナチュラル)に──

刃牙(梢江……)

刃牙(梢江ッッッ!)

刃牙(やっぱ君ってサイコーの女だ!)

ジャック「だが……俺は継続(つづ)けるしかないんだ。強くなりたいからな」

梢江「ジャックさん……」

勇次郎「フン……」

刃牙「!」ビクッ

勇次郎「血が薄いから、ステロイドなどに頼らざるをえなくなる」

勇次郎「不甲斐ないにも程がある」

刃牙(お、親父……ッッ! ここにきて……ッッッ!)

刃牙(兄さんにとってはキツイ言葉だろう……)チラッ

ジャック「そう……父よ」

ジャック「たしかに俺は出来がワルい」

ジャック「日に二度敗れるバカ……そのバカを二度もやったのだからな……」

ジャック「だが──」グニャア…

刃牙(兄さんの空気が変わった!)

刃牙(まさか、ここで闘争(ファイト)!?)

ジャック「俺にはああするしかない」

ジャック「どんなになじられても、ああするしかないんだ」

ジャック「父よ……俺だってやれるんだ……ッッ」

刃牙(や、やる気!?)

刃牙(どうする!?)

刃牙(止めるか──イヤ、外に出てもらうか!? 家、壊れちゃうし──)

刃牙(イヤイヤ、それより梢江の安全を確保するのが先だろうがッ!)

刃牙(なに自分のことばかり考えてやがる、俺はッ!)

勇次郎「ふむ……」

勇次郎「強さを追い求めるという行為──これは料理にも似る」

勇次郎「より美味なる食材を集め──」

勇次郎「より美味なるタイミングでかけ合わせ──」

勇次郎「より美味なるスピードで仕上げる」

勇次郎「しかし、これだけは足らぬ」

勇次郎「味の追求には、視野の広さも欠かせぬ」

勇次郎「あえて未体験の食材を、使用(つか)ってみる……」

勇次郎「あえて未経験の調理法を、試行(ため)してみる……」

勇次郎「ウマイかマズイか二の次だ。そのハートこそが偉大なのだ」

勇次郎「効率だけではない。あらゆるものを受け入れる度量の深さこそが肝要なのだ」

勇次郎「ゆえにキサマも、俺や刃牙に並びたいというのなら──」

勇次郎「キサマが使用(つか)っている薬物の味を楽しむぐらいの度量を身につけろ」

勇次郎「そうすれば、多少はマシになるやもしれぬ」

勇次郎「もっとも……なったらなったで喰らうまでだがな」

ジャック「…………」

ジャック「父よ……アリガトウ」

勇次郎「フン」

刃牙(オオ……ッ!)

刃牙(兄さんと親父が……マトモな会話を……!)

刃牙(なんだか俺まで嬉しくなってきちまった!)

梢江「ところで……」

梢江「勇次郎さんの好物って、なんですか?」

勇次郎「好物か……」

勇次郎「色々あるが……最近ではメフンがウマかったな」

ジャック「メフンというのはなんだ?」

勇次郎「メフンも知らねェとは……」

勇次郎「やはりおめェには、未体験に手を出す度量が足りねェらしい」

ジャック「面目ない……」

勇次郎「メフンってのは、鮭の内臓の塩辛だ」

ジャック「鮭(サーモン)か……覚えておく」

梢江「私もメフンって、テレビで見たことしかないんですけど──」

梢江「いったいどんな味なんですか?」

勇次郎「まァ……こういうのは口で説明するもんでもねェが……」

勇次郎「メフンは古来より珍味として珍重されている」

勇次郎「塩味がきいており、とろりとした舌触りと濃厚な味わいを存分に楽しめる」

勇次郎「一言でいや、鮭の持つ生命力を凝縮した一品……ってとこか」

梢江「へぇ~」

ジャック「ホウ……」

ジャック「そこらで食えるものじゃ、なさそうだな」

勇次郎「うむ……」

勇次郎「最近じゃ、スーパーなどでも購入できるが」

勇次郎「やはりメフンの神髄を味わいたくば、ホンモノでなくてはな」

梢江「ホンモノって……例えばどこへ行けばいいんですか?」

勇次郎「メフンは北海道の郷土料理だ」

勇次郎「だから北に行くか……あるいは光成に頼むのもアリかもな」

勇次郎「なんなら……ハナシをつけてやってもいい」

梢江「本当ですか? ぜひお願いします!」

ジャック「父は……グルメなんだな」

勇次郎「食通を気取るつもりはねェが──」

勇次郎「闘争も食事も……どうせ喰らうならウマイもんに限るからな」

梢江「そういえば、バキ君に作ってたお味噌汁もおみごとでした」

勇次郎「フン……」ムス…



刃牙(嗚呼……親父たちが普通の会話をしている……)

刃牙は感動していた。

父と兄と恋人が、仲むつまじく会話をしているのが嬉しかった。



しかし、同時に──もう一つの感情をも覚えていた。

刃牙(なんだろ……この微妙なイラ立ちは……)

刃牙(俺でさえ、親父と真っ当な会話をするのにはかなりの時間を要した……)

刃牙(出会うたびに殴りかかり、ブッ飛ばされ──そんな関係だった)

刃牙(なのに、俺より親父と関わった時間が圧倒的に少ないこの二人が──)

刃牙(すでに普通の会話をしている!)

刃牙(てゆーか、メフンってなんだよ! 俺には話してくれたことないじゃんッッッ!)

刃牙「!」ハッ

刃牙(まさか……嫉妬(ジェラシー)!?)

刃牙(俺は親交を深めるためにこの三人を誘っておいて、いざ親交が深まったら)

刃牙(嫉妬してしまっているのか!?)

刃牙(バカなッッッ!)

刃牙(俺は今日、引き立て役で終わっていいと心に誓っていたハズだ!)

刃牙(なのに……ッッ)

刃牙(イヤ……たしかにそうだ)



勇次郎「~~~~~~~~~~」

ジャック「~~~~~~」

梢江「~~~~」

勇次郎「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

梢江「~~~~~~~~~~~~~~~~」

ジャック「~~~~~~~~~~」



刃牙(さっきから、会話が全然頭に入ってこない。つーか、三人とも俺を見てない……)

刃牙(俺だけ……蚊帳の外……ッッ)

梢の母も誘ってやれよ

刃牙(こんな……こんなことがあっていいのか!?)

刃牙(今日、この四人で食事しようって提案したのは俺なのに……)

刃牙(俺を差し置いて……イチャイチャしやがって……ッッ)



刃牙は時として、自分にウソをつく。

子供の頃は、オモチャを買ってもらうとすぐに興味なさそうに隠れてしまった。

ピクルの存在を知った時も、そうであった。

本当はピクルに惚れていたのに、興味がないとウソをついていた。

他の三人が楽しんでいるのなら──自分は蚊帳の外でもいい。

自分は主役じゃなくていい。

引き立て役で、脇役でかまわない。

こう誓ったはずの刃牙であったが、これらは全てウソであった。

本当は──真実(ホントウ)は、範馬刃牙がこの食卓の中心でいたい!!!

そして──

自分につき続けたウソは──ストレスへと変化(かわ)り、爆発するッッッ!

ぐにゃぁ~

バンッ!

三人を振り向かせるため、ちゃぶ台に平手を叩きつける刃牙。



勇次郎「!」ピク…

ジャック「!」

梢江「!」ビクッ



一斉に己に振り向いた三人を見て、刃牙はすぐさま冷静さを取り戻した。

刃牙(バカッ……!)

刃牙(俺はなんてことを……ッッ)

このバキになんか親近感あるなと思ったら飲み会の時の俺だ

勇次郎「なんだ」

ジャック「どうした……バキ?」

梢江「どうしたの? ビックリしちゃった……」

刃牙「いやァ~あの……えぇ~っと……」



何一つプランを立てていないのに、

嫉妬(ジェラシー)のままに行動し、三人の注目を浴びてしまった刃牙。

その刃牙の目に入ったのは──

刃牙(サンマ……!)

刃牙(俺が焼いた……みんなで食べた……サンマ……!)

刃牙「…………」ゴクッ…



思いついてしまったからには──言うしかない!

もう後戻りはできない!

今の刃牙の心境は、道を間違え、

誤って高速道路に入ってしまったマヌケなドライバーの心境にも似て……ッッ

刃牙「今日、俺たちサンマを食べたけどさ……」

刃牙「今ここに、俺と親父とジャック兄さんがいるじゃん……」

刃牙「範馬が三人で……サンマ……なんちって」ボソッ…

刃牙(言っちまったァ!)

シ~ン……

刃牙(恥ずかしいッッッ!)



視界に映ったサンマから、ふと連想してしまった一発ギャグ──

ハッキリいってしまえば、意味不明である。

しかし、少年は言うしかなかった。

エフッエフッw

ジャック「バキ……」

ジャック「なかなか面白かったぞ」

梢江「……フフッ」

刃牙(気遣われたッッッ!)



ジャック・ハンマーのジャックらしからぬ気遣い──

松本梢江の梢江らしい気遣い──

これを刃牙はあえて素直に受け止めた。



刃牙(アリガトウ……二人とも……)

しかし──

勇次郎「クスッ」

刃牙「!?」ギクッ

勇次郎「クスクスクスクスクス……」

勇次郎「見え透いてるぜ……刃牙よ」

勇次郎「オマエを置いてきぼりに、談笑する父と兄と恋人に」

勇次郎「嫉妬(ジェラシー)を覚え……」

勇次郎「プランも立たぬのに、テーブルを叩いて気をひいたものの──」

勇次郎「なにを話していいかすらワカらず」

勇次郎「勢いに任せ、咄嗟に苦笑モノのジョークをかましちまった……ってとこか」

刃牙「~~~~~~~~~~ッッッ!」

勇次郎「エフッ」

勇次郎「エフッ、エフッ、エフッ!」

勇次郎「アハハハハハハハハハハハッッッ!!!」

勇次郎「アハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!」

ジャック(なんという……なんというサディストッ!)

梢江(ひどい……)



刃牙「…………」

範馬刃牙、18歳──

地上最強の父を手こずらせ、地上最強を差し出されるほどの雄(おとこ)ではあるが、

今の彼は──彼に憧れる鮎川ルミナ少年よりも縮小(ちい)さくなっていた。



刃牙(もう俺……黙ってよう)

この後、刃牙が食事終了までに発した台詞は「ごちそうさま」のみであった。

食事が終わり──

梢江「今日はごちそうさま!」

梢江「じゃあまた明日、学校でね!」

梢江「今度は私が料理、作るからね!」

刃牙「ああ、楽しみにしてるよ」

刃牙(梢江……君がいなきゃ、今日はどうなっていたことか……)

刃牙は改めて、梢江がイイ女だと理解していた。

ジャック「バキ……」

刃牙「兄さん!」

ジャック「今日は感謝している……」

刃牙「こっちこそ……来てくれてありがとう」

ジャック「だが俺たちは……いずれはやり合わねばならない」

刃牙「うん……ワカってる」

刃牙(だって俺たちは……格闘技やってんだもん……)

全く振り返らずに立ち去るジャック。

刃牙には、その兄の姿が誇らしかった。

勇次郎「フン……」ザッ…

刃牙「親父……どうだった?」

勇次郎「……こんなことはもう二度とねェぞ」

刃牙(二度とない、か……そりゃそうか……)

勇次郎「あんな小さなちゃぶ台を四人で囲むなんざ……狭苦しいったらねェ」

勇次郎「こんなことは二度もやるもんじゃねェ」

勇次郎「次は……もっとでかいテーブルを用意しておけ」

刃牙「ハハ……ワカったよ、親父!」





                                   < 完 >

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