咲の登場人物であるところの染谷まこ及び他の人物達に関する一千一秒物語 (218)

染谷まこ及び他の人物達に関する話です。

ここに出てくる「僕」はいわゆるJohn Doeです。

「僕」が出ない話もあります。

前回よりも投下速度は遅いかもしれません。

暇つぶしにどうぞ。

予定していた酉と違うのは、忘れたからです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1366716070

@
信頼性皆無

部室に行くと、染谷先輩が自分には女性としての魅力がないのではと悩んでいた。


そんなことないですよ、と声をかけ、一糸纏わぬ姿になった僕は、棒テン即リー全ツッパ状態となった僕のリーチ棒を指し示す。



ほーら、見てください。

染谷先輩があまりにも魅力的だから、僕は染谷先輩を見るたびにこうなるのですよ。

ほーら、ほら。



染谷先輩は腰を振り続ける僕をちらりと見て、何も言わずに小さな溜息だけついて部室から出ていった。



僕のリーチ棒があと少しだけ大きければ説得力があったのに!


その晩、僕は枕を涙で濡らした。

@着メロ

「さっすがアラフォー」



「アラサーだよ!?」



今日も今日とて遊びに来た福与さんと小鍛治さんが掛け合い漫才をしている。

僕はふと思いつき、小鍛治さんに声をかけた。

小鍛治さん、小鍛治さん、ちょっと「エッサッ」って10回ほど言ってみてください。

小鍛治さんは首を傾げながらも可愛らしく「エッサッ、エッサッ——」と応えてくれた。
僕は小鍛治さんに礼を言って、早速編集作業に没頭する。

『アラエッサッサー』

我ながら良いできだ。
ひとしきり爆笑した僕と福与さんが、小鍛治さんからのメール着信音として携帯に設定したあたりで小鍛治さんは半泣きになりながら部屋に引きこもってしまった。
少しだけ反省している。

@余計な一言


朝、偶然にも染谷先輩に会った。

染谷先輩と楽しく会話しながらの登校。
すっかり舞い上がってしまう僕。



染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩は可愛いですよね。

食べちゃいたいくらいです。

勿論、性的に。



などと言ったら、途端に無表情になった染谷先輩に置いていかれた。

僕は何か間違えたのだろうか。

@ステルス僕

東横さんが消えることができると言うので試しにやってもらった。
ふと気づくと、すごい、本当に消えてしまった。
僕は適当にあたりをつけ、空中をひたすらに揉みしだく。
少しすると、すすり泣く声と共に東横さんが姿を現した。

「どうして胸だけピンポイントでわかるんすか……」

たまたまだよ、と答えながら胸を揉み続けていると、ついには皆にぼこぼこにされた。

翌日、僕もステルス能力を手に入れたようで、誰も僕の相手をしてくれなかった。

@井の中の蛙

国広さんに前々から聞いてみたかったことを尋ねてみた。

下着姿で外を歩けって言われたら、やりますか?

「やるわけないじゃん、恥ずかしいし。馬鹿じゃないの?」

ちなみにその格好でここまで来たんですよね?

「うん、そうだよ? 可愛い服でしょ」

そんなことを言いながら、軽く手を広げてくるっと回ってみせてくれた。
僕の感性など及ばぬ境地があることを思い知った。

世界は広い。

@そっくりさん

洋榎さん、洋榎さん、今の犬見ましたか?

「見たで! 飼い主そっくりやったな。どっちが犬かぱっとみわからんかったわ」

犬は飼い主に似てくるとは言いますからね。
と言うことは僕と洋榎さんもだんだん似てくるんでしょうか。

「え……」

お手。

「って、うちが犬かい!」

あはははは、と笑う洋榎さん。

僕が頑張ってセクハラしようとしてもボケにされてしまう。
ある意味、最大の天敵である。

@有名な猫

染谷先輩、染谷先輩、ちょっとスカートの中を覗いてもよろしいでしょうか。

「……」

言っておきますけど、邪な意図は欠片もないです。

「……」

量子論で言うところの観測により事象が固定されるという、あれを確認したくてですね。

「……」

僕が観測することで、パンツのあるなし、どちらに事象が固定されるのかを知りたいってだけの知的好奇心です。

「……」

勿論、パンツがあろうがなかろうが僕にとってはご褒美ですけどね。

「……」


覗かせてもらえなかった。

@そういう話 1/2

蝉の声も日に日に減っていき、夏の終わりを感じるようになった、ある日曜日。
僕が市街地を歩いていると、前方に染谷先輩を見かけた。
嬉しくなって声をかけようとして、染谷先輩の隣に誰かがいるのに気付いた。
短めの金髪。
すらりとした長身。
男の僕から見ても格好良い男。
友達だろうか。
僕が声をかけるのを躊躇している目の前で、その男が染谷先輩の肩を抱く。
染谷先輩はと見れば、優しく笑いながらされるがままとなっている。
それを見た瞬間に、何とも言えない気持ちが沸き起こり、身体を動かすことすらままならなくなった。

その日の晩、布団の中で大いに悩んだ。
僕は常日頃から染谷先輩が幸せであれば隣にいるのは僕じゃなくても良いと公言して憚らなかった。
今日見かけた染谷先輩はとても幸せそうであった。
けれど、どうしたことだろう。
僕はそれを喜ぶことができないのだ。
心に何かが絡まったような、あるいは心そのものが絡まっているかのような気分で、よく眠れないまま朝となった。

放課後、いつも通り染谷先輩に声をかけようとしても上手くいかなかった。
僕の不審な様子に染谷先輩も気づいたようで、「どうしたんじゃ?」と声をかけてくれたが、何も返すことができなかった。
帰りしなに染谷先輩がもう一度声をかけてくれた。

「今日はどうしたんじゃ?」

やっぱり僕の心は何かが絡まったままで、僕を心配してくれる染谷先輩を見ても胸が苦しいだけだった。
どうしようもなくなった僕は、漏れ出るものをそのまま声にすることにした。

昨日、市街地で染谷先輩を見かけました。

「ふむ? 声をかけてくれても良かったんに」

それで、隣にいた男性の方と親しそうにしてて、肩を抱かれて、染谷先輩は笑ってて、幸せそうで。

「ああ。そういうことか」

染谷先輩は何かに合点が言ったのか、こくこくと頷いていた。
「あれはじゃな」と何かを言おうとする染谷先輩を遮って僕は続ける。

僕が一番衝撃を受けたのは、染谷先輩が幸せそうに笑っているのを見ても、少しも嬉しくなれなかったことなんです。
僕は染谷先輩が、染谷先輩さえが幸せであればそれで良いと思っていたはずなのに、その気持ちは嘘だったんです。

「いや、だからそれはじゃな」

駄目なんです。
僕はもう、駄目なんです。

そう言い残し、何かを告げようとする染谷先輩から逃げるように帰宅した。


その日以降、僕は染谷先輩から距離を取った。
染谷先輩と話そうとしても、心が絡まったままでは何もできなくなってしまうのだ。
死にそうなほど苦しかったけど何とか耐えた。
染谷先輩は何度も僕に話しかけようとしてくれたけど、いつしかそれもなくなった。

けれど、僕は部活はやめなかった。
麻雀が好きだという理由はあったけれど、それ以上の何かがあったのだと思う。
それが何かは結局最後までわからなかった。

対局に集中していても、周囲の声は僕の耳に届いてしまう。
部員の誰かが染谷先輩と話している。
このままで良いのかと言ったようなことを染谷先輩に問いかけている。
染谷先輩が「もうすぐ大会じゃからのう」と返すと、何かに思い当たったかのように、それもそうですね、と納得していた。

@そういう話 2/2

大会当日、自分の試合が終わったので、モニターで部員の試合を応援することにした。
まだ開始まで間があるようで、ぼうっとしていると、隣に染谷先輩が座った。
僕は苦しくなって、離れようかと思案していると、染谷先輩が「せめてこの試合の間はここにおれ」と言うので、従うことにした。
試合が始まったが、まったく応援に身が入らない。
モニターを見ていても何も頭に入ってこない状況の僕に染谷先輩が声をかける。

「あんたが見たっていうのはあん人じゃないんかのう」

その言葉に改めてモニターを見ると、確かに僕が見たあの男がそこにいた。
どうやら染谷先輩は彼の応援に来たようだ。

……ん?
ちょっと待て?
これは女子の試合だぞ。

僕が呆然としていると、隣から、「まあそういうわけで、あんたの壮絶な勘違いじゃ」と聞こえてきた。


大会からの帰り道、僕は染谷先輩と二人、帰路に就いていた。

「で? なにか言うことはあるかの?」

……ごめんなさい。

「まったく。人の話を聞こうとせんからこんなことになるんじゃ」

染谷先輩がぶつぶつと言っているが、僕は返す言葉もない。

「まあええ。わしは心が広いから許しちゃるわ」

ありがとうございます、と応えた後、ここしばらく気になっていたことを染谷先輩に聞いてみることにした。
なんとなく、染谷先輩なら答えてくれそうな気がしたのだ。

染谷先輩が幸せであればそれだけで良いと言った僕の言葉は嘘だったのでしょうか。

僕の問いかけを受けて、ふうん、と染谷先輩。
変なところで真面目なやつじゃのう、などと呟いている。
しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのは染谷先輩だった。

「別に嘘というわけではないじゃろう。嫉妬が先に立ったというだけで」

嫉妬、ですか。

「うん。別にそれは悪いことではないわ。むしろそういう場面で嫉妬もせずに、幸せそうで良かった等と言うようなやつはごめんじゃな」

どうしてですか?

「そんな態度を取られたら、本当に自分を好きなのかわからなくなるわ」

そういうものなのだろうか。
染谷先輩が言うのなら、そういうものなのだろうな。

染谷先輩、染谷先輩、ここしばらく染谷先輩と触れ合えなかった分、甘えてもいいですか?
いや、勿論それは全面的に僕のせいではあったのですけれど。

僕が尋ねると、染谷先輩はいたずら気に笑う。

「駄目じゃ。散々な態度を取られ続けた仕返しに、たっぷりと冷たくあしらってやるから覚悟しんさい」

決してそんなことはしないんだろうな、と思わせる笑顔で染谷先輩はそう言って、僕と手を繋いでくれた。

着地点がわからなくなったまま進めたら酷いことになった。

アラエッサッサーってどういう意味なんですかね?

@救いはある

加治木さん、加治木さん、胸を揉んでも良いですか?

「……なぜだ?」

理由を聞かれると返答に窮します。
今の僕はとても加治木さんの胸を揉みたい気持ちだとしか言えません。

僕の言葉に、ふむ、と何やら思案顔の加治木さん。
少しの間を置いて口を開いた。

「正直は美徳とは言うが、君は正直が過ぎるな。それでは正直だという君の美点を汚しかねない。もう少し慎みなさい」

それだけ言うと、ではお先に、と帰ってしまった。

違うんです、加治木さん。
僕は胸を揉むことが叶わぬのなら、せめてあなたに罵って欲しかったのです。
それなのにあなたは僕を思って優しい言葉をかけてくれた。
どうしようもない僕の、このどうしようもない想いは、どこに向かえば良いのですか。

静かに泣き崩れていると、僕と加治木さんのやり取りを見ていた東横さんが帰り際に振り返って、塵芥を見るような目で僕を見下げて告げた。

「変態」

興奮した。
世の中捨てたものじゃない。

>>12
安来節なんかで使われる囃子言葉ですね

@年齢=

小鍛治さんはいまだ独り身であるが、過去にどういった人物と付き合ったことがあるのか気になったので聞いてみることにした。

小鍛治さん、小鍛治さん、小鍛治さんは今までにどういった男性とお付き合いをしたことがありますか?

僕の質問に小鍛治さんはびくりと一度身を震わせたかと思うと、何も言わずに静かに涙を流し始めた。

おい、まじか。

その日、僕は生まれて初めて本気の土下座をした。

@たまにはそういう日も

日が変わろうかという頃、小鍛治さんが帰宅した。

お帰りなさいと声をかけても、酒臭い息を吐くだけだった。
水を飲みますかと尋ねると、何も答えずにぎゅっと抱きついてきた。

「やっぱり私も結婚したいよう」

今日は友人の結婚祝いの飲み会だったか。
この酔い様も頷ける。
「結婚相手がその辺に落ちていないかなぁ」などとぶつぶつ呟いている。

小鍛治さんは、誰でも良いというならすぐにでも結婚できると思いますよ。

「……本当に?」

でも、ただ結婚したいだけですか?
それとも好きな人に好きになってもらってその結果として結婚したいのですか?

「……後者」

じゃあそんな自棄になったようなことを言っちゃだめですよ。

僕の言葉には首肯せず、でもね、と小鍛治さん。

「どうしても寂しい日はあるの。独りがどうしても耐えられない日があるの」

今日みたいに?

小鍛治さんはこくりと頷く。

じゃあ、今日は一緒に寝ましょうか。

小鍛治さんはよっぽど飲んでいたようで、布団につくなり何をするでもなく寝てしまった。

小鍛治さんが僕を好きでいてくれたら、相思相愛ですぐにでも結婚できるのですけれどね。

僕の言葉に応える人は誰も居ない。
無防備に隣で眠る小鍛治さんに対して少なからぬ邪な気持ちが沸いたが、なんとか押し留めて僕も眠ることにした。

翌朝、小鍛治さんの悲鳴で目を覚ました。

「どうして隣で寝てるの!?」

まあ、いろいろありまして。

「いろいろってなに!?」

途端に慌て始める小鍛治さん。

大丈夫ですよ、男女の営み的なことは何も起こっていませんから。
僕は童貞で、小鍛治さんは処女のままです。

僕の言葉に小鍛治さんは顔を真っ赤に染め上げて、ひやあああ、と叫びながら部屋から飛び出していった。

アラフォーであの純情っぷりはどうなんだろう。

僕の呟きが聞こえたのか、台所から「アラサーだよ!?」と声がした。
元気になったようで、良かった。

@笑ってはいけない鬼太郎 1/15

洋榎「おー、清澄の」

久「あら、洋榎じゃない」

洋榎「急に大会出場者集めてなんやろな」

久「出場者だけじゃなくて応援者までいるわよ。全員ではないみたいだけれど」

ピンポンパンポーン

《みんな集まってくれとるようやね?。今から「笑ってはいけない」を始めるで〜》

恭子「この声……代行!? この集まりはなんです!?」

《今から笑った人は巨大リーチ棒でケツバットやから気いつけてや?》

恭子(……無視かい)

《ほんなら、「笑ってはいけない鬼太郎」スタート?》

まこ「またけったいなこと始めたのう」

@笑ってはいけない鬼太郎 2/15

ガララッ

久「誰か来たわよ?」

成香「……」スタスタ

京太郎「……」スタスタ

久(あれは、確か有珠山高校の本内成香さん?)

ゆみ(チャンチャンコに下駄。なるほど。鬼太郎のコスプレか……)

咲(京ちゃん、それ目玉の親父の着ぐるみだよね……)

成香「……」

京太郎「……」

全員「……」

成香「おい、キタロウ!」

洋榎「いや、そっちかい!?」

《デデーン、宮永妹、片岡、福与、弘世、末原、蒲原OUT?》

咲「ちょっと待っ……あいた!」パーン!

片岡「京太郎が言えよ、あんっ」パーン!

恒子「え!? アナウンサーも笑っちゃ駄目なの!?」パーン!

菫「私、こういうネタに弱いん……ひんっ」パーン!

恭子「ちょっと部長!? 下手に突っ込まんでください……んっ」パーン!

智美「私は笑ってないぞー? ったぁ……」パーン!

成香「……」スタスタ

京太郎「……」スタスタ

バタンッ

@笑ってはいけない鬼太郎 3/15

咲「帰っていった……」

まこ「京太郎は何しにきたんじゃ」

ガララッ

久「また来た……」

成香「……」スタスタ

京太郎「……」スタスタ

全員「……」

もこ「……」スタスタ

洋榎「鬼太郎が増えとるやないかい!」

《デデーン、荒川、末原、愛宕妹、上重、阿知賀女子、蒲原OUT?》

荒川「もこちゃん、何して……っう」パーン!

恭子「部長!? ツッコミで笑ってまうんやって……っつぅ」パーン!

穏乃「これ笑っちゃうって! ……いったぁ」パーン!

@笑ってはいけない鬼太郎 4/15

成香「……」

もこ「……」

京太郎「……」

ゆみ(今度は帰らないのか?)

全員「……」

成香「おい、キタ……」
もこ「おい、キタ……」

成香「……」

もこ「……」

成香「おい、キタロ……」
もこ「おい、キタロ……」

《デデーン、全員OUT?》

洋榎「ちゃんと打ち合わせんか……いっ!」パーン!

菫「だから、こういうネタには、あ、んっ」パーン!

照「それは卑怯……いたいっ」パーン!

成香「……」スタスタ

もこ「……」スタスタ

京太郎「……」スタスタ

バタンッ

@笑ってはいけない鬼太郎 5/15

まこ「京太郎は来る意味あるんか?」

優希「あはは、まったくだじぇ」

《デデーン、片岡、蒲原OUT?》

優希「じぇえええ!?」パーン!

久「ゆみ、大丈夫?」

ゆみ「私は大丈夫だが、蒲原が……」

久「蒲原さん?」

ゆみ「なぜか、毎回笑ってると判定されてしまうんだ」

智美「笑ってないのになー?」ワハハー

久「ぷっ、なんでよ」

《デデーン、竹井、蒲原OUT?》

久「しまった……んっ」パーン!

智美「ワハハー……つぅっ」パーン!

@笑ってはいけない鬼太郎 6/15

ガララッ

咲「また来たよ……」

菫「見るだけで笑いそうだ……」

成香「……」スタスタ

もこ「……」スタスタ

京太郎「……」スタスタ

恭子(三人がデフォになっとるやないの)

全員「……」

成香「……」

もこ「……」

京太郎「……せーの」

成香「おい、キタロウ!」
もこ「おい、キタロウ!」

《デデーン、全員OUT?》

憧「合わせる必要はまったくないよね!? いったぁ……」パーン!

桃子「なんでドヤ顔なんすか……っ」パーン!

霞「目玉の親父が言ってください……あんっ」パーン!

菫「あははははは! ……っうぅ」パーン!

成香「……」スタスタ

もこ「……」スタスタ

京太郎「……」スタスタ

バタンッ

@笑ってはいけない鬼太郎 7/15

まこ「これはきつい……」

ゆみ「蒲原、大丈夫か?」

蒲原「なんとかなー」ワハハー

《デデーン、蒲原OUT?》

蒲原「……っ」パーン!

ゆみ「……なんというか、すまん」

ガララッ

まこ「まだ続くんか」

成香「……」スタスタ

もこ「……」スタスタ

京太郎「……」スタスタ

菫「もう勘弁してくれ……」

@笑ってはいけない鬼太郎 8/15

成香「……」

もこ「……」

京太郎「……」

全員「……」

京太郎「おい、キタロウ!」

菫(やっとか)ホッ

咲(裏声!? ……笑っちゃいそうだよう)

成香「どうしました?」

もこ「父さん」

灼(あ、これはやばい……)

京太郎「この部屋から妖怪の気配がするぞ!」

成香「なんですって!?」

もこ「それは一大事!」

京太郎「妖怪アンテナで見つけるんじゃ!」

成香・もこ『はい、わかりました!』

ゆみ「……小学生がする運動会の選手宣誓みたいだな」

久「ッ!?」

《デデーン、加治木、愛宕姉妹、末原以外全員OUT?》

@笑ってはいけない鬼太郎 9/15

久「ちょっと、ゆみ!? ……あぅ」パーン!

灼「耐えてたのに! 耐えられていたのに!」パーン!

蒲原「ゆみちん、味方殺しはいかんだろ……いったぁ」パーン!

ゆみ「そんなつもりはなかったんだが……」

洋榎「さすがにあれじゃ笑わへんわ」

絹恵「せやねえ」

恭子(危なかったあ……)

成香「父さん、妖怪アンテナを持ってきます!」スタスタ

バタンッ

泉(頭についてるんちゃうの?)

全員「……」

もこ「……おい、キタロウ!」

《デデーン、全員OUT?》

菫「ずるいだろ!? なあ!? ずる……っい」パーン!

玄「もう完全に殺しにかかってるじゃないの……いたぁ」パーン!

@笑ってはいけない鬼太郎 10/15

ガララッ

成香「父さん、妖怪アンテナです!」

晴絵「……」

灼「ハルちゃん!?」

憧「なにしてんの!?」

穏乃「なんかめっちゃ無表情だ……」

京太郎「よし、早速妖怪を探知するんじゃ!」

成香「はい!」

久(ん? 前に垂らした髪を持ち上げた?)

成香「えい」パッ

みょんみょんみょん……みょん……みょん…みょんみょ……

初美(なんですかー!? あの髪の毛すっごい揺れながら元の位置に戻っていくんですけどー!?)

京太郎「……」

成香「……」

もこ「……」

晴絵「……」

@笑ってはいけない鬼太郎 11/15

京太郎「よし、早速妖怪を探知するんじゃ!」

もこ「はい!」

和(また髪の毛を持ち上げてます……)

もこ「えい」パッ

みょんみょんみょん……みょん……みょん…みょんみょ……

桃子(バネを仕込んでるんじゃないかってくらいの揺れっぷりっすね)

京太郎「……」

もこ「……」

成香「……」

晴絵「……」

成香・もこ『駄目です! この妖怪アンテナは役に立ちません!』

《デデーン、阿知賀女子、小鍛治、蒲原OUT?》

灼「ごめん、ハルちゃん。笑っちゃった……」パーン!

宥「うぅ〜……いったぁ」パーン!

@笑ってはいけない鬼太郎 12/15

成香「どうしましょう、父さん?」

京太郎「そうじゃなぁ。返品するか」

もこ「おいで、妖怪アンテナ。……森にお帰り」

洋榎(返品するんじゃないんかい)

晴絵「……」スタスタ

穏乃(最後まで無表情のままだった)

晴絵「……」ピタッ

京太郎「どうしたんじゃ、妖怪アンテナ?」

成香「なにか言いたいことがあるようです」

もこ「聞いてあげましょう」

京太郎「……」

成香「……」

もこ「……」

全員「……」

晴絵「おい、キタロウ!」

晴絵「……」スタスタ

バタンッ

《デデーン、全員OUT〜》

竜華「もう勘弁して……ひんっ」パーン!

菫「いっそ殺してくれ……」パーン!

淡「スミレが完全にツボにはまってるねー、ったぁぁ」パーン!

@笑ってはいけない鬼太郎 13/15

もこ「どうしましょう、父さん?」

京太郎「仕方ない、髪の毛の妖怪アンテナを使うんじゃ」

絹恵(あるんかい)

成香「……! 父さん! 妖怪の反応です」

誠子(なんでこっちに来るの!?)

もこ「こいつです! こいつが妖怪です!」

誠子「え? え?」

京太郎「む、こやつは! 妖怪戦犯じゃ!」

《デデーン、亦野を除く白糸台、阿知賀女子、新道寺女子、千里山女子OUT?》

照「ごめん、つい……」パーン!

煌「笑うつもりは……んっ」パーン!

ゆみ「蒲原、ついに呼ばれなくなったな」

智美「なんとか無表情を会得したぞー」

@笑ってはいけない鬼太郎 14/15

成香「退治しましょうか?」

京太郎「こやつは所属チーム以外にとっては無害どころか有益な妖怪じゃ! 放っておこう」

誠子(いじめか!?)

もこ「父さん! こっちからも妖怪の反応です!」

健夜(今度は私!?)

成香「こいつです! こいつが妖怪です!」

健夜「……」

京太郎「む、こやつは!」

健夜「どうせ妖怪アラフォーとか言うんでしょう!? アラサーだよ!!」

《デデーン、アナウンサー全員、プロ全員OUT〜》

京太郎「こやつは妖怪自虐ネタじゃ。こういう大人になってはいかんぞ」

成香・もこ『はい、父さん』

《デデーン、全員OUT〜》

恒子「すこやんが変なこと言うから!」パーン!

まこ「結局全員か……んっ、つう」パーン!

@笑ってはいけない鬼太郎 15/15

京太郎「妖怪自虐ネタもだんだん周りが気を使うようになる以外は無害じゃ! 放っておこう」

健夜「うるさいよ!?」

成香「父さん、そろそろ墓場で運動会の時間です」

もこ「戻りましょう」

京太郎「そうするか」

菫(やっと終わる……)

洋榎(長かったわぁ)

まこ(最後に何かありそうな気もするがのう)

京太郎「……」スタスタ

成香「……」スタスタ

もこ「……」スタスタ

全員「……」

京太郎「おい、キタロウ!」
成香「おい、キタロウ!」
もこ「おい、キタロウ!」

バタンッ

《デデーン、全員OUT〜》

台本形式も嫌いではない。

@物真似

皆で麻雀をしていたときの話だ。
最近不調だった僕が加治木さんに、どうしたら麻雀が上手くなれるかを尋ねてみたところ、「上手な人の真似をしてみてはどうか」とのことだった。
誰の真似をしたものかと思案していると、蒲原さんがふと思いついたように言った。

「そういえば、ムツゴロウさんはかなり麻雀が上手いらしいなー」

十段位戦を三回ほど優勝されてるんでしたっけ。
では、ムツゴロウさん真似てみましょう。

「あまり真似しすぎて自分の打ち筋を崩さないようにな」

そう言う加治木さんに、わかりましたと答えて、次の半荘から早速真似てみることにした。

これは白ですね〜。
白というのはですね、麻雀牌一セットの中にたった四枚しかない、珍しい牌なんですね〜。
白が他の牌と違うところはですね、ここ、ツルツルしてるでしょう〜?
ここをですね、指の腹で触ってやると落ち着くんですね〜。
でも、まあいらない牌ですしね、切っちゃいましょうかね〜。

頑張って真似をしながら麻雀を打った結果、その半荘は勝つことができた。
皆からはそれは卑怯だと言われたけれど、僕は間違えていない。

@グラップラー咲 1/12

長野県予選団体戦決勝。
大将戦が開始されたが、誰も動こうとはしなかった。
いや、動けないのだ。
昨年度覇者の龍門渕高校大将、天江衣を警戒するが故に。
華菜は他の二人に意識を残しつつも衣に視線を送る。
腕を組み、目を瞑っているその姿は隙だらけに見えた。
だが昨年の決勝で、隙ありと渾身の拳を撃ち込んだ華菜は無様にも返り討ちにあった。
後の先。
衣によってそれは必殺技にまで昇華されている。
隙だらけに見える姿も、相手を侮っているわけではなく、自らの技を活かす必殺の構えにすぎない。
(昨年は情報不足でしてやられたけど、今年はちゃんと対策を練っているし!)
拳の威力には自信がある。
当たればあの小さな体躯では無事では済まないはず。
あとはいかに衣に当てるかだ。

(他校を上手く使って天江の後の先を引き出す。そうしたらその隙を狙って華菜ちゃんが一撃だし!)

だが、二校同時に上手く使える自信はない。
先に鶴賀か清澄に消えてもらうのがベストだ。
それも、できれば衣に当たって少しでも体力を減らしてくれればなお良い。

(さて、そうなると華菜ちゃんが最初にすべきことは……。——ッ!?)

@グラップラー咲 2/12

華菜は身構える。
衣は動いていない。
動いたのは清澄の大将。
だがこちらに来るわけではなく、真っ直ぐに鶴賀に向かって歩いていく。

(まずは私か。無名校同士で潰し合っている場合でもあるまいに)

ゆみの構えは左拳を軽く前に突き出した半身。
それに対し、咲は構えることもなく、散歩をしているかのような気安さで向かっていく。

(私を侮っているのでなければ、無構がスタイルか)

咲が間合いに入ると同時に左拳を振り下ろし気味に突き出す。
構えからその迎撃方法は予想できたのか、咲は難なく体を捌いて懐に入り込んでくる。

(——甘い!)

ぎっと歯を食いしばり、左拳を引き戻す反動で右膝を振り上げる。

「——うわっ」

咲は打ち込もうとしていた拳を慌てて引っ込め、ゆみの左脇を回転しながら抜けて背後に回った。

@グラップラー咲 3/12

(触れられたか)

すれ違いざまに脇腹を軽く叩かれたが、さしてダメージはない。
体勢が崩れていたこともあるが、見た目通り攻撃力はあまり高くないのだろう。
ゆみが振り返ると、咲は崩れた体勢のまま床に指をついている。

(隙……。いや、誘いか)

乗るか反るか、迷っていると水音がした。
床を見ると小さな血の染み。
先ほど食いしばった時に肉を巻き込んだのか、ゆみの口端から血が流れていた。
拭おうとしたのは無意識だったが、それは大きな隙となり、咲に攻め込ませる切っ掛けを与えてしまった。
俊敏に接近してくる咲をどう防ごうかと思考を巡らせかけたが、切り替える。
守るのではなく、攻める。
体躯を捻り、右脚を跳ね上げる。
先程の咲の動きを考えれば簡単にかわせる、単純な攻めだ。
普段のゆみであれば絶対に行わない。
だが、今日初めてまみえた咲にはその違和感に気づくことはできなかった。
蹴りの軌道を見切り掻い潜ろうとした咲の脇腹に強烈な一撃が突き刺さる。
ゆみは視界の端に捉えていた。
床に手をつく咲が決定的な隙を晒していると見て、音もなく忍び寄る華菜の姿を。

@グラップラー咲 4/12

(天江に当てるのがベストだったけど、それだけ隙だらけなら仕留めちゃうし!)

華菜の拳を受け、体が流れた咲にはゆみの蹴りを避けることはできなかった。

(——なにっ)

会心の蹴りを放ったゆみの顔が僅かに歪む。
ゆみの蹴りは咲の即頭部ではなく、いつの間にかそこに置かれた腕に当たっていた。
だが、衝撃は防ぎきれず、華菜の一撃も相まって奇妙に体を捻らせながら転がっていった。
ぞわりとゆみの全身が粟立つ。

(清澄の大将、宮永といったか)

転がっていく際にちらりた見えた彼女の顔を思い出す。

(こいつは今、笑っていた——!?)

華菜の拳とゆみの蹴りを受け、吹き飛ばされて笑う理由がわからない。
いや、そもそも——。
ゆみはモニターに目をやる。

(やはり、清澄の点数はほとんど減っていない)

自分の蹴りは腕で受けられていた。
その分、ダメージを与えられなかったのは理解できるが、華菜の一撃はかなりの威力だった。
それでもこの程度の点数しか減らせないのは、咲の防御力がこちらの想定より遥かに高い、もしくは——。

@グラップラー咲 5/12

(完全に不意をついていたように見えたが……池田の拳も防ぎ切っていたのか?)

もしそうなら打ち込んだ華菜にはわかっているはずだ。
しかし、ゆみが華菜の様子を窺うと、彼女はすでに咲を見ていない。
勿論、自分を見ているわけでもない。
彼女の視線の先には——。

「清澄の大将は厄介だと聞いてうきうきしていたけど——」

腕組みを解いた天江衣がいた。

「乏しいな。闕望したよ」

ゆっくりとこちらに歩いてくる。
歩みを止めたその位置は、僅かにゆみの間合いの外。

「そろそろ御戸開きといこうか」

「今年も勝てる気でいるのか?」

衣の言葉に反応したのは華菜だった。
そっと左胸を撫でる。
昨年受けた傷の場所。
自分の仇は自分で取るとの強烈な意思を視線に込めて衣を睨み付けた。

@グラップラー咲 6/12

「去年の衣と戦ったのか? ——忘れてくれ。去年は本調子ではなかった」

「な……っ」

華菜は絶句する。
自分を一撃で屠ったあれで本調子ではないという。
衣からは誇張のようなものは感じられない。

「あの時はまだ……お前たちと同じヒトの土俵に立っていたよ」

「……ヒトじゃなきゃなんなんだ」





「——その身で確かめよ」

@グラップラー咲 7/12

二人のやり取りを見ていたゆみは、その言葉を合図に一気に間合いを詰める。
普段の練習で身についた感覚は、衣の小さな身体に合わせて修正済みだ。
左拳を突き出すと、衣はかわしつつ前に出てくる。
それに合わせて右拳を横薙に放つが、すでに衣はいない。
更に踏み込みつつ前に出ている。
そこは衣の間合い。
だが、誘い込んだのはゆみだった。

(そこは私の膝の間合いでもあるぞ!)

ふっ、と小さく息を吐き、衣の顎めがけて膝を跳ね上げたが、完璧なタイミングで放たれた膝は目標を捉えることはなかった。
衣が攻撃動作に移っていれば間違いなく当たっていた。
しかし、衣は膝が来るのが当然とばかりに、ゆみの左脇に回り込んでかわす。
衣の眼前には無防備なゆみの脇腹があった。

——まずは一人。

@グラップラー咲 8/12

(とでも思ったろう?)

衣の姿は自分の左腕に隠れて完全には視認できない。
だが、ゆみは自身の体勢が完全に崩れるのにも構わず、左肘を打ち下ろす。
僅かに覗く隙間から、衣が攻撃の動作に移ったのが見えた。
極端にリーチが短い衣は相手の懐に深く入らなければ攻撃できない。
最初の左ジャブも、右フックも、右膝もすべてここに誘い込む布石。
そして、その左肘は、——むなしく空を切った。
ゆみの目の前には、左方にいたはずの衣がいる。
衣の右拳は腰に溜められ、今まさに放たんとされていた。

(——やられたよ)

一瞬驚いたゆみだったが、すぐに理解した。
誘い込んだと思っていたが、逆だった。
ゆみがあの左肘を打つよう、衣に誘われたのだ。

@グラップラー咲 9/12

(隙間から見えた攻撃動作への移行は私の右膝へのカウンターではなく、左肘に対するものか)

体勢は完全に崩れている。
手も足も、攻撃に総動員していて身を守るものはなにもなかった。
そんな中、衣の必殺の拳に対する考えはすぐに思いついた。
ゆみは全身を脱力させ、腹筋だけを締めた。
ゆみが思いついた対抗策は——。

(素直に受けよう)

ゆみと衣の位置関係からみて、腹部に攻撃が来る可能性が高い。
下手に体勢を戻そうとすれば地面に踏ん張る形で攻撃を受けてしまう。
そうなれば衝撃のすべてをその身で受ける羽目になる。
——であれば腹筋を固めるに留めて、あとは衝撃を逃すためにも素直に吹き飛ばされよう。
勿論、衣の攻撃力を甘く見ているわけではない。
昨年の全国大会、対戦相手を一撃のもとに葬り去っていく姿は脳裏に焼き付いている。
食らえば昏倒はせずとも無事では済まない。

(だがそれでも、敗北判定をされる前に起き上がればまだ戦えるはずだ!)

決意を固めたゆみを目前に、ちっと小さく舌打ちをして、衣は後ろに飛んだ。

@グラップラー咲 10/12

「ニャーー!!」

直後、叫び声と共に、ゆみと衣の間を飛び蹴りが切り裂いた。

(風越!?)

勢いをうまく殺して着地を決めた華菜は、即座に衣に対して構える。

「貸し、一つだかんな!」

ゆみを見ずに言い放つ華菜。

(貸し、ね)

ゆみにはわかっていた。
今の飛び蹴りはゆみを助けるために放たれたものではない。
単にゆみを攻撃する衣の隙をついて放たれただけに過ぎない。
だが、助かったのは事実だ。

@グラップラー咲 11/12

「礼を言う。借りはすぐに返す主義だから安心してくれ」

ゆみも衣に対して構えをとる。

(私は、笑っているな)

ゆみの顔には微かに笑みが浮かんでいた。
理由はわかっている。
なぜ、衣は拳を放たずに離れたのか。
おそらく衣が描いたのは、ゆみに一撃を放ち、返す刀で飛び来る華菜を切って落とす、そんな絵面だったろう。
だが——。

(天江、お前の拳は体勢を整えようとした私に向かって放たれるはずだったんだろう? それでこそお前の拳は最大の威力を発揮するのだからな)

@グラップラー咲 12/12

衣の想定に反し、ゆみは迷うことなく拳を受けることを選び、それが故に攻撃するタイミングがずれてしまったのだ。
その結果として、衣は華菜に対して回避行動を取らざるを得なくなった。
つまり——。

(結果論ではあるが、私は全国クラスの怪物が思い描いたものを上回ることができたというわけだ)

ざわりと全身を快感が駆け巡る。
今、自分が確実に一つ“上”に昇った、——その実感への喜び。

(これだから、やめられないのだ)

だがいつまでも喜んではいられない。
目の前にいるのは、まごうこと無き怪物なのだ。
気持ちを切り替えて、改めて構え直した。

「行くぞ」

何度見直してもグラップラーゆみになっている。

咲どこ行った。

@月がとっても青いから

学校からの帰り道。
ふと見上げると、空には月がなかった。

染谷先輩、月がどこにもありませんよ。

「そういう日もある」

そういうものかと歩いて行くと、月光が差すのに気付いた。
ふと見上げると、空には月がなかった。

染谷先輩、月がどこにもありませんよ。

「そういう日もある」

そういうものかと歩いて行くと、僕の手と染谷先輩の手が触れ合った。

染谷先輩、あなたと手を繋ぎたくなりました。

「そういう日も、ある」

染谷先輩と手を繋ぎ、ふと見上げると空には丸い大きな月。

染谷先輩、月が青いですね。

「遠回りして、帰ろうか」

@仮定

僕が何も知らない無垢な子だとします。

さて、僕は染谷先輩の胸を触りました。

これは罪でしょうか。

怒らないで聞いてください。

最後まで聞いてください。

では、仮定を変えます。

僕が性的欲求がない子だとします。

さて、僕は染谷先輩の胸を触りました。

これは罪でしょうか。

違います、聞いてください。

胸というのは例えです。

そうですね、禁断の果実の例えです。

ああ、違います。

それじゃ駄目だ、触れない。

ですから、僕が染谷先輩の胸を触っても怒られずに、むしろ喜んでもらうには。

違います、違いますってば。

僕が胸を触りたいだけなのではなくて、いかに染谷先輩に喜んでもらえるかと、つまりはそういうことなんです。

駄目です、駄目です、それじゃ胸が触れないじゃないですか。

違いますってば。

僕が胸を触りたいだけじゃないんですって。

だーかーらー、それじゃ僕が胸を触れないじゃないですか。

いや、誤解です。

あー、もう。

わかりました。

触ります。

むしろ揉みます。

良いですか、とは聞きませんよ。

今から揉みしだきますけど、怒らないでくださいね。

では、失礼して。

揉み揉みっと。




しこたま殴られた。

最新刊に染谷まこが描かれたコマがあるだけで心躍り、台詞があることに天にも昇る心地になる僕は、確実に飼い慣らされている。
冷静に考えてみると、地区予選敗退組と同程度か、それ以下の扱いであった。

@堪らないスリル

1レス下の題材で書きます。

染谷先輩と「僕」の変態話

@ふとした疑問

染谷先輩を驚かそうと、一糸纏わぬ姿にコートだけを羽織り、帰り道で待ち伏せをする。
染谷先輩が来たところで、タイミング良く飛び出して前をはだけた。

きゃあ、と可愛らしい悲鳴を上げた染谷先輩であったが、相手が僕だと気づいたようだった。

「なんじゃ、あんたか。そんな格好で風邪ひくぞ。はよ帰りんさい」

そんなことを言って去って行った。

はーい、と返事をしながら僕は思う。

染谷先輩、相手が僕だということには顔を見て気づいたんですよね?

書き込み制限の25秒を待つ間がとても興奮する。
これは流行る。

@ヒロイズミレディオ! 1/3

洋榎「さあ、今夜も始まるで! 愛宕洋榎と」

泉「二条泉の」

洋榎・泉「ヒロイズミレディオ!」

洋榎「さて、のっけからこんな質問あれなんやけどな。聞いとかなあかんと思うんや」

泉「はい、なんでしょう?」

洋榎「頭大丈夫?」

泉「えーと、はいはい。……はい?」

洋榎「せやから、頭大丈夫かー? て」

泉「本当にのっけからなんですの!? 今日の私なにかおかしいですか?」

洋榎「いや、精神的なアレやのうてな。物理的なアレや。——ふふ。自分、あれやろ? 物理的に食ろうてたやろ?」

泉「なんですの?」

洋榎「シャープシュート(物理)」

泉「あー、はいはい。——ふふふ。食らいましたね。物理的に」

洋榎「頭に、ドカーン!! なってたもんなぁ」

泉「いやいや、ドッシュー!! でしたよ。シャープですから。ふふ」

洋榎「ドッシュー!! か。確かにそっちのがシャープっぽいな」

泉「まあでも、あれはみんなに言われましたわ。お前の対戦相手はランボーか! ってね」

洋榎「ははは。ランボーもドッシュー!! やもんな。まあ、あっちはドッシュー!! で、チュッドーン!! やけどな」

泉「チュッドーン!! がなかった分、命拾いしましたわ。まー、頭の方はなんともありませんでした」

洋榎「だいぶエグく入ってたから、おいおい大丈夫か、思うて見てたわ。これ放送してええの!? って」

泉「そっちの心配ですか!? 違う意味で頭にきましたけどねー。麻雀打てよ! って。対戦相手を撃ってどないすんねん! って。ふふ」

洋榎「ははは」

泉「——はい? ああ、はい。さて、洋榎さん。リスナーからの質問コーナーにいけー言われたんでね。いってしまいますね」

洋榎「あれやね、じゃあやろうか。せーの——」

@ ヒロイズミレディオ! 2/3

泉「知ってることから」

洋榎「知らないことまで」

洋榎・泉「洋榎さんに聞け!」

洋榎「このコーナーひさしぶりやね」

泉「ですねー。じゃあ、読ませてもらいますね。えー、ラジオネーム、Not40さん」

洋榎「はいはい」

泉「洋榎さん、泉さん、こんばんは」

洋榎「はい、こんばんはー」

泉「私はとある競技のプロをしています」

洋榎「ほう!」

泉「周りからはアラフォーなどと言われますが、ピチピチのアラサーです」

洋榎「ふふ、待ちや。アラサーにピチピチって形容詞がおかしいわ。——ふふふ」

泉「そんな私の悩みは結婚できそうもないことです」

洋榎「うっわー。これまた重い話やわー……。てか、そんなん高校生にする質問ちゃうやろ」

泉「自分で言うのもなんですが、可愛い容姿ですし、アラサーを感じさせない若さがあります」

洋榎「ツッコミどころ満載ですけれども」

泉「性格も悪くはないと思ってますし、家事も多分できますし、相手に合わせる優しさも持っているはずです」

洋榎「思っている、多分、はず、ってなんや不安要素だらけやないか」

泉「私はどうしたら結婚できるのでしょうか。そもそも今の職場では出会いが少なく——。あとはずっと愚痴ですね。てか、字がちっさ! どんだけ書いてんねや」

洋榎「どれどれ。……これは引くわー。もうぱっと見、呪いのハガキやないの」

泉「えー、それで、どうですかね。こんな質問なんですけれども」

洋榎「無理やろ」

泉「え」

洋榎「なんやそのわざとらしい驚き方。——ふふふ。え、やないわ。これは無理やろー」

泉「まあ、全面的に同意ですけれども。具体的にはどの辺が駄目とかアドバイスはありますかね」

洋榎「全部や、全部。あのな、仮にな、自分が男でこの人と結婚するーなったら、どう思う?」

泉「あ、それ聞いちゃいます?」

洋榎「うちは無理やわ。幸せになるビジョンが一個も浮かばんもん」

泉「一個も、ですか」

洋榎「一個もやね。むしろ、いっっっこも浮かばんわ」

泉「今日は辛口ですねー」

洋榎「いやもうね、Not40さん? には悪いけれども——」

@ ヒロイズミレディオ! 3/3

「——だれ?」

びくりと体が震えた。
僕だけではない。
隣に僕と同じように正座させられている福与さんもだ。

「——あのハガキを送ったのは、だれ?」

全身から嫌な汗が吹き出してくる。
蛇に睨まれた蛙。
そんな諺が脳裏に浮かぶ。

「これが最後だよ」

寒くはないのに震えが止まらない。

「あのハガキを、送ったのは、だれ?」

文案を考えたのは福与さんです!
「加筆、清書して投稿したのは彼です!」

僕と福与さんが同時に叫んだ。
小鍛治さんは何も言わない。
ラジオからは脳天気なやり取りが流れ続けている。

——ふうん?

その声は、果たして小鍛治さんから発せられたのだろうか。
僕には地の底にあるという地獄から漏れ出たもののように聞こえた。

採用、されるとは、思わなくて。

「ほんの冗談で、まさか、こんな」

繰り返される僕と福与さんの辿々しい言い訳は、虚しく中空に消えるばかりで小鍛治さんに届いているとは思えない。

——やって良い事と、悪い事、あるよね?

この世からこの身よ消え去れとばかりに身体を竦める。
小鍛治さんの静かな声は、どんな罵声よりも身を切り裂いていく。

僕はその日、真の鬼を見た。

小鍛治さんとかどう考えても優良物件なのに、どうして売れ残るんだろうか。

それらの条件に合う可能性があるのは、今のところ大沼プロただ一人。
嫁いだ途端に未亡人になりかねないすこやん可愛い。

@混線 1/3

久「あら、珍しい人が」

洋榎「ひさしぶりやな」

久「元気だった?」

洋榎「見ての通りピンピンや」

久「時間はあるの? せっかくだからお茶でも飲んで行きなさいよ」

洋榎「お言葉に甘えてー。って最初からそのつもりやったけどな」

久「お茶入れてくるわね」

洋榎「あ、洗面台借りてええか? 途中で転んでもうて、手を洗いたいんや」

久「いいわよ。終わったら右側の部屋がリビングだからそこで待ってて」

洋榎「はいよー」

久「さて、お茶の準備を——。って電話? 美穂子からだわ」

@混線 2-1/3

洋榎「ついでに顔も洗ってさっぱりしたわー。勝手にタオル借りてもうたけど、かまへんかったかな」

洋榎「リビングにきたけど、久はまだキッチンか。扉しまっとるし声だけかけとくか」

洋榎「手え洗い終わったでー」

久「ひさしぶりね」

洋榎「いやいや、そんなでもないで? ご飯の前には洗うてるからな?」

久「結構大変ねー」

洋榎「そうか? ご飯の前くらい誰でも洗うやろ?」

久「そっちはどうなの? 慣れた?」

洋榎「せやから、手は洗い終わったわ。あと慣れたってなんや。いくらうちでも来て早々に人の家に慣れるとかないっちゅうねん」

久「ちゃんと座らなきゃ駄目よ? 腰が痛くなっちゃうわ」

洋榎「おう、座らせてもらうわ。電車旅もしんどいもんやで」

久「大げさね。たいしたことじゃないわよ」

洋榎「ええ!? 結構長い時間乗るんやぞ? 腰は痛いわ暇だわ、えらいもんやで」

久「ははは。で、いつ帰るの?」

洋榎「ちょう待ってえや!? え? ひどない!? 遠路はるばる来たばっかりやで!?」

久「みんな喜ぶわよー」

洋榎「いや、喜ぶけども! 絹とかめっちゃ喜ぶだろうけども!!」

久「そうね。私も一緒に帰ろうかしら」

洋榎「なに、自分も大阪来るん? ほんならまあ……。でもうちの用事終わるの待ってや。あと少しでええから観光もしたいわ」

久「細かいことは任せるわ」

洋榎「投げやりやな! ええけど。ところでお茶はまだなん? 実は結構喉が渇いとってなぁ」

久「んー、何か食べたいものはある?」

洋榎「お茶請けか? なんでもええで」

久「お弁当ね」

洋榎「お弁当!? お茶請けにお弁当!? なんでもええとは言うたけど、それは無茶やろ」

久「そんなことはないわよ。昔、よく食べたなって」

洋榎「そんなことあるっちゅうの。昔食えてた言うても、自分、もう思うてるより若くないんやで? そんな仰山食うとったら腹壊すわ」

久「あ、じゃあ駅弁はどうかしら?」

洋榎「うおーい!? ナイスアイデアみたいに言うてるけど結局弁当かい!! まあ、残り物がある言うんなら手伝うけどな」

久「私は駅で買うかな」

洋榎「今から!? 今から買いに行くんか!?」

久「そのほうが手っ取り早いしね。ホームでの待ち時間も潰せるし」

洋榎「ぜんっぜん手っ取り早くないからな!? そんならお茶請けなしでええわ。うち一人で残されて時間潰せるわけないやろ。それにホームってなんや。欧米か!」

久「そうね」

洋榎「純日本人ですやん! 欧米要素皆無やないか! って、乗ってくれるならもうちょい頑張って乗ってや。こっちがはずいわ」

久「お願いね。じゃあ、また」

洋榎「——ん?」

@混線 2-2/3

久「はい、もしもし」

美穂子『もしもし、おひさしぶりです』

久「ひさしぶりね」

美穂子『もうそちらでの暮らしには慣れましたか?』

久「結構大変ねー」

美穂子『上埜さんならすぐに慣れますよ』

久「そっちはどうなの? 慣れた?」

美穂子『バイトですか? 仕事自体には慣れ始めたのですが、なかなか立ち仕事が多くて疲れてしまいます』

久「ちゃんと座らなきゃ駄目よ? 腰が痛くなっちゃうわ」

美穂子『ありがとうございます。心配していただけて嬉しいです』

久「大げさね。たいしたことじゃないわよ」

美穂子『いえ、本当に嬉しかったので』

久「ははは。で、いつ帰るの?」

美穂子『来週にはなんとかお休みがいただけそうなので、その時に帰省しようかと思っています』

久「みんな喜ぶわよー」

美穂子『上埜さんも帰省されるんでしたよね? 上埜さんも来週だったと記憶していますが』

久「そうね。私も一緒に帰ろうかしら」

美穂子『時間が合うなら是非! 乗る電車を合わせておけば途中から合流できますね』

久「細かいことは任せるわ」

美穂子『結構な長旅ですから、ご飯も考えないとですね』

久「んー、何か食べたいものはある?」

美穂子『特にはないですね。お弁当を作っていきましょうか?』

久「お弁当ね」

美穂子『お嫌でしたか?』

久「そんなことはないわよ。昔、よく食べたなって」

美穂子『そういえば、合宿でもお渡ししましたね』

久「あ、じゃあ駅弁はどうかしら?」

美穂子『食べたことないですけど、今っていろいろな種類があるんですよね。興味はあります。駅でも電車の中でも買えるんでしたっけ?』

久「私は駅で買うかな」

美穂子『あら、そうなのですか?』

久「そのほうが手っ取り早いしね。ホームでの待ち時間も潰せるし」

美穂子『なんだか楽しみになってきました』

久「そうね」

美穂子『では電車の時間が決まりましたら、またご連絡します』

久「お願いね。じゃあ、また」

@混線 3/3

久「ごめん、洋榎。電話してたから扉閉めてたわ。あと、まだお茶の準備できていないの。すぐやるから」

洋榎「え? 電話?」

久「うん。どうしたの?」

洋榎「ああ、いや、なんでもないです」

久「?」

洋榎「お茶請けはお弁当以外でお願いしますわ」

久「なによそれ。そんなの出すわけないじゃない。変な洋榎ね」

洋榎「はははー……」

上手いこといかなかった。
思ったより難しい。

@何もない日 1/2

規則的に刻まれる秒針の音に混じり、時折本を捲る音が響いていた。
昨夜から降り始めた雪はまだ止む気配はなかった。
窓の外では雪がはらりはらりと舞い降る情景が飽きることなく繰り返されている。
深い雪が音を吸い取ってしまうのか、外からは降り積もる雪音以外は何も聞こえてこず、読み終わった本をコタツの上に置くといよいよ部屋の中には秒針の音が響くのみとなった。
時計が止まってしまえば時が止まったのかと錯覚しかねない静寂を楽しんでいると、対面から苦しそうな寝息が聞こえてきた。
何事かと覗き込んでみると、寝返りを打った小鍛治さんがうつ伏せになってしまったようで、息苦しいのか、うんうんと唸っているところであった。
以前から幾度も風邪を引くから駄目ですと注意したのだが、相変らずコタツで寝てしまう癖は改善されていないようだ。
手近なところを見渡しても掛けてあげられそうなものは何もなかった。
ちょうどお昼の準備をする時間でもあったのでコタツから出て、隣の部屋に毛布を探しに行くことにした。

隣室に入り、溜め息をつく。
これについても以前から幾度も注意をしているのだが、小鍛治さんは基本的に片付けをすることができない。
少し前まで母親と住んでいたせいなのか、部屋とは自然に片付くものだと思っているきらいがある。
勿論、そんなことがあるわけもなく、小鍛治さんが片付け担当であるはずの部屋は、あまりの散らかりように我慢しきれなくなった僕か福与さんが片付けている。
本人曰く、“床に適切に配置された洋服”を踏まないように避けて押入れまで辿り着くと、魔境のようなその中から薄手の毛布を取り出した。
次に掃除をするときは押入れの中まで掃除をする必要がある。

毛布を片手に戻ってみると、先ほどまで肩までコタツに入っていた小鍛治さんは腰から上をコタツの外に投げ出していた。
どうやら暑かったようだ。
朝起きて、ご飯を食べたらそのままコタツに潜り込んだせいで、いまだにパジャマのままだ。
あれからまた寝返りを打ったのか仰向けになっているが、寝苦しく動いたせいで上着が捲れあがり、可愛らしいおへそが見えていた。
見えていたのだが——。
哀しいかな、色気もなにもまったく感じられない。
失礼します、と一声かけて、上着をズボンに入れる。
その際にちらりと水色の可愛らしい下着が見えたりもしたのだが——。
哀しいかな、色気もなにもまったく感じられない。
毛布をかけて、座布団を枕代わりに頭の下に敷き、ついでにコタツを少し弱めてやる。
いつものことながら、子どもの世話か、介護をしている気分になってきた。

落ち着いた寝息になったのを確認したところで、お昼の準備に移ることにした。
今日は寒いし、煮込みうどんにしよう。
だしを取り、冷蔵庫の中にあった食材を適当に選んで鍋に放り込む。
味見をすると、根菜ときのこを多めにしたおかげか、良い味に落ち着いていた。
そろそろ良いかとうどんを入れた辺りで、匂いに誘われた小鍛治さんが起きて来た。
むにゃむにゃと何やら呟いている。
良い匂いがするとか、お腹空いたとか、おそらくはそんな事を言っているのだろう。

もうすぐできますから、顔を洗ってきてくださいと告げると、またもむにゃむにゃと何かを言っている。
聞き取れた単語は、冬、冷たい、嫌。
察するに、冬場の水は冷たいから嫌、そんなところではないだろうか。
お湯で顔を洗えばいいのに。
まあようするに動くのが面倒なのだろう。
仕方ないのでタオルを濡らしてレンジに放り込む。
適度に温まったところで小鍛治さんに渡すと、またも何かを呟きながらタオルを顔に押し当てた。
そんな事をしているうちに、うどんも良い加減に仕上がっている。
小鍛治さんに着席を促してから、どんぶりによそった。

@何もない日 2/2

ようやく目を覚ましたらしい小鍛治さんは、いただきますときちんと発声をして食べ始めた。
見ると顔が綻んでいる。
お気に召したようだ。
適当な雑談の後に、午後の予定を聞くと、コタツでごろごろ、との簡潔な答えが返ってきた。
だからいまだにパジャマのままなのだろう。
おそらくはお風呂に入るまでこのパジャマのままで、お風呂から出てもパジャマを着て。
ようするに、今日はパジャマ姿以外の小鍛治さんを見ることはない、ということだ。

——ごちそうさま。

——おそまつさまでした。

いつもならここで小鍛治さんは部屋に引っ込んでしまうのだが、今日は違っていた。
洗い物は私がやるよ、と言うので、驚きつつも素直にお願いすることにした。
手が空いたので、食後のデザートを作る。
そうと言っても、作り置いて冷凍していたお汁粉をマグカップに入れてお湯で解かし、スーパーで買った小分けの餅を焼いて放り込むだけなのでさして時間はかからない。
終わったら来てくださいね、と声をかけ、先にコタツのある部屋に移動した。

窓の外は、雪が舞っていた。
午前中と何も変わらないその景色に、おぼろげな不安感とぼんやりとした安堵感が浮かんでくる。
外がよく見える定位置に腰を下ろすと、その何ともいえない気分をゆっくりと咀嚼していく。
ぼんやりと眠くなった辺りで洗い物を終えた小鍛治さんがやってきた。
ありがとうございましたと声をかけてから、どうぞとお汁粉を指し示す。
僕の対面。
そこが小鍛治さんの定位置。
けれど、ありがとうとマグカップを持ち上げた小鍛治さんは、ちょっと詰めてと良いながら僕の隣に座った。

——狭くないですか。

——暖かいよ。

——雪、止みませんね。

——うん。でも、こういう日は静かで、嫌いじゃない。

——僕もです。

——お腹いっぱいで、暖かくて、眠くなってきた。

——僕もです。

——このまま、寝てしまおうか。

午後に片付ける予定だった雑用がよぎったが、特に迷うことなく頭から追い出す。

——そうしましょうか。

飲み終わったマグカップはそのままで。
さっき持ってきた毛布に二人で包まってコタツに横になる。
“ちゃんと片付けをしてください”
“コタツで寝ないでください”
僕が守らなかった、僕の言葉。

——ああ、これは確かに抗いがたい。

隣の小鍛治さんからは早くも小さな寝息が聞こえてきた。
子守唄のようなそれに誘われて、僕も夢の世界に足を踏み入れることにした。
人温もりを感じながら、午睡に落ちる。

目を覚ました僕はこう思うだろう。

今日は、何もない日だった。

少しだけだらしない感じにするはずだったのに。
これはひどい。

@私を殺したのは、誰? 1/8

私は死んでしまった。
その事実はあっさりと受け入れることができた。

——死んでいるから頭に血が上ることもなくて、冷静でいられるのかしら。

そう呟いたつもりだったが、奇妙に捻じ曲がった首の奥で気泡が弾ける音がしたのみで、声が出ることはなかった。
目の前には見慣れた廊下。
後ろには階段がある。
私はそこから転げ落ちた。
正確に言えば、落とされたのだ。
本人も殺すつもりはなかったと思う。
もしかしたら心の奥底では私を殺したいと思っていたのかもしれないけれど、今起こったこれは偶発的なものだろう。

どうしよう、どうしたら、こんなつもりじゃ、殺すつもりなんか。

そんな言葉が降ってくる。

——良いから、早くなんとかしなさい。さもなければ誰かに見つかってしまうわよ?

私の言葉に従ったわけでもないだろうが、ようやく私の死体をどうにかしなければいけないということに思い当たったようだ。
おそるおそる私に手を伸ばして手首を触る。
念のために脈を取っているのだろうか。

——そんなことはしなくていいのよ。どう見ても死んでいるでしょう?

どう頑張っても脈を測り取ることはできなかったようで、悲しげに顔を伏せると足首を握って引き摺り出した。

——ちょっと!? その運び方だとパンツが見えちゃうじゃない!

私の抗議は届くことはなかった。
そのままずるずると旧校舎の奥へ引き摺られていく。
引き摺られながらさっきまで倒れてた場所を見ると、特に血溜まりのようなものはできていない。
うまいこと首が折れただけで済んだようだ。
私にとっては何の得にならないけれど、私の死を隠したい人にとってはとても幸運といえた。

——これなら簡単に隠蔽できそうね。良かったじゃない。

運ばれたのは旧校舎の一番奥、今は使用されていない教室だった。
一時的に置いておくのには悪くない場所かもしれない。
私はそこに設置されていたロッカーの中に座るように押し込まれた。

——でも、これは一時凌ぎにしかならないわ。どうするつもりなの?

返事はなく、ロッカーの扉は軋んだ音を響かせながら閉まっていった。
闇に閉ざされたロッカーの中で私にできることは、ただ時が過ぎるのを待つことだけであった。

@私を殺したのは、誰? 2/8

その日、部活に遅れていくと皆の様子がほんの少しずつおかしかった。
優希はタコスを要求してくることもなく、時折気持ち悪そうに口元に手をやるだけで、ずっと大人しかった。
和はじっと咲のほうを見て、それから俺に視線を移し、俺と目が合うと慌てて逸らしている。
咲は咲で、和のそんな様子に気づいているのかいないのか、一人で雀卓に座り、じっと対面の辺りを見つめていた。
普段のあいつからは想像もできない剣呑な様子だ。
染谷先輩はというと、皆の顔をちらちら見たかと思うと、壁にかけられた時計を眺めて溜め息をついている。
マイペースな人が多いとは言え、これはちとおかしい。
そもそも麻雀をやろうとしている者が一人もいない。
咲は席に座っているけれど、多分、他に座るところがないだけなのだろう。
何かあったのだろうか。
まあ、それはともかく、これは聞いておかねばならないだろう。

「あのー、部長はどうしたんですかね?」

染谷先輩に顔を向けて尋ねる。
部長と一番仲が良いのは染谷先輩だ。
尋ねる相手としては最適だろう。
だが、染谷先輩は何も答えることはなく、俺をじっと見つめてくるだけだった。

「ええと、染谷先輩? 俺、何か変なことを聞きました?」

「……いや、考え事でぼうっとしとっただけじゃ。あん人ならさっきまでおったわ。鞄も置いたままじゃし、すぐに戻るじゃろう」

「そうですか」

「何か用事でもあったんかの?」

「ああ、いえ。姿が見えないんでどうしたのかと思いまして」

ふと、気づく。
俺と染谷先輩とのやり取りを、他の三人がじっと見ている。

——なんなんだ、一体。

咲に視線を送ると、何気ない風を装って目を逸らされた。
それが合図だったかのように、優希も和も俺から視線を外した。
それからは、各自が部活が終わるまで適当に時間を潰し、和がお疲れ様でした、と部室を出て行ったのを合図に、優希、咲の順に帰宅していった。

「染谷先輩は帰らないんですか?」

「わしはちとやる事があるんじゃ。先に帰ってええぞ」

「ではお先に失礼します」

用事があるという染谷先輩を残し、俺も帰宅することにした。
旧校舎の廊下から校門が見えた。
ずっと遠くに和、そこから十分に距離をとって優希が歩いている。
咲の姿は見えない。

——いつもなら三人で仲良く帰るのに。

今から急げば優希には追いつけるかもしれない。
二人きりになれば、何かあったのなら話してくれるのではないだろうか。
だが、やめておいた。
相談できるようなことであれば、きっと向こうから話しかけてくるだろう。
大きな溜め息を一つその場に残し、俺も帰宅することにした。

@私を殺したのは、誰? 3/8

閉まったときと同じく軋んだ音を響かせながらロッカーの扉が開いていく。
外はまだ日が出ている時間なのか、ロッカーの中に自然光が入り込んでくる。
ここに入れられてからどれくらいたったのだろう。
生きていた頃なら、だいたいどれくらいの時間が経過したかがぼんやりとわかっていたものだった。
だが、死んでからというもの、時間感覚が狂ってしまったようだ。
時間というもはきっと、生きている者にこそ必要なのだ。
今の私には、——死人にはそんな感覚は必要ないということなのだろう。
そんなことをぼんやりと思っていると、「……うっ」と、えずくような音が聞こえてきた。

——そんなに臭うかしら。失礼ね。死んだ人をこんな蒸すところに閉じ込めたのはあなたでしょう?

すでに死んだ身とは言え、そんな態度をとられると乙女の心は傷ついてしまうのだ。

——気になるなら消臭剤でも入れておいてよ。

ぶつぶつと文句を垂れていると、ごそりと太ももの辺りをまさぐられた。
一瞬ぎょっとしたが、取り出されたものを見て納得がいった。
携帯電話だ。
財布なんかは部室に置いたままにした鞄の中に入れてあるが、携帯だけは常に持ち歩いている。
議会長の仕事がよくメールで連絡されることがあるため、それが習慣になっていた。
部員の皆はそれを知っていたはずだ。
慌てていて忘れていたのだろう。
誰かが私に電話をかけたら私の死体が見つかってしまう。
そのことに気づいて回収に来たのだ。
無事に見つけて、ほっと息をついたかと思うと、また臭気を吸い込んでしまってえずいている。

——本当に失礼ね!?

私の怒りの声は軋むロッカーの扉にかき消された。
また暗い中に、一人。

——次にここが開けられるのは、いつになるのかしら。

@私を殺したのは、誰? 4/8

土日を挟んで、月曜日。
部室に行くと、皆が揃ったところで染谷先輩が「部長が金曜日から家に帰っとらん」と言った。
簡易ベッドを見ると、そのすぐ脇に部長の鞄が置いてある。

「鞄には触らんようにな。今日、帰らなかったら親御さんが警察に届け出るそうじゃ」

誰も声を出さない。
染谷先輩は簡単に言ったが、それはつまり部長が行方不明だと言うことだ。

「電話してみたら良いじぇ!」

暗い雰囲気を振り払うかのように、優希が無理に明るい声でそう提案する。
その意を汲んで俺も努めて明るい声を出した。

「電話してもそこの鞄から着メロが鳴り響くだけだろう?」

「とりあえずで反対意見を出すんじゃないじぇ、この犬!」

「なんだその言い草!」

ぎゃーぎゃーと優希と言い合う俺の視界の隅で、咲が思案気な顔をしているのが見えた。

@私を殺したのは、誰? 5/8

「よう、どうしたんだよ」

部活が終わって帰り道、一人で帰った先に追いつくと、そう尋ねた。

「どうしたって、何が?」

咲は目線も合わさずに聞き返してくる。

「今日、俺と優希が言い合ってるときに何か考えているような素振りを見せてただろ? あと、金曜日。お前ら、全員様子がおかしかった」

「……」

「言えないような事か?」

「そうじゃないよ。そうじゃないんだけど……」

そう言ったきり、口を噤んだ。
このまま何も言わないようならもう尋ねることはやめておこうと思っていたのだが、岐路に着いたところでようやく咲は話し始めた。

「さっきのはね、もし部長が誰かに誘拐でもされたのなら、携帯の電源は切られているんじゃないかなって思っただけだよ」

「ふうん、なるほどね。今の携帯はGPSとかで場所も探せちゃうしなぁ」

「でしょ? あと、自分でいなくなったとしても、それでも電源を切って持ち歩いてるんじゃないかと思ったの」

「ん? それなら置いていったほうがいいだろ?」

「部長の性格を考えると、いざという時の保険に持っていくと思うんだ。置いていかなくても電源を切っておけばそれだけで事足りるんだし」

言い終わった咲はじっと俺の目を見てくる。
俺もじっと目を見返す。

「文学少女らしく、推理小説っぽく考えてみたのか?」

「そう、かもね」

俺の言葉に、ふふっと軽く笑った。

「金曜日のことも、土日に電話で聞きたかったんだけどな。そっちから何か相談が来るかと思ってたら何も来なくてがっかりだったよ」

「なによそれ。……日曜に電話したんだよ? 電源切れてたみたいだったけど」

「ああ、昼間なら出先で電池なくなっちまってたよ」

「金曜日はね、和ちゃんと部長が喧嘩したの」

「それは珍しいな。……あー、麻雀関係か?」

「うん。和ちゃんも麻雀に関しては譲らないしね。あの日は部長もどこかいらいらしてた感じで、普段よりずっと口が悪かったの。それであんな言い合いに……」

部長、和の言い争い。
じゃあ、お前は?
雀卓に座ったまま剣呑な気配を見せていた咲が、その言い争いに無関係だったとは思いがたい。
自分も関係していたのに、隠しているのか?
何のために?
俺の思考を遮って、咲が独り言のように尋ねてくる。

「部長は、あれで嫌になって家出しちゃったのかな?」

その様はいつも通り、小動物を思わせるものだった。

「ははは、馬鹿だなお前は。部長がそんなたまかよ」

俺が笑い飛ばしてやると、そうだね、と咲も力なく微笑んだ。

@私を殺したのは、誰? 6/8

「金曜日、部長と喧嘩したんだって?」

「……あなたには関係がないことです」

次の日の部活の時間、和に尋ねてみるとばっさりと切り捨てられた。
まあ、その答えは予想できてたけどね!?
何度かしつこく聞いてみると、言い争いがあったことは認めたが、その内容までは教えてくれなかった。

「そんなに気になるのでしたら、咲さんに尋ねてみてはいかがですか? 彼女も当事者なのですから」

最後にそう言って、和は黙ってしまった。
やはり、咲も言い争いに関わっていた。
どうして俺に教えてくれなかったのかと考えたが、答えは出なかった。
まあ、「私も口喧嘩したよ!」なんて言い出す性格ではない事は確かだし、言いづらかっただけかもしれない。

ついでに優希にも聞いてみることにする。

「なあ、金曜日、お前の様子がおかしかったのなんで? タコスも要求してこなかったし」

優希の答えはシンプルなものだった。

「タコスを食いすぎて、口を開いたらタコスが出そうだったんだじぇ。そんなことになったらタコスに失礼だからな。ずっと口を押さえていたんだじょ」

心配した俺が馬鹿だった。

@私を殺したのは、誰? 7/8

染谷先輩にも金曜日のことを聞こうかと思ったが、その前に向こうから話しかけてきた。

「なあ、京太郎。お前は……」

だが、そこまで言った後、何も言わずに黙っている。

「俺が、なんです?」

「……いや、なんでもない」

それ以上は何も言ってこなかったので、今度は俺が尋ねてみることにした。

「染谷先輩、金曜日のことなんですけど、何やら染谷先輩の様子がおかしかったのって、咲と和が部長と喧嘩してたからですか?」

「咲に聞いたんか。いや、わしが気になっていたんは別なことじゃよ」

そんなに変な様子じゃったか、と首を傾げる染谷先輩。

「挙動不審でしたよ」

「言うてくれるわ。……金曜日は、ちょっとしたことで久と喧嘩してな。戻ったら謝ろうと時計を気にしてはおったな」

「部長がどこに行かれたかはご存知でした?」

「……いいや、知らんわ」

「そうですか」

俺が黙ると、「探偵ごっこか?」と染谷先輩。

「そういうつもりではないですけどね」

「警察にも言うたことじゃし、教えてやるわ。金曜日、久が用事があると出て行った後、部室を出たのは各自一回。優希、和、咲、わしの順じゃ。何時に出たかまでは覚えておらん」

「いや、俺に言われましても。って、もう警察に話を聞かれたんですか?」

「おう。ちなみに、そん時に聞いたんじゃがの。鞄の中には財布も家の鍵も、携帯電話も全部入ったままだったそうじゃ。携帯の電源は入ったままでな」

その言葉に簡易ベッドに目を向けると、昨日までそこにあった部長の鞄はなくなっていた。

@私を殺したのは、誰? 8/8

——はぁ。死んでいるってのも暇なものねえ。

あれからずっと暗いロッカーの中。
他にすることもないので、いろいろと考えてしまう。

——和と咲には悪いことしたなぁ。いくら苛立ってても後輩に当たっちゃ駄目だわ。先輩としてよりも、まず人として駄目よね。

——優希にもついでみたいに「タコスばっかり食べてるんじゃないわよ!」なんて、子どもの口喧嘩じゃあるまいし。

——まこもずっと私を気にしていたわね。きっとこの前の喧嘩の話だわ。謝りたかったなぁ。

——須賀くんにはいくつか雑用を頼みっぱなしだった。私が死んでも律儀にやってくれているのかしら。

皆の顔を思い出しながら、くすりと笑みが漏れた。

——私を殺した人のことまでそんな風に思うだなんて。死んでから人間が大きくなったのかしらね。

なんだか可笑しくなってしまう。

——あら?

なんだか、ロッカーの外が騒がしい。
様子を見に来たのかとも思ったが、それにしては複数人の気配がある。
随分な時間をおいて、外の光が軋んだ音と共にロッカーの中に入ってきた。
「うぅ」だの「ぐっ」だの、臭気を堪える声がした。
失礼な、と思うが、仕方がないということも理解できる。

——私、だいぶ腐っちゃってるもの。

覗き込んで来るのは見知っている姿だけれど、見知らぬ人たち。
警察だ。
スーツ姿もいるのはいわゆる刑事という人なのだろうか。
いまいちその辺の違いは理解していない。
彼らの声を総合すると、容疑者の供述を基にここを捜索して行方不明者、——つまりは私を見つけたらしい。

——あなたは捕まってしまったのね。

人を殺して、死体を隠して、捕まって。
これから先にどんな未来が待っているのだろう。
偶発的に私を殺してしまったことを知っているので、少しだけ、本当に少しだけ同情めいた感情を覚えた。
けれど、こんな風にも思える。

——それとも、これが望みどおりの展開なのかしら。

こんなロッカーに私を放り込んで終わりだなんて、本当に死体を隠したいとはとても思えない。
放り込まれた当初は一時凌ぎの対応だと思っていたくらいだ。
見つかることを前提としていたのではないだろうか。

——まあ、何を考えていたかなんて犯人にしかわからないわね。

今度話す機会があれば聞いてみようと思いつつ、私はようやく、死ぬことにした。

似非推理物。
完全に投げっぱなしである。

推察のとおり京太郎です。
もうちょっとぼかしたりミスリード入れたほうが良いんだろうけど、あくまで似非なので。

@続・笑ってはいけない 1/12

久「あー、痛かった……」

洋榎「ほんまにな。お尻がでかなってまうわ」

久「……お尻が凄く痛かったわ」

洋榎「ん?」

久「お尻が凄く痛かったわ」

洋榎「……」

久「凄くお尻が痛かったわ」

洋榎「……っ」

久「痛かったわ凄くお尻が」

洋榎「ぶふっ……しつこいわ! ちょっとずつ順番変えるのはずるいやろ!?」

久「ふふふ」

《デデーン、竹井、愛宕姉、OUT〜》

久・洋榎「……え?」

久「ちょっと!? 終わったんじゃ……いったぁ!」パーン!

洋榎「なんでや!?」パーン!

《誰も終わったなんて言うとらんで〜?》

全員「!?」

《終わり言うまで笑ったらあかんで〜》

《じゃあ、ちゃっちゃと続きいこか〜》

@続・笑ってはいけない 2/12

ガララッ

京太郎「……」スタスタ

咲(また京ちゃん!?)

まこ(あのポジションはずるいじゃろ……)

京太郎「えー」

全員「……」ドキドキ

京太郎「皆さんにはこれから潰し合いをしてもらいます」

全員「!?」

京太郎「一人ずつ前に出てもらって、一発ネタを披露してもらいます」

京太郎「笑ったら先程までと同じく巨大リーチ棒でケツバットです」

京太郎「誰も笑わなかったら、一発ネタをした者がケツバットです」

久「どう思う?」

まこ「さっきまでと違うて、練られたネタじゃないけん、耐えやすいとは思うが……」

和「逆に言えば予測不可能で、そこが怖いですね」

京太郎「ではこれから参考映像を流します。モニターに注目してください」

パッ

@続・笑ってはいけない 3/12

純代『……カメラに向かってネタを披露すれば良いんですか? ……ちょっと待っててください』

華菜「ニャ!?」

美穂子「深堀さん!?」

純代『——お待たせしました』

恭子「シャモジを持ってきた?」

絹恵「ああ、だいたい読めました」

セーラ「公家眉やしな。麻呂でおじゃる、とか言うて終わりやろ」

泉「先輩のその台詞で笑いそうですわ」

純代『では、いきます』

全員「……」

純代『ドムです』

セーラ「!?」

純代『ドムです』

華菜「く、繰り返すのはずるいし……」

菫「ふ……」

純代『ガンダムに出てくるモビルスーツの、ドムです』

華菜「にゃははははは!」

洋榎「ちょう、……ぷふ、細かく説明すんなや!」

《デデーン、全員OUT〜》

@続・笑ってはいけない 4/12

まこ「おとなしそうな人じゃから油断しておったわ……んっ」パーン!

美穂子「笑ってしまってごめんなさい、ふふふ……つっ」パーン!

純代『えー、続きまして……』カキカキ

塞「両頬に三本線?」

白望「……ヒゲ?」

純代『ぼぉく、どらぁえもぉ〜ん』

美穂子「ぶふぅ!?」

華菜「キャ、キャプテーン!?」

久「くく、くっ……」

純代『ぼぉく、どらぁえもぉ〜ん』

久「あははははは!」

セーラ「繰り返しには耐えたで!」

浩子「まだです! さっきのパターンやと、あと一回、捻りを入れて繰り返すはずや!」

純代『……』

全員「……」ドキドキ

純代『きゃー、のび太さんのえっちー』裏声

《デデーン、全員OUT〜》

@続・笑ってはいけない 5/12

照「痛い……。本当に痛い……」

怜「もう無理や……」

洋榎「全部真顔でやり続けるのがきっついわ」

絹恵「ほんに……」

純代『これで良いですか? はい、じゃあお疲れ様でした』

淡「この人はこれで終わりかな」

菫「そうだな……」

淡「……」

菫「きゃー、のび太さんのえっちー」裏声

誠子「ぶ!?」

淡「スミレ!?」

菫「すまん、つい……。ふふ。——あ」

《デデーン、白糸台全員OUT〜》

照「ひどすぎる……ひんっ」パーン!

尭深「これは許されない……っ」パーン!

淡「スミレが叩かれすぎて壊れ……ったぁ」パーン!

久「あそこは何やってんのよ……」

@続・笑ってはいけない 6/12

星夏『え? 一発ネタですか?』

まこ「次は文堂さんか」

咲「京ちゃんが長野出発前に録画してきたのかもしれませんね」

星夏『あー、じゃあ、私って糸目ですよね?』

星夏『ちょっとカメラ寄ってもらえます?』

全員「?」

星夏『ずーっと寄ってください。ずーっと。これでいっぱいですか?』

星夏『はい、じゃあよく見てください』

全員「??」

星夏『ね? ちゃんと目が開いてるでしょう?』

美穂子「ぶふぅ!?」

華菜「またしてもキャプテーン!?」

《デデーン、清澄、風越女子、鶴賀、龍門渕、全員OUT〜》

@続・笑ってはいけない 7/12

漫「身内ネタで助かった……」

憧「正直危なかったわ」

星夏『え? もう一つですか』

星夏『じゃあ、もう一回カメラ寄ってもらえます?』

星夏『ずーっとね。ずずいっと』

星夏『はい、じゃあよく見てください』

全員「??」

星夏『ね? 今度は目が閉じてます』

洋榎「知らんわ! くっそう! くっふ……」

華菜「くく……くっ」

《デデーン、全員OUT〜》

@続・笑ってはいけない 8/12

霞「参考動画でこの破壊力ですか」

初美「でも、この中から誰かが突然指名されるのならそんなに面白くはないかもですよー」

京太郎「はい、こんな感じでさらっとやってもらいましょう」

京太郎「最初の人は渋谷尭深さん、お願いします」

菫「大丈夫か?」

尭深「……がんばる」

照「あんまり頑張られても私のお尻がピンチになる。ほどほどにね」

京太郎「では前に来てお願いします」

尭深「……」スタスタ

尭深「小鍛治健夜が絶対に言わないこと」

尭深「えー? 結婚? 適齢期までには超余裕だしー?」

菫「……くふ」

淡「あはははははは!!!」

《デデーン、渋谷を除く白糸台、福与、三尋木、鷺森OUT〜》

@続・笑ってはいけない 9/12

照「あんまり頑張らないでって言ったのに!」パーン!

福与「あはははははは!!!!!!」パーン!

尭深「続きまして、神代小蒔が絶対に言わないこと」

小蒔「私!?」

尭深「つらいわー、昨日二時間しか寝てなくてつらいわー。昨日二時間しか寝てないわー」

《デデーン、渋谷を除く白糸台、神代を除く永水女子OUT〜》

誠子「尭深のキャラがよくわからなくなった……ふふっ……いったぁ」パーン!

京太郎「はい、ありがとうございました」

尭深「がんばった」

菫「がんばりすぎだろう……」

@続・笑ってはいけない 10/12

京太郎「次は、——そこでスケッチブックに一生懸命描いている、ええと、エイスリン・ウィッシュアートさん」

エイスリン「ハイ!」

豊音「大丈夫〜?」

白望「……適当にがんばって」

エイスリン「デハ、はじめマス!」

エイスリン「こんな○○は嫌だ」

全員「!?」

エイスリン「こんな染谷まこは嫌だ」

パラッ

エイスリン「水に濡れると髪の毛が増える」

まこ「……」

久「くくっ……、なんで劇画調なのよ」

パラッ

エイスリン「しかも磯臭い」

《デデーン、染谷まこを除く長野県勢、ウィッシュアートを除く宮守女子、姫松OUT〜》

@続・笑ってはいけない 11/12

塞「一生懸命何か描いてると思ったらそんなものを……ったぁ!」パーン!

白望「……ダルっ」パーン!

胡桃「なんでいきなり日本が流暢に……ぐっ」パーン!

エイスリン「こんな染谷まこは嫌だ」

まこ「またわしか!?」

パラッ

エイスリン「頭の上にある眼鏡を忘れて、メガネメガネ……とうろうろする」

咲「……っふ」

パラッ

エイスリン「忘れたまま別な眼鏡をかける」

優希「……ぐっく」

パラッ

エイスリン「でも目は四つもない」

《デデーン、染谷まこを除く長野県勢、ウィッシュアートを除く宮守女子、姫松OUT〜》

@続・笑ってはいけない 12/12

エイスリン「続きまして——」

塞「続くの!?」

エイスリン「こんな瑞原はやりは嫌だ」

パラッ

エイスリン「急に素になる」

《デデーン、全員OUT〜》

えり「私笑ってませんよ!? ……くふふ……つぅっ」パーン!

久「ある意味、鉄板ネタ……ねっ」パーン!

エイスリン「続きまして——」



京太郎「はい、ありがとうございました」

京太郎「エイスリンさんが頑張ってくれたおかげで、パンパンパンパンと小気味良い音が響き渡りましたね」

久「いたた……。須賀くん、帰ったら覚えてなさいよ」

京太郎「まあ、これはほんの時間潰しの余興みたいなものでして。次の仕掛けの準備もできたみたいなので、移動にしましょうか」

まこ「まだ続くんか……」

優希「このままだとお尻が割れちゃうじぇ」

咲「え?」

優希「お尻が割れちゃうんだじぇ」

咲「……四つくらいに?」

優希「……ふふ」

咲「……ふっ」

和「ちょっと! やめて……ぷふ……くださいよ!」

《デデーン、宮永妹、片岡、原村OUT〜》

ギャグ系を書いていると、「ひょっとして面白いと思っているのは自分だけで、皆には冷めた目で見られているんじゃないか」などと考えてしまって、とても興奮する。

この続きがあるかわからないけれど、書くとしても人数を絞ろう。
関係者全員とか多すぎてよくわからなくなる。

@暖かな色

私は昔、大切なモノを失った。
ソレがなんだったのか、自らの矜持か、皆からの期待か、或いは全く違う何かなのか、はっきりとはわからない。
私はわからないままにソレを取り戻そうと足掻いた。
麻雀教室を開いた。
実業団に入った。
でも駄目だった。
私はソレを取り戻すことはできなかった。

私は知っていた。
ソレを取り戻すことなんて、できないんだって。
ソレが何かわからないのが問題なんじゃない。
本当に大切なモノは、失ったらもう二度と、戻らないんだって。

教え子たちの声が聞こえる。
私は幸せ者だ。
失ったモノは戻らなかった。
でも、もっと、ずっと大切なモノが今の私にはある。
教え子たちが私にソレを届けてくれたのだ。

私は、笑えているだろうか。
教え子たちは、私が届かなかった舞台に立とうとしている。
視界が曇る。
私にとってはここが始まりの場所であろうとも、彼女らにとってはまだ夢の途中。
例えどんな色の涙であろうとも、零してはならない。

私は、笑えているだろうか。

————!

教え子たちを精一杯の笑顔で送り出す。

————!

————。

……——。

……——!

————!!

彼女らは輝く笑顔で進んでいく。

私はその背中を見送って。
涙を一つ、零した。

赤土さんは、すごい人だと思うんだ。
団体戦なのに一人だけ伝説として名前を残しているし。
でも、「阿知賀のレジェンド」って通称は格好悪いよね。

染谷まこの誕生日!
実におめでたい。

しかし、まさかのゴールデンウィーク無し。
もうブラックネスウィークにでも改名したら良いと思う。
今から書けるだけ書こう。

@狙い通り

部室に行くと、染谷先輩が苦しそうに唸っていた。
どうしたのですか、と尋ねたところ、食べ過ぎて苦しい、とのことだった。
ついつい、なんだそんなことか、と笑ってしまう。

「本当に苦しいんじゃぞ……」

じゃあ、さすってあげますよ。

染谷先輩の背後に立ち、一撫ですると同時にブラのホックを外した。

「な……!?」

慌ててホックを押さえようと仰け反るような姿勢になった染谷先輩。
僕は正面に回ると突き出された胸を存分に撫でさすった。

その後、丁寧に四肢の関節を外された僕をよそに、適度な運動をした染谷先輩は胸焼けが解消されていた。
どうやら僕は間違えていなかったようだ。

@後追い 1/16

始めのうちは遠くのほうに見える、小さな点のようなものだった。
なんだろうと思いながら見てるといつの間にかなくなっていた。

それが何かに気づいたのは、こぶしほどの大きさまで近づいてきたとき。
二つの凹みは眼窩。
真ん中に見て取れる赤黒い穴は鼻があった場所なのだろう。
少し覗く白いものは骨だろうか。
黒く大きく開いた穴から覗く赤い塊は舌で、そこが口だとわかる。
それは人の生首だった。

生首は毎日少しだけ近づいてくる。
数分で消えるのだが、消える直前に、にたりとした嫌な嗤い方をする。

近づいて。

にたり。

近づいて。

にたり。

近づく距離は様々で、一気に寄ってくることもあれば、近づいたのかもわからない程度の場合もある。
だけど、生首が毎日、確実に近づいてきていることだけはわかるのだ。

@後追い 2/16

僕には染谷先輩という大好きな人がいる。
学校の先輩なのだが、同じ部活なので、部活の先輩でもある。
初めて出会ったとき、僕はひねたガキで、染谷先輩を含む先輩方に散々生意気な態度を取っていた。
他の先輩たちは、なんだあいつはと憤っていたのだけれど、染谷先輩だけは楽しそうに笑っていた。
そんな調子だったので、僕の相手をするのは自然と染谷先輩の担当になった。
僕は変わらず生意気な態度であったけれど、染谷先輩も変わらず楽しそうに僕の相手をしていた。


あるとき僕は染谷先輩に尋ねてみた。
どうして、怒らないのですか。
染谷先輩は不思議そうに首を傾げて尋ね返す。

「あんたは、わしを怒らせたかったんか?」

いいえ、まったく。
そんなつもりは毛頭ありませんよ。

「なら、そんなことを聞く必要は無いじゃろ」

僕にそのつもりはなくとも、他の先輩方は怒っています。

「あんたがそうしようと思っていない通り、わしは怒っとらんのじゃから、それでええじゃないか」

でも僕は染谷先輩を楽しませようとも思っていませんよ。

染谷先輩は僕の言葉に、また楽しそうに笑った。

僕というのも実に単純な生き物で。
そんなやり取りを一年も繰り返していると、すっかり染谷先輩に夢中になっていた。
いつそうなったのかも、どうしてそうなったのかもわからない。
ずっと相手をしてもらっていたから、刷り込みというやつなのだろうか。
わからない。
わからないけれど、僕が何を置いても染谷先輩を第一に考えるようになっていたのは確かだった。

@後追い 3/16

今日も生首は、近づいてくる。

どうやって近づいてくるのかが知りたくて、じっと見ているのだけれど、生首は見ている間に動くことはないのだ。
ただ、そこにあるだけ。
けれど、ふと目を離したときにいつのまにか近づいているのだ。
じっと見ていてもつい瞬きをしてしまう。
すると、瞬きの間にいつのまにか近づいているのだ。

一昨日も、昨日も。

今日も。

そしておそらくは。

明日も、明後日も。

生首は、近づいてくるのだ。

@後追い 4/16

ある日、部活に行くと、染谷先輩の頬に白いガーゼが当てられていた。
どうしたのですか、と尋ねても、「なんでもないわ」、「ちょっとぶつけただけじゃ」、「気にせんでええ」、そんなことを言うばかり。
僕は、そんなところはぶつけないでしょう、という言葉を飲み込んで、そうですか、とだけ返した。
少し前から染谷先輩の涼し気な美しさが、陰っていることには気づいていた。
怪我の原因にも、何か関係があるのだろう。

僕は基本的に物事に執着しないのだけれど、一度執着すると、それには際限がなく。
こうなってくると最早、執着というよりは粘着とでも言ったほうがぴったりなほどだ。
つまり、何が言いたいかと言うと、僕にはストーカーの気質や性質とでも言うべきものが備わっていたのだ。
勿論、それがわかったのは染谷先輩に惚れ抜いたあとだったのだけれど。

@後追い 5/16

今日も生首は、にたりと嗤う。

ずっと嗤っているわけではない。
生首は近づいたあと、消える直前に、にたりと嗤うのだ。
近づいて。
近づいて、近づいて。
触れ合える距離まで来たとき、生首は何をするつもりなのだろうか。
生首は、それを暗示するかのように、にたりと嗤うのだ。

@後追い 6/16

粘着質に染谷先輩の周囲を調べた結果、怪我の原因がわかった。
彼女の養父が暴力を振るったのだ。
染谷先輩の家の事情はいろいろと複雑で、養父とは言っても“元”養父だから戸籍上でも赤の他人なのだけれど。
そいつが染谷先輩のお母さんを殴ろうとして、染谷先輩が庇って、結果、あのガーゼというわけだ。
そいつがお母さんに暴力を振るったのは今回が初めてではなく、離婚の原因もやはり、そいつの暴力だったようだ。

染谷先輩はあの通り気丈な人なので、ただ殴られるわけもなく、警察を呼ぼうとしたりするのだが、それをお母さんが庇ってしまうのだ。
よくある昼ドラみたい、と染谷先輩に言ったら怒られるだろうか。
いや、染谷先輩のことだ。
「面白いことを言うのう」などと笑うだろう。

@後追い 7/16

しばらくして、染谷先輩は元気さを取り戻していた。
僕から見れば、どことなく陰が残っている気がしたけれど、それでも養父が暴れている時に比べれば、十分に元気になったと言えるだろう。
けれどそれは一時的なもので、一ヶ月も経たないうちに染谷先輩は目に見えてやつれてきた。
怪我をしているわけではない。
ただ何かに削られていくかのように、どんどんとやつれていくのだ。

養父が何かをした?
それがありえない事は僕が良く知っている。
僕は再び粘着質に染谷先輩の周囲を調べた。
その結果、やはり養父が現れたわけではないことがわかった。
染谷先輩の周囲には、彼女をやつれさせるようなものは何もなかった。
正確には、僕には何も無いように見えた。
染谷先輩は、何もない空間に怯えていた。

@後追い 8/16

どうやって染谷先輩に話をしようかと悩む僕。
当然だ。
ストーカー行為をしてあなたを調べました、などと言えるわけもない。
うんうんと悩んでいると、当の染谷先輩から連絡があった。

「話したいことがあるんじゃ。今から会えんか?」


約束の場所には染谷先輩が先に来ていた。
ひょっとしたらここから僕に連絡したのかもしれない。

お待たせしましたか?

僕が尋ねると、染谷先輩はゆっくりと首を振った。

「わしも今来たところじゃ」

……なんだかデートの待ち合わせみたいですね。

僕の言葉に、染谷先輩は少しだけ驚いたような顔をして、それから笑った。

「やっぱり、あんたは面白いのう」

久しぶりに染谷先輩の笑顔を見た気がした。

@後追い 9/16

生首はもう、目の前にいた。

明日、この生首に捕まる。
何故かはわからないけれど、わかるのだ。
でも、捕まってどうなるかはわからない。

ただこれだけはわかる。

きっと、この世界にはいられない。

@後追い 10/16

しばらくの後、染谷先輩は話を切り出した。

「近いうちに、お別れになるかもしれん」

思いもよらない言葉に僕の頭の中は真っ白になった。
どうしてですか、と呟いた。
どこかへ行くのですか、と問いかけた。
お別れは嫌です、と懇願した。
染谷先輩は泣きそうな顔で何も言わなかった。
ようやく口を開いたかと思うと、「ごめんなさい」とだけ言った。
僕が黙っていると、先を促されたと思ったのか、染谷先輩は続ける。

「わしはな、養父を、——殺したんじゃ」

@後追い 11/16

僕は言葉が出なかった。
染谷先輩は何を言っているのだろう。

「養父の母への暴力に耐えかねて。世間では、よくある話なんかのう」

自嘲気味に呟く。

「この手で、首を絞めたわ。素手で、って意味ではなくて、実際には手近にあった麻紐で、じゃがな」

染谷先輩がそうまでした理由が、暴力に耐えかねただけとは思えない。
きっと他にも何かがあったのだろう。
でも僕はそれは聞けなかった。
聞いてはいけない気がした。

「わしが気が付いたとき、養父は足元に倒れとった」

「怖くなったわしは家を飛び出して、どこともわからずぐるぐると街を歩いて」

「そうして、家に帰ると、そこには養父はいなかった」

それって、養父は死んでいなかったのでは?

「そうかもしれんな。わしも最初はそう思ったわ。でも、しばらくして養父がわしの前に現れたんじゃ」

じゃあ、やっぱり死んでいなかったのでしょう?

染谷先輩は僕に答えるでもなく、口を開いた。

「始めのうちは遠くのほうに見える、小さな点のようなものじゃった。なんだろうと思いながら見ておるといつの間にかなくなっていた」

「それは決まった時間ではないけれど、毎日必ず現れて、少しずつ近づいて来るんじゃ」

「それが何かに気づいたのは、こぶしほどの大きさに見えるまで近づいてきたとき」

「それは養父じゃった」

@後追い 12/16

僕は何もいえなかった。
染谷先輩も僕の言葉を待つでもなく、滔々と話し続けた。

「養父は毎日、数分だけ見えて。少しずつ近づいてきて。最後は嫌な嗤いを残して消えるんじゃ」

「ある日、気づいたんじゃが、養父が見えている時間は、わしが彼の首を絞めていた時間なんじゃ。大体三分くらいかのう」

でも、倒れた養父は、戻ったらいなかったのでしょう?

「そうじゃな。それを考えれば養父は首を絞められてそれで死んだわけじゃないんかもしれん。じゃが、現れた養父を見たときにわかったわ。彼はもう、死んどる、と」

「調べたんじゃがな。人は三分くらいなら首を絞められても死なないらしいわ。じゃが、ちゃんとした処置をしないと、脳に障害が残るんだと」

「養父は、きっとそれが原因で死んだんじゃ」

それは悪く考えすぎです。
喧嘩してどこぞのチンピラに刺されて死んだのかもしれませんし、暴力を振るったことを後悔して自殺したのかもしれません。

@後追い 13/16

「そうかもしれん。そうじゃないかもしれん。じゃが、わしの前に現れたということは、きっと原因はわしのせいだったんじゃ」

僕の言葉に、染谷先輩は薄く、辛そうに笑うばかり。

その養父は、今はどこまで近づいてきているのです?

僕の問いかけに、染谷先輩は力なく微笑む。

「もう、すぐ、そこじゃ。今日はまだ現れとらん。だが、わかるんじゃ。今日、わしは捕まる。捕まったらどうなるかは、わからないが、な……」

染谷先輩の目は何もない空間へと向けられている。
ただ視線を投げただけ?
それとも、そこに今、彼女の養父が現れているのだろうか?
僕には何もわからない。

染谷先輩、それはきっと幻です。
そして、その幻を見せているのは、罪悪感です。
だとすれば、あなたはそんなものを見る必要はないのですよ。

僕は携帯を取り出そうとポケットに手をやって。
取り出して染谷先輩に向き直った時には、もう染谷先輩はいなかった。

@後追い 14/16

生首はもう目の前、手を伸ばせば届く距離にいる。
染谷先輩がそうであったように、僕にもわかる。
今日、僕はこの生首に捕まる。

携帯を開いて、ある画像を見る。
そこには、染谷先輩の養父だったものの成れの果てが写っている。
あの日、染谷先輩が養父の首を絞めた日、ふらふらと歩く彼を見つけた僕は、彼を拉致し、その首を落とした。
別に、彼憎しで首を落としたわけではない。
養父が死んだことで染谷先輩に嫌疑がかからないように、死体の身元を隠したかったのだ。
指紋から身元が割れないように、指も落とす。
切り落とした首からは目を抉り、鼻を削ぎ、歯を抜き去った。
何かの理由で染谷先輩に嫌疑がかかった際に、自分が犯人だと証明できるように写真を一枚撮っておく。
最後に、首にはブロックを括り付けて海に投げ入れた。
罪悪感はなかった。
だからこそ、僕は彼を殺した後も、その幻を見ることはなかった。

@後追い 15/16

でも、僕には罪悪感が生まれた。
染谷先輩だ。
染谷先輩が養父の首を絞めたあとに、間が悪く僕が彼を殺してしまったせいで、染谷先輩は無用な罪悪感を抱いた。
そして、この世から消えてしまった。
——僕がもっと早く行動していれば。
後悔と自責と罪悪感。
それらを感じた時、遠くのほうに小さな点のようなものが見えた。

なんだろうと見ているうちに、なくなってしまった。
それで僕は気づく。
ああ、これが染谷先輩が見ていたものなのだ。
それは毎日少しずつ近づいてくる。
染谷先輩は見えたものを養父だと言っていた。
だとすれば、僕と染谷先輩では違うものが見えていたのだろう。
僕が見るこの生首は、一目で彼女の養父だとわかるようなものではない。
きっと染谷先輩には首を絞めたあと我に返って見た、だらしなく舌を伸ばして倒れている養父の姿でも見えていたのではないだろうか。
それこそが、染谷先輩に刻み込まれた死のイメージ。
そして、僕にとってはこの生首こそが死のイメージなのだろう。

@後追い 16/16

眼前にある生首。

そっと目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、染谷先輩。
僕は祈る。

どうかまた、染谷先輩に会えますように。

生首がにたりと嗤った気がした。
僕もにこりと笑う。

そうして、僕はこの世界から、いなくなった。

@出発

染谷先輩、染谷先輩、今度の三連休に一緒に旅行へ行きましょう。

「行かんわ」

集合は駅にしましょう。

「行かんというに」

集合時間は——。

「はいはい、わかったから、はよう部活をせんか」

しっしっと追い払われてしまった。
わかったから、ということは来てくれるのだろうか。

当日、まあおそらく来ないだろうなと思ったが、やっぱり染谷先輩は来なかった。
キャンセルするのもあれなので、エア染谷先輩と一緒に旅行に行くことにした。

泣いてなんか、ない。

@一日目

エア染谷先輩との旅行は思ったよりも楽しいものであった。
僕はエア染谷先輩と会話を楽しんでいたのだが、周りからは一人でぶつぶつ言っている変な人に見えるようで、どこへ行っても遠巻きにひそひそと何かを言われた。
おかげで僕とエア染谷先輩の近くには人がよって来ず、人混みが苦手な僕には快適な旅となった。

@一日目、夜

とてもじゃないが言葉にできない。

@二日目

染谷先輩、染谷先輩、見てください、とても綺麗な景色ですよ。

眼前に見える称名滝は、新緑の中に流れ落ち、所に見えるムラサキヤシオツツジやオオカメノキの花々は着飾る乙女のようであった。

《ふむ、確かに綺麗な景色じゃな。じゃが——》

エア染谷先輩は柔らかく僕を抱きしめる。

《あんたの方が、綺麗じゃわ》

ああ、染谷先輩……。

僕が感極まってエア染谷先輩に身を任せると、いくら完璧に脳裏に描き出しているとはいえ、そこはエアに過ぎないわけで。
エア染谷先輩を突き抜けて崖から落下した。

何とか生き延びた僕は、若い身空で云々と散々に説教をされてしまった。

違う、そうじゃないんだ。

そう言いながら隣にいるエア染谷先輩と戯れていただけだと必死に説明したら、可哀想な人を見る目で見られた。

一体全体どういうことだ。

@二日目、夜

新たな自分を発見した。

@三日目

エア染谷先輩との旅行も今日が最終日。

染谷先輩、染谷先輩、また一緒に来ましょうね。

《そうじゃな》

などと会話しながら宿の会計を済ませ、奇異の目で見られながら帰路に就いた。
電車に揺られて長野に戻り、どこでエア染谷先輩とお別れだろうかと思案していると、前の方から染谷先輩が歩いてくるのが見えた。
途端にエア染谷先輩は消えてしまった。

染谷先輩、染谷先輩、こんばんは。

「こんばんは。そんな大荷物で何しとるんじゃ?」

さて、困った。
正直に話したら染谷先輩にとても心苦しい思いをさせてしまう。

僕がうんうんと悩んでいると、染谷先輩はそれだけで全てを察したようだった。

「あんた、まさか一人で行ったんか!? あれは本気じゃったのか……」

悲しそうな苦しそうな泣き出しそうな、そんな表情を見せる染谷先輩。

大丈夫ですよ、エア染谷先輩と一緒に行きましたから!

僕が旅行中エア染谷先輩と何をしてきたかを赤裸々に語った。
エア染谷先輩と一緒だったから楽しかったこと、エア染谷先輩と熱く淫らな夜を過ごしたことを必死に伝えると、

「頭ん中で人に何をさせとるんじゃ!」

と一喝された。

あとはいつも通りぼこぼこにされて万事解決と身構えていても一向に何もされない。
はて、どうしたことだと染谷先輩を見ると、どういった理由からなのか顔を赤らめている。

「泊まりじゃなけりゃあ一緒に行くけん、今度はちゃんと誘いんさい」

そう言って、じゃあの、と歩き去っていった。

必ず!

僕が叫ぶと、振り返らずに手を振る染谷先輩。
染谷先輩の姿が見えなくなるまで見つめ続け、ついには人混みに紛れて見えなくなった辺りで、ふと気づくと隣にはエア染谷先輩。

《良かったの。わしじゃなく、——偽者なんかじゃなく、本物と楽しい旅行をするんじゃぞ》

それだけを告げて、僕が返事をする間もなく消えてしまい、エア染谷先輩は二度と戻らなかった。

僕は泣いた。

あなたが本物じゃなくても、僕の頭の中にだけいた偽者だったとしても、あなたと過ごした三日間はかけがえの無いものでした。

そう言いながら、僕は泣いた。

@切っ掛け 1/10

「う〜む」

雑誌を見ながら唸り声を上げる。

ハート型。

——却下。

ハートのデコレーション。

——却下。

ハートの……。

「もっと地味なのはないんか!」

叫びながら乱暴に雑誌を閉じ、寝転がった。

「こんなん柄じゃないわ……」

その呟きに返す者はいない。
それはそうだ。
ここは自分の部屋で、いるのは自分一人なのだから。
一つ溜め息をつき、もう一度雑誌を開く。
三度ほど見直して、一番地味そうなのを選ぶ。
完成図では見事なハート型になってしまっているが、別に形はどうとでもなるのだということにようやく思い当たった。
時計を見ると、14時を少し過ぎたところ。
材料を買って、帰ってきて作り始めて——。

「なんとか今日中にはできそうか」

はあ、と大きく溜め息をつく。
時間的に無理であれば言い訳にもなったのに。
だがいまさらそんな事を言っても仕方がない。
やると決めてしまったのだから、さっさと片付けてしまおう。
重い腰を上げて、コートを羽織る。
マフラーと手袋はどうしようかと少し迷ったが、結局つけていくことにした。

外に出ると、真っ白な世界だった。
昼間だというのに薄暗い空は冬を感じさせたが、雪が降り出す気配はなかった。
夜の間に降ったであろう雪は、除雪車で歩道に積み上げられている。
到底歩道は歩けそうになく、今日何度目かの溜め息をついて車道を歩き出す。
近所のスーパーまでは普段は歩いて10分程度。
だがこの足場ではその倍程度はかかるだろう。
雪道に慣れているとはいっても、歩き辛いことには変わりないのだ。

思った通り、スーパーに辿り着くには20分を少し越えるくらいかかった。
悪い足場を歩いたせいか、足が痛い。
さっさと材料を買って帰ろう。

「まずは板チョコか」

雑誌は家に置いてきたため、レシピを思い出しながら材料をそろえる。
とは言っても、それほど手のかからないものを選んだおかげで、それほどかからず買い物は終わった。
並んだレジは知り合いのおばさんが担当していた。

「あら、まあ」

それがおばさんの感想だった。

「まこちゃんも、そういう年頃になったのねえ」

余計なお世話である。

「最近はな、女の友達同士で贈り合うのが流行っとるんじゃ」

「なーんだ、残念。でもそんなこったろうと思ったわよ」

こちらの言葉にあっさりと首肯する。
根掘り葉掘り聞かれるよりはましだが、そこまで簡単に納得されるのも癪である。
だが自分でもそう思うのだ。

——こんなん柄じゃないわ。

@切っ掛け 2/10

そもそもの発端は久だった。

「ねえ、まこ。今年のバレンタインは誰かにチョコをあげるの? 特定の、誰かに」

喜色満面でそう尋ねてくる。
どことなく含みがあるように思えるのは気のせいではあるまい。

「……いんや、そんな予定はないわ」

「あら、誰にもあげないの? 例えば、——須賀くん、とか」

予想していたが、いざ名前を出されると、鼓動が高鳴る。
だが、本当にあげるつもりは無かったのだ。
その通りに答えるしかあるまい。

「あげんて」

「ふうん?」

相変らず笑みを浮かべたままだったが、さきほどとは意味合いが異なっている気がする。
この表情は、なんと形容したら良いのだろうか。

「それなら私があげちゃおうかしら」

「好きにしたらええわ」

「そ、じゃあ好きにさせてもらうわ」

早速帰って準備をしなきゃと言う久を、ほいじゃわしは帰るぞ、と置き捨てる。
向けた背中に、彼女の声が降ってきた。

「あなたがどういうつもりかは知らないけれど、はっきりさせなくちゃ駄目な事は、世の中には結構多いのよ?」

何も答えずにいると、重ねて。

「それに、結局恋愛ごとなんて早い者勝ちなのよ。すべてが終わった後に焦っても、遅いわ」

そのまま一度も振り返らずにいたせいで確認はできなかったが、彼女は、笑っていないように思えた。

@切っ掛け 3/10

彼女のその言葉に触発されたつもりはないが、——いや、やはり直接的な切っ掛けだろうか。
結局、チョコを作ってみることにした。
弁当などは作ったりしていたが、お菓子作りなど生まれて初めてだ。

「ええと、材料は揃っとるな」

板チョコ、生クリーム、ココアパウダー。
レシピではブランデーを入れていたが、まあ必要あるまい。

「まずはチョコを細かく刻む、か」

面倒くさい。
ある程度の大きさにして、小型のミキサーに放り込む。
多少ミキサーの刃にまとわりついたが、粗方砕けた。

「続いて、チョコの半量の生クリームを用意して、暖めた後、湯煎で溶かしたチョコを混ぜ合わせる?」

生クリームがあるのだから、直接チョコを入れても問題ないだろうと、湯煎をせずにチョコを投入する。
生クリームが沸騰しない程度に火力を調整して、じっくり暖めていくと上手くチョコが溶け切った。

「パットに溶かしたチョコを流し込んで、冷蔵庫で冷やす」

「冷えたら適当な大きさに切り分けて、丸めてココアパウダーをまぶして完成」

「……溶かして混ぜて固めただけじゃが、まあ、この一手間が大事なんかの」

お世辞にも可愛らしいとは言えない味気のないラッピング。
目線の僅か上に掲げて眺めて、溜め息を一つ。

「柄じゃないんじゃが、な」

でも、作ったからには思う。

喜んで、もらえるだろうか、と。

@切っ掛け 4/10

二月十四日、用事を済ませ少し遅れて部室に行くと、一年生四人がわいわいと何かを騒いでいた。

「あ、染谷先輩。これを見てくださいよ」

何かと思っていると、こちらに気づいた京太郎に呼ばれた。
近づいてみると、テーブルを皆で取り囲んでいるようで、そこには豪奢なチョコレートケーキが乗っていた。

「これは、どうしたんじゃ?」

市販品だろうか。
チョコでコーティングされているだけではなく、スポンジ部分にもチョコが練りこまれているように見える。

「和と咲が作ってきたんですよ」

「今日はバレンタインですしね。みんなで食べようと咲さんと作ってきました」

「ほとんど和ちゃんが作ったんですけどね」

えへへ、と頬を掻く咲に和がそんなことないですよ、と声をかけている。

「私はこれを作ってきたじぇ!」

誇らしげに優希が掲げたのは——。

「タコス?」

「チョコタコスだじぇ」

「それはもう、クレープっちゅうんじゃないんかのう」

散々皆に同じことを言われたのか、優希は口を尖らせて、これはタコスだじぇとぶつぶつと言っている。

「バレンタインってことで、一応、俺へのプレゼントらしいですよ」

「一応?」

「京太郎だけに食べさせるのは勿体ないから皆で食べるんだじぇ!」

なるほど。
それを見越して、和と咲はホールケーキを作ってきたわけだ。
じっとチョコレートケーキを見つめていると、静かになっているのに気づいた。
何事かと思うと、皆がこっちを見ている。
優希が口を開く。

「染谷先輩はチョコ持ってきたりしてないのか?」

「ん?」

鞄の中でかさりと、音が鳴る。
聞こえなかったふりをして、迷い無く答える。

「持ってきとらんぞ。そんなん、柄じゃないしのう」

@切っ掛け 5/10

では食べましょうか、と和がケーキを六つに切り分けた。
おや、と思っていると、部室の扉が開き、お待たせ、と声がした。

「部長、遅いじぇ!」

「元部長、よ」

「なんじゃ、あんたもお呼ばれか」

「あら、ご不満かしら」

鞄と、紙袋を提げて久が部室へ入ってくる。

「ところで須賀くん」

「はい? なんでしょう」

「今日はチョコを何個もらった?」

にいっと笑いながら尋ねる久に、苦笑しながら京太郎が答えた。

「ええと、のべ三個です」

「のべ?」

「咲と和の合作チョコケーキと、優希からのチョコタコスですね」

ああそういうこと、そう言いながら久はこちらをちらりと見た。
なんとなく、目を逸らしてしまう。
ふぅと小さく嘆息の音がした後、打って変わって誇らしげな声が響く。

「勝ったわ! 私はこれだけよ」

掲げた紙袋。
どうやら中身はすべてチョコレートらしい。

「げ、まじっすか」

「元学生議会長だしね。伊達じゃないわよ」

@切っ掛け 6/10

「いやー、美味しかったわ」

「喜んでもらえて良かったです」

ケーキとタコスを食べ終わると、外はもう暗く、下校時刻となっていた。
用事があるから、と言う久を残し、おしゃべりをしながら五人で下校する。

気温はかなり低く、昨日の雪もほぼそのままに残っている。
手袋を忘れたせいで、手をポケットに入れていてもどんどん冷えていく。

会話は今日のチョコから、麻雀に移った。
今度皆で染谷先輩の店で打ち子をしようなどと言っているのを少し離れて見守りながら歩く。

かさりと鞄の中から音がした。

「どうしたんです?」

「ん? なんもないぞ」

皆から離れているのに気づいて京太郎が声をかけてきたが、そっけなく返す。
でも、と食い下がる京太郎に何と答えようかと思案していると、着メロが鳴り響いた。

「あ、俺だ」

かちかちと携帯をいじる京太郎を見ていると、突如、彼の眉間に皺が寄った。

「部長、——じゃなかった、元部長から呼び出しです」

その言葉に胸がざわりと蠢いた。

「お! ひょっとして元部長からの愛の告白があるかもしれないじぇ!」

「んなわけないだろ」

「バレンタインってのを考えるとありそうだけど、元部長だしね」

「ありえませんね」

皆が口々に優希の言葉を否定し、本人までも「まあそんなのはありえないじぇ」と否定していた。

「とりあえず行ってみるので、俺はここで」

京太郎は手を振って学校へと戻っていった。

@切っ掛け 7/10

京太郎が離脱した後もたあいの無い話をしながら歩き、分かれ道へと着いた。
また明日と皆と別れ、少し歩くと、鞄の中からかさりと音がした。

それを聞いた途端、足が止まる。
どうにも前に進んでいかない。
頭の中で響くのは久の言葉。

《じゃあ好きにさせてもらうわ》

《結局恋愛ごとなんて早い者勝ちなのよ》

《すべてが終わった後に焦っても、遅いわ》

このざわつく胸の内は、言葉にするのなら、きっとそういうことなのだろう。
だが、久が言ったとおりだ。
すべてが終わった後で焦っても遅いのだ。

かさりと音がした。

でも例え、遅かったとしても。

きびすを返し、来た道を戻りだす。
行き先は、学校。

麻雀部の部室だ。

@切っ掛け 8/10

部室からは明かりが漏れていた。
今、この中には京太郎と、久がいるんだろう。
何をしているのだろうか。
扉の外からは窺い知れない。
手が震える。
いや、本当に震えているのだろか。
それがわからないほど、自分の頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
軽く一度、深呼吸をして、気持ちを整える。

大丈夫、落ち着いた。

取っ手に手をかけ、扉を開け放った。

「あれ? 染谷先輩? 忘れ物ですか?」

部室にいたのは京太郎だけだった。

「ん……、ああ、そんなところじゃ。ところであん人は?」

「元部長ですか? 俺に牌譜の整理を押し付けてとっくに帰りましたよ」

苦笑しながら見せてきたのは紙の束。

「整理しようと思っていたのを忘れていたそうです。で、いまさらだけど引継ぎするわねーって押し付けられましたよ」

「……はぁ」

牌譜の整理?
どういうことじゃ?

いまいち状況が理解できず、混乱する。

京太郎にチョコを渡すために呼び戻したのではないのか?
好きにするって、告白したりとか、そういうことではなかったのか?

頭の中で疑問符が乱舞していると、そうだ、と京太郎が何かを鞄から取り出した。

「これ、元部長から染谷先輩にです。今日、戻ってきたら渡しておいて、って預けられました。今日渡せなかったら、捨てておいて、とも言ってたんで、もし染谷先輩が戻らなかったら扱いに困ってましたよ」

見ると、小奇麗に包装された小箱。

「元部長から染谷先輩へのバレンタインチョコらしいですよ。受け取ったらその場で食べてね、だそうです」

首を傾げながら小箱を開けると、中には手作りらしいチョコと、手紙が入っていた。
ざっと手紙に目を通す。
読み終わると、天を仰ぎ、乾いた笑いを漏らした。

「染谷先輩?」

こちらの様子に何かを感じたのか、京太郎が声をかけてきた。

「なんでもない。こっちの話じゃ」

ここまでされては仕方ない。
そう思ってしまうのも、久の考えどおりだろうか。
まあ、いい。
心積もりはできた。

鞄に手を入れる。

かさりと音をさせながら、包みを取り出した。

@切っ掛け 9/10

牌譜の整理は適当に切り上げ、二人で下校する。

「ところで、なんで残っておったんじゃ? 牌譜整理など明日でも良かろうに」

その問いかけに、京太郎は恥ずかしそうに笑う。

「いや、だって元部長の伝言通りなら、染谷先輩が戻ってくる可能性があったわけでしょう? ひょっとしたらチョコをもらえるかなーって」

「ああ、そうかい」

いまきっと、自分の顔は苺のように赤いのだろうな、と思いつつ、それを見られずに済むこの薄暗さに安堵する。
それでも直視されぬよう顔を伏せたまま、ちらりと京太郎を覗き見ると先ほどあげた包みをがさがさとやっている。

「こらこら、歩きながら食べるつもりか? 行儀が悪いぞ」

「我慢できないんですもん」

こちらの制止も聞かずに、中から一つ摘み出すと、口の中に放り込んだ。

「ん、トリュフだ。手作りですよね? 美味いですよ、これ」

「そうか? まあ、和と咲のチョコケーキには及ばんだろうよ」

「そんなことないですって。なんでしょうね、込められた愛情の差ですかね」

臆面も無くそんなことを言ってのける。
それを聞いて、はいはい、言ってんさい、と返したものの、顔はますます赤まり、もはやそっぽを向くしかなくなってしまった。

しばらく無言で歩いていると、突然京太郎が、あ、と声を上げた。

「雪ですね」

空を見上げると、大粒の雪が舞い降りてきていた。

「牡丹雪じゃな」

昨日よりは多少気温が上がっているのだろうか。

「春遠からじ、か」

それでも吐く息は白く、剥き出しの顔は寒さが刺さるようだった。

(じゃが、それでも、春は近いのだろうよ)

隣を歩く京太郎を見上げる。

繋いだ手が暖かかった。

@切っ掛け 10/10

『まこへ』

『あなたがこの手紙を読んでいるのなら、須賀くんを追って学校に戻ってきたのね』

『私が須賀くんに告白でもしているんじゃないかって、焦ったかしら?』

『そんなことしないわよ。須賀くんのことは好きだけど、後輩とかできの悪い弟って感じで、恋愛対象じゃないもの』

『意地悪をしたなんて思っているなら、お互いさまなのだし許してね』

『だって、私も散々に焦らされたわ』

『言ったでしょう? 恋愛ごとは早い者勝ちだって』

『すべてが終わった後に焦っても、遅いって』

『私はそうじゃなかったけど、そうだって人もいるんだから、その人に先を越されたらお仕舞いよ?』

『だから、せっかくなのだから、今日と言う日に浮かされて、思いの丈をぶつけてしまいなさい』

『過去に見知ったことがない状況だろうけれど、恐れずにいきなさい』

『きっとうまくいくわ』

『もし当たって砕け散ったのなら、もっと上等なチョコレートをおごってあげるからね』

『手がかかる妹を持った気分の、あなたの先輩より』

可愛い染谷先輩を書くはずが、イケメンな部長の話になった気がする。

100レスくらい増やしたかったけど、無理だった。
なんもかんも仕事が悪い。

仕事続きだったせいでネタが思いつかなくなった。
助けて、染谷先輩!

@以下の文にはフィクションが含まれています。どこがフィクションかは本人の名誉のために伏せさせていただきます。

エア染谷先輩なら僕の隣で寝てるぜ、と言っても誰にも咎められないのが染谷先輩の良いところであり、悲しいところでもある。

ちなみに上に書いたトリュフの作り方は、実際に今年のバレンタインデーに自分で作ってみたもの。
美味しかったけど、虚しさが残った。
何故だろう。

そうそう、GW前半は一日だけ休みがあったから一人でレンタカーを借りて潮干狩りに行って、家族連れに混ざってアサリを獲り続けていたら、僕は何をしているんだろう、僕はどうしてここにいるんだろう、なんて哲学的なことを考えつつ、大量のアサリを手に入れた。
アサリは酒蒸しとアクアパッツァとボンゴレスパゲティとアサリご飯とアサリの味噌汁になった。
美味しかったけど、やはり虚しさが残った。
何故だろう。

仕事中のちょっとした暇潰しに適当にSSを探して読んでいるのだけれど、現行で読んでいる咲SSを書いている人もGWがなかったようで、続きがなく、とても悲しかった。
と、同時に、休みがないのは僕だけじゃねえぜ、うぇっへっへっ、などと考えてしまう自分の器の小ささを再認識するとき、僕は少しだけ興奮する。

投下でもないのに長文を書いて何がしたいかと言うと、とりあえず何か適当に書き散らかしてみたら良いネタ思い付くのではないか、という荒療治。

思い付かなかったら投下したネタの続編でも書こう。
そういうことがしやすいのがこの投下形式の利点である。

さて、エア染谷先輩、仕事に戻りましょうか。

まさにその人。

丁寧な描写と話の動かし方が好み。

それはさておき、エロという絶大的な付加価値があるにもかかわらず選ばれない染谷先輩は不人気可愛い!

@山の主さま 1/18

冬が深まった、ある日の朝のことだった。
山へ入り仕掛けた罠を見て回っても獲物のかかっておる気配はなく、足取りも次第に重くなっていく。
次を見たら帰ろうとこうべを垂れておると、何やら騒がしい気配。

(かかっておるな。鹿か猪か)

途端に身も軽くなり、足早に罠場へと走り向かった。

草かげから覗くと、罠に足をとられ往生しているのは、鹿でも猪でもなく、年若い娘であった。
足首に絞まる罠糸は血が滲むほどしっかりと食い込んでおり、やすやすとは取れそうもない。
娘はなんとかしようと足掻いたのか、指先からも血が滴っていた。

(こりゃいかん!)

慌てて山鉈を抜き放ち駆け寄ると、こちらに気付いた娘の顔が途端に青ざめた。
さあ、取ってやろうと近付いても後這いにて遠ざかり、如何ともし難い。

どうしたことだ、首を傾げてはたと思い当たる。

「娘や、娘さんや。おらはそれを解こうというだけじゃ。悪いようにはせんて」

山鉈を背に隠し、眦を下げ、必死に言うのが伝わったのか、娘はこくりと一つ頷き、じっとした。

えいやと山鉈で罠糸を切り、足に絞まったのを解いてやると、娘は嬉しそうに笑った。

「すまんのう。おらの罠で怪我させてしもうたな。大事ないか?」
 

@山の主さま 2/18

尋ねた娘をよく見ると、歳の頃は十五、六の、髪を後ろで一つに結んだ、穏やかな優しい顔立ちで、冬山には似つかわしくない薄着であった。
この時期に、この年頃の娘がこんな格好でここにいるのは——。

(口減らし、か)

自分の表情が陰ったのがわかる。
娘はそれに気付いたか気付かぬか、大丈夫と言わんばかりにすっくと立ち、歩こうとして苦痛に顔を歪め、座り込んでしまった。

「だいぶ痛むか」

骨は見えておらぬが肉は裂け、山を歩くにはとても足りぬ有り様であった。

「おらの家で手当するで、一緒に来んさい」

どのみち、山に一人捨て置くわけにもいかぬ。
おぶされと言おうとして、背の猟道具に気付く。

「ええか、じっとしておれよ」

娘の腋と膝裏に腕を通し、えいやと抱き上げた。

「落とさんからの。大丈夫じゃ」

娘は目を真ん丸としていたが、その言葉に微笑みながら頷き、そっと身を預けてきた。

@山の主さま 3/18

ひいふうとなんとか転びもせずに家へと辿り着き、娘をそっと下ろすと囲炉裏に火をくべる。

「すぐに暖まるでな。そこに座っておれ。おらは薬を用意するで」

頷く娘を置いて、がさごそとそこらを漁ると、ようやっと爺様にもらった傷薬が見つかった。
待たせたの、と声をかけ、痛まぬようにそっと薬を塗ると、きれいな布を当布としてやった。

「これでよかろう。おらもな、前に鉈ですっぱりとやったときにゃ、同じようにして、これこの通りよ」
服を捲り、薄っすらと残る昔についた腕の傷跡を見せると、娘は大きく頷いた。
その様子にはたと思い当たる。

——ああ、この娘は……。

「娘さんや、名前はなんというんだね?」

娘は困ったように笑い、首を振るだけで何も言わない。

——やはりか。

この娘は口がきけぬのだ。
であれば、奉公にも出されず、口減らされたのも、尚得心できようものだ。

「なあ、娘さんや。あんたさえ良けりゃあしばらくここにおるがええよ。足の具合もあるしな」

その提案に、娘はやや思案顔となり、眉を寄せた。

「なあに、食い物のことなら心配すんなぁ。鹿を一匹二匹獲れりゃあ麓の村でなんでも交換できるでな」

娘はなおも何やら考えていたが、やがてこくりと一つ、頷いた。

@山の主さま 4/18

それから娘と暮らし始めたが、一月と見ていた娘の怪我は、あれよあれよと治りゆき、三日の後には一人でに動き回り、七日の後にはすっかり一人前となり、どちらの足を怪我していたかもわからぬようであった。
治ったからにはいつ出ていかれるものかとも思っていたが、そんな素振りはちらとも見せず、何とはなしに家仕事の分担もなされてうまく回っていくようになっていた。

男一人の暮らししか知らぬので、さぞかし大変になることであろうなどと思っていたがそんなこともなく、そも大変と言えば初日の夜が最もであった。
一つ布団しかなく、娘に布団を譲れば自分が凍える。
もちろん娘を凍えさせるわけにもいくまい。
さてどうしたものか、何もせぬよと言い聞かせ布団を折半するしかあるまいて、と悩んでいると、娘はさして気にする様子もなく布団へと潜り込んだ。

「おらも入ってええか?」

恐る恐る尋ねると、当然のように頷くので、失礼しますと隅っこを借りる始末であった。

また、娘は家仕事よりも山へ入ることを好むようで、足が治ってからは、猟へ行くのは二人の仕事となった。
この冬は先頃までの不猟が嘘のように獲物が獲れ、娘の手伝いは大変助かるものであった。
食うに困らぬだけを蓄えると、手心を加えつつも鹿や兎を獲っては麦や野菜に換え、猪が獲れれば米までも手に入った。

@山の主さま 5/18

ある時、娘に尋ねた。

「なあ、着物はいらんか?」

食べるものに余裕ができれば、他に気を回すこともできるようになった。
この時分までそれほどの娘御を見てきたわけでもないが、それでもこの娘の可愛らしさは抜けておるように思えて、着飾れば更に映えるだろう、娘も喜ぶだろうと思うも、当の本人は笑って首を横に振るばかり。
欲がないのう、と眉を顰めれば、自分の着物を買いなさいとばかりに人差し指で胸を突いてくるので、

「おらぁ、別に着飾る必要もないでな」

などと答えると娘は自分を指し示し、私もです、と。

「あんたがええなら、それでええけんどなぁ」

結局は、その余裕は猟道具への手入れへと回された。

@山の主さま 6/18

またある時、娘に尋ねた。

「なあ、布団はいらんか?」

薄っぺらい、座布団のような一つ布団にいつまでも寝ておっては、いずれ体調も崩そうというもの。
それにいつまでも自分と同衾では娘も可哀想であろうと思いそう尋ねても、怒って首を横に振るばかり。
暖かいふかふかの布団は気持ちええぞ、とそんな布団に寝たこともなく知りもせずに言えば、ますます怒ってこちらのでこを弾いてくるので、

「あんたぁ、なんで怒っておるのよ」

などと尋ねると、娘は呆れたように一つ溜め息をついて、自分の布団はどうするのですかとばかりに人差し指で胸をついてくるので、

「ほんなら、布団を二組買おうかぁ」

などと答えると、途端に娘の頬は冬篭り前のどんぐりを一杯に詰めた栗鼠の頬のように膨れ上がり、不満もあらわにこちらの眼前に一つ指を立ててきた。

「それほど余裕あるわけでもないしのう。あんたの言うとおり一組にしとくかぁ」

二人で村まで降りて新しく布団を一組だけ買うと、その日の夜は娘と二人、年甲斐もなく、あったけえのう、気持ちええのう、などとはしゃいだ。

@山の主さま 7/18

それからしばらくして、どうにも雪が降り続き、外に出るのもままならぬ日があった。
娘と寄り添い、囲炉裏の火に当たりながら思い出したかのように作業を始める。
古い布団から綿を抜き、布を切り、針と糸とで縫い合わせていく。

娘も初めは何をしているのかと問うてきたが、「できあがってからのお楽しみじゃ」と取り合わずに置いたら、むくれていたものの、やがて火の暖かさに誘われて眠りへと落ちていった。

「おい、起きんさい」

作業も終わり娘を起こすと、眠たげに目をしょぼしょぼとさせているので、その眼前に作った物を突きつける。

「ほれ。あんたぁ、着物はいらんと言うておったでな。古い布団を半纏に仕立て直したで」

途端に娘の目は開き、輝くような顔を見せて、着せてくれと両手を広げてきた。

「どうじゃ、あったけえかぁ?」

こくこくと頷き、半纏の襟に頬擦りをして、

「不恰好なのはすまんなぁ。あまり慣れておらんでな」

ぶんぶんと首を振り、半纏ごと体を抱きしめたかと思うと、

「自分の分も作ってみたでな。これでお揃いじゃ」

仕舞いにはがばりと抱きついてきた。
さきほどまで寄り添っておったのも忘れ、気恥ずかしくなったが、何とか押さえ娘の頭を撫でてやった。

@山の主さま 8/18

またしばらくして、どうにも雪が降り続き、外に出るのもままならぬ日があった。
お揃いの半纏を着ながら娘と寄り添い、囲炉裏の火に当たりながらとりとめもなく話をする。

「麓の村の、もっと向こうにな、庄屋さまのお屋敷があるそうでな。この家と違うて、隙間風なども吹かぬ、それは立派なものらしくてよ」

「おらもいずれはそんなお屋敷に住んでみたいものと思うが、どうやったらそんなことができるか皆目検討もつかんでなぁ」

「おらぁ、そんなに頭が良くないでのう」

「大きなお屋敷に住んで、きれいな着物を着て、美味い飯を食うて」

「その日の暮らしに苦心することもないんじゃろうなぁ」

「ああ、でも山は好きだでな。あんなお屋敷に住めるようになっても、猟は続けてえなぁ」

娘をちらりと見ると、いつの間にやらこっくりと舟を漕いでおった。
その様子を微笑ましく思い、ぐいと肩を抱いてやると、ああ、大切なことを言い忘れておったと思い当たる。

「もちろん、あんたと一緒にな」

@山の主さま 9/18

その日、山に入ると、麓の村の者と会った。

「おう、久しぶりじゃな」

「そうじゃな。また肉が獲れたら持ってきておくれよ」

他愛のない話をしておると、ふと村の者は難しい顔になった。

「ところで、あんた最近おかしなことはなかったかい?」

皆目検討もつかぬので、いんや、と答えると

「村の者達で話しておるのじゃがな。どうにも春が来るのが遅いように思えるんじゃ」

などと言う。

麓に比べれば山の春は遅く来るので気にも留めていなかったが、麓に住むものにとっては違和感を感じるものであったらしい。
山になにかあるかと見に来たのだが、これといって何もなく自分と会ったそうな。

「何かわかったら伝えに行くわぁ」

そうとだけ言い、注意深く山を見ていくと、確かにこの時期にしては山が芽吹くのが遅い気もした。
その後も見て回ったが、何故そうなっているかなどわかるはずもなく、家へと戻ることにした。

@山の主さま 10/18

「なあ、あんた。おらは明日ちいと出かけてくるわ」

晩飯を食べながら、明日、隣山の爺様のところへ行くと告げると、娘はきょとんとした顔になった。

「爺様は、おらを拾って育ててくれた親みたいなもんでな。——黙っておったが、おらも昔に口減らしに山へ捨てられておったのよ」

今となっては覚えておらぬが、五つか六つの時分、気付くと山の只中におって、父も母もおらず、泣くことしかできずにおると、猟へ出た爺様が鳴き声を聞きつけた。

「そんときは夏になろうかと言う頃で、あんたと同じ冬だったらとっくにおっ死んじまっておったかもなぁ」

「爺様はそっからおらを育ててくれてな。猟なんかも爺様仕込よ」

「今はおらに猟場を譲って隣山に隠居しとるがの、山に関してはおらなんかよりずっと詳しいでな」

娘はじっと、こちらの話を聞いていたが、

「そんで、山の様子がなんともおかしいで、それを聞きに行こうと言うわけだわ」

そういった途端に表情が曇った。

「なんじゃ、あんたも気がついておったか」

娘は遠慮がちにこくりと一つ頷き、それきり何を言うてもただ曖昧にするだけであった。

@山の主さま 11/18

「おう、坊か。よう来たな」

爺様を訪ねると、上手いこと家にいたようで、そのまま招き入れられた。

「元気そうじゃな。そちらの娘さんは嫁か?」

「いんや、そうではなくてな。ちいとわけありで一緒に住んでおるのよ」

元は一人で行こうと思うていたが、どうにも一緒に行くというので、断る理由もなく、娘を連れてきていた。
昨日言っておいた爺様じゃ、挨拶せ、と促すと、娘は深く一礼をした。

「口がきけんでな。でも気立てがいい、ええ娘じゃて」

爺様は、そうかいそうかい、と頷いておったが、娘を見ておるかと思うとぎょっとして、

「こりゃ驚いた」

などと呟いておった。

「それでな、爺様。今日来たのは山のことでな。爺様も気付いておるかもしれんが、今年は春が来るのが遅うないかのう」

「もちろん、気付いておるわい。原因も、まあわかっておるな」

これにはさすがに驚いて、ならば教えておくれ、と急かしても、爺様はじっと動かぬ。
それからしばらく動かないでいたが、ようやく、それなら話してみようかの、とぽつりぽつりと話し始めた。

@山の主さま 12/18

山には主さまがおることは昔に話したな。

主さまは山を守っておるだけではなく、山の季節を変える役割も果たしておるんじゃ。

どうやって季節を変えるかと言うと、山に語りかけるんじゃわ。

言霊いうのはしっとるかの。

山の主さまの言葉には力が宿っておってな。

こう“なれ”と言えば、そう“なる”んじゃわ。

それでもって、冬を春に、春を夏に、夏を秋に、秋を冬へと変えていくっちゅうわけだで。

こうまで言えば、坊、お前にも原因はわかったな。

山の主さまが冬を春に変えずにおるで、春がこんのじゃ。

何故変えぬと言われてもな。

わしにゃあ、山の主さまが、今は山におらぬからとしか言えんわな。

@山の主さま 13/18

爺様の話に得心し、

「ほんなら、山の主さまを見つけて春にしておくれとお願いすればええんじゃな」

などと言うと、爺様は尋ねてきた。

「なあ、坊よ。お前はその娘を好いておるんかの」

「なんじゃ、爺様。どうして今それを聞く?」

すぐ後ろにおる娘が自分をじっと見つめている気がした。

「ああ、ここで答えんでもええ。そんなんは、娘さんに言うてやるが良いわ」

それだけ言うと爺様は、

「坊の頭の良うないんは、結局どうにもならんかったのう」

溜め息をつきつつ、娘に向かって呟いた。

娘が苦笑しながら一つ頷くのを見た爺様は、今日はもう帰るが良かろうよ、と言い出した。

「家に帰って、じっくり話すが良いじゃろうよ」

帰り際、娘は深く、爺様に礼をしていた。

@山の主さま 14/18

家に帰ると、囲炉裏の火に当たりながら娘に言う。

「明日からは山の主さま探しに行こうかと思うわ」

娘は小さく首を横に振った。

「なんじゃ、見つからんと言うんか?」

尋ねると、娘は小さく、今度は頷いた。

「なあに、なんとか見つけてやるわい。そんでな、山の主さまにお願いして春にしてもろうたら……」

言葉を切って娘を見る。
面映ゆう思えたが、ぐっと堪えて言葉を繋げた。

「おらと、一緒にならんか?」

娘は花が咲いたような顔を見せたが、途端に表情を曇らせ、力なく首を横に振った。

「……そうかぁ」

がっくりと肩を落として悄気ておると、娘が口を開いた。

「違うんだ。あんたと一緒になりたくないわけじゃないんだ」

途端にさっきまでの悄気た気分はどこかへいってしまった。

「——あんたぁ、口がきけたのか!?」

驚きのあまり、つい大きな声となってしまう。
娘は首肯し、ゆっくりと話はじめた。

@山の主さま 15/18

「山の主は、私なんだ」

その言葉に、ただただ驚き、目を丸くするばかり。

「春が来ないのも私のせいだ。私が山々に春来の言葉を伝えないから、いつまで経っても春が、——来ないんだ」

娘はこうべを垂れて、ごめんね、と呟いた。

「なして伝えに行かねえんだ?」

尋ねると、娘はこうべを垂れたまま、上目遣いにこちらを窺って、その顔は耳までも赤く染め上がっていた。

「あんたといるのが楽しくて、嬉しくて、離れたくなくて、行けなかったんだ」

それを聞いてこちらも照れたがなんとか堪えた。

「あんたと一緒になりたいけど、春を遅らせて皆に迷惑をかけちゃって、もうこれ以上、我が儘は……。だから、明日山に帰るよ」

じっと黙っていると、娘が言う。

「爺様が言っていたこと、覚えている? 山の主の、私の言葉には力があってね。何でも言葉通りにできちゃうんだ。だから普段は口をきかずにいるんだよ」

「本当は駄目なんだけど、最後にあんたの願いをなんでも叶えてあげるよ」

@山の主さま 16/18

「……なんでもか?」

「ああ、なんでもだ。今から言霊をかけるよ」

——あんたの望みが叶うように“なれ”

「さあ、これで良い。望みを口にしてごらん。大きな屋敷が欲しかったんだろう? きれいな着物が着たかったんだろう? 美味い飯が食いたかったんだろう? あんとき囲炉裏で話してくれたことだって、みんな叶うんだ」

「そうかぁ。それらも欲しいものではあったんだけどもな。あんたは寝ちまっておって、おらが一番望んだものを聞いておらんのよ」

その言葉に、娘は少しきょとんとしたが、すぐに微笑んで言う。

「大丈夫だよ。それがどんな望みだって、ちゃんと叶うよ」

「そんなら、言うわ。おらはあんたと一緒にいてえ。あんたと一緒にいられるのなら、大きな屋敷も、きれいな着物も、美味い飯も、みんないらねえ。そんなものはあんたと一緒じゃなきゃ意味がねえんだ」

途端にぼんやりと何かが光ったかと思ったが、すぐに消え失せ、あるのは青ざめた娘のみ。

「なんてことを! ……ああ、山に縛られてしまった。あんたはもう……」

@山の主さま 17/18

娘が言うには、自分は今の望みが叶うために山に縛られたそうで、麓の村までは行けても、その向こうまでは行けぬ身となったそうな。

「なんだ、そんなことか。そしたら心配いらねえ。どのみち山と麓の往復しかしたことねえでよ」

「でも、でも!」

「それに、そうなったっちゅうことは、おらはあんたと一緒におれるんじゃろう?」

「あ、うん……」

娘はまたもや耳まで赤く染まる。

「赤くなって、青くなって、また赤くなって、忙しいのう」

からかうように言うと、娘はいつぞやのように、栗鼠のごとく頬を膨らませた。

@山の主さま 18/18

「はあ、こりゃあすごいもんじゃなぁ」

明くる日、娘と共に山へ入った。
娘は時折立ち止まり、何事かを呟くと、そこは途端に春めいていった。

「今日は隣山まで行こう」

娘はずんずんと進んでいく。

「きれいなもんじゃのう」

春が芽吹く瞬間というのは、命が溢れ出て、清廉な清水が弾けるようだ。
ぽつりと呟くと、娘は嬉しそうに、誇らしそうに、そうでしょう! と笑った。

「春が夏になるのも見てえな」

うん、と娘が頷く。

「夏が秋になるのも見てえな」

——うん。

「秋が冬になるのも見てえな」

——うん。

「冬が春になるのも、また見てえな」

——うん。

「全部、あんたと一緒に見てえな」

娘は大きく、うん! と頷くと、春の芽吹きよりも、ずっときれいで、輝くような笑顔を見せた。

どうしようか迷ったけど結局名前を出さなかったから、単行本派の人にはわけがわからなかったかもしれない。
まあ、山が好きって描写はいっぱいあったし、それでなんとか。

@物事は正確に

染谷先輩、染谷先輩、今日も可愛らしいですね!

僕の挨拶に、はいはい、とあしらうように染谷先輩。

仲良く並んで部室へ歩いていると、ふと染谷先輩の耳を舐めたくなった。

しかし、勝手に舐めては怒られてしまう。
僕だってちゃんと学習するのだ。

そこで僕は、今から耳を舐めますね、と一声かけて、「——え?」と染谷先輩が戸惑った一瞬に耳朶を舐めしゃぶった。

存分に堪能したあたりでようやく我にかえった染谷先輩にぼこぼこにさらた。

断ったのに怒られた。
なぜかと考えてはたと気付く。

しまった。
しゃぶるのは余計だったか。
ちゃんと舐めしゃぶりますねと断るべきだった。

この反省は次回に活かしたい。

@簡単なこと

ある日、染谷先輩に言われた。

「次、わしの前で全裸になったら二度と口をきかぬからな」

僕は困り果てて染谷先輩に泣きついた。

染谷先輩、染谷先輩、一糸纏わぬ姿になれぬなら、どうやってあなたにこの気持ちを伝えれば良いのです?

「いや、普通に口で言えばええじゃろ」

染谷先輩の言うことは、たまに難しくてよくわからない。

Don't think! Feel it sexual perversion!

書いた分を上書きして消してしまった。
一レス分しか残ってない。

この事態には興奮しなかった。

僕はそこまで変態じゃないと証明されたことだけが唯一の救いだ。

そう言ってもらえると、素直に嬉しいですね。

エア染谷先輩に慰めてもらって復活したので、また適当に再開。

「あんたも今日は終わりか。ほいじゃ一緒に帰るか」

ある日の部活終わりに、染谷先輩がそのように声をかけてきた。

染谷先輩、染谷先輩、どうしたんですか?
熱でもあるんですか?

あまりの事態に動揺した僕は、染谷先輩の体調不良を疑ってしまった。

「自分でそんな言うんかい……。嫌ならええぞ」

呆れ顔の染谷先輩。

滅相もない、是非とも一緒に帰りましょう!

叫ぶ僕に、頷く染谷先輩。

夕焼けを見ながらの染谷先輩との下校はとても楽しく、僕はずっと喋り通しだった。
ずっとずっと喋り続けていたので、とうとう息が切れてしまった。
その、沈黙が支配したほんの一瞬に、染谷先輩が僕の手を静かに握った。

心臓が口から出かかったがなんとか堪え、横目に染谷先輩の様子を窺うと、わざとこちらを意識しないようにしているのが見てとれた。

先ほどまでの口数が嘘のように黙ってしまった僕は、それでもこの沈黙が心地よく、そのまま身を任せていたのだが、不意に言い様のない不安感に襲われた。
少し迷ったがその不安感を、形にすることとした。

染谷先輩、染谷先輩、今日はいったいどうしたのですか?

染谷先輩は何も答えない。

染谷先輩、染谷先輩、僕はあまりにも幸せすぎて何もかもがよくわからなくなってきました。

染谷先輩は何も答えない。

もしかしたらこれは僕の見ている夢なのではないか、そう疑っているくらいです。

染谷先輩は答えた。

「もしこれが夢だとしても、あんたが幸せだと思えておるなら、それでもええじゃろうに」

駄目なんです、それでは駄目なのです。
僕は僕の思う通りに僕を幸せにしてくれる夢の中の染谷先輩よりも、染谷先輩が染谷先輩らしくある儘ならぬ現実の染谷先輩の方が好きなのです。

僕の言葉に染谷先輩は困ったような顔を見せた。

「それじゃ、わしはどうしたらええんじゃ」

いつの間にか夕陽は沈みかかっている。
僕は少し考えて、名残惜し気に染谷先輩から手を離した。

もしこれが夢であるなら、僕にキスをしてくれませんか。
それはずっと僕が夢見ていたことです。
もしこれが現実であるなら、僕から走り去ってくれませんか。
僕はいつかあなたをつかまえて、あなたとともに、夢を見ます。

染谷先輩は沈む夕陽を見送ってから、僕にひとつ、口付けをした。
僕が悲しくて嬉しくて哀しくて、何も言えずにいると、染谷先輩は僕の胸を軽く叩いて、そのまま走り去った。

あとに残されたのは薄い夕闇と、夢現のわからなくなった僕だけだった。

消えたショックのまま書いたらよくわからない方向性になった。
でもそのまま投下。

天鳳で振らずツモらず席順で4位が3連続とかどういうことなの……。

気分転換に「染谷先輩」で新ID作ろうと思ったらすでに誰かが作っているとか、更にどういうことなの……。

なるほど。

染谷先輩ファンへの道程は、遠く、厳しいのだね。

いつか限られた人間になりたいものである。

@無計画的犯行

染谷先輩にアドレスを教えてもらえたので、メールをしてみようかと思う。

あれ?

ところで、一人称は僕(「僕」)だっけ、俺(京太郎)だっけ?

↓1

おっと、僕は僕だった。

寝ぼけていたかな。

さて、早速文案の作成だ。

--------------------------------------

To:染谷先輩

本文:

拝啓

春風に若葉香る候、染谷先輩にはますますご清栄のこととお喜び申し上げます。

本日も大変お世話になりました。

さて、染谷先輩におかれましては今時分いかがお過ごしでしょうか。

私は寝苦しい夜に辟易し、夜涼みなどを致しております。

敬具

--------------------------------------

これでいいだろうか?

それとももう少し個性を出してみようか?

↓1(文案提示も可)

ちょっと僕らしさが足りなかったな。

--------------------------------------

To:染谷先輩

本文:

拝啓

春風に若葉香る候、染谷先輩にはますますご清栄のこととお喜び申し上げます。

本日も大変お世話になりました。

さて、染谷先輩におかれましては今時分いかがお過ごしでしょうか。

私は寝苦しい夜に辟易し、夜涼みなどを致しております。

そしてもう間もなく、貴女のもとへと到着します。全裸で

敬具

--------------------------------------

うん、これで大丈夫だな。

送信っと。

さて、出かける準備をしようか。

ちゃんと脱いだ服はたたまないとね。

ん、全裸ってことは靴下も脱ぐのか。

僕は素足で靴ってあんまり好きじゃないんだけどな。

いや、待てよ。

全裸なんだから靴もいらないな。

よし、これで大丈夫。

出発! ——っと、メールだ。

--------------------------------------

From:染谷先輩

本文:

どこから突っ込んでええのかわからん。

とりあえず、携帯メールに頭語・結語はいらん。

時候の挨拶もいらん。

そして全裸のおんしなど最もいらん!

全裸でなど出歩くな!

--------------------------------------

そうなのか。

じゃあ次からはもう少しフランクに書こう。

全裸は駄目なのか。

どうしようか。

とりあえず返信をしてから——

服を着て会いに行く。
全裸で会いに行く。
行かない。

↓1(返信の文案提示も可)

--------------------------------------

To:染谷先輩

本文:

そうなんですか。

僕、メールを送ったのは染谷先輩が初めてだったので知りませんでした。

では服を着て会いに行きますね。

--------------------------------------

これでよし。

ところで、今はもう0時過ぎているけれど会ってくれるのだろうか。

お、染谷先輩は返信が早いなぁ。

--------------------------------------

From:染谷先輩

本文:

待て。

わしはもう布団に入っておるぞ?

あんた、本当に来るつもりなんか?

--------------------------------------

学生なんだしそうですよね。

んー、強行したら嫌われるだろうか。

メールで満足していた方が良いかな。

それとも意外といけるかな。

どうしようか。

↓1

やっぱりこんな時間に訪ねるのは失礼だな。

僕だって常識をわきまえているのだ。

--------------------------------------

To:染谷先輩

本文:

遊びに行くには非常識な時間でしたね。

では明日の朝一に紳士スタイルでお迎えに上がります。

おやすみなさい。

--------------------------------------

これでいいかな。

やっぱり返信が早いなぁ。

僕とのメールだからだろうか。

そう考えるのはやっぱり自惚れだよね。

--------------------------------------

From:染谷先輩

本文:

わかってもらえて良かったわ。

一緒に登校しようってお誘いなんかの?

それなりに楽しみにしておくわ。

おやすみ。

--------------------------------------

おやすみなさい、染谷先輩。

さて明日に備えて早く寝よう。

朝に弱い僕にしては、爽やかな目覚めだった。

それもそのはず。

なにしろ、今日は染谷先輩を迎えに行って、そのまま一緒に登校できるのだ。

朝ごはんをしっかりとってから登校の準備をする。

顔を洗って、歯を磨く。

鏡を見ると少し寝癖があった。

染谷先輩との初登校デートだ。

きちんと整えていこう。

ネクタイは落ち着いた柄の春らしい薄緑のやつにしよう。

染谷先輩のリボンとお揃いだ。

そう考えるだけで心が躍った。

靴下は厚手の丈夫なやつを選ぶ。

靴を履かないのだから、頑丈さ重視になるのも仕方ない。

最後にもう一度鏡を見る。

寝癖はない、OK。

顔は洗った、OK。

歯を磨いた、OK。

ネクタイをつけた、OK。

靴下を履いた、OK。

それ以外は裸、OK。

よし、完璧だ。

ふと、染谷先輩からのメールを思い出す。

『それなりに楽しみにしておくわ』

ついつい頬が緩んでしまう。

行ってきますと声に出し、弾むように家を出た。

今日も一日、良い事がありそうだ。

--------------------------------------

From:染谷先輩

本文:

おはよう。

まだ来んのか?

そろそろ行かんと遅刻してしまうぞ?

--------------------------------------

--------------------------------------

To:染谷先輩

本文:

おはようございます。

すみません。

なぜか現在進行形で国家権力に追いかけられています。

今日は迎えに行けそうにありません。

部活には行けると思います。

--------------------------------------

落ちが弱かったかもしれない。

安価にしたら染谷先輩といちゃいちゃできるかと思ったらそんなことはなく、安定の「僕」だった。

@優しく握る 1/6

「今日は鶴賀との練習試合じゃからな。言うまでもないが真面目にやるように」

一同から、はい、との返事。
皆は心配あるまい。
問題は、彼だ。

「ええか、絶対に変なことはするでないぞ?」

彼だけを呼び寄せてそう告げると、「僕は染谷先輩を見ると求愛行動をしたくなりますが、それは変なことには含まれませんよね?」などと言う。
頭が痛い。

「勿論、そんなものは厳禁じゃ。そんなことはせんで、極めて普通にしておれ」

「難しいことを言いますね……。今日は部活が終わるまで染谷先輩に求愛行動をせずに、普遍的、一般的な男子高校生のように過ごせ、そういうことなのですね……」

何が難しいのか、眉間に皺を寄せながら唸っている。

「わかりました。では僕がそれを達成できたなら、僕のお願いを一つ聞いてくれませんか?」

「あまりおかしなお願いでなければな……」

釈然としない交換条件ではあるが、今日一日を乗りきるためだ。
仕方あるまい。

@優しく握る 2/6

やってきた鶴賀の面々と早速打ち始める。
今日は卒業した久が加治木さんと蒲原さんを誘って来てくれたおかげで人数は十分だ。
彼は求愛行動を抑えるためか、なるべくこちらに近づかないようにしているようだ。

打ちながら、横目で彼の様子を窺う。
今は半荘を終えて感想戦に移ったとこだ。
特に問題は起こしていないようで安心——。

(待て! 加治木さん、それは近付き過ぎじゃ!)

彼の手配を確認しようと加治木さん身をせたのが見えた。
彼が何かしでかすのでは、とはらはらしたが、結局は何事もなく済んだ。
だが、安心する間もなく、今度は和が対面から身を乗り出して彼の手配と捨て牌を指差して何かを言い始めた。

(ちょぉ、和!?)

和は麻雀に熱中すると、彼が危険人物であることを忘れがちだ。
和の豊満な凶器が、彼の眼前に突き出されており、彼女が動くたびに誘うように弾んで揺れている。
彼はと見れば、少し頬を赤くしながら恥ずかし気に視線を逸らしている。

(おい、なんじゃその反応は……。あんた、わしの胸は穴が空くほど凝視してくるじゃろうが)

彼の初々しい反応に苛立ちを覚えていると、「まこ、あなたの番よ」と久に促された。

「ああ、すまん」

ツモったのは撥。
ざっと河を見て一枚切れなのを確認すると、そのままツモ切りをして視線を彼に戻した。

「あ、それ! ロンです。……よね?」

途端に妹尾さんから発声がかかった。

「ええと、撥、混一、かな」

倒された手配は——。

「……そりゃあ、緑一色、じゃ」

力なく呟くと、隣の卓からは彼の能天気な笑い声が響いてきた。

@優しく握る 3/6

昼御飯を挟んで午後も引き続き試合形式となった。
彼が作ってきたお弁当、というより重箱が受けたのか鶴賀の部員と彼は随分と打ち解けたようだ。

(昼も結局、こっちには近づいて来んかった……)

(楽しそうに皆と話しておったな)

(……別に、ええけどな)

カッカッカッとサイドテーブルに人差し指を打ち付けながら彼の様子を窺う。
今は自分と同じく彼も抜け番のようで、妹尾さんとなにやら話ながら対局を見ている。

(いつもなら抜け番になるたびに近寄って来るんにのう……)

カッカッカッ——

(何を話しとるか。随分と楽しそうじゃな


カッカッカッカッカッカッ——

(顔を向け合って笑って……。ちいと距離が近いんではないんか!?)

カッカッカッカッカッカッカッカッカッ——!

「——ちょっと、まこ」

「……ん、なんじゃ」

気づけば久が声をかけてきていた。

「もう少し静かにしてもらえない?」

軽く叩いていたつもりが、思いの外響いていたようだ。

「ああ、すまんな」

「何かあったの?」

久の問いかけに暫し考え込む。

(何かあった……。いや、何もないな。あやつが大人しゅうて部活が捗っておるくらいじゃわ)

今日を振り返ってみても、特に問題は起こっていない。
スムーズに練習試合は進んでいる。
ただ——

(何でか知らんが、あやつの照れた顔が浮かんできて苛立つがな!)

「いや、何もないわ」

久は訝しげな顔ではあったが、それ以上詮索することはしてこなかった。

@優しく握る 4/6

改めて彼を見ると、対局者の入れ換えがあったのか、今度は東横さんと話始めていた。
楽しそうに笑っている。

(まただらしなく笑いおって……)

カッ——

無意識にサイドテーブルに指を突いてしまう。

(何の話をしておるのか……。ん、立ち上がった?)

カッカッカッ——

(東横さんの背後に回って、肩に手を!?)

カッカッカッカカカカカカッ——

(肩揉みって、そりゃあれだけ胸が大きければ肩も凝るじゃろうが、なんであんたが揉んでおるんじゃ!)

ガガガガガガガガガガガガッ——!!

「——おーい、まこ? もう少し静かにしてってば」

(ん、加治木さんが二人に近づいていって……)

カッカッカッカッカッカッ——

(肩揉みは終わったか。東横さんが立ち上がって、今度は加治木さんを座らせた?)

カッカッカッカッカッカッ——

(東横さんが何かをあやつに渡したな。なんじゃろうって、手櫛で加治木さんの髪を!?)

ガガガガガガガガガガガガッ!!

「まこってばー。おーい?」

(さっき渡しておったのはヘアゴムか! 加治木さんをポニーテールに! 確かに似合うておるが、なんであんたがそんなことをしておるんじや!!)

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!

「まこー、……ってもう良いわよ」

まったく反応しないのに諦めたのか、久は溜め息と共に立ち上がると、サイドテーブルをさっと取り払った。

「——う、おっ!?」

急に支点を失って、なんとか転ぶまいとバランスを保っていると、彼の能天気な笑い声が響いてきた。

@優しく握る 5/6

練習試合も終わり、皆で夕食を食べようという話になったが、少し用事があるからと辞退した。
今日の自分はおかしい。
せっかくの機会だが、大人しく帰ることにした。

ちらりと彼を見ると、「あなたも行くっすよね」と誘われていた。

皆が帰ったあと、すぐに帰る気分にもなれず、部室で今日の牌譜をチェックする。
ひどいものだった。
見るほどに溜め息が出て気か滅入ってきたので、軽く掃除をして帰ることにした。

旧校舎を出て校門へ向かうと、そこに人影があるのに気づいた。
——彼だ。

「皆と行ったんではないんか?」

尋ねると、「いいえ。染谷先輩が部活を終えるのを待っていました」とのこと。

「部活、終わりましたよね。約束通り、僕のお願いを聞いてもらいますよ」

言いながらこちらに手を伸ばしてくる。

「なんじゃ?」

「手を繋いで、一緒に帰ってください」

少し拍子抜けしたが、そのくらいならまあ良いだろうと承諾することにした。

@優しく握る 6/6

「皆と行かんで良かったのか?」

「染谷先輩と帰りたかったので」

「……和も東横さんも妹尾さんも、わしなんかより胸が大きい子と一緒におれたんじゃぞ」

「ええと、染谷先輩?」

彼が何を言っているのかとばかりに問いかけてくる。
当然だろう。
自分でも何を言い出しているのか、よくわからなかった。

「わしは肩が凝るほどもないからな。見てもつまらんじゃろう」

「……」

「東横さんも加治木さんも、綺麗で真っ直ぐな、さらさらの長い髪じゃからな。触り心地も良かろうよ」

「……」

本当に、何を言っているのだろうか。
これ以上口を開くと、何かとんでもないことを言い出しそうで、それきり口を閉ざした。

暫し無言のまま歩いていたが、彼が口を開いた。

「染谷先輩が挙げた人達も確かに魅力的なのですが、僕の好みは違うのです。僕が好きなのは、緩くウェーブした緑がかった髪で、眼鏡をかけていて、広島弁を話して、胸は小さいまではいきませんが慎ましい、そんな女の子なんですよ」

「……」

「そんな女の子、知りませんか?」

「……知らんな。ほぼ条件に当てはまっとる子はおるが、その子の胸は別に慎ましくはないからな」

彼はそれを聞くなり繋いでいた手をほどき、両手をこちらに向けてきた。

「とれどれ、本当に慎ましくないか確認してみましょうか」

うひひ、などと嫌らしい笑いを浮かべながら近づいてくる彼を一通り呆れた顔で見やったあと、片手をとって、ぎゅっと握った。
彼は何事かときょとんとしている。
そんな彼に、囁くように告げる。

「今日は、手を繋いで帰るんじゃろう?」

彼は顔を綻ばせて、

「そうでしたね。では、帰りましょうか」

優しく手を握り返してくれた。

要望に応えられたかはわからない。

一レスに納めたかったけど、僕の力量では無理だった。

@ちいむとらひめはなかよし 1/2

菫「土日の部活だが、部室棟の保守点検作業があるため、休みとなる」

淡「えー!」

菫「仕方ないだろう。せっかくの機会だ。各自ゆっくり休養するように」

照「休みか……」

淡「急に休みって言われてもなあ。テルは何するの?」

照「まだ決めてないけど、家でゆっくり読書をするかな」

淡「ふうん。尭深は?」

尭深「和菓子屋さん巡りでもしようかな」

淡「うーん、いまいち。スミレはー?」

菫「先輩には敬語を使え。家でのんびりしながら、授業で出された課題でも進めるつもりだ」

淡「げー……。ダメダメだ」

菫「ダメダメって……」

淡「誠子はー?」

誠子「せっかくの連休になるし、釣りをしてくるよ」

淡「釣り?」

誠子「ああ、テントを持っていってキャンプがてらね」

淡「それだー!」

誠子「え!?」

淡「キャンプ! 私も行きたい!」

菫「さっきから皆の予定を聞いて回っていると思ったら、面白そうなところに乗っかる腹積もりだったのか」

淡「一人でいてもつまんないしねー。まさか『課題を進めるつもりだ(キリッ』なんていう人がいるとは思ってなかったけど」

菫「——ほおう?」

照「落ち着いて」

淡「ねえ、誠子。私も行って良いでしょう?」

誠子「構わないよ」

淡「やった!」

@ちいむとらひめはなかよし 2/2

照「……良かったら、私も行っていい?」

菫「なに!?」

誠子「いや、もちろん構わないですけど……」

菫「言っておくが、山で迷子になったらそれはもう迷子ではなくて、遭難だからな?」

照「失礼な言われよう……」

淡「テルが行きたがるなんて、なんか意外だな」

照「そうかな?」

尭深「はい、私も。参加してみたい」

誠子「尭深も?」

尭深「野点には前々から興味があったの」

誠子「いや、キャンプだっての……」

淡「スミレはどうする? せっかくだから一緒に行こうよ。課題なんかより楽しいぞー」

菫「なんでお前が仕切っているんだ。——だが面白そうだな。私も行って良いか?」

誠子「もちろんですよ。五人ですね。じゃあ、管理釣り場が併設してあるキャンプ場が良いかな」

淡「管理釣り場?」

誠子「うん。簡単に言えば自然の中に設置された釣り堀だよ。初心者でも釣りやすいから、釣りの楽しさを知ってもらうにはもってこいなんだ」

尭深「初心者用……。それで誠子は楽しめるの?」

誠子「ああ。どんな釣りでも楽しみ方はあるからね。皆で行くなら皆が楽しめた方が私も嬉しいし」

淡「誠子は良い子だね!」

菫「淡、お前は……」

誠子「まあまあ……」

菫「では、予約なんかは任せて良いか?」

誠子「はい、大丈夫です」

照「持っていくものは?」

誠子「それもピックアップして、明日連絡しますよ」

淡「足りないものがあったら金曜の部活後に皆で買いに行こうよ!」

尭深「うん」

照「そうしよう」

淡「うっひょー! 楽しみー!」

特に落ちはない。

チーム虎姫はみんな仲が良いイメージ。

@せめて同じように濡れる

午後から降りだした雨は、しとしとと続き、放課後になった今でも止む気配はない。
濡れて帰るかと思ったところで置き傘があったことを思い出す。

昇降口で傘立てを確認し、ようやく自分の傘を見つけ、そこで人影に気づいた。
染谷先輩だ。
染谷先輩は空を見上げ、静かに佇んでいる。

染谷先輩、染谷先輩、こんにちは。

声をかけると、こんにちは、とだけ返してきて、それきり。

雨、止まないですね。
傘、ないのですか?
良かったら、送りましょうか?

なんと声をかけても気のない返事。
僕が何も言えなくなっていると、わしは気にせんでええから先に帰っておれ、とだけ言って空を見上げている。

こうなっては仕方がないと、その場をあとにした。

校門を出たあたりで、雨音に消されぬ華やかな声が響いてきた。
振り返ると、染谷先輩の隣に誰かがいる。
竹井先輩だ。

二人は並んで空を見上げているかと思うと、竹井先輩が染谷先輩の腕をとり、あっと思うまもなく雨にその身をさらした。
笑う竹井先輩に、怒る染谷先輩。
でも、終いには染谷先輩も笑いだして、二人で手に手を取って、駆け出した。
佇む僕に気づかぬまま、駆けていった。

傘を閉じる。
途端に雨は僕に降り積もっていく。
水を吸った身体はどんどんと重くなっていく。

僕は沈んだ心で、重い足取りで、二人が駆けていった道を歩いて帰った。

酉を外し忘れたかと思わず確認してしまった。
よくわかりますね……。

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