貴音「天使の罪咎は」 (285)

様々な歌手たちが発表予定の新曲を歌う録音スタジオ。そのスタジオビルの屋上から、とある新進気鋭の若手作曲家が『転落死』した。

事件当時、被害者は携帯で『電話』をかけている最中だったため、何者かに『突き落とされて』殺害されたということは明白であった。

警察は捜査の結果、被害者以外に『屋上にいた唯一の人物』である少女を殺人の容疑者とした。

――765プロダクション所属のアイドルである、『彼女』を。



銀色の王女の慧眼は、仲間を陥れた悪意の罠を看破できるか――!?


『天使の罪咎は』



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1387726006

こんな感じでやっていきます
アイマスのミステリに需要があるかは不明ですがお付き合いいただければ幸いです

貴音「くおど、えらと、でもんすとらんだむ」
貴音「月光島葬送曲」
の続編ですが読んでいなくともまったく問題なしです

世間はクリスマス前ですがこのSSは真夏頃の話です
次の夜に解決編とするつもりです
どうぞよろしくお願いします

わかりづらいところやミスなどあるかもしれません
質問は遠慮無くどうぞ

――[ピーーー]しかない。

自分にはそれしか選択肢は残されていない。

だが、だが殺して、その後はどうなる?

捕らえられ、この先一生、殺人者の汚名を背負う???

……それでは、駄目なのだ。なんの意味もない。

殺して、そして犯人だと気付かれないような方法が必要だ。

仕方がない……仕方がないことなのだ。

ああ……心苦しいが、彼女には……我慢をしてもらう他ない……――。

――殺すしかない。

自分にはそれしか選択肢は残されていない。

だが、だが殺して、その後はどうなる?

捕らえられ、この先一生、殺人者の汚名を背負う???

……それでは、駄目なのだ。なんの意味もない。

殺して、そして犯人だと気付かれないような方法が必要だ。

仕方がない……仕方がないことなのだ。

ああ……心苦しいが、彼女には……我慢をしてもらう他ない……――。

アイドルを仕事場まで送り届けるのもプロデューサーの立派な仕事である。

本日の予定は、10時30分から大桶(おおおけ)レコーディングスタジオで新曲の収録となっている。

車載モニターに表示された現時刻は9時15分。

バックミラーにちらりと目をやると、後部座席でなにやら浮かない表情でいる少女の姿が映っていた。

じわりじわりとではあるが、順調に仕事が増えつつあるうちのアイドルたち。その中でも彼女の勢いは随一かもしれない。その儚げな印象から、ファンの間では『天使』と呼ばれることもあるそうな。

P「……雪歩? やっぱりどこか調子が悪いんじゃないか?」

雪歩「え……? あ……いえ、なんでもありません! 大丈夫です……」

……どうにも様子がおかしい気がする。

そういえば、昨日の仕事が終わった帰りの時から違和感はあった。

昨日はこれから向かうスタジオで、収録前の打ち合わせとリハーサルがあったはずだ。

『わけ』あって、俺はその現場にはいなかったのだが……やはり打ち合わせ中に何かあったのだろうか?

昨日も事務所で何気なく尋ねてみたものの、当り障りのない返答しか得られなかった。

俺の気のし過ぎか……そう思っていたのだが……。

P「リハーサルでもほぼ問題なしだったっていうじゃないか。心配することないさ」

雪歩「ありがとうございます。あの……ホントに私は大丈夫ですから」

P「そ、そうか。それならいいんだ」

P「おっと……」

スーツのポケットの中でスマートフォンが振動する。先月やっと電池パックをセロテープで押さえつけていた化石のようなガラケーから買い替えたのだ。

車を路肩に停めて、着信相手の番号を確かめる。これから向かうスタジオの番号だった。

P「はい――」

《あ、Pちゃん? 俺、奏だけど》

俺の言葉を遮るようにせっかちに喋り出したこの人は、奏州虎(かなで すとら)。今回の収録で雪歩が歌う楽曲の作曲者であり、歌唱指導担当でもある人だ。

P「どうしました、奏先生?」

奏《あとどのくらいでこっちまで来れそう?》

P「あと……20分、いや25分くらいですかね」

奏《あっそう、じゃ、さ。俺もうちょっと準備に時間かかるから先にスタジオ入っててもらえる?》

P「わかりました。ええっと……たしかスタジオは昨日とは別の方でしたね」

奏《そうそう。5階の第二スタジオだから、間違えないよーに頼むよ》

P「あ、ところで奏先生。一つお聞きしておきたいんですが……」

奏《あ? なに? あ、お土産はなんでもいいよ》

P「いや、お土産の話ではなくて」(用意してないし)

奏《あっそう、じゃ、なに?》

P「どうして急に俺もスタジオに入らせてもらえることになったんでしょうか?」

実は、『奏州虎は覆面作曲家である』。

そう……俺が昨日、打ち合わせの現場にいられなかった原因もそこにあった。

ポップス、アイドルソング方面で新進気鋭の活躍をする奏州虎、だが、その本名や顔、人柄、果ては性別さえも世間一般には知られていないのだ。

彼がなんのために素性を隠して作曲家という仕事をしているのかはわからない。だがその隠匿っぷりはなかなかに徹底している。

曲の収録に立ち会いはするが、その場合は必要最低限の人間しかスタジオに入ることはできないのだ。

つまり本人を除いては歌手と収録作業をサポートするエンジニアのみである。

奏《あー、そこんとこやっぱ気になっちゃうカンジ?》

P「だって、今までは仕事のスケジュールを決めるときもメールでのやりとりだけでしたし……それが昨日になって急に電話で、『スタジオに来てもいい』だなんて……」

覆面作曲家ということからなんとなく怖いイメージを持っていたが、実際はそんなことはなかった。

むしろその真逆、フランク過ぎるくらいかもしれない。

奏《いやさ、ちょっとPちゃんと直接話したいこともあってねェ》

P「話したいこと……ですか?」

奏《そう、恋の相談なんだけどね》

P「え」

奏《なーんて、それは冗談だよ》

P「はぁ……」(なんと言っていいやら)

奏《詳しいことはまた後で話すよ。第二スタジオの準備室の机の上に資料を置いてあるからさ。それに目を通しておいてくれるかな?》

P「はぁ、机の上の資料を見ておけばいいんですか? わかりました」

奏《そ。じゃ、また後で》

雪歩「あの……今の電話って……」

P「ああ、奏先生だよ」

雪歩「……なにかあったんですか?」

P「いや、まだ準備に時間がかかるから先にスタジオに入っていてくれってさ」

雪歩「そ、そうですか……」

P「おっと、そろそろ行かないと練習する時間がなくなってしまうな」

雪歩「あ、はい。収録が始まる前にやっておかないと……」

P「ええっと何練習だったっけな、たしか……」

雪歩「反省練習……でしたっけ」

P「ちょっと違ったような……」

雪歩「ハイウェイ練習……」

P「公道レースでもするつもりか……?」

雪歩「発剄練習!」

P「やだよ衝撃波出すアイドルなんて」

雪歩「反米演習?」

P「ノーコメント……思い出した、発声練習だ!」

雪歩「あっ、それですぅ! よかったぁ、思い出せて……」

P「…………」

雪歩「…………」

P「……さて、時間を浪費してしまったな。急ぐぞ」

雪歩「あっ、はい」

車を再発進させ、急ぎでレコーディングスタジオへ向かう。

~大桶レコーディングスタジオ前~

駐車場からスタジオのビル入口まで2、30メートルほどの道のりを雪歩と歩く。

大桶レコーディングスタジオは、かの大作曲家、大桶楽(おおおけ がく)の所有しているスタジオである。

作曲家としての活動歴は40年を超え、ピアノ、オーケストラのジャンルにおける巨匠である。映画音楽などでも有名なため、一般人にもその名は広く浸透している。

大桶楽と奏州虎。この二人がどうして同じスタジオ内に事務所を構えているのかは少し不思議ではある。年齢は二回りほども違う上に、ジャンルもまったくの別門だ。

覆面作曲家である奏州虎はもちろんのこと、大桶楽もこのことについてコメントしたことはないらしい。なにか個人的な繋がりでもあるのだろうか?

P「向かいのビル、工事中か」

道路を挟んだ向かい側の大型ビルは、解体工事中らしい。コンクリートだかなんだかを掘ったり崩したりする音がズガンズガンとここまで響いている。

ビル街の中でこの騒音は相当なストレスだろう。

P「収録に差し支えたりしなけりゃいいんだけど」

雪歩「そこは大丈夫だと思いますよ。だってスタジオ内は全室防音ですから」

P「あ……そうなんだ」

考えてみれば当然だ。収録中に外からの雑音が入るなんてこと絶対あってはならない。

でも録音ブース以外の部屋も防音というのはやっぱりちょっと珍しい気もする。

雪歩「あ、そっか……。プロデューサーはこのスタジオ、昨日は入ってないんですよね」

P「ああ。昨日は入り口の前で見送ったからな。第二スタジオというのも5階にあるってことしか聞いてないからちゃんと案内頼むよ」

雪歩「え!? あ、案内ですか? ど、どうしよう……私も昨日は2階の第一スタジオしか行ってなくて……」

P「あー、そりゃそうか。雪歩も昨日の打ち合わせでしか来たことないもんな。まぁ、受付の人に聞けば場所はわかるだろう」

~大桶レコーディングスタジオ1階 ラウンジ・受付~

「だから~今日はもうスタジオの貸出はできないんです~」

入り口の自動ドアを通って中に入ると、間延びした声が聞こえた。

入り口正面には白の受付台を挟んで女性が座っており、固定の電話でなにやら応対中のようだ。

P「あの人は……」

雪歩「受付係の麻音寺真呑(まねじ まのん)さんです」

雪歩が彼女へ右手を向けて紹介してくれる。見たところ、年齢は20代前半だろうか。派手なロングの金髪に真っ黒なスーツというゴシックな雰囲気の出で立ちはかなり浮いていると言わざるを得ない。

麻音寺「あっ、ちょっと待って下さいね~」

やっとこちらに気がついたようで、受話器を片手でそっと押さえる。

麻音寺「雪歩ちゃん、おはよう~」

雪歩「おはようございますぅ、麻音寺さん」

にこやかに挨拶するところを見ると、見た目の突飛さはともかく人当たりは良さそうだ。

麻音寺「あの~、そちらはどちら様でしょうか~?」

P「あ、どうも。ええっと――」

簡単に自己紹介をする。

麻音寺「あ~。雪歩ちゃんのプロデューサーさんでしたかぁ」

P「はい。よろしくお願いします」

麻音寺「はい~。どうぞよろしく~。今日は二人ともがんばって歌ってくださいね~」

P「いや、歌うのは雪歩だけですけどね」

麻音寺「あ、そうですよね~」

P「あはは」

麻音寺「うふふ~」

P「…………」

麻音寺「…………?」

雪歩「あの、プロデューサー、麻音寺さん電話中みたいですし……」

P「あ、ああ」(どうも調子が狂う人だな)

麻音寺「そうでした~。なにかご用件が?」

P「えっと、今日の収録は5階の第二スタジオでって聞いたんですけど……」

麻音寺「それなら階段で5階へ上がってもらえればすぐにわかると思います~。そんなに広いビルじゃないですし~。あ、でも最上階だからちょっと大変かもしれませんね~」

P「はぁ、わかりました。ありがとうございます。お電話中すいませんね」

雪歩「ありがとうございました、麻音寺さん」

麻音寺「いえいえ~。……あ、お待たせしました~。それで何のお話で――」

俺と雪歩が階段の方向へ歩き出すと背後で麻音寺さんが再び電話の相手と話しだすのが聞こえた。

P「なかなか変わった人だな、麻音寺さん」

狭い階段を昇りながら雪歩に言う。

雪歩「でもいい人ですよ。昨日も打ち合わせの休憩時間に、麻音寺さんの持ってきたスイカをみなさんと一緒に頂いたんです」

P「スイカ?」

雪歩「なんでも、ご実家が農家だとか」

P「ふーん。実家から送ってもらったもののおすそ分けってところか」

雪歩「残念ですけど、昨日全部食べてしまったのでプロデューサーの分は残ってないですね……。あっ! それならこんな話するなって感じですよね、すみませぇん!」

P「いやいや、スイカごときで悔しがるほどいやしくないぞ」

~大桶レコーディングスタジオ5階 第二スタジオ~

麻音寺さんの言っていたとおり、迷うような構造ではなかった。

階段から廊下に出たところのほぼ真正面にドアがあった。ドアには『第二スタジオ』とプレートがある。

右手方向には更に上、つまりは屋上への階段がある。廊下はさらに続いて左に折れ曲がって先は見えなくなっている。トイレはその先だろうか。

ドアを開けて6畳ほどの広さの準備室に入る。

P「お、涼しい」

雪歩「誰かがエアコンつけておいてくれてたみたいですね」

夏場の密閉された部屋だなんて想像するだけでたまらないから、これはありがたい。

部屋の入口から左側には僅かなスペースではあるものの流し台が取り付けられており、小さな食器棚もある。その隣には小型の冷蔵庫が置いてある。休憩を取るための部屋も兼ねているのだろう。

中央には長方形のテーブルがあり、その上にはペンや紙が乱雑に置かれたままだ。

入り口から右側の壁にはもう一つのドアがある。録音や音響のための機材が一揃いになっている部屋、いわゆるコンソールルームへと続くのだろう。

P「……あれ? 鍵がかかってるな」

ドアノブを回してみても扉は開かない。

P「でも中には誰も居ないようだな……」

透視能力があるわけでもなし、中の様子は見えないが、ノックしても反応がないところをみるとやはり誰も居ないのだろう。

P「どちらにしろ、これじゃブースに入れないな。麻音寺さんに言えば鍵借りられるかな?」

大体のスタジオでは、コンソールルームから歌唱、演奏を行うブースへと行き来できるようになっている。ここもそうなんだろう。

雪歩「まだ収録までは時間がありますから、大丈夫ですけど……」

部屋の壁時計を見ながら雪歩が言う。只今の時刻、9時45分。

P「あれ? でも本番前に発声練習するって……」

雪歩「あ、あれですか? それなら……」

P「ここでするか?」

雪歩「えぇ!? それはちょっと恥ずかしいですぅ……」

俺は別に構わないんだけど。まぁ普通に歌を歌っているのを聞かれるのとはまた違うものなのかもしれない。

雪歩「奏先生に『屋上でするように』って言われてるんですけど……」

P「屋上で? ……まぁ、たしかに外だと室内よりも声が響かないから、練習する上では理にかなっているのかもしれないな」

雪歩「そうですよね。だから私、ちょっと屋上に行ってきます!」

P「すぐに始めるのか?」

雪歩「はい。30分ほど練習すると喉の調子が全然違うから必ずやっておくように、って」

たしかに今から30分練習したら10時30分からの収録にはちょうどいいだろう。

P「それも奏先生に?」

雪歩「はい。そうですよ?」

なんだかテキトーそうな人だと思っていたが、そういった指導はしっかりしているようだ。……ちょっと意外かも。

雪歩「プロデューサーはなにかすることあるんですか?」

P「いや、特に……あ、そういえば」

ついさっき電話で話したことをもう忘れかけていた。

P「奏先生が俺に見せたい資料があるって言ってたんだよ」

雪歩「そうなんですか? ――あ、これじゃないですか?」

机の上からま新しいプリント用紙10枚ぐらいの束を雪歩が手に取り、こちらに渡した。

左上部分がホッチキスで留められており、一番上の紙には『765プロダクション P様へ』とワープロで打ち出されている。

雪歩「あ……内容は気になりますけど、私は練習しとかなきゃですね。それじゃあ行ってきます!」

P「おお、気をつけてな」

そう言って部屋を出て行く雪歩を見送った後で「一体何に気をつけるんだ」と自分でおかしくなる。まさかビル内に大型犬が徘徊しているわけでもあるまい。

部屋にひとりきりになったところで机の側に一つだけ置いてあったパイプ椅子に腰掛ける。資料の冊子をめくって目を通してみる。

P「あ……これって……ん?」

一瞬の事ではあるが、窓の外をなにか小さなものが落ちたような気がした。鳥かな……?

ポケットの中で電話が振動するので窓の外への関心は途切れる。……見知らぬ番号だ。

P「は、はい。Pですけど。どちら様で?」

奏《あ、Pちゃん? 奏だけど。ごめんね今携帯からかけてんだ》

P「ああ、奏先生。今、例の資料見せてもらってるんですけどこれって……」

奏《いや~、遅れてごめんね。やっと残り3曲の目処がついたのよ》

P「やっぱり! ありがとうございます!」

覆面作曲家という特殊なステータスのせいで目立ちにくいが、彼の作曲能力は一流であるといえる。

実際、彼が活動を始めた1年ほど前から彼がアーティストに提供した曲の殆どはヒットしているのだ。

ウチと彼との契約は『アイドルは問わず計4曲を作曲してもらう』というものだった。曲から先に作ってもらい、後でそのイメージに合うアイドルをあてがうという方式だ。

真っ先に完成したのが雪歩にピッタリだということで先行しての収録となったのだった。

奏《でさ、とりあえず3人分の曲のデモを用意したわけ。それは後から渡すからさ。んで、こっちでそれぞれの曲に合いそうな3人を選んでみたんだけど》

P「3人……というと?」

奏《まずは天海春香ちゃんだな。ポップなアイドルソング》

P「なるほど」

奏《次にバラードだ。こいつは少し迷ったけど貴音ちゃん向きだと思う》

P「貴音の歌唱力はウチでもなかなかのもんですからね」

奏《それで3つ目がロックナンバー、ええっと、これが……誰だっけな。背が小さくておっぱいの大きな子、誰だっけ?》

P「…………響ですか? 我那覇響」

奏《ああ! その子だ、その子にピッタリだと思う》

そのとき、電話の向こうでガンガンガン、となにかを打ち付けるような音が轟いた。つい先ほども聞いたような音。

P「奏先生、もしかして外にいます?」

奏《おお、そのとーりよ。今屋上。工事の音だなこりゃ」

P「あ、屋上にいらっしゃるんですか」

奏《そうそう、――ん?》

P「え、なんですか?」

奏《ああ、キミか。おい、なんだ?》

P「え?」

違う。今のは俺に対して言った言葉じゃない。

奏《なっ、やめろッ! ぅあああああああッ……!》

――瞬間、窓ガラス越しに影が落ちる。

体が硬直する。じわりと熱いのか冷たいのかよくわからない感覚が奥底から広がっていく。

ガンッという打ち付けるような激しい音がして通話が切れ、数秒してからやっと思考が戻ってくる。

窓へ近寄り、鍵を開けて引き違いの窓をスライドさせる。その途端にやかましいほどの工事の音が聞こえ始める。恐る恐る窓からビルの裏手、その下を覗き込む。

P「なんてこった……」

コンクリートの地面に叩き落とされた作曲家は全く動かなくなっていた。周囲には紅い血だまりが広がっていた。……凄惨、としか言いようのない光景、間違いなく死んでいるとわかるほどに。

屋上からということは、おそらく30メートルほどは落下したことになる、のか……?

上を見上げるが、もちろん屋上の様子はここからではわからない。

……屋上から……落ちた。屋上……屋上?

P「雪歩ッ……!」

弾かれるように部屋を飛び出す。廊下を駆け抜け、屋上への階段を一段とばしで上る。

錆び付いているのか、やけに重たい扉をきしませながら押し開くと、そこから外の暑い空気が流れ出してくる。

~大桶レコーディングスタジオ 屋上~

P「雪歩!!」

雪歩「ぷ、プロデューサー? ……ど、どうしたんですか?」

左開きの扉を出たすぐ右手側に雪歩が立っていた。ぐるりとあたりを見渡す。なにかが置かれているわけでもなく、何の変哲もない屋上。

P「…………他には、誰も居ないのか?」

雪歩「え……?」

P「誰か、いなかったのか? ここに……」

雪歩「だ、だって私も来たばかりで…………」

P「………………」

屋上の入り口は屋上ほぼ全体を見渡せる位置にある。暑い日差しが床を照らしつけるだけで身を隠せそうなスペースはない。

雪歩は屋上の入り口右側付近の位置に立って不安気にこちらを見つめている。

入り口横の日陰になっている部分を見てみるが、やはり誰もいない。

つまり……『この屋上には、俺が入ってくるまで雪歩以外の人間はいなかった』。

雪歩「あ、あの……何かあったんですか……? プロデューサー、すごく怖い顔してます……」

P「…………………ありえない」

どうして……どうしてこんなことが起こる?

とにかく、警察に連絡しなければ。

俺は携帯をポケットから取り出しながら、嫌な予感が自分の中で渦巻くのを抑えられないでいた。

……これまでの経験で、わかる気がする。

この事件は『厄介』なことになる。そんな気がしてならない。

……呼んでおいたほうがいいかもしれない。なぜだかは分からないが、こういった『厄介ごと』には滅法強い、彼女を――。

見取り図
第二スタジオ http://i.imgur.com/GGJQYL1.png
屋上 http://i.imgur.com/4ZRSyvI.png

警察に通報した俺は、そのまま屋上で雪歩と共に待機しておくように言われた。幸いなことにパトロール中で近くにいたという警官が5分ほどで到着し、俺達はひとまず第二スタジオの準備室へと移動させられた。

~大桶レコーディングスタジオ5階 第二スタジオ準備室~

この部屋へ再び戻ってきてから1時間……いや、2時間ほど経っただろうか。事件が起きるまでの過程をそれぞれ違う刑事に述べ3回は説明させられている。

「――なるほどねぇ。たしかにアナタの電話の着信履歴に9時50分に、被害者である奏州虎さんの携帯の番号から電話がかかってきている。その会話の途中でアナタは相手の悲鳴を聞き……窓越しに、被害者が落下する、まさにその瞬間を目撃した! と」

P「……はい」

饒舌に喋っているのは藤原(ふじわら)と名乗った刑事だ。年は30半ばくらいだろうか。どうやらこの人が捜査の指揮に当たっている人物らしい。

藤原「ふぅん……はいはい、大体わかりましたよ?」

この男、警戒心を抱かせないような話し方をしてはいるものの、聴取の合間は蛇のような目つきで相手を見定めているのがわかる。

藤原「改めて確認しますがPさん、アナタが現場で……つまり屋上にこの子、萩原雪歩がいたのを見たんですよね? 被害者が落下したのを目撃した直後に」

P「え、ええ」

藤原「そして屋上には他には誰もいなかったと?」

P「…………はい」

藤原「だったら話は簡単だ」

P「待ってください!」

藤原「冷静に考えてみてください? どっからどう考えたって、この子――『萩原雪歩が被害者を突き落とした犯人』でしょう?」

雪歩「え…………あっ……え……?」

P「違うッ!!」

藤原「違う……って言われてもね。この子が犯人……それを立証してるのは他でもない、アナタの証言なんですよ? そこのところ、わかっています?」

P「うっ…………」

藤原「だったら、今からでも撤回しますか? 現場にはもう一人誰かがいた、とでも主張してみます?」

違う。たしかに屋上には雪歩しかいなかった。それは間違いない。

……でも、それを認めてしまえば、本当に犯人が雪歩以外にありえないことになってしまう……!

「藤原警部補。少しよろしいですか」

藤原「うん? ああ。ちょっと失礼」

部屋に入ってきた刑事の一人が藤原に小声で何やら話しながら資料を手渡す。

藤原「ははぁ。これはこれは……」

藤原が資料に目を通して薄ら笑いを浮かべる。

P「…………なにか?」

藤原「……被害者が落下したのを目撃した時、服装はわかりました?」

P「ええ。スーツ姿でした」

藤原「指紋が残っていたそうです。通常、この手の衣服には指紋が残りにくいので検出できたのはラッキーなんですがね。これでもかというくらいにべったりと付いていたそうですよ。スーツの上着の、胸よりやや下部分に、左右の手の平の跡が……そう、ちょうど『ドン!』っと突き飛ばされたみたいに」

P「指紋って……まさか!?」

藤原「お察しの通り、先ほど採取させてもらった萩原雪歩の指紋と一致しました」

雪歩「ぷ、プロデューサー……。どうして、私、こんなことに…………」

P「雪歩…………」

雪歩「私…………や、やってません。奏先生を突き落としたりなんて……し、してない……!」

P「……!」

雪歩「信じて……ください」

P「…………当たり前だ。お前のこと、疑ったりなんてするもんか」

雪歩「う…………ひぐっ……うぅ……プロデューサぁ……!」

P「大丈夫だ。心配しなくても、お前が人殺しなんかじゃないって俺は信じてるよ。だから俺が……お前の無実を証明してやる!」

雪歩「ふぇ……? ぷ、プロデューサーが……?」

P「そうだ! だからもう泣くな!」

……マズイぞ。勢いでとんでもないことを言ってしまったかもしれない。

P「……そ、それに、心強い助っ人だって呼んでるしな」

雪歩「助っ人……ですか?」

P「ああ、もう少しで来てくれるはずだ」

藤原「ラケットだかソケットだか知りませんがね、状況は決定的と言ってもいい。こう言ってはなんですが、無駄なことですよ」

P「そんなことは――」

藤原「こちらとしてはさっさと令状請求の準備にでもとりかかりたいのですがね。令状、わかりますか? 逮捕令状ですよ」

P「そんな、待ってくださいよ! 逮捕だなんて……犯人は別にいるはずなんです!」

藤原「ではアナタ、この子が犯人じゃないってどうやって説明するつもりなんです?」

P「うっ…………」

藤原「やっぱりアナタが見たことについての証言、覆すつもりですか?」

P「……いや、屋上にはあのときたしかに誰もいませんでした。それは……間違いない。そうだよな、雪歩?」

雪歩「は、はい……誰もいなかった……と思います」

これでいい……雪歩がやってないと本当に信じるなら、こんなところで嘘をついても意味が無い……!

藤原「困りましたねェ……アナタの証言を信じるならそれこそ、この子以外に犯人はありえないんです。なのにアナタはそれを認めようとしない。駄々をこねるだけなら子どもでも出来ます。こねるなら……それ相応の『理屈』をこねていただきたい」

P「っ……………………」

雪歩の無実を証明するって約束したばかりじゃないか……なのに、情けないこの頭には今の状況を打開できるだけの閃きは…………

「――お待たせしました」

準備室入り口のドアがゆっくりと開かれ、声の主が姿を現す。

P「来てくれたか……貴音!」

雪歩「し……四条さん……!?」

貴音「雪歩、此度は大変でしたね……心配しておりました」

雪歩「あ、ありがとうございます……あの、プロデューサー、助っ人ってもしかして……」

P「ああ。雪歩だって知ってるだろ? 貴音は――」

藤原「四条……? 噂に聞いたことはありますよ。信じちゃいませんでしたが、なるほど……彼女が……それ、というわけですか」

貴音「あなたが担当の刑事殿ですね。萩原雪歩の逮捕、今しばらくお待ちいただくよう私からもお願いします」

藤原「容疑について疑うべき点がない以上、早急に容疑者を逮捕するのが私の務めです。……それに本来なら、事件とは無関係の人間をこの場に入れることは許されるべきでない」

貴音「…………」

藤原「……だが、私も興味があります。萩原雪歩にとって、これほど絶望的な状況を……『殺人事件を解決したことがある』、そんな噂を持つアナタが一体どう弁護するのか、ということがね。だから一つ条件を出しましょう」

P「条件?」

藤原「Pさん、そして四条さん。アナタ方お二人が『この事件の犯人は萩原雪歩である』……この説に少しでも疑問の余地を挟みこむことができれば……彼女の逮捕は猶予してもいい」

雪歩「…………!」

貴音「……二言はありませんね?」

藤原「誓いましょう?」

貴音「よいでしょう」

P「貴音……大丈夫なのか?」

貴音「プロデューサー、電話でおおよそのことは伺いましたが、もう一度詳しく説明していただけますか?」

P「あ、ああ。わかった」

P「まず、俺と雪歩はこの部屋……第二スタジオの準備室に入った」

貴音「時間は覚えていますか?」

P「入ってすぐコンソールルームに鍵がかかっているのを確認したときに時計を見たな。9時45分だった」

貴音「なぜこんそーるるーむに入ろうと?」

P「雪歩が収録の始まる前に発声練習をしておくように言いつけられていたようだったから、てっきりブース内でするものだと思ってたんだよ」

貴音「発声練習……それを雪歩に言いつけたというのは……?」

雪歩「か、奏先生です。昨日のレッスン後に」

貴音「奏州虎……被害者ですね」

P「奏先生は元々屋上で練習するように言ってあったらしい。それで雪歩も屋上へ上がっていったんだったな?」

雪歩「はい、そうです……」

P「部屋に残った俺は、このスタジオへ来る途中で奏先生から電話で伝えられた、この部屋に置いてある資料を読もうとしたんだ」

貴音「資料とは?」

P「奏先生が765プロの他のアイドル用に作った曲についての企画書だよ。雪歩の一曲だけじゃなくて他にも3曲、奏先生には作曲してもらうことになっていたんだ」

貴音「……そういえば、雪歩の曲だけが早くに完成したために収録を早めたのでしたね」

P「その資料を読み始めた頃に奏先生から電話がかかってきた。電話の着信履歴にもある、9時50分だ」

貴音「何をお話しになったのでしょう?」

P「もちろん新曲のことだ。その説明を受けている途中で……奏先生に異変が起こったみたいだった」

貴音「……具体的には、どのように?」

P「そうだな……『キミか』と言っていた。誰かが近づいて来たんだろう。そしてその誰かに、そのまま……」

貴音「突き落とされた?」

P「ああ……。そこの窓から……ビルの裏手側だな。奏先生が落ちるのが見えた」

貴音「……………………」

P「奏先生が屋上から突き落とされたということは、発声練習のために屋上へ向かった雪歩が危ないと思った。俺は走って屋上へ向かったんだ」

貴音「途中、誰かとすれ違ったりは?」

P「いや、してない。5階には誰もいなかったはずだ」

貴音「屋上には、雪歩が一人で?」

P「ああ。なんで俺が慌てて屋上へ来たのかもわかってないみたいだった。そうだな?」

雪歩「は、はい」

貴音「雪歩。屋上にいたあなたは奏殿が転落したことに気が付かなかったのですか?」

雪歩「……気がつかなかったか、と聞かれても……私は『屋上には誰もいなかった』としか……ほ、本当なんです!」

貴音「誰もいなかった……それはあなたも確認しているのですね?」

雪歩「はい。屋上へ来て、外は暑いからどこか陰になっているところで練習しようと周りをぐるっと見回したんです。そのときに何かあれば気がついたと思います」

貴音「なるほど。では実際にどのあたりで練習を?」

雪歩「屋上へ出てすぐ右手側に、入り口のおかげで少し陰になってるところがあるんです。そこで……」

P「たしかに、俺が駆けつけた時もそのあたりにいたな」

貴音「私はその屋上を見てないのでわからないのですが……その位置から落下現場は見えるのでしょうか?」

P「…………どうだろう、ギリギリ見えないくらいかな」

雪歩「でも、誰もいなかったんですよ?」

貴音「例えば、雪歩が発声練習している最中に入り口から誰かが入ってきて、それに雪歩は気が付かなかった、というのは?」

雪歩「……ない、と思います。見えない位置ではありましたけど、私は入り口のすぐ近くにいましたし、誰かが来たらすぐ気がついたと思います」

P「それにあの扉、錆びついてるみたいで開く時にきしむような音がするんだよ」

雪歩「あ、そうなんです。……発声練習なんて聞かれると恥ずかしいので、扉の方を気にしていたんですけど、それでプロデューサーが来た時も扉の開く音で気がついたんですよ?」

貴音「……事件発覚までの経過はよくわかりました」

P「それと、厄介なことに被害者の服から雪歩の指紋が検出されてしまったらしい」

貴音「指紋が?」

P「……ちょうど、突き飛ばすみたいな形で両手の平の跡がスーツの上着の胸の下あたりに付いていたらしい」

貴音「雪歩、あなたに心当たりはあるのでしょうか?」

雪歩「ないです……だって、今日は奏先生と会ってすらいないのに……何かの間違いじゃないかって、思うんですけど……」

貴音「…………状況はわかりました。ありがとうございます、二人とも」

藤原「どうです? どう考えても萩原雪歩が犯人で間違いナシ……そうは思いませんか?」

貴音「……まだ状況確認を終えたばかりです。結論を出すにはまだ早いですよ」

藤原「……ま、精々がんばってください。噂に違わぬ名推理を期待して待っておきますよ」

貴音「ところで刑事殿。被害者の服についていた指紋ですが、雪歩以外のものは検出されなかったのでしょうか?」

藤原「スーツというのは素材の性質上、指紋が残りにくいんです。本人のものは幾つかありましたが、それ以外では萩原雪歩の両手の指紋だけが検出されています」

貴音「ではもう一つ。『被害者がなぜ屋上にいたのか』はわかっていないのでしょうか?」

藤原「さぁねぇ。仕事の息抜きに屋上へ上がったってだけじゃないんですかね?」

貴音「では……そうですね、被害者の持ち物などは調べられたのでしょうか?」

藤原「……いいでしょう、お見せしますよ」

机の上に物が並べられていく。

藤原「被害者が持っていたものはこれで全部です。気になるものがあったら言ってください。特別に説明しましょう」

貴音「……この紙袋は?」

くしゃくしゃに丸めたようなシワのある茶色い紙袋を指して尋ねる。

藤原「被害者のスーツの右の脇ポケットにつっこまれていました。中身はこっちに」

そう言って隣に置かれた証拠品の入った袋を指差す。

貴音「これは……?」

藤原「ナイフですね」

ナイフは鞘に入れられていて、刃渡りは10センチほど。それほど大きなものではない。果物ナイフとしても使えそうだ。黒色の柄には白いラインが二本入っている。

貴音「ないふ、はわかりますが……どうしてもう片方には刃が付いていないのでしょうか?」

鞘入りのナイフとは別に、もう一本、『柄だけ』のナイフが入っていた。いや、刃がついていないものをナイフと呼ぶのはおかしい気もするが、そうとしか言いようがない。柄の形状が同じことからして二つは同じタイプのナイフのようだが……。

藤原「さぁ……? どうしてナイフの柄なんて持ち歩いていたのか……想像もつきません」

貴音「…………」

雪歩「…………?」

貴音「残りは……鍵と、財布……」

藤原「鍵はホルダーに2つ付いていますが、本人の自宅のものと車のキーで間違いないようです」

貴音「財布の中身を見せていただいても?」

藤原は袋から黒の長財布を取り出して貴音に渡す。

藤原「指紋は採取済みです。気の済むまでどうぞ? ……まぁ、なにも面白いものは入ってませんでしたがね」

貴音「ありがとうございます」

貴音は財布を開き、注意深く中身を確認していく。

貴音「現金もかーど類も、手は付けられていないようですね。これは免許証……と……おや? これは……」

P「なんだ、レシートか?」

貴音「いえ……これは『預かり票』ですね」

折りたたまれて財布の中に入っていたのは、近場にあるクリーニング店の預かり票だった。

貴音「すーつ一着を一昨日に預けているようです」

P「あれ? 携帯電話はなかったんですか?」

藤原「電話はまだ落下現場にあります。屋上と違ってそちらの現場はまだ検証中なものでしてね。被害者から2メートルほど離れた場所に落ちていました。……必要なら持ってこさせましょうか?」

貴音「いえ結構、それよりも先に別のことを明らかにしておきたいのです」

藤原「ほう? 別のこととは?」

貴音「……たしかに、今のところ、状況は萩原雪歩にとって極めて不利と言わざるをえません」

雪歩「うぅ…………」

貴音「――ですが、彼女が犯人だったとして、警察はその『動機』をどのようにお考えなのでしょうか?」

P「動機……そうか、どうして思いつかなかったんだ! 雪歩には奏先生を殺す動機なんてないじゃないか!」

藤原「……萩原雪歩には被害者を殺害する動機がない……と?」

P「そうですよ、ありえないじゃないですか。そうだろ、雪歩?」

雪歩「え、あ……その……あの……私……やって……ないんです……それだけは、信じてください……」

藤原「……ふふ、萩原さん、質問の答えになっていませんよ? あなたのプロデューサーはこう聞いているんです。『お前には動機がなかったはずだろ?』と。答えて差し上げなさい。動機なら――『あった』、とね」

P「え…………?」

雪歩「……………………」

貴音「刑事殿、説明していただけますか?」

藤原「こちらとしてもね、可能であれば容疑者に余計な負担をかけるようなことはしないつもりです。だからここではあえて説明していなかったのですが――まぁ、いいでしょう。そこまで言うのならばね」

P「…………雪歩と奏先生の間に一体なにが?」

藤原「……『萩原雪歩は奏州虎に対して強い恐怖心を抱いていた可能性がある』、そういうことです」

雪歩「っ…………!」

貴音「…………被害者に恐怖心を抱いてしまうようなことを、雪歩がされたということでしょうか?」

藤原「昨日は新曲収録に関しての打ち合わせとレッスンを行なったとか。そのとき一緒にいたのは、萩原雪歩と被害者、そしてエンジニアの二人。その二人が揃って証言しているんですよ。彼女は被害者から、いわゆるセクハラの被害を受けていたと」

P「なっ、なんですって……!?」

藤原「まぁ、一緒にいたエンジニアの方が被害者に対して注意を行なってくれていたので未遂の段階で済んだようですが」

P「……本当なのか、雪歩?」

雪歩「…………」

うつむき、黙ったまま首を縦に振る。

P「なんてこった……どうしてそんなこと黙ってたんだ?」

雪歩「す、すみません……プロデューサーに心配かけたくなくって……それに、そのことを相談したらせっかくのお仕事がふいになっちゃうんじゃないかって……そう思ったら……うぅ、ごめんなさぁい……!」

そうか……昨日の仕事終わりからどこか様子がおかしかったのはそういうことだったのか。男性恐怖症の気がある雪歩なら下手したらトラウマにだってなりかねない。

P「いや……そんなことになってるのに気がつくことが出来なかった俺にも責任はある。でもそういうことがあったのならまず相談してほしい。本当の信頼関係っていうのはそういうもんだろう?」

貴音「そうですよ雪歩……問題が起こったらまずは報告、連絡、相談、です」

雪歩「ぐすっ……わ、わかりました……!」

P「しかし参ったな……動機…‥らしきものまであるとなると、どうにも八方塞がりだ」

貴音「…………そうでしょうか」

P「え?」

貴音「私はその雪歩の犯行動機……興味深いと思います」

P「興味深いって……」

貴音「ああ、いえ……これはただの興味本位ではなく、そこに僅かな……逆転の可能性があると思えたからです」

P「ほ、本当なのか?」

貴音「この仮説が正しければ或いは……それを確かめるためにも、詳しい話が聞きたいですね。刑事殿」

藤原「はい?」

貴音「昨日仕事中に一緒にいた、『えんじにあ』のお二人から直接話を訊くことは可能でしょうか?」

藤原「……仕方ないですね。少し待っていてください」

数分して、藤原刑事が二人を引き連れて部屋へ戻ってきた。

藤原「ご紹介しましょう。三木市伸一(みきし しんいち)さん」

三木市「あ、ども。レコーディング・ミキシングエンジニアやってます……よろしくー」

短く刈り込んだ髪に半袖短パンのよく日に焼けた男が挨拶する。年は30前後といったところか。いかにも遊び慣れてそうという印象。

藤原「で、もう一人が保佐沙恵(ほさ さえ)さん」

沙恵「保佐沙恵です。アシスタントエンジニアをやらせていただいてます。よろしくお願いします」

落ち着いた佇まいの女性が角度のついたお辞儀をする。肩ほどまで伸ばした髪を後ろで束ねており、無地のTシャツにジーパンという極めて質素な服装。そしてどこか優しい雰囲気を感じる。

貴音「――では、さっそく質問に入らせていただきたいのですが」

こちらも挨拶を済ませたところで貴音が切り出した。

貴音「あなた方二人が証言されたという雪歩が受けたせくはらについてですが……具体的にはどのようなことをされたのを目撃したのでしょうか?」

雪歩「……………………」

雪歩にとっては思い出すだけで辛い記憶だろう。本当にこんなことが何かの手がかりになるというのだろうか?

三木市「まぁ……そうだな。しつこくスキンシップを取ろうとしてたって感じだな」

保佐「密着しようとしたり、肩に手を回そうとしたり……雪歩ちゃんが明らかに嫌がっていたので注意したんですが……」

三木市「何度か繰り返してたよな」

保佐「きっと、怖かったと思います。そういうのには慣れてない子だったみたいだから……」

三木市「アイツとはそこそこの付き合いだけど、手癖の悪いやつだったよ。これまでにも女性アーティストに手を出して問題になりかけたことなら何度かあったし」

保佐「一昨日も別のアーティストに似たようなことをして、一騒動あったところなんです」

P「一騒動って……なにがあったんですか?」

三木市「ああ、あれなぁ。俺も一緒だったからよく憶えてるよ。アイツ、怒った女の子にジュースひっかけられたんだよ」

保佐「女の子も勢いそのまま飛び出して行っちゃって……」

三木市「本人は反省してなかったけどな。高いスーツが台無しだってぼやいてたぜ」

保佐「そういえば、別に普通の服装でも怒られやしないのにいつもスーツ着てましたよね。どうしてでしょう?」

三木市「俺も前にそう思って尋ねたことがあってよ。そしたら『スーツ姿のほうが健全な印象を与えやすいだろ?』ってさ」

保佐「えぇ……それはちょっとないような……」

三木市「見栄っ張りというか、ちょっとずれてんだよな。この間もスーツ2着を新調したからって古いのは全部捨てちまったって話してたし。どうも俺には理解できんよ」

保佐「ううん、でもやっぱり亡くなった人をそういう風に言うのはよくないですよ……」

三木市「ふん……まぁ、死んだあいつにも非があったことは間違いないだろうな」

貴音「…………なるほど。幾つか気になった点があるのでお尋ねしてもよろしいですか?」

保佐「どうぞ」

貴音「まず確認しておきたいのですが……お二人は被害者と雪歩の昨日の様子から、雪歩が殺害動機を持つと判断したわけでしょうか?」

三木市「そりゃあ……ううん……なんてぇのかな、あれだけのことで殺す、とまではさすがにねぇと思うけどよ……」

保佐「恐怖のせいで判断もつかぬまま、ということはありえたのではないかと……」

三木市「そうそう、パニック状態……っていうのかな。もしかしたらまたアイツの方からちょっかいかけてきたのかもしれねぇし」

貴音「…………計画的なものではなく、咄嗟の犯行であればありえたかもしれない?」

三木市「まぁ、そういうことだ」

貴音「では、もう一つの質問を」

保佐「なんでしょう?」

貴音「被害者はすーつを2着しか持ってないという話でしたが、たしかでしょうか?」

三木市「ああ。たしか2週間くらい前に新しいのを買って、それまで持ってたのは全部捨てちまったって。だから一昨日の騒ぎでは参ってたみたいだな」

保佐「それなら私も聞きました。上着に付いたジュースを拭きながらぼやいていたのを」

貴音「……それから新しいものを買ったという話は聞きませんでしたか?」

保佐「あ、実は私も提案したんです。『また新しいものを買ったらどうですか』って。そしたら、『今は手持ちがないから無理だ』って。だから新しいスーツは買ってないと思います」

貴音「……被害者はなにか金銭の問題を抱えていたのでしょうか?」

三木市「そんなわきゃない。作曲家としてはかなりの売れっ子だったぜ? 作り手の内面的な問題はともかく、曲に関しちゃたしかにレベルは高かったからな」

保佐「……それは私も同じ意見です。そこまで浪費癖があるイメージでもないし、最近なにか大きな買い物でもしたんじゃないでしょうか?」

貴音「…………ありがとうございました。もう、充分です」

P「どうだ? なにかわかったのか?」

貴音「ええ……これでおそらくは、刑事殿の要求に応えることはできるかと」

雪歩「え……ほ、本当ですか!? 四条さん!?」

貴音「お待たせしましたね、雪歩。もうしばらくの辛抱です」

藤原「…………馬鹿な。今のはただ萩原雪歩に動機があったというだけの話ですよ?」

貴音「おわかりいただけるよう、これからじっくりと説明しましょう」

貴音はゆっくりと、しかし力強く左手の人差し指を藤原に向ける。

貴音「この仮説があなたの言う条件を満たしていたら――ちゃんと、約束は守っていただきますよ?」

藤原「……まぁ聞くだけ聞いてみましょう」

貴音「この事件、二つの点で雪歩は殺人犯であると疑われています。ではプロデューサー、それがなんであるかはおわかりですか?」

P「えっと……事件があった時、雪歩一人だけが屋上にいたということ。そして、被害者のスーツの上着に雪歩の指紋が残っていたことだな」

貴音「そう……しかし雪歩の証言を信じるならば、被害者である奏州虎と雪歩は今日は会っていないはず。そうですね、雪歩?」

雪歩「は、はい。私はプロデューサーと一緒にここへ来てからは、受付にいた麻音寺さんとしか会いませんでした」

貴音「そうであれば被害者の上着についていた指紋……あれはどう説明するのでしょう?」

雪歩「ひぅ……そ、それは……私にもなにがなんだか……」

貴音「考えられるとすれば、雪歩の証言が間違っている、あるいは嘘であるということ」

雪歩「そ、そんな……」

貴音「もう一つは、『指紋は今日ついたものではない』、ということ」

P「今日のものではない……ってとこは、昨日の?」

貴音「今日でなければそう考えるのが自然でしょう。雪歩と被害者は昨日初めて会ったのですから」

P「あっ……! そうか、俺にもわかったかもしれない……」

貴音「では続きをお願いします」

P「えっ……よ、よし、任せろ。ええと……雪歩、今日のことじゃなくて昨日のことをよく思い出してみるんだ」

雪歩「昨日の……?」

P「奏先生から……その、嫌なことをされそうになった時にお前……奏先生のことを『突き飛ばしたり』しなかったか?」

雪歩「え……………? ………あ、ああ……!」

保佐「あっ! あの、私、思い出しました! たしかに雪歩ちゃん、奏さんを突き飛ばしてました!」

P「それ、本当ですか?」

保佐「はい。……かなりしつこかったんで、無理もなかったと思います」

三木市「あー……あれなぁ! 俺もやっと思い出した。そういやさすがに懲りたのか、あの後アイツちょっとおとなしくなってたもんな」

貴音「お二人ともその時のことを憶えているようですね。雪歩、あなたも思い出しましたね?」

雪歩「は、はい……私、あのとき頭の中が真っ白になって、それで……」

P「奏先生の上着に残されていた指紋は、その時についたものだったんだよ」

雪歩「でもどうして今まで思い出せなかったんだろう……?」

貴音「おそらく、そのときに感じていた恐怖と今回の事件に巻き込まれたことで記憶が混乱していたのではないでしょうか」

藤原「ちょっ、ちょっと待って下さい……となると、被害者は昨日と同じ上着を着ていたってことですか?」

貴音「順当に考えればそうなるはずです。被害者は一昨日、所持していた2着のすーつのうち1着をじゅーすで汚され、くりーにんぐに出していた。財布の中に入っていた預かり票はそのときのものでしょう」

藤原「で、では、残る一着を昨日と今日着ていたと……?」

貴音「その通りです」

藤原「上着に指紋が付着していたのは、ただの偶然だったと……?」

貴音「……おそらくは」

藤原「セクハラ行為に耐えかねて突き飛ばした時に付いた指紋……なるほど確かに……筋は通る。ですが……」

P「まだ納得がいきませんか?」

藤原「……そりゃそうでしょう? だって……これだけでは、『萩原雪歩だけが犯行が可能であった』ことを否定するものにはならないはずですよ」

P「うっ……それは……」

藤原「それに結局のところ、被害者が着ていたスーツが昨日のものと同じだったとして、それに付着していた指紋が昨日残されたものだとは限らない」

P「そ、それは三木市さんも保佐さんも、雪歩が奏先生を突き飛ばす瞬間を目撃していたじゃないですか!」

藤原「べつに、そのときに付いた指紋とも限らない、と言ってるんです」

P「……指紋が付着したのが昨日か今日か、調べる方法は……?」

藤原「残念ながら、一日程度の差では判別はまず無理でしょう」

参ったな……これじゃどうしたって『上着に残った雪歩の指紋が今日付けられたものじゃない』ってことを証明することなんて出来ないぞ……。

貴音「……指紋については、ほぼ黒だった状態から灰色にすることができたようです。ひとまずは、よしとしましょう」

P「でも、このままじゃ雪歩以外に犯人がいたって証明することなんて……」

貴音「……お忘れですか、プロデューサー? 刑事殿が言った、雪歩の逮捕を猶予してくださるための条件……それは、雪歩の他に犯人がいたことの『立証』ではありません。……ただ、そこに『一筋の疑問』を挟み込むことが出来さえすれば、それで充分だったはずです」

P「……そうか。たしかにそうだったな。……もしかして、出来るのか?」

貴音「……プロデューサーはお気づきになりませんでしたか? 上着の指紋などよりも遥かに単純で明快な……そう、『矛盾』だと思うのですが」

単純で明快……? ほんとかよ。

P「……悪いがさっぱりだ」

藤原「ほう……。面白そうな話じゃないですか。聞かせてもらいましょう? その単純で明快な矛盾とやら」

貴音「もちろん、しかと聞いていただくつもりですとも」

藤原「ではいったい、何が矛盾していると?」

貴音「ある人物の証言……です」

藤原「ある人物……? 誰の?」

貴音「それはもちろん……彼女ですよ」

P「え……?」

貴音がゆっくりと人差し指を向けたその先にいたのは……。

雪歩「えっ……わ、私……ですか?」

藤原「ふうん……? 萩原雪歩の証言におかしなところがあったと? しかしそれもよく考えてみれば当たり前のはずだ。だって彼女が犯人であれば、当然自分の身を守るため嘘をつくはず――」

貴音「――だから、おかしいと言っているのです」

藤原「……は?」

貴音「雪歩は自分が犯人であることを否定しています。それがもしも嘘であれば――『事件が起こった当時、屋上には自分しかいなかった』などと自分から証言するはずがないのです」

藤原「あっ……!」

P「そうか……! 犯人ではない、と嘘をつくなら……自分以外の容疑者を作ったはずだ。屋上に一人しかいなかったということになれば、犯人は状況的に雪歩しかあり得なくなってしまうから……」

藤原「そんな馬鹿な……。そ、そうだ、きっと嘘をついてもバレると思ったからそう証言しただけでは?」

貴音「いいえ。それもないと言えるでしょう」

藤原「ど、どうして?」

貴音「私達はその可能性に関して再三、雪歩に確認したはずです。『屋上には本当に他に誰もいなかったのか』、『後から入ってきた人物にただ気が付かなかっただけではないのか』……そこで嘘をつく余地なら、いくらでもありました。嘘というほどでもない、『いたかもしれない』……ただそれだけでも充分だったはずです」

藤原「むう……」

貴音「それでもなお、彼女が『屋上には自分しかいなかった』と断言したからには……彼女の証言は真実、そう考えるのが妥当でしょう」

雪歩「し、四条さん…………」

貴音「いかがでしょう? これでも萩原雪歩以外の犯人の可能性がまったくない、と言えるでしょうか?」

藤原「ぐぐ…………」

P「もう充分でしょう? あなたの出した条件はこれでたしかに――」

「藤原刑事、ちょっとよろしいですか?」

捜査員の一人らしい男性がまた何かの資料を持って部屋に入ってくる。

藤原「……うん? どうした?」

「実は……」

なにかを耳打ちする。

藤原「なに……? ふむ……よし、すぐに鑑定にまわしてくれ。あっ、いや、一応後で俺も確かめに行くと伝えて」

「わかりました。では、失礼します」

鑑定にまわす……なにか重要な証拠でも見つかったのだろうか?

藤原「さて……いいでしょう。約束は守りますよ」

P「雪歩の逮捕は猶予……再調査してくれるんですね?」

藤原「ええ」

P「あぁ、よかったな雪歩! これできっと真犯人も見つかるさ!」

雪歩「は、はい! あの、プロデューサーも、四条さんも、ありが――」

貴音「まだです」

雪歩「え?」

貴音「……気になりますね。先ほどは少しうろたえていたように見えましたが、刑事殿にはもうその気配は微塵もない」

藤原「約束は守るといったでしょう? 再調査はしますとも。そしてそれが終われば――改めて、萩原雪歩を殺人犯として逮捕します」

P「な、なんですって!?」

藤原「私自身、まだ確認していないのではっきりしたことは言えないのですが……現場のビル裏で萩原雪歩に繋がる証拠品が発見されたようです」

P「証拠品って、一体なにが見つかったっていうんです?」

藤原「それについては後でじっくり説明して差し上げますよ。それと、彼女にはもうしばらくここにいてもらいます。念のためにです。こちらも彼女が逃げようとするなどとは思いませんが」

雪歩「うぅ……」

藤原「さて、私は見つかったという証拠の確認に行かねばなりません。ここには代わりの者を置いておきます。それでは」

藤原はそう言い残すと準備室から出て行った。入れ替わりに彼の部下らしい別の刑事が入ってくる。

三木市「あー……俺もなんだか喉が渇いちまったから下の自販機まで行ってくるかな。じゃあな」

三木市さんも藤原に連れ立つように部屋を出て行く。

保佐「あの……すみません」

残った保佐さんは俺達に向かって申し訳なさそうに言った。

保佐「私もわかってはいるんです……昨日一日だけ一緒にお仕事しただけですけど、雪歩ちゃんがあんなことできる子じゃないってこと」

雪歩「保佐さん……」

保佐「でも……刑事さんから聞かされた状況を考えると、どうしても……」

……無理もないだろう。正直に言って、俺が雪歩と何の関わりもない人間だったら、きっと彼女のことを無実だと信じきることは出来なかったと思う。

P「状況が雪歩に悪いのは事実ですから。それよりも……ありがとうございました。昨日、雪歩を守ってくれたんですよね」

保佐「そんな、私は大したことはしてませんよ」

そうは言うが、もしも保佐さんがいなければどういうことになっていたかは想像もしたくない。

貴音「保佐殿、少しよろしいでしょうか?」

保佐「はい。なんでしょうか?」

貴音「あなたの事件当時の行動について教えていただきたいのです」

保佐「えっ……?」

P「貴音……!」

それは保佐さんのことを疑っていると取られてもおかしくはないことだ。

貴音「失礼は承知しております。ですが、雪歩にかけられた疑いを解くためにはこの事件の謎を紐解く必要があるようです。そのためには、なにより情報が必要なのです」

保佐「…………」

貴音「……仲間を助けるためなのです。協力してはいただけませんか?」

保佐「……わかりました。私にできることなら。でも……そうですね。せっかくだから、『私がその時にいた場所』でお話しましょう。そのほうがわかりやすいと思います」

貴音「……感謝します」

貴音「……では、雪歩。私達は一度ここを離れますが……」

雪歩「は、はい……」

P「きっと警察が掴んでないような重要な情報を手に入れてくるさ」

雪歩「…………」

P「どうかしたか?」

雪歩「ほんとうに、すみません……私のせいでお二人にとんでもない迷惑を……」

P「何言ってるんだ。迷惑なんかじゃないさ」

貴音「事務所の仲間、そして私の大切な友人でもあるあなたを見捨てるなど、できようはずもありません。……どうか安心して待っていてください。必ず、あなたを救い出してみせますとも」

雪歩「うぅ……ありがとう……ありがとうございます」

~大桶レコーディングスタジオ 2階 第一スタジオ~

俺と貴音は保佐さんに連れられて2階の第一スタジオへとやってきた。

5階の準備室から出るときにもそうだったが、それぞれの部屋の前には必ず事件の捜査員が一人は立っており、まるで見張られている気がしてくる。……いや、実際見張られているのか?

保佐「ここです」

準備室へと入る。構造的には5階の第二スタジオとほぼ一緒と言っていい。準備室の入り口から右手側にはコンソールルームへの入口がある。

俺が奏先生が突き落とされるのを目撃した窓もやはり同じような位置にある。

違いといえば5階の部屋では散らかっていた机の上がこちらは綺麗だということくらいか。

保佐さんはコンソールルームへの扉を開き、俺達を招き入れた。

保佐「えっと……事件が起こったのは、たしか……」

P「9時50分頃、ですね」

保佐「その時間なら、私はこの場所……コンソールルーム内にいました」

P「なにをしていたんですか?」

保佐「機材チェックですね」

P「機材チェックというと、どんなことを……」

保佐「文字通り、機材に不備がないか点検するんです。……あ、私の仕事について簡単にお話しておきますね」

貴音「お願いします」

保佐「私はアシスタントエンジニアといって、機材のセッティングなんかを任されているんです」

P「ええと……たしか、もう一人の三木市さんは……」

保佐「同じエンジニアでも、彼はレコーディング・ミキシングエンジニアですね。録音の際に行う音量レベルの調整だとか、録音したデータの音質補正をしたりだとかは彼の仕事です。実際の録音作業中は私は彼のサポートをすることになります」

保佐「このスタジオにはアシスタントエンジニアは私一人なので、二つのスタジオの機材の点検は私の仕事なんです」

P「事件があった時間はこの第一スタジオの機材チェックをしていたわけですね?」

保佐「そうですね。このコンソールルームにいました」

貴音「隣の準備室には窓がありますが……被害者が屋上から転落するのには気が付きませんでしたか?」

保佐「そうですね。コンソールルームの中からでは隣の部屋の様子はわかりませんし、それにここは防音設備がしっかりしていますから、まったく気が付きませんでした」

貴音「……そういえば外では工事の音が随分と騒々しかったですね。この建物に入ってからはまったく聞こえませんが」

保佐「正面向かいのビルですよね。一週間くらい前から工事してます。今言ったとおり建物の中までは工事の音は聞こえてこないのでその点では助かってますけど……」

貴音「その、機材の点検はいつも行なっていることなのでしょうか?」

保佐「第一スタジオと第二スタジオを日ごとに交互でやってます。昨日が第二スタジオの点検日だったので、今日は第一スタジオの点検日でした。時間も決まっていて、いつも朝9時から始めることになってます」

P「時間が決まっているというのは、なにか理由があってのことなんですか?」

保佐「これといって理由はないですけど……スタジオの使用開始時間が10時からなのでそれに間に合うようにだと思います。点検自体もいつもは30分ほどで終わってしまいますけどね」

貴音「……はて? 『いつもは30分ほどで終わる』……決まり通り9時から開始したのであれば事件があった9時50分には既に作業は終わっているはずでは?」

保佐「……たしかに点検作業を始めたのは9時からでした。でも実は、今日は少し変わったことがあって……」

P「なにがあったんですか?」

保佐「故障している機材があったんです。それも、2つも」

P「故障していたって……」

保佐「スピーカーですね。これと、それです」

保佐さんはコンソールパネルのそれぞれ両端に置かれたスピーカーを指差す。大きさはみかん箱程度といったところか。

二つの内の一つはネジが外されて中途半端に解体されたような状態になっている。その側には工具やら部品やらが散乱していた。

貴音「なるほど。故障した機材の修理に手間がかかってしまった、と」

保佐「幸い、この部屋に常備してある予備部品の交換だけで修理できそうだったので助かったんですけど……修理の途中であの騒ぎが」

P「警察が来たんですね」

保佐「はい。だからこうして片付けもできないままになってます」

P「でもパッと見た限りでは、このスピーカーのどこが故障しているかはわかりませんよね」

保佐「もちろん点検の際には音を出してみて確認しました。それで2つとも音の調子が明らかにおかしかったので……」

P「内部の部品がおかしくなっていたんですか?」

保佐「そうですね。多分、マイクとライン入力の接続端子を間違えるかどうかして、音の過大入力があったせいだと思うんですけど……」

要するに、入力された音がでかすぎたために故障したということだろうか?

P「俺は詳しくないのでよくわからないんですが……結局、この部屋にあった予備の部品を交換するだけで修理出来たんですね?」

保佐「はい。機材が故障した時に備えて、予備の部品なんかを揃えてあるんです」

そう言いながら保佐さんが指差す先の部屋の片隅には、腰ほどの高さの二段ラックがある。そこに部品が置いてあるのだろう。

保佐「この修理はそれほど複雑な作業ではないんです。知識さえあれば数十分で直せます」

P「スピーカーが故障していたと気がついて、誰かに知らせたりはしなかったんですか?」

保佐「いいえ、知らせてはいません。この第二スタジオは今日は使用予定はなかったはずですし……それに後30分もあれば修理は終わるはずでしたから」

P「昨日の時点では機材が故障していると……そういう報告はなかったんですね?」

保佐「ええ、昨日最後にここを使ったのは雪歩ちゃんの打ち合わせの時でしたし。軽くリハーサルもしたのでその時に気が付かなかったはずはありません」

そういえば雪歩も昨日は第一スタジオを使ったというふうに言っていたか。

P「ええと……貴音はどう思う? 」

貴音「……よくあることなのでしょうか? 点検した際に機材が二つも故障しているということは?」

保佐「……私はここで働き始めてから2年ほど経ちますけど、初めてのことですね。それに……」

貴音「なにか気になることが?」

保佐「先程も少し話しましたけど、故障の仕方がどうもおかしいんですよね」

貴音「まさか、意図的に故障させられた可能性が?」

保佐「経年劣化なんかで自然と起こる故障ではないです。それが2つも同時にはさすがに……」

……どういうことだろう? 

昨日の仕事の時点ではスピーカーは壊れていなかった。それは間違いないだろう。

ではその故障が意図的なものであるならば、故障を起こした人物は一体なんのためにそんなことを……?

それに……仕事の後でこの部屋に出入りができたということは、その人物はつまり、『このスタジオ内の人間』ということになるんじゃないのか?

P「保佐さん……この部屋って、戸締まりはどうなっているんでしょう? 昨日の打ち合わせが終わって以降、誰でも出入りできる状態だったんでしょうか?」

保佐「そうですね……コンソールルームにも準備室にも鍵はあります、でも実際に施錠することはないですね。いつも最後に退社する麻音寺さんが1階玄関に鍵をかけておくくらいで」

うん……? おかしいな。コンソールルームの施錠はしない……って、そんなはずないよな……?

保佐「Pさん、どうかしましたか?」

P「いや、あのですね。俺と雪歩が来た時には第二スタジオのコンソールルームには鍵がかかっていたんですよ」

保佐「……鍵ですか? え? 鍵、かかってました?」

P「たしかにかかっていたはずです」

保佐「どうしてでしょう……いつもはそんなことないのに」

貴音「そのこんそーるるーむ、の鍵はどこに保管されているのでしょうか?」

保佐「1階の受付奥の壁に保管ボックスが取り付けられています。その中にあるはずですよ」

まただ……第一スタジオのスピーカーの故障にしろ、第二スタジオのコンソールルームの鍵にしろ、一体誰がそんなことを? ……何のために?

P「――整理すると、9時から警察が到着した10時前まで保佐さんはずっとこの部屋……つまり2階の第一スタジオのコンソールルーム内でスピーカーの修理をしていたということですね」

保佐「そうですね。ただ、それを証明してくれる人はいないのが残念ですけれど……」

P「それは……ま、まぁ、仕方ないですよね……」

つまり、保佐さんが間違いなくこの部屋にいたという、実質的なアリバイは存在しないことになる。

だからといってそれだけで保佐さんを疑うというのはとんでもない話だ。

保佐「私からお話することはこのくらいでしょうか……何か他にありますか?」

P「えっと……ああ、そういえば2つのスタジオの間の3階と4階って、何の部屋になってるんです?」

保佐「3階は奏さん、4階は大桶先生の仕事場です。作曲作業したり事務所代わりに使う場所ですね」

P「ところで、大桶先生は今日はこのスタジオに出勤していらっしゃるんですか?」

保佐「ええ、いらっしゃいますよ。実はここ数日はずっと4階にあるご自分の部屋で寝泊まりしてらっしゃるんです」

P「そうなんですか?」

保佐「忙しい時期にはよくあることなんですよ。御存知ありませんか? 2週間後に大桶先生のコンサートがあるんです」

P「ああ……そういえばテレビでCMを見た気がします」

たしかかなりでかいホールでの公演だったはずだ。さすが大御所の作曲家だけある。

保佐「その準備で毎日大変らしいですよ」

貴音「ということは、事件の起こった時間もこの建物内にいたはずですね?」

保佐「警察が来た時に1階で一緒に話を聴かれました。他には麻音寺さんと三木市さんも一緒に。その後個別に事情聴取を受けました」

貴音「……その際に何か、気になるようなことは耳にしませんでしたか?」

保佐「ううん……すみません、私も驚いていたので他の人がどんなことを話していたかはよく憶えていなくて」

貴音「お気になさらないでください。それも当然のことです」

保佐「ただ大桶先生、奏さんが亡くなったことにかなりショックを受けていたみたいで……」

P「気になっていたんですけど、大桶先生と奏先生の関係って何なんです?」

保佐「遠い親戚だって聞きましたよ。その割にはあまりお互いに話すところを見ませんでしたけど」

親戚関係か……ジャンルは違えど、音楽の才能というものは一族間で共通したりするものなのだろうか。

保佐「他に聞きたいことがなにかありますか?」

P「いや、もう結構で――」

貴音「それでは、最後に一つだけ」

貴音が人差し指をそっと立てて言った。名探偵が重要な事を聞き出す前にやるアレだ。

貴音「浦部安寅(うらべ やすとら)という名前に聞き覚えがあるでしょうか?」

保佐「浦部……安寅さん……ですか? いえ……初めて聞く名前ですね」

表情にも特に動揺した様子も見られない。本当に知らないのだろう。

貴音「……ありがとうございます。質問は以上です。ありがとうございました」

保佐「いえ、お役に立てたのなら良いのですけど……」

P「保佐さんはこれからどうするんですか?」

保佐「1階へ降りて誰かと話でもして時間を潰そうかと。スピーカーの修理を続けたいところですけど、警察の人にダメって言われました……ケチですよね」

露骨なまでに残念そうなトーンで言われた。ダメというのはおそらく、事件になにか関係があるといけないからということなのだろう。

保佐「Pさんたちはどうするんです?」

P「それじゃあ俺達も1階に……」

貴音「いえ、それよりもまず屋上の様子を見ておきたいですね」

P「――だそうです」

保佐「それならひとまずここで解散ですね。ではまた」

P「ありがとうございました」

~大桶レコーディングスタジオ 階段~

屋上へ向かって階段を上りつつ尋ねてみる。

P「それで……なんだったんだ? さっきの質問は?」

貴音「浦部安寅……でしょうか?」

P「ああ。俺も初めて聞く名前だったけど……」

貴音「本名ですよ。奏州虎の」

P「ああ、奏先生の……って、なんでそんなこと貴音が知ってるんだ?」

藤原刑事が言っていたっけ? いや、間違いなくさっき始めて聞いた名前だ。

貴音「免許証に書いてありましたから」

P「……そういえば財布を調べた時に見てたっけな」

貴音「どうして奏州虎がその素性を隠し、覆面作曲家として活動していたか……もしかしたらそれが事件に関係しているのかもしれません」

P「それで名前を出してみて様子を探ったわけか」

貴音「彼女は本当に知らなかったように見えましたね……あくまでそう見えた、というだけですが」

~大桶レコーディングスタジオ 屋上~

屋上へと繋がる錆びついた扉をギィーっと音を立てながら開けると、ちょうど目の前の位置に三木市さんが立っていた。

扉の音で気がついたようで、こちらを振り向くと彼は右手をひょいと上げた。

三木市「やぁ、さっきはどうも」

P「どうも。煙草ですか」

三木市「まぁね」

三木市さんは右手の人差し指と中指の間に火の着いた煙草を挟んでいた。

P「普段も煙草を吸いによくここへ?」

三木市「中は禁煙ですからね。バレると沙恵ちゃんあたりに叱られちまう」

沙恵ちゃん……というと、たしか保佐さんの下の名前だ。

三木市「ははぁ、わかりましたよ? さてはPさん、俺が事件のあった時もここにいた、つまり犯人ではないかと疑ってるんですね?」

P「い、いや、そういうわけでは……」

三木市「まぁどっちでもいいや。とにかく俺には絶対犯行は無理ですからね」

貴音「犯行は無理、とはどういうことでしょうか?」

三木市「事件があったのは9時50分頃だっていうじゃないですか。俺がスタジオに来たのは10時でしたからね」

貴音「ふむ……」

三木市「いや、正確には10時より5分ほど前だったかな? 入り口には監視カメラがあったはずだから、それにちゃんと記録が残ってるはずだぜ。とにかく、俺が屋上へ行こうとする前に警察が到着したんだから、あいつを突き落とすなんて到底無理って話だ」

貴音「……『屋上へ行こうとする前に警察が』? なんのために屋上へ?」

三木市「えっ?」

完全に虚を突かれたような反応だった。

三木市「あー……そうだな……。煙草だよ。煙草を吸いに屋上へ行こうと思っていたんだ」

貴音「……しかし、それなら玄関を出て外で吸っても良かったのでは?」

三木市「ぐっ……! い、いいだろ別に……! 俺がどこで煙草を吸おうが!」

P「待ってください! 何か屋上に用事があったんじゃないんですか!?」

三木市「ちっ……とにかく話は終わりだ! じゃあな」

三木市さんはいらついたように煙草を屋上の床に落として踏み潰すと、前にいた俺達をはねのけるようにして扉を開け、スタジオビルの中へ戻っていった。

貴音「気になりますね……彼がいったい何を隠しているのか……」

P「何か理由があって屋上に行こうとしていた、って感じだったな」

貴音「……ともかく、せっかくここへ来たので調べられるものは調べておきましょう」

P「でももう警察があらかた調べた後だろう? 俺達だけでなにか見つけられるとは……」

貴音「たしかに、残された証拠があったとしてもそれは既に回収されているでしょう。しかし実際に現場を見ることで何かしらの発見はあるかもしれません」

屋上は高さ1メートル半ほどのコンクリートの縁(へり)に囲まれている。扉の位置から見てやや左の場所に三角コーンとテープで封鎖された箇所がある。

貴音「被害者はここから突き落とされたようですね」

縁に近づいて下を覗き込む。真下には遺体の姿勢を示す白線が引かれているのが見える。まだ捜査員が何人も残っているところを見るとまだ下の方は調査中らしい。

貴音「……縁の外側に出っ張りがありますね」

たしかに縁の根本の外側には30センチほどの出っ張りが付いている。突き落とされたときにここへ落ちることができたら被害者は助かったかもしれない。……いや、この狭さでは無理か。

貴音「目の前には別の、びる……」

遺体の落下した場所は、また別のビルとの間の狭い裏路地になる。ビル間の距離は3メートルちょっと、というところだろうか。

裏にあるビルは使われている気配はなく、いわゆる廃ビルというやつのようだ。高さはこのスタジオビルより1階分ほど高い。

貴音「プロデューサー、雪歩のいたという入り口横に立ってもらえますか」

P「雪歩のいた位置から突き落とされた場所が見えるかどうかを確かめるんだな。わかったよ」

貴音「お願いします」

雪歩は日差しの照って暑い場所を避けて入口横の陰になった場所にいたと言っていた。つまり扉から見て右側の陰だ。

立ってみてすぐにわかった。やはりここからでは入り口の壁が邪魔になって被害者が突き落とされた地点は見えない。

すぐに貴音のもとに戻ってそれを伝える。

貴音「見えませんでしたか……とすると、雪歩は被害者が突き落とされたその瞬間を目撃していなくとも不自然ではないのかもしれません」

P「ああ。あのときもビル工事の音が響いていたから被害者の叫びも聞こえなかったと考えれば、気が付かないってことも充分ありえる」

貴音「しかし問題は、雪歩が屋上へ来た時に誰もいなかったのを確認していること……。後から人が来たのなら、工事の騒音があったとはいえ入口すぐ横にいた雪歩が、錆びついた扉が開かれる音を聞き逃したとも考えにくい……」

P「被害者も犯人も、空から飛んででも来ない限りここにいたはずはないんだよな……」

貴音「……プロデューサー、試しに今度は、入り口から入ってきてもらえますか」

P「え? 入り口から入るだけでいいのか?」

貴音「できるだけ音を立てないように、ゆっくりと入ってきてもらえますか」

一度入り口から中へ戻る。

言われたとおり、ゆっくりと扉を開ける。扉は左側、つまり落下地点のある方向へ向かって開くようになっている。ギィーっと音が鳴る。

落下地点に立ったままの貴音のもとに戻って報告する。さっきから行ったり来たりで少ししんどくなってくる……。

P「はぁ……はぁ……やっぱり音を立てないようにというのは無理だな」

貴音「……そうですか」

P「……やっぱり誰かが後で入ってきたとしたら音で気がつくだろうな。それとも、なにか別の方法が……? 貴音はなにか思いついているんじゃないか?」

貴音「いいえ。今のところは……正直に言って、さっぱりですね」

P「そうか……てっきり、もう犯人の目星までついてるんじゃないかと」

貴音「……私は決して小説やどらまの名探偵などではありません。これだけのことでどうして犯人の目星がつくでしょうか?」

P「あ……すまん。そりゃそうだよな」

ああ、駄目だ、ダメだ。こんなことでは。どうも貴音に頼りきってしまう。俺だって何か役に立てれば……。

貴音「もちろんまだ諦めたわけではありません。1階へ参りましょうか。話を聞くべき人もいるでしょう」

~大桶レコーディングスタジオ 1階 ラウンジ・受付~

玄関側から見て右側にある小さなラウンジ部分に置かれたソファに二人の女性が座っていた。

先ほど話したばかりの保佐さんと、受付係の麻音寺さんだ。

麻音寺「あら~。雪歩ちゃんのプロデューサーさんと……」

貴音「四条貴音と申します」

麻音寺「どうも~、麻音寺真呑です~」

保佐「麻音寺さん、つい先程まで警察に話を訊かれていたそうですよ」

P「そうなんですか?」

保佐「そうなんです~。アリバイ……っていうんでしょうか? あれの確認に時間がかかってしまって~」

P「麻音寺さんにはアリバイがあるんですか?」

麻音寺「はい~。私、ずっとそこで電話の応対をしてましたから~」

そういえば俺と雪歩がここへ来た時にも電話をしていたっけ……。

P「その電話の相手に確認をとっていたんですね」

麻音寺「そうですね~。なんだか変な人でしたけど~こんな形で助けられるなんて~」

P「変な人……? どう変だったんですか?」

麻音寺「スタジオ使用の予約は2日以上前からでないと受け付けていないんです~。それを何度説明しても『どうしても今日がいいんだ!!』」

P「うわっ……!」

麻音寺「……な~んて言うものですから~」

急に怒鳴ったりするから心臓が縮み上がったぞ……。

P「……つまり、どうしても今日スタジオを使いたいという人との電話が長引いたおかげで結果的にはアリバイを証明できた、と?」

麻音寺「そうですね~、随分長く話していました~」

貴音「……ところで、その電話がかかってきた時間は憶えているでしょうか?」

麻音寺「ええっと~、あれは観ていた番組が終わってすぐでしたから~……9時30分くらいでしょうか~?」

P「番組……って何を観ていたんですか?」

麻音寺「うふふ~こう見えても私、音楽がとっても好きなんですよ~。だから『節操のない音楽会』、毎週欠かさず観ているんです~」

節操のない音楽会といえば、世界中の慌ただしい曲の演奏が披露される番組で、9時からの30分の枠だったはずだ。

P「あれ……? でもここにはテレビないですよね?」

あたりを見回してもテレビ番組が観られそうなモニターはない。

麻音寺「奥の部屋が休憩室になってるんです~。テレビはそこで観てました~。電話の音が鳴るのが聞こえたので、急いで出てきたんです~」

玄関側から見て右側奥に小さな部屋があるが、そこが休憩室らしい。

麻音寺「ほら、スマホってあるじゃないですか~? あれがあればここにいながらでもテレビが見れるらしいですね~。でも、私はまだ持ってないので~。それにやっぱりちゃんとしたテレビで見たほうがいいですよね~」

そりゃあ、ちゃんとしたテレビと比較したら画面も小さいし、音質も貧弱であるのは当然だろう。

貴音「……私は機械に疎いもので知らなかったのですが、最近の携帯電話はてれびが観られるのですか?」

P「いや、テレビが観られる機能自体は結構前からあるんだけどな……。貴音の携帯でもできるはずだぞ」

貴音「なんと……! 私の携帯にそのような機能があったとは……」

P「そこまで驚くか……」

保佐「あ、そうでした! ほら、さっき第二スタジオのコンソールルームに鍵がかかっていたって話があったでしょう?」

P「ええ、それがどうかしましたか?」

保佐「私、受付にいた麻音寺さんなら、誰かが鍵を持っていくのを見ていたかもしれないって思って聞いたんです」

P「そういえば鍵は受付奥の保管ボックス内にかかってるということでしたね」

保佐「そうなんです。でも……」

麻音寺「私は見てないんですよ~」

P「見てないっていうことは……」

麻音寺「多分、私が休憩室にいる間に取って行ってしまったんじゃないかと~」

貴音「鍵は元の場所に戻してあったのでしょうか?」

麻音寺「さっき見てみたら、いつもと同じ位置にありましたよ~」

P「麻音寺さんが休憩室にいる間に誰かが鍵を取ってコンソールルームに鍵をかけた、そしてまた元の場所に戻しておいた……ってところか」

貴音「9時から9時30分の間、ということは麻音寺殿の他にびる内にいたのは……」

保佐「まだ三木市さんは来てませんでしたから……私と、奏さんと、大桶先生ですね」

P「ええと……ちなみに、麻音寺さんがここへ来るより前に鍵が持ちだされた可能性は?」

麻音寺「キーボックスの鍵は私が管理してるんです~。私が出勤してきたのが8時30分くらいでしたから、それより前ってことはないですね~」

P「なるほど……」

普段からコンソールルームには鍵をかけないそうだから、やはり9時から9時半までの間に鍵は持ちだされたと見てよさそうだ。もちろん『麻音寺さんの言葉を全て信じるなら』、という条件はつくが、今はそれを疑う理由もないだろう。

ということは、やはり問題の30分の間にビル内にいた人物が鍵をかけたのだろうか……?

P「あっ……そうか」

貴音「? なにか?」

麻音寺さんと保佐さんに聞かれないように貴音を連れて少し二人から離れる。そして気持ち小声で話す。

P「いや、今思い出したんだけどさ。俺達が最初に第二スタジオの準備室に入った時、冷房がかかっていたんだよ」

貴音「冷房が?」

P「『外は暑かったから助かった、誰だか知らないが親切なことだ』なんてその時は思っただけだったんだけど……もしかしたらコンソールルームに鍵をかけた人と、冷房をつけた人は一緒だったんじゃないかって」

貴音「……ありえない話ではないかと」

P「そうだろう? それで今のところ話を整理すると、俺達よりも前に第二スタジオへ入ったと考えられるのは……」

貴音「被害者である奏州虎か、今は自室で休んでおられる大桶殿のどちらか……。保佐殿は第二すたじおへは行ってないとのことでしたからね。彼女が嘘を言っていなければ、そうなるはずです」

麻音寺「何のお話ですか~?」

P「ああいえ、こちらのことで……」

貴音「ところで麻音寺殿にお訊きしたいのですが?」

麻音寺「なんですか~?」

貴音「電話をしていたということは、そこの受付用の椅子に座り、備え付けの電話で応対していたことになりますね?」

麻音寺「はい~」

貴音「それでは、あなたも被害者の落下を目撃してはいない?」

麻音寺「そうなんです~」

ここにも2階や5階のスタジオの窓と同じ位置に窓が取り付けられている。机をはさんでソファが2つ置いてあるので、おそらく応接用のスペースなのだろう。

その空間を四角形に切り取るように衝立(ついたて)が手前側と右側の二箇所に少しの幅を空けて置いてあり、電話機のある場所からでは手前側の衝立に視界を阻まれて窓が見えないのだ。

麻音寺「沙恵さんと一緒で、私もいきなり警察の人がやってきてびっくりしちゃいました~。それで思わず電話、切っちゃったんですよね~」

警察が来たのは通報して5分ほどだったから10時になる4、5分前というところだ。ほぼ30分間も電話していたわけか……。

貴音「……その頃だと思うのですが、三木市殿が来るのをご覧になりましたか?」

麻音寺「はい~。玄関から入って来るのが見えました~。警察が来る直前でしたね~。三木市さん、驚いて青い顔してました~」

P「青い顔……か」

保佐「三木市さんがどうかしたんですか?」

P「……いや、彼、どうも何かを隠しているみたいなんですよ」

もしかしたら警察にバレるとマズイことを抱えている、ということもありえるのではないだろうか。

保佐「……あっ、そういえば私もちょっと変だと思いました」

P「何が変だと思ったんですか?」

保佐「だって、三木市さんっていっつも時間ギリギリになってからくるんですよ。5分前にスタジオへ入ってくるなんてこともザラなんです。それが今日は1時間も早く仕事場に来るだなんて……」

麻音寺「そういえば前に言ってましたよ~。『待つのが嫌いだから』ーって。人と待ち合わせするときにも予定時間ぴったりに行くようにしてるって」

保佐「まぁ、それで遅刻したことがないからすごいですけどね」

P「……んん?」

保佐「……どうかしました? Pさん?」

P「あの……今、三木市さんが『1時間も早くに来た』って言いましたよね?」

保佐「ええ、それがなにか……?」

P「三木市さんがここへ来たのは警察が到着する直前、つまり10時直前です。ということは1時間じゃなくて『30分も早く』の間違いでは……?」

保佐「え? 今日の収録は11時からだから、1時間で合ってませんか?」

P「じゅ、11時から!?」

麻音寺「私もそう聞いていましたけど~」

どういうことだ? 俺は確かに10時30分から開始だと聞いていたのに……。

貴音「保佐殿と麻音寺殿は収録開始時間についてどのように知ったのでしょう?」

保佐「今日の収録は奏さんが前々からスケジュールを決めていたはずです。昨日の打ち合わせでも11時からって話だったと思いますけど」

麻音寺「私も奏さんから聞きましたよ~」

P「ええ、たしかに昨日まではそうだったはずです」

奏先生から前もって伝えられていたスケジュールでは11時から開始となっていた、それは間違いない。

P「でも昨晩電話で予定が変更になったって、奏先生ご本人から連絡があったんですよ」

俺が収録に立ち会うことの許可と合わせて伝えられた連絡だった。

保佐「電話で? 珍しいですね、奏さんが……。いえ、でも私達は聞いてませんよ? 麻音寺さんもそうですよね?」

麻音寺「聞いてません~」

おかしいな……どうして俺にだけ時間変更の連絡が? まさか連絡ミスということもあるまい。

P「三木市さんにも時間変更の連絡は行ってないんでしょうか?」

保佐「どうでしょう。本人からは何も聞きませんでしたけど……。でも変な話ですね……。奏さんが生きていたら確かめられたんでしょうけど……」

麻音寺「あっ、そういえば三木市さんの話で今思い出したんですけど~」

P「何を思い出したんです?」

麻音寺「ひどいんですよ~三木市さん。私にウソを吹き込んで面白がるんです~」

P「ウソって……」

麻音寺「奏さんって、結構謎の多い人だったじゃないですか~。作曲家になる前は何してたのかな~って思って、三木市さんに話してみたんです~。そしたら、『チョコを売ってたんだよ』って教えてくれたんです~」

P「チョコを?」

なんだそれは。新種のギャグか?

麻音寺「その後で奏さん本人に聞いてみたら、笑われちゃいました~」

P「それでからかわれていたと気がついたんですか」

貴音「ちなみにそれは、いつのことでしたか?」

麻音寺「昨日の夕方頃でしたかね~。三木市さんから聞いたってこと教えたら、奏さんちょっと怒ってたみたいです~」

貴音「……なるほど。ありがとうございました。お二人とも」

貴音は麻音寺さんと保佐さんに頭を下げると、今度は二人から距離をとるように俺の袖を引っ張りつつ玄関の側まで移動する。

貴音「……どう、思われますか?」

P「ううん…………」

貴音「少し今までの情報を整理しておきましょうか」

P「そうだな。ちょっとこんがらがってきたとこだ」

まず、俺は奏先生と仕事上の連絡をメールでやりとりしていた。その時点では今日のスケジュールは朝11時から収録開始ということになっていた。

昨晩になって奏先生から電話で連絡があり、収録開始時刻を11時から10時30分に変更するという旨が伝えられた。

しかし、どうやらその連絡は俺にだけしか伝わっていなかったようだ。

ともかく俺と雪歩は10時30分から開始のつもりで行動していたことになる。

雪歩から事前に発声練習をするように言いつけられたという話は聞いていて、その練習時間に30分ほどかかるそうなのでその時間が確保できるように早めに事務所を出発したわけだ。

第二スタジオ準備室へ到着したのが9時45分のことだった。それからおよそ5分後、奏先生との電話の最中に事件が発生した。

保佐さんはその時間、2階第一スタジオのコンソールルームで機材の修理を行なっていたため、アリバイはなし。

三木市さんはこのスタジオビルへやってきたのが事件が起こった後、その記録は監視カメラに残っているそうだ。となれば、アリバイは認められるだろう。

麻音寺さんについては、電話の相手がしつこかったお陰で結果的にアリバイを証明できたことになる。しかしこの電話にはどこか作為的なものを感じるのもたしかだ。

P「――と、こんなところか?」

貴音「三木市殿についてなのですが」

P「ああ。いつも収録開始ぎりぎりになって到着するのに、今日に限って早く来ていたって話か?」

貴音「それですが、屋上に用があったのではないでしょうか?」

P「なるほど、そのために早く来ていたってのはありえそうだな」

貴音「……それと、もうひとつ。雪歩の発声練習のために早めにここを訪れたとのことですが、たしかそれも雪歩が被害者から言いつけられていたものでしたか」

P「ああ、昨日の打ち合わせで本番前に30分ほど練習して喉を慣らしておくようにって、奏先生に言われたらしい」

貴音「…………」

貴音は左手の人差し指で口元をなぞりながら黙考する。

貴音「屋上……」

P「うん?」

貴音「屋上で練習、というのも被害者から言いつけられてのことでしたよね?」

P「ああ、そうだよ」

貴音「ふむ……」

そう言うと、再び唇に指を当てて黙りこんでしまった。

~大桶レコーディングスタジオ ビル裏~

被害者が落下した現場を見てみようと貴音が言うので、玄関からビルを出て移動する。

オフィス街の中に建つこのスタジオは、通りに面した玄関のある側以外の三方を他の建物に囲まれている。

玄関を出て右手側には山茶花(さざんか)という喫茶店が、反対の左手側には守山ビルという2階建ての小さなビルが建っている。

左手側はビルとの間が狭すぎて通れないため、スタジオビルの裏手へは右手側の喫茶店との間の狭い路地を通らねばならない。

現場のビル裏に到着すると、まだ何人かの捜査員の姿が見える。

藤原「おっと、そこまでにしておいてください。大事な現場ですからね」

現場検証中だったらしい藤原刑事に呼び止められる。

貴音「現場を見せていただくことはかないませんか?」

藤原「それ以上近づかずに見ていただく分には結構」

貴音「感謝します」

P「あっ……ところで」

第二スタジオで藤原刑事が言っていたことを思い出す。

P「なにか重要な証拠が見つかったって言ってましたよね? それも雪歩に関係のあるものだって……」

藤原「む……」

P「一体、何が見つかったんですか?」

藤原「……あー。それが……」

なぜだか歯切れが悪い。

藤原「……隠していても仕方がないか」

P「?」

藤原「実はですね。わからなくなってしまいまして……」

P「は?」

藤原「萩原雪歩の犯行の証拠……報告で聞いた限りでは、そう思えました。しかし……実際に見てみるとあれは……まぁ、見てもらったほうが早いでしょう」

藤原刑事は捜査員の一人になにか言いつけると、『それ』を持ってこさせる。

P「それは……帽子、ですか?」

藤原「ええ、たしか……サマーニット、とかいう夏場でも被れるニット帽です」

綿糸で作られた薄手のニット帽はたしかに夏場でも厚苦しくはなさそうだ。色はやや灰色がかった黒。

藤原「うつ伏せに倒れていた遺体の上、腰のあたりに落ちていたそうです。気が付きませんでしたか?」

P「はぁ。あまりじっくりと観察したわけではないので……」

あんな死体を見つけて、そんな細かいことまで憶えてられるか。……たしかに、これまでにも似たような経験はあるにはあるが。

藤原「遺体の上に落ちていた……つまり、被害者が殺害された後で落とされたものだということです」

P「もしかして、犯人が落とした?」

藤原「今日は風も吹いていませんし、別の場所から飛ばされてきたということもないでしょう。まず犯人のもので間違いないかと」

貴音「……それで、その帽子がなぜ雪歩のものであると思われたのですか?」

藤原「帽子の内側をよくご覧になってください」

P「ん……? 髪の毛が何本か付いてますね」

正確に言うなら3本の髪の毛が帽子の内側に付いていた。

藤原「そう、髪の毛です。栗色のね」

貴音「……なるほど。事情は掴めました」

P「ええっと……?」

藤原「髪の毛の色ですよ」

P「……そういうことか」

スタジオ関係者の人たちの髪の毛は、麻音寺さんが金髪のロング、保佐さんは黒のポニーテール、三木市さんは黒の短髪、大桶先生は実際に会ったことはないが、前に写真で見たかぎり高齢で白髪になっていたはずだ。

そして被害者、奏州虎の遺体は……。

P「被害者の髪の毛は……たしか黒でしたね」

藤原「その通り、つまり栗色の髪の毛の持ち主は関係者の中でただ一人、萩原雪歩のみだったわけです」

P「でもさっき、『わからなくなった』って言いましたよね? それがどうして……」

藤原「一目瞭然ですよ。ほら」

藤原刑事は髪の毛の端を、手袋をはめた手に取ると空中に持ち上げてみせる。

藤原「……『長さ』が合わないんですよ。3本とも、全てです」

なるほど、雪歩の髪の毛は肩に達するかどうかという程度の長さだが、この髪の毛は明らかにそれより長い。みぞおちの辺りまではゆうに達する長さだ。

藤原「これでわからなくなってしまいました。短いのならばまだわかるが、長すぎるというのは不条理だ……」

P「誰の髪の毛か鑑定することは出来ないんですか?」

藤原「髪の毛からの個人の識別はかなりの量のサンプルが必要なんです。それに加えてこの髪の毛は毛根も残っていない……まず不可能ですね」

残されたのが髪の毛たった3本だけでは話にならないということか。

藤原「ただ、帽子そのものには着用者の皮膚や汗などが残っているかもしれません。そこからならば可能性はあるでしょう」

貴音「その帽子自体は珍しいものというわけではないのですね?」

藤原「ええ。大手メーカーの大量生産品です。入手経路から持ち主を探るというのは無理ですね」

藤原刑事はそう言うと帽子をまた部下の捜査員に返す。そのとき貴音が側にいた俺にしか聞こえない小さな声で呟く。

貴音「黒い……帽子……ですか」

P「……ひとつ思いついたことを言ってもいいですか?」

藤原「なんでしょう?」

P「犯人のもの、とも限らないんじゃないでしょうか? 例えば、現場にたまたま居合わせたまったく無関係の人が、死体を発見して驚いて落としてしまったとか……もしくは……そう」

視線を上に向け、スタジオのビルとは別の、裏手側に建つビルを見つめる。

P「あっちのビルの屋上から落とされたものだったりして……」

屋上とここから見たが、裏手のビルはこちら側には窓は付いていない。なにか物を落とすことが出来たとすれば屋上からだろう。

藤原「なるほどたしかに、この裏路地の幅は精々3メートルほどでかなり狭い。反対側のビルの屋上から落とされたという可能性はある……ように思えました」

P「違うんですね?」

藤原「残念ながら。このビルは半年ほど前から使われていません。いわゆる廃ビルというやつで。それ故に入り口には厳重、というほどでもありませんがしっかりと戸締まりがされていたんです」

P「誰も入ることが出来なかったと?」

藤原「一応、管理してる方に許可をとって調べさせていただきましたが、入り口にも窓にも、何者かが中に侵入した形跡はありませんでした」

既に調べていたか……。俺の考えていたことぐらいは警察も先に辿り着いていたようだ。

藤原「そしてもう一つの、『まったく無関係の人物が居合わせたのではないか?』ということについても、あり得なかったということがはっきりとわかっています」

P「どうしてです?」

藤原「見ての通り、ここは裏路地でありながら、袋小路にもなっています」

先程も説明したとおり、玄関から左手側の守山ビルとの間は狭すぎるために人が通ることは出来ない。さらに、守山ビルは奥行きがあり、裏手廃ビルとぴったり隣接するようになっている。このようにして大桶レコーディングスタジオの裏手は完全な行き止まりになっているのだ。

藤原「ここへ入ってくるとしたら、先ほどのあなた方のようにカフェ山茶花との間の通路を抜けてこなければならない……ここまではよろしいですか?」

P「ええ、まぁ」

藤原「ところで、監視カメラのお話はどなたかからお聞きになりましたか?」

たしか三木市さんがその話をしていたはずだ。彼自信のアリバイをそれが証明するはずだと。

P「ええ、スタジオの入り口に設置してあると聞きました」

藤原「そう、玄関の外側に一台だけ。高い位置から俯瞰するようにスタジオの入口を捉えているわけですが、実はちょっと先のカフェとの間の通路入り口までがしっかりと映っているんですよ」

P「じゃあ誰かが通路を出入りしたら、その姿がカメラに映ったはずなんですね?」

藤原「そうです。しかし……そう、事件のあった時間にその通路を出入りした人物はいません」

……言い方にちょっと引っかかりを覚えるが、ともかく俺の『帽子は無関係の人が落とした』という説は否定されたわけだ。

しかし……どういうことだろう? 

帽子は被害者の体の上に落ちていたのだから、やはり犯人が落としたものだと考えるのが筋だ。だがそれでは髪の毛の問題が出てくる。栗色で且つ、みぞおちの辺りまでの長さの髪を持った人はスタジオ関係者には存在しない。

長さだけで言えば、麻音寺さんと保佐さんは該当するかもしれないが……。どちらも栗色の髪には程遠い。

それにしても……帽子を落とす状況なんて、一体なにが……? 被害者が抵抗して、突き落とされる際に犯人の帽子を掴んだ……とか? でもそれなら被害者の体の上に落ちるってことはないか……。

藤原「正直に申しますと、これで萩原雪歩に繋がる直接的な証拠はなくなってしまいました。しかし屋上にいたのが彼女一人であった、という状況証拠があるかぎり、疑えるとしたら彼女しかありえない」

P「それは……」

貴音「……しかし証拠がない以上、そう簡単に逮捕するわけにもいかない。だからこうして念入りに現場検証しているのですよね?」

藤原「むぅ……まぁ、そう……ですな」

貴音「それで、その入念な現場検証によって有力な手がかりは何か見つかりましたか?」

藤原「いや……だからそれを今も探しているわけで……」

貴音「……失礼。先ほどご自分でそうおっしゃったのでしたね。捜査が未熟であると言いたいわけではありませんので、誤解なきよう」

藤原「ぐぐっ……!」

……物言いは静かであるが、随分とトゲのある言い草だ。雪歩のことでの意趣返しか。いいぞ、やれやれ。

貴音「……遺体はあの白線の位置に倒れていたのですね」

藤原「……ええ、そうですよ。うつ伏せになって倒れていました。頭部陥没及び内臓破裂が致命傷となりました。見てください、遺体を片付けてもこの酷い有様だ。遺体の半径1メートル半は一片の隔たりなく血だまりですよ」

コンクリートの上から白墨で人型に線が引かれており、それを中心とするように血液による赤黒い染みが大きく広がっている。周囲には鼻を突く鉄さびのような臭いが立ち込めている。血は乾いているため、これでもマシになった方なのだろうが……。

それにしても頭部陥没に内臓破裂……聞くだけでおぞましい。

藤原「検死によれば落下した高さは30メートルから35メートルの間。これはちょうどこのスタジオビルの屋上の高さである33メートルと一致します。それに遺体は死後動かされてもいないことも明らかだそうです」

高さもそうだが、遺体が動かされていない……ということはやはり屋上のコーンが置かれていたあの位置から突き落とされたということになる。

P「さっき屋上を見てきたんですが、あそこにはなにか残っていたりしなかったんですか?」

藤原「……一つだけ、あるにはありました。しかしそれが事件に関係してるとは思えないんですが……」

貴音「見せていただけますか?」

藤原「まぁ、構いませんが……」

しばらくして藤原刑事が一つのパケ袋を持ってくる。

P「これ、洗濯ばさみ……ですよね?」

袋の中に入っていたのは薄い水色の洗濯ばさみ。又の部分が曲線になっていて、物干し竿ごと掴める大きめのタイプだ。

藤原「屋上の縁の外側に、少しだけ出っ張った部分があるでしょう? その部分の、被害者が突き落とされたと推測される位置のすぐ側に落ちていたんです」

手庇(てびさし)を作って――ビルの陰になっているので眩しいわけでもないが――見上げると、ここからでもその出っ張り部分が見える。あそこに乗っかっていたわけか。

藤原「指紋もなにも検出されませんでした。製品そのものは特に珍しいものでもありませんので、こちらとしては重要視するほどではないかと……」

P「犯行に使われたとも思えないですもんね……」

藤原「ただ、屋上で物干しをしていたという話もなかったようです。だから……なにか怪しい、気になるといえば気になるのですが」

貴音「見る限り、新しいもののようです。外に放置されたまま時間が経てばもっと劣化しているかと」

たしかに、洗濯ばさみの表面はまだつるつるとしている。買ってきたばかりのようにも見える。

藤原「ああ、あと気になるといえば……もう一つ」

P「なんですか?」

藤原「プラスチックの破片です。直径3センチくらいで、白色の半透明」

P「それはどこに落ちていたんです?」

藤原「被害者の倒れていた場所から3メートルほど離れた……そう、あのビルの隙間の近くにあったそうです」

入って来た側とは反対側の行き止まりになっている場所のあたりだ。

P「……事件に関係がありそうなんですか? そもそも、一体何の破片なんです?」

藤原「関係があるかどうかはわかりませんが、何の破片かは大方の見当が付いています。今、現物を持たせて部下に調べさせているところです」

貴音「わかったら、教えていただけますか?」

藤原「まぁ、私も事件とは無関係のただのゴミである可能性が高いとは思っていますが、いいでしょう。……時間的にはそろそろ戻ってきてもいい頃なんだが……ああ、そういえばまだ新人だとか言っていたか……」

言葉の後半は独り言のようだった。

藤原刑事がまた調査に戻っていったので、現場を改めて観察してみる。そうしているうちに、ある一つの仮説が脳内に浮かび上がってきた。

貴音「…………」

貴音は黙ったままビルの屋上を見つめている。やや話しかけるのが躊躇われたが、聞きたいこともあったので声をかける。

P「貴音。一つ思いついたことがあるんだ」

貴音「……なんでしょう?」

P「奏先生は……本当にスタジオの屋上にいたんだろうか?」

貴音「……屋上でなければ、どこにいたと?」

P「屋上は屋上でも、この裏手側のビルの屋上にいたとしたらどうだろう? そこから突き落とされたとしたら……」

それならば、雪歩がスタジオの屋上で誰も見ていないのも不思議ではない。廃ビルはスタジオビルよりも1階分ほど高いが、雪歩のいた位置から被害者が突き落とされる瞬間は目撃できなかったことは確認済みだ。

貴音「……たしかに、その説ならば屋上にいたのは雪歩だけだった、という絶望的状況をひっくり返すことが出来るでしょう」

P「だろう?」

貴音「しかし、残念ながら現実的とは言い難いかと」

P「ど、どうして?」

貴音「まずひとつ、犯人、及び被害者はどうやって廃びるへ侵入したのか? どこにも侵入の形跡がなかったことは警察も確認済みです」

P「ううん……」

貴音「そしてもうひとつ、被害者は事件の直前にプロデューサーに電話をしていたのでしたね。それでいて裏手側のびるにいたことをプロデューサーに伝えなかったというのは不自然です」

たしかに……あの電話では、『今屋上にいる』と言われただけだが、そう聞かされたら普通はスタジオビルの屋上にいると認識するのが普通だ。奏先生が廃ビルの屋上にいたのなら、そんな紛らわしい言い方をするとは思えない。

P「こりゃどうもダメみたいだな……」

落胆して片手で頭を掻き毟る。

貴音「ですがそういった間違った仮説を提示していただければ、推理の針路確認には役立ちますよ」

むぅ……フォローされたのか遠回しに馬鹿にされたのか。おそらく前者だとは思うが、役に立てていない負い目はどうしても感じてしまう。

貴音「…………」

P「……さっきからずっと同じ場所を見てるけど、一体何を……」

貴音は視線の方向にピッと指を向ける。

貴音「――窓」

P「……窓がどうかしたか?」

貴音「1階、2階と5階は直接確認しましたが、ここから見ると1階から5階まですべての階に、そして同じ位置に窓があるようです」

こちらから見える面には窓は各階に1つずつしか付いていない。つまり俺が被害者の落下を目撃した窓から下一列に窓が並ぶようになっているわけだ。窓の形もすべて同じのようだ。

他に気になることといえば、4階の窓の外側、その両端部分から取っ手のような物が10センチほど突き出ており、そこにロープが渡されていることか。4階は大桶先生の部屋があるということだったが、洗濯物でも干せるようになっているのだろうか。

P「……で、窓がどうかしたのか?」

貴音「…………」

貴音は唇を指でなぞる。

貴音「なんでもありません。戻りましょうか」

P「え、あ、ああ……」

俺達が裏路地を引き返そうと後ろへ振り向きかけると、奇妙な音が耳に入ってきた。……猫の鳴き声。

「ニャーン」

P「あっ……あんなところに」

猫は現場奥のビル同士の隙間の間に座っていた。黒猫でまだ体は小さく、子供なのかもしれない。

「こらっ! シッシ!」

捜査員の一人が手で払う動作をしながら猫を追い立てる。黒猫は慌てて人が追ってこれない隙間の奥へと姿を消した。

~大桶レコーディングスタジオ1階 ラウンジ・受付~

保佐「あっ、お帰りなさい」

P「ああ、どうも」

保佐「お茶でも用意しましょうか?」

そういえば外は結構暑かったし、喉が渇いたかもしれない。

P「あー……じゃあ、お願いできますか」

保佐「じゃあそこのラウンジでちょっと待っててくださいね」

貴音「ご厚意、痛み入ります」

ラウンジの方へ移動すると、一人がけのソファの一つに見知らぬ男性が座っていた。

喜鶴「やぁやぁどうも! あなたが事件を目撃されたPさんですね? 私は喜鶴進(きかく すすむ)というもので、今度行われる大桶先生のコンサートの企画広報を担当しているものです」

喜鶴と名乗った男性は早口でまくし立てる。

歳は40代くらい、体つきは少しぽっちゃりとしていて、髪の毛も若干薄い。外に出て仕事をすることが多いのか、顔も腕もよく日に焼けている。

相手が先にしてきたのでこちらも向かいのソファに座って自己紹介する。

喜鶴「ああ、四条貴音さん! ええ、何度かテレビで拝見しております! いやぁ、さすがはアイドル! こうして実物を前にするとテレビで見るのとは全然違いますな! 数倍お美しい!」

貴音「あ……ありがとうございます」

喜鶴「いや、実はですね? 私、警察から呼び出されてここに来たんです。そりゃ驚き桃の木ってなもんですよ! まさか奏先生がお亡くなりになるとはねぇ! しかも殺人事件だって言うじゃないですか! 更に容疑者は現役のアイドルですかぁ? こりゃ明日にはとんでもない騒ぎになってるんじゃないですかねぇ? まだマスコミは嗅ぎつけてはいないようですが、これ以上長引けば時間の問題でしょうなぁ。まぁそれは置いておいてですよ。私が警察から呼び出されたってのは話しましたっけ? 向こうから呼び出しておいてこうして待たせるってのはどうかと思いますなぁ、私としては!」

P「うるさ……」

喜鶴「はい? なにか言いました?」

P「いえなんでもありません」

喜鶴「ええと……それでどこまで話したんでしたっけ?」

貴音「どうして警察に呼び出されたのでしょうか?」

喜鶴「ああ、その話でしたっけね。それがあまり詳しいことは聞いていないんです。会社にいたところを突然電話で呼び出されまして」

P「じゃあ事件のことはここに来てから知ったんですか?」

喜鶴「そうですよ! そりゃ驚き桃の木ってなもんですよ! それに殺人事件だって言うじゃないですか!」

P「ああそのくだりはさっき聞きましたから……」

喜鶴「あれ? そうですか? ええと……ああ、そうそう! でもね、なんで私が呼び出されたかはここに来てだいたい見当がつきましたよ」

貴音「……なぜ呼び出されたのだとお思いなのですか?」

喜鶴「私ね、今朝ハンカチを落としたんです」

P「ハンカチ?」

喜鶴「ええそうなんです! 娘が父の日にプレゼントしてくれたものすごーーーーーーーーく大切なものなんですよ!」

P「は、はぁ……」

喜鶴「事の経緯を説明させていただきますとね? 今日は私、大桶先生にコンサート関係の重要な資料をお渡ししにこのスタジオへやって来ていたんです。こういったものは手渡しするのが決まりになっていまして」

貴音「それは何時頃のことですか?」

喜鶴「そうですねぇ……9時前、というところでしたかね? 4階の大桶先生の事務所を訪ねて、資料をお渡ししたらすぐに会社へ戻ろうと! 何しろ私、こう見えてなかなかに忙しい身でして! 幾つもの企画を抱えているものですから!」

P「わかりました! わかりましたから続きを……」

喜鶴「スタジオを出た時のことです! 隣に山茶花というカフェーがあるでしょう? そのときは少し喉が渇いていまして、アイスコーヒーでも頼んでいこうかとカフェーの扉に手をかけた時のことです!! とんでもないものが私の目に飛び込んできたんです!!」

P「い、一体何を見たんですか……!?」

喜鶴「猫ですよ! 猫!」

P「……はぁ?」

喜鶴「いやぁー私、猫には目がないんですよ! 家でも3匹飼ってましてね。4人子供がいるようなもので、娘の次にかわいい子たちです!」

P「……はぁ」

喜鶴「じゃあ女房はどうなんだって? わっはっは! それを言っちゃあいけませんよ!」

P(言ってねえ!!)

喜鶴「それで娘がくれたハンカチにも可愛らしい猫の絵がプリントされてましてね。ああそうそう、こいつも娘がくれたものなんです! これは去年の父の日のプレゼントでしたね」

そう言って喜鶴さんは自分のネクタイを見せびらかしてくる。白地に青い猫のシルエット模様が入っている。

喜鶴「えへへ、どうです?」

P「はぁ……いいんじゃないですか」(どうでも)

貴音「申し訳ありませんが……そろそろ話を進めていただけるとありがたいのですが」

喜鶴「やっ、これは失礼! ……で、どこまで話したんでしたっけね?」

貴音「かふぇーの前で猫を見つけたところまでです」

喜鶴「そうでしたそうでした! 私、その猫を追ってビルの裏手に入っていってしまったんですよ」

P「は……? 猫を追っかけて?」

喜鶴「いや私もね、ただの野良猫にいちいちそこまでの情熱を注いどるわけではないですよ? でもその猫は珍しい黒猫のオッドアイだったんですよ!」

P「黒猫の……オッドアイ?」

喜鶴「左右で眼の色が違うやつです、聞いたことくらいあるでしょう? 特に猫のオッドアイは白猫の場合が殆どなんです。黒猫のパターンは私も初めて見たもので! しかも片方が金色で、もう片方は薄い青、縁起がいいと言われる金目銀目ですよ! あ、青でも銀っていうんですよ?」

黒猫……もしかしたらさっき裏手で見かけたあの猫のことかもしれない。もともとあの場所を縄張りとしていたのかも……。

喜鶴「あの裏路地の行き止まりまで追いかけていったんですがね。狭い隙間の奥に逃げていってしまって。あえなく追跡を断念しました」

結局猫を捕まえられたとして、この人は何をしたかったのだろう……。

喜鶴「そこで会社の方から電話がかかってきまして。急な仕事が入ったとのことで。私もう急いで会社まで戻ったわけです。会社というのはここから車で20分ほどのところなんですがね」

P「あーちょっと待って下さい。ハンカチの話は……?」

喜鶴「おや、そうでしたね。私いつもハンカチと携帯電話を同じポケットの中に入れておく癖がありまして。猫を追いかけて若干息が切れていたのと、会社からの急な呼び出しということで注意力散漫だったんでしょうね。おそらく、というかまず間違いなく……そのときに大切なハンカチを落としてしまったんです」

P「なるほど……」

喜鶴「それでここに来てみたら奏先生の遺体は裏路地にあったそうじゃないですか。ということは当然、私が偶然にもそこで落としたハンカチが事件の証拠品扱いされているのでは、と」

保佐「お待たせしました。さ、Pさんも貴音ちゃんも喉が渇いたでしょう? どうぞ」

ちょうど話が一段落したところで保佐さんがカップに紅茶を淹れて持ってきてくれた。

P「ありがとうございます」

貴音「良い香りですね。疲れがひいていくようです」

保佐「喜鶴さんも、はい」

喜鶴「やっ、これはどうも!」

保佐「今お茶うけのお菓子、なにか持ってきますね」

貴音「正直なところ、空腹を持て余していたところです……! 助かります……!」

声に切実なものを感じる……。

P「ところで麻音寺さんの姿が見えませんけど?」

保佐「時間を持て余し気味なので、雑誌でも買いに行くと言って出かけましたよ」

まぁ、警察がいちゃ本来の仕事どころじゃないだろうしな……。

藤原「喜鶴さん。どうもお待たせしてしまいすみません」

刑事は玄関から入ってくるなり俺達には目もくれず喜鶴さんに挨拶する。

喜鶴「ああ、あなたが警察の?」

藤原「藤原と申します。よろしくお願いします」

保佐「藤原さんもお茶、飲みますか?」

藤原「いえ、私は結構です。ありがとうございます」

丁寧に断るとまた喜鶴さんに向きなおる。ソファが足りないので立ったままだ。当然代わりに立ってやろうなどという気は起きない。

藤原「さて、喜鶴さん……」

喜鶴「ああ、おっしゃりたいことはわかりますよ。私のハンカチが現場で見つかったんでしょう?」

藤原刑事は少し驚いたような顔をしたが、すぐにもとのすました表情になった。

藤原「それならばお話が早い。実は今そのハンカチを持ってきていまして、念の為に持ち主である喜鶴さんにご確認いただければと……」

喜鶴「ええ、構いませんよ。それですぐに返していただけるんですよね?」

藤原「……それが、事件とはっきりと無関係であればこちらとしてもそうさせていただきたいのですが……」

喜鶴「へ?」

藤原「見ていただければわかると思いますが……」

刑事は透明袋の中に入ったハンカチを見せる。

喜鶴「ひえっ……!」

ソファから飛び上がらんばかりに驚く喜鶴さん。それもそのはずだ。大切な娘さんからのプレゼントだったハンカチには、赤黒い血が斑点状にびっしりと付着していたのだから。

藤原「不運なことに、ハンカチが落ちていた場所すぐ近くに被害者が落下したようでして……このハンカチで間違いありませんか?」

喜鶴「ええ、間違いなく私のものです。ああ~~~……なんてことだ……」

頭を抱え込む。……少しかわいそうだ。

藤原「というわけで、このハンカチも証拠物件として預からせていただきますので、しばらくの間はお返しできません」

喜鶴「あー……その血……って洗い落とせたりはしないですよね?」

藤原「……難しいかと。血液は一般に10分から15分ほどで固まってしまうので、それより前に洗わないことには……」

喜鶴「……こんなことになるなんて……あんな不注意さえしなければ……。マンホールの上に落ちていたのはわかっていたのだから仕事なんて放っておいてすぐに取りに行けばよかったんだ……」

貴音「……お待ちを」

喜鶴「……へ?」

貴音「喜鶴殿はここへ来るまで事件のことは知らなかったのですよね。当然、現場も見ていない?」

喜鶴「ええ、そうですが……」

貴音「ではなぜ……はんかちがまんほーるの上にあったということをご存知だったのでしょうか?」

喜鶴「え?」

貴音「はんかちを落としたことには気が付かなかったが、はんかちを落としたその正確な位置は記憶していた……と?」

喜鶴「…………ああ! そういうことですか!」

喜鶴さんは何か合点がいったようで、ポンと手を打つ。

喜鶴「もちろんハンカチを落としたその時には気が付きませんでしたよ。でも会社に戻ってからハンカチが無くなってることに気が付きました。それで順番に思い出してみて、落としたとしたらこのスタジオの裏手で電話をした、あの時しかないだろうと! そう推理したわけです!」

P「推理して、どうなさったんです?」

喜鶴「まぁ、人気のないところでしたし、ないとは思うのですがもしも誰かに拾われて持って行かれてしまったらと思うと不安でたまらなかったんです。それでですね、誰かしらスタジオの方に預かっていただければと思いまして」

P「拾ってくれるように頼んだんですか? 誰に?」

喜鶴「最初は受付の麻音寺さんにお願いしようとしたんですよ。いつも受付にいらっしゃるから少し話したこともありましたし。でも電話をかけてみたら通話中だったみたいで繋がらなかったんです。それで他に知り合いもいなかったので、大桶先生の携帯にかけたんですよ」

P「保佐さんや奏先生とは面識はなかったんですね」

保佐「何度かここへいらっしゃってますから、挨拶ぐらいは交わしたことがありましたよね、喜鶴さん」

保佐さんが煎餅やら小さな袋入りケーキなどのお菓子を載せたお盆を机に置く。

保佐「どうぞみなさん召し上がってください」

喜鶴「やや、これはどうも。そうですな。お二人に関しては挨拶したことがあるぐらいで」

保佐さんは菓子を勧めた後、また受付の奥へと入っていった。

貴音「それで、大桶殿にはんかちを拾ってくれるように頼んだのですか?」

喜鶴「ええ、事情を話しますと、わざわざすぐに窓から下を覗きこんで確認してくださいました。『裏手のマンホールの上に落ちているから後で拾っておこう』と快く引き受けてくださいましたよ」

P「へぇ。親切な方なんですね、大桶先生って」

喜鶴「そりゃあとってもとっても! あの人が怒るところを見たことがある人なんて滅多にいないと思いますよ。それに愛妻家でもいらっしゃいますしね。この間も奥さんの誕生日プレゼントを何にしたらいいかって悩んでいましたよ。羨ましいねぇ~、あのお歳でも夫婦円満だなんて! ここ最近はお忙しいから毎晩電話でお話されているんだとか。……おっと、また話がそれてしまった」

喜鶴さんは一度咳払いをして話を続ける。

喜鶴「……ただ、落ち着いて考えてみると、天下の大作曲家相手にとんでもないことを頼んでしまったと思っております。ああっ、それに脚のことも完全に忘れてしまっていて……」

P「待ってください。脚のこと、というのは?」

藤原「私から説明しましょう。大桶さんは5年前に交通事故にあって以来、脚が不自由なんです。杖なしでは一人での歩行は困難だろうとのことですよ。この点は医師への確認もとれています」

P「それじゃあ4階から1階へ降りるのなんて相当大変じゃないんですか? エレベーターもありませんし」

喜鶴「ええ、だから電話を切った後で『これはとんでもないことをしでかしてしまったぞ』と焦ったもんですよ。でも折角のご厚意を『やっぱりいいです』なんて断るわけにもいかないし、やっぱりハンカチは心配だったし、仕事はしばらく抜け出せないしで結局そのままだったんです」

P「でもハンカチは拾われることなく、その場に放置されていたんですよね?」

藤原「その通り。でもそれは仕方のないことだったんですよ」

P「ワケを知っているんですか?」

藤原「私はアナタより前に他のみなさんから話を聞いているんです。その時に各自の事件前後の行動については把握していますよ。喜鶴さん、あなたが大桶さんへ電話をかけた時間はわかりますか?」

喜鶴「ええと、ちょっと待って下さいよ」

喜鶴さんはポケットから年季の入った折りたたみ式の携帯電話を取り出して発信履歴を確認する。

喜鶴「あれ? ないな……」

P「ええ?」

喜鶴「あっ、しまったしまった。こっちの電話じゃなかった」

そう言うと鞄の中からもう一つ似たような形で色だけ違う携帯電話を取り出す。

喜鶴「仕事用とプライベート用で使い分けてるんです」

ああ、結構いるんだよなそういう人。

昨今では仕事とプライベートの使い分けという理由の他にも、電池の消耗が激しいスマホへと乗り換えたことで、2つ以上携帯しておくという人も増えているんだそうな。

喜鶴「さっきこっちへ来る前に家内に電話したのでポケットに入れ替えてつっこんでしまっていたようで。へへ……」

照れ笑いを浮かべながら今度こそ履歴を確認する。

喜鶴「9時45分だったようです。ほら」

携帯の画面を覗きこむ。

発信相手の欄に『大桶楽 携帯』、発信時間が今日の日付の後に『9:45』、通話時間は『1分22秒』とあった。

藤原「その一分前にはスタジオ1階の固定電話に電話をかけていますね。麻音寺さんに電話をかけたが通話中だったというのはこれのことですね」  

P「つまり、あそこの電話にかけたってことですよね」

受付台に置かれた電話機を指さして言う。その時間ならば、麻音寺さんが電話中だったという事実と一致することになる。

藤原「9時45分に喜鶴さんは大桶さんに電話をかけていた。そのたった5分後に事件が起きたわけです。これで大桶さんにハンカチを拾う余裕なんてなかった、ということがおわかりでしょう?」

P「そうか……そんな短い時間ではハンカチの回収には行けませんでしたね。ましてや脚が不自由ということであればなおさらだ」

藤原「ご本人にも確認しましたが、ちょうどハンカチを拾いに行こうと部屋を出る時に、事件のことを伝えに来た警察と会ったそうです」

貴音「ほれへあおおほへ……」

P「な、なに?」

貴音「……うん。それでは大桶殿も被害者の落下には気が付かなかったのですね?」

保佐さんの持ってきた小さなバウムクーヘンを飲み込むなり貴音が尋ねる。

藤原「4階の構造を大雑把に説明しますと、被害者が落下するのが見えたであろう窓のある部屋――これは大桶さんの私室のようなものですね。そして事務所として利用している部屋の二つから構成されています。階段のある廊下に面しているのは事務所側です。外に出る準備をしていたために、事件の起こった9時50分には事務所側にいたそうです」

なるほど、それでは遺体の落下そのものは見ていなかったわけだ。

貴音「……では、電話中に何か気になることはありませんでしたか?」

喜鶴「気になることねぇ……ううん……ああ、そういえば」

貴音「なんでしょう?」

喜鶴「ハンカチのことを話す途中で、急に電話越しに騒々しい音がし始めたので、なんの音か気になって尋ねてみたんです。そしたら、『外の工事の音だ』と」

藤原「ああ、それなら私が最初に大桶さんにお話を伺った時にも聞きましたよ」

藤原刑事は懐から手帳を取り出してメモを確認する。

藤原「ええと……なんでも、喜鶴さんからの電話があったときは、ちょうど窓の外に干していた洗濯物を取り込んでいたところだったそうです」

貴音「……洗濯物?」

喜鶴「大桶先生は忙しい時期はこのスタジオにお泊りになるんですよ。だから簡易のシャワールームや洗濯機なんかも4階の奥の部屋にはあるんです。私は事務所側にしか入ったことがないので実際に見たわけじゃありませんがね」

藤原「大桶さんは昨晩10時頃からその日の分の洗濯物を窓の外に干していたそうです。それを明けて9時45分頃には取り込んでいた、と」

喜鶴「そうそう、そんなことを電話でもおっしゃってましたよ」

貴音「そういえば4階の窓の外には紐が掛かっていましたね。あれは物干し用の紐だったということですか」

ああ、やっぱりあれ、物干しだったのか……。

藤原「……うん? ……あれ? おかしいな……だったらなんであんな……」

P「どうかしましたか?」

藤原「ちょっと思い出したんですが……ああ、いや、思い過ごしかもしれない。気にしないでください」

P「気になりますよ、教えて下さいよ」

藤原「さっきの話で……いや、やっぱりやめておきます。違っていたら恥ずかしいので」

P「恥ずかしいって……」

藤原「いいから、ご心配なく」

何だこいつ。

P「……あ、そういえば藤原刑事、確認しておきたいんですけど……」

藤原「どうしました?」

P「入り口の監視カメラの映像、確かめたんですよね?」

藤原「もちろんです」

P「喜鶴さんのおっしゃるとおりなら、9時頃に喜鶴さんが通路に入るところも映っていたんですよね?」

藤原「そのとおりです」

『事件のあった時間にその通路を出入りした人物はいません』……先ほど藤原刑事がそんな言い方をしていた理由がわかった。事件よりずっと前の時間には出入りしていた人物がいたわけだ。

もちろん、その時には被害者はまだ死んでいない。喜鶴さんが遺体の上に落ちていたニット帽を落とせたはずもないのであえて話さなかったのだろうが。

貴音「他に裏手側への通路を出入りした人物はいないでしょうか? 事件のあった時間とは無関係に」

藤原「いいえ。少なくとも今日の朝5時から警察がカメラの映像を調べ始めた11時までの間で通路を出入りした人物は喜鶴さん一人ですよ」

貴音「……では、各関係者の方たちがこのびるへ入った時間もわかるのでしょうか?」

藤原「もちろん。本来は入り口の出入りを確認するために付いてるんですからね。何なら教えましょうか?」

貴音「お願いします」

藤原刑事は手帳を開く。刑事としての習性か、あるいは単にメモ魔なのかもしれない。

藤原「時間の早い順に行きますよ。まず8時27分、麻音寺さんが出勤してきています」

これはコントロールルームの鍵の話の時に麻音寺さん本人から聞いた出勤時刻と相違ない。

藤原「次に8時35分に保佐さんが出勤」

保佐さんはその後9時から事件が起こるまでの間、第一スタジオで点検作業を行なっていた。

藤原「8時56分、喜鶴さんがスタジオを訪ねています。ちょうど10分後の9時6分にスタジオを出て猫を追いかけて通路に入っていくところが、更に1分ほど経過してから駆け足で通路から立ち去るのが映っていました」

脳をフル回転させて記憶をたぐり寄せるが、藤原刑事の監視カメラ報告に食い違った証言は今までにはなかった。

藤原「そこから少し間が空きまして、9時40分、Pさんと萩原雪歩のお二人がスタジオへ入っていますね」

その後で麻音寺さんと少しだけ言葉を交わし、5階の第二スタジオ準備室へ入ったのが9時45分。妥当なところだ。何もおかしいことはない。

さて、その後9時50分頃が事件が起こった時間である。それから先はどうだろうか?

藤原「9時55分、三木市さんがスタジオへ入ってきます。その1分後に通報を受けて駆けつけた警官が到着していますね」

これも三木市さん本人が申告していた時間と一致する。麻音寺さんの話でも、三木市さんが来た直後に警官が到着したとなっていた。

P「どうだ、貴音……? 俺には、特に発見らしい発見はできなかったんだけど……」

貴音「……そうですね。たしかに目新しい発見はありませんでしたが、かめらに映された映像は真実であると断定してよいでしょう。つまりは、三木市殿の現場不在証明……『ありばい』の成立です」

P「三木市さんは事件の済んだ後でスタジオに入ってきてるわけだから、そこは間違いないだろうな……」

でもそうだとすれば、先ほどの屋上でのあの態度は何だったのか、という疑問は残る。

貴音「『ありばい』といえば……麻音寺殿は電話のお相手がそれを証明してくれたとのことですが?」

藤原「ええ、そこにある受付の電話、着信記録からすぐに繋がりましたから簡単に見つかりました。……実はこれが妙な話でしてね」

P「なにが妙なんです?」

藤原「電話の相手は他県に住む二十代の男なんですが、『電話は依頼されてかけたものだ』と話しているんです」

P「依頼?」

藤原「そう。ネットのアングラ掲示板で引き受けたそうで。依頼内容は『今日、9時30分から10時までの間、大桶レコーディングスタジオへ電話をかけ続けること』だそうです」

P「……そりゃ妙だ」

藤原「でしょう?」

妙としか言いようがない。なんでそんなことを依頼する必要がある? 誰が?

藤原「管理の甘いネットカフェを利用したようで、依頼主についてはわかっていません。報酬の10万円は後日郵送ということになっていたそうです」

P「10万円も!?」

貴音「その電話相手は、依頼主になんの目的があったかということは知らなかったのでしょうか?」

藤原「目的については何も知らされていなかったとのことです。報酬が報酬でしたから、たった30分でそれだけ稼げるのならと気にも留めなかったようです」

貴音「その男性が電話をかけることになった経緯は奇妙。しかし、それが結果的に麻音寺殿のありばいを証明することになった、と……」

藤原「ええ、しかもその男性、役目を果たしたという証明のために電話の内容を録音していたんです。警官が駆けつけて来て麻音寺さんが電話を切ってしまうまで、きっちり会話が録音されていましたよ」

P「変な音が混ざってたりとか……」

藤原「途中、麻音寺さんがアナタや萩原雪歩と会話したと思しき声は入っていましたがね。それ以外に不審な音は何も」

最初に麻音寺さんに挨拶した時の声だろう。あの電話を持って移動するなんてことはもちろん出来ないのだから、麻音寺さんのアリバイは盤石と言って良いだろう。

玄関のドアがガチャリと鳴る。

麻音寺「ただいま~」

噂をすればなんとやら、か。間延びした声の持ち主はやはり麻音寺さんだった。

保佐「あっ、お帰りなさい。雑誌、何買ってきたんです?」

麻音寺「ん~、あまりピンとくるものがなかったから適当に色々買ってきちゃいました~。――って、あら?」

麻音寺さんは手に提げたコンビニの袋に詰め込まれた雑誌を凝視する。

P「どうかしましたか?」

麻音寺「いけな~い。私間違えてこんな本買っちゃってました~」

袋から取り出した雑誌には『スマホ初心者卒業! 便利なアプリ&小技の紹介』と目立つ字体で書かれていた。袋の中には他にもファッション誌や漫画雑誌なども入っているのが見える。

麻音寺「さっきも言いましたけれど私、スマホ持ってないので~。ん~どうしよう……」

P「確認もせずに買ってきちゃったんですか?」

麻音寺「よくあるんですよね~。気が付かないうちに買い物カゴの中に手にとった憶えのない物が入ってたり~」

P「はぁ、それは大変なことで……」

麻音寺「ん~、せっかくですから、Pさん、差し上げます~」

半ば押し付けられるように雑誌を渡される。俺もスマホは買ったばかりだから、これで本当に初心者卒業できるなら大したものだが……。

喜鶴「おっと、そうだそうだ。Pさん、私からもこれを」

喜鶴さんがバッグの中から一枚のチラシを取り出し、こちらに差し出す。

喜鶴「宣伝用にこうやって持ち歩いてるんですよ。今度やる大桶先生のコンサートのチラシです。ご都合が合えばぜひ!」

P「はぁ、どうも……」

今までピアノやオーケストラのコンサートなど観に行ったことがなかったが、この機会にチャレンジしてみるのもいいか。

チラシにはピアノを弾く大桶先生の写真が掲載され、『大桶楽の新作を初披露!』とコピーが打たれている。

貴音「私にも見せていただけますか?」

P「ああ、ほら」

チラシを渡す。

貴音「……新作、というのはつまり新曲のことですね?」

喜鶴「ええ、今回の目玉でもあるんですよ! 先生が作曲に丸二年を費やした大作です! 題は『虚無の従者』。どうです? こう、ミステリアスで惹かれませんか?」

P「は、はぁ」

喜鶴「――とは言っても私はまだ聴かせてもらってないんですがね。あっ、チケットは残り少なくなってますからお早めに!」

サービスしてくれるとまでは期待してなかったが、自分から話し出したのだから少し割り引いてくれたりしてもよかろうに……。

保佐「あの、よければ私の分のチケットお譲りしましょうか?」

P「え? そんな、いいんですか、保佐さん?」

保佐「ええ。大桶先生からチケット頂いたんですけど、あいにくコンサート当日は用事があって行けないんです。先生からも『だったら知り合いにでも渡してくれ』って言われてますから」

P「そうなんですか……いや、でも、悪いですよやっぱり」

保佐「ふふ、遠慮しないでください。私の知り合いにもこういうコンサートに興味ある人ってなかなかいなくて困ってたんです」

P「そういうことなら……」

保佐「ちょっと待っててくださいね。今取りに行ってきますから」

保佐さんは受付奥にある休憩室へと入っていった。荷物はそこにおいてあるのだろう。

麻音寺「あ~そっかぁ……」

P「どうかしました、麻音寺さん?」

麻音寺「そのコンサートのある日って、たしか沙恵ちゃんの弟さんの命日なんです~……」

P「……え? そうなんですか?」

麻音寺「ずっと病気だったらしくて、去年に亡くなったんです~……。沙恵ちゃん、立ち直るまで結構時間がかかっていたから仲が良かったんだろうな~って……」

P「そうだったんですか……」

保佐「――はい、どうぞ。ペアチケットですからお相手は自分で見つけてくださいね?」

保佐さんからチケットを受け取る。

P「はぁ、ペアですか。参ったな……」

保佐「あら、思い当たる方はいらっしゃいませんか?」

P「恥ずかしながら……」

貴音「……それならば、雪歩をお連れしては? 彼女にとってもよい休息になるのではないでしょうか?」

たしかにこんな事件に巻き込まれてしまった以上、雪歩の性格からしてもしばらくは休ませたほうがいいのだろう。

P「あ、でもそれなら……俺と一緒というよりは、貴音と一緒に行ったほうが雪歩は楽しいんじゃないかな。うん、二人で行ってくるといい」

貴音「…………はぁ」

貴音はやれやれ、といった風に首を振る。……なにか変なこと言っただろうか?

ラウンジ内で携帯電話の振動音が響く。その持ち主は着信相手を確認するとすぐに部屋の隅に移動する。

藤原「ああ、私だ。――それで? なに? じゃあ――」

途切れ途切れにしか聞こえないが、藤原刑事は何かの報告を受けているようだ。しかもその内容は、少なからず彼に驚きを与えたようだ。

藤原「……わかった。それじゃ」

電話を切ると、刑事はこちらに向かって歩み寄り、周囲をはばかるような声で言った。

藤原「Pさん、そして四条さん。5階へ来ていただけますか。あなた方にも確認しておいてもらいたいことがあります」

P「5階に? もしかして……」

藤原「……5階にいる『彼女』に訊かねばならないことが増えました」

~大桶レコーディングスタジオ5階 第二スタジオ 準備室~

藤原「――さて、萩原雪歩さん。今から質問を行いますが、正直に答えてください?」

雪歩「は、はい……」

藤原「このナイフに見覚えがありますか?」

刑事が机に置いたナイフの写真を指さす。

雪歩「ええと……はい。あります」

藤原「……いつ見ましたか?」

雪歩「昨日の打ち合わせの休憩中です。麻音寺さんが差し入れにスイカを持ってきてくださったので、私が切り分けました。その時に使ったナイフが、それです」

藤原「なるほど。このナイフは被害者のスーツのポケットの中に入っていたものです。ところで先ほど……最初に事件についてお尋ねした時です。四条さんに頼まれて私はナイフの実物をお見せしました。その時にアナタもそれをご覧になっていましたよね? どうしてその時に言わなかったんですか?」

雪歩「うぅ……あの、その、その時はなんとなく似てるなぁって思っただけだったんです。でも後になってちゃんと思い出して……」

藤原「……なるほど」

P「あの……これは一体なんの確認なんです?」

藤原「その写真のナイフをお見せした時のこと、憶えていらっしゃいますか。ナイフと、もう一つ、『柄のみ』のものがあったでしょう?」

P「ええ、憶えています」

藤原「その『柄の方』から萩原雪歩の指紋だけが検出されたそうです」

P「柄から……?」

貴音「雪歩の指紋『だけ』……? それは妙な話ですね」

藤原「そう。被害者のスーツのポケット、さらに紙袋の中にしまわれていた柄です。それなのに、当人の指紋が検出されないのはおかしい」

貴音「指紋について、もう一つの刃が付いたないふの方はどうだったのでしょう? それと、ないふが入っていた紙袋は?」

藤原「刃がついたナイフ、紙袋はともに被害者の指紋だけが検出されています」

貴音「そちらは柄とは真逆というわけですか」

P「でもおかしいな。雪歩が触った時には当然刃が付いていたわけだろう?」

雪歩「はい。じゃないとスイカ切れないですし……」

そりゃそうだ。

貴音「しかしそう簡単に刃の部分だけが外れるものでしょうか」

藤原「ええ、それなんですが……あのナイフは柄の底の部分に小さなボタンが付いていまして、そこを押すと刃の部分が外れる仕組みになってるんです。刃の交換をしやすくするためのものなんですが……」

柄から刃を外すことは簡単だったと。

P「でも刃の交換をするならここでやってしまえばいいんじゃないですか? わざわざ屋上に持って行かなくても」

藤原「そうなんです。まったく、こうもわからないことが重なると頭がおかしくなりそうだ」

刑事は半分呆れたような言い方だ。おいおい頼むよ、こっちだって頭の熱でシチューが作れそうな状態だというのに。

貴音「雪歩。私からも質問をよろしいですか?」

雪歩「あ、はい。なんですか、四条さん?」

貴音「昨日の打ち合わせの休憩中に西瓜を切ったとのことでしたね。そのないふは、元々第一すたじおの準備室にあったものですか?」

雪歩「はい。食器棚の中にあったものです。スイカを切り分けた後は洗って元の場所に戻しておきました」

貴音「……なるほど。ところで刑事殿、被害者は手袋のようなものは持っていませんでしたね?」

藤原「ええ、見つかってませんが」

その時、またしても電話のコール音が鳴り響く。

藤原「ああ、失礼」

そう言って刑事は電話を胸ポケットから出しながらそそくさと部屋を出る。

貴音「手袋を持っていないのに、柄に指紋がない……」

P「……貴音?」

貴音「……はい? 何か?」

P「ああ、いや、なんでもないんだ。邪魔してすまない」

準備室内に一時の静寂が訪れる。

雪歩「……あのぅ……どうなんでしょう……? 犯人……見つかるでしょうか?」

P「…………」

貴音「…………」

雪歩「はぅ……ごめんなさい……」

P「あ、いや……大丈夫! 大丈夫だ、後もう少しできっと……」

期待を込めて貴音の方へ視線を送ってみたが、彼女は口元を指でなぞりつつ黙考するのみだった。

P「はぁ。しかし、やっと他の3曲が出来上がりそうになってたのにこんな事件が起こるなんてな……」

雪歩「あ……奏先生の資料、こっちにありますよ」

雪歩が机の上にあった例の新曲案の企画書を手に取り、渡してくれる。

P「おう、ありがとう」

雪歩「さっき、私も読んでみたんですけど……やっぱりすごいです。皆のイメージをしっかり捉えてて、それに合った曲って感じで」

そういえば電話で説明を受けはしたが、肝心の資料の中身についてはざっと目を通しただけだ。この企画が実を結ぶことはなくなってしまったわけだが、亡くなった奏先生がせっかく用意してくれたのだから読んでみるか……。

3曲それぞれにどのような楽曲かという説明と、奏先生の考えるそのイメージに相応しいアイドルの名前が記載されている。

P「……あれ?」

雪歩「……どうしたんですか?」

P「いや……この3曲、誰に歌ってもらうかは奏先生の方でもイメージに合う子を考えておいてもらうようにしていたんだよ。この資料にも書かれてる。1曲目が春香。2曲目が貴音。でも、この3曲目の説明のところ……」

雪歩「千早ちゃんってなってますけど……それがどうかしましたか?」

そう、如月千早となっている。正確に言うなら、『我那覇響から如月千早に訂正されている』。

元々は『我那覇響』と書かれていたところに赤ペンで斜線が引いてあり、その下に千早の名前が書かれているのだ。それに補足するように、『既に同系統の曲あり 変更』と書き添えられている。

赤ペンで書かれている部分はそこだけなので、つまりは印刷の後に直筆で訂正されたことになる。

P「奏先生からの電話では3曲目は響の曲だと言っていたんだ。それなのにここでは千早の曲になってる……」

貴音「間違いありませんか?」

貴音の声には妙に迫力があった。

貴音「……被害者が突き落とされる直前の電話ですね? 間違いありませんか?」

P「ああ。たしかに響の曲って言ってたぞ」

貴音「……ところで、突き落とされる瞬間、被害者は叫び声を上げたでしょうね?」

P「叫び声? ……たしかに只事ではないという感じの声だったな」

貴音「雪歩はその叫び声を聞いてはいないのですね?」

雪歩「はい……多分、外の工事の音で聞こえなかったんじゃないかと思うんですけど……」

貴音「……その工事の音ですが、ずっと鳴り響いていたわけではなかった?」

雪歩「そうですね……かなりうるさかったですけど、たまに音が途切れることはありました」

貴音「なるほど、思った通り……ですね」

P「思った通りって、なにが?」

その時、廊下で電話を終えた藤原刑事が部屋へ戻ってくる。

藤原「やぁ、失礼しました。部下からの連絡がありまして……」

貴音「刑事殿、お頼みしたいことがあるのですが」

藤原「は? なんですか?」

貴音「この赤ぺんで書かれた文字の筆跡鑑定をお願いしたいのです」

藤原「はぁ……この赤ペン部分を誰が書いたか調べればいいんですか?」

貴音「なるべく急いでいただければ助かります」

藤原「……まぁ、いいでしょう。部下に至急調べておくように言っておきます」

扉の外にいたらしい部下に資料を渡して、部屋に戻ってきた刑事がパイプ椅子に腰掛ける。

藤原「ああ、そうそう……今の電話なんですがね。外で話したプラスチックの破片、憶えていますか?」

P「現場に落ちていたっていう?」

藤原「そうです。破片の正体が何か部下に調べさせていたんですが、ようやく判明しました」

P「なんだったんですか?」

藤原「スマートフォンのカバー」

P「カバー?」

藤原「見つけた時からそうではないかと思っていたんです。割れてはいましたが、特徴的なフォルムでしたからね」

P「というと、奏先生の携帯電話のカバーってことですか?」

藤原「いいえ、そうではないようです。被害者のスマートフォンは落下現場で発見されていますが、カバーは破損していませんでしたからね。別の持ち主ということになるでしょう」

P「……でもそれって、事件に関係あるんですか?」

藤原「さぁ、それはわかりません。なにしろ事件が起こるよりずっと前から落ちていた可能性だってありますからね。一応、現場で見つかったものですから念には念を入れて調べておかなければなりません」

そういうものだろうか……そういうものなんだろう。

藤原「ともかく、今その破片を持たせた部下が戻ってくるそうですから詳しいことは直接お確かめになってください」

……しかし妙に気になるのは確かだ。破片だけが落ちていたということは、カバーに強い衝撃が与えられて、一部分が欠けたと考えるのが自然だろう。誰かがあそこでスマホを落としたということだろうか?

藤原「それともう一つ、こちらはなかなかエキセントリックな報告になりますが……」

P「勿体ぶらずに教えて下さいよ」

藤原「被害者の詳しい身元が分かりました」

P「それが、エキセントリックな?」

藤原「ええ」

覆面作曲家として活動していた辺り、もしかしたら人に明かせないような過去があるのではないかという予測はあったが……。

藤原「今回の事件の被害者である奏州虎……本名、浦部安寅は、今から8年前に大麻取締法違反で逮捕されています。密輸した大麻樹脂を売っていたんですね。懲役6年と6ヶ月の実刑となっています」

雪歩「ええっ!?」

P「そりゃ……エキセントリックだ」

藤原「でしょう?」

P「大麻の売人だったってことですか?」

藤原「一応、以前も作曲家としての活動は行なっていたみたいですよ。しかし鳴かず飛ばずで。儲かる副業として始めたってところでしょう」

P「しかしそんな逮捕歴があることが世間にバレたら大変なことですね。だから身元を隠していたってことですか」

藤原「それしかありえんでしょう」

P「人に過去あり、だな……」

雪歩「そのぅ……大麻って、自分で使っていたわけじゃないんですか?」

藤原「そうです。基本的に麻薬の売人というものは自分では使いませんからね」

P「大麻っていうと、マリファナってよく聞きますけど違いはあるんですか?」

藤原「いいえ、大麻とマリファナは同じものですよ。呼び方の問題です。他にもガンジャ、ハーブ……色々ありますね。浦部が取り扱っていた大麻樹脂には更に固有の別名が色々とありますよ。日本ではハシシという呼び方が有名でしょうか」

P「ふぅん。呼び方がそんなに沢山あるんですね」

藤原「知らない人からしてみれば、普通の会話をしているように聞こえるようにするための呼び名……いわゆる隠語というやつですね」

貴音「……一つ、お尋ねしたいのですが――」

ドアをノックする音で貴音の言葉は遮られた。

「藤原警部補! 例の破片についてのご報告をしに来ました!」

藤原「やっと来たか。入ってくれ」

勢い良くドアが開かれ、警察官が入ってくる。細身でまだ随分若い。

藤原「新舞(しんまい)巡査です。先ほど話したスマートフォンカバーの破片について調べさせていました」

新舞「よろしくお願いします!」

藤原「巡査はこの方々にも説明してやってくれたまえ」

新舞「はっ! では早速始めさせていただきます」

新舞巡査はポケットからプラスチック片の入ったパケ袋を取り出す。破片は白色半透明で藤原刑事の言っていたとおり、スマートフォンにおける角の部分らしく、板状になった先が若干丸みを帯びた特徴的な形状をしている。それ以外には汚れなどもなく、目立ったところはない。

新舞「携帯ショップで確認をとったところ、スマートフォンのカバーの破片に間違いないとのことです」

P「あのう、それで持ち主の特定とかできないんですかね?」

新舞「指紋は検出されませんでした。機種の特定についても、如何せん破片が小さすぎるので難しいとのことです。せめてイヤホンジャックやカメラ用の穴が空いている部分であれば……っと、あれ?」

新舞巡査が俺の顔をじっと見つめる。

新舞「ああ、あなたでしたか! 遺体の第一発見者の!」

P「そうですけど……ええっと」

新舞「僕が通報を受けて最初に駆けつけたんですよ。もう一人の相方と一緒に」

P「あっ、すいません。あの時の警官さんでしたか」

言われてやっと思い出した。

新舞「はは、まぁ警察官なんて皆同じに見えますからね」

貴音「あなたが最初に現場に?」

新舞「ええ、たまたま相方と一緒にパトロール中だったもので通報後すぐに。5分ほどだったんじゃないですかね」

P「すぐ来てくれて助かりました」

新舞巡査が来てくれたおかげで、俺は屋上から現場を監視する役目から解放されたのである。

P「それにしてもよく俺のことがわかりましたね?」

たしかに屋上から顔を覗かせながら、下にいる新舞さんから中で待機しておくように指示されたので顔は見られていて当然なのだが。申し訳ないが俺の方は新舞さんの顔を憶えていなかったわけで。

新舞「いやいや、顔というよりも声ですよ。正直屋上にいたあなたの顔は逆光でよく見えませんでしたが、声はよく聞こえたのでね。実は音楽が趣味なもので耳には少し自信があるんです」

P「なるほど、そうでしたか」

P「でもたしか現場に来たのは新舞さん一人でしたよね?」

新舞「相方はスタジオの中へ事件のことを知らせに行かせました。僕は現場の保存をしようと。損な役回りでしたよ、なにせ僕も死体なんて初めて見ましたからね。それに猫が入ってきたりして大変で」

P「猫?」

新舞「そうです、猫。黒い毛並みの小さな猫が入り込んできちゃったんです」

先ほども裏路地で見かけた、そして喜鶴さんが見つけたものと同じあの猫だろうか。

新舞「そんなにこの破片が気に入ったんでしょうかね。ころころと転がしてましたけど」

藤原「うん……? ちょっと待った……巡査、今なんて?」

新舞「あっ、いや、現場に到着したことを本部にちょっと連絡してる間に猫が入ってきちゃいまして! もちろんすぐに追い払いました!」

藤原「問題はそこじゃなくて、猫がその破片を弄っていたということだ! どうして報告しなかったんだ!」

新舞「す、すいません……でも猫が触ってたくらいで……」

藤原「猫がその破片を外部から持ち込んで来たという可能性だって出てきてしまうんだぞ?」

新舞「いやいや、それはないですよ! だって僕、現場に来た時にちゃんとこの破片が遺体の頭のそばに落ちているのを見ましたから!」

藤原「だからそういう問題じゃ……」

P「……あれ? 待ってください。破片が落ちていたのって、遺体から結構離れた位置って話じゃありませんでした?」

藤原「……ええ、遺体から3メートルは離れたビルの隙間の前に落ちてましたね」

新舞「あ……それ猫のせいだと思います。ビルの隙間に逃げていきましたから、そのときに蹴飛ばすかどうかして破片も一緒に動かされたんだと思います」

P「……そのことに誰も気が付かなかったんですか?」

藤原「……現場の調査をさせたのは別の人間だったので、最初からそこにあったものと思ったんでしょうね」

新舞「す、すいません……まさか破片が動かされていたとは思わなくて……」

巡査は申し訳なさそうにうつむく。一方の藤原刑事は怒り通り越して呆れたようだ。

藤原「……とにかく、今後の捜査について外で話そう」

藤原刑事は新舞巡査を引き連れて部屋から出て行く。

雪歩「なんだか、少しおっちょこちょいな巡査さんでしたね。……って、私が言うのもなんですけど」

P「はは……かなり若い人だったからな。色々とまだ慣れてないんだろう」

貴音「……プロデューサー、少しよろしいですか?」

P「うん?」

~大桶レコーディングスタジオビル 屋上~

P「――それで、なんだ? 相談したいことっていうのは?」

今この屋上には俺と貴音の二人だけしかいない。二人だけで話せる場所がいいというのでここへやって来たのだ。

貴音「もちろん、事件のことで」

P「……正直、俺にはまださっぱりわからないよ。雪歩が犯人じゃないってのは間違いない。そこを疑ったりはしてない……けど、どうやったら雪歩以外の人物を犯人と結び付けられるか……」

貴音「……私は、もう少しで答えに辿り着けそうな気がしています」

P「ほ、本当か……?」

貴音「ですが、どうしてもあと一手に欠けるのです。きっと何かを見落としているせいだと思うのですが……」

P「……とりあえず、状況を整理してみるか。そうすればなにか閃くかもしれない」

貴音「そうですね。やってみましょう」

P「まず事件が起きたのは、奏先生……もとい、浦部さんが俺の携帯に電話をかけてきた9時50分だ。俺は最上階の第二スタジオの準備室で浦部さんが突き落とされるのを目撃し、すぐに屋上に駆けつけた」

貴音「そして、その時には屋上には雪歩以外に誰もいなかった……」

P「雪歩自身が屋上には誰もいなかったと証言しているが……事件前後の時間に誰がどの場所にいたか、もう一度確認しておこう」

貴音「保佐沙恵殿は2階の第一すたじおのこんそーるるーむ内で機材の修理をしていたとのことでしたね」

P「三木市伸一は10時になる少し前、つまり事件が起こった後にスタジオに入ってくるところが監視カメラに映っていた」

貴音「麻音寺真呑殿は9時30分から10時までの間、受付で電話の応対をしていたために離れることができなかった……」

P「大桶先生についても喜鶴さんと藤原刑事から話が聞けたな。喜鶴さんのハンカチを拾いに行こうと4階の部屋から出ようとしたときに駆けつけた警察官と会ったって話だった。脚が悪いとのことだから俺が屋上に駆けつけるよりも前に逃走することはできなかっただろう」

貴音「…………」

P「もしかして、犯人の心当たりが?」

貴音「……まだはっきりしたわけではありませんが、私はある程度の確信を持っております。……ですが先程も言ったとおり、私の推理は不完全。一つだけ埋まらない空白があるのです」

P「……聞かせてくれないか? 不完全でもいい、それで雪歩の容疑を晴らせるかもしれないんだから」

貴音「……私は……」

P「?」

貴音「……いえ、そうですね。まずは雪歩の容疑を晴らさなければ。わかりました。では、私の考えをお話します」

貴音は静かに、ゆっくりとその思考の過程を語り始める。それは俺にとって驚愕としか言いようのない推理。しかし……沸き立つ懐疑の念を捻じ伏せるだけの説得力。一度聞いてしまうと、もう、そうとしか思えない。

P「なんてことだ……本当にそんな……」

貴音「……プロデューサーは、どう思われますか?」

P「……大筋はそうなんだと思う。でも、なんて言ったらいいか……今の話だけではなにか足りない、というか……」

貴音「実は私もそう思っておりました。たしかに、あるにはあるのです。額縁に収まりきらなかった欠片が……それが何を意味しているのか……」

貴音は顎に手を当て、黙りこんで考えている。

俺もたしかに感じている、奇妙な違和感。完成したはずのパズルに、ピースが余っているような感覚。

ということは、パズルはまだ完成していないのだ。どこかにまだピースをはめ込める場所があるはずなのだ。

どこだ……?

なにかを見落としているんだ……。

なにを……?

思いだせ……俺は事件の当事者だろう?

……俺は何を見た……?

あのとき、俺は……窓から……窓から?

そういえばあの直前、俺は何かが落ちるのを見たんだ。あの時は鳥か何かだと思ったが、あれは……もしかして……。

P「あっ……!」

カチリ、と頭の中でピースが音を立ててはまる。ふわふわと宙に浮いていたピースたちが、あるべき場所へと収まっていく。

貴音「……プロデューサー?」

P「貴音…………わかったかもしれない」

事件とは無関係のように思えたこと、今ならそれらが持つ本当の意味がわかる。

そう、あの「洗濯バサミ」にも意味はあったのだ。

~大桶レコーディングスタジオ 第二スタジオ準備室~

雪歩「あっ、お帰りなさい。二人とも、どこへ行っていたんですか?」

P「ああ、ちょっと屋上にね」

藤原「ああ、Pさん、四条さん。ちょうどよかった。今また報告が入りましてね。先ほどの資料の赤ペンの筆跡、被害者の浦部のものに間違いないそうです」

貴音「やはりそうでしたか」

あの訂正文は浦部さん本人が書いたものだ。

貴音「ところで刑事殿。先ほど聞きそびれたのですが――」

――

藤原「そのとおりです。よく御存知でしたね?」

P「やっぱり……」

貴音「ふふ……思った通り、でしたね」

藤原「ああ、そういえば予想外の報告がありまして……」

P「どうしました?」

藤原「遺体の上に落ちていたニット帽があったでしょう? あれを検査してみたんですが、DNAの検出ができそうなものがまったく見つからなかったそうです。普通は内側に汗の染みや皮膚片が付着していたりするものなのですが。参りました……まぁ、あくまで簡易の検査が済んだだけなので、もう少し詳しい検査をすれば何か見つかるかもしれません」

俺と貴音は互いに顔を見合わせ、頷く。

P「……多分、期待するような結果は出ないと思いますよ」

藤原「え? どうして――」

貴音「そんなことをせずとも帽子の落とし主なら……既にわかっております」

藤原「なんですって? いったい誰があの帽子を落としたって言うんです?」

貴音「それは……真犯人の正体と共にお教えしますよ」

藤原「真犯人……!?」

P「やっとわかったんですよ。浦部さんを殺害し、雪歩を陥れた犯人の正体……そして、その方法も」

雪歩「ほ、ほんとう……ですか?」

貴音はやわらかな微笑みを雪歩に投げかける。

貴音「お待たせしました。少しばかり時間がかかりましたが……雪歩、ようやくあなたを助けることができそうです」

雪歩「四条さん……!」

P「刑事さん、これから俺達の辿り着いた答えを説明ようと思います。だから――」

貴音に視線を送る。彼女は少し笑って頷いた。

決め台詞は譲ろうじゃないか。

――銀髪の名探偵は凛として言い放った。

貴音「関係者をここへ集めてください」

読者への挑戦
まず最初に皆様にお伝えしておくべき前提としては、『この物語における萩原雪歩は、犯人の計略によって陥れられるという悲劇に見舞われた憐れむべき被害者である』ということです。
彼女を殺人の冤罪から救い出し、真犯人を裁くために必要な手がかりはこれまでに全て提示されました。
あなたにこの謎が解けるでしょうか?
ぜひ挑戦してみてください。


挑戦してくださった方は解答書いてくれると嬉しいです
100パーセント、何の疑いもなく、ということは不可能でしょうが、客観的に見て「そのトリックが実行された」「その人物が犯人である」という判断は充分できるようになっているはずです。

解決編開始は本日の夜10時あたりを考えております
最初にも書きましたがわかりづらいところやミスではないか?というところは質問していただけると助かります

新作きた!

まだざっと一通り読んだだけだからなんともだけど、
第一印象としては4階の大桶さんが怪しいかなあ……
屋上に行かなくてもなんとかできそうなのは直下にいたこの人だけっぽいし
麻音寺さんと三木市さんはまず無理として…

最初(2番目)にPが窓から見た落ちていく影、あるいはその時電話していた相手は本当に奏さんだったんだろうか?

関係ないけど雪歩じゃ1m半の壁乗り越えさせて落とすのは無理だろw

>>190
うっ、たしかに縁が1メートル半は高すぎだったかもしれません…

なんとなくまとめ


・奏さんを落としたのは誰?
・どうやって落とした?
・帽子(髪の毛)の持ち主は?
・ナイフはなぜ入れ替わっていた?
・練習室の鍵を閉め、空調を入れたのは誰?
・二階の機材を故障させたのは誰で、なぜ故障させた?
・電話の依頼主は?

トリックに使われていそうなもの
・2本のナイフ
・帽子
・スマホケース
・四階の物干し竿(と紐)


こんなものかな?他にもある?

あとこれ聞いていいのかわからないけど、犯人は一人ですか?

>>192
犯人は一人ですね
ただし意図せず犯人に利する行動をとった人物はいる、かもしれません


Pに電話をしたのは奏さんを騙る真犯人。

Pは、奏さんの声も、顔も見ていないので騙すことは可能だと思われる。

殺害時期はPが車中で電話を切ったあとのことだと思われる。

3曲目の所を赤ペンで直した奏さんを屋上に呼び出して何らかの方法で殺害し、

30センチほどの出っ張りに洗濯ばさみを使って固定させ、スマホの着信の振動で落ちるようにした。
そのさい、スマホは自動的に通話に出るようにしておく。

犯人は5階の防音設備のあるコンソールルームに身を潜めた。

犯人はスマホを2つ持っていた。

コンソールルームのスピーカーから工事の音を出しながらPに電話し、

もう一つのスマホで奏さんと電話。その時すでに奏さんは死んでいるので、

振動によってスマホが先に落下し、そのあと死体が落ちた。

その時の落下の音をPに伝えていたか、スピーカーから落下の音を聞かせたか…?

Pが準備室から出て屋上に向かったのを確認したあと、
犯人は5階の窓からすぐさまスマホをビルの隙間めがけて投げ捨てた。

その時、投げ捨てた衝撃で、カバーが割れ、黒猫がスマホを拾って隙間に持って行った。
破片だけが残っているのはそのためか?

つまり……犯人は2階の第一スタジオに戻り、スピーカー2台をわざと壊して修理をしていた、保佐さんに違いない!

……柄だけのナイフとかはミスリードだったんだよ!
たぶん、雪歩に疑いを持たせるために犯人が忍ばせたとかそんなところだろう…たぶん。

ありがとう。一人か…

>>192すっかりボケて入れ忘れたけど、
・時間の変更をしたのは誰で、なんのためか
・三曲目のアイドル変更の赤書きは誰が?なぜ電話と食い違っていた?

・屋上の縁にあった選択ばさみ

を追加だな
まだまだ抜けてそうだ…
家帰ってからじっくり考えてみる

>>195
赤書き入れたの被害者本人って書いてあるし
選択じゃなくて洗濯だし……お恥ずかしい

自分で弾いといてなんだけど
麻音寺さんのアリバイって崩せないかな
固定電話って子機ついてんじゃないの?
途中で切り替えられるのかは知らないんだけどできるなら電話しつつ動けそう
まあ崩したところであんまり意味ないか……
雑誌買いにいったりよくわからない行動してるんだけどなあ

奏さんは死後動かされてないそうだから
死因はやっぱり落ちたことなんだろう
高さの問題もあるから屋上(の縁)からなのは確定?
落ちた時間は合ってるのかどうなのか
ちょっとくらい前でもわからないかなあ

そもそもなぜ奏さんは屋上にいたのか?
これは単純に三木市さんと待ち合わせしてたんだろう
三木市さんの焦りようからしてチョコ=麻薬の話をしようとしてたのでいいと思う
これから収録って時になにやってんだって話になるが
で、もし三木市さんが犯人でないなら
少なくとも前日の夜までには犯人は二人が屋上で会うのを知ってなければいけない
まあここのところはどうとでもなるか……

問題は落ちる直前奏さんはどんな状態だったのか
どう考えても電話の主は偽物だろうから本物は気を失っていたかして屋上の縁にいた
それを落とそうと思ったらなにか仕掛けをしないといけない(犯人は屋上にはいられないため)
……見取り図見てたら無理やりだけど雪歩に見られないで逃げれそうだけどね

屋上が駄目なら何かできるのは1?4階のどこか
5階のブースは窓がないから無理
鍵をかけてたのはPに落ちるところを見せるため
これを考えると死んだ時間を誤魔化すのが浮かぶけれど、じゃあPが見た落ちたものはなんだって話になるし……
落ちたと考えられる時間の直前に、その真下で大桶さんが窓開けてるんだよね
このタイミングでなにか、おそらくは物干しの紐引っ張ってトリックを作動させたんだと思う
Pが最初に見た落ちるものはこの時のもの
サイズ考えたらここでスマホケースかなあ……帽子は奏さんの上に落ちてるから除外
まさか奏さん→帽子の順番では落としてないでしょう
一回目は鳥と見間違える大きさな訳だから

前回に比べて人(というか推理)が少ない……

>>194さんの
スマホの振動で落ちるよう工夫ってのが結構気になってる
ただスマホ使って落としたら本体はどこに行ったのか
ケースに入れて紐の先に括って使い、落ちた後は回収したけれど
その時の衝撃でケースが割れたとか……?

Pが電話してる時に聞いた工事の音は
二階の機材を使って出した、以前に録音した物だと思う
録音時に無茶な音の出し方したせいで機材が壊れたのでは
でもそんなことしなくても生の音を録ればいいか……

ちょっと飛んだ推理

Pが最初に見た影は帽子
つまりP達が来る前に奏さんは死亡していた
タイミングとしては喜鶴さんが路地から去ってから45分までの間
大桶さんはこの時屋上
45分に喜鶴さんから大桶さんにかかってきたとき工事の音が聞こえたのはこのため
その後奏さんを偽りPと電話、その最中に飛び降りる
Pが二度目に見た影は大桶さん
自分はうまいこと四階の部屋に降り、通話中の電話は下まで落としたあとに付けていた紐で回収(このときケース破損)
騒動直後に部屋から出て警察と会い、アリバイ成立

杖を使わないと歩けない→腕の力が相当なもんじゃないか、というところからでした
物干しの紐で人が支えられるかは知らん

問題なければあと5分ほどで開始したいと思います
回答してくださった方、本当にありがとうございました
自分の意図していた解答もそうでない解答もあり読んでいて非常に楽しかったです
ではもうしばらくだけお付き合いください

藤原刑事の呼びかけによって事件関係者たちがここ、第二スタジオの準備室へと集められた。

保佐「犯人がわかった……とお聞きしましたけど、本当なんでしょうか……?」

保佐さんは緊張した面持ちで、窓際に立つ俺と貴音へ問いを投げかける。

P「ええ、これからそれを皆さんにご説明しようと」

保佐さんの隣、コンソールルームへの扉に背中を寄りかからせていた三木市さんが口を開く。

三木市「どうにも信じられないねぇ。その子以外に犯人はありえないと思うが」

『その子』というのは当然、彼らと机を挟んで反対側に立つ、萩原雪歩である。

雪歩「…………」

喜鶴「まぁまぁ、折角ですから聞くだけ聞いてみようじゃありませんか」

三木市さんの更に隣にいた喜鶴さんが声をかける。

三木市「……というか、あんたは誰なんだい?」

喜鶴「ああ、私ですね……」

せかせかと鞄から名刺を取り出そうとする。この人は相変わらずといったところか。

麻音寺「あの~、これで全員集まったんじゃないですか~?」

藤原「そうですね。もう始めてもいいのでは?」

入口近くに立つ二人の声に貴音が答える。

貴音「もう一人……大桶殿がいらっしゃらないようですが?」

藤原「ああ、どうにも体調が優れないとのことでしたのでお連れしませんでしたよ。結果だけ伝えてくれと」

貴音「そうですか。……まぁよいでしょう」

藤原「では、始めていただけますか?」

パズルの絵は既に組み上がっている。犯人の正体、そしてその人物がどうやってこの犯罪を実行したのか……その方法も。

銀色の女王の見据える先には、真実がある。今、ここで全て明らかにする。

貴音「始めましょう」

開幕の宣言はなされた。

貴音「では、まずは事件内容の確認からしていきましょう。事件が起こったのは、今朝の9時50分」

P「俺が携帯で奏先生と話をしている最中、彼は何者かに突き落とされ、屋上から地面へと落下しました。その落ちる姿を俺はこの窓から、目撃しています」

手でコツンと窓を叩く。

P「俺はすぐに窓の下を覗き込み、裏の路地に倒れた奏先生の遺体を確認しました。そして雪歩のことが心配になったので急いで屋上へ、しかしそこには雪歩以外に誰もいなかった」

三木市「それだったら、もう疑問の余地はないと思うけど」

喜鶴「そうですなぁ。屋上に一人だけでいたというのは怪しすぎますよ」

P「でも俺が駆けつけるまでには少しだけではありますが、時間の猶予はあったんです。その間に誰かが逃げたと考えることもできる。雪歩が犯人なら、わざわざ『屋上には自分しかいなかった』と正直に言う必要はないはずです」

喜鶴「ううん、言われてみればたしかにそうかもしれませんが……」

麻音寺「でも、雪歩ちゃんが犯人じゃないとしたら~……どうなるのかしら~?」

保佐「犯人は雪歩ちゃんに気づかれることなく犯行を行なったということですよね……。その犯人はいったいどこから現れて、どこから消えたのか、それが問題でしょうね」

三木市「なるほど。そいつをどう説明するつもりだい? まさか空を飛んだってわけでもあるまい」

貴音「もちろん。しかしその前に明らかにしておくことがあります」

喜鶴「別のこと、と言いますと?」

貴音「三木市殿、あなたが隠していることについてです」

三木市「あ……? なっ……なんだと!?」

三木市さんは明らかに動揺した様子を見せる。

貴音「お互いに気分の悪いことは避けましょう。できることなら、自ら打ち明けてはいただけませんか?」

保佐「三木市さん……?」

麻音寺「秘密って~……三木市さん、何隠してたんですかぁ~?」

三木市「……へっ、悪いがなんのことだかさっぱりだね」

貴音「……それならば致し方ありませんね。その秘密、暴かせていただきます」

三木市「ふざけんのもいい加減にしろっ! なにも隠し事なんてしちゃいねえよ!!」

藤原「……まぁまぁ、三木市さん。聞くだけ聞いてみようじゃありませんか。あなたに思い当たることがないのであれば、恐れる必要はないはずだ。ただの彼女の妄言なのですから」

三木市「ちっ……!」

貴音「妄言かどうかは聞いてから判断していただくとして……。皆さんにまず知っておいていただきたいのは、奏州虎の過去についてです」

保佐「奏さんの過去……?」

貴音「彼には麻薬を密売した罪で逮捕されたという過去があるのです」

保佐「ええっ!? そんな……!」

麻音寺「本当なんですか~?」

藤原「本当ですよ。本名は浦部安寅といいます。覆面作曲家なんてことをしていたのもその過去を隠すためだったんでしょう」

P「重要なのは、彼が密売していた代物なんです。大麻樹脂というものです」

三木市「…………」

喜鶴「大麻樹脂……普通の大麻とは違うんですか?」

藤原「大麻の葉や花から取れる樹液を練り固めたものですよ。つまり元は一緒ということになりますが」

P「藤原さん、先ほど俺達に説明してくれましたよね。大麻樹脂の呼び方について。もう一度お願いできますか?」

藤原「ええ、大麻樹脂というものは見た目には『チョコ』そっくりで、そのまま『チョコ』という隠語で呼ばれることもあります」

麻音寺「へぇ~そうなんですかぁ。おいしそうな名前……って、あれぇ……チョコ……?」

P「そうです、麻音寺さん。あなたが話してくれたことです。『奏州虎は以前はチョコを売っていた』。あなたは冗談でからかわれただけだと言っていましたね。たしかに冗談めかして言ったんでしょうが、実は嘘なんかじゃなかったんですよ」

麻音寺「……ええっと、それじゃ~」

貴音「……ではどうして、そのことをあなたに話した人物は浦部殿が隠していたはずの事実を知っていたのでしょうか?」

三木市「…………」

貴音「答えていただけますね? 三木市殿」

保佐「三木市さん……どうして……」

三木市「な、なんだよ! みんなしてまるで俺が犯人みたいに! ……そう、偶然に知っただけなんだよ!」

貴音「偶然?」

三木市「そうさ。少しばかり『その手』の事情に詳しい友人がいてね。久しぶりにそいつと会ったもんだから、そのときに教えてもらったのさ」

貴音「……そうでしたか。それはそれとして、この話にはもうひとつ重要な点があるのです」

喜鶴「もうひとつの……?」

貴音「麻音寺殿、その話を浦部殿に伝えた……とのことでしたね」

麻音寺「そ、そうですけど~」

貴音「そのときに浦部殿は気がついたはずです。三木市殿が自分の秘密に気づいている、そして、それを放っておけば……麻音寺殿にそうしたように、その秘密をまた他人に漏らすかもしれないということに。浦部殿にとって、三木市殿はあまりに危険な存在だった」

三木市「……待てよ。あんた……何が言いたいんだ……?」

貴音「この事件を複雑化している要因は、二つの思惑が絡まり合っていたということなのです。一つはもちろん、真犯人から浦部安寅へ向けられた殺意。そしてもう一つが……」

藤原「ま、まさか……」

貴音の右手人差し指が三木市さんへ向けられる。

貴音「浦部安寅から三木市伸一、あなたへと向けられた殺意です」

三木市「…………は、はは……なに、言ってんだ……そんなわけ……」

貴音「浦部殿から屋上へ来るように言われていたのでしょう?」

三木市「な……なんでそれを……!?」

貴音「おや、当たりでしたか」

三木市「ってめぇ!?」

貴音「おそらく浦部殿は屋上であなたを殺害するつもりだったのです。そのために『ないふ』まで準備していた」

藤原「ナイフ……というと、ポケットに入っていた?」

貴音「そう。凶器は、あのないふでなければならない理由があったのです」

保佐「ナイフを凶器として選んだ理由……? どういうことですか?」

貴音「ないふはここ、準備室にあったものでした。正確にはその柄(つか)ですが。浦部殿が所持していたのは、柄と、それと同型のないふ一本」

喜鶴「柄ぁ? なんでまたそんなものを……」

P「その柄なんですが、少し変わってるんですよ。底の部分に小さなボタンが付いていて、そこを押すと刃が外れるようになってるんです」

保佐「あ……たしかにそうでした。私も使ったことあります。そういうナイフでした」

貴音「そのないふで昨日の休憩時間に西瓜を切った、そうでしたね、雪歩?」

雪歩「え? は、はい。麻音寺さんからいただいた差し入れのスイカ、私が切り分けましたけど……」

貴音「つまり浦部殿は、そのないふに『雪歩の指紋』が残っていると知っていたことになります」

藤原「まさか……」

貴音「そう……浦部安寅は、『三木市伸一殺害の罪を萩原雪歩に着せる』ことで自分はその罪から逃れようと画策したのです」

藤原「そうか……わかりましたよ。浦部さんはまず三木市さんを屋上へ呼び出す。そして、予め用意しておいたナイフを使って殺害する。その後で『凶器のナイフの柄を、萩原雪歩の指紋が付着した柄と交換する』! もちろん、自分の指紋が付着してしまわないように手袋など付けて細心の注意を払った上で。そういうことですね?」

貴音「そのとおりです。しかし、浦部殿の計画はそれだけにとどまりません」

喜鶴「ほ、他にもなにかやらかそうとしていたわけですか?」

貴音「更に雪歩への疑いを強めるために、彼女を第一発見者に仕立てあげようとしていたのです。雪歩、あなたは浦部殿から指示されていたことがありましたね?」

雪歩「え、ええと、あ……はい。『収録が始まる前に、30分ほど発声練習をしておくように』、って……あ、それに屋上でするといいって……」

貴音「発声練習の指示、それこそが雪歩を殺害現場である屋上へと誘導するための理由付けだったのです」

藤原「発声練習をするため、屋上に向かったところで三木市さんの遺体を発見させようとしたわけですか……。たしかに、第一発見者で且つ、凶器から指紋まで発見されれば疑いはかなり強くなるでしょうが……」

三木市「くそ……俺の死体を見つけさせるだぁ……? 薄気味悪い話だぜ」

麻音寺「あっ、でも~どうなんでしょう? いくら指示されていたとはいえ、こんな暑い中屋上へ行くとも限らないんじゃないでしょうか~? だって発声練習なら、ここのブースを使えばそれですむわけですし~」

貴音「それについても対策済みだったのです。浦部殿は予め、その部屋に鍵をかけておいたのですよ」

保佐「あっ、コンソールルームの鍵がかかっていたのって……!」

貴音「浦部殿が1階から鍵を持ちだしたのでしょう。時間で言えば、麻音寺殿が休憩室にいた9時から9時30分の間に。もちろん施錠した後で鍵は元の場所に返しておいたのでしょうね」

喜鶴「はぁ~、なるほど。それならまず間違いなく言いつけ通り、屋上へ向かうというわけですな!」

三木市「……いや、それだけじゃまだ足りねえな」

保佐「足りないって……?」

三木市「だからよぉ、この子が屋上へ発声練習しに行くっていうのはわかったよ。でも……俺の遺体を発見するとき……って、変な感じだな。とにかく、『疑いある第一発見者に仕立てあげる』にはこの子一人じゃないと意味が無いだろ? もしもそこにいるPさんが発声練習に付いてきちまったらどうするのさ?」

保佐「あっ……たしかにそうですね。二人で遺体を発見してしまったら、お互いにアリバイを証明できてしまいますから」

貴音「そうならないよう、プロデューサーをこの部屋に釘付けにしておく方法があったのです」

藤原「Pさんだけをこの部屋に留まらせておく方法が?」

P「そう、俺をこの部屋に繋ぎ止めたのは、新曲の企画書でした」

藤原「企画書というと、筆跡鑑定をしたあの資料のことですね?」

P「そうです。ここへ来る前に、奏先生から電話でこの部屋に置いてある資料に目を通しておくように言われていたんです。だから俺は雪歩の発声練習に付き合うことはできなかったんですよ」

三木市「……なるほどな。それなら納得はいくか……」

麻音寺「でも~結局、奏さんは殺されちゃってるんですよね~?」

喜鶴「そうそう、そうですよ! いくら彼が綿密な殺人計画を立てていたんだとしても、その当人が殺されてしまってるんだから! ……ああ! もしかして、そういうことですか!?」

保佐「どうしたんですか喜鶴さん? なにがそういうことなんです?」

喜鶴「つまりですよ……被害者は屋上へと三木市さんを呼び出した、そして殺そうとした! しかし、思わぬ反撃にあって逆に殺されてしまった……こいつはどうでしょう!?」

三木市「なっ……俺が犯人だってのかよ!?」

喜鶴「違うんですか?」

三木市「ちげーーーよ!! 大体だな、俺にはアリバイがあるんだぞ!? 俺がこのスタジオへやってきたのはもう事件が起こった後だったんだよ!!」

喜鶴「ひえっ、す、すいません……」

貴音「浦部殿を殺害した犯人の手がかりならば残されています」

三木市「……ほぉ? そりゃいったいなんだい?」

貴音「浦部殿が凶器として用意しておいたないふは、紙袋の中にしまわれた状態で上着のぽけっとに入っていました。当然、柄には雪歩の指紋が、そして交換用のないふと紙袋には浦部殿の指紋だけが検出されています」

三木市「……それで?」

貴音「おかしいと思いませんか? 三木市殿を殺害するつもりであるならば、指紋を残さないための『手袋』は必需品のはずです。殺害後に柄を交換したとして、雪歩の指紋の上に自分の指紋が残ってしまっては本末転倒ですからね。それなのに、被害者の所持品から手袋は見つからなかった……」

藤原「そうか……そのとおりだ。手袋なしに犯行を実行しようとしていたとは思えない。ということは、ええと……」

貴音「『手袋は別の人物が持っていた』のです」

藤原「別の……人物?」

貴音「そう、『浦部安寅には共犯者がいた』のですよ。そしてその『共犯者こそが、この事件の真犯人』なのです」

藤原「共犯者が、浦部に協力するふりをしておきながら土壇場で裏切ったというわけですか」

貴音「いかにも。それどころか、犯人は浦部殿の計画を乗っ取る形で利用したのです」

藤原「乗っ取る……? それはいったい――」

喜鶴「それよりも! まずは犯人の発表からが先では? もちろんもうわかっているんでしょう!?」

貴音「……」

貴音はゆっくりと頷く。

三木市「……なぁ、沙恵ちゃん」

保佐「はい? ど、どうしたんです、三木市さん? 急に……」

三木市「まさか、とは思うんだけどよ……沙恵ちゃんじゃ……ねえよな?」

保佐「え……?」

喜鶴「ど、どういうことですか!? 保佐さんが犯人ではと疑ってらっしゃるんですか!?」

三木市「だってよ……この中でアイツを殺すほどの動機があるとしたら……!」

保佐「…………」

麻音寺「あっ……沙恵ちゃんの弟さんって……」

P「保佐さんの弟さんがどうしたんです?」

保佐「……私の弟は、一年前に薬物中毒で亡くなっているんです」

三木市「沙恵ちゃん、もしかしてアイツがヤクの売人だったってどこかで気がついたんじゃないのか? それで……」

保佐「弟の仇討ち……ですか? ふふ……面白いですね。でもちょっと出来過ぎですよ? 私はこの場で初めて奏さんの過去を知ったんですから。それに奏さんが私の弟に関わったわけでもないのに、殺したりなんてしませんよ」

三木市「そ、そうか……いや、悪かったよ。すまない、許してくれ」

保佐「いいですよ。自分が殺されるかもしれなかった三木市さんに比べたらこれくらい、ね」

三木市「あ、ああ……」

保佐「それじゃあ……四条さん。犯人が誰なのか……教えてくれますか?」

貴音「……わかりました。この事件の犯人は……」

P「……」

保佐「……」

三木市「……」

麻音寺「……」

喜鶴「……」

藤原「……」

雪歩「…………」

部屋全体が静寂に包まれる。息の音すら聞こえない静寂。誰もが彼女が告げるその先の言葉を聞き漏らすまいとしていた。

貴音「犯人は……『この中にいない』のです」

藤原「……は…………はぁ?」

雪歩「え、ええっと……四条さん?」

喜鶴「犯人がい、いないってどういうことですか!?」

三木市「おいおい、ここまでやっといて冗談はなしだぜ」

保佐「あはは……なんだか気が抜けちゃいましたね……」

麻音寺「あ~もしかして~」

藤原「うん?」

麻音寺「この場にいない、大桶先生が犯人だったりして~?」

貴音「…………」

麻音寺「……あ、あれぇ?」

藤原「……ま、まさか……!」

保佐「嘘……!?」

三木市「マジかよ……!?」

喜鶴「そ、そんなバカな!!」

雪歩「え……え……!?」

貴音「麻音寺殿のおっしゃるとおり。大桶楽、かの音楽界の巨匠こそが、この事件の真犯人なのです」

――それから10分ほどして、藤原刑事が彼を引き連れて戻って来た。

藤原「……大桶さんをお連れしました」

刑事の後ろに続いて、杖をついた白髪頭の老人が部屋に入り、扉を閉める。

彼が、大桶楽。

――浦部安寅を殺害し、雪歩を陥れたこの事件の真犯人。

貴音「……やっと、お会い出来ましたね」

老人は手近のパイプ椅子にゆっくりと腰掛けながらこう返す。

大桶「……やぁ、はじめまして。君かね、私を犯人だと告発しているのは。銀髪のお嬢さん?」

柔和な笑みから温厚そうな印象を受ける。自分が告発されているにも関わらず、余裕綽々といった様子だ。

そして、歳の割に若々しい声。『聞き覚えのある』声。

大桶「大体の事情は刑事さんからお伺いしました。――が、どうして私が犯人になるというのか、正直に申しますと不可解としか言い様がない」

貴音「ご安心ください。もちろんこれからその理由をお話していきます。――最後には、きっと納得していただける……いいえ、せざるを得ないはずですよ」

大桶は座りながら床についた杖を持つ手を、もう一方の手で打ちながら笑う。

大桶「はっはっは……! こいつは面白い。ぜひ聞かせていただきたいものだね」

藤原「私もどうにも信じることはできませんね。大桶さんは見ての通り、脚が悪く走ることもできないお体です。となると……」

大桶「おお、そうそう。私もそれが言いたかったんだ。州虎の落下を目撃したという方はどちらさんかな?」

P「俺です」

大桶「あなたはそれを目撃した後、すぐに屋上へ駆けつけたという話じゃないですか。私が本当に州虎を突き落としたとして……はは、どうやってあなたが来るよりも早く屋上から逃げ出せたというのでしょう? まさか飛び降りて身を隠した……とは言いますまい?」

貴音「もちろん、その脚ではプロデューサーが来るよりも早くに屋上から逃げ出すのは無理でしょう」

大桶「おや? それでは早くも私の容疑は晴れたということでは?」

貴音「いえいえ……実はそうでもないのです」

大桶「……どういうことかな?」

貴音「『犯人は初めから屋上にいなかった』としたら……どうでしょう?」

藤原「初めから屋上にいなかった……? 何を言ってるんです? 被害者は屋上から落下したんですよ? 当然、そのとき犯人は屋上にいたはずだ。そう、少なくとも被害者がPさんと電話をしていた9時50分の時点では」

貴音「いいえ。それでも犯人は屋上にいなかったのです。なぜなら、『その時点で既に犯行は行われていた』のですからね」

大桶「既に……? 私も歳をとったようだ。申し訳ないが、言っている意味がわからないな」

貴音「被害者からの電話をプロデューサーが受けている最中に、被害者は屋上から突き落とされたと考えられていました。しかし事実はそうではなく、『被害者はそれよりも前に殺されていた』のです」

大桶「はっはっは! これはこれは奇怪なことをおっしゃる。被害者からかかってきた電話、それよりも前に当の被害者が死んでいたと? 銀髪のお嬢さん、あなたは亡霊が電話をかけてきたとでもおっしゃるつもりですかな?」

貴音「滅相もない。亡霊などこの事件には一切関係ありません。……被害者がその時点で死亡していたとするなら、電話をかけてきた相手はいったい誰だったのか? 亡霊ではないとするなら、それはもちろん、犯人ということになります」

大桶「犯人……?」

貴音「もちろん、あなたです」

大桶「私が……電話を? 被害者のふりをして?」

貴音「いかにも」

藤原「そいつは……さすがにおかしいでしょう? 被害者と大桶さんの声はそんなに似ているものなのですか?」

保佐「いいえ……聞き間違えるということはないと思いますけど……」

P「その点については俺から説明します」

正直、貴音から聞かされた時は俺自身もにわかには信じられなかった。しかし、ようやく確信することができた。犯人は、この方法をとったとしか考えられない。

P「被害者である浦部さんとは、前々からうちに提供していただく曲のことでメールによるやり取りを行なってきました。今回の収録についての取り決めなども同じように。覆面作曲家として活動していたわけですから、そうやって顔も声も相手に知らせないようにしていたんでしょう」

藤原「聞き及んでいます。現場で直接関わることになる人物以外とは、そうやって接していたようですね」

P「昨日行われた収録のリハーサルも、俺は参加することが出来ませんでした。それなのに昨日の夜になって、初めて浦部さんから電話がありました。その電話で俺が収録現場に立ち会ってもよいと許可をいただいたんです」

藤原「それまではメールでやり取りしていたにも関わらず、昨日の夜になって電話で?」

P「そうです。もちろん俺は、それまで覆面作曲家奏州虎の顔、そして『声』も知らなかったということです。つまり何が言いたいかというと、『昨日の夜の電話の時点で、犯人は奏州虎を演じていた』。俺は一度たりとも奏州虎本人の声を聞いたことなんてなかったんです」

藤原「た、たしかに……初めて声を聞く相手が真に本人かどうかなど判別しようがないが……」

P「昨日の夜にかかってきた電話はおそらく事務所の固定電話を使ったんでしょう。そして事件が起こった9時50分の電話は浦部さんの携帯電話から。その証拠に、俺の携帯の着信履歴にも違う電話番号で表示されています」

貴音「携帯電話そのものは、被害者を殺害する前にどうとでも理由をつけて拝借することができたでしょうね」

大桶「…………」

貴音「今の今まで私達の前に姿を現そうとしなかったのも、プロデューサーに声を聞かれないようにしていたからでは? 電話中、多少声色を変える程度のことはしていたでしょうが、それでも気づかれないとは限りませんからね」

大桶「……はっはっは。そうだとして、それがどうしたというのです? まさか私の声が電話の相手にそっくりだった……たったそれだけのことで私が犯人だと言い張るおつもりですか?」

……さすがにこの程度じゃ、この男に犯行を認めさせるには不十分だ。

P「もちろんそんなことは言いませんよ。俺がそう言いはったとしても、あなたが本当にそうしたという証拠は何も残っちゃいないでしょうからね」

大桶「ははは、なんだ、わかっているじゃないですか」

貴音「しかし、『電話の相手が被害者ではなかった』という証拠ならばあります」

大桶「……っ!?」

藤原「それはいったい?」

貴音「かの企画書です」

P「藤原さん、あの企画書にあった赤ペンでの訂正文は被害者、浦部さんの筆跡だったんですよね?」

藤原「ええ、そうですが」

P「あの企画書には、浦部さんの作曲した3曲それぞれに、彼が最もイメージに合うと考えたアイドルの名前が記載されていました。問題はその3曲目。コピーには『我那覇響』とありました。しかしその上から赤ペンで斜線が引かれ、『如月千早』と訂正されていました。更にその下部分には『既に同系統の曲あり 変更』と注意書きがされていたんです」

藤原「たしかにそうなっていましたね。憶えています」

P「我那覇響も如月千早もうちの所属アイドルです。この訂正文の意味するところは、『最初は我那覇響のイメージに合う曲だと思っていたが、後々になってその子が既に似たような曲を歌っていたことに気がついた。だからその次にイメージに合う如月千早に変更しておこう』……こういうことだと思います」

保佐「なるほど……たしかにその方が戦略としては正しいと思います」

P「そう考える人が多いのはわかります。問題は、9時50分の電話で俺が相手と話した内容なんです。その相手は、3曲目の歌い手として『我那覇響』の名を挙げたんですよ。1曲目、2曲目については企画書の記載のままでしたが」

喜鶴「というと、被害者は自分で違うアイドルの名前に訂正をしておきながら、電話では訂正する前のアイドルの名前を挙げたことになりますな!」

P「そうなんです。これは明らかにおかしい」

喜鶴「しかし……なんですかな、こう、うっかり間違えた、ということはありませんか? 私も最近は若い女優なんかの顔と名前が一致しないこともしばしばで」

P「ないと思いますよ。その電話の相手は響のことをこうも言っていましたからね。『おっぱいの大きな子』ってね。これは一度でもうちの千早を見たことのある人なら、とてもとても口走ったりしない言葉ですよ。千早と響を間違えていたとは思えません」

喜鶴「はぁ、それはそれは……」

雪歩「うぅ、千早ちゃんがここにいなくてよかったかも……」

P「つまり、電話の相手は企画書が後で訂正されたことを知らなかった人物、浦部さんとはまったくの別人であるということなんです」

大桶「……思いの外、よく出来た話だ。しかし解決すべき問題はそれだけではないでしょう?」

藤原「たしかに。電話の話についてはともかく、Pさんは実際に被害者が落下するのを目撃していたわけですし……それはどう説明するのです?」

大桶「そう、そいつがおかしいじゃありませんか。それならその方は幻覚でも見ていたとおっしゃるのですか?」

貴音「――殺害は9時50分以前に行われていた。であれば電話だけでなく落下する被害者の姿もまた、なんらかの偽装だったと考えられます。その意味ではプロデューサーは幻覚を見せられたと言ってもよいでしょう」

大桶「戯言にすぎませんね」

貴音「そうでしょうか? ではこの先をお聞きいただきましょう。実際の殺害が行われたのは、9時50分以前。警察の検死結果からして、被害者は屋上から突き落とされた……そう考えられますね、刑事殿?」

藤原「ええ、被害者が落下したのは高さ30メートルから35メートルの間とのことです。屋上が33メートル、ぴったり該当します。遺体には動かされた痕跡もありませんでしたから間違いないでしょう」

喜鶴「そうそう、遺体が動かされていないってことは、突き落とされた位置そのものは9時50分にPさんが目撃したのと同じだったわけでしょう? 窓の外を落下したわけだ。それならその時に誰かが目撃していてもよさそうですが……」

貴音「もちろん、そうならないように犯人は事前に準備していたのです」

喜鶴「そうなんですか?」

貴音「……喜鶴殿」

喜鶴「は、はい?」

貴音「あなたは9時過ぎに裏手の路地へと入ったそうですが、もちろんそのときには遺体はなかったでしょうね?」

喜鶴「そ、そりゃあそうですよ! 見つけていたらすぐに通報しますって!」

貴音「遺体は死後に動かされた痕跡はなかった。では遺体は喜鶴殿が現場を去った後、それからプロデューサーが準備室の窓から下を覗きこんで発見するまでの間に現れたことになります」

藤原「9時過ぎから被害者の名を騙る者からの電話があった9時50分の間、ということですね」

貴音「殺害が行われたと思われる時間、このびる内にいたのは保佐殿、麻音寺殿、大桶殿の3人。……ところで三木市殿」

三木市「……え? なんだよ?」

貴音「あなたは待つことがお嫌いで待ち合わせにはいつもぎりぎりに到着するようにしていたそうですね?」

三木市「そうだけど……」

貴音「だったら、もちろん今日も時間ぎりぎりに到着したのでしょうね? 監視かめらにあなたの姿が映っていたのは10時直前。ずばり、浦部殿との待ち合わせは10時だったのでは?」

三木市「……ああ、そうだよ。昨日、奏……浦部から今日の10時に屋上へ来いって言われてたもんでな」

貴音「そう、この三木市殿の癖さえ知っていれば、彼が待ち合わせ時間10時ぎりぎりに来ることは予測がついた。大桶殿、あなたは保佐殿と麻音寺殿の二人に事件を目撃させなければそれでよかった」

大桶「……しかしそんなこと、いったいどうやって?」

貴音「保佐殿も麻音寺殿も、9時から9時30分まではなにもせずとも事件を目撃される心配はありませんでした。保佐殿の場合は機材点検でこんそーるるーむに、麻音寺殿の場合はてれび視聴のため休憩室にいるとわかっていたでしょうからね。建物は全室防音になっているので人が落下した音を聞きつけられるということもない」

喜鶴「なるほど、ではその30分間で殺害を行なってしまえば目撃されることはなかったわけですな」

貴音「そうなります。しかしそれだけでは不十分でした。なぜなら9時50分、プロデューサーが目撃した『幻覚』も、その二人に目撃させるわけにはいきませんでしたからね」

藤原「幻覚……Pさんが目撃した被害者の落下を?」

保佐「でも、Pさんに落下を目撃させたというなら、他の人にもそれを目撃されたところで問題はなさそうですけど……」

貴音「それが、『大問題』なのです」

藤原「Pさん以外の人間にその幻覚とやらを目撃されると、犯人にとって都合が悪かった?」

貴音「その通り。だから犯人は9時30分以降も保佐殿と麻音寺殿を窓へ近寄らせないようにする必要があったのです」

保佐「あっ、もしかして……第一スタジオのスピーカーの故障って……!」

貴音「そう、犯人が意図的に故障させておいたのでしょう。もちろん保佐殿に修理させなければならないので、それなりの手心を加えて」

保佐「なるほど……」

麻音寺「私はその時間電話をしていたんですけど~、相手は大桶先生の声じゃありませんでしたよ~?」

藤原「……いえ、電話相手の男の話によれば、その電話は高額の報酬を餌に依頼されてかけたものだそうです。犯人が依頼したとすれば、辻褄は合う」

貴音「犯人はこのようにして保佐殿と麻音寺殿が、少なくとも9時から9時50分の間、窓に近寄ることがないように制御することが出来ました。では次の問題は罪を着せる対象、雪歩を屋上に呼び出す手はずについて……」

藤原「それならばもう明らかでしょう。犯人は被害者である浦部の計画の一部、『発声練習を理由に萩原雪歩を屋上へ呼び出す』、これをそのまま利用したのでしょう」

貴音「ええ、そのとおりです。しかしそのまま利用するには一つだけ不都合がありました」

藤原「不都合?」

貴音「よく思い出してください。浦部殿は三木市殿を10時に屋上へ呼び出しておいて殺害、その後屋上へやって来る雪歩を第一発見者に仕立てあげるつもりでした」

保佐「あっ……! そっか……そのままだと『順番が逆になる』んですね!」

貴音「そうです。雪歩よりも先に三木市殿が屋上へやって来ることになってしまいます。そのため、三木市殿かあるいは雪歩が屋上へ移動してくる時間を変更させなければなりませんでした。よって、犯人はプロデューサーにある『嘘』を伝えたのです」

藤原「嘘?」

P「それは俺から説明します。実は昨晩の電話では、収録立会の許可とは別にもう一つ、『収録開始時間の変更』が俺には伝えられていたんです。『11時開始から10時30分開始に変更』という内容で」

藤原「開始を30分早めると? しかしPさんだけにしか連絡は行ってないんですよね?」

P「もちろんそうです。電話をかけてきた相手は奏州虎ではなかったのですから、本人の声を知っている人たちには電話はできません。これは被害者の立てていた三木市さんを殺害する上ではまったく必要のない工程ですから、わざわざ本人にかけさせたということもないでしょう」

藤原「なるほど」

P「雪歩には予め、浦部さん本人から発声練習を言いつけられていました。これは本番前に屋上で30分間声出し練習をするというもの。この暑い時期です。長く外にはいたくないと誰もが思う。そこで本来の11時から収録開始だとすると、雪歩が屋上へ出向く時間というのはおおよそ検討がつきます。10時15分から25分の間、こんなところではないでしょうか?」

藤原「そう、か……! それが30分早まれば、萩原雪歩が屋上へ移動する時間は9時45分から55分の間ということになる。三木市さんが時間ぎりぎりに待ち合わせ場所に到着するという癖を考慮すれば、屋上へ来る順番をコントロールすることが出来たわけだ」

貴音「こうすることで犯人は自分の意図したとおりに関係者らを操っていたのです。……そう、まるで楽団を率いる指揮者のように」

藤原「しかし……いっそそのまま、三木市さんに罪を被せようとは犯人は考えなかったのでしょうか?」

貴音「そうですね……おそらく、ですが。三木市殿に罪を着せようとすることも可能だったと思います。しかし、雪歩を選んだほうが確実ではあったかと」

藤原「確実?」

貴音「犯人は事件の証言者としてのプロデューサーにある役割を持たせました。その役割とは、『準備室の窓から被害者の落下を目撃する』、そして、『萩原雪歩以外の人間がいなかったことを確認する』、この二つです。この二つが揃って初めて、『犯人は萩原雪歩しかありえない』という論理が強力な説得力を持つことになります。しかし犯人が雪歩以外の人間に罪を着せようとした場合、その二つ目に問題が生じます」

藤原「……?」

貴音「屋上から被害者が何者かによって突き落とされた、そうなった場合、プロデューサーがどのような行動をとるかを想定してみてください。雪歩の場合、事務所の大切な仲間であり、そして発声練習のために屋上へ向かったことも知っていました。だからまず第一に、『雪歩の身の安全を確かめるために屋上へ向かった』。その際に屋上に雪歩以外の人間がいなかったと確認できたことになります」

藤原「……なるほど、わかりましたよ。Pさんは三木市さんが被害者と屋上で待ち合わせをしているということも知らなければ、そもそも面識すらなかった。被害者が落下するのを窓から目撃した後、『屋上ではなく、直接落下現場へと向かう可能性があった』……そういうことですね?」

貴音「そのとおりです。残るは動機の問題、萩原雪歩が作曲家奏州虎を殺す理由があるか? ですがこれは都合よく既に用意されていました」

藤原「昨日の被害者から萩原雪歩へのセクハラ未遂騒動ですね」

貴音「犯人はその偶然を神からの啓示とでも錯覚したのかもしれませんね」

大桶「……ありえない。散々好きなように言ってくれたが……そんなことができるわけがないでしょう?」

貴音「できます。そしてあなたはそれをやってのけた」

大桶「はっは……しかし今までの話に私がやったという直接的な証拠がなにかありましたか?」

貴音「…………」

大桶「そら、ないんでしょう?」

貴音「……そう余裕ぶっていて、いいものでしょうか?」

大桶「……なに?」

貴音「あなたは必死で私の投げかける火の粉を振り払わねばならないのです。それができないのであれば、只々、火に焼かれるのみ。そして最後に待っているのは――破滅です」

大桶「……随分と恐ろしいことを言ってくれるじゃないですか。破滅ですって? 私が? ……この大桶楽が、お嬢さん……君のような小娘に破滅させられると?」

貴音「あなたが殺人を犯した経緯はともかくとして……雪歩を陥れようとしたことへの借りは、しっかりと返させていただきます」

普段は冷静に見えて、彼女は時折激情家の一面を見せる。今、彼女はたしかに怒りに震えている。理由は彼女が語ったそれ以上でもそれ以下でもないのだろう。

大桶「……では答えてもらおうじゃないですか。私が、杖がなければ満足に歩くことも出来ないこの私が、犯人だとおっしゃるその理由を」

貴音「――よいでしょう」

貴音はそこで一呼吸置く。目を瞑り、ゆっくりと開く。いよいよ、大桶楽の築いた堅牢な牙城を打ち崩しにかかるときが来た。

貴音「……では一度、ここまで私が話した内容を整理しておきましょう。
一つ、『実際の犯行は9時50分よりも前に行われていた』。
二つ、『プロデューサーに電話をかけていた人物は被害者ではなかった』。
三つ、『犯人は少なくとも9時から9時50分までの間、建物内にいた保佐殿と麻音寺殿を窓へ近寄らせないようにしていた』。
これだけ押さえておいていただければ充分かと」

藤原「話の流れからして……犯人は犯行時刻を偽装し、それによって萩原雪歩を容疑者とさせようとした、そういうことですね?」

貴音「ええ、プロデューサーに電話をかけ、人が落下する瞬間を目撃させることによって偽の事件を作り上げたのです」

藤原「電話については大いに疑問の余地ありだと認めましょう。しかし人が落下する瞬間を目撃させる、というのはどうやったというんです?」

大桶「……私もそれが一番聞きたいね。魔術師でもない私が、どうやってそこの青年に幻覚を見せたというのかね?」

貴音「まず、プロデューサーに殺害前に奪っておいた被害者の携帯で電話をかけたあなたは、会話をしつつ、頃合いを見計らった。そして、突然突き落とされたように悲鳴を上げ、落下する人の姿を窓越しに目撃させた……」

大桶「だから、それをどうやったと? まさか私が屋上から飛び降りてみせた、とでも?」

貴音「もちろんそんなことは不可能です。脚がお悪いというのは本当のようですからね。あなたには『協力者』がいたのです、そうでしょう?」

大桶「……ッ」

藤原「協力者ですって? まさか、また共犯者が?」

喜鶴「教えてくださいよ! 誰なんです、その協力者というのは!?」

保佐「この中の誰か、なんでしょうか?」

三木市「そりゃあまぁ、そうだろうよ……」

貴音「……鍵となったのは、あの帽子でした」

藤原「帽子……遺体の上に落ちていた黒いニット帽ですね?」

貴音「そう。遺体の上に落ちていたということは、殺害が行われた後で落とされたということです。この帽子を落としたのが『協力者』」

藤原「しかし、あの帽子からはなんのDNA反応も……」

貴音「帽子の内側に付着していた髪の毛。あれは栗色の髪の毛でした」

喜鶴「栗色の髪の毛……? それなら、この中には一人しかいないじゃないですか!?」

雪歩「え……? わ、私ですか……?」

貴音「いいえ。雪歩の髪の毛だとすると、長さが合いませんでした。見つかった髪の毛は雪歩のものよりずいぶん長かった」

喜鶴「では、この子よりも髪の毛が長いのは、保佐さんか麻音寺さんのどちらかということになりましょうが……いや、それだと色が違うな……」

貴音「保佐殿の髪は黒、一方、麻音寺殿は金髪。どちらも該当しませんね」

喜鶴「あっ、もしかしたら……麻音寺さんは金髪ですが、地毛は栗色だったり……?」

麻音寺「はい~そうですけど~」

喜鶴「えっ、マジ?」

麻音寺「私ハーフなので地毛は濃い茶髪なんです~」

保佐「ええ!? ハーフって、そうなんですか? 知らなかった……」

麻音寺「そういえば言ってなかったかも~正式な本名は麻音寺・ポリアンナ・真呑なんです~」

三木市「そ、それじゃあ協力者っていうのは……」

麻音寺「私じゃないですよ~?」

貴音「そう、協力者は麻音寺殿ではありませんよ」

三木市「それならいったい誰が……」

貴音「……さて、大桶殿」

大桶「……なにかな?」

貴音「近いうちにこんさーとを行うそうですね」

大桶「そうだが……それがどうかしたのかね?」

貴音「新曲を初披露するとか……曲名はたしか、『虚無の従者』」

大桶「何が言いたい?」

貴音「……そう、あなたには『虚無の従者』がいたのです。空っぽの使徒。それが協力者の正体」

藤原「虚無の従者……? 空っぽ……? どういう意味です?」

貴音「ずばり、『人形』、ですよ」

大桶「……ッ!!」

藤原「に、人形……? Pさんが被害者を人形と見間違えたとおっしゃるんですか?」

貴音「もちろん、そのために被害者と同じ格好をさせていたのでしょう。といっても、服は上下のすーつを着せるだけでよかった」

藤原「たしかに被害者も上下のスーツ姿でしたが……」

貴音「目撃させる落下はほんの一瞬、細部にまでこだわる必要はありません。一瞬見えた姿が、『それらしければ』それで充分だった。だから頭には帽子を被せたのです」

藤原「人形になぜ帽子を被せる必要が?」

貴音「……おそらく、その人形は犯行のために用意されたものではなかったのでしょう。元々、犯人が所有していたものだったのです。よく考えてみてください。帽子には、かなり長い栗色の髪の毛が付着していたのです。それは当然、人形の髪の毛、人工毛だということになります」

藤原「あっ……そ、そうか! 被害者の髪の毛は黒! その被害者と見間違えてもらわなければならないのに、栗色の長髪では不都合だ。そのために黒色の帽子を被せておいたと! それに帽子からなんのDNA反応が出なかったことも人形が被っていたのなら頷ける」

貴音「この夏場に帽子を被っていて、汗の一つも流さない人間はいないでしょうからね」

保佐「でも人形が落ちる瞬間を見せたと言っても、Pさんのいた5階よりも上からとなると屋上しかありませんよね。犯人は屋上にいなかったという話じゃありませんでしたっけ?」

貴音「そうです、犯人は屋上にいなかった。はっきり申し上げると、4階の大桶殿の部屋にいた」

大桶「くっ…………」

貴音「その部屋はちょうどこの準備室の真下にあたります」

保佐「そこからどうやって人形を落としたんでしょうか?」

貴音「犯人は被害者を屋上から突き落として殺害した後、用意してあった人形を屋上の縁の外側、その上に乗せておいたのです。ちょうど窓のある位置の真上に」

藤原「縁の外側……そういえば30センチほどの出っ張りがありましたね。たしかにあそこならば縁の上から覗きこみでもしない限りは死角になる」

貴音「その人形には予めテグス糸のようなものを巻いておいたのでしょう。窓越しに見た程度ではわからないくらい細いものです。糸はそのまま下に垂らし、そして4階の自分の部屋に戻った後、窓からその糸を掴み、余った部分を引き戻しておく。そしてプロデューサーに被害者の振りをして携帯から電話をかけ、頃合いをみて糸を引く。すると狭い縁に置かれただけの人形はいとも簡単にその身を墜落させることとなります。人形であれば大した重さでもないでしょう。後は落下する人形を片手に受け止め、通話中の被害者の携帯を落下現場へ向けて放り投げたのです。驚いたプロデューサーが窓の下を覗きこむことは充分予測がついたでしょう。だから犯人はすぐに身を窓の内側へと隠さなければならなかった。その際に人形に被せておいた帽子が脱げてしまったのではないでしょうか」

藤原「な、なるほど……それならば、可能かもしれない」

貴音「……ところで頃合いをみて糸を引く、と申しましたが、その『頃合い』とはなんなのか? 犯人は、被害者が突然に突き落とされたという状況を作り上げたかった。その異常性をプロデューサーに伝える上で、『叫び』があるとないとでは印象は随分違ったことでしょう。万が一にも事故死などという可能性を残してはなりませんからね。室内ならば防音効果によって声が漏れることはない。しかし、仕掛けのために4階の部屋の窓は開けておく必要があった。叫べばその声は屋上にいた雪歩に聞こえてしまう危険性を孕んでいたのです。声によって位置が特定されてしまう、それはなんとしても避けなければならなかった。ではどうするか? 『工事の音を利用した』のです」

保佐「工事の音……って、向かいのビル解体工事のことですか?」

貴音「そうです。断続的に騒音が鳴り響くこの状況を犯人は利用したのです。それと同時に、被害者が工事の音が聞こえる屋上にいたと印象付けることも出来る」

三木市「そうか……工事のやかましい音が鳴り出したのに合わせて叫び声を上げりゃあ、誰にも声を聞かれる心配はないってことか」

貴音「そのとおりです。しかし工事の音が鳴るのを待って話を長引かせたために、先ほど説明した企画書との矛盾を露呈してしまったのです」

藤原「……ああ! そうか、それならばさっきおっしゃったことの意味がわかります! 犯人が保佐さんと麻音寺さんを窓に近づけまいとした理由! 一つはもちろん、浦部安寅殺害その落下の瞬間を目撃されないため。そしてもう一つは……偽の事件が起こった9時50分、実際には被害者の落下が『なかった』ことを確認させないためだった!」

貴音「ええ、人ほどの大きさのものが窓の外を落下すれば、窓の近くにいた者は必ず気がつくはず。しかし事件が起きたはずの9時50分にはそんなものは落ちてこなかった。その正体は人と同じ大きさの人形であり、4階で犯人によって受け止められていたのですから」

藤原「保佐さんは2階、麻音寺さんは1階にいたわけですから、人形の落下を目撃できたはずがない。もし、お二人が窓の近くにいたとしたら、Pさんの目撃証言と食い違いが生じてしまうことになる……」

貴音「まさしく、そのとおりです」

床を固い何かが強烈に打つ音が聞こえた。

大桶「……人形を人に見間違わせるだと? ばかな!! そんなことができるものかっ!!!!」

大桶が怒りに任せて杖を振り下ろした音だったようだ。

貴音「……反論があるならば聞きましょう」

大桶「黙れっ!! もう我慢ならん!! 誰かこの小娘を黙らせろっ!!!」

藤原「お、大桶さん……」

大桶「お前たちわからんのか!? こいつは質の悪い妄想を並べ立てているだけだ!!」

しかし誰も彼と目を合わそうとする者はいない。

貴音「大桶殿、あなたは何もわかっていません」

大桶「コイツの話など聞く価値はない!! 聞くなぁ!!」

再び、大きな打音が室内にこだました。今度は杖ではない、貴音のほうだった。机を手の平で打ちつけ、大桶を鋭く睨みつける。

大桶「ぐっ……!?」

貴音「児戯ではないのです! 反論があるなら、少しはまともな理屈で応えてみせなさい!」

大桶「っ……!! く、くぅ…………おのれぇ……!」

藤原「その……私から質問させて頂いても?」

貴音「どうぞ」

藤原「Pさんが屋上に駆けつけた時、萩原雪歩だけがその場にいる、という状況は犯人が狙ったものだったということはわかりました。しかし犯人が4階にいたとすると、当然そこから屋上の様子はわからなかったことになりますよね。まだ萩原雪歩が屋上に来ていない状態で人形を落下させるわけにもいかないはずだ、そのあたり犯人はどう解決したのでしょう?」

保佐「電話したときに確認すればいいんじゃないですか? 『雪歩ちゃんはちゃんと発声練習のために屋上へ行ったか』ってPさんに確認すれば……」

藤原「たしかにそうです。ですが被害者が屋上にいたという設定で話をしている以上、不注意な発言はPさんの不審を招きかねないと思うのですが、実際、電話の相手はそのような質問をしてきたのですか?」

P「いいえ。犯人はもっと確実に、雪歩が屋上へ行ったと確認する方法をとっていたんです」

藤原「というと?」

P「『監視カメラ』ですよ」

藤原「監視カメラ? 屋上にはそんなもの……」

P「いいえ、なにも本物の監視カメラを設置していたわけではありません。犯人が使ったのは、スマートフォンなんです」

藤原「スマートフォン……?」

P「犯人が俺に電話をかけてきた時に使われていたのは被害者の電話でした。ということは、犯人の所有する電話は自由に使えたことになる」

藤原「まさか、それを監視カメラに?」

P「御存知でしょうか? ちょっと手を加えるだけで、スマートフォンのカメラで撮影した映像は簡単に他の端末へ中継することが出来るんです」 

藤原「そ、そうなんですか? そんな宣伝文句みたいな……」

P「必要な物は映像を送信するスマートフォンに、受信する端末だけ。例えばですが……犯人は携帯電話を二つ、所有していたのではないでしょうか。ちょうどそこの喜鶴さんと同じように、プライベートと仕事用で使い分けていたのかもしれません」

喜鶴「はぁ、大桶先生が……」

P「犯人は屋上の縁の上に映像中継アプリを起動させたスマートフォンを設置しておいた。位置は屋上の入り口から見て左側、人形を隠しておいた位置のすぐ近くでしょう。人形に施したトリックと同じように、テグス糸のようなものを括りつけて4階からでも引っ張って回収できるようにしておきます。雪歩が屋上へ入ってくるのを確認した後は、気づかれないうちに糸を引っ張り、回収したんです」

そう、あのとき俺が鳥か何かだと思った小さな影は、電話が落下したものだったのだ。

P「このトリックが実行された証拠が二つ。落下現場に落ちていたスマートフォンケースの破片。そして、屋上の縁外側の出っ張りに落ちていた洗濯バサミです」

藤原「ケースの破片については、4階から糸を引っ張り回収しようとした際に縁の下かどこかでぶつけてしまったということでしょう? そのときに割れた破片が下へ落下したと」

P「そうでしょうね」

藤原「では洗濯バサミというのは? あれもトリックに利用されていたのですか?」

P「縁の上にスマートフォンを設置する際に、スタンドとして利用したんですよ。スマートフォンの左右を掴むように挟んでやれば、取っ手の部分が土台になってくれるんです。これもまた、電話を回収する際に外れてしまったのでしょう」

藤原「な……そんな小細工を……」

P「映像中継用のアプリや即席スタンドについては、俺もたまたま見かけただけだったんですけどね。この雑誌で」

『スマホ初心者卒業! 便利なアプリ&小技の紹介』と題打たれた雑誌を掲げる。

麻音寺「あっ、私があげたやつだ~」

P「助かりましたよ、麻音寺さん」

藤原「しかし、そううまくいくものでしょうか? もしも屋上へ来た萩原雪歩に気づかれてしまったらまずいでしょう。そのすぐ下には人形を隠してあるんですから」

P「屋上の扉は左側に開くようになっています」

藤原「はい?」

P「つまり監視カメラの位置は開いた扉の陰になって、屋上へ入ってくる雪歩からは見えなくなるんです。しかもあの扉は錆び付いていてゆっくりとしか開くことが出来ないから回収する時間も稼げる」

藤原「しかしそれでは誰が入ってきたのかもわからないではないですか……いや、そうか、他の人たちは……」

P「ええ、先ほど貴音がひと通り説明しましたね。犯人は屋上へ来る人物が雪歩であると充分推測が可能だったんです」

貴音「……そして、今話題に出たけーすの破片……それこそが、大桶殿の犯行を証明する手がかりだったのです」

大桶「…………」

藤原「被害者の落下現場に落ちていたスマートフォンケースの破片が?」

貴音「ええ、あの破片、特に汚れなどは付着していませんでしたよね?」

藤原「そうですね。綺麗なものでしたが」

貴音「ですがそれは本来おかしいことだったのです。あの破片、最初は遺体から離れた場所にあったとの話でしたね。たしか3めーとるは離れていたと。しかし、実はそうではなかった」

藤原「新舞がそれを見つけた時のことを言っているのですか?」

貴音「そうです。新舞巡査は、プロデューサーからの通報を受けて最初に駆けつけた二人の警官のうちの一人です。警ら中であったため5分程度で現場に駆けつけることが出来たと。そうでしたね?」

藤原「ええ」

貴音「一人はこの建物内にいた人々に事件のことを知らせに行き、新舞巡査は現場の保全に向かいました。現場へ入った巡査は『あの破片は最初遺体の頭の側にあった』と証言しています。現場に野良猫が乱入し、破片を蹴飛ばしたとのことでしたが。さて、このことが示す矛盾がお判りですか?」

藤原「……そうか、『血』だ……!」

保佐「血? 血って……どういうことですか?」

藤原「現場をご覧になっていない方は御存知ないでしょうが、被害者が落下した際に飛び散った血液で現場は酷い有様でした。周囲1メートル半ほどは一片の隔たりなく血まみれなほどです。あの破片が発見された当初、落ちていた位置は血液が流れていた範囲よりも外側でしたから、汚れがなかったことは何もおかしくない。しかし……」

貴音「巡査の証言により、その事実は覆された。破片が遺体の頭の側にあったということは、当然被害者の流した血液の範囲内であったということです」

藤原「だが破片には血が付着していなかった……それに、猫が入ってきたのなら、被害者の血によるそいつの足跡がはっきり残っていたはず、なのにそれもなかった」

貴音「一体どうしてこのような矛盾が発生したのか? 今ならばお判りになるはずです。『時間のずれ』があったのです」

藤原「時間のずれ……」

貴音「『血液が固まっていた』のです。事件が起こって5分で駆けつけたのであれば、血液は当然まだ固まっていなかったはず。しかし、実際に被害者が殺害されたのがそれよりも前だったとしたら……血液が既に凝固しきっていたとしても何も不思議ではありません。刑事殿、血液が固まるまでに要する時間はたしか……」

喜鶴「あっ、そういえば私のハンカチの時にそんな話をしましたね……! 血液が固まるまでは一般的に10分から15分ほどであると。合ってます?」

藤原「え、ええ、たしかにそうです」

貴音「実際の殺害は巡査が駆けつける10分から15分前……。すなわちプロデューサーの通報よりも前から、あの場所に遺体があったということです」

大桶「……めろ」

貴音「? なにか?」

大桶「やめろと言っているんだ!!!」

大桶の激昂に、彼女は怯みもせず静かに笑う。

貴音「ふっ……残念ながら、そうはまいりません。言ったはずです、借りは返すと。何が何でも……あなたには破滅していただきます」

大桶「ぐっ……!?」

貴音「続けましょう。遺体はプロデューサーが通報する以前、もっと言うなら、この準備室に入るよりも前から落下現場にあったと考えられます。そうでなければ人形やかめらの仕掛けを作る時間を確保することが出来ませんし、それになにより、プロデューサーに被害者の落下を目撃されてしまう恐れがありますからね。プロデューサーが準備室へ入った時間ははっきりしています。9時45分、そうですね?」

P「ああ、入ってすぐ部屋の時計を見たからよく覚えてる」

これで最後だ、トドメを刺してやれ……!

貴音「……では9時45分以前から遺体はあの場に横たわっていたということになります。ところで9時45分ですがちょうどその時間、ある人物が大桶殿に対して電話をかけていました」

喜鶴「あっ、もしかして……私ですか?」

貴音「そうです。喜鶴殿、あなたはお嬢様からいただいたはんかちを裏路地に落としてしまい、それを拾っておいてほしいと大桶殿に電話で頼んだ……そうでしたね?」

喜鶴「ええ、はい。発信履歴にも9時45分とありましたよ。刑事さんにもお見せしましたよね?」

藤原「……はい」

貴音「その時間、大桶殿は夜干ししていた洗濯物を取り込んでいたと、そう証言したそうですね。ですがそれは真っ赤な嘘なのです」

大桶「……ッ!!」

藤原「どうしてそう言えるのですか?」

貴音「嘘をつくことになった理由を考えればわかります。『電話越しに工事の音を喜鶴殿に聞かれた』ため、そんなことを言ったのですよ。いくらこの暑い時期であっても、冷房があり、さらに日中は工事の騒音があるため窓を開けたりはしないでしょう。不審がられないように犯人が咄嗟に頭を振り絞って考えだした最大限自然な理由が、洗濯物を取り込んでいたから窓を開けていた、というもの」

藤原「……では、実際に窓を開けていた理由というのは……」

貴音「工事の音に合わせて叫び声をあげたという説明の時にも話しましたが、犯人は窓を開けておく必要がありました。人形、及びかめらの仕掛けを回収できるように垂らした糸を窓から中に引き入れていたのですよ」

藤原「ああ……!」

貴音「ところが、その嘘の言い訳をしてしまったことで、犯人は墓穴を掘っていたのです。はんかちのことを証言せざるを得なくなってしまったからです」

喜鶴「ハンカチって……私の?」

貴音「ええ。洗濯物をしていたということは当然大桶殿は窓辺に立っていたはず。喜鶴殿、それを知ったあなたは窓から下を覗いて確かめてもらうよう大桶殿に頼んだのではないですか?」

喜鶴「え、ええ……たしかに、ちょっと『見てもらえませんか』なんて言った覚えが……」

貴音「もちろん、大桶殿はその頼みを聞き入れた。ただ下を覗きこむだけなのに、断るというのは不自然ですからね。……そう、はんかちを探すため少し下を覗きこむだけ、それだけのことが致命的な食い違いを引き起こしたのです」

大桶「あ………ああ……」

貴音「9時45分。落下現場には既に遺体が横たわっていました。流れだした大量の血液は、とてもとても隠せるようなものではない。そして大桶殿、あなたはその時間、窓から下を覗きこんではんかちの落ちていた場所を言い当てている。『あなたは落下現場の異様な光景を目撃していたはず。なのに、どうしてそれを黙っていたのです?』 納得のいく理由が説明できるのでしょうか?」

大桶「……う、うぅうぅうぅうぅううううう!!!!???」

貴音「……そろそろ終わらせましょう。刑事殿、大桶殿の部屋を調査してください。犯人に証拠を隠す時間も余裕もありませんでした。まだ残っているはずです……例えば……人形、とか」

大桶「なっ……!?」

藤原「……わかりました」

藤原さんは頷くと、後ろの扉に手を掛ける

大桶「やめろっ!!!!!」

大桶は椅子から立ち上がろうとして――しかし、杖をつきそこねて無惨に転げ落ちる。

大桶「やめ……やめろ……やめて……里美に……触れないで……」

床に手をつき、哀れな声を上げる老人には、もはや大作曲家としての面影はなかった。

貴音は銀色の髪をゆっくりとかきあげながら、その姿を見下ろしていた。

貴音「……終わり……ですね」

――数時間後、1階ラウンジにて

藤原「――彼が最後に呟いた里美、というのは彼が人形に名付けていた名前でした」

P「……人形に名前を?」

藤原「ええ、長い髪の毛を持っていたということからも分かる通り、トリックに使用したのは等身大の女性型の人形だったんです。大桶楽はピグマリオコンプレックス……人形偏愛症だったようですね。その人形を妻同然に見ていたし、愛していたと。他者から見ても普通の妻がいると錯覚するほどにね」

P「……そうだったんですか」

その妻にあんなことの片棒を担がせることに対して、彼はどう思っていたのだろうか……。

藤原「……おかしいと思っていたんです。喜鶴さんが、大桶は愛妻家だという話をしていたでしょう? しかしその前にお一人ずつ事情聴取したときには、彼は自分で独身だと言っていたんですよ」

ははぁ、あのとき何かに気がついておきながら結局言わなかったのはそれか。

P「教えてくれれば良かったのに……」

藤原「ま、まぁ無事に解決できたわけですし。あなたや四条さんにはいずれしっかりとお礼させていただきますよ」

貴音「お気になさらず」

P「ところで、殺人の動機はなんだったんでしょう?」

藤原「実は昔、大桶にも麻薬の密売をしていたのではないかという容疑がかかったことがありまして」

P「そうだったんですか!?」

藤原「当時は証拠が見つからず目立った事態にはなりませんでしたが……。実際はその疑いは間違いではなかったと。大桶と浦部は同じ密売人同士、面識があったんですね。そこで逮捕され、刑期を終え釈放されたものの行くあてがない浦部が大桶を頼った。その時には大桶は既に密売からは足を洗っていたようですが、過去に密売をしていたという事実は弱みには違いない。浦部としては……それを利用しない手はないと、そう考えたわけです」

P「まさか……」

藤原「そう、『浦部は大桶に作曲させた曲を自分の名義で発表していた』んですよ。奏州虎として活動を始めたこの一年、浦部は自分で作曲した曲は一つもないんです」

P「それじゃ奏州虎名義のポップソング、アイドルソングは全部?」

藤原「ええ、大桶が作曲したものです。そちらのジャンルでも才能はいかんなく発揮されたようで。しかし浦部も浦部で自分で勝手に手を加えることも多かったらしく、企画書の歌い手の変更……あれも大桶には何の相談もなしに行われたものだそうです。まぁ、それが事件解決のヒントになったというのはなんとも皮肉なことで……」

P「…………」

藤原「それとですね……三木市さんは以前に一度、麻薬密売の件で浦部を強請っていたそうです」

P「ええ!?」

藤原「罪悪感からでしょうか、先ほど本人が自ら伝えに来てくれました。麻薬密売のことを口外しない代わりに多額の口止め料をせびっていたそうです。しかし、あなた方が説明したように麻音寺さんからチョコの一件を伝え聞いて、口止めについては信用ならない、殺すしかないと判断したのでしょう」

P「そうだったんですか……」

藤原「大桶は、浦部から三木市さんを殺害する計画を持ちかけられ、協力するよう指示された。そこで、逆にその計画を利用して浦部を殺害してしまおうと……それが今回の事件でした」

P「……結局、雪歩は完全なとばっちりだったんですね?」

藤原「まぁ、そういうことです。不憫としか言い様がない。……私も無実の市民に容疑をかけてしまった。謝罪をしておきたいのですが、彼女は?」

意外なことだ。最初あれだけ犯人だと決めつけてかかっていた本人だというのに。

P「雪歩なら外の空気を吸いに行ってくるとさっき出て行きましたよ」

藤原「そうですか……では、私も署に戻りますので帰りがけに伝えていくことにします。ではPさん、四条さん、またお会いしましょう」

P「はは……できれば勘弁したいですね」

貴音「刑事殿、約束の方はしっかりと頼みますよ」

藤原「ええ、わかっていますとも。幸いマスコミはまだ嗅ぎつけてはいないようですが、明日には大変な騒ぎになっているでしょう。ですが事件の捜査にあなた方が協力してくださったことは決して漏らしません。そのことが世間にバレたら……互いに得をしませんしね」

貴音「わかっていただけているようで安心しました」

藤原「では、失礼します」

一礼して刑事は玄関へ向かった。

貴音「……本日はお疲れ様でした、プロデューサー」

P「いやいや、貴音のほうこそ折角のオフだったのに悪かったな。でも助かったよ……ほんと、貴音がいてくれなきゃどうなっていたことか」

貴音「私は雪歩の仲間として当然のことをしたまでです。それに事件を解決できたのは、プロデューサーの助けあってこそです」

P「こうして殺人事件に出くわすのも3度めだしな。さすがに慣れてきちまった。まぁ、役に立てたならなによりだ」

貴音「おや……もう日も暮れたようですね」

P「そうだな。この後メシでもいくか。お、雪歩が戻ってきたぞ」

貴音「ご気分はどうですか? もう、平気ですか?」

雪歩「はい。ご心配かけてすみません。もう大丈夫です!」

大桶が逮捕された後、緊張の糸が切れたせいか雪歩はふらふらと今にも倒れそうだったので休憩室で休ませたのだった。少し前に目を覚まし、今まで外の空気を吸いに行っていたのだ。

雪歩「さっき外で刑事さんに会いました。『申し訳なかった』って」

P「あの人もあれで反省してたのかもな。とにかくよかった、疑いが晴れて」

雪歩「あ、あの……本当に今日は……ありがとうございましたぁ!」

P「おいおい、もうお礼はいいって。さっき存分にしてもらったしな」

貴音「そうですよ。そうやってひっきりなしに感謝されると、どうもむず痒くもあります」

雪歩「でも……お二人には感謝してもしきれないし……私、どうやって恩返ししたらいいかもわからなくて……」

P「アイドル活動がんばる! それが一番の恩返しだよ」

雪歩「そ、そうですか……? じゃ、じゃあ四条さんは……?」

貴音「そうですね……では今度、らぁめんでもおごっていただければ」

雪歩「ほ、本当にそれだけでいいんですか?」

P「……はは、甘く見ないほうがいいかもな?」

雪歩「?」

本当に災難な一日だったが……なにはともあれ、こうして事件は無事解決。

またいつもの日常に戻れる……それで充分幸せというものだ。

終わり

これにて終了です
最後までお付き合い下さりありがとうございました

私自身今回は詰め込み過ぎたかな、という気がしております
手がかりの出し方ももう少しなんとかしたいところです
反省点ですね

次回(いつになるかわかりませんが)は貴音の過去に絡んだ話を考えてます
そのときにはまたよろしくお願いします

お疲れ様でした!
今回も楽しませてもらいました
前回に比べればマシな推理出来てた…かな
ナイフをどう使うのかと思ったらそういうことだったのか……

もし次投下するときは事前にどこかで宣言してほしいかも
偶然見つけられたからよかったものの猶予が一日しかないし
せっかくならリアルタイムで推理参加したい
個人的にアイマスss雑談スレだと見つけやすいんだけど

感想ありがとうございます。嬉しいです

>>270
前回も参加していただいたんですね、ありがとうございます
なるほど。次からはそのスレにて告知させていただきますね
それと細々とやってるTwitterの方でも告知しております(SSに関係ないツイートも多いので興味無ければスルーしてください)

告知はちょっとどうかな

>>270
アイマスss雑談スレ見てみましたが>>274さんのおっしゃるようにそういう雰囲気ではないかな、という感じでしたのでそちらでは告知はしないでおきます申し訳ありません
次回からは問題編から解決編の間を長めに取ることで目につきやすいようにできれば、と思うのですがいかがでしょうか?

乙です。読み応えがあって面白かった!

所々、なぜか脳内で『逆転』シリーズのBGMが再生されてたよ。

乙です。読み応えがあって面白かった!

所々、なぜか脳内で『逆転』シリーズのBGMが再生されてたよ。

乙です。読み応えがあって面白かった!

所々、なぜか脳内で『逆転』シリーズのBGMが再生されてたよ。

三連投申し訳ない…
エラーじゃなくて書き込めてたのか。

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