女「強制的にヒロインにされてしまった」 (512)




女「今日のお昼よかったら一緒にご飯食べない?」

男「ぼ、ぼくと……?」

女「キミ以外にいるわけないでしょ?」

女(んん!?  わ、わたしはなにを急に口走ってるの!?)

男「い、いいの?  ボクなんかとお昼ご飯食べて……」

女(いやいや! 絶対イヤだ。
  小太りだしニキビ面だしボソボソした喋り方がなんか気持ち悪いし……)

女「なに?  わたしとお昼食べるのがいやなの?」

女(次から次へと思ってないことが口から出てくる。なんじゃこりゃ……)





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男「ぁ、ああ……じゃあ、その……おねがいしま……っす」

女「うん、約束だからね!  絶対だよ!」


女(ていうかなんでこんな大きな声でわたし話してるの!? )

女(これじゃあクラスメイトに聞いてくれって言ってるようなもんじゃん!)


「アツアツだなあいつら」

「ていうかなんであんなインキャラとメシ食おうと思うのかね」

「趣味わる……」

「あの二人昔からの知り合いらしいよ」

「幼馴染ってやつかあ。おアツいねえヒューヒュー」


女(クラスの連中の目線がイタイ……これじゃあわたしがこの人のこと好きみたいじゃん!
  ぜんっぜん好きじゃないし!)












女(なんで急にあんなセリフがポンポン出てきたかなあ。意味がわからないぞー)

委員長「ねえねえ」

女「んー、なに?」

委員長「あの人とデキてるの?」

女「な、なんで急にそんなこと言うわけ!?」

女(って、そりゃああの会話聞いたあとじゃあそう思うわな)

委員長「もしかしてあれで誰も聞いてないと思った?  アンタの声大きすぎてみんな聞いてたよ」

女「いや、あれは……」







委員長「そういえば彼って編入生だけど昔からの友達とかそんな感じなの?」

女「保育園からなのね。そうは言っても小学六年生のときに転校してどっか行っちゃって、この春に再開したってだけの話」

女(そう、本当にそれだけ。たしかに昔はわりと仲良かった気がするけど。
  転校してからは会うのはもちろん連絡すらとったことがない)

委員長「ふーん」

女「……そのニヤニヤ笑いはなに?」

委員長「いやあ、そのわりには今日お昼のお誘いをするなんて……ねえ?」

女「ち、ちがうの! あれはなんていうか……」

委員長「なにがちがうのよ?」

女(はたから見たらわたしが猛烈なアプローチを仕掛けているようにしか見えないよなあ)

委員長「まあ、なんか意外と変わった趣味してるなあとは思うけど応援するよ」

女「あはは……ありがと」







♪授業中



女(とにかくお昼休みになったら全力で前言撤回しよう)

女(きっとさっきのわたしはトチ狂ってたんだ)

女(だいたいわたしはああいうニキビ面が嫌いだし、どっちかって言うと引張てくれる人が好きだし……)

女(きっとさっきのはタチの悪い冗談かなにかだったにちがいない)

女(高校生活で一番楽しい時期にきっとわたしも舞い上がってそれでなんかもう色々おかしくなっちゃったのだ)

女(うん、そうだ。絶対にそう)






お昼休み




女「あーお腹空いちゃったー!」

委員長「さっきお腹の音聞こえてきたよ」

女「今日寝坊しちゃって朝食べられなかったからね。早く食べよ」

委員長「なに言ってんの?  わたしと食べてどうするの?」

女「え?」

委員長「彼と食べるんでしょ、お昼」

女(ぐっ……あの人に断りに行くのも気まずいから、このまま委員長とお昼ご飯を食べてしまおうとしたのに!)

委員長「わたしのことは気にしなくていいから。いってらっしゃーい」

女(いつの間にかクラスメイトの連中がみんなわたしを見てるし!)

女(いや、こうなったら一回トイレ行ってそのまま休み時間は図書室にでも引きこもってようかな)

女(そうすれば……)







男「あ、あの……」

女「はうわぁ!?」

男「ご、ごめん……! きゅ、きゅ急に話しかけて、ご、ごごごめん……」

女「……」

女(いや、もうこうなったら『さっきのは嘘でしたー! 誰がアンタなんかとお昼ご飯食うか!』とか言ってやろ)

女(すぅー……よし、言うぞ)

女「ううん、わたしのほうこそ待たせちゃってごめんね! それじゃいこっか」

女(あっれれれえぇ!?  なんで思ったことと正反対のことを言ってんだわたし!?)





女「ほーら、なにポカンとしてんの?」

女(いやいやこの差し出してる手はなんだ!?  これはあれか?  手をつなごうってヤツか!?)

男「え、えっと……」

女「もーう、早くしないとご飯食べる時間なくなっちゃうでしょ?  ほらいくよ」

女(結局最終的に困惑してる彼の手を自分かとりにいって引っ張るという……なに、なんなの!?  積極的なのわたし!?)



「やべーな」

「ああ見てるこっちがキュンキュンしちゃうな」

「ていうかあの男がまあまあカワイイ女と……」

「すごいねあの娘」

「いろんな意味でね」








女(し、信じられない!  どういうわけか、このわたし……自分の思ってることと真逆なことしてるぞ!)

男「ど、どこでご飯……食べるの?」

女「うーん、そうだね。どこにしよっか」

女(中庭なら食事するのには困らないけど)

女(いや、待てよ。今ここで猛ダッシュでわたしが逃げてしまえば、この話はなかったことにできるかも)

女「中庭にいこっか」

男「……うん」

女(走り出そうと思ったけどやっぱり無理みたい。本当になにがどうなってんだろ)












女「今日は人があんまりいないしラッキーだね。ベンチも空いてるし座って食べよ」

男「……うん」

女「あーもう、わたしお腹ぺこぺこ。今日のご飯はなにかなあ?」


女(うーん、なんか自分の思い通りにしゃべれるときとそうじゃないときがあるな)


男「あ、あ……」

女「ん? どしたの?」

女(ていうかコイツどもりすぎでしょ。もうちょっとしっかりしゃべってほしいわ)

男「い、いや……お、女の子の、お、おおお弁当って小さいな、と思って……」

女「そうかな? まあ言われてみるとちっちゃいかも」


女(うわあ、すさまじくどうでもいい)






男「……もぐ、んっ……」

女「……」

男「……」

女(わたしがなにか言わないと今度は沈黙か……どうせ自分の思い通りにしゃべることができないなら黙ってたほうがいいかも)

女(そうすれば次からは気まずくてご飯を食べようなんて思わなくなるかもしれないし)



ブス女「あれー、こんなとこでなにしてるのー?」



女「げっ……」

女(わたしの前に現れたのはブスだった。ちなみにブスというのはあだ名だ)






女(見た目がブスであるというのが、そう呼ばれる理由のひとつ)

女(そして、もうひとつ理由がある)


女(本名が毒島美麗(ブスジマ ミレイ)で『ブス』の部分をとってみんなが影でそう呼んでる)


ブス「しかも転校生くんと一緒じゃん。えーふたりってそういう関係なわけー?」

女「ち、ちがうよ!  彼とは……そう、ただの幼馴染だよ!」

女(……あ、あれ?  適当に流そうと思ったのになんだこの思わせぶりなリアクションは?)

男「……」

ブス「へえ、なんかいがーい。こういうのがタイプなんだあ」






女(この女は顔もさることながら、性格まで腐りきったハイパーブス)

女(わたしもべつに性格がいいほうだとは思わないけど、少なくともコイツよりはマシな自信がある)

女「だからちがうって!  ねっ?」

男「え?  あ、うん……ちがいます」

ブス「じゃあなんで二人でご飯たべてるのー?  しかも中庭なんて場所でさ」

女「そ、それよりミレイちゃんは今学校に来たんでしょ?  どうして?」

ブス「だってミレイったら今日病院行っててー……もう大変だったのー」

女「……それはご愁傷様だね」

女(うざっ!  ていうかその養豚場から出てきたみたいなルックスで自分のこと自分の名前で言うな!)





男「……」

女(コイツはコイツで黙々とご飯を食べてるだけだし……)

ブス「あーそういえばあたしもご飯まだ食べてなかったなあ。一緒に食べていい?」

女「……」

ブス「どうしたの?」

女「彼と二人でご飯食べたいから、その……」

女(今のは本音だったのかそれとも……まあ、どちらにしようこのブスと食べるとご飯がまずくなるし)

ブス「…………ふーん、まあいいけど」

女「ほんとにごめんね」





ブス「いえいえ、いいわよーべつに」

男「す、すみません……」

ブス「まあせっかくだしふたりの時間をたのしんでねえ」

女(そう言ってブスは去っていった)

女「あっ、今のはその……気にしなくていいからね?」

男「え? な、なにが?」

女「あ、いや……ごめんなんにも」

女(もはや自分でもどういう意図で話しているかわからなくなってきた……)







女(沈黙をおかずにお昼ご飯を食べ終えたわたしと彼は、そのあとすぐに教室に戻った)

女(彼はトイレへ行くといったのでわたしは先に教室に戻ることにした)

女「……ん?」

女(なんかクラスの視線がみんな私に来てるような……)



「あれ? 一人じゃん、あのネクラは?」

「なんだよー手つないで帰ってくるのに賭けてたのによお」



女「な、なんの話してるの!?」

委員長「アンタが彼と一緒にご飯行ったでしょ?  それで男子とか一部の女子がその話をしてたの」





女「いや、ほんとにそういうのじゃないから」


「え?  でもブスちゃん言ってたよ。二人でメシ食いたいからって断わられたって」

「あついねー!!」


女(あ、あの女ぁ……!)

ブス「あっ、戻ってきたんだあ」


「噂をしたらちょうどきたじゃん、ミレイちゃん」

「おかえりーミレイちゃん」


女「ちょっ、ちょっとミレイちゃん!」

ブス「なによ?」







女「さっきのことみんなに話したでしょ?」

ブス「うん。なんか問題あった?」

女(この女……ひやかしついでにわたしの評価をサラっと下げようとする気だ)

ブス「ただ仲睦まじいふたりが羨ましいなあって話をみんなにしただけだよ?」

女「……あっそ」


女(豚肉喉に詰まらせてしね!)


ブス「あっ、ちょうど彼帰ってきたよ」

男「……へ? え、ええ……?」





「あ、今世界で一番アツい男が戻ってきたじゃん」

「まだ夏じゃないのにアツすぎじゃね?」

「まったく、春と夏が同時に来たみたいな感じ?」


委員長「みんな、あんまりからかいすぎちゃダメだよ?」

ブス「はーい」

男「あ、あの……い、いったいなにが……」

女「……」

女(コイツらおぼえてろよお……)










女(授業中だってのにまったく集中できない)

女(ほんとにわたしどうなってんだろ?  このままじゃあいずれクラス公認のカップルにされるぞ)

女(冗談じゃない!  このクラスの連中は知らないだろうけど、わたしは未だに彼氏なんてできたことがない!)

女(恋と呼べるものを経験したことなんてほぼない……それなのに!)

女(あんなヤツの彼女になる!? )

女(しかもこんな意味不明な状況に引きずられてだなんて……いや、でも待てよ)

女(実はわたしは彼のことが本心では好きだけど、それを自覚してなくて……それであんなふうな態度になってしまう……)

女(……って、ありえない。絶対にありえない。だいたいどこに惚れる要素があるんだっつーの)

女(わたしはB’zの稲葉さんみたいな人が好きなの!  あんなのは好みとか以前の問題!)







キンコーンカンコーン





女(とか考えてたら授業が終わっちゃった)

女(全然話聞いてなかったしノートもとれてないし。まあいいや、今から委員長に見せてもらおう)


女「ねえ、わるいんだけどノート見せてくれない?」

委員長「珍しいね。もしかして……」

女「なに?」

委員長「彼のこと考えてたの?」

女「だ、だからちがうって! ていうかなんでみんなそういう風に考えちゃうの」

委員長「ごめんごめん。はいノート」

女(まあ彼女の場合はあのブスとちがって全然許せるんだけど。でもやっぱりイヤだな)







委員長「でも嫌いだったらお昼に一緒にご飯食べようなんて言わないと思うんだけど、実際どうなの?」

女「どうなのってべつに……ていうか委員長も恋バナ好きだよね」

委員長「そ、そうかな?」

女「なに顔赤くしてんの」


女(まあ委員長は恋バナ好きだけど初心なので、この手の話題になるとすぐに赤くなる)

女(そこがなかなか野郎の気をひきそうなもんだけど、付き合ったことはないらしい)


女「今日のわたしはちょっとおかしいんだよ」

委員長「どういうこと?」

女「えっと……そこらへんはうまく説明できないんだけどさ」






委員長「なにそれ。だいたい勘ぐるなっていうほうが無理な話でしょ」

女「どうして?」

委員長「だってねえ?  前までも彼とはしゃべることはあったけどさ。今日みたいにお昼に誘ったりはしなかったじゃない?」

女「それは……」

委員長「まあ相談ならいくらでものるから任せて」

女「……ありがと」

女(やばい。わたしの気持ちとかそういうの無視して勝手に周りが話を進めていってしまう)

女(いや、でも待てよ)

女(彼が近くにいないかぎりは特に思ってもないことが口に出たりはしないな。ということは……)











女「よし。超特急で帰るぞ」

女(あいつと話をしたりしないかぎり、わたしはトチ狂って奇妙な言動をすることはない……と思う!)

女(ダッシュで帰ってしまえば……)



ブス「ねえねえちょっとまってよー」



女「なっ……」

女(なに手をつかんでんだよブス!?)

女「え……ちょ、なに?」

ブス「え、いやなんかメチャクチャ急いで帰ろうとしてるみたいだから止めただけ」

女「はあ?」







ブス「というか愛しのダーリン待ってあげなきゃ。ねー」

女(しまった、やられた!)

男「え? ぼ、ボク?」

女「あ……」

ブス「それじゃあおふたりとも、楽しい時間を」






男「……」

女「……」

男「……あの」

女「ごめんごめん、ちょっとボーッとしちゃってた」

男「う、うん」


女(今度はまさか『一緒に帰ろっか』とか言い出すんじゃないだろうな、わたし)

女(いや、負けてたまるか。自分の意思をつらぬくんだわたし!  一人で帰れわたし!)


女「えっと……それじゃあまた明日ね」

男「うん……」

女「バイバイ……あっ!」







男「な、なに?」

女「明日も一緒にご飯食べてくれる?」

男「……え?  ぼ、ボクと?」

女「キミしかいないでしょ?」

男「わ、わかった……」

女「ほんと?」

男「ぼ、ぼくでよければ……」

女「うん、じゃあまた明日ね!」












女「ただいまー」

女(一緒に帰るのこそ免れたけど意味ないじゃん、これじゃあ)

女(また口が勝手に動き出すんだもんなあ。まいっちゃう)

女(実はわたしは本当は彼が好き、っていうのはまずないしありえない)

女(誰かかがわたしを操っている……ってどうやってそんなことをするんだって話だよな)

女(とにかく直接関わらないかぎりは大丈夫……であるはず。明日からはできるかぎり避けよう)


女「って、またお兄ちゃんからライン来てるし……返事は後でいっか」


女(カレンダーを見て、今日という最悪な日をわたしは胸に刻みつけた)












女「さてと、気合入れて登校するぞ!」


女(とにかく今日は彼とはなるべく関わらないようにする。それでオールオッケーのはず)


女「……ん?」

男「……ぁ」


女(う、ウソでしょ! なんでコイツがここにいるの!?)


女「なんでここにいるのー!?」


女(また勝手に口が動いた! 朝っぱらからなんて近所迷惑な大声なんだろ……)


男「あ、ぁぁぁお、お、おはよ……」


女(さて、どうしよう。挨拶した手前、無視はできない)






女「もしかしてここらへんに住んでるのかな?」

男「う、うん……。しょ、小学校……のころの家に住んでる……」

女「なるほどね。昔の家に戻ったんだね」

男「う、うん……」

女(これはわたしの意思通りにしゃべれてるな。思い通りに話せる場合とそうじゃない場合があるみたい)

女(くそっ……とりあえず適当な話題でお茶を濁すしかない)

女「そういえば小学校のころは帰る方向一緒だからってふたりで帰ったりしたよね」

男「な、なつかしいね……」

女(って、この話題じゃあダメだ! なにちょっとそれっぽい雰囲気になるようなこと言ってんだ)







男「小学校のころか……」

女「そうそう、小学校のころっていえばよくドッジボールとかしたよね」

男「……」

女「わたしが一回キミの顔当てちゃって、覚えてる? キミ泣いちゃったんだよ」

男「そ、そうだっけ?」

女「そうだよ」

女(懐かしいなあ。たしかコイツ運動神経すごい悪かったけど、そのわりによく外で遊ぶ活発なヤツだったなあ。それにもっと細かったような)

女(なんでこんな根暗で気持ち悪い人になっちゃったんだろ)












女(登校後。あいつと一緒に登校してきたわたしを見たクラスメイトたちは、ほぼ昨日と同じような冷やかしをしてきた)

女(ああ……やってられないとはまさにこのこと)

女(ちなみに現在はお昼をまたこの男と食べている。言うまでもなく誘ったのはこのわたし)

女「……」ポリポリ

男「……」

女(あまり漬かってない浅漬けを噛む音がむなしいなあ……トホホ)

女(なお、お昼ご飯を食べ始めてからわたしは今回、まだ一度も口を開いてない)

男「あ、あの……」

女「……なあに?」

男「……そ、その、ですね、ぶ、部活とか……やってますか?」







女「週一だけテニス部に参加はしてるよ。そんなにうまくないけどね」

男「……そう、なんですか?」

女「そういうキミは部活入ってるの?」

男「ぅ、ううん。なんにも。ぁ、でも……」

女「うん」

男「い、委員会には、は、入ってる……」

女「へえ、なに入ってるの?  あ、待って。当ててあげる……美化委員、かな?」

男「ぁ、ち、ちがう……」

女「はずしちゃったかあ。答えはなに?」






男「と……図書委員…………な、なななんだ」

女「そうなんだ。言われてみるとしっくりくるかもね」

男「そ、そう……?」


女(すさまじくどうでもいい会話。でもこういうどうでもいい会話だと、普通にしゃべれからなあ)

女(ていうか、結局こんなやつにさえ気をつかってしゃべっちゃうぐらい気が小さいからダメなんだよな)


女「……情けないなわたし」

男「な、なにか……言った?」

女「ううん、なんにも」











女(わたしがおかしくなって好きでもない男子に猛烈アタックしまくるようになってから三日が経過した)

女(とりあえずわたしがおかしなままということも含めて、状況は特に変わってない)

女(そして現在わたしは図書室)

女(わたしは恋愛経験がほぼ皆無なため、恋愛小説でも読んで破局の仕方を勉強することにした)

女(なんで付き合ったこともないのにそんなの学ばにゃならんのかなあ)

女「……で、なにを読んだらいいのかわからないっていうね」

女(恋愛小説なんてほとんど読んだことないしなあ……)

女(『ご家庭でできる手軽な殺人』って面白そうだな……ってこれは明らかに恋愛小説じゃない!)







本娘「なにか本をお探しですか?」

女「え?」

本娘「あ、ごめんなさい。急に話しかけて」

女「い、いえ、こちらこそすみません」

本娘「わたし、図書委員で今日はたまたま当番なんです。
   すごく熱心に本を探してる人がいるなあと思って、思わず声をかけちゃいました」

女「わざわざすみません。あ、じゃあちょうど聞きたかったんですけど、おすすめの恋愛小説とかってありますか?」

本娘「恋愛小説ですか?」

女「あ、はい。急に恋愛小説が読みたくなっちゃったんですよ」







女(『恋空』とか『みずたま』みたいなケータイ小説がいいなあ。読むのらくだし)

本娘「恋愛小説ですか。この図書室にあるのでおすすめだと、そうですね……これなんてどうですか?」

女「……『天使の卵』ですか?」

本娘「ええ。とっても素敵な恋愛小説ですよ」

女「あ、じゃあこれ借ります。ありがとうございます」

本娘「いえ、図書委員として当然の行いをしただけですから」


女(……図書委員?)

女(ヤバっ! あいつも図書委員じゃん! さっさと手続きして帰らないと鉢合わせになるかも!)


女「あの! 用事を思い出したんで超特急で借りる手続きをしてもらってもいいですか?」

本娘「お急ぎならこちらで処理しておきますから、もう持って行ってもらって大丈夫です」

女「お手数かけてすみません。ありがとうございます!」











女(あいつとバッタリ会わないうちにさっさと帰らなきゃね……って、担任だ)

女「せんせーさようなら」

担任「……ちょっと待ってもらってもいいですか?」

女「はあ、なんですか?」

女(まさか先生に足止めをくらうなんて。なんか用事でもあるのかな?)

担任「引き止めちゃってごめんね。キミがもってる本は『村山由佳』さんの『天使の卵』ですよね? 
   それはとても素晴らしい本だということを伝えたかったのです」

女「ええ、図書委員の人にオススメされたから借りてみたんです。先生までオススメするんだから本当に面白いんでしょうね」







担任「ええ、素晴らしい恋愛小説です」

女「帰ってから読むのが楽しみですね」

担任「そうそう、恋愛といえば最近キミのうわさを他の子たちから聞きましたよ」

女(先生にまで伝わってるって……どんだけー)

女「先生までからかわないでくださいよ」

担任「ごめんね。ここ何日間か二人のことをよく耳にするものだから」

女「彼とはべつにそういう関係じゃないです。ただ幼馴染なだけですから」

担任「ええ、でしょうね」

女「え?」






担任「キミは本心ではその生徒のことなんてどうでもいいって思っている」

女「……先生?」

担任「しかし困ったことに自分の意識とは無関係に勝手に言葉が出たりしてしまう。そうですね?」

女「……先生はなにか知ってるんですか!?」

担任「近々ホームルームの時間を使って二者面談を行います。そのときにこの話の続きをしましょう」

女「ちょ、ちょっと待ってください……!」

担任「待ちません。ぼくも仕事があるんで」

女「……図書室にいっちゃった」


女(……えーと、つまりこれはどういうこと?)





今日はここまで





ゆったりと再開していきます









女(今日はついに二者面談の日である)

女(このお昼休みが終われば二者面談。もしかしたらこの意味不明な現象の謎が解けるかもしれない)

男「……そ、その……テニスってた、たのしいの……?」

女「うーん、どうなんだろうね」

男「……楽しく、ないの……?」

女「わたし、中学時代は軟式やってたから。高校に入ってからなんだよね、硬式に切り替えたの」

男「……うん」

女「いまだにバックハンドが上手く打てなくてさ。最近そこばかり狙われてなんかなあ、って」







女(ここ数日、わたしは様々な方法で彼とのコミュニケーションを避ける試みをしてきた)

女(けれど周りの余計なアシストや信じがたい不運によって、今日も仲良くお昼ご飯を食べている)

女(まあこれといってなんの発展もないからいいんだけど……いや、よくないよくない!)

女(なんで貴重な高校生活を好きでもない男子と過ごしているんだわたし!)



男「きょ、今日は……パン、なんだね」

女「ああこれ? 爆熱ゴッドカレーパンって購買の名物のパンなんだけど、今日は珍しく部活の朝練に参加してね」

男「……」

女「それで朝早かったから、お母さんにお弁当を作ってもらうのが申し訳なくて」

男「そうなんだ……あ、ぁぁあのさ……」

女「うん、なあに?」






男「りょ、料理とか……する…………?」

女「料理?うーん、まあまあするかなあ。お母さんが仕事で帰ってこれないときとかは、焼きそばとかチャーハンとか簡単なものなら作るよ」

男「そ、そうなんだ」

女「あ、もしかして料理なんかしないって疑ってる?」

女(……ま、また勝手に口が動き出した。いや、でもこの内容なら問題はないよね?)

男「そ、そそそそんなことないよっ!」

女「ふーん。じゃあさ、今度わたしがお弁当作ってきてあげる」






男「……へ?」

女(……はあ?)

女「わたしがお弁当を作ってきたら、今の話も少しは信じられるでしょ?」

男「だっ、だだだだれに……?」

女「いや、キミしかいないでしょ? ほかに誰かいるの?」

男「い、い、いない……です」

女「ふふっ、楽しみにしててね」


女(完全に油断してた。まさかこんなことになるなんて。トホホ……)










女「なんか二者面談って少し緊張するね」

委員長「そう?」

女「わたしだけかもしれないけどさ」

委員長「ひょっとして彼とのこと聞かれたりしたらどうしよう、みたいな?」

女「ち、ちがうよ」



女(すっかりクラスでもわたしとあの男が一緒にいる光景が日常的なものみたいになってるのが気に入らない)

女(でもなあ。はたから見たら、わたしからアプローチしてるようにしか見えないだろうし)

女(一回あいつがいないときに、クラスのヤツらに弁明しようかと思ったけど、どう考えてもわたしのイメージが悪くなるようにしか思えないし)





委員長「あ、ブスジマさんが帰ってきたから次はわたしだね。いってくるね」

女「うん」

女(そういえばまだ借りた本読んでなかったな。読むか……)

ブス「ねえねえ聞いてよお」

女(なぜこの女はわたしが読書を開始しようとするタイミングで話しかけてくるかなあ)

女「ん? どうしたのミレイちゃん?」

ブス「なんかミレイのときだけ妙に早く面談終わったとおもわなーい?」

女「そうかな?」






女(いや、知らないし……ったく、友達少ないからっていちいちわたしに話しかけてこないでほしいなあ)



女『うるせーんだよこのクソブスが!!』



女(……とか言えたらさぞ気分がいいんだろうけど、わたしにはそんな度胸はない)

ブス「ていうかあの担任の先生ってよく見るとけっこうイケメンじゃない?」

女「そうかな?  あんまりきちんと顔見てないからよくわかんないや」

ブス「えーたしかめてみなよ。絶対にあなたの彼氏よりはカッコイイから」

女「ちょ、ちょっと……」

女(うなずこうとしたらまた勝手にからだが……まあいいや)










委員長「思いのほかあっさり終わっちゃった」

女「おつかれ。なに話したの?」

委員長「学級委員としてクラスの状況はどうとか、何人かのクラスの人について聞かれたぐらいかな」

女「ふーん……って、次はわたしか」

委員長「彼とのことについて聞かれたりしてねー」

女「まさか、先生がそんなこと聞くわけないよ」

女(むしろわたしから聞くんだけどね)











担任「いやあ、キミとふたりで話せるのを楽しみにしていましたよ」

女「……おねがいします」

担任「しかし変わった名字をしてますね。弓に削るなんて、結構読めない人多いでしょ?  ぼくは最初から読めましたけどね」

女「あの、そんなことより教えてもらってもいいですか?  アレについて」

担任「ああ、ごめんね。そうだそうだ。キミとはあのことについて話そうと思っていたんだ」

女「先生はなにを知ってるんですか?」

担任「とりあえず、キミが本当はキミの幼馴染を好きでないということかな」

女「……」

担任「そして、好きじゃないのにまるで本当に好きかのような振る舞いを見せている」






女「先生はこのことについてなにか知ってるんですよね?  教えてください」

担任「うーん、べつにそのことについて教えるのはやぶさかではないんだけど」

女「なんですか?」

担任「約束してくれますか。これから話すことに対して絶対に怒らないって」

女「よくわからないですけど……怒りませんから話してください、おねがいします」

担任「おーけー。じゃあ先に結論から話しましょうか」

担任「今キミがそんな状態になってしまった根本的な原因はぼくにあるんだ」







女「…………ど、どういうことですか?」

担任「とりあえずここから話すことは信じられないような内容だから、一旦ぼくが話を終えるまで黙って聞いてほしい」

女「わかりました」



担任「このカードを見て欲しい。トランプのように見えます」

担任「このカードには上下に二つの枠がありますね。上の枠には……そう、キミの幼馴染の名前が書いてあります」

担任「そしてもう片方の枠には……そうです、キミの名前です」

担任「このカードはね。下枠に書いてある名前の人を上枠の名前の人に無理やり惚れさせる、というカードなんです」



女「すみません。さすがに黙って聞いていられないんですけど。
  えっと……どういうことですか?  わたしをからかってるんですか?」

担任「おやおや、ぼくが冗談でこんなことを言うと思ってるんですか?」







女「当たり前でしょう。なにを言ってるんですか?」

担任「まあたしかに、普通の人が聞いたら相手にもしないような話でしょう」

女「わたしもそんな話、信じられません」

担任「じゃあ聞きますけど、どうやってぼくはキミが今現在おちいっている状況を知ったのでしょうか?」

女「それは……」

担任「そもそもキミに起きている不思議な現象、それだって赤の他人が聞けば鼻で笑うような内容でしょう?」

女「……」





担任「話を進めましょう」

担任「そしてこのカードをね、ぼくが渡したんですよ。ある生徒に」

担任「今キミに話した説明をした上でね」


女「だ、誰に?」

担任「……」

女(なんかメチャクチャすぎてついていけないけど……もしそのカードの効果が本物だとして得するのは?)

女「……彼にそのカードを渡したんですね?」

担任「……さあ?」





女「しらばっくれなくてもいいですよ。
  今の状況から考えたら彼がそのカードを使ったとしか思えません」

担任「ほう……それで、キミはどうしますか?」

女「どうするって……」

担任「このままではキミたちはいずれ、本当のカップルになるでしょうね。でもキミはそんなことを望んでいない」

女「当たり前です。こんなの絶対にイヤです」



担任「では、そうですね。まだ今の段階ではぼくの話を信じる気にはならないでしょう?」

担任「このカードをキミに差し上げます。
   ためしに使ってみて、そのカードの効果が本物であることを確かめてください」



女(先生はわたしにカードを渡してきた。カードの上枠には彼の名前が書いてあって、下の枠は……空白)

担任「その下枠に彼に惚れさせたい人の名前を書いてください」





女「……わかりました。ためしにやってみます」

担任「……ふぅむ」

女「なんですか?」

担任「てっきりもっと怒り狂ったりするかなとビクビクしてたんですけど、けっこう冷静ですね」

女「話がぶっ飛びすぎてますからね。けど……わたしの身にも信じがたいことが起きてるから……」

担任「まあとりあえず試してみてくださいよ。
   あと、ひとつだけ注意しておくことがありますけど……まあ今はいいか」

女「ほかに話は?」

担任「なにも。もう話すことはありません」

女「……そうですか。失礼します」












女(いや、もう疑問があふれすぎてなにからツッコんだらいいんだ状態だ)



委員長「ずいぶん長かったね。なにを話してたの?」

女「あ、いや、ちょっと本の話で盛り上がっただけだよ。ほら」

委員長「『天使の卵』?」

女「そう、その本のことでちょっと盛り上がっただけであとはなにも聞かれなかった」

委員長「ふうん。この本、ジャンルはなんなの?」

女「恋愛だよ」

委員長「恋愛?  これで恋愛のなんたるかを学ぼう的な?」

女「あながち間違ってないかな」






女(さて、先生から渡されたカード。誰の名前を書こうかな)


委員長「ちょっとこの本読んでもいい?」

女「どうぞどうぞ」


女(委員長の名前を書くのは……ダメダメ!  委員長には一年の頃からお世話になってるし、もっとイイ人と付き合ってほしいしね)

女(なんかこんなことを真剣に考えるのもアホらしい気がするけどなあ。でも本当だったら困るし)

女(……いーや、決めた)


委員長「あ、今度は彼が呼ばれたね」

女「うん? ああ、そうだね」カキカキ


女(これでよし、と)











女(名前は書いた。もし先生の言うとおりだとしたら、いずれその反応を見ることができる)

女(……とは言ってもやっぱりちょっと信じられない)


男「……」

女(あいつが戻ってきた……)


「二者面談どうだったー!?」

男「え、え!?」

「なんでそんなにビックリしてるのよ!? ただ聞いただけでしょ?」


女(う、うそ……まさか本当に……!?)





男「べ、べべべべつに…………な、なんにも……」

「まあそれもそうだよねー。しょせんは面談だしねえ」


女(まさかこんなあっさりこのカードの効果が本当だってわかるなんて)


「あ、でもさでもさ!  なんかちょっとぐらいあっち方面の会話ってなかったの?」

男「ぁ……あ、あっち方面……?」


女(ちなみにわたしがカードに書いた名前は『ブスジマ ミレイ』、通称ブス)


ブス「もーう、とぼけちゃってえ!」


女(わたし以上に露骨にわかりやすいな、反応が。でも内心では戸惑ってるはず)





女(って、もしこれでブスとあの男が結ばれれば、わたしは解放されたも同然なんじゃないの?)

女(しかもブスはわたし以上に猛烈なアタックを仕掛けてるし!)


女「ふっふっふ……」

委員長「どうしたの、急に変な笑い方しちゃって?」

女「べつに。なんにもだよー」

委員長「なんだか気分よさそうだけど、いいの?」

女「なにが?」

委員長「ブスジマさんが彼に絡んでるのに気にならないの?」





女「いいんじゃない。好きにさせておけば」

委員長「アンタがいいって言うならべつにいいけど」


女(むしろもっとヤレって感じですし)

女(とりあえず二者面談が終われば今日の授業も終わり)

女(今日は部活もあるし、とりあえずは気をぬいても大丈夫かな)


ブス「もっとミレイの話を聞いてよ!」

男「え……ぁ、ああ…………」


女(この調子ならブスがあの男にずっとまとわりついてそうだしね)












女「はあー練習つかれたあ……ただいまー」

母「おかえりー。今日は珍しく遅いね」

女「今日は部活だよ」

母「朝練もあったのに放課後も練習あったんだ?」

女「まあね」

母「なんか顔色があんまりよくないけど大丈夫?」

女「言われてみるとダルイかも。とりあえずお風呂入るね」












女(熱を測ったら見事に三八度オーバーしていて、わたしは入浴後そのままベッドに潜り込んだ)

女(これは明日学校に行けないかも。でもそのほうが色々とらくか)

女(どうせ明日は金曜日だし)



母「明日はお休みかな」

女「そうかも……」

母「風邪薬と湿布買ってきたから。湿布をワキの下と股関節のとこに貼って寝なよ」

女「うん……ごめんねお母さん。明日も朝早いのに」

母「謝んなくていいって。早く治しなよ……おやすみ」

女「うん、おやすみ」


女(わたしはお母さんに言われたとおりのことをしてから眠った)

女(夢の中で小学生のころのあの男が出てきたけど、すぐにべつの夢にかわった)













女(結局三日間休んでようやくわたしは風邪から立ち直った)

女(まだ心なしかからだがダルイけど勉強ついていけないと困るしね)

女(そういえばブスとあの男はどうなったんだろ)



ブス「あら、おはよう」

女(うわっ、いきなり遭遇した。まあいいか、それとなく彼とのことについて聞いてみよう)

女「おはよ。あの……」

ブス「ちょっと待ってもらっていい? ミレイ、言っておきたいことがあるの」

女「はあ……」

ブス「ミレイ、どうやら彼に惚れちゃったみたいなの」






女「……え?  惚れちゃったの?」

ブス「ええ、どうやらホールインマイハートにフォーリンラブしちゃったみたい」

女「全然意味がわからないけど、彼のことが好きになったの?」

ブス「自分でも不思議なんだけど、彼を見てたら勝手に口が愛の言葉を紡ぎ出しちゃうの」

女「……」

ブス「自分ではまるで思っていないことがもうポンポン出ちゃって……たぶんこれこそが恋なのよね」

女「そ、そう……」


女(おかしな症状の自覚はあるのに……恋と勘違いしちゃったんだ)






女(こっちからしたら願ったり叶ったりだからいいけどね)


女「わ、わたしだって……!」


女(って、また勝手に!)

女(どうもあのカードの効果は彼のそばだけに限定されてないみたい)


ブス「なによ?」

女「な、なんにも……わ、わたしは応援するからがんばってよ!」

ブス「え? ……あ、そういうことね。そう言ってミレイを油断させる気ね!」


女(もはや言動がチグハグすぎてよくわからないけど、とりあえずミレイちゃん)

女(わたしのためにもできるかぎりがんばってよ)









「今度はミレイちゃんがあいつにアタックしだしたぞ」

「俗に言うモテ期か?」

「でもまだブスとのほうがお似合いじゃね、あいつには」

「たしかに~」



委員長「どうしたんだろうね、ブスジマさん。急に彼と交流するようになったけど」

女「交流っていうか、なんだろうねあれは」



ブス「ねえねえ、この髪型似合うかなあ?  髪あげるとちょっと顔立ちキツイみたいなあ?」

男「え?  あ、うぅ……えっと、に、にに似合う?」

ブス「やっぱしーだよねえ!」








女「……」

委員長「ねえ、いいの? なんだかわたしには……」

女「……そうだね、うん」


女(ブスが猛烈アタックを仕掛けて最終的にふたりが結ばれればそれでいいと思った)

女(でもよくよく考えたら、ブスはブスなのだ)


ブス「サービスサービスうぅ」

男「ぁ、ぁあああわわわわ……」


女(一目でわかる。明らかに彼はブスの絡みに対してイヤがっていた)

女(そりゃあそうだよね。男の子は誰だってカワイイ女の子が好きだもんね)





ブス「ねえ、今日はミレイとご飯食べるよね!?」

男「ええぇ!? ええ!? ほげええっ!?」



女「ちょっと待ってもらっていい?」

ブス「……ちょっと、なんであなたが急にミレイたちの間に割って入ってくるのよ?」

女「お昼はもともとわたしと彼とで食べることになってるの」

ブス「はあ?  そんなの知らないし!」



「や、やべーぞ!」

「リアル修羅場だ……!」

「なんであんな男をとりあって修羅場が起きるの?」

「恋ってすごいなあ」





女「じゃあ聞いてみようか。ねえ?」

男「ぼ、ぼ、ぼぼぼぼく……!?」

女「うん。今日のお昼、わたしとミレイちゃんとどっちと食べるの?」

ブス「当然ミレイだよねえ?」

男「そ、そそそ、そそそそんなっ……あひっ、そんなのぉ……はぁはぁ…………」

女「落ち着いて。ほら、深呼吸して」

男「ぁ、うん……すぅ……はぁ」

女「大丈夫?」

男「う、うん……」

ブス「で、結局どっちとお昼はすごすのよ?」

男「……ぼ、ぼくは……」









女(ブスと口論したときの言葉は最初こそ勝手にからだが動き出したけど、途中からはよくわからなくなっちゃったんだよね)

女(半分はブスに対してムカついたのもあるし、もう半分は……)


男「……」

女「……」


女(まあ結局コイツが『先に約束していた』ということで、わたしがランチタイムに選ばれた)

女(しかしやらかしたなあ。いろんな意味で)

女(なにより、あのカードはせっかくのチャンスだったのに……)

女(ブスじゃあダメだってことになんでもっと早く気づかなかったんだろ……)

女(どうしよう。そうだ……とりあえず今後のためにもこのことを聞いておこうかな)





女「あのさ、キミって好きなタイプの人っている?」

男「……へ? え、えっと……」

女「なんでそんなにテンパるの?  ただどういう人が好みなのか聞いてみただけなのに」


女(この質問も冷静に考えると思わせぶりでマズイかもしれないけど、そんなことは言ってられない)


男「こ、ここここ、ここ好み……ぁぁ……わ、わかんない、よ……」

女「ほんとに? じゃあミレイちゃんみたいな人は?」

男「ぇ、えっと……」

女「うん」





男「わ、わわわ悪い……ひっ、ひ人ではないと、思う……けど…………」

女「けど?」

男「つ、つつつ、疲れる……かな……?」

女「そっか」


女(もっとバッサリ切り捨ててくるかと思ったら、意外な評価だ)

女(でもこれじゃあ好みがわからないし……そうだ)

女(自分が趣味が合う人は、ある意味好みと言えるかもしれない)


女「ねえ、趣味とかってある?」

男「しゅ、趣味?」






女「うん、なんでもいいんだけどさ」

男「ぼ、ぼぼぼく……しゅっ、趣味と呼べるものぉ……ななな、ない、かな?」

女「本当に?  読書とかでもいいんだよ?」

男「……そ、そそそういうのも、あり……?」

女「読書は立派な趣味だよ。わたしはそんなに本読んだりしないけどさ」

男「じゃ、じゃあ……どく、しょ……」

女「ちなみになにを読むの? 『東野圭吾』とか?  あ、もしかして『乙一』?」

男「……」






女「……ちがうのかな?」

男「そ、その……ぼ、ぼくが、読む、のは……ら、ライトノベル……だから」

女「あーそっちかあ。あれでしょ?  魔法少女……まどまぎ、だっけ?」

男「それはちがう」

女「あ、ごめんなさい」

男「あ、ぁぁ……ち、ちちがうんだ……!」

女「ううん、わたしってばライトノベルのこと知らないのに知ったようなこと言っちゃたから……ごめんね」

男「ぃ、いや……」





女「なにかオススメとかってある?」

男「え……?」

女「最近ちょっと本にハマってて。なんかオススメあるなら読んでみたいなって」

男「そ、そそそそうだね……えっと、『涼宮ハルヒシリーズ』とか、か、角川から出てるやつなんだけど……」

女「あっ、それ聞いたことがある!  なんか踊ってるやつだよね?」

男「そ、そうだね。で、でもSF作品としてもクオリティが、高くて……『消失』と『驚愕』なんかはおすすめだよ……」

女「へえ、ほかには?」

男「あ、あと……お、同じ角川だったら『トリニティ・ブラッド』かな?
  ちょ、長編とた、た短編とあってじ、じじ時系列がちがうんだけど、これがとても面白くて」

女「時系列……?」






男「さ、作者が亡くなって、し、ししまったから続きが読めない、けど……」

女「そっか。できればきちんと完結してるのがいいかな」

男「だ、だだだったら『フルメタ』かな……あ、あれはすごいよ。
  ASっていうロボットの設定が凝ってるし、そ、それに四足歩行じゃないことの理由付けまで、し、ししっかりされてる……」

女「えっと……」

男「特に『燃えるワンマンフォース』は、くく、クロスボウに乗るしゅ、主人公がかかかかっこよくて……って、ごごごめん」

女「……なんで謝るの?」

男「こ、こ、ここんなこと……は、話しても、面白く、ないよね……」

女「そうかな?」

男「え……?」

女「……」








女(ライトノベルのことについて喋ってるときのあいつ、少しだけ小学生のころのあいつに似てたな)

女(まあだからなんだって話だけど)

女(ていうか状況悪化してるよね……)

女(なんとかしないと……だいたい、あの男はあんなインチキカードを使ってわたしを篭絡しようとしたんだから)

女(絶対に許せない……そして、もうひとり許せないヤツが前からやってきた)



担任「おや、これはこれは。そういえば今日初めてしゃべりますね」

女「……」






担任「あのカードの効果は本物だったでしょ?」

女「はい、先生の言ったことは本当でした」

担任「そんなに睨まないでくださいよ。コワイなあ」

女(コイツ……)

担任「しかしキミは人選をミスしましたね。なんでしたっけ……そうそう、ブスジマさん。彼女ではダメでしょ」

女「……そうみたいですね」

担任「彼女は言ってしまえばドラえもんでいう、『のび太』に対する『ジャイ子』であり」

担任「ちびまる子ちゃんでいう、『花輪和彦』に対する『みぎわ花子』ですからね」

女(『ミギワハナコ』が誰かわからない……)






担任「さて、これからキミはどうするんですか?
   もう諦めて彼とくっついてしまいますか?」

女「……」

担任「もう一度チャンスをあげましょうか?」

女「え?」

担任「ですから、もう一度キミに彼から逃れるチャンスをあげましょうか?」

女「あ、あるんですか?」

担任「はい。それはこれです」

女「カード……今度は前とちがって一枚じゃない」

担任「はい。ぼくは一枚しかカードを持っていないとは一言も言ってないはずですよ」






女「……このカードでどうすればいいんですか?」

担任「簡単です。ブスジマさんのときのようにあなたと同じ立場の人間を作ればいいんです」

女「でも、彼女のときみたいに失敗したら意味ないじゃないですか」


担任「だから今度はもっとよく考えて。失敗しないように慎重にやってください」

担任「そして彼のためにもっと多くのヒロインを用意してあげてください」


女「多くのヒロイン?」

担任「そうです。彼に言い寄る女子をほかにも作ればいいんですよ」





担任「そうすればキミがその状態のままだとしても、ほかの女子が彼と結ばれてキミは自由の身となる」

担任「そう、彼のためのハーレムをあなたが作るんですよ」

担任「そのカードでね」


女「わたしが、あいつのために?」

担任「ええ。そうすればキミは好きでもない男と結ばれる確率を減らせますし。
   彼は彼で甘い蜜を吸うことができる」

女「……先生はいったいなにを考えてるんですか?」

担任「ぼくは小説家になりたいんですよ」

女「はい?」

担任「おっと、このことは話す必要はないですね」





女「いや、メチャクチャ気になるんですけど……」


担任「ああそうそう、前回ひとつだけあえて言わなかったことがあるんですよ。そのカードに関してね」

担任「そのカード、実はある人間には効果が発揮されないんです」

担任「ヒントは『経験』」

担任「それじゃあ、ぼくはこれで」


女「ちょ、ちょっとまって……」

担任「待ちませんよ。それに六限の授業がもう始まってますよ」

女「あっ……」

女「…………」


女(こうしてわたしは、好きじゃない男と結ばれないために、あいつのハーレムを作ることになった……なんだこの展開)





つづく





今日も強制的にさいかい









女「もしもし、お兄ちゃん?」

兄『めっずらしいなあ。いつも用があってもラインでしか連絡よこさないのに』

女「ちょっとお兄ちゃんに相談したいことがあって。
  ラインだとかえってめんどくさそうだったから」

兄『ふむふむ。まあ世界で一番頼りになるお兄ちゃんがお前の悩みに答えてやろう』

女「お兄ちゃんっていわゆるオタクさんじゃん?」

兄『今さらだなあ。お前が生まれるときにはもうお兄ちゃんオタクだったぜ?
  ていうかなんでお前はオレのオタク魂を受け継いでいないんだよ』

女「知らないし今はそんなことはどうでもいいの」

兄『へいへい、で、まじめな話どうしたんだよ?
  お前が電話かけてくるなんて、ちょっとだけお兄ちゃん心配しちゃうぞ』

女「あ、いや、べつにそんなシリアスな相談でもないから大丈夫」






兄『そうなのか。だったらいいけど』

女「聞きたいことって、その……オタクの人がどういう女の子が好きなのかってことなんだよね」

兄『は?』

女「だから、オタクの人はどういう女子を彼女にしたいのかなって」

兄『あのな。まずオタクでひとくくりにするなよ』

女「いやあ、一番わかりやすいかなあと思って」

兄『つか、なんでそんなこと聞くんだよ?』

女「……特に理由はないけど」

兄『お前がどうでもいい質問のためにオレに電話してくるとは思えないんだが。お前まさか……』

女「なに?」

兄『お前まさかオタクが好きになったのか?  ついに恋の味を知ってしまったのか!?』







女「恋の味ってなんだよ、気持ちわるいなあ」

兄『言え。お前が惚れたオタクはいったいどんなヤツなんだ?』

女「だーかーら、ちがうって!  わたしは絶対にお兄ちゃんみたいなオタクの人とは付き合わないから!」

兄『最近は巷じゃあ、女子の中でオタク男子が人気なの知らないのかよ』

女「どこ情報?」

兄『ネット』

女「はあ……お兄ちゃん。B’zの『おでかけしましょ』の歌詞の内容を思い出してごらん」

兄『B’zのよさを教えたのはこのオレだし、お前をシスターからブラザーにしたのもオレなんだぞ。
  それぐらいはわかるわい』






女「はいはい。で、お兄ちゃんは人気なわけ?」

兄『ぼちぼちでんなあ』

女「うそつけ。ていうか話が進まないじゃん」

兄『なんの話してたっけ。そうだ。お前、 マジでオタクに惚れたのか?』

女「……えっと、わたしじゃない。わたしの友達」

兄『友達?  お前の友達がオタクに惚れたのか?』

女「うん。友達もその惚れられた男子も同じクラスメイトなんだけどね」

兄『さっきからオタクの好みとか言ってるけど、そのオタクはどんな感じのヤツなのよ?』

女「なんていうか、すっごく大人しくて……うーん、それぐらいしかよくわかんない」

兄『全然わかってねえじゃん』






女「あとしゃべるときにおそろしいぐらいどもる」

兄『…………。
  なんか聞いてると典型的なオタクみたいな感じだな』

女「そうそう、そんな感じ。まあ悪い人ではないんだけどね」

兄『兄ちゃんよりイケメンなの?』

女「お兄ちゃんの方がまだイケメン」

兄『ふーん。なんでその友達はそのオタクに惚れたの?』

女「知らない。じゃあこうしよう、一般的なオタクの人はどんな女の子が好きなの?」

兄『えるたそみたいな女の子かな』

女「わかんないし。アニメキャラなんだろうけど、たとえるなら芸能人にして」

兄『中森明菜みたいな……ごめん超適当なこと言った。そうだなあ、清楚な感じの女の子かな』





女「出た、清楚だって。なんなの清楚って」

兄『清楚は清楚だろ。まあもうちょっとわかりやすく言うなら、おとなしくて純朴でかわいくて、性格もよくて……』

女「言ってろバカ兄」

兄『オレたちのわかりやすい理想の女子を言ってるんだぜ。
  ていうか情報が少なすぎるだろ。アドバイスのしようがないぞ』

女「たしかに。うーん、あとはライトノベルが好きってことぐらいかな」

兄『おっ、なにげにそれは重要な情報じゃね? そいつなにが好きなの?』

女「なんだったかなあ。『涼宮ハヒル』とかだったかな?」

兄『お前、その間違いはアウトだ』

女「なにが?」

兄『……正しくは『ハルヒ』だからな。ふーん、もしかしたらそいつは趣味を読書とか言っちゃうタイプのヤツか』





女「うん、そう言ってたよ」

兄『だったら読書系女子とかが好みかもな』

女「ドクショケイジョシ? 本を読むのが好きな女ってこと?」

兄『そうそう。特におとなしくてメガネかけていて、そんでもって年齢に関係なく敬語使ってたら完璧だな』

女「そういうのが好きなのお兄ちゃんは?」

兄『いやオレは『哀川潤』さんみたいな人が好きだから。
  もしくは『狼と香辛料』の『ホロ』とかみたいなのでもいいな』

女「だからわからないっつーの」

兄『オレどっちかって言うとMだから、女の尻にしかれたい、ていうかひかれたいみたいな』

女「アホ」

兄『あ、でもアニメ版初期のルリルリみたいなのもいいな。『バカばっか』とか言われたい』

女「きるね」





兄『待て。お前に一番重要なことを言ってなかった』

女「一番重要なこと……なに?」

兄『最も重要な要素、それは一途であることだ』

女「ああ、それは言えてるかもね」

兄『そしてさらに大前提として『処女』であること』

女「……」

兄『初体験のときなんかには『わたし初めてだから優しくしてね』なんて……すでに経験のある女なんかじゃあ萎えるからな』

女「うっさいバカ」


ぶちっ





女「お兄ちゃんに相談したわたしがアホだった。って、今度はライン来てるし」



兄『お前が相談した内容だけど、本当にお前のことじゃないんだよな?』

兄『本当に困ってるならまた電話してこいよ』

兄『あと今年の夏休みも兄ちゃんの家にこいよ』

兄『やべー兄ちゃんイケメン(●´ω`●)ゞてへぺろ』



女「……」ポチポチ

女『ありがと』












女(昨日一晩考えた結果、ひとりだけ候補が浮かんだ)

女(ていうか、根本的な問題って実はこのカードにあるよなあ)

女(このカードはいったいなんなんだろ。実はこれ、とんでもないカードだよね)

女(それにあの先生。ふざけんなって感じ。なんであいつにこのカードを渡したのか)

女(そしてあいつもどうしてわたしなんかを選んだんだろ?)

女(とにかく行動しなきゃ)

女(絶対に……ぜっっったいにあいつの思い通りになんかさせない)










女(さてさて、毎度お馴染みのランチタイム)

男「……」

女「……」

ブス「ねえねえ、そのちっちゃいオムレツたべたーい」

女「……どうぞ」

ブス「うん、うまあい」

女「それ冷凍食品だけどね」


女(なんか豚が一匹混じってないかとか思った人。正解)











女(ブスジマミレイという名の養豚場から抜け出した豚が、わたしと彼のランチタイムに加わった)


ブス「ねえねえ、これ食べる?  ミレイ特性のおにぎりなんだけど?」

男「え、えっと……はい」

女「なんか妙にでかいけど、そのおにぎりの中身なんなの?」

ブス「おにぎり」

女「……どういうこと?」

ブス「おにぎりの中にすごくちっちゃいおにぎりが入ってるのお。ミレイ特性のマトショリカおにぎり」

女(それって結局大きいのと小さいのが一体化するから意味ないじゃん)







ブス「はい、あーん」

男「ほ、ほえええぇ!?」

女「ちょ、ちょっとなにやろうとしてんのミレイちゃん!?」



女(ブスにこんなふうに質問してるけど、なにをしようとしてるかは見りゃわかる)

女(このオタク男に『あーん』とマトショリカおにぎりを食べさせる気なのだ)

女(ちなみに今の質問はからだが勝手に動き出しただけで、正直勝手にやってろと思ってる)



ブス「悪いことしてないじゃん。ただおにぎりを食べさせようとしただけだしー。文句あるわけ?」

女「べ、べつにないけど……」

ブス「だいたいあなたの彼に対する愛って本物なのかしらね?」

女「なっ……あ、愛って……べつにこの人とはそういう関係じゃないって……」

ブス「ふーん。まあそうよね。
   あなたはミレイみたいにお弁当を作ってきたりもしてないしねー」

女「きょ、今日は時間がなくて……明日は必ず作ってくるよ!」

男「え……」






女「うん。明日こそ絶対に作ってくるから」

ブス「はあ?  なんであなた、彼のことなんでもないとか言いながらお弁当作ろうとか言ってるわけ?」

女「そ、それは……それとこれはべつなの!」

ブス「はあ?」

男「はわわわわわわ」



女(せっかくお弁当の件をスルーできそうだったのに、蒸し返された……)

女(その後似たようなやりとりをお昼休みが終わるまで、わたしとブスは繰り返した)









女(うちの図書室ってボロいよなあ……っと、例の人はどこかな?)

女(いない。困ったな、名前を確認したいのに)

女(図書委員だから図書室に必ずいるだろというのは考え足らずだったかも)



 「ぅん……ぅー」


女(ちっちゃい女の子だ。一年生かな?  本をとろうとしてるけど手が届かない、ってとこかな)

 「むぅ……」

女「本取ろうとしてるんでしょ。どれをとろうとしてるの?」

 「あ、すみません。その本棚の一番上の『クビキリサイクル』って本……そう、それです」

女「これね。はい、どうぞ」








 「ありがとうございます。この図書室って踏み台とかないから、毎回図書委員の人に本をとってもらうんですよね」

女「わたしは図書委員じゃないけどね」

 「あ、そうなんですか? ほんとにありがとうございます。どうしてもこの本が読みたくて……」

女「アニメみたいな絵が表紙に書かれてるけど、それってライトノベル?」

 「はい、そうなんです。わたしオタクさんなんです」

女「へー」

女(こんなカワイイ女の子にもオタクっているんだ)

 「えっと……たぶん先輩、ですよね?」

女「わたしは二年だけど」

 「わたし一年です」






女「じゃあ後輩だね。あ、今の話だと図書室によく来てるみたいだけど」

後輩「わりと来てますけど、まだ入学してからそんなにたってないので言うほどここには来てないですよ」

女「そっか。じゃあここの図書委員の人のことは知らないよね?、」

後輩「誰かお探しなんですか?  図書委員の先輩で仲いい人なら少しいますけど」

女「ほんと?  背丈はわたしと同じぐらいで、かなりかわいくて……」

後輩「あ、『図書室の華』ですね?」

女「え?」

後輩「あ、わたしが勝手にそうやって二つ名をつけてるだけなんですけど」

女(なんとなくうちのお兄ちゃんが好きそうだな、この子)

後輩「たぶんですけど、その先輩ならわかりますよ。今日もそのうち来るんじゃないですかね?」

女「そっか、今日もその人来てくれるんだね」






後輩「あの人三年生だから、いつも図書室で勉強してるんですよ」

女「なるへそ。言われてみると図書室って勉強してる人ばっかだね」

後輩「先輩は図書室で勉強しないんですか?」

女「わたしは勉強するときは、空いている教室使うから。もしくは家でやっちゃうし」

後輩「さては先輩、マジメですね」

女「まあ、校則破って先生に怒られるとかそういうのは今んとこないかな」

後輩「華さんもまじめな人ですよ」

女「ハナさん?」

後輩「先輩が探してる図書委員の人です。『図書室の華』、略して華さんです」

女「はあ……でも、それって本名ではないでしょう?」

後輩「はい、本名は……」



女(……こうしてわたしは予定した形とはちがう形で図書室の華さんの名前を知った)

女(これでカードに名前を書くことはできる。でも……)










女(オタクの後輩とわかれて十分後、図書室に図書委員の先輩がやってきた)

女「こんにちは、先輩」

本娘「あ、この前の……」

女「はい。先輩に本を選んでもらったものです。この前の本、とっても面白かったです」

本娘「それはよかったです。よかったら続きがありますのでそちらも借りていきますか?」

女「そうですね、せっかくだしそうしようかな」

本娘「図書室にはよく来るんですか?」

女「いえ、普段はあんまり。今日はどうしても先輩にお礼を言いたくて」






本娘「お礼?」

女「はい。こんな素敵な本を紹介してくれた先輩にお礼を言いたかったんです」

本娘「それは……ご丁寧に」

女「あと、わたし後輩ですので敬語を使わなくていいですよ」

本娘「あ、いえ。これはクセみたいなものなので、気にしないでください」

女(年齢に関係なく敬語を使う……この人だ。
  美人だしおとなしそうだし、メガネこそかけてないけど、イケる!)

本娘「どうかなさいました?」

女「いえ、すごく礼儀正しいんだなと思って。そうだ、よかったら先輩の名前を教えてもらってもいいですか?」

本娘「構いませんよ」



女(わたしたちは互いに名前を教えあった。あの女の子の言った名字は当たり前だけど、間違ってなかった)







女「かっこいい名字してますね。こんな名字があるなんて初めて知りました」

本娘「あなたも変わった名字してますよね」

女「そうですね。入学した当初は先生とかクラスメイトからよく名前を聞かれました」

本娘「漢字は『弓』に『削除』の『削』であってますか?」

女「ええ。よくわかりましたね。やっぱり本とか読んでるとこういう名前も出てくるんですか?」

本娘「いえ、これはある推理漫画であなたと同じ名字の人がたまたま出てきて、それで覚えたんです」

女「へえ。漫画も馬鹿にできないですね」

本娘「ええ」

女「っと、わたしもせっかく図書室に来たんで勉強してきますね。どうもありがとうございました」

本娘「いえ、またよかったらお話しましょう」

女「是非おねがいします」





女(さて、これで準備はできた。
  昼休みに聞いて、あいつが今日図書委員の当番であることはわかってるから、たぶんそのうち来るはず)

女(うまくいけばカードの効果をすぐに確かめることができるはず)

女(でも。このカードを使えば……)

女(いや、今になってためらってどうするのわたし!)

女「……」カキカキ

女『 シモテンマ フミ 』

女(……さあ、どうなる?)


男「……」


女(あいつが来た。ていうか猫背すぎる、もっとシャキッと歩けばいいのに)





男『ぁ、あ、こ、こんにちは』

本娘『こんにちは』



女(たぶん会話はこんな感じかな。図書室だから二人とも話し声が小さくて正確にはわからないけど)

女(……けど、困ったな。なんか見てるかぎりだと、ブスのときみたいな反応があるようには見えない)

女(図書館だし仕方ないのかな?)

女(そういえば今日お母さんから荷物の受け取りしろって言われてたな。今すぐ帰らないと受け取り時間に間に合わない)

女(このカードを使えば間違いなく効果が出る)

女(明日にでもあいつに先輩の反応を聞けば、それでわかるよね)









女(あー眠い……結局昨日は図書委員の人のことが気になって全然眠れなかったなあ)

女(しかもけっこう早起きしちゃったし……)

女(お母さんは夜勤でまだ帰ってないし、今日のお昼どうしよう)



『明日は必ず作ってくるよ』



女(そういえばあいつに、昨日お弁当作ってくるとか言ったな……)

女(誰が作るかっつーの)

女(いや、でもこれをうまく利用して……そう、たとえばすごくマズイ料理を作って二度とわたしが作ったお弁当なんか食べたくないっていうふうにさせれば)

女(しかも追い打ちかけるように『これからは毎日お弁当作るね』とか言ったら、わたしを避けるようになるかもしれない)

女「ふっふっふ、我ながら天才。よし、さっそくお弁当作りにとりかかろう」

女(せっかくだし夜ご飯の準備もしておこっかな)










女「……すごいうまい料理を作るより、すごいまずい料理を作るって難しい気がする」

女(そもそもまずい料理ってどんなのだろ?)

女(火の通しを甘くするとか、塩と砂糖を間違えるとかやろうと思えばできるだろうけど)

女(たとえば今煮てる肉じゃがに、わたしは鷹の爪を絶対に入れてるけど、これの量を尋常じゃないぐらい増やすとか)

女(もしくは全く煮ないで、ついでにじゃがいもの芽をとらないとか……それはさすがにシャレにならないか)

女(ていうかまずい料理をわざわざ作るって、お金を無駄にするのと同じなような……)

女「……お弁当を作るのはやめよ。今日も購買でいいや」

女(あいつの前なら、どうせわたしの口は勝手に言い訳を話し出すだろう)










女(それにしても眠いと足も重く感じるな。今日は部活もあるしダルイなあ)

女「おはようございまーす」

先生「はい、おはよー」

女(っと、スカート短くしてる連中がつかまってる……寝ぼけててもわたしはそこらへんぬかりないからね)



本娘「おはようございます」

女「わあぁ!?」

本娘「ご、ごめんなさい。そんなにビックリされるとは思ってませんでした」

女「あ、ああ……先輩ですか。
  こちらこそ大声出してすみません。ちょっとボーッとしてて」





本娘「お疲れですか?」

女「単なる寝不足ですから、大丈夫ですよ」

女(先輩の顔を直視できない。
  こんなイイ人そうな先輩をおとしいれるようなことをしてしまって……あ、そうだ)

女「そういえば、先輩。昨日なにか変わったことはありませんでしたか?」

本娘「変わったこと?

女「たとえば、思ってもないことが急に口から出ちゃったりとか。なかったですか?」

本娘「……」

女「……」




本娘「……ふふっ」

女「え?」

本娘「ごめんなさい、なんだか想像したら面白そうな状況だったもので」

女(いや、実際に体験したら笑えないぞ)

本娘「残念ですけど昨日はそんな不思議な体験はしてないですね」

女「……そうですか」

本娘「あ、よかったらお弁当いりませんか?」

女「お弁当?」

本娘「実は作りすぎちゃって。もしよかったらどうぞ」

女「え? いいんですか?」




本娘「ええ。本当はクラスの子にでもあげようと思ったんですけど、せっかくこうして出会ったわけですし」

女「じゃあすみません。お言葉に甘えて……」

本娘「いえいえ、気にしないでください。そんな大したものでもないので」

女(ウソでしょ。この先輩、いい人すぎるよ。今さら罪悪感が……)

本娘「大丈夫ですか?  顔色が悪くなった気がしますけど」

女「……すみません」

本娘「え?」

女(わたしってサイテーだ……)






つづく



イブだろうと強制的さいかい









女「じゃあお昼いこっか」

男「……うん」

女「そういえばミレイちゃんがいないけど、どっか行っちゃったの?」

男「きょ、今日は……な、なんか購買……で、げげ限定のパンが、あるんだって……」

女「月に一度のゴールデンチョコパンの販売の日だったかな、今日」

男「ご、ゴールデン……チョコパン?」

女「そういう限定のパンが月一で購買で販売されるの。それが今日だったんじゃないかな」

女(たぶん、ミレイはそれを買いにいったんだろうな、ちょうどいいや)

女「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

男「……?」







女「図書委員の先輩ですごい美人な人いるよね?」

男「ぇ……あ、うん……」

女「その人とお話したことある?」

男「わ、わりと……」

女「じゃあ昨日だけ様子がおかしかったとかそういうことはない?」

男「……たぶん。よ、よくわからないけど……ない」

女(どうなってる?  まさかこいつがウソをつくとは思えないし)

女(先輩も特になんともないって言ってた)

女(ま、まさか……ぎ、偽名!?)







男「ど、どうしたの?」

女「ううん、なんにも」



女(冷静になってわたし。そもそも偽名なわけないじゃん)

女(じゃあこれはいったい……)

女(カードの効果があったのはわたしとブス。効果がないのは先輩……わたしたちと先輩のちがいは……)



兄『大前提として『処女』であること』

担任『ヒントは経験』



女(そういうこと?  わたしには……そういう経験はない。そしてブスにもそんな経験なんてあるわけがない)

女(先輩は美人だし、図書委員だし……お、『オトナ』だったとしても、お、おかしくない……かも)





兄「……か、顔……ぁ、あああ赤いよ? だ、だだ大丈夫?」

女「あ、うん……ちょっとのぼせそうになっただけ」


女(まだ確定したわけじゃない。
  でもわたしたちと先輩のちがいって言ったらあとは年齢ぐらいしかない)


女「……まあいいや、とりあえずお昼食べよっか?」

男「ぅ、うん……」


女(さてと、先輩からもらったお弁当を食べようかな……うん?)


男「……」

女「ん?  どうしたの?」

男「え? あ、い、いいいや、そそ、そそその……」


女(……お弁当のことね)






女(すっかり先輩のことで頭いっぱいになってたけど、なにげにこっちも重要だったな)

女(まあ結局わたしはお弁当なんて作ってないし、今もってるものは先輩がくれたもの。ざーんねんでした)


女「あ、あのね……このお弁当作ってきたんだ」


女(わ、わたしってばなんで先輩からもらったお弁当をこいつに……)


女「そ、そのうまく作れたか自信ないし、もしかしたら口に合わないかもしれないけど」

男「……ほ、ほ、ほんとにつ、つくってきて……くれたんだね」


女(ちがう。このお弁当はわたしが作ったんじゃない)


男「……」

女「どうしたの?  そんな穴が開くほどみつめちゃって。なにか変?」


女(先輩のお弁当、すごい丁寧に作ってある。
  彩もきれいだし人造バランでしっかりおかずが区切られてる……変なとこはどこにもない)





男「ぁ……そ、その…………す、すすすごくお、おいしそうだなって……ほ、ほんとに、い、いただいて……いいの?」

女「当たり前だよ。むしろ食べてくれなかったら怒るからね」

男「は、はい……い、いただきます」

女「どうぞー」

女(どうぞ、じゃないし!  なんか人の手柄を自分のものにしたみたいで気分悪いなあ)

女(しかも、手柄にしたところで嬉しくないっていう)

男「あ、あの……」

女「んー? なに?」







男「じ、自分の分は?」

女「……ホンマやん」

男「い……いっしょ……いっしょに、た、たべ……食べましぇんか?」

女「ごめんね。わたしったら自分の分作り忘れちゃって。お言葉に甘えさせてもらうね」

男「ぃ、いえ……」



女(先輩からお弁当を受け取ったせいでこんなことに……!)

女(っていうのはさすがに責任転嫁だけどそれでも恨みます、先輩)










女「先輩、お待たせしました」

本娘「わざわざ呼び出してすみません」

女「いえ、わたしも先輩に会いに行こうと思ってたのでちょうどよかったです」

本娘「そうですか」

女「お昼の礼がいいたくて。あ、もちろんお弁当箱は洗って返します」

本娘「実はわたしがあなたを呼び出したのは、そのお弁当箱を返してもらおうと思ったんですけど。
   それじゃあお願いしてもいいですか?」

女「はい、全然オッケーです。あと実は一つ聞きたいことがあって」

本娘「はあ、なんですか?」

女「先輩って彼氏とかいたことってありますか?」

本娘「へ……な、なんでそんなこと聞くんですか……!?」





女(先輩は持っていた本で顔を隠してしまった。って、『金田一少年の事件簿』じゃん)


本娘「ひ、ひみつです」

女「じゃ、じゃあそのエッチをしたかだけでも……」


女(そのあと、先輩にわたしは少々怒られた)

女(先輩が本当に経験があるかどうかはわからないけど、あってもおかしくないという結論にわたしは至った)


女「……すみませんでした」

本娘「いいですけどね。ただ場所を考えてくださいね、そういう話をするときは」

女「はい、気をつけます。今度体育館裏で話しましょう」

本娘「本当に反省してますか?」

女「そりゃあもちろん、ええ」






本娘「そのわりにさっきから視線がわたしの本の方に行ってる気が……漫画、興味あるんですか?」

女「そんなに詳しくないんですけど、ちっちゃいころはアニメとかで見てたんで」

本娘「じゃあ貸してあげましょうか?」

女(前借りた『天使の梯子』が読めてないし、この漫画、一七巻って超中途半端じゃん)

女(まあ漫画だし、いっか)

女「せっかくなんでお借りします」


「おい」


女(うわ、なんだこの見るからに怖そうな女は?  目つきワルっ!  こりゃあ間違いなく不良だ)






不良「あ?  なにジロジロみてんだよ?」

女「す、すみません……!」

女(ちょっと顔見ただけじゃん……なにこの人?)

本娘「すみません。少し外してもらってもいいですか?」

女「あ、はい……」

本娘「また今度図書室に来てください」

女「は、はい……」


女(このヤンキー女と先輩は知り合いなのかな……先輩、脅されてたりしないよね?)









女「あ~びっくりしたー」

女(この学校にあんなコワイ人がいるなんて……あの人は先輩だったのかな?)

担任「これはこれは。お帰りですか?」

女(出た……わたしの宿敵)

女「そーですけど」

担任「おや、今回キミがもってる本は……『金田一少年の事件簿』ですか。
   しかもその巻は『仏蘭西銀貨殺人』の話ですね。なかなか面白い話ですよ」

女「ネタバレしないでくださいね。まだ読んでないんで」

担任「そんな無粋なことはしませんよ。で、順調ですか?」

女「……なんの話ですか?」

担任「決まってるでしょ。キミの幼馴染のためのハーレム作りですよ」






女「ええ、おかげさまで大変順調ですね」

担任「へえ、それはすごいですねえ。ならキミがヒロイン候補から脱落するのも時間の問題ってとこですか?」

女「もちろん」

女(なんでわたし、見栄張ってんだろ……)

担任「そうそうそれから委員長の……名前なんでしたっけ?」

女「自分のクラスの生徒の名前、覚えてないんですか?」

担任「いやあ、正直あんまり生徒には興味ないんですよ。
   おかげで名前とかっていつまでたっても覚えられないんですよね」

女「……委員長がどうかしたんですか?」

担任「大したことではありませんよ。ただ、キミを探していたようでした」

女「わかりました、ありがとうございます」









兄『それはいわゆる清楚系ビッチだな』

女「またわけのわからない単語を……」

兄『一見、男を知らないといった風貌なのに実際には男を食い物にする魔性の女、それが『清楚系ビッチ』だ』

女「なんか矛盾が発生してるような……」

兄『まあ、とは言っても普通に彼氏がいたりするだけなんだろ?』

女「たぶん」

女(そもそも本人とはそういう類の話をしてない。
  ただカードの効果が効いてないっぽいってだけだから、ホントのところはなにもわかってないんだよね)

兄『ていうかその図書委員の先輩よりも、オレは例の男のほうが気になるぜ』

女「なんで?」





兄『だってお前のクラスメイトの女の子はお昼を一緒に食べるどころか、その男にお弁当を作るまでになってるんでしょ?』

女「そうだよ」

兄『イマイチお前はピンと来てないみたいだけど、好きな男子にお弁当を作って持っていくって告白よりすごいと思うぞ』

女「告白よりすごい!?」

兄『お前高校でカップル見たことあるか?』

女「あるよ。クラスでもいるし」

兄『じゃあ彼女のほうがお弁当をもってきてる光景を見たことある?』

女「わかんないけど、見たこと……ないかな」





兄『ていうかお前、人のことばかり話してるけど自分はどうなんだ?』

女「……わたしはべつにいいの」

兄『出た。自分棚上げ』

女「棚上げなんかしてない」

女(そう、棚上げなんかしてない。これはわたし自身の問題なんだから)

兄『恋愛について難しく考えすぎなんじゃね?』

女「誰が?」

兄『お前しかいないだろ』

女「……」

兄『恋愛なんて適当に考えりゃいいんじゃね?
   どうせ付きあったところでたいていのカップルはわかれるんだぜ』







兄『かもな。でもさ、マジであんまり悩みすぎるなよ』

女「……」

兄『あと、父さんがお前に会いたがってるんだけどさ……』

女「その話はしないで。わたし、お父さんに会うつもりはないから」

兄『ば、バッサリだな』

女「…………長電話しちゃってごめん。宿題やるから電話きるね」

兄『おう、おやすみ』

女(お兄ちゃんとの電話を終えると、今度はお兄ちゃんの言うところの清楚系ビッチの先輩からメールがきた)





本娘『お弁当箱忘れないでくださいね』

女『はーい(^○^)』

本娘『話は変わるんですけど、例の後輩があなたに会いたいって行ってましたよ』

女『彼女も図書室によくいたりしますか?』

後輩『はい。オタッキーな子ですけどいい子なんでよかったら構ってあげてください』

女(オタクねえ……)










女(状況は悪化した。あいつのハーレムメンツは今んところ、わたしとミレイだけ)

女(なのにお兄ちゃんの言い分では、わたしとアイツの『親密度』はあがっている)

女(このままだとくっつくのも時間の問題、マジで恋する五秒前)



兄『恋愛なんて適当に考えりゃいいんじゃね?』



女(そうだよ。べつにあいつと誰かが付き合おうが、イヤになったらわかれるだろうし)

女(みんなとっかえひっかえしてる。お父さんとお母さんだって……)


女「やってやるんだから……」

女「わたしがアイツのハーレムを作って、わたしとアイツがくっつく未来を回避する!」










女(アイツのハーレム加入メンバーの次の候補はもう決まった)

女(……てか、最近わたし図書室にかなりの割合でいるなあ)

女(ここにいれば例の女の子に会えるって先輩に言われたけど、いつになったら現れることやら)

女(宿題はもうやっちゃったし、借りた本は家に置いてきちゃったしなあ)

女(ヒマだわ)



男「……」



女(やることがないからアイツを眺めるぐらいしか暇つぶしの手段がない)

女(それにしても、意外とアイツは図書委員の仕事をやってるときはそんなにオドオドしてないし、けっこうしっかりしてる……気がする)

女(相変わらず猫背だけど)

女(……ん?  なんだろ、誰かの視線を感じたような……)






女「あっ……いた」

女(わたしの今回のターゲット)


後輩「ぅう~、またまた本棚に手が届かない……」


女「とってあげましょうか?」

後輩「わおっ! 先輩じゃないですか。こんなにも早く再開できるなんてわたし、感激です!」

女「ちょっと声が大きいかな」

後輩「感動のあまりここが図書館だってこと忘れてました」

女「そんなに感動されちゃうとわたしも照れちゃうな。そういえばまだ名前聞いてなかったね」

後輩「これはわたしとしたことが失礼しました。わたしの名前は――」










後輩「というわけでわたしは今うたプリにハマってるんですよ」

女「へえ。乙女ゲーねえ。あんまりそういうのよくわかんないから勉強になるね」

後輩「ちなみにわたしの推しはレン様なんです。もうホントにステキなんですよ」

女「なんかさっきから聞いてるとアニメとかの話ばっかだけど、この『歌プリ』ってアイドルものなんでしょ?」

後輩「はい、そーですよ」

女「沢田研二とか嵐とかには興味ないの?」

後輩「三次元には今のところ興味ないんです、わたし」





女「三次元には興味がない……それほんと?」

後輩「はい。二次元の中ではいろんなものに浮気してきましたけど、まだ三次元には恋すらしたことはないですね」

女「ほほう、それはすばらしい」

後輩「いやあ、それほどでも」

女(わたしのお兄ちゃんと同じ匂いがする……この子、イケる!)

女(おそらくアイツと趣味も合うはず。ライトノベルも読んでたし、今回は成功する)

女「ちょっと待っててもらっていい?」

後輩「どうしたんですか?」

女「カワイイ後輩の名前を忘れないようにメモしにようと思って」


女(ごめんね。でも、もしかしたら三次元の魅力に気づくかもしれないから……)









女(よし、名前はきちんと書けた。あとは反応を見てカードの効果をたしかめるだけ)

女「待たせちゃったね」

後輩「いえいえ、でも名前だったらケータイとかに打てばよかったと思いますよ」

女「あはは、浮かばなかったなあ。さては頭良いね?」

後輩「えへへ、実のところけっこう成績はいいほうなんですよ」

女「そうだ、本借りるんでしょ? わたしも借りたい本あるから一緒に手続きしに行こ」

後輩「了解です」

男「や、やあ……」

女「本を借りに来ました」






男「……はい」

女「それとキミにね。紹介したい女の子がいるの」


女(うん、普通に問題なく話せてる)


男「しょ、しょしょ紹介した、い……お、女の子……?」

女「たぶん趣味が似てるし、気が合うんじゃないかな。ジャジャン! この子です」

後輩「はじめまして!  こんにちは!」

男「ぁ……え、ええっと…………」

後輩「趣味が合うって先輩が言ってましたけど、そうなんですか?
  アニメ好きなんですか? ラノベ好きなんですか?」

男「あ、う……うんっ…………」





後輩「じゃあなにが好きなんですか?」

男「あっ、あ、あの……ぉ、落ち着いて……」

後輩「……また図書館であることを忘れてました。わたしったらダメですね、ついテンションあがっちゃって」


女(どうやらうまくいったかな)

女(でもわたしと接しているときと、あんまり変わってない気がするしこれだけだと判断できないな)

女(まあ帰りにでも本人に状態を聞けばすぐわかるから今は眺めて……)

女(うん? ……まただ。また誰かに見られてたような、気のせいかな?)

女(……わたしのこと見てる人なんて、いるわけないか)









女(さて、現在帰宅中。もちろんひとりじゃない)


後輩「先輩、さっきのわたしを見てどう思いました?」

女「どう思いましたって、どういうこと?」

後輩「いえ、信じてもらえないかもしれないんですけど、なんだかいつも以上に妙に舌が回ったんですよね」

女「へえー」

後輩「しかも言葉が止まりませんでしたし、思ってもないようなことまで言ってた気がします」

女「そんなまさかー」

後輩「わたしもそんなことはないと思うんですけどね」


女(どうやら完全にカードの効果は出てるみたいだね。よかった)





女「あの人についてはどう思った?」

後輩「ああ、まあわりとオタクさんだなって。わたしよりはまだまだレベルは低いですけどね」

女「ほかにはなんか感想ない?」

後輩「ほかにですか?
   あとは見た目で一発でオタクってわかるとか、それからよくどもってましたね」

女「ああいう男の人見てどう思う?」

後輩「うーん、わりとああいう人たちと接する機会があるんで特になんとも思わないですね」

女「そっか」

後輩「あの先輩はよくどもってましたけど、人によっては趣味の話になるとすごい早口になったりするんですよ。
   なにを話しるのか全然聞き取れなかったりするんです」

女「どんな感じか想像つくね」







後輩「だからまだ先輩はマシな方でしたよ。それよりもですよ」

女「うん?」

後輩「今、自分が思ってないことを口走りまくってたって言ったじゃないですか?」

女「言ったね」

後輩「これってひょっとしたら幽霊とかだったり、謎のミエナイチカラが働いてたりしてる可能性ないですかね?」

女「……さあ?」

後輩「実はあの先輩がすごい不思議なチカラを持ってたりして、わたしを操っているとかだったら面白そうじゃないですか?」

女「もし本当にそうだとしたら、わたしはどっちかって言うとコワいかな」

後輩「ええーそうですかー?」

女(ほんとに変な子だな。でも悲壮感たっぷりになったりとかそういうのじゃなくてよかった)


女(とりあえず、新たなハーレムメンバーがひとり加わった)












女(今思えば、わたしはハーレム作りになんか頭を使っている場合ではなかった)

女(もしわたしがこの時点で気づいていれば、この物語はそう時間をかけないであっさりと終わることができたのかもしれない)

女(それに委員長やほかの人も巻き込まずにすんだかもしれない)









縺輔>縺九>









後輩「先輩、よかったらこのタコさんウインナー食べませんか?  ほら、あーん」

男「ふえぇえぇえぇ!?」

後輩「ビックリしすぎですよ先輩。ただのあーんですよ?」

男「ぃ、い、いやいや!  あ、ああんっは……そ、その……や、やばいよぉ!」

後輩「あはは、先輩ったら動揺しすぎですってば」



ブス「ねえ、あの女子誰よ?」

女「最近知り合ったわたしの後輩」

ブス「……なんかメチャクチャ仲よさげなんですけど」

女「そうかもね」







ブス「あんなポッと出の女が彼と仲良くしてるのを見て、なんとも思わないの?」

女「べ、べつに……わたしとあいつはただの幼馴染で、再開したのは今年に入ってからだし……」



女(はい出ました。もはや恒例の恥じらいながら幼馴染だから云々という否定)

女(カードの効果のせいでこうなってるとは言え、なんで毎回似たようなこと言っちゃうんだろ)

女(でもそっか。あのオタクちゃんがわたしと話した内容だって、全部本音とはかぎらないよね)

女(今だってあんなことしながら、心の中では毒づいてたりするかもしれないんだよね)



女(最初はふたりっきりのランチタイムが今では四人になった)

ブス「うぅームカつく。ミレイの将来のフィアンセをとるなんて」

女「なら彼女に文句言ってこれば?
  ミレイちゃんのほうが年上なんだし、ガツンと言ってきなよ」

ブス「いや、ほら、ミレイってば人見知りとかしちゃうタイプじゃん。だからちょっとそういうのは……」






女(この女も基本的には肝っ玉が小さい)

女(初めてしゃべったときも、わたしから話しかけてるし最初は全然口きいてくれなかったもんな)


女「……ミレイちゃんの愛って案外小さいのかもね」

ブス「な、なんですって?」

女「だって本当に好きだったら普通、割り込むべきでしょ?」

ブス「くっ……いいよ。言ってやろうじゃない。
   見てなさいよ。ミレイが先輩として、彼の将来の妻としてガツンと説教してやるんだから」

女「……」

女(最近気づいたけど、思ってもない言葉が出てくるとか急にわけのわからない行動をし始めるとか以外にも、カードの効果はあるみたい)

女(ときどき話そうとすることが口から出てこないことがある)

女(これもあのカードのせいなのかな)







ブス「あのぉ、ちょっといいですかねえ……?」

女(ガツンと説教してやるとか言ってたくせに腰引けてるし、両手をすり合わしてるしで全然迫力がない)

後輩「はあ……なんですか?  たしか先輩のお友達でしたよね?」

ブス「そ、そうでげす」

後輩「名前はブスさんでしたっけ?」

ブス「あぁ!?   今なんつった!?」


女(今度は豹変した)


ブス「ミレイの名前は、ブスジマミレイ。あなた後輩でしょ?
   しっかり先輩の名前ぐらい覚えなさいよ」

後輩「さっき先輩から紹介されただけなのに覚えられるわけないじゃないですか。だいたいなんの用なんですか?」

ブス「あーん、とかやってるからでしょ?
   その人はミレイのフィアンセなの。勝手にそういうことするのはやめてくんない?」

後輩「フィアンセ?  そうなんですか?」

男「え……そ、そのぉ……たぶん、ち、ちが……」







ブス「ああもう!  いちいち細かいことはどうでもいいのよ!  とにかく彼からはなれなさいよ!」

後輩「イヤです。わたしと先輩は好みの漫画についてお話中です、ジャマしないでください」

ブス「はあ?  あなたこそミレイのランチタイムをジャマしないでちょうだい」

後輩「ていうか自分の名前を一人称にしてる人ってイタすぎですし、ブスジマさんには似合ってませんし」

ブス「はあああぁ!?」

男「あ、ああぁ…………け、ケンカはあ、あんま……り、し、しないほうが……」

女「二人ともそれぐらいにしたら?  さっきからいろんな人がふたりのこと見てるよ」







後輩「だってこの人が、わたしの「あーん」をジャマしようとするから……」

ブス「それはミレイだけがやっていいことで、ただの後輩であるあなたがやっていいことではないでしょ!」

女「わかったわかった。じゃあこうしましょ?」

ブス「なんかいい案でもあんの?」

女「あいだをとってふたりの代わりにわたしが「あーん」する」


女(うわっ、なに言ってんだわたし。そしてふたりの目線がちょっと痛い)


ブス「はあ?  それ結局あなたが得してるだけじゃない!」

女「べ、べつに得はしてないでしょ」

後輩「さすがにわたしも先輩の提案には納得できないです」







男「あ、あああ、あの……」

女「……なに?」

男「……け、ケンカは…………やっ、やめま、せんか……?」



委員長「そうね。彼の言うとおり。そこらへんにしておいたら?」

女「委員長、いつの間に……」

委員長「少し前からいたよ。なんだか一触即発の雰囲気だったから見に来ちゃった」

後輩「あっ、先輩のクラスメイトさんですか?」

女「うん、うちの学級委員だよ」

委員長「っと、わたし先生に呼ばれてるからいくね」

女「うん、じゃあまたあとでね」

委員長「みんなケンカはしちゃダメだからね。彼も困ってるみたいだし」

男「……ぁ、はい」

女(注意だけすると委員長は行ってしまった)




後輩「ブスジマさん、どうもすみませんでした」

ブス「……べつに。ミレイも少し大人げなかったしお互い様ね」

男「ホッ……」

後輩「どうでもいいですけど、ブスジマさん声だけはメチャクチャかわいいですね」

ブス「え?  ほ、ほんと?」

女(たしかに言われてみると、ルックスのインパクトが強すぎて全然声のことなんて考えたことないけど)

女(なんかピカチュウみたいな声しててカワイイかも)

女(けど、どうでもいい)












女(今現在ハーレムメンバーは三人)

女(アイツのまわりの女子を増やして、わたしをあいつの彼女候補から引きずり落とす)

女(けどまだ全然人数が足りない。でもカードは残り……あのときのミスが痛かったな)

女(まあとりあえず今日は部活)

女(モヤモヤした気持ちはボールにぶつけちゃお)





男「あっ、きょ、今日はぶ、部活……ですか?」

女「うん。キミは帰りかな?」

男「あ、い、いや……と、図書室でべ、勉強……かな」

女「そっか。図書館大好きだね」

男「そ、そうかな……そうかも」

女(最近コイツのどもりが減ってる気がする。私の前でだけかもしれないけど)

女(もちろんそれはわたしにとってイイことじゃない)

女(部活終わったらなにか対策考えなきゃなあ)





男「じゃ、じゃあ……」

女「うん。バイバイ」


女(さてと、それじゃあ部活に……)

委員長「これから部活?」

女「ひゃっ!?
  ……な、なんで急に抱きついてくんの!?」

委員長「なんとなく。ここのところよくムズかしい顔してるしね」

女「そうかな?」

委員長「うん。ずっと数学の授業受けてるみたい」

女「それはかなり深刻かも」

委員長「基本的に成績優秀なのに数学だけはからっきしダメだもんね」





女「中三あたりから数学苦手になっちゃって……去年の期末も数学のせいで委員長に勝てなかったからね」

委員長「英語と現国はわたしのほうが負けてたけどね」

女「そういえばその紙はなんなの?」

委員長「これ?  年間行事予定表。掲示板に貼っといてって、さっき先生から渡されたの」

女「見せて見せて……前から思ってたけどなんかうちの学校って前期にイベントが固まってない?」

委員長「そう?」

女「春のオリエンテーションとか、球技大会、それに体育祭と水泳大会とかさ。
  逆に後期は文化祭と卒業式ぐらいしかないし」

委員長「三年の修学旅行も前期だね」


女(あの意味不明現象が起きた日はなんかイベントがあったり……しないか)

女(前日に委員会説明会があるけど、もちろんこんなのは関係あるわけがない)





委員長「ちょっと」

女「うん?  どしたの?」

委員長「またムズかしい顔してる。ほら、眉間にすごい力入ってるよ?」

女「いや、眉毛撫でられても……くすぐったいし」

委員長「でもこれで眉間のシワとれたよ」

女「自分じゃわかんないよ」

委員長「海外のドラマとか見てるとね、デート前の男の人とかは必ず眉毛を指で整えてたりするの」

女「へえ。眉毛で印象ってかなり変わるもんね」

委員長「というわけで、明日駅のそばのクレープ屋さんに寄ってかない?」

女「全然話つながってないけど、そうだね。食べに行こっか。あ、でも……」

委員長「どうしたの?
     ……ひょっとしてちょっと太った?」

女「いや、顔とかお腹とかじゃないんだけど最近太ももが……太くなった気がするんだよね」







委員長「じゃあ今日のテニスで明日取る分のカロリーを減らさないとね」

女「ちぇっ、委員長はムダにスラッとしてんだから」

女(ホント、委員長は気遣いができるし優しいし……委員長がアイツのこと好きになってくれたらなあ……って、それは絶対にダメ!)

委員長「ところでひとつ聞いていい?」

女「どうぞどうぞ」

委員長「アンタの悩みのタネはやっぱり彼?」

女「……」



女(今の一言でまた眉間のシワが深くなっただろうな……)









先輩「今日絶好調だったね」

女「はい、風がなくてフォアがすごくいい感じに打てました」

先輩「バックに打ったヤツもほとんど回り込んで打ち返してきたし、今日みたいな調子ならイイ線イケるかもね」

女「ありがとうございます。けど、おかげでだいぶ疲れちゃいました」

先輩「おつかれ。あそこの自販機でなんか買ってあげるね」

女「ほんとですか?  ありがとうございます」


女(モヤモヤした気持ちをテニスで発散できたし、今日はいい感じに眠れそうだな……あっ)

女(あそこにいるの、図書委員の先輩とアイツ)






男「 」

本娘「 」


女(……あとは知らない女子がひとりいる。三人で帰ってるのかな?)

女(図書委員メンバーで帰ってるってとこかな)

女(それにしてもわたしのカードとまったく関係ない人たちと帰ってるって……)

女(わたしが用意したハーレムメンバーに全く関係ない人とアイツがくっついたら、なんかすごい虚しい気持ちになりそう……)

女(まあそれならそれでいいんだけど)










女(今日中に先輩から借りた小説読んじゃおうと思ったけど、ダメだ)

女(やっぱり今日は疲れちゃったみたい)

女(漫画も借りてるのになあ。まあでも面白いし休日に消化しちゃえばいいかな)

女(……明日はどうしよう)

女(またハーレムメンバー増やす?  でも人選を間違えればカードをムダにするだけ)

女(それにアイツのハーレムメンツの中で、わたしはまだ候補から外れてないと考えて間違いない)

女(言い寄る女子を増やすってやり方は本当に正しいのかな。なんかもっとイイ方法が……そうだ!)

女(わたしの今のところの経験が正しかったらこの方法ならいけるはず! )

女(そうなると誰が適任かな……なんて考える必要はないね、この場合は)

女「ちょっと電話するには遅いけど、しょうがないね」



プルルル





後輩『はい、もしもし!』

女「もしもし。夜遅くにごめんね」

後輩『いえいえとんでもないですよ。
   まさかこんなに早く先輩からお電話をいただけるなんてカンシャカンゲキアメアラレです』

女(テンション高いなあ。鬱陶しがられるより全然いいけど。眠いしさっさと終わらせよ)

女「実は相談があってね、彼のことで……」

後輩『ど、どうしたんですか?  なにかヤバイことでもあったんですか?』

女「ううん、そうじゃないの。正確には相談っていうかお願い、なんだけど。明日の放課後は時間ある?」

後輩『はい、大丈夫ですよ。
   満喫に行く予定がありましたけどモチのロンで今この瞬間になくなっちゃいました』






女「あ、無理だったら言ってね」

後輩『いえ、先輩たちのためですからドンとこいです』

女「そっか、本当にありがとね」

後輩『それで、ご要件はなんですか?』

女「彼と一緒にどこかに遊びに行ってくれないかな?」

後輩『んん?  どういうことですか?』

女「彼っていつもオドオドしてるでしょ? それが幼馴染として心配でね」

後輩『ふむふむ』

女「友達も少ないし、あんまり外で友達と遊ぶってこともあんまりないと思うんだ。
  だからそういう経験を積んでほしくて」

後輩『そこでわたしの出番ってわけですね!  わかりましたよー!』





女「うん。カワイイ後輩と一緒にどこかに出かければ、少しは彼にも自信みたいなものがつくと思うんだ。
  おねがいできるかな?」

後輩『はい。むしろ喜んで行っちゃいます』


女(予想通り。今までのわたしは気づくとアイツと関わるようになっていて、ほぼそれを避けることができなかった)

女(だから彼女にアイツと接触するように仕向ければ、わたしの場合と同じで十中八九成功するってわけ)


後輩『あっ』

女「どうしたの?」

後輩『いえ、わたしそんな男の人とふたりっきりでどこかへ行くって経験がなくて……』

女「そっか。じゃあ駅の近くのクレープ屋さんにでも行ってきたら?
  あそこけっこうカップルとかも行くみたいだし」

後輩『おおっ。それはいいですね。
   はい、では先輩のアドバイス通り明日の放課後はそこに行ってまいりますね』

女「あの人のこと頼んだよ」

後輩『アイマム!』





女(それから少し話をしてわたしは電話を切った)

女(電話してる途中から、眠くてしかたがなかった)

女(思いついた勢いで電話しちゃったけど……今さら前言撤回と、もう一度あの子に電話したところでたぶんカードの効果にジャマされる)

女(……はずだから、罪悪感とかそういうのを中途半端に背負うのはやめよう)


女(ところどころ、わたしの言葉は意図したモノとちがうモノになっていた)

女(カードの効果のせいなんだろうけど、今回は特に支障はなさそうなので気にしなくて大丈夫でしょう)

女(おやすみ)










女『なにをそんなに悩んでるの?』

男『明日のハロウィンパーティーの仮装どうしようかなって考えてたんだ』

女『わたしは魔女の格好していくよ』

男『いいね、魔女。ぼくも魔女にしよっかな』

女『えー、へんだよそれ』

男『女の子が魔女の仮装するのはフツーでしょ?
  だから男のぼくが魔女やったら面白いと思ったんだけどなあ』

女『絶対におかしいよ』

男『みんなを驚かせたいのになあ。なんかないかなあ……』

女『なんでそんなに考えるの?  テキトーじゃダメなの?』






男『でもせっかく先生が授業の時間を使ってパーティーしてくれるんだよ?
  みんなが楽しまなきゃ先生悲しんじゃうよ』

女『なんか優しいね』

男『そうかな?』

女『先生のこととか考えないよ、ふつう』

男『とにかく明日、絶対にビックリさせてあげるからね!』

女『楽しみにしてるね』

男『そうだ、ひとつ聞きたいんだけどいい?』

女『なあに?』










女「んっ…………朝、か……?」

女(小学生のころのハロウィンパーティの夢か。懐かしいなあ)

女(たしか当日、アイツったら指に絆創膏貼りまくって登校してたなあ)

女(仮装、どんなのしたんだっけ?)

女(クラスで一番ウケがよかったんだよね。たしか……)



女「…………って、もうこんな時間!  お母さん起こさなきゃ」









女『ここはいったいどこ?』

男『目が覚めたかい?』

女『……えっと、ここは?』

男『場所なんてどうでもいいだろ。それよりキスしないかい?』

女『は?』

ブス『ええーミレイにもチューしてよー』

後輩『ずるいです、先輩方だけ』

女『いやいや、いったいなんの話をしてるわけ? ていうか意味わかんないし』

男『意味がわからないのか。
  なら、ためしにぼくが今からキスしようとしたらどうなるだろうね?』





女『普通に逃げるよ。わたしはべつにキミの彼女じゃないし』

男『よくわかってないみたいだね。たしかに普通の人間だったら逃げられるかもしれないよ』

女『わたしは普通の人間だよ』

男『忘れたの?  キミはカードの効果で行動を縛られてるんだよ』

女『……つまり?』

男『ぼくがキスをしようとして、はたしてキミは拒めるのかな?』

女『な、なにを言ってるの?  ていうかちょっとだんだん近づいてこないでよっ!』






男『ふふっ、つかまえた』

女『……!』


女(うそ……! からだが動かない……っ!)

女(な、なんで……カードの効果のせい!?)


後輩『ムダですよ、先輩』

ブス『そうそう。ミレイたちは彼のもので、彼には逆らえないんだから』

男『そういうことだよ。さあ、おとなしくぼくに唇を奪われるんだね』

女『いっ……イヤああああぁっ!』










女「……っ!」


女(……げ、げ、げ、現実じゃない、よね……)

女(ビックリしたああぁっ! まさかあんな夢を見るなんて)

女(ヨダレがノートに垂れてたりは……しないね)

女(授業中に寝るなんて、普段はあんまりないんだけどな……)

女(まあおかげで眠気が吹っ飛んだけど)

女(アイツが仮に積極的だったらああいうことが本当に起きる……?)

女(冗談じゃない!)

女(今の夢が現実にならないようにしなきゃね)








女「あいしぬけ~るぽいんとーがーひとつありゃいいのに~♪」

委員長「すごい上機嫌だけどどうしちゃったの?」

女「なんでだろうね。クレープ食べられるからかな?」

委員長「あそこのはそこそこ値がはるかわりにうまいもんね」

女「はやくいこーよ」


女(本当は気分は最悪だけど、なんかここでどんよりすると負けた気がするから)

女(……なににかって?  あの夢に決まってる)


委員長「そういえば彼はいないんだね」

女「彼?」





委員長「またまた。トボケなくていいってば。せっかくだから誘おうと思ったのに」

女「べつにトボけてなんかないし」

委員長「そう?」

女「どっかの後輩と遊びにでも行ったんじゃない?」

委員長「そうなの?」

女「うーん、よくわかんない。それより今はクレープクレープ」

委員長「はいはい」









女「うっまい!  うん、やっぱりクレープにはアイスが入ってなきゃね」

委員長「今回はなににしたの?」

女「マスカルポーネチーズとアイスのクレープにした。
  ちょっと高いけどね。せっかくだから写メしとけばよかったな」

委員長「チーズすきだね、ほんとに」

女「まあね」

女(今ごろアイツはどっかでデートしてるはずだし、今日はもうハラハラするようなことは起こ……)


後輩「あれ?  先輩じゃないですか?」



女(……るんかい!  ていうかなんでここにふたりがいるの!?)






男「ど、どうも……」

委員長「あら、こんにちは」

後輩「先輩方もここに来たんですか?」

女「え、あ、うん……」

女(彼女も明らかに戸惑ってる。わたし昨日なんて言ったんだっけ?)



後輩『いえ、わたしそんな男の人とふたりっきりでどこかへ行くって経験がなくて……』



女(って言われたから……)



女『そっか。じゃあ駅の近くのクレープ屋さんにでも行ってきたら?  あそこけっこうカップルとかも行くみたいだし』



女(……あのとき眠くて曖昧だったけど、これだ。この言葉はカードのせいで出たんだ)





女(そうだよ、なんで自分のことを棚上げしてたんだろ)

女(わたしだってカードの影響は受けるんだから……)


委員長「早く注文しないと迷惑になるから、とりあえず注文したら?」

後輩「そうですね。メニューは……うわあ、いっぱいありますね。先輩はどれにします?」

男「え、あ……ま、マスカルポーネ、チーズ……にしよっかな」

後輩「じゃあわたしも同じのにしちゃいます!」



委員長「おーい?  固まっちゃてるけど大丈夫?」

女「う、うん……」

委員長「食べ物はできてすぐに食べるのが一番なんだから、早く食べないともったいないと思うな。
    あ、これって恋愛にも当てはまるかも……とか言ってみたりしてね」

女「……」








後輩「じゃあわたしは道がちがうので失礼します」

委員長「うん、おつかれ」


女(偶然にもわたしたちは帰る方向が全員一致したため、ファミレスに寄ってから一緒に帰ることにした)

女(本当は『ふたりでどこかに行ってきなよ』っとクレープを食べ終えたときに言うつもりだったけど、その言葉は言えなかった)


後輩「ひとつ言っておきたいことがあります、先輩」

女「わ、わたし?」

後輩「はい、そうです」

女「なに?」




後輩「わたし、負けませんから。それじゃあみなさん、お疲れ様です」

女「……」

男「ば、バイバイ……」

女(宣戦布告、か。その言葉は本物なのかな)

委員長「いいの?」

女「へ?」

委員長「アレっていわゆる宣戦布告ってやつでしょ?」

女「わたしはべつに……」

委員長「ねえねえ」

男「は、はい!?
  ……な、なななんでしょうか?」





委員長「最近モテモテで、ウワサはわたしの耳にも入ってくるけど本命はひとりにしなきゃダメだよ?」

男「ほ、ほほほっ本命!?  ぼぼぼくはそそそそそのっ……」

委員長「勝手なことを言わせてもらうなら、わたしはこの子はオススメするけどね」

女「ちょっ……ちょっとなに言って……!」

委員長「時々とは言え自分でお弁当を作る子だし、それにふたりは幼馴染なんでしょ?  お似合いだと思うなあ」

男「へ!?  あ、あいや、そそそそっ、それは……!」

委員長「あくまでわたし個人の意見だから、参考ぐらいにとどめておいてね」

女(委員長はおせっかい焼きで優しい)

女(きっと見事に勘違いしてわたしとコイツをくっつけようとしてるんだろうけど)

女(勘弁してよ。なお、例のごとくわたしは弁解の言葉を口にすることはできなかった)







女(そして委員長ともわかれてふたりっきり)

女(適当な会話でわたしはお茶を濁した。なんとか核心につながるような会話にならないように、必死に頭をしぼって)


女(ところがどっこい)


男「じゃ、じゃあ……ぼくは……こ、ここで……」

女「うん」


女(彼が立ち止まるのに合わせて、わたしも足を止めようとしたらなぜか足がもつれて……でもわたしが転ぶことはなかった)


男「だ、だだ大丈夫……あっ、ああああぁ!?」

女「あっ……」


女(なんとかこの男が受け止めてくれてセーフ。いや、セーフじゃない!)

女(メチャクチャ顔が近いし!)






女「ご、ごめんなさい!  足がもつれちゃって……!」

男「ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼくのほうこそすみませんほんとにすみませんんんっ!」

女「……あ、ありがと」

女(けど、受け止めてくれなかったらこけてたのか、わたし……って、自分から親密になるようなことしてどうするの!?)

女「その……」

女(なんか適当な言葉で終わらせなきゃ)

女「そういえばもうすぐ球技大会があるね」

男「う、うん……」

女「お互いにがんばろうね」

男「……は、はい!」



女(ひとりで帰ってる途中、また視線を感じたけどあえてわたしは無視した)









女「お弁当箱返すの遅れてしまってすみません!  すっかり忘れてて」

本娘「いえいえ、こうしてきちんと返してくれたんですから大丈夫ですよ。
   むしろこちらこそ、忙しい放課後に無理に来てもらってすみません」

女「全然そんなことないですよ。むしろ先輩のほうが色々忙しいと思いますし。
  あ、お弁当とってもおいしかったです、ごちそうさまでした」

本娘「……そうですか」

女(なんだろ?  なんかガッカリしてるように見えるけど……って、そんなわけないか)

女「先輩、本もってますけどなに読んでるんですか?」

本娘「『名探偵コナン』……です」

女「へえ、コナンですか。ちょっと見せてもらってもいいですか?」

本娘「はい、どうぞ」






女「ここの図書室ってメジャーな漫画はけっこう置いてありますよね。
  金田一も読んでましたよね、先輩。推理漫画が好きなんですか?」

本娘「いえ、そういうわけではないです。わたし、コナンとか金田一は少女漫画感覚で読んでるんです」

女「少女漫画……?」

本娘「ヒロインとどうくっつくのかな、みたいな……」

女「なるほど。ちょっとわかるかも」

本娘「両方の漫画とも幼馴染がヒロインでしょ? わたし、幼馴染の恋人に憧れてるの」

女「…………そうなんですか?」

本娘「うん、とてもステキだと思う……って、ごめんなさい。
   図書委員のわたしが図書室で大きい声を出してちゃしめしがつきませんね」

女「まあ、そうですね。でもなんだか先輩の意外な一面を知ったような気がします」






 「あの……」

本娘「ごめんなさい。あなたもそういえばこの時間帯に来てって頼んでましたね」

女「……どなたですか?」

 「……」

本娘「わたしの後輩です。ちょっと人見知りで、あんまりしゃべらないんですけど」

女(これはお兄ちゃんが言ってた無口キャラってヤツ……?)





兄『無口キャラっていうのは、かなりの割合でオタクに人気なんだぜ』

女『なんで?』

兄『まあ、ロマンがあるからな』

女『あの、そういう文化に疎いわたしにもわかるように説明してくれる?』

兄『自分でググれよ。『綾波レイ』とか『長門ユキ』。
  あとは『ゼロ魔』の『タバサ』とか、『桐生萌郁』とかかな?』

女『とりあえずオタクさんは無口キャラが好きなの?』

兄『わりと高い確率でな。あっ、兄ちゃんはちがうぞ。オレは……』

女『切るね』





女(アイツもオタクだし、もしかしてこういう子が好みかも)

女(それに、色白で鼻筋も通っててカワイイ……)

女(それにしても先輩の周りにはカワイイ人がいっぱいいるなあ)

女(これがいわゆる類友ってヤツなのかな?)


無口「……」

本娘「あっ!」

女「……どうしました?」

本娘「その……職員室に来るように言われてたこと思い出して……ちょっと行ってきていいですか?」

女「あ、はい……わたしはべつに大丈夫ですよ」

本娘「ごめんなさい。あなたも、待っててもらっていいですか?」

無口「……はい」

本娘「じゃあなるべく早く戻ってくるので」






女(無口さんとふたりっきりになってしまった。いや、でも探りを入れるには都合いいかな)


女「……」

無口「……」

女(しゃべろうとしたけど、なんだろうこの人のフインキ。すごく話づらい)

女(ここだけ空気が重くなったみたい。いやいや、負けるなわたし!)


女「あ、あの……」

無口「……」

女「その、同じ学年ですよね?」

無口「……二年?」

女「はいそうです。先輩とは仲がいいんですか?」

無口「……べつに」





女「べつにって……じゃあ、今日はなんで図書室に?」

無口「あの人に呼ばれたから」

女「なんで呼ばれたんですか?」

無口「知らない」

女(この人、無口っていうか単純に愛想がないだけなんじゃ……気まずい)

女(ダメだ。こんな人相手にアイツがなびくとは思えない)

女(先輩の漫画、わたしが持ったままだし逃げちゃお)

女「わたし、先輩にこの漫画を返しに行くんで失礼しますね」

無口「……」

女(なにか一言ぐらい言えよ)









女「あんなに無愛想な人初めてだったな……」

担任「へえ、そうなんですか」

女「うわっ!  出たっ!」

担任「曲がり角からこんにちは。最近ホントによく出会いますね」

女「……」

担任「おや、今度は『コナン』ですか。
   それは……ああ、ボートを重しにするトリックとかの話が入ってた巻ですね」

女「あの、急いでるんですけど」

担任「まあまあ、待ってくださいよ。実は気になることがありましてね」

女「……なんですか?」

担任「ハーレムのメンバーは増えたのか、気になりましてね」

女「べつに。順調ですよ」





担任「本当に?  今のところメンバーのひとりは、ブスジマミレイさん。
   『パワポケ』でいう『荒井紀香』的なポジションの外れヒロイン」

女「外れヒロインって……失礼ですよ、先生」

担任「思ってもないことをいいますね」

女「……」

担任「で?  ほかには増えたんですか?」

女「ええ。前も言ったとおりです、順調そのものです」

担任「どうだか。実はハーレムのメンツはひとりぐらいしか増やせてないんじゃないですか?」

女「……!」

担任「図星みたいですね。困りますねえ、もうちょっと頑張ってもらわないと。危機感が足りないのかな?」

女「危機感は十分ありますよ」






担任「ではもっと煽ってあげましょうか、その危機感を」

女「どういうことですか?」

担任「ぼくは例のカードを残り六枚持っています。あとはあなたが持ってる分だけ」

女(わたしがもってるカードの枚数は……残り三枚)

担任「さて、このカード。キミがもってるカードと決定的なちがいがひとつあります」

女「決定的なちがい?」

担任「ええ、そうなんですよ。ほら、見てください」

女「……まだなにも書かれてない」

担任「そうです。このカードは上下に二つ枠があり、上に書かれた名前の人に下に書かれた名前の人が惚れるというものです」

女「わたしの全部のカードにはあらかじめアイツの名前が書かれてますね」






担任「そうです。では仮にですよ。このカードの上の枠にあなたの名前を書きます。
   そして下の枠には彼の名前を書く……そうするとどうなりますかね?」

女「……それは、アイツがわたしと同じようになるってことだから……」

担任「はい、ふたりはあっという間に結ばれしまうと思うんですよ」

女(う、ウソでしょ……?)

担任「言ってしまえば、ぼくはキミの命運を握ってると行ってもいい状態なんですよ」

女「ま、まさか、この場で書くつもりですか……?」

担任「いいえ、まだ書きませんよ。それでは面白くない。そうですね、期限を決めてしまいしょうか。
   決めた期限をすぎたら、ぼくはこのカードに名前を書きます」

女「……」

担任「ぼくはね、漫画にしろ小説にしろ短くまとまってるのがいいんですよ。ダラダラしてるのは嫌いなんです」

女「知りませんよ、そんなこと」






担任「七月一日。この日までにぼくを楽しませて満足させてください」

女「お、おっしゃってる意味がわかんないです! どういうことですか……!」

担任「コワイなあ。今にも掴みかかってきそうな感じですね」

女「当たり前です、こんなことが許されると思ってるんですか……!」

担任「誰かに言いますか?  そういうことをしようものなら、ぼくは迷わずこのカードに名前を書きますよ?」

女「…………わかりました」

担任「まだ期限は一ヶ月半あるんです。どうにかしようと思えばどうとでもできるでしょう?
   ようは今までやっていたことを、さらにハリきってやればいいんですよ」

女(そんな、あと一ヶ月半でなにができるっていうの!?  わたしとアイツが恋人になるぐらいしか予想できない!)





担任「ぼくを親のカタキみたいに睨むのはやめてくださいよ。悪いのはぼくだけじゃないんですし」

女(アイツ……)

担任「あ、しないとは思いますけど、間違っても彼を殺すとかそういうバカな選択肢はとらないでくださいね」

女「……するわけないでしょ、そんなこと」

担任「よかった、安心しましたよ。それではぼくはこれで」

女「待ってください……! なんで……なんでこんなことするんですか!? なにかわたしに恨みでもあるんですか?」

担任「断言します、そんなものは一切ありません」

女「じゃあなんで……」

担任「さあ? 自分で考えてみてください。では今度こそ失礼しますよ」



女(わたしはどうすればいいの……?)





つづく


強制的なさいかい








母「えらく今日は早いね、部活の朝練?」

女「ううん。今日は球技大会で、隣町まで行かなきゃならないから」

母「そういや言ってたね。ふあぁ~……」

女「お母さん、夜勤明けで疲れてるでしょ?  ゆっくり休んでね」

母「アンタを見送ったら寝るから大丈夫。
  それよりケガしないようにね。ここんとこ寝不足が続いてるっぽいし」

女「……そう?」

母「今もちょっと目、赤いよ」

女「今日はちょっと寝不足なだけだよ。それじゃいってきます」

母「いってらー」









委員長「男子の種目はドッジボールとバスケ。
    女子の種目はバトミントンとバレー。わたしはバレーで……」

女「わたしはバトミントンだよ」

委員長「バトミントンは全員ダブルスで団体戦だけど、誰とペア組んでるの?」

女「ミレイちゃん」

委員長「ブスジマさんと出るんだ。がんばってね」

女「……うん」

委員長「大丈夫?」

女「ん?  大丈夫って、べつになんともないよ?」

委員長「そう?  ここのところなんだか暗い気がするけど?」

女「そんなことないって」






委員長「ほんと?  今も少し目が充血してるよ?」

女「これは寝不足。昨日は夜更かししちゃったし、今日は早起きしなきゃならなかったし」

委員長「二年と三年は学校でやれなくて、わざわざ遠出しなきゃならないから少し面倒よね」

女「三年生の会場なら、もう少し近かったのになあ」

委員長「うちの学校って生徒の人数のわりに校舎が小さいものね」

女「しかもボロいしね……っと、ミレイちゃんからメールだ」



『ぇきヵゝら会場まτ〃σは〃UょヵゞゎヵゝωTょレヽヵゝらむヵゝぇレニきτヽ(`Д´)ノ』



女「ぎゃ、ギャル文字……読めない」

委員長「どれどれ?  うわ、これはなかなか。
    ……駅から会場の道までがわかんないから迎えに来てほしいんだって」






女「よく読めたね。わたしにはさっぱりだよ」

委員長「そう?  これぐらいなら雰囲気でわかるよ」

女「そんなに難しい道じゃないはずなのに……とりあえず、迎えに行ってくるね」

委員長「体調悪そうだし、わたしが代わりに行こうか?」

女「大丈夫だよ。それに委員長が来たらミレイちゃん、たぶん萎縮しちゃうから」

委員長「そうなの?」

女「うん。開会式までには戻って来れると思うから」

委員長「おっけい」









ブス「なんで球技大会なんてしなきゃならないかなあ」

女「いいじゃん。授業つぶれるし、運動できるし」

ブス「ええー。油浮くし、ミレイってば普段運動しないから筋肉痛になっちゃうからイヤー」

女(油のカタマリみたいな体型してるくせになに言ってんだか)

ブス「スポーツなんかじゃダーリンにミレイのいいところを見せられないし、かえりたーい」

女「まあまあそう言わずに、ね?
  それにミレイちゃんに帰られるとダブルスができなくなっちゃうし」

ブス「じゃあミレイの分までガンバってよね」

女「がんばります……」

女(これはひょっとすると、かなりがんばらなきゃいけないかもしれない……)





ブス「ていうか思いのほかあっさり早く着いちゃった。
   これならあなたに迎えに来てもらわなくてよかったかもね」

女「まあ、そんなに複雑な道のりではなかったね」

ブス「荷物とかってどこに置けばいいの?」

女「会場に入ると先生が案内してくれるよ。わたし、飲み物買いに行ってくるから先入っててくれる?」

ブス「……買ってあげようか?」

女「え?」

ブス「だから、お礼にドリンク買ってあげようかって。ミレイがおごるなんてかなりレアよ?」

女(この女がわたしにおごるとか言うなんて……でも後々めんどくさそうだし、遠慮しとこ)

女「べつに大したことしたわけでもないし、気持ちだけ受け取っておくね」

ブス「ふーん、あっそ」









女「自販機は……あったあった」

女(うわ、ここの自販機、普通のより全部五十円ずつ高い)

女(これならブスを迎えに行くときにでも、コンビニに寄っておくんだったな)

女「……?」

女(なんか誰かに見られてるような、というか人の気配がするような……)

女(なんとなくの思いつきで自販機の側面側を見てみると、ヤンキー座りした女子生徒がいた)

女(見つけた瞬間に、すごい目つきで睨まれた)

女「あ、どうも……」

女(って、この人って……)

不良「あ?  なにあたしのことジロジロ見てんだ?」





女「あっ……いや、なんだか見られているような気がしたんで……」

女(たしかこの人って……)




本娘『実はあなたにひとつ言っておこうと思って』

女『なんですか?』

本娘『いつか図書館で会ったちょっとガラの悪い女の子のこと覚えていますか?』

女『ええ、あのヤンキーみたいな人のことですよね?』

本娘『そうです』

女『うちの学校にもああいう人っているんですね。驚いちゃいました』

本娘『千人を軽く超えてますからね、うちの生徒人数』

女『そのヤンキーさんがどうかしたんですか?』

本娘『いえ……ただ、あなたのために言っておこうと思って。彼女とはあまり関わらないほうがいいです』

女『問題児とかなんですか?』

本娘『彼女の沽券にも関わることだからあまり詳しくは言えません。
   けれど、あなたにとってプラスになることはないと思うから』

女『そうなんですか……わかりました、気をつけます』





女(……みたいなやりとりを先週、コナンの漫画を返したときにしたんだよな)

女(具体的な理由は教えてもらわなかったけど)

女(でも変だな。たしかこの人って先輩と同じ学年のはずじゃあ……)



女「三年生ですよね、先輩って?」

不良「……あ?  だったらなんだ、文句あんのか?」

女「いえいえ!  全然文句なんかはないですよ!
  ただどうして三年生の方が二年の会場にいるのかと気になったんです」

女(急に立ち上がって迫られたので、わたしはめちゃくちゃ仰け反るはめに……この人背がでかいから迫力がすごい)

不良「……お前、どっかで見たことあるな?」






女「は、はい。以前に図書館で会ってます」

不良「ああ、お前アレか。シモテンマの後輩か」

女「はい、そうです」

不良「…………んだよ」

女「はい?」

不良「だから、会場を間違えたんだよ」

女「つまり三年生の会場と二年生の会場を間違えて、ここに来ちゃったってことですか?」

不良「……おう」

女(そう言ってそっぽを向く先輩。顔が赤く見えるのは気のせいかな?)





女「三年生の会場に行かなくていいんですか?」

不良「めんどくせえ。だいたい会場を間違えた時点でもう負けたようなもんだろ」

女(なにに負けたんだろ、この人)

不良「というわけで今日一日は、二年として過ごすことにしたんだよ」

女「でもジャージの色でわかっちゃいますよね、三年生だって」

不良「……マジじゃねえかよ。やらかしたわ、そこまで考えてなかった」

女(脱げば解決すると思うけど)

不良「おい」

女「は、はい……?」






不良「今お前、あたしのことバカにしたろ?」

女「ええっ!?  いやいや、全然してないですよ!?」

不良「あたしにはわかるんだよ、そういうのがな」

女(なにもわかってないじゃん!  ていうか女でもあんなに指をパキパキ鳴らせるんだ……)

女「あ、あの!  ジャージを脱げば、とりあえずは学年をごまかせると思います!」

不良「……たしかに」

女「それではわたし失礼しますさようなら!」

不良「おい、待ちやがれ!」

女(わたしは人生最速のスピードでその場から立ち去った)











女「ふぅ……なんとか勝ちを拾った」

委員長「お疲れ。すごいがんばってたね」

女「ミレイちゃんが全然動いてくれないんだもん。おかげですごい汗かいちゃった」

委員長「あはは、でもアンタがあんなにバトミントンがうまいなんて思わなかったな」

女「まあテニスに似てるとこあるしね。そういう委員長もバレーで大活躍だったんでしょ?」

委員長「大活躍かどうかは知らないけど、ここまでは順調に勝ってるね」

女「総合優勝も夢じゃないかもね」

委員長「まだまだこれからだけどね。
    けど男子も今のところ負けてないみたいだし、三位にまでは食い込める可能性が高いね」







女「次もがんばらなきゃね」

委員長「そうだ、男子で思い出したんだけどドッジボール見に行かない?」

女「ドッジ?」

委員長「彼、ドッジの方に出てるでしょ?」

女「……」

委員長「ほら、行こうよ」

女「……うん」





女(あの先生の宣告から一週間)

女(状況は全く変化していなかった)

女(アイツとわたしの中は進展こそはしていないけど、それでも少しずつ親しくなっている)

女(さらにハーレム候補は見つからない)

女(ほかのふたりをけしかけてもイマイチ効果があるかわからないし、たいてい自分も巻き込んでしまう)

女(最近ではアイツと付き合うときのことなんか考える始末)

女(はっきり言えば、アイツは悪い人ではない。人間性という点においては)

女(いや、それでもアイツはカードにわたしの名前を書いたのだから許せない)

女(好きとか嫌いとかは置いといて、そういう姑息なことをするのが許せない)

女(だいたい、五年近く会ってなかったわたしをどうして選んだのかもわかんないし)





委員長「内野の人全然いないね?」

女「……ほんとだね。わたしたちのクラスもあっちのクラスも内野がほとんどいないね」

委員長「あっ……またひとり当てられちゃった。あれ?  残ってるのって彼じゃない?」

女「……そうみたいだね。しかもひとりだけ」

委員長「彼、必死に逃げてるね」

女「男なんだから逃げてないでキャッチすればいいのに」

委員長「そういう言い方はよくないよ。
    それに、相手クラスの投げてる人、あの人ってドッジボールで全国大会行ったことある人よ」

女「ドッジに全国大会とかってあるの?」

委員長「もちろん。今やってるルールと大会の公式ルールじゃあ形もちがうしね」






女「へえ。たしかにボールの勢いがほかの人とはちがうね」

委員長「あれを取るのは至難の業だと思う」



男「ひっ……ひいいぃ!? うわあぁっ!」



委員長「な、なんか気の毒だね」

女「ほんとにね。情けなくて見てらんない」

委員長「……機嫌悪そうだけどどうしたの?」

女「べつに。ただ一回ぐらい顔面にボールぶつけられてもいいんじゃない、と思っただけ」


女(そうだよ。顔面にでも当たっちゃえばいい。ついでに鼻血でも出せばいい)





「アイツ、よけるたびに声出すなよな」

「キモイったらありゃしないよな」

「あのクラス確実に負けだろ」

「よりによって使えない小太りが残っちゃったからな」

「でも紙一重でなんとかよけてるよな。ある意味すげえわ」



男「ぬわあぁっ!?」



委員長「あんなふうに言わなくてもいいのに」

女「……」




委員長「彼だってキャッチできないかわりに一生懸命よけてるんだから」

女「……そうかな?  わたしもあの人たちと同じ意見だけど」

委員長「本当にどうしちゃったの?  彼とケンカでもしたの?」

女「……」

女(なんでこんなにイライラしちゃうんだろ。アイツが原因なのはわかるんだけど)

女(ていうかあの連中、アイツのことボロクソに言って……)

女(ううん、わたしもほとんど同じ意見)

女(本当に情けない。見てるだけでイライラしてくる)

女(だけど……)






委員長「どこ行くの!?」

女「下の階!  上からじゃあ声が届かないでしょ!」


女(気づいたときには、二階席から選手の人の待機ゾーンにいた)


女「おいっ!」

女(たぶん、試合中にこういうことをするのは禁止なんだと思う)

女(けどそんなことを言われても困る)

女(だってからだが勝手に動いてしまったんだもん)












女「おとこだろっっ!  しっかりしろよっ!!」






女(たぶんこの大声がいけなかったんだと思う)

女(今まさに投げようとした例の全国の人のボールはわたしの怒鳴り声のせいで、あさっての方向に飛んでいった)

女(あさっての方向っていうのは、正確に言うとわたしの顔に目がけて)

女(迫ってくるボールはすごい速いっていうのがわかった)

女(なのに妙にゆっくり見えた)

女(こんなの受け止められるわけがない)

女(そう思ったときには目をつぶっていた)


女「……っ!」




女「…………あれ?」

女(ボールが、来ない?)



「ま、まじかよ」

「あいつ……かばったのか」

「つうか、あのボール顔面に受けるってヤバくね?」



女(え……?)

女「あっ……」

男「……」

女(目を開いた先には、振り返ったアイツがいた)

女(顔を真っ赤にして鼻血を出して涙目になってる情けない顔のアイツが)

女「あ、あぁ……」

男「だ、だ……だい、じょうぶ?」

女(しかもわたしを庇うためにラインから豪快に飛び出ていた)

女(わたしはなぜか唐突に小学生のころのことを思い出した)










女『これで当てればわたしたちの勝ち……!』


女(休み時間にやっていたドッジボール)

女(相手は男子が残りふたり。そしてたまたま内野のわたしがボールを取った)

女(しかも絶好のチャンスだった。ひとりがよける際に尻餅をついてしまっていた)

女(しかもわたしとの距離はほとんどない)

女(一瞬だけ迷ったけど、わたしは思いっきり投げた)


女『あっ……』

女(ボールは当たった。尻餅をついたほうではなく、もうひとりの方へと)






男『が、顔面だからセーフだよね!?』


女(残ったもうひとりはアイツだった)


女(驚いたことにアイツは割って入ってきただけでなく、顔面で受け止めてしまったのだ)

女『えっと……なんで顔で受け止めたの?』

男『だって、こんな至近距離で当たったら絶対痛いし……ぐすっ……それに顔で受け止めたら、セーフ……うぅっ』

女(そのあとアイツは大号泣した)

女(至近距離で顔に当たったとはいえ、女のわたしのボールに当たったぐらいで泣きすぎだろ)

女(当時はそう思ったけど、今考えれば友達を庇ってそこまでできるっていうのはすごいことなのかもしれない)








女(その後。審判の人がわたしをかばったことを考慮して彼はセーフになった)

女(それがよかったのかもしれない。チームの士気はいっきにあがって見事に逆転した)



 「すげえぞ! あの状況から逆転したぞ!」

 「準決勝キター!!」

 「ていうかナイス顔面!」

 「いや、マジあの場面だけお前が異様にカッコよく見えたわ」

 「今日からお前のあだ名は顔面な!」

男「え? あ、うん……」





女(アイツはクラスの男子に囲まれて、もみくちゃにされていた)

女「……」

ブス「ちょっと、こんなとこにいたの?」

女「ミレイちゃん、どうしたの?」

ブス「どうしたのじゃないって。次の試合、呼ばれてるって」

女「あっ、うん、そうだね……」

ブス「早く行くわよ」

女「うん」





女(そしてわたしたちのバトミントンの試合はボロボロだった)

女(ブスはもともと動くつもりがないし動いたところで、ことごとくわたしと同じ直線ラインに立ったりするし)

女(そしてポイントの主導権になっていたわたしまでもがどうしてか、まったく動けなかった)

ブス「あちゃーこりゃ負けたわ、間違いなく。マッチポイントってやつでしょ、今ので」

女「今のわたしたちのポイントは三点……」

女(たしかにここまでかな。今のところ一勝一敗だからこれに負けたら、わたしたちのクラスは敗退)



女(相手のサーブが打たれる)

女(しばらくラリーが続いたけど、わたしの返したシャトルが浮いたのがいけなかった)

女(見事にシャトルの芯をとらえたスマッシュがブスのもとへ)



ブス「ダーリンじゃん!」

女「え……?」

男「……」





女(なんでここに?)

男「が、がっ……」

女「え……?」



男「が…………ガンバって!」



女「……!」





ブス「ダーリン、応援に来てくれたのね! さすがミレイのフィアンセ!」

女「でも……」

女(気を取られてシャトルを見てなかったけど、今のスマッシュは決まっちゃったんじゃあ……)

ブス「しかもさすがダーリン!  ダーリンが来てくれたおかげで羽はアウトになったよ!」

女「ほんとだ……」

ブス「なんかよくわかんないけどやる気になっちゃったわ。バトミントンとか正直キライだけどさ」

女「……」

ブス「なによ?  ミレイが本気出してあげるって言ってんだからあなたもやる気出しなさいよ」





女「大丈夫だよ」

ブス「え?」

女「……なんかよくわかんないけど妙にやる気出てきたから」

ブス「そう来なくっちゃ」

女「こっから逆転するよ、ミレイちゃん」





女(そして、わたしたちは一度もポイントを落とさずマッチポイントまでなんとかこぎついた)

女(試合の進行をスムーズにするためにデュースはない)

女(つまりこのポイントで決まる)

女(予想外に長く続くラリー。でも相手の方が一枚だけ上手だった)

女(わたしとミレイ、両方が後衛に回ってしまった瞬間、相手は見事なドロップショットを決めてきた)


女「しまっ……!」

女(足が……追いつけないっ!)





ブス「んっ、ちょっと……もう少し優しく立ち上がらせてよ」

女「はいはい。もう、世話が焼けるなあ」

ブス「なによその言いぐさは? 誰のおかげで勝てたと思ってるの?
   ミレイの最期のダイビングキャッチがなきゃ勝てなかったんだからね」

女「そうだね。ナイスキャッチだったよ」

女(あと……)

男「や、やったね」

ブス「ダーリン見ててくれた!?」

男「う、うん……す、すごかった」

女「……」

男「その…………おつかれ」



女(わたしはなにか言おうとしたけど、言葉が思いつかなかったから彼に向かってピースした)










女(結局わたしたちはあの試合で体力を使い切ったのか、そのあとの試合であっさりと敗北した)

女(その代わりに男子ドッジボールと委員長が率いる女子バレーは優勝するという好成績を収め、クラス成績でも学年トップになった)

女(わたし、ミレイ、委員長、彼とでファミレスに行った帰り)

女(わたしと彼のふたりで帰っていた)



男「……」

女「……」

男「……きょ、今日は楽しかった……ね?」

女「わたしは疲れちゃった」





男「そ、そっか……」

女「あと……あのときは、ごめんね」

男「……な、なんのこと?」

女「ドッジボールのとき。わたしがあそこで大きい声出したりしたから……。
  というかあの場にいなかったら、キミがそんなふうになることはなかったでしょ?」

男「あ、ああ……この、は、鼻血?」

女「うん」

男「で、でも……あ、当ててきた人は謝ってくれたし。そ、それに……よ、よかったよ……」

女「え?」

男「あ、そ、その……き、き、キミが…………ケガ、し、しししなくて……」

女「……ほんとにもう。キミってさ……」





男「は、はい!」

女「昔と比べるとずいぶんと変わったと思ってた」

男「……」

女「けど……」

男「な、なんですか?」

女「…………んー、やっぱりなんでも」

男「そ、そうですか」

女「あともうひとつ。今日は本当にありがとう」

男「い、いや……そ、その……あ、あれはしょ、正直か、かっこ悪かっただけだし……えっと…………」

女「そっちじゃないよ。ううん、そっちもそうだけど」





男「ご、ごめん……よく、わかんない」

女「まあいいや、今日はここで解散ね」

男「あ、はい」

女「なんか無性に走りたい気分になっちゃった」

男「つ、疲れてないの?」

女「疲れてるけどいいの。じゃあね、また明日!」

男「あ、ま、また明日!」










女「ただいまお母さん」

母「おかえり……って、そんな汗いっぱいかいてどうしちゃったの?」

女「走って帰ってきたの」

母「なんで?」

女「なんとなく。あ、お風呂入るね。それと今日の夜ご飯はなあに?」

母「まだ決めてないけど……ファミレス行ってきたんじゃないの?」

女「うん、行ってきたよ。でもまたお腹すいてきちゃった」

母「なんか朝とは別人みたい」

女「そんなことないよ。あ、でも」

母「ん?」

女「やっぱりそんなことあるかも」





『次回予告』



担任『新たな候補を作るべきでしょう?』


女『な、なんで……カードに名前が……』


男『ど、どうして……ぼくを、にらむの?』


委員長『ど、どうしよう。これって……これが恋なのかな?』


後輩『わたし、最近動画取るのにハマちゃったんですよー』


女『あのとき、あの状況でカードに名前を書けた人間は……』




――次回、またひとりの少女がヒロインに身を堕とす。




つづく


強制的に強制的なさいかい








担任「このプールカードを期限までに、クラス全員に名前を書いてもらって、ぼくに提出してください」

女「……あの、これって委員長がやる仕事なんじゃないんですか?」

担任「ええ。ですが、キミを呼び出したんですし、ついでにおねがいしますよ」

女「プール開きってまだ先ですよね?」

担任「そうですが、体育の小暮先生はとてもコワイ方なので。
   忘れないうちにこういうことはやっておこうかなと思いましてね」

女「先生でもああいう人ってコワイんですね」

担任「先生でも、というのはよくわかりませんね。まあ、あの先生はコワイですよ。
   ウワサではゲイであるとか聞いたことありますしね」

女「……パソコン室に呼び出されたからなにかあると思ったのに。用事はこれだけですか?」

担任「ええ、これだけです。ちなみにぼくは職員室が嫌いでね。できるかぎりあそこにはいたくないんですよ」






女「だからパソコン室で仕事してるんですか?」

担任「ええ。それに大っぴらに聞けないことも、ここなら聞けますしね」

女「ここからの話が本題ってことですね」

担任「はい」

女「……七月一日までは待ってくれるんですよね?」

担任「もちろん。しかし、ぼくの見た限りではキミは目立った動きはしていない」

女「……これからのことについては、考えている最中です」

担任「ずいぶんと悠長なことを言っていますね」

女「悠長って、べつにわたしは……」

担任「新たな候補を作るべきでしょう?」





女「先生って本当に勝手なことばかり言いますよね」

担任「キミには褒めたい点とけなしたい点がひとつずつあります」

女「…… なんのことですか?」

担任「褒めたい点に関しては、女にしては意外と理性的だということです」

女「女にしては、なんて言い方はよくないと思います」

担任「キミも似たようなことを球技大会で彼に向かって言ってたじゃないですか」

女「聞いてたんですね」

担任「まあね。話を戻しますが、ぼくはもっとキミが暴走するかと思っていました。
   一日でカードを全部消費したりするんじゃないか、と」

女「……」





担任「しかしキミは冷静になんとかこの状況をよくしようとしています。
   今だってこの理不尽な状況に怒りこそすれ、ヒステリックになったりはしていませんからね」

女「それはどうも」

担任「しかし、一方でつまらないんですよキミは。カードを使うことをためらっている」

女「当たり前です。だって……」

担任「だって、なんですか?」

女「それは……」

担任「答えられないんですか?  そうでしょうね、キミは全てにおいて中途半端なんです。
   本当の善人であれば、人の運命を狂わせるようなカードは使わないでしょう」

女「……」

担任「逆に真のクズならそのカードを容赦なく使い切っていることでしょう。
   しかし、キミはカードを使ってはいるものの、使い切ってはいない。言ってみれば半端なクズってところです」






女「だったら……だったらなんだって言うんですか?」

担任「べつに。ただキミが仮に物語の主人公だとしたら、それはとてもつまらない物語になるでしょうね」

女「なにが言いたいんですか?  意味がわかんないです」

担任「べつに、とりあえず話は終わりました。あ、やっぱり待ってください」

女「……まだなにかあるんですか?」

担任「いえ、キミがその手に持っている本はなにかと思いまして」

女「これ、ですか? これは家から持ってきた本です。ある先輩に貸そうと思って……知ってるんですか、この本」

担任「……いいえ、まったく。作家についても名前ぐらいしか聞いたことがありません」

女「あんまり本を読まないわたしでも知ってる人なんで、そんなにマイナーな作家ではないと思いますけどね」

担任「『少女には向かない職業』ですか。
   はじめて見る本ですが……なかなか皮肉が効いていていいですね」











女「さっきからなに見てるの?」

委員長「個人アンケート」

女「アンケート?  そんなのやったけ?」

委員長「二年が始まって早々に先生がやれって言ったアンケート。覚えてない?」

女「ああ、そういえばなんかあったね。けっこう個人的なこと書かれてるよね?
  しかも名前を書かせるタイプだったし」

委員長「ちなみにアンタはなにを書いてるのかな……」

女「見ちゃダメでしょそれ!」

委員長「冗談よ。けっこうディープな質問の内容もあるしね。
    でも普通、こういうのって生徒に返却させちゃダメだと思うんだけどね」







女「いいかげんな先生なんでしょ」

委員長「こんなアンケートを取るのに?  これたぶん、先生が個人で作ったものだよ?」

女「知らないし、興味ない」

委員長「アンタってあの先生のことキライなの?」

女「……確実に好きではないね」

委員長「けっこうカッコイイと思うけどね、わたしは。それに穏やかだし」

女「どうだか。ああいう先生にかぎって、ひどいことを平気でしそうじゃない?」

委員長「……やっぱりアンタ、先生のことキライでしょ」






女「先生のことなんかどうでもいいの。それより」

委員長「なに?」

女「体育館行かないと。自習時間使って創作ダンスの練習だし、みんな待ってるでしょ?」

委員長「もちろん、そこらへんはわかってるよ」

女「ていうか、ついこの間まで球技大会だったのに、もう体育祭の創作ダンスの練習なんてね……」

委員長「アンタが前言ったとおり、前期はイベントが立て続けで大変ね」

女「ほんとね。まあ楽しいからいいんだけど。とりあえず体育館行こ」

委員長「ちょっと待っててくれない?」

女「なにかあるの?」

委員長「先生に書いてくれて頼まれたものがあってね。あと、掲示板にプリント貼り付けなきゃならないし」





女「ダンスの指示はいいの?  委員長がいないと困らない?」

委員長「実は昨日の放課後にミレイちゃんに途中までダンスを覚えてもらったの」

女「ミレイちゃんに!?」

委員長「あの子、すごくダンスうまいんだよ。あっという間に覚えちゃって、むしろ途中からわたしが教えてもらったの」

女「あの子、運動苦手って言ってたのに……」

委員長「あ、でもダンスが終わったあとはしばらく動けなくなってたけどね」

女「なんだそりゃ……ていうかいつの間にミレイちゃんと仲良くなったの?」

委員長「あの球技大会が終わったあと、四人でファミレスに行ったでしょ?  あのときかな」





女「……すごいね」

委員長「なにが?」

女「誰とでも仲良くなれること」

委員長「ミレイちゃんと先に仲がよかったのは、そっちじゃない。
    それに誰とでも仲良くなれるっていうのはアンタのほうが当てはまると思うけど」

女「いや、なんていうかわたしは広く浅くって感じだから」

委員長「ふーん。じゃあわたしとは?」

女「え……?」

委員長「だから、わたしの場合はどうなの?」

女「……委員長とは、えー、まあうん……」

委員長「なに恥ずかしがってんの?」





女「は、恥ずかしがってなんかないよ。それより、早くやることやって行かないと!」

委員長「ただ待たせておくのもなんだから、待ってる間にこれやってみたら?」

女「ナンプレ?」

委員長「そう、ナンプレ。数学苦手なアンタにはぴったりでしょ?」

女「むぅ……」

委員長「そんな顔しないの。やってみると意外と楽しいよ?」

女「これ、あんまり得意じゃないもん」

委員長「わたしの仕事とどっちが先に終わるか競争ね」

女「絶対にわたし勝てないから、それ」






女(委員長はほんと、誰とでも仲良くなれてすごいな)

女(しかもみんなからの信頼も厚いし、よくよく考えたらアイツとけっこう話してくれるし)

女(カードは残り三枚。もし委員長だったら……もしかしたらアイツを惚れさせることができるかもしれない)

女(あと、候補としては……アイツの好みっぽい人だと無口の人、か)

女(いや、でもやっぱり委員長の名前を書くのは……)



『キミは全てにおいて中途半端なんです』

『本当の善人であれば、人の運命を狂わせるようなカードは使わないでしょう』

『キミはカードを使ってはいるものの、使い切ってはいない』

『言ってみれば半端なクズってところです』





女(わたしはアイツのことをどう思ってるんだろ?)

女(最初のころは嫌悪感しか感じなかった。全然カッコよくないし)

女(でも今は、少しは変わった……かもしれない)

女(でも……それでもアイツだってわたしと同じ)

女(カードでわたしをおとしいれた)

女(そもそもアイツがカードにわたしの名前を書かなければこんなことにはならなかった……!)

女(今この机に並べたカード二枚)

女(これに委員長と無口の人の名前を書いてしまえば……)





委員長「誰か外にいるのかな?」

女「……え?」

委員長「なんとなく外に人がいる気がする」

女「あ、うん。見てみよっか」

女(……)



女「誰かいますかー……って、こんなとこでなにしてるの?」

男「あ、あ、いや、その……」

委員長「しかもジャージに着替えてないし」

男「そ、それは……委員会が長引いちゃって……しかも、きょ、教室に入ろうとしたら……誰かいるから……」

委員長「あ、ひょっとして女の子が着替えてると思ったの?」





男「も、もしの、覗いたりしたら……困るから……」

女「ノックしてくれればよかったのに。まあいいや、入って着替えを取りなよ」

男「あ、ありがと」

委員長「待って待って。どうせなら着替える前にちょっと手伝ってもらいたいことがあるの」

男「な、なんですか?」

委員長「掲示板に貼らなきゃいけないプリントが何枚かあるの。
    だけど、女子のわたしより男子のキミのほうが高いところは貼りやすいでしょ?」

男「あ、はい……わ、わかりました」

委員長「もちろん、手伝ってくれるよね?」






女「委員長に頼まれちゃ、ね。それに……」

女(と、ここで勝手にからだが動く。わたしはコイツのそでをつかんでいた」

男「え? 」

女「ほら、さっさと行こうよ。早くしないと練習時間終わっちゃうし」

男「あ、ま、待ってくださぃ……この本だけ、つ、机に置くから」

委員長「本当はふたりっきりにしてあげたいんだけどね」

女「だ、だからそういうのはいいって……!」

女(毎度のごとく、例のやりとりをしてわたしたちは掲示板へと向かうことにした)











女「さっきの本、かわいいブックカバーついてたけどアレ、キミのじゃないよね?」


女(うわっ、また急に口が動き出した)

女(ちょっとだけ気になってはいたけど、聞くつもりなんてなかったのに)


男「あ、あれは……い、委員会で、せ、先輩が貸してくれた本。ぜ、ぜひ読んでほしいって……」

女「……ふーん」

男「と、ときどき本を、貸してもらう……んだ」

女「そうなんだ、へー」

女(そのままなぜかすごく素っ気ない返事をするわたし。なんだろうこれは)

委員長「……あ、教室に置いてきちゃった」






女「プリントでも忘れたの?」

委員長「ううん、このとおりプリントは持ってきてあるの。忘れてきたのはプリントを貼るための画鋲」

男「ぼ、ぼくが、と、とってきて……あ、あげましょうか……?」

委員長「いいの?  あ、でも場所わかるかな?  
    教卓のケースに入ってるんだけど、すごくごちゃごちゃしててわかりづらいと思う」

男「だ、大丈夫です」

委員長「そう?  じゃあお言葉に甘えさせてもらうね」

男「は、はい」

女(そう言ってアイツは急いで画鋲を取りに教室に行った)









委員長「彼、優しいね。ちょっとオドオドしすぎなところがタマにキズだけど」

女「ちょっとどころじゃないし、アレはタマなんかじゃないよ」

委員長「そう? じゃあ、あんなふうだからこそ気になるってこと?」

女「なっ……なに言ってんの。そんなわけないでしょ」

委員長「なんだかそのリアクションも新鮮味なくなってきてるよね」

女(そんなことを言われてもなあ。だいたいこの否定はわたしの意思じゃないし)

女(それにどんなに優しいって言ったって……)

委員長「彼が最近女の子とよくいる理由も少しわかる気がするもの」

女(それだってわたしが用意したカリソメのヒロインたち)





委員長「もしかして、彼が自分以外の女の子といるのが気になるの?」

女「そ、そんなじゃないから!
   ……ま、まあ少しぐらいは興味ないこともないけど」

女(ヤバイ、今日は妙にカードの効果が強い気が……)

委員長「素直じゃないなあ。とは言っても、わたしは知らない女の子だったけど」

女「……先輩かな?」

委員長「たぶん、あれは同学年の子だと思うけど」

女(誰だろ?  けどまあ、べつにそれはわたしにとって都合のいいこと)

女「ふーん、そっか。それよりちょっと遅くない?」

委員長「画鋲の場所、わかりづらいからそのせいかな。やっぱりわたしが取りに行ったほうがよかったかも」






男「ご、ごめん。お、遅くなり、ました……」

女「ウワサをしたらちょうどきたね」

委員長「ううん、ありがとう助かったよ。やっぱり画鋲の場所わかりづらかった?」

男「す、少しだけ」

女「大丈夫?  なんだかすごい急いで来たみたいだけど」

男「ぼ、ぼくのせいで、め、迷惑かけたくないから……」

委員長「本当に優しいんだね」

男「ぼ、ぼくは……そ、そんなんじゃ…………ない、です」

委員長「そんなことないと思うよ、ねっ?」

女「……」










ブス「はあはあ……ちょっ、ちょっとハリき、り……すぎたわ」

女「ミレイちゃんって本当にダンスうまいんだね。なんか意外」

ブス「なによ意外って。まあ、自分の密かな才能にミレイもびっくりだけどね」

委員長「ミレイちゃんのおかげでけっこう負担が減って、とても助かったよ」

ブス「ふふん、またミレイを頼ってくれていいわよ委員長」

委員長「これからも頼りにしてるね。今日の放課後はなにか用事あるの?」

女「わたしは放課後は部活」

ブス「ミレイもちょっと用事あるんだよね」

委員長「そっか。今日の授業はこれで終わりだし、帰りにどっか寄ってこうかと思ったんだけど」

女「ごめんね。また誘ってよ」





男「あ、あの……」

ブス「あ、ダーリン!  ミレイのキレッキレのダンス、見てくれた?」

男「あ、うん……すごかったよ」

ブス「えへへ、だよねえ」

男「い、委員長さん……これ、ダンスの……ふ、振り付けの紙を、お、落としてたよ」

委員長「……」

女「なにボーッとしてるの?」

委員長「あ、う、うん……ありがと///」

ブス「妙に顔が赤いけど、風邪?」

委員長「う、ううん……そ、そんなじゃないよ」

女「ほんとに?  なんかゆでダコみたいになっちゃってるよ」







男「だ、だ大丈夫です、か?」

委員長「ほ、本当に大丈夫だから!  わ、わたし先に行くね!」

女「え?  ちょっと……」

ブス「お腹でも下したのかしらね」



女(ちがう。あれは……!)



女「……ごめん!  わたしも先に行くね!」

ブス「なに、あなたもお腹こわしたの?」

女「ちがう!」











女「やっぱり……」



女(わたしの持ってるカードの三枚のうち、机に出した二枚がなくなってる!)

女(バカだわたし……教室を出るとき、カードを机に置いたまま出てきちゃうなんて)

女(でもいったい誰が? あのカードに誰が委員長の名前を書いたの?)

女「あのとき、あの状況でカードに名前を書けた人間は……」



女(…………決まってる)

女(カードの存在を知っているのはわたし、先生)




男『ぼ、ぼくが、と、とってきて……あ、あげましょうか……?』








女(わたしたちが教室を抜けてから、一度戻ったのはアイツしかいない)

女(さらに委員長の名前を書くとしたら……)

女(さっきの時間はダンスだったからひょっとしたら、アイツはカードをどこかに隠してるかも)

女(アイツの机の上には先輩から借りたっていう本があるだけ)

女(こんなわかりやすい場所に置いて……あ、あった!)

女(本の下にカードのはじっこがはみ出てる)

女(……やっぱり。カードにはアイツの名前)

女(――そして、委員長の名前が書かれてる)









女「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

男「え……あ、はい……なに?」


女(少しだけ考えてわたしはひとつの結論に至った)

女(もう全てをコイツから聞き出してしまおうと。今までの経緯から、今回の委員長の件まで)

女(どうしてわたしの名前をカードに書いたのかも)


男「ど、どうして……ぼくを、にらむの?」

女「…………」

女(な、なんで!?  言葉が出てこない……!)






「なんだよアイツら、教室で見つめ合うことねえのにな」

「あれが俗に言う、ふたりの世界ってやつか」

「『顔面』のヤツもたいしたもんだぜ」



女(うっさい!  ちがう、そうじゃない!)

女「…………ごめん、なんにも」

男「あ、はい……」

女「わたし部活だから……じゃあね」


女(今までも言いたいことが言えないことがあった……)

女(これもカードの効果だって言うの?)

女(でもなんで言えないの? このことについて聞くのはダメだって言うの……!?)






委員長「あっ……」

女「さっきはどうしたの?」

委員長「さっきって?」

女「ダンスの練習が終わって、アイツが話しかけてきたでしょ。 そのときの話」

委員長「な、なななんにも、だよ……?」

女「露骨に動揺してるし。なにかあったんでしょ?」

委員長「アンタには……その、言いづらいことなの」

女「……いいよ。わたしだって今まで色んな悩みごととか聞いてもらったり、助けてもらったりしてたんだよ」

委員長「……」

女「おねがい、教えて」

委員長「……人のいないとこに、行きましょ」









委員長「突然だったの。彼を見たら急に恥ずかしくなっちゃって」

女「恥ずかしくなった?」

委員長「正確にはちがうかもしれない。けど、なんだか急に心臓が早くなって……」

女「……変な病気とかじゃないよね?」

委員長「そういうわけじゃないと思う。だって彼を見たとたん、そうなったから」

女「でも、今まではそんなことなかったでしょ?」

委員長「うん。でも本当に衝撃的すぎて。胸の中で心臓が暴れるような……」

女「それであのとき、驚いて逃げちゃったの?」

委員長「……うん」

女(わたしを含めた三人とはカードによる症状がちがう……けど、これはカードのせいで間違いない)






委員長「ご、ごめんなさい」

女「なんで謝るの?」

委員長「だって……これって…………わ、わたしが……」

女「……」

委員長「ど、どうしよう?  これって……これが恋なのかな?」

女「お、落ち着きなよ。きっとなにかの勘違いだから……」



女(ミレイもそうだった。カードの効果で勘違いしてそのままアイツのことを好きになった)

女(委員長も実はかなり思い込みが激しいタイプだし、このままだとまずい)

女(でも、わたしたちとちがって、逆にコミュニケーションを避けるようになるなんて……)






男「あ、い、いた……」

女(……なんでここに?)

女(階段の踊り場だから出会ってもおかしくないんだけど)

男「あ、あ、あの……」

女「……」

男「さっきは……さっき、ぼ、ぼく……な、なななにかっ、しましたか……?」


女(なんでそんな涙目になってるの、意味わかんない)





女(怒鳴り散らしてやりたいけど……ダメ)

女(声は喉に引っかかったみたいに出てこない)

女(ごめん、委員長……)


女「わたし行くね。彼、委員長に言いたいことがあるみたいだし」

委員長「え……」

女「さっき委員長が急に逃げ出したから、そのことが気になってしかたがないんでしょ」

女(そうして、わたしは委員長の肩をポンと叩いてその場を立ち去った)









女(アイツがカードに委員長の名前を書いたってことは、つまりはそういうこと)

女(でもそれは問題じゃない)

女(問題はアイツのせいでついに委員長まで巻き込んでしまったこと)

女(なんてわたしは迂闊だったんだろ……)

女(あんなカードを机の上に放置しておくなんて……)



女「はあはあ……」

先輩「あのさ、なんか今日あったの?」

女「……」

先輩「強気なのはいいことかもしれないけど、さすがに全部打点が高すぎるよ。
   少しはスライスとかも織り交ぜて緩急つけないと」

女「……ごめんなさい」

先輩「まあいいや。ボールバック、それでコート整備して帰るよ」

女(わたしはなにをやってるの……)











女(教室に行って、もう一枚の行方不明のカードを探そうと思ったけど……)

女(さすがに夜の校舎をひとりで歩くのはコワイ、かも)

女(教室を目前にして引き返したくなってきた)

女(ていうか……よく考えたらもうそんなことをしなくてもいいのかもしれない)

女(だってアイツは委員長の名前をカードに書いた)

女(わたしの手元に残ってるカードは一枚)

女(だけど、これを使うことはたぶんもうない)

女(その必要は完全になくなったから)





女(望んでいたことなのに、なんでこんなにモヤモヤした気持ちになるんだろ……)

女(委員長を巻き込んでしまったから?)

女(ああもうっ! どうでもいい!)

女(こんな不気味なとこにいるのなんて時間のムダ!)

女(帰ろ……ん?  なんだろ、なんか視線を感じるような……)

女(そういえばいまだに時々感じる視線については、解決してなかった)

女(でも、どういうこと?)

女(まさか本当に誰かがわたしをつけてるって言うの?)





女「……だ、誰かいるの!?」

 「ふっふっふ、わたしだよ」

女「だ、誰!?」

 「おやおや、本当にわからないのかね?」

女「……いや、ごめん。声を聞いた瞬間にわかっちゃった」

後輩「なんだ、バレてたんですか」

女「廊下の角から、微妙にそのツインテールが見えてたしね」

本娘「でもわたしには気づかなかったようですね」

女「せ、先輩まで……こんなところでなにをしてるんですか?」

本娘「これといってないですよ。ただこの廊下を歩いてたら偶然彼女と鉢合わせしたので」

後輩「はい、そうなんです」





女「……なんでさっきからデジカメを構えてるの?」

後輩「わたし、最近動画撮るのにハマちゃったんですよー」

女「なんで?」

本娘「わたしが貸した漫画のキャラクターの真似だそうですよ」

後輩「そうなんですよ、先輩!」

女「そうなんだ……」

後輩「どうしたんですか? なんだか妙に疲れてるように見えます」

本娘「ひょっとしてナンプレのやりすぎで疲れちゃいましたか?」

女「あはは、まさか。ちょっと部活でうまくいかなくて……それだけです」

後輩「元気出してください、先輩」

女「大丈夫だよ。うん……大丈夫だから」












女(次の日からわたしたちのランチタイムの光景が少しだけ変わった)

ブス「だからミレイがあーんするって言ってんでしょ!」

後輩「だからブスジマ先輩には似合わないって言ってるでしょ!」

男「あ、あのなかよく……」

女「……」

委員長「あのふたりはにぎやかだね」

女「委員長はあそこにくわわらないの?」

委員長「わ、わたしは……い、いいの! アンタこそ行かなくていいの?」

女「わ、わたしはべつに……わたしもべつにいいのっ」

女(あのふたりはアイツの目の前で犬も食わない争いを繰り返している)





女(対してわたしたちは少しだけはなれたところから、その光景を見ていた)

女(委員長はすっかりアイツと話すことができなくなってしまった)

女(あれほど自然体で話していたのに、今では目が合うだけで顔を背けてしまう)

女(一方でわたしもカードの効果は消えたわけじゃないから、はたから見るとなんら変わらないように見えると思う)

女(でも……)








女「ったく……」

女(またあの先生、パソコン室にわたしを呼び出して今度はなんの用なんだろ)

女(さっさと帰ろうと思ったのに)

女(昨日のテニスで足もパンパンだから階段をのぼるのがつらい……)

女(だいたいあの先生、職員室をキライって言ったり、生徒に興味がないとか言ったりなんで先生なんかになったんだろ)

女(まあこの階は特別な教室しかないから、基本的に生徒もいないし、先生が好むのもわからなくもないけど)

女(……あれ?  でも誰かの話し声が聞こえるような)





不良「お前、なにあたしにぶつかってんだよ?」

男「あ、あの……」

不良「あの、じゃねえよ。お前ホントにタマついてんのかよ?」

男「ひっ……」


女(この声ってアイツと……あの不良の先輩)



本娘『彼女とは関わらないほうがいいです』



女(たしかに。あのいつでも殴りかかりそうなフインキはまずい)

女(ていうかアイツなにやってんの!?)





不良「お前のその口、飾りじゃないだろ?」

男「あ、あ、あ、ぁぁああああ……」

不良「ていうか顔をあげろや。うつむいてちゃそのツラも拝めねえだろ」



女(……逃げるか。わたしには関係ないし)

女(そうだよ。アイツは痛い目にあうべき)

女(せっかくだしその不良の先輩にテンチュウでもくだされちゃえ)



不良「だから……顔あげろっつうてんだよっ!」

バァンっ!

男「ごめんなさいごめんなさい!」





女(なに今の音!?  まさか殴られた?)

女(ど、どうしよう!? でも…………わたしが出たところで……)

女(ていうか、なにわたしは助けることを考えてるの!?)



男「ご、ごごごめんなさいっ!」



女(…………ああもうっ!)

女(こうなったらどうにでもなれっ!)









女「――まってください!」

不良「……あ?」

女(ひとつだけ確実にこの人をとめる手段がある)

女(それに賭けるしかない……っ!)











次回、ひとりの少女がヒロインに生まれ変わるとき真実が顔を出す





つづく


縺輔>縺九>




不良「誰だっけ、お前?  なーんかどっかで見たことある気がするんだけどな」

女「いいから、その人からはなれてください!」

不良「お前には関係ないだろうが。それともお前、あたしにケンカ売ってんのか?」

女(この人、すごく背が高いし目つきコワイしでなんか迫力がすごい……!)

女「そ、その人は、く、クラスメイトですから……関係はあります、はい」

不良「いや、今この状況には関係ないだろ。
   コイツがあたしにぶつかって、そんでもって謝らないからそれについて問い詰めてんだよ」

女「す、少しぶつかったぐらいで…………あ、いや、そのぶつかった具合がどれぐらいかは知りませんけど……」

不良「なんなんださっきから。お前といいコイツといい、もっとシャキッとしゃべれねえのかよ」

男「ぁ、あ、あの……」

女「キミは黙ってて!」






男「ぁ……」

女「……あなたの名前を教えてください」

不良「はあ?  なんで見ず知らずのお前に名乗らにゃならんのだ。ていうかあたしの名前聞いてどうすんだよ」

女「せ、先生に言ってやります……!」

不良「お前マジで言ってんのかよ。シリメツレツすぎて意味わからねえわ。
   けど、そんなに知りたいなら教えてやるよ」

女(メチャクチャなこと言ってるのは重々承知だけど……名前を聞ければこっちのもの、たぶん)

不良「あたしは三年四組の取締係の――だ」

女「……」

不良「なんだよ、今度は財布出して。まさか、金出すから許せとか言うんじゃないだろうな」

女「あ、いや、そんなつもりはないです。ちょっと待ってください」カキカキ








女(漢字はたぶん、この名前ならこれぐらいしかないと思うけど……)

不良「つか、なんであたしが待たなきゃならねーんだよ。いい加減にしろ」

女(うっ……まさか名前を間違えた? もしくはこの人もあの先輩と同じで……)

男「ま、まってください!」

不良「……あ?」

男「こ、こ、こここここの人は……かっ、関係……ありませんっ!」

女(コイツ……)

男「ほ、ほ、ほほほんとうに……ぶ、ぶつかって……す、すみませんでした!
   わ、悪いのはぼくです! か、か、彼女は……かん、けいない、ですぅっ!」

女「……!」

不良「…………なんだよ、きちんと謝れるじゃん。
   ていうか、女の方もどっかで見たことあるな、どこだっけな?」






女「あ、あの……」

不良「なんだよ?」

女「球技大会のとき、自販機の前で会ったのを覚えていませんか?
   言ってたじゃないですか、会場を間違えたって」

不良「……ああっ!  あのときのヤツか!
   じゃあコイツも年下ってことで……お前ってひょっとして顔面ブロックのヤツか?」

男「えっと……?」

不良「あたし球技大会出てなくてさ。ヒマだったからひたすら試合見てたんだわ。
   そしたら、なんかよくわかんねえけど、女をかばって顔面でボールキャッチしたヤツがいたからさ」

男「ぁあ……」

不良「マジであの瞬間の動きはすごかったし、一度会ってみてえと思ってたんだよな」

女「会いたいと思った相手の顔を忘れるんですか?」

不良「あ?」

女「す、すみません」

女(これは……カードの効果は出てるのかな?)






不良「あたしは目があんまりよくねーんだよ。
   正直、これぐらいの距離じゃないと全然顔見えねーし。ふうん、それにしてもねえ、お前が……」

男「は、はい……?」

不良「そんなことできそうに見えないのにやるじゃん。
   さっきあたしにぶつかったのも、謝ったしな。許してやるからこれからちょっと付き合え」

男「ぇ……あ、えっと……」



女(急に親しげに絡むようになったなあ、不良さん)

女(ていうかコイツはメチャクチャうろたえてるし……)

女(カードの効果は書いた瞬間から始まるから、症状が出るならとっくに出る)

女(とりあえずわたしはコソっと立ち去ることにした)

女(先生に呼ばれていたけど……とりあえず一旦ここははなれよう)










女(これでカードは全部使った)

女(例の不良さんがほんとにカードの効果を受けたかはわからないけど……もしかかっているとしたら)

女(わたしを含めた五人がカードの効果を受けたことになる)

女(ハーレムってこれぐらいいればいいのかな?)

女(どっちにしよう、残っていた三枚のカードのうち二枚は使った)

女(そして最期の一枚は行方不明のまま)

女(アイツが持っている可能性はあるけど……もうそれはどうでもいい)





男「ま、まって……!」

女(……あの不良の人とどっか行くんじゃなかったの?)

男「……まって、ください!」

女「……さっきの先輩の人とはもういいの?」

女(なるべく穏やかに言おうと思ったのに……つっけんどんな感じになっちゃった)

女(これはカードのせい?)

男「う、うん。せ、先生に、も、もともと呼ばれてたって……」

女「へえ、そうなんだ。それでなにかわたしに用事でもあるの?」

男「さ、さっきは……さっきはありがとう、ございました……」

女「……べつに」






女(そういえば……)

女「ケガはしてない?」

男「え?」

女「なんだかすごい音が聞こえたから。あの人に殴られたりとかしなかった?」

男「あ、あの音は……扉を叩いた音で、だ、大丈夫……だったよ」

女「そっか。よかった。
  ……あの先輩とこれからどこか行くの?」

男「あ…………ぅん」

女「そう、楽しんできてね」

男「う、うん……ぼ、ぼくちょっと、先生に頼まれた用事があるから……さよなら」

女「バイバイ」





女(さてと、帰るとする……)

不良「おい」

女「ひゃいっ!?」

不良「お前、なにサラッと消えてんだよ。あと、肩にさわったぐらいでそんな声出すな」

女「な、なななななんですか?」

女(あのカードで影響を受けるのはこの人とアイツだけで、わたし自体にはなんの効果もないんだった……!)

不良「いや、お前さっき教師にチクるみたいなこと言ってたろ」

女「あ、いや……あれはその場のノリみたいなもので。そ、それに彼を殴ったとかってわけでもないんで」

不良「さすがにあたしもぶつかったぐらいでは、そんなことしねえよ」

女「でもさっき……」





不良「あれはアイツがぶつかって謝らないからだ。
   謝罪があったなら、あたしもあそこまで突っかかったりしない」

女(おそらくアイツはこの人の顔見た瞬間、びっくりして謝れなかったんだろうけど)

女(たとえそうだとしても、普通の人ならあんなに怒鳴りつけたりしない)



不良「で、さっきの話だけどできりゃ教師どもにチクるのは勘弁してほしい」

女「いえ、もともとそんなつもりはこれっぽちもありませんでしたけど」

不良「本当か?」

女「は、はい……あの、顔が近いです」

不良「その言葉、信じていいんだろうな?」

女「もう終わったことですし。
  なんか先生に怒られるのとか気にしなさそうなのに、意外と気にするんですか?」

不良「あぁ?  どういう意味だ?」






女「いえ、その、深い意味はないです」

不良「……今、せんせーにさっきみたいなこと知られると困るんだよ」

女「どうしてですか?」

不良「進路だ。あたしが三年だってことはお前だって知ってるだろ?」

女「はい」

不良「今回のテストで成績が上がれば、もしかしたら自己推薦で受験できるかもしれないんだ」

女「自己推薦、ですか?」

不良「そう。まっ、そうは言ってもまだ成績が足りねえから前期のテスト次第なんだけど」

女「それで先生に言われると困るってことですね?」

不良「最近はけっこうマジメなんだけど、一年と二年でかなり色々やらかしてるからな」

女「ああ、先生たちからの信頼がほぼゼロみたいな感じなんですね?」





不良「そういうこった。だからな……」

女「……ですから、顔近いですよ?」

不良「近づけてんだよ。いいな?  教師どもに言ったらお前、覚悟したほうがいいぞ」

女「……」ゴクリ

不良「あたしはたぶん泣くぞ。号泣するぞ」

女「……泣いちゃうんですか」

不良「このあたしを泣かせたくなかったら秘密にしろよ。じゃあな」

女「はあ……」

不良「ていうか、アイツおせえな。なにやってんだ」

女(そう言って、不良さんは行ってしまった)

女(不良さんの顔が近くなったときに気づいたけど、けっこうな美人さんだった)












女(今後のことは気にしなくていいのかな)

女(結果的にさらにわたしはカードを使って、関係のない人を巻き込んじゃった)

女「……はあ」

母「なんかアンタ、最近その日その日でテンションが妙にちがうね」

女「……そう?」

母「好きな子でもできちゃった?」

女「……もしかしてお兄ちゃんから聞いた?」

母「せいかーい」

女「べつに、わたしは好きな人なんかできてないよ……」

母「ふうん。お兄ちゃんはアンタが否定するって言ってたけど。当たったね」





女「お兄ちゃんは昔から鈍感だし、的外れなことしか言わないでしょ」

母「ふうん。そのわりにアンタの態度は図星のそれに見えるけどね」

女「……」

母「アンタが恋愛に対して臆病なのはやっぱりあたしと前のお父さんのせい?」

女「べつにそういうわけじゃあ……そもそも臆病ってなに? わたしはただ好きな人ができないだけで……」

母「そう?  ときどき気になる人がいる素振りとかはあったと思うけど?」

女「……たしかに好き、っていうか、気になるなって人ができたりもするよ?
  でも、結局いいやって思っちゃう」

母「そっか」

女「……どうして急にこんな話をするの?」

母「前のお父さんが、アンタに会いたいって言ってきたんだよ」

女「……」




母「まあ、アンタが絶対にイヤがることはわかってるから、断っておいたけど」

女「よくわかんないんだ」

母「なにが?」

女「だって結婚したいぐらいに、お母さんはお父さんのことが好きだったんでしょ?」

母「そうだよ」

女「でも最終的にはキライになって離婚した。なんで結婚するぐらいに好きだったのにキライになれたの?」

母「……」

女「だって、すごく好きな理由があったから結婚したんでしょ?」





母「たしかにアンタの言うとおりなんだけどね」

女「どうして好きになったの、前のお父さんのこと」

母「はっきりとはよくわかんない」

女「わからないの?」

母「あたしが結婚したのは二十歳ちょうど。実はあたし、あの人が初めてできた彼氏だったんだ」

女「……」

母「あたしの母親は、あたしが八つのころに亡くなっちゃってね。
  それでお父さんもずっと働きっぱなしで、お婆ちゃんのとこに預けられたの」

女「うん……」

母「実はあたしにも二つはなれた兄がいるんだけど、アンタは知らなかったよね?」

女「初めて聞いたよ」





母「今は兄ちゃんがどこにいるのかは知らない。
  ただ、昔の兄ちゃんはとにかく病弱でさ。だから婆ちゃんは兄ちゃんばっかり可愛がるんだよ」

女「……」

母「それで親がいないってだけで学校ではいじめられるし、まあとにかく人のぬくもりが恋しいとかそういうわけ。
  で、そんな人生の中で初めて職場でできた恋人にゾッコンになった」

女「それが前のお父さんで、そのまま結婚したんだね」

母「そう。でも、まあ結婚したらあっという間に熱は冷めて、離婚した」

女「……」

母「正直、好きになった理由はなにか、って言われたらはっきりと言うことができない。
  だけど、離婚しようと思った理由はペラペラ話せるんだよ」

女「へんなの」

母「ほんとね。人間ってほんとおかしな生き物だと思うよ。
  好きになる理由は全然はっきりしないのに、嫌いな理由になると急に明確になるんだよ」

女「……なんだか悲しいね」






母「本当にね」

女「……お父さんをキライになった理由は、はっきりとしてるの?」

母「まあね。特に途中から完全に相性が合わないなと思った。
  ケチなとことか神経質すぎるとことか。なんか真逆すぎたんだよね」

女「真逆……」

母「うん。アンタとお兄ちゃんみたいなものかな。
  お兄ちゃんは間違いなくあたしに似たね。で、あんたはお父さんに似た」

女「あんまりよくわかんないけど、たしかにわたしとお母さんは似てないかも……」

母「アンタは特にちっちゃい頃が一番神経質だったからね」

女「ちっちゃい頃のほうが?」

母「うん。結婚して一年後にはお兄ちゃんを産んで、二年後にはアンタを生んでさ。
  お兄ちゃんがとにかくすごい問題児だったんだよ」





女「問題児?  お兄ちゃんが?」

母「悪いことするわけじゃなかったよ。
  ただ、とにかくもうたえずボーッとしてるわ、ご飯のときにいなくなるわ、宿題はやらないわ……挙げてけばキリがない」

女「お兄ちゃんらしいね」

母「そんなんだから、あたしもしょっちゅう怒っててさ。逆にアンタをしかったことはあんまりなかったね」

女「そうだね。あたし、あんまりお母さんに怒られた記憶がないかも」

母「でも、途中からあたしがお兄ちゃんを怒るんじゃなくて、アンタがお兄ちゃんを怒るようになったんだよ」

女「……わたしが?」

母「あんまり覚えてない?」

女「うん……」

母「それならそれでいいけど。
  アンタってお兄ちゃんがあたしに怒られそうなことをするたびに『そんなことはしちゃダメ。お母さんが悲しむよ』って注意してたんだよ」

女「……」






母「しかもそれだけじゃないんだよ。
  あたしに向かって『わたしがお兄ちゃんをしかるから、大丈夫だよママ』って言ったりね」

女「なんとなく記憶あるかも……」

母「ときどきお兄ちゃんを怒ったあとで無性に悲しくなってさ、あたし泣いちゃってたんだよ。
  アンタはたぶんそれを見て、お兄ちゃんにそう言ってたんだろうね」

女「……なんか変だね、わたし」

母「前のお父さんはそんなアンタのことを優しい娘だって言ってたけど、あたしはちがうって思った」

女「……?」

母「とっても神経質なんだろうなって思った。そしてなによりもコワがりだったんだろうなって」

女(たしかにわたしは……)

母「あるとき、お兄ちゃんを叱りつけようとしたときに気づいたんだよ」

女「なにに?」

母「アンタがあたしの顔を見てメチャクチャビビってるのにさ。叱られてるのはお兄ちゃんなのに」





母「それに小学生になったばかりのころにはアンタ、寝てるときにうなされたりしてるからさ。
  一回心配になって病院に連れて行ったこともあるよ」

女「ほ、ほんとに……?」

母「こんなことでウソはつかないよ。だから本当に大きくなったらどうなるんだろ、って不安だった。
  けど今は普通に学校も行ってるし、友達も多いみたいだし安心してる」

女「なんか、自分のことなのにビックリだな」

母「そう?  口で言うほど驚いてるようには見えないけど」

女「うん……」

母「まあでも、根っこの部分では変わってないんだろうなって思うよ」






女「そうなのかな」

母「アンタの友達とかのやりとりとか見てるとね。
  やっぱり色々気をつかってるっぽいし、顔色をうかがっているんだろうなっていうのがわかるもん」

女「……うん、そうかも」

母「でもべつにそれは悪いことじゃない。
  必要以上に気を回すのは疲れるし、ストレスになるだろうけど。気づかいができないよりはずっといいと思う」

女「……」

母「ただ、これだけは覚えておいてほしいってことがある」

女「覚えておいてほしいこと?」

母「人の顔色をうかがうことと、人の気持ちを慮ることは全然ちがうってこと」





女「……どういうこと?」

母「そういうことだよ。そのまんまの意味」

女「よくわかんないよ」

母「あれれ?  わからないのか、意外だなあ。まあわからなくても、そのうち理解できるよ」

女「そう、なのかな……」

母「それよりさ」

女「なに?」

母「結局アンタ、今好きな男の子いるの?」









女「……お兄ちゃん」

兄『なんだよ』

女「なにお母さんに話してんだよ」

兄『いやあ、だってオレってば恋愛経験があんまり豊富じゃないからさ』

女「ゼロでしょ」

兄『まあまあ、落ち着いてくれよ。
  で、ここんところは電話どころか、ラインひとつ寄こさなかったけどどうなんだよ?』

女「ハーレム」

兄『は?』

女「その人、今モテモテで周りにけっこう女の子がいるの」





兄『……オレよりイケメンじゃないんだよな?』

女「……たぶんね」

兄『おい、この前は断言口調だったのになんで今回は曖昧なんだよ!?』

女「うっさい。声でかいから」

兄『ったく、ハーレムとか今どきのラノベじゃねーんだからさあ。
  しかもああいうのに出る主人公ってたいていイケメンだしな』

女「何度も言うけどその人はイケメンじゃないよ」

兄『まあメンクイのお前が言うなら間違いないと思うけど、モテるってどんなふうにモテるんだよ?』

女「どんなふうにって言われても……お昼ご飯のときとか女の子に囲まれていたり、あーんとかされたり、って感じ」





兄『バカな、そんなことがあっていいはずがない!  それはお前の妄想なんじゃないのか!?』

女「ちがうから。だいたいわたしがそんな妄想をするわけないでしょ」

兄『なんかソイツにはとんでもない力が働いてるとしか思えんな。
  ちなみに何人ぐらいから言い寄られてんだ?』

女「五人、かな?」

兄『ふうむ。ハーレムというにはいささか少ない気がするが。
  まあそれでも普通の男子高校生にしては多い方か』

女「うん、普通に多いでしょ」

兄『いや、ハーレムというならあと、ふたり追加して七人はほしいところだな』

女「お兄ちゃんの基準はよくわかんないけど、たぶんもう増えることはないと思う」






兄『なんでそんな断言できるんだよ?』

女「女のカン」

兄『女のカン、か。ちなみにその五人ってどんな感じのメンツなんだ?』



女(わたしはお兄ちゃんに簡単に五人について説明した)

兄『なるほど。なかなか濃いメンツだな。だけど最期の普通の女の子ってなんだよ?』

女「いや、これといって特徴がないから」

兄『それじゃあモブキャラじゃねえかよ。まあいいや、じゃあその女のカンで当ててくれよ』

女「なにを?」

兄『そのモテ男くんは誰を選ぶと思う?』





女「えっと……委員長かな?」

兄『ほう。そう思う根拠はあるわけだ』

女「うん、きちんとあるよ。でもまあ、その男が委員長に告白したりするのかっていうと微妙だけどね」

兄『なぜに?』

女「委員長だけじゃないんだけど、言い寄ってくる女子に対して常に怯えてる感じだから」

兄『変だな、ソイツ』

女「そう?  急にモテだしたりしたら萎縮するのは普通じゃない?」

兄『でも女から露骨にアプローチされてていて、しかもソイツはそのことを自覚してんだろ?』

女「うん」






兄『オレだったら自分からガンガン攻めてハーレムを築くね』

女「はいはい。ハーレムなんてバカなこと言ってないの」

兄『はあ~、お前にはハーレムの素晴らしさがわからないのか』

女「ハーレムの前にひとりでも彼女を作ったら?」

兄『ぐっ……キサマ!』

女「明日、朝練あるからそろそろ寝るね」

兄『おい待てキサマ! オレのはな……』



ぶちっ



女「……ハーレムか。わたしだったらそんな大変そうなのごめんだけどなあ」









女「ふぅ……」

女(朝練疲れたなあ)

女(毎度のことながら、部活終わりの階段はこたえる……)

女(今日の練習はちょっと早く終わちゃったせいか、まだ人がいないしヒマになっちゃうなあ)



『きゃあああっ!?』

『うわあぁっ!?』



女「!?」

女(すごい声がしたけど……上だよね?)





女「あの、だいじょう…………なっ!?」

委員長「あ、イタタっ……」

男「ううぅ……」

女「……」


女(完結に状況を説明する)

女(委員長がアイツの腹の上に乗っていた、階段の踊り場で)


女「これはもしかして見てはいけない場面だったりしますか?」

男「へ!?」

委員長「!?」

女「……おはよう」





委員長「あ、い、いいえ、ちがうのこれは断じてちがうのべつにそういうなんていうかエッチなことじゃなくて
    ただ階段をつまずいてしまって言ってしまえばこれは不慮の事故で不幸でちょっとお腹柔らかいなとか
    乗り心地いいなとか全然そんなこと思ってないの!?」

女「えっと……とりあえず、委員長はどいたほうがいいかも」

男「あわわわわわわわわわ」

委員長「ご、ごめんなさい!!  だ、大丈夫!?」

女「なんか白目向いてる……」

委員長「う、打ちどころが悪かったのかな!?  ど、どうしよう……」

女「ハッキリとはわかんないけど、そういうのではないと思うよ」

委員長「でも……」

女「たぶん委員長に、う、うえに跨られて恥ずかしかった、のかな……?  なんか顔色真っ赤だし……」

委員長「そ、そういうこと!?」






女(顔色を白や赤に目まぐるしく変える委員長)

女(ちょっとわたしも恥ずかしい……)



女「いったいなにがあったの?」

委員長「な、なにがあったって、ただ階段で偶然ぶつかっただけで……」

女「ふうん、でもえらく早くから学校来てるね」

委員長「え、えっと……」

女「しかもふたりともね」

女(委員長への質問が妙にキツいものになってるけど、これもカードのせいだと思う)

女(そう、カードのせいだから)





委員長「……白状すると、実はちょっと彼には早く来てもらうように頼んだの」

女「どうして?」

委員長「手伝ってもらいたいことがあって……学級委員として」

女「なるほど」

委員長「ほ、本当よ?」

女「誰もウソなんて言ってないから」

男「う、うぅ……」

女「……大丈夫?  なんか突然白目向いて気絶したけど」

男「あ、はい、なんとか……はうぅっ!?」

女「……え?」






男「あわわわわわわわわわわわわわ」

女「ちょっ……なんでまた気絶すんの!?」

男「……カオ……チカイ……デス」

女「なに言ってるのか全然わかんないよ……」

女(困ったな。運ぶのはちょっと無理だしな)

委員長「どうしよどうしよ」

女(委員長もこの調子だし……)

担任「なにかあったんですか?」

女「先生……」

担任「朝っぱらから大きな声が聞こえたんで駆けつけてみれば……なにかあったんですか?」






委員長「わたしが階段を踏み外して……それで彼がそんなわたしを受け止めてくれて…………」

担任「へえ。それはまたすごいですね」

委員長「はい。彼、とってもステキでした……って、わたしなに言っての!?」

担任「……」

女(先生はじっくりと委員長を眺めて、そのあとわたしのほうを見た)

担任「仕方ない。少し骨が折れそうですが、ぼくが彼を保健室まで運びます」

委員長「おねがいします、先生」





担任「まかせてくださいよ。自分のクラスの生徒ですからね」

女(先生は彼を背負って、わたしの横を通り過ぎかけて止まった)

担任「なるほど。キミは中途半端なクズだけど、それでもやるべきことはやるんですね」

女「……なんのことですか?」

担任「ぼくが指摘してから、三人もヒロインを作るなんてね」

女「……」

担任「昨日、パソコン室に来なかったことは許してあげますよ」









不良「よお、また会ったな」

女「こんにちは」

不良「ここにいるってことはお前も購買にパンを買いに来たのか?」

女「はい。不良さんもそうなんですか?」

不良「ちょっと待って」

女(ヤバ……思わず口から出ちゃった)

不良「たしかにあたしはそれっぽく見えるかもしれないけど、べつに不良ではない」

女「そうなんですか?」

不良「お前、信用してないだろ。まあお前って優等生っぽいもんね」

女「まあ、不良ではないと思います」





不良「どうせなら『ヤンさん』って呼んでほしいな。不良さんなんて呼ぶぐらいなら」

女「ヤンさん?  なんでヤンさんなんですか?」

不良「不良を英語にしてヤンキーで、それを略してヤンさん。なんかそっちのほうが親しみわくだろ?」

女(この人、ヤンキーって不良を英語に言い換えたものだと思ってるんだ……)

不良「そういえばアイツはいないのかよ?」

女「彼なら中庭にいますよ」

不良「中庭でひとりでメシ食ってるのか?」

女「せっかくなんで見てみます?」

不良「ん?」









不良「マジかよ。アイツの周りにいるのってみんな女子だよな?」

女「はい。彼ってけっこうモテるんですよ」

不良「へー、やるじゃん。人は見かけによらないとはこのことか」

女「見かけだけが人の魅力ではないってことじゃないですか?」

不良「なんか面白くなさそうなツラしてんな、お前」

女「気のせいですよ、ヤンさんの」

不良「そうか? 自分のペットがよその人間にばかりなついてるのを嘆く飼い主みたいだ」

女「……」





不良「ていうかあたしはてっきり、アイツとお前は付き合ってんのかと思った」

女「な、なにを根拠にそんなことを……」

不良「昨日のやりとりで十分だろ。それに、なんかお前の声、どっかで聞いたなって思ったんだよ」

女「あって当たり前じゃないですか」

不良「そういうことじゃない。あの球技大会のドッジでアイツが顔面ブロックしただろ。
   その直前にすごい怒鳴り声が聞こえてきたけど、アレ、お前の声だよな?」

女「あれは、なんていうか…………その場の勢い的なものです」

不良「腹の底から出てるってわかるイイ激励だったと思うぜ」

女「…………ありがとうございます」

不良「ふーん、でもその反応ってことはお前ら付き合ってないんだな」

女「当たり前です」




不良「そうかそうか、安心したよ」

女「なんでですか……?」

不良「昨日アイツとゲーセンとかバッセンとかで遊んだんだよ。
   そのとき、お前の彼氏とかだったら少し申し訳ないなって思ってたんだよ」

女「あのあと遊んでたんですね」

不良「ああ。でもどれやらしてもからっきしダメだったな。まあ一緒にいて退屈はしなかったけどな」


女(カードの効果はあるんだよね、この人には)

女(ミレイや委員長とかとちがって、この人の場合はなんか舎弟をいじる兄貴分って感じだけど)


不良「つか、お前はあの連中とはメシ食わねえの?」

女「今こうしてヤンさんとおしゃべりしてますからね」






不良「なんだよその言い方。あたしが悪いみたい……って、あれシモテンマじゃん」



本娘「……」



女「ほんとですね」

不良「隣にもうひとりいるけど、よく顔が見えねえな」

女「あの子は……」



無口「……」



女(無口の子だ。あの方向はどう見てもアイツらのほうに向かってるよね)

不良「おいおい、あの二人までアイツのハーレムのメンツなのか?」

女「いえ、普段は一緒に食べないですけど」

女(なんか自己紹介してるのかな?  遠くてよくわからないけど)






不良「ふうん、アイツがねえ……」

女「そんなに意外なんですか?」

不良「意外だよ。ほんとに変わったよ」

女「……?」

不良「もしあたしらがアレに加わったらハーレムメンツは七人か」

女「なにげにすごいですね」

不良「ふうむ……」

女(やっぱりこの反応はカードの効果を完全に受けてると思っていいのかな……試しに聞いてみよ)





女「ヤンさん。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

不良「んー?  なんだ?」

女「昨日のことなんですけど、ヤンさんがアイツに絡んでたじゃないですか?」

不良「そうだけど。なんだよ、また蒸し返すのかその話?」

女「ええ。アイツがヤンさんに謝罪したあと、わたしには急にヤンさんの態度がコロッと変わったように見えたんです。
  それってアイツが顔面ブロックした二年生だって気づいたからですか?」

不良「いや…………ちょっとちがうな」

女「どうちがうんですか?」

不良「あのとき、あたしも密かに不思議に思ってたんだよ。なんか急に頭の血が消え失せたっていうか……」





不良「からだが勝手に動き出して、見ようとも思わなかったアイツの顔を見ちゃった、みたいな?
    まっ、よくわかんねーけど」



女(わたしにも似たような経験はいくつもある)

女(この人にはカードの効果が完全にあったと見て間違いない)

女(本当にこのカードって、書いてすぐに効果が出るんだな)



女「……?」

不良「どうした?  ハトが豆鉄砲を飲んだような顔して」

女「いえ、わたし今重要なことに気づいた気がするんですけど……なんでしたっけ?」

不良「はあ?  あたしにわかるわけないだろ」

女「そもそもなんの話をしてましたっけ?」





不良「あたしの態度がコロっと変わったとか、そんな感じの話」

女「コロッと…………ああっ!」

不良「……黙り込んだと思ったら、急に叫び出したり大丈夫かお前?」

女「……いえ、大丈夫じゃないかもしれないです」

不良「なんだ、本当にヤバイのか?」

女「はい。あまりにも簡単なことを見落としていた、そのことに気づいたんです。
  ヤンさんのおかげです!」

不良「奇妙なこと?」

女「はい!  すいません、少しひとりになりたいんで失礼します!」

不良「お、おう……」








女(昼休みを目いっぱい使って考えて、わかったことがある)

女(でも同時にわからないことも出てきた)

女(これはどういうことなんだろ……)

女(なんだか色んな考えが煙みたいに出てきてよくわかんなくなってる)

女(なんだろう、この予感みたいなもの)

女(わたしはなにかとても重要なことに気づきかけている)

女(なんだか知らないけどすごいドキドキしてる)





担任「おやおや、ずいぶんと難しい顔をしてますね」

女「……たった今思いついたんですけど、先生ってわたしをストーキングしてたりします?」

担任「はい?  どうしてぼくがそんなことをしなければならないんですか?」

女「なんかやたら遭遇する気がするんで」

担任「たとえぼくがストーカーだとしても、前方からつけることはしませんよ」

女「それもそうですよね」

担任「しかし、今まで見た中で一番難しい顔をしてましたが、なにか悩みごとでもあるんですか?」

女「わたしにカードを渡した先生が、わたしがなにで悩んでいるかわからないわけないですよね?」





担任「いえ、わからないですよ。着実にハーレムは増えているんですし」

女「それはそうですけど。そうじゃなくて……」

女(……なんだろ。今急にふわっと浮かんできたものがあるけど)

女(そうだ。どこかで奇妙なことを言ってるなと思ったことがあって、もしその奇妙なことが実は……)

担任「……なんですか?  急に言葉を切るのはやめてください、気持ちが悪いんで」

女「…………」

担任「どうして黙り込んでしまうんですか?」

女「……もしかしたら」

担任「はい?」

女「もしかしたら、七月一日はわたしが今まで予想していた状況とまったくちがう結末をむかえるかもしれません」





担任「なにを言ってるんですか?」

女「わたしもまだ漠然としかわからないです。
  わたしの考えは色々と矛盾してるし……でもとりあえず期限までは、先生はただ待っていてください」

担任「ほう、不思議ですね。正直キミがなにをぼくに伝えたいかは、全然把握できませんでした。ですが……」

女「…………」

担任「今までとは目の色がずいぶんとちがうように見えますよ」

女「そうかもしれませんね」

女(残り機関は二十日とちょっと)

女(でもこれだけの期間があるなら、いけるかもしれない)











女(……とか思ったのが、二週間前のこと)

女(ハーレムメンバーは当然増えてない)

女(この二週間の間に体育祭があったりして、多少人間関係に変化はあった)

女(けれど、それも委員長のアイツに対する態度が少し落ち着いたぐらい)

女(あれからこれまでのことを振り返って、色々なことを考えてみた)

女(おそらくこうなのかな、みたいな予想がいくつか出てくるんだけどイマイチ形にできないでいた)

女(しかも期末テストとかまで近づいてるし……)

女(時間が足りない)

女(もうこうなったら正攻法でどうにかしようと思わないほうがいいのかも……)





女「…………」

委員長「よくわからないけど、なんか眉毛がとてもすごい形に歪んでるわよ?」

女「うん。今色んなことに悩んでて、本当にどうしようって感じ」

委員長「期末テストも近いしね」

女「うちの学校って中間テストがないからしわ寄せが、全部期末にくるんだよね」


女(いや、期末テストもそうだけど、やっぱり一番の問題はそれじゃない)

女(わたしが今最も知りたいことを知る方法はある)

女(でも困ったことにそれはカードのせいでできない)

委員長「ねえ、提案があるんだけど」

女「期末に向けて勉強会をしよう、みたいな?」





委員長「え……ど、どうしてわかったの?」

女「わたしも同じようなことを考えてたの」

委員長「じゃあ、せっかくだししようよ」

女「うん、それは全然構わない。問題はメンツなんだよね」

委員長「もちろん……彼は呼ぶでしょ///」

女「委員長、顔が一瞬で赤くなったよ」

委員長「き、気のせいだから大丈夫」

女「勉強会は明日の土曜日からで、場所はウチでいいでしょ?」

委員長「そうね。うちだと両親が休みだしね」

ブス「ミレイも当然呼んでくれるよねー?」





女「い、いつの間に……!」

ブス「ミレイってとっても耳ざといから、すぐこういうのって聞こえちゃうんだよねえ」

女(できれば人数は少ないほうがよかったんだけど、こうなったら仕方ない)

女「いいよ。みんなで力を合わせれば、その分勉強もはかどるだろうしね」

ブス「ダーリン聞いたあ?」

男「あ、うん……聞いてました」

女「勝手に話が進んじゃったけど、予定は大丈夫?」

男「う、うん。大丈夫だよ」

女「それじゃあ明日、勉強会を我が家で開催します」

ブス「いえーい」









女「……で、どうしてこうなったかな?」

委員長「たしかにちょっと人が多いね」

男「……」

ブス「ていうかなんでアンタがここにいるわけ?」

後輩「それは秘密です。とある機関のエージェントが情報をわたしに流してくれたんですよ、はーはっはっはっはっは!
   いやあ、それにしてもここが先輩の家なんですね」

本娘「その……来てしまってすみません」

女(本当なら三人だけの予定だったのに……)

男「……」

女(いちおう目的の人物が来てるから、聞きたいことを聞かなきゃ)

委員長「勉強はみんなでやれば、それだけ成果が出るし、がんばりましょ」

女「まあそうだね」

女(とりあえずは普通に勉強会に集中しよう)









本娘「『こころ』に関してですが、Kの自殺理由は講師の先生によって若干ちがったりもしますけど、だいたいはこの二つですかね」

女「さすが先輩。すごくわかりやすいです」

本娘「いえ、わたしも無理してここに来てしまったんで、せめてこれぐらいは」

女「でもよかったんですか?  三年生の先輩がこんな勉強会なんかに出て」

本娘「……最近ちょっと、いろいろ行き詰まってて。少しでも息抜きがしたかったんです」

女「ならいいんですけど。にしても……」



ブス「だからミレイが教えてもらうのが先って言ってるでしょ!」

後輩「ここは後輩であるわたしに譲るべきです。
   そもそも学年が一緒なのになんで勉強を教えてもらう必要があるんですか!」

委員長「少しは落ち着こうよ、ねっ? 毎回あなたたちがケンカして彼を困らせてるんだから……」

男「い、いや、ぼくはそんな……」





ブス「ていうかあなたバカすぎでしょ。
  『わたしは三度の飯より生足のほうが好きだ』で、なんでこんな英文になるのよ」

後輩「『I like  nama  legs  than  three  rices』のどこがおかしいんですか!?」

委員長「……いったいどこからツッコミを入れればいいのか困るね、さすがに」

男「これはひどい」

ブス「ほら、ダーリンもそう言ってるじゃない!」

後輩「じゃあ、一番バカなわたしが先輩から勉強を教わるべきですよね!」

ブス「なに知能の低さを利用しようとしてんのよ!」

後輩「ちょ、ちょっとなにするんですか!?
   先輩に勉強を教わろうとしただけで、どうしてブスジマさんに襲われなきゃならないんですか!?」








本娘「に、にぎやかですね……」

女「ほんとですね」

女(勉強になってないけど、大丈夫なのかな)










本娘「……すぅ……んっ」

委員長「んー……キス、はまだ…………だ、め……」

男「……うぅ」

女(疲れて休憩してる間に、三人は寝てしまった)



ブス「あなた、ダーリンの寝顔撮っておきなさいよ。こんなのそう簡単に撮れないわよ」

後輩「ブスジマさんの命令に従うのは癪ですが、しょうがないですね」



女(このふたりがムダに絡んだせいで、三人がそれをなだめるのに体力を使ってしまったからである)

女「最近よくカメラ持ち歩いてるね」

後輩「よくないですか、思い出がこうやってきちんと形に残るんですよ」

女「……そうだね」






後輩「それに最近は色んな動画も撮影してありますからね。ほらこれ、この前の体育祭のです」

ブス「って、なんでミレイが徒競走でこけたところを撮ってんのよ!」

後輩「思い出は恥ずかしいもののほうが後々光るんですよ」

ブス「むぅっ……」

女「まあまあ。さっきの体育祭の動画以外にもいろいろと撮影してるでしょ? ちょっと見せてくれない?」

後輩「いいですよ。いろんな動画がありますよ。一回幽霊が映らないかなと思って、夜の校舎も撮ったんですよ」

女「もしかして、先輩とふたりでわたしを驚かせたとき?」

後輩「正解です。このときの先輩、けっこうびっくりしてますよね」





『……だ、誰かいるの!?』

『ふっふっふ、わたしだよ』

『だ、誰!?』




女「夜の校舎ってけっこうコワイんだもん」

ブス「どうせそのうち動画撮ったりするのも飽きて、どうてもよくなったりするんでしょ」カキカキ

後輩「ありえなくもないですね。わたし、熱しやすく冷めやすいタイプなんで」

女「……うわっ、ミレイちゃんの予定帳すごいびっしり書いてあるんだね」

ブス「まあね。ミレイって多忙だから」

後輩「そうですか? ハロウィンとかはわかりますけど。
   身体測定とか委員会説明会とか、わざわざ必要のないものまで書かれてますよ」

女「ハロウィン……」





ブス「いいのよ。こうやって予定帳が埋まってたほうがリア充っぽいでしょ」

後輩「そんな見栄を張ってもしかたありませんけどね」

ブス「なんですって……!」

後輩「本当のことを言ったまでです!」

女「あれ……?」

後輩「どうしました?  まさか本当に幽霊が映ってましたか?」

ブス「え!?  う、ウソでしょ!?」

女「ううん……全然ちがう。ただ、なんかすごく違和感があったの」

女(…………)

女(あのときの記憶は……いや、でもちょっと待って……んー、つまり……)





女「だめだ……さっぱりわからん」

後輩「なにがですか?」

女「いろいろと謎なんだよねえ」

ブス「なんかよくわかんないけど、謎は謎のままのほうが美しいって言うじゃない?」

女「いや、そんなことを言ってる場合じゃないんだよぉ」

ブス「ふうん」

後輩「予定帳を見返してニヤニヤしてますけど、なにかあるんですかブスジマさん?」

ブス「ふふっ、ミレイがダーリンに惚れた記念すべき日をデコレイトしていたのよ」

女「キラキラしてるね」

ブス「まあね。これぐらいに派手にしとけば一発でわかるでしょ」

女(その日はわたしがミレイの名前をカードに書いた日)

女(わたしがおかしくなった日付も、わりと近い……)





女「まって!  この日って……」

後輩「その日がどうかしたんですか?」

ブス「そこには特に予定はないけど?」

女(まって、これは偶然?  偶然がふたつ重なってるだけ……?)

女「ん~……ダメ。さっぱりわからん」

後輩「あ、先輩がうなだれちゃいました」

女(いや、まだ解決する手段はある。そう……)

女「ねえ、質問があるんだけど」

後輩「わたしにですか?」

女「うん」








本娘「すみません、途中で寝てしまって」

委員長「なんていうか、勉強をしにきたというより手間のかかる子どもをなだめるのに来たって感じになったけど、楽しかったね」

ブス「ほんと、どっかの誰かのせいでむやみやたらに疲れたわ」

後輩「奇遇ですね、わたしもです」

女「はいはい、わかったから。もう夜ご飯の時間なんだし、あんまり騒いじゃダメ」

後輩「失礼しました」

委員長「まあ、あとは各自でがんばりましょう」

男「う、うん……」

女「じゃあ本日は解散」










女「解散とか言って、すぐに呼び出してごめんね」

男「ど、どうしたの?」

女「どうしても聞いておきたいことがあったの」

男「……ぼくに?」

女「うん。実は……」

女(わたしは財布からあるものを取り出して、それを彼に見せようとした)

女(でも……)

女(からだが、というか手がこれ以上動いてくれない……!)

女(やっぱりどいうわけかジャマが入る)





男「えっと……どうしたの?」

女「あ、いや、その……ちょっとそこらへんを歩こっか。時間は大丈夫?」

男「う、うん」

女「……」

男「……きょ、今日は楽しかった」

女「そうだね。なんか勉強をそんなにした気がしないけどね」

男「うん……」

女(どうしよう。聞きたいことが聞けないって可能性は考えてたのに、話題を用意してなかった)

女(よくよく考えるとかなり久しぶりにふたりっきりになったんだよね)

女(ちょっと緊張してるかも……)





男「ほ、ほんとに……たのしかったんだ、今日」

女「さっきも言ったけど肝心の勉強はできてないよ?」

男「そうだけど……で、でも、こうやって友達と一緒にいるのが……な、なんていうか嬉しかった……」

女「……そっか」

男「きょ、今日は、さ、誘ってくれてありがと……」

女「いいよ、わたしも苦手な数学とか教えてもらったし」

男「そ、そっか」

女「そうだよ」






女「そういえば、さっきミレイちゃんの手帳にハロウィンって書かれてたんだ」

男「うん……」

女「小学生のころのハロウィンパーティのこと覚えてる?」

男「えっと、うん……クラスでやったのだよね?」

女「そうそう。それでどうしても思い出せなくてモヤモヤしてたんだけど、あのときのキミってどんな仮装してたんだっけ?」

男「ふ、布団のし、シーツをかぶれるようにして……」

女「そう、そこまでは思い出せるんだけど、なんか変わった工夫がされてたよね?」

男「あ、アルファベットチョコを……両面テープでいっぱいシーツに貼っつけて『チョコのお化け』ってやった……」

女「そう、それ! なつかしいね。お菓子をもらう側なのになぜかお菓子をからだにくっつけて来てさ。
  最終的には真っ白のただのお化けになってたもんね」

男「ぼ、ぼくバカだったから……よくわかってなかった……」





女「そう?  わたしは素直にすごいと思ったけどね」

男「あ、ありがと……」

女「なんであんな発想ができるんだろって、ずっと気になってた。どうしてチョコのお化けは浮かんだの?」

男「そ、そんなたいしたことじゃないよ……ただ、みんながどうしたら楽しめるかって……みんなの気持ちになって、考えただけ……」

女「みんなの気持ち……」



母『人の顔色をうかがうことと、人の気持ちを慮ることは全然ちがうってこと』



女(ああ、お母さんが言ってたことってこういうことだったんだ)

男「そ、それと…………」

女「……?」





男「き、キミのき、気持ちを……」

女「わたし?」

男「き、キミはお、覚えてない、だろうけど……ぼ、ぼく聞いたんだ。パ、パーティの前日に……」

女「……」

男「き、キミがど、どんなお、お菓子を……た、食べたいのかって」

女「そっか。ごめん、今の今までそうやって言われるまで本気で忘れてた」

男「お、覚えていられるわけ、ないよね……」

女「……たしかに忘れていたよ、今の今まで。でも――」





『そうだ、ひとつ聞きたいんだけどいい?』

『なあに?』

『どんなお菓子が食べたい?』

『なんでそんなこと聞くの?』

『いいから、おねがいだから教えてよ』

『んーそんなこと言われても……じゃあ、アルファベットチョコ……がいいかな?』

『本当に絶対にそれでいい!?』

『うん。でもわたしたちお菓子はもらうがわじゃあ……』

『いいの。明日絶対にキミを驚かせるから!』





女「……今思い出しちゃった」

男「ほんとに?」

女「うん。懐かしいね。次の日、キミが全身にアルファベットチョコをつけてきたのを見てね、そういうことだったんだって、ひとりでびっくりしてた」

男「……」

女(自分で言ってから思ったけど、ちょっと待って。これってどういうことなんだろ……)

男「どうしたの?」

女「あ、う、うん! なんでもないから、ほんとに……」

男「ぼ、ぼく……この学校に編入してきて、本当によかった。ま、前の学校では……い、いろいろうまくいかなくて……」

女「……うん」

男「い、今でも不安にな、なるけど……」

女「不安?」





男「う、うん……い、いつか、み、み、みんなが……ぼ、ぼくのあ、相手をしてくれなくなるんじゃないかって」

女「……」

男「だ、だからこ、コワイんだ……! 今が楽しければ……楽しいほど」

女「あのさ」

男「は、はい」

女「わたしもその気持ち、わりとわかる。わたしも人の顔色をうかがってばかりだから」

男「き、キミとぼ、ぼくとは……ち、ちがうよ……」

女「うん。キミとわたしはちがうと思う」

男「え……」

女「わたしは人の気持ちになって考えるなんてこと、ほとんどしたことがなかった」

男「……そ、そんなことは……」





女「最後まで聞いて」

男「……」

女「たしかによく気づかいができるとか、社交的とか褒められたりはするけどしょせん上っ面だもん。
  わたし、本当はすごく性格悪いし」

男「そっ……」

女「キミも今は人の顔色をうかがってばかりかもしれない。
  でも、それでもキミはわたしとはちがうと思う。うまく言えないけど」

男「……ありがと」

女「こちらこそ。いろいろとごめんね」

男「……なんのこと?」





女「こっちの話。そしてもっとキミの気持ちになって考えるべきだった」

男「え……?」

女「これを見てほしいの」

女(さっきはカードを見せようとしたら、からだが急に固まったみたいに動かなくなった)

女(でも、今度はきちんとカードから財布を取り出して、彼の目の前につきつけることができた)

女「キミはこのカードを知ってる?」

男「……ううん、知らない。初めて見た」









女(六月三十日。わたしはこの日、最初にある人を呼び出した)

女(いや、本当は呼び出したくはなかったけど、まあ仕方がない)

不良「このあたしを呼び出すなんていい度胸だな?」

女「すみません。このお礼とお詫びは、しっかりさせてもらいます」

不良「冗談だよ。さすがにあたしも後輩におごってもらおうなんざ思わんねえよ」

女「さすがヤンさん」

不良「で?  ここ何日間かハデに動いてたけどなにかあったのか?」

女「まあ、いろいろと。それでヤンさんにはやってもらいたいことと聞きたいことがあるんです」





不良「なんだ?」

女「やってもらいたいことはこれです」

不良「……なんだこのカード。トランプ……ではないな」

女「はい、トランプではありません」

不良「なんか妙にちゃっちいカードだけど、なんなんだこれ?」

女「このカードのオモテ面に枠がふたつあるでしょ?」

不良「ああ。どっちもまだ空白だけどな」

女「このカードの下の枠、そこに自分の名前を書いてほしいんです」





つづく



さいかいする

今日で強制的に最終回








女(先生はおそらく意図的にわたしを勘違いさせようとした)

女(だから、あの先生はウソはついていない)

女(あくまで本当のことを言わなかったってだけ)

女(けれども、そのせいでわたしは根本的な部分で間違えてしまった)



女「すみません先輩、わざわざこんなところに呼び出して」

本娘「構いませんよ、この前はわたしがあなたの家に無理におじゃましてますし」

女「ありがとうございます。ここまで足を運んでもらったのは、これに名前を書いてほしかったからなんです」

本娘「…………カードですか?」

女「はい。上下に枠がありますよね?  下枠の方に名前を書いてもらいたいんです」





本娘「……」

女「先輩?」

本娘「誰の名前を書くんですか?」

女「決まってるじゃないですか。先輩の本名ですよ」

本娘「……理由を説明してもらってもいいですか?」

女「特に理由はないです。ただ、先輩の名前を書いてもらう。それだけでいいんです」

本娘「理由がないなら、書きたくないです」

女「……なんでですか?」

本娘「それは……」

女「実は先輩以外にも、あと何人かの人たちにも同じように名前を書くように頼みました」

本娘「……だとしたら、その人たちもわたしと似たような反応をしたでしょう?」

女「ええ。でも、最終的には書いてくれましたよ。だって、名前を書くだけですもん」





女「先輩だけなんですよ。書きたくない、なんてことを言ったのは」

本娘「……」

女「じゃあどうして、このカードに名前を書かないのか?」

本娘「呼び出してなにを話し出すかと思えば……帰っていいですか?」

女「より正確に言えば書けないと言ったほうがいいでしょうか?  だってこのカードに見覚えがありますもんね?」












女「――先輩はわたしの名前をカードに書いたんですから」






女「あっ、ちなみにこのカードはわたしの手作りで、例のカードとは一切関係ありません」

本娘「…………どうして?」

女「なにがですか?」

本娘「どうしてわかったんですか?  わたしが、カードにあなたの名前を書いたって」

女「あっさりと認めるんですね」

本娘「殺人を犯したとかってわけじゃありませんからね。
   それに、そこまで言うからには証拠のようなものがあるんですよね?」

女「いえ、実はわたしの名前をカードに書いたって証拠はありません。
  でも、先輩はちがうところできっちりボロを出してます」

本娘「ボロ?  わたしがですか?」







女「ええ。わたしのカードのうち、一枚に委員長の名前を書きましたね?  そしてもう一枚は盗んでいった」

本娘「……カードを盗んだこともバレてるってことですか」

女「はい。逆を言うと、このことがなかったら先輩が犯人だってわかりませんでした」

本娘「教えてくれませんか?  どうやって盗んだのがわたしだって特定したのか」

女「これです」

本娘「……デジカメ?  しかもそれってあの子の……」

女「はい、そうです。実はこの中にある動画に証拠が隠されています。見てみてください」






女『……なんでさっきからデジカメ構えてるの?』

後輩『わたし、最近動画撮るのにハマちゃったんですよー』

女『なんで?』

本娘『わたしが貸した漫画のキャラクターの真似だそうですよ』

後輩『そうなんですよ、先輩!』

女『そうなんだ……』

後輩『どうしたんですか?  なんだか妙に疲れてるように見えます』

本娘『ひょっとしてナンプレのやりすぎで疲れちゃいましたか?』

女『あはは、まさか。ちょっと部活でうまくいかなくて……それだけです』

後輩『元気出してください。先輩』

女『大丈夫だよ。うん……大丈夫だから』






本娘「これのいったいどこに、わたしがあなたのカードを盗んだっていう証拠があるんですか?」

女「気づきませんか?  自分がとんでもないことを口走ってることに」

本娘「え……?」

女「なんで先輩はわたしがナンプレをやっていたことを知ってるんですか?」

本娘「あっ……」

女「そうなんです。カードが盗まれた日、先輩に会ったのはこのときが初めてです。
  それに、わたしは数学嫌いでナンプレなんて普段は絶対にやりません」

本娘「……いろいろと迂闊だったということですね」

女「ええ。先輩はわたしたちが出たあと、教室に侵入した。
  正確にはわかりませんけど、おそらくわたしが所持しているカードを盗むためでしょう」

本娘「だいたい合ってます。少しだけ待ってから侵入しようと思ったら、あの人が戻ってきました」

女「画鋲を取りに戻ったアイツを見送って先輩は教室に侵入したんでしょう。
  そのときに、わたしの机のナンプレを目撃した」






女「教室に侵入した先輩は机に置いてあったカードのうち、一枚に委員長の名前を書く。
  そしてもう一枚はそのまま盗んだ。そうですね?」

本娘「ええ。そしてあなたを勘違いさせるために、彼の机にカードを置いておきました。
   わたしの本が置いてあったから、机は簡単に見つかりました」

女「先輩の思惑どおり、最初は見事に騙されました。わたしは彼がカードに、委員長の名前を書いたと思いこんだ。
  ……でも、そうだとすると矛盾してることに気づいたんです」

本娘「矛盾?」

女「ご存知だと思いますけど、このカードって名前を書いた時点ですぐに効果が出るんです」

本娘「ええ。それは知ってますけど」

女「もし仮に彼が画鋲を取って来てから、わたしたちのところに戻るまでに名前を書いたとしたら、その時点で委員長の様子は変わっていたと思います。
  でも実際にカードの効果があったのは授業が終わったあと。タイムラグがありすぎたんですよ」

本娘「……なるほど。わたしは侵入してからすぐにはカードに名前を書きませんでした。
   ……どうも運がなかったみたいですね」

女「ええ。というより、先輩は下手なことをしないほうがよかったのかもしれません。たとえば、その敬語の『キャラ作り』とか」

本娘「……どうしてそれを?」






女「――さん、わたしはヤンさんって呼んでるんですけど、その人から聞きました」

本娘「…………。
   じゃあもう敬語キャラは終わりね」

女「そうみたいですね」

女「でも、どうしてあなたが彼女と接触したのか、それが理解できないわ」

女「これに関しては、まあ、いろいろとありまして……でも先輩がわたしに『あの人と関わるな』って言ったのは効果がありましたよ」

本娘「そもそもそんなことを言わなくても、あなたみたいな人は絶対に彼女とは関わらないと踏んでたんだけどね」

女「先輩はわたしと彼女が接触することをおそれた。
  もしわたしがヤンさんに『先輩ってどんな人なんですか?』なんて聞かれたら困ってしまう。
  ……だって、先輩がそんなふうに敬語を使うようになったのは三年生になってから。急に愛想がよくなったのも」

本娘「そう、色々な女の子と接触するためにね。
   人当たりのいいキャラクターを自分なりに作ってみたんだけど、失敗ね。」

女「ヤンさんからは他にも聞きました。先輩がカードを盗んだ時間は、わたしたちと同じで体育祭の創作ダンスの練習をしてた、とか。
  今のわたしの担任が先輩の二年のころの担任だった、とか」

本娘「ほんと、あの人って実は面倒見がいいしけっこうおせっかい焼きなのよ」

女「ええ、実際に話してみたらコワイはコワイですけど、けっこう親切な人で驚きました。
  目つきが悪いのも目が悪いせいですしね」





本娘「あなたはどうしてわたしがこんなことをしたか、その理由はわかってるの?」

女「ええ。今になってようやく確信がもてました」

本娘「教えてくれる?」

女「わたしはこのカードを担任からもらいました。そしてある男の彼女にならないために、彼のハーレムを築くように言われました。
  そして、先生はカードをいっぱい持っていました」

本娘「……っふ、なかなか面白い話なんだけどね、聞いてる分には。でも、当事者からしたら笑えない話よね」

女「ええ。わたしも先輩も同じように、あの先生のせいで、自分がヒロインとして選ばれないように動くハメになったんですからね」

本娘「あなたはまだマシよ。わたしは彼の前にあの教師に…………ごめんなさい、この話は関係ないわね。続けて」

女「……すでに先輩はカードに書かれているという『経験』をしていた。だからわたしが名前を書いても、効果はなかった」

本娘「あなたがわたしに探りを入れてきたときは、思わず笑っちゃったわ」






女「おかげでわたしは変な勘違いをしてしまいました」

本娘「変な勘違い?」

女「あ、気にしないでください。
  それに、お気に入りの自分の本を貸すとか、せいぜい彼の家に押しかけるぐらいしかアプローチもありませんでしたし」

本娘「これでもけっこう裏では動いていたけどね。あなたをストーキングしたりとか」

女「……あはは」

本娘「じゃあ最初の質問に戻るけど、結局どうしてあなたはわたしがあなたの名前を書いたってわかったの?」

女「ひとつは今話したことから。そしてひとつはこれです」

本娘「このプリント……年間行事表だけど、これがなんだっていうの?」

女「わたしは自分がおかしくなった日を、今でもきっちり覚えています。その日は、予定表のここです」

本娘「……なにも書いてないじゃない」






女「ええ。でもこの日にはなにもなくていいんです。先輩がカードに名前を書いたのはきっと前日ですからね」

本娘「前日……ふうん、そういうことね」

女「そう、わたしがおかしくなった日の前日には、委員会の初めての説明会があったんです。
  ここで先輩は、彼と接触してわたしのこととかを聞いたんで」

本娘「……すごいわね、あなた」

女「ありがとうございます。で、最期の理由なんですけど……これは当てずっぽうに近いです」

本娘「へえ、いったいなに?」

女「カードにわたしの名前を書いたっていうのがそのままの理由です」





女「ずっと気になっていたんです。どうして自分が選ばれたのかって。
  でも仮に先輩だとしたら、わたしを選んだのも納得だなと思いました」

本娘「……教えて。どうしてわたしがあなたを選んだのか」

女「わたしが彼の幼馴染だから、でしょ?」

本娘「ふふっ……大正解」









女(その後、先輩とわたしは一時的な和解をした)

女(わたしも先輩の名前を書いたし、なによりまだラスボスを倒していないということで)

女(先輩がいなくなったパソコン室は、もちろんわたししかいない……けど)



担任「話は聞いていましたよ、」

女「気づいてました。お昼休みはかなりの割合で先生、ここにいますしね」

担任「いやあ、それにしても見事です。予想外でしたよ、キミがまさか彼女の存在に気づき、真実を暴いてみせるなんて」

女「知らなかったほうが気分的にはマシでしたけどね」

担任「そうですか。まあそうかもしれませんね」

女「先生の性格の悪さが想像のはるか上を行ってることも発覚しましたしね」

担任「それはキミの想像力が欠けているだけだと思いますよ」





担任「さて、彼女は聞きませんでしたが……どうしてキミは彼がカードを書いた張本人ではないと思ったんですか?
   この前提が根本になければ、キミの推理は成り立ちません」

女「そのとおりです。しかも先生はわたしを勘違いさせるような言い回しをしてくれましたからね」

担任「ぼくは彼にカードを渡したなんてことは一度も口にしてませんよ?」

女「はいはい、そうですね……簡単な話です。彼の立場になって考えてみたんです」

担任「ほう」

女「もし、仮に彼が先生にカードをもらってわたしの名前を書いたとしたら、わたしに対してあんな態度にはならないと思うんです。
  もちろん、ほかに言い寄ってくる女の子に対しても」

担任「ですがそれは、彼が自分に自信がないからじゃないですか?
   残念ながら彼の容姿はお世辞にも整っているとは言えませんからね」

女「ええ。顔はかっこよくないですね。その点、先生は顔はかっこいいですね」

担任「褒めてもなにも出ませんよ」







担任「……?  
   そういえばもうひとつ。どうしてキミはぼくとシモテンマさんがつながっているとわかったんですか?」

女「それは難しいことではないです。ヤンさんに聞いたら先輩の去年の担任が先生だって、教えてくれたんですよ。そこから推測しただけです」

担任「しかし、そうやって聞くに至るきっかけがあるはずですよね?」

女「階段の踊り場で、先生は言ったじゃないですか。
 『ぼくが指摘してから、三人もヒロインを作るなんてね』って」

担任「よく覚えていますね」

女「ええ。あの時点ではわたしの認識では委員長とヤンさん。
  わたしが把握していた新しいヒロインはその二人だけ」

担任「なるほど……ぼくとしたことが、やらかしてしまいましたねえ」

女「ええ。いないはずの三人目を先生は口にした。
  そのことと先輩にカードを盗まれたことを思い出して……あとは芋づる式に解けました」

担任「いやあ、本当に素晴らしい」







女「わたしの珍しい名字を二人とも読めたとか、本のこととか。
  そんなささいな共通点もありましたしね。あと敬語キャラ」

担任「ははは、細かいですね。ではそんな細かいキミに、クイズをひとつ出しましょう」

女「クイズ?」

担任「彼女は最後にキミにこう聞きましたね。『どうしてわたしがあなたを選んだのか』と。
   では、どうしてぼくは彼を選んだんでしょうか?」

女「編入生だから」

担任「……」

女「彼から聞いたんです。編入生って学校を前もって見に来て、担任の先生と会うんです。
  生徒に関心のない先生は、一番最初に会った彼を選んだ……ただそれだけです」

担任「素晴らしい。キミは本当に素晴らしい。中途半端とか言って申し訳ありませんでした」

女「褒められても嬉しくないです」

担任「ぼくが人を褒めるなんてあんまりないんですけどね。しかしキミは重要なことを解決していないことに気づいていますか?」





女「……カードのこと、ですよね」

担任「ええ。キミとシモテンマさんのせいで、カードの呪いにかかってしまった人たちがいますよね。キミたち二人を含めて七人」

女「……」

担任「本当ならこんな予定はなかったんですが、キミは華麗に真実を暴き、ぼくのクイズにも正解しました。
   ご褒美にこのカードを六枚差し上げましょう」

女「……このカードでどうしろって言うんですか?」

担任「キミに今まで渡したカードには、上の枠に彼の名前を前もって記入していました。
   しかしこの最期の六枚は、まだ誰の名前も書いていません」

女「はあ」

担任「上の枠にはなにも書かないでください。そして、下の枠にあなたたちの名前を書いてください」

女「それでどうなるんですか?」

担任「そうすることで、カードの効果は消えます。信用できないって、顔をしてますね」

女「……このカードはいったいなんなんですか?」

担任「ぼくも詳しくはわかりません。
   それはまだぼくが教師になる前に、ある謎のおばあさんから購入したものです」





女「先生は、どんな説明を受けてこれを買ったんですか?」

担任「『惚れるカード』としか教えてもらえませんでした。
   半ば強引に買わされたんですが……まあ、信用するかしないかはキミしだいです」

女「今さら先生を信用しろって言うんですか……」

担任「さあ? 自分で考えてみてください。
   この手段でしか自分のあやまちを償う手段はない。キミはひどく気にしていたじゃないですか」

女「……」


担任「……人の運命を弄んでしまうことを。
   なによりキミ自身もカードの効果から解き放たれることができるんですよ?」

女「……でも七人に対して、六枚しかありませんよ」

担任「ええ。残念ながらこれ以上はないんですよ。だから自分で選んでください。誰を犠牲にするのか、ね」

女(わたしは……)

担任「明日までにカードに書いてくださいね。もしそれができないなら、返してもらいますから。
   さっ、お昼休みが終わりますよ」









女(どうすればいいのかな……)

女(なんかこうやって授業を受けてることが、すごく場違いなことをしてるみたい)

女(なにかが引っかかるけど……でも、それがなんなのかは全然わからないし)

女(もしかしたら、わたしの考えすぎなのかもしれない)

女(こんなとき、アイツならどうするのかな……)

女(そもそもこんな誰かの運命を握ってるみたいな経験とか、今までないし……どうしよう)

女(経験と言えば、わたしはひとつ勘違いしてたけど、アレは本当に単なる勘違いだった)

女(先生にそんな意図はなかった……あれ、なんだろ……この違和感)

女(やっぱりなにかがおかしい)









担任「七月一日、期限の日です。結局放課後まで引っ張りましたが、カードは書いたんですか? 」

女「ええ。全員分書きました。わたしを除いて」

担任「……へえ、自己犠牲の精神ってやつですか?」

女「……全然そんなのではないですけど」

担任「まあべつになんでもいいんですけど。
  ところで話は変わりますがぼくは、教師になってから一度も恋人ができたことがありません」

女「なにかの自慢ですか?」

担任「まあ、最後まで聞いてください。これでもぼくはけっこうモテるんですよ」

女「そうなんですか」

担任「恋愛感情というのがまるでわかないんですよ。どんな美人を見てもね」

女「……なんか、かわいそうですね先生」





担任「自分のことながらとってもかわいそうだと思います。
   でも、そのかわいそうな人間をキミは作ってしまったんですよ。キミ自信の手で」

女「……なんの話をしてるんですか?」

担任「ぼくがこうなってしまったのには理由があります」

女「……理由?」

担任「例のカードの下枠に自分の名前を書いたんです。
   ただし、上枠にはなにも書きませんでした。あれ、これってどういうことでしょうね?」

女「どうと言われても……」

担任「キミは言いましたね、自分を除いた全員分の名前を書いたと」

女「……はい、言いました」

担任「ということは、これと全く同じことをすでにしているということですよ……あなた以外の六人にね」

女「……」




すまん
休憩




縺輔>縺九>




担任「おや……驚きすぎて声も出ませんか?」

女「そうじゃなくて……さっきから先生はなんの話をしているんですか?」

担任「いや、わからないんですか?  キミは彼女たちから恋愛感情を奪ったんですよ?
   それがどれほどのことかはわかるでしょう」

女「えっと……」

担任「さらに言いますと、あのカードの正式名称は『惚れさせるカード』なんですよ。
   だから逆を言えば彼に『惚れた』時点でカードの効果は消えるんですよ。本当に余計なことをしましたね、キミは」

女「…………あの、わたしが全員分の名前を書いたっていうのは、プールカードの話ですよ?」

担任「……はい?」

女「先生、わたしに頼んだじゃないですか。クラス全員分の名前を書かせて、期限までに提出しろって。
  だいたい委員長の仕事を代わりにやったぐらいで、自己犠牲とかオーバーですよ」

担任「……」

女「明後日からプール開き。そして今日は先生が指定したプールカードの期限日です。
  よかったですね、体育の小暮先生にしぼられずにすみますよ」





担任「……ちょ、ちょっと待ってください……!  じゃ、じゃあ例のカードは……」

女「ああ、こっちのほうですか?  はい、見ての通りです。まだなにも書いていません」

担任「なっ……!」

女「きちんとカードを確かめるべきでしたね、先生」

担任「ど、どうして……」

女「どうして気づいたか、ですか?」

担任「キミを引っかけるために、カードが一枚だけ足りないという状況を作り上げたのに……!」

女「……たしかに、わたしも最初は誰を選ぶかっていうことで頭がいっぱいになっていました」

担任「だったらどうして……!」

女「…………わたしはそれは先生が口にした『経験』っていう単語をまったくちがう意味でとらえていました」






女「そして、その勘違いを先生が意図的にわたしにさせたものだと思っていました」

担任「……?」

女「そう、この先生の言った経験って単語は単純なヒントでわたしを惑わせるためのものではなかった。
  でもそうだとすると、なんか変ですよね? だってこれってとんでもないヒントなんですよ」

担任「……」

女「階段の踊り場での『三人』の発言。先輩とのつながりを匂わせる言動。そして『経験』のヒント。
  これらの要素を考えたとき、答えが出たんです」









女「先生は最初からわたしに真実を暴かせようとしていた。そしてその上でこの展開に持っていくつもりだった」

担任「……」

女「期限を設けたり、脅しをかけたりしたのもわたしを少しでも追い込むため。
  ……こんなのはわたしの推測ですし、外れてても構いません。知りたかったことはもうわかりましたし」

担任「……だが、結局問題は解決していないってことはわかってるのか……!」

女「そうですね。わたしがやったことは帳消しにはできません。だから……正直にみんなに話しちゃいました」

担任「……はあ?」

女「みんなの反応は……想像にお任せします」

担任「意味がわからない。全部意味がわからないっ……!
   なんで……そもそもどうしてぼくの考えがわかった……!」

女「わたしも先生と同じで性格がよくないので。
  性格悪い人の考えることは、だいたいわかります。あと、ある人に教わったことがたまたま生きたんです」







女「その人の気持ちになって考えるっていうことが大事だって」

担任「……それがなんだって言うんだ……キミは好きでもない男に、延々と振り回されることになるんだぞ」

女「それなんですけど、ここ一週間ぐらいなにも起こらないんですよ。
  さっき先生言いましたよね? このカードは『惚れさせるカード』だって」

担任「まさか……」

女「はい。たぶんわたし、彼のこと好きになっちゃったみたいです」

担任「……」

女「そんな顔しないでくださいよ。
  委員長とかミレイちゃんとか、そのカードのせいで速攻で彼に惚れちゃったみたいですし」

担任「だが、キミはちがうだろう。彼のことがイヤで……彼に嫌悪感を抱いてっ!
   ……だからこそ彼女たちを巻き込んだんじゃないか……!」

女「そうです。でも、カードの効果が切れたってことは、結局そういうことですよね?」








担任「そんな説明で納得できるわけないだろうが……!  誰が納得するんだ……!?」

女「知りませんよ。それに、人が人を好きになるのに、百人が百人とも納得する理由が必要なんですか?」

担任「……っ!」

女「それと、今後一切変なことはしないでください。もしなにかするようでしたら……そうですね。
  たとえばわたしが持ってるこのカードに、先生の名前を書いちゃいますから」

担任「……ぼくに恋愛感情はないって言っただろ」

女「そうですね。でも、たとえば……先生の名前を上の枠に書いて、体育の小暮先生の名前を下枠に書いたら?
  あの先生はゲイらしいですし、先生はイケメンですからいいカップルになるかもしれませんね」

担任「そ、それは……」

女「じゃあもう用がないなら帰りますね。人を待たせてるんで」










担任「まったく……このぼくが出し抜かれるなんてね」

担任(これほど帰りが憂鬱なのは久々だ)

担任(足がこんなに重く感じるなんて……)

担任(いろいろとカードで実験をして、最終的に恋愛感情なんてジャマだと思って自分から捨てたが……)

担任(どうしてかな。今になってそのことを後悔してる……)



  「いらっしゃい」

担任「……!  あ、あなたは……」

  「……」

担任(ぼくにあのカードを売ったあの老婆と同じ衣装……)







担任「ぼくのことを覚えていますか?」

  「……」

担任(ちがう。服装こそ一緒だが、この人はかなり若い……)

担任(だがこの出で立ちといい、このよくわからない商品といい、間違いなくあの老婆の関係者だ……)

担任「……あの『惚れさせるカード』はもうないんですか?」

  「『惚れさせるカード』はあれだけでございます」

担任(まあそうだろうな。だいたい、あのカードを買ったのは十年近く前。あるわけがない)

担任「あなたは……あのお婆さんの知り合いなんですか?」

  「……」






担任「余計なことはなにもしゃべらないんですね。そういえば、あのお婆さんもそうでした」

   「……」

担任「……ぼくは本当は教師でなく作家になりたかったんです。
   だからあの『惚れさせるカード』はいろいろと使えましたよ。今回のことといいね」

   「……それはよろしゅうございました」

担任「……。まあなれてないんですけどね、結局。ある女子高生に言われて気づきました。
   人の気持ちが理解できないぼくには、小説家なんてハナから無理だったって。
   なによりぼくは一から百まで説明されないと気がすまないタチのようですし」

   「……」

担任「今売ってる商品は『見えるメガネ』ですか。
   昔だったら飛びつくとこでしたが……ちなみにこの見えるとはどういう意味なんですか?」

   「見える、という意味でございます」

担任「……そうですか。まあ、今回は買いません。二度と買うことはないでしょう。それではさようなら」

   「……」










女(あぁ……疲れた)

女(これでおそらく、今回のことに決着はついた……はず)

女(先生に言ったとおり、わたしは殴られること覚悟でみんなに本当のことを話した)

女(みんなのリアクションはこんな感じだった)







ブス『なんかすごい神妙な顔して、ちょっと泣きそうだからなにかと思ったけど』

ブス『そんな話をミレイが信じると思ってんの?』

ブス『それってひょっとしてミレイからダーリンを奪うためのかく乱作戦?』

ブス『まったくそんなことを言ってもムダよ』

ブス『ミレイとダーリンは運命の赤い糸でむすばれてんだから!』

ブス『ていうか今度クレープ、新しい種類が出たらしいから、一緒にいきましょ』







不良『あー、ちょっとまって。いや、うん?』

不良『なんか言われてみると、お前の話はけっこう当てはまるところがあるけど……』

不良『いやいや、やっぱりお前あたしをバカにしてるだろ?』

不良『なかなか迫真の演技だが、騙されないよ?』

不良『……うーん、いや、うん、とりあえずはいいや』

不良『アレコレいちいち考えるのは疲れるし……べつによくわかんなくて考えを放棄したとかじゃねーからな』







後輩『十年ぐらい前にやってた週間ストーリーランドみたいな話ですね、そのカードが本物なら』

後輩『そうですね、わたしは先輩の話がウソだとは言いません』

後輩『え?  だったらどうして怒らないのかって?』

後輩『あのからだが勝手に動く現象は最初だけでしたし、今じゃ無くなっちゃいました』

後輩『それに先輩との恋愛はいいかなって。やっぱりわたしは二次元の方が向いてるみたいですし』

後輩『先輩とはこれからは趣味の合うオタク友達ってことでいこうと思います』

後輩『それに先輩との恋の道のりはとても平坦じゃなさそうですし』

後輩『三次元だけに』







委員長『……本当だったら、なんていうか上手く言えないけど……複雑な気持ちにさせられるね』

委員長『まあ、アンタって基本的にウソはつかないけど』

委員長『そうは言っても今回はさすがに話が、ちょっと信じられないっていうか……』

委員長『いちおう、アンタの説明したことに心当たりはあるんだけ』

委員長『でもわたしはそれでもこの気持ちをニセモノだとは思えないの』

委員長『きっかけはおかしなことかもしれないけど』

委員長『え……どこを好きになったのかって?』

委員長『そ、それは……///』






無口『……』

無口『……』

無口『……そう。実はわたしもヒロインだったの』

無口『……ふうん』

無口『…あっそ』








本娘『今は深く考えないことにするわ、カードのことについてはね』

本娘『あの教師のことは考えるだけでムカつくしね……で、なにしてるのかって?』

本娘『物語を書いてるのよ。ふたつ』

本娘『ひとつは今回のカードのことを題材にした話』

本娘『もうひとつはなにかって?』

本娘『……ある幼馴染の恋の話、よ』

本娘『……』

本娘『もし完成したら、ぜひ読んでくださいね』






女(こんな感じで結局当然というか、まあ、ほとんど信じてもらえなかった)

女(このカードはどうしよう)

女(さすがに手放すには危険だし、先生のこともあるしなあ)

女(それも考えなきゃならない)

女(でも今は……)



女「……お待たせ」

男「あ、うん……ま、待ってないよ?」







女「待ってなかったら今ここにいないでしょ?」

男「そ、そうだね……」



女(なんで惚れたんだろなあ、こんなヤツに)

女(やっぱりカードのせい?)

女(でも……)


女「それじゃあ……」


女(……あ、あれ?  ま、また声が出ない……!?)





女(……あっ、そっか。そうなんだよね……)

男「ど、どうしたの……?」

女「べ、べつに、なんでもないよ」

女(今まではコイツがわたしに惚れてるって思ってた)

女(けれどそれは勘違いで、もしかしたら実はわたしのことなんて……)

女(いやいや!  あのときコイツはわたしに……ていうかなんでこんなに顔が熱いの!?)

男「だ、大丈夫……?」

女「へ、平気……あ、あのさ」

男「うん……」

女(そうだ、なにも緊張することない。ただ一言だけ言えばいいんだもん)

女(すぅー……よし、言うぞわたし!)






男「あ、あの……!」

女「な、なに?」

男「ぼ、ぼくと……い、一緒に帰ってくれませんか?」

女「……」

男「……あ、あの……ダメですか?」

女「…………ふふっ」

男「な、なに?」

女「キミに待ってって言ったのはわたしだよ?  ダメなわけないでしょ?」

男「じゃあ……」

女「うん、一緒に帰ろう」






女(というわけで、謎のカードによる奇妙なストーリーはとりあえずはおしまい)

女(ここから始まるのはどこにでも転がってる学園ラブコメ)

女(わたしと彼のごく普通のお話が、ここから始まる)







おしまい♪




これでこのssは強制的におわり
ここまで見てくれた人、ありがとうございました


あえて説明されてない部分もありますが、一応このss内で予測を立てられるようにはなってるはずです
まあとりあえず来年会いましょう




関連ss
男「オレの人生ってつまんねえなあ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1385647600/)

過去作
http://bzyugeeeei.blog.fc2.com/


なお関連ssにはこの謎の女性が出る以外はなんの関連性もありません







「上枠が空欄だと惚れさせる対象がnullになる」(=恋愛感情がなくなる)と解釈したのだが
そうすると最後の6枚のカードに6人の名前を書いたとしても
「1度(下枠に)名前を書かれた経験のある人には無効」のルールにより無効なんじゃないかと深読みしてたわ

ともあれ伏線多数あって面白かった
乙そしてよいお年を



>>496カードの「経験」についてですが、作中で説明した気でいたんですがしてなかったですね。
これだけはきっちり説明しておきます。

本娘に女が書いたカードの効果が出なかったのは、

上「男」
下「本娘」

というのがすでに完全に一致したものが書かれていたため

上「担任」
下「本娘」

だったりした場合はきっちり効果が出ます
名前は何度書かれてもカードの効果対象に書かれた人はなります


……わかりづらいかもしれませんが、すみません


>>497
補足サンクス
つまり無効になる条件は「人物」じゃなくて「人物のペア」だったんだな
>担任「そのカード、実はある人間には効果が発揮されないんです」(>>111より)
の発言から条件に上枠は関係ないという先入観を植え付けられてたらしい

ところで俺にも1枚分けてもらえませんかね?


ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

わかりづらい部分の解説です


[女が本娘を疑うに至る経緯]


ss内ではあえて長さの関係上色々なものをカットしてしまい、非常にわかりづらいものになってしまいました。

なので、もうちょっと筋道を立てて説明していきたいと思います。

まず最初に主人公である女が、男はカードを使った張本人ではないと気づくことになったきっかけ。

「カードの効果は書いてからすぐ出る」ということに、改めて不良の会話で気づきます。
そうなると、男が女のカードを盗んでその場で書いたという前提が崩れます。
なぜなら、男が女と委員長の前に戻る前に書いたとすると、戻って画鋲を渡すときには、もう効果が発動していなければなりません。

そこから女はさらに奇妙なことに気づきます。

自分と委員長しか知らないはずの「ナンプレ」について口にしたことを女は後輩の撮影した映像で知ります。
さらにミレイの手帳に書いてあった予定から、自分がカードによっておかしくなった前日に委員会説明会があったこと。

さらに担任の言った言葉を思い出します。

「ぼくが指摘してから『三人』もヒロインを~」

女がヒロインとして把握してるのは不良と委員長だけ。しかし担任は三人目の存在を示唆した。
そこでようやくカードを盗んだべつの人間の存在を確信して、同時に本娘がその犯人候補に挙がります。

さらに女は本娘にカードが聞かなかったことを思い出します。
これらの要素と、男がカードの存在そのものを知らなかったこと、カードが複数枚あったことから、

本娘も自分と同じように、担任に利用されてるのではないかという可能性に気づき、二人のつながりがあるのでは、という疑念をもちます。

本娘への疑念はさらに、不良とのやりとりで深くなります。

本娘は女に対して不良とは関わらないほうがいいと言いました
実際初対面では非常に印象が悪い彼女でしたが、話してみればそんなに悪い人ではありません。


そうなると、なぜ本娘は女にそんなことを言ったのか、という疑問に至ります。

不良は本娘のことをなにか知っていて、それを知られたくないがために本娘は女に嘘をついたのでは?
そこで女は不良に本娘のことを聞くことにします。






[担任はなぜカードに書かれたヒロインが三人と知っていたのか]



作中でも女が口にしたとおり、担任が意図的に女に本娘とのつながりを匂わせた「三人」発言。


女が一切手を出していない三人目の「無口」の存在を示唆する発言。
これにより本娘と担任がつながっていることに女は気づきました。

しかしそうなると、どうやって担任は不良がカードに書かれたのかということになります。

実はこれは一応文中でヒントになるようなものを出しておきましたが、女が不良の名前をカードに書くとき、
このとき本当は女も男も不良も、担任に呼び出されていたのです。

担任の予定ではパソコン室で三人とも呼び出し、鉢合わせて会話をさせる中で女にカードを書かせるつもりでした。
しかし、実際には不良と男がぶつかり、いざこざが起こり予定通りにはいかなくなりました。

ですが、形はどうであれ不良は去年の担任で進路のことで呼び出され、男はただ単に用事のために呼び出され……という
ことはそのままなので、結局二人とも担任のもとへと行き、そのふたりの様子を見た担任は、女によってカードに書かれた事実を知ります。



これが担任が不良がカードに書かれたことを知った理由です。



[女が担任の真の目論見に気づいたわけ]

これは作中に述べられた理由と上記した担任の「三人」発言のためです。

女も自分が不良の名前をカードに書いたとき、どうしてパソコン室のある階にいたのか
男と不良に聞き、担任がカードに書かれた人数が三人であると知っていた理由を理解します。
同時に担任が不良の名前を女に、カードに書かせようとしたということにも気づきます。

しかし、それではおかしい。

なぜ担任は女がもっとも望むヒロインが増えるという展開を作ろうとしたのか。そんな疑問が出て来ます。

その疑問は、担任に渡された六枚のカードに誰の名前を書くか、というところでさらに大きくなります。

しかし女は、担任が本娘とのつながりをわざと教えようとしていたことに気づきます。
これにより、女が担任と本娘がつながっているという事実を暴くことは、担任の予定通りなのではないかという仮説を立てます。

そうなると、最後の最後になにかとんでもない落とし穴を用意しているのではないか、という事実に気づきます。
さらにカードの枚数を越すヒロインも、カードに誰の名前を書くのかということに集中させて
なにか重要なことをカモフラージュしようとしている、と女は気づきます。

そして担任を引っ掛ける作戦を思いつきます。



[元ネタ]

これ の話は週間ストーリーランドの「謎の老婆」の不思議な商品がもととなっています。

カードの設定じたいは自分で考えましたが、そこまで深く考えていないので、曖昧な部分が多いです。

また担任は過去に自分の恋愛感情をカードにより消したために、カードの下枠に書かれても効果は発揮されません。
ただし上枠に書かれた場合は、惚れられるのでカードの効果は適用されます。

またこの話では「謎の老婆」ではなくその跡継ぎの孫が商品販売をしているという設定になっています。

とりあえずはこんなところで。
また疑問がありましたらお答えします。

本当に読んでくださってありがとうございます





このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年01月07日 (火) 03:29:39   ID: bw8t14Mb

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