息子「クソ親父、ブン殴ってやる!」父「ひいいっ!」 (75)

息子「クソ親父、ブン殴ってやる!」

父「ひいいっ!」

息子「肩出せや、オラァッ!」

父「やめてくれ……口はまだしも、暴力だけはやめてくれぇっ!」

息子「オラ、オラ、オラァッ!」トントン

父「うわぁぁぁっ!」

息子「どうだ、思い知ったか!?」

父「くっ……親に手を上げるとは、このバカ息子が!」

息子「バカ息子だあ!?」

息子「ついでに絞め技も喰らわせてやるぜ!」

息子「オラァッ!」モミモミ…

父「や、やめてくれぇっ!」

息子「どうだァ!? ずいぶん肩が柔らかくなってきちまったぜ!?」

息子「このまま溶けちまうかもなァ!?」

父「ギブアップだ、ギブアップだァ!」

息子「こんなもんじゃ、俺の気持ちは収まらないぜ!」

父「うぐぐっ……」

父「くう……すっかり肩の血行がよくなってしまった……!」

息子「ふん、ざまあねえな」

息子「いいか、これに懲りたらもう、俺に説教かまそうなんて考えんじゃねえぜ!」

息子「じゃ、俺は出かけてくるぜ」

父「コラ、どこに行くんだ!?」

息子「どこだっていいだろうが! ちょっと予備校の自習室に遊びに行くだけだ!」

父「な、なんだと!?」

父「遊びにって……受験勉強はどうするんだ!?」

息子「ふん、受験勉強なんてのは一日8時間もやってりゃ十分なんだよ!」

息子「こないだの模試でも、予備校で名前が載っちまったしよ!」

父「名前が載るって……よほどの落第点だったということか!」

息子「知るかよ!」

父「まったく……」

父「あと、学校はちゃんと通ってるんだろうな!?」

息子「さぁてねえ。あ、そういや、一回風邪で休んじゃったな」ハハハ…

父「なんという奴だ……だれが学費を払ってると思っているんだ!」

息子「やべえ、やべえ、これ以上アンタにかまってるヒマねえや」

息子「予備校の悪友どもが待ってるからな!」

息子「じゃあな、クソ親父!」

父「コラ! まだ話は終わってないぞ!」

父「──くそっ! すっかりグレてしまって……」

娘「ふんふ~ん」スタスタ…

父「!」

父「娘よ! お前までどこに行く気だ!」

娘「えぇ~? そんなんカレシとデートに決まってんじゃん!」

父「な、なんだと!? そんなの認めんぞ!」

娘「アタシももう大学生よ? カレシの一人や二人、いるっつーの」

父「うぐぐ……」

父「なら……どんな彼氏だ、いってみろ!」

娘「ハァ~? なんでお父さんにそんなこといわなきゃいけないのよ」

父「いいから!」

娘「ハァ~……めんどくさ」

娘「えぇ~っとぉ」

父「その間延びしたしゃべり方をやめろ! ……真面目な彼氏なんだろうな?」

娘「大学で知り合ったんだけどさ」

娘「髪の毛とかチョーブラックでさ」

父「なにい、ブラック!? 裏社会とか暗黒街の人間なのか!?」

娘「数学が得意で、あと馬が好きだっていってたっけ」

父「数学が得意で、馬が好き……?」

父「そうか、ギャンブラーか! ギャンブラーだろ! ギャンブラーなんだな!?」

父「けしからぁ~ん!!!」

娘「アタマとかホントすっごくよくてぇ~、信じらんないくらい」

娘「将来はクスリ関係の仕事に就きたいっていってたっけ!」

父「アタマがすごくって、クスリ関係!?」

父「ヤク中で常に頭がパッパラパーな麻薬密売人か!」

父「ダメだ、絶対ダメだ! お父さんは認めんぞ!」

娘「うっさいなぁ~、ほっといてよ」

娘「じゃあね~」

父「オイ、行き先を聞いてないぞ、どこに行くんだ!」

娘「図書館よ」

父「図書館……!? なにをしに?」

娘「アタシは森鴎外の研究、カレシはもちろんクスリの研究よ」

娘「二人で卓を囲みながらね。もうサイコーのデートでしょ?」

父「森鴎外!?」

父「ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!」

父「あんなジゴロ作家の研究なんかしてはならん! 妊娠してしまう!」

娘「いいわよ、できちゃっても」

父「いいか! 子供を作る、子供を育てるってのは本当に大変なことなんだ」

父「生半可な気持ちでは──」

娘「もう、うっさいんだから」

娘「じゃあ、もう行くからね! じゃあね~!」

父「ああっ!」

父「まったく……ウチの子供たちは……!」

父「ハァ……ハァ……ハァ……」

母「あら、あなた、どうしたの?」

父「!」ハッ

父「お前こそ、こんな時にどこ行ってたんだ!」

父「お前がいない間に息子は予備校にフラフラと遊びに出かけ」

父「娘は裏社会の人間とデートに行ってしまった!」

母「私がどこに行ってたかですって?」

母「もちろん、セレブなショッピングよ」

父「なにい!?」

父「どうせ家計のことも考えず、高いものばかり買ったんだろうが!」

父「なにを買ったんだ、正直に白状しろ!」

母「なにを買ったって……そりゃもちろんブランド物をね」

父「ブ、ブランドだとォ!?」

母「トップバリューとかユニクロ、無印良品とかね」

父「まったく……なにを考えてるんだお前は!」

父「俺が稼いだ給料を、ブランド物なんぞにつぎ込むなんて……」

父「ウチにはそんな贅沢する余裕なんてないんだぞ、分かってるのか!」

母「贅沢は主婦の特権よ、オホホ」

父「ところで……家計簿はちゃんとつけてるのか?」

母「一応ね」

父「一応って……どれ、見せてみろ!」

母「めんどくさいわねえ……ほら」バサッ

父「いたっ! 投げつけることはないだろ! ……どれどれ」ペラッ…

父「むむっ!」

父「なんだこれは!?」

母「なによ」

父「全部黒い字で書いてあるとは……手抜きじゃないのか!?」

父「もっとカラフルにすべきじゃないのか!?」

母「だって赤ボールペンを使う必要がないんですもの」

父「むむむ……家計のやりくりも満足にできないのか、お前は!」

母「ごめんなさぁ~い」

母「それじゃ、出かけてくるわね」

父「どこへ行くんだ!?」

母「近所の奥さま方と、スタンディングトークでもしようと思って」

父「なんだそれは!?」

母「イドバタ・カンファレンスともいうわね」

父「そんな高そうなイベントに参加するな!」

父「そういうイベントは、最後に宗教勧誘があると相場が決まってるんだ!」

母「それじゃあね」

父「あっ……コラ! まだ話の途中だぞ!」

父(むむむ……どいつもこいつも……)

父(グレた息子に、遊び呆ける娘に、家庭を守れない妻……)

父(俺に心配ばかりかけおって……)

父(やはり、この家は俺がいないとダメなんだ!)

父(大黒柱の俺ががんばらなければいけないんだ!)

父(まったく……しょうがない家族だ!)

その夜──

娘「ふう、今日もうまくいったわね」

息子「そうだね」

母「アンタたちのおかげで、お父さんもだいぶ元気が出てきたみたいだわ」

母「今日なんか大声で怒鳴ってたし、あんなのホント何年ぶりかしら」

娘「よかったぁ~、まさかこんなにうまくいくなんてね」

息子「あれからもう、半年になるのか……」

~ 半年前 ~



病院にて──

医者「検査の結果、ご主人の身体にはなんら異常は見られませんでした」

息子「異常なしですか!?」

娘「じゃあ、なんでお父さん、なにもしゃべらなくなっちゃったの……」

母「原因は分からないんですか?」

医者「原因は──おそらく精神的なものと思われます」

母「精神的というのは、どういうことでしょう……?」

医者「今のところ、可能性として考えられるのは“ギャップ”ではないかと」

母「ギャップ……?」

医者「はい、催眠療法でご主人の深層心理を探ってみたところ──」

医者「ご主人は結婚や子育てといったものに、ものすごく不安を抱いていたそうです」

息子「不安を……?」

医者「今の世の中、ネットやテレビなどあらゆるところから」

医者「結婚や子育ての辛さ、怖さ、厳しさ、失敗談などを簡単に入手できます」

医者「夫婦喧嘩とか、子供がグレてしまったとか……」

医者「それらを見て、ご主人は大いに不安を感じたことでしょう」

医者「そして──身構えたことでしょう」

医者「結婚や子育てというのは、辛く、怖く、厳しい、試練のようなものだ、と」

医者「しかし──」

医者「ご主人の不安とは裏腹に、あなたがたはあまりにも理想的だった」

医者「あなた方はいつもご主人を夫や父として立てて、尊敬し、愛していた」

医者「夫婦喧嘩もなく、子供を叱る場面すらなかった」

母「たしかに夫婦喧嘩は一度もしたことがないですねえ」

娘「私たちも……怒られるようなことはほとんどしなかったから……」

息子「うん……」

医者「もちろん、勉強や交友関係その他でご主人を心配させることもなかった」

医者「ですが、そのことがご主人にある種の無力感を植え付けてしまったのです」

母「無力感……? なぜですか?」

医者「結婚生活や子育てをしていくにあたって」

医者「どんな困難があっても立ち向かっていく、というご主人の固い決心とは逆に」

医者「あなたがたは全く手がかかりませんでした……」

医者「世間一般の基準でいうなら、あなたがたの家庭はまさに理想的です」

医者「なのですが……いつしか、ご主人はこう思ってしまったのでしょう」

医者「“自分はこの家庭に必要なのか”と……」

医者「“妻も子も全く手がかからないし、自分なんていらないんじゃないか”と……」

医者「そして……あなたがた家族に対して心を閉ざしてしまったと考えられます」

医者「職場では全く問題なく仕事を続けているそうですしね」

母「そんな……ではどうすればよいのでしょうか?」

医者「あなた方にはあなた方の人生があります」

医者「ご主人のために、わざわざトラブルを起こすのは本末転倒です」

医者「せっかく理想的といえる家庭を作られているのを壊す意味はありません」

医者「なので、今までのマジメな生活は変えずに、なおかつご主人を困らせて下さい」

娘「そんなこといわれても、どうすればいいか……」

医者「例えば、多少言葉を荒っぽくする、というのはいいかもしれません」

医者「“お帰りなさい”を“もう帰ってきたのか”にする、などですね」

医者「そうして、ご主人が内心望んでいた荒んだ家族を演じれば」

医者「もしかすると、ご主人は自信を取り戻すことができるかもしれません」

医者「そして──」

~ 現在 ~

母「そういえばもうすぐ、あの日ね」

娘「うん」

息子「うん」

母「準備はできてる?」

娘「もちろん!」

息子「俺もオッケーだよ!」

数日後──

父(今日はあの日、か)

父(まぁ、あの手にかかる妻や子が覚えてるわけないだろうが……)

父(まったくあいつらときたら、俺がいないとどうしようもない)

父(大黒柱である俺が支えてやらなければ、たちまちウチの家庭は崩壊するだろうな)

父(俺がいないとダメな家族……辛く苦しいけど、やりがいはあるなぁ)

父「ただいまぁ~!」

母「お父さん……」

父「?」

母「お誕生日、おめでとう!」

息子「誕生日おめでとう!」

娘「ハッピーバースデ~!」

父「え……え……なんで……?」

父「なんでお前たちが、俺の誕生日なんか覚えてるんだ!?」

母「そりゃそうよ……だって私はあなたを愛してるんだから」

娘「アタシもよ! 彼氏ほどじゃないけどね」

息子「俺もだよ。父さん、いつもありがとう!」

父「え……え……え……?」

父(あれ……この三人は手間がかかるダメな家族だったはず……)

父(この家は、俺がいないとダメな家庭だったはず……)

父(なのに、なんで俺の誕生日を……? 俺は夢でも見ているのか……?)

父(──いや、ちがう!)

父(そうだ……全てを思い出した)

父(この妻と、この子らは、とても理想的な家族だった……)

父(俺にはもったいないほどに……周囲から羨ましがられるほどに……)

父(なのに俺は……)

父(手がかからない家族は、“俺の理想”じゃないと、家族に対し心を閉ざした……)

父(だから、この三人はずっと“俺の理想”を演じててくれたんだ!)

父(俺を、呼び戻すために……)

父「ありがとう……みんな、ありがとう……。俺は幸せ者だ……」

医者『そして──自信を取り戻した時に全ての真実を悟らせてあげれば』

医者『ご主人は元に戻るかもしれません……』



母「あなた……やっと戻ってきてくれたのね」

父「ああ、すまなかったな……ずっと苦労をかけて。俺がバカだったんだ」

息子「父さん! やっぱり俺たちは父さんがいないとダメだよ!」

娘「お父さん! お帰りなさい!」

父「……ただいま!」





おわり

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