佐久間まゆ「拒絶された私」 (17)
ふと、目が覚める。
まず最初に気付いた違和感は、頭痛だった。
夜に寝て朝に起きる、普通で当たり前のサイクルであるならば、こんな頭痛は珍しい。
そう、昼寝の際にはこんな感じの頭痛。
次の違和感は、部屋の内装。
殺風景と言わざるを得ない、大して物も置かれていないその部屋は少なくとも私の部屋じゃない。
だけど私にはこの風景は初めて見る物ではなかった。
何度も何度も何度も訪れた部屋。
この生活感の無さや、端っこの小さな棚に並んでいる私のグッズ。忘れようもない。
女子寮の自室で睡眠をとったはずなのに、私はいつの間にか愛するプロデューサーさんの部屋に居る。
寝惚け眼でもそれだけはしっかりと瞬時に理解出来た。
だってプロデューサーさんの部屋だから。
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とは言ってもここまでなら、まだ何かの手違いの類である可能性も捨てきれない。
例えば突然倒れた私を介抱する為に。
或いはプロデューサーさんの家に忍び込んた際、ついうとうとしてしまったり。
だけど極め付け、私の手首足首に取り付けられている手錠だけでその可能性を十分に捨てきれた。
「……うふ」
いけない、思わず声が。
でもこれはこれで。
もしここがどこかの廃ビルだの廃工場だのであったならば、命の危機を感じてとても冷静にはなれなかっただろう。
しかしプロデューサーさんの部屋である。
私に手錠が掛けられているということは……つまりは、ここに運んできた人物がいるということは。
そしてその人物が……
「まゆ、目が覚めたか? 気分はどうだ?」
プロデューサーさんである可能性が一番高いということは。いや、現に今白状されたばかりだけれど。
とにかく、愛するプロデューサーさんに攫われ、私はここに監禁された。
緩む頬にとりあえず喝を入れる。
「おはようございます、まゆのプロデューサーさん」
「あぁ、おはよう」
いつものように、当たり前の挨拶を私達は交わす。
だって今までずっと繰り返してきたんだもの。縛られていたって縛られていなくったって、それはちっとも変わらない。
プロデューサーさんも勿論今までと変わらず、その暖かい手で私の手を優しく掬い上げる。
そして優しい声で言った。
「手足は痛くないか?」
「心配してくれるんですねぇ……大丈夫ですよ、優しく縛ってもらっていますから」
手錠は自力で外せそうにはないものの革製だった。
鉄製なら寝ている内に痕が付いてしまっただろうに、プロデューサーさんの気遣いに思わず笑みがこぼれる。
「やっぱり、まゆは落ち着いてるな」
プロデューサーさんは身を乗り出し、真上から覗き込む。
正直恥ずかしい。メイクをしたまま寝る趣味は無いし、寝癖もついてるかもしれないのに。
「そうか? 髪が爆発したまゆは、それはそれで見てみたい」
じゃあ今度また、機会があれば見せよう。
もちろんプロデューサーさんだけに特別に。
もっとも寝相が大して悪くないので、機会があっても年に一度くらいだけど。
「にしても焦らないんだな。普通パニック起こさないか?」
「プロデューサーさんが相手だと分かったからですよぉ」
焦るなんてとんでもない。逆に嬉しいくらい。
今までプロデューサーさんの照れ隠しばっかりだった生活が、こうまでガラリと変わったのは少し不思議ではあるけれど。
そんな疑問も知らずプロデューサーさんもベッドに上がる。
ぎしっ、と音を立てて身体が沈んだ。
「じゃあこれからどうするか、分かってるな?」
顎をくいっ、と持ち上げられ、プロデューサーさんの顔が一気に目の前に来る。
「うふ……プロデューサーさん、今日は随分と積極的なんですねぇ……?」
この互いの距離。
プロデューサーさんがそのつもりなら当然、首を伸ばして唇を重ねても問題は無かったのに。
それでも私は会話を続けた。
怯えているつもりはない。プロデューサーさんが怖い、なんてことはない。ありえない。
この日が来るのをずっと待っていた。もちろんロマンチックなシチュエーションであるとか、結婚初夜であるとか、考えていなかったわけではない。
でもとにかくずっと夢見てきた瞬間。
だけどやっぱり、心の準備がまだ少し出来ていない。なぜか。
もう少しだけ待って欲しかった。なぜか。
「もう我慢の限界が来たんだ。積極的っていうより……少し暴走気味かもな」
やっぱりプロデューサーさんは素直じゃない。
我慢なんてしなくても、言ってくれればよかったのに。
さらに距離が縮まる。
しかしそこでようやく私の覚悟も決まった。
遅いくらいだ。
目を閉じ、唇をほんの少し突き出す。
暴走気味というのなら即座に貪られそうなものだけど……私の唇は空気に晒されたまましばらく経つ。
その間に思わず薄目を開けようとしたその時、プロデューサーさんの唇が私の頬に優しく触れた。
「あ……」
「震えてるじゃないか。ゆっくりステップアップしていこう。な?」
優しい優しい優しい私のプロデューサーさん。
私も気付いていない本心を察して、気遣ってくれた。
胸の奥がじわりと熱くなり、手錠に縛られながらもある程度自由の利く両腕で抱きつく。
「大好きです、まゆの、まゆだけのプロデューサーさん……」
大切な気持ちが溢れだす。
自分の精一杯の想いを込めて、告白した。
プロデューサーさんはその優しい優しい笑顔を、より笑顔にする。
そして頬を上に釣り上げて笑った。心底嬉しそうに、楽しそうに。
「……っ!!!」
布団ははだけ、衣服ははだけ。
ベッドや辺りの家具、匂い。
……間違いない。ここは私の部屋で、さっきの出来事は……夢。
思わず大きな溜め息が出る。
なんてことだろう、あともう少し見ていたかったのに。
時刻は4時。
当然、いつもはまだ寝ている時間だ。
だけど全身が汗でびっしょりだった為、二度寝を断念。シャワーを浴びることにした。
頬にはまだプロデューサーさんの唇の感触が残っている。頬はまだ熱を帯びている。
洗いたい。
違う。洗いたくない。例えあれが夢の中の出来事であったとしても。
とりあえずここまで
続きはまた後日。
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