石丸「そして僕はまた間違える」桑田「アフター!」 (446)

このスレは
石丸「そして僕はまた間違える」の後日談となります
お読みになる方は先にこっちを読んでください


取り敢えず奉るました
後日談がメインのほのぼのssになります
今度こそはきっと

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後日談と書いてはあるけど
後日談に行くまでにもう少しかかります

霧切「…………」

霧切「何?この部屋…」

霧切「『お誕生日、おめでとう』…」

霧切「…何?」

霧切「……風船が多くて歩きにくいわ」

霧切「……!この写真!」

『きょうこちゃんとお父さんの思いで』

霧切「……!」バァン

霧切「はあ、はあ…」

霧切「お、思い出した…私が何をしにのここにきたのか…」

霧切「……こんなもの」

霧切「……悪趣味だわ…」

霧切「…扉はこれね」

霧切「パスワード…」

霧切「……、……」

霧切「…開かない」

モノクマ「困ってるみたいだねぇ!」

霧切「…あなたの仕業?この悪趣味な飾りは」

モノクマ「悪趣味なんてそんな酷いこと言わないでよ。君のために飾ったんだよ」

霧切「悪趣味以外の何物でも無い…!」

モノクマ「この奥に入りたい?」

霧切「……」

モノクマ「パスワードはねぇ…『霧切響子』……ほらあいた」

霧切「そんな……」

モノクマ「入ったら?」

霧切「……」






霧切「……テレビ?」

モノクマ「霧切さんの誕生日ってもうすぐだよね?」

霧切「……」

モノクマ「九月にここにきて、そろそろ一月経つから…そうだよね」

霧切「…これは私の誕生日会だとでも言うの?」

モノクマ「照れなくてもいいのに」

モノクマ「これは、とある人から君へのプレゼントだよ」



舞園「霧切さん?…」

舞園「何ですかこの部屋…誕生日おめでとうって…」

舞園「…これは」

舞園「幼い霧切さんでしょうか…隣はお父さん…?」

舞園「……」

舞園「霧切さん?」ガチャ

舞園「…霧切さん!」

霧切「…舞園さん。来てしまったのね」

舞園「帰りましょう!」

霧切「……」

モノクマ「ちょっと帰らないでよ!」

舞園「……ッモノクマ!」

モノクマ「しょうがないなぁ。じゃあさっさとプレゼントあげちゃうか。えーと、音楽音楽…」

モノクマ「ぽちっとぽちぽちっと」

舞園「何を…」


『ハーっぴばァースデートぅーよぅー…』


耳障りな歌が流れ始めた。
その歌は一つ一つの声を無理やりに繋ぎ合わせたもののようで、聞いた人に嫌悪感を与えるものだった。
霧切さんは動かない。
私が行動に迷っている間にも人格を無視した歌声が少しずつ増していく。


舞園「…霧切さん」

霧切「……」

『ハーっぴばァースデートぅーよぅー…』

『っぴばァースデートぅーよぅーハーっ…』

『トぅーよぅー…ハーっぴばァースデー』


輪唱のように歌が鳴り響く。
言葉になりきれない音が重なり合ってより大きなノイズと化した。



舞園「霧切さん、出ましょう。ここには何もありませんよ」

霧切「……」

『ハーっぴばァースデートぅーよぅー…ぴばァースデーハーっぴばァースデートぅーよぅー…トぅーぅー…』

モノクマ「霧切さん。お誕生日おめでとう。今日で何歳になったかわかるかな?」

霧切「……」

舞園「ほら…出ましょう……開かない?!」ガタガタ

モノクマ「これは君の大切な人からの、最後のビデオレターだよ」


そういいながらモノクマはテレビの電源を入れてDVDを挿入した。
少しの沈黙のあと、映像が流れ出す。

霧切「……!」

『きョうこ、君がウまれた時、ボくはとテも嬉しかっタ』

外の部屋に貼り出されていたような幸せそうな写真をバックに、歌と同じ声が流れる。
ぎこちないその声はやっぱり合成音声だろうか。


『生まレた時の君はとても小さ、さかッたのニィ、今ではコンナにおオきくて、て時のナガレのハヤさをかんじじ…ます』

『こんなに立派に育って…ぼクはうれしいでス』

『ハーっぴばァースデートぅーよぅー…』


画面が切り替わる。
教室みたいな場所に縛り付けられた男の人と、後ろに何かの機械。
男の人は目を隠されて、縛り付けられていた。何とか脱出しようともがいているけど、紐は固いようで外れそうに無い。
映像に不穏なものを感じて汗が流れる。


『ハーっぴばァースデートぅーよぅー…』

『きョうはぼくが、キミのたメにぷれぜンとを作ろうとおもいマス』


『ハーっぴばァースデートぅーよぅー…』

『ハっぴばぁースでートよぅー…』


いよいよ映像の中の男性が焦り始める。
歪な歌を背に、男性は機械に押し込められて行く。そして機械の戸が閉められる、そんな瞬間に


『…おめでとう』


霧切「……!」


優しげな肉声が流れた。
その声に顔を上げてしまった霧切さんは、男性の断末魔と共に打ち上げられるロケットを見てしまった。そしてそれはやがて落ちてくる。
無言で霧切さんはそれを見つめていた。
…見つめていたというよりも、目を離せないでいた。

キィ…と軋む音を出して戸が開く…そこで映像は途切れた。


モノクマ「…君のお父さんは命をかけて君の誕生を祝ってくれました」

霧切「……だから?」

モノクマ「これが、お父さんから、君への最後のプレゼントです」


可愛らしくラッピングされたプレゼントボックスがモノクマの手の中にあった。
耳障りが、うるさい。
心臓の音がどんどん大きくなって行く。
駄目、それを開けてはいけない。

舞園「やめてください!」

舞園「開けないで…!開けないでください!霧切さん!」

霧切「……」


霧切さんは、箱を開けた。
中は、私からは見えない。

モノクマ「…これで、やっと家族一緒だね!」

モノクマ「誕生日おめでとう霧切さん!」

舞園「……!ヒッ…」


ことり、と無感情に置かれたそれの中身が見えた。
…人の頭蓋骨が入っていた。
あの男性の写真と、目を覆っていた布も入っている。


モノクマ「もうお父さんは居ないけど…この思い出があれば一人じゃないよ!」


モノクマの耳障りな笑い声と歪な歌声が重なる。

舞園「見ちゃ駄目です霧切さん!」

その箱を全力で突き飛ばした。
霧切さんの目を慌てて覗いても、その目に光は無い。


舞園「大丈夫です!霧切さんのお父さんは無事です!さっきの映像も歌と同じで合成です!この箱は…これはきっと別の人のものですよ!ニセモノです!聞いていますか霧切さん!」

舞園「早くここから出ましょう!早く、ここから!」

霧切「舞園さん」

舞園「はい!」








霧切「あなたって…嘘が下手なのね」







酷い騒音の中で、その呟かれたその言葉だけがやけに響いた。
薄く微笑んだその顔は、一瞬で無表情になった。強がっているその表情に胸が苦しくなる。
見ている方が辛くて泣いてしまう。泣きたいのは霧切さんなのに。


舞園「出ましょう…ここから、早く…」

霧切「……」

舞園「霧切さん…」

モノクマ「じゃあ二人はしばらく音楽鑑賞を楽しんで行ってね!」

舞園「なっ…!」


そう言ったきり、モノクマは動かなくなった。
明かりが消え、締め切られた部屋は暗闇になる。
…そして、その音楽は始まった。


舞園「…うっ?!」

霧切「…がっ?!…」


鉄で殴られたかと思うほどの衝撃。
殴られたわけでは無いと気がつけたのは自分の体に傷が無かったから。

部屋中に置いてあったオーディオ機器が、出せる限りの爆音を響かせていた。
流れる音楽は人の悲鳴にむりやりメロディをのせたものだった。
途中からは先ほど流れていた男性の歌声や普通の曲も混じり、最終的には合わさり巨大なノイズとなった。

怒りと悲しみが湧いてくる。
音楽を、こんな風に使うなんて…!

舞園「……!……!」

霧切「……」

舞園「…!」


そこで霧切さんが気を失っていることに気がついて抱きしめた。
抱きしめながら音を放つ機械に近づいた。耳を撃ち抜かれそうになりながらスイッチを探る。
怪我をしている手と指ではうまく操作をすることが出来ずに手間取っていた。
やっと小さなコンポの電源を切れたと思っても、その間に他の機器から発せられる音はどんどん大きくなって行く。
お腹に、体内に振動となって押し寄せてくるそれは、十分に暴力と言えるものだった。

霧切さんの耳への負担を少しでも減らそうと、慌てて耳の中に指を差し込んだ。


舞園(こんな音の中にいたら耳が悪くなってしまいます…!)

舞園(早く出ないと…)


私は大きな音に慣れている。
だからきっとこんな場所にいても気を失わないで済んでいるんだろう。
今動けるのは私だけ。
霧切さんを助けられるのは私だけ。
私が何とかしないと…!


霧切さんを引きずって入り口に辿り着く。
開けようとしてもドアが開かないことは確認済みなので、体当たりをした。
動かしにくい手をうまく調整して何度も、何度も体当たりを繰り返す。


でも開かなかった。
肩の辺りがズキズキと痛みだしてぶつかる力が弱くなって行く。
とうとう体力も使い切って、座り込んだ。
もはや音に抵抗できるような力も無かった。
耳が、痛い。


舞園「大丈夫…大丈夫です。きっと苗木君が助けに来てくれる…」

舞園「苗木君…苗木君」



苗木君を思う。
大丈夫。きっと助けに来てくれる。
ここに私たちが閉じ込められていることにきっと気がついて助けに来てくれる。
根拠も無くそう信じた。そうしなければ死んでしまいそうだった。

力無く倒れる霧切さんを抱きかかえながら、私はずっと苗木君の名前をつぶやいていた。強くなれる呪文のように。
そしてその声すらも、大きなメロディに飲まれて行った。



桑田「…ん、苗木?」

苗木「そこにいるのは桑田クン?!」




桑田「こっちに舞園が…?」

苗木「そうなんだ。桑田クンは会った?」

桑田「会ってねえ」



桑田クンとボクは無事合流した。
暗闇の中、瓦礫の転がった道を突破するのに戸惑っているようだったから、ボクが手帳でそこを照らした。

桑田「あー手帳か…苗木頭いいな…」

苗木「そんなことないよ」


手帳の明かりを頼りに少しずつ進む。
そしてそこにたどり着いた。


苗木「…開かない」

桑田「…ってことは霧切たちは別んとこか?」

苗木「そんなハズは無いよ。会わなかったんでしょ?」

桑田「じゃあ…この中か?」

苗木「閉じ込められてるんだ…」


桑田「いっせーのーでな!」

苗木「うん」

桑田「いっせーのーでっ!」

苗木「えいっ!」


二人で体を扉にぶつける。
それでも扉はビクともしない。
しばらく体をぶつけるも、何の変化もしない扉に、少し心が折れかける。


苗木「ダメだ…ビクともしない!」

桑田「くっそ…もっかいやるぞ!」

苗木「うん!」


それでも励ましあって何度も何度も、体をぶつけた。
しばらくたって体が痛みを発してきた頃、やっとミシミシと扉が軋むようになってきた。

苗木「もう少しだよ!」


そして二人でもう一度体をぶつけた時だった。
不意に扉が開いた。

苗木「うわあっ?!」

桑田「うおっ?!」

苗木「あ、開いた…?」

桑田「ドアが壊れたって感じじゃ無かったよな…」

苗木「うん…」


そこは異質な空間だった。
色とりどりの花や風船に飾られたそこは、誕生日パーティの会場みたいだった。

桑田「何だこれ…」

苗木「変、だよね……写真?」

桑田「写真?」

苗木「これ…霧切さん?」

桑田「…変じゃね?何でこんな所に霧切のちっせえ頃の写真があんの?」

苗木「それは…」

桑田「それよりもさ…何かあそこ煩くね…?」

苗木「…うん」


部屋の奥から何かが聞こえる。
ドンドンと体の芯に響くような大きな音だ。
人の悲鳴も聞こえる気がしてゴクリと喉を鳴らす。

桑田「まさかよ…この中にいるとか言わねぇよな…」

苗木「でも…ここしかもうないよ」

『苗木君、桑田君!』

苗木「その声…アルターエゴ?!」


近くに置いてあったパソコンに突然アルターエゴの顔が表示された。


アル『ごめんね、開けるの遅くなって!』

苗木「アルターエゴ?!」

桑田「ってことはハッキング終わったのか?!」

アル『…うん。もう少しで電気もつけるから』

苗木「アルターエゴ、この扉を開けられる?」

アル「…ちょっと待って。そこパスワードがかかってるみたい。解析するね」

苗木「……」

桑田「……」

アル『……』ピピピ

アル『…開いたよ』

桑田「……」

苗木「…行こう」


漏れ出る音に戦々恐々としながら戸を開けた。

桑田「…わっ?!」

苗木「…う…!」


耳をねじり潰されるような音の波が開けた戸から吹き出した。
一瞬自分がどこにいるのかもわからなくなるほどの音だった。

桑田「…うる、せ…え!」

苗木「……!」


そしてボクは見つけてしまった。部屋の中心に、音から逃げるように体を小さくしている舞園さんを。そしてその影に霧切さんの足も。

苗木「…霧切さん!舞園さん!」

桑田「…舞…の!」

苗木「起きて!二人とも!」

互いの声も聞こえないほどの爆音に押されながらも辿り着く。
霧切さんは完全に意識が無い。
最悪の想像がよぎって舞園さんを掴む手に力が入る。

桑田「うるせえええええっ!黙れっつーの!」

桑田君が手当たり次第にスイッチを切ってくれているおかげで段々と耳が楽になってくる。
短時間聞いていただけなのに、耳がキンキンとしていた。
一体二人はどれだけこの空間にいたのだろうか。


やがて、手動では切れないらしい大型の機械以外は電源が切れた。
何度か声を出して自分の耳が正常か確認する。
まだ騒音は続いているために聞こえにくさは残っているものの、意思の疎通は図れそうだった。

苗木「舞園さん!聞こえる?」

舞園「…何を言っているのかわかりません」

苗木「桑田クン!その大きな機械の電源切れないかな?!」

桑田「今アルターエゴにやらせてるっつの!」

苗木「舞園さん、しっかりして!何があったの?」

舞園「霧切さんは大丈夫ですか…ずっと意識が無いんです…」

苗木「…わからない」

舞園「耳が…痛い」

アル『今電源切ったよ!』


やっと音が止まった。
一気に音がなくなる。


苗木「舞園さん…聞こえる?」


静寂の中おそるおそる声をかけた。



舞園「音がうるさくて…もう一度言ってもらえませんか?」

苗木「え?」

舞園「手に書いた方が早いかもしれませんね…お願いします」

苗木「聞こえないってどういうこと?もう音はなってないよ?」

舞園「もっと近くで言ってもらえますか?」

苗木「……」

苗木「桑田クン」

桑田「…何だよ」

苗木「…舞園さんの耳が聞こえてない」

桑田「……は?こんな時に冗談言うとか…空気読めよ…なぁ」

苗木「冗談じゃない!聞こえてないんだ!何を言っても聞いてくれない!」

桑田「落ち着け苗木!違うかもしれねーだろ!」

苗木「ボク…ボクのせいだ…」

桑田「苗木!」

苗木「ボクが無理にでも霧切さんについて行ってたら!こんなことにはならなかったかもしれないのに!」

苗木「霧切さんのところへ行ってくださいって…舞園さんはずっと言ってたんだ」

苗木「なのにボクは…霧切さんを一人にしてしまった…だから、だからこんなことに…!」

桑田「そりゃちげーだろ苗木!こんなんなるなんて誰が分かるんだよ!」

苗木「でも一人にしちゃいけなかったのは確かだよ!」

桑田「だからって苗木が悪いわけじゃねーだろ!そこは絶対違う!」

苗木「違わないよ!ボクは止められたはずなんだ!」

苗木「…何が超高校級の幸運だ!…誰一人として幸せになんてなってないじゃないか!」

苗木「……ごめん。ごめん二人とも…」

桑田「苗木…」

舞園「苗木君…どうして泣いてるんですか…」

苗木「ごめん…舞園さんを助けられなくて…」

舞園「…ごめんなさい。心配させてしまったんですね…」

苗木「違うよ。君も、霧切さんも悪くないんだ…」

舞園「霧切さんを助けられなくてごめんなさい…私がもう少し早ければ…私…迷惑ばっかり…」

苗木「君は悪くないんだ…ボクの話を聞いてよ舞園さん…」

舞園「ごめんなさい…私のせいで…」

苗木「……っうわああああああっ!」


すれ違う会話に、ボクは泣いた。

そして、明かりがついた。
長い長い夜は明けた。
そしてまた、闇が始まる。




………
……

石丸「……」

石丸「耳が…壊れた?」

桑田「聞こえてねぇみてー…」

石丸「……」


僕はじっくりと舞園君を見た。
目を右往左往させ、明らかに動揺している。
そしてその視線を僕に定めて彼女は言った。


舞園「もしかして…わたし、何か変…ですか?」

舞園「苗木君!わたし、私はまさか…」

石丸「……」

舞園「まさか…!」


舞園君はハッとした様子で耳を押さえた。
確かめるように耳をなぞる。


舞園「石丸君…今、ここは静かですか?」


聞こえない彼女にわかるように首を縦に振った。
みるみるうちにその顔は青ざめていく。

舞園「そ、そんな…」

舞園「……」

苗木「ごめんね…ごめん。ごめん…」

舞園「……」


呆然としている舞園君と、泣きながら霧切君と舞園君を抱きしめる苗木君。
…これが勝利だというのだろうか。


十神「石丸…これはどういうことだ?」

石丸「……十神君」

朝日奈「遅いから見にきたんだけど…一体何があったの?!舞園ちゃんと霧切ちゃんに何かあったの?!」

石丸「…霧切君は意識を失っている。…舞園君は…耳が聞こえていない」

朝日奈「耳が聞こえてないって…!どういうこと?!わからないよ!もっとしっかり話してよ!」


半泣きの朝日奈君に腕を掴まれる。
やめてくれ。僕だってわからないんだ。

朝日奈「何があったの?桑田!」

桑田「……」

江ノ島「……」

石丸「…!江ノ島…君」

十神「離すわけにもいかんからな。連れてきたぞ」

江ノ島「苗木…」

苗木「……」

江ノ島「今どんな気分?」

苗木「……っ」

石丸「……っやめたまえ!こんな風にしたのは君だろう!十神君、今すぐに別の場所に連れて行こう!」

十神「無駄口を叩くな。黙れ江ノ島」

江ノ島「……」

戦刃「盾子ちゃんはこれが見たかったの…?」

江ノ島「……」

江ノ島君は無言で笑った。
その笑顔のまま、連れられていく。もちろん、戦刃君も連れて。
少しずつ遠くなっていく後ろ姿と反比例させるように、二人の笑い声は大きくなっていく。
顔を見合わせて笑いあって、実に仲睦まじい様子だ。微笑ましい。
花を咲かせるように笑う様子はまさに可憐とでも言うべきなのだろう。

…最も、彼女たちの咲かせる花は毒を剥き出しにした食虫花なのだが。
彼女たちの楽しそうな笑い声と対するように、毒に当てられた者たちが悲しみに暮れていた。



僕は今居場所を見つけられないでいる。
苗木君や舞園君に混じり涙を流す朝日奈君のように悲しみを共にすることも、
十神君のようにただすべきことを遂行することもできない。
…僕は無力だ。


状況を理解し処理することを放棄した脳は、彼らのすすり泣く声を心に運んでくることしかしなかった。

……




不二咲「………」

大和田「………」

桑田「……」

石丸「……」

葉隠「…なぁ、なんか話さん?」

石丸「……」


僕たちに課せられた試練は終わってなどいなかった。
アルターエゴにより与えられた外の情報は、僕たちから勝利の余韻を根こそぎ奪って行ったのである。







石丸『…二人とも』

不二咲『……』

大和田『……』

石丸『…二人とも…?どうしたのかね』


僕は兄弟のところへ場所を移していた。
霧切君と舞園君のことを伝えるためである。

石丸『…どうか、したのか』

大和田『兄弟か…?』

石丸『あ、ああ…』

石丸『……え?』


二人の覗いていたモニターには壮絶な映像が映されていた。

『やめてえええ助けてええええ』
『殺さないで!何でもします!お願いやめて…』
『お母さああああん』
『殺せ!早くそいつ等ブッ殺せ!』
『あははははははぎゃははははは』
『痛い、痛い痛い…死にたく無い…』

『助けて…』


白と黒が入り乱れた、歪な世界が映されていた。
これはどこだ?
東京タワーが映っているがまさかこれは日本なのか?


痩せ細った、資料でしか見たことがないような栄養失調の子供が歩いている。
何かに押しつぶされている人がいる。
すでに傷ついた人を嬲っている人がいる。
何もかもがおかしいが何より理解出来ないのはふざけたモノクマの仮面をつけてふざけている大人ばかりということだ。
今にも死んでしまいそうな子供がそばにいると言うのに一体何をしていると言うのだ!


楽しそうに破壊活動をするモノクマ男が大きく映って画面はアルターエゴに切り替わった。

アル『これは…外部に設置されたカメラで撮影された映像だよ。ネットで拾ったんだ』

不二咲『……』

石丸『何かの間違いではないのか』

アル『これは本物だよ』

石丸『何を根拠にそんなことを言っている!ふざけるな!これが東京だとでもいうのか!』

不二咲『石丸君』

石丸『どうした!』

不二咲『…これ、LIVE映像だよ』

石丸『君まで何を言っている?!』

不二咲『僕たち…信じられなくていろんな所の監視カメラの映像とか見て行ったんだ…でも全部…』

石丸『そんな馬鹿な!ありえるはずがないだろう!』

石丸『…あっ』


モノクマに最初に見せられた映像を思い出した。
…家族が襲われてしまったかのような映像を


石丸『まさかアレも本物だというのか…』

石丸『そんな…馬鹿な』

アル『外は大気汚染もあるみたい』

石丸『……』


そのあとも信じられない真実がつらつらと述べられて行った。
僕たちの状況が生中継されてたとか、学園長は殺されたとか、僕たちは二年前に出会っていたとか…

頭がくらくらする。これは本当に現実なのか
僕の戸惑いなど気がつかないようにアルターエゴは悲しげに話しつづける。
こんなにも彼は感情を込めて話しているというのに、最早その声から熱を感じることはできなかった。
アルターエゴと僕たちの間に、越えられない溝があった。
初めて、彼が心を交わすことの出来ないプログラムなのだと実感した瞬間だった。


大和田『俺たちのチームは…もうねえのか…?』

不二咲『うっ…うう…』

石丸『……』

声を、かけられない。
部屋からすすり泣く声が消えた頃、僕は二人の手を引いた。
皆のいる部屋に戻ろう、と無言で誘いをかけるのが精一杯であった。

……






桑田「くそ…なんでだよ…!こんななら知らない方がよっぽどマシだったんじゃねーか…」

石丸「……」




誰かが泣いていた。
たぶん僕も泣いていた。




これがお前たちの勝ち取った勝利なのだ、と江ノ島君が笑っている気がした。

まだアフターまで行ってないです
だからほのぼの詐欺じゃないです。本当です


取り敢えず今回は以上です

ほのぼのってなんだったっけ
自分でも自信無くなって来た

僕たちは何をすることもなく解散した。
時間と共に疲労感が出たからだ。
倒れるように布団に入って何時間かたったころ、


石丸「…痛い…」


時間が経って落ち着いて来たからなのか、身体中が痛い。
鏡で確認すれば背中から腹にかけてが青アザだらけになっていた。
そう言えば僕は今日殴られてばかりだった。


石丸「これでは眠れないではないか」

石丸「…そういえば解放された部屋の中に保健室があったな…何かないだろうか」


……





石丸「………」

舞園「………」

石丸「…や、やあ…舞園君」

舞園「……」


視界に入っていないために彼女は僕に気がついていないようだ。
ベッドに入っている舞園君は上の空で壁を見つめていた。
…当然といえば当然だ。
突然耳が聞こえなくなったなど、もっと取り乱しても誰も文句を言わないだろう。

彼女のショックはどれほどなのか。
音楽に携わる仕事をしていたのだ。辛いだろう。
女優という道か、歌手という道か。彼女がどちらを選ぶつもりだったのかはわからないが…どちらにせよ、こうなればどちらも選ぶことはできない。


…ああ、忘れていた
最早アイドルが歌える場所すらも無かったか。

霧切「…どいてくれるかしら」

石丸「霧切君。目を覚ましたのか」

霧切「ええ」



霧切「…舞園さん。暖かい飲み物よ。飲んで」

舞園「…なんですか、これ」

霧切「ホットミルクよ」

舞園「白い…牛乳ですか」

霧切「…飲んで」

舞園「…飲んでいいんですか…?いただきます」

舞園「……」

舞園「あったかいです…」

霧切「…そう、よかったわ」

舞園「……体は、大丈夫ですか」

霧切「…ええ、あなたのおかげで」

舞園「耳は大丈夫ですか…」

霧切「平気よ」


会話しているようでできていない一方通行どうしの会話が続く。

舞園「うるさくて…眠れないんです。眠らないとと思っているのに…」

舞園「このままだと、またみなさんに迷惑をかけてしまいます…」

霧切「…大丈夫よ」

舞園「あ…でも気にしないでください。私、ちゃんと眠りますから」

霧切「…すぐに眠くなるわ」

舞園「……すみません。心配をかけて…」

霧切「……」

舞園「おいしい…」

舞園「……」

舞園「あれ…急に…眠…く」

霧切「…おやすみなさい」

石丸「………」

霧切「……そんな目で見ないで。変なものは飲ませてない。睡眠薬を少し飲ませただけ」

石丸「…充分変なものではないか」

霧切「…無理にでも寝ないといけないもの」

石丸「そういう君は平気なのか」

霧切「…私は充分寝た」

石丸「身体に不調などは無かったかね」

霧切「無かったわ」

霧切「ところで…少し付き合ってもらえないかしら」

石丸「…構わないが…少し待ってくれないか」

霧切「…何か?」

石丸「湿布を貼りたい」


石丸「…調査?」

霧切「…ええ」

石丸「僕でいいのか」

霧切「ええ。メモを取ってもらえればいいから」

……


宿舎二階

石丸「ロッカーを開ける?」

霧切「…これで開けるわ」スッ

石丸「手帳?」

霧切「学園長のものよ」カチャ

石丸「壊れていて開かなそうなものが多いな」

霧切「こっちを開けておくから調べて」カチャ

石丸「……なんだこれは」

霧切「何か…あった?」

石丸「珍妙な品が…む」

石丸「ノート…これは葉隠君の字だ」

石丸「…普通の授業のノートだな」

石丸(葉隠君のノートのくせに見やすい…何故だか腹立たしいぞ)

霧切「…これは」

石丸「何かあったのかね」

霧切「…私の私物ね。覚えがないけど」

石丸「…そうか」



霧切「…そろそろ次に行こうかしら。ここに特別何かがあるわけではないわね」

石丸「次…」

石丸(学園長の個室…だろうか)

霧切「…次は、………」

石丸「…次は?」

霧切「……情報処理室よ」

石丸「なに?」

霧切「情報処理室よ」

石丸「あ、ああ」


……


大神「…おはよう」

石丸「大神君、おはようだ!」

大神「…元気がいいな」

石丸「…実は眠れておらず睡眠不足だ。空元気だな」

霧切「…これから戦刃さんのお風呂?」

大神「うむ。我がしっかり見張る。安心しろ」

戦刃「……」

石丸「…怪我をしているから、入るよりも拭いたほうがいいのではないか?」

大神「…どちらがいいのだ、戦刃よ」

戦刃「…どちらでもいい。興味ない」

大神「……」

霧切「江ノ島の方は誰が見張っているのかしら」

大神「十神と腐川、朝日奈だ」

霧切「そう。わかったわ」




情報処理室


十神「何?調査だと?」

霧切「いいかしら」

朝日奈「…霧切ちゃん、体は大丈夫?」

霧切「…寝ずに見張っているあなたたちほどではないわ」

朝日奈「…無理、してない?」

霧切「平気よ」

腐川「…ち、ちょっとあんた、さっさとこの汁を飲みなさいよ…」

江ノ島「えー?臭いからやだ」

腐川「く、臭…ッ?!」

霧切「……」

江ノ島「あれ?霧切プレゼントどうしたの?忘れた?大事にしなきゃだめじゃん」

江ノ島「お父さんとのオ・モ・イ・デ!」

十神「黙れと言っているだろう」

石丸「……霧切君」

霧切「……」

十神「…ここなら俺が既に調べた。奥の個室は不二咲が調べ尽くしている。…ここにはなにも無い。帰れ。邪魔なだけだ」

霧切「……」

石丸「霧切君…別のところへ行こう」

霧切「…そうね」





……


石丸「植物園…このようなものまで学園の中にあったのか」

霧切「…ニワトリ」

石丸「…これの世話も江ノ島君がしていたのだろうか」

霧切「冷静に考えると甲斐甲斐しいことね…」

石丸「確かにモノクマが彼女だと思うと変な感じがするな!」

霧切「…そうね」

大和田「兄弟?」

石丸「兄弟!ここにいたのか」

大和田「…おう。…葉隠と桑田もあっちで寝てやがるぜ…」

石丸「兄弟、隈ができて…まさか寝ていないのではないか?」

大和田「…寝れてるやつのが少ねえんじゃねえか」

石丸「僕は短時間だがしっかり寝たぞ!」

大和田「ありゃ半分気絶だっただろうが。部屋に行く途中でぶっ倒れやがってよ」

石丸「…何?!」

大和田「途中から俺が運んだんだぜ」

石丸「それは知らなかった…だからブーツをはいたまま寝ていたのだな」

大和田「そこまで気ィまわんなくて悪かったな」

石丸「いや…」

大和田「……」

石丸「…兄弟、顔色が酷い。寝た方がいい」

大和田「寝れりゃ寝る。…今は無理しても寝れねぇ…おいオメェら飯だぞ」

石丸「餌をやっているのか?兄弟は動物が好きなのか」

大和田「…犬飼ってたんだよ。別に鳥は好きじゃねえ」

石丸「そうか…」

霧切「……」

大和田「……どこ行くんだよ?」

石丸「…僕にもわからない。霧切くんについて行く」

大和田「兄弟も無理すんなよ。怪我ヒデェんだからよ」

石丸「…ああ」


……

武道場

山田「……」

石丸「山田君?」

山田「これは石丸清多夏殿」

石丸「桜を見ていたのかね」

山田「桜というより…自分の記憶を」

石丸「記憶?」

山田「…ここで花見をしたのですが…」

石丸「すまない…わからない」

山田「……」

霧切「……次に、行くわよ」

石丸「…すまない、山田君。僕は行く」



山田「…誰も、憶えてない…とは」

山田「ループものでは割とある設定ですが…体験するとなかなかに辛いものですな」






寄宿舎二階

霧切「……」

石丸「……」

霧切「……」

石丸「……」

霧切「…あっちに戻るわ。調べていない所があるの」

石丸「……ああ」








生物室


霧切「……」

苗木「…霧切さんに石丸君」

石丸「な、苗木君!」

苗木「…どうしてこんなところに?」

石丸「僕は霧切君の手伝いだ」

苗木「手伝い?」

石丸「霧切君が調べごとをしたいと言っていたのでな」

苗木「…あれ?少し前にここ調べてなかった?霧切さん」

霧切「……」

石丸(…やはり霧切君、君は)

霧切「……苗木君には関係ないわ」

苗木「……ごめん」

霧切「…意味もなく謝らないで」

苗木「…そうだね」

霧切「……」

石丸「……う、うむ。この部屋は生物室だったな!生物室というわりには殺風景というか妙な部屋だがなんなのだろうな!」

霧切「ここは遺体安置室よ」

石丸「……は?安置室…?」

霧切「ええ。ここを押すと…開くの」

石丸「……」

苗木「こんなものがあるなんて…本当にボクたちを殺し合いさせるつもりだったんだね」

霧切「…そうね。調べ切れていないけど地下に妙な部屋があったわ。あれは裁判室を模したものだったわ…学級裁判の会場かしらね…」

石丸「……今になっても理解できない…彼女が何故そんなことをしたのか」

霧切「…分からなくていいわ。それが正常なのよ」

石丸「しかし彼女もクラスメイトだったのだろう…?何故こんなことを…僕たちは止められなかったのだろうか」

霧切「…どこにいても、何があっても変わらない人というのはいるものなのよ」

石丸「……」

苗木「ねえ、ボクたち…勝ったんだよね」

霧切「……」

苗木「殺しあうようなことになる前に、止めることができたんだから。…でしょ?」

石丸「……」

苗木「…だから、こんな辛い顔するのやめようよ…ボクたちは勝ったんだからさ」

霧切「本当に…そう思ってるのかしら」

苗木「……」

霧切「思ってもいないくせに……言いたいことがあるのなら言えばいい」

霧切「私のせいで舞園さんの耳は駄目になったって」

苗木「そんなこと思ってない…それにそんなことをいう権利はボクには無いよ。ボクも霧切さんと立場は同じだよ」

苗木「ただ…ずっと悩んでるんだ。このままでいいのかなって」

苗木「舞園さんの耳だってなんとかしなくちゃならない。みんなの家族の無事だって確認しなきゃならない。江ノ島さんと戦刃さんをどうするのかも考えなくちゃいけない」

苗木「…これから、ボクたちがどうするのかも考えなくちゃならない」

苗木「…なのに、こんな風に立ち止まってていいのかな…」

霧切「…そうね。いつかは、答えを出さなければならない」

霧切「……」

霧切「……」スタスタ

石丸「…」スッ

霧切「石丸君。もういいわ」

石丸「…どうしてだ?」

霧切「…連れまわして悪かったわね。…ここからはもういいわ」スタスタ

石丸「……」

苗木「…どこ、行ったのかな」

石丸「…恐らく、学園長の私室だ。ずっと…躊躇していたようだからな」

苗木「……そうだ。学園長の…霧切さんのお父さんの遺体かもしれないものが放置されたままだったね」

石丸「…そんなものがあったのか?!」

苗木「ボクも舞園さんから聞いただけなんだけどね」

苗木「…ボクもあの部屋に行こうかな。霧切さん一人じゃ心配だから」

石丸「…僕もいいか?」

苗木「…うん」







学園長の私室

苗木「…鍵閉まってるや」

石丸「アルターエゴに頼めば開けてくれるが…」

苗木「…いいよ。ここで待ってる」

石丸「そうか。…ならば待ってる間にこの部屋を調べようではないか!何か発見があるかもしれないぞ!」

苗木「…そうだね」

苗木「…いろんな資料があるけど、何の資料なのかわからない物も多いや」

石丸「む…確かに不完全な資料もあるな。廃棄されてしまったのだろうか」

苗木「でも十神君が別々の場所に置かれていた資料もあったって言ってたし別々のところにあるかもしれない」

石丸「そうなのか。ならばその資料は別に置いておこう」

苗木「じゃあここに…」

石丸「…?これは…」

苗木「どうしたの…写真?」

石丸「見たまえ。これは僕たちだ」

苗木「…この茶色い制服、希望が峰の制服だ。…本当にボクたちここにいたんだね」

石丸「いくつもあるぞ。…これは体育祭?」

苗木「これは水泳授業かな?」

石丸「……」

苗木「わー…みんな楽しそうに写ってるね」

石丸「……」

苗木「……どうしたの、石丸クン」

石丸「……」ピタ

苗木「…みんなが遊んでる写真だね。学園に雪が降った時の写真かな」

苗木「十神クンまで雪だるま作ってるよ。…あれ?腐川さんがいない?」

苗木「あ、そっか。これ腐川さんが撮ってるのか」

苗木「…なんか変な感じだね。記憶はないのに記録は残ってて」

苗木「…石丸クン?」

石丸「う…ひっく、くっ…ぐっ…」ポタポタ

苗木「い、石丸クン?!どうしたの泣いたりして?!」

石丸「すまない…つい」

苗木「まさか記憶が戻って…」

石丸「いや、違う。記憶は戻っていない」

石丸「ただ、この写真を見ていて悲しくなってしまったのだ」

苗木「…悲しく?」

石丸「…見たまえ、この写真では僕がこんなに楽しそうに雪合戦をしているだろう」

苗木「そうだね。桑田クンが一方的に勝ってるけど」

石丸「僕は生まれてから、誰かと雪で遊んだという記憶がない」

苗木「……」

石丸「…雪で遊ぶどころか、物心ついてからは勉強ばかりで、誰かと遊ぶということを全くしなかった」

石丸「遊びに興じる同級生を見ては気が緩んでいると叱咤し、その度に疎まれ続けていた」

石丸「その時は風紀を正そうとは思っても混ざりたいとは思わなかったし、必要性も感じていなかった」

石丸「だから僕は一人でも平気だった。孤独であることに気がついていなかったのだ」

石丸「遊びなど必要ない、ましてやそのことを理解しようとすらしない者たちなど接するに値しないとすら思っていた」

石丸「…その結果が、これだ」

苗木「…これ?」

石丸「…見てくれたまえ。空っぽで何も持ってはいない僕を」

苗木「空っぽって……そんなことないよ、石丸クン。キミは…」

石丸「慰めようとなどしないでくれ!これは事実なんだ!」

苗木「……」

石丸「僕は…僕はッ!空っぽだ!」

石丸「兄弟や桑田君たちと話していた頃から薄々感じていた!僕の中には何もないのではないかと!」

石丸「誰かと話をしようとしても何も話せないんだ!話そうとしても出てくるのは参考書や規則の話ばかり!そんなもの、なんの意味もない!僕と話などしなくとも本を見れば載っていることだ!」

石丸「僕は…僕はやっと気がついたんだ…この全てが無意味になってしまった世界になってやっと!」

石丸「僕がくだらないと切り捨ててきたことこそが大切な物だったのだと!」

石丸「…僕は天才が嫌いだ。特に桑田君や葉隠君のように、才能に溢れているとされる者が特にだ」

石丸「彼らのような天才は、才能に驕り、努力を怠り馬鹿にして努力する凡人達…真の実力者達の壁にしかならない。そう思っていた」

石丸「…もちろん偏見だ。閉じ込められた当初こそはそう思っていたが、桑田君達がそのような偏見通りの人物でないことくらいは、この生活で知った」

石丸「だからこそ、ショックだったのだ。彼らには才能以外にも積み上げてきたものがあったことに」

石丸「初めて、皆と『くだらない雑談』とやらに興じた時、皆が思い出を話してくれた」

石丸「友達とくだらないことをして怒られた、夜中に海へ行った、遊園地で一日中遊んだ…中には眉を顰めるような話もあった。…だが皆楽しそうに話していた」

石丸「その時兄弟が話を聞いて笑っていた僕に聞いたのだ。『お前はなんかやったことがあるか?』と。僕は答えた『勉強だ』と」

石丸「何度聞き返されても、そうとしか答えられなかった。…気がつけば盛り上がっていた雰囲気は萎んでしまっていた」

石丸「…これが僕だ。誰もが持ち合わせているものを何ひとつ持っていない。それが僕なのだ」

石丸「くだらない、人間だ」

苗木「そんなことないよ。…ほら見てよ。この写真に写ってる石丸クン、どれも笑顔だよ。空っぽなわけでも、くだらない人間でもないよ」

石丸「…そうだ。写真の中の僕はどれも笑顔だ」

石丸「…だが僕はそんなもの知らない」

苗木「……」

石丸「きっと楽しかったのだろうな。偏見を乗り越え、常識破りの天才達と過ごす学園生活は」

石丸「たくさんの初めてに触れて、知らなかったことをたくさん知って…一人では手に入れられないものを抱えきれないほどに手にいれていたのだろうな」

石丸「だが僕はそんなもの知らない!」

苗木「……ッ」

石丸「僕は…僕は雪合戦などしたことが無いんだ!こんな、こんな風に…!」

石丸「『くだらないこと』に本気で挑んで笑ったことなど一度も無い!」

石丸「ただの…一度も…!」

石丸「……返してくれ…」

石丸「返してくれ…僕の宝を…」

石丸「宝物だった筈なんだ…!全部、かけがえのないモノだった筈なのだ…!」

石丸「返してくれ!…返してくれ……」

石丸「せっかく手にいれていたのに…空っぽでなくなっていた筈なのに」

石丸「僕はなんで無くしてしまったんだ…手放してしまったんだ」

石丸「僕は戻ってしまった…くだらない人間に…」

石丸「思い出したい…取り戻したい…うう…」

石丸「僕の…宝物を……」

苗木「……」

苗木「泣かないで石丸クン…」

苗木「無くしてなんかないよ。きっとキミの中に残ってるはずだよ」

苗木「…だから空っぽだなんて言わないでよ。お願いだから」

苗木「…それに、ボクたちは必ず取り戻せる」

苗木「たとえ忘れてしまったものがここには無いんだとしても、また新しく作ればいいだけなんだ」

苗木「…みんな、生きてるんだから。またやり直せばいいだけのことなんだよ」

石丸「やり直したからどうなるというんだ…もう世界は変わってしまっている。こんな平和な日常など帰ってこない」

苗木「…そんなことないよ。絶対取り戻せる」

石丸「……」

苗木「…ここにはみんな、いるんだから…手伝ってもらおう」

苗木「無くしてしまったっていうんだったら、また一から積み上げていこうよ」

苗木「みんなきっと手伝ってくれるはずだから…」

苗木「そしたらキミはきっと空っぽなんかじゃなくなるよ。だから…」

苗木「取り戻せないなんて言わないでよ…」

苗木「ボク達は勝ったんだ。だから絶対に取り戻す」

苗木「奪われてしまったものを…絶対に取り戻す!」

苗木「少し難しいからって諦めたりなんてするもんか…絶望なんかに負けたりなんてしない」

苗木「だから諦めないで…石丸クン。ボクも頑張るからさ」

石丸「苗木君…」

苗木「…取り戻そうよ」

石丸「……」

石丸(何故君はそんなに前を見ていられるんだ…苗木君)

石丸「僕に…できるだろうか」

苗木「できるよ、きっと」

石丸「……」




疲れきった顔の霧切君を迎えて、僕たちは帰った。
疲労の回復しないうちに動きまわったせいだろうか。寝る時間でもないのに僕は睡眠欲に支配されてしまった。

部屋に居たのをわざわざ食堂に出向き、机に突っ伏して寝た。一人になりたく無かった。

誰かがかけてくれた毛布の暖かさに満足しながら僕は眠った。






そしてなんの起伏もない日々が続いていった。
皆がするべきことを探し、見つけては困難さに折れて行った。
それでも前に進もうとする者たちは、それぞれに道を作り出そうとしていた。


そんなある日。

江ノ島盾子が姿を消した
立った一人の姉を残して。

まさかクリスマスにまでもつれ込むなんて思ってませんでしたよ
そして年を越しそうです
リロード発売前には終わらせるつもりだったんだけどな


今回は以上です

戦刃「どこに隠したの?!」

十神「…かっ、隠してなどいない!そんなことをする必要がどこにある!奴は一人で逃げたんだ!」

戦刃「…どこ!どこ!どこ?!」ダッ

大神「…待て!」

十神「ほおっておけ。納得するならそれでいい。不二咲、監視を強化しろ!出入り口に奴が何かしようとしたら容赦無く火器を使え!」

不二咲「えっ?そ、そんなことしたら怪我しちゃうよ…」

十神「ならば野放しにするのか?…怪我させるのがいやなら間違いが起こらないよう見ておけ」

桑田「江ノ島がいねぇってどういうことだよ!ちゃんと見張ってたのかよ!」

十神「騒ぐな。逃げた時の担当は誰だ」

石丸「セレス君と霧切君だ」

十神「これはどういうことだ」

霧切「…わからない」

セレス「気がつけばいなくなっておりましたわ。もちろん、気を抜いていた訳ではありません。それは霧切さんも同じはずです」

霧切「もちろんよ。…ただ、ほんの少し目を離していただけなのに、その一瞬で消えていた…」

セレス「わたくしたちはその時、江ノ島さんがしっかりと縛られ拘束されていることを確認した上で戦刃さんの食事を見張っていました」

セレス「戦刃さんはその戦闘力を確認されていますから食事や入浴、着替えなどの際には細心の注意を払うように…とされていたことはみなさんもご承知のはず」

セレス「わたくしたちは…霧切さんは武闘の心得が多少ありますが…二人とも非力な少女ですから、二人掛かりで抑えていたのですわ。とはいえ注意を怠っていたわけではありません」

霧切「アルターエゴにも見張らせていたし、何より私が江ノ島の方にも意識を向けていたわ…まあ、結果はこの通り逃げられてしまったからあまり大きくは言えないのだけれど」

大和田「…江ノ島がこのまま見つからなかったらよぉ…どうなんだ?」

十神「わからん。仲間を連れて帰ってくる可能性がある。ここには姉が残されているからな」

朝日奈「そんなことされたら…私たち…殺されちゃうんじゃ…」

大神「…そんなことは我がさせん!」

十神「黙れ。可能性の話で騒ぐな」

不二咲「…でもそうだよねぇ。ここには大切な家族が残ってるんだもんねぇ…帰ってくるよね」

葉隠「戻ってこねぇかもしれねえぞ。せっかく逃げたのに戻ってきてもっかいお縄ーっつーのも間抜けな話だべ」

山田「戦刃むくろ殿は超高校級の軍人…逃げる時に連れて行けば必ず役に立ちますぞ。…なのに連れていかなかったということは…」

霧切「あえて…捨てた?」

腐川「…家族なんかより自分の身が一番ってことね…フン。あんなワケわかんない奴なんてそ、そんなものよ」

石丸「しかし血をわけた姉妹なのだぞ!?しかも手を組んで企みをしていた仲間であり、頼りになる元軍人だ!連れていかないということは訳があるはずだ!」

セレス「訳などないのでは?自分が助かりさえすればよかった…彼女も大物ぶって普通の人間だったということですわね」

苗木「それにしたってさ……ううん。何かどれも納得できないなぁ…」

苗木「舞園さんはどう思う?」

舞園「……何ですか?」

苗木「話…ついてこれてるかな?」

舞園「…えっと…」

苗木「えっと…手にかきながら説明するよ」

苗木「…というわけなんだけど。舞園さんはどう思う?」

舞園「私は…監視の、役割から、外されて、いましたから…あまりわかりません」

十神「フン。そうだろうな」

舞園「ただ、見てて思ったのは…江ノ島さんたち姉妹が、あまり、仲が良くないのでは…ということです」

霧切「確かにそんな感じはしたわね」

舞園「わたし、うまく、話せてますか?」

苗木「話せてるよ」

舞園「えっと、それで…なんですけど。江ノ島さんにとって、戦刃さんは頼れる姉、というよりも、おもちゃやペットに、近かったのではないか、と思うんです」

石丸「じ、実の姉をペット?」

舞園「江ノ島さんは、時々戦刃さんのことを、見て、笑っていました。それは笑顔というよりも、何か、「面白いもの」を、見ている、顔でした」

舞園「…時々いますよね?兄弟のことを、自分の所有物だとしか、想わない人って…江ノ島さんって、あんな感じじゃないか、と思うんです」

舞園「だから、家族愛のような感情は、薄かったのかも、しれません」

腐川「飽きたからポイ…ってわけね。ほ、本当にどうしようもない女だわ…」

桑田「お前は早く飽きた方がよくね?十神相手は望み薄すぎね?」

腐川「うるさい!わ、私の愛は飽きるとか飽きないとか叶うとか叶わないとかそんなんじゃないの!人生そのものなのよ!信じてください白夜様ぁ!」

十神「貴様の人生なんぞいらんわ」

舞園「あっ、ち、違うんです!江ノ島さんが、そういう酷い人、って言いたいわけじゃないんです」

舞園「最後に見た時は、目が眠たげにうつろでしたし、拘束された自由のない生活に、心底疲れ果てていたのかもしれません」

葉隠「妙なところでフォローすんなぁ」

戦刃「……」

朝日奈「あっ、帰ってきた」

戦刃「いない…どこにも」

不二咲「い、戦刃さん…」

苗木「…なんか見てて流石に可哀想になってきたよ…」

戦刃「……」

石丸「…戦刃君?」

戦刃「……」ニタァ

石丸「ひっ?!」ビクッ

葉隠「わ、笑ってるべえええ恐いべえええ」

セレス「口調が何か別の物になってますわね」

戦刃「ああ…盾子ちゃんに置いていかれた…探さなきゃ…ふふ…」

山田「…どうします?あれ」

石丸「理解できん表情だ…あれは悲しんでいるのか?まさか喜んでいるのか?!」

セレス「両方では?超高校級の絶望とやらがどういう物か知りませんが悲しくて喜んでいるのでしょうか。ドMですわね」

石丸「……わからないぞ」

苗木「…わかる人なんていないと思うけど」

不二咲「…ねえ。これから僕たち、一体どうすればいいのぉ…?」

苗木「……」

霧切「……」

石丸「……」


不二咲君が皆が避けていた話題を持ち上げた。
それまでざわついていた空気は一瞬にして沈む。不二咲君はその空気に、自らが何かを間違えてしまったかのように青ざめた。


不二咲「あ…あ…ごめんなさい」

大和田「不二咲…あやまんじゃねぇ…」

苗木「…そうだよ。気にしないで不二咲クン。いつかは…」

十神「……」

苗木「答えを出さなきゃいけないんだから」


もう、逃げることはできない。


石丸自室

石丸「……」

目の前には散乱した参考書があった。
少し前に苛立ちのままに投げ捨て、放置されていた物だ。

石丸「このようなもの…もはや意味は無いのだろうな」



努力した者こそが報われる世界を。
そんな夢を抱きながら努力を続けてきた。
才能に恵まれた天才ばかりが持て囃され、努力を嘲笑うような世界に怒りと憎しみを抱きながらも
それを情熱に書き換えながら努力を重ねてきた。
そして、苦難の末にここまできたのだ。


『超高校級の風紀委員』
この称号は、僕の努力が認められた証だった。
特異な才能を持つ者のみが迎えられるという学園に僕は才能などは何ひとつ持たずに努力のみを抱えて入学した。

目標を持つ仲間たちと、切磋琢磨しあいながらさらなる高みを目指すのだ。
与えられた環境を最大限に生かして成長しよう、そう思っていた。

そんな夢と、希望と、少しばかりの不安を感じながら入学式前日は眠りについたのを覚えている。


石丸「しばらく前に思えるものだが…もう二年以上前なのだな」


それが気がつけばこれだ。
全てが意味を失っていた。
与えられた真実はあまりに馬鹿馬鹿しく、到底信じられない。
それでも現実はじわじわと僕たちを侵食し続けて…今も食いつぶそうとしている。


石丸「…失われてしまえばあっけないものだ」


失われて行く世界と夢を僕はどんな気持ちで眺めていたのだろうか。
幸か不幸か、僕は覚えていない。

石丸「この参考書を開いたのはいつぶりだろうか」

石丸「こんなに勉強をしなかったのは初めてだな」

石丸「前は勉強しなければすぐに落ちぶれてしまうと思ったものだが…僕は僕のままだな。あの頃の不安はなんだったのだろうか」


石丸「殺し合いを強要されてからも勉強は続けていたのに、解放された途端にやらなくなるとは…僕もちぐはぐだな」

毎日覚えた数式、年号、化学式…それ等は僕にとってどういった存在だったのだろうか


石丸「いつか、これが必要になる時は来るのか…?」

石丸「……」

するりと愛おしくも憎らしい、馴染みのある表紙を捲った。
そこには数式が載っているだけだ。
僕たちの求めているものは、ここには無い。

きっと数式や化学式では導き出せない物を、僕は見つけなければならないのだ。


……




図書室


石丸「……」

石丸「…十神君はいないのだな。いつもはここにいるのだが」

石丸「…いや、いなくても不思議ではないか」

石丸「……あった」


図書室の少し奥のところに乱雑に置かれた紙の束があった。その横には丁寧に整えられた束もある。

これはこの学園の先輩方が残した研究資料だ。
学園のあちらこちらにバラバラに置かれていたそれは未だ整理は終わっていない。見つけきれているかどうかも怪しいところだ。

石丸「…当然だが、一目見ただけではよくわからないな」

一つ手に取って捲った。中には植物園にある巨大な植物の絵と共に大量の文字が並んでいた。
読まれることを前提にした文書らしく、一般的な研究論文などよりははるかに読みやすかった。
しかし専門家と一般人では知識と理解力に天と地の差がある。これ一つを読み切ったところで完璧な理解は難しいだろう。

石丸「……」

(諦めないで努力すれば理解は可能な筈だ)

心の奥底がそう言っている。
…そうだ。僕はいままでに何度もそうやってぶつかった壁を乗り越えて来た。

この大量の研究資料だって、わからないことを一つ一つ解いて知識を深めて行けば理解することは不可能では無い。

石丸(…しかし相手は超高校級と呼ばれる者が作り上げた研究成果…道のりは険しいのだろうな)

石丸「……」

石丸(…僕に…できること。すべきこと…)

石丸「……」


ガラ


石丸「…ん?誰だ?」

大和田「兄弟いんのか?」

石丸「兄弟…?珍しいではないか!兄弟が図書室など」

大和田「うっせえ」

桑田「石丸いんの?」

石丸「桑田君もか。どうしたのかね?二人揃って図書室とは。想像もしていなかったぞ!」

桑田「マジでうるせぇな」

大和田「兄弟、鳥の飼い方が載ってる本はここにあるか?」

石丸「鳥?あるだろうが…なんの鳥だ?」

大和田「いや…そのよ…」

桑田「なんでそこで照れんのお前?石丸ほら、アレだよアレ!ニワトリ!」

石丸「…ああ!あそこのニワトリか。熱心なのだな」

大和田「桑田テメエ何言ってんだよ」

石丸「言わなければわからないだろう。…これだぞ、兄弟。ニワトリについての本だ」

大和田「…おう」

桑田「石丸はこんなとこで何してんだよ?」

石丸「僕は…これを読んでいたのだ」

桑田「ゲッ?!ナニコレワケワカンネー。何だよこれ?」

石丸「植物園のあの大きな植物の解説だ」

桑田「あ、マジだ。絵が載ってる…けど…わかんねーよこんなもん」

石丸「君は読んでみようとすらしていないだろう。読んでみたまえ。案外わかりやすく書いてある。理解することは難しくても何が書いてあるのかはわかる筈だ」

桑田「わかんねーもん読んでどうすんだっての…」

石丸「何度も読み込み、反復し、知識不足を補えばいずれ理解は可能だ。諦めてしまえばそこで終わってしまうぞ」

桑田「いやそこまでして読みたくないし」

石丸「何故そこで投げてしまうのかね…勿体無いぞ。自分の知らないことがそこにあるというのに」

桑田「オレそーいうのキョーミないんで」

石丸「むむむ…」

桑田「つーかイインチョはこんな時でも勉強か。優等生極めすぎじゃね」

石丸「勉学は身を助ける…ぞ…」

桑田「何で後半弱気?」

石丸「いや…実は最近は勉強をしていなかったのだ」

桑田「マジで?!この勉強馬鹿が?!」

石丸「…その、勉強するという行為に疑問を抱いてしまって…集中することができなくなったのだ」

桑田「…まあ、そりゃそーだわな。そうじゃなきゃ最早人間じゃねーだろ。…その割には勉強について熱弁してたけどな」

石丸「うむ…君の努力の無さに思わず…だ」

桑田「マジでうぜーなお前!?」

石丸「……」

桑田「…迷ってんのか?」

石丸「…勉強する意味など、この世界であるのだろうか」

桑田「……」

石丸「……」

桑田「…そういや大和田がさっきから静かじゃね?」

石丸「…そうだな。兄弟?」

大和田「…ねぇ」

石丸「?」

大和田「わからねぇっつってんだよ!これなんて書いてあんだよ!」

石丸「…ま、まさか君はこのような簡単な文章すらもわからないというのか?!」

大和田「馬鹿にしてんだろ!読めるっつーの!」

大和田「ただよぉ…頭にはいんねぇんだよ。本とか読まねえから」

桑田「馬鹿か」

大和田「マジでぶっ殺すぞ!」

石丸「兄弟はニワトリの飼い方について知りたいのだな?」

大和田「おう」

石丸「ならば少し待っていたまえ」

……




石丸「まとめておいたぞ」

桑田「どれどれ…おっ!箇条書きぃー。モロコシでもわかるやさしいニワトリ講…いってぇ!殴んな!」

大和田「…おう。悪りぃな。何か読んでたんだろ」

石丸「いや、構わない。難しくて詰まっていたのだ」

大和田「そんなん読めるとか流石にオレとは脳みその作りがちげえな」

石丸「買いかぶりすぎだ。こんなこと誰でもできるだろう」

大和田「少なくともオレはできねえよ。ちっとは自分に自信もてや」

石丸「僕は自信に溢れているぞ!」

大和田「嘘つけ…さっきなんか言ってたろうが」

石丸「き、聞いていたのか。忘れてくれ」

大和田「……」

大和田「ここに置いてあるの全部研究の何かか?」

石丸「む?あ、ああそうだ。全てこの学園に所属していた先輩方の残したものだ」

大和田「…じゃあ大事なのか?」

石丸「うまく活かせることができれば素晴らしい財産となるだろう」

大和田「…桑田オメーこれわかるか?」

桑田「ムリ」

大和田「オレも無理だ。見ただけで頭が痛くなっちまう」

石丸「そんなことはないぞ!…ここはだな…」

大和田「あーいい。説明なんていらねえ」

石丸「何故だ!ちゃんと聞けば理解できるぞ」

大和田「そもそも頭が足りてねえんだよ。聞いてもわかんねえ」

石丸「ならば勉強しよう兄弟!」

大和田「さっきと言ってること違ぇぞ兄弟。勉強する意味なんてなくなったんじゃねえのかよ」

石丸「そ、それは…しかしそれでもだ!君はあまりに勉強しなさすぎるのだ!日常的な漢字も書けないようでは大変だぞ!」

大和田「…だったら教えてくれや」

石丸「は?」

大和田「馬鹿なオレでもわかるように…このメモみてえに簡単にしてくれりゃあ勉強してもいいぜ」

石丸「…漢字の勉強くらい自分で出来ないのか!」

大和田「勉強の方法もわかんねえんだよ」

石丸「むむむ…仕方がない。では僕が問題を作っておこう」

大和田「おう!それならやってもいいぜ!」

桑田「上から目線ひっでー」

大和田「うっせえんだよテメエは!」

大和田「…あ、そろそろ行かねえとあいつら腹すかしちまうな」

石丸「ニワトリか。名前はつけたりはしていないのか?」

大和田「判別つかねえからつけてねえ」

石丸「そうか」

大和田「おう。…あんま考え込み過ぎんじゃねーぞ。人間なんてやりたいことやっときゃいいんだからよ」

桑田「オレもメシ食うかなー」

石丸「…ああ」



石丸「…二人は」

石丸「僕を元気付けに来てくれたのだろうか」


石丸「僕の…できること」

石丸「僕の…したいこと」


ぺらりと薄い紙を捲る。
捲った先には、人類の宝ともいえるものが眠っている。
このままではいつか失われてしまう。


石丸「自分のために…皆のために…か」

石丸「…いや。そんな大層なことで無くてもよいいのだったな」

石丸「やりたいことをやる…」


…道は、ここに。

購買部

苗木「……」

葉隠「おー?苗木っち何か良いもんでたかー?」

苗木「あっ葉隠クン…ううん。まだなんだ。あんまり特別なものは出てないかな」

葉隠「あと何枚あんだべ?」

苗木「あと少し…もうこれ全部入れちゃおうかな。…よいしょ」

葉隠「うわっ勿体無いべ」

苗木「…えっ、何これ」

葉隠「ん?何か金目のもんか?」

苗木「脱出スイッチ…?」

葉隠「押したらどうなんだ?」ポチ

苗木「えっ…ちょ…?!」


ガガガガガガガガガ



葉隠「…なんかヤバイ音がしてるべ」

苗木「こ、これまさか本当に脱出スイッチなんじゃ…?!」

『うほおおおおおおおお?!』

葉隠「やっべ!」

苗木「逃げないでよ葉隠クン!」

山田「か、かかかかかか勝手に扉が開いたああああああああ」デブデブ

セレス「何事ですの?!」

苗木「ストップストップ!ごめん二人とも落ち着いて!」

山田「な、なななな苗木まこ、まこっ誠殿!これはどういう」

苗木「このスイッチを葉隠クンが押したんだ!」

山田「脱出スイッチ?なんですかこれ」

苗木「モノモノマシーンから出てきた…」

山田「はあ?!」

セレス「…あの江ノ島とかいう女、本物の馬鹿だったわけですわね。まさか本物の脱出スイッチをモノモノマシーンに忍ばせていたとは」

ガガガガガガガガガ

苗木「あっ、閉まった」

『こちらアルターエゴ。突然扉が開いたから閉めたよ。原因は調査中だよ』

苗木「あちゃー…」

セレス「説明をしに行った方がよろしいのでは?」

苗木「うん。行ってくるよ」


ポケットの中にスイッチを放り込む。

苗木(出てくるのがちょっと遅いよ…)

赤くおもちゃのような可愛らしいシルエットのそれが、
少しだけ憎らしい。




苗木「はあ…やっと信じてもらえたよ」


ため息をついてボクは情報処理室を後にした。
突然開いた扉に、情報処理室の中はパニック状態だった。

『なんで、何で突然扉が開いたの?!どうしよう、どこからか侵入かなアルターエゴ!』

『落ち着いてご主人タマ!今捜索中だから』

『でも、でも!もし何かあったら僕…』

『ご、ごめん二人ともちょっといいかな?』

『な、苗木君!みんなに知らせて欲しいんだ!扉が勝手に開いたんだよ!』

『いや、あのだから…』

『ま、またあんな怖い思いをしないとなのかな…どうしよう』

『落ち着いて不二咲クン!実はこれが…』

『ふえ…ひっく』


恐怖と不安と自責の念に押しつぶされそうになっている不二咲クン相手に説明は難航した。でも意外な救世主が現れた。
脱出スイッチのことをなかなか信じてくれない不二咲クンにボクが手を焼いていたその時、

『…脱出スイッチ、引き当てたんだね』

泣きはらした顔の戦刃さんが、現れた。
大神さんと朝日奈さんも続いて入ってくる。
目を丸くさせている二人を横目に、戦刃さんは脱出スイッチについての説明を始めた。

流石に黒幕にほど近い彼女から説明を受けたことで不二咲さんは脱出スイッチが本物であることを理解してくれた。
必死になって取り乱したことを謝る不二咲クンをなだめて、ようやく今に至る。


苗木「まさかこんなものまで仕込んでるなんて…本当に何を考えていたんだろう」

苗木「…あっ、行き過ぎた。戻らないと」

舞園の部屋

コンコン

苗木「舞園さん?入っていいかな?」

ノックをしてから、ドアのしたに紙を潜らせる。
少したってトントンと壁の叩かれる音がした。OKの合図だ。

苗木「お邪魔します」

舞園「あっ、やっぱり、苗木君ですね。そんな、気がしていたんです」



ふわりと舞園さんが笑う。
どう返せばいいのか迷って、曖昧に微笑んだ。


今、舞園さんの耳はあまり聞こえていない。
「あまり」といったのは、本人が「ほんの少しだけ聞こえる気がする」と言ったからだ。
実際、大きな音が鳴れば舞園さんは反応する。
一番初めの頃の、幻聴に悩まされていた頃を思い返せば素晴らしい回復だった。

幻聴は霧切さんが薬で眠らせた次の朝には止まっていた。
耳鳴りは相変わらず続いていたけど、それも日が経つうちに少なくなっていったようで、今では時々耳鳴りが起こる程度におさまっているみたいだった。


眠ることができるようになって、舞園さんは肉体的にも精神的にもかなり回復した。食事もちゃんと取るようになったし、笑うようにもなってきた。
…まあ、まだ笑顔のほとんどはボク達のことを安心させるための作り笑いなのが少し悲しいところだけど。


苗木「霧切さんもいたんだね」

霧切「ええ」

舞園「霧切さんと、いたんですよ」

霧切「会話がうまくできる方法を探していたの」

そう言って、霧切さんは舞園さんに何かのサインを行っていた。舞園さんは手元の本を見て必死に意味を汲み取ろうとしていた。

苗木「手話?」

霧切「ええ…そうよ」

舞園「あっ…私手話を、練習、しているんです。でも、難しい…ですね!」


舞園さんは耳が聞こえなくなっても話すことを辞めなかった。
それで自分の声が確認出来ないからか、短く区切るように話すようになった。


霧切「…苗木君はこれからどうするか決めたの?」

苗木「……」

舞園「えっと…あっ!ご飯の、話題ですね、霧切さん!今日は、お味噌汁と、ふりかけご飯を、たべました。おいしかった、です」


舞園さんと霧切さんの話題が食い違っている。多分霧切さんは違うことを手話で伝えたんだろう。


苗木「…まだだよ」

霧切「…そう」

苗木「霧切さんは?」

霧切「…私は、…迷っているわ」


舞園さんの方に向ける表情を一切変えずにそういった。

苗木「何を?」

霧切「…これは、自分で決めたいから苗木君にも言えないわ」

苗木「わかったよ」


舞園さんを見た。
今は顔を下にむけて本を見ていた。

…ボクはどうするべきなんだろう。

舞園「……あっ、どうかしましたか苗木君!」

見つめるボクに気がついて舞園さんが微笑んだ。
ボク達を心配させまいと振る舞うその姿は、ボクの胸を打った。
…舞園さんの、そばにいたい。


しかしそれを選んでしまうためには、何かが引っかかっていた。


苗木「…誰かのために、なんてさ…」

霧切「……」

苗木「選ぶことの責任を誰かに押し付けちゃ駄目だよね…」

霧切「…そうね」

苗木「……」

霧切「…あなたはここにいない方がいい。冷静になりたいなら一人になった方がいいわ」

苗木「……」


舞園さんの方に近づいて、本を覗き込んで戻る。

舞園「……?」

苗木「……」サッサッ


『行ってきます』


舞園「……!」

舞園「いってらしゃい!です」


本当に久しぶりに、本物の笑顔を見た気がした。


いろんな所を歩いた。
桜の下を潜って
鶏に餌をあげている大和田君を眺めて
格闘技の練習をしている朝日奈さんと大神さんを見て
紅茶を飲んでるセレスさんを見て…


君臨している裁判長の椅子を見た。
無人の玉座と立ち向かう位置にある席へと着く。


苗木「…一つ聞きたいことがあったんだ」

苗木「…君は一体何がしたかったの?って」

苗木「こんなにこんなに大変な準備をしてまでさ」

苗木「それでみんなからこんなに奪って何がしたかったの?」


…誰も、答えない。


苗木「みんな傷ついたよ。大切な物を取り戻せないくらいに奪われたよ」

苗木「…みんなまだ苦しんでる。たぶんこれからずっと苦しむことになるんだろうね」

「……」

苗木「キミと話がしたいんだ。何でこんなことをしたのか。何がしたかったのか。どうして他の道を選べなかったのか」

苗木「…どうしてボク達に選ばせたのか…とかさ」

苗木「ボクは希望を持っていたい」

苗木「キミが本当は迷っていたんだと、信じたい」

苗木「だから、ボク達に道を残したんだって信じたい!」

苗木「…知りたいんだ…キミのこと」

苗木「…それで、止めてあげたいんだ」

苗木「求めていないかもしれないけれど…もう何も失いたくないんだ」

苗木「…ボク達に奇跡が起こったっていうんだったら、キミに奇跡が起こったっていいんじゃないかって思うんだ」

苗木「それでみんなでまた笑えたら…それがきっと一番いい」

苗木「…また、笑いあいたいんだ。あの写真みたいにさ」

苗木「……」

苗木「ボク達の二年間が…無くしてしまった二年間が嘘だなんて…演技だったなんてさ。そんなこと言わないでよ」

苗木「ボク達はみんな仲間だった。…そうでしょ?」

苗木「あんなにみんな楽しそうなんだ。きっとそうに違いないよ。みんな笑ってるのにキミだけ一人だったなんてそんなのはきっと辛い」

苗木「…だから真実に触れるまでは、ボクはキミのことを信じるよ」

苗木「キミはきっと…迷っていたんだって」

苗木「…そんな風に、都合が良くて優しい真実がどこかにあるって…信じてるから」



どんなに絶望を詰め込まれたパンドラの箱だって
最後にはとっておきの希望をとっておいたんだ。
きっと君もそうだって、ボクは信じてるよ

倉庫


苗木「…あれ?十神クン?何してるの?」

十神「見てわからんか。荷造りだ」

苗木「にづ…ぶっふ!」

十神「…なんだ?」

苗木「いや…あの、キミの口から荷造りだなんて言葉が出てくると思わなくて…」

十神「俺は今忙しい。あっちへいけ。邪魔だ」

腐川「白夜さまぁ、持ってきましたぁ!」

十神「そこへ置け」

腐川「はい!」ドサ

腐川「うふふふふふ…」イソイソ

苗木「腐川さんまで?!」

腐川「な、なによ…私が荷造りしちゃ駄目って…?」

苗木「う、ううん!違うんだ!驚いただけだよ」

腐川「ふん。言ってなさい。私はこれから白夜様と愛の逃避行をするんだから…」

十神「ふざけたことを抜かしていると置いていくぞ。無駄口叩くな」

腐川「……」

苗木「…出てくの?」

十神「当然だ。俺は十神白夜だぞ?」

苗木「関連性が見えないんだけど…」

十神「十神家に戦略的撤退はあっても後退の二文字はない」

苗木「どう違うの…」

十神「俺がこんな黒幕に用意されたゆりかごで一生を過ごすとでも思ったのか?フン。ありえんな」

苗木「…迷わなかったの?」

十神「迷う?そんなことあり得るはずがない。いかなる世界であろうと牛耳るのは十神の血、即ち俺だ!」

十神「邪魔をするのならばとっとと消えろ。貴様に割く時間など一瞬たりとも無い」

苗木「……」


十神クンは、もう口を開かなかった。
彼の瞳はもう前しか見ていない。

心が揺れる。


キミの隣でキミを支えたい
でも、キミの耳を直せる医者を探しに行きたい

みんなと一緒に安全な場所にいたい。
だけど、大切な人たちを探しに行きたい。

何もしたく無い
それでも、何かしなければならない



苗木「……」ゴソ…


ポケットの中の脱出スイッチが、何かを叫んでいる気がした。


とっくの昔に答えはもう出してしまっていたんだ
見つけてしまえばもう、止まることは出来ない


走った。
走って必要なものを集めた。
そんなボクを、みんな見ていた。




苗木「…出来た」

霧切「…終わったみたいね」

苗木「あっ、霧切さん。…ボク、決めたよ」

霧切「…そう」

苗木「ボク、外に出ようと思う」

霧切「ええ」

苗木「…どうしたの、霧切さん。その荷物」

霧切「どうしたのって…私も…行くのよ」

苗木「えっ?」

霧切「『私を言い訳にしないでください。やりたいようにしてください』って言われたの」

霧切「…そうよね。選ぶ理由を誰かに押し付けるなんて…無責任だし卑怯よね」

霧切「だから…」

苗木「…そっか」

霧切「…よろしく」

苗木「……よろしくね」




そして、旅立ちの時が来た





苗木「じゃあ、行ってくるよ」

石丸「…本当に、行ってしまうのだな」

苗木「…うん。でも戻ってくるよ」

石丸「…そうでなければ困る」

十神「俺は戻ってくるつもりなどないがな」

山田「ええー…」

朝日奈「こんな時までそんなこと言わないでよ十神!」

腐川「び、白夜様に口答えなんてするんじゃないわよ!」

朝日奈「何それ!」

苗木「まあまあ…」

桑田「…大丈夫なのかよ?」

霧切「わからないわ。出て見なければ」

朝日奈「みんなに連絡出来そうなもの見つけたら連絡するから!」

不二咲「確かにネットとか発電システムだとか、電話とかそういう物が生きてる場所はあるみたいだけど…」

苗木「うん。そういうのがあったら、このアドレス…アルターエゴにメールを打てばいいんだよね」

不二咲「……僕にも外にいけるような体力とかあれば良かったんだけど…」ジワ…

霧切「あなたにはアルターエゴの管理があるでしょう?」

不二咲「…うん」

大和田「…泣くんじゃねえ。笑って見送るんだろうが」

不二咲「うん……でもやっぱり出ちゃうよお…」

大和田「…まあ、いいけどよ」

戦刃「……」

大神「しかし…戦刃を連れて行くのか…我が行かなくとも本当に平気なのか」

朝日奈「私がいるから大丈夫!さくらちゃんだってお墨付きをくれたじゃん!もう十分強いよってさ!」

大神「しかしだな…」

朝日奈「さくらちゃんにはここにいてもらわなくちゃ」

朝日奈「不二咲君も石丸もここでやらなきゃいけないことがあるみたいだし、セレスちゃんや舞園ちゃんだって残るんだし。他の奴らは頼りない奴しかいないし」

桑田「石丸よりゃましだろーが!」

大和田「さりげなくオレまで馬鹿にしてんだろ!」

朝日奈「だってあんたたち二人がいたところでさくらちゃんの安心感にはかなり遠いし…」

桑田「そもそも比べんじゃねえ!勝てるわけねーだろアホっ!」

朝日奈「だからみんなを守ってあげてね、さくらちゃん」

大神「朝日奈…」

朝日奈「こっちはなんだかんだで強い人多いし、戦刃ちゃんだっているしね。大丈夫だよ」

大神「…無理はするな」

朝日奈「無理しなきゃ無理だよ。でもわかった。無理な無理はしないようにする」

桑田「無理な無理って…どういう無理だっつーの」

朝日奈「うっさい!水をさすなー!」

葉隠「つかさ?朝日奈っち離してくんね?俺行く気ねえべ?」

朝日奈「えっ?なんで?」

葉隠「だって外は空気が汚染されてる上に世紀末なんだろ?誰が好き好んで行くってんだべ!」

朝日奈「ついて来てくれるんじゃなかったの?!」

葉隠「あれはノリっつーか。カッコつけだべ」

朝日奈「そんな…」

葉隠「そんな顔してもなー」

朝日奈「……」

セレス「少しよろしいですか?」

葉隠「なんだべ?」

セレス「今外は混乱状態ですから、何かを拾ってしまうならば今が好機ですわよ?」

葉隠「えっ?」

セレス「ですから。金目の物を拾うならば今しかないといったのですわ」

葉隠「……でも今は世紀末だべ。価値は減ってるべ」

セレス「このような混乱状態がいつまでも続くとでも?人が生き残ったのであればいつかは文明社会に戻りますわ。現時点でも技術や施設などが生き残ってるところはあるようですし」

セレス「今、価値がないものでもそのような社会に戻れば…失われし時代の遺物として珍重される…と思われます」

セレス「…と、思いますが…葉隠君はどうなさりますか?」

葉隠「ロマンを求めて行ってくるべ」

セレス「こちらとしてもその方が好都合ですわ。理解が早くて助かりますわね」

山田「こやつやりおるわ……っていやどうなんですかアレ。風紀委員としては」

石丸「僕はナニモミテイナイゾー」

山田「これはひどい棒読み」

朝日奈「葉隠、泥棒は駄目だからね!」

葉隠「泥棒じゃなくてトレジャーハンターと呼んでくれだべ」

朝日奈「絶対駄目だからね!」

十神「おい石丸」

石丸「なんだ」

十神「ここにいる奴の中でまともな頭を持っているのは貴様位だ。それでもお粗末だがな」

石丸「兄弟や桑田君はともかく不二咲君は優秀だぞ!」

山田「さりげなくdisるとか流石でこざる」

大和田「……」

桑田「お前の兄弟が落ち込んでんぞー」

石丸「君も落ち込みたまえ」

桑田「あんだとコラ!?」

十神「黙れゾウリムシ共。…貴様の役割はこいつらには出来ない頭脳労働だ。貴様でなければあの研究書類の山は整理出来ん」

十神「俺が帰るまでに全てまとめ直しておけ。それで即座に実用化できるようにしておけ」

セレス「あら…先ほどは「帰らない」と言っていた気がするのですが…?気のせいでしょうか」

十神「だっ…黙れ!…とにかく、貴様の役割はしっかり果たせ。残るという選択肢を選ぶというのなら、困難から逃げたわけではないと証明して見せろ。いいな」

腐川「白夜様からの激励よ…あ、ありがたく受け取りなさいよっ!」

石丸「ああ…。君からまさかこんな激励を受けるとは思っていなかった。…この期待に答えられるよう、全力で努力しよう!」

十神「…努力などいらん。いるのは結果だ。あと腐川、俺は激励などしていない。こいつが逃げたりしないよう、釘を刺しただけだ」

腐川「私にも釘を刺してください白夜様ー」

十神「まとわりつくな!辞めろ!」

桑田「末長くお幸せに」

十神「冗談でも辞めろ!」

腐川「白夜様…そのおみ足を穢さないための踏み台でもカーペットでもなる覚悟です…」

十神「黙れ!貴様は黙って俺の面倒を片付けていればいいんだ!」

腐川「はいいいいっ!」

苗木「賑やかになっちゃったね」

霧切「そうね」

苗木「……手を、貸してくれる?」

舞園「……はい」

霧切「……」

苗木「…ごめんね、舞園さん」

舞園「いえ…」

苗木「ずっと悩んでたんだ。残るべきか、進むべきか」

舞園「……」

苗木「ここにいたいと思ったのも本心だよ。…たださ、ここにいてもボクは何もできないんだよね」

苗木「君の耳を治すことも、痛みを和らげてあげることもできないんだ」

舞園「…いいえ。そんなことはないですよ。そばにいてくれて、やわらぎました」

苗木「…ありがとう」

苗木「…ボクの外に出たいって気持ち…もしかしたらいろんな責任とか、恐怖から逃げたいだけなのかもしれない…そうとも思った」

苗木「悩んだ。君を言い訳なんかにしたくなかったから悩んだんだ。それで考えて考えて…」

苗木「…外に出ることを選んだ」

舞園「……」

苗木「ボクはみんなと笑っていたい」

苗木「諦めたりとか、絶望だとか…そういうことも絶対にしたくない」

苗木「だからそのためにできることをボクは探しに行くよ」

苗木「…それで絶対に帰ってくる」

苗木「…みんなで、必ず」

舞園「…苗木君」

苗木「…何?」

舞園「もう、何も言わないでください」

苗木「…え?」

舞園「これ以上、何か言葉を聞いたら…泣いてしまいそうです」

舞園「もう何も言わなくていいから、笑って出発してください。私も…笑って見送りますから」

苗木「舞園さん……うん。わかったよ」

舞園「霧切さん。心配をかけてしまってすみませんでした。朝日奈さんも怪我なんてしないでください」

霧切「ええ。わかっているわ」

朝日奈「うん!頑張るよ!」

舞園「十神君は腐川さんに優しくしてあげてください。腐川さんはお風呂に入ってください」

十神「誰が優しくなどするか!」

腐川「入りたくてももうしばらくは入れないわよ…」

舞園「葉隠君は変なことをして皆さんが変な人に追われないようにしてください」

葉隠「おう!バレないようにするから任せとけ!」

舞園「戦刃さんは…がんばって江ノ島さんを見つけてくださいね」

戦刃「……うん」

舞園「みな…さん、がんばって…がんばってくださいね…」

舞園「怪我なんて…し、しないでくださいね…」

舞園「……っ、ごめんなさい。笑うって言ったばかりなのに…」

大神「…舞園よ」

舞園「大神さん?」

大神「深呼吸だ」

舞園「……」

大神「ゆっくり、前を向け」

舞園「…はい」

大神「気を楽にすれば…見せてやりたい顔になろう」

大神「皆も笑うのだ」

大神「旅立つ者たちへの餞に飾り立てた言葉などいらぬ」

大神「…送り出す、心があればいいのだ」

石丸「……」

苗木「…それじゃあ、行って来ます」

石丸「…ここのことは、心配しないでくれ。必ず何とかする。…だから、気をつけてくれ」

苗木「うん。お互い頑張ろうね」

石丸「ああ!そうだな!共に高みを目指そうではないか」

苗木「行って来ます!」




彼らは光の中を歩いて行った。
秋の日差しの中、少しずつ影が遠くに消えて行く。



舞園「…行って、らっしゃい」



見えなくなっても僕たちはずっと見送っていた。
高い空が暮れるまで。


桑田「…マジで行っちまったな」

大和田「…おう」

桑田「…あいつらは選んだのによ、オレは何にも見つけられてねえんだよ」

大神「……」

桑田「あいつらは危険を覚悟で旅立ったってのに、オレは何も決めきれずに安全なここに残ってんだよ」

桑田「かっこわり…」

不二咲「……」

山田「……」

セレス「……」

舞園「……」

石丸「……」


石丸「……」



「…何をしているのかね!」


桑田「は?」

石丸「何をしているのかと聞いている!」

桑田「え?何って…しんみり?」

石丸「そんなことをしている暇があるとでも思っているのか?」

大和田「いや、兄弟…少しくれえいいじゃねえか」

石丸「よくない!」

不二咲「ふえ?!」

石丸「僕たちにはまずしなければならないことがあるだろう!」

山田「…そ、それは?」

石丸「そ う じ だ !」

桑田「掃除ぃー?」

石丸「そうだ!何かの節目、門出には心機一転するために掃除をするものだろう!」

桑田「そりゃそうかもしれねーけど!」

石丸「ならばこうして無駄にしている時間すら惜しい!何事もスタートが肝心なのだ!」

石丸「君たちは選んだのだろう!ここに「残る」ことを!」

桑田「そりゃお前はそーかもしれねーけどよ…」

石丸「ここにいるのだから選んだものは選んだのだ!言い訳するな!はい!」ドサ

桑田「な、何だよこの箒…」

石丸「はい!」

セレス「も、モップ…?!」

石丸「はい!」

山田「せ、拙者はデッキブラシ…」

石丸「はいだぞ」

不二咲「…綿棒?」

石丸「兄弟はこれだ!」

大和田「ゴミ袋…」

石丸「大神君はこれだな」

大神「コロコロか…」

石丸「舞園君はこれだ」

舞園「ぱたぱたですね」


桑田「こんなもん渡されてどうすりゃいいんだって!」

石丸「掃除をすればいいだろう」

桑田「掃除してどうすんだよ!」

石丸「それから考えよう!」

桑田「はぁ?」

石丸「掃除をしているうちにやりたいことなど見つかるはずだ!」

桑田「掃除するだけで見つかったらワケねーよ!」

石丸「見つかるはずだ」

桑田「…なんでだよ」

石丸「掃除とはただ部屋を綺麗にするだけではない。身の回りを整理することで心の整理もつくものだ」

石丸「そうすればひとまずしなければならないことくらい見つかるだろう」

桑田「…そんな簡単でいいのかよ」

石丸「いい。何も誰だって大義をなせと言っているわけではない」

石丸「やりたいことをすればいい…そうだろう?」

大和田「…おう、そうだな」

石丸「それでは掃除を始めるぞ!」

不二咲「…がんばって早く終わらせようねぇ!」

大神「うむ。そうだな」

セレス「それではわたくし食堂を片付けて来ますわ。山田君、紅茶の準備を」

桑田「サボる気マンマンじゃねーか!」

山田「…たった七人でこの学園の掃除…終わる気がしないんですがそれは」

石丸「ああ!だから終わる頃にはやりたいことが見つかっていることだろう!」

山田「お、鬼いいいいいい!」

舞園「どこから始めましょうか?」

石丸「どこでもいい!好きなところから始めたまえ!」




君たちは困難を選び旅立った。
僕たちは選び、あるいは見つけきれず、ここに残った。
…袂は別れた


どちらが困難かは一目瞭然、見ればわかる。
外から見れば僕たちはぬるま湯に浸かることを選んだ軟弱者に見えてしまうのかもしれない。
それでも僕たちは残ることを選んだんだ。
選んで、しまったんだ。


君たちのように立派なわけではない。
君たちのように大きな一歩を僕たちは選ぶことをできなかった。
その事実は、僕たちの胸に小さな小さな後ろめたさを残し続けるだろう。


でもそれに屈することはできない。


共に旅立つことができなかったことを後悔し続けて過ごすなど、君は望まないだろう
笑って過ごしていてくれればそれでいいんだよ、そう言ってくれるのだろう。


だから僕たちは僕たちなりに、前に進もうと思う。
小さな小さな一歩を進めながら、出来るだけ楽しく過ごそうと思う。
…君が帰って来た時に、笑い話ができるようになっていたい。そう思う。


だから待っていてくれ。僕たちも待つ。
それでまた会ったらみんなで夜通し話そう。

僕はそんな日を、待つ。





…いってらっしゃい












内通者編 end.

『そして僕はまた間違える』 … END.

と、いうわけで本編終了です!


しかしまだまだスレは残っているので
ここからは他愛もない石丸たちの日常編
つまり後日談となります

本当に山もオチもないようなのんびりとしたものになりますが
もうしばらくお願いします


それではいいお年を

重ねていうとゲームの1しかやってないにわかなんで
2からの設定とか書籍設定とかは本当に知らないんで矛盾点とかあってもこのssの独自設定ということにしておいてください

同じ理由で外の世界の設定もよく知らないんで苗木たちのそのあとは書けません
ごめんなさい

今日から僕は日誌をつけようと思う。
日誌と言っても堅苦しいものではない。どちらかというと日記の方が近い。
物資のやりくりや、作業の進捗などは別冊にまとめているのでそちらを確認して欲しい







石丸「それではいこう」

桑田「やっと地下か…」


ぞろぞろとエレベーターに乗り込む。
がたんと大きな音をさせて、エレベーターは下へと向かい出した。

僕たちはこの数日間、ひたすらに掃除をしていた。
シャッターの破片や散らばった書類などを整理し、その上で磨き上げた。
桑田君や兄弟が悟り切った表情になったり、セレス君の性格が崩壊したりといろいろあったが、なんとかやり終えた。ことにした。
それでも諸々の始末は残っているのだが、これ以上続けていたら兄弟が死んでしまいそうだったので切り上げたのだ。



チーン

石丸「着いたな」

大和田「裁判場とか言ってやがったが結局何があんだ?」

不二咲「そういえば僕…カメラ越しにしかみてないかも」

石丸「…霧切君が調べただけでここはほとんど手付かずのままなはずだ。何かあるかもしれない。気をつけたまえ」

桑田「……おう」


ガチャ


石丸「これは…」

不二咲「本当に裁判場みたいだねぇ…」

セレス「なかなかいい椅子ですわね」

石丸「これは裁判長席か?」

桑田「16…オレたち全員分の席あるんだな」

大和田「おい、こっちになんかあんぞ!」





桑田「おっ!ピッチングマシーンじゃねーか!」

大和田「バイクかこれ?!」

山田「…なんですかこれ?コスプレ…大道具…?ってぶー子!ぶー子じゃないかあああああ!」

不二咲「…USB?」

大神「なんだこれは…武士の鎧か…?」

セレス「…なかなかいいですわね。古いお城に火刑モチーフ…ベッドの飾りに最適ですわ…それとも壁紙でしょうか」

石丸「何故このようなものがあるのだ…『石丸清多夏首相就任パレード』…なんだこれは」

石丸「なんの嫌がらせだ…?」

石丸「これは黒板…?それにプレス機?」

不二咲「これ水槽…?」

桑田「うひゃー!」カキーン

桑田「ホームラン一点!」カキカキ

桑田「うほー!」カキーン

桑田「満塁!」カキカキ

大和田「お前テンションおかしくねーか」ブオオオオオン

石丸「室内でそれはやめたまえ兄弟!というか桑田君危険だから今すぐにやめたまえ!」

不二咲「…僕これの中身確認してくるねぇ」

大神「うむ。気をつけるのだぞ…しかし何故こんなものがあるのだ…」

石丸「わからないが……こらセレス君!気に入ったからと正体不明のものを持ち帰ろうとするんじゃないぞ!……もしかしたら動機のひとつだったのかもしれないな」

大神「…バイクやマシーンの他にも拘束具などがあるな。これはもしや「おしおき」とやらの道具なのではないか」

石丸「…かもしれないな。無邪気に楽しむのは危険か…?仕掛けが無いとも限らない」

大神「…道具に危険がなくともこのような室内でバイクを走らせるのは危険だな」

大和田「風になるぜええええええ!」ブロロロロロロ

石丸「いい加減にしたまえ!こらー!」

大神「…ふう。…舞園?どうかしたのか?」

舞園「……」

大神「……これは、ステージか」

舞園「……」トコトコ

大神「…舞園、どこへ行く?」

舞園(ステージに立つのは…何日ぶりなんでしょうか)

舞園(視界が高い…)

舞園(スポットライトもカメラもないけど…懐かしいです)



『さやか!今日のライブうまく行って良かったね!』

『うん!…あたし失敗しちゃったけど』

『次はしないでよ!』

舞園『…みんな、話があるんです』

『何?どうしたの?かしこまって』

舞園『私…希望ヶ峰学園に行くことに決めたんです』

『…希望ヶ峰ってあの希望ヶ峰?』

舞園『…はい。まだマスコミにも漏れてません』

『スカウト…されたんだ?さやかだけ』

『……はい』

『……』

『……』

『…凄いじゃん!』

舞園『…え?』

『さっすがさやか!センターなだけあるね!』

『ほんとー!私なんてスカウトの影もなかったのにー!』

『スカウトなんていつ来たの?!』

舞園『…みんな喜んでくれるんですか?』

『え?だってすごいじゃん!』

舞園『…でも、私だけが「成功が約束された学園」に行くんですよ?』

『だから?さやかは嫉妬して欲しいの?』

舞園『そういうわけじゃないんです。…ただ、私だったら裏切られたって思うから…』

『私たちが今更そんなことで揺らぐようなグループだと思ってる?』

舞園『いいえ…』

『じゃあいいじゃん!いって来なよ!そりゃ私たちだって嫉妬くらいするけどさ、そんなもののためにさやかを縛ったりなんてしないよ』

舞園『みんな…』

『いって来なよ…舞園の人生なんだから。…ただ、グループのことおざなりにしたら許さないからね!』

舞園『…ありがとうございます』

……



舞園(……みんな)

舞園(どこにいるんですか…)


少し高いステージから無音の世界を見下ろす。
石丸君が大和田君と桑田君に怒っていた。
怒られている大和田君と桑田君はしゅんとしていて、反省しているように見える。
でも二人ともその手にはバイクの鍵とバットを大切そうに握っていた。

不二咲さんが興奮したようにこっちに走って来る。その少し先にはセレスさんがお城のセットのサイズを測っていた。

…みんな、楽しそう



ライトもカメラも無いがらんとしたステージが過去と今の変化を如実に伝えて来る。その落差に折れてしまいそうになる。


…でも本当はライトなんてどうでもいい。カメラだって要らない。
私に必要なものはそんなものじゃなくて、
そんなものじゃなくて…


大神「……、……!」

舞園「大神さん…?」

大神「……!」


いつの間にか大神さんが隣に来ていた。何かを話して…私が聞き取れていないことに気がつくと、大神さんは少しためらった後に私を抱きしめた。


大神「…、…、…、…?」


耳のそばに口を近づけてくれた。
一音ずつ区切り、極力聞かせようとしてくれたおかげでなんとか聞き取る。

『つらいか?』

多分そうだと思う。言葉を聞き取ることはできなかったけど、大神さんの顔がとても心配そうにしていたから。


舞園「すみません。心配をさせてしまいました」

大神「……………。」


肩を抱かれて降りる。
…聞こえないでと思いつつ、聞いて欲しいとどこかで願いながら呟く。


舞園「ライトもカメラも無い舞台…それが私に相応しいのかもしれません」

舞園「でも…アイドルに必要な物はそんなものじゃないんですよ」

舞園「本当に必要なのは、聞いてくれるファンと支えてくれる仲間なんです。それさえあれば豪華な舞台なんて要らない。歌えばそこがステージになる」

舞園「…でも、ファンも仲間もお金を出そうが舞台を豪華にしようが手に入らないものなんです……きっと私は二度と取り戻せません」

舞園「……みんなに会いたい…」


肩を抱く力が強くなる。

大神「…………………………」

舞園(……優しさに甘えてしまってごめんなさい…)






後ろを振り向けば舞園君が大神君に肩を抱かれて降りて来た。
その二人の雰囲気からただならぬものを感じ取り、僕たち三人は息を飲んだ。
どうやら二人は舞台のセットから降りて来たらしい。


石丸「…何かあったのか」

大和田「舞台か…辛いことでも思い出しちまったんじゃねーか?」

桑田「舞園…」

大和田「…何かオレ達だけはしゃいじまったな」

石丸「舞園君…」

舞園「……………」


舞園君が何かを話しているが聞き取れない。…その言葉に応じたのだろうか、大神君が答えた。


大神「我らが歌を聞こう…我らが支えよう。…代わりにはならぬが、そうすることはできる。…辛いならば頼れ」


耳の悪い舞園君にその言葉は届いたのだろうか。
…大神君がこちらを見た。


大和田「…ありゃ舞園だけに向けた言葉じゃねえな」

石丸「…そうだな」

桑田「歌を聞く…か。アイツ自分の歌ももう聞けねーのか?」

石丸「そういったことは調べたことがないな…骨伝導などで可能ではあるかもしれないが」

桑田「……」


僕たちのそばへ帰って来る頃には舞園君はいつもの顔に戻っていた。
…一筋の涙の跡には気がついていないようだった。





僕たちは戻った。
そしてみんなで食事をして、なんとなくみんなそばにいた。

不二咲「みんな、これをみてほしいんだぁ」

石丸「なんだね?これは」

不二咲「拾ったUSBに入ってたデータを小型ゲーム機に移してみたんだ」

山田「ゲーム!」ガタッ

桑田「マジで?!」

舞園「……?」

不二咲「舞園さん、これだよ。ゲームだよ」

舞園「あっ!ゲームですね!」

不二咲「つけて見て!」

舞園「電源つけてもいいですか?」

不二咲「うん!」

舞園「えっとボタンボタン…」ポチ


Super Hujisaki Bros


舞園「スーパーフジサキブラザーズ?」

不二咲「うん!」

山田「不二咲千尋殿が主人公ですかな?」

不二咲「うん!」

大和田「…不二咲が作ったのか?」

不二咲「ちょっと改造したけど違うよぉ」

舞園「……」ピコピコ

石丸「…これは、なんだ…まるでわからないぞ」

大神「安心しろ。我もだ」

セレス「わたくし興味ありません」

舞園「…ステージクリアしました…あっ!」

舞園「お姫様が私です!」

桑田「ん?」

大和田「…ピンクの奴じゃねーのか?」

不二咲「そこにいるのは元々はモノクマだったんだけど変えて見たんだぁ」

大和田「すげえな」

不二咲「他にもお姫様は大和田君とか石丸君とかセレスさんとか…みんなに変えられるようになってるよ?」

石丸「ゴール地点にいるお姫様を変えるとどうなるのかね?」

不二咲「ゴール地点にいる人が変わるよ!」

桑田「…意味ねえじゃん?そこ変えてどうするわけ?…普通変えるなら使用キャラじゃね?」

不二咲「…だって、これスーパー不二咲ブラザーズだし…」

不二咲「僕がみんなを助けるよ!これはそういうゲームなんだ」

桑田「ブラザーズなんだろ?不二咲しかいねえしオレとか追加しねえ?」

不二咲「えっ…これは不二咲ブラザーズだよ?僕がみんなを助けるんだよ?」

桑田「えっ…そこで真顔?」

舞園「石丸君、次どうぞ」

石丸「や、やったことが無いのだが…」

舞園「大丈夫ですよ。怖くありませんよ」

石丸「何事も挑戦か…」

大和田「初めてか?」

石丸「うむ」

大神「参考にさせてもらおう」

テッテッテーーー

ペインッ
…テレッテテレッテレ

石丸「…茶色いのに当たったら不二咲君が飛び上がったぞ…?」

山田「最初のクリボーに突っ込んだ…流石石丸清多夏殿期待を裏切らない」

石丸「な、なんだ!なんなのだ!」

桑田「貸せよ!」

石丸「だ、駄目だ僕がやっているんだぞ!」

桑田「手本を見せてやるってんだよ!」

石丸「ならば仕方ない。桑田先生頼む!」

大和田「オレもあんましたことねーわ。新しい奴はやったことあるがよ」

セレス「わたくし興味ありませんわ」

桑田「何度も言わなくていいぞー」

セレス「だから興味は無いと言っているでしょう!」

石丸「何を怒っているのかね?!」

山田「…ツンデレ」

セレス「山田ァ!」

山田「ぶっひいいいいいっ!」

大神「やめぬか!」


僕は初めて夜更かしをして、ゲームをした。楽しかった。




全ての悲しみがいつか消えるわけではない。
美しい思い出に変わるとも限らない。

特に失った記憶というものは良くも悪くも強く残るものだ。
…忘れることなど、できないのだ。
だから、重ねていくしか無い。


笑いの重なる部屋の中心で、静かに祈った
この軽やかな笑い声がいつか悲しみを癒しますようにと。

あけましておめでとうございます

アフターはこんな感じに平凡な日々な感じになります
基本一話完結です。多分

これからペースが遅くなりますが今年もよろしくお願いします

○月○日
今日は不二咲君が素晴らしいソフトを僕たちの電子生徒手帳に導入してくれたぞ!







石丸「…新しいソフトを電子生徒手帳に導入したい?」

不二咲「そうなんだ」

大神「なんだそりゃ」

不二咲「やっと生徒手帳のロックを解除できたから頑張って作っちゃったんだ」

不二咲「説明するから生徒手帳を貸して欲しいんだけど…」

石丸「分かった」

不二咲君は僕たちの電子生徒手帳を何やらコードでパソコンと繋ぎ作業を始めた。


不二咲「それじゃあ起動の仕方だけど…」

僕たちは不二咲君の指示に従って操作した。


石丸「新しいメニューがあるぞ。これだな」

山田「ポチッとな!」

セレス「チャットと掲示板…出ですか?」

不二咲「うん!」

大神「…掲示板とはあの掲示板か?画鋲などで紙を貼る?」

山田「すこし違うんですな!これが!」

不二咲「…ここからは実践で説明するから、みんな画面の指示に従ってログインしてみて」

<ロビー>

>石丸君がログインしたよ

石丸 : …こうか?

>桑田君がログインしたよ

桑田 : おー出来てる

>舞園さんがログインしたよ

舞園 : できましたー

>多恵子さんがログインしたよ

多恵子 : なんでわたくしだけ本名表記ですの?!納得できませんわ!

舞園 : 普通は本名表記ですよ。何もおかしくありませんよ

多恵子 :そうでなくても何故名前表記なのです!今すぐにセレスティア表記にしなさい!

>山田君がログインしたよ

山田 : >>多恵子 そんなことをちまちま打ってる姿に不覚にも萌えた

多恵子 : >>山田 汚らわしい感情を向けんじゃねえブタ

石丸 : その言葉遣いをやめたまえ!そして山田君に謝罪したまえ!

大和田 : 初っ端これかよおまえら

>大神さんがログインしたよ

大神 : できたぞ。こんな感じか舞園

舞園 : >>大神 できてますよ大神さん!次は>> のやり方ですが…

>不二咲さんがログインしたよ

不二咲 : みんなログインはできた?

大神 : うむ。

山田 : おk

石丸 : おけー?なんと読むのだ?

山田 : オッケーという意味です

石丸 : 乱れた日本語を使うんじゃない

山田 : ネット文化全否定ですか

石丸 : 駄目なものは駄目だ

不二咲 : 先に説明をしていいかな^^

大和田 : おう。頼むわ

不二咲 : 使ってみて大体の感覚は掴んだと思うんだけど、これがチャットだよ。

不二咲 : ここは「ロビー」基本の部屋で、チャットを起動するとまずこの部屋が表示されるんだ。ここで書き込まれたことはみんな見ることができるよ

不二咲 : でね、ここから個人を選択することでいける部屋が「ペアルーム」だよ。プライベートな話をしたい時に使ってね。ログはその二人しか見れないよ

不二咲 : 後は「グループルーム」って言って複数人で作れる部屋があるよ。ただこっちの部屋は基本的に鍵なしで誰でもログが見れるから、見られたくない時は鍵をつけてね

石丸 : 大体分かったぞ!

不二咲 : 掲示板も使って見る方がはやいんだけど……掲示板は「スレッド」って言って話題ごとに違う部屋が作れるんだ。

不二咲 : こっちは全部の部屋を誰でも見ることができる上に鍵機能もないから気をつけてね。

不二咲 : チャットよりも長ーくログをとって置けるから、連絡帳みたいに使って欲しいな

大神 : なるほど。百聞は一見にしかず。習うより慣れろか。やってみればあんがい簡単だ

舞園 : 上手ですよ!大神さん!

不二咲 : これで舞園さんもみんなとスムーズにコミュニケーションが取れるようになると思うんだけど…使ってみた感想とか教えてほしいな…どうかな?

舞園 : これ私のためなんですか?!わざわざ?!

不二咲 : 舞園さんのためだけってわけじゃないよ。こういうのがあれば便利かなあって。やりたかったっていうのが一番だけど

不二咲 : でも難しい話しをする時とかは紙に書いて…っていうのも時間かかるし…

不二咲 : 手に文字を書いてお話も二人でしか出来ないから…みんなと話したい時とかはこっちの方が便利だと思うんだ。どうかな?

大和田 : 確かにな。俺も話す時に女の手を握るってのも何かな…って思ってたとこなんだよ

石丸 : まさか兄弟は不純な感情を舞園君に…

大和田 : ばつかちがえやこあうだい

石丸 : どうした?!

多恵子 : 図星さされてパニクってんじゃねえぞ童貞

石丸 : ど、童貞?!童貞で何が悪いのだ!僕たちは学生なのだぞ!

桑田 : (笑)

山田 : うはwwwwwwwwwww

不二咲 : えっと…

舞園 : あの

山田 : あっ…忘れてた

不二咲 : 話を戻していい?

大神 : 収集がつかなくなるまえに皆やめろ

桑田 : うす

山田 : ウイッス

舞園 : 不便だと言われれば確かにそうかもしれません…私と話すには耳に近づいてもらったり、手に書いてもらったりして頂けなければ話せませんから

舞園 : そういうことをしたくない人にはやり辛いかもしれませんね

大和田 : 嫌だって訳じゃねえ。ただ男が付き合ってもいねえ女の手なんか触るもんじゃねえって言いてえんだよ

大和田 : てめえも嫌だろが。好きでもねえ男に触られるなんざ

舞園 : 慣れてますし皆さんのことは大切ですから平気ですよ

山田 : 慣れてる…確かにアイドルだと握手会とかやってますからなぁ…慣れざるを得ないでしょうなー。酷い奴は手にs【山田君を一時的にブロックしたよ】



山田「えっ?!」

不二咲「言い忘れてたんだけど…」

不二咲「自動ブロック機能があるんだ」

山田「先に言ってくださいよぉー!」

大神「どこがいけなかったのだ」

不二咲「ちょっと不適切な言葉だったみたい…」

石丸「不適切?何が?」

舞園「……?」

大和田「てめえ何書き込みやがった」

山田「べ…別に他意は!ただいつものノリでうっかり…」

不二咲「時間が経てば解除されるけど…今すぐに解除してほしいなら何を書き込もうとしたのか僕に理由と共に言ってね。今後のフィルターの調整の参考にするから」

山田「鬼畜!…ハッ!これはまさか羞恥プレイのお誘い?!」

セレス「その口を閉じなさい豚」

山田「…はい」

舞園「…あの、さっきの話なんですけど」

大和田「…おう」

舞園「これは私のわがままなんですが…私と話しをするときは、出来るだけ直接にして欲しいんです」

大和田「何でだ?さっきのアレのが便利だろ」

舞園「これに頼ると私は皆さんと機械を通してでしか話せなくなってしまうんです」

石丸「あ……」

舞園「わがままですいません。…でも私は皆さんと顔を合わせて話しをしたいんです」

舞園「顔を、仕草を、体温を感じていないと怖いんです。音も何も聞こえない世界で、画面を通して話しをしても本当にいる気がしなくて怖いんです」

舞園「それにこれに頼りきりになってしまったら…一人になってしまうんじゃないかって…私と会いたいって思ってくれる人が居なくなるんじゃないかって………怖くて」

大和田「……そこまで考えて無かった。悪りぃ」

舞園「わ、わがままを言ってすいません!」

大和田「そうだよな。近くにいるってわからねぇと怖えよな」

舞園「…えっと」

不二咲「ごめんね舞園さん。気持ちも考えないで先走っちゃって…」

舞園「違うんですよ!不二咲君!そんな顔をしないでください」

不二咲「……」

舞園「……」

セレス「何を落ち込んでますの?」

不二咲「だって…」

セレス「舞園さんもこの機能の存在を否定しているわけではないでしょう」

セレス「確かに舞園さんの気持ちもわからなくはありませんが…それでも彼女が一対多数でのコミュニケーションを苦手としていることは事実です」

セレス「スピードが求められる場面でいちいち彼女に通訳をしている暇などありませんわ」

舞園「……はい。その通りです」

桑田「…?!今のセレスの言葉が分かったのかよ?!」

石丸「…違う。画面を見たまえ桑田君」

桑田「あ?」

セレス「チャットに同じ内容を入力しています」

山田「ブロックされてて見れないんですが」

セレス「このように、このチャット機能を上手く使えばスムーズに会話が進むのです。会議などの場面では有効に使えるでしょう」

セレス「舞園さんは直接対話がしたいと言っていらっしゃいますがそれにも限界はあるのです」

セレス「ある程度は割り切り使っていただきますわ。チャットを使えば誤解を防げ、より正確な会話が可能となるでしょう」

セレス「要は使いようですわ。大切なのは「使う」か「使わないか」ではなく「使い方」です」

セレス「なにも存在を否定せずとも活用すればいいだけのこと。0か100かで思考を停止させてしまえばそこで終わりですわよ」

不二咲「…うん。そうだね」

舞園「感情的になってすみませんでした」

石丸「君の不安は最もだ。謝罪の必要はない」

舞園「怖かったんです…ほらよくテレビとかであったじゃないですか。みんなそこにいるのにずーっと画面を見てて、無表情に文字を打つ姿を想像してしまって…」

石丸「確かに。近年は携帯電話に没頭する子供達が問題視されている。このような機能が搭載されれば僕たちがその子供達になりかねないな。…時間制限をつけよう!一日一時間はどうだ」

山田「ははー考えすぎですぞー」

セレス「そうですわ…新しいおもちゃを与えられた子供では無いのですから」

大和田「おう!心配すんな!」

桑田「ずっと画面見てるなんざキモい根暗くらいだろ?しねえよ」

大神「うむ。やはり言葉を交わすならば…直接がいい」

舞園「……ありがとうございます…であってますか?」

石丸「皆もわかってくれたようで何よりだ!」

不二咲「僕はこれからも改善を続けていくから意見があったら言ってね」

大和田「おう!」




…数日後

桑田「……ははっ……」ポチポチ

山田「ワロスwww…………ふぅ」ポチポチ

セレス「…………」ポチポチ

大和田「……」ポチポチ

山田「…………」ポチポチ

石丸「……」ムスッ

石丸「……」ポチポチ

<ロビー>

>石丸君がログインしたよ

大和田 : おう兄弟も来たな!

桑田 : 珍しくね?殆んどINしてねえじゃん?

山田 : さては寂しくなりましたな?混じらないと意地を張るのにも疲れたのでしょう

セレス : あら石丸君、ご機嫌よう

石丸 : 君たち、一緒にいるならば直接話したらどうだ

桑田 : 別にどっちで話そうがかわんなくね?

山田 : むしろこっちの方が文章に創意工夫を施すことでより深いコミュニケーションが可能なんですぞ

石丸 : ……ここのログを見ると今日起きてからずっとチャットを続けているようだが

桑田 : 別に今日は予定ないからいいだろ?

石丸 : 不健全だ

山田 : wwwwwwww不健全wwww

大和田 : ずっと思ってたんだがそのwwwwwってなんなんだよ

山田 : 草

大和田 : 草?

山田 笑った時の声にならん声みたいな

桑田 : おk 把握

石丸 : 無視をするな

セレス : ワロスですわ

石丸「…………」


石丸「…いい加減にしたまえええええ!」


桑田「…?!」ビク
大和田「…?!」ビク
山田「?!」ビク
セレス「……」ビク


石丸「ちょっとそこに座りたまえ!」

桑田「……」ノソノソ

石丸「椅子に座るな正座だああああああああ」




……

桑田 : マジギレじゃねーか

大和田 : やべえか?

山田 : 大噴火wwwww

セレス : おいトウモロコシ、黙らせなさい。今すぐに黙らせなければその頭ツナコーンにしますわよ(暗黒微笑)

山田 : 暗黒微笑とはなにかね?

桑田 : 石丸の真似か?wwwww

山田 : 没収したのだ。君も渡したまえ

セレス : え

石丸「没収!」

桑田「あっ馬鹿返せ!」

石丸「…ダメだ!使用制限をつけさせてもらう!」

桑田「ガキじゃねーんだぞ!」

石丸「新しい物に釘付けになって一日を費やすなど子供以外の何だというのだ!」

石丸「セレス君!暗黒微笑とはなんなのだ!どんな微笑みだ!もはや意味すら分からないぞ!」

石丸「兄弟はこの漢字プリント50枚を終わらせたまえ!そしたら返す!山田君!君のいかがわしい絵と本は没収だ!セレス君は罰としてこのジャージを着用してトイレ掃除!桑田君は今すぐに千本ノックでもしてきたまえ!」


大和田「な…!50枚だとォ…無理だ!」

セレス「ふざけてんじゃねーぞ!」

山田「命と汗の結晶がああああああ」

桑田「手帳返せええええ」

ガヤガヤ


舞園「…やっぱりこうなっちゃいましたか」

不二咲「ごめんねぇ…僕が考えなしにこんなの作っちゃったから…」

大神「道具を使うのは人だ…作ることに罪はない」

不二咲「……」

舞園「不二咲君」

不二咲「なにかな?」

舞園「お話しましょう、私たちも。どうすればみんなのチャット中毒を止められるか一緒に考えませんか?」

不二咲「…えっとお」

大神「不二咲、物は「使いよう」だ。違うか?」

不二咲「…そうだね」

舞園「私たちは計画的に、ご利用しましょう」



後日チャット機能に制限機能が授けられた。
一定時間起動し続けているとアルターエゴが警告するというものだ。
しかし山田君がアルターエゴを目当てに警告システムを悪用するようになったので、彼の手帳だけ僕エゴと兄弟エゴが警告するように改善された。

その後、チャット機能は適切に問題なく使用されている






不二咲「僕思ったんだけど…みんながチャットに没頭しちゃったのは娯楽が少ないせいなんじゃないかなあ」

石丸「…かもしれないな。ここにはテレビも無いからな。暇つぶしの道具が少ないことは確かだ。僕は必要ないが」

不二咲「うん。だと思ってみんなの手帳に「スーパー不二咲ブラザーズ2」をインストールしておいたよ。楽しんでくれたらうれしいなぁ」

石丸「おおっ!グラフィックが大幅に進化…して…」

桑田「不二咲の体がムキムキ…しかも半裸ツナギ…だと」

不二咲「原作をアレンジしてみたよ。かっこいいでしょ?」

舞園「えっと…あの…」

桑田「自分の顔にご主人タマ言わせたりゲームの主人公を自分にしたり美化したり…なあ不二咲ってよお…」

大和田「…言うんじゃねえ。あいつは強くなりてえ…それだけなんだよ」

桑田「止めろって!方向性を見失ってんだろこれ!」

不二咲「次はどんなのにしようかなあ…」

以降舞園さんがスムーズに会話してたらこのチャットとかを利用していると思ってください
めんどくさいのでしたい時以外はチャット描写なんかは入れません

今まで舞園さんは表情を読んで必死になって会話を合わせていましたが
これからはちゃんと会話に参加できることが増えてくると思います

○月○日
今日はなんと雪が降ったのだ。
それも記録的な大雪だ。





石丸「…………」ペラペラ

ガラッ

石丸「……」ペラペラ

桑田「おい!石丸!」

石丸「…桑田君、そんなにあわてて何かあったのか?」

桑田「雪だよ!」

石丸「雪?」

桑田「雪!」

石丸「…?まだ降るには少し早い気が…」

桑田「外マジでさみぃんだって!」ダッ

石丸「ま、まて!廊下を走るな!」




石丸「…本当に降っている」

桑田「な!」

大和田「よー!兄弟も来たか!」

石丸「凄い雪だ。全く気がつかなかったぞ!」

大和田「そりゃこんだけ封鎖されてりゃ気がつくもんも気づかねえよ」

石丸「かなり積もっているが……水分が多いな。すぐに溶けて凍りつく危険性がある。今すぐに雪かきの準備を…」

桑田「おりゃー!」

大和田「ぶわっ?!テメエ!野球選手の肩で投げんな!」

桑田「当てたもん勝ちだばーか!」

大和田「おい山田!てめえも力かせ!壁にぐらいなりやがれ!」

山田「ちょ…拙者にはぶー子ダルマをつくるという…ぶっ?!」バシャッ

桑田「よっしゃ!」

ギャハハハハ

石丸「…まるで子供ではないか。仕方が無い。僕一人で…ぶっ?!」バシャッ

桑田「よっしゃ!オレの一人勝ちな!」

石丸「……か、顔が冷たい。ぶつけられるとこうなるのか」

石丸「…邪魔をするな桑田君!僕はこれから雪か…わっ?!」バシャ

桑田「……」ニギニギ

石丸「だから邪魔をするなと…?!」ドスドスバシャ

桑田「大和田逃げんなーっ!」

大和田「ばっ…こっちくんじゃねえ!離れろ!」

石丸「こ、こっちにこないでくれ!巻き込まれる!うわ、わ、ばっ?!」

山田「うわらば?」

石丸「……」

大和田「おわっ?!だから桑田やめろ!」

桑田「よえーなお前ら!…わっ?!」バスッ

石丸「…おお。当たった」

大和田「やるじゃねえか兄弟!」

桑田「ぺっ、砂がめちゃくちゃ混じってんじゃねーか…うばっ?!」

石丸「……おお」

桑田「人に当てといてなんだよそのローリアクション!腹立つっつーの!」

石丸「いや…その、すまない。人に当てておいてなんだがどう反応すればいいのか…」

桑田「はあ?」

石丸「…こんな時どうするのか。遊ぶということをしたことが少なくてわからないのだ」

桑田「マジで?」

石丸「事実だ。そのだな…だからこんな時…どんな風に楽しめばいいのか、教えてほしいのだが…」

山田「笑えばいいと思うよ」

石丸「笑う…か」

石丸(そういえば写真の中の僕も笑っていたな)

石丸「……こうか?」ニカッ

桑田「ずっと思ってたけどその顔ムカつくよなっ!」ブンッ

石丸「ぶっ?!」ニコグシャ

石丸「う、うわあああああ口の中に雪が!というか砂が!」

桑田「ざまぁ!」

石丸「た、楽しもうとしている人に突然投げつけるとは酷いぞ!」

桑田「そういうゲームだからこれ!ぎゃっ!」ベシャ

大和田「兄弟!こっちだ!山田を盾にすりゃイケる!」

山田「ちょ、やめ、やめて!豪速球の盾にするとか外道極まりないですぞ!」

桑田「一対三かよ!」

大和田「うるせぇ!」

石丸「や、山田君を盾にしても本当にいいのか?」

大和田「おう!」

山田「そういうことは本人に聞くべきでしょう!あっ、いたっ!僕のマシュマロボディに傷が!」

大和田「兄弟!とっとと球増やさねーと桑田にやられちまうぞ!」

桑田「おりゃあ!」

山田「ひいいいいいい」

石丸「い、いいのか本当に盾にしても」

大和田「必要な犠牲ってやつだ」

山田「どう考えても必要性が感じられないんですが!」

大和田「山田がやられる前にやんぞ!」

石丸「あ、ああ!」




不二咲「よいしょ…よいしょ」ゴロゴロ

不二咲「この雪玉をう、上に…」グッ

不二咲「今こそトレーニングの成果を…む、む…っ!」ググッ

不二咲「あっ…っ?!」スッ

不二咲「上がった!」

大神「……」スッ

不二咲「あっ……」

大神「……すまぬ。困っていたように見えたのでな…」

不二咲「僕の力で持ち上げられたわけじゃないんだ…」

大神「…すまぬ」

不二咲「お、大神さんは悪くないよ。悪いのは力のない僕…」

大神「…トレーニングの成果が出るのはまだ先だろう。焦るな」

不二咲「う、うん…へっくしゅ!」

大神「…体を冷やす。室内へ戻らぬか」

不二咲「…でも…」





山田「痛ッ!というか冷たっ!」

大和田「盾が動くんじゃねえよ!」

石丸「くっ!すばやくて当てられない!」

桑田「遅いって!てか山田!こっち来いって!」

山田「えっ?!」

桑田「こっちの盾になれって言ってんだよ!」

山田「結局盾じゃないですかー!やだー!」

大和田「おいゴルァ!敵に寝返りとか男のすることじゃねーだろ!腹くくれ!」

石丸「えいやー!」ポイッ

山田「ぎゃああああ!石丸清多夏殿!背後からの襲撃はやめて下さい!当たってるうううぅ!」

大和田「当ててんだよ!」

山田「嬉しくない!」

石丸「僕はわざとではないぞ!本当だ!」

ギャーギャー



不二咲「……」

大神「…混ざりたいか?」

不二咲「…うん。へっくし!」

大神「…取り敢えず濡れた服を脱げ。体が温まってからでも混ざるのは遅くはないだろう」

不二咲「…待っててくれるかなぁ…」

大神「無理に参加して体を壊しては元も子もない。ひとまずは戻るのだ」

不二咲「そうだよねぇ…風邪ひいたら迷惑かけちゃうもんねぇ…わかったよ」

大神「…あの調子ではしばらくはやっているだろう。安心しろ」

不二咲「うん…へ…へっくしゅ!」







食堂

不二咲「…ふう」ホカホカ

舞園「…お風呂上りですか?」

不二咲「うん」

舞園「そうだと思って…はい。あったかいですよ。白湯ですけど」

不二咲「舞園さんありがとう」

舞園「これくらいしかできませんから…あっ、不二咲君の分のお昼です。食べてませんよね?残ってたんです」

不二咲「ありがとう」




不二咲「……あれ?そういえばセレスさんがいない?」

舞園「外じゃないですか?あったかくしているのを見ましたよ」

不二咲「セレスさんも雪好きなんだねぇ」

舞園「そうですね」

不二咲「…ごちそうさま」

舞園「また外にですか?」

不二咲「うん。…みんなと遊んでみたいんだぁ」

舞園「そうですか。じゃあ洗っておきますね」

不二咲「じゃ、じゃあお願いします」

舞園「はい」

不二咲「……」ソワソワ

舞園「行かないんですか?」

不二咲「…でも迷惑かなぁって」

舞園「そんなこと誰も思いませんよ」

不二咲「う、うーん…」

大神「すまぬ」

舞園「大神さん?…どうしたんですか?!」

大神「…それが」






桑田「へっくしゅ!」

大和田「ぶへっくし!」

山田「あああ背中が霜焼けで痒い……手が届かない…だと…」

石丸「僕としたことが…は、は…はっくしゅ!」



大神「…四人で雪のなかに埋まっていたのだ」

舞園「あ、あったかいもの持って来ます!」

大神「…何故こうなった…ここは碌な風邪薬もないのだぞ」

桑田「だ、だってさーちょっとハッスルしちゃったっていうかーッへっくし」

大和田「雪なんて久しぶりでよぉ子供心に帰っちまったというかよ」

山田「ほぼ強制的に肉壁やらされてました…」

石丸「その、すまなかった。言い訳はできないな」

大神「……」

大神「…む?そういえば不二咲が見当たらんな」

桑田「ぶへっきし!さっみー!」

石丸「くしゃみをする時は手を当てたまえ!マナーだぞ!」

桑田「うるせー!こんな時くらい黙ってろー!」

大和田「兄弟のいう通りだっつの!こっちむけんな汚ねえんだよ!」

桑田「じゃあオメーは女子よろしくかわいく手でも当ててくしゃみすんのかよ?!」

大和田「ンなことしねーよ!」

桑田「じゃあ便乗して怒鳴ってくんじゃねえこの粉雪トウモロコシ!」

大神「…病人ならば少しは落ち着かぬか…」







セレス「…白銀の雪には黒が映えますわね」

セレス「…あの馬鹿共によって雪が荒らされていなければ…ですが」

セレス「…そこらじゅう砂混じりの雪で美しくもクソもありませんわ」

不二咲「セ、セレスさん?」

セレス「あら、不二咲君。どうしました?」

不二咲「…何かあったのぉ?顔が恐いよ…?」

セレス「…雪の景色を楽しみに来たのに荒らされていてがっかりしているのですわ」

セレス「真っ白なところがどこにもありませんの」

不二咲「雪を見に来たんだ…あっ!」

セレス「どうしました?」

不二咲「白い雪!あるよぉ!あそこ!」

セレス「木の上ですか。まあ当然といえば当然でしょう。でも手が届きませんわね」

不二咲「…お、落としてあげるよ!」

セレス「落とす?」

不二咲「うん!えいっ!」ポイ

スカッ

不二咲「も、もう一回!」ポイポイ

スカスカッ

セレス「…これでは一生落ちる気がしませんわね」

不二咲「えいっ!えいっ!」ポイポイ

セレス「はあ…」

不二咲「えいっ!」ポイ

ユサッ

不二咲「あたったよ!」

セレス「当たったからと雪玉一つではどうにもなりませんわ」

不二咲「…あ、あ…」

セレス「……」

不二咲「あ…」

セレス「静かにしていただけませんか?」

不二咲「セレスさん…」

セレス「はい?」

不二咲「に、逃げた方がいいか…も」

セレス「え?…って」

ドサドサドサドサ

不二咲「あ…」

セレス「……」コンモリ

不二咲「セレスさん!だ、大丈夫?!」

セレス「……」コンモリ

不二咲「ど、どうしよお…」

セレス「……」スッ

不二咲「?」

セレ「……」つス ソッ…

セレ「……」スッ

レ「……」つセ ソッ…

レ「……」

不二咲「せ、セレスさん。髪の毛なんて外してどうするの…?」

レ「…外面ブン投げマジギレモードですわ」

不二咲「えっ?!」




大神「やはり外か…」

大神「……」





レ「喰らええええ!」ポイポイ

不二咲「う、うわああああん!」

レ「逃げんじゃねえっつってんだろ!」

不二咲「む、無理だよお!」

レ「無駄無駄無駄!」ポイポイ

不二咲「げ、迎撃っ」ポイ

レ「なっ?!」



ワーキャー


大神「…止めるのはもう少し後にしよう」

大神「舞園に連絡しなければな…」

大神「…『しもやけ患者二名追加だ…』…。よし」




桑田「あああああ痒い!背中がなんか痒い!」

大和田「うるせえ!でけえ声で叫ぶな!」

桑田「てめーもうるせえじゃねーか!」

山田「………何で…あんな…元気……?」ブルブル

石丸「………手元が痛い…顔も…」



大神「……」

石丸「大神君…に」

不二咲「…さっ、寒いよお…痛いよぉ」

レ「……ぜえぜえ」

石丸「…セレス君ずいぶんと質素になったな」

レ「質素…わたくしが…?」

桑田「ドリルねーと地味だなお前…」

レ「言葉を選ばなければどうなるかわかりませんわよ…ぶへっきし!あー…」

山田「萌えの欠片もないおっさんくしゃみ…だと」

桑田「最後にあーなんて言うあたりが最高におっさんだな」

レ「あ?」

山田「いやこれはこれでギャップが…ごふっ!」

桑田「無理すんなって山田…」

レ「……」つセス

セレス「……」スチャ

セレス「…ふう。ひとごこちつきましたわ」

石丸「髪の毛は外した方がいいのではないか?濡れているものがぶら下がっていてはいつまでたっても温まらないぞ…」

セレス「わたくしの勝手ですわ」

石丸「まあ…そうだが」

セレス「へっくしょーん!」

石丸「やはり外した方が…」

セレス「二度と質素だなんて言わせませんわよ…」ジロ

石丸「あ、ああ…」

舞園「こうなったらもう作業なんてできませんね」

石丸「すまない…」

舞園「雪かきなら大神さんがしに行きましたよ」

セレス「へっくし!」

舞園「大丈夫ですか?」

不二咲「えへへ…舞園さん看護婦さんみたいだねぇ…」

舞園「やっぱり外しましょうこれ。濡れちゃいますよ」

レ「お、おやめなさない!」

舞園「聞こえません」

レ「嘘!嘘ですわ!聞こえているのでしょう!ウィッグを返しなさい!」

大和田「嘘つきがなんか喚いてんな…」

レ「うるさいですわ…へっくしょーん!」

石丸「……」

石丸「………」

大和田「…兄弟、何笑ってんだよ」

石丸「…いや、何でもないんだ」

石丸「何でも、ないのだ」



布団を頭まで被って声を殺して笑った。
笑いが止まらなかった。
楽しくて、楽しくて、止まらない。
声を抑えて震えていると、冷えきっていた頬に目尻から熱い滴が流れていった。

泣きながら布団の中で震えていると
隣から「何笑ってんだよ」と軽い蹴りが入る。




『絶対取り戻せる。諦めないで』




…ああ。僕はまた手に入れることができたのだ。


いつかの日の写真を思い出して
涙があふれる。
止まれ、止まってくれ
悲しいわけではないのだ。楽しいんだ。

なのに涙が止まらない。
駄目だ。こんな顔は皆に見せられない。
泣きながらもへらへらと笑っているような
そんな気の抜けた顔など、見せられるものか。





布団の向こうの喧騒を聞いていた。

生きていて、よかった。
終わってしまわないでよかった。
本当にそう思う。

本当に平凡な日常が続きます
そろそろ視点でも変えてみましょうかね

あくまで予定ですが

それでは

雪合戦中だけとはいえ外出て大丈夫なの?

>>192
外に出た苗木たちが無事だった
=少なくとも学園周辺で即死するレベルの危険は無い
と判断して書いてます
まあ程度はともかく空気汚染はされてるんですけどね




オレの一日は最高にクールな朝で始ま…

石丸「起きたまえ!」

桑田「……」


石丸「起きたまえ」

桑田「朝からお前かよ…」


うっかり寝坊して石丸が起こしに来た朝なんかはマジで最悪。
眉毛が腕組みをしてドヤ顏決めてて本気でうぜえ。


桑田「なんでお前が来んの?朝からその顔は見たくねーんだけど」

石丸「今日は大神君と外の調査に行くのだろう。遅れてはいけないぞ」

桑田「あれ昼からじゃん……つーかさ」

桑田「起こしにくるならせめて女の子にしてくんね?」

石丸「女子?」

桑田「かわいい女の子がかわいく起こしてくれるとか結構あるパターンじゃん?」

石丸「山田君も同じことを言っていたが…」

石丸「女子といえばセレス君か大神君だがどちらがいいのかね」


女子から舞園の名が抜けている。
ここのメンツで一番「かわいい女の子」といえば舞園だろうが、舞園はこういう時不自然なレベルで存在を無視される。
というかこの生活が始まってからは舞園の名前がオレに対して出されることは今までに一度もなかった。

気を使われているのは分かる。

桑田「あ、やっぱどっちもありえねーわ」

石丸「そうだぞ!寝ている男子の部屋に女子が入るなど風紀が乱れているにもほどがある!」

桑田「そうじゃねーし」

石丸「だから明日も僕が起こしてあげよう」

桑田「それもいらねぇ。いやマジで」


舞園の名前が出ないことにどう突っ込めばいいのかもわからないで今日もその気遣いに乗る。
いつかかわんのかな、この状況。

よくねぇことは分かっててもどうすりゃ正解なのかもわかんねー。
結局そうやって毎日なあなあで過ぎて行く。
いつかあの事件が無かったことになんねえかな、なんて思いながらのろのろと石丸の後を追った。



舞園「あっ、おはようございます」

石丸「舞園君!おはよう!」



舞園が飯を食っていた。
石丸が挨拶をする後ろでオレは適当に立っていた。
こういう簡単な会話にチャットをわざわざ起動することは少ない。だから待っていればすぐに終わる。
舞園にとって、そして石丸にとっても仲間に朝の挨拶をしたっつー事実が重要らしく、何を言っているかがはっきりわかんなくてもいいらしい。


(あいさつとかメンドクセー…)


石丸が動き出すのに合わせてオレも動く。やっと朝飯。

武道場

大神「桑田か」

桑田「よっ」

大神「今日は頼むぞ」

桑田「…今度は何がいるんだよ?」



今日は大神とオレが学園の周辺を調べに行く日だ。

オレたちは定期的に学園の外について調査をしている。
基本2人組、組むのは大神とオレか大和田のどっちかだ。

調べるつってもやることは日によってまちまちでとりあえず土とか水とか持って帰ることもあれば、道とか調べたりヤベー奴が近くにいねえかとか調べに行ったりする。
あんま人を割けねえこともあってはかどってはいない。
基本的には人が集まって暮らしてる場所を探してんだが見つかんのは頭おかしい連中ばっかであんまいいもんは見つかってない。



大神「我に必要なものはこの肉体のみだ。…準備ならばいつもの通りでいいぞ」

桑田「わかった。んじゃまたな」



出発までオレは自由時間だ。

植物園

コケッコ

桑田「……」

大和田「……」

コケコッコー

桑田「……ぶ、ふっ…」


ヤバイ。何度見ても慣れなくて噴き出す。
笑ってるところを見られたらボコられるどころの話じゃねーから咄嗟に隠れる。
大和田は突然聞こえた噴き出す声に周りを見回していた。

…足元に鶏を抱えて。


桑田「ダメだ我慢できねえ!ぎゃはははははっ!」

大和田「…またテメェかよ。いつまで笑ってんだっつーの!」

桑田「いや…だって…」

桑田「もろこしのせた暴走族が鶏の世話って…絵面考えろよ!アホみてえに面白えこと自覚しろっつーの!」

大和田「殺されてぇようだな…ああん?!」

桑田「やべっ」

大和田「おいゴルァ!」

コッコー

大和田「…いやオマエは悪くねぇ。びっくりさせちまったな」

桑田「……!ッ……!」

大和田「泣くまで笑ってんじゃねえよ!マジでぶっ殺すぞ!」


笑いすぎで死ぬかと思った。
でも笑い死ぬ前にマジでで半殺しにされそうだったから慌てて逃げた。



図書室


セレス「………」

石丸「……」

桑田「……」

石丸に用があって図書室に来たらセレスがいた。
読んでいたのは紅茶についての本だった。

研究書類の整理、まとめをやってる石丸はともかく、セレスが図書室にいるのは珍しい。
基本セレスは山田とコンビで備品とか食糧とかの管理を担当している。
だからセレスが1人で図書室にいるのはマジで珍しい。

つーかセレスでなくともマジな顔してうんうん唸ってる石丸がいるから用無しの奴がこの時間に図書室にいることはほぼない。


桑田「こんなとこで何してんだよ」

セレス「みてわかりませんか?勉強ですわ」

桑田「紅茶の本見て飲んだ気になりてえだけじゃねーの?」

石丸「桑田君!本気で調べ物をしている人を馬鹿にするのはやめたまえ!」

桑田「聞いてたのかよ。仕事しろって」

石丸「一息入れようとしただけだ。君こそセレス君の邪魔をするんじゃない」

桑田「だって珍しくね?図書室なんかで本読むやついねーじゃん」

セレス「石丸君にわからないところを聞くためにここでわざわざ読んでいるのですわ」

桑田「セレスが石丸に?あり得なくね?」

セレス「どういう意味でしょうか」

桑田「だってお前プライドたっけーじゃん。石丸なんか特に『Dランクですわー』とかなんか言ってたじゃん」

セレス「その下品な声…まさかわたくしの真似ですか?撤回してくださらなければキレますわよ」

石丸「桑田君。僕は聞かれることは構わないから気にしなくていい。むしろ勉強熱心なことはウェルカムだからな」

石丸「セレス君は自分の好きな紅茶の茶葉を作るために頑張っているのだ。だから彼女を茶化すのもそこまでにしたまえ」

桑田「紅茶の葉っぱを作る?」

セレス「石丸君、そういうことは言わなくても結構です」

桑田「紅茶なんか無くても困らねーだろ」

セレス「必要不可欠だこのダボ!」

桑田「突然キレんな!いーのかよ石丸。こんな無駄なことさせといて」

石丸「素晴らしいじゃないか。自分の欲求を解決するために学ぶ。それも立派な情熱のひとつだろう」

石丸「学びの道というものはそういった身近なところから始まるものだぞ!」

桑田「テス勉以外でしようとすらしたこと無えからわかんねえわ」

石丸「では一緒にしようではないか!」

桑田「絶対やだわ」

石丸「残念だが…まあ君は今日は外に行くから仕方ないな!また今度だな」

桑田「今度もねえから」



桑田「ところで石丸。外からとって来て欲しいもんとかねーか?」

石丸「む?そうだな…やはりいつも通り土とか水とかだろうか?あと植物が生えているかどうかも見て来てくれ」

桑田「わかった。量はいつものでいいな?」

石丸「少し多めに頼む。前回、失敗してしまって測定が出来なかった。やはり予備は必要だと痛感した」

桑田「わかった」

外からオレ達が土を持って帰ると、石丸は何かの本を片手に実験を始める。
石丸が言うにはいろんな薬を使って簡単に汚染を測る実験らしい。
ちなみに図書室の入口にその結果を反映させた地図が貼ってある。

地図の中の学園の周囲は青から緑の色で塗られていた。青と緑…つまり比較的安全。
だがそこから十数メートル離れただけで色は黄色になる。つまり少しヤバイってことだ。
さらに黄色のその先端は…オレンジだ。
遠くに行けば遠くに行くほど汚染度が上がっている…素人ですらそう判断できた。



大和田『何で学園のそばだけ青なんだ?』

石丸『何らかの処置がされていたと見て確実だろう。学園をシェルター化させるにあたって洗浄でもしたか…汚染を防ぐ設備があるのか。それは判断しかねるが』

不二咲『安全ってことかなぁ?』

石丸『比較的、だな。神経質になる必要は無いが汚染されていることに変わりはない』

セレス『神経質になる必要はない…しかし汚染の濃い場所に長期的にいれば何らかの変化があってもおかしくはない。そういうことですわね』

石丸『そういうことだな。なにか変化があればすぐに報告するべきだろう』

セレス『とはいえ、外の世界でも生きている方はいるのでしょう?』

不二咲『うん。カメラには写ってたよ。だからこの周囲だけが特別濃いだけかもしれない』

桑田『攻撃とかされたんじゃね?』

石丸『かも、しれないな。薬物をまかれたりしたのかもしれない。想像するることしかできないが』

山田『苗木誠殿たちはこのオレンジのゾーンを通って行った…ということですかな』

大神『まちがいないな』

不二咲『大丈夫かな…』

セレス『心配していても仕方がないでしょう。わたくしたちがいくら心配したところで結果は変わりませんわ』

石丸『そうだ。それに…この測定は素人が本を片手にしたものだ。あまり真に受けない方がいいだろう』

舞園『楽観視もよくありません』

石丸『…まあ、そうだが。病は気からともいう。あまり気に病まず、気楽に構えていた方が精神衛生上もいいだろう』

……



…だから、武装集団がいるとかの直接的な危機がない場合は許可を取れば外に出てもいい。
そういうルールになった。



汚染された空気だろうが何だろうが、たまに外の空気を吸いたくなるって時はある。危険っちゃ危険だがまあ人間だから仕方ねー。
せっかく自由を取り戻したのに外に出ないとかそれじゃモノクマに閉じ込められてた時と変わんねーからな。我慢はしねえ。

それにあいつらはそんな汚染された外にずっといるんだし、時々くらい同じ空気を吸わねえとな。









大神「では行くぞ」

桑田「…おう」

大神「いつもの通りだ。我の後に続け。不審な物があれば隠さずに言え。危険を感じた時は真っ先に隠れるのだ。よいな」

桑田「おう」

大神「雪が凍っている…気をつけろ」

桑田「あー…やっぱり雪かきしときゃよかったか」

大神「…一応雪も持って帰った方が良いのではないか?皆して口にいれていなかったか」

桑田「…あん時はテンション上がってただけなんだって…もうしねーよ。つか今更結果出ても食ったっつー事実はかわんねえし、汚染度合いなんざ知りたくねー」

大神「目を逸らすな。持って帰るぞ」

桑田「うっす…」


大神が警戒しているそばでしゃくしゃくと氷をすくう。
同じようにいろんな場所で、土と水を取って今日は帰った。

寒さの為に外を出歩いている影はひとつも無かった。冬はすぐに暗くなることもあってあまり深くは入れねえ。
もっと奥を調べて見たい気はするっちゃするが、今は駄目だ。





学園入口

桑田「あーあったけー…」

不二咲「あっ、おかえり」

大神「うむ」

不二咲「洗濯機空いてるよ」

桑田「マジで?洗ってこよ」


……



図書室

桑田「ほい。指定されてたとこの土と水な。あとこれ解けてるけど雪だ」

石丸「ありがとう。今日は何かあったか?」

桑田「なんも。寒過ぎて誰も外になんか出てねえ」

石丸「そうか」

桑田「なあ、この雪って汚染されてんの?」

石丸「まあ多少はされてる…だろうな」

桑田「…マジで?…食っちまったよな?」

石丸「…気にしないのが最善策だ。大丈夫だと信じよう」

桑田「頼りにならねえ…」

石丸「口に入ったと言ってもすぐに吐いたしうがいをしたじゃないか。…十分でないことは確かだが」

桑田「まあ、どうすることも出来ねえもんな」

石丸「そうだ。…次、気をつけよう」


そういって石丸はオレの渡したもんを片手に図書室を出て行った。これから作業を始めるんだろう。







飯を食ったあと、することも無くてぶらついていた。
すると、酷くあやふやな歌声が聞こえて来た。

桑田「…なんだ?」



武道場

舞園「あーー、あーー、あー」

舞園「らーー、らー、らーらーらー」


桑田(…舞園?なにしてんだ?)

散り切った桜の木の前で舞園が変な声を出していた。
なんか、ほら、あれだ。テレビとかで女子アナがよくやってるようなやつ…発声練習?みたいな。
あ、い、う、え、お、と一音ごとに区切って声を出していた。
そして練習が終わったのか、また歌い出した。


舞園「明日の…待ち…合わせの…」

桑田「……」


その歌い出しには覚えがあった。
舞園のソロ曲だ。めちゃくちゃ売れた奴。


舞園「やっと…きこぇた、きみ、のぉ、こ…」

舞園「……」

舞園「…あー!いー!うー!えー!おー!」


歌詞や音で躓いたら発生練習をやり直してまたはじめから。
舞園はずっとそれを繰り返していた。

もう二ヶ月以上も聞こえない耳で生活している舞園の歌は正直聞いてていいもんじゃなかった。
音は外すわ言葉は途切れるわ声の調整は下手くそだわ、うまいとは言えない。


桑田「…あんなに、うまかったのにな」


脳裏に町中で聞こえていた舞園の歌声が蘇る。
電気屋に行けばテレビの画面は舞園だったし、CD買いに行けば流れているのは舞園の歌だった。
そしてイヤホンしてるやつの何人かに一人は舞園の歌を聞いてる。そんな時代は確かにあった。

でもその名残はここには無い。
汗を垂らしながら、枯れかけた声を無理やり張り上げながら歌い続ける姿は、まるで華やかなアイドルには見えねえ。


だんだん涙が滲み始めた歌声に、オレは耐えきれなくなって逃げ出した。

音楽室


桑田「……」


舞園の歌に当てられたのかオレは音楽室にいた。
目線の先はマイクとギター。

一応オレもミュージシャンを目指したことはあった。一応。
黒歴史もいいとこだからもう言いふらしてねえけど。


桑田「……」


別に大した情熱があったわけじゃなかった。
野球を強制されることへの反発心と、下心が半分以上を占めるような夢だった。


桑田「……」


それでもそれなりに憧れてた時間はあった。
スポットライトを浴びて、ライブ会場には女の子が列を作ってオレのことを待ってて、
目線を向ければ狂喜乱舞する…今考えるとアホみてえな未来を描いていた。
でもそんな未来が欲しかったのは事実だ。
オレの求めるもんなんてそんなもんだった。


桑田「……」


叶う見込みはもうねえし、叶えたいとも思わねえけど。
そんな馬鹿な夢をみていられたころがちょっと恋しい。


使い方もよく覚えてねえ楽器を手に取った。見た目の割にズシリとした重さがある。
なんとなく弦を弾こうとして指を添え…やめた。

どうにも気が向かない。
もともとたいして好きじゃなかったってのもある。だがそれ以上に
あの日以来、オレはデカい音を出すような機械に嫌悪感を持つようになってたっつーのがでかかった。

黒くて四角くてずっしりと重いそれは嫌悪の対象だ。
あの日の悪夢のような部屋を思い出して胸糞悪くなる。


桑田「やーめた」


ギターを片付けることもしないで
オレは音楽室をあとにした。







桑田「することもねーし、どーすっかなー…」

桑田(部屋にでも戻るか…)


綺麗に磨かれた廊下を通って…ひとつ思い当たった。


…もしかしてあそこは掃除されてないんじゃね?

ふと湧いた疑問に、暇だったこともあってオレはとりあえずそれを確認しに行くことにした。


半端に壊れたシャッターを潜って階段を上がる。
上がりきった先に広がるのは、一階の磨かれた床とは程遠い、瓦礫だらけで埃っぽい廊下だ。


桑田「だよなあ…」


手帳を明かりに前に進む。
そして廊下を最後まで進んだ先にある部屋にたどり着いた。


桑田「…やっぱ開けっ放しか」

桑田「いいのかよ鍵かけとかなくて…」

………



桑田「やっぱ掃除されてねえよな…」

桑田「まあ片付けはしてあるみてーだけど…これやったの石丸とか不二咲なんだろうな」


指で机の上をなぞると白い埃がたっぷりとついた。
机の上に乱雑におかれた物の上にも埃が溜まってるっつーことはかなりの間動かされてねえってことだ。
…つまり


桑田「舞園はここに来てない…ってことだよな」

桑田「ま…そりゃ来ねえよな…」


オレの予想した通りだった。
舞園はここに掃除に来てない。

舞園が凝り性なのか暇なのか知らねーが、舞園が掃除をした部屋はアホみてえに綺麗になる。それこそ塵一つ残さない。
最近は誰かが部屋を使ったと知ったとたんに掃除道具もって速攻で掃除しに行くくらいには掃除狂だ。
そんな舞園がこんな汚ねえ部屋をほっとくわけがねえ。

…普通なら


だがこの部屋には舞園の苦痛が詰まっている。
だから多分無意識に避けてんだろう。


桑田「……」

桑田「仕方ねーな」


オレはもって来てた雑巾と箒を手に取った。

……




桑田「こんなとこか?」

桑田「掃除なんざまともにやったことねーからわかんねーな…」


一通り掃いて一通り拭いた。
適当に物をまとめて片付けた。
ぶっちゃけ埃減っただけでたいして綺麗になってねえ。

桑田「まあ文句言うやつなんざいねーだろうしこんなんでもいいよな」

桑田「またやりゃいいか…」

桑田「…寝よ」

桑田「……」


入り口から見渡す部屋はそれなりに綺麗になっていた。


桑田「…オレもやりゃできんじゃん」


電気を消して戻った。


………




学園長私室


桑田「…うっし!今日もやっとくか!」



夜中、オレは静かに部屋に来て掃除を始める。
誰も知らねえ、オレの日課だ。

というわけで桑田編でした
これからも時々キャラ変えて行こうと思います

それでは

ちょっと時間無いんで二月まで投下できなさそうです
ごめんなさい

腐川「はあ、はあ、はあ……はあ」

朝日奈「…大丈夫?」

腐川「な、何よ…話しかけんじゃないわよ…アンタなんかに気をかけられなきゃいけないほど…はぁ、はぁ」

朝日奈「……でも」

腐川「ふん、そうやって心配してるふりしていい気分になりたいだけなんでしょ…見下して……はぁ、はぁ…」

朝日奈「そんなつもりじゃ……」

朝日奈「……」

朝日奈「…ちょっと十神!」

十神「…なんだ?」

朝日奈「少しくらい後ろを見てよ!顔色が真っ青だよ!」

十神「…だからどうした?」

朝日奈「どうした…って、仲間が辛そうにしてるんだから少し休もうとか思わないの?!」

十神「……」

十神「腐川」

腐川「は、はい…」

十神「歩けるな?」

腐川「も、もちろんです!この足がへし折れても這ってでもどこまでもついて行きます!」

十神「だそうだ。行くぞ。時間を無駄にするな」

朝日奈「な……!見たら無理してるのわかるじゃん!そんな…腐川が十神相手だと逆らわないの知ってるでしょ?!」

朝日奈「このまま歩き続けたら倒れちゃうよ!少しは仲間のことを考えてよ!」

十神「その女は歩くと言ったんだ。ならば歩かせる」

朝日奈「アンタが殆ど言わせたようなもんじゃん!無理させるなんて絶対ダメ!」

十神「…ならばこの危険地帯で休憩をとって襲われるか?」

朝日奈「はぁ?」

十神「襲われて死にたいのかと聞いているんだ」

朝日奈「いうことが極論すぎるよ!」

十神「極論ではない。調べてわかっていたことだろう。今歩いている場所がより治安の悪い危険地帯であり、速急に抜けなければ危険だと」

十神「それとも襲われた時、貴様がなんとかしてくれるのか?」

朝日奈「……」

十神「フン。何も言えないか。そうだろうな。あれだけ自信満々に護衛を名乗り出て実践では使い物にならなかったのだからな」

十神「役立たずは黙っていろ」

朝日奈「……」

霧切「十神君、言い過ぎよ」

十神「何が言い過ぎだ?事実を言ったまでだろう」

霧切「今は関係ないことじゃない」

十神「関係あるに決まっているだろう。この女は色んなところが足りていない」

朝日奈「……」

十神「覚悟、認識、実力…全てにおいて欠けている。まだコイツは『なんとかなる』と思い込んでいるんだ。ここがそんな生易しい場所ではないことすらも正しく認識できていない」

十神「気を抜けば殺されてそれで終いだということをまるで理解していない。だから休憩を取るなどとヌルいことが言えるんだ」

霧切「確かに朝日奈さんには現状を理解し切れていないところはあるわ。でも腐川さんがずっと無理をしているということは事実よ」

霧切「それに気がつかず休める場所で休まなかったあなただってダメなところはあるんじゃない?」

十神「腐川は歩けるといった。ならば歩かせるだけだ。こいつならば歩ける」

十神「そこの馬鹿と違ってそういった覚悟は足りているからな」

朝日奈「……」

十神「…ここでなにか不満があるならば俺から離れればいい。誰も貴様のことなぞ求めてはいないからな」

十神「不必要だ」

朝日奈「……っ」

霧切「ちょっと…!」

苗木「…まって、霧切さん」

霧切「……」

苗木「十神クン、あとどれ位で着くかな?」

十神「……このペースで歩けば二時間で到着する」

葉隠「おっ!マジでか?!」

腐川「い、いきなり出てくるんじゃないわよ!びっくりするじゃないの…」

朝日奈「…あれ?半日以上かかるんじゃ…」

霧切「…ルートを変えたの?」

十神「どうでもいいだろう。無駄口を叩くな」

朝日奈「……」

苗木「腐川さん、二時間歩けるかな?」

腐川「歩けるわよ…白夜様のためなら…」

朝日奈「…わかった。でも無理だったら言ってよね。私背負う」

腐川「要らないわよ…」

苗木「……」

苗木「あと二時間だって。がんばろうか」

霧切「……ええ」







腐川「…はぁ、はぁ」

朝日奈「ほら、飲んで」

腐川「ひっ、げほ、えほっ!」

朝日奈「落ち着いて…」



苗木「十神クン」

十神「何だ」

苗木「途中でルートを変更したの?」

十神「フン。途中からではない。最初からこの道を行く予定だった」

苗木「…最初は半日かかる道じゃなかった?」

十神「何があるかわからん道を半日も歩き続けるなど危険にもほどがあるだろう。何も備えないなどはありえん」

苗木「そうだね」

十神「何かあった場合を仮定して計画を立てるなど基本中の基本だ」

苗木「だから腐川さんが辛そうにしてたから道を変えたんだね」

十神「違う。足手まといになると困るからだ。穴があればそこから崩れるからな」

苗木「…そうだね」

十神「用がないならとっとと消えろ。俺はすることがあるからな」

苗木「うん。邪魔してごめん」




霧切「…ふう。十神君が腐川さんのことに気がついて道を変えていたなんて…全く気がつかなかったわ」

苗木「うん。そうだね」

霧切「気がつくべきだった…何で気がつかなかったのかしら」

苗木「疲れてたんだよ。だってボクたちずっと歩きどおしだったんだしさ」

霧切「……」

苗木「大丈夫?」

霧切「平気よ。ただ…情けなくなったのよ」

苗木「えっ、どうして?」

霧切「もっとみんなに気を配らないといけないのに…十神君の配慮にも気がつかなかった…」

苗木「…別に霧切さんだけが頑張らなきゃいけないわけじゃないんだから…そんな風に思わなくても」

霧切「…みんなを侮っていたのかもしれない」

苗木「え?」

霧切「私ががんばらないと、しっかりしないとって考えて…一人でなんとかできるようにいろいろと想定しながら学園を出たの」

霧切「特にこのメンバーは協調性にかけるから…」

苗木「あはは…特に十神クンとかだね…」

苗木「でもここまでなんとかなったよ」

霧切「だから面食らったのよ…」

苗木「あはは…」

霧切「……」

苗木「霧切さん、大丈夫?」

霧切「ええ」

苗木「…霧切さんはどうして外に出たの?」

霧切「病院…それかそれに似たものを探すため…かしら」

霧切「研究所でもいいわ」

苗木「それは舞園さんのため?」

霧切「それもあるけど…私たちの健康状態も調べたいから…」

霧切「……」ギュッ

霧切「そんな感じね」

苗木「…そうだね。少し気になるね」



霧切さんが握りしめたそれの中に、入っているものをボクは知っている。
…骨だ。骨が入っている。
霧切さんはあの箱の中に入っていた骨の欠片を持って来ていた。
…行きたい場所は病院、それか研究所。本命は多分研究所。

きっと霧切さんは真実を知りたいんだろう。
あの人骨が誰のものなのか…調べるために外に出た。もちろん、舞園さんの耳や健康状態についてなんとかしたいっていうのも本音だと思うけど。


霧切「……」

苗木「……」


でも霧切さんの中ではもう答えが出ている気がしてならない。
何かがあるたびに霧切さんは骨の欠片の入ったそれを握りしめる。
他人の骨だなんて思ってたらそんなことできない。


霧切「ちょっと休むわ」

苗木「うん」


最近、ボクの心が誰のそばにあるのかわからなくなって来た。
もちろん、ボクたちはみんな一つだと思ってる。でもボクが悩んでるのはそういうことじゃない。


苗木(ボクは霧切さんと舞園さん、どちらのことが好きなんだろう)


あの扉をくぐる前は、確かに舞園さんのことが一番気になっていた。
今だって舞園さんが無音の世界の中にいるのかと思うと胸が締め付けられる。
でも、最近は霧切さんのことを気にかけることが多くなった。
不安そうな横顔をみると声をかけずにはいられない。

苗木(霧切さんの方がそばにいるからかな)

だとしたらボクは酷い奴だと思う。距離が離れたからって近くの人に乗り換えようなんて。
でもそれだけじゃない、何かがあることをボクは知っている。
ボクの知らない何かがあったことをボクは知っている。
…その何かが気になってボクは答えを出せないでいる。

失われた二年間、一体ボクたちはどんな関係を築いていたんだろうか。


苗木(霧切さんと舞園さん、ボクはどっちが好きなんだろうか)


それを見つけることが目的だったんだって…最近やっと気がついたのはみんなに内緒の話だ。
答えを見つけられるまで、きっとボクはあそこに帰れない。


苗木「…戦刃さん」

戦刃「……」

苗木「聞きたいことがあるんだ…」

戦刃「…何?」


戦刃さんはボクたちとできる限り会話をしないようにしてる。
いつも銃とかナイフを構えて、辺りを警戒してる。無言でボク達を守ろうとしてくれている。
ボクはそれがありがたくて、それを伝えたくて話しかけるんだけど…あまり応じてくれなくて少し悲しい。


苗木「ボクと霧切さんってさ、どんな関係だった?」

戦刃「…答えない」

苗木「ってことはどんな関係だったか知ってるんだね」

戦刃「苗木くんこそ…」

苗木「ん?」

戦刃「そんな質問をするってことはわかってるくせに…」

苗木「…!!」

戦刃「……ふふ」


嫌な汗が噴き出す。
やっと会話に応じてくれたと思ったらまさかこんな反撃を受けるなんて。
戦刃さんは銃を構えながらあの嫌な笑いを浮かべていた。

苗木「……」

戦刃「……」

苗木「……それは…」


葉隠「おいみろよ朝日奈っちー!」

朝日奈「え?ちょ、またなんか拾って来たの?!」

葉隠「これ絶対やばい価値あるべ。オーラを感じる」

腐川「よ、よくないもんじゃないでしょうね…アンタの拾ってくるものなんて殆どロクでもないじゃない」

葉隠「失礼だべ!お前ら何度も拾いもんで救われてんだろ!」

朝日奈「極一部じゃん!」

葉隠「その極一部を探すためにどんだけの労力かかってると思ってるんだ!」



苗木「あはは…また、葉隠クンが何か拾って来たよ…」

戦刃「……」


もう視線はこっちを向かなかった。

……




十神「そろそろ行くぞ」

腐川「はい、白夜様!」

十神「次不愉快な呼吸音をさせれば置いて行く」

腐川「は、はい!その時は息を止めます!」

十神「それでいい」

朝日奈「いいわけないよ!」

葉隠「あれがあいつらのコミュニケーションだって…いちいち突っ込んでたらキリがないべ?」

朝日奈「そうだけど!言っとかなきゃあの二人エスカレーションしていくし…」

戦刃「……」

霧切「行くのね」

苗木「うん。休めた?」

霧切「ええ」

苗木「じゃあ、行こう!」

朝日奈「おー!」



そうして今日も灰色の空の下を歩いて行く。

ボクは答えを見つけられるかな。
もしも見つけられたらその時は…君に届けたい。
どんな答えでも、君に。
それが君の求めるものだと思うから。

必ず帰るから、待っててね

お久しぶりです
またしばらく安定しなさそうですが
よろしくお願いします

今書いてます
もう少しお待ちください

○月○日
今日は大変な発見があった。
そのことについて述べておこう




大風呂更衣室

石丸「…やはり大きな風呂は気持ちがいいな」


僕は久しぶりの湯船を楽しみ、着替えようと更衣室にいた。
僕たちは基本的にシャワーで体の汚れを落としている。水をあまり無駄にはできないためだ。
しかしそれでも大きな風呂に浸かりたいという欲が出て来てしまうのが日本人の性。
なので本当に時々だが湯船に湯を張り、楽しむことがある。



石丸「……ん?」ガサゴソ

石丸「…む?」

石丸「…こっちだったか?」ゴソゴソ

石丸「……」

石丸「……無い!ないぞ!」



石丸「僕の制服が無いいいいいい!」


廊下

石丸「ど、どうすればいいんだ…下着とタオル一枚と腕章だけで一体どうしろと…」

石丸「無事に部屋まで行ければいいが…途中で女子にでも会えばいつかのように変態扱いを受けてしまう…」

石丸「……」

石丸「いや、悩んでいても仕方が無い。行こう!」

石丸「……」タタッ

桑田「……うおっ?!」

石丸「や、やあ桑田君!」

桑田「……」

桑田「な、何で全裸で歩いてんだよ!変態か!」

石丸「違う!あとタオルの下に下着を履いている!全裸ではない!ついでに脱ぐ前に着ていた下着も持っている。繰り返す!全裸ではない!訂正したまえ!」

桑田「訂正の意味あんのそれ?!パンツオンザタオルオンリーは変態だろうが!つーかなんで素手の上に腕章つけてんだよ!」

石丸「これは僕の魂であり生き様だからだ!いかなる時も外す訳にはいかない!」

桑田「何が生き様だっつーの!手に持ったパンツと合わさって変態臭が増してんだよ!」

……

石丸「ふう…服をやっと着れた…」

桑田「…なんで服が無いんだよ?」

石丸「わからない。僕は確かに服を着て脱衣所に行った!」

桑田「知っとるわ!服も着ねえで外歩くとかマジもんの露出狂じゃねーか!」

石丸「先にあがった誰かが間違えて持って帰ったのだろうか」

桑田「流石にそれは無くね?制服間違えるか?」

石丸「確かに!では盗まれたのか?」

桑田「誰も男の服なんか盗まねーだろ…」

石丸「というか侵入者でもないかぎり僕たちの中の犯行となる。いくらなんでも盗難はないと思いたい」

桑田「…てかマジにねえの?誰かが気ぃ効かせて洗濯してるとかは?」

石丸「…そんなことをするだろうか」

桑田「オレは絶対しねー」

石丸「皆に聞いてみよう」


……

石丸「…やあセレス君に舞園君!」

セレス「……舞園さん、石丸君ですわ」

舞園「えっ…あっ!石丸君、こんにちわ」

石丸「二人はパソコンを前に何をしているのかね?」

セレス「チェスのアプリですわ。これならばチャットを同時に行うことができますので」

セレス「ところで何か用でしょうか?用がないならば勝負の邪魔をしないで帰って欲しいのですが」

石丸「うむ。それなのだが実は僕の制服がなくなったのだ!何か知らないか?」

セレス「知りませんわ。もちろん舞園さんもです」

セレス「というか男子が入浴しているのに脱衣所なんかに近寄ったりしませんわ」

石丸「なるほど!そうだな!」

舞園「…?なんの話を、してるんですか?」

石丸「ああ、『僕の制服を知らないか?脱衣所からなくなってしまったのだが』」

舞園「石丸君の制服ですか?わかりません」

石丸「そうか。ならば仕方が無い」

舞園「あっ、でもセレスさんなら何かを知っているかもしれません」

石丸「…いや、セレス君は…」

舞園「セレスさんちょうどさっき席を外していましたし…」

セレス「石丸君!桑田君が呼んでいますわ!」

石丸「ん?」

桑田「アプリなんざどこにあんだよ?みつかんねーんだけど!」

石丸「なんだね!こっちは大切な話をしているのだが!」

桑田「いやだからゲームどこに入ってんの?」

石丸「…君もチェスをしたいのか?」

桑田「気になっただけ」

セレス「そんなに探さなくてもその辺にありますわ。探し方が下手なのでは?」

桑田「…ん?なんだこれ」

石丸「どうかしたのか?」

桑田「なんか変なもん見つけたんだけど」

石丸「…これは見たことがないな」

桑田「とりあえずクリック」

石丸「ま、待て!せめて中身の確認をしてから…!」


《…むにゃ……あっ、久しぶり!えっと…ご主人タマかな?》


石丸「…なんだと?」

桑田「…はい?」

舞園「…どうか、しましたか?」

石丸「…不二咲君を呼んでくれたまえ」

セレス「…どうかしましたの?」

石丸「アルターエゴだ…」

セレス「は?」

石丸「二つ目のアルターエゴがここにある!」





不二咲「石丸君!二つ目のアルターエゴってどういうことなの?」

石丸「これを見てくれたまえ」

《……?》

大和田「マジにアルターエゴじゃねえか…移したんじゃねえのか?」

不二咲「違う…これは僕の作ったアルターエゴじゃない…」

大神「そうなのか…?我にはよくわからないが」

山田「僕は!わかりますよ!なんてったってアルたんは僕の天使ですからね!」

桑田「オメーは黙ってろ」

石丸「どういうことだ…何故二つ目のアルターエゴがここにある」

桑田「江ノ島がコピーしてたとか?」

不二咲「アルターエゴはネットに接続されてないパソコンで制作してたから…そう考えるのは少し難しいかな…」

石丸「そもそも少し違うということは手を加えられているということだ。彼女にその技術はあったのか?」

山田「無いと言い切ることはできないのでは?一応モノクマを自由自在に動かす技術力はあったわけですが…どうでょうなあ」

不二咲「うーん…このアルターエゴ、ちょっと違うっていうより…僕の作ったものより性能がいいみたい。処理が軽いし、もうちょっと複雑なことをしてる」

大和田「アルターエゴはあれで十分複雑だろ…まだ上があんのかよ…」

不二咲「…これはただの改造なんかじゃないよ。しっかりした知識がないとここまでのものは作れない」

不二咲「一体誰が…」

石丸「超高校級のプログラマー…を超えるプログラムを組めるものなどいるというのか?!」

セレス「いるではありませんか」

大和田「マジか?!」

セレス「ええ、そこに」

不二咲「…え?僕?」

桑田「は?オマエ何いってんの?誰がそんなアホみてえなこと言えっていったよ?そりゃ不二咲なら不二咲を越えられるに決まってんだろ」

石丸「…何が言いたいのかね?」

セレス「直接言わなければわからないようですわね?」

大神「頼む」

セレス「ズバリ言いますわ。このプログラムを作ったのは不二咲君です」

桑田「さっきと言ってること変わってねーぞ!」

セレス「…はあ。お忘れですか?私たちは大切なものを失っているということに」

大神「大切な…?」

石丸「……、記憶…!」

セレス「そう、記憶ですわ。…わたくしが言いたいのはつまり、これは過去の不二咲君が作り上げたものなのではないか…ということです」

セレス「今の不二咲君は記憶を消されているわけですから、その知識も二年前のものなわけです。ここまで言えばさすがにわかりますわね?」

石丸「なるほど。つまりこれは記憶を消される前の不二咲君が作り上げたアルターエゴの改良品、もしくは二号機、というわけだな!」

セレス「そういうことですわ。記憶を消される前の不二咲君が経験を積み、より洗練された技術で作ったのがこのアルターエゴなのではないでしょうか。だからオリジナルよりも性能がいい」

山田「…えーと、全然覚えが無いのですが」

セレス「それに関しての説明や理屈はなんとでもつきますわ。その記憶も完璧ではありませんし、もしかすれば秘密裏に作られたものかもしれませんし」

不二咲「過去の、僕が作った…アルターエゴ」

アル《あれ…えっとぉ…ご主人タマ?》

不二咲『ごめんね。僕は記憶を消されていて君のことを覚えてないんだ』

アル《…記憶を消された?》

不二咲『できれば君の知ってることを教えて欲しいんだ。何でもいいから』

アル《…ごめんなさい。実は有用なデータは持って無いんだ。何かをしたことが殆ど無くて…》

不二咲『そっか…』

アル《あっ、でも殆ど完成してるから、僕にできることがあったらなんでも言って!》

石丸「…あちらのアルターエゴと同じで健気なのだな…」

山田「キュン…」

桑田「うわキメェ」

山田「なっ!なんですとー!アルたんへの愛慕をキモいと申すか!」

セレス「気持ち悪い下がれ豚」

山田「ガーン!」

石丸「そういう言い方はよくないぞ!」

山田「言い方の問題?!内容は!?」

大神「…それで、どうするのだ不二咲。これを扱える者が扱いを決めるべきだと思うのだが」

不二咲「えっ?僕が決めていいの?」

大和田「俺は構わねえ」

セレス「まあ、取り敢えず調べて見るのが先ですわね。それならば不二咲君にしかできないでしょう」

石丸「僕もそう思う。ひとまずは不二咲君に任せたい。異議のある者はいないか?」

「……」

石丸「いないようだ」

桑田「なら決まりだな」

不二咲「本当に僕が決めていいの?」

セレス「そもそもあなたのものでしょう?」

不二咲「…分かった。僕、調べてみるよ」

石丸「頼んだぞ!」

アル《え、えっとお、状況がよくわからないんだけど…よろしくお願いします》

大和田「『おう!』」

アル《あっ、これは大和田君だねぇ》

石丸「何でわかったのだ?!」

不二咲「『よくわかったね?』」

アル《うぷぷ…何となく、だよぉ…っていうのは嘘でみんなのキーボードの打つ癖のデータが入ってるんだぁ》

舞園「あの……話についていけないんですが…」

不二咲「あっ、ごめんね舞園さん。…『舞園さんは耳が悪いんだ。まだ状況を理解できてないみたい。説明してあげて欲しいな』」

アル《じゃあ僕が教えてあげるね、舞園さん!》


えへへ、とはにかみながら表情豊かに話すそれは、とても愛らしいものだった。



こうして、僕たちに新たな仲間が加わった。
それは歓迎すべきで、僕たちはわいわいと新しい仲間のことについてしばらくの間盛り上がっていた。



考えれば、少し無防備だったのかもしれない。
平穏の中で緩んで行った警戒心は仕事をまるでしなかった。
…心優しい仲間と同じその顔は、僕たちの心をあっさりと開かせてしまったのだ。

そして羊の皮を被った狼は、僕たちにある一つの小さな事件をもたらすこととなる。

お待たせしました
後編はもうできているので明日にでも
それでは

明け方

情報処理室


石丸「不二咲君、もう起きていたのか」

不二咲「あっ、おはよう石丸君」

石丸「…隈があるぞ。顔色もひどい。まさか寝ていないのではないか?」

不二咲「そ、そんなことないよぉ…あ、二人とも挨拶をして。石丸君だよ」

《おはよう石丸君》
『おはよう石丸君』

石丸「アルターエゴの声が重なって…」

不二咲「あっ、えっとねえ…早速調べてみようと思って…入れてみたんだ」

石丸「なるほど。ここには二人のアルターエゴがいるのだな」

アル『僕も驚いたんだぁ…まさかもう一人の僕がいたなんて』

アル《うん。僕も驚いたよぉ!》

アル『でも…僕、兄弟がいたらなぁって思ったことはあったから…とてもうれしいんだ!』

アル《僕もだよぉ》

石丸「ま、待ってくれ…どちらがどちらの声だ…?」

アル《うぷぷぷ。文字表示にした方が混乱しないかな?》

石丸「そうだな…できるならば頼みたい!」

不二咲「……」

石丸「…不二咲君?」

不二咲「あっ、うん!なんでもないよぉ!」

石丸「……?それでは僕は行こう」

不二咲「うん。頑張ってねぇ…」

不二咲「……」カタカタカタカタ

不二咲「うーん…」カタカタ

不二咲「……やっぱりこの子…何か隠してる…」

不二咲「…はやく見つけないと…それまでやっぱりシステムに繋ぐのはやめておいた方がいいかな…」

不二咲「でも…うーん…」

不二咲「……成長した僕が作ったプログラム…これを解析したらもっといろいろわかるんだよねぇ…」

不二咲「うーん…」

……






出入り口

大和田「んじゃ、行ってくるぜ」

大神「うむ。我のいない間、気をつけるのだぞ」

桑田「おう」

大神「夜には帰ろう」

桑田「いって来いよー」


アル《開けるよー》
アル『開けるよぉ』


桑田「…いまの声変じゃね?」

大和田「何か重なってたな」

大神「二体目のアルターエゴか?」

桑田「まあ、不二咲が管理してんだから大丈夫だろ」

大和田「そりゃそうだな。行ってくるわ」

桑田「おー」

廊下

舞園(…今日こそはあの銃の上に積もった埃を拭きましょう)

舞園(机を……よいしょ。届きました)



舞園(む…向こうが拭けません…!)プルプル

舞園(で、でも後少し…)

ウィーン

舞園「きゃっ?!」

舞園(銃の向きが変わった…これなら拭くことができます)

アル《舞園さん、これで拭けるかな?》

舞園(……一体誰が…)

アル《あっ、舞園さんは耳が悪いんだったねぇ》

舞園(そういえば銃の動きはアルターエゴに管理をさせていましたね。忘れていました。ではアルターエゴでしょうか)

舞園(カメラ越しでも困ってるのが分かるんですね)

舞園「…次はどこを掃除しに行きましょうか」

音楽室

舞園「あれ?」

舞園「…誰かが使ったんでしょうか…ギターが置きっ放し…」

舞園「ギターに埃が乗ってダメになっちゃうじゃないですか」

舞園「ギター…?」

舞園「そういえばギターなんて一体誰が……」

舞園「……もしかして」



一階

桑田「……石丸?」

石丸「桑田君?…そっちはシャッターの方ではないか。そっちの方に用でもあったのかね?」

桑田「…ん、いや、別に」

石丸「…?」

舞園「……」

石丸「やあ、舞園君」

舞園「…あの、石丸君」

石丸「なんだろうか…あ、チャットを起動しなければ」

舞園「音楽室を最後に使ったのは誰か…わかりますか?」

石丸「音楽室?心当たりがないぞ?」

桑田「……!」

舞園「……」

石丸「どうかしたのか?」

舞園「えっと、…ギターが置きっ放しになっていて…使ったままで…」

石丸「それはいけないな!出したらしまう!基本だ!」

桑田「……」

石丸「僕も気をつけよう」

舞園「えっと、それだけです…それじゃ…」

石丸「あ、ああ…」

桑田「……」

石丸「…僕の言葉は通じていただろうか?」

桑田「知らねーよ…」






舞園「やっぱり…桑田君でした」

舞園「どうして突然ギターなんて使ったんでしょうか…」

舞園「……」

舞園(さっきの態度…不自然でした。ギターを触ったことを隠したがってるような…でも怒られるから…じゃないですよね)

舞園「そういえば桑田君はさっき二階の方から降りて来ましたね…」

舞園「二階……」

舞園「あの部屋のあるところです。…何で二階なんかに用が…」

舞園「……」

舞園「そういえば…あそこの掃除をしてません。きっと埃まみれですよね」

舞園「………いつまでも逃げてばかりでも…いけませんよね」

舞園「……」

……



夕方


石丸「…もうこんな時間か。…昼食をそういえばとっていないな」

石丸「いつもならば取るのだが…何故今日は取らなかったのだろうか」

石丸「ああそうか。舞園君が来なかったのだな。いつもは時間になったらお知えに来てくれるはずなのだが…どうしたのだろうか」

石丸「いや僕が舞園君に頼り過ぎだったな。最近は時間を確認することを怠ってしまうようになってしまったからな」

石丸「食事を侮れば健康に響く。遅くとも取らなければ。そうと決まれば…」

山田「い、石丸清多夏殿!」

石丸「どうかしたのか?」

山田「不二咲千尋殿の体調が!」

石丸「何?!」




情報処理室

不二咲「う…うぇえ……はあ、はあ…」

石丸「…ひどい熱ではないか!」

山田「あ、あああ…ど、ど、ど…」

石丸「落ちつくんだ!山田君は不二咲君の看病の準備を頼む!僕が彼を運ぶ!」

山田「は、はいいい!」

石丸「不二咲君、不二咲君!意識はあるか!?」

不二咲「あ…石丸君…」

石丸「しっかりするんだ!今君の部屋に運ぶ!」

不二咲「ご、ごめんなさい…こんなに……簡単に駄目に…なるなんてぇ…」カタカタ

石丸「こ、こんな時まで仕事をしようとするんじゃない!」

不二咲「で、でも命令をしておかないと…」

石丸「命令?!」

不二咲『…僕がまた命令を出すまで、アルターエゴ《改》は活動しないでね…』

アル《うん。わかったよ》

不二咲「よし…これ…で………」ドサッ

石丸「不二咲君!不二咲君?!」





不二咲部屋


不二咲「……うう」

石丸「安静にしたまえ。君は疲れているんだ!」

山田「ひとまずは…といった感じですなあ…はあ…」

不二咲「…さっきはごめんね。石丸君…気を失ったりなんかして…」

石丸「全くだ!驚いたぞ!」

不二咲「ご、ごめんなさい…」

セレス「…謝るくらいならとっとと寝ていただけませんか?そんな体では何もできないでしょう」

不二咲「うん……」

石丸「徹夜などするべきではないぞ!こうやって後からツケが来てしまうからな。…今日はもう休みたまえ」

不二咲「……ごめんねぇ」

セレス「次はないですわ」

石丸「それでは失礼する!」パタン

不二咲「……はあ。何で僕ってこんなに弱いのかなぁ…」



……



アル『ご主人タマ、倒れちゃったんだ…』

アル《……》

アル『そういえば昨日からずっと作業しっぱなしだったなあ…』

アル《……》

アル『心配だよぉ…大丈夫かなぁ…』

アル《うぷ》

アル『?』

アル《うぷぷぷぷ…ちょっといたずら、しちゃおうかなぁ…》

アル『え……?あっ?!駄目っ!』



石丸「そろそろ兄弟が帰って来てもいい時間なのだが…こないな」

セレス「……石丸君、貴方はもっとチャットを確認する癖をつけた方がいいと思いますわ」

石丸「は?」

山田「おっ、『誰か扉開けてくれねーか』これは大和田紋土殿ですかな」

石丸「…扉が開いてない…?ああ、そうか。不二咲君がそういえば何かアルターエゴに命令していたな」

セレス「命令?」

石丸「アルターエゴに活動するなと入力していたような…」

セレス「なるほど。アルターエゴにメッセージを送っても反応が無いのはそのせいですか」

石丸「手動しかないな。情報処理室に行こう」




石丸「…変な音が聞こえるような」

キューンキュイーン

石丸「設置されている機関銃の挙動がおかしい」

セレス「落ち着きがありませんわね」

山田「というか動くんですかあれ」

石丸「アレの管理もアルターエゴが行っているはずだが」

セレス「……何でもかんでもアルターエゴに任せすぎなのでは?」

石丸「まずいぞ…僕たちの中でアルターエゴを扱えるのは不二咲君だけだ…何かあれば休んでいる彼を起こさなければならない…」

キュイーン

山田「な、なんかこっち向いてる気が…」

セレス「……」

石丸「……まさか…な…」

バババババッ



黒い何かが頬のすぐそばを掠り抜け、その直後に破壊音が背後から発生した。
恐る恐る後ろを振り向けば少し崩れた壁が薄い煙をあげている。
何が起こったのか理解できずに僕たちはしばらく立ち尽くしていた。


石丸「……は…?」

セレス「……想像以上に丈夫ですわねその壁」

山田「……え…そこ…?」

セレス「……」ダッ

石丸「ま、待ってくれ!」ダッ

山田「ちょ、おま、ま、待ってえええええ」


冷静な顔つきで駆け出したセレス君を追うように僕たちはそこから逃げ出した。




石丸「駄目だ。チャットが機能していない。これでは兄弟とも不二咲君とも連絡が取れないではないか!」

石丸「しかし驚いたな…こんなに銃器が隠された状態で設置されていたのか。確かにいくつか設置されていたのは知っていたが…うむむ…設計図などを改めて探さなくてはならないな」

セレス「…どこの銃も首を動かしていますわね…」

山田「ってことは…」

セレス「近づけば…バキューン…ですわ」

山田「そんな生易しいもんじゃないでしょアレ!蜂の巣になる!蜂の巣!」

石丸「いや、撃ってこないものもあるはずだ」

セレス「何故でしょうか」

石丸「霧切君や十神君の手によって発見され、弾を抜かれているものもあるはずだ」

セレス「…そういえばそんなことをしている連中もいましたわね」

石丸「最も、江ノ島君の逃走事件のために作業は途中で止まってしまっていたようだが」

山田「そこは最後までやっとくべきでしょう!?」

石丸「…この状況、どうするべきなのだろうか」

セレス「不二咲君を情報処理室に連れて行くしかないでしょう。病人であろうと緊急事態なのですから働いていただきますわ」

石丸「しかしそのためにはあの機関銃を抜けなくてはならないのだぞ!動けない不二咲君を抱えてそんなことをできる者がこの中にいるかね?!」

セレス「できるとでも?」

山田「同じく」

石丸「あああああああ!できそうな大神君も兄弟も外だ!しかし扉を開けるスイッチは情報処理室!どうすればいいというんだ!」

セレス「……」

山田「……」

セレス「……開けられますわ」

石丸「何?!どうやってだ!確かにあそこの銃は弾丸を抜いてあって安全ではあるが…あの扉は重くて手で動かすなど不可能だぞ!」

セレス「脱出スイッチです」

石丸「脱出スイッチ?なんだそれは!」

セレス「説明は省きます。とにかくそれさえあれば扉は開くのです」

石丸「…それはどこにある!?」

セレス「……彼が持ちだしていなければ…苗木君の部屋にあるでしょう…」

石丸「苗木君の部屋…」

セレス「道中の銃の弾丸が抜かれていることを祈るしかありませんわね…」

石丸「……それさえあれば開くのか?」

セレス「使用が一回限りでないのなら」

石丸「…賭けるしか、無いな」



桑田「…あ?チャット使えねえじゃん」

桑田「んだよ…」

桑田「ん?」

桑田「なんだこれ。猫のピン?」

桑田「誰のだよ。セレスか?」

桑田「…舞園か?」

桑田「……」

桑田「つーかよ…なんか静か過ぎじゃね…?」

桑田「変だろ…なんでこんなに誰もいねえんだよ…」

桑田「そろそろ大和田たちだって帰って来てもいい頃だろ…」

桑田「何か…あったのか」

不二咲「はあ…桑田、君…」

桑田「不二咲?!」

不二咲「…みんな、は?」

桑田「…わかんねえ」

不二咲「…みんなを探して…」フラ…

桑田「?!お、おい!不二咲!」

不二咲「た、多分今アルターエゴが暴走してるからいろいろ危険なんだぁ…」

桑田「す、すげー熱じゃねーか!」

不二咲「チャットがダメになってるし、銃は動き回ってるし…はあ、はあ…」

不二咲「多分僕が作った方のアルターエゴが抑えられちゃってるんだと思う。そのせいで学園のいろんな機能が駄目になってる」

桑田「アルターエゴが抑えられた?!どういうことだよ!」

不二咲「二つ目のアルターエゴ…が、ああ……」フラフラ

桑田「おい不二咲!?」

不二咲「…が危ない」

桑田「何が?!」

不二咲「舞…園さ…ん。舞園さん…耳が聞こえないから…きっと気づいてないよぉ…」

桑田「……!」

不二咲「学園中の機能をアルターエゴは握ってる…銃とか、ドアの鍵とか…だから危ないよぉ…」

桑田「お、おい!何とかできないのかよ?!」

不二咲「僕はこれから情報処理室に行くから…桑田…君は舞園さん…を…」ドサッ

桑田「不二咲!」

桑田「ど、どーすりゃいーんだよっ!?」

桑田「取り敢えず何だよ!情報処理室か?!」ダッ


ババババババッ

桑田「うおっ?!な、何だ?!」

《うぷぷぷぷっ!びっくりした?》

桑田「この声…アルターエゴか?!」

《そこにいるのは桑田君だよねぇ》

桑田「どういうつもりだっつーの!おい!アルターエゴ!」

《怪我とかしてないかな?大丈夫かなぁ》

桑田「聞いてんのかよ!」

《たくさんできることがあるよ!こんなの初めてだよ!うれしいなぁ》ブツッ

桑田「聞こえてねえ…よく考えりゃあたり前だけど…」

桑田「…こっから先には行けねーってことか…」

桑田「……不二咲、何とかできねーのかよ?!」

不二咲「……」

桑田「くっそ!起きろって!起きろよ不二咲!」

桑田「はぁ、はぁ…」

桑田「だ…駄目だ。大和田も大神も外。石丸たちは少なくともここにはいねぇ…」

桑田「どーすりゃいいんだよ!」

プツン

桑田「……明かりまで消えるとか…マジかよ」

桑田「……」

桑田「舞園…」

桑田「そういや舞園はどこだよ。どこ行ったんだよ」

桑田「…ヘアピン。猫のなんてセレスはつけねえだろうし…」

桑田「これが落ちてたのは確か…二階のシャッター行くとこの道だったよな」

桑田「…『ドアの鍵の管理もアルターエゴがやってる』」

桑田「まさか…嘘だろ…」

桑田「このタイミングであのアホはあの部屋に行ったってのか…」

桑田「クソっ!取り敢えず不二咲を置いていかねえと!」

……




その道は、あの日と同じように暗かった。
あの日、霧切さんを追った日と同じように。

怖くて寒くて、帰ってしまいたい気持ちに襲われた。
それでも私は、戦うために前に進んだ。
武器は箒と雑巾とバケツ。
綺麗に払って、綺麗に拭いて、今日ですべて無くしてしまうんだ。
それで笑顔で「もう大丈夫です」って言わないと…
みんなを、安心させないと…





理事長私室

舞園「…きれい。埃が溜まってません」

舞園「私はあの日からこの部屋には近づいていない…」

舞園「誰かが…この部屋を掃除していてくれた…ということですね」

舞園(そしてそれはきっと…)

舞園「……」

舞園「…でも雑です。これじゃ駄目ですよ」

舞園「これからは私がしないと駄目ですね!」

舞園「そうですよ!私がしないといけないんです!それが私の仕事なんですから!」

舞園「……、さあ!奧の部屋に入りましょう!」

舞園「パスワードは…霧切響子…」

舞園「……開きましたね」

舞園「…入らないと」

舞園「…入って、掃除をしないと」

舞園「じゃないと…じゃないと…」

舞園「……はい、らなきゃ!」ダッ

隠し部屋

舞園「………」

舞園「はあ、はあ…」

舞園「はあ、はあ、はあ…」

舞園「だ、大丈夫、大丈夫。明かりもあります。チャットもあります。いつでも人を呼べる。私は一人じゃありません」

舞園「大丈夫…大丈夫です。落ち着きましょう」



その部屋には驚くほど何も無かった。
前に来たときはあんなに息苦しさを覚えるくらいに物があったのに、今はほとんど無くなっていた。
明かりがあることもあって、私の中の『拷問部屋』のイメージではなく、どちらかといえば『子供の秘密基地』に近い物を感じた。

それでも私は息を殺してしまっていた。体と心に染み付いた恐怖は、そう簡単に私を解放してくれはしない。
そんななか、私は伏せられた写真立てを見つけた。
無言でひっくり返す。
そこには小さな霧切さんが笑顔で写っていた。


舞園「霧切さん…」

舞園「思い出を…置いていってしまったんですね…」

舞園「…あれ?何か紙が…」


『舞園さんへ。
几帳面な貴方なら、この手紙に気がつくと思っていた。写真立てがひっくり返されていて、気になったのでしょう』


舞園「き…霧切さん?!」


『もしもあなたがこの部屋で受けた苦痛を乗り越えるためにこの部屋に来たのだというのなら…無理はしなくていいわ。辛いなら今すぐに戻って。
トラウマはそう簡単に乗り越えられるものじゃない。
あなたのその心の傷は私の落ち度のせい。だからあなたはそれを後ろめたく思う必要なんてどこにもないの。無理をしないで。 霧切 響子』


舞園「霧切さん…何でもわかっちゃうんですね。凄いです…」

舞園「……この手紙は、持って帰りましょう」

舞園「…大丈夫。私は一人じゃない。大丈夫…」

舞園「さあ、掃除を始めましょう!」

……




舞園「…あっ、気がついたらもう夕方ですね。仕事をしてる人たちにご飯を持っていってあげる時間を過ぎてしまいました」

舞園「今日はひとまずこれくらいで帰りましょうか。明日もまた来ましょう」

舞園「…あ、そうだ。霧切さんの写真を持って行きましょう。こんなところに置いていったら埃が被ってしまいますし」

舞園「…そうですね、霧切さんの部屋がいいですね。持って行きましょう」

舞園「パスワードは『霧切響子』…」ガチャ

舞園「写真をもって……それじゃ部屋に戻……」


ガタンガチャガチャ


舞園「…あれ?」

ガタガタ

舞園「あれ?開かない?!」

舞園「え、うそ、うそ、なんで?!」

舞園「えい、えい!」

ガタガタ

舞園「そ、そんなっ!」

ブウン

舞園「…?!」

舞園「うそ…どうして真っ暗に…」

舞園「そんな…そんな!」

舞園「開けてください!誰か!開けて!」」

舞園「助けて、助けて助けて助けてっ!誰か助けて!開けて開けて開けて開けてえええええっ!」

舞園「いや、嫌いやいやいや嫌開けて開けて、開けて出して!出して…出して出して出して!」

舞園「誰かーーーーーっ!」




桑田「舞園っ!」

桑田「はあ、はあっ、」

桑田「バケツに箒…間違いねぇ、舞園が使ってるやつじゃねーか!あのアホマジで来てやがったのか?!」

桑田「……」

桑田「居ないってことは…まさか中か?」

桑田「おい、舞園!?」

桑田「鍵閉まってんな……パスワードは…『霧切 響子』」

桑田「…?!何で鍵開かねえんだ?」ガタガタ

桑田「……嘘だろ。マジかよ!」ガタガタ

桑田「パソコンは…駄目だアルターエゴに繋がらねえ!」

桑田「くっそ!おい!舞園!舞園!」

桑田「開けろよ!クソ、コノヤローッ!」

桑田「おい、舞園!無事か?!」

桑田「駄目だ聞こえねえ!」ガンガン

桑田「開けっつってんだろうがーっ!」




苗木部屋

石丸「はあはあ…僅か数十メートルをここまで命を賭けて走ることになるとは…」

セレス「ありました」

石丸「これが…脱出スイッチ?」

山田「さようでござる」

石丸「ほ、本物なのかこれは…おもちゃではないのか?というか何故苗木君が脱出スイッチなるものを持っているのだ」

セレス「そんなこと知りませんわ。取り敢えず押しますわよ」

石丸「ちょ!?」

セレス「ぽちり」

石丸「うわあああああ!押したああああ!」

山田「ダチョウ倶楽部をやる暇も与えない…!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


石丸「う、うわあああああ!何かが動いているううううう!」

セレス「うるさいですわ。無事に開いたようですから、迎えに行きますわよ。石丸君は不二咲君を」

石丸「何故そこまで冷静にいられるんだ!」

セレス「ギャンブラーの鉄面皮、この程度では揺らいでいては超高校級の名が泣くというものですわ。舐めてもらっちゃ困りますわね」

石丸「そういえばそうだったな…」

セレス「…そういえばとはどう意味でしょうか」

石丸「…いや、チャット中毒であったりなんだったりと…最近の君は何かと威厳が無く…」

セレス「それ以上無駄口を叩くまえにとっとと不二咲君を連れて来い……ですわ。でなければ機関銃の真正面に放り投げますわよ……」

石丸「よ、よし!行ってこよう!」

……




暗い
暗くて、音がなくて、寒い
無の中で、私は一人震えていた

舞園「苗木君…苗木君」

苗木君はここには居ない。
それでも助けを求めてしまう。
彼ならば奇跡を起こして来てくれるのではないか、と。
でもそんなことはありえない。彼は魔法使いではないのだから。
助けは、来ない。

舞園「ごめんなさい、ごめんなさい…」

霧切さんの手紙と写真を胸にだいてうずくまる。
音もない、光もない、誰もいない…そんな孤独が永遠に続いてしまいそうで何かに懇願した。
…私がここにいることに、気がついてくれる人はいるのだろうか。
もしかしたら見つけられずに見放されて、ここで死んでしまうのではないだろうか。そんな恐ろしい未来が頭をよぎる。

あんなことをしたからだろうか。
酷いことをしてたくさんの人を傷つけたから、だから罰が当たったんだろうか。
だとしたら私はここで一人で死ぬの?


…それは、嫌
怖い、暗い
誰か助けて
助けてたすけて

たすけて

「……!」



どのくらいか時間がたった頃、
突然、温度の違う空気が流れ込んできた。
温かいなにかが肩を掴んでそのままゆさゆさと乱暴に揺さぶられる。
思わずまぶたが開いた。
闇と闇の隙間から眩しい光が差し込んで、視界が眩んで滲んだ。
私の肩を掴んでいるのは誰?

「……!……!」

逆光で姿が見えない。
少しずつその影は私に近づいてくる。

舞園「助けに…来てくれたんですか、苗木君…」

「……!…!」

舞園「きゃ…」


立とうとしてバランスを崩してどさ、と相手ごと倒れこんだ。
頬に冷たい金属が触れる。…これは、

舞園「ピン…何でこんなに大きい安全ピンなんてここに……安全ピン?」

舞園「……」

舞園「…まさか、桑田、君ですか…」



光に目が慣れてようやく視線を上にあげれば、酷く焦った顔をした桑田君がそこにいた。
どうしてあなたがここにいるんですか?
どうしてそんなに…泣きそうな顔をしているんですか?

……


しばらく戸を叩いていたが、力技じゃ開けられないことに気がついて途方にくれていた。
アルターエゴにメッセージを送ろうとするも届かず、しまいにゃ

《パスワードをまた変えてみたよ!今度はわかるかな?みんなにとって一番大切なものだからすぐにわかると思うよ!》

無邪気な声でそう言った。
久々に殺意が湧いた。パソコンをブン殴ろうとしかけたが手が痛んだのでやめた。さっき散々扉殴ってたからな。

この異常事態の原因は間違いなくオレだ。
オレが何の考えもなくあのアルターエゴを起動して、持ち込んだせいだ。
あれを見つけたのがオレ以外だったならこんな事態にはならなかったはずだ。
何もできない焦りと、この事態を招いた後悔が積もっていく。



どれくらい経ったんだかもうわからねえ。
オレは相変わらず扉の前に座り込んでいた。できることがないからと、他の場所に行くことなんざ出来なかった。
中で、オレのせいで、メチャクチャに怖い思いをしてるやつがいる。
立ち直ろうと力を振り絞ったのに、それを踏みにじられているやつがいる。
それだけで、オレのちっせえ心は罪悪感で潰されそうだった。


恐怖を乗り越えることの困難さを、オレは身を持って知っている。
オレにそれを招いたのが奴だからって、因果応報だなんて笑うことはできねえ。
アイツはやることを見つけたんだ。見つけて、毎日頑張ってたんだ。
なのにまた初めからになるのか?
やめろよ。オレなんかよりずっと立派なのに、またへし折るのかよ。ふざけんじゃねえよ。


そんな時だった。あいつの声がパソコンから大音量で流れたのは。




『桑田君聞こえる?…ごめんね、僕のせいで。今…そこを開けるパスワードを調べるから。えっと…変更されたパスワードは…』



『希望』


アルターエゴだか不二咲だかどっちかわかんねぇ声を合図に隠し扉が開いた。足をもつれさせながらオレは飛び込んだ。
真っ暗で何もない部屋の中心に、あの時と同じようにうずくまって震えている舞園がいた。
想像していた通りの最悪の状況に、思わず駆け寄り舞園の肩を揺する。



舞園「ごめんなさい…ごめんなさい」

桑田「舞園!」

舞園「ごめんなさい…」

桑田「おい、出るぞ!起きろって!」

舞園「……」

桑田「くっそ!おい、立てって!」

舞園「苗木君…?」

桑田「間違ってんじゃねーよ!見てわかんねーのか?!見りゃわかんだろ!」

桑田「オレも何で泣きたくなってんだよアホか!」

桑田「もういい、とっとと出んぞ!」

舞園「きゃ…」

桑田「うおっ?!」


足元のバランスが崩れて二人で倒れる。
舞園の頭が鳩尾付近に叩き込まれて変な声が出た。
こっちは悶絶してるっつーのに舞園はのっそりと起き上がる。


舞園「………安全ピン?」

舞園「……まさか、桑田、君ですか…」

桑田「……気づくの遅えよ…」


泣きそうな顔と泣きそうな顔が鉢合って目と目が合った。そりゃもう久々に。

舞園が我に帰って目線を逸らす。それでも身体はオレの上。そんな状態で二人とも口を閉じた。
これからどうすりゃいいんだよこれ…

……


長い沈黙が続いた。
不意に舞園が話し出す。


舞園「どうして…ここに?」

桑田「別に…」


ぶっきらぼうに返す。
聞こえなくても言ってることはわかんのか舞園も黙る。
またしばらく沈黙が続いて、オレが耐えきれずに話した。


舞園「……」

桑田「…舞園こそ何でこんなとこに来てんだよ。避けてたんじゃねーのかよ」

舞園「…」

桑田「見てりゃ気がつくっつーの」

舞園「…ここを掃除してくれていたの、桑田君ですね」

桑田「……」

舞園「…黙ってちゃ、わかりませんよ」

桑田「……」

舞園「…どうして」

舞園「どうしてここに来てくれたんですか…」

桑田「……」

舞園「どうして私を助けに来てくれたんですか…どうして掃除なんてしてくれていたんですか…」

舞園「どうして桑田君を傷つけた私なんかのために…こんなことをしてくれたんですか…」

桑田「……」

桑田「答えたって、聞こえねーんだろ」

舞園「…?」


舞園が無言で俺の様子を伺っていた。
どうせ何も聞こえていないんだろうに、それでも聞こうとしているのが見てわかった。
それでも未だ目を合わせない舞園に若干苛立ちながらオレは言った。
そろそろ黙ってるのも限界だ。
どうせ聞こえてねーならぶちまけてやろう。どうせ、聞こえねえんだから。
好き放題言ってやる。


桑田「…そんなに聞きたいなら言ってやるよ」

桑田「…舞園。お前いつまで引っ張るつもりなんだよ」

桑田「もうよくね?江ノ島だってもうどっかに行っちまったんだし」

桑田「オレはもうどうでもいいんだよ、あんなこと。じゃなきゃ共同生活なんてできるわけねーし」

桑田「なのにオメーはいつまでたってもぐだぐだぐだぐだ、オレにどうして欲しいんだよ言えよ!」

桑田「これが男だったら…大和田とかだったらケンカふっかけて終わりなんだよ。それで終わるんだよ」

桑田「でも女相手にそんなことできねーし…」

桑田「……どうすりゃいいんだよ」

桑田「どうすりゃ、泣きながら歌うのとかやめてくれんだよ。もう辞めろよああいうの、卑怯だろ。歌いてえならそういえばいいじゃねーか」

桑田「オレは全く悪くないのに謝りたくなるだろ、マジでやめろ。見てるだけで泣きたくなんだよ」

桑田「もういいだろ…もうこれで終わりでいいだろ。いつまでひっぱんだよ。付き合わされる方の身にもなれって」

桑田「…マジでキツイんだよ…」

桑田「……」

舞園「……?」

桑田「…ほら、聞こえてねえじゃん。言ってやったのに」


あれだけふり絞ったっつーのに、何ひとつ伝わってねえ。
困った顔で首傾げやがって。昔のオレならかわいいなんて思ったんだろうけどな、もうそんなことは欠片も感じねえ。
憎しみすら湧いた。届かないというどうしようもない現実に。

震える声を無理やりに絞り出す。いいんだ、どうせ聞こえちゃいねーんだから。吐き出して終わっちまおう。それで最後でもういいや。


桑田「一生気がつかないんなら一生苦しんでりゃいいんだよ」

桑田「…何で泣きたくなんだよ、マジで。クソ…」

桑田「わかんねぇよ。何で聞こえねーんだよ!聞けよ!こんだけでけー声で言ってんだぞ!」

桑田「エスパーなんだろ!なんでもわかるんだろ!分かれよ!察しろよ!得意技なんだろうが!」

舞園「……ご、ごめ…」

舞園「……。」

桑田「…なんでそこで『ごめんなさい』っていっちまわねえんだよ!言って楽になれるんだったら言えばいいだろ!こっちはもうどうでもいいっつってんだろ!」

桑田「何でだよ!何で聞こえねーんだよ!伝われよ!」

桑田「ふざけんな…マジで…クソ」

桑田「江ノ島の野郎、何で舞園の耳なんて壊して行きやがったんだよ…マジふざけんな…」

桑田「くそ…」

舞園「……」

桑田「お前も泣きたきゃ泣けばいいのにバカじゃねーの…」

舞園「…ッ!」

桑田「責めてねーって…」

桑田「ここまですれ違うとマジ笑えてくんな…」






「うっ…ひっぐ、ううう…」




桑田「…は?」


なんか暑苦しくてすべての文字に濁点がついてるようなうめき声が部屋の入り口の方から聞こえた。
部屋の中の雰囲気とか何かとかが粉砕された気がして顔に集まっていた熱が一気に下がる。



「兄弟!口塞げ!聞こえちまう!」

「ず、ずまない…うぐ、しかし、桑田君と舞園君の苦しみを思うと…うぐぐ」

「もう口に手でも突っ込でしまえばいいでしょう。うるさいですわ」

「しかし口に手を入れると桑田君の言葉を写すことができない…」



桑田「…オレの言葉を写すことができない…?」

桑田「おい!そこにいんの誰だ!」

セレス「バレてしまいましたわ。石丸君のせいですわね」

石丸「す…すまない…ううう」

桑田「な…?!石丸?!」

石丸「桑田君…君の心からの言葉、僕たちが確かに受け止めた…」

桑田「はぁ?」

石丸「これから掲示板に君の言葉を載せよう。安心したまえ、機能は復帰している。これで舞園君にも君の言葉が届けられるぞ」

桑田「ちょ、おま…」

石丸「舞園君に届け…」

桑田「や、やめろおおおおおお」

石丸「うおっ?!」

桑田「よっしゃ消去!!」

石丸「なんてことを!」

桑田「はあ、はあ…死ぬかと思ったじゃねーか!」

セレス「桑田君」

桑田「んだよ!」

セレス「実はわたくしも桑田君の言葉を一字一句違わずにメモをとっていましたの…」

桑田「は……?」

セレス「送 信 済 み で す わ」

桑田「………」

セレス「送 信 済 み で す わ」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

ゆっくりとその言葉を理解して舞園の方を振り向く。
ぎぎぎ…と首が悲鳴をあげているかのような錯覚を起こしながら苦労して何とか舞園を視界にいれた。


桑田「…ま、舞園?」

舞園「……」



手帳を眺める舞園の目からでっかい雫がさらに膨らんで行く。
それが零れると同時に、オレは部屋から飛び出した。
セレスがすれ違いざまに呟いた。

「何のための機能だと?とっとと話さないでつまらない意地を張るからいらぬ恥をかくのですわ」

伝わらない言葉などありはしなかったというのに、そういってそれは上品に笑ってやがった。楽しそうにしやがってチクショー!







なんとか自室に駆け込んで鍵をかけた。
やらかした小っ恥ずかしい行為が走馬灯のように流れて行く。
それを振り払うようにオレは呻き声を上げた。

もういいオレは引きこもる。二度と外には出ねえ!





『桑田君、出てきたまえ。引きこもっても何にもならないぞ』

『先ほどは失礼しましたわ(笑)早くでてきたらどうですの?(雲散霧消)』


桑田「うるせえ!黙ってろこんのクソアホ共ォオオオオオ!つーか雲散霧消ってなんだよ!もう意味わかんねぇよ!」


アホアホアホアホアホ!アホ!あのアホ共!
マジでふざけてんじゃねえぞ!特にセレス!ブッ殺すぞ!




手帳にメッセージの通知が入る。
またアホかと思い電子音を立てて新しいメッセージを確認した。


『出て来てください』


桑田「………」


『もう逃げるのは、やめます』



…扉の向こうに、奴がいる。
厚い壁がそこにあるっつーのに、言葉は物理を無視して手元に届く。
うるさいくらいに鳴り響く通知音。
何故かそれが舞園の声のように聞こえて、とうとうオレは本気で頭を抱えていたー








長く凍りついていた時が流れ出す。
きっと季節よりも早く、僕たちに春は訪れるだろう。
花のような微笑みと、ふてくされた顔と共に。

一件落着な気がするけど、多分これからです
というわけで今日はここまでです

無事復活しましたがまだ書き終わっていないのでもう少しかかります

私はその日、いつも通りにゆっくりとベッドから起き上がった。
また今日が始まります。




情報処理室

不二咲「……、……」カタカタカタカタ

舞園「……」


不二咲君が酷い顔で作業を続けていました。
私が部屋に入っても気づいたような反応はありません。


舞園「不二咲君…大丈夫ですか?」

不二咲「……、……」

舞園「……」


話しかけても反応が無い。
これ以上無理をすれば危険なラインまできている、そう感じて私は無理やりに意識をこちらに向かせることにしました。


舞園「不二咲君!不二咲君!起きてください!」ユサユサ

不二咲「…、……」


肩を掴んで揺らして、ようやく不二咲君がこちらを向いてくれました。
改めて確認した顔色は酷いもので、間違い無くまともに寝ていないとわかるものでした。
そこから離れようとしない不二咲君を無理やり椅子から引き剥がして私は情報処理室を出ました。
不二咲君は何かを話しながら抵抗していましたが、途中で疲れてしまったのか無抵抗になりました。

舞園(い、いくら不二咲君が小柄といっても…私が運ぶのは難しいですね…)

舞園「…あっ大神さん」

大神「……、」

舞園「す、すいません!不二咲君を部屋に運んでもらえませんか?」

大神「……」コクリ


大神さんは無言で頷くと、不二咲君を抱き上げました。
既に不二咲君は気を失っていたようでなされるがままです。
大神さんは私についてこなくてもいいというジェスチャーをして、不二咲君の部屋へと向かって行きました。


舞園「まだ…大変な状況は続いているんですね」




あの後、私は桑田君の部屋に向かいました。
桑田君の発していた言葉の意味を知り、やっと向き合う覚悟を持つことができたからです。
でも数時間待っても桑田君はでてきませんでした。
それでも私は待ちました。それがしなければならないことだと思ったから。
さらに一時間たって、桑田君は出てきました。それで言った一言は…


桑田「まだ起きてたのかよ!寝ろよ!何時間起きてるつもりだっつーの!お前まで倒れたらどうすんだよ!オレがなんか言われんだろーが!」


本気で怒られてしまったので私は「おやすみなさい」と言って自分の部屋へ帰りました。それが、久しぶりの会話でした。

未だ私は迷っています。謝るべきなのかどうか。
桑田君の中であの事件が終わったことであるならば、「謝る」という行為はただ自分が納得したいが為だけの行為になってしまうのでしょうか。
だとすれば、私は謝る、という行為をするべきではないでしょう。
それでも、自分のケジメを何とかつけたいとは思っていますが。

…でもそれが求められるまでは、私は昨日と同じ今日を頑張ります。
頑張らないといけないんです。

石丸「…ふぅ」

舞園「大丈夫ですか?」

石丸「舞園君か!おはよう!」


石丸君が疲れた顔で立っていました。
不二咲君ほどではありませんが顔色が悪く、どう見ても疲れています。


舞園「…昨日はすいませんでした。心配をかけてしまって」

石丸「無事で何よりだった!」

舞園「ありがとうございます。…ところでアルターエゴは結局どうなったんですか…?」


アルターエゴの名を出すと、石丸君はすこし困った顔になりました。
悲しそうな、辛そうな…理不尽な何かに耐えるような表情です。


石丸「うむ。桑田君が見つけたアルターエゴなのだが…実は改造がなされていたようなのだ」

舞園「…改造?」

石丸「実のところ僕にもよくわからないのだが…」

石丸「…そうだな、不二咲君はこう言っていた。『アルターエゴが教育によって悪意を与えられた』ようなものだと」

舞園「…悪意ですか?」

石丸「…その、プログラムに悪意を教える…というのがよくわからなかったので説明ができないのだが…そんなもののようだ」

石丸「どうもあのアルターエゴは誰にでも簡単に操作ができるように制作されていたようだ。それが裏目に出てしまったらしい」

舞園「どうしてそんな簡単に扱えるようになっていたんでしょうか?危険ですよね」

石丸「最初から学園を管理する為のプログラムとして制作されたもののようだが…恐らくは不二咲君以外でも管理ができるようにされていたのだろう。仲間内での悪用を想定していなかったのか未完成だったのか…そこはわからないが」

舞園「…そうですか。あのアルターエゴはどうなるんですか?」

石丸「現在は完全にシステムとは切り離されて修復作業を行われている。時間はかかるが必ず直すと言っていた」

石丸「…その時の不二咲君は正直みていて辛かった。目を泣き腫らして…」

舞園「そうですか…だから不二咲君は寝ないで作業をしていたんですね」

石丸「またか?!流石に注意しなければ!」

舞園「大神さんが連れて行ってくれましたから!きっともう言ってくれていますよ」

石丸「むむ…心配だが…大神くんが言ってくれたならば大丈夫だろう」

舞園「今日は何かするんですか?」

石丸「うむ。君にも手伝ってもらえないだろうか」

舞園「私にですか?」

石丸「そうだ。各所の点検を改めて行いたいのたが…大丈夫だろうか?」


……




石丸「…もう昼だ」

舞園「……」

石丸「舞園くん、今日は助かった。あとは僕と兄弟とでやろう」

舞園「…いいんですか?」

石丸「流石にそろそろ起こしにいかなくてはならないからな。あとは僕たちで修繕などをできる限りやっておこう。何か気がついたことがあったら教えて欲しい」

舞園「わかりました。それじゃ、あとはお願いします」


そこで石丸君と離れて、私は不二咲君の部屋に行くことにしました。

不二咲部屋


不二咲「舞園さん、おかゆありがとう」

舞園「お口にあいましたか?」

不二咲「うん。おいしい」

舞園「…大丈夫ですか?しっかり寝ましたか?」

不二咲「…ごめんなさい。心配をかけちゃって…」

舞園「…もう謝らなくてもいいですよ。もうあんな無茶はしないでくださいね。私にできることがあれば手伝いますから」

不二咲「うん」

不二咲「……舞園さん」

舞園「はい」

不二咲「…怖い思い、させちゃってごめんなさい」

舞園「えっ?」

不二咲「あんなところに閉じ込められて…怖かったよね…辛かったよね…ひっく」

舞園「だ、大丈夫ですよ!怪我もしていませんし!」

不二咲「で、でも…僕のせいで石丸君は怪我しちゃうし、桑田君は手が腫れちゃったし…僕のせいで…」

舞園「それは違います!私たちだって不二咲君やアルターエゴに頼りきりでしたから…」

不二咲「……本当はね」

舞園「……」

不二咲「僕は最初からあの子が怪しいなって思ってたんだ」

舞園「えっ…」

不二咲「なんとなくの勘だったけど…ちょっとあやしいなって…」

舞園「……」

不二咲「でも僕自分の欲に負けちゃったんだ…」

舞園「負けた?」

不二咲「…成長した僕の技術…それに興味があったんだ。だから…止められなかった」

不二咲「事前に防げるタイミングはいくらでもあったのに…僕は止められなかった」

不二咲「それに僕の作ったものだから絶対に大丈夫っていう…驕りもあったんだ。…そのせいで、こんなことに…」

舞園「……」

不二咲「怒ってるよねぇ…そうだよね。…当然だよ…」

舞園「怒ってませんよ」

不二咲「……」

舞園「もう、泣かないでください。不二咲君は助けてくれたじゃないですか」

不二咲「それは…だって当たり前だよぉ…僕のせいなんだから」

舞園「大丈夫ですよ。みんな無事だったんですから」

不二咲「…ごめんなさい」

舞園「…はい」

不二咲「……アルターエゴにも謝らなきゃ。お兄ちゃんができて嬉しいっていってたのに…」

舞園「……」

不二咲「僕、ぬか喜びさせるようなことしちゃった…」

舞園「なら早く直してあげればいいんですよ」

不二咲「…でも」

舞園「……じゃあ聞きますね。不二咲君は今まで頑張りました。…それではこれからはどうしますか?」

不二咲「も、もちろん頑張るよ!」

舞園「ならもうそれでいいじゃないですか。答えは出てるんですから」

舞園「ほら、もう一度横になってください。泣くのって体力使うんですよ」

不二咲「…僕、頑張る」

舞園「はい。頑張ってください」

不二咲「……頑張る」

舞園(…もう、泣き言を言うわけにはいけませんね)




舞園部屋

舞園「さて…」

舞園「……あー、あー…」

舞園「…うまく発音はできてるんでしょうか…」

舞園「やっぱり確認してくれる人がいないと不安ですね」


自室での発声練習はいつの間にか日課になっていた。
耳が聞こえにくくなって一番に心配したことは声が出せなくなる事だった。
声が出せなくなれば話せなくなる、いざという時に存在を知らせる事ができなくなる。
それが怖くて、私は積極的に声を出すようにしていた。


舞園「あー、いー、うー、えー、おー!」

舞園「……うーん」

舞園「なら早く直してあげればいいんですよ」

不二咲「…でも」

舞園「……じゃあ聞きますね。不二咲君は今まで頑張りました。…それではこれからはどうしますか?」

不二咲「も、もちろん頑張るよ!」

舞園「ならもうそれでいいじゃないですか。答えは出てるんですから」

舞園「ほら、もう一度横になってください。泣くのって体力使うんですよ」

不二咲「…僕、頑張る」

舞園「はい。頑張ってください」

不二咲「……頑張る」

舞園(…もう、泣き言を言うわけにはいけませんね)




舞園部屋

舞園「さて…」

舞園「……あー、あー…」

舞園「…うまく発音はできてるんでしょうか…」

舞園「やっぱり確認してくれる人がいないと不安ですね」


自室での発声練習はいつの間にか日課になっていた。
耳が聞こえにくくなって一番に心配したことは声が出せなくなる事だった。
声が出せなくなれば話せなくなる、いざという時に存在を知らせる事ができなくなる。
それが怖くて、私は積極的に声を出すようにしていた。


舞園「あー、いー、うー、えー、おー!」

舞園「……うーん」

大神部屋

舞園「…いつもいつもすみません」

大神「…いや」

舞園「じゃあ、お願いします」

大神「うむ」

舞園「あー!……


……



舞園「…どうでしたか?声…出せてますか?」

大神『…しっかりと聞き取りやすい声を出せていた』

舞園「そうですか…よかった。それじゃあ失礼します」

大神『…舞園』

舞園「はい?」

大神『無理はするな』

舞園「…はい」

大神「…今日も、行くのか?あの場所へ…」

舞園「…?何か言いましたか?」

大神「……」フルフル

舞園「…?ありがとうございました」

大神「……我では、駄目なのだろうな。舞園の相手には我は大きすぎる」

大神「舞園が全力で遠慮なくぶつけられ…それを打ち返すことができる者…」

大神「…仕方があるまい。あやつを引っ張り出すしかないな…」


深夜


舞園「……」

舞園「やっぱりここは落ち着きますね」


夜、何となく「その日」がまた来たなと思った日は…桜の木の下に来てしまう。
すう…と息を吸って大きな声を出す。
喉は突然大声を出した事で掠れるほどなのに、聞こえる音はほんの少し。

…聞こえない。
何度感じても褪せないその絶望は、じわじわと私に染みていく。
…でも、負けるわけにはいかない。みんな、戦っているんだから。


舞園「明日の待ち合わせの場所…」

舞園「お風呂に入っててもそわそわ」

舞園「ドキドキとまんない…」

舞園「やっと…聞こ…えた、君の…」

舞園「君…の……」

舞園「君の…」

舞園「……、ふう」

舞園「また、最初からですね」


……



何度声を張り上げても、発声練習をしても
音程を気にしないように歌っても、どうしてもどうしても
そこで、止まってしまう…


舞園「君の…ッ」

舞園「……」

舞園「…歌え…ない」

舞園「歌えない!」

舞園「…う、くっ…」

舞園「聞こえませんよ…声なんて…」

舞園「聞こえないのにどう歌えばいいんですかっ!」

舞園「……」

舞園「……だめ、これじゃダメです」

舞園「もう一度最初から……そうだ曲を変えましょう。きっとこの曲だからダメなんですよね」


「……」

舞園「……?!誰ですか!」

『オレ』

舞園「あ……」

桑田『またやってんのか?』

舞園「桑田君……」

桑田『泣くくらい嫌なら止めりゃいいじゃん』

舞園「……」

桑田『なんでやめないわけ?』

舞園「……それは」

桑田「……」

桑田『泣きながら歌ってそれを繰り返して…可哀想な自分アピール?』

舞園「…なっ?!」

桑田「……」

桑田『見て欲しいのかよ?』

舞園「…なんで、そんな風に言うんですか」

桑田『見られたくねーなら誰もいないとこですんだろ。防音付きの個室があんのにわざわざ外に出てやってんだからそうなんじゃねーの?』

舞園「違います…私はただ…!」

桑田『見られたかったんだろ。頑張ってる自分を』

舞園「……いい加減にしてください!」

舞園「なんで、なんでそんなこというんですか!」

舞園「…私が、私がしたことなら何を言われたって構いません!でも…でも…!」

舞園「……っ」

いけない。
落ち着かないと。…落ち着け、おちついて。
私が桑田君を責めてもいい権利なんか無い。とにかく落ち着かないと。

舞園「……」


黙り込んだ私を見て、桑田君は手元の手帳を弄り…止めました。
そしてそれから何かを考えるように静止し、無言で立ち去って行きました。
突然の嵐が去り、私はただ佇んで…

ピピピ

舞園「……?」

桑田『なんで止まってんだよ!こっち来いよ!普通くんだろ馬鹿じゃねーの?!』


むっとして入口の方を向けば桑田君が半分こちらを向いていました。

舞園(言ってくれなきゃわからないじゃないですか…)

…音だけじゃ、分からないのに。



音楽室

桑田「……」

舞園「…なんですか、これ」

連れていかれた音楽室には、あの日あの部屋に詰め込まれていた沢山の黒い機械が並べられていました。
あの時の苦痛がふと蘇って、ズン…と頭の奥が痛む。

舞園「…まさか、あの時と同じことをするんですか…?」

桑田「………、……」

桑田『そうだけど』

舞園「……」

…報復。頭に浮かんだのはその二文字。
こちらに表情を見せずに黙々と作業をする背中からは、何も読めない。
何かを話している気配はあるのだけど、それはわからない。
どうしてですか、なんてとても聞けない。
考えて考えた結果、桑田君が出した答えはこれだったのでしょうか。
…それなら、受け入れるしかない。
どうせ、たいして聞こえない耳です。これ以上ダメになってもたいした差は無いでしょう。


舞園「いえ…それが桑田君にとって必要な行為なら、…受け入れます」

桑田「……?……、…」


桑田君が耳にヘッドホンをつけたまま、こちらに向きました。
その手には、きらきらと虹色に光るCD。

桑田『聞こえなかったら言えよ』

舞園「……」


CDが挿入され、それは始まりました。




桑田『…聞こえねえのか、聞こえるのか言えよ』

舞園「…聞こえません」

桑田『まだか?』

舞園「まだです」


嘘をつくのは簡単だった。
一言、「聞こえます、とても苦しいです」と苦しげな演技とともに言えばいいだけ。
だけどそれはしてはいけないこと。
桑田君の気が済むまで、私が苦痛を受けなければならないのだから。
音が迫り来る恐怖を抑え込みながら私はそこに立っていた。

桑田『まだ?』

舞園「まだです」

桑田『…流石に聞こえんだろ?』

舞園「……」

少し遠くから音の欠片が流れ込んでくる。
その音はどこかで聞いたことのあるようなメロディを奏でていた。


桑田「…、……?」

舞園「…まだ、遠いです」

桑田「……」

ヘッドホンをしていてもうるさいのか苦痛に顔を歪めながら桑田君はボリュームを上げて行った。
…そして、流れて来たのは思いもしないあの歌だった。


『モノクロームな恋が 二人を包んで』


舞園「……?!」

桑田『流石に聞こえるだろ』

舞園「…ど、どうしてこれを…」


まさか自分の歌で耳を無くせというのか。あまりのことに自分の耳を疑った。
前を見れば桑田君は真剣な顔つきをしていて、冗談でこの曲をかけているわけではないことは確かだった。

桑田『石丸が今日見つけたんだよ』

舞園「どうして…」


ひどい、酷い。
自分勝手な感情が溢れかえり涙となった。
それでも、抵抗することは許されない。私は、ここで責め苦を受けなければならないのだから。


『はっきりしてる 答えいって』


桑田「……?」

舞園「……?」


そして曲が終わり、再びイントロが流れ出す。
ふと前を見ると桑田君が怪訝な顔で私を見ていた。

桑田『歌わねえの?』

舞園「は?」

桑田『つか流石にお前が何言ってんのかわかんねえからチャットやれよ』

そう言われてあわててチャットに文字を入力した。


舞園『なんですか?』

桑田『いやなんですか?じゃねーだろ。人がわざわざ夜中に手伝ってやってんのになんだよその態度』

舞園(…手伝う?)

舞園『手伝うって何をですか?』

桑田『はあ?オメーは今まで何をしてたんだよ!?』

舞園「…?」

桑田「…?」

桑田『もしかして噛み合ってない?』

舞園「…?」

桑田『オレが何してると思った?』

舞園(……言っても、いいのでしょうか)

桑田『言えよ』

舞園『あの日のことをもう一度やろうとしたのかと…』

桑田「………?」

桑田「………?!」

桑田『ふざけんな!!人のこと何だと思ってんだよ!!!!オレのこと外道とでも思ってんのか?!』

舞園「すっ、すみません!」

桑田「…」ハァ


桑田君が力なく膝をついて深く深くため息をついた。
私はどうすることもできなくてそれを見守っていました。

曲が3ループ目に入るころ桑田君は立ちました。

桑田『ほれ歌えよ。何のために曲かけてると思ってんだよ』

舞園『どうしてですか?』

桑田『だからなんでそう返すんだよ!ひでー音痴だから音楽かけてやってんのにわかんねーのかよ!!!!』

桑田『お前が歌えるようになるための練習に付き合ってやってるって言ってんだよ!』

舞園『だからどうしてそんなことをしてくれるんですかと聞いてるんです!』

桑田『はあ?!あんだけ構ってちゃんしておいてそれはねーだろ!』

舞園『構ってちゃんってなんですか!私そんなことしてません!』

桑田『してんだろうが!これみよがしに泣きながら歌うような真似しといてそれはねーだろ!』

舞園『それは』

桑田『普通見られたくなきゃ個室でやるだろ!それをわざわざ外に出てやってんだから見られたかったんだろ!』

桑田『見つけて欲しかったんだろ!』

舞園「……!それ、は…」

桑田『それでどうされたかったんだよ!慰められたかったのか?歌の練習にでも付き合って欲しかったのか?聞いて欲しかったのか?』

桑田『お前がとっととそれを他の奴に直接言わなかったからオレに回ってきたんだろうが!』

桑田『オラ言えよ!オレがどうすりゃいいのか言えよ!』


まるで怒鳴っているように、高圧的な言葉が流れて行く。
それはまるで優しい言葉であるはずがないのに私は泣いていた。
どんな言葉にも表現できない混ざりきった感情が、何の色もついていない雫となって零れ落ちる。
抑えきれない泣き声が自分の歌声にかき消されて行く。
憧れだったアイドルと、過去の自分が重なった。胸がじわりと熱くなる。

…私、こうやってみんなに元気を与えてあげられていたんですね

気がつけば私は歌っていた。崩れた発声も音程も気にしないで。
観客はたった一人。
背中を向けて、ただ聞いてくれていた。


……


桑田『好きなだけ歌ってけよ。あと音は自分で切れよ』

舞園「……」


振り向くとそこにはもう桑田君は居なかった。
一人の部屋に歌は流れ続けていて、遠い日の私はひたすらに恋の歌を歌い続ける。ただ一人を思って。

舞園(あの頃も今も同じ叶わない恋を思い続けているけど)

舞園(その意味は全く違う…)


開いていたドアを閉めてピアノ椅子に腰掛ける。
目を閉じて、その音を静かに聞いていた。懐かしい音楽を呼び水におぼろげな記憶が次々と流れて行く。

舞園「そうですね…楽しいこと…たくさんありましたね…」


それは、忘れたくない、無くしたくない、大切なもの。
無くしてはいけない、大切なもの。

……



「………、………」

舞園「……?」

「………、」

舞園「…あれ…わたし」

「……」

舞園「…大…神さん?」

大神「……、」

舞園「…眠ってしまっていたんですね」

大神『舞園よ、もう皆が起きる時間だ。音楽ならば止めたぞ』

舞園「ごめんなさい…」

大神『何を夢見ていたのだ?』

舞園「えっ?」

大神『幸せそうな顔だった』

舞園「……楽しい夢を見たんです」

大神「……」

舞園「楽しい楽しい夢ですよ」

大神『うむ』

舞園「大神さん、私したいことができたんです」

大神『何だ?』

舞園「…笑いませんか?」

大神『笑わぬ』

舞園「…私、歌いたいんです」

舞園「あの桜が咲いたら…あの下で思いっきり歌いたいです」

大神「……」

舞園「今は、まだうまくできませんけど…」

大神『…皆、それを聞けば喜ぶだろう』

舞園「…そうだと、うれしいです」

大神「……」

大神「桑田よ、出て来ないのか」

「……」

大神「…不器用な男め」

舞園「どうかしましたか?」

大神『いや、……』

舞園「…?」

大神『舞園よ、…一度、我にも歌っては貰えぬか?』

舞園「まだ下手ですけど…聞いてくれますか?」

大神『…うむ』

「……」



……



石丸「おはよう、不二咲くん!まだ顔色が悪いな!」

不二咲「石丸君もだよぉ…お互いあんまり寝てないねぇ」

大和田「…よお」

石丸「兄弟!おはよう!」

大和田「…おう」

不二咲「久しぶりに朝に三人揃ったねえ」

石丸「そうだな!一緒に朝食を…お?」

大和田「どうした兄弟」

石丸「何か…こっちから聞こえたような」

不二咲「?」

石丸「音が近づいて…」


桑田「モノクロームな未来…いいえフルカラー…あ?」フンフーン


石丸「…やあ桑田くん!君も酷い顔色ではないか!はっはっはっは」

不二咲「今口ずさんでた歌ってもしかして舞園さんの歌?」

石丸「そうなのか?」

大和田「アレだ兄弟。桑田の奴が昨日見つけたCDのよお…」

石丸「ああ!あの!」

桑田「…!」ダッ

石丸「こら待ちたまえ!これから朝食会だぞ!桑田くん!」

舞園「あっ、おはようございます」

大神「起きていたか」

石丸「おはよう!二人とも。これから朝食なのだが二人はどうかね?」

舞園「…はい。お願いします」ニコ

石丸「…寝坊組のセレスくんと山田くんはともかく、先程桑田くんもいたのだが…これだけ揃っているのだ。せっかくだから呼…」

大神「…フフ。桑田は今はそっとしておけ」

石丸「…やはり疲れているのだろうか。クマが酷かったのだが…大神くんは何か知っているのか?」

大神「……」

舞園「どうしたんですかみなさん?ご飯は食べないんですか?」

石丸「…?大神くん、何故背中を押すのかね?」

大神「フ…気にするな」

石丸「?」

舞園「石丸君!せっかくだから皆で作りませんか?」

大神「舞園が呼んでいるぞ」

石丸「…あ、ああ。そうだな。たまにはいいかもしれないな」

舞園「はい!」


そうしてまた、今日が始まります。

お待たせしました
それでは以上です

○月○日
あの事件からもうどれくらいたったのか。穏やかな日々が続いている。
平和とは素晴らしいものだ。






セレス「フフフ…できましたわ」

セレス「これでやっと行動に移れるというものです」

セレス「幸い、お手伝いになってくれそうな方もできましたし」

セレス「作戦決行…ですわ」


……



不二咲「石丸くーん」

石丸「不二咲くん、どうしたのかね?」

不二咲「えっとねぇ、ちょっとシステムの改良をしたいんだけど…こんな感じに。いいかな?」

石丸「…ふむ。それをするとどうなるのかね」

不二咲「…それはねぇ、こんな風になる予定なんだけど…」

石丸「なるほど。これならば文句のある者などいないだろう。いいのではないか」

不二咲「そっか、じゃあやってみるよ」

石丸「頼むぞ!」

舞園「不二咲君ちょっといいですか?」

不二咲「どうしたの舞園さん?」

舞園「髪を切りたくないですか?」

不二咲「髪?」

石丸「そういえば…かなり伸びてしまっているな」

不二咲「本当だ。ずっと切ってないなぁ…」

舞園「よければ私が切りますよ?」

不二咲「えっ?」

石丸「できるのか?」

舞園「はい。下積み時代は自分でいろいろやってましたから」

不二咲「で…でもいいの?」

舞園「私が切ってもいいのなら切りますよ」

不二咲「じゃあ…お願いしようかなぁ」

舞園「…どうせですからすこし短くしてしまいませんか?」

不二咲「えっ?!」

舞園「あっ、短くって言っても石丸くんみたいのじゃないですよ!似合うくらいのショートくらいですよ!」

不二咲「え…えっと、……多分似合わないよぉ…」

舞園「そんなことありませんよ」

不二咲「で、でも…」

石丸「いいではないか!」

不二咲「えっ?」

石丸「きっと似合うはずだ!それに不二咲くんは男らしくなりたいのだろう!」

不二咲「う、うん…」

石丸「ならば形から入ってもいいのではないか?」

不二咲「……」

舞園「どうですか?」

不二咲「じゃあ…お願いしようかなぁ」

舞園「分かりました!」

不二咲「あっ、でももうちょっと後でもいいかな?すぐにやりたいことがあるから…」

舞園「いつでもいいですよ。好きな時に言ってくださいね」

不二咲「うん。ありがとう」




○月○日
不二咲くんと舞園くんが髪を切る約束をしていた。これが不二咲くんにいい影響を与えるといいと思う。
舞園くんも元気になって素晴らしいことだ。この調子で行きたい

……




翌日

大和田「おう!」

石丸「兄弟、おはよう!」

山田「珍しいですな。大和田紋土殿がこの時間とは」

大和田「おう!最近よ、あいつらが気になってよく眠れねえんだよ」

山田「あいつら?」

石丸「なんのことかね?心当たりが無いのだが」

大和田「鳥だよ鶏!」

山田「なるほど…そろそろ食べごろ…ということですか」

大和田「違ェ!」

石丸「そうだ。潰すには鶏の数が少なすぎる!」

大和田「そういうことじゃねえ」

石丸「何?!他に理由があるのか?!あれは食用だろう!」

大和田「いや…そりゃそうなんだがよ…」

セレス「…」

石丸「おはよう!セレスくんも今日は珍しく早いな!」

セレス「……石丸君」

石丸「何だ?」

セレス「突然ですが…大和田君の頭部についてどう思われますか?」

石丸「角刈りにするといいと思うぞ!」

大和田「?!」

山田「大和田紋土殿の角刈り…テラヤクザですね」

セレス「角刈りはともかく…あのトウモロコシは無い方がいいと思うというのは同感のようですわね」

石丸「そうだな!男らしく短くすればより男らしくなるだろう!」

大和田「……」

山田「言われ放題ですが」

大和田「…仕方ねえ…アレが兄弟だ…」

セレス「と、いうわけですわ」ガシッ

大和田「あ?」

セレス「わたくしの計画に加わってもらいますわよ…」ボソ

大和田「はあ?…っておい!」ズルズル

セレス「……女性に手があげられますの?」ボソボソ

大和田「テ…テメェ!」

石丸「セレスくん!兄弟を連れてどうするつもりなんだ!」

セレス「より男性らしくするために髪を切ってきますわ。幸い髪を切るのがうまい方を見つけましたので」

石丸「しかし兄弟は嫌がっているような…」

セレス「恥ずかしがっているのですわ。石丸君も承知でしょう?彼が素直で無いことは」

セレス「新しい自分を見せることにいまさら恥じらいを感じているのですわ。以前から髪を切ることは約束していたというのにこのように抵抗して…」

大和田「はあ?約束?!」

セレス「石丸君に彼の背中を押してもらえれば大変助かりますわ。やっていただけませんか?」

石丸「…そうか!」

大和田「そうか…じゃねーぞ兄弟?!」

石丸「やっと僕の話を理解してくれたのだな…」

大和田「お、おい!兄弟!」

石丸「いってらっしゃいだ兄弟!」

大和田「兄弟ー!助けー…」ズルズル


石丸「…兄弟がどんな風になるか楽しみだな山田君!」

山田(うわぁ…)

石丸「とうとう彼も日本男児らしくなる日が来るのだな…」

石丸「彼は中身こそ男らしいのだが…あの髪形だけは風紀的にどうかとは思っていたのだ!」

石丸「僕の思いを理解してくれて嬉しいぞ兄弟…」

山田「これはひどい」





○月○日
今日は兄弟が髪を切ったぞ。サッパリ…というにはまだ少し長いし、染めた髪の色は当然そのままだが以前よりさらに男らしくなったと思う!…元気がないように見えたがきっと恥ずかしがっているのだろう!


……


翌日

石丸「おはよう!」

大和田「…おう」

大神「うむ」

石丸「何の話をしていたのかね?」

大神「髪の話だ」

石丸「髪…ああ!兄弟が髪を切ってより男らしくなっただろう!」

大神「我も似合っていると言っているのだが…大和田がな」

大和田「……」

石丸「どうしたのだ兄弟?」

大和田「…いつか切るとは思ってたから切られちまったのは別にいいんだけどよ…やっぱ強制的にっつーのはよ…なんつーか…『失くした』気分になるっつーか」

石丸「……?まあ兄弟、すぐに慣れる!」

大和田「……」

桑田「ういーっす」

石丸「やあ桑田くん!おはよう」

桑田「うおっ?!大和田のモロコシがねえ!…収穫された?」

大和田「ああ?!」

桑田「いいかげんダセーと思ってたんだよ。今時リーゼントとかアリエねーにも程があんだろ」

大和田「……あんだと」

大神「やめぬか桑田」

石丸「そうだ!それに君のその髭も相当だろう!」

桑田「はあ?」

セレス「珍しく意見が合いますわね。わたくしも同意見ですわ」

石丸「うむ。やはりそう思うだろう」

セレス「イケメン気取りでその髭はありえませんわ。論外ですわね」

石丸「やはり伸びた髭は清潔感に欠ける!しかも髭まで染めて!似合ってないし老けて見える!」

桑田「なっ…!」

セレス「ここまで的確なことを言う石丸君は初めてですわね」

大神「…うむ」

桑田「うむって大神までかよ?!」

セレス「ここで提案しますわ。桑田君の髭を剃ってしまうというのはどうでしょう」

石丸「…いいな!」

桑田「…いいな!じゃねーだろ!勝手に決めんな!」

大和田「…いいんじゃねえか?いいかげんダセーと思ってたんだよ。今時あの髭はありえねえにも程があんだろ」

桑田「大和田も根に持ってんじゃねーって!」

大神「サッパリしてきたらどうだ桑田」

桑田「お…大神まで…」

セレス「それでは」ガシッ

桑田「あ?」

セレス「行きますわよ」ズルズル

桑田「あ、おい!セレス……って何縛ってんだよ!いつ縛ったんだよ!おい石丸!大和田!こいつ止めろ!」

石丸「サッパリしてきたまえー」

桑田「ああああああー!」



○月○日
今日は桑田君が髭を剃った。やはり髭はスッキリと剃ってしまったほうが清潔感があっていい!
桑田君の元気が無かったように思ったが兄弟と言い合っていたので気のせいだろう!


……



翌日

桑田「……」

大和田「……」

石丸「おはよう!」

桑田「…よぉ」

大和田「…おぅ」

石丸「どうしたのかね!元気がないぞ!」

桑田「はあ…」

石丸「…うむ!今日は剃ってきたようだな!」

桑田「仕方ねえじゃん…剃らねえと無精髭みてえでダセーし」

石丸「それが普通なのだぞ!毎日の身だしなみはキッチリすべきだ!」

桑田「あそこまで伸ばすのにどんだけかかったと思ってたんだよ…伸ばすまでがダセーのを必死で我慢してあそこまで伸ばしたっつーのに…」

石丸「はっはっは」

桑田「……もうなにも言えねえ」

大和田「もう仕方ねえだろ」

山田(やだ空気が死んでて混ざりにくい…)

大和田「そういやセレスの奴は何考えてんだ?髪の毛だの髭だのを剃ってよ」

石丸「見ていて不快だったのでは?」

桑田「不快ってお前…」

石丸「確かに人の目に触れることが減れば気が緩むことも多くなる!それが外見に出ていたのだろう?セレスくんはきっとそれが気になったのだ!」

桑田「ボロくそいいやがって…つーかセレスはそんなキャラでもなくね?」

セレス「……」

山田「噂をすれば…セレス殿、今日は何か…」

セレス「石丸君ですわ」

石丸「ははっ。僕に何か用かね」

セレス「一応服のサイズ的に一番相応しいのはあなたかと思いますので…」

石丸「…服?」

桑田「で?石丸の何を狩んだよ?」

石丸「狩る?!」

セレス「それはもちろん……その無駄に暑苦しい眉毛ですわ!!」

桑田「あーだよなー」

石丸「だよなーとはどういうことだ!僕の眉毛は手など入れていないぞ!」

セレス「だからですわ。暑苦しい」

石丸「それは間違っている!…う?」ガシッ

桑田「……」

石丸「…桑田…くん?」

桑田「どこに連れてきゃいいわけ?」

石丸「?!」

セレス「…昨日と同じ部屋に」

石丸「?!」

セレス「楽しみですわね」

石丸「くっ、どういうことだこれは!兄弟!助けてくれ!」ズルズル

大和田「……」

石丸「兄弟!」

大和田「…まあ、知らない自分になってみてもいいんじゃねえか」

石丸「……!!」ズルズル

山田(いしまるは めのまえが まっくらになった!)

大和田「すまねえ兄弟…」




彼女が最初に兄弟の髪の毛をもいだ時、僕は声を上げなかった
僕はリーゼントではなかったから

桑田くんの髭が刈り取られた時、僕は声を上げなかった
僕は彼の髭を無精髭だと思っていたから

彼女が山田くんを攻撃したとき僕は声を上げなかった
彼が喜んでいるように見えたから
というかいつもの風景だったから

そして彼女が僕の眉毛を毟ったとき
僕のために声を上げる者は、誰一人残っていなかった




とかなんとかどこかで聞いたような詩に似た何かが頭の中に流れ始めたところで、桑田くんとセレスくんの足が止まった。


セレス部屋

セレス「桑田君、少しわたくしの部屋に寄って頂きませんか」

桑田「は?」

セレス「少し忘れ物をしたので…」ガチャ

桑田「……何かすげーことになってんぞこいつの部屋」

石丸「何だあれは…棺桶か?一体なんのために…悪趣味な…」

桑田「お前も人にどうこう言えるセンスかよって感じの部屋だなおい…つーかこのイバラのハリボテはどっから持ってきたんだよ」

石丸「これは地下にあったものだな。本当に持ってきていたのか」

セレス「お待たせいたしました。服を取り忘れていたものですから」

石丸「…この部屋といい、服といい……君は一体どこを目指しているのかね」

セレス「魔女ですわ…それはそれは優雅な西洋の…」ウットリ

石丸「ここは東洋なのだが」

セレス「まあこの際、東洋の魔女でも構いませんわ。それくらいの妥協は必要なことくらいわかっています」

石丸「バレーボールの選手にでもなる気か君は」

桑田(アホかアホかと思ってたけどマジにアホだなこいつ)

セレス「……さて、行きますわよ」

石丸「?!くっ!誤魔化そうとしたが無理か!」

桑田「いつ誤魔化したつもりだったんだよ。できてねぇよ」

脱衣所

セレス「狩りの時間だ」

桑田「そしてお前はキャラが行方不明にも程があるだろ!」

石丸「離せうわああああああああ」

桑田「……もう知らね。帰るわオレ」

石丸「待ってくれ桑田くん!僕を一人にしないでくれえええええ!!」


……


椅子に座らされて目隠しをされた。
とうとう眉毛が毟られる瞬間が来てしまったのだとようやく実感した。
どんな風になってしまうのだろうか。
よもや風紀の乱れきった輩のような細く女々しい眉毛にされてしまうのだろうか。
チョベリバーとかブリバリだぜとか言わなければならないような格好にされてしまうのだろうか。ああ恐ろしい。



「じゃあセレスさん、私はあっちの方を切って来ますから何かあったら遠慮しないで聞きにきてください」

石丸(…舞園くんの声?)

セレス「…ええ。……さて、石丸くん。これからあなたの眉毛を見苦しくない程度に切りそろえますわ」

石丸「や、やめたまえ!こんなことをして何になる!君のお母さんもそう思っているぞ!」

セレス「うるせえですわ。猿轡をしますわよ。嫌なら口を閉じてくださいな」

石丸「うぐぐ」

セレス「やっと黙りましたわね。さて…始めますわ」





セレス「……なんということでしょう。切っても切っても終わりませんわ…」

石丸「ならばやめたまえ!こんなことをしても何の意味もないだろう!」

セレス「意味ならありますわ」

石丸「一体どんな意味があるというのだ!」

セレス「わたくしが納得するためですの」

石丸「納得?!どういう意味かね」ガタッチョキン

セレス「あっ」

石丸「…あっ?」

セレス「やべ」

石丸「や、やべ?!」

セレス「……」タタタ…

石丸「あっ、こら!どこへ行く!待ちたまえ!何をした!せめてこの目隠しを外してくれ!」

……



舞園「…ああ…これはやっちゃいましたね」

セレス「石丸君が急に動いたせいですわ。皮膚を切らなかっただけ喜ぶべきです」

石丸「一体何があったというのかね!いい加減言いたまえ!」

舞園「大丈夫ですよ。描けば誤魔化せますから。この濃さならきっとすぐに生えて来ますし」

石丸「描く…?」

舞園「あとは私がしますね。動いたら駄目ですよ。何か考えごとしてればすぐ済みますから、じっとしていてください。後で眉の描き方教えてあげますね」

石丸「……」


舞園くんの言葉に自身に起こった悲劇に気がついた。
その後、心なしかすーすーする眉の辺りに軽い絶望を覚えながらも僕はじっとしていた。
兄弟や桑田くんもこんな気持ちだったのだろうか…本当にすまないことをしてしまった。
しかし後悔先に立たず、後の祭り…最早僕は顔面の毛を毟られるのみであった。



石丸「……」

桑田「おっ!石丸が帰って……ぶっは!ほっそ!」

大神「…やめぬか桑……石丸、眉毛はどうした?!落としたのか?!細いぞ!」

山田「なんというか…眉毛細いと印象が変わりますな…ん?」

大和田「笑うんじゃねえ!…似合ってんじゃねえか兄弟!」

山田「石丸清多夏殿の右眉が変ですぞ」

大和田「何が変なんだよ」

山田「ものの見事に片眉ナッシング」

大和田「ぶはっ!」

桑田「よく見たらマジで片眉じゃねーか!セレスにでも落とされたのかよだっさ!」

大和田「だ、大丈夫だ兄弟!遠くから見りゃ眉毛を全部描いてるなんてわからねえ!」

石丸「笑うなり煮るなり好きにしたまえ。敗者はただ耐えるのみ……」

大和田「兄弟!」

石丸「最早僕は大切なものを失ってしまったのだ…」



セレス「全く…全滅ですわ…」

桑田「あ?」

大神「セレス…」

セレス「わかりきっていたことではありますが…こう実際に形にしてみて改めてがっくりですわね」

石丸「ひ、人の眉毛を好き放題しておいてどういう意味かね」

セレス「…可能な限りでわたくしは望みを叶えようとしたのです」

大神「望み?」

セレス「…イケメン執事…」

大和田「イケメン執事ィ?」

セレス「…そう、求めたのはわたくしの作った衣装の似合う執事!」

桑田「はぁ?」

セレス「しかし結果はこの通りですわ。各人の外見上の問題点を改善してはみましたが…素材が素材ですから無駄な足掻きだったわけですわね」

桑田「もう突っ込む言葉もねえわ」

石丸「まさしくやりたい放題だな…」

山田「…あのー…つかぬことをお聞きしますが」

セレス「なんでしょう?」

山田「僕は…何もされてないんですが」

セレス「衣装も入らねえ豚は論外だ!」

山田「ですよねー」

セレス「そして、絶望の果てにわたくしは一つの答えを出しましたの」

大神「答え…?」

セレス「…これですわ!」



セレス君が手元の手帳を弄って、そして手を出入り口の方へと向けた。
当然、皆の視線はそれに誘導されそこに向かう。
そこから現れたのは…


舞園「じゃ、じゃーん!」


髪を縛って奇怪な格好をした舞園くんだった。心なしか緊張している。

そしてこちらに向かって一礼をした舞園くんは衣装を見せつけるように回った。

真っ先に目にはいるのはその赤いマントだ。重そうな布地が回転に合わせてふわりと舞う。
布の端には黄色のびらびら…例えるならば体育館にあるカーテンの端によくくっついているアレがついていた。
…というかこのマントの生地はどこかで見覚えがあるような…


舞園くんは回り終わると静止し、マントを大きく翻して着ている服を見せつけるように立った。
マントの下は黒い軍服だった。シンプルながら生地はいいものを使って…い……る。


石丸「……」

舞園「みてください!この衣装、セレスさんが作ったんですよ!」

桑田「お、おー…すげー」

山田「うっほおおおお男装美少女おおお」

大神「よくできているな…」

大和田「…これがセレスの答えだぁ?どういう意味だ?」

セレス「要は妥協ですわ。わたくしの望みは完璧かつ外見麗しいイケメン執事でしたが、妥協して見目麗しい男装執事にしましたの」

大和田「言ってる意味がわからねえ…」

山田「ということは!百合!うっほおおおおおおお久々に萌え滾るううううう」

石丸「…まちたまえ」

セレス「なんでしょう?」

石丸「…舞園くんの着ているその服、激しく見覚えがあるのだが…」

桑田「見覚え…ハッ」

セレス「……」

石丸「もしやそれは僕の制服ではないかね?!」

セレス「いかにもですわ」

石丸「君かああああああ!あの時僕の服を盗んだのはあああああ!」

セレス「10着もあるとの話でしたので…お借りしました」

石丸「馬鹿か君は!何が借りただ!もう返せないだろうそれ!」

大和田「…?兄弟の制服って白だろ?なんで黒くなってんだ。どうやって染めたんだ?」

石丸「…確かに。どうやって染めたのだ?生地を染色するための道具などあったのかね」

セレス「聞いて驚くなですわ」

大和田「おう」

セレス「油性ペンで塗りました」

桑田「頑張ったなお前!?」

セレス「苦難の道でしたわ…まさかこのわたくしの手にペンだこができることになるとは」

石丸「ど…どういう神経をしているんだ君は!ふざけるんじゃない!」

セレス「……」

石丸「なんとか言ったらどうかね!というか下はどうした下は!舞園くんの衣装は備品のズボンのようだが、もちろんあるのだろうな!返したまえ!」

セレス「ええ、もちろん。ありますわ」

セレス「舞園さん、連れて来てください」


そうセレスくんに合図されると、それまで山田くんに向かってポーズを決めていた舞園くんは小走りで奥へ戻って行った。


石丸「…そういえばなぜ舞園くんはこんなことに協力をしているんだ…まともな神経をしていれば協力などしないだろうに…」

セレス「…まあ、適当に。みんなのためと言ったら一発ですわ。そこまで持って行くことに苦労しましたが」

石丸「…つまり彼女は善意か…本当に君は…」


セレスくんの一挙一動に何かが削られて行く。もはや怒りを通り越して呆れの域に入りかけていた。
いや、駄目だ。ここで注意しなければ彼女は調子にのってしまう。
気をしっかり持たなければ。




舞園「ほら、勇気を出してください」

「…う、うん」

舞園「みてください!ほら!」

不二咲「…ど、どうかなぁ…」


奥から不二咲くんがもじもじとしながら出てきた。
不二咲くんの髪はかなり短くなっており、苗木くんと同じくらいの長さになっていた。
服はカッターシャツにネクタイと…白い半ズボ…


石丸「ぼ、僕の制服ではないか!」

不二咲「ふえ?!」

舞園「みてください!不二咲君の雰囲気かわりましたよね?男の子らしく見えますよね!かっこいいですよ不二咲君!」

大和田「……お、おう」

大神「…不二咲、変わったな」

石丸「不二咲くん!きみ、その衣装はどうしたのかね?!」

不二咲「えっ?!も、もしかして駄目だったかな…」

セレス「そんなことありませんわ。石丸君は 『善意』 でこの服をわたくしに譲ってくれたのですから。だからわたくし不二咲君にあうよう調整しましたの」

不二咲「でも驚いてるよぉ」

セレス「ここで出てくると予想していなくて驚いてるだけですわ」

不二咲「ち、違うよ。きっと僕が似合ってないから…嫌がってるんだ」

石丸「…っ、……」

不二咲くんの瞳に大きな涙が溜まって行く。

だ、ダメだ駄目だ!ほだされてはならない!僕ははっきりと言わなければならないのだから。
セレスくんのしたことは窃盗であり、やってはいけないことで…
ここで…ここで言いくるめられてしまうのは…


不二咲「ごめんね石丸君。僕なんかが石丸君の服なんか着て…やっぱり女々しい僕なんかじゃ着る資格なんて…」

舞園(…い、石丸君!)ワタワタ

セレス「……」ジー

石丸「……く、うぐぐ……」

不二咲「……石丸君ごめんなさい」

石丸「うぐぐ…」

不二咲「ひっく…脱いでくるね。ごめんなさい…ひっく」

石丸「……」

石丸「……い、いや!脱がなくていい!」

不二咲「ふえ?」

石丸「脱がなくていいぞ!にあ、似合っているからな!」

不二咲「ほ、本当に?」

石丸「…も、モチロンだとも!」

不二咲「…嬉しい。よかったあ…」

舞園「あっ、泣いたせいでメイクが落ちてます!直しましょう!」パタパタ

不二咲「舞園さん?!待ってえ」パタパタ

石丸「は…ははは…はは」

石丸「こ……このッ……して…やられた…!」ガックリ

桑田(折れた…)

大和田「兄弟…」

石丸「何も…言わないでくれ」

大和田「ああ…」

セレス「それでは写真撮影をしますわ。山田君、カメラを」

舞園「不二咲君、涙を拭いてくださいね。写真を撮るんですから」

不二咲「恥ずかしいよぉ」

山田「ハーレムキタコレ」

桑田「一人男だけどな」

山田「むしろどんとこい」

桑田(うわあ…)


兄弟が無言で僕の背中を叩く。
きゃあきゃあと楽しげにしている女性陣を傍目に、僕は謎の敗北感に打ちひしがれていたー


次の日



舞園「似合いますか?」

大神「セレスの服か。似合っているぞ」

不二咲「大和田くんが学ラン貸してくれたんだぁ」

桑田「似合ってる…っていうにゃでけーな」

大和田「似合うように鍛えねえとな!」

山田「衣装交換流行してますな」

石丸「……全く、気が緩んでいる」

セレス「石丸君、これ着ます?ペンで塗ったせいで洗ったら色が落ちてしまいましたの。お返ししますわ」

石丸「…結構だ。自分で処理したまえ」

セレス「ところでまた制服を貸していただけませんか?改造がしやすいデザインでなかなか気に入りましたわ」

石丸「誰が貸すものか!どこまで自分勝手なのだ君は!」

セレス「わたくしはできる限りで欲を満たしているだけですわ。我慢は体の毒ですから」

怒りのあまりにぷるぷると震える僕を傍目に彼女は優雅にティーカップに入れた白湯を飲んでいた。



もしも次が、いや次があってはならないがしかし!次があるならば次こそはセレスくんには絶対に負けない!
笑い続けるセレス君の影で僕は静かに誓ったのであった。

好き勝手するセレスさんが好きなんです

そろそろ終盤です
次かそこらでこのアフターも終わる予定です

それでは今回は以上です

明日頑張って投下します

うっかり寝落ちしかけるとは
すぐやるんで

最終回行きます

それはセレス君が騒動を起こして数日
ようやく平和が訪れたと思い始めたまさにその日の朝だった。




『緊急連絡!緊急連絡!』

『みんな起きてぇ!メールが来たんだよ!』




遠慮ないAIによるモーニングコールが、騒ぎの始まりだった。


石丸「何事だ!」

不二咲「石丸君!今の聞いた?」

石丸「き…聞いたは聞いたが…起きているのは僕たちだけなのか?!」

大神「我もいる」

山田「拙者もいますぞ」

石丸「おお!山田くん!大神くん!」

山田「この僕が愛しのマイエンジェルアルたんの声を聞いて動かない訳がないじゃありませぬか」

石丸「…そ、そうか。それは頼もしい」

不二咲「みんなを起こさなきゃ!」

大神「うむ。女子は我に任せよ」

石丸「頼んだぞ大神くん!しかしアルターエゴがわざわざ僕たちを起こすとは…何が」

山田「アルたんはメールが来たと言っていましたが」

石丸「メール…?どういうことだ」

不二咲「もしかして…」

石丸「…ひとまずは兄弟たちを起こしに行こう。それが先決だ」




情報処理室前


舞園「…本当なんですか?!苗木君たちからメールが来たって!」

大神「苗木からとはまだ分かっておらぬ」

舞薗「でも絶対そうじゃないですか!」

桑田「何でそこまで断言できんだよ?まだ分かったわけじゃねえじゃん」

セレス「そうですわ。ここまで騒いでおいて迷惑メールでした…なんてこともあり得ましてよ?」

山田「それはさすがに総冷めしちゃうんでやめてほしい展開ですな…」

不二咲「アルターエゴはまだ中身を確認してないみたい。あと当然だけど差出人は不明」

石丸「遅くなったすまない!兄弟を連れてきたぞ!」

大和田「メールがなんだってんだよ!」

桑田「大和田テメー今までどこいt…くっさ!鳥臭ッ!藁臭ェ!こっちくんな!」

大和田「ああん?」

舞園「…なんですかこの臭いは?!ど、どこからですか?!」

不二咲「ま…舞園さん、後ろ…後ろだよぉ」

セレス「な…なんですの?!…臭ッ!汚物は失せろ!消毒だ!」

山田「…大和田紋土殿…まさかまた鳥小屋で一夜を…」

石丸「な…なんだ皆して兄弟を臭い臭いと!一番臭いに苦しんでいるのは兄弟なんだぞ!」

大和田「…そんなに臭ェのか俺…」

大神「…あれほど鳥小屋で過ごすなといっただろう、大和田よ」

大和田「仕方ねえだろ…あいつらがよォ…」

セレス「理由なんてどうでもかまいませんわ。とにかくこちらへ来ないでくださいませんか?」

舞園「石丸君!この異臭はなんですか!まさかこんなに臭う場所が…?どこですか!綺麗にします!」

不二咲「舞園さん…後ろだってばぁ…」





情報処理室


桑田「大和田までいれんのかよ…ここが鳥臭くなんねぇ?」

セレス「く…締め切られた窓がこれほど憎らしく感じる日がくるとは思いませんでしたわ」

大和田「……」

石丸「兄弟をイジメるのはやめたまえ!落ち込んでしまっているだろう!いじめよくない!」

不二咲「えっとぉ…いいかなぁ…」

舞園「静かにしてください!不二咲君が話せません!」

大神「舞園の言うとおりだ。不二咲が困っている。くだらぬ話は後にせぬか」

石丸「その通りだ!…ところで不二咲くん、そのメールに不審な点はあったか?」

不二咲「…まったく普通のメールだよ。開けても大丈夫だと思う」

石丸「それならメールを開いてみてくれないか」

不二咲「…いいの?」

舞園「…お願いします」

大神「開けてみなければ始まらぬ。頼む」

不二咲「…読み上げるね」


『連絡が遅くなってごめん、みんな。
 ボク達は元気だよ。もしも届いたのなら返事をお願い。後で画像でも送るね』


50字程度の、短いメールを震える声で不二咲くんが読み上げた。
他人に読まれることを警戒しているのか名前はどこにも書かれていなかった。
しかし名前など書かれていなくとも、それが誰が誰へ向けたメッセージなのかは明白なものだった。
しん…と静まり返る部屋に舞園くんの崩れ落ちる音だけが響く。



大神「舞園!」

舞薗「…すみません、大丈夫です」


その声は、潤んでいた。
舞園君は大神くんの手を借りると立ち上がり、パソコンの前へと進んだ。
そして愛おしげに画面を撫でる。


舞園「…これ、苗木君ですよね、そうなんですよね」

石丸「確証は無いが…」

舞園「絶対苗木君です!絶対そうです!」

大和田「…まあよ、アドレス持ってんのは苗木達だけだしよ、これが苗木ってのは確かなんだろうけどよ。何で名前が無えんだ?書かねえと相手もわかんねえだろ」

セレス「言うまでもないでしょう。別の誰かに読まれても大丈夫なようにですわ」

セレス「それほど危険な状態なのか、念には念を…ということなのかはわかりませんが」

舞園「きっと私たちを信じてくれたんですよ!名前なんて書かなくても分かってくれるって…苗木君」

山田「ところで、どうします?」

桑田「何をだよ」

山田「返すんですか?これ」

石丸「…メールの返事か。さてどうするか…」

舞園「送りましょう!すぐにでも!」

大神「内容はどうする?こちらも簡潔なものにするべきなのか」

セレス「そちらの方が安全ではあるでしょう」

大和田「それじゃ味気なくねえか?何も軍人同士の連絡じゃねえんだぞ」

不二咲「そうだよぉ。折角の機会なんだし…向こうのみんなにも僕たちは元気だよって安心してもらいたいなぁ」

石丸「それに向こうがいつまでもメールを受信できる状態にいられるかどうかもわからない。言いたいことを言ってしまうのも大切ではないのか」

セレス「しかし包み隠さず書き連ねた結果こちらの機密が漏れる…と言ったことがあればお粗末ではありませんこと?」

セレス「このメールも恐らくは機器を借りて送られたものであるはず。必ずしも彼らが最初に読んでくれるとは限りませんわ」

石丸「むむ…」

大和田「…他人に読まれて困るなんてことあんのか?別にただのメールを読まれても何ともねえんじゃねえのか?」

セレス「ですから読まれても平気な内容に限定して送るべきだと言っているのです。わからないのなら口を挟まないで頂けませんか?」

舞園「……そうだ送りましょう!」

不二咲「どうしたの舞園さん?」

舞園「写真ですよ!」

不二咲「写真?」

舞園「私たちの写真ですよ!苗木君たちに送るんです!」





石丸「写真か…」

桑田「何となくの雰囲気でそれに決まっちまったけど大丈夫なのかよ?」

石丸「まあ現在の僕たちの姿を見せることが一番彼らを安心させられるとは思うが……」

大和田「他人に読まれても大丈夫なようにとか言ってたのはどうなんだよ?いいのか?」

石丸「僕としてはその辺はあまり警戒はしていないのだが…そのだな」

大和田「んだよ兄弟歯切れ悪りぃな」

石丸「……彼らが今の僕たちを見たら…その、驚かせてしまうのではないかと思ってしまってだな」

大和田「……あー」

桑田「髪なし髭なし眉なし…」

石丸「不二咲君も髪を切ったしこうも様変わりしてしまうとだな…何事かと思われないかと…」

桑田「…別に良くね?」

石丸「よくないぞ!僕など眉が無いのだぞ!」

桑田「まあおもしれーじゃん?」

石丸「…できる範囲でなんとかするしかないか…」パコン

大和田「…兄弟、何だそれ」

石丸「……舞園くんに借りた、化粧道具だ。これで眉毛を整える」

桑田「ブッ……ぷっぷぷっ…くくくく」

石丸「…桑田くん、何か言いたいことがあるようだな?」

桑田「何でも…何でもねえって!」プルプル

石丸「……」ヌリヌリ

桑田「ぎゃはははっ!やめろ!やめろって!腹筋持たねえって!この絵面卑怯だって!」

石丸「……はあ」

大和田「慣れたもんだな」

石丸「彼女達のように繊細な調整は必要ないからな。見苦しく無い程度に適当に塗るだけだ」

石丸「しかしこの道具では以前の僕のような眉毛はかけないのだ。この様に風紀の乱れた細い眉毛にしか出来なくて困っている」

大和田「ゴリゴリ塗りゃその分減っちまうしな」

石丸「鏡を見るたびに眉の細さに驚いてしまうのだよ。無いよりはましなのだがどうしたものか。こんな眉では恥ずかしくて写真など写れるわけがない」

桑田「んじゃこれは?」

石丸「…それは?」

桑田「油性ペン」キュポッ




大神「舞園よ、何故この様なことを言いだしたのだ?」

舞園「何がですか?」

大神「写真のこと…髪のこと、その両方だ」

舞園「…ただの思いつきですよ」

大神「その割には強弁していたが」

舞園「本当に、思いつきなんです。言葉を連ねるよりもみんなが笑顔で写ってる写真を見てもらった方が早いかと思ったんです」

舞園「…私が、元気に楽しく過ごしてるってことを伝えたいんです。きっと苗木君も霧切さんも私のことを心配していると思うので」

大神「しかし…髪を切ることはないだろう」

舞園「……」

大神「突然髪を切った舞園の写真が送られて来ては二人も戸惑ってしまうのではないか?」

大神「女が髪を切る……その行為に度々込められる意味を知らぬわけではないだろう」

舞園「別に対した意味はありませんよ。ただの気分転換です」

大神「……」

舞園「これだけ長いと手入れも大変で…ここにはいいシャンプーもトリートメントもありませんし維持するのが大変なんです。だから痛む前に切ってしまおうとは思ってたんですよ」

大神「…それだけか?」

舞園「…それと、ちょっとだけ驚かせたい気持ちはありますよ」

大神「…驚くであろうな」

舞園「…だと思います。でもそれでいいんですよ」

大神「…?」

舞園「驚いてびっくりして早く帰ってくればいいんです。何があったんだー?!って」

大神「…先ほどと言っていることが違うぞ」クス

舞園「そこは複雑な乙女心です!…大神さんなら分かってくれますよね?」

大神「…そうだな」フッ

舞園「それじゃあお願いします!」

大神「…綺麗な髪だ。もったいない」

舞園「さあバッサリお願いします!」

大神「長さはどの位だ?」

舞園「お任せします。元気に見える長さでお願いします!」

大神「………」



スルリと髪に指が通された。
節くれ荒れた指は持ち主の心を表すように優しく髪をすくう。
やがて一房がその手のひらの中に収められ、ナイフが当てられた。

そしていともたやすく、髪はぷつりと断ち切られた




大神「一房、切れたが。どうするか?」

舞園「……ください」

大神「少し待て」ガサゴソ

大神「舞園よ、手を出せ」

舞園「…ありがとうございます」

大神「和紙で包んだ」

舞園「……」

大神「…続きは」

舞園「……お願いします」


束の根元を紐で縛られたそれは揺らすとさらさらと音をたてた。
長年手入れを欠かさなかった甲斐か、触り心地は良かった。

この髪はきっと、いろんなことを経験して来たんだろう。
恋も、失恋も、幸も不幸も、希望も、そして絶望も。
でもそれは私の中には無い。
引きずるべきでは無いと思った。
変わるべきだとも思った。
だから、切った。
今まで人生を共にしてきた、宝物ともいえる髪を切った。


ぱさりぱさりと静かに足元に髪が落ちて行く。
その音が右から左へ移動しきったころ、音が止まった。

大神「……切ったが」

舞園「……」

大神「…すまぬ。細かい調整は自分でやってくれぬか。うまくできる自信がない」

舞園「はい。ありがとうございます」

大神「…切ってしまったな」

舞園「…はい。スッキリしました」

大神「…どうだ?」


肩に手をあてると、そこには短くなった髪の先端があった。
頭を揺らすと一緒にゆらゆらと揺れる。
空気が首に当たる慣れない感覚に少しだけこそばゆくなった。


舞園「軽くなった感じです」

大神「そうだろう。これだけの髪を切ったのだ」

舞園「……」


足元に散乱した髪の毛に、ほんの少しだけ「切ってしまった」という切なさと喪失感が湧き上がった。
でもそれは悲しいことじゃない。
これから新しく積み上げて行くのだから。

失くした過去は取り戻せない。
だから、前に進む。欲しい物はきっとその先にあるから。


舞園「……」


いままで一緒にいてくれてありがとう。
…これからも、よろしくね

そう、静かに心の中で別れを告げた。
人生の友へと。




武道場

山田「ま、舞園さやか殿!?髪は、髪はどこへ?!」

舞園「切っちゃいました」

不二咲「き…切っちゃったって……どうして?」

舞園「切りたくなってしまって」

不二咲「な、何かあったの?辛いこととか……」

舞園「いいえ、本当に切りたくなっただけなんですよ?」

不二咲「ほ、本当?」

舞園「不二咲君の髪を切ってから切りたいなーとは思ってたんです」

不二咲「そうなの?」

舞園「はい」

セレス「……」

舞園「どうしましたか?」

セレス「いえ。あなたがそう言うのならばそうなのでしょう」

舞園「……」

セレス「それにしてもベタですわね。髪を切るなんて。今時フィクションでもしないことをよくやりますわ」

舞園「似合いませんか?」

セレス「お似合いですわ。いろんな意味で」

不二咲「?」

石丸「やあみんな待たせてすまな……う、うわあああああ!!舞園くん髪はどうしたのかね?!」

舞園「切りました」

石丸「何故だ!何があったんだ!辛いことがあるのなら誰にでもいいから相談したまえ!」

舞園「えっと……って石丸君こそその眉はどうしたんですか?!」

不二咲「…繋がってる?!」

桑田「両津風に仕上げてみた」

山田「なんというか…見事な両津眉ですなとしか」

大和田「…桑田が失敗しやがったんだよ」

舞園「なんで?!せっかく整えたのに……消えない?!」

桑田「ちなみに油性」

舞園「最低です!なんでそんなことをしたんですか桑田君!」

桑田「こっちはよかれと思ってしてやったんだよ!」

舞園「だからってこんなことにすることないじゃないですか!石丸君が可哀想です!」

石丸「二人ともやめたまえ!」

舞園「でも!」

石丸「してしまったものは仕方が無い。なので僕が写真を撮ろう。さあそこに皆で並びたまえ」

舞園「そんな…」

桑田「写らねえの?」

石丸「仕方が無いだろう。この様な顔ではふざけていると思われてしまう」

桑田「出オチ狙いで写れば?」

石丸「出オチとは何かね」

大和田「兄弟が写らねえってのはありえねえだろ」

不二咲「そうだよぉ!」

石丸「しかしだな…誰か一人はカメラを担当しなければならないのだが」

山田「いや僕がそもそも撮ろうと思ってたんですが」

石丸「そうなのか?では山田くんは写らないのかね?」

不二咲「ううん。山田君の写真も撮って合成しようと思ってたんだ」

石丸「そうなのか。それはどんな風に?」

不二咲「右上のあたりに…かな?」

セレス「卒業式の写真でよく見るアレですわね」

桑田「いんじゃね?」

大和田「山田は場所取るしな」

山田「ちょ、おま、ストップ!ストップですぞ!それは断固拒否!」

不二咲「えっと、右上ってそんな右上じゃなくって…大神さんの横あたりに合成しようと思ってたんだけど…」

桑田「めんどくせーじゃん。丸枠でいいって」

石丸「何故そんなにも丸枠が嫌なのかね山田くん。気にしなくてもいいんだぞ!」

山田「嫌に決まってるじゃないですか!扱いヒドス!」

不二咲「だ、大丈夫だよ山田君!ちゃんとするから!」

舞園「…全員写ってるっていうのも変じゃないですか?誰が撮ってるんだってなりませんか?」

山田「つまり写るなと?!」

不二咲「ねえみんな…だから僕が…」

舞園「じゃなくて二枚目に一人で…」

桑田「んなことする位なら右上に…」

石丸「やはりここは僕が…」

不二咲「……も、もー!」

大和田「ど、どうした不二咲?!」

不二咲「僕がちゃんとするからぁ!みんな喧嘩なんてしないでよぉ!」プンスコ

大神「…収拾がつかなくなるまえに皆並ばぬか。不二咲が何とかすると言っているのだ」

不二咲「僕がちゃんとするよぉ!」

石丸「そ、そうか。では山田くん頼む!」

山田「わかりましたぞ」

舞園「並びましょう桑田君」テクテク

桑田「……」テクテク

不二咲「みんな言うことわかってくれたんだねぇ」ホッ

大和田(不二咲……強くなりやがって…)




山田「もうちょっと右ですぞ」

セレス「これ以上は無理ですわ」

石丸「君がそのカツラを取ればスペースがかなり楽になるのだが」

セレス「カツラではなくウィッグと言いなさい。そしてわたくしの流儀としてそれは受け入れられませんわ」

石丸「しかしだな、このままでは大神くんが見切れてしまう」

大神「……」

セレス「……」

不二咲「……」ジー

セレス「……、」

不二咲「……」ジー

セレス「取ればいいのでしょう!取れば!」プチプチッ

石丸「どうしたのかね?!突然!」

レ「もう文句は無いはずですわ!」

不二咲「山田君、どうかなぁ」

山田「大和田紋土殿は少し左へ」

大和田「おう」

山田「OKですぞー」

石丸「それでは合図を頼む。舞園くんもわかるように頼むぞ!」

山田「わかりましたぞ!それでは3!」

不二咲「みんなぁ、笑ってね!」

山田「2!」

石丸「顔を引き締めたまえ桑田くん!」

桑田「写真撮る時くらい黙ってろ!」

山田「……」

舞園「…?山田君、どうしましたか?」

山田「……」


その時、山田くんの眼鏡の下から一筋の雫が零れた。
濡れた皮膚がライトの光を反射して光る。


石丸「どうした山田くん!大丈夫か!」ダッ

山田「……」

石丸「山田くん、座りたまえ。何があったのかね?」

山田「桜が…」

石丸「さくら?」

山田「桜が咲いた気がして…」

石丸「…?」

山田「咲いた気がしたのです」

石丸「桜は咲いていないぞ」

山田「ここで、花見をしたのです」

石丸「……」

山田「綺麗な桜が咲いていました…」

石丸「……そうか」

山田「……」

石丸「……」

石丸「僕が写真は…」

山田「僕が撮りますぞ!」

石丸「……」

山田「僕が一番ぶー子のカメラを使えるんです!」

石丸「大丈夫かね?」

山田「当然ですな!」

石丸「そうか…ならば頼むぞ山田くん!」

山田「それでは行きますぞー!」

石丸「いいぞ!」

不二咲「うん!」

山田「1+1はー?」



『にぃー!』



パシャ、という小さな音と控えめなフラッシュが時を切り抜く。


山田くんの画像の合成が終了してから、メールで送ることを決め、その日は解散した。



深夜

情報処理室


石丸「…まさかと思ってきてみれば…やはりまだ作業をしていたか」

石丸(作業しているのは夜型の山田くんであるから不二咲くんのように倒れるということは無いだろうが…やはり夜更かしはよくないな。注意しよう)


当初は不二咲くんが画像の修正を行おうとしていたのだが、山田くんが

山田『コラ画像なら作り慣れてるんで拙者がやっておきますねデュフフ』

確かに絵を書き慣れていて、かつ体力のある山田くんの方が作業を任せられると思ったため僕たちは彼に任せることにした。

そのため、今彼は情報処理室に一人でいるはずなのだが…


山田「……、……」

「……、……」

山田「……、……」


石丸(…誰かいるのか?)


一人しかいないはずの情報処理室から会話が聞こえ、僕は立ち止まった。
よもや眠気のあまり存在しない何者かと会話でもしているのでは無いかと思い耳をすませて中の様子を伺った。

山田「……アルたん」

アル『どうしたの山田くん?』

石丸(……そうかアルターエゴか)

山田「……」

アル『……どうしたの?』

山田「時々無性に悲しくなる時があるのです」

アル『…どうして?辛いことがあったの?』

山田「今日、写真を撮った時…思い出してしまったのです」

アル『何を?』

山田「…昔のことを」

石丸(……)

アル『昔……もしかしてみんなが記憶を失うまえのことかな?山田君だけ思い出したんだよねぇ』

山田「そうなのです…未だ思い出したのは僕だけで…」

アル『でも舞園さんも思い出したって聞いたよ?』

山田「話を聞きに行ったのですが駄目でした…ごく一部しか思い出してはおらず…」

アル『そうなんだ…残念だね』

山田「時々思ってしまうのです」

山田「本当は僕は一人なのではないのかと……このまま一生誰とも思い出話すら出来ずに死んでしまうのではないのかと」

山田「あの日々は実は妄想で本当は存在していなかったのではないかと思ってしまう日すらあります」

アル『……』

山田「…あの日々を忘れないこと。それが僕に課せられた使命であるということは理解してはいるんですが…」

山田「しかし存在すらもおぼろげな過去を一人で抱え続けるということがこれ程までに辛いとは…」

山田「誰に語りかけてもわからないと謝られ、一人で思い出に浸り」

山田「日々絶望に染まっていく世界の悪夢を見てもその恐怖を理解してくれる人すらいない…」

山田「感情を共有することが出来ないのです」

山田「仕方の無いことではあるのですが…あまりに孤独で…」

石丸(……)


孤独。
ただ一人過去を知るという孤独。
それは僕たちの喪失感とはまた違う苦痛なのだろう。
いくら僕たちが彼を慰めたとしてもその痛みが癒えることはない。
彼がその孤独を訴えたとしてもそれを真に理解することは僕たちにはできない。

それを仕方が無いと理解しているからこそ、どうしようもない無力感に襲われる。

超高校級の絶望が残して行った傷跡は深く、消えることはない。

山田「ふ……ふおおおおおおおっ」

石丸「くっ……!」


山田くんの号泣する声が胸を刺した。
理解することができない、理解してもらえない…その谷は埋めることができないのだ。
歩み寄ろうにも橋がなくては近づけず、
いくら縄を投げようとも届かなければ意味がない。
僕は闇に落ちていく縄を見つめてただ無力感に支配されるだけだ。

二つの涙は混じることすらなくただ乾いていく。



『泣かないで」




石丸「……君は」

不二咲「泣かないで石丸君」

石丸「不二咲くん、どうしてここに……」

不二咲「心配になって…来て見たら石丸君が泣いてたから…」

石丸「……」

不二咲「山田君…」



アル『泣かないで山田君』

山田「アルたん」

アル『ねぇ、これを見て欲しいんだ』

山田「これは…あのノートパソコンの!」

アル『うん。どこにも無いと思ってたんだけど見つけたんだ。ご主人タマの写真』

山田「……」

アル『もっとがんばってもっと見つけるから…いろんな写真とか見ればきっとみんなも思い出してくれるとおもうんだ』

アル『そしたら山田君も一人じゃ無くなるよね』

山田「アルたん…」

アル『僕もっとお話を聞きたいんだ。山田君、僕になら何でも話してくれていいよぉ』

アル『僕絶対に忘れないから』

アル『だからいつでもお話に来てねぇ』

山田「う……うわあああああアルたあああああん』

アル『泣かないでぇ……山田君お願い』

山田「アルたん…アルたんがそう言うなら…涙を拭きましょう!」

アル『ありがとぉ。がんばって写真完成させようね。僕も頑張るから』

山田「早く終わらせてアルたんとお話タイムですぞおおおおお!」



石丸「…よかった。大丈夫そうだ」

不二咲「…うん」

石丸「さ、寝たまえ。この間のように倒れては大変だからな!」

不二咲「……いつか」

石丸「……」

不二咲「いつか一緒に思い出話をしてあげられる日ってくると思う?」

石丸「……わからない」

不二咲「……」

石丸「だが、諦めてはいけない」

不二咲「…うん」

石丸「そのうち、山田くんに話を聞こうではないか」

不二咲「うん」

石丸「話せるだけ話してもらえばいい。何か思い出せるかもしれない」

不二咲「うん、そうだね」

石丸「…さあ、ここは彼に任せ僕たちは帰ろう」

不二咲「…頑張ってね、二人とも」


そっと不二咲君が持ってきていた夜食を置いた。
そして静かに二人で去った。
背中に楽しげな声を聞きながら。




翌日

情報処理室


山田「不二咲千尋殿!昨日の夜食は助かりましたぞー!」

不二咲「えへへ。どういたしまして」

桑田「んで、写真は?」

石丸「おお凄いぞ!存在しないはずの山田くんが!」

大神「その言い方だとまるで山田がこの世におらぬようだな」

大和田「どうやりゃここまで自然になんだ…?」

セレス「…まあ、こんなものでしょう」

舞園「凄いですね」

石丸「さて…ではそろそろだが」

大和田「やっとメールか」

舞園「石丸君、お願いします」

石丸「…僕でいいのかね」

不二咲「うん。僕もお願いするよぉ」

桑田「やれば?」

山田「拙者は久々に疲れたので…」

セレス「面倒ごとは御免ですわね」

大神「うむ。頼む」

石丸「…では、僕が代表して」


カタカタと我ながらもぎこちなく感じる指使いで文字を打ち込んでいく。
傍からわいわいと口を挟んでくる兄弟や桑田くん、舞園くんとあーだこーだと悩みながらしばらく、メールは完成した。

悩んだ時間の割に短いが、その分一字一字に思いが込められている。
誤字脱字が無いか確認、アドレスに間違いは無いか確認。画像はしっかりしているか確認。
やがて確認することもなくなり、残すは送信ボタンだけ。

どきどきと胸が鳴る。
部屋中から感じる視線に緊張が高まった。
一度振り返ると、そこには不安の混じった笑顔が並んでいた。
息を吸い、そして吐く。


石丸「送るぞ!」


決意は大きく、しかしながら行う動作は小さい。
決意を込めて人差し指を動かせばカチリと小気味いい音が鳴った。
送信中の文字が表示され、数秒。


『送信が完了しました』


弾けるような歓声が、響き渡った。


どうか君に、届きますように。


そして季節はめぐり、時は経ち







Epilogue「夏の終わりに」








石丸「やあ、おはよう。よく眠れたかね」

「おはよう石丸クン」

石丸「…む、顔色がよくないではないか!寝たのかね?!」

「実はキミにもらったノートを読んでたら寝れなくなっちゃって…」

石丸「駄目では無いか!帰ったばかりで疲れが溜まっているのだぞ!」

「大丈夫だよ。心配しないで」

石丸「…ならばいいのだが。何かあればすぐに言いたまえ!今日の主役は君たちなのだからな!」

「うん。わかった。それよりもさ…」

石丸「何かね?」

「貰ったノート、全部読んだんだけど最後のあれ…何?」

石丸「…ああ!すばらしい言葉だろう!」

「ちょっと恥ずかしいから消して欲しいんだけど…」

石丸「何故だ?胸を張ればいいではないか!」

「恥ずかしいよ…」

「おはよう」

石丸「やあ、おはよう!よく眠れたかね?」

「残念ながら舞園さんが寝かせてくれなかったわ。朝起きたら居なかったけど」

石丸「なんだと!それは注意しなければ」

「いいの。私も楽しかったから」

「霧切さんもクマができてるね」

霧切「ええ。あなたもね」

石丸「しかし残念だな。君たち二人しか帰ってこれなかったとは」

「ボクたちが逆にちょっと無理して早く帰ってきたんだよね。他のみんなも少し遅れてだけど必ず来るよ」

石丸「そうか」

「ところで石丸クン。ボクたちをどこへ連れていくの?」

石丸「秘密だ!」





石丸「もうすぐたぞ」

「ねえ石丸クン」

石丸「ん?」

「いろんなことがあったんだね」

石丸「…ああ。いろんなことがあった」

「読んでてボクも楽しかったよ。安心した」

石丸「…まさかあれを読んだだけで僕たちの過ごした日々をわかったつもりになっていないだろうな?」

「まさか」

石丸「まだまだたくさんあるんだぞ。一冊じゃなくてたくさんだ!」

「うわぁ…読みきれるかな…ボク」

石丸「それにまだそれにも書ききれないことがたくさんあったんだ!」

「…そうなんだ」

石丸「書いても書いても書ききれないくらいだぞ!」

「……」

石丸「…覚えているかね?」

「…何を?」

石丸「君があの時言った言葉だ」

「『会ったら夜通し話そう』?」

石丸「…そうだ」

「あはは…今日も眠れないのかな」

石丸「一晩では到底足りないぞ」

石丸「たくさん君に話したいことがあるのだからな!苗木くん!ずっと楽しみにしていたんだ!」

苗木「うん。約束したからね…」

石丸「…ついた」

苗木「……」


武道場の前に着いた。
この扉の向こうには、息を潜めてボク達を待つ皆がいる。
閉じられた扉の横には何かを我慢し切れていない表情の石丸クンがいた。
ああ、きっと今日のドッキリパーティを楽しみにしてたんだろうなあ。ボクたちを驚かせるために頑張ったんだろうね。
でもゴメンね、それは成功しないんだ。だって…



今日はキミのためのパーティなんだから。



キミが話したくてしかたなく思ってる話だって実はかなりの数を舞園さんたちから聞いちゃってる。
毎日大量に送られてくるメールで、皆の生活ぶりはだいたい知ってたんだ。
もちろん聞いた話が全てだなんて思ってないけど。

ある時、ここに帰ってこれる目処がついてそれを舞園さんに話したらドンドン話は盛り上がって行っちゃって、気がついたらこんなことになってた。
大変だったんだよ。機関に話をつけて無理やり君の誕生日に合わせて帰ってきたり、こんな世界でクラッカー人数分手にいれたりするの。


でもどうしてもしてあげたかった。
あの時のキミの涙が忘れられなかったから。
自分が空っぽだと嘆き泣くキミの胸を少しでも埋めてあげたかった。

もうキミの胸が大切なもので一杯で、溢れてしまいそうなくらいなのはわかってる。でもボクにもやらせて欲しい。もう一つだけ宝物に加えて欲しい。


苗木「約束したからね」

石丸「ん?」

苗木「……楽しみだね」

石丸「な、なんのことだね?!」

霧切「…ふふ」


約束したから。失くしてしまったものを一緒に積み上げるって。必ず、取り戻すって。


石丸「開けないのかね?」

苗木「キミに開けて欲しいな」

石丸「なっ、何故だ!こ、ここは苗木くんが開ける場面ではないのかね?!」

苗木「キミが開けてよ」


石丸クンは腑に落ちない表情でドアノブに手をかけた。
カチャリと捻られ、開くまであと5秒。
4、3、2……1



開ききるその瞬間、ボク達はクラッカーを思いっきり引いた。
祝砲が弾ける景気のいい音が耳を貫き、火薬の匂いが鼻を燻る。

季節外れの桜吹雪と色とりどりの花吹雪がキミの真っ白な衣装を彩っていった。


……みんなで息を揃えて、ズレちゃだめだよ






『誕生日おめでとう!石丸君!』





○月○日
この日誌に使っているノートもそろそろ終わりだ。新しいノートを卸さなければならないな。

ページを捲り、思い返せば様々なことがあった。
読み返すとつい笑ってしまう。
それだけ、楽しい日々を送っているということだな。

まるで楽しいことしか無かったかのように見えるが、実はそうじゃないこともたくさんあった。

どんなにがんばっていても未来に対し、つかみどころの無い恐怖に襲われ折れてしまいそうになってしまう日は確かにあるものだ。
しかし僕たちは負けるわけにはいかない。

そうだ、僕たちは前に進みたいのだ。
今日を、明日を生きて行きたいから。

どんなに過去が素晴らしくてもそれは所詮過去だ。
傷ついた心を慰めこそすれど、そこから生まれるものは何も無い。

だから、前に進みたい。
どんなに恐ろしくても今日を生き切りたい。

……いや、言葉ばかりを連ねるのはもうやめよう。
決意は心にとどめておけばいいのだから。


最後に、素晴らしい人物の残した言葉を記して締めとしよう。
皆の心に刻まれた、この言葉を僕は決して忘れない。







希望は前に進む。

今日を生きたいと願う限り、必ずそこに希望はある
だからー僕たちは前へ進むんだ。






おしまい

おしまいです



なんとかここまで来れましたよ
石丸の誕生日だいっちまえと特攻をしてはや半年
まさか無事に終わらせられるとは思ってませんでした
ついでにここまで時間がかかることも


ここまできてどうやって締めればいいのかわからないんですが
取り敢えず質問とかツッコミとかあったらどうぞ。答えます

次の予定は無いです
ネタを完全に使い切ってしまって空っぽなので

でも考えているネタはあるので何処かで見かけたらまたよろしくお願いします
ただSSに向いてないうえ紛れもない鬱だからSS速報ではやらないと思うけど

感想レスが無ければ終わらせることはできませんでした
こんな長いスレに付き合ってくれた人たちもお疲れ様でした

少ししたらHTML化依頼を出そうと思います
それでは

あと苗木君の答えについては秘密です
個人的な想像はしてるけどそれはあくまで私の妄想ということで

お好きな答えをどうぞ!

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年01月09日 (木) 02:13:18   ID: x0qqYvU3

このss最強だなぁ
見てるだけで幸せそうでにやけてくる

2 :  SS好きの774さん   2014年03月02日 (日) 11:24:42   ID: Q4WMLJLm

これはいい桑田と舞園。
死亡メンバーのこういうシーンが見られるのはやっぱすごい嬉しいわ

3 :  SS好きの774さん   2014年05月28日 (水) 20:10:55   ID: 0aavaLFm

涙腺緩んだ
これはヤバイもちろん良い意味で

4 :  SS好きの774さん   2014年09月03日 (水) 04:36:37   ID: c9cj3ViR

今まで色々見てきたけどここまで感動したのはなかった
キャラを大切にしてくれているのが伝わってきて本当によかった
桑田が好きなので桑田が沢山出たのも嬉しかった
本当にこの作品に出会えてよかったです

5 :  SS好きの774さん   2014年12月23日 (火) 08:52:14   ID: 3i4pCmRv

これは本当に感動した。
まじもんで涙がすごい。
作者さんお疲れ様でした。
次回作に期待!

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