ハンジ「泊めてくれない?」(34)

※リヴァハン

時刻は午後10時。
もうすぐで1日が終わる、その時間に。

旧調査兵団のとある一室が、激しくノックされていた。

そのノック音は静寂の中、よく響く。
当然ながら、よく訓練されている兵士達はその音に異常を感じ、一体何事かと各々の部屋から顔を出した。

そして、何が起こっているか確認した一同は、出てしまったことをひどく後悔した。

なぜならば。

ノックをしていた人物は、調査兵団きっての変人と言われている、ハンジだったからだ。

因みに、ノックされていた部屋はリヴァイの部屋だった。

ハンジは、一斉に顔を出した兵士達──通称リヴァイ班の面々にニッコリと笑いかける。

ハンジ「こんばんは、良い夜だね!」

すかさず、リヴァイが返す。

リヴァイ「ああ、お前が来なければな」

だが、リヴァイの毒舌にすっかり慣れているハンジには、そんな言葉はどこ吹く風だ。
笑みを絶やさぬまま、「それがさぁ」と明るい口調で言った。

ハンジ「部屋の鍵なくしちゃって。だから、泊め」

リヴァイ「断る」

ハンジが言い終わる前にキッパリと答え、リヴァイは部屋の扉を閉めてしまった。

ハンジ「……」

さて、リヴァイが駄目となると、次に標的になるのはリヴァイ班の中の誰かだ。
一同に緊張が走る。

それに気付かずか、くるり、と、ハンジが振り向く。
最初に標的になったのは、やはりというか、ペトラだった。

ハンジ「ペートーラちゃんっ」

ペトラ「ひっ……」

ハンジ「一晩だけでいいから、ね、泊めてくれない? 女同士で積もる話もあるし」

笑みを顔に張り付け、ジリジリと距離を縮めていく。
その様子は、奇行種を彷彿とさせた。

ペトラはハンジが近付いてくる度にビクビクと肩を震わせていたが、完全に距離を詰められる前に、慌ててドアを閉めた。

ペトラ「わ、私! 明日の朝食当番で、早起きしないといけないので!!」

ドアを隔てて、ペトラが叫ぶように言った。

その言葉を聞き、衝撃を受けたのはハンジ……ではなくグンタだった。

何を隠そう、本当の食事当番はグンタだったのだから。
彼は、もしも自分がハンジに目を付けられた時に「食事当番なので」と言って逃げるつもりだったのだ。

だが、ペトラが先に言ってしまった為に、その言い訳は使えなくなってしまった。
仮に言ってみたとしても、「ペトラが当番なんでしょ? 嘘はよくないよ」と一蹴されてしまうだろう。

ペトラを恨めしく思いながら、しかし嘘をついてまで逃げたい気持ちはよく分かるという思いも抱きながら、グンタは確実にハンジから逃れられる言い訳を探していた。

しかし、現実はいつだって無情だ。

グンタが言い訳を思い付く前に、ハンジが彼の方に振り返ったのだ。

ハンジ「グンタ、君なら泊めてくれるよね」

グンタ「うっ……」

ハンジ「泊めてくれるよね」

ジリ、ジリ、と。
ゆっくりと、しかし確実にハンジは近付いてくる。

グンタは頭をフル回転させる。
この場から上手く逃れられる方法は何か。
良い言い訳はないものか。

──と、必死で考えた結果。

グンタ「嫁入り前の女性が男の部屋に泊まるのはどうかと思います!!」

そんな、普段ならば絶対に言わないような言葉を言って、扉を閉めたのだった。

さて、グンタの言葉を聞いたエルドは、『思ってもないことを言うな』と心の中で毒づきつつ、この場から上手く離脱する方法を考えていた。

使おうと思っていた食事当番の言い訳はペトラに先に使われてしまった。

グンタのようなフェミニストよろしくな言葉も、二度目となれば「私は気にしないから」とでも言われて通用しないだろう。

では、何か。
ハンジも納得せざるを得ないような言い訳は、逃げ道は、ないだろうか。

と、考えを巡らせようとしたエルドだったのだが。

現実はどこまでも残酷だった。

ハンジ「エルド、君はどう? 因みにグンタみたいに心配してくれなくてもいいよ。私は気にしないから」

エルド「ぐっ……」

ハンジ「泊めてよ」

どうする。
何かないか。
何でもいい、何か……逃げ道を。

そこまで考えたとき、ふと、ある事実が頭に浮かんだ。
これを使わない手はない、と、エルドはハンジに向かって言い放った。

エルド「恋人がいるので! 分隊長が気にしなくても、俺が気にします!」

それは、ハンジも納得せざるを得ない中々の言い訳だった。
エルドは恋人に深く感謝をしながら扉を閉めた。

最後に残されたオルオは、絶望していた。

食事当番の言い訳はペトラに使われ、女が男の部屋に……という言い訳は既に「気にしない」と言われてしまった。
かといって、恋人もいないのでその類いの言い訳は使えない。

この状況、八方塞がりだ。

ここで、いくらオルオが拒否してみたところで、ハンジは大人しく引き下がるような人ではない。
むしろ、ぐいぐいと押してくるだろう。

オルオは覚悟した。
今から朝まで、ハンジの研究の経過という名の巨人語りを聞かされるであろうことを。
もう、今夜は眠れないであろうことを。


──くるり。


ハンジが、振り向いた。

ハンジ「やあ、オルオ。やっぱり最後は君に頼ることになったね」

オルオ「う」

ハンジ「泊めてくれたら、お礼に今までの研究の成果を教えてあげるから」

それが嫌なんだよ! だから皆逃げたんだよ!
オルオは心の中で叫んだ。

だが、ハンジがオルオの心中など知るはずがない。
ニコニコと笑いながら、ジリジリと近寄ってくる。

ハンジ「そんなに怯えないでよ、大丈夫。熱い夜を過ごそうじゃ」

と、ハンジが言いかけた時だ。
突然に固く閉ざされていたはずのリヴァイの部屋のドアが開いた。

そして、いつにも増して不機嫌そうなリヴァイが出てきて、ハンジの首根っこを掴んだ。

急な出来事にオルオが呆気に取られているうちに、ハンジはズルズルと引きずられながら、リヴァイの部屋へと入っていったのだった。

残されたオルオは、暫しリヴァイの部屋のドアを見つめた。

そして、深く息を吐き出しながらポツンと呟いた。


オルオ「助かった……」

それは、心の底からホッとしている……そんな声だった。


部屋に戻ったリヴァイはハンジから手を離し、睨むようにして見下ろした。
だが、やはりハンジはどこ吹く風だ。

ハンジ「結局、リヴァイが泊めてくれるの? いやぁ、ありがとう!」

リヴァイ「勘違いすんな。あのまま騒がれたら寝るに寝れねぇからだ」

ハンジ「そんなこと言って、本当は照れてんじゃないの? ん?」

リヴァイ「そうか、そんなに閉め出されてぇか」

ハンジ「まさか、そんなわけないよ」

先程のように首根っこを掴もうと手を伸ばしたリヴァイだが、ハンジはそれを軽々と避ける。

リヴァイは軽く舌打ちをしたが、諦めたのか、それとも閉め出すというのは冗談だったのか、それ以上は何もしなかった。

──さて、ここで困ることといえば、二人の眠る場所だ。

部屋にあるベッドは、当然ながらシングルベッドが1つだけだ。

他に眠れる場所といえば、ソファーがある。
しかしこのソファー、寝具として利用するには手狭である。
子供ならばまだしも、大の大人が寝ようとすると体を縮こまらせなければならない。
寝心地は言うまでもなく最悪だ。

リヴァイとしては、もちろんベッドで眠りたい。

しかし、そうすると、ハンジをソファーで眠らせることになる。
いくら押し掛けてきた迷惑な客とはいえ、ハンジは女だ。
そんなところで眠らせるわけにはいかない、と、リヴァイは考えた。

リヴァイ「……チッ」

舌打ちをして、リヴァイはベッドの上に綺麗に畳んである毛布を手に取った。

リヴァイ「ベッドはテメェに譲ってやる」

ハンジ「えっ?」

リヴァイの言葉に、ハンジは目を丸くした。
ハンジはハンジで、ソファーで眠るつもりだったのだ。

ハンジ「私がソファーで寝るから、あなたがベッドで寝なよ」

そう言って、リヴァイの手から毛布を奪い取り、ソファーへ向かおうとする。
が、リヴァイも引かない。

毛布を奪い返し、ハンジの背中をぐいぐいと押してベッドの方まで移動させ、そして自分はソファーへ向かった。

ここで大人しくベッドを使わせてもらえばいいというのに、ハンジも引かなかった。

ソファーへ駆け寄り、リヴァイよりも早くその身を滑り込ませたのである。

リヴァイ「おい」

ハンジ「あ、悪いけど毛布だけ貸してくれる?」

リヴァイ「ふざけんな。大人しくベッドでも使ってろ」

ハンジ「それはリヴァイが使いなよ」

そう言いながら、ハンジはリヴァイが持っている毛布を奪い取ろうとした。
しかし、今度こそは取られまいと、リヴァイは抵抗する。

毛布の引っ張り合いが始まった。
因みに、二人とも真顔である。

リヴァイ「人の厚意には素直に甘えろ、クソメガネ」

ハンジ「泊めてくれるだけで十分感謝してるよ」

リヴァイ「こんな粗末なソファーでなんて寝にくいだろうが」

ハンジ「だったら尚更リヴァイにはベッドで寝てもらわないとね。いい加減、諦めてベッドに行ったら?」

ハンジの思いやりに溢れた暴言に、リヴァイもまた優しさに満ちた暴言を返そうとした時だ。

ビリッと、してはならない音がした。
毛布からだ。

リヴァイ「……」

ハンジ「あ」

毛布は。
綺麗に、半分に破れていた。

よく鍛え上げられた兵士達が引っ張り合えば、しかもその片方が人類最強と呼ばれる男ならば、毛布が破れてしまうのも無理はないかもしれない。

さて、破れた毛布を見ながら、二人は悩んだ。
使えないことはないが、非常に使いづらいだろう。

例えば半分を上半身に、もう半分を下半身に掛けて使ってみたとする。
恐らく、眠っているうちにずれてしまう。


ただでさえ眠りにくいソファーに、破れた毛布。


それらを見ながら、たっぷりと数十秒、二人は沈黙した。
互いに、どうすればいいのか考えているのだ。

──そして。先に沈黙を破ったのは、ハンジの方だった。

ハンジ「あのさ、リヴァイ」

リヴァイ「あ?」

ハンジ「一緒に寝る?」



シングルベッドに、リヴァイとハンジは並んで横になっていた。

さすがに大の大人が二人で並んでいると、非常に狭い。
寝返りひとつ打つだけでも一苦労だ。
変に動こうとすると、相手の体に当たってしまう。

当然ながら、こんな状態で眠れるはずもなく。
二人は、黙って天井を見上げていた。


──その沈黙を破ったのは、またしてもハンジだった。

ハンジ「あのさ、さっき聞きそびれたんだけど」

リヴァイ「何だ」

ハンジ「どうして泊めてくれる気になったの? 最初は拒否してたのに」

リヴァイ「……さっきも言ったじゃねぇか。騒がれたら寝れねぇからだ」

ハンジ「……そっか」

リヴァイ「そういうお前は」

ハンジ「ん?」

リヴァイ「何でここに来た? 部下にも頼れたはずじゃねぇか」

ハンジ「……鍵をなくしたことに気付いた場所が、ここに近かったからだよ」

リヴァイ「……そうか」


──その、互いの言葉が嘘だということに、リヴァイもハンジも薄々ではあるが気付いていた。

だが、気付いていながら何も言わなかったのは、過度な期待を持ちたくなかったからだ。


リヴァイ「……。もう寝る」

ハンジ「うん、おやすみ」

本当は少しも眠くないのだが、何となくこの微妙な空気に堪えきれなくなり、リヴァイは目を閉じたのだった

目を閉じてから、どれだけの時間が経過しただろうか。
眠気は一向に訪れてくれない。

こうなったら羊でも数えてみるか、と、リヴァイが考えていた時だ。

隣のハンジが動く気配がした。
どうやら、起き上がったようだ。

トイレか、と思ったリヴァイだったが、そこから動こうとしていないため、違うらしい。

ここはリヴァイも起き上がるべきか、と悩んでいると、「リヴァイ」と名前を呼ばれた。
もちろん、ハンジにだ。

ハンジ「もう寝た? 寝たよね?」

わくわく!
以前にリヴァハンの喧嘩にオルオが巻き込まれる話書いてた方ですか?

>>24
はい

起きている、とは言わない方がよさそうだ。
そう判断したリヴァイは、目を閉じ、眠っているふりを決め込むことにした。

さて、リヴァイが完全に眠っていると思ったハンジは、言葉を続けた。

ハンジ「ここに来た理由ね、さっきの嘘なんだ。鍵をなくしたっていうのは本当だけど」

ハンジの手が、そっとリヴァイの髪を撫でる。

ハンジ「一番の理由はリヴァイに会いたかったんだ。……こんなこと言うといつも会ってんだろって言われそうだけど」

ふふ、と小さく笑いながら、ハンジは暫くの間、リヴァイの髪を撫で続けていた。

撫で続けて、満足したのだろうか。
ハンジの手が離れていく。

ハンジ「私も寝るよ、おやすみ」

そう言って横になったハンジは、数分もしないうちに寝息をたて始めた。


今度は、リヴァイが起き上がる番だった。

すやすやと気持ち良さそうに眠っているハンジの顔を見つめる。

リヴァイ「……俺に会いたかったというのは、どういう意味で、だ」

当然ながら、リヴァイの問いかけに答える声はない。

リヴァイ「……俺がお前を泊めようと思ったのは、お前を男の部屋に泊めたくなかったからだ。お前にその気がなくてもな」

ハンジの頬に手を添える。
柔らかな感触に、リヴァイの胸に優しい何かが広がっていく。

気が付けば、唇が自然と言葉を紡いでいた。


リヴァイ「……ハンジ、」


リヴァイ「俺は、」


リヴァイ「お前が」

──その夜は、リヴァイにとって随分と寝苦しい夜だった。


しかし、不思議なことにさほど不快に思わなかったのは、


寝苦しさの原因が、ハンジだったからかもしれない。

短いけど終わり
転載は恥ずかしすぎるのでご遠慮ください

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年02月23日 (日) 22:09:18   ID: O_icyuHy

このssマジ面白いですよー!(^o^)v 続き、書いてほしいけど……嫌なんだね……残念です(T-T)

2 :  SS好きの774さん   2014年02月23日 (日) 22:10:30   ID: O_icyuHy

気が向いたら書いてほしいです。m(__)m

3 :  SS好きの774さん   2014年10月28日 (火) 21:59:33   ID: 1yRd4_j5

続き書いてもいいんだよ?

4 :  SS好きの774さん   2017年11月07日 (火) 21:46:03   ID: gDqkwMSU

つ、続きが気になって仕方ない!

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