やよい「猫がいる夢」 (23)

 

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 今日も 髪をキュっと結んで

 鏡を見て笑う──……

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猫がいる夢を見ました。
小さい猫や大きな猫、生まれたばかりの子猫……
そんな、たくさんの猫に囲まれて生活している夢です。

その猫たちは、私のことをとても好きでいてくれて、
私が家に帰ってくる度に走って迎えにきてくれたり、
寒い冬の日には、私に抱きついてきたり……、

そして、時にはケンカもしちゃうけど、
私も、そんな猫たちのことが、大好きでした。


P「……」


……プロデューサー。


P「ん?」


目を覚ましたら、猫たちはいなくなっていたんです。
夢が終わった私のそばには、猫なんて、一匹もいませんでした。


P「……そうだね。やよいの家では、実際に猫を飼っているわけじゃないから」


……私は、そのことが、とてもさみしかったんです。

 

 

P「猫たちを愛していたから?」


はい。
でも、何が一番悲しいかっていうと、
さみし『かった』、って、今の私がそう感じていること……。

目を覚まして、そのときだけはさみしいと感じていたけど、
今の私は、それほどその夢のことをはっきりと覚えているわけじゃありません。
猫の身体の柔らかさも、ぬくもりも、騒がしさも、全部は夢だったから。


夢が終わって、顔を洗って、
お母さんが作ってくれていた朝ごはんをひとりで食べて、
ゆっくりと身支度をして……。


そうして時間が経つうちに、
その夢の猫たちのあたたかさも、猫たちが与えてくれた心のあたたかさも、私は忘れてしまいました。

当たり前のことですけど、今の現実の私にとっては、
そのあたたかさがない生活こそが、
ありふれてなにもない日々こそが、日常だったんです。

私は、そのことが、とても悲しいかなって……。


P「……」


……ごめんなさい。余計な話をしちゃって。


P「……いや、いいんだ」

 

 

P「……それで」


はい。さっきの話ですね。


P「うん。事務所を辞めるっていうのは、本気か?」


……はい。


P「……、何か不満があるなら、言ってくれ。
 やよいはようやく人気も出てきて、ファンも増えて、これからっていうときなのに」


……。

 

 

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 にぎやか はしゃぐ声

 ほら もう今日が始まってる──……

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P「給料とか、事務所のメンバーの態度とか、
 どんな小さなことでも言って欲しい。最大限善処するから」


……不満なんて、ありません。

今の私はまだ大人気のアイドルってわけじゃないけど、
私のお父さんもお母さんもちゃんと働いているから、
これまで頂いたお給料だけでも、使い切れないほどたくさん残っているんです。

事務所の他のメンバーも、
春香さんはいつも笑顔でお菓子をくれるし、伊織ちゃんは優しいし、
響さんは太陽みたいに明るいし、千早さんの歌はステキだし……

他にも、みんなみんな……
こんな、なんのとりえもない私に、とっても良くしてくれます。

だから私は、本当に、765プロダクションのみなさんのことが、大好きなんですよ。


P「……じゃあ、どうして」


……ホントのことを言うと、自分でもはっきりとはわからないんです。


P「わからない?」


はい。
辞めるって決めたのも、今朝、夢から目を覚ましたとき……。


 

 

きっと、夢の中の私は、
猫たちがいるから、アイドルを続けられていたんだと思います。

もちろん、他の女の子たちの多くが考えるように、
私にとっても、アイドルになるということは小さな頃から思い描いてきた夢のひとつでした。

私は本当に普通の女の子ですから、
輝いたステージに立って、ステキな歌を歌って、ファン達を笑顔にする……
そういう存在になりたいなって、なんとなく考えることもありました。

……でも、夢が叶って、本当にアイドルになったとき、
私は、それを続けていくことがとても難しいことなんだって知りました。


P「……」


……夢の中では、猫たちがいるという幸せが、
ひとりじゃないっていう幸せが、私を強くしてくれていた。
守りたい、大切なものがあるから、私は頑張れた。

猫たちの生活を守るため、
猫たちを笑顔にするため……。

……でも、今の私には、それがありません。
夢の中の私みたいな、『私だけの理由』が、なかったんです。

 

 

目を覚まして、猫がいないことに気付いて、
私は、考えちゃったんです。
「今の現実の私は、どうしてアイドルをやっているんだろう?」って……。


毎日つらいレッスンをして、お仕事のために色んなところに飛び回って、
学校の友達と遊ぶ時間もなくなって、
睡眠時間も、お母さんやお父さんと過ごす時間も、
だんだん少なくなってきて……。


こうまでして頑張って、私は何が欲しいんだろうって、
それが、わからなくなっちゃったんです。

何がしたいんだろう、って……。


P「……考え直しては、もらえないか?
 アイドルを続けていく理由、今ははっきりとわからなくても、
 いつかきっと──……」


……。


P「……、そうか。……残念だ」


……ごめんなさい。


P「謝ることはないさ。やよいのモチベーションを保てなかったのは、俺の責任でもある。
 やよいはやよいなりに、精一杯頑張ってくれたんだから」

 

 

P「……やよいと過ごしてきた日々、俺はすきだったよ」


えへへ、ありがとうございます。
そんな風に言ってくれて、私、とっても……嬉しいです。


P「……」


……あの、プロデューサー。最後にひとつ、お願いしてもいいですか?


P「お願い? なんだ、言ってみてくれ」


……それは──……



──────
────
──


 


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 弟に 世話をやいては
 身支度するのも 慣れて

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 妹が 手を振る
 風が 髪を通り抜ける──……

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──────
────
──


わーわー……



『……会場に集まってくれたみなさん。
今日は、私のラストライブのために、ここまできてくれて、本当にありがとうございます』

『今日までの日々を……、なんとか過ごせたのは、きっと……
ファンのみなさんの声援があったおかげで……わ、私、は……』

『──……っ! う、うぅ……』



……



『……えへへ、ダメですね。わ、たしが……決めたことなんだから、
最後まで、ちゃんと……』

『……えっと、アンコールは、実はさっきの曲で終わりなんです』



ざわ……



『「キラメキラリ」、「スマイル体操」、「ゲンキトリッパー」、
「おはよう!!朝ごはん」、「Slapp Happy!!!」、そして、「GO MY WAY!!」……』

『私の歌は、私が大好きな歌は、もう、全部出し切っちゃいましたから、
皆さんが知っている歌は、もう……ないんです』

 

 

『……でも、最後の最後に、もうひとつだけ』


『私は、今日のライブ中、本当に……、ずっと、幸せでした』

『小さな会場だっていうこともあるけど、だからこそ皆さんとの距離がすっごく短くて、
目の前にはオレンジの海があって、私のことを応援してくれる声も、この耳で聞こえて……』

『わ、私は……、今日でアイドルをやめて、普通の女の子に戻るのに……!』

『そんな……、なにもできない、なんのとりえもない、私のために……』



<何もできないわけがなーい!

<そうだそうだー!



『……え、えへへ』

『本当に……、ありがとうございますっ!』

 

 

****************

 そんな日々の中で
 ありふれて なにもないようで

 さみしくないってこと、気付く
 それは、幸せだから──……

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『だから、最後に……この歌を、歌います』

『この歌は、他の誰も知らない、私だけの夢。
私のわがままで、この夢を、こんな風に、形にしてもらいました』


『……これはきっと、もうひとりの私』

『勉強する時間なんてちっともなくて、そのせいで今よりもちょっとだけお馬鹿さんだけど、
いつもいつも慌しくて、騒がしくて、それでも、
たくさんの明るい笑顔に囲まれて日々を過ごしていく……』

『夢を大きくはためかせて、たくさんお金はなくても、
ひとりじゃないって幸せをかみ締めて……』

『ひとりじゃできないこともみんなで助け合って、
笑顔は、もっと大きくなって、
心は、もっともっとあたたかくなって……』



『……それが、きっと』

『そんな風に、ありふれた、なにもない日々を、
大切な、守りたいものと一緒に過ごしていくことが、私にとっての……、本当の幸せで』


『……もしかしたら、私は、こんな子になりたかったのかもしれません』


 

 

****************

 時に、私だって
 誰かに甘えてみたくなる

 けど私には いま
 守りたいものがある──……

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『……これまでの私に、バイバイするために』

『明日から、こんな風に歩いていくために』


『そして──……』

『これまで私を応援してきてくれたファンのみなさんに、
夢の私の、あの心のあたたかさを伝えるために』

『精一杯の、感謝の気持ちを込めて……』




『……ハートウォーミング』


 

 





……今日も髪をキュっと結んで
鏡の前で背伸びして

みんなの笑う声がする
家族にそっと包まれていく


笑顔にずっと、包まれていく


おわり

 

***


……目を覚ますと、泣いていました。
どうして涙を流していたか、その理由はわかりません。

きっと、悲しい夢を見たから……。
でも、その夢がどんな夢だったかは、今の私にはわかりません。

大切な、守りたいものを無くしちゃう……そんな夢。
でも、それは──……


「……やよいお姉ちゃん?」


そんな私の顔を見て、妹が心配そうに私の顔を覗きこんできました。

……遠くからは、弟達の騒がしい声が聞こえます。
お母さんが朝ごはんを作っているみたいで、
包丁がまな板を叩く音と、お味噌汁の良い匂いがここまで伝わってきました。

……少し、寝坊しちゃったみたいです。


「……大丈夫、心配ないよ」


私がそう言うと、妹は柔らかく微笑みました。
見れば、妹も、弟達も……身支度がもう終わってるみたい。

いつの間にか、こんなに……大きくなってたんだね。





……大丈夫。
どんなに嫌な、悲しい夢を見たって……
私には、大切な家族がいるから。

 

 

今日も髪をキュっと結んで
鏡を見て笑って

にぎやかな、はしゃぐ声
もう今日が始まってる──……


そんな日々の中で
ありふれて、なにもないようで

さみしくないってことを
その幸せを、心のあたたかさを抱きしめて


……今日も、私はがんばります!


本当におわり

終わり
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