堀裕子「サイキック世界救済」 (26)

・モバマスの堀裕子SSです
・地の文ありです

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 ちょっと世界救ってきます。

 堀裕子――ユッコがそんなことを言ってどこかへ行ってしまったのは、他のアイドルたちがきゃあきゃあ騒ぎながら天体観測をしていたときのことだった。
 いつもながら突飛過ぎる宣言に何と答えたか、プロデューサーはよく覚えていない。多分、「ああ」とか「はぁ?」とか、もしくは「あんまり遅くならないようにな」とか、そういう類のことを言ったと思う。

「あら、ユッコちゃんどこ行ったんですか?」
「なんか、世界救いに行ったらしいですよ」

 不思議そうな顔のちひろにそう答えると、目を瞬いた後で苦笑を浮かべた。

「相変わらず、ですねえ」
「ええ、相変わらずです」

 プロデューサーは肩を竦めた。ちひろはそれ以上何も聞かず、皆の方に歩いていく。アイドルたちの輪から少し離れたベンチに座ったまま、プロデューサーは穏やかな気持ちで皆を眺めた。
 今いるのは事務所のすぐ近くにある公園の広場で、本格的な天体望遠鏡がいくつか備え付けられている。それらはのあや晶葉が持ってきたもので、アイドルたちが代わる代わる覗きこんではレンズの向こうの星空に思い思いの歓声を上げている。
 みんなで一緒に満天の星空が見たい、なんてロマンチックなことを言い出したのが誰だったかはよく覚えていないが、どうやら即席の天体観測会は大成功らしい。
 何せ、普段澄まし顔のありすや、大抵眠たげにぼんやりしているこずえですら目を輝かせて望遠鏡のそばを離れないのだから。

「なのに、ユッコの奴ときたら……落ち着いて星も見れないのか、まったく」

 ぼやくように呟き、プロデューサーは缶ビールに口をつける。自分で買ってきた物ではなく、押し付けられた物だ。押し付けてきた早苗と友紀は、既に向こうの方で良い感じに酔っ払っている。
 今、この公園には事務所に所属しているアイドルたちが集まっていた。およそ三十名ほど、子供から大人まで年齢層も幅広く、夜とは思えないほど華やかだ。
 ライブ前の舞台袖と少し似た雰囲気だが、それよりももっとのんびりとした、気楽な空気が流れている。

「たまには悪くないな、こういうのも」
「ですよねっ」

 何気ない呟きに、興奮した声が応える。
 いつの間にか帰ってきていたユッコがプロデューサーの隣に立ち、楽しそうにはしゃぐ仲間たちをどことなく感慨深げに見つめていた。
 その瞳は星空にも劣らぬ輝きに満ちていて、黙ってりゃ文句なしの美少女なんだけどな、という仮にもアイドルに対するものとは思えない評価がより一層深くなる。

「おかえり、ユッコ。どうだ、世界は救えたか?」
「ええもう、バッチリですよ! エスパーユッコの超能力に不可能はありませんからね!」

 得意げに胸をそらしてふんすふんすと鼻息を荒くしているユッコに、プロデューサーはまた苦笑する。

「そうかそうか、そりゃ偉いな。じゃあ地球救ったついでに、ビールもう一本もらってきてくれないか?」
「お任せあれ。サイキックでりばりー!」

 叫びつつ、とっとこ歩いていく自称エスパーの背中を、プロデューサーは微笑みと共に見つめる。
 出会ったときから変わらぬユッコの間抜けさが、なんだか妙に愛おしく感じられた。

「……酔ったかなあ」
「え、ええもう、皆さん酔っ払いすぎですよ……うう、サイキック鼻曲がり……」

 早苗と友紀に酒臭い息を浴びせられてフラフラになりながら帰ってきたユッコが、何とか確保した缶ビールを一本、プロデューサーに渡してくれる。
 サンキュ、と呟きながら蓋を開けるプロデューサーの横に、ユッコはちょこんと腰かけた。

「みんなのところに行かなくていいのか」
「プロデューサーこそ、何故こんなところでお一人で……ああいえ、言わなくていいですよ、テレパシーで読み取りますので!」

 ユッコはこめかみに指を当ててひとしきり「ムムムム」と唸ったあと、きらりと目を光らせて、

「なるほど、皆さんのお胸やお尻を肴にゲヘゲヘ言いながら飲むおつもりだったんですね!」
「オヤジか」
「あいたーっ!」

 デコピン喰らって大袈裟にのけ反るユッコを横目に、プロデューサーは小さく息を吐く。

「まあ……なんだな。俺はどっちかって言うと、皆に混じってるよりはこうして遠くから眺めてる方が楽しいし、性に合ってるんだよな。プロデューサーだからかもしれないけど」
「ああなるほど、そういうことですか。分かりますよー」

 何やらしたり顔でウンウンと頷きながら、

「遠くから見ると改めて美しさが分かる物って、ありますよね! さっきまで地球を見下ろしていたんですが、やっぱり言葉には言い表せないほどの美しさでした!」
「……ああ、世界救った話な」

 一瞬何のことやら分からなかったが、どうやらさっきのネタはまだ続いていたらしい。
 たまにはとことん付き合ってやるのも悪くないか、と思い、プロデューサーは缶ビール片手にニヤニヤしながら訊く。

「それで、エスパーユッコは具体的にどんなピンチから世界を救ったんだ」
「隕石ですよ、隕石! 超巨大な隕石が地球にぶつかるコースを取っていたので、木端微塵にしてきたんです! そう、サイキックメテオブレイカ―で!」
「おお、なんか必殺技っぽくて格好良いな」
「ふふふ、エスパーユッコ一世一代の大技ですよ! まあおかげでサイキックぱわーを全放出してしまいましたので、今はこの通りスプーンも曲げられませんが」

 それは元からだろ、というお決まりのツッコミは胸に留めつつ、プロデューサーは訊く。

「で、なんだってエスパーユッコがそんな大冒険をすることになったんだ?」
「はい。実はですね、その巨大な隕石が地球に衝突することは、数年前から分かっていたんですよ」
「ほう。それはつまり、サイキック大予言的な何かで?」
「そうです! 幼い頃から恐ろしい程のサイキックぱわーに溢れていた私は、数年後に訪れる破滅の危機をビビッとキャッチしたわけですよ」
「その頃からアホの子だったんだなあ」

 しみじみとしたプロデューサーの言葉は無視して、ユッコは手に汗握らんばかりに拳を固めて当時の苦悩を語る。

「まだ幼かった私は恐怖に震えました。サイキックテレポーテーションを使えば一人だけで遠い地球型惑星に逃げのびることはもちろん可能ですが、それでは両親や友達、私の愛しい人たち……いや、それだけではなく、この地球とそこに住む生き物たちは一体どうなってしまうのか!」
「そりゃまあ地球が滅びるんだから皆死んじゃうわな」
「そうです! 幼い私ももちろんそのことは理解していました。だからこそ、決心したのです! 必ずや私のサイキックぱわーで隕石を破壊し、かけがえのないこの世界を救ってみせようと!」
「ご立派ご立派」
「そしてそのために、アイドルになることを決心したのでありました」
「って何でだよ」

 思わぬ方向に話が進み、プロデューサーは眉をひそめる。

「隕石とアイドルと、どう関係あるんだ」
「ええ、今までは黙っていたのですが、隕石破壊が成功した今、隠しておく必要はなくなりましたね」

 ユッコは真剣な顔で指を立て、

「私のサイキックぱわーは非常に強大ですが、それでも単独で隕石を破壊出来るほどに大きな物ではありませんでした」
「スプーンも曲げられないしな」
「地球に迫る超巨大な隕石を破壊するためには、多くの人たちから力を借りる必要があったのです」
「力を借りるって……どうやって?」
「サイキックぱわーの源は、誰もが持つ感情の力……私という人間の超能力を信じて未来を託し、応援してくれる気持ち」

 両手を握り合わせて、

「すなわち、祈りです」
「ははあ、なるほど。話が読めてきたぞ」

 ちょっと楽しくなってきて、プロデューサーは身を乗り出す。

「つまりお前はアイドルになって皆に応援してもらって、その感情の力をサイキックぱわーに変換しようとしたわけだな」
「そういうことです。さすがプロデューサー、超能力のことがよく分かっていらっしゃいますね」

 ユッコは満足そうに頷いたあと、「ですが」と困ったように眉をひそめる。

「これがまた、思ったようにはいかないもので」
「あー……まあ、最近はともかく最初の方は完全にイロモノ扱いで全然ファンつかなかったもんなあ」
「そうなんです……いやあ、プロデューサーには大変ご苦労をおかけしました」
「いやいや、こちらこそなかなかプロデュース方針決められなくてすみませんでした」

 深々と頭を下げ合う。お互いの顔を見ていると、デビューから今までの苦労が蘇って来るようで、少しばかりしんみりした気分になってしまう。
 それを振り払うように、プロデューサーは明るく笑った。

「でもまあ、それがさっき隕石破壊に成功したってことはだ。エスパーユッコはたくさんのファンからの応援によってサイキックぱわーを溜める事に成功したってことで、つまりはアイドルとして着実にステップアップしつつあると、そういうことだよな!」

 だからこれからも頑張りましょう、よろしくお願いします、と。
 つまりはそういうことが言いたいのだろう。
 素直に言うのは照れ臭いから、こうしていつものエスパーネタに織り交ぜて言ってくるとは。なかなかどうして、可愛いところがあるじゃないか。
 プロデューサーはそんな風に考えて、ついついニヤけてしまったのだが。

「いや、それは……うーん……」

 ユッコは何故か、悩むように首を傾げた。

「どうしたんだ? ああ、もちろんもうトップアイドルだー、とかそういう思い上がったことを言うつもりはないぞ。でもユッコはアイドルとしてちゃんと成長してるから」
「ああいえ、そういう意味ではなくて」

 ユッコは手を振ったあと、また悩んでいる様子で、

「確かに、最近ではファンも増えてきましたし、一生懸命ライブやって楽しんでもらえているとは思うんですが」
「何か問題でもあるのか?」
「いえ……今の段階では、どう考えても足りないはずだったんですよね」
「足りないって、何が」
「ですから、サイキックぱわーが」
「……なんだ、まだそのネタ続いてたのか」
「むう。ネタじゃありませんよう」
「はいはい、分かった分かった」

 頬を膨らませるユッコに苦笑しながら、

「つまりなんだ。今のファンの数じゃ満足できないってことか? 向上心があるのはいいことだが」
「いえ、満足とか不満足とかの問題じゃなくてですね。そもそも私が考えていたのは……」

 まずトップアイドルになって全世界生中継ライブを敢行し、その舞台の上で来る危機のことを大公開、恐慌に陥ったファンたちを「うろたえるな!」と一喝してなだめた上で、「エスパーユッコならサイキックぱわーで世界を救ってくれる。頑張れエスパーユッコ、お前がナンバーワンだ!」と全世界の人々に一心に祈りを捧げてもらうことにより、集まった感情のエネルギーをサイキックぱわーに変換して宇宙に飛び立ち、迫り来る隕石をサイキックメテオブレイカ―で粉砕する――

「……という壮大な計画だったのですが」
「壮大に穴だらけなところが実にユッコらしいな」
「えー、これ以上ないほど完璧な計画じゃないですか」
「ああ、これ以上ないほど完璧にアホらしいと思う」
「むー。プロデューサーはいつも意地悪ですね」
「何を言う。俺はいつもお前のことを想って……いや、その辺は置いとくとしてだ」

 プロデューサーはこめかみを指で揉みながら、

「つまり、なんだ。ファンは増えたがまだ数は足りないし、ついでに言えばエスパー云々とかサイキック云々とかも全然信じてもらえなかったんで、肝心のサイキックぱわーが全然溜まらなかったと。そういうことか」
「そういうことです」
「ちなみに、当初の計画だと隕石破壊するのに何人ぐらいお前を信じてくれるファンが必要だったんだ?」
「んー……二百億ぐらいでしょうか?」
「世界の総人口軽く超えてるじゃねーか」
「え……ああっ、本当だ!」
「足りない分どうすんだ一体」
「その辺はまあなんかこう……サイキック力技で!」
「お前のその底抜けにアホなとこ、結構好きだよ俺」
「ううっ、プロデューサーが好きだって言ってくれたのにあんまり嬉しくない……!」

 悔しそうなユッコにまた苦笑しながら、プロデューサーは「ん?」と首を傾げる。

「待てよ。今の話だとサイキックぱわーは足りてなかったんだよな?」
「そのはずです」
「でもお前世界救ったって言ってなかったか?」
「はい、ばっちり決めてきました、サイキックメテオブレイカー! 隕石の野郎粉々になりましたよ!」

 得意げに胸を張るユッコに、「いやいや」とプロデューサーは首を振る。

「そりゃおかしいだろ。足りない分のぱわーはどうしたんだよ。どこから来たんだよ」
「いや、ですからそれはサイキック力技で、こう……えいやっ、と」
「駄目だろその辺の設定がいい加減じゃ……」
「せ、設定とかじゃないですから!」

 一生懸命否定しつつも、ユッコは相変わらず弱り顔だ。

「でも本当、一体どこからあれ程のサイキックぱわーが湧いて来たのか自分でもよく分からないんですよね」
「うーん……いつ頃から湧いてきたんだ、その膨大なサイキックぱわーとやらは」
「つい最近、ですかねー」

 ユッコ自身、ファンが急激に増えているわけでもないのにサイキックぱわーがどんどん強まってきていて、変だなあとは思っていたらしい。
 それが昨日のライブが終わった辺りで更に急上昇し、唐突に確信したそうだ。

「『あ、イケるわこれ。隕石砕けるわ』と、こう……」
「なんでその辺大雑把なのお前は」
「いやあ……てへへ」
「笑って誤魔化すなよ可愛いだろちくしょう」
「ま、まあともかく、それでイケると思ったので、先程公園を抜け出して宇宙に出て、地球に接近中の隕石にサイキックメテオブレイカーをブチ込んできたわけですよ」
「本当大雑把だな……それで、ちゃんと砕けたのか隕石」
「ええ。もうすぐ分かると思いますけど」
「あん? ……まあいいか。しかし、謎だな……?」

 プロデューサーは腕を組んで小さく唸る。
 酔っ払っているせいか思考が判然とせず、ユッコの言うことが何かの例え話なのかネタ話なのか、あるいは本当に現実の話なのかよく分からなくなってきた。
 何にしてもアホらしいことこの上ない話で何故こうも真剣に悩んでいるのだろう、と自分でも呆れるが、途中まではアホらしいなりに筋が通っていただけに、終盤の矛盾が妙に気になるのだ。

(……サイキックぱわーは感情の力……ユッコの超能力を信じる人間の祈りが源に……)

 口の中でブツブツと呟いたとき、ふと。

「あ」
「えっ、ど、どうしたんですかプロデューサー! まさか宇宙人の襲来を感知して……!」
「やめろ俺までアホにするな。そうじゃなくてだな……あー……」

 思いついたことを伝えようか否か、プロデューサーは数瞬ほど躊躇する。
 しかし、目の前にはアホなりにファンを楽しませようと一生懸命頑頑張っている、可愛い担当アイドルがいるわけで。
 そんな彼女が、真剣な目でこちらを見つめているわけで。

(……思えば、こいつ相手に真面目な話するノリになれなくて、ちゃんと伝えたことなかった気がするな……)

 ちょうど良くほろ酔い気分だし、宵口の公園の賑やかな天体観測から近過ぎず遠過ぎずで、何とも言えず雰囲気もいい。
 何より、ユッコの話をこれだけ真剣に聞いたのが初めてだ、ということもあって。

「……うん、俺だけ正直にならないのは良くないな」
「はい?」
「まあ、なんだ。とりあえず座りなさい」
「は、はい、分かりました……いや座ってますけど」
「そうだな……じゃあ姿勢を正しなさい。ピシッと」
「はあ……?」

 戸惑うユッコの前で背筋を伸ばし、真っ直ぐに彼女を見つめる。
 星空にはしゃぐアイドルたちの歓声をどこか遠くに聞きながら、プロデューサーは一つ咳払いをしてから語りかけた。

「あー……なんですか。ええ、ユッコ……堀裕子さん」
「はい、プロデューサー」
「今から、とても恥ずかしい話をします」
「先日ツ○ヤで美優さん似の女優のDVDを借りようか借りるまいかと一時間ほど迷った末に結局[たぬき]で妥協して敗北感に打ちひしがれながらトボトボ帰ったことならもう知ってますけど」
「貴様何故それを……いや、いい。今はいい。良くないけど、いい」

 もう一度、咳払い。

「さっきの、サイキックぱわーの話なんだが」
「はい」
「あれの源な……多分、俺だ」
「はい……はい?」

 きょとんとするユッコの前で、プロデューサーはまた咳をする。

「あー……だから……俺なの。お前のサイキックぱわーの源」
「……えっと?」

 ユッコが困惑した様子で首を傾げる。
 やはり、こんな漠然とした言い方では伝わらないらしい。
 サイキックなんとかで上手いこと察してくれないかなーとか、都合の良いことを考えていたのだが。

(やっぱり男らしくないよな……それに、こういうのは途中で止まると数段恥ずかしいから、一気に言ってしまうに限る……!)

 心の中で覚悟を決めて、プロデューサーはまっすぐ、真剣にユッコの顔を見つめる。

「サイキックぱわーの源は、お前の超能力を信じるって気持ちなんだろ」
「はい……えっ、プロデューサー私の超能力信じてくれてたんですかっ!?」
「いや、それは全然」

 プロデューサーはキッパリと否定する。

「正直最初スプーン曲げますとか言い出したとき病院連れていこうかと思ったし、最近でもたまに検査受けさせた方がいいんじゃないかって思う事がある。まあそれはサイキック云々抜きにしてお前がアホすぎるせいだが」
「……さすがに酷過ぎません?」

 ちょっとむくれているユッコに、プロデューサーは苦笑する。

「仕方ないだろ。オーディション始まるなり自信満々に『スプーン曲げます』って言って終了時間まで半泣きで唸ってた奴の超能力信じろって方がムリだ」
「あ、あのときは時間内にサイキックぱわーが溜まらなかったんですよ!」
「いつ溜まるんだよそれは……まあでも、そういうお前だからこそ採用したんだよな」
「え……どういうことですか?」

 戸惑うユッコに、プロデューサーは答える。

「エスパーとしてはともかく、アイドルとしてはそれで正解と言えなくもないからな。ほら、キャラがブレてなかったし」
「キャラとかじゃないですし」
「まあ半分はバクチみたいな気持ちだったけどな。頭の中身はともかく顔の方は可愛いしこういうキャラがウケれば儲けもん、駄目だったら適当に路線変更させればいいかーって」
「真面目そうな顔して鬼畜なこと考えますね!」
「腐ってもプロデューサーだからある程度は冷静に計算するさ……大体、エスパーだったらテレパスでそのぐらいは読んでほしかったもんだが」
「うっ……そ、それはそうかもしれませんけどぉ……」

 気まずそうに言ってから、ユッコはちょっと不安げにプロデューサーの顔を見上げた。

「あの、プロデューサー」
「なんだ」
「そういう考えって、その……今も全然変わってなかったりします?」
「いや、すっかり変わったよ」
「へ?」

 さらりと答えると、ユッコは目を丸くした。
 その顔がまたなんとも間抜けで愛らしく、プロデューサーはついついニヤけてしまう。

「さっき言ったじゃないか、最近は本当に超能力があるんじゃないかって気がしてるって」
「え……でも私の超能力は信じてくれないんですよね?」
「未だにお前がスプーン曲げてるところ見たことがないからなあ。信じろって言われてもそりゃ無理な話だ」
「うう、何がなんだか分からなくなってきました……サイキック大弱り……」

 言葉通りに困り果てた様子のユッコを見て、プロデューサーは目を細める。
 本当に、よくぞここまで来られたものだ。

「……本当、ブレない奴だからな、お前は」
「はい?」
「スプーン曲げもテレポーテーションもテレパスも、ことごとく失敗続きで挙句に知恵の輪も解けないってのにあくまでも自分がエスパーだっていう主張は曲げないで……全く往生際が悪いというか恥知らずというか」
「あの、もしかして私を泣かそうとしてますか?」
「なかなか心惹かれる選択肢だが、まあ聞け」

 既に半泣きのユッコの前で、プロデューサーは一度、深く息を吸い込んだ。

「ユッコ。今の俺はな、正直言って……お前のそういうところに、夢中になっている」
「……ほあ?」

 予想だにしない言葉だったらしく、ユッコはポカンと口を開ける。
 ここで止まると変な感じになるのが目に見えていたので、プロデューサーは構わず、可能な限り淡々とした口調で語り続けた。

「本当なあ。最初は、なんだこのアホは、って呆れてたはずなのになあ。だけど、何でもかんでもサイキックなんとかとか言い張って、一生懸命全力で体張って駆け回って……ファンを笑わせて、楽しませて。気が付いたら、そういうお前から目を離せなくなってた。次は一体何をやらかすんだろう、何を見せてくれるんだろうって、毎日ワクワクするようになってた。うちのアイドルは何言い出すか予想もつかないのが多いが、お前はその中でもとびっきりだ。最近じゃ、仕事してないときでも気がつくとお前の姿を目で追いかけてる。堀裕子っていうアイドルの魅力を一片たりとも見逃さないように、プロデューサーとして、少しでもファンにお前の魅力が伝わるように努力しようって、自然と頑張ってる。最初は呆れ半分で眺めてた自分が信じられないぐらいだ。一人の人間の気持ちをこうも劇的に変えられるなんて、まさに超能力だ。ひょっとしてユッコは本当に超能力者なんじゃないか、とか、そんなアホなことまで半ば本気で考えてる始末だ」

 ふっ、と息を吐き、

「だから、お前が隕石砕いて世界救ったさいきっくパワーの源は、多分、いや間違いなく俺だ。というか俺であってほしい。俺以上にユッコの超能力を信じてる人間はこの地球上にいない。率直に、そう思っている――以上だ」

 最後まで言い切り、プロデューサーはじっとユッコを見つめる。
 無言だった。

 無言のまま俯いて、顔と言わず耳と言わず手と言わず、ともかく全身真っ赤になっている。
 話の途中からずっとこうだったことには気づいていたが、敢えて途中で止めなかった。
 途中で止めたら、とてもじゃないが最後まで言い切ることは出来なかっただろうから。
 そうしてやたらと長い数秒間が過ぎた後、真っ赤なユッコは絞り出すような震え声で、

「……サ、サイキックじぶん紅葉……」
「……多分俺にもかかってるわ、それ」

 プロデューサーもまた、目元を覆って顔を背ける。
 酔った勢いもあるとはいえ、なんてことを言ってしまったのか。
 今更、物凄く恥ずかしくなってきた。後悔はないつもりだが、正直なところ頭を掻きむしって転げ回りたい。
 そうして顔を背けたきり、身悶えするような沈黙が続くこと数分ほど。
 ふと気づくと、ユッコがぴったりと身を寄せてきていた。
 まだ薄ら赤い顔のまま幸せそうに微笑み、

「……てへへ」
「……なんだよ」
「うへへ」
「もうちょっと上品に笑いなさい」
「オホホ」
「それはなんか通り越してないか」

 なんだか、よく分からないやり取り。天体観測会の方も段々落ち着いてきているらしく、こちらを見てひそひそと、何やら楽しげに囁き交わす声が聞こえてきたりして、何とも言えずむずがゆい。
 そのときふとユッコが、

「ああでも、うっかりしてました」
「いつものことだろ」
「いえそうじゃなくて……サイキックICレコーダーを忘れていたな、と」
「やめろ俺を[ピーーー]気か」

 どちらかと言うとサイキック記憶喪失とかサイキック夢オチとかの方をお願いしたい気分だ。

「ふふ。でもそっかー、あの膨大なサイキックぱわーはプロデューサーさんのおかげだったんですね! わたし、納得しました」
「おう……そうか」
「二人の愛が世界を救っちゃったんですね!」
「だから俺までアホにするな……と、言えなくなっちまったなあ、これ」

 気恥ずかしさと共にぼやくプロデューサーの隣で、

「そんなプロデューサーさんに、今から素晴らしい物をお見せしますっ!」

 突然、ユッコがぴょんと立ちあがった。
 いつもの自信満々な笑顔と共に振り向き、胸を張る。

「見てて下さいね、プロデューサー!」
「言われなくてもお前を見てるが……何だ、急に?」
「今から皆さんに、二人の愛の結晶をお見せしてきます!」
「……は!? お、おまっ、何をするつもりだっ!?」

 嫌な予感がしたので慌てて立ち上がったが、ユッコは跳ねるように上機嫌な足取りで、皆のところへ駆けていく。
 そして、大半が雑談に移り始めていたアイドルたちの真ん中で立ち止まるなり、

「皆さん、注目して下さい!」
「え?」
「なになに?」
「どしたの、ユッコ」

 突然叫んだユッコに、アイドルたちの視線が集まる。
 驚いている者、面白がっている者、苦笑している者。
 様々な視線の中でユッコは得意げに笑い、

「今から、エスパーユッコの大技をお見せしちゃいます!」
「おっ! 出ました、エスパーユッコ!」
「いいぞー! 待ってました!」
「やれやれー! 何やるんだか分かんないけど!」

 いい感じに酔っ払っている早苗や友紀が口々に囃し立て、未央を始めとするノリのいい連中が手を叩き口笛を鳴らして場を盛り上げる。

 すっかり良い気分になったらしいユッコは、いつも通り根拠もないのに自信満々な笑みを浮かべたままビシッと天を指差し、

「天体観測会を楽しんでいらっしゃる皆さんのために、この夜空一杯に星を降らせて差し上げますっ!」
「おー、星を降らせるとはこれまた大きく出たね!」
「願い事叶え放題じゃん!」
「キャッツ永年優勝おめでとう!」
「フフフフフ、エスパーユッコ一世一代の大技ですからね、目を背けちゃいけませんよ皆さん」

 勿体ぶって言いながら、ユッコは静かに中指と親指とを合わせる。
 彼女が精神を集中させるように真剣な表情で黙り込むと、周囲も自然と声を潜めた。
 意味も分からぬ緊張感が漂う中、ユッコはどことなく神秘的に感じられる声で囁き始める。

「これぞ、エスパーユッコとプロデューサーの愛の結晶……」

 とんでもないことを言いながらカッと目を見開き、

「名付けて、サイキックスターダスト! でやーっ!」

 気合の入った声と共にパチンと小気味良く指を鳴らす。
 周囲で見守るアイドルたちが小さくざわめいた。
 そして、1秒経ち、2秒経ち、5秒経ち。
 いつまで経っても、何も起こらない。

「……あ、あれ? ……でやーっ!」

 ユッコが戸惑うようにもう一度指を鳴らす。
 やはり、何も起こらない。

 ユッコは弱り切った顔で公園の時計を見ながら、

「……お、おかしいなあ、時間は確かに……」
「ふわぁ……おほしさまはー?」
「え、えっと……」

 素朴ながらも容赦のないこずえの質問に、ユッコはすっかり大弱りだ。
 周囲のアイドルたちもどうフォローしたものやら迷っているらしい中、不意に、

「――私たちはアイドル」

 突如、静かに響いた声の主に、全員の視線が集まる。
 傲岸不遜にすら見える自信に満ちた瞳で周囲を見回し、彼女……世界レベルのアイドルと名高いヘレンは、満天の星空を見上げて謳い上げるように言った。

「一人一人が、誰にも負けない個性と実力……輝きを持っている。まさにスター……地上の星と呼ぶに相応しい」

 ポカンとしているユッコを横目に、再びアイドルたちを見回しながら、

「輝ける星々は、既にこの地に降り落ちていた……つまり、そういうこと」

 おお……と、圧倒されたようなざわめきが、アイドルたちに広がっていく。

「さすがヘレンさん……」
「なんか無理矢理こじつけたようにも思えるけど」
「それでも納得させられてしまうこの空気を一瞬で作り出すとは」
「やはり世界レベルか」

 囁き交わすアイドルの真ん中で、ヘレンが満足げに微笑む。
 プロデューサーはその輪の中にコソコソ入っていくと、いまだにポカンとしているユッコを引っ張ってアイドルたちの輪から離れた。

「……何やってんだお前は」
「うう……すみません。でも、おかしいなあ」

 ユッコはまだ納得いかない様子で首を傾げる。

「私の計算が確かならさっきの時刻で間違いなかったはずなんですけど」
「あのなあ、よく考えてみろ。お前の計算が確かだったことが今まで一度でもあったのか」
「酷い! 小学校2年生2学期の算数は『4』だったのに!」
「過去の栄光にしてもしょぼ過ぎだろそれは……大体だなあ、お前は」

 プロデューサーが言いかけたとき、不意に周囲のアイドルたちがざわめきだした。

「うわっ……!」
「ええっ……!?」
「ちょっ、見てっ、上……っ!」

 声に従い頭上を見上げ、誰もが息を飲む。

 そこにあったのは、滑るように夜空を流れる無数の光。
 燃え上がって光り輝きながら夜空一面を覆い尽くす、尽きることなき星の雨だった。
 ほとんど現実離れした圧倒的な光景に、誰もが数瞬、声も出せずに立ちつくす。
 そして、我に返ると悲鳴のような歓声を上げ始めた。

「な、なにこれ、すごっ……!?」
「しゃ、写真……いや、それよりも願い事!」
「キャッツ優勝打てる四番剛腕ピッチャーとそれから……!」
「アンチエイジングアンチエイジングアンチエイジング……!」
「人類総眼鏡人類総眼鏡人類総眼鏡……!」

 アイドルたち全員が、星で埋め尽くされた夜空を見上げて願い事を繰り返す。
 その光景を少し離れた場所から見つめながら、皆とは別の意味で呆然としたまま立ち尽くす阿呆が二人。

「……ユッコ」
「……なんですか、プロデューサー」
「まさかとは思うが……アレ、お前の……アレか?」
「だと思いますけど、おかしいな……」

 ユッコは戸惑ったように何か考え込み、ふと、

「あっ」
「あっ、って……なんだ」
「いやあ……なんていうか、その」

 ユッコは気恥ずかしげに指と指を絡めながら、

「……砕けた隕石の欠片が地球に到達するまでの時間、計算し間違えてました……てへっ」
「……マジかよ、オイ」

 照れ笑いを浮かべるエスパーのそばで、プロデューサーは何も言えずに立ちつくすばかりだった。

 長い間流れ続けた星の雨がとうとう降り止み、夜は再び静寂を取り戻した。
 それでも周囲は未だ密やかな昂揚感に満ちていて、アイドルたちが興奮冷めやらぬ顔で喋り続けている。
 先程の光景があまりにも衝撃的だったためか、誰もがもうすっかり忘れてしまっている。
 星の雨が降る直前、いつものようにアホなことを言っていた、自称エスパーがいたことなど。
 多分、今再び言ったところで誰も信じないだろうが。

「……でも、プロデューサーだけは覚えててくれますよね。信じてくれますよね」

 アイドルたちを見ながら嬉しそうに微笑むユッコの隣で、プロデューサーはため息を吐く。

「……凄すぎて逆に信じられなくなったよ、正直」
「もー、素直じゃないですねー」
「だってお前なあ……あんまりにも規模がでかすぎるっつーか、なんつーか。大体お前、隕石砕くなんて大技使えるならどうしてスプーンは曲げられないんだよ」
「人間、分野によって得意不得意ってあるじゃないですか」
「そういう問題か……まあ、ユッコらしいと言えばユッコらしいけど」

 ぼやくように言ったあと、楽しげなアイドルたちを見てフッと笑う。

「でもま、俺にとってはいつも通りだな」
「いつも通り?」
「そう……いつも通り、エスパーアイドルユッコが超能力を使って、アイドルらしく皆を楽しませた。それだけのことだ」

 きっと今夜、この地上の誰もが空を見上げ、降り注ぐ星の雨に無邪気な歓声を上げたことだろう。
 まるで、ステージ上のアイドルを見つめるように。

「……確かに、いつも通りかもしれませんね」

 ユッコはまた嬉しそうにプロデューサーを見上げ、

「いつもみたいにプロデューサーが舞台を整えてくれて、私が全力で頑張って、皆に楽しんでもらって……そういうことなんですね、きっと」
「うん、そういうことでいいんだと思うぞ、きっとな」
「それじゃあ、プロデューサー」

 ほんのちょっとだけ真面目な口調で、ユッコが言う。

「これからは……これからも、アイドルとして、よろしくお願いしますっ!」
「ああ、こちらこそよろしく。プロデューサーとして、な」

 平和になった夜空の下、二人はくすぐったそうに笑い合う。

 こうして、世界は救われたのだった。

 <了>

おしまい。

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