春香「私は、アイドル!」 (17)
私は天海春香です。
765プロという事務所で、アイドルをしています。
最近は、お仕事も増えてきて、それなりに、その、売れっ子ですよ、売れっ子!
なんですけど…
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「春香ちゃん、どうしたの?」
「え、ああ、雪歩、なんでもないよ」
「そう…何だか、元気がないように見えたから」
「…そうかな?」
雪歩が、心配そうな顔をして、私の顔を覗き込む。
「うん」
「…な、なんでもないよ、ちょっと今日のレッスン、ハードだったから…」
「そう…なら、いいんだけど…」
「はーい、休憩終わりー、次、春香ちゃん真ちゃん美希ちゃん、GO MY WAY!!、行くわよー」
今度のライブの前の練習という事で、今はダンスレッスン中。
GO MY WAY!!は割りと古い極なので、大丈夫かなと思ってたんだけど…
「春香ちゃんワンテンポ遅れてる!ステップごまかさない!」
「はっ、はい!」
覚えてきたステップと振り付けを必死で頭の中に思い浮かべ、手足を動かす、という事に関して言えば、隣で踊る真や美希には敵わない。
2人とも、滑らかに、そして、キレのある動きで…
「はーい、そこまで!」
「真クン、ナカナカなの」
「美希もね」
二人は、ダンスも完璧…か。
私だけ遅れちゃってる…
「春香ちゃん、次のレッスンまでに少し予習しとくこと。でも、最初の頃に比べたら大分良くなったわね」
「よければ、この後付き合うよ?春香」
「え、ううん、大丈夫…この後、舞台の稽古もあるし」
「そっか」
「それじゃーねぇ、春香」
「うん、お疲れ様、美希、真」
「遅れました!」
「おおー、天海さん、まだ大丈夫よ、さ、今日はゲネプロ、頑張ってね」
今度公開される舞台の、最終リハーサルです。
頑張らないと…!
あわただしく楽屋に入って、衣装を合わせる。
「これで…よし」
「天海さん似合ってるわね」
クスクスと笑う衣装担当のお姉さん。
少しだけ、むっとしてみます。
だって…
「酷いですよぉ、今回の役、貧しい家の少女ですよぉ…」
「あら、良いじゃない、最後は王子様と結ばれて王女さまなのよ」
そう、つまり、主演…
緊張するなぁ…
「それじゃあ、行きます、はい、スタート」
ゲネプロは、公開前の通しで行われる稽古、リハーサルみたいなものです。
舞台も、演出も、全て本番同様。
違うのは、客席にお客さんが居ないことくらい…かな。
劇はどんどん進んでいって、いよいよ王子様と私が演じる少女が、女王陛下と対決するシーンになりました。
「笑わせてくれるわね!あなたのような身分の低い小娘が、何を言うか」
「母上には分からないでしょう、きらびやかな宝石も、ドレスも、それをまとう人間の汚い心までは隠せないのです!そう、あなたのようなね!」
「母親に向かってなんと言う口を利くのだ…!衛兵、王子は錯乱している、捕らえよ!」
皆、凄いな…演技も上手いし…言葉の一つ一つに凄く心がこもってる。
いけない、私の台詞だ!
「お母様、私はーーーーっ………」
いけない…台詞がとんだ…!
なんだっけ、ここは…!
「お前にお母様などといわれる筋合いはない!この小汚い娘も一緒に朗へ放り込め1」
女王役の方が、私の台詞は飛ばして、次に進めます。
とりあえず、このまま劇は終幕。
ゲネプロが終わった後の打ち合わせで、早速叱られました…
「…すいません、台詞が飛んじゃって…」
「天海さん、どうしたの?この前の台詞あわせでも大丈夫だったのに」
「まあまあ、ゲネプロになると、やっぱり雰囲気変わるしさ、あるよ、そういうことも」
王子様役の俳優さんがそういうと、皆、まあしょうがないよねぇ、という感じで苦笑いを浮かべています。
「天海さん、まだまだ 舞台は慣れてないだろうしねぇ、仕方ないか」
この中では一番年上の、国王役の方がうなずきます。
「…今度はプレビューよ。頑張ってね、天海さん」
「…はい」
事務所に戻った私は、ソファに座ると、深いため息…あっ、いけない、ため息つくと幸せが逃げるって…
でも、出るものは出ちゃうんですよね…
「どうしたの?春香ちゃん」
「あ、小鳥さん…」
「何だか、悩み事でもあるような顔だけど」
「…いえ、大丈夫」
「大丈夫な人は、大丈夫ぅて言わないの。ほら、お姉さんに話してみて!」
胸を叩いて得意げな顔の小鳥さんを、見て、思わず噴出してしまいます。
「あ、何で笑うの春香ちゃん、そこ笑うとこ?」
「ご、ごめんなさい…皆、凄いなって、思ってたんです」
「え?」
「…千早ちゃんは歌がものすごく上手い、響や真美もラジオやテレビで最近凄い人気、あずささんや貴音さんも、歌や…その、スタイルだって良いし…美希や真はダンスが凄いし、雪歩は詩を書いたりとか…」
「…」
「…私なんて、歌も、ダンスも、お芝居も…全然で」
「たーだいまー」
そんなときに、事務所に響いたのんきな声
「んー、どうした春香、何か深刻な顔して」
「あ、プロデューサーさん…うふふっ、お姉さんでも良いけど、ここはプロデューサーさんのほうが効果があるかな?」
「へ?」
「じゃ、あと、お願いしますね」
「は?」
「…」
「あー…春香?どうした?」
プロデューサーさんの、少し間の抜けた声を聞いて、何かが緩んだのか。
私は、思わず涙が出そうになって…
「…最近、私って駄目だなって思うときがあるんです…歌も台詞もダンスも覚えられないし…」
「…」
「皆、どんどんアイドルらしくなっていくのに、私だけどんどん置いていかれてる気がして…」
「…」
「こんなんじゃ…こんなんじゃ私っ…!」
「春香…」
「…」
「春香にとっての、アイドルって、何だ?」
「えっ?」
プロデューサーさんの言葉に、私は思わずうつむいていた顔を上げます。
プロデューサーさんは、これまでにないほど、真剣な表情でした。
「…歌やダンスや、芝居が上手いのが、アイドルなのか?」
「…」
「…俺は、アイドルってのは、ファンの皆さんに、笑顔を届ける仕事だと思ってる。春香や、千早たちのダンスや歌、演技を見て、楽しい、嬉しい、感動した!と思ってもらう、それがアイドルの務めだと、考えてる…」
「単に、色々上手いだけのアイドル、それが本当のアイドルといえるのか…」
「…」
「春香は、春香の良さがある、千早には、千早の良さがある、他人が同だろうと、良いじゃないか。俺は、天海春香のファンなんだ、春香の春香らしいところが見たい。だから、皆と一緒で良いということはないんだ…まあ、確かに最近の春香は、色々話を聞いてると、ちょっと仕事を過密スケジュール気味で、色々覚えることも多くて、大変だな…俺のミスだ」
「そんなっ」
「…春香には、それだけのことが出来る力がある、ファンの皆さんを楽しませる力がある。だから、そんな悲観的にならないでほしい」
「ぷろでゅざぁさぁん…ありがどうごじゃいましゅ!」
プロデューサーさんの言葉に、涙が止まらなかった。
思いつめていたものが全部流れ出すような気がして…
「春香、ぐっしゃぐしゃじゃないか…な、思いつめるなよ。俺がそばにいるんだから…」
「…はい」
「あれ~春香ちゃん、今日は凄いいい動きよー、いい感じ」
「はいっ、ありがとうございます」
「春香ちゃん、何かあったの?」
「え?」
「うん、何か、顔つきまで変わったような」
「…えへへっ、内緒」
「あー、何か隠してるでしょう」
「春香ちゃん、何?何?」
「なーいしょー!」
「あーっ、ずるいよ春香!教えてくれても良いじゃないか!」
「まぅて春香ちゃん!」
そう、私は天海春香です!
私は、私なりのアイドル、頑張ります!
終
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