照「私に妹はいない」(186)

咲「リンシャンカイホー?」

照「麻雀の役の名前だよ」

照「『山の上で花が咲く』って意味なんだ」

咲「咲く?」

咲「おんなじだ!!私の名前と!!」

照「そうだね、咲」

照「森林限界を超えた高い山の上」

照「そこに花が咲くこともある」


おまえもその花のように――

強く――

宮永母「忘れ物はないわね?」

照「さっきから大丈夫だっていってるじゃん」

照「そんな子供扱いしないで」

母「あんたなんてまだまだ子供よ」

母「…それに」

母「あんたがいくつになったって私の子供であることに変わりないんだから」

照「そういうこと言ってるんじゃないでしょ」

母「大人ぶっちゃって」

照「……ふん」

母「ちゃんとさよならはしたの?」

照「したってば」

照「お父さんったらほんとにめそめそして泣きそうになっちゃってるんだもん」

照「私なんかよりよっぽど子供みたい」

母「そういうこと言ってあげないの」

母「子供と別れるのが親にとってどれだけ辛いことか」

母「私だってあの子を置いていくのが……」

照「……」

母「本当にいいの?」

母「あの子、あんなに泣いてあんたと話したがってたわよ」

照「……いいの」

照「私にはもうあいつのことが理解らない」

母「……そう」

照(……)

照(……咲)

~1年前、春~


母「咲も中学生になったことだし」

母「これからはお金を賭けて打ちましょうか?」

父「おいおい」

父「たかが家族麻雀でお金を賭けることなんてないじゃないか?」

母「だめだめ!」

母「負けたときに何か代償がないと真剣になれないじゃない」

母「別に振り込んでもいいやなんて癖がついちゃうと高校生やプロになったときに困るわよ」

父「気の早い奴だなぁ…」

照「私は構わない」

照「むしろその方が燃える」

咲「うぅ…私もお金賭けるのは嫌だな」

咲「そもそも私お金なんて持ってないよ…」

母「あの変なペンギンの貯金箱にお年玉とか貯めてたでしょ?」

母「そんな心配しなくても安いレートにするからさ」

母「負けられないっていう気持ちが大事なのよ気持ちが」

父「おまえは言い出したら聞かないからなぁ…」

母「分かってるじゃない」

母「ルールは今まで通り25000点持ちの30000点返しのウマはなし」

母「レートはそうねぇ…最初だし※点1でいいでしょ」 (※1000点=10円)

母「そうと決まればさっそく始めるわよ」

ジャラジャラ

ジャラジャラ


母「ツモ!」

母「私のトップで終了ね」

母:+27 咲:+3 照:-8 父:-22

照「ふぅ」

父「かぁ~」

父「相変わらず強いな」

父「そもそも元プロ雀士のおまえに俺やこいつらが勝てるわけないだろ」

母「あら?そんなことないわよ」

母「あなたはどうせ無理でしょうけど照も咲もすっごく才能あるもの」

母「いつ追い越されるか分からないわ」

父「……俺にはどうせ無理かよ」

咲「お父さんとお母さんは東京で出会ったんだよね」

母「そうよ」

母「私は東京でプロとして活動していて、お父さんは小さい出版社で麻雀雑誌の記者をしていた」

父「小さいは余計だ」

母「ある大会前のインタビューで知り合ってすぐに意気投合しちゃってね」

母「お父さんったら弱いくせに麻雀のこと大好きなんだもん」

父「いいんだよ俺は楽しく打てりゃそれで」

咲「どうして今はここに住んでるの?」

母「お父さんが結婚したら空気のおいしい所でゆっくり暮らしたいって言い出してね」

父「あの東京の人の多さはいつまでたっても慣れなくてね」

母「結婚後もしばらくは東京に居たんだけどね、プロとして東京で活動することに未練もあったし」

母「でも」

母「あなたが生まれた、照」

照「……」

母「生まれた照の顔を見てたら思ったの」

母「あぁ、これからはこの子の、家族のために生きようって」

照「……」フイ

母「プロとして元々ぱっとした成績も残せてなかったしここらが潮時かなってね」

咲「へぇ~」

咲「なんだかロマンチックだね」

父&母「そうかな」テレテレ

照「やめてよ恥ずかしい」

照「そんな昔話する暇あったら寝る前にもう一半荘打つよ」

父「つれないなぁ~」

父「おまえ恋愛小説とか大好きじゃないか?」

照「…ぅぐ」

照「それとこれとは関係ないでしょ」

照「それより私はもっと麻雀が強くなりたいの」

母「頼もしいこと言ってくれるじゃない」

母「ま、次も私が勝たせてもらうけどね」

母(あなたの向上心はほんとにすばらしいわ、照)

母(そして咲にも照に負けないくらいの才能がある)

母(ほんと将来が楽しみだわ、二人とも)

照「ただいま」

咲「おかえり!お姉ちゃん」

照「お母さんは?」

咲「今買い物に行ってるよ」

照「そう。咲はまた本読んでるの?」

咲「うん!『ハリーポッター』っていうの」

咲「知ってるでしょ?今世界中ですっごい売れてるんだよ!」

照「聞いたことはある。魔法使いの話だっけ?」

咲「そうだよ!終わったらお姉ちゃんに貸してあげよっか?」

照「いいや。あんまりファンタジーは好きじゃないもの」

咲「えぇ~面白いのに」

咲「お姉ちゃんが好きな恋愛小説の方がよく分かんないよ」

照「お子様の咲にはまだ早いかもね」

咲「何それ!お姉ちゃんだって彼氏もできたこともないくせに」ツン

照「なっ…!」

照「ク、クラスの男子なんてみんな子供だもん」

照「それに、今は麻雀が恋人だからいいの」

咲「女子中学生がそのセリフは悲し過ぎるよ…お姉ちゃん…」

照「うるさい」

咲「それにさ、ハリーポッターにだってちゃんと恋愛の要素はあるんだよ」

照「どうせお子様同士の恋愛ごっこみたいなもんでしょ?」

咲「違うよ!」

咲「ずっと暗くて陰湿な奴だと思ってた人が、実は初恋の相手を死んだ後も何年も想い続けてたっていう素敵な話なんだから」

照「何それこわい」

照「それって単なるストーカーじゃ……」

咲「もお!ほんとにお姉ちゃんは夢がないんだから」

照「いや、今の説明でそんなこと言われても……」

咲「そういえば、もう少ししたら京ちゃんの家に行かなきゃならないから留守番よろしくね」

照「!!」

照「き、京ちゃんってあの須賀っていう男の子だっけ?」

咲「そうだよ」

照「そ、その、二人っきりで遊ぶ約束でもしているのか?」

咲「?本を貸しに行くだけだよ。京ちゃんってば全然本とか読まないからさ」

咲「私のおすすめの本を貸してあげるの」

照「そ、そうか……」

照(まずい)

照(こんなうぶな妹に先を越されては姉としての威厳が…)

咲「そういえば今日お父さん帰りが早いって言ってたね」

照「そうだな」

照(男はみんな飢えた魔物だ。油断してたら何があるか分かったもんじゃない)

照(私より先にボーイフレンドつくるなんて許さんからな)

照「夕食の後は麻雀するだろうし一刻も早く帰ってこいよ」

咲「う~ん」

照「どうした?」

咲「やっぱり私はお金賭けて打つのは嫌だな」

照「いいじゃないか。お母さんの次に咲が勝ってるんだし」

照「それに、私も咲もだんだんお母さんに勝てるようになってきたじゃないか」

咲「それはそうだけど……」

照「お父さんの心配をしているのか?確かにあのラス率は驚異的だな」

照「だが、お父さんはああいう性格だしあのレートならいくら負けても子供が気にするようなことじゃないぞ」

咲「そうじゃないけど」

咲「うぅん…何でもないよ」

照「?」

ジャラジャラ


照「ツモ」

父「最後は照のトップで終了か」

父「強くなったなぁ」

照「まぁこれだけ打ってればね」

照「トータルでは相変わらずお母さんのトップだけど」

母「そう簡単に追い越されるわけにはいかないわよ」

父「咲はほぼトントンか」

父「最近の咲はずっとこんな調子だな」

咲「う、うん……」

母(……)

父「レートが安いとはいえこの調子じゃ俺の負け分もあんまり笑ってられんなぁ」

母「いいじゃない。あんたたちから巻き上げたお金はおかずを豪華にしたりしてちゃんと還元してるのよ」

父「分かってるさ」

父「しかし、そんな下手な打ち方してるわけでもないのに何でこんな勝てないかね」

母「あなたはセオリー通りに打ってるだけだからね」

母「手牌も読みやすいし何よりもっと流れを感じなきゃ」

父「さすが元プロは言うことが違うなぁ」

父「俺には流れなんて全くもって見えないよ」

母「それはあなたに才能にないって証拠よ」

父「はは、返す言葉もないよ」

母「それじゃ私はシャワー浴びてくるから」

母「夜も遅いしあんたたちは早く寝なさいよ」

照&咲「うん」

照(流れ……か)

~浴室~

ジャー

母(……最近の咲)

母(明らかに萎縮してあまり勝たないような打ち方をしてる……)

母(それは恐らく私のせいね……)

母(なんて情けないのかしら)

母(必死に殺してるつもりでもどうしても胸がざわつくのを抑えられない)

母(プロとして私が積み上げてきた麻雀がまだ高校生にもならない我が子に追い抜かれようとしている)

母(……照にはもうすぐ)

母(……そして、咲にはもう)

母「咲」

咲「何?お母さん」

母「最近麻雀打ってるときあまり楽しそうじゃないね?」

咲「そ、そんなことないよ…麻雀大好きだよ?」

母「いいの。子供が親に隠し事したって無駄なんだから」

咲「……うぅ」

母「ごめんね。気なんて遣ったりせずあんたは伸び伸び打てばいいんだから」

咲「……」

咲「分かったよ、お母さん」

咲「ツモ、嶺上開花」

母「……」

照「……」

父「…い、いやぁ最近の咲はめちゃくちゃ強いなぁ」

父「ここ数週間ずっとトップじゃないか」

咲「そんな、たまたまだよ」


ガシャッ!!


咲「!!」ビクッ

母「ご、ごめんごめん。ちょっと疲れてるみたい」

母「先に寝かせてもらうわ」

母「悪いけど片づけよろしくね」スタスタ

父「はぁ…」

咲(……うぅ)

照「……」

~寝室~

母「……」ボフッ

母(何て弱いんだ私は)

母(自分で自分が嫌になる)

母(咲にあんな言葉掛けといてこんな姿を見せちゃうなんて)

母(……誓ったはずなのに)

母(照が生まれたとき)

母(麻雀への未練を捨てこれからは家族のために生きるって……)

母(……でも)

母(プロとして戦ってきた誇りが)

母(麻雀を大好きだって気持ちが)

母(あの日の誓いの邪魔をする)

母(子供に負けて本気で悔しがるなんて母親失格だ、私)

母(私の夢を子供に託すなんてエゴが)

母(そもそも最初から間違いだったんだ……)

ガチャッ

父「落ち着いたかい?」

母「うん。本当にごめんなさい」

父「ほんとは怒らないといけないところなんだろうけどさ」

父「おまえの麻雀に対する気持ちを否定することはできないよ」

母「……」

父「もう家族で麻雀をするのはやめよう」

母「……」

父「このまま続けても咲もおまえも苦しいだけだ」

母「そうね」

母「咲の性格なら、何を言ってもあの子はもう本気で打とうとしないでしょうね」

父「ああ」

母「でも、家族麻雀はやめないわ」

父「どうして!?」

母「照がいる」

父「……」

母「あの子は私の意志なんて関係なしに純粋に麻雀が好きで、本気で強くなりたいと願ってる」

母「咲や私と打つことは必ずあの子にとって大きな財産になる」

母「今あの子から麻雀を遠ざけるなんて、そんな残酷なマネ私にはできないわ」

父「じゃあ咲はどうなるんだ」

母「咲が将来麻雀を続けるかどうかはもう私から何も言えない」

母「でも、いっしょに暮らしてるうちは姉妹仲良く麻雀を打っていてもらいたい」

母「いつ離れ離れになるか分からないし」

父「どういうことだ?」

母「照を東京の高校に進学させようかと思ってるの」

母「知ってるでしょ。白糸台高校の監督が私の友達で、照をうちに預けてみないかって誘われてるの」

父「そんな話聞いてないぞ!」

母「もう少ししたら言うつもりだったわ」

母「そのときはあなたを説得して、家族みんなで東京に引っ越すつもりだった」

父「……」

母「でも、それももう難しそうね」

母「叶うなら咲も白糸台へ行って二人手を繋いで麻雀を続けてほしかったけど」

母「今の咲はきっとそんなこと望まない」

母「東京の激しい競争の中で好きでもない麻雀を続けるより」

母「長野で穏やかに暮らしたいとあの子は思うでしょうね」

父「照には進学のこともう話したのか?」

母「まだよ」

母「でも照はこの話を聞いたら東京に行きたいって言うんじゃないかな」

母「咲はあなたに似て、照は私に似てるもの」

父「……そうだな」

母「とにかく」

母「さすがに私も吹っ切れたわ」

母「もう子供たちに自分の夢を重ねたりしない」

母「後はただ、あの子たちが望むように……」

照(……咲)

照(あの日以来ずっとプラマイゼロか)

照(おまえには一体何が見えてるんだ)

照(お母さんには勝ち越せるようになってきたが、おまえの強さに届く気がしない)

照(私のほうがずっと麻雀が好きで、強くなりたいと思ってるはずなのに)

照(お母さんも同じ気持ちだったんだろう)

照(私よりずっと麻雀を打ってきたから、私よりよっぽど悔しかったんだ)

照(どうすれば、咲のように強くなれる……)

咲「お姉ちゃん、こんな暑いのに窓も閉め切って何ぼんやりしてるの?」

照「ああ、ちょっと考え事をな」

咲「窓開けるよ。それに扇風機ぐらいつけようよ」ポチ

照「悪いね」

ブオオオオオオン

咲「ふぃ~涼しい」

照(普段はほんと無邪気なやつだな)

咲「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

照「……」

照「中学生にもなって何をやってるんだ」

咲「え~やりたくならない?」

照「ならん。だから咲は子供っぽいと言ってるんだ」

咲「ふん。お姉ちゃんはすぐ大人ぶるんだもん」

照(でも、確かに風が気持ち良いな……)

照(風……扇風機……空気の流れ……)

照(『流れ』か……いつかお母さんが言ってたな)

照(お父さんは場の流れが読めてないから弱いって)

照(麻雀が強いか弱いかの差は流れを感じ取れるかどうかにある)

照(それじゃあ強者と更にその上の領域にいる者とを隔てるものは何だ……?)

照(それは、お母さんがトッププロになれなかった理由……私と咲とを分けるもの……)

照(……)

照(流れに乗るだけじゃだめなんだ)

照(咲は樌一つで場の流れを自分のものにし、自らの点数をプラマイゼロに収束させる)

照(場の流れを自ら作り出す力……すなわち……)

咲「どうしたのお姉ちゃん、またぼぉーっとして?」

咲「お姉ちゃん……?」

照(場の支配……!)

ジャラジャラ


母「ロン」

母「今日はこれでおしまいにしましょうか」

母:+23 父:+3 咲:±0 照:-26

父「久しぶりに浮いたなぁ」

母「ほんと、あなたがプラスなんていつ以来かしら」

咲「うーん、今日も勝てなかったよー」

父「……」

母「……」

照「……」

父「でも、照がラスなんて珍しいな。調子悪かったのか?」

照「ちょっと試したいことがあってね」

父「ふーん?」

照「それじゃ私寝るから」

咲「あっ、待ってよお姉ちゃん」トテトテ

咲(今日は何だかいつもより手間取っちゃったな)

父「どう思う?」

母「何か変わろうとしてるのは間違いないわね」

母(やっぱり、あの子のために麻雀を続けて正解だった)

照(咲の嶺上開花……)

照(自分の名前というアイデンティティーとも深く結びついたあの子だけの能力)

照(牌を4枚揃えるだけでいつでも発動できるという強み)

照(大明樌もあるから他家への縛りにもなる)

照(我が妹ながら本当に恐ろしい力だなまったく)

照(私にはそんな天性のものはない)

照(だから、自分の打ち筋に誓約を課し、自らのリズムを場に刻むことで流れを作り出す)

照(最初の局は見に徹する)

照(相手の打ち筋や調子、場に生じる僅かな流れをまず感じ取る)

照(次局は流れを読んでとにかく和了り、次第に打点を上昇させるという制限を課す)

照(そうして牌の流れを私自身が作り上げることで場を支配するんだ)

照(イメージはそう…空気の流れを生みだす扇風機といったところか…)

照(……ふふ)

照(我ながら愚直でオリジナリティーのない発想だな)

照(だが、生まれ持った才能がない私でもやれるってことを証明してみせる)

照(お母さんに……そして、咲に……!)

ジャラジャラ


照「ツモ」ギュルルル

照:+38 咲:-3 母:-10 父:-25

咲(……うぅ)

父「ひゃぁー何にもできなかったよ」

父「それにしても最近の照は面白い打ち方するな。何か理由でもあるのか?」

照「説明するのめんどくさい。言ってもどうせお父さんには分かんないし」

父「……おぉ」

照「それじゃ私寝るね」

母「ちょっと待って、照。あなたに二人きりで話があるの」

照「?」

母「進路のことはどう考えてるの?」

照「麻雀部があるとこならどこでもいいよ」

照「最初は風越にしようかと思ってたけど、強いところを倒して全国に行くってのも面白そうだし」

母「実はね、あなたを東京の高校へ行かせようかと思ってるの」

照「え?」

母「白糸台っていう私の友達が監督してる高校なんだけどね、名前ぐらいは聞いたことあるでしょ」

照「そりゃあ……でも何で?」

母「最初は照により整った環境で麻雀を磨いてもらいたいって気持ちだった」

母「でも、今はちょっと違うかな」

母「こんな田舎の高校じゃあなたはきっと満足できない」

母「曲りなりにも元プロだった私の目から言わせてもらえば、あなたに勝てる高校生なんてそうそういない」

照「……」

母「才能だけじゃなく、麻雀を好きって気持ちと努力で手に入れた今のあなたの強さを私は誇りに思ってる」

母「かつて私が辿りつけなかった場所が、単に才能の有無によるものだけじゃなかったんだってことが少し嬉しくもあるんだ」

照「……」

母「私が麻雀で照に教えてあげられることなんてもう何もない」

母「だからこそ、せめてあなたを広い世界へ連れて行ってあげることが私ができる精一杯のことだと思う」

照「そうなれば家族で東京に引っ越すってこと?」

母「それはまだ分からないわ。お父さんはここが好きだし」

母「でも、あなたが東京に行くなら私は付いていくつもりよ」

母「もちろん今すぐ答えを出せなんて言わない。まだ時間はあるし」

照「お母さん……私……」

照「東京に行きたい」

父「おまえの言った通りだったな」

母「当たり前じゃない、あの子は私に似てるもの」

父「どうして嘘をついたんだ?」

母「何のこと?」

父「引越しのことだよ!俺は照のためなら東京に住むことになっても構わないって言っただろ!」

母「ごめんなさい。でもああ言うしかできなかった」

父「どういう意味だ?」

母「……」

母「照にとって、咲は側にいないほうがいいんじゃないかと思うの……」

父「お、おまえ……!」

父「滅多なことを口にするもんじゃない!あの子たちはたった二人きりの姉妹だぞ!」

母「分かってるわよ!そんなこと!」

母「でも、あの子の存在…いいえ…あの子の麻雀は、照にとってきっと重荷になる」

父「そんな……最近は咲だってプラマイゼロにするのに苦労してるみたいじゃないか」

母「それは照が急激に強くなったからよ。しばらくして慣れれば恐らくまた……」

父「でもおまえも言ってたじゃないか。咲は麻雀を続けないだろうって」

母「多分ね。でもあんな麻雀を忘れられるわけがない」

母「それに、咲が麻雀を続けることがあれば今度こそ二人は潰し合いかねない」

母「いえ、今の力では潰されるのは照の方でしょうね……」

母「そんな未来だけはどうしても……どうしても見たくない……」

父「……」

母「ちょっと前までは二人で手を繋いで麻雀を続けてほしいなんて思ってたのに、どうしてこうなっちゃったのかな……」

父「少し落ち着け。それじゃあ咲がかわいそ…」

母「そんな言い方はやめて!!」

母「愛してるわよ、咲のことだって照と同じくらい」

母「でも、私はあの子の……照のひたむきな夢を全力で応援してあげたい……」

父「……悪い」

母「ちょっと意外ね」

母「今度こそ『たかが麻雀で』って怒られるかと思ってたんだけど」

父「……言えないよ、その言葉だけは」

父「麻雀を愛するおまえを好きになったのは俺だ」

母「さっきはあんな意地悪なこと言ったのに」

父「……それでもだよ」

咲「お姉ちゃん、もう寝た?」

照「何?」

咲「お父さんとお母さん、何か言い争いしてるみたいだね」

照「……」

咲「さっきお姉ちゃんが呼ばれたことと何か関係があるの?」

照「……咲」

咲「ん?」

照「私、東京の高校に行くことにしたんだ」

咲「えっ!」

照「さっきお母さんと話し合って決めた」

咲「そんな…じゃあ皆で東京に引っ越すってこと?」

照「それはまだ分からないって。私とお母さんだけ行くことになるかも」

咲「そんなの嫌だよ!お姉ちゃんとお母さんと離れ離れになるなんて」

照「……」

照「私は眠いからもう寝るね」

照「おやすみ、咲」

咲「……うぅ、おやすみなさい」

ジャラジャラ


照「ロン」

照:+35 咲:±0 母:-10 父:-25

母「……」

父「……」

照(……っく)

咲「あのさ、お姉ちゃんに聞いたんだけど」

咲「お姉ちゃんとお母さんだけ東京に行くかもしれないってほんとなの?」

母「……本当よ」

咲「どうして!?それなら家族皆で引っ越したらいいじゃん」

咲「私も長野を離れるのはちょっと寂しいけど、そんなの全然平気だよ」

父「すまない、咲。でもお父さんはここに残ることに決めたんだ」

咲「お父さんは寂しくないの!?」

父「もちろん寂しいさ。でも離れるったって一生会えなくなるわけじゃない」

父「それに、今の世の中そう簡単に仕事なんて見つかるものじゃない」

父「お父さんが家族を養えなくなったら皆困るだろ。分かってくれ、咲」

咲「……そんな」シュン

照「……咲」

咲「何、お姉ちゃん?」

照「もうすぐ家族で麻雀することもできなくなる。だから」

照「これからは手を抜くのなんてやめて本気で打て」

咲「……私は手なんて抜いて」

照「そんな見え透いたごまかしはいらない。私は本気のおまえの力が見たいんだ」

咲「……うぅ」

咲(家族はギスギスするし…お姉ちゃんとお母さんは遠くに行っちゃうし…)

咲(……麻雀なんて)

~春~

ジャラジャラ


父「明日の朝には二人とも東京に出発か」

父「家族で麻雀するのもこれで最後だな」

照「咲、最後にもう一度言っておく」

照「本気で打て」

咲「……私はいつも真剣に打ってるよ」

照「……」ギロ

咲「……うぅ」

咲「ツモ、嶺上開花」

咲:+22 照:+10 母:-7 父:-25


照「……」ギリ

咲「最後でようやくトップとれたよ。やっぱお姉ちゃんは強いね」

照「そうだな。これで私のトータルトップ、咲は毎度の如くトータルプラマイゼロか」

咲「……そ、そんなの偶然だよ」

照「前に私が忠告してからずっとこうなのに何が偶然だ!」

照「どうして本気で勝とうとしない!」

咲「……」

咲「だって私が勝ったら怒られるし……」

照「おまえ!まだそんなことを!」

母「そうじゃない…そうじゃないのよ、咲」

咲「……お母さん」

母「前に私がとった態度は本当にごめんなさい。咲には悪いことしたと思ってる」

母「でもね、あれは怒ってるんじゃないの。悔しかったのよ」

母「麻雀が好きだから、本気で打って負けたら悔しい」

母「でもね、今のあなたの打ち方じゃ相手は本気で悔しがることもできない」

母「悔しさよりもっとみじめで暗い感情が残るだけ」

咲「そんなの分からないよ!怒ってるのも悔しがってるのもいっしょじゃない!」

照「そんなことも分からないから、おまえは子供だって言ってるんだ!」

照「おまえの打ち方が麻雀を好きな者の気持ちをどれだけ踏みにじってるか考えたことはあるのか!?」

咲「知らないよそんなの!私は麻雀好きじゃないもん!」

照「……おまえ!」ギリ

咲「おかしいよこんなの!家族で喧嘩して、お姉ちゃんとお母さんは東京に行っちゃって……!」

咲「たかが麻雀なんかのために…!」


パシィィン!

ドサッ

咲「……お、お姉ちゃん」ヒリヒリ

咲「……ぅぐ」ダダッ

父「照!」

照「……」ジワ

照「私とお母さんが大好きな麻雀を……あんな言い方…ヒグッ…許せない…」

母「……」

父「分かったから……今日はお母さんの部屋で寝なさい」

照「……」コク

母「……」

父「おまえの位置なら照を止められたんじゃないのか」

母「……そうかもしれない……わね」

父「照と同じ気持ちだったのか?」

母「……」

父「咲はまだ中学1年生なんだぞ」

父「たまたま強い才能を持って生まれてきただけで、勝負事が嫌いな優しい子なんだ」

父「勝負ってのがどんなものか分かってないだけで、あの子は本当におまえや照に勝って喜んでほしいと思ってただけなんだよ」

母「……分かってたつもりだった」

母「……でもだめね……私には痛いほど照の気持ちがよく分かる」

母「あの子の成長を見てたら、どうしても照に感情移入してしまう」

母「本当に咲と一緒にいないほうがよかったのは、照より私の方だったのかな」

父「……そんなことは」

母「たった二人きりの姉妹なのに……これが最後の夜なのに……こんな別れ方をさせてしまうなんて」

母「やっぱり母親失格だ、私」

父「……俺もだよ」

~別れの日~


母「咲、昨日はごめんね」

咲「……お母さん」

母「でもね、離れ離れになってもずっと咲のこと想ってるから」

母「愛してるから」

母「だから、いつでも東京に遊びにおいで」

咲「でも、お姉ちゃん……一言も口を聞いてくれない」ウルウル

咲「私の顔なんて…ウグ…見たくないに決まってる…」

咲「……謝らなきゃいけないのに」

母「あなたが悪いんじゃないの」

母「……でもね、咲」

母「これだけは覚えておいて」

咲「……ヒッグ……?」

母「あなたが何かを本当に大好きだと思えたとき……」

母(それが麻雀であればいいと願っていたけれど……)

母「照の気持ちがきっと分かるはず、あなたは優しい子だから」

咲「……うん」グス

母「お父さんをよろしくね」

咲「……」コク

父「体に気をつけるんだぞ、照。東京は空気が悪いからな」

照「お母さんがいるから大丈夫だって。それより自分の心配しなよ」

父「こっちは平気さ。長野は良いところだし、咲は家事が上手いからな」

照「……」

照「ごめんね、お父さん」

父「何がだ?」

照「私の麻雀のために、家族が離れ離れになっちゃって……」

父「何言ってるんだ?それはお父さんが東京行きたくないから……」

照「分かるよそれくらい。家族だもん」

父「優しい子だね、照は。ちょっとぶっきらぼうだけど」

照「……ふん」

父「やっぱり姉妹だよ、おまえと咲は」

照「……」

照「それじゃあ私もう行くから」

父「ああ、元気でな」

父「おまえの活躍、見守ってるよ」

照「……うん」

母「忘れ物はないわね?」

照「さっきから大丈夫だっていってるじゃん」

照「そんな子供扱いしないで」

母「あんたなんてまだまだ子供よ」

母「…それに」

母「あんたがいくつになったって私の子供であることに変わりないんだから」

照「そういうこと言ってるんじゃないでしょ」

母「大人ぶっちゃって」

照「……ふん」

母「ちゃんとさよならはしたの?」

照「したってば」

照「お父さんったらほんとにめそめそして泣きそうになっちゃってるんだもん」

照「私なんかよりよっぽど子供みたい」

母「そういうこと言ってあげないの」

母「子供と別れるのが親にとってどれだけ辛いことか」

母「私だってあの子を置いていくのが……」

照「……」

母「……本当にいいの?」

母「あの子、あんなに泣いてあんたと話したがってたわよ」

照「……いいの」

照「私にはもうあいつのことが理解らない」

母「……そう」

照(……)

照(……咲)

小さい頃から似たもの姉妹だと言われてきた。

顔や髪の毛のハネ具合、外で遊ぶより家で本を読むのが好きなところなんかはなるほど、
周りには良く似た姉妹に見えただろう。

でも、実のところ私と咲は全然似ていない。

私は恋愛小説が好きで、咲はファンタジーが好きだ。

どちらも人付き合いに積極的な方ではないけれど、
私はぶっきらぼうな人見知りで、咲は愛想がよく誰とでもすぐに仲良くなれる。

私は異性の友達はいないけれど、咲は仲の良いクラスメイトの男子がいる。

私はご飯が好きで、咲はパンの方が好きだ。

私は昔からよく大人っぽいと言われるけれど、咲は今でも子供っぽいとからかわれる。

私は勝負事が好きだけれど、咲は競争や賭けごとが嫌いだ。


ほら、私と咲って全然似ていない。

ときどき咲の考えや趣味が分からなくなるときもあるけれど、
だからといって咲が私の妹だってことを疑問に感じたことは一度もない。

でも、あの夜

初めて咲のことが本気で分からなくなった。

咲が麻雀を楽しんで打てなくなってることはもちろん気付いていた。
あの子の性格を考えれば当然のことだと思う。

それでも、麻雀が私たち家族にとって特別なものだっていう気持ちはいっしょだと思ってた。
私が強くなれば、咲もそれを嬉しがってまた本気で打ってくれるとどこかで信じていた。

でも、そんな身勝手な私の想いは咲には全然届かなかった。

私が必死に強くなっても、咲はプラマイゼロにすることをやめなかった。
私とお母さんが愛した麻雀は、咲にとっては忌み嫌うべきものにすぎなかった。

そのことがどうしようもなく悔しくて、みじめで、腹が立って、そして、咲のことが理解らなくなった。


私は麻雀が好きで、咲は麻雀が好きじゃない。

母「もうすぐ東京よ」

照「うん」


咲はもう麻雀をしないだろう。

でも、もし再びあの子が牌を握ることがあれば、

勝ちたいと願い、本気で麻雀を打つようになれば、

そのとき私は姉としてどう応えればいい?

いや、やめよう。

そんな可能性の低い話、考えたって無駄なだけだ。

咲のおかげで、咲がいたから私はここまで強くなれた。

でも、もうあの子の麻雀に囚われてる暇はない。

東京で私は誰よりも強くなるんだ。

忘れよう、咲のことは―――


照「私に妹は、いない」


~完~

宮永家の謎が原作でも当分明かされそうにないので自分で考えてみました
原作やドラマCDで分かってる設定にできるだけ矛盾しないよう頑張りました

誰か一人が極端に悪者になってほしくないとあれこれ考えましたがやっぱり難しかったです
私の力不足ですね

今まで読んで下さった方はありがとうございました

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom