国王「名づけて……勇者ドッキリ大作戦!」(310)

城──

国王「兵士長よ」

兵士長「はい」

国王「おぬしをここに呼んだ理由は、他でもない」

兵士長「なんでしょう?」

国王「おぬしは……クビだ」

兵士長「えぇっ!?」

大臣「陛下がおっしゃるには、どうもお前の顔つきが気に入らないそうなのだ。
   悪いが……お前の城勤めは今日までだ」

兵士長「そ、そんな……! これまでずっと真面目にやってきたのに……!
    これから私はどうすれば……!」

国王「プッ……アッハッハッハッハ!」
大臣「クククッ……!」

兵士長「!」

兵士長「なにがおかしいんです!?」

国王「──なんちゃってな」

兵士長「へ?」

大臣「今のは陛下のジョークだ。いわゆるドッキリというやつだ」

兵士長「……本当にクビなのかと背筋が凍りましたよ!」

国王「ハハハ、すまんな。ワシは今、こういうのにハマっておってな。
   もう戻ってよいぞ」

兵士長「失礼します……!」ザッ

国王「いやぁ~面白かったな! このドッキリという遊戯は最高だ!」

大臣「あの滅多にうろたえることのない兵士長が、目を丸くしていましたな」

国王「それこそがドッキリの醍醐味というヤツなのだ。
   あの真実を知った瞬間のなにかが崩れたような表情がヤミツキになる!」

大臣「えぇ……なにせ最初にターゲットにされたのはこの私ですからね。
   いきなり死刑といわれた時は、心臓が止まるかと思いました」

国王「ハッハッハ。あの時のおぬしの顔も傑作だったぞ」

国王「とはいえ、こう何度もやっていると
   ワシとしてもいささか物足りなくなってくる」

国王「なんというか……よりスケールの大きいことをしたくなってきた」

大臣「スケール、というと……?」

国王「時間や手間暇をかけて、大がかりなドッキリをやりたいのだ」

大臣「ふぅむ……少々興味をそそられますな」

国王「さては大臣、おぬしもドッキリにハマりつつあるな?」

大臣「! い、いえ……そんなことは……ありますけど。
   仕掛ける側に回れば、これほど楽しいことはありませんから」

大臣「しかし、スケールの大きいドッキリとおっしゃられても
   私には思い浮かばないのですが……」

国王「フフフ、実はワシにはちょっとした案があるのだ」

大臣「ほう?」

国王「この国には、勇者と魔王にまつわる伝説があるだろう」

大臣「えぇ……分かりやすい話なので童話にもなっていますね。
   魔王の手で大陸に危機が訪れるが、人間の英雄である勇者によって
   魔王は退治されるという……」

国王「その伝説を利用するのだ」

大臣「ほう……?」

大臣「──あ、分かりました!」

大臣「魔王が現れたというニュースを我々の手ででっちあげ、
   国民を恐怖させ……本当は魔王なんかいない、というドッキリですね!?」

大臣「国民全体をドッキリのターゲットにするとは、さすが陛下!」

国王「ちがうちがう」

大臣「え?」

国王「魔王をでっちあげるのではない……」

国王「勇者をでっちあげるのだ!」

大臣「え、え、え? 陛下、どういうことですか?」

国王「つまりだな……ある一人の人間を皆で勇者だとはやし立て、
   いざ旅立ち! というところでネタばらしをするのだ」

国王「名づけて……勇者ドッキリ大作戦!」

大臣「しかし陛下、いきなりお前は勇者だと告げても、
   ターゲットはすぐに『俺は勇者なんだ』とはならないでしょう」

大臣「ネタばらしをしても、なぁ~んだやっぱり、となるだけでは……」

国王「うむ、もっともだ。
   だからこそ、このドッキリは長期間をかけて行わねばならない」

国王「いないハズの魔王の存在を信じさせる工作も必要となろう」

国王「突如としておぬしは勇者だと祭り上げられ、
   他国で暴れる魔王のニュースを聞き、義憤に駆られるターゲット……」

国王「そしていよいよ盛大に魔王討伐の旅に出発……というところで
   魔王などいない、おぬしも勇者ではない、と真実を告げる」

国王「ククク……いったいどんな表情をするか、想像もつかんわ」

大臣「いいですなぁ……私もなんだか楽しくなってきましたよ……!」

国王「ターゲットは……そうだな」

国王「なるべく平凡な若者が望ましい。
   平凡な若者をワッと祭り上げて、再び平凡という奈落に叩き落とす……。
   この落差がきっと、い~い表情を生むにちがいない」

大臣「ではさっそく、兵に命じて条件に合致する若者を探させましょう」

一週間後──

大臣「陛下、よいターゲットが見つかりましたよ!」

国王「おお、本当か!?」

大臣「ええ、ノース地区の小さな村で暮らしている青年です。
   絵に描いたような平凡さで、勇者として祭り上げるにはピッタリかと……」

国王「ほう……」

国王「──で、家族構成は?」

大臣「両親と三人暮らしで、一家の稼ぎはほぼ彼が担っています。
   つまり……買収もたやすいかと」

国王「よろしい。さっそく、その青年がいる村に向かうぞ。
   勇者ドッキリ大作戦の第一段階だ」

大臣「あんな村に、陛下自ら出向くのですか!?」

国王「こういうことは、やはり自分の手で行うからこそ面白いのだ。
   それにワシが行けば話の信憑性も増すだろう」

ノース地区の村──

「国王様だ!」 「こんな小さな村になぜ……!?」 「どうして……?」

あまりに突然の国王の来訪に、村は大騒ぎとなった。

ザワザワ…… ガヤガヤ……

村長「こ、こ、これは国王陛下! え、えぇと……ようこそいらっしゃいました!
   なにもない村ですが、どうぞごゆっくり──」

国王「いや、歓迎など必要ない」

村長「へ?」

大臣「陛下はこの村に住むある一家に用があるのだ。案内してくれるか?」

村長「か、か、かしこまりました!」

家にはターゲットはおらず、両親がいるだけだった。
ターゲットである青年は、山で仕事をしており夕方まで戻らないという。

国王(ふむ……これは都合がいいな)

父「狭い家でございますが……!」
母「なにもお出しできるものはないのですが、ご容赦を──!」

国王「いや、かまわんでくれ」

国王「大臣」

大臣「はい」

大臣「まずはなにもいわず、これを受け取ってもらいたい」ジャラッ

父(なんだ、この金貨の山は!?)
母(す、すごい……!)

国王「実はな、おぬしらの息子を勇者にしたい」

父「え!? 勇者というのは、あの伝説の!?」

国王「そうだ」

父「あ、あのぅ……父親の私がいうのもなんですが、
  アイツは木こり以外なにもできないごく平凡な人間でして……」

国王「そんなことは分かっておる」

父「え……?」

国王「ワシはおぬしらの息子に、かつてない規模のドッキリを仕掛けたいのだ。
   期間は一年を予定している」

国王「もちろん……ワシが満足いく結果となれば、成功報酬も払う。
   今渡した金とは比べ物にならないほどのな」

父「…………」ゴクッ

国王「いかがだろうか。おぬしらの息子をワシらに売ってくれんか?」

父&母「売ります」

その後、国王は他の村人にも金を渡し、協力させることに成功した。
そして本格的な作戦は明日からということで、ひとまず城へ戻っていった。

青年「ただいま~!」

父「おお……お帰り」
母「お、お疲れ様……」

青年「どうしたの、二人とも? なんだかよそよそしいけど……。
   そういえば、村の人たちもなんだか様子が変だったし……」

父「なんにもないぞ、なぁ母さん?」
母「ええ……なんにもありませんよ」

青年「ふうん……ならいいけど。
   なんかあったら、すぐ俺にいってくれよな!」

父「お、おお……もちろんだとも」
母「すぐいいますよ、すぐ」

翌日──

青年がまだ家にいる時間を見計らって、再び国王たちが村にやってきた。

ザワザワ…… ガヤガヤ……

青年「さぁてそろそろ仕事に──ってなんだ?」

父「オイ、村に国王様がやってきたそうだ!」

母「早く行ってみましょうよ!」

青年「国王様が!? でも、用があるとしたら村長だろうし」

父「いいから早く来い! 村人全員集まってるんだ!」

青年「わ、分かったよ」

村長「これはこれは……ようこそお越し下さいました、国王陛下……。
   ところで本日はどのようなご用件で……?」

青年(すごいな村長……国のトップがいきなりやってきたというのに、
   冷静に応対している……)

国王「うむ……実はまだ、国の一部にしか公にしてないことなのだが──
   この大陸に魔王が現れた!」

「えぇっ!?」 「魔王が!?」 「なんということだ……!」

大臣「しかし、それと同時に宮廷魔術師の占いによって
   勇者の素質を持つ人間も見つけることができたのだ」

「勇者!?」 「いったいだれなんだ?」 「この村の人間なのか!?」

国王「今大臣がいった勇者の素質を持つ人間とは──君なのだ!」ビシッ

青年「え」

青年「へ!? え、あれ──」キョロキョロ
  (どう考えても国王様の指は俺を向いてるよな……)

青年「俺が……勇者……!?」

国王「魔術師よ、彼なのだろう?

魔術師「えぇ、まちがいありません。
    私の占いによって、水晶は彼を選び出しました」

ザワザワ…… ドヨドヨ……

「おお……」 「まさか青年君が……!」 「勇者だったのか!」

青年「ちょ、ちょっと待って下さい! なんで俺が勇者なんですか!?
   俺はただの木こりですよ!」

国王「魔術師、彼はああいっているが?」

魔術師「いえ、直接会って再確認することができました。
    これほど強い気の持ち主には、私も出会ったことがありません。
    彼にはまちがいなく勇者としての素質があります」

青年「俺に……素質が……!」

国王「本来ならば、じっくり時間をかけておぬしの素質をたしかめたいところだが、
   あいにく我々にそのような余裕はない」

国王「だからこそ、単刀直入にいおう」

国王「青年君、我が城に来てくれないか?」

青年「えっ?」

国王「いくら素質があろうと、おぬしはまだ戦いに関しては素人だ。
   だから魔王の目が他国に向いているうちに一年ほど……
   城で剣と魔法の特訓をして欲しい」

大臣「もちろん、残されたご両親の生活については一切心配しなくていい」

国王「いきなりこんなことをいわれても、困るだろうが……どうかね?」

青年「…………」

青年「一晩だけ……考える時間をいただけますか?」

国王「……かまわんよ。重大なことだ、後悔のないように決めて欲しい」

大臣「ただし、これだけはもう一度いっておこう。
   魔王の出現も、君に勇者の素質があることも、全て本当のことなのだ」

青年「は、はい……」

国王「では、また明日のこの時間に村に来る。いい返事を待っておるぞ」

大臣「どうですかね、陛下」

国王「ククク、アレは完全に信じ込んでいるぞ」

国王「なにしろ国のトップが直々に会いに来ているのだからな。
   まさかウソだとは思うまい」

国王「しっかし、自分が勇者かもしれないといわれた時の彼の顔は
   傑作だったな!」

国王「ただの木こりが勇者になれるワケがなかろう!」

大臣「まったくですな、私も吹き出すのをこらえるのが大変でしたよ」

国王「今頃、これまでろくに使ってなかった頭をフル稼働させて、
   悩んでいるにちがいない……ハッハッハ」

その夜、国王の読み通り、青年はこれまでにないほど悩んだ。

青年(本当に俺なんかに、勇者になる素質があるんだろうか)

青年(本当に魔王が現れたんだろうか)

青年(なんだか、あまりにも唐突すぎてとても信じられない)

青年(でも、わざわざ城から国王様や大臣様がこんな村まで来ているんだ……。
   本当なんだろう)

青年(魔王か……)

青年(もし俺でなきゃ、魔王を倒せないのなら、世界を救えないのなら──!)

青年「父さん、母さん……」

父「どうした?」
母「なんだい?」

青年「もし俺がいなくなっても……大丈夫かい?」

父「もちろんだとも!」
母「私たちは大丈夫だよ」

青年「俺……バカだけど色々考えた結果、勇者になってみようと思うんだ!」

父「うむ、お前は勇者になった方がいい!」
母「それがなによりの親孝行だよ!」

青年「う、うん……」

青年(とりあえず父さんと母さんは大丈夫なようだ)

青年(実をいうと、ちょっとくらい引き止めて欲しかったんだけどな……。
   でも、大陸が滅びるかどうかの瀬戸際だし……こんなものかな)

父&母(なんとしても息子には城に行ってもらわないと……!)

翌日──

青年「心は決まりました」

青年「俺に勇者となる素質があるのなら……。
   俺でしか魔王を倒せないのなら……俺、勇者になります!」

国王「おお……よくぞ決断してくれた!」

大臣「では、さっそくあちらの馬車に……」

青年「いえ、馬車はけっこうです」

大臣「え?」

青年「これからは、今まで以上に体を鍛えなければなりませんからね。
   兵士の方々と一緒に、徒歩で城まで行かせて下さい」

国王「さすがは勇者、すばらしい心がけだ!」
  (すっかりその気になっているな……木こり風情が。こりゃあいい)

大臣「彼ならば、打倒魔王も夢ではないでしょうな」
  (ま、まずい笑うな……こらえろ……)

こうして村中の声援を背に、青年は故郷を発った。

城下町──

住民は、青年を快く迎え入れた。

ワアァァァァァ……!

「お帰りなさいませ、国王陛下!」 「勇者様が来られたぞ!」 「バンザーイ!」

「頑張ってくれよ!」 「これでこの国は滅びずに済むんだ!」 「やったぁ!」

青年(すごい熱狂ぶりだ……!)

青年(おそらくこの町の人々には、魔王の件がすでに伝わっているんだろう)

青年(さぞ不安だったにちがいない……)

青年(正直いって、流されるままにこんなところまで来てしまったけど、
   この光景を見たらいくら俺だってやらなきゃいけないって分かる)

青年(絶対勇者に相応しい人間になってやる……!)

むろん、城下町の住民には全てが明かされており、買収と口止め済みである。

城──

国王「青年君。おぬしはまだ、なにか武功を立てたワケではない」

国王「しかし、我々の願いを聞き入れ、人々のために立ち上がったおぬしは、
   すでに勇気ある者──すなわち“勇者”を名乗る資格がある」

国王「ゆえに本日この場から、おぬしは勇者を名乗るがよい」

青年「はいっ……!」
  (とりあえず、名前だけは勇者になれたということか……。
   なんだろう、体の中が沸騰するように熱いや)

国王「ここまで慣れない道を歩いて疲れたであろう。
   今日はゆっくり休んで、特訓は明日からということにしよう」

メイド「では、こちらが勇者様のお部屋となります」

勇者「どうもありがとう」

メイド「なにか御用の際は、私におっしゃって下さい」

勇者「は、はい」

メイド「…………」

勇者「なにか?」

メイド「……いえ、失礼いたします」

勇者(こんな豪華な個室に、しかもメイドさんまでついてくるなんて……)

勇者(あまりにも恵まれすぎてて、逆に不安になってくるよ。
   本当に俺なんかが勇者で大丈夫なのだろうか?)

勇者(寝て起きたら、村に戻ってるんじゃないだろうか?)

勇者(でも……どうやらこれは現実のようだ)

勇者(国王様は勇者になる決意をした時点で勇者だ、といってくれたけど
   やっぱり結果が伴わないとなんにもならない)

勇者(明日からの訓練で、なんとしても強くならなければ!)

大臣「明日から訓練が始まる」

大臣「いいか、くれぐれもいっておくぞ」

大臣「相手は普通の人間ではない。非凡な才能を持つ勇者なのだ。
   魔王を倒せる可能性のある、唯一の人間なのだ」

大臣「そんな彼が訓練でつまずくなどありえない」

大臣「おだてておだてて、おだてまくるのだ」

大臣「自分は優れた人間だと自信をつけさせるのだ」

兵士長&魔術師「はい」

大臣「とはいえ、しょせん木しか相手にしたことのない田舎の木こりだ。
   褒めるところを探すのも一苦労だろうがな」

兵士長「案外才能を秘めている、ということも考えられますよ?」

大臣「ないない。なにしろ、そういうヤツを選んだのだからな」

翌日──

兵士長とのマンツーマンによる、剣の訓練が始まった。

兵士長「剣の握り方はこうです」ギュッ

勇者「こ、こうですか……?」ギュッ

兵士長「おお、すばらしい! センスを感じる握り方ですよ!
    もしかして今までに剣術をやっておられたのですか?」

勇者「い、いえ……剣なんて……もっぱら斧ばかり振るってましたから」

兵士長「続いて、素振りです。私のマネをして下さい」ブンッ

勇者「えいっ!」ブンッ

兵士長「さすが勇者殿ですな。
    素振り一つとってみても、溢れんばかりの才能を感じ取れますよ」

勇者「ありがとうございます……!」

続いて、魔術師とのマンツーマンによる魔法の訓練が行われた。

魔術師「まず、あなたの魔力を測らせていただきます。
    自然体で立っていて下さい」

勇者「こうですか」スッ

魔術師「むむ……これは……!」

勇者「どうですか……!?」

魔術師「すばらしい魔力をお持ちですね。
    私の占いはやはりまちがっていなかったようです」

魔術師「これほどの魔力の持ち主はザラにいるものではありません」

勇者「この俺に……魔力が……!」

魔術師「とはいえ、剣術とちがい魔法はある程度の予備知識が必要です。
    しばらく実習はせず、講義に専念していただきます」

勇者「はいっ!」

初日の訓練が終わり──

大臣「──さて、どうだった?」

兵士長「大臣のおっしゃったとおりでした。全く才能はありませんな」

兵士長「木こりをやっていただけあって体力だけはあるようですが……
    本当にそれだけです」

兵士長「一年間みっちり鍛え上げても、並の兵士ほどに強くなれるかどうかも
    怪しいですな」

大臣「フフフ、やはりな。そうでなくては意味がない」

大臣「強くする必要はない。強くなった気にさせるのが、お前の使命だ。
   いいな?」

兵士長「かしこまりました」

大臣「魔術師、魔法の方はどうだ?」

魔術師「驚きました。体に魔力なんてこれっぽっちもありません。
    あれではなにを教えようと、魔法なんて唱えられませんよ。
    なにせ、燃料が空っぽなワケですから」

魔術師「あれでは実習など不可能なので、講義を受けさせていますが……」

大臣「うむむ……それはマズイな。
   剣術とちがって、魔法はごまかしがきかん。
   かといって伝説の勇者は剣と魔法を使う戦士、ということだからな」

大臣「どうにかして、勇者に魔力を宿せないか?」

魔術師「一応、魔力薬というものがありますが──」

大臣「魔力薬?」

魔術師「ドーピング剤の一種です。あれを使えばなんとか……。
    ただし、副作用がかなりあるので──」

大臣「死ななければかまわん。今晩からでも魔力薬とやらを、
   シェフに命じて料理に混ぜさせよう」

魔術師「……はい」

勇者「うっ……」

勇者「おええぇぇぇぇっ……!」ビチャビチャ

メイド「勇者様、大丈夫ですか!?」

勇者「……えぇ、なんとか」ハァハァ

勇者「急に環境が変わったから、体がついてきてないんだろうね。
   しょっちゅう頭痛や目まいがしたり、手がシビれたり……。
   だけど、すぐ慣れると思うよ」

勇者「それにしても、あんなに美味しい料理を吐いてしまうなんて、
   もったいないことをしたよ、ハハハ」

勇者「美味しすぎて、胃がビックリしちゃったかな」

メイド「…………」

勇者「そんな心配そうな顔をしないでくれよ。
   俺は必ず勇者に相応しい実力を身につけてみせるから!」

メイド「えぇ……無理はしないで下さいね……」

ある日──

勇者(城の中は広いなぁ、道に迷ってしまった……)スタスタ

兵士「ちょっと勇者様!
   勇者様は城内の決められた場所以外、勝手に歩き回らないで下さい!」

勇者「あ、すみません……」

兵士「勝手な行動は情報の漏えいにつながります」

兵士「万が一にも勇者様の存在が魔王に知られたら、
   この国がターゲットにされてしまいます」

兵士「そして、もし勇者様が倒れられたらこの大陸は終わりなのですから……」

勇者「そうでした……軽率でした」

勇者「ところで、今魔王の侵略はどの程度進んでいるんですか?」

兵士「え!? え、えぇ……とにかくスゴイ勢いらしいですよ。
   人間の軍などまるで歯が立たないようです」

勇者「そうですか……ありがとうございます」

大臣「──との兵士からの報告です」

国王「うむ、好き勝手に歩き回られて、
   万一ドッキリに関する情報を耳に入れられたらオシマイだからな」

国王「勇者の監視を厳しくするよう、兵士たちに伝えておけ」

大臣「かしこまりました」

大臣「魔王の件はいかがいたしましょう?」

国王「当初の予定どおり、新聞社に勇者用の新聞を刷ってもらおう。
   勇者に魔王を憎ませるような記事を心がけよ、と伝えておくのだ」

大臣「よい記事ができるといいですな」

翌日から、勇者のもとに新聞が届けられるようになった

『魔王軍の侵攻、とどまることを知らず!』

『○○国軍前線基地、壊滅!』

『△△村、村民虐殺される』

勇者「…………」プルプル

勇者「知らなかった……!」

勇者「魔王め、ここまで非道な行いをしていたとは……!」

勇者「許せない……!」

勇者「他国の人々がこれほど苦しい目にあってるというのに、
   仮にも勇者である俺が城でぬくぬくと修業をしていていいのか!?」

勇者「こんな俺が本当に勇者といえるのか……!?」

兵士長「さてと、今日は盾の使い方を──」

勇者「兵士長さん!」

兵士長「どうしました、勇者殿?」

勇者「俺は魔王や魔王軍の非道ぶりをようやく新聞で読むことができました!
   とても許せるものではありません!」

勇者「例えば……直接魔王を倒すのは無理にしても、
   魔王の兵隊だけでも倒しに行くことはダメなのですか……!?」

兵士長「…………」

兵士長「勇者殿、お気持ちは分かりますが、
    あなたはこの大陸の人間にとって、最後の切り札なのです」

兵士長「一時の激情に駆られ、軽はずみな行動を取ってしまえば、
    全てが終わりなのです」

兵士長「ゆえに未熟であるうちは、あなたの存在は絶対秘匿でなければなりません。
    分かっていただきたい……」

勇者「……そうですよね。あなた方の苦労も知らず、すみませんでした」

兵士長「いえいえ、勇者殿の勇気に私も感服いたしました!
    今日の訓練を始めましょう!」

兵士長「──新聞記事の効果は絶大ですね。
    勇者の気迫が一段と増しましたよ。実力は追いついていませんが」

国王「そうかそうか。魔王なんかどこにもいないというのに……。
   クックック……アッハッハッハッハッハ……!」

大臣「わ、笑いすぎですよ、陛下……プッ」

国王「大臣こそ、笑っておるではないか」

大臣「し、失礼……しかし、これほどまで見事にだまされると、
   だましている側としても気分がいいですな」

国王「まったくだ」

国王「世界は平和だというのに、一人だけ滅亡寸前の世界で生きているのだからな。
   ああ、ネタばらしの時が実に楽しみだよ」

大臣「ところで魔術師、魔法の方はどうだ?」

魔術師「ドーピングでムリヤリ宿らせた魔力ですから
    まだ安定はしていませんが……」

魔術師「とりあえず最下級レベルの魔法は唱えられるようになりました」

大臣「あれだけドーピングをやって、ようやく最下級か……。
   出来損ない勇者は、手間ばかりかかるな」

大臣「まあ褒めるところなんてないだろうが、なんとかおだててやってくれ。
   自信を失くされたらかなわんからな」

国王「うむ、自分が他人とちがう特別な人間だと思い込ませることが、
   勇者ドッキリ大作戦の肝なのだからな……」

国王&大臣「ハッハッハッハッハ……!」

兵士長&魔術師「…………」

兵士長「なぁ、魔術師」

魔術師「はい?」

兵士長「貴殿はあの青年のことをどう思っている?」

魔術師「たしかに才能はありません。ありませんが──」

魔術師「あのひたむきさは、最近の魔法使いに見習わせたいものがありますね。
    少ない魔力で、必死に魔法を覚えようとする姿は心打たれるものがあります」

兵士長「うむ……」

兵士長「もちろん、彼のやる気は勇者や魔王が存在するという思い込みからも
    きているのだろうが──」

兵士長「時折、彼を見ているとなんだかやり切れない気持ちになるよ」

魔術師「私もですよ……」

兵士長「かといって、陛下を裏切るワケにはいかない」

兵士長「陛下はこの作戦を、この王国における最重要任務としているからな……。
    もしあの若者に真実を話せば、タダでは済むまい」

兵士長「我々にできることは、命令を黙々とこなすことだけだ」

魔術師「そうですね……それしかないでしょうね」

兵士長「まあ、剣と魔法を扱えるようになって損になることはないのだ。
    ドッキリのことは置いておいて、気楽にやるのが一番だ」

魔術師「そうですね」

勇者「ふぅ……今日も訓練でクタクタだ」

メイド「マッサージをしますから、ソファに横になって下さい」

勇者「メイドさん、いつもありがとう。
   こうやって俺が訓練をこなせてるのは、君のおかげでもあるんだ」

メイド「いえ、そんな……」

メイド(ああ……毎日毎日、国王様のイタズラのためにこんなに一生懸命……)

メイド(本当のことを話してあげたい……今ならまだ心の傷も軽いハズ……)

メイド(だけど話したら、私はまちがいなくクビになってしまう。
    そうなれば、故郷に仕送りもできなくなる……)

メイド(それどころか、すでに勇者様には莫大なお金が費やされているでしょうから、
    もしそれを弁償……なんて話になったらどうしようもない)

メイド(でも、こんな真面目な人を国ぐるみで騙すなんて、ひどすぎる!)

メイド「あ、あのぅ……」

勇者「なにか?」

メイド「──い、いえっ!」

勇者「…………」

勇者「……もし、俺になにかいいたいことがあるのなら、
   今は黙っていて欲しい。それが俺のためになるから……」

メイド「…………!」

メイド「わ、分かりましたっ!」

メイド(もしかして、勘づいておられるのかしら……?
    なら、いいんだけど──)

勇者(きっと、俺は勇者にしては情けないっていいたいんだろう……。
   しかし今メイドさんにそれをいわれたら、
   俺の心はくじけてしまうだろう……)

勇者(あ~あ、こんなことで俺は本当に勇者といえるのだろうか?)

勇者が勇者となるための、修業の日々は続いた。

魔術師「すばらしい、もうこの魔法をマスターしてしまうとは!」

勇者「ありがとうございます!」

魔術師(通常ならば、もうとっくに次の段階に入ってるのですがね……)



兵士長「勇者殿の剣術は、日に日に上達していきますな」

勇者「いえ、兵士長さんの教え方がいいからですよ」

兵士長(この進歩の遅さは、もしや私の教え方が悪いのか……?)



メイド「今日の特訓はいかがでしたか?」

勇者「どうやら、俺はすごいスピードで上達してるみたいなんだ。
   といっても、あんまり実感はないんだけどね……」

勇者「あとは早く、魔王討伐の許可が下りればいいんだけどな」

メイド「…………」

こうして瞬く間に半年が過ぎた。

勇者「兵士長さん」

兵士長「なんでしょうか」

勇者「毎年この時期になると兵士の方々による剣術大会が開かれると
   聞いたのですが」

兵士長「はい、年に一度行われております。
    兵士たちにとっては、自分が主役になれる数少ないチャンスですよ」

勇者「相談なんですが……」

勇者「俺を大会に出して頂くことはできませんか?」

兵士長「えぇっ!?」

兵士長「いったいどうして?」

勇者「俺はいつも兵士長さんとマンツーマンで指導してもらってるのですが……
   その……上達の実感というのがあまりなくて」

兵士長(実際、さほど上達していないからな……)
   「ですがこれは、勇者殿が出るような大会では──」

勇者「兵士の中には、俺が勇者だということに疑問を持っている人もいるでしょう。
   自分の方が強いハズなのになんで、という具合に」

兵士長「そんなことは──」

勇者「俺、今の自分がどこまでやれるのか試したいんです!
   お願いしますっ!」

兵士長(なんという目だ……まっすぐで淀みがまったくない……!
    こんな目を見るのは生まれて初めてかもしれん……)

兵士長(もし、実力があり、世が世であれば──本当に勇者になれたかもしれんな。
    もっともその“実力”が一番難しいのだが……)

国王「ほう」

大臣「あの勇者が剣術大会に出たいと?」

兵士長「はい、いかがいたしましょう?」

大臣「ふ~む、あの大会は例年ハイレベルだ。
   出れば一回戦負けは確実……そうなれば自信喪失はまちがいない」

大臣「そうなれば、勇者ドッキリ大作戦はパーだ」

兵士長「では、もう出場申し込みの期限は切れている、とでも──」

国王「待ちたまえ」

兵士長「え?」

国王「よいではないか」

国王「せっかく勇者がそこまでやる気になっているのだ……。
   剣術大会に出場させてやりたまえ」

兵士長「しかし──」

国王「むろん、おぬしがやることは分かっておるな?」

兵士長「…………!」

国王「よいな?」

国王「しつこいようだが、現在この王国における最重要任務は勇者ドッキリ大作戦だ」

兵士長「陛下のお言葉と……あらば」

兵士長「すまん……」

「えぇっ!?」 「剣術大会は年一度の晴れ舞台なのに!」 「そんな……!」

「ひどすぎるっ!」 「なんであんなヤツのために……」 「ちくしょうっ!」

兵士長「勇者殿を恨むのは筋違いだ。
    彼は自分が勇者だと信じ込まされているだけに過ぎん」

兵士長「私も同じ立場なら、大会出場を望んだだろうしな」

兵士長「お前たちだって知っているだろう、彼のひたむきさを」

「そりゃあ……たしかに」 「いいヤツですよ、彼は」 「努力は認めますが……」

兵士長「そして、陛下の命令に背くのは論外だ。我々は兵士なのだから……」

兵士たちは黙り込んでしまった。

剣術大会当日──

メイド「どうぞ、お気をつけて」

勇者「ありがとう」

メイド「勇者様なら……きっと優勝できますよ」

勇者「いや、正直いって優勝は厳しいだろう。
   こっそり兵士の訓練をのぞいたことがあるけど、
   みんな俺よりずっと強そうに見えたしさ」

勇者「もしかしたら、勇者なのに一回戦負けってこともありえる」

勇者「だけど、それでもいいんだ!」

勇者「今の自分のありのままを、思いきりぶつけてみたいんだ!」

メイド「…………」

勇者「じゃあ行ってくる!」

大会が始まった。

ワアァァァァァ……!

国王や重臣、大勢の観客が見守る中、しのぎを削る屈強の兵士たち。



キィンッ……

ガキィンッ……

キンッ……

カキンッ……

ギャリンッ……



優勝の栄冠を獲得したのは、勇者だった。

ワアァァァァァッ!

勇者(やった……! まさか優勝できるだなんて……!)

「さっすが勇者様!」 「全試合、圧勝だ!」 「勇者様、おめでとう!」

「やったぁ!」 「これなら魔王だって倒せるよ!」 「シビれちゃう~!」

勇者「ありがとう、みんな!」



大臣「陛下、ご覧下さい」

大臣「あの勇者の嬉しそうな顔ときたら……自分の実力での優勝だと
   まるで疑っていませんな」

国王「自分以外の兵士も、観客でさえも、グルだと知らずにな。
   クックック……」

国王「真実に晒された時、あの顔がどう歪むか……実に興味深いぞ」

大臣「えぇ……待ち遠しいですなぁ」

勇者「メイドさん、俺やったよ!」

メイド「……あ、おめでとうございます」フイッ

勇者「あれ、あんまり嬉しくない?」

メイド「いえ、そんなことはありません! とても嬉しいです!」

勇者「そう……」

メイド「で、では失礼します」ダッ
   (ダメだ……もう勇者様のお顔をまともに見られない……!)

勇者(どうしたんだろう……?)

喜びも束の間──勇者だけの世界では魔王軍の侵略が苛烈を極めていた。

『○△王国全域、壊滅状態!』

『×□市の住民の生首が晒される』

『鬼畜! 逃げまどう人々を虐殺する魔族』

勇者「ち、ちくしょう……!」ワナワナ

勇者「魔王の暴虐はどんどんひどくなっていく……」

勇者(でも……俺は人類最後の希望なんだ。
   魔王を絶対に倒せると判断してもらえるまで、動くわけにはいかない……!)

勇者(くそぅ……俺はなんて無力なんだ!)グスッ

メイド「勇者様……」

国王「これが今日の勇者用の新聞か……どれどれ」ガサ…

国王「プッ……こりゃすごい。記者もどんどん悪ノリしておるな」

大臣「えぇ、慣れてきたからなのでしょうが、
   記事の内容がどんどんリアリティ溢れるものになっていますよ」

国王「勇者の具合はどうだ?」

大臣「メイドの報告によると、新聞を読むたび怒りに震えているとのことです」

国王「もし魔王軍がこのとおりのヤツらだったら、
   あんな勇者が千人いたって歯が立つまいて」

国王「まあ、まもなくだ。まもなくヤツは全てを知ることになる……。
   アッハッハッハッハ……!」

まもなく、勇者が城にやってきてから一年が経とうとしていた。

勇者「聞いてくれ、メイドさん!」

メイド「どうされましたか?」

勇者「ついに国王様から、魔王討伐の旅の許可が出たんだ!
   出発は明後日だ!」

勇者「やっと新聞記事に怒りを覚えながらも、
   ただ我慢するしかなかった日々から解放されるんだ!」

メイド「えっ……」

勇者「どうしたんだい?」

メイド「いえ……その……」

勇者「もしかして、俺のことを心配してくれているのかい?」

メイド「はい……もちろんです」

勇者「大丈夫、俺だって一年間みっちり特訓したんだ。絶対に負けない!」

メイド「…………」

一方で国王たちは──

国王「いよいよこの時が来たな……」

大臣「えぇ、ついに来ましたな」

国王「魔王討伐の旅出発式は、国中の人間を呼んで盛大に行うこととする。
   そして出発と同時に──」

大臣「全てを明かす、と」

国王「王国一の剣と魔法の使い手で、魔王を倒す切り札である勇者が、
   己が単なる平凡な木こりでしかないと悟った時──」

国王「いったいどうなるのか……やはり想像すらできぬが、
   想像するだけで笑いが止まらん」

大臣「私もすでにドキドキしていますよ。
   きっととてつもないことが起こるにちがいありません」

兵士長「ついにこの時が来たか……」

魔術師「はい」

兵士長「ショックは大きいだろうな……」

魔術師「大きいでしょうね。
    もし私が彼であれば、ショック死する自信すらありますよ」

魔術師「ですが、せめてそうはならないよう、
    回復魔法の準備は万全にしておきましょう」

兵士長「そうだな。出来は悪いが……彼はいい人間だよ」

兵士長「彼にはなんの落ち度もないんだ。あるとすれば──」

魔術師「え?」

兵士長「いや、なんでもない」

勇者「メイドさん」

メイド「はい」

勇者「一年間、本当にありがとう!
   俺みたいな田舎者が、この城でやって来れたのは全て君のおかげだ」

勇者「なんていうか……君は俺にとってのオアシスだったんだ」

勇者「あれほど熱望していた魔王討伐の旅、出発前日になっても
   こうして心静かにいられることも、きっと君のおかげなんだと思う」

メイド(勇者様……!)

メイド(明日は魔王討伐の始まりではないんです!
    明日は……あなたが勇者ではなくなる日なのです!)

メイド「あ、あのっ……!」

勇者「ん?」

メイド「本当は──」

メイド(遅い……!)

メイド(もうタイミングとしてはあまりにも遅すぎる……)

メイド(激怒した勇者様にこの場で殺されてもおかしくない)

メイド(でも、ここで話せなければ──)

メイド(ここで話せなければ、私は本当に卑怯者だ!)

メイド(今この時こそが、正真正銘ラストチャンス!)

メイド「本当はっ……!」ガタガタ

メイド「ほ、本当は……!」ガタガタ

勇者「待った」

メイド「……え?」

勇者「分かってる……俺は勇者には相応しくないっていいたいんだろう?」

勇者「この期に及んで、未だにここでの生活は夢なんじゃないかって
   思う時があるよ」

勇者「でも……なんかよく分からないけど、俺は選ばれてしまったんだ。
   そして、それに見合うだけの努力はしてきたつもりだ」

勇者「せめて、君だけには勇者だと胸を張れるような戦いをしてみせるよ」

メイド(いえない……!)

メイド(私には……!)

メイド(だって、勇者様は……勇者様は──!)

メイド「勇者様っ!」

勇者「!」ビクッ

メイド「あなたは──」

メイド「たとえこの先なにがあろうと、どんなことが起きようと、
    私にとっては絶対に勇者様ですっ!」

メイド「それだけは覚えておいて下さい!」

勇者「……ありがとう」

翌日──

城下町周辺には国中の人間が集まっていた。

ザワザワ…… ガヤガヤ……

もちろん、今回のドッキリについてはすでに全国的に通達がなされている。

彼らの興味はただ一つ──真実を知った勇者がどうなるのか。

「どうなると思う?」 「泣くんじゃね?」 「いやぁ呆然とするだろ」

「キレそう」 「廃人になったりしてな」 「やべぇ、楽しみ~!」

国王「勇者よ……。名残惜しいが、ついに旅立ちの時が来た」

国王「しかし、戦うのはおぬし一人ではない。
   我が国も、全力でおぬしのバックアップを行う。
   おぬしの背中には常に大勢の味方がいることを忘れないで欲しい」

国王「どうか、魔王討伐を成し遂げてもらいたい……」

勇者「ありがとうございます、国王様!」

大臣「頼んだぞ、もはや魔王を倒せる人間は君だけなのだ」

勇者「力の限り、使命を果たします!」

兵士長「道中、達者でな」
魔術師「あなたの無事を祈っていますよ」

勇者「お二人とも、本当にありがとうございました!」

メイド「ああっ……!」グスッ

勇者「泣かないでくれ。必ず生きて帰ってくるから……」

国王(ほう、あのメイドめ。迫真の演技だな、やりおるわ)

集められた全国民が、勇者に声援を送る。

「頑張れーっ!」 「絶対魔王を倒してくれよ~!」 「ファイトーッ!」

「勇者様、ステキィ~!」 「命を大事にな!」 「アンタが人類の希望だ!」

「負けるな!」 「無理はするなよ!」 「勇者様、バンザーイ!」

勇者(王国中の期待が体に突き刺さってくるようだ……!)

勇者「みんな……ありがとう!」

勇者「じゃあ、行ってきます!」ザッ

国王「おや……?」

勇者「?」

国王「どこへ行くんだね、青年君」

勇者「え」
  (なぜ今になって、青年と呼ぶんだ……?)

勇者「今から魔王討伐に──」

国王「魔王? はて、いったいなんの話をしているんだね?」

大臣「この青年は、なにをいっているのでしょうな?」

勇者「え……?」

国王「仮にいるとしても、なぜおぬしが討伐に行くのだ?
   普通、そういうことは兵隊がやるべきではないかね?」

勇者「え、俺は勇者だから──」

国王「勇者? 君がかね?」

勇者「えぇ、一年前のあの日、私は村を訪れた国王様から
   俺には勇者としての素質がある、と──」

国王「プッ……」

国王「アハハハハハハハハッ!」

大臣「クククッ……!」

国王「おぬしはただの木こりに過ぎぬ。勇者であるハズがなかろう!?
   思い上がりも程々にしたまえ」

勇者「え……」

ネタばらしのやり方がえげつない・・・

大臣「ついでにいうと、魔王などという存在もありはしない。
   君はいったいなにをいってるんだね」

勇者「しかし、現に新聞に──」

大臣「ああ……アレは新聞社にイタズラ好きの記者がいた……それだけだよ」

国王「つまり、勇者も魔王も最初からいなかったということだ」

国王「まさかおぬしは本当に自分が勇者などと勘違いしていたのかね?
   自分があの伝説の勇者なのだと? 本気で?
   フハハハハッ! こりゃあいい、傑作だ!」

国王「おぬしは並の兵士や魔法使いにすら劣る、出来損ない戦士だ」

国王「皆の者! このおめでたい彼を、大いに笑ってやりなさい!」

アッハッハッハッハッハッハッハッハッハ……!

周囲が大声で笑い始めた。

メイド(ああっ……!)

解き放て!!

アッハッハッハッハッハッハッハ……!

「夢から覚めたかい!?」 「おもしれ~!」 「うぬぼれもいいとこだ!」

アッハッハッハッハッハッハッハ……!

「いない魔王をどうやって討伐するんだ!?」 「ニセ勇者!」 「楽しかったか!?」

アッハッハッハッハッハッハッハ……!

「よっ、勇者様!」 「一年間ご苦労さん!」 「いやぁ~これは笑える」

アッハッハッハッハッハッハッハ……!

国王(さぁ、青年よ!)

国王(いったいどんな表情をしてくれる!?)

国王(さぁ!)

国王(さぁ!!)

国王(さぁ!!!)

国王(さぁぁぁ!!!!!)

この勇者なら

勇者「よかった!!」

国王「は?」
大臣「…ん?」
メイド「え…?」

勇者「苦しめられている人たちはいないんですね!?」ってなりそうだな

勇者「なんだ」

勇者「全部ウソだったんですか」

国王「──え」

勇者「いやぁ~……なんというか、ほっとしたというか……」

勇者「つまり、あの他国での悲惨なニュースは全てウソだったということですよね!?
   実際には、あんな目にあった人たちはいないってことですよね!?」

勇者「あぁ~……ずっと胸の奥で俺を苦しめていた痛みが、ウソのように消えました」

国王(なんだこれは)

国王(なんだこれは──)

国王(なんだこれは!?)

国王(ナンダコレハ)

ザワザワ…… ドヨドヨ……

勇者「メイドさん」

メイド「!」ビクッ

メイド「私は、私は……!」

勇者「ふふっ」

勇者「いつも俺に対して申し訳なさそうにしてたのは、
   このことを知っていたからなんだろう?」

メイド「は、はい……ごめんなさい……!」

勇者「謝ることはない」

メイド「え……」

勇者「君の昨日の言葉──メイドさんにとって俺は絶対に勇者だと、君はいってくれた」

勇者「アレがあったから、俺はこの真実に耐えられた」

勇者「俺の中に君一人のためだけに残ってた勇者ってヤツが、
   俺が絶望するよりも先に、魔王の存在がウソだったことに安堵してくれたんだ」

勇者「こうして今、清々しい気分でいられるのは君のおかげだ。
   ありがとう……!」

メイド「いえ……私は最低です……!」

勇者「もういいんだ」

勇者「俺にとって、この一年は最高の一年になった……」

「スゴイ……」 「まったく動じてない……」 「なんだあの幸せそうな顔は」

「俺だったらムリだ」 「どんだけタフなんだよ」 「一年間ずっと騙されてたのに……」

だれかがつぶやいた。

「アンタ、本当の勇者だよ!」

すると──

ワアァァァァァッ!

「お前は勇者だ!」 「かっこいいぞ!」 「すごいぜ、アンタ!」

ワアァァァァァッ!

「さっきは笑って、申し訳ない!」 「本物の勇者だ!」 「偽物なんかじゃない!」

ワアァァァァァッ!

魔術師「……これは予想外でしたね」

兵士長「青年が一年間で育み、彼女のためにとっておいた勇者としての心が──
    好奇心と悪意の塊だった群衆たちの琴線に触れたということか……」

ワアァァァァァッ!

大臣「なんということだ……。まさか、こんなことに……!」

国王(ナンダコレハ)

国王(なんだこれは)

国王(なんだこれは!?)

国王(ワシはこんな茶番を見るために一年間、手間と金をかけたわけじゃないんだ!)

国王「ふ……」

国王「ふざけるなっ!!!」

シ~ン……

国王「なにが勇者だ!」

国王「こんな田舎木こりが、勇者のハズがなかろうが!」

国王「自分が勇者と信じ込んだ凡人が、真実を知った時、
   どのような歪み方、崩れ方をするか期待していたのに──」

国王「期待を裏切りおって!」

国王「許せん……!」

国王「青年と……ワシの作戦を台無しにしたメイド! おぬしらは牢獄行きだ!
   一生出られないものと思え!」

勇者「…………」

勇者「分かりました」

メイド「私も……この人と一緒ならば地獄の底までもついていきます」

国王(くっ……まだ茶番を続ける気か!)
  「ええい、コイツらをひっ捕らえて牢獄に叩き込め!」

どこからか野次が飛んだ。

「ふざけてるのはテメェだ!」

国王「ぬっ、だれだ今いったのは!?」

「下らんイタズラに税金使いやがって!」 「何考えてやがる!」 「ふざけんな!」

「自分が牢獄に入れよ!」 「このお子様国王が!」 「引っ込みやがれ!」

暴動でも起きかねない雰囲気になっていく。

大臣「ひ、ひぃぃぃ……!」

大臣「い、今のはまずかったですよ……火に油を注ぐようなものです。
   この場には、国中の人間がいるのですから……!」

国王「ぬぅぅ……!」
  (元々は青年の壊れっぷりを期待して集まったんだろうに……
   なんという勝手なヤツらだ!)

国王「兵士長、魔術師! 
   群衆どもが手出しできないよう、念のためあの二人を捕えろ!
   おぬしらなら、あんな木こりを捕えるのはたやすいだろう!」

兵士長「お断りします」
魔術師「同じく」

国王「なんだと!? おぬしら、王であるワシに逆らうのか!?」

兵士長「あの二人になにひとつ落ち度はない……。
    ましてやあの勇者は私の教え子です。捕えたくはありません」

魔術師「もちろん陛下にも落ち度はありません。
    もし落ち度があるとするなら──それは我々二人でしょう」

兵士長&魔術師「今の今まで罪のない青年を弄ぶような
        あなたのご命令に逆らえなかったのですから!」

国王「な、なんだと……!」

「国王を許すな!」 「追い詰めろ!」 「みんな、かかれぇっ!」

勇者「こ、これは……!? なにがどうなってるんだ!?」

メイド「勇者様!」

勇者「君だけは守る!」ギュッ

ワアアアァァァァァァァッ!!!!!

前代未聞の大暴動であった。

剣術大会でのやらせ強制の件や、兵士長らの造反もあり、
国王につく兵士はほんの一部だけであった。

やむをえず、国王はわずかな手勢を率いて、辺境へと落ち延びた。
国民たちもこれを追撃することはなかった。



その後、勇者を新たな統治者にしようという運動が起こったが、
当の勇者はこれを固辞。

残っていた王族の中でも心ある人物が、新たな王となることで決着がついた。

しかし、前国王はまだ王位を諦めたわけではなかった。
各地をゲリラ戦のように暴れ回り、王国の平和を脅かした。

いつしか人々は前国王のことを、魔に堕ちた国王“魔王”と呼ぶようになった。



まもなく魔王討伐隊が組織され、リーダーにはもちろん勇者が選ばれた。

そして──

勇者「国王様……もう止めて下さい!
   すでに大臣様の軍勢も全面降伏しています!」

勇者「俺がこの討伐軍のリーダーを引き受けたのは、
   あなたを討つためではなく、あなたを止めたいからです!」

勇者「俺はあなたに感謝しています!
   あなたのおかげで剣と魔法を覚えることができ、
   さまざまな人と出会えました」

勇者「悪いようにはしません。潔く降伏して下さい!」

魔王「だまれ、だまれぇっ!」

魔王「元はとはいえば、勇者!
   ワシがおぬしなどに目をつけなければ……
   いや、おぬしさえいなければ、こんなことにはならなかった!」

魔王「知っておるぞ、今やこのワシは魔王と呼ばれていることを!」

魔王「おぬしも勇者なら勇者らしく、いざ尋常に勝負せい!」

勇者「……分かりました!」

歴史に残る一騎打ちが始まった。

ガキィンッ! キィンッ! ギィンッ!

武芸の才能に乏しい若者と、つい先日まで君主であった老人の対決。
はっきりいって低次元の争いだった。

ギィンッ! キンッ! ガキンッ!

しかし両者ともに気迫だけは凄まじく、
両軍の人間は固唾を呑んで一騎打ちを見守った。

勇者「はああああっ!」

魔王「ぬおおおおっ!」

ザンッ!

体力で勝る勇者の剣が、ついに魔王を切り裂いた。

魔王「ぐ、ぐぶぁっ……!」

魔王「ゆ、勇者──……」

ドサァッ……

勇者(国王様……)

勇者「…………」スゥ…

勇者「魔王、討ち取ったりぃぃぃぃぃっ!!!」

勇者は剣を天に掲げた。

ワァァァァァァッ!!!

こうして勇者の手によって魔王は討ち取られ、世の中に平和が戻った。

現在、勇者の称号を返上した青年と、メイドを辞めた妻は
ある小さな村で二人暮らしをしている。


青年「さぁ~て、今日も張り切って木を切ってくるか!」

青年「剣術を融合させた切り方を編み出したら、
   前よりスピードがだいぶ速くなったよ」

妻「速いだけじゃなく、仕事は丁寧にやらないとね」

青年「分かってるよ」

青年「ん」

青年「まぁ~た、父さんと母さんから詫びの手紙が来てるよ。
   もう俺をだましたことは気にしてないって返事したのに」

妻「ふふっ、ここでの生活が落ち着いたら、一度帰ってあげましょうよ」

青年「そうだな」

青年「ところで、君のご両親は大丈夫かい?」

妻「えぇ、あなたが勇者としてもらった謝礼を全部回してくれたから……
  本当にありがとう」

青年「なぁに、俺はもう勇者じゃないけれど、
   君にとっての勇者ではあり続けるつもりだからな」

妻「あら、じゃあこれからは私と……もう一人のための勇者になってね」

青年「え、それってまさか──」

妻「うん……できたみたい」

青年「やったぁ!」



<おわり>

   /.   ノ、i.|i     、、         ヽ
  i    | ミ.\ヾヽ、___ヾヽヾ        |
  |   i 、ヽ_ヽ、_i  , / `__,;―'彡-i     |
  i  ,'i/ `,ニ=ミ`-、ヾ三''―-―' /    .|

   iイ | |' ;'((   ,;/ '~ ゛   ̄`;)" c ミ     i.
   .i i.| ' ,||  i| ._ _-i    ||:i   | r-、  ヽ、   /    /   /  | _|_ ― // ̄7l l _|_
   丿 `| ((  _゛_i__`'    (( ;   ノ// i |ヽi. _/|  _/|    /   |  |  ― / \/    |  ―――
  /    i ||  i` - -、` i    ノノ  'i /ヽ | ヽ     |    |  /    |   丿 _/  /     丿
  'ノ  .. i ))  '--、_`7   ((   , 'i ノノ  ヽ
 ノ     Y  `--  "    ))  ノ ""i    ヽ
      ノヽ、       ノノ  _/   i     \
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