「大好きですよ、先輩」 (44)

「彼女」と出会ったのは、いつもと変わらぬ放課後。 
部活終わりで重い足取りの僕を

「先輩」

と呼ぶ声がしたのだ。
だが、僕を先輩と呼ぶ人間など部活にもいないものだから、僕はそのまま歩を進めた。

「……予想通りの反応です」

声がさっきより近くで聞こえた。
どうやら、声の主は僕を追って来ているらしい。
このまま振りきるのもなんなのでそこで僕は振り返る。

どんっ、と胸に小さな衝撃。

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「やっと止まってくれましたね、先輩……」

ぶつかったことなど無かったかのように、目の前の女生徒は言葉を続ける。
口元まで届きそうなほどに伸びたボサボサの髪。
かろうじて見える口元は、少し不気味に曲がっている。

「大好きです、先輩」

二言目に出てきた言葉とその子の見た目で、僕は少し考える。
漫画などでしか見たこと無かったが、これはいわゆる「罰ゲーム」というやつなのだろうか。
やらされてる子も辛いのだろうが、対象にされる側も何を言っていいのか分からないな。

「……罰ゲームとか、そういうのじゃないですよ」

まるで僕の心を見透かしたかのように、目の前の女生徒は呟く。
表情に出てしまっていたのだろうか?そもそも、こっちが見えているのだろうか。
僕はその子の目の前で指を三本立ててみる。

「……さん、です」

どうやら見えてるみたいだ。

しかし目の前の女生徒の事など僕は全く知らない。
先輩、と呼ぶからには一年なのだろうが……そのぐらいの情報ではさっぱりだ。

「……初対面、です」

僕の心をまた見透かしたのか、女生徒はそう呟いた。
本当に僕に向けて言ってるのか分からないほどの声のトーン。
こうなるとなおさら、僕の事を好きな理由が分からなくなる。

「……部活、見てました」

本当に僕の思考が読めているのではないか?というぐらいの速さで疑問の答えも、教えてもらえた。
なんだか少し、怖い感じがする女の子だな。
だけど、振りきろうと思えばすぐにでも逃げ出せるのに、不思議とそんな気持ちは起こらない。
むしろ立ち止って話を聞いてあげているのだから。

「……お返事は、今日じゃなくても構いません……それでは、また」

言いたいことだけ言って、彼女は去っていく。
また、と言っていたが、僕は彼女のクラスさえ知らない。
呼び止めようと声が出ようとした直前に、彼女がくるりと振り返り

「……1年、3組です」

と呟いた。

家に帰ってから、僕はしばらくその子について考えていた。
いきなり現れ、いきなり告白して……そしていきなり消えた女の子。
手がかりは一つ……一年三組。
今まで一度も見たことのないような先輩が、急に一年の教室に来たら。
何か勘ぐられないだろうか?それとも、完全に無視だろうか?
……どっちも、いやだ。

そんな悶々とした感情を抱えながら、僕は夜を過ごした。

次の日、昼休み。
僕は教室で相変わらず悶々としていた。
昨日の女の子の事はもちろん気になってはいたのだが、やはり一年の教室まで行こうという気になれず。
気にし過ぎなのは、分かっていた。
誰も自分の事など気にしていないのだから。
自分にそう言い聞かせ、教室を一歩出たところに

「……あ、先輩」

彼女がいた。

幸い、教室にほとんど人影は無く、いたとしても他人の事など気にしていないタイプの人ばかり。
というか、僕のことなど気にしないと言うのが正しいのだろうか。

「……先輩、どうしたんですか?」

目の前にいるのに無反応な僕を変に思ったのか、彼女が疑問の声を上げる。
少し低めの声だが、嫌いではない声質。
とりあえず教室の前で立ち話は気恥ずかしいので、僕はその子を連れて図書室へ向かう。

昼休みも半分過ぎた時間になると、図書室の中に残っている人影も少なく、形だけの図書委員の姿すらもない。
まぁ、だからここに来たのだが。

「……静かですね」

僕が席に座ると、彼女はさも当然のように隣に座った。
髪がぼさぼさだったので、女性に対して失礼かもしれないけれど……いい香りがしたのが意外だった。

「……?」

きょとん、と首を傾げる彼女。
未だに僕は騙しの類いを疑っていないわけじゃない。
浮かれた姿を見て笑っている誰かがいないとも限らないわけだし。

「……」

彼女は何も言わない。
僕も何も、言わない。
時間だけがただ過ぎて、やがてチャイムが鳴ってしまうのだった。

つづく

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