スマホの着信が鳴り続けている
インハイ終了後に父から買ってもらった、まだ真新しいスマホだ
咲は自室のベッドに転がったまま、鳴り続けるスマホを見つめる
着信履歴はこの数時間で全て塗り替えられてしまった
最初の内こそ着信回数を数えていた咲であったが
それが100回を通り越した時ついに数えるのをやめた
だから実際に何回着信があったのか分からなくなってしまった
咲「………恭子さんのばか」
どうしてこうなったのか、理由は勿論ある
些細な口論から始まったのだと思う
ただ単純に、その時のお互いの腹の虫の居所が悪かっただけかもしれない
それが白熱し、相手も自分も意地を張って、後に引けなくなってしまった
でも、次に飛び出した言葉に瞬時に凍りついた
恭子「あんたは本当は今でも竹井久のことが好きなんやろ」
咄嗟に二の句が告げず、沈黙してしまった咲
電話の向こうの恭子も押し黙った
どちらも何も言えず、凍りついた時間が永遠に続くかと思われた
先に我を取り戻したのは恭子の方であった
息を呑む音がして、次に何かを言おうとして電話の向こうの空気が動いた
だが、咲は恭子が声を発する前に即座に通話の終了ボタンを押した
そのまま、スマホを放置して夜は眠りについたのだ
翌日スマホを確認すると、その間のメールと電話が嫌がらせかと思われるほどの回数があった
留守電は恭子のでいっぱいだし、メールは軽く300件以上あった
夕方を過ぎてもそれが鳴り止むことはなかった
咲「……何がしたいんですか、恭子さん」
しばらく放っておいてほしいのに
異常とも言えるほどの執念に脱帽である
明日になればこの異様なほどの着信攻撃もなくなるだろうと考えて、咲は普段通りに過ごすことにした
基本、完全に部活のない日は趣味の読書に没頭するくらいである
今日も読みかけの本を手にして、空想の世界に浸る
その間も忘れさせまいとスマホは鳴り続けている
観念して電話に出たほうが良いのか
諦観の溜息を吐いて、スマホへと手を伸ばすと今度は違うメロディの着信音が流れ始める
咲「あ、これは…」
染谷先輩の着信音だ
咲はひとりひとりに違う着信音を設定しているので、着信音で誰からの電話かすぐ分かる
咲「――もしもし?」
まこ「咲。今、大丈夫か?」
咲「ええ。どうしました?」
まこ「たった今、久から話を聞いてな。咲はまだ聞いていないと思って…」
咲「話?」
何だろう。あまり良い予感がしない
まこ「ああ、聞いて驚くなよ」
咲「はい」
まこ「急遽じゃけど、明日の日曜日に他校との練習試合を入れたんじゃと」
咲「そうですか」
まこ「咲は、明日の練習試合大丈夫か?」
咲「はい、大丈夫です」
まこ「そりゃ良かったわ。お前がいないと正直きつい相手じゃからな…どこか分かるか?」
咲「いえ、知りません」
まこ「わしも最初聞いた時はビックリしたんじゃけど…明日の試合相手は姫松じゃと!」
咲「………………………え?」
日曜日
赤阪「本日はよろしくお願いします」
久「こちらこそ、よろしくお願いします」
久「あともう2校には、風越と鶴賀に来てもらったわ」
美穂子「よろしくお願いします」
智美「ワハハ、よろしく頼む」
久「引退していた3年の方々にまでお越し頂いて、感謝してます」
ゆみ「いや、こちらも久々に麻雀ができるとあって、楽しみにしていた」
洋榎「せやせや。今日はよろしゅう頼むで!」
その後、各自で皆試合の準備を始める
が、咲の視線はずっと前から一点に集中したままだ
恭子「…咲」
咲「どういう、つもりなんですか」
咲「この練習試合、あなたの提案ですよね」
恭子「心外やな。代行の提案や」
咲「昨日の今日ですよ。疑われても仕方ないと思いませんか」
恭子「咲に疑われるんは辛いな」
咲「そんな戯言信じると思いますか」
恭子「そうやな、戯言ついでにひとつ面白いことでもしよか」
咲「……え?」
恭子「賭けをしようや、咲」
咲「賭け?」
恭子「清澄と姫松、どちらが勝つか」
咲「…賭け事は嫌いです。が、清澄は負けません」
間髪を容れずに答えるも、恭子の表情は少しも崩れなかった
恭子「じゃあ、咲は清澄。私は姫松や」
咲「他の2校が勝ったら?」
恭子「それはまずありえへんな」
咲「…で、何を賭けるんですか」
恭子「そうやな…。じゃあ咲が勝ったら何でも咲のお願いを聞いてやるわ」
咲「私の…お願い…?」
恭子「そう、何でも。例えば欲しかった本の最新刊でもええし」
恭子「―――私と別れる、というお願いでも構わへん」
今、なんと言ったのか?
瞠目する咲を映す恭子の瞳には、嘲笑とも侮蔑にも取れる色があった
そのことに強い衝撃を受ける
恭子がこんな賭け事を本気でするとは思えない。いや、思いたくないのか
咲「……じゃあ、もし清澄が負けたら…?」
恭子「そうやな。私は特に金や物には興味ないからな」
咲「…それなら…?」
恭子「咲の時間を賭けてもらおうか」
咲「……時間?」
恭子「咲の時間を一晩分賭けてもらう。―――意味が分からない、とは言わせへんからな」
咲と恭子は恋人同士だ
でも、キスよりその先へは進んだことがなかった
そんな雰囲気になっても、咲がやんわりと拒絶すると恭子はそれを受け入れた
咲の意志を優先して、無理強いはしてこなかった
なのに何故、今になって―――
混乱する咲を残して、恭子は姫松のメンバーの下へ向かった
*****
部長が好きだった
消極的な自分を力強く導いてくれる、その存在に惹かれた
最初は憧憬や感謝だと思っていた
でも、どんどん部長を想う気持ちは大きくなって、それで一括りに出来ないほど育ってしまった
育ててはいけないものを育ててしまった
なぜなら、彼女には他校に恋人がいるから
苦しかった、辛かった
でも、その気持ちを表に出すことも出来なかった
何度も捨てようとして捨てきれなくて、このまま心が苦しみで死んでしまえばいいのにと思った
誰にも打ち明けられない、誰にも悟られるわけにはいかない
そうして必死に隠していた気持ちを彼女に
――恭子に、見抜かれてしまった
インハイ最終日の日
話があると言って、恭子に呼び出された
恭子『宮永は、竹井久が好きなんやな』
咲『――――え?』
どうして、それを
驚愕に目を見開いた咲に、恭子は淡々と話を続ける
恭子『告白せんの?』
咲『……出来るわけ、ありません』
恭子『何故や?』
咲『――あの人、が私をそういう意味で好きになることはないからです』
恭子『なんで分かるん』
咲『そのくらい分かります。ずっと、部長を見てきたんですから』
咲は俯いたため、恭子の顔は咲の位置からは見えない
だから、恭子の顔が奇妙に歪んだことに気付くことはなかった
恭子『じゃあ、宮永。私と付き合ってや』
咲『…は…?………え?』
俯いていた顔を上げて、恭子の顔を見る
咲『なんで、そうなるんですか』
恭子『恋心を忘れるには、新しい恋が一番の近道やと思うで』
咲『…それで、その相手を末原さんが?』
恭子『ああ。…どうや?』
咲『出来ません』
恭子『何でや?』
咲『……そんな、末原さんを利用するような真似…』
恭子『利用すればええ』
咲『そんな事できるわけ…』
久への想いを断ち切る為に、恭子を利用するというのか
戸惑う咲に恭子は顔を近づけて、すばやくキスをした
咲『!?』
唇に柔らかいものが触れた
それを認識した瞬間、反射的に身体が動いた
咲は恭子の肩を突き飛ばして、距離を取る
咲『末原さん!悪ふざけが過ぎます!』
恭子『ふざけてない。私は宮永が好きやから』
好き。その言葉に鈍器で殴られたような衝撃を受けた
恭子『だから、宮永。本当はあんたが私を利用するんやない』
恭子『あんたの気持ちを利用して、私があんたの恋人になりたいだけや』
恭子『せやからあんたは何も気にすることはない』
―――このままだと、いずれあんたの気持ちに竹井は気付くで
それで、あんたはどうするんや?
まさしく悪魔の囁きだと思った。
恭子『大丈夫や、あんたが同じ気持ちになるまで、私は待つつもりやから』
そうして、咲は恭子の告白を受け入れた。
*****
試合は中堅戦のオーラス。
絶好調の洋榎に久が狙い打ちされ、清澄の点棒は残り僅か。
どうやら自分が出る前に勝負が決まりそうだ。
恭子は冷静にそう判断していた。
洋榎「ツモ!4000、8000や!」
その瞬間、清澄の飛びで姫松の勝利が確定した。
チームの皆が洋榎の名前を叫ぶ。
その雑音の中、悲痛な声が恭子の耳に響いた。
咲「―――部長!」
ああ、咲。
やっぱり、あんたはそっちを選ぶんやな…
咲「恭子さん…」
試合後。
血の気が失せたように蒼白とした咲が立っていた。
恭子「…なんや?」
咲は言いよどむ。試合前にした賭けのことで来たのだろう。
もし咲が勝ったら、咲の願いをひとつ叶える。
私が勝ったら抱かれろ。そういう条件で賭けをした。
――――そう、勝ったらだ。
咲「あの…試合前に、した…」
恭子「賭けのことか?」
咲「はい」
恭子「…ええわ。賭けは私の負けや」
咲「!?」
咲「――何、言ってるんですか。今日の試合、負けたのは清澄です」
何を言っているとばかりに、反論する咲。
私に抱かれたいわけでもないくせに、何をムキになっているのか。
咲はどこまでも私をイラつかせる天才らしい。
分かっている。これが醜い嫉妬だということは。
そう、私は竹井に嫉妬している。咲に想いを寄せられているあいつに。
私がどう足掻いても手にできないものを手にしている竹井に。
恭子「試合には勝った。でも、私が勝ちたかったのは試合やない」
咲「えっ?」
恭子「……だから、この賭けは私の負けや」
謎かけのような言葉を残して、私は清澄を後にした。
私が勝ちたかったのは麻雀じゃない。
竹井に勝ちたかった。
最後には自分を選んでくれる、そう思っていた。
でも、最後に聞こえてきた咲の声。
それは、私にとって死刑宣告にも等しかった。
*****
スマホの着信が鳴り続けている。
恭子は自室のベッドに転がったまま、鳴り続けるスマホをぼんやりと眺める。
先週の日曜日の試合。
姫松は勝利し、大阪へと帰ってきた。
インハイの雪辱が晴らせたと喜ぶ面々とは対照的に、恭子は酷く惨めだった。
咲とはいつまで恋人でいられるのだろうか。
スマホに出ないのは、咲との別れ話を恐れているからだ。
願いをひとつ叶える。そう約束したのに、恭子はそれを果たせずにいた。
恭子「…臆病者やな、私は」
臆する自分に自嘲する。
咲は自分と別れてどうするのか、竹井久に想いを打ち明けるのか。
そればかりが頭をぐるぐる回っていた。
情けないにもほどがある。
自分自身に呆れ返っていた丁度その時、来客を告げるインターホンが鳴った。
恭子「誰や、こんな時に―――」
失恋した時くらいそっとしておいてほしいんだが。
苛立たしげに舌打ちして、ベッドから起き上がる。
どうせ、新聞の勧誘か何かだろう。嫌味のひとつでも言って帰らせてやる。
そう考えながら、玄関の戸を開けて、予想外の人物が目に飛び込んできた。
咲「こんにちは」
そこには、咲が不安げな顔で立ち尽くしていた。
恭子「お茶でええか?それともコーヒー?」
咲「えっと、青汁はありますか?」
恭子「それはないな、残念ながら」
咲「冗談です」
恭子「冗談は嫌いやなかったんか?」
咲「場を和ませる冗談くらいは言いますよ」
瞬間、しまったと口に手を当てる咲。
それでは、この場が緊張したものであると認めているようなものだ。
咲の失言を聞かなかったことにして、恭子はお茶の準備をする。
恭子「粗茶やけど、どうぞ」
咲「ありがとうございます」
来客用の椅子などないので、咲は恭子のベッドに座っている。
お茶を受け取った咲の向かいに腰かける。隣になど座れやしないからだ。
咲「…恭子さん。先週の賭け、覚えていますか?」
恭子「……………ああ。覚えてるで」
忘れるわけがない。
咲「あの賭け、まだ有効ですか?」
恭子「勿論、有効やで」
咲「そうですか。……恭子さん、お願い、叶えて貰っていいですか」
恭子「―――――ええで」
やはり、こうなるのか。
恭子は静かに目を瞑る。
どう足掻いても自分では竹井には勝てなかったのだ。
咲「恭子さん。―――私を抱いてください」
恭子「…………は?」
目を見開いて顔を上げる。
呆然とした恭子を前に咲は同じ言葉を繰り返す。
咲「―――抱いてください」
恭子「…………意味、分かっとる?」
咲「もちろんです」
恭子「賭けは私の負けやったんやで?」
咲「はい、でも私のお願いをひとつ叶えるって約束でしたよね?」
恭子「そうやけど。いや、でも…」
咲「あの時、勘違いさせたかもしれないので、言っておきますね」
咲「部長を応援したのは、恭子さんに抱かれたくなかったからではないです」
咲「ただ、景品みたいに扱われるのが嫌だっただけです」
咲「――恭子さんに抱いてもらうなら、自分の意志で抱かれたいです」
自分は夢でも見ているのではないか。白昼夢というやつか。
さきほどから自分に都合の良い言葉ばかり聞こえてくる。
頭を抱えて、項垂れる恭子に何を勘違いしたのか咲は必死に自分の言葉を続ける。
咲「えっと…あの後、色々考えたんです」
咲「確かに私は最初は部長が好きでした。それをつい最近まで疑っていませんでした」
咲「でも、この前の試合で恭子さんから『別れても良い』と聞いた時に、すっごく胸が苦しくなってしまって」
咲「何でかな、どうしてかな、って考えているうちに試合で負けそうになって…」
咲「中途半端な気持ちで抱かれたくなかったので、咄嗟に部長の名前を叫んでしまって」
咲「…でもそれで恭子さんが傷つくとか全然考えてなくて」
次々と咲の口から語られる事実に、恭子は呆然と耳を傾ける。
咲「恭子さんを傷つけたと分かった時には、あなたはもういなくなっていて…」
咲「何度も電話をかけて、なのに恭子さんは出てくれなくて」
咲「恭子さんに見限られたのかもって考えたら、気付いた時には大阪行の列車に乗ってました」
恭子「…………部活はどうしたん?」
咲「さぼっちゃいました」
恭子「そうか……」
いつまでも顔をあげない恭子に、おろおろとする咲。
ちょっと待って。今、顔上げられんから。
自分でも顔に熱が集まっていくのが分かる。
咲「色々考えたんですが、私やっぱり恭子さんのことが好きです」
もう降参だ。
惚れたほうが負けとはいうけれど、これじゃ負けっぱなしだ。
咲「あの…聞いてます?」
恭子「ああ、聞いてるで」
恥ずかしいほど聞こえてる。
時々、咲は驚くほど男前になる。
計算でやっているならとんだ小悪魔に惚れてしまったものだ。
恭子「私からもお願いしてええか?」
咲「はい。…何をですか?」
恭子「咲を抱きたい。…咲と、身も心も恋人同士になりたい」
顔を上げると恭子の言葉に真っ赤になって俯いている咲がいた。
下から覗き込むと、咲の瞳が潤んでいる。
無言のままの咲に焦れて腕を掴んで、抱き寄せる。
咲の身体は温かかった。
このまま自分の体温と混ざり合ってひとつになればいいのに。
咲が恐る恐る恭子の背中に手を回したのを感じて、恭子も強く抱き返した。
恭子「本当にええんか?優しくできないかもしれんで」
咲「それでもいいです」
恭子「途中で泣いてもやめてあげんからな」
咲「やめて欲しくないです」
恭子「今ならまだなかったことに出来るで」
咲「なかったことにしないでください」
恭子「――――咲」
咲「はい、何ですか?」
恭子「愛してるで」
咲「私も愛してます」
カン
終わりです。エロはキンクリされました
支援ありがとうございました
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