海未「穂乃果って、誰です……?」 (79)
海未「聞いたことのない名ですが……」
ことり「え?なに言ってるの、海未ちゃん。穂乃果ちゃんだよ、穂乃果ちゃん」
海未「……ですから、私はその人を知らないのですが」
ことり「……え?」
キョロキョロ
ことり「そ、そう言えば穂乃果ちゃんは……?今日はお休みなの……?」
海未「ことり。もう一度言いますが、そんな名前の生徒はうちのクラスにはいません」
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ことり「海未ちゃん、ことりをからかってるの……?」
海未「からかっているのはことりの方ではないのですか……?何度言われても、そのような名前に心当たりはないのですが」
ことり「そんな……」
チラッ
ことり(穂乃果ちゃんの机が、ない……)
海未「他の誰かと勘違いしているのではありませんか?私は……」
ことり「勘違いなんて……穂乃果ちゃんだよ?!子供の頃からずっと3人一緒だったじゃない!」
海未「確かに、ことりとはずっと仲良しでしたが……穂乃果などという友達がいた覚えは……」
ことり「嘘だよ!!」
バン!
海未「ことり……?」
ことり「あ……大きな声出しちゃって、ごめん……」
海未「いえ……」
ことり(海未ちゃん、ほんとにきょとんとしてる……)
ことり(でも、まさかそんな……)
ことり「!!じゃ、じゃあμ'sは?穂乃果ちゃん抜きのμ'sなんて考えられないけど……」
海未「ミューズ……?」
ことり「μ'sだよ?みんなでスクールアイドルやってたじゃない!海未ちゃんも一緒に、毎日、屋上で練習して、ライブだって……」
海未「ふふっ」
ことり「海未ちゃん……?」
海未「やっぱり私をからかっていたのですね、ことり」
ことり「え?」
海未「私の性格は知っているでしょう?スクールアイドル……ですか?そんな、人前で歌ったり踊ったり、私がする訳が……」
ことり「だから、それは穂乃果ちゃんが……」
海未「ことり」
スッ
海未「留学前で、色々ナーバスになっているのは分かりますが……あまりおかしな冗談を言うようだと、私も怒りますよ?」
ことり「……ほんとに、覚えてないの……?」
海未「ええ。残念ですが」
ことり「そんな……」
ガタッ
海未「ことり……?」
ことり「そんな……嘘だよ……」
フラフラ
―理事長室前。
ことり「お母さんなら、穂乃果ちゃんのことを覚えてるはず……」
カチャッ
希「……絵里ち。こればっかりはしゃあないよ」
絵里「ええ、そうね。でも……」
ことり「!!絵里ちゃん!希ちゃんも」
希「あら?あなたは……」
絵里「確か2年生の、南さん……?理事長の娘の……」
ことり「え?あ、そうだ……けど……?」
希「ふふっ、初対面で絵里ちをちゃん付けなんて、さすがやね」
ことり「初対面……?」
絵里「……少なくとも、口をきいたのはこれが初めてだと思うのだけれど。私の思い違いかしら」
ことり(!!ことりのことを、知らない……?)
希「理事長室に、なんか用やったん?」
ことり「あ、ちょっとお母……理事長に聞きたいことがあって」
絵里「ひょっとして、廃校のことかしら」
ことり「廃校……?」
絵里「……正式に、生徒募集の停止が決まったそうよ。残念だけど……」
ことり「え?で、でも、この間のオープンキャンパスのライブは好評で、入学希望が増えたって……」
希「ライブ?」
絵里「……何のことかしら」
ことり「μ'sのライブだよ……!絵里ちゃんも希ちゃんも、一緒に頑張ったよね?屋上で毎日練習したよね?」
絵里「ごめんなさい、ちょっと話が噛み合わないようだけど……」
希「オープンキャンパスはやったけど、ライブなんてやってた人たちはおらんかったかなぁ」
ことり「そんな……そんな……」
絵里「何か思い違いがあるようだけど……とにかく、あまり気を落とさないでね。もう、決まったことなんだから……」
ことり「そんな……!」
ダッ
絵里「あっ、南さん」
ことり(廃校が決定……?誰もμ'sを知らない……?)
ことり(何がどうなってるの……)
―音楽室前。
~ポロン……ポロン……
ことり(これは……真姫ちゃんのピアノの音……)
ガラッ
ことり「真姫ちゃん……」
真姫「……誰?」
ことり(やっぱり、ことりのことを知らない……)
真姫「何か用?演奏に集中したいんだけど」
ことり「ご、ごめんね……。つい、聞き惚れちゃって……」
真姫「見せ物でやってるわけじゃないから」
ことり「……真姫ちゃんは、人前で演奏したりとか、しないの?」
真姫「しないわよ。悪い?だいたい、あなたにちゃん付けで呼ばれる覚えはないんだけど」
ことり「ことりの知ってる真姫ちゃんも、初めはそんな感じだったけど……」
ことり「でも、穂乃果ちゃんに誘われて、μ'sのメンバーになって……みんな、真姫ちゃんの作ってくれた曲を、毎日屋上で一緒に練習して……」
真姫「はぁ?」
真姫「あなた、ちょっとおかしいんじゃない?あなたの知ってる私って何よ。私はあなたのことなんか知らないんだから」
ことり「……」
真姫「それに、穂乃果?ミューズ?誰よそれ。わけわかんない!」
ことり「そう……だよね」
真姫「……」
ことり「ごめんね……演奏の邪魔しちゃって……」
ガラガラ
ピシャッ
ことり(誰も、覚えてない……)
ことり(穂乃果ちゃんのことも……μ'sのことも……)
ことり(どうして……)
ことり(!!そうだ、にこちゃんならひょっとして)
ことり(ずっとアイドル研究部にいたにこちゃんなら……スクールアイドル活動をやってるかも……)
ーアイドル部部室。
にこ「はぁ?スクールアイドル?」
にこ「何よ、それ。あんた、ニコをからかってんの」
ことり「え、えっと、だからそれは」
にこ「まったく、久しぶりの入部希望者かと思ったら……冷やかしならとっとと帰ってよね。ジャマよ」
ことり「ほ、ほんとに知らないの?にこちゃ……に、にこ先輩も」
にこ「知るわけがないでしょう」
にこ「どこの誰だか知らないけど、見なさいよ、この部室。アイドル部って言ったって、部員はニコ一人なの。はっきり言って廃部寸前よ。ライブどころじゃないわ」
ことり「そんな……」
にこ「とにかく。アイドルごっこがやりたいなら、よそでやってよね。ニコは忙しいの」
バタン
ことり「にこちゃん……」
―グラウンド脇。
ことり「……」
トボトボ
花陽「凛ちゃん、頑張って……!」
ことり「!!花陽ちゃん……?」
凛「かよちーん!応援してくれてありがとにゃー!」
ことり(……!あれは陸上部のユニフォーム……)
ことり(そうか……凛ちゃんは、陸上部に入ったんだ……)
ことり「花陽ちゃん……凛ちゃん」
花陽「……?あ、えっと……?」
凛「?かよちん、この人誰ー?」
ことり「私、2年の南って言うんだけど……ごめんね、急に声をかけたりして」
花陽「あ、いえ……」
凛「何か用ですか?」
ことり「変なこと言ってると思うだろうけど……二人は、覚えてない?μ'sのこと、スクールアイドルのこと……校舎の屋上で毎日練習したことや、ライブをやったこと……」
凛「みゅーず?」
花陽「スクールアイドル!?何やら楽しそうな響きではありますが……」
凛「かよちんはアイドル大好きだもんねー」
花陽「……そういうものがあると聞いたことはあります。でも、音ノ木坂には、残念ながら……」
ことり「そう……」
凛「それがどうかしたにゃー?」
ことり「ううん。何でもないのよ。時間をとらせちゃって、ごめんね……」
りんぱな「……?」
ことり(どうしてかは分からないけど……)
ことり(穂乃果ちゃんも、μ'sも、この世界から消えてなくなっちゃったみたい……)
ことり(こんな……こんなことって……)
―夜。ことり邸。
カチャッ
ことり「ただいま……」
ことり母「おかえり。……あら。どうしたの、元気がないみたいだけど」
ことり「……」
ことり母「……あと一週間で、音ノ木坂にもお別れだものね。辛いのは分かるけど……」
ことり「そういう訳じゃ……」
ことり母「留学先でも、また友達はできるわよ。それに、ずっと夢だったんでしょう?服飾の勉強は……」
ことり「うん……」
ことり母「いずれは、みんな自分の道を歩いて行くのよ。あなたも、強くならなきゃ」
ことり「わかってる……」
―ことり自室。
バタン
ことり「ふぅ……」
ことり「そう……なんだよね」
ことり「ことりはどうせ、あと一週間で、留学……」
ことり「μ'sのみんなとも、海未ちゃんとも、穂乃果ちゃんともお別れして、日本からいなくなっちゃうんだ……」
ことり「そのせいで、穂乃果ちゃんと喧嘩までして……」
ことり「μ'sもバラバラになって……」
グスッ
ことり「どうして、μ'sも穂乃果ちゃんもいなくなっちゃったのか、それは分からないけど……」
ことり「辛いお別れをするくらいなら、いっそこのままでもいいのかも……知れない……」
チラッ
ことり「!!あれは……作りかけの、μ'sの衣装……」
ことり「ラブライブに出場出来たらみんなで着ようと思って、頑張って作ってたけど……」
ことり「あれだけは、消えずに残ってるんだ」
ことり「でも、同じだよね……結局、もう、何もかも……」
グスッ
ボロボロ
ことり「μ'sのみんな……海未ちゃん……」
ことり「穂乃果ちゃん……」
―一週間後。ことり留学前日。
ことり(今日で……音ノ木坂とも、お別れだな……)
絵里「署名にご協力お願いしまーす!」
希「廃校阻止の署名、お願いしまーす!」
ことり「あっ、絵里ちゃん、希ちゃん」
絵里「あら、あなたはこのあいだの……」
ことり「どうしたの?朝からこんな所で……」
絵里「……廃校と言われても、やっぱりどうしても諦められなくて……」
希「うちらで、廃校を撤回させるための署名集めを始めたんや」
ことり「そうだったんだ……」
絵里「でも、駄目ね。なかなか、協力してもらえなくって……」
ことり「……」
希「そう言えば、μ's……やったっけ?」
ことり「え?」
絵里「ほら、あなたがこの前話してくれた、スクールアイドル……」
希「もし、ほんまにうちの学院にそんなのがいたら、きっとこんな署名集めなんかよりずっと注目してもらえたやろねって……」
絵里「希と二人で、そんな話をしていたのよ」
ことり「絵里ちゃん……希ちゃん……」
希「まあ、そんなこと言ったところでしゃあないんやけどね」
絵里「私たちは、私たちでできることを頑張るしかないから……」
ことり「……」
絵里「お願いしまーす!」
希「署名、お願いしまーす!」
―放課後。
凛「かよちん、元気だして」
花陽「うん……」
ことり「あれ?凛ちゃん、花陽ちゃん。どうしたの?しょんぼりして……」
花陽「あ、この前の……」
凛「ちょうどよかったにゃー」
ことり「……?」
凛「実は、今二人でアイドル研究部に行って来たんだにゃ」
ことり「!!そうなんだ……」
花陽「この前、スクールアイドルの話を聞いて……。音ノ木坂でもやりたいって思うと、いても立ってもいられなくなって……」
凛「なのに、ひどいんだよーあの矢澤って先輩。入部なんて認められないって、追い返されたの!」
ことり「え?どうして……?」
凛「分かんないよー!ほんと腹立つよねー、かよちん?」
花陽「でも、仕方ないよ。やっぱり、私みたいなのがアイドルなんて……」
凛「そんなことないよ!かよちん、こんなに可愛いのに」
ことり「……私からも、お願いしてくる」
凛「え……?」
花陽「はわわ……。そんな、私のためにそこまで」
ことり「ううん。これは、ことりのためでもあるから」
りんぱな「……?」
―アイドル部部室。
ガチャッ
ことり「……にこちゃん!!」
にこ「誰よ……と思ったら、またあんた?今日は何の用」
ことり「どうして、花陽ちゃんの入部を断ったりしたの?」
にこ「はぁ?花陽って……さっきの一年生のこと?」
ことり「花陽ちゃんは、アイドルが大好きで、真剣にアイドルのことを考えてて、なのに、なのに……」
にこ「ちょっとちょっと。あんたはあの子の何なのよ」
ことり「何って……ことりは、ただ……」
にこ「……はぁ」
ことり「にこちゃん……?」
にこ「見ず知らず同然のあんたに、こんな話をするのもなんだけど……ニコはね、一年生の時から、このアイドル研究部をやってるの」
ことり「……」
にこ「初めは何人か部員もいたわ。でもそれが、いまじゃこの有様……。一人辞め二人辞め、気づいたらニコ一人になってた」
にこ「もちろん、今は分かってるわ。ニコが、自分の理想をみんなに押し付けすぎたってことくらい。でも、それだけじゃなかったの」
にこ「たまに校内でライブの真似事をやってみたりもしたけど……みんな、冷たいものよ。素人のアイドルごっこになんか、誰も見向きもしてくれなかった……」
ことり「……!!」
にこ「ニコに負けないくらい、アイドルへの強い思いを持っている子も、かつてはいたわ。でも、そういう子から辞めて行った……。理想と現実のギャップに耐えられなかったのね」
ことり「そんな……ことが……」
にこ「花陽……だっけ。さっきの一年生がアイドルが大好きだってことは、話をしてニコにも分かったわ。でも、だからこそ……」
ことり「……」
にこ「……あんな辛い思いをさせるわけには、いかない……」
ことり「にこちゃん……」
にこ「さ、これで分かったでしょ。分かったら、とっとと出て行って。全く、何がスクールアイドルよ……」
グイグイ
ことり「ま、待って。まだ話は」
にこ「……これ以上、夢見させるようなこと、言わないで……」
ボソッ
ことり「!!」
バタン
ことり「……」
ことり「にこちゃん……」
―渡り廊下。
ことり「はぁ……」
トボトボ
ドシーン!!
ことり「!!あ痛っ……」
バサバサバサッ
真姫「もう、どこ見て歩いてんのよ……!って、あなたはこの前の……」
ことり「真姫ちゃん……?」
真姫「まったく。拾うの手伝ってよね」
ことり「あ、うん……」
イソイソ
ことり「参考書が、いっぱい……」
真姫「そうよ。これから図書室に行って自習するところだったの」
ことり「今日は、音楽室には行かないの?」
真姫「……そ、そんなヒマはないわよ。私、大学は医学部に行かなきゃならないの。ああやってのんびりピアノを弾いたり歌ったりなんてのは、もう終わり」
ことり「……真姫ちゃんは、それでいいの?」
真姫「は?どういう意味よ」
ことり「受験のために音楽を……自分の好きなことをやめて、ほんとにそれでいいの?」
真姫「!!な、何よ!どうしてあなたにそんなこと言われなきゃいけないの?」
ことり「……」
真姫「どいて。……まったく、時間を無駄にしちゃったわ」
ツカツカツカ
ことり「……真姫ちゃん」
真姫「何よ。まだ何か用なの?」
ことり「そっちは図書室じゃなくて、音楽室だよ……」
真姫「!!」
ことり「……やっぱり、心の底では……音楽室に行きたいと思ってるんだよね……?」
真姫「し、知らない!!何よ、何なのよあなた……!!」
ダッ
ことり「……」
―屋上へ続く階段。
ことり(……)
ことり(みんな、何も違わないのに……)
ことり(なのに、何もかもが違って……)
ことり(……どうして、こんなことに)
カチャッ
ことり(あれ?誰かいる……?)
ことり「!!海未ちゃん……!」
海未「ことり……」
ことり「どうしたの?こんなところで」
海未「いえ、ちょっと一人で考え事をしていただけです。ことりこそ……」
ことり「うん、ことりもちょっと……」
海未「いよいよ、明日でお別れですね」
ことり「うん……」
海未「……」
ことり「……」
海未「……ことり、笑わないで聞いてくれますか?」
ことり「?どうしたの、海未ちゃん」
海未「実はさっきまで……一人で考えていたんです。ことりが話してくれた、スクールアイドルのことを」
ことり「え?」
海未「初めに聞いたときは、何てばかげた話だろうって、思ったはずなのに……ふと気づいたら、ことりと一緒に歌ったり踊ったり、そんな自分を想像するようになってしまって……」
ことり「海未ちゃん……」
海未「この屋上で練習していたという話も、まるで本当のことのようにありありと脳裏に浮かんで、それで……今日もこうやって一人でそのことを考えていたんです」
ことり「……」
海未「考えてみれば、高校に入ってからは私も弓道部で忙しかったですし……そんな風に、ことりと一緒に何かに打ち込んだことも、ありませんでしたね……」
ことり「うん……そうだね」
海身「もし……」
ことり「……?」
海未「もし、私たちが……そのμ’sというグループでアイドル活動をしていたとしたら……それでもことりは、海外留学をしていたのですか……?」
ことり「!!」
海未「こんなことを言っても仕方ないのかもしれませんが……そんな風にみんなで夢中になれる、かけがえのないことを見つけられていたとしても、ことりはやはり……」
ことり「そ、それは……」
カチャッ
絵里「あら……?あなた達……」
海未「生徒会長……?」
ことり「絵里ちゃん、希ちゃんも……」
希「ふふっ。やっぱり、不思議な巡り合わせがあるみたいやね、絵里ち」
絵里「……かも知れないわね」
ことり「巡り合わせ……?」
希「いや、こっちの話や」
絵里「それより、お話の邪魔をしてしまったんじゃないかしら?」
海未「あ、いえ……いいんです」
ことり「……署名は、うまくいったんですか?」
絵里「駄目ね。何人かは協力してくれる人もいたけど……」
希「もう、みんな諦めてしもてるんや。音ノ木坂はなくなるんやって……」
ことり「そんな……」
海未「やはり、廃校を今から撤回させようとするなら、根本的な手だてが必要でしょうね。うちの学校に来たいと思わせるような、魅力的な何かがないと……」
希「スクールアイドル……とか?」
海未「え……?」
絵里「もう、希ったら」
希「ふふ。でも、最近の絵里ち、スクールアイドルの話ばっかりやもんね」
ことり「そう言えば、今朝もそんな話を……」
絵里「この前、南さんがスクールアイドルの話をしてくれた後、私なりに色々考えてみたの。確かに、生徒を集めるのにこんな上手い手はないかも……って」
希「それだけやないやろ?絵里ち、自分が歌ったり踊ったりしたいんとちゃうの?」
絵里「ちょっと、怒るわよ?希」
希「おお、怖い怖い」
絵里「……確かに、このところしょっちゅう考えるわ。かつて憧れたバレエの舞台のように、もし今の私にそんな場が……大勢の人たちの前で歌ったりする場が与えられたとしたら、どうするんだろう……って」
海未「生徒会長も……」
絵里「考えるだけよ、もちろん。でも、考えれば考えるほど、絵空事じゃないように思えてきて……」
希「……今日ここに上がってきたのも、屋上でうちらが練習してたっていう南さんの話が、どうしても心に引っかかって、な」
絵里「そしたら、当のあなたがいたってわけ」
ことり「それで、不思議な巡り合わせって……」
絵里「……確かに、この場所には何か言いようのない親しみを覚えるわ。ほとんど、足を運んだことなんてないはずなのに」
カチャッ
凛「……あれ?何だか人がいっぱいいるよ、かよちん」
花陽「ほ、ほんとだ……」
ことり「!!凛ちゃん、花陽ちゃん」
花陽「あっ、えっと……南先輩?」
ことり「どうしたの?二人して……」
花陽「……なんとなく、屋上に来たくなって……」
凛「確かに、ここだったら思いっきり歌ったり踊ったりできそうだにゃー」
海未「!!あなたたちも、スクールアイドルの話を……?」
花陽「この前、そこの南先輩から……」
ことり「……」
真姫「呆れた。あなた、誰かれ構わずそんな話をしてるのね」
ことり「真姫ちゃん!?」
花陽「に、西木野さん?なんでここに……?」
真姫「屋上の隅で考え事をするつもりだったのよ。せっかく静かな場所だと思ったのに、全く……」
希「あなたも、スクールアイドルのことを考えるために?」
真姫「!!ば、馬鹿なこと言わないで。全然違うんだから」
凛「ふーん」
真姫「な、なによその目は。私はアイドルなんて興味ないし」
凛「……その割には話題に食いついて来たにゃー?」
真姫「そ、それは、そこの2年があまりにおかしな話ばっかりするから……!」
カチャッ
絵里「あら。また誰か上がって来たようね」
希「……にこっち?」
にこ「!?……な、何よこれ。いつもは誰もいないのに」
ことり「にこちゃん……」
にこ「!!ま、またあんたなの。性懲りもなく、スクールアイドルの話をするつもり?」
絵里「……と言うことは、にこも……」
ことり「……」
コクン
にこ「どういうことなの、これ。どうして今日はこんなに人が集まってるのよ」
ことり「……」
希「さあ。どうしてなんやろうねえ」
*
絵里「じゃあ、ここにいる面々と、その穂乃果……って子を入れた9人がメンバーってわけ?あなたの言う……」
ことり「はい……μ'sの……」
花陽「スクールアイドル・μ's……」
凛「凛たちが、アイドル……!」
にこ「ふん……」
希「でも、見れば見るほどバラバラな顔ぶれやねえ」
真姫「ほんとに。とてもじゃないけど、この面子で何か一つのことをやるなんて考えられないんだけど」
にこ「だいたい、ニコやそこの花陽って子はともかく、アイドルにまるで興味がなさそうな顔ぶればかりじゃない」
ことり「でも、確かにここにいるみんなが……μ'sのメンバーなんです」
絵里「ふふっ」
海未「生徒会長……?」
絵里「もし、南さんの言う穂乃果って子が本当にいるのだとしたら……その子、とんでもなく凄い子ね。こんなにバラバラな私たちを一つのグループにまとめあげて……」
凛「生徒勧誘のためのライブを成功させて……」
にこ「音ノ木坂を廃校の危機から救う、ですって……?」
海未「……」
真姫「……何て、絵空事……」
一同「……」
希「……でも、その絵空事が何か心に残るものがあったから……みんなは今日ここにこうして集まったんやないの?」
希「まるで……何か見えない力に導かれるようにして」
ことり「……」
絵里「そうかも知れないわね。そうかも知れない、けど……」
にこ「しょせんは、夢物語……」
絵里「……そんな風に何もかもがうまく行けば、どんなにいいか……」
ことり「で、でも……」
真姫「そりゃ、私が曲を書けば、それなりにお客さんを呼べる自信はあるけど……」
にこ「ニコが本気で力を貸せば、まあ多少はサマになったかも知れないけど……」
花陽「ここにいるみんなで頑張れば、ひょっとしてひょっとしたら……?」
凛「でも……」
絵里「今からじゃ、もう、間に合わない……」
真姫「……それが現実」
一同「……」
希「はぁ。うちも見てみたかったなー。μ’sのライブ」
絵里「希……?」
希「確かにアイドルなんて考えたこともなかったけど、このメンバーには、何かこう、不思議なパワーを感じるんよ。集まったらどんなことでもできちゃいそうって言うか」
ことり「何でも、できるんです……」
海未「ことり……」
ことり「私たち……μ’sは、何だって……」
一同「……」
希「……なら、あなたがそのμ’sを結成しよう、とは思わへんの……?」
ことり「!!で、でも穂乃果ちゃんがいないと……」
希「また、穂乃果ちゃん、か……」
にこ「……」
ことり「それに、ことりはもう……」
絵里「……そう言えば理事長から聞いたんだけど、南さん、あなた留学するそうね」
ことり「はい……服飾の勉強に」
希「へえ、すごいやん。夢が叶ったんやね」
ことり「そう、ですね……」
海未「……」
花陽「夢、か……」
絵里「あと数ヶ月もすれば、私たち3年も卒業して……」
にこ「今の一年が卒業したら、音ノ木坂もなくなって……」
希「……みんな、それぞれの道を歩いて行くことになるんやろうね」
凛「……」
真姫「……それが、人生ってものじゃない」
絵里「そうね。そして、長い人生の中で、何の接点もないはずの私たちがこうしてたまたま同じ時間を過ごしているのも……」
希「何かの縁、なんやろね」
にこ「……まあ、もう二度とこうして集まることはないだろうけど」
絵里「でも、5年後か10年後か、あるいはもっと先、ふと人生の曲がり角で立ち止まったときなんかに……」
絵里「……きっと、今日この場所であったこと、今こうして過ごしているこの時間を思い出すんじゃないかって、そんな気がするの」
真姫「……」
希「なんか、しんみりした話になってしもたね」
絵里「そうね。思わず長居しちゃったわ。じゃあ、私たちはこれで行くから」
希「ほな、な。南さん、向こうでも頑張ってな」
ことり「……ありがとうございます」
凛「かよちん、凛たちも行こっか……?」
花陽「そうだね……」
真姫「全く、つい時間をとられちゃったわ」
にこ「じゃあね。何だかよく分かんなかったけど、とりあえず留学先でも頑張んなさいよ」
ことり「……はい」
ゾロゾロ
バタン
海未「みんな……行ってしまいましたね」
ことり「うん……」
海未「ことりも、明日の今頃は、もう……」
ことり「……そうだね」
海未「次に会うのがいつになるのか、それは分かりませんが……その時には、ことりはきっと自分の夢を確かな形にしているのでしょうね」
ことり「……」
ゴソゴソ
海未「ことり……?」
ことり「海未ちゃんに、見て欲しいものがあるの……」
スッ
海未「これは……衣装の写真……?」
ことり「μ'sの衣装だよ。みんなのために、ずっと作ってたの。だけど……」
海未「……」
ことり「これは、海未ちゃんの分。ライブで着てもらえるように、って……」
海未「これが……」
海未「……やっぱり、私にはアイドルは無理かも知れませんね。こんな派手な衣装、とても私が人前で着られるとは……」
ことり「ううん。海未ちゃんは、着てくれたよ……」
ポロッ
海未「!!ことり……?」
ことり「海未ちゃんはきっと、これを着てライブで歌ってくれたよ……」
グスッ
ボロボロ
海未「ことり……」
ギュッ
ことり「海未ちゃん……」
海未「……」
ことり「……私、うまくやっていけるのかな……ひとりぼっちで、誰も知らない国で……」
海未「……ことりなら、きっと大丈夫ですよ。私が保証します」
ことり「……」
海未「私も自分の道を見つけて、いつか必ずことりに会いに行きます。だからことりも……」
ことり「……うん」
海未「それまでは……お別れですね。ことり」
ことり「……さよなら、海未ちゃん。今までありがとう……」
海未「さよなら、ことり。さよなら……」
―翌日。空港。
ことり「これで、日本とも当分お別れだな……」
―ご出発のお客様にご案内申し上げます……
ことり「さよなら、海未ちゃん。さよなら、μ'sのみんな」
―○○行き△△便は、間もなくご搭乗手続きを終了いたします……
ことり「……」
―手続きがお済みでないお客様は、○番ゲートにお急ぎください……
ことり「さよなら……穂乃果ちゃん……」
―飛行機の中。
ことり(街が……みるみる遠ざかって行く)
ことり(あっという間に見えなくなっちゃった……)
ことり(……)
ことり(……これで、よかったんだよね)
ことり(だって、ことりの夢が叶おうとしているんだもん)
ことり(これで……よかったんだよ)
ことり(……)
ことり(……本当に?)
ことり(本当に、これでよかったの?)
ことり(この先に、ことりの夢はあるの……?)
チラッ
ことり(窓の外はもう、雲だけ……)
ことり(何も見えない……)
ことり(ずっと暮らして来た街も、これから暮らすことになる街も、何も……)
ことり(いったい、どこに向かってるんだろう?この飛行機は……)
ことり(ことりは……)
ことり(……)
*
パチッ
ことり「!!」
ことり「ここは……」
キョロキョロ
―ご出発のお客様にご案内申し上げます……
ことり「まだ……空港……?」
ガヤガヤ
ことり「荷物も、全部そのまま……」
ことり「……そっか。飛行機を待つ間に、眠っちゃってたんだ」
ことり「!!」
ことり「と、いうことは……さっきのは、全部、夢……?」
ことり「そうだよ……そうだよね。あんなの、夢に決まってるよ」
ことり「μ’sがなくなっちゃったのも、穂乃果ちゃんがいなくなっちゃったのも、全部夢だったんだ」
ことり「よかった……」
―○○行き△△便は、間もなくご搭乗手続きを終了いたします……
ことり「!ことりが乗る飛行機……」
ことり「そうだった……あれが全部夢だったとしても、結局ことりは、もう……」
ことり「もう……」
ことり「行かなきゃ……」
フラッ
ことり「……でも、どこに……?」
ことり「どこに行ったら、ことりの夢は……」
ことり「……」
ことり「あの、μ’sがなかった世界……」
ことり「あの世界のみんなが……絵里ちゃんや、希ちゃんや、にこちゃん、真姫ちゃん、凛ちゃん、花陽ちゃん、そして、海未ちゃんが……どんなに望んでも手に入らなかったもの」
ことり「……それをもう、ことりは手に入れてたんだ……」
ことり「なのに……」
―手続きがお済みでないお客様は、○番ゲートにお急ぎください……
ことり「でも、もう……間に合わない……」
フラ……フラ……
ことり(さよなら、μ’sのみんな)
ことり(さよなら、海未ちゃん)
ことり(さよなら……穂乃果ちゃん)
―○○行きのお客様は……
ことり(穂乃果ちゃん……)
―間もなくご搭乗手続きを終了いたしますので……
ことり(ことりは……ことりは……)
―○番ゲートにお急ぎください……
ことり(穂乃果ちゃん……ことりは……)
―お急ぎください……
ことり「……」
ことり「……行きたく……ない……」
―ガシッ
ことり「!!」
???「……ことりちゃん」
ことり(え……?まさか……)
???「ことりちゃん……」
ことり「穂乃果ちゃん……!?」
穂乃果「……ことりちゃん、駄目」
ことり(これは……まだ、夢を見てるの……?)
穂乃果「……私、スクールアイドルやりたいの。ことりちゃんといっしょにやりたいの……!」
ことり「……!!」
穂乃果「いつか、別の夢に向かう時が来るとしても……」
ことり(違う……穂乃果ちゃん、ほんとに、ことりを……ことりを、迎えに来てくれたんだ……!)
穂乃果「ことりちゃん、行かないで……!」
ギュッ
ことり「……」
ボロボロ
ことり「……ううん、私の方こそごめん……」
穂乃果「ことりちゃん……」
ことり「私、自分の気持ち、わかってたのに……」
グスッ
穂乃果「ことりちゃん……!」
ことり「穂乃果ちゃん……」
ボロボロボロ
ことり「……ありがとう。迎えに来てくれて、嬉しい。嬉しいよ……」
―学校。
にこ「……まさか、ほんとに迎えに行くなんてね」
絵里「まったく、穂乃果らしいわ」
真姫「まあ9人でライブが出来るなら、それにこしたことはないけど」
希「海未ちゃんの説得が功を奏したみたいやね……って、あれ?」
海未「……」
スヤスヤ
花陽「待ちくたびれて寝ちゃってるみたいです……」
絵里「あらあら」
にこ「どうせしばらくは穂乃果たちも戻ってこないだろうからいいけど……」
海未「……」
スヤスヤ
希「……何の夢見てるんやろなあ」
―そして、ライブ前。
希「じゃあ、全員揃ったところで……」
にこ「……今日みんなを、一番の笑顔にするわよ!」
穂乃果「1!」
ことり「2!」
海未「3!」
真姫「4!」
凛「5!」
花陽「6!」
にこ「7!」
希「8!」
絵里「9!」
穂乃果「よーし、行こう!」
バタバタバタ
海未「……?どうしたんです、ことり?みんなもうステージに出てしまいましたよ。私たちも……」
ことり「……」
海未「ことり……?」
ことり「……海未ちゃん。私ね、さっき怖い夢を見たの」
海未「夢……?」
ことり「うん。でも、それが夢だって分かって、今こうしてみんなでまたライブが出来るなんて、すごく嬉しくて……」
海未「ことり……」
ことり「だけど、これもまた夢だったらどうしよう、なんて思っちゃって」
海未「……」
海未「……いいじゃありませんか、それでも」
ことり「え……?」
海未「たとえこれが夢だとしても、私たちは一生懸命歌うだけです。違いますか?」
ことり「……そうだね。そうだよね」
海未「……それに、夢なら私も見ましたよ、ことり」
ことり「海未ちゃんも?」
海未「夢の中でことりは、私に衣装を見せてくれたんです。ことりがμ’sのために作ってくれた、新しい衣装を……」
ことり「!!」
海未「いつかあの衣装を着てラブライブに出場する日が、きっと現実になる……私は、そう信じています」
ことり(まさか……海未ちゃんも夢の中であの衣装を……?)
にこ「ちょっとあんたたち、何やってんのよ。始まるわよ?」
海未「あ、はい。すぐ行きます」
にこ「早くしなさいよ」
ことり「……」
ことり(あのステージの上で、μ’sのみんなが待ってる)
ことり(穂乃果ちゃんが……待ってる)
ことり(そこが、私の……)
海未「……ではことり、私たちも行きましょうか」
ことり「……うん」
ことうみ「私たちの、ステージへ」
――おしまい――
このSSまとめへのコメント
すげぇいい話
めっちゃ良かった
泣けますな
なんだこれ天才かよ