こういうのがあってもいいと思うんだけども。
ある日用務員としての用事のため街を歩いていると、面構えのはっきりしない男に声をかけられた。
理由もわからないまま生返事をしていたら、雑居ビルの2階、何かしらの事務所に連れ込まれた。
はてこのような場所にお世話になるようなことをしでかした覚えはないのだが。
だがそこはいわゆるヤクザと呼ばれる連中のそれとは様子が違った。
なにやら若い女が複数人、戯れているようである。
なるほど最近のヤクザはこうやって人を油断させるのだなとぼんやり考えていると、
先ほどのやたら黒い男が彼女らに言った。
「紹介しよう。彼が待望の、我が765プロのプロデューサーだ!」
うん。一体どういうことだ。
的なね?
おいらアイマスアニメしか見てないから誰か頼むよ。
高木「いい面構えだ!ティンときた!」亀田誠治「」
高木「いい面構えだ!ティンときた!」池田貴史「」
高木「いい面構えだ!ティンときた!」中田ヤスタカ「」
色々考えては見てるんだけども。
こんな中年男を少女らに紹介していったいどういうことだけしからんと思ったが、なるほどそういうことか。
しかし私を捕まえて、いきなりプロデューサーをやれというのは一体どういう了見だろうか。
しかし、考えようによってはこれはチャンスかもしれない。
バンドを解散して以降、食いぶちに困っていたのは事実である。
一体どのようなものな事務所か知らないが、ここでプロデューサーとして置かせてもらえるのならばありがたい話である。
丁度色々と行ってみたい実験もある。
うん、悪くない。
「それでは、765プロのアイドルを紹介しよう!」
「へっ」
今、アイドルと言ったか。
何かの聞き間違いではなかろうか。
次々と紹介されていく少女たちのほとんどは、私を奇異の目で見た。
かく言う私も、彼女たちの紹介をあまり熱心には聞いていなかったのだが。
その中でも一層おかしな目で私を見ていたのが、如月という娘だった。
「……よろしくお願いします、プロデューサー」
うむ。
なんというか、こう。
これからに期待、といった娘だ。
かくして訳もわからぬままプロデューサー業務を勤める事になったわけだが。
「プロデューサー殿、オーディションへの響と真の送迎よろしくお願いします!」
「プロデューサー、この美希のグラビアの仕事なんですけども……」
「ねーおっちゃん!真美たちにも仕事取ってきてよー!」
音楽プロデュースでとしてはなく、所謂マネジメントの業務がほとんどであった。
話が違う。いや、話などほとんど聞いていなかったのだけれども。
特に事務方の仕事など、小娘たちのちょっかいの中でやるものだからまるで教員にでもなった心地すらした。
「プロデューサー殿、千早と春香のレッスンに同行願えますか?」
「はい」
「…よろしくお願いします」
如月と言う娘は、未だ私を奇異の目で見る。
私もまた、彼女を奇異の目で見ている。
なぜこうなった。私は自分の音楽をやるためにバンドを解散したのではなかったのか。
これでは人目につかないようなバイトを選んで楽曲制作に勤しんでいた方が幾分かましではなかろうか。
練習スタジオの横のソファーで、くたびれた体を休めながら考えた。
この仕事にやりがいを見つけたわけでもなし、プロダクションに愛着があるわけでもない。
辞めてしまえばよいという決断に至るまでそう時間はいらなかった。
思い立ったが吉日、今日にでも面構えのはっきりしない社長に申し出よう。
何気なく、スタジオから微かに聞こえる歌声に耳を傾けてみた。
そういえば、彼女らの歌をまともに聞いたことが無かった。
唯一、音楽に関わるような場面だというのにその気にすらならなかった心中を、どうか察してほしい。
スタジオの扉を開けたのは、その歌声の持ち主の顔を確かめるためである。
その歌声の主は、私を奇異の目で見つめるあの娘であった。
「……あの、プロデューサー、どうされました?」
歌い終えた如月は、また私を奇異の目で見た。
その娘を私もまた奇異の目で見ていたので仕方のないことではある。
「キミは、何故アイドルを目指している」
「……私には、歌しかありませんから」
「成程、その通りのようだ」
娘の奇異の目は、いぶかしげな顔に変わった。
私はそれを合点のいった目で見た。
どうやら、どこぞの陽の当らない倉庫で荷物を運ぶよりかはいい選択だったのかもしれない。
未だいぶかしげな顔で私を見つめる如月の隣で、
なんとも言えない娘がなんとも言えない顔をしていた。
思い立ったが吉日である。
その日私は定時を待たずに退社した。
「プロデューサーさん、どうしたんでしょう?連絡も無く遅刻だなんて……」
「うむ、何かあったのだろうか……。ここのところ心ここにあらずというような様子だったし」
(……それはいつもの事だと思いますけども)
「音無君、もう一度連絡をしてみてくれないか?」
「はい」
バタン
「社長、遅れて申し訳ない」
「お、おぉ平沢君!無事だったか!」
「無事とは?」
一体何を話していたのだろう。
事務所の中は何故か騒然としていたようだが、私がドアを開けたとたんにそれは静まったようだ。
「もう、プロデューサー殿!一体どうしたんですか!心配しましたよ!?」
年下だというのに、秋月女史の威圧感は迫るものがある。
一体何の心配をしたのだろうか。
「もーおっちゃん!今日はお姫ちんたちとオーディションに行く予定だったでしょう!?忘れちゃったの」
「ああ、そうだった」
失念していた。
そういえばマネージャー業務も兼任しているのだった。
「申し訳ない。ところで如月はいるか」
どこかで全く申し訳なさそうじゃない、という声が上がったが如月を探す。
休憩室のソファーに腰かけ、イヤフォンを付けて悠長に鼻歌を口ずさんでいた如月の正面に立つ。
イヤフォンを奪い取り、如月に声をかけた。
「なっ、何するんですかプロデューサー!」
「これを聞きなさい」
ついさっき焼き終えたCDを突き出すと、娘はまたいぶかしげな顔になった。
「曲だ、キミが歌うといい」
http://www.youtube.com/watch?v=UQKNnqOs_bc
いや、眠いねしかし。
徹夜明けだったし。
ってことで寝る。ごきげんよう!
高木「ちんぽ!おちんぽジョイナス!」
P「ジョイナアアアアス!」
律子「なんてことだ・・・なんてことだ・・・」
小鳥「これくらいやってくれるとおもってました」
音無女史の持ってきたコンポにCDを差し入れる。
如月に聞かせるために持ってきたというのに、いつの間にやら事務所内の人間全員が群がってきていた。
この事務所には仕事もせずなぜこのようにたむろしているのか。
おそらくろ、くに仕事ももらってこれていないのだろう。
私の音源を聞いていた如月は、いぶかしげな顔から異物を見るような目に変わった。
断わっておくがこの音源はまだデモの段階であり、昨晩の内に作り上げたデモの中で
唯一ようやく視聴のレベルにまで達したものを持ってきたものであり、クオリティとしてはそこまで高くないものである。
ここから更にあれやこれやとでっち上げていくのである。
曲が終ると、事務所の中は生きた人間のいないように静まり返った。
「……すごい。この曲、一体どこからもらって来たんですか?」
如月の第一声はそれであった。
もらってきた?見くびってほしくないものだ。これは断じて何かしらのオマージュ、パロディなどでなく
正真正銘私のオリジナルの楽曲である。
「えぇぇー!プロデューサー、曲つくれるんですかぁ~!?」
「うん、そもそも元々そのつもりで入社したんだが」
高槻といったか、素っ頓狂な娘だ。
だが周囲を見てみるとその他の娘たちも同じような反応であった。
「あれ、言ってなかったか」
「……」
娘らが騒ぐ中、肝心の如月はと言うと先ほど一言放って以降だんまりを決め込んでいる始末である。
あれ、気に入らなかったのか。
異物を見るような目が一息で鋭くなり、私を見据える。
「プロデューサー。是非歌わせて下さい」
なんだ、よかった。
「では音源の録音と並行して声録を行う。スタジオなどの手配は任せておけ、つてがある
それから、今はとりあえずこの一曲だけを渡しておくが、すでにフルアルバム程度の構想が出来上がっている。
デモが出来上がり次第それも録音を始めてゆくからそのつもりで」
「「「ふっ、フルアルバム!?」」」
「ちょ、ちょっと待って下さいプロデューサー殿!千早はまだデビューすらしてないんですよ!?
曲ができたからってそんなすぐデビューって訳には…」
「えっ、そうなの」
「そうなんです!だからCDを出すにしてもタイアップとかイメージ戦略とか……色々すっ飛ばし過ぎです!」
「あー」
まさしくそこは盲点であった。
自主制作でアルバムを作るのとは勝手が違うようである。面倒そうだ。
イメージ戦略はもう如月と言う娘の声と私の楽曲がマッチした方向で行くことは決めていた。
タイアップなどはマネージャーがもぎ取ってくればよいだろう。
そこで初めて、私がマネジメント業務も兼任していたことを思い出した。
「では、君の専属は如月くんということでかまわないかな?」
「はあ、そういうことで」
影のようにそこにいた影のような社長が声をかける。
その後、君が作編曲出来るとは意外だったが、なかなかどうして私の勘は冴えていたようだとのたまった。
この男は何を思って私を事務所に引き入れたのだろう。
名乗りもしなかった私を誘うとは、おかしな男である。
しかしこんな男が立つ企業であれば、音楽もやりやすいのではないかとも思えた。
兎に角、私は如月のデビューのために奔走しなくてはならなくなった。
タイアップなどに関しては全く私の範囲外であったので、秋月女史の指導を仰ぎながらとなった。
しかしどこの企業も、上に立つ人間と言うのはいつまでも権威にしがみつきたがる人種ばかりである。
これはバンドであってもアイドルであっても、変わらず突き当たる障害であるらしい。
「しかしプロデューサー殿、交渉下手すぎやすぎません?なんであんなにつっかえるんですか?」
「いや、面目ない」
「まぁ、なんとかタイアップ取れましたから良かったですけども……」
「別に無くても良かったと思うんだけども」
「よくありません!さぁ、次はテレビ出演ですよ!」
タイアップの次はテレビか。弱小事務所であるということは承知していたけれども、
既存の音楽産業の中で音楽を売るということは骨である。
もっと直接的にリスナーに向けて音楽を売り出す機構があればよいのだが。
「ほら、プロデューサー!事務所戻りますよ!」
もう秋月女史がマネジメント業務を専属にやれば良いのではないだろうか。
「というわけで如月、キミのデビューが決まった。今まで以上の熱意を持ってレッスンに取り組みなさい」
「はい、ありがとうございます!」
「楽曲に関しても既に数曲歌録りを残すだけのものがいくつかある。
デビューシングルの手ごたえを見て楽曲を選ぶことになりそうだ」
うん、なんと権威的なものいいだろうか。
私も自分で言っていて息苦しさを感じた。
まさか私がこのような業界の人間らしい振る舞いをする日が来ようとは。
如月の声から得たインスピレーションで作り上げた楽曲を、すぐさま発表できないことに苛立ちさえ感じた。
「ではこれで」
「あの、プロデューサー!」
「うん」
「……ありがとうございます。素敵な曲を」
「あ、うん」
アイドルと会話してしまった、これは恥である。
「千早ちゃーん!デビューおめでとう!」
「あ、ありがとう春香……」
「かっこいい曲もらえて良かったね!」
「うん、本当に。最初は良くわからない人だったけど、本当に凄い人だわ」
「……私は今でも良くわからないけどな」
「ミキもそう思うの。いつもムッとしてて何考えてるかわからないし」
「そうかしら?プロデューサー、たまに凄く機嫌のいい顔するじゃない」
「え?ウソ!私見たことないよそんなとこ!」
「まさか、千早ちゃんこと変な目で見てるの?」
「え、あ、ううん、そんなんじゃなくてね……」
「……面白い楽器を見つけた、っていうような、子どもみたいな顔」
結果から言うと、如月のデビューシングルはいまひとつであったらしい。
私の短いキャリアからすると大したものだと思ったのだが、
アニメ主題歌のタイアップを付けた楽曲としては物足りないものであったという。
「私が、きっと私がいけないんです。テレビ出演の時にきっと」
「気にすることではない。売れるような曲ではなかったしね」
「……えっ?それはどういう……」
「でもいい曲だったろう」
「……はい!それはもちろん!」
「ならそれで良」
「良くありませんよ!千早の、大切なデビュー曲ですよ!」
秋月女史はやはり業界の人間であるのだ。
私のような心持ちで音楽に携わる人間とは相容れない部分があるのは致し方ないと言えよう。
だがしかし、その時の如月の顔つきはとても誇らしい顔をしていた。
……女は汚い。
用務員として行かねばならぬ場所があるのでしばし休憩。
それからの如月の活躍は、目を見張るものがあった。
秋月女史の依頼により制作した、竜宮小町なるユニットの曲である
「Waster Cabaret」が長くチャートに残ったおかげもあり、
弱小事務所であった765プロダクションが世間的に注目されることになった。
http://youtu.be/VRUDHEGHzm4
それに伴い、如月千早にやってくる仕事もデビュー当初に比べ多くなったと言えよう。
ただ、そのことを如月はあまり快く思っていないようにも感じた。
「歌うことに集中したいんです」
そう彼女から告げられたのはそんな最中だった。
「うん、その気持ちは私も痛いほどわかる」
私だって今すぐにでもマネージメント業務を投げうって楽曲制作に集中したい。
そうしたいというと秋月女史からとてつもなく怒られるので実現はしそうにないのだが。
「もう一度聞きたいんだが、キミは何故アイドルになろうとしたのだ。歌うだけならば家の風呂場でもできる」
「……それは、一人でも多くの人に」
「聞いてもらう為に、楽しんでもらうためには歌だけではいけない」
それは数ヶ月この業界に身を置いて痛感したことだ。
私が楽曲に情熱を傾けるように、世のアイドルと呼ばれる娘たちはショウを作り上げることに情熱を傾けている。
私とてその形態に納得をしたわけではない。だが、同じ土俵で勝負をするのならば避けて通れない部分である。
「……でも、バラエティ番組や料理番組に出ることは、私の歌にあまり関係が無いように思えるんですが」
「うん、私もそう思う」
「えっ」
「そもそも、もっと違った理想的な音楽の売り出し方があると思う。
ネットで曲を売るってのも最近は多くなってきたし、それで生活できている人もいるんじゃないかな」
「あの……プロデューサー?」
「元々音楽は資本主義とは相容れない部分がある。
音楽を作る人間は製品を作るように曲を作っているわけではないのに、
お金を稼ぎたい人や権威的な物を守りたい人が間に入ることでおかしいことになっている
この産業構造の上で勝負する限りはそれらの言うことを聞かなければならないというのが現状だけれども」
「ぷ、プロデューサー!」
「うん」
「私、頑張ります!料理番組でも、バラエティ番組でも!」
「そう、じゃあ頑張って」
あまり良くわからないが、如月なりになにか思う事があったのだろう。
ところで今の会話を横で聞いていた高木社長は、ただでさえ薄暗い顔にさらに薄暗い影を作っていた。
ところで私の与り知らぬ所ではあるが、どうやら765プロダクションは
大手の芸能事務所から悪質な嫌がらせを受けているらしい。
雑誌の表紙を奪われたり、仕事にちょくちょく邪魔をしてくるのだと
音無女史や社長がなにやら息まいていた。
そんな傍らで、私は如月のファーストアルバムの制作に取り掛かっていた。
惜しからむことに、テクノポップ色の強いファーストシングルである「mother」は収録しないことになりそうだ。
そのことについて、如月、秋月女史、社長を交えて話し合った。
デビュー曲である「mother」を収録しないのは何故かと問い詰められた、主に秋月女史に。
「うん、入れたら売れるだろうね。でも、一曲だけ色が違うんだ」
「そりゃアルバムとしての完成度も大切でしょうけども!」
「まぁまぁ律子君……で、如月君はどうしたい?」
「わ、私ですか」
まさか判断を委ねられるとは思ってもいなかったのだろう。
今まで以上に身を縮こませて、いずらそうにする。
確かに、私は私として楽曲を作ってきたが、これは「如月千早」の作品でもあるのだ。
「……私は、無くてもいいんじゃないか、と思います」
「千早まで、……あぁもう」
「じゃあmotherを収録しない方向でアルバムを作っていこう」
「…ありがとうございます」
「……ふむ」
普段からあまり表情の読めない社長だが、この時はより一層なんとも言えない表情をしていた。
その後間を置いて、私と如月はアルバム収録に重きを置いてスケジュールを組んだ。
楽器を声をとり終った段階で、ミキシングやらマスタリングやらは
信頼のおける物にある程度任せるよう秋月女史に釘を打たれてしまったので、あまり深くは関われなかった。
アルバムが出るということを前提としたテレビ出演なんかよりも、
私としてはもっと優先させるべきことがあろうと思っていたのだが
私の与り知らぬ所で私の与り知らぬ者から与り知らぬ影響を受けたのであろう如月は
以前よりも前向きにその仕事に取り組めているようであった。
そんな時である。
週刊誌に、如月の家族についての記事が載ったのは。
その日を境に、如月は歌わなくなった。否、歌えなくなった。
医師が言うには声帯や顎関節の問題ではなく、心の持ちようであるという。
私がミキシングのチェックに呼んでも応えず、秋月女史が撮影のため連絡をしても応答は無かったという。
天海が如月の家に見舞いに行ったが、門前払いを食らったと泣きついてきた。勿論秋月女史にだが。
ミキシングのチェックは私だけで済ませてしまってもいいとも思ったのだが、これは如月の作品である。
秋月女史の言葉を借りるならば「大切な処女作」なのであるというし、彼女抜きで判断を下してしまうのは
彼女の音楽に対して無礼であるような気がしてしまったのである。
「如月、いるか」
「……帰ってください」
「そうはいかないよ。ミキシングの最終チェックには立ち会ってもらわないといけないからね」
「……帰って!」
「君は、アルバムにmotherを入れたがらなかったね。どうしてだい」
「……」
「確かにあの曲は歌いづらいかもしれんし、君のイメージには合わないかもしれないが」
「……わかってるじゃないですか」
「今の私に、motherなんて曲歌う資格ありません」
うん、ちょっと意味がわからない。確かにメロディは一般的なポップソングとは違い歌いにくいかもしれないが、
それを如月はきちんと歌いこなしているじゃないか。資格なんて大それた話ではない。
確かにアルバムに入れるにはキャラクターが違っているが、私が心血注いだ楽曲である事には変わりない。
それを「なんて」などと呼ばわるとは。
「キミは、あの歌に込められた意味をきちんと理解しているのか」
「それはっ……」
「単に母性愛というのではない、もっと崇高なものを歌っているんだ」
「……崇高な、もの?」
「君は、母の愛と言うものをもっと深く理解していると思っていたんだけども」
「……母の愛、……家族」
また何か意味のわからないことを言い始めた如月であった。
あまり過ぎた歌詞の講釈をするというのも野暮だと感じたので、私はその場でぽつねんと立ちつくしていた。
出て来てくれないのならば仕方がない。ミキシングの最終チェックは私だけで行おう。
そろそろ事務所の皆からの見舞いの品を置いて帰りたいのだけれども。
そう思った矢先、ドアの向こうから如月の声がした。
「プロデューサー……いえ、師匠!」
「うん?」
「私は、許されるんでしょうか!?また、歌ってもいいんでしょうか!?」
「うん、いいと思う。そして聞いてくれ。私は皆の想いも持ってきた」
「……!」
「そろそろ、荷物を降ろしてもいい頃合いだと思うのだけれども。一人じゃ重い」
腕がそろそろ疲れてきたので、この荷物を置きたいのだ。
今日出てこないのであれば、また日を改めて訪れよう。
「見舞いの品を、ここに置いておきますね。それでは」
何故か知らないが、そのすぐ後に行われたライブに如月は顔を出した。
歌えないと聞いていたのに、ステージでは堂々と歌えていたので驚いた。
そんなにミキシングチェックが嫌だったのだろうか。
彼女なら興味を持つのではないかと思ったんだが。
まあいい。ライブの途中で抜けると秋月女史に酷く怒られるので残っていよう。
終わったら、ミキシングのチェックを済ませてしまおう。
「……し、師匠!」
光源やスクリーンを用いた新しい演出について考えながらぼんやりとステージを眺めていると、
ソロを歌い終えた如月が私の元に駆け寄ってきた。
「…ありがとうございます!…そして、すみませんでした!」
「うん、頑張ってたと思う」
まさがステージをろくに見ていなかったなどと言ったらまた不機嫌になってしまいそうであったので、
とりあえず褒めておいた。
「私、ここにいたいです!…また、みんなと一緒に歌いたいです!」
「そう、わかった」
そういった如月はとてもいい笑顔であったので、私もそれにならっておいた。
ここにいたい、か。
やはりチェックは私とエンジニアで行おう。
そう思ってこっそりライブハウスから抜け出そうとしたら、秋月女史にみつかってこっぴどく怒られてしまった。
如月の復帰とともに、アルバムのリリースを発表した。
如月が休んでいた間にアルバム制作はほとんど進んでいて、
あとはプレスして物流にのせるだけだったのでタイミングとしてはこれがベストだろうと秋月女史は言う。
そして復帰後初となるライブが行われた。
まぁなんとかなるんじゃない?とは思っていたが、リハーサルでのPAの仕事が気に食わなかったので
暇な時にはPAブースをちらちら覗いて監視していた。
というのは単なる大義名分であって、私は少しでも早くあの娘らがたむろする空間から抜け出したかったのである。
そういえば先ほどから、うちの社長と同じように黒い男がこちらを睨んでくるのはなぜだろう。
ははぁ、さては音響会社の頭だな。
弱小プロダクションの人間が自分たちの仕事にケチをつけるのがそんなにたまらないのか。
しかし本当によくうちの社長に似ている。ひょっとして血縁者だろうか。
そうこうしているうちに、我がプロダクションのアイドルたちの出番となった。
曲はアルバム収録の未発表曲。
私はせっかく大きなスクリーンがあるのだから「LOVE SONG」のPVを流しながら歌えば面白いのにと思ったが、
秋月女史に必死の形相で止められたので大人しく引き下がった。
PAブースにいることだし「急に変更になった」などと言って曲を変えることもできるのだけれども。
こうも音響会社の頭思しき黒い男に睨まれていてはそんなことがまかり通るとは思えなかった。
しようが無いので大人しくここで見ていよう。
「バンディリア旅行団」
彼女ののびのびとした歌声ならば、この曲はより一層映えるだろう。
http://youtu.be/6Kokx-qHI8A
いいかげんPAのスタッフから鬱陶しい目でみられるようになったので、
ステージ袖に戻ってみたところなにやら娘らが騒いでいたので、
私はその端の方でぼうっとしていた。
良くわからないが、その直後皆蜘蛛の子を散らすように走り去って行ったので何かしらあったようである。
ここは秋月女史に任せておこう。
如月のステージは決して悪くないものであった。それだけは言えよう。
765プロダクションのステージが終って、次のグループのステージが始まろうというのに会場からはアンコールの声が上がっていた。
なんと無作法な輩であろうか。対バン形式のライブでは、アンコールはトリのバンドの特権であるというのに。
「帰れ!」と叫んでやりたくなったが、しかし私はロッカーではないのである。
「やれやれ、トップアイドルのライブじゃないんだから」
「いえ、もう、みんなトップアイドルですよ」
いつの間にか隣に来ていた秋月女史がいやに感慨深げに呟いた。
私はと言うと、ステージの袖から一杯に見える観客をずっと眺めていた。
かつて私がやっていたバンドがたどりつけなかった場所に、彼女らは立ったのだな。
「――…と言う訳で、今月で平沢君は我が765プロを退社することになった」
「「「えぇぇぇぇぇっ!」」」
娘らはいやに大声で騒いだ。こうやかましいのはやはり慣れない。
やはり自分のバンドで自分で好きなように音楽を作ってステージに立つというのが性に合っているようである。
先のライブで思い知ったのである。
幸いにも、如月のレコーディングの際に知り合ったエンジニアの紹介で目ぼしいプレイヤーは見つかった。
そこでもう一度、自分が歌う自分の曲を作ってみようと思った次第である。
「し、師匠……本当にやめちゃうんですか?」
「うん」
そもそも私はこの事務所に来てから音楽に携わる仕事でしか貢献できていない。
それならば何もこの事務所に居ずとも出来ることである。
秋月女史ならば一人でもこの事務所を引っ張っていけるであろう。
「師匠の作ってくださった曲、大切にしますね」
「あれはもう君の曲だ」
「……師匠がいなかったら、私、ここまで来れなかったと思います」
「そう?」
「はい」
始めてこの事務所に来た時に見た奇異の目は、もうこの事務所には居なかった。
私を除いてだが。
「ねーおっちゃーん!亜美にも曲作ってよー!」
「私も是非、貴方様から曲をいただけたらと思っています」
「そう?」
「あんたたちー!ボサっとしてないで動く!スケジュールの確認は済んだでしょー!」
「はぁーい」
辞めると言った途端からこれだ。現金な女は嫌いだ。
それらにすべからく生返事で返して、用務員としての仕事に戻った。
ようやく一息つけると思っていたら、私のデスクに如月がやってきた。
「……師匠は、移籍されても音楽を続けるんですよね?」
「うん、今とは形は違うけどね」
「それじゃあ」
如月は私に、今まで一度も見せたことが無い顔で言う。
「よかったら、これからも私に曲を書いて下さいませんか」
やはり女は汚い。汚い。
そんな顔をされては、素直に「はい」と言う他ないではないか。
おわり
諸君、長きに渡り保守及び支援ありがとう。
正直思いつきの即興で私自身ここまで粘れるとは思いもしなかった。
もっとわかりやすくポップなミュージシャンでやればよかったものを、となんども考えた。
アンコールなんてしないからな。
SSスレに絵を描いてしまった
これは恥である
http://vippic.mine.nu/up/img/vp81914.png
>>116
うむ、よくやったぞ馬の骨
即保存した
このSSまとめへのコメント
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