古畑「another……?」(487)

古畑「……嘘つきのパラドックスってご存知でしょうか? あるクレタ人がいいました、全てのクレタ人は嘘つきである、と」

古畑「しかしこれ、実際はパラドックスじゃないそうです。全てのクレタ人は嘘つきであるの反対は、あるクレタ人は嘘つきでない」

古畑「つまり『あるクレタ人は嘘つきである』も成立するため、発言者であるクレタ人が偽りを述べたとしても不思議はない」

古畑「んー、とはいえ矛盾しながらも成立している言葉はあるものです」

古畑「『悪意なき悪意』、『公然の秘密』、『天使のような悪魔の笑顔』」

古畑「……いずれにせよ、そうした言葉がふさわしい状況に出くわした時、我々は困惑してしまうものです」

古畑「こんな言葉はどうでしょう? 『生きている死者』」

古畑「……今日は私のちょっとした昔話にお付き合いください」

 某日 ダム

 バシャァン!! ブクブクブク...

???「……」ニヤァ

見崎「……っ」ガクガク

 ザザァ... 

 病院

怜子「町の真ん中を南北に流れているのが、夜見山川ね。橋が二つかかってるでしょう?」

怜子「その北側の向こう岸に、グラウンドが見えないかな?」

古畑「……うーん」ポンポン

怜子「任三郎君、聞いてる?」

古畑「わっかんないなー。怜子さん、八文字で危うい状況を指す言葉、わかりません?」

怜子「……夜見山には、興味なかったりするかな?」

古畑「興味はありますよぉ。でも今じゃなくてもいいでしょう?

古畑「どちらかといえば今優先すべきなのはこっちなんです」

古畑「クロスを解けば沖縄へのペア宿泊券をプレゼント、んん? これ応募期限過ぎてるや、残念」


古畑「でも喉に引っかかってるからやっぱり優先すべきことは間違いない。八文字で危うい状況、ね?」

怜子「のっぴきならない?」

古畑「の・っ・ぴ・き・ならな、あ、本当だぁ。さすが怜子さん」カリカリ

怜子「不安じゃないの? 友達が出来ないかとか」

古畑「見たことがないのに不安も何もありませんよ。証拠がないのに推理を始めるようなものです」

怜子「……」

古畑「うーん、97年のオリコンシングル年間一位を取った歌手……」ポンポン

怜子「……安室奈美恵」

古畑「あ・む・ろ、うん、お見事」カリカリ

水野「今日もホームズですか。探偵少年。他に読むものないの? 少年探偵団とか」

古畑「あれは推理物とは言えません。乱歩なら人間椅子や芋虫を読んだ方がずっといい」ペラ

水野「はぁ……それより今日は夜見北中からお友達が来てくれたの、どうぞ」

風見「……僕達、3組の代表として来ました。僕は風見智彦、クラス委員をやっています」

桜木「同じく、クラス委員の桜木ゆかりです。こっちは……」

赤沢「赤沢泉美よ」

古畑「わざわざご足労いただいて痛み入ります。ちなみに、そちらの方はどういった役職で」

赤沢「……対策係、としか言いようがないわ。転校してきたんでしょう? そのことで、色々とね」

古畑「対策、はぁ。色々というと?」

桜木「あ、あの、これ皆からの……」

赤沢「……いいわ。夜見北、厳密に言えば3年3組にはよくない噂があってね」

古畑「……詳しくお聞かせ願いますか?」

風見「……26年前の夜見北に、夜見山岬っていう、すごく人気のあった男子生徒がいたんだ」

風見「勉強も運動もできて、友達も多かった」

風見「けれどその生徒が突然、事故で亡くなった。そのことを受け止められない生徒も多くてね」

赤沢「その時、ある生徒がこう口走ったらしいの。あいつは死んでなんかいない、ここにいる、って」

赤沢「当然妄言よ。でも、気持ちを落ち着かせるためには、他の生徒や教師も協力しなければならなかった」

桜木「結局、卒業までそれは続いて、卒業式にもその生徒の椅子が用意されたそうです」

桜木「それだけなら、良い話でした。けれど、卒業写真に、本当に写っていたんです。その生徒が……」

古畑「はぁ。それで、その後は?」

風見「……以来、始業式が来るたびに、3組の座席が一つ足りないという事態が起こり始めたんだ」

風見「それに伴って3組の生徒、教師、およびその二親等以内の家族が次々に死んでいくようにもなった」

古畑「……ふぅん」グリグリ

赤沢「もちろん呪いだとか災いだとか、信じられない話よ。けれど、何年も続く以上は認めなければならなかった」

赤沢「亡霊の執念が強いあまり、一人の生徒、<もう一人>として3組に現れるようになった、ということをね」

古畑「ん~、すいません、突拍子もない話なので呑み込むのに手間取ります。二、三うかがわせてください」

古畑「まず、26年前に死んだ生徒が現れるわけではないのですよね?」

風見「はじめはその生徒の弟か妹が増えていたっていう説がある。ともかくそこで、次々と他の生徒が死ぬようになった」

風見「その後は3組に在籍した時に死んだ生徒が蘇るらしい」

古畑「わかりました。次、そこまで仰るのならば怨霊が人をあやめる力を持っていると見ていらっしゃる」

古畑「では、動機は?」

桜木「正確にはわかりません。人知を超えていることですし……」

風見「本来あるべき生徒数、つまり始業式に揃うはずだった、一人少ない生徒数に修正しているという仮定があるんだ」

風見「自分が<もう一人>であると自覚した上で、事実に耐えられないから辻褄を合わせるために、ということだね」

赤沢「けれど過去の3組の名簿を調べると、複数の死者がいる例があるからそれはない」

赤沢「もう一つは<もう一人>が自分であると知られたために、というもの」

古畑「ということは、他の三組の生徒は増えた生徒が誰であるか、わからない?」

赤沢「恐らく<もう一人>さえ自覚していないと思うわ」

赤沢「誰かを殺すのも無意識、もしくは本人を超えた力が働いている。それに殺人能力だけじゃない」

赤沢「<もう一人>は戸籍、経歴といったあらゆる記録、記憶が改竄されたまま、3組に所属する」

古畑「あくまでさりげなく3組の人間として、学生生活を送るために、ですか」

桜木「<もう一人>が3組から去った時、卒業した時にあらゆる記録、記憶は失われるそうです」

桜木「3組ではこのことをひっくるめて、現象、と呼んでいます」

古畑「……」グリグリ

風見「……ごめん。こんなこと、いきなり言われても信じられないよね」

古畑「いやぁ、お気遣いなく。サスペンスやホラーは小説で慣れております、んふふ」

桜木「一応、災厄がない年というのもあるそうなんです。始業式に座席がぴったりであれば、おそらく」

風見「ねえ、あれは……」ヒソヒソ

赤沢「……私に対策係という名前がついているからには、クラスでもそれなりのことはやっているの」

赤沢「今日は詳しく言えないけれど、事が事だから、あなたにも協力してもらう時があると思うわ」

赤沢「よろしくね、古畑君」スッ

古畑「……はい、こちらこそ」ニギッ

風見・桜木「……」

赤沢「……じゃあ、私たちはこれで。わからないことがあったら、教室で」パッ

古畑「その際はお世話になります」

 廊下

風見「どうだった?」

赤沢「何事もないわ、普通の暖かい手。でも、転校してくるというのが、怪しいわね」

桜木「本当に話してもよかったんでしょうか……それに、『いない者』のことは……」

赤沢「話題にしたらどうなるかわからない以上は教えないほうがいいと思う。自然にわかってもらうのが一番良いわ」

赤沢「なまじ詳しく話して、同情なんて持たれたら困るもの」

風見「……そうだね、うん、そのほうがいい」

 夜 病棟

 チンッ ガチャッ

古畑「……」ポチッ

 ガーッ...

古畑「夜見山北中学の方ですか」

見崎「……」

古畑「このたび転入してきた古畑と申します。御縁があった際にはよろしくお願いします」

見崎「……」

古畑「地下に何のご用事が?」

見崎「……届け物があるの。待ってるの、可哀想な私の半身がそこで」

古畑「……」

 グゥーン...

古畑「夜見山北中の、何年生でしょうか?」

見崎「三年生」

古畑「私と一緒です。えー、なにぶん右も左もわからない土地に来たものですから、不安もございまして」

見崎「……」

古畑「でもフジテレビは映るようで助かりました。ところによっては映らない地域もあるそうですから」

古畑「月曜の9時にドラマを見てからSMAP×SMAPへ直行、それが嫌な月曜日のせめてもの癒しなんです」

見崎「……」

古畑「あのぉ、ご興味はございませんか」

見崎「……」フルフル

古畑「くっくっく、失礼しました」

 地下二階

 チーン ガチャンッ

『機械室 ボイラー室 霊安室』

古畑「お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

見崎「鳴、見崎鳴」

 タッ、タッ、タッ、タッ...

古畑「ありがとうございます。またどこかでお会いしましょう」

見崎「……」スタスタ

古畑「あ、ミサキさん! どういう字をお書きになるんですか!?」

見崎「……」クルッ

見崎「たぶん、そのうちわかると思う」

古畑「えっとぉ、それじゃあグレイとラルクだったら?」

見崎「……」クルッ スタスタ

古畑「……んふふ」カリカリ

 三神宅

怜子「それじゃ、夜見山での決まりその3は、クラスの決めごとは絶対守ること」

怜子「東京では自主性を重んじるようにって言われてたかもしれないけど、ここは村意識が高いところだからね」

怜子「任三郎君みたいな子は、特に注意が必要」

古畑「クラスでの決めごとと言うと?」

怜子「ううん……中心にいる人には逆らっちゃいけないとか、友達づきあいはしっかりしないといけないとか」

古畑「現象のこととか?」

怜子「……聞いてたんだ。まあ私が夜見北に行った年は、ひどい年だったけど……」

古畑「えー、怜子さんは一昨年から学校に勤務を始めたんですよね? それ以来も現象は確認していらっしゃった?」

怜子「……それどころか、一昨年は3組の担任だったわ。去年は、違ったけど」

怜子「一昨年は、いわゆる<ある年>だったわ」

古畑「起こったこと、よろしければ具体的にお話し願えますか」

怜子「……3組のことはね、関わっただけでも危うい目に遭うの」

怜子「だから任三郎君も、出来るだけ穏便に。間違っても深く首を突っ込まないほうがいいわ」

古畑「……」ジィ

怜子「こうして話してるだけでも、ひょっとしたら駄目なのかもしれない。だから、ね?」

古畑「……かしこまりました」コクリ

怜子「まあ、大丈夫よ。大丈夫と信じるしかない。被害がないように、あったとしても少なく済むように祈って」

怜子「古畑君は、転校生だから呑み込めないことも多いでしょうけれど」

古畑「今のところは呑み込めないのは確かですが、それが揺ぎ無い事実ならば認めなければならない、その覚悟は出来ております」

怜子「そう……うん、それじゃあ夜見北での決まりその4は、学校では公私の区別をつけること。間違っても学校では……」

古畑「おやすみなさぁい」スタスタ

怜子「ちょっと! 任三郎君、これ結構大事なのよ!」

古畑「それは怜子さんのことじゃないですかぁ」

怜子「それはそうだけど! 学校では怜子さんじゃなくて三神って……」

古畑「夜はプロ野球ニュースを見たら寝ることにしているんです。阪神は調子が良いようですね」スタスタ

 翌朝

 プルルル... ピッ

古畑「……はい、もしもし」

古畑母「あ、任三郎ちゃん? 今日が登校の日なのよね? お母さん、ちゃんと覚えてたわ」ケラケラ

古畑「こんな朝っぱらに起こさないでよ、七時半までは寝てたいんだ」

古畑母「そんな声出さずにぃ、私はあの人とうまくやってるから。任三郎ちゃんも頑張りなさいね」

古畑「そっちどうあろうと知らないよ。そっちが勝手に頑張って私も勝手に頑張る、それだけじゃない」

古畑母「うんもう……ま、とにかく向こうの好意に甘えてるんだから、迷惑はかけないようにね」

古畑母「ええと他には……あ、そうそう、お義父さんとお義母さんにもよろしく。じゃあね」ピッ

古畑「……着信拒否にしてやろうかな」

 縁側

レーちゃん「レーチャン、ドーシテドーシテ」

古畑「……ブッサイクなツラだぁ」ジィ

レーちゃん「ゲンキダシテ、レーチャン」

祖母「あら、任三郎ちゃんどうしたの?」

古畑「あのぉ、この子名前はなんていうんです?」

祖母「あぁ、レーちゃんよ」

古畑「自分の名前を言われてるうちに口癖になってるんですか、いけませんよそれはぁ」

古畑「なにより『ちゃん』付けで名前を呼ぶと『ちゃん』までが名前だと……」

祖母「あぁ、もう面倒だからレーちゃんが名前ってことに決めてるのよ。ご飯出来てるから、食べなさい」

古畑「……んっふっふ」カリカリ

怜子「任三郎君、おはよう」

古畑「あれ、もう学校に?」

怜子「学校の先生も色々大変なのよ。本当は送っていきたいところだけど」

怜子「公私の区別には、ちょうどいいでしょ?」

古畑「たとえそんなことをなさらなくても問題ないとだと存じますが」

古畑「なによりその御化粧を前にすると流石に別人扱いせざるをえません」

怜子「好意なのか悪意なのかはかりかねるわね……まぁいいわ。ともかく、行ってきます」

怜子「古畑君も、遅刻しないように」

古畑「かしこまりました」

 学校

久保寺「とにかく、皆さんと仲良くしてください。何かあったら私か、副担任の三神先生にでも、相談を」
 
三神「よろしくね、古畑君」

古畑「なかなか年季の入った学校なんですねぇ。旧校舎まであるとは」

古畑「取り壊すわけにもいかない事情もあるのでしょうが」

久保寺「……大方は耳に入れているようですね」

久保寺「一応、この校舎はあのことが始まってから建てたもののようです」

久保寺「この校舎に移れば、という考えがあったのかもしれませんが、駄目だったようで」

古畑「あのぉ、お言葉ですが3組をなくすことで解決できないものでしょうか? 4階をなくすみたいに」

久保寺「A組B組、といったように名前を変えることは試してみたようです。結果は、いうまでもなく」

久保寺「恐らく第3学年の3番目のクラスであれば、ということでしょうね」

古畑「ははぁ、厄介なもんですねえ~」

三神「……もう教室です。込み入った話はほどほどに」

 教室

古畑「えー、東京から参りました古畑任三郎と申します」

古畑「シャーロック・ホームズと同じ誕生日というのが、一つの誇りです。どうかよろしくお願いします」

一同「……」

久保寺「3組の新しい仲間として、今日から古畑君と仲良くしてください」

久保寺「お互い助け合って、無事一年を終えて、卒業を迎えられるようにしましょう」

一同「……」

久保寺「では、古畑君はあそこの席に」

古畑「はぁい」テクテク

古畑「……」チラ

見崎「……」

古畑「……」ガタッ

王子「シャーロック・ホームズと同じ誕生日ってことは、ホームズが好きなんだ?」

古畑「はい。心から敬愛しております。ワトスン君と代わりたいくらいです」

綾野「ねえねえふるはっちゃん、東京ってすごいんでしょ? 地下鉄が分刻みで来るんだって?」

古畑「だそうですね。私は乗ったことがありませんが」

古畑「何が楽しくて人に押しつぶされながらガタゴトガタゴト揺られないといけないんだか」

猿田「しかし、それを移動手段にするしかないもんもおるしのう」

古畑「健康のためにも自転車通勤が一番良いです。そして勤務先も10分程度で行けるところが良い」

勅使河原「だけど悲惨だよな、東京からこんなヘンピなところに来ちまうだなんて」

望月「まあ、不幸中の幸いというか、三神先生の家に居候っていうのは羨ましいよね」

勅使河原「本当だよなあ、久保寺は、まあ悪くないんだけど陰気だし」

風見「そういうこと言ってると内申に響くぞ」

望月「あははっ」

古畑「……」キョロキョロ

 ガヤガヤ ガヤガヤ

勅使河原「ど、どうした?」

古畑「いやぁ。なんでもございません」

風見「……」タラリ

勅使河原「……お、おおそうだ古畑、昼休みになったら校内案内してやるよ」

古畑「本当ですか? 助かります」

ガラッ

教師「おまえら席につけー」

勅使河原「おお、やべ。それじゃな」

古畑「……」グリグリ

 校庭

 ソレー イキマース マカセロー

古畑「……」

高林「何の病気だったの?」

古畑「ええと、君はぁ……」

高林「僕は高林郁夫。心臓が悪くて、体育は無理なんだ」

古畑「高柳?」

高林「高林。……なんにせよ、君は走ったことがあるんだよね。羨ましいな」

古畑「走るのなんて寿命を縮めるだけだよ」

高林「僕は生まれた頃からまともに走ったことがないんだ。いつか、とは思うんだけどね」

古畑「そう思ってるうちは大丈夫なんじゃない。一番いけないのは諦めてしまうことだからね」

高林「……」

古畑「体と心は案外つながってるらしいからね。だから高崎君の気の持ちようでは……」

高林「高林」

 ワー ワー ナカオーウデダイジョウブカー

高林「……うっ」ガクッ

古畑「大丈夫?」スッ

高林「ちょっと保健室に。一人で大丈夫だから……」スクッ

古畑「私もついでに保健室で寝たいんだよ」

高林「……」

 ソコダー オグラーケイツイダイジョウブカー

桜木「あれ、高林君は……」

古畑「保健室に行きました。あなたは足が芳しくないようで」

桜木「えっ、ああ、この間体育で挫いてしまって……学校は、慣れそうですか?」

古畑「おかげさまで。ところでなんですが、病院でこの学校の生徒と会いまして」

古畑「ええと、なんて言ったかなあ……ミサキ、さん?」

桜木「っ!」

古畑「マサキだったかな? いや、ミサキでしたね、ええ」

桜木「……私はちょっと、面識が。でも、そのお名前……」

古畑「あぁ~、そうですねえ。うん。でも偶然でしょう」

桜木「……どんな女の子だったんですか?」

古畑「ええ、髪は肩にかかる程度の、ボブカット、でいいんでしたっけ? あれは」

桜木「実物を見ない限りは……」

古畑「あっ、仰るとおりです。んふふふ」カリカリ

桜木「風見君達に校内案内してもらった時も、お会いになりませんでしたか?」

古畑「んー、私が訊いたところでは三年生とうかがったんですが……ん~?」

桜木「? 屋上になにか……っ!?」

 ビュウウウ... ガサガサ ザワザワ 

見崎「……」

古畑「風が冷たくなってきましたぁ。雨が降るかもしれません、お互い風邪はひかないようにしましょう」テクテク

桜木「古畑君!」

 屋上

 ガチャッ

見崎「……」

古畑「どうもぉ、またこうしてお会いできて光栄です。本当はクラスで声をかけたかったのですけれど、えー」

古畑「あなたも見学のようで丁度よかったです。覚えておいででしょうか」

見崎「……」

古畑「先週の月曜、病院の屋上で」

見崎「エレベーター、よね」

古畑「そうでした。えー、あなたミサキメイさんと仰った、私はついでに字も教えていただこうと思ったのですが」

古畑「ご用事の方を優先なされたようで」

見崎「……鳴は共鳴の鳴、悲鳴の鳴」

古畑「鳴動の鳴、ありがとうございます。あなた、霊安室に行かれましたね。差しさわりがなければ……」

見崎「……」

古畑「失礼しました。そちらの絵は……」

見崎「……」スッ

古畑「お見せいただけない。んふふふ」カリカリ

古畑「その眼帯、なにかお怪我を?」

見崎「……」

古畑「ご兄弟はいらっしゃいますか? 私は一人っ子です、これから増えるかもしれませんが」

見崎「そういう質問攻め、嫌い」

古畑「お気に召しませんか。んー、私も今日経験したばかりですが確かに嫌なものです」

古畑「こちらがする分にはいいんですけどねえ、そうだなぁ、ではノストラダムスの予言は信じていらっしゃいますか?」

古畑「私は眉唾だと思います。どうせなら2000年に滅んだ方がキリがいいのにぃ」

見崎「……」ギロッ

古畑「えっへっへ……」

見崎「古畑君、だっけ。私には近寄らないほうがいいよ」

見崎「こんな風に話すのも、やめたほうがいい」

古畑「んー、どうしてまた?」

見崎「何にも知らないのね。古畑君」

古畑「そうでしょうか、世の中わからないものだらけです」

見崎「そうじゃなくて、この学校のこと」

古畑「あぁ、例の噂ですか。それなら存じあげております」

見崎「……まあ、その内わかってくるよ。じゃあね、ふ・る・は・た・君」

古畑「……またお話ししましょう」

見崎「……」スタスタ

 美術室

三神「なんですか? これは」

望月「あっ……レモン、を。レモンの叫びです」

三神「これでいいと思うわけ? 望月君」

望月「僕には、レモンがこう見えるんです」

三神「はぁ。授業の趣旨には合わないし、こういうことは美術部だけでやりなさい」

望月「はい……」

三神「まあそれでもこの際構いません、完成させて提出を……こっちはこっちでまずいわね」

古畑「そうですかぁ?」ヌリヌリ

三神「なにを描いてるの? 古畑君」

古畑「何に見えます? 腐ったリンゴ、グシャグシャに割れた壷、リスが抱き合ってる姿」

三神「……ロールシャッハテストなんていうのは大学に行ってからやりなさい」

古畑「さすが先生だぁ、あらゆることをご存知でいらっしゃる」ヌリヌリ

 アハハハ...

古畑「君さ、ムンクが好きなの? 変わってるんだね」テクテク

望月「変わってる、か……そうかもね。でも、ムンクは世界が叫んでる、って思ってたんだよ」スタスタ

望月「人が叫んでるんじゃなくてね。だからあれは耳をふさいでる。その叫びって、誰にでも聴けるはずなんだ」

望月「それを聴いたら変わってしまう、そう言う意味だったら、当たってるかもしれない」

古畑「ふぅん。そうなんだ。ずっと幽体離脱の瞬間を書いてるのかと思ってた」テクテク

望月「それに、あれをみたら不安も悪くないんじゃないか、って思えてね。目を背けても仕方ないし……」

古畑「……君はなんだか頭撫でたくなる顔してるねえ」ナデナデ

望月「えっ!? ちょ、やめてよ古畑君!」

古畑「君本当に男子? サラサラすぎやしないかい」ナデナデ

望月「まったく……ところで古畑君はさ、絵を書くこと、好き?」

古畑「絵心はまるでないけど、やぶさかではないね」

望月「だったら、美術部に入りなよ。三神先生もいるし」

勅使河原「こんなとこで何話してんだ?」タッタッ

古畑「赤い洗面器の話だよ。赤い洗面器を乗せている理由はわかったんだけど、どこへ行くか気になってるんだぁ」

勅使河原「はぁ? 最初から話してくれよ」

古畑「どうせ君にはわかんない話だよ。私にだってわからないんだから」

勅使河原「なんだよその言い草」

望月「あははっ」

古畑「ある晴れた日の午後に道を歩いていたら赤い洗面器を頭に乗せた男に出くわすんだ」

古畑「洗面器の中はたっぷりの水、それを男は一滴もこぼさずにゆっくり歩いている」

古畑「その男に『どうして赤い洗面器を乗せているんですか』ってたずねるとね、男が口を開いて……」

勅使河原・望月「……」

古畑「『それは』……」チラッ

 第二図書室

見崎「……」カリカリ

古畑「ちょっと失礼」テクテク

勅使河原「おい最後まで……っておいニン!」

望月「ちょっと!」

 ガラッ ピシャッ

古畑「またお会いできましたねえ」ニヤニヤ

見崎「……」

古畑「昨日お描きになっていた絵ですか? しかしこれは~……あなたに似ているようなぁ」

見崎「私じゃない。この子には、羽を着けさせようと思っているの」カリカリ

古畑「そういえば眼帯をつけてませんものね」

見崎「……」カリカリ

古畑「お姉さん、あるいは妹さんですか」

見崎「……」ピクッ

 キーンコーンカーンコーン

千曳「授業、行った方が良いんじゃないかね……初めての顔だね?」

古畑「転校してきた古畑任三郎と申します」

千曳「司書の千曳だ。気が向けば、いつでも来ると良い。だが、今は授業に行った方が良いんじゃないかな」

古畑「このへん、普通の図書室とは毛色が違っていますねえ。色々な資料とおぼしきものが、いくつかございますが」

千曳「ああ。郷土資料や稀覯本、それからこの学校の過去の記録をまとめているよ」

千曳「その点、図書室というよりは、蔵書庫だね」

古畑「そうでしたか。いつか利用させていただきます。それでは……」チラッ

見崎「……」

古畑「失礼しました」ペコリ

 ガラッ ピシャッ

千曳「……彼は、わかっているのかな」

見崎「……」

 三神宅

古畑「……」ペラッ

怜子「第二図書室の千曳はねえ、私達の時にもいた司書でね、元は教師だったみたいだけど……」クドクド

怜子「……任三郎君、今日もホームズなのね。将来は探偵業でもやるつもり?」

古畑「日本どころか現代で探偵の出る幕なんて浮気調査や人探しくらいです。警察にでも落ち着ければいいですが」

怜子「警察かぁ……まあ、あの学校のせいで私はいいイメージを持てないでいるけれど」

古畑「信じられないのが普通です。それに捜査したところで何にも出てこないでしょう」ペラッ

怜子「任三郎君が警官かぁ……ネズミ取りとか取り調べでネチネチつきまとう任三郎君」

怜子「似合うけれど、血縁としては見たくないわ」

古畑「自分でも適役なんじゃないかと思います、ふっふっふ。けれどどの道ご縁はないと思います。」ペラッ

怜子「そうじゃなくて、私は任三郎君にはもっと良い道を選んでほしいわ」

怜子「たとえ警察に行くにしても、探偵をやるにしても」

怜子「そうやって何かにうちこめるってことは、思いこんだ時の力が強いってことだもの」

怜子「必ずなにかに活かせると思うんだけど」

古畑「んふふ、ありがたいお言葉です」

 病院

 コンコン

水野「ん? ああ、探偵少年じゃない。どうしたの」

古畑「診断が終わったもので。学校に行くのが面倒だから話相手がほしいんです」

水野「あのねえ……私にも仕事があるんだけど」

古畑「ああこれは失敬。いやはや、じゃあ一つだけ。調べてもらいたいものがあるんです」

水野「ううん、きっとそういうからには病院にまつわることだと思うんだけど……」

古畑「いやぁそこまで立ち入った話でもないんです」

古畑「4月の終わり頃になくなった患者さんの中で、見崎さんという方がいらっしゃるか、調べてもらいたいだけなんです」

水野「ミサキ、さん? ああ、それなら心当たりがあるわ。あれ、でもマサキ、だったかしら……」

古畑「私と同じ年代の女性だと思うんですが」

水野「うーん……あっ、思いだした。フジオカミサキ! たしか、14歳だったと思うわ、その子」

古畑「ふ・じ・お・か? あっ、言葉が足りませんでしたぁ。えー、見崎と言う苗字なんですが……」

水野「見崎? うーん、覚えがないわね……」

古畑「はて……?」カリカリ

水野「今ファイルで調べてきてもいいんだけど……」

古畑「ああ、いいえ。そこまで手を煩わせるつもりは」

水野「何か掴んでる、みたいな顔してるもの、君。探偵ごっこ? ホームズの助手になるための」

古畑「あっはっは、これはお恥ずかしい……でもおおよそは当たっています」

古畑「もっとも、ホームズ先生もワトスン君もこの世にいらっしゃいません。私が先生の代役をつとめないと」

水野「大層な口ぶりね……そうね、そこまで意気込むならちゃんと手伝ってあげましょう」

水野「今、ちょっと忙しいんだ。君、携帯持ってたわよね? 番号教えて。携帯に連絡してあげる」

古畑「本当ですか? いやぁそれはそれは、実に助かります」

水野「じゃあ、私のはこれね。ところで、君うちの弟と同じクラスなんだってね」

古畑「そうなんですか? 水野、いたっけかなあ……」ポンポン

水野「まあ、あっちもそんなに気にとめてないみたいだけどね。ともかく仲良くやってあげてよ」

古畑「え~人と人との仲は意図しようとなかなか上手くいかないものですがぁ、善処します」ペコリ

 学校

赤沢「古畑君は?」キョロキョロ

勅使河原「ん? ホームルームが終わったらすぐ教室から出て行ったよ。帰ったんじゃないか?」

赤沢「いいえ、下駄箱に内履きはなかった。必ず学校にいるわ」

桜木「となると、まさか……」

赤沢「……チッ」

望月「赤沢さん、やっぱり正直に話した方が良いんじゃないかな」

勅使河原「つっても、もう接触しちまってる以上はな……」

赤沢「済んだことはもう仕方ないわ。どうにかして彼をあの子から離さないと」

赤沢「あなた達も探すのを手伝いなさい。見つけたら遠まわしにでもいいから彼に忠告すること」

 第二図書室

古畑「……ふぅん」ペラッ ペラッ

 ガラッ

赤沢「! ……古畑君、何か調べ物?」

古畑「ん? ああ、ええと、アカザワさん、でよろしかったでしょうか?」

古畑「いやぁ、この学校はなかなか年季が入ってますねえ。戦前からの資料もあるだなんて、気おくれしてしまいそうです」

赤沢「私は何か調べ物をしているの、って訊いたの。質問に答えなさい」

古畑「失礼しましたぁ、えー、この学校の過去の在籍名簿を調べていたら

古畑「死亡者まで記載されているのを見つけまして。実に参考になります」

赤沢「……なんのためにそんなものを?」

古畑「あれぇ? 対策係のあなたならば目を通していらっしゃると思ったのですが……」

赤沢「……何を言っているのかよくわからないわ。端的に言って」

古畑「ん~、えっへっへ、失礼しました。といっても私の考えもまだ憶測の段階ですので話半分に聞いてください」

古畑「今歴代の3組のクラス名簿をひも解いているところなんです。それによると、災厄が始まった年」

古畑「すなわち1973年のクラス名簿では6人の生徒、10人の家族がお亡くなりになったことがわかりました」

古畑「そして年を経てもなお、人数、周期のバラつきはあれど死者は出ている」

古畑「多い時には10人の生徒がお亡くなりになった。もちろん死者数がなかった年もある」

古畑「その周期はまちまちです。確実に言えるのは災厄がなかった次の年は必ず災厄に見舞われるということくらいです」

古畑「しかし、ですよ? ある年を境に死者数0で終わる年が増えているんです」

赤沢「……」

古畑「具体的には88年。それ以前は死者数0の年が2、3ほどしかないにもかかわらず」

古畑「この年以降は10年間に7度。災厄の脅威が収まっている、という考えも出来ますが」

古畑「いわゆる<ある年>を、なんらかの対策で防いでいる例がある可能性も否定はできません」

赤沢「すごいわね、古畑君。私は千曳さんに教えてもらった事実に、あなたは自分でたどり着いた」パチパチ

古畑「お世辞はおやめください。本音は違うはずです」

赤沢「なら率直に訊くわ。どうして私たちの邪魔をするの?」

古畑「邪魔だなんてそんなぁ。誤解があるようですので申し開きをさせてください」

古畑「これもまだ憶測ですが、今行われている対策は一定の効果があると認めざるをえません」

古畑「ですが、その効力はもはやない」

赤沢「……どういうこと?」

古畑「んー、すでに死者は出ている。そして死者が出てしまったからにはこの対策では不十分なようだぁ」

赤沢「なんだ、それなら証拠はないじゃない。生徒の家族で死者が出たという話はまるで出ていないわ」

赤沢「こちらには揺ぎない事実がある。あなたがそこまでわかっているなら、協力しなさい」

古畑「んっふっふ、これ以上は私も踏み込めていません。なので私は安全な方についたほうが良いかもしれない」

古畑「ですが一つだけ言わせてください」

古畑「私は目の前に見逃せない問題があるならば、あらゆる手段をつくしても解決してみせます」

赤沢「それが道徳上に反するものだったら? あるいは他人の利益に反するものだったら?」

古畑「それもまた解決すべき問題だとしかいいようがございません」

赤沢「……あなたにそれが出来ると?」

古畑「んー、やるしかない、と強情に答えるしかないのが残念な所です」

赤沢「ふん、やっぱり口だけ。頭でっかちなのね、見た目通り。私も一つ忠告しておくわ、古畑君」

赤沢「あなたが思っているほどこの災厄は甘くない」

赤沢「26年でやっと一つの対策が生み出せただけという事実が、それを物語っている」

赤沢「確かにこの対策は不十分よ。でも、それにすがるを得ないのも確か。あなたにそれを覆せる自信はある?」

赤沢「なければ私達に従う方が、身のためよ。これはレトリックじゃない。あなたが死ぬ可能性だってある」

古畑「いやはや、実にありがたい忠告です。そして抵抗なくうなずけるものだぁ」

古畑「そもそも私は皆さんに敵意を持っていません。たとえ方向性が食い違っていようと、協力しようという意志はあります」

古畑「その上であえていえば、今の手段では根本的な解決は望めないのも確かです」

古畑「なにより、目の前の一人の人間を犠牲にしてまで大勢の利益を追求するというのは、いささか抵抗がある」

古畑「あなた方の努力を踏まえてもなお、です」

赤沢「……そう」

古畑「とはいえ確証が持てない以上はあなたに従うしかないようです。学校では大人しく振る舞うことにします」

古畑「大方のデータも取れましたし、もうじき日も暮れますので帰ることにします。赤沢さんもお気をつけて」スタスタ

 ガラッ ピシャッ

赤沢「……」ギリッ

 『夜見のたそがれの、うつろなる蒼き瞳の。』

見崎「……」テクテク

古畑「こんばんはぁ」ペコリ

見崎「……ストーカー被害で訴えてもいいのよ」

古畑「そんなぁ、誤解ですぅ。資料を漁っていたらたまたまお宅の住所が載っていたものですから」

古畑「ん、そういうのをストーカーというのか。あっはっは、これはしまったぁ」カリカリ

古畑「うーん、この際許してください。えー、見崎さんの今の状況を改善させるための推論を確信に変える必要があるもので」

見崎「……」

古畑「……ふふふ」ニヤッ

見崎「……あなたは独り言を呟いているだけ。それなら、家に上がってもいいわ」

古畑「ではお邪魔します」ペコリ

 見崎宅

古畑「あのぉ、人形屋をやっていることはわかったのですが、なかなか奇態な装いでしたね。腕がなかったりくっついていたり」

古畑「それから先程の店主はあのご婦人ですか? 見崎さんのお母様とは正直……」

見崎「……」カタッ、ゴトッ

古畑「はぁ~いやはや、強情なお方だ。いただきます。では喉をうるおしながら」ゴクッ

古畑「おいしい。さて、なにから話したらいいものかぁ」

古畑「うん、やはりクラスの皆さんが見崎さんをいないものであるかのように扱っているはなぜか、からでしょうね」

古畑「災厄を止める術なのは間違いないでしょう」

古畑「誰かがさながら生け贄になって<もう一人>のために穴埋めならぬ穴を作る」

古畑「不思議だったのは関係者の皆さんが災厄の概略は教えてくれるのに、対策のことは教えてくれないことでした」

古畑「しかも、粗方は聞いているんだね、なんて確認をしておきながら」

古畑「彼らにはそもそも言及してはならない何か後ろめたいことがあった」

古畑「まあ彼らが見崎さんを意識的に忌避していたのを怪しんだことによって思いだしたことにすぎないのですが」

古畑「念のために言えば、いじめなどではありえません。教師が加担している時点でそれはありえない」

見崎「……私が、幽霊だとは思わなかった?」

古畑「たとえば桜木さんは知らないと仰いながらも、ミサキという名前の生徒は女子である、とわかっていらっしゃいました」

古畑「夜見山岬という男子がいるにもかかわらず」

見崎「目ざといのね。耳ざとい、いや、地獄耳か」

古畑「んっふっふ」ニヤニヤ

古畑「まあこんなことはいずれわかっていた話です。問題はこの対策がまるで意味のないことを証明すること」

古畑「本当は過去のデータで無意味であることを証明できればよかったのですが、どうやらそれなりに効力はあるらしい」

古畑「一人減らした程度で災厄が止められるなんて虫の良い話だと思ったんですが、変な所で単純なんだこれが」

見崎「そこであなたは、病院で出会った私の家族が死んでいるとみなした」

古畑「ここからが難点です。なぜなら見崎さんという方は、お亡くなりになっていないらしい」

古畑「ミサキと聞いたら、名前の方のミサキがかえってくるばかり」

見崎「……未咲は私のいとこよ。藤岡未咲」

古畑「ん~……それもそうですね。ともかくこの対策はもう意味をなさないでしょう」

古畑「なにより始めからかなり無理がある。誰とも話さないで一年を過ごせ、だなんて」

見崎「一応いっておけば、<いないもの>扱いは6月まで、という話よ」

見崎「そこまで死者が出なければ、対策は成功とみなしていいんだって」

古畑「あれぇ、そうなんですか? これはぁ……勇み足だったなぁ、ううん」カリカリ

見崎「仮に一年だって私は耐えてみせるわ。別に、仲が良いクラスメイトがいたわけでもないし」

古畑「まさか。無理ですよ。だったら何故こうして私と話してくれるんですか?」

見崎「それは……あなたが真相にたどりついている人だから」

古畑「これ以前にもあなたは言葉を返してくださっている。役目を全うするつもりなら無視すればよかったのにぃ」

古畑「私はそれで助かりましたが、やはりあなたは何かしら寂しさのようなものを抱いているとお見受けします」

見崎「……そういう追及する口調、嫌い」フイッ

古畑「お気に障ったようなら申し訳ありません。えっへっへ」

見崎「……もうそれはいいわ。ともかくどうするの? クラスのみんなにこのことを掛け合う?」

見崎「掛け合って私の<いないもの>が解かれたとして、あなたはどうやって災厄を解決するつもりなの?」

古畑「漠然と、なら見当はついています。でも、推測でしかありません」

古畑「それに皆さんに<いないもの>が意味のないことをお伝えしようにも手段がない」

古畑「なぜなら<いないもの>の話を聞かなければならないというジレンマに陥るからです」

古畑「なら私が、という話になるでしょうが、理屈ではなく心の問題ですから中々難しい。そのあたりがネックなところで」

古畑「とはいえ、信じてもらわなければ、私は<いないもの>に話しかけた罪でなんらかの罰が与えられるでしょう」

古畑「なので、確証がもてたとはいえ今のところは静観するしかない。しかもそれだけではない」

古畑「災厄が解決できる方法があったとして、死者は増える一方。私が消えるか現象が消えるかのチキンレースです」

古畑「現象はやり直しできるが、私は死んだら終わりという一方的に不利な条件付きで。え~これは実に厄介な状況です」

見崎「どうしましょうね」

古畑「ん~、人間こういうときは意外と苦笑しかでてこないものです」クックッ

見崎「それでもあなたは、立ち向かうの?」

古畑「不謹慎ながら謎を見つけるだけでも体調がよくなるタチでして」ニヤッ

見崎「そもそもあなたは、災厄のことを信じているんだ」

古畑「オカルト関連はさほどですが、事実を見せられた以上は信じざるを得ません」

見崎「……私はね、この災厄のことは信じていない。未咲のことも、所詮偶然だと思っている」

古畑「偶然であれば何よりです、はい」

見崎「でも、うすうす信じざるをえない時がくるんじゃないか、とも思っている」

見崎「ううん、もっといえば、来ることを感じている」

古畑「と、いいますと?」

見崎「……古畑君、この左目の眼帯の中、気になったりしない?」ジッ

古畑「……差し支えがなければ」

見崎「じゃあ、見せてあげる」シュルッ スッ

見崎「そもそもあなたは、災厄のことを信じているんだ」

古畑「オカルト関連はさほどですが、事実を見せられた以上は信じざるを得ません」

見崎「……私はね、この災厄のことは信じていない。未咲のことも、所詮偶然だと思っている」

古畑「偶然であれば何よりです、はい」

見崎「でも、うすうす信じざるをえない時がくるんじゃないか、とも思っている」

見崎「ううん、もっといえば、来ることを感じている」

古畑「と、いいますと?」

見崎「……古畑君、この左目の眼帯の中、気になったりしない?」ジッ

古畑「……差し支えがなければ」

見崎「じゃあ、見せてあげる」シュルッ スッ

古畑「ん~……ちょっと話がつかめないのですが、いいでしょう。最初の頃に比べれば、はるかに前進している」

古畑「ただ一つだけ、こんな言葉があります。敬愛するシャーロック・ホームズの言葉」

古畑「『ありえないことを消去した末に残ったものがいかに不自然なことであろうと、それが真実なのである』」

古畑「これは逆説としての最善を尽くせとの助言です。まずは理を詰めない限り、我々は真相になどたどり着けっこない」

古畑「私はあくまで理を詰め続けます。ただし、極まった時の理不尽も尊重する」

見崎「……そう」

古畑「といっても、これが果たして見崎さんの話とどうつながるのか、覚束ないところではありますがぁ、ふふふ」

見崎「……その内わかるわ。最善なのは、わからないままでいることだけれど」

 三神宅

怜子「ただいまぁ。あれ、何してるの、任三郎君?」

古畑「あ、おかえりなさい。実はですね、私の父の写真を探しているんですよ」ガサゴソ

古畑「訊いてみたらこの部屋にあるというもんですから……あっ!」

 バサバサァ

古畑「あ~申し訳ない……」ガサガサ

怜子「大丈夫よ。手伝うわ」ガサガサ

古畑「ところでこれ、なんですか? 絵画であることはわかりますが……」ピラッ

怜子「あぁ、学校で受け持った皆の絵をもらってるのよ。コピーするなり、たまに頓着せず画用紙ごとくれる子もいるわ」

古畑「ふぅん、やっぱりお気に召して?」

怜子「まぁね。技術云々でなくて、こういうのって何か捨てがたいものがあるから」

古畑「ん~わかる気はします。あっ、これは望月君の?」ピラッ

怜子「ん? いやぁ、望月君はそんなに雑な絵は書かないわ。あの子はなにからなにまで繊細だもの」

古畑「でもここに『M』ってマークが書いてありますけど」

怜子「それくらい他にもいるわよ。でも、それ誰のだったかしら……こんな絵書く子、いたかなぁ……」

古畑「雑だと仰いましたけれど、私なんかから見ると活き活きしていて大変よろしいのではないかと存じますが」

古畑「ちょっとおどろおどろしいですけれどね」

怜子「ん~それはそうだけど……ま、後で思い出すかな。それより兄さんの写真よね、古畑君」

古畑「あぁ、すっかり忘れていましたぁ。どちらに?」

怜子「こっちよ。ところで、なんのために?」

古畑「ちょっとした参考のためにです。はい」

祖父「おお、任三郎か。なにをやっているんだ、こんなところで」

怜子「あ、お父さん……」

祖父「任三郎は、今年高校だったか。勉強はしないといけんぞ」

古畑「今年で中学3年生です。来年には、高校生に」

祖父「おお、そうか。それは、あぁ、お前のお父さんか、お父さんもなあ、可哀想になあ」

怜子「ちょっと、お父さん……」

祖父「おお、怜子。怜子も可哀想だった、葬式はこんなにするもんじゃないな……」

祖母「あっ、お父さんいけませんよ、さあ、行きましょう……」

怜子「……ごめんね、お父さん、認知症で」

古畑「いつ頃から……」

怜子「一年、いいえ一昨年だったかしら。長い付き合いだった人を亡くしたショックで、ああなって」

怜子「任三郎君も、なるべく優しくしてあげて」

古畑「……」



 数日後 教室

勅使河原「おーい! フル、またゲーセン行かないか?」

古畑「昨日で懲りたよ。UFOキャッチャーだのエアホッケーだのああいうのは私に向かない」

風見「意外だね。難なくこなせそうに見えるけれど」

勅使河原「UFOキャッチャーはともかく、エアホッケーの空気にケチつけだした時はどんだけ勝ちたいんだと思ったぜ」

古畑「ああいうのに血道をあげる時点で負けなんだよ。一瞬の楽しみなんだからお金なんか使わないほうが良い」

勅使河原「その割には三千円も使ってたけどな……」

古畑「余計なことはいわなくてよろしい」ベシッ

勅使河原「てっ、なにすんだよぉ」

古畑「君を見てるとなんだか叩きたくなるんだよ。叩いてもそのうち忘れそうだしさ」

風見「ははは、確かにわかるよ、その気持ち」

勅使河原「なっ、馬鹿にしてんのかお前ら!」

見崎「……霧果、私の義母、それからあの店の店主が作ってくれたの。事故に遭った時に、左目を失ってね」

見崎「せっかくだから、綺麗な目をあげる、って言われて。でも、あんまりこの目で何かを見たくないの」

古畑「せっかく麗しいものをもちながら、それを露わにしないというのは、中々勿体ないと存じますが」

見崎「外見もあるけれど、なによりこの目に映る物が、ね」

見崎「きっと信じてくれないだろうから、それに私もあまり信じたくないから、まだ言わないけれど」

古畑「……」

見崎「災厄が現実になって、古畑君が災厄を止めようとするなら、私は未咲の死を受け止めた上で」

見崎「理不尽なことに立ち向かうために、あなたに協力しようと思う」

見崎「私は、理不尽なことに対しては、いくら理を詰めても立ち向かえないと考えているから」

望月「古畑君、暇なら美術室に見学に来ない? 三年生は僕しかいないけど、後輩も興味持ってるしさ」

古畑「ん~いいのぉ? 壊滅的だよ、私は」

望月「全然問題ないって」

古畑「まったく良いヤツだねぇ君は」ナデナデ

望月「わっ、撫でるのだけはやめてっていってるでしょっ」

古畑「あはは、それじゃ行こうか」

望月「その前に手を離してよっ」

 ガラッ

赤沢「……御苦労様」

勅使河原「成功してるとみなしていいのかな、これって」

風見「一応、僕達の見てるところでは、彼女に接触はしていないけれど」

赤沢「わからないわ。彼のことだからわかった上であなた達に付き合ってる可能性もある」

風見「ということは、大人しく諦めた? それとも、問題ないと判断された?」

赤沢「……」

 美術室

古畑「ところでさ、君、三神先生に絵を個人的に譲渡したことってある?」

望月「え? あぁ、あれか……ないはず、だね」

古畑「ん~いかにも君の書きそうな絵だったんだけどな。よくわかんないしおどろおどろしい絵」

古畑「他の生徒とは毛色が違ってるし、『M』っていうサインまでついてたんだ」

望月「僕から渡した記憶はないよ。三神先生が、黙って持って行ったなら別だけど……」

古畑「三神先生ってどういう先生?」

望月「それは古畑君の方がわかるはずじゃない?」

望月「僕はなんというか、昔から遠くでみつめるしかない、っていう感じだし……」

望月「あんなに綺麗だから上手く話しかけられなくて、でもよく声をかけてもらえるからよそよそしいっていう感じはしなくて」

望月「悩んでた時にアドバイスしてもらったおかげで立ち直れたこともあるしね」

古畑「具体的にはぁ?」

望月「一度だけとても良い絵が描けたっていう感触があったんだ」

望月「でも、その後はそれに雁字搦めになって自分を見失って」

望月「そんな時、三神先生からもっと素直に描けばいいのに、って言われたおかげで、段々もやもやが無くなってね」

古畑「んふふ、やっぱり君は三神先生が好きなんだ」ニヤニヤ

望月「えっ!?」カァッ

古畑「しかしだねえ、応援したい気持ちはあるけれど、その反面……」

望月「そ、そもそも、そこまで想ってるわけじゃないから! 恩人として、だよ?」アセアセ

望月「それより、古畑君はどうなのさ? いるでしょ一人や二人」

古畑「私のことはどうでもいいじゃないか。それに話を逸らすなよ、今は君の話をしてんだ」グイグイ

後輩1「何の話ですか? 恋バナ?」

後輩2「古畑先輩、カッコいいですもんね~。前の学校でモテたりしました?」

古畑「そんなことどうだっていいでしょ。一人か二人とちょっとした思い出がある程度だし」

後輩1「気になりますよぉ」

後輩2「あっ、そういえば見崎先輩とも同じクラスですよね? どうですか?」

後輩1「あー、見崎先輩かぁ。近寄りがたいところはあるけどミステリアスで、そこがまた……」

望月「あ、あのさ、自分達の絵に集中したほうが良いんじゃない? 古畑君も困ってるしさ」

後輩1「え~?」

望月「ほらほら行った行った!」シッシッ

後輩2「威厳ないから効果ないですよ、そんな先輩風吹かしても」

古畑「くっくっく」ニヤニヤ

 朝 昇降口

 ガサゴソ ファサッ

見崎「……?」ピラッ

『ある時、ジャングルをさまよっていた冒険家が、人食いライオンに出くわしてしまいました』

『冒険家が命乞いをしたところ、ライオンはこう言いました』

『「では、今俺の考えていることをズバリ当ててみたらお前を助けてやろう』

『だが、外れればその時は大人しく俺に食われるがいい」さて、冒険家は何と答えれば助かるでしょう?』

『お暇でしたらお考えください。そして、答えが出たなら私の下駄箱に解答を記した紙をこっそり入れてください』

『名もなきクイズ好きより』

見崎「……」ハァ

 放課後

 ガサゴソ

古畑「どれどれ……」ピラッ

『ライオンに向かってこう言えばいい。「あなたは私を食べようと考えている」』

『もし正解ならそのまま探検家は助かる。不正解ならライオンは食べるつもりがないのだから見逃すほかない』

『いたって簡単でした。名もなきクイズ好きさんが誰なのかということも含めて』

古畑「……明日はもう少し難しくしてみようかなぁ」ポン ポン

 教室

勅使河原「はぁ、中間試験かぁ。憂鬱だよなぁ。終わったら終わったで進路指導……」カリカリ

風見「高校進学率はきょうび95%だよ。君にだって行ける高校はあるさ」

勅使河原「馬鹿にしてんだろ、それ」

風見「ははは。古畑君は、東京に戻るの?」

古畑「わかんない。母親の気分次第ではここに残るかもしれないし東京とは違った所に移るかもしれない」

風見「ええと、それって……」

古畑「いやぁ、そこまで深刻な話でもないよ。単にどこに行けるかまだわからないってだけ」

古畑「それに色んな所を転々とするにしても、色んな所を見れて良い経験になるかもしれないしね」

勅使河原「よくわかんねえなあ。ならいっそ三神先生の養子になっちまうとかどうだ?」

風見「あのなあ……」

古畑「そうしたいのはヤマヤマだけどねえ、ふふふ」

古畑「でも今年一年が限界だと思うよ。お世話になってる身である以上は」

勅使河原「ふぅん、大変なんだか大変じゃないんだか」

赤沢「……何の話?」

古畑「いえなに、少女コミックも意外と面白いんだな、という話をくだくだと」

赤沢「なにそれ……ていうか古畑君、少女漫画なんて読むんだ」

古畑「はい。何事も先入見はよくないものです。小石川ちなみの『カリマンタンの城』、感動しました」

赤沢「小石川……ああ、あの美人漫画家。読んだことはないけど」

古畑「他にも萩尾望都や大島弓子も面白かったです。ご覧になっていなければお貸ししますが」

赤沢「結構よ。男の子と少女漫画の談義に花を咲かせるなんて、あまり考えたくはないわ」

古畑「えぇ? そうですかぁ?」

勅使河原「じゃあ俺が……ああ、でもな……」

風見「無理しなくてもいいぞ」ポン

古畑「くっくっく、まぁそれが普通だよ」

 中間試験

一同「……」カリカリ ケシケシ

久保寺「あと10分です……」

見崎「……」ガタッ

 スタスタ... ガラッピシャッ

一同「……」カリカリ

古畑「……はぁ~」キョロキョロ

一同「……」カリカリ

久保寺「古畑君」ボソッ

古畑「失礼しました」ボソッ

古畑「……」コキッコキッ

古畑「……」チラッ

 廊下

見崎「……」

一同「……」

 ガラッ

体育教師「失礼します、久保寺先生、ちょっと……」ヒソヒソ

久保寺「! わかりました、桜木さん……」ボソボソ

桜木「……えっ?」

久保寺「車の準備は出来ているそうです、行ってあげてください」ボソボソ

桜木「は、はいっ」ガタッ

古畑「……」

 タッタッ ガラッ

 廊下

見崎「?」

桜木「っ!」クルッ

 タッタッ...

見崎「……」

 階段

桜木「はぁ、はぁっ、早く、はやくっ……」タッタッ

桜木「あっ!?」ツルッ

桜木「つっ!」ドサッ ドンッ

桜木(あっ、傘の先が……)

 グサッ ググッ... ブシャアッ...

体育教師「っ! 桜木!?」ビクッ

見崎「……っ」

桜木「……」ピクッ ピクッ ドロドロ...

体育教師「の、喉に傘が……」

古畑「……あぁ、これはぁ……」フイッ

 ナンダヨイッタイ... ドウシタノ... ザワザワ ガヤガヤ

体育教師「お、お前らは見るなっ! 騒ぎにでもしたらいかんっ!」

古畑「ここは離れたほうがいいでしょう。しかし……」ボソッ

見崎「……」

古畑「ここまでとは……」

見崎「……想像していなかった?」

古畑「おぼろげながら予感はありました。しかし、いざ現実になってみると……」

見崎「……そうよ。どんなに覚悟しようと、現実になると、受け止めきれない」

見崎「でも、これからずっと、私たちはこんなむごい有様を目の当たりにし続けることになる」

 ――3年3組の人が死んだって話、聞いた?

 ――ああ、傘の先が、喉にぐさっ、とだってな……。

 ――えっ、そんなに? うわぁ……同じ日に、お母さんも交通事故で亡くなったって聞いたけど。

 ――やっぱり、例の呪いなのか……。

 ――あぁ……なまじ信じられるだけに、怖いよね。

 ――それどころか、こうして話してることだって……。

 ――……そうだね、やめとこうか。

さるって仕方ないし眠いしキリ良いし今日は寝る
明日は朝から書けると思います

ようわからんけどわかりました
SS速報で会えたらその時もまたよろしく

 病院

水野「あっ、探偵少年! なんか、大変だったみたいだね。弟から聞いたけど」

古畑「はい? あぁ、ひどい有様でした。実は仏様の実物まで見てしまったもので」

水野「うわっそっか……あっ、そういえばね、この間頼まれたことだけど」

水野「やっぱり、ミサキさんって人はうちに入院していなかったわ。藤岡って言う女の子だけ」

古畑「その件でしたらこちらで細かいところまで把握できました。お手間おかけしてすいません」

水野「あれ、そうなんだ。結局、どうだったの?」

古畑「ん~、私の思いすごしだったみたいです。夜見北の制服を着た方がこちらにいらっしゃっていたものですから」

水野「ふぅん……そうそう、ミサキって、なんか君達の学校ではちょっとした有名人みたいだね……」

古畑「らしいですねえ。私も風の噂程度でしか存じ上げておりませんが」

古畑「ただ、私はオカルト関連にはまるで興味がないので話半分に聞いております」

水野「へぇ、意外ね」

古畑「ああいう噂を流すのは現実にいる人間なんです。結局のところ相手にするのはそいつなのですから格別怖くもありません」

水野「ほぉ~達者な口を利くねえ」

水野「これから学校?」

古畑「そのお言葉がなければずっと入り浸るつもりだったのですが」

水野「ふふふ、それならいってらっしゃい。またなんかあったらいらっしゃい」

水野「そうだ、君ホームズ以外の作家に興味あったりする?」

古畑「そこそこです。何かお貸しいただけるなら私も少女コミックをお貸しいたしますが」

水野「それはいいかな……ま、詳しい話は今度にでも。それじゃね」

 ――……結論は出たようね。

 ――まてよ、赤沢! 大体効果があるって決まったわけでもないのに……。

 ――じゃあ何、勅使河原、あなたは死にたいの?

 ――そ、それはっ。

 ――そんな恫喝みたいなこと言わなくても……。

 ――クラスほとんどの総意なんだから、しょうがないよ、望月君。

 ――うっ……か、風見君は……。

 ――僕も……賛成するよ。今のところは、それしか方法が見当たらないしね。

 ――古畑君はわかっていた上で見崎さんに接触したんでしょ? それならこっちが免罪を願うなんておかしいじゃない。

 ――その通りよ。それに、もしかしたら彼が……。

 教室

 ガラッ シーン...

古畑「……あれぇ?」

久保寺「古畑君、病院での用事は済みましたか?」

古畑「あぁ、どうも先生。あの、みなさんはどちらに……」

久保寺「古畑君、桜木さんのことは残念でした。ですが、あまりくよくよしてもいられない」

久保寺「みんなで頑張って乗り越えていくしかない。そのためには、君の協力も必要です」

久保寺「クラスの決めごとには必ず従うようにしてください。いいですね」

 タン、タン...

古畑「……」

 翌日 教室

古畑「おはよう」

和久井「っ!」フイッ

古畑「?」チラッ

望月「!」フイッ

古畑「……」

 廊下

古畑「勅使河原君、ちょっと……」

勅使河原「あっ……」フイッ

勅使河原「すまねえ……」

 スタスタ...

古畑「なるほどぉ……」グリグリ

 授業中

古畑「……」ナデナデ

望月「……」プルプル

古畑「……」ワシャワシャ

望月「せ、先生、トイレに行ってきますっ」ガタッ

古畑「くっくっく」ニヤニヤ

赤沢「……」イライラ

 トイレ

 ガチャッ

古畑「……」ポンポン

勅使河原「うわっ!?」

古畑「……」ニヤニヤ テクテク

 掃除用具入れ

 ガチャッ

古畑「……」ジロッ

小椋「ひいっ!?」ビクッ

綾野「あっ、あ……」ガクガク

古畑「……」ニヤニヤ スタスタ

 中庭

古畑「zzz」スヤスヤ

金木「……よそ、いこうか」

松井「そうだね……」

 女子更衣室

古畑「ここは……やめておいたほうがいいか」

見崎「……」ジロッ

古畑「あぁ、見崎さん。お探ししていましたぁ」

見崎「……いいの? 話しかけても」

古畑「んっふっふ、実はですねえ、どうやらお仲間になれたようでして」

見崎「えっ……そう、そう来たんだ」

古畑「え~恐らくたとえ<いないもの>に対して声をかける者がいようと」

古畑「そいつを<いないもの>に加えれば対策は続行されると考えたのでしょう。理解できる話です」

見崎「……でも無駄でしょうね。一度始まった災厄は、その程度では止めようがない」

古畑「データからも裏付けが取れています。ですが耳は傾けていただけないでしょうねえ。しばらくはこのまま耐えるしかない」

古畑「私としてはあなたがいるだけでもずいぶん楽ですが。お互い頑張りましょう」

見崎「……そうね」

 屋上

見崎「そう。お父さんがこの学校の出身だったんだ」モグモグ

古畑「どうやら3組の生徒だったようですが、無事卒業は出来たそうで」モグモグ

古畑「ただ、妹の怜子さんもまたここの出身ですから、よもやということがあるかもしれません」

見崎「……ひどい話ね。死因は?」

古畑「母の話ではアメリカへ帰ったとかなんとか。幼い子への方便だったんでしょうね。はじめから信じていませんが」

見崎「そっか。知ってたのかな? お母さん、夜見山のこと」

古畑「どうでしょうねえ。知っていたなら、あの家に迷惑をかけてまで寄越さなかったとは思いますが」

古畑「改めてうかがいますが、見崎さんはどうした経緯で今のご家族に?」

見崎「……霧果には子供が出来なくてね。そんな時、私の本当の両親が気を遣って、養子に出したらしいの」

見崎「もっともこの話は未咲から聞いた。霧果にそのことを伝えると、今までになく慌てていたわ」

見崎「私が未咲と会うだけでも、そんなによく思っていなかったみたい」

見崎「その割には、私にはほとんど手をかけずに人形ばかり作っているけれど」

見崎「お父さんも、大して違いはないわ。ドイツかどこかに行って、たまに日本に帰ってきて」

見崎「形ばかりの家族サービスをするばかり……こんなこと、古畑君に言っても困るだろうけど」

古畑「……」モグモグ


古畑「私が何か言っても仕方ないとはわかっています。何より一番悩んでいるのは見崎さんのはずですから」

古畑「どんなことを言っても、きっととうの昔にお考えになっていることばかりでしょう」

古畑「ただ、いまだ見崎さんが悩んでいるということだけはわかります。どっちにつけば良いかと迷っていることもまた」

古畑「それは当たり前のことであって、そうしたためらいが無ければ嘘だと思います」

古畑「心というものは状況に応じて揺れ動くものですから。そしてそれは万人に当てはまることです」

古畑「変わらない愛情というのもないと思いますが、最初から悪意しか持っておらずそれを変えようがない、というのもありえない」

古畑「大事なのは他人のそうした心をわかってあげた上で接することであると考えております」

見崎「……そうね」

 キーンコーンカーンコーン

見崎「授業に出る?」

古畑「いえ。この際ですし災厄の調査にフル活用しようかと」

見崎「そのほうが良いかもね。授業の時の顔と、災厄の時の顔がまるっきり違うもの」

古畑「ふふふ、では第二図書室にでも向かいましょうか」スクッ

見崎「ええ」スクッ

古畑「えー、ところで、災厄のことはどういった経緯で伝わってくるんでしょうか? 担任の教師から?」

見崎「3組に上がると、『申し送りの会』っていうのが開かれるの。卒業生と在校生が懇談会めいた体裁で集まって」

見崎「けれどそこで伝えられるのは、災厄と現象の実態、そしてその対処法」

見崎「そして<ある年>か<ない年>かを確認した後、<いないもの>が相談の末に決められる」

古畑「ん~? とすると……」

見崎「どうしたの?」

古畑「ああいえ、続けてかまいません。あとでお話ししますし」

見崎「<ある年>か<ない年>かを判定するためには、机が足りているかどうかで判断するのは知ってるよね」

見崎「今年は机が過不足なく揃っていた」

古畑「あれ、ではどうして」

見崎「けれど、ちょっとした事態、具体的に言えばあなたの転校で、話が変わってきた」

古畑「……私が<もう一人>じゃないかと思われた、と」

見崎「そうね。転校生が来たらどう扱うかは、マニュアル化してなかったみたい。だから細心の注意を、ってことで」

見崎「でもあなたは死者じゃないわ。そのことは請け合う」

古畑「どうしてまた?」

見崎「……これもその内わかると思う。ともかく、こんなところかしらね」

古畑「ん~、なにはともあれありがとうございます。ですが、そうすると引っかかることがありますねえ」

古畑「詳しく言いますと、災厄がぱたっと止まったと思しき年があるんですよ。<いないもの>の対策もない頃に」

古畑「そこで何かの対策が取られていたかもしれないのに、それが伝わっていなかった。うーん……」

見崎「……現象のせい、かしら」

古畑「わかりません。ともかく記録をお見せします」

 第二図書室

千曳「やあ……そうか、君もまた」

古畑「ん~なかなか鋭いですねえ、ええと千曳先生と仰いましたか?」

千曳「先生はやめてくれたまえ。それはもう、廃業したようなものだから」

見崎「千曳さんはね、今は司書をしているけれど、元はと言えばこの学校の教師だったの。しかも、26年前の……」

古畑「そうでしたか、お察しします」

千曳「やめたのはその後だがね。次々と重なっていく災厄の連鎖に、恐れをなしてしまったんだ」

千曳「形としては逃げているようなものだが、それでもこうしてここに残ることによって君達の手伝いを出来ればと思っている」

古畑「十分すぎるほどの尽力です。えー、では早速なんですが、過去の記録を調べたいもので」

古畑「1983年、15年前の記録を……」

千曳「15年前……ふん、ちょっと待っていてくれたまえ」

千曳「……ん? 15年前と言うと、怜子君が卒業した年だったな」ガサゴソ

見崎「……もしかしたら古畑君のお父さん、三神先生のお兄さんもそこで」

千曳「……なるほど。しかし、古畑ねえ」

古畑「面倒な話ですが、近頃母が再婚したもので」

千曳「……それはまた。ん、となると三神か。うん、確かに似ているよ、君は」

古畑「それはともかく記録の方を」

千曳「うん。15年前、確かに8月にぱったりと死者が途絶えている。しかし、何故見落としていたのだか……」ペラッ

見崎「死者は一月に一人が基本だけど、終わる月はまちまちだったはず」

古畑「ん~しかし8月に止まるというのはあまりに速過ぎるんです」

古畑「そこでなにかがあったはずなんですが、恐らくそうした痕跡もまた、消されてしまっているのでしょう」

千曳「覚えていないということはそういうことなのだろうな……恐らく記録を調べても、さして得られるものはない、か」

千曳「となると、誰かの記憶に訴えるしかない。私が三神先生に問いただしてみるほかないか」

古畑「そうしていただけると助かります」

古畑「えー、ところでなんですが、26年前の状況を、差し支えなければ教えていただきたいのですが」

千曳「……誰にも悪意はなかったんだ。ひょんなところから出た言葉に対して、善意でもって応える」

千曳「もちろん疑問を持った生徒もいたがね。私としては、絵空事が実現出来る可能性の方に賭けたかった」

千曳「生徒のみならず、私の今後の糧にもなるだろう、との算段でね。だが、あまりに甘い見積もりだった」

古畑「そんな、千曳さんには責任はございません」

千曳「そう許してくれる上であえて言えば、もう始まりがどうこうの問題ではないと思うんだ」

千曳「一つのたとえを用いれば、なんの意図もなしに積もった雪があるとしよう。そこで雪玉が出来る」

千曳「雪玉は転がり、勢いに任せるあまりあらゆるものを取りこみ大きくなって、最早対処のしようがなくなってしまう」

千曳「ここでいうあらゆるものとは、ひょっとすると恨みつらみなのではないかと考えている」

千曳「3組で亡くなった生徒達の、ね」

古畑「ん~もっともな解釈だとは思います。しかし、実に好ましくない解釈だ」

千曳「……そうだね。そう解釈してしまうことで、恨みに対して恨みを加えることとなる」

古畑「それどころか、そもそも災厄が怨念の集合体であるとさえ考えてはならないと思います」

古畑「あくまで死者は死者であって、災厄とは切り離すべき、哀れな被害者です」

古畑「彼らは何も語りません。無言の存在です。無力の存在です。だからこそ我々は彼らを守らなければならない」

古畑「そのためには、災厄を感情もへたっくれもない単なる現象と考えた上で、それを断固として消し去るしかないのです」

千曳「……君の言うとおりだ。面目ないな、教師とあろうものが」

千曳「……しかしだね、古畑君。その意見を踏まえてもなお、訊きたいことがある」

千曳「君は死を覚悟してまで、我々の理解を絶したとんでもない存在を食い止めようとするのか?」

古畑「はい」コクリ

千曳「……」ジッ

古畑「……」ニヤッ

千曳「……よかろう。ここは好きに使うがいい。どちらにせよ誰も来ないから、下校時間まで使い放題だ」

千曳「うん、そうだ。三神先生だけでなく他の卒業生に連絡を取ってみたら、手がかりがつかめるかもしれないな」

千曳「注意を要することだから、彼らに対する聞きこみも、私が手を尽くしてあげよう」

古畑「ありがとうございます」ペコリ

見崎「……」

 帰り道

見崎「……」テクテク ピタッ

古畑「?」クルッ

見崎「……私にね、これから死ぬ人がわかる、って言ったら、古畑君は信じてくれる?」

古畑「唐突な話ですねえ、んふふふ。んん~、あいにくそうしたことに造詣はありません」

古畑「ただし、以前も申しましたが、検討を重ねた末に信じざるを得ないのならば私は信じることにしております」

見崎「……そう。まあ、冗談なんだけどね。そういえば古畑君って、女子には敬語だよね。どうして?」

古畑「あっはっは、なんと申しましょうかぁ」

見崎「シャーロック・ホームズの流儀なの?」

古畑「いやぁ、そんな大層なものではありません。単に照れくさいだけです、くっくっく」

古畑「もっともホームズは女嫌いではありますが、英国紳士らしい態度は欠かさない人でしたぁ」

古畑「しかしあまりに悪しざまに女性を罵るもので、しかもワトスン君との付き合いが長いものですから」

古畑「そのぉ、下世話な噂が色々と立っておりまして、えっへっへ」

見崎「……そっか」

 三神宅

怜子「……」

古畑「怜子さん、ちょっとよろしいでしょうか……」

怜子「……手短になら、いいわ」

古畑「では端的に。15年前のこと、覚えている範囲でいいのでお教えいただけないでしょうか」

怜子「千曳さんにも訊かれたけれど、そっか、任三郎君が……」

怜子「……ごめんなさい。何も遠慮して、とかそういうのでもなく、上手く思い出せないの」

怜子「……止まった、のかしら、ある時期を境に死者が、出なくなったような……」ズキズキ

古畑「記録によると8月を境に止まったと見られます。8月に、なにか?」

怜子「8月……? ううん、どこかに行ったような……」ズキズキ

怜子「いや、行かなかった? うう……」ズキズキ

古畑「……怜子さんの助けが必要なんです」ジッ

レーちゃん「レーチャン、レーチャン!」

怜子「っ!」ズキッ

怜子「……ごめんね、任三郎君。私には、よくわからない」ダッ

古畑「あっ……」

 タッタッ... ガチャッバタンッ

祖母「どうしたの、任三郎ちゃん」

レーちゃん「ドーシテドーシテ」

祖父「怜子も可哀想になあ……葬式はもう堪忍、堪忍だ……」

古畑「……」

 翌朝

 プルルルル... プルルルル...

古畑「うーん」ゴロン

 プルルルル... プルルルル...

古畑「うるさいなぁ、もうっ」ピッ

古畑「……ふぅ」スゥ スゥ

 プルルルル... プルルルル...

古畑「そういや消したらいるってわかるんだっけな……」

古畑「はい、もしもし?」

古畑母「ちょっと、酷いじゃない任三郎ちゃん! お母さんがせっかく電話してあげたっていうのにぃ」

古畑「一ヵ月電話寄越さない母親の気紛れな電話になんで感謝しないといけないの」

古畑母「ごめんねえ、ちょっとこっちも色々と忙しくて。もっとも、あの人とは順調なんだけど」

古畑「あっそ。それじゃあ」

古畑母「ああんちょっと待ってよ、あの人ね、実は子供がいるらしくて。任三郎ちゃんにお兄さんが出来るかもしれないの」

古畑「……そう。あっ、そういえば。お父さんのことなんだけどさ」

古畑母「なぁに? お父さんは良い人よ、来たいならいますぐこっちに来なさい。あっ、でもパスポートとかないかぁ」

古畑「そうじゃなくて、昔の……」

古畑母「そっちも大変でしょ、お義父さんボケちゃったって聞いたし、お義母さんも介護で大変そうよねえ」

古畑母「後はぁ……ま、いっか、それじゃね、任三郎ちゃん。いつでもいらっしゃい」

 ガチャッ ツーツーツー

古畑「……」カリカリ

怜子「あっ、任三郎君……」

古畑「おはようございます。昨日は失礼しました。話を急ぐあまりそちらの事情を考えず」

怜子「……ううん。いいのよ、ふがいないのは私なんだから。ごめんね、本当に」

怜子「でもどうしようもない。任三郎君のことも、クラスのことも、何とかしてあげるべきなんだけど……」

古畑「それは皆が思っていることです。抱え込んでも仕方ありません」

怜子「……ところで、さっきの電話は、お母さんから?」

古畑「そうですが」

怜子「そう……大変よね。こういう時、私が任三郎君の支えになるべきなんだけど、でも……」

怜子「……先に、学校に行ってるわ。任三郎君も、事情はわかるけどあまり授業を抜け出さないようにね」

 スタスタ... ガラッ ピシャッ

古畑「……」

祖母「任三郎ちゃん、どうしたの、こんなところに突っ立って。朝ごはん、出来てるわ。食べなさい」

古畑「わかりました」コクリ

 数日後

 ――高林が、六月の死者ってことでいいのかな……。

 ――やっぱりあの対策って……。

 ――でも、高林君って昔から心臓が悪かったんでしょ? 遅かれ早かれ……。

 ――そういうこと、滅多に言うもんじゃないよ。まあ、たまたま重なった可能性はあるけど。

 ――もういやだよ、転校したいよ……。

 ――どうするの、泉美?

 ――……対策は、続行よ。

 数日後 職員室

久保寺「……」フラフラ

千曳「久保寺先生、顔色が優れないようにお見受けしますが」

久保寺「……わかりますか。自分でも、もうだめだろうとわかっています」

久保寺「この二カ月、私なりに頑張ってきました。ですが、そろそろ限界が来ている」

久保寺「その時は、情けない願いですが千曳先生、クラスのみなさんをよろしくお願いします……」フラフラ

 ガラッ

千曳「……」

 階段

古畑「あれ、見崎さん今日は教室に?」

見崎「……別に行きたくないならついてこなくてもいいよ」

古畑「行きたくないのは本音ですが、しかしぃ」
 
見崎「……」テクテク

古畑「ああ、待ってください」テクテク

見崎「……正直に言うわ。とても良くない予感がするの」

古畑「! ……」スタスタ

 教室

 ガヤガヤ ガヤガヤ ガラッ

一同「!」

古畑「……」ガタッ

見崎「……」ガタッ

一同「……」

 ガラッ

久保寺「……」フラフラ バンッ

久保寺「みなさん、今日は皆さんに、謝らなければいけないことがあります……」

久保寺「5月から続く悲しい出来事に、みなさんも心を痛めていると思います」

久保寺「私は、そこでくじけてはいけないと思って精一杯頑張ってきたつもりでした。ただ……」

久保寺「いったん始まってしまった以上、何か術があるのか、私にはわからなくなりました」

久保寺「それどころか、こうやって耐えていることに意味があるのかどうか……」ガサゴソ

久保寺「いや、私はクラスの担任なのだからやはり皆を支えなければならない、しかし、しかし……」ガサゴソ

久保寺「くっ、くっ、ふふふっ、ううっ」ギラッ

前島「ほ、包丁!?」

中島「えっ!?」

古畑「!」ガタッ

久保寺「来るなぁッ! 寄るなぁッ!」ブゥン

古畑「っ!」ジリッ

久保寺「はぁ……はぁ……っ」ガクガク ニギッニギッ グッ

 ブスッ ググッ グチャアア ブシュ、ブシュッ ビシャアッ

久保寺「あぐっ、うぇっ……がぁっ!」ピクッ ピクッ

風見「あっ、のど、のどに……」ガクガク ダラダラ

綾野「い、いやぁ! いやぁああっ!」

見崎「……っ」

久保寺「ぐぇあぁ……」ギロッ

古畑「……」ジッ

 ドサッ ビッシャアッ

千曳「こ、これは……久保寺先生! なんて血しぶきだ……三神先生、救急と警察を!」

三神「えっ、えっ?」ガクガク

千曳「119と110に電話をするんだ! 早く!」

三神「は、はいっ!」ダダッ

千曳「皆も出なさいっ、これ以上ここにいてはならないっ!」

 ガラッ ダダダッ ドサドサッ ドケヨッオスナッ オチツケ、オチツケ! 
 
 ザワザワ エグッグスッ ウエッオォエッ ザワザワ


古畑「……」スッ

久保寺「……」

千曳「……古畑君、君も出たほうが良い」

見崎「……」

古畑「……」スクッ

 翌日 屋上

勅使河原「久保寺先生は母親の介護をしていたところに3組の担任になって、重なった心労のあまり、か……」

勅使河原「母親を道連れにして……なあ、これって偶然なのか? それともやっぱり」

古畑「……」ポンポン

勅使河原「あー……あのさニン、もう<いないもの>は解除されたんだ。それともあれか、怒ってるのか?」

古畑「別に君と話したってしょうがないんだよ」ポンポン

勅使河原「あっ、と……」

見崎「たぶん実りがない、って意味で言ってるんだと思う。話してもいいけれど、ってところね」

勅使河原「ああ、そうなのか……って馬鹿にしてんじゃねえか!」

古畑「馬鹿にしてるっていうのは不当に判断するってことなんだよ。その点私は正当に判断してるつもりなんだけど」

勅使河原「どっちだって同じだよ! ったく……まぁ元気そうで何よりだ」ハァッ

勅使河原「こっちだって辛いんだからな、<いないもの>扱いするのは。見崎も、悪かったな」

見崎「勅使河原君とはどのみち……」

勅使河原「おい!」

古畑「くっくっく」ニヤニヤ

 ガチャッ

勅使河原「お、赤沢……」

赤沢「……あなた達のせいよ。わかっていたくせに、対策を台無しにして」

勅使河原「なっ!」

古畑「……申し訳ありません」ペコリ

赤沢「……冗談よ。話をまともに訊かなかった私も悪かったわ」

赤沢「見崎さん、あなた本当の姉妹が亡くなったんですってね。千曳先生から聞いたわ」

見崎「……」

赤沢「けれど、事情を知っても納得できない生徒もいる。そういう目で見られるのも仕方ないと思いなさい、ってこと」

古畑「受け入れる覚悟はできております」

赤沢「大体、私にも責任はある。無能の誹りを受けても仕方ないわ」

勅使河原「お、おい、そんな湿っぽくならなくても……」チラッ

古畑「……」フルフル

赤沢「……伝えたいことは伝えたわ。また教室で」クルッ

勅使河原「おい、まてよっ」ダッ

勅使河原「あれじゃ慰めにもなってねえじゃねえか」

赤沢「……はっきり言って、古畑君のことは嫌い。見崎さんも、苦手」

赤沢「それにとても頭がキレるようだし、私がなにか言わなくても彼らなら大丈夫でしょ」

勅使河原「だからってな……」

赤沢「気に入らないのよ。全部わかってるみたいな顔してるくせに、こっちには何にも伝えてこないで」

赤沢「さっきだってそう。何か言いようはあったはず。けれど、何を言っても私を逆なですると思ってたんでしょうね」

勅使河原「それならこっちの態度次第でなんとか」

赤沢「それならあなたが仲良くしなさい。私には無理。大体彼は和を乱す。見崎さん共々」

勅使河原「……そうかよ」クルッ

 教室

 シーン...

三神「……藤巻さん、は、いない、それから多々良さんもですか……」

三神「14名が登校……はい、それでは、くれぐれも無理をしないように、一日を無事にすごしてください」

三神「これでホームルームを終わります」

勅使河原「……一気にがらんとしちまったな」

望月「うん……」

勅使河原「さすがになあ、覚悟はしてたけどここまでくると滅入るぜ」

中尾「……」チラ

杉浦「……」チラ

古畑「……」グリグリ

勅使河原「……いくらなんでもあそこまでしなくていいだろうに」

望月「なにか、助けてあげられないかな」

勅使河原「……」チラッ

赤沢「……」

 第二図書室

千曳「久保寺先生のことは、残念だった。君達も、ショックだったろうが……」

古畑「ショックはショックですが、そればかりで災厄が止まるわけでもありません」

千曳「その通りだ。振り返ってばかりいられないのも事実」

千曳「これ以上被害を出さないための、有効と思える対策を知りうる人が見つかった」

千曳「15年前の卒業生に電話で当たってみたところ、ひっかかる証言を残してくれる人がいてね」

千曳「松永という人が、何か思い出せそうだが思い出せない、と電話口でうなっていてね」

千曳「3組にいた時のアルバムや教室の風景などを携えて彼のところに向かったんだ」

千曳「すると、教室に何か残してきた、と呟いた。それ以上の手がかりは掴めなかったが」

見崎「15年前の教室というと、旧校舎?」

千曳「だと思う。許可をもらっているから、そこで……」

 ガラッ

勅使河原「おっ、いたいた」

望月「古畑君、僕達も手伝うよ。災厄を止める方法さがし。三神先生に聞いたんだ」

千曳「君達……しかし、あまりに危険な目にあうが……」

勅使河原「危ないのは一緒だし、黙っててもかえって不安になるばっかりだし」

望月「それに、今までのお詫びもかねて、ってところですかね」

千曳「……そうか。ただ、くれぐれも気をつけて行動してくれよ」

千曳「では、早速旧校舎に向かおうか。説明は途中で改めて」

 元3年3組教室

 ガサゴソ... ドサッ

古畑「ほこり臭いところだね。足の踏み場もないから入れないや」ゲホッ

望月「気持ちはわかるけど一緒に探そうよ……」

見崎「窓を開けたほうがいいかしら……」テクテク

古畑「危ないと思いますよぉ」

 ガシャッ パリーンッ!

千曳「! 大丈夫か!?」

古畑「だから言ったのにぃ」

見崎「……平気。怪我はしてないし。ほら、大丈夫」

古畑「くっくっく」ニヤニヤ

勅使河原「うーん、それらしきものが全くないな」ガサガサ

千曳「まだどこか捜していないところは……」

古畑「勅使河原君さぁ、そこのロッカーとか調べてみた?」

勅使河原「あ? あぁ、そういや……ていうか気付いてんならお前が探せよ!」

古畑「ホコリくさいところはいやなんだよ、本当に」

勅使河原「ったく……おわっ!」ズボッ

千曳「むっ! ……無事か、よかった。床が腐ってるんだな。もう10年近くたつのか、大丈夫かね」スッ

古畑「やっぱり取り壊しは出来ないんですか」

千曳「一応、私が取り壊しはしないようにと言ってあるんだ。それに、まだ使えるところもあるからね」

古畑「そうでしたか。ともかくロッカーは私が調べましょう」ガサゴソ

勅使河原「初めからそうしろよ……よっと」ズボッ

古畑「んー……あっ、やっぱりあったぁ。どれどれ」ビリビリ

古畑「カセットテープ? 将来3年3組で災いに苦しめられるだろう後輩たちに。なるほど、これが」

千曳「ふむ、とにかく聞いてみるしかないだろう。放送室に行こうか」

 放送室

松永『……ええと、俺の名前は松永克己。1983年度の3年3組の生徒だ』

松永『今、このテープを聞いている君達は、未来の3年3組の生徒なんだろうか?』

松永『だとして、俺が経験したような災厄にも遭ってるんだろうか、それとも……いや、それはいいか』

松永『俺がこのテープを残そうと決めたのは、2つの理由があるんだ。一つは俺自身の、罪の告白』

松永『もう一つは、後輩である君達にアドバイスを伝えたい。クラスに紛れ込んだ一人を……』

松永『いや、災厄を止めるには……悪い、頭がこんがらがって。

松永『やっぱり、順を追って話した方がいいか……』

一同「……」

松永『俺達の年には、特別に合宿をしたんだ。合宿所の近くには夜見山神社っていう古い神社があって』

松永『そこに皆でお参りをすれば、呪いが消えるに違いないって。合宿二日目、俺達はそこへ行った』

松永『山中にあるひどくさびれた神社で、夜見山っていう名前がついてる割に、忘れ去られたような神社だった』

松永『お参りついでに境内を掃除して、お参りをして、これで大丈夫だろう、と思ったんだが、駄目だった』

松永『帰り道に天気が荒れて、雷雨までやってきてさ、用意周到に傘まで持ってきたやつが、雷に打たれて……』

古畑「合宿っていうのは、恒例行事になっていないので?」ボソボソ

千曳「……覚えている。ここで2人の生徒が亡くなったんだ。だから、以降は取りやめになった」ボソボソ

松永『それで動揺した女子も足を滑らせて真っ逆さま。お参りなんて、効果がなかったんだな……』

松永『それはともかく、肝心なのはここからなんだ。みんながやっとの思いで下山した時、それがあったんだ』

松永『それ、っていうのは、つまり、おれが……』

一同「……」

松永『……合宿所の外の森の中で、俺、ある男子と言い争いになったんだ。

松永『段々エスカレートして、掴みあいの喧嘩にまでなった』

松永『名前は(ブツッ)っていうやつでさ、喧嘩の末に、あいつが動かなくなったんだ』

勅使河原「テープがおかしいのか……?」ボソボソ

望月「これも、現象……?」ボソボソ

松永『森の中の大きな木のそばに倒れていて、近寄ってみたら、木の枝に刺さって、血が流れ出してた』

松永『死んだ、ってわかった。俺は、怖くなって逃げちまった。誰にも言えなかったよ、誰かを殺したなんて』

松永『一晩、まるで眠れなくてさ、どさくさにまぎれて事故で済むかも、とか、色々考えた』

松永『朝が来て警察がやってきたけど、俺はやっぱり何も言えなかった』

松永『でも、死体は見つかるから時間の問題だと思った』

松永『……なのに、(ブツッ)の死体は見つからなかった。俺も森の中に行って確かめたんだけど、消えていたんだ』

松永『それどころかクラスの連中もまるで気にしてなくてさ、(ブツッ)のことを訊いてみたんだけど』

松永『誰だそれ、って返ってくるばっかりだった。合宿に来た生徒も、20人から19人に減っていた』

松永『そこで思い当たった。そいつがクラスに紛れ込んだ<もう一人>なんだって』

松永『死者が死に還ったんだから、初めから無かったことにされて、記憶や記録からは消える』

松永『でも、結果として死者を死に返したと言っても、罪は罪だから、俺の良心のためにもこれは告白しておきたい』

松永『これが、俺の罪の告白だ。だけど、この罪はクラスにとって救いにもなったんだ』

松永『まだ卒業していないから確定していないけど、確かなことだと思う』

松永『現に、3組の災厄が止まる時は、<もう一人>が何の痕跡も残さず消えてしまうっていう状況となって現れる』

松永『今俺が体験しているのは、それと同じなんだ』

松永『名簿からも、皆の記憶からも、それどころか死体自体も消えている』

松永『まだ10日くらいしか経ってないけど死者も出ていないから、災厄は止まったと見て良いんだと思う』

古畑「……なるほどぉ」ボソッ

見崎「……」

松永『たぶん、(ブツッ)の死と深くかかわったから、俺だけは覚えているんだろう』

松永『でも、それも時間の問題かもしれない。他のクラスメイトと同様に、俺も忘れてしまうかもしれない』

松永『だから、俺はこうしてテープを残しておこうと思った。そうだ、そこで二つ目の理由、後輩へのアドバイス』

松永『どうやったら災厄を止められるか。死者を死に返す。<もう一人>を殺すんだ。これが唯一の方法だ』

 ジィィィ... カチャッ

勅使河原「これで終わり、か……」

千曳「……なんてことだ」

望月「それって、クラスの誰かを殺さなきゃいけないってことだよね……?」

古畑「……」ポンポン

勅使河原「大体、誰が<もう一人>かなんて……」

見崎「……古畑君、このことには見当がついていた?」

古畑「うーん、漠然とではありますが。大体は同じ考え方でした。基本的にシンプルなんですねえ、この災厄」

古畑「一人余計な余りものが出来たせいで支障が生じているならば、そいつを取り除けばいい」

古畑「わかってみると<いないもの>の考えもそれに則っているから論理的ともいえる」

古畑「しかし、何人も死ぬことは未だに理解できませんが」

千曳「……<もう一人>の見当はついているかね?」

古畑「……うーん面目ないですがまったく」ポンポン

望月「本人の自覚がない以上はこちらから割り出すしかない、よね」

勅使河原「でも、どうするんだよ。殺すのか、そいつを? 殺せるのか?」

見崎「……それが忍びない時は、確かな証拠を突き付けたうえで、本人の判断に任せる」

千曳「……しかし中学生には、厳しいな」

古畑「……」グリグリ

 昇降口

勅使河原「はぁ……とんでもないことになっちまったな」

勅使河原「こっちが死ぬだけじゃなくて、下手すりゃ殺人犯にもならなくちゃいけない、ってか」

望月「……こんなこと、皆には話せないよね」

見崎「……」

勅使河原「時間が経つたびに死の危険は迫ってくる。どうすんだよ、ニン」

古畑「……」ポンポン

勅使河原「……悪い、お前ばっかりに頼るわけにはいかないよな」

古畑「別に頼ってくれてもいいんだよ、悪い気はしないしね。どうせなら私一人で罪をひっかぶることだってかまわない」

古畑「そんな覚悟もなしにこの問題に立ち向かうなんて虫の良い話さ」

見崎「……古畑君、もしかして死者も見当がついているの?」

望月「えっ!?」

勅使河原「ま、マジかよ。じゃあ……」

古畑「……」

 タッタッ...

勅使河原「げっ、誰か来るっ」

赤沢「……珍しいわね、あなた達が昇降口で集まってるなんて」

勅使河原「お、おう赤沢。つい喋りこんでたらこんな時間に……」

赤沢「千曳先生と旧校舎に行ってたみたいだけど」

勅使河原「えっと……」

古畑「はい。実は災厄を止める手立てがないものかと探っていたんですが。残念ながら特には」

赤沢「……そう。まぁ頑張って。私が何か言っても、邪魔するだけでしょうから」スタスタ

勅使河原「あ、赤沢!」ダッ

古畑「やめたほうがいい」ボソッ

勅使河原「で、でもよ」

古畑「これ以上誰かを巻き込むこと自体危ないんだ。何より彼女にもプライドがある」

勅使河原「……」

見崎「……古畑君、ところで」

古畑「ん~、まだ確証が持てないのではっきりとは申し上げられません」

古畑「しかし、確かな証拠は集められると考えております」

見崎「……」

ちょっと休憩。15分くらいで戻ってくる

 三神宅

 ピカチュー、キミニキメタッ ピッカー

古畑「……」ナデナデ

レーちゃん「ゲンキダシテ、レーチャン」

祖父「任三郎、テレビは見過ぎるな、頭が悪くなる」

古畑「ご忠告どうもぉ」ピッ

祖父「九官鳥、お前も気にいったか、どれどれ……」

レーちゃん「レーチャンレーチャン」

祖父「怜子か、怜子、どうしてまたなあ……うっうっ」グスッ

レーちゃん「ゲンキダシテ!」

祖母「あっ、また九官鳥の前で……お父さん、泣いたってしょうがありませんよ、さぁ、お散歩にでも行きましょう」

古畑「あのぉ、失礼ですがいつもこんな風に?」

祖母「そうねえ、この九官鳥に限ったことじゃないけれど、どうもねえ……」

古畑「そうでしたか、私にはなんとも出来ないのが残念です」

祖母「いいのよ、任三郎ちゃんがいるだけでも、最近お父さんは元気になってきてるんだから」

 チャァァ... アァピカチュウッ

古畑「……」ポンポン

怜子「ただいまぁ……任三郎君、その九官鳥、気にいったの?」

古畑「ん? いやぁ、動物は特に好きではないんですけどね。嘘をつかないし」

古畑「嘘をつかないんだったら扱いが楽でしょう。扱いに困難さが付きまとってた方が楽しいんですよ」ナデナデ

レーちゃん「レーチャン、レーチャン」

怜子「そうなんだ……私は、なんだかその子、苦手なのよね、うるさいし」

古畑「うーん、そうですか。お前、あっち行こうか」スクッ

レーチャン「ドーシテドーシテ」

 ピカチュー、ジューマンボルトッ ピィカチュゥゥ!

怜子「それよりポケモンなんて見てるのね、珍しい」

古畑「んふふ、見るものが何にもない時はよく見ていたもので」

怜子「へぇ。でも中学校じゃ、下校したころには」

古畑「東京じゃ夜にやってるんですよ。こっちじゃ夕方みたいですけれど」

怜子「あぁ、あるわねそういうの。ドラマなんかが放送しないってこともあるわ」

古畑「と言いますと?」

怜子「去年流行ったドラマあるでしょ、木村拓哉が主演の。あれなんかは時間帯がズレるだけでよかったけど」

古畑「あぁ、夏に放送していた」

怜子「いや、秋から冬だったでしょ。ゲレンデのシーン、印象的だったもの」

古畑「あぁ、そうでしたっけ……」

怜子「……あんまり訊きたくないけど、探索のほうは順調?」

古畑「うーん、なんともいえないところです」

怜子「本当は止めたいところなんだけどね。任三郎君にとっては、お父さんのこともあるだろうから」

古畑「弔いってつもりはないんですけどねえ。正直、よく覚えていない父親ですし」

怜子「そっか……くれぐれも気をつけてね。私も出来る限りのことはするから」

怜子「あんまり、頼りにはならないかもしれないけど」

古畑「そんなことは全く。怜子さんは今の3組をまとめているだけでも凄いものです」

怜子「……うん、ありがとう。それじゃ、私余った仕事やらなくちゃいけないから。それじゃ」

古畑「……」

古畑「うーん……」ガサゴソ

怜子「ん? 任三郎君、また兄さんの写真さがしてるの?」

古畑「んー、いやぁ。この間落とした絵の中に気になったものがありましたもので」ガサゴソ

怜子「へえ。美術部に興味が出てきたり?」

古畑「そこまではまだぁ、ふふふ。そういえば、見崎さんも美術部でしたよね。昔からああいった方で?」

怜子「……ああいった、っていうと語弊があると思う。先輩後輩問わず話しかけてる所はよく見かけたし」

怜子「それに部活にも毎回来る子だしね。ただ、あんなことがあった以上は、寡黙になるのも仕方ないわ」

古畑「実際に絵の指導などしていかがですか」

怜子「そうねえ、あの子家がお人形屋さんをしてるのよ」
 
怜子「ちゃんとしたモデルに触れてるからか、等身やバースの取り方がすごくうまいの」

怜子「でも、描く人間の表情は暗かったり、時々腕や目のない絵を書いたりしてね。もっと明るい絵を描いてほしいんだけど」

怜子「まあ所詮は部活動だし、それ以上口出しはできないでいるわ」

古畑「そういえば、見崎さんの絵はこの家に」

怜子「……ないわね、うん。そもそも、たいていは卒業した時に余ったのをもらうって感じだもの」

古畑「なるほど……あ、これだ」ピラッ

怜子「ああ、それ。好きなのね、そのおどろおどろしい絵」

古畑「ええ。そういえば、誰のものか思い出せましたか?」

怜子「あぁ……思い出すのも忘れてたわ。色々あったから……」

怜子「でも、やっぱり誰のものか思い出せないわね……」

古畑「この辺の絵が誰のものかすべて思い出すってことは無理ですものね」

怜子「だけど直感だったりで思い出せるはずなんだけどね。裏に名前を書いてるものもあるし」

古畑「『M』。やっぱり望月君のものじゃ?」ジィ

怜子「そんな記憶はないんだけど……」

古畑「……あれ、『M』の横に……」ボソッ

祖母「怜子、任三郎ちゃん、ご飯出来たわ」

怜子「あぁ、はぁい。先行ってるわね、任三郎君」スタスタ

古畑「『R.M』……」

 学校

古畑「あぁ、やっぱり……」

体育教師「だけど、こんなこと聞いてどうするんだ。4月に職員室で……」

古畑「いえこちらの都合です。ところで、三神先生はここに三年間勤務なさっているんですよね」

古畑「どういった教師ですか、先生から見まして」

体育教師「あぁ、といってもこれは話していいものかなあ……まあいいか」

体育教師「一年目にしていきなり3年3組の教師に抜擢されて、大変だろうと思ったんだが」

体育教師「立派に勤めていらっしゃったよ。いくら在校経験があるとはいえな」

古畑「具体的には」

体育教師「……実はその年、例の対策に選ばれた生徒が役目を放棄する事態が起きてしまったんだ」

体育教師「何人も死んでしまったからには、その生徒は人間不信どころか負い目まで感じてしまってな」

体育教師「家に引きこもってしまった生徒を、三神先生は自宅に行くなり電話するなり必死にケアなさっていた」

古畑「はぁ、素晴らしいことです」

体育教師「あとは、お前も大体わかってるはずだと思うが」

 美術室

古畑「……」ポンポン ジィ ピラッ

 ガラッ

望月「あれ、古畑君。珍しいね。もしかして……」

古畑「美術部に入る気はないよ」

望月「あ、そっか……」ショボン

望月「ところで、その絵は……」

古畑「いつか言った君が描いたんだろうと睨んでいる絵」ピラッ

望月「……ホントだ、僕の絵だよ。これ、三神先生の家にあったの?」

古畑「うん。どういう点で君の絵だと思ったの?」

望月「……」ボー

古畑「……望月君?」

望月「えっ? あっ、ご、ごめん。えっとそうだな、これ油絵っていうんだ」

望月「ざっくりいうと油絵って絵の具が他の絵とは違ってね」

望月「特に溶き油っていって、絵の具のノリをよくする水みたいな役割をするものがある」

望月「けれど、僕はこの溶き油の扱いに苦労して、色のムラが出来たり他の色と混ざったりすることが多くてさ」

望月「今はそうでもないけど、初めの頃の特徴がよく出てるんだよ、これ。雑でしょ」

古畑「そうかぁ、でももっと具体的に言えるところ、ない?」

望月「えっと……あっ、ここ。サインが描いてるでしょ、隅の方に」

古畑「ああ、この『R.M』?」

望月「違う違う、反対の方。小さく『Y.M』って書いてるんだ。絵画の中にサインを隠す人がいてね、そのちょっとした真似みたいなもので」

古畑「えっと、じゃあこの『R.M』は」

望月「『R.M』? ……あっ、確かに書いてるね。しかも、僕のもの。でも、これは……」

古畑「……」

古畑「ところで何描いたのこれ。真ん中に茶色の塊があって周りは黒やら深い緑やらで暗く覆われてるけど」

望月「えーと……あれ、何を描いたんだっけ? そもそも、こんな絵……?」

古畑「いや、君が忘れてどうすんのさ」

望月「ううん、ごめんね、本当に思い出せないんだ……」ピラッ

古畑「そういえばこれムンクのあれに似てる感じだね、ゆらゆらしてる感じで」

望月「あぁ、そうだね……これさ、三神先生の家にあったんだよね?」

望月「もしかしたら僕のデッサンを三神先生が仕上げてくれた?」

古畑「なんでそんなことする必要があるの。大体塗り方まで君に似せられるの」

望月「だよね、あはは……」ジィ

古畑「……ふぅん」

 ガラッ

古畑「あぁ、見崎さん、こんにちはぁ」

見崎「……美術部に興味があるの? 古畑君」

古畑「えー、実はさほど。ふっふっふ」

見崎「となると望月君と対策会議、か。ねえ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

望月「えっ、なにを?」

古畑「死者が誰か、ですね」

見崎「色々な所に訊き込みしてるから、きっとそろそろ証拠が集まってると思うんだけど」

見崎「それに、私も話さないといけないことがあるしね」

古畑「……左目のことですか」

望月「えっと……」

見崎「そう。今更冗談なんて言うと思わないでね」シュルッ スッ

望月「あっ、見崎さん、その目……」

見崎「……この左目はね、死の色をみることが出来る」

見崎「生きている人とは違う色、つまり、死者だけ特別な色で見ることが出来るの」

望月「そ、それってどういう……」

見崎「死の色、といっても形容がしがたいものなんだけど。ドロドロした緑に包まれて、時折黒が交じって」

見崎「まぁ、そんなことはどうでもいいや。私は写真からだって死の色を見ることが出来る」ドサッ

望月「アルバム、これって26年前の……」

見崎「夜見山岬は一目瞭然だから、古畑君のお父さんが誰か、当ててあげる。これでしょ、襟足が長くて、微笑みを浮かべてる人」

古畑「……」コクリ

見崎「……といっても、事前に調べることはできるから眉唾でしょうけど」

古畑「いえ、信じますよ」

見崎「……」

古畑「大変な勇気をもって、その事実を教えてくれたのだとお察しします」

古畑「今まで、今の今まで事実を隠していらっしゃったのも、私を慮ってくれたのだとお察しします」

望月「それってどういう……」

見崎「そう。死者は三神先生よ」

望月「……えっ?」

見崎「……」

 暗転

古畑「えー、長きにわたってお付き合いいただきありがとうございました。紆余曲折を経て、この難事件は解決できそうです」

古畑「この事件を難事件たらしめているのは、他の事件と違い、決して嘘をつかない人間を相手にするということです」

古畑「もっとも一方では、現象自体は嘘を付くので、あまりに完璧な嘘を見抜く戦いであったのかもしれません」

古畑「そんな中でいえることが三つほど」

古畑「一つ目は人の手であろうと人外の手であろうと、やはり完全犯罪などありえないということです」

古畑「二つ目は<いないもの>なんていう対策は考えない方がいいということ」

古畑「原作にとって<いないもの>である私が言えた立場でもありませんが」

古畑「三つ目は……んー、やはり『Another』は面白いということです」

古畑「綾辻行人さん原作の『Another』、ハードカバーは1995円。文庫版は上下巻各700円」ドサッ

古畑「えー、こちらはコミカライズ。清原紘さん作画で全4巻、それぞれ角川書店から」ドサッ

古畑「Blu-ray&DVDは現在第2巻までが発売中、5月25日には3巻が、そして5月26日には完全受注限定の0巻が……」カタッ

古畑「……あ、これはもう受注が終了しているようです。ふっふっふ、古畑任三郎でした」

宣伝も終わったのでちょっと出かけてきます
1時間くらいで戻ってこれるかなあ、と

 教室

勅使河原「なぁニン、死者がわかったのは、受け止めるけどさ。俺達、大丈夫なのかな」

勅使河原「たとえば、その事実を告げた瞬間に……」

古畑「それしか方法がないんだよ。別に帰ってもいい。むしろ恐れるのが普通さ」

勅使河原「うっ……」チラッ

望月「……」

勅使河原「はぁ……わーった。どうせ乗りかかった船だ」

勅使河原「それに、仮に大丈夫だったときに立ち会わなけきゃ誰が死者かどころか、お前達の苦しみも忘れちまうかもしれねえからな」

古畑「ありがとう、勅使河原君」

勅使河原「……お前に感謝されるっていうのも、なんかむず痒いな……」

 ガラッ

一同「!」

三神「……皆、どうしたの、集まって私に用事だなんて」

古畑「えー、実は大事なことを聞いてもらいたくてお呼びいたしました。まずはこちらをお聞きください」

 カチャッ ジィィィ

松永『ええと、俺の名前は松永克己。1983年度の3年3組の生徒だ』

三神「えっ、マ、マツ?」

松永『俺がこのテープを残そうと決めたのは、2つの理由があるんだ。一つは俺自身の、罪の告白』

松永『もう一つは、後輩である君達にアドバイスを伝えたい』

三神「そ、それって……うっ」ズキッ

望月「み、三神先生!」

松永『そこで思い当たった。そいつがクラスに紛れ込んだ<もう一人>なんだって』

松永『まだ10日くらいしか経ってないけど死者も出ていないから、災厄は止まったと見て良いんだと思う』

三神「う、ううっ……」ガクッ

勅使河原「三神先生、大丈夫ですかっ!?」

古畑「……」

松永『どうやったら災厄を止められるか。死者を死に返す。<もう一人>を殺すんだ。これが唯一の方法だ』

三神「はぁ、はぁっ……」ズキズキ

古畑「お辛い思いをさせて申し訳ありません。ですが、これを聞いていただかなくては話は始まらないのです」

三神「そうね……でも、こんなこと、無理に決まってるわ……」スクッ

古畑「仮に生徒が死者ならばそうです。ですが」

古畑「死者が教師であるならば、殺しという手段に訴えなくても可能であると存じます」

三神「えっ……? ちょっと、待って、私が、死者だっていうの?」

古畑「……」コクッ

三神「そ、そんなっ……しょ、証拠は」

古畑「まず一つは職員室のことです。三神先生、4月になにがあったか思い出せませんか?」

古畑「災厄に関することなのですけれども」

三神「……ごめんなさい、思い出せないわ」

古畑「でしたか。確認しますが、災厄が<ある年>か<ない年>かを判定するには」

古畑「座席が一つ足りないという事態が起きていなければならない。そこでなんですが」

古畑「実は四月に配置が変わった時に、職員室の座席が一つ足りないという事態が起きていたそうです」

三神「……あっ」

古畑「まあ瞬時に思いだせないのも無理はない。滅多に起こらないことですから。ただ、この学校の場合は別です」

古畑「覚えている教師が何人かいらっしゃいました。最早座席は補われ、そうした証拠はなくなっておりますが」

古畑「しかしですよ、そもそも3組は今年は<ない年>だと判断されていたんです。始業式には座席が過不足なくあった」

古畑「<いないもの>も作らずに済んだ。だけど災厄は始まってしまった」

三神「……で、でも座席が足りないことを、3組の皆が確認し忘れた可能性だって」

古畑「確かに痕跡が消え、それを証明する方法もない以上この証拠は不十分です」


古畑「しかし、三神先生が死者だとする手掛かりには十分だ。何より、証拠はまだあります」

古畑「これ、覚えていらっしゃいますか?」ピラッ

三神「それは、私の家にあった……」

古畑「はい。今日望月君のものであると判明しました。こちらに『Y.M』とサインがしてあります」

古畑「もちろん上から油彩の絵具が加わっているので跡から付け加えたわけでもない」

古畑「そして、その反対側にも『R.M』との大き目のサインが。これが、何を意味するのか」

三神「……素直にいってちょうだい」

古畑「……私はこの『R.M』のサインが『三神怜子』を示していると見ています」

古畑「ということは先生に宛てたものである。しかも、今なおこの学校に通っている望月君から宛てられたものだ」

古畑「ですがなぜ、先生は作者が誰か忘れていたのか。望月君の作風をちゃんと理解しているはずの先生が」

古畑「……この絵が先生が死者となってから送られたものだからなのです」

望月「っ!」

古畑「ここからは推測です。恐らく望月君は、先生とこの絵を仕上げる約束をしていた」

古畑「しかしその矢先、なんらかのことで先生が亡くなってしまう。望月君は悲嘆にくれた」

古畑「やりきれない思いの中でせめてもの追悼としてこの絵を完成させて、先生のお宅に届けた」

古畑「だから先生が思い出せないのも当然なんです。死んでいる間に送られてきたのだから、記憶しようがないのだから!」

望月「あっ……」

三神「でも、それは偶然か何かで紛れ込んだ可能性だって……」

古畑「『R.M』というサインまでして大切に描かれたものが偶然どこかに紛れ込むとは考えにくいものです」

古畑「仮に偶然だとしましょう、紛れ込む程度のなんともない絵だとしましょう」

古畑「だとしたら易々と『R.M』という誰かに向けたサインがつくのはおかしい。望月君が取り戻さなかったのもまた」

古畑「もしかしたら、面と向かって渡された上で忘れていた可能性も否定はできません」

古畑「しかし、生徒への気配りが行き届いている先生がそこでド忘れをするとは、そちらのほうがおかしく思える」

三神「……」

望月「あっ、あぁ……」

古畑「とはいえ、これも決定的な証拠にはなりません」

古畑「先生の資質に頼み過ぎているきらいがあるので不十分だ」

古畑「最後に、お話しいただきたい方がいらっしゃいます」ピッピッ

 プルルル... プルルル...

三神「だ、誰と……?」

古畑「もしもし、おはよう。いつもこうやって起こしてるんだから、これからはやめてね、うん」

古畑「ちょっと今電話代わるから、話してもらいたい人がいるんだ」スッ

三神「……もしもし」

古畑母『あなたが任三郎ちゃんの彼女ぉ? へぇ~』

三神「ね、義姉さん?」

古畑母『ん、ねえさんってなぁに? 母さんならわかるけど』ケラケラ

三神「私よ、三神怜子。あなたの前の夫の……」

古畑母『あっ、怜子ちゃん? 久しぶりぃ、いつ以来かしら、お兄さんが亡くなってからほどんど会わなかったから……』

三神「……」ホッ

古畑母『ふ~ん、でもね、私をだまそうたって残念でした。怜子ちゃん、もう死んでるんだもの』

三神「えっ……」

古畑母『私の義理の妹の怜子ちゃんは、一年半前に亡くなりました』

古畑母『私がお葬式に行かなかったから、任三郎ちゃんは覚えていないんだろうと踏んだんだろうけど、駄目ねえ』

古畑母『で、ところであなたは誰なの? 任三郎ちゃんも聞こえてるんでしょ?』

三神「え、うそっ、私が、私が……」ガタガタ

 ガシャンッ

古畑「……」スッ

古畑母『ちょっと、任三郎ちゃん、なに今の音? 朝からお母さんを騙すなんてひどいじゃない、ちょっと……』

 ピッ ツーツーツー...

古畑「……義理堅いんだかなんなんだかよくわからない母親です。最初はきっと義理の妹のことを忘れているのだと思いました」

古畑「ですが、この現象の影響が及ぶのは、3組の生徒、教師に関係している人間だけだったようです」

古畑「それから、嘘をつけない動物と、記憶に障害をきたしてしまった人間も除外される」

三神「あっ、お父さん……!」ズキッズキ

古畑「もちろんこれも証拠にはなりません。私がハッタリを仕掛けている可能性もあるわけですから」

古畑「証拠を出そうと思えば他にもあるんです。副担任を置いた例は今年まで一度もない」

古畑「あるいは先程テープの声の主である松永さんに先生の名前を訊ねた所、お亡くなりになったと仰っておりました」

古畑「ただ、すべてが確かな証拠になりえない」

古畑「なぜなら三神怜子は生きている者だとしてちゃんと記録されているのだから」

古畑「三神怜子にまつわる全てのものが、死者は前から生きているのだということの事実を裏付けするために存在するのだから」

古畑「死んでしまったのだという証拠は消えるように、あるいは確かでなくなるように仕組まれているのだから」

三神「……」ガクガク

古畑「現象がこうした性質を持っている以上は、そして現象の性質すら推測でしか考えられない現状では」

古畑「ハッキリいって出来そこないの推理だと認めざるをえない。それに、これ以上の証拠も、もう出てこないでしょう」

見崎「……私は、三神先生が死んだ時の光景を覚えている」スッ

勅使河原「み、見崎?」

見崎「夜見山川にかかる橋の近くにある、ダムでの出来事だった」

見崎「男の人に、三神先生は放り投げられて川に転落したの。翌日の新聞には、溺死、って書いてあった」

見崎「死体は下流で見つかって、翌日全校集会で先生の死が知らされた。私は、その現場に居合わせていた」

見崎「揉み合いになりながら抵抗したけれど、あえなく川へと落ちていく、三神先生を覚えている」

見崎「犯人は、顔も恰好もあいまいだけど、私の方を見て、不敵に笑う表情だけはよく覚えている」

見崎「三年になって以来ずっと、漠然としたシーンだけが細切れに再生され続けていた」

見崎「けれど、三神先生をこの左目で見た時、おぼろげだった記憶が一気につながったの」

三神「あっ、いやっ……」ズキッズキッ

望月「そうだ、三神先生が、死んだって聞かされて、僕は……」

古畑「……」

古畑「それもまた証拠にはならない」フルフル

見崎「……その通りね。たぶん、それも現象の性質と思うの」

見崎「こういうことはあまり言うべきではないのかもしれない。けれど、先生、私達にはそれしか手がかりがないんです」

見崎「だから……」

三神「……もう、いいわ」

見崎「……」

三神「……思い、出せているわ、私も……」

望月「せ、先生……」

三神「そう、私は一昨年の3組の担任だった。そこで私も災厄の手によって……」

三神「……あなた達の言いたいことはわかったわ。ちゃんと伝わっている」

三神「私が何をすべきか、っていうことも、ちゃんと」

三神「だから、もう、一人にさせてくれないかしら……」

勅使河原「そんな、先生……」

三神「……さぁ、帰りなさい。もうすぐ下校時間だから。大丈夫、先生は、大人だから。生徒を、子供を守るためにいるんだから」

望月「あっ、うあっ……」グスッ

見崎「……帰ろう」クルッ

古畑「……」スッ

三神「……やっぱりごめん、任三郎君だけでも、残って。ちょっと、伝えたいことがあるから」

古畑「……」コクリ

勅使河原「……頼むぞ、ニン」

望月「先生、先生……」

見崎「行こう、望月君」スッ

 キーンコーンカーンコーン...

『下校時刻になりました。校内に残っている生徒はすみやかに……』

怜子「……」

古畑「……」

怜子「任三郎君、しきりに証拠がない推理だって、言ったけれど」

怜子「でも、そんなこと、無いと思うわ。どこからどう見ても完璧な推理。否定のしようもない」

古畑「あくまで証拠がない以上は未熟な推理です」

怜子「やっぱりあなた、探偵になった方がいいと思うわ。そんなに頭がキレるなら、きっと依頼、くるだろうから」

怜子「警察になんか収まっちゃダメよ、日本中、いいや、世界中を飛び回るすごい探偵にならないと」

古畑「私にそんな行動力はございません」

怜子「……お母さん、元気そうね。よかった、兄さんのこと、引きずってないみたいで」

怜子「でも、任三郎君は、やっぱりお母さんのこと、嫌い?」

古畑「嫌いなのか好きなのか、判じかねる時期にまで来てしまいました」

怜子「そっか……でも、お母さんとは、いつか仲直りしてあげてね。あの人、兄さんを亡くして以来、ああなったんだから」

怜子「それも私が、夜見北なんかに行ったから」

古畑「あなたのせいではありません。こんなふざけた災厄のせいです」

怜子「なんで教師にまでなって夜見北に戻ってのに、あっけなく死んじゃっていただなんて、お笑いだよね、まったく」

怜子「教師としてだけじゃなくて、人間としても……」

古畑「それ以上はいけません」フルフル

怜子「……」

古畑「……」

怜子「任三郎君、これから、大変だよね。私がいなくて、夜見山に住み続けるなんて」

怜子「母さんも、父さんを世話し続けられるかな。任三郎君、二人のこと、よろしくね」

古畑「……」

怜子「任三郎君、一つだけ、あなたを苦しませるかもしれないけれど、一つだけ言わせて」

怜子「あなたといた二ヶ月間、不幸に巻き込まれた中だけど、とても充実していた」

怜子「そして、出来るだけならもっと幸せな日々の中で、あなたと暮らしていたかった」

古畑「……」

怜子「ごめんね。暗くなっちゃったわね。家まで送っていくわ。でも、私は今日はずっと学校に残ってるわ」

古畑「……」

怜子「本当は仕事も残ってるし……さぁ、行きましょうか」スクッ

古畑「怜子さん」

怜子「……」

古畑「私もこの二カ月良い時間を過ごさせていただきました。まことに、お世話になりました」

怜子「……っ」ポロッ

 翌日 教室

風見「おはよう、勅使河原」

勅使河原「お、おう、おはよう」ソワソワ

風見「どうしたんだ、具合でも悪いのか?」

勅使河原「い、いや、そんなんじゃねえよ」

風見「ふぅん……悪い物でも食ったなら保健室に行けよ」

勅使河原「あ、ああ……」ソワソワ

風見「……?」テクテク

見崎「……大丈夫?」

勅使河原「大丈夫どころの話じゃねえって……まだ覚えてるけどさ、本当にそうなのか、確かめることさえ怖いし」

勅使河原「望月なんかずっと机にふせってるし、ニンもまだ来てねえし……」

見崎「……そうよね」チラッ

望月「……」

 ガラッ

勅使河原「お、おうニン! あのさ、お前覚えて……」

古畑「……」コクリ

勅使河原「そ、そうか……」

見崎「……」

 ガラッ

千曳「皆、席に付きたまえ」

望月「あっ……」ガタッ

千曳「望月君、どうした、そんな風に突っ立って」

望月「あ、あの、三神先生は……」

千曳「三神先生? 誰だね、それは?」

望月「っ! ……」ダッ

千曳「おい、どこに行くんだ!」

勅使河原「まてよ望月!」ガタッ

古畑「……」

見崎「……」

 ナニードウシタノー ミカミッテイッタカ ダレダヨソレ

 翌日 屋上

勅使河原「あれから望月はほとんど授業に出てこなくなって、ニンも早退。今日は二人とも休み」

勅使河原「三神先生のことを覚えている人間は、誰もいない」

勅使河原「クラス名簿からも、教員名簿からも、跡形もなし、かぁ」ピラッ

勅使河原「そして三神先生が死んだ時の記事もちゃんと復活してる。中学教諭が川に転落、殺人か、ねえ」ピラッ

勅使河原「まさか千曳先生まで忘れてるとはなあ。ていうか、久保寺先生が亡くなった後に代理担任になったって……」

勅使河原「本当に、死に関わったヤツだけが覚えてるんだな……」

見崎「……」

勅使河原「お前はすごいよな。平然と学校来てさらりと授業受けてるし……」

見崎「……湿っぽくしても、しょうがないから」

勅使河原「……だよな。うん。しかしこれから、どうしたらいいもんか」

見崎「千曳先生はテープのことは覚えてるし、これから3組の皆に伝えてくれるんだと思う」

見崎「もっとも、無事であれば、の話だし、ずっと覚えていれば、の話でもあるけど」

勅使河原「……俺も何か残した方がいいのかな」

 ガチャッ

赤沢「珍しい組み合わせね、まさか、あなた達が……」

勅使河原「えっ、いやそんなんじゃっ」アセアセ

見崎「違うから」

赤沢「そうよね」

勅使河原「……」

赤沢「そんなことより、昨日のあれはなんだったの? それに今日二人が休んでること、知ってるんでしょう?」

勅使河原「あぁ、それなんだけどな……」

赤沢「……そう、災厄、止まったんだ」

勅使河原「? 意外と素直だな」

赤沢「あなたがそんな詳しいハッタリを言えるほど頭が良いとも思えないし」

勅使河原「ぐっ……」

赤沢「何より、全部古畑君がやってくれたって聞いて、納得せざるを得ないわ。悔しいけれど」

見崎「……」

赤沢「……今だからいうけれど、私の従兄が、災厄で亡くなってたのよ」

勅使河原「! そうか……」

赤沢「意地張ってたんだって、今になってみたら反省するわ。古畑君のことは、いまだに苦手だけど」

勅使河原「やたらに留保つけるな」

赤沢「……古畑君に、ありがとう、って伝えておいて。それじゃ」

勅使河原「……そんなこと自分で言えよ」

赤沢「……そうね、ごめんなさい」

 ガチャッ キィィ ドンッ

勅使河原「全く、素直じゃねえ奴だ……」

見崎「でもわかるわ。古畑君、なんとなくムカつくもの」

勅使河原「あのなあ……」

見崎「でも、あれだけズバズバと言い立てられたら、もう降参するしかない」

勅使河原「……だな」

 放課後

勅使河原「なぁ、今日ニンの家に行ってみないか?」

見崎「そうね。望月君の方は?」

勅使河原「ニンを連れて行ったらうまいこと言えるんじゃねえか、ってつもりなんだが」

見崎「……それくらい自分でなんとか出来るんじゃ」

勅使河原「ぐっ、じゃあお前はなんとか出来るのかよ」

見崎「話のすり替え、嫌い」テクテク

勅使河原「はぁ……」

 三神宅

勅使河原「ずっと、家に帰ってきていない?」

祖母「昨日もそんな感じだったわね。病院に行くって言って、ちゃんと夕方には戻ってきたけれど」

祖母「今日は学校に行ってたものだとばかり……時折連絡はよこしたけれど……」

勅使河原「一体どこに行ってんだよ……」カリカリ

見崎「……あのダムじゃ」

勅使河原「ダム? ダムって山に向かう所にある……」

見崎「ありがとうございました。私達で捜してきます」ペコリ クルッ

勅使河原「あっ、ありがとうございました、待てって見崎!」クルッ

 夜見山川 ダム

 ザザァ...

勅使河原「ダムって言ったはいいものの、どこにいるんだか……」キョロキョロ

勅使河原「ていうか、落ちたらひとたまりもねえな、ここ。飛び込み台くらいの高さはあるんじゃねえか」

見崎「……このへん、だったかな。三神先生が突き落されたところ」

勅使河原「そういえば、犯人って誰だったんだ? それに三神先生が生きてた時って……」

見崎「新聞を見たけれど、犯人が捕まったっていう報道は見当たらなかった。もう少し漁れば、見つかるかもしれないけど」

見崎「仮に捕まっていたとしても、生きていた時は、どうだったんだろうね」

勅使河原「はぁ~……本当にとんでもないことに巻き込まれてたんだなぁ……」

勅使河原「あっ、そういえば携帯があった。あいつの番号知ってるよ、ったくなんで今更思いだすもんか……」ピッ

 プルルルル... プルルル...

見崎「……ねえ、着信音、聞こえない?」

勅使河原「あっ? いや俺は受話機に耳を……そっか、離せばいいだけか」スッ

 プルルル... プルルル... ガサッガサガサッ

勅使河原「本当だ、でも、森の方から……」

 ガサガサッ バァッ

古畑「ふぅ。何してんの、こんなとこで」

勅使河原「うわっ、お、お前こそ茂みなんかから出て来るなよ!」

見崎「やっぱり三神先生の事件、気になってたんだ」

古畑「ですねえ。昨日から図書館を回って記事を探ったり色々と」

勅使河原「でもさ、一年経ってるんだろ? 悪いけど……」

古畑「いや、なんとなくあらましはつかめてるんだ」

勅使河原「あらまし?」

古畑「本当はね、怜子さんを殺した犯人を捕まえてやろうと思ったんだけど、たぶん無理なんじゃないかと思えてきた」

勅使河原「はぁ? なにいって……」

見崎「……どういうこと?」

古畑「うーん、説明はまず私たちと同じことを考えてる人を待ってから……」

勅使河原「? あっ……」

 タッタッ...

望月「はぁ、はぁ……やっぱり、皆いたんだ」

古畑「御苦労さま」ナデナデ

望月「わっ、やめてってば!」ジタバタ

勅使河原「無神経なんだかなんなんだか……」

見崎「……」ハァ

勅使河原「まあいいや、説明してもらおうか」

古畑「んー、まず夜見山川には橋が二つかかってる。二つとも山と町をつなぐ形でかかっていて」

古畑「学校に近い方と遠い方とでもしておこうか」

古畑「このダムは遠い方の橋に建設されている。渡ったとしてもあとは山に続くだけの橋」

古原「まずここでひっかかるんだよ。怜子さんはなんでこんなところに来たのか、ってね」

勅使河原「……ん? どういうことだ?」

古畑「……」ベシッ

勅使河原「てっ!」

見崎「さっき古畑君の家に行ったでしょ。それに比べればここは明後日の方向じゃない」

古畑「その通り。こっちは学校から夜見山川にそって南に行った所にあるけれど」

古畑「怜子さんの家は学校から西の坂を下った先の町の外れ」

古畑「橋を渡って山にある病院に行く可能性もあるけれど」

古畑「じゃあなんで学校に近い橋を選ばないのかって話になる」

望月「そもそも、学校からここに来たの? ここから北へ学校に向かったんじゃなくて?」

古畑「平日の夕方に事件が起きてるし、遺体の恰好もよそゆきのものだったみたいだ」

古畑「学校からここに来たとみていいだろう」

勅使河原「うーん……じゃあ、生徒の家がこの近くにある、とか」

古畑「橋を渡った先に家はほとんど建ってないし、一応名簿を調べてはみたけど」

古畑「山の方に住んでる生徒は3組にいなかった」

古畑「かといって橋沿いのこの道路は森が密集してるだけで家なんて一軒もないでしょ」

古畑「もっとも、この橋沿いの道路を渡った先の住宅地には数人生徒が済んでたらしいんだけど」

古畑「だとしたら車で来てないのが不思議なんだよ」

古畑「学校から住宅地まで2、3kmほどあるっていうのに」ポンポン

勅使河原「えっ? 三神先生、徒歩で来てたのか?」

古畑「車は周りにはなかったそうだ」

古畑「そもそも怜子さんが自分でここに来たんではなくて、犯人が殺した後でここに投げ込んだ、っていう線もあるけど」

古畑「怜子さんに外傷はなかったらしいんだよ。睡眠薬なんかを使ってる線もあるだろうけど」

古畑「通り魔程度がなんでそこまでまわりくどいことをする必要があるんだか」ポンポン

勅使河原「うーん……じゃあ、生徒の家がこの近くにある、とか」

古畑「橋を渡った先に家はほとんど建ってないし、一応名簿を調べてはみたけど」

古畑「山の方に住んでる生徒は3組にいなかった」

古畑「かといって橋沿いのこの道路は森が密集してるだけで家なんて一軒もないでしょ」

古畑「もっとも、この橋沿いの道路を渡った先の住宅地には数人生徒が済んでたらしいんだけど」

古畑「だとしたら車で来てないのが不思議なんだよ」

古畑「学校から住宅地まで2、3kmほどあるっていうのに」ポンポン

勅使河原「えっ? 三神先生、徒歩で来てたのか?」

古畑「車は周りにはなかったそうだ」

古畑「そもそも怜子さんが自分でここに来たんではなくて、犯人が殺した後でここに投げ込んだ、っていう線もあるけど」

古畑「怜子さんに外傷はなかったらしいんだよ。睡眠薬なんかを使ってる線もあるだろうけど」

古畑「通り魔程度がなんでそこまでまわりくどいことをする必要があるんだか」ポンポン

望月「周到にやっているとしたら怨恨、だよね」

古畑「怨恨なら死体を川に放り投げるっていうのが気にかかる。隠すなら近くに山があるっていうのに」

古畑「そもそも死体や気を失っている体って相当重いんだよ。大人一人でも放り投げるには厳しい」

古畑「複数犯なら難なくできるだろうけど、見崎さんの証言によると単独犯だそうだし」

見崎「……そうね」

古畑「それから本当に犯人が不敵に笑ったっていうなら怨恨と結びつきづらい」

古畑「あわてて逃げるか見崎さんを殺してしまうか」

勅使河原「……じゃあ見崎がなんで生き残ったのか、っていう謎も出来るな」

古畑「見つかっても露見しない、という確信があったんじゃないかなぁ」

古畑「まぁ、それは後々の推理でわかってくるよ」

見崎「……残るは、三神先生が誰かに誘い込まれた上でここにきて、殺された」

古畑「まさしく」

望月「……だよね、もう、それしかない」

古畑「となるとねえ、まっさきに浮かぶのは怜子さんの馴染みの友人」

古畑「でも馴染みの友人だったら簡単に洗い出せるところだから、とっくに捕まっててもいいはずなんだ」

見崎「……あと残るのは……」

古畑「学校帰りの恰好でも問題なく会える人間を探ると、自ずと学校関係者が残る」

古畑「あとは、せいぜい怜子さんが余所で気を置きながらも付き合っていた人間が残る程度」

古畑「といっても、こんな場所に徒歩で呼び寄せるなんて怪しむのが普通。よほど信頼していた生徒か知り合いか」

古畑「あるいは弱みでも握られていたか、もしくは負い目でも感じていたか」

勅使河原「……」ゴクリ

望月「……」

勅使河原「そ、そうだ、見崎っ! 見崎が覚えてるって、言ってたよな? それで大体わかるんじゃ……」

見崎「……ごめんなさい。なにせ、一年半も前のことだから、光景自体はほとんど」

勅使河原「そっか……」

見崎「でも、白いシャツを着ていた、覚えはある」

古畑「ん~、それだけでは何とも言えないのが残念なところです」

古畑「恰好によって目撃者を混乱させるなどよくある話ですから」

望月「……でも、学校関係者の線は確実なんでしょ?」

古畑「まだ有力候補、一番手に来たという程度だよ。落ち着きなさい」ナデナデ

望月「うっ……」

勅使河原「……学校関係者と仮定するとしてだ、ますます捕まらないのがわからなくなってくるよな」

古畑「一つ逃げ道があるじゃない」

勅使河原「えっ……あっ、お偉いさんが親に……」

古畑「……」ベシッ

古畑「この学校限定の逃げ道だよ」

見崎「……死者が、三神先生を殺した?」

望月「そっか! 殺したヤツが三神先生を死者だと思ってそれで」

勅使河原「あっ、見つかってもバレない、ってのはそういうことか……」

古畑「動機はハッキリとしないよ。そもそも推測だ」

古畑「おまけに見崎さんが左目で見ていれば推理はどちらにせよ必要ない」

見崎「……いいえ、見ていないわ。そもそも、眼帯を外す余裕もなかった」

見崎「ただ立ちすくんで見ているだけで、精一杯。不敵に笑われた時は、すぐに逃げてしまった……」

古畑「それだけ鮮明な体験をしたにもかかわらずほとんど覚えていらっしゃらないということは、ですよ」

古畑「もしや、死者が死に還ったと共に見崎さんの記憶が失われた可能性もある」

古畑「現象の実態がどこまでのものか、いまだ把握できておりませんから確証はありませんし」

古畑「うっすらながらおぼえている、というのがあやしいところです」

見崎「……この左目で、過去の3組の死者を見たら、思いだせる可能性はあるかも」

望月「じゃあっ」

見崎「けれど、割り出せたとしても、意味はないでしょうね」

望月「な、なんで……」

見崎「わかったところでどうするの? 一度死んで、もう一度現象の気紛れによって蘇って」

見崎「災厄のせいで操り人形になってしまった末に三神先生を殺してしまったのかもしれない生徒を、責められるの?」

望月「あっ……」タジッ

古畑「その生徒が、果たしていかなる動機をもって死んでいったのかは見当もつきませんし……」

古畑「……いや、それよりこんな滅茶苦茶な推理を振りまわしている方が問題でしょうかね」

古畑「いずれにせよ、もう証拠もまともに残っていないし、私達に出来るのはここまででしょう」

古畑「あとは、警察に任せた方が良い」

望月「そんな……」ガクッ

見崎「……」

 墓地

勅使河原「なあニン、本当によかったのか、あれで?」

古畑「……良いか悪いか、だったらまったく分からない。怜子さんのためになるとも言えるし、ならないとも言える」

古畑「結局生きている人間が勝手に決めるしかないんだよ。死者は、何も語りはしない」

古畑「私は事件についてやることはやったつもりでいる。そこで最善を尽くした」

古畑「その上でやるべきことがまだあるとしたら、怜子さんを忘れないままで生き続けるくらいだ」

見崎「……たとえ体が消えたとしても、その人と過ごした時間だけは記憶の中で生き続けているものね」

古畑「まさしく。生き残れなかった人がこの学校に限らずたくさんいる中で、私達は生きている」

古畑「私達が生き続けていることでしか、生き残れなかった人が存在したのだという事実は保てない」

勅使河原「そう、か……だ、そうだ。お前も元気出せよ、望月」

望月「……」

勅使河原「湿っぽくしてても三神先生は生き返らねえぞ」

見崎「勅使河原君に言われてもね」

勅使河原「どういうことだよ」

古畑「んっふっふ」ニヤニヤ

 数日後 教室

勅使河原「なあ、MD撮ってきたんだけど、どこに隠せばいいかな」ボソボソ

見崎「そもそもMDコンポって将来的に残ってるのかしら」ボソボソ

勅使河原「……そればっかりは流石にわからねえよ。一応ニンにも訊いて……」

 ガラッ

千曳「おはよう。勅使河原君、席に着きたまえ」

勅使河原「あぁ、はい。ていうか、ニンが……」

千曳「古畑君か。実は今日知らされたことなんだが……」

勅使河原「えっと……」

千曳「古畑君は今月末でこの学校を去ることになった。東京に戻るそうだよ」

勅使河原「えっ」

 ウソー ガヤガヤ エーハヤスギナイ ガヤガヤ

見崎「……」

 三神宅

古畑「……」ガサゴソ

「お邪魔します! あの、ニン、古畑君は!?」

古畑「……」

「あぁいるよ、ちょっと待ってちょうだい。任三郎ちゃん、お友達が来て……あ、ちょっと」

 ダッダッ...

勅使河原「ハァ、ハァ、ひでえじゃねえかよ、黙って転校しちまうだなんて……」

古畑「こっちだっていきなり聞かされたんだよ。手続きが済んでるんだってさ」

勅使河原「お前は、どうなんだよ」

古畑「元々怜子さんの好意に甘えてたんだし、これ以上世話になるわけにはいかない」

勅使河原「残りたくねえのかって訊いてるんだ、ハッキリ答えろよっ!」

望月「勅使河原君、落ち着いて……」

古畑「残りたくても残れない事情ってものはあるんだよ」

勅使河原「じゃあ残りたいんじゃねえか、それならっ」

見崎「……勅使河原君、もう、どうしようもないんだと思う」

見崎「……お母さんと暮らせるんだもんね。それは、そっちのほうを取るよ」

勅使河原「あっ……そっか、すまねえ」

古畑「……んふふ」カリカリ

古畑「親のことはともかく、どのみち東京には今年きりで戻る予定でした。遅いか早いかの違いだと思います」

勅使河原「……でもよ」

古畑「二カ月だけでも十分楽しかったよ。そもそも時間が問題ってわけでもないんじゃないかな」

古畑「味方になってくれてありがとう。君なしでは残りたいとも思わなかっただろうね」

勅使河原「肝心なところで……ま、こっちも楽しかったよ。色々あったけどさ……」

勅使河原「いつか、そんなのは無しで上手くやれる日がきたらいいよな」スッ

古畑「こちらこそ」ニギッ

見崎「……ところでここ、三神先生の部屋?」キョロキョロ

古畑「そう。まるで空っぽ。暮らした形跡が全部無くなってるんです。物置程度になっちゃって」

望月「えっ、ここが……っていっても、本当にわからなくなっちゃってるね」

古畑「んーでも残ってるんだ、確かにここに誰かがいたんだってものは」

古畑「記憶もこういう風に残っていくんじゃないかなあ、ってここのところは考えていましたぁ」

古畑「それに写真も残ってる」ピラッ

望月「あ、これ美術部の……」

古畑「君にあげるよ、忘れないように取っておくといい。そもそも私のものじゃないけど」クックッ

望月「じゃあ、もらっておこうかな……古畑君、僕、難しいだろうけど、絵を描く仕事に就こうと思ってるんだ」

望月「今は忘れないように頑張ってるけど、やっぱりいつか三神先生が生き還ったんだってことを忘れちゃうかもしれない」

望月「でも、三神先生からアドバイスをもらい続けてた絵なら、技術やノウハウの中にその記憶を刻み続けられるっていうか……」

古畑「うん、いいんじゃないかな、頑張りたまえ、少年」ナデナデ

望月「うう……」

古畑「抵抗しないんだね」ワシャワシャ

望月「だからってくしゃくしゃにしないでよっ!」

「ごめんくださーい、任三郎ちゃん、迎えに来ましたぁ」

「あらあら、家まで来ていただいて……」

古畑「時間みたいだ」スッ

見崎「……古畑君、災厄のこと、お疲れ様。そして、ありがとう」

古畑「いえ、こちらこそ」

見崎「古畑君が来てくれたおかげで、未咲のことも、左目のことも、受け入れられたんだと思う」

古畑「それは見崎さんが自分で成し遂げたことです。私はなにもしてないはずです」

見崎「ううん……古畑君、東京でも元気で」

古畑「お互いに元気で」ペコリ

古畑母「あら、お友達? 仲良くしてくれてありがとうね。会えなくなって、残念でしょうけど」

古畑母「さ、行きましょうか、任三郎ちゃん」

古畑「……」テクテク

古畑母「あ、ちょっと! もう……それじゃあね」フリフリ

見崎「……古畑君、もしかして」ボソッ

望月「どうしたの、見崎さん?」

見崎「……ううん、なんでもない」フリフリ

古畑母「こんな田舎に二カ月も住まわせちゃってごめんね、色々と大変だったでしょう?」テクテク

古畑母「これからはずっと東京で暮らせるから。お兄さんも、良い人よ。一番上の子は医者になるんだって」

古畑母「任三郎ちゃんも、良い学校に入って、お父さんやお兄さんに負けないような……」

古畑「……」テクテク

古畑母「任三郎ちゃん?」クルッ

古畑「……」テクテク

古畑母「あ、ちょっと! 急がなくてもバスには間に合うわよ!」


http://www.youtube.com/watch?v=YcBDejfr8GI#t=3m09s


END

長い間お付き合いいただき、それだけでなく保守までしていただいてありがとうございました。
すべては古畑任三郎にまつわるなにもかも、それからAnotherにまつわるなにもかものおかげです

2chってジャンプするとタイム指定外れるんだね・・・
ttp://www.youtube.com/watch?v=YcBDejfr8GI#t=3m09s

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom